真剣で衛宮士郎を愛しなさい! (Marthe)
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うっかりは正義の味方を救う?

正義の味方として走り続けた衛宮士郎。その最後は守護者・・・ではなく。

セイバーがいて、凛がいて、桜がいて、ライダーもいればどんなに無理無茶無謀をしても大丈夫。でもやっぱり遠坂凛のうっかりは超ド級で・・・

守護者には至らなかったものの遠坂凛のうっかりで英霊の座を経由して川神にくるお話。


ドーンと。無感情に地面に大の字に叩きつけられる。

 

「―――やっぱり、ダメじゃないか」

 

パラパラと土埃の立つ中遠い目をして夜空を見上げる。

 

今しがた、たたきつけられた青年の名は衛宮士郎。秘匿され、研究されるはずの神秘、魔術というオカルトを手に世界をめぐる正義の味方・・・だったのだが。

 

「あっつ・・・・」

 

ザリザリと脳裏を知らない光景が走る。そうだ。こんなものは知らない。こんな地獄など自分は知らない。

 

「どうにも記憶に混乱があるな・・・」

 

むくりと起き上がってあたりを見回す。あるのは小休止によさげなベンチと綺麗に整備された花壇。そして自分の位置を中心としてぐるりと周囲を覆う緑色のフェンス。

 

「ここは、学校・・・か?」

 

昔、通っていたものと同じような景色にそう推測をたて、どうやらどこかの学校、それも屋上に落下したのだと見立てをつける。

 

「―――同調、開始(トレース・オン)

 

ゆっくりと己の内に魔力を流す。魔力回路は正常。肉体に傷や欠損も見られないが―――

 

 

「なんでさ」

 

思わず彼の口癖が出る。異常事態なのはわかるがそれになぜ己の肉体が若返るなど起こるのか。

 

それに―――

 

ザリザリ―――

 

この知らない記憶を見せられている感じ、自分は英霊にでもなったというのか・・・召喚の際、必要な知識を植え付けられると確かセイバーか遠坂が言っていた気がする。それに近い。

 

と、

 

「―――!」

 

ぐりんと彼の体が背後を見る。その目は遠くを見据え、

 

「まずい」

 

その人離れした視界に映ったものを見て思考を置いてすぐに行動に移る。

 

 

迫りくるもの()に驚愕を覚えながら来る方向とは逆に疾走し落下防止のための高いフェンスを軽々と飛び越え、グラウンドに着地、疾走する。

 

 

ちらりと背後を見ながら走る彼は、

 

(なんで人が空を飛んで(・・・)くる・・・・!)

 

 

恐らく召喚の気配を掴まれたのだろうことはわかる。だが、それで人が空を飛んでくるなどなんの冗談か。

 

「・・・恨むぞ、遠坂」

 

 

苦虫をかみ砕いたように呟き、常人離れした速度で走りながら的確に自分を追ってくる謎の空飛ぶ人物に、速力だけでは撒けないことを悟り隠蔽の魔術を行使。

 

学校から数キロ離れた空き地で空飛ぶ人が学校で着地し、その後はきょろきょろとあたりを見回しているのを確認し、追跡を撒けたことにとりあえず安堵した士郎だった。

 

今だ状況理解ができていない・・・いや、半分はできているのだがこの地がどこであるのか、空飛ぶ人・・・それも若い高校生くらいの女の子がなぜ自分に気づいたのか。考えるべきことが山積みなことに頭を抱えながらも、

 

「なんとかなる・・・か?」

 

日ごろからあちらこちらへと旅した経験を経た彼は安直に考えてしまった。

 

―――さて、この地で起きるのは喜劇か悲劇か・・・イレギュラーを迎え入れたこの世界で正義の味方の新たな生活が始まろうとしていた。

 

 

 

 




とりあえずこの辺でしょうか。思い付きで書いているので今後変更されると思いますが悪しからず。処女作であり、ここを使わせていただくのも初めてなのでなんとかかけました。


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編入

少し時系列が飛びます。無きゃまずいものを魔術の世界恒例のチョメチョメして用意して川神学園に入学します。




その日、川神学園2-Fでは転入生の話題でもちきりだった。

 

「転入生かぁ・・・また女子がいいなぁ・・・」

 

だらしない顔で鼻の下を伸ばす福本育郎・・・またの名をヨンパチ。

 

「サルがまたいやらしい顔してるんですけどー」

 

「福本君もかわりませんねー・・・・」

 

本人を目の前に臆面なく罵倒する小笠原千花。

 

相変わらずのことなのか嘆息する甘粕真与。このクラスの委員長である。

 

「さぁはったはった!男か女か!」

 

教室のど真ん中で賭けを始める行動力の塊のような少年、風間翔一。

 

「クリスが来た時みたいだね・・・」

 

「本人が居たら、またなんか言いそうだけどいないからねぇ」

 

「というか狙ってたんだろ・・・どっちにしろ俺は三次元に興味はない」

 

控え目に苦笑いを浮かべる師岡卓也、のんびりと言うふっくらとした熊飼満ことクマちゃん。

 

そしてなにか致命的なものをこじらせてしまったような大串スグル。

 

 

「で、大和、どっちなんだ?毎回の如く知ってるんだろ?」

 

「ノーコメント。キャップに怒られるからな」

 

「なんて言いながら賭けに参加してる大和のダークな一面も好き。結婚して「お友達で」むぅ」

 

 

F~Sクラスに成績分けされる中で仲間たちと一緒にいるためにわざとF組にいる頭脳明晰、かつ様々な人脈をもつ直江大和。そして何とか賭けに勝とうと彼に迫る島津岳人。

 

そして強烈なラブコールを送る椎名京。

 

「強い人がいいわねークリスの時は負けちゃったし、今度こそ勝つ!」

 

そう言いながらフンフン!と腕立て伏せをしているのは川神一子。通称、ワン子である。

 

「強いかどうかはわからないけど・・・源さんはどう思う?」

 

「・・・話しかけんじゃねぇ・・・夕べ遅くてねみぃんだ。・・・多分男じゃねぇのか」

 

不良のように睨みながらもきっちり答える健全なヤンキーこと源忠勝。

 

そんな彼らの属するこの2-F組は最も成績の悪いもの(一部例外あり)が集うクラスである。

 

この川神学園は成績による区別をすることで競争心をつけさせ、実力で以って評価をするという少々特殊な学園であった。

 

その中でも直江大和を中心とする風間ファミリーなる仲良しグループがあるのだが、それは後程。

 

「静粛に!先生が来たぞ!」

 

そう言って堂々と教室に戻ってきたのはクリスことクリスティアーネ・フリードリヒ。

 

日本に多大な勘違いを持っている一見優秀ながらも温かい目で見られるドイツからの留学生の少女だ。

 

そして、その後ろから妙齢の女性、このクラスの担任である小島梅子が現れた。

 

「皆揃っているな。」

 

その手になぜか鞭(教育的指導目的)を持ちながらクラス内を見回す。今回は転入生のこともありその餌食になるものはいないようだ。

 

「話は聞いているかと思うが新しい転入生がこのクラスに入る。―――入ってこい」

 

(イケメン・・・!イケメン・・・!)

 

(美少女!美少女!)

 

静かながらもんもんと邪念が渦巻く中現れたのは、

 

「初めまして。今日から皆さんにお世話になる衛宮士郎です」

 

キャー!!!

 

あああああああ!!!

 

黄色い歓声と地獄の遠吠えで彼を迎えた。

 

「静かに!まったくお前たちはすぐに・・・ああ長くなってしまうな。転入生の衛宮だ。急遽転入ということでFクラスに入る。衛宮、何か簡単な自己紹介を」

 

 

半ばカオスな空気を感じ取っている士郎だが、最初の印象は大事と色々なものを飲み込んで、自己紹介する。

 

「名前は衛宮士郎です。得意なことは・・・料理と機械の修理。修理はよほど特殊でなければ大体は修理できる。あとは・・・まぁ色んな人の助けになれればと思います。これからよろしくお願いします」

 

と無難な自己紹介に笑顔を乗せる。

 

本人は無難なつもりだがそれだけで黄色い歓声が悲鳴に変わったが。

 

「イケメン・・・!待ちに待ったイケメンがこのクラスにも!」

 

「しかも家庭的!これは・・・いくべき・・・なの!?」

 

わいわいと女子生徒が華やぐ中、男共といえば怨念のようにぶつぶつとつぶやいていた。

 

「席は・・・川神の前が空いているな。まずはそこに座れ」

 

「わかりました」

 

そう言って彼が歩き出した瞬間、

 

ピン―――

 

と、小さな、本当に小さな緊張が走る。

 

(((この人できる)わ))

 

それに気づいたのか気付かなかったのか。彼はごく自然に席に座る。

 

「さて、今日のホームルームだが―――」

 

「はいはいはい!」

 

恒例の質問タイムといくのだろうがここは普通の学園ではない。

 

「川神流で御もてなし(・・・・)したいです!」

 

とワン子が川神学園のエンブレムを掲げて言った。その意味をまだ知らぬ士郎は困惑するが、

 

「はぁ・・・お前は変わらんな川神。だが今回のホームルームは別な者の先約があるので放課後にしろ。クリス!」

 

「はい!」

 

それまで黙って・・・いや、うずうずとしていた彼女が元気よく返事をする。

 

「今回のホームルームは衛宮とクリスの決闘とする。各自校庭に集合だ」

 

 

そう告げて教室を出る梅子。

 

 

「「「ええええええええーーーー!!?」」」

 

 

かくして転入早々、この学園のしきたりに巻き込まれる衛宮士郎であった。

 




ようやく編入です。意外とクラスの主要人物のフルネームを覚えてなくてなかなかに大変でした。そして対戦相手を選ぶのも。もっともっと書きたいものがあるけれど今の自分ではこれが限界でした。


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川神学園の洗礼

川神に来てからの初の戦闘です。とはいえ今の士郎はほぼアーチャーと変わらないので手を抜きに抜きまくります。ただしその結果どうなるか・・・・


時間は少し前に遡る。登校初日、士郎はパンフレットを手に職員室を目指していた・・・のだが。

 

「広いな・・・」

 

絶賛迷子中であった。

 

 

それもそのはず、川神学園は川神市を代表するほどのマンモス校であり校舎もそれ相応に広い。長い廊下、いくつもある教室に困りながらも歩く。

 

(ここは一年生か・・・ん?)

 

ふと、自分を見つめる視線に気づく。

 

なにやらただならぬ雰囲気を醸し出す緑の髪色をした少女がいた。

 

「・・・・!!・・・・!?」

 

なにか用事でもあるのか、はたまた新入生である自分が珍しいのか?馬の人形を手に必死に何かをしゃべっているのが実に目立つのだが本人は気づいていないらしい。

 

(彼女に聞いてみるか・・・いや)

 

必死な形相の彼女に道を尋ねようか、そう思った時、彼女が持つ綺麗な刺繍のされた細長い袋が目に入る。

 

(真剣?なぜこんな年頃の子が―――)

 

それがなんであるのか一瞬にして把握した彼の足がぴたりと止まる。ふむ、と思考する。

 

帯刀する少女。あたふたあたふたとした姿は一見頼りなさげだが時折こちらを見る目がただの少女ではないことを語る。

 

(準備は済ませてあるし、なにより彼女とは初対面だ。疑われる要素はない・・・はずなんだが)

 

手にもつそれが刃引きのされていない真剣であるということを考えると最悪の事態を考えなければならない・・・のだが。

 

年相応に感情を暴発させている姿がどうにも警戒心を削ぐのである。あれが演技だとしたら彼女はハリウッドスターだ。

 

どうしたものか―――

 

そう悩んでいたところに、

 

「おや、見ない顔だな?」

 

そう声をかけられた。

 

《今日からの新入生なんです。衛宮士郎といいます。貴女は?》

 

金髪の利発そうな少女だった。その容姿からして日本人ではないように見受けられた少女に英語で話しかける。

 

「・・・?私はクリスティアーネ・フリードリヒ!この学び舎で学ぶ2年生だ!」

 

ハキハキと喋るのだが。なぜか日本語で返されて内心焦る士郎。

 

「・・・日本語が通じるんだな。失礼した。俺は衛宮士郎。今日から同じ2年生に編入することになったんだけど職員室の場所を教えてもらえないか?」

 

同じ2年生ということでこれ幸いと彼女に案内をお願いした。・・・背後ではさらに緑髪の少女があたふたとしているのが良心を刺激したが、見るからに危ない橋は渡れなかった。

 

(ああああ・・・行ってしまいました)

 

(せっかく友達になれるかと思ったのに、やるぜクリ吉・・・)

 

 

 

案内を快諾したクリスティアーネに案内され、ようやく職員室にたどり着く。

 

「失礼します!」

 

「失礼します」

 

ガラリと職員室と書かれたドアを開ける。瞬間、

 

ピリッ・・・

 

と何かに触れる感覚を覚えた。

 

(・・・いや。敷地内に入った時から感じてはいた。となると―――)

 

この気配の犯人はここにいる。なぜか魔力のようなものを隠しもせず広域に展開しているのが学園長、といったところだろうか。

 

「―――ふぉ、ふぉ、君が衛宮士郎君じゃな」

 

一番奥の席に座していた翁が髭を撫でながら言ってきた。

 

「はい。今日からお世話になります。衛宮士郎です」

 

「うむ。わしはこの川神学園の学園長をしておる、川神鉄心じゃ。そしてこちらが君の所属する2-Fのクラス担任、小島梅子先生」

 

「初めまして。よろしくお願いします」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

双方の人物に頭を下げる。そして顔を上げたとき―――

 

(・・・チッ)

 

思わず内心舌打ちした。この翁・・・随分なタヌキだと確信した。

 

こちらを見るそれが戦闘を行うもののそれだった。いや、実際は敷地に入った時点から監視、探りを入れられている感はあった。だがここにきてその実力の底が知れないことにいたる。

 

はたして士郎の様々な懸念の中で一番面倒なものを聞かれる。

 

「・・・ざっとこんなところなんじゃが、ところでお主、武術の心得があるのかのう?」

 

「ええ・・・剣と弓を少々」

 

この翁の前では嘘は通じまい。本来なら戦闘に関することは隠しておきたかったのだが。

 

 

―――これは少し早まったか

 

 

そう感じながら表面上には出さず嘆息する。

 

(廊下の子といい、この隣にいる子や先生といい・・・随分と腕の立つ者揃いだな)

 

パンフレットには実力主義の校風ということで大々的に宣伝されており、正直、今後において一番面倒を起こさず実績が残せると思っていたのだが・・・

 

(しかし魔力は感じない・・だがそれに似たものを感じる。これは一体なんだ?)

 

正体不明の渦巻く魔力のようなものに警戒する士郎。

 

と、

 

「なんだ!やっぱり武術の心得があるんだな!自分はわかっていたぞ!」

 

隣の少女が嬉しそうに言う。

 

「ああ―――その、なんだ。あくまで少々なので―――」

 

「ほい、これが君のエンブレム」

 

「ていっ!」

 

すっと出された川神学園のエンブレムに、クリスティアーネが重ねるように叩きつけた。

 

「このように、互いのエンブレムを重ねられた時は校則に則り、決闘となるでの」

 

「は?」

 

一瞬、この翁が何を言っているのかわからなかった。

 

「これもこの学園の特徴でのう。なにか白黒つけたいときは決闘システムというものを組み込んでおる。なに、心配せんでええ。決闘とは言えど様々じゃし、教師陣が公平に審判をする。武力、知力、己の力を結集して白黒つけるのじゃ。決してリンチなどにはせんでの」

 

「それはつまり―――」

 

「うむ。君とこの子で決闘じゃ」

 

「――――。」

 

やられた。あくまで説明の延長上のようにみせながら自分では回避できない状況で決闘を受ける形になってしまった・・・!

 

この翁は警戒していた。だがまさかこんな近くに罠があろうとは思わなかった。

 

ウキウキと好奇心を抑えきれないという風にこちらを見つめる少女に断ればどうなるか容易に想像ができ、

 

「はぁ・・・わかりました」

 

渋々了承するに至った。

 

 

 

 

 

「双方前へ!」

 

そんなこんなで登校初日からなぜか戦うこととなってしまった。

 

案内してくれた少女、クリスティアーネは突きに特化したレイピア。

 

対する士郎はというと、なんの変哲もない直剣一振り。

 

(仕方ない・・・)

 

正直気乗りはしないがこれも経験か。と剣を握りなおす。

 

 

―――構えはない。両足は肩幅に。両腕はだらりと下げたまま。

 

思考を戦闘用に切り替える。彼女が自分を武術が使えると察知していたように。彼もまた彼女は武芸者だと見抜いていた。

 

故に―――

 

「始めッ!」

 

油断はない。

 

「やああああ!!」

 

気合一閃。鋭い刺突が迫る。

 

「・・・・。」

 

それを見据え紙一重で避ける。油断はなかったし彼なら余裕で躱せる一撃。ましてや刺突であるならば、あの忌々しい槍兵にくらべれば何のことはない。

 

しかし、

 

(ほう)

 

予想よりも速い一撃だ。予測を上回る速度で繰り出される刺突に彼は少々ギアをあげることにした。

 

そこからクリスは果敢に衛宮士郎を責め立てる。連続の刺突薙ぎ払い、前進する。

 

 

―――が、

 

(守りが・・・堅い!!)

 

そのすべてを躱し捌き弾き返す。

 

前進するクリスだが、その巧みな剣さばきに、ある一定の距離から後退を余儀なくされる。

 

対する士郎はその場から動かず、不動の構え。追撃はせず静かに佇んでいる。

 

「スゥー・・・ハァー・・・」

 

乱れた息を整え再度突撃。

 

(突き崩す!)

 

その活きをもって突きを繰り出す。

 

だが・・・

 

キン!カン!ギリ!

 

やはり届かない。繰り出す攻撃の突きが躱され外される。そして彼女は違和感を覚えた。

 

「なんで反撃してこない!」

 

激しい攻めの中、彼女は苛立たし気に言った。

 

「さて・・・特に必要性を感じないからだが?」

 

それでも彼は最初の位置から一歩たりとも動かず。おそらく直情的であろう彼女の神経を逆なでするように不敵に言った。

 

「なんだと!」

 

「事実、君の攻撃は私に届いてはいない。一撃も届いていないのに攻撃とは・・・弱いものいじめになってしまうのでね」

 

それは暗にお前の攻撃などたいしたことはないと言っていた。

 

 

「こんのッ・・・!」

 

それを聞いたクリスは激怒しさらに突きを繰り出す。

 

「ふむ。剣筋が鈍っているぞ。怒ったかね?それはいけない。戦闘中は相手に集中すべきだ」

 

「うるさい!」

 

突く突く突く!

 

しかし彼には届かない。一歩動かすことすらままならない。

 

そんなやりとりをどのくらい続けたか。2-F組でも1、2を争う彼女であるが全力の攻撃を繰り出し続ければ体力に限界が来る。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

攻撃の手が止まる。だが、相変わらず彼は追撃しない。

 

「終わりかね?それならば好都合。そろそろホームルームの時間は終わりだ」

 

そう言って、彼は視線を時計へ(・・・・・)と向けた。

 

―――瞬間

 

「そこーーー!!」

 

視線を外したのを機に今回一番の刺突を繰り出す。

 

タイミングはバッチリ。視線は未だこちらを見ず。完全な死角への刺突。これならば届く―――!

 

キン!

 

「え?」

 

それは誰の声だったか。戦っているクリスのものだったのか、いつのまにかできていた人だかりの誰かだったのか。

 

 

―――あろうことか。彼はクリスの方を見ることなく迫りきたレイピアをはじき上げ、

 

 

「もう少し冷静になるべきだな」

 

突進という形で武器をはじき上げられ、隙だらけとなった彼女に躱しざまにトンと手刀を下した。

 

それだけで彼女は意識を失い、その体を抱き上げる形で士郎が受け止めた。

 

「勝者、衛宮士郎ッ!!!」

 

 

 




手を抜きまくりの一戦でした。作者としては最強状態じゃなくても士郎はことクリスと一子には一撃ももらわないと考えていました。もちろんそれはランサーとの一戦を経験しているからです。セイバーとバーサーカーの高速戦闘中に人間である士郎がバーサーカーの目に射撃するのは有名ですよね。その眼力からすると突くということと薙刀という武器には一日どころではない長があるのではないでしょうか?

もっと躍動感ある書き方ができれば良いのですが・・・今回はここまでです。


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衛宮士郎という男

主に風間ファミリー視点です。ファミリーの中で百代を除けば一子とツートップのクリスをあっさりあしらわれたファミリー。会話が多くなると思います。


「う・・・うぅん・・」

 

「お、目ぇ覚ましたぞ」

 

ベッドで眠るクリスを看病するため集まっていた風間ファミリー一同。1年の由紀江ことまゆっち、3年の百代も一緒だ。

 

「あ、あれ?みんな・・・そうだ!決闘は―――」

 

「「「・・・・。」」」

 

「クリス。お前の負けだよ」

 

皆が押し黙る中、百代だけが結果を告げた。

 

「そうか・・・んぁー!悔しい!衛宮のやつ最初はいいやつだと思ったのに・・・」

 

「人が変わったように挑発してたよね・・・僕もああいうのは苦手だなぁ」

 

ベッドの上でジタバタとするクリス。そしてそれを見ていた師岡卓也ことモロも嫌悪感を口にしていた。

 

「なんつーか、大和をもっと性悪にしたような感じだったな。」

 

「ちょっと昔の大和を思い出したよな!」

 

「やかましい!・・・でも、あいつは巧いと思うよ。的確にクリスが怒るように仕向けてたみたいだし」

 

「あんなのがウチのクラスに入るのか・・・まるでS組のやつがきたみたいだな」

 

昔のことほじくりだされ怒る大和だが、彼はファミリーの軍師的存在。戦うなら知略で挑み相手の嫌なことを突き詰めるタイプだ。それ故に今回の戦い。クリスが完全に乗せられていたという感想だった。

 

ガクトは彼の言動的に受け付けない・・・という感じだ。

 

しかし、

 

「あの・・・本当に衛宮先輩はその・・・悪い方なんでしょうか?」

 

おずおずと由紀江が手を上げる。

 

「どういうことだ?」

 

ガクトが不思議そうに腕を組む。

 

「私もなんか悪い人に思えないわー。なんかこう・・・クリと戦う前とそれ以外の印象が違うのよねー」

 

「そういえば、今は何時なんだ?みんながいるってことは・・・」

 

「もうお昼休みです。衛宮先輩はすぐ目を覚ますだろうってここにクリスさんを寝かせてくれたんですよ」

 

「おれっち達も心配ですぐ様子見にきたんだぜーそしたら・・・」

 

「そしたら?」

 

「「「・・・。」」」

 

「なんだ!なにかあったのか!?」

 

バババ!っと打たれた首や自分の体を確認するクリス。

 

(いえないよなぁ・・・)

 

(思いっきり爆睡してたなんて・・・)

 

そう。初めこそ心配だったファミリーなのだがホームルームが終わり、1時限目の授業後集ってみると幸せそうに寝言をいいながら爆睡する彼女がいたのだった。

 

「なんだ!?なんなんだ!?」

 

「いやー・・・ほら!今はまず衛宮君のことでしょ!」

 

まさか本当のことも言えずモロはあからさまに話題を反らした。

 

「衛宮の?」

 

「ああ。キャップのやつがなぁ・・・」

 

「あいつ、絶対面白いと思うんだよ!だからファミリーに入れようぜ!」

 

うずうずとしていたリーダーである風間翔一、通称キャップがテンションアゲアゲで言った。

 

「私は反対。・・・ていうか前にクリスとまゆっちで最後って話さなかった?」

 

ぺらりと本をめくりながら京が明確に反対票を入れる。

 

「そうだけどよう・・・なんつーか、あいつだけは絶対に(・・・)逃したらいけねぇって俺の勘が囁くんだ!」

 

「キャップの勘は外れたことねぇからなぁ・・・俺様は様子見だな。俺様もなんとなく悪い奴じゃねぇ気がする」

 

「それはガクトが最初の授業で早々に助けられたからじゃないの・・・?」

 

「うぐっ・・・そんなことはねぇぞ!」

 

「私は賛成だ。もちろん、これ以上ファミリーを増やすのは反対なんだがな?キャップの言う通り絶対面白い奴だと思うぞ」

 

「どうせ強い奴が来たとかでしょ?」

 

あきれたように嘆息する大和。それをみた百代はにやにやとしながら大和にしな垂れかかる。

 

「なんだ~弟~やきもちか~?」

 

「違う!」

 

「お姉さまが賛成なら私もかな。やっぱり悪い人に思えないもの。それに!師範代クラスの友達がいたらもっともっと強くなれると思うの!」

 

「師範代って・・・川神院のか?」

 

驚いたように聞く大和。一子ことワン子が下す評価は今までとは違うものだった。彼女は川神院師範代になるべく日夜血を吐くほど努力している。そんな彼女は軽々しく他人を目標の人物たちと重ねることは決してない。

 

「ああ。衛宮は間違いなく師範代クラスだよ。クリスとの闘い、あいつ本気どころか1%も力を出してない。なにせクリスの刺突を見た後(・・・)躱してたしな。本気なら剣で弾くどころか剣も必要なかったと思うぞ」

 

「それは―――」

 

否定しようとしてクリスは口を噤んだ。誰でもない相対した自分こそ感じていたのだ。途方もない壁。あの鋭い鷹を思わせる眼。すべてを見透かされているんじゃないかという恐怖感。口の悪さはあったけれど、あんな気高い眼を持つ彼がはたして悪人であるのか・・・

 

そんな折、

 

ガラッ

 

「失礼します・・・ん?お邪魔だったか?」

 

件の衛宮士郎が姿を現した。

 

「いや?ちょうど一息ついたところさ。どうしたんだい?」

 

さっと猫を被る大和。ファミリーもここは軍師にまかせようという判断なのか黙った。

 

「ちょっと様子を見に来たんだ。怪我はないと思うけど一応さ。クリスティアーネさん・・・だったよな。あの時は手荒な真似をして悪かった」

 

そう言って彼は頭を下げた。

 

「おいおい・・・そんなことのために来たのか?あれは決闘。きちんとした形式で行われたものだ。それで謝るのは逆に失礼だぞ」

 

ピリッと闘気が走る。お前は彼女を侮辱しに来たのか―――そう言わんばかりの雰囲気が走るが、

 

「侮辱に来たわけじゃないさ。でも、もう少しやり方があったろう?俺は不意打ちで決闘をさせられることになったんだ。一応、本人の了承あっての決闘なんだろう?」

 

「ん?どういうこと?」

 

「あ、」

 

まずい、とクリスが思わず声を上げた。

 

「聞いてなかったのか・・・」

 

そうして彼から伝えられた今回の顛末。学園長とクリスのコンビネーションでの不意打ちだったことが明かされる。

 

「そういうわけで俺は今回の決闘はそもそも不服だった。ろくにこの学園のルールも知らないし、俺は戦いは好きじゃないんだ。だから、決闘じゃなく摸擬戦や鍛錬目的なら俺にも否はなかったさ」

 

「「「クリス・・・」さん」」

 

「あう・・・」

 

皆の責めるような視線に小さくなるクリス。

 

「なるほどね・・・それで謝罪ってわけね」

 

「ああ。それとこれ。食堂の人に厨房を借りて昼食を作ってきた。今から行ったんじゃ満足に食えないだろう?よければ食ってくれ」

 

「スンスン・・・!いいにおいがする!」

 

ダー!っと一子が近寄ってきて包みからする香しい匂いに釘付けになる。

 

「それなりに満足のいくものにできたはずだ。食堂でも好評だったから大丈夫だと思う。・・・それじゃ、様子も見れたし俺は戻るよ」

 

そう言って彼は包みを一子に渡し保健室を出て行った。

 

「・・・な?無傷なのわかっててここまでやるやつ他にいるか?」

 

「「「うう~ん・・・」」」

 

キャップの言葉に皆一斉に唸る。

 

 

グゥ~

 

「ち、違うぞ!決して!自分じゃ!ない!」

 

「これがやっぱりクリ吉だよねー」

 

「うるさいぞ馬!」

 

「馬とはなんだー!おれっちには松風って立派な名前がある!」

 

「ま、松風!そんな風に言っては・・・」

 

フー!と威嚇するクリスとやたら流暢にしゃべる馬・・・の人形である。

 

「そんなことより早く食べましょう!」

 

いそいそと包みを開ける一子。

 

「って犬!それは私のだ!お前たちはもう食べてきたんだろう!?」

 

「すっげーなこりゃ。これほんとに男が作ったんか?」

 

「いいにお~い!野菜にお肉・・・うん!栄養満点って感じね!」

 

「彩も豊かです・・・これは・・・」

 

「落ち込むなーまゆっちー!お前も負けてないぞー!」

 

「ほほう。まゆっちも認める弁当か。よし私が味・・・毒味してやろう!」

 

「今味見って言おうとした!ああー!」

 

結局、ファミリーのみんなで少しづつ食べたお弁当は絶品で。送られた本人がそれほど食べることも出来ず食いつくされてしまうのだった。

 

 

 




風間ファミリー編入フラグです。ですが彼がファミリー入りするかどうかはちょっと考えてます。

百代と一子が師範代クラスと言っていますが実際は違います。なぜ彼が強いと感じるのか、なぜ彼が百代にまだロックオンされないのかなど書けていけたらいいなと思います。


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幕間:マルギッテ

今回はマルギッテ編です。微妙に猟犬部隊のこともふれる・・・かも?


その日。2-S組に所属するマルギッテ・エーベルバッハはイライラと1日を過ごしていた。

 

「衛宮士郎・・・!」

 

彼女はドイツのエリート部隊、通称猟犬部隊に所属している立派な大人である。が、彼女の上司であるフランク・フリードリヒから娘のクリスの護衛を任務として受け川神学園へ通学している。

軍人という個人の感情を殺し、任務遂行する彼女が感情を高ぶらせている原因は一つ。新入生の衛宮士郎のことだ。

 

(お嬢様が負けたのはお嬢様の未熟さ故でしょう。しかしあの言動・・・!)

 

やはり武芸者の一人として彼の取った戦法が気に入らないらしい。そして苛立ちの原因はもう一つあった。

 

(出自をはじめ経歴、学歴、一切が不明?そんな馬鹿なことがありますか・・・!)

 

そう。彼女は彼が登校した日から彼の情報を調べ上げていた。しかし、結果は一切不明。幼少期に孤児となり、衛宮切嗣なる人物に引き取られ育てられた。それだけが唯一の情報だった。

 

(あの覇気・・・あれは戦場に立つ者のそれだ。なのに経歴があまりに一致しなさすぎる)

 

ただ強いだけならばよかった。いつものようにお嬢様に取りつく虫とならないよう動くだけでよかったのだ。

 

それがどうだ。お嬢様が戦い始めた瞬間彼女は戦場独特の血生臭く泥臭い何かを感じ取った。まるで幾たびもの戦場を経験したかのような胆力。あの時彼女はもし彼が標的として現れたならどれほどに厄介な者になるだろうかと夢想したくらいだ。

 

だというのに彼唯一の情報がそれを否定する。衛宮切嗣なる人物は既に没しており、衛宮自身何かの流派に属しているわけではない。仮に親から戦闘技術を習っていたとしてもあの戦場の空気を纏うほど彼は年齢も戦場も経験していない。

 

(危険すぎる。私だけであの男を止められるか)

 

万が一。彼がお嬢様に危害を加えようとしたとき自分は奴を止められるだろうか。眼帯を外し、全力で相手をしたとして。自分は奴を制圧できるのか。普段自信に満ち溢れている彼女だが、あの一戦でその自信が揺らいでいた。

 

と、

 

「おい。猟犬」

 

ふと背後に知り合いが音もなく立つ。

 

「なんですか、女王蜂」

 

丁度、あろうことか自分が敗北するイメージをしてしまったところで声を掛けられ感情を抑えきれぬまま返事をしてしまった。

 

「おいおい、あたいに怒りをぶつけるんじゃねぇよ。大方、衛宮のことで苛立ってるんだろ?」

 

「ッ・・・。」

 

ぐうの音もでないとはこのことか。だが、女王蜂―――忍足あずみの表情を見るにどうやら彼女も苛立っているらしい。

 

「九鬼でも衛宮の情報を洗ってる。だが、一向になにもつかめねぇ」

 

「九鬼財閥の力をもってしてもですか?」

 

それは一体どんな奇跡だ。自分たちだけが掴めないのならば百歩譲って己の未熟と反省しよう。だが、世界を牛耳る九鬼さえもが情報を掴めないなどと。表と裏、両方に通づる九鬼が何一つつかめないとは。

 

「鍵になんのは衛宮切嗣って親だが・・・コイツもまた、なんの情報も出てこねぇ。本当に存在したのか怪しいくらいだ」

 

「・・・もし、衛宮切嗣という存在が架空の人物だとして。それにしても衛宮士郎の異常性は説明がつきません」

 

あれはおかしいのだ。18歳の少年が普通の日常を送っていて身につくものではない。否、そもそも18という年齢で身につくものではない。

 

「引き続き九鬼はあいつのこと調べる。猟犬。今回は―――」

 

「わかっています。情報の共有に異存はありません」

 

間髪入れずうなずく様子を確認した忍足あずみはその場から立ち去った。

 

(九鬼も二の足を踏んでいる。・・・かくなる上は―――)

 

猟犬部隊の招集もありうるか―――

 

そこまで考え、マルギッテもその場を後にした。

 

 

―――これが後に。本国ドイツも巻き込んだ大事になることを彼女はまだ知らない。




今回は短めです。というのも士郎の情報操作があまりにも雑なので特筆すべきはないといいますか・・・作者の書く士郎はもちろん時計塔を出ているので基本的な隠ぺい工作・および魔術を納めてはいますが・・・当然そのあたり赤い悪魔の言う通りへっぽこなので、衛宮切嗣がいた・引き取られ育てられた。くらいしかできていません。魔術のおかげでそれが嘘であることは疑われないのが精いっぱいな感じです。

感想ありがとうございます。まさかこんなつたないものを読んでいただいて感謝でいっぱいです。これからもゆっくりとではありますが書いていきたいと思うのでどうぞよろしくお願いします!


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赤髪の弓兵

見てくださった皆様の感想がうれしくて勢いで書いてしまいました。時間はまた少し飛び、ようやく士郎がクラスの一員として認められてきたそんな矢先に、という感じです。


日が長くなり暖かい陽気がつづくある日のF組。

 

「次の体育S組と合同だってよ」

 

「げぇ・・・」

 

合同授業と聞いて嫌悪感を口にするヨンパチ。

 

「前にやった時は決闘になったもんなぁ・・・今回は何をするんかね?」

 

「どんな種目になっても結局決闘になりそうな気がする・・・」

 

「そん時は頼むぜ、知力100」

 

「まかせろ武力100」

 

そんな軽口を言いながら更衣室にて着替える男性陣。

 

「そいや士郎、お前何が得意なんだ?」

 

登校を始めて随分立ち、名前で呼び合うようになったキャップは士郎にそう尋ねた。

 

「一応弓の心得があるくらいかな。翔一は?」

 

「断然走ることだな!スピードなら誰にもまけないぜ!」

 

「それはいいな。合同ってことならマラソンとか走り込みだといいな」

 

そんな普通の会話をしてグラウンドに出る。すると女子は既に着替終えて担当であるルー師範代(先生)のもとに集まっていた。

 

「ハイはーい!今日の体育は射撃だよー!弓とライフルがあるから好きな方で組み分けするヨー!」

 

「はぁ?」

 

思わず疑問符を口にする士郎。体育で射撃。しかもライフルと弓とは。普通は陸上競技のいずれかだろうが、と言いたくなるところである。

 

「射撃かぁ・・・」

 

「ライフルと弓って・・・ライフルはともかく弓引ける奴いる?」

 

ふるふると首を横に振る男一同。

 

「しかもこれどのくらいまで測るんだよ・・・」

 

設定されている的はグラウンドの端から端まで準備されているようであり、相当な距離がある。

 

「あーこれあれか。前に京達がS組と決闘したからか?」

 

「体育で決闘?」

 

ようやく馴染んできたとはいえ、いまだこの学園の奇天烈具合に時折ついていけない士郎が大和の言葉に反応する。

 

「そーいやそんなこともあったな」

 

「あの時はライフルだけだった気がするが・・・」

 

「多分弓のほうが得意な奴がいるからじゃない?京とか」

 

確かにとうなずく一同。それを見てなんだか遠い眼をしてしまう士郎。

 

(本当に早まったかもしれない・・・)

 

「まぁなんだ・・・元気出せよ」

 

「源・・・」

 

ポスリと肩を叩かれて我に返る士郎。この健康系ヤンキーと言われる源忠勝だが妙に士郎と気が合い普段から一緒にいることが多い。

 

「よーし!今回も勝つわよー!」

 

「その意見には自分も同意だ」

 

「この勝利を大和に捧げる。だか「お友達で」むぅ・・・」

 

どこかあきらめムードの男子とは違い、おせおせムードの女子たち。

 

「雪辱戦というわけか・・・今度こそあの猿共めに一泡吹かせてやるのじゃ」

 

「まったく・・・こんな玩具の射撃など何の役に立つのか」

 

そう言いながら手元でライフルを解体するマルギッテ。

 

「コラー!銃を解体しナイ!」

 

「すぐに元通りになります。・・・後から不備が見つかっても困りますので」

 

そう言って解体したライフルを元に戻すマルギッテ。軍人の彼女からすればお手の物だろう。だが・・・

 

「・・・。」

 

「・・・なんか士郎の方見てない?」

 

「見てるな」

 

「お前ー!いつからあんな美人と視線で語り合う仲になってんだよー!」

 

ギャーギャーと騒ぐヨンパチだが、士郎はこの時またもやハメられたのではと思考を走らせていた。

 

(登校初日に剣と弓のことを話したからか?剣はまだしも弓か・・・)

 

担当教師であるルーは学園長、川神鉄心のもう一つの顔、武道の川神院の師範代ということが分かっている。ここの所妙に探りを入れられている感が否めない。

 

(マルギッテ・エーベルバッハ・・・はまぁ、クリスのことで目の敵にされているんだろう。だが―――)

 

チリッと背後から感じる殺気にどうするか。

 

(九鬼の人間だな。それも相当の手練れ)

 

この世界における巨大企業九鬼財閥。その跡取り息子と護衛役の女性(子じゃない)に挨拶されて以来度々感じるこの微細な殺気。わざと自分に向かって飛ばしてきているのを無視し続けているのだが、

 

(監視の目が止まらないのはある意味慣れているんだが・・・)

 

正直、やりづらくてたまらないのだ。

 

「それじゃあハジメルよー!」

 

(適当なところで留めておこう)

 

そう結論付けて弓を取る。

 

 

だが士郎はこの時決定的なミスを犯した。何でもないように弓を取ってしまったが実力を隠すならばライフルを取るべき(・・・・・・・・・)だったのだ。これは本人の異常性。衛宮士郎の弓に対する意識が足りていなかったのが原因だ。

 

パスン!

 

「ぬぁー!外した!」

 

「うう~んやっぱり難しいねぇ」

 

開始して数発。男子は早々に的から外し始めていた。

 

「素人ならこんなもんだろ」

 

「まぁうちの戦力はワン子や京だからなぁ」

 

圧倒的に武士娘のほうが実力が上なので彼女らは既に男子から遠く離れたところにいる。

 

タン!

 

そんな中一人だけ。女子と男子の中間で弓を射る男がいた。誰あろう衛宮士郎である。

 

「いやーすげぇな弓が得意とは言ってたけどよ」

 

ほぼすべての男子が脱落した中一人だけ、的を正確に射抜いていた。

 

「京とどっちが上手いんだろうな」

 

「そりゃあ京の圧勝だろ。場所も女子ほど離れてねぇしそろそろ外すんじゃね?」

 

そんなのんびりとした会話をする男子陣。

 

対する女子陣は―――

 

「士郎君すごいわねー」

 

「男子であそこまでできる系いなくね?」

 

「ていうか佇まいからして並の腕じゃないぞ」

 

射法八節という言葉がある。弓を射る上での動作を、足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、残心という八つに分けるのである。

 

とりわけ彼の弓はこの八節が恐ろしく研ぎ澄まされていた。

 

タン!

 

と、また彼の矢が的を射るその様子に焦りはない。まるでただ虚空を見つめるように空虚。

 

(ただもんじゃねーな)

 

その様子を見ていた忍足あずみは思わず冷や汗を流す。わかるのだ。彼が弓を弾く前から射るのが。的の中央に矢が突き立つのが。

 

(あれは外さねぇ。すくなくとも、あたいらの所でも外さねぇ)

 

彼は自分たちより前で射っているがそれは所詮手抜きだろう。そう確信させるほどに彼の弓は異常だった。

 

そこに、

 

(忍足あずみ)

 

(!?ヒューム!?)

 

突然の声に衛宮士郎に注視していたあずみがぴくりと肩を動かす。

 

(奴を推し量れ。奴め相当に手を抜いているぞ。命令だ)

 

 

そう聞いたあずみは思考する。この状況であいつの手中を図るには―――

 

「先生☆!」

 

「ンー?ナンだい?」

 

「このままじゃ埒があきませんしあそこの(・・・・)衛宮士郎君を含めてクラス別対抗などいかがでしょう☆」

 

相変わらず勝負の様相を見せていたのを機に彼を勝負へと引きずりこんだ。

 

「イイネ!僕も彼の実力が気になっていたトコロだしそうしようカ!」

 

それを快諾するルー。彼もまた衛宮士郎を探る一人だった。

 

 

 

 

「おい、また対抗戦だってよ!」

 

「やるからにはかーつ!」

 

「焦っちゃ駄目だよワン子」

 

「うむ。焦りは禁物だな。とくに長距離射撃はほんの少しのズレがあらぬ方へ行ってしまう」

 

そうして始まる対抗戦。F組男子は不得手の者が多く軒並みすぐに外れる。S組男子も健闘するが女子ほどは振るわない。

 

そんな中、

 

タン!

 

的を射る音が響く。それを行っているのは衛宮士郎だった。

 

「ひゅほほ。猿にしてはなかなかやるではないか。だがこの距離ならば・・・!」

 

妙な笑い声をあげながら着物姿で弓を射る不死川心。

 

「うーん。ギリギリセーフだねぇ・・・心にしてはよくやったと思うよ!」

 

「にしてはとはなんじゃにしてはとはー!」

 

それをおちょくる榊原小雪。

 

「でもぉ。今回は一人勝ちかなぁ」

 

「榊原小雪。それはどういうことですか?」

 

一人勝ち。その言葉に違和感を覚えたマルギッテが問う。

 

「だって―――彼、外さないよ?」

 

「なにを―――」

 

瞬間、空気が変わった。

 

タン!

 

また的を射る音。それまでは賑やかになっていた周囲がいつの間にか静まり返っていた。

 

「なにあれ・・・」

 

「いつ構えたんだ・・・・!?」

 

それはあまりに自然に。まるで風景に溶け込むように。番え、射られた矢はやはり中心を射抜く。

 

「京・・・!京・・・!今の何!?」

 

「まるで当たるのが最初から分かってたみたいだったぞ!?」

 

「・・・。」

 

ワン子が京の袖を引く。だが、彼女も訳が分からないと首を振った。ただ一つわかるのは

 

(((こいつ)の人本物だ・・・!))

 

そこからはもはやクラス対抗ではなく衛宮士郎対他の生徒という体を擁してきた。

 

「ちっ!ここまでか」

 

忍足あずみが外す。

 

タン!

 

「ぬぬぬ・・・ダメ!」

 

一子が外す。

 

タン!

 

「むぬー・・・猿のくせに・・・にょわあああ!」

 

不死川心が外す。

 

 

その後も彼の矢は的を射続ける。その顔に焦りはない。ただ空虚な瞳があるのみ。

 

クリスが外し、

 

「この距離では・・・!」

 

ついにマルギッテが外した。

 

残るは京と衛宮士郎のみ。

 

「この勝負F組ノー「先生」」

 

勝利を告げようとしたルーを京が止めた。

 

「京・・・?」

 

「まだ終わってないです」

 

そういう京の額に一滴の汗が垂れる。

 

「クラス対抗ということならすでに勝利を収めているが?」

 

そう言う士郎に京は頭を振る。

 

「うん。でも―――」

 

タン!

 

京も的の真ん中に当てる。だがその表情は険しい。

 

「コレは負けられないから」

 

その姿を見た士郎はフッと微笑むと、

 

「了解した。ならば全霊でお相手しよう」

 

彼もまた矢を射る。

 

矢は的へ。それが当たり前のように吸い込まれる。

 

「京が真剣になってるぞ・・・!?」

 

「京・・・」

 

京が射る。そして士郎が射る。

 

それを何度も何度も繰り返し、ついに

 

「・・・。」

 

京が、中央を外した。

 

それを

 

タン!

 

まるで意も解さぬように。彼の矢が中央を射抜いた。

 

「いい腕だな」

 

「負けた・・・」

 

スッと彼が弓を下す。

 

「先生」

 

そして息をするのも忘れていたように。ルーははっと我を取り戻し、

 

「クラス対抗はF組ノ勝利!」

 

そう告げた。

 




勢いに任せて書いてしまったのでなんだか不完全燃焼気味です。今回は彼の異常性を書きたかったんですが伝わったでしょうか・・・作者が読み取った衛宮士郎の弓に対する異常性はやはり当たると分かっているから当たるというぶっ飛んだ意識なのかなと思います。もちろんそれが間違った魔術鍛錬の副産物というのは理解しているのですが。

感想を書いてくださったみなさんありがとうございます。未熟者ですが誠心誠意書いていきたいと思うのでよろしくお願いします。


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川神院

タイトル通り、士郎が川神院に足を踏み入れます。実はここで初めて気の存在を知ります。そして召喚時に自分を追跡してきたのが誰であるのかも。


「ここが川神院か・・・」

 

地図を手に士郎が訪れたのは川神、ひいては武道の頂点とも言われる川神院。多くの名うての実力者を輩出し、九鬼に次いで大きな発言力と力を持つのがここである。

 

「一成の所を思い出すな」

 

正面の長い階段を見て懐かしい親友を思い出す。それと同時に。

 

(・・・無名のサムライなんかいないだろうな・・・?)

 

階段を上ろうとしてそんな馬鹿なことがあるわけないと頭を振る。

 

ここは違う世界なのだ。それはこの地に来ていい加減思い知った。まず最初に調べたのは日本地図に冬木という地名。己の育った地が地図上にも書籍にも載ってないことに寂しさを覚えたのは記憶に新しい。

そして何より目についたのはやはり九鬼財閥とこの川神院の存在だ。正義の味方として世界を転々とした彼ではあるがこの二つは一度たりとも目にしたことはない。

 

「あ!士郎くーん!」

 

 

元の世界との違いをひしひしと感じながら階段を登り切り、元気な声を掛けられた。

 

「一子さんか。今日は招待ありがとう」

 

「ううん!私の方こそ今日はよろしくお願いします!!」

 

バッ!と頭を下げる一子に士郎は困ったように頬を掻く。

 

「頭を上げてくれ。俺はそんなに大した人間じゃないんだ。それに同級生だろう?士郎でいいよ」

 

そう言って手を差し出す士郎。

 

「・・・わかったわ!よろしく!士郎!」

 

一瞬大和と京の忠告が頭を過ったが、やはり彼が悪人とは思えない一子は笑顔でその手を握り返した。

 

(あ・・・この手)

 

握手をした折、彼の武骨な手に鍛錬の痕を感じてやっぱりこの人は武術を嗜むんだと確信する一子。

 

「よく来たの。衛宮士郎君」

 

「お世話になります。学園長」

 

院の中から姿を現した鉄心に挨拶する。今日は一子の誘いで一日川神院を見学することになっていた。

 

「今日はルーが所用で留守にしておるがの。お主にも良い経験となることを願っておるよ」

 

「勉強させてもらいます」

 

「はいはい!じいちゃん早速摸擬戦したい!」

 

「よかろう」

 

一子の希望で早速川神院内での摸擬戦が始まる。

 

「「よろしくお願いします!」」

 

一子は薙刀を手に。相手の訓練生は刃引きされた鎖鎌。

 

「ここでは主に武具での教練をしているんですか?」

 

いきなり武具を取り出す二人に驚く士郎。

 

「武具だけではないぞ。素手での格闘術も含めあらゆる武術を教えておる。そして“気”の運用じゃな」

 

「気?」

 

初めて聞く単語に疑問を抱く。

 

「そうじゃ。気はどんな人間にも内在する潜在的な力。それをうまく扱えるようにすることもここでの修練じゃ。発現する者はそれなりにいるのじゃが、扱えなければ危険じゃからのう」

 

(気・・・ね。実際の所はわからないが魔力と同じか、それに類するものだろう)

 

魔術、中でも魔力にはオドとマナという概念がある。オドは魔術師の体内に存在する魔力。それを魔術回路に通すことで人工的に奇跡を起こす。

マナは大気に満ちる魔力。世界が保有する巨大な力。状況に応じて魔法陣や術式を使用するのだ。

 

「―――同調、開始(トレース・オン)

 

隣の鉄心を気にしながら魔術を起動する。目を強化し、動きだけでなく戦う二人の内へ目を向ける。

 

(あれが気か)

 

オーラとでも言うべきか・・・それが戦う二人から見て取れる。鎖鎌を持つ訓練生はそれが外にまで放出されており、体を包むようにあるのに対し、一子は体内に満ちるに留まっている。

 

「一子は気が少ないですね」

 

「ほう・・・お主わかるのか」

 

「いままではわかりませんでしたよ」

 

そればかりは本当だった。この地に来てから感じていた謎の力。オドやマナとも違うなにか。霊脈にも満ちるこの不可思議な力は一体何なのかと―――

 

バッ!

 

瞬間巨大な何かが空からくるのを感じ振り向く。そしてソレと目が合った。

 

相手はそれにニヤリと口角を上げ、

 

ドン!

 

と着地した。

 

「おいジジィ!衛宮が来るなんて聞いてないぞ!」

 

「そりゃあ言うておらんからのう・・・」

 

困ったものだと頭を振る鉄心。

 

長い黒髪をもった女性は楽しそうに、獰猛に衛宮士郎を見つめる。

 

「私は川神学園3年F組川神百代だ!お前のことは妹からよく聞いてるぞ」

 

「初めまして。2年F組衛宮士郎です。・・・川神、ということは一子のお姉さんですか?」

 

「ああそうじゃ。血はつながっておらんがの。わしの孫じゃ」

 

そういう鉄心はどうにも困った様子を見せている。それが分からない士郎はとりあえず一子と同じく握手をする。

 

瞬間

 

「―――!」

 

「へぇ・・・」

 

ゾワリと冷たいものが士郎に走った。

 

(なんだ・・・この化け物は)

 

内包する気が尋常じゃない。まるで地球・・・星そのものかなにかのような量だ。それを見せつけるようにその手から放出している。しかも、

 

(初日の追跡者はコイツか・・・!)

 

黒髪の女性ということしかわからなかったがまさかここまで馬鹿げた人物だったとは。

 

「お前、本当に強そうじゃないか」

 

こちらを見る目が完全に獲物を見つけた目だ。知っている。この手の目は強者を前にした時のセイバーのそれと同じだ・・・!

 

「おいジジィ、私と衛宮で組手させろ」

 

「はぁ・・・そう言うと思うておったから言わんかったんじゃ・・・」

 

本当に困ったと頭を抱える鉄心。孫を可愛がる鉄心だが、実際の所、孫である百代のバトルジャンキーぶりに毎度頭を悩ませているのだ。

 

百代はこの年で武神の名がつくほどに強い。彼女の持つ膨大な気とバトルセンスは本物。それ故によほどの人物でなければ一秒と持たない。それが彼女の心ゆくまで戦いたいという欲求を満たすことができない原因になっている。

 

「もちろん本気はださないから!ちょっとだけ!」

 

「・・・衛宮君どうするかね?」

 

本来なら断るべきなのだが孫が可愛い鉄心は聞いてしまう。そして半ば頼むような気配を出す人を前に、衛宮士郎が出す答えは決まっている。

 

「・・・あくまで鍛錬なら」

 

この言い訳もいい加減通用しないだろうな―――そう思いながら承諾した。

 

 

 

「それでは、これより百代と衛宮士郎君の組手を始める。双方、前へ!」

 

そうしてついに士郎はこの世界最強の存在と一戦交えることになる。

 

(手を抜ける相手ではない・・・だが、ここで手札をひけらかすわけにもいくまい)

 

うきうきと心底楽しそうにする女性を前にどうしたものかと考える。

 

正直、勝つ自信はある。先ほどから妙に浮かれすぎている(・・・・・・・・)様子とあの負けず嫌いな、ともすればバトルジャンキーな様子からして彼女にどこかぬるさを感じる。そこを突けば容易に勝利することができるだろう。

 

だがそれはできない。勝つならば文字通り全開で行かねばならない。この世界に来て二か月ほどが過ぎようとしているが、あまりに奇天烈なこの世界で微々たる情報しかつかめていない中、魔術やそれに類することも明かすわけにはいかない。

 

「私は美少女らしく拳だ。衛宮は弓か剣だろ?使わなくていいのか?」

 

(美少女らしく拳とはなんだ・・・)

 

意味不明な言葉に高速で思考をめぐらす士郎はいささか頭痛を覚える。

 

しかし、この提案は渡りに船だった。ごまかすにはちょうどいいモノがここにある。

 

「そうか。では―――一子。君の薙刀を貸してくれないか?」

 

「ほえ!?私の!?」

 

自分の手に持つ薙刀と士郎を目が行き来する。

 

「ああ。これでも長物も扱えるのでね。流石に鎖鎌のような特殊な武器は私には荷が重い」

 

嘘だが。馬鹿正直に武器ならばある程度使えるなどと言う気はない。

 

「おい。手加減してやるとは言ったが全力で来ないなら・・・お前、潰すぞ」

 

ギロリと睨みつける百代。それと同時にビリビリと殺気が発せられる。

 

しかし士郎はその様子にも殺気にも臆することなく、

 

「なに、失望はさせんよ。―――せっかく先輩が手加減してくれるというのだから足らないものを補おうと思ってね」

 

そうして殺気に当てられガクブルとしている一子から薙刀を受け取る。

 

「でも・・・」

 

 

姉の剣幕に怯える姿が小さな子犬を思わせる。その様子に士郎は苦笑を浮かべ、

 

「大丈夫さ」

 

その赤い髪を優しく撫でて安心させるように笑顔を作った。

 

「ではよいかの?」

 

「ええ」

 

借りた薙刀をくるりと回し両手下段に構える。

 

「では、始めッ!」

 

「ふッ!」

 

「はッ!」

 

激突は一瞬百代の拳と士郎の持つ薙刀が交差する。

 

(!この手ごたえ!)

 

一合目の交差で百代はゾクゾクとしたものを感じた。

 

(待ちわびた・・・!待ちわびたぞ!)

 

すぐさま反転。裏拳を背後の士郎に見舞う―――!

 

ガン!

 

しかしそれは百代よりも一瞬早く体勢を立て直した士郎の薙刀に防がれる。

 

「お前―――!」

 

その顔は獰猛な笑顔に戻っていた。コイツは本物だ。弓だけじゃない。近接戦もできる万能型!

 

対する士郎は迫り来た拳を薙刀で防ぎ、受け流す。だがその手に残る感触に顔を顰めたくなった。

 

(手加減の一撃を防いでこの威力・・・やれやれ、これは出し惜しみはできんな)

 

彼女は手加減すると言っていた。事実手加減しているのだろう。一合目の拳は比較的緩やかに見えた。だが、もしこちらが油断していれば薙刀ごと吹き飛ばされていたことだろう。

 

故に彼は手札を一枚切る。この女相手に自力だけでは対抗できない―――!

 

「―――同調、開始(トレース・オン)

 

何度となく繰り返した強化の魔術。投影はごまかしが効かないがこれならば気で体を強化したとでも言えばどうとでもなる。

 

強化された腕から反撃とばかりに連続の刺突が繰り出される―――!

 

「っは!お前本当に面白いな!」

 

常人のそれを超えたそれは同じく常人の繰り出すものとは比較にならない速度で柄を弾くことで防がれる。

 

そのまま彼女は神速の踏み込みで刺突を搔い潜り、拳を突き出す。

 

ガイン!

 

まるで金属がぶつかり合ったのかと思わせる音を響かせてその拳を戻り来た薙刀で受け流し、返す刃で彼女を袈裟切りにする。

 

それを百代はバックステップで紙一重で避け再度突撃。拳の連打を浴びせにかかる。

 

キン!ガン!キイン!

 

対する士郎は冷静に。受け、捌き、時には薙刀を回転させ衝撃を受け流す。そればかりか、受け流した反動を利用し刺突、薙ぎ、石突を繰り出す。

 

クリスの時とは違う。不動ではなく激しい交差。さながら舞踏のように互いの位置が入れ替わる。

 

拳が空を切り薙刀が閃く。その様子を訓練生達が、一子が目を見開いて見守る。

 

「お、お姉さまと・・・!」

 

「あの武神と・・・!」

 

「「互角に渡り合ってる・・・・!」」

 

それは今まで彼らの常識を覆す光景だった。どれほどの武術家でも。数秒とかからず仕留めるあの武神・川神百代が、

 

「はは!ははは!楽しいな!いいぞもっとだ!」

 

額に汗を掻き、気をほとばしらせて舞う。何合、何十合と組み合う。並の武術家ならばもはや倒れ伏し動かなくなるそれを衛宮士郎は鋭い鷹の目と己の経験を駆使して渡り合う。

 

「・・・。」

 

(大したもんじゃ・・・モモと対等に渡り合う若者なぞ終ぞ現れぬと思ておったが・・・)

 

もはや訓練生達の目にも映らぬ速度で組み合わされる拳と薙刀。だが一つだけ彼らにもわかることがあった。

 

衛宮なる少年に限界が近い。それは舞台上で戦う彼らの位置にあった。中央で激しく打ち合っていたそれが段々と後退している。捌き切れず受けに回ることが多くなったために徐々に舞台の端へと追いやられていく。

 

「楽しい!面白い!お前なんでこんなにできるのに隠してたんだ!?もっと早く教えてくれればよかったじゃないか!」

 

「・・・さて。以前に言った通りだが。私は戦いは好まないのでね。確実に火種になるようなものをそう安々と教えるわけがないだろう」

 

拳と薙刀が交差する。これで一体幾度になるのか。もはやそれを知るのは川神鉄心くらいであろう。

 

「そうだったな!―――ああ。楽しかった。私と打ち合えたのは揚羽さんを除けばお前が初めてだ。もっと続けたい。けど・・・お前、もう限界だろう?」

 

「・・・。」

 

百代の問いに士郎は答えない。だが位置は既に舞台端。もはや彼に退路は残されていない。これが野戦ならば、まだ息も乱さぬ士郎は彼女の攻撃を受けきるだろう。しかしこ度は舞台という限られた空間の戦い。

 

「本当に楽しかった。またやろうな―――!」

 

そう言って彼女は今日一番の突きを繰り出す。溢れんばかりに気を込められたそれの名は川神流・無双正拳突き。数多の武術家を葬り去った必殺の剛拳―――!

 

「いかん!モモ―――!」

 

それまで見に徹していた鉄心が動く。それは百代の悪癖にあった。

 

今までどんな相手にも満足できなかった彼女は無意識に手を抜き、相手をたっぷりと味わってから一撃のもとに下すという悪癖がついていた。

故に彼女はスロースターターなのである。だが今回は違う。幾百・幾千と渡りあった時間は彼女の手加減の度合いを引き下げていた。

 

―――拳が迫る。川神鉄心をして間一髪間に合うまいその一撃は仮に薙刀で防いだとしても衛宮士郎に致命傷を負わせる。

 

しかし士郎は変わらずその一撃を見据え、

 

「―――川神流」

 

「な、」

 

それを見て一番驚いたのは誰あろう百代だった。知っている。それは川神流の中で妹が最も愛用する―――

 

「大車輪―――」

 

必殺の剛拳が薙刀に巻き込まれ跳ね上げられる。空を切った拳を全力で(・・・)引き戻し両腕を交差させて、名前の通り遠心力をも利用した一撃に備える。

 

バカンッ!!!

 

「ぐあ!」

 

百代が苦悶の声を上げて吹き飛ぶ。何度も地を蹴り、着地するが、威力が桁違いのそれは彼女を舞台の中央へと押し戻した。

 

「・・・こんな所か」

 

そう言って彼は両手に構えた薙刀の構えを解く。それはこれ以上はやらないという意思表示だった。

 

「・・・なんということじゃ」

 

確実に入ったと思われたその一撃は。まさかの同じ川神流の技にて破られた。それもあの百代の一撃を受け流しその力をも利用したその技はまさにあの技の至高ともいえる練度。

それをこの百代と大して変わらぬ少年がやってのけた。

 

「ぐっ・・・川神流!瞬間回復!」

 

一撃を受けた右腕は骨を砕かれていた。が、それを秘術によって回復する。そして再度突撃しようとした百代だが。

 

「やめいッ!ここまでじゃ!」

 

このままでは試合ではなく死合となる。そう直観した鉄心によって止められた。

 

「なんでだよ!」

 

「モモッ!お主のやりすぎじゃ!あくまでこれは組手じゃぞ!」

 

「けど!あいつは!私に―――」

 

しかしその言葉は続かなかった。

 

「今日の所はここまでとしよう。なに、私は逃げも隠れもしない。こうして試合った以上隠しても仕方がないからな。それに、これ以上はこちらの武器が持たない」

 

士郎はそう言って舞台を降り、一子のもとへと歩む。

 

「少々荒々しかったが損傷はしていない。もし気になるようなら新しいものを使うといい。私としては、このまま使い続けることをお勧めする。良い業物だ」

 

「は・・・はい・・・」

 

呆然とした様子で薙刀を受け取る一子。その薙刀は確かに自分のもののはずなのに。まるで別なナニカ(・・・・)に見えてしまった。

 

「すまんの今日の所は―――」

 

「ええ。その様子じゃ俺がいると爆発しそうですから」

 

肩をすくめて彼は川神院を後にする。

 

「まて!衛宮!次は!次はいつやるんだ!」

 

「そんなに興奮しなくても機会はいつでもあるでしょう。それに、あまり頻繁に来られてもこっちの身が持ちませんよ。後日話し合うということで」

 

そう言って今度こそ彼は川神院を立ち去った。

 




いかがだったでしょうか・・・今回の戦いは彼に非常に多くの制約を持たせた一戦となりました。もっと戦闘描写に力を入れたかったんですが擬音があまり多くなっても幼稚に見えてしまいそうで・・・音楽の力は偉大ですね。今回の戦闘のイメージ曲はマジ恋の戦闘曲ではなく、fateの激突する魂です。

最後に使った川神流・大車輪はもちろん武器の経験から得たものです。ただし、私の書く時空では先代の、ということにしてください。

感想を書いてくださった皆様本当にありがとうございます。fateファンとして、マジ恋ファンとして、楽しんでいただけたら本当にうれしいです。

まだまだつたないものですが頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。


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風間ファミリー

ご感想書いていただいた方ありがとうございます。まだまだ(というか想定しているルート)はやるつもりなのでよろしくお願いします。

武神・川神百代との一戦から翌日。武神に一撃入れて無傷で生還した士郎に川神は騒然としていた。そして最強の切り札を破られた風間ファミリー。大和はそのことに危険性を感じるが、当の本人はいたって楽しそうで・・・

今回はファミリー主軸にかければいいなと思います。


その日川神は騒然としていた。曰く、武神・川神百代と互角に渡り合ったばかりか一撃のもとに撤退させたという噂が広まっていた。

実際はある程度戦って士郎がその場を立ち退いたので撤退させたわけではないのだが噂は尾ひれ背びれがつくものである。

 

「おはよー!」

 

「おはよう」

 

「はよっすー」

 

「おはよう」

 

今日も今日とて風間ファミリーは仲良く一緒に登校していた。

 

「それで?噂は本当なのかよ」

 

早速と言わんばかりにガクトが一子に詰め寄る。

 

「ええと・・・お姉さまが負けたわけじゃなくて、士郎が勝ったっていうわけじゃないんだけど・・・」

 

昨日のことを一子自身受け止め切れていない様子で昨日のことを語りだす。

 

目にも映らぬ激闘。そして歯止めが効かなくなり始めた百代の一撃を自分の得意技・・・それも相当な練度、でいなして逆に百代に深い手傷を負わせたことなど。彼女なりに一生懸命に話した。

 

「モモ先輩の腕を砕くってまじかよ・・・」

 

「うん。技を受けた後、お姉さまがすっごく吹き飛ばされて、右手が大変なことになってたわ。すぐに回復したけど・・・」

 

しょぼんとした様子でいう一子。事実、あの時の百代の腕は瞬間回復がなければ武道家としての危機であったかもしれないほどのものだった。

 

それも妥当であった。後に一子があの川神流・大車輪について聞いたところ、ただの鋭い太刀筋ではなく、百代の正拳突きを絡めとり、威力をさらに乗せて繰り出すカウンターアレンジ技だと言っていた。

なので実際の所は百代の全力ではないにしろ一撃のせいで彼女自身が手痛い傷を負ったというのが川神鉄心の見解だった。

 

「カウンターか・・・自分の時もそうだったな」

 

「クリスの時はカウンターっていうか・・・」

 

「怒り狂って自分からもらいに行った感じだよな」

 

「そ、そんなことはない!自分はあの時も平常心で・・・ってコラー!なんで温かい目で見るんだ!」

 

フギャー!と怒るクリスに皆があははと笑う。そんな平和な登校。なのだが・・・

 

学園へと続く川神大橋を渡っていると。こんもりと積み上げられたなにかが。

 

「あ!お姉さまだ!」

 

「これはまた被害者多数だね・・・」

 

そう。それは人で作られた山だった。ここ、川神大橋は別名、変態の橋という名がつけられている。それというのも毎日何かしらの変態やチンピラが出現するからなのだが・・・

 

川神学園生徒は基本的に皆強いのでそこまで被害が出ていなかったりする。ただ、この橋が学園への通学路ということもあって虎視眈々と百代の武神の座を狙う者たちが出現する場所でもあった。

 

「姉さんまた派手にやったね」

 

「ん?ああ~弟~」

 

大和を見つけるなりむぎゅりとしな垂れかかる百代。

 

「ど、どうしたの姉さん?」

 

なんだか切羽詰まった様子にいつもと調子の狂う大和。

 

「姉さんな~もうお嫁にいけないかもしれないにゃ・・・」

 

「そりゃあこんなに狂暴なら「ああん?」ヒィ!なんでもないっす!」

 

ギヌロと睨めつけられて悲鳴を上げるキャップ。

 

「それってもしかして、衛宮のこと?」

 

「そう!それなんだよ!あいつ私の心に癒えない傷をだな・・・」

 

「姉さん瞬間回復あるでしょ・・・っていうか暑い!」

 

いい加減気温も高まり夏を迎えつつある中なので引っ付いていれば当然暑い。それとは別に、背中に押し付けられる感触への恥じらいもあるのだが。

 

「早く衣替えになんねーかなー」

 

「そうだなぁ・・・」

 

いつもの如くいちゃいちゃと戯れる大和を放っておいて男たちは次の季節に思いをはせる。

 

「それでな?こうビシー!っと打った正拳突きをな?」

 

「はいはい・・・」

 

先ほど一子から聞いた内容をもう一度聞かされる大和。それにどこか違和感を覚えながらも頷いて聞く。それをみた京はちらりと二人を見て、

 

(モモ先輩が衛宮士郎にご執心・・・大和はなんか複雑そう・・・これは、チャンス到来・・・!?)

 

今は戦いのことばかり話している百代だがこのまま士郎に落とされればライバルが消える。

既に衛宮士郎はファンクラブ(本人はまったく知らない)を作り、その優しい性格と、困っているものを放っておけない性根が何人もの女子を誑し込んでいる(やっぱり本人はしらない)。

 

このままいけばモモ先輩をも陥落させるかもしれない。

 

(モモ先輩を攻略するのは難しそうだけどここは攻め時・・・!?)

 

一人悶々と計画を練る京に誰も気づくことなく今日も今日とて登校するのであった。

 

 

 

 

2-S

 

ここは学園の中でも成績トップ50名が集められたクラス。2-F組とは違い、頭脳だけでなく家柄もそれなりの者が多い中、その中心ともいえるのがこの男。

 

「フハハハ!今日も庶民は元気に登校しておるな!関心関心!」

「何時も庶民のことを気遣われる英雄様・・・流石です☆」

 

九鬼英雄である。巨大企業九鬼財閥の跡取り息子として日夜勉学と実質的な業務に携わる割と人外な人物である。そしてその男を護衛する忍足あずみ。

 

「しかし、噂は本当であるのかあずみよ」

 

「はい☆調査しました所、多少違いはあれど、川神百代を退けたというのは事実のようでございますぅ」

 

「そうか・・・一子殿が落ち込んでいなければよいのだが・・・」

 

そう言って彼は険しい顔をする。

 

この男。実を言うと一子にほの字である。だが、一子が過干渉を嫌がっているためあまり積極的にアプローチはしていない。つもりである。

 

「それにしてもあの衛宮という男・・・一体どういう男なのだ?一度(ひとたび)(まみ)えたが特に妙な男には思えなかった」

 

「それどころか学園内での評判はとてもよいですよ。食堂の手伝いや備品の修理・・・まるで人助けをする妖精のようですね」

 

「おお!わが友冬馬よ!そうか、お前がそこまでいう男か!」

 

あずみとの会話に口をはさんだのは葵 冬馬。頭のキレる天才でF組の軍師が直江大和なら、S組の軍師は彼といったところだろう。英雄とも交友関係は良く、英雄が友と呼ぶ数少ない人物だ。

 

「あーなんだっけ。ブラウニー・・・だったか。家主が寝てる間に掃除やらなにやら済ませてくれるとかいう」

 

「ブラウニーってなんかお菓子みたいな名前だねー」

 

そうしてそのあとに続くハゲ・・・坊主頭の井上 準。そして相変わらず何を考えているのかわからない榊原小雪である。

 

風間ファミリーのように自称しているわけではないが冬馬、準、小雪は家族のように仲がいい。

 

「川神のブラウニーか!それは愉快な呼び名だ!今の所悪い報告はないが、あずみ。引き続き情報収集を頼むぞ」

 

「わかりました英雄さまぁ!」

 

彼が因縁があるとはいえ、F組の一生徒を執拗に調べるのには理由がある。

 

(もうすぐ紋の登校が始まる。そして武士道プランも間近に迫っている。得体のしれない者がいる場所に紋達を通わせるわけにはいかん)

 

そう。彼の妹である九鬼紋白の登校と極秘プロジェクトの三人の人物の登校が予定されているため、英雄は未だに経歴不明の衛宮士郎を調べていた。

 

(悪人でなければよい。それならば我が守る庶民の一人なのだからな!)

 

そう結論付けてこの話題は終いにすることにした。彼は自分に付き従う九鬼従者部隊の力を疑っていない。何かあれば迅速に対応するであろうと信じているのだから。

 

 

 

 

 

放課後

 

「なぁなぁ。士郎のことどう思う?」

 

たまらずと言った様子でキャップが言う。

 

「それはファミリーに、って話か?」

 

以前にも話した彼をファミリーに迎え入れるのか。その是非を問いたいのだと大和は推察する。

 

「私は賛成だ!大・賛・成だ!あんな面白い奴は見たことがない!この私を相手にできる唯一の男だ!」

 

「私も賛成!士郎は悪い人じゃないわ。昨日のことで確信したもの!」

 

直に相対した川神姉妹は賛成。一子はあのなんの邪念もない綺麗な笑顔に警戒心は皆無だった。百代は言わずもがな、戦う機会が増えると踏んでだが。

 

「ガクトとモロは?」

 

「俺様様子見だったんだけどよ・・・賛成するぜ!あいつこの前効率的な筋トレ方法を教えてくれてな!ベンチプレスの記録更新しそうだぜ!」

 

「僕もいい・・・かな、この二か月見てたけどすっごく優しいし・・・この前不良に絡まれたとき助けてくれてさ。まるで正義の味方みたいだったよ。・・・京は?」

 

一番に反対票を入れていた京にモロが恐る恐る問いかける。問いかけられた京はというと、やはり本を読んでいたが―――

 

「・・・いいよ。みんなが賛成なら」

 

そう小さく答えた。声色は小さかったがそこに妥協のようなものは感じられなかった。

 

「自分は・・・う~んよくわからない。腕は立つし普段はいいやつなのはわかるけど・・・あいつ、自分とあんまり話さないから」

 

「それは最初が原因じゃねーの?」

 

「だな。こればっかりはクリスが悪い」

 

そう結論付けるキャップとガクト。最初が最初だけにギスギスまではしないものの気まずかろうというのが彼らの見解だった。

 

しかし、本当の所は違う。士郎は何度かクリスに話しかけようとしていたのだ。だがその度にビリリと指向性の殺気をぶつけられて、それが彼女に近づくなというメッセージであることを読み取り、彼は関係が悪くならない程度に距離を空けていたのが真相だ。

 

「となると、最後はまゆっちだな。どう思う?」

 

「ええと、私は・・・」

 

学年の違う由紀江は彼と接触する機会があまりなかった。だが、一つ彼女に訴えかけるものが存在した。それは最近食堂で話題になっている“衛宮定食”である。

 

士郎は料理が得意ということもあり、お昼時の忙しい時間のほぼすべてを食堂の手伝いに当てている。本来は忙しい時だけだったのだが、彼がいるときだけ料理の完成度が異様に高いのだ。それを聞きつけた自称美食家達が本来自分で弁当を持参していたのをあえてせずに食堂で食べるようになった。そのおかげで川神学園の食堂は一年前とは比べ物にならないほど活気に満ちている。そんな中、売り上げが伸びたのだからなにか生徒に還元したい。そうした依頼が士郎の元に舞い込み、ならばということで作られたのが新しいメニュー衛宮定食である。

 

衛宮定食の特徴は安い・美味い・早いの三拍子揃った現在食堂で一番の人気メニューである。内容はその日その日で違うが栄養、カロリー管理がしっかりされており、値段も通常メニューより安く、食券ならば前代未聞の半分に割った半券でいいという大盤振る舞い。値段が安くなったのだから味が落ちるのかと思いきや通常のメニューよりも遥かに美味しくそこらの高級レストランなど歯牙にもかけない美味さ。今では授業終了後に全力で食堂に向かわねば食べることすらできない魅惑のメニューとなっていた。

 

当初自分の名前がついたメニューなど、と言っていた士郎だったが食堂のお姉さま方満場一致で名づけられたのは本人の秘密である。

 

そんな幻のメニューを由紀江はクリスに届けられた差し入れを食してから気になって食しに行ったのだ。

 

そんな折、

 

『あ、あの―――』

 

『今上がるぞ!・・・ん?あの時翔一達と一緒にいた・・・』

 

『は、はい!黛 由紀江と申します』

 

ぺこー!っと頭を下げる彼女に彼は苦笑し、

 

『黛さんか。俺は衛宮士郎。・・・悪い。今ちょっと手が離せなくてさ。もしかして食べにきてくれたのか?』

 

『は、はっひ!そ、その・・・え、えみ・・・』

 

上がり症の彼女は人の名前を付けられた定食を口にすることができずにいた。食堂は戦場、そんな場所でもごもごとすれば、

 

『おいはやくしろよ!』

 

『衛宮定食食えなくなっちゃうだろう!』

 

『あう・・・すみません』

 

そんな言葉に彼女は傷つき邪魔をしないよう別の列に並ぼうとした矢先、

 

『定食にはまだ余裕があるからそんなこと言うな!こんな女の子を責め立てて何しに来たんだ!』

 

と一喝。食堂にいる皆が何事かと目を向ける中、士郎は笑顔で彼女に言った。

 

『衛宮定食だろう?ごめんな。人の名前が付いたメニューなんか言いづらいだろう?』

 

『い、いえ!私が悪い・・・』

 

『そんなことはない。大丈夫だよ。俺もメニューに自分の名前なんか付けられて正直気おくれしてる。―――さ、できたぞ。ゆっくり召し上がれ』

 

そう言って手渡された定食をおずおずと受け取り、

 

『ありがとうごじゃッ・・・!』

 

盛大に噛んだ。それを見た士郎はやはり笑顔で。

 

『ああ。来てくれてありがとう』

 

噛んだことなど気にもせず温かい笑顔で送り出してくれた。

 

 

 

「私も賛成です―――」

 

あの笑顔が頭からこびりついて離れない由紀江は自然とそう答えていた。

 

「まゆっちも賛成、じゃあみんな賛成ってことでいいな?」

 

「だな」

 

「うん」

 

「了解」

 

「でいつにする?」

 

「善は急げだ!今週の金曜日に呼ぼうぜ!」

 

ヒャッホウ!と喜ぶキャップ。

 

「楽しくなりそうだな!」

 

「うん・・・僕もこんなに受け入れるのが楽しみなのは初めてだよ」

 

彼を呼ぶのは今週の金曜日。彼らの秘密を知った彼はどんな反応をするのか、今から楽しみな風間ファミリーだった。

 

 




はい。まゆっちフラグも立ちました。士郎の笑顔って流石主人公と言わんばかりの破壊力ですよね。いわゆるニコポ・撫でポ。そしてド級の鈍感を兼ね備えたどこのハーレム野郎だと言いたくなりますが、そこが彼の魅力でもあるのだと思います。

今回苦労したのはS組での話です。どうにもS組の会話がどんなものだったのか今一記憶に残っていないのです。マルギッテとあずみのインパクトが強すぎて・・・英雄とかどんなしゃべりだったかな・・・という感じでした。

次回は金曜集会・・・と行きたいですが一つ話を挟みたいと思います。

ここまで見てくださった皆様、この話を見てくださった皆様、感想ありがとうございます。引き続き、つたない文ですが楽しんでいただけたら幸いです。


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ドイツ軍人

毎回サブタイトルがネタバレ感あって申し訳ないです。

今回は例の如くドイツの親ばか軍人が出てきます。


目を閉じ、手に馴染む夫婦剣を持ち立つ。

 

構えはなく。両腕はだらりと下げられたまま。

 

―――イメージする。己の人生で出会った最速を誇る英霊。呪いの朱槍を携えた因縁の相手。

 

 

目を開く。

 

相手が動く。さながら閃光のような刺突を両の手に握られた夫婦剣で迎え撃つ―――!

 

双剣が閃く。槍を防ぎ、弾き、逸らす。ひたすらに双剣を振るう。

 

上下左右―――

 

叩きつけられる一撃を双剣を交差することで受け反撃に槍を蹴り上げる。

 

蹴り上げられたことで体制が崩れたはずの相手は槍を高速で引き戻し横薙ぎに一閃。

 

それをバックステップで躱し―――そのまま槍ごと体を回転させこちらの領域を侵略する槍を弾き返す。

 

距離が開く。それは彼ならば一息で詰めることのできる距離。未だ槍は自分を射程内に収めている。

 

先ほどよりも数倍速い刺突が迫る。それまた躱す、弾く、逸らす

 

優雅さは無く。華やかさは無く。ただ武骨に鍛え上げられた剣が舞う。

 

冷静に。冷徹に。迫りくる必殺の一撃を双剣を手に捌き続け―――

 

 

 

「―――」

 

 

 

ピタリと彼の動きが止まる。

 

呼吸を忘れていたかのように体は酸素を求め、酷使され生じた熱を冷却しようと汗を流す。

 

「・・・負けか」

 

そう呟いて彼はピタリと止められた双剣を下す。

 

この地に来て二月。日課となった鍛錬はいつも衛宮士郎の敗北で幕を閉じる。

 

そうして改めて実感する。あの七日間はまさに奇跡の連続だった。今でこそ振るえる双剣も当時はガワだけの玩具に過ぎず。何のために戦うのか。何のために剣を振るうのかすら定まらない小僧が。

 

よくもまああの死地を潜り抜けたものだと思わずにはいられない。

 

「・・・感傷だな」

 

一つ頭を振って呼吸を整える。世界を渡り歩いたことはあるが世界を通り抜けた(・・・・)のは初めてだ。これもホームシックと呼べるのだろうか。

 

ふうっと両手に握られた夫婦剣が消える。そして彼は取り合えず見つけた衛宮邸に似たごく普通の家の庭を後にする。

 

そして向かうのは土蔵。残念なことにこの物件には土蔵がなかったのだが後から建造したそれに向かい、厳重にかけられた鍵を外す。

 

一面のブルーシート、それをまくり上げ、

 

同調、開始(トレース・オン)

 

何も映らぬ地面に魔力を流す。そうして現れたのは土蔵の地面を覆う魔法陣。最近わかった霊脈から魔力を吸い上げ、近く、遠い何処かへと魔力を送る。

 

本職の魔術師からすれば無駄もいいところの魔力を発信する魔術。本来であればそんなことをすれば本来潜むはずの自分の位置を教えるようなもの。だがこの術式は少し用途が異なる。

 

―――それは、第二魔法の運用

 

その一部を刻んだ術式。衛宮士郎に第二魔法は使えない。こと剣に特化している彼にそんな奇跡は発現させられない。

 

だが、一度見た術式。それも念入りに、これ以上ないほど詰めに詰めたのだから詳細は頭の中に叩き込まれている。だが、こともあろうにあのうっかりは―――

 

『繋がった!繋がったわ!』

 

『本当か!?』

 

『おめでとうございますリン』

 

『おめでとうございます姉さん!』

 

ついに第二魔法、その(一端だが)を成功させたことに歓喜すると遠坂と一同。長かった研究もこれで報われると。予算と予算と予算とたまに犠牲(士郎)が報われると思ったのだが―――

 

『あの・・・開いたままなのですが、どこへ繋がったのですか?』

 

『・・・あ』

 

やっちまったとでもいうような声を皮切りに、周囲を巻き込むように急速に収縮を始めるそれに巻き込まれそうになった当の本人(遠坂凛)をとっさに突き飛ばし―――

 

『シロウ!』

 

セイバーの悲痛な叫びを最後に彼はこの地へと叩きつけられたわけだった。

 

「今日も応答なし・・・か」

 

はぁ、とため息をついてブルーシートを掛け直す。

 

門外漢である彼にはこの方法であっているのか、そもそもこれは意味のある事なのか判断はつかない。

 

しかし、彼にできるのはこうして第二魔法の術式を使用し己の魔力を何処かもわからないところに打ち上げその存在と座標となる導を発信するしかない。

 

運が良ければ今頃必死になっているだろう(でなければ困る)遠坂に届くか、キャッチしてもらい、迎えに来てもらう他ないのだ。

 

「そろそろ夜が明けるな」

 

明るくなってきた空を見て今日も一日の始まりだ。と屋敷に戻っていく。こうして彼の日常は幕を開ける。皮肉なことに、それが自分の望んだ平和な時間だということに気づかぬまま―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、状況を説明してくれるのかね?」

 

嫌味をたっぷりと込めて隣に座る赤髪の女性。マルギッテに問う。

 

「無論です。貴方をある人物に会わせるのが今回の任務です」

 

「・・・君が軍人で、任務なのはわかるがな。私はただの一学生で今日は通常通り登校日なのだが」

 

「御冗談を。天下五弓の椎名京を下し、武神・川神百代と渡り合う貴方が一般人?とんだ笑い話だ」

 

ビリビリと車内を支配する。ちなみに運転しているのは彼女の部下らしいが、後に彼女は二度とあんな状況はごめんだとコメントしている。

 

「手荒な真似はしません。貴方には私の上司とあって頂くだけです」

 

「手荒もなにもこうして車内に問答無用で押し込められている時点で手荒だろう・・・ドイツには礼儀というものが存在しないのかね?」

 

「ッ・・・・!!!」

 

ビキリとマルギッテの額に青筋が浮かぶ。祖国ドイツを侮辱されて今にも一触即発の雰囲気である。

 

「・・・そう言う貴方は年上に対する礼儀がなっていないようだ」

 

「はて、君は私と同学年の2-S所属の留学生ではなかったかな?多少の違いはあるが、対等な立場だと思うのだが」

 

もはや売り言葉に買い言葉状態である。マルギッテはそれはもう今にも射殺さんばかりの殺気を向けているが士郎はどこ吹く風。皮肉気な笑みすら浮かべている。

 

(ヒィ――早くついてください!!!!)

 

内心悲鳴を上げる運転手の心しらず車は走る。

 

「と、言葉遊びはこのくらいにして・・・もう少し情報が欲しい。君の上司とは?」

 

「っ・・・・フランク・フリードリヒ中将です。クリスお嬢様の御父上であり、私の上司になります」

 

上手く乗せられた自分に屈辱を感じながらそう答える。

 

「中将殿・・・そんな人物が私に一体何の用事だというのだ。わざわざ学校をサボらせてまで」

 

「学園には連絡済みです。具体的な内容は私にもわかりません。ただ中将はお忙しいのでこの機会しかなかった」

 

「・・・まさか、お忍びで来日しているのか?」

 

ますます意味が分からないと士郎は頭を振る。中将ともなればそうそう軍務を離れて他国へなど来られないだろうになぜそんな手間をかけてまで。

 

「とはいえ、こうして車に乗せられている時点で私に拒否権はない。精々、初めての旅行を楽しむとするさ」

 

そうして窓枠に頬杖をついて外を見る。景色は全く見慣れないものに移り変わってしまっている。はてさてどこまで連れていかれるのやら―――

 

 

 

「着きました。ここです」

 

そうして結構な時間車に揺られてついたのはなんと箱根の旅館だった。

 

「これは随分・・・」

 

高そうな旅館だな、という言葉を飲み込む。なにせ軍の中将との面会ともなれば選ばれる場所も相応の場所だろう。

 

「いらっしゃいませ」

 

「お世話になります」

 

恭しく礼をしてくれる女将にこちらも頭を下げる。

 

そして案内された先にいたのは―――

 

「やあ。君が衛宮士郎君だね。遠い所ご苦労だったね」

 

黒い軍服を着た壮年の男性だった。

 

「初めまして。衛宮士郎といいます。」

 

そう言って礼をする。歳は40代後半といった所か。ぴしりとした佇まいに本場軍人の気配。これは難敵だぞと内心思う。

 

 

「どうぞ楽にしてくれたまえ。今回は急に呼び出して悪かった」

 

「いえ、学園への手続きもしていただいたようですしこんな立派な所に連れてきていただいて感謝しています」

 

特に後ろめたいこともないので通常通り挨拶する。―――流石に、ドイツ軍中将を敵に回すのは避けたいところだ。

 

「・・・うむ。その佇まい。乱れぬ姿勢。こうして私と話す胆力。学生にしておくのは惜しいな」

 

「中将殿にそう評価してもらえるとは、恐縮です」

 

話してみればそこまで険悪ではない。娘さんをコケにした仕返しにでもきたのかと思ったのだがそうでもないらしい。

 

「一応君のことを調べさせてもらった。もちろんプライベートなことは控えさせてもらったが・・・いささか気になることがあってね。こうして君と直接会うことにしたのだよ」

 

「はぁ・・・気になることとは?」

 

自分のことを嗅ぎまわっている輩がいるのは知っていた。それはそうだ。こんな一切経歴の存在しない人間がこの世にいるわけがないのだから。だが、そこは曲がりなりにも魔術使い。疑われはしても立証できない程度にはしたが―――

 

「短刀直入に聞こう。君はクリスを・・・娘のことをどう思っているのかね?」

 

「は?」

 

思わず士郎はポカンとしてしまった。

 

(娘のことをどう思っている・・・?なんだ?何が聞きたいんだこの人)

 

思わず素で思考してしまう士郎。だがとりあえず無難な返答をしておくことにする。

 

「失礼。初めこそよくない出会いでしたが、今では良い同級生だと思っていますよ」

 

「そうだったね。あれはクリスの抑えきれぬ遊び心といったところだろう。君には大変失礼をした。クリス共々謝らせてもらうよ」

 

「いえ、もう過ぎたことですから・・・」

 

さっぱり状況の読めない士郎。幾千の戦場を渡り歩いた彼だがここまで意図の読めない対談は初めてである。

 

「それで君はクリスのことをどう捉えているのか教えてほしい。―――なにせ留学をさせている身なのでね娘の近況をよく知りたいのだよ」

 

(言葉は違うが聞いていることは同じじゃないのか!?)

 

思わずツッコミを入れたくなる士郎。

 

「そうですね・・・私はクリスティアーネさんとはあまり接点を持たないのですが・・・他国という環境にめげずに頑張る笑顔の素敵な娘さんだと思いますよ」

 

「ふむ。それで」

 

(接点がないと言っただろう!他に何を話せというんだ!)

 

もういい加減にしてくれと頭を抱えたくなる士郎。かくなる上はこちらから聞くことにする。

 

「失礼ですが・・・フリードリヒ中将のお聞きになりたいことが私にはわかりません。貴方は何を聞きたいのですか?」

 

ピクリと後ろに控えるマルギッテが反応する。

 

「・・・そうだな。君には話してもいいだろう。クリスは美しい。ドイツの宝だ。それ故によくない虫をおびき寄せてしまう」

 

そうして語られたのは如何にクリスが美しくそれ故に男を引き付けてやまないのかをこんこんと説かれた。

 

(つまり娘に恋人ができないか心配なのかこの人)

 

みっちり一時間聞かされてようやっと理解に至ったのはなんとも馬鹿らしい親バカな一面だった。

 

「それで改めて聞きたい。君はクリスのことどう思っているのか」

 

(接点ないって言ったよね!大丈夫かドイツ軍!)

 

本当に頭を抱えたくなる士郎。大体にして話しかけようとする度にそこのマルギッテが殺気を飛ばして警告してくるので満足にコミュニケーションを取れなかったのだ。

 

(そうだな・・・)

 

:仮定1

 

『クリスティアーネさんとは同級生ですが恋愛感情は持っていませんよ』

 

『それはクリスに一切の魅力がないということかね?』

 

バン!

 

(!?)

 

目の錯覚か・・・何故か銃で撃たれる未来が見えた。

 

:仮定2

 

『クリスティアーネさんはとても魅力的な女性ですね』

 

『貴様のような得体のしれない男にクリスはやれんな!』

 

バン!

 

(!!?)

 

おかしいな。また撃たれる未来が見えた。

 

(というかどっちで答えてもこの親バカは撃ってくる・・・アレ?詰んでないか!?)

 

この超ド級の子離れできない親バカを一体どうやっていなせばいい!?

 

考えに考え、どうやっても回避不可能な死(道場行き)を衛宮士郎はかつてないほど思考を回転させてこの場を凌ぐ方法を考える。

 

大丈夫だ!俺には心眼(真)Bスキルがある!窮地だ!発揮しろ俺!

 

(残念ながら鈍感(超ド級)のスキルを保有してるから無理だにゃ~)

 

(黙れ!この万年愉快犯の穀潰しが!!!)

 

僅かに見えたなにやら虎の毛皮を纏った女性に心の中で罵声を浴びせ、

 

ふっと。真っ赤な美しい髪が目に入った。

 

(これだ!!!)

 

活路を見出した士郎はその言葉を口にする。

 

「クリスティアーネさんは大変魅力的な女性だと思いますが・・・」

 

「・・・・ふむ」

 

「私としては、そこにいるマルギッテさんの方が魅力を感じますね」

 

「・・・は?」

 

虚を突かれたようにそれまで不動だったマルギッテが狼狽えた。

 

「え、衛宮士郎それはどういう―――」

 

「言葉通りの意味ですが。美しい赤髪。凛とした佇まい。そして時折みせる可愛さが私はクリスティアーネさんより素敵だと思います」

 

(巻き込んだのはお前だ!責任を取れ!)

 

内心は車内の言葉遊びの延長線上のつもりで言う士郎。

 

「か、可愛い?私が・・・?」

 

(・・・アレ?)

 

罵倒の一つでも飛んでくるのかと思いきや、なにやら呆然としているマルギッテ。

 

「そうか!うむ!マルギッテは私の部下の中でも飛び切りの美人だからね。彼女に見惚れるのも無理はないな」

 

「ちゅ、中将!?」

 

「いや疑ってすまなかった。そういうことならば私は応援させてもらうよ。マルギッテも私の娘のようなものでね・・・っと続きは風呂に入りながらでも」

 

「えっとはい・・・」

 

(アレ?間違えた?え?アレ!?)

 

大混乱に陥る士郎。本当ならば、「誰がお前のような奴に!」とか、「私と貴様が釣り合うとでも?」とかそういうのを想定していた士郎。

 

同じように混乱するマルギッテをそのままにフランクと士郎は室内を出る。

 

(・・・やっちまったかもしれん)

 

と遠い目をする士郎。その目に映るのは風を巻き上げフル武装のセイバーと、笑ってない笑顔で微笑む赤い悪魔。そして―――なぜか。真っ黒に染まった桜の姿が―――

 

(―――ふん。理想(フラグ)を抱いて溺死しろ)

 

ゴミムシを見るかのように吐き捨てる赤い弓兵の姿が映った。

 

 

(てめぇにだけは言われたくねぇーーー!!!)

 

と、どこかで人類の救済をしているだろう背中に叫んだ。

 

 

 




親バカドイツ軍人と飛ばされた経緯など書かせていただきました。

飛ばされた経緯については単純明快で、第二魔法(一部)を成功させたい!→世界の壁に穴を開ける!→そこから魔力を持ってくる!というHFを見た方ならばわかる流れなのですが、肝心の座標を指定していなかったので無作為に穴が開き並行世界というくくりではない所に穴を開けてしまったという感じです。そして士郎は付き合わされた研究の一部を使ってSOSの信号弾を毎日打ち上げている感じですね。

そしてこの親バカドイツ軍人に関しては気持ち悪いかもしれませんが相当にニヤニヤしながら書かせてもらいました(笑い)私個人としてマルギッテさんはちょろい所があるということと、エミヤ口調のやり取りからのギャップ、そして今後の予定で落ちてもらう予定です(確定)というかクリスに接触するたびに殺気飛ばしているということは常日頃から彼を陰から観察しているわけで・・・

フランクの問いがさっぱりわからないのは衛宮さんお得意の鈍感スキルの発動です。大和は鈍感系主人公ではないので展開がすぐに行きましたが、我らが衛宮士郎はそんなものお空の彼方においてきてしまったのでフランクの意図が読めませんでした。

感想いつもありがとうございます。皆様本当にfate、マジ恋好きなんだなぁ・・・うれしいなぁと見させてもらってます。fateもマジ恋も私が作ったものではありませんけれど、同じものが好きな皆様と一緒に頑張っていきたい所存です。


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幕間:マルギッテ2

前回に続きもうちょっとだけ続きます。というのも、マルギッテは自問自答するイメージなのでストーリーと今一絡めづらいと思うからです。


衛宮士郎を旅館に案内し数時間。それまでクリスお嬢様のことで険しい顔をしていた中将がすっかり柔和に笑んで衛宮士郎と語り合っている。

 

「ほう!君はドイツ語も話せるのか」

 

「はい。得意ではありませんが通常の会話であれば問題ないかと」

 

中将は日本が好きだ。祖国にも劣らない技術となにより古くからあるとされるサムライ魂に心惹かれ度々日本のことを調べては商品を取り寄せたり部下からレポートを受け取ったりと。

 

そんな中将は秘密ではあるが結構日本に訪れている。今回のようにお忍びではあるが、日本をその身で堪能したいとのことでこうして宿をとることもままある。

 

入浴され、今は浴衣姿となった中将と衛宮士郎。・・・とついでに私。

 

本来短時間の日帰りのはずがどうにも一泊する様子を体してきている。

 

目の前にある豪華なこの宿の心づくしを口に運んでは楽し気に話す中将はもう社交辞令ではなく、私達やクリスお嬢様といるときのように優しい眼差しをしている。

 

―――心からこの時間を楽しんでおられるのだろう。

 

対する私と言えば。先ほどの衛宮士郎の世辞(爆弾)に思考を未だに惑わされている。

 

 

 

『・・・。』

 

『なんですか。人のことをジロジロ見て。このようなものは似合わないと自覚しています』

 

『いや、そんなことないと思うぞ。流石だな。元が綺麗だから浴衣、とても似合ってる。素敵だよ』

 

『っ・・・!』

 

思わず恥じらいで身をよじってしまう。どうしてこの男はこうポンポンと考えなしに人の姿を褒めやかすのか。

 

そもそもだ。車内ではあんなに自分を挑発していたというのにこの手のひら返しは一体なんだ。あの大人びた皮肉屋が鳴りを潜め、年相応のものになっている・・・少し無愛想だが。

 

「どうかね。学園卒業後はドイツに、私の所に来ないかね?」

 

「!?」

 

思わずギクリと体が変な動きをしてしまう。中将の人を見る目は本物だ。その目がこの短時間でこの少年を自分の部隊に必要な人材だと見出したということだ。

 

「あはは・・・ありがたい話ですがまだ二年ありますし・・・。それに―――俺には目指すものがあるので」

 

やんわりと、しかし、明確に断った。

 

「ほう・・・その歳でもう未来を見据えているのか。良ければ聞かせてくれないかね。その目指すものとはなんなのか」

 

断られたというのに愉快そうに聞く中将。対する衛宮士郎は少し間を開けて、

 

「なってみたいんですよ。正義の味方(・・・・)ってやつに」

 

そう、夢物語を口にした。

 

「・・・ふふ、ふははは!正義の味方とは!これは大きくでたな!」

 

「正義の味方・・・?」

 

なんだそれは。夢物語にもほどがある。

 

それがいったい何を示すのかこの少年はわかっているのか―――

 

そう思い隣に座する少年を見たとたん、

 

 

―――その、何もかも理解しているという眼に意識を奪われた。

 

 

「君はそれが何を意味するのかわかっているのかね?」

 

「ええ。正義とは秩序を現すもの。全体の救いと個人の救いは両立しない。正義の味方は味方をしたものしか救うことはできない。けれど―――」

 

―――美しいと感じたんです。

 

そう彼は真っすぐに言った。

 

「自分より他人が大事なんてのは偽善だと分かっています。それでも、そう生きられたのならどんなにいいだろうと憧れた」

 

だからと、彼は何時しか鋭い眼差しをした中将を前に胸を張って―――

 

 

「俺は無くしません。引き返すこともしません。なぜならこの夢は決して―――」

 

間違いなんかじゃないんだから―――そう、言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

その夜。マルギッテは不可解な夢を見ていた。

 

『作戦は以上だ。意見のあるものは』

 

『いないようだな。この作戦の要はお前だ、士郎』

 

士郎と、呼ばれた赤毛の青年が立ち上がり、

 

『了解した。なに、少々派手に動き回ればいいだけのこと。ましてや―――』

 

君が一緒なら―――

 

そう言って優しい微笑みで自分を見つめるその顔が―――

 

 

 

「うわあああ!?」

 

ばさりと悲鳴を上げて飛び起きる。

 

「はっ・・・はっ・・・夢・・・?」

 

ブンブンと周りを見渡して、そこが箱根の旅館の一室だということに安堵する。

 

ドクドクと、心臓がこれまで経験したことないほどに脈打っている。

 

そうだ。あの談笑の後、

 

『む、君か。・・・うむ・・・うむ。分かった。すまないね衛宮士郎君。急用ができてしまった。私はここでお暇させてもらうよ』

 

『いえ。この度はありがとうございました』

 

『いやいや、礼を言うのはこちらの方だよ。君との会話は実に楽しかった。それ故にこんな時間になってしまって申し訳ない。手続きは私の方で取っておくので今日は泊っていくと良い』

 

『え、いやそれは・・・』

 

『なに気にすることはない。今から帰ったのでは深夜になってしまうからね。それで学業に戻れとは酷な話だ。それに君は様々な所で貢献していると聞く。今日明日くらいはゆっくり休んでいきたまえ』

 

中将はそう言ってサッと軍服に着替え行ってしまった。そして去り際に、

 

『少尉。君も一泊して衛宮士郎君と共に帰還したまえ』

 

『そ、それは!』

 

『心配することはない。部屋はもう一つ別室を取ろう。まぁ、サムライ・・・正義の味方たる彼が間違いを犯すことなどないし、君にも休暇が必要だろう』

 

それだけ言い置いて彼は祖国ドイツへと帰ってしまったのだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・なんという・・・」

 

普通夢など起きれば忘れてしまうもの。それがありありと頭にこびり付いている。

 

―――あのまま眠り続けていたら確実に・・・

 

「・・・ッ!!!」

 

ブンブンと頭を振る。こびりついて離れないあの微笑みを頭から追い出そうと必死に。

 

深く息を吸い、吐く。心臓はまだトクトクと激しくないまでも早く脈打つが時間は彼女を徐々に冷静にしてくれた。

 

「・・・はぁ」

 

ようやく落ち着いた彼女は自分がびっしょりと汗を搔いているのを感じて顔を顰める。

 

「・・・お風呂に入りましょう」

 

もう一度はぁ、とため息をついて入浴道具を持って部屋を出る。

 

ちょろちょろと池の水が流れる音と流れる風が火照ってしまった体に心地いい。

 

時間は夜明け前といった所か、僅かに空が明るくなり始めている。

 

綺麗に清掃された廊下を歩く。砂利の敷かれた広い庭を迂回するように進み、直進した先が浴場だったはずだ。

 

あの夢は一体何だったのかとようやく冷静に向き合えるようになってきたマルギッテ。しかしまたもや彼女は飛び上がることになる。

 

「あれは・・・衛宮しろッ・・・!!」

 

広く取られた庭には立ち入れるスペースがあり、整えられた風景を楽しむことができる。そんな場所に件の衛宮士郎がポツリと立っていたのだ。

 

ようやく落ち着いてきたというのにその背中を見てまたもや心臓が騒ぎ出し、思わず大きな声を出しかける。顔は見えない。だが、夢の時の微笑みがやはり頭にこびり付いていて。

 

(一体何だというのですか!小娘でもあるまいに!)

 

今年で彼女は21歳。学園に通ってはいるがもう立派な大人だ。それも自分は軍人。己の心を律することなど造作も―――

 

ない。そう言いかけて異変に気付く。人気がないのはわかる。こんな夜が明ける前の時間にうろつく客はいないだろう。だが、周囲がピンと張りつめている。

 

まるでこれから戦闘が始まるかのような緊張感。その原因は中央に立つ衛宮士郎。両手に白と黒の中華刀を手に静かに佇んでいる。

 

 

 

―――瞬間

 

 

 

二刀が舞う。だらりと下げられた両の腕が一瞬にして振りかざされ空気を裂く。

 

下段からの切り上げから始まり横一線、袈裟懸け、両刀を大上段から振り下ろす。

 

その姿に舞踏のような華やかさは無く。ただ武骨に練り上げられた双剣が空を切る。

 

ヒュンヒュンと双剣が舞う。見れば彼は浴衣の上半分を脱ぎ裸身をさらしている。その鍛えられた背中が躍動し、双剣が舞い踊る。

 

その速度は時を追うごとに加速。裸身をさらしている以上この空を切る音は服が立てるそれではなく、双剣が空気を切り裂く音。

 

―――インッ―――インッ

 

既に双剣はマルギッテの目にすら映らぬ速度で振るわれる。空気を裂く音がまるで金属を叩くかのような音を立てる。

 

その姿をマルギッテは呆然と目にしていた。いつもならば血が騒ぎ戦いを望むであろう彼女が、

 

この空気に飲まれたように微動だにせずその姿を見つめる。

 

 

 

 

どれくらいそうしていたのか。一人の観客を前に振るわれていた双剣がピタリと止まった。

 

「―――」

 

静寂が戻ってくる。元より大きく鳴り響くような音ではなかったが、その音は彼女の奥底に未だ鳴り響いている。

 

「―――マルギッテ?」

 

「・・・。」

 

呆然とこちらを見つめる彼女に気づいた士郎が声を掛ける。だが彼女は心ここにあらずと言った様子でこちらを見ていた。

 

「・・・ふむ」

 

両手の双剣に目を移し、そして自分が上半分を脱いでいたことに気が付き汗ばむのを気にせず羽織りなおす。双剣は両手の袖に隠すようにして消す。

 

「マルギッテ。マルギッテ!」

 

「・・・はっ!」

 

近づき軽く肩を揺さぶり、何度か声を掛けてようやく彼女は正気を取り戻した。

 

「マルギッテ。こんな時間になにやってるんだ?」

 

「そ、それは私のセリフです。貴方こそこんな時間に何をしているのですか」

 

そんなことはわかりきったことだった。だが、未だ夢から覚めたばかりのように頭の働かないマルギッテはそんなことを聞いてしまう。

 

「そりゃあ鍛錬に決まってるだろ。女将さんにお願いしてこの場所を借りたんだ。それ以外に刃物を振り回す理由なんかない」

 

そう言って腕を組む士郎。

 

刃物、と聞いてようやく彼女の思考が回転を始める。

 

「二刀使いだったのですか」

 

「ん、あー・・・そうだな。大抵の武器は扱えるが、一番はアレだな」

 

組んでいた腕を解いて困ったようにガシガシと頭を掻く士郎。そして、

 

「このことは秘密にしてくれよな。・・・決闘なんか御免だぞ」

 

「なぜ?」

 

そう問うマルギッテ。ここは箱根だが川神は武道の栄える都市。あれほどの腕前であるならばさぞ名声が上がるだろうに。

 

しかし士郎は逆に困惑したように、

 

「なぜって・・・正義の味方が望んで戦いを起こしてどうするんだよ」

 

「それは・・・」

 

その言葉に何も言えなくなるマルギッテ。そう。彼は来たるべき戦いに備えて腕を磨いているのであって、いたずらに争いをこのまない性格だった。

 

「それより、もう朝になるぞ。・・・体も冷え切っているし、一度風呂にでも入ってあったまってきたらどうだ?」

 

「そ、そうですね・・・」

 

どれくらい惚けていたのか。汗を掻いていた体は冷え切っていて思わずクシュンとくしゃみをする。季節は夏になりつつあるが、この時間はまだ冷える。

 

「ほら。このままだと風邪を引く。朝食まではまだ時間があるし俺も汗を流してくるから」

 

そう言ってぽんと肩を叩いて彼は立ち去っていく。

 

「衛宮士郎・・・」

 

その後ろ姿を見送ってまだぬくもりの残る肩に手を当てる。

 

なにもなかった。そう、特におかしなことは何もなかったのだ。彼は早朝の鍛錬をしていて自分はそれを見かけただけ。川神ならばどこにでも溢れる光景だ。

 

だが、この光景が後にも彼女の奥底に残り続けるのはとても―――不思議なことだった。

 

 

 




マルギッテ編その2でした。前回書かせて頂いた通りマルさんはちょろちょろマルさんになる所があると思うのですが今回はそういうことではなく、士郎の不思議な魅力に翻弄される所が伝わればいいなと思いました。

弓もそう、というか全体的に魔術が根底に存在する士郎の武技は気を扱う川神とは違う魅力を醸し出すと思うのです。

今回実は士郎はきちんと人払いの結界を張っていました。でないと夜明け前とはいえ大変なことになってしまいますからね。今回マルギッテが紛れ込んだのは彼女なりのメルヘンな夢を見て正気を失っていたので誤って踏み込んでしまった感じです。

たくさんの感想、お気に入りありがとうございます。誤字報告もとても助かっています(作者は学がないもので・・・ごめんなさい)正直こんなにもたくさんの方に見ていただけてるなんて夢のようです。これからも頑張って書いていきますのでどうぞよろしくお願いします。


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:現時点での主人公の情報:

士郎の状況とかようやくかけるとこまで来たので現時点での情報を書きたいと思います。


主人公:衛宮士郎

 

年齢18歳(実年齢28歳)

身長187cm

体重78kg

 

本作の主人公。正義の味方としてセイバー、ライダーと共に各国を行脚しながら遠坂の研究を手伝っていた。魔術礼装(アクセサリーやアミュレット)を作成することができるようになったせいで度々凛に搾取されていた(なんでさ)。遠坂に大一番の実験に付き合うよう言われ帰国。ゆっくりする間もなく研究室に連れ込まれ妙に嫌な予感を感じていた(実は女難の相のおかげ)。実験失敗の直後、とっさの判断で術者の凛を突き飛ばし彼女が開けてしまった穴に吸い込まれる。世界を隔てる壁を通り抜ける際、英霊の座となんらかの接触をしたのか微妙にアーチャーの記録が混ざりかけた。

本職からすれば幼稚にも過ぎる隠蔽工作で戸籍や家などを取得しているためマルギッテ率いる猟犬部隊や九鬼従者部隊に探られているが、政府はちゃんと誤魔化せてる。元の世界には存在しない気の要素や、身体年齢(あくまで老朽具合)が若返っていることなど、神秘の探究者としては門外漢故にわからないことが多く、毎日魔術でSOS信号を上げているが、第二魔法などそうそう成功するわけもないという諦め感もあり、とりあえずマジ恋世界で成人するまではどこかの学校に通う体を取り、それからはまた正義の味方として各国を回ろうと思っている。前の世界で実績や人脈がいかに重要かを学んでいるのでそういったものを作りやすく、近場にある川神学園をえらんだが・・・。

 

クラス別能力

 

なし

 

英霊ではないのでクラス別能力などは存在しない。

ただし、赤原礼装を装備すればクラス能力並の対魔力を得ることはできる。

 

保有スキル

 

なし

 

上記の通り英霊じゃないのでスキルなどは持っていない。(話の中でもっている!というのはもちろんネタ)

スキルとしてではないが英霊・エミヤにかなり迫っているのでエミヤが持つスキル相当の能力を持っている

 

千里眼:射程はFate/hollow ataraxiaで描写された新都から大橋までの4キロを適用。本編でも語られてるがあくまでタイルまで数えられる距離であり、遠くの人物を見るとか程度ならさらに伸びる。最初の夜、自分を察知した百代を視界にとらえたのは彼の目をもってしても黒髪・女性(胸部装甲で)としか判別できないくらいの距離。

 

魔術:基本は強化と投影。自分の魔術の根本を理解しているので投影はアーチャーレベル。 オリジナル要素として魔術による強化は気による身体強化には届かない。ただし、宝具を投影、真名開放した場合、気の技で対応することはできない。例えば、百代がどんなにがんばっても、折れず曲がらず、切れ味が落ちないという概念を持つデュランダルを折ることはできないし、全力の星殺しでもアイアスを貫通することはできない(気には概念というものが存在しないため)。

ただし、干将・莫邪や無名の剣とかなら普通に耐久度の問題で壊れる。

 

魔術2:基礎中の基礎は扱うことができるようになった。ただし、やっぱりへっぽこ魔術師なので洗脳とかそういうのは苦手。ただし特性柄、魔法陣書いたりするのは凛より上手い(でも発動できない)。どうしても必要な場合はそういった力を持つ剣を投影して代用してる。

 

心眼(真):窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。百代との闘いで彼女が非常に油断していること、理由はわからないがスロースターターである悪癖を見抜き、一子の川神流・大車輪をアレンジ、即座にカウンター技とするのに貢献した。だが、もちろん手繰り寄せるのは戦闘に関してのみであり女難の相に効果は発揮されない(笑)。

 

 

鍛造:今作の士郎は投影だけでなく自分で鍛造を行うことができる。ただし、現在は満足のいく鍛造所が作れていないのでまだやってない(後に作るようになる予定)。行う際は当然解析や魔術による強化、付加能力をつけられたりと鍛冶師としてチート級。とはいえ当然宝具は作れない(彼に村正要素はない)。

 

 

遠坂凛:28歳(歳を聞いた人物はもれなく・・・)

 

士郎がマジ恋世界にぶっ飛ばされた元凶。赤い悪魔。実験の際使ったのは一から自分で作り上げた宝石剣。HFでは士郎の投影品だったのできちんと開けた穴の先がIFの同じ場所だったのに対し、何とか並行世界と繋げようということで頭がいっぱいでどこにつなげるかの設定をし忘れた。現在必死に士郎を捜索中。

 

間桐桜:27歳

 

衛宮家の良心・・・ただし怒らせると黒くなる。凛・士郎と共に時計塔に行ったので本来の特性の虚数魔術を操れるようになった。実は凛に多額の資金を貸している。

 

セイバー:聖杯戦争から契約が続いている士郎、凛のサーヴァント。彼が正義の味方として各地を放浪していた時は常に彼の傍に居た。実は鞘の返還を士郎が申し出ていたが死地に自ら突撃する彼を心配して彼に託し続けている。現在士郎がマジ恋世界に飛ばされてしまったため魔力不足を桜が魔力を提供することで現界し続けている。

 

ライダー:桜のサーヴァント。桜の願いで士郎が放浪する際セイバーと共に着いていった。凛の開けた穴に最初に嫌な予感を感じたのは彼女。セイバーの直感をも凌いで失敗を察知したのは実は百代の存在を遠くに感じたから(声優ネタ)。小聖杯である桜は魔力量がすごいことになっているので普通に現界している。最近車の免許を取った(凛と桜が犠牲になった)。




今私の考えている設定を書かせてもらいました。年齢に関してはすみません18歳ゲームなので実際の年齢とは違うかも・・・。

元の世界のルートはなんかすごいハッピーエンド迎えたんだなーくらいに考えていただければ・・・(土下座)


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風間ファミリーの秘密基地

いよいよ士郎が風間ファミリーの秘密基地を訪れます。悩みに悩みましたが・・・その結果を皆さんに見届けていただけたらと思います。


「ここでいいですよ。ここから歩いてすぐですから」

 

手近な車の停めやすい所で下ろしてもらう。箱根で一泊して帰ってきた今日は木曜日。本来は今日も登校日だが、フランクの手回しで緊急の用事欠席扱いなので休みだ。

 

「悪いな。こんなところまで送ってもらって」

 

「いえ・・・任務ですから」

 

そう言うが、旅館を出てから一切こちらを見ようとしないマルギッテに、士郎は、

 

「・・・なんか悪いことしたか、俺?」

 

と問いかける。

 

「な、なにもありません!今日は休みですが明日は登校です。決して遅れないように」

 

「おう。ありがとうな。じゃあまた」

 

さっと手を上げてその場を立ち去る。

 

「・・・ええ。また」

 

もう聞こえやしないだろうほど間を空けて返事をするマルギッテ。その顔は普段とは違う優し気な笑顔であった。

 

 

 

ちなみに、バックミラーでバッチリマルギッテの微笑を見ていた運転手(部下)は、

 

(隊長に!隊長に春が!春がきたんですね!!!)

 

恋する乙女のような上司に思わずニヨニヨとしてしまう彼女であるが。

 

「・・・なにを笑っている!早く車を出しなさい!そしてお前は、この後、私とマンツーマンで訓練ですッ!!!」

 

「ええええ!?なんででありますかぁ!」

 

「口答えは許しません。みっちりと鍛え上げるので覚悟しておきなさい」

 

「ひえぇ~~!」

 

そんな悲鳴を上げて車が発進する。・・・後日、ピクピクと痙攣して倒れ伏す彼女の姿があったとかなかったとか―――

 

 

 

 

 

「さて」

 

長時間車に乗せられていたので固まってしまった体をぐーっと伸ばし、わが家へと帰宅する。

 

「ただいま」

 

もちろん返事はない。どんな時でも、必ず迎えてくれた言葉が返ってこないことに僅かに寂しさを感じる。

 

降って湧いた怒涛の一日だったが、立派な旅館に小旅行ができて温泉にも浸かれた。おかげで体は軽くやる気も満ちている。

 

「知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたかな?」

 

行く前より調子のいい体を見て、よし、と気合を入れる。

 

掃除に洗濯・・・あと昼飯だな。その後は・・・

 

「アレをすることにするか」

 

土蔵の脇に積み上げられたそれを見て今一度気合を入れる。川神院に赴いたことで気の存在を知ることができたし、霊脈も確認済み。材料も規定量集めてある以上、魔術師として、いや、衛宮士郎という魔術使いとしての工房を作らねば。

 

―――いつか、己の師匠達が迎えに来てくれた時、文句を言われないようにしとかないと。

 

そう、高い空を見上げて想う士郎だった。

 

 

 

 

翌日の金曜日。彼はようやく見慣れてきた通学路を通り、学園を目指す。川神大橋(変態の橋というらしい)に差し掛かると自分と同じ制服を着た生徒たちがぽつぽつと増えてくる。学園はもう開いているが登校時間としてはまだ早い。主に勉学に力を入れている生徒らが有意義に時間をつかえるよう配慮されているのだろう。

 

「ふひひ・・・この時間なら武神もいなぶぎゅる!?」

 

早速発見した不審者を容赦なく橋から蹴り落とす。何故かは知らないが川神の住人は戦えても戦えなくても妙に耐久度が高いので問題なかろう。

 

「なに、真冬のテムズ川よりはましだろうさ。・・・いや、俺も毒されてきたかな・・・・」

 

普通に考えて橋から蹴り落とされたら死ぬよな・・・と、ちらりと落下した不審者を見るが、ぶふーぶふー!といいながら岸に上がっているあたり大丈夫なようである。

 

「ホント、なんなんだこの町は・・・」

 

折角の良い天気なのに朝から頭を抱える士郎であった。

 

 

 

 

 

橋を越えて校舎に到着し、下駄箱で靴を履き替えていると、

 

「おはよう」

 

「おはようございます。最上先輩」

 

すっと綺麗な黒髪が目に入る。彼女の名前は最上 旭。ここ川神学園の評議会議長であり、実質この学園生トップに君臨する人物である。

 

「早いのね。今日も頼まれごと?」

 

「ええ。今日はエアコン2台の修理と、掛け時計の調整・・・あと図書室の棚増築・・・でしたかね」

 

「・・・それ業者に頼む案件じゃないの?」

 

何でもないように答える士郎だが内容が内容だけに、一学生が行えるようなことではないのではと首を傾げる最上 旭。

 

「まぁ機械弄りや組み立ては得意なんで。最初はちょっとした手伝いだったんですけどね」

 

と笑う士郎。その顔を最上旭はじっと見つめる。

 

「・・・?俺の顔、何かついてます?」

 

と顔をごしごしと擦る姿に、クスリと笑い、

 

「あんまり無理しないでね。今、衛宮君が言った頼まれごとこそ、本来私達評議会の案件として挙がってくるものなんだから」

 

「ご心配ありがとうございます。まぁ、できる限りやらせてもらいますよ」

 

「もう、それじゃ意味ないじゃない」

 

あははとお互い笑う。士郎が頼まれごとを引き受けることが多くなって以来、先輩ではあるが、彼女と話す機会もかなり増えた。

 

「じゃあ私は行くから。無理しないでね、川神のブラウニーさん」

 

「・・・それ、やめてもらえません?」

 

元の世界でも言われたなと感慨にふける間に彼女の姿は消えていた。

 

(・・・気配遮断と認識阻害か。まるでアサシンのそれだな)

 

と、素知らぬふりをして立ち去る(・・・・)彼女を見る。初めて会った時から、彼女は同じように、気配を絶ち、立ち去るのだ。理由はわからないが、気配を絶ち、認識阻害までするのだからどうせろくでもない(・・・・)理由であろうことは想像がつくので知らない振りをする。ここ川神で余計なことに首を突っ込むと、もれなく大事になるのを彼は最近学んだのだ。

 

――――ただ、相手の方から来られるとどうしようもないのだが。

 

困ったものだと頭を振り彼は校舎を歩く。とりあえず今すべきことは己の教室に行くことだ。

 

 

 

 

 

 

彼が立ち去った後、最上 旭は振り返って今彼が居た場所を見る。

 

(やっぱり貴方には通じないのね)

 

本来ならば。こうして会話をしても相手は次の瞬間、自分のことを見失い、誰と喋っていたのかすらわからなくなる。否、わからなくならなければおかしいのだ。事実、彼女は三年間そうして自分の存在をうやむやにしてきた……だというのに。

 

(衛宮 士郎・・・いいえ、英霊・エミヤ(・・・・)。彼は本物なんだわ)

 

最初こそ信じられなかった。自分の知る物語(・・・・・)の主人公がまるで絵本の中から飛び出してきたみたいに自らの前に現れたのが。名前も、立ち振る舞いも、そしてその在り方も。何もかもが一致する。彼にとって自分が行った気配遮断など児戯に等しいだろう。

 

(計画を知ったら貴方はどうするのかしらね・・・正義の味方さん)

 

ふっと表情が曇る。それは迷いと恐怖、そして――――

 

彼ならば。答えをくれるかもしれないという希望が織り交ざった複雑な表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし・・・これで終わりっと・・・」

 

早朝の内にエアコン二台を修理し、久しぶりに普通の昼食(食堂のお姉さま方にたまには休めと追い出された)を取り、空いた時間で時計を修理。そして午後の授業を終えてやっと本棚の増設を終えたところだ。

 

「いや悪いね。あれもこれもやってもらって・・・」

 

「いえいえ、俺にできることをしているだけなので、お気になさらず」

 

そう言ってうだつの上がらない雰囲気を醸し出すのは宇佐美 巨人。F組因縁の相手であるS組の担任だ。とはいえ士郎は特にS組に対して苦手意識などは持っていないし、なにより彼の担当する人間学は非常に勉強になるため、彼の中で結構評価はいいほうである。

 

「おじさんも若ければこれくらいのことは手伝ってあげられるんだけどねぇ・・・最近腰が・・・」

 

あいたたた、とわざとらしく腰を摩る。完全にめんどくさいだけなのを士郎は見抜いているが、これは自分の得意分野のため構わない、のだが・・・。

 

(なんでだろうな。この人の声を聞くとあのクソ神父を思い出す)

 

それだけが唯一の欠点だった。体格も雰囲気も全くもって似ていない。ただこの声と胸に一物ありそうなのが士郎の中で心を許しきれない原因だった。とはいえ、雰囲気は昔の切嗣(じいさん)を思い起こさせるし、あの源の育ての親とのこともあって憎めない存在だった。

 

「そうそう。色々頼んじゃってるおじさんが言うのもなんだけど、直江がお前のことを探してるって聞いたぞ」

 

「直江が?」

 

はて?彼が自分に何の用だろうか?なにか約束した覚えはないし、彼お得意の人脈作りだろうか。それにしたって彼はきちんと手順を踏んでくるタイプだ。彼が探しているのなら既にこの場に現れているか連絡の一つもくれるはず。

 

「失礼」

 

そう言って最近買ったスマホを開く。

 

 

―――――新着メッセージ一件

 

「ああ、これ――――」

 

差出人:川神 百代

件名:美少女――――

 

スッとスマホをポケットにしまう。

 

「あれ?直江からじゃないの?」

 

「人違いでした」

 

うん。何も見なかった。件名に美少女とか打ってくるバカは放置してよいバカ。緊急性なし。というかむしろ内容見たくない!と自分を納得させる。

 

そう納得したのに、

 

ブー・・・ブー・・・

 

「・・・。」

 

着信。仕方がなくもう一度スマホを取り出す。

 

―――――新着メッセージ二件

 

差出人:川神 一子

件名:お姉さまが怒ってるわ!

本文:いまどこー!?

 

「はぁ・・・」

 

思わず頭を抱える。姉妹揃ってなんだというのだ・・・確かに色々あって次の鍛錬が先延ばしになってしまっていたのはわかっていたのだが、もう少しこう・・・まともな会話が成り立たないだろうか・・・・

 

「どれどれ・・・なんだお前、女の子とメールしてんの?若いねぇ・・・おじさんも若い頃はモテモテだったんだけどなぁ・・・」

 

「勝手に見ないでくださいよ・・・第一、この二人からのメールがまともなわけが―――」

 

――――――新着メッセージ三件

 

差出人:直江 大和

件名:時間空いてる?

本文:仕事終わった後、時間あるかい?みんなで遊ぼうと思うんだ。よければぜひ来てほしい。

 

「待ち人来たりじゃないか。いいねぇ・・・青春だねぇ・・・」

 

「青春って・・・先生。この流れで川神先輩と一子が一緒じゃないわけないじゃないですか・・・」

 

「いいじゃない、両手に花で」

 

フスンと不機嫌そうにする巨人。だが、

 

「・・・あれ見てそんなこと言えます?」

 

あえて覗きはせず窓の外を指さす士郎。巨人がそちらの方を見ると。

 

「・・・。」

 

腕を組んでなんか背後にゴゴゴとかドドドとかの効果音が付きそうな雰囲気を醸し出している百代とあたふたとしている一子の姿が。そしてさりげなく被害が及ばないようにだいーーーぶ距離を置いた直江とガクトと師岡と椎名。ついでにクリスティアーネ。

 

「・・・ごめん。俺が悪かった。遊ぼうって雰囲気じゃねぇわ」

 

どちらかというと面貸せコラァ状態である。

 

「とりあえず行きますね・・・」

 

「ああ・・・片づけはおじさんがやっておくから逝ってらっしゃい」

 

「なんか字面が違う気がするんですけど」

 

ギヌロっと睨めつけてやると当の本人は鳴りもしない(鳴らしたら激怒される)口笛を吹いてカチャカチャと道具を片付けていた。

 

仕方なし、と肩を落としてグラウンドに向かう士郎。また決闘とか決闘とか決闘させられるんだろうかと考えて。

 

 

 

 

 

(・・・ふむ。彼が武神が執着しているという衛宮士郎君か)

 

どこか煤けた背中を残して出て行った彼を見て、読書をしていた京極 彦一は興味深そうにうなずく。

 

(随分と強烈な女難の相がでているな・・・今後が楽しみだ)

 

人間観察が趣味の彼はそっと笑みをこぼして本に視線を落とした。

 

 

 

 

 

 

「あー!やっときたわ!」

 

校舎から出てくる士郎を見つけた一子が「おーい!」と手を振る。それに軽く手を上げることで応えて――――

 

「遅いッ!!!」

 

ドーンと無駄に大音声と覇気をぶつけられた。

 

「遅いって・・・川神先輩、俺にも用事がですね・・・」

 

「そんなことはわかってる!でもだな!この美少女が!美・少・女が!メルメルしてやったのに返事がないとはどういうことだ!」

 

やたらと美少女を強調してくる百代に、士郎はもはやめんどくさそうに

 

「あー・・・立て込んでて気づきませんでしたー。ごめんなさいー」

 

「お・ま・え!今めんどくせーって思ったろーー!!!」

 

「うおわ!?やめ、あがががが!」

 

怒髪天とはこのことか。お怒りのままサブミッションを掛けられる士郎。しかしそれも慣れたもの。よく赤い悪魔と金の獣のスーパーバトルに巻き込まれて居ただけあり、すぐにするりと抜け出した。

 

「痛いじゃないですか!?」

 

「お姉さまの関節技から抜け出したわ!」

 

「すげーなー俺様だったら間違いなく腕が変な方向いてたわ」

 

「衛宮君って何気にすごいよね・・・」

 

「そりゃあマルさんが認める男だからな!だが見事だぞ!」

 

「そりゃどうも・・・」

 

あいてて、と関節を鳴らす士郎。そこでふと気づいた。

 

(・・・ん?いつもの殺気が来ないな)

 

クリスティアーネが近くにいるのでまた警告の殺気が飛んでくるかと思ったのだが―――

 

そう思って校舎二階の窓を見るとマルギッテがなにやら複雑そうにこちらをみて、

 

「・・・。」

 

スッと教室内に引っ込んでしまった。

 

(どうも旅館の一件からやりづらいな・・・)

 

何かしただろうか?と首を傾げる士郎。しかしそんな士郎をお構いなしに、

 

「ぐぬぬ!この!この!」

 

視線はそらしていたもののまたサブミッションを掛けようとする百代を適当にあしらう士郎。

 

「おお・・・お姉さまの攻撃をあんなに簡単にあしらってる」

 

「これくらいは簡単だぞー」

 

「なにおぅ!」

 

もはや視線も合わせず棒読みで答える士郎。ついでに、

 

「ここをこうしてこうすると―――」

 

「んなぁ・・・!?」

 

それまで攻めていた百代がくるりんと一回転。背中合わせに両腕を絡めとる。

 

「こんなこともできる」

 

「ふぬぬ!」

 

百代は万力を込めているがこれはあくまで技術なので力任せに突破するのは難しい。

 

はっはっはと勝ち誇ったように笑う士郎。だがここで、

 

「・・・っていうか衛宮君。それ恋人同士みたいだよ」

 

それまで無関心を装っていた京が爆弾を投下した。

 

「恋人・・・?」

 

「同士・・・?」

 

二人で首を傾げる。

 

士郎の身長は高い。187cmあるのに対し百代は173cm。違いはあるがほぼ同じで士郎の方が少し大きい。そんな絶妙なバランスの取れた二人が両腕を絡ませて―――

 

 

「「・・・!!!」」

 

ばばっ!と互いに距離を取る。

 

「お前!こんな公衆の面前で何する気だ!」

 

「何もしない!というか絡んできたのは川神先輩だろう!」

 

ギャーギャー!とお互いに顔を赤くして言い争う二人に、

 

「・・・しょーもない・・・」

 

と京は呟き、

 

「・・・やべぇ俺様、ちょっとムカつく」

 

「やめときなよー・・・ガクトが行っても張り倒されるだけでしょ」

 

「んなこと言ったってよ!くー!衛宮の奴、羨ましい!」

 

それまでニヤニヤとやり取りを見ていたガクトは嫉妬を露わにし、モロは玉砕しないようにいさめる。そして京は―――

 

(やっぱり大和、複雑そう・・・)

 

なんだか居場所を取られたような表情をする大和を見て京は思う。

 

(今のでモモ先輩も衛宮君のこと意識しだしたみたいだし)

 

それまで自分と並び立つ男性のいなかった百代は未体験の異性との接触に、まだ気づいていなさそうだが確実に淡い乙女心が芽生え始めているのが見て取れた。

 

(先は長そうだけどこれはイケそう・・・頑張って!衛宮君!)

 

口には決して出さないが着々と京の計画は結果を出し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで色々とあったがようやっと歩き始めた一行。目的地は彼らの秘密の場所。

 

「なぁどこまで行くんだ?だいぶ町から離れたけど・・・」

 

「それは、着いてからのお楽しみだな!」

 

「もう少し行けば見えてくるよ」

 

景色は住宅街を抜け随分と古いビルが立ち並ぶ殺風景な様子を見せてきた。

 

空き地があるわけでも公園があるわけでもない。なにより彼らは手ぶらとまではいかないが軽装だ。こんな所で一体何をして遊ぶのか?

 

(・・・そういや遊びっていう遊びしてこなかったな、俺)

 

ふっと懐かしい、まだ切嗣(じいさん)が生きていた頃を思い出す。冒険に出かけるのだ、と家を空けがちだった切嗣(じいさん)とは実戦まがいのチャンバラをしただけで、あとはもっぱら家の掃除と・・・

 

『しーろうーお腹減ったー!』

 

毎日食事を貪る虎を相手にすることくらいだけだった。晩年切嗣(じいさん)が家からあまりでなくなってからは魔術の鍛錬の肉体を鍛えることを主にして・・・切嗣(じいさん)が逝ってからは掃除・洗濯・食事・鍛錬・眠ってまた―――

 

「着いたよ」

 

直江の声に遠い記憶の海から意識が浮上した。

 

「あ、あの!いらっしゃいませ!」

 

「いらっしゃいませ・・・って」

 

それは一件の廃ビルだった。辺りを見回せば人の住んでいるような建物はなく、目の前にある廃ビルと同じようなものが数件立ち並ぶなんとも寂しい場所だった。

 

「えっと黛さん?なんでこんな所に・・・」

 

「ささ、中に入ろうぜ!」

 

「ああ!」

 

「うん!」

 

困惑する士郎を置いて一行はその廃ビルに入っていく。

 

「あ、お、おい!」

 

その後を追いかけて廃ビルの中に彼も足を踏みいれる。

 

カンカンカンと階段を上る。

 

(放棄されてだいぶ経っているな・・・だが、崩れる様子はない)

 

キョロキョロとあたりを見回してそう分析する士郎。

 

解析した方がいいだろうか?と思う内に様子が変わってくる。

 

(手入れが入っている・・・なんだ?人が住んでいるのか?)

 

途中から明らかに人の手が加えられた様子が見て取れた。

 

(・・・まさか)

 

嫌な予想が頭を過る。彼らは若い。悪意も感じない。魔力も感じない。だがこの場所は魔術師の工房としてとても―――

 

「それでは~どうぞ~!」

 

と一子が一番手入れの行き届いた扉を開けるとそこには――――

 

「ようこそ!風間ファミリー秘密基地へ!」

 

紫と白のずんぐりしたロボットと、小さなランプやろうそくに彩られた暖かな空間があった。

 

「―――。」

 

その光景に目を奪われる士郎。決して広くはない一室。そこにおかれたソファやテーブル本棚・・・どれもこれもが温かく、きらびやかに見えた。

 

「・・・あれ、士郎?士郎ー?」

 

呆然と室内を見る士郎に一子が前に立って手を振る。それでも彼は反応しない。

 

 

 

 

 

それは―――衛宮 士郎が捨て去ったものだ。この温かさ。この心を埋め尽くす空気。入口だけでわかる。自分が正義の味方として歩むため捨てたモノ。平穏の象徴。たくさんの想いの詰まった掛けがえのない宝。それがこの部屋だ。

 

 

 

「―――あ」

 

 

どれだけの間、忘れていたのだろう。どれだけの間、取りこぼしていたのだろう。衛宮 士郎の求めたモノは。何気ない幸せの形。これを、この光景(温もり)を届けたかった。この優しさを、この温かさを。なのに―――

 

この手は血に濡れ、少なくないこの幸せ(救い)を摘み取ってきた。その代わりに多くの者にこの温かさ(幸せ)を届けられたのか?

 

答えは出ない。答えは出せない。それは衛宮 士郎がこの幸せを知らないから。このあり方を気づかずに捨ててしまったから。

 

『無関係な人間を巻き込みたくないと言ったな。ならば認めろ。1人も殺さないなどという方法では、結局誰も救えない!』

 

いつかの、自分の(エミヤ)声が聞こえる。

 

『戦う意義の無い衛宮 士郎は、ここで死ね。自分のためではなく誰かのために戦うなど、ただの偽善だ。お前が望むものは勝利ではなく、平和だろ。そんなもの、この世のどこにもありはしないというのにな』

 

否、それはあったのだ。こんなにも近くに。こんなにも―――

 

『戦いには理由がいる。だがそれは理想であってはならない。理想のために戦うのなら、救えるのは理想だけだ。そこに、人を助ける道は無い』

 

そうだ。理想などなくても。こうしてここにある。

 

『初めから救うすべを知らず、救うものを持たず、醜悪な正義の体現者が、お前の成れの果てと知れ!』

 

そうだ。お前は正しい。その言葉は正しい。なぜもっと早く、気づかなかったのか。

 

『シロウ』

 

『士郎』

 

『先輩』

 

『士郎』

 

ああ―――なんて愚か。こんなにも簡単なことだった。こんなにも当たり前のものだった。

 

 

後悔なんてしない。引き返すことなんてしない。そして――――過ぎた時間は戻せない。

 

 

 

もう少しでオレは(衛宮 士郎は) ――――

 

 

 

エミヤに(オレに)なりかけていたんだな―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎!!!」

 

バチン、と視界が弾ける。歪んでいた視界が現実味を帯びてくる。

 

「川神先輩?」

 

「川神先輩?じゃない!今のお前、おかしかったぞ!?」

 

そう言われてやっと気づく。一子達の心配する顔が。

 

「ああ―――うん。大丈夫。少し、惚けていたみたいだ。」

 

大丈夫、と頭を振る。もう間違えない。彼らが教えてくれたこの想いがあれば。もう―――

 

「招待してくれてありがとう」

 

「ああ~びっくりしたぜ。いきなり彫像になったみたいに固まっちまってよ」

 

「う、うん。様子がおかしかったからモモ先輩に喝入れてもらったんだよ。大丈夫?」

 

「ああ。ガクト、師岡、・・・みんな。心配かけた」

 

そう言って彼は透き通った笑顔を作った。それをみて一同ははぁ、と息を吐く。

 

「よ、よかった~」

 

「やりすぎて心臓が止まってしまったのかと思ったぞ」

 

「いや十分に驚いてるよ。よくこんな所作ったな。それにこのロボットは・・・?」

 

「僕はクッキー!大和や京達のご奉仕ロボだよ!よろしくね!」

 

「あ、ああ。衛宮士郎だ。よろしく」

 

しゃがんで目線を合わせ、ちょこんとでたロボットアームと握手する。あまりに流暢に喋るものだから士郎も驚きを隠せない。元の世界でこんな頭のいいロボットなんてみたことない。

 

「まぁ驚くよなぁ・・・」

 

「クッキーは九鬼で作られた最先端ロボット・・・らしいぞ」

 

「らしいとはなんだよ大和!正真正銘の最先端ロボだぞ!」

 

ガション、ガションといきなり変形して円錐に頭を乗っけた・・・と言っていいのか。そんなロボになった。

 

「この通り変形機構付きの私が最先端技術ロボに決まっているだろう」

 

「変形!?いや、まて、今のどうやった!?口調も変わってるし!」

 

ゴシゴシと目を擦り目の前の変形ロボを見る。どう考えても質量保存の法則無視してるだろ!

 

「ふっふっふ・・・私には108の形態があるのだよ衛宮士郎君」

 

「108って・・・ああもう、どこからツッコめばいいんだよ・・・・」

 

質量保存どころか物理法則すら無視していそうで士郎は考えることをやめた。

 

「驚くのはいいけどよーそろそろ中に入ろうぜー」

 

「だねー」

 

「うん!」

 

頭を抱える士郎を気にも留めず一行は室内へと入っていく。

 

「あー・・・えっと、お邪魔します」

 

もうなんだか考えるのが馬鹿らしくなった士郎は一応断りを入れて入室する。

 

各々が所定の位置に座る。士郎は、はてどこに座ったらいいものかと周りを見渡す。

 

「あー衛宮、とりあえずお前は弟の隣にでも座っとけ」

 

「お、おう。・・・所で、みんなはなんで俺なんかをこんないい所に連れてきてくれたんだ?」

 

「説明してもいいけど・・・」

 

「まだキャップがいねぇからなぁ~腹減ったなぁ・・・」

 

「一応お菓子は持ってきたよ」

 

「んあ~でもキャップがまた何か持ってくんだろ」

 

「キャップ・・・翔一のことか。そういえばいないな。翔一はいつも遅れてくるのか?」

 

「はい。キャップさんはたくさんのアルバイトをしていまして・・・」

 

「いつもみんなのために売れ残りの食べ物を持ってきてくれるんだぜー!ひゅう!」

 

「こ、こら松風!衛宮先輩の前ですよ!・・・あの、私も晩御飯になりそうなものを作ってきました!」

 

「まゆまゆの弁当か~うーんカワユイ上に料理上手・・・いい子いい子~」

 

「ひゃう~~!?」

 

「うわぁ!?まゆっちあまりこっちに・・・うわちち!」

 

ぺしゃりとふとももに落ちたお茶をごしごしと擦るクリス。

 

そのなんとものんびりした空気にまだ訳が分からない士郎は居心地の悪さを感じる。

 

そんな士郎の心境を察したのか、

 

「そんな肩肘張らなくていいよ。ここは俺たち風間ファミリーの秘密基地。みんなで使う共有スペースみたいなもんだよ」

 

「そうそう。みんなで色んなものを持ち寄ってるんだよ」

 

「風間ファミリー、ってギャングみたいだな・・・」

 

「あっはっはっは!ちげぇねぇ!昔はいろいろ悪だくみもしたからなぁ」

 

「・・・椎名菌は今日も順調に育成中・・・・」

 

「その話はやめろって!」

 

「椎名菌・・・察するにイジメを受けてたのか」

 

「うん。でも、大和が助けてくれたの。大好きだよ大和、結婚して「お友達で」むう・・・」

 

「はは・・・京は相変わらずだね」

 

なんとも自由奔放な彼らはしかし、各々が楽しく話をしている。皆が笑顔で実に幸せそうだ。

 

と、

 

「お、キャップが来たぞ」

 

「みたいだな」

 

百代の言葉に反応して士郎がカーテンの隙間から窓を覗くと見覚えのある赤いバンダナが見えた。

 

「へぇ・・・衛宮、そこから視えるのか」

 

「これでも視力はいいほうですから」

 

実際には視力がいいどころの話ではないのだが本人が言い張るのだから皆それをとりあえず信じている。

 

ダダダダダダダ!

 

バン!

 

「よう!お前ら!揃ってるな~?」

 

「とっくについてるっつーの」

 

「キャップさん、おかえりなさい」

 

「おかえりー」

 

「ワン!ねぇねぇ今日は何々!?」

 

「こら、ワン子。まて」

 

「クゥ~ン・・・」

 

「いやいや犬じゃないんだから・・・」

 

「ワン子はファミリーの犬ポジション、私と大和の愛犬・・・」

 

「愛犬て・・・」

 

「・・・。」

 

「・・・ッ。」

 

何故か。何故かは知らないが赤毛の左右に耳が視える・・・ような気がする。

 

「それよりキャップ。説明してやれよ。今日なんで集まったのかをよ」

 

「おう!・・・てかこのなごんでる感じ、問題なさそうじゃね?」

 

「問題?」

 

はて?と首を傾げる士郎。

 

「クリスとまゆっちの時は大変だったからなー」

 

「こんな危険な場所は取り壊すべきだ!」

 

「うわああああ!もう言わないでくれぇ・・・」

 

「京はねちっこいからなーずっと言われ続けるぞ」

 

「ガクトも人のこと言えないからね」

 

「なんだ、ガクトも椎名をイジメてたのか?」

 

「昔!昔の話!・・・ほら、いいからキャップ本題に入れよ!」

 

「このままガクトがイジられるのを見るのもいいが流石にそろそろ話を進めるべきだろ」

 

いい加減話が進まないと百代が頬杖をついて言う。

 

「だな。今日はビッグニュースがあるから巻きでいくぜ!・・・士郎!」

 

「ん?」

 

クッキーの淹れてくれたお茶を口にキャップの方を向く士郎。

 

「俺たちはお前を・・・ファミリーの一員にしたい!」

 

「!?」

 

飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになる士郎。

 

「ちょ、ま、ゴッホ・・・ファミリーの一員?またなんで俺を・・・」

 

ゲホゲホと器官に入ったお茶を吐き出しながら問う士郎。

 

「それはな・・・」

 

「それは?」

 

まじめな顔をするキャップ。だがすぐにニカリと笑い、

 

「勘だ!」

 

「・・・」

 

そのどうしようもない返答にジト目になる士郎。

 

「勘って・・・お前なぁ・・・」

 

正直に聞き耳を立てて損したとため息つき、

 

「・・・俺の推測だが、風間ファミリーってのは名前の通り、翔一、お前を中心としたなんというか・・・特別な・・・仲間達なんじゃないのか?」

 

「その通りだ!」

 

「そんな特別な仲間に何で勘だけで俺を入れようと思うんだ?」

 

シン、と士郎の言葉で場が静まり返る。見ていてわかる。ここにきて分かった。彼らは特別な強い絆で結ばれている。そんな場所になんの理由もなしに自分なんかが割り込むのが――――士郎は納得できなかった。

 

「衛宮。始まりはキャップの勘だったんだがな?ここ二か月お前と接してきてここにいる全員が、お前を仲間に入れたい、そう思ったからだよ」

 

「全員って・・・俺、そんな大したことしてないぞ?」

 

「そんなことないわ!」

 

士郎の言葉に素早く一子が反応した。

 

「士郎は私達をたくさん助けてくれたもの!」

 

「俺様もワン子に同意だな。つーか衛宮。お前は自己肯定感が無さすぎんだよ」

 

「うん。僕もそう思う。衛宮君はいつも他人の事ばかり優先して、自分をないがしろにするよね」

 

ガクトとモロがいうその言葉は、ぐさりと衛宮士郎を串刺しにした。

 

「俺もそう思う。朝早く登校して、しなくてもいい用事を受けて、昼には食堂盛り上げて、今日も放課後まで使ってなにか頼まれごとをしてたんだろ?物理的に考えても、衛宮の時間はこれっぽっちも残らないじゃないか」

 

知っているぞとばかりに大和がすべて言い当ててくる。それは、衛宮士郎の致命的な欠陥。

 

―――自分ではない誰かのために。それが衛宮士郎の根幹。

 

「・・・」

 

「私も・・・衛宮先輩と仲良くなりたいです!お料理とか剣術とかもっと沢山教えてほしいです!」

 

「自分もだな。・・・初日はすまないことをした。でも自分はもっとお前のことを知りたい!」

 

「私には大和がいた。だからこうしてみんなといられる。衛宮君にはそういうのないでしょ?」

 

由紀江が、クリスが、京までが彼を受け入れると仲間になってほしいと訴える。

 

「・・・っ」

 

だが士郎は考えてしまう。自分は魔術使いであり、裏の人間。

 

――――もし、もし、彼らに何かあれば自分は・・・

 

「衛宮。私たちはお前に守られるほど弱くはないぞ」

 

百代の言葉にドキリとする。

 

「お前は顔に出やすいな。だから戦闘時はポーカーフェイスなのか」

 

「・・・。」

 

ぐうの音も出ない士郎。彼が風間ファミリーを見ていたように、ファミリーも彼を見ていた。結局のところそういうことなのだろう。

 

(俺は――――)

 

ここに、こんな温かい場所に居ていいのだろうか。そう考えた。

 

その時、遠坂の言葉が頭を過った。

 

『いい?士郎。正義の味方をするのは構わない。ただし必ず帰ってきなさい。貴方は幸せにならなきゃいけない。それだけのことを貴方はもうしているの。そしてこれからもっともっと沢山幸せになるために行くの。誰かのためじゃない。貴方自身が幸せになるために。それを絶対忘れないで』

 

 

―――そうか。そうだったな。

 

忘れかけていたことをまた一つ思い出した。

 

救うすべを知らず、救うものを持たないのならば。

 

その術を知ればいい。救うものを持てばいい。

 

それが結果として己の理想に近づくのだと信じて。新しい道を歩んでみるのも悪くない。

 

「・・・クッ」

 

と思わず笑いが漏れる。そうだ。英霊・エミヤは既に最期を迎えた。だが、自分は、この衛宮士郎はまだ終わっていないのだから。最後の最後まであがいて見せよう。

 

「―――わかった。その申し出ありがたく受け取らせてもらうよ」

 

「「「!!!!」」」

 

その言葉に一同がガッツポーズをした。

 

「よっしゃー!決まりだな!俺はキャップ!これからはキャップと呼べ!」

 

「川神 百代!特別にモモ先輩と呼ぶことを許そう!」

 

「川神 一子!一子でいいわ!」

 

「直江 大和。これからは大和でいい」

 

「島津 岳人!変わらずガクトでいいぜ!」

 

「師岡 卓也。呼びにくいからモロでいいよ」

 

「椎名 京。・・・京でいいよ」

 

「ま、黛 由紀江です!そ、その・・・まゆっちでもまゆまゆでもお好きにお呼びください!・・・あぅぅ」

 

「クリスティアーネ・フリードリヒ!クリスでいいぞ!」

 

みんなが自己紹介してくれる。ただそれだけなのに胸が詰まる。だが、

 

「衛宮 士郎。士郎で構わない。みんなよろしくな」

 

しっかりと。胸を張って。本来歩まなかった道を。経験したことのない新たな道を。彼はこれから歩んでいく――――

 




難産でした・・こう、書きたかったことを詰め込みすぎたのが原因です。全体的、特に後半理解不能な文でしたらごめんなさい。

ただ、どうしても書きたかったんです。楽しい学校生活を大勢の友達とおくる士郎が。原作の士郎には衛宮切嗣と藤村大河という存在しかいないのです。もちろん高校に通って一成や美綴など一部のモブの皆さんはいましたがあくまでモブなのです。士郎を深く掘り下げて叱咤激励するのは凛しかいません。その凛も通常ではない裏の人間なのです。桜もイリヤも残念ながらそうです。

作風が違うのだからと言われればそれまで。ですがそれではあまりに、士郎が報われないとfateの後にマジ恋シリーズをプレイして私は思いました。

後半の描写はできうる限り、誰もが送るはずの普通の暮らしと幸せを知らないから士郎は偽物で救い方も何が幸せなのかもわからないと言われるのだから、だったら味あわせてやろうじゃないか!存分に!という気持ちで書きました。

これ以上は本当に意味の分からない文章になりそうだったのでここで一度切ります。次回もう少し金曜集会が続く予定です。力不足で申し訳ないです。たったこれだけの描写に約七時間もかかってしまいました・・・楽しみにしてくださっている方々、申し訳ありません。良ければこれからもよろしくお願いします。


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初めての金曜集会

前回の続きです。早速読んでいただいた皆さんありがとうございます。前回は士郎の描写が多くてファミリーの話が全然進んでいなかったので次回に向けてその辺を詰めていきます。


無事風間ファミリーの一員となった衛宮士郎。彼らの想いが詰まった秘密基地で初めての金曜集会―――

 

「ってことで~土産だ野郎ども~!たんと食いやがれ!」

 

ガサリ!とテーブルに置かれたビニール袋に入っているのは・・・なんと寿司のパッケージが!

 

「って、あれ?」

 

あまりものを貰ってくるとは聞いていたがまさか寿司とは!と驚きキャップが中から取り出したそれを見ると・・・

 

「だーはっはっは!玉子ばっかじゃねぇか!」

 

「いつもそうだけど偏るねぇ・・・」

 

黄色だ。大きいもの一面ほどではないくらい・・・だいたい中くらいの大きさの入れ物に詰められていたのは鮮やかな色をした玉子・・・のみ。

 

「しょうがねーだろう?あまりもんなんだから偏るんだよ、でも、味は一品だぜ!」

 

「偏るにしても偏りすぎだろう・・・まぁキャップの言う通り味はいいんだけど」

 

「まぐまぐ・・・おいしー!」

 

玉子一色の寿司に大笑いするガクト。そしていつものことだと苦笑するモロ。そして嘆息しながらも早速手をのばす大和。一子は・・・まるで待てを許された犬のようにガツガツつ次々に手を伸ばす。

 

「ほら士郎も食えよ。早く食べないとワン子とモモ先輩に食い尽くされるぞ」

 

「ああ。いただくよ」

 

「なんていうこと言うんだ!・・・でも、今回私は別の獲物を狙っているのだ!」

 

玉子しかないとはいえ、元となる寿司屋はそれなりの場所であるのか、出汁のきいた玉子が酢飯によく合う。

 

(でも、まだまだだな。出汁の配分を変えてもう少しシャリを―――)

 

と、味わいながらも辛口評価をする士郎。流石数多のシェフとメル友(元の世界)になる料理好き。和食・洋食・中華と幅広くマスターした彼の目は厳しい。(ちなみに中華は作れるが滅多に作らない。特に麻婆は。)

 

「さぁ!この私のためにそのカワユイお弁当を差し出すのだ!」

 

「うひゃあ!?モモ先輩、やめ、ひゃー!」

 

「だからまゆっち!隣で暴れるなと・・・!うむぐ!?」

 

「クッキー!お茶!お茶!」

 

「しょうがないなー。ご飯はゆっくりたべるものだよ?」

 

弁当を差し出せといいながら由紀江の体を鼻息荒くまさぐる百代。そしてまたもそのとばっちりを受けて寿司を喉に詰まらせるクリス。ご奉仕ロボであるクッキーはやれやれと首を振りながら彼女に新しいお茶を注いで上げる。

 

(・・・どう考えても表情豊かすぎるんだよなぁ・・・)

 

遠坂の作る宝石ゴーレム(通称金食いゴーレム)よりも圧倒的知能であることは間違いないであろう。

 

「はい、士郎。新しいお茶だよ」

 

「ありがとう。・・・クッキーは賢いな」

 

「えへへそんなことないよ~・・・もっと褒めてもいいんだよ?」

 

ピコピコとしながらも催促する当たり意外と強かだ。

 

「こいつ、ロボットのくせにご褒美催促してやんの」

 

「なんだとー!やるっていうならやってやるぞ!」

 

ガションガションと変形してブオンとビームサーベル・・・らしきものを振りかざす。

 

「この私が相手をしてやろう!」

 

「ぬお!それはやめろ!あぶねぇ!?」

 

「ちょちょ、なんで僕の所に来るのさー!?」

 

ブンブンとビームサーベルもどきを振り回すクッキーにモロを盾にするガクト。

 

「ビームサーベル・・・なんだよなあれ?危ないだろ・・・」

 

「これはビームサーベルではない。対人型用の改造スタンガン・・・問題はない」

 

「・・・さいですか」

 

元の口調よりも流麗に喋る紫ロボットにもうツッコむ元気もなくなった士郎はそういうものだと納得することにした。

 

「おお、ここにあったか~まゆまゆも大人だなぁこんな所に隠すなんて・・・」

 

「はひゅ~・・・」

 

「あー・・・由紀江、大丈夫か?」

 

「大丈夫れす~・・・」

 

普通に隣にあったバスケットに入っていたのにあんなところやこんなところを探りまわされてふにゃふにゃと崩れ落ちる由紀江に手を貸す士郎。その手を取ってソファに座り直す。

 

「川神先輩。やりすぎですよ」

 

「ふっふっふ!まゆまゆがカワユイからいけないのだ。・・・ていうか士郎。私のことはモモ先輩と呼べと言っただろう」

 

「・・・おや?私の聞き間違いかな?私は権利を与えられたのであって、そう呼べとは一度も言われていないはずだが・・・いやすまない。もしそう言っていたのなら謝りますよ、百代先輩?」

 

「コイツ~・・・・!さっきはあんなに可愛げがあったのになんて口の悪い!」

 

「さて何時の事やら・・・私には皆目見当がつかないな」

 

そう言って腕を組み、馬鹿にしたように皮肉気に笑う士郎。それを百代は真に受けてまた闘気を滾らせる。

 

「士郎、そこまでにしとけよ。姉さんを煽ると・・・大変なことになるぞ」

 

「ほう・・・どう大変になるのか実に興味があるな。だがまぁ、我らが軍師がそういうのだ。今回はこの辺にしておくとしよう」

 

「・・・!!!」

 

やれやれとあからさまに肩を竦める士郎。それを見てついに言葉も発せず闘気と殺気をぶつける百代。しかし当の士郎は涼し気に気にした様子もない。

 

「ガクガクブルブル・・・」

 

「ほらワン子―大丈夫だからねーこっちおいでー」

 

「クゥ~ン・・・・」

 

百代の殺気に当てられてガクブルする一子を京がよしよしと撫でる。

 

「愛犬、っていうのには賛成できないけど、見事な連携じゃないか大和、京」

 

「そう!私たちは身も心も以心伝心!さぁ大和、士郎もこう言ってるし結婚届を「お友達で」むぅ・・・」

 

相変わらず隙あらば爆速で関係を作ろうとする京。そしてそれをすげなく断る大和。

 

(お似合いだと思うんだけどなぁ)

 

と自分のことは棚(大棚)に上げてそうごちる士郎。とはいえ、これだけのアプローチを断るのは彼なりになにか思う所があるのだろうと口には出さない士郎。

 

「なぁなぁ。なんで士郎はたまにそうやって喧嘩吹っ掛けるような喋り方するんだ?」

 

無邪気に聞くキャップ。

 

「それは自分も気になっていた。・・・初日のことは自分が悪かったが、正直、その喋り方は嫌いだ」

 

「そうだな・・・まぁ、これが俺にとって最適な戦闘技法だからだよ。大和なんかよくやってるだろ?相手を挑発・翻弄してできた隙をつく。俺はそんなに強くないからな。いろんな方法を試して・・・最終的にこれが最も効率がいい。それだけだよ」

 

そう言ってズズっとお茶を啜る士郎。対する百代はまだビリビリと殺気を向けているがやはり歯牙にもかけない。

 

「ようするに、大和にモモ先輩を足して二で割った感じなわけね。・・・あれ、俺様、今かっこいいこと言った?」

 

「今ので台無しだけどね・・・・」

 

「たして・・・にで・・・わる・・・?」

 

「足して二で割る。お互いの特徴を足して足りない所を補うの」

 

自信満々に言うガクトだが自らその成果を地に落としてしまう。一子は一子で頭の上にクエスチョンマークをぴょこぴょこと浮かべ、見かねた京が教える。

 

(なんかいいな、こういうの)

 

なんとなく・・・本当になんとなく、この空間が居心地良いなと感じる士郎。・・・まぁ、背後の武神なる女性を除いてだが。

 

「なるほどねー。やっぱりお前は面白い奴だよ!」

 

「むぅ・・・自分は納得がいかない。騎士道に反する」

 

賞賛するキャップと頭の固いクリス。相反する意見に一つ彼は懸念を覚えた。

 

(キャップは己の勘を頼りすぎる傾向があるな。クリスは・・・頭が固すぎる)

 

それを懸念して一つ彼はアドバイス・・・助言をすることにした。

 

「二人とも、少し軽率だぞ。キャップは勘に頼りすぎだ。君の幸運具合は正直驚きを隠せないが、それだけではいつか足元をすくわれる。そしてクリス。君は頭が固すぎる。もう少し柔軟に考えたまえ」

 

腕を組んで再び口調を変えて言う。

 

「そう!それ!ああもう自分に向けられるとイライラする!お前には騎士道精神というものがないのか!」

 

百代だけでなくクリスまで怒り出す始末。元から大和とも気が合わない彼女はなおさら怒りを露わにする。

 

(戦場では基本中の基本なのだがな・・・あの親バカの弊害か。よほど蝶よ花よと育てられたと見える)

 

彼女の父親は軍人だ。この程度のことは百も承知であるはずだが・・・どうにも彼女には愛だけ向けて世の中の厳しさというものを教えてこなかったのだろう。

 

そこで彼は一つ例を出した。それも彼女にとっては極上のモノを。

 

「戦場でその考えは通用しないぞクリス。それに騎士道というが、かの騎士王でさえ、戦場では己の武器を隠して戦い、陽動や戦略を駆使して数々の勝利を収めている」

 

「な、なに!?それは本当か!?」

 

騎士王。騎士の頂点とも言える名前が出てきて思わず狼狽えるクリス。

 

「事実だ。何なら図書室に行って見てみると良い。アーサー王・・・アルトリア(・・・・)・ペンドラゴンの伝記をな。かの・・・いや、彼は誇り高く気高い。だがその人生は、数々の知恵と勇気、そして人々の希望に支えられたもの。君の言う騎士道とはなんの考えもなしに真正面からぶつかることだけだろう?そんなもの騎士道ではない。騎士道とは主に忠義をつくし、裏切りを悪とする考え方だ。同時に、勇気と蛮勇、卑怯と策略は違う。数々の戦略の元戦果を挙げた彼だが、一度。たった一度だけ選択を間違え、選定の剣を折られている」

 

「あの騎士王が・・・」

 

士郎の言葉にクリスは何時しか怒りを失い、ストンとソファに座り込んだ。それは背後で殺気を放っていた百代もだ。

 

「ねぇねぇ、なんでそのきしおう?様の剣は折れちゃったの?」

 

一子が不思議そうに聞く。

 

「・・・状況はわからない。その辺は書かれていないからな。本題だが・・・ある人物を背後から切りつけたらしい」

 

「ええ!?」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

驚く一子とクリス。アーサー王の伝説は輝かしいものの印象が強い。だが、彼が、彼だけが知る記録ではそうなっていた。

 

「曰く、騎士道に反した行いをしたために、選定の剣は永遠に失われてしまったとされている。その後に湖の精霊から与えられたのが聖剣・エクスカリバーだ。こちらの方が知名度としては断トツだな」

 

ズズっともう一度お茶を啜る。そして、

 

「その後は最初に話した通りだ。故に忘れるな。間違うな。騎士道とは何なのか。君の持つそれは勇気なのか。それともただの蛮勇かをな」

 

彼はそう、締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

静かに夜の帳が落ちようとしている中、士郎は、少し風に当たってくると席を外していた。

 

「あいつ歴史に詳しいんだな」

 

士郎のいなくなった部屋でポツリと大和が言った。

 

「そうだね・・・。アーサー王伝説なんてなかなか見ないからね」

 

そういうモロはどこか楽し気だった。それはオタクと呼ばれる彼が、好きなゲームや漫画の題材として出てくるからかもしれない。

 

「・・・。」

 

しかし何やら京の様子がおかしかった。

 

「京、どうかしたのか?」

 

さっきまで怒り心頭だった百代が京に問う。

 

「士郎の言ってたことは正しいよ。私も本で読んだことがあるし・・・でも」

 

違和感。何か得たいの知れない違和感を彼女は感じていた。

 

「・・・なんだろう。なんだか実話(・・・)を聞かされてる感じがしたから」

 

そう困ったように京が言った。

 

「実話って・・・アーサー王伝説って架空の話だよな・・・あれ?でも・・・」

 

京の言葉を聞いて大和も違和感を感じ取った。

 

「どうした弟」

 

頭の回る大和までが考え始めたのを見てさらに百代が問う。

 

 

――――『かの騎士王でさえ、戦場では己の武器を隠して戦い、陽動や戦略を駆使して数々の勝利を収めている』

 

 

――――『何なら図書室に行って見てみると良い。アーサー王・・・アルトリア(・・・・)ペンドラゴンの伝記を』

 

そうだ。なにかおかしい。アーサー王伝説に登場する戦いで使われた剣は眩い光(・・・・)の剣だ。架空の存在なので眩いのだから見えなかった。そう取れる。

 

 

だが――――

 

「・・・アルトリア・ペンドラゴン。これだ」

 

大和はそう確信をついた。

 

「・・・うん。そうだね。大和の言う通り」

 

京も納得がいったと頷いた。

 

「おいおい、二人で納得してねーで説明してくれよ」

 

「わかってる。まず、アーサー王が剣・・・武器を隠して戦ったという話は聞かない」

 

「なに!?では嘘だったのか!?」

 

ガタリと立ち上がるクリス。

 

「まぁ落ち着け。あながち間違いでもないんだ。アーサー王の振るった剣は眩い光を放っていたと書かれることが多い」

 

「眩い光・・・つまり光っていて見えなかったということか?」

 

「そう取れもする。だが重要なのはそこじゃない」

 

「じゃあなんなんだよーもったいぶるなよー!」

 

大和の隣に映ったキャップが大和をゆする。

 

「わかった、わかったから揺するな!・・・アーサー王の名前はアルトリア・ペンドラゴンじゃない・・・いや正確にはこの名前じゃダメなんだ」

 

揺さぶるキャップを押しのけて大和は言う。

 

「・・・アーサー王の名前はウーサー王とか色々ある。その中で士郎が言ったアルトリア・ペンドラゴンに最も近いのはアルトリウス(・・・・)・ペンドラゴン」

 

京が大和の回答を後押しするように付け足す。

 

「あるとりうす、ぺんどらごん?」

 

「名前が微妙に違いますね・・・」

 

一子と由紀江が首を傾げる。

 

「架空の人物なんだろう?なんでそれが駄目なんだ?弟」

 

「綴りだよ。アルトリウス。トリウスっていうのは男性形の名前だ」

 

手近な紙を手に取りボールペンでArtoriusと書く。

 

「でも士郎が言ったのはアルトリア(・・・・)。これは女性形だ」

 

そうして書かれた文字はArtoria。

 

「アーサー王の話はたくさんある。だけどアーサー王が女性(・・・)だったって話は聞いたことがない・・・!」

 

彼は違和感の正体にたどり着いた。

 

「つまり女王ってことか」

 

「そうなるね。でも確かにおかしいよ。こういう古い物語って・・・」

 

「モロの言う通りだ。アーサー王伝説がどれだけ古いかは調べてみないと分からないけど、こんな古い王っていうくくりの中で実権を握っていたのは日本でいう卑弥呼だけだ。なぜならそれは―――」

 

―――どんな歴史でも王は、男性(・・・)でなければならない。

 

それは歴史の勉強をそれなりに受けていればわかることだった。

 

――――かの有名な戦国の大名・織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。いずれも男性。それどころか日本だけでなく世界を見ても古い時代はほぼ男尊女卑。

 

「だから確定だ。士郎が嘘をついていなければ、士郎は―――アーサー王が実は女性(・・・)だったって知ってることになる」

 

その結論に一同は黙った。

 

「嘘・・・ついてるように見えたか?」

 

ガクトが問う。

 

「わからない。でも士郎は嘘をつく奴じゃない。それにあれだけスラスラアーサー王の話が出来てわざわざ名前だけ女性にする意味がない」

 

「私も大和に賛成。士郎はむしろ隠し損ねたんだと思う」

 

「それはつまり―――」

 

――――自分たちには言えない秘密を持ってる。

 

それが一体何なのか聞いてよいものなのか。それとも駄目なのか。判断のつかないファミリーは皆口を閉ざした。が、

 

「ま、いんじゃねーの?人間誰しも知られたくねぇ秘密の一つや二つあるだろ」

 

「それもそうだな。士郎の奴がなに隠してんのか知らねえけど、もうこうしてファミリーに受け入れたんだしよ」

 

キャップとガクトは気にすることはない。そう判断した。

 

「・・・そうですね。あまり聞かれたくないことを聞くのも・・・・」

 

「僕もまゆっちと同意見かなぁ・・・士郎は嘘をつくような人じゃないと思うよ」

 

由紀江も遠慮がちに、モロも彼は嘘つきではないと信じて。

 

「自分は・・・少し考えてみることにする。その・・・士郎の言っていた騎士道が自分の信じていた騎士道とはあまりに違いすぎて・・・」

 

ある意味自分の信念を揺るがされたクリスは戸惑い気味に言った。

 

大和と京も特に問題なし。一子は元から疑っていないので問題なしとしたが・・・

 

「・・・。」

 

「姉さん?」

 

一人だけ。そわそわと普段とは違う様子の人物が居た。百代である。

 

彼女は嘘を嫌い、嘘をつかない。自分に正直な女性。そんな彼女が今の話を聞いて、いても立ってもいられないとばかりに、

 

「・・・ちょっと行ってくる」

 

頭をガシガシと掻いて飛び出していった。

 

「モモ先輩どうしたんだろう?」

 

「わかんない・・・でも、初めて士郎と摸擬戦してからお姉さますっごく士郎のこと気になってるみたい」

 

と一子が明かした。

 

「それは・・・士郎が強いからじゃないのか?」

 

と大和がいう。実を言うと彼は、士郎が現れてからあまり自分に絡んでこない彼女のことを何処か寂しく、そして切なく感じていた。

 

そして大和は気づいてしまった。

 

(あれ・・・俺もしかして・・・)

 

―――姉さんのこと好きだったのか。

 

長い付き合いになる彼女をいつの間にか親愛から恋愛対象になっていたことに気づいた大和。だからか。士郎があの姉と対等の立場に居て苛立っていたのは。今こうして自分ではなく彼に心惹かれているのであろう彼女に切なさを覚えるのは。

 

(~~~~馬鹿だなぁ)

 

チャンスはあった。それこそいくらでも。きちんと彼女を見て、自分の気持ちに目を向ければ。

 

「どうしたの?大和ー」

 

「あー・・・なんでもない!」

 

気づけば酷いほど後悔の念が渦巻く。だが、

 

(・・・うん。士郎なら)

 

あいつならいい。そう思えた。彼なら、自分では満足させられなかった彼女を満足させられる。

 

確証はないが、直江大和はそう思ったのだった――――

 




はい。ごめんなさい。詰め切れなかった・・・話は進みませんでしたがいかがだったでしょうか。きちんと風間ファミリーできていたでしょうか?

今回士郎は助言は助言でも墓穴を掘りました。一応伏線のつもりですが・・・すいません頑張ります。

アーサー王の件はめっちゃ調べながら書きました。そしてfateプレイヤーの皆さん、カルデアのマスターの皆さんが一度は体験したであろうこのサーヴァントは誰?&何クラス?というあの推測するぜーみたいな感じを風間ファミリーでやってみました。

そして本来の主人公、直江君家の大和君、あえなくモモ先輩ルートから脱落の巻。これは前々から考えていて、知らないうちにモモ先輩ルートじゃなくなるんじゃなくて自覚して落ちてもらいました。その方が後々にも彼を光らせられるかなと思っています。

次はすいません幕間です。話がすすまねーじゃねぇか!と思われる方申し訳ありません。でも私には必要なことなので・・・見当はつくかと思いますがここでは語りません。
日常パートって難しいですね・・・というかこのキャラ数を同時展開する原作者のタカヒロさん本当に尊敬します・・・

まだまだこれからの私の小説ですが少しでも楽しんでいただけたら幸いです。どうぞよろしくお願いします!


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幕間:川神百代

見てくださっている皆さん本当にありがとうございます!お気に入り数や、しおり、評価などなど・・・怖くて見れなかったのですが拝見した所、飛び上がりました(ガチ)こんなにたくさんの方に見ていただけて本当に感謝感激です。

今回は百代のお話です。初戦を経て彼女が何を思ったのか。そして士郎はどう答えるのか、見届けていただけたら嬉しいです。


ガンガンガン!本来、彼女であればもっと軽やかに、それこそ跳躍一つで最上階に上がれるはずなのに彼女・・・川神百代は柄にもなく階段を踏み鳴らし、駆けあがっていた。

 

(なんなんだよ・・・!なんなんだよ!!!)

 

彼女自身でもわからない感情に苛立ちが積もっていく。よく考えてみればそう・・・初めて衛宮士郎と対面した時からだった。この妙な感情がこみ上げるようになったのは。

 

 

――――最初は、こいつも大したことない奴だな、そう思っていた。

 

感じる気の量はほんの僅かで、見た目以上に随分鍛え上げられている体。そして何よりあの目。鋭い鷹のような、はるか遠くを見通しているかのような眼。

 

実にアンバランス。確かに鍛え上げられているが、私に挑んでくる武道家も彼よりも何倍も筋肉を隆起させる武芸者も数多く見てきた。だがあの眼だけは―――ここではないどこか遠くを見据えるあの眼がなんだか悲しい眼をする奴だなと思ったのだ。

 

(まぁでも、またかな)

 

また同じ。男で私を超えるものなどいない。そう諦めも混じった気持ちで妹の新同級生を迎えた。

 

『おいジジイ、衛宮と組手させろ』

 

ただ、一際私の感情を揺さぶった眼を持つ奴だ。それなりに楽しめるかなと早々に相対することにした。

 

――――私は、飢えている。

 

自分でも自覚しているし他人もそう思っているだろう(身をもって)。私は強い。この地球上のどんなものよりも。それ故に、私は孤独(一人)だった。もちろん仲間と遊ぶのは楽しいし、弟や可愛い子を侍らし、遊ぶのも楽しい。

 

でも――――

 

やっぱり私は戦うことが好きで。根っからの武人なのだ。いくら他で補っても、誤魔化しても、やっぱり満たされない。

 

『始めッ!』

 

一撃で終わらすのは惜しい。コイツくらいなら数合は持つかな?と当りをつけて撃った一撃は。あっけなく受け止められた。

 

ほう。と。一秒に満たない間私は感動する。いくら手を抜いたとはいえ並の武人なら一撃で場外へと飛んでいくであろうそれをコイツは受け止めたのだ。

 

『・・・。』

 

そして間髪入れず打ち出した振り向きざまの裏拳。これもまたあっさり防がれた。まだやるか!と改めて自分に歓喜が溢れる。しかし次の瞬間合ったその眼は――――

 

やっぱりどこか遠くを見ていて。あろうことか、この私を前にしてよそを見るようなことをする奴は初めてだった。

 

『っは!お前本当に面白いな!』

 

言葉とは裏腹に、その一向にこちらを見ようとしない眼に怒りを覚えた。

 

そこからのことは実はあんまり覚えていない。何度拳を撃ったとか、それをどれだけ防がれたとか、そんなものはこの戦いへの歓喜と、いつまで経ってもこちらを見ようとしない眼に怒りに塗りつぶされていて。

 

だが一つだけ分かったことがあった。何度か打ち合っている間にいつの間にか衛宮士郎は舞台端に立っていたのだ。

 

(・・・なんだ。これで終わりか)

 

また同じ。コイツは吹き飛ばされてまたジジイ辺りに説教食らって終わりだろう。それはまたつまらない毎日に戻ることを意味していた。

 

『ああ。楽しかった。私と打ち合えたのは揚羽さんを除けばお前が初めてだ。もっと続けたい。けど・・・お前、もう限界だろう?』

 

既に衛宮士郎に退路はない。どんなにうまく次の一撃を防いでもコースアウト。それに徐々にだが、私の一撃を防ぐその手から緩やかに力が失われていくのが感じられたのだ。

 

『本当に楽しかった。またやろうな―――!』

 

いつまでもこちらを見ない眼に怒りはあったがこの戦いに感謝を。短くとも私に一番楽しい一時を与えてくれたことに礼を尽くして。

 

――――川神流・無双正拳突き。

 

私の得意技。それは真っ当な正拳突きだが、川神院で奥義として記録されるそれだ。

 

『いかん!モモ―――!』

 

刹那、ジジイの声が聞こえてはっとした。何も奥義なんか出さずとも通常の一撃で事はついたはず。それに、何時しか、力加減を間違えていたそれは衛宮士郎のもつ妹の薙刀を粉砕してその腹に風穴を開ける。

 

(まずッ・・・・!)

 

気づくのは早かった。流石ジジイ。よく私のことを見ている。だがもう遅い。拳が届く至近距離で、いかに先代・武神のジジイとはいえ間に合わない。

 

そして私がどうこうするのももはや無理。足は地を踏み鳴らし、そこから受け取った力と気が融合し、拳は既に放たれた。

 

ここで私は武道家としての禁を初めて破るのか、と無感動に思った。一秒後の死。相手の命を奪い、この手が血に濡れる姿を幻視して

 

 

 

――――初めて。衛宮士郎と目が合った。

 

 

初めて合った眼はもはや鷹のそれ。死が目前に迫っているというのにそこに恐れはなく、恐怖はなく、それどころか未だ敗北を認めていない。

 

その眼にゾクリとしたものを見た。あり得ない幻想を見た。この間合いで、力が一番伝わる絶好のタイミングで。私は、衛宮士郎に己のそっ首を落とされる姿をみた。

 

『―――川神流』

 

そうして予想は的中する。あの動き。あの体捌き。あれは妹の得意とする川神流・大車輪。

 

私が手を抜くのと同じように。コイツも己の力をセーブしていたのか。緩んでいた手に力が込められる。ギチリと音がしそうなほど握りしめられた薙刀は次の瞬間、

 

『大車輪―――』

 

私の拳が、人一人を確実に死に追いやるはずの一撃が、からめとられ巻き上げられる。本来ならばそれだけでも大したものだ。自分の知る歴代、現代の技の使い手でも私の放った一撃を、一番力の伝わる絶好のタイミングを絡めとり、巻き上げる人物などいない。

 

そして二秒前に見た幻想が現実に侵食してくるのを感じた。

 

――――この手を早く引き戻さねば。一秒でも、コンマ一秒でも早くこの巻き上げられた手を引き戻して全力で(・・・)防御しなければこの首が落とされる――――!!!

 

もはや余裕などどこにもなかった。狩るはずだった私は、いつの間にか狩られる側(・・・・)となっていた。

 

 

バカンッ!!!

 

 

『ぐあ!』

 

吹き飛ばされる。未だかつてない力で私を打ち据えたそれは舞台端にいた私を軽々と吹き飛ばす。何度も地を蹴り、衝撃を全身で逃がし、着地する。しかして全力で行った防御は。侵食しようとしていた幻想を、幻のままに押しとどめた。

 

(くそ・・・!なんな―――)

 

そしてもう一度彼を見る。しかし、彼はもはや自分を見ることはなく、

 

――――懐かしそうに、寂しそうに、そして何か大きなものを見据えるようにしていた。

 

『ぐっ・・・川神流!瞬間回復!』

 

構えを解いた衛宮士郎にもはや闘争の気配はない。でもなんだか、その遠い眼が気に入らなくて今一度奥義を発動する。

 

クロスした両腕のうち、前面で受けた右腕は砕かれていた。――――ゾッとする。防御しなければ自分は。腕ではなく首がこうなっていたかもしれない。

 

一瞬置いて折れた腕が復元される。準備は整った。私は今度こそ奴を――――

 

『やめいッ!ここまでじゃ!』

 

『なんでだよ!』

 

『モモッ!お主のやりすぎじゃ!あくまでこれは組手じゃぞ!』

 

―――そう。組手。鍛錬。これから私がやろうとしていることは本気の殺し合いだ。

 

そんなのだめだ。と理性が囁く。当然だ。私は人殺しなんかしたくない

 

――――けれど。

 

『けど!あいつは!私に―――』

 

何か大きなものを与えてくれる――――そう、直感が言っていた。

 

止めるジジイを押しのけようと必死にもがく。あと少し。あと少しで自分はこのつまらない毎日から抜け出せる。私を満たす何かが得られる。

 

だがそうこうしているうちに衛宮士郎は借りていた薙刀を妹に返却し、その場を立ち去ろうとする。

 

『すまんの今日の所は―――』

 

『ええ。その様子じゃ俺がいると爆発しそうですから』

 

ジジイはもう全力で私を抑えにかかってる。いくら私でも本気のジジイを倒して衛宮士郎の所まで行くのには力が足りない。

 

ジジイの提言に素直に応じて衛宮士郎は去っていく。その背中をみて私は、

 

『まて!衛宮!次は!次はいつやるんだ!』

 

次を、今度こそこの得体の知れない何かをモノにするべく大声で叫ぶ。

 

だが彼は、

 

『そんなに興奮しなくても機会はいつでもあるでしょう。それに、あまり頻繁に来られてもこっちの身が持ちませんよ。後日話し合うということで』

 

まるで聞かん坊の相手にするように言って立ち去ってしまった。

 

 

 

『あー・・・』

 

 

あの一日から、私はずっと無気力状態で過ごしていた。

 

何をしてもつまらない。数多の挑戦者を殲滅しても、いつものように仲間達と過ごしても、可愛い女の子を相手にしても。・・・あの弟に絡んでも。

 

もちろん表面上は楽しくするし、全然つまらないわけじゃないけどやっぱり満たされない。

 

―――あの眼が、頭を離れない。

 

『百代、どうしたで候?』

 

『あー・・・ユーミン・・・?』

 

ぼーっとしたまま自分を心配する友達に返事をする。

 

『いつもの様子ではない様で候。』

 

『まーなー・・・』

 

どうにもやりきれない思いでいっぱいだ。それもこれも全てはあいつ、衛宮士郎のせいだ。一晩立って・・・といっても眠れなかったけど。落ち着いてきた私はある考えがグルグルと回っていた。

 

あの得体の知れない、何かを得られそうと思ったのはなぜなのか。戦闘は楽しかった。最後の一撃にも驚かされたし何より初めて他人の――――それも武士娘でもなんでもないただの男に膝をつかされた。ましてや自分が殺される幻など・・・。

 

『んあーーー・・・・』

 

そしてあの眼。遠い何かを見る眼は何を見ていたのだろう?それだけじゃない。極限の戦闘状態で敵である私を見ないで一体何を視ていたんだろう?

 

考えれば考えるほどわからないことだらけで頭が働かない。

 

『んー・・・あ、』

 

グルグルと回り続ける思考だがピンと一つ閃きが走った。

 

『ユーミン、弓道部に新入生って入ってきてない?』

 

と尋ねる。そうだ。新入生・・・衛宮士郎が確か、弓で京に余裕で勝利したという話を一戦交えたあの日の前に聞いた。

 

弓で京に勝つ。それは並大抵のことではない。京は天下五弓に数えられる射手であり、それは四天王の座と同じく弓において全国を通してトップでなければならないのだ。当然競争率は激しい。毎日、四天王であり、武神である自分に勝って名を上げようとする武道家がいるが、それと同じく一度でも敗北すればその座を降りなくてはならない。それほど厳しい世界であり、称号だ。

 

最近では揚羽さんが引退し、橘さんが何者かに敗れたと聞いている。

 

となれば、京は天下五弓から脱落、あるいは五弓の中の誰かが脱落し、新たに衛宮士郎が名乗りを上げるはず。そうなれば当然、鍛錬にはもってこいの弓道部に――――

 

『入ってきてはいるで候。でも、百代の言う新入生とは誰のことで候?』

 

『それは―――』

 

『衛宮士郎君。だろう?』

 

と、そこで割り込んでくる男がいた。

 

『げぇ!京極!』

 

苦手とする男の登場に思わず嫌悪の声を上げる百代。

 

彼は京極 彦一。言霊という言葉に宿る力を使いこなす彼女の苦手とする男。何が苦手かというと、言霊という物理ではどうにもならないモノを操る気色悪さと、彼の趣味である人間観察(・・・・)にある。

 

人間観察とはいうが、実際は興味を抱いた人間にしか興味を示さず、興味を持てばその謎の眼力で根掘り葉掘り相手の事柄を情報として得るのだ。

 

故に百代はこの男を苦手としている。だが、度々3-Fに現れては私やユーミンと話しをするいわば因縁の相手である。

 

『何しにきたんだよぅ・・・』

 

『なにか面白い気配を感じてね。勘を頼りに来てみれば武神、随分と心ここにあらずじゃないか』

 

『うるさいなーどうでもいいだろうー』

 

人をおちょくるのは好きだがおちょくられるのは好きじゃない―――

 

そう思って唇を尖らせて窓の外を見る。

 

『衛宮士郎・・・ああ、椎名京を破った新入生で候?』

 

『いかにも。彼は弓道部に入部したのかね?』

 

京極が今一度ユーミンと呼ばれた同級生、矢場弓子に問う。

 

『・・・いや、入っていないで候。正確には断られたで候』

 

ふっと彼女は至極残念そうに言った。

 

『何・・・?あいつ、京よりも上なのに弓道部に入ってないのか!?』

 

てっきり入部して京と競い合っているのかと思っていたがそうではないらしい。

 

『事実で候。私もその話を聞いて是非にと誘ったが依頼が忙しくて時間が取れないと断られたで候』

 

『依頼・・・?』

 

『なんだ知らないのか武神。衛宮士郎君は学園の様々な人間から頼まれごとを受けて解決に東奔西走している。今では学園が彼に依頼を出すこともあるそうだ』

 

と、持ち前の人間観察で知りえた情報を言う京極。

 

『頼まれごとって・・・例えば?』

 

『ふむ・・・では』

 

百代が問うと京極は次々と例を挙げる。

 

機械や備品の修繕。食堂の手伝い。アンティークな時計の調整、誰もしたがらない清掃などなど・・・

 

出て来る出てくる一体どれほど出てくるんだと途中からもういい!と京極を止める百代。

 

『・・・それだけやっていれば部活などやる暇もないで候』

 

『っていうかやりすぎだろ・・・一体どれだけ報酬もらってんだ?』

 

ここ川神学園では食券をオークションのようにかけて、様々な依頼を解決してもらうというシステムがある。実際、たまにキャップが依頼を受けてきて仲間達で解決して報酬を分けることもやったことがある。

 

『それが、一切報酬は受け取っていないそうだ』

 

だが、京極から出た言葉はとんでもないものだった。

 

『はぁ!?一切って一切れももらってないって言うのか!?』

 

信じられん!と百代は仰天する。

 

――――万年金欠の彼女にとって食券は非常に、ひっっじょーーーに重要なモノである。

 

一応いつも可愛い女の子達からの献上品(という名の実際は百代のたかり)で腹を満たしている彼女だがいくらヒエラルキートップの武神と言えど良心はある。毎回毎回たかるのもいけないと、ちびちびと使って生活しているわけだが。

 

『・・・いや、いくら何でもおかしいだろ。個人の依頼ならともかく学園の依頼も受けてるんだろう?ジジイがそれで渡さないはずがない』

 

百代の意見はもっともである。学園はきちんと個人を評価する。それが勉学であれ、武術であれ、例えそれが取るに足らない、本人だけに重要なことであっても。それが川神鉄心のやり方だ。

 

『ついにボケたかあのクソジジイ』

 

と思わずつぶやく百代。瞬間、

 

『コラ!モモ!誰がボケてなどおるかッ!』

 

と件の川神鉄心がいきなり現れる。

 

『これは学園長』

 

『今日もご壮健でなによりです』

 

ぺこっと頭を下げる矢場と京極。だが百代は依然唇を尖らせて窓の外を見ている。

 

『ああ、よいよい。わしはそこの口の悪い孫を叱りに来ただけじゃからの』

 

『叱りにって、私なにもしてないもん』

 

ツンっとそっぽ向く百代。その姿に思わずため息をつく鉄心。

 

『衛宮士郎君の爪の垢でも飲ませてやりたいわい・・・だいたいモモ。お主鍛錬も手を抜いておるじゃろう』

 

『衛宮は関係ないだろうー!だいたい、学園の依頼に報いてないのはジジイの問題だろう?』

 

鍛錬のことは置いといて先ほどの話を出す百代。それに対し鉄心は、

 

『はぁ・・・それはわしも悩んでおる所じゃわい。個人のやり取りは自由じゃが学園の依頼となればそれなりに報酬を渡さねばならん。じゃが――――』

 

鉄心は一呼吸置き、

 

『彼は受け取ることを拒むのじゃ・・・ちょっと手伝っただけ、大したことはしていないと言い張ってのう・・・』

 

『まじかよ・・・』

 

思わず呆然とする百代。

 

『しかし、彼の仕事は日に日に大きなものとなっています。このままではまずいのでは?』

 

と京極は鉄心に進言する。

 

『そうじゃのう・・・努力には報酬が伴わねばならん。じゃが、仮に衛宮士郎君が心がわりして受け取ると言うても、もはや手に負えんほどになっておる』

 

心底困ったというように髭を撫でつける鉄心。

 

『・・・仮に、いつもの依頼みたいに食券で換算したらどのくらいなんだ?』

 

興味本位で問う百代。だがそれは特大級の爆弾だった。

 

『食券ではもう換算できんわい。どうしてもというなら、もう二年半分くらいかのう・・・』

 

『二年半分!!?』

 

もはや聞いたことのないのない単位である。

 

『それは・・・学園の予算としてまずいのでは?』

 

『当然じゃ。二年半と言うたが実際はそれ以上じゃよ。わしが言うたのは経費をほぼ度外視してじゃ。実際の成果で言えばもっと行く。だから言うたじゃろう。もはや食券程度では測れんと』

 

ふぅ・・・と首を振る鉄心。

 

『学園としても報酬を受け取ってもらいたい。じゃが、彼は断固として受け取らん。そして日に日に仕事は大きなものとなり、それに伴うはずの報酬も積み重なっていく。そして大きくなりすぎた報酬はもはや学園では充当できん』

 

『悪循環で候・・・』

 

『確かに・・・これはゆゆしき事態ですね。・・・私たちが安寧と暮らしていく度、彼に対する負債は山となっていく。―――いっそ、彼への依頼を禁止にしては?』

 

もはや手に負えない状況であるがそれしか手はない。これ以上彼を押しつぶさないためにも、それに対する者が彼への無償の感謝に押しつぶされないためにも。

 

今すぐにでも決断する他ない。京極はそう思った。

 

だが・・・

 

『わしも、教師陣もそう結論を出したんじゃが・・・それでは彼の信念の妨げとなる』

 

『信念・・・?』

 

ふと出てきた不可思議な言葉に疑問を抱く百代。

 

『おいジジイ衛宮の信念って・・・』

 

『それは本人の口から語られねばならん。わしがここで言うわけにはいかん』

 

ばっさりと鉄心は百代の言葉を切った。これ以上はもう答えない。そう顔が物語っていた。

 

『むー・・・結局なにもわからず仕舞いじゃないか』

 

結局聞きたいことが聞けなかった百代はまたいじける。

 

と、

 

『そういえば学園長。衛宮士郎君の天下五弓入りはどうなったんで候?』

 

『あー!そうだよ。それがあったじゃないか。流石ユーミン!』

 

興味津々といじけていた百代が乗り出す。

 

『ああ、それな・・・断られた』

 

『は?』

 

『やっぱり・・・』

 

『やはりそうですか』

 

ポカンとする百代と、想像がついていた二人は視線を落とす。

 

『断った?なんで?』

 

惚けたまま鉄心に問う百代だが、答えたのは矢場弓子。

 

『彼曰く・・・俺の弓は弓道ではないから、と言っていたで候』

 

『弓道じゃない・・・?それならなんだって言うんだ!?』

 

意味が分からないと吠える百代。それに対し京極は己の推測を口にした。

 

『・・・考えられるのは二つ。一つは弓道ではなく弓術(・・・)だという主張』

 

武を知る人間ならば知る弓道と弓術の違い。それは弓を通して精神を鍛えるものであることを弓の道と書いて弓道。そして弓術は、相手を倒す、または殺傷することを目的としたものであるということだ。

 

『だけど京だって椎名流弓術の使い手じゃないか』

 

百代の言葉に京極も頷く。

 

『武神の言う通りだ。違いはあれどそれでは彼の言い分に適さない。となれば考えられるのは一つ』

 

『・・・彼は自分の弓を、別なナニカ(・・・)として捉えておるということじゃな』

 

『別な・・・ナニカ・・・?』

 

チリッと百代の脳裏に何かが走る。理由はわからない。何故かもわからない。だが、一瞬、あの鷹の眼が脳裏を過った。

 

『わしも見ておったがの。あれは異常じゃ。常人の域を遥かに超えとる』

 

先代・武神として鉄心は言った。

 

『わしも長いこと生きとるがの。あれほどの射手にはであったことがない。まさに神域。人では到底、到達できないモノじゃ。わかるか?このわしをして、彼が弓を引いた瞬間、美しいと感じたと同時に怖気が走ったわ』

 

『なんだよ・・・それ』

 

鉄心の真剣な顔をみてただ事ではないことを百代も悟る。

 

『それが真実であれば。彼はこの先弓を引かないでしょうね』

 

『そうじゃのう。あの歳で一体なにをやったらあんな射手になるのか・・・好奇心で彼をつつく輩が出てくるじゃろう。じゃがそれは無駄なこと。アレはそういうものじゃ。そう、理解するしかない』

 

鉄心は最後にそう締めくくった。

 

 

 

 

 

 

ガンガンガン!バタン!

 

荒々しく扉を開ける。かくして、目的の人物、衛宮士郎は夜風に吹かれて町の方を見ていた。

 

「おい、士郎」

 

その、よく見れば随分と大きな背中にやはり荒々しく声を掛ける。

 

「百代先輩?」

 

自分を呼ぶその声にまた怒りがわく。

 

「だからモモ先輩でいいって言ってるだろ!」

 

ガン!と床を踏み鳴らす。思いのほか力が入っていたのかパラパラと欠片が舞った。

 

「なんでお前私だけ言う通りに呼ばないんだ!」

 

ずんずんと進んで目の前に立つ。

 

彼は自分より大きい。ガクト並に大きい彼は自然と自分を見下ろす形になる。

 

「なんで・・・ね。実に個人的な話だよ」

 

そう、彼は言った。

 

「なんだよ。言ってみろ」

 

特大の怒りをぶつけてやる。常人なら失禁しているだろうそれを受けても彼は飄々としている。

 

「簡単な話さ。―――貴様が気に入らないからだよ。川神百代」

 

「!!!!」

 

ズパアアン!

 

本気の、全力の一撃を顔面目掛けて放つ。

 

しかし、

 

「そら、そういう所だ。何でもかんでも力に頼り、気に入らなければ武力で圧する。そういう所が気に入らない」

 

本来ならば、頭蓋を砕き脳髄をまき散らす一撃をこの男は首を僅かに傾けることで避けた。

 

「お前・・・!!!」

 

イライラする。この私を前にして飄々と、薄ら笑いすら浮かべてそこに立っている。

 

ッパアァン!

 

ッピシュン!

 

殴る。蹴る。

 

拳は音の壁を突き破り、蹴りは空気を裂く。

 

一撃一撃が必殺。だがこの男はそれを軽々と躱し、地を蹴って空中で体を捻り、距離を取る。

 

「ふむ。なかなかやるな。とはいえ、大した一撃じゃない。必殺の一撃も、これこの通り、当たらなければどうということはない」

 

まるで軽業師のようにひょいひょいと避ける士郎。

 

「こんの・・・・!!!」

 

もはや地面を蹴り砕き一瞬にして間合いを詰める。―――今度こそ。今度こそそのイラつく顔を――――

 

 

 

「それにな・・・そんな何も宿らぬ拳(・・・・・)に当たってやるほど、私は暇ではない」

 

 

―――ピタリと。顔の前で拳が止まる。

 

 

「なに・・・を・・・」

 

進めない。あと少し、一cmでも前に出ればこのイラつく顔を潰せるのに。どんなに力を込めても。どんなに歯を食いしばっても。体はピクリとも動かなかった。

 

「なんだ気づいていないのか?では己に聞いてみるがいい。その()は何のためにあるのだ?」

 

「なんの・・・ため?」

 

やめろ。聞くな。言わせるな。気づかせるな。

 

心が警報を鳴らす。気づいてはならないと。見てはならないと。

 

「その様子では薄々わかっていたようだな。貴様は戦っているのではない。己以下の者をいたぶって愉悦に浸っているだけだ」

 

「違う!!!」

 

大声で否定する。しかし体はピクリとも動かず。心はめちゃくちゃにかき回される。

 

「ではどう違うのかね?本来であればどんな相手も一撃で仕留めることができるというのに。―――毎度ダラダラと。まるで自分をどこまで楽しませてくれるのか推し量りながらノロノロと振りかざすその拳に意味はあるのか?」

 

「それは・・・」

 

彼女の悪癖。わざとスロースタートし、ゆっくりと、相手の技を、相手の力をこの身で味わってみたいという、対等な者のいない孤独故の歪み。だがそれは―――己の相手に対する侮辱に他ならないのではないか?

 

「君は嘘が嫌いだと言ったな。それはとても素晴らしいことだ。君自身正直者なのも知っている。だがそれ故に―――」

 

パアァン!

 

「うっぐ・・・!?」

 

ピクリとも動かない体をまるでピンポン玉のように蹴り上げられた。

 

ドヒュッ!

 

「がッ!」

 

無防備に浮き上がった体を回し蹴りされてくの字になり蹴り飛ばされる。

 

ガシャアン!

 

「私は気に入らない。戦いたいから戦う?たわけめ。戦いには理由がいるのだよ。守るべきもののためなのか、降りかかる火の粉を振り払うためなのか。それすら込められていない拳になんの意味がある。貴様はな、手段と目的をはき違えている」

 

自分は武道家だ。戦うことが、戦いこそが自分の――――

 

「川神流・・・瞬間――――」

 

回復、という言葉は続かなかった。フェンスに叩きつけられた体は動かず。手も足もだらりと投げ出されたまま。膨大な気は行き場を失い、大気へと解ける。

 

 

「意味もなく。目指すものもなく。信念すらない。そのような力をなんと言うか知っているか?それはな―――ただの暴力というんだよ」

 

 

暴力、と百代はそのままつぶやく。古い記憶が蘇る。気に入らなければなんでも叩き潰していたあの頃。よくジジイやルーが言っていたことを思い出す。

 

『こりゃ!モモ!また暴力なぞ振るいよって!』

 

『暴力はダメ!・・・うーん釈迦堂に似てきたナァ・・・』

 

暴力。暴れた力。

 

己に誓ったのは誠。誠実であること。嘘をつかないこと。

 

では自分はその通りに力を振るっていたか?

 

「あ――――」

 

そうだ。私は戦いが好きだ。でもそれは強者とのしのぎを削り、誰よりも強くなりたい。そう思ったから。

 

そうして頂点に辿り着いた。気づけば周りには誰もいなかった。誰よりも強くなりたかった自分は。誰よりも強くなった後(・・・・・・)どうするのか考えていなかった。

 

「確かに君は強い。だが強いだけではただの暴力だ。そこに心が伴わねば、己の願い(・・・)が込められねば。こうして簡単に崩れる。高々世の人より強くなったくらいで何も目指さなくなった力など、何の意味もなさない」

 

それが彼の答えだった。誰よりも誠実であろうとした自分が。いつの間にか武神という椅子に胡坐をかいて自分以外を見下していた。

 

(そっか。こいつ―――)

 

彼もまた彼女の在り方を歯がゆく思っていたのだ。もう一度彼をよく見る。極限まで鍛え上げられた体。限界まで練り上げられた技術。そして己にとって最高の効率。そこまでしても届かない何かがある。それをあの眼(・・・)は視ていたのだ。

 

だからこの男は私を認めないのだとわかった。本当は己よりも強いくせに。誰よりも強くなるという願いを放り投げていた自分を。

 

「ぐっ・・・」

 

体を起こす。もう一度前へ。あの誇り高い男の前へ。

 

ヘロヘロと覚束ない足で歩く。なんて無様。でもいい。そんなことはどうでもいい。

 

「スゥ・・・―――ッふ!!!」

 

呼吸を整え、脚に力を籠め、腕を振りぬく。

 

凡庸な、凡骨の一撃。しかしそれは彼女の人生でもっとも速く、重く、鋭かった。

 

 

顔面を狙ったそれは、やはり顔を軽く傾けられ避けられた。でも――――

 

バリィイ!

 

「―――やればできるじゃないか。モモ先輩」

 

一撃を逸らすために使った彼の腕の皮を引き裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎」

 

「なんです?モモ先輩」

 

口調はもう元に戻っていた。彼は制服の袖を破り傷を縛っている。

 

「・・・お前。あんだけ口悪かったのにいまさら敬語なんか使って・・・普通に話せよ。それと百代でいい」

 

「じゃあ百代。―――ああ、君にぴったりの響きだな」

 

「・・・ッ」

 

かあっと顔に熱が上がるのが分かる。それを見られたくなくてそっぽむく。

 

「なんだよ・・・ッしと」

 

キュッと傷を縛り終えた士郎は百代を見る。

 

「なんでお前戦い嫌いなのにそんなに強いんだ?」

 

ずっと気になってたことを聞く。

 

「・・・守りたいものがあったから。救いたいものがあったから。その為に力が必要だった」

 

懐かしそうに彼は空を見上げる。

 

「アルトリアって女の人なんだってな」

 

「!」

 

ピクリと反応する士郎。答えはない。

 

「その人守りたかったのか?」

 

胸が締め付けられるような感覚を覚えながら百代は問う。

 

「・・・どっちかっていうと守られてばっかだったな」

 

苦笑を浮かべながら言う。

 

「じゃあ・・・救いたいものってなんだ?」

 

「・・・。」

 

彼は一つ考えて、

 

「・・・さぁな」

 

とはぐらかした。

 

「なんだよ。教えろよ」

 

むっとしてもう一度問う。

 

「視野がさ、広がるんだよ。――――1人の次は10人。10人の次は100人。100人の次は・・・一体どのくらいだったかな」

 

そう言って彼は右手の甲を摩る。

 

「なんだよ、それ。きりないじゃないか」

 

「ああ。でもいいんだ。全部は救えないけど―――救えたものがあったから」

 

そういう彼は誇らしげで。

 

「・・・まるで正義の味方だな」

 

百代はキャップの見ていた特撮ヒーローを思い出した。

 

「それが夢だからな」

 

士郎は胸を張って言う。

 

「・・・そんなのなれっこない」

 

むすっとして言い返す

 

「そうかもな。でも、綺麗な願いだろ?」

 

否定はない。でも彼は宝箱の宝石をみせるように言った。

 

「―――まだ目指すのか?」

 

返ってくる答えなどわかりきってる。けれど百代は言う。

 

「―――そりゃそれが俺だから。無くしたくない憧れだから」

 

士郎が立ち上がる。

 

「でも、ちょっと優先したいものができちまった」

 

「優先したいもの?」

 

「―――ああ。百代とみんなをさ」

 

そう言って彼は笑顔を浮かべた。綺麗な、透き通った笑顔だった。

 

「―――。」

 

それをみて、百代の頭は真っ白になった。

 

胸が苦しい。今にも心臓が飛び出そうだ。

 

(これやばいなー・・・)

 

と思いながら思わずにやけそうになる顔を必死にもみほぐす。

 

「さ、戻ろう」

 

そう言って差し出された手を取り百代も立ち上がる。が、

 

「どぅわ!?」

 

ヘロヘロになっていた足腰は彼女の足をすくった。

 

それを、

 

「よっと・・・大丈夫か?」

 

抱きかかえるように受け止めた士郎。

 

「・・・ッ!!!」

 

ボン!と百代が真っ赤になる。抱きかかえたことは多数あれど。男に抱きかかえられたことはない。

 

(やっべー・・・これやっべー・・・)

 

もう何が何だか分からなくなってる百代。

 

「なにしてるんだよ・・・回復できるんだろ?」

 

そういう士郎に彼女はむすっとして、

 

「・・・空気読めよ・・・馬鹿・・・」

 

と言った。

 




はい。武神入ります。今回は賛否別れると思いますが・・・。それと前回に引き続きすいません・・・反動が・・・!モモ先輩描写を全然していなかった反動でめちゃくちゃ色々な場面を書くハメに・・・またまた理解不能だったらすみません・・・・

百代と士郎の喧嘩(士郎の蹂躙)は、やはり、想いと願いを胸に高みへ上ったこと、そしてセイバーを初めとした英霊を知り、様々な剣の記録から、強さとは何なのかを知っているからです。私個人の意見としては、百代と士郎って相性最悪なんですよね。まぁ、魔王なんて比喩されたりする百代ですから正義の味方の士郎からすれば、やれるくせにやらない。階段上ったんではい終わり―の言ってしまえば、てめぇもっと熱くなれよぉ!って感じかなぁと。あとバトルジャンキーの修正ですね。戦いたいから戦うんじゃ本末転倒。

その後の部分はなんかこう・・・幼馴染が二人だけで秘密話してるイメージで書きました。なのであえて言葉少なくしてます。fateの「消えない想い」なんか流して見ていただけたらニヤニヤできるかなぁと・・・

たくさんの感想本当にありがとうございます!まだまだ頑張りますのでよろしくお願いします。


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夜更けと夜明け

皆さまご感想ありがとうございます。こうして書き続けられるのはひとえに皆様の暖かいお言葉のおかげです。

百代との激突を終えて、士郎と百代が室内にもどり、キャップのビックニュースが明かされます。


百代との大喧嘩の後、士郎と百代が皆のいる場所に戻ってくる。

 

「お、戻ってきたな!」

 

「おかえりーって、士郎!その腕どうしたの!?」

 

笑顔で迎えるキャップと一子・・・だが、一子が士郎の肩口まで引き裂かれた制服と、その破った部分で右腕に巻かれた傷を見て真っ青になる。

 

「あーこれか。なに、大したことない。ちょっと瓦礫に引っ掛けちまってさ」

 

「あわわわわ!で、でもかなり出血していますよ!」

 

「早く止血しないと!」

 

千切られた制服できつく巻かれているようだがその布は既に真っ赤に染まっている。慌てて救急セットを探す由紀江となまじこういう状況になれていないクリスがあたふたとする。

 

「大丈夫だよ。もう血は止まってる。でもまぁ見た目悪いよな。心配かけてすまん」

 

なにせ右腕が肩から完全に露出し、その手首から少し上にかけては真っ赤に染まっているのだ。彼は瓦礫に引っ掛けたと言うが、

 

(・・・絶対モモ先輩だよね)

 

(ああ。途中からすごい音してたからな)

 

京と大和がこっそりと耳打ちする。それは二人だけでなくここにいる全員が分かっていることだった。なにせ百代は本気の本気で踏み込んだり、殴りかかったりしていたのだから。それを手入れされているとはいえ廃ビルの屋上でやったらもはや常に地震が起きてるようなものだった。

 

「これまたすげぇ勲章作ってきたもんだなぁ」

 

「うう・・・僕こういうの苦手・・・でも、本当に大丈夫?」

 

ガクトは男の勲章とばかりに笑い。モロはグロイのは苦手なのでちょっと顔色を悪くしているが士郎のことを本当に心配していた。

 

「ガクトの言う通り。こんなもんは勲章だよ。本当に大丈夫だから心配しないでくれ」

 

そう言って笑う士郎。

 

「そんなことよりキャップ。まだ話があるんだろ?由紀江が作ってくれたっていう弁当も食べてないし・・・折角なら頂きながら聞きたいんだが」

 

「おう!俺の方は準備万端だぜ!」

 

「わわわ私のはこれです~!!!」

 

「いけー!まゆっちー!」

 

「おおお!流石まゆっち!綺麗な彩の巻き寿司だな!」

 

と盛り上がる一同だが、

 

「あれ?モモ先輩は?」

 

一緒にいるはずの百代がいないことにモロが気づきキョロキョロとする。

 

「ん?百代ならここにいるぞ。・・・いつまで隠れてるんだよ。みんな心配してるだろ?」

 

そう言って士郎がぐいっと左腕を引っ張ると、ものすごく気まずそうな、しかし嬉しそうな、複雑そうな、とにかくいつもの様子とは相当に違う百代が士郎の左袖をちょこんとつまんで背中に隠れていた。

 

「お、お姉さま?」

 

「お、おお~妹~ただいま~」

 

皆の前にさらされた百代はやっぱりいつもと違う様子で一子に抱き着く。

 

「お、お姉さまちょ、ちょっと苦しい・・・」

 

「そ、そうかぁ!すまんすまん!」

 

撫でくり撫でくりとしていた一子をぱっと放し、声をひっくり返してあたふたあたふたとしたのち、

 

ボスン!

 

といつもの定位置に着地した。

 

それを見た一同は、あまりにあからさまな様子に

 

「「「モモ先輩がデレた!!?」」」

 

と声をそろえて言う。

 

「で、デレてない!大体、誰にデレるんだ!この私をで、デレさせる男がこの世にいるわけないだろう!?」

 

普段なら。そう、普段ならなんかいいことあったのかなーくらいなのだが。最強の武神・川神百代の前に無理っすと男は皆退散していくのだが。

 

(夜)

 

(屋上)

 

(二人きり)

 

(え、ええと・・・良い景色!)

 

(そこはロマンチックって言おうな~まゆっち~)

 

((?))

 

伝言ゲームのように意思疎通をこなすファミリー。一部のお子様はわかっていないが。

 

「なんだよみんなして黙りこくって。俺と百代は少し話をしただけだぞ?」

 

と何でもないように言う士郎だが当然今の、いやもっと前からだが、特級の爆弾がここを押せ!と言わんばかりに含まれているわけで。

 

「士郎今モモ先輩のこと・・・」

 

「?百代が?」

 

(((も・も・よ!!?)))

 

今更ではあるが一子はお姉さま。大和は姉さん。その他はモモ先輩。つまりファミリーの中で彼女を名前呼びするものはこれまで一人としていない。

 

「士郎、士郎」

 

ガクトがちょいちょいと手招きする。

 

「ん?なん「死・ね・!」どわっ!」

 

ゴヒュンとラリアットが士郎の頭を掠めて行く。

 

「なにすんだ!」

 

「やかましい!」

 

どうやら本気で怒っているらしいガクトにクエスチョンマークを浮かべながらもとりあえず席に着く。

 

「・・・士郎」

 

「・・・なんだ京」

 

今度はなんだと若干距離を取って返事をする。

 

「おめでとう?」

 

「なにが?」

 

京の言葉に首を傾げる士郎。どうやら本気でわかっていないらしくん?ん?っとキョロキョロしている。

 

(・・・ねぇ大和。これって)

 

(・・・ああ。そういうことだ)

 

そして再び一同が思ったことは

 

(((コイツ気づいてねぇ!!!)))

 

である。

 

 

 

 

 

「とーモモ先輩の様子がなんかおかしいけどよーもう遅いから話すすめるぜー」

 

「賛成」

 

「俺様も賛成。そして士郎死ね!」

 

「僕も賛成~」

 

「わ、わわ私も・・・あう・・・」

 

ぎゅっと胸が苦しそうに抑えるまゆっち。

 

「自分も賛成だ。そろそろ眠くなってきたしなぁ」

 

ふぁああ・・・と欠伸をするクリス。

 

「私もさんせー」(イケるとは思ってたケド・・・まさかこんなに早くモモ先輩落とすなんて士郎、恐ろしい子ッ!でもグッショブ!)

 

ということで、普段よりだいぶ遅くなったが最後の話を進めることになった。

 

「つーわけでこれだぁああ!!」

 

ドン!と置かれたのは何かのチケット。

 

「ええっとなになに・・・箱根温泉団体様招待券?」

 

「ごっふぉ!」

 

やたらと聞き覚えのある名称に思わずお茶を吹き出す士郎。

 

「うお!?きたねぇ!」

 

「す、すまん・・・クッキー、なにか拭くものくれ・・・」

 

げほげーっほと咳き込む士郎。

 

「もう、しょうがないなーはいどうぞ」

 

渡された布巾で噴出したお茶をふき取る士郎。

 

「なんだ?士郎ここ知ってんのか?」

 

「ま、まさか。俺はここにきてまだ二カ月しか経ってないんだぞ?そんな旅行する暇なんてないぞ」

 

鋭い所を突いてくるキャップに苦し紛れに誤魔化す。まさかクリスの父親の話をするわけにもいかないのでどうしようもない。

 

「で、こんなものどうしたんだよ。これ確か商店街の福引で出てたやつだよな?」

 

と、最近商店街の方へと足を延ばし始めた士郎が言う。

 

「どうせキャップが引き当てたんだろ?」

 

「その通ーり!!!ちなみに今回は一発で当てたぜ!」

 

「一発でって・・・そんなことあり得るのか?」

 

「それがあるのがキャップなんだよね・・・」

 

疑う士郎に苦笑を浮かべながら言うモロ。キャップの剛運は本当にどうなっているんだと疑いたくなってくる。

 

「・・・ここ、前にも行ったことあるね」

 

「そうだな。前に行ったとき九鬼のマークがあったから消費者還元ってことで定期的にやってるのかもしれないな」

 

京がチケットを手に取り場所を見るとどうやら彼らは一度行ったことがあるらしい。大和が言うには九鬼の経営する旅館のようだが・・・

 

(クリスの父親に招待された旅館には九鬼のマークはなかった。となると箱根は箱根でも別な旅館か)

 

士郎は全く同じ場所でないことにほっと息をつく。なにせ自分が隠してても、女将さんに『また来た』などと言われたら隠し通すことは困難である。

 

「キャップの運の良さには毎回得させてもらってるなぁ俺様達」

 

「そうだねぇ・・・クリスとまゆっちが来た時にも確かキャップが福引で当てて行ったもんね」

 

「ふふーん!俺をほめろよー・・・っと今日はこの辺にしとこうぜ。俺も眠くなってきたわ・・・」

 

「そうだな。妹もクリスももう夢の中だ」

 

「「Zzz・・・」」

 

百代は優しい表情で眠る妹を撫でている。クリスも隣の由紀江に寄りかかってすっかり眠ってしまっていた。

 

「さ、帰ろうぜ」

 

「ああ」

 

「おう」

 

「了解」

 

キャップの号令の下、士郎の初めての金曜集会は幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

帰り道

 

「いつもこの時間まで金曜・・・集会だったよな。やってるのか?」

 

「いや、いつもはもっと早く切り上げてるよ」

 

「流石にこんな遅くまでやってたらな。今日はジジイに怒られるな・・・」

 

と、スヤスヤと眠る一子を背に百代が肩を竦める。

 

「俺様も母ちゃんにどやされるわ。それもこれも士郎、テメェのせいだかんな!」

 

「わかってるわかってる。今度みんなに何かお詫びをするよ。来週も集まるんだろう?」

 

ガクトに突かれて士郎は困ったように次の機会を聞く。

 

「ああ!金曜だけは必ず集まる。それが俺たちの約束だからな」

 

「それなら、今度は俺が料理をご馳走するよ。今日は由紀江の心づくしを頂いたからな」

 

そう言って由紀江の方を向き、

 

「遅くなっちまったけど、ありがとうな由紀江。とてもおいしかった」

 

「い、いえ!わわわ私の料理なんて士郎先輩の足元にも!!」

 

礼を言われたまゆっちはびっくりしたように大きな声を立ててしまう。

 

「シー。まゆっち、二人とも寝てるから・・・」

 

「はわう!?すすみません・・・」

 

大和に注意されてしょんぼりするまゆっち。しかし、ちらちらと士郎のことを後ろを歩きながらチラ見する。

 

当の本人はクリスを背負っている(百代がいじけたが、まさかガクトには任せられなかった)ので気づいていないが、もう暗いというのに本を片手に京は鋭く見ていた。

 

(モモ先輩だけじゃなくてまゆっちもすでに落としてるとか・・・士郎は罪作り・・・いや女たらしかな)

 

「ううぅん・・・マルさぁん・・・」

 

「っとと・・・人の背中で寝返り打とうとするなよな・・・まったく・・・」

 

もぞもぞと眠りながらちょうどいい所を見つけようと動くクリスに思わず苦笑を浮かべる士郎。

 

「・・・。」

 

「姉さん、ステイ、ステイ・・・」

 

「くっそ!士郎やっぱりお前死なす・・・!」

 

「ガクトは欲望が駄々洩れだからな・・・」

 

「だから士郎に頼むことになったんでしょ・・・」

 

ジト―っと見つめる百代に嫉妬を露わにするガクト。そしてそれにツッコミを入れるモロ。

 

(やっぱいいな。こういうの)

 

何だかんだ言って皆声を小さくして眠る二人を気にかけている。元の世界では経験したことのない体験だ。僅か二カ月で色々あったし、これからも色々あるんだろうが―――

 

「・・・みんな、ありがとう」

 

小さく士郎はお礼を言った。

 

「ん?士郎なにか言った?」

 

「いや、なんでもないぞ」

 

意外な所で鋭いモロに聞かれたのかモロが士郎に問いかける。

 

「・・・ところで士郎、本当に大丈夫?そんな怪我でクリスを背負って歩くなんて」

 

「大丈夫だって言ったろ?モロは心配性だな・・・それにほら、迎えが来た」

 

士郎がそう言って前を見る。しかし・・・

 

「・・・なんも見えねぇぞ」

 

「俺様もだ。大和は?」

 

「俺も見えないな・・・この辺は比較的明るいし、見間違いじゃないのか?」

 

「京は見える?」

 

「・・・ううん。見えない」

 

誰一人として士郎の言う迎え(・・・)が見えないので、

 

「もしかして・・・アレか?」

 

「ああ。モモ先輩の苦手なやつ」

 

「やめろー!乙女の秘密をばらすんじゃないー!」

 

小声で喚く百代に士郎は首を傾げる。

 

「なんだ?百代にも苦手なものがあるのか?」

 

と聞く士郎。

 

「あれだよあれ」

 

「そうそう。夏の風物詩」

 

ケラケラと笑うガクトが百代にゲシゲシと蹴られている。

 

「夏の風物詩・・・ああ。幽霊か?」

 

肝試しが思い浮かんだ士郎はずばり言い当てた。

 

「当たり」

 

大和が正解をくれた。

 

「あっはっは。百代も可愛い所があるじゃないか」

 

「可愛い所があるんじゃなくて可愛いんだッ!」

 

「あいたッ」

 

ゲシリと今度は士郎が蹴られる。

 

「つつ・・・なんだよ・・・幽霊くらい。最強の武神がなんで幽霊なんか怖がるんだよ」

 

「最強でも物理がきかないのはノー!!」

 

「・・・つまり、物理的に攻撃できないからってわけね・・・」

 

それを聞いて士郎は、百代がサーヴァントを目の前にしたらどんな反応をするのか―――思わずクスリと笑ってしまった。

 

「なに笑ってるんだッ」

 

「あいたッ!だから蹴るなって。・・・それはそうと、ほら、いい加減見えるだろう?百代はこの距離でわからないなら鍛錬が足りてないぞ」

 

そう言われてもう一度正面に広がる暗闇を見る。

 

「・・・やっぱ見えねぇぞ」

 

「京はどうだ?」

 

ガクトはやはり見えないらしい。そこで士郎は京に振った。

 

「・・・・あ」

 

「なにか見えたのか?」

 

大和が京に問いかける。

 

「うん・・・・微かにだけど赤髪が見える」

 

「百代はわかったろう?」

 

「あ、ああ。気が感じ取れた」

 

百代は驚いたように士郎を見る。

 

「もう、勿体つけないで教えてよ!」

 

やっぱりわからないモロは段々と怖くなってきて士郎に問いかける。

 

「ヒント:クリス・仲がいい・赤髪」

 

「ああーわかった!」

 

「僕も!なんだよ早く言ってくれればいいじゃないかー」

 

ほっと息をつくモロ。

 

「皆の反応が面白くてな、つい」

 

そう笑う士郎。だが、百代と京は戦慄していた。

 

「・・・おい京。どこから見えた?」

 

「ついさっきだよ・・・さっきも言ったけど微かに赤髪が見えただけ。モモ先輩は?」

 

「うーん正直そこまで気配探知してなかったからな・・・」

 

二人の会話を聞いた大和はこれはただ事じゃないと士郎に聞くことにした。

 

「なぁ士郎。お前一体どういう視力してるんだ?」

 

大和にそう問われた士郎はふむ。と一つ考え、

 

「まだ、秘密だ」

 

そう答えた。

 

 

そうしてしばらく歩くとガクトやモロにも赤髪の正体・・・マルギッテの姿が目に映った。

 

「出迎えすまないな。マルギッテ」

 

と士郎が言う。

 

「そうですね。今日はいささか遊びすぎです。いくら何でも遅すぎます」

 

と厳しく言う。マルギッテ。だが士郎は、

 

「わかってる。悪い。だけどみんなを責めないでやってくれ。俺の歓迎会をしてくれたんだよ」

 

「・・・・歓迎、ですか。・・・まぁいいでしょう。今日の所は不問にします」

 

「ありがとう。マルギッテ」

 

「・・・ッ」

 

お礼と笑顔を浮かべる士郎にマルギッテは慌てて顔を反らした。

 

「と、とにかく!お嬢様は私が運びます。私にわた――――」

 

きっと、渡しなさい。そういうつもりだったのだろう言葉がピタリと止められた。

 

視線は士郎の右手。そこから一滴、ぽたりと血が垂れた。

 

「―――衛宮士郎。その右手はどうしたのですか?」

 

ギロリとマルギッテの目が士郎と・・・百代に突き刺さる。

 

「あー・・・ちょっと擦り傷をだな・・・」

 

「嘘を言うならもっとマシな嘘を言いなさい。―――川神百代。貴女ですね」

 

「・・・だったらどうしたっていうんだ?」

 

ギシリと空気が凍る。ビリビリと闘気が膨れ上がり―――

 

「二人ともその辺にしたまえ」

 

当の士郎が声を上げた。

 

「これは私の不手際が原因だ。なに大した負傷ではない。行動に支障はないのだから争うのはやめろ。・・・声もそうだが、そうして闘気をぶつけ合っては二人の眠りを妨げる」

 

そう言って士郎は百代とマルギッテをまっすぐに見た。

 

「・・・。」

 

百代はどこか不服そうに押し黙った。

 

「・・・。わかりました。島津岳人」

 

「は、はい!」

 

雰囲気に完全に飲まれていたガクトは思わず飛び上がるように返事をした。

 

「声は抑えなさい。・・・お嬢様を少し預けます。衛宮士郎はこちらへ来なさい」

 

ついっと士郎とガクトは目を合わせる。ガクトは緊張したように直立不動。それを不憫に思った士郎は仕方なしとガクトにクリスを預ける。

 

「すまないなガクト」

 

「あ、ああ・・・気にすんな(怖えー・・・)」

 

「衛宮士郎!早く来なさい!」

 

「聞こえている。そう声を荒げるな」

 

そう言って士郎はマルギッテの方へ歩いて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう怒るなよマルギッテ。こんなの大したこと―――」

 

「だまりなさい」

 

まるで初めて会った時のようにマルギッテは鋭い眼をしていた。

 

はらりと血濡れの巻かれた布が外される。

 

「・・・ッ!!やはり・・・!!」

 

マルギッテの懸念は的中していた。取り外された布は、もはや布として機能しておらず。衛宮士郎の右腕は、まるで何かに削り取られたかのように皮膚がベロリと剝がれていた。

 

ビチャリ、と、どす黒く赤い、布だったものが地に落ちる。

 

その音を聞いて士郎はやれやれと首を振った。

 

「君は本当に優秀だな・・・まさか、あの状態で傷の具合まで推察するとは」

 

そして彼女は軍服のポケットから針と糸、小型の入れ物に入った消毒用のエタノール。そしてガーゼを取り出す。

 

士郎の言葉に返答せず、淡々とマルギッテは治療の準備を進める。

 

「痛みます。何か噛みますか」

 

「このままで構わない。その代り早くしてくれると助かる。あまり時間をかけると彼らが訝しむ」

 

そう言って士郎はマルギッテに手を委ねた。

 

「わかりました。では―――」

 

プシュっと針と剥がれた傷口に吹きかけられる。大の大人であろうとも、麻酔なしでは痛みでのたうち回るであろう。だが士郎は一切表情に出さず、一ミリたりとも動かなかった。

 

チクリ、チクリと正確に、素早く、彼女はベロリと剥がれ、ぶら下がった皮膚を縫い合わせていく。

 

「・・・流石本場軍人だな。とても正確で素早い」

 

激痛が走っているだろうに軽口を叩く士郎にもう一度マルギッテは、だまりなさい。と言って治療を進める。額に汗を浮かばせながら彼女は必死に治療を行う。

 

(なんという鋼の精神・・・このような(・・)な治療にほんの少しも反応しない)

 

マルギッテは軍人であるが軍医ではない。軍人として多少の知識と、戦場ならば必要だと考える彼女の生真面目さから最低限の応急処置を行うことができるようになっているのだ。

 

なので決して雑なわけではない。だが本当の治療で言えば手抜きもいい所である。本来ならば血管を繋ぎ、失った部分を移植し、縫合して絶対安静である。

 

それを、傷口を万力の如く押しつぶして強制的に止血し、垂れ下がった皮膚を糸で縫い合わせただけ。あとは菌が入らないようガーゼと包帯で巻く。応急処置は本当に最低限なのだと彼女は身に染みて理解している。

 

プツン、と糸を噛み切り、ガーゼを当て、包帯を巻いた。今はこれが精一杯。後日きちんと治療する必要がある。

 

 

―――だというのに

 

「ふむ。何度も言うが、流石だな。おかげでだいぶ楽になった」

 

そう言って手を握ったり開いたりする士郎に、ついにマルギッテは己の中の何かが切れる音を耳にした。

 

「ふざけるな!これほどの重傷を負っておきながらいけしゃあしゃあと!これは治療とも呼べない応急手当です!それを何ですか!ろくに治療もせずその手に人一人抱えて動き回るなど!」

 

あまりの剣幕に流石の士郎もたじろいだ。

 

「ま、マルギッテ?何をそんなに怒っているんだ?俺は君に感謝しているんだが・・・」

 

「うるさい!いいですか、慈善事業は大いに結構ですが限度というものがあります!これほどの怪我を負って貴方は何をしたいのですか!」

 

「あー・・・その・・・なんだ。ごめんなさい」

 

これはもう手が付けられないと悟った士郎はもう平謝りするしかなかった。

 

「ごめんで済むのなら軍人も医師も要りません!だいたい貴方は―――」

 

「ま、まてマルギッテ。頼むから落ち着いてくれ。今日はもう遅い。このままでは仲間たちが・・・」

 

「仲間!?このような重傷を負わせる仲間がどこにいますか!」

 

「はい。ごめんなさい・・・」

 

ぴしゃりと切って捨てられた士郎はもうとにかく謝るしかなかった。

 

「大体ですね、貴方が私と一緒に―――ッ」

 

ピタリと。彼女のお叱りが止まった。

 

「ま、マルギッテ?」

 

許してもらえたのか?とちらりとマルギッテをみると、彼女は何事かをごもごもと喋り、

 

「今日はこの辺で許してあげます。完治するまで絶対無理をしないように」

 

そう言い捨てて皆が待つ方へ歩いていくマルギッテ。

 

「あー・・・」

 

なんだか、踏んだり蹴ったりだなと一人ごちる士郎。

 

「とりあえず・・・帰るか」

 

彼女がどうしてあんなに必死になり、怒り出したのか気づかないまま、彼は彼女に言われた通り極力右腕を動かさぬようにマルギッテの後を追った。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

あらん限りの感情をぶつけて多少冷静になったマルギッテは呆然と立ち尽くす風間ファミリーに近寄り、

 

「島津岳人。感謝します。さ、お嬢様を私に」

 

「はい!何もしておりません!」

 

ビシッと背筋を伸ばしてクリスを渡すガクト。マルギッテの様子を見て心配になったモロは、

 

「あの、士郎は・・・大丈夫・・・ですか?」

 

と恐る恐る聞いた。

 

「・・・・。」

 

マルギッテは一瞬考える。

 

(どうせ彼の事です。包帯を巻きなおしただけとでも言うでしょう)

 

だがそれはダメだ。あんな簡単に自分をないがしろにする人物は早死にする。そして、彼女は彼を失いたくない(・・・・・)。そう強く思うのだ。

 

「・・・応急処置はしました。ただし、あくまで最低限の処置です。後日しっかりとした治療が必要でしょう」

 

だから。はっきりと伝える。彼がここにきて一切誤魔化せないように。

 

「しっかりとした治療?士郎はそんな大怪我なんですか?」

 

直江大和がそう聞いてくるのでこれ幸いに言ってやる。

 

「はい。衛宮士郎の腕は皮膚が剥がれかけていました。もしあのままでいたのなら、最悪、腕の切断もあり得たでしょう」

 

嘘ではない。傷口全体が化膿したりしなければ縫合手術だけで済むかもしれない。でもあえて言わない。言ってやらない。一切彼が平気な顔をするのを許してやらない。

 

「切断・・・う、俺様、勲章とか言っちゃった・・・」

 

「やっぱり無理してたんだね・・・」

 

「士郎先輩・・・。」

 

「・・・そんな怪我であんなに平気な顔してたのか」

 

「・・・嘘は言ってない。確かに血は止まってた。でも動けば開くし重傷。つまり本当のことも言ってない。それが士郎の話術」

 

椎名京がいい所に気が付いた。

 

「嘘をつくよりも、本当の話に情報の欠落をさせた方がはるかに効率的です。衛宮士郎はそれをわきまえている。注意しなさい。彼は自分の事ならば容易く切り捨てる」

 

風間ファミリーにとっては耳に痛い話だった。誰もがうつむき葛藤している。

 

(これで少しはマシになるでしょう・・・後は彼らを信じるしかない)

 

幸い、彼らはF組にいるのが不思議なくらい聡明で仲間想いだ。これだけ忠告してやれば常日頃から目を光らせてくれるはず。

 

だがもし――――

 

だめだったのならその時は。ドイツに引きずってでも連れて行って私が管理する。そう決意を固めてマルギッテは最後の一句を放った。

 

「―――武神。貴女とはいずれ決着をつけます」

 

「・・・望むところだ」

 

言いたいことは言った。もうすぐ衛宮士郎がこの場に来ることでしょう。

 

――――interlude out――――

 

 

「おーい!」

 

と仲間の所へ戻る。だが――――

 

「「「・・・。」」」

 

「うっ・・・な、なんだよ・・・」

 

あんなに明るかったのに今はねめつけるようにこちらをみている。どうしたものかと視線を巡らすと、マルギッテと目が合った。

 

「・・・。」

 

だがそれもつかの間。すぐにそっぽ向かれてしまった。

 

(あー・・・こりゃあれだな・・・四面楚歌)

 

一切の退路なし。こうなってはもはや手に負えない。

 

「あー・・・悪い。俺が悪かった。もう、こういうのは無し、今後一切しません」

 

シュタッと垂直に頭を下げる。できるのは謝罪の意を示すことと金輪際やらないと誓うしかない。

 

「はぁ・・・やっぱ初日は荒れるなぁ」

 

「そうだねぇ・・・」

 

「ガクトに同意だ」

 

「・・・私も。次は無い。いい?」

 

「はい・・・」

 

京の言葉におとなしく従う。

 

(なんでさ・・・)

 

もうどうにでもなれと半ばやけくそ気味に反省する士郎だった。

 

「さ、帰ろう」

 

みんなで、応と返事をしてようやく帰路につく。

 

寮組とすぐ近くのガクトと別れ、百代と一子の川神院を目指す。

 

テクテクと歩く。

 

その間百代はずっと無言だった。

 

(まぁ無理もないかな・・・)

 

アレは必要だった。彼女にとって孤独はそれだけ重くのしかかり、歪みは酷かったのだ。

 

でもきっと彼女は立ち上がれる。変われる。そう信じて―――

 

川神院に到着した。すると門前に学園長がいた。

 

「すみません。遅くなりました」

 

「まったくじゃ。心配かけおって」

 

そう言いながらも鉄心は柔和に笑っていた。

 

「・・・。」

 

ついても何もしゃべらない百代。その百代に声を掛けてやる。

 

「百代。ついたぞ。・・・明日も早いんだろ?今日はもう寝よう」

 

なるべく気を負わせないようにいう。それでも百代はしばらくの間動かなかったが、

 

「・・・ジジイ」

 

「わかっておる。ほら、行きなさい」

 

眠る一子を鉄心が優しく受け取り、

 

「士郎」

 

「なんだ?」

 

返答はない。つかつかと歩いてきて

 

こつん、と胸に頭が付いた。

 

「ごめん・・・!」

 

服をぎゅっと掴まれる。ポタリ、ポタリ、と雫が落ちる。

 

「ごめん・・・!!」

 

一滴、一滴だったのがパタパタと雫が落ちる。

 

「ごめん・・・!!!」

 

嗚咽を漏らして。涙を流して。彼女は泣いていた。

 

「・・・お相子、だろう?百代はもう大丈夫。俺ももうやらない。だから―――」

 

そこから先の言葉は出なかった。うまい言葉がみあたらなかった。

 

ただ―――

 

「うん・・・!もう・・・間違えないから・・・!!」

 

むせび泣く彼女の頭をそっと撫でた。

 




みなさんこんばんわ。毎晩遅くに投稿しているダメ作者です(土下座)

今回は色々とまとめれたかなぁと思います。でもやっぱり同時キャラ数が増えると、てんてこ舞いになってしまいます。

後半部分、話数の中でかなりグロに迫っている描写がありました。苦手な方ごめんなさい。ただ、あの場面はマジ恋ではなくfateのギルガメッシュにぶった切られたり、エミヤにズタズタにされたり、剣が体から生えたり・・・最前線でボロボロになる士郎を描きたかったんです。酷い話ではありますが、ボロボロのヒーローってかっこいいんですよね・・・

そしてマルさんはついにプッツンしました(笑)描写は少ないですが、士郎が身を鰹節の如く削りまくってるのが川神学園には広がっています。ただでさえ気になってる人がそんな蛮行をしてたらこう思うかなぁと思った次第です。

モモ先輩はね・・・うんちょっとやりすぎたかなぁと思わなくもないのですが、地上最強。対等な者がいない。その逆をやろう!と思ったらこうなりました。イメージ壊れたらすみません。でも後悔はありません(キリッ)私の作品はこれで行きます!

たくさんの感想ありがとうございます。暖かいコメントばかりで、怖がっていたのが感想ボタン押すの楽しみになってしまいました。至らないところがたくさんあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします!


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休日・繋がり

10月に入り、肌寒くなってきた昨今ですが皆さまどうお過ごしでしょうか?時折の熱波と相反する寒さ。そして話題のコロナウィルス。どれもこれも、日々働き、汗と血を流す皆様にとって深刻なものであると作者は思います。それでも尚、こんな小説の書き方すら知らない私の小説を読んでくださり本当にありがとうございます。

この小説は私の挑戦です。文章がどうのとか文学がどうのとかではなく、自分が思い描いたモノを現実にできるのか?というなんとも愚かな挑戦です。書くだけならばPCメモ機能でも使って好きに書けばいいですが、それではただの私一人の妄想。皆様に、人様の前にさらけ出し、そこにあると他者に認識されて初めて現実のモノとなるのだと考えています。

前置きが長くなりましたがこれからもよろしくお願いします!

今回はあまり人数は出てきません。ですが、彼の一日と彼を想う人の場面が書けたらなと思っています。


『ダメ。君今日から一週間学校休みなさい』

 

 鳥がピヨピョと鳴き、もうすぐ夏が来る頃。日中は夏の到来を肌で感じることが多くなったが、早朝はまだ肌寒い。だが風は適度に流れており勤勉なものには心地よい朝だ。なのだが。

 

『・・・なぜです?』

 

 波乱の金曜集会が明け、土日を挟んで週初めの月曜日。今日も今日とて学校に登校しようとした士郎は、校門前で待ち構えていた川神鉄心に登校を禁止された。

 

『色々と言いたいことはあるのじゃが・・・まず何よりその右腕。モモの―――何段か上がった(・・・・・)一撃を受けた右腕が完治してからじゃないと校舎・・・、いや、学園に入ることは許さん』

 

 とあの夜はとても柔和な微笑みを浮かべていた鉄心は言った。

 

『勉学に支障はありませんが?』

 

 と、もっともそうな返事を返す。だが、

 

『ばっかもん!!あれでも今代の武神、それもあの一夜で飛躍的に精神を成長させたモモの一撃が擦り傷切り傷程度で済むわけなかろうッ!2-Sのマルギッテからも報告が上がっておる。言い逃れは許さんぞい』

 

 ギラリと目を光らせた鉄心は怒声と共に。士郎に言い聞かせた。

 

(またマルギッテか・・・やれやれ、あの夜といいこの告げ口といい。彼女は一体何がしたいんだ・・・)

 

 彼女の精いっぱいの心配りに気づかない士郎。彼は自分が嫌われているのでは?と思うのだが、どうにも自分を心配する遠坂の姿とマルギッテが被って、憎めないし、嫌いにもなれなかった。

 

『それにじゃ。君は普段から働きすぎ。君の献身は非常にありがたいがそれ故に学園内に心配の声と、その献身に甘える者が増えておる。これがどういう意味か、君ならわかるじゃろう?』

 

『・・・。』

 

 それは、今も昔も、そしてありえた未来(エミヤ)の弊害とも呼べるもの。有難がる一方でこれ幸いにと利用する者。良心あるものは彼に感謝をするが、当然そんな人間だけではなく、都合のいいものとしてわが身を潤す者もいる。

 

 だが、衛宮士郎はそれでもいいと思っている。自分の理想を果たせるのなら、都合よく使い潰されてもかまわない。そう―――

 

『これから君の献身に対する報酬と、君に甘え、堕落し、腐れている者の対処を行う。その予定期間は一週間。もちろんその程度で全て駆逐することはかなわぬであろうが、それを言ってはキリがないからの。故に君にはこの期間学園に入ることも関わることも禁ずる』

 

 そう思っていたのだが、それはこの学園では許さないと、学園長は言った。

 

『ではどうしろと?この一週間自堕落に、じっとしてなにもするなと言われるのですか?』

 

 納得のいかない士郎は半ば喧嘩腰に言う。だがそれはばっさりと切り捨てられた。

 

『知るかそんなモン。自宅で平穏に過ごすもよし、勉学に支障はないんじゃろ?ならば自習するのもええ。腕のことがあるから動くもの全般は無いにしても、考えればいくらでも出てくるじゃろうが』

 

 と至極真面目に言い切られた。

 

『・・・くっ』

 

 これは動くまい。自分がこの学園生である以上学園長の方針には従わねば筋が通らない。

 

(・・・仕方ない)

 

 そう諦めて彼は渋々納得することにした。

 

 『・・・わかりました。一週間の謹慎、承知しました』

 

『だから謹慎じゃなくて休暇じゃと言うとるのに・・・・君は本当に意固地じゃのう・・・』

 

 はぁ・・・・と深くため息をつく鉄心。あの自分でもどうしようもなかった孫を動かしてくれたことには多大な感謝をしている鉄心だが、その変えてくれた本人がまた問題児とは頭の痛くなることだ。

 

『・・・一つ、どうしてもというなら提案したいことがある。・・・ルー』

 

『・・・はい。総ダイ』

 

 呼ばれて出てきたのは体育教師のルー・イーだった。

 

『実は・・・ワタシから君に相談がアルよ』

 

『先生から相談?一体なんでしょう?』

 

 相談と聞いて素早く反応する士郎。もう藁にも縋るような姿である。

 

『教師としてではない。ルーは川神院・師範代。その中で孫の一子の面倒をみておる』

 

『ボクが主にカズコの鍛錬指導をシテいるんだけど・・・』

 

 師範代。そういえば調べた中であったなと思い出す士郎。

 

 武の総本山とも言われる川神院は、その頂点たる総代、主にその代の武神が勤め、その下に幾人かの師範代が存在し、そこからさらに枝分かれして訓練生が存在する。

 

 その師範代が自分に一体何用か?随分と言いにくそうにしているがなにか深刻なのは間違いない。

 

『・・・やはりお主からは言えぬか。もうよい。実はの――――』

 

 そうして語られたのはルー師範代が一般人から上り詰めたこと。一子は百代に憧れて師範代の座を目指していること。同じ、武家ではない所から上り詰めたということでルーが面倒を見ていること。そして―――

 

 

――――一子では、師範代にはなれないだろう、ということ。

 

 

『酷な話じゃがの。わしらの元では一子が夢を叶えることは不可能じゃ。・・・だから師匠たるルーは悔しくて仕方ないんじゃよ』

 

『そ、ソウ代!そこまで言わなくてもイイじゃないですか!』

 

 心境まで暴露されて狼狽えるルー。

 

(・・・なるほど。だからあんなに鍛錬に必死なのか)

 

 日常の一部一部で常に鍛錬する姿を見ていた士郎はようやっと納得がいった。どこか鬼気迫るそれは、幼き頃の自分と似ている。そして届きもしない夢を―――

 

(・・・いや、違う)

 

 と一瞬己と重ねすぎたことを自覚し、反省する。一子の夢は自分のような夢物語ではない。師範代という現実に存在(・・・・・)するものだ。

 

 ならば。現実に存在する高みなら誰であろうとも辿り着ける。そう士郎は思っている。

 

『ボクは・・・これイジョウ一子を強くすることがデキない。だから、キミの力をカリたい』

 

 それは、己の不甲斐なさを含んだ慟哭だった。ならば衛宮士郎が取る行動は決まっている。

 

『指導者である貴方がそう言われるのならそうしましょう。ただ、一つ、貴方たちには考えを改めてもらう(・・・・・・)

 

 士郎は威圧するように言った。

 

『一子が師範代になれない。それは事実ではない。貴方たちが己の物差しで測った推測に過ぎない』

 

『じゃが―――』

 

 何か言おうとした鉄心を士郎はその眼で黙らせる。

 

『確かに貴方たちの物差しは大きく大抵の者を図れるだろう。だが―――それは万能ではない』

 

 そして、英雄と、夢の通過点を通った彼は断言する。

 

『一子の夢は絵空事ではなく現実に存在するもの。ならば届く。見えているのならば、手に取ることができるものならば。あとは己次第』

 

 そう。あまりにも貧弱なくせに、神話の戦いに介入するという自殺行為を行う中で・・・・非常に癇に障るが、唯一あの赤い背中が自分にした助言は―――

 

『一子のトレーニングを一覧にして提出してください。そして、師範代の条件を提示してください』

 

 そう言って

 

 彼は自分の連絡先をメモに記して立ち去った。

 

 

 

 

―――――interlude―――――

 

 立ち去るその背中を見て川神鉄心は、思わず跪き、拝みそうになった。

 

「武の頂とはまだまだこんなにも―――」

 

 おおおお・・・と涙を流す川神鉄心。

 

 あの歳に似つかわしくない鋼のような背中は武神の先を行く。否、武神と、自分たち人如きが神、と名乗る偽りの壁を越えてあの背中ははるか遠くを歩んでいる。

 

 そして鉄心はあの眼に屈した。なにも言うことが出来なかった。威圧されたのではない。あの眼がいったい何を見ているのか。果てしない何かを彼の眼は視ていた。

 

「ルーよ・・・」

 

「ハイ・・・」

 

 渡されたメモをもらったままに彼も涙を流していた。

 

「わしらも・・・まだまだじゃなぁ・・・」

 

「・・・ナニも言うことが出来ません」

 

 そう二人は言ってその場を後にした。

 

その手に小さな希望を手にして―――――

 

 

―――――interlude out―――――

 

 

 

 

「さて・・・どうしたものかな」

 

 学園への登校を禁止(休暇)された士郎は何をするか考える。

 

「・・・やること、ねぇ・・・」

 

 思いつくことはある。ただそれはどうしたって右腕を使わねばならない。

 

 骨折などしたことのある者はわかるかもしれないが、人間というのは五体満足でないと急速に不便を感じるものなのだ。片腕が使えないだけでも相当に生活に支障が出るし、不便を感じる。

 

「―――同調、開始(トレース・オン)

 

 座禅を組み、魔術回路を起動する。そして己の体、特に損傷した右腕に目を向ける。

 

―――血流良好

 

―――体表面損傷70%

 

 そう。実は傷自体はもうほぼ治っているのだ。もちろん万全とまでは行かないが・・・

 

「セイバーに感謝だな」

 

 ぽつりと呟く。それは彼女の鞘の効果。本来返還すべきはずのそれは今だ衛宮士郎を守護している。

 

 自分の中に彼女の鞘があることを知った時、彼は彼女に返そうとした。だが彼女は、

 

『・・・いえ、それはそのままに。なにせ士郎はすぐに戦いの場へと赴く。いいですか?私があのいけ好かない魔術師に忠告されたのは決して剣ではなく、鞘を手放してはならないということです。私はそれを破ってしまった。故に己の命を落とすことになったのです』

 

『でも、それなら尚更・・・』

 

『なにを言っているのですか!今の私はサーヴァントです。よほどの、それこそ聖杯戦争のように英霊と戦うような状況でない限りこの身は怪我一つ負いません。それとも士郎は私がそんな不覚を取るとでも?』

 

 最後の方はもう額に青筋が出るんじゃないかという感じで言っていたので結局士郎の中に鞘はあり続けている。そして、

 

『それに良いのです。私はこうしてここにいて、貴方は私の鞘としてここにいる。どんなに姿形が変わろうとも。こうして共にあるのならば同じことなのですから―――』

 

 そんな、懐かしい記憶が頭を過っていた。それが妙に嬉しくて、そして切ない。

 

「―――。」

 

 

 それはそうと、鞘の防御能力はまだしも、治癒に関してはセイバー自身が傍に居なければ発動しないはずであった。

 

 

 だが―――

 

「―――。」

 

 スゥっと己の内に目を向ける。奥の奥。衛宮士郎の根幹に存在するそれにゆっくりと魔力を注ぐ。

 

 小さな、ほんの小さな光が右手から発せられる。チリチリと傷が疼く。

 

 しかしそれに構わず魔力を注ぎ続ける。光は変わらず小さい。決して大きくなったり輝きが増したりしない。ただ小さな輝きがずっと灯り続けていた。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

「今日は士郎の奴休みなんか」

 

 普段であればもういるであろう士郎の姿を探すガクト。

 

「そりゃああれだけの怪我だからな・・・今頃病院じゃないか?」

 

 大和も心配そうに空いている席へと目を向ける。

 

「無事だといいね・・・」

 

 仲間想いのモロ。特にあの夜一番士郎の傷を心配し続けたのは彼だ。

 

「・・・大丈夫、だと思うよ」

 

 心配する二人に京がぺらりと本をめくって言った。

 

「京、士郎の行った病院とか知ってるんか?」

 

 ガクトの問いに京は首を振る。

 

「じゃあなんで士郎が大丈夫だって思うんだよ」

 

 妙に自信ありげな京に大和も首を傾げる。

 

「・・・マルギッテは多分、士郎がまた私達をごまかしたりしないように一番酷い例をあげたんだと思う」

 

 そう彼女は言った。

 

「なるほど・・・確かにあの時マルギッテは最悪としか言ってなかったな」

 

「そうだね。これも本当の話に情報の欠落をもたせる・・・かな?」

 

「・・・すまん、俺様今一意味が分からないんだが・・・」

 

「そうだな、例えばだ。このケースの中にシャープペンと消しゴムが入っていると言う」

 

 大和はそう言って中身の見えないペンケースをガクトに渡す。

 

「・・・そんで?」

 

「ガクト。開けてみろ」

 

「お、おう」

 

 ジーっとチャックを開けて中身を出す。

 

「確かに入ってるな」

 

 出て来たのは言われた通りシャープペンと消しゴム。

 

「そこが肝だ。ガクト。そのペンケースに入ってるのは本当に(・・・)シャープペンと消しゴムだけか?」

 

 大和に言われてガクトはもう一度、ペンケースを見る。

 

「なんだ、ボールペンが入ってるじゃねぇか」

 

 大和が勉強で使っているのだろう何色かのボールペンが出てきた。

 

「そういうことだ。ペンケースにシャープペンと消しゴムが入っているとは言ったが、そこにボールペンが入っているとは言ってない」

 

「あ、あー・・・なんとなくわかったぜ」

 

 スッキリしたのかムンとビルドアップするガクト。

 

「これをだ。さらに発展させると、ガクトはもう一つ、俺の言葉に引っ掛かかってる」

 

「うえ!?なんだよ・・・」

 

 これ以上なんかあんのかと嫌な顔をするガクト。

 

「・・・あ、わかった」

 

 モロが閃いたのか声を上げた。

 

「・・・ガクトはシャープペンと消しゴムが入ってるって言われた。それを確認してシャープペンと消しゴムを出した」

 

「そんで?」

 

「ああもう・・・じゃあ聞くけどなガクト。なんでシャープペンと消しゴムだけ取り出したんだ?」

 

 この脳筋め、と大和はガシガシと頭を掻く。

 

「それは大和が・・・あ。」

 

 そこまで言われて気づいた。そう。シャープペンと消しゴムという言葉に意識がとらわれて一緒に入っていたボールペンを、あたかも入っていない(・・・・・)かのように見落としていたのだ。

 

「・・・なんか怖えなこれ」

 

 脳筋ではあるが直感はわりと働くガクトは難しい顔をして言った。

 

「実際恐ろしい手法だよ。もしこれが、このペンケースには何も入ってないって嘘言ったら、ガクトは確認して中身を全部出してたはずだ」

 

「・・・この場合隠したかったのはボールペン。二重の意味でガクトは大和に騙された」

 

「うう・・・大和の例えが簡単だったからわかるけど、頭が混乱してくるよ・・・」

 

「つまり士郎は、こういうのを色々な場面で応用してる。それだけ頭がいいし、話し方も巧い。それを戦闘や口論になった時にも使ってるわけだ」

 

はぁ・・・と大和はため息をつく。これだけでもファミリーの軍師を担当する彼にとっては士郎に、一杯どころか、一生気づかないままになるほど食わされた。

 

(軍師として失格だな・・・)

 

 これは完全に彼の得意とする土俵だ。それでこれだけ完敗させられたんじゃ目も当てられない。

 

「・・・士郎は強い。武術も知恵も。でもだからこそ―――」

 

「・・・うん。京の言う通りだね。僕たちがちゃんと見てないと」

 

 結論としてそう考えるに至った四人は一層気を引き締める。

 

(士郎は特化じゃなくオールラウンダーだ。でも俺より巧い。当面は士郎の知識をモノにして軍師として強くならないとな)

 

(俺様はとにかく筋トレだな。あーでも、空手とかボクシングやってみんのいいかも)

 

(僕は情報収集をもっとしよう。意外と士郎、身近なことで知らなくて困ってることあるし)

 

 負けてもただでは起きないのが彼らの美徳だ。彼らは衛宮士郎という新たな存在で新しい一歩を踏み出そうとしていた。

 

 ちなみに。

 

(・・・弓で勝てるかどうかわからないけど。すでにモモ先輩とまゆっち・・・そしてマルギッテまで落ちてる・・・ここは無理せず慎重に・・・クフフ)

 

 別方面で一段と邁進している者も一名いるがそれはそれこれはこれである。

 

 

「そういやキャップの奴もみねぇな」

 

「今朝がた宝の気配がするから行ってくるって置手紙を見つけたぞ」

 

「えええ・・・キャップ本当に自由だなぁ・・・」

 

「また昼のテレビに出たりしてな!」

 

 ガハハハ!と笑うガクトに三人はなんとも言えない顔になってしまうのだった。

 

 

―――――interlude out―――――

 

 時は移り変わり日が落ちた夜更け。もうだいぶ日が長くなってきたのか太陽は茜色を残して西に沈もうとしている。

 

「―――あれ」

 

 衛宮士郎は土蔵で眠りこけていた。

 

「んー・・・?ああ、そうだった。鞘を使い続けてそのまま―――」

 

 己の内に埋没し、ずっと鞘に魔力を送り続けていた士郎はいつの間にか日が落ちようとしていることに気づいた。

 

「まずいな・・・これはやりすぎた」

 

 魔術の鍛錬にもなるからと延々こんこんと鞘に魔力を送り続けた士郎は酷い魔力不足に陥っていた。

 

「おっとと・・・」

 

 ふらふらとしながら土蔵を出ようとする。その時、

 

ガシャーン!

 

「あいたっ!」

 

 ずてーんと無様にすっころんだ。

 

「いっつつ・・・」

 

 体を走る鈍痛に酷い眩暈。そして体の怠さ。これはいよいよまずいとひっくり返って態勢を整える。

 

「すぅ・・・ふぅう・・・」

 

 集中。己の内に目を向ける。

 

「―――同調、開始(トレース・オン)

 

―――血流良好

 

―――右腕損傷 軽微

 

―――魔力欠乏

 

「傷を治してたのに、頭打って死んだとあっちゃ遠坂になんて言われるか・・・・」

 

 あの笑ってない笑顔を思い浮かべてブルリとする。

 

「・・・っし。だいぶ楽になってきた」

 

 まだ軽い眩暈と体のダルさはあるが動けないほどじゃない。今度は転ばないように、慎重に土蔵を出る。

 

(晩飯・・・どうしよう)

 

 そんなどうでもいいことを考えて彼はその場を後にする。

 

 

 

―――ジワリと。魔法陣が一瞬光ったのを見逃して。

 




今回は少し短めです。ただし色々フラグは立ちました。

まずは士郎。マジ恋の最強は百代ですが、ここまで読んでくださった皆さんはお分かりかと思いますがぶっちゃけ百代なんか一蹴できます。もちろん何でもありになれば、ですが。なので強さの見え方というか、高さが違うといますか・・・まぁなんにせよ、本来のマジ恋の尺度なんかじゃぁ語れない所に士郎は居て、ジジイは神様みた気分にさせられたというわけです。

あとルー嫌い!この人言葉の中にカタカナ入れるから書くの大変!タカヒロ先生すげぇ!(笑)

大和たちは改めて士郎の強さと危うさを再確認。そして強化を図ります。ペンケースの例ちゃんと伝わるといいなぁ・・・(そして約一名大和の○○で強くなっちゃうんだよなぁ・・・どうしよう)

キャップは大冒険に行きました。何拾ってくるんでしょうね(キリっ)

士郎の治癒ですが、セイバーの鞘は本来セイバーがいないと反応しません。ですが、オリジナルとして、正式に譲渡、あるいは貸出の関係にあるため微小ながら効果を発揮します。ずーっと魔力込めればじわじわ回復していきます。ただし、fateで語られていますが彼本人は元来魔力が少ないです。まぁ強強士郎なので底上げしてますが。
それでもぶっ倒れるまで使い続ける士郎ってやっぱイカれてます。

感想いつもありがとうございます。誤字報告もとても助かっています。これからも必死に書いていきますのでよろしくお願いします!


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錬鉄の英雄

見てくれている皆様こんばんわ。毎回投稿の遅い作者でございます(土下座)

今回もまだあまり話は進まず・・・書きたい場面が次々とあるんですがたどり着けないこのもどかしい感・・・(自業自得)

※今回は相当にシリアスです。こんなのマジ恋じゃねぇ!って思う方は即座にブラウザバックをお勧めいたします。


カン!

 

早朝の涼しい風が吹く中、衛宮邸では甲高い音が鳴り響く。

 

カン!

 

甲高い音は力強く、何度も何度も鳴り響く。

 

カン!

 

炎にくべられ、赤熱化した鉄は槌で打たれる度に火花を散らし、その形を変えていく。

 

バシュウ!!!

 

一気に水分が蒸発する音が響き、水蒸気が鍛造所に上がる。

 

「―――。」

 

鉄を打っていたのは衛宮士郎。二カ月ほど前川神に飛ばされてきた、正義の味方。

 

各国を行脚し、困っている人を救うという絵空事の夢物語を本気で追いかけた英雄。救った人間は一体どれほどに上るのか。

 

貧困の救済から戦争、紛争の終結など、数多の悲劇を救うべく東奔西走しその力を振るった。

 

そんな正義の味方である彼は救うことが己の望みという歪みを抱えていた。救うことが目的の彼は報酬に目を向けない。故に彼は人々から訝しまれるようになる。

 

「―――よし、いい出来だ」

 

そんな経験から彼はこの世界に来て初めて報酬を望むことにした。それこそが――――

 

 

長い間行っていなかった刀剣の鍛造。だがその腕は鈍ることなく十全に発揮されていた。

 

ザリザリと出来上がった刀身を研磨する。磨き上げられた刀身は美しい波紋を映し出し、衛宮士郎の顔を写す。

 

 

「よし。完成だ」

 

彼が鍛っていたのは小太刀。様々な刀剣を作成できる彼が、ここ最近ようやっと完成した鍛造所にて鍛えた刀剣は10本ほど。その一番新しい一振りを満足げにながめて彼は作業台を立つ。

 

一体いつから鉄を鍛えていたのか。何も着ていない上半身は汗に濡れ、体は熱を持っている。それを外に出て風に当たることで冷ます。

 

風が心地良い。空は高く、雲は少ない。

 

「晴天ってな所だな・・・」

 

涼しい風に当たりながら彼は母屋に戻っていく。今日は平日。だが、未だ登校を解禁(休暇)されていない彼は己の特技と技術を結集して刀剣の作成に没頭していたのだった。

 

朝食を取り、いつもの様に土蔵の魔法陣を起動させ魔力を送る。それが終わったら掃除洗濯を片付け、体を鍛え、剣を振る。いつもと変わらない彼の日常。

 

 

 

 

「これで弁当もよしと。さて行くかね」

 

二つほど黒塗りの大きなケースと小さなバスケットを手に意気揚々と出発する。今日は川神院に伺う日だ。

 

テクテクと歩く。すれ違う人はほとんど―――いや、まったく居ない。

 

それも仕方ないことである。彼がこの世界に来て手を付けた物件は誰も近づきたがらない、言わば暗黙の禁止区域。

 

―――曰く、そこは幽霊がでる。

 

―――曰く、そこに住めば必ず不審死をする。

 

そして曰く―――そこは怨霊の住処である。

 

そんな普通の人間なら絶対に住むどころか近寄りもしない所に彼は居を構えていた。

 

故にすれ違う人などいない。それに苦笑しながらも彼は目的の地に向かって歩いていた。

 

しばらくして、

 

「おーい!!」

 

と元気にピョンピョン跳ねながら声を掛けてくる姿を目にする。手を振り返したい所だが、両手が塞がっているので生憎笑顔を浮かべるしかない。

 

「いらっしゃい!今日はよろしくお願いします!」

 

ビシっと頭を下げる元気いっぱいな少女、川神一子。

 

「・・・よう」

 

何故か知らないがモジモジとして小声で挨拶する川神百代。

 

「おう。二人とも。・・・って百代、どうした?」

 

あの夜からだいぶ期間が開いて今日久しぶりに出会ったのだが様子がおかしい。

 

いつもの彼女なら天上天下唯我独尊とばかりに堂々としているのだが・・・・

 

(ほらお姉さま!練習した通りに!)

 

(わ、わかってる・・・!でも・・・)

 

なにやらヒソヒソゴニョゴニョとしている二人に首を傾げながら、

 

「とりあえず入っていいか?」

 

「え!?う、うん!もちろん!いこー!」

 

そう言って士郎は階段を上り始める。

 

(お、お姉さま!士郎が!士郎が行っちゃうって!)

 

(わかってる!わかってるから!)

 

何故か妹に叱咤激励されて慌てて追いかける百代と一子。

 

「し、士郎!」

 

「ん?どうした?」

 

「んあ・・・そ、その、元気ききゃ!?」

 

盛大に噛んでひっくり返った声に本人は。

 

(あ~~~~!!!もうなにこれハズカシーーー!!!)

 

もういっそ咆哮を上げてのたうち回りたい気持ちでいっぱいである。

 

だがそんなことには全くもって気づかない士郎は、

 

「?元気だぞ。百代はなんか様子がおかしいな。なんかあったのか?」

 

「な、なにもないぞ!ただその・・・」

 

(お姉さま!頑張って!)

 

声なき妹の声に後押しされて、

 

「その・・・右腕・・・」

 

とだけぼしょぼしょと言った。

 

「右腕?・・・ああ、怪我の事か?生憎両手が塞がっちまってるんで見せられないけどもう平気だぞ。こうして右腕で担いでるからな」

 

そう言って笑顔を浮かべる士郎。彼としては、この世界に来て人生で全く未体験の仲間(・・・)という存在に心配されて嬉しいという気持ちから生じた笑みなのだが・・・

 

(それ!それダメ!んあ~~~!!!)

 

ブンブンと頭を振る百代。今は居ないが、仲間たちが見たらどう思うか・・・百代にドン引きするか、士郎に殺気を飛ばすか呆れるかのどれかであろう。

 

「ほんとにどうしたんだよ。まるで由紀江みたいに・・・ああでも、由紀江は色々話してもう普通に喋られるようになったっけ」

 

(・・・まゆまゆ?)

 

ピタ。っとそれまで悶えていた百代が止まった。

 

「士郎。お前まだ学校行ってないよな?なんでまゆまゆとそんなに話してるんだ?」

 

スン。と今までの珍妙な雰囲気が無散した。

 

「え?だってみんなとアドレスとか番号とか交換したろ?学園には行ってないけど結構連絡取り合ってたぞ」

 

「それは知ってる。私も何回かメルメルしたよな?」

 

ピシピシと空気が冷めていく。しかしこの男。結界や場の異常には敏感だが、この手の雰囲気を読み取る能力を持たないのである。

 

「ああ。ただ、由紀江とは趣味が一緒だからさ、料理の話とか・・・主に料理だな。アドバイスをくれって割と電話を――――」

 

そこでようやっと異変に気付いた。隣にいる百代からズゴゴゴと地鳴りがせんばかりの闘気が―――

 

瞬間、

 

「ていっ」

 

「あだッ!?」

 

ズビシ、と士郎の尻が蹴り飛ばされた。

 

「な、なにすん「ていっ!ていっ!」あだ!うがッ!?」

 

ズビシ、ズビシと蹴り上げてくる百代。

 

「やっやめろ!こっちは大荷物持ってて動けないんだぞ!?」

 

「うー・・・!!!」

 

その言葉に半泣きの状態でジト―っと士郎を見つめる百代。

 

「こんな美少女を差し置いてお前は年下の女の子とイチャイチャしてたんだな・・・!」

 

「イチャイチャって・・・普通に料理の話をしただけだって。何をそんなに怒ってるんだよ」

 

さっぱりわからんと首をひねるその姿に。

 

―――まさか、話すのが恥ずかしくてメールしかできませんでした。なんて言えるはずもなく。

 

「それ貸せ!私が運んでやる!」

 

と、半ば強引に黒塗りの大きな二つのケースを強奪してドヒュン!と飛んで行ってしまった。

 

「いつつ・・・なんだってんだよもう・・・」

 

「・・・士郎ー士郎ー」

 

蹴られたお尻を空いた右手で摩る士郎。それを後ろから追いかけてきた一子が声をかける。

 

「ん?なんだ?」

 

「えーっとねうーんと・・・・」

 

むむむと唸って京の言葉を思い出す。

 

『いい?モモ先輩が恥ずかしがって逃げた後士郎が首を傾げてたら――――』

 

忠犬である一子はきちんと言われたことを覚えていた。そして、

 

「士郎のとんちんかん!」

 

出た言葉は全く違うものだった。

 

「・・・。」

 

「んぎゃーーーー!」

 

いきなりバカにされた士郎は無言でその頭にドゴッ!っとチョップを落とした。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

商店街のファミレスで、同学年で唯一出来た友達、大和田伊代とファミレスで恋バナ・・・いわゆる女子トークをしていたまゆっち。楽しく、初恋の人について話していたが・・・・

 

『まゆまゆの馬鹿やろうーーーーー!!!』

 

「んひゃうわああああああ!!?」

 

どこからともなく殺気と罵声を浴びせられたまゆっちは変な声を出して飛び上がった。

 

ガターン!

 

「ど、どうしたのまゆっち!?」

 

と伊予が突然飛び上がった友達に驚く。

 

「い、いえ!何でもないというか何か良くないものを感じたというか・・・」

 

「なんかねーどっかで突然怒られた気がするんだよねー」

 

「ま、松風!」

 

「怒られたって・・・誰もいないよ?」

 

きょろきょろと周りを見渡す伊予だが。当然そんなことをする人物はおらず。

 

「それはそうと!ほら、その気になる先輩とは!?話できたの!?」

 

「え、ええとその・・・りょ、料理の話を・・・」

 

「メールで!?」

 

「で、電話で・・・!」

 

カー!っと顔を赤くしてモジモジ話す由紀江。

 

「やるじゃん!!で、で!?他には!?」

 

「ええっと、料理の話・・・だけ・・・」

 

「かーっ!ダメだよまゆっち!もっと攻めていかないと!その人、すっごくカッコいいんでしょ?ダラダラしてると誰かに取られちゃうよ?」

 

「そうだぞまゆっち、もっと足使ってけー!」

 

「松風!!・・・そ、そのカッコいいというか優しいというか・・・」

 

「うんうん!それでそれで!?」

 

と、とんでもない敵(恋敵)からの攻撃を受けながらも気になるあの人とのことで盛り上がる二人。

 

「まゆっちは意外と逞しいんだぜ?」

 

「?まゆっち今誰に話しかけたの?」

 

「い、いえ!これは松風が勝手に!」

 

 

・・・・意外と逞しいのであった

 

 

――――interlude out――――

 

百代が飛んで行ってから少し、ようやっと階段を上りきる二人。その二人を出迎えたのは、

 

「士郎クン、よくキタねー」

 

師範代であり、相談主だった。

 

「これはどうも。例のモノは準備してありますか?」

 

「うん。キミがいうトオリ、できるかぎり集めたヨー。というか、今もアツメつづけているヨー」

 

「それは結構。では――――」

 

早速、と言おうとしたところで、川神鉄心が室内から出てきた。

 

「ああ。よく来たの」

 

「ご無沙汰してます学園長」

 

ぺこりと頭を下げる。

 

「気にせんでええ気にせんでええ。所で―――一つ確認したいんじゃが・・・」

 

額に大量の汗を掻いた川神鉄心が問う。

 

「件の剣確かに確認したんじゃが・・・アレ、ほんとに君が作ったの?」

 

「ええ」

 

肯定する士郎にさらに額に汗を掻き、

 

「・・・わし、これでも先代・武神じゃからオーラとか見えるんじゃけど、あの極上の出来でオーラバンバン出してるの本当に君が作ったの?」

 

「そうですよ。まだまだ試作品ですがね。いくら俺でもこの期間じゃ会心の出来とはいきませんでしたが、それなりの一品だと思いますよ」

 

そう事も無げに言う士郎であるが、彼が刀剣を鍛える能力ははっきり言ってチート級である。物体、特に剣の構造、状態を瞬時に正確に解析鑑定し、霊脈から気(本当は士郎の魔力も)を封入され、一片の狂いもないその一振りはもはやこの世界で作れるものなど誰もいないであろう大業物である。

 

「・・・君、本当に18歳?」

 

「・・・18歳ですよ?」

 

「「・・・。」」

 

一瞬の膠着状態。

 

しかし、折れたのは川神鉄心。

 

「はぁ・・・あんな大業物どうしろって言うんじゃ」

 

「適当に使うなり、売り払うなりすれば良いのでは?」

 

「アホか!あれだけのものをホイホイ売り出せるか!」

 

「でもジジイ、割と運営資金で困ったりしてなかった?」

 

「それでも手放すなど愚の骨頂じゃ!」

 

はぁ、はぁと散々ツッコミに力を使った鉄心は息を荒げる。

 

「士郎君。あんなのポンポン買い取れないからのう」

 

「そうですか・・・十数本は鍛えたんですけどねぇ・・・」

 

「お主!あれほど完治するまで動くなと言うたのに!第一どんだけ作っとるんじゃ!」

 

もう空元気で必死にツッコミを入れる鉄心。残念ながらこの場に彼以上に的確にツッコミを入れる人間は居ないのだった。

 

「右腕ならもう完治してますよ。何なら確認します?」

 

と右腕を上げる士郎。その腕にはもう包帯は巻かれていない。

 

「もうよい・・・これでは話が進まぬ・・・」

 

だはぁ、と深いため息をつく川神鉄心。いつもおちゃらけている分、その報いが来たのかも知れなかった。

 

「じいちゃん!私も士郎が作った刀?見たい!」

 

「ああ・・・。存分に見るとええ・・・まずは中に入りなさい」

 

そうして川神鉄心は百代と一子、ルーと士郎を中に入れた。

 

中は流石武の総本山というだけ広い。一面畳張りのお寺のようにもみえるが、要所要所でフローリングが見えている辺り、やはりお寺のそれとは違うのだなというのが士郎の感想だった。

 

 

「この部屋ならば誰の耳もはばかることはあるまい」

 

数ある部屋の中で一番奥の部屋へとたどり着いた鉄心はすっと引き戸を開ける。

 

「さあ一子、入るがよい」

 

「う、うん」

 

この部屋はみだりに近寄ることを禁じられた部屋。主に鉄心が首脳陣や九鬼のトップなどと対談するのに使ういわばトップシークレットのための部屋。そんな場所に招き入れられた一子はいよいよ緊張に体を強張らせる。

 

全員が部屋へと入り、引き戸が閉められる。これでこの部屋からは誰も出ることは無く、外の誰にも聞き耳を立てられることは無くなった。

 

「では士郎君」

 

「わかりました」

 

そう鉄心が促すと、ピンと空気が張りつめた。士郎が本気になった時のあれだ。並の人間であればこの空気に飲まれ、動くどころか喋ることすらできなくなる緊張感の中、

 

「・・・ッお姉さま・・・」

 

キュッと百代が隣に座る一子の手を握った。

 

『大丈夫』

 

そう言われた気がした一子は姿勢を改めて正し。これから己の運命を決めるであろう大きな転機。ターニングポイントを迎えようとしていた――――

 

 

 

 

「時間が惜しいので単刀直入に聞く。川神一子。君が目指すものとは?」

 

士郎のいつもとは違う厳格な声に一子はひるまず答えた。

 

「川神院・師範代を目指すことです!」

 

はっきりと答えた。だが士郎は追撃をかける。

 

「それだけか?」

 

静かに、だが鋭く。その鷹の眼は真っすぐ一子を見ていた。

 

―――一切の妥協も許さない。すべてさらけ出せとその眼は語っていた。

 

「本当は・・・士郎みたいな、お姉さまと対等の立場に立ちたい・・・です」

 

「ワン子・・・」

 

絞り出すように出されたその声に百代は胸が締め付けられる思いに駆られる。

 

百代には武のすべてが与えられていると言う他ない。莫大な気。天才的なバトルセンス。常軌を逸した肉体。どれもこれも万人には決して与えられぬもの。天性の才能。その中でもさらに極上の質であることが百代の強さの根幹だ。

 

「―――。」

 

しかし、一子にそれは与えられていない。元来戦う才能はなく、センス自体はいいものの決定打に欠ける。弛まぬ努力で身に着けた肉体はあるが彼女の気の総量はそれほど多くなく、百代のような常軌を逸した肉体も持たない。

 

一子は百代に憧れて彼女と同じように、彼女と対等の立場になれるようにと師範代の道を目指した。だが、薄々彼女は感ずいていた。

 

 

――――自分は百代のようにはなれない。

 

 

それはそうだ。一切何も持たない自分が努力だけで師範代・・・それどころか武神を相手にしようなど。どんなに頑張っても、どんなに歯を食いしばっても、憧れる存在ははるか遠く。追いつけない。

 

故に彼女は自分と同じく努力だけで師範代となったルーに教えを請い、川神流師範代を目指している。

 

だが・・・・

 

「それは無理だな。君の力は百代に遠く及ばない。そこのルー師範代にも劣るだろう。仮に同じだけの力を手に入れたとしても肉体が耐えきれず自壊する」

 

「でもそれは!努力・・・で・・・・」

 

どうにもならない。とすぐに心が折れた。そんなことはわかっていた。そんなことは百も承知だった。でも・・・!

 

「あきらめたくない!私は絶対お姉さまと・・・!」

 

「「・・・・。」」

 

痛々しいまでの慟哭。それに川神鉄心とルーは悔しさと切なさに胸が辛くなる。

 

彼らもまた一子がどんなに努力しても一子自身のスペックが絶望的に足らない。そう結論に至っているのだから。

 

「「「・・・。」」」

 

沈黙が室内を支配する。あきらめと絶望が空間に満ちる。否定した士郎の言葉をいつも自分を見守るじいちゃんと、自分を鍛えるルーが否定しないことからも一子の夢は叶わないのだと言われているようだった。

 

「一つ、話をしよう。クー・フーリン。この名に覚えは?」

 

そんな沈黙を士郎が破った。腕を組み、目を閉じ何か憧憬を見るように。

 

「くーふーりん?」

 

「知らないな・・・また偉人か?」

 

百代の言葉に、いかにも、と彼は語った。

 

「ケルト神話に登場する英雄だ。幼名をセタンタ。彼はクランという名の鍛冶師を尋ねたが彼の獰猛な番犬に襲われてしまう。だが、逆に返り討ちにして殺してしまい、以後自分が代わりに番犬の役割をすると名乗り出たことでクランの猛犬と呼ばれるようになる」

 

「猛犬・・・」

 

「このクランの猛犬の名が名前として定着するにあたり、クー・フーリンという名を冠した」

 

「それで?」

 

「番犬として過ごす間に彼は知り合いのドルイド―――森の賢者とも呼ばれているが、彼からある予言を聞く。それは『今日騎士になる若者は偉大な戦士になるが、長くは生きられない。だが、その名は遠い時代まで語り継がれる』というものだ。さて、彼はどちらを選んだと思う?」

 

「偉大な戦士・・・」

 

「それと短い命か・・・」

 

百代と一子は考える。だが偉人として語り継がれているのならば答えは明白だった。

 

「偉大な戦士・・・?」

 

「ご名答。しかし彼は戦士となるにはいささか若すぎてな。国の王に一度断られてしまう」

 

「うえええ!?」

 

意外な顛末に驚いてしまう一子。

 

「なんだよ・・・じゃあ結局戦士にならなかったのか?」

 

ここまでのフリはなんだったんだ、と百代は半目で士郎を見る。だが彼は、クッっと皮肉気に笑った。

 

「確かに一度断られたクー・フーリンだが・・・彼は諦めが悪くてね。勇猛果敢にして苛烈な彼は王の前で、槍をへし折り、剣を折り曲げ、そしてチャリオット、当時では馬が数頭がかりで引く巨大な台座のようなものだが・・・それを踏み砕いて己は戦士として相応しいのだと示した。これを行ったのが10に満たない少年だというのだからあきれ果てるな」

 

本当にあきれているのか、手が付けられん、とばかりに肩を竦めている。

 

「私ならできたかな」

 

「うう・・・槍はともかく剣・・・それにちゃりおっと?だっけ。どんなのかはわからないけどお家の床より固いわよね・・・」

 

「十分に規格外だと思うがね・・・まぁ続けよう」

 

と僅かに川神の規格外さを垣間見た彼だったが話を進める。

 

「戦士となった彼だがある女性に恋をした。そして結婚を申し込む。だが・・・」

 

と彼は続けた。

 

「見染めた女性の父親が断固拒否してな、絶対不可能と思われる条件を満たしたのならば娘をやると言い出した」

 

「ええ~ロマンチック~」

 

「まるでかぐや姫だな」

 

と少し場が和む。だが彼の続けた言葉に一気に顔を青くすることになった。

 

「そんなちゃちなものではない。彼の出した条件は影の国と呼ばれる死の世界の塊のようなところから行って帰ってくること。致死毒の毒沼や城のような巨体を持つ猛獣が跋扈し、死の門とも繋がっているそうだ」

 

「えええ・・・・」

 

「事実、その娘の父はな、彼に死んでほしかったのだよ。娘を嫁に出したくないからな。所が、彼はそんな死地を乗り越え影の国へと到達する」

 

「辿り着いたのか!」

 

「よかったぁ・・・」

 

安堵する百代と一子。だが士郎は追い打ちをかけた。

 

「何を言っている。本番はここからだぞ。影の国はスカサハと呼ばれる女王がいてな。武芸百般、敵うものなど誰一人いないというふざけた存在がいるのだ。それこそ、クー・フーリンすら一捻りするな」

 

「スカサハ・・・」

 

「彼女は実に様々な勇士を育て上げたという。ただし、ついてこれない者は死ね(・・・・・・)というスタンスだ。それでもクー・フーリンは諦めなかった。様々な武技を習得し、体を鍛え、技を錬磨し、知恵を身に着け、ついにスカサハに認められ、弟子の中で唯一、魔槍、ゲイボルクを授かる」

 

と何故か若干忌々しそうに顔を歪める士郎。

 

「影の国で修練を積み、魔槍を携え、もう一度さっきも言った毒沼やらを乗り越え帰ったクー・フーリンは無事に恋した娘を娶ることができた」

 

「おおー。ハッピーエンドね!」

 

とさっきまで顔を青くしていた一子は元気を取り戻す。のだが・・・

 

「馬鹿者。もう言ったことを忘れたか。彼は戦士なのだ。諦めが悪く勇猛果敢。そんな奴がそれで満足するわけあるまい」

 

「戦士なら当然・・・戦うよな?」

 

と百代は言う。ピクリと鉄心が百代を見るが、やはりあの危なげない光は見えなかった。

 

「剣の一振りで数十人を叩き切り、一度の槍の投擲で数百人を串刺しにし、チャリオットで単騎突撃して数千人をなぎ倒し、たった一人で数千万の軍を撃退する。まぁ、詳しくは文献を見ればいいが、正真正銘の化け物だよ」

 

「もう滅茶苦茶だな・・・」

 

「ガタガタブルブル・・・ガタガタブルブル」

 

呆れる百代と震える一子。

 

「そんな彼だがな。ある戦いで憎まれてしまってね。クー・フーリン個人への憎しみから大きな戦争が勃発した。そこで彼は戦ったのだが・・・」

 

「・・・その様子だと、ただじゃすまなかったんだな?」

 

百代の言葉に士郎は頷く。

 

「大規模な魔法で仲間はクー・フーリン一人を残して戦闘不能になり、彼は一人出撃する。・・・まぁ、万全の状態ならば返り討ちにしたのだろうが、彼には弱点があった。それがゲッシュ(・・・・)だ」

 

「げっしゅ?」

 

コテンと一子が首を傾げる。

 

「彼らが自分や相手に課す、決して破ってはならない誓いのことだ。クー・フーリンは「犬の肉を食べない」「目下の者からの食事を断らない」「詩人に逆らわない」「英雄・フェルグス・マック・ロイに一度負ける」を誓ったと言われている。これを破ると己に呪いが降りかかる」

 

「うう・・・聞きたくないけど・・・どうしたの?」

 

「敵はまず「目下の者からの食事を断らない」という誓いを利用し、「犬の肉を食べない」という誓いを破らせた。これによってクー・フーリンは半身が痺れてしまう。そして「詩人に逆らわない」ことを利用して彼からゲイボルクを奪った」

 

「なんだよそれ。もう勝ち目ないじゃないか」

 

と百代はドン引きする。

 

半身は動かず。得意の槍も奪われた。残るは彼の残り半身のみである。

 

「言っただろう?彼は短命だと。ただ奴め。相当に諦めが悪くてな。槍を渡せと詩人に言われて断れなかったから、魔槍を投げ渡して(・・・・)やったそうだ」

 

「「「・・・。」」」

 

もはや何も言えない一同である。一体どこまで諦めが悪いのか。数千万の敵を前に、味方は一人としておらず、半身は動かず。槍さえも奪われる。さらに・・・

 

「そこからは魔槍の投げ合いになったらしい」

 

「まだやるの!?」

 

「言ったろう。諦めが悪いとな。だが彼とて不死身ではない。何度かの投げ合いの後、臓物が飛び散ったそうだが、それを無理やりしまいこみ、それでも戦って―――最後は石柱に自身を縛り付けて立ったまま死んだらしい」

 

ふう・・・と彼は一度息を吐いた。そして、

 

 

 

 

 

「では聞くぞ川神一子。今の話を聞いて君は本当に諦めないのかね?いつ、何かの拍子に命を落とすかもしれない極限の状態。その均衡を保ち続け、たとえ死を前にしても尚足掻く。それを君は本当にできるのか?」

 

それはつまり、己の命を懸けられるのか?ということだった。

 

「――――。」

 

一子は俯いて目を瞑る。

 

 

――――命。今まで考えたこともなかった。

 

汗は流した。血も流した。怪我だって何度負ったかわからない。

 

でも命は・・・・

 

 

――――一度だって、かけたことがない。

 

『ワン子』

 

 

だって命を失ってしまったら

 

 

『ワン子ー』

 

 

もうお姉さまと

 

 

『ワン子』

 

 

みんなと一緒にいられなくなる・・・・!

 

 

ゾゾ・・・と恐怖が支配する。

 

薄ら寒い何かが体を包む。

 

カタカタと。

 

ぎゅっと握った手が

 

踏ん張ろうとする足が

 

嚙み締めようとする顎が

 

―――力が抜けていく。

 

 

・・・『できっこない』

 

 

自分の声が言う

 

 

『うん・・・』

 

 

・・・『死んじゃったら終わりだよ?』

 

 

『うん・・・』

 

 

・・・『諦めようよ』

 

 

『・・・。』

 

 

・・・『大丈夫だって道なんていくらでも―――』

 

 

「ワン子」

 

ふっと傍に居るお姉さまの声が聞こえた。

 

「大丈夫」

 

優しく震える手を撫でてくれる。あったかい。

 

「ワン子」

 

もう一度呼ばれて、ようやっと、お姉さまを見た。

 

「あ――――」

 

綺麗だった。キラキラしてた。そして疑ってなかった。

 

そうだわ。アタシ、一人じゃない。

 

お姉さまがいる。

 

―――力の抜けた手が拳になる

 

みんながいる。

 

―――踏ん張れなかった足に力が入る

 

 

士郎が居る

 

 

ギチリと奥歯を噛み締める。

 

 

そうだ。アタシは失いに行くんじゃない。

 

 

顔を上げて士郎を見る。

 

 

―――鋭い鷹の眼は真っすぐに。アタシの眼を見ていた。

 

「・・・ります」

 

「聞こえないな」

 

その声に思わずクスリと笑っちゃう。皮肉気だけどそれって・・・・

 

こんなにも―――

 

「やります!!!」

 

アタシのこと信じてくれてるんだから!

 

――――interlude――――

 

士郎君の語る物語は壮絶じゃった。常人ならばすぐにでも諦めるだろう偉業を成し遂げた英雄。

 

それをわざと聞かせたのだろう。お前に同じことが出来るのかと。

 

「一子や・・・」

 

その声は届かない。

 

俯き、カタカタと震え、今にも崩れ落ちそうなのは見ていられなかった

 

他の道だってある。そう言いかけた。

 

「ワン子」

 

じゃが―――傍に居たモモが声をかけた。

 

それだけで一子の震えが止まった。

 

一体どうしたのかとモモの方を見ると・・・

 

「大丈夫」

 

驚いた。驚愕した。わしらと同じく諦めていたモモが―――

 

「ワン子」

 

もう一度モモが声をかける。その眼は妹の到達を信じていた・・・・!

 

それを見た一子の全身に力が漲る。

 

「・・・ります」

 

小さな。本当に小さな声。しかし、気が。あんなに小さかった一子の気が・・・

 

「聞こえないな」

 

挑発するように。しかし彼もまた一子の到達を信じるように。

 

「やります!!!」

 

その一言を機に一子の気が一気に膨れ上がった!

 

「そうダイ・・・!これは・・・!」

 

「化けおった・・・・!」

 

あの、小さな体に小さな気しか持たなかった一子が。まるで花開いたかのように、膨大な気を溢れさせていた。

 

――――interlude out――――

 

元気に、そして活力に満ちた一子が宣言した途端。一子の内から膨大な気が溢れ出る。

 

「わっ!な、なに!?アタシどうしちゃったの!?」

 

と一子は今尚気を溢れさせてあたふたあたふたとする。

 

(ふむ。結果は上々と言った所か)

 

その様子を見て士郎は満足げにその光景を目にする。

 

(気は誰にも宿る力だと言うが・・・気の持ちよう、心の持ちようとはよく言ったものだ)

 

本当はこんなことになるなんて想像していなかった。ただ、決意と覚悟は時に、人に不可思議な力を与え、奇跡を手繰り寄せる重要な要素(ファクター)だ。

 

それを持つことが出来なければ、本来容易に届くものさえ取りこぼし、何でもない水たまりに足を絡めとられ失墜する。

 

(・・・皮肉なものだ。なんだか古い鏡でも見せられてる気分だな)

 

何処か、いつかの自分(衛宮士郎)ではない自分(エミヤ)の光景が目に浮かぶ。

 

(感傷か・・・はたまた彼女を己に重ねすぎた弊害か。いずれにしろ彼女は俺じゃない。俺自身戒めないとな)

 

そう結論を出して。とりあえず未だに無防備に気を垂れ流している一子に一喝する。

 

「たわけ!いつまで無駄に気を垂れ流している!貴様にそんな余裕はないはずだぞ!」

 

「あ、わわわ、ででも!抑え方がわかんなくて・・・!」

 

ドタバタあたふたと見ている分には非常に愉快だが、実際はそんな生易しいものではない。この勢いで気を放出し続ければ、いかに魔術とは違うといえ、早々に命を燃やし尽くすことになるだろう。

 

「ワン子。それは抑えるんじゃない。こう使うんだよ」

 

「お、お姉さま・・・うん」

 

慌てふためく一子を百代は優しく導く。そうして少しずつ少しずつ。膨大な気は彼女の中に納まり、勢いを無くしていく。だが、それでも内に収まりきらない気は彼女の体を包み込むようにして収束した。

 

「はぁ・・・ふぅ・・・」

 

「そうそう。上手だぞワン子」

 

百代の導きによって危機は脱した。だが相当に消耗したのか、まだ息は荒くクタリと百代の膝に体を横たえる。

 

「ふむ。まずは及第点といった所か。だがその様子ではまたいつ暴発してもおかしくあるまい。私に気の心得などないので、その辺はお願いしますよ。学園長、ルー師範代殿」

 

「・・・うむ。まさしくこれはわしらの仕事。ルーよ気合を入れよ!」

 

「はい!ソウだい!!」

 

士郎の言葉に心得たと返事をする二人をしり目に士郎は今後の話をすることにする。

 

「さて、一子が真っ当に動けるようになるまで時間があります。事前に言っていたものはありますか?」

 

「ウン!これだネ!」

 

さっと出されたレポート用紙。PCではなく手書きで書かれたであろうそれは何度も消しては書き直された後がある。師範代として、彼女の師として精いっぱい書き記されたであろうそれは、なんだかただの紙とは思えない重量を感じた。

 

「・・・・。」

 

「・・・・。」

 

一字一句見逃さぬと言わんばかりに字を追いかける士郎。そしてそれを緊張の眼差しで前のめりになりながら見つめるルー。

 

(なるほど・・・確かに馬鹿げた鍛錬だ。努力は認めるが、これでは自殺志願者と変わらんな)

 

と、やっぱりいつかの自分を思い出してしまう士郎。だがそれは今重要なことではない。ぺらりと何枚目になるか・・・それなりに重ねられた用紙をめくり、最後の一枚を見て、それを閉じた。

 

「ルー師範代。これは貴方が書いたものですね。これは全て貴方が?」

 

言外にこんな無茶なことを彼女に強要したのか、と言われた様な気分になったルーは肩を落として言った。

 

「いや、ちがうネ。私がカズコにやらせていたのはここからここまでと・・・こことここはカズコにもっと鍛錬を積みたいと言われてネ・・・」

 

「では残りの部分は一子が自主的に追加してやっているわけか・・・死を覚悟させた自分が言うのもあれですが、これではあまりに非効率的だ。悪戯に体を傷つけているのと変わらない」

 

「ウウン・・・面目ない・・・」

 

そう言って肩を落とすルー。

 

「ははは。まるでルー先生の方がテスト受けてるみたいだな」

 

その様子を見て、まだ呼気を荒くする一子を優しくさすりながら百代は笑った。

 

「笑いごとではないぞ、百代。君とてまだまだ鍛錬が甘い。特に精神面のな」

 

「うう、・・・はい」

 

ちゃちゃを入れたが、それは藪蛇だったようだ。

 

そうして持参した筆記用具の中からボールペンを出し、チェックと打消し線や三角などの記号と新しい文字を書いていく。

 

「私としてはこれを当面の一子の鍛錬メニューとしたい。どうですか?」

 

紙束だったのがスッキリ二枚ほどに落ち着いてしまったそれを驚きながら鉄心とルーは見る。

 

「ふむ・・・やはり花開いた気を制御し扱えるようにするのが先決か」

 

「デスネ。それとこの記号は?」

 

「これは気の運用が落ち着いてきたらやってもいいもの。気の運用に当分掛かり切りになるでしょうから俺なりの肉体維持の鍛錬法を書いておきました。それとこの記号は条件付きで許可するもの。とはいえ、この様子では条件付きなどもっての他なので実質禁止です」

 

そうして説明を受けながらルーは新たに紙を用意してメモしていく。その中で気になったものが一つ。

 

「これは・・・勉学、と書いてアルネ。勉強も教えるのカイ?」

 

「うえええ!?」

 

勉強という言葉にすっかり落ち着いた一子がガバリ!と起き上がる。そしてまた垂れ流される気。

 

「こらワン子。集中しろ」

 

「うう・・・はい・・・」

 

未経験の膨大な気をコントロールできずすぐに暴発させてしまう一子。そんな彼女に構うことなく士郎は言った。

 

「勉強ですがこちらは武術の勉強ですよ。・・・まぁ、通常の勉強も壊滅的なのでそこもなんとかしたい所ではありますが・・・。例のもの、いか程あつまりましたか?」

 

「目下収集中じゃ。なにせ現代のモノから古い古い文献、メジャーなモノから個人個人のマイナーなものまで・・・おまけに一切のジャンルを問わずじゃからのう・・・」

 

「なるべく早く用意してください。一子が動けないこの期間が勝負です」

 

「うう・・・勉強はやだよぅ・・・」

 

と泣き言を言う一子だが、ぴしゃりと士郎は切り捨てた。

 

「たわけ。知識ほど重要なものは無い。あらゆる分野には、その分野の極致がある。それを身に付けることが出来ればどれだけのものを得られるか。例え身に付かなくとも、知りえた知識から相手の動きを予測できるようになるのは戦闘において非常に重要なことだぞ」

 

そう言って彼は腕を組む。

 

「・・・なぁ士郎。別に反対するわけじゃないんだがな?それだけ色々なものに手を出したら中途半端になっちゃうんじゃないか?」

 

そう心配する百代に士郎は臆面なく言う。

 

「気の覚醒を経たとて彼女に戦いの才能が無いのは明白。体は鍛えられているが、それを有効に使えなければ意味は無い。そして、川神院の知恵と武術だけでは彼女にとって最適な戦い方にはなりえない」

 

それを聞いてさらに気になったことを聞く百代。

 

「ワン子にとっての最適って・・・例えそれでワン子が自分に合う戦闘スタイルを見つけたとしてもそれは川神流じゃなくなっちゃうんじゃないか?」

 

「なにを言っているんだ、君は。初めて私と手合わせした時のことを忘れたのか?」

 

「初めて手合わせした時・・・」

 

それを聞いて思い浮かんだのは彼が使った川神流・大車輪。あれは百代の一撃を受け流し、利用し、さらに己の力と様々な技術を混ぜ合わされた、もはや原型を留めていない一撃だった。

 

「学園長に聞きますが、あれは川神流ではないと考えますか?」

 

問われた鉄心はふむ、としばしの間考える。

 

「・・・いや。アレは紛れもなく川神流じゃった。相当なアレンジをされているものだから別物と言えなくもないが・・・根底にあるのは川神流じゃ」

 

鉄心はそう結論付けた。

 

「そういうことだ百代。一つを極められぬのなら、より多くを修めればいい。必要なものが足りなければ、別な所から持ってくればいい。そうして一子が・・・いや、一子と百代、君達が新しい川神流(・・・・・)を共に作り上げるんだ」

 

「新しい・・・川神流・・・」

 

その言葉は百代に深く、しかしずっしりとしたものを感じさせた。

 

「しかしそれにはジカンが・・・」

 

「つまり士郎君は一子に武に生き、武にて死ねというのじゃな」

 

ギラリと鉄心の眼が光る。だが士郎は臆することなく言い切った。

 

「ええ。これは文字通り一子の人生を捧げるものとなるでしょう。彼女の代で完成を見ることもないかもしれません。だが・・・」

 

それは川神院の血肉となり骨となる。極端に言ってしまえば、彼女には川神院の為に人柱となってもらう。そういうことだった。

 

「一子には・・・悲しい思いをさせるのう・・・」

 

「ですがそれが彼女が選んだ道です。それだけの覚悟が彼女にはあった。だから彼女は己の壁を打ち破った。・・・故にもう一度問う。一子。君は死ぬ覚悟ができているか?」

 

引き返すのなら今の内だぞ―――

 

そう士郎は一子に目を向ける。

 

じっと話を聞いていた一子は今までの会話を必死に頭の中で繰り返し、口を開いた。

 

「・・・あのね。今のアタシにはちょっと難しくって、全部は、わからなかったの。でも・・・・」

 

きゅっと手を握って彼女は言う。

 

「じいちゃんも、どれくらい前かわからないけど、前の代の総代から受け継いで総代になったんでしょ?」

 

「・・・そうじゃなぁ」

 

彼女が言わんとしていることを知った川神鉄心は涙を必死に堪えた。

 

「ルー師範代も、前の師範代から受け継いで師範代になったんだもんね?」

 

「そういうことになるネ・・・」

 

「なら次は・・・アタシ達・・・ううん。アタシとお姉さまの番・・・だよね?」

 

「・・・そうだな」

 

流れそうになる涙を堪えて百代は一子を抱きしめた。

 

「ならアタシやるよ。だって、それがアタシの夢だもの」

 

「一子・・・・!」

 

ぎゅうっと一子を抱きしめる百代。

 

「一子や・・・!」

 

「カズコ・・・!」

 

百代も鉄心もルーも皆一同涙を流して彼女のことを抱きしめた。

 

「あはは、ちょっと苦しい」

 

それでも嬉しそうに笑う一子。

 

この時、川神一子は本当の意味で百代の妹となり、川神鉄心の孫娘となり、ルー師範代の弟子となり、そして川神院の訓練生であり家族になった瞬間だったのかも知れなかった。

 




ここまで見てくださった皆様ありがとうございます。正直、書いてて涙が出るほど一子にはつらい目をみてもらうことと相成りました。最初は、槍兄貴出せばいいよとか、士郎の魔術で何とかしちゃえよとか、ご都合主義でハッピーエンドにしようぜ、とか色々考えました。ですが・・・私はこの形を選びました。人によってはfateに寄りすぎてんだろとか、こんなんマジ恋にねぇ!とか様々な意見があると思います。ですが、私はこの形で書くことにしました。

たくさんの感想ありがとうございます。なかなか厳しいご意見もありました。何度か書き直そうかとか、歪な印象を与えてしまった部分を直そうかとも思ったのですが…この作品の士郎は強いです。ですが、士郎は万能であってはならない。そう思うんです。イメージとか崩れてたらごめんなさい。でもこのままいきます。

みんな大好き槍ニキですがfateだけでなく色々なサイトをめぐって逸話を調べ混ぜ込みました。そしたら出て来る出てくる化け物具合。コイツホントに人間?(半神半人)って思いました。半神半人であることはあえてのせませんでした。半分神だからでしょ?って雰囲気になるのを防ぐためです。時折出る士郎の実体験っぽい所でニヤッとしてもらえたら嬉しいです。

長くなりましたがまだまだ続きます。良ければよろしくお願いします。


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夢/理想に向かって

皆さまこんばんわ。作者です。いつもこのような駄文を読んでいただきありがとうございます。

感想読みました。予想していたとはいえ厳しいお声が多かったですね。そこで幾つか言い訳と言いますか・・・補足をさせていただきたいと思います。

・槍ニキの話は長物を扱っているから出したのではありません。彼の精神性、そして勇猛さが、一子のテーマである勇:何事にも恐れず挑んでいく:(公式サイト様より)に合っていると考えたからです。他の偉人を知る方、特にカルデアのマスター様達はそれならもっと似合ってる相手が居たんじゃないか、と思われる方もいるかも知れませんが、そこはやはり、英霊ではない衛宮士郎が実際に出会った相手という理由も選んだ理由の一つです。

・士郎はルー師範代と一子の鍛錬を削って提案をしたに過ぎません。一子の自主練はともかく、ルー師範代の教えは川神院のものです。そこにある意味ケチをつけたわけですからあくまで自分ならこうしますという代替案を書き記した感じです。会議などで否定をするときは同時に違う案を出さなければいけない。ただ嫌だから、ただ気に食わないから。なんて通用しませんよね。特に学生時代、委員長や社会で活躍する方々は何かを遂行、または決断をしなければいけないので理解してもらいやすいかなぁと思います。ちなみに作者は演奏する曲を決めなければならない時があり、これをやろうと言ったらヤダと言われ、では君は何の曲がやりたい?って聞いたら何でもいい、と言われ途方にくれたのが今ではいい思い出です。

・士郎、またはエミヤの話は私の考えるストーリー上まだ絶対に出してはいけないのです。ネタバレになってしまうのでここではそれしか言えません。

長くなりましたが次回の続きです。よろしくお願いします。


「よーしワン子。その調子その調子」

 

「よっ・・・ほっ・・・」

 

一子の決意と覚悟そして潜在能力の限界突破。新たな鍛錬法と新・川神流の話の後。ようやく動けるようになった一子は百代と一緒に歩行練習からしていた。

 

「うん。うん!分かってきたかも!」

 

「・・・こらこら。あんまり調子に乗るな。そんなことすれば―――」

 

ドシュン!

 

「うひぁあーーーー・・・・」

 

凄い音を立てて空中へと打ちあがった。赤い髪がなびいてまるで花火か何かのように見える。命名、ワン子花火。

 

「ぁぁぁああああ!」

 

「よっと!」

 

ぎゅむ!っと落ちてきた一子を百代が抱きしめる。

 

「大体10歩に一回・・・打ちあがるな。まだまだ先は長そうだ・・・」

 

ふうむ。と腕を組み考える士郎。

 

なぜ彼がこの場にいるのかと言えば、彼が提案した鍛錬を原案として新しい訓練メニューを鉄心と師範代達が話し合うので自分はお役御免になったからだ。

 

本当は自分にも色々話を聞きたいと言われたが、

 

『・・・いや、これ以上俺が口を出すのは良くないと思います。そもそも俺の剣は我流で流派も何もあったもんじゃないので』

 

『でもお主、川神流の技つかっとったじゃろう』

 

『あれは所詮猿真似ですよ。初めて使いましたし』

 

『・・・そうじゃったのう。お主最近川神に来たんじゃっけ。・・・?じゃあお主どこで川神流を―――』

 

『おおっと。一子が心配だ!百代はちゃんとしてるかなー!!』

 

『あっ!コラ待たんか!』

 

『待てと言われて待つ奴がどこにいますかね!』

 

と、ぶっちゃけ色々とボロが出そうになったので逃げて来たのだが。三十六計逃げるに如かず、である。

 

 

 

 

「やっぱり重りとかつけるか?」

 

と考えた士郎だが、

 

「いや。重りなんか付けたら外した時にまたすっ飛ぶだろ。こうやって体に少しずつ覚えさせていくのが一番なんだよ」

 

「・・・そういうものか」

 

気に関しては全くと言っていいほど知識が無いので、士郎は本当に見守ることしかできない。一応調べはしたのだが・・・

 

(・・・なんでもアリすぎだろ。万能スーパーパワーか?)

 

と、調べれば調べた分だけなんかよくわからんけど、なんにでも使える超スゴイ力ということしか彼には分らなかった。

 

ドヒュン!

 

「ひゃあああああ!」

 

今度は弾丸のように踏み出した先に真っすぐにすっ飛んでいく。

 

「おっとと・・・そら、頑張れ一子」

 

「・・・えへへ。ありがとーー!」

 

受け止めた士郎にニッパリと微笑んでまた歩き始める。

 

彼女がこうして初日の、それも覚醒して僅かな時間ですぐに鍛錬を始めたのには理由がある。それは今週の金曜集会のため。

 

最初は、士郎か百代が連れて行くと言ったのだが、

 

『ダメ!自分の足で行く!』

 

と一子が断固拒否したのだ。百代は今回だけでも・・・と言ったが、やだ!とやっぱり拒否。結果、大人しく見守ろうということになった。

 

「しかし、なんだな。まるで歩き始めた子供でも相手にしているみたいだ」

 

苦笑を浮かべてヨタヨタと歩く一子を見る士郎。

 

「はは!そうだな。いつか私にも―――」

 

そこまで言ってボン!っと百代の顔が真っ赤になった。

 

「ん?今なんて言ったんだ?」

 

「な、なにも言ってない!何も言ってないぞ!」

 

とブンブンと頭を振る百代。お相手は誰を想像したのかはさて置き、慎重に一子の様子を見る。

 

「なんか耳赤いぞ」

 

「やかましい!」

 

クワッ!っと威嚇する百代。人が折角気を静めようとしているのに、この男はすぐ絶妙なタイミングでボケるのだ。

 

「?なんで怒ってるんだ?」

 

「いいからワン子に集中してろ!」

 

もうこの病気とも言える特徴的難聴は死んでも治らないだろうなと百代は思う。

 

「ところで、妹の心配をするのもわかるが、百代は鍛錬しないのか?」

 

「一応きちんとやってる。現在進行形で」

 

と言うので本当かどうか確かめるため、

 

「―――同調、開始(トレース・オン)

 

と魔力を走らせる。見えたのはうねうねと体表面の魔力が安定しない一子とその一子の体を気ごとさらに大きく覆う百代。一子の気は急に引っ込んだり、噴出したり、あるいは体のどこかに突然移動したかと思えば一点で膨らんだり。暴れ馬という言葉では表現しきれないような状態だ。それを百代の気が、引っ込みすぎたら手を引くように導き、噴出したらそれを大気に逃がさないように上手く循環させ、体のどこかに移動し膨らんだら破裂しないように少し抑え込む。

 

一子の不安定さを支えるように気を微細に変化させ対応している。幸か不幸か、一子の不安定さが百代の集中力と気のコントロールを鍛えているような状況だ。

 

(いい姉妹だな。互いが互いの為に必死で努力してる)

 

その様子を見てどこか安心を覚えた士郎はそれまで身構えていたのをやめ体を動かして準備運動を始める。

 

「ん?おい、士郎なにするんだ?」

 

突然、準備運動など始めた士郎を見て不思議に思った百代。

 

「当然鍛錬だ。今の所、一子は百代に任せた方がよさそうだし、俺は訓練生の皆さんに混ぜてもらって鍛えてくるよ」

 

「そうか。そういうことならジジイや他の師範代にも伝えておく」

 

「頼んだ。一子、頑張れよ」

 

「うん!士郎も頑張って!」

 

「おう」

 

そう言って士郎は訓練生たちの元へと向かう。

 

 

 

そうして時は過ぎる。一子と百代は互いに鍛錬を続け、衛宮士郎はこの世界の武術家達と腕を競い、新たな刺激を受ける。

 

「今日はありがとうのう、士郎君」

 

「こちらこそ。いい経験をさせてもらいました」

 

辺りは既に暗くなり、行きかう人は少なく帰路へと向かっている。

 

「なに、この程度のこと。君がもたらしてくれたものに釣り合わんかもしれんが、君の糧となってくれたのならわしも嬉しい。またいつでも来なさい」

 

「ジジイ何言ってるんだ。コイツはもうワン子の師匠みたいなもんだぞ。もっとたくさん来てもらわなきゃ困る」

 

そう言って百代も笑みを浮かべて、また来いよ、と拳を突き出す。

 

「・・・おう。一子も。あんまり無茶せず、しっかり休んで強くなれ」

 

「あったり前よ!一歩一歩確実に!勇往邁進!」

 

コツン、と三人の拳がぶつかり合う。

 

「それじゃあこれで。明日も来るから。じゃな」

 

そう言って士郎は川神院を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

去り行くその背中をいつまでも見続けていた百代がふっと鉄心の方を見る。

 

「ジジイ。好きな人、できた」

 

言葉少なく彼女は自分を可愛がり続ける鉄心に言う。

 

「そうかそうか。―――じゃが、アレは一筋縄ではいかぬ相手じゃぞ?」

 

それを聞いて嬉しそうに、寂しそうに鉄心は言う。

 

「わかってる。あいつはどうしようもない鈍感野郎だけど、それだけじゃない」

 

あいつはまだ隠してる。何か大きな、途方もないことを。それでも彼女は諦めない。この胸を満たす衝動に正直に。己の心に嘘をつかず。

 

「お姉さま。アタシも応援してるから!」

 

散々気を放出し、それでも僅かとは言え鍛錬をした一子は、本当はもう立ってるのも辛いはずなのに。そんなこと一つも顔に出すことなく活力に満ちた笑顔を見せる。

 

「ありがとう。ワン子。さ、戻ろう。今日はゆっくり休んで、また明日だ!」

 

「おおーー!!!」

 

そう言って百代と一子は二人三脚のように肩を寄せ合って中に戻っていく。

 

「彼には感謝してもしきれんなぁ・・・」

 

そんな可愛い孫娘たちの勇ましい姿を鉄心はどこか切なげに見送る。

 

「わしももっと鍛えちゃおうかの」

 

なんだか追い越されるどころか置いてきぼりにされそうに思った鉄心はそう呟くのであった。

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

 

 

暗い夜道を道を間違うことなく歩く。徐々に道行く人数が減り、そうしてついにいなくなる。人の全くいない暗い夜道は静けさと相まって若干不気味な雰囲気を醸し出す。

 

そんな中を士郎は歩く。ここは屈強な川神の人間をして近づかぬ道であり、自らがそういう風にした(・・・・・)道であるのだから彼に恐れなどない。だが―――

 

「・・・。」

 

ピタリと彼が足を止める。その眼は鋭く、暗闇だというのにしっかりと周囲を映し出す。

 

気配を感じる。こちらを見つめる視線が三つ。そして、

 

(結界が破られているな)

 

彼が仕掛けた人払いの結界。その起点となるものが無い。

 

この世界に魔術は今の所確認されていない。故に自分程度の魔術でもかなりの効果を発揮していた。しかしそれが破られている。

 

「・・・。」

 

ヒイィン。

 

魔力を流す。体内に眠る27の魔術回路に魔力が走る。

 

そして、こちらを見る視線の内、一つと目を合わせる。

 

「・・・ッ」

 

意図は正しく伝わったらしい。

 

ガサガサと雑木林を抜けて視線の主が現れる。

 

「こんな夜更けに何用かな、お嬢さん」

 

現れたのは黒い中華風の服を纏った黒髪の美女。

 

「流石だな。武神を破ったという噂は本当らしい―――手合わせ願う」

 

チキ、とその手に握る槍を構える。しかし士郎はバスケットを手に持ったままその女性を見る。

 

「おやおや、随分と喧嘩っ早いことだ。私のような一般人にそのように殺気をぶつけられては身がすくんでしまうよ」

 

と肩を竦める士郎。その様子は非常に無防備に見える。だが女性は槍を構えはしたものの一向に彼へと襲い掛かる様子がない。それはそうだ。なぜなら―――

 

(飄々としているし武器も持っていない。けど、隙がない・・・!)

 

張りつめる空気の中、ジリ、と彼女の足が地を擦る。その様子を見て彼は尚おかしそうに言った。

 

「目的はなんだ。と、聞いても答える様子ではなさそうだ。ならば来るがいいさ。そこの二人(・・・・・)も含めて相手をしてやる」

 

「!!!」

 

瞬間、槍が走る。鋭い刺突を紙一重で躱し、お返しとばかりに、手に持っていたバスケットが投げつけられた。

 

ザン!

 

しかし所詮はただのバスケット。槍の一振りで両断される。しかし女性は驚くことになる。手に何も持っていなかったはずの男の手に黒い中華風の短剣が握られ、一瞬で懐に入られたからだ。

 

ガン!

 

俊足で詰められ、振るわれた一撃を槍で防ぐ。だが―――

 

(くっ・・・!重い!!!)

 

受けきれず後ろへと弾き飛ばされる。

 

「史進!!」

 

「あいよー!」

 

後ろに弾き飛ばされた彼女と入れ替わるように、別な背の低い少女が獣のように突撃してくる。

 

「わっちの棒は天下無双だぜ?」

 

鋭い刺突の連打が彼を襲う。

 

「・・・。」

 

しかしそれは彼に届かない。黒い短剣一本で繰り出される刺突を防ぎ、逸らす。

 

キン!ガン!ガイン!

 

鋭く重い一撃を反らし、ある時はあえて短剣を叩きつけることで弾き返し、反撃とばかりに斬撃を放つ―――!

 

「ひゅう!わっちの棒にそんな短剣一本でついてくるたぁやる、ね!!」

 

突きだけでなく棒を横薙ぎに振るい、さらに遠心力を利用して大上段から叩きつける。

 

ガン!

 

だがそれを事も無げに片腕で弾き返す。しかし、彼女の一撃は相当に重かったのか、彼の態勢が崩れた。

 

「リン!」

 

「わかってる!」

 

隙あり。とばかりに最初の黒髪の女性が、態勢が崩れ、がら空きとなった左側面から槍を振り下ろす。

 

それでも彼は防ぐだろうが所詮生身の腕。彼は右手にしか武器を持っていない。このまま左腕で彼女の槍を受ければ確実に腕を粉砕する。だが―――

 

「―――投影、開始(トレース・オン)

 

腕を砕くはずの一撃を、突如左手に現れた白い中華刀が彼女の槍を弾き、叩きつけた反動で中に浮いていた少女の握る棒を彼女ごと蹴り飛ばした。

 

「二刀使い・・・!!」

 

「へへん!面白くなってきた!」

 

黒髪の女性の槍と少女の棒が同時に彼を打ち据えようと迫る。

 

キン!ガン!ギン!ギィン!

 

それを彼は白と黒の中華刀を手に、弾き、防ぎ、逸らす。だが流石に辛いのか二人を弾き飛ばし後ろへ後退しながら両手に持つ短剣をそれぞれに投げつけてくる。

 

キン!ガン!

 

それを棒と槍が弾き返し再度二人が突撃する。

 

「武器を捨てるとはまだまだ甘いね!」

 

「史進油断するな!」

 

無手となった彼に史進と呼ばれた少女の棒が迫る。しかしそれを、いつの間にか右手に握られた黒い短剣が迎え撃ち、逆側面から迫る槍を白い短剣が切り払う。

 

キン!ギシィ!

 

「また白い短剣が・・・!やはりお前、異能者だな!」

 

「さて、どうかな」

 

リンと呼ばれた女性の問いに答えず、ひたすらに彼は二人の攻撃を捌き続ける。

 

キキン!ガィン!ドゴン!

 

その光景はどんな冗談か。女性と少女の槍と棒は川神にいる武人の中でもダントツであろう。それをたった一人で、たった二本の短剣と体術で相手するこの男は一体何者なのかと女性は思う。

 

(だけどそれもそろそろ・・・)

 

確かに彼は凄まじい。自分と史進を同時に相手をする人間など彼女は見たことがない。だが彼は一人。いかにその腕が人知を超えたものであろうと手数には限界がある。

 

ギシィ!

 

示し合わせたように女性と少女が同時に攻撃する。それを彼は防ぐが二人は攻撃することよりも彼の足を止め、両手を使わせることに注視していた。

 

「青面獣!!!」

 

「これで詰みーー!」

 

青髪の少女が待っていたと言わんばかりに二刀を以て彼のがら空きになった背中に上空から切りかかる。

 

これで詰み。いかにどこからともなく剣を取りだそうとも、いかに二人の相手が出来ようとも、彼は人間であり一人。確実に隙は生まれる。ましてや自分と史進の腕ならば――――

 

「!!?ダメだ!」

 

それが何かは分からなかった。ただ己の直感が最大限に警鐘を鳴らし、迷わず己の眼力(・・・)を使い見えた光景に、折角足を止めさせたにもかかわらず彼女は彼を振り払って背中から切りかかろうとしていた青髪の少女に向かう。

 

――――直後。

 

ダンダンダンダン!!!

 

一体何の冗談か。上空から数多の剣が降り注いだ。

 

「ぐあっ!!」

 

「うっ・・・!」

 

攻撃モーションに入っていた青髪の少女に防ぐすべはない。故にギリギリ飛び込んだ女性が降り注ぐ剣を弾くが、如何せん数が多い。降り注ぐ剣を捌き切れず、剣が腕を穿ち、体を切り裂く。

 

「リン!!青面獣!!!」

 

まさかの事態に棒の少女が彼を押しのけようと苛烈な攻撃を開始する。だが―――

 

「一つ忠告してやろう。―――背後には注意することだ」

 

背中を狙った嫌がらせか。偉そうに上から目線で言われた言葉に少女は怒りを覚え、

 

「その手には「ダメだ史進避けろ!!!」!?」

 

黒髪の女性が傷を負いながらもあらん限りの声で叫ぶ。その声に嫌なものを感じた史進は言葉に従い背後を棒で払う。

 

ガカン!

 

それは白と黒の短剣だった。男の手にあったはずの双剣が彼女の背中を両断せんと回転しながら迫ってきていたのだ。

 

「そら、隙だらけだ」

 

背後を払うため背中を向けた少女の横腹に鋭い回し蹴りがめり込む。

 

「がっは!!」

 

ボギ!っと鈍い音を立てて横にすっ飛び脇にあった空き家へと突っ込む。

 

ドゴン!!

 

土煙と空き家の残骸が舞う。

 

「チェックメイト。と言った所か。まだやるかね?」

 

背後で致命傷を辛うじて免れた二人に問う。その手にはまた双剣が握られている。

 

「・・・私達の負けだ」

 

槍を捨て、両手を上げる。惨敗だった。片腕を貫かれ、体はズタボロ。唯一彼女が守った青髪の少女は掠り傷程度だが、この男と一対一で戦うのは自殺行為。蹴り飛ばされた史進は恐らく重症だ。

 

「・・・ふむ」

 

すぅっと彼の手から双剣がまるで風景に溶けるように失われた。これ以上の追撃はしない。ということだろう。

 

そして彼は何事もなかったかのように彼女たちの脇を通り過ぎる。

 

「ま、まて!話が・・・」

 

「今宵はここまでだ。早く治療せねば命が危ぶまれるぞ。話なら後日またこの場に来い。ただし次に戦いを望むその時は―――」

 

ギシリと空気がなるような殺気が叩きつけられる。この程度では済まさない。そう物語っていた。

 

「・・・ッわかった。傷の治療をしたらまたここに来る」

 

「そうか」

 

それだけ言って彼は立ち去った。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

男が立ち去った後。リンと呼ばれた女性、林冲はようやく息を吐く。

 

「おい、青面獣、動けるか?」

 

「大丈夫ーー。むしろアタシより林冲の方が重症でしょ」

 

そう言ってむくりと起き上がる。まるでそれをわかっていたかのように、周囲に突き立っていた無数の剣も林冲の腕を貫いていた剣も風景に溶けた。

 

「史進は?」

 

「大丈夫・・・ではないよね。もろに横から受けてたし。骨何本かいっちゃってると思う」

 

そう言って史進が突っ込んだ空き家に目を向ける。こうして起き上がってこないのだからよほどの威力で蹴り飛ばされたのだろう。

 

「恐ろしい相手だった・・・」

 

「ほんとにねー。林冲が来なかったらアタシ、ズタズタの標本にされてたよー」

 

悍ましい言い方に思わず林冲は涙を浮かべて、

 

「その言い方はやめろ!本当に・・・視た(・・・)んだから・・・」

 

そう言って俯く彼女はガタガタと震えていた。

 

彼女の眼には特殊な能力がある。喪ってしまった親友から託されたそれは数秒先の未来を見ることが出来る。その眼にありありと映ってしまったのだ。

 

―――中空から降り注ぐ剣に貫かれ縫い留められる彼女の姿が。

 

―――史進が背後から迫る双剣に胴を断たれる姿が。

 

「う、ううううーーーー・・・!!」

 

「あーもう泣かない泣かない。林冲のおかげでこうして生きてるんだから。大丈夫ー」

 

泣き出す彼女の頭をよしよしと撫でる。彼女は強いし自分たちのまとめ役だが、過去のトラウマから喪うことをとても恐れる。実際はとても繊細な女性なのだ。

 

「あたた・・・リーン、青面獣、大丈夫かー」

 

傷を負った脇腹を抑えて史進がゆっくりと歩いてくる。

 

「史進!大丈夫なのか!?」

 

「わっちはそんな簡単に死なない・・・ってー言いたいけど、リンの声が無かったら確実に死んでたなー・・・あいたた・・・」

 

未だ手に残る、あの回転して飛んできた双剣の感触を思い出して身震いする史進。

 

「よかった・・・私はまた失う所だった・・・!」

 

そう言ってまた泣き出す林冲をあやす青面獣こと楊志。

 

「しっかし、次々と剣を取りだしやがって・・・わっちの棒相手に短剣一本で渡り合うわ、林冲が隙をついたと思ったらもう片方の手に白い短剣でてくるわ・・・挙句の果てに剣の雨降らせてくるわ・・・なんなんあのバケモン」

 

うえーっと顔を顰める史進。実際本当に化け物じみた奴だったのだから仕方ない。そもそも林冲と史進を同時に相手をして、一切引かないあの男は何なのか。

 

「ぐすっ・・・でも、収穫はあった」

 

まだ泣きべそをかいているが林冲が言った。

 

「あれは間違いなく予言された金銭豹子になりうる男だ」

 

「えー?確かにたくさん剣使ってたけどそんな大層なモンには見えなかったけどなー」

 

と史進が今一度先の戦いを思い出す。白と黒の短剣。降り注いだ直剣。どれも大した資質を感じなかった。

 

「・・・いや。確かに私達に降り注いだ剣は普通の剣だけど、あの白と黒の短剣は違う」

 

あれからは非常に強力な何かを林冲は感じ取っていた。もし彼女の予想が正しければあれは・・・

 

「アタシ達の国の剣。夫婦剣、干将・莫耶。鍛冶師の干将が呉王の命令で妻を犠牲にして作った宝剣」

 

意外と物知りの楊志が補足する。

 

「えー!あれって失われたんじゃなかったっけ?」

 

「・・・なぜあの男が持っているのかは分からない。ただあの男の異能はどこからか剣を取り寄せてるんだと思う」

 

「あーそれならわっちの異能も使えなかったのも納得だわ」

 

「少なくとも干将・莫耶を複数持ってる時点で地孤星としての素質はあると思う・・・・ゴソゴソ」

 

「そいやあいつ最初に投げたやつと同じの持ってたな」

 

「そういうことだ。だからあいつにはひああああん!!」

 

と真面目な話をしていた彼女らだったが突然林冲が悲鳴をあげた。

 

「ちょ、青面獣!?何して・・・」

 

「スーハースーハー・・・やっぱり林冲のパンツサイコー・・・」

 

「ちょ!こんな所でやめ・・・」

 

「あーでたよ変態。コイツもそれなりに怪我負ってりゃ大人しくしてたんだろうが・・・」

 

「大丈夫ーあの男が仕掛けてた結界また張っておいたからースーハースーハー」

 

「やめ、痛っううう~~~~」

 

傷が痛み楊志を引きはがせない林冲。

 

――――楊志が青面獣と言われる由来。それは・・・女性のパンツの匂いを嗅がないと気分が悪くなり顔が青くなるからである。

 

「あーあーわっちは巻き込まれたくないからいくぜー」

 

「ちょ!史進!まっひゃあああ!」

 

「うーんパンツサイコー・・・」

 

真正の変態に絡まれる林冲。先ほどのピリリとした空気はどこへやら。割と重症なのにそんなことしてるあたり、意外と余裕があるのかも知れなかった。

 

――――interlude out――――

 

 

突然の戦闘を終えた士郎は今後の事について考える。

 

(やつらの目的は後々知るとして・・・林冲に史進とは・・・キナ臭くなってきたな)

 

記憶が正しければ、水滸伝に登場する梁山泊と呼ばれる場所に身を隠したと言われる腕利きの者たちのことだ。

 

(彼女達の武器は刃引きなどされていなかったし何よりあの雰囲気。間違いなく実戦経験持ちだ)

 

いよいよ裏の人間が自分を嗅ぎつけたことになる。これまで日を浴びて多少緩み始めていた気持ちを引き締める。

 

(・・・いい加減この場所を隠し通すのも難しいか)

 

それは表と裏二重の意味でだ。表としては誤魔化し続けるのもいいが、いい加減嘘も苦しくなってきたし、何より九鬼の人間が自分を嗅ぎまわっている。挙句、裏としては人払いの結界に気づく怪しげな人間達にまで追われる身となってしまった。

 

(この生活も・・・気に入っていたんだがな・・・)

 

ふっとこの世界でできた仲間達との生活に思いを馳せる。楽しい親友達との日々。それは得難く尊いもの。一度裏の道に走った自分には眩しすぎるものだ。だというのに、自分はその仲間達に入れてもらい、あまつさえその幸せを与えてもらっている。なのに自分は彼らに嘘や隠し事をしている。それがなんとも歯がゆかった。

 

(問題は山積みだが・・・なに。彼らくらいは守ってみせよう)

 

それはエミヤシロウ(正義の味方)ではなく、彼らの友、衛宮士郎(自分自身)の想いとして。星々がキラキラと光る夜空を見上げて想うのだった。

 




だいぶ積め積めになってきて以前より書くことが多くなり、投稿が遅くなってしまってすみません。一子強化計画は本格的に始動し、士郎は表と裏に板挟みになり揺れています。

それと梁山泊の登場です。彼女らを書くにあたり水滸伝を色々と見たんですが・・・やばいです。学のない作者はもうすでに頭パンクしそうです(土下座)

今回士郎はやーっと投影を使いました。おまけにマジで殺す態勢でです。fate寄りじゃねぇか!とか、いや強すぎ。士郎じゃありえんだろ。とか様々な意見あると思いますが、主人公、大和じゃないので・・・英霊一歩手前(というか片足突っ込んでる)士郎なので・・・優しい目で見てもらえると助かります。

次回ついに我らがキャップが大冒険から帰ってきます。彼は一体なにを拾ってくるのか・・・私の予想ではふざけんじゃねぇ!とかこの小説も終わりだなとか言われそうでガチで怖いです。でも前々から決めていてこうして書いている今も変える気は起きないのでこのままいきます。次回もよろしくお願いします。


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大冒険の秘宝

こんにちわ(ばんわ)投稿の遅い作者でございます。たくさんの感想ありがとうございます。正直、最近ちょっとご指摘が辛くて思い悩んでおりました。でも同じく感想に励まされこうして書き続けられている所です。

なので私は決心いたしました。もういけるとこまでぶっちぎります!ここは好きに見れるとこなので気に入らないなら読むんじゃねぇ!というスタンスでいきます。ぶっちゃけ評価とか気にしてないので。もちろん高かったら嬉しいですけれども。

ということで本編始まります。大冒険から帰ってきたキャップが持ち帰ったものとは?表裏に挟まれた士郎はどうするのか?書いていこうと思います。


梁山泊との戦闘が明け、一子と百代の訓練に付き合い、ついにやってきた二度目の金曜集会。会場である秘密基地に向けて風間ファミリー一行は歩いていた。

 

「なぁなぁ士郎。モモ先輩とワン子なーにやってんだ?」

 

秘密基地に向かう道すがら、仲良く手をつないで一定間隔でぴょこんぴょこんと撥ねる二人を見てガクトが士郎に聞く。

 

「鍛錬だよ」

 

「鍛錬??」

 

もう一度少し後ろを振り返るガクト。

 

「よっ!ほっ!それ!」

 

「いいぞーワン子!ほら1、2!」

 

「さん!しー!」

 

ホップステップジャンプと言わんばかりにスキップする二人。傍から見れば、仲良く愉快に遊んでるようにしか見えない。

 

「ぜんっぜん見えねえ」

 

「ううん・・・僕にも遊んでるようにしか見えないな・・・」

 

「どういうことなんだ?士郎」

 

一般人のガクトやモロ、大和にはさっぱり分からないらしく、士郎に再度説明を求める。

 

「大和達には見えないか。京はどうだ?」

 

と大和の向こう側にいる京に問いかける。

 

「・・・ワン子の気が信じられないくらい膨れ上がってる」

 

「お。ご名答」

 

と士郎がパチパチと手をならす。

 

「あ、あの、それでなんでスキップ・・・なんですか?」

 

おずおずとまゆっちが手を上げる。

 

「それはな―――」

 

と士郎が説明しようとしたその時。

 

ドシュン!

 

「にゃああああああ!!!」

 

「うほー!」

 

奇妙な悲鳴と楽し気な声と共に後ろの二人が消えた。

 

「い、犬とモモ先輩が消えたぞ!?」

 

「消えたんじゃない。上だよ上」

 

そう言って空を指さす士郎。

 

「上?・・・あ!」

 

言われて見上げると何やらひゅるひゅると落下してくる二人の人影が。

 

「にゃああああ・・・っと!」

 

「イェーイ!」

 

シュタッ!と陸上選手のように決めポーズを取るワン子と百代。

 

「な、ななななんだ!?一体どういうことだ大和!」

 

クワンクワンと隣にいる大和を揺さぶるクリス。

 

「まてまてまて!わかんない!わかんないから!」

 

ブンブンと振り回されて段々と気分が悪くなってくる大和。

 

「あれは恐らく・・・気がコントロール出来ていない・・・のでは?」

 

「おー流石由紀江。やっぱり京と由紀江は目が冴えてるな」

 

「ちょ、士郎!自分だってそのくらい・・・」

 

「見えなかったろ?」

 

「ぐぬぬ・・・」

 

ぐうの音も出ないとはこのことか。小さく唸って萎んでしまうクリス。

 

「・・・なんでもいいけどクリス。そろそろ大和放して」

 

「ん?大和?大和!?」

 

「うぁー・・・」

 

クリスに襟元掴まれていた大和はゾンビのように顔を青くし、うめき声を上げていた。

 

「ちょ、大和!誰か!うあー!じ、人工呼吸!」

 

「させないッ!それは!大和とのファーストキスは私のものなんだッ!」

 

「き、きききキス!?ち、違う!自分はただ・・・」

 

顔を真っ赤にするクリスと唇を奪わんとする京に引っ張られて、今度は両端から引っ張られるという事態に見舞わられる大和。

 

「京はともかく・・・なんか大和、クリスと仲良くなってないか?」

 

そんな光景を遠めに見ながら士郎はガクトとモロに問う。

 

「ああーそうか。士郎いなかったんだもんな」

 

「うん。実はね・・・」

 

と二人の話を聞くと、なにやら自分のいない間に大和とクリスの間で喧嘩が勃発し、大和は知力を振り絞り、クリスは己の武力を振り絞る大決闘があったらしい。

 

「決闘って・・・好きだなぁ・・・川神学園」

 

またもや決闘かと頭を抱える士郎。

 

「それで?」

 

「決闘内容は障害物競争。グラウンドと校舎を使った本格的なものだったよ」

 

「随分広いなおい・・・」

 

川神学園は中々の大規模な敷地を誇る学校だ。それもグラウンドと校舎全てを含めたのなら相当な範囲になる。

 

「最初は、やっぱりクリスが有利だったんだけどよ」

 

「そこは大和、色々と頭を使ってね」

 

障害物は実に様々。走る、跳ぶ、投げると言った身体能力を図るものから、ものを借りてくる、誰かを連れてくる、教師の考えた問いに答えるなどなど・・・それはもう派手にやったらしい。

 

「まぁ普通に戦ったんじゃ今の大和ではクリスに太刀打ちできんだろうし、いい采配と言えばそうだな。由紀江も参加したのか?」

 

「は、はい!事前に力を貸してほしいと言われたので・・・」

 

「まゆっちは友達想いのいいこなのよ・・・」

 

「いや、その友達同士で争っていたんじゃないのか・・・?」

 

松風という名の本音を漏らす由紀江に思わずツッコミを入れる士郎。

 

「それでどっちが勝ったんだ?」

 

「もちろん大和だよ」

 

モロはどこか嬉しそうに言った。

 

「ほう・・・確かに大和は頭を使うのが上手いとは思っていたけど・・・」

 

感心したように驚く士郎。

 

「どうやって勝ったんだ?」

 

「色んなやつらの手を借りたり、罠を仕掛けたり・・・」

 

「問題出す教師を事前に知っててうまく采配したりだね。でも最後は大和とクリスの一騎打ちになって・・・」

 

最終的にゴールまで走るデッドヒートになり、最後の最後で根性を見せた大和の勝利となったそうだ。

 

「やるなぁ・・・大和」

 

彼が常に人脈作りに走り、本来ならS組にだって入れるだろう知識を身に付け、俺のいない間から続けているという京と百代監修のトレーニングを積んでいる、というのはこの僅かな期間であるが、仲間達が教えてくれた。

 

それにしても、土壇場とはいえ彼が発揮した力はただの学生とは思えないものだろう。

 

(まぁ・・・それを言ったらここにいる全員もとんでもないだが・・・)

 

誰が見ても強い風間ファミリーの女の子達に隠れがちだが、ガクトは一般人としては常人離れした腕力を誇る。そこいらのチンピラなど寄せ付けやしないだろう。モロは戦闘能力こそ皆無だが、その情報収集能力は軽いハッキングさえ可能という立派な技術を持っている。あとはキャップだが―――

 

(なんかやらかすような気がするんだよなぁ)

 

根拠はないが。あの行動力と自由(フリーダム)性は誰とも比べられない一級品。しかも彼の意味不明な剛運具合がそれに拍車をかけ、奇跡的な何かを起こさせる。そんな気がするのだ。

 

「っと、仲良く取り合うのはいいが、そこまでな」

 

トトン!と引っ張り合う二人の手に手刀を軽く落とす。

 

「「!!?」」

 

それだけで二人はまるで力が抜けたように大和から手を放す。

 

「!?おい士郎今なにしたんだ!?」

 

「なんか一瞬ピリっとした・・・」

 

二人は不思議そうに手を握ったり開いたりして手の感触を取り戻そうとする。

 

「ちょっとした気の応用、あとは技術だな」

 

本当は気なんか使えないので魔力をほんの少しだけツボに流しただけだが。

 

まさかそんなことは言えない(ツボはいいけど魔力は言えない)ので適当に誤魔化す。しゃがみこんでドシャリと倒れこんだ大和に声をかける。

 

「おーい大和ー大丈夫かー」

 

「・・・。」

 

返事がない。ただの屍のようだ。

 

「ってそんなわけないわな。由紀江、これちょっと持っててくれ」

 

「は、はい!」

 

そう言って手に持った新しいバスケットを由紀江に渡して、

 

「よっ!」

 

グキッ!

 

「おわああああ!?」

 

背中のツボを突いて喝を入れる。途端大和はビクーン!と起き上がり息を吹き返した。

 

「ほい蘇生完了と」

 

「すげぇなんだ今の」

 

「士郎はもうモモ先輩ばりになんでもありだね・・・」

 

なんとも失礼なことを言うモロ。

 

「なんてこと言うんだ。あんな地上最強生物じゃないぞ、俺は」

 

途端、

 

「かーわかーみーはッ!」

 

だいぶ危険なワードと共に拳圧が飛んでくる。

 

「あぶなっ」

 

と首をひねって避けた士郎だがドゴン!と着弾したそれは地面を軽く抉った。

 

「危ないだろ!こんなん後頭部に当たったら死ぬだろうが!」

 

と拳圧を飛ばしてきた百代に怒鳴る。

 

「うるさい!こんな美少女になんて言いぐさだ!」

 

ギャーギャーとお互い言い合う士郎と百代。その様子を見てモロは嘆息する。

 

「見えてないのにモモ先輩の一撃躱してるんだから同じようなもんだよ・・・」

 

「俺様も同感」

 

はぁ、とため息をつくガクトとモロ。なんだかここ最近ため息を吐くのが増えてきたように思う二人であった。

 

 

 

秘密基地に着き、各々が席へと着く。そこにクッキーが現れて出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいみんな!士郎は久しぶりだね」

 

「ああ。クッキー久しぶり」

 

嬉しそうに言うクッキーにしゃがみこんでロボットアームと握手する士郎。

 

「ふー・・・やっぱり落ち着くなぁ・・・」

 

「そうだね。今日もお菓子持ってきたけど・・・士郎、何か作ってきてくれたんだよね?」

 

「ああ。約束したからな。摘まめるおかずと・・・デザートなんか作ってみた」

 

「デザート!?」

 

「士郎はお菓子も作れるのか?」

 

「あわわ・・・」

 

「出遅れてるぜーまゆっち・・・」

 

「食べて良い?食べて良い!?」

 

「・・・ワン子、ステイ」

 

「クゥ~ン・・・」

 

約束を果たしただけだというのにこの賑わい。思わず笑ってしまう士郎。

 

「大丈夫だ。キャップの分は別に用意してある。食べていいぞ」

 

その言葉をきっかけにわっとみんなが出された品々に手を出す。

 

「うめぇ!」

 

「うん!こっちのもすごく美味しいよ!」

 

「食堂を魔改造しただけあるな・・・流石士郎」

 

「まぐまぐがつがつ!」

 

「やるなぁ・・・流石私の男だ」

 

勢い良く飛びつく皆に満足そうに士郎は頷く。

 

「よかった。こっちも是非食べてみてくれ。桃の―――」

 

「ピーチ!?」

 

桃と聞いてドヒュンと士郎の元に瞬間移動する百代。

 

「お、おいおい無駄に高度な技でこっち来るなよ・・・」

 

「いいから!いいから早くそれを寄越せ!」

 

目をキラッキラさせてバスケットをのぞき込む百代。

 

「わかったわかったって!む、もがもが・・・!」

 

もう辛抱たまらんと士郎の持つそれに手を伸ばす百代。体をかなり乗り出しているため、その凶悪な胸部装甲に士郎の顔が埋もれる。

 

胸に埋もれジタバタする士郎とそんなこと気にしないとばかりにバスケットをまさぐる百代。その光景をみたガクトは・・・

 

「料理はうめぇけど・・・やっぱり士郎、てめぇは死ね・・・!」

 

「だからガクトそういうとこだって・・・」

 

「んなこと言ったってよう!大和といい士郎といい、自然とハーレム作りやがって・・・!」

 

「ううん・・・それは否定できないなぁ・・・」

 

「俺様もハーレムに浸りてぇ・・・」

 

「・・・そういうこと言ってると絶対できないぞ」

 

「うるせぇ!お前が言うなっ!」

 

嫉妬をあらわにするガクトに言う大和だが、ガクトは逆に吠える。

 

「んぬぬ・・・!ほらこれ!これだよ!」

 

「おおうピーチッ!!」

 

そう言って士郎が掴み上げたそれを奪い取りそのまま食べる百代。

 

「んー!この瑞々しい桃の味!最高!」

 

「おいこの状態で食べるなっ!」

 

「うう、ううう~~~!!」

 

「大丈夫だまゆっちー!お前にも魅力的な胸部装甲がある!!」

 

「ああっ!それ旨そうだ!早くくれ士郎!」

 

「わかってる!けど・・・!」

 

いつの間にかがっしりホールドされてしまった士郎は残りの桃のコンポートを差し出すことができない。

 

「ふっふっふ。幸せだろう?こんな美少女にこんなに密着されて」

 

「美少女は・・・こんなこと・・・しない・・・だろうが!」

 

いい加減窒息しそうな士郎は無理やり百代を引きはがす。と

 

ふよん。

 

「あん!」

 

「あ・・・」

 

がっしりと。たわわに実った果実を鷲掴みしてしまった。

 

「聞いたか?いまモモ先輩があんって―――」

 

「忘れろッ!」

 

ギュルン!グキ!ガツ!

 

「うがっ!?」

 

「グエッ!?」

 

士郎の首を軸にしてガクトの後頭部にソバットをかます百代。

 

「ああああ!士郎先輩!」

 

「シロ坊の首がー!」

 

「士郎・・・いい奴だったよ・・・」

 

「いいから!はやく自分にも渡せよっ!」

 

悲劇が悲劇を生みもはや大惨事。士郎は首をへし曲げられ沈黙。ガクトは百代の蹴りにて撃沈。嫉妬と悲鳴をあげる由紀江に自分にも早く寄越せとねだるクリス。

 

「カオスだわ・・・」

 

「あはは・・・」

 

「・・・しょーもない・・・」

 

そんな、とても平和な風間ファミリー(キャップ不在)であった。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

九鬼本社ビルにて。

 

「それでは報告を」

 

はい。と従者部隊の一人が立ち上がり、報告を開始する。

 

「最近、どこからか武器の密輸事件が相次いでいます。それも本格的な装備です。武器の一覧は資料をご覧ください」

 

そう言われて目の前の書類へと目を通すのは九鬼の経済・人事・軍務の中の軍務を担当する九鬼英雄の姉、九鬼揚羽である。

 

「確かに・・・これは相当な装備よな・・・まるで戦争でも始める気なのかと言いたいほどだ」

 

「逐一摘発を行っていますが、かなり大規模で巧妙な手口が使われています。摘発された中にはダミーと思われるものが含まれているほどです」

 

「それと、最近裏町のならず者の動きが活発化しています。警備を強化して対応していますが、何者かに指示を受けているのか、ならず者とは思えない動きを見せています」

 

二つの報告に揚羽は顔を顰める。

 

「繋がりがないとは思えんな・・・。情報を吐かせることは出来なかったのか?」

 

揚羽の問いに別な従者が立ち上がり応答する。

 

「武器密輸に関してはマフィアだけでなく中国の傭兵が関与しているようです。それ以上のことは吐きませんでした」

 

「相手もプロということか。裏町については?」

 

「こちらもあまりいい成果を上げられていません。ただ、いずれも『M』と呼ばれる人物が何らかの形で動いているようです」

 

少ない情報の中唯一出てきた黒幕らしき名前に揚羽は思考を巡らせる。

 

(M・・・か。随分と厄介なことをしてくれる・・・)

 

恐らくこの二つの事案にはMという人物が関わっている。それも相当頭のキレる人間だ。大規模な二つの動きを先導するなどそうそうできるものではない。

 

(なぜよりにもよってこのタイミングなのか・・・いや、これを狙っての動きか?)

 

九鬼では近々大きなプロジェクト、武士道プランが発足されようとしている。これはまさに世界を揺るがす大きなものとなるだろう。その混乱に乗じて力をつける気なのか、あるいはすぐさまテロリズムを行うつもりなのか・・・

 

(もしこのタイミングを狙ったのならば、我々の中に内通者がいる可能性もあるな)

 

そう結論付けた揚羽は指示を出す。

 

「警備をさらに強化せよ。武器密輸もそうだが裏町についてもだ。そしてMなる人物の動向も探れ」

 

「はっ。・・・しかし、これだけの範囲に展開いたしますと一つ一つの防衛力が手薄になる可能性がございます」

 

いくら巨大な九鬼財閥と言えど人は有限。広く分散しすぎれば足元が疎かになる。

 

「仕方あるまい。だが手は打つ。まずは川神院への協力要請を。それから――――」

 

次々と指示を出し、一人、また一人と従者達が会議室を立ち去っていく。残ったのは揚羽と彼女の従者の小十郎。それと弟の九鬼英雄である。

 

「姉上、お疲れ様でございました」

 

「よせ。まだ終わりではない。あずみ」

 

「はい」

 

呼ばれた忍足あずみが前に出る。

 

「例の・・・衛宮士郎・・・だったか?奴の情報はどうなった?」

 

「依然情報が出てきません。ですが恐らく彼の住居らしき場所は特定いたしました」

 

そう言って川神の地図がモニターに映し出される。

 

「この場所は・・・川神幽霊屋敷か!」

 

英雄が驚いたように地図を見つめる。

 

「なるほどな。人気が無く放棄された家屋も相当にある。隠れ家とするにはもってこいの場所だな。だがここは・・・」

 

そう言って思案顔になる揚羽。それもそのはず。ここは幽霊が住むだの不審死をするだの、所謂いわくつきの場所。年に数度、川神学園3-S京極彦一に言霊で霊を静めてもらう依頼をしている場所だ。

 

「確かに隠れ家としては最適であるが・・・ここは実際に被害者が出ている場所であるな?あずみ」

 

「はい英雄様。過去に大規模放火事件があり、すべての住民と家屋が焼け落ちました。その後、他社が土地を買い取り、新しく住宅街として復興させようとしたようですが・・・その後、実際に不審死が相次ぎ、誰も近づかない禁止区域になっています」

 

「そのような場所に衛宮が・・・にわかには信じがたいが、登下校するには場所としてはいい。だが魑魅魍魎の類を纏わせている雰囲気はない。むしろ衛宮が存在する場所は逆に活気が溢れるほどだ」

 

同級生として、そして経済を回すものとして彼を見てきた英雄は、彼が正体不明の人物とはいえ、悪人には見えんし、むしろ他人の為にと心身共に尽くしているのは英雄自身の目で見ている。なにせその人物の為にならんと断じればきちんと断りもしている。ただむやみやたらに与えているわけではない。

 

「ふむ・・・まだこうして生きて住んでいることを考えれば何らかの・・・それこそ言霊のような特別な力を持っているのかも知れんな」

 

なにせあの百代を簡単にあしらうどころか、男に興味を失い、戦いに飢えていた彼女を惚れこませる男である。いずれにしても只者ではない。

 

「仮に学園で話せと言っても、のらりくらりといなされてしまうであろう。実際今までそうであったしな。そこで一つ一計を案じることにしよう」

 

ニヤリと揚羽が笑う。その笑みはどこか悪戯を思いついたと言わんばかりの顔だ。

 

「あの・・・姉上。衛宮は一子殿の仲間であります。あまり手荒な真似は・・・」

 

自身の我が儘とはわかっているが、衛宮が現れてからの一子は本当に光り輝くようだった。それを無下にするのはどうしても気おくれしてしまう。

 

「なに心配するな。ようは、彼にとって得ではないから隠すのだ。ならば、彼が自分から話してもよいと思うものを用意すればよい。確か、彼の貢献にどう報いればいいか、学園から相談が来ていたな?」

 

「はい。一部褒賞を与えたということですが・・・最近は学園だけでなく川神院としても彼の恩に報いたいという相談が来ています」

 

「うむ。衛宮は休暇に入った後も川神院に出入りしていた。そこでも存分に力を振るっていたのであろう。なにせ一子殿がまるで花開いたようにさらに輝いていたからな!」

 

何度も頷いて満足げな英雄。本当にそれでいいのか?と思わなくもないがクッキーというハイテクロボをプレゼントしたくらいの奴である。納得するしかない。

 

「交渉には我が赴こう」

 

「姉上が!?いくらなんでも危険では・・・!」

 

「いや。我こそが適任なのだ。案ずるな。それとは別件であずみ、お前にも頼みたいことがある」

 

「はい!」

 

そうして九鬼の会議は遅くまで続けられることとなる。水面下で大きく蠢く何かに備えながらも、九鬼として大胆に、そして威厳を携えて会議は過ぎる

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

時変わり夕暮れ時。秘密基地に集まった面々は今日帰ってくるはずのキャップを待ち続けていた。

 

「遅いなキャップ」

 

「ほんとなー。モロ、連絡つかねーの?」

 

「さっき川神院前を通ったってメールが来たよ。もう少しじゃないかな」

 

「キャップさん今度は何を見つけてくるんですかね」

 

「ひとつなぎの大秘宝とか夢があるよねー」

 

「おいやめろ。それは危険なワードだ。・・・で、なんで百代はまだくっついてんの?」

 

何処かもうやけっぱちの様子で好きにさせている士郎である。

 

「なんだよー幸せだろーこんなに愛してやってるのに」

 

「愛してるって・・・さっき殺されかけたんだが・・・」

 

そう言ってため息を吐く士郎。ちなみにさっき首をひねられた時切嗣(じいさん)が川向うで手を振ってるのが見えたような違うような。

 

「うーん俺様、なんか重要なこと忘れてる気がすんだよなー」

 

「・・・やめときなよ。次は多分、記憶だけじゃ済まないから・・・」

 

「大和はいつでも私にくっついていいんだよ。何なら服脱ぐ?」

 

「キャップはいつもなんかとんでもないことしでかすからなー・・・」

 

「ぬー・・・じらしプレイ?そんなSな大和も好き!結婚「お友達で」ダメだった・・・」

 

「大和くっつぎすぎだぞー!ハレンチだ!」

 

「俺動いてないんですけど!」

 

「おいクリス。百代にも言ってやってくれ」

 

「それは無理」

 

「なんでさ!」

 

「なんだ~?もっとくっついてほしいのか~?そ~れ」

 

ギュイイイ!

 

「ギブギブギブギブ!!!」

 

「なんかすっかり絡む相手が士郎に変わったなー」

 

「弟もいいが、もうこの体は一人だけのものだからな」

 

「それどういう意味だよ・・・大体、百代は美人なんだから引く手数多だろ?」

 

不思議そうに首を傾げる士郎。

 

(なんで)

 

(お前が)

 

(言うん)

 

(ですかー!)

 

またもや以心伝心する一同。

 

「なんだよー私が別な男の所に行ってもいいのかよー」

 

「だからどういうことだよ・・・こういうのはほら、好きな奴が出来たときにしてやれよ」

 

そう言って引きはがそうとする士郎。

 

(いい加減気づけアホンダラ!!)

 

(鈍感もここまでくるとすごいね・・・)

 

(うう、わわわ私ももっとくっつくべきでしょうか!?)

 

(いけーまゆっちー!お前の体でシロ坊をメロメロにしてやれー!)

 

(・・・でもまぁ、姉さんを直で受け止められるのは士郎だけだし・・・)

 

(うーん、自分も大和と・・・)

 

(モモ先輩とまゆっちは落ちたのにまさかクリスが敵になるとは・・・)

 

コソコソヒソヒソと密談する三人と自問自答(松風)する三人。

 

「そういやワン子静かだなー寝ちまったか?」

 

「違うぞ。ちょっとした鍛錬中だ。そっとしといてやってくれ」

 

そう言って引きはがすのを諦めた士郎が言う。

 

ちなみに百代は一人、偶然(自業自得)降って湧いた嬉し恥ずかし状態で、構うのをやめられないという変なスパイラルに陥っているだけである。

 

とそんな和やかな雰囲気の中一子が、

 

「・・・きたわ」

 

「おお?」

 

「もしかしてキャップ?」

 

「やっとかー」

 

一子が言うのがキャップだと知ってやっとかと皆脱力する。

 

「ふへぇ・・・これって疲れるのねー・・・」

 

「でもワン子、上手だったぞー範囲も中々だ」

 

クテッと横になる一子を優しく撫でて労う百代。

 

「ワン子の鍛錬ってキャップを見つけることだったの?」

 

「ああ。気が沢山使えるようになった・・・というか増えてな。それを利用して探知の訓練をしてたのさ」

 

「いつもはモモ先輩が教えてくれてたもんな」

 

「ってことは今回姉さんは探知してなかったの?」

 

大和の問いに百代は、

 

「いや?ちゃんとしてたさ。ただ私が言っちゃったら鍛錬にならないだろ?」

 

「すごいですね一子さん・・・」

 

「由紀江も本気になればできるだろう?」

 

「ええっ!まゆっちもできるのか!?」

 

士郎があっさりとばらすが、本人は、

 

「め、めめめ滅相もありません!私などではそのー・・・」

 

「ううん~・・・なんか自分だけ置いて行かれてる気分だ・・・」

 

「そんなことないさ。クリスにも膨大とは言わないが素質はあるよ。正しい鍛錬をすればできるようになる。それより大和、ここに歩いてきた時の様子からわかると思うが・・・」

 

そう言って士郎は大和に目配せする。それを正しく受け取った大和は、

 

「わかってる。気が安定しないと満足に戦えないんだろう?」

 

「ああ。なにせ急に膨れ上がったからな。今までミニカーに乗ってたのがレーシングカーに突然乗り換えたようなもんだ。戦闘自体は可能だろうが即自爆する可能性が高い」

 

「まじか。ワン子が戦えなくなるなんてよ」

 

「で、でもいずれはまた元気に動けるようになるんだよね?」

 

「ああ。時間はかかるがちゃんとコントロールできるようになればな。一子は今、体を必死に慣らしてるんだ。だからみんなも手伝ってやってくれ」

 

「手伝うのはいいが、具体的に何をすればいいんだ?」

 

「それは―――」

 

ダダダダダ!

 

バン!

 

「ようお前らー!久しぶりー!!!」

 

「キャップ!」

 

「「「おかえり」なさい」」

 

待っていたとばかりにみんなが口をそろえた。

 

「いやー今回も大冒険だったぜー!」

 

「何処に行ってたの?」

 

モロの言葉にキャップは・・・

 

「わからん!!!」

 

と堂々と答えた。

 

「いやわからんて・・・」

 

「キャップ自転車で行ったんだよな・・・?」

 

「一体どこまで行ってきたんだよ・・・」

 

ガクリと一同は肩を落とした。

 

「いやー今回はよ。どこに行くーとかじゃなくてとにかく勘に従って走ったんだわ。そしたらようー」

 

「そしたら?」

 

「なんかよくわかんねーけど山抜けてー川渡ってー・・・そんで洞窟に着いた」

 

「山・・・」

 

「川・・・」

 

「洞窟・・・」

 

「そりゃ場所なんか分からんわな・・・むしろよく帰ってこれたな」

 

あまりの道のりにあきれ返るファミリー。

 

「キャップっていつもこうなのか・・・?」

 

士郎は困ったように自分より馴染み深い皆に聞く。

 

「う~ん・・・いつもは割と場所自体はちゃんとしてるんだけどね」

 

「前は箱根温泉行く前日に行きたくなったからつって、わざわざ行って帰ってきて、また俺たちと行ったよな」

 

「そういえば名古屋で動けなくなったーとか言ってた時もあったわよね?」

 

「な、名古屋!?自転車で!?」

 

「動けなくなったのが名古屋だから実際はもっと行ってる」

 

「・・・うん。だってその時キャップ、自転車パンクして動けなくなったって言ってたから」

 

「嘘だろどんな脚力してんのさ・・・」

 

もはや理解不能の行動力に頭を抱える士郎。

 

(行動力のあるやつとは知ってたけど、こんなに規格外とは・・・・)

 

確かに初めて会った時から初対面の自分にグイグイ来て、何か眼鏡にかなうものがあればその俊足で飛びつき、何か作り始めれば一切妥協せずに寝ずにやり続けるとは聞いていたが。

 

(川神って・・・怖い)

 

思わずそう思ってしまう士郎。

 

「でよー・・・ん?ワン子、どうしたんだ?」

 

いつも元気なワン子がクテリ、としているのを見てキャップが問う。

 

「あ、ああ・・・実はな・・・」

 

頭痛が痛いとはこのことかと頭を抱えながらワン子のことについて説明する士郎。

 

「マジか!ワン子もっと強くなるのか!」

 

「時間はかかるけどな。さっき大和とも話したんだが・・・」

 

「当分の間ワン子は戦力外だ。でもま、キャップが帰ってきたし、姉さんより強い士郎がいるし、総合的な戦力は相当高いよ」

 

「そうだな。でも弟ー。士郎が私より強いっていうのは納得がいかないぞ」

 

ユラァっとベキベキ指を鳴らしながら立ち上がる百代。

 

「実際の所どうなんだ?士郎はよくモモ先輩をいなす所をみるけど・・・」

 

クリスの問いに士郎は腕を組み、

 

「昔・・・っても二カ月前か。その時ならともかく今は少し厳しいかな」

 

と真面目に答える。

 

「あの時の百代は相当油断してたし、最初から本気を出さないっていう悪癖もあったから余裕があったけど・・・今は、こうしてしっかりしてるからな」

 

「うう~・・・褒めてるのかけなしてるのかどっちなんだよー」

 

ギシィイ!

 

「だから一々くっつくなって!キマってる!キマってるから!!」

 

ギブギブー!と腕をタップする士郎。

 

「で、でも!勝てないとは言わないんですね!」

 

「モモ先輩相手に・・・流石シロ坊やで」

 

「あー・・・まぁ・・・なんでもあり(・・・・・)ならな」

 

と士郎は困ったように言う。

 

「よく言った!今度は本気でやろうじゃない、かッ!」

 

ギリィ!!

 

「だからキマってるって!」

 

パアン!と腕を上にかち上げる士郎。

 

「!?今の感触は・・・?」

 

「だはぁ・・・はぁ・・・もういいだろう?この話は無しだ。それよりもキャップの話を聞こう」

 

荒く息を吐きながら士郎は言う。

 

「・・・また話そらしたね」

 

「だな。自分は士郎のそういうとこ、感心しないぞ」

 

という京とクリス。対する士郎は苦虫を嚙み潰したように、

 

「だから戦いは嫌いだって言ったろ?折角仲良くなれたのに仲間内で戦いたくなんかないぞ俺は」

 

「それはそれ、これはこれだ!それに今妙な術使ったろ!なに隠してるんだ!吐け!」

 

ババババ!

 

興奮した百代が拳の連打を繰り出す。

 

「ば、馬鹿!秘密基地を壊す気か!?」

 

慌ててそれをいなし、衝撃を全力で逃がす。そうしないと拳圧で室内を破壊しかねなかった。

 

「わかった!わかったから!今度話すから!今はまだ言えないんだ!納得してくれ!」

 

その言葉にピタリと百代の拳が止まる。

 

「本当だな?」

 

「・・・ああ。約束するよ。とにかく今はまだダメなんだ。安全が確認出来たらきちんと話すから、な?」

 

苦し紛れに約束する士郎に百代は一応納得したらしく、大人しくなった。

 

「安全ってことは危険なのか?」

 

「・・・すまん。それも含めてなんだ。とにかく準備が出来たら話すから。みんなにも約束する」

 

大和の問いに頭を下げる士郎。

 

まだ言えない。まだ言えないのだ。この世界に魔術師と魔術が存在するのか確認できなければ彼らを危険に晒してしまう。ましてやもう裏の人間が接触してきているのだ。事は慎重に運ばねばならない。

 

「よーしキャップ命令だ!必ずお前の秘密を教えること!いいな?」

 

「ああ。了解した」

 

そうしてとりあえずその場は収まった。

 

 

 

 

 

「それで?洞窟に着いてどうしたんだ?」

 

頃合いを見計らって大和が話を切り出した。

 

「それがよ!矢が飛んでくるわ火の玉が飛んでくるわ、落とし穴が開いて下は槍衾になってるわ、大岩が転がってくるわで大変だったぜ!」

 

聞けば、とにかく命を奪われかねないトラップだらけだったということ。

 

「よく生きてたな・・・・」

 

「親父も冒険家だし、俺も卒業したら冒険家志望だからな!これくらい楽勝だぜ!っていいたいけど、今回は流石にきつかったけどな」

 

といつものキャップらしからぬ様子である。

 

「で?なんかお宝でも見つけたのかよ?」

 

ガクトの問いにキャップはこれまた微妙な顔をした。

 

「んー・・・一番奥にそれっぽいものがあったんだけどよう・・・・」

 

「なんだか微妙な言い方だな?一体何があったんだ?」

 

大和の問いにキャップは背負っていたバックから今回の戦利品を取り出した。

 

「これだ」

 

それは随分と黒ずみ、元は何かの金属だったようだが錆びついてその面影はなく。土や泥にまみれた何かであった。

 

「なにこれ?」

 

「なんか優勝カップみてぇな形してるな」

 

「でも随分劣化してる。本当にお宝なのか?」

 

みんな一様にそのカップの形をした何かを見つめる。

 

「あの、これはカップではなく杯・・・ではないでしょうか?」

 

「さかずき?」

 

「ああー言われてみればそうかも」

 

「でもボロボロだし、宝石とかついてないし・・・正直微妙ね」

 

「それに穴も開いてるぞ?本当にお宝なのか?キャップ」

 

と一同がキャップを見る。

 

「ああ。奥にはそれしか無かったしな。隠し扉とかでもあんのかと思ったけどなかった。でもよー俺の勘はこれが宝だって言ってるんだよ。・・・微妙だろ?」

 

キャップの言葉にみんな微妙な顔する。

 

だが―――

 

「・・・馬鹿な」

 

ただ一人。顔を青くし、ガタガタと震える人物がいた。

 

「?士郎どうした?」

 

そのただならぬ様子に百代が心配げに士郎を見る。

 

「ふざけるな・・・!なんでこんなモノがここにある・・・!!」

 

それは恐怖か、怒りか、はたまた悲しみか。とにかく今まで見たこともない表情をした衛宮士郎がいた。

 

「キャップ!!!」

 

ガタン!と立ち上がり士郎はキャップに掴みかかった。

 

「お、おうどうしたんだ?」

 

「これは!これは一体どこで見つけたッ!!!」

 

ただならぬ様子の士郎に思わずファミリー全員が立ち上がる。

 

「し、士郎先輩!落ち着いてください!」

 

「士郎落ち着け!」

 

「落ち着きやがれ!」

 

「士郎!」

 

キャップに掴みかかる士郎を慌てて引き離そうとするガクト、大和、京、由紀江。

 

だが彼は万力の如く力をこめ、

 

「なぜ・・・!!なぜここに聖杯(・・)なんかあるんだ・・・ッ!!!」

 

それは、彼にしか分からない心の奥底からの慟哭だった。

 

事態は急変する。和やかに終わるはずだった二回目の金曜集会は、今まで一度たりとも動揺などしなかった士郎の慟哭で締めくくられるのだった。

 




はい。キャップが拾ってきたのは天地を揺るがすどころかひっくり返すものでした。実際にそれを目にした士郎はどう思うんですかね・・・自分も正直分からないです。

それと九鬼の会議ですがうまく書けていたでしょうか・・・いまいち九鬼の会議シーン・・・というか九鬼の関係者さん全般のイメージが分かりずらくて・・・

そして川神に段々と暗雲が立ち込めて参りました。私個人としては、すぐさま山の翁(キングハサン)にM野郎を告死天使(アズライール)してもらいたい所です。誰か晩鐘鳴らして!(作者の首が飛ぶ)

前書きにも書きましたがもう私止まりません。暴走列車の如く、バサクレスの如く「■■■■■ッ!!!」という感じで進んでいきます。

それでも見てくれる方、これからもよろしくお願いします。


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梁山泊

みなさんこんばんにちわ。最近悪夢と寝不足に悩まされてる作者です。

前回色々とフラグを立てまくりましたが一つ一つ回収していきます。

ちなみになんですが、調べていてわかった驚きの一つをご紹介。
川神のモデルになった神奈川県川崎市から、キャップが行った名古屋までなんですが・・・車で、しかも有料道路を使って役4時間半、その他の道路で最大6時間の距離です。距離数にして約343~453km。大まかな調べだし、アニメでキャップは自転車がパンクして足止めを食らったとモロにメールした描写しかないので、はっきりとは言えませんが、目的地が名古屋ではないのは確かなのでもっと走ってることになります。

作中でもとことんイケイケのキャップですが彼もまたスーパー川神人のようです(白目)


とぼとぼと全く人気のない道を歩くのは二カ月ほど前、この世界にやってきた衛宮士郎。この地にきて色々と未体験の経験をしている彼であるが、今最大の難問に直面していた。

 

「何かやる奴だとは思っていたけどなんでよりにもよってコレなんだよ・・・」

 

手に持ったバスケットに入っているソレを見て酷い頭痛に襲われる士郎。

 

バスケットに入っているのは見つけた本人から半ば奪うようにもらい受けたボロボロの杯。劣化が酷く、土や泥にまみれ、所々穴の開いたそれは到底お宝とは言えない外見をしており、辛うじて崩れず形が残っているようなものだった。

 

普通の人間が見れば何の価値もなさそうに見えるが、恐らくこの世界唯一の魔術使い、衛宮士郎から見ればそれはとんでもない代物である。崩れかけた杯。その正体は・・・・

 

 

―――聖杯

 

 

神の子イエスが最後の晩餐に使った、イエスが処刑された時その血を受けた、など様々な諸説が存在する聖遺物のことである。伝承や真偽はともかくとして、彼の所属する魔術の世界では大きく意味が異なる。それは、

 

 

―――あらゆる願いを叶える万能の願望機

 

 

大型の儀式、魔術礼装などを用いることにより、蓄積された膨大な魔力を使用して大抵の、それも魔術の世界で唯一無二の奇跡、『魔法』へと至ることすら可能な馬鹿げた代物である。彼が元の世界で実際に経験した聖杯の儀式、聖杯を手に入れる為の戦い。第五次聖杯戦争。聖杯に選ばれた七人のマスターと七騎の使い魔(サーヴァント)がたった一つのそれを巡り合って殺し合いを繰り広げるものだった。

 

この聖杯戦争では七騎の使い魔とそれぞれのマスターが契約するわけだが、この使い魔というのがまたとんでもない代物で、過去の偉人や伝説に出てくる人物を七つのクラスに当てはめることで英霊の座から現実世界へと呼び出し、マスターは令呪というサーヴァントに対する三つの絶対の命令権を以て闘争に参加するのである。

 

しかし、彼の参加した冬木の聖杯は過去のイレギュラーにより、願いを呪い殺すことでしか叶えられない最悪の欠陥品として存在していた。それを第五次聖杯戦争を生き抜いた衛宮士郎と遠坂凛が聖杯戦争終結後に気づき、時計塔のある人物と協力して解体することで事なきを得たが、もしこの最悪の聖杯が顕現していたならば、全人類を対象に呪いが具現化していたかもしれない。

 

とここまで色々語ったが。とにかくこの万能の願望機を彼の仲間のキャップがどこからか見つけ出してしまい、こうして彼の手の中に収められることとなった。

 

(今の所あの聖杯のような反応はないが・・・ダメだ。俺では詳細にコイツの状態を知ることが出来ない・・・)

 

思わずギリィ、と奥歯を食い縛る士郎。仮に百歩・・・いや実際一歩たりとも譲れないのだが、譲ったとして、本来の性能である、『膨大な魔力によって使用者の願いを正しく叶えるもの』ならばいい。それこそ他人に被害が及ぶような願いを叶えなければいいのだから。もちろん、そんな都合のいいものなど存在しないが。

 

だがもし、冬木のような歪んだ願望機ならば一体どんな被害をもたらすか分かったものではない。

 

衛宮士郎はかつて冬木の聖杯の解体に立ち会っているが、状況がその時とは全く異なる上、正規の魔術師でもなければ、高位の術者でもない士郎には、この聖杯がいかなるもので、現在いかなる状態にあるのか判別できない。

 

(ただでさえ問題が山積みだっていうのにこれじゃいくら足掻いても解決に至れない・・・)

 

元の世界、時間軸への帰還、この世界で化かし合いをしながらの生活。新たにできた守りたい人々。そして裏の人間の接触。そこにこの状態が確認できない願望機だ。いくらなんでも限界がある。一見、一つ一つ解決していけばいいように見えるかも知れないが、実際は四方をいつ爆発してもおかしくない特大級の爆弾に囲まれ、蜘蛛の糸ほどの道を綱渡りしているような状態である。

 

(ああッ!ちくしょうッ!どうすればいい!一体どうすればいいんだ!?)

 

限界まで思考を回すが一つとして解決策が見当たらない。もし一つでも爆弾が爆発すれば連鎖反応を起こして大変なことになるだろう。もし足を滑らせ奈落へと落ちれば、自分の守りたい人たちまで奈落へ道連れだ。

 

どんなに考えても答えはでない。解決策が見つからない。思考は空回りを始め、もはや酷い眩暈までしてきた。

 

と、現状に苦しみ悶える士郎だが、気配を一つ感じ取った。

 

「・・・。」

 

思考を切り替える。問題は山積み。解決策も見当たらないし優先順位もつけられない。だが一つわかっていることは、

 

(コレの存在を、コレの意味を、これ以上知られるわけにも誰に渡すわけにもいかない)

 

それだけは間違いなく言えることだった

 

 

 

人の通らぬ道にて見覚えのある気配を感じそちらを見る士郎。

 

(冷静になれ。思考を切り替えろ。状況は待っちゃくれない)

 

そう己に言い聞かせ近寄ってきた気配に声をかける。

 

「いつぞやのお嬢さんかな?話をしにきたのか、それともまた戦闘がお望みかね?」

 

冷静にと言い聞かせているが、苛立った声を上げてしまったことに内心舌打ちする。

 

しかし口から出た言葉はもう戻せない。彼の声に反応して茂みから黒髪の女性、確か林冲と呼ばれていた女性が姿を現す。

 

「そんなに剣呑な声を上げないでくれ・・・約束通り話にきただけだ・・・」

 

そう言って持っていた槍を脇に放り投げて両手を上げる林冲。その腕には包帯が巻かれており、体の色々な場所にもまだ治療痕が残っている。

 

「いきなり切りかかられた身としては油断ができないものでね」

 

「ううっ・・・その件に関しては謝罪する。本当にすまなかった・・・・」

 

涙目になりながら頭を下げる林冲。

 

(・・・あー畜生。甘いな、俺)

 

どうにも女性の涙には弱いことを自覚する士郎。思わず警戒が緩くなりかける。それを引き締め、

 

「それで話とは?できるだけ早くしてもらいたいのだが」

 

もう本人としてはこの爆弾を出来る限り遠ざけて布団を被って全てを忘れてしまいたい気分なのだ。

 

「た、頼むから落ち着いてくれ!私に戦う意思はない!他の二人も母国に帰らせた。武器もこうして手に持っていない・・・だから・・・」

 

怯えるように震える彼女を見て士郎は嘆息する。

 

(何やってんだ俺は・・・こんな女の子に八つ当たりなんかして・・・)

 

思わずガシガシと頭を掻く士郎。実に無様。みっともない。正義の味方が聞いて呆れると、少し冷静になれた。

 

「それで、話とは?」

 

もう一度、今度はきちんとポーカーフェイスを被って聞く。・・・今更遅いかもしれないが。

 

「その・・・込み入った話なのでどこか落ち着ける場所を・・・」

 

「なるほど。ではついてきたまえ。くれぐれも後ろから刺してくれるなよ」

 

「わ、わかってる!その・・・感謝する」

 

そう言って彼女は放り投げた槍を回収して、慌てて後をついてくる女性を待ちながら、

 

(そういえば、家に誰かを招くのは初めてだな・・・)

 

と、どうでもいいことを考えた。所詮、現実逃避である。

 

 

 

――――interlude――――

 

士郎のいなくなった秘密基地。士郎は半ば強奪に近い形でキャップの戦利品を手に用事が出来たと逃げるように帰ってしまった。

 

「しっかし士郎の奴、一体どうしちまったんかね?」

 

先ほどのやり取りを思い出してガクトが言う。

 

「あんな士郎、見たことないわー・・・」

 

「そうですね・・・いつも冷静で優しい方ですから・・・」

 

あまりの豹変具合に、一子も由紀江も俯く。

 

「・・・推測だが、いくつかわかることがある」

 

と大和が声を上げた。

 

「あいつは他人思いだ。多くの人助けをしてることからもそれはわかる。だから多分、キャップの持って帰ってきた杯が危険なモノだと知って無理やり持って行ったんだろう」

 

「だけど弟。アレからはなにも感じなかったぞ?」

 

と百代はあのボロボロの杯を思い出して言う。

 

「モモ先輩の探知に引っかからないならやっぱただの杯か?」

 

と強奪されたキャップ(後日お返しをすると言われた)が言う。

 

「そこだ。アレは傍から見ればどう見たってなんの価値もないガラクタだ。でも、士郎は秘密が多い。そしてその秘密は危険だとも推測できた。おそらく、士郎だけがあれが危険物だと理解できるんだ」

 

「うん。僕も大和に同意かな。僕には士郎が、必死に僕らから杯を遠ざけようとしてるように思えた」

 

二つ目の推測にモロが賛成する。

 

「そしてもう一つ。士郎が叫んだ聖杯(・・・)という言葉となぜここにある(・・・・・)っていう言葉だ」

 

三つ目の懸念点を大和があげる。

 

「聖杯か・・・」

 

「ねぇねぇ、せいはいって何?」

 

悩むクリスに一子が説明を求める。

 

「・・・聖杯はキリスト教で神の子と呼ばれたイエスが、処刑される前の最後の晩餐で使ったとか、処刑されたイエスの血を受け止めたとも言われてる」

 

「うへぇ・・・つまりあれか?神様の血をぶっかけられたから聖なる杯ってか?」

 

「なんかそう聞くと逆に呪われそうだね・・・」

 

京の説明にげぇっと顔を顰めるガクトとモロ。

 

「仮にあれがその聖杯だったとして、なぜこんなとこにあるんだ?そういうのって基本、教会とかに祭られてるんじゃないのか?」

 

「かもな。だから、なんでこんなとこにあるのかと言ったのかもしれない。でも、ちょっと気になることがあるんだ」

 

そうして大和がカバンから何かを取り出した。

 

「これは・・・アーサー王伝説の本ですね!」

 

「ああ。以前士郎が騎士王について色々喋るものだから気になって図書室で借りて来たんだ。その中に・・・」

 

パラパラと分厚い本がめくられる。

 

「あった。ここだ」

 

大和が指さした所には『聖杯探求』の文字が。

 

「ええ?聖杯ってアーサー王の話にも出てくるのか?」

 

「そうなんだ。正確には円卓の騎士について書かれている所なんだが・・・」

 

またペラペラと本がめくられる。

 

「ここだ」

 

また大和が一定の所を指さす。そこには12人の円卓の騎士が聖杯を探しに出る、そしてそのうちの一人ガラハット卿だけが聖杯を見つけることができ、天に召されたと書かれている。

 

「って、見つけたはいいけど死んでんじゃねぇか!」

 

「しかも、道中で多くの騎士が亡くなってしまったとも書いてあるぞ!」

 

それをきっかけに輝かしいアーサー王の伝説は破滅へと向かうと書いてある。

 

「キャップ・・・天に召されなくてよかったね・・・」

 

「なんか俺、寒気してきた・・・」

 

ぶるりと身を震わせるキャップ。

 

「まぁ所詮創作の話だ。実際アーサー王の伝説は調べると滅茶苦茶な点が多い。でも、士郎は前、あたかもアーサー王を知っている(・・・・・)かのように話してた。なら、聖杯についても何か知っている可能性がある」

 

そう言って大和はパタン、と本を閉じた。

 

「なんか士郎が来てから偉人の話とか伝説とかによく出会うようになったな」

 

「あいつ、みょーにそういう例出してくるからな」

 

「すごい博識だよね・・・」

 

「うん・・・でも士郎のはちょっと異常」

 

普段から読書を嗜む京をしてそういうのだった。・・・読んでいるのがどんな本なのかは知らないが。

 

「まぁでもいんじゃね?こういう推理とかすんのも楽しいしよ。何より士郎は俺たちのためを思ってアレを持って行った!それは俺の勘が正しいと言っている!」

 

ビシっと指さして言うキャップにまたガクリと肩を落とす一同。

 

「また勘かよ・・・」

 

「でもその勘がやたらと当たるのがキャップ」

 

「むしろ外れたことないわよね・・・」

 

「キャップだからなぁ・・・」

 

と一同彼の剛運具合にため息をつく。本当にこの男。運と行動力だけは凄まじいのである。ちなみに、寮の彼が寝泊まりする一室は、超強力なパワースポット化しているのは、彼らの中で周知の事実だったりする。

 

「それに!あいつは必ず秘密を明かすと約束した!だから大丈夫!」

 

「・・・そうだね。ちゃんと約束してくれたもんね」

 

「あいつは、まだ、って言ってた。それに危険を匂わせることも確認できたし、大方、俺たちを巻き込みたくないとかその辺だろう」

 

「士郎先輩は優しいですから・・・」

 

「シロ坊の美徳だけどみずくせーよな」

 

「士郎はいつもそうだ・・・困ったものだな」

 

なんだかんだ言って士郎はいつも誰かを気に掛けるのを彼らはいい加減学んだ。だから彼を信じようと思えた。

 

と、

 

ブルブル・・・

 

「ん?こんな時間に誰だ?」

 

百代の携帯が鳴った。

 

「・・・・。」

 

電話ではなくメールだったらしいそれをじっと百代はみつめ、ニィイッと邪悪な笑顔を浮かべた。

 

「なんかモモ先輩がやばい笑み浮かべてんぞ・・・」

 

「どうしたんでしょう・・・」

 

百代があんな笑みを浮かべるときは大抵大災害が起きることを皆は知っている。

 

「・・・姉さん、誰から?」

 

あえて内容は聞かずに誰からなのかだけ聞く大和。

 

「揚羽さんからだ。・・・・喜べお前たち!士郎の秘密、近いうちにこの私が暴いてやるぞ!」

 

凶悪な笑みを浮かべる百代に一同はひとしずの不安を抱えるが、これも士郎の自業自得だと見なかったことにするのであった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

「さてここだ」

 

そう言って士郎は自宅として使っている屋敷へと林冲を招きいれる。

 

「こんなところに立派な屋敷が・・・」

 

道中からしてそうだが、こんな全く人気のいない場所に、広い敷地と立派な日本家屋があることに驚く林冲。

 

「少しそこで待っていてくれ。荷物を片付けねばならないのでね」

 

そう言って先に家の中へと入っていく士郎。しかし、それほど待たずして彼はすぐに出てきた。

 

「さ、入りたまえ。何もない所だが、腰を落ち着けることはできよう」

 

そう言って彼女を家の中へと迎え入れる。

 

「お、お邪魔します・・・」

 

控え目に断って彼女は履物を脱ぎ、中へと足を踏み入れる。

 

(なんだろう・・・人気がなくて不気味なのにすごく澄んでいるような・・・)

 

不思議な感覚に林冲はキョロキョロと見回しながら彼の後をついていく。

 

「さ、入りたまえ」

 

そう言って屋敷の一室に入る林冲。

 

(あ・・・あったかい)

 

それまで真っ暗だったのがふわっと明るくなり、室内を照らし出す。

 

穏やかな色をした木目調を基本とした家具にキレイな畳。彼の言う通り、置かれているものはテーブルに茶器、タンスなどの最低限のものしかない。

 

だが、隅々まで手入れの行き届いたその部屋は、心を安心させるような暖かな雰囲気だった。

 

「今お茶を入れる。好きな所に座って待ってもらえるかな?」

 

「ええっとその・・・お構いなく・・・」

 

思わず故郷の自宅のような安心感に先ほどまであった緊張がほぐされ、警戒心まで削がれてしまう林冲は戦闘時と同じ口調の彼の声にびくつきながらも台所に一番近い場所に正座した。

 

コポコポという音が静かな部屋に響く。そして彼が運んできたのは高級そうな緑茶だった。

 

「君はアジア出身のようなのでね。紅茶ではなく緑茶にしたが、よかったかな?」

 

「は、はい・・・ありがとう・・・ございます」

 

本来、敵地で食べ物飲み物を口にするのは得策ではない。自白剤や毒など仕込まれていたら命に係わるからだ。

 

だがこの心を温めてくれる空気は林冲の警戒心を急激に無くしている。

 

「・・・。」

 

どうしたものかとお茶を見つめる林冲。それをみた士郎はクスリと笑い、

 

「心配しなくてもただのお茶だ。私は食物に毒を盛るような無粋な真似はしない。それとも毒見が必要かな?」

 

片目で悪戯っぽく笑う彼に林冲は、

 

「ど、毒見!?い、いえ!いただきます!」

 

そう言って恐る恐る湯呑を口に運ぶ。

 

(あ、美味しい・・・)

 

故郷でも、訪れた戦地でも口にしたことのないような風味が口に広がる。お茶の葉だけでなく、入れ方も丁寧なのだろう。高級なだけではこうはいかないと林冲は思った。

 

喉を通るその暖かさにほっと息を吐く林冲。

 

「・・・どうやら緊張はほぐれたようだな。それでは、話を聞かせてもらおうか」

 

「・・・わかった。まずは自己紹介を。私は林冲。梁山泊百八星の一人。天雄星・豹子頭の林冲だ」

 

「これはご丁寧に。私は衛宮士郎。こうして人気のない所に住んでいるただの学生だよ」

 

そう言って自分のお茶を口にする士郎。

 

「それで?強者揃いの傭兵集団と名高い梁山泊が私になんのようかね?」

 

と士郎は本題に入ろうとした。

 

「・・・はっ!・・・!」

 

だが彼女ははっとして辺りを見渡す。大丈夫、気配はないと、緩み始めていた緊張を取り戻す。その様子がまるで眠りから覚めた猫か何かに見えた士郎はクッと笑い、

 

「安心したまえ。この屋敷には道中にあったのとは比べ物にならない人払いの結界が張ってある。さらに言えば、敵意あるものが近づけば知らせるものもな。そのように気を張らずとも、君が槍を手に暴れださねば何も起こらんよ」

 

そう言ってまた彼はお茶で喉を潤す。

 

「そういうわけで、本題に入ってもらってよろしいかな?梁山泊がなぜ学生の私など追ってきたのかね?」

 

そう言って彼は真っすぐに林冲を見た。

 

(のまれそうな眼だ・・・)

 

自分を見る眼は戦闘時ほど鋭くはないが、真偽を容易く見破るだろう。ゴクリと唾を飲み込み、ここに来た理由を話す。

 

「予言があった。地孤星・金銭豹子となりうる男がこの日本に現れると」

 

「地孤星・・・確か梁山泊で鍛治を担当する者・・・だったかな?」

 

襲撃後、水滸伝と梁山泊について調べていた士郎がそう答える。

 

「そう。それを確かめるために私達はここを訪れた。川神院や色々な所を回っているうちに・・・ここに辿り着いた」

 

林冲は姿勢を正し、嘘偽りなく答える。

 

「辿り着いた・・・ね。先ほども言ったが道中には人払いの結界があったはずだ。まずどうやってそれに気づいた?」

 

嘘は許さぬと鋭い目が林冲を貫く。その眼にドキリとしながらも、

 

「・・・梁山泊には気とは違う不思議な力、『異能』を持っているものが集まっている。その中の一人が異能を打ち消す力を持っているから気づけた」

 

「異能を打ち消す力とは。随分と限定的な能力だな。・・・まぁ、今回はそれに私の結界が破られてしまったのだから侮れんな」

 

っと、肩を竦め目を閉じる士郎。

 

(異能か・・・気とも違う魔術とも違う。完全に第三の力となるな)

 

そう考えて続きを促す。

 

「それで。なぜ私をその地孤星とやらだと思うのかね?確かに人払いの結界は張っているが、それは妙に付け回されているからであって君達から隠れ遂せる為ではない」

 

「私達も日本に来て色々調べた。貴方をドイツ軍と九鬼財閥が追っているのは承知している。別にそれについて言及するつもりはない。私達だって隠れて暮らす者だから。それとは別に、この前の戦闘で貴方が剣を扱う異能をもつことが重要だった」

 

その言葉に思わず舌打ちしたくなる士郎。

 

(手加減できなかったとはいえ、もう少し誤魔化すべきだったか・・・いや、過ぎたことを考えてもしかたあるまい)

 

「大した観察力だが、私はそれほどたいした力を持っているわけではない。残念だが、君たちの希望に添えるとは思えんな」

 

そう言って誤魔化す士郎。だがそれも苦しい嘘なのは承知の上だった。

 

「・・・この屋敷に入る時、鍛造所が見えた。貴方は武器を鍛えるんだろう?」

 

「確かに私は少々特殊な趣味を持っているが・・・所詮、趣味だ。程度など知れたものだろう」

 

「嘘だ!それならあの白と黒の短剣、干将と莫耶の説明がつかない!」

 

そう言って立ち上がる彼女を片目で見る士郎は少々驚いていた。

 

「ほう。なぜあれが干将・莫耶だとわかった?」

 

「勘だ。根拠はない。でもあの存在感は決して偽物ではない。これでも梁山泊の一員として様々な武器と槍を交えてきたが、あそこまで見事な作りと存在感を私は感じたことがない」

 

彼女の言葉にまたかと思わず思う士郎。

 

(なんなんだこの世界の住人は・・・)

 

ともすれば、英霊の持つスキルを個人個人が持っているのではないかと疑いたくなる。そうでもなければ聖杯の現物を自らの身体能力と運だけで見つけ出してくるキャップや、存在感を感じ取るだの、百代みたいな最強生物の説明が付かない。

 

(しかしこれはいよいよ困ったぞ・・・)

 

干将・莫耶は魔術・投影を使って生み出したものであって現物を自分で鍛えたわけではない。確かにあれには魔術的細工がしてあるが一から作ったわけではないのだ。これ以上突っ込まれれば魔術の存在をばらさなければいけなくなる。

 

(いくら何でも信用できん。彼女は傭兵だ。己の力と情報こそが売りだろう。そんな人間にまだいるかもわからない魔術師の存在を明かすわけにも・・・)

 

はてどうしたものかと考える士郎。確かに自分は剣を鍛える。だがそれも魔術ありき。異能だと言い張る手もあるが、じゃあなんでいきなり剣が何もない所から出てくるんだと言われれば詰みである。ましてやこの先、『宝具』を使わないことは、この世界の住人のレベルからして考えにくい。

 

(む・・・万事休すか・・・いや、まて逆に考えるならば・・・)

 

彼女達の本懐は自分の能力を明らかにすることではない。そう考えて一手打つ。

 

「・・・わかった。私に異能があることは認めよう。確かに剣を鍛えもする。だが君はそれを知って、そもそもどうしたいのかね?」

 

そうだ。彼女の目的がはっきりしていない。そちらに話を持っていくことで、話を自分の力から彼女の目的に変える。

 

「それは・・・できるなら私達と一緒に梁山泊に・・・」

 

言いずらそうに彼女は口ごもる。

 

「それは出来んな。仮に私の力が地孤星とかいうものに相応しいとしても、私は梁山泊に属するつもりはない。それとも、私に拒否権はないのかね?」

 

「・・・いや、強制はしない。でも、貴方を取られるわけにはいかない」

 

と、林冲は気になる単語を口にした。

 

「取られる?つまり私をつけ狙う集団が他にも存在すると?」

 

その言葉に林冲は頷く。

 

「梁山泊と長年争っている『曹一族』も、貴方の情報を得て探している」

 

「・・・チッ」

 

今度こそ舌打ちがでた。ただでさえ敵が多いというのにまた新しい勢力が出てきた。それもまた裏の人間のプロ。相手にするにはいささか無茶がある。

 

(いるか分からぬ魔術師、ドイツ軍、九鬼、梁山泊、曹一族とやら・・・一体いくつ相手にすればいいんだ・・・)

 

いい加減手詰まりだ。一人では対処しきれない。

 

「・・・仮に、私が何処かに救援を依頼した場合は?」

 

「それはやめた方がいい。なにもなければ曹一族は貴方だけを狙ってくるが、横やりを入れられたらその人物の回り一族郎党全てに復讐する」

 

「つまり巻き込めば皆殺しというわけか・・・」

 

なんだその物騒な集団は。強制はしない梁山泊の方がまだ可愛いぞ!

 

「・・・。」

 

いい加減頭痛も限界だし、胃も痛いし、眩暈もする。いっそのことトンズラしてゲリラ戦法で逆に根絶やしにしてくれようか・・・

 

と、だいぶ危険な方向に思考が向きつつある士郎。もはや自爆覚悟で全力の約束された勝利の剣(エクスカリバー)の投影をしようかなとすら思う。

 

「とにかく私は梁山泊には属さん。対応はまた後日考える」

 

もうやれることは問題の先送りだけだ。今すぐ何かしらの決断をすることは出来ない。抱えているものが多すぎる。

 

そう言って今日はもうお開きだと立ち上がる士郎。

 

「ま、待ってくれ!後日にするなら貴方の護衛をさせてほしい!とにかく私達としては貴方を奴らに取られなければいいから!」

 

と何処かすがるような、まるでなにか強迫観念に突き動かされているかのように彼女は言う。

 

「取るとか取られないとか人を物扱いするのはやめてほしいのだが・・・第一、君はその状態で戦えるのかね?」

 

「そ、それは・・・」

 

護衛を名乗り出た彼女であるが彼女はかなりの手傷を負っている。このまま戦いに出れば間違いなく彼女は命を落とすだろう。

 

「とにかく今日はここまでだ。今日は私も疲れていてね。これ以上は頭が回らん。送っていくから今日はここまでにしてくれ」

 

そう言って立ち上がる士郎。所が、

 

「えっと・・・送られてもどうしようもないというか・・・」

 

「・・・おい、まさか」

 

思わず最悪の事態を想像する。

 

「絶対逃げられないと思ったから・・・宿・・・引き払って・・・」

 

と涙目になる女性に思わず士郎は手を額にあてて天を仰いだ。

 

切嗣(じいさん)・・・意外と早くあんたの所に行きそうだよ・・・)

 

夜空にキレイな顔でハッハッハと笑う切嗣が見えた士郎であった。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

その日の夜。苛立たし気に泊っていけという衛宮士郎に甘え、風呂に入り、晩御飯もご馳走になり(すごく美味しかった)今は着替えて、貸してくれた一室で布団に入る。

 

「本当に気配がない・・・」

 

彼が言っていた人払いの結界は相当なものなのだろう。こんなに視線や気配を感じないのは初めてだ。

 

「衛宮士郎・・・」

 

最初は怖い人だと思った。あの眼で見られるといつ叩き切られるかと心配になったほどだ。だが―――

 

宿が無いと言えばこうして寝る所を提供してくれて、お風呂やご飯も準備してくれて。最後には傷の手当もしてくれて。本当の彼は優しいんだと思った。

 

「貴方は絶対私が守る」

 

彼を取り巻く環境は最悪と言っていい。そこから守ってあげたいと彼女は思った。

 

「絶対・・・私が・・・」

 

スゥッと瞼が落ちる。まるでゆりかごに揺られるようにゆらゆらと意識が遠退いていき、彼女は普段ならば絶対しない完全な熟睡へと落ちて行った。

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

屋根に上り、遠い町の景色を士郎は見つめる。その眼には町を徘徊する怪しげな輩が映っていた。

 

「・・・。」

 

だが彼はあえて何もしないまま腕を組み、その様子を見つめていた。

 

(狙撃することは出来る。だが、わざわざこちらの場所を教えてやるわけにはいかない)

 

ここには負傷した女性がいるのだ。雪崩れ込まれたら彼女を守りきる自信は無い。確かに人払いの結界は張っている。それも屋敷のは宝具級のものなので、早々見つかることは無い。だが、異能と川神の住人のスキル(もうそう思うことにした)なら遅かれ早かれここもばれるだろう。

 

(やれやれ・・・どうしたものか)

 

今日は本当に疲れている。もう一ミリも頭は回転してくれない。こうしているのはただ無心になりたくて、でも自分を追うものの姿を一応この目で捉えておきたくてこうしているだけだ。

 

 

「・・・オ」

 

「?」

 

下から何か聞こえる。

 

「ルオ・・・ルオ・・・」

 

どうやら泊めた女性の寝言らしい。だがすすり泣く声音からしていい夢ではなさそうだ。

 

「・・・。」

 

屋根から飛び降りて彼女の眠る部屋にそっと入る。

 

「ルオ・・・行かないで・・・ルオ・・・」

 

すすり泣き、何にかに必死に手を伸ばしている。

 

「やれやれ・・・」

 

現れた時といい、こうして眠っている時といい、随分と涙もろい女性だ。

 

傍に座り、彷徨う手を優しく握ってやる。そうすると彼女は安心したように微笑んで安らかな寝息をあげた。

 

事態は最悪。状況も手詰まり。打てる手はほんの僅か。さてどうしたものかと彼は回らない頭でぼーっと考える。

 

 

 

―――だが、この時間こそが。希望であり、逆転の一手であることを彼はまだ知らない。

 




いかがだったでしょうか。士郎はさらにとんでもねー組織に狙われております。とりあえず梁山泊の誘いは蹴りましたが実際考えたら梁山泊の中に入ればマルっと解決でしょうけどもそんなことしません。

オリジナルの場所である川神幽霊屋敷ですが、設定上はガチでいました。大量のGが。
それを士郎お得意の宝具ぶっぱで除去、逆に聖域みたいになってます(決してエエエェェェイイイメェェンッ!!!と渋い声で叫ばないようにご注意ください)

次回は少しほんわかする・・・かも?ちょい悩んでます。だって二カ月半くらいしかたってないからね・・・詰め込みすぎよね・・・

ということで次回もよろしくお願いします。


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激闘/大輪の花

皆さんこんばんにちわ。最近必死に言葉やら伝承やらマジで学校の授業ちゃんとしときゃ良かったと後悔している作者です。

今回の話は時間がだいぶ飛びます。ちょっと歪になるかも知れませんがそうしないともう間に合わないので。色々悩みましたがこれで行きます。





衛宮士郎が彼の所属する風間ファミリーのリーダーキャップから劣化した杯、聖杯をもらい受けてから数日の朝。

 

「それでは、留守を頼むよ」

 

そう言って彼は鞄を片手に玄関までついてきた女性に声をかける。

 

「あの・・・やっぱり私も一緒に・・・」

 

そう言って彼の後に続こうとする女性、林冲を押しとどめる。

 

「昨日も言っただろう。君に戦闘はまだ無理だ。いや、できるかもしれないが・・・」

 

彼女は梁山泊から派遣されてきた林冲という傭兵だ。数秒先を見る異能を持ち、預言に従って士郎を梁山泊に迎え入れようと現れたのだが・・・

 

「傷はもう塞がっている。・・・貴方のくれた特別な薬のおかげだ」

 

最初に出会った時、彼女と他二人、対して士郎一人という熾烈な戦闘が行われた。その際に彼女は体に無数の切り傷と片腕を剣で貫かれている。

 

到底数日で治る傷ではないのだが、彼の処方した薬(ある宝具の柄にある万能薬)を使用したためこの数日でほぼ完治している。とはいえ彼の投影では剣の部分はまだしも、柄にあるモノはそこまで再現できないので本来の効力は発揮されず、未だ腕の傷はくっついただけであり、下手に動けばまた開いてしまう。

 

「それでもだ。あと数日もすれば治るのだから下手に傷を開いてまた数日戦闘不能では困る。それに、ここには大事なものがあるのでな。君に守ってもらわねば私は動くことすらままならん」

 

これもまた事実だった。もう表の世界に出ている彼は通常の行動(・・・・・)を取らねば怪しまれる状態にある。だが、決して誰にも渡すことのできないものまで抱えこんでしまったため、それを守る役目を果たす人物が必要だった。

 

「・・・わかった。貴方の留守を守ろう。絶対に一人にはならないでくれ」

 

彼女を迎えたあの夜から、林冲は段々と心を開くようになった。それを利用しているようで内心非常に心苦しいのだが、彼にはもう余裕が残されていない。表からも裏からも付け狙われ、挙句守らねばならないものまで増え、増援を呼ぶことも出来ない。

 

彼女の存在が無ければすでに瓦解していなければおかしいくらいだ。それを現状唯一託せるのが林冲だった。

 

「・・・すまない。遅くならないようにするのでよろしく頼む」

 

そう言って彼は学園へと登校する。四方に警戒を続けながらの生活は元の世界での活動を思い起こさせるものだった――――

 

 

 

 

 

 

 

所変わり川神学園。午前の授業を終え、食堂という戦場で己の手腕を発揮していた。

 

「あがったぞー!次はー!?」

 

今日も今日とて食堂は大忙し。一時期彼が一週間の謹慎(休暇)している間、相当な反響があったらしい。彼の作る衛宮定食が一週間丸々手に入らなくなったことで阿鼻叫喚の様相を呈したらしい。

 

「つ・ぎ・は!俺様だ!」

 

「おお?ガクト、よくこれたな」

 

彼はいつも出遅れて(足自慢が早すぎる)いるので滅多に衛宮定食にありつけないのだ。

 

「相変わらず忙しくしてんなー。ほい、衛宮定食!大盛で頼むぜ!」

 

「大盛なんてやってないんだが・・・」

 

そう言って士郎は困った顔をするが、気持ちご飯を多めに盛ってやる。

 

「はいよ。・・・秘密だからな?」

 

「わかってるわかってる!そいじゃ、頑張れよー!」

 

久しぶりの衛宮定食にウキウキとしながらガクトはテーブルへと向かっていった。

 

「次ー・・・って大和か。みんな今日は早いな?」

 

「さっきの時間体育だったろう?だから足自慢の奴らがスタミナ切れ起こしてるんだよ」

 

大和の言葉になるほど、と納得する。彼らの体育は川神院の師範代、ルーが務めている。武術の師範代だけあり、彼はかなりギリギリを責めてくるので、走り込みなんかの場合、それなりに鍛えていないものは地獄を見ることになる。

 

逆に、個人個人の限界をしっかりルーは見極めているので大和のように上手くペース配分すると若干余裕が出来たりする。

 

「そいや、一子来てないけど・・・どうしたんだ?」

 

いつもトップギアでやってくる彼女の様子がないことに士郎は疑問に思っていた。

 

「ああ、ワン子は自前の弁当食べてすぐ決闘に行ったよ。ほら、気が増えて戦えなくなっただろう?それを気にして最近は色んな相手と戦ってるんだよ」

 

一子の覚醒から約一週間ほどだろうか?最初は歩くのすらままならなかった一子は、驚くべきスピードで気の扱いをものにしているのだ。

 

「無理してないよな?」

 

ただ一つ、彼女はオーバーワークしていたことがあるので少し心配になる士郎。

 

「大丈夫だと思う。常に姉さんかルー先生が付いてるから。まぁ、まだたまに打ちあがるけど」

 

「あー・・・さっきの体育でも打ちあがってたよな」

 

一子が気のコントロールを失敗して空に打ちあがるのはもはや恒例行事と化していた。もとは士郎がからかい半分でワン子花火と言っていたのがすっかり定着してしまったのだ。

 

「でもま、打ちあがっても一人で着地できるようになったからな。大きな進歩だよ」

 

「・・・すまないな。金曜集会の時から全然手伝わなくて・・・」

 

そう言って士郎は大和に謝る。

 

「家の事情があるんだろ?仕方ないさ。それに金曜集会での出来事はもうチャラ。そうだろ?」

 

そう言って士郎にちらりと首にかけられたチェーンを見せる。

 

「そうだったな。ありがとう。頼りにしてるぞ、軍師」

 

そう言って衛宮定食を渡す。

 

「それじゃ頑張れよー!」

 

「おう!次どうぞー!」

 

と声をかけると現れたのはマルギッテだった。

 

「衛宮定食。生卵付きです」

 

「了解。最近クリスとはどうだ?」

 

彼女もすっかり常連なので迷わず素早く取り掛かる。

 

「クリスお嬢様は川神一子に触発されて一層鍛錬に取り組んでいます。ただ、直江大和と親密になりすぎている兆候があります」

 

むっとした表情で言うマルギッテ。

 

「あ、あはは・・・まぁほら、ファミリーだから・・・」

 

言えない。まさか水面下で京とクリスが大和を取り合ってるなんて言えない・・・!

 

「そ、それと・・・その・・・」

 

先ほどとは打って変わってマルギッテがチラチラと士郎の首元を見る。

 

「ああ、これか?先週の金曜にみんなに迷惑かけちまってな。そのお詫びでお揃いのを作ったんだ」

 

困ったように返す士郎に、

 

「そ、それは聞いています!ですから・・・ですね・・・」

 

「?なんだ?」

 

彼女らしくないなんともはっきりしない物言いに士郎は首を傾げる。

 

しかしその姿が癇に障ったのか、

 

「・・・ッいいから早く定食を寄越しなさい!」

 

「!?わかったわかった・・・ほい生卵付きな」

 

そう言って渡すと彼女はスタスタと立ち去ってしまった。

 

(マルギッテはたまに変に口ごもるよなー)

 

と、相変わらずの固有スキルを発動する士郎である。

 

「次ー!」

 

「・・・衛宮定食だ」

 

そう言って半食券を出すのは源忠勝。

 

「源!よく来てくれたな!」

 

編入以来、最も仲良くしてくれてると言っても過言ではない彼に嬉しそうにする士郎。

 

「勘違いすんな!お前のメシが安上がりで美味いからきてやっただけだ」

 

「美味いって言ってくれるんだから嬉しいよ。・・・なにかトッピングつけるか?」

 

「そんじゃ、マルギッテの奴と同じで生卵をつけろ」

 

おう!と返事をして準備する。

 

「はいよ!味わってくれ!」

 

「・・・ああ。テメェも、あんま無理すんじゃねぇぞ」

 

そう言ってトレーを持って立ち去る。

 

「ふー・・・」

 

なんだかんだ言って少なくない奴らが自分のことを心配してくれている。それが何より嬉しいし、何より・・・

 

(こうして動いている方が、余計なこと考えなくていい)

 

気持ちが落ちたらまず体を動かせとはよく言ったものだ。

 

「さぁ!どんどんいくぞー!」

 

そうして彼は一時悩みを忘れて仕事に没頭する。ささやかではあるが、彼の気持ちを癒すこの時間は貴重なものだったのだ。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

イライラとしながら席に着くマルギッテ。

 

(まったく!あの男ときたら・・・)

 

少し前には重傷を(恐らくわざと)負い、動くなと言っているのに早々と川神院に通い詰め、こうして復帰すればまた誰かのためにと身を粉にする。

 

実に優秀なので文句のつけようもないのだが、彼の身を案じる側からすれば堪ったものではない。

 

(それに・・・)

 

彼らが先週の金曜から付けている小さなペンダント。吹かれる風をモチーフにされた見事な出来のそれをお嬢様は大変喜んでいて、ものすごく自分に語りかけてくるのだ。

 

(お揃い・・・)

 

お嬢様の嬉しそうな顔を見るのは嬉しい。だが、自分だって彼を想う気持ちは深く、そしてはち切れんばかりに溢れている。

 

(私も・・・ほしい)

 

いつまで経っても必死のアプローチ(水面下)に気づかないことにも、その一言が堂々と言えない自分にも腹が立つ。

 

(・・・ッ!いけませんいけません!戦場にこの感情は命取りです。気を引き締めねば)

 

そうしてブンブンと頭を振り目の前の極上の食事に手を付ける。

 

と、

 

「おい、猟犬」

 

カチャリ、と対面に食器を下ろして座る知り合いが来た。

 

「なんですか、女王蜂」

 

玉子を割ろうと手に取りながら返事をする。

 

「ハハッ!感情が隠しきれてねぇぞ。好いた男のメシは美味いってか?」

 

「・・・ッ!」

 

グシャッ

 

思わず割るのに失敗して殻が器に少し入ってしまった。

 

「おいおいぞっこんかよ。頼むから戦場にその感情持ち込んで不覚を取ってくれるなよ」

 

「わかっています!そんなことを言うために来たのですか?」

 

ちょいちょいと箸を使って殻を取り除くマルギッテ。

 

「あんな得体の知れねぇ男のどこがいいんだか。・・・ま、好みは人それぞれだからな」

 

ニヤニヤとからかうあずみ。戦友のこれまで見たことのない姿に心底可笑しいと笑う。

 

「うるさい!要件はそれだけですか!」

 

ガプリと生卵を飲み込み、食器を片付けようと立つマルギッテに待ったをかける。

 

「あーあー悪かった。それより耳寄りな情報があるんだが、聞くか?」

 

「・・・。」

 

ガタ。

 

情報と聞いて座り直すマルギッテ。それも聞くかどうか委ねるあたり、衛宮士郎のことなのだと彼女は予想する。

 

「聞くってことでいいんだな。・・・ほれ」

 

さらさらと小さな紙に何事かが書かれ、それを読む。

 

「・・・!これは本当ですか?」

 

「ああ。確かな情報だ。それみてどうするかはお前次第。もし参加するならその時間と場所に集合だ」

 

「・・・。」

 

読んでいた紙に追加で何か書き込み、紙をあずみに返す。

 

「・・・了解。それと、近頃怪しい連中が闊歩してやがる。油断すんなよ」

 

そう言って紙に火をつけて焼いてしまうあずみ。

 

「承知しています。私達も正体不明の一団とすでに何度か交戦しています。他の件にしても九鬼からの要請通り動いています」

 

そう言ってしっかりと紙が燃え尽きたのを確認し、マルギッテは席を立った。

 

「情報、感謝します。それでは」

 

そう言ってマルギッテは食堂から立ち去って行った。

 

「・・・はぁ。どいつもこいつも衛宮衛宮と、あんな男のどこがいいのかねぇ・・・」

 

と、立ち去り際に見た猟犬の顔を思い出して独り言ちるあずみ。

 

 

 

――――遠い未来ではあるが。自分がまさかその一員になるとはつゆとも思っていないあずみであった。

 

 

 

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

放課後。ファミリー一同は多馬大橋の下にある広場に集まり、

 

「ターッチ!」

 

「ぬお!」

 

「早えなワン子!」

 

「んじゃいくぞー!いーち、にー・・・・」

 

鬼ごっこをしていた。

 

「どうだモロ」

 

士郎が離れた場所でデータを取っているモロのノートパソコンをのぞき込む。

 

「うん。どんどん早くなってるよ。ミスの回数も減ってきてる」

 

ただ遊んでいるように見えるが、実はこれも立派な鍛錬だったりする。一子の気のコントロールと、他のみなの俊敏性や回避能力を鍛える特殊な鬼ごっこだ。

 

まず最初の鬼は一子。それ以外のメンツが逃げる。一子にタッチされたらその人が鬼になり他の人を追いかける。そこまでは通常通りの鬼ごっこだが、

 

「はい!30秒たったよ!」

 

「ぜー!はー!やっぱ捕まんねぇ!」

 

「いくわよー!いーち、にー・・・」

 

鬼が他の誰かを捕まえることが出来たらその人に鬼が回るが、三十秒誰も捕まえられなかったら一子が鬼になる。そうしないと主にキャップと士郎を除いた男性陣、主に大和とガクトが鬼のままになり続けてしまうので追加されたルールだ。

 

「じゅー!そらそらいくわよー!」

 

数え終えた一子が進撃を開始する。

 

「隙ありー!」

 

「うわあ!?早いぞ犬!」

 

「犬じゃないわ!猛犬よー!ガルルル!!」

 

俊足でクリスをあっという間に捉える一子。

 

「ぬぬぬー!それじゃいくぞー!いーち、にー・・・」

 

捕まえられたクリスが数を数え始める。それをみてまた一目散に逃げる。

 

「そこだー!」

 

「当たりません!」

 

ヒュッ

 

由紀江をとらえようと伸ばしたクリスの手が空を切る。

 

「おいらとまゆっちを捕まえようなんて百年はえーぜ!」

 

「こら松風!真剣勝負ですよ!」

 

「ぐぬ、やっぱりまゆっちは早いな。でも・・・!」

 

ギュン!っと加速したクリスが避けた由紀江の後ろにいた大和をロックオンしていた。

 

「それ!」

 

ヒュッ!

 

当たるかと思われたその手はまたも空を切った。

 

「!?」

 

「はっはっは!そう来ると思ってたぜ!」

 

流石、回避には自信のある大和。鬼になる回数こそ多いが、戦力差を考えるとなかなか良い動きをしている。

 

「お、お前!地面掘り上げて足止めしたな!?」

 

「引っかかる方が悪い!」

 

と、大和は地形も利用して上手いこと逃げ回っている。

 

「ぬぬー!!!このこのこの!」

 

バッ!ヒュ!バッ!

 

遠くへ逃げてしまった大和から比較的近い位置にいた京へと手を伸ばす。だが当然頭に血が上った状態で彼女を捕まえられるはずもなく。

 

「クック・・・私は捕まらない。私を捕まえていいのは大和だけ」

 

「30秒経過ー!」

 

とモロの声が響く。

 

「うあーんもう!悔しい!」

 

ジタバタと地団太ふむクリス。そしてルール通りまた一子が鬼になる。小休止を挟みながら、こうして遊び兼、鍛錬を行うこと数時間。辺りは茜色に染まり始めていた。

 

(・・・頃合いか)

 

景色を見てこれ以上はよくないと見た士郎は皆に声をかける。

 

「おーい!そろそろ日も落ちてきたし、ここまでにしよう!」

 

本当はこの時間をもっと続けたい。しかし、最近学園でも不審者が増えているのであまり遅くまで外出しないよう呼びかけが出されていた。

 

(万が一にでも彼らを巻き込むわけにはいかない)

 

その思いが強い士郎は早めに切り上げる。

 

 

 

 

 

帰り道。今日は百代が不在なので士郎が護衛として皆を送っていく。

 

 

「いやー走った走った!鬼ごっこなんて久しぶりにやったぜ!」

 

「でも意外と楽しかったな!」

 

「うん。スコアを出してたからボウリングみたいだったね」

 

と鬼になることが多く、捕まえた回数こそ少ないものの、実に楽しく遊べたらしく男性陣にも好評だ。

 

「自分はもっと鍛錬が必要だな。犬に随分と捕まえられてしまった」

 

「クリスはもう少し冷静になることが必要」

 

「そうだなぁ・・・挑発に弱い所は直した方がいいかもな」

 

「ぬぬ・・・」

 

京と士郎の指摘に何も言えないクリス。

 

「それじゃあ俺はこのままガクトとモロと一子送るから。また明日な」

 

「おう!」

 

「また明日~」

 

そう言って手を振り合い、島津寮を離れる。比較的近いガクトとモロを送り、最後に一子を川神院に届ける。

 

「ほほ。すまんの士郎君。こうして一子を送ってもらって」

 

元気いっぱい走り回ったせいか、一子はすっかり眠ってしまっていた。

 

「いえいえ。自分も楽しく遊ばせてもらいましたから。それじゃあこれで」

 

「ああ。また明日も学校で待っとるよ。ではの」

 

 

そう挨拶をして士郎も帰路に着く。

 

(今の所は被害なし。なんとかやっていけてるな)

 

だが、実際は問題の先送りにしかなっていない。早々に今の状況を打破しないとまずいことになる。

 

としばらく歩いた所で、

 

(・・・お出ましか)

 

気づけば人影が全くない。そしてこちらの様子を窺う多数の視線。

 

(林冲には悪いが少々帰りが遅くなりそうだ)

 

そう思いながら魔力を走らせる。夕暮れ時の不自然に人気がない所で静かに激しい戦闘が始まろうとしていた。

 

 

 

――――interlude――――

 

 

士郎やキャップ達風間ファミリーが遊んでいる頃。川神幽霊屋敷に続く道を行く三人の姿があった。

 

「ううう・・・本当にこの先に行くんですか?揚羽さん・・・」

 

「何をなよなよしているか!誘いに乗ったのはお前だろうが」

 

「そうです。なんですかその姿は。武神とは思えませんね、川神百代」

 

九鬼揚羽、川神百代、そしてマルギッテである。彼女らは衛宮士郎の居住地がこの先にあると言う九鬼の情報に従い、揚羽を筆頭に集まり、川神幽霊屋敷を目指していたのだが・・・

 

「・・・また同じ場所です」

 

マルギッテが近くにあった木材に付いた傷をみてそう答える。これは、いわくつきであるこの場所で迷わぬようにと道中マルギッテがつけた目印だった。

 

「通算三度目か。なかなかどうして、やってくれるな。衛宮士郎め」

 

忌々し気に前を見据える揚羽。対して百代はいつもの豪胆さはなりを潜め、揚羽の腕に縋り付き、ガタガタプルプルとまるで生まれたての小鹿のようだ。

 

「ほ、ほら!やっぱり何かいるんですよここは!帰りましょうよ・・・」

 

「軟弱者め!何をこの程度でビクついておるか!たかだか幽霊の一匹や二匹、気合で追い払わんか!貴様川神院のものであろうが!」

 

「そ、そんなこと言ったって!殴れない相手にどうしろって言うんですか!」

 

「やれやれ・・・武神の弱点が魑魅魍魎の類とは・・・しかも物理で殴れないから、などという理由で・・・そんなに怖いなら来た道を戻り帰りなさい!」

 

「ここまで来てひ、一人で帰れないですよぅ・・・ほ、ほら!今ヒュウって!さ、寒気が!」

 

そう言ってヒィイ!と悲鳴を上げて揚羽にくっつく百代である。普段の彼女を知るファン達がこの姿を見たらどう思うことか。

 

「しかし参りましたね。来た道を戻れば帰れるのに進めば何度も同じ場所に戻ってきてしまう。堂々巡りとはこのことですね」

 

そう。もうだいぶ歩いているにも関わらず、何度も何度も同じ場所に辿り着くのだ。そのくせ、来た道を戻ると何事もなく帰ることが出来る。なんともいやらしい作りになっていた。

 

「ふむ・・・地図を見る限りそこまで長い道のりではない。仕方あるまい。馬鹿正直に道に沿って同じことを繰り返すのも時間の無駄だ。迂回して目指すことにする」

 

「その意見に賛成です。何も道はここだけではない」

 

「迂回って・・・その雑木林のこと言ってます?ひ、ひぃい・・・・」

 

ただでさえ不気味なのに、うっそうと草木の茂る中を突っ切ろうなど百代は考えたくもない。

 

「ええい鬱陶しい!くっつくな!我とてこうも惑わされると怒りが溜まる!!」

 

「同感です。・・・ですからこちらに来ないように。川神百代」

 

そう言ってライバル(恋敵)の無様な姿にため息をついて歩き始める。そうして若干舗装された道を外れ、雑木林から幽霊屋敷を目指す三人だが・・・

 

~~~三時間後~~~

 

「・・・同じ場所です」

 

「ぬああああ!!!」

 

「やっぱりいます!いますって!」

 

雑木林を抜けた先に見えたのはやはりマルギッテがつけた目印の場所。それも、もう何度目か。何度も切り付けられた木材はズタボロになり、マルギッテが所有していた塗料を塗りたくる羽目になっている。

 

ため息を吐いてもう何度目かわからぬ目印を塗るマルギッテ。揚羽はイライラが頂点に達し頭を掻きむしる。百代はこの異常事態に魑魅魍魎の類がいることを信じてしまい震えあがる。川神でもトップを争う女傑をして、実に悲惨な光景である。

 

「どうしますか。今回は諦めますか?」

 

マルギッテの提案に怒りをどうにか発散しようとしていた揚羽は首を振る。

 

「ここまで手のひらの上で踊らされて黙って帰れるものかッ!百代!貴様もいつまでも怯えていないでなにか手を考えろッ!」

 

「そ、そんなこと言ったってぇ・・・ほ、ほら!今日ワン子達と遊びに行ってるから、戻って帰ってくるのを待つとか・・・」

 

「それでは時間がかかりすぎるであろうが!第一、それではこの我が!まるで衛宮士郎に散々おちょくられて逃げ帰ったようではないかッ!!」

 

「この際、負けは仕方ないにしても、それでは衛宮士郎に逃げられる可能性がありますね。却下です」

 

もう負けず嫌いで退路なしと決めつける揚羽である。そして百代はさっぱり役に立たない。その光景にもう一度はぁ、とため息を吐くマルギッテ。一体どうこの状況を打破したものかと、唯一冷静なマルギッテは考える。

 

(追っても獲物に追いつくことは出来ない。包囲しようにも煙に巻かれてしまう・・・ならば・・・)

 

そこで軍人としての経験からマルギッテは一つよさげな案を思いついた。

 

「この際です。追っても追いつけないのならば誘い出してみるのはどうですか?」

 

その言葉にそれまでイライラとしていた揚羽が反応する。

 

「名案だな!追っても追いつけぬ、囲もうとしても囲めぬ。ならばおびき出すまで!!!」

 

その案に光明をみた揚羽は、ここまでの怒りも込めて特大の殺気を屋敷のあるほうに向かって放った。

 

と、

 

 

ガランガランガラン!!!

 

 

まるで神社にある古ぼけた鐘を鳴らしたような音が鳴り響く。

 

「ひ、ひぃいい!!!」

 

「どうやら正解のようだ」

 

「ですね」

 

鐘など何処にもないのに鳴り響いた音に百代はすくみ上り、揚羽とマルギッテは挑発が成功したことを悟る。

 

しばらくして、ゆっくりと黒い人影が姿を現した。

 

「来たな。お前―――」

 

「うわあああーーー!く-るーなーッ!!!」

 

揚羽が話しかけようとした瞬間、恐怖が限界を超えた百代が特大の気を人影に向かって放った!

 

「な、ば、馬鹿ですか貴女は!折角誘い出したとというのに!!!」

 

結果、人影はふっと一度消え、

 

「―――そこか!」

 

ガン!

 

気を放った大馬鹿者を腕に引っ付けたまま、揚羽が迫り来た一撃を素手で弾く。しかし人影はまたも霧に紛れるように姿を消し、

 

「くっ!」

 

ガン!ギン!キン!

 

姿の見えぬ敵からからの連撃をマルギッテがトンファーで防ぐ。

 

「これは・・・」

 

「まずいことになったな」

 

役立たずをひっさげたまま揚羽とマルギッテが背中を合わせる。姿は見えないが相手が刃引きのされていない武器で襲ってきていることに思わず舌打ちをしたくなる二人。

 

「どうしますか?」

 

「地の利は向こうにある。ただでさえ気配が読めんというのに―――」

 

ヒュッ!ガン!

 

敵は徹底的に一撃離脱を繰り返してくる。決して姿をさらさず、この視界の悪さと気配を感じることのできない場所を利用して、

 

シャシャシャ!!!

 

「くう!!」

 

キンカンギィン!

 

恐らく槍である、それだけは確認できたが、当然このまま防ぐのに失敗したら串刺しである。

 

「衛宮士郎め!ただではおかぬぞ!」

 

「敵襲です川神百代!いつまでも怯えていないで貴女も構えなさいッ!!!」

 

この襲撃の犯人であろう衛宮士郎に怒りをぶつけ、マルギッテは百代を何とか戦線復帰させようと怒声を上げる。

 

 

――――かくして、ただ訪問するだけのはずの予定は狂い、正体不明の敵との命の削り合いとなってしまうのだった。

 

 

――――interlude out――――

 

日が沈み辺りは暗闇に覆われている。その中、

 

ギィン!ガッ!

 

ドサリと倒れた最後の覆面の何者かの頭を掴み上げる。

 

「・・・。」

 

だが士郎は諦めたようにその手を離した。首を打ち気絶させたはずの襲撃者は血を吐いて死んでいた。

 

約三十名に及ぶ襲撃者をある協力者と全て峰打ちで気絶させたのだが、全ての者が気絶間際に、歯にでも仕込んでいた毒によって死亡していた。

 

(これだけの人数を送ってくるとは・・・)

 

流石に驚きを隠せない。たかだか学生一人を確保するのに決死隊をこれだけの数送り込んでこようとは。

 

「正直助かったよ。君が来なければ随分と時間を取られていた」

 

そう、背後の人物に声をかける。

 

「けっ。あたいは任務を遂行しただけだ。こいつらはあたいらが追ってる獲物だ」

 

そう言って姿を現したのは忍足あずみだった。戦闘が始まってすぐ、彼女が乱入してくれたおかげでそれほど苦労せず打ち倒すことができた。

 

「しっかし、どいつもこいつも自ら命を絶ちやがって。これじゃあ情報を聞き出せやしねぇ」

 

そう言って彼女も倒した一人の頭を持ち上げるがやはり血を吐いて死んでいた。

 

「獲物?この者らのことを知っているのか?」

 

「・・・。」

 

士郎の問いに彼女は答えない。だが何かしらの事情は知っているのだろう。

 

「私の知りえた情報だと、この者らは横やりを入れた者たちの周りを皆殺しにするらしいぞ」

 

もう巻き込んでしまったので遅いのだが、一応警告の意味を込めて言う。

 

「チッ。面倒な連中だ。どっちにしろこっちは徹底抗戦なんだよ。お前が気にすることじゃねぇ。それよりテメェはさっさと帰りな。うちの揚羽様がテメェの家に向かってる」

 

「何?」

 

彼女の言葉に危機を感じる士郎。まずい。家には林冲がいる。もし戦闘にでもなったら・・・・

 

「君の言う通り帰らせてもらう。すまないが後始末を頼むぞ」

 

そう言って彼はその場から消える。それを見たあずみは、

 

(ふざけんな。なんだよあの化け物。あたいが一瞬で見失うなんていつ以来だ?)

 

得体が知れない上に実力まで底知れない。従者達に死体の撤去作業を命じながら己の主の心配をするあずみだった

 

 

 

――――interlude――――

 

 

「はぁっ!!」

 

「せいっ!!」

 

「でやぁ!!」

 

三人の激しい声と共に拳とトンファー、そして敵の槍が衝突する。

 

カンキンギンキンギィン!!!

 

もはや敵はゆっくりとは一撃を打ってこない。それは百代がようやく戦線復帰したのでこちらの手数が多くなったからだ。だが・・・

 

「チッ!これでは埒が明かぬ!」

 

揚羽の言う通りだった。相手は戦い方が巧い。ひたすらに姿を隠し、必殺の一撃、もしくは連撃を繰り出し続けている。

 

「気配が全く読めないのが辛いです、ねッ!」

 

ガン!

 

マルギッテがトンファーで槍を弾く。一体どれだけの間そうしていたか。襲撃者は本来戦闘をするつもりではなかっただろうに、百代が先制攻撃をしてしまったが故にこうして泥沼と化している。

 

「ええい鬱陶しい!川神流・・・!」

 

気が彼女の内にため込まれる。

 

「よせ!それではこの先にある屋敷まで―――」

 

吹き飛ばしてしまう。と揚羽が言おうとした時だった。

 

 

 

 

 

――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 

 

 

 

よく聞き取れない言葉と共に、

 

 

 

「“熾天覆う(ロー・)・――――」

 

「星殺しーーーッ!!!」

 

七つの円環(アイアス)”――――!」

 

大輪の花が咲いた。

 

――――interlude out――――

 




つめ・・・切れなかった・・・!すいません決してどこぞのアニメのように、そこで次回かよ!を狙ったわけじゃないんです!

日常が・・・足りなくなっていた日常成分を補給したくて!あとしばらく出てなかったマルさんと源さん書きたくて!ついでにあずみさんにもフラグ立てて、九鬼巻き込んで、どこでも見ない三人組と、ポンコツ武神書きたくて!やっぱ一気に詰めようとするの無理ですすみません(土下座)

ちなみに薬の件ですが、士郎超がんばって投影しました。なんの宝具かは予想してみてください。どっちかというとfateシリーズ設定じゃなくて伝承?史実?よりのものです。

そしてラストに士郎の象徴的な詠唱登場!書き方めっちゃむずかったです・・・主にルビ関係。そしてお家を守るために展開されるアイアス。ごめんねちゃんとした場面書くからね・・・ということで次回は説明、相談会になると思います。

よろしくお願いします。


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魔術師

みなさんこんばんにちわ。以前にも書きましたが毎晩の悪夢で寝不足の作者です。決してこの小説を書き始めたからではないんですが…むしろ皆さんの暖かいコメントや誤字報告などに助けられているほどです。悪魔でもついてるんかな…

それはそれとして、今回は説明、相談会になります。彼を追っていた4人(ポンコツ武神含む)に彼がなぜこの地に現れたのか?魔術とは、魔法とはなんなのか?川神を侵略している敵勢力に対しどうするのか?書いていきたいと思います。


「“熾天覆う(ロー・)・――――」

 

 

 

「星殺しーーーッ!!!」

 

 

 

七つの円環(アイアス)”――――!」

 

 

謎の声によって百代の暴挙を阻むように大輪の花が咲いた。

 

「な、なんだこれは!?」

 

突然咲いた七枚の花弁を持った大輪の花に三人は目を奪われる。美しい赤い花弁は何もない中空にただ咲いただけでなく、百代の星殺しを受け止めていたからだ。

 

「くっ!私の星殺しを受け止めるなんてどんな硬さだッ!」

 

自慢の技を受け止められた百代は、花の盾を突破しようとさらに気を込める。だが、

 

「やめなさい川神百代!!!これ以上相手に敵意を向けるなッ!!!」

 

「!?」

 

マルギッテの怒声に百代は気を段々と静めていく。それに伴い、放射されていた極太のレーザーも段々と細くなり、ついには消えた。そしてそれを見届けたように大輪の花も、蕾に戻るように閉じていき、消える。

 

「・・・。」

 

そして彼女らに近寄ってくる影が一つ。

 

「まったく・・・人様の敷地で何をしているのかね」

 

そう言って現れたのは衛宮士郎だった。余程急いで来たのか少しばかり息があがっている。

 

「それは・・・」

 

存分に気を放出したことで冷静さを取り戻したのか、百代は自分のやってしまったことと、目の前にいる士郎が若干怒っているのを感じ取ってたじろいだ。

 

「なに、いつまでも雲隠れをする貴様に良い話を持ってきたのだ。―――所が、百代がお前の隣人に攻撃してしまってな。やむなく戦闘になってしまったのだ」

 

「急に訪れて攻撃をしたことは謝罪します。とにかく私達の話を聞いてください」

 

じっとこちらを見つめる鋭い眼差しに臆することなく告げる揚羽とマルギッテ。百代は今回の発端なので一際鋭く睨みつけられてしょぼんとしている。

 

「はぁ・・・いずれこの時がくるのは分かっていたが、なにもこのタイミングでなくともよかっただろうに・・・」

 

と心底困ったと表情と声色に出す士郎。だが、こうして姿を見せてしまった以上言い逃れは出来ない。偶然(超強引)にも揚羽の計画は成功したとも言える。

 

「それはお前自身にも責任があるな。こうして我らをいつまでも欺き続けたのもあるし、我らにも都合がある。―――それで、お前は我らと話をする気があるのか?」

 

「・・・。」

 

すぐに答えは出せない。だがもう退路がないのは明白なので返す言葉は自然と決まっていた。

 

「わかった。話を聞こう。林冲!君も矛を収めろ。あれほど戦闘行為をするなと私は言ったはずだ」

 

恐らく霧に紛れて攻撃していた人物に彼は声をかける。士郎の言葉に渋々ながら承諾したのか、話の最中も向けられていた敵意が消えた。

 

「ついてきたまえ。家に案内しよう。くれぐれも逸れないようにな。最近不審な輩がいるせいで人払いの結界を張っているのだ。はぐれたらまたここに戻ってくることになるぞ」

 

と、本当は最初から張っていたのを最近張ったとでっちあげる。それは別に隠したかったわけではなく、こうして荒らされたことへの意趣返しだった。

 

「し、士郎~!」

 

「ああっ!待ちなさい川神百代!」

 

早速抱き着こうと士郎に駆け寄ろうとする百代だが、

 

ドゴス!!

 

「痛い!」

 

「当たり前だ!あのままあんな馬鹿気たレーザーを撃たれていたら、私は野宿する羽目になっていた所だ!少しは考えろ!」

 

「はい・・・。」

 

恐怖に駆られていたとはいえ、しなくても良かったはずの戦闘を起こし、あまつさえ自宅を吹っ飛ばされそうになった士郎に、百代は何も言えないのであった。

 

「はっはっは!武神も形無しよな」

 

ただ一人、揚羽だけが愉快そうに笑い声を上げていたが・・・

 

「・・・。」

 

もう一人は百代の積極的なアプローチに危機感を覚えながらも、自分はあのようにできない、でもしたいと悶々としているのだった。

 

 

 

そうして彼についていくこと数分。広い敷地に立派な日本家屋が見えてきた。

 

「ここが私の家だ」

 

そう言って彼はガラリと玄関を開ける。

 

「うう・・・本当に何もいないんだろうな・・・?」

 

川神でも有名な幽霊屋敷に百代はやっぱり生まれたての小鹿のようにプルプルとしていた。

 

「安心しろ。確かにこの地は怨霊で溢れていたが・・・私が全て駆逐した。今ではそこいらのパワースポットにも負けない聖域だぞ」

 

その言葉に百代は目を白黒させる。

 

「お、お前!幽霊倒せるのか!?」

 

「まだ企業秘密だ。もっとも、もう駆逐したと言ってしまったので意味はないがね」

 

そう言ってまたもはぁ、とため息を吐く士郎。

 

「それはいいことを聞いた。これでもう、言霊でこの地を清めることをせずともよいというわけか」

 

「言霊・・・?それは・・・いや、もういい。とにかく入りたまえ」

 

「そんじゃ、おっ邪魔しまーす!」

 

「失礼する」

 

「失礼します」

 

幽霊はもういないと聞いて急に元気を取り戻した百代は初めての恋人(予定)の家にワクワクしながら入り、ほかの二人はしっかりと礼節を守って入る。

 

「林冲。君もいつまでそんなところに立っている。早く入りたまえ」

 

「え?でも・・・」

 

ためらう彼女に士郎は、

 

「何を遠慮している。躾を破って外に出されたわけでもないのだから早く入りなさい」

 

気持ち優し目にそう言う士郎に、観念したのか彼女も家の中に入る。

 

そうして案内された部屋に四人の女性が座り、彼はまた人数分の飲み物を準備する。

 

「紅茶で構わないかね?それとも緑茶を希望するならそうするが」

 

「はいはい!ピーチジュース!」

 

「そんなもの常備してるわけないだろうが!」

 

ボケなのか本気なのか分からない彼女の言葉に頭痛を感じながら彼は人数分の紅茶を入れる。

 

「どうぞ」

 

「「「いただきます」」」

 

「ちぇー・・・」

 

出された紅茶を一口飲み、揚羽とマルギッテは目を見開く。

 

「これは・・・一体どこの茶葉だ?」

 

「よい香りです・・・相当高価なものとお見受けします」

 

口から鼻を抜ける香りがとても心地よい。渋さは全くなく、まるで高級店で出されたもののように感じた。のだが、

 

「普通に市販されている茶葉だが?入れ方をきちんとすればこれくらいは出来る。大体、学生が高級茶葉など購入できるわけないだろう」

 

「市販!?これほど香り豊かなものがか!?」

 

「本当だとすればとんでもない技量です。どこでこれほどの修練を?」

 

士郎の言葉に何度も手にもった紅茶と彼を二人の目が行き来する。

 

「それもまだ企業秘密でね。さて、一心地つけただろう。改めて、話しを聞かせて頂きたいのですが?九鬼揚羽さん」

 

「士郎!お前揚羽さんのこと知っていたのか?」

 

百代の問いに士郎は首を振る。

 

「いや。知ったのはつい先ほどだ。帰り道、三十人余りの無法者に襲撃されてね。そこで九鬼の従者に助けられ、貴女が私の家に向かっていると聞いた」

 

その言葉に同席した林冲がピクリと反応する。

 

「なるほど・・・。それで貴方はあれほど急いていたわけですか」

 

「なにせ戦闘をこなした上にここまでの距離を全力疾走。おまけに辿り着いてみれば無駄な(・・・)戦闘が起きていたものでね。いくら私とて人間だ。焦りもする。それも、知り合いが争っている可能性を知ればなおさらな」

 

そう言いながらも彼は特に焦った様子はみせない。まさに鋼の精神力だ。

 

「それで、いい加減話を進めてもらいたいのだが、貴女達はなぜ私の家に?」

 

と士郎は先を促した。

 

「なぜもなにもあるまい。お前が経歴一切不明という怪しい人物だからだ」

 

「戸籍等はしっかりと記載されているはずだが?」

 

「確かにな。だがお前は今までの学歴どころか幼少期の情報すらすくない。両親を亡くし、衛宮切嗣なる人物に引き取られた、たったこれだけだ。いくら何でも不自然がすぎる。それは、ここにいるマルギッテも同じよな?」

 

「はい。貴方は非常に優秀で信頼に値すると私個人は思います。ですが、貴方はあまりに不自然な点が多い。日本政府は騙せても、我々ドイツを騙せるとは思わないことだ」

 

ギロリと二人に睨みつけられる士郎。だが彼は決して動揺を表には出さない。

 

「それで?私に隠していることを詳らかにせよ、と?そう言われても真実は貴女が言った通りの事しかない。ないものは話すことができない。証明せよと言われても証明する術がない。それではどうにもならないと思うが」

 

そう言ってお茶を静かに飲む士郎。彼の言ったことは事実だ。経歴を話せと言われても話せることは無い。証明しろと言われてもそもそも証明するものすら存在しない。彼に言えることは一つとしてない。

 

「じゃああの花はなんだよ」

 

百代が一人拗ねたように言う。

 

「私の数少ない手品だが?とっておきなので話せと言われても拒否させていただくが」

 

「ぶー・・・」

 

士郎の言葉に今度こそ口に出して拗ねる百代。

 

「話は以上かね?それならばここまでとしていただきたいが。何せ見知らぬものに勝手に見出されて勝手に連れ出されようとしている身でね。割と余裕はないのだよ」

 

そう言って士郎は立ち上がる。だが、

 

「そう焦るな。まだ話は終わっていない。とはいえ、お前はちょっとやそっとでは己の事を話すまい。―――なので、こういうものを用意した」

 

そう言って揚羽は一枚の用紙を取り出した。

 

「・・・。」

 

妙に自信あり気な揚羽に、士郎はもう一度座り、差し出された用紙を見る。

 

「・・・!?これは、本気か?」

 

目を通した内容に思わず目を見開く士郎。

 

「ああそうだとも。だからこうして書面にした。何なら写しも準備してある。どうだ?話す気になったか?」

 

用紙に書かれた内容は至って単純だった。それは―――衛宮士郎の存在を九鬼が全面的に保証するという内容だ。

 

「・・・。」

 

士郎は考える。この条件を呑めば、少なくとも表から追及されることは無くなる。頭を悩ませていた一つの事柄がすっぱり解消されるのだ。

 

(これはまたとない機会だ。まだ詰める必要はあるが、この条件を呑まない理由はない。だが・・・)

 

絶好の機会。だがこれを呑むにはまだピースが足りない。この世界に魔術師がいるかどうか(・・・・・・・・・・)の確認が必要だ。

 

それは同時に、自分が魔術使いであることを明かさねばならない。そうなれば連鎖的にこの世界に来たことや、魔術とは何か、魔法とは何かまで説明せねばなくなる。

 

ハイリスク・ハイリターン。いや、むしろ賭けに近い。そもそも馬鹿正直に、『異世界から来ました』などと言って信じてもらえるとは思えない。

 

(どうするか・・・)

 

士郎は完全に長考に入った。現在、未来を賭けた大博打だ。必死で思考する。必要なものはなんだ?切り捨てるべきはなんだ?契約書を前に士郎は固まってしまった。

 

カチカチと時計が時を刻む音が静かな居間に響く。最初に沈黙を破ったのは揚羽だった。

 

「それでもまだ足りぬか?ならばお前の提示する条件を出せ。これほどまでに厳重に隠し通すのだから並大抵のことではあるまい?その内容で足らぬと断られた時の為に九鬼の代表である我が赴いたのだ。さぁ!申してみよ!」

 

腕を組み堂々と背筋を伸ばす揚羽はまるでどんな条件でも吞んでやると言いたげだ。その姿を見て士郎は一つ確認をした。

 

「・・・まず確認したい。この内容はドイツ軍も承知しているのだな?」

 

士郎の問いにマルギッテが答える。

 

「無論です。九鬼が貴方の存在を保証するならば私達もこれ以上追及することはありません」

 

「ではそれ以外の関連諸国や企業、政府はどうだ?九鬼財閥は巨大だが、そこまでカバーできるのかね?」

 

「それも問題ない。全国、全企業、全政府に対し、我らはお前が疑われた場合その存在を示そう。もっとも、お前を嗅ぎまわっているのは我ら九鬼とドイツだけだがな」

 

その言葉に士郎は鋭く切り返す。

 

「それは違うな九鬼揚羽。確かに貴女方が動けば表は解決するだろう。だが裏はどうだ?すでにある勢力二つが私を血眼になって探している」

 

「ならば付け足そう。我らはお前の身の安全も保証しよう。お前が狙われたのならばそれは我ら九鬼の敵だ。・・・これでよいな?他にはあるか?」

 

士郎の目の前で書類に追加事項を記入する揚羽。いよいよ詰将棋の様相を呈してきた。

 

(まるで禅問答だな。・・・いいだろう。賭けに乗ってやる・・・!)

 

士郎は決断した。もう隠し立てはやめだ。こうなれば限界まで駆け抜けるのみ。

 

「ではいくつか条件を出そう。―――契約書類の用意は十分かね?」

 

「望むところよ!」

 

そこからはとにかく士郎は己の安全や自由、不可侵など実に多岐に渡り条件を出した。対する揚羽は全部受け入れとまでは行かないが、妥協案を出し、迎え撃つ。

 

その姿を残りの三人はじっと緊張の眼差しで見つめる。約一名、頭の回っていないのがいるが、マルギッテと林冲は衛宮士郎の話術と思考力。それに対抗する揚羽に内心舌を巻いた。

 

「これで・・・どうだ!これ以上ない程お前の要望を聞いてやったぞ!」

 

「・・・。」

 

自慢げにもう何枚になるか分からない書類の束を出す揚羽。それを目で追う士郎。そして、ふぅ、と一息ついて顔を上げる。最初に入れた茶は既に冷めきっていた。

 

「茶がすっかり冷めてしまったな。入れ直すので続きは少し待ってくれ」

 

そう言ってカップを回収してすぐ傍にある台所に引っ込む士郎。

 

「ま、まだ条件あるのか!?いくらなんでも業突張りだぞ士郎!」

 

「私も、ここまで徹底した交渉は初めてです。これ以上は貴方の情報にそれだけの価値があるとは思えない」

 

方や武術以外は頭に入らないポンコツ武神。もう一人は現役の軍人。二人の良心と彼の情報に対する価値観は既に限界であった。

 

「何を言う。仕掛けてきたのはそちらだ。こうなったら地獄の底まで付き合ってもらう」

 

「いいだろう。九鬼の器をなめるでないわ!」

 

まるで背後に竜と虎が対峙している幻想が見える二人。唯一、裏に通じている林冲は、士郎の行う交渉が如何に大事か骨身にしみているので動揺はしない。

 

そして再度配られた紅茶(百代が飽きて拗ねてるのであまりものの桃のコンポート)を出して一息つく。

 

「ではここからが本番だ。初めに言っておくが私は至極真っ当で頭が狂っているわけではない。それを念頭に置いて聞いてほしい。私はある情報がほしい」

 

「いいだろう。して、お前が知りたい情報とは?」

 

紅茶を口に運ぶ揚羽とマルギッテ。百代はもう飽きてデザートに夢中。

 

「まず表の代表として九鬼揚羽、貴女に聞こう。魔術(・・・)もしくは魔術師(・・・)。この言葉に心当たりはあるか?」

 

「・・・は?」

 

ここまで一切余裕を崩さなかった揚羽が気のない声を上げた。

 

「ま、まて、それはどういう意味だ?」

 

「言葉通りの意味だ。もう一度言う。魔術(・・・)もしくは魔術師(・・・)、この言葉に心当たりはあるか?」

 

「・・・意味が分からぬ。魔術とはあれか?オカルトの宗教か?」

 

「ふむ・・・貴女はそれしか情報を持っていないのだな?」

 

理解不能の問いに初めて揚羽が狼狽えた。

 

「まてまて!・・・我が知っているのは、居もしない怪しげな神に祈りを捧げるオカルト集団のことしか知らぬ。確かに一種の宗教故、暴徒が出ることはあるが、本当に魔術だの魔法だの使っているものは今まで発見したことがない」

 

その回答に士郎は一つ頷き、

 

「では林冲。裏に通ずる君に問う。魔術(・・・)もしくは魔術師(・・・)、この言葉に心当たりはあるか?」

 

もう一度同じ問いを、今度は林冲に問う。

 

「・・・私も長いこと裏の世界にいるが、異能以外で、本当に魔術や魔法と言ったオカルトな力を持つ存在、集団を見たことはない」

 

林冲は嘘偽りなく答えた。

 

「・・・衛宮士郎、貴方は一体何を知りたいのですか?」

 

彼の知りたい情報の真意が分からないマルギッテは混乱しながら彼に問う。

 

「私が知りたいのは魔術と魔術師がこの世界に存在するか否かだ」

 

「「「「・・・。」」」」

 

彼の言葉に空気が凍る。そして、

 

「あっはっはっはっは!」

 

「・・・。」

 

大口を開けて揚羽が笑う。

 

「まて、まってくれ・・・ははっ・・・お前が知りたいのはそんなことなのか?」

 

笑いながら問う揚羽。だが士郎は、

 

「そうだ。それこそが私にとって一番重要なのだよ、九鬼揚羽」

 

真っすぐと。一切笑みを浮かべず、能面のように表情が欠落したような顔で言う士郎。

 

「わかった!いいだろう!この世に魔術だの、それを扱う魔術師などいないとこの九鬼揚羽の名に誓おうではないか!」

 

それでも笑いながら彼女は断言した。

 

「林冲も同意見で間違いないな?」

 

笑われても士郎は動じず、隣の林冲を見た。

 

「そうだ。この世に異能は存在するが、魔術やそれを行う魔術師は存在しない」

 

林冲も揚羽の言葉に同意した。

 

「わかった。では見せよう、私の秘密(・・・)をな」

 

そう言って彼はテーブルの上に手をかざした。

 

 

「―――投影、開始(トレース・オン)

 

短い呪文。その言葉をキーに、

 

 

キン!

 

 

「「「「!!?」」」」

 

 

白い短剣が、テーブルに突き立った。

 

 

 

「士郎・・・お前、今なにしたんだ・・・?」

 

ポロリとスプーンを落とし、呆然とそれまでデザートを口にしていた百代が言う。

 

「見えなかったのかね?」

 

士郎は淡々と聞いた。

 

「・・・衛宮。今のはなんだ」

 

それまで笑っていた揚羽が厳しい目をして問う。

 

「御覧の通りだが」

 

やはり士郎は淡々と答える。

 

「馬鹿な・・・何もない中空から剣が・・・!」

 

マルギッテは今見た光景が信じられないと、恐る恐る短剣に触る。

 

「・・・本物です」

 

「・・・。」

 

林冲は何も答えない。

 

「はっはは!衛宮、こんな手品で我・・・を・・・」

 

笑わせるな。と言おうとした揚羽の前で。今度は短剣が風景に溶けるように消えた。

 

 

「「「「・・・。」」」」

 

 

テーブルには先ほど短剣が貫いた後だけが残っている。

 

「先ほど、魔術も、それを使う魔術師もいないと言ったな。九鬼揚羽」

 

「そんな・・・まさか・・・」

 

人は理解不能の光景を目にするとまず否定すると言う。彼女も、彼女達もその例に洩れなかった。だが、つきつけられたのは現実だった。

 

「私の秘密はな。私は気を使う武道家でもなく。異能と呼ばれる固有能力を扱う者でもない。魔力を使って魔術を扱う魔術使いだ」

 

淡々と士郎はそう告げた。

 

 

 

 

先ほどの光景が未だ信じられない彼女たちはただじっと。テーブルに開いた短剣の跡をみつめていた。

 

「私はある魔術・・・いや、魔法か。それによってこことは違う世界からやってきた異世界人(・・・・)だ」

 

それに構わず士郎はあくまで淡々と告げる。

 

「それ故に私に経歴なぞ存在しない。そもそも私はこの世界に存在してはならない存在ということだ」

 

「待ってください!魔術?魔法?異世界?そんな眉唾なものが存在するというのですか!?」

 

マルギッテの叫びに士郎は紅茶を口に運び、

 

「そうだ。認めたくないのはわかるが、今見たものは全て現実だ」

 

そう言って今度は袖を撒くり、腕を差し出す。

 

「―――同調、開始(トレース・オン)

 

ヒイィン・・・と静かな音を立てて腕に青いラインが走る。

 

「これは魔術回路という。神経に平行して存在する魔力の通り道。これに魔力を通すことにより―――」

 

―――投影、開始(トレース・オン)

 

キン!とまた同じ場所に同じ白い短剣が突き立った。

 

「こうしてありえない奇跡を起こすことが出来る」

 

「・・・。」

 

今度は揚羽が短剣を引き抜き、実際にその手に持つ。どっしりとした重量感。弾けば鳴る金属音。そして、実際に切れる刃。

 

どれもこれもがここに存在していることを示している。なのに―――

 

「!?」

 

フゥっと揚羽の手にあった剣が消えた。まるで初めから存在していなかったように。

 

「一つずつ説明しよう。私が貴女に呑ませた条件。あれらは全て、本来ならば存在しない私を証明するために確約させたものだ。最初に言った通り、私はそもそもこの世界に存在しない。だからなんの経歴もなく、証明もできないのだよ」

 

そう言って士郎は腕を組む。

 

「魔術について、魔法について、なぜここに私がいるのか。まず魔術。これは魔力を燃料として人工的に起こす奇跡のことを指す」

 

「つまり今の剣も、先ほどの剣も、貴方がその魔力と呼ばれるもので作り出したと?」

 

マルギッテの問いに士郎は頷いて肯定する。

 

「そういうことだ。私は魔術師の中でも少々特殊でね。それが武器であるならば、一目見ただけで複製することが出来る。こと武器を複製することにおいて私を超える者は存在しない」

 

そうしてもう一度、

 

「―――投影、開始(トレース・オン)

 

と呪文を唱える。すると今度は、

 

キキン!

 

同じ白い短剣がテーブルに突き立った。今度の彼は手をかざすことすらしていない。腕は組まれたままだ。

 

「じゃあお前は魔法使いみたいに火とか出せるのか?」

 

百代の純粋な問いに士郎は首を振った。

 

「魔術師には得意とする属性が存在する。基本的には君たちが想像する火・地・水・風・空の五つだ。これは科学などでも五大元素として出てくるだろう?例えば、火の属性を宿している者は百代が言った通り、火を起こしたり火の球を作り出したり、まぁ、おとぎ話に出てくる大体のことは出来るだろう」

 

だが、と彼は一度話しを切った

 

「先ほども言った通り私は特殊なのだ。私の属性は『剣』。故に剣に関することは大抵可能だが、逆に他の属性のものをほとんど扱うことが出来ない。本当は火を起こしたり空を飛んだりした方が信じやすいだろうが、生憎、私にはこれしかできん」

 

と彼は肩を竦めた。

 

「では魔法とはなんだ?お前の話しを聞いていると、使い分けているようだが」

 

今度は揚羽が問う。

 

「いい所に目をつけたな。その通り。私達魔術師の間では、魔術(・・・)魔法(・・・)は全くの別物だ。魔術とは、資金、時間をかければ叶う奇跡のことを言う。先ほどの百代の話しを例にするならば、魔術で火を起こしたとする。だがこれは、そこらに売っている100円のライターでも可能だろう?」

 

「まぁそうだな・・・」

 

なんとも夢のないと百代は口を尖らせる。

 

「では魔法は?」

 

今度はマルギッテが問う。

 

「魔法は魔術と違い、その時代の文明の力では、いかに資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能なものだ。その中で、何らかの方法で実現してしまったもの(・・・・・・・・・・・・・・)を指す。故に確認されている魔法は第一から第五の計五つしか確認されていない」

 

「五つ!?それだけ!?」

 

思いのほか少ないことに百代が驚く。

 

「だから言っただろう。基本的にその時代の文明の力では絶対に実現不可能(・・・・・・・・)なのだよ。逆に、行き過ぎた科学は魔法と変わらないなどと言われる。船でしか大陸間を移動できなかった時代からしたら、空を飛ぶ旅客機は魔法みたいなものだろう?」

 

「確かに・・・空を飛ぶことは、昔の技術では不可能だったので魔法であったが、今では資金や時間を注ぎ込めば可能だから魔術に変わるわけか」

 

「そういうことだ。それで私がこの世界に来た経緯だが・・・私の師に当たる人物が、この魔法の中の第二魔法、『時間旅行と並行世界の運営』を研究している者でね。その実験に付き合わされたのだが・・・」

 

そう言って士郎は苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

「その顔を見るに、失敗したのだな」

 

揚羽の言葉に嘆息する士郎。

 

「待ってください。その並行世界の運営とやらはどんな魔法なのですか?」

 

マルギッテは不思議そうに首を傾げた。

 

「第二魔法、『並行世界の運営』はいわゆるパラレルワールドを行き来するというものだ。簡単な例で言えば、今ここにいる人間の服装が違う世界とか、ここに来たのが九鬼揚羽、貴女だけだった世界、などのIFの世界を行き来することだ。時間旅行はそのままの意味だな。不可能だろう?」

 

「確かに・・・パラレルワールドの話はマイナーな研究者が提唱しているが、行き来するどころか発見することすらできん。」

 

「ゲームやアニメの世界だなぁ」

 

と一人だけ平和そうに思いを馳せる。

 

「?一ついいだろうか」

 

それまで黙って聞いていた林冲が手を上げた。

 

「どうしましたか?」

 

「今の話で行くと、士郎は魔術のある世界の少し違った世界に漂流していたはずだ。私たちの世界に魔術や魔法は存在しない。全然別の世界になってしまう」

 

そう。今の説明ならばそれこそ士郎は彼の世界のちょっと違う世界に移動するはずだ。そう、だったのだ。

 

「・・・詳しいことは省略するが、仮にだ。Aという世界からBという世界に行くためには本来交わらない互いの壁に、通り道の穴を開けるわけだ。ここまでは想像できるかね?」

 

うんうんと皆が頷く。

 

「では、Aの世界とは違う世界に行きたいが、行先を決めないまま(・・・・・・・・・)穴を開けたらどうなると思う?」

 

 

「「「「・・・。」」」」

 

 

それを聞いて一同は俯いた。容易に予想が出来てしまったのだ。

 

「ええい哀れみの目を向けるな!その通り、私の師は穴を開けることに気を取られて、行先を設定せずに適当に穴を開けてしまったのだよ!それに巻き込まれて気づいたら川神学園の屋上に突き落とされたのだ!」

 

やけっぱち気味に吠える士郎に、百代が、あ!と声を上げた。

 

「そういえば前に、夜中に変な気配がして学校に行ったぞ私!」

 

「そうだったな!心底あれは驚いたぞ!ただでさえ訳の分からん場所に叩き落されたというのに、黒髪の女性が空を飛んで追いかけてきたのだからな!」

 

「なんだお前だったのか~なんで逃げたんだ?」

 

「見知らぬ土地で超高速で飛来する未確認生物に追いかけられてみろ!相当な恐怖だぞ!」

 

「美少女になんてこと言うんだ!」

 

「やかましい!美少女は空を飛んできたりしない!」

 

シリアスだった空気がぶち壊され、ギャーギャー言い合う二人に他の三人はガクリと肩を落とした。

 

「あー百代。その辺にせよ。話が進まぬ」

 

「そうですね。まだ聞かねばならないことがあります」

 

そうして言い合う二人を仲裁する揚羽。

 

「とにかく衛宮の事情は把握した。だがそもそもなぜお前は隠れようとしたのだ?」

 

「そうですね。戸籍などはなんとかしなければいけなかったでしょうが、隠れる必要はなかったはずです」

 

二人の言葉にコホン!と咳払いをし、

 

「それについては魔術師について話さねばなるまい」

 

士郎はそう言った。

 

「そういえば、魔術だけでなく魔術師の存在を気にしていましたね」

 

「締結した内容にもお前の力、および魔術師としての顔を秘匿するというのがあったな。なぜそこまで他の魔術師を警戒する?」

 

同類だろう?と言わんばかりの顔に士郎は顔を顰めた。

 

「一応先に言っておくが、私は魔術使い(・・・・)であって魔術師(・・・)ではないのだよ」

 

「また似たような言い回しするなぁ」

 

百代が呆れたように言う。だが、内容はそんな生易しいものではなかった。

 

「魔術師とはそもそもが研究者なのだよ。『根源の渦』と呼ばれる場所に到達することが彼らの目的だ」

 

「根源の渦?」

 

「また新しい単語が出て来たな・・・」

 

いい加減オカルト話にも疲れてきた揚羽とマルギッテ。

 

「まぁまて、これも重要なのだ。根源の渦については省略する。問題はそこではなく魔術師の性質にある」

 

「性質?」

 

「そうだ。魔術師はな。基本人でなしなのだよ。根源の渦に到達するためならばどんな犠牲も厭わない。それこそ町一つ実験の為に皆殺しにするなどザラだ」

 

「なんだと!?」

 

余りの事実に揚羽がガタリと立ち上がる。

 

「それが本当ならば捨ておけませんね・・・!」

 

彼の言葉にただのオカルト集団ではないことを悟る。

 

「そして魔術師は基本己を隠し、己の研究を秘匿する。だから何度も確認したのだ。この世界に魔術師は本当にいないのか、とな。結果、誰かさんは笑い転げていたわけだが」

 

「ぐぬ・・・」

 

「魔術師はまず己を殺すことから始める。そして死ぬまで自分以外を体のいい研究モルモットとして扱い、死の間際に己の子に魔術刻印というそれまでの研究の内容を植え付け、また研究を続行させる。それを何代も何代も重ね根源の渦を目指すのだ」

 

「まさに狂気の沙汰だな」

 

揚羽の言葉に頷く士郎。

 

「そしてもう一つ。これは私や特定の、所謂、特殊な特化型の魔術師、魔術使いに付けられる封印指定(・・・・)というのが存在する。内容は・・・聞くか?」

 

一応委ねる士郎。

 

「いや、よい。報告書で上げてくれ・・・どうせろくでもない代物であろう?」

 

「その通りだ。少なくとも真っ当な生活が出来なくなるとだけ言っておこう」

 

そう言って士郎は最後のお茶を飲みきった。

 

「私が語れるのはこのくらいだな。後は暗躍している連中をどうにかせねばなるまい」

 

士郎はそう言って眼を光らせる。これで表の問題はほぼすべて解決した。残るは今後の対応だ。現在川神に浸透してきている闇。それをなんとかしなければならない。

 

「さて私のことはこれで解決として・・・現状把握をしたい。林冲、構わないか?」

 

「話すだけなら」

 

士郎の言葉に言葉少なくそれだけ答える林冲。

 

「衛宮はここに来る時襲われたと言っていたな?」

 

揚羽の言葉に士郎は頷く。

 

「ええ。林冲の所属する梁山泊の敵対組織、曹一族。貴女の所の従者のおかげで撃退したが・・・全ての者が毒物で自害した」

 

「それは情報を吐かせられなかった、ということだな?」

 

揚羽の問いに士郎は頷く。

 

「士郎にはもう話したが・・・曹一族は基本狙ったものだけを狙うが、邪魔をされればそのもの達の周りに復讐する」

 

「なるほど・・・九鬼はもう手を出してしまったのでな。我らはいいとしてドイツ軍はどうする?」

 

揚羽の問いにマルギッテはすまなそうに、

 

「申し訳ないが迎撃に専念する。クリスお嬢様の警護を厚くしたい」

 

「よい。例の件もあるしな」

 

「例の件・・・?」

 

「近頃、武器密輸が相次いでいる。逐一潰しているが跡を絶たん。おまけに裏町のならず者達がМという人物に先導され活発化しているのだ」

 

「関係性が無いとは思えんな・・・」

 

「我も同意見よ。そこで林冲とやら。お主に聞きたい。武器密輸に中国の傭兵が関与しているようだがお前たちか?」

 

「・・・。」

 

林冲は答えない。情報の流出は傭兵にとって死に近い。

 

「答えぬか。ならば聞き方を変えよう。衛宮士郎の情報を流したのはМか?」

 

「いや。私達は予言でここに来た」

 

それには林冲が答えた。

 

「私の見解だが、梁山泊は武器密輸に関与していない。しているとすれば曹一族か―――」

 

「別の中国の傭兵ですね。ならば狙いは衛宮士郎ではなく」

 

「「梁山泊と曹一族の共倒れ」」

 

マルギッテと士郎の意見が一致した。

 

「仮にそうだとしても曹一族は引かないと思う」

 

「いや、引かせる方法はある。要は曹一族はМなる人物に踊らされたと教えればいい」

 

士郎は一つ妙案を出した。それを揚羽とマルギッテ、百代に伝える。所が・・・

 

「お、お前!それってそこの林冲ちゃんと・・・!」

 

「我慢なさい!川神百代!私も我慢するのですから・・・!」

 

ギヌロ!と百代とマルギッテが士郎を睨みつける。

 

「な、なぜ私が睨まれるのかね!?他に案があるのか?」

 

士郎は二人の視線に思わずたじろぎ、

 

「・・・。」

 

林冲は少し顔を赤くしていた。

 

「はっはっはっは!衛宮、お前は本当に面白い奴よなぁ」

 

揚羽は一人だけニヤニヤと笑っている。

 

「何もおかしなことはしないぞ!?林冲!なぜ顔を赤くする!?」

 

「だって士郎が・・・」

 

「「・・・。」」

 

「そこで切るのはやめたまえ!」

 

口調は外行きのままだがすっかり士郎は蛇に睨まれるカエルとなっていた。

 

「マルギッテさん作戦決行前に一回締めません?」

 

「いい案ですね。少々この朴念仁にも灸をすえたい所でした・・・!」

 

「ま、まて!なぜ私を追ってくる・・・!ぬおッ!?」

 

ドゴン!

 

庭に逃げた士郎に気弾が飛んでくる。

 

 

「い、今本気で当てに来ていただろう!?」

 

「当たり前だッ!」

 

「逃げられるとは思わないことですッ!」

 

百代とマルギッテが士郎を追いかけまわす。

 

「やめろ!庭が、ぬああああ!!!」

 

庭を荒らされるのを嫌った士郎は、思わず土蔵に逃げ込んだ。いや、逃げ込んでしまった(・・・・)

 

 

 

瞬間、

 

 

 

「なに!?」

 

赤い光が溢れる。そして、

 

「「士郎!?」」

 

 

彼の姿が、逃げ込んだはずの土蔵から消えてしまった。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

 

赤い光に呑まれた士郎は目を覚ますと、巨大な歯車の回る剣の丘にいた。

 

「ここは―――」

 

ここは、あの忌々しい赤い男の―――

 

 

『こんな所に来客とはな』

 

 

厭味ったらしい声に丘の上を見上げる。

 

そこに立っている赤い背中を目にして士郎は何処か寂しい気持ちになった。

 

「ここに来たってことは・・・俺は―――」

 

死んだのか。そう口にしようとしたが、

 

『何をしている。ここは貴様の来る場所ではない』

 

そう言って彼は手近にあった剣を引き抜き、

 

『とっとと帰れ。それは餞別だ。くれてやる』

 

こちらに向かって投擲してきた。それを同じ剣で切り払う。

 

瞬間、

 

ザリザリザリ―――

 

「がっ・・・・!」

 

脳を直接搔きむしられているような激痛が走る。知らない記録が無理やり刻まれる。

 

『チッ・・・一本では足りぬか・・・』

 

そいつはそう言ってもう一本剣を抜き―――

 

『さらばだ。精々無様に足掻け』

 

こちらに向かって投げつけた―――!

 

「―――あ」

 

弾かないと。そう思うのに思考は真っ白に染まって―――

 

ザクリと、無感動に、心臓へと剣が突き立った。

 

――――interlude out――――




はい。すみません今回正直あんま面白くないかも・・・だって!説明しかできないんだもん!(土下座)

想像以上でした。これでもだいぶ端折ったんですがとんでもない字数に・・・!ウィキやらサイトやらと睨めっこしながら必死に書きましたんで許してくださいお願いします(石投げないで!)

次回は林冲ちゃんとキャッキャウフフのほのぼの(戦闘)になると思います。

それでは次回よろしくお願いします。


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林冲の心

見てくださっている皆様おはこんばんにちわ。もとからあった腰痛が強くなってきておじいちゃんの如くなっている作者でございます。

前回は説明ばっかりの描写で申し訳ありませんでした!もうね。頑張って省略しようとしたけど、あれも説明しなきゃ…これも説明しなきゃと積み重ねに積み重なってしまってあんなことになってしまいました…。

そして、前回のフラグですが、回収しないわけじゃないんですが回収はかなり先になります。それと揚羽との契約の話でちょっと歪になってしまったのかな?戸籍ねーのになんで学校いけたん?っていう質問がありました。

過去の話しを読み返してもらうとわかると思うのですが、戸籍や自宅や敷地の所有権などの最低限は魔術で誤魔化して取得しています。ですが、揚羽やマルギッテが言っていたように詳細な経歴がない。つまり中抜けやないかコイツ、怪しいで!と士郎の雑(本人としては精一杯)なところで悶着していた感じですね。

今回も少し時間が飛び、林冲と士郎がメインです。ほのぼの(女難の相は発揮されたまま)になると思いますので安らげたらなぁと思います。interludeも必見なのでよければ楽しんでいってください!


シュッ!

 

木の上から放たれた矢が正確に獲物の急所を射抜く。矢で貫かれた野生の鹿は、悲鳴を上げる間もなくビクリと痙攣し、倒れて動かなくなった。

 

ガサガサ

 

鹿が動かなくなったのを確認して雑木林から現れたのは黒い中華風の服を着た女性、林冲。

 

「成功だ!」

 

彼女の嬉しそうな声にシュタッと降り立つ影。その正体は木の上にて気配を殺していた射手。衛宮士郎だ。

 

「今日も一発で仕留めた。士郎は本当にすごい」

 

早速鹿を解体しながら彼の腕を褒める林冲。しかし彼は特に誇った様子もなく、

 

「これくらい大したことない。最初から中るのが分かってるんだから外すわけない」

 

と黒い弓を片手に何でもないように言う彼だが、当然その言葉はおかしい。どこの世界に最初から的に中ることを確信し、あまつさえ本当に的に寸分違わず的中させる者がどこにいると言うのか。

 

しかし彼はそれをやってのける。平然と緊張も不安も感じることなく彼はそれを淡々とこなす。この辺りを森林に囲まれた林冲の知る隠れ家で生活を始めてから、野生動物から川魚に至るまで、一矢たりとも彼は外していない。

 

気になった林冲は、なぜそんな正確に射ることが出来るのかと聞いたが、彼が答えたのは先ほども言った通り、中るのが分かっているからそこに矢を放っているだけとしか答えない。とても常人には理解できないがそれが彼の真実らしく、

 

そんなに聞かれてもこれ以上答えようがないんだと困ったように士郎は言った。

 

「解体、手伝うよ。・・・なかなか立派なものを仕留められた」

 

そう言って血にまみれるのも構わず、二人で自分たちの糧となる命に祈りを捧げて解体を始める。そして取れた戦利品を近くを流れる川に持っていき、血抜きと体に着いた血と汚れを洗い流す。

 

なぜこんな山の中で半自給自足のサバイバルを行っているのかというと、彼こと衛宮士郎が中国の傭兵、梁山泊と曹一族にその身を狙われることになってしまったからだ。

 

林冲は梁山泊から派遣されてきたのだが、彼の力量を測るため仲間三人と挑んだが惨敗。彼を予言の人物と認め、梁山泊に迎え入れようとするが彼はその申し出を拒否した。

 

しかし、梁山泊としては強制的に連れ去るつもりはないらしいのだが、彼を狙うもう一つの傭兵集団、曹一族は梁山泊にとって長年のライバル。彼らに士郎を取られるわけにはいかないと、

 

林冲は彼の護衛を申し出る。さらに最近、彼の住む川神に怪しい動きがあり、そこに中国の傭兵とМという謎の人物が関わっているということで、士郎は事件解決の一手として、己を囮にした作戦を提案。

 

結果、林冲と二人、この山の中の隠れ家で生活をしているわけだった。

 

「士郎はなんでもできてすごいな。私なんか槍を振るうことしかできない・・・」

 

汚れを落としながら肩を落とす林冲だが、

 

「そんなことはないさ。林冲の腕前は超一流だ。俺は所詮二流止まり。一つを極められなかったから沢山のことに手を伸ばしたに過ぎない。俺には林冲こそ、すごい人だと思うよ」

 

そう言って彼は笑顔を向ける。

 

「・・・ッ!」

 

その笑顔に林冲は胸が高鳴るのを感じ、慌てて目をそらす。

 

(その笑顔は反則だ。それに・・・)

 

数日のサバイバルを経て、彼は林冲に心を許したのか年相応の言葉使いで話すようになった。

 

最初は相手を挑発し、動揺を狙うような巧みな話術の口調だったのが、今自分に向けられているのは年相応の少年のそれであり、時折浮かべる彼の笑顔はとても綺麗だった。

 

「これで内臓系もよし。折角の命だ。無駄にしないようにしないとな」

 

そう言って彼は汚れの落ちた黒いズボンとブーツ、それに両腕の肩から先がない黒い皮鎧を身に付ける。

 

いつもの学生服や私服ではないのは、いつ襲撃されてもおかしくないため。自身を守るためなら、宝具級の結界の張られた屋敷から出なければいいが、それでは事件解決にならんということと、

 

自分が川神に居続ければ曹一族はずっと川神に蔓延ることになる。それを解消するための作戦として彼は川神を出てここにいる。

 

「血抜きはまだ時間が掛かるから高い所に移して・・・林冲、先行くぞ?」

 

「あ、ま、まって!私もすぐ行くから・・・」

 

ぼーっと彼を目で追いかけていた林冲はバシャバシャと残りの汚れを落とし、慌てて後を追う。

 

この数日で襲撃はまだ一度もない。しかし、ここを嗅ぎつけられるのは時間の問題だろう。ここには彼が張るような人払いの結界は施されていない。

 

(できればもっと続けたいな・・・)

 

サバイバルは何度も経験したが、こんなにも頼もしく、安心できる男が傍に居てくれるのは初めてだった。いつかは終わりが来るだろうが少しでも長く、彼と居たいと林冲は思うようになっていた。

 

「肉はこれで良し。魚もそろそろ焼きあがるな。林冲、サラダはどうだ?」

 

「こっちも大丈夫だ。士郎が言う通りあく抜きや臭み取りもできた」

 

「米も・・・炊きあがったな。よし、メシにしよう」

 

流石梁山泊、とでも言うべきか、最低限の暮らしができる家具家電は取り揃えてあった。そのおかげで特に不自由することなく生活が出来ている。

 

「それじゃ、いただきます」

 

「いただきます」

 

二人で手を合わせてサバイバルとは思えないご馳走を口にする。

 

「美味しい・・・!」

 

「ああ。美味いな。ジビエは久しくやってなかったからな。うまくいってよかったよ」

 

そう言って彼はご飯とジビエ肉、山で採れた山菜を口に運ぶ。生憎スープまでは作れなかったのでインスタントだが、それでも半自給自足ということを考えれば豪華な食事だ。

 

「最初士郎が慣れた手さばきで鹿を解体していたのには驚いた。元々経験があったのか?」

 

林冲の問いに士郎は昔を思い出すように目を閉じる。

 

「そうだな・・・昔は色々な所に行ったからな。何もない紛争地帯から、ジャングルの中にある民族のもとまで・・・とにかくそこら中を行き来した」

 

懐かしそうに彼はそう口にした。

 

「それは・・・前の世界で・・・か?」

 

控え気味に林冲は問う。彼の秘密はもう聞いている。本来こことは別の世界から来た魔術使いだと。そんな彼だが未だに分からないことがいくつかある。

 

「そうだな。正義の味方としてあらゆる所をある二人と回った。俺は別に食事が些細なものになっても良かったんだが・・・」

 

そう言って彼は、もう会うことが出来ないだろう彼女達の言葉を思い出す。

 

 

 

『シロウ!今日の食事はなんですか?まさか、またカエルの脚だのといった雑なモノではないでしょうね!!』

 

『セイバー。貴方もサーヴァントなのですから食事は必要ないのでは?』

 

『ライダーは黙っていてください。いいですかシロウ。兵糧の有無は士気に直結します。明日も過酷な場所を越えねばならないのですから・・・シロウ!聞いているのですか?』

 

『・・・貴女が美味しいものを食べたいだけではないですか』

 

『なにか言いましたかライダー!』

 

どうしても場所と状況によっては、雑にならざるをえない食事にもの申すセイバーと、さらっと毒を吐くライダーを思い出してクスリと笑ってしまう士郎。

 

 

「む・・・なにか変なことを言ったかな、私」

 

「いや、違う違う。懐かしいことを思い出しちまって。ただの思い出し笑いだよ」

 

そう言って彼は思い出をそっと心の奥にしまい込んで目の前の食事にてをつける。

 

「正義の味方か・・・士郎は本当にそれを目指して行動していたんだな」

 

これも前に川神に居たとき彼から聞いた話しだ。夜、トラウマを思い出してしまってなかなか寝付けない彼女に、士郎は自分の経験した旅の話を子守歌変わりに傍でしてくれていた。

 

「ああ。正義の味方として、とにかくがむしゃらに走った。ついてきてくれた二人に悪いとは思ったけど。彼女達が居なかったら救えなかったことが多くあってな。・・・ほんと、頭が上がらない」

 

彼女達。その言葉に林冲はむっとしたがもう会えないのだからそれに腹を立てるのは可哀想だと飲み込んで、気になったことを聞いた。

 

「士郎は前の世界で沢山のことを覚えて活動したみたいだけど・・・今いくつなんだ?」

 

そう。彼の経験と過去の行動は、18年の月日などとっくに過ぎていなければおかしい。逆算したらそれこそ生まれてもいないことになる。

 

「ん?えーっと今年で29だな」

 

「29!?」

 

自分より年上だとは思っていたがまさかそんなに年上とは思わなかった。

 

「全然見えない・・・」

 

「あー・・・実はこの世界に来た時肉体年齢だけ若返っちまって・・・なんでかは聞かないでくれよ?俺もわからないから。身長がそのままだったのは嬉しい誤算だったけど」

 

実は士郎。元々の世界で18歳だった頃、身長が低いことがコンプレックスだったりする。正しい魔術の鍛錬を遠坂凛に教わってから、ぐんぐん伸びたことで、長年続けていた間違った魔術鍛錬(自殺行為)が体に負荷をかけて、身長が伸びづらくなっていたのは悲しい現実だった。

 

「そうか。だから士郎は学校に通ってるのか」

 

「そういうこと。戸籍上は18歳だからな。義務教育じゃないとはいえ高校に通っていないのは体裁が悪い。それに、この世界が異世界と分かったから、色々知識を集め直さないといけなかったからな」

 

そう言って残りのご飯を掻っ込み、おかずも全て食べてしまう。

 

「さ、食べ終えたら少しゆっくりして寝よう。昔話はまた今度でもな」

 

日は既に沈み、綺麗な星空が浮かんでいる。今日もまた襲撃はない。もちろん夜闇に紛れてくることも考えられなくはないが、林冲の仕掛けたトラップと、士郎の仕掛けた敵意あるものに対して知らせる仕掛けも施してある。

 

気は抜けないが、何もない状態よりは気も体も休めることが出来るだろう。

 

(俺の予想では明日あたりか・・・上手くいけばいいが・・・)

 

食器を片付けながら襲撃の予想を立てる。川神で自分を嗅ぎつけた期間を考えればもうすぐ気づくことだろう。

 

(チャンスは一度だが・・・まぁ上手くやってみせるさ。・・・・それよりも)

 

士郎は最近新しくできた(誕生した?)不安に想いを馳せる。

 

(頼むから余計なことしないでくれよ・・・)

 

士郎は懸命に、川神に残してきた問題児が何事も起こさないように願っていた。

 

 

 

―――願いはしたが。それが叶うとは限らないのだが・・・

 

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

士郎が川神を離れてから、川神には実は大きな影響が出ていた。別に悪いものではない。むしろ武道が盛んな川神としては嬉しい影響なのだが・・・

 

 

「やべぇ!起きろゲン!次は『体育』だッ!!!」

 

ガクトが次の時間の科目が体育だと知って思わず近くで寝ていた源忠勝を叩き起こす。普段の彼なら逆にキレてもおかしくないのだが・・・

 

「っんだとッ!?なんでもっと早く起こさねぇんだ!!他の奴らは!?」

 

「とっくにグラウンドに行っちまってる!急げ!もし遅れでもしたら何させられるかわからねぇ!!!」

 

ガクトの切羽詰まった声に忠勝も鬼気迫る勢いで着替えて廊下を全力疾走する!

 

「あと何秒だ!」

 

「見る暇なんかあるかよ!!」

 

とにかく全力で走る。体育。それは恐怖の時間。新しく学園に現れた同級生?によってそれまでの体育とは激変してしまった。

 

「コラ!島津に源!廊下を走るなッ!」

 

鋭い声が目の前にいた女性、担任の小島梅子から発せられる。だが・・・

 

「すんませんッ!止まれないっす!!!」

 

「鞭打ってくれていいんで見逃してくれ!!!」

 

教育的指導として彼女はよく鞭を振るう。そもそも彼女自体、小島流鞭術の使い手という一級の武芸者なのだ。その鞭は問題児を指導するだけでなく、暴力に反対する親たち、所詮モンスターペアレントすら、危ない道に覚醒させてしまうほどのものなのだが、

 

二人は鞭を覚悟でそのまま全力疾走する。

 

「いい覚悟だ!ならばくらえ!」

 

バチン!ベチン!

 

鞭が走り、二人の体を打ち据える。だが二人は意に介さず疾走を続ける。

 

「痛てぇ!」

 

「こんなもんアレにくらべりゃましだろ!とにかく走れ!!!」

 

しっかり鞭を食らって彼らはグラウンド(死地)へとひた走る。それを見た小島梅子は複雑な表情で、

 

「逞しくなったものだ。・・・逞しくなっているんだが・・・」

 

どうにもここ最近、武道の家系が多い女子はともかくとして、特に男子たちが恐ろしく鍛え上げられている。ただ、ちょっと行き過ぎな感じもしなくもない梅子はため息を吐く。

 

「そうか。次は体育か。それで鬼気迫っているのだな」

 

最近名物になりつつある川神学園の体育。それにもう一度ため息を吐いて梅子は呟く。

 

「いい奴だ。悪い奴ではない。のだがなぁ・・・衛宮もとんでもない人物を紹介してきたものだ・・・」

 

彼の経緯は学園にも知らされている。被害を出さないようにと表向きは干渉しない構えだ。なのだが、

 

「まぁ悪いことではない。強くなればそれだけ被害は小さくなるのだからな」

 

そう言って小島梅子は次の授業に備え、職員室へと向かうのであった。

 

 

 

 

~~~~グラウンド~~~~

 

「ッシャア!間に合ったッ!!!」

 

「ギリギリだが問題ねぇはずだッ!!!」

 

ズシャア!!!と二人がグラウンドに飛び込んでくる。

 

荒い息を上げている二人だが、グラウンドにいる他の生徒たちもまだ授業が始まっていないというのにみんな汗をかいて息が上がっている。

 

準備運動をしていたのだが、はっきり言って準備運動どころではない。でもこうでもしなければ現在の体育についていけないので、皆必死である。

 

キーンコーンカーンコーン・・・

 

授業開始の鐘がなる。それと同時に、

 

ガンッ!!!

 

何かが強く地面を叩く音が鳴り響く。

 

「セイレェェツゥ!!!!」

 

その言葉を合図に一糸乱れぬ動きで隊列を組む2年生。

 

バッ!と集まり均等に間隔を一瞬で取り直立するその姿はもはや軍隊かなにかだ。

 

「ふむ・・・計算通りです」

 

ぶっとい腕に巻かれた時計(九鬼の特別製)としっかり準備運動を行ったであろう一同を見て彼はそう呟いた。

 

「完璧だ・・・では、体育(訓練)を始めるッ!まずはぁ・・・腕立て伏せ各自50回ッ!その後は個人個人に指導致します!!!」

 

赤髪を刈り上げたガチムチのその男は、なんか字がおかしいような気がするけどもとにかく丁寧に指導をしてくれる。

 

「ルゥー先生!!それでよろしいですかな!?」

 

「う、うん。一応ボクも回るからネー!ムリはしないよーニ!」

 

そうしてまず腕立て伏せが一斉に始まる。

 

1!2!3!

 

声まで乱れなく上げる生徒達。いつもはいがみ合うF組とS組すら乱れぬ統率の取れた動きである。

 

「素晴らしい!!!この熱気!そして躍動する筋肉!!!良い調子です!」

 

槍を(なぜか)持って腕立て伏せをする一同の間を回るその男は、感嘆の声を上げてその光景を見る。だが、

 

よくよく考えてほしいのだが、腕立て伏せ50回というのはそれなりに鍛えていても結構キツイ。故に、乱れぬカウントについてこれなくなるものが途中で出てくる。

 

「20・・・だめだっ!」

 

ゴシャッ!とヨンパチが崩れ落ちる。それを聞きつけたガチムチは、

 

「おお!よくぞここまでがんばりましたな!!50回には到達できませんでしたが貴方の地力を考えれば!十分頑張ったと言えるでしょうッ!!」

 

そう言って責めることはしない。このガチムチ。かなりキッツイトレーニングを課してくるのだが、それが出来ないからと言って責めたりは決してしない。

 

「じゃ、じゃあ・・・」

 

「ではぁ!!貴方は他の方々より先行して足の筋肉を鍛えましょうッ!!スクワット20回ッ!!ゆっくりと息を吸い!ゆっくりと息を吐く!これが重要ですぞ!!!」

 

「ひ、ヒエエエェェ~~・・・・」

 

悲鳴を上げて今度はスクワットを始めるヨンパチ。

 

「俺は体育会系じゃねーんだ、っよ・・・」

 

ゴシャ!

 

今度はスグルが倒れ伏す。それをガチムチはすぐさま発見し、

 

「良し!実にいい!!貴方は筋肉だけでなく頭脳で!!己の体の限界を超えたのですっ!!さあ!貴方はお腹周りの筋肉が不足していますッ!!腹筋20回!関節を壊さないよう寝転がって自分のお腹を見るようにッ!体を起こす必要はありません・・・覗く程度でよろしいっ!」

 

「だから地味にキツイだっての・・・」

 

とはいうものの決してできないことを彼は課さない。なので渋々ではあるが言われた通りにやるスグル。

 

「30・・・う~ん・・・」

 

ゴシャ!

 

モロが崩れ落ちる。当然ガチムチはすぐさま彼の元に行き、

 

「素晴らしいッ!!師岡殿はマス・・・ああいや、士郎殿から!!体を動かすことが苦手だと聞いておりましたのに30回も!順調に腕の筋肉が発達しているようですッ!!!」

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

褒められて悪い気はしないモロ。無理やりやらされるなら嫌悪感を出すだろうが、このガチムチは絶対に強要しないので彼も嫌いにはなれない。

 

「失礼・・・うむ。師岡殿は実によく頑張りました!!ですが無理はいけません!!折角鍛えた筋肉が傷んでしまう・・・師岡殿は30秒ほど休み、福本少年と同じスクワットを10回ッ!!目指してくださいッ!!」

 

「は、はい・・・」

 

こうしてきちんと個人の限界値を把握・・・計算し、休息も与える。とにかく効率よく、そして無駄なく彼は基礎トレーニングを指示する。

 

そうして個人個人を回って(もちろん女性も)基礎トレーニングを行う。実はこのガチムチ、女性からも人気があり、筋力トレーニングだけでなく、女性が気にする腰のくびれを作るためのトレーニングなども熟知しており、筋肉ではなく、体型維持したいのだと言えばそれに対応するトレーニング法を指導してくれる。

 

そして何度も言うが決して無理はさせない。なので、

 

「よ!ほ!は!」

 

ギュンギュンと一子が扱えるようになった気も使って体に負荷をかけて基礎トレーニングをするが、

 

「いけませんッ!!!一子殿!!それは貴女に無駄な負担をかけていますッ!!貴女は実に素晴らしい土台があるのですから冷静にッ!!冷静にゆくのですッ!!師岡殿と同じく30秒!!休息し今度はゆっくりと!!筋肉だけではなく頭脳も使って!!体を鍛えるのですッ!!」

 

「あう・・・はい」

 

このように逆に無理をしている者を発見するときちんと止めてくれる。突如現れたこのガチムチ男。見た目は意外と渋いイケメンで、その容姿も女性から人気がある。ただしガチムチの筋肉野郎なのだが。

 

「なんでッ!あの人はッ!筋肉でモテるのに!俺様は!ダメなんだよッ!!!」

 

同じマッスルタイプのガクトは、自分よりも物凄い筋肉を持つ彼がなぜ怖がられない理由がわからず、嫉妬を露わにする。

 

「あの人意外と紳士だからな!この前も!貧血で倒れそうになった女子を助けたり!してたぞ!」

 

大和も流石、京と百代にトレーニングメニューを課されていただけあって結構必死についてくる。

 

「しかもあの人結構頭もいいよね・・・特に数学とか」

 

休息を指示されたモロはさっきの授業を思い出す。ちょうど前の授業が数学だったのだが、このガチムチ渋メンは、体育以外の授業時にはきちんと制服(特注品)を着て生徒に混ざり、好奇心旺盛に分からない場所を聞いたり、この場合はどうするのかなどの質問を積極的に行う。

 

また、放課後などは体育会系の部活動に指導をお願いされたり、武道系の部活に呼ばれたり。結構引く手数多の人気人物である。

 

ただし、彼はあまりダラ気ているのを見ると、急に言葉少なくなり、教育的指導(筋肉)を実行に移すので割と注意が必要である。

 

ちなみに、最初の犠牲者は日本史担当の綾小路麻呂。平安時代の話しかしない彼に、なぜそこしかやらないのかと質問をぶつけ、平安時代を布教したいからという彼のエゴが発覚した際、

 

鉄心が思わず戦闘態勢で飛び込んでくるほどの怒気を発して、無言のまま麻呂を担ぎあげて鉄心と共に職員室に強制連行したことがある。

 

なので、今の日本史担当教師は別な人物に変わっている。そういう実直というか曲がらないというか、とにかく品行方正で、挫けず、阿らない性格もあって男女問わずとても人気のある人物である。

 

 

 

そうして放課後。大和から連絡を受けた風間ファミリーは秘密基地に集まっていた。

 

「くーっ!今日もきつかった~・・・」

 

「本当だねぇ~・・・」

 

ぐったりとしたガクトとモロ。モロはともかく普段から鍛えているガクトまで疲労感を出しているのはここ最近みる不思議な光景だ。

 

「みなさんお疲れのようですね・・・」

 

「あの体育すごいからなー」

 

「でも確かに体が鍛え上げられてるのを感じるぞ!」

 

「そうなのよねー川神院にもたまに来るんだけど、あの人すっごく強いの!訓練生20人ぐらい一斉に相手して一瞬で倒しちゃうんだもの」

 

「・・・図書室にもたまにくるよ。なんか難しい本読んでる」

 

「まじか!強い上に頭もいいとか士郎みたいじゃねぇか!」

 

「ちょっと暑苦しい性格の人だけどね・・・」

 

「流石士郎の紹介してきた人って感じだな。そういえば姉さん、士郎は?」

 

招集に唯一来なかった士郎のことを百代に聞く大和。

 

「あいつかー?今頃、山の中できれーなねーちゃんとイチャイチャしてんじゃねー?」

 

そう言ってぶすーっと唇を尖らせる百代。なにか知っているようだが、百代は士郎の家に行った日からこうしてむつけているのだ。

 

「そういえばモモ先輩、士郎の秘密暴くって言ってなかったっけ?」

 

キャップの言葉に百代は今度は困ったように、

 

「聞いてはきたんだがな?まだちょっと言えない」

 

と、百代は頭をガシガシと掻いて、

 

「でももうすぐ言えるようになると思うぞ。ちょっと面倒ごとに巻き込まれてそれの対応中だ」

 

「確かに、メールでしばらく来れないってことと、何かあったら、あのレオさんを頼れって連絡は来たけど・・・」

 

うーむと悩む大和。

 

「ねぇねぇ大和、今日はなんの招集なの?」

 

それまで静かに気のコントロール鍛錬をしていた一子が聞く。

 

「ああ。学園の依頼を落としてきたんだ。内容は麻呂の犬探し」

 

「麻呂・・・まだ学校に居たんだな」

 

「レオさんが連れて行ったもんね・・・」

 

噂では解雇されたとか、懲罰室みたいな所に入れられてるとか様々な噂が立っている。

 

「そんで?依頼料は?」

 

「一人頭食券15枚。計150枚の依頼だ」

 

「随分高値で落としたなー!」

 

「最大じゃない?」

 

学園の依頼としてはかなり高額な依頼だ。

 

「最初の時点で高額だったんだよ。それにS組代表が参戦しなかったのもある」

 

「へぇ、珍しい。そんで?どうするんだ?」

 

「とりあえず役割分担していこう。士郎の分に関しては要相談ということで」

 

「ま、士郎なら要らないっていいそうだけどな」

 

「衛宮定食人気だからね・・・」

 

「そうそれ!俺まだ食ってないんだよー俺が帰ってきてから士郎いなくなるし!」

 

そう言って悔しがるキャップ。

 

「・・・。」

 

だが一人、百代がなにか思案顔だ。

 

「姉さんどうしたの?」

 

「いや、たいしたことじゃないんだが・・・大和、最近の噂聞いてるか?」

 

と百代が切り出した。

 

「怪しい人が出てることと、ならず者の?」

 

「そうそれだ。多分、依頼料が高いのは危険性があるからじゃないか?」

 

「・・・確かに。危険手当ってことかも」

 

「そうか。一応拒否してもいいことを言われたからそうかもな。みんな、どうする?」

 

大和がみんなに問うが、特に拒否する人間はいなかった。

 

「よし。なら十分注意して探そう。深追いは無しだ。じゃあ分担は―――」

 

大和を中心に役割分担をしていく。探すのは日中のみということで役割分担がされていく。

 

その姿をそっと見守る人物が一人。

 

(これは、マスターの懸念が当たりそうですな・・・)

 

 

万が一、彼らが巻き込まれそうになったら―――

 

 

そう彼に士郎は頼んでいたのであった。

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

所変わり士郎と林冲は着替えて寝床に入り、眠っていたのだが、

 

「ルオ・・・ルオ・・・」

 

「・・・・。」

 

また彼女が涙を流して悪夢にうなされていた。それを見た士郎は、

 

「林冲。林冲・・・」

 

肩を揺らして優しく起こす。片手は彷徨っていた手を握って。

 

「・・・あれ?私・・・」

 

「悪夢にうなされていた。起こしてすまない」

 

そう言って彼女の手を優しく両手で包む。

 

「ううん・・・ありがとう」

 

そう言って涙を拭う林冲。その様子をみて、

 

(これは、話しをした方が良さそうだな・・・)

 

「林冲。君は知らないかもしれないけど、度々こうして悪夢にうなされている」

 

「・・・。」

 

「よければ話してくれないか?何がしてやれるか分からないけど、話すだけでも人は楽になれる」

 

それは彼が正義の味方として、そしてこの世界にきて改めて学んだことだ。

 

人はとても脆い生き物だ。何かの拍子に心が壊れてしまうことは当然のようにあるのだ。彼女はその典型と言えるだろう。何かの心の傷が癒されぬまま他の感情で必死に蓋をしている。

 

一時はいいかも知れないが、そのままでは徐々に傷が開いていく。いずれ崩壊してしまう。その前に、何らかの救いが彼女に訪れなければならない。そう、士郎は思った。

 

「わかった。実は・・・」

 

そうして林冲は語りだした。幼少期の梁山泊でのこと。親友のこと。亡くしてしまったこと。そして、眼を託されたこと。内容はとても辛いものだった。

 

(俺も・・・こうなっていたのかもな・・・)

 

自分には藤村大河がいた。そしてあの災害の時の記憶はそれほど残っていない。死の充満した匂いと助けを請う黒い何か。黒い太陽。そして自分を見つけた衛宮切嗣の安堵の顔。それくらいしか彼には残っていない。

 

親がどんな人だったのかも、どんな風に生活していたのかも、彼には残っていない。それはある意味救いだったのかも知れない。大事な人を目の前で失う恐怖も覚えていないのだから。

 

そして切嗣は最後に自分の願いを士郎に残した。それ故に士郎は痛みにも恐怖にも気づかず走り続けられた。

 

しかし彼女は違う。目の前で親友を引き裂かれ、その記憶()をずっと刻み付けられたままだ。

 

(なにをしてあげられるんだろうか――――)

 

方法は三つしかない。忘れるか、乗り越えるか、それを身の内に抱えるか・・・いずれも彼女しか彼女を救えない。

 

(そう・・・だな・・・俺も)

 

衛宮士郎に藤村大河が居たように。自分が藤村大河のような存在になれないだろうか?

 

それは風間ファミリーが自分を案じてくれるように。自分にとっての彼らのような存在になれないだろうか?彼女にもそういう存在がいればいいのではないだろうか。

 

(それが当たりかどうかわからない。自分なんかがなれるかわからない。けど、)

 

きっと、なにもしないよりいいはずだ。

 

「林冲はこの事件が解決したら梁山泊に帰るのか?」

 

「え?」

 

彼の問いに林冲は真っ白になった。

 

「梁山泊が家なんだろう?これが終わったら帰って、また傭兵やるのか?」

 

「だってそれしか私には――――」

 

ない。そう言おうとしたが言えなかった。だってこの暖かさを知ってしまった。このあり方を知ってしまった。

 

「頼みがあるんだ」

 

彼はそう言った。

 

「俺は自分を救いの勘定に入れられない。本当なら人はみんな自分が一番大事だ。なのに俺は、自分より他人の方が大事だって思っちまう。体がそう動いちまう」

 

それは衛宮切嗣が残した願い。皆が幸福でありますようにという美しい願い。なにも無くなった『士郎』というガラクタに宿った唯一の行動理念。

 

「でもさ。この世界に来て―――いや、前の世界でもそうか。俺が居なくなると悲しむ人がいるんだ。でも俺は自分を守れない。だから―――」

 

俺を守ってくれ――――

 

それが彼が初めて口に出した新しい願いだった。

 

壊れてしまった自分はもう直せない。だから彼女に守ってもらう。

 

卑怯だなと思った。彼女を利用している気がする。でもきっとそうじゃないのだ。誰かが誰かを守る。その誰かがまた別な誰かを守る。そうして行ったらきっと―――

 

「ずるいな士郎は・・・」

 

そっと自分の手を握ってくれていた手に自分の手を重ねる。何度戦ったんだろう。何度傷ついたんだろう。その手は傷だらけで、暖かった。

 

「わかった。士郎が士郎を守れないなら。私が士郎を守る」

 

「ありがとう。俺は林冲を守る。仲間を守る。大切な誰かを守る。だから、頼んだぞ」

 

それはきっと呪いだ。切嗣(じいさん)が衛宮士郎に残したものと同じだ。でも、それで彼女が救われるのなら―――

 

 

―――――その約束は、この先彼が果てるまでずっと守られる約束。少しずつ変わってきた衛宮士郎の新たな形。そして林冲という少女に宿った新しい願い。




投稿がおそくなりすみませんいかがだったでしょうか?キャッキャウフフしてたでしょう?(ニチャァ)

赤髪の渋メン一体何ダスなんだ・・・まぁカルデアのマスターの皆さんはすぐにわかると思いますが(笑)彼の登場も最初から予定に入っておりました。

所で、皆さんはマジ恋のアニメは御覧になったことありますか?見てない方は是非最初と最終話だけでも見てみてください。川神の人間がいかにスーパー川神人なのかわかりますよ(白目)ちなみにまゆっちはライフルの弾丸を目の前に銃口がある状態から回避します。ら〇ねーちゃんよりすごいです(理解不能)

この渋メンを書くにあたり史実を色々調べたんですが…なにこの戦闘民族って感じです。住民の十倍奴隷抱えてる!→反乱されたらやべぇ!→一人当たり十人分強くなればいんじゃね?(意味不明)とか、渋メンが殺された!→野郎ぶっ殺してやらぁ!(集まったの1万人)→敵30万人→大勝利!!(もう意味が分からないよ)

興味ある方は調べてみてください。ちなみに女性もとんでもねーです(もうこいつらなんなの…)

長くなりましたが次回もよろしくお願いします!


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守るべきもの

皆さんはこんばんにちわ。感想が筋肉してて大変嬉しい作者でございます(笑)

彼の来た経緯に関してはしっかりと書きますのでもう少しお待ちください。私個人の考えなんですが、この渋メンは、某買い物王みたいに自分の名前を隠すどころか、むしろ名乗り上げると思うのです。でもそんなこといきなりしても、コイツなにゆうとるん?ってなっちゃう気がするのでもう少し、隠させてください。

今回は曹一族との決着。そして麻呂の犬探しに奔走するファミリーを書きたいと思います。ではよろしくお願いします。


「ん・・・」

 

チュンチュンと鳥の鳴く声と妙な重量感に士郎は目を覚ました。

 

「ふぁ・・・なん・・・」

 

だ。と声を上げようとしてぼんやりとしていた頭が突然覚醒した。

 

「Zzz・・・」

 

黒髪の女性が。自分の上に乗っかっていた。

 

「・・・。」

 

辛うじて動く首を横に振り、隣のベッドを見る。

 

「・・・なんでさ」

 

隣のベッドは空だった。確かに。夜少しばかり話をした。だが決して彼女がこんな行動を取る内容ではなかったはずだ。

 

まるで眠る自分を上から覆うように。もう一枚布団を掛けるように。がっしりと自分に抱き着いて眠る女性、林冲は実に幸せそうに寝ている。

 

「あー・・・」

 

今年で29になる彼であるが、彼だってれっきとした男である。人並に三大欲求は存在する。そして、この状態はいささかまずい。

 

自分の胸板に押しつぶされた、女性特有の胸部装甲に目が行きそうになる。それを全力で振り払って、

 

「林冲。林冲」

 

このままでは非常にまずいので必死に彼女に声をかける。とにかくこの状態から脱せねば。

 

「ん・・・」

 

必死の呼びかけに彼女は答えてくれた。まだ寝ぼけまなこだが、目をくしくしと擦り、

 

「・・・。」

 

「まって、林冲。林冲!」

 

もぞもぞとちょうどいい場所を探してまた彼女は寝入ってしまった。

 

 

――――結局、必死に呼びかけはしたものの、気まぐれな猫のように林冲は彼の上でさらに1時間ほど眠り続けていたのであった。

 

 

 

 

「くあぁああ・・・」

 

朝日を浴びて、固まってしまった体をグイグイと伸ばす。余程がっちりホールドされていたのか、関節がボキボキと音を鳴らす。

 

「林冲ーそろそろ朝飯にするぞー」

 

未だ隠れ家の中から出てこない林冲に声をかける。ひょこりとのぞき込めば、こんもりと盛り上がった布団が一つ。

 

「・・・・。」

 

ようやく目を覚ました林冲は、無意識とはいえ随分と大胆なことをしていたことに気づき、こうして布団を被って亀のようになってしまった。

 

「やれやれ・・・」

 

これはしばらく籠城の構えだろう。自分はもう気にしていないのだが、女性の彼女からすれば激しい羞恥心に駆られている、といった所だろう。

 

「あー、先に水浴びしてくるから、落ち着いたら出てきてくれよー」

 

と声をかけるが返事はない。流石にまた眠るほど彼女は気の抜けた女性ではない。そう信じて士郎は近くの川原へと向かった。

 

バシャバシャと顔を洗い、持ってきたタオルで拭う。季節は夏になろうとしているが、川の水は冷たく、木々が生い茂るこの場所は、空気が澄んでいてとても気持ちいい。

 

だが、

 

「・・・。」

 

ピンとセンサーに反応が走った。彼の予想通り、追手はこの場所を嗅ぎつけたようだ。

 

気配探知の結界はかなり遠い場所から仕掛けている。なので今すぐ襲撃されるわけではないがすぐにやってくるだろう。

 

すぐに踵を返して隠れ家へと向かう。扉を開けて装備を整える。

 

「林冲。準備はできてるか?」

 

至極真面目に振り返らず彼は問う。

 

「もちろんだ。いつでも戦闘に入れる」

 

早朝の雰囲気は消失し、彼女は中華風の服に槍を装備し、戦闘準備万端といった所だ。

 

「それは重畳。では、決着をつけるとしよう」

 

バサリと赤い外套が翻る。この世界に来て初めて装備する彼の象徴。その姿に林冲は僅かに目を見開く。

 

「初めてみる装備だ」

 

「なに、個人的な趣向でね。私がするべき戦いにしかこれは纏わないことにしているのだよ。・・・来たようだ」

 

ガサガサと草をかき分ける音がする。

 

「ガスマスクは?」

 

「必要ない。私にとって視界は重要なのでね。それに、このまま籠城するつもりもない」

 

魔力が体を走る。眠っていた回路に魔力を叩きこんで覚醒させる。予想が正しければ、親玉が出てくるはずだ。油断は命取りになる。

 

ガシャン!

 

ガラスを割って何かが投げ込まれる。それを合図に二人は隠れ家から飛び出す。

 

晴天の青空の元、激闘の火ぶたが切られた。

 

 

――――interlude――――

 

所変わり川神。こちらでは風間ファミリーが、学園の依頼をこなすべく市内を駆けまわっていた。

 

「いたぞ!あそこだ!」

 

クリスが依頼の目標である、やたらと個性的な犬・・・綾小路麻呂の犬を発見する。

 

「そこ!」

 

京が装備していた弓で矢を放つ。が、

 

「ワフェン~~!」

 

なんと、空中で体を捻って矢を回避する。しかもビルとビルの間の壁を蹴って屋上まで駆け上がる。

 

「ちくしょう、またか!キャップ!そっちは!?」

 

京の矢を回避するどころか恐ろしいまでの身体能力を持つこの犬。見つけることはそこそこ難しくない・・・どころか、こちらをおちょくるように姿を見せることがままある。

 

だが、余程特殊な訓練を受けているのか、犬の癖にやたらと逃げるのが巧い。屋上に待機していたキャップに連絡を取る大和。

 

『ビンゴだ!けど、あ!この!ぐは!』

 

喧嘩にも滅法強いキャップでさえもあしらってしまう。戦闘能力までもつこの犬はここ数日、大和率いる現地部隊をことごとく撒き、挙句の果てには島津寮に逆に潜入してきたり(大和とキャップがボコられた)

 

彼らの怒りも大分頂点に達している。

 

「この先だ!」

 

「わか・・グエ!」

 

木材の間をすり抜けようとした大和を踏み台にしてクリスと京、そして百代が木材を飛び越える。

 

「痛ってー!なにすんだ!」

 

シャキン!

 

由紀江の刀が阻んでいた木材を両断する。

 

「サンキュー!まゆっち!」

 

「いえ、行きましょう!」

 

そこからはとにかく犬を追いかけ、建物の隙間から大通り。挙句には店の中にまで走り回る犬を追いかける。

 

「やっぱワン子がいないのはでかいか・・・!」

 

彼らの戦力である一子は、まだ気のコントロールが安定していないのでガクトとモロと共に秘密基地からの情報収集に分担されている。

 

代わりにキャップがいるが、やはりあの犬の戦闘力的に抑え込むことが出来ない。

 

「武道を納めているなら容赦はしない!川神流・指弾弐式!」

 

ビシュン!!!

 

百代の手から超高速のスーパーボールが発射される。

 

「!!」

 

さしもの犬も危険を感じたのか直線的に逃げていたのを直角に曲がり、壁裏に隠れる。

 

ボシュ!

 

当たった壁に少しの窪みと焼け跡を残した。

 

「ちょ、姉さん!殺しちゃまずい!」

 

「あいつは私の裸を見たんだ!ここで仕留めてやる!」

 

「いやだから仕留めちゃ駄目だって!」

 

「モモ先輩に同意。私の裸を見ていいのは大和だけなんだッ!」

 

パシュンパシュン!

 

京の放つ矢もレプリカとはいえ、とんでもない威力になり始めている。しかし、犬はそれすらも回避するのだからほんとこの犬はなんなんだろうか。

 

「自分は・・・その・・・」

 

「足止めんなー!クリ吉ー!」

 

「クリスさん走って!」

 

もはや目的が滅茶苦茶だが、とにかく彼らは走って走って・・・工場地帯の倉庫に犬が入っていったのを確認する。

 

「いいか、チャンスは一度だ。・・・行くぞ!」

 

大和達が一斉に倉庫内に飛び込む!

 

「くらえ!」

 

クリスのレイピアが無数の刺突を放つ。

 

「ワフン!」

 

それをジャンプ回避した瞬間、

 

ダダダダ!

 

「!?」

 

犬を拘束するように京の矢が放たれ、ようやく犬は身動きが取れなくなった。

 

「やった!」

 

「っしゃー!依頼達成だぜ!」

 

パン!とハイタッチする一同。だが・・・

 

ゴリ

 

「ん?」

 

大和が何かを踏みつけた。妙な硬さのそれを拾い上げると先端の尖った鉛のようなもの。

 

「これは・・・」

 

弾丸だ。それもレプリカではない。本物の重火器のものだ。

 

「こっちも見てください!」

 

「武器満載だぜー!」

 

「こっちもだ!これは、やべーもんみつけちまったぜ・・・」

 

見渡せば辺りは武器を納めているだろう木箱がそこら中にある。拳銃、ライフル、ミニガン、果てにはロケットランチャーまで。どれもこれも日本では違法物品だ。

 

「なんでこんなものがここに・・・「下がれ大和」!?」

 

百代の言葉に大和は慌てて周りを見る。すると拳銃を構えた黒服の男たちが自分たちを囲んでいるのに気付いた。

 

「これは、ちとまずいんじゃね?」

 

キャップが油断なく構える。だが相手は拳銃を構えている。百代やクリス京と由紀江ならば問題ないだろうが・・・

 

ガション、ガション、ガション、

 

「なんだあれは!?」

 

黒服の後ろからさらに黒い人型の何かが歩み出てきた。

 

「ロボット・・・!?」

 

「来るぞ!」

 

百代の言葉と共に一斉に黒服たちが拳銃の引き金を引く。

 

パパン!パパン!

 

それを百代が拳で弾き、

 

「はぁあ!!」

 

クリスがレイピアで男たちの腕を穿つ。さらに京が矢を放ち、男たちを仕留めるが、

 

ブオン!

 

「あぶねぇ!」

 

咄嗟にキャップが大和に飛びついて光の剣を避ける。

 

「はっ!」

 

光の剣を振るってきたロボットを由紀江が両断する。

 

「足止めんな大和!こいつらのはクッキーのと違う!」

 

焼き切られた倉庫の壁を見てキャップが大和に警告する。どうやらアレはクッキーの持つ対人用スタンガンなどではなく、正真正銘のレーザー兵器らしい。

 

「わかった!みんな!あいつらの武器に注意してくれ!」

 

「わかってる!だが、くっ!」

 

四方八方から撃たれる銃弾と振るわれるレーザー兵器。銃弾は何とかなるものの、レーザー兵器が厄介だ。アレは熱で対象を焼き切るもの。つばぜり合いや、拳を合わせたりしたら焼き切られてしまう。

 

おまけに今回ワン子がいないため、素手の大和とキャップは完全にお荷物だ。

 

「ちっ!このっ!」

 

ガツン!

 

キャップがレーザー兵器を躱して蹴りを放つが、当然金属でできたボディには効果がない。

 

「黒服は大体倒した!」

 

「後はこのロボットどもだ!」

 

「大和とキャップは下がれ!あれはお前らには荷が重い!京!矢は!?」

 

「あと3本しかない!それにこのレプリカじゃ金属を貫けない・・・!」

 

必死に応戦する大和達。だがロボットに有効打をあたえられるのは百代と由紀江しかいない。クリスのレイピアではあのボディを相手にするのは不可能だ。京の矢も残弾がない。

 

万事休す。ゆっくりと追い詰められていく大和達。そして、

 

ガシャン!!!

 

残りのロボットたちが一斉にボディを開き、その中から無数のガトリング砲がでてくる。

 

「やべーぞ!!」

 

あれだけのガトリング砲に撃たれては如何に百代と由紀江が迎撃しても他のメンバーを守り切れない。

 

「くっ・・・!」

 

ここまでか、そう思って大和は目を瞑った。

 

――――interlude out――――

 

 

 

キン!ガッ!

 

 

相手の短刀を白剣、莫耶が弾き、その首に干将の柄を打ち込む。ドサリと襲撃者が倒れる。約20人ほどだろうか?彼が打ち倒した人数はかなりの数に及ぶ。

 

「流石、精鋭部隊という所か。これまでの雑魚とは少々違う、なっ!!」

 

ギキン!パシュン!

 

飛んできた手裏剣を叩き落し、お返しにと夫婦剣を投げつける。白と黒の短剣は木々を両断しながら襲撃者に飛来し、

 

 

「――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 

その内に秘められた魔力が暴走し、強力な爆発を引き起こす。かなりの人数が今の爆発で宙を舞ったが、まだ気配は多い。

 

「まったく。しつこい連中だ。いい加減貴様らの相手も飽きてきた」

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

もう何本目になるかわからない双剣を投影して攻撃に備える。

 

「有象無象しかいない所を見ると、本命は彼女の方に行ったか。やはりこの一件。裏で手を引く者がいるようだな」

 

本当に自分を捕らえたいのなら、最大戦力を自分に向けるはずだ。それに、奴らの武器は刃引きなどされていない。狙いもそこそこ正確で、当たれば確実に死を迎えるだろう。それでは本末転倒にもほどがある。

 

故に彼らの役目は自分をこの場に釘付けにすること。もしくは始末すること。これまでとはやり口が違う。皆似た見た目をしているが中身は違う勢力ということだろう。

 

「悪いが加減は無しだ。死にたくなければ必死に足掻け!」

 

――――工程完了。全投影、待機(ロールアウト・バレット・クリア)

 

赤い外套が翻り、中空に浮いた27本の剣弾と共に疾駆する―――!

 

――――停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト・ソードバレルフルオープン)………!!!

 

ダンダンダンダン!!!

 

ガン!キィン!

 

 

如何に相手が精鋭であろうとも、彼らが相手にするのは幾たびの戦場を越えた、錬鉄の英雄。彼の力の前に襲撃者達は儚く散るしかない。

 

ただ一つ、懸念があるとすれば林冲の方だ。彼をここに足止めしたいのならば本命は林冲。一秒でも早く彼女の元に駆け付けねばならない。

 

焦りはない。彼女は強い。きっと彼女は自分が行くまで持ちこたえる。そう信じて彼は最速で襲撃者達を蹴散らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガン!

 

「やああ!!」

 

シュンシュンシュン!!!

 

振り切られた巨大な棍棒、狼牙棒を弾き返し、神速の突きを目の前の女に繰り出す。だが、相手の目がギョロギョロと動き、自分の槍を正確に捉え、

 

「そら!」

 

ドゴン!

 

見切った上で巨大な狼牙棒を振り落としてくる。

 

「くっ・・・ああああ!!!」

 

だが林冲とて負けてはいない。数秒先を見る眼を総動員して敵の眼力に対応し、槍を繰り出す。

 

「槍雷千烈撃ッ!!!」

 

気を練り、強力な突きの連打を目の前の女に叩き込む―――!

 

 

ガカンカン!!!

 

しかし相手はそれさえも凌ぐ。あの眼、通称『龍眼』は、鍛え上げられた戦闘技術と経験により会得した、天然の眼力だ。

 

「随分と腕を上げたじゃないか林冲。ここまで私が本気になるのは、お前と相対して久方ぶりではないか?」

 

「史文恭・・・なぜお前がここにいる?」

 

目の前の女、史文恭に問う。彼女は梁山泊のライバル、曹一族の武術師範だ。彼女が出張ってくることは分かっていたが、こうして自分と相対している理由が分からない。

 

「そんなもの決まっているだろう。衛宮士郎を奪うのが目的ではあるが、お前がいたのでは今後非常に邪魔なのでなッ!!!」

 

そう言って彼女は狼牙棒を振りかざす。林冲は未来予知し、振り下ろされる一瞬を狙う。相手の武器は巨大。そしてその重量からして、横に振るか、大上段から振り落とすかに限られる。

 

狙うのならば振り切った後。史文恭は自分の槍とは違い、すぐに切り返すことはできない。だと言うのに―――

 

「そらこんなのはどうだ?」

 

振り下ろし、地面に落ちた先端を軸に、一回転。鋭い蹴りを放ってくる。それを予知した(視た)林冲は攻撃をキャンセル。すぐさま槍を防御に回す。

 

ガコン!

 

「くっ!」

 

防御はしたものの威力が強く地を削りながら吹き飛ばされる。だが、彼女は冷静に状況を見て気を練り上げ、攻撃と防御に割り振る。

 

まさに剛に対する柔。相手がその重量と巨大さで圧してくるのに対し、彼女はしなやかに受けながし、あるいは衝撃を逃がす。

 

戦闘が始まって約一時間。既に彼女は限界を迎えようとしている。如何に衝撃を受け流そうと、ダメージは0にはならない。

 

蓄積した疲労とダメージは彼女の槍を鈍らせ始めていた。

 

「その強さは今までのお前との戦いで最大だ。賞賛に値する。・・・だが、もはや限界と視た。あと一撃が精一杯という所だろう?」

 

「・・・。」

 

彼女の推測は正しい。気も底をつき、眼力の使い過ぎで頭痛が酷い。腕は今すぐ槍を手放したいと悲鳴を上げている。けれど―――

 

「私は彼を守る。頼まれたんだ。自分では守れないから守ってほしいと。だから―――!!!」

 

豪!と気が溢れる。いままでは定まらなかった、ただ守りたいという想いが、たった一人を守りたいという想いに変わり、彼女は己の限界を突破する。

 

「梁山泊極技―――!」

 

「くるか!ならば全力で答えよう!!!」

 

林冲は静かに、この一撃にすべてを込める。残り一撃。されどこの一撃は最大の一撃として放つ―――!

 

「黒豹疾駆―――!!!」

 

それは梁山泊の極技であり彼女の最大の技。残りの全てをこの一撃に込めて。黒豹となった彼女は史文恭と激突する!

 

キィン!!!

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

激突の結果は、

 

ドシャ!

 

林冲が、倒れた。そして握られていた槍が半ばから無くなり、地面へと突き立った。残心を解いた史文恭はゆっくりと彼女に迫る。

 

「見事だ。あと少し。ほんの僅かでも何かが違っていたら立っていたのは私ではなくお前だった。お前の名わが身に刻むとしよう」

 

そして倒れた彼女へと狼牙棒を振り下ろす。

 

「さらばだ。豹子頭の林冲―――!」

 

ヒュ!

 

その一撃を持って幕切れ。彼女の想いは果たされることなくここで散る。

 

 

 

 

――――そのはずだった(・・・)

 

 

 

 

 

――――“後より出でて先に断つもの(アンサラー)

 

 

 

それは因果逆転の奇跡。相手の一撃より後に発動されるにも関わらず、相手より先に当たる切り札殺し。

 

 

「な――――」

 

史文恭はこの先永遠に忘れないだろう。もはや彼女を救うことなどできないこのタイミングで。自分より先に(・・・・・・)攻撃が当たり、潰されるはずの彼女が無事で、自分は何かに抉られるという不可思議な光景を。

 

 

――――“斬り抉る戦神の剣(フラガラック)!!!”

 

 

その言葉をキーとして。儚く散るはずだった林冲への攻撃は無かった(・・・・)ことにされ。

 

 

「ぐあっ!」

 

青白い閃光が彼女を貫いた。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

(父さん・・・母さん・・・!!)

 

発射される銃弾。それを前に大和はこれまでの記憶が脳裏に走る。走馬灯という奴だろう。思考が停止したまま銃弾は彼らを――――

 

「いけませんなぁ・・・!」

 

「え?」

 

聞き覚えのある声にそっと大和は目を開ける。そこに立っていたのは、

 

「レ、レオさん!?」

 

彼らの前に立ち塞がるのは金の肩鎧と赤いマント。金の兜を身に付け、槍と盾を構えた士郎の残した頼みの綱。

 

「大和殿。貴方は思考をするのがお得意のはず。軍師である貴方が思考を止めてしまえば全てが瓦解いたします。故に。最後まで己の筋肉とッ!!頭脳を駆使するのですッ!!!さすればぁ・・・・!」

 

ドンッ!!!

 

轟音を立ててロボットが吹き飛んでいく。

 

「むりゃぁっ!」

 

ゴヒュン!!!

 

黄金の槍が一度に五体のロボットを切り裂く。

 

「ほうるぁ!」

 

横一線にした勢いを殺さず一回転。さらに五体切り裂き、風圧で残りのロボットもあらぬ方向を向く。

 

「ぬぅああぁおっ!」

 

さらに勢いを殺さずに飛び上がり袈裟切りに叩き切り床を粉砕する。

 

「むぁだまだぁっ!」

 

片手に握った盾で目の前のロボットを激しく打ち据え粉砕し、

 

「滾ってきたぞぉぉっ!!」

 

黄金の槍を投擲して複数のロボットを串刺しにする。

 

「さあ皆さんッ!!共に反撃と参りましょうッ!!!」

 

股間を黒いブーメランパンツだけが覆い、残りは全て裸身をさらしているガチムチの渋メンがいた。

 

「へ、」

 

「「「変態だぁああ!!?」」」

 

しかしその凄まじい戦果を評価されることはなく、彼らの言葉は辛辣だった。

 

「何と!!何ということをッ!!わが筋肉を否定するとはこの私ッ!!涙で運河が出来てしまいそうですッ!!」

 

とか言いながらも、槍を投げて無手となったと言うのに、殴り壊し、盾で粉砕し、投げつけた槍を引き抜き、また一閃する。もはや彼一人が凶悪な暴風となってロボットを蹂躙する。

 

「と、とにかく私達もいくぞ!!」

 

まさかの奇跡と、まさかの変態降臨に、混乱する彼らだが、とにかく百代はこの好機をものにすべく、川神流・畳返しで立ち上げたコンクリの床を粉砕して突撃する。

 

「わ、わわ私も行きます!!」

 

銃弾を切り裂いて防いでいた由紀江も後に続く。のだが・・・

 

「なんかもうあの人一人でいいんじゃ・・・」

 

思わずクリスがそう呟く。確かに百代もすごいし由紀江も奮戦しているのだが、インパクトが。インパクトが凄すぎて、それまでの緊張感がなくなってしまったのだった。

 

 

 

 

 

色々あったが警察に通報し、犬を特別製の檻に入れて帰り道を歩く大和たち。

 

「あの、レオさんありがとうございました」

 

「あんたが来てくれなかったら、モモ先輩達はともかく俺と大和はハチの巣にされてたぜ・・・」

 

あの瞬間を思い出して大和とキャップはブルリと震えた。

 

「なんのこれしき。私は士郎殿から、あなた方を守ってほしいと頼まれていたのです。少々想定外の事態となりましたが、再計算が間に合ってよかった」

 

「け、計算・・・なのか?」

 

「普通に暴れただけじゃ・・・」

 

「な、なにをおっしゃいますッ!わが筋肉と、頭脳、あなた方の日ごろの鍛錬がッ!実を結んだのですぞッ!」

 

「いや戦ってる時のレオさん完全に脳きn「おおっと!もうこんな時間になってしまいましたッ!!私、用事がありますのでこれにて失礼いたしますぞッ!!」ん・・・」

 

いつの間にか装着した学生服を着て走っていくレオ。その後ろ姿を見送って大和達ははぁ、とため息をついた

 

「なんだったんだろうなあの武器とロボット・・・」

 

「警察が言うには密輸犯の仕業だって言うけど・・・」

 

「まぁなんにせよ、無事に依頼達成できたことだし!打ち上げでもしようぜ!」

 

「そうだな・・・ん?」

 

キャップの言葉に皆賛成、と声を上げた所で百代の携帯が鳴る。

 

「お、士郎からだ」

 

「おお?帰ってくるって?」

 

「ああ。士郎の方も無事終わったみたいだ」

 

「そうか。んー!疲れたー」

 

クリスの言葉を最後に大和達は秘密基地へと凱旋するのであった。

 

――――interlude out――――

 

 

血を吐いて倒れる史文恭。その姿を確認した士郎が林冲を優しく抱き上げる。

 

「すまない。遅くなった」

 

ボロボロになった林冲を見て悲しみの表情を浮かべる士郎。

 

「大丈夫。士郎は大丈夫・・・?」

 

彼の言葉に、もう立つのさえ辛いであろうに、健気にも士郎を心配する。

 

「ああ。林冲が頑張ってくれたおかげだ。こうして無事だ」

 

そう言う士郎だが、彼の体にも無数の傷が刻まれていた。彼女の元に駆け付けるため、無理やり敵を突破してきた代償だった。

 

「少し休んでいてくれ。後は、任せてほしい」

 

「うん・・・」

 

そう言って彼女は気を失った。気を失った彼女を近くの木に優しく寄りかからせるように下す士郎。

 

「・・・。」

 

思わずギリィと奥歯を噛み締める。もっと早く彼女の元に辿り着ければ。そう思えてならない。

 

(不甲斐ない。だが今は・・・)

 

まだ戦いは終わっていない。敵の主力を撃破し、林冲も倒れた。ここからが勝負だ。

 

「いつまで隠れているつもりだ?そんなお粗末な隠形が私に通じるとでも?」

 

ガサガサ!

 

士郎の言葉にまた複数の隠密集団が現れ、彼と林冲を取り囲む。

 

「やれやれ・・・相当数倒したつもりなのだがな。一匹見ればなんとやらか」

 

「黙れ!少しでも動いてみろ。貴様もろともその女を消し炭にしてやる」

 

口元は隠されているがニヤニヤと笑っているだろうことが見て取れる。

 

「それは怖いな。手負いの男一人と無力な女性一人に大した人数じゃないか。恥ずかしくないのかね?」

 

「なんとでも言え!これで梁山泊も曹一族も力を大きく失った。後はお前を亡き者にして行方不明とでもすれば、梁山泊と曹一族は勝手に共倒れしてくれる」

 

そう言って手に武器を構える襲撃者・・・第三勢力の傭兵集団、といった所か。

 

「おや、君たちは曹一族ではないのか。てっきり、私を捕まえようとしていた者達だと思ったのだが。随分と用意周到なご来場じゃないか」

 

「ふん。その憎まれ口もいつまで続くかな。もはや我々の計画は成功した。後は力を失った梁山泊と曹一族を根絶やしにし、我らが傭兵のトップとなるだけよ!!」

 

もう勝ちを確信しているのだろう。よくもまぁベラベラと喋ってくれる。こんな三下共では到底、梁山泊と曹一族が倒せるとは思えないのだが。

 

「ま、確かに君たちの計画に上手く利用されてしまったのは事実だ。最後に聞きたいことがあるのだが、いいかね?」

 

諦めたように肩をすくめて彼は言った。

 

「いいだろう。冥土の土産に教えてやる」

 

「この見事な策略を君たちに教えたのは誰かね?少なくとも、曹一族に情報を流し、梁山泊と戦うように仕向け、君たちに漁夫の利を取らせるように仕向けた人物がいるように思うのだが?」

 

彼の問いに周りの者たちは一斉に笑い出した。

 

「残念だったな。我らも『М』という名しか聞いておらぬので貴様の知りたい情報は皆無だ!」

 

ゲラゲラと笑う者たちに心底呆れる士郎。情報の秘匿すらできんとは、とんだ阿呆共の集まりだ。

 

「最後の望みも虚しく散ったな!では「ということらしいが。君達としてはこの場合どうするのかね?」なに・・・?」

 

自分たちではない誰かに話しかける士郎に、醜く笑っていた者たちが止まる。

 

「ああ・・・実に興味深い話を聞けた。こんな間抜け共にいいようにされたとあっては、曹一族の名折れよ」

 

そう言って倒れ伏していた史文恭が立ち上がる。

 

「ば、馬鹿な!貴様は確かに―――」

 

「そうだな。そこの男の一撃で死にかけた。だが、こうまでコケにされたとあっては、おちおち眠ってなどいられぬわ」

 

ペッと血の塊を吐き出し、狼牙棒を握る史文恭。その様子に襲撃者達に動揺が走る。

 

「先ほどの問いだが、この場合はどうするか・・・取り合ずは―――」

 

豪!と狼牙棒を負傷した右腕ではなく左腕で振り上げる史文恭。

 

「目の前の阿呆共の始末、ということで構わないかな?」

 

そう返した士郎の手には既に夫婦剣が握られている。

 

「もちろんだ。―――ゆくぞ!」

 

史文恭と士郎が同時に疾駆する。最後までいやしく潜んでいた阿呆共は、あっさりと二人に蹴散らされてしまった。

 

 

 

 

ギリギリ。

 

阿呆共を縛り上げ、自害できないように布も噛ませ(こいつらにそんな度胸はないだろうが)しっかりと拘束する士郎。

 

「これで一件落着、と言いたいのだが。まだ何か御用かな」

 

じっと縛り上げる様子を見ていた史文恭に問う士郎。その眼に敵意はないが、聞きたいことがあると物語っていた。

 

「貴様のあの一撃。止めを刺すはずの私が確かに死を覚悟した。だがこうして私は生きている。あれは一体なんだ」

 

あれ、とはつまり逆行剣の事だろう。自分も初めて食らった時(じゃんけん)はあまりの理不尽さに涙を飲んだものだが。はたして言っていいものだろうか。

 

「・・・。」

 

話すまでは帰さぬという意思を感じるので仕方なく言うことにした。

 

「あれは相手の切り札の後に発動し、因果を逆転させ、相手の攻撃より先に当たることで相手の攻撃を無かったことにする秘密兵器だ」

 

「因果の逆転・・・だと?つまり貴様の攻撃が先に当たったという事実が、止めを刺されるはずだった林冲を救ったと?なんだその眉唾物の話は」

 

到底信じられんと否定する史文恭だが、あの不可思議な光景は、今でも彼女の脳裏に焼き付いている。振り下ろされるはずの狼牙棒。潰されるはずの林冲。自分を貫く光。

 

現実離れしたあの光景は真実だと彼女の経験が語っている。

 

「相手の攻撃より先に当たると言ったな。つまりお前は私を殺すことが出来たということだ。こいつらに吐かせることが目的だったのだろうが、なぜ手を抜いた?」

 

プライドを傷つけられた。と言わんばかりの彼女に嘆息する士郎。

 

(どうしてこう、この世界の人間は好戦的なのだろうか)

 

本来なら死ななくてよかったと喜ぶ所だろうに。

 

「別に手を抜いたわけではない。言っただろう。相手の切り札(・・・)に対し効果を発揮すると。君が林冲を、何かしらの必殺技で仕留めようとしたのならば、逆行剣は君の心臓を貫いていた」

 

「なるほど・・・技ではなく、ただ狼牙棒を振り下ろそうとした私の行動が私を救ったわけか。随分と皮肉が効いているな」

 

「そう言われてもな。アレはそういうものなので、別に君を馬鹿にしたわけでも、手を抜いたわけでもない。あの状況ではアレを使うのがベストだった。それだけだ」

 

もっとも、このイタチごっこを終わらせるには彼女を殺すわけにはいかなかったので、別な手段が取れればそちらを選んでいたことは伏せておく。

 

「いいだろう。納得してやる。林冲が目覚めたら伝えておけ。こちらから梁山泊に遣いを出すとな。それと―――」

 

「他になにむぐ!?」

 

急に、口を柔らかい感触が覆う。それに驚き士郎はバックステップで距離を取る。

 

「な、なにをする!?」

 

「初めては血の味か。悪くない。ではまたいずれ機会があれば相まみえるとしよう」

 

クック、と笑って史文恭は姿を消した。

 

「・・・。」

 

彼女の唐突な行動に思考が停止する士郎。ふっと唇の感触を思い出しかけ、ゴシゴシと腕で拭った。

 

「さ、林冲。帰ろう」

 

先ほどのことはなかったことにして彼女を抱き上げる。が、

 

「むー・・・」

 

「・・・。」

 

いつの間にか目を覚ましていた彼女は頬を膨らませていた。

 

「り、林冲?」

 

「士郎、史文恭とキスしてた」

 

「!?」

 

ビキリと固まる士郎。林冲はそんな彼の腕からぴょんっと飛び降り、

 

「士郎のバーカ」

 

そう言って彼女は隠れ家の方へと走って行った。

 

「なんでさ・・・」

 

その後ろ姿を呆然と眺める彼にはやっぱり女難の相が付きまとうらしい。

 

 

 

~~~空港~~~

 

「それじゃあまたな」

 

一度梁山泊に帰国することになった彼女を見送りに、士郎と百代、マルギッテ、揚羽が空港に揃っていた。

 

「うん。色々ケリが付いたらまた来るから。・・・それまで抜け駆けは禁止」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

林冲の言葉に無言になる二人。誰とはいわないが。

 

「はっはっは!英雄色を好むか。それはそれとして、例の件、頼むぞ?」

 

その様子を実に愉快と笑う揚羽だが、きちんと確認すべきことはする。

 

「わかってる。Мについて何かわかったら知らせる。それじゃ・・・」

 

「ああ。また来るのを「チュッ」!?」

 

待ってる。と言おうとした彼の頬に軽いキスがされ、

 

「じゃあまた!」

 

彼女は颯爽と空港内に消えていった。

 

「・・・ええと」

 

キスされた頬を抑えながら士郎は渦巻く闘気に後ずさりする。

 

「むーー!!姉ビンタ!!」

 

「百代は姉じゃなぐはっ!」

 

「トンファーキック!!」

 

「トンファー関係なグエッ!」

 

嫉妬に燃える二人にボコられながらも、なんとか乗り切ったなーと思う士郎。

 

 

 

 

――――川神に胎動する闇はまだ残っているが。まず大きな一つの節目を迎えた士郎であった。

 




投稿が遅くなりすみません。一日一話を目指しているのですが、体調を崩してしまい、寝込んでおりました。

この渋メン、黒いブーメランパンツ一丁に赤マントと肩と頭だけの鎧姿って、普通に変態ですよね(笑)FGOや映画のスリーハンドレットでも同じなので忘れがちですが、普通に警察に連行されそうです。映画の監督も本当なら多分鎧着てるよね、とコメントしたとか。

interludeはスーパー渋メンゲーと化していましたが、しょうがないよね、相手飛び道具だからね、多分アーチャー判定だよねってことにしといてください。

これで一応少し日常に戻れるかなーと思います。渋メンに関しては色々な予想を立てられておりますがもう少しお待ちくださいね。

逆行剣に関しては本文でもありましたが、史文恭が技使ってたら死んでました。ホロウでじゃんけん、死ねー!で士郎がぶっ飛ばされたのと同じ現象と捉えていただけると嬉しいです。

では、私まだちょっと回復しきれていないので次回遅くなるかと思いますがまたよろしくお願いします。では


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得難き日常

みなさんおはこんばんにちわ。絶賛体調不良中の作者でございます。
投稿が遅れて申し訳ありません。本当はもっとペースを上げていきたいのですが体が追いついていきませぬ・・・無念。昔は少々のことでは風邪などひかなかったんですが、どうにも今回、お腹に来たらしく、吐き気と腹痛に苛まれております・・・。

と、私のことはぶんなげておいて、今回は日常メインに書いていきたいと思います。やっと表から追われることは無くなりましたし、裏の人間達も一応撤退したと言うことで、平和を士郎に謳歌してもらおうかなと思います。


――――interlude――――

 

ほとんどの人間が深い眠りについているであろうある深夜。

 

その日九鬼は一大事件に騒然としていた。

 

「まだ見つからんのかッ!」

 

「目下総力を挙げて捜索中です!」

 

「ちぃ・・・あえて留守にして炙り出してやろうと考えたのが裏目に出たか・・・!」

 

陣頭指揮をとっているのは、九鬼の軍事部門を統括する九鬼揚羽。なぜこんな深夜に、彼女達が慌ただしくしているのかというと、九鬼が開発した新型クッキーシリーズの盗難が発生したからだった。

 

「盗まれた機体の一覧は!」

 

「現在確認されているのがこちらです!」

 

従者の一人が完成したばかりであろうファイルを持って走ってくる。それを半ば奪うように手に取り、中身に目を通す揚羽。

 

「小型サイズや中型サイズはともかくとして、70ISまで持っていかれたと言うのか・・・」

 

新型クッキーシリーズ、通称ISシリーズ(アイデアル・サポート)は様々な分野に特化させ、現地で働く人々のサポートを行うことを目的として開発された新しいクッキーシリーズだ。

 

その中でも最大級の大きさと馬力を持つのが70IS。本来海底探査を目的としたその機体は、40メートルの巨体と超高圧の水圧にも耐える頑健さ、そして万が一に備えた持久性と肉弾戦能力の高さが特徴的な特殊型である。

 

そんなバカでかい物体を一体どうやって奪い去ったというのか。真偽はともかくとして事実、九鬼の管理水域にあったはずの機体は忽然と姿を消していた。

 

(唯一、4ISが盗まれなかったのは幸いだが、108ISまで持っていかれたのはまずい)

 

盗まれなかったのは人に寄り添うことを目的としたクッキー4IS。彼女はそれほど戦闘力に富んでいないので盗まれなかったのだろうが、108ISはその特殊性から、下手をすると70ISよりも厄介だ。

 

「あずみ!犯人の特定状況と裏切者の洗い出しはどうなっている!」

 

揚羽が留守、衛宮士郎の元に行った日から密かに行っていた裏切者の洗い出し。

 

川神で暗躍している主犯格が九鬼内部にいると当たりをつけていた揚羽は、自分の留守を餌にしてあずみに九鬼内部を探らせていた。

 

「既に何名か裏切者と隠し工場を抑えました。ですが・・・」

 

「また『М』か?」

 

揚羽の言葉に無念そうに頷くあずみ。その様子に頭を抱える揚羽。

 

(厳重に管理されていたクッキーシリーズに手を出せた以上、間違いなく九鬼関係者だ。だが目的が分からぬ。武器の密輸にならず者の先導。梁山泊から報告のあった衛宮士郎を利用した傭兵界隈の混乱。おまけにこの盗難・・・コイツの目的は一体なんだ?)

 

どうにも意図が読めない。まるで混乱や騒乱自体を目的としているかのような動きだ。しかし、どれもこれもこのМなる人物に、どのような得があるのかはっきりしない。

 

噂では、最近総理大臣となった人物に黒い噂があるのだが、それにしたってМにはなんの得もない。違法取引で私腹を肥やすにしても、わざわざ中国の傭兵騒動や、武器密輸犯のマフィアにまで加担した理由がわからない。

 

もし、それらが全て繋がっていたとしても、それで甘い汁を啜るのは別の人物だ。

 

(ようやくいくつか問題が解決したというのに・・・Мめ、やってくれる・・・!)

 

ギチリと思わずファイルを握る手に力が籠る。ただでさえ巨大プロジェクトと、可愛い妹の入学が間近に迫っているというのにここにきてまた問題発生だ。

 

(これは、彼らにも協力を仰がねばなるまいな。彼の報告書ではこの手のトラブルにも何度か直面した経験がある。戦闘力面でも申し分ない)

 

彼ら、とはもちろん衛宮士郎とレオのことだ。武神を片手間に相手をし、腕利き揃いの梁山泊と曹一族をはねのけたその実力は間違いなく一級品。

 

そして彼の持つ不思議な力、『魔術』は逆転の切り札になりうる。あの話し合いのあと、魔術師なる人物、あるいは集団を表裏含め探したが、やはり存在しなかった。

 

もちろんまだ隠れ潜んでいる可能性がないとは言えないが、少なくとも魔術師が大きな実験をしようとしても、調べた限りではできるような状況もなく、痕跡もなし、それらしき被害もない。

 

「報告です!強制停止信号の受信を確認!盗まれたISシリーズの強制停止に成功しました!」

 

「そのまま順次内部プログラム削除を行え!見つけられずとも、使えなくしてしまえば悪用の危険は下がる!あずみ!お前は引き続き裏切者の洗い出しと、衛宮士郎への協力を取り付けろ!」

 

「わかりました!」

 

そう言ってあずみはその場から姿を消す。

 

―――一難去ってまた一難。ようやく平穏を謳歌出来そうだった衛宮士郎は、またしても混乱へと巻き込まれるのであった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

「・・・っと、これで終わりかな」

 

それまで中腰で作業をしていたので固まってしまった体を解すように体を動かす。

 

土にまみれた軍手を外してこぼれる汗を拭う。空は今日も晴天。心なしか暑くなってきたのを感じて、もうじき夏だなと思う。

 

「そろそろ来る頃だと思うんだが・・・迷ってないかな」

 

準備していたやかんの冷えたお茶を、口にそのまま運ぶ。行儀は悪いが、火照った体にすうっと水分が染み渡っていくのが心地良い。

 

と、

 

「おーい!士郎ー!」

 

元気いっぱいに手を振ってこちらに駆けてくる一子を見て、無事着けたかと安心する。

 

「おう!みんなもよくきたな」

 

「ご招待ありがとさん!と!へぇ広いな!」

 

「マジでこれがあの川神幽霊屋敷か?全然雰囲気違うんですけど」

 

「本当だねー。前に肝試しに来た時はなんかこう、どんよりしてたんだけど」

 

「そうなのか?ここまで全然怖い感じとかしなかったんだが」

 

そう口々に感想を言い合うのは風間ファミリーだ。

 

夜の密談会の一件以来、ここら一帯に巣くっていた怨霊の類を士郎が一掃したことを耳にした九鬼揚羽は、長年手付かずだったこの地を買い上げ、新しい住宅街として復活させようと動いていた。

 

もちろん、すぐに人が住み始めるわけもないのだが、

 

『お前がここに住み続ければ、いずれ人が集まるだろうさ』

 

と、揚羽は言っていた。なんでも、長年いわくつきの土地だったので様々な好待遇やサービスを受けられる住宅街として売りに出すらしい。

 

なので、この川神幽霊改め新・衛宮邸までの道のりに張ってあった人払いの結界は解除してある。もちろん、有事の際の為に外敵感知の結界はそのままだが、今では普通に来られるようになっている。

 

「はいこれ。ちょっとしたお土産」

 

「悪いな大和。気を使わせちまって」

 

「礼ならまゆっちに言ってあげてくれ。それ、まゆっちのご実家からのお裾分けだから」

 

「本当か!ありがとうな由紀江。すごく嬉しいよ」

 

「いいい、いえいえいえつまらぬものですがどうかおいしくいただいていただけたらと思いまして!」

 

「ついでにまゆっちもいただいていいんだぜ?」

 

「松風なんてことふぉ!」

 

「こらまゆまゆー。抜け駆けは禁止だって言ったろー!この!この!」

 

「あわわわ!」

 

サラッと大胆なアピールをする由紀江にすかさずちょっかいをかける百代。いつも通りのみんなの様子に安心感を覚える士郎。

 

「さ、いつまでもここで立ち止まってるのもあれだし、中に入ってくれ。お茶とお菓子は用意してあるから」

 

「お菓子!もちろんピーチジュースもあるよな?」

 

とそれまで由紀江を弄り回していた百代がぎゅむりと士郎に抱き着く。

 

「ぶわ!いきなり抱き着くな!暑いし、泥がつくだろ!」

 

「そんなことより早く中はいろーぜ!」

 

「中に入るのは初めてだからなぁ・・・」

 

「モモ先輩それは抜け駆けでは!?」

 

「抜け駆けはんたーい!」

 

「私はこっちから入る―!」

 

「あ!ワン子ずりい!俺もそっちからいくぜー!」

 

と、玄関組と縁側組に分かれて居間へと入る一行。今日は、適当に遊んで士郎の心づくしを食べて帰るというなんともアバウトな予定だ。

 

「やっぱ広いなー」

 

「ザ・武家屋敷だな!」

 

「庭も広いわー!ねぇねぇあれなになに?」

 

「土蔵でしょうか・・・珍しいですね」

 

「その奥にあるのは?なんだか炉みたいのがあるけど・・・」

 

と、とにかく賑やかな一同に士郎は苦笑。何から説明したらいいものやら。元気さと好奇心旺盛なファミリーは物珍しそうにあちらこちらを見て回る。

 

「由紀江の言う通りあれは土蔵だ。中にはガラクタしかないから気を付けろよー。奥のは鍛造所。主に剣を打ったりしてる。みんなに渡したペンダントもあそこで作ったんだぞ」

 

「鍛造所!?士郎、お前剣作れんの!?」

 

「ああ。ちょっとした趣味だよ」

 

「趣味で剣作れる人見たことないよ・・・」

 

「あああの!出来れば作ったもの見せていただけないでしょうか・・・?」

 

「なんだ、由紀江興味あるのか?」

 

「これでもまゆっち剣士だからさー」

 

「そういうことなら自分も気になるぞ!日本刀とか見てみたい!」

 

ウキウキと鍛造所に突撃しようとするクリスに待ったをかける。

 

「待て待て一旦落ち着け。鍛造所も作ったものも逃げやしないからまずは落ち着いて茶でも飲め。これからなにするかも決めてないだろ?」

 

そう言って彼は台所に引っ込む。それならばと、由紀江も彼についていき、お茶菓子と人数分の冷たいお茶を準備する。

 

「で、今日はなにする?」

 

「まずは探検!その後はのんびりカードゲームでもするか?」

 

「だなぁ・・・今日は特に暑いし、たまには涼しい所でのんびりしてぇな」

 

「あとは士郎の秘密お披露目会、だな。今日こそは教えてくれるんだろう?」

 

大和の言葉に苦笑を浮かべる士郎。

 

「約束したからな。ただし絶対口外禁止だ。いつか大和が推察した通り、危険なものでもある。もし噂が広がりでもしたら、俺は川神に居られなくなるからな」

 

冗談抜きでこれは本当だ。一応この世界に魔術師はいないらしいので、封印指定だなんだと追いかけまわされることはないだろうが、

 

この力欲しさに追いかけまわされる羽目になるのは、もうご遠慮願いたい(梁山泊の一件)ので彼らがもし吹聴して回るのなら、自分はまた身を隠すしかないだろう。

 

「大丈夫だ、と言いたいが、内容が内容だからな」

 

そう言ってお茶(ピーチティ)を飲む百代。彼女は既に揚羽とマルギッテ、林冲と共に彼の秘密を知っているので特に慌てた様子はない。

 

「さてそれじゃ、まずは家の紹介と行くか。ついてきてくれ」

 

それから士郎は家を案内すると仲間達を連れて家の敷地を回った。必要最低限のものしかないというのに、仲間達は部屋一つ一つに、一喜一憂し、

 

「家庭菜園まである!」

 

「だから来た時軍手を持っていたのか」

 

「土蔵だ!」

 

「残念だが、本当にガラクタしかないぞ?」

 

「でもこういうのワクワクするぜ!お宝はどこだ!」

 

「だからガラクタしかな・・・うおわ!?」

 

ガシャーン!

 

「ここが鍛造所かぁ・・・」

 

「資料なんかで見るのと全然違うな」

 

「色々専用にいじってあるからな。で、こっちに作ったものが置いてある」

 

「こ、これ本当に士郎先輩が作ったんですか・・・?」

 

「なんかすごいオーラ感じるんですけど・・・」

 

「綺麗だなぁ・・・」

 

「見るのはいいけど下手に触るなよー?一歩間違えば指くらいポロリだからな」

 

「ちょ!そういうのは早く言えって!」

 

「全部真剣なんだね・・・」

 

とにかく愉快に衛宮邸を堪能し、

 

「っしゃあ!上がり!」

 

「俺もだ」

 

「自分は後一枚・・・!」

 

「まゆっち、ババどっちか教えてほしぃなぁ・・・友達だろ?」

 

「友達作戦は卑怯ですー!」

 

「まゆっちの純情を利用するなー!」

 

「クック・・・断れないのを利用して責める大和も好き!けっこ「お友達で」またダメだった・・・」

 

「さあ一発芸やるのは誰かな?」

 

「俺はメシの準備でもしようかな・・・」

 

「そういうことなら私も!「隙あり!」あああ!?」

 

「それ!・・・うー!京今すり替えたな!?」

 

「よそ見する方が悪い」

 

「やばい俺様全然上がれそうにない」

 

「ガクトすぐ顔に出るからね・・・」

 

「モロロはその辺うまいよなぁ・・・名演技だ」

 

「そ、そうかな?」

 

「意外な才能発見」

 

「ただの機械オタクじゃなかったんだな」

 

「ただのってなにさ!ただのって!!」

 

「上がりです!しし士郎先輩!僭越ながらお手伝いを「その手には乗らんぞまゆまゆー!」ひゃわああ!?」

 

「今の!今の微妙にエロくね?」

 

「僕に聞かないでよもう・・・」

 

「さぁクリス。それはババだ。本当にそれでいいのか?」

 

「ぐぬー・・・ええい!ここで引いては騎士の名折れ!・・・ぬあー!大和ー!!!」

 

と、カードゲームでは大いに盛り上がり、

 

「さぁメシだ。お代わりもあるからたんと食ってくれ!」

 

「うめぇ!」

 

「まぐまぐがつがつ!お肉と野菜のバランスも最高ね!」

 

「これが衛宮定食の本気か・・・!」

 

「そうだね(バッサバッサ)」

 

「み、京?調味料はそこに準備してあるんだが・・・」

 

「やめとけ士郎。アレは味覚がぶっ壊れてるんだ」

 

「うん・・・前に罰ゲームでガクトが食べたとき、二週間入院したからね・・・」

 

「それはもはや食べ物の形をした兵器じゃないのか!?」

 

「そんなことない。これでも今日は抑え気味」

 

「・・・ちなみに京、麻婆豆腐とか好きだったりするか?」

 

「?大好物だよ?でも一番は大和の「いわせねーぞ!!?」ちぃ・・・」

 

「時と場所を考えてくれ・・・」

 

とにかく騒がしく、愉快に一日が過ぎていく。最近まで精神的に追い詰められていた士郎はこの光景を眩しそうに見つめる。

 

(ほんと、なんでか楽しいんだよな・・・)

 

自分なんかがこんなに幸せな場所にいていいんだろうか?と罪悪感が湧く。でも、士郎はそれが、自身の歪みから生じる本来感じないはずの感情だと受け入れる。

 

そうして次第に日が落ち、茜色に空が染まる頃。遊びに遊んだ一同はお茶を飲みながらゆっくりとしていた。

 

「はぁー楽しかったぜー」

 

「だな。まさか幽霊屋敷がこんなに居心地のいい所だとは思わなかったぜ」

 

「最初は姉さんの気が狂ったのかと思ったからな」

 

「おい弟ーなんてこと言うんだお前ー」

 

ビシュン!

 

「あぶな!」

 

「こら!室内でスーパーボールをあ痛!」

 

注意しようとした士郎の後頭部に見事クリーンヒットする。

 

「いたたた・・・百代!一々無駄に高火力なツッコミするな!」

 

「なんだよー今のは大和がー」

 

「だから変に技使うな!家具が壊れるだろう!」

 

「ぶー」

 

ギリィ!!

 

「だからって俺に八つ当たりするな!?」

 

いつぞやのようにがっちり士郎をホールドして締め上げる百代。最近、彼女のツッコミが回避されると何故か被害を被る士郎である。

 

「あわわ・・・モモ先輩ずるいです・・・」

 

「ずるい!?由紀江!この状況見て!ずるい!?」

 

「士郎の鈍感は、死んでも治らないんだろうな」

 

「俺様いい加減、嫉妬するのも疲れたぜ」

 

「むしろここまでくると、モモ先輩とまゆっちが報われんよなー」

 

はぁ、と一斉にため息を吐くファミリー。

 

「それはそれとして、そろそろ士郎の秘密とやらにも手をつけないか?」

 

大和の言葉に皆が頷く。

 

「・・・一応再確認するけど、本当に聞くんだな?」

 

そう問う士郎にやはり皆は頷く。

 

「大丈夫だよ士郎。私達は絶対約束を破らない」

 

と優しく囁く百代。耳元でささやかれてぞわぞわしたものを感じながら、やはり士郎は迷う。

 

(きっと、みんなは約束を守る。けれど・・・)

 

知らない方が、安全なことだってあるのだ。この先、彼らが自分のせいで標的にされたらと思うと寒気が止まらない。

 

「どうしても不安が拭えないって感じだな」

 

「ならアレ、いっとくか?」

 

「アレね!」

 

「アレだな!」

 

「アレだね!」

 

皆が一様に頷くのを見て士郎は首を傾げる。

 

「なんだよ、アレって」

 

「私達の魂。川神魂だ!」

 

そう言って皆が立ち上がる。

 

「川神・・・魂?」

 

「ああ。それはな―――」

 

そうして百代の口から語られたのは、

 

―――光灯る街に背を向け、我が歩むは果て無き荒野

 

 

奇跡もなく、標もなく、ただ闇が続くのみ

 

 

揺ぎ無い意志を糧として、闇の旅を進んでく。

 

 

「「「勇往邁進!!!」」」

 

 

そう言って皆の腕が振り上げられる。

 

「これが私達の覚悟だ。お前の秘密がどんなに危険なモノでも私達は―――」

 

そう言って士郎を見た百代は固まった。

 

「――――」

 

それがどんな感情だったのかは分からない。悲しみだったのか。寂しさだったのか。後悔だったのか。あるいは怒りだったのか。

 

ただその瞳の奥に、まるで、無限に剣の立つ荒野を一人歩いていく彼の姿が見えた気がして―――

 

「そうか―――そんな立派な覚悟で、みんな毎日を過ごしてたんだな」

 

眩しそうに。眩いものを必死に見るように。彼は自分たちを見ていた。

 

 

 

 

夕暮れ。楽しかった一日ももう締めくくり。また明日から忙しい日々だ。

 

「それじゃまた明日な!」

 

「約束絶対守るぜ!」

 

「ああ!また明日な!」

 

「また明日!!」

 

口々に別れの挨拶をして去っていく仲間達に手を振り、また明日、と答える士郎。

 

去り行く仲間達の姿が見えなくなるまで彼らの姿を見送った彼はふぅ、と息を吐く。そんな彼の姿を見守っていた従者は、

 

「本当に、よかったのですか?」

 

そう、その背中に問う。

 

「良かったのかどうかで言ったら、間違いなく良くなかったんだろうさ」

 

その声に振り向くことなく士郎は答えた。

 

「でも、彼らの気持ちは本気だった。それに俺も答えたいと思った。ただそれだけなんだ」

 

そう言ってもう一度彼らの魂の言葉を思い返す。そして、もしかしたら自分がこの世界に来たのは偶然なんかじゃないのかも知れないと思った。

 

「勇往邁進。よい言葉です。我々の時代とは違う勇敢な者達ですな」

 

「そうなのか?お前だって―――いや、勇敢さで言ったら、貴方の右に出る者はいないでしょう?」

 

士郎はそう、敬意をこめて言った。その言葉に彼は大きく笑った。

 

「我らはただただ必死だっただけですよ。彼らのように、最初から己の信念に準じたわけではありません。勇敢であれと、自分に言い聞かせて恐怖を押し込めて戦った。もちろん、全ての者達が勇敢でありましたがそれは、流血と屍の上に築き上げられたものです。この時代に、そのようなものはもう必要ない」

 

その言葉に士郎は強く頷いた。

 

「ああ。―――すまない。貴方には面倒をかけることになる」

 

そう言って士郎は振り返り、目の前に立つ、歴史上類を見ない程に勇敢な戦士に手を差し出す。

 

「とんでもありません。私はマスターの守りたいという願い(・・・・・・・・・)に応じて参上したのです。例えそれが何であれ。どれ程の劣勢であれ、守ってみせましょうぞ」

 

差し出された手を彼はしっかりと握り返してくれた。圧倒的不利を覆した守護の英霊。彼にそう言ってもらえて士郎は安心することができた。

 

 

――――尊い平和な一日がまた一つすぎる。川神に暗躍する闇は未だあれど、彼と、この守護者がいればきっと乗り越えられる。そう、信じて明日も生き抜く。

 

 




はい。日常と言いながら早々に不穏な空気を出す話でした。

川神魂なんですが、これを聞いた士郎はどう思うんでしょうね。私はfateの後にマジ恋をプレイしたので、この言葉が出てきた時は本当にドキリとしました。

しかし読んでくれてる皆さまには失礼かと思うのですが、前書きやあとがきという名の私の言い訳コーナーまでしっかり見てくれていて驚きやら恐ろしいやら嬉しいやら。嬉しい悲鳴です。

今回は短くなってしまいましたが、良ければ川神魂を聞いた士郎がどう思うかとか教えてくれたら嬉しいです。それでは


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闇の胎動

みなさんこんばんにちわ作者です。ようやく体調がよくなってきたへっぽこ作者でございます。

前回は日常メインだったので、また彼には戦いの場に戻ってもらいます。またもや裏の世界へとまっしぐらですが頼もしい味方が居るので今度は孤立無援ではありません。
それでは


――――interlude――――

 

廃棄されたであろう倉庫跡を見る。そこには埋め尽くさんばかりの人型のロボットがいた。

 

「・・・ここも外れか」

 

目当ての品はあったが、これは所詮ダミーと言った所だろう。犯人の姿はなく、証拠となるような物も、持ち出された後だった。

 

このロボット達も、やろうと思えば使えるだろうが、実際は使う気のない張りぼてということか。

 

制御室に行き、コンソールを起動。内部データをさらうが、やはりデータは全て削除されていた。

 

「私だ。今回も外れのようだ。その代り、大量のガラクタを置いていったみたいなのでね。回収なり破壊するなり、処分を頼む」

 

了解、と相手からの返事を受けて彼、衛宮士郎は電話を切る。

 

「ようやっと日常に戻れたというのにすぐこれか。Мなる人物には、最大級の返礼をしなければならないな」

 

この礼は倍にして返してくれよう。そう誓い、もういくつめになるかの敵のアジトを去る。

 

平穏なはずの川神に渦巻く闇は肥大を続けていた。盗まれたという九鬼の新サポートロボの行方は未だ知れず、こうして毎日夜を駆ける。

 

(いい加減尻尾を出しそうなものだが・・・どうにも動きが読めんな)

 

これだけ大規模に動いているのだからきっとどこかでボロがでるはず。いや、尻尾自体は出ているのだが、肝心のМに繋がらない。

 

九鬼の依頼を受けて数日になるが、出てくるのはМに扇動された下っ端のみ。どいつもこいつもМなる人物にそそのかされておきながら、その人物の詳細を全く知らない。

 

「・・・。」

 

タン、タンと壁を蹴り、倉庫の上にあがる。そこから見えるのは武骨な工業地帯だけだ。目を凝らし、その鷹の目をもってしても、見えるのは九鬼の従者部隊が忙しなく動いている姿だけ。

 

その光景にため息を付き、腕を組み目を閉じる。思いを馳せるのはこの地に来て初めてできた仲間達のこと。

 

(巻き込まれなければいいのだが・・・)

 

好奇心旺盛な彼らは何かと問題に首を突っ込む。重火器すら相手取れる腕前なので早々大事には至らないだろうと思うのだが、心配である。

 

如何に強くともまだ18歳の少年少女たち。どうか彼らには平和で、血を見ることのない生活を送ってほしい。そう思ってやまないのだが。

 

(いずれにしても必ず敵は攻勢に出てくる。その時を見逃さないようにしなければ)

 

そう結論付けて、彼は夜闇に紛れるようにその姿を消す。川神は未だ騒動の渦中にあることを改めて身に刻む衛宮士郎だった。

 

――――interlude out――――

 

平日の学園。夜はともかくとして昼間は普通の学生として生活する衛宮士郎。なのだが・・・

 

 

1!2!1!2!

 

一切のぶれなく掛け声と共にグラウンドを走る姿はどこかの軍隊のようである。

 

「俺のいない間に何があったんだ・・・」

 

思わずそう呟く士郎。確かに自分の留守を彼に託した。どうしても守りたい人々がいるので、彼らをどうか見守っていてほしい。そう言い残してはいたが・・・

 

「いい調子ですぞッ!!そのまま後五周!!いたしましょうッ!!」

 

そう言って槍(黄金のやつ)をもって走る諸悪の根源に喋りかける。

 

「おい!確かに守ってくれとは頼んだけど、ここまでしろとは言ってないぞ!」

 

これでは青春の一ページが、汗にまみれすぎてドロドロになってしまう。流石にそれはイカンだろうと抗議するのだが、

 

「彼らは勇敢なスパルタの素質がありますッ!!ああいや、決して脳みそまで筋肉だといいたいのでは無いのですが・・・とにかく!!守るだけではなく守るべき者達を育てることも!!危険から遠ざける一つの手段でありましょうッ!!」

 

「今さらっと本音出たぞ脳筋」

 

思わず頭を抱える士郎。まさか、自分がいない間に同級生達を魔改造されていようとはつゆとも思っていなかった士郎である。

 

「おーい大和。大丈夫かー」

 

膝に手を付いてぜーぜーと息を荒げる大和に士郎は駆け寄る。

 

「大丈夫・・・一応姉さんと京のトレーニング毎日やってるから。戦闘力は自身ないけど体力と回避力なら自信ある・・・」

 

と、言いながらも、ぜーはーと息の荒い大和である。確かに彼は初めて会った時から結構しっかりとした体つきをしていたなと思い出す。

 

「あんま無理はするなよ?鍛えるのはいいが、体壊したら元も子もないんだからな」

 

「ああ。分かってる。ていうか、無理しようとしても―――」

 

ピィーッ!!!

 

「いけません一子殿!!しっかりペース配分するのです!!それでは五周後に動けなくなってしまいますッ!!」

 

「うあう・・・はい」

 

トップをぶっちぎっていた一子がガチムチに注意され減速した。それを見て士郎はさらに頭を抱える。

 

「やっぱり任せて行ったの、間違いだったかな・・・」

 

「そうでもないと思うぞ。士郎がレオさんを学園に紹介してから、運動部の奴らも、武道系の奴らも、成績が良くなってるんだ」

 

「まぁ指導力は一級品だからな。こと肉体を鍛えることにおいてあれほどの適任者はいないと思うよ」

 

そう言って手に巻いたリストバンドで汗を拭う。このリストバンドだが、本来の汗拭き道具だけではなく、体に負荷をかけるための重りでもある。

 

超小型の重り(九鬼製)が仕込められるようになっており、個人個人に合わせて重量を変更できる他、吸水性、通気性もよく、汗をすぐに吸水し、あまりベタつかない。

 

おまけに中の重りを外し、専用の籠に入れれば学園がクリーニングに出すので、衛生面も完璧である。

 

最初はただの重りをつけていたのが、見栄えが良くないとの声が上がり、渋メンが学園長に何か良い道具はないかと相談した結果、九鬼にて製造されたのが経緯である。

 

「しかしすごいな士郎。そんなに重りつけて平気なのか」

 

「ん?一応普段から鍛えてるからな。とはいえ、これは俺でもキツイ」

 

そう言う彼の両腕両足には九鬼製バンドが二つずつ着けられている。元々体をかなり鍛え上げている彼には、一つでは足りないと渋メンが指摘したので仕方なくつけている。

 

体を鍛えるのはいいが、彼としてはある程度体力を残しておきたいのが本音。しかしあの渋メン、例えマスターである自分の言葉でも納得がいかなければ断固拒否するのでいかんともし難い。

 

しかも今回は令呪に強制力がない(・・・・・・・・・)ので、暴走を始めたら手が付けられないのが非常に心臓に悪い。

 

まぁ、異例の召喚なのでそれも仕方ない・・・どころか、彼がこうしてここにいること自体奇跡なので何も文句を付けられないのだが。

 

「衛宮士郎!何をそんな所で遊んでいるのですか!」

 

「ややッ!如何にマスターと言えども体育(訓練)を疎かにするとは許せませんッ!!私が直々にお相手いたしましょうぞッ!!!」

 

と、マルギッテの告げ口によりこちらに向かって猛然とダッシュしてくるガチムチに思わず天を仰ぐ士郎。

 

「ホントに間違ったかなぁ・・・」

 

「まぁ、どんまい」

 

ポンと肩を叩く大和の心遣いが虚しい。

 

 

 

 

お昼時。地獄の体育(という名の訓練)を終えて、疲労がMAXになった同級生達がゾンビのように押し寄せる。

 

「え、衛宮定食・・・」

 

「よくその疲労状態で来たな・・・」

 

もはや一歩も動けんと立ち往生でもしそうな勢いの生徒に、少しでも癒しをと特製の定食を渡す。

 

「しっかり休めよ・・・次!」

 

「衛宮定食。生卵付きです」

 

そう言って訪れたのはマルギッテだった。

 

「流石マルギッテだな。あの体育(訓練)でまだ余裕か」

 

「そうでもありません。あれは実に合理的で私を鍛え上げてくれます。祖国の部下たちにもやらせたい所です」

 

「それはちょっと考えてやってくれ・・・」

 

まさかドイツ軍まで脳筋集団にしてしまっては国際問題になりかねん。準備できた定食と生卵を渡す。

 

「しっかり食べて力つけてくれ」

 

「言われずとも」

 

言葉少なく定食を受け取って去っていくあたり、やはり彼女でもあの体育はこたえるのだろう。

 

「衛宮定食をくださいな」

 

「最上先輩?」

 

最近諸事情ですっかりご無沙汰だった先輩に驚く士郎。

 

「先輩がこちらにくるなんて珍しいですね」

 

「噂の衛宮定食、私も食べてみたかったのよ」

 

と、髪をかき上げながら言う最上旭。

 

「へぇ・・・やっぱり慣れているのね」

 

「ええまぁ。数少ない趣味でもありますから。と、おまちどうさん」

 

コト、とトレーを置く。

 

「ありがとう。・・・あら?これは?」

 

トレーに盛られた定食に、見慣れないプルりとしたものが乗っかっている。

 

「先輩初めてでしょう?初めての人にはデザートのサービスです」

 

そう言って微笑む。本当はそんなものないのだが、たまたま厨房のお姉さま方に試食してもらうべく作ってきたのだ。

 

「・・・。」

 

じっとこちらを見る最上旭。余りにもじっとみられているので、

 

「あの、俺の顔に何かついてます?」

 

なんだかデジャヴを感じながらいつかと同じ言葉をかける。それを聞いた最上旭は―――

 

「プッ!あははは!」

 

心底おかしかったのかお腹を抱えて笑う。

 

「・・・やっぱりなにかついてます?」

 

そう言ってエプロンで顔を擦る。

 

「やっぱりなにも―――」

 

付いてない。と言おうとしたが、当の彼女はいつの間にか離れた所にいた。

 

(また気配遮断に認識阻害か。よくもまぁあれだけ多用して逆に怪しまれないものだ)

 

気配を殺すとは言うが、実際それを行えたとしてもただ行ったのでは逆に人は気づいてしまうものだ。

 

単純に考えてほしいのだが、木々の生い茂る森の中に、一か所だけ不自然な空白があれば、誰だって目をそちらに向けるだろう。

 

なぜここに木はないのか?なぜここだけ草花がはえていないのかと。同じことを気配でやれば、違和感の塊のようになってしまう。

 

それを彼女は上手く周囲に自分を馴染ませるように、あるいは木々の中の一本として見立てることで他者からの認識を外し、気配を感じ取らせないようにする。

 

木を隠すのなら森の中とはよく言ったものである。

 

(最上旭・・・М・・・まさかな)

 

彼女は品行方正な生徒だ。裏で悪事を働くような人物ではない。そう思いたいが、彼女のむやみやたらに行使する気配遮断と認識阻害が、なにか隠しているんじゃないかと思えてしまう。

 

そして、その予想は恐らく当たっている。

 

(主犯のМではないにしても何かしらの隠し事はしているんだろうな)

 

そう思いながら配膳に戻る。願わくば、その隠し事が川神に潜む闇と繋がっていないことを願って。

 

 

――――interlude――――

 

不思議そうに自分の顔をエプロンで拭う彼を見てスッとその場を後にした。

 

今回は完璧。視線も遮ったし、気配の消し方も申し分ない。

 

なのに―――

 

(やっぱりばれてる)

 

何事もなかったかのように仕事に戻る彼だが、エプロンを顔から外した瞬間こちらを見た。

 

(ああ、どうしよう、胸が高鳴っちゃう)

 

彼女らしくない。実に彼女らしくない振る舞いだった。わざわざ自分から必要以上に接触し、まるで自分を見てほしいかのように現れてはバレバレの気配遮断と認識阻害をする。

 

普段から人に必要以上に悟られないようにしている彼女がそんな真似をするのはやはり理由がある。

 

(落ち着きなさい、旭。まだよ。彼と本当に会うのはまだ)

 

まるで、そうまるで、物語の主人公(・・・・・・)に恋焦がれるように。彼女の胸は激しく高鳴っていた。

 

(待っててね正義の味方さん)

 

今はまだ。彼女の本当の姿を晒す時ではない。でもいずれその時は来る。その時を心待ちにして、彼女はその場を去った。

 

――――interlude out――――

 

 

 

放課後、大和とキャップ、士郎と女子五人が秘密基地に集まっていた。

 

「エロ本の・・・摘発?」

 

キャップの言葉に意味が分からんと首を傾げる士郎。

 

「日本史の、あ、今は違うんだっけ。とにかく!最近学園に広がってるこの卑猥な書物の流通元を成敗するのでおじゃる!だってさ」

 

「そういえば最近、抜き打ちで持ち物検査がされてるな」

 

「男子中心に熱をいれて持ち物検査してたのはそのためか・・・ていうか、学園にそんなもの持ってくるやついるのか?」

 

士郎の問いに答えたのは大和だった。

 

「普通にいるぞ。この前ヨンパチとガクトが持ち物検査に引っかかって没収された」

 

「あ、そう・・・」

 

とても身近にいたことにカクリと肩を落とす士郎。青少年の飽くなき性欲はとても強いらしい。

 

「しかしキャップ。つまり俺たちにエロ本狩りをしろってことか?」

 

「まぁ個人のプライベートは別としても、学園に持ってくるのはなぁ・・・」

 

「なんだー士郎ーお前もエロ本に興味あるのか?」

 

ぎゃむりと士郎に抱き着く百代。

 

「興味はない!というかくっつくな!色々当たってるんだよ!」

 

「なんだわかってるのか。そーらもっと楽しめ!」

 

とさらにぎゅっと抱き着く百代。百代は最初こそ恥ずかしがっていたが、今では危機感の方が勝って極度にボディタッチを求める(しかける?)ようになっていた。

 

「うがが・・・所で、ガクトとモロは?」

 

がっつりホールドされながらもこの場にいない二人はどうしたと問う士郎。

 

「エロを摘発するのは信念に反する!って言って不参加」

 

「あ、そっちに回るんだ・・・」

 

エロ摘発反対運動に加わっているのが絵に描いたようにわかる。

 

「エロを摘発するのは俺も信念に反するんだが「エッチなのはいけないと思うわ!」おわっ!?」

 

そっち系に対して耐性のない一子が率先して摘発に賛成する。

 

「自分も賛成だ!こここんな卑猥な物を捨ておけん!」

 

「私は大和が見たいならいいよ?ただしわたしと「お友達で」これもダメか・・・」

 

「わわわ私も参加します!」

 

「ちょっとぱちってもいいよね?」

 

「まゆまゆはしれっとスケベだよなー誰かさんと一緒でッ!」

 

「俺はなにもしとらん!」

 

「じゃあ私の体に何も感じないのか?」

 

「・・・。」

 

一生懸命意識しないようにしているというのにこの駄武神めなんということを!と、思いはするのだが口に出したら負けなので黙るしかない。

 

「あーとにかく、そのエロ本の流通元を見つけて叩けばいいんだな?」

 

「話逸らすなよー」

 

ギュリィ

 

「いたたた!わかった!百代は凄く魅力的だよ!ドキドキする!だから放してくれ!」

 

「う・・・」

 

力が緩んだ瞬間を狙い、するりとホールドから逃げる士郎。

 

「いつつ・・・俺は聞き込みに行くから。何かわかったら連絡する。じゃな!」

 

そう言って士郎は秘密基地を飛び出していった。

 

「魅力的だって」

 

「ドキドキするんだって」

 

「良かったね。姉さん」

 

「・・・うん」

 

顔を真っ赤にして俯く百代にみんなが祝福する。が、

 

「モモ先輩ずるいです・・・!」

 

「まけてらんねーぜまゆっち!」

 

「・・・そういえばまゆっちもだった」

 

「士郎はつみつくり?な人!」

 

「自分も負けていられないな・・・!」

 

「ハッ!大和は私の。誰にも渡さない・・・!」

 

「どーでもいいけど、早くいこうぜ?」

 

「そうだな・・・」

 

士郎の残した言葉に沈黙する百代。そして嫉妬する由紀江。その様子をみて自分も想う人にアピールせねばと一念発起するクリスに、対抗する京。

 

一子は恥ずかしそうにしながらも嬉しそうな姉に、いつかはお兄ちゃんができるのかなーと平和そう。

 

なんとも桃色な空気になってしまったがその原因は既におらず。とにもかくにも学園の依頼をこなすべく、秘密基地を後にする一同だった。

 

 

 

 

「参ったな・・・」

 

秘密基地を飛び出してかれこれ数時間。聞き込みとは言ったものの、自分は大和のように人脈があるわけでもなし。

 

そっちの方には一切無縁なので馬鹿正直にそのエロ本どこで手に入れたの?なんて聞いても教えてもらえるわけもない。

 

(急に流通し始めた卑猥本か・・・)

 

唐突のようにも思えるが、その手の話はよく裏の世界と繋がりやすい。武器の密輸が、後押ししていた中国の阿呆傭兵と、それにくっついていたどこぞのマフィアが捕らえられたことで勢いを失った。

 

しかし、散発的なならず者による暴動や、怪しげなロボット製造、九鬼の新型盗難などまだまだ平穏になったとは言い難い。

 

『マスター。よろしいですかな』

 

と、悩んでいる内に別件で動いてもらっていたランサーからの念話が届いた。

 

『どうした?』

 

『マスターの睨んでいた場所の一件に潜入していたのですが・・・その、何やら卑猥な内容の本が・・・ですね。大量の武器と一緒に保管されているのを発見致しました』

 

『大量の武器と一緒に、だと?』

 

これはいよいよまずい。やはりこの突然湧いた卑猥本の一件。武器密輸と繋がっている・・・!

 

『そちらに向かう!重要人物、もしくはデータがあれば確保してくれ!』

 

『お任せを』

 

そう言って士郎は走り出す。なぜよりにもよって彼らの携わる依頼のことごとくがこう裏の世界と通じてしまうのか。

 

(偶然か・・・キャップの剛運か?)

 

聖杯さえ見つけ出す彼の運気が、逆に事件解決の為に作用しているのかもしれない。などという信じたくないがありえそうな予想に、思わず舌打ちしたくなるのを堪えて士郎は走る。

 

 

――――interlude――――

 

大和は一人、情報のあった少女を尾行していた。あてもなく様々な場所で聞き込みをしていたのだが、ゲームセンター前でヨンパチが件のエロ本を自分に売りつけようと持ち掛けてきたのを機に、

 

その出所を問い詰めた結果、ゲームセンターにいるやたらとアーケードゲームの強い少女が融通していると情報を得た大和は、その少女を静かに尾行していたのだ。

 

(今回は武器も持ってきた。早々にやられはしない!)

 

前回無手で歩き回っていたことでお荷物となってしまったことを踏まえ、いくつかの携行できる武器を持ってきていた。

 

「あそこか・・・!」

 

尾行を続けた結果、町はずれにある漁港にある一隻の船がアジトであることを突き止める。

 

「みんなに連絡を「どこにかける気だ?」うお!?」

 

男の声といっしょにガシリと尻を掴まれてビク!とする大和。

 

(しまった!)

 

尾行しているはずが逆に待ち構えられていたことに気づくが、気づくのが遅かった。

 

そのままアジトであろう船内に無理やり連れ込まれてしまう。

 

ガン!

 

「痛って!」

 

壁に叩きつけられ五人の人物に囲まれる大和。

 

「わあ大和君だ~!」

 

「あんたら何者だ・・・」

 

何故か青髪の女性が自分のことを知っているようだが、とにかく何者かを問う大和。

 

「酷ーい私の事覚えてないのー!?」

 

「いやあんたどこで会ったのさ」

 

「川辺で一緒に寝てた」

 

「なにそれ・・・」

 

と漫才のように息が合っている三人の女性。やたらと尻に目線を送るいかつい男。そして無精ひげを生やした中年のおっさん。

 

「小遣い稼ぎのつもりがとんだ相手に捕まっちまったな」

 

(木箱に大量のエロ本?)

 

「お前らがエロ本の大元ってわけか」

 

「そうだな。今は(・・)そうだ。でもここまで勇敢に追いかけてきた兄ちゃんにはいいものをプレゼントしてやるよ」

 

そう言って木箱の中に無造作に手を突っ込み中から何かを取り出す。

 

「拳銃!?」

 

「そ。俺たちはちょっとした何でも屋でね。エロ本はただの梱包材。折角なら梱包材も売れた方が儲かるだろ?」

 

(この木箱、全部エロ本に見せかけた武器の密輸品か!)

 

そこかしこに置いてある木箱を見渡してそう予想を立てる大和。

 

「あんたら、武器の密輸犯か!」

 

「いいや。言っただろう?何でも屋だって。本当ならエロ本渡してお引き取り願う所だが、場所がばれちまうとな。てなわけで、さよならだ」

 

そう言っておっさんが引き金に手をかける。

 

(そうはいくかってんだよ!)

 

いつかのレオさんの言葉を思い出す。軍師である自分が思考を止めてはならない。ファミリーを支える自分が誰よりも先に諦めるのは間違っている。

 

ピンッとポケットに忍ばせておいたそれのピンを抜いて転がす。

 

「なんじゃこりゃ」

 

それに敵の目が行った瞬間、大和は自分の目を覆った。

 

 

瞬間、

 

 

カッ!!!

 

「なにッ!?」

 

「目つぶしか!小賢しい!!」

 

パン!パン!

 

銃弾が数発発射されるが所詮でたらめに発砲されたもの。伏せていればそうそう当たりはしない。

 

(さらにこいつもだ!)

 

目がくらんでいる間に床に撒菱(まきびし)を転がして追って来れないようにする。棘は立っていないが靴で踏んでも相当に痛いそれを仕掛けて大和は船から脱出する。

 

「「「大和」さん!!!」」」

 

さらに携帯でGPSを送り続けていたのでみんなが来てくれる。

 

「姉さん!みんな!」

 

こうなれば数の有利だ。ちょっとやそっとじゃ負けはない。

 

「流石だな弟。本当は私達で踏み込もうとしたんだが・・・自力で脱出してくるとはやるじゃないか」

 

「いつまでも守られてばっかりじゃ男が廃るんでね!」

 

そう言って大和は携えていた木刀を構える。

 

「それにしても、これはどういうことですか!釈迦堂さん!!」

 

百代が叫ぶ先にいたのは先ほどの無精ひげを生やした中年。

 

「姉さん、あいつ知ってるの?」

 

「釈迦堂刑部。前に川神院で師範代をしてたけど、考え方が危険だからって破門にされたの」

 

「百代じゃねぇか!懐かしいねぇ・・・あんなにちっこかったのにこんなに大きくなりやがって。嬉しいぜ?」

 

(あんなおっさんが川神院元師範代?まずいな・・・)

 

ただのテロリスト如きなら何とでもなる戦力だが師範代クラスが敵にいるとなると話は違ってくる。間違いなくクリスや最近やっと戦えるようになったワン子、京じゃ手に余る。

 

(となるとあいつの相手は姉さんかまゆっちしかいない)

 

緊張で沸騰しそうになるのを堪えて思考を張り巡らす。士郎がいれば確実だが、ここで武器の密輸がされていたとすれば―――

 

ガシャン!ガシャン!

 

「やっぱりお出ましか!」

 

以前、麻呂の犬の時に出てきた正体不明のロボット群。そいつらがそこかしこから現れた。

 

「援軍とはありがたいねぇ、じゃあ少しこっちも見せてやるとするか!」

 

「!?まさかその人たちに川神流を!!」

 

「本家の頭の固い連中より見どころあるぜ?」

 

「長女・板垣亜巳!」

 

「次女・板垣辰子ー!」

 

「長男・板垣竜兵!」

 

「そしてうちが三女の板垣天使(えんじぇる)だ!」

 

「板垣・・・」

 

「えんじぇる・・・」

 

あれか。俗に言うキラキラネームという奴だろうか。小柄にピンク色の髪をした姿は確かに天使っぽくないと言えなくもないが・・・

 

「エンジェルだって!ねぇねぇ五人集めたらなんかもらえる?」

 

「松風!人が気にしてそうなことを面と向かって言ってはいけません!」

 

「うちの名前を馬鹿にしたな!うち流ゴルフ術の餌食にしてやるぜッ!」

 

「まゆっち結構毒吐くよね・・・」

 

「こ、これは松風がッ!」

 

その松風は由紀江が腹話術で話しているのだが、あえてなにも言わない。

 

「へっ余裕かましてるけどいいのかよ?奴さんはもうやる気だぜ?」

 

ガション!と内蔵された火器をこちらに向けるロボット群。

 

「大和は下がってろ!」

 

「わかった!」

 

言われた通りに壁を盾にするように下がる。万が一にも自分が標的になれば彼女らが却って(かえって)危ない。

 

(一応あいつらにも効果がありそうなものはある!今度は諦めないぞ!)

 

そうして二度目の激闘へと突入するのであった。

 

――――interlude out――――

 

「ちぃ・・・後から後から、しつこい連中だッ!」

 

ガキャン!

 

内部の火器を発射しようとしたロボットに白剣を投げつけて両断し、

 

「はぁあ!」

 

左手に握った干将で叩き切る。

 

「マスター!」

 

「わかっている!」

 

宙がえりしながら背後に立った一体に残りの干将を投げつけ、

 

――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

干将・莫耶を起爆して近くにいたロボットもガラクタに変えてやる。

 

「いつになったらこいつらは止まるのか」

 

ランサーの報告を受けて彼の見つけた隠れ家の中を捜索中、急に動き始めたロボット達に、証拠を探していた士郎は戦闘を余儀なくされていた。

 

「マスター。このまま一緒に全て破壊してしまうのも良いですが、ご学友が危険なのでは」

 

彼の言う通り、携帯に大和から電話が鳴りっぱなしだ。恐らく彼らも戦闘になっている。

 

「その通りなのだがなッ!こいつらこともあろうに―――!」

 

ロボットの分際で、木箱に詰められた重火器を数体がかりで持ち出し、

 

パシュン!

 

「ええい鬱陶しい!」

 

ドゴン!

 

倉庫が派手に爆発し、重火器、RPGを発射した個体を、背面を使った当身、鉄山靠(てつざんこう)で粉砕して弾き飛ばす。

 

「こうして内蔵武器を使うどころか、そこらに転がっている武器を担ぎ出されては見過ごすこともできん!」

 

ランサー一人でもこいつらの殲滅は可能だろうが、もし万が一にでもロボットが重火器を外に持ち出したら大変なことになってしまう。

 

最悪なことにこの隠れ家・・・工場とでも言うべきか。ここは住宅街からそれほど離れていない位置にあり、油断すれば近隣住民に被害が出る。

 

それが分かっているのかいないのか、とにかくロボット達は攻撃するだけでなく、備蓄されている火器を持ち出そうとするのだ。

 

(全滅させるのは容易いが、こうも数が多いと―――)

 

今は二人でロボットをガラクタに変えているのでまだ外には一機たりとも出ていないが、これが一人になれば確実に外に出る個体が出てくるだろう。

 

それではまずいのだ。こいつらはここで全てガラクタに変えねばならない。

 

と、

 

バゴン!

 

「!?」

 

急に工場の壁面が爆発した。

 

「マスター!お下がりを!」

 

「その必要はない!」

 

ドンドンドン!!!

 

急に周囲が爆発、さらに火器に引火して更なる爆発が起きる。

 

「その服装、九鬼の従者部隊か!」

 

「いかにも。九鬼家従者部隊・序列4位のゾズマ・ベルフェゴールだ。君からの支援要請を受けて参上した」

 

そう言って現れたのは黒人系で髪をドレッドヘアーにした執事服の男だった。

 

「すまないがここを任せていいかな?少々・・・いや、だいぶ込み入っていて、ねッ!」

 

投影した黒鍵を投げつける。ただ投擲されたように思えたそれは、

 

ドゴン!

 

まるで大型トラックが衝突したかのような衝撃をロボットに与え、一体に留まらず数体を串刺しにして、

 

――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

派手に爆発四散した。

 

「ほう。すごいな君は。今のが報告にあった魔術かな?」

 

「ただの純粋な投擲技法だが!悪いが説明している時間はない!ランサー!後を頼む!」

 

「お任せを。ご武運を!マスター!!」

 

そう言いおいて工場から飛び出る。入れ替わりに九鬼の従者部隊が入っていくのが見えたのでこちらは問題ないだろう。

 

鳴りっぱなしだった大和の電話に出る。

 

「大和!今どこだ!」

 

『町はずれの漁港だ!今姉さん達が釈迦堂とか言う川神院の元師範代と、その弟子達・・・ああっ!こっちくんな!』

 

バチバチ!と何かが弾ける音がしてガシャン!と何かが崩れ落ちる音が聞こえる。

 

「大和!?まさかそっちにもロボットがいるのか!?」

 

恐らく電気によるショート音から、大和達もロボットに襲われていると推察する。

 

『その通りだ!何とか持ちこたえてるけどそろそろまずい!急いで来てくれ!』

 

「わかった!すぐに行く!!!」

 

返事をして電話を切る。

 

(人目に付くが仕方ない!)

 

「――――同調、開始(トレース・オン)

 

脚力を集中強化。壁を蹴ってビル屋上へと駆け上がり、

 

「――――工程完了。全投影、待機(ロールアウト・バレット・クリア)

 

空中に一定間隔で直剣を水平に投影。それを足場にして、

 

「はッ!!」

 

目視した大和の元へ、地形を一切無視して空を駆ける。

 

(頼む!間に合ってくれ!!!)

 

一筋の閃光となって彼は友の元へと走る。

 

 

――――interlude――――

 

「川神流・無双正拳突き!」

 

「こっちもだ!!」

 

ガッ!

 

百代と釈迦堂の拳が衝突する。しかし、

 

「ぬお!?」

 

「はあああ!!」

 

釈迦堂の拳は容易く弾き飛ばされ、百代が連打を仕掛ける。

 

「川神流・大車輪!!」

 

「おうさ!」

 

一子の大車輪に対し、板垣天使もゴルフクラブで同じ技を繰り出す。

 

「はあああ!!」

 

「そらそら!」

 

クリスの突きに合わせて板垣亜巳が棒を回転させることで受ける。

 

「ふっ!」

 

京の放つ矢を辰子が素手で弾き、

 

「オラァ!」

 

「甘いです!」

 

竜兵の拳を由紀江が躱し、

 

「やあ!」

 

「ごはっ!」

 

峰打ちを決める。だが・・・

 

「いてて・・・女だろうと容赦しねぇぞ!」

 

「コイツちょっと頑丈すぎね!?」

 

「それより大和は!?」

 

京が叫ぶ方を向けば大和がロボット相手に孤軍奮闘していた。

 

「せい!」

 

バチバチ!

 

キューン・・・

 

また襲われた時の為に準備していた改造スタンガン(違法です絶対やめましょう)で一体ずつロボットを行動不能にしていく。

 

ガション!

 

「それは無理!」

 

ガトリング砲が開いたのをみて即座に壁に隠れる大和。

 

「はぁはぁ・・・レオさんの言う通り、最後にもの言うのは筋肉と頭脳だ、なッ!」

 

バチバチ!

 

また一機行動不能にするが、

 

ジジ・・・

 

「やっぱ無理があったか!」

 

無理やり電圧を上げたスタンガンは内部が焼き付いて使い物にならなくなってしまった。

 

「こうなるともう攻撃手段が無いな・・・!クッキーからビームサーベル借りてくるんだった!」

 

ロボットの脚を払い、転倒させて銃撃を受けないようにする。しかし彼ではそれが精いっぱい。唯一の攻撃手段は使えなくなってしまったのでもう逃げに徹するしかない。

 

「ちっ!大和!」

 

「よそ見はいけねぇな!」

 

「がっ!」

 

百代が釈迦堂に殴り飛ばされて飛んでくる。

 

「姉さん!」

 

「問題ない・・・川神流・瞬間回復!」

 

気を高めて細胞を活性化、傷ついた部分を回復する奥義。

 

「そういえばそれがあったな。少し長居しすぎた。引き上げだ!」

 

釈迦堂のその言葉に板垣兄妹は町の中へと消える。

 

「まて!」

 

「いけません!クリスさん!」

 

「まだロボが残ってんぞクリ吉ー!」

 

「くっ!みすみす取り逃がすか!」

 

周囲を囲むロボットに対し、大和を守るように囲む百代達。

 

「ワン子大丈夫か!?」

 

「まだ平気!でもちょっとまずいかも・・・」

 

まだ完全に復活したわけではない一子はそろそろ限界だった。既にオーバーフローを起こしかけている。

 

ガツ!

 

「!?」

 

突然ロボット達が地面に体を固定した。

 

「まずい!避けろ!」

 

咄嗟に判断できたのは百代と由紀江だけ。しかしそれも虚しく、

 

バジジジジ!!!

 

「「「うああああああ!!!」」」

 

防ぎようのない大電流が流れる。如何に壁を作っても地を伝う電撃までは防げない。感電した一同は身動きが取れなくなってしまった。

 

ガション!

 

そしてガトリング砲がこちらを向く。

 

(まだだ!まだ手はあるはずだ!)

 

フラフラになりながらも大和は諦めない。もう考えることを止めることは絶対しない。生きている限り思考をやめない!

 

 

ヒューン・・・

 

 

ガトリング砲が空転を始める。後一秒もない。それでも、

 

(絶対諦めてやるもんか!!!)

 

そう誓って敵を睨みつけてやる。

 

はたしてその祈りが届いたのか。はたまた決意が呼び起こしたのか。一秒後に摘み取られるはずの彼らは

 

 

 

――――I am the bone of my sword.(体は剣でできている)

 

 

 

“熾天覆う七つの円環”(ロー・アイアス)――――!」

 

 

――――大輪の花に守られた。

 

 

――――interlude out――――

 

 

全力で空に浮かぶ剣を踏み砕きながら、視界に飛び込んできたのは、大和達がロボットの大放電により動けなくなってしまい、今にもガトリング砲に撃ち抜かれる所だった。

 

 

 

――――I am the bone of my sword.(体は剣でできている)

 

 

やらせない。させるわけにはいかない。

 

「――――“熾天覆う(ロー・)

 

敵射撃まで後0秒。盾の展開まで後―――

 

七つの円環”(アイアス)――――ッ!!!」

 

キイィイイン!!!

 

大輪の花が大和達を守らんと立ちふさがる。それはトロイア戦役において大英雄の一撃さえも防いだ友情の盾。たかだか人一人を粉微塵にする程度ではこの盾は破れない。

 

「――――工程完了。全投影、待機(ロールアウト・バレット・クリア)

 

次いで追い打ちをかける。これ以上、友たちを傷つけるわけにはいかない。それがたとえなんであろうと一片も残さず粉砕する――――!!!

 

「――――停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト・ソードバレルフルオープン)ッ!!!」

 

ダンダンダンダンッ!!!

 

剣弾が雨あられと降り注ぐ。降り注ぐ剣は一切の容赦なく、ロボット達を粉々に粉砕する。そして、

 

 

――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 

ダメ押しとばかりに降り注いだ剣が全て大爆発を起こす。広範囲を爆散させたその光景は凄まじく、舗装されていた道路が見る影もなく、爆破の余波が周囲の建物にさえ及んでいた。

 

「・・・士郎?」

 

目の前の光景に目を奪われていた大和が自分達を守るように右手を掲げていた士郎に声をかける。

 

「すまない、遅くなってしまった」

 

彼が右手を下すと同時に、花の盾はその花弁を蕾に戻すようにして消えた。

 

「いや、ジャストタイミングだ。あれが士郎の魔術なんだな」

 

「・・・まるで魔法使い」

 

「確かに、私にもあれはできないな」

 

「綺麗な花の盾・・・夢を見ているようだった」

 

「剣が降りそそぐのも現実離れしていて」

 

「かっこよすぎるぜシロ坊・・・」

 

「はう・・・綺麗なお花に沢山の剣、もうなにが何やら」

 

そう煤にまみれながら言う彼女達に心底安堵する。大放電を食らった時は本当に心臓が止まるかと思った。だが皆こうして生きている。

 

(間に合って本当によかった・・・!!!)

 

もう少しで大事なものを失う所だった。この世界に来て初めてできた仲間達を―――失う所だった。

 

(М。貴様が何者かはもうどうでもいい。貴様には。貴様にはこのつけ、10倍にして返してくれる・・・ッ!!!)

 

 

――――まだ見えぬ黒幕に対し、士郎は決意する。相手が何であろうと、例え神が相手であろうと。その存在を叩き落し、粉砕すると。このやり場のない怒りに決意した。




今回はいかがだったでしょうか。とりあえずうん。もう隠す気ないよね。スパルタゆうてるもんね。渋メンだのガチムチだの書くのだいぶ辛いです思わず名前書きそうで(笑)
もう二話・・・かな?で彼の経緯を書きますのでもう少々お待ちくださいね。

なんでだろう。衛宮定食の話し書いてる時が一番楽しいです。誰を出そうかなーとかどういう状態の人出そうかなーとか。色々考えちゃいます。今回は最上先輩に全部かっさわれましたが。

二度目のアイアス、かっこよく書けたかなぁ・・・ヒーローは遅れてやってくるもの。

後Мさんは士郎にぶっちKILL認定されました。私の書く士郎がマジギレしたら正直、川神の方々は震えて祈るしかないです。戦闘力はまだしも火力がやばいですからね。まぁ、士郎強い設定なので戦闘力自体やばいのですが。

次回は決戦です。遂にあの方が宝具発動!こうご期待!なんて自分でハードル上げちゃう(モーロンラベ‼モーロンラベ‼)

では次回お会いしましょう。


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炎門の守護者

皆さんこんばんにちわ。相変わらず投稿ペースの遅い作者でございます。

誤字報告、本当に助かっております。もうね、わかってるのに間違えたもの、あ、そっちか!となるもの。挙句にはルビがちゃんと機能してなかったりと、投稿前にプレヴューと睨めっこしてるんですが上手くいかないものですね・・・漢字なんかその都度これだっけ?って検索しております(苦笑)

今回は前回のあとがき通り、第一次決戦となります。どうなるかは、タイトルでわかっちゃうか(笑)とにかく楽しんでもらえたら嬉しいです。


――――interlude――――

 

「馬鹿が!携帯にはかけるなって言っただろッ!航路?そんなもん好きなとこから上陸しろ!こちとら近場の漁港で爆発事件があって手一杯なんだ!誰も海なんか見ちゃいねぇよ!!」

 

そう怒鳴りつけて携帯を床に投げつける。彼は最近総理大臣に就任した現総理大臣。しかし彼には巷で黒い噂が広がっており、身の保身に必死に走っている。

 

(ちくしょう!折角総理になったってーのに何もかも上手くいきやしねぇ・・・)

 

実際、彼は総理大臣になるためにあらゆる手段を取ってこの座を勝ち取った。コネ、恐喝、賄賂。表裏問わず様々な手を使って今この場にいる。

 

(肝心のМの野郎も連絡して来やしねぇ・・・これは、早々にバックレる準備しとかねぇといけねぇな)

 

Мなる協力者も最近は全く連絡が付かない。元からそれほど信用してはいなかったが、なにかと上手く都合をつけるので便利に使わせてもらっていた。

 

しかしそのМも、ばれるのを嫌がってかさっぱり連絡を寄越しもしないし、こちらからかけても繋がらない。

 

「総理!大臣が揃いました。急ぎ閣議室に!」

 

「ああ!今行く!」

 

投げつけた携帯を踏みにじって彼は閣議室に向かう。

 

(他人がどうなろうと構いやしねぇ・・・最後に勝つのは俺だ!)

 

一体何をもって勝利とするのか。それすらわからないのさえ気づかぬまま、彼は国の舵取り場へと歩んでいく。

 

――――interlude out――――

 

「・・・。」

 

多摩川の流れる土手で士郎は寝転がり空を見上げていた。考えるのはあの夜の出来事。もう少しで大切な者達を失う所だったあの瞬間。

 

「・・・ッ!!!」

 

ギチリと手から血が流れるのも構わず力が入る。あの時確かに、間一髪間に合うことができた。しかし、その歯車が少しでも、一ミリでも嚙み合わなかったら・・・

 

彼らは今頃。身元不明のスプラッタなことになっていたことだろう。

 

(俺は・・・どうするべきなんだ)

 

ちらりと携帯のニュースを見る。そこに映し出されているのは総理官邸がならず者達に襲撃されているというニュース。

 

本来の彼なら、とっくに現場に急行し鎮圧活動に参加している。しかしそれをしないでここにいるのは彼を慕うファミリーの存在だ。

 

(俺が行けば間違いなく彼らも来る。これだけ大々的に報道されている中、身を隠して行動するのは無理だ)

 

この際、魔術のことはどうでもよかった。所詮それは自分一人に向けられる追っ手。

 

さらに、表の九鬼、裏の梁山泊をして、魔術師の存在が確認されていない以上彼らに被害が行く可能性は極めて低い。

 

だが彼が戦場に行くのは別だ。彼が戦場に向かえば仲間想いの彼らは絶対に同じ戦場にやってくる。

 

(正義の味方が聞いて呆れる)

 

前の世界ではまだよかった。セイバーとライダーという人知を超えた二人ならばいくら有象無象がやってきたとてその隔絶した戦闘力で返り討ちにしていた。

 

だが今はどうだ?百代はともかくとしても大和やキャップ、ガクトやモロ。そして火器相手でも戦える一子などの少女たち。

 

いくら常人離れした強さを持つとはいえ彼らは普通の人間だ。一発の銃弾が即死に繋がることだってありえないことではない。

 

ここに来て彼は後悔のようなものを感じていた。もし、彼らとつながりを持たなければ、もし、彼らの誘いを断っていたなら。

 

この身は正義の味方として戦場へとなんの憂いもなく行けたというのに。

 

(いや、それは違う。何より失礼だ)

 

しかしそれを自分に芽生えた新たな感情が否定する。彼らから与えてもらったこの幸せは決して間違いなどではないと。

 

彼らに出会わなければ、ただ正義を行使するガラクタに成り下がっていたのだと教えてくれる。

 

何処まで行っても伽藍洞の心に据えられた、誰もが幸福でありますようにという願いは、そんなガラクタでは叶えることなどできないと。

 

(ではどうする)

 

この身は一つしかない。それこそ二つや三つに分けられたのなら、どれほど上手くこなせただろうか。

 

そうして思考は最初に回帰してしまう。正義の味方としての行動を取るか。あえて動かず彼らを巻き込まないよう努めるか。

 

堂々巡りする思考にいっそすべてを手放してしまいたくなる。

 

と、

 

「どうしたんですか?」

 

土手の上に、茶色のトレンチコートを着た壮年の男性がいた。

 

「どうしたもこうしたもあるかい。今にも泣きだしそうな面しやがって。人様の心配してる場合じゃねぇんだろ?今のお前さんはよ」

 

その言葉にドキリとする。どうにもこの体になってから感情を殺すのが上手くいかない。

 

「ちょっと理想と現実に悩んでいましてね。理想を取れば見知らぬ誰かを救えるかもしれない。けれど大事な人を危険に晒す。現実を取ればそれまで積み上げてきた、己に誓った理想に背を向けることになる。その代り、大事な誰かを救えるかもしれない」

 

「そいつは、難儀な話だ。いくら考えたって答えは出ねぇ。どちらを取っても、お前さんには悔いが残る。他人の俺がどうこう言えるこっちゃねぇわな」

 

「本当に難儀な話ですよ」

 

そう答えて空を見上げる。その姿を壮年の男性は見て、

 

「兄ちゃん。答えはもうでてるんじゃあねえのかい?」

 

「・・・。」

 

士郎はその問いに答えなかった。

 

「確かにどっちを取っても悔いが残る。でも人間てなぁ100%正解の答えなんざ出せねぇもんだ。間違って、泥をかぶりながらそれでも前に進む。それが俺たち人間ってもんだろう」

 

そう。確実に正解な答えなどない。この世はそんな甘いものではない。そんなものがあるとすればそれはただの巨大なエゴだろう。

 

「それによ。一つお節介を焼かせてもらうなら・・・お前さん、信じてねぇもんがあるだろう?」

 

「信じてないもの?」

 

「おうよ。お前さんの周りにいる大切な人・・・仲間ってやつをよ」

 

「!」

 

『士郎。私達はお前に守られなきゃいけない程弱くはないぞ』

 

そんな幻聴が聞こえた。

 

「確かに・・・少々臆病風に吹かれ過ぎていたようです」

 

そうだ。答えなど最初から決まっていた。後は仲間を信じて一歩を踏み出すだけ。

 

「ところで兄ちゃん。お前さんの理想ってなんだい?」

 

「それは――――」

 

誇らしげに告げた言葉に壮年の男性は大きく笑い、

 

「そりゃあ大した理想だ。所でよ。ちょいと困ってるだが・・・」

 

男の言葉を最後まで聞くことなく、

 

「ええ。お受けますよ。総理大臣様?」

 

そう言って手を差し出す。

 

「馬鹿野郎。非実在性青少年だ。今はな」

 

差し出された手をしっかりと握り返す男。

 

『戦、ですな。マスター』

 

『ああ。それも大一番だ。頼りにしてるぞ』

 

『お任せください!たとえ竜がこようと我らの盾に防げぬものはありませんッ!!』

 

――――そうして彼は戦場へと赴く。正義の味方として。衛宮士郎として。この戦いに終止符を打つために。

 

 

――――interlude――――

 

風間ファミリーは休校になった学校に集まり、話し合っていた。

 

「やっぱり行こうぜ!ここで俺たちがやらなきゃ誰がやる!」

 

「そうは言うがなキャップ。相手は自衛隊と混戦状態だ。下手に首を突っ込んだら怪我じゃすまないぞ?」

 

「それに武器の密輸のテロリストとか、正体不明のロボットとかも出てくる可能性あるしね・・・」

 

「仲間の安全を取るならだんまり。でも、それじゃあ俺様達らしくないよな!」

 

「そうよ!それにロボットが出てくるなら上等よ!港での借りを返してやるんだから!」

 

「私もだ。この私が一瞬とはいえ戦闘不能にされたなんて許せんからな!」

 

「今度は私も行こう。同じロボットとして、人を傷つける外道共を始末してくれる」

 

「俺も行ってやる。・・・勘違いすんじゃねぇぞ。お前らだけじゃ数が足りねぇからだ」

 

ブオンと怪しく目を(らしき部分)を光らせるクッキー2。そして源忠勝彼も名乗りを上げてくれた。一子と百代もやる気十分と言ったところだ。

 

そして、

 

「あ!お、おいこれみてみろ!」

 

「ん?・・・あ!!!」

 

大和の携帯端末でテレビの中継を見ていたクリスが慌てて見るように促す。

 

『ご、ご覧ください!自衛隊と争っている中、颯爽と現れた赤い青年が暴徒の集団を次々と打ち倒しています!!』

 

映し出されたのは見慣れぬ赤い装飾を身に付けた衛宮士郎だった。

 

総理官邸を前に縦横無尽に、まるで赤い閃光のように戦場を駆け抜け、暴徒を一掃している。

 

「あいつ・・・!」

 

「し、士郎先輩です!」

 

「シロ坊なんでそんな所に!?」

 

「そういえばあいつの理想って―――」

 

百代は彼が来た最初の金曜日を思い出す。

 

 

 

『・・・まるで正義の味方だな』

 

『それが夢だからな』

 

『・・・そんなの、なれっこない』

 

『そうかもな。でも、綺麗な願いだろ?』

 

『―――まだ目指すのか?』

 

『―――そりゃそれが俺だから。無くしたくない憧れだから』

 

 

 

「あいつ、今もずっと目指してるんだ」

 

あの眼は今も遠く、果てない先を見ている。ここで自分たちが足踏みしている間に彼は何歩も先にいるのだと百代は悟った。

 

「決めた!私は先に行く!!お前たちは後を追ってこい!!」

 

「あっ!お姉さま!!」

 

「私も行きます!士郎先輩を一人にはできませんっ!!」

 

「まゆっち!?」

 

飛んでいく百代とその後を追う由紀江。

 

「なんだよ!リーダーの俺を置いてなんで士郎が真っ先にいいとこにいるんだよ!!」

 

「いいとこって、一番危ない所だよ・・・」

 

ジタバタするキャップにモロがツッコミを入れるが、

 

「それに何あの赤い恰好!超かっけぇじゃん!!こうしちゃいられねぇ!俺たちもいくぞー!!!」

 

応!と頷いて彼らも戦場へと走る。向かうは総理官邸前。彼らの新しい仲間が孤軍奮闘する戦場に、彼らは走るのだった。

 

――――interlude out――――

 

「てんめなにしやぐはっ!」

 

「なめんぐげっ!」

 

殴りかかってくるチンピラを纏めて蹴り飛ばす。さらに、

 

「――――投影、開始(トレース・オン)

 

両手に干将と莫耶を投影、振りかざされた鉄パイプを弾き返し、

 

「おがッ!?」

 

延髄に干将の柄を落として気絶させる。戦場である総理官邸前には自衛隊が展開しているが、一応民間人である彼らに実弾を撃つことが出来ないのか、押し合いへし合いの大乱戦となっている。

 

その戦場を、彼はもはや目にも映らぬ速度で駆け抜け、迫りくる暴徒たちを狩り続けている。

 

かれこれ一時間。彼は戦場をかける赤き閃光となって暴徒から門を守っていた。

 

「たすか「たわけ!礼を言う暇があったら一人でも多く鎮圧しろ!!!」い、イエッサー!!」

 

自衛隊員も、突如現れたこの青年に喝を入れられ、少しずつ暴徒を押し返し始めた。

 

幸いなことに相手は素人。しかもいつぞやの板垣とかいう兄妹の長男、竜兵に銃を拾うなと命じられているので隊員が落とした銃で銃撃戦、なんてことにはならずにいる。

 

そんな中途半端な雑魚など、彼からすれば物の数ではない。ただ一つ文句があるとすれば、剣弾で一掃出来ないので一人ずつ、もしくは数人ずつ仕留めていくしかない所か。

 

「ぐはっ!」

 

「ぎっ!」

 

「ごっは!」

 

武骨な舞を舞うように夫婦剣を振りかざし、剣だけでなく、上半身の当身や鋭い蹴りなど、体を総動員して迎撃する士郎。

 

「すまない!ここは大丈夫だ!あちらを頼む!!」

 

「――――」

 

その声に返答はなく、彼はすぐさま踵を返し、押されている場所へと駆け付ける。

 

「こん「どけッ!!」ぎゃあ!」

 

鉄パイプで殴りつけようとしていたチンピラがまるで軽自動車にはねられたように吹き飛び、周りを巻き込んですっ飛んでいく。

 

まさに獅子奮迅。たった一人で多数の暴徒を相手にしながら彼は一歩も引かない。その鷹の目は最短、最適効率を見抜き、暴徒を黙らせていく。

 

しかし彼は一人。圧倒的数の暴力の前にはどうしても穴ができる。

 

「助けてくれ!」

 

「――――ッ!」

 

助けを呼ぶ声に彼は即座に反応し、対応する。だが相手は複数。それ故に彼も一定間隔の空白()を作らざるを得ない。

 

その隙を上手く自衛隊がカバーできればいいのだが、訓練でしか人を傷つけたことのない彼らには無理な話である。

 

実戦と仮想戦は違う。如何に相手を素早く仕留めるか、如何に相手に隙を与えないかで勝敗は大きく変わる。

 

その点今回展開された自衛隊員はずぶの素人だといえた。平和を謳歌するのは幸せなことだが、その平和を守る隊員達がこれでは何の役にも立たない。

 

彼が戦闘に参加していなかったら、鎮圧するはずの自衛隊員に被害が出ていたことだろう。

 

「足元をよく見ろッ!!」

 

「!?」

 

わざわざ足元に目を向かせ、そこに白剣が突き立っていることを教えてやる。

 

「な、なんだただの「おい避けろ!」!?」

 

 

――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 

あらかじめ餌食になっていた暴徒の一人が警告する。それと同時に白剣・莫耶が三秒ほど遅れて爆発する。

 

「「「うああああ!!!」」」

 

警告に反応出来なかった馬鹿どもが爆発に巻き込まれ吹っ飛ばされる。

 

幸か不幸か、川神の住人は一般市民も意外と頑丈なので爆発の威力を抑えて、剣が爆発することを教えてやれば勝手に吹き飛んで気絶してくれる。

 

そもそも干将・莫耶はCランクとはいえ宝具なので、手を抜いた投影品でなければ跡形もなく吹き飛んでいることだろう。

 

「すまない!援護を!!」

 

「――――ッ!!!」

 

その声にいち早く反応、宙高く飛び上がり、空中で体を捻って反転。いつの間にか握られていた黒弓で瞬く間に三連射。

 

自衛隊員に襲い掛かろうとしていた暴徒三人の頭部に寸分たがわず投影された学園レプリカの矢が衝突する。

 

随分と高く跳躍してしまったので空から地上の様子がよく見える。

 

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

 

「そら爆発するぞ!!!」

 

ガワだけの干将と莫耶を地上の暴徒の厚い部分にそれぞれ投げつける。

 

――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

「「「ぎゃあああ!?」」」

 

相当に手を抜いた投影品(実際体に当たっても剣の方が砕けるほど)で暴徒が映画のワンシーンのように吹き飛ぶ。

 

「なんなんだよあいつ!」

 

「どっから剣出してんだよ!?」

 

「つーか爆発・・・ぎゃあー!!?」

 

いい加減雑魚の相手にも飽きてきたのだが、数が多いことが彼らの武器であるのでしょうがなく相手をしてやる。

 

(手抜きとはいえ、こうも投影ばかりしていては魔力が尽きるな)

 

いくら手抜き品とはいえ一応魔術行使なのでこうもバカスカと爆発させていては魔力が尽きる。

 

魔力が尽きてもこの程度ならば戦い続けられるが、流石に助けや援護を求める声に反応するのが遅くなってしまう。

 

(早めにお願いしますよ。総理大臣殿・・・!)

 

先に官邸内部へと潜入した総理大臣(元)にそう願いながら彼は戦闘に戻る。まだまだ鎮圧せねばならない馬鹿どもはいるのだから。

 

――――interlude――――

 

「久しぶりだなぁ総理大臣さんよぅ・・・!」

 

「なってめぇは!・・・ここは国の舵を取る所だ。引退したロートルがのこのこ来るところじゃねぇ」

 

男の言葉に総理大臣だった男は鼻で笑って、

 

「そういうのは立派に舵取ってから言いな。埋蔵金掘りで船底に穴開けてちゃ舵どころじゃねぇだろう?」

 

「ふん。埋蔵金ならあったさ」

 

「なに・・・?」

 

男の言葉に訝し気に目を細める総理。

 

「この国にはこの国が嫌いな奴らがわんさかいる。そいつらに飴をちらつかせて一緒に天辺を叩けば浮動票はこっちに一気に流れ込む。そいつが本当の埋蔵金さ」

 

そう言って余裕そうに元総理を見下す男。

 

「天辺手に入れた礼に密入国の手引きをしたってわけか」

 

「人聞きの悪いこというんじゃねぇよ。偶々警備の緩い場所と時間があっただけよ。ま、俺が少々悪さした所でこの国には極めて微量。所詮、国ってのは勝利者に回ってくる優勝カップみてぇなもんだ」

 

その言葉に激しく気分を害したらしく、元総理は、

 

「ああ同じ考えの奴をよーく知ってるぜ!アドルフ・ヒトラーてんだ!!」

 

そう吐き捨てるように言った。

 

『アドルフ・ヒトラー』。学校で世界史を学べば一度は出てくるナチス・ドイツの支配者である。彼は大統領になると大統領令と全権委任法によって憲法を事実上停止。

 

そして対立政党の禁止や、政治的敵対勢力を物理的に抹殺し、独裁者として君臨した。彼が行った所業は数々あるが、よく目にするのはユダヤ人差別と人体実験だろうか。

 

そんな男と同じ考えの男が現総理大臣とは、日本最大の汚点だなと総理は思った。

 

「国に傷を負わせて国の天辺に立つたぁおめぇも相当の悪だが・・・」

 

「おしゃべりはそこまでだ!」

 

そう言って男は拳銃を構える。しかし総理はそれに恐れることなく、

 

「口を封じるつもりならもう遅いぜ」

 

「なに?なんだこれは!?」

 

ピ、と映されたテレビに自分の姿が映っていることに驚く男。映されたニュースのタイトルは『総理大臣、武器密輸に関与か』

 

「あんたが密入国を指示する会話を盗聴してネットに流した奴がいてな。この騒動の発端じゃねぇかと世間は大騒ぎよ・・・それに」

 

そしてわざと見せつけるように総理は腕時計を見せつける。そこにあったのは仕込み式の隠しカメラ。

 

「今の会話は絶賛生放送中だぜ?」

 

「この!!」

 

パン!パン!

 

拳銃を発砲するが総理はこれを回避。男の鳩尾に蹴りを叩きこむ。実はこの総理、昔川神院に通っていたことがあり、武道の心得がある。

 

「素人がッ!引き金は霜が降りるように引きな」

 

そう言って彼は官邸室の窓を見る。そこには未だ暴徒がいるが、赤い閃光がその波を断ち切るように駆け巡っているのをみた。

 

(兄ちゃん。おめえさんこそ真の正義の味方だぜ――――)

 

自分は所詮自分たち政治家が犯した罪の尻ぬぐいをしただけ。

 

あそこで、あの最前線でたった一人、体を張って暴徒も自衛隊員も守るその姿が、長らく暗くドロドロとした政治界にいた総理には眩しくみえた。

 

「くそが・・・これは押したくなかったんだけどよッ!!」

 

カチ、と何かのボタンが押された音がした。

 

「てめぇ!何をしやがった!」

 

それに気づいた総理が男を締め上げる。

 

「ぐっ・・・へへ、これでお前らも道連れだぜ」

 

そう言って男は気絶してしまった。

 

「すまねぇ兄ちゃん・・・!気を付けろ!!!」

 

ここからでは到底届かないことは分かっていても自分たちのために必死に抗う赤い青年に届けと彼は叫んだ。

 

――――interlude out――――

 

「それ!」

 

「そりゃあ!」

 

迫り来る棒とゴルフクラブを同時に受け流す。

 

「辰子!」

 

「はいはーい」

 

背後から一閃された道路標識をしゃがむことで避け、

 

「ふッ!」

 

スパン!と二人の脚を払う。

 

「うあ!?」

 

「いて!?」

 

尻もちを付く二人に構わず拳を振り上げていた男に当身を食らわせ蹴り飛ばす。

 

「ぐっは・・・!」

 

「それー!」

 

ガン!

 

振り下ろされた道路標識を双剣を交差することで受け止める。一瞬の拮抗。すぐにそれを蹴り上げ、後退するように跳躍。空中で体を捻って逆さまの状態で黒弓を構え、即座に五連射。

 

「どいてな!」

 

それを無精ひげを生やした中年、釈迦堂が全て弾く。

 

「ふぅー・・・」

 

乱戦から一転。突然現れた釈迦堂刑部と板垣兄妹に士郎は手を取られていた。

 

「――――」

 

視線は彼らから外さない。だが、背後で奮戦する自衛隊員にも気を向ける。ある程度散らしたとはいえまだ暴徒はやってくる。

 

このままでは瓦解する。しかしこの男と兄妹、自衛隊員では荷が重い。

 

『マスター!お下がりください、私が出ます!!』

 

『まだだランサー。確実にテロリスト共、ないしロボット共が出てくる。君はその時の為のカウンター。逆転の一手だ。ここで晒すわけにはいかない』

 

『しかし・・・』

 

『冷静になれランサー。戦うなと言ってるんじゃない。霊体化(・・・)という誰も勘づくことの出来ない君だからこそ逆転の一手になりえるんだ。そのチャンスは棒に振れない。分かるだろう?』

 

『くっ・・・わかっております・・・!』

 

『すまないな・・・苦労をかける。不甲斐ないマスターで申し訳ない』

 

『なにをおっしゃいます!あなたこそ本物の戦士!勇敢なマスターに仕えさせていただき、感謝しておりますッ!!』

 

『ありがとう。貴方にそう言ってもらえて光栄だ。では、期待に応えるとしよう』

 

ギリっと双剣を握る手に力が籠る。大丈夫だ。先ほど街頭のテレビに総理が武器密輸を暴く放送がされているのを見た。間もなくこの戦闘は終局を迎える。

 

狙ってくるならばそのタイミングだ。力を出し切ったその瞬間にこそ、相手の切り札が投入される。

 

これまでのМのやり方を考えるならば間違いない。その時こそ、この英霊の真価が発揮される。

 

「ちっ!なんだよ・・・楽させてもらおうと思ったのによッ!」

 

ガン!

 

拳と双剣が交差する。しかしやはり拮抗は一瞬。この男、元川神院師範代というが、恐らく破門になってから鍛錬をほとんどしていない。

 

今も成長を続ける百代に比べればどうということはない。

 

「少しは真面目に体を鍛えてはどうかね!」

 

「暑苦しく鍛えるのなんざごめんだね!」

 

ガン!キン!ギィン!

 

拳の連打を双剣でいなす、弾く、叩き落す。確かに元師範代だけあるが所詮は途中で投げ出した拳。現役の人たちに比べればなんと軽いことか。

 

「そら頭上注意ってな!」

 

バッ!

 

「はああ!!」

 

「でやああ!!」

 

「それー!!」

 

三方向からの同時攻撃。対して自分は釈迦堂に手を取られている。間違いなく攻撃をもらう。

 

だが、

 

「頭上には注意した方がいいぞ?なにせ――――」

 

「はあああああ!!!」

 

さらに上空から、黒髪の女性が急転直下に落下してくるのが見えた。

 

ドゴン!!!

 

「「「うわああ!!?」」」

 

「この世界では空から美少女が降ってくることがあるのでね」

 

「川神百代!見・参!!!」

 

それは学園をいち早く飛び出した百代であった。

 

「士郎!無事か!?」

 

「君のおかげでね。こうしてどうにかやっている」

 

何でもないように言う彼だが合わせた背中から伝わってくる熱と鼓動は相当なものだった。

 

ただ一人、雑魚とは言え圧倒的数の暴力に抗い続けたその体は酷く酷使されていた。

 

「この状況でそんな口を叩けるなんて流石私の男だ!」

 

「どういう意味かねそれは!」

 

まるでピクニックにでも行くような気軽さで会話しながら二人は同時に走り出す。

 

さらに、

 

「肉弾戦なら俺様の出番だぜ!!!」

 

ドゴーン!

 

「「「うおわああ!!!」」」

 

チンピラの集団が派手に吹き飛んだ。

 

「風間ファミリー、出陣だぜ!」

 

「キャップにガクト!大和もか!」

 

「アタシ達もいるわよー!」

 

「黛由紀江、参ります」

 

「クリスティアーネ・フリードリヒ、推参!」

 

武士娘達も勢ぞろい。

 

「けっ。みっともねぇ。とっとと片付けて帰るぜ」

 

「源!?お前まで来てくれたのか」

 

「勘違いするんじゃねぇ。おめぇがあんまりにも苦戦してやがるから仕方なく来てやっただけだ」

 

「いくぜ野郎どもー!!」

 

応!!と皆が散開する。

 

 

『お前さん、信じてねぇもんがあるだろう?』

 

『信じてないもの?』

 

『おうよ。お前さんの周りにいる大切な人・・・仲間ってやつをよ』

 

 

土手での会話を思い出す。確かに、自分は彼らを信じ切れていなかった。こうして駆け付けてくれるのがこんなにも胸を満たすとは。

 

「いくぞオラァ!」

 

ガクトを筆頭にキャップや忠勝が拳を繰り出し蹴散らす。

 

「そら!足元注意!」

 

ジャラッ!

 

「いってぇ!」

 

大和が巻いた撒菱を踏んづけて足が止まった所を、

 

「クッキー!ダイナミック!!!」

 

戦闘形態のクッキーがなます切りにする。(スタンガンなので感電するだけ)

 

ここまで戦力差が埋まればもう戦いは決した。だというのに、

 

「九鬼英雄、出陣である!」

 

「九鬼!?」

 

どこぞの黄金の王を彷彿とさせるこの男までやってきた。

 

「なんで君まで・・・」

 

「まっこと不愉快極まりない!お前たち風間ファミリーはいつも王たるこの我をさしおいて活躍しようとする!」

 

「そこかよ・・・」

 

思わず干将を握ったまま頭を抱える士郎。

 

「そうです英雄様!締めちゃいますか?」

 

「いや締めんなよ」

 

ズビシとツッコミを入れるが今のあずみは英雄の側近モードなので無視である。

 

「たわけ!より良き世を作る上で大切なのは誰がやるか(・・・・・)ではない!何をやるか(・・・・・)だ!衛宮士郎!この九鬼英雄、全力をもって支援しよう!」

 

「流石英雄様!名誉を捨てて民に尽くすとは王の中の王!このあずみ感服いたしました!!!」

 

「・・・。」

 

もはやどこからツッコミを入れたものか。このへんてこギャルメイドについてだろうか?それともやたらカッコいいセリフを放つ黄色一色の服装の男か?

 

とにかく彼が来たということは、

 

「あずみ!従者部隊展開せよ!」

 

「お任せください英雄様!」

 

「「「やああああああ!!!」」」

 

気勢を上げて大量の従者部隊が突入してくる。

 

「はあ!」

 

突っ立っていた士郎に殴りかかろうとしていたチンピラが赤髪の女性に殴り飛ばされた。

 

「何をぼーっとしているのですか衛宮士郎!ここは戦場です!それとも、もう戦えなくなったのですか?」

 

「マルギッテ!」

 

「このやぐわあ!?」

 

「まったく、下賤の衆はすぐ図に乗るのでたちが悪いの」

 

と着物をきたお団子ヘアーの・・・

 

「えっと・・・どちら様?」

 

「不・死・川・!不死川心じゃ!折角加勢に来てやったのになんじゃその言いぐさは!」

 

「いや、俺君と話したことないし・・・」

 

事実、彼女とまともに話したのはこれが初めてだったりする。

 

「てい!全く、若まで来なくたっていいのに護衛するだけ手間がかかるぜ!」

 

「いいじゃありませんか。やっつけるのは同じなんですから」

 

「そうだよーがんばれー」

 

そう言って何事もないように立っているのは葵冬馬。そしてこの状況下でのんびりと飴を舐めているのは榊原小雪。

 

シュン!ゲシ!

 

「僕も冬馬の護衛手伝うー!」

 

華麗な足技で素早く暴徒を蹴り飛ばす小雪。

 

「なんでぇここからがいい所だったのによ・・・」

 

そう言いながらも歩み出てくる釈迦堂と板垣兄妹。

 

「そういうのは勝ちを確信してから言うんだな。私は、いや、私達はちょっとやそっとじゃ倒れんよ」

 

体は自然体に。両腕はだらりと下げたまま。いつでもかかってこいと挑発する。さらに

 

ドゴン!

 

「我も助っ人しよう!」

 

「揚羽さん!?」

 

「姉上!」

 

またもや空から降ってくる女性に士郎は、

 

(この世界の女性は空から降ってくる法則でもあるのか?)

 

と、表情には出さないが至極どうでもいいことを考えていたりする。

 

「さて、形勢は逆転したが、どうするかね?」

 

「けっ!引き上げだ!」

 

彼の言葉に板垣兄妹は逃走を始めた。

 

「今日は楽しかったぜ、正義の味方さんよ!」

 

後退と共に繰り出された気弾を干将の一振りで打消し、逃げていく彼らを追撃することなく眺める。

 

深追いは禁物。まだ暴徒は多少なりとも残っている。しかしそれも時間の問題だろう。彼の奮闘は十二分に成果を出した。

 

ところが、

 

『まだだ兄ちゃん!!!デケェのが来るぞ!!!』

 

総理官邸に設置されたスピーカーから総理の警告が響く。

 

ガシャガシャ!ボゴン!!

 

現れたのは正体不明のロボット群と40メートル級の巨大な何か。

 

「あれは盗まれたクッキーシリーズ!!?」

 

「馬鹿な!あんな巨大なものが海からここまで這い上がってきたというのか!」

 

奴が通ってきた道のりは上陸したであろう海からここまで全てをなぎ倒したようになってしまっている。

 

ジジ・・・

 

そしてロボット達が何事かをしゃべる

 

――――ア・キ・ラ・メ・ロ

 

諦めろ。と一斉に壊れたスピーカーのように音声を発するロボット達。それは無感動に垂れ流されるが故にまるで怨嗟の声のように聞こえてしまう。

 

「誰がここまできて諦める、かッ!」

 

百代がドン!と地を割り突撃する。が、

 

ブオン!!

 

「!?」

 

想像以上に速い反撃に彼女は攻撃を中断、防御して弾き飛ばされ士郎の元まで飛んでくる。

 

「大丈夫か?百代」

 

「川神流・瞬間回復!」

 

奥義によって焼けた腕を再生する。

 

「揚羽さん。あいつはただの盗まれた新型ではないのですか?」

 

油断なく目の前の巨体を見る士郎が彼女に問う。

 

「盗まれたクッキーシリーズの中に行動不能になった他の機体を取り込む機体が存在する。アレは盗まれた他の機体を吸収したのだろう。各分野に特化した装備や武器を使ってくるぞ!気を付けろ!」

 

ビィイン!!

 

「「!!!」」

 

レーザーが放たれる。かろうじて回避したが総理官邸の一部が削り取られた。

 

「総理!」

 

『大丈夫だ兄ちゃん!それよりそいつを何とかしてくれ!!このままじゃぁ町が滅茶苦茶にされちまう!』

 

スピーカーから響く声にとりあえず安堵し、士郎は切り札を切る。

 

「九鬼!従者部隊及び行動不能の輩を門の後ろに下げろ!」

 

「なに!?それではどうやってあれらを叩くのだ!」

 

目の前には巨大なロボットと人型のロボット群。倒せるか否かはともかくとして、誰かが戦わねばあれらは進行を開始するだろう。

 

「おい士郎!俺らにも下がれってのか!」

 

あれらを前にして未だ戦意を失わないキャップ達に士郎はクッと笑う。

 

「そうだ!これよりは我ら神秘の軍勢(・・・・・)が相手になろう!ランサー!!!」

 

誰を指すのか分からないその言葉にたった一人の従者が応答する。

 

「この時を待っておりました・・・ッ!!!後は我らに!お任せをッ!!!」

 

金の肩鎧に赤いマント。黄金の兜。黄金の槍と円盾をもつ偉丈夫が現れ、そして門を守るように青い透明な人が次々と現れた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「ゆ、幽霊!?」

 

ずらりと隊列を組む人数は総勢300人。それはたった300人で20万もの軍勢を粉砕した伝説の勇者達。

 

 

――――アキラメロ

 

諦めろと、まるで投降を促す言葉に彼は高々に宣言する。

 

ガンッ!!!

 

モーロン・ラベ(来たりて取れ)ッ!!!」

 

『『『モーロン・ラベ(来たりて取れ)ッ!!!』』』

 

ガンガンッ!!!

 

彼が咆哮を上げるとそれに応えるように後ろに控える半透明の兵士達も槍を打ち鳴らし、咆哮する。

 

ガンッ!!!

 

モーロン・ラベ(来たりて取れ)ッ!!!」

 

『『『モーロン・ラベ(来たりて取れ)ッ!!!』』』

 

ガンガンッ!!!

 

再度の咆哮と共に彼らは一斉に駆け出し、彼らの王、レオニダスの元へと駆け寄り、盾を構える。

 

「なんだ!一体なにが起きている!?」

 

「モーロン・ラベってなに!?」

 

一子の声に大和が答える。

 

 

「ギリシャのスパルタ兵が、敵に投降しろと言われた時に返した言葉だ!意味は――――」

 

 

――――来たりて取れ

 

 

それは諦めることなどしないと。例え全滅しようとも最後まで食らいつくという不退転の宣言。彼らは最後の一人になろうとも決して引かずに戦う。

 

「ゆくぞ友よ!命をここにッ!!!炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)ァアアアッ!!!」

 

左手に持つ盾を槍で打ち鳴らし、発生した炎が彼らを包み、300の兵は300の盾となり展開された。

 

「す、すっげぇ・・・」

 

「まさに絢爛!なんという光景!」

 

 

「アキラメロ!!!」

 

ガシャン!

 

人型ロボットから多数の重火器が発射され、40メートルの巨体が押しつぶそうと手を振り上げる。

 

瞬間、

 

 

ガコオオオンッ!!!

 

 

300の盾と火器と巨大な腕が衝突した。しかし、盾は一枚たりとも欠けることなく門の後ろを守る。

 

「うっそだろおい!」

 

「幻でも見てんのか!?」

 

あの巨体からすれば小さな、本当に小さな盾。しかしそれを突破することは彼らでは敵わない。

 

「ふっはっはっは!!!そのように子犬がじゃれついた程度で、我らスパルタの守りが破れるものかッ!!!」

 

そう言って彼は今一度槍を打ち鳴らす。

 

ガンッ!!!

 

「ヘェアッ!!!」

 

裂帛の声に40メートルの巨体が傾いた。

 

「跳ね返したわ!」

 

「レオさんすげぇ!」

 

「ていうかあんたなにもんだ!?」

 

最前線で攻撃を受け止めながら彼は答える。

 

「わが父祖は大英雄ヘラクレス!大神ゼウスが一子!!!」

 

「ぜ、ゼウスの末裔!?」

 

「しかり!!そして我こそは戦神アレス(よみ)したもう国。スパルタ国王、レオニダスッ!!!」

 

さらに巨体が押しつぶそうとパンチを繰り出す。その速度は巨体とは思えぬほどに速く、鋭い。しかしそれもまた彼らスパルタを破ることは叶わない。

 

「れ、レオニダス王!?」

 

「本物かよ!?」

 

「しかしこの光景・・・!否定するには現実離れしすぎている!!」

 

「さあ反撃と参りますぞッ!!!ここまで我慢に我慢を重ねた、我らスパルタの怒りをとくと思い知れッ!!!」

 

盾の隙間に槍が顔を覗かせる。さらに、

 

――――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う。)

 

「し、士郎!?お前一体何を――――」

 

手に握るは黒い洋弓。番えるは捻じれた一角剣。それは、一振りで山の頂を三つ切り落としたとされる魔剣の改造品。

 

剣の柄が弓に番えられる。魔力を込められ紫電を発生させながら獲物を食い破る時を待つ。

 

「やべぇ!なんだかよくわかんねぇけどそいつはやべぇ!!!」

 

人一倍勘の鋭いキャップがその様子をみて大きく後ずさりする。他の皆も、弓で鉄の塊である剣が飛ぶはずもないというのに、本能が最大限の警鐘を鳴らしてじりじりと彼から離れていく。

 

「九鬼。悪いがアレは跡形もなく消し炭にするぞ。避難は終わっているか?」

 

士郎はその矢を番えたまま英雄に問う。

 

「あ、あずみ!避難はどうなっている!!!」

 

「既に完了しております英雄様!!!」

 

「揚羽さん。レオニダスの宝具と私の宝具で一帯を破壊する。悪いが責任を取ってもらうぞ」

 

「ここまできたのだ、いっそのこと新しく再建しようではないか!!!派手にぶちかませ!!!ただし、その『宝具』とやらの説明はしてもらうからな!!!」

 

その言葉に士郎はクッと笑う。

 

「全員耳を塞げ!!!レオニダス!行くぞ!!!」

 

「承知!!!」

 

盾の間から覗いた槍が、待っていたといわんばかりに一斉に掃射される。

 

「ぬうううりゃああああああッ!!!」

 

「――――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)ッ!!!」

 

レオニダスの渾身の一投が全ての槍と一緒になり、ロボット群を粉砕し尽くす。

 

さらに弓から放たれた螺旋剣は、ズドンッ!!!という音を立てて一瞬にして音を置き去りにし、大気ごと巨体を抉り突き進む。

 

そして、

 

 

――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 

まるで雷鳴の如き轟音を立てて中核まで抉り進んでいた螺旋剣が大爆発を起こす。その爆発は凄まじく、耳を塞いでいるというのに聴覚が麻痺し音が消える。

 

40メートルあった巨体はその姿を消し、残っているのは巨大な円形のクレーターだけ。

 

士郎の言葉通り、跡形もなく消し飛んでしまった。

 

「――――ふぅー・・・」

 

構えていた弓をゆっくりと下す。皆が口々にあれはなんだ!どうなったと叫んでいるが聞き取れるのは士郎とレオニダスだけ。百代や揚羽でさえあの一撃で耳が麻痺してしまった様子だ。

 

「やりましたな。マスター」

 

「ああ。感謝するレオニダス」

 

ガシッ!と互いに腕を組み合う。そして総理官邸室からこちらを見ているだろう総理に腕を上げることで勝利を宣言した。




やっとここまでたどり着いた!やっとエノモタイアァアア!できた!流れは基本アニメの最終話をモデルに士郎視点で色々書いてみました。

紛争地帯でエミヤ方式(弓で効率よく殺す)をしないのなら士郎はきっとこうするんだろうなぁと思いながら書きました。爆発に巻き込まれたりしてるけど大丈夫!川神人頑丈だからちょっと空舞うだけ!(投げやり)

レオニダスの宝具ですが、FGOでは・自身の防御力をアップ・ターゲット集中を付与・スターを獲得ですが、実際は伝説の300人を召喚し、攻撃に耐え抜く。そして残った人数分だけ強力な反撃をするカウンター宝具らしいですね。

アニメ・バビロニアではレオニダス一人になってしまいましたが、今回は以前にもお話した通り概念攻撃のないマジ恋世界ではスパルタ魂を突破することは出来ません。300人のフル・カウンター。みなさんはどんなものを想像しますか?

長々と書きましたがここで一区切り!でもまだまだ続きますのでよろしくお願いします!(義経とかまだだもんね!)それでは次回お会いしましょう。


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激闘を終えて

みなさんこんばんにちわ。最近fateのBGMが頭の中でループしまくっている作者です。

今回は戦後処理ということでほのぼの&説明会です。みなさんが気になっていた22話、魔術師のその後の話と、なぜレオニダスが居て現界し続けているのかを書いていきます。

精いっぱい書かせていただいたものですが、想像以上に楽しんでいただけたようで私感動しております。今回はほのぼのですが激戦後の残心とでもいいますか・・・とにかくほんわかしてもらえたら嬉しいです。


「はいはーい押さないでー!沢山ありますからねー!」

 

あの激闘の後。被害を受けた近隣住民に炊き出しが行われていた。

 

配給を担当する九鬼の従者さんが大鍋から豚汁をよそって手渡す。

 

メイド服も相まって、とても様になっている。

 

「レッドの兄ちゃーん!」

 

その横で衛宮士郎はというと、

 

「サイン!ください!」

 

元気いっぱいに色紙を差し出してくる少年に困ったようにサイン(揚羽に考えてもらった)をする。

 

そして小さな手と握手をし、去り行く少年に手を振る。彼は今、赤原礼装のままこの被害があった地域にいる。

 

それというのも、彼が多数の暴徒を相手に孤軍奮闘していた姿が大々的にテレビで放送されてしまったので、平和を守った英雄として赤き英雄だの、

 

赤い閃光だの、レッドの兄ちゃんだの、いわゆる客寄せパンダになっていた。

 

「やれやれ・・・本当は自衛隊員もいたのだが」

 

嬉しそうにサインされた色紙を友達に自慢する男の子に思わず苦笑してしまう。自分はそんなに立派な人物ではないというのに。

 

「そう言うな。あの場で戦力として数えられたのは間違いなくお前一人だ。自衛隊なぞ、戦車やライフルまで持ち出しておきながら、お前に守られるただのお荷物だったであろう?」

 

そう言うのは彼の隣に立つ九鬼揚羽だ。本来、経済などの分野は弟の英雄が担当しているらしいが、

 

今回は大規模戦闘の事後処理として九鬼の軍事を預かる彼女が現場責任者としてここに来ていた。

 

「そうは言うが、彼らがいなければ疾の昔に門を突破されていた。私など、所詮彼らのアシストをしたに過ぎない」

 

「はぁ・・・お前はどうしてそう自己肯定感がないのか・・・あまり自分を卑下しすぎるのも時には相手への侮辱になると知れ」

 

自分のしたことは、あくまで大したことないのだと言う彼に揚羽は頭を悩ませる。

 

事実、彼の起こした行動は英雄と呼ばれるにふさわしい。

 

あの絶望的な戦力差の中、たった一人戦線を維持し続けたのは紛れもなく衛宮士郎の功績だった。

 

「あの騒動の後、自衛隊員達はそれはもう大目玉を食らったそうだ。あれだけ武装し、訓練まで積んでおきながら素人の暴徒相手に何をしているのか、とな」

 

「それは・・・彼らにも限界があるだろう。他国ならまだしもここは日本だ。そう安々と暴徒とはいえ市民に発砲などできないだろう」

 

外国、特にアメリカなどでは、あまりに反抗的な暴徒や犯罪者には当たり前のように発砲許可が下りる。

 

しかし日本にその文化はない。銃で発展した国ではない、あくまで自衛を目的とした集団が自衛隊なのでそうポンポン発砲などできない。

 

「あほか!撃たぬ銃に何の意味がある!せめて威嚇射撃くらいせねばそこらの棒きれと変わらんわ!ましてや奪われでもして逆に撃たれては本末転倒もいいところよ」

 

「・・・。」

 

そればかりは否定できなかった。事実、暴徒の中には自衛隊員が落とした銃を手にしようとした者は少なからずいた。

 

もちろん、士郎はそういう輩を率先して潰していたのだが、いくら彼が強いと言っても戦場を隈なく見通していたわけではない。

 

こればかりは、あの板垣竜兵という男の、拾えば撃たれるという警告に感謝しなければなるまい。

 

「それで、私はいつまでこうしていればいいのかね?私にも学園に通う必要があるのだが」

 

話しが堂々巡りになるのを感じて話を変える。だが、これも実はかなり重要だったりする。

 

なにせ、通い始めて早々に一週間の謹慎(休暇)。梁山泊、曹一族撃退の為に休校。そしてこの客寄せパンダの為にまた学園を休んだ。

 

成績は金では買えないというのが川神学園の方針だ。いい加減進級するための単位が危ぶまれる。

 

「なにを今更。実年齢29歳。しかもロンドンに留学経験まであるお前が今更高校生に交じって授業を受けるなぞ笑い話にもならんわ」

 

「いや、この世界に来た時に体は18になってしまったのだが・・・大体、その学歴も前の世界のものだ。この世界で高校中退では今後に差し支える」

 

「そうなったら九鬼で雇ってやる。それよりも、宝具の話をせよ」

 

それこそどうでもいいとばかりに彼女は話を変えた。

 

「宝具か・・・さて、どう説明したものか・・・」

 

そう言ってまた頼まれたサインをして喜び飛び跳ねる少年の頭を撫でて見送る。

 

「また誤魔化すのか?」

 

「そうではない。宝具とはこれと言って明確な形を持たないのだよ」

 

そう言って彼は例を上げる。

 

「宝具とは、必ずしも武具などのアイテムであるとも限らず、英雄を象徴する攻撃方法、身にまとった呪い、技、技術、逸話を反映した能力など、あり方は様々なのだ。例えば、私の放った螺旋剣はそれそのものが宝具だが、レオニダスのように、過去に行った偉業そのものが宝具となることもある」

 

そう言って離れた場所で子供たちをその逞しい腕にぶら下げ、広い肩に乗せて笑う男を見る。

 

「レオニダス王か・・・初めて見た時はなんの冗談かと思ったのだが」

 

そう思って揚羽は彼が召喚されたあの夜を思い出す。

 

 

~~~~22話魔術師~~~~

 

土蔵へと飛び込んだ士郎が赤い光に呑まれ消えてしまってから数分。光る赤い魔法陣と成人男性の腰ぐらいの高さに開いた空間の穴。

 

それが、彼が元の世界で巻き込まれたという第二魔法の発現だと思い至るのに随分とかかってしまっていた。

 

「士郎は、士郎はどこに行ったんだ!?」

 

「わかりません!ですがあの空間に開いた穴。間違いなく彼の言っていた第二魔法とやらでしょう!」

 

「それが本当ならば近づくな!衛宮がこの世界に飛ばされたように、我らも別な世界に飛ばされかねんぞ!」

 

「けど!士郎が!!」

 

動転する百代をマルギッテと揚羽二人がかりで押しとどめる。もしかしたらもう二度と会えないかもしれないと彼女は乱心していた。

 

すると、

 

「あ!士郎!!!」

 

いち早く気づいたのは百代。抑える二人を振り払って、まるで黄金の砂が彼の姿を形創るように現れたのを彼女は見た。

 

「おい!士郎!士郎!!」

 

まるで死体のようにピクリとも動かない彼を必死に揺さぶり起こそうとする百代。その声が届いたのか、彼はゆっくりと目を開ける。

 

「百代?あれ、俺は――――」

 

「士郎!!!」

 

気が付いた彼を強く抱きしめる百代。もう離さないと言わんばかりに彼を締め上げる。

 

「いつつ・・・百代、痛い」

 

「馬鹿!もう会えないかと本当に思ったんだからな!!!」

 

そう言って尚彼を抱きしめる彼女の肩はガタガタと震えていた。それをあやすように頭を撫でる。

 

「悪い。心配をかけた。一応無事みたいだ。確かにあいつ(アーチャー)に心臓ぶち抜かれたはずなんだけど・・・」

 

「心臓!?どこだ!みせろ!!!」

 

ビリィ!!!

 

「いや服を破るな!?」

 

「大丈夫だ・・・傷はない・・・でもなんか赤い字が・・・」

 

「赤い字?」

 

そう言って彼が自分の心臓のある位置に目を落とすと、

 

「れ、令呪!?」

 

そこには、複雑な円形模様の字が浮かんでいた。彼の記憶に間違いが無ければこれは令呪。聖杯戦争において聖杯に選ばれた者の体に浮かび上がる聖痕。

 

「でもなんだこれ。まるで一画しかないみたいな形だ」

 

円形模様のそれは一筆書きで書かれたように書かれた令呪。冬木の聖杯戦争では複雑であっても最低、三画に分けられていた。

 

しかしこの令呪らしきものは全て繋がっていて、分けることが出来ない作りになっている。これでは召喚された英霊に絶対命令権として発動できない。

 

正確には発動できなくはないが、その瞬間マスターとしての資格を失うので結果的に一発こっきりの弾丸みたいなものだ。

 

つまり、万が一にでもバーサーカーや、自分を殺しにかかる英霊を呼び寄せてしまった場合、暴走を止められず自爆テロのようになってしまう。

 

「それよりも聖杯だ!百代!そこの箱を取ってくれ!!」

 

「は、箱!?どれだ!?」

 

「これではないですか?」

 

マルギッテが離れた場所に置かれていた木箱を手に取った。

 

「それだ!慌てるなマルギッテ、お前は今、爆弾を持っている!」

 

「そう言われて慌てない者がどこにいますか!?」

 

まさかの爆弾を持たせられたマルギッテはピキリと固まってしまった。

 

「大丈夫だ!聖骸布で封印してあるから大丈夫!多分・・・!」

 

「多分!?多分って言いましたね貴方!?」

 

「いいから早くこっちにくれ!とにかくそいつを何とかしないと大変なことになる!」

 

ピキリと固まったマルギッテが恐る恐る木箱を起き上がった士郎に渡す。渡された木箱から慎重に崩れかけた聖杯を取り出す士郎。

 

(落ち着け!聖杯は必ずしも聖杯戦争という形を取るとは限らないと聞く。それに既にこの手に目標物である聖杯がある以上、聖杯戦争にはならないはずだ)

 

そう。実は聖杯自体は必ずしも聖杯戦争で奪い合わなければならないわけではない。冬木の聖杯は厳密に言うと第七百二十六号聖杯という726個目の聖杯。

 

その儀式の真実は召喚された七騎のサーヴァントの魂を魔力に変換し、その膨大な魔力によって願いを叶える。もしくは貯蔵された小聖杯からその魔力を世界の外側へと解き放ち、できた穴を大聖杯の術式で固定。

 

その穴から引き出した魔力が願いを叶えられる力の正体だ。

 

(こいつにどれだけ魔力が蓄積されているのかは分からない。願いを叶える方法論にしても冬木の聖杯のように汚染されている可能性がないわけでもない。ならばいっそ―――)

 

封印の為に厳重に巻かれていた聖骸布を外す。それだけでボロボロといたるところが崩れる。それを――――

 

「はっ!」

 

開いた穴へと投げ込んだ。

 

(どんな形でもいい!ここではないどこかへ行け!俺には守りたいもの(・・・・・・)があるんだ!!)

 

それは一種の決別と、もしかしたらあるかもしれない犠牲への謝罪だった。この穴はどこに通じているか分からない。そもそも穴は開いているが貫通している(・・・・・・)とは限らない。

 

この機会を逃せば元の世界に戻ることは永遠に失われるかもしれない。だが、聖杯は大抵ろくでもない結果しか生み出さないのだ。余程のレアなケースでしか魔術師が望むようなものにはならない。

 

であれば次元の狭間にでも捨ててしまえばいい。そこでどんな形で発現しようともこの世界には影響しない。仮に冬木の聖杯と同じく呪い殺すことでしか願いを叶えられないとしても、次元の狭間に住む人間などいない。

 

また、この穴に飛び込んだ所で元の世界に通じている保証もないのだ。そもそもこの術式はここではないどこかに向かって人間一人分の、それもこぶし大ほどの魔力を打ち上げるものでしかない。

 

そんな中途半端な術式で第二魔法が成功していたなら遠坂はとっくに魔法使いどころか大魔法使い、ないしは死徒にでもなっている。

 

幸か不幸か聖杯だったものは士郎の予想通り穴に吸い込まれ、何も起きなかった。だが、

 

「!?」

 

ビリビリと穴の先から何か大きな者がやってくるのが感じられた。

 

「まさか何か逆流しようとしてるのか!?百代!マルギッテ!離れろ!何か出てくるぞ!!!」

 

「「!!!」」

 

士郎の言葉に即座に戦闘態勢を取る二人。士郎は立ち上がろうとしたが、

 

(このタイミングで魔力欠乏だと!?ふざけるな!)

 

恐らく魔法陣に魔力を奪われたのだろう。立ち上がろうとした腕に力が入らず、視界がグルグルと回っている。

 

「くそッ!せめてこの穴だけでも!!!」

 

魔術回路が焼き付くのも構わず宝具を投影しようとするが一歩遅かった。

 

カッ!!!

 

視界が眩い光で埋め尽くされる。咄嗟に腕で目を覆ったがそれでも輝きが視界を覆い尽くす。

 

そして――――

 

 

「サーヴァント、ランサー。スパルタ王レオニダス!!ここに推参!!!」

 

 

「・・・。」

 

「「・・・。」」

 

筋肉だった。とにかくマッスルだった。暑苦しくむさ苦しかった。

 

「・・・おや?守るべきものがあると呼ばれたので、はせ参じたのですが・・・なにか間違えましたかな?」

 

そして意外と紳士だった。いや、金の肩鎧に真っ赤なマント。黄金の兜に黄金の槍と円盾そして黒いブーメランパンツ。

 

それ以外は筋肉を誇示するように全てむき出しというHENTAIスタイルであったが。

 

「えっと・・・なんだ、とりあえず、服、着てくれ・・・」

 

頭痛が痛いとはこのことか。とにかくグルグル回る頭で出たのはその一言だった。

 

「マスター・・・ですな?僭越ながら申し上げますと、マスターも何かお召しになられた方がよろしいかと。もちろん!その鍛え上げられた体にはとても感心いたしますがッ!」

 

「あ・・・」

 

そういえば自分も百代に破られたんだったと、今頃になって気づいた。

 

 

 

魔力欠乏に陥り、這う這うの体で縁側から室内に戻り、ランサー(早々にスパルタ王と判明)に予備の士郎の服(ピチピチ)を着てもらって茶の間に着く。

 

「えーっと・・・何処まで話したっけ・・・とりあえず、これが魔術、英霊召喚です・・・」

 

「「「・・・。」」」

 

色々すっ飛ばし過ぎて納得いくかこの野郎状態である。当の本人は兜を脱いでしっかり正座してお茶を啜っている。

 

「あー・・・悪い。正直俺、いや、私も想定外でね・・・まず確認しなければならないことができた。先にそちらを片付けていいだろうか?」

 

「構わぬ。我らも状況が読めぬ。さっさと状況を解明せよ」

 

額に青筋を浮かべながら言う揚羽に少々ビビリながらも必要なことを確認する。

 

「まず初めにランサー。君の真名はスパルタの王、レオニダス王ということでよろしいか?」

 

「このように人前で申してよろしいのでしょうか?ああ、既に名乗ってしまいましたが。はい。この身はスパルタを治めたレオニダスと申します」

 

「ご丁寧にありがとう。私は衛宮士郎。訳あってこの異世界に飛ばされてきたのだが・・・レオニダス王。貴方はどうやってここに?」

 

そう。先ほど表と裏、双方で魔術も魔術師もいないと確認した。

 

もちろん確実な情報ではないが世界を統べる巨大企業と裏の巨大な組織の一角である梁山泊をして、一つも痕跡が無いとは考えずらい。

 

「異世界・・・?私はただ、守りたいものがある(・・・・・・・・・)という願いと、この故郷によく似た土地に呼ばれたのですが・・・」

 

「・・・。」

 

つまりあれか?あのボロボロの聖杯は願いを、適した人物を呼ぶ(・・・・・・・・)ことで叶える亜種聖杯だったのだろうか?

 

「・・・そうだな。とにかく必要事項を潰していくことにしよう。まず、私と貴方は契約関係にある、これはいいだろうか?」

 

「ええ。衛宮士郎殿とのパスを感じます。貴方から流れてくる魔力は微量ですが、別な所から大量に流れてきているので問題ありませんな」

 

「別な所?」

 

はて。聖杯もなく、英霊を現界させられるほどの魔力リソースが何処から補給されているのだろうか。

 

「はい。ここ・・・正確にはこの土地そのものですかな。そこから大量に供給されております。あまりの供給量に私の筋肉もマシマシと言ったところですッ!」

 

ムン!と力こぶを出すレオニダス王。・・・パチンとボタンが一個弾けた。

 

「この土地・・・そうか、霊脈か!確かにあの魔法陣は霊脈と繋げていた。呼んだのが聖杯。維持は霊脈。楔は私。そう考えれば一応筋は通る」

 

ある意味逆転の発想だ。聖杯があるから英霊が呼べるのではなく、聖杯を使ったから英霊が来た。そして聖杯を投げ入れた時次元に穴が開いていたため、英霊の座と繋がったと考えてもおかしくはない。

 

なにせ、聖杯の願いを叶える機能とは、理屈や仮定をすっ飛ばして結果を得るというのが基本構造だ。

 

つまり偶然穴が開いていたので英霊が呼ばれたのであって、穴が無ければ世界のどこからか適した人物が呼ばれたのだろう。

 

「・・・。」

 

「なんだよ。離れないぞ」

 

ちらりと自分に引っ付いたままの百代を見る。もしかしたら、未来の、最強状態の百代が呼ばれた可能性もあったわけだ。

 

「まあいい。それで、貴方は聖杯戦争をする気があるのかな?」

 

士郎の問いにレオニダスは少し考える素振りを見せた。

 

「まず初めに申しておきたいことが一つあります。確かに貴方はマスターですが、私は、納得のいかないことは、絶対に拒否します」

 

ギシリと空気が締め付けられるような雰囲気だ。少々、危険性があるかもしれない。

 

「わかった。私も貴方と争いになるようなことはしたくない。聡明なスパルタ王を相手取るなど考えたくもないからな」

 

これは本心だ。なにせ相手はたった300の兵で20万の大軍を退け、彼の死後には1万の兵で30万の敵を全滅させた国の王だ。

 

そんな相手と戦うなど考えたくもない。

 

「それで、先ほどの問いには答えていただけるだろうか?」

 

士郎の問いにやはり彼は思考の間を開ける。

 

「マスター。もしや貴方は感じておられぬのかもしれませんが・・・恐らく、聖杯戦争はないかと考えます」

 

「聖杯戦争が、ない・・・!?」

 

それは一体なんの冗談だ。彼は聖杯にかける願いがあるから召喚に応じたのではないのか?

 

「待ってくれ、レオニダス王。貴方が聖杯に望む願いをお聞かせ願えるか?」

 

「聖杯の運用ですか?歴史の逆転に興味はありませんが、もしも・・・の世界を、見てみたくはありますね。しかし、それは即ち歴史の逆転となりましょう。ですので"諸国漫遊"と言った所でしょうか」

 

「・・・。」

 

なんとある意味人間らしいというかなんと言うか。まさか聖杯への望みが世界旅行がしたいと来た。

 

(ますます分からなくなってきたぞ・・・)

 

彼が言うには聖杯戦争は起こらない。そして彼の願いは現状難しいかもしれないが願い自体はいくらだって叶えられるもの。

 

なにせ船もあれば旅客機もある。その気になればその日のうちに地球の反対側、ブラジルにだって行けるだろう。

 

昔とは違い、この地球はマリアナ海溝を除けば隅々まで行くことが出来る。もはや人が立ち入って居ない場所の方が珍しい。

 

「随分とお悩みのようですな。まぁ、本来サーヴァントは聖杯戦争の為に呼ばれるか、人理の危機に呼ばれるかのいずれかでありましょう。と言っても、私が聖杯にかける望みなどその程度のこと。進んで聖杯戦争などには参加いたしませんな」

 

「では貴方はなぜ・・・いや、そうか。私が聖杯に願ったからか」

 

ここまできてようやく彼は理解に至った。

 

つまりこの英霊は、自分の守りたいものがある(・・・・・・・・・)という、ちっぽけでささやかな願いを聞き入れて来てくれたのだ。

 

(これがスパルタ王か・・・)

 

その器の大きさに士郎はすっかり脱帽した。王と言えばセイバーやギルガメッシュと会ったわけだが、二人ともきちんと聖杯にかける願いの方向性というものがあった。

 

――――セイバーは選定のやり直しを。

 

――――ギルガメッシュは自分に相応しい人類の間引きのため。

 

しかしこの王は違う。言ってしまえば彼は己の願いの為ではなく、衛宮士郎の願いの為に来たのだ。

 

「納得していただけましたかな?」

 

「ああ。貴方の気持ちに感謝する」

 

そうして士郎は深く頭を下げた。これはもう奇跡と言っても過言ではない出会いだ。

 

(キャップには感謝しないとな)

 

本来であれば彼が手にしたのだから彼が願いを叶える権利があったはずだ。それを危険性が高いという理由で半ば奪ってしまった。

 

「話が纏まったようだな。では我らにも説明してもらおうか」

 

「構わない。まずは英霊・・・からか?」

 

「それはよい。名称からして想像が付く。それよりも霊脈、ということと、その男が本当に古代ギリシャのスパルタの王なのか、というところだな」

 

「了解した。レオニダス王。まず貴方の今の状態と霊脈の状態から把握したい」

 

「構いませぬ。必要でしょうからな」

 

その後、彼の今の状態は衛宮士郎を現世の楔として、必要な魔力は川神の霊脈から大量に供給されているので問題ないこと。さらに、

 

霊脈からは魔力とは別の生命力のようなもの、恐らく『気』が流れていること。

 

そして魔力に関しては全くの手つかずなのでこの先100年だろうが1000年だろうが彼が吸い続けても枯れはしないことが分かった。

 

星は生きているのだ。それ即ち魔力を生成しているということ。地球という巨大なタンクから英霊一人分を賄った所で枯渇などしないということだろう。

 

ただし問題はいくつかあった。まず霊体化。彼は受肉しているわけではないので霊体化できるのだが・・・

 

「き、きき消えた!幽霊!?幽霊じゃないか!!」

 

百代がビビる。それはもう盛大に。どうでもよさげだがこれでもコロニーレーザーぶっ放すとんでも少女なのでうっかり驚かすと甚大な被害が出る。

 

次に屋敷について。

 

「川神・・・幽霊屋敷・・・ですと・・・!?いや私には筋肉がッ!あああすみませんマスター!私!幽霊が滅法苦手だと告白いたしますッ!!!奴らは私より計算が早い!!ヒィ!!」

 

レオニダスがビビる。それはもう盛大に。おめえが幽霊じゃねぇかと言いたいがとにかく幽霊が駄目らしい。なんでも彼は自称理系らしく、物理攻撃が通用しないことと、自分より計算高く行動するかららしい。

 

「レオニダス・・・君幽霊だからね・・・ちゃんと物理通るでしょ・・・?」

 

「それでもヒヤッとするのですッ!!そして奴らは私よりも計算高く行動する!!マスター!!怨霊が駆逐済みとは本当でしょうなッ!?」

 

大丈夫だ、問題ない。と返答して次。彼の行動範囲について。

 

基本川神市内であれば問題ないようだ。ただし、魔力供給が川神の霊脈からなので川神から離れれば離れるほど魔力が足りなくなり、恐らく他国などに行こうとすれば士郎一人にその比重がのしかかる。

 

魔術師としてへっぽこ、というか、本来英霊をなんの補助もなしに魔力供給して現界させ続けるのはほぼ不可能なので自然と彼は川神近辺しか動けないことになる。

 

「後はそうですな・・・なにかあるでしょうか?」

 

「私としては特にないな。九鬼揚羽、貴女からは?」

 

士郎の問いにそれまで黙っていた彼女が口を開いた。

 

「では、我から問おう。スパルタの王よ。お前はこの川神にスパルタを再建したいのか?」

 

「!」

 

それはつまり、川神を新たなスパルタとしてまた王に君臨する気があるのか、ということだろう。

 

「あっはっはっは!!気丈なお嬢さんですな。答えは否です。私は所詮歴史に埋もれた影法師のようなもの。確かにかつては王でありましたが、私の時代にあった流血はこの時代には必要ありません」

 

「しかしお前は王なのであろう?また玉座に付きたいとは思わぬのか?」

 

「思いませぬな。私が王に、いや優れた指揮者になった理由は簡単です。スパルタには私以外に、計算の出来る男が居なかったからですよ」

 

「「ぶふっ!!」」

 

静かにお茶を飲んでいた揚羽とマルギッテがお茶を吹いた。

 

「お、お前はそんなことで王になったのか!?」

 

まさかの事実に揚羽が前のめりになって聞く。

 

「ええ。全く!スパルタ兵達は脳筋で困る!私がいなければ、どうなっていたことか・・・」

 

「これは、とても歴史書には書けませんね・・・」

 

「我も知りたくなかったわ・・・」

 

「ちなみにいいだろうか?」

 

静かに話を聞いていた林冲が手を上げる。

 

「どうぞ、お嬢さん」

 

「貴方の好きなものは?」

 

なんとも普通の問いだった。しかしレオニダスは、

 

「数学はいい・・・計算が正しかった時の、満ち足りた気分・・・」

 

「「「・・・。」」」

 

マジかよコイツという顔である。

 

結局、九鬼の契約書に更なる項目が追加され、レオニダス王といきなり名を出しては混乱が生じるということで、衛宮士郎の知人、レオとして表の世界に彼は出ることになるのだった。

 

 

~~~~22話魔術師 終~~~~

 

 

とまぁこんな経緯があったのである。その後士郎は梁山泊と曹一族の騒乱に巻き込まれ不在になってしまったので、ストッパーの存在しない暴走列車というか、ツッコミがいないボケというか。

 

そんなこんなで今に至る。

 

「ねぇねぇおじちゃん。どうしたらおじちゃんみたいに強くなれるのー?」

 

肩の上に乗る子供が無邪気に聞く。

 

「この筋肉が欲しいのならば・・・ひたすら、トレーニングですぞ」

 

「とれーにんぐ?」

 

「たとえばー?」

 

他の子どもたちも興味津々に聞く。

 

「では!共に筋肉を邁進しましょう!まずはぁっ!裸で豹と戦うのです!!」

 

「「やめんかッ!!!」」

 

「おっと失礼、つい昔の癖が」

 

やっぱりこいつも脳筋じゃねぇかと思う士郎。しかしながら彼は学園の授業、特に数学の成績(?)がとてもよかったりする。

 

気を抜くとすぐにスパルタの癖がでる彼であるが普段はとても紳士なのでちょっと注意すればとても頼りになる。

 

「おう!やってるなぁ」

 

そんな彼をどこかハラハラとしながら見守っていると、現れたのは総理だ。

 

「おや、総理大臣殿。ご就任おめでとうございます」

 

「よせやい!一度は引退したロートルだ。ま、任せられたからには全霊でやるけどよ」

 

彼は今回の事件で、総理大臣に再就任という異例の結果を残した。現在も国会で先頭に立ち、新たな議員達と意見をぶつけ合っている。

 

「被災地の視察ですか?」

 

揚羽の言葉に総理はなんとも言えない顔をした。

 

「一応これも仕事だからよぉ・・・本当なら、お前さん達に交じって給仕したいぜ」

 

「総理がそんなこと言ってはいけないでしょう。どうですか?丹精込めて作った豚汁です。良ければ食べていきませんか」

 

実はこの豚汁。配っているのは九鬼のメイドだが、作ったのは士郎である。どうせ炊き出しをやるならと彼が九鬼の調理場で腕を振るった一品だ。

 

「おうこいつはありがてぇ。ちょうど何も食ってなくてよこの匂いはすきっ腹に響かぁな」

 

そう言って総理も渡された割りばしを使い豚汁を啜る。

 

「こいつはうめぇ!出来れば握り飯と一緒に食いてぇところだぜ」

 

「そう言ってもらえてうれしいですよ」

 

「こいつは兄ちゃんが作ったのかい?」

 

「ええ。よくわかりましたね」

 

ずばり言い当てた総理に士郎は目を丸くする。

 

「九鬼のメイドさんたちには悪りぃんだけどよ。なんつーか、家庭の、心がホッとする味がしたもんでよぉ・・・これは大勢に向けたメシじゃねぇ。一人一人に向けた母ちゃんの味だ」

 

「誰が母ちゃんですか・・・」

 

総理の言葉に苦笑する士郎。しかし、心がホッとすると言われたのが彼には何より嬉しかった。

 

「それよりも兄ちゃん。改めて今回はありがとうよ。おめぇさんのおかげでこうしてまた戦えるぜ」

 

「そんな、俺は・・・」

 

何もしていない、と言おうとして先ほど揚羽に言われた言葉を思い出した。

 

「そう・・・ですね。有難く受け取っておきます。その代り、国の舵取り、よろしくお願いしますよ」

 

「あたぼうよ!壊れちまった町を再建して、積みあがった問題を一個一個解決していくからよ。また力ぁ貸してくれ。正義の味方!」

 

「ええ。いつでも!・・・まぁ、先に学校卒業してからですが」

 

士郎の言葉に盛大に笑った総理は、ご馳走さまでした、と頭を下げて次の視察現場へと赴いていった。

 

「やればできるではないか」

 

「何度も言われてやっとだ。それより、そろそろ揚羽さんも行かなくてはならないのでは?」

 

「そうよな。ここはお前に任せて我は次の現場に行くとしよう」

 

「まだこのままなのか・・・」

 

もう何枚目になるか分からないサインをして、握手をして子供達が去っていく。

 

「正義の味方だろうが!シャキッとせよ!ではな!」

 

そう言って銀髪をなびかせ揚羽は去って行った。

 

「やれやれ、この世界の女性は逞しいな」

 

そう呟いてまた一人、サインをして握手して子供が去っていく。

 

「おーい士郎ー!」

 

「士郎せんぱーい!」

 

「士郎ー!!」

 

「手伝いに来てやったぞー!豚汁食わせろー!!!」

 

「ああ!まだあるから食べてってくれ!」

 

そう言って学校が終わって来てくれた仲間達に手を振る。

 

 

――――被害はあったが笑顔は失われなかった。この大切な一時に彼は感謝する。

 

「おい士郎!桃のデザートはないのか?」

 

ぎゅむりと抱きしめられ強請られる。

 

「あるわけないだろ!くっつくな!暑い!」

 

「も、もももモモ先輩抜け駆け禁止ですッ!!」

 

「いけーまゆっちー!お前もくっつけー!」

 

「俺様達も行くか?」

 

「だね」

 

「だな」

 

「けっ!揃いも揃って何してやがる」

 

「みんな一斉にくるなッ!うおわああ!!!」

 

――――もうすぐ。暑い暑い、夏が来る。収まりを見せた闇の胎動はまだあれど。彼らの笑顔があればきっと乗り越えて行ける。そう思った一日だった。




はい。いかがだったでしょうか。皆さんがとても気になさっていた22話の後半とレオニダスの召喚や維持について書きました。一応ウィキやらピクシブやら色んなサイトをめぐって考えたので筋は通ってる…はず。

色々書きましたが、結局レオニダスは士郎の守りたいという願いに応じて亀裂からやってきた感じです。レオニダスの聖杯への願いからすると、早々聖杯戦争にはこないと思いました。一応召喚に応じるか否か英霊側も選べるらしいですからね。まぁ、槍の先とか聖遺物使ってバーサーカーとかなら来るでしょうが…どこかの時間軸のワカメがそれやって早々に退場したとか(笑)

次回…どうしようかなぁ…もう義経達だそうかなぁ…でもなぁ…東西戦どう考えても士郎無双になるんだよなぁ…だって射程4キロもあるんだもん…天神館どう頑張っても全滅やん…ということで次回お会いしましょう


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:激戦終わっての主人公情報:

皆さんこんばんにちわ。頭の中がBGM、ワン子さんの頭の中身みたいになっている作者でございます。

まず初めにいきなりこれを読むとネタバレになります。作者的には順番にここに来ていただいた方が楽しめると思いますので出来ればゆっくりいらっしゃってください。

このサイトでは小説情報なる項目があり、お気に入り数とか見れるんですが・・・お気に入り登録、約3500…?みなさんこんな私の妄想にそんなにお気に入り登録しちゃっていいんですか…?私、ニヤニヤが止まりません…みんな好きだなぁもう。

今回は今一度士郎の近況報告と残された遠坂達のことをちょびっと情報にしたいと思います。話を進めようかとも思いましたがわざと急にレオニダス出したりしたので情報が錯綜してる感があったので一度まとめようかなと思いました。

次に向けての準備ですね。


主人公:衛宮士郎

 

18歳(実年齢今年で29歳)

 

:スキル等は生きてる人間なので特になし。しいて言えば超ド級の鈍感と女難の相か(笑)

 

:この世界での経歴

 

・この世界に飛ばされ早速トラブルに巻き込まれまくって精神がかつお節を作るかの如くすり減っていたが、現在はある程度安定したので本人も一安心。

 

・偶然手に入れた(半ば強奪)聖杯を処分しようと、第二魔法術式の誤作動?によって開いた次元の穴に破棄しようとした際、守りたいものがある!

と強く願ってしまったので川神の聖杯の『適した人物を呼び寄せる』という機能によりランサー・レオニダス王を偶然召喚。マスターとなる。

 

・召喚早々に彼を川神に半ば放置してしまったので、いつの間にか同級生がスパルタ式トレーニングにより魔改造を受けており、ちょっとやっちまったかもと思っている。

 

・マスターにはなっているがレオニダスがこの世界に現界するための魔力の大部分が川神の霊脈から供給されているので負荷はほとんど無く、彼が現世に留まるための楔としての役目の方が大きい。

 

・令呪が心臓の位置に刻印されているが、川神の聖杯の機能なのか、崩れかけて崩壊寸前の物だったからなのか、一筆書きの複雑な円形模様の一画しかない為、冬木の聖杯戦争のように強制命令権、あるいは膨大な魔力によるブースト機能はほぼ機能しない。

やれなくはないが、彼は反抗的ではないし、そんなことするよりレオニダスに居てもらった方が遥かに良いのでやる意味もない。

 

:戦闘能力 ほぼ英霊エミヤと変わらない。

・遥か遠くを見ることが出来る異常な視力。

・武骨な鍛錬と膨大な戦闘経験から導き出される戦闘倫理。

・見たものを解析し、それが武器ならば真に迫った物を投影魔術で剣の丘から引きずりだせる。

new・歯車の回る剣の丘で剣を弾いた際に彼の記録が脳に焼き付けられ、貯蔵された剣や宝具が増加した。このため彼が知らなかった・出会わなかった宝具も士郎の丘に登録された。

 

 

:ランサー 真名レオニダス王

:身長 188cm

:体重 110㎏

:出典 史実(テルモピュライの戦い)

:地域 スパルタ

:属性 秩序・中庸・人

:愛称 レオ レオさん レオニダス

 

:召喚経緯

・川神の崩れかけた聖杯の『適した人物を呼び寄せる』という機能が、追い詰められていた士郎の『守りたいものがある』という願いに反応し、本来ならばマジ恋時空の誰かを呼び寄せるはずが、目の前に開いていた次元の穴に放り込まれると同時に発現。

結果、マジ恋時空ではなくfate時空の英霊の座から呼び寄せられた。本人曰く、守りたいものがあるという願いと故郷にとても似ている川神に呼ばれたとのこと。

 

・脳筋ばかりで知られるスパルタ人にしては知的好奇心が旺盛で聖杯への願いも"諸国漫遊"というものである。しかし、現在の彼は川神の霊脈から魔力供給を受けているので川神から離れすぎると士郎一人では賄えないので魔力不足になってしまう。

 

・偶発的とはいえ川神近辺から出なければ受肉しているようなものなのでマジ恋世界をとてもエンジョイしている様子。マスターの士郎が強いので護衛役よりも、川神の市民の要望に応える指導者のようになっている。

 

・英霊、というか過去の偉人本人ということで、いきなり公表しても大変なことになるので士郎の知人『レオ』として学園に在籍。半生徒・臨時講師のような立ち位置にいる。

 

・臨時講師として体育(訓練)をルーと共に担当。スパルタ方式(超優しい)で生徒を鍛え上げる。流石300の兵で20万の軍勢を跳ね返した兵を育成しただけあり、指導力は一級品。その為そもそも頭のおかしい強さを持つ川神の市民が大変なことになっている。

 

・好きなもの 数学。立派な趣味である数学をさらに学園の授業で学んでとても満ち足りている様子。ちなみに、彼の左腕に巻かれているゴッツイ時計は九鬼の最新製。象が踏んでも壊れないどころか象が100頭乗ろうが(物理的に無理だが)平気なやばい時計。実はすごい最先端技術で作られており、見た目アナログなのに一秒もズレないこの時計を彼はとても気に入っている。(戦闘前にきちんと外して専用ケースにしまうくらい大事にしている)

 

・総理官邸前に押し寄せた暴徒の大軍を前に士郎の逆転の切り札にしたいという考えに同意し、最後のメカどもが来るまで、一人奮戦する士郎の傍に居ながらじっと耐えていた。暴徒を鎮圧した後士郎の予測通り現れたメカにアキラメロと言われ遂にプッツン。宝具を展開し、駆け付けた風間ファミリー、九鬼従者部隊、動けなくなった非戦闘員全てを守り、伝説の300人と己の渾身の槍の投擲により現れたメカ群を粉砕した。

 

 

:冬木サイド:

 

遠坂凛(年齢ry)

・実は士郎の打ち上げていた魔力反応を幾度か観測に成功していた。ところが、ある時からピタリと止んでしまったのでブチギレながらも士郎を捜索中。黒化して急げと迫る桜と、桜を含め、多方向からの借金返済が間近で火の車どころか火炎車状態にある。

 

間桐桜(年齢ry)

・凛の士郎の魔力を観測した!という知らせで喜んだ後、観測が出来なくなった…と上げて落とされたため最近ほぼ黒化状態。急がないと食べちゃうぞ(物理)と姉の凛を追い詰め、さらに借金をそろそろ返せと追い打ちをかけている。セイバーやライダーも、流石に黒化した桜をさらに激怒させたあかつきにはご飯が虫(○○虫)になるので黙って従っている。

 

セイバー

・士郎の魔力を凛が観測した時、遠く離れた場所に自身の宝具、全て遠き理想郷(アヴァロン)の存在を感じて、実は四人の中で一番安心している。士郎を探すのは急務であるが彼が生きていることを直に感じ取れたので、桜の機嫌をこれ以上損ねないようじっとしている。現在は近所の子供たちに剣を教えている。

 

ライダー

・士郎は心配なのだが、それよりも桜が完全に闇落ちしないかハラハラドキドキしている。でもつまみ食いはやめられない(美綴嬢)現在も骨董屋のアルバイトをして少しでも家計が潤うようにと支援してくれている。(主にセイバーの食費がヤヴァイ)たまに隠蔽の魔術を施した愛車で峠を爆走している。

 

 

:マジ恋サイド:

 

川神百代(永遠の18歳)『ヒロイン』

・今代の武神。だが、士郎にわざわざ手を抜いて相手と遊ぶ悪癖と、最強になったからと言って何も目指さなくなっていたことを指摘され、一念発起し、原作以上に強くなっている。スロースタートする悪癖も徐々に治りつつある。

・自分に並び立つ、対等な男がいなくて女の子に走っていた反動で、士郎という自分と対等の男であり、今でも理想を追い続ける彼の姿に初恋をした。正真正銘初めての恋なので高ぶる気持ちをどうしていいか分からず、とりあえず士郎を大和にしていたようにイジったり、引っ付いたりしてその度に超ドキドキしている。しかし最近彼が無自覚に女の子を誑し込むので、焦りから激しいボディタッチを求める。

・士郎が最初に作った桃のコンポートが忘れられず、ことあるごとに桃のデザートは無いのかと迫る。

 

川神一子

・百代の妹。血のつながりはないがお互いとても仲良し。川神院師範代になり、百代と対等になりたいと望んでいたが、祖父であり先代武神、川神鉄心とルー師範代は一子のスペックでは届かないと諦められていた。しかし、士郎の出来る出来ないではなく、命を、人生を捧げる覚悟はあるのか、という問いに初めて己の命に対する価値観や意味を考え、命をかけてでも夢を絶対に諦めないと決心したことで彼女の努力が実を結び、膨大な気を得ることに成功。しかし、コントロールが出来ないのでそのままでは危険(垂れ流し状態のままだと枯渇して即死)なため、初歩の初歩から鍛錬し直している。一時的に通常の歩行すら困難な状態であったが、現在は多少ならば戦闘出来るようになった。しかし、まだ気のコントロールが甘く将来はまだしも、現在は原作より少し強くなれたくらいで、尚且つ戦闘可能時間は時間制限付きである。

・士郎に恋して初心に反応する姉を応援している。いつか士郎がお兄ちゃんになるのかなと夢想している。

 

椎名京

・大和絶対ラヴの寡黙な少女。事あるごとに大和にアタック(即既成事実)をしかけるが、今の所あしらわれている。士郎が百代を誑し込む可能性を感じとり、密かに適材適所で爆弾を投下して百代に士郎を意識させていた。しかし、彼女がそんなことしなくてもあの超鈍感一級フラグ建築士は次々と女性を誑し込むのでぶっちゃけ何もしなくても勝手に恋のライバルが居なくなると思っていた。しかしその油断が仇となったのか相性の悪いはずのクリスが大和を意識し始め、彼女と水面下で大和争奪戦を繰り広げている。

・天下五弓に数えられる彼女だが、士郎の人ならざる腕前の前に敗北した。しかし士郎が天下五弓の称号を、そんな面倒なものはいらない、自分の弓は弓道ではないと蹴ったので今でも天下五弓である。

 

クリスティアーネ・フリードリヒ

・ドイツから留学してきた留学生。士郎が初めて登校した際、職員室に案内すると同時に、不意打ちで決闘をしかけるが、士郎の挑発に乗ってあっさり敗れた。現在は冷静さと戦場の理を姉のように慕うマルギッテに教えてもらい、急速に力を付けつつあるライバルである一子に危機感を感じて鍛錬に勤しんでいる。

・ある大決闘を通じて大和のことを男性と意識して京と水面下で彼を取り合っている。

 

黛由紀江『ヒロイン』

・士郎が初めて登校した時、声をかけようとしたがクリスが来て失敗。しかし、彼の作る衛宮定食の評判が気になり食堂に赴いたが、彼の名前が定食名の為上手く喋れず、ヤジを飛ばされ絶望していたが士郎がそのヤジを一喝。素敵な笑顔と共に自分をも上回る料理の腕と暖かさに彼に恋した。表立ってはアクションをかけられないものの、唯一の友達、大和田伊代とファミレスでよく彼の話をし、彼女のアドバイスで料理を会話の種として結構頻繁に士郎と電話でやり取りしている。百代的には恋のダークホースの様に思われている

・剣士として、密かに双剣を扱う士郎と手合わせしてみたいと思っている。

 

マルギッテ・エーベルバッハ『ヒロイン』

・現役ドイツ軍人。クリスの護衛として彼の父の要請でクリスと共に留学してきた。当初、士郎を得体の知れない怪しい人物としてクリスに近づかないように威嚇していたが、クリスの父であり、自分の上官、フランク・フリードリヒが来日した際、士郎を攫って車に押し込め、その皮肉屋な口八丁に言い負かされた。クリスの父が娘をどう思っているのかと士郎に聞いた際、どう頑張っても撃たれると導き出した士郎が、咄嗟に目に入った彼女の赤い髪を見てマルギッテをべた褒めした時に初めて男性として意識した。さらに、一晩宿に泊まった際に見た彼女なりにメルヘンな夢と、庭で双剣を振るう姿に心を奪われ、彼をさらに意識するようになる。ところがある夜。彼が歓迎会をしてもらったと言った矢先に腕に重傷を負っていることを看破。さらに、彼の実力的に百代でなければ彼に手傷を負わせることはできないと判断し、彼女を敵視した。結局、彼女の懸念は現実となり、彼は腕の皮が剥がれかけるという重症を負っており、しかもそれを全く感じさせない程隠すのが上手いことに危機感を感じ、彼を失いたくないという想いが、本来なら激痛でのたうち回る治療すらまるで他人ごとの様に捉えていることに爆発し、激しい恋心に変化した。

・現在では彼の危険性を考慮した裏方業を行っており、彼が絶対無理できない環境・状況を作るように影で動いている。それだけ力を入れておきながら、素直に気持ちを発せられない自分に悶々としながら毎日衛宮定食を食べに来ている。

・万が一、風間ファミリーが彼を守れないのであれば士郎をドイツに引きずってでも連れて行くと決心している。

 

林冲『ヒロイン』

・梁山泊、天雄星・豹子頭の座を頂く女性。予言により地孤星・金銭豹子(梁山泊の鍛冶師)が川神に現れると聞き、同僚の史進と楊志と共に川神を訪れ、彼の張っていた人払いの結界を突破して彼の力を図るべく戦いを挑んだ。ところが、彼女と史進二人を同時に相手取り、尚且つ必殺の三連携さえも破られ、彼女と史進は重傷。楊志だけ軽傷という惨敗に終わった。その後治療を施し再度彼を訪ね、梁山泊に入らないかと持ち掛けたが拒否され、宿まで送ろうと士郎はしたが、彼が表(九鬼とドイツ軍)と裏(梁山泊と曹一族)に追われているので断りようがないだろうと宿を引き払っていたので初めて士郎の住む衛宮邸に宿泊した。最初こそ畏怖の対象だったが、彼の献身的な介護と生活の保障から、本来はとても優しい人物だと印象が変わり、毎夜うなされるたび、そばに来てくれることから淡い恋心のようなものが芽生えた。

・彼の正体についての話し合いに立ち会った後、曹一族を撃退するため二人で梁山泊の隠れ家で半サバイバル生活をしている内に、彼ともっと一緒に居たいと思うようになる。そして曹一族襲撃前夜。うなされる彼女を見過ごせなくなった士郎が彼女のトラウマを聞き、彼女になにがしてやれるのかと考えた結果、自分の事を守ることが出来ないので自分を守ってほしいと彼女に心の柱となれるよう願われた。そのおかげで林冲は、漠然とした守らなければならないという強迫観念が、士郎を守るという想いに変わり、過激な行動を見せるようになった。

・現在は梁山泊と曹一族の折衝の為、川神を離れているが終わり次第速攻で彼の傍に戻る気でいる。

 

史文恭『ヒロイン?』

・梁山泊のライバル、曹一族の武術師範。Мという人物からのタレコミで衛宮士郎と彼を守る林冲に奇襲をしかけた。僅かの差で林冲に勝利し止めを刺そうとしたが、駆け付け士郎の逆行剣によって右腕を射抜かれた。その後、戦闘不能のフリをして言葉巧みに(相手が阿保過ぎた)ことの顛末を聞き出した士郎と共に阿保傭兵団を一蹴。その後彼の合理的で巧みな姿を見て去り際に彼の唇を奪った。本作に描写はないが、撤退後、梁山泊と合同作戦で漁夫の利を狙っていた阿保傭兵集団と、同じМに手引きされていた武器密輸犯のマフィアを壊滅させている。

 

九鬼揚羽『ヒロイン?』

・九鬼家の長女で現在は学校を卒業し、九鬼の軍事部門を預かる女傑。百代に劣らぬ天上天下唯我独尊振りで、ことあるごとに従者の小十郎をぶっ飛ばしている(小十郎未登場…)。

・戸籍があるのに経歴一切不詳という謎の人物である衛宮士郎を、ある意味懐柔するため彼女自ら衛宮邸を訪れた。彼の秘密を暴くにあたり、その対価・学園や川神院での恩赦を与えるべく、彼に身元の保証を九鬼がするという契約書を持参しやってきた。しかし、彼からすればその程度では全然足りない(いるはずのない人間に人権などのあって当然のものが存在しない)ので、彼と熾烈な舌戦を繰り広げ、何枚もの契約書を書き、しかも後に判明する彼の魔術で全て強力な強制(ギアス)がかけられており、破棄するには彼が魔術を解かないと破棄できないようにされた。(士郎はへっぽこなので実は真っ当な魔術師なら簡単に解除できるがマジ恋世界に魔術師は今の所確認されていない)

・英霊召喚に立ち会った数少ない一般市民目撃者。さらに、彼の家庭的な手腕、百代を圧倒することの出来る武力が九鬼にほしいと思っている。実際、このままだと進級できないと言う士郎に、高校中退になれば九鬼で雇うと口約束ではあるが彼女は本気でした。

 

最上旭『ヒロイン』

・謎多き3年S組で評議会議長。ふとした時に士郎に接触しては気配を絶って去る。しかし彼には通じずておらず、本人もそのことが分かっていながら依然として繰り返す。どうやら彼の事を知っているようだが……?

 

:男性陣:

 

直江大和

・マジ恋の本来の主人公。風間ファミリー、ひいては2-Fの頭脳役。本来なら2-Sにも入れる学力があるが、仲間達と居たいので今の所そのままF組に留まっている。

・事あるごとに京から猛烈なアタックをしかけられているが重すぎる愛と彼女を救ったのは自己満足だ、という引け目から断り続けている。

・あくまで自分は頭脳役、指揮官ポジションであると思っていたが、ある事件で彼を救ったレオニダスが、軍師である大和が思考を止めてはならない。頭脳である彼が考えることを止めればすべてが瓦解すると言われ、たとえ絶望的な状況下でも決してあきらめないという決心をした。それに伴い、回避に専念していたのを、ある程度の護身術も身に付けようと近頃色々試行錯誤している。

・京の気持ちは置いておいて、クリスが自分を意識していることに驚きを隠せないでいるが、まだ色々受け入れられないでいるので気づかないフリをしている。

 

風間翔一

・風間ファミリーのリーダー。通称キャップ。類稀な剛運と興味を持ったら一直線という行動力でファミリーを引っ張っていく。最初に士郎をファミリー入りさせようと提案したのは彼。

・気の向くまま、風の吹くままという自由を求める彼だが、将来の目標は冒険家というロマン溢れるもので学園の成績とか特に気にせず、気になった場所には学校を休もうが愛車のチャリで何処までも行く。

・彼の剛運がもたらしたのか、どこかの洞窟(全部勘で走ったのでどこか分からない)で崩れかけた聖杯を見つけ出し、どう見てもお宝に見えないのに彼の勘がこれこそがお宝だと囁くので仕方なく持ち帰った。しかし、その正体を知った士郎が持って行った(半ば強奪)のであれなんだったんだろうなーと首を傾げている。後日、聖杯に取り乱したお詫びとしてファミリーに配られた吹かれる風をモチーフにしたペンダントをいたく気に入り、バンダナに次ぐ大事なものとして常に身に付けている。

 

島津岳人

・面倒見のいいファミリーの兄貴分。男性としてはその強靭に鍛えられた筋肉を誇示し、実際余程の相手(武士娘とか)じゃない限り喧嘩で負けは無い。

・脳筋と馬鹿にされる彼だが、レオニダスの体育(訓練)の影響をもろに受けており、ぶっちゃけ原作より超強い。下手をすると、タイマン勝負であれば原作の一子やクリスに匹敵するくらい強くなってる。

・総理官邸事件で突然現れた自分よりすごい筋肉の男、レオの正体が最強の脳筋戦士であるスパルタ王レオニダスと知って、彼を尊敬し、通っていたジムよりも彼の訓練を自主的に頼んでは進んで鍛えている。

・レオニダス曰く、スパルタの素質がありすぎる。学力が非常に乏しく、肉体を鍛えまくるその姿がスパルタ兵に見えてしまってレオニダスはとても複雑な気持ち。でも同じ筋肉大好き(本人は否定)な若者なので憎からず思い、愛弟子のように日々鍛えている。

 

師岡卓也

・ファミリーのツッコミ役兼、情報収集役。本来内気で体力や筋力も平均以下であったが、レオニダスの体育(訓練)で川神の一般人くらいには強化された。でも戦闘は苦手なので、もっぱらデータ収集だったりネットの記事を見たり、原作とそこまで変わらない。頑張ればきちんと評価してくれるレオニダスの事を結構好意的に思っている。

 

源忠勝

・新感覚、健全系不良といういわゆるツンデレ。勘違いすんじゃねぇと言いながらなにかと世話を焼き、総理官邸事件の時も士郎や戦いに赴く風間ファミリーを見捨てることなく一緒に戦った。

・士郎と一番に仲良くなった彼の親友。なにかと気が合う彼とはとても仲がいい。

・一度、レオニダスの体育(訓練)を寝過ごして遅刻したことがある。その際、激怒まではしないものの規律を乱したということで教育的指導(筋肉)が発動。放課後、レオニダスとタイマンで日が暮れるまで戦闘訓練というとんでもない目にあった。それ以来、体育の時間だけは鬼気迫る勢いで集合場所へと疾走する。この時ばかりはもし自分が眠っていたらどんな方法でも構わないから叩き起こしてくれという切実な頼みをクラスメイトにしている。

・訓練の成果か、彼もまた原作より随分強化されている。岳人とタイマンでなければ喧嘩で負けは無い。

 

:登場アイテム:

一子笛

・本来は大和と京がワン子を調教して吹けば10分以内に一子が駆けつける笛だが、現在の一子の状態と、夢にひた走る彼女を想って廃止された。一応吹けば一子が来るが、彼女の夢の妨げ、ひいては気のコントロールが未熟なせいで彼女に危険が発生しかねないのでみんな吹かない。

 

風が吹かれるモチーフのペンダント

・士郎がお詫びにとファミリーに配った指先程度の大きさのアクセサリー。紐やチェーンを通せるようになっており、ネックレスはもちろんブレスレットなど様々な場所に付けられる。見事な細工がされておりファミリー全員が身に付けている新しい宝物。

・実はこのアクセサリー、ちょっとした魔術礼装である。大気中のマナを吸収して装着者の俊敏性と耐久力を少し上げる細工が施されている。もちろん彼らはそんなことは知らない。強化の魔術の応用なので自力が上がらないとそこまで強力な効果は発揮されないが、魔術の世界ならばそこそこ良いお値段で取引される初心者向けのアミュレットと言った所か。対魔力までは付与されていない。

 

強制(ギアス)のかかった契約書

・揚羽の持参した士郎の身元を九鬼が保証するという内容の契約書。身元以外にも、できる限りの魔術の秘匿や士郎の身の自由、基本的な人権など様々な内容の書かれた契約書。当初、揚羽はなぜそんな当たり前のことまで?と疑問に思っていたが、本来彼はこの世界に存在しない異世界人ということを知って納得した。

・士郎の精一杯の強制(ギアス)の魔術がかけられており、現状魔術を扱えるのは士郎しかいないので彼が自ら破棄しなければ破棄できない。例え書類を燃やしても契約は破棄出来ない。現在は九鬼が原本、士郎がその写しを厳重に保管している。

・士郎は魔術刻印を持っていないので自己強制証明(セルフギアス・スクロール)は作成できない。なので通常の強制(ギアス)。破っても死にはしないが、破れば不幸や災いが降りかかる。とはいえ、内容は本当に人間として当たり前のもの。魔術関係の秘匿も可能な限りという曖昧な内容なのでそうそうギアスが発動することはない。九鬼が強制的に士郎を監禁や軟禁しなければ、だが。




できうる限り纏めてみました。あくまで現時点でなのでこの先変わりますので悪しからず。
レオニダスの行っている体育(訓練)ですが超優しいです。実際のスパルタは

案件1:訓練に遅刻した→死
案件2:訓練中に怪我した→死
案件3:病気にかかった→死
案件4:生まれたばかりの子供を長老が「健康でしっかりした子」と判断しなければ死
案件5:息子が戦いから逃げた→母ちゃんから今すぐ戦場に戻るか今すぐ死ぬか選べと通告。
案件6:無理だよ母ちゃん!→母ちゃんが武器を手に…。
案件7:おや?息子が戦場から帰ってきた→どうしたの?→味方全滅した→瓦礫で頭をグシャリ。→だって全滅したんだろ?じゃあお前は敵じゃないか。

やべぇ。スパルタやべぇよ。男もだけど母ちゃんもやべぇ。

ということで次回は東西戦かな…うん。結末は多分悲惨だと思う。がんばります


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東西交流戦

皆さまこんばんにちわ。マジ恋Sの冒頭どんなんだったかなーと見返している作者でございます。

前回は紹介回でしたがいかがだったでしょうか?紹介でも描写の無かった部分でニヤッと笑ってもらえたら嬉しいです。

そして遂に東西交流戦に入る訳ですが…うんごめん。色々考えましたがやっぱ結果は悲惨ですわ(笑)だって…レオニダス王が直々に訓練(体育)してるんでっせ…?どうなるかは想像が付いてしまいまする…

では!


川神工業地帯。ここでは現在、東の川神、西の天神館による交流戦が行われていた。のだが・・・

 

「こうして目にしても信じられねぇぜ・・・ありゃあ反則だろ」

 

白いスーツに白いハット帽を被ったふくよかな体系の男、天神館館長の鍋島正が言う。

 

工場地帯の一番見晴らしのいい場所に一人の青年が弓を構えて立っている。

 

「――――」

 

その眼は鷹の如く。いくら明かりがあるとはいえ夜の視界が悪い中、彼は戦いが始まって未だ一矢たりとも外していない。

 

黒い洋弓から放たれる矢は遥か遠く、天神館側の本陣にまで流星の如く降り注ぐ。彼にとってこの工場地帯は全て射程範囲に過ぎない。

 

もちろん、遮蔽物があるので全てを狙えるわけではないが、それでも戦闘区域全てが射程という馬鹿げた彼の弓の前にバタバタと天神館の生徒達が倒れていく。

 

「わかっておるわい。彼の弓は神域のそれ。一応ハンデとして彼の矢の数は制限付きじゃ。あれだけ絶え間なく射ればすぐに無くなるじゃろう」

 

そう答えるのは川神学園学園長、川神鉄心。先代・武神のこの翁をして彼の弓は異常の一言に尽きる。

 

長距離狙撃できるものは存在する。天下五弓と呼ばれる子らなら可能な者も普通にいるであろう。だが彼はそれどころの話ではない。

 

彼は長距離所か超長距離狙撃を可能とする。それも狙いは必中。彼が矢を放てば必ず急所へと吸い込まれる矢はもはや何か細工が成されているのではないかと疑うほど。

 

しかしそれはない。彼の射る矢は全て天神館が(・・・・)用意したもの。矢への細工は不可能。にも拘わらず彼はなんの感情も浮かべることなく淡々と連射している。

 

――――そう。連射(・・)しているのだ。確かに矢を番え放つという動作はある。だが彼はそれを常に数本矢を握った状態で次々とまるで無造作に放つように放っている。

 

そのすべてが致命傷判定。この交流戦で三年生は百代一人というハンデで天神館を破ったが二年生は圧倒的な彼の狙撃に支えられ次々と敵を打ち取っていく。

 

「・・・士郎、矢が尽きるよ」

 

同じ位置に弓を構えた京が矢を携えて上ってきた。彼女の言う通り彼の持つ矢は既に数本。しかし鷹の目は油断なく戦場を見渡す。

 

「大概は一掃した。本陣も壊滅させてあるが・・・大将の姿が本陣にはない。奇を衒う(きをてらう)気だろう。京、君は何処まで狙える?」

 

残り一本となった矢を手で遊びながら彼は問う。

 

「私が狙えるのはワン子がいる辺りくらい。士郎の弓はおかしい。普通ここから敵本陣まで届かない」

 

弓と言うのは長距離を狙う長弓でも一キロ先が精々。しかしここから敵の本陣まではその倍以上ある。にもかかわらず彼の矢は届く。そればかりか急所に必中する。

 

「士郎は見える範囲なら絶対外さないよね。何処まで見えてるの?」

 

京の質問に視線は戦場から外さず、

 

「さて、企業秘密と言いたいが・・・そうだな。少なくともここから敵本陣の人間の表情と床の材質、錆びの位置くらいは見て取れる」

 

「・・・。」

 

なんだそれは。一体どんな視力をしたらそんな彼方まで見えると言うのか。

 

先ほど京が言ったが彼は見える範囲では絶対に外さない。準備された矢全てを継ぎ矢(つぎや)するほどである。

 

「大和!予定通り被害はない!私の加勢は必要か?」

 

一段下で戦況をみていた軍師に問う。

 

「・・・いや、必要ないと思う」

 

「むしろ過剰戦力ですね。なにせこちらには負傷兵も脱落した者もいない」

 

実はこの戦闘が始まってから川神学園に戦闘不能者も下に脱落した者すらいない。救護班の腕章を付けた生徒が実に暇そうにしている。

 

軍師は2-Fの直江大和と2-Sの葵冬馬。この交流戦は川神学園と天神館の総力戦なのでクラスの垣根は取り払われている。

 

「そうか。では私はここで降りるとしよう。京。後は任せたぞ」

 

そう言って彼は最後の矢に何事かを書いた紙を矢に結び、下の戦場ではなく空へと放った。

 

「何処に射ったの?」

 

最後の矢を放った士郎に代わり京が狙いを定めながら聞いた。

 

「なに、出番を待っている新入生(・・・)が居たのでね。加勢は不要と矢文を送った」

 

そう言って彼は大将である九鬼英雄の前に降り立つ。

 

「流石衛宮よ!姉上が認めるその腕前、我も感服の至りだ!」

 

そう労う彼の横に腕を組んで立つ士郎は肩を竦めた。

 

「大したことではない。私の弓が無くとも、今の川神学園の生徒に負けは無い」

 

「折角英雄様がお褒めになったのに無下にするんですかー?」

 

ちゃきりと短刀を士郎の首に付きつけるが彼は特に気にした様子もない。

 

「一々短刀を学友に付きつけるものではない。それより、上からくるがいいのかね?」

 

「!?」

 

その言葉に奇襲をかけようとしていた敵が動揺した。

 

「あずみ。疾く片付けよ」

 

「かしこまりました英雄さまぁああ!!」

 

タン!と忍足あずみが地を蹴る。

 

「鉢屋か!一人で来るとか、西の乱破は頭悪いのか?」

 

士郎の警告にワンテンポ遅れる形であずみが蹴り飛ばす。

 

「どうする九鬼。私も行くかね?」

 

互いに分身したり、体術と短剣を交わしながら戦う姿に士郎は英雄に問う。

 

「必要ない!あずみであればあの程度の輩、すぐに成敗しよう!」

 

その言葉に呆れたように溜息を吐く士郎。

 

(やれやれ。これは本当にやらかしてしまったな)

 

なぜこんなにも傾いた戦力バランスになっているのか。その原因は間接的とはいえ士郎にあった。

 

「大友秘伝!国崩しぃいい!!!」

 

ドゴーン!と大筒から砲弾が放たれる。だが・・・

 

「・・・なんと!?」

 

煙の晴れたそこにいるのは円盾と槍(先は布で包まれている)を持った集団。

 

「たっはー・・・流石に驚いたわ。でもアタシ達の敵じゃないわね!!」

 

『応!!!』

 

と応じるのは誰であろう、士郎のサーヴァント、レオニダスが鍛えた川神の生徒。その中でも機動力ではなく、彼の得意とするファランクス(密集隊形)を会得した者達。

 

彼らは右手に槍を持ち、左手に円盾を構え、自分と槍を構えたことで開いてしまう右側を隣の人間が守る。まさに人間要塞と化した現代のスパルタ兵達である。

 

「この・・・!大友に弾切れはない!でりゃああ!!」

 

ズドーン!とさらに爆撃が迫るが、

 

「よ、ほっ」

 

一子は砲弾をひょいひょいと躱し、現代式スパルタ兵達はその堅牢な盾を持って爆撃に耐える。

 

「そらそらいくわよー!!!」

 

「くう・・・!」

 

大筒を武器とする大友焔は近接に滅法弱い。仮に撃てたとしても自分まで爆破してしまう。なので咄嗟に大筒で迫り来る薙刀を防ごうとする。だが、

 

「盾を!!」

 

『応!!!』

 

別な声に反応したスパルタ兵達が一斉に盾を掲げ、盾でできた道とする。そこを走破し、大友焔に飛び掛かるのは赤髪の女性、マルギッテ。

 

「しまった!?こちらは囮か!?」

 

「そうでもないわよ!」

 

振り下ろされた薙刀が大友焔の大筒の一つを半ばから両断する。

 

「!?大友の大筒を一撃で・・・!?」

 

一子の薙刀はそのまま地面のパイプに衝突する。その反動に身を任せてくるりと宙返り。

 

「次は私ですッ!!」

 

大筒はその名の通りサイズが大きい。故に構え直すのは容易ではない。防御は完全に間に合わない。

 

「トンファー・マールシュトロームッ!!!」

 

トンファーの連撃が彼女に炸裂し、大友焔の意識を刈り取った。

 

「む、無念・・・」

 

――――西方十勇士、大友焔撃破。

 

「サンキューマル!」

 

「その呼び方は止めるように。まだ貴方達に心を許したわけではありません」

 

「でも士郎には許してるんでしょ?」

 

「!?彼は・・・その、特別です・・・」

 

一子の言葉に顔を赤くするマルギッテ。

 

(わー士郎って本当にモテるのねぇ)

 

その様子を見て彼女もまた、姉と同じく士郎を取り合う一人なのだと知った。

 

「それよりも、来たわ!」

 

「盾を!!!」

 

『応!!!』

 

マルギッテの言葉に一斉に盾を構え直す。次の瞬間彼女らが居た場所に矢が降ってきた。しかしそれも虚しく構えられた円盾に弾かれる。そして、

 

ヒュンッ!ドゴーン!!!

 

一子達の頭上を通過した京の矢が標的に当たり爆発した。

 

「相手も容赦ないからね。こっちもそれ相応にする」

 

――――西方十勇士 毛利元親、撃破。

 

「流石京!士郎にも負けてないわね!」

 

「私はクリスお嬢様と合流する。お前も、前線に行きなさい」

 

「望むところよ!さあ敵将取るわよー!」

 

気勢を上げて一子がスパルタ兵を連れて突撃する。進軍はやや遅めだが、確実に敵の領土を侵略する。

 

「これで川神学園のネットもハッキング完了・・・」

 

西方十勇士、大村ヨシツグがノートパソコン片手にそう告げる。

 

「我々は川神学園を完全に破壊する。その足掛かりが―――」

 

できた、と言おうとした西方十勇士、島右近であったが、

 

「なに!?ハッキングし返されただと!?しかも早い!!ゲッホッゴッホゴッハアア!」

 

バタリと大村ヨシツグが倒れ伏した。彼は一応病弱・・・らしい。

 

「病弱では十勇士は務まらぬか・・・」

 

――――西方十勇士 大村ヨシツグ、撃破。

 

 

「鉢屋、と言ったか。中々やるな」

 

英雄の護衛役であるあずみは元傭兵だ。その彼女と渡り合う人物はそう見ない。

 

「くっ!なぜ奇襲に気づいた!」

 

「そいつはただの運だよ。あの赤い英雄様は、私らでも相手にならねぇ化け物だ」

 

そう言って彼女はちらりと主である英雄の横に立つ衛宮士郎を見る。

 

(鉢屋クラスの隠形をあたいより先に気づくとかほんとあいつヒューム級じゃねぇのか?)

 

揚羽がスカウトを続けているが一向に九鬼に入ることを拒む青年。英雄も何度かスカウトに行ったがことごとく断られた。

 

現在彼は目立つ赤い装束と黒い皮鎧に身を包んでいる。いつぞやの事件の時着ていた赤い外套だ。赤き英雄が味方に居れば士気も向上するということで今回無理やり着せられている。

 

「それより、そろそろ終わりにするか。英雄様が見てるんでな!!」

 

「ぬう!?」

 

「忍足流、剣舞五連!」

 

高速の五連撃が鉢屋を襲う。しかし、

 

ボン!

 

「!変わり身か!」

 

黒い忍び装束と丸太が残される。

 

(気配を絶って何処かに身を潜めた?いや、このタイミングは・・・!)

 

「狙うは大将のみよ!!!」

 

変わり身であずみを巻き、一直線に英雄へと向かう。だがそれは悪手だ。

 

「!?」

 

眼前に迫った黒い何かに視界が覆われる。そして次の瞬間、

 

ドゴッ!!!

 

「ごはっ!?」

 

鉢屋の小柄な体が反対方向に吹き飛んだ。英雄の隣にいた衛宮士郎の放った蹴りが炸裂したのだ。

 

「手を出すつもりは無かったんだが。忍足あずみ!君、サッカーは得意かね?」

 

組んでいた手を下ろして自然体を取る衛宮士郎。

 

「けっ!そんなら蹴り縛りといこうか!」

 

ドキュ!

 

「ぐあ!?」

 

再度蹴り飛ばされた鉢屋が衛宮士郎の方へ飛来する。

 

「そらッ!」

 

ドゴン!

 

「ぐふっ!」

 

飛来した鉢屋を彼は上に蹴り上げた。

 

「逝っちまいなッ!!!」

 

それを上空に待機していたあずみが海に向かって蹴り飛ばした。

 

「ぐあああ!!!」

 

ドボン!!!

 

「やるじゃないか」

 

「チッ!あたいだけで始末するつもりだったのによ」

 

「それは君の油断だろう。私は一応、総大将を守ろうとしたのだがね?」

 

「言ってろ。・・・一つ借りだ」

 

パン!と士郎とあずみが手を鳴らす。

 

「うむ!見事な連携!華麗な足さばき見事である!!」

 

「ありがとうございます英雄さまああああ!!!」

 

ビシ!と笑顔で敬礼するあずみ。

 

――――西方十勇士 鉢屋壱助、撃破。

 

 

「あれ?おい、こんな所に誰か倒れてるぞ?」

 

ヨンパチが外縁部で倒れている人影を発見した。

 

「んー?こいつテレビで見たことあるな・・・あ、エグゾエルの―――」

 

「マジ!?イケメンなら即食い系だし!!」

 

ヨンパチの声に反応した羽黒黒子が後ろから猛スピードで駆け寄ってくる。

 

「・・・ん?ここは「唇寄越せよ!!」どわあああ!!」

 

「あいつ、衛宮の矢で気絶してたのか。・・・災難だったな」

 

襲われる彼に背を向けるヨンパチ。背後は・・・悲惨だった。

 

――――西方十勇士 龍造寺 隆正、いつの間にか撃破。

 

「流石共にレオニダス王の鍛錬を潜り抜けた兵だな!このまま本陣を落とせそうだ!」

 

「いやー多分衛宮がとっくに全滅させてるんじゃないかねー?ずっと奥の方に青い光飛んでたし」

 

意気揚々と進軍を続けるクリスと井上準。彼らはスピード重視の部隊だ。一子の部隊とは違い、盾を持っておらず武器もあまり長いものではない者達だ。

 

「せいほうじゅうゆうし、あまごさんじょう!」

 

チャキン!とかぎ爪を装備した小柄で日に焼けた少年が現れる。

 

「「「うおおおお!!!」」」

 

そして彼を取り巻く尼子衆が猛然とクリスの隊に殺到する。

 

「随分数が多いな。だが!」

 

クリス達は持ち前の突破力で一団を突破する。

 

「クリス!お前は先に行け!」

 

「井上お前・・・」

 

「ここまでいいとこ無しなんだ。カッコつけさせろよ」

 

ニヒルに笑う井上にクリスは頷き、

 

「わかった。一つ借りだ!いくぞ!」

 

突破したクリス達が本陣制圧に向かう。・・・と言っても。井上準の予想通り、とっくに壊滅しているのであるが。

 

「なんだこのたこ、わたしとやるきか」

 

「一見ショタだけど・・・俺にはわかるぜ。お約束がよ」

 

そう言って気持ち悪いくらい優しい目になる井上準。今更であるが、この男。真正のロリコンである。目の前の少年が実は女性だと見たのかとても・・・優しい目をしている。

 

「わたしはおとこだー!」

 

「いいねお約束だね、可愛いよマジ天使」

 

しかし突然彼は俯き、

 

「でも、可愛いだけに、それだけに、こんな戦いに駆り立てられて・・・なんて可哀想な・・・おおおっ・・・」

 

急に泣き出した。

 

「あんまりだあああ!!!」

 

「なんだこの気持ち悪ぃハゲは!消えろ!」

 

泣き叫ぶ井上に屈強な尼子衆が襲い掛かる。しかし泣き叫ぶ様子が一転。ハゲ頭に筋を浮かび上がらせ、

 

「てめぇらは邪魔だぁぁぁ!!スパルタ式!!芯竜ーーー拳!!!」

 

一撃で屈強な一団を吹き飛ばした。

 

「ロリが絡んだ戦闘空間では、俺の能力は3倍になる」

 

かっこいいように言っているが、ただの変態である。

 

「じ、じまんのへいたいが・・・」

 

「もう君は戦わなくていいんだ。俺が保護してやる」

 

そう言って少年に迫る変態。大事なことなのでもう一度言うが、少年に(・・・)迫る、変態。

 

「くっくるな!つめできりさくぞ!」

 

と尼子なる少年が必死に反抗するが、変態は止まらない。もうどちらが悪かわからない状態だが、

 

「おーいへんたーい!!」

 

「なに!?ゆきごふぁ!」

 

飛んできた榊原小雪に蹴り飛ばされた。

 

「え?え?おまえ、なかまじゃないのか?」

 

「うん。でも準は変態だから」

 

ゲシゲシと蹴り飛ばす小雪。

 

「それとー君は飛んでっちゃえー」

 

ドカ!!

 

「うわあああ!!!」

 

小雪の鋭い蹴りを食らって海に飛んでいく尼子。

 

ドボン!!

 

「よしー冬馬のお使い完了ーいくよーハゲ―」

 

「ゆ、雪・・・尊いロリになんてことを・・・」

 

「だから何言ってるのさー。あの人男だよ?」

 

「・・・え?」

 

何を言っているのか分からないと言った様子のハゲ。

 

「だ・か・ら・!男の子!だよ?」

 

「・・・。」

 

ドシャ!!

 

変態は倒れた。

 

「あのままだと準が犯罪者になっちゃうから冬馬に言われて来たんだよー。もう早くいくよハゲー」

 

ドゲシ!と蹴り飛ばす小雪。ここに悪は成敗された。

 

――――西方十勇士 尼子春、撃破。

 

――――ついでに川神学園初の負傷兵一名。

 

ちなみに本陣へ突撃したクリスはというと、

 

「ぬあーーー!!!既に全滅してるじゃないか!!!士郎ー!!!」

 

と、死屍累々の敵本陣で暴れていた。

 

「ヤキ!入れたるーー!!」

 

「敵襲!」

 

『応!!!』

 

最終防衛ラインには当然の如く現代スパルタ兵が待ち構えていた。

 

ドガガガガガ!!!

 

相手は怪力が自慢なのか、ファランクス(密集隊形)をガリガリと押し込んで来る。だが、

 

「槍を!」

 

『応!!!』

 

英雄の言葉に一斉に槍による突きを繰り出す。

 

ガガン!

 

「!?ウチの攻撃を受け止めた!?」

 

「ふっはっはっはっは!その程度では我らの守りは崩れんぞ?崩したければその三倍は持ってこい!!!」

 

「・・・。」

 

高らかに笑う英雄だが、士郎はとても複雑な気持ちである。やっちまったとは感じていたのだがやっぱりとんでもないことをしてしまった。

 

川神学園の生徒、特に二年生がもう完全に現代式スパルタ兵である。攻撃はともかく耐久力がやばい。学生が持つ耐久力じゃない。

 

そしてこの連携。ファランクス(密集隊形)はただ集まって盾と槍を構えればいいわけではない。きちんとお互いの位置を確認し、カバーし合わないと成立しないのだ。

 

一人が転んだりすればそこから一気に瓦解するため、繊細なコントロールと連携が大事なのがこの隊形の肝なのである。

 

それを二年生は平然とやってのける。もう完全に手が付けられない。

 

「くっ!敵総大将に一騎打ち申し込んだるわー!!」

 

「たわけ。貴様程度、我でも打ち倒せるが、総大将として相手はしてやれぬ」

 

「流石です英雄様ぁぁあああ!弱小兵にも慢心しないお姿!!素敵ですうぅぅ!!」

 

「いや、それもどうなのだ・・・?」

 

当然この九鬼英雄も体育(訓練)を受けているので元から学んでいた中国拳法の素養も相まって、わりとマジで強くなっている。

 

間違いなくこの怪力のみを取り得としているっぽいふくよかな女性では九鬼英雄は倒せない。崩拳か鉄山靠あたりで吹っ飛んでいくだろう。

 

「なんじゃ、退屈しておった所じゃし、此方が遊んでやろう」

 

そう言って現れたのは戦場に似つかわしくない着物姿の不死川心だ。

 

「フハハ不死川か。よいぞ遊んでやれ」

 

「その余裕ごっつムカつくわー・・・!」

 

そう言って女性はハンマーを振り上げる。だがそれは彼女にとってあまりに鈍足過ぎる。

 

「不死川流柔術をくらえーー!!」

 

着物姿とは思えぬ速さで間合いに入り、重心を下げ、相手の体重を利用しての背負い投げ。

 

ズドン!

 

「いっぽーん!此方が敵将打ち取ったのじゃー!」

 

相手を華麗に投げ飛ばし無邪気に喜ぶ不死川心。

 

「ああいう手合いは投げに弱い。相性が良かったな!」

 

「まぁそういう運も実力に含まれてますからね」

 

「素直に此方を褒めぬかーーー!!!」

 

英雄とあずみの辛辣な言葉に泣き叫ぶ不死川心。

 

「ふむ。君は実に巧みに柔術を使いこなすな。今の一本背負い、とてもいいキレだと私は思うぞ」

 

そう言って一人真っ当に評価をする士郎。ついでにちょうどいい位置にあるお団子ヘアーを崩さないように撫でる。

 

「・・・。」

 

(あ、こいつまた女誑し込んでやんの)

 

顔を赤くしてもじもじとする不死川心の顔はとても他人には見せられないほどニヨニヨしていた。

 

――――西方十勇士 宇喜多秀美、撃破。

 

ついでにフラグ建築。

 

「さて、加勢は必要ないと軍師は言っていたが・・・どうにも軍師の方に残りの十勇士とやらが行っているな。少々荷が重そうだ。少し行ってくるよ」

 

「うむ!大勢はもう決した!存分に暴れてくるがいいぞ!」

 

英雄の言葉にクッと笑ってその場から士郎が消える。

 

「あ・・・」

 

撫でられていた頭を寂しそうに抑える不死川心。

 

「フハハハ、不死川よ、お前も衛宮に心を撃ち抜かれたか?」

 

「ち、違うのじゃ!!こ、これは、そう!下賤な猿に触られて気持ち悪かっただけじゃ!」

 

「ならこうして上げますねー!!!」

 

グシャグシャ!!

 

「にょわあああ!?やめるのじゃああ!!」

 

整えられたお団子ヘアーがあずみにグシャグシャにされる。

 

(あいつ、一体何人誑し込めば気が済むんだ?背中から刺されそうだぜ)

 

と不死川心をいじくりまわしながら思うあずみであった。

 

「残りの十勇士は三人。こっちに来てるぞ」

 

「ですね。ですが予定通り、本陣壊滅の知らせが行きわたって軍が戻ってきています。然程問題ないかと」

 

大和が残りの十勇士を確認し、葵冬馬は携帯を開いていた。

 

「――――いきなり後ろから現れるとは」

 

携帯を開いたまま冬馬は背後に立つ偉丈夫を見る。

 

「ぬははは!海を泳いで後ろから回り込んできた「貴様らは後方から襲うことしか能がないのか?」な、ぐっは!!!」

 

ドゴス!と偉丈夫がぶっ飛ばされた。

 

「これは赤き英雄殿。助かりましたよ。この借りはそうですね、後日食事でも?」

 

「謹んでお断りするよ。君の誘いはとても危険を感じるのでね」

 

「それより士郎。加勢は必要ないって言ったじゃないか」

 

葵冬馬の誘いをすっぱり断り、大和の方を向く士郎。

 

「いや、実に個人的な感情なのだが、こうも人の後ろばかり狙われると私も頭にくる。少しばかり懲らしめてやろうかと思った次第だ」

 

「少し、ね。その割には結構吹っ飛んでいったけど?」

 

「敵が来なくて暇をしている仲間がいるだろう?彼にも活躍の場を与えようかなと」

 

「あの位置は・・・ガクトか!」

 

その通り、と士郎は頷いた。丁度パワータイプのようだし彼には持ってこいの相手だろう。

 

「となると残りは二人ですね。来たようです」

 

冬馬の言葉通り残りの二人が現れた。

 

 

 

「っとう・・・俺は一体なにをされたんだ?」

 

いつの間にかぶっ飛ばされていた長宗我部 宗男は危うく海に沈みかけた所を這い上がっていた。

 

「あん?大和から連絡があったのはお前か?」

 

そう言ってガクトが姿を現す。

 

「ん?こりゃあいいぜ!後ろは後ろだが、いい場所に飛ばされたみたいだな」

 

彼がいるのは救護班の防衛線だ。ここからならさらに総大将の元へ奇襲をかけられる。

 

「おいおい待ちな。ここには漢って壁があるんだぜ?」

 

ムンとファイティングポーズを取るガクト。

 

「いいぜ最高のオイルレスリングをみせてやるぜ!」

 

そう言って彼は壺からオイルを自分にかけた。

 

「げ、お前大和が言ってたオイルレスラーか!気持ちわりぃなぁ・・・」

 

ちょっと飛んできたオイルを振り払うガクト。

 

「ヌルヌルだ。さあ、力比べといこうじゃないか!」

 

「オイルだらけになんのはごめんだが、力比べと来ちゃあ引けねぇな。来やがれ!!」

 

ガクトが深く腰を落とす。その様子を見た長宗我部は渾身のスタートを蹴り、

 

「ぬん!」

 

ガツン!とガクトにぶつかった。だが・・・

 

ギリィ

 

(な、なんだこいつ!?びくともしねぇ!!!)

 

彼は十勇士の中でもトップを争うパワーファイターだ。しかし彼の力をもってしてもガクトはピクリとも動かない。

 

「あー?ちゃんと力込めてんのか?まさか俺様相手に手ぇ抜いてるんじゃねぇだろうな?」

 

対するガクトは来るだろう衝撃が、予想よりも軽いことに苛立ち、手を抜かれていると思った。

 

「ぐっ!ぬあああ!!!」

 

気合を入れるがガクトはやっぱりピクリとも動かない。

 

「なんだまだ全力じゃなかったのか?でも、俺様も暇・・・してたんだが舐められるわけにはいかねぇんでよ」

 

グオン!

 

「なっ!!!」

 

それまで動かなかったガクトが長宗我部を軽々と持ち上げた。

 

(ば、馬鹿かコイツ!?身長190ある俺をこんなに簡単に!?)

 

身長もさることながら筋肉は脂肪よりとても重い。しっかり鍛えられた彼の体は体重100kgを越えているだろう。その彼を持ち上げるガクトのパワーに彼は恐れを抱いた。

 

「もっと力いれねぇと!先生はこんなもんじゃねえぜ!!!」

 

ドゴン!!!

 

持ち上げた長宗我部を全力で床に叩きつけた。

 

「ごっはああ!!!」

 

それっきり、彼は気を失ってしまった。

 

「んだよ。力自慢みたいだから期待したのによ。これじゃただオイルまみれになっただけじゃねぇか」

 

そう言って彼は服に着いたオイルを落とそうとバシャバシャと海で洗っていた。

 

(世界は広い・・・な)

 

 

――――長宗我部 宗男、撃破。

 

 

「よしこのエアポケットまでくれば安全だ」

 

十勇士筆頭の石田三郎は死角となるエアポケットに島右近を連れて隠れていた。

 

「まさか東の連中がここまで圧倒的とは・・・出世街道を行く俺には少々目障りだな」

 

「この戦は負けでありましょう。しかし御大将が無事ならば時間切れに持ち込めます」

 

「十勇士がこうもあっさり壊滅とは・・・正直、信じられん」

 

そう言って彼は背中に冷たいものを感じた。

 

「だがこのスポットは、俺のように小狡い保身に長けた男でなければ見つけられまいよ。無論、俺は他にも兼ね備えているがね」

 

「小狡い保身ね・・・お前だけがそうとも限らないんじゃないか」

 

ピィー!

 

「なにやつ!?」

 

帰ってきた返答に島が槍を構える。

 

「ここがわかるとは・・・貴様何者だ」

 

「直江大和だ。確かにここは死角だけど、俺たちがなんの下見もせずにここに来たとでも思ってるのか?」

 

「ほう・・・だが一人で来るとは阿呆だな、直江!!」

 

島が槍を石田が刀を構える。状況は一体二。完全に不利だ。だが、

 

「おーっと!あんたはあたしが相手するわよー!」

 

笛に呼ばれた一子が薙刀で島へと襲い掛かった。

 

「ぬ!」

 

低い声と共に一子の一太刀を受け止める島。

 

(重い!これほど小柄でありながらこの一撃、なんという重さ!!)

 

薙刀と槍が鬩ぎ合うが力比べは一子の勝利だった。

 

ガキン!

 

「ぬあ!?」

 

弾かれた島が大きく隙を晒す。

 

「川神流・・・」

 

その瞬間を逃さず一子は勝負に出る。

 

「顎!!!」

 

高速の上下の斬撃が島を襲う。

 

――――川神流・顎。高速の上下斬撃で相手を嚙み殺すように繰り出されることから名が付いた川神流の奥義の一つである。

 

昔の一子では習得出来なかったが、急成長を遂げた彼女はこの技を完全にものにしていた。

 

「ぐはああ!!!」

 

まるでかみ砕かれるように上下から斬撃を食らった島はその場に崩れ落ちた。

 

「やったわー!敵将、打ち取ったりー!」

 

と拳を上げる一子。

 

「さ、後はあんただけだ。覚悟はいいか?」

 

「くっ・・・いいだろう。総大将たるこの俺が戦い方を教えてや・・・ぐっ!」

 

スラリと刀を抜いた石田に工場の隙間を縫うように飛来した矢を受ける。

 

「愛しの大和は私が守る」

 

士郎に負けたとはいえ彼女も立派な天下五弓。遥か後方から放たれたにも関わらず狙いは精密だった。

 

「弓兵だと・・・!貴様、一対一だと言ったではないか!」

 

「いつそんなことを言った?俺は覚悟はいいか(・・・・・・)って言ったんだぜ?」

 

ドカッ!

 

と大和はひるんだ石田の左ひざに蹴りを入れた。

 

「参った、って言っちゃいなよ。そうした方が楽だぜ?」

 

「大和すっごい悪い顔してるわ・・・」

 

最近大和は士郎の話術を勉強し、かなり腹黒くなっていたりする。

 

「満面朱をそそいで言おう・・・断じてNO!!」

 

「あっそ」

 

大和の返答はあっさりしていた。

 

「西方十勇士の怒りを―――なに!?」

 

気を高めようとした石田が不自然な体勢で宙に浮く。

 

「き、貴様・・・なにを・・・!!!」

 

「なにって、当然手ぶらで来るわけないだろ?」

 

よく見ると。四方にピンと張られた糸のようなものが見えた。

 

「俺、結構あやとり得意なんだよね。というわけでワン子」

 

「あいさー!」

 

ドカ!!!

 

石田の延髄に薙刀を叩きこんだ。それによってあっけなく石田は気絶した。

 

――――西方十勇士 島右近、撃破。

 

――――西方十勇士大将 石田三郎、撃破。

 

「これで俺たちの勝利だな」

 

「ええ。完全勝利・・・だったのですが」

 

葵冬馬は珍しく心底申し訳なさそうに言った。

 

「一名、脱落者がでまして・・・」

 

「ええ?あの状況で誰が―――」

 

そこまで言って大和は途中、榊原小雪が井上準の元に行ったのを思い出した。

 

「・・・変態か」

 

「はい。あのままだと犯罪になりそうだったので・・・」

 

結局、負傷者は居れど脱落者無しの完全勝利のはずが、まさかの味方の危行の強制停止の為にニアピン賞となるのだった。

 

――――interlude――――

 

時間は少し戻る。士郎が単騎で射撃をしていた時。彼女は密かに工場地帯を飛び跳ねながら状況を見ていた。

 

「ほ、本物だぁ・・・本物の英雄さんだ・・・!」

 

空を流れる流星の如く矢が放たれていく。その矢を辿ると一番見晴らしのいい狙撃スポットに赤い装束の青年が黒い弓を構えているのが見えた。

 

「すごい・・・本当に一矢たりとも外してない!しかもあの服、テレビで見たのと同じ!かっこいい・・・」

 

彼の凛とした佇まいに彼女は思わず見ほれる。

 

――――テレビで見た本物の英雄。たった一人で総理官邸を暴徒から守り抜き、大砲の如き一矢で巨大なロボットを粉砕した姿を、彼女はずっと胸に刻んでいた。

 

と、

 

「あれ?矢が落ちてくる・・・」

 

一矢たりとも外さなかった彼の矢が一本だけ山なりにゆっくりと自分の方に落ちてくる。

 

「――――矢文だ!!!」

 

それは外したのではなく自分に向かって放たれたのだと気づいた彼女は慌てて空中でキャッチする。

 

「えっと・・・」

 

――――新入生へ。過剰戦力。加勢不要。2-F衛宮士郎

 

と書かれた矢文をみて思わずばっと彼女は顔を上げた。そして一瞬

 

「――――」

 

目が、合った。しっかりと自分が矢文を受け取ったのを確認したのだろう。それからすぐ、彼は弓を下ろし、狙撃場所から飛び降りた。

 

「わあああ!わあああ!」

 

内容的に君は必要ないと言われたのだが、彼女は誰よりも早く自分を見つけてくれたことに歓喜していた。

 

まるで大事な宝物のように矢文を胸に握り締めて、彼の言う通り、川神学園が圧倒的な戦場を後にする。

 

(今回は会えなかったけどもうすぐ登校だから!その時は―――)

 

一体どうしようと胸をときめかせながら彼女は何もすることなく戦場を去った。

 

――――これが、彼女と彼の初めての邂逅。とてもいいものではなかったが、互いに悪気はなく、彼女も気を悪くはしていない。

 

これから波乱の学園生活が幕をあけるがそれは夢と希望に満ちたとても気持ちのいいものになりそうだった。 

 

――――interlude out――――

 

 

 




はい。実に、非常に一方的になりました。言い訳します!だって士郎の弓だけで絶対この戦い勝っちゃうもん!だからって極力士郎の出番削っても、もう川神市民現代式スパルタ兵になっちゃってるよ!原作だともう衣替えしてるんだもん!絶対強化されまくってなきゃ時間計算上合わないよ!というわけで言い訳でしたまる。

最後に大和が使った糸ですが某九鬼ルートのじゃないです。普通にしかけといて指先一つで発動可能状態にあっただけです。

後さりげなくガクトの見せ場作りました。彼が一番スパルタ化してますからね。

鉢屋君ごめんね。一応君現場に出てる人間だからさ…容赦出来なかった。

次回は遂にあの子たちが学園にやってきます!展開どうしようかなぁ…色々妄想が広がっております。ではまた。


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新入生/武士道プランの申し子

皆さまこんばんにちわ。一山終えて次への妄想でいっぱいの作者でございます。

前回はあんまり見ごたえ無かったかなー…私なりに色々頑張ったんですが結果的にああなってしまい申した。

今回遂にあの子達が入学してきます!


その日、川神学園は急遽朝の全体朝礼が行われていた。

 

「えー、皆も既に様々なメディアで知っておるじゃろうが、九鬼の発足した武士道プラン。その申し子達がこの学園に入学する運びとなった」

 

その言葉にざわざわと生徒達が小声で喋りだす。

 

『マスター私もテレビで拝見させていただきましたが、偉人・・・いえ、人のクローン(・・・・・・)を作るなど、許されるのでしょうか』

 

背後に控えたレオニダスが問うてくる。

 

『いいか悪いかで言えば確実に良くはないな。はっきり言って倫理的によろしくない。過去の偉人に学ぼうという目的は理解できるし、私達はそれを批難できる立場にはいないが』

 

既にレオが過去のスパルタ王レオニダスその人であるということは知れてしまっているし、彼は自らの手腕で川神の生徒や市民を鍛えている。

 

彼が存在しなければ過去の偉人に学ぶということの究極系と言えたかもしれないが、クローンどころではなく偉人本人が居るのだから究極、とは言えないだろう。

 

そうなると人の、人間のクローンを作るということが論点になるが、士郎はこれを静観することにした。

 

『実に愚かな行いだと私は思う。だが・・・私達は本来この世界にはいない存在だ。その私達が、この世界の人間達の選択を拒否する権利はあるまいよ』

 

それが士郎が導き出した答えだった。人間のクローン技術は間違いなく悲劇の火種だ。本来の彼なら真っ先に否定し、潰しにかかるだろう。

 

だが自分は元々この世界にはいない招かれざる客。その自分がその世界の人々の未来への決断をどうこうする権利はない。と、彼は結論した。

 

『ただし、暴走を始めたのなら潰すつもりではいるがね。レオニダスとしてはどうかな?』

 

『私も人間が人間を作るというのはどうにも理に反する気がいたします。神への冒涜とも思えますし、やはり悲劇の火種かと。しかしマスターの言い分も理解できます。マスターは異世界人。私などは過去の影法師に過ぎません。その私が未来に意見するのもどうかと思いますな。無論、マスターのおっしゃる通り、手綱が切れたのならば処断する必要があるでしょう』

 

結局レオニダスもほぼ士郎と同じ意見で纏まった。非常に難しい問題ではあるが、今はこの選択をしたこの世界の人々を信じよう。

 

そしてもし、悲劇となるならばこれを処断する。後手に回る形とはなるが、それがベターだと思えた。

 

「それでは編入する6人の生徒を紹介するぞい。3-S組『葉桜 清楚』。挨拶せい」

 

「私のクラスか。この時期に物好きな者もいるものだな」

 

「なんだSクラスかー私達F組には来ないのかー」

 

鉄心の言葉に、はい。と返事をして壇上に上がる一人の女性。その姿に一層ざわめきが増した。

 

しゃなりしゃなりと歩き、壇上に上がる姿はとても清楚な立ち振る舞い。

 

男子達もほーっというため息が漏れた。

 

「?」

 

しかし、士郎は何処か違和感を覚えた。

 

『マスター、いかがされましたか?もしやッ!一目ぼれですかなッ!?』

 

『たわけ脳筋。そうではない。君は彼女に何も感じないのかね?』

 

「こんにちは、初めまして。葉桜清楚と申します。皆さんとお会いするのを楽しみにしていました。これからよろしくお願いします」

 

そう言って一礼する彼女の姿は立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉が相応しい女性であった。

 

『・・・確かに妙ですな。とても戦士・・・ああいや、戦いを得意としているようには見えないのですが・・・何故か、スパルタの素質があるような・・・』

 

『君は一々スパルタかどうかを見るな。仕方ないことではあるが。とにかく私も同意見だ。妙に戦闘の空気というか気配というか・・・そういうものを感じる』

 

士郎がその違和感の正体を探ろうとしている中、周りの男たちはその容姿にすっかり虜となっていた。

 

「やっべー、名前からしてめっちゃ清楚なんですけど!」

 

「なんか文学少女ってイメージだね。いい感じ!」

 

「あーあーみんな色めきたっちまって。まぁ無理もないけどね」

 

「ハイハーイ!気持ちはわかるけど静かにね!」

 

と、教師陣から注意が入った。のだが・・・

 

「が、学長!質問がありまーす!!」

 

ヨンパチが鉄心に名乗り出た。

 

「全校の前で大胆な奴じゃのう。言うてみぃ」

 

その活きや良しと鉄心は質問を許可した。その質問とは・・・

 

「是非3サイズと彼「ゴン!」ぐはっ!?」

 

バタリとヨンパチが何かを食らって昏倒した。

 

「馬鹿が。女性に聞くことではない。少しは欲望を抑えろ!」

 

後方に並んでいた士郎が投影したゴム玉を投げつけたのだった。

 

「衛宮ナイスだ!みんなすまない!私の生徒が!この俗物が!!」

 

バチィン!

 

「あう・・・!うっ・・・」

 

さらに梅子の鞭が炸裂し、ビクリと痙攣して今度こそ彼は動かなくなった。

 

『はっはっは!福本少年は変わりませんなぁ』

 

『同級生として恥ずかしいわ!全く、先ほどまでの違和感が分からなくなってしまった・・・』

 

性的欲望丸出しのヨンパチだが、レオニダス的には実に健康的と判断している。男性ならば、特に年頃ならばこれくらい些細な事ということだろうか。

 

「ええ?」

 

しかし彼女からしてみればプライベートもいい所なわけで。顔を赤くして戸惑っている。

 

「アホかい!・・・まぁ3サイズは・・・いや、何でもないわい」

 

スッと見えるようにゴム玉を掲げた士郎をみて鉄心は言うのをやめた。

 

「おいジジイ死ね!!」

 

流石の孫娘は何を言おうとしたのか分かったので罵声を浴びせる。

 

「わし、これでも学園長なんじゃがのう・・・」

 

散々な扱いにトホホと嘆く鉄心。自業自得なので仕方がない。

 

「え、えっと、ご想像にお任せします・・・」

 

と控え目に言って、

 

「実は私は他の三人とは違って誰のクローンなのか自分自身ですら教えてもらってないんです。葉桜清楚というのはイメージでつけた名前です」

 

「そうなのか。自分が誰だかわかんねーのか」

 

キャップがどこか興味深そうに言う。

 

「25歳くらいになったら教えてもらえるそうです。それまでは、学問に打ち込みなさいと言われています」

 

(学問に打ち込め・・・?Sクラスに入れるような頭脳を持ちながら?いや打ち込んでいるからSクラスに入れたのか?どうにもちぐはぐだな)

 

25歳と言えば大学を卒業してさらに2年か3年といった所だろう。自分から進んでやるならまだしも指示されているというのは半ば強制されているようなものだ。

 

九鬼がなんの理由もなくそんな人の人生を縛るようなことをするだろうか?

 

(まぁ、英雄と切磋琢磨するというのが目的だから分からなくはないが・・・)

 

やはりどうにも違和感の拭えない士郎であった。

 

大体にして英雄と切磋琢磨しようというのに正体は秘密。それでは武士道プランとして破綻しているように思える。

 

先ほども言ったが25歳といえば下手をすれば既に社会人だ。会社の競争力を上げて経済を育てる・・・?

 

(これは、最上先輩並にろくでもない気がしてきたな)

 

あの常に気配を絶つ振る舞いをする先輩を思い出す。彼女も3-Sに所属していたはずだ。

 

「それで、英雄。彼女は誰のクローンなのです?」

 

冬馬の問いに英雄は首を振った。

 

「わが友トーマよ。彼女に限り、我も知らぬのだ」

 

「へぇ。英雄が聞かされてねぇってのは珍しいな」

 

東西戦で大戦犯を起こしたハゲが不思議そうに言う。

 

「私は本を読むのが趣味なんです。だから、清少納言あたりのクローンだといいなと思っています」

 

ザリザリザリ――――

 

(ぬ・・・?)

 

知らない記憶(記録)が脳裏を走る。

 

――――超カラフルな頭髪、現代よりの服装、そしてはっちゃけた言動・・・

 

(ええい誰だこれは!あの馬鹿(アーチャー)は一体どんな出会いをしている!?)

 

と、見知らぬ、というか信じられん清少納言の記録に赤い奴に罵声を浴びせる。

 

『マスター、どうされました?』

 

『すこし記憶(記録)が混じりかけただけだ。問題ない』

 

誰が信じよう。ハロウィンやらサマーキャンプやらで大いにはしゃぐサーヴァント達など。

 

「清少納言かぁ、そうならイメージ通りだよね」

 

(・・・すまんモロ。多分お前の想像しているような人物ではないと思う・・・)

 

もちろん垣間見えたのは赤い奴の記録なのでこちらの世界ではどうか知らないが。

 

「皆、テンションが上がってきたようじゃな。良いぞ良いぞ。二年に入る三人を紹介じゃ。全員が2-Sとなる」

 

「ほう、此方達のクラスとは命知らずな奴」

 

「まず源義経。武蔵坊弁慶両方女性じゃ」

 

『『!!!』』

 

ザリザリザリ――――

 

――――我らの存在は人類史の存続にて報われる・・・牛若丸に憧れてくれた子供が1000年後にいた、その事実だけで私は戦える。仮初の命を賭ける価値があるッ!

 

ダン!

 

「!?どうした士郎!」

 

「衛宮!大丈夫か!?」

 

士郎が片膝を付き、頭が痛むのか片手で頭を押さえている。

 

皆の声が遠い。知らない記憶(記録)が脳を掻きむしっている。

 

『マスター・・・すみません・・・私も・・・記憶(記録)が混乱しています・・・!』

 

『俺もだ・・・すまない・・・この・・・!』

 

なんとかこの脳裏を走る記憶(記録)を止めようとするが、それはザリザリと脳を削るように、砂嵐に風景がちらつくようなビジョンを目に移す。

 

――――荒野を埋め付くす■■の群れ

 

――――それに抗う■■■の人々

 

――――邪神相手に■化をものともせず戦う■■経

 

――――邪神再来を一人止めるレオ■■ス

 

――――黒■した彼女を命がけで■める■■坊■慶

 

――――冥界に現れた■の■

 

「くっ・・・がっ・・・!!!」

 

知らない。こんなもの(記録)は知らない。これは俺の記憶ではない。出ていけ。これは俺には必要のない情報(記録)だ・・・!

 

頭を掻きまわすこの映像を断ち切るべく全力で魔力を流す。

 

 

瞬間、ブツンと。

 

 

――――たった一人■■クに残ったギル■■ッ■■と黄金の―――

 

その光景を脳が写したのを最後に、彼の意識は途切れてしまった。

 

――――interlude――――

 

「士郎・・・」

 

朝礼後、保健室に運ばれ、ベッドで眠る士郎の手を百代がぎゅっと握っていた。

 

「士郎、一体どうしちまったんだ?」

 

「まるで酷い頭痛に襲われてるようだったけど・・・」

 

「士郎先輩・・・」

 

ファミリーが授業を放り出して皆ここに集まっていた。

 

そこに、

 

「皆さん。ここは私が見ております故。学業にお戻りください」

 

まるで景色に突然現れるように出てきたレオニダスが言った。

 

「けど・・・!」

 

「今、マスターは自身の記憶と英霊の記録に脳をかき乱されているのです」

 

「!レオさんはどうして士郎がこうなったのか知ってるのか!?」

 

百代の問いに彼は静かに頷いた。

 

「偶然なのです。本当に奇跡のような巡り合わせが、マスターの記憶をかき乱している。私も同じ症状に見舞われましたが、その時の私はそれほど長く存命出来なかったようなのでこうして回復しております」

 

「記憶をかき乱してる?その時は長く存命出来なかった?一体どういうことなんだレオニダスさん」

 

大和の問いにレオニダスは困ったように言った。

 

「申し訳ございません。大和殿、百代殿。仲間の皆さん。ここはまずお引き取り願えませぬか?マスターが目覚めるには長き時がかかりましょう。説明も、私の一存ではできません。しかし確実に言えるのは、マスターは必ず目を覚まします。このまま眠り続けたりは致しません」

 

それが彼の精一杯なのだろう。それきり彼は口を閉じてしまった。

 

「・・・嫌だ。ここにいる」

 

「姉さん・・・」

 

「モモ先輩・・・」

 

士郎が倒れた時、誰よりも取り乱したのは彼女だった。一歩でも早く、一秒でも早く駆けつけんと並み居る生徒をなぎ倒して士郎の元へと向かった。

 

しかしそれを九鬼の従者、クラウディオとヒュームが全力で彼女を抑え込み、必ず彼の元に届けるから取り乱すなと言ったのだ。

 

結果、運ばれていく士郎を見送り、新入生紹介が行われたが、皆全然頭に入ってこず、朝礼が終わったと同時にこうして集まっていた。

 

「マスターはお優しい方です。自分の為に皆さまの貴重な時間を失わせてはマスターは己の事を責めるでしょう。ですから、マスターの事を想われるのならば。まずは学業を終えて、またここにいらしてください」

 

「・・・嫌だ。ここにいる」

 

それでも百代は彼の言葉を拒否した。

 

「困りましたな・・・皆さまも百代殿と同じ意見ですか?」

 

レオニダスは悲痛な面持ちでファミリーに問いかけた。

 

「・・・いや。俺は戻るよ。終わったら必ずここに来る。そうしないと士郎は自分を責める」

 

「そうだな・・・先生がそう言うなら俺様も戻るぜ。んで、終わったらここに来る」

 

「僕も。士郎は優しいから、きっとこうしてたら自分を責めると思う」

 

「だな。キャップ命令だ!残るのは二人!後は学校が終わり次第ここに来ようぜ」

 

妥協案としてキャップは二人残ることにした。

 

「それならば、私が残ります」

 

「まゆっち・・・」

 

「私も、士郎先輩の傍を離れたくありません」

 

「OK。じゃあ残るのはまゆっちとモモ先輩。俺らは戻る。レオさん、それで勘弁してくれないか?」

 

キャップの申し出にレオニダスは深く頷いた。

 

「よろしいでしょう。私もここにおりますのでご心配なきよう」

 

そう言って彼は近くの椅子を取り、ベッドの傍に座った。

 

そうして百代と由紀江以外は保健室を退室した。

 

それからしばらくの時間が経ち、昼休み。保健室のドアを静かに開けて誰かが入ってきた。

 

「フハッおっと。大きな声を立ててはイカンな。九鬼揚羽、降臨である」

 

「お邪魔します」

 

「えっと・・・お邪魔します」

 

「お邪魔します、と」

 

現れたのは九鬼揚羽とマルギッテ。そして新入生の源義経と武蔵坊弁慶だった。

 

「揚羽さん・・・」

 

「衛宮が突然倒れたと連絡を受けてな。理由は分からぬが魔術絡みではないかと思った。故に我が来た」

 

「私は元からここに来るつもりでした。来る途中、どうしてもと言われて二人を連れてきましたが・・・」

 

マルギッテはそう言って後ろの主従を見た。

 

「衛宮さんは・・・義経は、なにかしてしまったのだろうか・・・」

 

「主。そう自分を責めない。衛宮は私達の姿を見て気絶したわけじゃない。そうでしょう?」

 

義経、という少女よりも背の高い女性、弁慶が優しく問うように言った。

 

「無論です。決してあなた方のせいではありません。先ほども言ったのですが・・・偶然なのです。それも万に一つ、いえ、本来あり得ない奇跡が悪い形でマスターに起こってしまった」

 

「ほら。義経のせいじゃないってさ。だからしゃきっとしないと。憧れの英雄さんの前だよ?」

 

「うん・・・。でも、義経は無関係じゃないと思う」

 

そう言って彼女は自分の数倍はある偉丈夫に話しかけた。

 

「あの、レオニダス王さん・・・ですよね?テレビで見ました。義経は源義経のクローンです。本当に、義経は無関係なのでしょうか」

 

その姿をみてレオニダスは心底困った、というように、

 

「貴女のせいではありません。少々ややこしいのですが、貴女ではなく、正確には貴女のもととなった・・・源義経公に問題があったといいますでしょうか・・・」

 

「座興はよい。真相を話せ。なぜお前たちはそう回りくどいのだ」

 

「こればかりは魔術、神秘に関わるものの定めです。話すこと、知られること自体が当人や周りに被害が出る可能性が常にあるのです。故に、私の一存では申せません」

 

「・・・お前たちの話しを聞いて魔術師の存在を常に探しているがやはり存在は確認されておらぬ。それでもか?」

 

「――――」

 

レオニダスは答えなかった。それ即ちそれでも駄目だということだろう。

 

「それでは話が進まぬな・・・やれやれ、当人が起きるのを待つしかないか」

 

そう言って揚羽は由紀江の隣に椅子を準備して座った。

 

「お前たちもそう遠巻きに突っ立ってないでこちらにこい。何かの拍子に逃げられてはかなわぬからな。取り囲むとしよう」

 

「はは・・・マスターは幸せものですな」

 

苦笑を浮かべて人数分の椅子を用意するレオニダス。

 

「ほら主。憧れの英雄さんだ!よーく顔を見ておきなよ」

 

「べ、弁慶!お、押さないでくれ!うわわ!!」

 

トン、と眠る彼に覆いかぶさるように手を彼の胸のあたりについた時だった。

 

――――体は

 

ポツリと。士郎が何かをしゃべった。

 

「士郎!?」

 

「士郎先輩!」

 

「士郎!」

 

目が覚めたのか、そう思って詰め寄る百代と由紀江とマルギッテ。そして、

 

「これは・・・!?」

 

「む!?」

 

咄嗟にレオニダスが弁慶と義経を引き離そうとする。だが救えたのは弁慶だけだった。

 

残りの五人はまるで気絶するようにベッドに倒れて意識を失ってしまった。

 

「義経!」

 

「いけません!無理に起こしては何が起こるかわかりません。大丈夫です。恐らくマスターの元へ行ったのでしょう」

 

「マスター・・・?衛宮の?」

 

「はい。恐らく義経嬢が令呪に触れたせいでしょう。意識だけマスターの元へ導かれたのだと思います」

 

そう言って彼はそっと士郎の上に倒れ込んだ義経を、士郎を少し横にずらして同じベッドに横にさせた。

 

(意識だけとはいえ向こう側(・・・・)へと導かれましたか・・・これでは奇跡の安売りですな)

 

自分はなにも出来ない。それを歯がゆく思いながら残されたレオニダスと弁慶は静かに彼と彼女等を見守った。

 

――――interlude out――――

 

「・・・ん?」

 

ふと、百代は硬い大地の感触に目を覚ました。

 

「ここは・・・?」

 

「うう・・・」

 

「いた・・・」

 

「ゲホっむ?」

 

「ここは・・・」

 

五人がそれぞれ目を覚ました。そして自分たちが保健室ではない何処かにいることを知る。

 

「なんだ・・・ここは」

 

あまりの光景に彼女達は己の目を疑う。

 

――――茜色の空

 

――――空に回る巨大な歯車

 

――――地平線の彼方まで突き立つ無数の剣

 

そして、

 

「し、ろう・・・?」

 

この無限に剣の立つ丘の上で座り込む銀髪の赤い外套の男。

 

「おや、こんな場所に何の用向きかな?それも五人も・・・本来、人がこの様な場所に訪れるわけないのだが」

 

士郎によく似た男は驚いたように言った。

 

「お前は何者だ。随分と衛宮に似た風貌をしているが、その口ぶりからしてそうではあるまい?」

 

揚羽が油断なく丘の上の男に問いかける。詳細は不明だが、この男は揚羽の言葉で何かを悟ったようだった。

 

「・・・なるほど。あの未熟者を通じてここに迷い込んだわけか。その様子だと、随分と私に迫ったと見える。一体、いつまで続けるのやら」

 

立ち上がり、皮肉気に言う男は士郎そっくりだった。しかし、その雰囲気は何処か空虚で虚しい。

 

「ここは何処ですか?私達は士郎先輩と保健室にいたはずです」

 

由紀江の問いに男は困ったように答えた。

 

「ここは時間と空間から外れた世界。その末端・・・と言った所か。君たちにとっては一時の夢のような場所だ。本体が目を覚ませば忘れてしまう」

 

「はっきりしませんね。せめて貴方が誰なのか教えてほしいところですが」

 

マルギッテは恐れずに男に問う。

 

「言っただろう?一時の夢だと。私がここで名乗ったとしても夢から覚めれば覚えてなどいない。それでもと言うのなら・・・そうだな。ただの弓兵(アーチャー)だよ」

 

「弓・・・兵?その割には弓も矢も持ってないですよ」

 

油断ならぬ雰囲気の男に義経は腰に下げているはずの己の刀を探すが、そこにはなにもない。

 

「なに、私は少々特殊な弓兵でね。必要とあらばこれこの通り」

 

と、いつの間にか黒い洋弓が握られていた。

 

「それは士郎の・・・!」

 

間違いない。あれは彼が戦闘時に使う黒い洋弓。そしてあの突然手に現れる現象は彼の使う投影魔術だ。

 

義経以外はその種を知っている。だが、弓兵ならば弓だけでなく矢が無ければ意味がない。矢は一体何処に――――

 

「矢が気になるのかね?それならば、そこかしこにいくらでもあるだろう?」

 

「・・・まさか」

 

最悪の予想に言葉なく五人が背中合わせに周りを警戒した。

 

辺りにあるのは地平の彼方まで突き立つ剣。もし、もしこの剣全て(・・・)が彼の矢だとすれば。

 

今自分たちは完全な死地にいる。どうやって彼方にまである剣を矢とするのかは不明だが、間違いなく言えるのはここはこの男にとって都合のいいフィールドということだ。

 

「心配しなくとも私に君達を害する気はない。こうして弓を見せたのも聞かれたからに過ぎない。起きれば忘れる夢なのだから大人しく夢から覚めるのを待ちたまえ」

 

そう言って彼は丘の向こうに行こうとする。しかし、その背中を百代が呼び止めた。

 

「まて!士郎が倒れた原因はお前だろう!良くは分からないがお前が士郎になにかしてるんだろう!?」

 

レオニダスが言いづらそうにしていたことから適当にあたりを付ける百代。

 

「私があの未熟者に?酷い勘違いだ。奴は勝手にここを通って勝手に私の記録を持って行ったにすぎない。お嬢さんが言う士郎というのが衛宮士郎(・・・・)を指すのなら当然の報いだ」

 

彼は他人事のように、それもどうでもいいように言った。

 

「理由はまだわかりません。ですが貴方が原因だということはわかりました」

 

「そうよな。大事な契約者をここで失うのは惜しい。ということで覚悟してもらう」

 

そう言って彼女達は各々拳を構えた。

 

「やれやれ、随分と好戦的なことだ。私に争う気はないというのにわざわざ死にに来ることはないだろう?」

 

「言ってろ!お前をぶちのめして全部吐かせてやる!!!」

 

百代が気を滾らせる。他の四人も同じく拳を構えて戦闘態勢に入る。

 

「やめておけ。ここは私の世界だ。私に戦いを挑むということはこの世界そのものを相手にするのと同義だ」

 

彼が言うなりすべての剣がひとりでに浮き上がり、その矛先を彼女達に向ける。

 

まさに物言わぬ無限の兵に取り囲まれた形の百代達。百代と揚羽は何とかなるかも知れないが、マルギッテと由紀江、義経は得物が無い状態でこの死地を潜り抜けるのは無理だろう。

 

「一応警告するが。これは夢だが特殊な夢だ。現実性のある夢とでも言えばいいか。ここでの死は現実での死と同じだ。分かったのなら拳を抑えたまえ。私は無益な殺生は好まない」

 

「くっ・・・」

 

「ではどうしろと?このまま士郎が倒れたままお前を見過ごせというのですか」

 

「それは出来ません!衛宮さんと義経はまだ何も話していない!沢山話して、沢山教えてもらいたいことがあるんです!」

 

とマルギッテと義経は叫ぶ。その言葉に男は興味を持った。

 

「義経?君は義経と言う名前なのか?」

 

「そうです!義経は源義経のクローン。源義経だ!」

 

「――――」

 

その言葉に男は何を想ったのだろうか。一瞬空気が凍るほどの殺気が放たれたがすぐに無散した。

 

「愚かな。人間が人間を作ろうなどと。愚行極まりないな」

 

「それはお前一人の意見であろう?我らは過去の偉人に学び前に進もうと考えた。それにな、もうレオニダス王という偉人本人が我らの世界にはいるのだ。クローンが出てきたからと言ってなんだというのだ」

 

「私の意見は非常に危険な判断材料なのだがね。・・・まぁいいだろう。必要になればどうせ無理やりそちらに私が呼ばれる。それまで精々、悲劇を生まぬことだな」

 

結局彼は興味を失った様子だった。

 

「おい。待てって言っただろ。聞きたいことは山ほどあるんだ。キリキリ話せッ!!!」

 

ドン!

 

百代が荒れた大地を蹴った。しかし

 

ダンダンダン!!!

 

「!?」

 

彼への進行を断つように降り注いだ剣に後退を余儀なくされた。

 

「だから言っただろう?私に挑むということはこの世界に挑むことだと。強情なお嬢さんだ。それにここでの会話も起きれば忘れてしまうと何度も言っているのだが」

 

呆れたように腕を組んで肩を竦める男。そのしぐさが一々戦闘時の彼に重なる。

 

「それでも我らはなんの成果も無しにここを立ち去るわけにはいかぬ。ここに来たのは偶然ではない。魔術とはそんな生易しいものではないのだろう?」

 

揚羽の言葉に彼は感心したように、

 

「ほう?魔術を語るか。あの未熟者め。本来秘匿する物を堂々と口外しているのか。愚劣極まりないな」

 

「士郎先輩の冒涜はゆるしません・・・!!」

 

今度は由紀江が突撃する。だが今度は、

 

ダン!

 

「きゃっ!」

 

高速でこちらに打ち出された剣を慌てて回避した。

 

「まゆまゆ!」

 

「大丈夫です・・・!当たっていません!」

 

そう言って彼女は四人の元へと後退した。

 

「年端も行かぬ少女にしては随分といい動きをするな。当てる気は元から無かったが、良い反応速度だ」

 

そう賞賛する彼の後方には無限とも言える剣弾が控えていた。景色が黒く見えるほどの数。一体何本あればこんな景色になるのか。

 

「どうする。あれだけの数、到底防ぎきれぬぞ」

 

「私なら無理やりにでも突破できる。けどそれじゃあマルギッテさん達がアウトだ」

 

「気に食わないセリフですが事実ですね。トンファーがあれば・・・いえ、あったとしても彼の後方だけではない。四方にある全ての剣がこちらを向いています。確実に防ぎきれません」

 

「万事休すか。レオニダス王が居ればなんとかなったかも知れぬが」

 

彼の宝具炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)は守護に重きを置いたカウンター宝具。あれでガードしてもらえば突破できるかもしれないが彼はここにはいない。

 

まさに詰み。彼の言う通り現実の自分が目を覚ますのを待つしかないのか。

 

そう考えたところで、目の前の男がまた興味を示した。

 

「レオニダス王がいると言ったな。それと源義経のクローン。・・・なるほど。大体読めた。推測だが、そこに武蔵坊弁慶のクローンもいたのではないかね?」

 

「!?なぜ弁慶のことまで・・・」

 

「愚か者!わざわざ教えてやる必要などないというのに!」

 

「うわわ・・・すみません」

 

揚羽の怒りに義経は小さくなった。

 

「そう怒ることはない。何度も言うが私に戦う意思はない。だというのに挑んでくるから迎撃しているに過ぎない。・・・そうだな。一つ余興をするとしよう」

 

彼がそう言うと五本の剣を残して残りすべてが大地に突き立った。

 

「なんのつもりだ?」

 

「余興と言っただろう。ここでの出来事は目を覚ませば忘れてしまう。だが、記憶に直接刻み込むのならばある程度残るだろう。ただし相応の苦痛を伴うが。挑戦するかね?」

 

挑発するように言う男に百代は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「いいじゃないか。乗ってやる!」

 

「百代!一人で決めるな!」

 

「交渉の大事さを貴女は理解しなさい!」

 

揚羽とマルギッテが批難する。だが男は構わず余興のルールを告げた。

 

「答えを得る機会は一人一回だ。それ以上は君たちの脳が持たない。私が放つ剣を弾く、もしくはいなすことが出来れば答えを五人すべてが得られよう。だが、気を付けることだ。これは本来あり得ない強硬手段。五回チャンスはあるが、五回全て受けたとして無事で済むとも限らない。これ以上は無理だと判じたならば大人しく回避することだ。そうすれば答えは得られないが苦痛を伴うことはない」

 

そう言って彼は宙に浮かぶ剣の一本をこれから放つぞと言わんばかりに前に出す。

 

「さて、誰からやるかね?」

 

「・・・いいだろう。ただし一つ融通してほしいのだが。我と百代は素手でも構わぬが他の三人は武器が要る。どれでも構わぬから武器を三本よこせ」

 

男の問いに揚羽は待ったをかけた。

 

「そのくらい構わない。あくまで余興なのでね。何が必要かな?武器ならば大抵準備できるが」

 

「では刀を」

 

「義経も刀を」

 

「トンファーを」

 

三人がよどみなく己の武器を告げる。

 

「まずは緑髪の少女から。それを使うといい」

 

「え?ひゃ!?」

 

言われて由紀江は初めて気づいた。自分の足元に一振りの刀が突き立っていた。

 

(長さも重さも丁度いい・・・でも、恐ろしい名刀と見受けました)

 

地に無造作に突き立っていた刀を何度か素振りして感触を確かめる。

 

「あの、これは誰の作ったものでしょう」

 

自分の持っている刀とは比べ物にならない存在感を放つそれを振るって彼女は問う。

 

「さて、誰の作だったか。少しばかり、雷を断ち切ることの出来る太刀だが」

 

「ら、雷切!!?」

 

――――雷切。雷または雷神を斬ったと伝えられる日本刀。複数あると言われているが立花道雪が『千鳥』という刀で雷の中にいた雷神を切ったとされている。それ以降、道雪は千鳥を『雷切丸』と名を改めたと言われている。

 

「小柄な君は源義経のクローンだったか。ではそれを抜くといい」

 

「え、ええ!」

 

いつの間にか義経の傍に突き立っていたのは『薄緑』。同名の刀を義経は九鬼から与えられていたが、手に取ったそれは九鬼から与えられた物以上にまるで初めから義経に吸い付くように手に馴染んだ。

 

「馬鹿な・・・本物の薄緑だというのか?」

 

初めて触ったというのに手足のように、それが一番自然であるかのように舞う義経。

 

「贋作だよ。ただし、本物と寸分違わぬものだがね」

 

「贋作・・・にしては出来過ぎだと思いますが。私のは普通の・・・いえ、これも何か存在感のあるトンファーですね」

 

マルギッテが取ったのは黒い警棒のようなものではなく、金と赤で装飾された中華風のものだった。

 

「では始めるとしよう。誰からやるのかね?ああ、一つ忠告しておくが五人一度にやるのはお勧めしない。脳が破裂してもいいのならば構わないが」

 

余興だといいながら忠告をしてくれるあたり本当に衛宮士郎にそっくりである。

 

「では我が行こう」

 

まずは九鬼揚羽が先陣を切った。

 

「最初から当てる気はないのでね。そのまま立っていれば脇を通り過ぎるだろう。では、君は何を問う?」

 

男の言葉に揚羽はしばし考えた。

 

(魔術については少なからずもう知っている。英霊に関してもレオニダス王に聞いた。であるならば・・・)

 

「ここは何処か」

 

ダン!

 

問うと共に剣が発射される。彼の言う通りこのまま立っていれば顔の横を通り過ぎる弾道。それを揚羽は、

 

「はあっ!」

 

その場で一回転し、裏拳を叩きこんで剣を粉砕した。だが、

 

ザリザリザリ――――

 

「うっ・・・!!」

 

「ぐあっ!」

 

「きゃあ!」

 

「うあああ!」

 

「ぐうう!!!」

 

脳が直接かき回されるように知らない情報(記録)が無理やり頭に叩き込まれる。

 

 

――――■■座。■■結界、無限■■製。衛■■郎に許された唯一の■術。心■風■の具現化。■法に最も■い大■術。

 

「がっ・・・これが・・・情報だと・・・ほとんど分からぬではないか・・・!」

 

「しかもこの脳を直接かき乱されるような痛み・・・衛宮士郎はこれで・・・!」

 

一撃。たった一本砕いただけで彼女らはダウン寸前だった。

 

「だから言っただろう。本来あり得ぬ強硬手段だと。英霊とはただ伝説となった人間ではない。英雄が死後、祀り上げられ精霊化した存在。世界の法則から解き放たれている存在だ。その記録を生身の人間が得ようなどとおごりにもほどがある。全て読み取れないのはそれが貴様らの限界ということだ。それ以上得ることを貴様ら自身が拒んでいるだけだ」

 

これは必然だった。必要のない行為だった。それ故に愚かな選択をした彼女らに彼は辛辣な言葉を投げかける。

 

「それで、あと四度チャンスはあるが。やめるかね?」

 

頭を抱えて息を荒くする五人に彼は問う。

 

「私が、いきます」

 

「まゆまゆ・・・」

 

由紀江が痛む頭を抱えて前に出る。

 

「そうだな。あまり無茶な問いをしないことだ。神秘の度合いが深ければ深いほどその苦痛は大きくなり、得られる情報も欠落するだろう」

 

と、彼はアドバイスをするように言った。

 

「では、士郎先輩はどうして倒れたのか」

 

ダン!

 

(情報)が飛んでくる。一発であの痛み。恐怖を振り切って彼女は雷切で剣を切り払った。

 

ザリザリザリ――――

 

――――英霊の記憶(記録)の流入による脳への■■荷。記憶と■録の混濁への■抗

 

「うう・・・」

 

「さっきよりはマシだな・・・」

 

「意味もなんとなく理解できました」

 

「だがこの頭をかき回されるのは慣れんな・・・」

 

「衛宮さんはこれで倒れたんですね・・・」

 

フラフラとしながら彼女達はそれでも膝をつかなかった。

 

「何度も言うがこれは夢だ。本来あり得ない夢。じっとしていれば何事もなく覚めるというのに何をそんなに意固地になっているのかね」

 

「そんなこと、決まってます・・・!」

 

義経が前に出た。

 

「衛宮さんのこと、もっと知りたいから!あんなかっこいい英雄(ヒーロー)いないから・・・!」

 

その言葉に男は嘆息した。

 

「それで、君は何を問うのかね」

 

「英雄の条件とは」

 

ダン!

 

(情報)が飛ぶ。それを薄緑で弾く!

 

ザリザリザリ――――

 

――――英雄とはその人物を他人が評価したものに過ぎず。条件など存在しない。

 

「あれ?」

 

「痛みがほとんど来ないぞ」

 

「魔術関連の問いではないからか」

 

「これは、一文字違っていたら危険でしたね」

 

万が一、義経が英雄になる条件ではなく、英霊(・・)になる条件とでも聞いていたなら大激痛だっただろう。

 

しかし彼女は魔術のことも英霊のことも深く知っているわけではない。これは質問のしようがなかったという所か。

 

「あと二本だ。慎重に言葉を選ぶことだ。今のでわかっただろうが質問によって苦痛の度合いも刻まれる情報も変わる。今の問いは神秘に対する問いというより、私への意見でしかない」

 

「つまり今のは貴方の考えということか」

 

「そういうことだ。ある意味、貴重な機会を逃したとも言えるし、死なずにすんだとも取れるな。では次は?」

 

「私が行きましょう」

 

そう言って次はマルギッテが出る。

 

「衛宮士郎の願いの根幹は」

 

ダン!

 

(情報)が飛ぶ。残り二本。これは神秘への問いというより士郎への問いだろう。

 

ザリザリザリ――――

 

「うう!?」

 

だが、その代償はかなり大きかった。

 

 

――――大災害で体■、全てを■った『士郎』■いう少年を■けた衛■切■の己を■った安堵の■に憧■た。切嗣の死の■際彼の■いを受■継■と誓っ■。

 

「ああああ!!!」

 

「な・・・んで!」

 

「ぐうう!!!」

 

走る激痛にいっそのたうち回りたくなる。

 

「それはある意味禁句だからだ。衛宮士郎の行動理念はいずれ辿る神秘に直結する。特に、ここへの問い(・・・・・・)としては最悪の部類だな」

 

そして残るはあと一本。もう彼女達は限界だった。脳がこれ以上情報を得ることを拒んでいる。本能が、理性がこれ以上は耐えられないと全力で警鐘を鳴らす。

 

「最後は・・・!私・・・だ・・・!」

 

それでも彼女は前に出た。これは彼を知る最大のチャンス。それを棒に振ることはどうしても出来なかった。

 

「これ以上は限界だと思うがね。死にたいのか?」

 

「うる・・・さい!とっととそいつ()をよこせ!!!」

 

「強情な小娘だ。責任はとれんよ。君の一言で他の四人が死ぬ可能性だってありうる。それでもやるのかね?」

 

「――――」

 

百代はちらりと後ろを見る。もうみんな限界だ。自分も正直全て諦めて倒れたい。

 

でも彼女は諦めたくなかった。諦められなかった。唯一自分と対等に立ってくれた男の・・・自分の歪みを正してくれたたった一人の男を諦めたくなかった。

 

「ごめん。みんな、義経ちゃん。多分死ぬ」

 

彼女は直感していた。この問いは劇物だ。致死毒だ。痛みなんかで収まる訳が無い。本当に脳が破裂するかもしれない。いや、その可能性の方が高い。

 

それでも彼女は聞かずにはいられなかった。この衛宮士郎の面影の残る男の――――

 

「ええい、ここまでくればヤケだ!この我の頭を吹き飛ばしたらただではおかぬぞ!」

 

「私は覚悟が出来ています。士郎先輩のことなら命だってかけます・・・!」

 

「私も黛由紀江と同意見です。まったく、祖国にはどう詫びれば良いか」

 

三人は覚悟を固めた。残るは義経だが・・・

 

「義経ちゃん、ごめん」

 

「・・・いいんです。義経も衛宮さんのこと知りたいから。初めての憧れの英雄(ひと)だから!!!」

 

 

――――覚悟は決まった。

 

 

「では、これで君達と会うこともなかろう。さらばだ」

 

ダン!

 

最後の(情報)が飛ぶ。一秒後の死が見える。剣は当たらない。何もしなければ通り過ぎる。だが、百代は去り行く赤い背中に叫ぶように。

 

「お前は・・・!一体誰だーーーッ!!!」

 

バキィ!!!

 

渾身の拳が、最後の剣を砕いた。

 

ザリザリザリ――――ッ!!!

 

「「「「「うああああああああ!!!!!」」」」」

 

 

――――耐えられない。

 

 

 

――――■霊・■ミヤ。奇■を対■に世■と■約した■護■。

 

 

――――視界が歪む。目が機能していない。

 

 

――――衛■士■の理■の果■。世■の■機に呼び■され■抑■力

 

 

――――体の感覚が崩れていく。圧倒的な情報()が全てを壊して回る。

 

 

――――人■世■を■続させる■めの――――

 

 

ザリザリザリ――――!!!

 

 

――――バツン。

 

 

と、テレビの電源が落ちるように。それ以降は読み取れなかった。

 

 




はい。すみません。もっと先に進もうと思ったんですけどダメでした。思った以上に長くなってしもうた・・・

全然話進んでないのに1万4千字。どうしてこうなった。

一応百代達は生きてますよーここでいきなりヒロインを悲劇のヒロインにはしませんので(笑)というか私、ハッピーエンドしか書くつもりないので。悪は問答無用で告死天使(アズライール)しますが。

それでは次回お会いしましょう。


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夢からの目覚め

皆さんこんばんにちわ。計算してみた所、一日役7000字程度しかけない鈍足作者でございます。

今回は前回の続きです。紋ちゃん出て…歓迎会まで行ける…といいなぁ。とにかく頑張ってみます。


――――interlude――――

 

そこは死の充満した地獄だった。大火災でも起きたのだろうか。

 

全ての家屋が焼け落ち、大地さえも真っ黒に染まる中、一人の少年がフラフラと歩いている。

 

「――――あ」

 

その後ろ姿に声をかけようとしたが言葉は声として出なかった。

 

フラフラと歩く少年もこの災害に巻き込まれた一人なのかあちこちに重傷を負っている。

 

ああして立って歩いていることが不思議だった。だというのに、

 

――――助けて

 

瓦礫に埋もれた黒いナニカが少年に助けを求める。

 

 

「――――ふ」

 

ふざけるな。と彼女は、彼女達は言いたかった。

 

確かに唯一動いているのは少年だけ。救助出来るとしたら彼しかいないが、あんな年端も行かぬ子供、それも彼とて瀕死だというのに助けられるはずがない。

 

なのに、

 

――――助けてくれ

 

別の黒いナニカが少年に助けを請い、伸ばした先から崩れ落ちる手を伸ばす。

 

それを少年は見て、しかしその黒いナニカかから逃れるようにフラフラと歩いた。

 

――――この子だけでも

 

そう言ってまた別な黒いナニカが黒い塊を必死に掲げている。

 

無理だ。彼とて死に体。動いてはいる。歩いてはいるが彼にはもう何も残されていない。

 

「――――」

 

なんという地獄。死に体の彼が一歩進むごとに四方から助けを呼ぶ声がする。

 

しかし、彼にはそれに応える力などない。むしろなぜ彼は歩けているのか不思議なくらいだ。

 

これだけ広範囲に及ぶ災害で彼だけが辛うじて命を繋いでいたが、それは命の最後の灯が見せる最後の輝きに過ぎない。

 

「うう・・・」

 

助けを呼ぶ声に耐え切れず少年は耳を辛うじて繋がっている両手で塞ぐ。

 

無理もない。この助けを呼ぶ声は彼にとって怨嗟の声でしかない。

 

救う力を持たず。己の命すらとうに消えかけているというのに他人に気をかける余裕などないのだから。

 

「――――」

 

助けを呼ぶ声を振り切って。彼は歩く。この先に助けが居るからなのか。いや違う。彼の目にはなにも映されてなどいない。

 

どうか、この子に助けを。そう彼女達は叫びたかった。黒いナニカには申し訳ないが、貴方方はもう助からない。唯一助かるとしたらこの少年しかいない。

 

ガリガリと。残っているだろう心さえも助けを拒むごとに少年から喪われていく。酷い、本当に酷い地獄。

 

「――――」

 

ドシャリと。遂に少年に残された力も尽きた。崩れ落ちた少年を確認したように空から雫が落ちてくる。

 

黒い太陽がゆっくりと消えていく。しかし少年にはもうなにも残っていない。立ち上がる力も、助けを呼ぶ声も出すことはできない。

 

「ああ――――」

 

彼女達は必死にもがいた。あの少年の元へ。もう終えようとしている命だがそれが燃え尽きる前に少年の元へ行きたかった。

 

でも体はピクリとも動かない。声すら出せない。自分たちは傍観者。この記憶を覗き見ているに過ぎないのだから。

 

少年がゆっくりと片腕を上げる。何かを掴もうとする手は助けを求めるように彷徨い、

 

「あ――――」

 

ゆっくりと力が抜けるように手が落ちる。それを

 

「――――!」

 

崩れ落ちる手を、男がしっかりと掴んだ。もう死に体の少年を男はつかみ取った。

 

 

「――――」

 

男は涙を流し、何かを言っている。だが、彼女達はその顔に怒りを覚えた。

 

あれは違う。少年を救えることに涙し、歓喜しているのではない。

 

己の罪がほんの少しでも許されたという男自身の安堵の顔だ。

 

なんという身勝手。恐らくこの災害の原因だろう男は、いるはずのない生存者を見つけたことで自分の罪が軽くなったと喜んでいるのだ。

 

そして少年は既に手遅れである。確かに男が彼を見つけたがもう彼に生きる力は残されていない。

 

それを――――

 

眩い光が景色を染め上げた。それが何なのかは理解できなかった。だが、この光によってあの少年は助かったのだろう。

 

しかし仮に彼が生きながらえたとして彼に何が残っているというのか。大切な人も、健全であっただろう心も削り落とされた少年に一体なにが残るというのか。

 

光が収まった後。少年の体は無傷のように癒されていた。しかし傍目に見てもわかる。あれでは体が治っただけ。人間として必要な何かが少年からこぼれ落ちてしまった。

 

そんな、悪夢を彼女達は見た。それがなんの意味を持つのかはわからないがきっと、あれが衛宮士郎なのだと。彼女達は直感した。

 

――――interlude out――――

 

「う・・・」

 

体が酷く重い。どうにも何かがのしかかっているような・・・

 

「ここは・・・百代?」

 

ベッドに横になる自分に覆いかぶさるように眠る彼女がいた。いや、彼女だけではない

 

「由紀江・・・マルギッテ、揚羽さん?それと・・・」

 

見慣れぬ少女が自分の横で眠っていた。

 

「おお!マスター!お目覚めになりましたか!」

 

遠くにいたレオニダスがのしのしとやってくる。

 

「レオニダス。すまない迷惑をかけた。彼女達は・・・?」

 

「それが、ややこしいことになりまして・・・」

 

彼女達がここにいる経緯と義経が倒れ込んだ時に何かに導かれたのを彼は伝えた。

 

「導かれた・・・?まずいな」

 

そう言って士郎は上着を脱いだ。心臓の位置にある令呪。そこに意識を集中する。

 

「――――同調、開始(トレース・オン)

 

己の体に解析をかける。そして驚くべきことが判明した。

 

「!百代達と俺の間にパスが通ってる・・・!?」

 

彼女達に魔術回路は存在しない。なのでパスというより精神の契約、だろうか?とにかく、何かの拍子に彼女達は自分の意識の中に紛れ込んでしまったようだ。

 

「衛宮、くん?さん?どっちでもいいか。起きてすぐ申し訳ないけど主をなんとかできるかい?」

 

そう問うてくるのは見覚えのない女性だ。左手にひょうたんをぶら下げ、右手に錫杖を持つ彼女は――――

 

「彼女は新入生の武蔵坊弁慶嬢です。同じく新入生の源義経嬢がマスターの隣で眠っている少女」

 

そう言われて隣に眠る少女を見る。後ろで黒髪を結んだ少女――――

 

ザリザリザリ――――

 

「うっ・・・」

 

「マスター!」

 

「大丈夫だ・・・残滓みたいなものだろう。もう反応はしない。それより彼女達を呼び戻さないと」

 

そう言って目を閉じ、繋がった5つのパスを辿る。

 

(厄介だな。かなり混濁している。これは余計な場所まで飛ばされたな)

 

自分と繋がってはいるが、彼女らは自分を経由してここではない所に意識を引っ張られている。

 

(だがどうにかなりそうだ。要は俺の投影と同じ。俺を経由しているのだから必ずこちらに引きずり出せるはずだ)

 

幸いなのは魂ではなくあくまで意識だけが飛ばされているということ。

 

もし魂まで引きずられていたら第三魔法の領分になるところだった。

 

「――――投影、開始(トレース・オン)

 

落ち着いて、投影を行うように八節に分けて混濁してしまった彼女達の意識を再構築する。

 

百代、由紀江、マルギッテ、揚羽、義経。それぞれの意識を己の深層から引きずり出し、パスを通して各々の体に投射する。

 

「――――全工程、完了(トレース・オフ)

 

なんとかこっちに引きずり出せた。だが、一つ問題が出来てしまった。

 

「五人とも一体何処まで潜ったんだ・・・」

 

「まずい状態なのかい?」

 

弁慶の問いに士郎は首を振った。

 

「いや、なんとかなった。けど、どうにも彼女達は俺を通して余計な所で余計なことをしでかしたみたいだ」

 

「どういうこと?」

 

主の危機を悟って弁慶が口数少なく問うてくる。

 

「多分あいつの所に行ったんだ。そこで記憶(記録)を読み取ろうとした」

 

「あいつ?」

 

「マスター。もしやそれは・・・」

 

レオニダスの戸惑う声に頷く。

 

「幸い、ギリギリの所で引き戻せた。でも、何かしらの後遺症が残るかもしれない」

 

「義経・・・!」

 

がばっと眠る彼女に迫る弁慶。そして眠る彼女をゆさぶり起こそうとする。

 

「まてまて、もう意識は戻ってる。変に起こすと余計に酷いことになりかねない。っと、だから自然と目が覚めるまで待ってやってくれ」

 

そう言って士郎はシャツを着直して百代達が頭を打ち付けないようにベッドから出る。

 

「レオニダス。俺はどのくらい意識を失ってた?」

 

「約6時間ほどでしょうか。もうそろそろ学業も終わりでしょう。しかし、まさかマスターが・・・」

 

「それ以上は禁句だぞ。とは言っても、彼女達は分かってしまったかもしれないが」

 

自分を通して英霊の座に意識を引っ張られたのなら間違いなくあいつ(アーチャー)のところだろう。

 

そこで愚かにも英霊の記録を読み取ろうとした代償は大きい。恐らく彼女達は相当な苦痛を身に受けたはずだ。

 

「あとは彼女達を信じるしかない。俺には魔術の才能はないからな・・・これが精一杯だ」

 

「義経・・・」

 

弁慶は眠る義経の手を握った。これでは木乃伊取りが木乃伊になるという状態だ。

 

(なぜ奴の記録なぞに手を出した・・・!それは人の身に余る行為だと告げなかったのか?)

 

恐らく犯人であろう赤い背中に殺意が湧く。だが、奴がなんの意味もなくそんなことをするだろうか?

 

(もし俺なら・・・間違いなく警告している。それでもやったのなら彼女達の意思か・・・はたまた奴の気まぐれか?どちらにせよ、厄介なことをしてくれた)

 

五体満足とは考えにくい。いや、体は無事かも知れないが何かしらの精神障害をきたした可能性はある。

 

「――――」

 

さらりと、百代の黒髪をなぜる。体温が随分と高い気がするが、大丈夫だろうか。

 

程なくして、

 

「う・・・」

 

「ううん・・・」

 

「・・・はっ!」

 

「ぬ・・・」

 

「ふあぁ・・・」

 

五人が目を覚ました。

 

「義経!」

 

「べん、けい?」

 

「義経!大丈夫?私がわかる?」

 

「うん・・・でも、あいたた・・・」

 

何かを言いかけた義経だったが頭を抱えた。

 

「頭痛がするの?」

 

「うん、ちょっと無茶した」

 

その様子を静かに見守っていた士郎が謝る。

 

「源義経さんだな。東西戦の時に顔は見合わせたと思うけど、俺が衛宮士郎だ。今回はすまない。危ない目に遭わせてしまった」

 

「ううん。義経達が望んでやったことだから。衛宮さんは悪くない」

 

それを聞いて士郎は少し安堵した。よかった。無事戻ってこれたようだ。

 

「それで、どんな無茶をやらかしたんだ百代。恐らく、君が一番無茶をしたんだと思うんだが」

 

「うう・・・声を荒げないでくれ・・・頭に響く・・・」

 

「我も同感、だな。良くは覚えていないが、百代が一番の爆薬を爆発させたような気がしている」

 

「モモ先輩容赦なく機雷を爆発させましたね・・・」

 

「そうですね・・・危うく、祖国の英霊の元に行くところでした」

 

口々にそういう彼女達。かなりダメージを追っているが、問題なさげ・・・

 

「む?百代、ちょっとこっちを向け」

 

「なんだよー・・・まだ頭が・・・」

 

「いいからこっちを向け」

 

そう言って士郎は強引に百代をこちらに向けた。

 

「――――」

 

「なんだよ、私の顔になにかついてるのか?」

 

「も、モモ先輩、片目が・・・」

 

「え?」

 

じっと士郎は百代の目、正確には左目を注視していた。

 

「百代。これは何本に見える?」

 

指を二本立てて目の前に出す。

 

「二本だろ?ちゃんと見えて――――」

 

そこで彼女は違和感に気づいた。

 

「士郎、お前指にタトゥーなんか入れてたか?」

 

「――――!」

 

士郎の指にタトゥーなど入っていない。彼女の目に映っているのは恐らく自分の魔術回路だ。

 

「由紀江は・・・大丈夫そうだな。揚羽さんも問題なさそうだが・・・マルギッテはどうだ、違和感があるか?」

 

「・・・。」

 

問題なさげに見えるマルギッテは何故か顔を赤くした。

 

「?どうしたんだ?」

 

「少し、確認したいことが出来ました。すぐに戻るので待っていなさい」

 

そう言って彼女はほぼ駆け足で保健室を出て行った。

 

「おい、それより士郎お前なんで全身にタトゥーなんか入れてるんだよ。気持ち悪いぞ」

 

「・・・由紀江にも俺にタトゥーが入っているように見えるか?」

 

「いえ、ただなんと言いますか・・・士郎先輩との繋がりを感じます」

 

「我もだ。なんだか妙な感覚よ。まるで意識を引っ張り合っているような・・・引きずられはしないが、お前の存在を強く感じる」

 

「参ったな。義経はどうだ?」

 

「義経も衛宮さんのことが強く感じられます。多分、離れてても大体の場所がわかる・・・と思う」

 

それを聞いた士郎はしばし考えた。

 

「・・・すまないが、確認してもらいたいことがある。体のどこかに文様が出てないか確認してくれ。場所は恐らくランダムなので私とレオニダスは席を外そう。百代もこっちに来てくれ」

 

そう言って百代だけを引っ張り出してベッドのカーテンを閉めた。

 

「なんだよー一体私になにが起きてるんだよー」

 

「落ち着いてまずそこの鏡をみろ」

 

「鏡?・・・あ!!!」

 

百代の赤い瞳が、正確には左の瞳に剣のような文様が浮き上がっている。

 

「マスター。これは・・・」

 

「低位の魔眼と言ったところだろう。恐らく私の・・・解析の力が宿ったのではないかと思う」

 

魔眼。それは種類も効果も様々だが、有名なのはメデューサの宿したと言われる石化の魔眼。後は相手の死、概念的に脆い部分が見えるという直死の魔眼。見たものを歪曲させる歪曲の魔眼。

 

今回彼女は士郎の魔術の一部を何らかの理由で目に宿したのだ。

 

「うわなんだこれ!かっこいいじゃん!」

 

「たわけ!それがなんの代償も無しに使えるはずなかろう!目に意識を集中して何を支払っているのかきちんと把握しろ!」

 

士郎の言葉に唇を尖らせながら百代は目を閉じて目に意識を集中する。

 

「んー?目を閉じても青い人型が見えるぞ?士郎か?それと隣にいるレオさんと・・・カーテンの向こうのまゆまゆと義経に揚羽さんも見える!3サイズまでバッチリだ!!!」

 

ドゴス!!

 

「痛い!」

 

「下らんことに使うな!全く・・・低位だからいいものを、これが直死等だったら脳が破裂しているかグシャグシャの光景で正気を失うかしているところだぞ」

 

いわゆる天然のスカ〇ターとでもいう所か。戦闘力を数値化するのではなく、意識した対象の情報を読み取る力と言ったとこだろう。

 

「そこのベッドの構成材質はどうだ?」

 

「うーん・・・綿?あと色々あるけどわかんない」

 

「・・・。」

 

どうにもそもそものスペック(頭脳)が足りてないようだ。

 

「そういえば百代はFクラスだったな・・・」

 

「あー、なんだよその言い方ー馬鹿にしただろー」

 

ぎゅむりと士郎に抱き着く百代。

 

「ふむふむ・・・士郎の下は・・・」

 

ドゴス!!!

 

「痛い!!」

 

「だから下らんことに使うなと言っただろうが!個人情報をほいほい読み取るな!」

 

「ちぇー・・・でもいいなこれ。色々わかって楽しいぞ!」

 

「その分脳に負荷がかかるはずだ。決して魔術的なものや複雑なものを読み取ろうとするなよ。まぁ、そうそう魔術品などには出会わないだろうが」

 

ちなみに彼女は気づいていないが、彼女達ファミリー全員が身に付けているペンダントは簡易的な魔術礼装だ。見ようと思えばその構造などを解析できるかもしれない。

 

とはいえ、そもそもの頭脳がポンコツなので見えても理解不能だろうが。

 

「終わったぞ。お前の言う通り、私達の体に剣のような文様が刻まれている。それと、」

 

ドゴス!!!

 

「痛い!!?」

 

「人の3サイズなど図るなこの変態が!!」

 

「なんだよー揚羽さんも私も女じゃないですかー」

 

「それでもプライベートというものが存在するわ!見られても恥ずかしくない体を自負しているが「揚羽さん、一応男二人いるんで・・・」そうよな!」

 

士郎が口を挟み、揚羽は少々顔を赤くして追及をやめた。

 

「あわわ・・・まるでタトゥーを入れたみたいです・・・」

 

「これはもうシロ坊にもらってもらうしかねーんじゃね?」

 

「そういうことをいうのはこの口かまゆまゆー!!」

 

「いひゃい!いひゃいです!」

 

「そっかー主は憧れの英雄に傷物にされちゃったのかー」

 

「べ、弁慶!そういう言い方しないでくれ!」

 

「あー・・・一応謝る。すまない」

 

「いえいえ!私達にも責任がありますから・・・」

 

「でも正直モモ先輩と同じの欲しかったよねー」

 

「ふふん!私は最強だからな!・・・あ、でもなんか疲れてきた。というか頭痛い」

 

「当たり前だ。普通の人よりも何倍もの情報を脳が取得しているんだ。負荷がかかって当然だろう。ちょっとまて――――」

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

元が同じなら自分にもコントロールができるはずだ。そう考えて士郎は百代の頭に手を乗せ、魔眼を封じてやる。

 

「どうだ?」

 

「ああッ!?見えなくなった!」

 

「悲しそうに言うな馬鹿者!しかし、便利な能力よな。それがあれば鉱山の鉱物の含有量などもわかるのではないか?」

 

揚羽の言葉を聞いた途端、士郎は青い顔をして後ずさりした。

 

「なんだ。問題でもあるのか?」

 

「・・・揚羽さん。想像してみてください。脳内に様々な方程式やら数値がやたらめったらに叩き込まれるんですよ」

 

「・・・。」

 

揚羽は脳をかき回されるあの痛みを思い出した。

 

「我が悪かった。鉱山などという広範囲の情報を脳に直接叩き込まれたら脳が破裂する」

 

「わかってもらえて嬉しいです。ちなみに、頼まれてもやりませんからね」

 

事前に士郎は断った。

 

実は士郎。まったく同じことを遠坂とルヴィアが宝石の含有量で言い出し、嫌がる自分を無理やり鉱山に放り込まれてやらされたことがある。

 

当然、やった直後に卒倒したが。

 

「士郎もできるのか?」

 

「できるというか備わっているというか・・・剣を見た時に骨子や構造を無意識に読み取るんだよ。だから百代も多分、剣なら負担が少なくてすむと思うぞ」

 

なにせ衛宮士郎の魔術は基本的に一つだけなのだ。他は全てそこからこぼれ落ちたものに過ぎない。

 

そこから抽出されたものなら通常の解析ではないだろう。剣に特化した解析能力のはずだ。

 

「ふーん。つまり士郎も3サイ『やるかたわけ!!!』痛い!!」

 

3サイズを引っ張る百代に再度チョップを落として士郎は不機嫌そうに腕を組んだ。

 

「俺には魔眼のような力はない。意識して魔術を発動させなければ剣以外は見えない。そもそも魔術にはスイッチみたいなものがある。それを切り替えられないと将来頭痛で悶絶死するぞ」

 

これは遠坂に起動スイッチを強制的にONにされた時の経験談だ。あの時はまさか死にかけるとは思ってもいなかったのだが。

 

「それで、私達のこの文様は何なのでしょう・・・?」

 

「義経も、気になる」

 

二人の言葉に士郎は、

 

「特になにか不自由が起きるわけではない。それは俺と君たちが魔術的な繋がりを持っている証のようなものだ。それこそ、由紀江が言ったみたいに相互の位置を把握できる程度のものだろうさ。あって困るなら解除することも可能だ。解除するかね?というかしたほうがいいと思うのだが・・・」

 

「い、いえ!是非ともこのままで!!!」

 

「よ、義経も!!!」

 

「おー攻めるね主ー」

 

「わ、やめて弁慶ー!くすぐったい!くすぐったいから!」

 

「我もこのままでよい。なにかと便利そうだしな」

 

とそこでガラリと保健室のドアが開き、顔を真っ赤にしたマルギッテが戻ってきた。

 

「マルギッテ。君にも紋「確認してきました問題ありません」そ、そうか」

 

有無を言わさぬ物言いに士郎はたじろいだ。

 

「うーん?」

 

パキィン!

 

「あ!こら封印を力技で解くな!」

 

見れば折角封印した百代の左目にまた文様が浮かんでいる。

 

「あ!マルギッテさんそんな「やめなさい!!!」あぶぶ・・・」

 

慌てて口を塞ぐマルギッテ。どうやら恥ずかしい場所に刻まれてしまったらしい。

 

「あー・・・なんだ。俺の令呪みたいに刻印は意図しない場所にできることがある。基本的には腕などにするのだが魔術刻印の刻み方を私は知らないし、あくまでパスが繋がっている証というだけなのであまり気にしないでほしい」

 

「パス、ということはなにかを相互にやり取りができるのではないか?」

 

揚羽の言葉に士郎は首を振った。

 

「できなくはないが、魔力に限った話しだ。魔術は魔術回路が無ければ発動できない。私が魔力を送ったら魔術回路を持たない君達にはなんの利益もないどころか不利益しか起きないぞ。あいや、念話くらいはいけるか・・・?」

 

そう思って士郎は念話を試してみる。

 

「うん・・・?」

 

「なにかは聞こえますけど・・・」

 

「よく聞こえないですね」

 

「・・・。」

 

一人だけモジモジとしている以外は効果なしのようであった。

 

「マルギッテ、大丈夫か?さっき皆には言ったんだが契約破棄は可能だぞ。嫌なら「このままで結構」そうか・・・」

 

またも迫力のある顔で威圧されたのでここまでとする。

 

「とりあえず百代はその魔眼のコントロールを会得することだな。でないと多分眠れないぞ」

 

「ええ!?なんで!?」

 

士郎の言葉にまたぎゅむりと抱き着く百代。

 

「だって目を閉じても見えるんだろう?そんな状態で寝れるのか?」

 

「・・・無理かも」

 

しょぼんと肩を落とす百代。

 

「幸い俺が静めることができるからコントロール出来るようになるまで封印を勝手に解くなよ。でないと本当に頭痛で死ぬぞ」

 

冗談でもなく本当である。うっかり超複雑なものを解析したら脳がバーストしてしまう。意外と、レオニダスの時計とか秘密基地にいるクッキーとかヤバイかもしれない。

 

「何はともあれこうして皆無事に戻ってこれたということだ。まずはそれを喜ぶとしよう!」

 

と、いい感じに纏めた揚羽だが、

 

「いや、そもそも君達が向こうで・・・いや、もういい・・・」

 

原因は士郎にあると言えなくはないが、向こうで余計なことさえしなければこうも大事にならなかったのは、既に忘却の彼方だった。

 

 

 

保健室を出て廊下を歩いていると、

 

「あ!士郎だ!」

 

一子がいち早く彼の姿を発見した。跳んで(文字通り)くる彼女をキャッチする。

 

「おう。心配をかけて悪い。もう大丈夫だ」

 

「まったく、本当に心配したんだぜ?」

 

「レオニダスさんが大丈夫って言ってたけど本当に無事でよかったよ」

 

「俺様もだ。先生がついてりゃあ大丈夫とは思ったけどよ」

 

「また秘密が増えたな士郎」

 

「・・・でも今回のは聞かない方がいいっぽい、かな?」

 

「かもな。秘密っつーより、士郎も予想外だったんだろ?」

 

みんなの言葉に安堵しながら、

 

「ああ。完全に予想外だ。それに答えろって言われてもほとんど記憶にないんだ。とにかく頭痛でぶっ倒れたことしかわからない」

 

事実彼はあの時何を見たのかほとんど覚えていないし、微かに残る光景もなんの、どこのものだったのかさえわからない。聞かれても答えようがなかった。

 

「みんな迎えに来てくれたのか?」

 

「ああ、それもあるんだけど・・・」

 

と、鋭い殺気を一瞬士郎は感じた。

 

(これはいつぞやのものと同じだな)

 

まだ九鬼と繋がりが無かった頃。遠方からこちらを探る視線と時折挑発の様に送られるそれと同じだ。

 

「ふっふっふはっはっはっは!我、顕現である!」

 

と、銀髪の額にバツ印の傷がついた少女が現れた。それと――――

 

「初めまして。1-S組に編入になりました。ヒューム・ヘルシングです。よろしくお願いします。衛宮士郎先輩?」

 

妙に威圧してくる金髪の執事服を着た老人だった。

 

「――――」

 

一瞬ヒュームと士郎の間で視線が弾けた。しかしそんなことに気づかぬとばかりに、

 

「おお!紋!立派な挨拶であったぞ!」

 

予想通り九鬼の、それも揚羽と英雄の妹であろう少女を揚羽が抱きしめる。

 

「士郎の所にも行くところだったんだけど、紋白ちゃんが大和に人の斡旋を頼んでて、みんなで色々歩いてたんだよ」

 

「うむ!我は九鬼紋白!1-S組に入学した、兄上と姉上の妹である!」

 

と、小さい体をいっぱい使って豪胆な雰囲気を出す紋白。流石、彼女達の家系の人間。実に似たり寄ったりである。

 

「俺は衛宮士郎。2-F組だ。すまないな、折角の編入時にいきなり騒がせちまって」

 

「良い!衛宮には姉上が付いておったので心配していなかった。とはいえ、体はもう大丈夫であるか?」

 

「ああ。心配してくれてありがとう。もう大丈夫だ」

 

「そうか。では遠慮なく頼もうぞ!ヒューム!」

 

はい。と老執事は前に出た。

 

「――――」

 

「士郎?」

 

「士郎先輩?」

 

空気が変わったのを百代と由紀江が一番に感じ取った。

 

「五体無事ということなので、一手ご教授願えませんかな」

 

そう言って彼は学園のエンブレムを優雅に差し出した。

 

 

 

ざわざわと、学園のグラウンドに生徒達が集まっている。曰く、

 

――――九鬼の零番、最強の執事が赤き英雄、衛宮士郎に決闘を申し込んだ。

 

しかしてその噂は真実であった。学生達の中心には巨大な空白の円が出来ており、そこに立つのは金髪の執事と学生服の衛宮士郎。

 

 

相反する二人が対峙していた。

 

「おい、あの執事九鬼家の最強執事らしいぞ」

 

「百代様の背後を簡単にとってた不良執事ね!」

 

「九鬼最強と現代の英雄・・・どっちが強いんだ?」

 

口々に今にも始まる決闘を見守る。

 

「私は蹴り主体だ。貴様は魔術とやらを使うんだろう?いくらでも使うがいい赤子よ」

 

「これはご丁寧に。しかし人に対する礼儀がなってないな。九鬼ともあろうものが礼節すら欠くとはとんだ笑い話だ」

 

互いに挑発し合う。士郎の言葉に殺気を露わにするヒューム。しかし士郎はどこ吹く風と皮肉気に笑っている。

 

(おいおいマジかあいつ。ヒューム相手に挑発するとか死にてぇのか!?)

 

英雄の傍で様子を見ているあずみは思わず背筋が凍る。

 

――――九鬼家従者部隊 序列零番、ヒューム・ヘルシング。年老いてはいるがそれを感じさせない程の威圧感と闘気。そして九鬼家最強の存在である。

 

揚羽を弟子として育て上げ、今でも最強の地位を維持し続ける正真正銘怪物。彼は百代相手であろうとも決して負けない。

 

その男が、ああも殺気を露わにして青年を睨みつけている。たった一言で彼はヒュームの逆鱗を撫でるどころかその鱗を引き剥がした。

 

「審判はわしがする。言うておくが、やりすぎと見たら止めるからのう」

 

「心配するな。少しばかり赤子と戯れるだけよ」

 

「そうだな。礼のなっていない下級生に少々苦言を呈するにすぎん。私はそれほど暇ではないのでね」

 

「貴様――――!!!」

 

売り言葉に買い言葉。あずみ達のような手練れでさえあの殺気には耐えられない。

 

もし割って入ろうものなら一瞬で細切れにされる。そう本能が叫んでいる。

 

「まだ開始の合図はしておらんというのに・・・では、」

 

それまで騒めいていた生徒が静かになる。

 

張りつめる緊張感が尋常ではない。心臓が握りつぶされそうだ。

 

耳が痛くなるほどの静けさの中、

 

「始めッ!!!」

 

「――――!!!」

 

金髪の執事が開始の合図とともに一瞬で消える。

 

だが、対する衛宮士郎は自然体で腕はだらりと下げられたまま。手にはなにも握られていない。

 

瞬間、

 

「ジェノサイド――――!!!」

 

いつの間にか懐に入っていたヒュームが鋭いカッターのような蹴りを放つ。だが、

 

「――――」

 

衛宮士郎は至って自然に。食らえば確実に意識を刈り取られるその一撃に、草花を扱うようにそっと手を添えて、

 

「チェーン・・・!?」

 

意識を刈り取るはずの蹴りが空を裂き、ヒュームがその場で回転する。

 

(嘘だろ・・・あのヒュームの蹴りを)

 

(((片手でいなした!!?)))

 

「どうした。それで終わりかね?まだ始まって一合目だが」

 

空を裂き、隙を見せたヒュームに衛宮士郎は追撃しない。ただ自然に立っていた。

 

「赤子が!調子に乗るなよッ!!!」

 

激しい蹴りの連打。それをいなし、弾き、防ぐ。

 

衛宮士郎は未だに無手のまま。彼の戦闘スタイルは双剣による近接戦闘ということはここにいる全ての者が知っている。

 

だというのに彼は一切武器を握らない。その体術、技術でもって最強の執事へと立ち向かう。

 

「貴様!赤子の分際で俺相手に手を抜くか!!!」

 

「手を抜く?何を勘違いしているのか知らないが、私に剣を握らせたいのなら決死の覚悟で挑んで来い。私の剣はそんなに安くはない」

 

ガツン!ととても肉体がぶつかり合ったとは思えぬ音が鳴り響く。

 

「ヒュームさんの蹴りを」

 

「蹴りで迎え撃った!?」

 

ヒュームの回し蹴りを全く同じ逆回転の回し蹴りが迎え撃つ。蹴りの連打を同じく蹴りの連打で迎え撃つ。

 

その光景にもはやあずみを筆頭に九鬼関係者は顔を青くする。

 

あれは挑発だ。お前の技など自分にも真似できる程度のものでしかないという極上の挑発。

 

両の手が空いているというのにあえて蹴りに縛って衛宮士郎はヒュームと対峙する。

 

「この俺を・・・!!!コケにするか!!!」

 

一際鋭い蹴りが衛宮士郎の喉笛を切り裂かんと迫る。もはや手加減などと生易しいものではない。このまま食らえば間違いなく首が飛ぶだろう。

 

しかし彼の鷹の目はその軌道を正確に捉えていた。

 

「やれやれ、随分と御歳を召したのではないかね?この程度の事で冷静さを失うとは。最強の名が泣こう」

 

そんな軽口と共にまたもヒューム渾身の蹴りは片手を添えるだけで空を切り、

 

「はぁッ!!!」

 

裂帛の声と共に衛宮士郎の蹴りがヒュームの鳩尾にクリーンヒットした。

 

「ごふっ!?」

 

予想外の一撃にヒュームが吹っ飛ぶ。よく見れば両手でガードしたようだが、勢いを殺しきれず囲んでいた生徒を巻き込んで吹っ飛んでいった。

 

「おや?すまない。少々強く蹴りすぎたようだ。巻き添えになってしまった者にはあとで謝罪しよう」

 

そう言って彼は態勢を戻し、腕を組んで見下すように言った。

 

「どうした?まさかこれで終わりではあるまい。あれ程気勢を上げて挑んできたのだ。たかだか学生の蹴り一つでギブアップ、ではなかろうな?」

 

(なんなんだ!あいつ一体何者なんだよ!!!ヒュームだぞ!?あのヒューム・ヘルシングが逆に赤子扱いじゃねーか!!!)

 

(弟子である我でも信じられぬわ・・・覚醒した百代ならまだしも剣すら握らぬ衛宮士郎がこれほどに圧倒的とは!!)

 

(士郎は本気を出してない。なのにあのヒュームさんを一蹴か。本当に楽しませてくれるな!士郎!!)

 

倒れたヒュームが起き上がる。

 

「――――赤子と侮ったことを詫びよう。貴様の名は?」

 

「衛宮士郎だ。いい加減人の名前を覚える努力をすることだな。誰も彼も赤子と驕るから無様を晒すのだ」

 

くだらんとばかりに士郎が片目を閉じる。

 

彼の言葉に何を思ったのか。ただ一つ言えることは彼が本気になったということ。

 

金髪をざわざわと騒めかせ、手足に雷撃が走る。ヒューム・ヘルシングの本気。

 

彼らヘルシング家はバンパイアを討伐したという噂があるが、実態は百代が使う瞬間回復を使う武道家を倒したことによるものだ。

 

瞬間回復は気によって細胞を活性化させ傷を癒すものだと士郎は既に見抜いている。これまで百代が彼の前でどれだけ使ってきたか。

 

解析する機会はいくらでもあった。そして彼本来の力からしてその回復はなんの役にも立たない。

 

ただ不死殺しの武器を使えば事足りるのだから。神秘は力技で越えられるほど甘くはない。そうでなくとも有限の力である限り不死と思われがちだが所詮死ににくいというだけ。

 

過去に戦ったバーサーカーの十二の試練(ゴッドハンド)に比べればなんのことはない。

 

(しかし雷撃か。素手では手に余るか?)

 

依然姿勢も表情も変えないが士郎は思案していた。このまま相手をするのもいいが、それでは間違いなく手に余る。

 

理屈は不明だが雷撃を纏った攻撃を素手で捌けば当然感電するだろう。恐らくそこまで強力なものではなかろうが、受け続ければ痺れて動けなくなるのは道理。

 

かといって干将・莫耶でも感電は防げない。使うならば雷を断ち切る武器。しかし、それでは宝具としてのクラスが上がりすぎて一手で相手に致命傷を負わせることとなろう。

 

(厄介だな。手加減は難しい。と言って精度を落とした投影ではたちまち蹴り砕かれよう。刃を潰したところで間違いなく斬撃が通る。で、あるならば――――)

 

「!」

 

「衛宮が動いた!」

 

左腕を何かを握るように掲げる。

 

「生憎そろそろお暇したいのでね。次の一撃で終いとする。死んでも恨んでくれるなよ」

 

投影するはかの大英雄の斧剣。ただし刃の部分はすべて削り落とす。見た目は取っ手のついた巨大な石の塊だ。

 

「で、でけえ!」

 

「あんなもん片手で振れるかよ・・・!!?」

 

「衛宮士郎か。その名、覚えたぞ・・・貴様こそ死んでも後悔するなよ・・・!!!」

 

互いの距離は三メートルほど。恐らくヒュームはこの距離でも一瞬で零にしてくる。

 

故に決着は一瞬。この一撃で決まる。一撃では意識を奪うまで足りぬだろう。相手はまがりなりにも最強を自負する男。

 

如何に巨重の石柱と言えど多少の一撃ではあの男は振り切ってくる。その確信がある。

 

反撃は許さない。一歩たりとも懐には入らせない。

 

「そこの生徒諸君。道を開けてくれ。死んでも知らないぞ」

 

巨大な斧剣を手に奴を凝視する。呼吸を止め、体内に眠る魔術回路27本全てに魔力を叩きこむ。

 

「いくぞ・・・!!!」

 

「――――」

 

ヒュームの声に返答はない。だがその眼はいつでも来いと語っていた。

 

(衛宮の奴あんなもん持ち出して一体何を!?)

 

彼の手は傍から見れば愚策だ。この距離を一瞬で踏みつぶすヒューム相手にあんな巨大な、一振りできるのかさえ怪しい鈍器を持ち出すなど自殺行為。

 

だが彼らは知らない。形こそ変えられているがあれは大英雄の振るった剣。大英雄の怪力に耐え、不死の怪物ヒュドラを殺した神秘の宿る武器。

 

――――投影、装填(トリガー・オフ)

 

カチリ、と脳内に一本ずつ。八か所の急所に狙いを定める。

 

「ジェノサイドッ!!!」

 

相手が迫る。愚直にも彼は最初と同じ蹴り技で来る。だがその威力は桁違いだ。一撃を許せば間違いなく首が飛ぶ。

 

「イカン!この戦い――――」

 

遅い。止めるには遅すぎた。このタイミングでは間違いなく止まれない。既に相手は攻撃モーション。こちらも迎撃と共にその四肢を――――

 

「ダメじゃッ!!!ヒューム!!!」

 

「!」

 

銀髪の、小柄な少女が間合いに飛び込んできた。

 

「「「「紋(様)!!!」」」」

 

まずい。このままでは彼女ごと打ってしまう。それはダメだ。あの執事ならば瀕死で済む可能性があるが、彼女では掠りでもしたらバラバラに吹き飛ぶ。

 

どうする。既に脳裏に軌道は装填されてしまった。

 

「ぐがッ!!!」

 

そんなことはどうでもいい。目の前の小さな命を救えずして何が正義の味方か。装填されていた軌道を魔術回路をバーストさせることで強制的に無散させる。

 

幸い必要なのは一歩のみ。ならば、バーストした魔力をそのまま足へと叩き込む!

 

「――――ッ!!!」

 

声は出ない。そんな余裕はない。やることは単純明快。目の前の少女の前に立ちふさがることのみ!

 

ズドン!と物騒な音を立てて担い手を失った斧剣がその場に落ちる。

 

そして、

 

――――interlude――――

 

最初はヒュームの滅多に見せない希望を叶えようと思っただけだった。

 

それが、こんなにも激しい命の取り合いになるなんて思いもしなかった。

 

激しい舌戦に我自身、九鬼を侮辱された様で悔しかった。

 

だからヒュームなら、それを覆していつものように傲岸不遜に所詮赤子よと言ってくれると思った。

 

けれどそれは叶わなかった。衛宮士郎は得意という魔術を使わずにヒュームとやり合った。

 

まるで夢でも見ているようだった。ヒュームに体術で、それも同じ蹴り技で一撃入れるなんて思いもしなかった。

 

ハラハラと見ていた我に嫌な幻が見えた。絶対ヒュームが勝つはずなのに。絶対ヒュームの方が強いはずなのに。

 

いつも孫のように見守ってくれる姿が、力なく倒れ伏す姿が目に浮かんでしまった。

 

「ダメじゃッ!!!ヒューム!!!」

 

だから思わず体が動いてしまった。そんな幻を打ち消したくて、自分を目にすればヒューム爺は止まってくれると思って。

 

でもヒュームの顔を見て怖気が走った。見たことのない、鬼のような顔をしたヒュームは止まらずに間に入った我へと跳んでくる。

 

きっと、あれがヒューム爺の本当の姿なのだ。好敵手と全力で戦う時の本気の姿。その姿は怖かったけれど別にだからと言って嫌いになったりしない。

 

だってヒューム爺はヒューム爺だから。でも、この後来るだろう激痛にギュッと目を閉じた。

 

ゴヒュッ!と嫌な音がした。でも、痛みは来なかった。

 

「ダメだろう。いきなり飛び出しては。近頃の武道家は突然止まれないんだ」

 

そう言って我を優しく抱きしめ頭を撫でてくれるのは、

 

「えみ・・・や?」

 

まるでヒューム爺から我を守るように衛宮士郎が居たからだった。

 

「ごめんな。少しやりすぎた。大人げなかったな」

 

そう言って頭を撫でてくれる手は暖かかった。けれど・・・

 

「血・・・!それに腕が!!!」

 

目から血の涙が零れる。そして力なく垂れ下がった彼の左腕から、無数の銀色の鋭い刃が覗いていた。

 

あれは何だ。まるで内側から剣に貫かれたようだった。

 

「これか。まぁ、秘密だ。ちょっと無理をした代償だよ。問題ない。紋白こそ、怪我はないかな?」

 

何でもないように言うが彼は多分重症だった。目から血が出るなんてそう無い。それに左腕は内側から串刺し状態。しかも――――

 

「せ、背中!!!」

 

自分を庇った大きな背中が斜めにバッサリと切られていた。酷い裂傷だ。恐らくはヒューム爺の――――

 

「大丈夫だ。それより爺さんを嫌いにならないでやってくれ。爺さんも俺も、少し遊び過ぎただけだから」

 

そう言って唯一無事な右手で頭を撫でてくれる。暖かな手。

 

「うん・・・!うん!だから早く!!」

 

頭が真っ白だった。とにかく何とかしないと目の前の青年は死んでしまう。そう思った。

 

――――interlude out――――

 

「つっ・・・」

 

泣きじゃくる紋白をあやしながら背後の金髪執事に声をかける。

 

「見事な忠義心だ。まさか、己の脚をへし折ってまで止めるとはな」

 

彼の首が飛ばなかったのは偶然ではない。止められない攻撃をなんとか止めようとヒュームが自分の手で蹴り上げる足をへし折ったからだ。

 

故に十分な力が入らず、さらに軌道も変わった。だから背中を切り裂かれる程度で済んだ。

 

「貴様ほどではない。その血の涙と左腕。魔術とやらを強引に止めた代償だろう。しかも背中はバッサリだ。たかが足一本折ったくらいでは九鬼にも貴様にも顔向けできん」

 

「そう言うな。確かにお互い負傷はしたが、こうして大事なものを守れた。それだけで十分だ」

 

「感謝する。衛宮士郎。俺は貴様に救われた。俺は永劫この恩を忘れん」

 

そう言って執事は片足が折れているというのに足を引きずって紋白の前にでた。そして、

 

ドサッ!と倒れるように土下座した。

 

「主への不忠!!!この命、いかようにも!!!」

 

そう言って金髪執事は頭を地面にこすり付けた。

 

「・・・てい!」

 

ポカっとその頭を紋白が殴った。

 

「これで終いじゃ」

 

「・・・しかし」

 

「いかようにも、と言ったな?ならば一層彼女達、九鬼を守れ。死ぬことで償えるものなどなにもない。それよりも彼女を抱いてやれ。爺さんの役目だろう?」

 

そう言って士郎は場所を譲った。

 

「うむ・・・ぬあ!!」

 

片足でしっかりと紋白を抱えて立ち上がる。

 

「ご教授ありがとうございました。衛宮士郎先輩」

 

「こういうのはこれ切りにしてくれ。どいつもこいつも本気を出せと言ってくるので対処に困る」

 

そう言って彼は肩を竦めた。遠くから救急車の音と人垣をかき分けてくる仲間達を見て、また怒られるな、と彼は思った。




百代が中二病化(上手く活用できるとは言ってない)時間が前後しますが、前回百代が致命的なことをやって本当にダメになる前に呼び戻せた、というイメージです。そしてごめん。歓迎会まで行けなかった…そして何事もなかったのにまた重症の士郎。

ヒュームよりも士郎が圧倒的に強いわけではありません。互いに様子見程度から始まり、挑発よりも、あ、こいつ好敵手だわとヒューム爺暴走の巻き。

毎回手を抜いているように見える士郎ですが別にそうではなく、投影が破壊力ありすぎるので使えないだけです。今回はヒュームをいなしたのは太極拳をイメージしてました。もちろん二流なのでガチでジェノサイドカタされたらきちんと投影使わないと10割持ってかれます。

刃潰せばええやんと思われると思いますが、実際、刃のない模造刀でも普通にもの切れるらしいです。それが宝具なんかでやったら…雷使ってるからって雷切使ったらヒューム爺の足がポーンとなりそうなのでやめました。まぁ最後のも当たってたら普通に死ねそうですが。

というわけで次回歓迎会!!!決定!では


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歓迎会

みなさんこんばんにちわ。最近目が痛い作者でございます。

今回は歓迎会です!士郎の重傷?七日くらいアヴァロンしときゃ大丈夫だ!(なげやり)

それと開幕早々フラグ一本折ります。


――――interlude――――

 

九鬼の一室にて。九鬼の中でも最古参であり、序列零番のヒュームと序列二位、星の図書館ことマープル。そして三位クラウディオが極秘に集まっていた。

 

「まさか。あんたが負けるなんてねぇ・・・あたしゃ今でも信じられないよ」

 

片足は今もまだくっついていないはずなのに松葉杖も使わず両の脚でしっかりと立つヒュームにマープルが言った。

 

「事実は事実だ。俺はあの時本当に衛宮士郎の首を飛ばすつもりで技を仕掛けた。だが奴は、恐らく俺を容易に屠るだけの準備をあの時していた」

 

「それはつまり、貴方ともあろうものが負けを覚悟で最後の一撃を挑んだと?」

 

「・・・認めたくはないがな。もし紋様が間に入らなければ俺は恐らく、死にはしないまでも人生としては終わっていただろう」

 

不機嫌そうにヒュームは目を閉じた。

 

今でもはっきりと思い出せるあの戦い。衛宮士郎は巧みにこちらを挑発していたが、それほど余裕があったようには見えなかった。

 

もちろん自分の十八番を手加減していたとはいえ片手でいなし、尚且つ自慢の魔術すら使わずに同等のやり合いをした。

 

最後に手に持った石柱は恐らく柱などではなく、意図的に刃の部分を削ったなにか(・・・)だったのだ。

 

「こうして映像を見ても信じられないねぇ・・・小僧があんな巨大な石柱を片手で構えるなんざ、なにかの冗談にしか思えないよ」

 

そう言って彼女は何度も衛宮士郎の手に突然現れた石柱が握られるシーンを繰り返し見ている。

 

「ですがこうして手に持っている。それは事実として、貴方はなにに脅威を覚えたのです?私にはあんな巨大なものを貴方よりも早く振るえるとは思えないのですが」

 

万能執事、ミスター・パーフェクトと呼ばれる彼ですら、どうにも脅威には見えなかった。

 

「なにか細工がなされている様子はない。どこからどう見たってただの石の塊だよありゃ。そんなもんに後れを取るあんたじゃないだろう?」

 

「・・・。」

 

ヒュームは思い出す。衛宮士郎があの石柱を構えた時のことを。

 

人生の中で少なくない戦いを経験したヒュームの本能が頭どころか全身に響き渡るように警鐘と悪寒を感じたのだ。

 

「俺の感じた悪寒と全ての経験からして、恐らく衛宮士郎は俺が飛び込んだ瞬間、あの石柱で急所を複数個所ほぼ同時に打ち据える気だったんだろうと思う」

 

「あれを・・・高速で?それもほぼ同時になんて出来るはずもないじゃないか」

 

「ですが彼には魔術という我々の知らない神秘、奇跡を有している。ヒュームがそう感じたのなら、そうなのでしょうな」

 

「うむ・・・あれほどの脅威を感じたのは人生で初めてかもしれん。もしあれが――――刃のついた巨石の剣だったならば・・・想像もしたくないな」

 

間違いなくあの石柱は無理やり手を加えたのだ。死合いをよしとしないあの青年は何とかして致命的な部分を削ったのだ。

 

とはいえ、刃がなくなったからと言って彼の言う通りあの巨大な石柱で急所を高速で打ち付けるなどヒュームであっても無事ではすまない。

 

気は強力な力のブーストと耐久力を術者に与えるが無敵になれるわけではない。

 

不死殺したるヒューム・ヘルシングこそ、それをよくわきまえている。

 

「巨大な斧剣による超高速の連続斬撃。もし貴方があれを見抜いていたとして防げましたか?」

 

それはある意味重要な問いだった。彼は文字通り最強の執事。彼が無理だと判じたなら九鬼にはあれを防ぐ手立てはないということ。にもかかわらず、

 

「無理だ。間違いなく細切れになる。お前の糸など蜘蛛の糸のようにあるかなしかの抵抗しかできんだろう。仮に俺の一撃が先に入ったとしても俺の足が吹き飛んでいた」

 

不可能と彼は断じた。あれはいかなる技を持ってしても突破できない。やるならばそもそもあれを出させないこと。

 

それ以外に方法はない。と彼は今でも感じている。

 

「それに・・・そんなことは重要じゃねぇと思った」

 

フッとヒュームは笑った。それまでの執事としての礼儀を捨て去って。彼の本来の口調らしきもので。

 

「あの時俺は止められなかった。あの男が前に出なきゃ。絶対に紋様を害してた」

 

「それは――――」

 

仕方ない、とは続かなかった。

 

「あの男はよ。紋様が飛び込んできたその瞬間。俺から完全に意識を外しやがった」

 

心底愉快だとヒュームは笑った。

 

「いいか。俺がマジになって、ぶっ殺す気で目の前にいんのによ。あの野郎、何より先に紋様のことだけ見てやがった」

 

今でも覚えている。彼女が小さな体で勇敢に間に入った瞬間を。

 

あの時、いや、紋白が一歩領域に入った瞬間、衛宮士郎の視界にヒューム・ヘルシングという死は存在しなかったのだと。

 

「俺は止められなかった。攻撃モーションに入ってた?そんなもん奴だって一緒だった。なにせ一瞬で俺をぶち殺すその瞬間だ。俺は自分の足をへし折るくらいしかできなかった。なのによ。あいつは何をしたと思う?」

 

ビデオのテープをヒュームが進めた。そこに映し出されたのは――――

 

「なんと――――」

 

まるで脳に向かって毒でも回るように左腕から頭に向かって真っ赤なラインが走り、次の瞬間、彼の左腕から無数の刃が生えた。

 

「あれは間違いなく死ぬ気だった。魔術がどんなものかは所詮データでしか知らねぇ。だが奴はあの時。紋様を切るくれぇなら死んだ方がマシだとあの時本気でやりやがった」

 

そしてスロー再生でも映らぬ速度で彼は当然のようにヒュームの前に自らを晒した。

 

その体を、ヒュームの折れた足が切り裂く。

 

「俺の一撃も十分死ぬ可能性があった。だが、それよりも奴が起こした魔術の強制停止。あれは恐らく、俺の一撃なんか遥かに及ばねぇ自殺行為だ。あの強制停止で即死する可能性があったに違いねぇ。にも関わらず一切の躊躇なしにやった」

 

そしてそのまま愉快そうに折れた足を叩く。

 

「あれに比べりゃ足の一本へし折ったのが何だってんだ。おまけにあいつが意地でも死ななかったのは生きる為じゃなく紋様の盾になるためだ。俺が攻撃を止められると見ていたなら間違いなく自害してただろうよ」

 

壮絶。そうとしか言いようのない語り草だった。

 

「いるんだねぇ・・・このご時世にあんな馬鹿が」

 

マープルも実に愉快そうに最後の映像を見ていた。

 

血涙を流し、左腕を内側から串刺しにされ、背中を深く切り裂かれた。それでもこの光景を、映像を見たものは全てが思うだろう。

 

本当の勝者は誰なのかを。

 

「で、その報告だけ、ってわけじゃないんだろう?」

 

ピ、とテレビの電源を落としてマープルは言う。

 

「ああ。俺は計画から降りる。死んで詫びれるものなんかなにもない。って言われちまったからな。借りがあるから敵にはならねぇが、もう手伝いはしない」

 

そう言ってヒュームは満足そうに腕を組んでふんぞり返った。

 

それを見てマープルは嘆息する。

 

「まさかあんたが先に降りるなんてね。まぁ、どちらにせよアレ(・・)は無しさ。揚羽様と忍足あずみが上手いこと潰しちまったよ」

 

「そうですな。まだまだ若い者達も捨てたものではありません。・・・今思うと、懐かしく思います。私達が若い頃も上の者達から同じことを言われていたように思います」

 

それは、こんな若い世代に任せていいのか、ということだ。

 

「あたしゃまだそう思ってるけどね。でもこの衛宮ボーイには恐れ入ったよ。戦闘力じゃない。強固な、鋼の意志って奴にね」

 

「私達が今こうしているのは未熟な時があったからこそ。ならば見限るのではなく見守るのが私達の務めでしょう」

 

「そういうことだ。あの武神もいつの間にか大人しくなって飛躍を見せているからな。俺もうかうかしていられん」

 

「老けた爺がなにを張り合ってるんだい。・・・って、あたしゃも同じか」

 

はっはっは!と愉快に三人は笑った。

 

「ではそろそろお開きとしますか」

 

「うむ。紋様達と訓練があるからな」

 

「お前さん足折れてるんじゃないのかい?」

 

勇み足で行こうとする金髪執事に呆れたように言うマープル。

 

「衛宮士郎相手ならまだしも。赤子共を相手にするなど足一本なくても問題ない」

 

そう言って今度こそ部屋を出ていくヒューム。

 

「男って奴は馬鹿ばっかりかい」

 

呆れたようにいうマープル。

 

「男とはかっこつけたがるものですよマープル」

 

それを優しい微笑みで返すクラウディオ。

 

「知ってる。一体何人あんな馬鹿を見てきたと思うんだい」

 

くだらないくだらないと彼女も部屋を後にした。

 

「衛宮士郎殿、ですか。私もいつか話してみたいものですな」

 

そう言って最後の彼が部屋をでる。

 

――――老人達がなにを企んでいたのかは分からずとも。彼らには見えていなかった若々しい芽が見えたのであった。

 

 

――――interlude out――――

 

「――――」

 

現在士郎は大量の食材を前に何事かを考えていた。

 

「よし!」

 

献立は決まった。後は食材を――――

 

「何がよし!ですか!!」

 

「マルギッテ!?」

 

いきなり現れたマルギッテにビクリと肩を跳ねさせる士郎。

 

「また貴方は!!まだ傷を負って一週間しか経っていないではないですか!今すぐ上を脱ぎなさい!検査します!!」

 

「ま、まてまて!!ちゃんと入院した!手術も受けた!そんで退院許可も下りたって!!」

 

「そんなことは知っています!同時に医者が信じ難いと言っていたこともです!魔術で回復したのでしょうが、武神の瞬間回復ほどではないでしょう!!」

 

そう。あの戦いの後、士郎はきっちり九鬼の病院に入院した。医者の判断では全治6カ月、絶対安静。にもかかわらず彼は七日であっさり出てきた。

 

当然、ベッドの上でさっぱり動けないので昼も夜もずっとアヴァロンし続けたのが真相なのだが。

 

当初九鬼の病院ではスーパー細胞でもあるんじゃないかと必要以上の検査をされそうになったが、されたところでそんなものは無く。

 

七日目には普通に歩き回る士郎に仰天した看護師が報告し、揚羽随伴の元精密検査を行い、既にほぼ完治という馬鹿げた診察結果により退院となった。

 

「・・・。」

 

「ほ、ほら!左腕もこの通りだ!な?こんな所で服は脱げないぞ!」

 

それでも納得いかぬと体のあちこちをペタペタと触診するマルギッテ。

 

非常にこそばゆいのだが、こうなった彼女は止まらないことを知ったので好きにさせる。

 

「・・・確かに傷は塞がっていますが、こんな短期間でどうすれば治るというのですか」

 

「おいおいそれはどう考えても企業秘密だろ・・・まぁ、加護があるとしか言えない。これだって黙っておきたい俺の秘密兵器なんだぞ?」

 

そう言って嘆息して食材の処理に掛かる。今日は義経達の歓迎会。見舞いに来てくれたファミリーから聞いているし、何よりお詫びの気持ちもあった。

 

「それにしても失った体力はすぐには戻らないはずです。なぜこうも貴方は無理をするのですか?」

 

一通り触診を終えたマルギッテが納得いかないという表情で言う。

 

「俺だって進んで無理してるわけじゃない。あの時だって紋白ちゃんが飛び込んでこなければヒューム・ヘルシングを完膚なきまでに張っ倒すつもりだった」

 

あの時戦いの天秤が傾いていたのは間違いなく自分だ。相手も殺す気でかかってきていたし、自分もほぼ殺す気で技を出そうとしていた。

 

それが九鬼紋白の乱入という想定外で狂ったに過ぎない。

 

「それにしてもです。貴方に人離れした治癒能力があるのは納得しましょう。しかし決闘の最中に乱入したのは九鬼紋白の責任です。もう少し自分に対してやりようはなかったのですか」

 

マルギッテは本気で自分の心配をしてくれている。入院中だって実は彼女、毎日お見舞いに来てくれたくらいだ。

 

それはとても嬉しいのだが、まさか自分の体に聖剣の鞘が埋め込まれているなど言えるはずもないし、彼女の言う通り体力までは戻っていない。

 

今決闘を申し込まれても確実に辞退するつもりだ。けれど、こうまで心配してくれる相手に何も話しませんというのは良心が痛む。

 

「それも企業秘密なんだが・・・あー・・・なんて説明すればいいか。レオニダスが宝具を使ったのは覚えてるだろう?」

 

「テルモピュライの戦いの伝説の再現ですね。今でもはっきりと覚えています」

 

あの光景は誰もが脳裏に焼き付いていることだろう。伝説の300人による難攻不落の防御。そして繰り出された苛烈な反撃。

 

今ではあの光景を忘れることが出来ず、進んでファランクス(密集隊形)の訓練をする者達がいるくらいだ。

 

「俺はあれと似たことをしようとした。でも事前に準備して一瞬で爆発させる系だったから止めるにはあれしか方法が無かったんだよ」

 

これ以上は言いようが無かった。まさか馬鹿正直に、怪物ヒュドラを殺した伝説の再現をしようとしたなんて言えるはずもないし、言われたところで理解できないだろう。

 

もしかすれば、あの時百代が魔眼を開放していたなら読み取れただろうが、彼女に神秘の知識なぞないし、ましてやそれが実現可能ということまでは思い至らないだろう。

 

「つまり貴方はあの『宝具』なるもの、もしくはその伝説の再現が可能ということですね」

 

しかし、彼女は疑いもなくそう言った。

 

「頼むから秘密にしてくれよ。レオニダスの宝具だって奇跡の御業だ。宝具なんていう神秘の最たるものが存在する、扱えるなんて知れた日には俺はあちこちから追われる身になる」

 

この世界には気という一般人には十分に神秘なものがあるので詳細を語らなければそう易々とばれることはない・・・と思いたい。

 

「ではあの歪な石の塊も何らかの宝具ということですか?」

 

「いや、あれは本当にただの石の塊だぞ。正確には斧剣だが」

 

マルギッテの推測を真っ向から否定した。だからこそあれを武器として選んだとも言えるのだ。

 

あれ自体はバーサーカーを召喚するためにアインツベルンが準備したという大英雄ヘラクレスを祭る神殿の柱を加工したただの石の塊にすぎない。

 

バーサーカーであるヘラクレスの逸話をあの石斧から読み取り、その伝説を再現する言わば形を持たない宝具。

 

ヘラクレスの絶技を模倣(トレース)するのが実態だ。

 

あれならば仮にあの斧剣を調べさせろと言われてもなんの問題もないし、あれからヘラクレスを連想することもあり得ないだろう。

 

つまりマルギッテの予想は当たらずとも遠からず。いい具合の、想定内の反応だ。

 

「石の剣を原点とする伝説・・・身に覚えがありませんね」

 

そう言ってマルギッテは思考の海に潜ってしまった。

 

「考えるのはいいけど、俺も見ての通り忙しいんだ。そこで考えるより、できるなら手伝ってもらえないか?」

 

そう言いながらも彼は驚くスピードで食材を調理している。時には目を離しながら別な物を作っているくらいだ。

 

「・・・いいでしょう。野菜の皮むきや刻むことくらいは出来ます」

 

そう言って彼女はそのまま調理に加わろうとするが、

 

「まった。そのまま調理する気か?いくら軍服とはいえ汚れないに越したことはないだろう」

 

そう言って彼はエプロンを投影する。

 

「貴方はこんなものまで作れるのですか!?」

 

いつか見た剣を作った時と同じように手元に現れたエプロンを手にして珍しそうに引っ張ったりするマルギッテ。

 

「一応な。あくまで応用の範囲ならだ。複雑なものは出来ないぞ。それに、それはそこにあって無い架空のもの。破れたりしたら存在を保てずに消える」

 

なので士郎は服の投影は余程切羽詰まらない限りやらない。うっかり破れて消えてしまったら突然素っ裸だ。

 

投影があくまで一時の代用品を作る魔術であるということには変わりがない。

 

もちろん衛宮士郎の投影は特殊で、壊れたり破損してもある程度は持ち直せるが、それが剣や武器ではなく服などと言ったものはその限りではない。

 

故に服などを投影するときはきちんと強化も施すのが重要だったりする。

 

でないと、維持に魔力は使わないが、破損した場合は現実に留める為にイメージと緊急修復が必要になる。

 

「ほら。マルにはもう珍しくもないだろう?だから早く手伝ってくれ。何せ作るものが多い。川神学園の生徒の腹を満たすにはまだまだ作らないといけないんだから」

 

そう言って彼は下処理した具材を手早くフライパンで火にかける。蓋をして弱火に。

 

複数の調理をする際は時間のかかるものは弱火でじっくり火にかけ、素早くできるものから順に片付けていくのが重要である。

 

よく火から目を離すな、と注意されるが、プロや注文を一手に受ける料理長などはそうはいかないのだ。

 

きちんとその場その場で出来上がるスピードと順番のイメージを作り、あれを作っている間にそれ。

 

それを作っている間に次の具材を整えておくなどテクニックが必要不可欠なのだ。

 

「貴方は料理店での経験でも・・・ああ、そもそも学食を担っているのでした」

 

「そういうこと。とはいってもマルみたいに下準備をしてくれる存在はありがたいんだぞ。プロのなかにはそういう所をないがしろにするド三流が混ざってることがあるけどな」

 

何事も無駄な人などそうそういないのだ。下準備をする人間がいるだけでも、その先の工程をやる人間からしてみればその下準備が無ければ自分の仕事は成立しないのだから。

 

「それは私達軍人にも言えますね。地道な努力を積み重ねた人間ほど地力が高いものです。才能があるからと胡坐をかいてはいずれ役立たずになる」

 

彼女は才能がありながら努力する人間なのでとても優秀なのだが。どこぞの武神ももっと早くに気づけていたならあんな悪癖が付かずに済んだだろうに。

 

もちろん、彼女の努力を否定するわけではないが。それでも惜しい時間を失ったことだろう。

 

今では立ち直ったが、その分彼女は追いつかれる可能性というものを他人に与えてしまったとも言える。

 

「野菜の皮むきは大体終わりました。次に出来ることは?・・・ああ、そのようにやればいいのですね」

 

あえて具材を半分ほどで切るのをやめ、置いてある物をみてマルギッテはすぐにそれを真似して同じように処理する。

 

「助かる。後はそれとこれを鍋に入れてくれ。水の量は浸るくらい・・・いや、俺が入れよう。その間に――――」

 

そうして士郎は膨大な量の料理を仕上げていく。とても七日間大怪我を負って動けなかった人間とは思えない動きだ。

 

「――――」

 

額に汗かきながら作る彼はどこか嬉しそうだ。きっと、食べてくれる人がどんな顔をしてくれるか楽しみなんだろう。

 

その姿にマルギッテはまた胸が高鳴る。戦闘時や鍛錬時の鋭く、凛とした佇まいもいいが、こう何かに没頭する彼もまた――――

 

(いけません!また胸が・・・まったく、この朴念仁はどうしてこう――――)

 

そもそも自分がなぜ必死に動き回っているのかいい加減理解してほしいところだ。

 

しかしこの時間は彼女にとって特別な時間だった。

 

 

 

 

遂に歓迎会当日。学園の広いスペースいっぱいに並べられた豪華絢爛な装飾と、今にも飛びつきたくなるような料理の数々。

 

そこに迎えられた義経達は口々に感謝をした。

 

「ほら主、あっちに行こうよ」

 

「うん!・・・あれ?与一は?」

 

「一人でぶつぶつ言いながら食べてるよ。まったく・・・いい加減卒業してほしいんだけど・・・」

 

武士道プラン最後の一人、那須与一は少々特殊な性格――――病気を患っている。男の子なら少なくない者が経験するであろうアレである。

 

「うめぇ!」

 

「こっちのも美味しいわ!」

 

「ワインが欲しくなりますね・・・ダメですか・・・」

 

とはいえ歓迎会自体は大成功の模様だ。装飾もだが、とにかく食事のグレードが高く、量も多いので皆満足気である。

 

「あの!衛宮さんは居ないんですか?」

 

ちょうど葉桜清楚と話をしていた京極に義経が問いかける。

 

「彼は今回裏方だよ。この料理も彼が準備したそうだ」

 

「この量を一人で!?」

 

思わず見渡すが、とにかく部屋に収まりきらない程の料理。なんと九鬼の従者たちが給仕し始めているくらいだ。

 

「初めから立食パーティー式で準備してたんじゃないのか」

 

弁慶もつまみになりそうなものを食べながら川神水を飲む。

 

と、

 

「はいはい。空いた皿はどけてくれー。・・・お?義経と弁慶か」

 

両手両腕に料理を持った士郎が現れた。

 

「あ!衛宮さん!!!」

 

ダダダ!と義経が士郎に駆け寄る。

 

「あ、あの!歓迎会、ありがとうございます!!こんな豪華な食事作ってもらって・・・義経は感謝感激です!!」

 

義経は食い気味に士郎に感謝をのべ、バッと頭を下げた。

 

「何も気にしなくていい。今日の主賓は義経達なんだからな。初日にいきなりバタつかせた礼でもある。存分に食べて楽しんでくれ」

 

そう言って九鬼のメイドが下げたスペースに持った料理を素早く腕を引き抜くことで汁を一滴も零さず配膳する士郎。

 

「流石英雄。料理並べるのも絵になる」

 

「それやめてくれ・・・俺はただそうしたかったからやっただけなんだ。英雄なんて持ち上げられても、ケーキくらいしかでないぞ?」

 

と悪戯を思い出したように言う士郎。

 

「ケーキ?ケーキなんて何処にも――――」

 

様々な料理はあるがケーキは見当たらない。もちろんデザートはあるのだがそちらのブースにはまだ行っていないのだ。

 

「それではこれから余興を始めたいと思います。義経様、どうぞこちらに」

 

それまで紋白の傍に居たクラウディオがマイクを手に義経を呼んでいた。

 

「義経、呼ばれてるよ?」

 

「う、うん。衛宮さん!また!」

 

そう言って彼女は呼ばれた方へ行く。

 

「衛宮・・・くん?何をしたの?」

 

「士郎でも衛宮でも構わないぞ。同級生なんだ。仲良くして行こう。・・・少しばかり、張り切ったんだ」

 

そう言って彼は視線を簡易舞台の方に目を向けた。

 

「?」

 

弁慶も習ってそちらの方をみると――――

 

「なにあれ!?」

 

普段ぼんやりしている弁慶が目をパチリと見開いた。ソレをみた周りの生徒もなんだあれはとざわめいている。

 

「源氏と言えば弁慶とのやり取りも有名だが、アレも有名だろ?」

 

出てきたのはなんとコミカルな顔をした赤鬼であった。それもどうやらあれ自体がケーキであるらしく、甘い匂いが漂っている。

 

「お、鬼だ!」

 

「鬼のケーキ!?」

 

「どうやって作ったんだよあれ!?」

 

高さは丁度2メートル程だろうか。あちこちの装飾も、立て掛けられた棍棒さえもチョコレートかなにかでできているのか、全て食べられるようだった。

 

「それでは衛宮様の創作料理、鬼のケーキを・・・義経様に退治してもらいましょう」

 

クラウディオも楽しそうに義経に壇上に上がるように促す。

 

「え!え!?これ切っちゃうんですか!?も、もったいない・・・」

 

戸惑う義経に紋白とヒュームが近づく。

 

「ふっはっは!義経、この様子はしっかり映像として残すから気にせずともよいぞ!」

 

「切る部分は分かっているだろうな?鬼ならば、あそこだぞ」

 

ヒュームは大きな皿を持って待機している。恐らく切った部分を受け止めるための皿だ。

 

「源義経の鬼退治か!衛宮もよく考えたものよ!」

 

「ヒュホホ。これは中々憎い演出よ」

 

「義経ちゃんいけー!」

 

義経コールにあたふたとする義経。

 

こちらを、とあらかじめ用意されていた調理用刀(衛宮謹製)を渡されてオロオロとする義経。

 

「義経ー!ほら一気に!」

 

「べ、弁慶!・・・ええい、それ!」

 

ズバッと鬼の丸っこい首を一閃する義経。見事な太刀筋で切られた鬼の首はコロリと・・・落ちない。

 

「ここは一つ私も・・・せいっ!」

 

いつの間にか義経の傍に居た弁慶が錫杖で台をドン!と鳴らす。すると切られたのをやっと理解したようにコロリと鬼の首が落ち、ヒュームが音もなくキャッチした。

 

オオオオオ!!と歓声と拍手が上がり、一斉に義経の方に殺到するが、

 

「セイレエェェツ!!!」

 

これまたいつの間にかいたレオニダスの一声でビシッ!と整列する。

 

「ありがとうございます。レオニダス様」

 

「なんのなんの。私の訓練を受けたもの達ですからこの程度はなんのこともございません。さあッ!この退治された鬼を皆で食しましょう!大丈夫です!マスターにより低カロリーで作られております故!必要ならば脂肪を燃やすトレーニングもしましょうぞッ!」

 

「最後のは余計だぞレオニダス・・・」

 

思わず苦笑を浮かべる士郎。だが催しそのものは大うけしたようで、義経と弁慶は切り倒した鬼ケーキと記念写真を取っている。

 

「衛宮様。ありがとうございます。回復されて間もないというのに酷使させてしまい申し訳ありません」

 

舞台を降りたクラウディオがそう言って士郎に近づいてきた。

 

「いえ。これも俺のやりたいことですから。あんなに喜んでもらえて本望ですよ」

 

ケーキが崩れる前にとひたすらシャッターがチカチカする中、義経と弁慶、そして周りの生徒達は実に幸せそうだ。

 

「衛宮様は本当にお優しい方だ。我々が失礼をしたというのにこんなにも盛大な幸せを届けていただき感謝しております」

 

「それは言いっこなしですよ。それを言うのなら本当の功労者は紋白ちゃんでしょう。あの時彼女が飛び込まなかったら、俺は悲劇を一つ作っていましたから」

 

そう言って眩しそうに幸せいっぱいの空間を眺める。そして、

 

「これはクラウディオさん、執事やメイドの皆さんに。ブランデーの入ったチョコレートです。冷蔵庫に準備してあるので持って行ってください。ビターなものと甘いもの、二種類準備してあります」

 

「これはこれは・・・まさか私共にまで・・・重ね重ねありがとうございます」

 

そう言って失礼、とクラウディオは一つ口にした。

 

「・・・深い香りと奥行きのある味・・・そしてチョコレートの甘さと苦さが絶妙ですな。感服いたしました」

 

「お世辞でも嬉しいです。さて、自分はケーキの切り分けに行きますので」

 

そう言って残りの料理も素早くならべ、彼は義経達の元へ行く。

 

いい加減切り分けないとケーキが崩れ始めてしまう。

 

「写真撮影は終わりだ!食べる奴は皿持って並べ!当然何処を食べるかは早い者勝ちだぞ?」

 

それを聞いてウオオオ!!と準備された皿を持って綺麗に一列に並ぶ。この統率の取れた動きはレオニダスの訓練の賜物だろう。

 

本来なら大混乱だ。

 

「さあ義経、弁慶。まずは君達から好きな場所を選んでいいぞ。甘い所を取るもよし、ビターな所を取るもよし。果物が多い所もあるぞ?」

 

「衛宮士郎。紋様が鬼の顔の部分をご所望だ」

 

早速ヒュームが紋白の希望を伝える。

 

「了解・・・それ」

 

先ほど使った調理用刀で音もなく切り分ける。中は何層かに分かれており、紋白の選んだ場所はクッキーやお菓子が埋め込まれているようだった。

 

「これは!!赤いのはイチゴのジャム・・・ケーキはイチゴの入ったふわふわの生地だ!角はスコーンだな!実に美味だ!!」

 

美味しそうに食べる紋白に義経と弁慶も目星をつけて切り分けてもらう。

 

「す、すごいぞ弁慶!ここ、ガトーショコラだ!」

 

「私のはフルーツ多めかな?」

 

まさか中身までしっかり詰まっているとは思っていなかったのか切り分ける度に歓声が上がる。

 

「士郎は本当に料理上手だな!パティシエの経験もあるのか?」

 

目をキラキラさせて食べる紋白に切り分けながら士郎は答える。

 

「ま、ちょっと知り合いにパティシエが何人かいただけだよ。ウェディングケーキに比べればどうってことない」

 

「ウェディングケーキって・・・あれでしょ?新郎新婦で包丁入れるやつ」

 

「そうそう。あれは中々バランスが難しくてな。上手く調整しないと包丁入れた途端崩れるんだ。それに比べてこれはどっしり土台があるからな」

 

そう言って遂に足元まで来る。

 

「しっろうー!桃が欲しいにゃっ」

 

虎視眈々と狙っていたのだろう。百代が片目に剣の模様を浮かべて待機していた。

 

「お前また勝手に解析したんだろ。また封じなきゃいけないじゃないか」

 

「いいだろうーこうしないと目当ての部分が食べられないんだからーそれに、この目にも大分慣れてきたからそこまで複雑じゃなきゃ大丈夫だ!」

 

士郎が入院している際、百代も当然のように毎日見舞いに来ては勝手に封印を解いて士郎を解析していた。

 

もちろん士郎の傷の具合が心配だったからだが、どうやらそれが彼女にとって視たいものと視たくないものを無意識に切り替える訓練になったらしい。

 

「まぁ、入院先で飛び上がった時は笑ったけどな?」

 

「その話はNO~!!!美少女に見たくないものは見せないようにするのだ!!!」

 

「魔眼の持ち主は百代なんだから百代がなんとかしないとどうにもならないよ」

 

実は百代。病院という悲劇が起きやすい場所で最初に魔眼を開放した際、大量のGが見えて卒倒してしまったのだ。

 

どうやらそれがトラウマとなったのか、いち早く、見たいもの以外は映さないという能力が備わったらしく、いい感じにコントロールできるようになっていた。

 

今は瞼を閉じれば普通に何も見えないらしい。それでも魔眼のオンオフはまだ出来ないようなので開放する度士郎が封じているのだが。

 

「衛宮君、今いいかな?」

 

「大丈夫ですよ葉桜先輩」

 

彼女もお皿を持って現れたので希望通りの場所を切り分けて渡す。

 

「歓迎会、私からもありがとうって言いたくて。義経ちゃん達もすごく喜んでるし私もとっても嬉しいの」

 

「俺一人で実現したわけではないんですが・・・ありがたく受け取っておきます」

 

実際大きく動いていたのは大和と紋白だと聞いた。大和が様々な人脈を使って材料の用意から場所の確保、装飾の人員配置などを行ったという。

 

かく言う士郎も大和が歓迎会を予定してて、士郎も来られればいいんだけど、と言っていたのでこれは寝ていられんと奮起したわけである。

 

「あのね、衛宮君って逸話とか伝説にすごく詳しいって聞いたの。もしよければ、私が誰のクローンか予想してくれないかな」

 

その問いに近くにいたヒュームがこちらを見た。殺気は飛ばしてこないので自由にしろ、ということだろう。

 

「うーん。正直に言えば予想はついてますけど・・・今言うべきではないんでしょう。25歳くらいになったら教えてもらえるんですよね?」

 

「そうなんだけど・・・やっぱり気になっちゃって」

 

そういう清楚は何処か悲し気だ。

 

(多分、自分だけ唯一教えられていないから仲間外れ感がある・・・ってところか)

 

そう大体のあたりを付けた士郎はこう答えた。

 

「葉桜清楚って名前は自分でイメージされたんでしょう?」

 

「う、うん」

 

「なら誰が元でも葉桜清楚は葉桜清楚なんじゃないですか?」

 

「え?」

 

ポカンと清楚は口を開けて固まった。

 

「ど、どういうこと?」

 

「例えばですけど、義経は源義経のクローンですがこの際はっきりいいますけど義経は源義経という人物の同姓同名の別人ということですよ」

 

「!!」

 

「衛宮!それは・・・」

 

「義経が英雄たらんとしているのはわかるけど、多分、源義経公はそんなことは望んでいないと思う。源義経公は自分が思うように行動した結果英雄になった。それだけなんですよ」

 

「自分の・・・思うように・・・」

 

「だから義経も。源義経が元だからそれを追いかけるんじゃなく、自分の思うように動くべきだ。君は別人なんだから君が考え、君の起こす行動こそが新しい源義経の伝説になるんじゃないかな?」

 

「・・・。」

 

「葉桜先輩もですよ。仮に今教えて、それが予想通りでも、そうでなくても葉桜清楚は葉桜清楚。過去の偉人はこの世にはいないんです。・・・約一名、奇跡が重なっていますけどね」

 

そう言って笑いながら肉料理とミルクを豪快に飲む男をみる。

 

「なので俺に言えるのはそれくらいですね。それでも知りたいというならまた今度来てください。俺の予想を教えますよ。ただ、多分葉桜先輩は驚くと思いますけどね」

 

彼女が付けている花のブローチと葉桜清楚という名前から士郎はほぼ当たりを見抜いていた。だが、それを今ここで言うことはしない。

 

彼の予想通りならまず暴走するだろう。それはそうだ。本来の自分を抑圧して好きではない(・・・・・・)ことを優先しているのだから。

 

その為に25歳という開放ラインを設けたのだと彼は睨んでいる。

 

「うん・・・ありがとう。なんだか心が軽くなった気がする」

 

「義経も。なんだか視界が開けた気がする。同姓同名の別人。言われてみればその通りだ。なんで思い至らなかったんだろう」

 

「お礼を言われるほどの事じゃない。むしろずけずけと言って悪かった。でも俺はそう思うよ」

 

そう言って彼は最後のケーキを切り分けた。

 

「さてケーキも・・・あ。棍棒が残ってた。これどうするかな・・・」

 

困った困ったと彼は他に皿を持つ人物がいないか探す。しょうがないから下げるか・・・と思った矢先、それならばと歩いて(超早歩き)きた生徒に苦笑しながら配る。

 

その後ろ姿をみて義経は思った。

 

(多分、衛宮さんって色んな所で英雄って呼ばれてるんだろうな)

 

今はもう記憶にない、出会ったような気がする誰かが脳裏を過った。

 

清楚もなんとなく、元となった誰かではなく、自分として歩めばいいのだと言われた様で今までの重みがふっと軽くなった気がした。

 

(そうだよね。元が誰でも私は私。本が好きだからって紫式部でも清少納言でもない、葉桜清楚なんだ)

 

そう思って彼女は納得し、一つ決心をした。

 

(今度聞いてみよう。元が誰なのか)

 

今まではのらりくらりと誤魔化されてきたが、今度は違う。葉桜清楚として自分のルーツを知りたいのだと。心の整理が付いたら伝えようと。

 

「おいしろ~桃ジュースと桃デザートないのかー」

 

「うわ!急に抱き着くな!ていうかなんで酔ってるんだよ!」

 

「士郎。川神水っていうのがあってな・・・」

 

「べんけーちゃんに分けて貰ったんだ~早く桃のでざーとー」

 

「なんだその摩訶不思議な水は!?というか弁慶!そんなもの学園で飲むな!!」

 

「私は酔ってないと体が震えるのです。だから許して~あとちくわない?」

 

「なんで学校で酔っ払いの相手しなきゃならないんだ!うが!?引っ付くな百代!」

 

ガバシッ!とがっちりホールドした百代を引っ付けたまま士郎は台車を下げる。

 

 

 

―――――後に、彼の予想した通り大騒動となるのだが、一貫して彼は態度を変えなかったことは、今からでも予想がつくことだった。




あるぇ?おかしい。確かに歓迎会を書くつもりだったけど話し前に進んでないじゃないか…

前半ヒュームの口調をわざと崩しました。あの三人だけの会話なら執事になる前の素のヒュームがイメージとして出てきたので…イメージ崩壊した方申し訳ない。

源氏の鬼退治は義経公の話ではありません。カルデアのマスターは知ってるかな。

遂になんだかんだ30話超えたんですね…なんか夢中になって書いてるので今一実感が…その代り体調という壁にぶち当たって二日に一話、三日に一話くらいになってますが…次は…どうしようかなぁ…これからしっちゃかめっちゃかのオリ主ルートになっていきますので慎重に行きたいと思います。では


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飛燕の如く

みなさんこんばんにちわ。やりたいことが目白押しで順番に苦労している作者です。

今回も…サブタイでわかるか…(斬〇刀ではありません)

士郎…うーんどうしようかなぁ…彼女完全に士郎と同じ戦闘スタイルだしなぁ…百代も強くなってるしなぁ…

頑張ります


その日士郎はいつもより遅く登校していた。

 

別に遅刻するほどではないが、通常通りの登校なのでファミリーと合流できるかもしれない。

 

「おはよー」

 

「おはよ」

 

「おはよー」

 

「おはようございます!」

 

「おはよう」

 

口々に挨拶をして一緒に歩く。やはりファミリーと合流出来た。ただ今回はその他にも、

 

「おはよう!衛宮さん!!」

 

「おはよう衛宮」

 

「・・・。」

 

「おはよう義経、弁慶。もう一人は初めて、だよな?」

 

話しかけるが彼から返答はない。

 

「あれ?」

 

士郎は首を傾げる。なにかしただろうか?歓迎会の時も話しかけんなスタイルだったなと思い返す。

 

「おい与一。挨拶」

 

「ヒィ!な、那須与一だ!よろしく!」

 

剣呑な弁慶の声に悲鳴を上げて最低限の挨拶をする与一。

 

「あ、ああ。俺は衛宮士郎。よろしくな」

 

なんでいきなり悲鳴を上げたのかは分からないが、とりあえず挨拶に成功する。

 

「――――」

 

「な、なんだ?」

 

今度は黙りこくってこちらを・・・片手で顔を半分隠して見つめる与一に士郎は戸惑う。

 

「お前・・・」

 

「ん?」

 

何かしらを言おうとした与一だが、

 

「お前も特異点か?」

 

「は?」

 

意味の分からん答えが帰ってきた。そして、

 

「うっ・・・」

 

何故か大和が痛そうに胸を抑えた。それをみんなでニヤニヤしながら突いている。

 

(特異点?なんだ、まさか俺が魔術使いということを知っているからか?)

 

この世界に来てまだ特異点と呼べるような場所には出会った覚えがないが――――

 

「1234!さあ声をそろえてッ!!!」

 

『1234!!!』

 

「――――」

 

違った。あそこはある意味特異点かもしれない。とてもむさ苦しい空間が一つ目に入った。

 

「意味わからないこと言わない」

 

ドゴス!

 

「痛い!」

 

「――――」

 

なんだか見覚えのあるやり取りだ。

 

と、

 

ドゴーンと何かが星になった。なんか梁山泊がどうのと言っていたが・・・

 

(そういえば林冲から手紙が来ていたな。もうすぐ来るとか・・・)

 

来るのはいいが彼女は梁山泊の傭兵なのではなかろうかと考える。本業を差し置いてどうして川神に来るんだろう?と。

 

(まあ彼女がいると心強いからな・・・ん?)

 

彼の目が遠方の学園の給水塔の上を捉える。そこにいる人物と目が合った。

 

『!!!』

 

しかし目が合ったショートカットの女性はすぐさま給水塔から降りて姿を隠してしまった。

 

(また新入生か。もう決闘騒ぎはごめんなんだが・・・)

 

こちらの視線に気づいたということはまたもや武士娘ということだろう。編入、新入生共に確実に決闘問題に巻き込まれるので正直もうご遠慮したい。

 

と、チリンチリンという涼やかな音と共に、

 

「おは「士郎~」よう・・・」

 

がばちょと百代が引っ付いてきた。

 

「おい。人の挨拶を妨げるな。というか暑い!もう夏なんだぞ!!」

 

ええい鬱陶しい!と引きはがそうとするが最近彼女はメキメキと腕を上げているのでもう強化無しでは容易に外すこともできない。

 

「モモちゃん大胆だね」

 

顔を赤くして引っ付く百代に声をかけるのは葉桜清楚だ。彼女は何やらハイテクっぽい自転車に乗っている。

 

「あーとりあえず、おはようございます、葉桜先輩」

 

「うんおはよう。・・・すごいね。モモちゃんくっついたまま歩けるんだ」

 

「鍛えてますんで。このくらいのおも「てい!」痛い!」

 

気まぐれな猫ばりに引っかかれた。

 

「お前~早速清楚ちゃんにナンパしてからに~こんな美少女侍らせておきながらなんて不潔な!」

 

「いや不潔なのはどちらかというと百代だと思うんだが・・・」

 

百代はあまり女の子を侍らせなくなった。昔はとにかく女の子を可愛がる(お姫様抱っこ)人だったらしいが、彼がきてから全然見なくなったらしい。

 

「衛宮さんってすごい・・・モテるんですね・・・」

 

義経が何処かしょげた感じで言う。

 

「モテる?俺が?そんなわけないだろ。俺なんかを好きになる人なんかいないよ」

 

((((お前(君)その状態で言うの!!?))))

 

ちなみに遠目に見ていたファミリーと義経一行、葉桜清楚が以心伝心した。

 

「そういえば葉桜先輩は随分とハイテクな自転車に乗ってますね」

 

「え?あ、うん・・・スイスイ号っていうの」

 

百代を引っ付けたまま何事もなかったかのように話を進める士郎に清楚は困惑している。

 

(スイスイ号・・・確定だな)

 

ふむ。と士郎は一つの予測が確定したことを悟った。

 

「ほら、挨拶して?」

 

「はい。皆さん初めまして」

 

となんだか聞き覚えのある声で挨拶する・・・自転車。

 

「おお!こいつ喋ったぞ!」

 

(喋る機能必要か・・・?)

 

非常に疑問になる所である。

 

「なあなあ!俺も乗っていいか!?一緒に風になろうぜ!」

 

「断固拒否します」

 

「あ、拒否するんだ」

 

なんとも不思議な自転車。どうやら彼の中で選抜試験があるようだ。

 

「そう言うなよ!いくぞー!」

 

とキャップが強引に乗ろうとした時、

 

「その汚ねぇケツを乗せるんじゃねぇ(ビキッ)」

 

「うおおお!?大和!この自転車怖い!」

 

「ジョークですよ。ジョーク」

 

(いや今マジだったろう・・・)

 

なんともツッコミどころの多い自転車である。

 

「なんでこうも九鬼製のロボはキレやすいんだ」

 

(そういえばクッキーもやたらキレやすかったなぁ)

 

とどうでもいいことを考える。

 

と、

 

猛スピードでこちらに走ってくるバイクを発見した。

 

「――――」

 

あれはダメだ。速度違反だし何より、

 

「狙いは義経ちゃんだな」

 

「ああ。ということで、百代、少しどいていてくれ」

 

彼女は面白そうに引っ付くのをやめた。

 

「義経。ちょっとこっちに来てくれ・・・そうそう。そこでストップ」

 

「え?う、うん」

 

士郎の指示通り中ごろまで来て義経が止まる。

 

「どうするんだ?」

 

接敵まで後一秒、一応証拠は掴まねばならない。

 

「なに、簡単なことだ」

 

そう言って彼は自然体で立つ。そして、

 

「義経ちゃんの鞄ゲット「たわけ」!?」

 

すれ違いざまに義経の鞄を強奪しようとした馬鹿の服の襟首をつかむ。

 

「ぶるるるあああああ!!?」

 

ドゴン!とアクセル全開だったことが災いし、急に体だけ下方向に引っ張られた馬鹿はそのまま地面に叩きつけられた。

 

「え?え!?」

 

義経は何が起きたのか目をぱちくりさせている。

 

「お前なに鞄とられてんの?」

 

「よ、義経の鞄は取られてない・・・ぞ?」

 

義経は自分の鞄と叩きつけられた馬鹿を交互に見る。

 

「一応確認は取った。処理を任せてよろしいかな?」

 

士郎の言葉にスッとクラウディオが現れた。

 

「もちろんでございます。現行犯逮捕として処理させていただきます」

 

いつもの柔和な表情はそこにはなく、問答無用で地面に叩きつけられた馬鹿は連行された。

 

「すっげー。今のどうやったんだ?」

 

「別に大したことじゃない。ひったくりをする以上片手はハンドルから離さなければいけない。それもアクセルは全開の不安定な状態でだ。後は首根っこを掴めば慣性に従って勝手に無防備になってくれる」

 

バイクと言うのはかなり重量があり、しっかりと両手でハンドルを握って跨らないと簡単に倒れてしまう。故に不安定な状態や、きちんとした運転をしなければ乗っている人間が酷い怪我を負いやすい。

 

今回彼がやったのはすれ違い様に逆に相手の襟首をつかんで軽く下に引いただけ。片手運転した瞬間に下に向けて引いただけである。

 

襟首を掴まれると急激に首が閉まる。

 

そうなると咄嗟に残された片手も反射的に放してしまい、無手となり急停止させられた体を置いてバイクはそのまま走ってしまう。

 

跨る部分の無くなった馬鹿はそのまま地面に叩きつけられた。ということである。

 

「それにしたって物凄い握力と腕力がないと出来ないぞ」

 

「そこはそれ、柔道や合気道の応用だ。私のそれは二流だが、こういう馬鹿相手には十分というわけだ。一子、勉強の意味は分かったかな?」

 

「うん!多分勉強してなかったらスゴイ力でやったのかなーと思ってたけど、柔道と合気道の勉強したからわかる!」

 

順調に一子の武術に対する知識が高められているようでなによりである。

 

「でも義経を囮にしたのはちょっと納得いかないね」

 

「こればかりはな。きちんと現場を押さえないとあの手合いはいくらでも無駄口を叩く。だが、すまなかった、義経」

 

「う、ううん!結果的に衛宮さんに助けてもらったし!」

 

「そう言ってもらえると助かる。それと、衛宮でも士郎でも好きに呼んでくれ。同級生だろ?仲良くしてほしい」

 

それまでの剣呑な雰囲気を無散させて士郎は義経に言った。

 

「じゃ、じゃあ士郎君!改めてよろしくお願いします!」

 

生真面目な義経に苦笑を浮かべながら、

 

「ああ。よろしく。義経」

 

と笑顔を浮かべて言った。その笑顔に義経は顔を赤くして俯く。

 

(出たよ衛宮スマイル)

 

(あれで落とされた女子が何人いることか)

 

(大和の所にも来てんのか?)

 

(毎回士郎に会わせてほしいっていう女子がいるくらいだよ。人脈作りには丁度いいけど)

 

と彼の知らぬところでコソコソと喋るファミリーである。

 

――――interlude――――

 

士郎たち一行が登校する中、一人学園の給水塔の上にいた女性、新入生の松永燕は背筋に冷たいものを感じていた。

 

(あれがテレビの英雄かぁ・・・まさかあそこから見られるとは思いもしなかったな)

 

依頼のあった川神百代をここから観察していたのだが、それを衛宮士郎に発見されたのだ。

 

(ここからあそこまで約1キロメートルちょい・・・つまり彼の射程はそれを越えてくる)

 

川神に現れた神域に達するという弓を扱う少年。噂では彼は見える範囲ならば絶対に外さないという。

 

そして彼はあの多摩大橋から自分を完全に視認していた。多分、自分の驚く顔も、立っていた位置さえも寸分違わず見えていたことだろう。

 

なにせこの距離で発見されたのではなく、目を合わせ(・・・・・)てきたのだ。

 

ピンポイントで目を合わせられた瞬間、見えているぞ、と言われた気がした。

 

「これは、武神よりも厄介かなー」

 

そう言って彼女は向かうべき教室に戻る。

 

――――彼女の予想は現実のものとなるのだが。

 

 

 

――――interlude out――――

 

教室に着き、朝のHRを受けていると何やらグラウンドが騒がしくなっていた。

 

「なんの騒ぎだ?」

 

「なんかモモ先輩と新入生が決闘するらしいぜ」

 

決闘、と聞いて士郎は思わず顔を顰める。

 

(またか・・・もう恒例行事だな)

 

幸いなことに今回自分は蚊帳の外。戦うのは百代だが彼女は既に悪癖を卒業し、新たなステージへと進んでいる。

 

心配などする必要もないだろう。

 

(一応見ておくか・・・)

 

大々的な決闘の場合は見学が許可されているので士郎は机に頬杖をついて窓の外を眺める。

 

「あれが西の武士娘。松永燕か。まさに技のデパートだな」

 

小島梅子が言う通り、松永燕なる女生徒は事前に準備された多種多様な武器で百代とやり合っている。

 

だが・・・

 

「あれじゃ無理だと思う」

 

「そうだな。正直、士郎の方が厄介だ」

 

「なんか士郎の劣化版みたいね」

 

戦力筆頭たる京とクリス、一子の評価は辛辣だった。

 

確かに彼女は巧い。油断のない百代とよくやり合っている。だが、こうしてやり合えているのは百代が相手を殺さないようにしているからに過ぎない。

 

それに彼女のバトルスタイルは限りなく自分に近い。多くの手段と戦略を駆使して勝ちに行く万能系アタッカー。

 

既に士郎は川神院で何度も百代と手合わせしているので彼女からすれば実に退屈極まりないだろう。

 

現に彼女は最初こそ楽しそうな顔をしていたが、今では退屈そうに攻撃を捌いている。

 

(これはタイミングが悪かったな。俺が色々な武器で百代と戦ってしまったから明らかに不意を突く意図がズレてしまっている)

 

所詮自分の戦闘は二流止まり。だがその技量は様々な経験と研鑽により一流一歩手前まで来ている自信はある。

 

なにせ彼女達と自分とでは本来10年の開きがあるのだ。こればかりは致し方ない。

 

いずれ彼女も自分と同じ戦い方を目指すのかも知れないが、現時点では士郎の劣化版と言われてしまっていた。

 

(だが妙に戦い方がズレているように感じるな。あれは本来の戦いをしていないと言ったところか)

 

どうにもあれは隠し玉を持っている気配がする。

 

それがなんであるかは分からないが、恐らく特殊な武器を念頭に置いた動きなのだろう。

 

未熟、というのではなく、あちこちにズレや違和感があるのだ。衛宮士郎の投影がある魔術からこぼれ落ちた副産物に過ぎないのと同じような気配。

 

(まぁ、それが何であるのかは知らないが敵対することはなかろう)

 

どうやらそもそもは百代の実力の様子見なのだろうが、予想以上に百代が本気で打ってくるので松永という先輩は既に余裕をなくしている。

 

「なぁ、士郎は松永先輩と会ったことあるのか?」

 

あまりにもバトルスタイルが似ているからだろう。大和が聞いてきた。

 

「いや?初対面・・・というか今初めて戦っているのを見た。随分と物好きな人間もいたもんだな」

 

「士郎の戦い方は特殊だからなぁ・・・なんつーか、挑発してこない士郎みたいな」

 

「どうかな。あれは多分必要ならやると思うぞ。どっちかって言うと大和に近いかもしれないな」

 

本気の彼女なら恐らく躊躇いなくなんでも使って勝ちにくるだろうと士郎の心眼は見抜いていた。

 

(予見が甘かったな)

 

勝敗は決していた。百代の一撃を避けきれなかった松永燕が地に叩きつけられるのをもって、決闘は終了した

 

 

 

 

昼時。今日は昼の後に体育があるとあって人一倍賑わっている。

 

「衛宮定食だ!」

 

「おうよ!」

 

士郎も提供の回転率を上げる。

 

キツイ訓練前に大量の食事をとるのは一件悲惨なことになりそうに思えるが、実際はしっかり腹に溜めておかないとエネルギー切れになるのだ。

 

その点衛宮定食は量も丁度良く、栄養供給には持ってこいである。

 

「俺様もキター!」

 

「ガクト!お前もすっかり常連だな」

 

レオニダスの訓練を受けるようになってからガクトは人一倍強くなった。

 

当然筋肉がついて鈍足になったわけではない。ただ隆起させる筋肉から動くことを前提としたアスリートの筋肉だ。

 

「先生オススメだからな!それに安価で栄養満点!逃す手はねぇ!」

 

「あまり食いすぎるなよ。せめて、プロテインジュース一杯にしとけ」

 

忠告は承知の上、ということだろう。今日のガクトは大盛とは言わなかった。

 

「次!」

 

「初めまして!松永燕です!」

 

と、いきなり挨拶と共にカップ納豆を出された。

 

「初めまして。2-F組衛宮士郎です。納豆は今後検討させて頂くということで」

 

彼女はただの西の武士娘ではなく、納豆こまちと呼ばれるいわゆる商品広告アイドルもやっているらしい。

 

松永納豆は通常の納豆よりも栄養価が高く人気も高いとか。

 

「ぶー。そう簡単に採用とはいかないか。今なら格安提供だよ?」

 

「そう言われても、献立との兼ね合いもありますからね。ご注文は?」

 

「むー。衛宮定食を頂きますー」

 

と唇を尖らせる松永燕。戦闘は置いておき、とりあえず百代と仲良くしてくれそうなことに安心する。

 

「はい。初めての方用デザートもどうぞ」

 

このデザートはいつぞやの試作品だ。

 

厨房のお姉さま方からの評判も高く、正式導入となったが、数に限りがあるので初めての方用と、放課後に半食券一枚と交換できるようになった。

 

「おお!これが噂の衛宮定食。栄養バランスも量も丁度よさげだねん」

 

「それが売りですから。それと、デザートは大きな声では言わないように」

 

一応忠告しておく。このデザート。

 

義経達の歓迎会の際に士郎が鬼のケーキを作ったことでこのデザートも絶品なのではと噂が立ち、実際絶品ということで放課後はこれを取り合う決闘が勃発することがあるくらいなのである。

 

特に桃で作った場合、百代がガチで決闘に混ざるので大変なことになるが、それもまた努力と研鑽ということで特にストップはかかっていない。

 

「ありがとねん!それじゃ!」

 

定食を受け取ってさらりと彼女は居なくなった。

 

宣伝の仕方も心得ているということだろう。

 

「衛宮定食、生卵付きです」

 

あいよっとマルギッテに答えて準備する。

 

「生卵付きで大丈夫か?次体育だぞ」

 

「この程度で無様なことにはなりません。それより、貴方の傷は大丈夫なのですか?」

 

もう完治しているというのにマルギッテは心配そうに言う。

 

「この通り問題ない。もちろん体力もな」

 

あれから随分経ったというのに彼女は心配性だ。

 

「心配してくれるのはありがたいけどちょっと過保護じゃないか?」

 

「何を言うかと思えば・・・貴方が事あるごとに無茶をするからです!」

 

「おおう・・・悪い悪い。俺が悪かった」

 

グワリと食い気味に言うマルギッテに思わずのけぞる士郎。

 

「今のところ決闘騒ぎもないし平和に過ごさせてもらってるよ」

 

「当然です(一体私がどれだけ走り回っていると思うのですか)」

 

本当は士郎への決闘は少なからず希望者がいるのだが、そのほとんどがマルギッテに防がれているのだった。

 

それもこれも彼が無茶をしないため。

 

決闘を好かない彼は何かと無理や無茶をしやすいのだから。

 

「マルには感謝しても足りないな。ありがとう」

 

「・・・ッ(その笑顔はやめなさい!)」

 

顔を赤くして彼女は定食を受け取って去って行った。

 

「さて次は・・・お」

 

「え、士郎君定食!」

 

「主。衛宮定食」

 

「そ、そうだった!」

 

義経主従だ。彼女達も今回が初めてなのでデザートを付ける。

 

「トッピングはどうする?卵とふりかけ、納豆が選べるけど」

 

一応この三種類は初期から準備されていた。といっても、結構味を濃いめにしているので選ぶ生徒は少ない。

 

しいて言えばマルギッテの様に卵を選ぶ生徒が多い。濃いめにはやはり卵が合うのだろう。(マルギッテは生卵をそのまま食べるのだが)

 

「えっとどうしようかな・・・」

 

「今回は初回だからデザートが付く。だからノーマルがいいと思うぞ」

 

「ちくわはないのかい?」

 

弁慶がちょっと幸せそうな顔で聞いてくる。大和から聞いたのだが、彼女はちくわが何よりの好物らしい。

 

「奇遇だな。揚げ物がちくわ天だ。中にもちょっとしたものを仕込んであるから感想を聞かせてくれ」

 

奇遇とは言ったがちくわをおかずに考えたのは大和に教えてもらったここ最近からだ。

 

そう言えば結構応用が利くなと思ったのだ。天ぷらとしても美味しいし、空洞の筒の中にポテトサラダなんか入れると結構ボリュームもある。

 

キュウリなどと和えて酢の物にもイケる。酢は体にいいので定食のおかずとしてとても都合がよかった。

 

「それじゃあそのままで・・・うわあ!このデザート美味しそう・・・」

 

「あまり大きな声で言わないようにな。強奪されるぞ」

 

「ええ!?」

 

「そういえばデザートがうんぬんで決闘がしょっちゅうあるらしいね」

 

「もとは試作だったんだけど随分と人気が出ちまって・・・放課後、初回の人に渡した残りを売りに出したんだけどこれがまた・・・」

 

もう新しい名物となってしまった幻の衛宮定食のデザート。初回の人間が大分減ったのでやめようかとも思ったのだが。

 

どうか無くさないでほしいという嘆願書が学園に提出されて結局数量限定ということで放課後に出しているのだ。

 

「ラッキーだね主」

 

「うん!美味しくいただきます!」

 

「おう!味わってくれ!」

 

そうして義経主従はテーブルへと向かっていった。

 

「今日も大繁盛。ありがたいことだな」

 

と士郎はつぶやく。食べる皆が笑顔なのが実に嬉しい。

 

 

 

 

 

 

こうして昼休みを終えるといよいよ体育(訓練)なのだが・・・

 

「今日は基礎トレーニングを軽めにしてバスケットボールなるスポーツを致しますッ!!!」

 

と集合した体育館でレオニダスが言いだした。

 

(バスケか。皆が現代式スパルタに染まってるのもあるが、レオニダスも十分現代に染まって来てるなぁ)

 

彼の時代にあった競技といえばオリンピア祭が有名だが、そこにバスケットボールなどの種目は無かったはずだ。

 

それもそのはず。バスケットボールの発祥の地はアメリカだ。彼のいたギリシャとは遠い場所。

 

レオニダスはその好奇心を遺憾なく発揮し、数学などの勉学だけでなく現代の知識もギュンギュン吸っているのだろう。

 

「今回も個人に合わせたリストバンドを装着していただきますが、通常より軽めを設定いたします。でないと関節を痛めますからな!」

 

と事前に準備されていた九鬼製の重りの仕込めるリストバンドを各自が付ける。

 

だが今回はそこにレオニダスが立っており、いつも通りの重量から彼の計算に基づいた重量へと変更している。

 

すでに何度も使っているのでレオニダスから増量の指示が無い生徒はもう自分の設定重量を覚えているので個人への伝達が必要ということだろう。

 

そうして各自リストバンドを装着(指示によりしない者もいる)した中でチーム分けがされ、

 

「ではッ!5分間1クォーターとします!始めッ!!!」

 

赤と白に分かれたチームによるジャンプボール。だが、

 

「ぬお!?」

 

「くっ・・・」

 

互いの選手が予想以上にジャンプできずに低空でのボールの取り合いになった。

 

(それはそうだ。基礎トレーニングならまだしも運動となれば体幹がズレる)

 

かく言う士郎もこのバスケはキツイ。

 

走るだけなら何とかなるがドリブルやシュートとなると重りによる体幹のズレも計算に入れないと思ったように飛べないどころか、あらぬ方向にボールが飛ぶ。

 

「こっち開いてるぜ!!」

 

と白いビブスを付けたキャップが素早くマークを外して出てくる。

 

(流石キャップ、この状況で早々に攻め上がってくるか・・・!)

 

残念ながら士郎は赤いビブスを着た赤チームなので彼の進撃は好ましくない。

 

「ガクト!」

 

「まかせなさい!!」

 

ドン!とガクトが大きな体でディフェンスに入る。彼は今回士郎と同じ赤チームだ。

 

「いくらキャップでも抜かせねぇぜ!」

 

「ちっくしょ・・・重りで上手く動けねぇ!」

 

普段の彼ならスピードを活かしてフェイントなどで突破するだろうが中々そうはいかない。

 

「そのボールもらった!」

 

パン!と士郎がボールを奪う。だが、

 

(想像以上にやりづらいなこれは!)

 

意識が強制的に体の安定に向かせられるのでボールの扱いが疎かになる。ならばと士郎は3ポイントシュートを狙う。

 

「リバウンド!!」

 

「おりゃあああ!!!」

 

ゴール下にいた両チームが外れることを狙って跳ぶ。

 

だが士郎とて曲がりなりにも弓兵を頂く手腕を持つ。弓とは違うが弓が手となり矢がボールとなっただけ。

 

何度か使用したカレーシスターの得意とする投擲技術の応用で上手くボードに当ててシュートを入れた。

 

「やるじゃねぇか士郎!」

 

「ガクトのディフェンスがあってこそだ。お前がそこに居てくれると安心する」

 

パン!と互いの手を鳴らし、再度ゲームへと戻る。第一クォーターは赤5点白4点の接戦だ。

 

五分という本来の半分の時間だが、かなり消耗が激しい。第二クォーターは女子が務めるので男子は五分間見学だ。

 

「キッツイなこれ!」

 

「ああ・・・流石先生だ。かなり負荷かかるぜ・・・」

 

「僕はなにもつけてないけどそれでもついていくので精一杯だよ」

 

「そう言うな。モロだってシュート入れたろ?」

 

実は士郎の入れた3ポイントシュートとモロが入れた2点が男子一回目の成果だ。

 

白はやはりキャップがいるのが大きい。彼は先導力もあるので油断するとすぐに懐に入られる。

 

「女子も接戦だな」

 

「義経と弁慶がいるけど、彼女等もこの体育(訓練)はキツイだろうな」

 

女子もレオニダス監修のもとリストバンドを足や腕に付けている。いかな英雄のクローンや実力者の多い武士娘達もこの体育は辛いだろう。

 

「こっちです!川神一子!」

 

「OKマルー!」

 

赤チームの一子が同じチームのマルギッテにパスをするが、

 

「それは甘い」

 

パシン!と白チームの京がカットした。

 

「ああっ!?」

 

「クック・・・勝利を大和にッ!」

 

今回白チームに大和がいるので京は特に張り切っている。

 

だが彼女も大粒の汗を流していることからみてかなり消耗しているだろう。

 

「レオニダス、これが終わったらすぐ男子か?」

 

士郎の問いにレオニダスは首を振った。

 

「いえ。私の計算が正しければインターバルを通常より3分多く取るのがいいでしょう。この競技は実に体を酷使しなければなりませんからな!」

 

本来ならば1クォーターと2クォーターの間にインターバルを取るが、男子と女子の入れ替わりなので2クォーターと3クォーターの間にインターバルを取る特殊ルールとするようだ。

 

「それはありがてぇな。正直5分でもクタクタだぜ」

 

「でもこれいいね。運動が不得意な僕らでも勝ちを狙いに行けるのが新鮮だよ」

 

「大抵俺らは競り勝てねぇからな。リストバンドはねぇがしっかり走らねぇとおいてかれる」

 

「この体育やるようになってから俺の体にも筋肉がついたぜ・・・」

 

モロやスグル、ヨンパチなども順調に体が鍛え上げられているようである。

 

「源氏式!バックシュート!」

 

と白の義経が3ポイントを狙うが、

 

ガツン!

 

とリングに弾かれる。

 

「「リバウンド!!!」」

 

「おりゃああ!!」

 

「せい!!!」

 

赤の一子と白のクリスが競り合うようにジャンプする。小柄で一見不利な一子だが、気のコントロールを始めた頃の飛び上がる現象を応用したのか若干クリスより手が伸びている。

 

「取ったわよー!」

 

「くっ!僅かに届かなかった!」

 

速攻とばかりに一子がレーザービームのようなパスを遠方に放る。

 

そこにいたのは赤の弁慶。

 

「けだるい・・・でも負けはやだねっと!」

 

俊敏な動きでドリブルし、そのままダンクシュートを決めた。

 

「ぬぬ・・・流石弁慶・・・」

 

褒めつつも悔し気な義経。今回義経主従は敵対してしまったので素直には喜べないのだろう。

 

「重りつけたままだとシュート難しいからね。直接突っ込んだ方が確実」

 

とユラリユラリとしながらピースを決める弁慶。

 

「やるなぁ・・・重りつけてダンクかよ」

 

「ガクトはイケそうか?」

 

「うーんちょいキツイ。普段なら余裕だけどよ。これ着けてるとなぁ・・・士郎はどうよ?」

 

「出来ないことはないけどファウル取られそうだな。今の一子みたいに速攻だったなら狙ったかも」

 

と男子もお互い意見交換をする。そんな様子を上のガラス窓からのぞくのは他学年達だ。

 

レオニダスの体育は今のところ2年生にしか行われていない。

 

理由は簡単でレオニダス自身が勉学の授業を受けたいからだ。

 

学園側としては体育の教師として雇いたいくらいなのだが、彼の意向も汲む形で卒業後要検討となっている。

 

彼が英霊、本来幽霊というのは鉄心と一部の教師陣しか知らない。なのでいついなくなってもいいのなら、とレオニダスは告げていた。

 

しかし、彼の行う体育(訓練)は学園生徒を飛躍的にパワーアップさせているので、見学したいものは事前に申請しておけばある程度許される仕組みになっている。

 

百代は言わずもがな、葉桜清楚と京極、そして松永燕も今回見学していた。

 

「話には聞いてたけど壮絶だねん」

 

「ああ。レオニダスさんはガチのスパルタ人だからな。東西戦でもその力はしっかり発揮されてたし」

 

「衛宮士郎君の弓はあったが彼はほとんど戦闘には参加していない。そう考えるとやはり2年生の自力がとても上がっているということだな」

 

「すごいね。あの重りちょっと持ってみたことあるんだけどすごく細かく調整できるようになってるんだよね」

 

編入したばかりの燕と清楚はびっくりまなこで授業を見ている。

 

驚くのはやはり異常なまでの効率性だろうか。決して無理はさせず、かといって余裕は持たせない。ギリギリを攻めるレオニダスの手腕は驚きの連続だろう。

 

(こんなことしてたら西が置いてかれるのは当然。だって段違いだもん)

 

確かに西も厳しい訓練や運動を自分に課しているが、ここまで効率性と忍耐力を求める訓練を定期的にやり続ける者はいない。

 

休息も自分の飛躍には必要な物。だがそれは人によってまちまちで、しかも厳しくし過ぎれば成長阻害となり、休み過ぎればそれは堕落になる。

 

その点この体育は非常に合理的だ。こんなことを毎日定期的に、あるいは個人指導などでしていればそれは差が付くだろう。

 

そして、

 

「お!士郎がまた3ポイント入れた!!やるなぁ・・・流石私の男!」

 

(衛宮士郎君かぁ・・・厄介なことしてくれたねん)

 

情報にあった川神百代はスロースターターで油断しまくりのどうにかすれば勝てる存在だった。

 

だが朝のHRで戦った彼女は常にミドルギア。ハイでもなくローでもない。自分にとって一番ベストな走り出しをする油断ならない存在になっていた。

 

様子見のはずがあっさりと負かされてしまった原因は間違いなく彼女がご執心の衛宮士郎にある。

 

彼は恐らく自分と同じタイプの人間なのだ。勝つべき時は何を使っても勝ちに来る。それで川神百代は既に変えられてしまっていたと彼女は睨んでいた。

 

(それにあの命中率。まるで束縛が無いみたい)

 

彼は毎回ではないがフリーになると3ポイントを狙う。しかもそれは間違いなく入るのだ。重りで体幹にズレが生じているはずなのに当たり前のように修正してシュートを放つ。

 

バスケットと言うのは全身と体力を激しく使うスポーツ。頭脳だってハイスピードで回転させなければならない上、それを長時間維持しなければならない最も過酷なスポーツの一つと言える。

 

それを重りという負荷をかけた状態でやるなど学生がやるレベルではない。もはやアスリートレベルだ。

 

全ての学校がやっていないわけではないだろうがそれこそ全国大会にいくような部活動をやっている人間がやることだろう。

 

それを一般生徒が体育でやっている。それで伸びないはずはない。

 

(どうしようかなぁ・・・依頼、キッツイよこれ)

 

想定外。何もかもが想定外だ。東のレベルという意味でも、打倒川神百代という意味でも。

 

(だから依頼を蹴ってもいいなんて突然言い出したんだねん。依頼主も相当びっくりしたわけかー)

 

ちらりとガラス越しに体育を見学する小柄な少女と執事をみる。

 

この場には当然一年生もいる。依頼主たる彼女もいるというわけだ。

 

(依頼達成にはまず衛宮士郎君からかな)

 

まだ諦めはしない。諦めは本当にやれることがなくなったその時まで。それが彼女のやり方。

 




あかん。衛宮定食とバスケ(体育)しか書いてない。松永先輩ちゃんと書けてない気がする…でも原作考えるとこのくらいなのかなぁ…神出鬼没でガチのルートにならないとあんまり姿を見せないイメージです。

バスケの話は結構調べたのと、実は私の通っていた学校でバレー部が何故か部活の時間にバスケットをやっていることを目にしまして、なんでか聞いてみた所、体力をつけるならバレーをやるよりバスケやった方が鍛えられるというコーチの方針だったそうです。聞いた時は目から鱗でした。もちろんきっちりバレーの練習もしておりました。

次は水上体育祭かな?一応投票で選ぶと公式サイト様にはありましたがそっちの方が面白そうなので。だって水着できゃっきゃうふふ(バトル)なんて面白そう。

というわけでまた次回お会いしましょう。


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水上体育祭

みなさまこんばんにちわ。やっぱり毎晩悪夢に侵されてる作者でございます。護符準備したほうがいいかな…

今回は水上体育祭ということで色々やりたいと思います。楽しんでもらえたらなと思います。

どうしても士郎視点で共通ルートだと他学年である葉桜先輩や松永先輩が出しにくいんですが頑張ります


昼間の暑さが少し落ち着いた夜。今日は金曜日ということで士郎を含めた風間ファミリーは秘密基地に集まっていた。

 

「秘密基地はひんやりしていいなぁ・・・」

 

「昼は大分暑いもんね。今日は体育辛かったよ」

 

「本当にな。ただでさえレオニダスさんのはキツイから暑さも相まってかなりキツイ」

 

「あたしも何度も無理するな―!って怒られちゃったわ」

 

「ワン子は気のコントロールが出来るようになってきたからってすぐ調子に乗るから」

 

「ペース配分が如何に大切か学ばされるな。レオニダスさんの忠告守らないと本当に忠告通りに動けなくなってしまう」

 

「私達はレオニダスさんの担当じゃないからな・・・でも毎回見学者の数すごいぞ」

 

「私も出来る限り見学させてもらってます!」

 

「できれば参加してみたいよねー」

 

「由紀江はすごいな。普通ならやりたがらないぞ?」

 

と、各々一日や学園生活を振り返って口にする。

 

やっと士郎もこのメンバーに慣れたのか今日はとても穏やかだ。

 

「まぐまぐ・・・チキン美味しいわ」

 

「ワン子ウーロン茶飲む?」

 

「うん!ありがとう京ー」

 

「それよかよう、今年の夏は何になると思う?」

 

「夏?なにかイベントがあるのか?」

 

クッキーの作ってくれたポップコーンを口に運びながら聞く士郎。

 

「あれ?士郎も投票したよな?」

 

「ほら、HRで・・・」

 

ふむ。と考える士郎。そういえば梅子が『わかりきっているが一応な』と言っていたのを思い出す。

 

「ああ、体育祭のことか」

 

ポンと手を打って思い出した士郎。

 

そういえば間もなく体育祭。内容は体育祭・水上体育祭・球技大会から投票で選ばれると聞いた気がする。

 

「士郎先輩は何に投票したんですか?」

 

「水上体育祭ならまゆっちのこと見放題だぜ?」

 

「松か「だ・か・ら!抜け駆け禁止!」うひゃあああ!!」

 

とさらりとアピールする由紀江をもみくちゃにする百代。

 

「そんで?士郎はどれに投票したんだ?」

 

ガクトの問いに特に気にした様子もなく、

 

「水上体育祭にしたぞ?」

 

その言葉に男共がパン!とハイタッチした。

 

「なんだよ士郎、わかってるじゃねぇか!」

 

「なんだかんだ言って士郎も男だね!」

 

とモロとガクトが言ってくるが、

 

「?俺は普段と違うことをしたいと思っただけだぞ?それに男も女もないだろう?」

 

心底不思議だという顔で首を傾げる士郎。

 

「わかってるわかってる!海だもんな!」

 

と、なにか全然違うような気がする士郎。

 

「士郎にそういうのは効き目ないだろうな」

 

「男は狼・・・大和は「お友達で」まだ何も言ってない・・・」

 

「どうゆうことだよ・・・あ、クッキー、チェック」

 

「何!?この私が・・・チェック・・・メイトだと!?」

 

しれっと無敗を誇るクッキー2にチェスで勝つ士郎。

 

なぜ戦闘形態のクッキー2が強いのかは・・・戦闘は頭脳込みなのだろうか?

 

「こうなれば、頭脳形態のクッキー3に・・・!」

 

「いやあるんじゃないか。頭脳形態」

 

そっちでやれよ!と思わずツッコミたくなる。

 

「そういえばモモ先輩は義経と戦ったのか?」

 

と、お茶を飲んでいたクリスが言う。

 

「いや?まだ順番回ってこない」

 

当人は特に気にした様子もなく言った。

 

本当は義経達が入学した後、一子やクリス、そして百代まで2-Sに突撃し、決闘を望んだのだが、決闘志願者が多いため順番待ちになっていた。

 

「モモ先輩が大人しく待ってるなんて珍しいな」

 

キャップの言い方は大分問題発言だろうが、元は戦う相手に飢えてなにかと理由を付けては戦いをしていた過去があるので何も言えないだろう。

 

「私も黙って待ってるわけじゃないぞ?一応仕事して待ってるんだ」

 

百代の仕事とはつまるところ学園外の義経への挑戦者の相手である。

 

「でも意外だったわ。お姉さま最初断るんだもん」

 

「そうだな。モモ先輩なら確実に受けると思っていたんだが・・・」

 

なんでも、外部の挑戦者はまず百代と戦い、認められたなら義経への挑戦権が得られるというシステムを九鬼のクラウディオが提案したらしい。

 

だが、

 

『断る』

 

『・・・では今すぐにでも義経様と戦う、と?』

 

『お姉さま!?』

 

『そうじゃない。卒業までに戦わせてくれればそれでいい。私の事が眼中にない(・・・・・・・・・)相手と戦ってられるか』

 

『『『・・・。』』』

 

『私と戦ってほしい奴ならまだしも、義経ちゃんと戦いたいがために私を利用するのはいただけないな。私は暇じゃないんだ。まだ道半ばなんでな』

 

と、そんなやり取りがあったそうだ。

 

(百代はしっかりと戦う相手と己の拳に乗せる想いが固まったようだな。これは手強そうだ)

 

出会った当時の百代なら戦う相手に困らなくて済みそうだとか言いそうだが、今の百代はそうではない。

 

仮に百代と戦うならもう宝具を解禁せねばならないだろう。

 

もう昔のような油断も隙も無い。やるならば本気でやるしかない。

 

「でも結局受けてるんだろ?」

 

キャップの問いに百代は、

 

「一応、な。あくまで私と(・・)戦いたい奴の中で義経ちゃんとも戦いたいって奴は紹介って形でな。まぁ私に負けた奴は大体義経ちゃんと戦いたいって言うけど。話にならない奴は間引いてるよ」

 

「なるほど。そんなことがあったのか」

 

放課後、長蛇の列と決闘をする義経の姿を士郎も見ていた。

 

英雄と切磋琢磨というがあれでは義経自身の成長にはたして繋がるのかとても疑問なのだが。

 

(経験という意味ではいいんだろうが・・・彼女にも自由な時間があればいいのだが)

 

人生はなにも戦闘だけではない。アルバイトで社会経験をするのもいいし、その稼いだお金をどう使って行くのか、なども重要だ。

 

川神学園ではそういう面もあり、掲示板にアルバイトの募集から、学園からの依頼というものも存在している。

 

(まぁその辺は九鬼がなんとかするだろう)

 

信用随一の巨大企業なのだが何処か抜けているというか、大きくなれば一枚岩ではいられないというか、ちょっと心配である。

 

「ああああの!士郎先輩はどんな水着がお好きなんでしょうか!?」

 

「え?」

 

ぼんやりそんなことを考えていた士郎は唐突な後輩のアタック(玉砕)に思考が追いつかなかった。

 

「まゆまゆ~抜け駆け禁止だって言ってるだろ~!?」

 

「うわあああ!でもでも!モモ先輩もものすごく攻めてるじゃないですかぁ!!!」

 

「お、おい、おちつ・・・ぬわああ!?」

 

士郎を挟んで掴み、払いを繰り返していた由紀江と百代はさらに士郎を巻き込んでヒートアップする。

 

「私のは・・・その・・・イジってるだけだ!」

 

「じゃあモモ先輩は士郎先輩の事を特に何も思ってないということですね!?」

 

「語るに落ちたな・・・モモ先輩」

 

「うるさい!この馬のストラップ如きが!」

 

「あああ松風ーー!!!」

 

ブンブンと取り上げられた松風が振り回される。

 

「はいはいそこまで!壊れるだろ」

 

そう言って士郎は松風を百代から取り戻した。

 

「ほら。危うく尻尾がもげるところだったぞ」

 

「ああありがとうございます!それでその・・・」

 

由紀江がモジモジとしている。

 

「月並みだけど、水着はその人にあってる物がいいんじゃないか?由紀江なら髪の毛が淡い緑だからそれに合わせ、ぐえ!?」

 

るといい、と言いたかった士郎だが首を絞められた。

 

「じゃあ私ならどういうのがいいんだよー」

 

「ギブ、ギブギブ!百代はほら・・・あー・・・」

 

同じように髪色を言おうとしたが、彼女は黒髪だった。

 

「黒って言わないよな?」

 

「・・・。」

 

参った。黒には赤が映えるが・・・

 

(赤はなー・・・)

 

赤原礼装と被る。別に気にしないと言えばそうなのだが、個人的に何かと赤と銀は縁があるのであまりオススメできない。

 

「おいー」

 

「いだだ!白・・・はダメだ。絶望的にうぎゃああ!!!」

 

「士郎せんぱーい!!!」

 

「またシロ坊の首がー!」

 

ヴェキ!と首をへし曲げられた士郎は、

 

(なんでさ・・・)

 

とお空の彼方でグッジョブと親指を立てる切嗣(じいさん)にツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで体育祭である。投票により決められたのは水上体育祭。

 

半ば予想通りではあるが、やはりいつものスパルタ式トレーニングと比べ、プールではなく海であることがとても開放的である。

 

「水上体育祭ですか!現代の者達は面白いことを考えつきますなぁ」

 

「プールはあるんだけどな。そういえばレオニダス、お前泳げるのか?」

 

士郎の素朴な質問に心底心外だと言わんばかりに、

 

「何を!何をおっしゃいますマスター!!我らギリシャの民、それもスパルタが泳ぐことが出来ないなどありえませんッ!!!」

 

とはっきりと言い張るレオニダス。

 

しかし彼の肉体からはとてもそうは思えない。以前にも言ったが筋肉は重いのだ。

 

そして脂肪との違いは浮くか浮かないかということもある。

 

体脂肪率一桁台っぽい彼は本当に海水に浮けるのだろうか・・・?

 

「そんなことより行こうぜ。レオ・・・ニダスさんが泳げるかどうかは後々わかるだろ」

 

「ああ、忠勝。それもそうだな。確か遠泳があるんだよな」

 

もし仮に泳げなくても霊体化すればいいだけなので問題あるまい。

 

「マスターは私が泳げると信じていない様子!!これは!我が筋肉をふるわねばなりませんなッ!!!」

 

(筋肉をふるうって何語・・・?)

 

いよいよもって日本語かどうか怪しい単語を発するスパルタ人。

 

彼はよく否定するが、彼もまたしっかり脳筋なのでなんとも言えない士郎である。

 

「で、ガクトとヨンパチがゲッソリしてるのは?」

 

「女子更衣室に隠れてたらしいんだけど学長が更衣室の札を入れ替えたんだって」

 

と大和が教えてくれた。

 

「あいつらは馬鹿か・・・仮に成功してもさらし首だろうに」

 

「馬鹿だからやったんだろ。学長や教員がチェックしないわけないんだからな」

 

と忠勝は冷たく言い捨てた。こればかりはガクトとヨンパチが悪いので庇護のしようがない。

 

「それにしても士郎・・・体すげー鍛えてるのな」

 

「まぁ必要だからな。大和と忠勝も太ってるわけじゃないし健康的なんじゃないか?」

 

大和が言うように、士郎の体はぎっしりと鍛え上げられている。

 

レオニダスの様に滅茶苦茶に隆起するほどではないが、しっかりと鍛え上げられた肉体は如何なる事態にも最高のパフォーマンスを発揮するように士郎は仕上げている。

 

「おーい士郎~!」

 

と満面の笑みで接近してくる百代。

 

「・・・ッ!!!」

 

即座に戦略的撤退を慣行する士郎だが、

 

「モモワープ!」

 

ブオン!とそれなりに離れた所にいたはずの一子とクリス、京を置き去りにして回り込んできた。

 

「何がモモワープだ!物理法則無視すんな!」

 

「折角水着姿を披露してやろうと思ったのに逃げるとは何事だ!」

 

と言ってやっぱり引っ付かれる士郎。

 

「あのな百代。俺にも恥じらいってもんがあるんだ。水着で人に張り付くな!」

 

強化の魔術まで使って必死に逃げようとする士郎。

 

しかし百代もここが正念場と一向に離れない。

 

「相変わらずモモ先輩は何でもありだな」

 

「今までそこに居たのにもう士郎にくっついてる。あ、大和「お友達で」早すぎるのもどうかと思うんだ・・・」

 

相変わらずの京の猛烈アタックはうまい具合に躱されるのだった。

 

(この!この!なんでこれだけして気づかないんだよう!この鈍感め!)

 

(モモ先輩とまゆっち、マルギッテといつの間にか仲良くなった不死川心・・・あと義経もかな?あ、林冲さんもいた・・・しょーもない・・・)

 

とにかくフラグを立てては取らずに放置するこの朴念仁は救いようがないと京はため息を付く。

 

「しかし、学園公認とは言え凄い見学者だな」

 

もう剥がすのを諦めた士郎がそのまま一定の区域から外でこちらを眺める集団を見る。

 

「私達の水着姿を拝める唯一のチャンスだからな。それに「企業のお偉いさんとかすごい家柄の人とかもいるよん」燕!」

 

突然現れた松永燕にも手を伸ばす百代だが、彼女は微妙に届かない位置をキープしていた。

 

「その手には捕まらないよ?」

 

「残念です・・・折角この非実在性軟体生物が剥がせると思ったのに・・・」

 

「美少女にそういうこという奴はこうだ!!!」

 

ギュリリ!と全身で締め上げる百代。

 

「あだだだ!!痛い!キマってはないけど痛い!」

 

まるで大きな口で噛まれるように締め付けられる士郎。

 

(うえー・・・モモちゃんのそれ生身で耐えるの?それ結構マジで掛けてるよね?)

 

本当なら文字通り強制圧縮されてスプラッタなオブジェ待ったなしの状況に内心ドン引きする燕。

 

と、そんなことをしていると3-S組の京極彦一がいつもの羽織袴姿で現れた。

 

「あれは?」

 

「言霊だよ。京極先輩は言霊っていう不思議な力を使えるんだ。それで厄や災難が起きないように海を静めてるんだとか」

 

「ふっふっふ!!士郎は物理的に怨霊を倒せるからな!京極なんぞ恐るるに足りん!」

 

と何故か自慢げに言う百代に、

 

「いや、俺にも手に負えないのあるからな?海の災厄なんか一人でどうこうできないだろ」

 

と、わざと普通の魑魅魍魎は別に問題ないのに手に負えないのもいることにしておく。でないと百代が調子に乗るだろうから。

 

「そ、それはこう!海を切れ!」

 

「馬鹿か!・・・馬鹿か・・・」

 

と額に手を当てブンブンと頭を振る。この女性にかかれば海を割るくらいどうってことないのだろうから。

 

「それはそれとして、松永先輩の言う通り企業もいるんだな」

 

見渡せば恐らく企業がいるようだ。

 

「こうして私達を観戦できる代わりになんか色々出資してもらってるんだと」

 

「なるほど・・・いわゆるスポンサーなわけか」

 

「景品もすっごい豪華だよ?有名スポーツ用品店の商品とか、食べ物系も有名な作り手さん、メーカーとか」

 

「へぇ・・・詳しいですね松永先輩」

 

「これでも色々調べて川神に来たからねん。それと・・・」

 

そう言って彼女は反対側を見る。

 

「九鬼?不死川・・・ほかの奴らも・・・なんだかS組のメンバーが完全にくつろぎモードだな」

 

「S組には富裕層が多いからな。学園主催の大会の景品で奴らが必死になるもんはねぇだろ」

 

「なるほど・・・それで休暇の様になってるわけか。でもなぁ―――」

 

一応体育祭なのでレオニダスが黙っているとは思えない。

 

のだが・・・

 

「おい、なんか様子がおかしくないか?」

 

「京極先輩が2-Sに・・・」

 

何を思ったのか、京極彦一が2-Sに何事かを促している。

 

そして、

 

「・・・異様な盛り上がり方してるぞ」

 

「バカンス気分が強制的に吹き飛んだな」

 

どうやら言霊を生徒に使ったらしい。

 

休暇の様子だったのが恐ろしいほどやる気に満ちている。

 

(あれ大丈夫か?要は暗示や催眠みたいなものだろ・・・?)

 

オーバークロック、もしくは脳内リミッターを解除しているようなものだ。

 

後から反動があるに違いない。

 

「あ、あの!士郎君!」

 

「おう、義経と弁慶!お前たちは平気みたいだな」

 

「うん!京極先輩が耳を塞げって言ってくれたから」

 

「あれは怖いね。聞こえる範囲なら強制的に発動だもの」

 

と義経と弁慶は言う。

 

「あれ?与一は?まさかサボったわけじゃないんだろ?」

 

なんだかんだ言って彼もまた成績は良く、二人と積極的に一緒にはならないがサボりはしないようなのだが。

 

「あーアイツは京極先輩の忠告を無視してね」

 

と弁慶がS組のいるエリアに目を向ける。

 

当然、よくわからないテンションになっているS組のメンバーがいるわけだが、

 

「約束の時は来た。俺の魂は今、皆と共鳴している!」

 

「・・・。」

 

どうやら与一は熱血化の犠牲となったようだ。

 

「まぁ折角の体育祭なんだからそれなりに頑張らないとな」

 

と士郎は体を解す。

 

何事も準備運動は大事だ。

 

特に水泳関係は激痛で済めばいいが、泳いでる最中に足をつったりしたら溺れるのが確定してしまう。

 

もちろんプールでも同じことが言えるが、プールにはない波が尚のこと危険性を上げる。

 

「ふむふむ・・・」

 

「・・・ん?」

 

義経が士郎を真似するように体を動かしている。

 

(別に特別なことをやってるわけじゃないんだが)

 

それでも義経は嬉しそうに、楽しそうに準備体操をする。

 

「弁慶はやらなくて大丈夫か?あの様子だと多分戦いに駆り出されるぞ」

 

「うーん・・・めんどくさい・・・でも後で痛い思いするのもなぁ」

 

と彼女は言った。言って(・・・)しまった。

 

「なんと!準備体操を怠るなど何という慢心ッ!!貴女はこちらで女生徒に混ざって特別準備体操ですッ!!!」

 

「え?あーれええぇーー・・・」

 

と自ら志願したであろう女生徒の一団の方に攫われる弁慶。

 

「ああ!?弁慶!レオニダスさん!し、士郎君!また!」

 

そう言って義経も連れ去られる弁慶の後を追って行った。

 

「ああ・・・またスパルタ兵が増産される・・・」

 

本当にもう手が付けられんと士郎は天を仰ぐ。

 

怒涛の勢いで槍と盾を持って高速で泳いでくるスパルタ兵とか想像したくない。

 

陸戦はもちろんのことだが、スパルタは海戦もこなしたという。

 

当たり前のことだが、別大陸や、大陸の反対側から攻撃したければ当然船で海に出なければならない。

 

なので海上戦という意味なら納得がいくが、スパルタ式の水泳戦法とか存在した日にはまた川神の生徒が現代式スパルタ兵になってしまう。

 

「し、士郎先輩!!」

 

「士郎」

 

巻き込まれたくない忠勝と百代はしれっと同じ動きをしてレオニダスの目を逃れたらしい。

 

ちなみにレオニダスの感知能力(筋肉)を甘く見ていた燕も一緒に連れていかれた。

 

(セリフ無し!?扱い酷くない!?)

 

・・・連れていかれた。

 

そして現れたのは由紀江と紋白である。

 

「由紀江と紋白はいつ仲良くなったんだ?」

 

あまり見ない組み合わせに士郎は目をぱちくりとする。

 

「紋白さんには以前スカウトを受けまして・・・」

 

「ふっはは!我の特技は人材のスカウトだからな!」

 

「なるほど。それでつながりが出来たわけか」

 

流石九鬼と言わざるを得ない。

 

由紀江は剣術家としての腕はダントツであろうし、彼女の成績、学力面などからしてもとても優秀だ。

 

彼女に声が行くのも無理はない。

 

「・・・で、まさかそこの爺さんまで泳ぐとか言わないよな?」

 

と士郎は背後に控えるヒュームを見る。

 

「俺は1-S組所属だからな。当然泳ぐに決まっているだろう。ただし、競技や種目への参加はしないがな」

 

泳ぐのかよ。とツッコミを入れたいが本気っぽいのでやめておく。

 

「まぁいい。お互い気をつけてさえいれば問題ないだろう。必要ないだろうけど一応俺も警戒はしておくさ」

 

「お前の方が川神鉄心より頼りになる」

 

「それはどうも。でも本人たちには言うなよ?」

 

と、ありがたく評価を受け取っておきながら忠告するが・・・

 

「もう既にしてきた」

 

「遅かったか・・・」

 

別にそれで目の敵にされるわけではないが、教師陣としては色々と問題ではなかろうか。

 

「それでその!士郎先輩・・・その・・・」

 

「ん?」

 

由紀江がモジモジとして言葉を待っている。

 

「・・・。」

 

百代が指をゴキゴキ鳴らして言葉を待っている。

 

(え?何このまたバッドエンド逝きみたいな状況!?)

 

例1:由紀江を褒める。

 

『ベキゴキ・・・』

 

(・・・。)

 

例2:百代を褒める。

 

『あの・・・そう、ですよね・・・』

 

(由紀江が悲しむな・・・)

 

特例3:紋白を褒める。

 

『ジェノサイカッタ!』

 

(うーん危ない人になるな。それと10割もっていかれる)

 

さてどうしたものかと悩んでいると、

 

「紋!ここにいたか!!」

 

「兄上!」

 

ふんどし姿(それが彼の戦闘服らしい)の兄に抱き着く紋白。

 

「うむ!紋は今日も可憐であるなぁ・・・すまぬな紋。いつもなら金平糖を持っているのだが」

 

「そんな無理をされずとも大丈夫です!我は兄上に会えてとても嬉しいです!」

 

と仲睦まじいやり取りをする兄妹である。

 

(兄妹の仲がいいのは良いことだな)

 

よく、巨大な企業や家柄などは親だというのに子を、親戚だというのに幼子をドロドロとした身内争いに巻き込むことが多いのだが。

 

その辺九鬼は実によくやっているなと思う。

 

軍事を統括する九鬼揚羽。

 

経済を統括する九鬼英雄。

 

そして人材、人事を担当する九鬼紋白。

 

上手く担当を分け、兄妹内で上下が無いようにしている。

 

「紋白も競技に参加するのか?」

 

「うむ!一年生はメドレーなのでな!我も選抜に入っているぞ!」

 

「私とは別チームですけどね・・・」

 

「それはそれでいいじゃないか。お互いに精いっぱいやり合うのも、勝負の醍醐味だろう?」

 

そう言って由紀江の頭を撫でる。

 

それだけで由紀江は幸せそうに微笑んだ。

 

「むー・・・」

 

(しまった!つい妹のように・・・!)

 

このままではまずい。例1の末路を辿る!

 

(ほ、他に手は・・・お?)

 

ふっと目に映ったのは英雄の後ろに控える忍足あずみ。

 

(スクール・・・水着・・・?)

 

と謎の光景に士郎は混乱した。

 

(スクール水着・・・男はどうせ海パンみたいなもんだからどうでもいいが・・・)

 

男性は学校指定のトランクスタイプの水着、ないしはフィットタイプの水着だろう。

 

違うとすればレオニダスのようなブーメランタイプか膝上または下までの長いタイプかだ。

 

しかし女子生徒はみな一律スクール水着である。約一名を除いて(マルギッテ)

 

『おいヒューム爺さん。あれは大丈夫なのか?』

 

『気にせんでもメイド服と変わらんだろう』

 

『いやそうじゃなくて、年齢的に――――』

 

とコソコソとヒュームと語らっていた士郎だが、メラメラと焼き焦がすような殺気に言葉を飲んだ。

 

(そうかこっちも危ないのかー)

 

どうやってヒュームとの会話を察したのかは知らないが、紋白よりもさらに危険度の高い存在がいるとは思わなかった。

 

「む?おお衛宮もあずみの美しさに目を奪われていたのだな?」

 

「え?いやそうじゃない・・・んだけど」

 

「・・・。(ニッコリ)」

 

薄ら寒い笑顔が余計な事言うんじゃねぇと語っていた。

 

本来、笑顔とは攻撃的なものなのだ。

 

相手を刺激せずにこっちにくんじゃねぇということである。

 

(とは言ったもののどう凌ぐか)

 

褒めても危険。けなしても危険、放置すれば英雄が機嫌を損ねるのでやっぱり危険。

 

(退路ないじゃないか・・・)

 

どうやらうやむやにして時間が解決してくれると思っていたのが最終的にバッドエンド一択しかなくなったようである。

 

(褒める・・・しかないか?でもなぁ妙齢の女性にスク水似合ってますね!ってかなり危険なワードだよな・・・)

 

返答に悩む士郎であるが、あずみはというと。

 

(なんでこっち見んだよ!あたいは英雄様一筋だっつーの!お前のハーレムに入る気はねーんだよ!)

 

とあずみは思っている。

 

あずみは英雄が好きで、英雄は一子が好きという中々に可哀想と言うかハードルが高いというかそんな状態なのである。

 

(仕方あるまい・・・)

 

これはもう自分の保身より相手の感情を発散させた方がよかろう。

 

ということで、

 

「あ、英雄、紋白ちゃん。あそこに揚羽さんいるぞ」

 

「なに!?我の目では気付かなかった!感謝する!」

 

「姉上ーー!!」

 

と二人の視線を九鬼の重役として出席したのであろう揚羽に向かせ、

 

「その、なんだ。とても素敵だと思うぞ?」

 

「・・・ッ。逝っとけ」

 

ガスッ!と足を思いっきり踏み抜かれた。

 

「つー・・・」

 

「お前は馬鹿だな。だが良い馬鹿だ」

 

「戦闘狂のヒューム爺さんには言われたくない・・・」

 

ヒュームがいたからこの程度で済んだのだろう。

 

選択肢としては悪くなかった・・・はずだ。

 

「ちぇー・・・士郎の奴また女口説いてんの」

 

「士郎先輩これ以上ライバルは・・・」

 

「・・・。」

 

よかった、はずだ。

 

 

 

 

 

さて水上体育祭開幕となったが、まずは一年生による4チームのメドレーリレーだ。

 

水泳のメドレーと言えば、第1泳者背泳ぎ、第2泳者平泳ぎ、第3泳者バタフライ、第4泳者自由形の順に行われるが最後の自由形は、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ以外で泳がなければいけないため、最後は加速しやすいクロールになることが多い。

 

とはいえ、海での背泳ぎスタートはまず無理なので背泳ぎをクロールに変更し、最後も事実上クロールもしくはバタフライで終わる特殊ルールとなっている。

 

『九鬼家従者部隊序列42番桐山鯉が実況を担当します』

 

『同じく解説の序列4位クラウディオ・ネエロです』

 

どうやら実況解説してくれるらしい。

 

「○○番付かな?」

 

「おいやめろ」

 

非常に危ない単語が出かけたがとりあえずスタート。

 

『スタート地点は砂浜に書かれたライン。そこから50メートル先に各選手の船と分かるように旗がありますのでそこまでクロールで始まり、平泳ぎ、バタフライ、自由形で戻ってきて所定位置へ帰還でゴールとします』

 

『最後の自由形はクロール、バタフライも可となっています。背泳ぎでの帰還は難しく、平泳ぎではスピードが出しづらい。となると自然とクロールかバタフライでの帰還となりそうですな』

 

ワァアアア!と一斉に駆け出し、応援が始まる。

 

最初は恐ろしい接戦。クロールはまだしも平泳ぎとバタフライでの抜きつ抜かれつが激しい。

 

平泳ぎはもっとも持久力があり、スタミナを消費しにくい。

 

一方バタフライは消耗が激しく、50メートルは中々に辛いためペースダウンするか一気に駆け抜けるかになる。

 

『クロール、平泳ぎ、バタフライと来て最後の自由形です!』

 

『今回は4チームともクロールを選んだようです。定石通りですな』

 

「由紀江ー!頑張れーー!!」

 

と士郎は仲間である由紀江に声援を送る。

 

(!負けられません!!!)

 

ギュン!と由紀江が加速する。

 

だがその由紀江に追いすがる姿がある。

 

誰であろう九鬼紋白だ。

 

「我は!負けぬぞーー!!!」

 

『紋様が怒涛の追い上げです!』

 

『クロールは紋様の得意とする泳ぎ。これは逆転もあり得ますね』

 

ヒートアップするレース。

 

互いにクロールで浜辺すれすれまで行き、ゴールラインを越えたのは――――

 

『黛由紀江選手です!』

 

『ううむ・・・これはなんとも・・・』

 

クラウディオがコメントに困る。

 

それもそのはず、由紀江が勝ったのはその立派な胸部装甲で勝ったのだから。

 

「うぬー・・・負けた・・・」

 

「一位です!やりましたよ士郎せんぱーい!!!」

 

「まゆっちの雄姿を見たかーー!!!」

 

とピョンピョン跳ねて満面の笑みで士郎の元に走る由紀江。

 

「お、おおう・・・落ち着け、由紀江!見てたから!見てたから落ち着け!」

 

「へ?」

 

何やら必死にどうどうと手を出す士郎。

 

なぜ彼が必死に自分を拒んでいるのか、一瞬悲しい想像をしたが、

 

「「「・・・。」」」

 

士郎の近くにいた男共がみな顔を赤くして前かがみになっている。

 

「ぶっふぉ・・・」

 

キレイな笑顔で鼻血を吹き出して飛んでいく奴もいるが。

 

「ひゃっ!?」

 

その様子を見て由紀江は飛び跳ねることで思春期の少年たちを悩殺していたことに気づいた。

 

「撤退!撤退ですーー!!」

 

「この体は一人だけのものなんだぜ?男子諸君」

 

「松風!!」

 

一人芝居をしながら彼女は行く場所を変更して自分の控えポジションに逃げるように去って行った。

 

「まったく・・・これだから男共は」

 

「でも衛宮クン流石だし。紳士系男子?」

 

「そりゃそうよ。て言うか羽黒は今日欠席なの?」

 

いつもの学生服で見学している彼女に小笠原千花が聞く。

 

「流石のアタイも女の子の日には勝てない系・・・」

 

どうやら貴重な戦力である彼女は今日は参戦出来ないようだ。

 

『さあやってまいりました二年生の部です!』

 

『競技は自由形50メートル、ビーチフラッグ、ビーチバレーです』

 

「さあ俺様達の出番だぜ!」

 

「おうよ!スピードなら負けねぇ!」

 

勇んで出陣していくガクトとキャップ。

 

「相手は・・・井上か」

 

「勝つのは俺だ!制御不能!熱い炎が宿っているからな!!」

 

やはり何処か様子がおかしい。

 

「ガクト!力のセーブは考えるな!奴ら脳内リミッター外れてるぞ!」

 

「任せとけって!」

 

『それではレースを開始します』

 

パン!とスタートの合図が上がる。

 

「うおおおおおお!!!」

 

「絶ッッッッッッッッ対負けんのだぁーーッ!!」

 

流石ガクト、レオニダスの訓練を受けているだけあり強靭な肉体としなやかな動きで前半から飛ばしていく。

 

だが・・・

 

「チィ!悪い!!」

 

士郎の言う通り全開でスタートを切ったガクトだが、井上準と同着に終わった。

 

『それではカメラ判定ならぬ川神判定を行います』

 

「カワカミハンテイ?」

 

聞き慣れぬ言葉にクリスが首を傾げる。

 

「武の達人が、その眼力の誇りにかけて微妙な勝負の判定をするシステムだ」

 

(それってつまるところすごい人達による眼力の普通の判定だろ・・・)

 

士郎の思う通りなのだが、この水上体育祭はカメラでの撮影や映像化及び保存を禁止されているのでこれ以外にシビアな判定は出来なかったりする。

 

『判定結果が出ました!同着です!』

 

「やっぱり勝ち星じゃなかったか」

 

「ガクトわかってたのか?」

 

意外そうに大和が聞く。

 

「いや、そうじゃねぇかって思っただけだ。少なくとも勝ちはねぇと思ったのよ」

 

しょんぼりと肩を落とすガクトだが、やはり彼は恐ろしい成長を遂げているのだろう。

 

(あの状況で自分と相手を俯瞰して見れてるのか。やっぱりレオニダスの訓練は効果を発揮しているな)

 

勝ち負けも大事だが、そういう能力を身に付けると付けないとでは今後大きく違ってくる。

 

これが出来ればガクトは大和程ではないにしろ経験値さえ積めば頭脳派の仕事や役目もこなすことが出来るだろう。

 

「任せろ!俺が仇を討ちつつ勝ち星稼いでくるぜ!」

 

「キャップの相手は九鬼英雄だよ!」

 

レース開始。

 

「へっ俺は風!速さには自信があるんだよ!」

 

「だからどうした!速さで言えば今の我とてぇ・・・」

 

ギュン!と九鬼英雄が予想外の加速をした。

 

「なんだコイツ!?こんなに早かったかぁ!?」

 

これまたデッドヒート、余裕を持っていたはずのキャップが猛烈な勢いで差を縮められていく。

 

「韋駄天の上をいく存在だぁ!!!」

 

「上等だ!スピードで負けるわけにはいかねぇんだよ!」

 

さらにキャップが加速する。

 

最終的にタッチの差でキャップに軍配が上がった。

 

「お、風間君なんとか勝ったよ」

 

「いやぁ相手気合入ってたね・・・ヒヤヒヤしたよ」

 

「つか、なんであんなにヤル気出してんだSの奴等?」

 

ヨンパチの言う通り、明らかにS組の様子がおかしい。

 

「ほんとほんと。話が違うじゃない」

 

「慢心してくれないと、つけ込む隙が無いな」

 

スグルや千花の言う通り、このままでは大差をつけられかねない。

 

「いや、このままでいいんじゃないか?」

 

それまで戦力温存ということで見ていた士郎が言った。

 

「士郎の言う通りだ。このままトップに躍り出たら周囲から攻撃される」

 

「つまり俺たちは二位の頭をうろうろしていて最後にひょっこり追い抜くと?」

 

「そうでもしないと優勝は厳しい」

 

と大和は言った。

 

(元から負けず嫌いの彼らに負ける気なんてさらさらないだろうけど)

 

と士郎は苦笑を浮かべた。

 

「じゃあ競技に参加する選手とか少しいじろうぜ」

 

「誰かが指示を出さないとまとまらないのでは?」

 

「ヨンパチとクリスの意見に賛成だ。この場合適任なのは――――」

 

皆の目が大和に集まった。

 

「こういう力押しだけではない、ある意味姑息な戦いが要求される場合は・・・」

 

「え?俺?」

 

「ずるっこく頼むぜ、得意だろ、直江君ちの大和君」

 

「てめぇ・・・コキ使ってやるからな」

 

「軍師だし頑張って。僕で良ければサポートするよ」

 

「ついでに俺も忘れないでくれよ?さっきから見てるだけでつまらないんだ」

 

戦力として期待されるのは嬉しいがこのまま参加競技無しでは悲しい。

 

「衛宮君は・・・ねぇ」

 

「俺たちの最終兵器だからなぁ」

 

「うーん・・・出し所が難しいよね」

 

武士娘とあたるなら選びやすいのだが競技は男女分かれているので彼は男子の部に出すことになるのだが。

 

「なんだよ・・・結局出番無しか?」

 

はっきり言って強すぎるのである。

 

百代とガチれる男なんて存在しないわけで、必然的に彼を切るということはその競技はもらったも同然なのだ。

 

うーん・・・と悩む大和。

 

そんな時だった。

 

『えー大会委員から情報です。2-F組、衛宮士郎君こちらに来てください』

 

「ん?」

 

唐突に呼び出しを食らった。

 

「お前何かしたんかー?」

 

「いや、なんもしてないぞ。ずっと忠勝と見てたし。な?」

 

「ああ。衛宮はずっと一緒だった」

 

なんでだー?と首を傾げながら教師陣のいるところに行く士郎。

 

そして何事かを話した後すぐに戻ってきた。

 

「なんだったんだ?」

 

「早く帰ってきたってことは怒られたわけじゃなさそうだな」

 

「あんたじゃないんだから当然でしょ」

 

と賑やかに迎えられる士郎。

 

「あーなんかな?男子とだと戦力差がありすぎるから女子の部に混ざることになった」

 

「「「はあぁ!!?」」」

 

士郎の言葉に一斉に驚く一同。

 

「それはあれか?お前だけ女子と一緒にキャッキャウフフするってことか!?」

 

「そしてどさくさ紛れに・・・ウッ!」

 

男共のメラリとした嫉妬に士郎は困ったように、

 

「そこまで阿保なことにはならん!・・・要は、女子との接触や戦闘にはかかわらない競技だそうだ」

 

「それって・・・」

 

「ビーチバレーしかないな」

 

ビーチフラッグは旗を取り合う以上もみくちゃになるだろう。

 

そうすると残るはビーチバレーしかない。

 

「ただし、同じ競技の女子の部に出たら男子の部には出られないとさ」

 

「実質、ビーチバレーの男子をいじらないといけないわけか」

 

「ある意味好都合だな。幸いビーチバレーは最後の種目だから最後に抜くという目的にも合う」

 

「だな。それじゃあ皆、軍師からのありがたい指示だ!」

 

「わう!」

 

皆一斉に大和に期待の目を向ける。

 

「とりあえず現状維持で」

 

「ズコー・・・」

 

「おいおーい、そんなんでいいのかー?」

 

「まぁ今から戦略練り直すんだから分からんでもない」

 

「士郎の言う通り。今から色々手を打つからそれまで頑張ってくれ」

 

そう言って大和は携帯を出してすぐにポチポチし始めた。

 

きっとあらゆる人脈を使って有利な情報を得たりダミー情報を流したりするのだろう。

 

「なるほどね。それじゃ、それまで頑張るとしますかね!皆の衆!」

 

応!と皆で応答して競技に望む。

 

必要なのは時間と二位の頭をキープすることだ。

 

大和の指示が無かろうともなんとかなるだろう。

 

(しかし、俺の学生時代ってこんなに賑やかだっただろうか?)

 

士郎は以前の穂群原学園でのことを思い返す。

 

あの時は聖杯戦争のことが一際鮮明に記憶に残っているが、それ以外でこんなにも賑やかに、活気に満ちた生活を送っていただろうか?

 

(校風の違いか、もしくは俺の生活が変わったからか・・・なんにせよ、感謝だな)

 

今まで感じたことのないものをこの世界に来てから強く感じるのだ。

 

そしてそれが衛宮士郎にとって欠けてしまったものを補う何かなのだと士郎は思う。

 

(ホームシックかな。最近妙に前の世界のことを思い出す)

 

前の世界とは違いがありすぎるからなのか、それともこちらでの生活が充実しすぎているからなのか。

 

よく前の世界と比べてしまうのだ。

 

(今考えるべきことじゃないか。いつか帰れればそれでよし。まぁ無理だろうからこの先の事考えないとな)

 

見れば男子ビーチフラッグが終わり、女子ビーチフラッグが始まっている。

 

もうすぐ自分の出番だ。

 

 

 

『やってまいりました二年生最後の競技!川神ビーチバレーです!』

 

『今回は男子の中で飛びぬけた実力を持つ彼が出てくることでしょう。波乱となりそうですね』

 

二人の実況解説のあと、パンパカパーン!というなんとも気の抜けるサウンドが流れた。

 

「なんだぁ?」

 

「えー今回は特別企画となるぞい。この試合に勝ったチームには川神水大吟醸1ダースがその場で与えられる。力を振り絞るのじゃぞ」

 

と鉄心のアナウンスが入る。

 

「川神水大吟醸って・・・もう酒だろそれ」

 

川神水はノンアルコールの水なのだが、なぜか場酔いができるという摩訶不思議なさ・・・水である。

 

士郎は最近になって(弁慶をみて)その存在を知ったのだが、何をどう言おうとも酔えるなら酒だろうと言いたいところである。

 

「しかし川神水か。これは弁慶が張り切るんじゃないか?」

 

「だろうね・・・いつもひょうたんに入れて持ち歩いてるくらいだし・・・」

 

「大体、大吟醸ってもしかして吟醸とかもあるのか?」

 

士郎の問いに食に詳しいクマちゃんが答えてくれた。

 

「もちろんだよ。今回のは川神水製造名人の高橋祥雲さんが自ら指揮をとって作ったものだね」

 

「ん?高橋祥雲さんってテレビで見たことあるな。確かお金では動かない頑固肌って特集やってなかったっけ」

 

どうやらすごい名人らしい。

 

「でも、水、なんだろ?」

 

「水だね」

 

「水よ」

 

「水」

 

「・・・。」

 

本当に水なんだろうか?そもそも川神水製造って言っている時点で手が加えられていると思うのだが。

 

「ま、まぁ景品は置いとくとして俺は出るぞ。いい加減体動かしたいしな」

 

「じゃあパートナーを選ばないとな」

 

考えられるのは一子、クリス、京だが、

 

(京は大和と一緒じゃないと出ないだろうなー)

 

ということで選ばれるのはクリスか一子だろう。

 

「んー・・・ワン子、行けるか?」

 

「うん!アタシも景品は別にいいけどやるからにはかーつ!!」

 

相棒は一子に決まった。

 

鍛錬で良く会う彼女なら士郎としてもやり易い。

 

クリスが駄目というわけではないが、彼女は少々意固地な部分があるので万一の連携が怪しい。

 

『それではトーナメント表を発表します』

 

桐山鯉の言葉に合わせてトーナメント表が張られたボードを持ってくる九鬼の従者達。

 

(どうでもいいが暑くないのか・・・?)

 

女性のメイド服もそうだが、男性はみな執事服なのである。この炎天下の中長袖にスラックスでは相当に暑そうだ。

 

「まずは・・・C組とか」

 

「力自慢が多いのよー、気を付けていきましょうね」

 

と一子は元気に言った。

 

しかし一子はこの後、信じがたいものを見ることになるのである。

 

ピー!

 

『それでは試合開始です!』

 

『サーブはコイントスで決定しました。今回はC組のようですな』

 

「来るわよー士郎!」

 

「ああ」

 

言葉少なく返す士郎に一子は一瞬違和感を覚えた。

 

(あれ?これもしかして士郎本気なんじゃ――――)

 

彼は戦闘時や舌戦が必要な時は独特の喋り方に変わる。

 

彼曰く、その方が彼にとって都合がいいからということらしいが――――

 

「くらいなさい!例え衛宮君でも容赦はしないわ!」

 

スパン!という音と共に鋭いサーブが飛んでくる。

 

「上げたぞ!」

 

その言葉に現実に戻された一子は慌ててスパイクを打つ態勢に入る。

 

「そい!!」

 

パアン!と一子の打ったスパイクが相手コートに炸裂した。

 

「やるじゃないか一子」

 

「う、ううん!士郎の上げた位置がとっても良かったから!」

 

堅実にサポートをこなす人が居るとこうも巧く行くんだなぁと一子は思った。

 

その後も士郎と一子は手堅く攻めることで点を獲得し、勝利数を重ねていく。

 

「すっげーな士郎。あの鋭いサーブ普通に受け止めんのな」

 

「それに上げる位置が巧みだ。ワン子のいるポジションと敵の位置を正確に判断してる」

 

見学するメンツも士郎の堅実なプレイに舌を巻く。

 

あまりにも安定しすぎてもう勝ちを確信してしまう。

 

「でも学長達の判断は間違いなかったな」

 

「だな。ありゃ居たらバランスブレイカーだ」

 

武士娘の一撃さえも軽くいなす士郎は間違いなくバランスブレイカーだ。

 

もちろん男子にもエースたる存在はいるが、それでも士郎は頭一つ以上頭抜けているのだ。

 

これが最初の競技のようなリレーなら問題ないが、そうではない競技となるとやはり士郎は男子の部では強すぎる。

 

結局、決勝戦S組とぶつかるのだった。

 

「今回は勝たせてもらうよ!ね、義経!」

 

「うん!行こう弁慶!」

 

「相手は義経と弁慶ね・・・気を引き締めて行かないと!」

 

「ああ。・・・加減はもう必要ないな」

 

「え?」

 

ボソリとつぶやかれた一言に一子は嫌な予感がした。

 

『サーブはF組からです』

 

「では、私から行くとしよう」

 

そう言って士郎はボールを持ってコート外へと行く。

 

そして、

 

「はッ!」

 

高く放り投げられたボールにジャンプアタックする士郎。

 

その一撃は強力無比。

 

それまで絶対にやらなかった、絶大な攻撃力である。

 

「は、はやっ!?」

 

士郎がサーブということで受けに徹していた義経と弁慶だが、あまりの速さに反応出来ず二人は着弾後に手を出すことしか出来なかった。

 

「おや。もう点が入ってしまうのか。加減した方がいいかな?お嬢さん方」

 

と士郎はいつもの皮肉気な笑みを浮かべて言った。

 

「・・・今の見えたか?」

 

「全然。キャップは?」

 

「無理。京とクリスは?」

 

「自分も見えなかった」

 

「一応見えたけど・・・見えただけ。あれどうにかしろって言われても無理」

 

「京でもそうなんだね・・・僕は士郎がサーブした後、義経達のコートに着弾したのしか分からないよ・・・」

 

うんうんとモロに同意する他の皆。

 

「なんの・・・!」

 

「まだ最初の一球です!」

 

ともう一度受けの構えを取る義経達。

 

「いい気骨だな。だが、そも相手はきちんと選ぶべきだ」

 

ドッパン!とまたも彼のサーブは砂を少し巻き上げて着弾する。

 

『これは、実に大人げないといいますか・・・』

 

『義経様達は基本受けに回る方々ですが今回は挑むほう(・・・・)のようですね』

 

「義経!見えた!?」

 

「大丈夫!次は受けられる!」

 

と士郎の問答無用の攻撃に本気モードになる義経達。

 

「一子」

 

「ひゃい!」

 

こうなると士郎はとても怖いのを身をもって知っている一子はビクーン!と飛び上がって返事をする。

 

「次は手を変える。恐らく攻撃が来るからきちんと構えておきたまえ」

 

「お、押忍!」

 

そう言って彼はまた高くボールを放り投げ、

 

「ふッ!!!」

 

またも強烈なサーブを繰り出す。

 

「馬鹿正直・・・!?」

 

今度こそ迎え撃つと意気込んでいた弁慶は義経が動いていないことに気づく。

 

「しまった!太陽か!」

 

ビーチバレーは2対2、4対4で行われるスポーツだが、特徴的なものの中に風や太陽を利用した攻撃が存在する。

 

砂浜という屋内よりも脚力を問われる場所で不規則な落下や太陽による不可視などの戦法を上手く利用することがこのスポーツの醍醐味でもある。

 

「ぬああああ!」

 

バン!!という音を立てて弁慶が全力でレシーブする。

 

だが、受けきれずその一手で士郎のコートにボールが返ってしまう。

 

「一子!」

 

「はい!」

 

トン、と一子が上げたボールに向かって一瞬でポジショニングする士郎。

 

そして、

 

「はぁッ!!!」

 

ドパアン!と強烈なスパイクが入る。

 

「ああ!」

 

「こんの・・・!」

 

あまりに一方的な攻撃に二人の顔が厳しくなる。

 

「どうしたのかね?必要なら君達にサーブ権を譲渡してもいいが?」

 

「はいそうですか、なんて言えるか!」

 

「し、士郎君口調が・・・」

 

と、初めて彼の戦闘態勢を見る義経は困惑気味だ。

 

「そんなことはどうでもいい!義経今度こそいくよ!!」

 

「う、うん!」

 

しかし弁慶は川神水がかかっていることもあって気炎を上げている。

 

「ふっ・・・随分と負けず嫌いだな。一子わかっているな?」

 

「は、はい!(一個でも落としたら怒られる!!!)」

 

目指すは勝利ではなく完封。

 

やると決めたら一切容赦なくなるのがこの男である。

 

「衛宮君、大人げないなー・・・」

 

ドッカンドッカンと砂浜を穿つ光景をみて燕は思わずつぶやく。

 

「ははっ!やっぱり士郎はいいなぁ・・・あの容赦のなさ。それに動きに全く隙が無い」

 

一方百代は一体何度目か分からない惚れ直したと頷いている。

 

「百代には見えているで候?」

 

「一応な。でも反応出来るか分からない。表情はもちろん、行動から予測もかなり厳しいと思う」

 

士郎はなにも超強力なサーブやスパイクだけを行っているのではない。

 

ビーチバレーにおける様々なフェイントやアタックを行っているのだ。

 

ただしそのどれもが強力すぎてまるでボールを拾えないのが現状なのだが。

 

ズパン!!とボールがまた着弾する。

 

「ぬあ!」

 

「うあ!」

 

互いに跳んだが巧妙に、精密に義経と弁慶の腕をすり抜けて地面に着弾する。

 

「白旗かね?もう後がないぞ」

 

マッチポイント、あと一点取られれば負け。

 

しかしこの主従は諦めなかった。

 

「いくよ、義経!」

 

「もちろんだ、弁慶!」

 

砂にまみれても彼女達は諦めなかった。

 

「それでは一子、君がサーブを打つと良い」

 

「え?士郎の方がいいんじゃ・・・」

 

一子の声に士郎は首を振った。

 

「なに、一方的なリードはしらけるだろう?」

 

ひょいと士郎は一子にボールを渡す。

 

「う、うん・・・」

 

一方的にコールド勝ちでは決勝もなにもないだろうと士郎はサーブをやめた。

 

とはいえマッチポイントなのでしらけるもなにもないのだが。

 

パン!と士郎のそれとは比べ物にならない軽い音と共にボールが飛ぶ。

 

「義経!」

 

「いくぞ!」

 

トン、と義経が上げる。

 

本来立てるべき主の方が弁慶の為にサポートに徹していた。

 

「そおれ!!!」

 

ドン!という鈍い音を立ててボールが打ち出される。

 

「!」

 

それを一子よりも早く士郎が気づいた。瞬く間に落下地点に跳び、ボールを上げる。

 

「一子!」

 

「いくわよー!」

 

良いポジションに上げたボールを一子が鋭いスパイクで放つ。

 

それを弁慶が拾った。

 

「義経!」

 

「うん!」

 

義経もまた強烈なスパイクを放つが、またも士郎がそれを拾う。

 

ビーチバレーはブロック+2タッチしかできないので士郎が拾うと、トスが一子、アタックは士郎になる。

 

しかし士郎はまたも一子のアタックポジションへ打ち上げる。

 

「行け!」

 

「てりゃああ!!」

 

ズパン!と一子渾身の一撃がボールを猛スピードで砂浜目掛け飛んでいく。

 

「おおお!」

 

「このぉ!!」

 

それを弁慶が拾う。

 

(((多分これが最後のチャンスだ!!!)))

 

見守る全ての人が思った。これはもう士郎の手のひらの上で踊らされているにすぎない。

 

だがそれでも彼女達は精一杯あがく。その姿がとても輝かしかった。

 

「これでぇ!!!」

 

弁慶も今回一番の渾身の一打。

 

それを、

 

「流石弁慶。だが―――」

 

また士郎が拾う。しかし今回は様子が異なった。

 

「一子!」

 

「今が攻め時ね!」

 

トン、と一子がトスを上げた。

 

「!?」

 

「しまった!」

 

ようやくできたラリーでつい意識を外してしまった。

 

彼らはそもそも一手余らせて(・・・・・・)ラリーをしていたのだ。

 

「終いだ!」

 

ズドン!と士郎のスパイクが突き刺さる。

 

「「うああああ!!!」」

 

二人が全力で飛ぶが、

 

フワッと一瞬風でボールが巻きあがった。

 

「「!?」」

 

そのせいでボールは彼女達の手をすり抜け、

 

ドサ!と砂浜に着地した。

 

『決着です!勝者2-F組、衛宮士郎・川神一子ペア!』

 

『敗北してしまった義経様達にも拍手を!』

 

ワアアアアア!!!と盛大な拍手が響く。

 

その声はほとんどが諦めずに立ち向かった義経と弁慶に向けられたものだった。

 

「義経ちゃん可愛かったぞー!」

 

「ナイスファイトー!」

 

「弁慶愛してるー!」

 

と大分危ないのもいるがとにかく大喝采だった。

 

「なんか勝ったのに負けた気分ねー」

 

「まぁ想定内さ。付き合わせて悪かったな一子」

 

そう言って一子の頭を撫でる。

 

「ううん!すごく勉強になったわ!足場が柔らかい時の走り方とかスパイクの打ち方とか・・・ほとんど士郎がバックアップしてくれたからだけど」

 

と一子は言うが、彼女だって大したものだ。ほんの少し前は歩くことすらままならなかったのに、もう走って跳んでをこなしているのだから。

 

「そうか――――では凱旋と行こう」

 

拍手喝采は義経達の方が多いが、勝者は自分達なのだ。

 

胸を張って皆の元へと凱旋しよう。

 

 

 

そんなこんなで件の川神水大吟醸なるものを受け取り(一子は要らないと辞退)三年生の競技を終えて、最後の遠泳だ。

 

「あの岩を回って戻ってくるのじゃ。皆無理をせんように。行けるとこまで頑張ったら浮き輪を投げるでの」

 

「ただし、甘えで途中放棄した者には罰則があるのでしっかり泳ぐように」

 

と、鉄心と梅子の説明と忠告を受けていざ遠泳である。

 

(流石遠泳だけあるな。結構遠い)

 

ちゃぷんちゃぷんとゆっくりと泳いで行く。

 

速く終わらせることは出来るが別にそれが目的ではないし、折角の海を堪能しようとのんびりと泳いでいた。

 

(脱落者そんなにいないな。これもやっぱりレオニダスのおかげか?)

 

あの泳げるのか疑問の男の訓練はやはり生徒たちの力を飛躍的に向上させているようだ。

 

「衛宮君」

 

と声をかけられた。

 

「葉桜先輩?どうしたんです?」

 

本来女子と男子は別コースなのだが、いつの間にかやってきたようだ。

 

「ここなら誰も聞いてないかなって思って。泳ぎながらで大丈夫?」

 

「ええ。問題ないですよ」

 

「ありがとう。まずは優勝おめでとう!私びっくりしちゃった。ビーチバレーであんなすごい動きするんだもん」

 

「あー・・・あれはちょっと反省してます」

 

景品を貰う時に言われたが、もう少し加減してほしいと言われた。

 

しかし、士郎はやりすぎたとは思っているが間違ったやり方をしたとは思っていない。

 

実を言うと、女子の部に混ざる話が来た時、あることも一緒に言われていたのだ。

 

『できれば義経様達を盛り上げてほしいのです』

 

『盛り上げる?つまり接待バレーで相手に勝たせろと?』

 

その言い方に剣吞な空気を出す士郎の問いにはクラウディオが答えた。

 

『いえいえ、そうではありません。勝負ですから義経様達が勝っても負けても構いません。ただ、一層盛り上がるようにしてほしいのです』

 

『意図が読めませんね。つまりどうしてほしいのですか?』

 

『義経様達は常に皆の模範であるようにと動いてくださっています。ただ・・・』

 

『今のままですと義経様達は挑まれる(・・・・)だけなのです。そこで衛宮様には義経様達が挑む方(・・・)になって頂きたいのです』

 

なるほど、と士郎は頷いた。

 

全戦全勝では、だって偉人のクローンだからとか、元から優れているからとか良くない考え方が生まれてくる。

 

そうならないように義経達が必死に抗う、全力で挑みかかる状況を作ってほしいというわけかと士郎は考えた。

 

『いいでしょう。ですが、随分と俺をかってくれますね?』

 

『貴方はヒューム卿と対等に戦う方です。その貴方が義経様達より弱いとは考えにくい』

 

『ヒューム・ヘルシングは九鬼の最強の切り札であり、揚羽様の師でもあります。武神と事を構えられ、ヒュームさえも認める貴方が易々と負けるはずがないでしょう?』

 

二人は言った。

 

(どうにも厄介な受け取られ方をしている気がしてならないが、まぁいいだろう)

 

とにかく強さで物事が判断されやすいこの世界では武力がいかなる競技にも反映されがちだ。

 

もちろん戦う力があるということはそれだけ能力が高いことを示すが、何でもかんでも強いわけではない。

 

『どちらにせよやれるだけのことはしますよ。俺たちも負けたくないので』

 

というやり取りがあったのだ。

 

そこまで狙ったわけではないが、結果的に義経弁慶ペアが大盛り上がりしたのでいいだろう。

 

「それでどうしたんです?誰にも聞かれたくないことなんでしょう?」

 

三年生のしかも女性が自分の方に来るには中々に警備を掻い潜らないといけないだろう。

 

男子がやったら即処罰である。

 

「うん・・・前の、歓迎会での話、覚えてるかな」

 

そう清楚が言った時点で士郎は大体予想がついた。

 

「覚えてますよ。葉桜先輩の元となったクローンの話ですね?」

 

士郎の答えにコクリと頷いた。

 

「それについてはちょっと待ってください。ああ、一年も二年もという意味ではなくて、この体育祭が終わったら期末考査でしょう?多分それを終えてからの方がいいと思いますよ」

 

その答えに清楚は若干顔を青くした。

 

「えっとそれって・・・私自暴自棄になっちゃうとか・・・?」

 

「いえ、そういうわけではないんですが・・・自暴自棄というより抑圧されたものの爆発、でしょうね。もちろんその責任は葉桜先輩ではなく、最初からその人物のクローンということを踏まえて先輩を育ててこなかった九鬼含め親の方に責任があるのだと思います」

 

と士郎ははっきり言った。二重人格というものがあるが、ある条件下で無意識的にもう一つの人格を作ってしまう障害がある。

 

彼女がそうであるという可能性は五分と言ったところだが、間違いなく今の状態の彼女には知られたくないから隠しているのだ。

 

ということは正反対の性格、もしくは感情を持った人物のクローンであることは間違いない。

 

(まぁ、本物の人物が本来は先輩のような人物であった、ということなら俺の心配のし過ぎで終わるのだが)

 

だがその可能性は低いだろう。間違いなく彼女は武闘派(・・・)なのだから。

 

「抑圧されたものの爆発?私、そんなに我慢とか不満持ってないけれど・・・」

 

「可能性の話ですよ。とにかく期末考査を終えて成績が出たら・・・その次の日辺りにでもしましょう。多分、時期的にはそこが丁度いいと思います」

 

「・・・わかったよ。衛宮君がそこまで言うならもう答えは出てるんだね?」

 

「ええ。もう確信も得ました。きちんと伝えられますよ」

 

その答えに満足したのか、彼女は泳ぐのをやめて士郎の手を握った。

 

「ありがとう・・・ずっと心細かったの。自分が誰で何者なのか分からなくて・・・たまに本当の自分て何だろうって思ったりしたの」

 

「何度も言いますが先輩に責任は一切ないですよ。あるのは自分達の都合で生み出しておいて都合のいいように隠して育てた九鬼ですから。そのせいで先輩はいらない恐怖と不安を抱えることになった。先輩の性格からして他人を責めることは出来ないと思いますが――――」

 

士郎はそこで一度言葉を切り、握られた手を握り返した。

 

「誰が元であろうと葉桜清楚は葉桜清楚。何が起こってもそれだけは変わりません。もしやんちゃしても俺が止めに行きますから。安心してください」

 

とおどけて士郎は言った。

 

「もう・・・ッ!」

 

手を握っていた清楚が突然士郎に抱き着いた。

 

「せ、先輩?」

 

「今の、殺し文句だからね?誰にでも言っちゃだめだよ?」

 

と清楚は嬉しそうに言った。

 

「おいこらー!!!なに清楚ちゃんとイチャついてるんだお前ーー!!!」

 

「衛宮士郎!!さっさと上がってきなさい!」

 

百代とマルギッテに発見されてしまった。

 

「やべっ・・・先輩、そろそろ・・・」

 

「あ、うん・・・」

 

少し残念そうに彼女は離れ、

 

「じゃ、じゃあ先に行くね!」

 

と彼女は先に泳いで行った。

 

「――――」

 

そんな彼女を目で追って士郎は考える。

 

(間違いなく爆弾だな。成績発表の次の日とは言ったが、さて)

 

約束は守る。が、その日はとても強烈な一日となりそうだと士郎は思う。

 

「お・ま・え・!早く上がって来いよ!!」

 

「うお!?百代はもうとっくに戻っただろう!?」

 

「うるさい!また女の子誑かして・・・一体何人にフラグ立てる気、だッ!!」

 

ギリギリと百代が抱き着いて、いや、締め上げてくる。

 

「い、いた、痛い!!というか泳ぎづらい!!」

 

「衛宮士郎早くなさい!!!」

 

「なんでマルギッテはトンファーを持ってるんだよ!?」

 

「士郎先輩はいつもこうです・・・」

 

「天然のジゴロだから手に負えないよねー」

 

と由紀江まで帰りを待っている。これは早く行かねば色々まずい気がする。

 

「ったく!溺れるなよ!」

 

「おお、いいぞ楽々だ」

 

泳ぐ士郎の首に手をまわしてちゃぷちゃぷと一緒に浜辺へ戻る士郎と百代。

 

「あああ!!モモ先輩!!」

 

「川神百代!!何そ知らぬふりして抜け駆けしているのですか!!」

 

「別に何もしてないもーん。そんなに言うならマルギッテさんも来たらいいじゃないですか?」

 

「う・・・そ、それは・・・」

 

マルギッテらしくなくモジモジとして彼女は口ごもった。

 

「そういえばマルは休みだったな。何か事情があるのか?」

 

と聞く士郎だが、

 

「それは自分で聞いてみなー!」

 

「おい松風いないだろう!なんで由紀江まで来るんだ!!」

 

「松風は脱衣所からテレパシーを飛ばしているんです!!」

 

「そういう問題か!?ま、まて!流石に二人は―――」

 

「なにをやっている衛宮!真面目にやらんか!」

 

バッチンと珍しく水着姿の梅子の鞭が飛んでくる。

 

「あいた!?先生俺悪くないです!むしろ助けて!」

 

「お前のようなふ、不潔な生徒はそのまま最後まで泳ぎ切れ!」

 

「俺をヨンパチの様に言うのは止めてもらえます!?」

 

彼と一緒にされるなど屈辱の極みである。・・・本人には非常に悪いが。

 

バッチンバッチンと叩かれながら人二人くっつけて必死に泳ぐ士郎。

 

(なんだっけ・・・ええと、海〇?)

 

某特殊救助隊の映画のようだとくだらないことを考えながら必死に泳ぐのだった。

 




やっとこさ上げられました!待っていただいた皆様お待たせしました。

原作よりかなり削ってオリジナルにしているのですがそれでも2万字を越えました…やっぱり本物の小説家、ノベル作家の方は凄いですね。今回最高文字数更新です。

士郎のビーチバレーは衛宮さんちの今日のご飯のビーチバレーをご参考ください。義経と弁慶が如何に無茶苦茶な相手と戦っていたかわかると思います。

次回は期末考査ですかね。落ちてきますよー(ヒュホホホ)(笑)

ではまた次回お会いしましょう


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編入と転落

皆さまこんばんにちわ。頭をフラフラさせながら眠気と戦っている作者でございます。寝るのを我慢しているわけではありません。眠気があるのにいつまでも意識が落ちないまま朝を迎えているだけです(白目)

と前座はこのくらいで今回は体育祭が終わった後の期末考査になります。

川神学園は珍しいことに中間考査が無いみたいなんですよね。嬉しい…のかなぁ?その分うっかりFより上の組から落ちると早々戻れないんですよ。だって中間考査無いから。他にもテストの類はあるのでしょうが、組み分けに関するテストはほとんど機会がないんでしょうね。そう考えるとS組ってやべーなって思います。

ではよろしくお願いします。


水上体育祭が終わり遂に期末考査である。

 

前週の金曜集会でみっちり三日漬け?をした風間ファミリーは何とかかんとか赤点を免れていたようだ。

 

「ほー・・・今回も何とか赤点回避・・・最初は嫌だったが大和と士郎のおかげだな」

 

「まさか毎回あんなギリギリで回避してるとは思わなかったけどな・・・」

 

金曜集会で大和が勉強を言い出した時はそんなこともやるんだ、良いファミリーだなと思ったのだが。

 

いざ勉強を始めるとそれはもう酷い有様だった。

 

ガクトを筆頭に一子と百代、そして意外なことにクリスが日本史は問題ないのに他が怪しいという何とも言えない状態だった。

 

さらに、

 

「期末考査・・・ですか?つまりこの日まで学んだことをきちんと活かせるか、ということですね!?これはいけません!至急勉学に打ち込まねば!!!」

 

とレオニダスまで勉強をし始め、対期末考査勉強大会となったわけである。

 

「いや、お前は受けなくてもいいんじゃないのか?」

 

「何をおっしゃいます!日々の予習復習も大事ですが、こういう実戦訓練も重要なのです!」

 

「実戦訓練て・・・いや、そう言えなくもないけど」

 

勉強の実戦という意味では間違っていないが、どうしてそういう表現になるのか、このスパルタ人は。

 

「何とかセーフ!大和、京ありがとう!」

 

「いや何とかじゃなくてこのくらいはせめて自力でやってくれ」

 

「そうよ、あなた、どうします?」

 

「ご褒美準備してたけど無し!」

 

「クゥ~ン!!」

 

と愛犬を躾ける大和夫妻(仮)。

 

「うわ~ん士郎~!」

 

「ってなんでこっちに来るんだ一子・・・」

 

「あらあなた!うちの子が隣の衛宮さんちに!」

 

「そろそろその手には乗らないぞ?」

 

と夫婦漫才を繰り広げる二人は置いといて、泣きつく一子はどうしたものか。

 

「うーん・・・あれ?」

 

ふっと成績の貼り出されたボードを見ていた士郎はあることに気が付いた。

 

「一子。この成績表に違和感が二か所ある。それに気づけたら・・・そうだな俺の弁当をやろう。どうだ?」

 

「ほんと!?士郎のお弁当!!!」

 

小柄な体を活かして一子は成績表がよく見える位置に潜り込んでいく。

 

「士郎の弁当って・・・士郎自身はどうするんだよ」

 

「別に食券を使えばいいだけだろう?食券余ってるんだよ。こういう時にでも使わないとな」

 

彼は基本的に弁当を持参しているし、食堂を切り盛りする一人でもあるので、食堂の味を定期的に確かめる為に使うのだがそれも一カ月に数回あるかないか。

 

そして依頼や校内アルバイトなどをこなしている彼は食券をもらうことが多いが、使うのは先ほども言った通りだ。

 

そこにファミリーとしての依頼もあるのでとにかく余りまくっているのである。

 

「羨ましい限りだな・・・と、士郎の言う違和感ってあれか?」

 

大和は見つけたようである。

 

「当たり。京は当然見えてたよな?」

 

「うん。あれは片方は予想通り。片方は大事」

 

彼女も問題ないようだ。

 

そして一子が人垣からぎゅむりと出てくる。

 

「見つけたわ!り――――」

 

「小さな声で。見ればわかるが一応配慮は必要だぞ?」

 

唇を人差し指で止められた一子はうんうんと頷いて、

 

「じゃあ答え合わせだ。二つの違和感は?」

 

「えっとね――――」

 

一子は見事正解を言い当てられたので士郎のお弁当にありつけることになった。

 

「まぐまぐ・・・美味しい~!」

 

「ってもう食べてるのか?早弁にもほどがあるだろう・・・」

 

まだ成績が貼り出されてすぐだ。つまり登校してすぐである。

 

前日、前々日の二日に分けて行われた期末考査で出た結果がこうして朝から張り出されているのだ。

 

一子の事だからまた早朝から鍛錬を行っていたのであろう。

 

今では打ち上がることも無くなり、ある程度の気のコントロールが出来るようになったので、基本のおさらいと新技の習得に力を入れているらしい。

 

「しかし意外・・・いや、必然か?」

 

「かもね。義経と弁慶、与一に最後の一人がS組に入ったから多分油断してたんじゃないかな」

 

S組にはトップの50人しか入れない。

 

その内4枠が突然取られたことで4名の脱落者が出ることになる。

 

士郎は彼女等の編入時ぶっ倒れていたので知らないが、弁慶は常に3位以上をキープしないと退学になるという。

 

「その代り川神水を飲めるんだったか・・・」

 

「そういえばあの後どうなったの?」

 

ビーチバレーに勝利した士郎は一子がいらないと言ったので総取りとなってしまったのだが・・・

 

 

 

 

 

 

 

『川神水、ねぇ・・・料理酒、って酒じゃないんだった。豆腐でも作るか?』

 

と、よりにもよってそのまま味わうのではなく料理の下味か豆腐を作る際の材料として使おうとしたところに弁慶がズシャア!!と滑り込んできた。

 

『待った!ちょっと待った!負けた私が言うのもなんだけどそれを味わわないで料理酒にするのだけは!というか豆腐にしようなんてなんてことを!!』

 

と弁慶が懇願するので、

 

『なんだ、これ好物なのか?』

 

『YES!!!これこの通り!ひょうたんの中は川神水!』

 

『すまない士郎君。弁慶は川神水には目が無くて・・・』

 

困ったように言う義経に士郎はふーむと考える。

 

『そういうことなら譲ってやろうか?』

 

『ふ、ふおおおお!!』

 

『ま、待ってくれ!義経達は一応負けた身なんだ。はいそうですかって受け取れ『主ぃ~~!!』うわああ!』

 

断ろうとする義経を弁慶が押し倒してコチョコチョしている。

 

『だ、だめだ弁慶!あはははは!!』

 

『今回だけは!今回だけは!!!』

 

と必死にくすぐって義経の口を封じて何度も頭を下げる弁慶。

 

『わ、わかった!わかったから顔を上げてくれ!周りがすごい目で見てるから!!』

 

とはいえ義経の言う通りはいどうぞ、では格好がつかないのも道理だ。

 

ということで、

 

 

 

 

 

「学食の手伝いを条件に全部あげたよ」

 

「ええ!?あれすっごいレアものだぞ!?飲まなくても売ってお金にすればよかったじゃないか!」

 

「あーそれはそれでもったいないな。折角もらったもんだし、好きな奴に呑ませてやった方が本望だろうさ」

 

それより、と士郎は教室に目を向けた。

 

そこにはまだ新しい生徒の姿はない。

 

(まぁA~Fの間に落ちるんだからここにくるわけじゃないだろう)

 

その眼にはしっかりと映っていた。

 

 

――――林冲 総合10位

 

――――不死川心 総合53位

 

――――番外 レオニダス王 総合25位

 

朝礼の鐘がなり、朝のHRが始まる。

 

「期末考査ご苦労だった。今日は期末考査の結果F組に入る者を紹介する」

 

と、梅子はテスト結果に労いの言葉をかけてから紹介する。

 

「では、入ってこい」

 

梅子の声に中々反応が無い。

 

「ん?おい不死川心(・・・・)!入ってこい!」

 

「「「・・・え?」」」

 

ピキ、と空気が固まった。

 

(なん・・・だと・・・)

 

(不死川・・・?)

 

皆が一様に混乱している。だが実は一番混乱しているのは士郎だった。

 

(あれ!?確かに総合得点はS組クラスだったけど林冲は俺のクラスに来るって言ってたような・・・というか不死川?なんで?)

 

実は事前に士郎は林冲から手紙をもらっており、つい先日衛宮邸の人払いの結界に惑わされて涙を浮かべてオロオロしている所を保護していた。

 

そうこうと混乱している間に着物姿の不死川心が死んだ魚のような眼をして教室に入ってきた。

 

「ほら、挨拶くらいしないか!」

 

「・・・不死川心じゃ・・・」

 

「「「・・・。」」」

 

悲惨な姿に皆何も言えない。確かに彼女はトップ50からこぼれた。

 

だが、よりにもよってなぜF組なのだろうか?

 

「先生ーなんで不死川がF組なんですかー?」

 

とヨンパチが直球の質問を投げかけた。

 

「うむ。実は私の受け持つF以外の組は定員オーバーなのだ。従って空きのあるここに受け入れとなった」

 

(なるほど。そういうパターンもあるのか)

 

よくよく考えてみればあり得る話だ。

 

今回の不死川心のようなパターンがないと一つのクラスに生徒が集中なんてことになる。

 

順位で分けられてはいるが、同率やほぼ同じ成績というパターンもある。

 

それに上の50人からクラスに入れていけば自然と空きはFしかない。

 

(でもそうしたら林冲はなんでS組に行ったんだ?)

 

非常に残念だが、不死川心には次のクラス分けテストまで頑張ってもらうとして。

 

 

 

~~~~S組~~~~

 

「それじゃ新入生を紹介するよ。はいどうぞ」

 

「り、林冲・・・です(あれ!?士郎は!?士郎がいない!!)」

 

「ふははは!不死川が落ちた代わりにお前が入ってきたのか!」

 

「これは素敵な方ですね。どうですか?お食事など・・・」

 

「こらこら話しが進まないからね。とりあえず・・・マルギッテの後ろに座って」

 

「は、はい・・・」

 

しょんぼりと肩を落として歩く林冲。

 

「S組に来るのは意外でした。あれだけ士郎に執着していたお前が士郎とは違う組に来るとは」

 

「ち、違う!私は士郎と同じ組に入るつもりだったんだ・・・」

 

またもしょんぼりと肩を落とす林冲にマルギッテも首を傾げる。

 

「?ではなぜF組に行かなかったのですか」

 

「士郎はF組なのか!?だってすごく物知りだし知識もすごいし・・・それにロンドン留学までしたのに・・・」

 

「・・・もしや、士郎があえてF組に居座っていることを知らなかったのですか」

 

「え、えええ?なんでだ?」

 

「士郎は優秀なS組でしのぎを削るより、仲間達のいるF組でのんびりと過ごしているのです。聞かなかったのですか?」

 

その言葉に目を白黒とさせた林冲は机にべちゃっと倒れた。

 

「・・・絶対S組だと思ってたから聞かなかった」

 

「はぁ・・・お前は何処かそそっかしいですね。よくそれで梁山泊で傭兵などできたものだ」

 

とマルギッテもため息をついた。

 

 

~~~~S組 終~~~~

 

 

「では次の授業から本格的に一緒に活動することになるからな。皆思う所はあるだろうがイジメなどは許さないから覚悟しておけ」

 

と締めて梅子は朝のHRを終えた。

 

「・・・ッ!」

 

ガタッ!と終わると同時に不死川心が教室から出て行った。

 

「あーあ。ありゃあ相当きてるな」

 

「だろうぜ。散々俺らの事を猿だなんだと馬鹿にしてきたからな。いい気味だぜ」

 

「でもああいうのいると正直困るのよねー。むしろ早くSに帰ってくれないかしら」

 

とキャップの声を皮切りにガクトと千花が言った。

 

「ダメですよ千花ちゃん!同級生なんですから仲良く行きましょう?」

 

「でも散々馬鹿にされてきたんだよ?そう簡単に許せないよ」

 

モロがそう言った。彼は仲間、友達を脅かす存在にはかなり冷たくなる。

 

(自業自得と言えばそうなんだが・・・彼女にはこれを良い機会に変えてほしいな)

 

なんとなく根は悪い子ではない気がするのだ。

 

ただあまりにも箱入り過ぎて周りが見えていないというか、傲慢になってしまっているだけだと士郎は思っていた。

 

「不死川嬢がF組へですか。確かに彼女は我らのクラスに度重なる暴言を吐いていましたが・・・それは井の中の蛙だっただけのことだと私は思うのです。ですからお嬢さん方、ここは私の顔を立てて勘弁してやってくれませんかな」

 

レオニダスが腕を組んで真面目な顔で千花やガクトに言った。

 

「まぁ先生がそう言うなら・・・」

 

「レオニダスさんにそう言われちゃうとね。確かにそうかも」

 

「ありがとうございます!レオニダスさん!」

 

委員長でもあり、F組の良心である真与がレオニダスを見上げて言う。

 

「いえいえなんの。私も最初から王で、なんでも手に入る地位にあったならあのように傲慢になっていたことでしょう。スパルタでそれはあり得ないと思いますがね」

 

「そういえばレオニダスさんはどうして王様になったんですか?」

 

「今まで聞いたことなかったな。どうしてなんです?」

 

と皆が聞き耳を立てる。

 

なにせ古代ギリシャで王様になった本人からの証言だ。

 

その辺の学術書など全く意に介さない真実が本人から聞けるのだから。

 

「私が王に、いや優れた指揮者になった理由?簡単です――――」

 

(あ、やべ)

 

士郎は致命的(歴史的に)なことを言おうとしていることに気が付くが、時すでに遅く。

 

「スパルタには私以外に、計算の出来る男が居なかったからですよ」

 

「「「・・・え?」」」

 

(言っちゃったよ・・・)

 

後に一部の人間が提唱する、なぜレオニダス王は王となったのかという質問の回答に、『彼しか計算のできる男がいなかったから』と答える者が多数増え、大口論となるのはまた別なお話。

 

(それはそれとして、まずは林冲と合流するか)

 

今頃彼女も何事かと混乱しているだろう。

 

とりあえずそう結論を出して士郎はS組へ向かうことにした。

 

50位内に入っていたので恐らくそこだろう。

 

「なになに、S組に行くの?」

 

「俺たちも行こうぜ!」

 

「新しく入った奴確認しとかないとな」

 

大和達が一緒についてくるようだ。ここはレオニダスに任せてS組に向かうとしよう。

 

「一体どんな子なんだろうねー」

 

「綺麗な女の子だといいなぁ・・・」

 

「早速決闘してみたいな!」

 

「・・・。」

 

言えない。知り合いで、しかも梁山泊の凄腕なんて言ったら絶対決闘になる。

 

(後はガクトがなーまた大反応するだろうなー)

 

林冲は身内贔屓しなくても美しい人だろう。少し涙もろいのだが。

 

「士郎!!!」

 

「おう!林ちゅおわあ!?」

 

いきなり抱き着いてきた彼女に驚く。

 

「大丈夫か!?怪我してないか!?」

 

「落ち着け林冲!まだ朝のHR終わったばかりだぞ!?」

 

そんなにすぐ大怪我してたまるか!と士郎は思う。

 

「なんだよ士郎の知り合いか!」

 

「あれ?確か前にお姉さまが言ってた人だわ」

 

「なに?それじゃあモモ先輩も知ってるのか?」

 

「つーかてめぇ!こんな美人と知り合いとか一体どういうことだよ!」

 

「ああもう!林冲もガクトも落ち着け!それよりも林冲、どうしてというか・・・なんでS組に?」

 

血涙を流すガクトと怪我がないかペタペタ触ってくる林冲をとにかく落ち着けてなぜ彼女がS組に行ったのか聞く。

 

「そうだ!なんで士郎がF組だって教えてくれなかったんだ!?てっきりS組だと思って勉強してきたのに!」

 

「なんでって・・・聞かれなかったからてっきり知ってるもんだと思ったんだよ」

 

そもそも彼女は自分を追いかけてきた時、衛宮士郎の情報を洗っていたはずだし、学年やクラスに関しては特に隠してもいなかった。

 

さてなんでこんなことになったのだろうか。

 

「大体、手紙にも俺が二年F組だって書いてあっただろう?」

 

「えっ?手紙に?」

 

「・・・。」

 

どうやら見落としたようだ。きっと二年生という所に目が行ってクラスを見落としたとかその辺だろう。

 

「林冲・・・君は本当にそそっかしいな・・・」

 

「う、う~・・・」

 

実を言うと、林冲は士郎の手紙が来るたびに嬉しさでベッドの上をゴロゴロしながら何度も読んでいた。

 

だが、嬉しさのあまり手紙の内容がきちんと頭に入っておらず、士郎がどんな生活をしているとか、どんな体験をしているかなどは一字一句逃さず覚えていたのだが。

 

肝心の士郎自身のステータスの事を彼女は見逃していたのだ。

 

それもそのはず。彼女は士郎の周りにいる人間の中で最も彼と秘密の会話をし、濃密な時を過ごした人間だ。

 

故に士郎の事は既に知っているつもりでいたのが今回の原因だ。

 

「気にするな、と言っても気になるだろうから、むしろおめでとうと言わせてもらうよ。この学園のテストは厳しい。その中で総合10位なんて中々取れるもんじゃない」

 

涙目の彼女の頭を撫でながら苦笑をこぼす士郎。

 

「・・・次のテストは無回答で提出する」

 

「それはやめなさい。いくら何でも問題過ぎる。それは君の経歴に傷をつけることになる」

 

「でも士郎はF組にわざといるんだろう?」

 

先ほどマルギッテから言われたことを問い詰める。

 

「そうだよ。でもこれは俺がそうしたいからそうしているだけだ。本当のことを言うなら今回の期末できちんと上を目指すべきだったんだろうさ」

 

「「「!」」」

 

川神学園S組の学歴はとても大きいものだろう。なにせマンモス校である川神学園の学年50人しか入れないクラスに滞在するということは常に高学歴を維持し続けているということだ。

 

他のクラスが何人なのかは分からないが、大抵25人か50人だろう。FとSを除くとA~E組まであるとして全てのクラスを50人で分けたら350人の同学年生徒がいることになる。

 

350人中50人の中に入るのは相当な努力が必要になるだろう。

 

しかも少しでも油断すれば今回の不死川心のように真っ逆さまになるのだ。

 

「もちろんF組に50人も生徒がいるわけじゃないから違いは出てくるけどな。今後の事を考えるなら間違いなくS組を維持した方がいい」

 

「それじゃ士郎を守れないじゃないか」

 

それでも納得がいかないと林冲は不満げだ。

 

「そういうことなら、尚更林冲にはS組に居てほしいな。何かとFとS組は対立することが多い。だから味方である君が相手の懐にいるのは凄く助かる」

 

これが生死をかけた戦いならいざ知らず。ただの組み分けなのだからこれくらいは彼女の気持ちをずるく使わせてもらってもいいだろうと士郎は苦虫を嚙み潰したように思った。

 

当然、彼女の気持ちを利用しているということに腹が立つが、こうでもしないと彼女は本当に次の試験で無回答提出をするだろう。

 

それでは余りにもよろしくない。彼女が梁山泊としての活動を続けるのかは分からないが、傭兵稼業以外で生活しようとすると学歴は一つの切り札になってくる。

 

それをむざむざ捨てるのは良くないだろう。

 

(なあなあ。もしかしてこの林冲・・・ちゃん?京と同じ人?)

 

(そうねー完全に士郎の事しか頭にないって感じ)

 

(ぐぬぬ・・・自分だって大和の事・・・)

 

(だろうね。だからガクト、ナンパはやめときなよ。絶対酷い思いするよ)

 

(私は大和がいればそれでいいから)

 

(ちくしょー!なんでこう士郎ばっかもてるんだよ!!!)

 

コソコソと二人の邪魔をしないようにファミリーは密談する。

 

(まぁいつものことじゃないか。・・・そろそろ士郎、背中からズタズタにされそうだけど)

 

大和はそう思うことにした。

 

「とにかくそういうことで一つ頼む。だけど戦場でそういうことは絶対しないし、してほしくないから忘れないでくれよ。今回はただのクラス分けだからだ」

 

「・・・わかった。授業以外は士郎と一緒だから我慢する」

 

と林冲は何でもないように言ったが、

 

「「「授業以外?」」」

 

「あ!」

 

やべぇと思ったがまたもや時すでに遅し。

 

「ああ。士郎の友達のみんなだな。うん。私は士郎の家にホームステイしてるから・・・」

 

「士郎」

 

「くるぞ」

 

「お姉さまと」

 

「まゆっちが」

 

「それと」

 

「死ねッ!!!」

 

見事な連携で言葉を紡ぐみんなに士郎は頭を抱えた。

 

(これは非常にまずいのでは・・・?)

 

何故百代と由紀江が来るのかは分からないが、とりあえず美少女のホームステイ先が青少年が一人で住んでいるところというのはまずかろう。

 

「衛宮士郎!今の話は本当ですか!?」

 

「し・ろ・う~!私も詳しく聞きたいにゃ~!!」

 

「うおおお!?マルに百代!?なんでここに・・・というか百代!お前どうやってここに来たんだ!!!」

 

物凄いスピードとイイ笑顔で現れた百代と、既に眼帯を外してガチで追いかけてくるマルギッテに士郎は思わず逃走する。

 

「こうに決まってるだろ!モモワープ!」

 

「その技はもう見切った!」

 

一瞬ブレーキをかけ、廊下を直角に曲がる士郎。

 

百代は士郎が減速した地点に現れた。

 

「チッ!もう私のワープを破るなんて手癖の悪いやつだ!」

 

「手癖もなにもあるか!!目標座標に物理法則無視して飛んでくる方が手癖悪いだろ!!!」

 

ワープである以上、A地点と飛ぶ先のB地点が無ければ成立しないのはよく考えればわかることだ。

 

・・・物理法則とか慣性の法則とかとっても大事な物を無視してだが。

 

結局、士郎は休み時間の度に百代に(マルギッテは林冲に事実確認をしていた)追いかけまわされる羽目になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そうしてやっとこさやってきた昼休み。

 

今日も今日とて衛宮定食は大繁盛である。

 

「衛宮定食!」

 

「はいよー。大将!定食一人前!」

 

受付に立った弁慶が後ろの厨房にいる士郎に注文を飛ばす。

 

「だから大将はやめろ!ほら上がったぞ!」

 

文句を言いながら士郎は高速回転で定食を仕上げていく。

 

弁慶がなぜこうして受付をしているのかは、先ほども話したように川神水大吟醸を貰うためだ。

 

一度に全部渡しても良かったのだが、弁慶がなくなりそうな時、その都度貰いに行った方が楽しみだということで、全て渡しきるまで彼女はこうして士郎の手伝いをしていた。

 

「いいじゃん。定食だけとはいえもう小料理屋みたいなもんでしょ?もしくは居酒屋」

 

「それでもこっぱずかしいんだよ!というかなんで居酒屋なんだ!」

 

そこはまだ料理所とかにして欲しかった士郎である。

 

「ふはは!我、顕現であるぞ!」

 

「遂に紋ちゃんも来たかー。やっぱり衛宮定食?」

 

「もちろんである!あと、初めての人間はデザートがもらえると聞いたぞ!」

 

「そうだったね。大将ー!今日のデザートはー!?」

 

大将じゃない!デザートは特別出店のミニくずもちパフェだー!

 

と奥から声が飛んできた。

 

「だって。紋ちゃんくずもちパフェ好き?」

 

「大、大、大好きである!嬉しいぞ!」

 

「ほう。ついに川神の名産品も取り込んだのか。衛宮士郎め、やるな」

 

「おっと、ヒューム爺さんもいたんだよね。二人ともデザートは良いとしてトッピングは?」

 

音もなく紋白の背後にいる金髪執事に驚く弁慶。

 

「納豆、ふりかけ、生卵があるよ。ただ初回はデザートが付くから無い方がいいって大将が言ってたけど」

 

「なら我はノーマルでもらおう!ヒュームは?」

 

「私は生卵付きで」

 

「了解ー生卵も一個ねー!」

 

おーう!と声が飛んできたのを確認して紋白たちには横にずれてもらう。

 

「次の人どうぞー!」

 

「衛宮定食、生卵付きです」

 

「えーとマルギッテ、だよね。了解ー大将ー!生卵付き一丁!」

 

と、受け付け嬢が現れたことで注文は大加速。

 

裏で調理する士郎はてんてこ舞いである。

 

とはいえそこは士郎。大量の注文も素早くこなしていく。

 

ましてや今回はミニのくずもちパフェまで盛り付けなければならないのでとにかく忙しい。

 

「士郎は大丈夫ですか?」

 

マルギッテの問いに弁慶は少し困った顔をした。

 

「状況的には大丈夫じゃないんだよねー。なにせ大将一人で回してるから。でも嬉しそうにやってるから文句も言えないのさ」

 

彼の定食は本当に人気であるが数は50名分しかない。

 

50名と言うとクラス上限であるので一クラス分を出したら終了し、残ったデザートは食堂のお姉さま方に託すのだが、今回はパフェということもあり、今日は放課後も士郎がやらねばならない。

 

「くずもちパフェですか・・・お嬢様も好んで食べていると言っていましたがあれは確か、仲見世通りにあるカフェのものでは?」

 

「うん。なんかよくわかんないけど、宣伝してくれって頼まれたらしいよ。いつもは大将お手製のゼリーやらコンポート、プリンとかなんだけどね」

 

「なるほど。それでミニくずもちパフェですか。今日の放課後はそこまで決闘騒ぎにはならなそうですね」

 

マルギッテの言う通り、今日は放課後のデザート大決戦はほとんど無いだろう。

 

なにせ仲見世通りに行けば大きな本物を食べられるのだから。だが、現金ではなく食券で何とかしたい者達からすればまたとない機会かもしれない。

 

「お待ちどうさん!衛宮定食ノーマルと生卵付きと初回デザート二つ、あと普通の生卵付きだ!」

 

ぱっと裏から出てきた士郎が三つの定食をもってやってくる。

 

「お?なんだ初回の人って紋白ちゃんとヒューム爺さんか。確かに初めてだったな。マルギッテはいつも通り、だな」

 

「お、おおお!本当にくずもちパフェである!大きいのもいいがこのちっちゃいのも良いな!」

 

「待たせすぎ、ではないな。むしろ早い。それにこのクオリティ・・・宣伝を依頼されるわけだ」

 

「いつもながら見事です。ですが無理はしないように」

 

いつも通りの忠告をしてマルギッテと紋白とヒュームは去って行った。

 

「弁慶何だかんだ受付嬢、板に付いてるじゃないか」

 

次の準備をしながら士郎は言った。

 

「まぁね。バーでアルバイトとかしてみたいし、その予行練習と思えばなんでもないよ」

 

「バーねぇ・・・本当にお前は飲兵衛だな。20になったら何を一番に呑むのか考えておいた方がいいんじゃないか?」

 

今は川神水で我慢しているが、飲める歳になったら間違いなくカパカパ酒瓶を開けそうだ。

 

「ふっふーそれはもうやってる。クラウ爺とか従者さんにお願いして空になった酒瓶をコレクションしてるのさ」

 

「酒瓶をコレクションって・・・」

 

これは相当の好き物である。本来なら逆に飲みたくなって仕方ないだろうに。

 

「こう、こんな味なのかなーあんな味なのかなーとか肴はこれにしようかなーとか考えるのが良いのさ」

 

「なるほど。確かにバーや居酒屋向けの思考だな」

 

居酒屋などの酒をメインに取り扱う店ではうってつけの好みだろう。客層に合わせてオススメや説明も出来るし、何より本人が酒の味にこだわりを持っているのだから。

 

「さて、話はここまでだ。そろそろ次の分がすぐ出せる。あと少しだから頑張ってくれよ」

 

「もちろんさ!マルギッテとかも言ってたけど無理はしないでよ、大将」

 

「だからそれはやめてくれ・・・」

 

苦笑をこぼしながら、卒業したら道楽で店をやるのもいいかもしれないと思う士郎だった。

 

 

 

 

 

そして放課後。予想通り今日のデザート争奪戦はそこまで激戦ではない。

 

「とはいえ、やっぱりやってるんだから本当に決闘が好きな学園だ」

 

食堂でぼーっと決闘の結果待ちをしている士郎は考える。この学園に来てもうすぐ半年だ。

 

最初はどうなることかと思ったが、何とかやっていけてることに、そして得難き仲間が出来たことに感謝する。

 

「ささ、お座りください。今日は私がご馳走しますので。マスターのデザートは絶品ですよ」

 

「うむ・・・」

 

と、相変わらず似合わない学生服のレオニダスと、着物お団子ヘアーの不死川心が食堂にやってきた。

 

(これは、追加で何か作っておいた方が良いな)

 

視線を合わせてくるレオニダスに頷いて返事をし、士郎は二品別にデザートを作り始めた。

 

本来ならこんなことはしないのだが、今回ばかりは特別だ。彼女の落ち込み具合は大分酷いものだ。少しくらい元気づけてやっても罰は当たらないだろう。

 

「お待ちどうさま。くずもちパフェは出せないけど、特別にこんな物を作ってみたぞ」

 

それはくずもちではないがイチゴと生クリームに、急遽用意したバニラアイスとスナック菓子を盛り付けたいわゆる普通のサンデーパフェだった。

 

「おお!これは実に美しいですな!果実の彩にこの白いミルクベースの菓子!我がマスターながら結構なお手前で」

 

「そう言ってくれるとありがたい。それよりどうしたんだ?レオニダスと不死川が一緒なんて珍しいじゃないか」

 

自分用にインスタントコーヒーを持ってきて一緒に座る。

 

「それが、ですな・・・不死川嬢がどうしても今回のことに納得がいかぬと申しておりまして」

 

「・・・。」

 

分かっていたことではあるがやはり、と言うべきか。

 

黙って俯く彼女は本当に生気がない顔だ。

 

(これは、もしかしたら学長の所にも行って直談判して断られたな)

 

士郎の予想は当たっていた。朝のHRが終わった後、彼女はすぐさま学長の所に行き、不服を申し立てたが、

 

『成績は金では買えん。それがこの学園の流儀じゃ』

 

とすっぱり断られたばかりか相手にもされなかったのだ。

 

(ふむ・・・こうした時はどうしたものか)

 

恐らく彼女はS組であること、そして自分がいわゆる金持ちの貴族階級であることに相当な自信とプライドを持っていたのだ。

 

それがちょっとした油断で一番下のクラスに落とされ、家柄を重視することも相まって尚更自身がF組になったことに納得というか、心の整理がつかないのだ。

 

(普通なら誰にだって起こりうることだ、これをバネに立ち上がれ、とでもいう所だろうが・・・)

 

この様子から見るに、その辺はもうレオニダスが言っていることだろう。

 

そこで士郎は切り口を変えてみることにした。

 

「不死川心。君に聞きたいことがあるのだが、いいかね?」

 

「・・・。」

 

返事はない。だがのっそりとこちらに顔を向けた。とりあえず話は出来るようだ。

 

「辛いのは見てわかるのだがね。君は家柄を特に重視していると聞いた。間違いないかな?」

 

「・・・(コクリ)」

 

「ふむ。そしてF組の人間は大した家柄のものもおらず、S組のようなエリートではなく雑兵にすぎない。と捉えていることも間違いないかな?」

 

「ま、マスター・・・!」

 

流石にこれはF組のメンバーには聞かせられない内容だが、好都合なことに今学食には士郎とレオニダス、不死川心以外誰もいない。

 

そして彼女はもう一度頷いた。

 

「では聞こう。不死川心、仮にだ。君は家柄や頭脳で相手を見下したりしているようだが、君が今もS組にいたとして、周りすべてが九鬼の人間・・・あるいは自分より遥かに発言力のある家柄だった場合、君はどうするのかね?」

 

「え・・・?」

 

それまで感情の無かった彼女に初めて戸惑いの声が発せられた。

 

「もう一つ聞こう。君がS組で常に50番だった場合はどうかな?確かにS組には居るが、常にその中の最下位だ。その場合は?」

 

「それは・・・」

 

今まで考えたこともなかったのだろう。すぐに返答は返ってこなかった。

 

「君のそれは、不特定多数の人間を敵に回す行為だ。それを自分より発言力の高い人間・・・まぁ、九鬼くらいだろうが、彼らだけ(・・・・)に囲まれていた場合君はどうする?」

 

「・・・。」

 

考えているようだが答えは出ないのだろう。また俯いてしまった。

 

「君の事だ。対等に渡り合おうとするだろうが間違いなく相手にされないぞ。理由は二つある」

 

そう言って一度コーヒーを飲んで喉と口を潤わせた。

 

「一つ。君が今F組に抱いているのと同じことをS組の人間全てが君に対して思うからだ」

 

「う・・・」

 

自分のやっていることだ。容易に想像できたのだろう。顔が青くなった。

 

「そして二つ。君は不死川家のご令嬢だが、君自身はなにか成果や結果を出しているのかな?」

 

「成果や結果?」

 

今度は本当に分からないと彼女は首を傾げた。

 

「ある人物が言っていたことがあるのだが・・・『生まれた時から、初めから持っていた財や権力になんの誇りがあろうか。有難いことではあるがそれは自分の成果ではない。既に持っているだけのものを見せびらかして何が楽しいのか』とね」

 

言っていたのは当然九鬼揚羽だ。彼女は九鬼のトップではあるが一流のビジネスウーマンである。

 

ただ九鬼家の長女として生まれたからではなく、とにかく自分に任された仕事に誠実に、そして新しいことに挑戦していく彼女に聞いたことがあるのだ。

 

既にそれだけの財や地位を持ちながらそれ以上何を求めているか、と。

 

結果はさっき言った通りだ。結局、持っている持っていないではなく、自分の成果や努力の結果生み出されたものこそ誇るべきであり、最初から持っているものを誇示した所でなんの価値もないということだ。

 

「君の立ち振る舞いを見ればわかるが、貴族のご令嬢としての厳しい訓練は積んだのだろう。だが、この世の中に対し君はなにか自分の成果と言えるものを出したのか?」

 

例えば九鬼英雄だが、彼は成績がいいだけでなく、きっちりと九鬼の経済部門統括として様々な仕事をこなしている。

 

それも学園に通いながらだ。寝る暇などほとんど皆無だろう。学園に日中のほとんどを費やし、成績を維持するために勉強し、さらにミスの許されない仕事の管理だ。

 

どう考えても彼は一日が24時間では足りない類の人だ。

 

では不死川心はどうだろうか?彼女は不死川家を、その地位と財を誇示するほどの何かを彼女はしたのだろうか?

 

冷たい言い方だが貴族令嬢の振る舞いなど出来て当然なのだ。その世界にいる限りは。

 

そこにいるだけで必要となる絶対条件というものがこの世には存在するのだ。

 

傭兵なら戦力、戦闘力を。情報屋ならば売った情報から常に身を守る保身を。政治やビジネスならば売り込みのテクニックや情報収集など多岐に渡る。だが、必ずその世界ごとの最低条件というものが存在するのだ。

 

不死川心が陣頭指揮をとった何かがあるとは一度も聞いたことが無い。あるのかも知れないがこうして彼女の口から出てこない以上、無いのと同じだ。

 

「不死川心。君がいるここは学園だ。正念場ではない。ここは通過点だ。どのような通過点を通ろうが構わないが、私は様々な経験が出来る通過点をオススメするがね」

 

「様々な経験・・・?F組で一体なんの経験が・・・!」

 

ようやく目に光が戻った。それが怒りであろうが何だろうが構わない。まずは気を持ち直させることが重要だ。

 

「視野が狭いぞ。S組とF組のそもそもの違いは?」

 

「成績が良いか悪いかじゃろう?それくらい知っておるわ」

 

「ではS組にいることのメリットとデメリットは?」

 

「それは・・・常に競争できること・・・デメリットはそれにかかり切りになること・・・か?」

 

「君はそう考えるのだな。もちろん正解などないので君がどう感じているかが問題だ。ではF組のメリットとデメリットは?」

 

「それは・・・頭の悪い者達と同じ場所にいること・・・あれ?」

 

ふと、不死川心はポカンと口を開けて固まった。

 

「そら。もう既に一つできたじゃないか」

 

「本当じゃ・・・S組ではなかった時間(・・)がある!」

 

S組は確かに後に高学歴を示すことが出来るが、同時にそれは勉学にかかり切りになるということ。

 

もちろん全ての人間がそうではないが基本的にはそうである。

 

ではF組はどうか。F組は成績が悪いという代名詞が付くが、その代り有り余るほどの自由な時間が与えられる。

 

「時間とは何にも代えがたいものだ。過ぎた時間は戻せない。だが、時間をどう使うかは好きに決められる。なら、やりたいこと、やれることの幅が飛躍的に広がるのではないかね?」

 

そう言って士郎は二人のパフェを示した。

 

「そら、話しをした時間でパフェが良いころ合いだぞ?」

 

「おお、これは――――」

 

一番上で溶けたバニラアイスが下に流れていい感じに具材とミックスされている。

 

「これ以上はクリームもなにもグチャグチャになってしまうだろう。まずは目先のものから片付けてはどうかな?」

 

「むむ・・・」

 

何処か納得がいかぬという顔をしながら彼女はパフェにスプーンを刺した。

 

そして、

 

「・・・!」

 

ぱあっと笑顔を浮かべて黙々と食べ始めた。

 

「これは良いですな~!疲れた頭脳に糖分が実に心地いい!それにこのイチゴ・・・酸味と甘みのバランスが至高です!!」

 

もともと酒よりミルクが大好きなこの男的に言えば意外と好物の塊だろう。バニラアイスも生クリームも元は牛乳からできているのだから。

 

「喜んでくれたようで何よりだ。折角時間が出来たのだから色々やってみると良い。S組に戻りたい気持ちが強いだろうから勉学に励むのもいい。それ以外にも友達を作るなり、家の仕事に関わらせてもらうなり、アルバイトをして社会経験をしてみるのもいいだろう。S組から落ちたのは残念だが、その代り君には膨大な時間の自由が約束された。無駄にするのは愚の骨頂というものだ」

 

士郎はカップを持って立ち上がった。

 

「さて、私は厨房に戻らせてもらうよ。なにせそろそろ決闘が終わるころだろう。甘味を求めて人がくるのでね。なにか悩みができたらまた勝手に独り言を喋ろう。では――――」

 

そう言って去ろうとする士郎に、

 

「待て!」

 

心から待ったがかかった。

 

「なにかな?」

 

「その・・・えっと・・・ありがとう・・・なのじゃ」

 

その言葉にクッと笑って、

 

「どういたしまして」

 

と、返して今度こそ彼は厨房に戻った。

 

 

――――再会した者とイカロスの如く落ちて来たもの。二人の入れ替わりは神の悪戯か、本人達の実力の結果か。まだまだ学園生活は半ばに入ったばかり。これからも騒動には事欠かないだろう。

 

 

 

 

 




今回はなんとか早めに投稿できました。

感想、誤字報告本当にありがとうございます。誤字ははもうね、頑張ってるんですけどね…PCで書いてるとこの漢字どう書くんだっけーは無いんですけど、やべぇ候補がめっちゃあるどれが正解?なんてことがあったりして。その辺を直している内に「っっ」とか「~にに」とかなっちゃってて…ほんと書くの難しいですね。

次回は士郎が葉桜先輩に約束した通りの場面になります。

え?林冲ちゃんと心がソフトタッチだろうって?大丈夫ですだって今2年生ですから(笑)では!


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西楚の覇王/赤原を行く猟犬

皆様こんばんにちわ。相変わらずドン亀更新の作者です。

今回の話を書くにあたり、できれば皆さまに準備していただきたいものがあります。

YouTubeでもニコニコでもお持ちのサントラでも良いのでエミヤ♯2を準備していただけるとより楽しめるかなぁ~と思います。

走りますよ~猟犬が。

では!


――――interlude――――

 

川神学園教師陣の間である話題が話し合われていた。

 

「最近摸擬戦の復活を求める声が強まっていまス」

 

そう告げるのは川神院師範代であり、最近すっかり二年生の体育をレオニダスに乗っ取られてしまった(一応現場にはいる)ルーだ。

 

「摸擬戦?WHAT?それはどういったものですか?」

 

聞くのは大きな体躯にスーツを着たカラカル兄弟の兄、ゲイルだ。彼は元々、弟のゲイツと共に百代への挑戦を目当てに来日したのだがあっさり瞬殺され、それ以降英語担当教師として日本に在日している。

 

「摸擬戦は中規模な集団戦ですね。150ぐらいずつ東西に分かれて、集団による一斉戦闘を行います。軍を壊滅させるか、大将を倒した方の勝ち」

 

説明をしてくれたのは小島梅子だ。この説明にルーが続ける。

 

「個人の能力と同じくらい大将の指揮能力と作戦能力が問われるネ」

 

「これが大規模な集団戦になると『川神大戦』と呼ばれるものに変化します」

 

「まぁ川神大戦は予算もかかるんで滅多には出来んわい」

 

「しかし、中規模な摸擬戦なら学園内でも出来るのでは?義経達が来たことで復活の声に勢いがありますヨ」

 

「義経達と一緒に戦いたい・・・または戦ってみたいという武士の血が騒ぐのでしょう」

 

と梅子は言うが、これを聞いた士郎はどう思うだろうか。

 

隔絶的な力を持つ彼は戦闘自体を好いてはいない。だが摸擬戦、あるいは川神大戦が行われれば否応なしに巻き込まれることになるだろう。

 

その時彼はどうするのだろうか。

 

「いいですねー。面白そうではないですか」

 

「集団戦でこそ輝く人材というのもありますしネ」

 

「・・・色々と面倒ごとも増えるけどな。ここは慎重にやった方がいいと思いますけどね」

 

と消極的なのは宇佐美巨人だ。

 

摸擬戦はれっきとした戦闘になるのでルールの設定、怪我人への対処、在学生、特に摸擬戦へ参加する生徒の親御さんに対する文書や対応、集団リンチなどによる警戒など本当に様々な対処を求められる。

 

「うむ。いつもなら例年通り摸擬戦復活は却下じゃが今回は検討してみてもいいかもしれんな」

 

やはり何より義経達の影響が大きいのだろう。鉄心も無下に却下とはしなかった。

 

 

 

――――後に、これが大規模戦闘になるとはこの時誰も思っていなかった。

 

 

 

――――interlude out――――

 

「――――」

 

狙いを定める。多摩大橋(変態の橋)に出現する変態を士郎は学園の屋上、さらにその上の給水塔の上から射る。

 

狙いは違わず。目標の急所に的中し、気絶させた。

 

気絶させた変態を九鬼の従者達が運び出していく。見えないだろうにこちらに向かって手を振っているあたり、自分には見えていることが知れているのだろう。

 

なぜ彼がこんなことをしているのかというと、最近義経達が現れたことで変質者が登下校を狙ってくることが多くなったのだ。

 

なにかと朝早く登校する彼は、依頼や頼まれごとを放課後に回して朝はこうして変態を撃滅している。

 

「すごいな士郎は。一体何処まで見えているんだ?」

 

屋上の入り口に見張りの様に立った林冲が言う。

 

「さて、ここから橋のタイルの数くらいは見て取れるが」

 

何でもないように言って彼は投影しておいた大量の矢を射っていく。

 

元は投影品ではない矢を使っていたのだが、回収してくれる九鬼の従者さんに申し訳なくて事前に学園で使う矢のレプリカを大量に投影してストックしているのだ。

 

投影品ならば回収の必要はない。中った後は消せばいいのだから。

 

「橋のタイルって・・・ここから一キロ以上あるのにそんなに鮮明に!?」

 

それを聞いた林冲は度肝を抜かれた。

 

多摩大橋に使われているタイルはとても細かく、到底この距離から見えるものではない。

 

(そもそもここからさっきの標的まで1キロ半はあった。士郎は一体何処まで見えているんだ!?)

 

彼にとって学園の周囲4キロは射程範囲に過ぎない。見るだけならもっと行くし、宝具を使う場合はさらにその限りではないことを彼は言わない。

 

総理官邸防衛の時には見せてしまったが、本来軽々と見せるものではないのだ。

 

「えっとここかな・・・」

 

「!」

 

スッと林冲が槍を構える。士郎は自分の手札を晒したがらない。だから彼女は見張りとしてここにいた。のだが、

 

「構わん林冲、通してほしい」

 

未だその鷹の目は橋を見据えている。だが最近身に付けた気を感じ取る能力で誰が来たのかすぐに分かるようになった士郎は誰であるのかすぐに分かった。

 

「えっと・・・おはよう」

 

「おはようございます。葉桜先輩」

 

挨拶をしてすぐに扉を閉める林冲。

 

「えっと、衛宮君はなにをしているの?」

 

「すまない。今橋に出てくる馬鹿どもを狙撃するのに忙しくてね。葉桜先輩の正体についてだと思うが、間違いないだろうか?」

 

「え、狙撃!?ここから?どうやって?」

 

「この通りだが」

 

パシュン!とまた矢が放たれる。矢じりの部分が超弾性のゴムでできた矢は恐ろしいスピードで橋でナンパをかけている不審者の頭に命中する。

 

「中ったの?」

 

「ええ。九鬼の従者さんが回収してくれています」

 

何でもないように言って彼は黒い洋弓を下した。

 

「そろそろ登校も終わりだろう。後は九鬼に任せるとして・・・先輩の正体に関しては放課後ここでしましょう。今言ってもいいんですが、予想が正しければ多分――――」

 

「多分?」

 

「――――」

 

それ以上、士郎は何も言わなかった。ただ、何処か納得のいかない顔でなんでもないですよ、と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

昼休み、今日はここ最近できた衛宮定食定休日。

 

なんでも、やはり働きすぎということで数週間に一回衛宮定食を休む。その代り、学園側で少し高い、食券2枚で食べられるスペシャルメニューを準備している。

 

のだが。

 

「なんだか体育館裏が似合いそうな方々に囲まれたな」

 

なんとなく弁当を食べるのに日当たりが良い場所はないかと歩いていたら忍足あずみに捕まった。

 

「ああん?なんか文句あるのかコラ」

 

とメンチを切ってくるあずみだが、

 

「君はそのすぐキレる癖を直した方がいいと思うぞ。・・・それで、そちらさんの紹介はしてくれないのかね?」

 

士郎はそう言って近くのベンチに座った。

 

「ほんとにあずみの威嚇もなんのそのなんだなー。私はステイシーだ。ステイシー・コナー。序列15位だ」

 

「自分は武田 小十郎です。主に揚羽様の執事を務めています。序列は・・・その」

 

「お前の序列なんてあって無いようなもんだろうがタコス!それより、本題に入らせてもらうぜ」

 

小さく怒声(超難しい)を上げてあずみは士郎に問いかけた。

 

「お前、葉桜清楚の正体嗅ぎまわってるだろ」

 

と言ってきた。

 

「何を言うかと思えばそんなことか。嗅ぎまわるも何も私は既に答えを得ている。彼女に頼まれていたから今日の放課後教える約束をしているが?」

 

そう言い返して何でもないように弁当箱を開けて食事を始める士郎。

 

「テメェ・・・人が親切心で「グゥ~」・・・」

 

士郎の言い方にまたキレそうになったあずみが止まった。

 

「白状しろ。今なら軽くで済ませてやる。どっちだ?」

 

ビキリと額に青筋を浮かべて後ろにいる二人に問う。

 

「・・・。(右に指さし)」

 

「・・・。(お腹を押さえて赤面)」

 

「このダヴォがああ!!」

 

「ぐはっ!すみませんあずみさんッ!!!」

 

ドーン!と小十郎が吹っ飛んだ。

 

「何をしているんだ君たちは・・・仲間はぶっ飛ばすよりも支えてやるものだろうに・・・」

 

そう言って食べていた弁当をベンチにおいて吹っ飛んだ小十郎に手を差し伸べる士郎。

 

「大丈夫か?」

 

「え、ええ。ありがとうございます・・・」

 

その手を取って小十郎が立ち上がる。

 

「・・・。」

 

「どうかしましたか?」

 

握られた手を見て士郎は考えていた。

 

「武田小十郎・・・さんだったかな、失礼だが、貴方は序列がとても低いのでは?」

 

「!なぜそのことを・・・」

 

士郎は気を感じる訓練と共に百代の魔眼とまでは行かないが、相手の気の構造も解析する癖を付けたのだ。

 

「はっきり言えば、貴方はとても不器用だろう?貴方の気の流れは恐ろしく滅茶苦茶だ」

 

気は生命エネルギー。全身を隈なく回っているが、流れ方にはやはり個性があることを士郎は解析をするにあたって知ったのだ。

 

腕力に自信がある者は両腕の方に。脚力に自信のある者は脚に。

 

もちろんそこに気の最大量や偏り方、回るスピードなど実に様々なのだが、この青年、何から何まで滅茶苦茶なのだ。

 

全身に隈なく行き渡っているわけでもなければ何処かに集約しているわけでもない。

 

もしこれが魔術回路だったなら間違いなく起動した瞬間死に至るほどに。

 

「ちょっと失礼。・・・よしこれならなんとかなるな。そこのベンチにうつ伏せで寝てもらえるかな?」

 

「あ、え?私の事は――――」

 

言われるままにベンチにうつ伏せになった小十郎に、

 

「はッ!」

 

グキ!

 

「ぐっは!?」

 

背中のある部分に刺突を入れる。

 

「な、なにを!」

 

「黙っていたまえ!舌を噛むぞ!後5か所ほどだ!」

 

グキ!ベキ!ゴキュ!ゴリ!グキリ!

 

「うああああああ!!!」

 

悲鳴を上げて小十郎はそのまま気絶した。

 

「ふう・・・これでいくらかマシになるだろう」

 

いい仕事をしたと額の汗を拭う。

 

「なにしたんだ?すっげーあぶねー音してたけど」

 

「少し気脈を整えただけだ。彼は妙に気の流れがおかしいというか・・・右足を前に出そうとするとなぜか気は左足に行くような・・・なんとも言えん状態だった」

 

「おお?つーことは少しはまともになんのか?」

 

「それは本人の努力次第・・・なのだが。忍足あずみ、なぜ私の弁当を食べているのかね?」

 

「あん?あたいの事を無視してそこの雑魚にかかり切りになってたからな。噂の衛宮さんちの今日のご飯はどうなのかと思ってよ」

 

ニヤニヤとそういうあずみの隣にはステイシーなる金髪の女性がおり、米粒を頬に付けている。

 

「・・・はぁ、美味しく食べられたのなら本望だ。で、本題は?」

 

ガクリと空になった弁当箱を回収して士郎は水筒のお茶を出す。

 

「お前が葉桜清楚の正体を嗅ぎまわってるって情報が入ったんだよ。・・・つーか、お前も普通に話してただろ。それを聞いて忠告に来てやったんだ」

 

そう言ってあずみは、ん、と手を出した。・・・どうやら茶もよこせということらしい。

 

「忠告ね。英雄の・・・いや、人のクローン技術はとても繊細だと認識してはいるがね。だがそれは九鬼が選び、九鬼が責任を負うべきものだろう?」

 

「そいつはそうだけどよー、うちにも面倒な奴・・・桐山鯉みたいのがいるんだよ」

 

「桐山鯉?・・・ああ、あの薄い青髪の青年か。一癖も二癖もありそうな感じはしたな」

 

そう言って返されたコップでお茶を飲む士郎。

 

「お?これはあずみにも春が「だまれ」はい、すみません」

 

きっと間接キスがどうのとからかおうとしたのだろうが如何せんこの二人、実は同い年である。

 

そんな子供のようなことでキャッキャするわけがない。

 

「とにかく、慎重にやらねぇとめんどくせーのが出てくるから気を付けろってありがたい忠告をしに来てやったわけよ」

 

「・・・。」

 

あずみの言葉にふむと考える士郎。おそらく、葉桜清楚の正体を明かすのはその忠告を全力で叩き割ることになるわけだが――――

 

「忠告はありがたいが、私の予想が正しければ君達にも出動要請がかかるだろうと思うのだが」

 

「はぁ!?テメェ一体何する気だ!」

 

「何を、と言われても正体を明かすだけだが」

 

食ってかかってくるあずみをよそに士郎はお茶を飲む。

 

「予定変更だ。洗いざらい吐きやがれ。ぜってぇろくでもねーことになる」

 

チャキ、短刀を二本構えるあずみに士郎は逆に言う。

 

「ろくでもない結果になるのは君たち九鬼のせいだ。そんなに言うなら何故彼女だけ元の人物を隠した。その反動が解き放たれるのではと私は危惧しているに過ぎない」

 

「反動?あたいらにも葉桜清楚の正体は知らされてねぇ。一体なんの問題があるんだよ」

 

士郎の言葉に心底分からんという表情をするあずみ。

 

「単純な話だ。君達九鬼はある人物からクローンを作ったが・・・手に負えるような人物ではなかったために本性を無理やり押し込めて隠したのだろう?出なければわざわざ彼女だけ隠す理由も、葉桜清楚自身が知りたいということにも答えない理由にもならない」

 

「・・・。」

 

あずみはしばし考えた。主である英雄様にも、揚羽様にも、紋様にも伝えられていない元となった人物。

 

少なくとも、彼の言葉からわかることは一つ。あの序列2位の武士道プランの提唱者は、やばいものに手を付けてしまって、それを都合よくひた隠しにしているということだ。

 

「なら、あたいらにもお前の答えを教えな」

 

「断る。個人のプライベートをそう易々と話すわけにはいかない」

 

もう一度短刀を構え、実際に首に突き付ける。だが、

 

「無駄なことはしない方が良いぞ忍足あずみ。君に私が制圧できるとでも?」

 

喉元に短刀を突き付けられ、ほぼゼロ距離でにらみ合う二人だが、士郎は涼しい顔をしているのに対し、あずみは額に汗が流れた。

 

命の権利を握っているのはあずみのはずなのに、有利なのは明らかに士郎だった。

 

「チッ・・・確かにあたいじゃ抑えらんねぇ。拷問した所でお前は情報を吐く前に死ぬだろうしな」

 

「拷問とは物騒な話だ。こんな学徒を拷問して何が楽しいのかね?」

 

「残念だがあたいはドSなんだ。どっかの猟犬みたいにマゾじゃねぇんだよ」

 

と悔し気にあずみは言う。

 

「なら逆にしてやる。面倒ごとになるなら手ぇ貸してやるからあたいらにも教えろ」

 

「貸してやるもなにも、君達九鬼の責任だと言っているのだが。・・・まぁいい。丁度私も一応人手を借りている所だ。それに君達が加わってくれるのならヒントをくれてやってもいいぞ?」

 

「・・・ッ!」

 

メキリと短刀に力が入る。だが彼女は短刀を収めた。これだけお前たちのせいだと言われれば恐らく本当にそうなのだろうとあずみは考えた。

 

(うっへー。あのあずみに舌戦で勝ちやがんの。しかもさっきあずみが短刀突き付けた時薄ら寒いもん感じたぜ・・・)

 

黙って話の道行を見守っていた(巻き込まれたくなかった)ステイシーは背筋に冷たいものを感じた。

 

「わかった。必ず手を貸してやる。その代り教えろ。葉桜清楚の正体を」

 

ふむ、と士郎はポケットからメモ帳を出し、何事かを書き、あずみに渡した。

 

それを見たあずみはそのメモを受け取った。そして、

 

「お前・・・これ本気か?」

 

あずみは夏だというのに急激に気温が下がるのを感じた。

 

「本気も何もそこまでヒントがあって気づかないわけがないだろう。だから何度も言っている。何故この人物(・・・・・・)の事を隠した?今の葉桜清楚を見ろ。如何に歪んでしまったか想像がつくだろう?」

 

それが解き放たれる。彼女のルーツを喋るとはそういうことだ。

 

「これが事実だとして、お前はあたいらに何をしてほしいんだ」

 

「何をしてほしい(・・・・・)ではない。何をしなければならない(・・・・・・・・・)かだ。いい加減にしろ。これは自分たちに都合のいい育て方をした君達九鬼の責任だ。御せぬものに手を出し、あまつさえその責任を取らず彼女をいらぬ不安と恐怖に晒しているのは貴様らだ」

 

ゴクリとあずみは唾液を飲み込んでメモ用紙に火をつけた。

 

「話すのは今日の放課後だったな」

 

「ああ。放課後屋上で話す。・・・恐らく、一番被害が無いだろうからな」

 

「わかった。あたいらも動いておく。おい!そこの馬鹿を起こせ!」

 

「なんか分からねーけど了解。オラ!起きろ!」

 

「痛い!?」

 

いつの間にか脱力していい感じに眠っていた小十郎に蹴りをぶち込んで強制的に起こし、あずみ達は足早に去って行った。

 

「これで戦力は申し分ないが・・・彼女の正体を考えると――――」

 

切り札を一枚切らねばならないかもな、と士郎は思った。

 

――――ちなみにあずみが燃やしてしまったメモ紙にはこう書かれていた

 

清楚→西楚

葉桜→覇王

ヒナゲシの髪留め→虞美人草

スイスイ号→騅 

=西楚の覇王 項羽

 

 

――――interlude――――

 

風間ファミリーは士郎の相談を受けて放課後校舎の入り口付近で待機していた。

 

「士郎はなんでここで待っててほしいって言ったのかしらね?」

 

「理由もよくわかんなかったですね。葉桜先輩の正体を教えるからって言ってましたし・・・」

 

「でも武装して待てとはよくわからないぞ。まさか戦闘になるのか?」

 

「じゃないか?士郎が武装しろなんてことまず言わないだろう」

 

「戦闘とか、俺様達のイメージを崩さないでほしいなぁ」

 

「そうだね・・・紫式部とか清少納言だと思うんだけど」

 

「なんにせよ戦闘の予感が士郎にはあるんだろ。気を引き締めていくぞ」

 

「モモ先輩が張り切ってる・・・」

 

「俺もあんまいい予感してねぇんだよな・・・面白そうな空気は感じてるんだけどよ!」

 

と口々に士郎は一体どうしたんだろう?と話す風間ファミリーと、

 

「ええい、衛宮の奴此方まで遣い走りにするとはどういうことじゃ」

 

「まぁまぁ。マスターは貴女を信頼してこの場を任せたのです。ですからここは遣い走りではなく、重要戦力として呼ばれたのだと考え方を変えてはいかがでしょう?」

 

意外なことに不死川心が士郎の頼みを聞いてこの場に待機していた。・・・まだまだ世間に馴染めていないのでレオニダスのお守り付きだが。

 

「こちらあずみ。そっちはどうなってる」

 

「待機中の李です。今のところ変化なしですね」

 

さらに忍足あずみが地上で待機し、彼女の部下である李静初(リー・ジンチュー)とステイシーはヘリで空中待機である。

 

(衛宮の予想が正しければ間違いなくとんでもねぇやんちゃをする。全くあのババアにも困ったもんだぜ)

 

唯一士郎の答えを受け取ったあずみはこれ以上ない程警戒態勢を敷いていた。

 

あの後色々確認に走ったが、何分英雄や揚羽も知らないとなると従者の自分には知りえる情報などほぼ無い。

 

だが、最近、桐山鯉が拘束具のようなものを発注していることが分かった。

 

表向きはウェイトトレーニング用と書かれていたが十中八九、正体を知りつつある葉桜清楚の抑止力としてだろう。

 

そうまでして抑止したいということは士郎の回答が当たりである可能性が非常に高い。

 

(頼むからあんま暴れてくれんなよ・・・)

 

あずみの願いは残念ながら叶えられなかった。なぜならそう思った矢先に屋上から莫大な気が立ち上がったからだ。

 

――――interlude out――――

 

放課後。屋上で葉桜清楚の事を待っていた士郎は付いてきた林冲と話していた。

 

「それは本当なのか?士郎」

 

彼女の思わぬ正体に思わず疑ってしまう林冲。

 

「ああ。間違いない。ここまで出揃うとな・・・逆に他の候補が浮かばない」

 

士郎は腕を組んで考える。

 

「士郎は何を心配してるんだ?」

 

「当然彼女が自分を自覚した時のことだよ。多分、暗示みたいなもので元の人格を強制的に封印してるんだと思う。被害は正直どうでもいいけど、彼女の精神がどうなってしまうか心配なんだ」

 

責任は何を言おうが九鬼に取らせる。だが、強固な暗示で本来武闘派の人間を文学少女にしてしまったとなると、最悪多重人格のようになってしまうかもしれない。

 

「多重人格・・・そんなにまずいのか?」

 

「やばいなんてものじゃない。例えばAという人格とBという人格が形成されてしまった場合、まず両人格の記憶が互いに補完されない」

 

どういうことかというと、AがやったことをBは知らないということが起きるのだ。

 

肉体は一つなので他人はまずその違いが分からないし、Aが起こしたことについて何か問題が起きても、B人格の時はどうしようもないのだ。

 

「精神障害っていうのは本当に怖いものなんだ。出来るはずの事が出来なくなる。原因はどんなに追及しても出てこない。林冲なら少しわかるんじゃないか?」

 

「う・・・そうだな」

 

林冲は過去のトラウマに酷く苛まれていた。今では大分マシにはなったがトラウマがなくなったわけではない。

 

苦しい、辛いから直そうとしても、目に見えないもの、手に触れられないものは直しようがない。

 

それを林冲は知っている。それが彼女にも起こるのではないかと考えると寒気がした。

 

「それでも士郎は伝えるのか?」

 

林冲は一瞬、言わない方が幸せなのではないかと考えた。

 

「いいや。どうやら25歳になったら九鬼が教えるらしい。25歳といえばもう学生ではない。何かを起こしても誰も助けてはくれない」

 

「それは・・・無責任が過ぎないか?」

 

「だろう?しかも今の彼女は文学少女と言われるほど大人しい。本物の人物が本来どんな人物だったのかは判断できないが、間違いなく武闘派だろう。もう既に真逆とも取れる性格になってしまっているんだ」

 

もちろん誰が元であってもここにいる本人は別人だと士郎は考えている。

 

だがDNAを使っている限り、性格が元の人物に全く引きずられないということはないのだ。

 

そういう意味で義経達は良い育て方をされたと言える。源義経公のコピーではなく、同姓同名の別人としてきちんと今の人格が形成されている。

 

しかし彼女の場合はどうだ?本来の性格に封印をかけて本来必要な刺激を与えず、強制的に別な人格の様に形成してしまったのだから。

 

「多重人格になるか、片方の人格が消えてしまうのか・・・それとも一つの体に同居か融合という奇跡のようなことが起きるのか・・・どうなるかはわからない」

 

だが、と士郎は続けた。

 

「恐らく暗示が解けた時、彼女は大なり小なり暴れる。いや、言い方が悪いな、溜まりに溜まったうっぷんを晴らすだろう。19年分のな」

 

「・・・。」

 

なんて酷い仕打ちだろうと林冲は思った。自分たちの都合で生み出しておきながら、都合が悪いからと暗示まで使って封印された人格はどんな想いで外に出てくるのだろうか。

 

「その為の、戦力を下に集めたんだな」

 

「そういうことだ。何も起きなければそれでよし。何か起きても下には仲間達が待ち構えてくれている。ここには林冲もいてくれるしな」

 

そう言って士郎は林冲の頭を優しくなぜた。

 

「うん・・・どんなことが起きても私は士郎を守る」

 

「自分をないがしろにするのは無しだからな?それは・・・壊れたガラクタがやることだ」

 

そう士郎は寂しそうに言った。

 

 

 

 

 

 

しばらくして、葉桜清楚が屋上に姿を現した。

 

「衛宮君いる?」

 

「いますよ。色々お待たせしました」

 

「ううんいいの。頼んだのは私だし・・・えっと林冲さん、だったかな?彼女も同席するの?」

 

「いや、私は離れています。私は士郎が守れればそれでいい」

 

「・・・。」

 

林冲の言葉に少しむっとした清楚だが、今はとにかく自分のルーツを知りたかった。

 

「すみません。彼女は・・・その、ちょっと過保護で。気に障ったのなら自分が謝ります」

 

「だ、大丈夫!その、林冲さんとは恋人なの?」

 

小声で士郎に問うが当の本人はというと、

 

「こ、恋人!?いやいや、彼女とはある事件の折に互いを守るという約束をしただけで・・・恋人じゃないですよ」

 

と、慌てて否定したのだが、

 

「ふーん・・・(それってもう告白じゃないのかなぁ)」

 

唇を尖らせてジロジロと士郎をみる清楚。

 

「そ、それより今日は約束の日ですから。俺の回答をお伝えします」

 

「そうだね。それじゃあ教えてもらおうかな?紫式部かな?清少納言かな?本好きな英雄さんって誰がいたかなぁ・・・」

 

「・・・。」

 

清楚の言葉に士郎は胸を強く握り締められる思いだった。

 

彼女の想像は完全に本が好き(・・・・)ということしか考慮されていない。

 

「葉桜先輩のルーツ。それは――――」

 

だが伝えねばならない。一部の人間が捻じ曲げてしまった彼女の歪みはここで正しておかなければならない。

 

でないと将来彼女は酷く苦労をし、いらぬ苦痛を感じるだろうから。

 

「中国最強の武将。西楚の覇王、項羽(・・)です」

 

「・・・え?」

 

士郎の言葉に彼女は固まった。

 

「き、聞き間違いかな?今項羽って・・・」

 

「事実です。説明しますね」

 

そう言って士郎は忍足あずみに渡したのと同じ物を書いて渡した。

 

「・・・そっか。そうなんだね。ここまで回答が出てるんだね・・・」

 

それを、何処か悲しそうに清楚は見て言った。

 

「何度も言いますが、だからと言って葉桜先輩が別の誰かになる訳じゃありません。項羽は立派な戦術家。つまり知識をよく頭に入れていたということですから、葉桜先輩が本好きなのも不思議ではないです」

 

「義経ちゃんとトレーニングしてたから最近まで気づかなかったんだけど、すごい腕力とかはここから来てるんだろうね」

 

そう言って清楚は自分の手を見下ろした。

 

「予想外、だなぁ・・・自分が項羽のクローンなんて信じられない・・・けど、なんでかな。納得できちゃう」

 

予想外なのだが、言われてストンと心に落ちたのだ。違和感などまったくない。驚くほどに葉桜清楚は項羽のクローンということを認めてしまった。

 

「なんでマープル・・・私達の生みの親なんだけど、その人は私にこれを言わなかったんだろう?」

 

「・・・その理由は俺にもわかりません。ただ一つ言えるのは以前にも言った通り、葉桜清楚は葉桜清楚。過去の英雄はこの世には存在しないんです」

 

そう言って士郎は俯いた。

 

「すみません。辛いですか?」

 

「あ、ううん。違うの。びっくりしてるだけだから・・・ただ、ちょっと・・・裏切られたなぁって思う・・・んだ」

 

それはそうだろう。武士道プランの他の三人には正体を教え、自分だけ教えない。

 

それは間違いなく九鬼にとって都合が悪いからだ。項羽がどういう人物かは分からないが、葉桜清楚ではなく項羽だと不都合が生じるから黙っていたのだ。

 

「ごめんね。私が頼んだのにちょっと怖くなっちゃって・・・」

 

「いえ、当然だと思います。俺は逆にそのマープルなる人物に殺意すら覚えますから。自分の勝手で生み出しておきながら御せないからと蓋をした。25歳になったら教えるとのことですが、25年の月日になんの意味があるんです?25歳になったら項羽になれと?そんなものはマープルという人物に都合のいいだけの話だ」

 

「うん・・・そうだよね」

 

「25歳となればもう学生じゃない。失敗してもいい時代を飛び超えてしまう。そんな所にいきなり先輩を放り出すのが俺には理解できません」

 

だから、と士郎は続けた。

 

「葉桜先輩は意地でも葉桜先輩で居続けてください。有象無象が何といおうとも、貴女は貴女だ」

 

「ありがとう・・・もう、なんでかな、君の前だとすごく涙もろくなっちゃうよ」

 

そう言って清楚は士郎の胸にこつんと頭を当てて服を握り締めた。

 

「馬鹿・・・!マープルの馬鹿!信じられない!!!」

 

ドン、ドン、と士郎の胸が叩かれる。すごい衝撃だが、士郎は微動だにしなかった。

 

「辛かったですよね。不安でしたよね。もう大丈夫ですよ・・・答えは貴女の中にある」

 

「うん・・・!ありがとう・・・!」

 

ポタポタと雫が流れる。それを見て、確かいつかの夜も同じことがあったなと空を見上げた。

 

 

 

 

「もういいのか?」

 

「う、うん!ごめんなさい、衛宮君ずっと借りちゃって・・・」

 

「・・・士郎は私の物じゃないから、その言い方は正しくない。でも貴女の心が安らいだのならよかった」

 

「士郎・・・衛宮君の名前、だよね?」

 

唐突な言葉に士郎は戸惑った。

 

「え?ええ。俺の名前は確かに衛宮士郎ですが・・・」

 

なにか変な所が?と首を傾げている士郎だが、そんな当人は放っておいて、

 

「じゃあこれからもよろしくね!士郎(・・)君!」

 

「はい・・・?」

 

士郎は自分の名前を呼ばれてなんでだろうと首を傾げる。

 

「・・・。」

 

しかし林冲はその意味を正しく理解していた。彼女はライバル(恋敵)に名乗りを上げたのだ。

 

(どうして士郎はこう女を誑かすんだ)

 

ムスっとした顔の林冲である。

 

「・・・間違っても虞美人にならないようにな」

 

「・・・?虞美人は女の人だろう?」

 

なんの関係が?と士郎はさらに首を傾げる。

 

「ふふっ!モモちゃんが必死なのもわかる気がする。・・・負けないからね?」

 

「!当然です。正直こう、士郎の背中に槍を刺したいですけど」

 

「なんでさ!?」

 

思わず口癖が出る士郎。今の林冲は割と真剣だった。

 

「でも項羽に虞美人かー・・・有名なのはあれだよね、虞よ――――」

 

その言葉を耳にした時、二人はなにかよくないものを感じた。

 

(なんだ、これ!?)

 

(まずい!まさか暗示のキーワードは・・・!)

 

「力は山を抜き・・・気は世を覆う―――」

 

呆然と彼女は垓下の歌を歌う。

 

「虞や虞や若を・・・奈何せん・・・奈何せん・・・」

 

その言葉を機に葉桜清楚から爆発的な気が膨れ上がった。

 

「ぐっ・・・!」

 

「士郎!」

 

一番近くにいた士郎がフェンスに叩きつけられた。

 

「大丈夫だ!それより葉桜先輩は――――」

 

未だ膨大な気を放出している彼女をなんとか視界に捉えようとする。

 

「んは!やっとだ、やっと外に出られたぞ!!感謝するぞ士郎!お前のおかげでようやく俺は外に出られた!」

 

獰猛な喋り方とこの覇気。間違いない。先ほどの『垓下の歌』が彼女の中の項羽を開放するキーワードだったのだ。

 

(これはいささかまずいな。こうまで口調や性格が変わるとなると多重人格になった可能性もある・・・!)

 

「ああ・・・外の空気はいいな。こうでなくてはな!体が軽いぞ!」

 

「葉桜先輩?」

 

「俺の事は覇王と呼べ。この覇王がなんでも答えてやるぞ。お前は俺を解き放ってくれた存在だからな!」

 

と豪語不遜に言うその姿はまるで英雄王を思い起こさせる。

 

「いえ、どういう状況なのかと気になりまして。いきなり気を爆発させるので何事かと」

 

槍を構えようとする林冲を左手で制し、状況確認をする。

 

「ずっと奥でつまらん勉強やら読書をさせられていたのでな!これは外に出れたいわば喜びの象徴よ!許せ!」

 

なんとか話はできるようだが、これは士郎の悪い予感が当たりそうだ。

 

(やはり無理やり押し込めて学習させていたのか・・・さっきまでの記憶があるということは多重人格ではないようだが――――)

 

「お?下に闘気が集まっているな。俺への挑戦者か?」

 

そう言ってドン!と地を蹴り、葉桜清楚は直接地上に降りてしまった。

 

「チッ・・・!林冲、こっちに来い!」

 

「え?わ、きゃ!?」

 

士郎は林冲を抱えてフェンスを飛び降りる。

 

「ちょ、士郎!」

 

「黙ってろ!舌を噛むぞ!」

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

強化を施して着地の衝撃に備える。

 

「みんな!」

 

降り立って見れば既に一子と由紀江、クリスと京は地に伏し、

 

「はぁッ!!」

 

「んはッ!!」

 

ドン、ガンと百代が張り合っている。

 

「レオニダス!!」

 

「問題ありません!皆軽傷です!ですがどうも彼女は暴走状態にあるようですね・・・!」

 

レオニダスが槍と盾を召喚する。

 

「強いな・・・!清楚ちゃん!!」

 

「チッ、折角気持ちよく解放されたというのに・・・だが面白い!何処まで耐えられるのか俺に見せてみろ!」

 

そう言って尚も百代と拳を打ち合う清楚。だが、どうやら覇王の方が一手上回ったらしく、

 

ドガン!

 

「ぐはっ!?」

 

カウンターを受けて百代が遥か彼方に飛ばされた。

 

(百代を彼方に吹き飛ばすか・・・これはいよいよただ事ではなくなったぞ)

 

無手のまま士郎は清楚・・・覇王の前に立った。

 

「なんだ士郎。お前も俺に盾突くか?」

 

「・・・それは場合によるだろうな。まずは君に聞きたいことが――――」

 

「俺はお前に覇王と呼べと言ったぞ?」

 

豪!と鋭いパンチが士郎に見舞われる。

 

「チッ・・・」

 

舌打ちして投影した黒剣、干将で受け流す。

 

「お前今どこから――――」

 

(手加減ありきだったのだろうがこの威力か――――シャレにならんな)

 

すでに士郎は戦闘態勢だった。間違いなくこれは彼が想定していた最悪の事態だ。

 

「清楚としての人格は残っているのかね?」

 

「は?何を言うか。清楚は俺、項羽は清楚。長いこと心の片隅に封じられてきたが、ようやく混じり合った!」

 

さらに鋭い一撃が迫る。それを再度干将で迎え撃つが――――

 

バキン!

 

「!」

 

「干将を砕いた!?士郎!!」

 

「いけません、林冲殿!」

 

槍を持って突撃する林冲だが、覇王となった清楚にあっさりと技をいなされ、

 

「貴様も飛んでいけッ!!」

 

と一瞬で懐に入って彼女に殴りかかる。

 

「くっ!」

 

林冲は咄嗟の判断で後ろに跳んだ。

 

「俺の一撃を躱すとはやるじゃないか!だが―――!」

 

ズン!ともう一度彼女の体が沈み込む。

 

「俺の前には「君の相手は私のはずだが?」!?」

 

飛び込んでくる黒剣に覇王はそれを弾くことで前進をキャンセルした。

 

「士郎・・・貴様、やはり俺に盾突くか」

 

「だから場合によると言っているだろう。君の目的はなんだ?なにかやりたいことがあるのだろう?」

 

とにかく彼女の目的を知らなければどうにもならない。九鬼への復讐だの誰かを手にかけるだのとなると士郎も退くことはできない。

 

「簡単なことよ!天下を取るのだ!」

 

「・・・は?」

 

覇王の言葉に士郎は思わず干将を取り落としそうになった。

 

「ま、まて、天下を取るとは?世界征服でもしたいのかね?」

 

頭が痛そうに言う士郎に覇王は高笑いを上げて言った。

 

「んは!その通りよ!まずは日本の各機関に全面降伏を迫り、後にホワイトハウスか?」

 

「・・・。」

 

どうやら本気で言っているらしい。正直頭の具合を疑いたくなるのだが・・・

 

「世界征服!?それは不死川がやることぞ!そんなことは此方が許さんのじゃ!」

 

その理由もどうなのかと思った矢先に心は素早く覇王の懐に入り、

 

「!?投げられない・・・!?」

 

背負い投げのフォームに入っていたがピクリとも覇王は動かなかった。

 

「なんだまだ虫がいたか。ふッ!!!」

 

「にょ、にょわあああ!?」

 

無理やり心を片腕で持ち上げ投げ飛ばした。

 

「前に出るなと言われなかったか!」

 

それを士郎が空中に飛び上がって受け止めた。だが、勢いを殺しきれずベキベキと木々をへし折って突っ込む。

 

「た、助かったのじゃ・・・」

 

そう言う彼女だが、ベチャリとしたものに気づく。

 

「え?赤い・・・血!?」

 

それはどす黒い血だ。独特の粘着性のあるそれに心の頭は真っ白になった。

 

「あの馬鹿力め・・・よくもまあこれほどの力を秘めていたものだ」

 

そう言って立ち上がろうとする士郎の右足に折れた枝が突き刺さっていた。

 

「え、衛宮!血・・・血が!!」

 

「問題ない・・・と言いたいところだが足をやられるのは少々困るな」

 

折れた枝を投影した干将で短くカットし、赤い聖骸布を投影してきつく縛り上げる。

 

血はその程度では止まらないが、今ここで引き抜くよりはマシだ。今ここで枝を抜けば途端に大量出血してしまう。

 

「すまないな。綺麗な着物を汚してしまった」

 

「そんなことはどうでもいいのじゃ!!早く病院に――――」

 

心が慌てて言うが士郎は今すぐこの場を退くつもりはない。

 

『聞こえるか清楚・・・いや、項羽』

 

と、しわがれた老婆の声がスピーカーから聞こえてきた。

 

「その声はマープルか!貴様、よくもこの俺を封印してくれたなッ!!」

 

さらに覇王の覇気が膨れ上がる。

 

「スピーカーから知らない人の声?」

 

「九鬼の関係者のようだな」

 

どうやら九鬼の関係者、それもこの声の主が先ほど言っていたマープルらしい。

 

『目覚めちまったようだね、一度帰っておいで』

 

「帰る?ふざけるな!もはや貴様らの所になぞ帰るか!見ていろ、今日中に日本を落とす!」

 

『馬鹿なこと言ってんじゃないよ。いいから帰ってきな!』

 

「俺を馬鹿と言ったか?貴様本当に許さんぞ。帰ってこいと言ったな?いいだろう。帰ってやる。ただし貴様の首を千切り取ってやるがなッ!!!」

 

それまでどこか愉快気に言っていた覇王の声が冷たくなった。

 

(まずいぞ、これは本当にやりかねん・・・!)

 

子供の駄々も、力ある者がやれば大惨事だ。このままでは間違いなく彼女はマープルなる人物の首を取りに行くだろう。

 

『こりゃ話が通じそうにないね・・・鼻っ柱を折る必要もありそうだ』

 

それは貴様もだ、と士郎は言いたかったが相手はスピーカーから喋っているので届きはしまい。

 

『川神学園の皆、聞きな!3年S組の葉桜清楚が暴走した!彼女を取り押さえた者にはあたしの私財から褒美は思いのままだ!あたしゃ九鬼の序列部隊2位マープルさね!』

 

(この後に及んで学生をけしかけるか!いい加減私の堪忍袋も緒が切れる・・・!)

 

相手は百代と打ち合い、尚且つ隙をついたカウンターで吹き飛ばす存在だ。

 

その彼女を他の学生が取り押さえられるわけがない。物理的に全学生が覆いかぶさっても尚吹き飛ばされるだろう。

 

「すまないが、肩を貸してもらえるかな?」

 

「え?ええ!?そんな怪我で行く気なのか!?」

 

「ああ。こうなればもはや手段は選んでられん」

 

ゆっくりと歩き始める士郎を心が支える。その足からはポタポタと血が流れる。

 

「チッ、マープルめ。この覇王に賞金をかけるなど・・・まぁいい。肩慣らしに丁度いいわ」

 

ゴキゴキと指を鳴らし、

 

「戦士達よ、俺に挑め。武にて語ろうぞ!」

 

「いいや。誰も挑まんよ。これから行うのはちょっとしたゲームだ」

 

片足を引きずって現れた士郎に覇王が一瞬硬直した。

 

「・・・ッ!ほう、ゲームか。どのようなゲームだ?お前が言うなら乗ってやってもいいぞ?」

 

「簡単なゲームだよ。君が逃げる。私が君を捕らえる。それだけだ」

 

それまで心の肩を借りていた士郎は両足で一人で立った。

 

「し、士郎!」

 

脚に巻かれた赤い布とそこから流れる少なくない血に林冲は顔を青くする。

 

「だめだ士郎!そのまま動いたら――――」

 

止める林冲だが、彼は聞く耳を持たない。

 

「なるほど鬼ごっこか。いいだろう、遊びに興じてやる。だが俺は速いぞ?スイ!」

 

ドン!という音を立てて巨大な何かが降ってくる。

 

「巨大なバイク・・・?」

 

「・・・なるほど。現代の馬というわけか。構わん存分に駆けるがいい。ただし私も一切の容赦はしない」

 

「し、士郎・・・」

 

「あの傷でどうやって追いかけるというんだ!?」

 

「士郎先輩!無理しないでください!」

 

「士郎やめとけ!」

 

「それ以上はダメだよ!」

 

仲間達は心配してくれる。だが彼にも退けぬ理由がある。

 

「では私は鬼なので、そうだな。あそこからスタートするとしようか」

 

そう言って指さしたのはこの辺で一番高いビルの上だった。

 

「お前、馬鹿にしているのか?この俺をあそこから追跡できると?」

 

「なにも馬鹿になどしていないさ。私は一足先に行かせてもらうよ・・・不死川、助かった」

 

そう言って士郎はヒュッと消えた。

 

「き、消えたのじゃ!?」

 

「高速移動しただけだよ。しっかし、また大怪我して・・・」

 

「まったくです。どうにも彼は運が悪い」

 

現れたのは飛ばされた百代と放送を聞いたマルギッテだ。

 

「なぜ彼はあんな怪我を?」

 

「・・・。」

 

自分を庇ってとは言えない雰囲気を出すマルギッテに心は思わず口を閉じてしまった。

 

「マルギッテさんそれじゃ言いたくても言えないだろう?それに士郎の事だ、いつも通り誰かを庇ったんだろ?」

 

と百代は着物に血が付いた不死川心を見る。

 

「此方のせいじゃ・・・前に出るなと言われたのに技をかけに行って投げ飛ばされたのじゃ・・・」

 

今度こそ彼女は素直に白状した。そして着物に付いた血の跡をぎゅっと握る。

 

「あれは間違いなく重傷じゃ!武神!早く衛宮を病院に!」

 

「そうしたいのは山々なんだけどな――――」

 

そう言って百代は士郎の指さした方を見る。

 

「やばいぞ。士郎の奴本気だ」

 

百代に冷たい汗が流れる。

 

「ええ。この気配は以前にも感じたことがあります・・・!」

 

マルギッテもよく似た、しかし違う気配を感じて額に汗を浮かべる。

 

「士郎は!?士郎は何処に行ったんだ!?」

 

林冲が慌てて駆け寄ってくる。

 

「じゃあみんなで行こうか。まゆまゆも行くんだろ?」

 

「はい!士郎先輩を放っておけませんから!!」

 

ということで百代はマルギッテと林冲と由紀江を含んで最近多用するワープを発動する。

 

――――interlude――――

 

(葉桜は出て行ったか・・・)

 

あずみは英雄のそばで護衛しながら状況を見ていた。

 

それというのも、従者部隊を動かそうとした所でマープルから学園の外に出るまで動くなと言われたからだ。

 

「一緒に英雄様を護衛してくれて助かりました」

 

一緒に警戒に当たっていた義経、弁慶、与一に言うあずみ。

 

「むしろ戦いに参加したかったろう。すまんな」

 

英雄の言葉に弁慶は複雑な表情をした。

 

「・・・うーん相手が相手だから複雑」

 

「項羽とか言ってたな葉桜先輩」

 

与一の言葉に弁慶は、

 

「一人だけ源氏とかけ離れてる正体だったね・・・」

 

「いきなり覚醒してしまって、この先、先輩は大丈夫なんだろうか」

 

義経は不安そうに言う。そんな時だった。

 

「お前たちまだこんな所にいたのか。急いで衛宮士郎の下に向かえ」

 

「ヒューム!?なぜここに、紋は?」

 

「九鬼のシェルターにお連れしました。お前たち急げ。この世では見れぬ奇跡を見逃すこととなるぞ」

 

「この世で見れない・・・?」

 

「奇跡?」

 

義経と弁慶は顔を見合わせる。

 

「もう学園の外に出ている。あずみ、ヘリを待機させていただろう。それに乗せていけ」

 

「しかし「構わぬあずみ」英雄様?」

 

英雄は愉快そうな顔をして言った。

 

「むしろ我も行こう!衛宮の本気はもう一度目にしてみたかったのだ!」

 

「では皆様こちらへどうぞ」

 

九鬼のヘリが学園のグラウンドに降りる。目指すは逃走する覇王ではなく衛宮士郎の元だ。

 

 

――――interlude out――――

 

「この速度!気分爽快だ!!」

 

「清楚とこうして駆ける・・・気分が高揚しますね」

 

巨大な爆速マシンとなったスイスイ号も気分が良いようだった

 

「うむ!・・・しかし、士郎の奴追ってこんな」

 

もう大分離れてしまった。しかもこの速度で走る自分達を追いかけることなど不可能だろう。

 

(士郎め、何を考えている・・・?)

 

どうやってあの場所から狙うというのか。確かに見晴らしは一番いいだろうがあそこからでは到底――――

 

そう思っていた矢先だった。清楚――――覇王に恐怖が降りかかったのは。

 

 

 

 

 

 

百代達が士郎の場所に転移してきた時、一瞬にしてその異常事態に気付いた。

 

ガギリリ――――

 

その眼は鋭い鷹の如く。手に握られるのは黒い洋弓。番えられるは禍々しい形をした黒い鉄の矢。

 

赤雷をまき散らしながら今か今かと牙を剥く瞬間を待っている。

 

以前、総理官邸前の防衛線でも感じた本能が全力で警鐘を鳴らす感覚。後ずさりするどころか絶対的な死を前に硬直してしまう。

 

「し、士郎先輩・・・それは、なんですか・・・?」

 

ゴクリと唾を嚥下したのは誰だったか。由紀江だけか、この場にいる全員か。いや、この光景を見ている全員(・・)か。

 

「随分と観客が多いな。私のこれは見世物ではないのだがね」

 

番えてから約30秒。士郎は背後に跳んできた百代達とヘリでこちらに近づこうとする義経達を見た。

 

「貴方の番えるその鉄の矢が『宝具』なのはいいとして、ここから見えるのですか?」

 

ゾワリゾワリと悪寒が止まらないそれを前にしてマルギッテは聞いた。

 

「十分だ。ここからなら彼女の顔すら見える。――――ああ、一つ謝っておこう。マルギッテ。この宝具の名前は君に少々縁のある名前だが許してほしい」

 

「この距離で顔まで・・・!?」

 

「私に縁がある・・・?」

 

この場所から葉桜清楚を百代達は見ることが叶わない。それもそのはず。彼女は猛スピードで爆走し、実に4キロは先にいるのだから。

 

――――装填から40秒。魔力は十分に満ちた。

 

「――――赤原を行け緋の猟犬」

 

これ以上ない程引き絞られた弓から遂に指が離れる。

 

「――――赤原猟犬(フルンディング)ッ!!!」

 

ズドン!!!と一瞬にして音の壁を引き裂いて赤き猟犬が放たれる。

 

「「「うわああ!?」」」

 

赤い流星となって飛んでいく。音の壁を易々と食いちぎったそれは一直線に、彼女の元へと向かう。

 

 

それに一番に気付いたのはやはり覇王だった。

 

「清楚。後方から正体不明の飛来物があります」

 

「迎撃だ!」

 

了解、とスイスイ号が言った途端、迎撃ミサイルが発射される。

 

だが、

 

「!?」

 

ドンドンドン!!と盛大な爆発が起きるが、爆炎を突き抜けてやはり黒い何かがこちらに向かってくる。

 

「あれは矢か!?小賢しい!スイ!呂布の武器を出せ!」

 

「はい、清楚」

 

出された方天画戟を手にし、さらに片手でハンドルを切る。ドリフト気味に自分と飛来するモノへ体を合わせ、

 

「はぁあ!!!」

 

渾身の一撃で音速で追いかけてくるそれをガキン!と弾く――――!

 

しかし、恐怖はそこからだった。

 

「な――――」

 

覇王は自分の目がおかしくなったのかと錯覚した。なぜなら――――

 

「や、矢が――――!」

 

「弾かれたのに・・・!」

 

「もう一度標的を狙ってる・・・!?」

 

ヘリで上空から見ていた義経達も己の目を疑った。ここまで音が聞こえるほどの轟音を立てて矢は確かに弾かれたのだ。

 

しかしその矢がすぐに標的――――葉桜清楚に向かって飛来しているのだ。

 

「ぬあああぁぁ!!!」

 

ガイン!!ともう一度彼女は矢を弾き、来た道を逆走する。

 

それでも――――

 

「まだ追ってくるというのか!?」

 

一度放たれたこの猟犬は射手が狙い続ける限り標的を狙い続ける魔弾。

 

それも魔力をギッチリと込められたその猟犬は音など軽々と置き去りにした速度で標的を追いかける。

 

いくらスイスイ号が爆速で走ろうと音速は超えない。スポーツカー、レーシングカーであっても最大記録は447.4km/h。

 

仮にスイスイ号が全開で500km/h出たとしてもこの猟犬から逃げおおせることはできない。

 

「このッ!!!」

 

もう一度覇王は矢を弾く。だがそれも結局無意味。この猟犬に狙われたが最後、標的に食らいつくまで終わらない。

 

なにせこの猟犬の速度は4キロの距離を2秒弱で0にする。速度にして約マッハ6。

 

イギリスと著名国が共同開発した『コンコルド』という超音速旅客機があるがそれでも2,179km/h。

 

偵察機SR-71、通称ブラックバードでも3,951km/h。マッハ3が精一杯なのだ。

 

その倍のスピードという、もはや次元の違うスピードで、さらに何度弾かれようとも射手が健在である限り狙われ続けるなど悪夢でしかない。

 

(士郎め!初めからこれが狙いだったのか!!!)

 

今になってようやく覇王は衛宮士郎の狙いを看破する。

 

これは鬼ごっこにして鬼ごっこにあらず。逃走者が自ら鬼を退治しに行かなければならない鬼退治(・・・)だ。

 

「おのれぇッ!!!」

 

もう何度目になるか分からない矢を弾く。

 

しかし、バギリと方天画戟が砕け散った。

 

「スイ!追加だ!」

 

「はい清楚。ですがもう燃料がありません。タイヤの損耗率70%を突破しました」

 

「は――――」

 

その言葉に愕然とする覇王。

 

それも当然である。常にフルスロットル。それでも尚一瞬で追いつかれるのだ。

 

おまけに激しいドリフトもタイヤに負荷をかけすぎている。レーシングカー並に表面はドロドロだろう。

 

勝負の行方は近い。猟犬は未だ衰えず、覇王はもう息が続かない。

 

「くっ・・・!!!スイ!学園に戻るぞ!!!」

 

「それがベストかと思います」

 

もう一度矢を弾く。だが一向に矢は彼女を狙い続けている。

 

お手上げだ。この勝負は衛宮士郎の勝ち。これ以上どうあがいても彼女はあの矢からは逃げられない。

 

燃料もない。タイヤも限界。武器も限界。清楚自身もいつまで経っても追ってくる矢に恐怖を感じていた。

 

おまけにあの矢は覇王の全力で弾かなければならない。渾身の一撃を何度も繰り返せば如何に覇王とて消耗する。

 

「葉桜先輩!?」

 

「葉桜くん!」

 

キキキ!!!とスイスイ号が学園に戻ってくる。矢は依然自分を追ってきている。もはや最後になるだろう渾身の一撃で弾こうとして、

 

 

――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

「な――――」

 

燃料切れで動かなくなってしまったスイスイ号に突き刺さった瞬間、とんでもない爆発を起こした。

 

「ぐあああああ!!?」

 

「にょ、にょわあああ!?」

 

「うわああ!?」

 

「くっ・・・!」

 

その威力は凄まじく、グラウンドがクレーター状に抉れ、校舎のガラスがいくつか割れる。

 

辛うじて建物の陰に下がっていた大和達は無事だが、爆発をもろに受けた覇王はともすれば体をバラバラにされそうな衝撃に気を失ってクレーターに倒れた。

 

――――結局彼女の覚醒と暴走は。放たれた恐ろしい猟犬によって追い立てられることで終局を迎えた。

 




葉桜先輩覚醒と赤原猟犬の回でした。カッコよく書けたかな・・・サウンドノベルと違って文字だけで疾走感とか恐怖感出すの難しいですね。

コンコルドとブラックバードは調べたら簡単に出てきました。ホロウでエミヤが放った時4kmを2秒で0にしたっていうのは覚えてて、頭の悪い私はそれが実際どのくらいなのかと調べたらなんと約マッハ6。6,000km/hってことでいいのかな?如何にやべぇものなのかわかります…しかもです。

あれ爆発するんですよ。今回士郎はガチでスイスイ号を狙ったのですがあの後ろにでっけぇブースターが3つ付いたバイクでもどう頑張ってもマッハ1も出んだろうということで葉桜先輩は必死に弾きまくってたわけですね。

学園ちょっとぶっ壊したのはマープルへの嫌がらせです(笑)責任は全部九鬼に取らせるもんね!本編だと都合のいいデモンストレーションにしようとしていたのも実は私すごい頭に来ていたので(笑)

長くなりましたが楽しんでもらえたら幸いです。次回もよろしくお願いします


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清楚と覇王

皆さんこんばんにちわ。調べものをして意外な事実に驚く毎日の作者でございます。

前回は覇王様覚醒とやんちゃの懲らしめ回ということで鬼(赤原猟犬)ごっこをしましたが意外と皆さん赤原猟犬の速度に驚いていらっしゃるようですが、実は私もです。

調べた時マッハ6という単語が出てきてはぁ!?となりました。コンコルドくらいかな…とか思って調べてみたらコンコルドなんか目じゃねぇ速度だったわけでして…宝具って怖いね。

今回は多分意外な日常…になるかな?では。


――――interlude――――

 

葉桜清楚の覚醒と、衛宮士郎による恐怖の鬼ごっこにより、あっさりと物事が収まったわけだが、九鬼では異常事態が起きていた。

 

「いや、参ったねぇ。衛宮ボーイの宝具?で灸を据えられたと思ったらまさか家出とは・・・」

 

そう言うのは九鬼家従者部隊序列2位マープル。彼女が武士道プランを提唱しプロジェクトを進めていたわけだが。

 

葉桜清楚は本来25歳までに知識をインプットさせ、それが終わった時点で項羽を解放という目論見は、綺麗に叩き折られてしまった。

 

しかも、

 

『手に負えぬからと人格に封印?ふざけたことを抜かすなッ!人はそれまでの人生の中で様々な刺激を受けて人格を形成するのだ。それを無理やり押し込めて知識をインプットさせる?道徳的にやっていいことではないわッ!!!』

 

と九鬼揚羽が一喝。九鬼英雄も、九鬼紋白も同意見ということで、マープルは今回の件で常に監視が付くことになり、武士道プランから降ろされた。序列も現在検討中である。

 

さらに、今回の被害の補償は全て彼女の私財から支払うこととなった。密かに拘束具を発注したり、学園生をけし掛けてデモンストレーションにしようとしたことなども問題視され、彼女は当分の間、武士道プラン以外の計画やプロジェクトの提唱、参加も禁止となった。

 

事実上犯罪者扱いだが、それでも一応は意見を聞いてはもらえるので色々考えているわけだ。

 

「家出、と申しますかホームステイですね。彼の家を頼ったようです」

 

桐山鯉も周りの目を欺いて、マープルと組んで計画を手伝っていたこともあり、彼も監視対象、序列降格処分を受けている。

 

そんな彼だが一応優秀ではあるので事務処理に回され、外には出してもらえないし(住まいはそもそも九鬼ビル)外への何かしらの干渉も彼は禁じられた。

 

「まさかあんなことになるなんて思いもしなかったよ。ヒュームが認めていただけあるね」

 

そう言って彼女はまたモニターを付け、何度も衛宮士郎が矢を放つ瞬間と覇王が弾いた途端に矛先をすぐに彼女へ(正確にはスイスイ号が狙いだと後から分かった)反転する矢を見る。

 

赤雷をまき散らしながら音速で――――それも人類の最高速度を易々と食いちぎる速度で飛来する黒い鉄の矢にマープルは寒気を覚えた。

 

「この宝具って奴も大概だけど、衛宮ボーイも恐ろしい奴さね。肉眼で約4キロ先の詳細が見えるなんてどこの神様だい」

 

神の中には『千里眼』というものを持つ存在がいたとされるが、彼のそれはまさにそれに近い。

 

あくまで4キロ先の詳細が(・・・)見えるだけで、単純に人影や、そこに誰がいる、などの普通の人間が遠目に見ることまで見える基準を下げた場合、彼は4キロ以上先が見えることになる。

 

さらに。今回のあの射撃についてヒュームに迎撃は可能かと問うた所、即座に答えはNOと帰ってきた。

 

『あれは恐らく射手である衛宮士郎が狙い続ける限り止まらん。今回はバイクの方に突き立ったからよかったが、もしあれが人に狙いを定められていたら死は免れんだろう』

 

そうヒュームは言った。当時の映像を測定して、物理演算をして出た回答は速度にしてマッハ6。人類未踏の領域であり、しかもあれが巨大な爆発まで起こすとなれば、もはや矢ではなくホーミングミサイルである。

 

「それだけではありません。まさかあの項羽が怯えて自分から引っ込んでしまうとは」

 

「そうなんだよねぇ・・・とはいえ、あんなもんに追い立てられちゃ恐怖は相当なもんだろうけど」

 

豪語不遜に日本を落とすだの世界征服だの言っていた覇王の人格は、気絶から回復した時にはすっかりいつもの葉桜清楚に戻ってしまっていた。

 

彼女曰く、別にバラバラの人格になったわけではないそうだが、項羽としての部分があの出来事に強い恐怖――――トラウマを持ってしまって出てこなくなってしまったらしい。

 

「鼻っ柱を折る必要があるとは言ったがまさか粉々にしちまうとは・・・本当に油断ならない青年だよ」

 

一連の行動を起こした時、彼は右足に折れた木の枝が突き刺さるという重傷を負いながらやってのけたのだ。

 

学園に戻ってきて倒れた葉桜清楚を確保したと宣言し、今回の被害とこれから彼女が歩む道のりのバックアップをやれと命令されたマープルは渋々従うことにし、その後すぐに九鬼の病院に搬送された。

 

「前回の事があるのですぐに復帰するとは思いますが」

 

「だろうけどね。こっちにも意地ってもんがある。絶対安静だからギプスでガチガチに固めたそうだよ」

 

人間の足というのは筋肉はもちろん、重要な太い血管が複数通っているのである。場所によっては第二の心臓と言われる場所もあるくらいだ。

 

そんな所に小さくない枝がぶっ刺さるというのは命の危険がある。医療の知識なくその場で抜いたりしたら一気に出血してあっさり失血死だ。

 

だが彼はその場で最適な応急処置を行って戦闘を続行したわけだ。もちろん病院に着くころには血を失いすぎて真っ青だったらしいが。

 

しかも今回彼が運ばれた病院は以前ヒュームの時に治療を受けたのと同じ病院で担当医も同じ人物である。

 

彼は以前の衛宮士郎の回復力を知っているので今度こそ絶対に無理をさせないと気炎を燃やして治療に当たったらしい。

 

「だっていうのに次の日にはあっさり退院しちまって、担当医は自分の役目が分からなくなりそうだと言っていたようだよ」

 

もう治ったから外してくれと早々に告げた士郎に、まさかと医者は思ったが、以前と同じようにすっかり元通りと検査結果は出た。

 

が。

 

今回ばかりは例え見た目が戻っても最低でも一週間は固定すると断言されて衛宮士郎は困惑してしまったそうな。

 

「それに葉桜清楚はもう二度と九鬼には戻らないと出て行ってしまったからねぇ・・・」

 

士郎と同じ病院に搬送された葉桜清楚は目を覚ますなり九鬼の関係者にそう啖呵を切り、意識が戻れば問題なしとされていたため、最低限の荷物を纏めて早々に九鬼ビルから出て行ってしまった。

 

当然、ヒュームとクラウディオが止めに行ったが、どこを当てにしているのかと問うと、衛宮士郎の所と答えたため、見知らぬ所に行方をくらますよりよっぽど健全だろうと家出を許可してしまった。

 

「一応、九鬼の人間が定期的に彼の家を訪れて彼女を見張るようにしたそうですが、いい顔はされないでしょうね」

 

「まぁ衛宮ボーイの所ならあたしも別に良いと思うけどね。何かあっても御せるだろうし・・・なにより清楚が惚れた男だからねぇ・・・」

 

いっそ二人がくっついて二人の遺伝子を受け継いだ子供がどんな子になるのか楽しみに思ってしまうマープルだった。

 

 

――――interlude out――――

 

「林冲、葉桜・・・じゃなかった、清楚先輩、すみません」

 

葉桜清楚が大きな荷物を持って現れた時は何事かと思った士郎だが、それが家出だとわかり、返答に悩んだのがつい二日前。

 

九鬼に恩はあっても圧倒的に憎しみの方が強いだろうことが理解できてしまったので士郎はすぐに断れなかった。

 

その後、ヒューム爺さんが現れ、お前の所で面倒を見てほしいと言われ、結局それを受け入れた形だ。

 

「大丈夫だ。・・・怪我をしている時くらい頼ってほしい」

 

「そうだよ。私が原因でもあるし、鞄を持つくらい平気だよ」

 

今士郎は負傷した右脚をギプスでガチガチに固められているので松葉杖を突いて歩いている。

 

「もう治ってるんだけどなぁ・・・」

 

病院に行ったときは貧血になってしまっていたものの、怪我自体は既に回復(また毎日アヴァロン)したので外してほしかったのだが一週間は絶対に外さないと医者がブチギレた(なんでさ)ので外してもらえなかった。

 

「士郎の回復が宝具によるものなのは分かっているけど・・・私達からしたら心臓がもたない」

 

「そうだよ。その宝・・・具?っていうのもよくわからないけど私に向けて射った矢の回復系ってことでしょ?それでも私達には信じられないんだからお医者さんの言う通り大人しくしてね?」

 

本当なら入院な所を退院させてくれたことを喜ぶしかないらしい。

 

「まぁあと四日だからいいか・・・これじゃあ大したことできないな・・・」

 

とか言いながら普通に料理したり掃除したり(〇イックル〇イパー的な奴)しているのだが。

 

当然林冲や清楚に発見されると強制的に寝かされてしまうのである。

 

衛宮士郎がまた負傷ということで衛宮定食が停止して阿鼻叫喚になったそうだが。

 

「治ってるならなおさらいいと思うんだ。士郎君、働きすぎだよ」

 

「清楚の言う通りだ。士郎は目を離すとすぐに無茶をする」

 

そう言う二人に流石の士郎も、

 

「いや、今回のは運が悪かっただけだって・・・木々に突っ込んで大怪我とかほとんどあり得ない確率だろう・・・」

 

と言い返す。だが、良い子の皆は間違っても下に木があってクッションになってくれるから高い所から飛び降りても大丈夫とか考えないようにしよう。木は意外と刺さりやすく負傷しやすいのだ。

 

「おーい!」

 

と、ツクテンツクテンと松葉杖を使って歩いていると一子の声が聞こえた。

 

「一子?・・・なんで川から出てくるんだ?」

 

水着を着た一子がバシャりと川から上がってきた。

 

「もちろん鍛錬よー。それと外来種の確認のアルバイト!一石二鳥って奴ね!もう学校に行くの?」

 

「ああ。怪我したとはいっても日課は体に染みついているからな。一子もあんまり無理するなよ」

 

士郎はそう言ってラップで包んだ三つばかりの唐揚げを渡した。

 

「いいの!?」

 

「もちろんだ。試作なんだけど上手く出来てると思うぞ」

 

一子はその場で食べ始めた。

 

「ぐまぐま!ぐまぐま!あ、カレー味ね!しかも野菜が入ってるわ!」

 

モモ肉を一纏めにして揚げることで間に少量の野菜を組み込むことに成功した創作料理だ。

 

「結構いけるだろ?唐揚げっていうよりかき揚げみたいなもんだけど」

 

「士郎君また私達に黙ってそんなことを・・・」

 

「士郎に自重するという言葉はないのか?」

 

批判する二人。それに慌てて、

 

「ち、違うぞ!これは弁当のおかずだ!林冲の持ってる保冷バックに二人のも入ってるぞ!」

 

と、言い訳をするがそれは逆効果だ。

 

「そうじゃなくて・・・って私達のも!?」

 

「士郎、頼むから大人しくしてくれ・・・」

 

二人の分も準備したからとかいう問題ではなく、大人しくしてろということなのだが、この男さっぱり頭に入らないらしい。

 

「相変わらずねー。でも士郎の事だからもう治ってはいるんでしょ?」

 

「ああ。ちゃんと治療も受けたし、俺には秘密兵器があるからな。とっくに完治してるんだけど」

 

コンコンとガチガチに固められたギプスを叩いた。

 

「病院の先生が、こんな短期間で治るわけないだろう!しかし検査結果では治っているから退院はさせてやる!って怒られてさ。結局ギプスは外してもらえなかった」

 

「そりゃそうよー。士郎の秘密兵器がすごいのは分かるけど、それを言うのは出来ないんでしょ?いい機会だから士郎は少し休むべきよ」

 

一子にしては痛いところを突いてくるなと士郎は思って頭を抱えた。

 

そんな時に、

 

「上空から美少女登場!」

 

ビュン!と百代がいきなり跳んできた。

 

「士郎と林冲ちゃんが見えたんでな、大ジャンプして来てやったぞ!」

 

「・・・俺の秘密兵器より百代の方が大概非常識だと思うんだけど」

 

「なんてこと言うんだ!そういうこという奴には、っとと」

 

また引っ付き虫になろうとしたのだろうが松葉杖と白いギプスを見て百代はやめた。ワンテンポ遅れて林冲が士郎の前に立つ。

 

「武神。今は・・・」

 

「わかってるわかってる。怪我・・・じゃなかった、ギプスが取れるまで抱き着くのはやめる」

 

「そういう問題じゃない・・・百代、魔眼で傷の状態解析できるだろう?」

 

「ん-」

 

フオン、と百代の左目に剣の模様が現れる。

 

「うん。完全に完治してるな。やっぱこれ便利だなー。でもあの矢はダメだ。超怖い。どういうものかわかるから尚更怖い」

 

あの時百代は本能的にあの矢の詳細を知らないとまずいと思ったらしく、封印を解いて解析したらしい。

 

情報をすんなり得られたものの、衛宮士郎をルーツとするあの解析の魔眼は、当然彼の無意識化で行う解析と同じように構成材質や創り手の感情どころか担い手の経験やそれによって行われた技や技術まで見えてしまう。

 

それは伝説を覗き見るのに等しい。あの場であの矢を見て一番恐怖したのは実際に襲われた葉桜清楚だが、二番目に恐れを抱いたのは百代だろう。

 

あれは防げない。何度となく襲い来るあれを弾きながら射手である衛宮士郎を打ち倒さねばあの強襲は止まらない。

 

仮に彼に辿り着けるとしても、弾こうとしたその瞬間に爆発させられたら消し炭にされる。

 

それがありありと分かってしまった百代は心臓が握りつぶされるほどの緊張に襲われたのだった。

 

「よくできました。でも秘密は守ってくれよ?あれも俺の重要な切り札なんだから」

 

「わかってるさ。士郎がなんで本気で戦わないのか分かった気がする。士郎は火力の調整があまり効かない」

 

それが衛宮士郎のある意味での限界なのだ。ある程度の強さなら手加減出来るのだが、ヒューム爺さんや百代、清楚レベルになると全開で宝具を使わないと勝つことが出来ない。

 

宝具を使うということは伝説の脅威を個人に向けることに他ならない。Cランクの干将・莫耶程度ならまだ普通の武装として使えるだろうが、モノによってはどう足掻いたって個人に向けるには火力が高すぎるモノが山ほどある。

 

必要以上の――――いや、必要であってもなるべく殺生をしたくない士郎からすれば実に戦いづらいのだ。

 

とはいえ、

 

(あまりに調子に乗った連中を見ると殺意が湧くのは事実なんだが)

 

それは士郎が正義の味方としてそれはおかしい、それをするならば敵だと判断した時だ。

 

今回の九鬼――――マープルなる人物は清楚を我が物顔で操り、挙句の果てに学園生を危険に晒して覇王の名を上げさせようというデモンストレーションまで計画していたため士郎は強い嫌悪感と殺意を持ったのだった。

 

「んーやっぱり自分じゃ抑えられないな・・・士郎ー」

 

「はいはい」

 

甘えるように頭を差し出す百代に士郎は苦笑を浮かべて綺麗な黒髪に手を添える。

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

開放した魔眼を封じてやる。わざわざ爆弾的な物を解析する必要はないが、こうして小さなことから解放して封印を繰り返せば自然と制御を覚えるだろう。

 

「あの、士郎君はモモちゃんに何をしてるの?」

 

どこか拗ねた様子で清楚が言う。

 

「ああ、傍目には分からないよな・・・百代に宿ってしまった魔眼を封じてるんだ」

 

「ま、魔眼?」

 

なんとも物騒な単語が出てきて清楚は一瞬固まる。あの一連の事件から士郎の持つ特殊能力は恐怖の対象となってしまっている清楚である。

 

「魔眼と言っても物騒なものじゃないですよ。見た物を解析できる力を持った片目です。脅威は――――」

 

ない。と言いかけた士郎だが、

 

「うーん、清楚ちゃんのスリーサイズは82――――」

 

「ひゃあ!?」

 

ドゴス!

 

「痛い!?」

 

「だから魔眼をセクハラに使うな!封じてやらないぞ!!」

 

「ほ、本当に分かるんだ・・・でもやめてねモモちゃん・・・」

 

顔を赤くして清楚は無駄と分かっていながら胸元を両腕で隠した。

 

「いてー。いいじゃないかこれくらいー」

 

「プライベートを軽々しく侵害するな!」

 

ちぇーと唇を尖らせる百代。士郎の事が好きになってから女の子に執着しなくなったのはいいのだが、時たまこうしてセクハラをするのでなんとも油断できない。

 

「えっと、今の私の――――というか項羽としての事もわかるの?」

 

控え気味に清楚は言った。

 

「大丈夫ですよ。構造や概念は見ることが出来ますが精神までは見えません」

 

「武器なら担い手の気持ちとか見えるけどなー。清楚ちゃんが気にする精神的なものはその人物を見ても視えないよ」

 

という百代に安心したのか、

 

「はっは!ならば恐れるに足りずだな!あの時はあっさり終わってしまってつまらなかったのだ!今度は――――」

 

なんと鼻っ柱を折られたどころか粉々にされた覇王が出てきた。しかし。

 

「・・・やめたまえ。本気でやる気なら私も本気で(・・・・・)対応させてもらうことになるが」

 

ピキリと戦闘状態に切り替える士郎に、

 

「うわああ!?急になんだ!や、やめろー!」

 

ピュー!と覇王状態の清楚は一目散に学園に行ってしまった。

 

「流石士郎だな。覇王がああも簡単に逃げてしまうなんて」

 

「清楚ちゃん大丈夫か・・・?お前の事トラウマになってない?」

 

「それ私も気になってたのよぅ・・・えっと今の葉桜先輩って項羽?なの?それとも葉桜先輩のままなの?」

 

唐揚げを食べていた一子が気になっていたことを聞く。

 

「ん?清楚先輩は清楚先輩だぞ?なんていうか――――人格の変化が著しいが、戦闘時に私が口調を変えるのと同じようなものだよ」

 

と、わざと士郎は口調と雰囲気を切り替えた。

 

「ああ、それわかりやすい。つまり武闘派な状況の時は覇王になって」

 

「そうじゃないときは文学少女の状態なのね」

 

「そういうこと。別人格になったりしてるわけじゃない。その内きちんと整理されて違和感なく混ざるだろうさ。ただ・・・ちょっと躾が強力過ぎたみたいであんまり出てこないというかなんと言うか・・・」

 

文学少女状態の時は何故か自分に対してイケイケ状態なのだが、覇王状態の時は一目散に逃げてドアやふすまの隙間からコッソリ見てくるのだ。

 

「それは士郎が悪い」

 

「士郎が悪いと思う」

 

「士郎が悪いと思うわー・・・」

 

三人に否定されて士郎は思わずたじろいだ。

 

「しょ、しょうがないだろう?あれがベストだったんだから」

 

という言い訳も虚しくじっとりとした目で見られる士郎。

 

(林冲ちゃん、もしかしてまた敵増えた?)

 

(そういうことだ。本当に士郎は何がしたいんだか・・・)

 

はぁ、とため息を付く百代と林冲。そろそろこの男、どうにかしないとヤバイかもしれないと思う二人であった。

 

 

 

 

 

色々あったがとにかく学園に登校した二人。(百代と一子は朝の鍛錬&バイトの為一度帰った)

 

「それじゃあ荷物はここに置くから。それと・・・清楚先輩が持って行ってしまった昼食はどうしようか」

 

「どうせ一緒に取るからそのままでいいよ。暑いから保冷バッグの方が痛まないだろうし」

 

そう言って士郎は松葉杖を立て掛けてグイっと体を伸ばした。

 

「くぅう・・・松葉杖で歩くと猫背になりそうだ・・・」

 

松葉杖はどうしても突く先を見ないといけないので猫背っぽい態勢になりやすい。士郎としてはさっさと外してほしいところである。

 

(どうしようかな・・・自前で投影して切ってしまうか?)

 

ギプスを切る道具はギプスと足の間に挟んだ布を切ることが出来ないという特殊な道具だ。投影出来ないことはないがなんだか足を切りそうである。

 

「魔術で作って切ってしまうのはダメだぞ」

 

「なんでさ・・・」

 

先読みされてしまった士郎は思わず口癖を出してしまった。

 

そこに、

 

「衛宮!」

 

不死川心がやってきた。怪我を負った日から、彼女はとにかく懸命に自分の所に来る。

 

「おはよう、不死川。今日も早いな?」

 

「朝の勉強をしていたのじゃ。け、決してお前を待っていたんじゃないからな!!」

 

なんて言う心だが、トラブル防止の為に付いていたレオニダスが今はいないので彼女自身の気持ちでこの場に来てくれているのだ。

 

「わかってるよ。大丈夫だから安心してくれ」

 

「ふ、ふん!そんなことは登校してきた日に分かっているのじゃ!・・・でも、よかった・・・」

 

小さな声で安堵する彼女がなんだかいじらしくて、お団子ヘアーを崩さないように頭を撫でた。

 

「心配してくれてありがとうな。勉強はどうだ?S組に戻れそうか?」

 

「当然じゃ!次のテストでこんな所とはおさらば、じゃ・・・」

 

最後はなんだか名残惜しそうに言う彼女だった。

 

(何だかんだ言って彼女もいい体験ができたんだろうな)

 

文句を言いながらも彼女はF組に来たことを有意義な時間に出来ていた。

 

もちろん、レオニダスや士郎が世話を焼いたのもあるが、彼女自身が変わろうとしなければこうはいかなかっただろう。

 

実はF組の女子の中で友達が出来たらしく、とても驚かされたのは記憶に新しい。

 

「無理はしないようにな。不死川は優秀なんだから油断さえしなければすぐにS組に戻れる」

 

「・・・お前にだけは言われたくないのじゃ」

 

そう言って頭を撫でる手を大事そうに両手で包んだ。

 

「と、特別じゃ!え、衛宮には此方を心と呼ばせてやっても、いいのじゃ・・・」

 

何故か顔を赤くして言う彼女に首を傾げながら、

 

「そうか?じゃあ俺も士郎で構わない。俺苗字で呼ばれるのあんまり得意じゃないんだ」

 

衛宮、と呼ばれるとなんだか赤い背中を思い浮かべてしまって落ち着かないのだ。それと、遠坂が極上の笑みを浮かべるときとか。

 

切嗣(じいさん)には申し訳ないが、割と苗字呼びされる時は酷い目に遭うのである。

 

「い、いいじゃろう!し、士郎には此方と仲良くする権利をやるのじゃ」

 

そっぽ向いて彼女なりに必死に友達になってアピールをする心に士郎はつい笑みをこぼして、

 

「ああ、ありがとう」

 

と感謝の言葉を届けた。

 

ちなみにその光景を見届けていた林冲はというと。

 

(士郎・・・貴方は魅力的すぎる・・・)

 

またもやライバルが増えたことによる頭痛と、これこそが彼の魅力なのだろうと納得してしまう林冲であった。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

士郎が心と心温まる会話をしている時、先に学校に到着した葉桜清楚はというと、

 

「・・・はっは」

 

脚を組んで実にだらしのない恰好で漫画を読んでいた。

 

(文学少女があんな格好で・・・)

 

(今日は外れかぁ・・・)

 

(次の当たりはいつだろう・・・)

 

とても本人には聞かせられないことをコソコソと言う3年S組の生徒。

 

つい三日ほど前の覇王覚醒と強制制圧から葉桜清楚は文学少女の状態で登校したり、覇王状態で登校したりと、なんともまちまちな状態であった。

 

本人としては好きな時に好きな状態でいるだけなのだが、周りは二重人格の様に捉えており、文学少女の状態の時を当たり、覇王状態の時を外れと非常に失礼な認識をしていた。

 

「・・・。」

 

しかし彼女にかかればそのような小声を聞き取ることは容易である。故に彼女は深く悩んでしまった。

 

(この姿も私なのにな・・・)

 

「葉桜君、今日の気分はどうかね?」

 

「京極!実にいいぞ?こうして好きな本も読めるし――――」

 

彼女を衛宮士郎と同じように彼女は彼女であると言う数少ない人物がこの京極彦一だ。

 

(表面上はとても良いように感じるが・・・これは大分参っているな)

 

人間観察を得意とする彼には今の彼女がとても無理をしていることが見て取れた。

 

「それは良かった。だが無理はしないでほしい。悩みがあれば聞くし助けが必要ならそうしよう」

 

「んっは!この覇王に助けなど――――」

 

いらぬ、とは続かなかった。

 

「京極。お前もやはり俺より葉桜清楚の方がいいか・・・?」

 

彼女は直球で聞いた。聞かれた彼は特に慌てた様子もなく、

 

「そのことなら今の君に特に思う所は無いように思う。君は葉桜清楚だろう?言わんとしていることは分かるが、君は君だ。今はただ覇王としての部分が強い。それだけだろう?」

 

葉桜清楚は葉桜清楚である。それが彼の答えだった。

 

「そうか。・・・んー、ちょっと体を動かしてくるとしよう!」

 

「朝のHRには遅れないようにな。何かと損をしてしまうぞ」

 

「わかっている!じゃあな!」

 

そう言って彼女は勢いよく外に出て行ってしまった。

 

「・・・さて、過干渉かもしれないが、勘違い(・・・)をしている輩には少しばかり考えを改めてもらうとするかな」

 

彼は珍しく剣呑な雰囲気を出してコソコソ話していた生徒の元へと向かう。

 

3年S組の生徒は2年生のような荒々しさはないのですぐに収まることだろう。今回は勘違いしている生徒がいたが、ほとんどの生徒は今の彼女を受け入れつつある。

 

そこに少しばかりの助勢があってもいいだろうと京極は思うのだった。

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

 

何だかんだと時間は過ぎ、お昼時。士郎は林冲と清楚の三人で――――

 

「し~ろう~ご飯欲しいにゃ?」

 

・・・乱入した百代(金欠)によって四人で食べることになった。

 

「いい加減そう来るのは分かってた。百代用に弁当は四人分――――」

 

「ん?一人分多いのは俺の為ではなかったのか?もう食べてしまったぞ」

 

「・・・。」

 

ガーン!と効果音が鳴りそうな感じで百代が士郎にしな垂れかかった。

 

「食べたって・・・私の分、食べちゃったって・・・清楚ちゃんマジ容赦ない・・・」

 

「ああ分かった!俺の分も分けてやるからとりあえずこれで好きな物頼んでこい!」

 

そう言って士郎は有り余る食券の一枚を渡した。

 

「ひゃっほう!席取っておけよー!」

 

シュン!と居なくなる百代に士郎は頭を抱えた。

 

「まったく・・・なんで百代は毎回金欠なんだ・・・一応ちゃんと返してはいるけども」

 

百代はよく金欠になり、仲間達にお金を借りては期日に間に合うように力仕事系で荒稼ぎして返し、返した分で稼いだ分がほとんど無くなり、また金欠になって借りるというおバカな循環になっていた。

 

「普段からアルバイトすればいいのに」

 

常日頃から傭兵として働いていた彼女からすればなんとも不思議に思えてならない。

 

「あれでも川神院の跡取り娘だからな・・・その辺もう少し学長も厳しくしてほしい所だな」

 

とはいうものの、あの翁は孫娘が可愛くて仕方がないのでそんなに厳しいことは余程のことが無い限り出来ないだろう。

 

「それにしても清楚先輩。駄目じゃないですか勝手に用意した弁当を食べるなんて」

 

「それはお前が悪いぞ士郎。こんなに美味しい弁当が余分にあったら食べてしまうだろう」

 

「いや、そもそも早弁するなってことなんですけど・・・」

 

どうにもこの覇王モードの時は聞き分けが悪いというかなんと言うか。

 

「今度はきちんと名前書いておくか・・・」

 

なんで百代の弁当箱まで持参するのか甚だ疑問ではあるがこうでもしないと彼女はすぐファンの女の子達や大和達にたかるので仕方がない。

 

(幸い、ちゃんと借りたものは返すっていうのは出来てるんだけどなー継続しないんだよなー)

 

ちなみに士郎であるが、彼は作った武器を売ることで既に随分な資産が出来上がってたりする。

 

来た当初は当然その辺誤魔化して自給自足したり魔術での欺き含め色々やっていたのだが、正式な取引相手として九鬼、梁山泊、曹一族が出来上がったので相当に稼いでいる。

 

一部の剣豪や剣術家にもその価値を認めてもらい、オークションなどに出展されると一振り数百万から数千万の値が付いたりしている。

 

正体不明の創り手、無限(ムゲン)として現在彼は学業の傍らしっかりと稼いでいるのだ。

 

彼の鍛造はチートそのものなので彼を越える創り手は今のところ存在しない。

 

ただし、彼の創る武器にはある魔術刻印が刻まれており、対応した魔術書にどの武器が誰の持ち物かわかる仕組みになっており、非行に走った者、悪用した者はこれを処罰し、武器も破壊するという特殊契約を結んでいる。

 

魔術刻印自体は基礎中の基礎である、二つの物を刻印で結びつける程度のものであり、犯人を直接追尾したりすることは出来ない。

 

あくまで悪用されたらしき武器を特定できるだけのシステムで、魔術書を渡すと同時に悪用された場合は、その組織が責任をもって対処するという強制(ギアス)がかけられている。

 

自分で全て管理するのはかなり大変なので一応作って売った武器全てが記されている魔術書(正確には魔術のかかった一覧表)を持ってはいるが、大体は組織に対処を丸投げである。

 

「私もなにかアルバイトをしようかな・・・」

 

「林冲はまだ日本に来たばかりだろう?そんなに急がなくてもいいさ。今はまだ賄えるからな」

 

将来はまだどうか分からないし、何より手に職を付けるのは生きていく上でかなりプラスになる。

 

(今の俺ならセイバーに美味しいもんうんと食わせてやれたんだけどな・・・)

 

そればかりはいかんともし難かった。あの頃は本当に魔術の基礎(それも間違ったもの)しか分かっておらず、鍛造の技術も持っていなかった。

 

魔術礼装を作れるようになってからは割と安定していたのだがそれに目を付けた遠坂に師匠権限で上納させられてしまったが。

 

何かと非常にお金のかかる宝石魔術を扱う遠坂はとにかくあの手この手で資金を集めていたように思う。

 

そんなもう懐かしいことを思っていると、

 

「士郎。俺も働いた方がいいか?」

 

「え?」

 

意外な申し出だった。

 

「俺は天下を取る気でいた。だから生活資金のことなど考えていなかった。武で制圧すればいいと思っていたから。だが――――」

 

スゥっと赤目から黒い瞳に変わる。

 

「今は九鬼から飛び出したわけだし、ずっと士郎君のお世話になり続けるのもどうかと思うの。でもなにからしたらいいか分からなくて・・・」

 

「なるほど・・・」

 

これもある意味九鬼のせいと言えなくもないだろう。レールに乗せて走らせていたためにそこから外れた時どうすればいいのか分からない。

 

普通、貴族階級や大手企業の御曹司でもない限り、皆一寸先は闇の状態で進んでいくのだ。何が答えか、何が正しいのか分からず、足元を小さな小さな豆電球で必死に照らして歩く。

 

もちろんそんなことをせずに大胆に闇の中を進む者もいるがそれには相当な勇気がいる。

 

今の彼女はまだ整理が出来ていない不安定な状態だ。落ち着いている文学少女的な場合なら臨機応変に出来るだろうが、覇王状態になるとそうはいかなくなる。

 

いずれはつり合いが取れるようになるだろうがそんな状態の今の彼女に何かの仕事をさせるのは難しいだろう。

 

(とはいえ、整理がつくまで待て、じゃ、あのマープルとかいう婆さんと一緒だよな・・・なら)

 

そこで士郎は一つ妙案を思いついた。

 

「今の状態で仕事をするのは無理がある。かといって、何もしないのも納得がいかないでしょう?」

 

「うん・・・」

 

士郎の言葉に頷いて俯く彼女。自分の状態は彼女が一番よくわかっているのだ。

 

「そんな悲しい顔しないでください。要は、将来仕事に出来るかもしれないことをすればいいんです。確か清楚先輩は本を読むのが好きでしたよね?」

 

「う、うん」

 

「なら、小説家や文学界の勉強をしてご自分で本を書いてみたらどうですか?」

 

「ふえ?」

 

ポカンと清楚は固まった。

 

「今すぐは無理でも時間をかければ売れるかも知れないでしょう?和歌集を作ってみたりするのもいいかもしれないですね」

 

「それは名案だ!項羽は垓下の歌を始めとして歌を作ることも長けていたはずだ。清楚にも合致しやすいのでは?」

 

「で、でも、覇王の気持ちが強い時は・・・」

 

「その時は鍛錬していると思えばいいんじゃないですか?自分で言うのも何ですが、働かずに衣食住が充実している今って好きなことやり放題、失敗もし放題。チャレンジし放題ですよ」

 

いつか心にも言ったが時間は何にも代えがたいのだ。このまま知識だけを都合のいい時に詰め込んでもそれを活かす先がなければ意味がないだろう。

 

「そ、それで、いいのか・・・な?」

 

どうやら彼女も今の案に好感を持てたようだ。

 

「いいもなにも清楚先輩が頑張らないとどうにもなりませんよ。学園卒業後は大学に行くとしても、世の中に出るまであと3年と少ししかないんです。なりふり構わず利用できるものは利用したほうがいいと思いますよ」

 

このまま自分の所で養うことは出来るがそれは彼女の為にならないだろう。ヒューム爺さんにも面倒を見てくれ(・・・・・・・)と頼まれたわけだし。

 

「でもそれじゃあ士郎君に迷惑が・・・」

 

「迷惑だなんて思ってませんよ。誰しも一人前になるには何らかの形で支えてもらいながら行くんですから。それでも気になるというなら――――」

 

そう言って士郎は紙コップに入った水筒のお茶をごくりと飲んで、

 

「一人前になったら恩を返すつもりでやればいいんですよ。別に俺はそんなこと望んではいませんけどね。その方が清楚先輩の気持ちが落ち着くならそう思っていた方がいいでしょう?」

 

「・・・。」

 

士郎の言葉に清楚は少し考えて、

 

「正直俺は、俺を打ち倒した士郎以外の言うことを聞くつもりはない。だが、」

 

また瞳の色が変わった。

 

「士郎君がそう言うならやってみようと思う。どうなるかは分からないけど折角の機会だもんね?」

 

「そういうことですよ。先のことなんて「し~ろう~また清楚ちゃん口説いてるのかぁ!?」うごっふ!?」

 

突然首を絞められてお茶を吹き出しそうになった。

 

「なにするんだよ!お茶を吹きそうになったじゃないか!!」

 

「だってまた女口説いてるんだもん。それに聞き捨てならないことも聞いたぞ。まさか清楚ちゃんがお前の家に――――」

 

「も、モモちゃん!それは秘密!秘密だから!ね?」

 

一応九鬼の管理下に居なければならない彼女であるので家出が広まるとややこしいことになる。

 

「ちぇー。林冲ちゃんも士郎の家にホームステイしてるし・・・私も行こうかな」

 

「百代には川神院という重要な家があるだろうが・・・」

 

なんだか昔の衛宮邸と同じようになってきたことを感じる士郎であった。

 

 

 

――――彼女の感情の爆発はこうしてあっけなく収まりを見せた。これから様々なことが起きても彼女は葉桜清楚としてやっていけるだろう。彼女には強い味方がいるのだから。

 




日常編ですね。いかがだったでしょうか。風間ファミリーがあまり出せないことにちょっと悩んでいるのですがどうしてもこう、マジ恋、特にAのお相手の話になるとクローズアップされて主人公と数キャラ、っていうのが私の限界のようです・・・情けない。

次は義経と・・・例のあの先輩の話かな。わりと急がないと彼女達卒業しちゃうので。
この一年の間に士郎にはみっちり忙しく動いてもらわないと話が瓦解しかねないので頑張れ士郎!



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源氏の想い

皆さんこんばんにちわ。なんとか投稿ペースを上げたい作者でございます。

いやーもうね。書きたい場面があるんですよ…そこを書くにはちゃんと過程も書かなきゃいけないわけで。

今回は源氏一行の話となります。義経ちゃんが暴走しそうですはい。

あと与一…中二病のセリフよくわかんないんだよ…お前何語喋ってるんだよ…私、時代的に、興味ないね、の世代なので与一の長い文章わかりません…


今日は金曜日と言うことで金曜集会だ。色々あった士郎だが、無事ギプスを外してもらえたので今は普通に歩いている。

 

「にしても今日も暑いなー・・・由紀江、大丈夫か?」

 

「はい。私の故郷にはフェーンさんが来ますから。この程度なら平気です」

 

「だから汗で下着が透けたりしないんだぜ・・・男性諸君?」

 

「「「!!!」」」

 

少し離れて後ろを歩いていた大和、ガクト、モロが固まった。

 

「は、ハレンチだぞお前たち!!」

 

「エッチなのはNO!」

 

「・・・しょーもない・・・」

 

女性陣はドン引きである。

 

「つーか大和、お前は俺様とモロにくっつかんでもいいだろうが!」

 

「な、なんでだよ?」

 

「そうだよね・・・京にクリス、それに弁慶も――――」

 

「や、やめろ!狙ってやってるわけじゃない!なんかこう、雰囲気と言うかなんというか・・・」

 

「見苦しいわ!」

 

「ホントだよー」

 

「いい加減私とくっつけばいいのに・・・」

 

「京!それは自分が許さないぞ!」

 

何だかんだギャーギャー言いながら彼らは秘密基地を目指す。

 

 

 

「そういえばキャップは?」

 

また姿を消したリーダーに士郎は首を傾げる。

 

「なんかまた旅に出たらしいよ」

 

「・・・。」

 

士郎は思った。今度は何を持ってくるんだ貴様と。

 

「今回は大丈夫じゃねー?確か・・・どこぞの名産品食べに行ったんじゃなかったか?」

 

「らしいわねー。お土産に超期待よ!」

 

「マスターはいつも唐突だよねぇ・・・」

 

と、こちらも久しぶりのクッキーである。

 

「百代は?」

 

「お姉さまは今日が借りたお金の期日だから・・・」

 

「近場でとび職やってるのはいっつも笑っちまうよな」

 

「モモ先輩には悪いけど、とび職姿が異様に似合ってるんだよね」

 

「うーん・・・」

 

白いツナギにダボダボのボンタン。意外と見てみたいかもと思う士郎であった。

 

「そういえば葉桜先輩は大丈夫なのか?最近はなんか落ち着いたみたいだけど・・・」

 

「それ私も気になってた。なんでかな、いつも士郎と林冲さんと一緒に登校してるよね」

 

鋭い京の指摘に思わずたらりと汗が流れる士郎。

 

「あ、ああよく一緒になるんだ!ほら、俺朝早いだろ?先輩も朝早く登校して勉強してるみたいだぞ!」

 

「確かに・・・不死川もここの所早く登校してなにやら勉強しているようだった。みんな必死なんだな!」

 

「それでいいのか、クリス・・・?」

 

いくらあの親バカ軍人でも、いつまでも成績底辺のF組にいることを許すのだろうか?

 

「それはそうと、土日どうするよ」

 

「ここの所特に暑いからなぁ・・・あんまり暑くない所がいい・・・」

 

「右に同じ・・・椎名菌は涼しくてジメジメしてないと繁殖できない・・・」

 

「俺様、これずっと言われ続けるんだろうなぁ・・・」

 

「いくら過去とはいえ、越えちゃいけない一線ってのがあるからだろ?というかガクトは毎回京に宿題写させてもらってるからだろう」

 

士郎の言葉に涙を流して撃沈するガクト。

 

「一子は大丈夫なのか?」

 

ガクトの様子を見てそう言えば、と一子に話を振る士郎。

 

「え、えええ!大丈夫よー!あたしは「「ワン子」」はいごめんなさい・・・」

 

彼女もまた大和と京によって撃沈した。

 

「流石F組って感じだな・・・」

 

「俺様たちF組は武闘派揃いなの!見ろこの筋肉!先生の特訓でまた進化したぜ!」

 

得意げにムンっとマッスルポーズするガクトだが、

 

「・・・。」

 

それもまた士郎にとっては複雑な気持ちである。

 

あのスパルタ王は本当にスパルタの再建でもしたいんだろうか・・・本人は否定していたがなんとも怪しいところである。

 

「武闘派揃いなのはいいけどそれだと社会に出てから大変だぞ。知らない、分からないって言っても誰も教えてくれないんだからな」

 

少し厳し目に言う士郎。これでも人生の先輩なのだ。伝えられることは伝えておかないとダメだろう。

 

「う、でも勉強は難しいのよぅ・・・」

 

「そこはほら、大和と京が居るだろう?」

 

「まぁあなた!今大和夫妻って「「言ってない」」ダブルパンチにノックアウト・・・」

 

隙あらばアタックをしかける京に苦笑し、

 

「テストはまだ先だからな。ただ言えることは、今頑張っておかないと後から酷い目に遭うぞ、ってことだな」

 

そう言って士郎は持ってきた保冷バックを開ける。

 

「説教はこのくらいにして、今日も軽いおかずを作ってきたぞ。試作品もあるから意見を聞かせてくれ」

 

その言葉にわあっとテーブルに出されたタッパーに手を出す一同。

 

「相変わらずうんめぇなぁ・・・」

 

「肉!お肉!」

 

「こっちのサラダもすごく美味しいぞ!瑞々しくて、このボトルに入ってるのオリジナルドレッシングか?」

 

「僕はこのお菓子が美味しいなぁ・・・これ、トウモロコシでしょ?意外な使い方だなぁ」

 

「どれも美味しいね(バッサバッサ)

 

絶賛してくれるのは良いのだが、京のあの真っ赤なナニカは何とかならないのだろうかと士郎は思う。

 

ちなみに、辛さにはきちんと単位が存在し、『スコヴィル値』なるものが存在する。

 

過去に京がカラミゲンAという明らかに薬剤瓶に入ったものを持参していたが、あれは5万スコヴィル(タバスコの25倍)だったらしい。

 

(京はあのクソ神父を越える存在だな・・・)

 

いくらあの激辛麻婆が大好きなエセ神父でもたった(・・・)5万スコヴィルと言う京には敵うまい。

 

と言うかあの薬剤瓶に入ったものはどうやって手に入るんだろうか。

 

「ようお前らー!たっだいまー!」

 

「おかえり」

 

「おかえりキャップ」

 

「おかえりなさい」

 

「おかえり。・・・妙なもん拾ってこなかっただろうな?」

 

士郎はキャップが留守にすると戦々恐々である。なにせ聖杯を持ってきた剛運の持ち主である。

 

「いや?今日は普通に京都に行ってきた。ほら、修学旅行の候補に上がってたろ?」

 

「まさかそれで現地確認したかったと?」

 

呆れた話である。だがキャップは過去に名古屋までは自転車で行っているので行けないことも、

 

(あるか!!!)

 

流石に今回は新幹線で行ったんだろうと思ったのだが。

 

「いやー今回は流石に俺の疾風号(原付)で行って来たぜー途中何回も給油した」

 

「馬鹿なのかお前は!!?」

 

確かに人力ではない。人力ではないが、原付は一度にそんな長距離を走るものではない。

 

それはもう普通のバイクレベルである。

 

「大人しく新幹線使えよ!」

 

「いやそれじゃあ景色とか楽しめないじゃん?」

 

「士郎、キャップに自重というか、常識は通じないからやめた方が良いよ・・・」

 

「そうそう。前名古屋で足止め食らった時を考えればキャップは自力で行くって」

 

「・・・。」

 

本当にやるから手に負えない速度馬鹿である。

 

「それよりほら!土産の八つ橋だぜ!美味かったぞ」

 

「本当に行ってきたんだな・・・」

 

現物を見て士郎は頭痛がした。そんな彼をよそに、

 

「おいこらなんで私が来る前にキャップのお土産食べようとしてるんだ!」

 

「お姉さま!」

 

「モモ先輩お疲れ様!」

 

「姉さんお疲れ様!」

 

アルバイトが終わったのだろう。シャワーを浴びてきたのか、フローラルな香りがする。

 

「どうだ士郎?いい匂いだろう?」

 

ふぁさりと自慢げに長い黒髪をなぜる百代。

 

「ああ。いいと思うぞ」

 

なんで自分に聞く?と首を傾げる士郎。だがいい匂いなのは間違いないので褒めておく。

 

「さあ皆の者!今日が返済日だ!もってけ泥棒!」

 

百代はそう言って割と分厚気な封筒をテーブルに出した。

 

「おーやっとかー」

 

「毎度長いけどちゃんと返してくれるからねぇ」

 

「姉さん丁度もらったよ」

 

「あたしもー!なんだかお小遣いみたいね!」

 

「・・・。」

 

分厚い封筒がどんどん平べったくなり、最後には――――

 

チャリン、と悲しい音だけが残った。

 

「おかしいな?私の見間違いかな?小銭が少ししか残ってないぞ」

 

必死に封筒を振るがお札は出てこず。出てきたのは500円程度。

 

「し~ろう~お金貸してほしいにゃんっ!」

 

「真面目に働け!」

 

しな垂れかかる百代にきっぱり言ってやる。

 

「いいじゃないか!士郎は大金持ちじゃないか!」

 

「だからって貸すか!そうポンポン――――売れてるけど」

 

無限ブランドというブランド名まで出来てしまった彼の一品はとても重宝されている。

 

「士郎、金持ちなのか?」

 

「金持ちだぞ~。なにせ色んな所に剣売ってるからな」

 

「いや剣だけじゃなくて包丁とかも作ってるんだが・・・」

 

実際収入源として大きいのは包丁とかだったりする。こちらは魔術刻印などはせず、普通に創り手である自分の無限、と銘を切ってあるだけである。

 

「いやー確かにあんな大きな屋敷どうやって維持してんのかと思ったらそういうことだったわけね」

 

刀剣類は一度手に入れば早々買い替えたりしないので一度の金額は大きいが財源としては心もとない。

 

そこで士郎はプロ・アマチュア向けの包丁を売りに出したわけだがこれがまた有名な板前や料理長に人気でこちらがすごく売れている。

 

人によっては切る素材毎に複数の種類を持つのでこれがまた売れる数がすごい。

 

「あの!父上に贈った刀なんですが、とても喜ばれました!!」

 

「そうか。喜んでもらえたなら嬉しい」

 

「まゆっちのお父さんって剣聖だよな・・・」

 

「そんな人が喜ぶなんてどんな品質なんだ」

 

由紀江にはいつも加賀の名産品をおすそ分けしてもらっているので、打ち上がった物の中で納得のいくものから選んでもらって譲ったのだ。

 

どうやらそれを親御さんに贈ったらしい。

 

「と言うことで早く財布を出すんだ!」

 

「誰が出すかっ!大人しく働け!」

 

そう言って士郎はおかずの一つを百代の口に突っ込んだ。

 

「もがもが・・・うん、美味いなぁ・・・」

 

まったく、と士郎はため息を吐いてキャップのお土産の八つ橋に手を伸ばす。

 

「へえ、美味いな・・・」

 

「いい所の奴でしょこれ」

 

「あんこの甘みが絶妙だなぁ・・・」

 

「修学旅行は京都がいいな」

 

絶賛する仲間達にキャップも誇らしげだ。してやったりという感じもあるだろう。

 

(京都か・・・そういえば京都には五条大橋があったな)

 

実は実際の場所ではなく移設された場所が現在の五条大橋なのだが義経達が何かしらのイベントに巻き込まれそうだ。

 

そうして金曜集会の夜は、更けていく。今回も何事もなく一日を終えることが出来た。

 

 

 

 

土日明けて月曜日。いつも通り登校する士郎だが、ギプスが外れたのもあってとても気分がいい。

 

(建設予定のアレももう少しでできそうだからなぁ・・・楽しみだ)

 

士郎は風呂の拡張を目論んでいた。衝立で仕切りをつけた露天風呂である。

 

日曜大工ばりに少しずつ作っていたそれがもう少しで完成しそうなのだ。

 

(星空を見ながら浸かる風呂は格別だろうな)

 

やはりこう、外の開放的な所で満天の星空を見て夜風にあたりながらゆっくりと浸かるのは格別だろう。

 

「士郎はなんだかうれしそうだな。ギプス外れたから?」

 

「それもあるけど、やっと作りかけだった露天風呂が完成しそうだからな。それが待ち遠しくて」

 

土日は仲間達と遊びもしたが、露天風呂建設にも力を貸してもらった。力仕事にも、精密な計算も得意なメンツが揃っているのでとても早く工程が進んでいた。

 

「士郎君はなんでも出来てすごいね。お風呂を自作するなんて普通考えられないよ」

 

隣の清楚がそう言った。彼女も密かに露天風呂の完成を心待ちにしているのだ。

 

「昔取った杵柄ですよ。剣の鍛造もそうですけど色々やってきましたから」

 

この世界に来た時の川神幽霊屋敷も流石本物が居ただけあって全く手つかずでとても住める状態ではなかった。

 

それを地道に一からリフォームしたのが今の衛宮邸だ。

 

そのおかげでというかなんというか、随分と広い土地を格安(ほぼ値打ち無し)で手に入れられたのだが。

 

「昔って・・・たまに士郎君大人びた感じの時あるよね」

 

「あー・・・」

 

ある意味これもまた恒例となった質問だ。

 

「清楚、士郎は29歳なんだ」

 

「ええ!?そんなに年上には見えないよ!」

 

林冲の言葉にのけぞる清楚。それはそうだ。だって体は18歳だもの。

 

「信じる信じないは本人次第・・・っと、あれ、義経か」

 

学校の前に到着すると長蛇の列が並んでいた。恐らく義経への挑戦者だろう。

 

「――――」

 

真剣な表情で相手と相対し、

 

鋭い剣筋で一撃のもとに相手を下す。終わったあとも礼儀を忘れずしっかりと頭を下げる彼女はとても凛とした雰囲気を纏っている。

 

「あ!士郎君!」

 

しかしその雰囲気もすぐに無散し、義経はポニーテールを子犬の尻尾の様に振って自分の元にやってきた。

 

「おはよう!」

 

「おはよう」

 

「おはよう、義経ちゃん」

 

「葉桜先輩もおはようございます!先輩は今日も勉強ですか?」

 

「うん。作家の勉強をしてるんだ。結構難しくて・・・」

 

「作家・・・確かに先輩にお似合いだと思いますけど・・・」

 

言いづらそうに義経はもごもごとした。その様子を見た清楚は。

 

「心配ない!たまには俺も外に出て発散しているからな!そのうち義経達にも勝負を挑むから精進しておけよ?」

 

「あ、はい!よかった。先輩大分安定してきたんですね」

 

すんなりと切り替える清楚に義経は安心したようだ。

 

「戦いをやめてしまっていいのか?」

 

「はい!丁度さっきの人で最後にしてもらう予定だったので・・・」

 

よく見ると九鬼の従者が整理券のようなものを手渡している。

 

「しかし朝から戦い続きで疲れないか、義経」

 

「大丈夫!今日は特別だから・・・」

 

「特別?」

 

義経の言葉にそういえば彼女はこんな早朝から決闘三昧ではなかったはずだなと士郎は考えた。

 

「なにか予定があるのか?」

 

「えっと・・・その、」

 

「ああ、言いづらければ無理に言う必要は「ううん!あのね」お、おう」

 

食い気味に来る義経に士郎は仰け反った。

 

「その・・・士郎君に、義経と戦ってほしくて・・・」

 

「・・・は?」

 

その言葉に、士郎は嫌な予感を感じるのだった。

 

 

 

 

その日の放課後。士郎は夫婦剣を手に義経と対峙していた。

 

「義経ちゃんと衛宮だってよ・・・」

 

「しかも衛宮が双剣持つの初めてじゃないか?」

 

「どっちが勝つんだろう・・・」

 

外野が色々言っているが彼らの言う通り、士郎が干将・莫耶のレプリカを持って相手と決闘をするのは初めての事だ。

 

今回はそれだけ手の抜けない相手であるということと、義経がどうしてもということで握ることになったのだ。

 

『大丈夫ですか、マスター』

 

『問題ない。ただ意外過ぎて少し戸惑っている』

 

士郎の戸惑いも当然と言えるだろう。

 

義経とはこれまで水上体育祭のビーチバレーを始め、体育の授業などで何度か手合わせしているが、こういう本格的な決闘は初めてである。

 

自分が何かしらの理由で挑むことはあっても、基本受け身の義経が自分から決闘を所望するのは意外過ぎた。

 

「士郎君、改めてよろしくお願いします」

 

ペコっと頭を下げて義経は刀を構える。

 

「――――」

 

士郎はあえて返事をしない。彼にとって重要なのはこの戦いの勝敗ではなく、この戦いに何の意味があるのかだ。

 

彼はそれをその鋭い鷹の目をもって見つめる。

 

「では両者前へ。衛宮君。アレは使用禁止じゃからのう。今持ってるのと同じものはいくらでも使っていいがの」

 

「了解した。元より私の秘奥をそんなに易々と見せることはしない」

 

「――――」

 

軽い挑発に堪えた様子もなく義経は静かに意識を集中していた。

 

士郎はその様子にやはり違和感を感じるが、戦いは戦いだ。まずは目の前のことに集中する。

 

両手をだらりとさげ、体は自然体に。いつもの様に士郎は戦闘態勢を取る。

 

「では両者深刻な怪我をせんように――――始めッ!」

 

「!」

 

合図と共に踏み込んできたのは義経。鋭い右袈裟切りを白剣、莫耶で弾き、

 

「っと!」

 

黒剣干将の一閃にてカウンターする。しかしそれを彼女は弾かれた勢いを使って後ろに後退したため寸前で躱すことが出来た。

 

「――――!」

 

たった一合のやり取りに彼女はさらに嬉しそうに、楽しそうに刃を走らせる。

 

「主、楽しそうだなぁ・・・」

 

「あいつが全力で戦う相手なんてそうはいねぇ。だが、衛宮士郎相手なら納得がいく」

 

弁慶が言う通り義経はとても楽しそうだった。

 

何度弾かれても、何度躱されても。彼女は嬉々として衛宮士郎に向かっていく。

 

対する士郎はやはり彼女の意図が分からなかった。

 

(なぜ、そんなに楽しさや嬉しさを前面に押し出してくるんだろうか?)

 

思いとは裏腹に士郎は油断なく一撃を、連撃を弾き、いなし、躱す。

 

常に不動でカウンターをする士郎に義経は少し困り顔で、

 

「あの、士郎君からも打ち込んでください」

 

まるで目上の人間に頼むように義経はお願いをした。

 

「――――」

 

やはり意図が分からない。自分がカウンターのみをしているのが不満とかそういうことではないらしい。

 

彼女の言葉に受けた印象は、

 

――――この人と全力でぶつかってみたい。

 

という気持ちだけだ。とにかく一片の曇りも苛立ちも感じられない。

 

こうしていること自体衛宮士郎の挑発になるのだが、彼女はそれもよしと受け入れている。

 

ただもっと、もっと貴方を感じてみたいんだというのが彼女の本心だった。

 

「では、期待に応えるとしよう」

 

その言葉を皮切りに士郎が一瞬で消えた。

 

「!ああぁぁッ!!!」

 

裂帛の声を上げて彼女は視界から消えた衛宮士郎の一撃を辛うじて弾き返す。

 

「せいッ!!」

 

いつの間にか後ろに回られたその一撃を一刀のもとに弾き、

 

「てやぁッ!!!」

 

双剣と当身を使った鋭い斬撃を刀でいなす。

 

だがどれもこれも義経にとってははるか上の技術。何とかしのげているのも衛宮士郎がそこまで手加減してくれているからだ。

 

(悔しい・・・けど、嬉しい!これが本物なんだ!)

 

一太刀一太刀ごとに義経の息が上がっていく。攻めてきたと思ったらカウンター主眼に代わり、守りに入ったと思ったらいつの間にか自分は劣勢になる。

 

「義経、すごいな・・・自分は一瞬でやられてしまったのに」

 

「俺様、士郎の動きほとんど見えないんだけど、手加減・・・してるのか?」

 

「手加減してるわよ。前の総理官邸前の事件の時もっと早く動いてたし、なにより――――」

 

彼の本来の戦い方は必要な場所に必要な武器を持ってくることにある。

 

双剣に絞っている時点で彼は本気ではない。

 

「だとしたら士郎かなりエグイことしてるな・・・」

 

「かもね。でも多分士郎は困惑してるんだと思うよ」

 

京が大和の言葉に反応した。

 

「困惑?」

 

「あの士郎が?」

 

いつも戦いとなれば冷静沈着、むしろ冷徹とさえ取れるほどに動じない彼が困惑している?

 

「うん。士郎は義経がなんで嬉しそうに自分に向かってくるのか分からないんだと思う」

 

「そう言われれば・・・義経、なんか楽しそうだな」

 

額に汗かき、息を荒げながら、それでも義経は楽しそうに、嬉しそうに刃を合わせていた。

 

「それだけじゃないぞ。今まで知らなかったが、士郎の持ってる武器。あれは干将・莫耶っていう宝具だ」

 

左目の魔眼を開放した百代がたらりと汗を一筋流した。

 

「ええ!?宝具って言ったらあれじゃん!この前の矢の――――」

 

そう言って一同が思い浮かべるのはつい最近彼が黒い洋弓で放ったあの禍々しいどこまでも追いかけてくる『フルンディング』と呼ばれたものだ。

 

「ちょっと待ってくれ!そうしたら義経は武器として圧倒的に不利じゃないか!?」

 

宝具とは伝説の武器。ゲームやアニメ、御伽噺に出てくる様々な逸話を持った武器だ。

 

それに比べて義経の刀は業物であるが普通の刀である。あの双剣が宝具だというのなら武器の性能として義経はかなり不利だ。

 

「そうでもないらしい。うーんと・・・ランクっていうのがあってだな・・・フルンディングは分からなかったけどアレはCランクでそこまで宝具としての位は高くないみたいだ」

 

それに、と百代は続ける。

 

「多分中身の神秘・・・でいいのか?それがあまり強力なものじゃない。だから多分、普通よりかなり頑丈な剣くらいだと思う」

 

と百代は見ずらいものを見るように目を細めて士郎の夫婦剣を見る。

 

情報は入ってくるのだが百代には理解できない単語がたくさん出てよくわからないのが本音だ。

 

しかし、あの剣に黒い矢のような馬鹿げた能力は無いということはわかった。

 

「はぁ!はぁ!」

 

激しい斬撃を交わし合いながら義経は一度呼吸を整えるために距離を取った。

 

「――――」

 

対し、士郎は追撃をしない。彼女が何を考えているのか分からないが、とにかく自分と剣を交えたいのだと言うことは理解できたからだ。

 

だが、

 

(義経が限界なのははた目から見てもわかる。だが、それ以前に――――)

 

これが分かるのは士郎と百代だけだろう。義経の刀も、もう限界なのだ。

 

元より刀とは切り裂くことを主眼に置いた武器であるため、刀身が薄く鋭いのが特徴だが、それはつまり耐久度が低いということになる。

 

対し、士郎の夫婦剣は元より打ち合いを前提とした分厚く、頑丈さがメインの武器である。

 

そんな武器と何度もぶつかり合って、曲がらないのは流石と言いたいが、いい加減義経でもこれ以上は限界だ。

 

「義経。そろそろ限界だと思うのだが、これまでとしないか?」

 

士郎の言葉に義経は首を横に振り、

 

「嫌だ!義経はもっと――――!」

 

ドン、と地面を蹴る義経。

 

「だめだ、義経ちゃん!」

 

百代の言葉も既に届かず、彼女は致命的な一歩を踏み出してしまった。

 

バキン!

 

「!?」

 

士郎はその一撃を普通に防いだだけだ。だが既に限界だった義経の刀は半ばから砕けてしまった。

 

「ああああ!!?」

 

「チッ・・・だから言ったのだ。己の得物の限界を悟らないのは剣士として失格だぞ」

 

そう言って彼は夫婦剣を構えるのをやめた。

 

「うう・・・」

 

流石に今の一言は堪えたらしい。彼女は涙目になってしまった。

 

「君も丁度いい頃合いだろうしここで手打ちとしよう」

 

士郎はそう言って審判である学長の元へ向かった。

 

「私はこれ以上戦わない。決闘は終了としていただきたい」

 

「いいじゃろう。今回は義経ちゃんの戦意喪失、衛宮君の辞退ということで引き分けとする!」

 

鉄心の言葉に周りに集まっていた生徒が散らばっていく。

 

みな一様にいいものを見れたと良い顔で去って行く。そんな中、

 

「九鬼英雄!」

 

士郎は黄色の男を呼んだ。

 

「素晴らしき戦いであったぞ衛宮!で、何用だ?」

 

「彼女の刀は九鬼で準備するのか?」

 

士郎の問いに英雄は一瞬悩んだ。

 

「もちろんそうだが、今九鬼が最高のものを準備するとなればお前の所だぞ?」

 

その言葉に士郎は頷き、

 

「義経。君が良ければなんだが・・・」

 

そうして士郎から言われた言葉は、

 

「え、えええええええ!!?」

 

義経が仰天する内容だった。

 

 

 

 

 

 

決闘の後、義経と弁慶、与一は士郎の先導の元、衛宮邸に向かっていた。

 

清楚には彼女らが家に来るので少し時間を潰すように言ってある。

 

「何気に大将の家に行くのは初めてだよねぇ」

 

「うん・・・」

 

元気のない義経は心もとなげに腰に下げた折れた刀を握る。

 

「お前まだ気を落としてるのかよ。衛宮印の新品が手に入るんだからもっと嬉しそうにしろ」

 

「そう言われても、義経は今回この子にとても酷い仕打ちをしてしまった。剣士失格だ・・・」

 

と義経はしょぼんとしている。

 

「・・・気持ちは分からんでもないけど、刀はまた打ち直しなり新しい物に取り代えるなり出来る。あそこで俺の忠告を無視したのは確かに悪かったけど、命まで失わなくてよかったと思った方が良い」

 

「そうだね。義経なら無手でもそれなりに戦えるけど、刀無しじゃ大将相手に勝つのは不可能だよ」

 

士郎と弁慶の言葉は何とか義経に届いたようで、少し顔色が明るくなった。

 

「それにしても士郎君こんな所に住んでたんだね」

 

「学園に通えないわけじゃないが、結構遠いな」

 

「まぁ色々あってな。いい運動とでも思ってるよ」

 

大体学園まで10分程度。ゆっくり歩けば15~20分くらいだ。歩くよりは自転車等があると楽だろう。

 

実際、清楚は普通(士郎のカスタマイズ品)の自転車を使って通学や遊びに出ている。

 

「目の前に見えるのが俺の家だ」

 

「目の前って・・・えええ!?」

 

「デカい武家屋敷じゃねーか!」

 

「大将すごい所に住んでるね」

 

新・衛宮邸は非常に敷地が広い。元の世界の衛宮邸よりも大きい。なので士郎は色々と施設を追加建造しまくっているのだ。

 

そんな場所に、

 

「ふっはっはっは!九鬼揚羽、降臨である!」

 

「待っていたぞ衛宮士郎。それと赤子たち」

 

家の前にドドン!と待ち構えていたのは揚羽とヒューム爺さんだった。

 

「ヒューム爺さんはともかくとしてなんで揚羽さんまで?」

 

折れた刀身の回収と特殊な刀を打つということを伝えたのでヒューム爺さん、あるいはクラウディオさんが来ると思っていたのだが・・・

 

「それは当然義経の新たな刀を打つと聞いたからよ!――――それとは別件でお前に感謝をしたくてな」

 

「感謝?」

 

揚羽の言葉に首を傾げる士郎。はて、感謝されるようなことをしただろうか?

 

「小十郎のことだ。お前に気脈を整えてもらったことで奴は今大きく成長している」

 

「元々は揚羽様の輸血要因として傍仕えにしていたのだがお前の見立て通り執事としては恐ろしく役に立たなくてな。それが少しずつ改善されている」

 

「・・・。」

 

成長できているのは良いことだが、まさか専属執事の理由が輸血要因とは。小十郎に思わず同情してしまった。

 

「さて、それはそれとして、今回は何やら特殊な刀を打つということであったな?」

 

「英雄には許可を取りましたがそうです。一応、魔剣(・・)になりますかね」

 

「ま、魔剣!?」

 

そこまでは聞いていなかった義経は一体何事かと驚く。

 

「あー・・・大将ももしかして病気を?」

 

「そうか、やはりお前は俺と同じ特異点(・・・)なのか・・・!」

 

ドン引きする弁慶と嬉々として絡もうとする与一。

 

だが。

 

「そこの病気の赤子と一緒にするな。衛宮士郎は本物(・・)だ」

 

「本物って・・・どういうことですか?」

 

義経は今から自分に魔剣を授けられようとしていて戦々恐々だ。

 

「その説明はまた今度だ。今はとにかく中に入ろう。ここだと暑くてしょうがない」

 

そう言って士郎は、ただいま、と戸を開ける。

 

「おかえり、士郎」

 

それに応えるのは林冲だ。

 

「林冲!居たなら揚羽さんたちを中に入れてやってくれよ・・・」

 

「もちろん一度入ってもらったしお茶も出したぞ。でも・・・」

 

言いずらそうに林冲は口ごもった。

 

「彼女を責めるな。我がお前が近づいてきたのを悟って外に出たに過ぎん!」

 

「・・・そこになんの意味が・・・?」

 

思わず頭を押さえる士郎。さらに、

 

「おお!良く帰ってきた!我、顕現であるぞ!」

 

「紋白ちゃん!?」

 

「おかえりなさいませ、衛宮様」

 

「クラウ爺まで!」

 

なんと、居間には九鬼紋白とクラウディオまで居た。

 

「九鬼の二大トップがこんな所に居ていいのか?」

 

流石にまずいだろうと思う士郎だが、

 

「元は我がクラウ爺と一緒に来る予定だったのだが」

 

「揚羽様がどうしても衛宮様に感謝したいと申しておりまして、こうして伺わせて頂いた次第です」

 

そう言って頭を下げるクラウディオはザ・執事と言った感じだ。

 

「まぁ九鬼の仕事に支障がないならいいと思うけど・・・そんなに楽しくないと思うぞ?」

 

なにせ今日打ち始めて明日完成とはいかない。今日はまず、触媒の生成と義経の希望と手に合わせた柄を作るのが目標だ。

 

「とりあえず適当に座ってください。クラウディオさん、冷凍庫に作ったアイスが入っているので配膳を手伝ってもらえませんか?」

 

「構いません。――――これは、とても美味しそうな良い香りですね」

 

「くずもちパフェを作った時興が乗って色々作ってしまって・・・なにせ暑いですからね。みんな飲み物はどうする?アイスをお茶請けに出すから紅茶が良いとは思うけど」

 

士郎の言葉に異議なしと言うことで士郎は冷たいアイスティーを準備。クラウディオはバニラ、チョコレート、ストロベリーの三種から希望に合わせてそれぞれ配膳した。

 

「それじゃあまずは、暑い中ようこそお越しくださいました、ということで」

 

乾杯、とグラスを鳴らした。

 

「おおっ!これは美味しい!」

 

「アイスティーもいい香りだ・・・」

 

「主、こっちも美味しいよ。ちょっと交換しよ?」

 

「うむ・・・この若干ほろ苦いチョコレートがなんとも・・・」

 

皆士郎のもてなしに大絶賛だ。

 

「大したことじゃないから食べながら聞いてくれ。今回義経の刀を折ってしまったということで今回新たに新調するんだが・・・義経、なにか希望はあるか?」

 

「え?えっと、できれば前と同じのが良いんだけど・・・」

 

「今回は魔剣にすると言っていたな。危険ではないのか?」

 

揚羽の言葉に士郎は首を振った。

 

「魔剣って聞くと呪いなんかがかかってるイメージだろうけどそうじゃない。魔術を使って(・・・・・・)鍛えるから魔剣なんですよ」

 

「魔術・・・?大将はやっぱり与一と――――」

 

「そのくだりはよい。ただ言えるのは、先ほどヒュームが言ったようにそこの面倒な病気を抱えた小僧と同じではなく、衛宮は本物だということだ」

 

揚羽そう言ってバッサリ切った。そして、

 

「具体的にはどうするのだ?」

 

「彼女の体の一部・・・髪の毛を数本で良いのでそれを特殊な製法で精製して刀に混ぜ込みます。それだけですよ」

 

と言って士郎は縁側から外に出て、鍛造所から何かを持ってきた。

 

「みんな食べ終わったらこれに義経の髪を二本くらい入れてもらうとして・・・」

 

それは試験管を何やら文様の描かれた小さな台座に収めた不思議な道具だった。

 

「クラウディオさん、義経の刀のデータってあります?」

 

「もちろん準備してございます。こちらになります」

 

早々と食べ終えたクラウディオが鞄から一枚の書類を取り出した。

 

そこには義経が持っていた刀の詳細なデータが書いてあった。

 

「・・・これは薄緑を参考に今の義経に合わせたものですね?」

 

それを一目見て士郎は看破した。所々違いはあるが、源義経公が振るった薄緑とほぼ同じ数値である。

 

「左様でございます。序列――――今は検討中でありましたな。武士道プランの提唱者であるミス・マープルが、義経様に持たせるならばこれだろうと決めた物にございます」

 

「彼女は星の図書館と言われるほど博識でな。義経達の事も彼女が選んだ」

 

さらっとバニラとストロベリーの二種を食べ終えたヒュームが言った。

 

「ヒュームさん・・・しれっと二つ食べてる」

 

「誰も一つとは言わなかっただろう?」

 

「いやそれにしても・・・「ん?」あいや何でもないです・・・」

 

茶番はこのくらいにして。

 

「となると折角だからさらに今の義経に合わせた方がいいな。みんな食べ終わったな?まずは皿を下げるから・・・」

 

「衛宮様、その辺りは私めにお任せください。今は義経様に注視してくださいますと私めも嬉しいです」

 

そう言ってクラウディオがさっさとお皿の回収とアイスティーのお代わりを準備してくれた。

 

「ありがとうございます。じゃあまず、時間のかかる方から行こうか。義経、その試験管に髪の毛を二本くらい入れてくれないか?」

 

「わ、分かった」

 

そう言ってプツンと二本髪の毛を抜いて試験管に入れて、士郎がすぐにコルクで蓋をする。すると――――

 

「わ、わ、髪の毛が解けて・・・溶液の色が変わってる!」

 

「まるで化学の授業でもやってるみたいだね」

 

その様子を物珍しく見る義経と弁慶。

 

与一も気にしない体を取りながらチラチラ試験管を見ている。

 

「衛宮、わかっているだろうが義経の遺伝子データは流出するとまずいのでな。終わり次第その試験管は回収するぞ?」

 

「ええ。上の試験管は本当にただの試験管なので問題ないですよ。溶液と台座は秘密ですけどね」

 

ジュワジュワと髪の毛が溶けていき、七色に溶液が次々と色を変える様をみて一同が固まっているが、

 

「触媒の精製には時間がかかる。その内に義経の手を図って・・・そうだな、折角だから鞘にルーン文字も刻んでみようか」

 

「る、ルーンってあれ?北欧神話の大神オーディンが使ったっていう・・・」

 

「流石弁慶、博識だな。それで間違いないけど、正確には違うんだけどな。まぁお守りみたいなもんだよ。ほんの少し、体力回復が早いとか強化されるとかそんなもんだ。大神オーディンが使った原初のルーンに比べて相当にささやかな効果しかでないよ」

 

それは士郎が魔術師としてへっぽこだからなのも原因であるが。

 

オーディンが使ったとされる原初のルーンはとんでもない威力を誇り、死のルーンなぞ刻まれたらその場で即死である。

 

そうして義経の手を図り、鞘に刻むルーンを決めた頃に、試験管の髪の毛がすっかり溶け切った。

 

「よし。それじゃあこれを――――」

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

と台座に刻まれた魔術を発動させる。すると――――

 

「パチパチしてる!」

 

台座に刻まれた文様に赤いラインが走り、小さなスパークを起こしながら溶液が減っていく。

 

「これが魔術か・・・その名の通り神秘的な光景であるな」

 

「衛宮士郎。これは危険はないのか?」

 

あまり覗き見るのも良くないと思ったのかヒュームが紋白を抑えている。

 

「ああ。弾けてるように見えるけど実際弾けてるわけじゃない。魔術反応、とでも言えばいいか・・・その反応が弾けているように見えるだけだ」

 

「ってことは別に試験管が爆発したりするわけじゃないんだ。良かったね主」

 

「べ、別に怖がってなんかないぞ!ただちょっと、試験管って薄いから割れそうで・・・」

 

「神秘的な光景だな・・・」

 

ビビる義経にからかう弁慶。与一は本物の魔術に心底見惚れている。

 

しばらくして。溶液がすっかりなくなって試験管に残ったのは小さな結晶だった。

 

「これで出来上がりだ。この結晶を刀に混ぜ込んで作るのが義経の新しい刀だ。約束通り、試験管はお渡ししますよ」

 

そう言って士郎は綺麗な宝石箱のようなものに、出来た結晶をピンセットで挟んで納め、試験管をヒュームに渡した。

 

「今日はここまでですかね。後は鍛造するだけなので数日待ってください」

 

「うむ。よい出来を期待しているぞ!」

 

と、無事終わったのだが、

 

「し、士郎君!我がままなのは承知なんだけど余ってる刀ってないかなぁ・・・?こう、手ぶらなの落ち着かなくて」

 

「確かに・・・出来上がりには数日とはいえ時間がかかる。その間に持つものが必要か」

 

そう言って士郎は立ち上がった。

 

「ついてきてくれ。保管庫にそれなりの数があるから好きなのを持っていくといい」

 

「あ、ありがとう!」

 

「面白そうであるな!我も行くぞ!」

 

「ふむ。俺も興味があるな・・・」

 

そう言ってまた全員が保管庫に足を延ばした。

 

「ここだ」

 

保管庫はなんと地下にあった。鍛造所と隣接し、繋がっている小さな小屋が地下に続く入り口になっていた。

 

「うわあ・・・」

 

そこに飾られていたのはどれも名刀、業物と言って謙遜ないものだった。西洋剣から日本刀、中華刀など実に様々なものが所狭しと置いてあった。

 

「これは・・・どれを選ぶとか難しいんじゃない主?」

 

「う、うん・・・失敗した余りものでもあればと思ったんだけど・・・」

 

義経の考えは彼の能力を考えるとある意味あり得なかった。解析が出来る士郎に失敗はほぼあり得ない。そこに強化や魔術的処理をするなら尚更である。

 

「衛宮には随分九鬼にも武器を卸してもらっているがまだこれほどにあったのか・・・」

 

「どれもこれも一級品ですな。ここにある物を売るだけでも巨万の富を得られる」

 

これまた皆絶賛して見て回っている。

 

「衛宮はこれを売る気はないのか?」

 

揚羽の問いに士郎は逆に困ったように、

 

「ここにあるのは納得のいかないものだけなんで別に売れなくても「「「お前は馬鹿か!?」」」えー・・・」

 

「こ、これだけの出来で納得いかないの!?士郎君!」

 

スラリと無造作に鞘に入れて傘入れの様な筒の中に収められた刀を抜いてぎょっとする義経。

 

「ああ。もっといいものにできたなぁと思うんだよ」

 

こればかりは創り手である彼のこだわりと言うかなんと言うか。

 

いい出来ではあるし、世に出しても恥ずかしくないとは思うのだが、進んで出そうとは思えないのである。

 

「それよりも早く決めないと日が暮れるぞ。別にどれでも構わないし、ただの間に合わせなんだから遠慮なく選ぶといい。折れても問題ないしな」

 

「え、え、え!?この中からなんて選べないよう!!?」

 

あっちの壁に掛けられた刀を見て、無造作に傘の様に筒に入れられているものを見て、タンスのような物にしっかりとしたふわふわの生地の上に置かれた物を見て、義経は大混乱である。

 

「と言われてもなぁ・・・義経の手に合うならこの辺だと思うんだけど・・・」

 

そう言って士郎は壁に掛けられた一振りを手に取る。

 

「よっと・・・義経、どうだ?」

 

手ごろな柄をはめて渡す士郎。

 

「こ、これ!?うん!もうこれで――――」

 

良いと言おうとした義経に揚羽とヒュームが待ったをかけた。

 

「いや、きちんと試し切りをせよ。それは義経の刀が打ち上がったあと九鬼で買い取る」

 

「源義経が太鼓判を押した刀とあれば従者部隊に持たせるのもよし、売るもよしだ。しっかり試せよ」

 

結局義経は士郎に渡された一振りを持ち帰るのだが、後にこの刀は九鬼でも剣士であり、実力を認められたものにしか使わせてもらえない幻の一振りとなるのだった。




あれ…話が進んでない…?パイセン出すつもりだったのに義経ちゃんだけで終わっちゃった!すみません!次こそは、次こそは出すので!!

感想にいい意味で鋭い指摘をされた方がいらっしゃいました。流石だなぁと思ってしまいました…私の考えなんてすぐに看破されてしまうようです(苦笑)

次回は本当に謎多きあの人を出すのでよろしくお願いします!


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義経と義仲

みなさんこんばんにちわ。虫歯になっていた親知らずが、まさかの5分ほどで引っこ抜けてしまったことに驚きながら書いている作者でございます。

今回はいよいよ彼女が出て参ります!本当は前回出したかったんですけどね…詰められなかったです、はい。

では


九鬼ビルにて。今日は義経の刀が打ち上がったということで士郎と付き添いの林冲が九鬼の本社、九鬼ビルへやってきていた。

 

「想像以上にデカいな・・・」

 

黒いケースを持ったまま士郎が呆然と見上げる。ここに義経達(過去には清楚も)住んでいるとは中々に考えづらい。

 

なにせ規模が大きすぎて家というよりまんま業者の本社ビルである。

 

「九鬼が如何に力を持っているか誇示しているようだな。・・・それよりも、士郎、大丈夫か?」

 

林冲が士郎を心配するのには訳がある。実はこの男、昨晩から徹夜しているのである。

 

「問題ないぞ。昔は一週間くらい寝ないで過ごしたことがあったからな。このくらい平気だ」

 

「そういう問題じゃない・・・」

 

前の世界では常に追われる身だった士郎は徹夜に恐ろしいほどに耐性を持っている。

 

だがそれは非常時だからであって、なにも今する必要はないだろうというのが林冲の心の声である。

 

「お、来たなー、おーいこっちだこっち」

 

明るい金髪を揺らして手を振るのは以前あずみと共にいたステイシー・コナーだ。

 

もう一人黒髪の女性がいるが、そちらは分からない。

 

「お久しぶりですステイシーさん。あの、そちらの方は?」

 

「初めまして。序列16位の李・静初です」

 

「初めまして。衛宮士郎ですこっちは――――」

 

「林冲だ。もしや貴女は――――」

 

「おっと。昔の話は無しで頼むぜ。今は九鬼のメイド。それだけだ」

 

林冲の言葉を遮ったステイシーは楽しそうに入口へと案内する。

 

「こっちが入口だ。・・・あ、荷物持つか?」

 

ステイシーの言葉に士郎は首を振った。

 

「いえ。このまま俺が持っていきます。これでも創り手としてのプライドがありますので」

 

普段なら頼んだかもしれないが今回はこの世界初の特注品だ。自らの手で担い手に渡したい。

 

「OK~それじゃ、案内するぜ」

 

「こちらです」

 

二人の後ろについていき士郎はキョロキョロと周りを見渡した。

 

(意外と中は会社、って感じはしないんだな)

 

贅を尽くされている感はあるが、ここが企業の本社かと言われると微妙な所だ。もちろん会議室のような場所はあるように見えるが、オフィスと言う感じはしない。

 

「あ!士郎君!」

 

パタパタと走り寄ってくる義経。その後ろをのんびりと弁慶が付いてくる。

 

「良かったね主~待ちに待った大将が来てくれて」

 

「べ、弁慶!それは言わない約束だろう!?」

 

義経は顔を赤くしてポカポカと弁慶を叩いている。

 

「んー・・・この可愛い主を肴に一献・・・くーっ!」

 

「なんだか歪んだ主従愛だな・・・」

 

思わず苦笑を浮かべる士郎。

 

「さて、それより義経の刀持ってきたぞ。何処に行けばいい?」

 

「こっちだ。衛宮士郎」

 

シュン!といきなり現れたヒュームに士郎はため息を吐く。

 

「百代と言いヒューム爺さんといい、もう少し普通に来れないのか?」

 

百代のワープは別として超高速移動は士郎の目にははっきりと映る。

 

それつまりどういうことかと言うと、こちらに全力疾走してきてピタリと止まる姿が見えるわけだ。

 

非常にシュールである。

 

「それは出来んな。これでも俺は忙しいのだ」

 

(結構よく見る気がするんだが)

 

主に学園でだが。

 

案内されたのは大きな会議室の一つだった。

 

「おお!衛宮!待っていたぞ!」

 

「兄上の言う通りである!よく来たな!」

 

「こうして我らが揃うのも久方ぶりよな」

 

なんとそこには九鬼兄妹が座っていた。

 

「なんだか物々しいな・・・別に爆弾持ってきたんじゃないから警戒しないでほしいんだが」

 

「わかっておる!だが我らもお前の創る本物の剣。魔剣とやらを見るのは初めてなのだ。一目見ておきたくてこうして時間を取ったのだ!」

 

「今まで九鬼に卸したもので魔剣として鍛えたものは無いと聞いた。もしや、この世で義経が初めてじゃないか!?」

 

と興奮する揚羽と英雄。二人もそうだがじっと口を紡ぎながら鋭い視線をこちらに向けてくる老婆が一人。

 

「マープル。初めての知識に興奮するのは分かるがもう少し抑えろ」

 

「・・・それは、あたしの勝手さね」

 

黒を基調としたドレスに身を包んでいるこの人物がどうやら武士道プランの提唱者、マープルらしい。

 

「どうも、衛宮士郎です」

 

「林冲だ」

 

二人とも素っ気ない挨拶だけをする。どうにもこの人物とは考えが合わないのは清楚のことや義経達の事を今を生きる源義経と見ていることからわかっている。

 

なので挨拶は最低限だ。お前と仲良くする気は無いというメッセージでもある。

 

「なにやら険悪な物を感じるが何かあったのか?」

 

「マープルと実際に顔を合わせるのはこれが初めてだったと思うが・・・」

 

「なんでもない。ただ、あの人とは考え方が相容れない。ただそれだけだ」

 

「・・・。」

 

きっぱりと士郎は言い切った。彼からすればこの老婆こそが人クローンの諸悪の根源なのだから仕方ないだろう。

 

「それよりそろそろケースを開けたいんだがいいか?」

 

「まて。一応こちらにも持ち込んだものに対し検査が入るのが通例となっている。お前の事だから物騒なものは持ち込んでおらんだろうが一応な」

 

そう言って士郎の担いでいた黒いケースをヒュームが預かり、何処かへと持って行った。

 

「物騒も何も真剣と刃引きされた刀では十分に物騒だと思うんだが・・・」

 

それ自体が物騒であるのだから物騒も何もないと思う士郎である。

 

今回打ち上げたのは学園に提出できるようにレプリカとして作った刃引きされた太刀。

 

そして真剣の方は義経が必要と断じた時に持ち出せるように用意した。

 

「確認が終わりました。実に見事な太刀です」

 

そう言ってヒュームとクラウディオが入ってきた。

 

「では義経様。ご確認ください」

 

「ええ?義経が最初でいいんですか・・・?」

 

ここには九鬼のトップが並んでいるのでまずは彼女等からだろうと思っていた義経である。

 

「いえ、揚羽様達には失礼いたしますが、この太刀を最初に手に取るのは義経様かと」

 

「俺も同意見だ。これほどの太刀を誰かがいじくりまわすのはよくないと思う次第です」

 

クラウディオとヒュームの太鼓判を押されて義経はゴクリと唾を飲み込んで黒いケースに手をかける。

 

「じゃ、じゃあ――――」

 

留め具を外し、開けられた中にあったのは――――

 

「「薄・・・緑・・・?」」

 

呆然とした義経とマープルの声が重なった。

 

「待ちな。これを・・・この本物の薄緑と遜色無い物をあんたが作ったっていうのかい・・・!?」

 

直感的に皆が認めたのだ。これは源義経が腰に下げた刀、薄緑であると。

 

「マープルさんの意見はごもっともだが、確かに私が打ったものですよ。と言うより義経、まだ鞘から抜いていないだろう。折角なのだから抜いてみたまえ」

 

「う、うん・・・」

 

言われるままにスラリと鞘から抜く。現れた刀身は、美しい波紋と鋼の色。芸術品のような完成度だった。

 

「そっちが真剣。こっちが刃引きされたレプリカだ。一応学園に出せるように作ってあるから必要なら渡しておくと良い。それと――――」

 

士郎は大きなテーブルをぐるっと回って義経の方に近づく。

 

「今回は魔剣――――魔術を使って鍛えたものになる。だから――――」

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

と魔力を刀に走らせる。すると――――

 

「「「おおお!!!」」」

 

ヒュイン、と刀身が淡い青に光った。

 

「この状態で戦えればほとんどのものが障害となりえないだろう。義経、刀に気を通してみてくれ」

 

「はい!えっと・・・」

 

義経は懸命に気を込めるが刀身は先ほど士郎がしたように綺麗には光らない。

 

ちょっと光ってるような気がする・・・程度である。

 

「あ、あれ?士郎君みたいに上手くいかない・・・」

 

「それは多分、義経がまだ刀の回路を認識出来ていないからだ。義経の髪の毛を結晶化しただろう?あれを埋め込むことによってその刀は君の一部のようなものだ」

 

だから、と士郎は続けた。

 

「きちんと刀に目を向けるんだ。刀にも血管が、神経が通っている。そこに気を流すんだ」

 

「はい・・・!」

 

もう一度義経は精神を統一して刀に集中し、己の内に存在する気をゆっくりと流す。

 

ヒュン、っと。淡くであるが刀身が光った。

 

「で、でき――――」

 

た、という前に宿った光は消えてしまった。

 

「ああ!?」

 

「油断したな」

 

「その通り。できたと思って集中が途切れたんだ。ま、いきなり出来るようになれとは言わないし、出来なくても刀として一級品の出来の自負はある。ただ、その真価を発揮したければ今のを常時出来るように訓練だな」

 

そう言って士郎はもう一本の方に目を向けた。

 

「レプリカの方にも同じ細工がされている。まずはそっちで練習するといい」

 

「衛宮よ。今の光った状態になると何が変わるのだ?」

 

英雄の言葉に士郎は、

 

「刀としての強化がされる。刃はより鋭く。刀身はより硬くしなやかに。義経、成功した時どうだった?」

 

「なんだろう・・・軽くなったわけじゃないのに軽いって感じたり、まるで手の延長線上に刀があるような・・・不思議な感覚だった」

 

何度も手を握ったり開いたりして義経はもう一度精神統一する。

 

淡く刀身が光った。

 

「――――ッ!」

 

また光が消えた。だが今回はそれなりに長く光が灯った。

 

「はぁっ!はぁ・・・はぁ・・・これ難しい!」

 

「慣れればすんなり出来るようになるさ。それに光ってるうちはまだまだだよ。本当に出来るようになれば光らなくなる」

 

「え?士郎君がやった時光ってたからそうなるのがいいのかと・・・」

 

「いやいや、光ってたら武器としてまずいだろう。これは義経の刀。義経の一部だ。だから俺じゃあれが限界なんだよ」

 

もちろんセイバーの約束された勝利の剣(エクスカリバー)の様に輝く黄金の剣もあるが、これはそういう武器ではないのだ。

 

言ってしまえばこの魔剣は気を刀の通り道に流すことで存在の強化を図り、担い手と一体になるのが目的なのだ。

 

「レプリカは刃引きがされているのだな?それを今の様にすれば切れる刀となるのか?」

 

今度は紋白が聞いた。

 

「いや、切れるようにはならない・・・というか、真剣よりも、より頑丈になるはずだ。まぁ、西洋剣の様に叩き切ることは出来るかもしれないけど」

 

それをわざわざ刀でやる必要はないし、やるなら西洋剣を持った方が手っ取り早い。なのでレプリカは本当に練習用と言うことだろう。

 

「ただでさえ見事な作りだというのに刀自体が義経の力量で強くなるのか・・・これは追加発注が必要だな?」

 

ニヤリと笑う揚羽に士郎は肩を竦めた。

 

「作るのは構いませんけど管理は厳重にしてくださいよ。それに、武器に魅入られて暴走なんてことになったらシャレにならない」

 

義経の刀に人を切りたくなるような呪いはかかっていない。

 

だが、その切れ味と手に異様に馴染むことが快感となって暴走することはあるだろう。それがある意味、魔剣に心奪われる一つの要因かもしれない。

 

「わかっている。義経の未熟な扱いでこれだけ劇的に変わるのだ。変に魅入られて暴走する可能性は無きにしも非ず。頼む時は序列と、本人の力量を図ってからだな」

 

「我も同意見です姉上。まずはあずみの武器から頼もうではないか!」

 

「英雄様!?」

 

いきなりの追加発注に目を白黒させるあずみ。

 

「私には今の愛刀が――――」

 

「ではあずみよ。義経が完全な状態であの刀と打ち合って無事で済むのか?」

 

「・・・。」

 

あずみは英雄の言葉に黙った。

 

確かに、あの光った状態の薄緑と切り結べるかと言われたら答えはNOだろう。

 

恐らく短刀ごと真っ二つにされかねない。

 

(まぁそこまで使いこなすには相当先だろうけどな)

 

士郎は何気にそう思ってたりする。この世界の人間は気という不可思議な生命エネルギーを無意識に多用するが、魔術師の魔術回路の様に内側に規則的に流すことに長けていない。

 

逆に纏わせる、放出することは簡単にこなす(一部の人間だけ)ので全く逆のアプローチになるだろう。

 

「お茶が入りました。どうぞ」

 

「これはご丁寧に・・・」

 

いつの間にかいなくなっていたクラウディオが士郎も含めた人数分の紅茶を持ってきた。

 

「しかし、なぜ今回魔剣にしようと思ったのだ?我らとしては嬉しいがこれはお前の秘奥に関係するのではないのか?」

 

英雄の言葉に士郎は、

 

「確かに俺の秘密に関係する。けど創り手として俺の鍛造が気にも活かせることが試作の段階で分かったからな。それに、担い手にはそれ相応の得物を持って欲しかった。それだけだ」

 

川神の霊脈を利用して魔剣を創造すると魔力よりも気に強く反応することが分かった。

 

もちろん魔力に反応しないわけではないが、気の方がより強く反応するということだ。

 

そして士郎はやはり創り手として一つを極める人には極まった武器を提供したい。それが戦う者ではなく、創る者としての矜持だ。

 

「あ、一応忠告しておくけど義経以外の・・・揚羽さんとかヒューム爺さんは気を流したりしないようにな。義経の気なら相当膨れ上がらない限り大丈夫だが、他人の気にはあまり強く反応出来ない。それを無理に流そうとすると刀身が破裂する」

 

「え、ええ!?」

 

それを聞いてぎゅっと二本の刀を渡すまいと抱きしめる義経。万が一にでも貸してみろと言われて揚羽が真剣で気を流したら暴発するということだ。

 

「心配しなくてもなかなかそうはならないよ。揚羽さんとかヒューム爺さんとか・・・義経よりも遥かに気の総量が多い人が無理やり流した場合の話だ。義経なら100受け取っても平気なのが、他人の気だと20も受け取れないって感じだ」

 

「それは義経の髪の毛・・・遺伝子を練り込んだからか?」

 

紋白がそう言う。なかなか鋭い所を突いてくる。

 

「そういうことだ。遺伝子と言うか、髪の毛から刀に義経の気専用の通り道を作ってあるということだ。だから何度も言うけど、呪いがかかってるから魔剣なんじゃない。魔術を使って鍛えたから魔剣なんだ」

 

香りのいい紅茶を一口飲み、士郎は続ける。

 

「それにだ。刀だけじゃなく『鞘』の方も一級品だぞ」

 

「そういえばルーン文字を刻むと言っていたな。何を刻んだんだ?」

 

「体力回復、防御力の上昇、あとは幸運かな。間違っても過信するなよ?効果は本当にあるが極めて微量だからな」

 

「そうなんだ・・・あ、これ確か士郎君がギプスしてた時に・・・」

 

「よく見てたな。その通り。体力回復の恩恵があるルーンだよ」

 

そこまで大きく刻んだわけではないのだが義経はしっかりと見ていたらしい。

 

「義経の刀に関してはこのくらいかな。あ、その黒いケースの底に例の魔術台帳が入っています。確認してくださいね」

 

「どれ・・・ほう隠し底とは凝っているな」

 

「このケースだけでも高価な気がするな!」

 

「姉上!我も見てみたいです!」

 

席から飛び降りて(そもそも足が着いてない)紋白が揚羽の所に行く。

 

「一緒に見ような~紋」

 

(ただの管理台帳なんだが)

 

末っ子を猫可愛がりする揚羽になんとも言えない気持ちになる士郎。

 

台帳には他の衛宮印の刀剣と同じく二つを結びつける簡単な魔術刻印がされている。1:源義経 薄緑 と書かれた文字が、気を込めて義経の得物は、とか薄緑は誰の、とか大雑把に思考すればそれに反応して文字が浮かび上がるシステムだ。

 

「これは厳重に管理せねばな。今は薄緑と薄緑レプリカの字しかないが、将来は普通の台帳と同じく項目が増えるであろう」

 

「これほどの武器を奪われたり悪用されでもしたら大問題だからな。台帳、得物共に厳重に管理することを誓おう」

 

「そう言ってもらえると助かる。その都度俺が始末しに行くのも大変だからな」

 

始末、という言葉にゾクリとしたものを感じる義経。

 

「赤子よ。お前に授けられたのはそういうものだ。確かにお前は貴重な義経のクローンだが、もしもの時は――――わかっているな?」

 

「はい!!」

 

威圧された義経はビクーン!と肩を上げて返事をした。盗まれることも、奪われることもただの嫌がらせでは収まらないと義経は再確認した。

 

「さて、あとはあずみさんの短刀か――――」

 

結局、士郎は夕暮れ時まで九鬼に居座り、あずみの魔剣創造のための準備やなにかと忙しい彼女等との予定のすり合わせをした。

 

「今日はこれまでだな。遅くなってしまってすまないな衛宮」

 

「構いませんよ。必要なことですから」

 

そう言って揚羽と共に外へ向かう士郎と林冲。その時、

 

「これは揚羽さん。ご機嫌よう」

 

その男は鋭い目つきにグレーの髪をした頭のキレそうな男だった。

 

「最上幽斎か。今は日本で仕事をしているんだったな」

 

「ええ。・・・君が噂の衛宮士郎君かな?最上幽斎だ。どうぞよろしく」

 

「衛宮しろ――――」

 

出された手を握った瞬間。士郎は本能的にバックステップを取った。

 

(こいつは――――)

 

「衛宮?どうしたのだ?」

 

「彼は特殊能力の持ち主と聞きました。僕の特殊能力にも気づいたんじゃないでしょうか?」

 

と手を弾かれたというのに最上幽斎はけろりと笑っていた。

 

「魂の匂いを感じるという奴か・・・こうして本物の魔術使いがいるから否定は出来んな」

 

魂の匂いを感じる――――とはどういうことか。詳細は分からないがこの男は――――

 

(間違いない。コイツは衛宮士郎(正義の味方)の敵だ)

 

どうしようもない嫌悪感。強い忌避感。それはいつかの神父に感じたものと同じだ。

 

「おや、君は随分と不思議な匂いをしている・・・鉄の匂い・・・かといって気分を害するものではない。まるで君自身が鋭い剣のようだ」

 

「・・・。」

 

どうやら本当にその魂の匂いを感じ取ることが出来るようだ。

 

(こいつは厄介だな)

 

最上、と言うことはあの気配を絶っていく先輩の関係者だろう。

 

(これは、きな臭いことになってきたな)

 

ようやく平和を謳歌していたというのに、ここに来て士郎は嫌な予感を感じるのだった。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

九鬼ビルからの帰り道。士郎は林冲と話し合っていた。

 

「送ってもらえるということだったのに、良かったのか?」

 

「ああ。林冲には伝えておきたかったからな」

 

遅くなってしまったので送ると言ってくれた揚羽だったが、士郎は今回それを断った。

 

「あの最後に出会った人物――――最上幽斎だったか。多分奴が『Ⅿ』だ」

 

「なっ――――」

 

突然の告白に林冲は思わず固まった。

 

「根拠はない。だけどあいつに感じたものとよく似たものを俺は前の世界で感じたことがある。あいつは恐らく俺と同じ――――人間として大事な部分が欠落した人間だ」

 

そう言って士郎は後ろにそびえ立つ九鬼ビルを見上げる。

 

(こんなに近くにいたとはな。いつぞやの礼は必ずさせてもらう)

 

先ほども言ったが根拠はない。それこそ士郎の直感だ。あの同族嫌悪にも似た気色悪い感覚は間違いないだろう。

 

そしてそんな人物が日本で活動し始めたのはつい最近と聞いた。タイミング的には一致する。

 

どっちにしろⅯであろうとなかろうと、奴は必ず衛宮士郎にとって最悪の行動を取ってくるだろう。

 

(実際にはもう起こしてるのかもな)

 

士郎の予想はこの後的中することになる。最上幽斎は衛宮士郎最大の敵であると。

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

 

義経に刀を渡した翌日。テレビをつけて朝食を食べていた士郎と林冲と・・・覇王。

 

「こら。膝を立てて食べるな」

 

「いいだろうこのくらい。好きに落ち着いて飯を食うのがいいのだ」

 

「そういう問題じゃない。行儀が悪いと――――」

 

言ってるんだと言おうとした時。

 

『次のニュースです。国会では日本における異例の決議案が話題を呼んでいます。その名も――――』

 

『正室・側室システム』

 

その単語に士郎は思わず飲み込んだご飯が喉に詰まった。

 

「!、!!!」

 

「し、士郎!?あわわ!水だ!」

 

そう言って慌てて台所から水を汲んでくる林冲。

 

渡されたそれで無理やり詰まったご飯を嚥下し、

 

「せ、正室側室システム!?」

 

「んは!これは面白いことになりそうではないか!!」

 

正室、側室とは昔日本にも存在した制度である。

 

難しいことを省くと、優秀な大名や将軍の血を絶やさぬようにと複数の女性と結婚し、正室:本妻と、側室:妾と分けて知名度を管理していたのである。

 

だが、重要なのはそこではなく。

 

『日本では画期的な、決断が有されるものとなりますが現総理は少子高齢化の打開策としてこの法案を真剣に検討するとのことです』

 

日本で多重婚が可能になる、と言うことである。

 

(総理!あんた何やってんだ!?)

 

思わず携帯をみると。

 

宛先人:非実在性青少年

件名 :面白いことになるぜ

本文 :今日のニュースをしーっかりみとけよぅ。面白れぇ事を今考えてるからよ。

    それと、今度飯でも食いに行こうぜ。久しぶりにお前さんの顔も見てぇしな。

 

 

早朝だというのにそんな内容のメールが入っていた。

 

(面白いとかそういう問題か!?)

 

日本以外には多重婚を認める国は今でもあるが、法がとても厳しく、二人の女性と結婚したら贈り物をする際同価値のものを二人に贈らねばならない、とかなんとか。

 

とにかくこれはとんでもない話である。自分とは無縁だがこれは凄いことになるぞ、と思った士郎だが・・・

 

「・・・。」

 

「り、林冲?なんで俺の事をじっと見るんだ?」

 

「・・・別に」

 

プイっとそっぽを向いて食べる林冲。

 

(どうせ自分には関係ないとでも思ってるんだろうな)

 

と、的確に士郎の意図を見抜いた林冲は複雑な気持ちで食事を続けるのだった。

 

 

 

 

その日学園は朝のニュースで大騒ぎだ。

 

「なあなあ!多重婚だってよ!いよいよハーレムが現実になったな!」

 

「そういうのは複数の女性にモテてからにしようね・・・」

 

「なんだよモロ!とにかくナンパしまくればいいじゃねぇか」

 

「失礼でしょそういうの!」

 

「俺、この手の話は興味ねぇなぁ・・・」

 

「まったく、男共はすぐに調子に乗るんだから」

 

「アタイら女子にも選ぶ権利ある系」

 

「いや、羽黒はやりまくってるでしょ・・・」

 

「まさかの多重婚OK・・・大和!「まだ決まってない」デスヨネー」

 

と、とにかくもちきりであるのだがまだ検討中ということしかニュースには出ていないし、賛成派、反対派でかなり激闘が行われているようだ。

 

一夫多妻制、一妻多夫制は何も多重婚が可能、と言うだけの話ではないのだ。

 

それに伴う助成金などの財政出動。夫、あるいは妻が亡くなった時の相続権利などなど。とにかく一から法令を整備しないといけない。

 

一度夫婦になった者が悲しくも別れた場合なども視野に入れなければいけない。

 

「まだまだこれから法案を決めていくって話だろ?そんなに期待しても・・・な、なんだよ」

 

ツッコミを入れたはずの士郎は男たち(キャップ除く)から白い目で見られた。

 

(((お前が一番ハーレム作ってんだよ!いい加減気付け!!)))

 

モテない男たちは一丸となった。

 

「一夫多妻制ですか・・・私の国にはありませんでしたが他国では普通にあったとのこと。なにも驚くことはないと思いますが・・・きちんとした法を敷かねばなりませんでしょうな」

 

「そういう問題・・・なんだろうけど、レオニダスは重婚に思う所はないのか?」

 

「思う所が無いとは言いませんが、なにも必ずそうしなければならないわけではないでしょう?一人を愛したいのならばそうすればよいのです。あくまでも選択肢が広がる、という話だと思うのですが・・・いかがですかな、不死川嬢」

 

「な、なぜ此方に話を振るのじゃ!此方にす、すすす好きな人などおらぬ!」

 

誰もお前には好きな人が居るかということを聞いたわけではないのだが自ら爆発しに行った心であった。

 

「「「・・・。」」」

 

「なんで俺を見るのさ・・・」

 

当然居ないと言いながらチラチラと心が士郎を見るからなのだが。この朴念仁に気付けというのは無理である。

 

「それよりもそろそろ選抜テストだろ?大和はS組に行くのか?」

 

実は現在、源氏組三人と林冲がいきなりS組に入ったことで脱落してしまった四名だが、英雄との競争と言うことで源氏組三名分を補填しようとする動きがあるのだ。

 

そこに向けて心は猛勉強をしているわけだが、どうやら落ちてしまった心以外の三名は競争に疲れ、S組を抜けれたことに安堵しているらしい。

 

つまり、残る二名の枠がフリー状態にある。もちろん他のクラスでも狙っているだろうが、大和と京はそもそもS組でもおかしくない成績を出しているので行かないのかと思った次第だ。

 

「・・・正直迷ってる」

 

「!」

 

「え!?大和、S組に行っちゃうの?」

 

途端に悲しそうにする一子。そして京は大和が行くなら残りの一枠はもらうという空気が出ている。

 

「競争なんかに興味はないけどさ。そろそろ結果出しとかないとな、って思ってる。将来を考えるとF組のままなのはまずい」

 

大和の言う通りだ。このまま最底辺のF組のままだと就職活動や大学受験に大きな影響が出る。

 

元々成績が悪いのなら仕方がないが、二人はそもそも仲間と居たいからとわざと残っているのだ。

 

いつでもS組に行ける余裕があるのだから、これは良いチャンスだと思ってほしい士郎である。

 

「そういう士郎は?」

 

「俺はいかないぞ」

 

きっぱりと士郎は答えた。

 

「!!」

 

士郎の言葉に反応した者が一人いるが、彼は構わず続けた。

 

「俺はそもそも卒業したらフリーで働くつもりだからな。わざわざ競争率の高い所に行く意味がない」

 

「・・・そうだったな。士郎は鍛冶師だった」

 

クリスが以前衛宮邸を訪れた時のことを思い出す。

 

「すんげぇ売れてるんだろ?この前金柳街の刃物屋にデカデカと看板立ってたぜ。無限流入荷!ってな」

 

「おいまてキャップ。何の為に俺が本名で出してないと思ってんだ」

 

さらっと暴露されてしまった士郎は困惑してしまった。

 

「にょ!?最近、鉄扇を購入したが確か無限と・・・」

 

「意外な物買うなぁ・・・」

 

士郎もこれは流石に売れんだろと思って色々遊び半分に、色を付けたり隠しギミックを仕込んだり、とにかく散々いじくりまわした鉄扇が一つだけ売れたのだがまさか同級生が買っていたとは。

 

「はっは!マスターの技術は天下一品ですからな。・・・我々の時代にも居てほしかったほどです」

 

そう言って遠い昔を思い出すレオニダス。

 

「なぁ!どれくらい稼いでるんだ!?」

 

「言うわけないだろうが!たわけ!」

 

物怖じせずに聞いてくるヨンパチに即答してやる。

 

「ま、あの屋敷を維持できるくらいは稼いでいるってことだろ」

 

「忠勝・・・その追撃は予想してなかったぞ・・・」

 

彼を家に招待したことはないんだが。とりあえずそれで納得してくれたらしく質問攻めは収まった。

 

 

 

昼時。学園内はさらなる特報に湧いていた。

 

「源義仲・・・だってよ」

 

「義経と義仲か・・・」

 

朝のHRの終わった直後。ニュースで唐突にあの九鬼ビルで出会った男、最上幽斎が明かしたのだ。

 

自分の養女である最上旭が木曾義仲だと。

 

五人目のクローンとなるのだが、どうやら九鬼英雄も含め、九鬼のトップである英雄の父、九鬼帝さえも知らなかったらしく、大変な騒ぎとなっていた。

 

(最上、と聞いて父子だとは思っていたがこう来るか。どうする九鬼?早速重要機密が漏れたぞ)

 

今日も学食の準備をしながら士郎は考えていた。

 

『マスター。私達はどうするべきでしょうか?』

 

レオニダスが念話を送ってきた。

 

『まだ現状維持だ。これから九鬼がどう動くのか様子を見よう』

 

今後、人クローンが大量に現れたのならアウトだ。衛宮士郎は世界の敵となってでも全力で潰しにかかる。

 

だが彼女一人ならばまだ許容できる。業腹だが既に彼女は一般人として長く世に放たれている。

 

それを鑑みるに、少なくとも最上幽斎が作り出したのは彼女一人だろう。

 

そして、性格もやさぐれたりしていない、お嬢様のような空気が、彼女はきちんと愛をもって育てられたことが理解できる。

 

『だがレオニダス。覚悟はしておいてくれ。これは九鬼の内部犯だ。一度会ったが、あの男が恐らくⅯだ』

 

『なんですと!?ではあのロボット達も、大和殿達を害そうとしたのも、そして各地で暗躍していたのも全てあの男だと!?』

 

『そういうことだ。どうにも奴は・・・私と同じ類の人間のような気がしてならない』

 

なにか、なにかが欠落しているのだ。致命的な何かが彼には無い。

 

『マスターがそこまで言う人物ですか・・・貴方の観察眼は疑いようもない。故に、私も全霊を持って対処しましょう』

 

『頼もしいがそう気炎を上げるな。私達はまだ潜伏するべきだろう』

 

敵が本性を現したその時こそ、彼の剣は向けられることになる。

 

「衛宮定食をくださいな」

 

「了解・・・大将!衛宮定食一丁だよ!」

 

弁慶の荒々しい声が響く。どうやらいの一番に現れたのは件の最上旭のようだ。

 

「今は貴女が受付嬢をしているのだったわね。彼に伝えてくれないかしら?放課後――――」

 

「ここにいるんで聞いてますよ最上先輩」

 

定食を持ってきた士郎が言う。彼女とはしっかりと話さなければならないと思っていたところだ。

 

「あら、来てくれたのね。嬉しいわ・・・いつも陰から見るだけでとても歯がゆかったの」

 

そう言って士郎が奥から現れた。

 

「お待ちどうさま。衛宮定食です。放課後に、なんですか?」

 

どうやら隠すのはやめたらしい彼女が自分を屋上に呼び出して何をしようというのか。

 

「放課後にね、義経と勝負するの。もちろん、実戦じゃないわよ?勝負は――――そうね、耳を貸してくださる?」

 

「はぁ・・・?」

 

グイっと受け付け台から前に顔を出す士郎。その耳に囁かれたのは、

 

『放課後の屋上で笛の勝負よ・・・チュッ』

 

「!!?」

 

決闘内容を伝えられると共に頬にキスされた。

 

「な、なにをするんですか!」

 

「ごめんなさい。堪え切れなかったの。放課後、絶対来てね。正義の味方さん」

 

今度は気配を絶ったりせず彼女は定食を受け取って去って行った。

 

「大将はモテるねぇ・・・」

 

「なんでだよ・・・」

 

「あれは恋する乙女の目だよ大将?告白されたのかい?」

 

「されてるわけないだろう。それにしてもなんなんだ一体・・・」

 

そう言って士郎は口づけされた頬を手でこすって戻った。

 

(あそこまでされて気付かないとは難儀な人だ。主も大変な人に惚れたね)

 

刀を受け取って以来、義経はいつも衛宮士郎の話ばかりするようになった。

 

元々、テレビで本当に活躍した英雄と言うことで憧れを抱いていたのだが、彼と剣を交え、会話することでそれは淡い恋心になったようだった。

 

「衛宮定食、生卵付きです」

 

「はいよー。大将!生卵付き一丁!」

 

おーうと奥から声が聞こえてくる。

 

「士郎は今最上旭と何をしていたのですか?」

 

鋭くマルギッテは今の成り行きを見ていたようだ。

 

「何か問題があったわけじゃないよ。ちょっとした情報を耳打ちしたんじゃない?」

 

勝負は自分たち源氏一派と衛宮士郎だけで行われるので他言無用なのだ。

 

「そうですか・・・どうしてあの男はああも脇が甘いのか・・・」

 

忌々しそうに厨房を睨みつけるマルギッテ。彼女も衛宮士郎派なのだろう。本当に彼は気が多い・・・のではなく、フラグを立てるだけ立てて回収しないのだ。

 

「はい生卵付き。マル、大丈夫か・・・?」

 

剣呑な顔をしている彼女に士郎は心配げに声をかけるが、

 

(これだもの・・・逆効果だよ大将)

 

弁慶の懸念通り、

 

「なんでもありません。それよりも無理だけはしないように」

 

マルギッテもいい加減慣れたもので素っ気なくそれだけ返して行ってしまった。

 

「俺なんかしたか・・・?」

 

「したというか、してるというか・・・」

 

いわゆる現在進行形という奴である。

 

「衛宮定食。俺も生卵付きで」

 

次に現れたのは忠勝だ。

 

「はいよー。大将!生卵付き一丁!」

 

「ほいっと。マルギッテの後ろに忠勝が見えたから事前に作ってた」

 

もはやくる人間が同じ過ぎて誰が何を頼むか把握してしまった士郎である。

 

「はえーよ。俺が他の定食頼んでたらどうする気だったんだ」

 

「?ふりかけや納豆はともかく、生卵は器と卵用意するだけだからそのまま冷蔵庫にいれるけど」

 

さも当たり前の様に言う士郎。今のが彼なりの忠告だったのだが全然気づいていない。というか、その程度で士郎の提供スピードは減退しない。

 

「相変わらず合理的な奴だな。無理すんじゃねぇぞ」

 

そう言って彼も去って行った。

 

「大将は人気者・・・じゃないな。無理しすぎだよ」

 

「そうか?俺はそこまで苦じゃないんだけど・・・」

 

当人がどう思ってるかではなく、俯瞰して見ての話しなのだが。衛宮士郎はとにかくこの有様なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

放課後。士郎は言われた通り屋上に行くと源氏組三人と最上旭がいた。

 

「来たわね、私の大好きな正義の味方さんが」

 

「!義経だって・・・その・・・」

 

「ん?なんか言ったか?」

 

『マスター・・・背中に盾でも構えておきましょうか・・・』

 

そろそろ本当に背中を刺されそうだと思うレオニダスである。

 

彼が霊体化してついてきているのは当然勝負でいきなり実戦の決闘になったりしないようにするためである。

 

「それじゃあ始めようかしら。義経の笛と私の笛。どちらが良い音色だったか――――衛宮君に決めてもらいましょう」

 

「は?」

 

屋上に呼び出されたら早々に審査員をさせられた。

 

「だから、衛宮君が決めるの。弁慶や与一君じゃ身内贔屓になっちゃうでしょう?だから貴方が決めて?」

 

「・・・。」

 

正直、自分には音楽のどこがいいとかあのメロディがいいとかよくわからないのだが。

 

「義経からもお願いする。士郎君なら公平に判断してくれると思うから・・・」

 

緊張した面持ちの義経に、

 

「大将が思ったように言ってくれればいいんだよ」

 

「そうだ。お前の心が感じ取ったビートを選べばそれでいい」

 

弁慶の言ってることは分かったが、与一のはいまいち分からなかった。

 

だが、とにかく二人の演奏を聞いて、気に入った方を選べということらしい。

 

(まずは平和な勝負でよかったが・・・)

 

噂によると、互いの準備が出来たら真剣で果し合いをするらしい。

 

(止めるべきか、静観すべきか。本来の俺なら止めるべきなんだが――――)

 

自分も随分とこの川神という土地に慣れ親しんでしまった。

 

それ故に戦って白黒をつけたいという武士らしい考え方をある程度は肯定できるようになっていた。

 

しかし、それが命を賭けた果し合いとなると――――

 

「それじゃあやるわよ?まずは私からね」

 

最上旭のその声に意識を引き戻された。

 

そう言って彼女は笛をくわえた。

 

そして音楽が流れ始める。

 

「おぉ・・・」

 

与一が飾らぬ歓声を上げた。それだけ彼女の笛の音は澄んでいた。

 

「素晴らしい!義経もやるぞ!」

 

義経は合わせるように笛を吹いていく。

 

(大したものだな)

 

自分にはトンと縁のなかったものだがこれは中々に聞いていて心地いい。

 

『素晴らしい・・・オリンピアでもこれほどの奏者はいないように思います』

 

レオニダスも絶賛している。しかしこのままではどちらが良かったと決めることは出来ない。

 

(参ったな・・・)

 

そうしたものかと士郎が考えていると、

 

(流石義経ね。でも、こんなのはどうかしら?)

 

急に最上旭の曲調が変わった。

 

「これは・・・?」

 

悲し気な、胸が詰まるような曲だった。

 

まるで何かに悲しんでいるような、届きもしない何かを忘れられずにいるような――――

 

「あう・・・」

 

義経はその曲に笛を合わせられなかった。

 

あまりにも悲しくて、悔しくて、それでも諦めきれない。そんな曲を彼女が吹くことは出来なかった。

 

(なんだろうな。聞いたことは無いのに聞き覚えが(・・・・・)ある気がする)

 

酷く耳に馴染む。これはきっと衛宮士郎に届けられたなにかなのだろう。

 

そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・どうだったかしら?って言ってもこれは決まっているようなものね」

 

「はい・・・義経はその曲を吹くことが出来ませんでした。合わせることも出来ませんでした。あんなに心が、胸がつまるような曲は義経には吹けそうにないです・・・」

 

なにも明るく、軽快なメロディだけが美しいのではない。悲しみや慟哭のようなものを表現するのも音楽の美しいところだ。

 

「今のはちょっとずるいと思うけど、まぁ義経が負けを認めてるからな。この勝負は最上先輩の勝ちでしょう」

 

士郎はそう告げた。

 

「ふふっ。実はこの曲には自信があったの。ちょっと悲しい曲だけどなんだか前に進めそうな、そんな曲でしょう?」

 

「あの、義仲さん、今の曲の名前は・・・」

 

「秘密。まだ、ね?」

 

そう言って彼女は士郎の方に向き直った。

 

「この勝負は私の勝ちね。衛宮君。お願いがあるんだけどいいかしら?」

 

「お願い?急になんです?」

 

「勝者にはご褒美が必要でしょう?簡単なことよ。私の事は旭、そう呼んでほしいの。百代ちゃんと同じように敬語も無しでね」

 

「え、えええ!?」

 

義経は仰天した。まさかそんなことがありだとは事前に言われてなかった。

 

「・・・別にいいけど。旭さん。流石にさんは付けさせてくれよ?でないと体裁が――――」

 

士郎がそういうと最上――――旭は感動に打ち震えるようにほう、っと息を吐いた。

 

「ああ、貴方にそう呼んでもらえて本当に嬉しい・・・私も士郎って呼ばせてもらうわね」

 

(こりゃ、もしかしなくても主の本当のライバルかも)

 

旭の様子をみて弁慶はそう思うのだった。

 




なんとかここまで書けました。やばいです。巻きで書いてるのに全然話し進まない…やっぱり絵とサウンドがあると全然違いますね。全てを文だけで表現しようとすると相当に書かないと前に進まないことが身に沁みます。

最後の最上パイセンの曲は見てくれる皆さんにお任せします。私はもちろんfateの曲を聞きながら書かせていただきましたが…皆さんはどんな曲を当てはめましたか?教えてくださると嬉しいです。


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会談/腕比べ

皆さんこんばんにちわ。業務用のでっかい食べ物にはまっている作者でございます。

曲の感想ありがとうございます!本当に色々な曲があるんだなぁと感心いたしました!
私と同じ方もいて非常にニヤニヤ出来ております(笑)

今回は前の話にも出てきた非実在性青少年(これ書きにくい)とご飯食べて引き続き義経と最上パイセンのバトルです。

頑張って他キャラもちゃんと出てくるようにしたいのですが…頑張ります。

では!


何処にでもありそうなちょっと古ぼけた居酒屋に入る。

 

別に高価そうだとか、気品があるとかそういう場所じゃない。いたって普通の居酒屋だ。

 

「いらっしゃいませ!初めてのお客様ですか?」

 

看板娘だろう女性の問いに、

 

「はい。初めてなんですが予約を入れてあります。衛宮です」

 

「まぁ!分かりました!お履き物を下駄箱にしまって頂いてこちらにどうぞ!」

 

案内された個室に居たのは、

 

「おう!久しぶりだなぁ正義の味方!」

 

渋い声で再会を喜ぶ総理の姿だった。

 

「お久しぶりです総・・・いえ、おじさん」

 

「そうそう。下手に役職出すと痛くもねぇ腹探られるからよ。ここは一つそれで行こうぜ」

 

流石に総理、と口にしては後々よくないことになると士郎は呼び方を改めた。

 

「メニューはこちらになります!それと――――」

 

おずおずと、看板娘の女性が白い色紙を出してきた。

 

「あの、失礼を承知ですが、衛宮様、サイン、いただけませんか?」

 

「え」

 

思わず士郎は固まった。

 

「はっはっは!兄ちゃんは人気者だからなぁ・・・あの放送を見ていた奴なら誰だってサインほしがるわな」

 

「え、えっと・・・どうぞ・・・」

 

あの数日の客寄せパンダでいくら書いたか分からないサインを書く。

 

それを嬉しそうに娘さんは色紙を抱いて、ごゆっくり!と立ち去って行った。

 

「なんだかすみません。おじさんを差し置いて俺がサインなんて・・・」

 

「いいってことよ。あの時の英雄は間違いなく兄ちゃんだぜ?俺は身内の馬鹿を蹴り飛ばしてやっただけだ」

 

そう言ってまあ座りなと総理は促した。

 

「それにしても久しぶりだなぁ・・・学校の方はどうだい?」

 

「充実してますよ。というか、色々ありすぎて退屈しないです」

 

事件から起きたことといえば東西戦、義経達の入学、葉桜清楚の暴走などなど・・・この短期間で色々なことがありすぎた。

 

「それは良かったじゃねぇか!なーんも起きねぇ漫然と勉強だけするよりそっちの方がいいと思うぜ、俺はよ」

 

「確かに・・・退屈はしないのですけどね」

 

なにかと重傷を負う羽目になっているので士郎は何とも言えない顔だ。

 

「なんでぇ。不満があるって顔だな」

 

「ええ。ちょっと色々ありまして・・・」

 

それはやはり最上幽斎という人物がⅯという人物だということだ。

 

あのニュースの後、密かに九鬼英雄と忍足あずみとに確認した所、間違いないだろうという返答が返ってきた。

 

「兄ちゃんがそんな顔をするときゃぁ多分、正義の味方として動かなきゃなんねぇことがある、ってことだろう?」

 

ピタリと言い当てるこの人物は流石だなと思う士郎である。

 

「察するにクローンの事だろうが・・・あれには俺らもてんてこ舞いでよ。各国からつつかれて大変だわな」

 

「ちょ、こんな所でそういう話はまずいでしょう」

 

いきなり機密っぽいことをいいだした総理に士郎は焦る。

 

「問題ねぇよ。今のはネットで検索すりゃあいくらでも出てくらぁな。というかニュースでも時折やってるくらいだぜ」

 

「そう、ですか・・・」

 

それは意外だった。考えてみれば、士郎がテレビを見るのは朝食時か晩御飯の時だけだ。見落としても不思議ではない。

 

「それに、あの最上幽斎って奴のやったことは政治としても大問題だぜ・・・第二、第三の最上が出てきたら、それこそ俺らが動かなきゃなんねぇ」

 

そこまで言ってとりあえず注文した飲み物とつまみが届けられた。

 

「はい!こちら川神水と焼酎でーす!」

 

そう言ってテーブルに置かれたのは総理用のお酒と士郎用の川神水だ。

 

「おつまみはこちら、塩キャベツにベーコンのチーズ焼きと串焼き三種盛りです。ごゆっくりどうぞ!」

 

そう言いおいて届けてくれた店員さんは下がって行った。

 

「きたきた。悩み事はあるかも知れねぇが、今はまず飲んで食おうや」

 

「そうですね。では・・・」

 

「おう!」

 

チン!と互いのグラスを鳴らして乾杯する。

 

(へぇ・・・本当にアルコールみたいだな)

 

実は士郎。川神水を飲むのはこれが初めてだったりする。偶然手に入れた大吟醸は弁慶に全てあげる約束をしているので手を付けたことはない。

 

アルコール独特の(ノンアルコールだが)くらっとするような感覚がある。

 

「俺、初めて川神水飲んだんですけど・・・これ本当にノンアル扱いでいいんですかね?」

 

「はっはっは!俺も最初飲んだ時は同じこと思ったぜ。こんなに酔えるならアルコールも何も関係ねぇじゃねぇか!ってな」

 

確かにこれほど強烈にアルコールのような感じのする飲み物はアルコールが無かろうと酒であるように思う。

 

だが、確かに旨味のようなものがあり、水とは思えないものだ。

 

(ま、この程度でへべれけにはならないから問題ないけど)

 

ロンドンに留学時、なにかといがみ合う遠坂とルヴィアが飲み比べバトルまでしだし、それに巻き込まれる形で士郎と桜も相当に飲まされた。

 

とにかく意地を張ってべろんべろんになっても飲み続ける二人は、結局セイバーによって毎回引き分けとして強制的に眠らされ(気絶)ていた。

 

やかましく相手を罵り合いながらカパカパとワインやら日本酒やらを開けていく二人とは違い、あっちは美味しかった、こっちはあの料理に合いそうだと、ルヴィアの執事、オーギュストさんと喋りながら飲んだのはとても楽しかった。

 

ちなみに、酒に一番強かったのは意外にも桜である。

 

士郎も結構飲んだが、意識が混濁する前にやめていたので、あの勝負は結局桜が一位だったりする。

 

それはそれとして、

 

「料理も美味しいですね」

 

「だろう?ここは昔から世話になってる店なんだけどよう、見た目とは違っていい味してるんだ」

 

「見た目は余計ですよ!はい追加の料理です!」

 

「おっと。聞かれちまったぜ」

 

はっはっは!と総理は笑い、士郎はのんびりと川神水と料理を楽しんだ。

 

「ところでよう、正室、側室のニュースは見ただろ?あれ見てお前さんはどう思った?」

 

「ごふっ!?」

 

いきなりの爆弾に士郎は思わず吹き出しかけた。

 

「それこそここで話していい内容じゃないんじゃ?」

 

「馬鹿野郎。あくまでどう思うか聞いただけだ。お前さんがこういったから俺がどうこうするって話じゃねぇ。で、どうよ?」

 

つまり、政治界ではなく一般人の一人としての意見が聞きたいということだろう。

 

「今のところ賛成でも反対でもないですね。レオニダスが言っていたんですが、仮にそれが現実となっても一人を愛したければそうすればいい。しかしやるならしっかりした法を敷かねばならない。という意見に俺は賛成ですね」

 

「レオニダス王か。確かにその通りだわな。その辺が機能しなくなったから昔の日本はお家騒動で死人が出たりしていたわけだ。いい所突いてるな」

 

グイっと焼酎を煽って総理は追加を注文した。

 

「少子高齢化には抜群の効き目があるだろうが・・・やっぱりその辺が難しいな・・・」

 

「そういえば、なんでいきなり正室、側室の話が出てきたんです?」

 

「そいつは・・・まぁ大丈夫か。それこそ、お前さんのいる川神学園に義経達が来たからだ。折角の血筋を絶やさないってのと、俺たちも昔の人間に学ぶかね、ってところだ」

 

確かに、昔の正室、側室のシステムは優秀な血筋を絶やさないことを目的としていたわけだ。

 

それを今回は少子高齢化という年齢層の傾きに使い直そうということなのだろう。

 

「何せ初めての試みだからよ。昔の文献みて考えることも多いし、新たに作らなきゃならねぇ法律も多い。なかなか前に進まなくて俺もじれてきてるぜ」

 

と総理は本音を語った。

 

「でも、最後までやってくれるのでしょう?」

 

「あたりめぇよ!ここで投げ出したら、それこそ兄ちゃんに申し訳ねぇ。あの時兄ちゃんが守ってくれなかったらここまで別な話に気が回らなかっただろうからな」

 

もしあの巨大兵器が街を滅茶苦茶にしていたらそれどころの話ではなかっただろう。

 

街の再建だけでも彼の任期は終わっていたかもしれない。

 

もちろん九鬼のバックアップはあっただろうが、それでも甚大な被害は免れなかっただろう。

 

「でよ、嫁さんにしたい候補はいんのか?」

 

「げっふ!?」

 

今度こそ士郎は川神水を吹き出した。

 

「おうおういい反応じゃねぇか!いいねぇ青春じゃねえか。こりゃあ俺も張り切らないとな!」

 

その後も他愛もない話をしながらその日はお開きになった。

 

 

 

 

「本当に送らなくていいのかい?」

 

「ええ。酔い覚ましに丁度いいですから。今日はお元気な姿が見れてよかったです」

 

「こちらこそ、だな。兄ちゃんと話して大分スッキリしたぜ!また付き合ってくれよ」

 

「俺なんかでよければ是非とも」

 

そう言って総理は付き添い人の車で去って行った。

 

「俺も帰るか」

 

酔い覚ましとは言ったが士郎は既に素面に戻っていた。どうやら『場酔い』とはその名の通りらしく、宴が終わればすぐに覚めるようだ。

 

あまり見ない深夜の街を見ながら士郎はゆっくりと歩く。

 

(こうしてのんびりするのも久しぶりな気がする)

 

美味しい物を食べて、美味しいお酒(ノンアル)を飲んで、風に当たりながら帰るのもこういうことの醍醐味の一つだ。

 

そんな風に思っていた矢先。

 

「士郎?」

 

「マル?」

 

なんとマルギッテと出くわした。

 

「なぜ貴方がこんな夜遅くに?」

 

「それはこっちのセリフだろう?マルだって女の子なんだから、不用心だぞ」

 

「・・・ッ!」

 

士郎の言葉に顔を赤くするマルギッテ。

 

「私は部下との打ち上げです。貴方は?」

 

「俺も知り合いと飲み・・・じゃなかった、川神水を飲みながら話してきたんだよ」

 

どうにも川神水をノンアルと思えない士郎である。

 

「なるほど。大人の方にお付き合いしていたというわけですね。よいことです。ですが、あまり遅くになるのはいただけませんね」

 

「だからなんでマルが言うんだ・・・」

 

折角だから送って行こうと士郎は言う。マルギッテとしてはまたとない二人きりの時間なので、

 

「いいでしょう。私はまだ少しほろ酔い気分なので、送られてあげます」

 

でもやっぱり、下手には出れないマルギッテであった。

 

「怪我の具合はいかがですか?」

 

「もう治ってるって。ちゃんと医者にギプス外してもらったんだから当然だろ?」

 

なんとも過保護だなぁと思う士郎であるがこればかりは仕方ない。何かというと大怪我を負う男であるので、油断するとすぐに命の危機に陥っているのだ。

 

「それよりマルは?時折任務に出てるみたいだけど怪我とかしてないか?」

 

「優秀な私が早々後れを取る訳が無いと知りなさい」

 

とか言いつつ心配されて嬉しいマルギッテである。そっぽを向いているが耳が赤い。

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

((会話が、繋がらない・・・))

 

士郎は純粋に困ったなーと思っているのだが、マルギッテはなんとかアプローチをしようと必死にグルグル考えている。

 

(俺はよくマルギッテを怒らせてるからなぁ・・・嫌われた?)

 

(絶好の機会です!何とかするのです!マルギッテ・エーベルバッハ!!)

 

しかし悲しいかな。目的地のホテルにはすぐ着いてしまった。

 

「ここです。見送りご苦労様です(ああ、着いてしまった・・・)」

 

士郎はホテルを見上げて首を傾げる。

 

「マルはホテルに泊まってるのか?」

 

「え?ええ。クリスお嬢様と比較的近い場所がここしかなかったので」

 

クリスは寮に入っているので衣食住共に困っていないがマルギッテは少々難儀していそうだ。

 

そしてマルギッテは絶好のチャンスを活かせなかった代わりに最高の結果を得ることが出来るのだった。

 

「・・・余計なお世話だと思うけど、それならうちに来るか?任務ってことだからホテル代は軍が出してくれるんだろうけど、どうせなら経費はかからない方がいいだろ?」

 

「――――は?」

 

マルギッテは何を言われたのか分からないと固まった。

 

「ああ、すまん。やっぱり嫌だよな。一応林冲と・・・こっちは秘密で清楚先輩もいるからマルギッテも一人になら「なんですって!?」おうわ!?」

 

士郎の言葉が理解できなかったマルギッテだが、聞き捨てならない単語と言うか名詞が出てきて彼女は食いついた。

 

「もう一度いいなさい。誰と誰が士郎の家にいると?」

 

「え?だから林冲と清楚先輩だよ・・・清楚先輩の事は秘密だぞ、色々複雑な事情があるんだ」

 

「・・・。」

 

マルギッテとしてはそんなことは問題ではない。問題なのは女性二人(・・・・)と暮らしているという今の衛宮士郎のお家事情だった。

 

(これは、今乗らないでいつ乗りますか!!!)

 

乗らずにはいられない。このビッグウェーブに!とばかりにマルギッテはズイっと踏み寄った。

 

「女性二人と同棲していると?」

 

「同棲って・・・まぁ意味としては分かるけどホームステイって奴だよ。林冲は祖国が中国だし、清楚先輩は・・・訳ありで九鬼と離れたがってるんだ。変なとこ行くよりは俺の家っていう場所が分かってる方がいいだろうってことでな」

 

「つまり貴方は私が貴方の家にホームステイしてもいいと?」

 

まるで事実確認のようだなぁと思いながら士郎は頷いた。

 

「ああ。だってここからじゃ手間だし何より金がかかるだろう?マルの懐は痛まなくてもドイツ軍の経費は痛む。だから「わかりました」お、おう・・・」

 

食い気味に理解していくマルギッテに士郎は一体どうしたんだと首を傾げる。

 

「明日、荷物を纏めて伺います。部屋はあるということでよろしいのですね?」

 

「あ、明日!?いいけど豪華な部屋は想像しないでくれよ。屋敷は広いから部屋は心配しなくてもいいけど」

 

「問題ありません。では、また明日」

 

そう言って彼女は足早にホテルへと帰って行った。

 

――――interlude――――

 

士郎と別れたマルギッテは借りている自室へと戻ると、

 

バフ!

 

そのままベッドに倒れ込んだ。そして

 

「――――ッ!!!」

 

ゴロンゴロンとベッドの上を転がる。

 

(ああ・・・まさかこんな日が来るなんて・・・私は本当に良い部下達を持ちました・・・)

 

マルギッテは暴走しているが、部下たちは決してこの展開を読んでこの日に打ち上げを手配したわけではない。

 

士郎もまたこの展開を読んでいたわけではない。何せ相手は総理大臣なのだから。時間の都合をつけるのは士郎の方である。

 

つまり今回の邂逅は完全に偶然でありマルギッテに女神が微笑んだようなものだ。

 

(これで川神百代より先んじられる。ですが)

 

ピタリとマルギッテは止まった。

 

(林冲がホームステイすることは予測できていましたがまさか葉桜清楚まで同居しているとは・・・)

 

流石にそこまでは予想できなかった。

 

なにやら九鬼の人間と剣呑な話をしているのは聞こえていたが、戦いに出る前に士郎が負けの無い勝負へと引きずり込んだのでよくわかっていなかった。

 

(最近では不死川心もF組に落ちたことで士郎と馴染んでいます。これは急がねば・・・)

 

なにやら一夫多妻制の話が日本では出ているがそれはそれだ。

 

なにより自分を一番に愛してほしい。その気持ちは変わらないのだから。

 

「――――ッ!!」

 

またゴロンゴロンとベッドの上を転がるマルギッテ。実に彼女らしくない光景である。

 

「とにかく準備です。こうしてはいられません」

 

それほどない荷物を纏めいつでも行けるように準備をする。

 

興が乗りすぎて、というか暴走しすぎて朝方まで準備に費やしてしまったのは彼女の気持ちを考えるとしょうがないのかもしれない。

 

――――interlude out――――

 

翌日。マルギッテがホームステイしてくるという話を朝二人にしたのだが、

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

じろりと二人に見られてしまった。

 

「士郎は女子寮の管理人でも目指してるのか?」

 

「そうだね。士郎君はいつもこうだよね」

 

「ど、どういうことだよ?俺はただ、困ってそうというか、不便そうだから言っただけなんだけど・・・」

 

士郎の弁明に、はぁ、と二人はため息を付く。

 

(ライバルが一歩踏み出してきたな)

 

(士郎君はすぐ女の子口説くんだもん・・・。そろそろ俺が喝をいれてやるべきだろうな!)

 

結局何も言わぬまま黙々と朝食を食べる二人。一瞬清楚の目が赤くなったがなにがあったのだろうか。

 

『現在巷では話題となっている正室・側室システムに関して様々な意見が寄せられています』

 

『折角源義経が現代に復活したんだから血筋は絶えてほしくないねぇ』

 

『複数人との結婚が道徳的にどう思われるのか気になります』

 

『雪広アナ結婚してください!・・・おわ!』

 

『と、実に様々な意見が寄せられています。今後どうなるかに期待ですね』

 

なんだかニュースでも変な奴が出現していたが、とりあえず総理の改革は可もなく不可もなくと言ったところらしい。

 

「本当に可能なのかな?」

 

清楚が思わず朝食を食べながら言った。

 

「士郎は昨日総理と会食してきたんだろう?その辺は聞かなかったのか?」

 

「会食じゃなくてただ居酒屋で飲んで食べただけだよ。それに、そういう話はうかつには出来ないし、変に話すと痛くもない腹を探られる、って言ってたから」

 

「ええ?士郎君、総理大臣とお友達なの?」

 

「あ、今の秘密です。テレビで見たかもしれませんが、総理とは色々あったので・・・」

 

流石に直通の連絡先交換をしているというのはまずい。宛先名もそれ故に非実在性青少年なのだ。

 

「確かに、私もあの放送は見たけど・・・そっか。総理官邸前で戦ってたんだもんね。凄くかっこよかったよ」

 

「いや、俺はただやれることをやっただけだから・・・」

 

そう言って士郎は恥ずかしそうに頬をかいた。

 

「その放送は私も見ていた。士郎は本当に無茶をする」

 

「そう言われてもな・・・それが俺なんだから仕方ないだろう?」

 

とんでもない開き直りであるが、否定できないのもまた事実だった。

 

「それより、早く食べちまおう。今日も朝から色々しないといけないんだ」

 

「また頼まれごとか?」

 

「それもあるんだが、多摩大橋の見張りもだな。どうにも義経達だけじゃなく木曾義仲まで出てきたせいで武芸者やら変質者やらが多い」

 

今は九鬼の従者部隊とレオニダスが橋を警護している。最近レオニダスが朝の調練を断っているのはそれが原因だ。

 

それ故に貴重な彼の訓練を受けられない者達が怒りを爆発させているらしい。

 

(大丈夫かな川神・・・いつの間にかスパルタ国にならないよな・・・)

 

なんともし難い問題であるので士郎は頭痛を堪えるしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

学園に着くとすぐに最上旭と出会った。

 

「おはようごさいます」

 

「おはよう、士郎」

 

「!?」

 

林冲がいきなり名前呼びしてきた旭に警戒感を抱いた。

 

「ああ、衛宮君、林冲君おはよう」

 

「京極先輩、おはようございます」

 

「おはようございます・・・」

 

「どうしたの、彦一」

 

「君目当ての記者や武芸者といったものが少々過激になってきているのでね。諫めてこようかと。それと、彼女は基本名前呼びだ。気にしなくてもいいと思うが・・・」

 

「なるほど。今までは周りに合わせて衛宮と呼んでいたわけですか」

 

士郎としては別にどちらで呼ばれても構わない・・・が、どちらかというと名前呼びの方が親しみを感じるし、なによりあの赤い背中を思い浮かべなくて済むのでそちらの方が良い。

 

「京極先輩が行くなら今日は不要ですかね」

 

「君の弓があれば尚いいとは思うが、君は少々働き過ぎだ。今日くらいは大人しく過ごしなさい」

 

そう言って京極は去って行った。

 

「ほぼ毎日屋上から矢を射っていたものね」

 

「まぁ・・・どうにもあの橋は鬼門かなにかのようなので」

 

とにかく変態が現れるのである。もちろん普通の武芸者も現れるが、彼らもかなり気炎を上げているので実に危険極まりない。

 

変態の橋とはよく言ったものである。

 

 

 

 

教室に着くと、なぜか松永燕が居た。

 

「士郎ー私もいるぞー」

 

・・・武神もいた。

 

「なんで百代と松永先輩が?」

 

ここは二年のクラスであって三年生のクラスではない。

 

「燕がな?」

 

「おっと。モモちゃん、その先は私が言うよん」

 

そう言って一歩前に出た松永燕は、

 

「川神式鍛錬をお願いしまーす!」

 

「――――は?」

 

言っていることが分からないと、士郎は固まった。

 

 

 

 

 

HR後。松永燕からの決闘というか鍛錬の申し出を受けたと梅子に告げた士郎は事実確認後グラウンドに立つことになった。

 

(なぜこうも川神の人間は好戦的なのか)

 

いつぞやと同じことを思った士郎はとりあえず思考を戦闘に切り替える。

 

「じゃあよろしくおねがいしま~す!」

 

元気よく準備運動をしていた燕が頭を下げる。

 

「・・・。」

 

だが、士郎は黙って相手する彼女を見ていた。

 

(うわ~・・・これやばい。下手するとモモちゃんより強敵)

 

まるで鷹の目。こちらの動きを見落とさんとばかりに鋭い眼光が自分を貫く。たったそれだけで、全てが見透かされてる気分になる。

 

(・・・ううん。気のせいじゃない。多分本当に見抜かれてる)

 

視るに彼は間違いなく自分と同じ、あらゆるものを使って勝ちにくるタイプだ。

 

「ソレじゃあ始めるヨ」

 

「「・・・。」」

 

軽口はもう叩けない。間違いなく彼は格上。一瞬でも油断すれば情報を得るどころか瞬殺される。

 

「レーッツ、ファイ!!!」

 

瞬間、地面が爆ぜた。

 

「!!!」

 

意外にも攻めたのは衛宮士郎。

 

「っつあ!?」

 

右拳の一撃を辛うじて防ぐ。しかしその威力を完全には殺しきれず、宙を舞った。

 

「こんのお!」

 

空中で体勢を立て直し追撃に備えると共に反撃を考える。

 

「てや!!」

 

空中からの一撃。しかしそれはなんでもないように一歩下がることでよけられた。

 

逆に鋭い回し蹴りが迫る。

 

「!!」

 

それを腕を交差することで防ぐ。だが、やはり威力を殺せず吹っ飛ばされた。

 

「っつつ・・・強烈だなぁ・・・女の子には優しくしないとダメだよ?」

 

激しく吹き飛ばされながらも距離を開けたことによって幾分か余裕が戻ってきた。

 

「さて、手加減がお望みならそうするが。それで鍛錬になるのかな?」

 

あきれたように笑う彼。その表情にはそれならそうするが?という挑発がこもっている。

 

「うっわー・・・可愛くない。一応私、先輩だよ?」

 

「ほう。今時の先輩は後輩に刃物を叩きつけてくるのが流行っているのか?物騒なことだな」

 

(流石に乗ってこないか・・・それにあの余裕。実力差を実感するから余計に悔しいね)

 

額に汗が滴り落ちる。柄にもなく焦っている。はっきり言おう。彼を前にしてたった数合で勝てそうなビジョンが消えてなくなった。

 

「それよりいいのかね?折角武器を用意してもらったのだ。使わなければ用意してもらった皆に申し訳がないだろう。鍛錬の趣旨も武器の扱いの鍛錬だったはずだが?」

 

さっさと武器をとれ。そう言わんばかりに彼は不敵に言った。

 

「それじゃお言葉に甘えて・・・」

 

まずは足元にあった槍を拾う。

 

「それじゃ、いってみますか!」

 

槍を片手に疾走する。依然勝利のビジョンは見えないまま。それでも少しでも食らいつこうとする彼女だったが・・・

 

「はっ・・・はぁっ・・・はぁ・・・」

 

数分後、仰向けに転がっていた。

 

「ここまデ!いや、二人ともいい試合だったヨ!」

 

「・・・ふむ」

 

ルーの一言で試合は終わりを告げる。というよりも、自分が動けなくなった時点で彼は攻めるのをやめていた。

 

「しかしすごイネ!あれだけハイレベルな戦いをして息も乱していない」

 

「まぁ体力には自信がありますので」

 

そう言って燕に近寄る士郎。

 

「大丈夫ですか?」

 

戦闘中とは打って変わった優しい声が上から降ってくる。

 

「はぁ・・・大丈夫に見えるかな?あれだけケチョンケチョンにしておいて」

 

負け犬の遠吠えと分かりながらも言わずにはいられなかった。

 

(全然・・・通じなかった)

 

拳も、剣も、槍も、棍も。何一つ、一切通らなかった。

 

「そりゃあ手を抜きすぎたら鍛錬にならないでしょう」

 

どの口がいうのか。はっきり言って彼には鍛錬の気はしていないだろう。精々、体を動かした程度だ。

 

「それにしても鬼畜すぎ。全部同じものを当ててくるなんて」

 

そう。彼は自分が取った得物と同じ得物を使ってくる。自分が剣を捨て、槍を取れば彼も槍をとる。

 

「そのほうが鍛錬になるのではと思ったので」

 

本来であれば自分に有利なように武器を選べばいいものを彼は必要以上に燕に合わせてきた。戦闘を仮定しているならそんなことはしないだろうことを考えると、錬度を上げたいという要望に答えてくれた形ではあった。

 

おかげでそれなりには使える、と思っていた自信は粉々に砕かれたわけだが。

 

「どうぞ」

 

今だ起き上がれない彼女の近くにコトっとおかれるスポーツドリンク。

 

「どーも。あ・・・」

 

どうにも悔しさの抜けない彼女はちょっとした仕返しをすることにした。

 

「誰かさんが徹底的にいじめたせいで立てないんだよね~誰か休めるとこに運んでくれないかなぁ~?」

 

「・・・。」

 

自分もペットボトルを空けていた彼は仏頂面ながら参ったというような気配を出していた。

 

(あ、意外と可愛いのかも)

 

顔に出づらくはあるが困ったような雰囲気を出すのはなんともギャップを感じさせる仕草だ。

 

「・・・やれやれ」

 

そう言って彼はなんでもないように燕をひょいと横抱きに・・・いわゆるお姫様だっこした。

 

おおおー!と黄色い声が上がる。

 

その声にますます顔を顰める彼。

 

(あはは。困ってる困ってる)

 

してやったり。そう想いながらも実は彼女自身の顔も赤かった。

 

(・・・やばい。ちょい自爆かも)

 

お姫様抱っこされて校舎に向かう。そんな姿をまだ残っていた生徒がニヤニヤしながら見てくるのは非常に恥ずかしい。

 

(しかもなんか・・・)

 

こうして抱かれてみて分かるが、かなり鍛えられている体だった。体幹がいいのか自分を支える彼は暖かく、人一人抱えて歩いてもピクリともしない。見上げればその視線はまっすぐと前を見据えていて・・・

 

「・・・ずるいよねぇ~~・・・」

 

はっきり言ってかっこよすぎた。

 

 

 

 

 

 

放課後、義経に案内された一室に入る。

 

「士郎君すごかった!あんなにたくさんの武器をすごいレベルで扱えることに義経は感動した!」

 

「ベン・ケーちゃんもあれには感心したよ。七つ道具どころじゃないじゃないか」

 

「そうは言ってもな。あれは所詮二流止まりだよ。一流の相手には通用しない」

 

士郎は嘆息する。多くを修めたからこそわかる一流との差。

 

やはりその差は衛宮士郎の異能を使わなければ太刀打ちできないのだと痛感する。

 

「それより、与一は?」

 

源氏トリオの一人が見当たらないことに気付く士郎。

 

「あいつは大将の真似をして大橋に矢を射ってるよ。あれでも長距離射撃が持ち味だからね。・・・大将には敵わないけど」

 

赤原猟犬を放ってから、時折与一は謎の行動に出る。

 

ただの怪しい呪文らしきものを唱えたり、技名を叫んでみたり。

 

あと時々すごく感動した目で見られる。

 

「そ、そうか・・・じゃあ後は旭を待つだけ・・・」

 

といった所で室内の扉が開いた。

 

「ごめんなさい。ちょっと遅れてしまったわ」

 

「いえ!義経が士郎君と話したくてちょっと早く来ただけなので・・・」

 

「士郎と?ああ、燕との戦いのことね。あれは見事だったわ。ゾクゾクしちゃった」

 

そう言って熱い視線を向けてくる彼女に士郎は何処か居心地が悪く感じられた。

 

(なんなんだろうな・・・嫌ってわけじゃないんだけど色々知られているような嫌悪感を感じるんだよな)

 

不可思議な感覚に心の中で首をひねる士郎。どうして彼女はこうも自分に好意を向けてくるんだろうか?

 

「今日は腕相撲でどうでしょうか」

 

「腕力を試しておきたいのね?いいわよ」

 

どうやら今回はジャッジ役をしなくて済みそうだ。

 

「士郎、行司を頼めるかしら」

 

「わかった」

 

言われた通り二人の手を組ませて力が入らないように少し二人の手を振る。

 

そして、

 

「レディ――――ゴッ!」

 

「ふっ!!!」

 

「はっ!!!」

 

ギリギリと二人の手が力み合う。だが、

 

「あ、あら?」

 

徐々に徐々に最上旭が押されていく。そして、

 

「せい!」

 

義経の手が最上旭の手を押し倒した。

 

「おお。義経おめでとう」

 

「ありがとう!でも、これはちょっとずるかったな」

 

「ずるかった?なんでさ」

 

士郎は義経の言う意味が分からず首を傾げた。

 

「レオニダス王だよ。私達、体育他の人と違うでしょ?」

 

「ああ・・・そういうこと・・・」

 

とても複雑な思いだった。まさかの源氏とスパルタの夢のコラボが実現していたことに今気づいた。

 

「なるほどね。これでも自信があったのだけどあっさり負けてしまったわ。これは間違いなく実力の差ね」

 

レオニダスが居なかったらこの勝負どうなっていただろうか?考えても仕方のないことだが、ついつい考えてしまう。

 

「一対一の同点ね。・・・そうだわ。士郎も私とイッパツしましょう?」

 

「イッパツ?勝負ってことか?」

 

「男の子なのだから、ちょっとくらい動揺してくれてもいいのに・・・」

 

どうやらからかっていたらしいが、この男にそういうのは素で通じないので無駄である。

 

「勝負か・・・腕相撲は男の俺と旭さんじゃな・・・」

 

「あら、私はそれでもいいわよ?」

 

随分と自信ありげに彼女は言う。だが士郎はその辺意固地なので、

 

「いや。そうだな・・・鬼ごっこ、とか?」

 

これなら俊敏性を競うことになる。力よりも逃げるルートと脚力がものをいうだろう。

 

「いいわよ。時間は五分。どちらが鬼?」

 

「コイントスで決めればいいかと」

 

そう言って士郎は500円玉を取り出し、

 

「俺は裏。旭は表で――――」

 

ピン!と親指で上に弾いた瞬間、

 

「!」

 

最上旭は一目散に逃走した。

 

「ありゃ。決める前に逃げちゃったよ」

 

「そういう戦略だろう。俺がコイントスする以上、トスして確認するまで時間がかかる。表だろうと裏だろうと逃げた方が得策だ」

 

そう言いながらもゆっくり士郎は500円玉をしまう。

 

「あれ?結果は確認しないの?」

 

「先輩が逃げた以上俺が鬼だ。まずは――――」

 

近くの空き教室を調べる。

 

「見つかっちゃったわ」

 

「気配を駄々洩れさせて見つかったも何もないだろう?」

 

「そうね。それじゃ改めて・・・!」

 

窓を開けて飛び出す最上旭。

 

「それはちょっと危険じゃないかね!」

 

そう言いながらも士郎も窓から跳び出す。だが・・・

 

「!?」

 

飛び出した先に最上旭の姿は無かった。

 

(飛び出したように見せかけて窓枠に掴まっていたか!)

 

振り返ると彼女は窓枠にぶら下がっていた。

 

「これはやられたな、っと!」

 

着地と同時に地を蹴り、今度は上へ上昇する。

 

「!?壁を直で上がってくるなんて冗談じゃないわね・・・!」

 

実際には垂直ではなく、そこらの足掛かりにできそうなものを蹴って上に上がっているだけだが、士郎の目測が早すぎてまるで垂直の壁をジグザグに蹴り上がっているように見える。

 

ガラ!と最上旭は教室のドアを開けて廊下を疾走する。

 

「これはまた、お転婆な先輩だな・・・!」

 

今度は躊躇なく階段を踊り場から踊り場へ跳躍している。一つ間違えば大怪我だというのに彼女は楽し気に飛び跳ねていた。

 

(木曾の山育ちだったか・・・なるほど、軽快なのは理解できた)

 

相手は山育ち。あの様子から見ると、木から木に飛び移るようなことまでしていたと見える。

 

(ならば遠慮は無しだ)

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

一瞬にして全身に魔力が行きわたる。

 

「ふっ!」

 

疾風の如く士郎はその場から消え失せる。目指すはお転婆な先輩。

 

「!!!(本気で来た!)」

 

強化を施した彼のスピードから逃げるには全力を尽くさねばならない。

 

単純な一本道では一瞬で捕まるだろう。

 

故に、

 

「お邪魔しますっ!」

 

中の様子を確認せず彼女は教室に入った。

 

「お、旭ちゃんだ」

 

「モモちゃん、早くしてよねん」

 

どうやら補習授業中の百代が居たらしい。

 

「なんだ、決闘か?」

 

「勝負の最中なの!補習、がんばってね!」

 

そのまま最上旭は窓から飛び出した。

 

「やれやれ。そうポンポンと窓から飛び降りないでもらいたいのだが・・・」

 

「士郎!」

 

「モモちゃん集中!」

 

「うぐ・・・」

 

「騒がせてすみません」

 

「構わんよ。勝負であるなら全力で取り組みなさい」

 

百代が逃げないように見張っていた鉄心が楽しそうに言う。

 

「失礼しました。・・・百代。10問中7問間違ってるぞ」

 

「ええ!?」

 

「もう、モモちゃん・・・」

 

「モモは本当に頭は弱いのう・・・」

 

「やかましい!」

 

士郎の一言で説教を食らう百代であった。

 

「あ!士郎君大丈夫?」

 

義経達が追いかけてきた。

 

「中々に苦戦している。まさか補習授業中の教室にまで飛び込むとは・・・」

 

うーむと士郎は考える。

 

「もう3分だよ。そんなに悠長に構えてていいのかい?」

 

時間は後2分。120秒しかない。

 

「仕方ない。奥の手を使うとしよう」

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

士郎の手に現れたのは・・・

 

「あと2分・・・流石の英雄さんもここまでかしらね」

 

最上旭は意表を突いて最初の教室へと戻っていた。

 

ガラ!っと扉が開けられる。

 

「さて、鬼ごっこは終わりだ」

 

「それはこちらのセリフ。あと90秒で私を捕まえられるかしら?」

 

また窓を開ける最上旭だが、

 

バサッ!と、赤い布が走った。

 

「え?」

 

まるで意思でもあるかのように彼女を捕らえた赤い布の先にいるのは士郎。

 

「よっと」

 

グイっと赤い布を引っ張るとくるくると最上旭をグルグル巻きにして戻ってきた。

 

「はい、捕まえた」

 

「・・・。」

 

最上旭は呆然として固まっているが、勝利は決してしまった。

 

「士郎君!その赤い布は・・・?」

 

「ん?ちょっとした秘密兵器だ。用途が違うからただの赤い布だけど」

 

士郎が投影したのはマグダラの聖骸布だ。カレンが持つそれは、本来男性に対する絶対捕縛権を持つのだが、女性に使用したらあまり意味がない。

 

聖骸布なので彼女が吸血鬼であったならまた違っただろうが。

 

「そうね・・・貴方には聖骸布があったのだものね。これは油断したわ」

 

「旭さんが授業中の教室にまで逃げるからだ。ていうか、今聖骸布って――――」

 

「この勝負は貴方の勝ち。だから・・・そうね」

 

そう言って最上旭は無抵抗に士郎の方に倒れ、

 

「おっと、何を――――むぐっ!?」

 

「ん・・・」

 

「あああ!!!」

 

「あらま」

 

受け止めた士郎にそのまま口づけした。

 

「はぁ!ちょ!最上先輩!?」

 

思わず抱き上げて口を放す士郎。

 

「勝利の報酬よ。私の初めてだからね?」

 

「・・・尚更俺なんかにしちゃ駄目でしょう」

 

士郎は本当にこの先輩はどうしたものかと困り果てる。

 

「・・・。」

 

義経がなんとも言えない顔でこちらを見ている。

 

「主を悲しませるとは・・・滅!」

 

「え?俺じゃないぞ今の!?」

 

「でも貴方が一番役得でしょう?」

 

「・・・。」

 

そういう問題ではないのだがこういう時は何を言っても自分が悪いと分かっているので黙るしかない。

 

「次の勝負は私が決めるわね。また会いましょう」

 

そう言って彼女は去って行った。

 

「・・・。」

 

「ど、どうしたんだよ義経」

 

じーっと見てくる義経に思わず問うが、

 

「・・・。」

 

悲しそうに目を伏せてしまった。

 

「おいぼうずー主をイジメるんじゃない!」

 

「なにもしてな、ぬわ!?」

 

錫杖の連打が飛んでくる。それをパシパシと素手で弾く。

 

「ここで長物を振り回すな!危ないだろう!」

 

「主を泣かせるのが悪い」

 

「泣いてないだろうが!?」

 

本当に泣いてはないが、義経はとても胸が苦しそうだ。

 

「――――ッ悪かった。なんだか分からないが俺が悪いんだな?」

 

そう言って士郎はピタリと動きを止めた。

 

「あ、ば――――!」

 

士郎ならこの程度何でもなく避けるだろうと思っていたので弁慶はそれなりに力を込めていた。

 

(流石にこれの直撃はやばい!)

 

なんとか逸らそうとするがもはや錫杖は突き出されている。それを士郎は無防備に受けようとして――――

 

「!!!」

 

キィン!と鋭い刃が走った。

 

「義経?」

 

「弁慶。今のはやりすぎだ」

 

義経には珍しい剣呑な声に弁慶はゾクリとしたものを感じ、

 

「申し訳も・・・」

 

のらりくらりと誤魔化さず謝った。

 

「急にどうしたんだ義経?」

 

「士郎君!!なんで弁慶の一撃を避けなかったんだ!」

 

「だって俺が義経になにか悪いことをしたんだろう?」

 

「そんなことない!士郎君は自分で言っていた通り急にき、キスされただけだ!義経は確かに胸が締め付けられたけど・・・」

 

「それじゃあ「それよりも!!」ぬ・・・」

 

ぐわりと食って掛かってくる義経に士郎は後退を余儀なくされる。

 

「あの時義経が割って入らなければまた士郎君は大怪我をするところだった!なんで避けなかったんだ!」

 

「それは、俺がなにかを義経にしてしまったんだろう?」

 

「そんなことない!義経がはっきりしないのが悪いんだ。だから士郎君が怪我をする理由になんかならない!」

 

「・・・。」

 

どうにも自分は悲しませるだけじゃなく義経を怒らせてしまったようだ。

 

「すまなかった。俺には正直なにに義経が悲しんで怒っているのか分からないけど、とにかく俺が悪かった、ってことなんだろう?」

 

「そうじゃなくて!ああ、もう・・・!」

 

と義経は一時間ほど士郎に説教をするのだが、肝心な義経の気持ちという部分が抜けた上に、多少の怪我は必要と割り切ってしまう士郎には通じないのであった。

 




結構珍しいメンツで書けたんじゃないかなと思います。

松永先輩はねぇ…どう考えてもあの結果にしかならなかったです。想像力が足らなくて申し訳ない。

さらに義経はレオニダスブートキャンプ(体育)で強化されているので原作通りとはいきません。後付けの士郎対最上パイセンも士郎にとってはそこまで焦るものではなかったですね。原作でもパイセンなんでもありって言っちゃってるのでそうなったら士郎に負けはないです。

次回は夏休み前に何か挟もうかなと。では!


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思わぬ再会/仲間達と

皆さんこんばんにちわ。やりたいことが多すぎて私の書く士郎はどこぞの賢王の様に目を覚ましたら冥界に居そうな感じの作者でございます。

今回はあの人物との再会と…最近少なかった風間ファミリーとのことを書きたいと思います。バトルは…ある…かも…?


日が長くなり、早朝五時でも十分に明るくなったこの頃。

 

士郎はいつもの様に鍛錬をして、皆が起き出す頃に朝食が出せるよう準備する。

 

「おはようございます」

 

「ああ。おはよう、マル」

 

今衛宮邸には三人の同居人が居る。梁山泊の林冲。九鬼から家出した葉桜清楚。そして士郎が苦労するくらいならと呼んだマルギッテ。

 

一人の頃に比べ、大分賑やかになってきた衛宮邸であったが女性の比率が多い(一応レオニダスもいる)のでこれ以上は増やすのやめようと思う士郎である。

 

「朝の鍛錬ですか。毎日しているとは感心しました」

 

「俺はそんなに強くないからな。きっちり鍛えとかないと後で後悔したくないから」

 

「貴方が強くないというのは誤りだ。あの川神百代と戦える貴方が強くない訳がない」

 

マルギッテは賞賛してくれるが、最近の百代はもう手を抜けない相手なのだ。

 

「褒めても朝食に生卵くらいしかでないぞ?百代は真面目に鍛錬に励むようになってからぐんぐん成長してるからな。油断してると一子にも抜かれちまう」

 

一子も今ではかなり腕を上げている。まだどうしても気のコントロールに時間制限があるが、それも通常戦闘であれば問題ない所まで来た。

 

今では二人で鍛錬しながら新しい川神流を作っているらしい。

 

「確かに川神一子の成長は油断できませんね」

 

「ああ。それに、得物も新しくしたいって依頼も来たからな」

 

一子が使っている薙刀だが、もう今の一子の全力について行けなくなっているらしい。

 

そこで士郎に依頼が来たわけだが、士郎への依頼は正直もう一杯一杯で、順番待ちが随分先まで埋まっている。

 

とはいえ、仲間の成長を助けられるならと士郎は今、放課後の依頼をすべて断り、夜遅くまで武器を作っている。

 

防音の結界が無かったらうるさくて叱られるところだろう。

 

「貴方は仕事を抱え込みすぎです。学校のはあくまで依頼なのですから仕事に差し支えるようなら断りなさい」

 

「マルの言う通り、今は断ってるよ。なにせこれで食ってるわけだからな。こっちを優先させてもらってるよ」

 

なので朝の多摩大橋の見張りも今はレオニダスに丸投げである。元々九鬼の従者達が見張ってはいるのだがそれでも変質者は絶えない。

 

「さて、そろそろ朝飯を作るか。そろそろ二人も起きてくるだろうし」

 

「・・・。」

 

そう言って縁側から室内に戻る士郎を追いかけるマルギッテ。

 

この朝の士郎の鍛錬を密かに見守り、朝食を一緒に作るのが今のマルギッテの至福の時だ。

 

ただ、ちょっと弱点が出来てしまった。

 

(士郎と鍛錬しようと思ったのですが・・・)

 

本当は彼女も見ているだけではなく士郎と共に鍛錬を、時には摸擬戦でもしたい所なのだが、あの真っすぐな眼に見られるとマルギッテは心を乱してしまうようになっていた。

 

(くっ・・・猟犬ともあろうものが情けない・・・)

 

と思いながらもやっぱり士郎を見逃すことはしないマルギッテであった。

 

 

 

 

 

 

朝の鍛錬を終えて朝食を四人で取っていると――――

 

ガランガラン!

 

「「「!!!」」」

 

「え?今のなに!?」

 

衛宮邸の外敵感知の結界が反応した。

 

「こんな朝早くに敵?」

 

「今は何処の勢力にも狙われていないんだがな」

 

「食事中ですが、仕方ありませんね」

 

そう言って三人はすぐさま戦闘態勢に入る。

 

「あ、あの、今の音はなんなの?」

 

「そうか。清楚先輩には教えてなかったか・・・すまん、マルギッテ。ここを任せていいか?」

 

「いいでしょう。士郎と林冲がオフェンス。私と葉桜清楚がディフェンス。士郎以外すべて近接職なのがいただけませんが」

 

本来なら士郎が屋根の上から援護射撃をするべきだろうが、この結界が反応するということは外敵は衛宮邸の位置が分かっていない。

 

なぜならこの家には宝具級の人払いの結界が張られているからだ。大抵は見つけられなくて殺気や敵意を飛ばしてくるのが精々であるのだ。

 

それなのに遠距離射撃などしたら逆算して場所が割れてしまう。人払いはあくまでも意識を逸らすものであり、そこにあると認識されてしまうと効果を失う。

 

正確には無くはないが、効きづらくなるのだ。

 

「いくぞ。林冲」

 

「ああ。士郎は私が守る」

 

そう言って林冲は新しい槍(士郎の魔術謹製)を携えて外に出る。

 

 

 

 

 

 

新しい建物が立ち並ぶ中、ゆっくりと道沿いを歩いていくと――――

 

「史文恭?」

 

「なんだって!?」

 

士郎は見えた人影に首を傾げた。

 

「曹一族はもう士郎を狙っていないはずだ!」

 

「ああ。だからあの様子なんだろう」

 

士郎はそう言って無造作に彼女に近づいていった。

 

「久方ぶりだな。衛宮士郎」

 

「史文恭。どうして君がここに?依頼のものは問題なく届けているはずだが・・・」

 

彼女等曹一族との一件以来、士郎は彼女達曹一族にも武器を提供している。もちろん台帳とギアスはかけられた上でだが。

 

「それはもはや私には関係ない。見てわからんか?」

 

だらりと下げられた右手には狼牙棒が。左手には大きな段ボールを抱えて、大きめのボストンバックをかけている。

 

「戦う気が無いのは分かったが、なぜ殺気を?」

 

「それは単純にお前達の家が分からなかったからだ。真っすぐ進んでいるはずなのにいつの間にかここに戻ってくる。嫌らしい結界だな」

 

「お前達の家って・・・まさか!」

 

林冲は目を白黒させながら槍を構える。

 

「おいおい。戦う気はないと言っただろうが。そっちがその気なら私は構わんぞ」

 

ドスン!と段ボールとボストンバックを置いて狼牙棒を構える史文恭。

 

「まてまて!林冲!槍を下せ!史文恭も闘気を出すな!こんな早朝から殺し合いなぞするんじゃない!」

 

いらぬ戦いを起こそうとしている二人に士郎は間に入るように二人を止めた。

 

「私の家が目的なんだろう?なぜ私を訪ねてきた?」

 

とにかく目的が分からねば始まらぬと士郎は問いかけた。

 

「この通りだが。お前はそんなに鈍い男だったか?」

 

「いや、なんとなく想像は付くが・・・君は曹一族の武術指南役じゃないのかね?」

 

荷作りしている時点で彼女も我が家へのホームステイが目的だと分かるが、彼女は曹一族でもかなり上の人物のはずだ。

 

そんな彼女が曹一族を抜けるとは考えにくいのだが。

 

「ああ、そのことなら問題ない。私は曹一族をやめてきた」

 

「「はぁ!?」」

 

林冲と二人驚きの声を上げる。

 

「や、やめてきたって・・・」

 

「そうか。豹子頭はあの時気絶していたんだったな」

 

そう言って彼女は下着が見えるのも構わず右肩をみせた。

 

そこにあるのは何かに貫かれたような傷跡だ。

 

「一応戦えはするのだがな。古傷で戦闘力が落ちた以上、いつまでも居座ることは出来ん」

 

それは彼女なりのプライドなのだろう。武術を指南する自分が、戦う力を多少なりとも落としたのであれば上に立つべきではないということだ。

 

「それで私の家に厄介になりに来た、というわけか」

 

「なぁに。九鬼に聞いてみたら三食食事付きで多数の家内を養っている器の大きい男がいると聞いてな」

 

「家内って・・・私は結婚していないのだが」

 

頭が痛そうに士郎は頭を振る。言ったのは恐らく揚羽あたりだろう。

 

「それより、私を受け入れる気はあるのか?それともこのまま放り出すのか?」

 

史文恭の言葉に嘆息する士郎。

 

「はぁ・・・その言い方は卑怯だろう。部屋はあるが立派なものは期待するなよ」

 

「士郎!?」

 

「世話になる。丁度いい、持ち上げるのが一苦労なのでな。それを持ってくれないか?」

 

ニヤニヤと笑いながら史文恭は段ボールを指さした。

 

「仕方あるまい・・・ぬ?」

 

片手で運んでいたので衣類でも入っているかと思えばそうではないらしい。

 

というか非常に重い。よくこんなものを片腕で長時間持ち歩いていたものだ。

 

「一応聞くがこれは一体なんだ?」

 

「女性の持ち物を検分するのか?」

 

「冗談ではない。この重さからして衣類の類ではないだろう?物騒なものを持ち込まれても困るのだが」

 

「シャレのきかぬ奴よ。ただの本だ」

 

「本!?」

 

この重さからして一体何冊あるのだと言いたいのだが事実らしく史文恭は持ち上げていた左腕をぐるりと回した。

 

「私は読書が趣味でな。本に囲まれていることに幸せを感じる。それはまだ読んでいないものの一部だ。お前の住所がはっきりしたら残りも郵送させるつもりだ」

 

「・・・。」

 

これは、普通の部屋では収まり切らないかもしれんと部屋の拡張を考える士郎だった。

 

 

 

 

 

 

今日は恒例となった金曜集会だ。いつも通り摘まめるものとデザート(百代の希望で桃コンポート)を手に秘密基地へと歩く。

 

「この前モロとナンパしに行ったんだけどよー・・・」

 

「言わなくてもわかるこの感じ」

 

「うるせい!しっかし大和といい、士郎といい、選り取り見取りで羨ましい限りだぜ」

 

「士郎は分かるけど俺が含まれてる理由が分からないぞ」

 

「京とクリスと弁慶。三人も誑し込んでるじゃねぇか!」

 

「おま!でかい声で言うな!デリケートな問題なんだよ!」

 

「否定しないあたり大和も罪作り・・・」

 

「大和坊やるじゃねぇか・・・」

 

「口の悪い後輩はこうだ!」

 

「あー!松風ー!」

 

「俺っち回る回るメリーゴーランドゥ!」

 

「こらこらやめないか」

 

きちんと一部ではなく全体を掴んで壊さない程度にぶん回される松風を士郎が救出する。

 

「ありがとうございます士郎先輩!」

 

「一応大丈夫だと思うけど一々取られないようにな?」

 

というか携帯ストラップなのだから携帯にぶら下げたらいいんじゃないかと士郎は思う。

 

まぁ言ったところで、

 

「松風は付喪神なので(キリッ)」

 

としか返答は返ってこない。

 

(どう頑張っても一人芝居なんだよなぁ・・・)

 

友達がいっぱいできれば松風は喋らなくなるんだろうか?

 

(いや、もう松風という友達が由紀江の中では出来上がってるんだ。友達がたくさんできてもこのままだろうな)

 

士郎はそれでもいいと思った。かなりトリッキーなやり方ではあるが松風が内気な由紀江の本音をばらしてくれるので、見た目はともあれあれも特殊なコミュニケーションと思えば悪くはない。

 

見た目を考慮しなければ、だが。

 

「ねぇねぇ士郎。今日は何を作ってきたの?」

 

保冷ボックスを持つ士郎の周りを一子が犬の様にくるくる回る。

 

「ガクトに嚙みついたら教えてやるぞ」

 

「ガルルル!!」

 

「ぬお!?てめ、士郎!うおおお!」

 

「犬は最近メキメキと力を付けてるからな・・・ガクトの腕なら嚙みちぎれる・・・か?」

 

「そんなこと言ってないで止めるの手伝ってよ!士郎もなんでガクトにけしかけたのさ!?」

 

「不穏な話をしてたから」

 

ただでさえ史文恭までホームステイしているので色々と危険なのだ。

 

油断するとすぐにヒエラルキーが最下層になる。

 

「この!この!噛ませなさいよ!」

 

「誰が好き好んで噛みつかれるか!俺様の進化した筋肉を舐めるなよ!」

 

ガブガブ!と噛みつこうとする一子をガクトが上手くいなしている。流石、スパルタ化した第一人者。

 

武士娘相手にも中々にやり合っている。

 

「それはそうと士郎ー。桃のコンポートは準備してきただろうにゃん?」

 

くてりとしな垂れかかる百代を暑そうに払いながら、

 

「どうだろうな?もしかしたらイチゴかもしれないぞ?」

 

「なんだってー!?お前この美少女の頼みを無下にするのか!」

 

「いや季節ってもんがあるだろう?まぁ桃の方が旬だけど」

 

いちごは4~6月頃。対して桃は7~8月頃なので今が丁度旬の季節だ。

 

「それにしてもどれだけ桃が好きなんだよ。こんなモノ初めて作ったぞ」

 

「ということはあれが出来たのか!?ひゃっほう!」

 

と百代は喜んで飛び跳ねた。

 

「お、おいモモ先輩飛んで行っちゃったぞ!?」

 

「どうせすぐ戻ってくる。・・・んんっ。あー保冷バックがー」

 

「なんだって!?」

 

ビシュン!と戻ってきた。

 

「ほらな」

 

「士郎も中々姉さんの扱い分かってきたな」

 

「そりゃこれだけ絡まれればな・・・」

 

今の一言で百代はまた士郎に引っ付いた。

 

「おい士郎!保冷バックには傷一つついてないだろうな!」

 

「ついてないから離れろ!暑いわ!!」

 

七月過ぎて今は八月。夏真っ盛りである。ベタベタくっ付き合ったら暑くてしょうがない。

 

「なんだよー役得だろー?」

 

「何がだよ!いいから離れろ!暑いんだって!」

 

「ナニが、だよねー」

 

「モモ先輩ずるいです・・・」

 

「だー!いい加減放せこの犬!」

 

「犬じゃないわ!猛犬よー!ガルルル!」

 

「もう滅茶苦茶だよ・・・」

 

そんなこんなで秘密基地。

 

「みんなー!いらっしゃい!」

 

「クッキー!今日も出迎えサンキューな」

 

グイグイとロボアームと握手する士郎。

 

「えへへ。皆が来るの待ってたんだよ?マイスターがいないから寂しかったんだ」

 

「マイスター?そういやクッキーのマイスターって・・・」

 

「俺の事だぁ!!!」

 

ドン!とキャップが後ろからやってきた。

 

「なんだキャップなのか。苦労しそうだな・・・」

 

「いつもは京が僕の事を大事にしてくれてるんだよ」

 

「それで京になついてるのか。キャップももったいないことするなぁ・・・」

 

こんなスーパーご奉仕ロボいないだろうに。

 

「でもよーそいつすぐキレるからなぁ」

 

「なんだよ!僕になんか文句でもあるのかよー!」

 

ガションガション。

 

「いつでも相手になるぞマイスター」

 

「そういうところだぞ!」

 

すぐさまキャップは士郎を盾にした。

 

「おい!なんで俺を盾にする!」

 

「だって一番切られなさそうだし」

 

「ぬう・・・これは仕方ない。士郎ごといくしかない!」

 

「いくしかない!じゃないわ、たわけ!」

 

前言撤回。少々問題を抱えすぎている気がする。

 

そんなこんなでようやく皆席に着きお茶やらポップコーン、士郎の持参のおかずで軽く打ち上げである。

 

「やっぱり士郎のメシはうめぇわ・・・」

 

「ガクト毎回言ってない?」

 

「でも本当に美味しいのよねー。栄養価もばっちり!」

 

「それより今日のデザートはなんだ士郎!」

 

ウキウキと聞くクリスだが、残念なことに、

 

「今日は一人分しか持ってきてないぞ」

 

「えっ!?」

 

「仕方ないだろう?収まらなかったんだから」

 

そう言って士郎はもう一つの保冷バックを開けた。そこから出てきたのは・・・

 

「よいしょっと」

 

ドドン!とでっかい瓶に入った桃のコンポートである。

 

「「「え」」」

 

その迫力に一同は固まった。

 

「士郎、もしかして二つ保冷バック持ってたのって・・・」

 

「コレの為だよ。いやー苦労した。まさかバケツプリンみたいなものを作ることになるとは思わなかった」

 

そう。コンポートが収められている瓶は通常のデザート用の瓶ではない。ホームセンターとかに売っているデカい漬物とかを作る瓶である。

 

「約2Lの桃のコンポートだ。百代がどうしてもっていうんでな。作ってきた」

 

「鬼のケーキといい、なんでもありだな・・・」

 

「普通作ろうと思わない」

 

「頼むモモ先輩もモモ先輩だ」

 

「クリ吉は言えないんじゃないかなぁ」

 

「松風!シーッ!」

 

「だから保冷バック縦にして持ってたのか・・・」

 

「そりゃあみっちり詰まってるとはいえ型崩れしたら嫌だろう?作るの大変だったんだからな」

 

作るのならば見た目もこだわるのがこの男である。

 

「味は保証する。けど――――」

 

「「「「異議ありッ!!!」」」」

 

全員が吠えた。そりゃそうである。これが全部一人のものなんて納得いくはずがない。

 

「ほほう・・・私のピーチに手を出そうとはお前達、どうなるかわかってるな?」

 

フオン!と闘気を高める百代。こちらもどうやら真剣らしい。

 

「やるなら外でやって来いよー。俺はここで涼んでる」

 

「「「上等ーー!!」」」

 

だだだ!!と皆が一斉に外へと駆け出した。

 

「まったく、騒がしいねぇ・・・」

 

「だな。クッキー、ポップコーンくれないか?」

 

「いいよ。士郎は冷静だね」

 

「そりゃ自分で作ればいいからな」

 

一度に作る量がすごいだけで士郎からしてみれば小瓶に分けるかデカい瓶に一つにするかの違いである。

 

結局、百代含め順にバトルロイヤルで上位三名にのし上がった者が食べられる権利を得られたようだった。

 

「ちぇー。折角独り占めできると思ったのに・・・」

 

「いや、それでもすごい量だからな?」

 

「そうねー・・・あ、でもくどくないからスルスル食べれちゃう!」

 

「うめぇなこれ!流石、衛宮定食の士郎だな!」

 

「ぐぬぬ・・・ここで負けるとは・・・」

 

「キャップなんで勝ってんだよ・・・」

 

「そりゃバトルロイヤルだからだろう?上位三人に入るまで逃げ回ればいい話しだ」

 

それもまた戦略である。バトルロイヤルで逃げに徹するというのも意外と難しいのだ。

 

「あとは運だな!」

 

「本当にそれで生き残るから困る・・・」

 

何とキャップは百代の一撃でさえ博打で避ける。とにかく運だけは凄い男だった。

 

「土日どうする?」

 

「何して遊ぼうか」

 

土日の予定を話し合う一同に、士郎は告げた。

 

「悪いけど、仕事が詰まってて遊ぶ暇がないんだ・・・むしろ手伝ってくれないか?あれがもう少しで完成しそうなんだ」

 

「あれって・・・あれか!」

 

「本当に出来ちゃうんだね・・・」

 

「興がのってな・・・前住んでいた家よりも広いから想像力が湧く」

 

「だからって普通自分で露天風呂なんて作らないよ」

 

モロの言う通りである。職人でもなければ出来ないところだが・・・

 

「確かに浴槽を作るのは大変だけど、そこさえ何とかしちまえば後は循環させるだけだろう?そんなに苦じゃないさ」

 

自分で作ればかかるのは材料費だけだが、いくら何でもやりすぎである。

 

「じゃあ土曜は士郎の家の手伝いだな。報酬はくれるんだろ?」

 

「ああ。食券でいいか?」

 

「問題なーし!」

 

「士郎はめちゃくちゃ食券持ってるからなぁ・・・今から何喰うか迷うぜ」

 

「私は今度こそ巨大瓶の桃のコンポートの独り占めだ!!」

 

「おいおい、当日に出来るわけじゃないんだからな・・・?」

 

色々手順を踏まないといけないのである。というか、手が足りないから借りるのであって当日に作っている余裕などない。

 

「あと、一子の薙刀の材料も一緒に作っちまおう。そうすれば少しでも早く提供出来るはずだ」

 

「ほんと!?よーし!やる気湧いてきたわよー!」

 

最近一子は薙刀を壊さないように気を張って使っているらしく、成長の妨げとなっているようだ。

 

それはそれで鍛錬になりそうなものだが、やはり伸び伸びと振るえる方が武器として正しい形だろう。

 

「じゃあ日曜は――――」

 

次の日は何をして過ごそうか、そんな話題で盛り上がりながら夜が更けていくのだった。

 

 

 

土日明けて月曜日。どうにかこうにか衛宮邸の露天風呂は完成し、武器の作成依頼も少しは捌けたということで今日は気持ちゆっくり目に登校する。

 

別にいつもの時間に登校してもいいのだが、何かとお前はやりすぎだと言われるので一応自重した形である。

 

「今日は一緒だね」

 

「清楚先輩と登校するのは久しぶりの気がします」

 

「清楚とは時間をずらしていたからな」

 

いい加減ほとぼりも冷めたろうということで一応ホームステイは秘密だが、こうして登校するのは問題ないように思えた。

 

「おはよう、士郎」

 

「おはよう旭さん」

 

「「!!」」

 

のだが。早朝早々の爆弾に二人は硬直した。

 

「何時も早いのに今日は幾分遅いのね?」

 

「ああ。色んなところからお前はやりすぎだって言われてさ。少しは自重しようってわけで・・・二人とも、どうした?」

 

話しの最中に固まっている二人を見て士郎はどうしたのかと首を傾げた。

 

「今、旭さんって・・・」

 

「ああ、実はかくかくしかじかでな・・・」

 

勝負の件を話して士郎は二人を落ち着かせた。

 

「・・・それでこの前姿をくらましていたのか」

 

「え?いや、林冲には先に帰ってもらっただけだろう?」

 

(どうして俺の虞はこうも人を焚きつけてしまうのか・・・)

 

と清楚は目を赤くしながら思うのだがこれが彼であるのでどうしようもないのである。

 

「今日も義経と勝負を?」

 

「ええ。今日は――――」

 

「おはよう!士郎君!」

 

「おはようさん」

 

「いい朝だな。友よ」

 

義経達が登校してきた。

 

「おはよう、義経ちゃん」

 

「おはようございます葉桜先輩!」

 

「どうしたのさこんな所で固まって」

 

「ああ。丁度俺たちも来たところなんだ。そんで――――」

 

「おはよう、義経。士郎が来たから今日の勝負の話をしようと思ってたのよ」

 

そう言って旭はある場所に放課後来るように言って去って行った。

 

「士郎君、怪我、してない?」

 

「え?してないぞ?昨日のなら義経が止めてくれたろ?」

 

「士郎君は気づくと大怪我してるから・・・それなのにプールは辛いかなって」

 

「・・・俺も好きで怪我してるわけじゃないんだけどな」

 

なんとも微妙な気持ちになる心遣いである。

 

「そればっかりは大将が悪いね。この前のだって私が悪いとはいえ、わざわざ直撃貰おうとするくらいだからね」

 

「傷は男の勲章・・・だが、お前は命を落とすにはまだ早い」

 

「あん?誰が命を取るって?」

 

「いでででで!!アイアンクローはやめろ!頭蓋骨が砕ける!」

 

ぷらーんと与一が片腕で持ち上げられているあたり本当に力自慢である。

 

「それじゃ、俺たちも各々教室に行きますか。他の奴等も登校してくる頃だしな」

 

見れば大分登校してくる人影が多くなってきた。

 

もうしばらくすれば大和達も来るだろう。

 

(勝負もだが、今日は大和のS組合格発表だな)

 

結局大和はS組の編入試験を受けることにしたらしい。その結果が恐らく今日だ。

 

 

 

 

朝のHR。

 

「みんなおはよう。欠席者は・・・いないようだな。今日も勉強に励むように。直江大和と不死川心はこちらに・・・」

 

「先生ーS組のテスト発表ならここでしちゃってもいいと思いまーす!」

 

「それもそうね。結局みんな直っちと心に聞くと思うし」

 

仲間想いの彼らは心と大和のテストに対する妨害工作への対応など様々な協力をしていた。

 

もちろん報酬ありきだったらしいが、学生のテストとは思えないほど妨害工作があったらしく正直士郎としては不愉快に感じたものだ。

 

(突然の腹痛に、ネットの掲示板への誹謗中傷。各先生の傾向分析・・・まるで戦闘だな)

 

今回士郎は食べ物、飲み物の提供をしていた。なんでも、試験当日に腹痛や体調不良に陥った者が多くいたらしい。

 

一人二人ならまだしも、複数人同じ症状となるとどうやら盛ってる奴が居たようだ。

 

ネットの掲示板など士郎は見ていないが相当な誹謗中傷だらけだったらしいのでそちらもモチベーションダウンを狙ったものだろう。

 

「それでは、不死川心、直江大和、共にSクラス試験合格だ!おめでとう!」

 

「「!!!」」

 

「おめでとう!」

 

「おめでとうございます!」

 

「ま、俺たちがあれだけ協力したんだからな」

 

「そうだなぁ・・・大和がSクラス行っちまうのは正直なんとも言い難いけどよ。おめでとさん!」

 

「おめでとうございます!更なる飛躍を願っておりますぞ!」

 

クラス一同の拍手で祝う。

 

「ありがとう、ありがとう!」

 

大和は嬉しそうに、照れながらも拍手に応えた。一方、心はというと、

 

「・・・。」

 

何故か、複雑そうな顔でいた。

 

(嬉しい・・・はずじゃないのか?)

 

士郎はいち早くその表情に気付いたが、

 

「――――ッ!」

 

心は顔を伏せて教室を飛び出して行ってしまった。

 

「不死川!?」

 

梅子も突然のことに反応が遅れてしまった。

 

「先生。彼女は俺が追いかけます。とりあえずHRを。レオニダス、後から教えてくれ」

 

「了解いたしました」

 

そう言って士郎は素早く開け放たれた教室のドアへと向かう。

 

「こ、こら衛宮!誰も許しを出していない!」

 

流石の梅子も二度目はないと鞭を走らせるが、

 

「ふっ!」

 

鞭の先端を弾くことで士郎は行ってしまった。

 

「――――ッ!私の鞭さえこうも簡単にあしらうか。出鱈目な男だ・・・」

 

「あちらはマスターに任せておけば問題ありません。小島先生、HRをお願いします」

 

「・・・はぁ、わかった」

 

どっしりと構えたレオニダスに促されて、梅子は仕方なくHRの続きを始めるのだった。

 

 

 

 

 

「この辺だと思うんだけど――――」

 

下駄箱の方まで追跡してきた士郎だったが、丁度このあたりで逃走が止まった。

 

恐らく何処かに・・・

 

「いたいた」

 

特に隠れもせず端の方で泣いていた。

 

「どうしたんだ心。急に教室飛び出したりして」

 

そう言ってポンと士郎が頭を撫でると、

 

「――――ッ!」

 

「おっと」

 

がばっと心が士郎の胸元を掴んで抱き着いた。

 

「・・・泣き顔を見られたくないのか」

 

士郎の問いにぐしぐしと顔を上下に動かす心。

 

「わかった。誰にでも泣きたい時はあるさ。でもみんな心配してたぞ。急にどうしたんだってな」

 

士郎の言葉に声をしゃくりあげながら心は言った。

 

「・・・嬉しいはずなのに悲しいのじゃ・・・折角Sに戻れるのに、戻ったら友達が居なくなってしまうのじゃ・・・」

 

「・・・。」

 

なるほど。と士郎は納得した。

 

心はSに戻れる喜びとSに行くことでやっとできた友達と離れ離れになることに苦しんでいるのだ。

 

今までずっと選抜クラスだった彼女には存在しなかったことがF組で起きた。故に、この感情をどう整理すればいいのか分からないのだろう。

 

「なにもそこまで思いつめることはないだろう?クラスが違っても友達は友達だ。壁を何枚か挟むだけだよ」

 

士郎の言葉に心は首を振った。

 

「S組に戻ればきっとみんな此方の事が嫌いになるのじゃ・・・前にS組に行ったとき気持ち悪いと感じたのじゃ・・・」

 

「それは――――」

 

常に競争社会のS組ならではの感覚なのだろうか。

 

家柄も随分といい人間が揃っていると聞く。そんな中には、F組の和気あいあいとした雰囲気ではなく、ドロドロとしたものを感じたのだろう。

 

その辺を上手く乗りこなしている九鬼英雄や、葵冬馬達を見習ってほしいが、彼女の友達はF組。なかなか同じようにはいかないのだろう。

 

「そうだな・・・じゃあ、S組の俺の友達を紹介する。その子と何とか過ごして昼休みなんかはF組に来ればいい。こういうのはどうだ?」

 

「士郎の友達・・・?」

 

「ほら、たまにF組に来てた女性が居ただろう?林冲ていうんだけど彼女も多分孤立してるんだ。だから彼女の友達として一緒に過ごしてほしい」

 

林冲は自分を守るという言葉に強い感情を抱いている。士郎としては、危機はもうないのだから自由に過ごしてほしいと思うのだが。

 

そうやって彼女の気持ちを利用して不安定だったのを安定させた為に、士郎には今更自由にしろ、なんて言えないのだ。

 

「・・・士郎も、友達でいてくれるのか?」

 

「当たり前だろう?あ、でもあれはダメだぞ。F組のみんなの事サルだなんだと言ってただろう?あれは許せないな」

 

「もう言わぬ!此方にはもう言えぬ・・・」

 

それもそうだろう。これだけ友達を大事に思っているならもう罵倒など出来まい。

 

士郎はそう結論付けて、

 

「よし。じゃあ戻ろう。このままだと小島先生に大目玉を食らうからな」

 

何気に来るときに鞭を弾いた左手がジーンと痺れているのであった。

 

「ただいま・・・「遅いわ!」ぐわっ!?」

 

戻ってきて早々梅子の鞭が今度こそ炸裂した。

 

「痛い・・・」

 

「当たり前だ馬鹿者。それで、ちゃんと連れ戻してきたんだろうな?」

 

「ええ。この通りですよ」

 

ちょこんと士郎の袖を掴んで恥ずかしそうに後ろにくっついている心を見て、梅子も安心したようだ。

 

「それでは不死川にも罰を与えねばな。お前達!」

 

「よっしゃあ!」

 

「やるぜ!」

 

「いくわよー!」

 

「せーのっ!」

 

合格おめでとう!と心を胴上げするFクラスの皆。

 

「にょ、にょわあああああ!?」

 

「はっはっは!あの特徴的な叫び声も聞く機会が減ると考えるとなんだか寂しいですな」

 

「一番彼女に寄り添ってたのはお前だもんな、レオニダス」

 

「いえいえ。最初こそそうでありましたがその後はほとんど不死川嬢が頑張ったのですよ。むしろ的確なアドバイスを必要な時にしてくれたマスターこそ、彼女には大きな存在なのではないでしょうか?」

 

「そうだったら、いいな」

 

誰かの為に。そう願い続ける自分が本当の意味で役に立てたのなら。それは衛宮士郎にとって快挙だろう。

 

「そういえば京は今回なんでいかなかったんだ?」

 

胴上げには混ざらず静かに本をぺらりとめくっていた京に問う。

 

「今回は大和のバックアップに専念した。次の試験でSに行くよ」

 

「なるほど」

 

一応彼女もSクラス並の試験結果だったそうだが、もう一人のS志願者に負けたらしく、そちらの人物がS入りしたそうだ。

 

流石の京も大和のバックアップの片手間ではS組入りは難しいのかもしれない。

 

(知力による闘争って感じだな。これはこれでいいのかもしれない)

 

なにかと戦いを好む川神学園だが、何も武力だけが戦いの場ではないのがこの学園のいいところだ。

 

 

 

 

 

大和達のS入りを発表されたその日の放課後。士郎はプールに来ていた。

 

「今日は水泳対決か・・・」

 

「そうよ。しっかり準備運動しておいてね?」

 

「いや、俺は勝負しないからな?」

 

スクール水着姿の旭にそう返して、士郎は構わず準備運動をする。

 

勝負しないとはいえ、この炎天下の中プールを前にして見学は避けたい。

 

「士郎君!義仲さん、お待たせしました!」

 

義経達もやってきたようだ。

 

「義仲さん綺麗ですね・・・」

 

「あら、義経も綺麗よ。ねぇ士郎、どっちが綺麗か選んでみて?」

 

「っ!(こうなるだろうから見ないでいたのに!!)」

 

抵抗も虚しく女性の美しさ選びという最大級の爆弾に晒された士郎はどうしたものかと考える。

 

(二人とも白い肌に黒髪・・・)

 

うぬぬ・・・と困る士郎。困るということは二人をジロジロ見るということで――――

 

「・・・。」

 

「・・・。(モジモジ)」

 

(・・・どうしよう)

 

完全に思考が固まってしまった。この状況でどちらか一方を褒めるなんてできない。

 

そんな時、

 

「おや、大将が美少女二人をジロジロと舐め回すように「人聞きの悪い言い方をするな!」おおっと」

 

弁慶がゆらーりと更衣室から出てきた。

 

(!1もだめ2もだめなら3だ!!!)

 

「弁慶の勝利!!」

 

ドドンとはっきり宣言した。

 

「うまく逃げたわね」

 

「うう~・・・士郎君・・・」

 

「おお?なんかかちましタコわさ」

 

(義経、すまないが今君を見ることはできない!)

 

三十六計逃げるに如かず。士郎にはどちらが美しいかなど決められなかった。

 

「でも、そうよね。士郎は弁慶くらい魅力的じゃないと判断できないわよね?」

 

「んな・・・なにを言ってるんだ!?」

 

流石にそんなことは無いと言いたいが、どう頑張ってもこの舌戦は負けなので士郎は深くため息を付いた。

 

「美少女二人を前にため息を吐くなんて失礼よ、士郎」

 

「誰のせいだ・・・」

 

士郎は天を見上げる他なかった。

 

「ぷはっ!義経、すごいフォームで泳ぐのね!」

 

「イルカくん達に教えてもらいましたので!」

 

確かに。義経の泳ぎはまるで全身をしならせるかのようなフォームだ。

 

あれほど天然に近い泳ぎ方は無いかもしれない。

 

「次は長距離ね!士郎!」

 

「はいはい。レディー――――」

 

ゴ。と言おうとした時だった。

 

「しーろーうー!!!」

 

「なっどわあ!?」

 

ドバッシャン!!!と百代がプールに落下してきた。

 

「お前~アキちゃんと義経ちゃん、それに弁慶ちゃんまで侍らして何してるんだよー」

 

「侍らせてない!俺はジャッジを頼まれただけだ!というか何処から跳んできた!?」

 

水しぶきの上がり方からしてとんでもない高さから飛び降りてきたのはすぐに分かった。

 

「そんなん決まってるだろう~教室からだ!!」

 

「自信満々に言うな!第一戻る時はどうするんだ!」

 

「窓開けといてって燕に言っておいた」

 

「閉められてたらどうするんだよ・・・」

 

あの小悪魔系の先輩ならやりかねん。

 

「いらっしゃい百代。あんな高さからダイビングなんてすごいわね」

 

「そうでもない。よく美少女をラスボスだの言う不届き者をあそこから投げてるからな」

 

「いや、投げるなよ・・・」

 

いくら水とて高さによってはコンクリート並の硬さの衝撃になるのだ。

 

「ちなみに全員無事なんだろうな?」

 

「当然だろー。私が失敗するなんてありえ「ん?」あんまりない!」

 

士郎の右腕を見て百代は言い直した。

 

「それで本当に何してたんだ?」

 

「だから旭さんと義経の水泳バトルだよ。俺と弁慶は涼んでるだけ」

 

「お構いなく~」

 

弁慶はゆら~りと漂っていた。

 

「ほう。それならこの美少女が居ても問題ないわけだな!」

 

「その辺は旭さんに・・・?義経、どうした?」

 

「・・・。」

 

義経は弁慶と百代を見て自分の胸元を見て・・・。

 

「ちょっと待っててください!」

 

そう言って更衣室に戻って行った。

 

「なんだ?」

 

「これは、ほうほう・・・義経ちゃんも大胆だなぁ」

 

フオンと目に剣の模様を浮かべた百代に士郎は、

 

「やめ「もう食らわない!!」んか!!」

 

垂直に落としたはずのチョップが軌道を真横に変わり、避けた百代の鼻の下、人中にクリーンヒットした。

 

「痛ーーーー!!!」

 

「あれは痛いわね」

 

もちろん手加減の一撃だが急所にチョップが入れば誰だって痛い。

 

良い子は絶対真似しないようにしよう。人中含む人の正中線と呼ばれる中心を通る場所には急所が多く、打ち所が悪いと死もあり得るので絶対面白半分で狙ってはいけない。

 

バッチャンバッチャンと水の上を飛び跳ねる百代から迷惑そうに離れる士郎と弁慶。

 

「まったく。あいつにはほとほと困るな・・・」

 

「でも武神は大将のこと憎からず思ってるんじゃないの?」

 

「そりゃ仲間内だしな。最初の頃はこんなんじゃなかったんだぞ?」

 

今はもう懐かしい初めての金曜集会の事を思い出す。

 

(あーあ。こりゃ最初から鈍いわけか。主もはっきりしないと攻略はダメかなー)

 

と、意外にも冷静に様子を見守る弁慶。彼女としては主に幸せになってほしいがいかがなものか。

 

「お待たせしました!」

 

「おかえりなさい。・・・あら?」

 

旭が不思議そうに首を傾げた。

 

「義経、パットでも入れてきたの?」

 

「ぶっふぉ・・・!」

 

丁度潜ろうとしていた士郎が派手に水を吸い込んだ。

 

「いえ!さらしを外してきただけです!」

 

「え?水泳でもさらしを付けていたの?」

 

「その方が動きやすいので・・・」

 

急なバストアップに士郎はビキリと固まった。

 

「し、士郎君!どうだろうか!」

 

「お、俺に意見を求められても・・・」

 

ジト―っと百代と弁慶に睨まれて士郎は、

 

「あー・・・うん。義経は魅力的だな・・・」

 

「!」

 

なんとかその一言を絞り出すのだった。

 

「あらあら。これは私の負けかしらね?」

 

「頼むから俺に振らないでくれ・・・」

 

面白そうに士郎をからかう旭に士郎は疲れたように沈んだ。

 

そうして旭と義経は様々な種目で争っていたわけだが・・・

 

「おー流石士郎。水上体育祭の時も思ったけど見た目以上に鍛えてるなぁ」

 

「そりゃ、必要だからな」

 

そう言って士郎はバシャりと泳ぐ。その横を旭が通った。

 

(しかし、この炎天下の中、プールは涼しくていいな・・・)

 

川神の夏は暑い。冬木はどうだっただろうかと思い出す。

 

(遠坂達は今頃どうしてるだろうか。無茶なことしてなければいいが・・・)

 

自分がこの世界に飛ばされてかなり立つような気がする。実際は数カ月程度なのだが濃密過ぎて時間の概念を忘れてしまう。

 

(来た頃はこんなにのんびりできなかったっけ)

 

九鬼とドイツ軍と梁山泊と曹一族に追われていて本当に精神をすり減らしていた。あの頃に比べればなんと自由な毎日か。

 

(セイバー達もこの世界に来れるだろうか)

 

そんなことを考えて頭を振る。今回の一件でも封印指定ものだ。今はきっと狙われないよう東奔西走していることだろう。

 

(そう考えると遠坂達には悪いな)

 

危険もあったが今はこうして新たな人生を謳歌している。自分を探し出そうと必死の遠坂達には少し後ろめたいものを感じた。

 

「おい士郎!一人で泳いでないで私と遊べー!」

 

「ぶわ!?」

 

ぼーっとしていた所を飛び掛かられて沈む士郎。

 

 

 

 

―――――まだ見ぬ未来に彼女らの姿があるのか。士郎にはまだ分からない。

 

 

 

 




遅くなりました。ちょっと日常を詰め込み過ぎたかな…でも日常成分が、特に風間ファミリー成分が足りなくなってきていたので精一杯書きました。

バケツプリンならぬ特大瓶の桃コンポートってどうやって作るんだろう、出来ても桃の漬物みたいだなと思う作者でございます(笑)あの超でっかい瓶にどうやって納めるんだろって感じです。

そろそろ戦闘が欲しいかな・・・ということで多分次回からは戦闘三昧になるかと。

では!


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一子の新たな魂/由紀江の剣

皆様こんばんにちわ。時系列関係なく書こうとしていたのに気づけば時系列気にして40話を突破している作者でございます。

今回は少なくなっていたバトル分を補充しようかなと。サブタイトルで誰と戦うかはわかると思いますが熱く書ければなと思います。

では!


川神院に長い竹刀袋のようなものを持って士郎は訪れた。

 

「よう!待ってたぜ」

 

「いらっしゃい士郎!」

 

「待ってたぞ」

 

実は風間ファミリーも一同揃っていた。

 

「暑いってのにみんな元気だな」

 

学園は夏休みに入ったので、余程のことをしでかさなければ補習などで呼ばれることもない。

 

「ガクトも一子も何とか赤点は免れたみたいだな」

 

一応夏休みに入る前の日に簡易テストがあるのだが、ここで赤点を取ると数日補習である。

 

とはいえ簡易テストなのでそこまで難しくはない。ほとんどが選択問題だったりする。

 

あくまで夏休みに入っても気を抜くなよ、という示唆なのだろう。

 

「それでそれで!?ワン子の薙刀出来たんでしょ?」

 

「ああ。今日はそのために来たんだからな。それと、みんなのおかげで露天風呂が完成したからな。その報酬も持ってきた。林冲と俺の二人で持ってるから誰か手伝ってもらえないか?」

 

「ピーチの気配を感じて即登場!」

 

「こりゃモモ!まだ鍛錬の途中・・・ああ、衛宮君か。よく来たのう。一子の一件、助かったわい」

 

百代とそれを追いかけてきた鉄心に挨拶された。

 

「いえ、焚きつけたのも俺ですから。順調なのが感じ取れて俺も嬉しいですよ。それで「これか!?このずっしり感が特大ピーチだな!?」ああ、コラ!」

 

鍛錬を抜け出してきた上にもう頭が桃だらけになっている百代は士郎の持つ保冷バックをグイグイと引っ張る。

 

「そんなに引っ張ったら保冷バックが壊れる!壊れたら中身もパァだぞ!!」

 

「それは困る!!!」

 

士郎の言葉を聞いてビシっと直立不動になる百代。

 

「というか鍛錬の最中なんだろ?デザートはその後に決まってるじゃないか」

 

「えー今すぐ食べたいー・・・」

 

そうは言っても頷くことは出来ない士郎である。

 

百代の鍛錬はもう数段階も上のもので、一つの技の熟練度を上げるため長時間行ったりすることが多い。

 

鍛錬メニューも百代だけ数個しかないが、それらは当然一つ一つが長時間なのだ。

 

「鍛錬で汗を流した後にご褒美があるって思えばいいだろう?一子は俺たちを待ってたのか?」

 

「うん!だってアタシの新しい得物だから・・・アタシ自身が迎えてあげたかったの」

 

「そうか。じゃあ早速・・・「ちょいと待つのじゃ」え?」

 

意外な所から待ったがかかって士郎は驚く。

 

「川神院で扱う武具は川神院流の祝福を受けてから持ち主に渡されるのじゃ。じゃから、それはわしが預かろう」

 

「なるほど。そういうことなら学長にお渡しします」

 

レプリカと真剣の双方を鉄心に渡す。

 

「ほっほ!鞘袋の上からでこの存在感か!本当に衛宮君には敵わんのう・・・」

 

「そりゃあ今度のは試作じゃないですからね」

 

以前に奉納したのは士郎としては試作も試作。だが今回は本気の一振りだ。もちろん義経の刀と同じく魔剣化してある。

 

「前に君に貰った物ももう話題の一振りなんじゃがのう・・・」

 

「私も拝見させてもらいました。あれを振るえるのなら剣士として誇らしいと思います」

 

由紀江も久しぶりに真剣な表情で言った。そう言われても士郎としてはそれこそお裾分け程度のつもりでしかないので罪悪感が増すばかりである。

 

「じいちゃん!早くアタシにちょうだい!」

 

「ほっほ!分かっておるわい。あと一種目鍛錬を終えれば百代も含め一息つくじゃろう?そこで奉納の儀を行うとしよう」

 

「川神院の奉納か・・・これは相当レアだぞ」

 

「つーか俺の冒険家魂が言ってるぜ!あれは間違いなくお宝だと!」

 

キャップの一声に士郎は顔を顰めた。

 

「学長。わかってるとは思いますけど・・・」

 

「わかっておる。もしこの薙刀が盗難されたり悪用されたらわしかモモが直接手を下しに行く」

 

これは何処でも決められている士郎が作った武器のルール。

 

悪用は許さない。それが例え殺し合いだとしても士郎は動かないが、それが持ち主の意志から離れていた場合、もしくは持ち主が堕落して悪用した場合はその人物を討ち、武器も破壊する。それが彼の考えられる最低限だった。

 

「おお、なんか学長が持つと存在感増したな」

 

「なんだろう。このまま学長が振るってもおかしくないような・・・」

 

そういうものに疎いガクトとモロでさえこの調子だ。武士娘たちはもっとその存在感を感じていることだろう。

 

「ここで長話してはお互い良くないじゃろ。まずは入った入った」

 

「では、お邪魔します」

 

「お邪魔します」

 

林冲と二人で一言断って中に入った。

 

「わしは鍛錬の様子を見ながら奉納の準備をする。悪いが風間君たちに客室を案内してもらってくれるかのう」

 

「了解しました」

 

「こっちだよ」

 

そう言って鉄心は寺の中へと入って行った。士郎はキャップを先頭に客室へと入っていく。

 

「俺様達が借りてるのはここだぜ!」

 

一際広い一室に各々の荷物が置いてある。

 

「あの、お台所はこっちだそうです」

 

「ああ。ありがとう、由紀江」

 

「ここで悪くなってしまったらもったいないからな」

 

士郎とはまだしも、林冲との会話はまだ慣れていないので由紀江は引きつった笑みを浮かべた。

 

「?士郎、私はなにか悪いことを言っただろうか?」

 

「ああ!いえ、これは・・・「由紀江は人見知りでな。慣れた相手じゃないとギクシャクしちゃうんだよ」あう・・・」

 

あっさりとばらされた由紀江は恥ずかしいやら安心したやら。ともかくコミュニケーションできそうでよかった。

 

「そういうことか。私は林冲。梁山泊、豹子頭の林冲だ」

 

「剣聖、黛大成の娘、黛由紀江です。よろしくお願いします・・・!」

 

由紀江はきちんとした教育を受けているのでこうして流れさえきちんと整えばちゃんとコミュニケーションが取れる。

 

「・・・。」

 

「?」

 

まぁその後は本人の努力次第なのだが。

 

「由紀江、また怖い顔で固まってるぞ。林冲、さっきも言ったけど上がり症でこうなってるだけだ」

 

「なるほど。不器用なんだな。それでもコミュニケーションを取ろうとしてくれた貴女に感謝する」

 

「い、いえいえ!!私の方こそ失礼な態度を取ってしまい・・・」

 

「はいはいそこまで。由紀江の事情は大体そんなところだから林冲がフォローしてくれるよ。由紀江は由紀江なりに頑張ればいいさ」

 

「ありがとうございます・・・」

 

「頼もしいぜシロ坊・・・」

 

「?今のは腹話術・・・」

 

と、いつものやり取りをしつつ台所へ。そこでは川神院に勤める女性陣がパタパタと昼食の準備に走っていた。

 

「失礼します。衛宮ですが――――」

 

「衛宮君!助かったわ!」

 

いきなりがばっと両手を握られる士郎。

 

「あ、あの、どうされました?」

 

「実はね・・・」

 

どうやら今回の奉納はテレビ中継されるらしく、中継内容が奉納の間と川神院の食事とは、といったものらしい。

 

「それでね、なんとか見栄えのいいものをと思っているんだけど・・・」

 

メニューは決まっているがそれを美しく見せる方法を知らないと。そんなことらしい。

 

「先代様にはありのままでいいって言われたけど私らも張り切らないとと思ってねぇ・・・」

 

「とはいえ豪勢にしちゃうと川神院はいつもこんな食事をしているのか、って言われそうでね」

 

「ふむ・・・そのくらいならお手伝いできると思います。要は一般食をどれだけ綺麗に見せるか、ということでしょう?ちょっとしたことで劇的に変わりますからそれをやってみましょう」

 

「ありがとう!それはそうと、持ってるそれを冷蔵庫に仕舞いに来たのね?こっちにいらして」

 

促されて士郎は中の方へと進みドスンとその保冷バックを開けた。

 

「何それ!?」

 

「瓶詰めの桃のコンポートですよ。当代の武神様が献上しろとうるさくて・・・家の改修工事に付き合っていただいたので作ってきたんです」

 

「百代ちゃんたらもう・・・」

 

「一応独り占めしたいらしいので誰も手を付けないようにお願いしますね。前にも作ったんですけど独り占めできなくて夢が叶わなかったそうなので」

 

「これを独り占め・・・確かに女性としては夢だけど・・・」

 

なにせドデカい漬物瓶である。もはや食べ物とは思えない綺麗さである。

 

これを全て自分一人の為というのは確かにロマンのある話だが、

 

「カロリーがねぇ・・・」

 

食べたことがある人は分かるかもしれないが、巨大プリンなどのデザートを大きくしたものは最初こそ良いのだが、後になるほど甘みがくどく感じてきて途中から辛くなるのである。

 

おまけにカロリーもとんでもないのでデザートが小さく小分けされていたりするのはきちんと理に適っているのである。

 

「まぁこれは本人の責任ということで。彼女が持ってるのは普通の小瓶のなのでこちらは9個だけ残してもらって後は皆さんでどうぞ」

 

「風間君たちの分を残して、ということね。わかったわ」

 

なんとか巨大瓶を冷蔵庫に入れて(中の棚を調整してもらった)仕事開始である。

 

「それじゃあやりましょう。林冲、みんなにこっちを手伝うって伝えてきてくれないか?」

 

「ああ。黛はどうするのだろうか?」

 

「由紀江は多分手伝うだろ?」

 

「はい!私の数少ない見せ場ですから!」

 

「期待しとけシロ坊ー!今日のまゆっちは燃えてるぜ!」

 

と、何故か由紀江じゃなくて松風の瞳に炎が灯ったような気がする士郎と林冲である。

 

「やっぱり腹話術・・・」

 

「よせ、林冲。孤独が由紀江に変な影響を与えてしまったんだ・・・」

 

ポンと肩に手を置いてあきらめろ。と士郎は言った。

 

 

 

 

 

結局、士郎はこちらの対応に追われて奉納の儀とやらには立ち会えなかったが今は百代と一子を除くみんなで昼食を頂いていた。

 

何故百代と一子は別かと言うと、食事シーンも撮影するため、川神院以外のメンバーは遠慮するということになったからだ。

 

「いやー大変だったぜ。まさか放送されるなんてな!」

 

「今回は学長が張り切って取材に応じてたらしいよ」

 

「俺様、初めて紅白幕?の準備したぜ・・・地味にきついのなあれ」

 

体調の優れない京とその付き添いのクリス以外は全員手伝わされたそうだ。

 

「俺と由紀江だけじゃなかったのか。そんなに奉納の儀って珍しいのか?」

 

「すごく珍しい。私達が小さかった時に一回やったような・・・」

 

「姉さん曰く、士郎の本気の作品がとんでもないものになるのは間違いないから願掛けの意味も込めてやることにしたんだそうだ」

 

「ていうことは普段はやらないのか」

 

「そりゃそうだろ。武器仕入れる度に毎回この規模でやってたら川神院においそれと立ち入れないからな」

 

「それだけ士郎の作品とワン子の今後に期待してるってことだろう?」

 

「そう言われるとなんだか背中がむず痒いな」

 

士郎はそう言って汁物を啜った。

 

「実際士郎の作る武器は凄すぎだよ」

 

「モロに同意。ここでテレビ中継見てたけどテレビ越しにもすごい迫力だったよ」

 

「だな!鞘袋から出てきた時は一斉に感嘆の声が上がったからな!」

 

今もそうだが、京とクリスはここでテレビ中継を録画しているらしく、今も中継が設置されたテレビに映し出されている」

 

『今回の奉納の儀では川神一子さんの武器の奉納だったそうですね!感想はいかがですか?』

 

『えーと・・・そのー・・・』

 

「ガッハッハ!ワン子の奴緊張して固まってやんの」

 

「そう言うなって。何とかいい言葉を返さないとって頭の中グルグルしてるんだろ、多分」

 

「流石大和。その辺はよくわかってるんだな」

 

「当然だろ?もう何年の付き合いになるか」

 

その辺は士郎には立ち入れない部分だ。彼女と同じ時間を過ごしてきた彼らに士郎は敵わない。

 

「それにしてもこのメシうまいなー・・・川神院っていつもこんなもん食べてるのか?」

 

「一応普通だろ。魚と肉、両方あるから多少豪勢に見えるだろうけど」

 

「だな。前にご馳走になった時もこんな感じのメニューだった。でも前のと比べるとなんか豪勢に見えるというか・・・」

 

「それは士郎先輩のアドバイスで見栄えも考慮されているんですよ」

 

「そういえば士郎とまゆっちは厨房に居たんだもんね」

 

「いくつかの料理もシロ坊のお手製だぜ?」

 

「まじか!こりゃ厨房の人明日から大変だな・・・」

 

「確かに。これが川神院の普通って言われたら、またこのくらいのものを作らないといけないだろうね」

 

「おいおい、俺がなんかやらかしたみたいじゃないか」

 

「なんかも何も、やらかしてるからこんなに大規模になってるんだろう?」

 

「うぐ・・・」

 

もうちょっと手加減しとけばよかったかなーと思いかけるが、創り手として妥協は許さないのが士郎なのである。

 

 

 

 

ようやっと取材も終わり、一子と百代がこちらの客室に来た。

 

「やっと戻れたぞ」

 

「雪広アナにこれでもかってくらいにインタビューされたわー・・・」

 

「お疲れ様。姉さん、ワン子」

 

大和の一声を皮切りにみんなでお疲れ様、と労う。

 

「これでやっと一子の元に届いたんだよな?」

 

「うん!でも、いいのかしら・・・あんなすごい薙刀見たことないわ」

 

「一応前のも折れたりしたわけじゃないんでしょ?」

 

「うん。だけど鍛錬や組手の最中に何度か壊しそうになったから・・・」

 

「なら新調して正解じゃねぇのか?武器なんて早々壊れるもんじゃねぇだろ?」

 

ガクトの言葉にみな頷く。

 

「わかってるわよぅ・・・でもなんだかあの薙刀に自分が合って無いんじゃないかと思って・・・」

 

「なんだそんなことか」

 

士郎は特に不思議がることもなく頷いた。

 

「確か林冲に槍を作った時も同じことを言っていた気がするぞ」

 

「ああ。士郎に作ってもらった時はこんなすごいものが自分の武器になるなんて、って最初は思ったが・・・」

 

ヒュン、と林冲は槍を回す。

 

「もうこれ以外の槍を私は自分の武器とは思えなくなってしまった。そこらの槍ではただの棍棒か何かに見えてしまう」

 

「そう言われると職人冥利につきるな。さて、それじゃ早速摸擬戦と行こうか」

 

「え?誰と?」

 

「お前だよ。一子」

 

「え、ええええ!?」

 

士郎の言葉に絶叫を上げる一子であった。

 

 

 

 

「なんじゃい。もう実戦か」

 

「早く慣れておいた方が良いでしょう?それに一子は少々思い違いをしているようなので、一つ現状確認しておこうかなと」

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

と、士郎が魔術を発動すると手に握られたのは――――

 

「あ!前の薙刀!」

 

「え!?あれ!?アタシのはじいちゃんが飾ってくれてるわよ!?」

 

オロオロとする一子に士郎はため息を吐いて、

 

「もうお前たちは俺の秘密を知ってるだろう?これは贋作だよ。刃の先から石突の部分まで寸分違わないな」

 

その薙刀を持って士郎は一子に言った。

 

「真剣の方を持ってここに来るんだ。そうすれば色々わかるぞ」

 

「ええ?でも・・・」

 

「寸止めで構わないさ。ま、出来るならな」

 

その言葉にむっとした一子は自室へとかけて行った。

 

「衛宮君、なにもそう挑発せんでも・・・」

 

「いえ、これもまた必要でしょう。一子は自分のいる位置が分かっていないみたいなので」

 

そう言って士郎は彼女が来るのを待った。

 

「持ってきたわ!」

 

少して戻ってきた一子の手に握られているのは見事な作りの薙刀。

 

朱色に黒、金をあしらった芸術品のようなその一振りに一同はほぅ、と息を吐く。

 

「それじゃあ始めるか。百代。一応魔眼でも見ておけよ」

 

「いいのか?」

 

「その方が分かりやすい」

 

士郎はそう言って薙刀を構えた(・・・)

 

「あれ?」

 

その異変に最初に気付いたのは大和だった。

 

「どうした、弟」

 

「あれってワン子の構えじゃ・・・」

 

「そう言われてみれば・・・」

 

「自分と最初に相対した時にそっくりだ」

 

一様に何事だと士郎を見る一同だが、士郎は何も答えない。

 

「・・・ほっほ。なるほどのう。君には頭の下がる思いじゃな。では両者構え!」

 

「――――ッ!」

 

「摸擬戦――――始めッ!」

 

「川神流大車輪!」

 

先に仕掛けたのは一子。流石切り込み隊長を自負する彼女だ。新しい得物にも関わらず恐れず突き進んできた。

 

「――――」

 

それを迎え撃つのは士郎も同じく川神流大車輪。以前のようなカウンター技ではなく、一子の使うそれと同じだ。

 

しかし、

 

ギィン!と。すぐに士郎の方が弾かれてしまった。

 

「おいおい士郎が押されてんぞ!?」

 

「モモ先輩相手でも負けないのにどうして?」

 

じりじりと士郎は辛いのか一子の一撃一撃を弾きながら後ろに下がっていく。

 

それは本来あり得ない光景だ。実力的に彼は一子の遥か上にいる。にも拘わらずこうも易々と戦いの主導権を握られるなど彼らしくない。

 

「手を抜いているのか?」

 

「そういうことだろうけど・・・あれ?なんかさ――――」

 

どうにもファミリーには親近感というか、デジャヴを感じるのだ。

 

「――――そうか。魔眼で見ろって言うのはそういうことか」

 

士郎の言う通り魔眼を開放していた百代は合点がいった。

 

「どういうこと?姉さん」

 

「士郎の秘密はみんな知ってるだろう?ただ、その工程には武器の担い手と経験を読み取るのも含まれるんだ」

 

「武器の経験?・・・あ!」

 

大和はなにかに気付いたようだ。

 

「俺様達にもきちんと説明してくれよ!」

 

「わかってる。でももう終わっちゃうぞ」

 

「え?」

 

百代の言葉の直後。バキィン!という音と共に士郎は薙刀を半ばから砕かれて後退していた。

 

「あれ?勝・・・った?」

 

「当たり前だろう?今の一子が昔の一子に負けるはずがない」

 

「ふえ?」

 

ポカンと一子は固まった。そして壊れてしまった士郎の持つ薙刀は存在を保てなくなり消えてしまった。

 

「秘密だぞ。百代は分かったみたいだな?」

 

「ああ。確かにあれじゃ絶対に勝てっこない」

 

「だから、説明!」

 

こう、喉につっかえてるような感覚なのだろう。説明をはよ!とみんなは言った。

 

「俺は贋作を作る時その武器の担い手や武器の経験を読み取れる。それとその技を自分に憑依させる(・・・・・)こともな」

 

「え?つまり士郎って武器さえ見ればその担い手がどんな人か、どんな戦い方でどんな技使ったかわかるってこと!?」

 

「そうなるな。それと憑依経験・・・まぁ担い手のまねだな。それが出来る」

 

「じゃあ俺たちがワン子の動きに見えたのは・・・」

 

「その通り。俺が見た最後の一子の薙刀の動きだな。と言っても、色々あって見てなかったから一カ月前・・・くらいかな」

 

本来は古い武器の古の戦士の経験を自分に憑依させるのであって、新しい武器の今の担い手の経験を憑依させる意味はほとんどない。

 

今回の一子の様に更新が必要になるからだ。しかし、今回はそれが上手く働いた。

 

「アタシ、前のアタシと戦ってたってこと?」

 

「そういうことだ。どうだ?中々無い経験だったと思うけど」

 

「うーん・・・自分のことながら恥ずかしいんだけど、全然脅威に感じなかった。戦いの最中なのに懐かしいとすら思ってたわ」

 

「だろうな・・・ワン子、全然余裕で追い詰めてたもんな」

 

「ワン子強くなったんだなぁ・・・」

 

あの無茶苦茶な鍛錬をしていた頃に比べ、今はすっきりとした鍛錬メニューに変わっている。

 

しかし、それこそ彼女に必要な物だったのか、やはり今と昔では雲泥の差だった。

 

「それに、実際使ってみて思ったの。林冲さんが言う通り、私もうこの薙刀じゃないと自分の武器とは思えないかも・・・」

 

一子は照れながらそう言った。

 

「それは何よりだ。ただ、事前に話していたギミックはちゃんと扱えてなかったけどな」

 

「ギミック?」

 

「なんだ、棘でも突き出すんか?」

 

「そんな禍々しくするか!いいか――――」

 

義経にしたのと同じように士郎は魔術で鍛えられた薙刀について説明した。

 

「え?こう?」

 

「違う違う。それじゃ外側に纏ってる」

 

だが、中々彼女も成功しなかった。

 

(いずれは出来るようになるとはいえ、本当に川神の人間はこの手のコントロールが苦手だな)

 

やはり元から回路に通すという動作をしない、気を扱う人間にはピンとこないのだろう。

 

「一応言っとくけど百代は絶対に薙刀に気を流すなよ。破裂するからな」

 

「「「え?」」」

 

士郎の言葉に今まさに貸してみろと言われた一子が渡そうとしていた所だった。

 

「京やクリスじゃどんなに頑張っても破裂まで行かないけど百代はダメだ。由紀江は・・・加減できそうだな」

 

「――――ッ!」

 

「ああっ!なにもそんなに乱暴にしなくてもいいじゃないか妹よ~」

 

慌てて百代から薙刀を奪い取った一子はガルルル!と周りを威嚇した。

 

「まぁ納得だな」

 

「そりゃ地球最強生物の気なんか流したら破裂するよな!」

 

「おいガクト~」

 

「おわ!いけね!つい・・・のわあ!!?」

 

上手くガードは出来るものの、連打でこじ開けられて結局殴られるガクト。

 

「ガクトもそういう意味ではすごいよね・・・モモ先輩の連打ガードしてるんだもん」

 

「先生のスパルタは俺様を上のステップに上げてくれたからな!」

 

(それはそれで複雑なんだが・・・)

 

相も変わらずの川神魂(スパルタ侵食中)のガクトだった。

 

 

 

 

ということで一子への納品も終了し飾り付けが外されている頃。

 

ファミリは―なにをしようかと悩んでいたところだった。

 

「あ、あの!!」

 

「まゆっち?」

 

「おーなんかいい案あるんかー?」

 

のんびりとお茶を飲んで過ごしていた一同。最初は手伝いはしたが、片付けは時間に余裕があるのでゆっくりしていきなさいと言われた結果だ。

 

「えっと・・・あの・・・!」

 

「なんだ、言いづらいことなのか、由紀江?」

 

「この最強のデザートは分けてやらないぞ?」

 

からかう百代だが、由紀江は一呼吸置いて、

 

「士郎先輩。私と・・・手合わせ願います」

 

「!」

 

「「「ええ!?」」」

 

それは真剣試合の申し出だった。

 

「由紀江。そんなにかしこまって言うってことは本気で、って言うことか?」

 

士郎の言葉にコクリと頷く由紀江。

 

(どうしたものか・・・)

 

またこの真剣勝負の申し出である。正直、士郎としてはもう受けたくないし、何より仲間内で本気でなどやりたくなかった。

 

「ダメ・・・でしょうか」

 

「――――」

 

しかし、この白黒つけたい。誰よりも強くありたいとする彼女達の気持ちも最近は理解できるような気がするのだ。

 

「――――はぁ。了解した。全霊でお相手しよう」

 

「ありがとうございます!」

 

「ならじいちゃん呼んでくるわー」

 

「もぐ・・・まゆまゆと士郎かー、面白いカードになりそうだ」

 

「面白いとか言うな。それより百代、それ、美味いか?」

 

ため息交じりにでっかい瓶を抱えるようにして大きなスプーンでモリモリと巨大桃のコンポートを食べる百代に問う。

 

「んんっ・・・。ああ!まさに夢のようだな!こんなに美味しい物を独り占めなんてロマンだろう?」

 

「・・・。」

 

実際には独り占めではなく、百代+ファミリー+α分を作っているので全部ではないのだが言わぬが花だろう。

 

というか冗談ではなく桃の大量買いをする羽目になったので苦笑ものである。

 

「モモ先輩は士郎と戦いたいって言わないよな」

 

「そりゃ、戦ってみたいさ。でも、私とじゃ――――」

 

そこで一区切りし、

 

「殺し合いになる。だろう?」

 

「・・・。」

 

百代に士郎は何も返さなかった。ただ、

 

「こぼれるぞ」

 

「え!?」

 

スプーンから滴り落ちそうなことだけを指摘した。

 

 

 

 

 

「それじゃあ始めるぞい。相手に参ったと言わせるか、戦闘不能にしたら勝者じゃ」

 

「・・・。」

 

「――――」

 

空気がビリビリと肌を刺す。互いに言葉は無く。

 

由紀江は刀を正眼に。士郎は双剣を持って自然体に相対していた。

 

「それでは、始めッ!」

 

開始の合図がされた。だが・・・

 

「二人とも動かないな」

 

「士郎がカウンター型だから動かないのはわかるけど・・・」

 

「まゆっちが動かねぇのが分からねぇ」

 

静かに様子を見守る仲間達だが、あることに気付いた。

 

「まゆまゆ。かなり追い詰められてるな」

 

「え?・・・あ!」

 

百代の言葉に皆が由紀江を見ると汗を流してじりじりと後退しているのが分かった。

 

(これもダメ)

 

真正面からの鋭い斬撃。しかしそれは白剣・莫耶に弾かれ、逆に懐に入った黒剣・干将に心臓を一突きされる。

 

(こっちもダメ)

 

左右からの奇襲。それもまた、武骨に舞う双剣に弾かれ乱戦に・・・ならない。弾かれた一瞬の隙を突かれて袈裟懸けにバッサリだ。

 

開始の合図から、いや、刀を持って相対した時から由紀江はどう攻めるかを考えていた。

 

だが、相対して分かるこの隙のなさ。どう飛び込んでも逆に自分が切り捨てられる光景しか浮かばない。

 

(なんて堅牢な防御の型。構えてないかのように見えてあれこそが士郎先輩の構え)

 

双剣を手に体は自然体に、両腕はだらりと下げられたまま。一見隙だらけに見えるがそれこそが罠。

 

あの見た目に騙されて飛び込めば一瞬で首が飛ぶだろう。

 

気付けば由紀江は随分と士郎との距離を開けていた。

 

「どうした。その刀はお飾りかね?私に挑もうといいながらそのように逃げ回っては赤子のようだぞ?」

 

「――――ッ!」

 

士郎お得意の挑発が浴びせられる。この刀は自分の魂。それをお飾り呼ばわりされれば腹も立つ。

 

だが、それこそが衛宮士郎の目的だということを知っているので自制をかける。

 

この挑発に乗れば最後、一瞬でケリがつく。

 

(乗ってこないか。まぁ、散々見せたからな。そう易々と乗ってはこないだろうさ)

 

士郎としてはそのまま場外になってほしい所だが、由紀江は一定の距離を開けて止まった。

 

恐らくそこが自分の射程外で衛宮士郎の射程外だと判断しているのだ。

 

(なら、その考えを改めて貰おうか)

 

由紀江はこの時点で判断を誤っていた。彼は元来、剣の戦闘が本職ではなく――――

 

「ふっ!」

 

「!?」

 

遠距離戦を得意とする弓兵(・・)なのだから。

 

投げつけられた双剣を弾いて由紀江は突進する。歩数にして二歩。

 

この二歩を次の手までに縮められなければ――――

 

「――――わせ」

 

だが、彼の手には既に先ほどの夫婦剣が握られていて。

 

(いつの間に!?)

 

「躱せと言ったのだ!黛由紀江ッ!!!」

 

「!!?」

 

敵に塩を送る言葉に一瞬躊躇する由紀江だが、ゾクリとしたものを感じて背中を向いて薙ぎ払った。

 

ギィイン!という強烈な音と衝撃に由紀江はゾッとした。

 

(今のを弾いてなかったら死んでいました・・・!)

 

だが、自分は今相手に背中を見せている。すぐに振り返らねば――――

 

「今度は背中が留守だぞ?」

 

「――――ッ!!!」

 

なんともう一度、彼は双剣を投げてきた。

 

整わぬ態勢。無理やり振り向こうと宙に浮く体。まるで走馬灯のようにスピードがゆっくりになる。

 

人によってはゾーンという極限の集中状態に入ったと思うかもしれないが、それは確実に死の気配に対する精神の悲鳴だった。

 

(二対弾きました。でも――――)

 

まるで詰将棋。最初の判断を間違った由紀江はあっさりと追い込まれる。

 

先ほど弾いた時もいつの間にか握られていた双剣。当然それはまた握られていて。

 

「迂闊だったな。私は贋作者(フェイカー)なのだよ」

 

「――――あ」

 

態勢は不完全。体は宙に浮き、力を込めようにも、体はピクリとも動かず。

 

敵は目の前。しかも羽のように巨大化した双剣を手に自分へと迫り、おまけに先ほど弾いた二対の双剣が自分に向かって飛来してくる。

 

躱すことも防ぐことも出来ない。仮にできたとしてもその後に続かない。

 

完全に詰み。後方と左右、正面の合計6本の剣を防ぐことは到底叶わない。

 

「参りました・・・」

 

刀を敵に振るうことも出来ず、彼女は白旗を上げるしかなかった。

 

 

 

 

 

「あのまゆっちが・・・」

 

「たいして何もできずに負けちまった・・・」

 

あまりに現実離れした光景に一同は息をのむしかなかった。

 

由紀江視点では常に一対の双剣しか目に入っていなかっただろうが、士郎が放った双剣は弾かれた後、大きく背後を迂回して由紀江に再度迫っていた。

 

さらに投げつけられた双剣を無理な態勢で迎え撃った彼女は完全に隙だらけと化し、またも飛来する二対の双剣と士郎の持つ巨大な羽の様になった双剣が目の前に迫っていた。

 

「あの双剣も清楚先輩に射った矢みたいに追尾性能でもついてんのか?」

 

「違う。あの双剣、干将・莫耶は互いに引き合う特性を持つんだ」

 

応えたのは林冲だった。

 

「干将と莫耶?まるで人の名前みたいね」

 

「その通りだ。夫婦剣干将・莫耶。鍛冶師干将が、呉王に最高の刀を打てと言われて、妻の莫耶を犠牲にして作ったとされる剣だ」

 

「うげ。そんな曰く付きなもんなのかよ」

 

「王の命に背けば殺されるんだ。干将は混じり合わない鉄に苦悩をして、その苦悩を見た莫耶が自ら炉に飛び込んだらしい」

 

「ロマンチックに見えて全然そうじゃなかった・・・」

 

「そうして作られた干将と莫耶は離れても互いに引き合う。だから黛由紀江を狙って飛んできたんじゃなく、新たに手元に同じものを作った士郎に(・・・)飛んできていたんだ」

 

「なんと!じゃあまゆっちが避けたりしたら――――」

 

「当然士郎に飛んでくることになるな」

 

「まさに絶技と言っていいじゃろう。二対の双剣で相手を完全な無防備にし、己と舞い戻る双剣による挟み撃ち。見事な連携技じゃい」

 

「じいちゃん!じいちゃんならどう防ぐ?」

 

一子の言葉に先代武神は困ったように頬を掻いた。

 

「双剣ごと全部吹っ飛ばす」

 

「「「え」」」

 

あまりに力技な言葉に固まってしまった。

 

「それくらいしか無かろうて。あれを正面から受けた時点で敗北が決まるようなもんじゃ。なら、盤上を一度に吹き飛ばしてしまうしかあるまい」

 

「私もジジイに賛成だな。あれを下手に躱すなり受けるなりしたら絶対負ける気がする」

 

桃のコンポートを堪能しながら百代は言う。

 

「そういえばまゆまゆ四天王だよな?降格か?」

 

「そうだろうとは思うのじゃが・・・五弓の件と同じで多分辞退じゃろう・・・」

 

頭が痛いとばかりに鉄心は言った。

 

 

 

一子との試合と由紀江との試合を終えた士郎は沈みゆく太陽を見て思う。

 

(この世界の武士の家系の人物は本当に戦い好きだな。いい意味なんだろうが・・・)

 

本当にスパルタの様になってしまわないか心配になる士郎。

 

一子との戦いは置いておいて由紀江との試合だ。あれは士郎としても気の抜けない一戦だった。

 

彼女を傷付けないという意味でも、負けないという意味でも。

 

彼女があれほどの高みに居なければ今回のようにはいかなかっただろう。

 

(俺ももっと強くならないと・・・)

 

彼の手加減は一定ラインまでしか効かない。

 

誰でもそうかもしれないが、彼の場合は完全に殺し合い、酷ければ虐殺になってしまうので、どうにかしたいところである。

 

「士郎、そろそろ帰ろう」

 

「そうだな」

 

まだまだ夏休みは始まったばかり。これからも刺激的な毎日が続くのが分かっている士郎はとりあえず休息に付くのだった。

 




一子戦とまゆっち戦でした。一子の方は単純に前の薙刀の経験を憑依させた感じです。

まゆっちとの戦いは色々悩んだんですが、静かに始まって静かに終わるという形にしました。激しい剣戟でもよかったんですが、なんかそれだと私のイメージに合わないなーと思いまして。某ルートでは義経ちゃんとバッチバチにやり合っているわけですが。

私としては涅槃寂静の時の静かな一閃っていうのがイメージだったので。

次回はまた源氏回です。もうあっちへ行きこっちへ行きの士郎君ですが次回もよろしくお願いします!


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幕間:源義経

皆さんこんばんにちわ。感想にて認識違いを教えてもらって仰天している作者でございます。

てっきり、剣聖のお父さんを越えたから黛十一段だと思っていたのですがよく見たらお父さん自体が黛十一段でした…この小説を書くまで理解してなかったので大分衝撃です。

今回は義経ちゃん視点です。初対面の士郎になんであんなに好意的なのかとか書けたらいいなと思います。

では!


義経が初めて彼を知ったのはあるテレビ中継だった。

 

『ご覧ください!現在総理官邸前に暴徒の集団が押し寄せています!』

 

お父さんとじっとその中継を見ていた義経はこんな時どうすればいいんだろうと困惑していた。

 

(自分は義経だ。英雄、源義経さんならどうしたんだろう・・・)

 

今の自分はあの場所に駆け付ける力が無い。移動手段も、動いていいかの許可さえも下りないだろう。

 

自分は秘密裏に生まれた存在なのだから。お父さんもお母さんも育ての親で生みの親じゃない。

 

別にそんなことはどうでもいい。義経はお父さんとお母さんにたくさんの愛情を注いでもらえたし、なにより感謝している。

 

逆に申し訳ないな、とさえ思う。義経達は秘密の存在。世に出たら賛否両論間違いなしの人のクローン(・・・・・・)なのだから。

 

今は同じ名前の数奇な人物、とでも思われているだろうけど、あまり目立つことが出来ないのが本当の所だ。

 

それが申し訳なく思う。貴方達の娘はこんなにもすごいんだと証明できない。

 

出来ないことは無いけど、どうしてもストッパーがかかる。それだけ、人のクローンというのは重大なことだと義経も理解している。

 

でも。

 

(英雄なら・・・あの最前線に立つべきじゃないだろうか?なのに義経はここでじっとテレビを見るしかできない)

 

彼女の中では他人ごとではなかった。実際に苦しみ、怯える人が居て、それに対して何もできない義経は歯がゆい思いをしていた。

 

そんな時だった。

 

『赤い閃光!?いえ、あれ人だわ!カメラ寄せて!!』

 

騒乱の中、突如現れた赤い外套を纏った人物がカメラに映し出された。

 

「え?」

 

義経はそれが誰だかは知らなかったけど、間違いなく自分と同い年の青年だと思えた。

 

赤髪に上下が分かれた赤い外套。白いラインの走る黒い皮鎧。幾重ものベルトらしきものが付けられたズボンと踵とつま先が鉄板で覆われたブーツ。

 

あの衣装にどんな意味があるのか分からないけれど。あれが彼の戦闘服なのだと理解した途端、なにか得体の知れない感情が義経に沸き起こった。

 

英雄(ヒーロー)だ!」

 

思わず声を上げて義経はテレビに近寄った。

 

「こら義経。そんなに近づいて見てはいけないよ」

 

「主。お父さんの言う通り。少し離れて」

 

ずりずりと弁慶に引っ張られて、また元の位置に戻される。

 

けれど、義経にとってそんなことはどうでもよかった。

 

彼こそが英雄。ピンチに現れるヒーローそのものだった。

 

『すごい・・・たった一人であの数の暴徒を次々となぎ倒しています!』

 

時折こぼれる雪広アナの本音が、如何に現実離れした光景なのかを物語っていた。

 

テレビにはアップで映された瞬間に消え、アウトしたりとにかく忙しい。カメラマンが彼の動きについて行けないのだ。

 

結局、かなり離れた全体映像として中継されることになったが、それでも凄まじい動きだった。

 

 

 

――――一撃の下に吹き飛ぶ暴徒。

 

 

――――今にも鉄パイプで殴られそうな自衛隊員を手に持つ双剣で守る姿。

 

 

――――与一にも劣らない、素早い跳躍からの正確無比な弓の連射。

 

とにもかくにも義経が彼を本物のヒーローとして彼を見るには十分すぎる光景だった。

 

(すごい!すごい!!すごい!!!いるんだ!あんな人が!これから義経が行く場所にいるんだ!)

 

英雄たらんと常日頃思う義経は一目で虜になった。別に男女の、とかじゃなくてあの素晴らしい英雄の様になりたい。なるべきだと激しく思ったのだ。

 

でも、

 

「悲しいな、彼は。あんな泣きそうな顔で戦っている」

 

「え?」

 

お父さんの言葉に急激に熱くなっていた心に冷や水をかけられたように芯が冷えた。

 

「よく考えなさい、義経。彼が守ろうとしているのは誰だい?」

 

「それは、町の人と自衛隊さんと・・・」

 

あとは総理官邸の誰かだろうか?それで正しいはず。でも、なにかつっかえた。

 

(あれ?なんでこんな気持ちになるんだろう?)

 

お父さんの言う通り義経は急にあのカッコいいヒーローが、雨に濡れた子犬のように思えてしまった。

 

「町の人・・・それはあの暴徒も含むんじゃないか?」

 

「!!!」

 

そうだ。お父さんの言う通りだ。赤いお兄ちゃん(そのくらいに見えた)は町の人を守りながら町の人を傷つけている。

 

あの人はそれが嫌なのだろう。だから基本峰打ちで仕留め、尚且つ何処からともなく消えては現れる弓と矢も矢じりがゴム製のものになっている。

 

しかも何故か剣が爆発するのだけど、わざわざ爆発するぞ、足元を見ろと暴徒に教えるのだ。

 

「んー・・・何がしたいんだろうねぇこの兄ちゃんは。あんな回りくどい戦い方をして一体何の得になるんだか」

 

本当なら剣は刃があった方が良いはず。矢だって義経は見たくないけどきちんとした矢じりで仕留めた方が手間が無くて済む。

 

爆発だって教えないで爆発させた方が効果はてき面だろう。

 

それをしない。彼は10分経っても30分経っても、1時間経っても。絶対に人を殺めなかった。

 

もちろん怪我をした人はいるだろう。でもそれはいずれ治るもの。

 

むしろ、今この時は動かないでくれという必死の慟哭だった。

 

「義経。彼の様になってはいけないよ。でも、彼から沢山学びなさい」

 

「それってどういう・・・」

 

「反面教師にしろ、ってことじゃない?」

 

弁慶の言葉はあまりしっくりこなかった。お父さんもそのようで、

 

「そうじゃない。彼はもちろん素晴らしい人だ。・・・でも、あの戦い方で危機に瀕した彼を一体誰が助けてくれるのだろうと私は思ってしまうよ」

 

「あ――――」

 

そうだ。あんな非効率な戦い方がいつまでも続くはずがない。

 

彼のやっていることは細い細い針に糸を通すようなものだ。もしくは蜘蛛の糸での綱渡りか。

 

きっとコンマ一秒でも歯車が狂えば彼はたちまち暴徒の餌食となる。

 

あの中で唯一助ける側の彼に援軍はない。自衛隊だって銃を持ち出しているし、戦車だって出てる。

 

味方の様に見える自衛隊員もあの場では彼にとって中立の第三勢力に過ぎない。

 

もし発砲命令など下りたら彼の戦いは全て水泡に帰す。

 

救うべき人が別な救うべき人を殺めることになるそうなったら――――

 

「――――」

 

ゾクリとしたものを義経は感じたが、結局そうはならなかった。

 

それどころか何処からともなく学生たちが集まり、さらには古代ギリシャのレオニダス王という英雄まで出てきてしまったのだから義経はまた胸に火が灯った。

 

その後。川神市に無事入った義経は東の川神学園と西の天神館の戦い東西交流戦で密かに出番はないかと夜を舞っていたのだが。

 

「うわぁ・・・」

 

思わず声が出るほど圧倒的だった。

 

レオニダス王が鍛えた生徒たちは精強でしかも衛宮君(後で教えてもらった)の弓はテレビで見た時の様に正確無比。

 

負けるはずのない戦いになり、義経はどうしようかと困っていた。

 

そんな折だった。彼から矢文が届けられたのは。

 

こんなにも強い学園に入学するんだと改めて義経は胸が高鳴った。

 

だけどそんなこともつかの間、義経が入学したその日、衛宮君は突然倒れてしまった。

 

原因は不明。決して義経達のせいじゃないとは言っていたけど、なにかの要因だということは分かった。

 

いてもたってもいられず、彼が運ばれた保健室に行った。そこで義経は不思議な体験をしたけど、あまり記憶に残っていない。

 

ただ、右肩に刻まれた剣の文様が彼との繋がりだと知らされて、破棄を勧める彼には申し訳ないけどこのままにすることにした。

 

それからは怒涛の展開だった。あのヒュームさんと本気の戦い。折角目覚めたというのにすぐに病院行きになったり。

 

水上体育祭で川神水をかけてビーチバレーで圧倒されてしまったり。

 

衛宮定食を食べに行ったり、体育で一緒になったりしたけど彼はとにかくすごい。身体能力もさることながらとても頭がいい。

 

なぜF組にいるのか分からなかったほどだ。でも後から聞くと、F組に友達が集まっているらしくそれで彼も留まっているのだという。

 

なんだか義経は仲間外れにされている気分になった。

 

それは申し訳ないが弁慶が知らせてくれるからだ。

 

弁慶は水上体育祭で手に入れられなかった川神水大吟醸を貰うために士郎君とお昼に働くようになった。

 

それからというもの、弁慶は士郎君の事を大将と呼ぶ様になり、仲良く会話するようになったのだ。

 

そして葉桜先輩の家出。西楚の覇王、項羽ということが明かされた日。何かをきっかけに先輩はその・・・攻撃的になってしまった。

 

それをあずみさんの頼みを受けて九鬼君を護衛しながら眺めていた。

 

九鬼君たち、特にマープルさんに激しい憎しみを露わにする先輩に、これからどうなってしまうんだろうと心配になった。

 

しかも、マープルさんは何を思ったのか学園生に報酬は思いのままだと言って先輩にけしかけたのだ。

 

『・・・。』

 

あの時のマープルさんには強い嫌悪感を感じた。

 

確かにマープルさんには生み出してもらった恩があるけど、あのやり方には義経も疑問を感じた。

 

でもそれを収めたのはやっぱり士郎君だった。

 

足に大怪我を負っているのに先輩に鬼ごっこを提案した。

 

ルールは単純明快。士郎君が追いかける。先輩が逃げる。捕まえた方の勝ち。

 

足を怪我している士郎君がバイクに乗った先輩に追いつけるとは思えない。

 

けれど義経はまたも恐ろしい奇跡を目の当たりにした。

 

構えられた黒い洋弓。番えられた金属質の禍々しい矢。

 

赤雷を発生させて今か今かと出番を待つその矢の名前は『フルンディング』。

 

義経も詳しくは分からないけどベオウルフという人の振るった魔剣の名前らしい。

 

構える士郎君の目は鷹の様だ。与一がよく猛禽のような目をするというけれどそれ以上に鋭い。

 

『与一、あそこから狙える?』

 

『いくら姉御でも馬鹿言うな!?何キロ離れてるんだよ!それに相手はあの暴走マシンだぞ!』

 

ヒュームさんに急かされてあずみさんが準備していたヘリに乗って上空から見ていたが、先輩の姿はもう義経達の目には見えない。

 

それでも士郎君の目は一度もズレない。ある一点をずっと目で追いかけてる。

 

義経は二つの意味で悪寒が走っていた。

 

一つはあの矢。金属の塊のあの矢が普通の弓で飛ぶはずがないのに義経はあの矢が葉桜先輩を確実に捕らえるのがわかった。

 

そしてあの矢に狙われたが最後、絶対にあの矢は外れない。そんな恐ろしい予感があった。

 

もう一つは士郎君と繋がったことで分かる士郎君の状態。

 

平然と戦闘態勢を取っているが士郎君は命の危機に晒されている。

 

士郎君との間にできたパスというものから常に彼の存在を感じられるのだけど、それが段々と弱くなっている。

 

きっと表情には出さないだけで士郎君には激痛と失われる血で死の気配が忍び寄っているのだろう。

 

このままでは士郎君が死んでしまう、そう確信してしまったから。

 

この感覚は前にもあった。ヒュームさんと激突した時だ。左腕から刃のようなものが生え、ヒュームさんがなんとか加減した一撃で背中を切り裂かれた時。

 

あの時も義経は徐々に弱くなる士郎君の感覚を感じていた。

 

すぐに治療がなされたから義経がハラハラするだけだったけど、今は違う。

 

確実に早く適切な治療をしなければ命が危ないというのに、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに彼はじっとその時を待っている。

 

そして、その名前と共に放たれた矢はズドン!という音の壁を食いちぎる音を立てて先輩に放たれた。

 

『ちょっ・・・今のソニックブームって奴?音速超えたの?』

 

弁慶が言う通り、後からあの矢のスピードはマッハ6は出ていたとのこと。しかも距離は最低でも4キロはあったらしい。

 

その距離を一瞬で踏みつぶしてあの矢は飛来した。しかも何度弾かれようとも方向を変え、必ず先輩を追いかける。

 

何度も先輩は弾くけど結果は同じ。あらぬ方へ飛ばされたはずの矢は先輩を追い立てる。

 

なんて凄まじく恐ろしい光景だろうと思った。もしあれが自分に放たれていたらと考えると恐怖で身が竦む。

 

その後、学園に戻ってきたら矢がいきなり大爆発を起こし、バイクはAI部分を残して消失し、先輩もいつもの先輩に戻っていた。

 

でも、あの攻撃的な先輩は別人格なんかじゃなく、先輩の一つの側面らしい。

 

九鬼に帰ってきた時は重苦しい雰囲気を漂わせて荷物を纏め、すぐさま出て行こうとする先輩に義経は何も言えなかった。

 

ただ、

 

『ごめんね。義経ちゃん、弁慶ちゃん、与一君。私、ここにいるの嫌だから』

 

それだけ言って先輩は出て行ってしまった。

 

一応、従者さんが止めに行ったけど、項羽としての先輩を止めることが出来ず撃退されてしまったらしい。

 

最終的にヒュームさんとクラウディオさんの二人で止めに入ったけど、先輩の意志は固く、秘密だけど、士郎君の所に住まわせてもらうつもりとのこと。

 

それならば仕方あるまいとヒュームさんは許可してしまったそうだ。

 

士郎君と一緒に住む。そのことに義経はまた一人置いていかれたように感じた。

 

そして義経は一つ我が儘を言わせてもらうことにした。その日は通常より早く登校し、武芸者の相手をする。

 

その代り、空いた時間に士郎君と戦わせてほしいとお願いをした。

 

結果として義経はその我が儘を聞いてもらえたが、実際は酷い有様だったと義経は羞恥する。

 

士郎君はしなくてもいい戦いに駆り出されたというのに相手をしてくれているどころか、今の義経に合わせてくれている。

 

おまけに士郎君にも打ち込んできてもらいたいとお願いまでして彼はそれに付き合ってくれたのだ。

 

今までの置いていかれたような気持ちを発散したくて嬉々として刀を交えた。

 

でも義経は士郎君の忠告を無視した。その結果義経の刀は折れてしまったのである。

 

士郎君に罪は無かった。最後の一振りは義経が繰り出し、士郎君は普通にそれを短剣でガードしただけだ。

 

それだけで義経の刀はバキリと酷い音を立てて折れてしまったのだ。

 

それに義経は酷く落ち込んだ。自分はなんて酷いことを相棒にしてしまったのだろうと。

 

けれどそれを士郎君は自ら新しい物を準備すると言ってくれて内心義経はとても嬉しかった。

 

折れてしまった刀には申し訳ないけど、これでまた一つ、士郎君との縁が出来たと義経は喜んでしまった。

 

その後義経の髪の毛を特殊な製法(本物の魔術だと言っていた)で作った結晶で作り上げられた刀は本当に素晴らしい物だった。

 

義経はもうこの刀じゃないと違和感を感じてしまうほどだ。それだけ、この刀は身近に感じる。

 

きっと目隠しをされて当てられるか試されても義経は間違わないと思うくらいだった。

 

それからは刀に宿った新たな力を習得するべく、鍛錬や摸擬戦、武芸者との戦い等などを繰り返す日々。

 

とにかく義経はこの刀を振るう度、士郎君との繋がりをより強く感じられてとても嬉しいし、活力が満ちた。

 

でも、一つ問題が起きた。それは本当の自分を隠していた義仲さんとの腕比べの時だった。

 

義経と義仲さんの腕相撲を終えた後、士郎君とも戦おうとする義仲さん。当の士郎君は困惑気味に鬼ごっこ、と提案した。

 

今度は本当に鬼ごっこらしく、鬼を決めようとしたけど、その隙を突いて義仲さんは脱兎のごとく逃げ出した。

 

それを苦笑を浮かべて鬼役となった士郎君はゆっくりなのに的確に義仲さんを追い詰めていく。

 

そして最後は士郎君の秘密兵器、赤い布によって拘束されてしまった義仲さんは士郎君にキスをしていた。

 

まさかそんなことをされるとは思っていなかったのだろう。士郎君も驚きと困惑で慌てていた。

 

その時だった。義経の胸が強く締め付けられる感覚に陥ったのは。

 

『勝利の報酬よ。私の初めてだからね?』

 

義仲さんの言い分は分かったけれど、義経はその姿を見てとても苦しくなった。

 

でも、義経はこの時、なんでこんなにも悲しいんだろうと考えてしまった。

 

その考えた時間がまずかった。本気の弁慶の錫杖が士郎君を責め立てていたけど士郎君は義経の顔を見て回避するのをやめた。

 

『――――ッ悪かった。なんだか分からないが俺が悪いんだな?』

 

『あ、ば――――!』

 

弁慶の悲鳴も虚しく、錫杖が士郎君に迫る。それをみて義経は自然と体が動いた。

 

『あの時義経が割って入らなければまた士郎君は大怪我をするところだった!なんで避けなかったんだ!』

 

とにかくあの時何もしなければ士郎君は当たり前の様に負傷していた。だというのに。

 

『すまなかった。俺には正直なにに義経が悲しんで怒っているのか分からないけど、とにかく俺が悪かった、ってことなんだろう?』

 

そんなことをのたまう士郎君に怒りがわく。どうしてこの人はいつもこう、自分を犠牲にというか自分の事を守ろうとしないのか。

 

義経は、なにか危険な勘違いをしているんじゃないかと思った。

 

あの後一時間くらい怒っていたけど結局伝えたいことは伝えられなかったと思う。

 

「弁慶・・・義経はなんでこんなに怒ってしまったんだろう・・・」

 

もう少し冷静に話せば伝わったんじゃないかと思う。

 

「それは、主が大将の事が大事・・・というか好きだからじゃない?」

 

「・・・え?」

 

弁慶が言ったことが義経には分からなかった。

 

「あれ?気づいて無かったの?」

 

「義経が・・・士郎君のことを・・・」

 

好き。好意を持っていること。特別な男性として意識していること。

 

「え、ええええ!?」

 

「本当に気づいてなかったんだ」

 

弁慶がニヤニヤしながら言ってくる。

 

「そっかぁ分からなかったんだねぇ・・・なまじ憧れが最初だったからかなぁ・・・主が大将を見る目はもう女の子そのものだよ?」

 

「義経が、し、士郎君のことを、す、すす好きだなんて・・・」

 

否定しようとしたけど心が叫んだ。間違いなんかじゃない。義経は士郎君が好きなのだと。

 

「~~~~~ッ!!!」

 

「あらま、真っ赤になっちゃって。これからどうしようね?」

 

「それは、今まで通り・・・」

 

出来るはずが無かった。だって、こんな気持ちに気付いてしまったら義経はもう士郎君の顔を見られない。

 

「でもね、主。多分急いだほうがいいよ?大将、いろんな人から好意持たれてるから」

 

「・・・。」

 

弁慶の言う通りだ。多分、義経と同じ感情を持ってるのはかなりの数がいる。

 

川神先輩、黛さん、マルギッテさん、林冲さん、清楚先輩、そして多分、義仲さん。

 

下手をすると揚羽さんもかもしれない。何かと駆けつけてくれる揚羽さんに、必死にアピールするみんな。

 

きっと士郎君は誰も自分の事なんて、って思ってるんだろうけど物凄い人数の女傑に好かれているんだ。

 

「うう、どうしよう、弁慶ぇ・・・」

 

「くーっ!羞恥に悶える主を肴に川神水!最高!」

 

「そんなもの肴にしないでくれぇ・・・」

 

もう義経の頭の中は士郎君の事でいっぱいだった。なのに、具体的に何をするかは全く浮かんでこない。

 

「はぁー・・・そうだね、まずはお父さん達が来るし、紹介でもしとく?」

 

「それは気が早くないか!?」

 

「どこが?むしろ親に了解もらったら主、何歩か前に出れるんじゃない?」

 

「むむ・・・」

 

確かにそれはとても魅力的・・・じゃなくて!

 

「な、なななんでお父さんに許可貰う流れになってるの!?」

 

「え?だって主モーションかけるんでしょ?」

 

「う・・・」

 

それを言われると途端に何も言えなくなる。

 

確かに、自覚しちゃったからには行動に移したくなるわけで・・・

 

「・・・お父さんに反対されたらどうしよう」

 

「そこは大丈夫じゃないかなー。何だかんだ、大将の事よくわかってる感じだったし。その後も新聞とかテレビの放送見て好印象だったしね」

 

「うう・・・怖い」

 

もしも猛反対されたらどうしようと義経は恐怖に慄く。

 

「そしたら葉桜先輩みたいに大将の家に逃避行だね」

 

「・・・そういう意味では先輩に先を行かれてしまった」

 

きっと、真っ先に士郎君の家に行くつもりだったのはそういうことなんだろう。

 

もちろん断られるはずがないっていうのも理由としてはあるだろうけど、選んだのはきっと士郎君の事が好きだからだ。

 

「頑張れー主。応援してるよ。私はのらりくらりと・・・」

 

「そういえば、弁慶は直江君と仲良くしてるんだな」

 

「え!?うん、まぁ、気が合うというかなんと言うか・・・」

 

その夜は二人の恋話しで盛り上がってなかなか寝付けなくなって、弁慶の川神水を飲んだのは秘密だ。




とりあえずこんな所でしょうか。いつもより短めですが、地の文が多いのでかなり読み疲れるかなと思います。

義経ちゃんは原作でも源義経たらんと、英雄として模範にならなければという思想を持って川神に来るので、その前にまさに英雄、と言わんばかりの存在を知ったらこうなっていくのかなぁと思いながら書きました。

短くはなってしまいましたがみっちり書いたつもりです。そして次回からは多分トントン拍子に話が進んでいくと思うのでよろしくお願いします。

それではまた次回お会いしましょう。


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源氏の親

皆さんこんばんにちわ。とにかく寝不足に悩んでいる作者でございます。

活動報告でも書いたのですが寝不足が続いておりまたもや寝込んでおります…本当に申し訳ない。

そしてバトル三昧と言いながら全然三昧じゃないのもごめんなさい。構成考えてたらこうなりました。

今回はバトルよりも日常と言うか義経達の親御さんとの会話です。

それでは!


――――interlude――――

 

「おっと。危ない危ない」

 

「大人しくしろ。ただでは済まさんがさらに苦しむことになるぞ」

 

豪!と炎が走る。それを最上幽斎はひょいひょいと避けていた。

 

「お前も大人しくしなー。親父さんはともかくお前さんは関係ないんだから」

 

「お父様を狙われて私が大人しくするわけないでしょう?」

 

振りかざされる棒の連打を刀を使って捌く旭。

 

人気(ひとけ)の無くなった夜。最上父子は梁山泊の襲撃に遭っていた。

 

というのも、この最上幽斎がいつぞやの衛宮士郎を巡る戦いを引き起こし、尚且つ梁山泊と曹一族を手玉に取り、第三勢力をけしかけたりと様々な工作をした張本人、Ⅿということが割れたからだ。

 

「父子揃って厄介だな。だが、お前たちは私達梁山泊を愚弄した。報いは受けてもらう」

 

「そうそ。わっちなんか死にかけたからなぁ・・・ただじゃおかないっと!!!」

 

またも二人の攻撃が始まる。幽斎は避け、旭は刀を手に応戦する。

 

(まずいわ。このままじゃお父様を守れない・・・!)

 

目の前にいる小柄な棒術使いはとんでもなく強敵だ。炎を操る女性まで手に負えない。

 

「旭!私の事は大丈夫だよ。もうそろそろだからね」

 

「この状況でその余裕。これ以上私達を愚弄するというのか、最上幽斎!」

 

「いや?確かに僕は君達に試練を与えたけど、愚弄する気は欠片もないよ。少し緩んでいた所を締めるべきだと私は思っただけさ」

 

「試練?なにを不愉快な・・・誰がお前に試練なぞ頼んだか!」

 

炎の鞭が何度も舞い踊る。あれに打ち据えられればただでは済まない。だというのに最上幽斎は笑っていた。

 

「お父様!」

 

「おっと。隙ありだねッ!」

 

一際早い一撃が最上旭に迫る。

 

「しまっ――――」

 

躱しきれない。そう思った最上旭は何とか軌道をずらそうと刀を走らせるが間に合わない。

 

ならばと、被弾を覚悟で突きこんだ刀は――――

 

ガキィ!

 

と甲高い音を立てて互いに軌道がそれた。

 

「お前は――――!」

 

「――――」

 

間に入った赤い外套の青年が双剣を手に二人の攻撃の軌道をずらしたからだ。

 

「やばいぜ武松!こいつはわっちたちの手に余る!」

 

すぐさま後退した見覚えのある少女と見たことは無いが装束のデザインからして同じ梁山泊の一員であろう赤毛の女性。

 

二人を見渡して間に入った青年、衛宮士郎は静かに二人を見つめる。

 

「お前が史進の言っていた剣の男、衛宮士郎か。そこをどけ。お前とてそこの男の被害者だろう」

 

武松と呼ばれた赤毛の女性にそう言われて士郎は肩を竦める。

 

「ああ。全くもってその通りだ。正直、この男には躾が必要だと私も思うのだがね。今回は性急過ぎたようだぞ」

 

「なに・・・?」

 

士郎の言葉に油断なく構える武松。

 

史進は撤退の方向なのかいつでも武松が下がってこれるように後方で構えている。そんな時。

 

「史進!武松!」

 

「「林冲!?」」

 

後を追いかけてきた林冲と――――

 

「史文恭!」

 

「なんでお前が・・・」

 

「私も場違いだと思うのだがな。曹一族の本気度を性急に伝えるなら私が必要だと言われてしまったのでな」

 

林冲も史文恭も武装していない。それは戦う気が無いということ――――

 

「わっちは油断しないぜ?お前は武器を作れる。今手元になくても関係ない」

 

ギロリと睨む史進だが彼からしてみれば小柄な少女が一生懸命威嚇しているようにしか見えない。

 

だが、

 

「違うんだ史進、武松!急いで通信を開いてくれ!」

 

「通信?」

 

そう言えば、と首元に仕込まれた携帯端末を押す。

 

『やーーっと繋がったー。二人とも大丈夫ー?』

 

「青面獣?」

 

『そうだよー。林冲そこにいる?いたら早くパンツ送ってって言って』

 

「だってよリン!」

 

「なんで私の・・・が必要なんだ!?」

 

それまでの殺気に満ちた空気が無散した。

 

「旭、大丈夫か?」

 

「ええ――――」

 

ほぅ、っと士郎を見上げる最上旭が気になる林冲だがまずは目の前の問題ごとを片付けねばと考えた。

 

「冗談は後にして、青面獣。早く本題に入れ」

 

『つれないなー。まあいいや。Ⅿ、最上幽斎の粛清は中止ー』

 

「なんだって?」

 

思わず聞き返す武松。

 

『最上幽斎の秘書とかいう人が来て、梁山泊と曹一族に大型の依頼を入れてきたのー』

 

「それで史文恭がいるのか・・・でも、史文恭、曹一族を正式に抜けたんじゃなかった?」

 

「私もそう言ったさ。だが、まだ新しい武術指南となる奴の育成が終わっていないらしくてな。急遽私が呼ばれたというわけだ」

 

「最上幽斎・・・貴様、これを狙って・・・」

 

武松の言葉に最上幽斎は、

 

「いや?僕が期待していたのは連絡がもう着くはずだ、ということだけだよ。そこの正義の味方が飛び入りしてくれたのは嬉しい誤算だけど」

 

「・・・。」

 

その言葉に士郎は思わず舌打ちしたくなった。

 

「よくもまあぬけぬけと。もし私が通信に気が付かなかったら貴様を消し炭にしていたところだぞ」

 

「それならそれで、君という人物への試練になれたのだから本望だよ」

 

「試練試練ってぇ、一体どこの誰が試練を与えてくれなんて頼んだのかねぇ」

 

いい加減うんざりだという顔をする史進。

 

「そこの男の事は置いておくとして戦闘を続ける気なのか?私はこれ以降戦闘は無しと聞いているのだが」

 

「・・・衛宮士郎の言う通りこれ以上は戦闘はしない。史進、引き上げよう」

 

「おう!久しぶりにリンの顔も見れたしな!たまには帰って来いよ!」

 

そう言って二人は煙幕を焚いて消えた。

 

「助かったわ士郎。でもなぜ家に?」

 

「林冲と史文恭が穏やかならざる話をしていたからに過ぎん」

 

そう言って士郎は奥で荒い息を吐いている最上幽斎を振り返る。

 

「最上幽斎。貴様は私にとっても敵だ。これ以上下手な真似をすればその首。すぐに落ちると知れ」

 

「あっはっは、冗談――――ッ!」

 

笑っていた彼の声が止まった。

 

「士郎、今・・・」

 

「私が言いたいのはそれだけだ。目的も果たしたことだし私は帰らせてもらう」

 

そう言って士郎はその場から消えた。同じく、林冲と史文恭も姿を消していた。

 

「参ったね。確かに彼は鋭い剣の匂いをさせていた。こんなにあっさり首を落とされるなんてね」

 

「やっぱり・・・」

 

彼が最後に残していったのはイメージの切りつけ合いだ。標的は最上幽斎だけで最上旭は入っていない。

 

だが、最上旭は父に迫るイメージの刃を弾きに行った。それでも彼の首は落ちた。

 

彼女では止められないとある意味知らしめられたのだ。

 

「士郎・・・」

 

きゅっと胸元を掴んで旭は空を見つめた。きっと父は何か酷いことを試練だと言って彼にしたのだろう。

 

しかし彼女は衛宮士郎との友好を望んでいる。正直に言えば苦しい状況だった。

 

「旭?どうしたんだい?」

 

「お父様。彼が・・・最近私が気にかけてる男の子なの」

 

「そうか!いや、彼は相当な試練を乗り越えてきたからね!僕は良いと思う。応援するよ!」

 

「・・・。」

 

やはり。父はなにかしたのだ。そもそも自分を九鬼に黙って生み出し、世に放っていたのだからそれくらいやって当然なのかもしれない。

 

(ちょっと・・・辛いわね)

 

彼は父を敵だと言った。それはつまり自分の敵にもなるということ。

 

それは酷く、寂しかった。

 

――――interlude out――――

 

 

 

梁山泊の二人組を撃退した士郎と林冲、史文恭。正確には撃退ではないが、なんとかすれ違いは免れたようだ。

 

そして、

 

「はぁー!いいなぁ・・・露天風呂。リンはいつもこんな贅沢してるのか?」

 

「それは最近士郎が作ったんだ。私もまだそんなに沢山入れてない」

 

と、何故か撤退したはずの史進という小柄な少女と、

 

「うん・・・美味しい」

 

「それは何よりだ」

 

武松と呼ばれた赤髪の女性をもてなしていた。

 

なぜこんなことになったのかというと、単純に二人が、帰ってこない林冲の顔を見てから帰りたいと願ったからだ。

 

「しかし驚いた。まさか炎を直接操る異能があるとは。世の中には中々色んな人物がいるものだ」

 

「ん。そういう貴方も剣を操る人。それほど違いは無いように思う」

 

そうは言っても士郎のは魔術であり、彼女のは純粋な人体発火現象(火傷をしない辺り気が関係しているのか)なのだから一緒には考えられない。

 

(まぁ、魔術を操る人間が俺一人なのだから違いはない・・・か?)

 

今のところ魔術師は自分しか確認されていないのでそう納得することにする。

 

「それにしても衛宮士郎の奴、うまいことリンを誑し込んでるなぁ・・・」

 

「し、史進!それはどういうことだ!?」

 

「だってリン、なんか綺麗になってるじゃん。なに、もうやったの?」

 

「史進!!」

 

「おわっぷ!風呂で暴れるなんてリンらしくないぞー!」

 

バシャバシャと湯船で暴れる音が聞こえてくるが士郎はとにかく我関せずと目の前の人物と一緒に夕食を囲む皆に注視する。

 

「林冲さんのお友達?」

 

「ああ。そうなんだけど・・・君たちの事はどう扱ったらいいんだ?」

 

一応極秘組織っぽいのだけれどもどうしたものか。

 

「普通に言って問題ない。私は梁山泊、天傷星の武松だ」

 

「天傷星・・・武闘派な星を頂いていますね」

 

マルギッテが一瞬メラリと目に炎を灯したが、すぐに引っ込んだ。

 

この衛宮邸では士郎が主に三食準備する。なので下手に食卓を引っ掻き回そうものなら食事が取り上げられるので意外と馬鹿にできない。

 

もちろん自分で準備すればいいだけなのだが士郎の料理は格別なので余程のことが無い限り自前で準備したりはしない。

 

「はぁー!温まった温まった!さぁ、今度は食うぞー!」

 

「史進。少し静かにしろ。梁山泊ではどうか知らないが家ではやかましくすると食事が取り上げられるぞ」

 

「いや、流石にお客さんから取り上げたりしないけど。大体、そんなに俺は酷くないぞ?あの時は――――」

 

一度、本当に食事抜きにしたことがあるが、それは史文恭と清楚が売り言葉に買い言葉で食事直前にバトルを開幕しようとしたからだ。

 

それも、何度もやめろと言ったし、どうしてもやるなら他所でやれとも言ったが二人は聞く耳を持たなかったのだ。

 

それ故に二人の食事を抜きにしたのだが、どうにも非常に恐れられているようである。

 

「もう、士郎君、そんな前のこと言わなくてもいいじゃない」

 

ぶすーと唇を尖らせながら言う清楚に士郎ははぁ、とため息を吐く。

 

「二人とも人の話を聞かないからだろう?・・・大丈夫だから空いてるとこに座ってくれ。今ご飯とみそ汁持ってくるから」

 

今日のおかずは大皿から各自取り分ける形にした。時折そうするのだが、衛宮邸に住む人間が増えたこともあり、大皿で作って各自取り皿に取ってもらった方が士郎としては楽だった。

 

「えっと、今日は天ぷら各種にご飯に汁物、サラダだ。天ぷらにはキノコから夏野菜、肉に卵と魚もあるからしっかり食ってくれ」

 

「おおおー!豪華な天ぷら盛り合わせ!さあ食うぞー!」

 

シュタ!と林冲の隣に座ってどれから食べようかなと選ぶ史進。

 

「林冲。そこの出汁醤油を取ってくれ」

 

「はい。・・・皿は必要か?」

 

「いや、これはこうして・・・」

 

ご飯をある程度均して、その上に好みの天ぷらを乗せて出汁醤油で頂く。簡単に天丼だ。

 

「うむ。これはいい。サラダが柑橘か、シソのドレッシングだから重たくなりすぎなくていいな」

 

「こちらも卵が半熟なので卵かけご飯にできます。サラダとの相性もいい」

 

お互い自己流の上手い食べ方を考案してモリモリと食べる。これは急がねば食い尽くされると史進も大きな鶏肉の天ぷらを取り、かぶりついてご飯を食べる。

 

「んー!美味いなーいいなーわっちもここに住もうかな」

 

「「「・・・。」」」

 

その言葉に鋭い目つきになる不特定多数。

 

「史進。冗談も過ぎれば身を滅ぼすぞ」

 

「へいへい。ってあー!わっちが狙ってたキノコ!」

 

「早いもの勝ちだ」

 

大きなシイタケを取られ、ぐぬぬと唸る史進。

 

「喧嘩するなって。ほら、次のが揚がったぞ」

 

「おっほー!揚げたて!」

 

まだパチパチと音を立てるそれに食べ始めたばかりの史進と林冲は箸を伸ばす。

 

「ご馳走様でした。衛宮士郎。お風呂は何処だろうか?」

 

「ああ。ここを真っすぐ行って――――」

 

この日は一際賑やかに時間が過ぎていくのであった。

 

 

 

 

衛宮邸を満喫し、林冲に別れを告げて帰っていく二人を見送って一息ついたころ。電話がかかってきた。相手は義経。

 

『士郎君?今大丈夫だろうか?』

 

「問題ないぞ。どうしたんだ?」

 

意外な相手からかかってきたなと内心驚く士郎。

 

『今、島にいる両親が来てるんだ。良ければ友達として紹介させてもらえないかな・・・』

 

「俺を?」

 

自分なぞ入り込んだら久しぶりの団らんもぶち壊しだろうに。

 

「いいのか?大したことできないけど」

 

『いいんだ!友だちとして義経が紹介した――――あ、べん』

 

『ちょいと代わったよ。良ければ大将のご飯をご馳走してくれないかい?場所は九鬼の場所を借りるからさ』

 

と、入れ替わりに弁慶がそう言ってきた。

 

「いいけど食材はどうするんだ?」

 

『そこは大和が動いてくれてるよ。海の幸はいつでも食べられるから山の幸をね』

 

「ていうことは大和も一緒か。いいぞ。・・・あ、清楚先輩は大丈夫なのか?」

 

彼女は九鬼を飛び出してしまったが、彼女にとっても両親のはずだ。

 

『その日は我慢して来てくれるって。だから先輩も連れて来てね』

 

「了解。じゃあ夕方頃に行くよ」

 

『よろしく~はい、主』

 

『ああ・・・ほとんど弁慶に言われてしまった・・・』

 

「何を落ち込んでるんだ?折角ご両親と会えるんだから喜ばないともったいないぞ」

 

士郎にはもうない体験なのだから。尚更そう思う。

 

『うん。そうだな!義経も士郎君が来るのを楽しみにしている!』

 

「はは。大丈夫とは思うけど、与一を逃がすなよ」

 

『当然だ!与一は何だかんだ優しいから大丈夫!』

 

「そうか。じゃ、俺は大和にコンタクト取ってみるからまた夕方にな」

 

『うん!バイバイ!』

 

ピ、と一度携帯を切り、士郎は衛宮邸に入っていく。

 

「林冲、すまないが手伝ってくれないか?」

 

「どうしたんだ?士郎」

 

後ろを付いてきた林冲に士郎は義経達との会談について話す。

 

「ってことで夕食俺いないから今日の夕飯をもう準備しときたいんだ」

 

「・・・。」

 

いつもならすぐ返答が返ってくる林冲なのだがその時は一瞬間が開いた。

 

「林冲?」

 

「いや、なんでもない。なにから手伝えばいい?」

 

若干むくれたような言い方で林冲は言った。

 

(怒ってる・・・?何かしたか、俺)

 

(何かしたか、って思ってるんだろうな・・・)

 

口には出さずとも以心伝心の二人であった。

 

 

 

 

 

せかせかあっちへこっちへと、忙しなく動き回る士郎に大和は思わず、

 

「手伝おうか?」

 

と進言する。とにかく忙しく動き回る士郎。

 

「頼みたいところなんだが・・・山の幸は色々処理が面倒でな。ちょっと大和には荷が重いが・・・それでもやるか?」

 

「そう言われたらむしろやるって。何からすればいい?」

 

「いい気合だな。まずは――――」

 

士郎と大和は大和の伝手で獲得した大量の山の幸を料理に変えていく。

 

中にはいつぞや林冲と一緒に捌いた鹿などもあったのでしっかり処理をしないと臭みが強くて食べられなくなってしまう。

 

「士郎っていつもこんなに手間暇かけてご飯作ってるんだな」

 

「今回はものがものって言うのもあるけどな。これを普通に食おうとすると、トラウマになって食べられなくなるぞ」

 

実を言うと昔やってしまったことがある。十分な処理のされていない肉を調理した結果、恐ろしく癖のある食べ物になってしまい、セイバーが無言になってしまったことが。

 

もちろん自分もそんなもの食べたいわけもなく、だが無駄には出来んと色々押し込めて飲み込んだものだ。

 

「士郎ってホント博識だよな。伝説、伝承系は士郎の秘密の都合上わかるけど、こういう料理なんかは何処で覚えたんだ?」

 

「それも秘密の内に入るんだが・・・まぁ経験だよ。人間、不自由を感じると何とか楽にしたくなるものなんだ」

 

彼は既に士郎の秘密を知っているのであまり驚かないが、それは少々感覚が麻痺しているからだろう。

 

どこに野鹿を捌くスキルを持った18歳がいるというのか。

 

探せばいるのかもしれないが、それではほとんど野生児である。

 

「あ。そうか。大和、秘密一個追加だ。俺今年で29歳だから」

 

「は?」

 

どうりで話が通じないわけだと一人納得する士郎と、もう訳わからんと固まる大和。

 

「士郎は秘密が多すぎる」

 

「そうは言ってもな。そもそも秘密の塊みたいなもんだから仕方ない。これでも譲歩してるんだぞ?」

 

士郎の言う通り、士郎にまつわる事というのは基本秘匿されなければいけないことなのだ。

 

それ故にどうしたって士郎は秘密の多い人物になる。

 

「元の世界でもそうだったのか?」

 

「元の世界ではもっとだな。そもそも魔術自体が秘匿されるもので、中でも俺の場合は特殊個体とでもいえばいいか?だから情報が洩れたらすぐに追っ手が向けられるな」

 

「・・・。」

 

士郎の言葉に絶句する大和。

 

「・・・士郎がなんで頑なに秘密にしてたのか分かった気がする」

 

「やっと理解してくれたか。でも、ちょっと遅いな」

 

この理解がもっと早く得られていればもう少し楽が出来たかもしれない。

 

 

 

 

調理したものを九鬼のメイドさんの力も借りて九鬼ビルの外に出る。

 

「まさかバーベキューにするなんてな」

 

「連絡が急だったからな。こうするのが一番手っ取り早い」

 

士郎は大量の肉を、大和は大量の山菜を手にバーベキューが準備されている場所に行く。

 

「おーい!士郎君ー!」

 

「こっちだよ大和」

 

もう火が入れられているのかバーベキューコンロは熱くなっていた。

 

「お待たせ。結構時間かかちまったな」

 

「ううん!士郎君は義経達の為に準備してくれたんだもの!全然平気だぞ」

 

「弁慶も悪いな。川神水、抑えてくれたんだろ?」

 

「当然だよ。もちろんちょびっとは飲んだけど宴の前に酔ったらもったいない」

 

そういう弁慶も本当に最低限に収めてくれたのだろう。いつものひょうたんは手にかけられていない。

 

「それじゃ、挨拶するか。大和、大丈夫か?」

 

「あ、ああ。大丈夫だ」

 

少し緊張気味の大和。離れた所で清楚先輩と与一が手を上げていた。

 

「友人の親に会って食事をする。俺だったら拒絶するぞ。何を話していいか分からないし、緊張する・・・わかりやすくいうと――――」

 

「こら与一。また面倒なこと言ってんな」

 

「あででで!違う!今のは礼を言おうと・・・!」

 

「相変わらずなのねぇ・・・初めまして、義経の母、源昌子だよぉ。よろしくね」

 

「衛宮士郎です。よろしくお願いします。こっちが、」

 

「直江大和です。よろしくお願いします」

 

まずは出会った義経達の母に挨拶する。

 

「あれ?お父さんは?」

 

「あそこ。九鬼の偉い人と話してるわよ」

 

「ん?」

 

そこにいたのは随分とカジュアルな姿をした額に×印の入った男性と、普通の男性が話していた。

 

「お!主役が来たぜ大器さん!」

 

「初めまして。衛宮士郎です。こちらが、俺とも仲のいい直江大和君です」

 

士郎に促されるように大和も挨拶する。

 

「おう!お前にはうちの揚羽が随分と無茶したらしいな。俺は九鬼帝。揚羽たちの親父だ」

 

「私は源大器。義経達の父です。君達が与一の友達か・・・」

 

二人にじっくり見られて若干引き気味の大和と堂々としている士郎。

 

「歓談中にすみません。挨拶が遅れるのも失礼かと思いまして」

 

「いやいや、構わないよ。・・・噂に違わぬ好青年で安心した」

 

「そっちの直江・・・あ、もしかしてお前の親父さん、景清?」

 

「父さんを知ってるんですか?」

 

「そりゃお前、俺は九鬼のトップだぜ?商売敵知らないでどうするよ」

 

どうやら大和の父と知り合いらしい。しかし九鬼の商売敵とは随分とやる人間の様だ。

 

「っと。すまねぇ俺はもう行かなきゃなんねぇ。義経達とメシ食うんだろ?俺も一緒したかったけどもう予定がコミコミでよ。じゃな!」

 

颯爽と九鬼帝なる人物は駆けて行った。

 

「君達は幸運だな。彼は世界中を飛び回っているから会うことすら珍しいんだよ」

 

「・・・大和、なんだっけ。ポケ「それ以上はヤバイ敵を作る」お、おう・・・」

 

大和の絶妙なフォローで危機を回避する士郎。

 

「お父さーん!もう焼くよー!」

 

「ああ!今行く!二人も行こう。このバーベキューも二人が準備してくれたんだろう?お礼を言わせてくれ」

 

「いえ、確かに準備したのは自分達ですが、一番は義経達がご両親をもてなしたいという気持ちが強かったからですよ」

 

「確かに。その気持ちが強く感じられました」

 

「いやはや、恥ずかしいな・・・私は何でもないおじさんだというのに」

 

照れながらも嬉しそうだった。

 

(よかった。親子共に仲がいいんだな)

 

与一のあれがちょっと心配だったのだが、どうやら中二病(最近教えてもらった)なだけで反抗期とかではないようだ。

 

「もう焼いてるよー」

 

「うん!お野菜も!でもこのお肉、何のお肉だろう・・・?」

 

「それは鹿の肉だよ。ジビエって言えばわかるか?」

 

「鹿!?こっちは?」

 

「そっちはラム肉、ジンギスカンだよ。どっちもかなりいい具合に処理がしてあるから美味しいぞ」

 

「わぁ・・・」

 

「ジンギスカンに鹿か・・・これは川神水が進みそうだ!」

 

「子羊を生贄に捧げて糧を得るか。なかなか興味深い」

 

与一が謎の言語を話しているがとにかく喜ばれたらしい。

 

「この子たちが世話になってるねぇ」

 

昌子さんが三人娘をよしよしと撫でた。義経は恥ずかしがり、弁慶と清楚先輩は嬉し気だ。

 

「与一と会話するの難しくないかい?」

 

「俺は正直難しいですが・・・大和がそういうの得意みたいで」

 

「得意っていうな!ほら!もう肉が焼けたぞ!」

 

「はは、すまんすまん。昌子さん・・・でしたよね。良ければどうぞ。精一杯準備させていただきましたので」

 

「そうね!折角の心づくしを味合わないとね!」

 

そうしてバーベキューを楽しむ。

 

「与一、源氏肉がほどよく焼けたぞ」

 

「その串はしいたけが多すぎる。そっちでいい」

 

「野菜も食べないとだめだよ?」

 

「そうだぞ与一。さっきから肉ばかりじゃないか」

 

「俺はこの子羊を糧にして更なる力を「そぉい!」のわあ!?」

 

ドサ!っと与一のつけダレの中に大量の野菜を投入する弁慶。

 

「姉御!なにするんだ!?」

 

「めんどくさいこと言ってないで野菜も食え!」

 

「弁慶もお肉ばっかりじゃないかぁ・・・」

 

「私はちょこちょこ食べてるよ。肉少なめ、野菜少なめ、川神水多め」

 

「それもどうなんだ・・・」

 

あっはっは!と笑いが響く。なんとも暖かな空間だった。

 

そんな中、士郎は義経のご両親と話をしていた。

 

「私は日本史の学者をしていてね。約20年前に九鬼からクローンの計画を持ちかけられたんだ」

 

(なるほど。日本史の学者だったのか)

 

英雄のクローンの育ての親がなぜ一般人なのかと思えば、この人物はそもそも学者だったのだ。

 

「英雄達を発表の時が来るまで育ててくれないかとね。目立たず、けれど一般常識は身に付けさせる。そういう意味で私が住む離島は格好の場所だった」

 

「こう言ってはなんですが、よく引き受けられましたね・・・子供四人を一度に育てるとなると相当に大変だったでしょうに」

 

「うふふ。そうね。義経は良く泣いて、与一はよくそれで怒って、弁慶はそんな二人をのらりくらりと収めて。清楚には寂しい思いをさせたけれど、よいお姉さんになってくれたわ」

 

「それ以上に私達は嬉しかったけれどね。話を聞かされた時は運命すら感じたよ。源氏姓の私達に義経一派を育てる話がくるとは、とね。子供もいなかったからね。喜んで引き受けた」

 

懐かしそうに義経の父は続ける。

 

「はじめは、学術的な好奇心が強かったんだ。あの英雄たちは、幼少期はどういう才気を見せてくれるんだろうとか」

 

「・・・。」

 

それでも子を育てる方が大変だっただろうに、この両親は本当に嬉しそうに語ってくれた。

 

「ただ、渡してもらった赤ん坊を見てね、そんなの関係なく情がわいたのさ」

 

「源氏の自覚を持ってもらいつつ、のびのびと育てさせる。そんな教育方針になったんだよねぇ」

 

「ああ。弁慶と与一はのびのびしすぎたかもしれないがね」

 

そう言って笑うご両親に士郎はふと思った。

 

切嗣(じいさん)が生きていたら――――どう言ってくれたんだろうか)

 

切嗣はとにかく家を開けがちで。でもそれは置き去りにしてしまったイリヤを必死に探していたのだと後から知った。

 

呪いに侵され、徐々に命を削られていく切嗣は一体どんな気持ちで自分の事を見つめていたんだろうか。

 

娘を見つけることが出来ず、養子である自分とほとんど時間を合わせられない。きっと優しい切嗣はそれにも苦悩していたはずだ。

 

「島の住民にはどう名乗っていたんですか?」

 

「堂々と名乗っていたよ義経って。皆もまさか本物とは思わなかったろうけど」

 

その言い方にチリッと感じるものがあった。だが、今は言わないでおく。今それを言うのは無粋もいいところだろう。

 

「四人はどんな子供だったんですか?」

 

そう聞くと一枚の写真を見せてくれた。幼い四人が海ではしゃいでいる姿だ。

 

「ははは!四人とも可愛らしい」

 

義経達はもちろん、今ではずっと不愛想な与一も輝かしい笑顔を見せている。

 

「義経は真面目だったけど、まぁ泣き虫だったわね」

 

「与一もこの頃はまだ無邪気だったんだが・・・」

 

それには苦笑を浮かべるしかなかった。なぜこのまま育ってくれなかったのかと思いはすれど、まぁ彼は彼だろう。

 

「あわわわわ!お母さん、それはあまり・・・」

 

話しを聞きつけた義経が飛び込んでくる。

 

「電気を消して寝られないしね」

 

「わー!わー!!」

 

「まぁ今も真っ暗は無理なんだけどね」

 

「そうなのか?」

 

それは初耳だ。随分と可愛らしい部分があるようだ。

 

「べ、弁慶まで!士郎君、でも少しずつ克服してるんだぞぞぞぞ・・・」

 

「別にいいじゃないか。真っ暗が怖いのなんて誰でも一緒だよ」

 

「ほーう?じゃあ大将もそんな時があったのかい?」

 

弁慶のツッコミに困ったように。

 

「いや、俺はそういうの無かったけど・・・でもま、今でも暗がりは怖いさ」

 

どうしたって思い出してしまうことがある。一面に充満した死の匂いと助けを求める黒いナニカ。

 

それが何より辛かった。

 

「ほ、ほら!士郎君だって怖いじゃないか!」

 

「怖くても我慢は出来るようになったぞ?」

 

必死な義経に笑いを堪えつつそう言った。

 

「ほら、あの部屋が完全に暗くなる前に小さい明りがつくじゃないか!あの段階なら寝られるんだから!」

 

「あれって逆に怖くないか?暗い部屋で小さい光が一つだけ・・・」

 

「うわぁー!義経の努力がー!!」

 

聞きたくないと耳を塞いでブンブンと頭を振る義経。

 

「ふふ、主ってば焦ってるぅ」

 

「弁慶は、一番甘えん坊でずっと私にべったりしてたさ」

 

「ほう。意外なところだなぁ大和?」

 

いつの間にかこちらへ来ていた大和に振る。

 

「そうか?弁慶は割と「わ、私の件はスルーしていいから」そうか?」

 

クックックと大和と二人笑う。

 

「マイペースなのに一人にすると寂しがる。難しい子さ」

 

「・・・これは罰ゲームみたいだな」

 

確かに、幼少期の事を友達にバラされるのは恥ずかしいかもしれない。

 

「清楚は、運動神経良かったけど、本を気に入ってからは読書三昧だったね。大人びてたけど、おねしょは一番最後まで・・・」

 

「そ、それを言う必要全くないと思うよお母さん!」

 

意外だ。だが、ここでツッコミ入れて覇王が降臨しても困るので黙っておく。

 

「与一は集落の男の子たちと一緒にわんぱくだったよ。よく義経を泣かしていてね、それでいて、他の男の子が義経いじろうとすると怒るのさ」

 

「おいねつ造はやめろ!」

 

「ねつ造?全部記録してあるよぉ」

 

「くっ・・・アカシックレコードか・・・」

 

いや、間違いじゃないがそれだけがアカシックレコードでは困るのだが。

 

「俺の原罪(オリジナルシン)だ。聞かないでもらおうか」

 

「と言っても話は続いてるぞ」

 

大和の言う通り話は続いている。

 

「そんな腕白も、いつしか反抗期になったんだ」

 

「与一はどうして腕白をやめたんだ?」

 

「島には戦争の跡がくっきり残っていた。防空砲台とかな。そこで色々と歴史を調べている内にな。人の業に気が付いてしまったのさ」

 

「家出して大騒ぎになった時とかあったよ、与一は」

 

「あれは自分探しだ。家出じゃねぇ」

 

「そういえば今は清楚が衛宮君の家に家出しているんだったな」

 

「お、お父さん!」

 

「あら。やっぱり血は争えないわね」

 

クスクスと笑う昌子さん。

 

「いなくなった与一は、義経が一番はじめに見つけたんだ」

 

「お前も一緒になってはしゃぐな。俺のブラックヒストリーだぞ・・・」

 

「他にも色んな写真があるぞ」

 

「なんで持ってるの?」

 

「娘たちの写真を親が持つ。当たり前だろう」

 

「宝だな」

 

そういって昌子さんはアルバムを取り出して見せてくれる。

 

「うぁー・・・いっぱい見られている・・・」

 

「くっ・・・胸が疼く」

 

「こっぱずかしいなぁ・・・是が非でも大和達の両親も紹介してもらうよ」

 

「俺はいいけどしろ――――」

 

大和の言葉は途中で止まった。

 

(空気を読め)

 

(・・・そうだった。悪い)

 

ここで既に両親はこの世にいないなど言えるわけもなく、士郎は話を黙って聞いていた。

 

「そうだな。同じ目に遭ってもらうぞ」

 

「お、今の与一腕白っぽいな」

 

「な、なに言ってやがる!」

 

どうやら慌てると素が出るのが与一のようだ。

 

それからワイワイしながら夜は更けていき、その三日後。

 

義経達の両親が島に帰る日がやってきた。

 

俺と大和も見送りに行く。

 

「じゃあまたな」

 

「おはぎ作っておいたから後で食べな」

 

「うん・・・」

 

「ありがと」

 

「う・・・」

 

ポロリと義経の頬から涙が流れた。

 

「お父さん、お母さん、義経、頑張ってるから・・・」

 

「あらあら。ほらおいで」

 

「お母さんっ!」

 

「また正月に会えますよ」

 

「うん・・・うん・・・」

 

義経はよしよしと頭を撫でられていた。

 

「別れの為に真っ直ぐ涙を流せる。義経は良い子に育った」

 

御父君の言う通りだった。別れの時こうも素直に自分の気持ちを話せる人物は少ないだろう。

 

「あの。差し出がましいようですが俺と大和から贈り物です。」

 

それは小さな絵馬のようなストラップだった。紐が通しており、携帯などに付けられるような小型のものだ。

 

「これは・・・私達に?」

 

「はい。兄弟と両親がいつまでも一緒に居られますようにと」

 

絵馬には源氏と書かれ、小さな宝石も埋め込まれている。

 

このストラップもただのストラップではない。体力回復や病魔を退ける魔術効果が付与されている。

 

もちろん効果は小さなものだが、ないよりは断然いいものだ。

 

「こんなに手の込んだものを・・・ありがとう」

 

「いえ、またお会いできる時を楽しみにしています」

 

「こちらこそだよぉ。また話させて頂戴ね」

 

「はい。是非」

 

握手を交わして士郎と大和は下がる

 

「女々しいだろ・・・まぁ、女だけど」

 

「しかしな与一。泣いてくれなくなるのも寂しいものだぞ」

 

「フッ・・・まぁ元気で、な」

 

「衛宮君、直江君。よければ今度遊びに来なさい。島民500人くらいの小さな島だが・・・」

 

「ええ。是非伺わせてもらいます」

 

「俺も。どうか、お元気で」

 

とても素敵なご両親だった。

 

帰り道。義経達が九鬼ビルに入る前に、

 

「義経、弁慶、与一。お前達にも」

 

そう言って士郎が取り出したのは先ほどご両親に渡した源氏絵馬のストラップだった。

 

「え!?これお父さん達だけじゃなかったの!?」

 

「当たり前だろ。きちんと四人の分も作っておいたさ」

 

「共有した方がいいだろって士郎と話したんだ。それと・・・」

 

源氏と書かれた絵馬の後ろには、

 

「!源氏君だ!!」

 

「こんなに小さく・・よくやるね大将」

 

「これでもそれなりに創り手やってるからな。そのマスコットは前に大和がノートを見せてもらった時に書いてあった奴らしいけど・・・合ってるか?」

 

「うん!そっくりだよ!」

 

「ていうかそのまんま。よく覚えてたね」

 

「義経が大事にしてたからな。写して士郎に彫ってもらったんだ」

 

「もちろんご両親のにも彫ってある。これで彼の役目も果たせそうだな、義経」

 

「うん・・・」

 

ぎゅっとストラップを胸に抱きしめて、

 

「士郎君!!」

 

「おっと・・・どうした?」

 

「ありがとう・・・!」

 

胸元に熱いものが染みる。

 

「やれやれ・・・お父さんはああ言っていたが、あんまり泣き虫はいけないぞ、義経」

 

そう言いながら士郎は昌子さんがしていたように頭を撫でてやる。

 

「弁慶は泣かないのか?」

 

「なに?泣いてほしいの大和?」

 

「そうじゃないけど・・・」

 

「まったくどいつもこいつも涙腺が脆い。だが・・・ありがたく受け取るぜ。相棒・・・!」

 

「いやまて。なんで俺が与一の相棒なんだ」

 

「そうだぞ!相棒は・・・義経だ!」

 

泣きはらした目をぐしぐしと拭って義経が堂々と言った。

 

(んー普通ならそれでオッケーなんだけど)

 

「こらこら。義経の相棒は弁慶だろう?」

 

「ええっと、そうじゃなくて、その・・・」

 

(それでも一歩足りないんだよねぇ)

 

と弁慶は一人ため息を付くのであった

 




バトルが無いと言ったな。あれは嘘だ(キリッ)

というわけで小さなバトルを挟んで源氏のお父さんお母さんの話でした。バーベキューはオリジナルのつもりが原作見たら同じくバーベキューで被ったぁああっと絶叫してしまった作者です。

もっと色々な展開を考えてはいたんですが(士郎とお父さんの深い会話とか)結局この形がいいかなと落ち着きました。

次回は…どうしようかなぁ…プール行く?それとも宝具解放してから影薄くなった渋メンとの一日書く…?ちょっと悩んでます。

では!


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今を過ごす英霊

皆さんこんばんにちわ。最近風が強くて外に出たくない作者でございます。

悩みましたが今回はレオニダスを絡めた一話にしようと思います。

随分と影が薄くなっていましたが彼もまた今を満喫しているのだと伝われば嬉しいです。


早朝の5時。もう空は明るく、鳥たちの鳴き声もよく聞こえる。

 

「はっ!」

 

「ぬっ!」

 

そんな早朝に衛宮士郎はレオニダスと手合わせしていた。

 

鋭い斬撃が左右から迫る。レオニダスは冷静に盾と槍で弾く。

 

「流石防衛の英霊。士郎のあの斬撃を事も無げに防ぐとは」

 

「私も同じ槍使いとして手合わせしてもらったが彼は堅牢すぎる。士郎がカウンター型の守りだとしたらあの人は堅牢な城塞の如き硬さだ」

 

鍛錬の光景を眺めるマルギッテと林冲がお互いに言葉を交わす。

 

そんな間にも激しい剣戟が鳴り響く。

 

「ふわ・・・おはようございます。林冲さん、マルギッテさん」

 

「おはようございます」

 

「おはよう、清楚。今日は一段と早いんだな」

 

そんな中、葉桜清楚が目を覚ました。

 

「昨日は遅くまで史文恭さんの本を借りて読んでたの。ほとんど徹夜になっちゃって・・・」

 

「士郎曰く、防音の結界が張られているそうですが効果はありませんでしたか?」

 

「ううん。大丈夫だったよ。凄いよね。何もないはずなのにここに来た途端すごい音するんだもん」

 

そう言って戦う二人を見る。いつも劣勢など見せぬ彼だが、その姿は汗に濡れ、息は荒々しく。

 

とても余裕というわけではなかった。

 

「マスター!私は心底感動しております!本来守るべきマスターがこんなにも心強い戦士だとは!私、貴方に呼ばれたことを嬉しく思います!」

 

「そういうなら一発くらい入れさせてほしいものだな!私も貴方ほど堅牢なサーヴァントは初めてだ!」

 

キィン!ともう何本目になるか分からない夫婦剣が砕ける。

 

「チッ・・・流石防衛が得意なだけある。夫婦剣だけでは攻めきれんか」

 

「仮にもスパルタを守った身でありますからな。そう易々とはこの盾を抜くことはできません。もちろん、本気のマスターともなると、いささか事情が変わってきますが」

 

砕かれたのを機に士郎は縁側に置いていたやかんに入った麦茶をそのまま流し込み、汗を拭う。

 

「レオニダスもほら」

 

「いただきましょう」

 

受け取ったやかんから彼も麦茶をゴクゴクと喉を鳴らして飲む。

 

「うむ!この香ばしい茶は実にいいですな!汗を掻いた体に染みますぞ!」

 

「本当ならスポーツドリンクがいいんだろうけどな。俺はこっちの方が好みだ。・・・おはようございます、清楚先輩」

 

「おはよう。朝から鍛錬?」

 

「いつもこのくらいの時間にやってますよ。以前は一人でしたけどこうして手合わせできる人材が増えましたから」

 

そう言って士郎は林冲とマルギッテ、そして今も本に囲まれているだろう史文恭のいる方を見た。

 

「すごいね。あんなに強いのに。・・・俺を完膚なきまでに倒しておいてまだ鍛えるのか!」

 

「そりゃ、負けたくない戦いで負けるわけにはいきませんからね」

 

「士郎はいつもそう言う。具体的にそれはどういう時だ?」

 

そう問う林冲に士郎は悪戯を思いついたという顔で、

 

「強引に三人で手合わせしてきて、資格がありそうなら問答無用で連れて行こうとする時とかかな?」

 

「う・・・それは言わない約束だ・・・」

 

「はは。でもま、そういう時に備えてるってことだよ。これでも正義の味方を目指してるんでね。何かと身体能力と戦闘力が一番求められるんだ」

 

「マスターの志は立派ですが・・・それで身を滅ぼしたりしないか、私は心配です」

 

そう真っ直ぐに伝えてくるレオニダスに、士郎はセイバーを思い出した。

 

「とはいえ、それが俺の根っこだからさ。これでも10年は正義の味方として世界を歩いた。何の因果か、今はこうして高校生やってるけど」

 

そう言ってもう一度やかんを口に運ぶ。

 

「士郎は本当にすごいと思う。普通、正義の味方になりたいと思っても実行に移す人は居ないように思う」

 

「私も同感です。正義の味方と言えば警察やその国の軍を思い浮かべるでしょう。それを、どれにも属さず貴方一人で戦いに赴くなど・・・」

 

「それはもう耳にタコができるほど言われたよ。でも、諦められないし、なにより俺は自分にだけは負けたくないんだ」

 

それがどれだけ無謀であったとしても。どれだけ無理難題だとしても。助けを求める声があればそこに行く。それが彼の在り方。

 

けれど・・・

 

「なんだろうな。俺はまた世界を巡って正義の味方をしようって思う気が薄れてきたんだ」

 

「ほう。では正義の味方を諦めると?」

 

レオニダスの分かっているような顔と声に士郎は照れ臭くなった。

 

「もっと、狭い範囲の正義の味方でもいいのかなって。もちろん世界を相手に戦うのもいいけど、それだって俺がそこにいる人物を救えるだけだ。それなら、何処かに居を構えて大事な誰かを守るのも正義の味方なんじゃないかって。最近思うんだ」

 

それは今までの衛宮士郎の在り方を裏切る事になるかもしれない。切嗣からもらった全ての人が幸福でありますようにという願いに背くことかもしれない。

 

けれど。今の自分には守るべきものが増えすぎた。もう全てを振り払って世界へ飛び出すには無理がある。それに――――

 

「もう少し、他人を信用するべきだって。仲間を、大事な人を頼るべきだってあの時教えてもらったから」

 

今も昔の在り方を否定する気はないし、そちらの方が衛宮士郎としては理にかなっている。でも、そういう新しい考え方もあっていいように思うのだ。

 

「それは、きっとこの世界で大事なものを見つけられたからでしょうなぁ・・・」

 

レオニダスは慈愛の目で士郎を見つめた。きっと彼も今、様々な変化を受け入れてるのだ。

 

受肉していない英霊ではある。もし座に戻ることがあれば記憶ではなく記録として残るだけのことだろう。

 

しかし彼は今この時を精一杯生きている。(幽霊だけど)それと同じことなのかもしれない。

 

「なんかしんみりしちまったな。よし、鍛錬はここまでにして朝飯の準備するか!何だかんだもう6時ぐらいだし」

 

そう言って士郎はまずは汗を流すべく風呂に向かう。

 

「士郎!俺にも武器を寄越せ!俺もレオニダスと軽く鍛錬することにする!」

 

「って、今風呂行こうとしたのに・・・」

 

苦笑を浮かべながら方天画戟を投影して渡す。

 

「砕けたら終わりだぞ」

 

「んは!盾相手だがそう易々と遅れは取らん!」

 

「いいでしょう。私もまだまだ動き足りなかったところです!」

 

互いに気炎を上げて戦いに戻る二人に、やっぱり苦笑を浮かべながら士郎は今度こそ汗を流すべく風呂に向かうのだった。

 

 

 

 

朝食が出来上がり、皆が起きてきたころ合いで朝食だ。

 

「士郎、おかわり」

 

「私もいただけますかな」

 

「はいよ」

 

林冲とレオニダスにご飯を盛ってやる。実は衛宮邸、一升炊き炊飯器が二台準備されている。それは、とにかく皆よく食べるからだ。

 

前の世界ではセイバーが人一倍食べていたが、この世界では皆がよく食べる。こりゃ業務用、もしくはもう一台ないと間に合わんということで準備した次第だ。

 

「マスター、これはどのくらい入れればいいのでしょうか?」

 

「ん?・・・これは、プロテインジュースか」

 

レオニダスが取り出したのは某メーカーのプロテインジュース(ミルク味)であった。

 

「一回分がこのくらいだから・・・ちょっとまってくれ。水筒が必要だな」

 

サプリメントというよりは本格的な奴なので専用の容器があればいいのだが、無いようなので水筒で対応する。

 

「この匙で摺り切り何杯か入れて水を入れて振って溶かすんだ」

 

容量は袋に書いてあったので水筒に合わせて数杯入れて水を入れる。

 

「レオニダス、振ってくれ。結構溶けづらいから、根気良くな」

 

「わかりました。ぬん!」

 

バッシャバッシャと振りまくるレオニダス。

 

「しかしなんで急にプロテインジュースなんか持ってきたんだ?」

 

「ガクト殿に教えてもらったのです。筋肉をより成長させる飲み物があると!これは私も黙ってはいられないと買いに行ったのですが・・・どれがどれだか分からないのでガクト殿のものを分けていただいたのです」

 

「なるほど。それで容器までは持ってなかったのか。というか、間違ってはいないがお前筋肉成長しないだろ・・・?」

 

「何をおっしゃいます!我が筋肉は不滅!マスター達との毎日の訓練で少し・・・いえ、きっと!成長しているはずです!」

 

するか!と言いたいがこれもまた彼の楽しみなのだろうから黙っておく。

 

「専用の容器買いに行こう。本当なら透明な容器で中身が溶けているかちゃんとわかるんだ。そんなに高くもないし金柳街に行こう」

 

「それは嬉しい申し出ですな!任せてください、きちんと小遣いは準備してありますので!」

 

レオニダスは一応前に九鬼揚羽が来た時に、本人に他国が干渉してこないように配慮してもらっているのだが、まさかそこいらでアルバイトさせるわけにもいかない。

 

しかし、自分も食事や学園に通うのならばと、何かしらの依頼を受けた時には金銭を少しばかりもらっているようだ。

 

一番は学校の体育らしい。臨時講師扱いということで時間給を貰っているそうだ。後は九鬼の本社での従者達への調練も行っているらしい。そこでも時間給を貰っているそうだ。

 

流石に鍛錬を頼む学生などからは取らないが、一応団体や企業に頼まれた場合は九鬼を通して給料をもらっているらしい。

 

とはいえあくまで微々たるものなので、ある程度は自分の貯金(でっかいがま口財布)としてほとんどを士郎に渡しているのが現状だ。

 

彼自身がそうお金を使わないのもあるようだが、大分貯まっているらしいので問題ないだろう。

 

「衛宮士郎。街に行くならこれを買ってきてくれ」

 

「ん?」

 

史文恭から渡されたのは何やら本のタイトルがびっしり書かれたメモだ。

 

「おいおい、これ通販で買った方が楽に手に入るんじゃないのか・・・?」

 

中々にマニアックなものから聞いたこともないものまで。はっきり言って内容が不明のものだらけだ。

 

「それはそうなのだがな。なるべく費用は抑えたい。ある物だけでいいから買ってきてくれ」

 

「・・・ちなみに今日の予定は?」

 

「読書だ」

 

胸を張って言っているがそれは予定が無いのと同じではなかろうか。

 

「まぁいいけど。たしかキャップが働いてる本屋があったよな・・・」

 

早めに連絡しておこうと士郎は携帯を開いた。

 

 

 

 

 

 

朝食後の腹ごなしに街へと出る。目的はレオニダスのプロテインジュースの容器と普通に士郎の買い物だ。

 

「確かキャップが働いてる本屋は・・・」

 

金柳街を歩いていると、

 

「士郎!こっちだこっち!」

 

「ああ。いたいた」

 

今日も今日とてバイトだったらしく、何とか見つけられた。

 

「よく来たな!」

 

「お?友達かバッキャロー。サボるんじゃねぇぞ?」

 

「サボるかよ!店長、むしろ士郎は上客だぜ?」

 

「なに?」

 

「これをお願いしたいんですが」

 

そういってメモを店長らしきおじさんに渡した。

 

「ほう・・・これは随分好き物じゃねぇか。全部はねぇが大体はあるぜ。今準備するか?」

 

「いえ、量が量ですから買い物の帰りにでも購入させて頂ければ幸いです」

 

こんな大量の本を持って買い物に歩きたくはない。

 

「まかせときな。ある分は準備しといてやる。帰りに寄ってくれ」

 

「お願いします。頼むぞキャップ」

 

「おうよ!じゃ、またあとでなー」

 

全部とはいかないが何とか買えそうな空気なので安心した。

 

「しかし史文恭殿と葉桜嬢は実に本が好きですな。私もいくつか数学の文献など聞いてみましたが打てば鳴くようにぴったりの本が返ってくるのです」

 

「数学の文献って・・・そんなものまで読んでるのか?」

 

いくら本好きとはいえそれはいかがなものだろうか。

 

「いきなりその文献に辿り着くわけではないようです。他の本に出てくる気になる単語を調べて行ったら別の本や文献に当たる、ということらしいですぞ」

 

「あーそれならちょっとわかるかも」

 

ネットで調べものなどしていると、ちょっとしたことで話題から外れていき、最終的に全然関係ない動物の生態とかに行く奴である。

 

「それはそうと、ここがスポーツ用品店だな」

 

ゴムや皮独特の匂いのする大きなスポーツ用品店に入る。

 

「おお・・・初めてきましたが実に多くのトレーニング、スポーツグッズがありますな!」

 

「あんまり目移りするなよ?こういう所は関係ないものまで欲しくなったりするからな」

 

「確かに・・・トレーニンググッズを見ているとむずむずいたします!」

 

・・・これは早く店を後にした方が良いかもしれないと士郎は急ぐのだった。

 

スポーツ用品店を出てすぐ、士郎はスーパーで買い物だ。

 

「えーっと、今日は何が安いかな・・・」

 

何かと消費の多い食はいつも士郎を悩ませる。お金が、ではなくメニューが、だ。

 

昔は虎に食事代を払わせることと、自身のアルバイトで何とかしていたが、今は鍛造という高価な商品を手掛けているのでそこまでお金に困ってはいない。

 

それはいいのだが、家に住む女性たちの食欲の旺盛さに困り、肉、野菜、魚と結局全部用意する羽目になっているのである。

 

一応メニュー自体はなんとかいじっているのだが、元の量が量なのであまり代わり映えしないのが難点だ。

 

「お、今日は夏野菜が特売なのか・・・カレーにでもするか」

 

今日はどうやら野菜系が安いようなのでカレーにしようと決めて士郎はカートを押す。

 

「いいものですな。道具にも食事にも困らない。これだけの量、これだけの人が一日来店しても完全になくなることはない。私の時代では考えられないことです」

 

「流石にレオニダスの時代と一緒じゃ進歩がないだろう?今はギリシャもこんな感じじゃないかな」

 

実際に行ったことがあるわけではないので分からないが、流石にレオニダスの時代と同じではないだろう。

 

「祖国に行ってみたい気もするのですが少し怖いですな。いつかの面影が無くなってしまっているというのも寂しいものです」

 

「そうだな・・・レオニダス程じゃないけど、前の世界に居た頃は世界中を回って、故郷の冬木に帰ってきたら景色が変わってたりして寂しかったな」

 

何気ない物でも時が経てば何かしら変化が訪れるものだ。それを受け入れ、対応していかねば先は無いのだろう。

 

「あ!士郎君!」

 

突然呼びかけられたので振り返ると、そこにいたのは源氏トリオだった。

 

「珍しいじゃないか。三人で買い物なんて」

 

「そうでもないけどね。たまたま私の川神水のツマミが無くなってきたから買いに来ただけ」

 

「そういう割にはきちんと献立考えてるじゃないか」

 

ツマミコーナーの乾物やナッツといったものではなく、きちんとした具材だ。

 

「・・・ちくわ、多くないか・・・?」

 

それだけは異様に多かったが。

 

「士郎君とレオニダスさんも普通に買い物か?」

 

「ああ。何せ食い扶ちが増えたからなぁ・・・食材がすぐ無くなって困る」

 

「マスター。そういうことなら私は・・・」

 

「それは言いっこなしって言っただろう?折角ここにいるんだから一緒に食べよう」

 

「・・・そう言われては、辞退できませんな」

 

「?」

 

義経は分からないが本来レオニダスに食事は必要ない。

 

それでも一緒に食べるのは士郎がそうしようと言うからだ。

 

「それはそうと、なんで義経達が買い物を?いつもは九鬼が準備してくれるんだろう?」

 

「え?ああ!えっと・・・自分たちのおやつは自腹なんだ!」

 

「・・・ネギと砂肝とちくわがおやつ?」

 

「「「・・・。」」」

 

いくら何でも無理があった。

 

「ま、まぁ人によりけりだよなうん・・・」

 

「あ、あはは・・・」

 

「まったく。私のツマミ用だって言ってるじゃないか。それはそうと、与一は?」

 

「ああ、それなのですが。与一殿は私を見るなり一目散に逃げていきました」

 

「なにぃ?」

 

ぐるぐると見回しても与一の姿はない。

 

それもそのはず。実を言うと、協調性のない与一は一度体育でみっちりとレオニダスに絞られた経験がある数少ない人物なのである。

 

団体行動を乱す輩にレオニダスは一切容赦しないので軽くトラウマになっているらしい。

 

「逃げ出すもなにも、普通にしてればレオニダスさんは何もしないのにね」

 

「レオニダスさんごめんなさい・・・源氏の大将として深く反省する」

 

「いやいや、義経殿が責任を感じる必要は無いように思います。誰しも誰かに 叱咤激励されて育つもの。恐れられるのは寂しいですが、それもまた彼の為と思えば、どうということもありません」

 

「おお。流石王様だ。器が大きい」

 

「義経もそうありたいと思う!ありがとうございます!」

 

「はっは!私などまだまだ。ですが嬉しいものです」

 

結局与一は姿を見せなかったが、二人と料理やツマミについて話しながら買い物を進め、士郎とレオニダスはスーパーを後にした。

 

「大丈夫ですかマスター。そんなに買い物袋を持って・・・」

 

「大丈夫。というかレオニダスには本を頼みたいんだ」

 

「なるほど。確かに相当な量でしょうからな。我が筋肉にお任せください!」

 

ぬん!と力こぶを見せつけてくるあたりレオニダスもガクトの影響を受けつつあるのかもしれない。

 

「おー来たな!準備出来てるぜ!」

 

キャップの声が聞こえてそちらに向かう。

 

「こいつが今準備出来る分だバッキャロー。残りは時間さえくれれば揃えられるぜ」

 

「ありがとうございます。お代はと・・・」

 

事前に預けられた札束を取り出し数える。なんとも手が震える光景だが、あれでも最強の傭兵集団の一角。その武術指南役なので現在金には困っていないと渡されたのだ。

 

(まったく、人前でこんな大金数えることなんてないって言うのに)

 

大きな稼ぎを出している士郎でも、目の前で札束を数えるなど早々ない。非常識極まりないし。

 

とはいえ買う量も量なので何とも言えないのだが。それくらいあのメモにはびっしり書かれていた。

 

「これで合ってますか?」

 

「じゃ、数えさせてもらうぜ。ひのふの・・・」

 

「キャップ。数えてもらってる間に箱に詰めておかないか?」

 

「心配すんな!もう箱に収めてあるぜ。それとメモの方は・・・」

 

レ点がついてるのは今回あったもの。△は後程準備出来るモノのようだ。

 

「すまないな。大変だったろ?」

 

「ああ、もう店長の店で大冒険してる感じだったぜ!最近は源氏ものがイケると思ってたんだがよ。それ以外だったから店の奥までひっくり返したぜ」

 

「それはまぁなんとも・・・」

 

悪いことをした、とも思うがこれが大きな収入になるのだから許してほしい。

 

「おう。お釣りだバッキャロー。大事に読んでくれよな!」

 

「それは間違いなく。ありがとうございました」

 

「それはこっちのセリフだぜ!んでどうやってはこ――――」

 

「こちらですな!ぬん!」本がぎっしり詰まった段ボールを軽々と持ち上げるレオニダス。

 

「まじか!これでもそこのバッキャローと二人で何とか運んでたのによ!最近の若者はすげぇな」

 

「これでも鍛えておりますので!そしてこれもまた鍛錬となりましょう!」

 

人間、持久力を鍛えるのは相当に大変なのである。筋力はあっても、ずっと何かを持ち続けるのは非常に辛いのである。

 

それは軽い物であっても同じなのだ。軽いもの、簡単に持ち上げられるものでも、ずっと持ち続けると手の感覚が無くなり、最後には落としてしまう。

 

その辺も鍛錬に取り入れているのがレオニダスのすごいところだ。なにも筋力ばかりでなくそれをキープする鍛錬も同時に行うのである。

 

(だからガクトはあれだけ伸びたんだろうな)

 

初めて会った時のガクトは一般人としては凄く強いレベルだったのに対し、今では武士娘に匹敵する強さだ。

 

ステゴロなのでなんとも言えないが、当時の一子と今のガクトが戦ったら間違いなくガクトが勝つだろう。

 

そのくらい彼は成長しているのだ。

 

(何だかんだ、この世界の住人としてはいいことなんだろうな。俺としては複雑だけど)

 

とにかく戦闘の絶えないこの世界、というか川神という場所で戦闘能力の向上は何事にも捨て難いだろう。

 

それで何かの職に就けるのであればなおさらである。

 

「マスター、あそこに見えるのは史文恭殿と葉桜嬢では?」

 

「ん?ほんとだ。おーい」

 

「あ、いたいた」

 

「買い出しご苦労。で、例のものはあったか?」

 

真っ先に本の確認をしてくる辺り本当に本好きな女性である。

 

「全部は無かったけど大体はあったらしいぞ。メモに今回買えたものが書いてある。それ以外は時間さえもらえれば準備してくれるそうだ」

 

「わぁ!よかった!ありがとう、士郎君、レオニダスさん」

 

「私からも礼を言う。・・・しかし、部屋が手狭になってきてな」

 

二人は士郎から買い物袋を分けて貰い、共に帰路に着く。

 

「ん?俺と帰るのか?なにか用事があったんじゃ・・・」

 

「ううん。士郎君とレオニダスさん、すごい荷物量だろうから迎えに行こうって史文恭さんと話してたの」

 

「頼んでおいて持ってこさせるのも些か礼に欠けると思ってな」

 

「・・・。」

 

予定は?と聞いたら読書、と返してきた人物にはとても思えない。

 

「今日の予定は読書じゃなかったのかな?」

 

悪戯小僧の顔で言ってやると史文恭は少し顔を赤くした。

 

「どうしても読みたい本が一冊あっただけだ。それに、お前の屋敷は心地いい。気を付けないと堕落しそうになる」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいな。しかし本の置き場か・・・」

 

ここの所曹一族から送られてくる本。史文恭がその都度買い足している本。そして清楚が読む本と、本だらけになりつつある衛宮邸。

 

「・・・いっその事書斎でも作るか?」

 

「「本当(か)!?」」

 

「ああ。いくつか部屋を潰して大きな書斎にしよう。多少不格好になるかもしれないけど、少しはマシになるだろう?」

 

元々到底住めない屋敷をリフォームしたのは士郎なのだ。もう一度、全体ではなく数か所の壁を取り払って書斎にするくらい彼としては問題ないだろう。

 

「書斎かぁ・・・私、出てこなくなっちゃうよ?」

 

「寝具付きにしてくれ」

 

「それはダメだろう・・・」

 

と言いつつ、後日完成する衛宮邸の書斎には小さなテーブルとイス。そして布団が敷かれ、本好きの二人にはまたとない憩いの場になるのだった。

 

 

 

 

昼食を取った後、九鬼に呼ばれて調練をしに行くレオニダスを見送って、士郎はどうしたものかと考える。

 

(依頼の品は大体できてるし書斎を作るにはちょっと早計だな。図面も作らないといけないし)

 

やることはある。やることはあるのだが、ありすぎて、しかも優先度が大体同じなのでどれにしようか迷う。

 

「士郎。手すきならこちらを手伝ってくれませんか?」

 

「マル?何をして――――」

 

クマだった。とにかくたくさんのクマだった。

 

「これ、どうしたんだ・・・?」

 

「お嬢様の父上・・・中将からの贈り物です。大体はお嬢様のものなのですが・・・」

 

「自分のもあると・・・」

 

仕分けして箱に詰め直しているらしい。

 

「いいけど、どう手伝えばいいんだ?」

 

「私が仕分けるので箱に入れたものに封をしてリボンを付けてください」

 

「リボンまで付けるのか・・・」

 

あの親バカ軍人は一体何処まで親バカなのか・・・

 

「とりあえずこっちの奴は閉じていいんだな?」

 

「ええ。リボンはそこにあります」

 

引っ張るだけでできる簡単なやつだ。それに両面テープを張り、箱に張り付ける。

 

「それにしてもなんでこんなにあるんだ?」

 

「先ほども言いましたが中将からの贈り物です。お嬢様は川神一子に負けぬようにと日々研鑽を重ねています。その一日一日へのご褒美だそうです」

 

「・・・親バカにもほどがあるぞ」

 

なんだ。そうしたら一年365日分のクマのぬいぐるみを準備する気なのか?

 

「いくら何でも甘やかしすぎじゃないのか?」

 

「・・・ここだけの話しですが、今回のは私も同意見です。ですが、お嬢様の悲しむ顔は・・・」

 

それでマルギッテの方で調整して渡してるわけか。通りで部屋がクマで溢れているわけである。

 

「で、どうやってこの量を捌くんだ?」

 

「何かの記念にまとめて渡す予定です。例えば誰かから一勝をもぎ取ったとか」

 

「・・・。」

 

それは記念と言えるのだろうか。ただの戦闘の報酬みたいではないか。

 

「せめてテストでどれくらいの成績だったかとかにしといた方が良いぞ。腕っぷしは有るにこしたことは無いが、クリスはフランクさんの跡取りだろう?戦闘力よりも頭脳の方が大事だと思うんだが」

 

「――――!それは盲点でした。確かにお嬢様に必要なのは大将として率いる力。そして交渉や作戦における頭脳戦。これは方向性を変えなければいけませんね」

 

「って、言ったのは俺だけどいいのか?日々のご褒美なんだろう?」

 

「問題ありません。渡し方は私に一任されていますので」

 

「・・・マルの部屋は常にクマで溢れていそうだな」

 

見た目に合わずファンシー趣味の女の子になりそうだ。

 

「今、馬鹿にしましたか?」

 

鋭くマルギッテが察してくる。

 

「馬鹿にしたわけじゃなくて可愛い趣味の部屋になるなって思っただけだよ」

 

「・・・ッ!」

 

実際、大半がクリスのものだが全部ではないのだ。綺麗な棚に所狭しと飾られているのはマルギッテのだろう。

 

「マルギッテもぬいぐるみ好きなのか?」

 

「・・・嫌いではありません」

 

素直に答えない辺り、強情だ。そういえばセイバーもライオンのぬいぐるみを大事にしていたっけと思い出す。

 

それからしばらくはマルギッテと会話しながらぬいぐるみの箱詰め作業に取り組んだ。

 

 

 

 

そして夜が更け、夕食も食べて各々が自室に戻った頃、士郎は防音の結界が張られた鍛造所で剣を打っていた。

 

なぜ夜にやるのかと言うと、夜の方が鉄の赤熱具合がよく見えるからである。

 

もし、防音の結界が張られていなければ苦情ものだろう。そのくらい、中は熱気と鉄を鍛つ音で満ちていた。

 

と、

 

「士郎――――熱い!」

 

「林冲?」

 

ぶわりと強烈な熱気を浴びたのだろう。まるで火傷でもしたかのように悲鳴をあげた林冲が鍛造所の入り口からそっと顔を出していた。

 

「なんだ、まだ寝てなかったのか?夜更かしは良くないぞ」

 

「士郎だって。こんな夜遅くに・・・と言ってもしょうがないか・・・」

 

彼女も一級の傭兵だ。故郷の梁山泊で見知っているのだろう。

 

今も梁山泊には鍛造を担当する者がいるらしいが、士郎の作品には及ばず日夜がんばっているらしい。

 

「それで、どうしたんだ?呼びに来たんだろ?」

 

「いいのか?まだ鍛っている途中みたいだけど」

 

「ああ。コイツは試作品だからな。玉鋼を作ってみたんだ。なかなかどうして、これがうまくいかない」

 

実際には十分に価値ある玉鋼なのだが、士郎の解析では望んだ場所に行きついていない。

 

「玉鋼って・・・一人じゃ作れないだろう」

 

「そこはそれ、俺の秘密の精錬法さ」

 

それが出来なければ個人の気脈に対応した刀など打てやしない。

 

「それで――――ああ、君か」

 

「邪魔してるぜ。へぇ・・・ちいせぇけど本格的な場所だな」

 

入ってきたのは忍足あずみだった。

 

「注文の品かね?」

 

「ああ。受け取りに来た。遅くにわりぃが、自分で見ないと安心できないんでね」

 

「その気持ちは分かる。準備して、っと、このままでは失礼だな。軽く汗を流していくから居間で待っていてくれ。林冲、お茶を頼めるか?」

 

「わかった。忍足あずみ、こっちだ」

 

適当な返事を返したあずみが玄関の方に行く。士郎は注文された品、あずみの新たな短刀を持って縁側から上がり、風呂に直行して汗を流し、居間に戻る。

 

「待たせたな。これが依頼の品だ」

 

出されたケースに納められていたのは二本の短刀。柄は忍足あずみが持っているものと同じものを準備した。

 

「これがあたいの?冗談キツイぜ。義経の時も思ったがお前の鍛冶師としての腕は頭おかしくなるぜ」

 

早速短刀を抜き、自分の顔を映し出す刀身にあずみは額に汗を流した。

 

「違和感はないかね?」

 

「無い。ないどころか無さ過ぎて逆に怖え。今携えてる、今さっきまで使ってた愛刀のほうに違和感を感じちまう」

 

「それは風魔で鍛えられたものか?・・・ああ、秘密なら言わなくていい。ただの好奇心だ」

 

風魔というのは士郎の世界にも存在したが、まさか今この時代まで生きている風魔はなかなか見ない。

 

「別にもういいけどよ。確かにあたいのは風魔でこしらえたもんだ。だから準備なんかしなくていい、そう思ったんだけどよ・・・」

 

ヒュン、ヒュン、と短刀を振る忍足あずみ。

 

「まてまて、室内で振り回すな。外に試し切りの素材が置いてあるからそれで試せ」

 

「悪い悪い。想像以上に手に馴染むんでよ。で、どれだ?」

 

「そこにあるだろう。藁人形、畳、そして鉄板だ」

 

「鉄板!?あたいに斬鉄しろってか!?」

 

「出来るだろう?いや、そちらはやってもやらなくてもいい。例の機構を使ったらどうなるかだからな」

 

「マジかよ・・・まさか義経の刀も?」

 

「ああ。完全・・・とは言うまい、50%くらい使えてればあれくらいはバッサリだ」

 

「・・・。」

 

それを聞いてあずみはまず藁人形と畳を切る。

 

「あん?確かに切ったが・・・」

 

どちらもそのままである。

 

「突いてみたまえ」

 

「・・・。」

 

士郎に言われた通り指先で突くと、切られたのを思い出したかのように倒れた。

 

「まじか。これで十全じゃない?頭おかしいぜ」

 

「ふむ。なかなかいい出来だ。次は斬鉄、してみるかね?」

 

「ここまできたらやってやらぁ!」

 

チャキ、と構えるあずみに士郎は待ったをかけた。

 

「こら。何のために君の一部を練り込んだと思っている。きちんと活かせ」

 

「そうだった」

 

そのままでも彼女は切るだろうが、鉄板を用意したのは気による強化を体験するためだ。

 

「?・・・??」

 

「ああ、違う違う。こうするんだ」

 

またもや纏わせようとする川神人に嘆息して士郎は後ろに回って忍足あずみの手に自分の手を重ねた。

 

「おいテメェ。しれっとあたいに――――」

 

「集中しろたわけ。それとも義経に何歩も先を歩かせるつもりか?」

 

「・・・。」

 

流石にそれは困るとあずみは黙った。彼女達は導く側でなければならないのだから。

 

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

 

「――――ッ!」

 

まるで内側から手の先に刀があるように士郎の魔力に引きずられて短刀の気脈にあずみの気が通った。

 

「この感じだ。外ではなく内側の通り道に流す。だが忘れるな。それは刀の血管にして神経だ。流れは均一でなければならない。量も均一でなければならない。いくらでも余分な分を発散できる『外』とは違う」

 

「ああ――――これは想像以上に――――」

 

心地いいとあずみは思ってしまった。まるで士郎の手に導かれるように気が流れていく。それまでの使い方がとても雑に思えるほどに澄んだ気の通りだった。

 

「よし、では手を放すぞ」

 

「――――あ」

 

いつの間にか士郎に背中を預けていたのに気づき、慌ててあずみは刀へと集中する。

 

先ほどの様にはいかないがそれでも義経よりしっかりと扱えていた。

 

「そら。短刀を振り下ろしてみるといい」

 

「テメェ。後で覚えとけ、よッ!」

 

ザン!と今度は確かに何かを切った音がする。

 

「・・・。」

 

「どうかね?新鮮な気分か?」

 

「・・・ああ。正直、ずっと・・・んんっ!!」

 

なぜかあずみは咳払いをした。

 

「?どうした?咽たのかね?」

 

「うるせぇ!とにかく凄かったよ。これでも色んな武器を試したがこれが一番だ。これ以上のものはねぇってくらいにだ」

 

「そうか。ならばよかった」

 

そう言って士郎は笑った。

 

「んだよ・・・そういう顔も出来んじゃねぇか・・・」

 

「どうした?まだ試し切りしたりないのかね?」

 

「なんでもねぇ!それより金の話だ――――」

 

あずみはあえてお金の話を出したが、そもそも依頼者は九鬼英雄なので九鬼から振り込まれるので特に問題はない。

 

それが照れ隠しだと気づかず、士郎は真面目に話を聞くのだった。

 

 

 

――――interlude――――

 

士郎が忍足あずみと話しているころ、レオニダスは屋根の上からその姿を見ていた。

 

(マスターは罪作りな男ですなぁ・・・)

 

ちょっとしたことで相手を魅了する。いや、腕の立つ者であればあるほど、彼の精密さと危うさに惹かれていくのだ。

 

(ですが、マスターのそれは魔術師としては危険極まりないもの。もしもの時はしっかりお止めせねば)

 

誰が知ろう。魔術回路を一から作るという行為を何年も続けたという馬鹿げたことをやっていたとは。

 

本来起動させたらそれをオフにするだけだというのに。

 

ただ愚直に前へ進もうとするその姿は男女問わず魅了してやまないのだろう。

 

(大丈夫です。貴方にはこのレオニダスがついております。貴方の思うがまま、真っ直ぐに進んでください)

 

いつの日か。この身が座に帰るその日まで。レオニダスはこの危ういマスターを守り続けようと誓った。




上手くかけましたかね…レオニダスも結構マジ恋世界を満喫しております。彼からすればミルク味のプロテインとかもう最高でしょうね(笑)

最後にちゃっかりでました忍足あずみ。そろそろねー彼女も絡んでこないと…といいながらもう二人、急いで出さないとヤバイ人達が…一人は入学時期ズレちゃう一人は多摩川のほとりで凍死しちゃう…忙しすぎる!!!けど、頑張ります。

では!


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剣聖の末娘

皆さんこんばんにちわ。活動報告にも書くところなのですが入院になりそうな作者です。

一応スマホやノートパソコンを使わせてもらえるはずなので何とか執筆を続けたいと思います。

今回はまゆっちの妹登場です。が…メインはまゆっちかも…?
では!



青い空に雲の無い晴天。今日は一日いい日になりそうだと思った。

 

そう思ったのだが・・・

 

「妹の沙也佳です」

 

「初めまして。黛沙也佳です」

 

急な来訪に正直困っていた。

 

「ああ、俺は衛宮士郎。一応由紀江と同じ学園の二年生だ。けど、由紀江とは仲良くさせてもらってる」

 

「・・・本当にお姉ちゃんのお友達なんですね」

 

マジマジと見られるがそれも仕方ない。なにせ、由紀江は携帯ストラップの松風と会話する特殊な娘である。

 

今回その妹、黛沙也佳が北陸の自宅から来たのは、ぼっちでしかも自作自演会話をする姉に本当に友達が出来たのか確認しに来たらしい。

 

「その、お姉ちゃんのことどう思ってます?」

 

「え?」

 

いきなりと言うか、いまいち意図の読めない問いに士郎は困る。

 

「さ、沙也佳!士郎先輩に失礼です!」

 

「でも、上部だけの友達だと危ないでしょ?」

 

「そんなことはありません!士郎先輩はとても優しい方です!」

 

「そうだぞ妹ー!シロ坊に謝れー!」

 

「・・・こんなお姉ちゃんですよ?」

 

「あはは・・・確かに最初は面食らったけど、今ではもう慣れたよ。なかなか本心を口に出せない分、ああしてるんだろう?ちょっと歪だけど人それぞれだから」

 

苦笑を浮かべて士郎はそう答えた。どうにもこの子は姉と違ってリアリストっぽい雰囲気を醸し出している。

 

「ふぅん・・・わかりました。失礼なこと言ってごめんなさい」

 

「気にすることは無いさ。姉思いの良い妹じゃないか」

 

「・・・。」

 

由紀江はすぐには答えなかった。その様子にはてと首を傾げていると、

 

「おーっす!まゆっちとその妹いるなー!遊びに行こうぜー!」

 

と、キャップが出現し、他の皆もぞろぞろと衛宮邸にやってきた。

 

「ふー・・・暑いねぇ・・・」

 

「これから遊ぶのに大丈夫か?モロ」

 

「モロはそう言いながら最近筋肉がついて逞しくなったんだよな?」

 

「う、うん・・・流石にあの体育を続けてたら自然とね」

 

「そうねー。レオニダスさん、結構容赦ないから。アタシも、びるどあーっぷ!よ!」

 

「自分も最近さらに力がついたからな。いつまでも犬に負けてられん!」

 

「ワン子もクリスもはしゃぎ過ぎ。士郎困ってる」

 

「流石京・・・それより、まずは電話で連絡くれればよかったじゃないか。ここまで暑かったろ?」

 

「それはもちろん」

 

「士郎冷たい飲み物とおやつだ!」

 

「実はまだ何をするか決めてない」

 

「・・・。」

 

おいおい。と思う士郎であるが仕方あるまいと招き入れる。

 

「じゃあまず適当に冷たいお茶「ピーチジュース!」でいいな・・・」

 

相変わらずの百代にはぁ、とため息を吐いて一人分桃ジュースを準備する。

 

「あの!士郎先輩、お手伝いします!」

 

「ああ、ありがとう由紀江。何処かの誰かさんは注文だけつけてふんぞり返ってるからな。助かる」

 

「なんだよー美少女にだって給仕はできるぞ」

 

「ほう。じゃあ由紀江の様にできると?」

 

零さず、丁寧に配る由紀江を見て百代は若干小さくなって唇を尖らせた。

 

「別にできなくないもん」

 

「はいはい。出来ないことは素直に出来ないって言おうなー」

 

よしよしと黒髪を撫でて士郎はもう一度台所にいく。

 

「みんなアイス食べないか?作った奴があるんだ。最初に言うけど桃味はない」

 

「食べるー!」

 

「この暑さにアイスは最強だよな!」

 

「おっしゃあ!全種類持ってこい!食べ比べしようぜ!」

 

「腹壊すからやめろ。バニラとリンゴのシャーベット・・・あとはストロベリーだ」

 

「はいはい!リンゴのシャーベット!」

 

「自分もだ!」

 

「俺はバニラかな」

 

「俺様もバニラだ!」

 

「僕はストロベリー。京は?」

 

「うーん・・・ストロベリーで」

 

「ぜ・ん・ぶ!!」

 

「俺もだ!」

 

「人の話を聞いてなかったのか・・・?」

 

しょうがないので二名だけ三種類を少しずつにした。

 

「じゃ、食べながら話そう」

 

「あっ!まゆっちと沙也佳ちゃんだけチョコレート!ずりぃ!」

 

「二人は手伝ってくれたしお客さんだから特別」

 

「なぁまゆまゆ、私達、友達だろう・・・?」

 

「はうっ!?」

 

「やめんか!」

 

早々に食い尽くして由紀江に迫る百代にチョップを落として士郎は自分の分のバニラを食べる。

 

「なんだよーいいじゃんかよー」

 

頭を手で押さえて百代はまた唇を尖らせる。

 

「よくない。それより話が進まないだろう?何して遊ぶんだ?」

 

「そうだなぁ・・・このまま涼むのもいいけど、夏だしな。体動かしたいよな」

 

「確かに。暑いからって涼しい所でじっとしてるのもな」

 

「じゃあ久しぶりにサッカーやらね?終わったら大扇島あたりでバーベキューしてさ」

 

「ああ、あそこなら幾分涼しいし、やれるかも」

 

「モロも自信ついてきたみたいで何よりだな」

 

「じゃあ決定!今日はサッカーして、バーベキューだ!」

 

おーう!と返事をしてバタバタと外に行くキャップ達。

 

「後片付けってもんがあるんだけどな」

 

すっかり置いていかれた士郎は苦笑を浮かべて片付ける。

 

「あの、手伝います」

 

「大丈夫大丈夫。これくらいすぐ片付くさ」

 

士郎はそう言ってあっという間に片付けてしまった。

 

「わぁ・・・早い。しかも丁寧」

 

「さて、ボールは誰か持ってきてくれるとして、場所は大扇島だったよな?」

 

前に義経の両親をもてなした場所だ。確かにあそこには公園があった。

 

「んー!夏の日差しが心地いいな!暑いけど!」

 

「夏って感じよねー」

 

「俺様だけなんでビショビショ?」

 

「それはガクトが海に飛び込んだからでしょ」

 

「誰もついてこなかったからなー。寂しい・・・」

 

「まぁ水系は今度だ今度」

 

「というかいきなり飛び込むとか何やってるんだよ・・・」

 

流石に可哀想なので百代が乾かしているが。

 

「それはそうとボールは?メンツは丁度分かれるとして――――」

 

「ネバっと参上!松永燕だよん」

 

「納豆小町!?」

 

「おーい士郎くーん!」

 

「みんないるね」

 

「義経に弁慶、那須与一も!」

 

パシャパシャとシャッターを切りまくる沙也佳。さらにはカップ納豆にサインしてもらっている。

 

「てか与一よくきたな」

 

「出かけるところを姉御に抑えられたから逃げられなかった」

 

「逃げるとか。ただ遊ぶのになにを言ってるのかねぇ」

 

弁慶ははぁ、とため息を付き義経はキラキラとした目で皆を見つめる。

 

「すまないな義経。色々忙しいだろうに」

 

「ううん!夏期講習が終わったところだから丁度良かったんだ!呼んでもらえて義経は嬉しい!」

 

「そうか。そうすると・・・」

 

いざチーム分けとなるのだが、百代と燕は別として自分は何処に入ったらいいものか。

 

「んー・・・審判かな?」

 

「なんだよーお前も入れ!もちろん私の――――」

 

「じゃあ松永先輩チームで」

 

「なん・・・だと・・・」

 

「イェーイ!分かってるぅ!」

 

崩れ落ちる百代と勝利は我にありと喜ぶ燕。

 

「あ、俺は移動以外、左足限定で。じゃないとバランスが悪い」

 

「なんでー!?」

 

ガクリと今度は燕が崩れ落ちた。

 

「当たり前でしょうに。そもそも義経、弁慶、クリスに一子、ガクトにクッキー2・・・?」

 

違和感。クッキーの奴はどうやってボールを蹴るのだろうか・・・?

 

「いや、それは置いといて、どう考えても過剰戦力だ。だから俺は縛りで行く。異存があるなら俺は審判だ」

 

そもそも百代とそこそことは言え、やりあえる燕がいるのだから自分がいては過剰戦力過ぎる。

 

百代チームは百代、京、由紀江に沙也佳、キャップにモロ、与一に大和と、あまり戦闘派ではない。

 

「まぁいい。負けた奴はバーベキューの準備だからな!」

 

「いいね。何か賭けた方が面白いもんね」

 

「・・・。」

 

しかしその言葉に士郎は一筋の不安を覚えた。

 

(百代は論外としてキャップだけで準備出来るだろうか・・・)

 

京は大変なこと(デスソース)しそうだしモロと大和はそこまで力自慢ではない。

 

(ああでも、由紀江がいるから大丈夫か)

 

妹の沙也佳ちゃんは分からないが少なくとも致命的ではあるまい。

 

(頼んだぞ!)

 

(まゆっちアイコンタクトきてるぜ!)

 

(ふぇ!?は、はいー-!!)

 

バッチンバッチンウィンクする由紀江にやっぱりだめかもと思いながら試合開始。

 

「戦力差がある。百代からでいいぞ」

 

「その慢心粉々にしてやる!」

 

強引なドリブルで一直線に突っ込んでくる百代。

 

「松永先輩!」

 

「わかってるよん!えいや!」

 

「甘い「のはどちらかな?」!?」

 

カットに入った燕のサポートに士郎が入っていた。

 

「もらっていくぞ!」

 

「うへぇ、士郎の奴容赦ないな!」

 

「だけど左足だけでドリブルしてるから遅く・・・ない!?」

 

彼を知る人なら当然であるが、彼は弛まぬ鍛錬により両利きである。

 

それでも元は右利きなので幾分機動力は落ちているが。

 

「おい止めろ止めろ!」

 

「そんなこと言ったって士郎速いよ!?」

 

慌てる大和とモロにニヤリと笑って、

 

「心配しなくても行かんさ」

 

ドッ、とボールがサイドに居た義経にパスされる。

 

「あ」

 

「まっず!」

 

ボールを受け取った義経が素早くドリブルしながら走る。

 

「弁慶!」

 

「おまかせ!!」

 

パスされたボールを弁慶がヘッドでゴールにねじ込み、あっさり一点をもぎ取った。

 

「やるじゃない、士郎君?」

 

「多少は」

 

そう言ってパン!とハイタッチする士郎と燕。

 

「義経と弁慶もいいタッグだな」

 

「もちろんだ!」

 

「源氏コンビだからね。ということで裏切者は滅!」

 

「スポーツなんだから仕方ないだろう!?」

 

しれっと処刑判定を受けた与一。

 

「そっちボールだぞ」

 

「わかってる!今度こそ・・・!」

 

また強引なドリブルをしようとした百代に、

 

「姉さん!」

 

「おっと。そうだった!」

 

声をかけた大和にパスが回る。

 

「流石に冷静になったか」

 

「残念無念またきてねん・・・」

 

挑発に失敗した士郎がボールを追いかける。燕は百代のマークだ。

 

「ヤドカリパス!」

 

自分にヘイトが向いたのを察知した大和がすぐさまパスを回す。回す相手は・・・

 

「俺だぁ!」

 

キャップが上手く胸で受け、ドリブルを再開する。

 

「この距離ならいけるぜ!」

 

ゴール前まで進んだキャップがシュートするが・・・

 

「ふははは!読めていたぞその動きは!」

 

クッキー2が止めた。

 

「ふふ・・・私のサッカー・プログラムが役に立つとはな」

 

「サッカー・プログラム、必要か・・・?」

 

彼(?)は介護ロボではなかっただろうか。

 

「マシン・パス!」

 

今度のパスはクリス。

 

「クリスサッカーを見せてやる!」

 

「させるか!行くぞ京!」

 

「諾!ボールは頂く!」

 

「二人がかりだろうが・・・抜く!」

 

「なにィ!!」

 

クリスが華麗なターンで二人を抜き去った。

 

「やるじゃないクリ!」

 

「いけ!犬!」

 

「ワンダフルシュート!」

 

「体のどこかに・・・ギャー!」

 

「モロー!?」

 

モロが捨て身でシュートを防いだ。・・・ただし顔面でだが。

 

「くっ・・・モロ、いい奴だったよ」

 

「まだ死んでないからね!?」

 

「ボールはもらいました!」

 

「こっからまゆっちの進撃が始まるぜ!」

 

「今松風いないだろうが!」

 

「松風は付喪神なのでテレパシーが使えるんです!」

 

「神を舐めちゃいけねぇぜ?」

 

「無茶苦茶な・・・」

 

思わず頭を抱える士郎。そりゃ妹さんの心配も当たり前である。

 

「沙也佳!」

 

「えい!」

 

鋭いパスからのシュート。燕が飛び込んだが点を取られてしまった。

 

 

 

 

 

 

なかなかに白熱したサッカーの後、義経や燕を含んでバーベキューだ。

 

食材は公園で売っているものがありそこで調達できる。

 

「ほらほら沙也佳ちゃん!この辺の肉焼けてるぜ!」

 

「いただきます」

 

「ほら、モモ先輩も!」

 

「うむ。くるしゅうないぞ」

 

バーベキューをみんなで囲みながら今日はああだった、明日はこうしようなどと話す。そんな中。

 

「お姉ちゃん、ちょいちょい」

 

「なんですか?わざわざ端に呼び出して」

 

手招きして呼ぶ妹の方に行く由紀江。

 

「まさか、この中の誰かと付き合ってるとかは・・・?」

 

「つ、つつ付き合って!?」

 

妹の爆弾に見事に引っかかる由紀江。

 

「やっぱり・・・士郎先輩?」

 

「い、いいいえいえ付き合ってなどいませんッ!」

 

「じゃあ片思いと」

 

「う」

 

「なるほどねー・・・もうお姉ちゃん分かりやすすぎだよー」

 

「そそそそんなこと言ってもですね・・・」

 

慌てふためく姉に妹は冷静だった。

 

「でも確かに将来有望そう・・・というか既に有望だし優しいし、包容力あるし・・・納得かな」

 

「沙也佳もそう思うんですか?」

 

「そりゃそうだよ。きちんと人を立てながら自分は見失わないって感じだもん。それに、お姉ちゃん隙あらば士郎先輩のこと目で追ってるでしょ」

 

「そそそそれは・・・」

 

沙也佳の指摘にぐうの音もでない由紀江。

 

それも仕方ないのかもしれない。他のライバルたちは一歩どころではなく二歩も三歩も前にいる気がするのだ。

 

なにかしなければ、とは思うが何もできない自分に歯がゆい思いをしている。

 

「ダメだよお姉ちゃん。あんな優良物件他に居ないよ?急がなきゃ取られちゃう」

 

「それは分かっているんですが・・・」

 

「ピュアなまゆっちにそれは些か辛いぜ」

 

「もう・・・士郎せんぱーい!」

 

「ん?どうした?」

 

沙也佳に呼ばれた士郎が皿を手にやってくる。

 

「急にすみません。先輩の事もっと知りたいなと思って」

 

「俺の事?」

 

首を傾げる士郎の姿を見て沙也佳は尚更危機感を覚えた。

 

(この人鈍感タイプだ・・・!お姉ちゃんが攻めないといつまでも進まない!)

 

「士郎先輩の好きなことって何ですか?」

 

「俺の好きなことか・・・料理とガラクタいじり、後は鍛造なんかだな。前に由紀江の家に一振り贈らせてもらったんだが・・・」

 

「ああ!あれ士郎先輩の作品なんですね!お父さん、ずっとあれ腰に差してますよ。」

 

「沙也佳ちゃんと由紀江のお父さんって剣聖って呼ばれてるんだろ?なんだか恥ずかしいな」

 

確かに恥ずかしくない一振りではあったがそこまで絶賛されるとは。

 

「料理は分かるんですけど、ガラクタいじりって・・・?」

 

「ああ、主に壊れた物を直すのが楽しくてさ。これでも学園の備品を直したりもしてるぞ」

 

「へぇ・・・私も機械弄りって好きなんです。どんな風に直すんですか?」

 

「そりゃもちろん――――」

 

普段しない機械弄りの話ができるとはと士郎は少し饒舌になった。

 

「こんな感じ・・・って、すまん。ちょっと熱くなりすぎた」

 

流石に暴走気味だったか、と反省する士郎。

 

「全然!聞いていて楽しかったです。古時計の中とかどうなってるのか不思議だったのですっごく面白かったです!」

 

「そ、そうか?ならよかったよ」

 

引かれるどころか目を輝かせてくれることに士郎の方が驚いてしまう。

 

(ほら、お姉ちゃん!チャンス!)

 

(そ、そんなこと言われましても・・・)

 

ニゴッとほんのり怖い笑顔を浮かべる由紀江。笑顔で話しかけようとした結果がこれだ。

 

(ああ!お姉ちゃん・・・)

 

その様子を見てダメか、と思った沙也佳だった。

 

しかし、

 

「由紀江。また笑顔が固まってるぞ。ほらほら」

 

「ふひゃい・・・」

 

ぐにぐにと士郎が顔を解してやる。それだけで由紀江は嬉しそうだった。

 

(士郎先輩の手、暖かいです・・・)

 

(わぁ・・・鈍感もここまで来ると一周回ってカッコいいかも)

 

沙也佳が重要視する包容力という点ではもう及第点どころか満点と言っていい。

 

「それでどうした?由紀江も何か言いたかったんだろ?」

 

「ふえ!?いいいえいえ!沙也佳が不躾な質問をしてしまい申し訳なく!」

 

「そんなことないさ。俺はむしろ嬉しかったよ。なかなかこういう話が出来る相手って居ないからな。流石由紀江の妹さんだな」

 

「はう・・・」

 

(その笑顔は殺しに来てるよー・・・なんだか私まで恥ずかしくなってきちゃった・・・)

 

姉妹二人して士郎の笑顔にノックアウトされるのであった。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

黛姉妹と士郎の様子を見ていた義経はまた胸が苦しくなっていた。

 

(うう・・・どうして義経はあの場に居ないんだろう・・・)

 

自分も頭を撫でられたり、強張ってしまう笑顔を解きほぐしたりしてもらいたい。

 

そして何より、あの透き通った笑顔を自分に向けてほしい、そう思う。

 

(主、流石に今のはキツイかなー)

 

隣で泣きそうになっている主を見て一計を案じるかと考える弁慶。

 

(でもそれは大きなお世話ってやつかな。確かに早く踏み出さないとまずいけど・・・・)

 

「士郎君!!」

 

彼の名を呼んでそちらに駆けて行く様子を見て弁慶は一安心。

 

「ちゃあんと残ってるんだよね。闘争本能ってやつが」

 

とりあえず横で肉ばっかり食っている与一に大量の野菜を渡して弁慶も大和の方へ行く。

 

「なにすんだ姉御!?」

 

「肉ばっかり食ってるからでしょ。どれも美味しいんだから食わず嫌いはやめな」

 

今日用意された食材はどれも一級品だ。この公園の野菜や肉はもちろんの事、大和が手配した食通の準備したものはどれも一級品。

 

自分なども秋田の天然ガキなどで川神水を美味しく頂いている。

 

「大和ー飲んでる?」

 

主が主なら部下も部下。主従共に気になるお相手へとモーションをかけるのだった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

 

 

バーベキューが終わり、各々寮と自宅に帰ったころ。士郎は久しぶりにゆっくりと夜空を見ていた。

 

「今日も何だかんだ楽しかったな・・・」

 

まさかこの歳でサッカーをするとは。それも若い子らに交じってなどとても考えられなかった。

 

「なにやら満ち足りた顔をしておりますな、マスター」

 

「レオニダス。露天風呂はどうだった?」

 

「それはもう!堪能させていただきました。風呂とはいつの時代もいいものですな」

 

そう言ってタオルを首にかけて風呂上がりの牛乳を手にレオニダスは言った。

 

「そういえば、今日、テレビで総理殿が会見をしていましたぞ。正室、側室システムが来年度を目安に発足予定とか」

 

「え?そんなに早く来るのか!?」

 

法の整備やらなにやらで2、3年はかかると思っていたのだが。

 

「なんでもやってみなければ分からない、という部分もあるらしく、その都度問題が起きた時は一応の法に乗っ取り、もちろん例外もありで進めるとか」

 

「思い切ったことをするなぁ・・・」

 

絶対有名人のスキャンダルだの、不倫か、側室か、とか面倒ごとになるだろうに。

 

「それでもあの人がやるって言ったらやるんだろうな」

 

今もたまにメールをするがお互い元気だという事となんとかやってるぞという報告をし合っていたりする。

 

だが、政治に関することは一切話さないので実態はテレビや新聞を見るしかない。

 

「マスターは卒業後どうお考えですか?」

 

「俺か?正義の味方として世界を回る・・・つもりだったんだけど・・・」

 

清々しい顔で士郎は言った。

 

「ここにみんなと居るのもいいのかもな・・・」

 

現状お金には困っていない。そして藤村組のような組織は居ないので士郎が屋敷を手放してしまえばそれで終いだ。

 

それはとても惜しいように思う。

 

「というか、養ってもらわねば困る」

 

「史文恭?」

 

「今日は夜風が涼しいからな。出てきてみれば随分と穏やかならざる話をしているじゃないか」

 

「穏やか・・・では確かにないか」

 

「お前は異世界人だと林冲から聞いた。そこにいるレオニダス王もな」

 

「・・・。」

 

「そしてお前は正義の味方とやらを目指して世界中を回ったともな。だが、私から言わせてもらえばお前がいなくなるとホームステイ場所を考えなければならんのだがな?」

 

「それは・・・」

 

そう。ここにいるメンツはいずれ去る者もいればここを安住の地にしている者もいる。

 

そんな彼女等を残して世界に出るのはいかんともしがたかった。

 

「・・・。」

 

「まぁお前の意志を私は尊重するがな。とはいえ、もしお前が世界を回るならそれについていくのも悪くはない」

 

「!史文恭――――」

 

「一応言っておくが決めたのは私だ。お前の意見など聞いていない。ただ、私がそうしたいからそうするだけだ」

 

「・・・。」

 

本当に、この世界の女性は強いなと思った。何事にも退かず自らの足で歩む方向を決める。

 

もちろん全ての人がそうではないがそういう人物が多数派だ。

 

「ま、まだ先の話だ。今も順調に生活を維持できてるから選択肢が広いという事で」

 

考えても答えは出ない。だがいずれその時はくる。その時どうするのかは、未来の自分にしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

寮に帰った由紀江と沙也佳は布団に入りながら今日の事を振り返っていた。

 

「お姉ちゃん、本当にいい友達出来たんだね」

 

「はい!みなさんとても良い方です」

 

「そして片思いの彼もいると」

 

「うう・・・それは言わないでくださいー・・・」

 

顔を赤くして布団にもぐってしまう由紀江。

 

「いいじゃん。私なんか――――だし」

 

「沙也佳?」

 

「ううん、何でもない!それよりお姉ちゃんもう寝よう?」

 

「そうですね。では松風、おやすみなさい」

 

「おうよオラはここから二人を見守ってるぜ」

 

「携帯ストラップに見守られても・・・」

 

「付喪神です!」

 

そんなことを言い合いながら二人は床についたのだった。

 

――――interlude out――――




少し短いですがキリが良いのでここまでです。

ネタを一つ入れたんですが気づいてもらえるかなぁ…自分でもスッとでてきたぴったり具合だったんですがどうでしょう。


活動報告にも書かせていただきましたが、私、1/6から三週間ほど入院が決まりました。場合によっては投稿に支障が出る可能性がありますがご了承ください。

ではまた次回よろしくお願いします


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剣聖黛十一段/父として

皆さんこんばんにちわ。どうにも目がかすんで執筆が上手くいかない作者です。

今回はまゆっちのお父さんがやってきます。理由は…まぁ原作やってる方ならわかるかも。

ただし当然原作通りとはいかないのでその辺楽しめたらなと思います。

では!


黛由紀江の妹、黛沙也佳が北陸から川神にやってきて数日が経った。別段大きな変化はないように見えたが、

 

「このくらいでしょうか?」

 

「悪くはないけどここでこれを足してもう1~2分するといいかも」

 

「なるほど!そうすると味に深みが出るんですね!」

 

衛宮邸では大きな変化が生まれていた。

 

「ああ。こうすると結構味に差が出ていいんだ。癖がある食材を使う時はさっきの由紀江の感じでいいと思うぞ」

 

「確かに、癖がある食材だと味がぶつかってしまうかもしれませんね」

 

由紀江の料理教室が日課になりつつあり、

 

「士郎先輩本当にすごいです。まさか作り置きの出汁まで準備してあるなんて・・・」

 

「そうか?暇なとき作っておくと後から楽だからやってるだけなんだが・・・ああでも、この前おっちょこちょいの先輩が麦茶と間違えて飲む事故はあったな」

 

「おいそこ!俺の数少ない失敗を軽々と教えるな!」

 

「隙ありです!」

 

「無いわ!」

 

沙也佳ちゃんの鍛錬も最近衛宮邸で行われている。

 

なぜこんなに日常が変化したかというと、犯人はやはりこの沙也佳である。

 

少しでも多く姉にチャンスを与えようと、姉は料理教室を、自分は鍛錬を目的に衛宮邸にお邪魔するようになったのだ。

 

「そら小娘!足が止まっているぞ!」

 

「それは止まりますよ!そんな大きい武器相手にこっちは小太刀ですよ!?」

 

清楚が方天画戟を振り回すのに対し、沙也佳は士郎の打った小太刀である。

 

元は刃引きされた刀の方が良いのかと思ったら彼女は刀の稽古をしたことが無いらしく、木刀もキツイという事で小太刀に収まった。

 

「黛沙也佳。小太刀は基本防御の型です。攻める時は体術が必要と知りなさい」

 

「無理に小太刀に絞らなくともいいですぞ!私の様に槍を使うのもいいかと思いますッ!」

 

「確かに。間合いを考えるとその方が良いかもしれないな。基本長物と短剣ではリーチの差を埋めるのに三倍の腕前が必要とされる」

 

「はぁ!はぁ!・・・ふぅ。御指南ありがとうございます。でも、これでも剣聖の娘なので、なるべく刀で行きたいんです」

 

「刀にも色々ある。短剣、小刀、打刀、大刀と大雑把でもこれだけある」

 

「使いやすさで言うなら忍者刀って手もあるぞ。長さも手ごろで色々な手段に使える」

 

「そ、そんなものまで作ってるんですか!?」

 

「ああ。俺は西洋剣から日本刀、武器は一通り作ってるぞ」

 

本当は剣の類が主なのだが、なにせ傭兵団から九鬼財閥まで武器を供給しているので中にはマニアックな武器を使う者がいるのだ。

 

その為に試し打ちも何度かしているのでそろそろ武器庫を整理しなければならない。(失敗した物は溶かして調理道具行き)

 

「士郎先輩は本当に鍛冶師として優秀なんですね・・・」

 

「士郎を越える鍛冶師は居ないと知りなさい。そういえば、頼んでいたものは出来ましたか?」

 

「出来てるぞ。作りが特殊過ぎて大変だったがなんとかな」

 

そう言って士郎は武器庫に降りていき、一本の手に収まる短い棒を持ってきた。

 

「なんですか、それ?」

 

「護身グッズ、って言えばいいかな」

 

上のボタンのようなものを押して離すと中の伸縮棒が展開して一本の棒になった。

 

「おお!如意棒ですね!」

 

「一応な。戻すときはこっちのボタンを押して・・・」

 

スルスルと棒が短くなって手のひらに収まる程度になった。

 

「で、マルに頼まれたのはコレ」

 

今度は一対の取っ手のような棒を持ってきた。

 

「握って親指の所のボタンを押すと・・・」

 

シャキン!と取っ手のサイドが展開して簡易トンファーになった。

 

「おおお~!すごいすごい!」

 

「マル、感触はどうだ?」

 

渡した伸縮トンファーをしばらく振り回した彼女は満足そうに頷いた。

 

「及第点と言って良いでしょう。手軽に携帯出来るのなら多少強度が落ちるのを覚悟していましたが・・・なかなか強度もあるようです」

 

「元々携帯性に優れた武器だからな。そこは流石に元からトンファーの形をしたものには勝てないぞ。ただ、色々工夫してあるから早々壊れもしないと思う」

 

ヒュンヒュンと振り回しながら調子を確かめるマルギッテ。

 

「ふむ。黛沙也佳。次は私とやりますか?」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

勇んで鍛錬に望む沙也佳だが、

 

「沙也佳ちゃん、あんまり無理しなくていいんだぞ?」

 

「そうですよ。いつも私とやっている時間よりも長く鍛錬していますよ」

 

流石に長くやりすぎだと士郎と由紀江は判じた。しかし、

 

「ううん。士郎先輩の家って達人クラスの人が沢山いるでしょ?今までお父さんとお姉ちゃんとしか鍛錬したことないからいい機会だと思うの」

 

「確かにそうですが・・・」

 

やりすぎもまたよくないと由紀江は心得ている。

 

「それに!士郎先輩のおかげで扱う武器を何にするか決められそうなの!」

 

「!本当ですか?」

 

「うん!なんかこう・・・掴めてきた気がするの。この子には申し訳ないけど、確かにもう少し長い・・・さっき言ってた忍者刀とかぴったりだと思う」

 

「ほう・・・士郎!忍者刀を準備しろ!」

 

「作ってはいるけど・・・刃引きされてない。ちょっとまて――――」

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

「!」

 

士郎の手に忍者刀が現れる。由紀江は実のところ実際に投影を見るのは初めてなので相当に驚いた。

 

「ほら。これを使ってみるといい」

 

「あ、ありがとうございます・・・あの、「今のは秘密だ」は、はい・・・」

 

突然手元に刀が現れたのを見た沙也佳は呆然とそれを受け取った。

 

「今は刀だけだけど、ロープ・・・ワイヤーみたいなものがあると幅が広がるかもな」

 

「忍者だけに色んな使い方をするわけですね。ちなみにこれは士郎先輩の・・・」

 

「あー・・・違うぞ。そうだなぁ・・・」

 

士郎は悪戯心が湧き、

 

「戦国時代の有名な忍者が使ってた・・・かもしれないな」

 

「ええ!?」

 

「こ、これ宝刀なんじゃ・・・」

 

「それはない。それは贋作だよ」

 

「贋作・・・?」

 

スラリと鞘から抜いた刀身は非常に美しい。こんな品を持って戦国時代を駆けたというのは非常にロマンのある話だ。

 

「準備は良いですね。行きますよ?」

 

「は、はい!」

 

彼女は一時刀に見とれていたのに気づき、慌てて構えた。

 

(あ、これ使えるかも)

 

抜いた鞘を片手に本能的に沙也佳はそう感じた。刀は元より、鞘の方も使えそうだと思ったのだ。

 

互いに新しい得物を手に鍛錬を開始する沙也佳を見て、由紀江は、

 

「大丈夫でしょうか・・・」

 

「マルたちなら大丈夫だと思うけど心配か?」

 

「いえ、沙也佳が私の為に無茶をしていないかと・・・」

 

「ん?由紀江の為?」

 

「あ!ななななんでもありません!!」

 

ボン!と顔を赤くしてパタパタと台所に駆けて行く由紀江に士郎は首を傾げていた。

 

 

 

 

 

そんな日々が、彼女が帰るまで続くのかと思ったらそうはいかなかった。

 

「初めまして。君がこの太刀を鍛えたという青年だね。私は黛大成。由紀江と沙也佳の父だ」

 

「これはどうもご丁寧に。私は衛宮士郎と申します。つまらない家ですが、どうぞ」

 

なんと。由紀江と沙也佳の父親が衛宮邸にやってきたのだ。

 

(なんだか千客万来だな)

 

由紀江が桜の様に通うようになってから数日が経ち、遂に父親まで来るとは。

 

(これはなにかあるな)

 

由紀江は何も言わないが、恐らく沙也佳とこの父親の間で何かあったのだ。そうであれば連絡も無しに急に姉の様子を見に来たことにも説明がつく。

 

(となると、親子喧嘩での家出ってとこか。これは参ったなぁ)

 

目の前の御仁は、流石人間国宝とされるほどだ。武士のような装束に二本の刀を帯刀している。

 

その上隙がない。こうしてお茶を飲んでいる時でさえ、こちらが剣を取れば即座に反応してくるだろう。

 

間違ってもそんなことはしないが。剣を向ける必要もないのだから。

 

「急な来訪すまないね。この太刀を受け取ってから是非ともこれを鍛った鍛冶師に挨拶がしたいと思っていてね。本当に、素晴らしい物をありがとう」

 

「いえ、私の作品を気に入って頂けたなら何よりです」

 

「ちなみになんだが・・・一応聞いておいていいかな。これを鍛えたのは本当に衛宮君なのかな?ああ、疑っているのではなく、こうして目にしても信じられないという気持ちなのだ」

 

当然と言えば当然だった。九鬼との関係を築いてから、割となにしても、士郎だしね、で終わる(周りは全くそう思ってない)のでどうにも気が緩んでいるのを再確認した。

 

「間違いなく私が鍛えたものですよ。まだ学生の身なので銘は衛宮ではありませんが」

 

「そうか・・・いや、疑うようなことを言って申し訳ない。このような素晴らしいものを由紀江と同世代の青年が鍛えようとは想像もつかなくてね。由紀江は私を越えたがまだ成長途中だ。それに比べ君の腕前はもはや魔法の域だ。いかにしてこの様なものを作り出せるのか聞きたいものだ」

 

「あはは・・・そう言ってもらえると悪い気はしませんが、由紀江の剣の腕と比べられてしまうと私も困ってしまいます」

 

「はっは!あれでも自慢の娘なのでね。・・・少々特殊な子に育ってしまったが、それは私の責任だな・・・」

 

それまで凛とした雰囲気だったのが急に普通の父親の様になった。

 

「由紀江には私の跡取りとなってもらうべく小さな頃から厳しく稽古をつけていた。腕は上がり、ついには私を越えた。だが、同時に孤独を味わわせてしまった」

 

「・・・私に子育ての経験はありませんが、親の思う通りの子供が出来上がっても、それは・・・魂の宿らぬ人形でしょう」

 

それはいつかの自分の様に。教えられたこと、出来るようになったことを文句も言わず、疑問も抱かず、ただそれが当たり前だというように繰り返した自分と同じだ。

 

「すみません。出過ぎたこと言いました」

 

つい言葉に出てしまったことを恥じ、怒鳴られても仕方ないと詫びる。

 

だが・・・

 

「いや。君の言う通りだ。それ故に私は由紀江を北陸から出したのだ。そうでもしなければ私はあの子の大事なものを奪い去ってしまう。そんな危機感を感じたからこそ、由紀江が川神に来たいという願いに応じた」

 

しかし、父親は納得がいかないようだった。

 

「あの馬の飾りは私が由紀江に作ったものだ。孤独に耐える由紀江に何かできないかと作った。しかし、それが・・・」

 

「妹さんにも言いましたが、あれはあれで本人の出しづらい本心を言っているのですからそれはそれでいいのではないかと。もちろん特殊な子になってしまいますが、それもまた個性ですから」

 

「そう・・・だろうか・・・すまない。こんな話をするつもりではなかったのだが」

 

「いえいえ、お気になさらず。自分などで良ければお話しをお伺いしますよ」

 

ただ最強の剣豪を作り出す。そんな父親ではなく、彼なりに良い父足らんとしたことに士郎は安心した。

 

「ところで、今日は由紀江達は来ないのかね?最近料理と鍛錬にこちらにお伺いしていると聞いたが」

 

「もうそろそろ来ると思いますよ。黛さんは今どちらに寝泊まりを?」

 

「ああ、今は川神院にお世話になっている。それですれ違ったか」

 

「そうですね。彼女達が来るのはもう少ししてからですから」

 

「できれば待たせてもらってもいいかね?」

 

彼の言葉に士郎は特に気にすることなく頷いた。

 

「もちろんですよ。それに妹さんの方が刀ではあるんですが面白い武器を身に付けようと頑張っているんです」

 

「ほう。それは見過ごせないな。跡取りは由紀江にと決めていたが沙也佳が弱いままでいいとは私も思ってはいない。鍛冶師である君の所に来るのは良い刺激となっているようだ」

 

満足気に大成は何度も頷く。

 

「彼女には剣術を教えなかったんですか?」

 

「いや、教えていなかったわけではない。だが、比重は由紀江の方に傾いていたかな。それに跡取りの問題もあったからね」

 

「なるほど。妹さんも立派なものですよ。ここには皆ある理由で達人クラスの人間が四人いるんですが、彼女等と日々鍛錬に打ち込んでますからね」

 

その言葉に何処か安心したため息を吐いた大成に士郎ははて、と内心首を傾げる。

 

(なぜこのタイミングで安心を?彼女は父親に無断でここに来たのか?いや、家出の可能性があるならそれも当然か)

 

懸念点はあるが、とりあえずお茶を飲みながら目の前の御仁と話をすることにする。もうしばらくすれば彼女等も来るし、どうしてこのように父親が頭を悩ませているのかわかるだろう。

 

 

 

―――――この時はまだ、あんなことになるとはつゆとも知らなかったのだが。

 

 

 

――――interlude――――

 

士郎が黛大成と話している間、史文恭、林冲、清楚、マルギッテは最近できた書斎で話し合っていた。

 

「あの剣聖が来ているなら是非とも挨拶しておきたいところだが」

 

「どうやら訳ありのようだし、事態が落ち着いてからの方がいいかもしれない」

 

「訳あり?もしかして沙也佳ちゃんですか?」

 

「ああ、確かに。彼女はなにか隠している様子でしたね」

 

「マルギッテさん分かってたの?」

 

さらっと言うマルギッテに清楚が驚いた様子で聞き返した。

 

「当然です。これでも猟犬部隊ですので。何か隠し事をしているのはすぐに分かります」

 

「隠し事・・・確かあの娘は急に来訪したんだったな?」

 

ぺらりと本のページを捲って史文恭は問うた。

 

「ああ。姉の黛由紀江にも言わずに来たとか。抜き打ちで姉に友達が本当にできたのか確認に来たと言っていたが・・・」

 

「そういうことなら簡単だ。家出だな」

 

「コフッ」

 

家出という単語に清楚が咽た。

 

「貴女も家出でしたね」

 

「ち、ちが、くないかも・・・」

 

言われた清楚が沈黙する。彼女も育ての親からではないが、一応九鬼預かりなので家出となる。

 

結局のところ、彼女は今も九鬼に戻る気はなく、卒業したら引き続き士郎に頼り、大学を出るまでいるつもりである。

 

「しかしなぜ家出などしたんだろうな。自分には・・・正直、不満を持つような父君には見えない」

 

「今は中学生だったか。反抗期・・・と言えなくはないだろうが、他に理由がありそうだな。まぁ、私達には関係ないことだ。精々、家主がトラブルに巻き込まれる程度だろうよ」

 

「「「・・・。」」」

 

史文恭の言い分にそれもどうなんだ、という空気が出るが、彼女の言う通りの結果になるだろうことは分かり切っているので、士郎の無事を祈るしかないのだった。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

「足運び悪し、体捌き悪し」

 

ぺシンと足と腰を軽く叩く音が聞こえる。

 

「あう」

 

「すごいな。お医者さんみたいだ」

 

それは衛宮邸の庭で一子が大成さんに稽古をつけてもらっている姿だった。

 

「へぇ・・・ああして悪い所を指摘して意識させるのか」

 

「はい。父上はいつもあの形です」

 

今日衛宮邸に来ているのは由紀江、百代、一子それと・・・

 

「・・・。」

 

忍足あずみだった。

 

「おい。あたい場違いだろ」

 

「そんなことは無いと思うが。何をそんなに警戒しているのかね?」

 

「警戒なんざしてねぇよ。ただ、あの剣聖みたいな奴を見ると・・・どうも背中がむず痒くて仕方ねぇ」

 

そう言って黒いブラウスの上から両肩をさするあずみ。

 

なぜこの場に彼女がいるのかと言うと、清楚の様子を見るのと件の剣の鍛錬の為である。

 

一応九鬼でも鍛錬しているらしいが、切れ味が真剣のそれを軽く凌駕してしまうので迂闊に鍛錬ができないらしい。

 

それで良い方法はないかと彼女自身が聞きに来たわけだ。

 

「まぁ、いいじゃないか。たまには若い「ああん?」中に交じって鍛錬というのも」

 

短刀を突きつけられても飄々と笑っている士郎である。

 

「あの、やめてください」

 

「・・・別に本気じゃねぇよ」

 

「そうだぞ由紀江。これも彼女の恥ずかしがり――――っと」

 

今度こそマジで振り抜かれた短刀を避けて士郎は笑う。

 

「方なのだよ」

 

「チッ・・・」

 

「士郎先輩口調が外行きな上にあずみさんは本当に振り抜きました!」

 

「なんてあぶねぇやり取り!」

 

「なに。こちらはこの方が色々とやり易くてね――――それよりいいのか?集中していなくて」

 

「ぐっ・・・」

 

指摘されて大人しく座って短刀に気を込めるあずみ。その手を士郎が優しく包んでいた。

 

「また外側に流れているぞ。外ではなく内だと言っているだろう?」

 

「っるせぇ・・・!そんなホイホイ出来ねぇから来てんだろうが・・・!」

 

「・・・。」

 

罵詈雑言を放ちながらなされるがままのあずみに由紀江は胸が苦しくなり、

 

「あの、どういう鍛錬なんですか?」

 

思わず聞いてしまった。

 

「これは・・・そうだな、魔剣の鍛錬だ」

 

「ま、魔剣!?」

 

随分とファンタジーな単語が出てきて驚く由紀江。

 

「どういうものかは――――そうだな、実物を見てもらった方が良いだろう」

 

「あ、おいまてテメ――――」

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

インッっと短剣が淡く光る。

 

「え?ええええ!?」

 

「・・・ッ!」

 

「ほら。導いたのだからそのまま維持するだけだぞ」

 

「わか・・・てんだよ・・・!」

 

あずみはどうにもこの感覚に慣れないでいる。実際は、士郎が短刀に魔力を流すのに釣られてあずみの気が流れているのだが、

 

「っくしょ・・・なんで・・・」

 

心地よいのだ。普通他人の気に自分の気が引っ張られたら気持ち悪いはずなのだが、この男のそれは非常に心地いい。

 

それは魔力と気が同系統の力であるからだ。どちらも生命力を力としているのだが士郎は魔力に変換し、規則正しく一定量を流すのに対し、

 

「・・・よし。手を放すぞ」

 

「――――あ」

 

途端に短刀の光が弱くなったり強くなったりする。つまるところ不規則なのだ。

 

「・・・くっ」

 

「あわわ!あずみさん光が消えてしまいます!」

 

「うるせぇ!・・・あ」

 

由紀江に吠えた勢いで集中が切れ、光が収まってしまった。

 

不規則なものを軌道に乗せて一定のリズムになるから心地いいのだが、あずみはその心地よさに英雄に対する背徳心が募ってしまうのだ。

 

・・・ただの鍛錬なのにだが。

 

「これは、随分と時間がかかりそうだな」

 

「くっ・・・摸擬戦の時はそこそこうまくいくのになんで・・・」

 

「それは動いていない状態で気を流すこと、維持することに慣れていないからだ。君たちの気の運用は例えば筋肉と同義だ。必要な時や咄嗟のタイミングで流れる。それを常に出し続けるというのはそれに逆らったやり方だ」

 

そう言って士郎はあずみの持つ短刀と同じものを投影して、淡く青い光を纏わせながらヒュンヒュンと振る。

 

「そういう風になるんですね」

 

「あくまで一段階目はな。二段階目は光らない。忍足あずみの短刀は忍足あずみにしか本領を発揮できない。俺じゃこれが精一杯ということさ」

 

「ッケ。なーにがあたいの武器にはあたいしか本領発揮できないだ。現状、その一段階目に到達出来てる奴なんていねぇだろうが」

 

「そうでもないぞ?林冲が発動、維持まで出来るようになっている。最初こそ君と同じように苦労はしていたがね。なんでも、コツが掴めたそうだ」

 

「なんだと!?おい、もう一回だ!このままじゃあたいは英雄様を守れねぇ!」

 

「もう少し頼み方というのがあるだろうに・・・」

 

はぁ、とため息を吐いて士郎はもう一度あずみの両手に手を添えた。

 

 

 

 

 

しばらくして一子と大成が鍛錬を終えてこちらにきた。

 

「お疲れ様です。こちらをどうぞ」

 

「うむ。かたじけない」

 

「ありがとー!」

 

二人分のタオルと冷たいお茶を準備した。

 

「あずみさんと士郎は魔剣の鍛錬か?」

 

「ああ、そうなんだが・・・」

 

「はぁ・・・はぁ・・・くっそ」

 

息を荒くしてぐったりとするあずみ。

 

「気の放出のし過ぎだな。放出ではなく内に込めるんだと言っているのに外側に放出しまくってるからこうなった」

 

はぁ、と士郎はため息を吐いた。

 

「すこし、いいだろうか」

 

「あ、はい」

 

汗を拭っていた大成が士郎に問いかけた。

 

「どうやら特殊な鍛錬をしているようだが、それは君の鍛えたこれでも出来るのだろうか?」

 

大成は腰に差した一振りを腰から抜いて見せた。

 

「いえ。それには必要な加工がされていないので無理だと思います。彼女の短刀は特殊な加工をしてあるんです」

 

「ふむ・・・見た所、気のコントロールが必要な剣という所かな。私も一振り欲しくなってしまう」

 

「ち、父上!?」

 

剣士がそうポンポンと剣を変えるのは恥ずべき行為だろう。だが、

 

「もちろん恥ずべき行為だとは思うのだがね。衛宮君の鍛える品は文字通り次元が違う。あまりに隔絶した得物を扱っているとなんだか自分の武器が棒切れに見えてしまう。弘法筆を選ばず、というが弘法だからこそ筆にもこだわりたくなると思うのだよ」

 

そう言って大成は士郎に頭を下げた。

 

「失礼なことをした。折角君の打ち上げた一振りを使わせてもらっているのに不躾なことを言った」

 

「いえ、黛さんの言う事が正しいと思いますよ。弘法だからこそ筆を選ぶ。まさにその通りだと思います。作りますか?」

 

「い、いいのかね?」

 

あまり驚かない大成が思わずのけぞった。

 

「はい。剣聖に使っていただけるなら嬉しいです。ただ、特殊な製法になりますのでいくつかルールを守って頂くことにはなりますが」

 

そう言って士郎はあずみを見た。

 

「わかってるわかってる。こっちで面倒みりゃあいいんだろう?問題ねぇ。とっとと触媒作っちまいな」

 

そう言ってヒラヒラと手を振った。

 

「由紀江はどうする?由紀江もお父さんと同じように新しく作るか?」

 

「・・・。」

 

由紀江は困ったようにいつも手にしている刀を見る。

 

「あの・・・士郎先輩。どうしても新しくしないといけないでしょうか?」

 

「ん?どういうことだ?」

 

由紀江の問いがいまいち分からない士郎は問う。しかし、返答は別なところから来た。

 

「由紀江が言いたいのは今の刀を打ち直して使えないか、という事だろう。由紀江にはその刀を魂だと思うように教育したからね」

 

と、大成が言った。

 

「なるほど。そうだな・・・」

 

士郎は考える。由紀江の刀を素材としてどう生かすか。

 

「・・・。」

 

「・・・やれないことは無い。ただ全部は流石に厳しい。何割かを引き継がせる。それでどうだ?」

 

「ッ!ありがとうございます!」

 

「娘共々礼を言わせてほしい。こんな本当に世界に一つしかないものを作ってもらえるなど、いくら感謝してもしきれない」

 

「本当にありがとうございます!」

 

「いえいえ。こちらこそ創り手冥利に尽きますよ。じゃあまずお二人の髪の毛を二本ほど頂こうかな。あ、まだ抜かないでくださいね」

 

そう言って士郎は鍛造所に例の台座と試験管を取りに行った。

 

「髪の毛?まさかそれを練り込むのかね?」

 

「正確には髪の毛から抽出した特殊な触媒を練り込んで刀を作るんです。説明をいたしますのでこちらにどうぞ」

 

と、忍足あずみは社会人モードに切り替えて大成と由紀江を居間へと案内した。

 

「あずみさん、しれっと士郎の家に馴染んでないか?」

 

面白く無さげに百代が言った。

 

「あはは・・・ほら、葉桜先輩の事があるからきっとよく来るのよお姉さま」

 

「むー」

 

むくれる百代を宥めて二人も縁側から居間に入った。

 

 

 

 

 

「おお。これが魔法か・・・本物に出会えるとは長生きはするものだ」

 

「こうやって作るんですね・・・」

 

二人から髪の毛を頂いてそれぞれ別の試験管と台座に入れる。そうすると始まるのは以前も見た魔術反応だ。パチパチと弾けるそれを見て感慨深そうにみる父子。

 

「いつ見ても不思議よねぇ・・・」

 

「ワン子の薙刀もああして作られたんだよな?」

 

「うん!私も髪の毛入れて、パチパチーって!でね・・・」

 

続きを言う前に触媒の精製が終わった。

 

「あ!なんだか結晶みたいになりました!」

 

「ううむ・・・溶けているのかと思ったのだが違うのか・・・魔法とはかくも不思議なものだな・・・」

 

出来た結晶をそれぞれ宝石箱のようなものにピンセットで収める。

 

「これで触媒は終わりです。あとは二人の手を御量りして・・・希望があればそちらもお聞きします」

 

「そうか。では早速頼むとしよう」

 

「はい、父上」

 

そう言って士郎に手を図ってもらい、希望の長さや反り、刃文などを聞く。

 

のだが。

 

「ちょ、ちょっとまてコラ!刃文まで聞くってどういうことだ!?」

 

忍足あずみが待ったをかけた。

 

「・・・?。ああそうか。今までは元があったから聞かなかったんだ。焼き入れの仕方が分かればいいだけだから大体は期待に添えるぞ?」

 

「焼き入れの仕方って・・・お前それ極意の一つだろうが」

 

「私はちょっとしたずるが出来る。だからだよ。これ以上は秘密だ」

 

そう言って士郎は肩をすくめてノートを取り出した。

 

「さて、お二人の希望を聞きましょうか」

 

「刃文まで選べるか。これは胸が躍るな・・・!」

 

「はい!士郎先輩、よろしくお願いします!」

 

そんなこんなで本人にしか分からないワクワクをぼうっと眺めながら一子と百代は携帯をポチポチしていた。

 

(お姉さま、そっちはどう?)

 

(んー、なんとかなりそうだ。結局は正直に言って、行動を改めてもらう。っていうことにしたみたいだぞ)

 

沙也佳は今日秘密基地で隠していたことを打ち明けて打開策を練っているのだった。

 

彼女はこちらにくる際、お見合いを進めようとする父に彼氏がいると言って出てきたようなのだ。

 

それは真っ赤な嘘だったわけだが、そうでもしないと父は納得しないと読んでの事だったので一概に責められないのも確か。

 

それで仲間達で相談をして後から合流する予定なのだ。

 

「刃渡りは・・・」

 

「反りはですね・・・」

 

「はい。うん。はい」

 

「こりゃ、長くなるな」

 

そう察したあずみは仕方なく勝手知ったる衛宮邸という事で台所で給仕するのだった。

 

 

 

 

 

そうしてしばらく。希望を聞き終え、作成中無手というわけにはいかないと士郎は武器庫に案内して好きな物を選んでもらい、由紀江に貸し出した。

 

その時の大成の感想は、

 

「実に良いものを見た。まるで美術館の様だったな」

 

と見る方も満足してもらえたようだ。

 

そして夕暮れ。何だかんだ長く衛宮邸に居た一同はそろそろお暇するか、という空気になっていた。

 

「それにしても沙也佳はどうしたんだろうか・・・また私がなにかやってしまっただろうか・・・」

 

「今こちらに向かっているそうですよ。それより父上、沙也佳にお見合いを迫ったそうで・・・」

 

由紀江の言葉に難しい顔をする大成。

 

「私としては沙也佳に選択肢を広げてもらいたかったんだが・・・」

 

「沙也佳も言っていましたが逆効果ですよ。私だってやられたら嫌です」

 

「むう・・・」

 

「今回ばかりはお互いに謝りましょう」

 

「そうだな・・・私もこのままでは・・・」

 

そんな時だった、ピピピ、と士郎の携帯が鳴った。

 

「ん?大和から?もしもし?」

 

『士郎か!?頼む!沙也佳ちゃんが攫われた!』

 

「なんだと!?」

 

事態は急展開を迎えていた。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

「な、なんなんですか、貴方は」

 

「よくぞ聞いてくれた、の。綾小路麻呂でおじゃる」

 

そう言って白粉を塗った白い顔を崩して笑う麻呂。

 

「んほぅ、やはり実物は写真より可愛い・・・」

 

「その麻呂さんが一体なんの用ですか」

 

気持ち悪そうにしながら沙也佳が問う。

 

「麻呂は、お前の見合い相手だった男でおじゃる」

 

「えっ・・・」

 

噓でしょ、とばかりに沙也佳は固まった。

 

「お前の写真を見た時、麻呂はときめいたものでおじゃる。こう・・・少し頬の周囲がまるっとして可愛いのがいい、の」

 

「な、なんだか失礼な・・・」

 

それは言外に太っていると言われているようだった。

 

「決して太っているわけではなく、女性ならではの丸み・・・麻呂のような高貴なものに受ける容姿でおじゃる」

 

「でもお見合いはお断りしたはずです」

 

鳥肌を浮かばせながら、それでも彼女は気丈に言った。

 

「その通り、そして麻呂は諦めた・・・諦めようとしたが・・・麻呂は知ってしまったのでおじゃ」

 

「?」

 

今一度ブルリと寒気がして沙也佳は息を飲んだ。

 

「お前が衛宮士郎の家に通い詰めているのを!交際相手がいるとのことであったがそれが衛宮士郎ならば別!なぜ麻呂があのものに思い人を取られねばならぬのだ!」

 

(この人士郎先輩となにかあったのかな?)

 

妙に衛宮士郎を敵視する目の前の男に沙也佳は疑問を抱いた。

 

「麻呂は認めぬ!認めぬぞ!」

 

「そんな理屈、通りません」

 

「それが通る。綾小路とはそれだけの力を持っている、の」

 

「勝手なこと言わないでください。私は好きな人といたいです」

 

毅然と彼女は言った。しかし・・・

 

「素直じゃない・・・の」

 

「そういうネタはNGです!」

 

「まぁいいわ。麻呂を好きになれば問題ないの」

 

「それはどういう・・・」

 

ゾワリと一層の寒気がする。

 

「別に手荒な真似はしないでおじゃる。部屋も最高級のものを用意するでおじゃ。その代り・・・」

 

「その代り・・・?」

 

「毎日麻呂と遊んでもらうでおじゃる」

 

「!?」

 

それは監禁だ。完全に遊び道具と思われている。彼女はそう思った。

 

「まずは交換日記ならぬ交換文からはじめてみる、の。くっふっふっふ、麻呂についておいで」

 

「き、気持ち悪い・・・」

 

遂に彼女は自分の気持ちを口に出した。

 

「失礼なことを言うなーっ!!」

 

「お姉ちゃん・・・」

 

「ここは別邸とはいえ綾小路の家でおじゃる。助けは絶対に来ない、の!」

 

「士郎先輩・・・!」

 

いつか見た赤い英雄。姉が想いを寄せる彼の名を無意識に呼んだ。

 

「ああ。呼んだかな?」

 

ぎゅ、とお姫様抱っこされて沙也佳は、

 

「え?」

 

呆然とその顔を見上げた。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

「な、なな、衛宮士郎!?なぜここに」

 

「なぜ?貴様は相変わらずおつむに花でも咲いているのかね?攫われた彼女がここにいる。それだけで私がここに来るのは必然だが」

 

「し、士郎先輩・・・」

 

「遅くなってすまない。色々手回ししていたから遅くなってしまった」

 

「士郎先輩!」

 

ぎゅっと士郎の首に抱き着く沙也佳。

 

「大丈夫。もう君にこの気色悪い男の顔は見せないから」

 

そう言って士郎は今度こそ、その鷹の目で射殺さんばかりに睨みつけた。

 

「ただ漫然と無駄を排出しているならまだしも。女の子を攫った上監禁しようとは。ただでは済まさない」

 

「者ども!であえであえ!!」

 

麻呂がそう言うと沢山の黒服が出てきた。手には拳銃。

 

「いいのかね?ソレ(拳銃)を抜いた以上、貴様等にはそれ相応の目に遭ってもらうが」

 

――――工程完了。全投影、待機(ロールアウト・バレット・クリア)

 

拳銃を構えた以上容赦はしない。士郎の背後に二七の剣弾が待機する。

 

「け、剣が・・・ええい構わぬ撃て、撃て!」

 

「たわけが」

 

「――――停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト・ソードバレルフルオープン)!!!」

 

パンパン!

 

ダンダンダン!!!

 

拳銃から弾丸が発射されるその瞬間、剣弾が轟音と共に射出された。

 

「のー!!!」

 

優雅な和風邸を二七の剣弾が破壊し尽くす。

 

「ま、麻呂の別邸をこのように・・・!綾小路御庭番衆――――」

 

「実に遅いな。私を相手にその程度か?」

 

――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

突き刺さった剣全てが盛大に爆発する。

 

「おじゃー!?」

 

「来い、少女の笑顔も守れぬ外道共。私がまとめて相手をしてやる」

 

いつの間にか屋根の上に立った士郎がそう宣言する。

 

「おーやってるやってる。いくぞお前達!」

 

「「「応!!!」」」

 

百代を筆頭に風間ファミリーが雪崩れ込んでくる。

 

「おや、来てしまったか。これでも飛ばしてきたんだがな」

 

「お前に出来て私に出来ない訳が無い!」

 

「どういう理屈だそれは・・・」

 

嘆息して肩を竦める士郎。

 

「あ、あの士郎先輩・・・」

 

「ん?どうした?」

 

ドグシャ!と足元に来ていた馬鹿を蹴り飛ばして士郎は返事をした。

 

「どうして来てくれたんですか?」

 

その言葉に士郎は不思議そうに首を傾げた。

 

「さっきも言っただろう?君が攫われここにいる。だから私はここに来た」

 

士郎はいい加減ここにいるのも沙也佳が危ないなと素早く屋根から道路に躍り出る。

 

「「沙也佳!!!」」

 

「お父さん!お姉ちゃん!!」

 

それまで抱き上げていた彼女を下して士郎は塀の奥を見る。

 

「二人は沙也佳ちゃんと共に下がっていてください」

 

「いや、そうはいかない。このような非道を働いたからにはケジメを付けさせてもらう」

 

キン!と鍔を切る音と共に塀が崩れ去る。

 

中ではキャップや百代が筆頭に大暴れしている。

 

そんな最中、

 

「おじゃ!?」

 

ゾクリと麻呂に怖気が走った。

 

「三大名家、綾小路麻呂殿・・・」

 

ギチリと空気が締め付けられるような緊張に、思わず麻呂が息をのむ。

 

「お、お前は誰じゃ!まま麻呂の邸宅に土足で踏み入るなど――――」

 

「黛大成・・・推して参る・・・ッ!!!」

 

「お、おじゃー!!?」

 

神速の剣が麻呂を襲う。どれも軽傷。どれも軽傷だがいたるところに傷を付けられ、

 

「はっ!!!」

 

バッサリと。麻呂の髪の毛が全て切り落とされた。

 

「今回の事はこれにて手打ちとする。それでも尚追ってくるというのなら――――」

 

ギン!っと睨みつけ、

 

「決死の覚悟を抱いて来い・・・ッ!!!」

 

黛大成は言い放った。

 

「やれやれ、最初に着いたのにすっかり出番を奪われてしまった」

 

士郎は沙也佳を庇うようにその場から一歩も動かない。

 

「それで大和。あの人はまだか?」

 

「もう来る頃だ。・・・きたきた」

 

黒いセダンが猛スピードでやってくる。

 

「では私もケジメを付けさせてもらおうか。沙也佳ちゃん。お父さんとお姉ちゃんから離れたらいけないぞ」

 

「は、はい!」

 

「君にもケジメを付ける相手が?」

 

「ええ。この誘拐の実行犯――――」

 

投影した黒鍵を左右三本ずつ、計六本投げつける。

 

「!?」

 

「天神館、鉢屋壱助」

 

「な、なぜ俺の場所が・・・」

 

「気配の断ち方が甘いにもほどがある。なぜこんな真似をした」

 

嘘は許さない。士郎の目はそう言っていた。

 

「契約が成立すればどこにでも行く。今は契約期間故・・・」

 

「ほう。契約があれば貴様は外道の道に走るという事か」

 

「!?」

 

「では、悪いが貴様に容赦はしない」

 

左に黒剣・干将

 

「外道相手に私の剣は容赦しない」

 

右手に白剣・莫耶

 

双剣を手に士郎は一瞬で壁に縫い付けられた鉢屋の目の前に現れる。

 

「なっ・・・」

 

本気で首を落とす一撃が振るわれる。

 

ボン!ザン!

 

首があった場所に丸太が現れるがそれを切り裂き、

 

「言ったはずだ。気配の断ち方が甘いと」

 

そのままその場で一回転。躱したと安心していた鉢屋の横腹を鋭い蹴りが捉えた。

 

「ぐああああ!!!」

 

盛大に吹き飛んで塀に激突する。

 

「私もこの辺で手打ちとしようか。鉢屋壱助。貴様等西の連中は分からないようだから言っておく」

 

士郎は本気で殺気を露わにし、

 

「次に何かした場合にはその命を貰う。ゆめゆめ忘れぬことだ。私は誘拐犯に温情などかけない」

 

「ぐぬ・・・」

 

以前は試合だった。だが今回は違う。彼の行った行為は莫大な権力に身を潜めて行った犯罪行為だ。

 

たとえそれが依頼であろうとも。犯罪に手を染めたのならば容赦はしない。

 

「さて、あちらも一段落したようだな」

 

一掃された護衛と御庭番に麻呂の父親、大麻呂が叱りつけていた。

 

「黛殿。此度の件、まことに申し訳ない」

 

「・・・ケジメは付けさせていただいた。これ以上追撃が無いのならば私から言うことは無い」

 

「沙也佳殿。なんなら麻呂を好きなだけ殴ってくれて構わない」

 

「別に何もされてませんし、もう大丈夫です」

 

「そうか・・・この後始末、全て引き受けよう」

 

「本人がそれでいいならこれで終わりだな。みんなお疲れ!」

 

キャップのその言葉と共に事件は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

事件後、綾小路麻呂は婦女子誘拐という事で五年の懲役に処された。それというのも、以前レオニダスが職員室に連れて行った時も大麻呂が呼び出され、この始末はどうするのかとレオニダスに問われた際、

 

『今後権力を盾にした非道はさせないと誓う。だがもし、またなにかやったその時は――――』

 

という事でしっかりとした法の下処罰すると言われていたのだ。

 

それ故に学園事務処理を主にさせられていたのだが・・・

 

「今回はそれを破った、というわけだ」

 

「士郎?誰に向かってしゃべっているんだ?」

 

林冲に問われて士郎は、なんでもない、と言って竹で作った流水の中に

 

「いくぞー!」

 

「来いやー!」

 

「全部私が取ってしまうな・・・」

 

「なんの!お姉さま相手でも負けないわ!」

 

「ていうか、モモ先輩前とかダメだろ!」

 

「はいはい。姉さん後ろに後ろに」

 

「下に下にみたいに言うな!」

 

そうめんを流していた。というのも、事件後、全てマルっと収まったのだから思い出作りをしようと皆で言っていたからだ。

 

「せいや!」

 

「なっ・・・犬!私のを取るな!」

 

「犬じゃないわ!猛犬よー!ガルル!」

 

「ていうか全然流れてこねぇわ」

 

「これ見た目だけで前の人しか得しないね」

 

「・・・作らせといて好き勝手言うね君達・・・」

 

当然作ったのは士郎である。結果は分かっていたのだがどうにも一度言い出したら聞かないのがキャップなので士郎は渋々作ったのだ。

 

「はい、父上、沙也佳」

 

「うむ。これは美味しそうだ」

 

「すごいねお姉ちゃん!前に天ぷら揚げた時こんなだったかなぁ?」

 

「士郎先輩に教えてもらって上達したんですよ」

 

「シロ坊には頭上がらないね」

 

「そうだな。今回は彼とその仲間達に助けられてしまった」

 

「これに懲りたらもうお見合いとか言わないでよ。今は30くらい過ぎたら行き遅れなんだから。私はまだまだ現役です!」

 

「沙也佳、貴女も今回父上に嘘をついたでしょう?」

 

「う、鋭い所ついてくるなぁもう・・・」

 

困ったと素知らぬふりをして賑やかに流しそうめんをすする、正確にはそうめんを流している青年を盗み見る。

 

(かっこよかったなぁ・・・)

 

今でも鮮明に思い出せるあの恐怖に負けそうになった時、颯爽と自分を抱き上げてくれた青年。

 

「お父さん」

 

「む?」

 

「士郎先輩ならお見合いしてもいいよ」

 

「沙也佳ー!!?」

 

「マジかこのタイミングで裏切りー!!?」

 

それは恋心を秘めたということだった。

 

「むう・・・私は一向に構わない。彼ならば私はなんの異存もない」

 

「ち、ちち父上!!!」

 

「なんだ由紀江?・・・ああそうか、お前もなんだね」

 

「はう!?」

 

「お姉ちゃん隠すの下手ー」

 

「そ、それは仕方ないじゃないですか。あんなにカッコいいんですから・・・」

 

士郎をチラチラと見る由紀江。

 

「ふむ。そういえば正室、側室なるものが始まるそうじゃないか。二人とも行ったらどうだ?」

 

「「お父さん(父上)!!?」」

 

「なに、私も彼なら安心できるし納得も出来るからそう思ったのだが・・・ああでも、由紀江には後を継いでもらわないといけないな。その辺はどうなるのだろうか?」

 

むむむ、と考え込む父に姉妹は顔を見合わせて、

 

「「ぷっ」」

 

あはははと笑うのだった。

 

「おーい由紀江ー。こっちにもかき揚げくれー」

 

「あ、はーい!!」

 

夏はもう中半を過ぎたがまだ太陽は暑く照り付けている。

 

「みなさん天ぷらですよー!」

 

「わーい!」

 

「ああ!それ美味しそうだ!まゆっち早くくれ!」

 

「結局最初しか流さなかったねぇ」

 

「そりゃそうなる。だってこのメンツで誰が前に出ても流れてこないもの」

 

まだまだ暑い日は続く。そして士郎の波乱万丈の一年もようやく半分を過ぎたのだった。

 

 




なんとか書ききれました。次は本当に入院中かもしれません。

最初に言っておくと麻呂は別として鉢屋君嫌いなわけじゃないんですけどね。ストイックなのは結構ですが代償も大きいですよと思うわけです。特に忍者なんていつ死んでもおかしくないと作者は思うのです。

今年はこれで書き納めになると思います。入院前にあと一話…いけるかなぁ…とにかくやれるだけやってみます

では皆さまよいお年を!!!


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迷子のスピードクイーン

皆さん明けましておめでとうございます!今年こそは無病息災で行きたい作者でございます。

やっとこさこの人まで来れました。冬にならなくて本当に良かった。他の事は冬や来年でもよかったのですが、こればかりは冬になったらBAD END間違いなしなので結構急ぎました。

ということで今回はあの人の回です。では!


それは唐突だった。偶然、多摩川の方を歩いていた時である。

 

ガサガサ・・・

 

「ん?」

 

妙に雑木林をかき分ける音に士郎はそちらを見る。

 

(気配を絶っているわけでも殺気を向けてきているわけでもない)

 

となれば何かを落としてしまった困りごとを抱えた人物か。

 

「あのーどうされました?」

 

士郎の声に反応したのか、がさつく音が大きくなる。そして、

 

「あの、つかぬことをお伺いするが貴方は男性だろうか・・・?」

 

意味の分からない問いに士郎は首を傾げ、

 

「はい。確かに俺は男ですが・・・その声からするに貴女は女性ですね?男の俺だとなにか不都合があるんですね?」

 

ガサガサ。恐らく頷いたのだろう。

 

「一応聞きますが困り事があるという事でよろしいですか?」

 

ガサガサ。

 

また頷く感じだ。

 

「わかりました。知り合いの女性に掛け合ってみるのでしばらく待っていてください」

 

「!」

 

ぱあっと喜ぶような雰囲気がする。

 

(こんな時もある・・・か?)

 

なんとも不思議なことがあるものだと士郎は不思議そうにしながら携帯を鳴らす。

 

しばらくして現れたのは百代と一子だった。

 

「士郎、どうしたのー?」

 

「私が恋しくなったか?しょうがない奴だなぁ・・・」

 

「百代は一体何を言ってるんだ?メールにも書いただろう。助けてほしい人・・・がいるんだ」

 

百代の事はさらりとスルーして士郎は草むらに目を向ける。

 

「あの、女性の友達が来たので変わりますね」

 

ガサガサ。

 

承諾した、という事らしい。

 

「頼む。誰かは知らないが困ってるらしい」

 

「その様子だと女じゃないと困るってことだな?」

 

「ああ。声からしてそこにいるのも女の人だから、俺じゃまずいんだろう」

 

「OK、人助け人助け!」

 

そう言って二人は林の中に入っていく。すると、

 

「貴女は!?」

 

「え、えええ!?」

 

驚きの声が上がった。どうやら知り合いらしい。

 

「どうしたんだ?」

 

「あ、ああ・・・問題ない。けど服が必要だな。ワン子、余ってる服ないか?私じゃ多分合わない」

 

「うん!丁度いいのがあるからそれ持ってくる!」

 

一子はそう言って飛び出していった。

 

(服・・・という事は二人を呼んで正解だったな)

 

確かに男の自分ではどうにもできない事態であるようだ。

 

少しして一子が服を持ってやってきてガサガサと林の中で着替えて、

 

「!これはまずいな」

 

出てきたのは銀髪の女性。一子の服を着て出てきたのだが、ぐったりとしていて百代に肩を借りている。

 

赤みを持った顔。明らかに熱を持っている。風邪程度ならばいいが、いつからこの状態でここにいたのか分からない。

 

「救急車呼びますか?橘さん」

 

橘、そう百代は呼んだ。

 

「いや・・・呼ばれても治療費がないんだ・・・大丈夫、このくらいは、へっくし!」

 

「橘さんと言いましたか。俺は衛宮士郎と言います。正直、貴女の状態は非常に悪い。ここは治療費など後回しにして病院に行くべきです」

 

やむをえず解析をしたが、発熱、各部炎症、栄養失調、その他もろもろ酷い状態だ。少なくとも風邪以上の状態なので早急に治療が必要だ。

 

「しかし・・・」

 

「橘さん、なぜ貴女がこんな所に?それとなんであんな格好で・・・」

 

聞けば何やらござのようなものに包まってミノムシのような状態でいたらしい。

 

「四天王を降格されてから色んな職場についたんだが、私の・・・不運が災いしてどこもクビになってしまったんだ・・・そんな時九鬼が私を拾ってくれたんだが・・・」

 

熱に侵され、ふらふらとしながら彼女は語る。

 

「やはり危険極まりないという事で援助という形になったんだ」

 

「援助?じゃあお金はあるんじゃ・・・」

 

「それが財布を落としてしまって・・・まだ住む所も決めていなかったし、食べ物も・・・とにかくどうしようもなかったんだ」

 

「なるほど・・・不運ですか。それはとりあえず後から聞くとして、今は病院に行きましょう。九鬼が援助しているなら九鬼の病院で治療が受けられるはず」

 

「ダメだ・・・!救急車、ましてや病院なんて行ったら犠牲者が出る・・・!」

 

「犠牲者・・・?」

 

橘という女性の切迫した言葉に士郎は首をまた傾げる。

 

(なんだ?彼女は一体何にそんなに怯えている?)

 

考えても答えは出ない。なので百代に問おうとしたその時。

 

「危ない!」

 

パシン!と飛来した何かを士郎がキャッチした。

 

「野球ボール?」

 

「すみませーん!」

 

すぐに野球ボールの持ち主だろう少年がやってきた。

 

「ボール飛んできませんでしたか?」

 

「あ、ああ、これだろ?気を付けてな」

 

「はーい。ありがとうございます!」

 

そう言って少年は去って行った。

 

「・・・ここに野球が出来る場所なんてあったか?」

 

「いや、多摩大橋のほとりならまだしもここじゃ満足に出来ないだろ。多分、遊んでて偶然いい当たりをしたか何かしたんだろう」

 

「相変わらずなのねぇ・・・橘さん・・・」

 

「相変わらず?どういう――――」

 

ことだと聞こうとして、士郎はそれをやめ、すぐさま黒鍵を投影。飛来した石を黒鍵を投擲して砕いた。

 

「・・・今の隕石じゃないよな?」

 

「うう・・・すまない・・・」

 

「橘さんは究極に運が悪いんだ。キャップの正反対と言えばいいか・・・」

 

「・・・なるほど」

 

その例えは凄く腑に落ちた。つまり彼女は己の不運に怯えていたのだ。

 

「昔、友達の家に遊びに行ったとき、友達の家に隕石が落ちてきて・・・みんな無事だったけど家が崩壊してしまったことがあるんだ・・・」

 

「それはまた、筋金入りですね・・・」

 

人に隕石が降ってくるなんてなんの冗談か。ただ、キャップのような異常な幸運の持ち主がいるなら、同じく不運を持つ人間もいておかしくないと士郎は考えを改めた。

 

「仕方ない。まずは家に運ぼう。とにかく栄養のあるものを食べて休まないと危険だ」

 

「士郎の家にか?隕石振ってくるかもだぞ?」

 

百代の言葉に士郎は嘆息して、

 

「本当ならよくないんだろうけどな」

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

そう言って士郎は小さな剣とチェーンを投影して柄の輪にくぐらせて彼女の首にかけた。

 

「これで問題ないはずだ。急ごう」

 

「士郎、今何作ったの?」

 

先を急ごうとする士郎に一子が聞いた。

 

「・・・宝具だ」

 

「え」

 

「んな」

 

思わず百代が魔眼を開放して橘天衣にかけられた小さな剣を見る。

 

「これ・・・持ち主に幸運をもたらす宝具なのか・・・」

 

「ああ。それでとりあえずは打ち消せるはずだ。他にも手はあるが今は時間が無い」

 

とにかく時間が惜しいと士郎は先を急いだ。

 

 

 

 

「ふむ。一応ただの風邪ですが、栄養失調、各部炎症が酷いですな。本当ならば検査入院するべきだと思いますが・・・」

 

「それは本人が頑として譲らないのでこちらでなんとか面倒を見ます」

 

「君がそう言うなら仕方ないな。君には非科学的な回復能力があるようだし、なにか手があるんだろう?」

 

そう問うのは士郎もお世話になった九鬼の医者だ。主に外科の先生にお世話になったが、この先生は内科の先生だ。

 

「一応。ただ薬の処方はお願いできますか?事情ありとはいえ民間療法だけでは心もとないので」

 

「わかった。処方箋を出しておくよ。・・・では、私はこれで失礼いたします」

 

最後に敬語を使ったのはこの場に揚羽が居るからである。

 

「まさか橘天衣がこんなことになっていようとは・・・我の迂闊よな」

 

「いえ、九鬼はきちんと彼女に援助をしたのでしょう?なら揚羽さんのせいではないと思います」

 

それなりにやり取りをした仲であるので士郎も以前のような口調ではなくなっていた。

 

「うう・・・すまない」

 

「お前は少し卑屈が過ぎるぞ橘天衣。確かにお前の運の悪さは我も納得しているが、そう卑屈になっては余計に不運を呼び込むぞ」

 

「揚羽さんの言う通りですよ。士郎の家なら安心できるでしょうからまずは回復に努めてください」

 

「しかし・・・」

 

「しかしも案山子も無いわ!とにかくお前はここで養生しろ!後の事は我らで考える」

 

「ううん・・・」

 

納得がいかない、という風の天衣だが、今は何を言っても無駄だと口を閉じた。

 

「士郎。リンゴをすりおろしてきた。彼女は食べられそうか?」

 

「林冲、すまない。橘さん、食欲はありますか?」

 

「ああ・・・ずっと何も食べてなかったから空腹だ・・・」

 

「よかった。食欲はあるのね」

 

「みたいだな。とはいえこれまでずっと空腹状態だったなら胃腸も弱ってることだろう。まずは果物のすりおろしやお粥がベストかもな」

 

「流石、大怪我をよくする衛宮だな。心得ている」

 

「・・・全然嬉しくないですが」

 

一応士郎だって怪我をしたくてしているのではないのだ。結果的にそうならざるを得ないだけなのである。

 

「食欲があるならお粥・・・いや、雑炊にするか。風呂は無理だろうから百代、一子、お湯とタオルを準備するから拭いてやってくれ」

 

「わかった」

 

「わかったわ」

 

いきなり食べさせるのも良くないかもしれないが、少しずつではあるものの、やっと食事にありつけた、という風にリンゴのすりおろしを口にする様子を見て、士郎は予定を変えることにした。

 

「我も数日通うとしよう。このまま放っておけぬからな。明日我が薬を持ってくる。それまで頼むぞ衛宮」

 

「了解しました。ということで俺は席を外すよ。入る時は声をかけるから安心してほしい」

 

そう言って士郎はさて何を雑炊に入れるかと考える。とにもかくにも今は彼女の回復が最優先だ。

 

 

 

 

 

 

橘天衣が衛宮邸に来て数日経った。処方された薬と士郎たちの暖かい看病のおかげで、彼女もまだまだ病み上がりではあるがよくなっていた。

 

「橘さんも大分よくなったからみんなで食べよう」

 

「そうだな。もう後数日すれば完治できるように思う」

 

「ありがとう・・・士郎のおかげだ」

 

「私達の看病で回復しないはずがないと知りなさい」

 

「マルギッテさん、もうちょっとマイルドに・・・」

 

「・・・回復出来てよかったです」

 

「私などは特に何もしていなかったからな。むしろ薄情ですまなかった」

 

「いやいや!史文恭さん・・・には本を借りたし、マルギッテさん達には本当に手厚く看病してもらった。改めて感謝する」

 

もう一度頭を下げる天衣に士郎は苦笑をこぼしてパン!と手を鳴らした。

 

「このままだと橘さんのお礼合戦になる。それよりも食べよう。折角作ったんだ。冷めたらもったいない」

 

「ゴクリ・・・本当に私がこんなご馳走を食べていいんだろうか・・・」

 

「ご馳走、ってわけでもないでしょうけど、力作です。さ、いただきます」

 

いただきます、とみんなで言って各々好きなように取り分けて食べる。

 

「んー・・・魚に肉、野菜・・・衛宮の作る食事は毎度のことながらよく考えられているな」

 

「みんなよく食べてくれるからな。作る側も力が入る」

 

そう言って魚を綺麗に食べる士郎。

 

「史文恭さん、お醤油取ってください」

 

「ちょっとまて、私も使う。・・・そら」

 

「ありがとうございます!」

 

「うあー!とろとろの照り焼きだ・・・!ハッ!鳥に取られる前に食べないと!」

 

「あはは・・・大丈夫ですよ。これでも結界が張ってあるので」

 

今回、彼女を家に迎えるにあたって、士郎は様々な結界を張り巡らすことになった。

 

結界、とはいっても病魔を退けるとか災厄を振り払うとかそんなものである。

 

だが、これも結構馬鹿にならないらしく、宝具を身に付けているのに時たま不運が彼女に降りかかるので、士郎がその都度増やしていき、結果強力な守護のかかった屋敷になった。

 

(不運ていうのも馬鹿に出来ないもんだな)

 

ここまで極端な運の持ち主たちは一体どうなっているのかたまに不思議に思う士郎である。

 

「美味しい・・・どれもこれも美味しい・・・」

 

「橘さんはいつもそれですね」

 

これもまた、衛宮邸で見られる不思議な光景である。とにかく飢えに飢えていたらしく、ご飯を食べて、汁物を啜り、おかずを食べては泣きそうになりながら食べている。

 

一体どれだけの不幸体質なのかと思うが、揚羽からもたらされたデータによると、かなり恐ろしいほどであるようだった。

 

(まぁこれだけ厳重にして宝具も持っているのだから問題ないだろう)

 

しかし、これから自活するにはどうしたらいいものか。宝具さえも凌駕する不運。幸運をもたらすと言われる宝具をもってして、それでも尚時たまあり得ないような不運を被る彼女。

 

普段の生活からして支障があるだろう。本当に参ったものである。

 

「ごちそうさま。私は一足先に風呂を頂くとしよう」

 

「ああ。食器は水につけておいてくれればいい」

 

「心得ているさ」

 

そう言って史文恭はさっさと食器を片付けて風呂に向かっていった。

 

「大方、また読む本があるんだろうけど相変わらず早いな」

 

「史文恭さんずっと書斎にいるからね。・・・私もだけど」

 

清楚と史文恭は本当に本の虫だ。とにかく何処からともなく仕入れては読みふけっている。

 

とは言いながらも、互いに長物の使い手という事で鍛錬も欠かさず行っている。実に健康的な生活を送っているのだった。

 

「食事くらいゆっくり食べればいいと私は思うのですが」

 

マルギッテが生卵を丸のみしながら言った。

 

マルギッテは日夜クリスの為にあちらこちらと忙しい。

 

任務で外国へと赴きながら、クリスの会いたい、の一言であっという間に帰ってくる。

 

任務の方は大丈夫なのかと思うのだが、どうやら毎回クリスの呼び出し込みで任務を遂行しているそうだ。

 

(無茶苦茶だよなぁ・・・)

 

いつか大変なことにならねばいいのだが、と士郎は思う。

 

ピピピ・・・

 

「おや?失礼・・・お嬢様ですか」

 

『マルさん!今日泊りに来ないか?』

 

「いいですよ。はい・・・はい。では後程」

 

「またクリスの呼び出しか?」

 

「呼び出し、というのは不適切です。クリスお嬢様のお願いです」

 

「さいですか・・・」

 

いい加減この親バカ軍人共も何とかしなければいけない気もするが余計なお世話はしない。

 

いつかクリス共々自身に跳ね返ってこなければいいが。

 

「二人とも忙しいな。・・・私はこうしているだけでも幸せだというのに」

 

林冲はとにかく士郎にくっついてくる。イベント、ボランティア今回の看護、士郎が行くところ彼女ありと言ったところだ。

 

一度、無理しなくてもいいと言ったのだが、

 

『無理なんかしていない。私は士郎を守りたいんだ』

 

と言って頑なに譲らない。なんだか大和に対する京の様でなんともくすぐったい士郎である。

 

「士郎の家は賑やかで楽しいな・・・私もなにか恩返しが出来たらいいんだが・・・」

 

「恩返しなんていいですよ。それよりも橘さんがちゃんと回復してくれる方が嬉しいです」

 

「もう大丈夫・・・と言いたいところだけどまだ本調子じゃない。もう少し甘えさせてもらっていいだろうか・・・?」

 

「ええ。むしろ、回復しないまま飛び出したら捕まえに行きますからね。本調子じゃないスピードクイーンなんていくらでも捕まえられます」

 

「あはは・・・面目ない」

 

なんでもこの橘天衣は昔四天王の座にいたそうだ。その俊足は誰も追いつけないとか。

 

ただ、それでもある人物に負け、四天王の座を降りてから不運の連続らしい。

 

(卑屈になりすぎると不運を呼ぶっていう揚羽さんの言葉もその通りなのかもな)

 

負けたのがきっかけならそれもまた事実だろうと思う。とはいえ、天然の不運持ちなので何かしらの対策は必要だろう。

 

(封じ込めるのは歪みが生じるだろうな。となると結界と同じ効果のアミュレットでも準備するか)

 

内側に作用するのではなく、外側に作用するものだ。それでバランスを取ってもらうしかない。

 

「マスター。何やら思案顔ですが、料理が冷めてしまいますぞ」

 

「ああ。悪い。どうにもな」

 

歯切れ悪く士郎は言った。

 

「揚羽さんと橘さんの今後を話してたんだが・・・いい場所が見つかりそうでな」

 

「初耳だぞ!?」

 

「そりゃあ言える状態じゃありませんでしたから。いくつか候補を上げて・・・その中でよさげな物をピックアップしてるところです」

 

「・・・でも、私は・・・」

 

そう言ってシュンとする天衣。

 

「大丈夫ですよ。魔よけのアミュレットとかを今作っています。そのペンダントと、アミュレットをいくつか用意すればここにいるのと同じ生活はできるでしょう」

 

「本当か!?」

 

「ええ。それでも油断は禁物なのでお金の類は九鬼に預けるのがいいでしょうね。その辺はまた後程橘さんを交えて話して行こうということになってます」

 

「なにからなにまですまない」

 

「橘さん。こういう時は違う言い方をするんですよ」

 

清楚がニコニコしながら言った。

 

「ああ。士郎、ありがとう」

 

「いえいえ。乗りかかった船です」

 

そう笑って箸を止めていた士郎は食事を再開した。

 

 

 

 

 

橘天衣が衛宮邸に来て二週間ほどが経過した。八月半ばではあるが、まだまだセミは元気いっぱいに鳴いている。

 

「ふっ!はっ!」

 

「随分とスピードが上がりましたね・・・!」

 

天衣とマルギッテが組手をやっている。回復しきった彼女は、衰えた肉体を元に戻そうと鍛錬を再開した。

 

流石、スピードクイーンの名をほしいままにしただけあり、まだ全盛期ほどではないのに随分と速い。

 

(このままスピードが上がり続けたらランサーの域まで行く・・・か?)

 

まさかなと士郎は頭を振って組手をする二人を改めてみる。マルギッテは既に眼帯を外して本気モードだ。

 

「ですがまだ私には追いつけないと知りなさいッ!」

 

「ぐっ・・・!」

 

いい一撃が入った。これはそろそろ止めるべきだろう。

 

「そこまで!マル、もう少し手加減をだな・・・」

 

「彼女に手加減は不要と理解しなさい。それに、手加減という意味ではもう私は眼帯を付けたままではいられません」

 

そう言って汗を拭うマルギッテ。どうやら思いのほか、彼女も本気だったらしい。

 

涼しい顔をしながらも結構苦戦を強いられたようだ。

 

「橘さんもお疲れ様です。タオルをどうぞ」

 

「ああ・・・ありがとう」

 

彼女も荒い息を吐きながらタオルで汗を拭う。

 

「それにしても橘さん、速いですね」

 

「それが私の取り得だからな・・・でもこうして鍛錬して分かる。私は鈍りすぎてる」

 

その言葉にまだスピードが上がるのかと驚く士郎。今の彼女でも十分に速い気がするのだが。

 

(流石、百代と肩を並べる四天王ってことか・・・)

 

常識を打ち破ってこないと四天王とやらにはなれないらしい。

 

「とりあえず無理だけはしないでくださいね。まだ治ったばかりなんですから」

 

「もちろんだ。出ないと看病してもらった士郎たちに申し訳が立たない」

 

まだまだ病み上がりなのだ。必死になられて体調をまた崩しては元も子もない。

 

「しーろーうー」

 

ヒューンドン!と百代が飛んできた。

 

「・・・百代。頼むから普通に来てくれないか?」

 

「え!?美少女は空から「くるか!!」ぶー」

 

唇を尖らせる百代の頭をよしよしと撫でて苦笑する。

 

「でないと庭が荒れるだろう?百代は強いんだから周囲への配慮もだな・・・」

 

「・・・してるもん」

 

プイとそっぽを向く彼女にやっぱり苦笑をこぼしながら士郎は問う。

 

「そういえばどうしたんだ?確か、川神院の行事の手伝いをするんだろう?」

 

八月と言えばお盆がある。それまで自由に遊ばせてもらう代わりに行事、祭事の手伝いを百代と一子はしなければならないのだ。

 

「もちろん、橘さんの様子見だ。ジジイにも許可はもらってある。様子どうだ?」

 

「回復したよ。ただ、本人としては前の自分くらいには鍛えたいんだそうだ」

 

そう言ってふうふう、と息を落ち着けている天衣を見る。

 

「あ、百代」

 

そして目が合った。

 

「橘さんお久しぶりです。その後どうですか?」

 

「ああ。士郎達のおかげでなんとか治ったみたいだ。不運も士郎のおかげで少ないし・・・頭が上がらない」

 

「そりゃ士郎ですから。私達の常識を超えてくる」

 

フオン、と魔眼を開放して解析する百代。そして士郎に耳打ちする。

 

(おい士郎。あれ本当にいいのか?橘さんの不運と相殺するなんてとんでもないぞ)

 

(それはどっちがとんでもないって話なんだ・・・とにかく大丈夫だろ。幸運を引き続けてるならまだしも相殺されてるんだから)

 

そう返して士郎は百代の魔眼を封じる。しかし一体いつになったら自分でオンオフ出来るようになるんだろうか。

 

「士郎と百代は・・・その、特別な関係なのか?私は居ない方が良い気が・・・」

 

「ふひゃい!?」

 

「あーこれはちょっと特殊な能力に百代が目覚めてしまって。それが制御できないんで俺が止めてる・・・いたっ!?」

 

由紀江の様に変な声を出してビクーン!としたと思ったら尻を思いっきり蹴られた。

 

「そ、そうか。ならいいんだ。私がお邪魔かなと思ったから・・・」

 

「いつつ・・・そんなことありませんよ。百代も橘さんの様子を見に来たんですから」

 

蹴られたところを摩りながら士郎は言った。

 

「橘さんの無事が確認できたからいいや。士郎!ピーチジュースを持て!」

 

「なんで毎回ピーチジュースなんだよ・・・」

 

はあ、とため息をついて縁側に向かう士郎とウキウキとした様子の百代。

 

そんな二人を見て天衣は、

 

「・・・。」

 

なんとなく、居心地の悪さを感じるのだった。

 

 

 

 

 

百代が来てしばらく、鍛錬を終えた一子も合流し、晩御飯をともにすることにした。

 

「まぐまぐ・・・それにしても橘さんが元気になってよかったわー」

 

「だな。最初に見たときは驚いたけど」

 

「恥ずかしいから言わないでくれ・・・あれでも必死だったんだ」

 

「必死具合はすごく伝わりましたよ。むしろ良く生きてたなって感じです」

 

確かに、日によっては30度を超える日もあった。そんな中をあの格好で乗り越えたのは奇跡に近い。

 

とは言え、もし士郎が見つけなければ最悪の事態になっていただろう。

 

「なんとか回復してよかったよ。病院の先生も言っていたけど、本当にヤバい状態だったからな」

 

「士郎はその辺見てすぐわかったよな。やっぱり経験があったからか?」

 

百代の問いに難しい顔をして言った。

 

「・・・ああ。疫病が広がっている地域を通ったことがある。橘さんからはその時と同じ感じがした」

 

「え、疫病?」

 

「あー・・・士郎はちょっと特殊なんです」

 

「・・・間違ってないけどその頭のおかしい人みたいな言い方はやめてくれ」

 

まるで妄想癖のある人みたいないい方だった。

 

「とにかく!回復してよかったよ。百代と一子もありがとうな」

 

「士郎の頼みだからな」

 

「困ってる人を助けるのに理由なんかいらないわ!」

 

「・・・。」

 

二人の言葉に士郎はなにか気恥ずかしいものを感じた。特に一子の言葉はとても響いた。

 

「では、これからの事を話してはどうでしょうか。橘天衣も、ずっとこのままというわけにもいかないでしょう?」

 

「そうだな。揚羽さんも自活に向けて動くように言っていたからな。飯を食べ終わったらその辺の話もするか」

 

「うう・・・私に出来る仕事などあるだろうか?」

 

「心配しなくても絶対いい仕事が見つかりますよ。この料理だってできたでしょう?」

 

「ええ!?これ、士郎が作ったんじゃないの?」

 

その言葉に一子が驚いた。てっきり士郎が手掛けたと思っていたのだ。

 

「ん?俺の家では特に珍しくもないぞ。マルや林冲も手伝ってくれるし、清楚先輩も最近は手伝ってくれるぞ」

 

「そうだね。私も最近士郎君の料理に興味が出て、手伝わせてもらってるの」

 

「私は下ごしらえなど程度ですよ。あくまでメインは林冲と葉桜清楚です」

 

「いや、下ごしらえもとても重要だと士郎から学んだ。マルギッテが手伝ってくれるから私達も美味しく仕上げられる」

 

清楚や林冲、マルギッテは互いに褒め合っている。とてもいい環境だ。

 

「私も出来る限り手伝わせてもらっている。けど、流石に三人には敵わないな・・・」

 

「橘さんは手伝うようになってまだ日が浅いじゃないですか。それでも士郎の料理について行けるんだからすごいですよ」

 

「そうよー。士郎の料理なんてそこらの料理屋なんか目じゃないんだから!橘さんも、自信もっていいと思うの」

 

「そ、そうか?確かに士郎の料理はとても丁寧で・・・食べる人の事を良く考えてるんだなって感じるんだ」

 

「衛宮の料理は確かにそうだな。私も毎日高級料亭で食べている気分だ」

 

史文恭も認める士郎の料理。流石、元の世界で数多のシェフとメル友なだけある。

 

「俺の事はいいよ。大事なのは橘さんも料理を作っていたってことだろう?」

 

「確かにそうだけど士郎は自分の事を認めないからなぁ」

 

「そうそう。いつも俺なんかーって言ってる気がする」

 

「そうか?」

 

本人は全く理解していないが他人から見れば一目瞭然である。

 

「マスターは謙虚ですからなぁ・・・もう少し己を誇ってもいいと思いますぞ」

 

「れ、レオニダスまで・・・そんなにすごいことなんか「「「してる」」」そうか・・・」

 

はっはっは!とレオニダスは笑って残りのご飯を掻きこむ。

 

急な来訪者だが衛宮邸は変わらず暖かい空気を保っているのだった。




橘さんとの出会いでした。いやもうほんとに急ぎました。だって暑さもそうですが橘さん冬迎えたら凍死しちゃうと思って。

橘さんの話はもう一話続きます。その後は…どうしようかな。修学旅行にするか、源氏総選挙なんていうのもありましたね…とりあえず一話一話、落ち着いて書いていこうと思います。

それでは次回お会いしましょう。


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彼女の新たな職業

皆さんこんばんにちわ。無病息災でいたい作者ですが早々に入院した作者です。

今回は橘さんの今後のお話です。別にこのまま士郎宅預かりでもいいんですが…彼女にそれは合わないなという事で色々修行してもらいます。

では!


「そうです。そのタイミングで返して・・・」

 

「こ、こうか?」

 

橘天衣がやってきて数日。彼女は士郎の指導の下料理の修行に励んでいた。

 

「いいですよ。後はほどよく火が通るまで弱火です」

 

「そうか・・・ふぅ、緊張した」

 

「返す時が一番緊張するでしょうからね。でもここでも気を抜いちゃだめですよ」

 

弱火でじっくりというのもタイミングを逃せば焦げ付いたり硬くなったりする。

 

「いつもありがとう。私があんな職を選んだばかりに・・・」

 

「そんなことないですよ。実を言うと、俺も揚羽さんもあれを選ぶと思っていたんですよ」

 

彼女が選んだ次の職種。それは・・・

 

「そ、そうなのか?」

 

「ええ。ぴったりだと思っていたので」

 

彼女が選んだ次の職業とは寮母。九鬼で新しく作る寮の管理人を探していたのだ。

 

「なんで私が寮母を選ぶと思ったんだ?」

 

「簡単ですよ。料理に興味を持っていたじゃないですか。料理が活かせるし、面倒見もいい。となると自然と候補は減ります」

 

料理屋などもいいかもしれないが、彼女は面倒見のいい人柄だ。今までは不運で余裕が無かったからか個性が分からなかったが、不運が極端に減ってから彼女はとても面倒見のいい人間だと分かった。

 

買い物に一緒に出る時も何かと気が利くし、何より士郎や衛宮邸に住む皆の為に必死になってくれる。

 

そんな彼女が次に目指す職と言ったら寮の管理人しかなかった。

 

「そうか・・・なんだか恥ずかしいな」

 

「なんでです?立派なことじゃないですか」

 

「私がこうして平穏でいられるのは士郎のおかげだ。この剣のネックレスを貰ってから急に不運に遭わなくなった。不運に見舞われても、後からきちんと幸運がやってくるようになった。私がいくら鈍くてもコレのおかげだという事はよくわかる」

 

「・・・まぁ、否定はしませんが、それは橘さんが卑屈になるのをやめたからでもありますよ。必要以上に不運に怯えなくなったのは良いことだと思います」

 

人間あれもこれも運が無かったと思うと卑屈になるかやけっぱちになるかのどちらかだ。そういう意味では彼女は良い変化をしたと言えるだろう。

 

「新しい寮か・・・どんな人が来るんだろうな」

 

「まだ先の話ですよ?確か・・・一年後くらいを目安に建設が始まってるので新入生じゃないですか?」

 

「そ、そうだよな・・・はぁ、なんだか緊張してしょうがないんだ」

 

早く自立したいという焦りもあるんだろう。彼女なりに必死なのが伺える。

 

「そうだ。まずは大和達の寮・・・確か島津寮だったか。そこで体験というか修行させてもらうのはどうですか?」

 

「それは名案だ!でも、迷惑じゃないだろうか・・・?」

 

「多分大丈夫ですよ。ガクトの家も近いし何か起きてもすぐフォローしてもらえます。ここで料理の練習だけきちんとしていけば即戦力じゃないですか?」

 

寮生活で何よりも大事なのはルールの順守と食事の用意だ。

 

特に食事は食べ盛りの学生たちに出すのだからクオリティが高ければその分学生たちの健康にも一躍買うだろう。

 

「そうだといいな・・・色々ありがとう、士郎。お前のおかげで私も何とかやっていけそうだよ」

 

「袖振り合うも他生の縁、って言うじゃないですか。大丈夫ですよ。それより、今はしっかり料理を身に付けましょう」

 

そう言って士郎は後ろを振り返った。

 

「お姉ちゃん、今日は士郎先輩とお料理しないの?」

 

「今日は橘さんの日ですから・・・」

 

「お、まゆっち何気に対抗心燃やしてるね」

 

「今日のお昼ご飯は何かしら・・・じゅるり」

 

「こらワン子。めっ!」

 

「くぅん・・・」

 

「本当に犬みたいだな・・・」

 

「士郎ーピーチデザートくれー」

 

「あ!キャップテメェ!珍しく最後まで残ったと思ったら最後に爆弾を・・・!」

 

「そりゃ俺にかかればこんなもんよ!BBでも俺は速いぜ!」

 

「うわぁ・・・リアルでDボム作るの初めて見たよ」

 

「・・・。」

 

なんとも自由極まりない様子が目に飛び込んできた。

 

「大和。橘さんが島津寮で寮母の修行するの麗子さんに許可貰えないか?」

 

「ん?橘さんってそこのグレーの髪をした人だよな?」

 

「ああ。いきなり新築の寮に一人放り出すのもあれだからな。頼めないか?」

 

「そう言う事なら・・・ガクト、麗子さん、許可出しそうか?」

 

「あ?あー多分大丈夫じゃねぇか?モモ先輩と九鬼の姉ちゃんの知り合いなんだろ?母ちゃん単純だからなー」

 

「一応何か持たせてもらった方がいいかも」

 

「わかった。この前頂いたメロンがあるからこれ持って行ってください」

 

「えええ!?これは士郎がもらった物だろう!?」

 

「いいんですよ。俺結構こういうこと多くて・・・食べられなくなる前に使いましょう」

 

士郎はなにかと人助けを行い、お礼として色んなものを貰ってくる。本人は断るのだが助けてもらった方も心苦しいという事でこうして頂いている。

 

(それに、多分これ大和達にも行きますから)

 

(な、なるほど・・・)

 

網目細やかな模様のいい匂いのするメロンをみてごくりと喉を鳴らす天衣。

 

「途中でお、落としたりしないだろうか・・・」

 

「一応バスケットに入れていきますか。紙袋が良いようにも思いますけど、破れたら困るという事で。後で買ってきましょう」

 

「本当に何から何まですまない・・・」

 

「橘さん、士郎は人助けがデフォルトなので謝るより感謝した方が良いですよ」

 

「そうだな!士郎こそ本物のサムライだ!困っている人を見るとすぐに助けに行く」

 

「この前、おばあちゃん背負って病院行ってたわね」

 

「その前は怪我した子供に絆創膏を張っていたな」

 

「木に引っかかったボールと降りられなくなった猫助けてた」

 

「猫って言えば、多摩川に段ボールに入れて捨てられてた子猫も助けてたな」

 

とにかく突けば出て来る出てくる士郎の人助け。仲間達も半ばあきれ顔だ。

 

「士郎先輩なんでも助けちゃうんですね」

 

「それは違いますよ沙也佳。士郎先輩は本人の為にならないことは断ります」

 

「ただの甘えだったりすることもあるからなぁ・・・」

 

「でも、最近は学園が間に入ってくれてるから問題ない・・・ぞ?」

 

「学園の外で助けまくってるでしょ!」

 

「ぐぬ・・・」

 

モロの鋭いツッコミに士郎は黙るしかない。もちろん由紀江の言う通り、本人の為にならないなら断るのだが、どうしたって助ける回数の方が多い。

 

最近では評議会なるもの(最上旭)が、士郎への依頼として整理してくれているので、士郎はそれを片っ端から受けるだけでいいというなんとも言い難い循環が出来上がっていた。

 

「士郎は学園でどんなことをしてるんだ?」

 

「まずは早朝から変態の橋の狙撃でしょ」

 

「おい」

 

最初からとんでもないことが出てくる。

 

「いや、レオニダスも出張ってくれてるんだけどな・・・どうにもあそこは鬼門なんじゃないかと思うくらいだからな・・・」

 

言い訳・・・になっているかどうか怪しいものである。

 

「その後は休み時間の度に修理してるよな」

 

「修理?」

 

「士郎は壊れた物とか直すの上手いんですよ。時計もばらして直します」

 

「ええ・・・」

 

「それは俺の特技と言うか・・・」

 

解析を使えば何とでもなるので士郎としては苦痛に感じていないのだった。

 

「で、昼になると衛宮定食だな」

 

「え、衛宮定食?」

 

「名前は気にしないでください・・・俺もそれはちょっと、って言ったんですから・・・」

 

「栄養満点!ボリュームも良し!さらに食券半券でいいっていう川神学園の名物料理!」

 

「名家の人も必死に確保に向かう数量限定定食です」

 

「それと初めての人にはデザートが付く」

 

「このデザートも毎日決闘騒ぎになるくらい美味しいです」

 

「それが終わって放課後はまた修理修理!」

 

「学園の本棚増設とかエアコンの修理とかやってるね」

 

「だからそれも俺の特技だって・・・」

 

もう苦笑しか出ない士郎。

 

「士郎・・・いつ休んでるんだ?」

 

「・・・今とかですよ」

 

何とも苦しい言い訳だった。

 

「私が見た限り、士郎は朝早く起きて鍛錬して、夜遅くまで鍛治仕事をしてるイメージなんだが・・・」

 

「ワーカーホリックですね」

 

「それもあって学園側で強制休暇させられる時もあるよな」

 

「もうされない程度にしてるって」

 

「そうでもないぞ。ジジイはいつも頭を悩ませてるからな」

 

「え、そうなのか?」

 

「気付かないのは士郎だけよう・・・」

 

「うーん・・・」

 

流石にそれは初耳だと士郎は悩んだ。自分の人助けで別な人が苦しむのは非常に良くない。

 

「私が言うのもあれなんだが、士郎はバランスが取れてないんじゃないか?」

 

「橘さんの言う通りだ。士郎はすぐ全力だからな」

 

「いや、余力は残してるつもりだけど・・・」

 

「全力の繰り返しでキャパシティーが広がってるだけだろ」

 

「ぐぬぬ・・・」

 

大和の一撃で遂に撃沈する士郎。

 

「と、こんな奴なんですよ。士郎って奴は」

 

「助けられる側がバランスとりにいかないとダメなやつなんです」

 

「そこまでいうことないだろ?」

 

さしもの士郎も言われたい放題でむっとするが、それはすぐに苦笑へと変わる。

 

「でも、みんなと遊ぶのは優先させてもらってるぞ?」

 

「それは当たり前!」

 

「まったく、これだから・・・」

 

結局ガクリと肩を落とすのだが。

 

 

 

 

その日の夜。士郎と共に晩餐を作り上げて、食卓につく。

 

「今日は橘さんと作ったんだ。感謝して食べるように」

 

「いつもの事ですが、感謝します」

 

「ありがとう。橘天衣」

 

「ありがとうございます!」

 

「礼を言う。私が出来るのは精々非常食程度だからな」

 

各々天衣に礼を言って食事を始める。

 

「おお、なんだか誇らしいな・・・」

 

「誇っていいんですよ。これは橘さんが作った。それをありがたく頂く。そういうことです」

 

「でもまだ士郎に助けられてばかりだからな。私一人でも出来るようなりたいな」

 

「結構出来てると思いますけど・・・」

 

士郎は困ったように笑う。

 

「士郎の言う通りだ。士郎程の腕前になろうとしたら専門の修行が必要だと思う」

 

「私も林冲さんに同意かな。士郎君の料理はプロだもん」

 

「そうだろうか・・・士郎はいつも特に特別なことをしていないように思う」

 

「特別なことをしていないように見えるから腕前がすごいのです。今回貴女がやった手順も、余程に丁寧なものでしょう」

 

「そうなのか・・・士郎は凄いんだな」

 

天衣は改めて士郎の凄さに感服した。これできちんと収入もあるというのだから本当に学生とは思えない。

 

「そういえば黛大成と黛由紀江の刀は打ち上がったのですか?」

 

「ああ。もう渡せる状態になった。由紀江と大成さんは後日、直で受け取りに来るそうだ」

 

「・・・。」

 

その言葉を聞いて天衣が真剣な表情で黛由紀江、と呟いた。

 

「橘さん、どうかしたか?」

 

「ああ・・・私を負かした相手が黛由紀江なんだ」

 

「なんだって・・・?」

 

彼女は四天王だと聞いた。という事は今の四天王の一角は由紀江だという事だ。

 

「だから四天王がどうのと言われたのか」

 

以前、由紀江と戦った時、川神鉄心が四天王がどうのと言ってきたが面倒なので断ったのだ。

 

「士郎は黛由紀江と戦ったのか!?」

 

「ああ。あれは確か・・・一子の薙刀の奉納祭の時だな」

 

「あの時ですか。クリスお嬢様がいたく感激していたので何かと思いました」

 

「干将・莫耶が正しく本領を発揮した戦いでもあった。士郎は自分の事を贋作者(フェイカー)と蔑むけど・・・あれは士郎だからこその絶技だったと思う」

 

「そうか・・・士郎が黛由紀江を・・・なら、士郎は今四天王の一人なのか?」

 

当然の質問に士郎は平然と否を言い放った。

 

「いや?そんな面倒そうなものはお断りしたよ」

 

「断った!?そんな、四天王だぞ?名誉なことじゃないか!」

 

「士郎は戦いに良い感情を抱いていない。むしろ・・・」

 

「戦いなんてまっぴらだな」

 

「この様子です・・・」

 

はぁ、とため息を吐く一同。そんな中史文恭が、

 

「それは問題だな。川神の四天王と言えば絶大な知名度と強さを持つ。そんな男に負けたのなら納得がいくが、まさか称号を足蹴にした奴に私が負けるとはな」

 

「価値観の違いだ。俺は戦いを好かない。四天王なんて称号をぶら下げたらどれだけ戦闘に巻き込まれることか」

 

「まぁ確かに。腕自慢はこぞって挑んでくるだろうな」

 

「そういうのはごめんだ。俺は必要に迫られた戦いに備えているだけで進んで戦いなんてしたくないからな」

 

そう言って士郎は自分のことは終わりだと天衣を見た。

 

「それより、何で俺が由紀江と戦って橘さんが驚くんだ?」

 

「それは・・・」

 

恥じるように口籠もった後、

 

「私は・・・黛由紀江に負けて四天王を降りたんだ」

 

「そうなんですか!?」

 

「なるほど。それで黛由紀江に反応していたのですね」

 

納得がいったとマルギッテは頷き、清楚は驚いた。

 

「自分を倒した因縁の相手というわけか。しかし、まだ成長途中の小娘だぞ。お前の足なら黛由紀江が卒業するくらいまでは四天王の座にいれただろうと思うのだが」

 

史分恭が晩餐を口にしながら言った。

 

「あの頃の私は調子に乗ってたんだ・・・誰も私には追い付けなかったし、不運で自棄になっていた。その結果・・・」

 

このザマだ。そう言おうとした彼女を遮るように、

 

「ここにいる」

 

「・・・え?」

 

彼女は何を言われたのか分からなかった。

 

「不幸も幸運もそうですが貴女が今まで理不尽に抗い続けたからここに貴方は居る。そう俺は思います」

 

「士郎・・・」

 

「そうだよね。橘さんうんと頑張ってたんだもんね!」

 

「隕石すら呼び寄せる不運とはにわかに信じがたいが・・・それ抜きにしても、確かに橘天衣が理不尽に抗い続けたから、というのは私も同感だな」

 

「天衣は凄いと思う。私だったら何もできずに野垂れ死んでいたと思う」

 

清楚や史文恭、林冲にもそう言われて熱いものがこみ上げた天衣はそれを隠すように、らしくなくご飯を掻きこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

橘天衣が衛宮邸に来て料理や家事の修練に勤めている中。一度北陸に帰っていた黛大成と由紀江と沙也佳が訪ねてきた。もちろん、魔剣仕様の刀を受け取りに来たのだ。

 

「いらっしゃいませ。遠い所から遥々お越しいただいてすみません」

 

「やあ士郎君。なに、私もこれから付き合っていく愛刀が恋しくてね。家内には怒られてしまったよ。むしろ、押しかけて申し訳ない」

 

そう言って大成は頭を下げる。どうにもこの人に頭を下げられると居心地の悪さを感じてしまうのは本人の気質というかお佇まいからだろうか。

 

「あの、これ私の家からの贈り物です」

 

そう言って由紀江が発砲スチロールの箱を差し出した。

 

「もしや、北陸の?」

 

「はい!今回も、いーぱい持ってきましたから!」

 

「流石にこの気温では早々に傷んでしまうだろうからね。比較的大丈夫なものを持参した。残りは、宅配便で送ってもらうことにしたので楽しみにしていてほしい」

 

「どうもありがとうございます!とても嬉しいです」

 

増えてきた住人の食事のおかずにもなるし、天衣の訓練としても魚介は必須だろう。とても嬉しい贈り物を貰った。

 

「こんな所ではなんですからどうぞ上がってください。すぐお茶をお持ちしますね」

 

「うむ。では」

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔します!」

 

父と姉妹が衛宮邸に上がると不思議な光景が目に映った。

 

「あれ?士郎先輩、書斎・・・なんてありましたか?」

 

異様に和風屋敷なのに中は洋風というなんとも言えない空間があった。

 

「ああ・・・作ったんだ。そういえば由紀江が見るのは初めてか。あそこの住人は滅多に襖を開けないからな」

 

完成時点で彼女は家に訪れているだろうが、いつも閉まっていたので分からなかったのだろう。

 

「作った・・・あの立派な書斎をかね?驚きを隠せないな」

 

「士郎先輩のもの作りのスキルはどうなってるんですか・・・」

 

さしもの剣聖も自力で書斎をコーディネートしたと言われてびっくり眼で書斎を見た。

 

沙也佳は士郎の飛びぬけた技術力に呆れてしまう。

 

「ううむ・・・私の家にもほしいものだ・・・これでも詩を作るのが最近の趣味でね」

 

「ダメですよ父上。母上に怒られます」

 

「そうだよー。ただでさえ今回の事で大目玉だったんだから今度は雷が落ちるよ」

 

ううむ、と唸って大成は額に汗を浮かべる。確かに娘たちの言う通り、これ以上家内を怒らせるのはまずい。

 

「剣聖、黛十一段だな?」

 

ふっと、書物に目を落としていた史文恭が顔を上げた。

 

「恥ずかしながら。貴女は?」

 

「私は史文恭。傭兵稼業を引退したロートルだ。書物に関心があると見える。用事が終わったら来るといいのでは?」

 

「おお!それは嬉しいお誘いです」

 

「丁度作家や和歌の勉強をしている者がいるのでそれなりに揃っている。興味があればみるといい」

 

「では後程伺わせていただきます。心遣いに感謝を」

 

とりあえずその場はそれで過ぎた。

 

(史文恭は挨拶したいって言ってたもんな。どうにも一部堕落部屋みたいになっているがいい機会だろう)

 

あの部屋を作ってから本当に史文恭は我が物顔で一日居座る。何なら自分で布団を敷いて、必要な小物を買いそろえているくらいだ。

 

(布団片付けても持ってくるからなぁ・・・)

 

何度か布団を片付けたのだがそれでも彼女は新しい布団と入れ替わりだと、これ幸いと言わんばかりに他の部屋から持ってくる。

 

それでも汚部屋にはなっていないので管理はしっかりしているらしい。

 

「どうぞ。何もない家ですが寛いでください」

 

「かたじけない」

 

「あ、士郎先輩、お茶の準備・・・」

 

由紀江が手伝おうと声を上げた所で、

 

「ど、どうぞ・・・」

 

グレーの髪の天衣がお茶を持って現れた。

 

「え?ええええ!?」

 

「どうしたの、お姉ちゃん」

 

「由紀江。人様の家でそんな大声を出すものではない」

 

「ええっと・・・すみません・・・」

 

彼女達の間には因縁がある。どうやら決闘以来顔を合わせていなかったようだ。

 

「由紀江、橘さん、今のところは抑えてくださいね。それではご注文の品をお持ちするので席を外します」

 

「ああ。急がなくていいよ。こうして涼んでいるだけでもとても心地良い」

 

「あ、あの、それなら私も取りに行っていいですか?」

 

「ん?ああ、構わないぞ。由紀江は自分の魂を作り直したからな。ハラハラしてるだろ?」

 

「お恥ずかしながら・・・」

 

恥ずかしそうに、しかし心もとなげに手が宙を彷徨う。いつもの刀が無いからだろう。

 

「もう。お姉ちゃん手が彷徨ってて変な人だよ」

 

「さ、沙也佳!」

 

「まゆっちにも剣士の心ってもんがあるんだぞー!」

 

「・・・今松風いたか?」

 

テレパシーです(キリッ)と言うのでもう士郎も慣れたもの。武器庫に降りて目当てのもの取り出す。

 

「由紀江のはそれな。結構重いぞ。気を付けてくれ」

 

「はい・・・!」

 

例によって黒いケースに納められたそれをショルダーベルトに腕を通して担ぐ。

 

そうして上に上がってみれば沙也佳と大成が談笑していた。

 

「橘さん、お姉ちゃんと戦ったんですね!」

 

「うむ。故に由紀江は四天王の称号を――――」

 

そこでピタリと大成さんの声が止まった。

 

「あの、どうされました?」

 

突然巌の様に固まった大成に天衣は心配そうに声をかける。

 

「ま、まさか私のお茶がまずかったのかな・・・」

 

オロオロとする天衣に士郎の声が届いた。

 

「違う違う。コレ(・・)が近づいたからだろう。

 

「ううむ・・・ここまで存在感を感じるとは・・・」

 

「え?お父さん、もう士郎先輩の刀が分かるの?」

 

沙也佳も想定していなかったようで驚いている。

 

「うむ。私に共鳴するような波動を感じる。私は魔法使いでもなんでもないのだが・・・そうか。これが私の一部を使った刀か」

 

「お姉ちゃんも?」

 

沙也佳の問いにしっかりと頷く由紀江。

 

「はい。士郎先輩の武器庫ですぐに分かりました」

 

実を言うとあのそれほど明るくなく、沢山の武器が収められている中で、彼女は士郎に言われるまでもなく自分の刀のケースの前に立っていたのだ。

 

「ああ、急がなくてもいいと言いながら早く手元にほしい。すまないがいいかね?」

 

「ええ。そう言われて職人冥利に尽きます。橘さん、一度お茶をおさげしてテーブルを空けてください」

 

「わかった!」

 

そう言って空けられたテーブルに黒いケースが置かれ、スッと大成の前に出された。

 

「どうぞ。お納めください」

 

「・・・。」

 

大成は無言で黒いケースを開ける。そして、

 

「おお・・・」

 

手に取って感嘆の声を上げた。

 

「何という・・・君は何という素晴らしい鍛冶師なんだ・・・!」

 

鞘から抜かず、しっかりと様々な角度から刀を見て大成は見入っている。

 

「由紀江、どうだね?」

 

「はい・・・士郎先輩にお願いしたのは正しかったです」

 

スラリと抜かれた刀身は霜が乗っているかのように美しく刃文も実に美しい。

 

「試し切りは出来るかな?」

 

「もちろんです。準備しますので外で少し慣らしていてください」

 

士郎はそのままござを巻いたもの、丸太、そして厚い鉄板を用意した。

 

「恐らく二人の力ならこれくらいじゃないと試し切りにならないと思い、準備しました」

 

「どれも分厚いよ!?お父さん、お姉ちゃん、大丈夫・・・?」

 

心配する沙也佳に二人は何の問題もないと言わんばかりに刀を振るった。

 

一時遅れてどれもが綺麗に両断される。まさに名刀ここにありという感じだった。しかし・・・

 

「あの鉄板は無理だよ!刀が折れちゃう!」

 

最後の鉄板は中々の厚みがある。いくら斬鉄が出来てもあれでは刀にダメージが行くだろう。だが・・・

 

「士郎君。確か内に流すように、だったね?」

 

「そうです。集中して刀の中に己の一部を、気の流れる道を感じてください」

 

「・・・。」

 

大成が刀を正眼に構えて意識を集中する。すると・・・

 

「お父さんの刀、光ってる!」

 

確実に、しっかりとした光が刀を走った。

 

「これは・・・確かに辛いな。だがより一層境地に至れそうだ」

 

玉のような汗を浮かべながらゆっくりと彼は鉄板に歩み寄り、ゆっくりと刀を下した。

 

「あれじゃ・・・え?」

 

ゆっくりと振り下ろしたのを見て無理だと思った沙也佳の前に衝撃が走った。

 

ガランと。鉄板はバターで出来ていたかのように綺麗に両断されてしまった。

 

「え?え!?今のなに!?士郎先輩、あれ鉄じゃないんですか!?」

 

「正真正銘、鉄だぞ。何なら拾ってみるといい」

 

それを聞いて思わず沙也佳は縁側から外に出て落ちた鉄板を拾った。

 

「うわっ・・・本物だ・・・」

 

沙也佳が拾ったものは確かに鉄でできた板だった。

 

「斬鉄の経験はあるがこのように鉄を切ることは私でもあり得ない。気というものは誰にも宿っているというが・・・まさかこれほどとは」

 

切った大成自身が驚愕していた。

 

斬鉄と言えば鋭い太刀筋によって鉄を切る技術であるが、今の大成の様にバターを切る感覚で出来るものではない。

 

「しかし消耗が激しいな。確かにこれは修練が必要だ。それに切れすぎる(・・・・・)

 

大成の言葉に沙也佳は首を傾げた。

 

「切れすぎるって・・・切れる方が良いんじゃないの?」

 

彼女の問いは当たり前のものだった。だが、

 

「沙也佳。それは違います。刀は切るべき時に切れなければなりません。逆に、切れてはいけない時に切れるのは剣士として未熟と、私は父上に教わりました」

 

「その通りだ。切るべき時に切れ、それ以外では薄い紙でさえも切れない。そうあらねばならない」

 

もう一度大成は鉄板にゆっくりと刀を下した。次はカツン、と金属同士が鳴るだけだった。

 

「これは私もまだ未熟ということ。あの気を流すという動作を素早く、いかなる時も冷静に、然るべき時に使う。そういう修練が必要だ。今の私は流すので精一杯。それではこの刀を御せているとは言えない」

 

刀を鞘に納めて大成は改めて士郎に頭を下げた。

 

「ありがとう。これで私はまた一つ、いや、数段上に上がることが出来る」

 

「いえ、俺は貴方ほどの剣士に自分の作った刀を使えてもらえて嬉しいです。これからも頑張ってください」

 

それは士郎の本心だった。初めて手にして第一段階を御せたのは大成が初めてだ。それだけ、彼は剣に真摯に向き合ってきたという事なのだろう。

 

「由紀江はどうだ?いけそうか?」

 

「お待ちください・・・」

 

何度も何度も深く呼吸し、精神を集中させている。そして、

 

 

 

――――キンッ

 

 

と鉄板が両断された。

 

(速いな)

 

士郎の感想は鋭く、速い。そういう感想だった。

 

「あれは奥義では?」

 

士郎の問いに大成は頷いて答えた。

 

「『涅槃寂静』。あれこそが私を越えた証。由紀江はあれを使わないと刀に気を流せないようだな」

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

荒い息を吐いている姉に沙也佳がそっと水を持ってきた。

 

「ありがとございます沙也佳。これは想像以上に難しいです。私は父上の様にただ振り下ろすだけで発動できません」

 

「そこはそれ、経験の差だろう。如何に技を極めようと実戦経験が無ければ技術は磨かれない。私もそうだが、御せるようになるまで刀の真価を発揮した戦いは禁ずる」

 

「はい父上。これからはこの刀を扱えるよう精進します」

 

「うむ。士郎君。これは気を込めなければ使えないわけではないのだね?」

 

「はい。気を込めた強化が出来るだけで、気を込めなければ普通の刀です」

 

とはいえ、士郎の刀は飛びぬけた完成度であるのでそれでも十分に強力なのだが。

 

「ということだ。また一から修練が必要だな」

 

「はい!」

 

そう言いながらも大成と由紀江は晴れ晴れしい顔をしていた。

 

「気に入って頂けて何よりです」

 

「もう大満足って顔ですよ士郎先輩」

 

これからの事を早速話し合う二人を見て沙也佳はそう言った。その彼女をみて、あ、と士郎は声を上げた。

 

「そうだった。沙也佳ちゃんのも作ったんだ。大成さんのケースに入ってるぞ」

 

「えええ!?」

 

言われて慌てて居間の黒いケースを覗く沙也佳。

 

「・・・?何もないですよ?」

 

「ヒント。忍者と言えば?」

 

「忍者・・・ああ!?」

 

ガコッと底が外れ、そこに忍者刀が収められていた。

 

「お父さん!お姉ちゃん!」

 

嬉しそうに二人の下に駆けて行く沙也佳。それを苦笑を浮かべながら士郎は追う。

 

「これは・・・なんとかたじけない。まさか沙也佳の分までとは・・・」

 

「勝手にしたことですから気にしないでください。彼女のは普通の忍者刀です。気の強化も出来ないし、刃引きされているので易々とは切れません。しかし、これから必要になるのではと余計なことをしました」

 

「沙也佳も来年は高校生だ。確かに必要になるだろう。ご慧眼恐れ入った」

 

「これは沙也佳もしっかり鍛錬しないといけませんね」

 

「うん!私も中学校卒業したら川神に来るから!しっかり稽古するよ!」

 

満面の笑みで語り合う三人を見て、士郎も満足気に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

大成らに注文の品とおまけの忍者刀を渡し、日が暮れた頃、三人は帰路につこうとしていた。

 

「それでは、素晴らしい品をありがとう。また挨拶をさせてほしい」

 

「こちらこそ。これからもよろしくお願いします。何かあれば遠慮なく言ってください」

 

「士郎先輩!ありがとうございました!」

 

「ありがとうございました!」

 

そうして三人は帰って行った。

 

「ふう。静かなのに賑やかだったな。橘さん、我慢させてすみません」

 

後ろに立つ彼女に士郎は言った。

 

「いや、いいんだ。今の私じゃ黛由紀江に勝つことは絶対に不可能だ。全盛期くらいに戻さないと勝負にすらならない」

 

悔しそうに天衣は拳を作った。

 

「私は馬鹿だ。負けたからと言って自暴自棄になって鍛錬を疎かにした。それがこの結果だ。黛由紀江は私の先にいる」

 

悔しさと悲しみの混じった言葉に士郎はゆっくりと向き直り、

 

「ならまた鍛錬に励めばいい。橘さんだってまだ若いんですからこれからでも遅くありませんよ」

 

「・・・そうだろうか」

 

自信なさげに言う彼女に士郎は、

 

「もちろん、橘さんが本気にならないと不可能ですよ。鍛錬を怠っていた分、由紀江は先に進みました。全盛期の橘さんがどれほどのものかはわかりませんが、+αの力を身に付けないといけません」

 

「士郎は厳しいな。でも言う通りだ。・・・よし!私も寮母の修練だけじゃなく武術の鍛錬もする!」

 

そう意気込む彼女に士郎はやっぱり苦笑を浮かべる。

 

(なぜこうも対抗意識を持つんだろうな・・・)

 

だがそれは血を見るようなものではなく、己の向上心から来ているのだと士郎は納得する。

 

「それじゃ、戻りましょう。まずは今晩の夕食ですよ」

 

「もちろんだ!」

 

 

 

――――そうして夏休み最後のイベントが終了した。数日後にはまた学校が始まる。橘天衣も新しいステップへと歩み出し、士郎の日常は新たな色を見せるのだった。

 




ようやっと50話お送りできました。皆様ただいま戻りました。

もうね、病院がしんどくてしんどくて・・・やっと自由に書けます。

今回やっと橘さんの先行きが決まりました。原作通り島津寮でもよかったんですが、私、あれにはすっごい疑問が残ってて、キャップ卒業後大丈夫なん?て思ってたのでそうではない方向に行きました。

大分減速してしまいましたがこれからも頑張っていくのでよろしくお願いします!


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源氏大戦

みなさんこんばんにちわ。本当に病院の外っていいなと思う作者です。

今回から夏休み終わって登校が始まります。が。当然まだこの人らの事が終わってない訳でして…それを書いていきたいと思います。


――――interlude――――

 

夏休み最後の日の夜。最上家では最上旭が義経について語っていた。

 

「大したことなかったらどうしようって思ってたけど、義経、意外とやるわ」

 

「旭が一勝したかと思えば義経に一勝を取られる。いい接戦じゃないか。とてもいい経験になると思うよ」

 

育ての親である最上幽斎は心からの笑顔を浮かべて言った。

 

「でもそろそろ決着を付けたいとも思うの」

 

「そうだね。早いに越したことは無いけど、あまり無理はしなくていいんだよ?」

 

「ありがとうお父様。でも、私がそうしたいと思うの。だから――――」

 

そう言って彼女は決着に相応しかろうアイディアを父に告げた。

 

「それは!いいね!とても素敵なアイディアだと思うよ!及ばずながら、私も少しばかり出資しよう」

 

「え?それは・・・」

 

流石にそこまで頼むつもりのなかった旭は返答に困る。

 

「気にしなくていい。これは暁光計画にも関わってくることだからね。私としては投資する価値がある」

 

「・・・。」

 

その言葉に最上旭は複雑な感情を抱いていた。

 

「ねぇ・・・お父様。もし、もしもだけど――――」

 

「ん?なんだい?」

 

優しい微笑みでこちらを見る父を見て旭は頭を振ってなんでもない、と答えた。

 

(勝率は五分・・・かしら。士郎は私と義経、どっちにつくのかな・・・)

 

父の計画を知ったら・・・いや、既に父が起こした騒動で敵として認識されている以上、彼は間違いなく敵に回るだろう。

 

そのことがとても、寂しい。

 

(ああ・・・どうしたらいいのかしら・・・)

 

父の計画を支えたいと思う一方で、今の生活から離れることが酷く辛くなってしまった。

 

確実に敵になる想い人の顔を浮かべて彼女は床についた。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

「んー・・・!」

 

グイグイと体を伸ばして鞄を下げて玄関を出る。

 

「じゃあ頼んだぞ史文恭。昼食は冷蔵庫にあるから・・・」

 

「わかったわかったから。早く行け。私は子供じゃない。お前が準備せずとも自分で何とかする」

 

衛宮邸の住人は史文恭を残して全て川神学園に登校するので残るのは彼女のみだ。

 

橘天衣は数日前から大和達の住む島津寮に修行に通っているので、帰ってくるのは夕方かそのまま泊まり込みだ。

 

「それもそうか・・・じゃあ留守を頼む」

 

「お願いしますね史文恭さん」

 

「頼む。私としてもお前が守ってくれるなら心強い」

 

一緒に出る清楚と林冲も頷き合う。

 

「ああ。宿代分は働くさ。敵が来ればすぐに分かるのだから迎撃も容易い」

 

現在は外敵感知の結界しか張っていないが、それでも遠方から既にわかるのは強いアドバンテージだ。

 

ちなみに、本来は衛宮邸にいる者にしか分からないが、もし結界が作動したら士郎には分かるように調節してある。急な襲撃にも完璧だ。

 

「じゃ、行ってきます」

 

「いってきまーす!」

 

「いってきます」

 

そうして三人は登校を開始した。

 

「んー!自転車もいいけど歩くのも気持ちがいいね」

 

「ああ。天気もいいしまだ暑いことは暑いけど秋の気配がするな」

 

「秋か・・・梁山泊にいた頃は忙しい時期だったな・・・」

 

「自給自足だからか?」

 

「ああ。野山に山菜やキノコに果実なんかも・・・とにかく食材調達は修業時代とても沢山やった」

 

「自給自足かぁ。私は出来る自信ないな・・・植物の本とか見てると毒のあるものが多くて逆に怖くなっちゃった」

 

「確かに、毒があるものと、そうでないもの見た目が変わらなければ恐怖もあるよな」

 

特にキノコ類はとても危険だ。毒のあるものはそれこそ大体致死性が高いので非常に恐ろしい。中には触れただけで手が炎症を起こす物もあるくらいだ。

 

「でも、天然のものは凄く美味しいんだ。前に士郎とキャンプした時の食事は今でも忘れられない」

 

「林冲さん、士郎君とキャンプしたんだぁ・・・」

 

唇を尖らせながら士郎を見る清楚に彼は困った顔をして、

 

「林冲、わざと混ぜっ返すのはよしてくれ。あれはキャンプなんかじゃなかったろう?」

 

あの時は曹一族撃退の為の囮作戦だったのだ。決してキャンプなどという娯楽ではない。

 

「それでも私には忘れられない思い出だ。あれは――――」

 

山菜の取り方から始まり狩りで獲物を狩ったりと様々なことを話すうちにやはり清楚の唇は尖っていく。

 

「やっぱりバカンスじゃない・・・」

 

「いや、命がけのバカンスはお断りしたいですよ」

 

確かに楽しい時間ではあったが、常に襲撃に備えた緊張に溢れる時間でもあったのだが、それを彼女に言うわけにもいかない。

 

結果、

 

「えい」

 

「痛い!」

 

ギュムッと背中をつねりあげられて士郎は飛び跳ねた。

 

「な、なにするんですか!」

 

「別にぃーなんでもないですぅー」

 

プイッとそっぽ向く彼女に士郎は困ったように頭を掻くのだった。

 

 

 

 

 

登校が済めば士郎はすぐさま屋上の給水塔の上へと上がる。当然、変態の橋に出現する変態共の狙撃の為だ。

 

「あや?士郎君」

 

しかし今日は先客が居たようだ。

 

「おはようございます松永先輩。早いですね」

 

「おはよん。衛宮君こそ早いじゃない。何するの?」

 

「日向ぼっこ、と言いたいところなんですが――――」

 

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

 

彼の手に黒い洋弓が現れる。

 

「なにそれ!?今のどうやったの!?」

 

「ただの手品ですよ」

 

本当は背中に手をまわして投影しただけだが。彼女にはまだ魔術の事は伝えていない。

 

「――――」

 

投影したらやることは単純だ。ここから狙撃するのみ。

 

「おー・・・本当に当たってるんだ」

 

後ろで双眼鏡を手に感心している燕。どうやらここから離れる気はないようだ。

 

「・・・見学ですか?」

 

「うん。流石師匠。撃つ矢撃つ矢全部急所にヒット!」

 

「いつから俺は松永先輩の師匠になったんですか」

 

唐突な師匠呼びにツッコミを入れながらも矢を射ることは止めない。

 

「だって私と同じ戦闘スタイルで格上なんだから弟子になっとこうかと」

 

「俺は弟子は取りませんよ。第一、俺は二流止まりなんで」

 

どうやら探りを入れるのが目的っぽいので適当にあしらう。

 

「ぶー・・・今なら「納豆はいりません」ぶー・・・」

 

どうにもこの先輩は何か目的があるようなのだが一々首を突っ込むのもやばそうなので返事は適当だ。

 

「また当たった。衛宮君何処まで見えるの?」

 

「さて、何処まででしょうね?」

 

「ここから一キロ半は離れてるんだけどなぁ・・・与一君なら辛うじて届くかな?」

 

「与一は長距離が得意なんですね」

 

「・・・確かに長距離が得意みたいだけど。衛宮君が言うと嫌味だねん」

 

そう言って彼女は双眼鏡を下した。

 

「ねぇ衛宮君。なんでこんなにとんでもない弓の腕してるのに近接戦を選ぶの?」

 

「・・・。」

 

それは、とても口には出来ないことだった。

 

「弓兵が接近戦をしてもいいじゃないですか」

 

「うーんそれもそうだ、って言いたいけど君の場合特殊だからなぁ・・・遠距離からこの前の矢を射ってた方が確実に勝てるじゃない?」

 

「・・・それは俺に常に奥義で戦えと言いたいんですか?」

 

「あ、いや、そういう意味じゃない・・・けど・・・」

 

ではどういう意味なのか。彼女は迂闊だったと口を閉ざした。

 

「俺を観察するのは結構ですが、松永先輩の獲物は百代でしょう?俺よりもそっちを観察するべきだと思いますが」

 

と、彼女の目的を明かしてやった。

 

「・・・バレバレか。訂正。君は眼が良すぎる(・・・・・・)ねん」

 

「眼の良さがうりなので。それで、なんで百代を狙うんです?正直言って、無謀ですよ」

 

「守秘義務ですー。それにまだ私も全開じゃないし。勝てる見込みがないわけじゃないし」

 

彼女の言葉に士郎は、ほう、と声を漏らした。

 

今の百代相手に勝算が少しでもあるというのは中々言えることじゃない。

 

「それで、自信があるのに嗅ぎまわってるのは勝率を少しでも上げるため、ですか?」

 

「もう、君には本当に敵わないなぁ・・・。お、変態はっけ・・・ん」

 

発見という前に士郎の矢が綺麗に吸い込まれて撃退した。それを九鬼の従者達が運び出している。

 

(私が見るより遥かに遠くまで見えてるんだよねん・・・しかも反応早すぎ)

 

(百代のライバルとしては申し分ないんだけどな。同じタイプなら余程の事がない限り決闘はしないだろう)

 

今日は見学者付きで士郎は弓を引き続けるのだった。

 

 

 

 

放課後、教室の一室に来てほしいと頼まれた士郎は呼び出された教室を訪れていた。

 

「ああ、いらっしゃい、士郎」

 

「お久しぶりです旭さん」

 

夏休み以来となる再会に士郎はどこか懐かしさを覚えた。

 

「士郎君、久しぶり!」

 

「大将久しぶり・・・じゃないか」

 

「弁慶はお昼に会っただろう」

 

川神水の大吟醸はもう全て弁慶に渡したのだが、弁慶は未だに衛宮定食の受付嬢を買って出てくれていた。

 

やはり将来的に居酒屋や酒関連の働き口を考えている彼女には良い練習だそうだ。

 

「義経、久しぶり。あれから刀の方はどうだ?」

 

「うん・・・やっぱりまだ上手くいかなくて。こう、最後の一撃の時は上手く行くんだけど常時となると・・・」

 

「早めに慣れた方がいいぞ。持つ人も増えてきたし、短時間なら成功してる人もいるからな」

 

「えええ!?・・・うう、義経はまだまだ未熟だ」

 

そう言ってしょぼんとする義経に苦笑を浮かべて士郎は頭を撫でた。

 

「早めに、とは言ったけど義経のペースでいいと思うぞ。多分だけど徐々に出来るようになるというよりは、コツを掴んである日突然出来るようになるケースだろうからな」

 

「そ、そうかなぁ・・・?」

 

何せ回路を見つけられるか、そしてそこに気を流すことが出来るのか、というだけなのだからなだらかに上手くなる類のものではないだろう。

 

現に大成は己の剣に集中するという初歩を極めているからこそああしていきなり第一段階を成功させたのだから。

 

「義経と士郎の会話も気になるけど・・・私も義経みたいにしてほしいわ」

 

「「え?」」

 

旭の言葉に士郎と義経は固まった。

 

「・・・。」

 

士郎は義経と自分の手に視線を向けて、

 

「あ、ああ・・・すまない義経。失礼だったな」

 

「え?いや・・・えっと・・・」

 

士郎が手を離すと寂しそうに義経は頭を押さえた。

 

(ああいうの自然に出来る辺り天然ジゴロだね)

 

クイっと川神水を傾けて弁慶は片目で見る。

 

「そ、それよりなにか話があるんだろう?」

 

「むむ、私は撫でてもらえないのね・・・」

 

「男が易々と触るべきじゃないでしょう・・・義経、本当に――――」

 

すまなかった。その言葉が出る前に義経は士郎の手を握って自分の頭の上に置いた。

 

「その・・・全然嫌じゃないから・・・むしろ嬉しい・・・かな」

 

「そ、そうか?」

 

顔を真っ赤にして俯く義経。その様子を見て士郎は何とも言えない気持ちになって結局撫でるのだった。

 

「私を忘れないでほしいわ。そろそろ本題に入りましょう」

 

「おっと」

 

「ああはい!!」

 

むっとした雰囲気を出して言う旭に士郎と義経は改めて向き直った。

 

「それで、義仲さん、話しって・・・」

 

「当然、私と義経の勝負についてよ。今まで引き分けだから一つ大きなイベントをしようと思うの」

 

「イベント・・・?」

 

その単語に士郎は嫌な予感を覚えた。

 

「その名も――――」

 

『源氏大戦』

 

ぬっと出てきた学長がそう答えた。

 

「学園長、お久しぶりです」

 

「うむ。元気そうで何よりじゃわい」

 

夏は何かと忙しくて川神院にも行っていなかった。

 

「えっと、源氏大戦って・・・?」

 

「模擬戦というものを知っておるかの?チームに分かれてその名の通り戦うんじゃが・・・」

 

「名前から察するに。それを義経と旭さんに分かれてやろうと?」

 

「その通りじゃ。元々、模擬戦は規模が大きくなると川神大戦という行事になるんじゃが、今回は義経ちゃんと旭ちゃんを総大将としてやることにしたわけじゃ」

 

その言葉に士郎は嘆息を漏らした。なにせまた大規模戦闘が行われるという事なのだから。

 

「そうため息を吐くでない。なにも強制はせんし、リンチなどがおきんように見張りもする。それに、参加人数は総大将含め250名。一年生から三年生まで全ての者に参加権利がある。じゃが、逆に250名しか参加できんという事じゃ」

 

「それはそれは・・・では今この瞬間にも戦いは始まっているわけですか」

 

「流石士郎、鋭いわね。そう。その為に貴方を呼んだの」

 

「え?え?どういうこと?」

 

ただ一人状況の読めていない義経がオロオロとする。

 

「主。戦うには兵が必要でしょ。でも兵は主を除いて249人。その選抜がもう始まってるんだよ」

 

「じゃあ義仲さんが士郎君をここに呼んだのは審判を頼むためじゃなくて――――」

 

ようやっと思考が追いついた頃を見計らったのか旭は士郎に決定的な言葉を放った。

 

「士郎。私と一緒に戦ってくれないかしら。貴方が居れば私は他に誰もいらないわ。貴方さえいれば――――」

 

懇願するように言う旭に士郎は、

 

「お断りします」

 

はっきりと告げた。

 

「え?」

 

「・・・やっぱりそうなのね」

 

「わかっていたなら何故やったんです?こういう騙し討ち的な物を嫌うと分かっていたでしょう?」

 

士郎は腕を組んで事を見届ける学園長へと向けた。

 

「選抜期間はどうするんです?」

 

「人数が人数じゃが、二人なら我先にと人が集まるじゃろう。しかも二年生は修学旅行を控えておるでな・・・修学旅行後、一週間までを期間として選抜するとええじゃろう。その後訓練をして、10月の頭に戦闘開始という所じゃな」

 

「修学旅行を吉と捉えるか凶と捉えるか・・・それで、イベントと言っていましたが不参加の人間にペナルティはあるのですか?」

 

「んなもんあるわけなかろう。あくまで参加は希望制じゃ。なので・・・250対150という事もあり得るのう」

 

「その場合の補填は?」

 

「無しに決まっとる。兵を統べるのもその者の力量じゃからの。ただし、外部参加枠をお互い5人ずつ設けるぞい。ただし250名の縛りの中でじゃぞ」

 

「なるほど・・・」

 

士郎は考えるように目を閉じる。

 

(主、主!)

 

(弁慶?)

 

(弁慶?じゃないよ!大将誘わなくていいの!?)

 

(・・・多分士郎君は今誘っても断ると思う)

 

コソコソとやり取りをする主従。

 

「義経。アドバイスするなら早めに動いた方がいいぞ。旭さんは伝手が沢山あるが義経はそこらへん無いだろう?」

 

「う、うん。わかった」

 

「・・・じゃ、俺はこれで。二人とも、頑張れよ」

 

そう言って士郎は早々にその場を後にした。

 

 

 

――――interlude――――

 

士郎がその場を後にした後、義経達はまだ話し合っていた。

 

「残念。逃げられちゃったわ」

 

「士郎君は戦いが好きじゃないんです。きっと今回の事もあまりよく思ってないと思います」

 

「だね。大将、強いのに戦い好かないからなぁ」

 

想うはあの青年のこと。謎多きあの青年は戦いを極端に嫌う。隔絶した戦闘力を持ちながら、真っ先に戦いから降りるのだ。

 

(確かに衛宮君は戦いを避けたがるじゃろうが・・・)

 

「じゃあ義経、私はもう行くわ。声掛けしないとね」

 

「え!?もう始まってるんですか!?」

 

「主、出遅れてるよ」

 

(旭ちゃんがモモや清楚ちゃんに声をかけないはずが無かろう。そうなれば嫌でも衛宮君は戦場に引きずり出されるかの)

 

この勝負、有利なのは最上旭だ。様々な伝手を持つ彼女ならば精鋭と呼べる兵を見繕うだろう。だが・・・あの心優しい青年はきっと義経を見捨てたりしない。

 

たとえ百代と清楚、両方を相手取ることになろうとも彼は義経を勝利へと導くだろう。

 

(修学旅行がカギかの)

 

修学旅行は様々なことが出来る良い機会。そこで彼を口説き落とせるかが義経の勝利へのカギとなると学園長は踏んでいた。

 

「さて、義経ちゃん、ちょいと不利じゃからアドバイスしちゃうぞい。早く人を集めるのが得意な者を味方にせんと戦にならんのう」

 

「わ、わあああ!どうしよう!人を集めるのが得意な人・・・!」

 

「私と与一は義経の味方として・・・大和とか九鬼を味方にするのがいいかなー」

 

「それだ!ええと後は・・・」

 

バタバタと慌てて教室を出ていく二人を見送って学園長は楽しそうに笑みを浮かべた。

 

(いろいろ頑張らないといかんが、良い刺激になりそうじゃのー)

 

ふぉふぉふぉと一人笑いながら教室を後にする鉄心であった。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

源氏大戦の話を聞いた士郎は半ば逃げるように教室を後にしていた。

 

(全く・・・戦いなんぞ好き好んでしたくないというのに・・・)

 

競技ならばいい。だが今回は元が模擬戦というくらいなのだから戦闘による優劣だろう。それも総勢500名の大規模戦闘と来た。

 

(義経に味方するか、はたまた傍観に徹するか・・・いや、無理だな)

 

恐らくではあるが。士郎の予想通りなら一人は敵になり、一人は不参加だろう。

 

その一人が問題だ。彼女に対抗できるのは現状自分しかいない。

 

(・・・だがこれは統率能力も問われる。義経が自分から言うまでは黙っておくか)

 

嫌らしいことだが。あの場で最上旭の申し出を断りはしたが、義経の申し出は断っていない。つまり士郎的には義経に味方するつもりでいたのだ。

 

だがまだ兵を集める動向が読めていない。なのであの場は適当に質問をぶつけて立ち去ったのだ。

 

(彼女が参加しない訳がない。これは、なかなかに面倒になってきたな・・・)

 

すぐにではないとはいえ、戦いはもう始まっている。義経と共に戦いたいか。はたまた義経と相対したいか。学園は大混乱となるだろう。

 

 

 

 

 

自宅に帰ってすぐ。士郎は晩御飯の準備をしていた。

 

「今日も橘天衣は島津寮ですか?」

 

マルギッテが隣で野菜を刻みながら問うてくる。

 

「ああ。九鬼の寮が来年度の新入生向けに作られてるからな。きちんと腕を磨いておかないと就任出来なくなる」

 

コトコトと煮込む鍋を、焦げ付かないようにゆっくりとかき回しながら士郎は言った。

 

「来年度か・・・私は来たばかりだからまだ実感がわかないな」

 

「貴女はつい最近ですからね。どうです?S組の感想は」

 

「みな切磋琢磨していいと思う。・・・でも、私は士郎が居ないから・・・」

 

「林冲はまだ言ってるのか・・・こうして授業以外は一緒なんだから気にすることないってのに」

 

「だって!」

 

「だってもかかしもない。確かに俺は林冲に守ってほしいと言ったけど、お守り(おもり)をしてくれとは頼んでないぞ。心配しなくても学園でそう怪我することはないさ」

 

と言う士郎だが、大怪我の大半が学園でしていることにはそ知らぬふりをする。

 

「学園で大怪我しているではないですか」

 

「なんのことやら」

 

あくまで知らないフリ知らないフリ。突かれると厄介なのである。

 

「むー・・・やはり次のテストは無回答で・・・」

 

「「それはやめなさい」」

 

マルギッテと二人ツッコミを入れる士郎であった。

 

準備が出来たら夕食だ。

 

「今日は夏野菜カレーにしてみた。具沢山だからボリュームあるぞ」

 

「旨そうな匂いをさせているなと思えばカレーか」

 

「士郎君の家に来て初めてかも!」

 

「そういえば清楚先輩は初めてか。たんと召し上がれ」

 

キラキラのご飯にトロリと掛けられるカレー。ルーだけでなくゴロゴロと沢山の野菜があるのもとても食欲をそそる。

 

「福神漬けはここに置くから各自な。それじゃ」

 

「「「いただきます」」」

 

手を合わせて早速ご馳走に取り掛かる一同。

 

「んー!ほどよく辛いのがいいね!」

 

「野菜も旨味たっぷりだ。これは美味い」

 

「史文恭、それは福神漬けをかけすぎでは?」

 

「このくらいかけると歯ごたえがあるのだ。・・・うむ。美味い」

 

各々好きな食べ方で頂く夏野菜カレーはとても美味しかった。

 

「そういえば士郎。貴方はどちらに付くつもりですか?」

 

「なんのことだ?」

 

「騙されませんよ。源氏大戦のことです」

 

今一番出されたくない話題に士郎はため息を吐いた。

 

「源氏大戦?これまた愉快な名をしているな?」

 

ガツガツとカレーを食べていた史文恭がせせら笑うように言った。

 

「名前は愉快でも内容は愉快じゃない。なにせ総勢500人の模擬戦だぞ。できれば遠慮願いたいんだが・・・」

 

「できれば、ということは条件付きでなら参加するのですね?」

 

「・・・。」

 

マルギッテの言葉に士郎は黙った。そして重々しく口を開いた。

 

「予想が正しければ一人厄介なのが敵に回る。それ次第だ」

 

そう言って士郎は苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

「厄介なの・・・清楚は出るのか?」

 

林冲の言葉に清楚は首を振った。

 

「ううん。義経ちゃん達には悪いけど辞退させてもらったの。作家の勉強をもっとしたくて・・・強制じゃないってことだから今回は見学かな」

 

「そういう林冲とマルギッテはどうするんだ?」

 

「頼まれれば、だが・・・義経につこうと思う」

 

「私はお嬢様次第ですね。予想では義経でしょう。というか、風間ファミリーはみな義経では?」

 

「どうだかな・・・」

 

士郎はそれっきり黙ってしまった。

 

「子供の喧嘩に興味はないが、英雄のクローンがどれほどのものかは気になるな。部外者は参加できないのか?」

 

「一応外部助っ人枠が5人分ある。史文恭、出るつもりか?」

 

「さっきも言ったが子供の喧嘩に興味はない。だから・・・私としてはリベンジマッチがしたいところだな?」

 

「・・・。」

 

「史文恭!それは・・・」

 

「なにせあの時は一撃で敗北してしまったからな。今度はきっちり刃を交わしたいものよ」

 

史文恭のいうあの時とは、曹一族との戦いの時だ。あの時は逆行剣の一撃しか士郎は与えていない。今度はそうはいかぬ、という事だろう。

 

「厄介なのが増えたな・・・いいのか?俺の敵になるのなら最上旭のほうだぞ」

 

士郎の言葉に史文恭は顔を顰めた。

 

「最上旭・・・最上幽斎の一人娘か。我らを引っ掻き回したⅯの娘に付くのは・・・な」

 

史文恭は複雑そうに言ってカレーを口に運んだ。

 

「士郎は義経に付くのか?」

 

林冲が何処かホッとしたように言う。

 

「状況次第だって。ただ、旭さんの方には付かない。この源氏大戦、仕組まれている気がする」

 

「なんですって?」

 

士郎の言葉にマルギッテが反応した。

 

「何が仕組まれているというのですか?」

 

「今回は義経と義仲を持ち上げて『源氏大戦』だけど、元は『川神大戦』っていうものだったらしい。最近声が上がってる模擬戦の大規模戦闘がこれだそうだ」

 

「川神大戦?学園の行事だったのですか?」

 

「ああ。ただ、例年、予算の関係でお流れになっていたらしい」

 

「予算・・・ていうことは出資者がいる?」

 

林冲の言葉に士郎は頷いた。

 

「そうだ。そしてⅯこと最上幽斎は九鬼とも関係のあるやり手の企業家だ。提案したのが旭さんなら間違いなくこいつが関係してくる」

 

「ということは、またろくでもない手札を伏せている可能性があるわけだ」

 

史文恭の言う通りだった。何せ義仲こと最上旭は義経と真剣での勝負を望んでいるらしい。勝負をするなとは言わないが、命を賭けるのはいくら何でもやりすぎだ。

 

しかし、義経もそのつもりらしく、これは下手をしなくても二人の戦いの為の前座ということになる。

 

「訂正だ。Ⅿが関わってくるなら私は出ん。むしろ士郎。お前のバックアップをしてやる」

 

「ありがとう。史文恭ほどの達人に手伝ってもらえるなら安心だな」

 

「し、士郎!私だって・・・」

 

「わかってるよ。林冲もありがとう。とにかく様子見だ。最上幽斎の動向も気になるし、正直旭さんが義経と決着をつけたがってるのが腑に落ちない」

 

「なんだか士郎は裏になにか潜んでいるかのような口ぶりですね?」

 

「潜んでいるも何も最上幽斎だよ、潜んでいるのは。ただ、奴の目的が分からない。好き好んで混乱を起こす奴がバックにいる。それだけで警戒対象だ」

 

「士郎はこれがただの学園行事では済まないと思っているんだな」

 

「ああ。警戒をしておくに越したことは無いだろう」

 

実を言うと今日はレオニダスに最上家へ潜入してもらっている。あまりにも不可解だし、何せ苦渋を舐めさせられた相手だ。警戒は最大限にしておかなければならない。

 

「話は纏まったな。では私は先に風呂に入るぞ」

 

と、重苦しい空気を断ち切るように史文恭が立ち上がった

 

「ああ。ごゆっくり」

 

とにかく様子見という事でその夜は纏まったのだった。

 

 

 

――――interlude――――

 

最上家の夜。最上旭は早速源氏大戦について話していた。

 

「今回ばかりは私に分があるかしら。二年生は修学旅行も控えているし・・・」

 

「いや、その油断は命取りだよ旭。修学旅行でこそ、絆を深めて思いがけない乱入者が出てくるかもしれない」

 

流石、多方面に思考を巡らせる男である。何事も油断は禁物と娘を諫める。

 

「そうね・・・ちょっと興奮しすぎたかも。ごめんなさい、お父様」

 

「いいんだよ。こうして娘と二人のんびり過ごすのも私の幸せの内だからね。それに、“暁光計画”が発足したらこうしてもいられないだろうからね」

 

「・・・。」

 

その言葉に最上旭は複雑そうな顔をした。

 

(私と居る時間が幸せなのにそれを手放す(・・・)計画を実行に移そうとするお父様の考えは・・・どうなのかしら・・・)

 

確実に今の生活ではいられなくなるというのに彼はそれも嬉しそうに語るのだ。

 

と、

 

「おや、来客かな?」

 

「え?」

 

呼び鈴はなっていない。人の気配もまた無い。

 

(お父様が私より先に気が付いた・・・?)

 

「うーん姿は見えないのに。香りはする。でもどんな香りなのか分からないな。もしかして幽霊かな?」

 

はっはっはと笑う父に旭は咄嗟に刀を構えた。

 

「遅いよ旭。もう行ってしまった。私には姿が見えなかったけれど旭にはみえたのかな?」

 

「いいえ。ただ、外敵だと思っただけ。でも・・・」

 

一つ、彼女には思い当たる節があった。

 

(レオニダス王・・・彼は英霊。霊体化すれば気配もなく、すんなりとここに来れる)

 

自分にも姿は見えなかった。だが唯一、父には後天的に宿った不思議な力がある。

 

――――曰く、魂の匂いを感じ取れる。

 

英霊は肉体こそ架空のものだが魂は存在する。そのことを彼女は知っている(・・・・・)

 

今回自分より早く気づいたのはその能力でだろう。

 

「心当たりがあるって顔だね」

 

「はい。でも・・・」

 

明かしたくないという顔をする旭に幽斎は朗らかに笑って、

 

「いいよいいよ。別に何かされたわけじゃないし姿なき来訪者というのも面白いからね。ああでも、護符と言霊で一応対策はしてもらおうかな」

 

「そう・・・ね。彦一ならやってくれると思うわ」

 

そう言って旭は窓から雲一つない空を見上げた。

 

(士郎・・・)

 

今でも彼女は、源氏大戦を断られたことに深く傷心していた。しかし、

 

(まけないわ)

 

決意もまた新たに彼女は明日を見据えるのだった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

パシャリとお湯をかき分けて満点の星空を眺めて湯に浸かる。

 

「ふぅー・・・」

 

衛宮邸は女性が多いので士郎の順番は必然的に最後になる。女性陣は士郎なら構わないと言っているが事故防止も込めて士郎は皆が入った後に風呂に入る。

 

「最上幽斎・・・一体何を企んでいるのか・・・」

 

レオニダスが何か良い知らせを持ってきてくれるといいのだが。このままでは後手後手でいつ被害がでるか分かったものではない。たとえそれが本人達だけだとしても。

 

「・・・。」

 

考えが堂々巡りの予感がする。今はきれいさっぱり忘れて――――

 

ガラッ

 

「レオニダスか?」

 

一応の為の男性入浴中の看板をぶら下げておいたのだがレオニダスが偵察から戻って――――

 

「なんだ士郎か。まだ入っていたのだな」

 

「し、史文恭・・・!」

 

慌てて士郎は入り口から目をそらした。少しばかり見えてしまったが、彼女はタオルで身を包んでいるわけでもない。それどころか――――

 

「いたのなら丁度いい。一献どうだ?」

 

「どうだって・・・また酒を持ち込んだのか・・・」

 

危ないからやめるように言っているのだがこれっぽっちも聞き耳を持たないのだ。

 

「俺は未成年だから飲まないぞ。と言うか入るなら言ってくれ。俺は出るから・・・」

 

と室内の方に移動する士郎だが、

 

「・・・なんの真似だ?」

 

「何とは。いいからここに居ろ」

 

ガシリと士郎の腕を史文恭が掴んでいた。

 

凄まじい腕力で士郎はまた露天風呂へと戻されてしまった。

 

パシャン、と湯が跳ねる。

 

「生憎タオルなど持ってきていないのでな。なに、これでも自慢できる肢体を自負しているぞ?」

 

「そういう問題じゃない!」

 

あろうことか存分に見ろと言わんばかりに堂々と居座る史文恭に士郎は眼を閉じて念仏を唱える。

 

「なんだ見ないのか。歳の癖に初心な奴だ」

 

「だからそういう問題じゃない」

 

どうやら酔っているらしい彼女に困りながらも士郎は諦めて、大人しく目を瞑ってそのまま入ることにした。

 

「眼を閉じていては私が何処にいるかわかるまい?」

 

「問題ない。気配で分かる」

 

ツンっとそっぽ向くように士郎は言いきった。

 

「ん・・・はぁ。そういえばそうだったな。私を下した男だ。それくらいは朝飯前か」

 

「それはそうと私をここに押し込めて何がしたいのかね?」

 

出口は史文恭側。つまり彼女に出口は塞がれている。どうやら帰す気はないらしい。

 

「なぁに。私の惚れこんだ男の体に興味が湧いてな。お前は眼を閉じていても私は見えているぞ」

 

「っ・・・」

 

この飲んだくれめ、と言いたいところだが言えば言ったで面倒ごとになるので押し黙るしかない。

 

「半分冗談だ。丁度本の区切りが良くてな風呂に浸かりながら月見酒と行こうとしたらお前が居ただけだ」

 

「月見酒は結構だが、間違っても倒れてくれるなよ。その場合私は「助けてくれないのか?」ぬ・・・」

 

これはもう口ではどうにもならぬと士郎は風呂で力を抜いた。ええいもうどうにでもなれという心境である。

 

「しかしなんだな。お前がその口調で話すと初めて会った時のことを思い出す」

 

「あの時は敵同士だったからな。そういう史文恭、君も大分柔らかくなったのではないかね」

 

「そうか?自分ではあまり実感できんな・・・まぁ、戦闘から離れていれば自然とこうなるだろうよ」

 

お湯に浮かべた御猪口に注いで一口煽る。

 

「おい。随分酒臭いぞ。どれだけ飲んでここに来た」

 

「そこそこ、だな。どいつもこいつも歯ごたえが無い。故にこうして一人飲み続けている」

 

「まて、どいつもこいつもとは――――」

 

「ああ。清楚にも林冲にも飲ませたぞ。林冲は中々だったが清楚は一口で覇王になったかと思えばすぐに夢の中よ」

 

「ああ。マルは無事だったのだな・・・」

 

「奴は予定のない酒は飲めんと断りよった。今頃林冲と清楚の後片付けでもしていることだろうよ」

 

そう言ってまた一杯飲み干す。

 

「おい。折角美女が隣にいるのだ。少しはいい顔をせんか」

 

「生憎私は今目を閉じているのでね。気配は分かっても容姿はわからん」

 

焼け石に水だという事が分かっていながらも士郎は減らず口を叩いた。

 

「貴様は本当にその調子になると意固地だな。まぁいい。折角こうしているのだ何か肴になる話でもしろ」

 

その言葉に士郎は考えた。

 

「・・・私に酒の肴になるような話しが出来るとは思えないが」

 

「堅苦しい奴め。そうさな。前の世界の事とやらを聞かせろ。異世界の話など肴に丁度よかろう」

 

「前の世界の話、ね。退屈がすぎて寝てしまわねばいいが、いいだろう」

 

そうして二人きりの夜会が始まった。結局、この後二人は士郎の話が終わるまで一緒に入っていたという事だけは事実だった。




大丈夫!?最後大丈夫だよね!?てなことで51話目でした。橘さんはリストラではなく修行中です。

源氏大戦、遂にやっちゃいました。義経率いる軍と義仲率いる軍。どちらに軍配が上がるのか・・・参加する人たちにも出来る限り見せ場を作ってあげたいです。

ちなみに二人はにゃんにゃんしてませんよー大人のディープな時間と言う奴です。

ではまた次回!


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選抜/修学旅行

みなさんこんばんにちわ。好きな物が食べられるって素晴らしいと思う作者でございます。

今回は義経ちゃん達が選抜で四苦八苦してるところと修学旅行の事が書ければいいなと思います。


――――interlude――――

 

義仲さんから源氏大戦の話を聞かされて忙しい毎日を義経達は送っていた。

 

「やあ!」

 

相手の隙を突いて一閃する。一閃は見事相手の横腹を打ち付けて転倒させた。

 

「ありがとうございました」

 

「ぐっ・・・ありがとうございました」

 

今持ってるのは士郎君の作ってくれた刃引きされた太刀。今までは峰打ちで済ませていたけど今回からは刃引きされてるからより実戦的に振るうことが出来る。

 

「それで俺は義経の軍に入れてもらえるのか?」

 

「えっと・・・」

 

申し訳ないながらも丁重にお断りした。

 

今義経達は大和と九鬼君兄妹を味方に引き入れることができ、そちらで人を集めてもらいながら、義経は手合わせした中で選抜していくという三本柱で人を集めていた。

 

でも・・・

 

「ふっはは!やっておるな義経!」

 

「紋白ちゃん、お疲れ様」

 

人材スカウトの得意な紋白ちゃんと人脈のすごい直江君が兵を募ってくれている。なんとか一年生、二年生満遍なく味方に引き入れることが出来たけど、三年生は軒並み全滅だった。

 

「今日は良い人材はいたか?」

 

「ううん・・・二人ほど・・・」

 

「はっは!義経の目は厳しいな!」

 

「僭越ながら。紋様も十分によき目をしているかと」

 

「ヒュームにそう言ってもらえると我も嬉しい!・・・しかし人数が揃わんな」

 

「直江君も頑張ってくれてるんだけど・・・」

 

現在は選抜が追いつかないという事で弁慶も決闘に参加して選抜してくれている。

 

「やあ主、そっちも一段落かい?」

 

「弁慶!お疲れ様」

 

弁慶も一段落したようだ。

 

「そっちはどうだ?」

 

「うーん、三人ってとこかなー。ただ参加するんじゃなくて主と私の直属でしょ?そうなるとねぇ・・・」

 

そう。義経達は自分の直属兵の選抜だ。相手は義仲さんだ。そう簡単にOKは出せない。

 

「相手は三年生ほぼ全員だな。京極彦一、矢場弓子・・・その他にもエース級の者達がみな引き入れられている」

 

「そうですか・・・義経の軍はどうかな?」

 

「ほぼ二年生は押さえたぞ」

 

「直江君!」

 

校舎から大和がやってきた。

 

「二年生が150名。一年生が25名くらいだな。後は義経50名と弁慶の25名だな・・・無理しなくても5人は外部から呼べる。一応何人かは声をかけておいたぞ」

 

「流石大和だな!これだけ集められれば修学旅行後すぐに訓練に入れるだろう!」

 

「お前は中々賢い赤子だな。名を覚えてやろう」

 

「・・・それはどうも」

 

とにもかくにも予想の他上手く進んでいた。だが・・・

 

「士郎君は・・・やっぱり?」

 

「ああ。まだ参加できないって」

 

「まだ、ということは参加する意思はあるのか?」

 

「多分。予想なら――――」

 

「大和ーー!!!」

 

一子がすごいスピードで駆けてきた。

 

「どうしたんだ?」

 

「お姉さまが・・・!」

 

急な報であったが大和はやっぱり、と頷いた。

 

「大和、知ってたの?」

 

「いや、姉さんならそうするかなって。多分楽しそうだから、とかだろ?」

 

「う、うん・・・どうしよう・・・」

 

「そうするとカギは義経だな」

 

「よ、義経が?」

 

「ああ。きっと――――」

 

そうして語られたのは士郎がなぜ頑なに参加を拒んでいたのかだった。

 

「義経に出来るだろうか・・・」

 

「大丈夫だって。自信持って主!」

 

百代が敵に回った以上、何とかして士郎を引き込まねば勝機は薄い。

 

「修学旅行がよい機会になるといいな!」

 

「う、うん・・・」

 

機会はそれだけだ。修学旅行が終わったらすぐに訓練に入らなければならない。ここが正念場だった。

 

――――interlude out――――

 

修学旅行当日。士郎は抜かりなく準備をしていた。

 

「えーっと、着替えにガイドブック・・・修学旅行のしおりと・・・」

 

ガサゴソとキャリーケースに入れたものをチェックしていく士郎。

 

「士郎、こっちの準備は終わったぞ」

 

「私もです」

 

「二人とも早いな」

 

林冲とマルギッテは旅行慣れしているだけあり準備が早い。

 

「士郎は入念にチェックしてるな。もう大丈夫だろう?」

 

「ああ。大丈夫のはず・・・なんだけどな。なんか忘れてる気がして・・・」

 

これはあの赤い悪魔の弊害と言うか、肝心な所でうっかりをする遠坂に釣られてしまっているのかどうにも自分も肝心なものを忘れそうになるのだ。

 

「私から見ても士郎の準備は万端です。それより、史文恭と橘天衣の方は大丈夫ですか?」

 

「前にも言ったが私は子供ではない。飯の準備や掃除くらいできる。ま、これまでが快適だったから多少面倒に感じるがな」

 

「私も大丈夫だ!島津寮で学んだことを実践するいい機会だと思っている。だから士郎は修学旅行を楽しんできてくれ」

 

「ありがとうございます。さて行くか」

 

キャリーケースをパタンと締めて士郎はマルギッテと林冲、清楚を連れて学園に向かう。

 

「行ってきます」

 

「「「行ってきます」」」

 

留守を任せて士郎達は歩き出した。

 

「京都か~いいなぁ、私も行きたかったかも」

 

「義経達が現れたからか満場一致で京都に決まったそうですね」

 

「ああ。でも、何でもかんでも義経が来たから、と最近聞くようになったように思う」

 

「俺も林冲に同意見だな。過去の英雄に学ぼうというのは悪くないけど・・・それで今の義経達が重責に耐えなきゃならないのはな」

 

それがいい方向ならまだいいのだ。悪い方に働いてしまった時の事を考えると士郎達は何とも言えない表情になるのだった。

 

「飛び出しちゃった私が言うのもなんだけど義経ちゃん、無理してないかな・・・」

 

「どうでしょうね・・・源氏大戦のこともありますから。士郎は本当に参加しないのですか?」

 

「参加しない訳じゃないけどな・・・現状は不参加としか言いようがない。百代が出張ってくるなら出てもいいけど」

 

そうでもしないと戦局が一方的になるだろう。それはもう東西戦で分かっている。それに、こういうイベントの際は百代も参加を制限されると聞いた。

 

「俺もそれに倣おうかなと。子供の喧嘩に大人が介入するのは――――」

 

「しーろーうー!!!」

 

スッと言葉の途中で士郎は体をずらした。

 

「なんで避けるんだよぅ」

 

「危ないからだろうが!急に降ってくるな!」

 

本人はじゃれつくつもりでもその勢いでじゃれつかれたら大怪我もんである。

 

「ちぇー。マルギッテさん、林冲ちゃん、清楚ちゃん、おはよう」

 

「おはようございます」

 

「おはよう!」

 

「おはよう」

 

「まったく。今日はどうしたんだ?鍛錬は休みか?」

 

「ああ。今日は修学旅行だからな。ジジイの指示で見送りの準備をしてるんだ」

 

「それ言うなよ・・・」

 

ちょっとばかし嬉しいサプライズのはずが百代によってばらされてしまった。

 

「それと、こっちが本命だけど、私旭ちゃんに付くことにしたから」

 

「!」

 

「待ってくれ。武神はこういうイベントでは参加を制限されてるんじゃないのか?」

 

林冲の言う通り。彼女は基本的に武道大会などではエキストラでしか参加させてもらえない。

 

だが・・・

 

「そうだけど、士郎が居るから。私は士郎とだけ戦うことが許されたんだ」

 

「・・・ッ!」

 

いつか張り倒すつもりだったマルギッテは悔しそうに歯嚙みした。いつかの夜の約束はまた延期である。

 

「でも士郎が義経ちゃんのチームに入らないなら私は不参加だ。そのくらいは制限された」

 

「まだ義経のチームに参加するとは言ってないぞ」

 

「わかってる。だから最初に言いに来たんだ。私は士郎と戦いたい。戦って、どこまで上がれたのか見届けてほしい」

 

「・・・。」

 

百代の言葉に士郎は沈黙で返した。

 

「というわけで、いい返事を期待してるぞ!」

 

「・・・折角いい締まり方をしたのにそのまま引っ付くなよ」

 

「だって士郎はすぐ女を誑かすんだもん」

 

その言葉にうんうんと頷く三人だが、マルギッテと清楚が百代の肩を掴んだ。それはもうギチリと音がするくらい。

 

「その意見には同意しますが。川神百代。公衆の面前でくっつくのはやめなさい」

 

「マルの言う通りだ。俺とて我慢に限界はあるぞ」

 

「なんだよー邪魔するなよー」

 

「邪魔もなにもおうわ!?」

 

百代は士郎を抱きかかえて大ジャンプした。

 

「こ、こら百代!どこに連れて行く気だ!」

 

「まだ登校には早いだろ?散歩だよ散歩!」

 

「空中散歩はごめんだ!!」

 

いつもの登校は結局、百代に攫われる形でいきなり学校に到着し、何故か今日の分の弁当を食べさせるハメになった。

 

(そうか・・・忘れていたのは囮用の弁当だったか・・・)

 

前にもあずみに食べられてしまったことを思い出しながら屋上で食べさせてとねだる百代に子供か!とツッコミながら食べさせてやる。

 

駅弁でも堪能するか、と開き直る士郎であった。

 

 

 

 

「では、気を付けて行ってくるように!」

 

鉄心の号令と共に駅に入っていく二年生。口々に楽しみだ、何をしようと賑やかに列車に乗り込んでいく。

 

「士郎ー!」

 

「こっちこっち」

 

席を探していた士郎を呼び止めたのは一子達だった。

 

「ここにいたのか。俺はこの辺でいいか?」

 

「もちろんだぜ」

 

「カード持ってきたから遊ぼうよ」

 

「こらお前達。休む生徒もいるのだから静かにしろ」

 

「梅先生もやろうぜ!」

 

「負けたら罰ゲームな!」

 

「ふぁ・・・自分は眠たいなぁ・・・」

 

「クリス寝てないの?」

 

「うん・・・修学旅行が楽しみでマルさんとずっと電話してたんだ」

 

(なるほど。それでマルは少し眠そうにしていたのか)

 

いつも通りに見えたが、若干眠気を堪えていたのはそう言う事だったらしい。

 

「て、梅先生もこちらにいらしたんですね」

 

「うむ。まずなにより騒動を起こすとしたらお前達だからな。前方は宇佐美先生が。後方は私が担当だ」

 

「と言われても特に問題は・・・あー・・・」

 

問題と聞いて士郎が頭を抱えた。

 

「どうした?」

 

「梅先生。二年生が修学旅行の間レオニダスはどういう扱いになったんですか?」

 

それはこの場にはいない自分の従者の事だった。

 

「レオニダス王は一年生に混ざって学習しながら体育を担当するそうだ。聞いていなかったのか?」

 

「ええ。修学旅行、楽しんでください!って言われただけでしたので・・・」

 

レオニダスは川神の霊脈から魔力を供給されているので修学旅行には参加できない。

 

本人の願いとしても諸国漫遊なのでついていきたかったらしいが、京都まで離れてしまっては魔力不足で消滅してしまうので泣く泣く諦めたようだ。その代り、写真やなにか思い出になるものを持ってきてほしいと頼まれた。

 

「一年生かー・・・まーたスパルタ兵になるんだろうなぁ・・・」

 

「・・・お前の言いたいことは分かるが手腕は見事なのだ」

 

しかしながら度を超えていると言っても過言ではないのでため息を吐く二人であった。

 

 

 

~~~~その頃の一年生~~~~

 

「二年生の修学旅行の間学友となるレオニダスと申します。以後、お見知りおきを!」

 

レオニダスは由紀江と紋白のいる一年生の合同集会で自己紹介していた。

 

「ふっはは!レオニダス王が学友とは得難い経験よな!」

 

「紋様。万が一にも喧嘩は売られぬよう。私でも止められません故」

 

「あわわ・・・ヒュームさんでもダメなんですね・・・」

 

「マジか何処までつえーんだあの人!」

 

「ご心配なきよう!私は決闘などは戦闘以外しか受け付けておりません故。これは皆様を馬鹿にしているのではなく、私の特別な理由故です!」

 

魔術に精通している者ならわかるのだが、英霊相手に普通の魔術師や一般人がどんなに頑張っても傷一つつけることは叶わない。

 

詳しい話をすると長くなるのだが、基本、強力な神秘の宿った攻撃でなければ英霊には通用しないのだ。それがたとえ核爆弾だろうと何だろうと例外はない。

 

まさかそんなことを説明するわけにもいかないので家庭の(?)事情という事にしているが。

 

「プッレミアムな私の挑戦を受けないのは生意気――――」

 

「どうしましたお嬢さん。早速質問でしょうか?」

 

「・・・い、いえ~なんでもありません~」

 

「ムサコッスでは相手にならんな!」

 

「れ、レオニダスさん、さ、早速質問が!」

 

「由紀江嬢!構いませぬぞこのレオニダス。筋肉と頭脳を総動員して答えましょうッ!」

 

「筋肉は関係ないだろうレオニダス・・・」

 

実に賑やかな挨拶が行われているのであった。ちなみに、体育で地獄を見るのはすぐの話である。

 

 

~~~~その頃の一年生 終~~~~

 

「ま、まぁ今考えても仕方ないので諦めます」

 

「そうしておけ。レオニダス王は立派な大人なのだから無用な心配はせんことだ」

 

「・・・レオニダスをじゃなくて一年生を心配しているんですが・・・」

 

「・・・大丈夫だろう」

 

はぁ、とため息を吐いて士郎も席に座る。

 

「お、発車するみたいだぞ」

 

「いいね!わくわくするじゃんか!」

 

「って、キャップはもう行ってきたんでしょ?」

 

「疾風号でな!電車も楽しいじゃねぇか!」

 

「風間はまたそんな無茶をしていたのか・・・」

 

「うちのリーダーが本当にすみません」

 

もう謝るしかない士郎である。

 

「衛宮が謝る必要はない。お前はやりすぎ(・・・・)なことを除けば実に健全で頼りがいのある生徒だ」

 

「それ、褒めてないですよね?」

 

微妙な表現をされて実に複雑な士郎である。

 

カードゲームだなんだとやっていたらあっという間に京都である。観光地を歩きながら旅館への道すがら。

 

「士郎君!」

 

「義経?」

 

列を離れて義経がやってきた。

 

「大丈夫なのか?グループを離れたりして」

 

「うん。ちゃんと許可貰ったから。あの・・・」

 

ごそごそと義経は首にぶら下げたカメラをいじっている。

 

「ああ、折角の旅行だもんな。写真、撮るか?」

 

「・・・!ありがとう!」

 

「梅先生。すみませんが写真を撮ってもらえませんか?」

 

「ああ。いいぞ。それでは二人とも並べ」

 

「茶屋をバックにするか。それじゃ――――」

 

と、普通に並ぼうとする二人に、

 

「あーなんか錫杖が滑った!」

 

ゴヒュンと足元を何かが通過し、

 

「ひゃああ!?」

 

ガシッ!

 

義経が士郎の腕に抱き着いたのを逃さず梅子はパシャリと写真を撮った。

 

「うむ!いい絵が撮れたぞ?」

 

「わ、わわわ!こ、これは・・・」

 

思わず抱き着く義経、急にどうしたと義経を見る士郎。なんとも仲睦まじい一枚となった。

 

「せ、先生!もう一枚!ここ今度は普通に!」

 

「なんだ、気に入らんのか?もう保存してしまったぞ?」

 

悪戯を成功させたように笑う梅子に義経は顔を赤くして普通に!普通に!と叫んでいる。

 

そんな一部のものには羨ましい状況にありながら士郎はと言うと、

 

「弁慶、急に錫杖をアンダースローで投げたら危ないだろう」

 

「いやーついね」

 

「何がついなんだ」

 

確信犯を責めていたりする。

 

「あいつ初日でやりおったわ・・・」

 

「なんであいつばっか・・・」

 

と、一部からは怨念が醸し出され、

 

「?」

 

急に首筋が寒くなったなと士郎は首を手で擦っている。

 

「折角だ。皆並べ!」

 

「なになに?」

 

「義経と写真撮る系?」

 

「いくぞー!」

 

「義経ちゃんの横は――――はい。駄目ですねー」

 

「何やってんだよ。俺らもいくぞー!」

 

「ちょっとクリ、起きなさいよ」

 

「ううん・・・マルさぁん・・・」

 

「安定の可愛さダナー」

 

結局、F組と弁慶ら一部のS組が写るなかなかに豪華な写真となった。

 

 

 

 

そんなこんなで旅館に到着。荷物の整理をして士郎ははてどうしたものかと悩む。

 

「どうしたんだ士郎?」

 

同じグループのガクトが声をかけてきた。

 

「ああ。荷物の整理も終わったしどうしようかなと」

 

すぐさま風呂に行くのもなんだか風情が無いし、かといって自由行動の時間でもない。旅館の中でしか動けない。

 

「それならよ!一緒に行かねぇか!」

 

「一緒に行く?どこに?」

 

聞き出してみると何やら風呂上がりの女生徒を遠くから眺めるとのこと。

 

「またしょうもないことを考えてるなぁ・・・」

 

「お前は苦労してないかもだけど俺様達は切実なの!」

 

力説するガクトに士郎は頭を振って、

 

「ガクトは見た目いいし性格も問題ないんだから普通にしてればいいのに」

 

「うるせぇやい!」

 

そう言って彼は何人かの男子と行ってしまった。

 

「うーん、何しようかな・・・」

 

普段何かと動いている士郎は急に手持無沙汰になってしまい悩む。休み方を忘れた典型的なワーカーホリックだった。

 

「鍛錬でもするか・・・」

 

結局士郎は旅館の庭を借りて鍛錬することにした。それで汗を流せば風呂に入るのも気持ちがいいだろう。

 

そうして士郎は女将さんに許可を貰い、隠蔽と人払いの結界を張って鍛錬に励むのだった。

 

 

――――interlude――――

士郎達が修学旅行に行ってから、百代は退屈そうに授業を受けていた。

 

「モモちゃん退屈そうだね」

 

「だって士郎もみんなもいないしなー・・・あー士郎だけでも連れ去ればよかったかな」

 

「そんなことしたら学園長に叱られるよ」

 

「もしくは私も京都行こうかなぁ・・・」

 

「泊るお金あるの?」

 

「ぬー・・・」

 

授業を度外視しているあたりが実にF組である。

 

「そういえば源氏大戦、本当に最上さんの方で出るの?」

 

ふっと湧いた質問に百代は、ああ。と返事をした。

 

「士郎は絶対義経ちゃんに付く。と言うか旭ちゃんの誘いは断ったらしい」

 

「あんりゃま。そうなんだ(なんか企んでそうだしねぇ・・・)」

 

言葉とは裏腹に警戒心を持つ燕。実を言うと燕は源氏大戦にエントリーしていない。

 

声はかかったのだが断ったのだ。

 

「それでモモちゃんは衛宮君との戦いを楽しみにしていると」

 

「んー・・・ちょっと違うかも」

 

「え?」

 

思わず素の声を上げてしまう燕。百代は自分に相応しい相手である彼との戦いを求めているのではなかったのか。

 

「私はさ、認めてほしいんだ。ここまで来れたぞって。さらに上を目指すぞって。途方もない夢を追いかけるあいつに認めてほしいんだ」

 

その顔は晴れやかで、一点の曇りもない明るい笑顔だった。

 

「戦って勝てれば嬉しいけど、私は勝てないと思う。まだまだあいつがいる場所に辿り着けてないから。仮に勝っても、それはそれ、これはこれだ。勝ち負けじゃないんだよ」

 

「・・・でも戦うんでしょ?」

 

「それは私が武道家で、戦うことで一番それを示せるからだよ。士郎は迷惑がるだろうけど、きっと付き合ってくれる」

 

絶対の自信をもって百代は言った。

 

「だってあいつは、みんなを救う正義の味方なんだからな」

 

「正義の・・・味方?」

 

なんだそれは、と燕は思う。でも・・・

 

(そっか。だからモモちゃん、隙が無くなったんだ)

 

勝ち負けにこだわっていた時とは違う。己の信念を見せるために戦う。だから彼女は強い。

 

ただ強くて、それを誇示する彼女はもういないのだと燕は悟った。

 

(これは、私も考えなきゃいけないかな)

 

依頼は既に破棄を求められている。このまま意固地になる必要はもうないのかもしれない。

 

「モモヨ!この数式の答えは!」

 

「えー。2」

 

「適当!?」

 

こうして少し退屈になった日々を彼女は送っている。大好きな男は今は遠い場所だけれども。

 

きっとその時は近いのだと。そう信じて。

 

――――interlude out――――

 

 

「ふぅー・・・」

 

鍛錬を終えた士郎はゆっくりと温泉に浸かっていた。

 

「なんで京都に来てまで鍛錬してるのかねぇ」

 

「他にすることが無かったからだろう?本格的な自由行動は明日からだし」

 

なにやら大和は与一が、ぐにおくんなるゲームをゲーム機ごと持参したらしくそちらで盛り上がっているそうな。

 

当然そんなものを持参していなかった士郎は鍛錬しかすることが無かったのだが、

 

「なんで毎回ばれるかなぁ・・・」

 

今回はしっかり人払いと隠蔽の魔術を使っていたのだが、鍛錬中にマルギッテが士郎を発見し、ぼうっとその姿を見ていたのをきっかけに、

 

そこで士郎が何かしている、という意識が通行人に根付いてしまい、大観客の中演舞まがいの事をすることになってしまった。

 

「それよりもすごかったぜ?士郎が双剣を振るってる姿は早々みないからなー」

 

「それな!女子の目線を集めてるのは許せねぇけど確かにすごかったぜ!」

 

「三次元で二次元のような動きをするのは武神を除けばお前が初めてだ。あれなら金を貰ってもいいだろう」

 

キャップとヨンパチ、スグルがそう評価してくれるが士郎としては、ばれたことの方が問題なので苦笑である。

 

「士郎っていくつ武器を使えるの?」

 

「大抵のものは使えるぞ。ただし全部二流止まりだけどな」

 

「あの双剣もか?」

 

「ああ。と言っても、あれが一番まともと言うか・・・得意ではある」

 

「はー・・・先生ですら槍だけだってのに士郎はあれもこれも出来てすげーな」

 

「何言ってるんだガクト。レオニダスは剣も拳も大したものだぞ。スパルタは槍が折れれば剣で、剣が使え無くなれば拳で、拳がつぶれれば噛みついて戦ったんだぞ」

 

「・・・マジ?」

 

「マジだ」

 

思わず顔を青くするガクトに士郎はグイーっと伸びをする。

 

「ま、本人は今の時代でそんなこと必要ないって言ってるからそこまで訓練されることは無いだろうさ」

 

「ほ、ほんとか?いやー先生はホントにとんでもない人だぜ・・・」

 

「義経の事でよく騒がれるが、なんでレオニダス王本人が騒がれないんだろうな」

 

「・・・。」

 

裏で上手くやっているとは言えない士郎である。

 

「誰も信じないからじゃない?レオニダス王を名乗る別人、とか」

 

「それは一理あるかもな。あんまりにも現実離れしすぎてるし・・・」

 

「それにしても夢は諸国漫遊って言ってたのになんで京都に来なかったんだろうな?」

 

うーんとレオニダスの事で盛り上がる皆に士郎は内心本当に参っていた。

 

(やれやれ・・・もう少し俺にも魔術の才があればな)

 

もう少しうまく誤魔化せたろうに。今回のことだってなぜマルギッテは見破ったのか。

 

(ま、うまく誤魔化せてるからそれはそれでいいってことで)

 

と士郎は納得して湯船を楽しんだ。

 

 

 

 

湯船を上がってすぐ。ガクトたちがなにやらごそごそとしているのを見て士郎は声を潜めて言った。

 

「おい。もう就寝だろ、なにしてるんだ?」

 

「お、士郎も来るか?」

 

その一言で抜け出そうとしているのを悟って士郎は首を振った。

 

「そう言う事なら俺は遠慮する。どうせろくでもないことにしかならないからな」

 

「んだよ。付き合いわりぃな。ま、俺様達は行ってくるぜ」

 

「ちゃんと帰ってくるからばらすんじゃねーぞ」

 

「はいはい。俺は知らんよ」

 

これもまた修学旅行の醍醐味だろうと見送った。

 

すると、

 

「士郎君、士郎君」

 

「義経じゃないか」

 

まさか彼女も抜け出すつもりなのかと思えば就寝前に男子と話す機会が与えられたんだと言ってきた。

 

「そうなのか?」

 

「うん!明日から自由行動があるけど今日は無理だったでしょ?だから少しならいいって」

 

「ただし場所はラウンジだってさ。本当に就寝時間になったら解散するようにだって」

 

「そうか。そう言う事ならご一緒しようかな」

 

義経に誘われてラウンジの一角に行ってみれば先生方と不死川心が居た。

 

「なんじゃ。義経は衛宮を呼びに行っておったのか」

 

「うん。だって色々お話したいから・・・」

 

「俺なんかで良ければお付き合いするよ。時間は先生方に戻れって言われるまでかな?」

 

「そうだ。まだ二、三日あるというのにどうしてもというのでな」

 

そう言う梅先生の顔は柔らかい笑顔だった。

 

「たった一度の修学旅行だ。楽しめよ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

その後、小笠原千花なども交えて随分な人数が集まり、明日の予定や、自由行動はどこをまわるのかなど。実に有意義な会話を楽しめた。

 

その中で気になったのは、

 

「義経達は五条大橋でイベントに参加しないといけないんだ」

 

「五条大橋で義経か~有名よね」

 

「武蔵坊弁慶が刀狩りに来たりしてな?」

 

「あはは!それ来たら大盛り上がり間違いなしね!」

 

「うう、義経としては心臓に悪い」

 

「義経の刀は盗られたらまずいからね」

 

唯一事情の分かる弁慶は義経をあやすように背中を撫でた。

 

「士郎君は自由行動どうするんですか?」

 

「俺は映画村に行こうと思ってたんだけど、義経達が出るなら五条大橋もいいな」

 

「!」

 

「いいね!是非来なよ」

 

「まぁすぐには決められないけど」

 

一応グループ行動なので勝手に決められないのだ。

 

「ってそういえばあいつら大丈夫かな・・・」

 

ここに先生方がいるなら無事脱走出来たんだろうが、キャップがいる辺り、ただでは済まなそうだ。

 

「そういえば源氏大戦、だっけ?士郎は出ないの?」

 

千花が士郎に源氏大戦の話題を振った。

 

「参加しない・・・わけじゃないんだけど・・・」

 

「し、士郎君!!」

 

そこで義経がぐわりと食い気味に立ち上がった。

 

「義経は士郎君と一緒に戦いたい!士郎君は戦いが嫌いだって言ってたけど・・・義経は士郎君と共にありたい!」

 

「よ、義経・・・」

 

「義経は至らない所ばかりだけど!士郎君とならがんばれるから!だから・・・!」

 

「ま、まて、義経!落ち着け!」

 

「・・・ハッ!」

 

じっとこちらを見つめる周りを見て義経はボンッと赤くなって小さくなってしまった。

 

「おうおう、やってくれるじゃないの」

 

「義経からのラブコールダネ!」

 

「まさか断るのではあるまいな?」

 

「・・・。」

 

士郎は考える。もう百代が旭側に付くのは知らされた。あとは自分次第という事だが――――」

 

「少し考えさせてくれ。そうだな、イベント終わりにでも伝えるよ」

 

そう言って士郎は立ち上がった。

 

「し、士郎君・・・」

 

「大丈夫、逃げやしないさ。明日を待っていてくれ」

 

「義経ちゃんを悲しませるんじゃありませんよー!」

 

真与の言葉に片腕を上げるだけで返事をして士郎は立ち去った。

 

「なんで士郎は拒むんだろうねー」

 

「あれだけ強いんだからモテモテになれる系」

 

「・・・強いからこそ、振るう場所を考えているのだと此方は思うのじゃ」

 

「お、心んも士郎を狙うの?」

 

「ね、狙うとはなんじゃ!?」

 

「士郎君・・・」

 

「大将は罪作りだねぇ」

 

「強くてカッコよくてミステリアスだからね。それと優しい」

 

「イケメンの条件揃ってる系」

 

「大丈夫ですよ義経ちゃん!ああ言ってたということはきっと一緒に戦ってくれますよ!」

 

「うん・・・」

 

「どっしり構えてようよ主」

 

そう言ってみんなで義経を励ます。

 

「さて、お前達。そろそろ時間だ。部屋に戻って横になれ」

 

「消灯ー!周りにいる生徒も部屋に戻るようニ!」

 

結局、士郎の参加は隠されたまま、修学旅行初日は終わるのだった。

 

 




途中経過、と言う感じですね。百代も義経も勝ち負けよりも戦いを経て、自分を見て!って感じです。

次回も修学旅行ですちょいと面白いイベントを考えていますので楽しみにしていただければ。では。


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五条大橋の襲撃

みなさんこんばんにちわ。かなり前の話まで誤字修正が来てて、みんな見返してくれてるんだなぁと感じる作者です。

誤字修正はお恥ずかしいですが、しっかり見てくれてるんだなぁと思えるのでとても嬉しかったりします。そもそも誤字するなと言う話でもあるんですが…いつもありがとうございます。

今回は義経ちゃん達の五条大橋イベント…ですがなにやら様子がおかしいです。では!


京都到着日翌日。今日はグループ行動・・・なのだが。

 

「お前達なにしてるんだ・・・」

 

ズタボロになって早朝に帰還したガクトとキャップを見て士郎は呆れかえっていた。

 

「キャップと喧嘩した。ていうのは建前で、街に出てナンパしてたら八王子とかいう連中とバトルした」

 

「・・・いろいろツッコミたいけどなんでそんな怪我になるまで喧嘩したんだ」

 

キャップはまだしもガクトがここまで怪我をするのは非常に珍しい。元々彼はスパルタ式訓練によって非常に強いのだ。

 

「あー・・・ナンパした他校の女子で逃げなかった子がいてよ。その子守ってたらこうなった」

 

「ガクトの奴、いい男っぷりだったぜ?連絡先、交換したんだろ?」

 

「ああ。それを機に仲良くなった。それが一番の収穫だ」

 

何ともまぁ波乱万丈の一夜を過ごしたものである。しかし、彼らがこの調子ではいかな自由行動とて何もできまい。

 

「で、今日どうするんだよ。怪我してる上に寝てないんだろ?」

 

「それなー・・・俺様達はとりあえず寝る。んで時間あったら一、二か所行くわ」

 

「俺もだ。とにかくねみぃ・・・」

 

「ちゃんと手当しとけよ」

 

ノロノロと歩いていくガクトとキャップに士郎はもうそれだけ告げて今後を考えることにした。

 

「士郎は昨日の夜すぐ寝たの?」

 

「ん?モロも外出してたのか」

 

「う、うん。折角の修学旅行だし・・・」

 

意外や意外。彼も抜け出していたらしい。

 

「モロは怪我してないな?」

 

「うん。喧嘩はガクト達に任せるしかないからね。士郎は?」

 

「俺は、義経達と夜ラウンジで話してたな。先生たちが許可してくれたんだ」

 

「ええっ・・・じゃあ僕たち、抜け出さない方がよかったんじゃ・・・」

 

「抜け出すのは褒められたことじゃないぞ。自由に行動したいなら自分で金を貯めてくることだ。これはあくまで学校の行事なんだからな」

 

「ううん・・・先生にはばれなかったけど怒られちゃったよ・・・」

 

そう言ってトボトボ歩いていくモロを見送って士郎ははぁ、とため息を吐いた。

 

「まさかグループ行動が出来ないと来たか。これじゃあなぁ・・・」

 

予定の個所を回るのも一人ではあまりに悲しい。ということで、

 

「五条大橋、行ってみるか」

 

あそこなら義経一行もいるだろうし、いいものが見れるだろう。

 

そうと決まればと、士郎は周りの生徒より遅れて外に出ることになった。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

橋の上で義経は笛を奏でる。でも何処か笛の音が定まらないことに義経は少し苛立ちを覚えた。

 

(お客さんの前だ!もっとちゃんとしないといけないのに・・・)

 

そう思えば思うほど音色は荒くなり、指は動かなくなっていく。

 

それでもそれなりに聞けるものだからか市長の解説も弁慶の演武も終わることは無い。

 

けれど・・・

 

(どうして義経はこんなに・・・)

 

笛を吹くとはこんなにも辛いことだっただろうか?いや違う。義経は違うことの方に意識が向いているからだ。

 

笛に意識が向いていないからこんなにも辛い。

 

「義経・・・なんだか苦しそうだな」

 

「同感じゃ。らしくないのう・・・」

 

同じ班の心と大和が心配げに義経を見る。いつもの清々しい音色がどこか苦し気に聞こえてくるのだ。

 

(多分、士郎の事で頭一杯なんだろうな)

 

大和は正確に義経の心を見抜いていた。義経は何としてもこの修学旅行で衛宮士郎を落とさねばならない。

 

そのことに義経は苦心しているのだ。

 

そんな時だった。彼が現れたのは。

 

「これはまた、苦しいメロディだな」

 

「士郎!?」

 

「衛宮?なぜこちらに来たのじゃ?」

 

それは誰あろう衛宮士郎だった。

 

「ちょっとトラブルがあってね。予定の場所を回れなかったんだ。それにしてもすごい人だかりだな」

 

周りを見渡せば人、人、人。とにかく義経を、弁慶を一目見ようと人が集まっていた。

 

「士郎、義経になにか言ったのか?」

 

「いや?別に特別なことは言ってない」

 

飄々と返す士郎だが大和は今の言い方に見覚えがあった。

 

「じゃあ特別じゃないことは言ったんだな」

 

「・・・。」

 

士郎は押し黙った。

 

「おい、一体何を――――」

 

言ったんだ、そう言おうとした時、笛の音が明らかに変わった。

 

「これは・・・」

 

まるで雲が晴れたというような清々しさで笛が奏でられる。

 

「どうやら持ち直したみたいだな」

 

士郎は腕を組んで満足気に頷いた。

 

「衛宮。お主義経に何をしたのじゃ?」

 

「だから何もしてないって。ただ目が合っただけだよ」

 

「目が合った!?ここからか?」

 

義経の姿は橋の上に準備されたお立ち台の上だ。義経からこちらを見るのは確かに可能かもしれない。

 

「さて、持ち直したようだから俺はちょっと行ってくるよ」

 

「行くってどこにさ」

 

「内緒だ」

 

そう言って士郎は雑踏に身を隠した。その後だった。急に叫び声のようなものが上がったのは。

 

「きゃあ!?」

 

突如ぬうっと現れたその男に女性は驚きの悲鳴を上げた。

 

「お嬢さん大丈夫ですかな」

 

白い頭巾に僧侶服。そして背中に沢山の武器を背負った大男がまっすぐに五条大橋に向かう。

 

「べ、弁慶だ・・・!」

 

「武蔵坊弁慶だ!!」

 

誰が彼をそう評したか、一人、また一人と弁慶の名が上がる。

 

「弁慶、弁慶って。べんけーちゃんはここに――――」

 

「あれは――――」

 

見上げるような巨躯に武器を山ほど背中に括り付けた白頭巾はまさに武蔵坊弁慶だった。

 

「拙者、刀狩りの破戒僧にて候。源義経公がおられると聞き参った次第」

 

「お、お客さん、困りますよ・・・ヒィ!」

 

シャキン、と振るわれた薙刀に市長が悲鳴を上げる。

 

「拙僧の目的は義経公の刀のみ。ご来場の方々には一切手出しせぬ故――――」

 

ちゃきりと義経が刀を構える。同じくして弁慶も錫杖を構えた。

 

「一手ご教授願う・・・!」

 

唐突な戦いが始まった。

 

――――interlude out――――

 

「主狙いってことなら弁慶ちゃんも黙ってられないなー、コスプレのおじさん?」

 

錫杖を突きつけられて尚破戒僧は薙刀を手に動かない。

 

「弁慶、下がっていてくれ。この人の狙いは――――」

 

「笑止」

 

「「!!!」」

 

瞬く間に二連撃。薙刀にて繰り出されたそれを受け止めて弁慶と義経は弾き飛ばされた。

 

「まだ年端も行かぬ娘とあらば一人も二人も変わらぬ・・・」

 

「こいつ・・・!」

 

「だめだ弁慶!二人で行こう!」

 

「応さ!」

 

義経の声で二人同時に攻め上がる。

 

「せい!」

 

「はぁ!!」

 

刺突の連打と後詰めの義経の一閃が閃く。だが・・・

 

「ぬん!」

 

ガギリ!と薙刀にて錫杖は絡めとられ、義経の一閃は立てた薙刀に受け止められた。

 

さらに

 

「ハッ!」

 

「くっ!」

 

「ああっ!」

 

反撃とばかりに身を捻り、加速のついた横薙ぎからの大上段下し。それぞれを受け止めた主従はやはり吹き飛ばされた。

 

「大丈夫!?主!」

 

「大丈夫だ!この人・・・!」

 

手練れだ。それも極上の手練れ。ただの武蔵坊弁慶のコスプレをした人物かと思いきやこの膂力この技の冴え。まさに武蔵坊弁慶に相違ない・・・!

 

「心ここにあらずと見える。そのように隙だらけでは義経公の名が泣こう」

 

「・・・っ」

 

「言いたい放題言ってくれるじゃないか。これでも私だって武蔵坊弁慶なんでね!力比べと行こうじゃないか!」

 

「弁慶・・・!」

 

弁慶が破戒僧目掛けて疾駆する。その姿はいつものゆらりゆらりとしたゆっくりしたものではなく、鋭く鋭利な刃の様に突きこむ。

 

ガン!

 

薙刀と錫杖がぶつかる。

 

「よし、力比べなら――――」

 

「ダメじゃな」

 

貰った、と声を上げる大和だが、それを心がきっぱりと切り捨てる。心の声を正解と言うかの様に、

 

「笑止」

 

ギギギ・・・

 

「なっ・・・!」

 

ゆっくりと弁慶が押し込まれる。腕力だけならば、百代にも匹敵するだろう弁慶が押し込まれる。

 

それはどんな悪夢か。この破戒僧は間違いなく壁越えの人間。今の二人では到底敵わぬ相手。

 

「やぁああ!!」

 

「ぬ」

 

ギキン!と義経の渾身の一撃で押し込まれそうになっていた弁慶を救い、破戒僧を押しのけた。

 

「ダメだ弁慶!一人ずつじゃ勝てない!」

 

「っ・・・主」

 

「ほう。素早い判断であるな。そこの小娘同様単身突撃してくるようならば、もろともに打ちのめそうかと思うたが」

 

もう一度破戒僧は薙刀を構える。

 

「来るがいい未熟な娘よ。汝らの武勇。この破戒僧に示すがよい」

 

どっと冷たい汗が二人の背中に伝う。二人同時に出なければこの相手は倒せないが一体どう攻めたら良いものか・・・

 

「弁慶、もう一度だ」

 

「主・・・?」

 

ぎゅっと士郎に鍛えられた刀を手に義経は静かに言う。

 

「もう一度、二人で行こう」

 

「・・・。」

 

真剣な表情の義経に弁慶も無言で答え、錫杖を構える。

 

「来るがいい」

 

もう一度、破戒僧はそう告げた。

 

「はっ!」

 

「せい!」

 

阿吽の呼吸とも言うべきか、どちらともなく駆け出し後れを取らず同時に二人の攻撃が迫る。それを、

 

「ぬん!」

 

一撃の下に弾き返される。だがそれは織り込み済みと弁慶はその場で一回転。錫杖を横薙ぎに振るう。

 

「笑止」

 

しかしその弾かれた勢いすらも利用した一撃は堅実に薙刀に防がれる。

 

「どうかなっと!」

 

防がれた弁慶はそのまま姿勢を下げる。そこを駆け上がって義経が上空から奇襲をしかける・・・!

 

「阿吽の呼吸見事!しかし、」

 

「まだだ!」

 

「!?」

 

ダダダダダ、と破戒僧に矢が降り注ぐ。

 

「那須与一か!」

 

その場に縫い付けられた破戒僧は装束を破りながら無理やり義経の一撃を防ぎにかかり、

 

「主のお通りだよ!」

 

ガツン!と錫杖と薙刀が弾きあげられた。

 

「ぬう!?」

 

さらに矢が的確に破戒僧の衣を射抜き、動きを鈍らせる。結果、義経の攻撃を防ぐことも避けることも出来なくなった破戒僧は、

 

「でやあああ!!!」

 

「見事ッ!!!」

 

ボン!と突如白い煙幕が立ち上がった。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「煙幕だ!」

 

辺りを真っ白に染め上げるほどの煙幕が立ち込めるが、義経は逃がさぬと一撃を振り下ろした。

 

ザン!

 

何かを切り裂き、煙幕すらも断ち切った義経の一撃の後には・・・

 

「白頭巾・・・?」

 

破戒僧の被っていた白頭巾が袈裟懸けに切られていた。

 

「勝った・・・」

 

「義経が武蔵坊弁慶に勝った!」

 

一気に場が盛り上がる。義経が五条大橋で武蔵坊弁慶を打ち破った。

 

本当は弁慶と与一の援護があったからだがそれは綺麗に流され、義経の勝利としてその場は閉じた。

 

「主、やったね」

 

「うん・・・でも弁慶と与一が居てくれたおかげだ」

 

ゆっくりと断ち切られた白頭巾を拾い上げる義経。

 

「逃げられた、んだよね?」

 

「うん。見逃してもらえた、が正解かな」

 

最後に彼は見事、と賞賛していたのだから彼はまだどうにかできたんだろう。

 

でも彼は場を後にした。それは目的が果たせたから。

 

「主、刀が・・・」

 

「え?」

 

よく見れば。義経の刀が淡く光っていた。

 

「これ・・・」

 

「確か大将の言ってたやつだよね」

 

ヒュンヒュンと何度振っても光は消えない。

 

「・・・そっか。これはこう使うものなんだ」

 

大事に大事に鞘に納める。その頃には煙幕も晴れていた。

 

「義経ー!」

 

「無事か!」

 

大和と心が駆けつけてくれる。義経は白い頭巾を手に空を見上げた。

 

(ありがとうございました)

 

心の中でそう答えて。

 

 

 

その日の夜。

 

「いやー折角京都来たのに一日寝過ごしちまったぜ・・・」

 

「初日そうそうに喧嘩なんかしてくるからだろう・・・」

 

ため息を吐いて士郎はお湯に浸かる。

 

「それで、怪我は大丈夫かガクト、キャップ」

 

「おう。きちんと手当したから問題ねぇぜ!」

 

「明日こそは京都を回るぞー!!」

 

「あ、こら風呂ではしゃぐな・・・いっつ・・・」

 

お湯が傷に染みて士郎は顔を顰めた。

 

「なんだぁ?士郎も怪我してんじゃねぇか」

 

「いつもより大分マシな怪我だけどな。で!?どんな美女を守ったんだ!?」

 

「これは今日ぶつけただけだ。ガクトじゃないんだから・・・」

 

そう言って士郎は風呂を出る。

 

「あ、おいもう上がるのか?」

 

「ああ。ちょっとお呼ばれしててな。明日こそはみんなで回るからちゃんと寝ろよ」

 

士郎は足早に出て行った。

 

「お呼ばれだってよ。女子とか!?」

 

「君は女女女と退屈じゃないのかねー、ガクト君」

 

「あ、今の士郎っぽかった」

 

「そうか?それより明日回る所を決めようぜ!!」

 

風呂は士郎が居なくなっても賑やかだった。

 

 

 

風呂上がり、またラウンジに行くと義経達が居た。

 

「すまん、遅くなった」

 

「大丈夫よー私達も今来たとこだし」

 

「アタイらもお風呂に入ってた系」

 

「義経も今来たところだから!」

 

「主、それじゃ恋人との待ち合わせみたいだよ」

 

「こ、ここここ恋人!?」

 

「弁慶、そういうことは言うもんじゃないぞ。義経にだって好みがあるだろう?」

 

言外に自分じゃないという言葉にカクリと肩を落とす女性陣。

 

(なんで士郎ってこんなに鈍感なのかしらねー)

 

(お姉さんは衛宮君の将来が心配です・・・)

 

(もっとすごい爆弾入れなきゃ駄目カナー)

 

「それより、今日はみんなどこに居たんだ?」

 

「あたしとまよは映画村でしょー」

 

「アタイも映画村にした系」

 

「義経ちゃんの所にしようか迷ったのですが人が多くて・・・」

 

「そうそ。義経だー弁慶だーって地元の人みんなそっち行っちゃって」

 

「全然楽しめそうになかった系」

 

口々にそういう女性陣だが、

 

「それはどうかなー、こっちは謎の武蔵坊弁慶に襲われちゃったよ」

 

「謎の?」

 

「武蔵坊弁慶?」

 

意味の分からない単語に、?を頭に浮かべる三人。その姿に苦笑して、

 

「刀狩りの破戒僧を名乗る人物に襲撃を受けたんだ」

 

「ええ!?」

 

「大丈夫だったんですか!?」

 

「大丈夫・・・ってわけでもなくてねぇ・・・主と私と与一でどうにか撤退させたのさ」

 

「マジ?それ超盛り上がったじゃない系?」

 

「義経達が三人がかりで撤退って・・・」

 

「とても強い人だったんですね」

 

「うん。凄く強い人だった。でも・・・」

 

ごそごそと義経は白い頭巾を取り出した。

 

「義経は、なんだか教えてもらった気がするんだ」

 

「へぇ・・・何を?」

 

その問いに義経は恥ずかしそうに俯いて、

 

「義経は勝ち負けにこだわりすぎてたのかなって。戦うっていうのは嫌いじゃないけど勝ち負けがすべてじゃないんだろうなって」

 

そうして義経は頭巾をぎゅっと抱きしめた。

 

「今度会えたらお礼するんだ」

 

「主?」

 

「ありがとう、って」

 

「・・・そっか」

 

とてもにこやかに義経は笑った。それを見て士郎も笑みを浮かべた。

 

「士郎はその時どこに居たの?」

 

「俺は丁度離れた時だったからな・・・確かその直前に義経と会ったよな」

 

「え!?う、うんそうだね・・・」

 

「?なんで固まってるんだ?」

 

「士郎君・・・笑顔すごいからやめて・・・」

 

「なんでさ!?」

 

まさか笑顔を否定されるとは思っていなかった士郎は驚き、女性陣は笑った。

 

波乱に満ちた初日は何とか平穏に終わるのだった。

 

 

 

 

そして翌日、鞍馬山中腹。木の根道。

 

「すっげー木の根だなぁ・・・」

 

あちらこちらにしっかりと根付いた木々が生い茂る中、ここでかつて牛若丸が跳躍の練習をしたという。

 

「こりゃあ確かに跳んで跳ねるには丁度良さそうだぜ!」

 

そう言いながら近場の木に登るキャップ。

 

「おいキャップ。降りてこいって。遅れるぞ」

 

「なぁなぁ!士郎ならこの辺の木跳んで渡れるんじゃないか!?」

 

「・・・できなくはないけど。やらないぞ」

 

昔の自分ならいざ知らず。今の自分なら十分に牛若丸の様に跳躍出来るだろう。

 

しかし、それをこんな人目につくところでやる意味もない。

 

「お?義経達が立ち止まってるぞ?」

 

「何かやるのかな?」

 

ヨンパチとモロがそう言った途端。義経が彼らの視界から消えた。

 

「「き、消えた!?」」

 

「上だよ上」

 

そう言って士郎は指さす。だが、義経の姿は彼らには映らない。

 

「よっと!」

 

タン!とステップを踏むように義経が地面に戻ってきた。

 

「お見事」

 

「流石だぜ!」

 

「くぅ・・・シャッターチャンスだったのに・・・」

 

「この色ボケ猿。普通に褒めなさいよ」

 

「流石義経系。アタイはリングじゃないと無理系」

 

「リングなら出来る・・・恐怖だな」

 

羽黒のコメントに鳥肌を立てるガクト。

 

「それにしてもみんな大丈夫か?ここ結構歩き辛いけど」

 

山道があるとはいえとにかく木の根がすごいのでそれなりに険しい道だ。

 

「大丈夫大丈夫!ハイキングみたいなものよね!」

 

「体育で足腰鍛えられてますから!」

 

「まぁ二年生で苦労する奴はいないわな」

 

女性陣も意外とタフだ。普通なら結構きつくなってくるところだろうに。

 

(この辺はレオニダスに感謝だな)

 

体力不足で景色を楽しめないよりも断然いいだろう。そこはとても感謝する士郎だった。

 

「士郎くーん!」

 

「お?お呼びだぜ」

 

「なんだろうな・・・て、カメラ持ってるってことは」

 

「写真!写真撮ろう!」

 

「いいぞ」

 

「みんなも是非!」

 

「おっしゃ。またみんなで記念撮影と行こうぜ!」

 

「俺もカメラ持ってるんだけどな・・・」

 

「あんたのは女子しか写さないでしょ」

 

「その分、写真を撮るのはぴか一なんだけどね」

 

「ほらお前達!さっさと並べ!」

 

どうやらまた梅先生が撮ってくれるようだ。

 

「よし。では撮るぞ」

 

パシャリと何枚か撮られる。

 

「先生ありがとうございます!」

 

「義経、現像したら自分にもくれ」

 

「もちろん!あ、ついでに・・・」

 

パシャリと何気に士郎と二人だけの自撮りをする義経。

 

「?義経、今の俺しか入って無いだろう?」

 

「い、いいの!じゃあまた!」

 

逃げるように義経は前の列へと行ってしまった。

 

「あんな写真どうするんだか・・・ん?なんだ?」

 

「士郎ってさ。本当にF組の一員だよね」

 

「そうよねー」

 

「意外と頭弱い」

 

「なんだよみんなして」

 

はぁと一同にため息を吐かれて士郎は思わずたじろぐ。

 

「それより先行こうぜー」

 

「士郎のそれは死んでも治らねーからなー」

 

「死んでもとは失礼だな!?」

 

しかしガクトの言葉は真実を言い当てているのかも知れなかった。

 

(まぁいいや。しかし天狗に鍛えられた、か)

 

なんでだろう。サバフェスとかいう謎のイベントで高笑いを上げながら天狗のお着せで縦横無尽に飛び跳ねる牛若丸の姿が・・・

 

(違う違う。ていうか何だサバフェスって)

 

またも流れた知らない記憶にツッコミを入れて遅れまいと皆を追いかける。

 

「もうすぐ奥の院だな」

 

「なんだっけ、魔王がうんたらかんたら・・・」

 

「大和が大好きそうな場所だよな?」

 

「おいおいおいそんなわけないだろう」

 

「なんだか大和が必死だわ」

 

「昔の記憶に悶える大和もいいッ・・・じゅるり」

 

「あんまり過激な反応するんじゃない」

 

いつもながらの夫婦漫才にツッコミを入れて士郎は奥の院を見学する。

 

「見た目は普通の社だな」

 

元の世界では数々の場所を巡ったがこういう平和な観光地はあまり見なかったように思う。

 

「お、天狗のうちわだ」

 

「あっちで買えるぞ」

 

「へぇ、ミニ降魔扇か。俺も買っておこう」

 

これを型になにか刻印を刻んで本物にするのもいいかもしれない。

 

「あれ、士郎そんなに買うの?」

 

士郎は手に五個も持っている。

 

「ああ、留守番を任せてる人と知り合いにも配ろうと思ってな」

 

「あ!橘さんね!」

 

「当りだ。よくわかったな?」

 

「だって最近の事だもの。島津寮にもよく来るようになったんでしょ?」

 

「ああ。キャップの部屋に寝泊まりしてるよ」

 

「あそこ超強力なパワースポットだからなぁ・・・」

 

「寮内なら士郎のペンダントが無くても不幸に襲われないんだぜ」

 

なんだそれは。一体この男はどんな剛運を持っているというのか。

 

「キャップと一緒に寝てたのか?」

 

「いや?キャップは大和の部屋に泊ってた」

 

「その辺は徹底管理よ」

 

まぁキャップなら間違っても間違いは起こさないだろうが・・・

 

「しかしパワースポットか。ここもそうなんだよな」

 

「らしいね。なんだか携帯の電波がすごくよく入るとか・・・」

 

「それはアンテナがあるだけじゃ・・・」

 

「無粋なことを言うな!」

 

ぺシリと日本大好きドイツガールに叩かれた。

 

 

 

なにはともあれ修学旅行も大詰め。最後の夜。士郎はまたラウンジに呼ばれていた。

 

「ん?今日は義経だけか?」

 

「う、ううん。もう少ししたらみんな来ると思う」

 

そう言ってお互い対面で座る。

 

「今日で修学旅行も終わりだな。義経は楽しめたか?」

 

「うん!沢山写真を撮ることも出来たし、行きたかった所にはほとんど行けたから」

 

「京都は見るところが目白押しだからな。ま、イベントで襲撃されてそれどころじゃなかっただろうけどな」

 

「そんなことないよ。むしろ・・・」

 

スッと義経は懐から何かを取り出した。

 

「士郎君。ありがとう」

 

「さて、なんのことかな?」

 

出されたのは半ば断ち切られた白頭巾。

 

「義経と士郎君はパスで繋がってるんだよ。分からない訳ないじゃないか」

 

「・・・そうだった。こりゃ墓穴を掘ったな」

 

あははと笑う士郎の額に絆創膏が張られているのはその証拠だろう。

 

「それで、なんで感謝なんだ?」

 

「え?うんと・・・わからない。でも、士郎君に色々教えてもらった気がするから」

 

「俺は襲撃者だぞ。感謝されるのは筋違いだろうさ」

 

「でも!」

 

「まぁまぁ。それより良かったよ。義経は刀の一部を物にできたようだしなにより――――」

 

「うん。もう刃の振り所は迷わないよ。今回義経は源義経じゃなくてただの義経として義仲さんと戦う」

 

そう言う義経の顔には刃を振るうべきか否かのような迷いが消えていた。

 

「だからお願いする。士郎君。義経と一緒に戦ってほしい。勝ち負けじゃないけど、きっと勝たなきゃいけないと思うんだ。その為に君の力を貸してほしい」

 

「・・・。」

 

「ダメ・・・かな」

 

もじもじしながらも視線は士郎から外さない義経に遂に士郎は落ちた。

 

「わかった。協力しよう。でも相手に百代がいる。恐らく他の場面で手助けは出来ないぞ」

 

「!ありがとう!大丈夫。それこそこれは義経の戦いだから。弁慶も与一も直江君も・・・二年生のみんながいる。義経は義仲さんと決着をつけるよ」

 

「そうか。じゃ、俺は百代に専念させてもらうよ。・・・流石にもう余裕はないからな」

 

昔の百代に比べ今の百代は本当に強くなった。彼女は全身全霊でくるだろう。自分も全霊で相手をしなければならない。

 

「なになに、士郎も源氏大戦参加するの?」

 

そこで千花達がやってきた。

 

「ああ。義経側で出ることにしたよ」

 

「やっと心を決めおったか。いい加減観念したようじゃな」

 

「そういう心んも義経と一緒に出るんでしょ?」

 

「もちろんじゃ。・・・正直、あの最上旭とかいう輩は此方は好かぬ」

 

「そんなこと言っちゃいけませんよ。みんな仲良く、です!」

 

「まよ、それでも戦わなきゃいけない時もあるのよ。ここは静かに見守りましょう?」

 

「戦って決着つけるのも校風の一つだし!しっかりやる系」

 

「そうだな。俺は百代にかかり切りになると思う。羽黒、心、頼んだぞ」

 

「う、うむ・・・」

 

「うわ、なんかゾクっときた系」

 

「大将の頼みかーこれは頑張らないとね」

 

「弁慶!」

 

「衛宮士郎の頼みなら俺に否はない。同じ特異点として、な」

 

「与一も!」

 

「なんだか、賑やかになってきたな」

 

「そりゃあ最後の夜だもの楽しみ尽くさないとね!」

 

「士郎、ずりぃぞ!お前だけ楽しそうに茶会しやがって!」

 

「お前達が来ると騒がしくなるからだよ」

 

そう苦笑を浮かべる士郎と同じように先生方も苦笑を浮かべていた。

 

「あ、折角だからまた写真撮ろう!」

 

「この人数、入り切るか?」

 

「前の奴がしゃがめば入るだろ」

 

「俺にも撮らせろよ!」

 

「いいけどみんな写してよね」

 

「はは!随分賑やかな写真になりそうだ」

 

「うん!でもいい思い出になると思う!」

 

「では今回も・・・」

 

「あ、梅先生も入ってくださいよ」

 

「そうね、最後の写真だもの」

 

「お前達・・・」

 

「じゃ、おじさんが撮らせてもらいますよ。ほら並んで並んで」

 

急に増えた人数にぎゅうぎゅう詰めになって。

 

「はい、チーズ」

 

パシャリと。修学旅行最後の夜は幕を閉じた。

 

 




短めですが区切りが良いのでここで。

修学旅行は二日分を書かせてもらいました。実際は一週間で移動に二日とかなんでしょうけど…あんまりだらだら書いても良くないかなと思いまして。

何気にフラグ立てたナイスガイが居ますがその話も後々書いていきます。

次回からは本格的な調練と士郎の本気の鍛錬になります。ではまた次回お会いしましょう。


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決戦に向けて

皆さんこんばんにちわ。家に帰ってきてからとても眠い作者です。

今回は修学旅行も終わり、本格的な訓練・調練に入ります。イメージは覇王ルートに近いかも?

では


修学旅行を終えた次の日。慌ただしくも源氏大戦に対する訓練が行われていた。

 

「はっ!」

 

「やあ!」

 

掛け声と共に学園のレプリカを振りかざす生徒達。人数は二年生が主眼で、一年生が少し混じっているくらいだ。

 

「白の隊、いくぞ!」

 

おおおお!!とクリス引き入る白帯をつけた白の隊が赤帯を付けた赤の隊にぶつかっていく。

 

「お嬢様と言えど摸擬戦ならば容赦は出来ません!赤の隊、迎え撃て!」

 

味方ではあるが、互いに機動力がメインの隊なので怒涛の乱戦になる。しかし、ここで怪我をしては元も子もないと一応の手加減はされている。

 

「さあ私達も行くわよ!」

 

「「「応!!!」」」

 

「不死川の・・・あいや、此方達も出るぞ!」

 

一子と心は現代のスパルタ兵達を率いる。切り込み隊長を自負する一子ならではの堅実な攻めを主眼にした隊だ。心は下手に動くとなんか駄目そうという事で殿も含めた重装歩兵である。

 

「此方の扱いが酷いのじゃ!」

 

・・・これまでの行いがあるので仕方あるまい。

 

「弓兵、放て!」

 

弓兵を仕切るのは京と忠勝。京はあまり隊を率いるのを得意としていないので基本忠勝が陣頭指揮をとる。

 

「俺様達も行くぜ!」

 

「黒の隊、行くぞー!!!」

 

ガクトの隊は純粋な歩兵部隊。彼らが主眼となってぶつかっていくだろう。対し、キャップ率いる黒の隊は一撃離脱を考慮した奇襲部隊だ。あまり防御力は期待できないが攻撃力に秀でたメンツが集まっている。

 

「右翼が薄くなっています。左翼を押し込め羽ばたけぬようにしましょう」

 

「左翼押し込んでくるぞ!クリスに伝令急げ!」

 

今回も東西戦のように二年生という大きなくくりとなっているがS組とF組は相性があまりよろしくないので、無理に混成部隊にはせず、クラスごとで固め、軍師は葵冬馬と直江大和だ。

 

攻守共にバランスよく揃った布陣で現在は小規模の摸擬戦を繰り返して練度を上げている。

 

一方、義経はというと、

 

「せい!」

 

「はああ!!」

 

弁慶と競うことで互いの腕を磨いていた。

 

「はあっ!やっぱり士郎君には感謝しかないッ!」

 

「確か、にッ!破戒僧との戦いはいい経験になった、ね!」

 

義経は縦横無尽に駆け、弁慶は手堅く守り、反撃を繰り出す。

 

士郎の化けた破戒僧との戦いで、二人はお互いに弱点を洗い出されることとなった。弁慶はどうしても力に頼りがちで、義経の剣は奇襲を主眼に置いた比較的軽い剣だということ。

 

もちろん、二人はどれも高レベルに纏まっているのだが、さらに付け加えるなら、というのが今回の収穫だった。何より、

 

「しっかし・・・主は本当にものにしたねソレ」

 

弁慶は油断なく構えるが義経が早すぎるのと、刀が淡く光っていることで残像のようなものが見えている。

 

この状態の義経を正確に捉えるのは難しい。

 

「まだ疲れるけどなんとか!全然違う!」

 

今までだって不満なんか感じたことのない太刀だったが、この第一形態とも言える状態になった義経の太刀は、通常ならざる手ごたえを義経に与えてくれる。

 

まるで自身と一体になったような感触に義経は深く感動し、もう戦う時は常にこの状態だ。

 

「受けに回るこっちの事も考えてほしいよッ!」

 

ズン、と沈み込むような深く腰を落とした体勢からの鋭い突き。錫杖の代わりに穂先に布が厚く巻かれた棒なので怪我はしづらいだろうが、食らえば痛い目をみるその一撃だが、

 

キィン――――

 

軽やかな音を立てて棒の先が切られた。当然、義経は刃引きした方を使っているのだが、どうにも刀としての性能が高すぎて、そこいらの棒では易々と断ち切ってしまう。

 

「ああっ!またやってしまった・・・」

 

「怖い怖い。これで刃が無いって言うんだから困っちゃうよ」

 

もう何本目になるか分からない棒をポイと捨てる弁慶。辺りには鋭利に先が切られた棒が散乱していた。

 

「そろそろ30本は超えたかな?休憩にしない?」

 

「うん・・・また弁慶の棒準備してもらわないと・・・」

 

「いっそ私の錫杖に布巻いてもいいけど・・・」

 

切れた棒の一本を見てたらりと汗を流す弁慶。

 

「多分こうなる気がする」

 

「うん・・・本気でやれば刃引きされてるはずのこれで斬鉄出来そう・・・」

 

それは言い過ぎかもしれないが義経クラスとなると何とも言えない所である。

 

「それ真剣でやってたらどうなるんだろうね・・・」

 

「士郎君の鍛えた魔剣じゃないと打ち合えないと思う」

 

「それ実質使えないね・・・」

 

何せ相手の武器ごとバッサリである。

 

「しかし刃引きされてこれかー・・・義仲さんとの戦い、どうするの?」

 

「真剣は使わないよ。強すぎる。こっちで十分だよ」

 

それは手を抜くとかそう言う事ではなく、どちらかというと義経が扱いきれないというのが真実である。

 

「義仲さんは真剣で来るだろうに・・・」

 

「それでもいいんだ。決着は付けたいけど義仲さんを切りたくはないから・・・」

 

修学旅行から帰ってきた後、お土産を渡した時とても喜ばれた。嫌われたりしていないし、義経も嫌っているわけではないのだ。

 

そんな相手を切るなど絶対にしたくない。

 

「その代りと言ってはなんだけど、二段階目を目指してるよ」

 

「ああ・・・光ってるのは一段階目なんだっけ」

 

この士郎の魔剣が光る現象は、必要以上に気を込めているのが原因である。真っすぐ流さなければいけない所を曲げて流していたり、一定ではないために起こる現象だ。

 

魔術師ならば未熟どころか魔術を使う度に死にかけるようなものだが、幸い気にそう言った面は少ない。

 

その代り、魔術回路を使うような繊細なコントロールが出来ないのは致し方ないが。

 

「一段階でこれかー。二段階目になったらどうなるんだろうね」

 

「わからない・・・ただ言えるのは、義経はもうこの刀じゃなきゃダメになってしまった」

 

シンクロ、とでも言うのか。圧倒的な馴染み深さに刀自体が強力。多少無理をしてもこの刀は答えてくれる。

 

(主がアレ(・・)を発動させた時どうなるんだろうね)

 

義経にはまだ自由に使えない技がある。それが発動出来た時、刀はどう答えるのか。

 

「そういえば士郎君は?」

 

「歩兵隊に交じって訓練してるって聞いたけど」

 

「どこだろ?」

 

歩兵部隊の所に目を向けるが彼の姿らしきものは無い。その代りに何やら円形に囲まれた人だかりがあった。

 

「あれなんだろう?」

 

「多分大将じゃない?」

 

そちらの方に歩いていくとまるでカンフー映画のように次々に相手を打ちのめし、吹き飛ばす士郎の姿があった。

 

「うわぁ・・・」

 

「やる気になった大将は凄いね」

 

相手は必ずしも一人ではない。ルールなど設けていないのか、ひたすら四方八方から襲い来る生徒を撃退し続けている。

 

「義経?」

 

最後の一人を弾き飛ばして士郎はようやく義経を発見した。そのくらい人だかりがすごいのだ。

 

「一度休憩にしよう。怪我した奴はいないか?」

 

士郎の言葉に特に返事は返ってこない。問題ないという事だろう。

 

「じゃあ休憩だ。皆、ありがとう」

 

「こちらこそ!」

 

「ありがとうございます!」

 

士郎の言葉に皆良い経験が出来たと明るい顔で各々休みに入る。

 

「士郎君お疲れ様」

 

「大将お疲れー」

 

「ああ、二人ともお疲れ様」

 

そう言って準備されていたスポーツドリンクを飲む士郎。

 

「二人の分もあるぞ」

 

「ありがとう」

 

「ありがたい・・・けど川神水が飲みたいなぁ・・・」

 

弁慶の言葉に苦笑して士郎は二本のスポーツドリンクを渡す。

 

「今はやめとけよ。本番で後悔したくなかったらな」

 

「わかってるわかってる。義仲さんマジだからね」

 

ひょうたんではなく士郎の渡したペットボトルから飲む弁慶。

 

学年三位以内でないと退学の代わりに川神水を飲むくらいの彼女がひょうたんに手を出さないのはそれだけ本気だという事だ。

 

「義経はどうだ?刀、大分調子よくなったと思うけど」

 

「うん!でも凄すぎて弁慶相手でも訓練用の棒を切ってしまって・・・」

 

「大将あれ何とかしてくれない?あれじゃ義経の訓練も半減だよ」

 

ふむと士郎は腕を組んで考える。

 

「・・・一応九鬼からの発注品で弁慶の錫杖は作ったんだけど・・・」

 

「待って待って初耳だよ!?」

 

「そりゃ聞かれなかったからな。別に隠してたわけじゃない」

 

しれっと言って士郎は続ける。

 

「とはいえそれを持ち出してもお互い危ないだろう。ってことで」

 

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

 

士郎の手に金属の棒が現れた。

 

「大将の魔術?だっけ。それ見るの初めてかも」

 

「そうだね。で、士郎君それは・・・?」

 

士郎は投影した鉄の棒をヒュンヒュンと振り回してうんと頷き、

 

「棒だ」

 

「いやそのボケはいいって」

 

ビシッっと弁慶がツッコんだ。

 

「正確には弁慶の特注品の棒の部分だけってとこだ。これに布を巻けばそれなりに弁慶もやり合えるだろ」

 

「なるほど。それにしても便利だねぇ・・・何もない所から武器やら道具やら。与一の病気がさらに進行するよ」

 

「それほど便利でもない。色々代償は払ってるんだからな。これだって魔術を使わなくても準備出来たものだろう?それを考えたらむしろマイナスだよ」

 

ひょいと弁慶に鉄棒を渡す士郎。

 

「それは穂先が無いこと以外は本物と変わらない。だから弁慶も義経の刀のように出来る。出来ないとそんなに打ち合えないことには変わりないから頑張れよ」

 

「むむ・・・確かに私も結晶作ったけどこんなに早く渡されようとは・・・」

 

「早くに慣れておくに越したことは無い。武蔵坊弁慶が武器の扱いが下手じゃカッコつかないだろう?」

 

ビュンビュンと士郎と同じように振り回しながら弁慶は何とかしようと無言で念じる。

 

と、

 

「あ」

 

「あ!」

 

ほんわかと棒が光った。

 

「出来た・・・かな?」

 

「流石弁慶!義経はつい最近やっとできたのに・・・」

 

「いや、主のをずっと見てたからってのもあるんだけど・・・これ、疲れるなぁ・・・」

 

へにょりと弁慶は棒をついてくたりとした。

 

「集中力の問題だろ」

 

「確かにコツさえ掴めば出来るけどこれは辛い。」

 

スゥっと光を収めて弁慶はまたスポーツドリンクをゴクリ。

 

「まぁ鍛錬あるのみだな。その内慣れる」

 

士郎はそう言って体をグイっと伸ばした。

 

「士郎君はどんな訓練をしてたの?」

 

「ん?対百代鍛錬」

 

はぁ、とため息を吐いて士郎は言った。

 

「も、百代先輩の?」

 

「どういうこと?」

 

「単純な話さ。百代が拳を超高速で10発打ち込んでくるとする。これを再現するにはどうすればいいか?」

 

士郎の言葉に義経が、あ、と気が付いた。

 

「複数の人にほぼ同時にパンチしてもらえば・・・」

 

正解、と士郎は頷いた。

 

「実際には違うだろうけどな。再現はこれが手っ取り早い」

 

「それで複数人の乱取りみたいなことしてたのか」

 

「これしか方法が無いからな。・・・と。休憩はこの辺にして続けるか」

 

「し、士郎君!良ければ義経とも組手を・・・」

 

「そうだねーもう少し慣れるまで時間ほしいなぁ」

 

そうか。と士郎は頷いて義経と共に離れて行った。

 

「・・・ああいう所は空気読めるんだけどなぁ・・・」

 

はぁ、とため息を吐いて弁慶は渡された鉄棒を振る。

 

ちらりと。士郎が給水塔の上を見たのに気づくことなく。

 

――――interlude――――

 

給水塔の上では。

 

「あちゃー・・・やっぱり気づかれちゃった」

 

士郎の訓練を上から見ていた燕が、まいったねぇと呟いた。

 

「あの人数でルール無用の乱取りかー・・・モモちゃんみたいにはいかないけど、確かに仮想の敵として想定するならアレくらいしなきゃ駄目か・・・」

 

双眼鏡を下してため息を吐く。

 

「結局契約も破棄になっちゃったし、無理にこだわる必要もないんだけど・・・」

 

思い出すのは初めて鍛錬という名の摸擬戦をした時の事。どうしても悔しさがこみ上げてくる。

 

もう燕の獲物は士郎に変わっていた。どうしてもあの時の事が頭から離れない。

 

「勝つの無理だなぁ・・・油断ないもん。実力も上。もうどうしようかなぁ・・・」

 

打つ手なし、と給水塔に横になる燕。

 

「だいたいずるいよん。強くて優しくて頭もよくて・・・あんな極上の人、見逃せないじゃん」

 

ほんわかと頬が熱を持つのを自覚してムニムニと揉み解すが籠った熱は無くなってくれない。

 

最初は百代攻略の為に興味が湧いただけだった。でも影で彼の為に力を尽くす女性たちを見てなんだか本当に興味が湧いたのだ。

 

それからというもの、彼を観察する毎日。契約は破棄されたというのに今も彼が気になってこうしてバレるのもいとわず観察している。

 

「うーん。初恋・・・かなぁ・・・」

 

鼓動が激しくなるのも構わず呟く。その言葉は困ったことにストンと胸に落ちた。

 

「いやでも沢山誑かしてる天然ジゴロだし・・・うーん・・・」

 

彼を取り巻く環境には女性が多すぎる。少しは自重しろと言いたいが本人にその気は全くなく。というか気づきもしない。

 

「あの様子。義経ちゃんも落としたかぁ・・・」

 

もう一度双眼鏡を覗けば、士郎の行動に一喜一憂する義経の姿が。本人は特に気になった様子もなく。

 

「もうー!燕ちゃんらしくない!らしくないぞう!」

 

義経の姿に嫉妬してしまって、それは自分らしくないとジタバタする燕。

 

けれど、結局気になって覗いてしまう燕なのだった。

 

――――interlude out――――

 

訓練が終わり、いつもより遅く帰宅する士郎。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

「おかえりなさい」

 

「お、おかえり!」

 

様々なおかえりに士郎は何処か満ち足りた気分になった。

 

「今日も訓練か?」

 

「ああ。義経は本格的に旭さんと対峙するつもりみたいだからな。俺だけ遊んでるわけにはいかないだろう」

 

そう何気なく言う士郎だが、林冲は顔を顰めた。

 

「士郎は少し遊んでいてもいいと思う。だって――――」

 

「ありがとう。でもそれ以上は、な?」

 

「・・・。」

 

士郎の言葉に林冲は押し黙った。

 

「それが士郎の望みならそうする。でも、貴方は少し無茶しすぎだ」

 

「そうでもしないと勝てないからな。みんな誤解しているけど、俺が百代に勝つ可能性は限りなく低い。少しでも足掻けるようにしておかないとな」

 

「だからと言って、英霊相手の鍛錬をしておきながら学園でも鍛錬では林冲も心配だろうよ」

 

そう言って出てきたのは史文恭だった。

 

「だからそれは秘密だって」

 

「私達相手に秘密もなにもあるか。私達だから言えることだが、人の身であの筋肉バカを相手取るなど度が過ぎる」

 

そう。士郎は学園の訓練以外にもレオニダスとの鍛錬もしていた。

 

しかし、流石英霊。それも防衛の伝説をもつ彼相手に士郎は挑んでは気絶を繰り返していた。

 

「あれは一応勝機が無くはないからな。だけど、百代同様殺し合いになる」

 

「私達では一切攻撃が通らない相手にそれだけでも十分にお前も化け物だ。少しは自分を認めることだ」

 

英霊を倒す、正確には攻撃を通すにはそれを凌ぐ神秘や概念が必要になる。現状、たとえ百代であってもレオニダスに傷一つつけることは叶わない。

 

しかし士郎は別だ。魔術師だから、というだけでなく彼は数多の宝具を扱うことが出来る。故にダメージを通すことが出来る。

 

だが、それは可能だというだけであり、勝てるという事には繋がらない。

 

「認めてはいるんだけどな。まだ足りないと思うんだ」

 

「・・・この石頭め」

 

そう言い捨てて史文恭は入れ替わるように外に出る。

 

「買い物か?」

 

「ああ。頼んでいた本が入荷したらしい。それの受け取りだ」

 

「頼んでたって・・・もう書斎の本は一杯だろう?」

 

彼女と清楚はとにかく貪欲に本を読み漁る。その為折角作った書斎ももう棚がいっぱいのはずだ。

 

「わかっている。だから部屋をもう一部屋借りてその都度入れ替えている。・・・そうだな。今日はその手伝いをしてもらおうか。もちろん鍛錬は無しでな」

 

暴論だが、それが彼女なりの気づかいだと分かっているので士郎は渋々了承した。

 

「・・・書斎はこれ以上広げないからな。家が全部書斎になっちまう。ある程度は電子書籍か何かで我慢しろよ?」

 

「電子書籍?なんだそれは」

 

「あー・・・」

 

「士郎・・・」

 

やっちまった。と頭を抱える士郎に、余計なことを教えてしまったと顔を伏せる林冲。

 

この後。大容量のタブレット端末を早々に購入し、書斎に納めきれなくなった本を一気にため込む史文恭だった。

 

 

 

 

「っと。これは何処に置くんだ?」

 

「それはこっちにお願い」

 

「こっちはこの棚に入れるぞ」

 

夕食後、士郎は約束通り書斎の整理に駆り出されていた。一部屋では到底収まらない大量の本に士郎は冷や汗を流した。

 

「ホントに際限なくため込んでるな・・・電子書籍にしてよかったんじゃないか?」

 

「確かにあれは便利だな。だが、やはり実物の本の方がいい。あちらはあくまで読み終わったもの用だな」

 

「史文恭さん、私にも見せてくださいね」

 

「構わん。もうネット上に保管してあるから最悪端末が壊れても問題ない」

 

「・・・。」

 

闇討ちで本を狙われたら阿修羅になりそうだなと密かに士郎は思う。それだけ彼女の本に対する意識は高かった。

 

「ちょっと失礼しますぞ」

 

「レオニダス?今日は鍛錬を休むって言ったはずだけど・・・」

 

「いえ、私も本を借りに来たのですが」

 

なんと。この書斎はレオニダスも利用しているらしい。

 

「様々な知識や物語が読めて実に良い場所かと。私の時代にも欲しかったですな」

 

何だかんだ彼も知識人なので何かと利用するようだ。

 

「レオニダスの時代には無かったのか?」

 

「書物を集めている者はいましたが・・・何分とても高価だったのです。ここまで集めようとすると何代重ねても資金が足りないかと」

 

「レオニダスさんはその時どうされたんですか?」

 

清楚の言葉にレオニダスは昔を思い出すように、

 

「学者の集まる・・・今でいう学会のようなものがありましてな。その場で意見交換をするのです。残念なことに、我がスパルタには中々なかったのでそれはもう貴重な時間でした」

 

(そりゃあ十倍の奴隷を従えるために一人十人分強くなればいいなんてことがまかり通った真正の脳筋国家だからな・・・)

 

密かに士郎は嘆息していた。スパルタは史上最強の脳筋集団。彼らが動けば勝敗が簡単に動くほどだった。

 

だが、意外にも後の世に伝わっているスパルタの戦いは非常に理知的な物であり、やはり、優れた指導者あってこその最強の集団だったのだろう。

 

「それで、今日も何かお借りしたかったのですが、今は忙しそうですな」

 

「いや、タイミング的には良い時だぞ。読み終えた本とこれから読む本の入れ替えをしているのだ。読み終えた本はしばらく倉庫に行ってしまうから今の内に見繕うといい」

 

「倉庫って、まぁいいけどさ・・・」

 

勝手に部屋の一つを倉庫にされた士郎としてはたまったものではないのだが。

 

とにもかくにも、レオニダスはそれならばと、しばらく本を物色して眼鏡にかなった本を数冊手に持った。

 

「ではこちらをお借りします。マスター、戦が控えていますから怪我などされませんように」

 

「ああ、わかってる。いつもありがとう」

 

レオニダスとの鍛錬の度に気絶する士郎だが、もっとも彼を怪我や病魔から守ろうとするのもレオニダスだった。

 

レオニダスが去ってから数分後、ようやく本の入れ替えが終わり、士郎も作業から解放された。

 

「助かった。また頼むぞ」

 

「またお願いね、士郎君」

 

「構わないぞ。それにしても二人は本当に本好きだな・・・」

 

早速新刊を手に取り読む態勢に入る二人に苦笑しつつも士郎はその場を後にした。

 

 

 

本の整理から解放されて士郎はどうしようかと悩んだ末、結局魔術の鍛錬をすることにした。

 

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

 

投影魔術を鍛錬するのは意外にも久しぶりかもしれないと士郎は思った。

 

腕は鈍ってはいないが、なにかと戦力として呼ばれたり、鍛治仕事をしたりと、本格的な魔術の鍛錬は久しぶりのような気がする。

 

「・・・。」

 

精神を魔術回路に集中する。作り出すのはとある伝説の品。

 

 

――――全工程、完了(トレース・オフ)

 

 

無事投影出来たそれを様々な角度から見て、コンコンと叩いてみたりする。

 

「上々だな」

 

納得のいく出来だったのか士郎は頷いてそれを土蔵の中に敷かれたブルーシートの上に置く。

 

何だかんだ言って、彼の鍛錬場所は土蔵になっていた。本来ならば、工房でもある鍛冶場でやるべきなのだろうが、いつかの夜同様、こうして土蔵で行ってしまうのだった。

 

何度か同じものを投影しては消しているとコンコンと入り口を叩く音がした。

 

「橘さん?」

 

「あ、ああ。邪魔・・・だったよな?すまない」

 

「そんなことありませんよ。どうしたんですか?」

 

「鍛錬の事で相談があるんだ」

 

「鍛錬?レオニダスとのですか?」

 

「うん。私も混ぜてほしいんだ」

 

そう言ってバッと頭を下げる天衣。

 

「今の私じゃ足手まといなのはわかってる!でも私もまた強くなりたいんだ!だから頼む!」

 

「頭を上げてください。そんな大それたことじゃないんですから。今日は休みなので後日からで大丈夫ですか?」

 

「いいのか!?」

 

「良いも何も歓迎ですよ。是非、百代とためを張ったスピードっていうのを見せてください」

 

「うう・・・まだあの頃には追いつけてないけど、頑張る!」

 

ムンっと力を籠める天衣。彼女も大分明るい顔を見せるようになった。それが士郎にはとても嬉しい。

 

「と、今日はもう遅いから鍛錬をやめるように言うつもりだったんだ。士郎はここで鍛錬を始めると朝まで部屋に戻ってこないから・・・魔術の鍛錬は遅い方が良いのか?」

 

「魔術師によりますが俺は特に・・・いや、今くらいのがいいのか?いつも気づいたら朝だったから・・・」

 

「やっぱり・・・こんな外で眠ったら風邪を引くだろう?風呂も準備出来てるから今日はその辺にしておいた方がいいんじゃないか?」

 

「うーん・・・」

 

なんだか休め休めと言われても結局自分をイジメるような真似をしていたことに反省する。

 

「わかりました。今日は風呂入って寝るだけにします」

 

そう言って士郎は立ち上がった。

 

「出過ぎた真似をしてすまない」

 

「いえ、俺も人に言って自分がそうでなかったのを再確認できました。ありがとうございます」

 

「人に言って?」

 

「ああ、一子・・・百代の妹にも同じようなことを言ったんですよ。鍛錬のし過ぎで自分を痛めつけてるだけだって」

 

困ったように士郎は後ろ髪を掻く。

 

「一子に言っておきながら自分がそうしていました。ってことです」

 

「なるほど・・・百代の妹は師範代になろうとしているんだよな?」

 

「ええ。散々体を痛めつけていましたからね・・・ただ、そのおかげなのか膨大な気を習得することに成功しまして」

 

士郎は嬉しそうに語った。

 

「最初こそ持て余していた気も、今では大分扱えるようになりましたし、将来が楽しみですね」

 

「そうか・・・士郎は一子さんの師匠なんだな」

 

自然と天衣の口からでた言葉に士郎はびっくりして、

 

「し、師匠?いやいや、俺はそんな大層なものじゃないですよ。あくまで一子がですね・・・」

 

良いことなのにまるで悪戯のバレた子供のように言い訳じみたことを言う士郎に天衣はクスリと笑い、

 

「わかってるよ。なにもそんなに必死にならなくてもいいだろう?」

 

「・・・まぁそうですけど」

 

かと思えば拗ねたように言う士郎に今度こそ天衣は笑った。

 

「なんで拗ねるんだ?」

 

「拗ねてないです」

 

そう言いながらも仏頂面になる士郎に、天衣は可愛い所もあるんだなとやはり笑う。

 

「明日からよろしく」

 

「こちらこそ」

 

そう言い合ってこの夜は終わる。振り返ってみればそんなに長くないように思えるが、濃厚な一日はゆっくり、ゆっくりと過ぎていくのだった。

 




訓練編でした。士郎の鍛錬は作者的にどうやったら再現できるかなと無い頭を捻りました。

後半の衛宮邸もどうにか他の家庭には無い暖かさが伝わればいいなと思います。

次回は源氏大戦開始!です。こんがらがらないように頑張りますのでよろしくお願いします。


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源氏大戦開幕

みなさんこんばんにちわ。どうやら睡眠障害もあることが分かった作者です。

今回から源氏大戦が開幕します。源氏大戦はむしろ最上旭の方が不利の戦いになります。(大体レオニダスのせい)それをどう苦戦させられるのか書けたらいいなと思っています。

では!


源氏大戦当日。戦いは川神近くの山にて行われることになった。

 

「それじゃあ兵士を配置していくぞ」

 

「大和君。こちらは準備完了ですよ」

 

着々と準備が進められていく中、大和と冬馬は双眼鏡を手に厳しい表情をしていた。

 

「相手に西の十勇士が何人かいるな・・・」

 

「外部助っ人枠ですね。主軸の戦力が二年生に集まっている以上必然ではありますね」

 

確認できたのは二人。毛利元親と長曾我部宗男だ。二人は堂々と陣取っている辺り、主戦力としてぶつかってくるだろう。

 

「十勇士に声をかけたならまだいるな」

 

「ええ。予想としては鉢屋壱助、島右近あたりですかね」

 

「鉢屋は確定だろ。でも十勇士だけで五枠は使い過ぎだ。まだ別方向の助っ人が来るだろう」

 

そう予想を立てて開幕を待つ。

 

(士郎は姉さんにかかり切りだ。俺たちで何とかするぞ!)

 

今回士郎は武神相手で精一杯だろうという事が予想されていた。逆に言えば士郎こそが川神百代のカウンター。

 

彼が敗北すれば全てが瓦解してしまう。

 

だが、誰も彼の敗北を感じてはいなかった。なぜなら――――

 

「・・・。」

 

彼は一人、赤原礼装にて静かに佇んでいた。しかし、その纏う覇気は今まで以上。ヒューム・ヘルシングと戦った時よりも強力な雰囲気を醸し出す彼に敗北は見えなかった。

 

「あれは仕上がってるな・・・」

 

「ですね。武の心得のない私まで震えてしまいます」

 

『それでは源氏大戦開幕に先駆けましてルールの確認を行います。実況は治ったスイスイ号たる私と、』

 

『おじさんこと宇佐美巨人でお送りするぞ。まず初めに――――』

 

あげられたのは事前に伝えられていたルールだ。

 

1.規定にない武器の使用

 

2.勝負がついた相手への暴力行為

 

3.飛翔行為

 

『尚、衛宮士郎氏に関しましては刃引きのされた武具であれば可となっています』

 

『武神相手にハンデが過ぎるからな。大抵の武器は使用可だ。ただし、あくまで武神との戦いだけで他の生徒との戦いに加わる時は縛りが入る』

 

「まぁ当然だな」

 

「私にはよくわかりませんが・・・大和君が納得しているという事はそれだけ縛りが必要ということですね」

 

冬馬の言葉に大和は答えなかった。これはファミリーの約束だ。絶対に口外しない。

 

 

 

「士郎君大丈夫かな・・・」

 

「大しょ・・・士郎なら大丈夫だって。それより主は大将としてどんと構えとかないと」

 

「うん・・・でも心配なんだ」

 

浮かない顔の義経にどうしたものかと悩んだ時だった。

 

「お前はあいつを信じてないのか?」

 

「え?与一?」

 

「どうなんだ?」

 

与一の言葉に義経は一度目を閉じ今日出会った彼を思い出す。

 

『士郎君、大丈夫?』

 

『問題ない。準備は可能な限りした。あとは俺が全霊で挑むだけだ』

 

真っ直ぐに彼方を見つめる彼にブルリと体を震わせ義経は言う。

 

『怪我、しないでね』

 

『約束は出来ない。だが、善処しよう』

 

彼は滅多に約束できないとは言わない。それだけこの一戦に力を向けているのだ。

 

『義経はなんだか不安げだな?』

 

『うん・・・なんだか義仲さん、何か隠してる気がして』

 

その言葉に士郎は静かに振り返った。

 

『なら、義経には彼女が何を隠しているのか暴く仕事があるな』

 

『義経に、出来るだろうか・・・』

 

『義経』

 

不安げに顔を伏せる義経に士郎は肩に手を置き、

 

『昔の・・・いや未来か?とにかく良くも悪くも英霊になった奴の言葉があるんだが』

 

『言葉?』

 

義経言葉に頷いて士郎は義経の肩から手を離し、

 

『イメージするのは常に最強の自分だ。外敵などいらない』

 

『え?』

 

義経はその言葉に目を丸くした。

 

『条件が揃い、実力もある。ならば、後は自分が如何に最強であり続けられるかだ。外敵の打倒など、後からついてくる』

 

『イメージ・・・最強の自分・・・』

 

『義経ならできるさ。忘れるなよ』

 

 

 

そんなやり取りがあったのを思い出した。

 

「ううん。信じてる。義経が最強である限り、義経の軍も最強だ」

 

「おう。なら問題ねぇじゃねぇか」

 

「そうだった。ありがとう、与一」

 

「たまにはいいこと言うじゃない」

 

「たまにはは余計だ。俺は常に深淵を覗いている・・・」

 

「ダメだこりゃ」

 

折角株を上げたのにすぐに下げてしまう与一だった。

 

『それでは源氏大戦開幕となります!』

 

『互いに位置について――――』

 

ゴシャアアン!と銅鑼が鳴らされた。

 

「行くぞお前らッ!!」

 

「応よ!行くぜー!」

 

オオオオオ!!!と両軍が激突する。

 

『おっと、最初は無難な歩兵部隊の衝突から始まったな』

 

『本来のルールにある旗の占拠がありませんので大将さえ取られなければ良い戦いとなっています』

 

まずはガクトを中心とした歩兵隊がぶつかった。遅れて一子の部隊が追い打ちをかける。

 

「いくわよー!!!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

一子が率いるのは重装歩兵。機動力を生かす彼女らしからぬ編成だが堅実な守りが彼女の防御力の低さを補っている。

 

「ふふっ・・・予想通りね。お願いするわ」

 

「おう!」

 

ちゃきりと何かが構えられた。

 

「いっけぇえええ!!!」

 

ズドーン!!!と砲弾が発射される。

 

「うげ!西の爆撃娘だ!!」

 

「盾を!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

雨あられと降り注ぐ砲弾を円盾で防ぐ。これは既に東西戦で経験済み。だが、

 

「ぬ、ぬあああ!!」

 

ドゴーン!と盾を構えた生徒が爆撃に耐え切れず吹き飛び始める。

 

「まずい!ワン子に伝令!一度下がれ!!」

 

「英雄!彼女を守りつつ後退です!」

 

山の上から見ていた大和と冬馬の目にはあっさりと後ろに引いていく敵軍。

 

この砲撃の正体は西方十勇士、大友焔の大筒だ。

 

しかし以前とは違い、爆発力と連射力を上げられた短筒での連続射撃。しかも山の上から打ち下ろす形が威力を数段上げていた。

 

「一子殿!我と我の部隊が砲撃を防ぎます!!お下がりください!」

 

「九鬼君・・・ごめん!」

 

そうしてスタートは最上旭に軍配が上がった。

 

「一子殿の為なら喜んで・・・!お前達!気合を入れよ!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

そうして必死に盾で砲弾を防ぎながら前線が下がっていく。

 

「前線が下がったわ!再度突撃!」

 

「大友は左か右かを警戒していればいいのだな?」

 

「ええ。貴女の砲撃はここからなら存分に敵を蹴散らせるはずよ」

 

これで大和達は迂闊に突撃出来なくなった。突撃すれば見晴らしのいい山の上から爆撃されることになるからだ。

 

「参りましたね。三人目の十勇士・・・それも砲撃を得意とする子のようですね」

 

「だけどあれをするには自分の隊も下げないといけないはずだ。慌てず処理するぞ」

 

そうして戦いは意外な激突から始まった。

 

 

――――interlude――――

 

戦場では阿鼻叫喚の様相を呈している中、士郎はゆっくりと山の中心に向かって歩いていた。

 

「まさかの絨毯爆撃か。旭さん容赦ないな」

 

どうにも規定ギリギリな気がしないでもないが、事前に申請は通っているのでありなのだろう。

 

それにしても主戦力の二年生の代わりに西の二年生を持ち出してくるとは中々大胆なことをする。

 

「あれはルール上問題ないのか?なぁ百代」

 

士郎の問いに頭上から声が届いた。

 

「ちゃんとジジイに許可はもらってる!問題なし!」

 

「火薬の量も含めて審査したんだろうな?派手に吹き飛んでいる所を見ると以前より爆発力が向上しているようだが」

 

「大丈夫だって!それより私達も始めよう!」

 

ウキウキとした様子で木上から降りてくる百代。

 

「川神院川神百代!参る!」

 

ドンと踏み砕かれた音速の踏み込み。それを

 

ギィン!

 

「まったく、手荒にもほどがある」

 

黒剣・干将で受け流した士郎はそのまま莫耶を振りかざす。

 

「なんだよー楽しく踊ろうぜー」

 

キン!とそれを弾き拗ねたように百代が剛拳を繰り出す。

 

「生憎踊り方を知らないものでね。ご希望には添えないな」

 

それを躱し左右からの鋭利な一撃。

 

「そう言いながらも踊ってるじゃないか」

 

百代はもう一度弾きさらに連打を加える。

 

「こんな武骨な武踏はなかろうよ」

 

さらに両手の双剣で連打をいなす。

 

互いに舞い踊るように入れ替わり立ち替わり激しい舞踏が始まる。

 

こうして二人の戦いは静かに、激しく始まったのだった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

山を震わすほどの地鳴りが聞こえてきて、誰もが衛宮士郎と川神百代の衝突を感じ取れた。

 

「彼も戦いを始めましたね」

 

「ああ。流石士郎だよ。この感じからして並の武術家ならもう決着がついてる」

 

山が震えるなどなんの冗談か。しかし事実、地鳴りは今も続いている。

 

『さあ衛宮士郎氏と川神百代嬢の激突が丁度山の中央で始まったようです!』

 

『正直、流れ弾とか来ないかおじさん心配だね』

 

百代は遠慮なく気弾まで放っているようでそこかしこで爆発が起きている。

 

「俺たちもやるぞ。まずは・・・」

 

そう言って大和は敵陣を見据えた。

 

「はっはっは!大友の国崩し(改良版)に穿てぬものはないぞ!」

 

高らかに笑って爆撃の為に引いた左翼にドンドン!と絨毯爆撃をする焔。

 

だが――――

 

「おうおう。英雄様にえらい目合わせやがって。ただじゃおかねぇ」

 

「なに!?」

 

静かに後ろに現れたのは忍足あずみだった。

 

「覚悟しな」

 

「ぬう・・・!いつの間にここまで――――」

 

ザン!と大筒を切り裂かれ気絶させられる焔。

 

「忍者なんだから当たり前だろ」

 

そう言い捨ててあずみはその場を立ち去る。

 

「よし。爆撃が止まった」

 

「はい。でも最初の被害が大分痛かったですね。後方支援を潰す切り札のあずみさんも使ってしまいましたし」

 

本当はもう少し温存しておきたかったのだが、これは使わされてしまったと言わざるを得ない。

 

「二度は通じないだろうからな・・・こっちの後方はどうだ?」

 

「こちらと同じく鉢屋さんが来たようですが弁慶が見事に撃退したみたいですよ」

 

「あずみさんを傍から離すとやるぞっていうメッセージだろうな」

 

情報によれば大して被害を与えられぬまま鉢屋の部隊は撤退したらしい。

 

「弁慶!無事か!?」

 

「問題なし。挨拶みたいなもんだろうね。さっさと逃げて行ったよ」

 

撃退した弁慶はぴんぴんしているがどうにも釘を刺された感じだ。

 

「私は引き続き義経の護衛を続けるよ。あれはまた来るだろうからね」

 

「うん。よろしく頼む」

 

こちらは危なげなく抑えられた。

 

前線では、

 

「よし!爆撃が止んだぞ!押し上げよ!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

あずみが大友焔を仕留めたのを機に後退していた英雄が前に出始めた。

 

「弓兵構え・・・」

 

しかし、爆撃が止んだとて相手には弓兵もいる。また英雄の位置は左右の上から打ち下ろせる形だ。

 

「美しく斉射!」

 

矢の雨が降り注ぐ。それを、

 

「盾を!」

 

「「「応ッ」」」

 

一斉に盾を構えて備える。爆撃ならまだしも弓矢ならばまだ何とかなる。

 

「ぐ・・・だが動けんな」

 

苦虫を嚙み潰したように顔を顰める英雄だがそこに彼の光が差し込んだ。

 

「九鬼君!!」

 

「一子殿!?」

 

盾の傘の下を滑るように一子が駆けて行く。

 

「!前進せよ!盾で矢を防ぎながら前に出るのだ!」

 

一子の隊は既に壊滅している。なので一子は重しが取れたというように加速し合間を縫って駆け上がっていく。

 

英雄はその姿を見て一子の援護を決め、矢の雨が降り注ぐ中強引に道を作った。

 

その甲斐あって一子は弓兵を指揮する毛利元親の元までたどり着いた。

 

「っ・・・美しく撤退・・・」

 

「させないわ!」

 

ヒュンと薙刀が閃く。が、

 

ガツ!

 

「うおっ・・・随分と重い一撃だな」

 

「!確かガクトの言ってた――――」

 

「長曾我部宗男。推参!」

 

「長曾我部・・・」

 

「ここは俺に任せて引きな毛利」

 

長曾我部を殿に毛利たちは引いていった。

 

「折角九鬼君達がつないでくれたのに・・・!」

 

「それは俺たちも同じことよ。俺が毛利を繋ぐ・・・」

 

そう言って腰の瓶からばしゃりとオイルを被る長曾我部。

 

「うわぁ!?」

 

「ヌルヌルだ・・・いくぞ!」

 

「気持ち悪い!」

 

「なっ・・・れっきとした競技だぞ!?」

 

「新・川神流!島流し!」

 

「なっなんだ!?ぬおおおお!!」

 

新川神流・島流しは相手を受け流し吹き飛ばす技。威力はそれほどないが、強力な吹き飛ばし効果で濁流に流されるようにたたらを踏んで流される技である。

 

「うえー!オイルが飛んできたわー・・・」

 

ずーんと技を炸裂させたはずの一子が気分を落とす。

 

「一子殿!こやつの相手は我がします!我の隊を率いて弓兵を追ってください!」

 

「・・・九鬼君、ありがとう!」

 

ここで指揮権を交代し、一子達は長曾我部の軍を押しのけるように進んでいく。

 

「お前が九鬼英雄か・・・俺は「ホアチャ!!」ぬうう!?」

 

強烈な英雄の蹴りが炸裂した。

 

「お、お前!名乗りぐらい・・・」

 

「既にしたであろうが。大体、もう少しで一子殿が武勲を上げられるところを貴様・・・」

 

ゴゴゴと英雄の気炎が燃え盛る。

 

「貴様はこの九鬼英雄が仕留めるッ!覚悟せよ!!」

 

九鬼英雄はこれでも中国拳法の使い手だ。

 

「いいだろう!最高のオイルレスリングをしようじゃないか!」

 

英雄の中国拳法と長曾我部のオイルレスリング。どちらが勝つのかはまだ分からない。

 

 

 

――――interlude――――

 

ズダン!という地面を易々と破壊する跳び蹴りを寸前で後ろに飛んで躱す士郎。

 

お返しとばかりに空中で体を捻り弓を三連射。

 

「ふっ!!!」

 

それを丁寧に弾きさらに間合いを詰める百代。

 

「チッ・・・」

 

足止めにもならぬかと舌打ちする士郎。

 

こちらの二人は互いに決め手がないまま乱戦を続けていた。

 

「どうした士郎!こんなものじゃないだろう!?」

 

「そうだがな!正直お前の気弾があらぬ方に飛んでいきそうで気が気じゃないのだよ!」

 

士郎は彼女の気弾にとても苦労させられていた。

 

「川神流!致死蛍!!!」

 

「くっ・・・!だから少しは周りを気にしろというのに!!!」

 

本来ならば受け止める必要などない。だが、一発でもそこいらに弾けば瞬く間にクレーターだらけの荒れ地になってしまう。

 

ここは山だ。迂闊に彼女の攻撃を許せば倒木の危険もある。現に、何本も倒木が起き、二人の間合いだけ綺麗に空白が出来てしまっていた。

 

「――――投影、開始(トレース・オン)

 

投影するのは黒鍵。それを指に挟んで連続で投擲する。

 

標的は気弾のみ。黒鍵を百代に投擲しては万が一のことがある。だというのに――――

 

「!?」

 

「私はここだぞ!!」

 

気弾に紛れて百代が突進してきた。当然黒鍵の直撃を受けるが、

 

「川神流!瞬間回復!」

 

受け流したことで切り裂かれた腕をすぐさま回復してしまう。その光景に士郎は顔を顰めた。

 

「便利な術だが、褒められた行為ではないな」

 

わざわざ当たりに来なくても彼女にはもっとやりようがあったはずだ。

 

(これは直してもらわないといけないな)

 

回復があるからと防御が薄くなっている。いや、意識から外れているのだ。

 

「さあ、もっと楽しもう士郎!私は楽しくてしょうがないぞ!」

 

「・・・。」

 

彼女は手を抜いたりはしていない。昔の彼女のような悪癖はない。故に士郎は苦戦を強いられている。

 

そもそも無傷で取り押さえることが自分の能力では難しい。

 

「学長!私の武装はどこまで許可を貰えるのかね!」

 

ギイン!と拳の連打を弾きながら士郎は叫ぶ。

 

「・・・命にかかわらぬのならOKじゃ。お主の武器では怪我をしない方が難しいからの」

 

「なんだジジイ!大盤振る舞いじゃないか!」

 

「その代り我らで天陣という結界を張る。それまで二人とも停戦じゃ」

 

「そうか」

 

「なんだよー・・・でもこれで周りとか気にしなくて済むな!」

 

「そんな便利な技があるなら初めから使ってほしいものだ・・・」

 

ふう、と士郎は息を吐く。戦いはまだ始まったばかり。これから士郎も徐々にギアを上げていかねばならないだろう。

 

「「「川神流・天陣!」」」

 

キン!と二人を囲う結界が張られる。

 

「これで大抵の物理は耐えられるじゃろう」

 

「・・・維持するのに随分と修行僧が頑張っているようだが」

 

「心配ない。九鬼も審判に加わっておるからの」

 

「そう言う問題ではない」

 

そう言って士郎は干将と莫耶を百代に投げつけた。

 

「ふん・・・なっ・・・」

 

ガアアン!と軽く弾いたはずの百代が大きく弾かれた。そして天陣の壁にぶつかる。

 

「「「ぬおおおおッ!!!」」」

 

結界が切り裂かれ干将と莫耶は木々をなぎ倒して見えなくなった。

 

「これは・・・」

 

「御覧の通りだ。この程度の結界では百代どころか私の一撃も受け止められん」

 

「ははっ!マジか士郎!天陣の壁を突き破るとか・・・楽しくってたまらないじゃないか!!!」

 

ドン!と地面を踏み抜いて突っ込んできた百代。それを再投影した干将・莫耶で受け止める。

 

ギシィ!と激しいつばぜり合いになる。だが、

 

「・・・。」

 

士郎は受け流すように体を半身傾け、両手を柄から離した。

 

「っとと!?ははっ!スゥー・・・瞬間回復!!」

 

また彼女は自分にできた傷を回復する。つばぜり合いとはいえ素手と夫婦剣だ。

 

刃は引かれていても押し込める力が強すぎて彼女の拳を傷つけていた。

 

(仕留める武装はいくらでもある。が、どれも殺傷力が高すぎる。)

 

どうにも自身の怪我を物ともしない戦い方に士郎は活路を見出すが、それだと彼女の命が危ぶまれる。

 

そうしてぼやぼやとしていればこちらはスタミナ切れを起こして終わりだ。

 

(万事休すか・・・いや、まてよ)

 

士郎は少し前の大怪我をした時の戦いを思い出した。

 

「可能性があるならば、そこだな」

 

攻め方は決まった。

 

「百代。少々痛い目を見てもらう。覚悟しろよ」

 

「面白い!やってみろ!!」

 

「ぬう・・・こちらも引き続き天陣じゃ!少しでも流れ弾を抑えるのじゃ!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

戦いは激しさを増すばかりであった。

 

 

――――interlude out――――

 

「こちらも遅れは取らぬで候!」

 

毛利が退却したことによって旭の布陣が片翼を縮め無ければならなくなった。

 

そして長曾我部は九鬼英雄が相手をしている。だが、もう片翼を任せられていた矢場弓子の部隊が掩護射撃を行っていた。

 

「弓兵諸君!君たちの矢は力強く敵を撃ち抜く!」

 

そしてこの人、京極彦一の言霊で強化された矢が降り注ぐ。英雄から隊を引き継いで前進した一子は盾で防ぎながらその場から動けなくなっていた。

 

「うう、この矢異様に強いし遠くまで飛んでくるわ・・・」

 

今は何とか盾で防いでいるが、いつまでもこのままでは埒が明かない。

 

「ここにいたか犬!もう少し耐えろ!」

 

「クリ!?強襲に向かったんじゃ・・・」

 

「現在進行形だ!もう少しで――――」

 

うおおおお!!!と雄たけびが上がる。

 

「矢が止まったわ!」

 

「キャップとマルさんがあちら側を背後から突いたんだ!白の隊、行くぞ!」

 

「私達は九鬼君が心配だから下がるわ」

 

「うむ!なかなか苦戦しているようだ。行ってやってくれ」

 

そうして一子は開いた後方に転進。気づけば両翼を挟み込む挟み撃ちの様相を呈していた。

 

「よっしゃー!ガクトが踏ん張った分俺たちもやるぜー!」

 

「赤の隊!このまま矢を斉射し続けながら前進!お嬢様の隊と挟撃します!」

 

彼らがここまでこれたのは中央のガクト達歩兵隊が爆撃で大打撃を受けながらも踏ん張り続けたからだった。

 

「島津岳人は大したものです。あれだけの劣勢でありながら援軍を固辞して私達を攻めに回すとは」

 

「ガクトはレオニダスさんのおかげでめっちゃ強くなってるからなー。それに――――」

 

『劣勢?んなもん一人十人倒しゃいいだろうが!俺たちはまだ負けちゃいねぇ!!』

 

「って。言ってたからなー」

 

完全にスパルタ兵と化したガクトである。しかも宣言通りガクトは一人で二十人以上打ち取っており、今もまだ、ボロボロでありながらも前線を維持していた。

 

「レオニダス王直々の鍛錬を積んだ者だけありますね。――――お前も遅れず行きなさい!」

 

「応よ!黒の隊行くぞー!!」

 

こうして両翼を押しつぶされる形となった最上軍は撤退最中の毛利軍を打ち倒し、矢場弓子を打ち倒した。

 

「チッ!京極先輩取り逃がした!」

 

「ですが彼は本人が強いタイプではありません。率いる隊が全滅した今どうすることも――――」

 

「立ち上がれ!諸君は敵に劣らぬ勇猛な(つわもの)也――――!!」

 

「あれは!?」

 

「最上旭の本隊!?今度は本隊を率いるというのですか!?」

 

「それだけじゃねぇ」

 

キャップが面白くなさそうに近場の木を見た。

 

「あの本隊、大将が居ねぇ」

 

「なんだと!?最上先輩は一体何処に・・・」

 

「なんでもいいけどお二人さん来るぜッ!それも強化済みのとんでもねぇのだ!」

 

場は大混乱。京極率いる最上軍本隊・風間、クリス、マルギッテの混成軍・最上軍前線、そしてガクトが奮戦する義経軍前線の四層からなる挟み挟まれの大乱戦となってしまった。

 

 

 

その頃九鬼英雄は。

 

「ぬうん!」

 

「なんの!」

 

長曾我部が掴みかかろうとするところにタイミングを合わせ、

 

「ハッ!」

 

ズパァン!!と激しい音が鳴り当身によって長曾我部が吹っ飛んでいく。

 

だが・・・

 

「・・・チッ。オイルか。中々に厄介だな」

 

オイルで当たった体が滑り、今一力が伝わり切らなかったことを感じる英雄。

 

「っとと、強烈だな・・・」

 

クラリときたのか長曾我部が頭を振る。

 

「しかし、一子殿の言う通りこのオイルは気色悪い。いくらオイルレスリングが得意だと言っても貴様かけすぎではないのか?」

 

「な、なにを言う!由緒正しきオイルレスラーの俺に向かって!」

 

肉体での攻撃を主とする英雄も、攻撃の度にオイルが体についてヌルヌルになっていた。

 

「気色悪いものは気色悪いのだ。いっその事大雨でも降ってほしいところだ」

 

「ええい、どいつもこいつも!汚名は実力で覆す!」

 

「また体当たりか。いい加減相手をする我の事も考えよ」

 

長曾我部の体当たりを躱して振り返りざまに延髄に手刀を入れる。

 

「ぐが・・・」

 

そしてようやく長曾我部は倒れた。

 

「やれやれ・・・こんなにも辛いと思った戦いは初めてだ。早く一子殿の所に――――」

 

オイルを払って歩き出そうとした英雄だが、

 

ガシ、と足を掴む感触に英雄は慌てて下を見た。

 

「足元注意ってな・・・」

 

「貴様・・・!ぬわっ!」

 

ズデン!と英雄も地面に倒れる。

 

「・・・取った」

 

「ぬう!?」

 

倒れた所に突きつけられる短刀。

 

「貴様は十勇士の・・・」

 

「鉢屋壱助。九鬼英雄の首、打ち取ったり」

 

勝負は決した。これは確実に戦闘不能判定だろう。

 

「・・・いつから潜んでいた?」

 

「最初の襲撃からずっと潜んでいた。長曾我部ならば必ず機会を作ると思っていた」

 

「それでは最初から踊らされていたわけか・・・無念」

 

無念そうに目を閉じる英雄だが、鉢屋が短刀をしまうと同時に足元の長曾我部へと目を向けた。

 

「そうでもない。長曾我部は戦闘不能だ」

 

「なに?」

 

言われて自分の足を掴む長曾我部を見ると足を握り締めたまま気絶していた。

 

「あと一歩違えば俺はお前と直接戦闘をしなければならなかった。それを、長曾我部は覆した」

 

「・・・こやつの執念も大したものだな」

 

そっと手を振りほどくと英雄の足首には赤い跡が残っていた。

 

「そういう男だ。お前も、流石九鬼の嫡男と言ったところだ。長曾我部相手に善戦した」

 

「互いに健闘した。ということだな」

 

そう言って英雄はオイルまみれの上に土やら木の葉やら酷い姿で立ち上がった。

 

「これではどちらが勝者か分からんな」

 

「勝者はお前だ。だが・・・ぬ?」

 

「九鬼くーん!!」

 

「一子殿・・・」

 

「!その様子・・・」

 

「うむ。我はこやつに打ち取られた」

 

「鉢屋壱助だ。川神一子と見受けた・・・!」

 

「十勇士の忍者ね!大和から聞いてるわ!いざ!」

 

「勝負ッ!!!」

 

ここに、もう一つの戦いが始まった。

 

 

――――interlude――――

 

「はああ!!」

 

「ふっ!!」

 

もう何度目になるか分からない激突。夫婦剣と百代の拳が激しくぶつかり合う。

 

強烈なぶつかり合いに天陣の壁が波打つ。

 

「ぬうう・・・!二人とももう少し加減をせんか!」

 

「したいのは山々なのだがね!攻撃を捌くにも限界がある!」

 

「モモ!加減をせぬか!」

 

「冗談だろジジイ!この戦いで手なんか抜けるか!」

 

百代の攻撃を受け流しても結界は綻び、迎撃する士郎の攻撃で砕ける。

 

その度に張りなおしているが二人の常軌を逸した戦いに修行僧たちが持たなかった。

 

「ぐぬぬ・・・」

 

やはりこの二人の勝負を許したのは失敗だったか。そう考えずにはいられない鉄心。

 

だが、救いの手は士郎から差し伸べられた。

 

「まったく君のお転婆にも困ったものだ。これ以上は被害が拡大しすぎる。決着と行こうじゃないか」

 

「「!?」」

 

百代相手に迎撃に専念していた士郎が初めて攻勢にでた。

 

「んっは!お前から来てくれるか!」

 

「はああ!!」

 

裂帛の気合と共に夫婦剣が舞う。上下左右、縦横無尽に剣が走る。

 

「いいな!いいぞ!私も――――」

 

だが百代はここで違和感に気付いた。自分は常に士郎の出来てしまう隙に攻撃をしていた。なのになぜ彼は今だに健在でこうも激しい攻撃をしてくるのか――――

 

(誘導されてた?この私が!?)

 

楽しくて気付きもしなかったが彼女は既に彼の術中に嵌まっていたのだ。

 

「っ・・・だが!私はお前を――――」

 

そう思った矢先、夫婦剣が投げつけられる。

 

「何度投げようと――――!」

 

ガァン!と、とても普通に投擲したのではない音を立てて一対の双剣が弾かれる。

 

 

――――鶴翼、欠落ヲ不ラズ

 

投げつけた双剣と同じものをさらに投げつけてくる士郎。その動作を見て百代はいつかの由紀江との戦いを思い出した。

 

 

――――心技、泰山ニ至リ

 

 

「流石に一度見た手は効かないぞ!川神流――――」

 

 

――――唯名 別天ニ納メ

 

空を舞う両翼は二対。切り込んできた士郎と合わせ逃げ場はない。相手を強制的に隙だらけにし、確実に相手を切り捨てる絶技。

 

しかし、百代はこの絶技を一度見ている。故に、

 

「人間爆弾!!」

 

後ろと左右から襲い来る双剣を自らが大爆発を起こすことで退けた。川神流・人間爆弾は文字通り術者が爆発を起こす技。

 

無論ダメージを負う技だが百代には瞬間回復がある。なので実質ダメージは無いに等しい。

 

しかし、

 

「川神流・瞬間回復!」

 

 

――――両雄、共ニ命ヲ別ツ・・・!

 

 

それでも士郎は爆炎を抜けて切りかかってきた。手には巨大な翼のようになった干将と莫耶。

 

「絶技破れたり!だ――――」

 

改めて迎撃しようとした百代は突如背後に悪寒を感じた。

 

「なっ・・・」

 

慌てて振り返り弾いたのは夫婦剣。おかしい。投げつけてきた二対は人間爆弾で消滅したはず。

 

ではこの夫婦剣は一体何処から?

 

「破った、のではないのかね?」

 

「ぬ、ぬああああああ!!!」

 

あまりに背後に近付きすぎた一対を弾いたことで迎撃が出遅れた。

 

そのまま百代は巨大化した夫婦剣に切られてしまう。

 

しかし彼女とて何もせずに攻撃を受けたりしなかった。鋭い正拳突きが士郎の腹を直撃した。だが、

 

(!?なんだ?鉄でも殴ったかのような・・・)

 

手に伝わってくる感触がおかしかった。確かに彼は革鎧を着ているが、とても革とは思えない硬さなのだ。

 

これはダメージが伝わらなかったと百代は看破する。

 

「いいのかね。止まっていて」

 

「!!!」

 

士郎の斬撃で硬直していたところで彼の声が響く。

 

 

「川神流、瞬間――――」

 

回復、と。傷を回復する百代だがそれは悪手だった。彼相手に足を止め、悠長に回復など。

 

戦術を得意とする彼にはそれすらも織り込み済み。

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

投影するはインドラが悪龍を討伐する時に使ったとされる神の雷。

 

猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)ッ!!!」

 

「ぐあああああ!!!」

 

強烈な雷撃が百代の体を走る。それは灰にならないのが不思議なくらい強烈な光だった。

 

どさりと百代が崩れ落ちる。雷撃の残滓が彼女の体を未だ走り、ピクピクと痙攣している。

 

「・・・学園長」

 

強化で防いだはずの腹部を抑えながら士郎は問う。

 

「うむ。モモの敗北じゃ」

 

粉々に砕かれた結界を維持していた修行僧まで反動で気絶してしまい。鉄心は完敗だというように告げた。

 

――――interlude out――――

 

 

「はっ!」

 

「やあ!」

 

短刀と薙刀が激しくぶつかり合う。英雄が敗北してからは一子が鉢屋と激突していた。

 

「川神流・大車輪!」

 

「その技は十分に見た!」

 

回転から繰り出される大振りに合わせて鉢屋がクナイを投擲する。だが、

 

「からのー!新・川神流、百舌(もず)落とし!」

 

「なにっ・・・」

 

一子は振り切った勢いを使いさらに前へ踏み込んだ。さらに全身と気を使った暴風にもまれクナイがあらぬ方に飛んでいき、

 

「てやああああ!!!」

 

「ぐあああ!!」

 

投擲体勢故に動けなかった鉢屋を切りつけた。

 

「士郎ほどじゃないけど、アタシにも出来るんだから!」

 

油断なく薙刀を構えて一子は堂々と言う。

 

新・川神流、百舌落としは初めて士郎が川神院で使った川神流、大車輪をもとに考案された技。

 

どうしても士郎の一撃の下に相手を絡めとり倍返しする技を身に付けたかった一子が膨大に膨れ上がった気と大車輪の追撃技として昇華したのがこの技だ。

 

まだまだ改善点はあるが、十分に技として強力な力を秘めている。

 

そんな技を受けた鉢屋はというと、

 

「ぐっ・・・」

 

苦しそうに呻きながらもボン!と煙幕を焚いた。

 

「効かないわよ!」

 

シャキン!と一子の一閃が煙幕を切り払った。しかし鉢屋の姿はない。

 

「そこよ!」

 

「!?」

 

一子は巨木を躊躇なく切り払った。そこに擬態していた鉢屋が慌てて倒れるように回避する。

 

「なぜわかった!?」

 

「そんなの気を探れば一発よ!」

 

一子は戦えずにいた時、気配を探る修練をしていた。その経験が生きた。

 

間違いなく一子は昔よりも強い。今の鉢屋ではどうにもならない相手だった。

 

「終わりよ!」

 

「ぬぐあああ!!!」

 

今度は空蝉も出来ずに切り捨てられた。

 

「九鬼君、怪我は?」

 

「問題ない。怪我はないが死亡判定だ。すまない一子殿・・・」

 

「ううん。ありがとう!九鬼君のおかげで先輩を打ち取れたのよ!誇った方が良いと思うわ」

 

「一子殿・・・」

 

英雄は感動したように一子を見る。よくよく考えると彼女と英雄がきちんと話したのは初めてだ。

 

しかし一子は英雄を苦手としているので何とも言えない表情で話している。

 

「じゃあ私は行くから!九鬼君ありがとう!」

 

「ご武運を!」

 

手早く話を切り上げて一子は次の戦場へと走って行った。

 

「・・・うむ」

 

その姿を英雄は眩し気に見ていた。

 

 

 

 

 

戦況は大乱戦の様相を呈しているが義経達はというと、意外な相手から奇襲を受けていた。

 

ギィン!

 

「くっ・・・!なんで義仲さんがここに・・・!」

 

「私の軍は彦一が率いてるの。私の目的は貴女よ」

 

「しかもこっちはこっちでとんでもない人が来たもんだねぇ」

 

弁慶が額に汗を流して相手をしているのは外部助っ人の最後の一人。

 

「フハハハ!さしものお前達も我が来るとは思っていなかったようだな!」

 

外部助っ人の腕章をつけたのは九鬼揚羽。最上旭は揚羽を味方に引き入れていたのだ。

 

「確かに思ってませんでしたよ。しかも軍を抜けて単騎駆けしてくるなんて、ね!!」

 

ガツン!と弁慶の棒と揚羽の拳がぶつかり合う。

 

「だって今の二年生は強すぎるんだもの。持って行けたとしても五分(ごぶ)。なら私にできることは――――」

 

キィン!と旭の刀が閃く。義経は自分のペースを乱されて防戦一方だ。

 

「なんて無謀な・・・!義経の軍が残っていたらどうする気だったんです!?」

 

「どうもこうもないわ!揚羽さんと私にかかれば雑兵なんか目じゃないもの!現にこうなっているでしょう?」

 

「ぐ・・・」

 

旭の言葉に黙らざるを得ない義経。大将として失格だと思わず思ってしまうが、

 

「それは大将としてどうなんですかね!自らの軍を捨て石にするなんて!」

 

「捨て石になどしておらん。最上旭の軍がここまで奮闘したからこそ我らはここにこれた。さあどうする義経!敵は目の前ぞ!」

 

「・・・。」

 

義経はどうしても最上旭のやり方が気に入らなかった。だが、勝負は勝負。奮戦してくれている皆のためにも義経は負けられない。

 

「言いたいことは山ほどあります。でも今は――――」

 

すべてを飲み込んで、義経は決意を新たに刀を握り直す。

 

「お相手仕ります――――!」

 

「いいわ。それでこそ義経ね」

 

最上旭も今一度刀を構え直す。義経は立ち直った。ここからが本当の勝負だ。

 

 

――――interlude――――

 

「うう・・・」

 

うめき声を上げながら百代が目を覚ます。そして痺れる体を動かし辺りを見渡す。

 

「ここは・・・」

 

「戦闘区域外じゃよ」

 

「ジジイ・・・」

 

「負けじゃな、モモ」

 

「ああ。完敗だ」

 

クタリと力の入らない体を見て百代は笑う。

 

「こんなに楽しかったのはいつ以来だろう」

 

「さて・・・お前がまだ幼かった頃、そんな風に笑っていたような気がするぞい」

 

百代を見る鉄心の目は暖かく、二人で空を見上げた。

 

「ジジイ。私、最強になる」

 

「・・・なってどうする?」

 

鉄心の問いにやはり百代は笑って。

 

「決まってる。誰よりも強い自分って奴になるんだ。なって、あいつの横にいる」

 

今だビリビリと痺れる体を振り絞って手を握る。

 

「でも、なんだろうな・・・わかってたけど、負けるってこんな気持ちなんだな」

 

「そうじゃろう。どうじゃ、また味わいたいか?」

 

「まさか!もうこりごりだ」

 

ゆっくりと百代が起き上がる。

 

「しかし宝具というものは危険じゃのう・・・モモを撃ち抜き天陣の壁を抜け、この有様じゃ」

 

周りには天陣を張っていただろう修行僧達が横たえられていた。

 

「・・・死んでないよな?」

 

「もちろんじゃ。その辺の加減を衛宮君がせんわけないじゃろ。ただ、全滅じゃが」

 

聞くところによると、自分を貫いた雷撃の余波が天陣の壁を伝って皆に流れたとのこと。幸い余波程度だったため軽く痺れたくらいであるようだった。

 

「士郎は?」

 

「モモと違って戦闘不能ではないが、あれだけ強力な攻撃はルール上どうなのかということで衛宮君も戦闘不能扱いにさせてもらったわい。もちろん勝敗はモモが感じている通りじゃが、あれが一般生徒に向けられないと言い切れんからな」

 

「馬鹿なことを。士郎がするはずないじゃないか」

 

ふんっと鼻で笑って百代は言った。

 

「ていうか、こうなることを織り込み済みで私の参戦を許したんだろう?」

 

「・・・まあの。モモを戦闘不能に出来る攻撃なぞ、どう考えても一般人の致死率が高すぎる。いや、100%生きてはいられんじゃろうて」

 

「ジジイならどうした?」

 

百代の問いに鉄心は首を振った。

 

「わしも、敗北しておったじゃろう」

 

彼は攻撃力だけで言えば完全に自分達を殺しうるのだ。それでも尚何とかしようと彼は試行錯誤していたのだから。

 

「ヴァジュラ、インドラの雷か・・・モモは悪龍かの?」

 

「可愛い孫に悪龍とか言うなっ!」

 

ズビシ、と力のない手が鉄心の額を打つ。

 

「百代は目を覚ましましたか?」

 

と、士郎が近寄ってきた。

 

「ああ。すまんのう君も負傷しとるというのに」

 

「士郎!」

 

「自分でやっといてなんだけど、大丈夫か?百代」

 

「大丈夫だ。力は入らないけど無事だぞ」

 

そうか、と士郎は頷いて横たわる百代の横に座った。

 

「こういうのはもう無しだからな」

 

「えー・・・私はもっと・・・」

 

「ダメだ。俺はもう百代を傷つけたくない」

 

「ぶー・・・」

 

むくれながらも悪い気はしない百代。如何に士郎が自分を大事にしてくれているかがわかる。

 

「最後のあれ、宝具なんだろ?」

 

「ああ。インドラが使ったとされる雷だな」

 

「なんであれを選んだんじゃ?わしが思うに、モモを倒す宝具は他にもあったじゃろう?」

 

「・・・癒えない傷を与える槍、不死の怪物を殺す剣などありますが?」

 

使えるわけないだろう?と言わんばかりに士郎はジト目で言った。

 

「そりゃあ駄目じゃな」

 

「瞬間回復あってもダメじゃないか・・・」

 

「百代は瞬間回復に頼りすぎだ。正直、回復は俺には意味がない」

 

そう言って士郎は百代の肩に触れて、

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

と魔力を流して解析する。

 

「なんだ?ははっくすぐったいぞ」

 

「ちょっと我慢してくれ。今状態を見てる」

 

 

――――損傷なし

 

――――雷撃による細胞の麻痺、不活性化あり

 

――――回復までの予想時間、一時間

 

 

「やっぱり電撃が弱点だったか」

 

「ああ、そうみたいだ。私も知らなかった。どうしてわかったんだ?」

 

百代の問いに士郎は特に悩んだ様子もなく、

 

「百代の瞬間回復は何度も見た。恐らく細胞を強制的に活性化させて傷を塞ぐ技だと当たりをつけていた。なら、体を一時的に麻痺させることが出来れば勝機はあると思った」

 

「でも私に毒とかは効かないぞ」

 

「だからだ。麻痺毒が使えないなら後は感電くらいしかない。気を付けろよ。多分スタンガンなんかでも似たことが起きるぞ」

 

「そうか・・・うーん。私の最強伝説が・・・」

 

そんなことをのたまう百代にビシっとデコピンを打つ。

 

「最強なんて意外と簡単に崩れるものだぞ。それを如何に維持するかの方が大事だ」

 

「わかってるよ。もう・・・」

 

ぎゅっと士郎の腕を抱いて百代は目を閉じる。

 

「・・・百代。色々当たってるんだけど」

 

「当ててんだよ」

 

温もりを感じるように百代はそのまま眠ってしまった。

 

「眠ったか。衛宮君、わしらは君に感謝せねばならない」

 

「感謝?」

 

「左様。百代に敗北を教えてくれてありがとう。これでモモは大きな成長をするじゃろう」

 

「・・・俺がやらなくても誰かがやっていたと思いますよ。意外と身近な人が」

 

「そうかそうか。モモにもライバルがいて本当によかった」

 

満足そうに頷く鉄心に、もうやりませんからね、ともう一度釘を刺す士郎だった

 

――――interlude out――――

 




まずはここまで!色々ごちゃりそうだったので一旦区切ります。

百代戦で使ったのはfateの原作にある宝具辞典?から引っ張ってきたものです。夏の風紀委員長の奴ではありません。

いやもうほんとに一杯一杯です。何がって、士郎に縛りが多すぎる!流石聖杯戦争で英霊相手に特攻する主人公だなと感じています。殺傷力ありすぎ。でもかっこええから頑張って書くよ。

次回は義経ちゃん達が主軸ですね。あと何気に頑張ってるキャップ達も書かないと。

それでは次回お会いしましょう。



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乱戦/終戦

皆様こんばんにちわちょいとスランプ気味の作者です。

今回で源氏大戦は終了の運びとなりますが色々フラグを立てますので見てくださると幸いです。

では!


「はっ!」

 

「そこ!」

 

キィン!と互いの刀が火花を散らす。義経は今、本隊を囮とした最上旭の急襲を受けていた。

 

「予想はしていたけど、大したものね!私の本気と打ち合うなんて。正直、驚いたわ」

 

「そうでしょうか。義経は、義仲さんは切りに来るなら本気で来ると思っていました」

 

再びギィン!と互いが交差する。実力は、はた目には変わらないように見える。

 

(けど、そうじゃないわ。この異様に静かな闘気はなに?)

 

先ほどは自分の急襲に浮足立っていたというのに今はまるで吹かれる柳のように静かに、そして相応しい風格を持って立っている。

 

(不思議だ。士郎君と話したからかな。義経は戸惑いがない)

 

ふとした拍子に目の前にいるはずの義仲から意識が外れそうになるくらいに義経は透き通った心持ちでいた。

 

『イメージするのは常に最強の自分だ。外敵などいらない』

 

(そうか。外敵がいらないって言うのはこういう事なんだ)

 

義経はようやく納得がいったと感じていた。

 

戦うべき相手を見ずして何を見るのか。それは己自身。『無理だ』『できない』と言った心の隙を打倒する。

 

敵と相対していても最終的に自分に立ちはだかるのは自分自身なのだ。その弱みを見せる自分自身を打倒した時、

 

「はあ!!」

 

「くっ・・・!」

 

彼女は実力の階段を駆け上がる。刀も自分も。想いという強力な原動力に突き動かされて。

 

「義経は実に良い成長をとげておるようだな」

 

「主が褒められるのは嬉しいですけど。私は成長していないって感じですね」

 

弁慶が油断なく棒を構えるが揚羽はカラカラと笑った。

 

「お前も十分成長しているように思うぞ。ただ、義経は階段を駆け上がるように成長しているのでな」

 

揚羽の拳の連打を棒で捌き、逆に棒による刺突の連打を見舞う。

 

しかしそれも揚羽の蹴りで一蹴されてしまう。

 

(まずいなー、相手は格上。アレを使ったとしても義経を守る余力がなくなる)

 

弁慶にも打つ手はある。だがそれは相手の強さに応じて消耗率が異なる。揚羽相手に使えば義経を援護する余裕がなくなる。

 

「いいのか?我相手に手を抜いていて。我は容赦せぬぞ」

 

「・・・。」

 

揚羽の言葉に弁慶は使う以外余地はないと悟る。

 

「じゃあ遠慮なく行きますかね・・・!」

 

「応よ!全力でかかってこい!」

 

義経は義仲と。弁慶は揚羽と熾烈な激闘を繰り広げる。

 

 

――――interlude――――

 

一方キャップ達は強化された最上軍本隊と激突していた。

 

「言霊とはこんなにも厄介なのですか・・・!」

 

普段なら余裕を見せるだろうマルギッテも眼帯を外し、気を引き締めて戦っている。

 

「京極先輩のは本物だからなー。それにしても、いい加減ここを切り抜けないとガクト達がやべぇ」

 

如何に強くなったガクトと言えど、これ以上は持つまい。

 

早くそちらの加勢に行かねばならない。

 

「キャップさん!」

 

「まゆっち!?なんでここに?」

 

由紀江はガクトと同じく歩兵部隊に所属していたはずだ。

 

「最初の爆撃で私を残して一年生は皆退場してしまいましたから・・・それより、救援をお願いします!」

 

「く・・・やはり限界が来ましたか」

 

「でもまゆっちが抜けてきて大丈夫なのか?」

 

「一子さんがこちらに合流したんです。なので隊がいない私が伝令に来ました」

 

シャキン!と周りを一瞬で切り払う由紀江。

 

「ここは私とお二人が残ってくれれば大丈夫です。急いでください!」

 

「わかりました。なら私が行きましょう。ただ歩兵部隊が増えるより弓兵もいた方が効果的のはずです」

 

マルギッテの部隊は弓兵と歩兵の混成部隊。この乱戦で背後まで気にして弓を引くのは危険だ。

 

「よし!なら俺とクリスはこのまま戦線維持だ!まゆっち!よろしく頼むぜ!」

 

「マルさん!気を付けて!」

 

「お嬢様、ご武運を」

 

方針は決まった。マルギッテは後退し、キャップの黒の隊、クリスの白の隊、そこに由紀江を加えて戦線を維持することになった。

 

(む・・・マルギッテ君の隊が引いたか・・・)

 

戦況を見ていた京極はマルギッテが援軍に向かったことに気付いたが、現状一杯一杯なのでどうすることも出来なかった。

 

(これ以上の言霊は危険を伴う。勝敗は近いか)

 

彼の仕事は最上旭が不在の間耐えること。敗北通知がされてない以上、彼女は義経の下に辿り着けたと考えるのがいいだろう。

 

(君がやりたいようにするといい)

 

京極は彼女がなにか隠しているのを知っている。だがそれを問い詰めることはしない。

 

彼がしてやれるのは彼女が思うがままに振る舞えるようにすること。

 

京極は残り僅かであろう戦いを支えるべく指示を出すのだった。

 

――――interlude out――――

 

ドン!と地を蹴り義仲へと接近する義経。

 

「はぁッ!」

 

一瞬で距離を詰めた彼女が振り下ろした刀は地を割る。

 

「大した力ね!でも――――」

 

回避した旭が刀を突きの形で構える。そして、

 

「そこッ!」

 

ビシュン!と突きを放つ。義経も回避したがあたかも刀が伸びたように義経の後方にある木に突きを刺した跡が残る。

 

「・・・ッ」

 

「さあ義経どうしたの!?この程度ではないでしょう!?」

 

彼女のこの異様なリーチの突きは、気によって刀身を伸ばした技だ。

 

想像以上に伸びてくるのできちんと見切らないと一突きされてあの世行きだ。

 

『現在、義経対義仲の総大将戦が行われています!』

 

『なんか刀伸びたりしてるんですけど・・・あれ当たったら死んじゃわない?』

 

『一応刃は無いようです。ですが当たったら即、死亡判定でしょうね』

 

などと、のんきな実況の中、二人はさらに激しく打ち合う。

 

そしてやはり義経は違和感を覚えた。

 

「・・・義仲さん。なぜそんなに必死なんです?」

 

「どういう事かしら。戦いだもの。本気に――――」

 

そこで義経はきっぱりと告げた。

 

「義仲さんは義経を切る気ですよね」

 

「・・・。」

 

その言葉にピタリと止まる最上旭。

 

「これは果し合いじゃありません。それは義仲さんもわかっているはず。刃もこうして引かれている。けれど――――」

 

チャキリと油断なく構える義経。

 

「その機会があればそうするという意思が感じられます」

 

「・・・流石ね。バレちゃったわ」

 

降参、というように手を上げる旭。

 

「そうよ。私は隙あらば貴女を切る気でいるわ。もちろん、加減はするけどね」

 

「なぜそんなルール違反をしてまで義経に勝ちたいんですか?果し合いならともかくこの場ではそれは筋が通らないですよ」

 

「・・・。」

 

「それになにか焦りのようなものを感じます。義仲さんがなんでそんなに焦って義経を切りたいのかわかりません。答えてください」

 

俯く旭の表情は見えない。だが、彼女はポツリとある言葉を口にした。

 

「暁光計画・・・」

 

「え?」

 

「その為に私は貴女を倒さなければならないのよッ!!」

 

「っ・・・」

 

勢いを増した剣筋が義経を襲う。それを危なげなく回避して義経は反撃する。

 

「義経!!」

 

「我を相手によそ見とは余裕だな!」

 

ドゴン!と弁慶のガードの上に揚羽の一撃が衝突する。

 

「ぐっ・・・」

 

「よそ見をする暇があったらよく我の事をみることだな」

 

「なん・・・」

 

そう言われて弁慶は何かに気付いた。

 

(ハンドサイン?)

 

拳を構えるのに混ぜて揚羽は何かの合図を送っていた。

 

(なんだ・・・?近づけ?合わせろ?)

 

何とか読み取れたのはそれだけだが、弁慶は揚羽の狙いを看破した。

 

(なるほど。主との戦いで注意が疎かになっている義仲さんを探ろうってわけか)

 

そうと分かれば立ち回りが変わってくる。激突に見せかけて二人の間をうろうろするのだ。

 

「行きますよ!」

 

「おうよ!遠慮せずに来い!」

 

なにやら雲行きが怪しくなってきたが弁慶と義経はとにかく目の前の相手の事を考えるのだった。

 

――――interlude――――

 

『さあ戦いも佳境を過ぎようとしています。宇佐美先生、現在の状況をお願いします』

 

『そういうのお前の方が得意そうじゃない・・・?まあいいけど』

 

どう考えても戦力、戦況分析などはスイスイ号の方が出来そうなのだが。

 

『現在は両軍が四層の戦線を維持する混戦状態になってる。ただ、若干義経軍の前線歩兵部隊が持ち直した感じだな』

 

『最初の爆撃で部隊の多くを失った歩兵部隊ですが獅子奮迅の戦いを繰り広げております』

 

歩兵部隊とはガクトの部隊だ。そこに今は一子とマルギッテが加勢したことでどんどん押し上げている。

 

『しかし敵の先に味方がいるので全体を押し上げると味方の部隊が苦しくなってしまいます』

 

『だな。だからこそ義経軍は一点突破で味方の軍との合流を狙っているようだぞ』

 

巨人の言う通り、一子の部隊が急速に攻め上がり、一点突破の様相を見せている。

 

「私達で道を作ってキャップ達と合流するのよ!」

 

「「「応ッ!」」」

 

「弓隊!川神一子の部隊を掩護するのです!島津岳人、まだ大丈夫ですか?」

 

振り返ってみるとボロボロながらもまだしっかりと二本の足で立つガクトの姿。

 

「ああ・・・こんくれぇへでもねぇ・・・いくぞオラァ!!」

 

既に彼は限界だった。しかし彼は分かっているのだ。

 

――――己が倒れればそこで終わりだと。

 

故に彼は決して膝をつかない。仲間を信じ踏ん張り続けるのだ。

 

「大丈夫か!ガクト!」

 

「大和!軍師がこんなとこに何の用だ!?」

 

「もうすぐ大勢が決する!最後のひと踏ん張りだ!!」

 

そう言って彼も木刀を手に戦場に舞う。

 

「おーけー・・・行くぞおめぇら!最後に(りき)入れろや!!!」

 

『お!?義経軍がさらに勢いをつけたぞ!』

 

『本陣の義経様と最上旭嬢の戦いに変化があったようです!』

 

戦いは最終局面。誰もが死力を尽くす戦場にあった変化とは――――

 

 

――――interlude out――――

 

 

「暁光計画?なんでそんなものの為に貴女は命を捨てるんだ!」

 

「それがお父様の長年の夢だったからよ!その為には私が貴女より優れていると示さなければならない!」

 

義経が問いただした暁光計画の中身とは人クローン技術を世界に提供するというものだった。

 

その為には自分がサンプルとなることも厭わないと旭は決心していたのだ。

 

「そんなの間違ってる!それは貴女の願いじゃない!」

 

ギィン!と互いの刀が閃く。義経の刀は光を放ち、二人を照らしていた。

 

「無理をして決めた儚い覚悟です!貴女の願いは別にある!そんなもの、義経が止めます!止めてみせます!」

 

「子供の喚き声ね。決めるわよ義経」

 

「それは貴女の方だ」

 

キン、と義経が刀を鞘に納める。

 

「――――遮那王逆鱗」

 

「え?」

 

義経から強烈な気が立ち上がる。

 

「義経・・・!」

 

それは心優しい義経が本当に怒った時に発動する技。周囲から少しずつエネルギーを集め、自分のものとする技。

 

(まずい、揚羽さんに合わせられなくな・・・)

 

一番に影響を受けるのは弁慶と与一。だが今回は違っていた。

 

「あれ・・・?」

 

「どうした、弁慶」

 

思わず呆然とする弁慶に何事かと問いかける揚羽。

 

「姉御!」

 

「与一か!」

 

パシュン!と矢の雨が降り注ぐ。それを揚羽が回避する。

 

「何やってんだ!あいつがアレを使ってるんだ、早く引かねぇと・・・」

 

「与一。あんた今エネルギー持ってかれてる?」

 

「あ?そりゃあ決まって――――」

 

そこまで言って与一も固まった。

 

「力が・・・引っ張られてねぇ・・・?」

 

「だよね。義経、一体何処からあんな膨大な気を・・・?」

 

義経は強烈な気を今だに放っている。だが、弁慶も与一も力を取られてはいない。

 

なぜならそれは――――

 

 

 

――――控室――――

 

「ぐっ・・・」

 

「士郎!どうしたんだ!?」

 

観戦していた士郎が急に顔を青くして膝をついた。

 

「魔力が・・・持っていかれている・・・?」

 

「魔力!?待ってろ今見てやる・・・!」

 

フオン、と百代が魔眼を開放する。

 

そこで百代も異変に気付いた。

 

「なんだ!?誰だ、私の気を持って行ってるのは!?」

 

彼女からすれば極々僅かな気が士郎を経由して何処かに流れている。

 

「まずっ・・・」

 

キィイ・・・キィイ・・・

 

金属をこすり合わせたような音が己の内から聞こえてくる。まずい。このまま魔力を持っていかれたら固有結界の暴走もありうる。

 

「っ・・・一か八かだ・・・!百代!お前の気を俺にくれ!」

 

「気を!?でも・・・」

 

「早く!」

 

切羽詰まった声に百代は泣きそうな顔で士郎の手を握ろうとする。だが、

 

チクリ。

 

「士郎・・・お前・・・!」

 

「大丈夫だ・・・百代のおかげで安定した・・・」

 

百代は驚いた顔で手にできた小さな傷を、握った士郎の手を見た。

 

そこには銀色に光るナニカが士郎の皮膚を内側から突き破っていた。

 

――――控室――――

 

 

「ぬ?義経め、敵である我からも気を奪っていくか」

 

揚羽も自分の気が何処か遠い所を経由して義経に注がれているのを確信して苦笑をこぼす。

 

(だが、収穫はあった。まさか最上幽斎がそんなことを企んでいようとはな。これは早々に動かねばなるまい)

 

「おい!我は急用が出来た!この勝負、お前たちの勝利だ!」

 

「「え?」」

 

そう言って揚羽はその場から立ち去った。

 

「奇襲にて決着とする」

 

黒い霧が立ち込める。宙を八度蹴り義経の姿は雲に消えた。

 

「何処からか急降下・・・逆落としをしてくるというわけね・・・でも残念、義経、貴女の刀光って――――」

 

しかし最上旭は驚きに目を見開いた。あれほど輝いていた義経の刀が見えない。

 

(さっきまで気を受けて光っていたはず。どういうこと?)

 

まさかこの奇襲の為に手を抜いた?まさかそんなことがあるはずもなく、

 

(主・・・!第二形態だ!!)

 

弁慶は確信した。義経は刀を真に己のものにした。

 

光が消えたのはその証拠。純粋な武器として彼女の刀は完成した。

 

「そこー--!!!」

 

旭の裂帛の気合と共に右斜め上の雲が切り裂かれる。

 

現れたのは義経。空中にいる義経に回避する余裕はない。しかし義経は、

 

「――――」

 

そっと。伸びてくる刀に己の刀を添えた。

 

瞬間、

 

キイイイィィ!!!

 

まるで刀を縦に裂くように飛び込んでくる義経。

 

「なっ・・・」

 

「覚悟ぉおおお!!!」

 

鋭い一閃が閃いた。

 

 

 

 

『勝負あり!全軍動きを止めてください!』

 

『救護班急いでねー!特に義経の所!』

 

大将、最上旭が打ち取られたことで源氏大戦は閉幕を終えた。

 

「私達、勝ったの?」

 

一子の問いに携帯を開いていた大和が力強く頷いた。

 

「義経が最上先輩を破った。俺たちの勝ちだ!!」

 

ウオオオオオ!!!と歓声が上がる。互いにハイタッチしたり抱き合ったりしている。

 

「島津岳人。よく頑張りました。戦いは終わりましたよ」

 

「・・・。」

 

マルギッテの言葉に返事はなく。

 

「・・・立ったまま気絶ですか。武蔵坊弁慶じゃあるまいに」

 

「おーい!俺たち勝ったって?」

 

「はい。義経が木曾義仲を破ったそうです。それよりお嬢様、お怪我はありませんか?」

 

「大丈夫だ!ってガクト!?」

 

「ありゃまぁ・・・綺麗な顔して気絶してら」

 

エイエイオー!と勝鬨を上げる一子に、平謝りしているあずみと寛大に頷いて働きを褒めている九鬼英雄。

 

そこに、

 

「おーい大和―」

 

「弁慶!無事か?」

 

「うん。ただ、気がかりなことがあって・・・」

 

「?」

 

それはここにはいない主の事だった。

 

 

 

 

「士郎君ッ!!!」

 

バン!と控室の扉を開ける義経。

 

「ああ・・・義経、おめでとう」

 

そこにいたのはいたるところから血を流している士郎の姿だった。

 

「義経ちゃん、なにか特殊な技使った?」

 

「うん・・・!みんなからエネルギーを貰う技を使ったんだ・・・それで・・・!」

 

「大丈夫だ、義経。これは俺が迂闊だった。魔術使いとして情けない。まさかパスを開けっぱなしにしてて魔力を持っていかれるなんて、ド素人もいいところだ」

 

そう。今回彼女の技でエネルギーを持っていかれたのは百代と揚羽、そして士郎だった。

 

最も最高効率の場所から彼女は無意識にエネルギーを吸い取ってしまったのだ。

 

「こんなに血が・・・ああ・・・!」

 

そして士郎は急速に魔力を吸われたために固有結界の暴走が起きかけて体を剣の先で突き破られてしまったのだ。

 

「大丈夫だ。気にするな・・・何度も言うけど、俺が迂闊だったんだ。まさか気の代わりに魔力を持っていかれるなんて思いもしなかったんだ。義経は大丈夫か?相当魔力を吸い上げてたけど体に異常はないか?」

 

「ないよ!義経は無傷だ!士郎君、本当にごめん・・・!」

 

涙を流す彼女に士郎は無事な右手を頭にのせて撫でた。

 

「すまない。心配をかけた」

 

「士郎。これからは起きないんだな?」

 

百代の言葉に士郎は頷いた。

 

「パスをきちんと閉じておけば大丈夫だ。今回は色んな所から逆流した上に持っていかれたのが原因だから」

 

「じゃあなんですぐにパス閉じなかったんだよ」

 

百代の眼も士郎とのパスの証。解析した時すぐに分かった彼女だが、士郎はすぐに閉じようとはしなかった。

 

「きっと義経が必要としているんだろうなって思ったからだ。それでも今回みたいのはごめんだな。百代と揚羽さんの気が流れてきて俺の魔力とぐちゃぐちゃに混ざったからな・・・正直きつかった」

 

「私と揚羽さんか・・・一番気の多い場所だったんだろうな。それより士郎。お前のその異常な体の事話してもらうぞ」

 

逃げることは許さないといった風の百代に士郎は困った顔をして、

 

「俺の魔術が失敗するとこうなるんだ。それ以上はなんとも、な」

 

「・・・。」

 

「川神先輩、ごめんなさい。義経は・・・」

 

「大丈夫だ。私としては微々たるものだったし。でも、義経ちゃんはその技改良しないとな」

 

「はい!・・・うう。士郎君ごめんなさい・・・」

 

「大丈夫だって。聞かん坊だな・・・それより、なんで俺がこんな状態だってわかったんだ?」

 

士郎の問いに涙を払って義経は右肩を見た。

 

「グスッ・・・パスを通して士郎君の暖かい力が流れてることに気付いて・・・それで見えちゃったんだ」

 

「見えた?」

 

「うん・・・果てない剣が突き立つ荒野で沢山の剣に貫かれてる士郎君が・・・」

 

「!」

 

義経の言葉に士郎は驚く。一度彼女達は自分を経由してアーチャーの下へと行ったが、まさかそこまで幻視するとは。

 

「義経ちゃん、その辺詳しく――――」

 

「士郎!!大丈夫か!?」

 

「士郎先輩!」

 

「士郎!」

 

どっと仲間達が入ってくる。

 

「おいおい・・・どこから嗅ぎつけたんだ?」

 

「みんな!すまない!義経が・・・」

 

結局義経が何度も謝り、士郎が叱られるという結末に終わるのだった。

 

 

 

 

「う・・・」

 

うめき声を上げて最上旭が気が付いた。

 

「義仲さん」

 

「義経・・・?あれ、私、切られて・・・」

 

ぼうっと体のあちこちを触ろうとした彼女だが、

 

「痛っ・・・」

 

走った激痛に脱力した。

 

「無理をするな旭。俺が言うのも何だが相当重傷だぞ」

 

「士郎・・・?貴方・・・!!」

 

痛む体を引きずって旭は士郎の元に向かった。

 

「お、おい!」

 

あまりの事に百代が慌てるが次の瞬間衝撃の言葉が告げられた。

 

「貴方!固有結界の暴走(・・・・・・・)が起きたのね!?体は大丈夫なの!?」

 

「なっ・・・」

 

「「「固有・・・?」」」

 

「「「結界・・・?」」」」

 

士郎は出てくるはずのない答えに。

 

百代と義経達は士郎にまつわるであろう謎の単語に。

 

それぞれ硬直してしまった。

 

「なぜそれを・・・?」

 

「あっ・・・」

 

口が滑った、と口を手で覆う旭。

 

「旭ちゃん、士郎の秘密を知ってるのか?」

 

「・・・話したことはない」

 

士郎は否定する。だが『固有結界』という単語が出てきた以上、最上旭は衛宮士郎の秘奥を知っていることになる。

 

「士郎。固有結界ってなんだ?」

 

「・・・。」

 

百代の問いに士郎は答えなかった。

 

「おい・・・!「失礼」!」

 

問いただそうとしたところに来客が現れた。

 

「こちらに旭が来ていないかな?」

 

「最上幽斎・・・!」

 

ギリ、と士郎の手に力が入る。ここで観戦していたが、彼だけは音声の無い映像から二人の会話を読唇術で知っていた。

 

彼の目的は完全に衛宮士郎の敵だ。しかし今回は士郎が動くまでもなく、義経が動いた。

 

「・・・義経?」

 

義経が最上旭と幽斎の間に立ちふさがる。

 

「義経は暁光計画も、義仲さんの犠牲も認められません」

 

そう言って彼女は腰に帯びた剣に手をかけた。

 

「強行するというなら義経は貴方を切ってでも止めます」

 

「義経・・・」

 

義経は本気だここで最上幽斎が下手な返答をすれば間違いなく切る。

 

「義経、私から言わせて?」

 

「・・・。」

 

「あのね・・・お父様。私、今の生活が大事なの。だから・・・」

 

「暁光計画を降りるのかい?」

 

「・・・(コクリ)。」

 

「そうか・・・僕は旭が心から賛同してくれてると思っていたけど、僕の為に無理をしていたんだね・・・わかった。暁光計画は中止しよう」

 

「中止しよう、ではない。お前はしかるべきところに行ってもらう」

 

「揚羽さん!」

 

現れたのは揚羽と黒服の男達。

 

「おや、これは僕への試練かな」

 

「最上幽斎!国家反逆罪及びテロの疑いで逮捕する!」

 

「はっはっは!僕を捕まえるのが君達への試練だ!」

 

そう言って最上幽斎は走り去っていった。その後を黒服が追いかけていく。

 

「国家反逆罪・・・旭ちゃんのお父さんやばいんじゃないのか?」

 

「そうね・・・でもお父様ならうまくやると思うわ」

 

「うまくやられたら困るのだが・・・」

 

はぁ、と揚羽がため息を吐いた。

 

「最上幽斎は国から追われる身となった。よって、お前の身柄は我らが管理する。異存はあるか?」

 

「異存があると言っても、私に道はないでしょう?」

 

苦笑をこぼして旭は言った。

 

「でもお父様がやったことについての証言とかは無理よ。私は暁光計画の事しか知らないから・・・裏で何をしていたかなんてわからないわ」

 

「それはよい。色々と裏取りが出来たのでな。その辺は良かろう。それと・・・先ほど気になる単語を話していたな?」

 

「・・・。」

 

その一言に旭は口を閉ざす。

 

「だんまりか。こやつは少々特殊な出身をしている。それを知る鍵になるのではないか?」

 

「でしょうね。けど駄目よ。彼の事は話せない。・・・そうしなければ、士郎を守れないもの」

 

「義仲さん・・・?」

 

先ほどとは打って変わり、意思は硬そうだった。

 

「・・・では衛宮と話して何処まで我らに明かしてよいのか話し合え。我らは衛宮と秘密の共有をする契約を結んでいる。なにも全てとは言わぬからいくらか情報を開示せよ」

 

「ダメよ。士郎の事は話せないわ」

 

「「「・・・。」」」

 

堂々巡りである。だが、最上旭が衛宮士郎の事について何らかの情報を持っていることが分かった。

 

「旭さん。落ち着いたら一度話し合おう。打ち明けるかどうかはともかくとして俺は君に確認しなければならない」

 

「いいわ。とにかく、私から言えることは何もないの。それだけわかって頂戴」

 

ふむ・・・と揚羽は困ったように息を吐いた。

 

「・・・よかろう。いずれにしろお前の身柄は九鬼で預かる。そして、しばらく監視付きだ。これは日本政府からの正式な通達でもある。最上幽斎はともかく、お前は特に犯罪者というわけではないが、自暴自棄になられたらこまるのでな。それと」

 

それだけ言い残し立ち去ろうとする揚羽がピタリと止まった。

 

「お前はなぜいつも血みどろなのだ?もう少しうまくできたであろう?」

 

「・・・これが私の性分なのでね」

 

ぐうの音も出ない士郎はそれが精一杯だった。

 

「また医者が病むな。ま、大きな仕事を終えたのだから少し休め」

 

「揚羽さん・・・大きな仕事ってなんですか」

 

「お前の相手の事だたわけめ!」

 

ゴン!!

 

「あいた!!」

 

いきなり揚羽が百代を殴った。

 

「何するんですか!」

 

「何もかにもあるかッ!貴様あれだけ暴れ倒しよってからに!誰が後始末をすると思うのだ!」

 

「えー・・・ジジイじゃダメなんですかー」

 

「川神院が土地の修繕まで出来るわけなかろうが!!」

 

揚羽が何に怒っているかというと、百代と士郎が戦った跡地の問題である。

 

「そういやモモ先輩と士郎が戦ったところ・・・」

 

山中のど真ん中だけが荒れ地になり、倒木も多い危険地帯となってしまったため、整備が必要になってしまったのだ。

 

「それについては私からも謝罪したい。あれが私には限界だった」

 

そう言って士郎は頭を下げた。

 

「お前はよい。どの中継をみてもお前が強烈な縛りの中抗っていたのは分かっている。それに比べこやつときたら・・・!」

 

それからしばらく、百代への説教で源氏大戦は幕を閉じるのだった。

 

 

 

――――残った謎と問題は多い。だが、いずれも悔恨残ることなく終戦したのは幸いだったのかもしれなかった。




いかがだったでしょうか・・・すみませんちょっと話がごちゃごちゃしてしまったかもしれません。

とりあえず最上パイセンと義経ちゃんの果し合いは無しになりました。その代りガッツリ戦って頂きました。

最上幽斎はⅯという事がばれてテロリストになりました。なんで揚羽が居たのかはクッキーシリーズ盗まれたからですね。追わなかったのはせめてもの慈悲です。

次回からオリジナル要素の塊になっていくと思います。(ほぼ優先ルート回収終わったので)それでも見てくれる方が居たらよろしくお願いします。ではまた次回!


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:現在の主人公情報3

皆さんこんばんにちわ。スランプ気味ながらもなんとか文章を書いている作者でございます。

今回は二回目の情報会です。私がここで一つ纏めたいのと、皆さまが気になっている情報がポロリ出来たらなと思います。


:主人公 衛宮士郎 

経歴

 

・マジ恋世界に飛ばされてきた異世界人。飛ばされてきた際、身体年齢が若返り18歳に。

川神学園に通いながら刀剣などの武器の提供、包丁などの鍛治仕事をしながら今の生活をエンジョイしている。

 

・多数の怪我を負うもすぐに復帰することから影で不死身なんじゃないかと言われているが、実際は元の世界で正式に譲渡された聖剣の鞘のおかげ。

 

・どうやら最上旭が自分についてかなり深い情報を持っていることが分かったため彼女と話す機会を待っている。

源氏大戦で固有結界の暴走が起きたため、また重傷として入院した。

 

・多数の女性から好意を持たれている上に正室・側室システムが発足されようとしているので真正のハーレム野郎になりつつある。(今だ本人に自覚無し)

 

 

:サーヴァント レオニダス王

 

経歴

 

・士郎の願いを川神の聖杯が色々な要因で叶えた結果呼び出された英霊。受肉はしていないが、川神の霊脈から大量に魔力を供給されているため川神周辺であれば問題なく過ごせる。

本来はマスターである士郎を守るべきではあるが、自分と戦えるほど強い彼を守るよりも、彼の守りたいものを守るという事を念頭に置いて行動している。しかし、ことあるごとに大怪我をする士郎に、流石に彼自身を守らねばと最近思っている。

 

・川神市民を現代式スパルタ人に改造している張本人。別にスパルタを再建したいわけではないのだが、とにかく強さを求める川神市民に協力している間に、手が付けられない程に川神市民のスパルタ人化が進んでしまっている。

彼の調練は引く手数多の超人気メニュー。都合上取材などには応じられないと対応しているが、訓練をしてくれと頼めば筋肉を育てに行く。

 

・最近九鬼謹製のゴッツイ時計を磨くのが日課になっている。この世界に来てからの初めての宝物であり彼のお気に入り。

 

 

:冬木サイド:

 

:遠坂 凛

・士郎の救難信号が途絶えてから、妹に脅され必死に捜索をしている間にバゼット、カレン、ルヴィアが彼女の下を訪れ、借金返済を迫っている(カレンはおちょくってるだけ)

しかも、実験の失敗で士郎を次元の彼方にやってしまったことがバレ、さらにとんでもない状況に。現在はルヴィアと共同戦線を敷いて、士郎捜索に力を注いでいる。

ちなみに借金は、一時的にルヴィアが負担することになったので凛的にはしてやったりと思っているが、契約書にはちゃんと・・・

 

:間桐 桜

・士郎が居なくなってから時折悲し気に佇むことが多くなった。しかし、きっと見つかると何とか奮起している(ただし黒い)

バゼット達が現れたのを機に、一層早くしないと食べちゃうぞと脅しにかかる。

ルヴィアによって多額の貸付金が返ってきたが贅沢などはせず、衛宮邸の維持に努めている。

 

:セイバー

・士郎本来のサーヴァント。だが今は凛と桜によって現界を維持してもらっている。

近所の子供たちに剣を教えていたが、噂を聞きつけた剣術家が多数訪れている。来るたびに一撃の下にくだして追い払っている。

 

・そろそろ自分も凛に脅しをかけなければいけないか、と罵倒を繰り広げながら研究を進める二人の様子を見て思っている。

 

:ライダー

・落ち込む桜を気にかけながらも、峠を爆走する謎の走り屋として現在有名になっている。認識阻害を車に施しているので何処の誰かまでは特定されないが、

あまりのドライブテクニックに彼女の走りを見れた者は幸運が訪れるとかなんとか。

骨董屋のアルバイトでためたお金でスポーツカーに手を出そうとしている。

 

:ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト

・遠坂凛の永遠のライバル。犬猿の仲だが、それは似た者同士である同族嫌悪からきている。

借金返済を巡って凛の下に訪れ、愛しのシェロは何処だと問いただすが、実験の失敗で次元の彼方に飛ばしてしまったと聞かされ大激怒。

現在は共同戦線を張って、互いに罵倒しながらも士郎救出に協力している。

 

:バゼット・フラガ・マクレミッツ

・ルヴィアと同じく借金の返済で凛の下を訪れたが、それどころではない状況に珍しく彼女も慌てている。

所在者不明の館を購入して拠点としていたが、士郎救出のため現在は衛宮邸に居を構える。

・代行者時代の貯蓄で金に困っていないが、働かざる者食うべからずという事で様々な所でアルバイトしている姿が見かけられる。

 

:カレン・オルテンシア

・冬木の教会を管理するシスター。奇妙な縁から衛宮士郎との親交を深めていたが、久しぶりに衛宮邸を訪れてみると彼が次元の彼方に飛ばされてしまったことに愕然としていた。

もちろん、表情には出していないが、彼女なりにショックを受けている様子。現在は毎日衛宮邸に訪れては凛の神経を逆撫でしてチクチクとやっている。

 

 

:マジ恋サイド(女性):

 

:川神百代(ヒロイン)(魔眼保有者)

・現代の武神・・・だが、士郎に敗北し、武神として色々考えさせられている。その士郎が初恋の人。

しかし、あの朴念仁はフラグを立て続けているのでそろそろ物理的に待ったをかけないとまずいかもと思っている。でも行動には移せない、原作からは考えられない程ピュアである。

 

・源氏大戦でほぼ全開で士郎とやり合ったが、彼の巧みな戦術と宝具・ヴァジュラの前に完全敗北を喫した。

 

:川神一子(魔剣保有者)

・川神百代の妹。現在は膨大に増えた気を操り、夢へと勇往邁進中。彼女が強化されるにあたって、昔の薙刀が今の一子についてこれなくなったため、士郎謹製の魔剣化された薙刀を新調した。

今では次期師範代を期待される期待の星。彼女の師、ルー師範代も彼女の夢が叶いそうで嬉しく思っている。

 

・何気に士郎をよく観察している者の一人。士郎から学ぶことは多いと理解している。ただし、姉が惚れているのに女性を無自覚に口説くのは何とかならないかなーと思っている。

 

:椎名京

・相変わらず大和ラヴな寡黙な少女。とにかく大和を落とそうとしているがライバルが増えてきて内心焦っている。

・最初はライバルになりそうな相手を士郎に誘導していたが、彼の朴念仁っぷりに呆れ、現在はやらない。

しかしその結果というか新入生の弁慶が大和と良い仲になってしまったのでとても焦っているが、正室、側室システムが発足されようとしているので若干安心した。現在も過激なモーションをかけてはあしらわれている。

 

:クリスティアーネ・フリードリヒ

・様々な経験を経て、やっと頭が柔らかくなってきた人物の一人。現在京と大和を取り合っているが、弁慶の登場により一層危機感を覚えている様子。

・詳しい描写はないが、彼女も一子と同じく鍛錬に励んでおり十分に成長している。

 

:黛由紀江(ヒロイン)(魔剣保有者)

・刀と馬のストラップを手に友達100人計画を実行している武士娘。入学当時は馬の携帯ストラップ・松風と話す怪しい子と思われていたが、最近ではその目も暖かいものに変わってきた様子。

しかし、未だに親友の大和田伊代以外の人にはほんのり怖い笑顔で応じてしまうためやっぱり友達100人は遠い。

 

・衛宮定食の一件や妹の沙也佳の事件で一層士郎に惚れこんでいる様子。しかし、彼の家に料理の勉強と称して伺う度に衛宮邸が女子寮のようになっているので気が気じゃない。

 

・父、黛大成が魔剣を作ってもらうことになったため、自分も同時期に作ってもらった。現在は第一段階までは開放出来る。

 

:黛沙也佳(ヒロイン)

 

・由紀江の妹。父親との意見の相違から家を飛び出して由紀江の住む島津寮に転がり込んだ。一応由紀江がちゃんとやれているか心配だったのは本当だが、本来は家出がきっかけ。

・由紀江が士郎に片思いしていることを知り、何とかモーションをかける状況を作ろうとするが、その間に父である大成が川神を訪れ、対応する士郎を除いたファミリーと相談の結果、お互いに謝ろうという事になったが、綾小路麻呂に依頼された鉢屋壱助に攫われてしまう。

しかし、それを知った士郎が大和の情報をもとに現場に急行。彼女が恐怖に負けそうな時に颯爽と現れ救われたことで恋に落ちた。父、大成からも太鼓判を押されているので正室、側室システムが発足したら姉共々貰ってもらおうと思っている。

 

;マルギッテ・エーベルバッハ(ヒロイン)

・士郎を信頼し、もはや愛していると言ってもいいのだが未だに素直にはなれない様子。衛宮邸に下宿することになった。

下宿するにあたり、士郎の様々な面が見れて、しかも一つ一つが優秀で感心している。たまに士郎と鍛錬をするが、もっぱら鍛錬するよりも、鍛錬する彼の姿を見る方が好き。

最近は士郎と一緒に料理をするのが至福の時間。

 

:林冲(ヒロイン)(魔槍所持者)

・梁山泊からきた手練れの傭兵。士郎との共同戦線以来彼にぞっこん。とにかく彼を守るためならばいかなる犠牲も厭わないと思っているが、士郎はそんなことを望んではいないという事も理解しているので大人しく傍にいる。

曹一族との折衝を終えて衛宮邸に再度訪れたが短い期間に士郎が次々と女性を落としているのでほとほと困っている。

今でもたまに悪夢を見るが、その度に士郎が来てくれるので、最近では親友のルオが士郎と自分を結び付けてくれているのかもと、悪夢を克服しつつある。

 

:史文恭(ヒロイン)

・元曹一族武術指南役の凄腕の傭兵。現在は士郎との戦いの折に負傷したことで戦闘力が多少落ちたため曹一族を正式に抜け、衛宮邸を訪れた。

彼との生活で徐々に気持ちが士郎に傾いている様子で、彼が世界を回るのならそれに付いていくと明言した。

・士郎が数多の女性を誑し込むのには呆れてはいるが、英雄色を好むという事で特に気にしてはいない。正室、側室システムも来ることだしその時考えればいいかというのが彼女のスタンスである。

 

:葉桜清楚(ヒロイン)

・武士道プランで唯一正体を知らされていなかったクローンの一人。本が好きという事から紫式部や清少納言かと思っていたが、異様なパワーが気がかりになり伝説、伝承に詳しい士郎に正体の調査をお願いした。

士郎が出した答えは 西楚の覇王、項羽。理由はいくつかあるが、士郎はヒナゲシの髪留めやスイスイ号から項羽の要素である虞美人草と、かの英雄の馬、(すい)、そして清楚=西楚 葉桜=覇王と当りをつけて彼女に伝えた。

かくして真相は彼の予想通りだったが、垓下の歌で項羽として覚醒し、世界征服やら、無理やり押し込めた九鬼への憎悪で大暴れすることになったが、士郎との勝負でトラウマ級の恐怖を与えられ大人しくなった。

・今では九鬼を出て士郎の家に匿ってもらい、士郎のアドバイスで作家の勉強をしている。もちろん項羽としての側面が失われたわけではなく、主に史文恭と鍛錬している。

彼女もまた士郎に落とされた一人だが、やはり士郎が何人も女性を落とすのを問題視している様子。

 

不死川心(ヒロイン)

・名家、不死川のご令嬢。だが、期末試験でうっかり油断して成績を落としてしまい、F組に一時期所属していた。エリートクラスから、最底辺のクラスに転落という事で、認められぬと色々したが、鉄心に成績は金では買えないとぴしゃりと言われ、一時期ノイローゼのようになっていた。

そんな中、士郎とレオニダスのフォローにより、失った代わりに得た沢山の時間を有意義に使い、昔とは考えられない程友達ができ、考え方も柔らかいものとなっている。

・必要な時に必要なアドバイスをくれ、項羽の事件では自分を身を挺して守ってくれたことで彼に淡い恋心が芽生えた。しかし、元から負けず嫌いと言うか素直にものを言えない性格なので未だに彼の名前を呼ぶのすら衛宮と呼んでしまう。本当は名前で呼びたい。

 

橘天衣(ヒロイン?)

・多摩川のほとりで酷い状態で士郎に発見された元川神四天王の一人。その俊足は誰も追いつけないとされていたが由紀江に負けてしまい、持ち前の不運もあって色々大変な目にあっていた。偶然士郎が彼女の存在に気付き、降りかかる不運をある宝具を投影することで相殺し、衛宮邸で療養させた。

・現在は回復し、士郎と料理や鍛錬に勤しみ、着実に力をつけてきている。来年度完成予定の寮の管理者を任せられる予定。

 

:松永燕(ヒロイン)

・西からやってきた通称、納豆小町。松永納豆を布教しながら川神学園で学生生活を送っている。元はある人物から百代を負かせてほしいと依頼を受けていたが、今ではその依頼も破棄されている。

・百代にあっさり倒されてしまい、彼女をこんなに強くしたのは誰だと探っている内に衛宮士郎に行きついた。彼と決闘まがいの事をするも綺麗にあしらわれたが、彼がただ強いのではなく、意外と可愛い面もあって、それでもカッコいいという所を見せつけられ(本人に自覚無し)初恋かもしれないと考えている。だが、彼はとにかく女性を落としまくってるので本当に彼に惚れていいのかなと悩む毎日であるようだ。

 

 

源氏組(女性)

 

:源義経(ヒロイン)(魔剣保持者)

・英雄、源義経のクローン。当初はテレビ中継で見た本物の英雄という事で強烈な憧れを士郎に抱いていた。そしてあまりに強烈な憧れは何時しか淡い恋心となり、彼とどう接したらいいか悶々と悩んでいたりする。

・士郎の鍛えた魔剣保有者の中で唯一、第二段階に到達した。しかし、その時使った技、『遮那王逆鱗』によって、士郎を経由して百代と揚羽から魔力と気を奪ってしまい、中継地点兼、供給源とされてしまった士郎が倒れ大怪我をしてしまい、申し訳なさから随分と気を落としている。

・右肩に浮かぶ剣の模様は彼との繋がりの証。気を込めなければ見えないので、密かに鏡で文様を見ては上機嫌になっている。

 

:武蔵坊弁慶(魔槍、錫杖?保持者)

・武蔵坊弁慶のクローン。主である義経を応援する立派な配下。恋にバトルに四苦八苦する義経を傍で支えながらおちょくっては恥ずかしがる彼女を肴に川神水を飲む。

・水上体育祭で川神水大吟醸が景品として出され、意気込んでビーチバレーに参加するが、最後に一位を取る気だったF組の策略により士郎と対戦。何とか奮戦するも圧倒的敗北をきしてしまい、相当に落ち込んでいた。だというのに、当の士郎は料理酒ならぬ料理水、もしくは豆腐にしようとしていたのでそれはあんまりだ!と必死に食いつき、士郎から譲ってもらう代わりに衛宮定食の受付嬢をしている。

・彼女自身はどうやら大和と良い雰囲気の様子。

 

:最上旭(ヒロイン)

・父、最上幽斎によって木曾の山中にて隠して育てられた木曾義仲のクローン。嫌ってはいないものの、義経と優劣をつけたがっていたが、その理由が、暁光計画という人クローンの世界提供、および最高のサンプルとして自分を犠牲にするためだった。

それを知った義経が激怒し、遮那王逆鱗により完膚なきまでに張り倒された。

・現在は士郎と同じ九鬼の病院で治療中。また、自分はここに居たいのだと幽斎に告げたことで暁光計画を降りた。

・士郎の秘奥である『固有結界』という単語を口にしたことで彼の事を深く知りえる人物だという事が分かったが、詳細は士郎を守るため、と言い張って一切口にしない。士郎も本来であればそうするべきなので何とも言えない立場にいる。

 

九鬼(女性)

 

:九鬼揚羽(ヒロイン?)

・士郎の事を深く知る人の一人。都合上、なにかと士郎が巻き込まれる事件などの後始末をしている。とはいっても、別に苦には感じていないし、彼自身、なんとか被害を抑えようとしているのが分かっているので率先して動く。

ただ、何らかの形で報いてもらおうと画策している。

・最上幽斎のⅯとしての行動の裏取りをしていた。源氏大戦に参加したのも、娘を巻き込んでなにやら企んでいることを看破したため、その探りを入れる為だった。

 

:九鬼紋白

・新一年生としてやってきた揚羽と英雄の妹。九鬼家よろしく、カリスマに溢れており、成績も優秀。文句なしのSクラスである。

・戦闘以外は決闘に応じるが、戦闘だけは代理としてヒューム・ヘルシングが出てくる。

・士郎とヒュームの戦いに割って入るほどの胆力をもつ。だが、そのせいで士郎は重傷を負い、ヒュームも自身の足を折る大怪我を負うことになった。

・趣味のスカウトで人材発掘を欠かさないが、どうしても士郎が九鬼にほしいと思っている。

 

:忍足あずみ(ヒロイン)(魔剣保持者)

・風魔出身の忍者。英雄の傍仕えとして九鬼で働いている。英雄ラヴなのだが、魔剣の鍛錬と、葉桜清楚の安否確認でよく衛宮邸を訪れており、衛宮邸は勝手知ったるなんとやら。

・前述通り英雄に惚れているのだが、魔剣の鍛錬で士郎に魔力でアシストしてもらうと異常に心地よく、とても相性がいい様子。そのことに英雄を裏切っているようで悶々としている。

・現在はとくに士郎に恋心を抱いているわけではない。

 

:男性勢:

 

:直江大和

・マジ恋本来の主人公。現在は選抜テストを抜けてS組に所属。しかし、F組とのつながりが無いわけじゃないので合同で指揮権がある時はF組を率いる。

・京やクリスだけでなく弁慶とも良い雰囲気になってしまいどうしたらいいのか真剣に悩んでいる。

 

:風間翔一

・通称キャップ。レオニダスが現界する要因である、『崩れかけた聖杯』を見つけ出してきた張本人。士郎としては冷や汗ものだったが、本人もアーサー王伝説の中で見つけた騎士が天に召されたと聞いてちょっとブルリとした。

・現在も奔放に自由に過ごしているが、ここの所イベント続きで出かけられていないので近々冒険に行きたいと思っている様子。

 

:島津岳人

・あだ名はガクト。レオニダスブートキャンプによって大幅強化された現代式スパルタ人。その強さは武士娘とタメを張れるほど。しかし、レオニダスから力には責任が伴わなければならないと厳しく教えられているので本気で戦うことはほとんどない。

・レオニダスを先生と慕い、レオニダスにプロテインジュースを教えたりと良き師弟となっている。

 

:師岡卓也

・あだ名はモロ、モロロ。特に自主トレなどをしているわけではないのだがレオニダスの体育で健康的に鍛えられ、原作ほど貧弱ではない。自分にも筋肉がついたことで、ボディビルにはまる人ってこういう嬉しさからハマるんだろうなーと思っている。

・現在は演劇部の体験中。それに伴ってレオニダスの体育も張りのある声を出すための腹筋を付けるものに変わっているそうだ。

 

:那須与一

・英雄、那須与一のクローン。寡黙でクールな性格と思いきや重度の中二病患者。彼の言動にはとにかく大和がダメージを受け、周りは理解できない。

・魔術というものに触れたことで一層病状が悪化傾向にある。士郎の放った赤原猟犬の時のことが忘れられず、技名を叫びながら矢を射ったりしている。

 

 

:新道具:

 

:魔剣(槍)

・川神の霊脈を利用して鍛造された士郎本来の作品。特に呪いなどがあるわけではなく、強化をベースとした魔術的加工がなされている。持ち主の一部(髪の毛数本)を特殊な製法で結晶化し、練り込んでいるため、持ち主との親和性が恐ろしく高い。

また、きちんと加工された機構を発動出来れば、容易に斬鉄が出来るなど武器として非常に強力である。発動するには魔術回路に見立てた気の通り道に気を一定量を流すこと。川神の人間はこれが苦手らしく、余分に流したり、外に纏わせたりすると光ってしまう。本来は光ったりしない。

 

 

橘天衣のネックレス

・士郎の投影した宝具。持ち主に幸運をもたらすと言われ、実際ステータス上の幸運値が上昇する士郎の作中の投影品の中でガチで投影された物の一つ。形状はもちろん剣であるが、ミニチュア化されており柄に付いた輪を通すことでネックレス、ブレスレットなどいろいろな所に付けられる。

・マジもんの宝具なので真名開放しようと思えば可能。




こんな所でしょうか。抜けてはいない…はず。というか書いていてヒロインの多さに我ながらドン引きしました(笑)でもいいんです!士郎には幸せになってほしい、というかなってもらうので慕う人が多いのは良いことかと。

次回は秋ということで何話か挟んで文化祭…かな?

では次回もよろしくお願いします。


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秋の日差し

皆さんこんばんにちわ。二本目の親知らずを抜いてちょっと頬っぺたが腫れ気味の作者です。

今回は日常編です。最上パイセンは士郎と違って回復できないからね。

季節が変わっても相変わらずな士郎を見ていただけたら嬉しいです。
では!


九鬼の病院にて。先の源氏大戦で重傷を負った最上旭は入院しながら事情聴取を受けていた。

 

「では、貴女は父が何をしていたか知らないと?」

 

「はい。私が知っているのは暁光計画の事だけです。それ以外の場所で父がどんなことに手を付けていたかなんてわかりません」

 

「失礼ながらあなたの父は良く家を空けていたとのことですが・・・」

 

「父はやり手のサラリーマンと聞いていました。よく海外などにも行っていたようですが・・・その辺は九鬼の方が詳しいのでは?」

 

「確かに。わかりました。今回はこれで以上になります。お早い回復を願っております」

 

そう言って刑事は病室を後にした。

 

「ふう・・・」

 

旭はたまらずため息を吐いた。入院するとどうしても体力が落ちる。その上、聞かされる度に驚く父の所業。確かに試練を与えるのが好きな父であったが、まさか犯罪まで犯していようとは夢にも思わなかった。もっと狭い範囲でのことだと思っていたのだ。

 

「相変わらず苦労しているようだな」

 

「揚羽さん・・・」

 

ノックして入ってきたのは九鬼揚羽だった。

 

「私もまさか、ここまで手広くやってるなんて思わなかったわ」

 

武器密輸や先の悪徳総理にも関わっていたとは旭も思わなかった。そうして分かる父の異常性。試練を与えるのはいいかもしれないが、犯罪にまで手を染め、尚且つ望んでもいない人にまで迷惑をかけているのはいくら何でもやりすぎだ。

 

「とはいっても、私自体、九鬼からクローン技術を盗んで作ったのですものね」

 

「そうなるな。だが安心せよ。お前に罪を問う気はない。ただし暁光計画とやらと同じことをされても困るのでな。監視はさせてもらうが」

 

「もうやらない・・・と口で言っても仕方のない話ね。その事に文句はないわ。ところで、士郎は?」

 

旭の問いに頭を痛めるように揚羽は、

 

「もうとっくに退院したわ。全身を隈なく突き刺されるような傷がどうしてああもあっさり治るのかさっぱり分からぬ」

 

「・・・。」

 

揚羽の言葉にピクリと反応しながらも、ほっと息を吐く旭。

 

「あの異常な回復も宝具とやらの力なのか?」

 

「・・・。」

 

揚羽の問いにやはり旭は答えなかった。

 

「ええい、なぜお前と衛宮はそんなにも口が重いのか!こちらは色々と面倒を見ているというのに」

 

「そういうものなのよ。迂闊に喋ってはならない。そもそも秘匿されるべきものなんだから」

 

それっきり答えることは無いと旭は窓の外を見た。

 

「最上幽斎のことが気になるか?」

 

「いいえ。お父様はやってはならないことに手を出していた。だからこうして追われている。そのことはきちんと理解しているし納得もしてる。ただ、確かに人とズレているとこがあったなと思うの」

 

「人が望みもしないことを試練だと勝手に押し付けるのは確かにな。しかも本人は本当に善意でやっているのがなんとも」

 

そのズレが彼を非行に走らせたのだろう。そう、納得するしかなかった。

 

と、

 

 

コンコン

 

「どちら様かしら」

 

「義経です!弁慶と士郎君もいます」

 

その声に旭はぱあっと笑顔を浮かべた。

 

「まぁ!どうぞ!」

 

「お邪魔します・・・あ、揚羽さん」

 

「「お邪魔します」」

 

義経と件の衛宮士郎が現れた。

 

「これ、お見舞いの品です」

 

「ありがとう。綺麗な果物の盛り合わせね。義経が選んでくれたの?」

 

「はい!色々悩んだんですが、やっぱり身になるものが良いかなと思いまして・・・」

 

「切り花とかも考えたけど・・・義仲さん評議会の人からもらってると思いましてね」

 

弁慶が棚を見ればそこにはたくさんの切り花が花瓶に入れられ飾られていた。

 

「予想通りだったね」

 

「そうね・・・みんなこぞってお見舞いに来てくれるからこんなになっちゃって・・・」

 

沢山の花瓶に旭は苦笑を浮かべる。

 

「待ってね、果物ナイフが・・・いたっ」

 

手を伸ばそうとした旭が苦悶する。

 

「無理をするな旭。果物は俺が剥く」

 

どこからともなくナイフを取り出して果物の袋を開ける士郎。

 

「今のも魔術か?」

 

「さて、どうでしょうね?」

 

揚羽の問いには答えず、士郎はさっさと果物の皮を剥いていく。

 

「はあ、また誤魔化すのか・・・あのな。そう秘密ばかりでは守れと言われても守れないだろう」

 

「知らないことが守ることに繋がるので教えませんよ」

 

「この石頭め・・・もうよい。それよりお前達、学園の方はどうだ?」

 

義経の方を向いて揚羽は言った。

 

「あの後特に変わったことは無いですよ。ただ士郎君が・・・」

 

「ああ、二人目の武神などと言われているらしいな」

 

ピタリと士郎の手が止まった。

 

「そうなの?確かに士郎は百代と戦っていたけれど・・・」

 

「過大評価だ・・・俺には百代のような力はないというのに・・・」

 

はぁ、と深いため息を吐く士郎。

 

あの戦闘後、士郎は武の男神のように祭り上げられてしまって、百代のように挑戦者が絶えない状態となっている。

 

「もしかして誰かのクローンなんじゃないかなんて噂も立ってるしね」

 

「ありもしないでたらめだ。何処に俺なんかを量産する必要があるって言うんだ」

 

ふてくされたようにショリショリと果物を剥くのを再開する士郎。とにかく士郎はここ最近数多の挑戦者相手に戦闘尽くしで非常に疲れていた。

 

「ただ買い物に出ただけで、やれ真剣に、やれ尋常にと、とにかくこちらの都合を考えず勝負を挑まれるので非常に迷惑してる」

 

「あはは・・・最近では義経より士郎君の方が挑戦者多いもんね」

 

「そうなの?流石士郎ね」

 

「褒められても何も出ないぞ」

 

「果物が出るじゃない」

 

旭の言葉にカクリと肩を落として、切り分けた果物を振る舞う。

 

「どうぞ、お姫様方」

 

「お、お姫様なんて・・・!」

 

「あら、嬉しいわ」

 

「私はお姫様って柄じゃないなー」

 

「うむ。苦しゅうないぞ」

 

謙遜する義経に柄じゃないと否定する弁慶に、むしろ乗り気の旭と揚羽。意外と違うとも言い切れないのがすごいところである。

 

「揚羽様。そろそろ出発のお時間です」

 

「うむ。・・・っと、行く前に小十郎、お前も衛宮に言いたいことがあったのだろう?」

 

「はい。重ね重ね、俺の為にありがとうございます!」

 

と暑苦しく感謝された。

 

「えっと・・・士郎君と話してたから知り合いとは思ってたけど・・・小十郎さんだったんだね」

 

「髪型違うと誰だかわからない時あるよねぇ・・・」

 

髪の毛を立たせていた小十郎は今や綺麗なオールバックである。金髪であることには変わりないが印象が段違いだ。

 

「外でも話しましたけど大したことはしてませんよ。あの時あずみさんに付いてきたのが運命ということで」

 

「はい!まだまだ精進していきますのでいつかお礼をさせてください!」

 

「・・・大したことはしていないって言ってるのに」

 

「衛宮よ。お前は過小評価過ぎるのだ。いい加減その悪癖をなんとかせよ」

 

「うん。義経も揚羽さんに同意する。士郎君は凄い人だ」

 

「だね。大将ほどの男は中々いないと思うよ」

 

「そうかぁ・・・?」

 

不思議そうに首を傾げる士郎に一同がそうだ、と頷いた。

 

「ではな。我は行かねばならぬ故またな」

 

「皆さま、またお会いしましょう!」

 

そう言って暑苦しい主従は去って行った。

 

「・・・やれやれ。魔術を探られるのも気が気じゃないな。これも君のせいだぞ、旭」

 

「ごめんなさい。あの時は余裕が無かったの。悪かったと思っているわ」

 

そう言う彼女はあれ以降士郎の事に関しては一切喋らない。なので士郎も一応理解はしてくれてるんだなと納得する。

 

「あの、士郎君。士郎君がその魔術使い・・・なのは知ってるんだけどどういうことが出来るの?」

 

「・・・こういうことさ」

 

そう言って手に握った果物ナイフが風景に溶けるように消えた。

 

「き、きき消えた!?」

 

「うーん絶対便利だよねそれ」

 

弁慶の棒を出した時はそれほど驚かなかったが、目の前で消えるのを見ると驚かずにはいられない。

 

「士郎。貴方何処まで自分の魔術を公開しているの?」

 

「この程度の事、と言えばいいか・・・とにかく気で何とかしてるって誤魔化せそうなくらいだな」

 

「百代が何でもできるから一応誤魔化せているのね」

 

「ああ。とにもかくにもこの話は終わりだ。このままだと俺の話で一日終わっちゃうぞ。それじゃあ見舞いに来た意味が無いだろう?義経」

 

「あ、うん。義仲さん、実は・・・」

 

何とか誤魔化して話を先に進めた士郎。彼と最上旭はまだ本格的な話し合いをしていないが何とかうまいことやりくりしているのであった。

 

 

 

 

 

「ただいま・・・」

 

「おかえり士郎!」

 

「おかえりなさい」

 

「おかえり」

 

へとへとの状態で士郎が返ってくる。

 

「士郎怪我してないか!?大丈夫か!?」

 

「大丈夫だよ林冲。ただちょっと疲れただけだ・・・」

 

士郎は最上旭の見舞いの帰り道、また挑戦者に挑まれ、いい加減頭に来ていた士郎は割と本気でボコボコにしたのだが、次は俺だ私だととにかくひっきりなしである。

 

「武神を倒すとはそういう意味を持つだろう。うっかり敗北なぞして期待を裏切らないようにするんだな」

 

「百代ほどの敵が居ないのが救いだな・・・まぁ、あんなのがポンポンいたら世界の終りのような気がするけど」

 

嘆息して士郎は荷物を置く。

 

「これ、何とか買ってきた。今日は橘さんいるかな」

 

「生憎今日は島津寮です。新しい寮の完成が近いので一層通い詰めています」

 

「そうか。じゃあ俺も頑張らないとな。夕飯作るか」

 

「では私が下ごしらえをしましょう」

 

「私と士郎が仕上げだな。清楚は呼ばなくていいか?」

 

「彼女はできるだけそっとしておいてあげよう。何せもう秋だ。冬休みを入れればもう川神学園にいる時間は少ない。少しでも選択肢を広げてほしいから」

 

そう言って士郎は台所に向かう。

 

「士郎、今日は何にする?」

 

「そうだな・・・まだ寒くはないけど由紀江の家から北陸の幸が沢山届いたから、鍋にでもしようか。下ごしらえだけで済むからマルに期待だ」

 

「・・・っ十分対応可能です」

 

「マルギッテ、無理は良くないぞ。一緒にやろう」

 

「おいおい、俺もやらないってわけじゃないぞ」

 

あはははと、笑いが起きる。マルギッテは流石に顔を赤くしていた。

 

「では、私は読書に戻るとするか。そうだ、少し考えたのだがな。お前も傭兵を雇えばいいのではないか?」

 

「傭兵を・・・って梁山泊か曹一族からってことか?」

 

「そうだ。傭兵に雑魚共の相手をしてもらい、勝てたらお前に挑める。どうだ?」

 

「・・・。」

 

うーむと士郎は考える。悪くない手ではあるがこの世界の強者は女性の事が多い。士郎としては女の子に守ってもらうなどしたくないのだが・・・

 

「確かに、現状仕事にも影響が出てるしな・・・」

 

自分の事だけならばいいのだが、最近鍛造の仕事にも悪影響が出ている。それはつまり九鬼と梁山泊と曹一族にしわ寄せが行くので結局、彼らの力を借りた方が良い。

 

「士郎。そのことなら私が「だめだ」・・・。」

 

自分の代わりに林冲が戦いに明け暮れるなど考えたくもない。それくらい、士郎は林冲に心を開いていた。

 

「豹子頭の言い分はもっともだと思うのだがな・・・やれやれ。ではこうしよう。衛宮邸の誰かが負けたらそいつと戦え。いいな?」

 

「史文恭、俺は・・・」

 

そんなことをさせたくない、と言いたかったが、

 

「では来る奴全てを相手にすると?それが如何に非効率かはよくわかっているだろう。それとも、私達では不安か?」

 

「不安かそうでないかで言うなら不安だ。みんなが俺を心配してくれてるように、俺もみんなが心配だ」

 

士郎はそう本音を口にした。その言葉にニヤリと史文恭は笑い、

 

「ならば同じことだ。とにかく、そうして数日追い払えば挑むバカも幾分減るだろうさ」

 

それだけ言って史文恭は背を向けた。その背中に、

 

「史文恭。・・・ありがとう」

 

と、礼を言って彼女は振り返らぬままヒラヒラと手を振った。

 

「話しは纏まりましたね。こちらも戦闘準備をしておきます」

 

「私もだ。士郎は私が守る」

 

「林冲・・・マル・・・」

 

何とも心苦しいが現状はそうしてもらう他無かった。

 

 

 

 

次の日、史文恭の案は強烈な効果を発揮し、その日士郎に挑む人間は居なかった。

 

「なんだか急に静かになったな」

 

休み時間、大和がS組からやってきて平和に過ごす士郎を見て言った。

 

「ああ。家のみんなが俺と戦う人間を捌いてくれてるんだ」

 

おかげでこっちに集中できると士郎は壊れた物の修理を行っていた。

 

「士郎の家の人ってあれだろ?S組の林冲さんにマルギッテ」

 

「あと葉桜先輩もいるな」

 

「お姉さまによく似た女の人もいたわよね?」

 

「・・・無理ゲーじゃね?」

 

ガクトがズルリと椅子から落ちた。

 

「それが狙いだ。とにかく俺への挑戦をやめてもらうのが目的だから」

 

「マスターは確かに百代嬢を下しましたが・・・だからと言って何でもできるわけではないのですから良いことかと」

 

少しでも士郎の心が浮かばれるように言うレオニダス。かく言う彼も士郎への挑戦者をけちょんけちょんにして追い返している。

 

そして士郎が迷惑がっているという噂を大和が学園中に情報を流していた。

 

「マルさんはいい肩慣らしだと言っていたぞ」

 

「林冲もじゃ。最近とんと戦闘をしていなかったので丁度良いとな」

 

「心。よく来たな」

 

「べ、別にお前の事が心配で来たわけじゃないのじゃ!此方の友達とだな・・・」

 

「・・・女子、今いないけど」

 

「・・・。」

 

「「「・・・。」」」

 

「ええい!心配で来てやったのじゃ!悪いか!」

 

「潔い開き直りだな!?」

 

ガンと士郎の向う脛を蹴り飛ばすが、

 

「いたー!?」

 

あまりの硬さに心がピョンピョン跳ねて悶絶した。

 

「そりゃ士郎の足なんか蹴ったらそうなるわ・・・」

 

「人がピンポン玉みたいに飛んでいくからねー」

 

「というか士郎ならバットくらい余裕じゃない?」

 

「・・・ちょっと見てみたいな」

 

周りで好き勝手いう仲間達に士郎は苦笑を浮かべる。

 

「好き勝手言うんじゃない。あと、できなくはないけどやらないぞ」

 

そう言ってチャイムと同時に直し終えた依頼品をしまって士郎は次の科目の準備をする。

 

「話し過ぎたな。不死川、戻ろう」

 

「次は人間学じゃったな。ではな。・・・士郎」

 

そう言って大和と心はS組に戻て行った。

 

「次なんだっけ?」

 

「ガクト殿!!次は!次の科目は数学ですッ!!いついかなる時も数学を忘れてはいけませんッ!!」

 

「先生は数学好きだからなー・・・俺様、全然分かんない」

 

「私もー・・・」

 

「お前らは全部そうだろうが」

 

彼らも少しは勉強を頑張ってほしいものだ。

 

「今はいいかもしれないけど将来困るぞ」

 

「わかってるけどうまくなれないの!」

 

「そうよぅ・・・数字がああしてこうなって・・・キュウ」

 

プスンと煙を上げてショートする一子に士郎は頭を抱える。

 

「この子らは大丈夫なんだろうか・・・」

 

仲間の先行きが不安になる士郎であった。

 

 

 

昨日とは雲泥の差の放課後、士郎は宇佐美巨人の依頼で売春行為の元締めを懲らしめに向かっていた。

 

「まさかこんなことまで依頼に上がるとは。いくら何でも危険すぎやしませんか?」

 

「おじさんもそう思うけどね。一応単独で取り締まりをするよりいいでしょってことなんだろうよ。・・・うちの生徒、血気盛んだから」

 

キッと車が止まる。

 

「あそこだ。目標は中にある目録の回収と実行犯を取り押さえること。衛宮だけじゃ抑え込みきれないだろうから風間たちが今下準備してるぞ」

 

『こちらキャップ!配置についたぜ!』

 

『弓兵もOKだよ』

 

『こちらピーチ!これよりカワユイ女の子を確保しに行く!』

 

「いや、居たらまずいんだって」

 

思わずツッコミを入れる士郎。今回の依頼は川神学園の生徒の関与が疑われるので内々に処理をしたいという事だった。

 

『こちら筋肉!これから卓世ちゃん投入するぜ!』

 

卓世ちゃんとは女装したモロの事である。モロは中性的な印象の少年なので意外と本物に見えるのだ。

 

(何気に最前線で一番に突入するモロは勇気あるな)

 

もちろん罠ではあるのだが、いかつい男達に囲まれて一室へと入っていくのは中々の恐怖だと思うのだが。

 

「士郎。姉さんが正面から行くから遊撃頼むぞ」

 

「任された。こちとらやっと決闘騒ぎから解放されたんだ。とっとと片付けて仕事しないとな」

 

ゆっくりと百代が廃棄された建物に行く。そして、

 

見張り番の男の首をゴキリ!と変な方向に回して嬉々として突撃する。

 

『そこでのたうち回ってろ』

 

「おいおい殺すなよ?」

 

『殺してないーちょっと・・・すごく痛いだけ』

 

いわゆる半殺しという奴である。

 

わざわざ無線で返事をするあたりなんとものんきなことである。

 

「いくわよー!川神一子、見参!」

 

「不逞の輩を排除する!クリスティアーネ・フリードリヒ推参!」

 

「黛由紀江、参ります」

 

名乗りを上げて次々と突入していく。

 

「なんだこのガキども!?」

 

「おい!撃て!そいつは飾りか・・・グェ!」

 

拳銃を持っている輩がいる為、士郎と百代で率先して潰していく。

 

「ヒッ!コイツらあれだ!山を荒れ地にした武神二人だ!!!」

 

「おい、一体誰が武神なのかね?」

 

ガス!と蹴り飛ばして苛立たし気に士郎は言う。

 

「なんだよいいじゃないか。武神デビュー」

 

「こういう輩が絡んでくるからごめんなのだが」

 

そう言ってまるで暴風のように不逞の輩を一掃していく。

 

「こっちはだめだ!」

 

そう言って窓の方に向かっていくが、

 

「いらっしゃい」

 

「・・・。」

 

ドーン!と効果音が鳴りそうな感じでガクトが待ち受けていた。

 

「たすけ、あぶぎゅ!」

 

バチーン!と張り手を食らって建物内に張り飛ばされる。

 

「一階は片付いたな。京、二階は?」

 

『問題なし。今日は私の出番無かった・・・』

 

どうやら屋上から逃げ出そうとする輩はいないらしかった。

 

「みんなはそいつらを縛り上げてくれ。俺は証拠やら名簿を探す」

 

「OK!」

 

「自分達も縛り終えたら手伝おう」

 

「私も士郎先輩と証拠探しをします」

 

「おー?抜け駆けかまゆまゆ?」

 

違います!とギャーギャー言いながら必要なことを済ませていくファミリー。

 

「あった。これが名簿だな」

 

「こっちにもありました」

 

「生意気に電子管理してんじゃないよもう・・・洗うのが大変じゃないか」

 

ぶつくさと言いながら巨人は捕まえた輩の一人を一室へと連れて行った。

 

「あれは?」

 

「当然尋問だろ」

 

「これだけ広範囲だとな。尋問した方が間違いは減る」

 

台帳がある程度ならばよかったが今回はPCを使って人数管理をしているので証拠を逃さず集めるのは中々難しい。

 

「PCがあるなら任せて」

 

「お、卓世ちゃんの見せ場?」

 

「ていうかいつまで女装してるんだ」

 

いい加減着替えてもいいのだがそのままでいる辺りモロも演劇が身に付いてきたのかもしれない。

 

しばらくして、巨人が一室から出てきた。

 

「ここにあるのはそのPCにあるものだけらしい。他は専用のサーバーに保管しているそうだ」

 

「任せて。それならハッキングをしかけて・・・」

 

カタカタと素早くタイピングをして逆ハックをかけるモロ。

 

「・・・やるじゃないかモロ」

 

士郎はその手腕に感心したようにモロの手元を見る。彼のそれはまさにプロ級の腕前だ。

 

「よし、データは全部吸い出せたよ。ついでにバックドアもしかけたからいつでも探れる」

 

「今ここで壊してしまった方がいいのでは?」

 

クリスの問いに士郎が首を振った。

 

「そうしたら新しいサーバーを立ち上げて終わりだ。そうなるとまた一から探さないといけない。それよりわざと残して使わせた方が大元に辿り着く」

 

「・・・おじさんが言うのもなんだけど君達手慣れ過ぎじゃない?」

 

「士郎の入れ知恵ですよ」

 

「そうそ。士郎の戦術は一級品だからね」

 

「・・・自分が指示しました」

 

やりすぎたかなぁとポリポリと頬を掻く士郎。

 

「まぁいいけど。情報は洗い出せたみたいだから後はおじさんが手配するよ。報酬は後日ね」

 

「よっしゃー!依頼達成!」

 

「喜ぶのは後だ。すぐこの場を離れるぞ」

 

「っと、そうだった」

 

イェーイ!とハイタッチしていた皆が士郎の言葉に慌てて撤収作業を行う。

 

「なーんかあっさりしすぎたなぁ・・・」

 

「そりゃあモモ先輩に士郎にまゆっちまで居ればこうなるわな」

 

「なんたって二人の武神あいてじゃなーある意味同情するぜ」

 

「あのな・・・一応拳銃持ってる奴等が居たんだから危機感を持て」

 

前の世界では考えられない学徒の逞しさである。

 

「拳銃くらいならもう何とでもなるしな・・・」

 

「そうねー撃たれても切れば大丈夫だと思うわ」

 

「君達ね・・・」

 

もう士郎は頭痛が止まらない。

 

(本当に武闘派な世界だよなぁ・・・)

 

何とも言えない感情を抱く士郎であった。

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり、士郎」

 

「おかえりなさい」

 

「おかえり」

 

依頼を終えて帰ってきた士郎にやはり一番に林冲がおかえりを言ってくれる。

 

「今日も大丈夫か?もう怪我してないか?」

 

「してないよ。所詮雑魚だったからな。それよりみんなありがとう。劇的に減って大助かりだ」

 

「私達はいい運動になる。一石二鳥じゃないか」

 

「確かにな。あ、でも怪我した奴はいないか?」

 

「お前が言うのか・・・」

 

「誰も怪我してないよ士郎君。・・・俺があの程度の雑魚に後れを取る訳が無い」

 

と自信満々に言う覇王は心配だが他の三人は特に怪我も無いようだ。

 

「よかった。今日はみんなが俺を心配してくれる気持ちが分かった気がするよ。見えない所で怪我をするかもしれないのはこんなにも心臓に悪いんだな」

 

そう言って士郎は改めて頭を下げた。

 

「みんないつもありがとう。俺は幸せ者だ」

 

「ほう。士郎もようやく自覚が持てたようですね。まぁ、これだけの人間に毎日心配されれば気づきもするでしょうが」

 

「だがここまでやってようやっとだ。これは骨が折れる男だぞ」

 

「「「同感・・・」」」

 

はぁ、とため息を吐かれて士郎は苦笑する。

 

「それはそうと、みんなかぼちゃの菓子食べないか?今日沢山貰って来たんだ」

 

「かぼちゃですか。確かハロウィンがもうすぐですね」

 

「いささか早いが折角だからご相伴にあずかろう」

 

「かぼちゃのお菓子か~士郎君は作れるの?」

 

「作れますよ。菓子全般も大体行けますし、ハロウィンが来たらみんなで作ろうか」

 

「賛成!義経ちゃん達にも作ってあげたいから教えてね?」

 

そうして士郎は衛宮邸の皆のおかげで日常に戻れるのであった。




はい。日常編でした。ささやかなバトルもありましたが風間ファミリーがすでに強いのにそこに士郎まで投入したらそりゃあっさり味にもなるわけで…目玉はどちらかというと卓世ちゃんのハッキングですかね?

次回はハロウィン!まだ最上パイセンはこれ以上出せません。だって原作で義経の攻撃で骨がバキバキに折れてるらしいので…冬休み前か冬休み入ってからかなー

という事で次回もよろしくお願いします。


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Trick or Treat!

皆さんこんばんにちわ。キーボードを新調して実に快適な作者です。

今回はハロウィンの話が書ければなと思います。ついでに爆弾も投下したい所です。

では!


「「「Trick or Treat(トリック・オア・トリート)!」」」」

 

元気なファミリーの声に士郎は苦笑を浮かべて菓子を渡す。

 

「悪戯するなよー」

 

「こんなお菓子貰ってするわけない」

 

「ワン!美味しそうなお菓子~」

 

「士郎のお菓子は楽しみにしていたんだ!」

 

「バレンタインと違って男の俺様達も貰えるのがいいよなぁ・・・」

 

「士郎のお菓子を貰えるのは役得だよね」

 

「士郎先輩!Trick!Trick!です!」

 

「おおー?まゆまゆやるじゃないかー。だが私のものだ!」

 

おわー!と何故か菓子を上げたのに襲われる士郎と士郎の絶品の菓子を堪能するみんな。

 

今日は10月31日。いわゆるハロウィンだ。今は秘密基地に集まっているが士郎の菓子を堪能したら仮装して街に繰り出す予定である。

 

「すげぇ、かぼちゃのケーキまで作ってくるとか・・・」

 

「クッキーだけかと思ったらこんなのまで出てくるなんて」

 

「パーティだね」

 

口々に驚きの言葉を上げながら士郎の菓子を口にする。

 

「ぬあ!・・・ふう、みんな仮装はどんなものにするか決まったのか?」

 

由紀江と百代を押しのけて聞く士郎。

 

「犬はもちろん犬だろ?」

 

「犬じゃないわ、狼よ!そう言うクリは何にするのよ」

 

「自分はこれだ!」

 

バーン!と出てきたのは騎士甲冑。

 

「クリス、なんで騎士なんだ・・・?」

 

「仮装だけど、ハロウィンではない・・・」

 

「新しい調度品かと思ったぞ」

 

「秘密基地にこんなの置けるか!」

 

「な、なんだ!いいだろう!?カッコいいだろう!?」

 

そう言う問題じゃない、という事でかぼちゃの被り物を追加した。

 

「ガクトはフランケンシュタインか・・・」

 

「体的にぴったりだからな。そういう士郎はどうするんだ?」

 

「一応狼の被り物を持ってきた」

 

「「「・・・。」」」

 

その言葉に一同は固まった。

 

(士郎が狼とかシャレにならなくね?)

 

(本当だね。本物の狼だもの)

 

モロとガクトがコソコソと言い合う。何せ数多の女性を落とすフラグ建築士なのでなんとも言えない。

 

「なんだよ、普通だろ?」

 

「「「似合いすぎ」」」

 

「ええ・・・」

 

まさかのブーイングに士郎は困り顔。

 

「じゃあ百代はどんなのにするんだよ」

 

「これだニャン!」

 

黒猫の耳を付けた百代が出現したが、

 

「・・・サーベルタイガー?」

 

「おいー!!!」

 

士郎の言葉に怒声を上げて襲い掛かる百代。

 

「士郎って時々頭悪いよね」

 

京の言葉にうんうんと頷く一同。

 

「っとと・・・今日はクッキーも行くんだろ?」

 

「うん!僕はこの・・・」

 

ガションガション。

 

「パンプキンゴーストプログラムで行く」

 

「普通のクッキー2じゃん」

 

「ここにこうして」

 

カポリとかぼちゃの被り物を被る。

 

「ついでにランタンも持つ」

 

「おお・・・意外と迫力あるわ・・・」

 

「ボディ紫だけどな」

 

「マジックで塗ればいんじゃ『ブオン』はい。すんません」

 

「まぁ色々ありそうだけど問題なしという事で」

 

ちなみに京は魔女の仮装だった。本を読んでるのも相まって違和感がない。大和とモロはドラキュラの仮装。狼はワン子だろうという事で避けたそうだ。

 

「キャップは・・・なんだそれ?」

 

破いたシーツをすっぽりとかぶった姿はゴーストだろうか。それにしてはやけに装飾が多い。

 

「昔冒険に行った時に買ったやつだ!どうだ?本格的だろ?」

 

ちょっと血らしきものがついているが本当に大丈夫なんだろうか。

 

「それ呪いのアイテムだったりしない?」

 

「大丈夫だって!さ、菓子も食ったし行こうぜ!」

 

そうして風間ファミリーは出陣した。

 

 

 

 

街中では様々な仮装の人でいっぱいだ。かぼちゃの飾り物もあちらこちらに置かれており、お祭り状態だった。

 

「いつもの街並みと違うから新鮮だな」

 

そう言って士郎はキョロキョロと辺りをみる。

 

「お!あっちでお菓子配ってるぜ!」

 

「お菓子ー!」

 

無料で配っているお店の前には人だかりが出来ていた。

 

「「「Trick or Treat(トリック・オア・トリート)!」」」」

 

「はい!一人一つまでだよー」

 

そう言って小さな袋に入ったクッキーを貰ってくる一子達。

 

「まぐまぐ・・・美味しいけど士郎の程じゃないわねー」

 

「先に士郎の食べるのは失敗だったかな?」

 

「好き勝手言うねー、お前達」

 

と苦笑を浮かべる士郎。

 

「川神では毎年こんな感じなのか?」

 

「ああ。ハロウィンや縁日なんかもこんな感じでお祭り騒ぎだぞ」

 

「そうなのか・・・なんか同級生に出会いそうだな」

 

そんなことを言っているそばからパシャパシャと写真を撮りまくるヨンパチの姿が見えた。

 

「いたわ・・・」

 

「みんな来てると思うぜ。この日限定のアルバイトとかもあるしな」

 

「なるほど。それは盲点だった」

 

よくよく考えればお祭り騒ぎなのだから店の方も書き入れ時だろう。人手を募集するのは確かにそうかもしれない。

 

「あ、士郎くーん!」

 

そうこうしている内に義経に出会った。

 

「義経。それと旭?」

 

「ええ。士郎、ごきげんよう」

 

義経は狼の仮装、旭は椅子に座って魔女の仮装だった。

 

「義経達はバイトか?」

 

「うん!マープルにお願いしてやらせてもらってるんだ」

 

「私はただのお飾りよ。まだ傷が回復しきってなくて」

 

義経が屋台のようなものの中に立ち、綿あめを配っているようだ。旭は本調子ではないので椅子に座って本を開いている。

 

義経もそうだが旭も十分美人なのでとても目立つので良い客寄せとなるだろう。

 

「義経は初めてのバイトか?」

 

「う、うん。実を言うと、とても緊張している」

 

「もう、義経は十分に出来ているのだから大丈夫と言っているのに」

 

困ったように言う旭に士郎は笑って、

 

「はは。なら俺も綿菓子を貰おうかな。よろしく頼むぞ」

 

「ありがとう!じゃあ・・・」

 

ザラメを入れてくるくると回すと・・・

 

「お?色付きか」

 

淡いピンク色に染まった綿あめが出てきた。

 

「はい!これ九鬼の新機種なんだ。こうして色を手軽に付けられるんだけど・・・どうかな」

 

「ああ。これは赤にするつもりだったのかな?」

 

「うん。士郎君と言ったら赤だから・・・迷惑だった?」

 

「そんなことない。嬉しいよ。ありがとうな義経」

 

えへへ、と笑う義経の獣耳が実際に動いたように感じる士郎だった。

 

「旭もあんまり無理するなよ」

 

「ええ。私は途中で弁慶と交代だから大丈夫よ。それより士郎こそ戦闘に巻き込まれないようにね」

 

「・・・こんな日に戦闘なんて御免だな」

 

最近の調子だとあり得そうで怖い士郎である。

 

「大和ーどう?フランケンシュタイン」

 

「似合って・・・ると思います・・・はい」

 

「ぬぬ・・・大和~・・・」

 

「・・・。」

 

戻ると何やら修羅場に遭遇した。

 

「弁慶か。義経がそこで綿あめを配っていたからいるとは思ったけど・・・あれはどういう状況だ?」

 

なにやら弁慶が大和に迫り、クリスと京は悔し気に見ているというなんともな状態だった。

 

「見てのとーり」

 

「大和も隅に置けないよね」

 

「俺にはさっぱりわからん。何が楽しくてそんなに沢山女を落とすのか」

 

「キャップには一生わからねぇと思うぜ・・・」

 

女性には興味のないキャップには謎の光景として映るだろう。

 

「大和はモテるんだな」

 

「「「お前が言うな」」」

 

ツッコミをいれても首を傾げている士郎だった。

 

 

 

 

 

街を練り歩く中同級生とも何度か出会い、その度に士郎は菓子を配っていないのかと聞かれるが、残念ながら無いということで道行く知り合い達にいたずらされる士郎。

 

「なんで俺ばっかり・・・」

 

「そりゃ日頃の行いだろ」

 

「そうそう。士郎の料理は絶品だからね」

 

「理不尽だ」

 

こんなことならクッキーを余分に作っておくべきだったと後悔する士郎。

 

そんな時だった。

 

「あれは・・・」

 

カラフルな提灯が飾られている町の一角にでた。

 

「げ。みんなあそこはスルーだ」

 

「京極先輩のお店じゃない?」

 

「本当だ。ハロウィンでなにか売り出してるのかな」

 

そんな言葉とともに駆け寄っていく一子。

 

「ああっ!ワン子やめとけって!」

 

百代の静止も構わず一行は京極の店を訪れた。

 

「おや、これは珍しいじゃないか。武神が私の店を訪れるとは」

 

「別によりたくて寄ったんじゃないですー。こいつらが・・・」

 

「へぇ!色んな色の提灯がある!」

 

「これ!かぼちゃの形だ!和風もいいなぁ・・・」

 

「はっは。確かに武神が来たというよりは後輩たちが物珍しさに来たという感じかな」

 

「京極先輩は提灯を作って長いんですか?」

 

士郎の問いに興味深そうに京極は頷いた。

 

「ああ。私の家は代々提灯屋だ。ここにあるものも大体は私が手掛けたものだ」

 

「京極先輩って言うと、言霊がすぐに思い浮かぶけど、提灯屋だったんだなー」

 

そう言って手近な物を手に取るキャップ。

 

「決めた!俺これ買う!」

 

「キャップ!?」

 

キャップは様々な冒険で品を買ってくるが、彼の眼鏡にかなうものは中々ない。なのでこれは相当にレアなケースだった。

 

「毎度あり。末永く使ってやってくれ」

 

「キャップが買うクオリティかぁ・・・」

 

「俺も買うぞ。京極先輩、珍しいものとかあります?」

 

「士郎も?」

 

「こちらに置いてあるものは特殊な染料で着色したものだ。他ではあまり見ないものではないかと思う」

 

「どれどれ・・・本当だ~色合いが素敵ね!」

 

「なんだよ、みんなして。こんな人でなしに構っちゃってさ」

 

「武神が私を忌避するのはいつもの事だが、こうしてみると結局仲間達からは離れがたいと見える」

 

「そりゃあファミリーだからな。興味持った相手しか見ないお前とは違うんだよーだ」

 

いー!っと威嚇するが京極はそれも何のその。手元の作りかけの提灯に目を向けたままだ。

 

「京極先輩。これとこれ、もらえますか?」

 

士郎が指さしたのはハロウィン限定商品だろう、かぼちゃの提灯と、淡い赤色の提灯だ。

 

「構わない・・・お代は確かに。・・・ふむ。ちょっとしたサービスでもしようか」

 

代金を払った士郎の顔を見て京極はふと思いついたように言った。

 

「衛宮君。酷い女難の相が出ているぞ。あまりおいたはやめておいた方が良い」

 

「は?」

 

意味が分からんと首を傾げる士郎だが、仲間達は大爆笑だった。

 

「がっはっはっは!言われてやんの!」

 

「京極先輩、もっと言ってやってください」

 

「確かにありそうだよね。・・・背中から刺されそうなの」

 

「士郎はモテるからなー」

 

「おい京極!これ以上ってなんだ!まだ増えるっていうのか!?」

 

「おい。増えるとはなんだ」

 

黙って聞いていれば酷い言われようである。

 

「さて。私は少々聞きかじった程度の知識しかないのでね。増えるかどうかは・・・まぁ、容易に想像ができるが。正室、側室の法案が通るまで自重することだな」

 

「なんでそこでその法案が出てくるんですか・・・」

 

分かり切ったことなのだが士郎だけはさっぱりわからない様子でこれは苦労するなと京極は思った。

 

「武神。獲物は素早く仕留めた方がいいと、私は思うがね」

 

「大きなお世話だ!!」

 

今度こそ声を荒げて言う百代にやっぱり何処か納得のいかない士郎。

 

そんな最後に釘を刺される形でハロウィンは幕を閉じた。

 

 

 

 

「はぁ・・・」

 

秘密基地からの帰り道。士郎は散々イジられて疲れ果てたようにため息を吐く。

 

(なんだってみんな俺がモテるだのハーレムだの言うんだろう)

 

自分は自分にできることを精一杯やっているにすぎないのだが。

 

(仮に複数の女性と結婚・・・考えられないな)

 

元の世界では結婚自体せずに世界を旅した士郎である。当然結婚などという言葉に意識などなく、それも複数人など考えも及ばない。

 

「じゃなー」

 

「じゃねー」

 

「ん?おう。また明日」

 

気付けば島津寮まで歩いていたらしく士郎は去り行く寮組に、また、と返して歩く。

 

「なぁ士郎」

 

スヤスヤと眠る妹をおぶった百代が問いかける。

 

「なんだ?」

 

「士郎に好きな人っているのか?」

 

直球な問いかけだった。いつもなら・・・いや、今も実は赤面している百代だが、

 

「――――」

 

士郎は難しい顔をして黙ってしまった。

 

「士郎・・・?」

 

その姿が恥じらうわけではなく、驚くものでもなく、ただひたすらに困惑が見える百代は何事かと思った。

 

「・・・なぁ百代。俺はそんなに幸せになっていいんだろうか?」

 

「え?」

 

「俺は多くの人を見殺しにしてきた。多くを救うために少数の救いを否定した。もちろん救えたものはあったけれど、そんな俺が普通の幸せを享受していいものか、俺にはわからないんだ」

 

「・・・。」

 

百代は俯いて考えてしまった。自分達は色恋沙汰に一喜一憂しているが彼はそもそもそのステージまでたどり着けていないのだとやっとわかった。

 

「百代はもう知っているだろう?俺の過去を。正義の味方として活動していたことを」

 

「うん・・・」

 

「俺には分からないんだ。好いた嫌った以前に、そんな普通の幸せを得る権利があるのかどうか」

 

「士郎・・・」

 

その姿が、土砂降りの中泣き叫ぶ子供のようで。百代も何も言えなくなってしまった。

 

「すまん。ちょっと暗くなったな。とにかく今俺にその気はもてないんだ。どうしても、罪悪感の方が強くて」

 

「そっか」

 

百代はその言葉を聞いて激しい激情に襲われていた。

 

(言いたい。言ってやりたい。誰よりもお前が、お前こそが幸せになるべきなんだって)

 

しかしそれを口に出来ない。いつもだったら怒鳴り散らしていただろうにそれが出来ない。

 

 

――――脳裏に浮かぶのは。死の匂いが充満した真っ黒な景色。そして救いを求める黒いナニカ。

 

 

彼の心を焼き尽くしたであろうその光景が、百代が口を開くことを許さなかった。

 

「百代?なんで泣いてるんだ」

 

「え?」

 

百代は士郎に言われて初めて自分が涙を流していることに気付いた。

 

「泣きはらし・・・てはないか。どうしたんだよ。急に泣き出して」

 

「これは・・・お前が・・・」

 

(違う。悔しいんだ私は)

 

自分は士郎が好きだ。きっとこの先にない程はち切れんばかりの愛が溢れてる。

 

けれど、自分はこの空虚な男の事を何も知らないんだと思い知らされたのだ。

 

「ついたぞ百代。大丈夫か?」

 

「・・・。」

 

士郎の言葉に百代は答えない。だが、

 

「士郎」

 

「なん・・・ん!?」

 

グイっと首元を引っ張り強引な口づけを交わした。

 

「おま、なにやって・・・!」

 

「それでも私は、お前の事が好きだよ」

 

そんな当たり前(本心)を口にした。

 

「え?」

 

「おやすみ」

 

戸惑う士郎を置いて百代は立ち去って行った。

 

残された士郎は自分の口元に手をやり、

 

「それは、反則なんじゃないか・・・?」

 

咄嗟の事に頭が真っ白になりつつ帰ることになるのだった。

 

 

 

 

 

翌日。川神学園は川神祭(文化祭)で大忙し。何せ準備期間はあと三日しかない。しかしながら、規律順守のスケジュールの鬼がいる2-Fで慌てる事態に等ならない。

 

なのだが、

 

「士郎、士郎!」

 

「え?なんだ?」

 

「なんだ?じゃねーよ!箒持ったまま固まってんな!もうハロウィンは終わったっつうの!」

 

翌朝から士郎の様子がおかしい。実を言うと家でもこんな感じだったので、林冲は休息を薦めていた。しかし、文化祭の準備で休むわけにはいかんと言いながら、それでもぼーっとしたままなのだ。

 

「なんだぁ?士郎の奴様子がおかしくね?」

 

「昨日は特に何もなかったよね?」

 

「だな。京何か知ってる?」

 

「わからない。でも私達と別れる時までは普通だったからその後だと思う」

 

「俺様とモロの時も普通だったよな?」

 

「う、うん。ちょっと考え事はしてたみたいだけどね。あんな風になるほどじゃなかった」

 

「となると・・・」

 

「・・・。」

 

皆の視線を集めた一子が全力で目を逸らした。

 

「ワン子なんか知ってるな?」

 

「ダメよ!私は何も聞いてないし見てない!」

 

「って言う事は知ってるんだな。キリキリ吐きやがれ」

 

「ダメ!約束だから・・・」

 

「約束?」

 

 

 

 

 

百代が士郎の前から立ち去った時。百代は背中で眠っているはずの妹に声をかけた。

 

『ワン子』

 

『・・・。』

 

『起きてるんだろ。分かってるぞ』

 

『うぁう・・・』

 

奇妙な声を出して黙秘できなかったと悲鳴を上げる。

 

『お姉さま、怒ってる?』

 

『まさか。起きたのは今さっきだろう?私が士郎と・・・その』

 

強引にキスをした時に一子は目を覚ましたのだ。

 

『とにかく!今の事はナイショにしてくれ』

 

『それはいいけど・・・お姉さま、大丈夫?』

 

『・・・正直大丈夫じゃない。けどなんとかする』

 

顔を真っ赤にして耳まで赤くした百代がそう言う。

 

『私もだけど、きっとあいつも心の準備が出来てないと思うんだ。だからその時までは・・・』

 

『・・・うん。分かったわ。頑張って!お姉さま』

 

というやり取りがあったのだ。故に一子は彼女なりに必死に口を(つぐ)む。

 

「なんだよー。ワン子が知ってるってことはモモ先輩か?」

 

「ぽいなぁ・・・こりゃあ藪蛇になりそうだ」

 

「一つ確認。悪いことではないんでしょ?」

 

京の言葉に一子はブンブンと頷いた。

 

「なんだ。じゃあ士郎が勝手に頭回らなくなってるだけか」

 

「それもそれで異常事態だけどね・・・」

 

またぼーっとしている士郎にレオニダスが心配そうに問いかけている。

 

「マスター。どうにも心ここにあらずという様子。ここは一度休息して心を整理した方が良いのではありませんか?」

 

「・・・そうだな」

 

さしもの士郎もレオニダスにまでそう言われては仕事にならんと決めて皆に準備を頼むことにした。

 

「心配ないぜー。準備はもうほぼ終わってるしな」

 

「残ってるのは飾りつけだけだから非力な俺たちでも問題ない」

 

ヨンパチとスグルはそう言って快く引き受けてくれた。

 

「みんなすまない。今日はちょっと休ませてくれ」

 

「気にしない気にしない。衛宮君はいつも働き過ぎなくらいなんだから」

 

「こういう時こそ、お姉さんを頼ってください!」

 

「車に引かれるなよー」

 

「でもって車壊すなよ」

 

「そっちの心配!?」

 

今の士郎ならば無条件に反射して壊しそうである。

 

「みんな、ありがとう。この礼は必ずする」

 

そう言って士郎は足早に荷物を持って帰って行った。

 

「・・・悩み事か?」

 

「馬鹿ね。どう見ても女の子関係でしょ」

 

「!」

 

千花の言葉に一子が反応するがそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

――――interlude――――

 

その日百代はとにかく気がふれたのではないかと思うほど顔色を変えまくっていた。

 

「!・・・ッ!!」

 

「百代、気色悪いで候」

 

赤面したかと思えば体をブンブン振り回して、かと思いきや一気に顔色が真っ青になり・・・とにかく喜怒哀楽が暴走していた。

 

そんな友の様子に流石の弓子も苦言を呈した。

 

「だってユーミン!私、やっちゃったんだぞ!」

 

「だから何をで候。さっきからそれを聞いているのに百代ははぐらかしてばかりで候」

 

「だから・・・!」

 

と言って、その先が続かない。そして赤面して・・・のループである。

 

「モモちゃんも川神祭の準備やってよねん。いつまで軟体生物ごっこしてるの?」

 

「燕!別にそんな難儀な遊びをしてるわけじゃ・・・」

 

「じゃあどうしたのさ。らしくないよモモちゃん。ここはズバーッ!と言っちゃいなよ」

 

「う・・・」

 

燕の言葉にいい加減観念したのかボショボショと何事かをつぶやく。

 

「なに?聞こえないよん(あれ、これまさか)」

 

「聞こえないで候(もしかして)」

 

「だから!コクハク…したんだ!」

 

その言葉に二人は頭が真っ白になった。一人は想像もしなかった友の行動に。もう一人はまさかの事態に気を持っていかれて。

 

(告白?百代ちゃんが!?ウソ!?キャー!!!)

 

(・・・出遅れたねん。まさかモモちゃんがそんなにアクティブに攻めるなんて)

 

「この美少女なら問題ない・・・はず・・・あああ・・・でも士郎はそう言うの考えられないって言ってたし・・・ていうかなんでそんな状況でコクハク…したんだ私ッ!!!」

 

「え?衛宮君がなんて?」

 

「それは・・・」

 

言えなかった。それは彼の秘密にも直結すること。軽々しく口にしてはいけないことだ。

 

「言えないので候?」

 

「うん・・・とにかく士郎は自分が幸せになっていいかわからない、むしろなってはいけない的なことを話してて・・・」

 

「それ明らかに自爆ポイントじゃん。でも断られはしなかったんだ?」

 

「いや、私が返答を聞かずに帰ったんだ・・・で、でも!今日の朝は断られなかったぞ!?」

 

「それは本人が百代にどう接していいか分からないからで候」

 

「だねん。だって今日のモモちゃんずっと挑戦者の相手してたじゃん」

 

「う・・・そ、そうだけど・・・」

 

また顔を青くして机に突っ伏す百代。

 

「やっぱりダメかなぁ・・・初恋なんだけどなぁ・・・」

 

「応援してやりたいところで候が、本人がそこまで思いつめているならば覚悟は必要で候」

 

「うう・・・ユーミン~・・・」

 

しとしとと涙を流す百代に弓子も困り顔である。

 

「・・・とにかく状況整理したほうがよさそう。いつ告「わあああ大きな声で言うなぁ!!!」・・・したの?」

 

「昨日・・・」

 

「時間は?」

 

「夜・・・」

 

「(雰囲気はいいわね)どこで?」

 

「家の前で・・・」

 

「どうやったの?(ここ重要)」

 

「その・・・無理やりキスして・・・それでも私は、お前が好きだって・・・」

 

「「はああぁぁ?」」

 

思わずイラついた声を上げる二人。

 

「な、なんだよう・・・わかってるよ、やりすぎたっていうか・・・」

 

「雰囲気大事にしようよ百代ちゃん・・・」

 

「折角それだけシチュエーション揃っててなんで強引に行ったの(セーフ!唇奪われてるけどとにかくセーフ!)」

 

「ううう・・・だって我慢できなくて・・・」

 

「これは・・・接し方にも困るで候」

 

「そうだよん。モモちゃんが好きな人がそんな風にしてきたら嫌でしょ?」

 

「・・・士郎ならいいというか・・・士郎ならむしろ来いというか・・・」

 

「「・・・。」」

 

とにかくぞっこんなのはわかった二人。

 

(これは想像以上にまずいかなぁ・・・)

 

ふといつかの真っ直ぐな眼差しの彼を思い浮かべる燕。カッコよかった。そして強かった。あの眼差しが何を見ているのか見届けたくなった。

 

それが奪われる。そう考えた瞬間、

 

「?どうしたんだ燕。殺気なんか出して・・・」

 

「・・・ッハ!」

 

思わず殺気が漏れていたことに燕は気づき、慌てて引っ込める。

 

「とにかく、士郎君がどう返事するか待つしかないんじゃない?」

 

「そうで候。とにかくどんな答えでも受け止める覚悟をしておくで候」

 

「それって返答は絶望的ってことじゃないかー!」

 

「「それは貴女が悪い」」

 

うわーん!と泣き出した百代にため息を吐く二人。

 

とにかく命運は衛宮士郎に託された。彼がどう返事をするのか、二人も気になる所だった。

 

 

 

――――だが、その願いは叶えられない。何故なら彼は。翌日レオニダスと共に行方不明となったのだから。

 

 

 

――――interlude out――――




はい。最近短編が続いて申し訳ありません。次は長くなりそうなのでここで一度切ります。

皆さんは百代の今回の告白、どう思いますか?ロマンチックでしょうか?それともやばい奴案件?作者的には男がやったらやばい奴案件な気がします。女性はどう思われるでしょうか?良ければ感想で教えてください。

では次回!


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黒い影

皆さんこんばんにちわ。新川神流の技名が中々決められない作者でございます。

ご感想ありがとうございました!意外と、士郎相手ならガンガン行くべき、むしろ粘れ。的なコメントを頂いて、だよなぁ・・・と頷いてしまいました。

今回からはまたもや戦闘回ですかね?士郎の戦いを見届けてください。

では!


短くなっていた日も落ち、真っ暗な闇の中。士郎は以前源氏大戦が行われた山中にて身を潜めていた。

 

『・・・レオニダス。そっちはどうだ?』

 

『あまり芳しくありませんな。例の影共(・・)が多数跋扈しています』

 

『そうか・・・参ったな、完全に動けなくなってしまった』

 

何故士郎が山の中で身を潜めているかというと、先ほどレオニダスが言った『影』にあった。

 

そいつらはどこからともなく出現し、衛宮士郎だけを狙って攻撃をしてくる。しかも、誰かが間に入るとその者まで攻撃対象とするおまけつきだ。

 

(史文恭は無事だろうか。何とか致命傷は避けられたように思うが・・・)

 

全ては士郎が川神祭の準備を休んで帰宅した時まで戻る。

 

百代の告白に思考が纏まらなかった士郎はその日、とりあえず休むことを考えたのだが、

 

 

ガランガランガラン!!

 

「!?」

 

外敵感知の結界が強烈な音を発した。この外敵感知の結界は相手の敵意に対して反応するが、その敵意の強さに対しても音の強弱で反応してくれる。

 

「敵襲か?」

 

その日、士郎は早く帰宅したため家には史文恭しかいなかった。

 

「そのようだ。それも大層お怒りの様子だな。史文恭、戦えるかね?」

 

素早く赤原礼装を身に纏う士郎に史文恭は、当然だと言わんばかりに狼牙棒を携える。

 

「では出るとしよう。・・・今度は一体何処の勢力か・・・」

 

この時士郎はまた梁山泊と曹一族のような相手を想定していた。意趣返しにでもきたのか。そう思っていたのだが・・・

 

「なんだ・・・あれは・・・?」

 

まるで人型の影のようなものがしきりに頭を振って何かを探している。

 

「おい衛宮。どう出る?」

 

この時士郎は、一瞬史文恭を戦闘に巻き込むべきではないかもしれないと直感した。

 

「・・・史文恭は家の守りを頼む。外の敵は私がやる。気を付けろ、奴等奇怪な見た目を――――」

 

そこまで言った時だった。黒い影がこちらを視認し、黒い弓のようなものを向けてきたのは。

 

「!?この距離で気づかれただと!?」

 

衛宮邸から影まで約二キロはある。にもかかわらず相手は士郎のようにこちらを視認し、すぐさま攻撃の手を向けてきた。

 

パシュン!と飛び来る矢を投影した干将で叩き切る。その時、士郎の悪い予感は的中した。

 

(まずい!こいつら、魔術で出来た使い魔か・・・!)

 

魔術で出来た使い魔。それも相当な神秘を内包した存在だ。これではただの鉄の塊を叩きつける史文恭の攻撃は効果が薄い・・・!

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

「史文恭!これを使え!」

 

投影したのはイリヤのメイド、リーゼリットが持っていた巨大なハルバード。巨大故に早々扱える重量ではないが、狼牙棒という鉄の塊を振り回すことの出来る彼女ならば可能なはず。

 

「ハルバードだと?衛宮、どういうつもりだ。私には狼牙棒が――――!?」

 

己の武器を侮辱されたと憤慨する史文恭。だがそれが大きな隙だった。

 

「史文恭!」

 

「!」

 

いつの間にか目の前に立っていた黒い影に狼牙棒を振りかざす。だが・・・

 

(!?なんだこの手ごたえは・・・まるで効き目がない・・・!?)

 

狼牙棒は確かに影を打ち据えた。しかし狼牙棒から伝わってくる手ごたえは通常ならざるもの。鉄を殴ったような、粘土にめり込んだような、意味の分からない感触を伝えてくる。

 

「チィ――――!!!」

 

史文恭が警告を聞かなかったことで効かぬ攻撃(・・・・・)という隙だらけな状況が出来上がってしまったことに士郎は舌打ちし、全力で彼女のもとへと駆ける。

 

だが一歩遅く、

 

キン!ザシュ!

 

「ぐあっ!!」

 

長物・・・恐らく槍であろうそれを弾きはしたが史文恭は浅くない傷を負ってしまった。

 

「消えろッ!!!」

 

ズダン!と士郎の大上段からの一撃で影が真っ二つにされる。するとまるで元からそこには何もいなかったようにザアっと消えてしまった。

 

「史文恭!!」

 

「喚くな・・・お前の時ほどの怪我ではない・・・」

 

そう言いながらも声は弱弱しい。袈裟懸けに切られてしまった彼女はすぐに治療しなければ命が危うい。だが、

 

「・・・!また影か!」

 

遠方からまた影がやってくるのを見て士郎はすぐさま迎撃態勢を取る。

 

『レオニダス!すぐに戻って来てくれ!敵襲だ!!』

 

『なんですと!?すぐに向かいます!状況は!』

 

『史文恭が切られた!すぐに治療しないとまずい!』

 

シュン!と振られた槍を夫婦剣で弾き返し、当身を使った斬撃で距離を開け、横に一閃し、また消えた。

 

しかし、士郎の眼にはさらに遠方からまた影がやってくるのが見えている。

 

これ以上ここで戦うのは得策ではない。それに分かったことがある。

 

(こいつらに意思はない。そしておそらく気ではなく魔力に反応して俺を狙っている)

 

一体、また一体と切り伏せて士郎はそう分析した。なぜならこの影たちは、傷を負った史文恭を一切狙おうとはせず、むしろ眼中にないという形で自分ばかりを襲ってくるのだ。

 

「マスター!!!」

 

ドン、と随分な数になっていた影が吹き飛んだ。

 

「レオニダス!」

 

「マスター、急いでここを離れましょう!こいつらの目的は貴方ですッ!」

 

「チッ・・・やはり魔術師が居たか・・・」

 

完全にこれは魔術師の仕業だ。どこから情報が漏れたのか知らないが、人の口に戸はたてられない。恐れていたことが起きてしまった。

 

「もしもし!揚羽さんか!?」

 

『どうした?』

 

「魔術師の襲撃に遭っている!俺とレオニダスは犯人を捜すが、史文恭が浅くない傷を負った!至急回収に来てくれ!」

 

『なんだと!?分かった。今すぐに向かおう!敵の強さ的にはゾズマあたりが適任か?』

 

「いや、一切手出しをしないでくれ!こいつらは俺だけを標的にしている!手を出さなければ害はないはずだ」

 

ゾン、とまた影を切り伏せて士郎は考える。

 

(考えろ。こいつらはどうやって顕現している?もう少なくない数を倒した。だというのに尽きる気配がない。術者はどうやって召喚している?)

 

冷静に、今度はわざとつばぜり合いを起こし、

 

――――解析、開始(トレース・オン)

 

相手を解析する。そうするとこいつらはキャスターの操っていた竜牙兵のように、ある一点から魔力の供給と召喚が絶えず行われていることが分かった。

 

しかし、それが人間ではないのは明白だった。

 

(まさか抑止力?いや、それなら周りにも被害が出るはずだ。なにより必ず勝利できる形(・・・・・・・・)で顕現する特徴と一致しない)

 

となればなにか魔術書か大規模術式による集中攻撃だ。

 

「レオニダス!俺が囮になってこいつらを釣る。その間に史文恭を病院に!」

 

「!・・・くっ、了解しました・・・!」

 

「こっちだ影共!」

 

 

――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 

派手に爆発を起こし、粉塵と共に士郎は駆けだす。

 

レオニダスはしばらく史文恭の護衛をしていたが、士郎の言う通り影たちはこちらに見向きもせず士郎を追いかけて行ったのを見てすぐさま史文恭を抱き上げる。

 

「大丈夫ですか!史文恭殿!お気を確かにッ!」

 

「大丈夫だ・・・それより、あれを持ってくれ」

 

そこにあったのは士郎が投影したハルバードだ。

 

「まさか戦うおつもりですか!?」

 

「もちろんだ・・・私がこの体たらくを黙って見過ごせるわけあるまい。忠告を無視して手痛い反撃を貰ったなど・・・私のプライドが許さん・・・!!」

 

「しかし、そのお体では戦うのは無理です。今は大人しく治療を受けてください」

 

「だが・・・!」

 

「そうしなければマスターが悲しむのですッ!」

 

「・・・。」

 

レオニダスの訴えに観念したのか史文恭はクタリと力を抜いた。

 

「わかった。治療を受けるとしよう・・・だがこの借り、必ず返すぞ・・・!」

 

苦虫を嚙み潰したように険しい顔をして史文恭は逆襲を決意した。

 

 

 

 

 

 

その後、レオニダスは途中で救急車に史文恭を預け、士郎に合流した形だ。辺りは夜の帳が落ち、一層影共が見えずらくなっている。

 

『しかしおかしいですな。これほどの異形召喚などすれば普通の術者ならばとっくに魔力切れを起こしているはず。何処にこれだけの魔力を・・・』

 

『昔、キャスターが町の人から少量ずつ魔力を集める陣地を作っているのを知ったが・・・それと似た形かもしれない』

 

なにせこの町の住民は活力にあふれているのだ。多少吸い取った所で、ちょっとした疲れを感じるだけかもしれない。

 

となればやはりこの事態は魔術師の仕業に思えるが、

 

『しかしどうにも解せない』

 

『と、申しますと』

 

『非効率過ぎる。私を捕らえたいのなら人質を取るのが手っ取り早い。現に曹一族は増援を呼んだら一族郎党皆殺しという脅しをかけていた。だがこいつらはどうだ?がむしゃらに私を狙うだけで一向に有効打を使う気配がない』

 

『それは・・・悪党のそれを考えるならば確かにおかしな話しですな』

 

となると、魔術師は魔術師でも未熟な魔術師なのかもしれない。まだ判断するには危ういがどうにか光明が見えそうな気がした。

 

そんな時、士郎の携帯が震えた。

 

「・・・大和」

 

しかし、彼には今電話に出ることは出来なかった。何とかこの影の軍勢を突破して犯人を見つけ出さねばならない。そうして士郎は電話の電源を切った。彼らに被害を出すわけにはいかないのだ。

 

 

――――その電話が、解決の一手になることも知らずに――――

 

 

 

――――interlude――――

 

士郎が足早に帰った後、大和達はお互い川神祭の準備を行って帰路に着いていた。

 

「大和の方はどんな感じになったの?」

 

「俺たちは無難にお化け屋敷だな。多分食べ物系は士郎がいるF組の方が盛り上がるだろうし」

 

「そうねー。士郎が作るメイド、執事喫茶なんだけど・・・」

 

「士郎は大丈夫なのか?」

 

「うーん・・・ただ事じゃなさそうだったからなぁ」

 

「モモ先輩は?」

 

「あそこ」

 

京が指さした先には真っ青な顔でうねうねと悶える百代の姿が。

 

「やっぱりモモ先輩がなんかしたんか」

 

「ぽいですね・・・(まさか、告白したんでしょうか・・・)」

 

少しだが士郎~士郎~と声が聞こえるので間違いなく彼女が士郎がおかしくなった犯人だと思うのだが・・・

 

「秘密って言われたしなぁ・・・」

 

弟と親しむ大和をしてその対応なのだからちょっとやそっとでは話してくれないだろう。

 

と、

 

「あ」

 

「モモ先輩の動きが止まったぜ」

 

「電話か?」

 

何事かと一同が見守っていると、突然百代が烈火のごとく怒り始めた。

 

「なんだろう・・・」

 

「少なくともいい反応じゃねーな」

 

そして何度か怒声をまき散らした後すぐに別な所へ電話をかける百代。

 

「なんだなんだ?」

 

「モモ先輩が大和坊みたいに色んな所に電話してるぞ?」

 

そうして一段落したのか大慌てで皆に合流し、

 

「頼む!力を貸してくれ・・・!!」

 

切実な願いが百代から話された。

 

――――interlude out――――

 

 

「フッ!ハッ!」

 

夫婦剣の乱舞が影共を引き裂く。先ほどまで隠れていた士郎だが結局隠れきれなくなり、当てもなく戦いながら移動を繰り返していた。

 

「マスター!大丈夫ですか!?あまり無理をなされては・・・!」

 

「わかっている!くっ・・・魔力が乏しい自分に嫌気がさすな・・・!」

 

出来る限り投影は控えている。なぜならこの影は無尽蔵に湧いてくるのだから元より魔力がそれほど多くない士郎はすぐに戦えなくなってしまう。

 

今回は暴徒戦とは違い、神秘を宿した武器でなければ打倒できない。故に、魔力が切れ、投影が出来なくなれば衛宮士郎は戦うすべを失う。

 

それだけは避けねばならないが、そうなると今度は激しく体を酷使することになり、体力が削られていく。しかも、

 

「この――――!」

 

段々と影共が一体一体が別々に押し寄せるのではなく、互いに連携して襲い来るようになっていた。

 

「マスター!」

 

「わかっている!!」

 

双剣を投げつけ、

 

――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

再度起爆させて爆炎を上げて煙幕を作り撤退する。本来ならばゲリラ戦として有効だが、この敵には時間稼ぎにしかならない。

 

だがその時間が、人間である衛宮士郎には何より必要な物だった。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

「マスター。水です。少しでも体を休めてください」

 

「すまない、レオニダス・・・」

 

そう言って差し出された水を飲む士郎。

 

「助かる・・・」

 

「いえ。こんなことしかできぬ己に腹が立ちますが、今はともかく元凶を見つけねば」

 

「ああ。早くしないと手に負えなくなる」

 

徐々にではあるが影の強さが増している。連携を組むだけでなく、一体一体の強さが上がっているのだ。

 

「なぜああも様変わりする?まさか経験を得ているとでも言うのか?」

 

「わかりませぬ・・・しかし、このままでは私はともかくマスターがもちません。なにか心当たりはありませんか?」

 

「そうは言ってもな・・・いや、まてよ。この山に入ってから奴らの数が劇的に増えてないか?」

 

当初は一番被害が出なさそうな場所で一番心当たりのある場所としてここを選んだ。それまでも徐々に増えていたがここに来てから相当に増えた気がする。

 

「マスターの予想が正しければ、私達は意図せず敵の懐に飛び込んだことになりますな」

 

「ああ。ここに魔術師、魔導書、魔法陣のいずれかがある。だがこの広い山で如何に見つけるかだが・・・」

 

それは絶望的と言っていいものだった。砂漠で一粒の宝石を見つけ出すような行為だ。

 

「マスターは索敵の魔術は扱えないのですか?」

 

「できなくはないが地図が無い。俺が使えるのはルーン魔術の索敵だ。それも地図を使った簡素なもの。ダウジングのようなことは出来ない」

 

「そうですか・・・一番集まっている場所を狙うのも良いかもしれませんがこの闇の中では何処が最も敵の層が厚いのかわかりません。一体どうしたものか」

 

「・・・。」

 

手はなくはない。自分が囮として引き付けている間に誰かに見つけ出してもらう人海戦術。しかしそれには多大な犠牲を払う可能性がある。

 

「今は俺だけに敵意が向いているが、この先変わらないとも言い切れない」

 

何とか息は整えた士郎だが全く行く先が見えない状況にため息が出る。

 

士郎の戦いは、苦しいものになりつつあった。

 

 

――――interlude――――

 

「姉さん、どこに向かうの?」

 

「九鬼の病院だ。そこにぶっ殺したい奴がいる」

 

ピキリと空気が凍る。彼女は本気だ。本気の殺意を抱いている。

 

「マジか・・・モモ先輩がここまでブチギレたの今までなかったんじゃね・・・?」

 

「モモ先輩落ち着いてください」

 

「・・・多分着いたらまゆまゆもそう思うぞ」

 

「え?」

 

「とにかく九鬼の病院に行こう」

 

大和達は百代先導の下、九鬼の病院を訪れた。だが、目的の病室には警官が立っていた。

 

「なんか警察の人いるんだけど・・・」

 

「いくぞ」

 

モロの言葉に目もくれずズンズンと百代はその病室に向かっていく。

 

「・・・ここは面会拒否となっているが」

 

「九鬼揚羽さんの連れだ」

 

百代の言葉に警官は身を引き、

 

「ど、どうぞ・・・」

 

恐れるように道を開けた。

 

「おい、あれ大丈夫か?」

 

「モモ先輩ガチでキレてんな・・・巻き添えはやべぇぞ」

 

「それもだけど今九鬼君のお姉さんの名前言ってたわよね?」

 

「・・・多分士郎絡みだと思う」

 

コソコソと喋り合うファミリー。

 

「おい、お前達早くこい」

 

「お、おう」

 

「行きましょう」

 

百代の全開の殺気にあてられて震える警察官に黙礼して病室に入ると、居たのは九鬼揚羽と最上旭だった。

 

「よく来たな。・・・百代、ここは病院だぞ。殺気を抑えよ」

 

「揚羽さん、コイツが・・・!」

 

百代の髪が気で持ち上がる。それに応えたのは最上旭だった。

 

「ええ。私の父、最上幽斎よ」

 

「なんだって!?」

 

ベッドに横たわっているのはカラカラに干からびたような様子の最上幽斎だった。

 

「最上幽斎って・・・」

 

「確かテロリストの疑いで追われてた人物だな」

 

「だから病室の前に警察いたんか」

 

「でもこのミイ・・・患者が最上先輩の親父さん?」

 

「おいキャップ」

 

的確だが酷い表現をしそうになったキャップを大和が叱る。

 

「いいのよ。事実だから。お父様、百代達が来たわ」

 

カラカラになった手を握って旭が声をかける。

 

「しゃ、喋れるんですか?」

 

「喋ってもらわねば困る」

 

明らかに命の危機に瀕している相手だが、揚羽の言葉は厳しいものだった。

 

そして一時おいてゆっくりと最上幽斎が目を開けた。

 

「ああ・・・君達が彼の友達か・・・僕の為に来てくれてありがとう」

 

干上がったカラカラの声が発せられる。その様子はキャップが比喩しようとした通りまるでミイラが喋っているかのようだった。

 

「誰がお前の為なんぞに来るか!士郎に一体何をしたッ!!!」

 

「士郎先輩・・・?」

 

「まさかこの人士郎に何かしたの?」

 

激情を露わにする百代に一同は困惑する。

 

「彼には本当にすまないことをしたと思っているよ・・・だがこれも彼への試練・・・」

 

「お前・・・殺すぞ」

 

ビキリと空気が凍り付く。本気だ。百代は本気でこの今にも死にそうな男に必殺の拳を振りかざそうとしている・・・!

 

「よせ百代。ここでこんな外道に手を下してもお前の手が血に汚れるだけでなんの益もない。それよりも話せ、最上幽斎。貴様、衛宮に何をした」

 

「ちょっと特別な・・・本を見つけてね・・・躍進を遂げる川神にはいい試練になるかと思ったのだけど・・・」

 

コホッコホッと乾いた咳が響く。

 

「どうやら・・・僕への試練でもあったようでね・・・使用したらこの通り・・・生気を吸われているのさ・・・」

 

「答えになってない!試練試練ってお前の都合なんざどうでもいい!!士郎に何をしたか吐けッ!!!」

 

「姉さん!待って!」

 

「モモ先輩待った!」

 

咄嗟に大和とガクトが百代を抑え込む。ジタバタと暴れているので今にも二人とも吹き飛ばされそうだ。

 

「彼は・・・その本に呼ばれた存在に追われている・・・恐らく、形のない何か・・・悪魔のようなものの核にするために」

 

「なんだって!?」

 

「悪魔・・・と来たか。最上、貴様が使ったのは魔術書の類だな?」

 

「そうだ・・・中には・・・我々の知らない言語が書かれていた・・・だが、僕の勘が囁いていた。これは良い試練となると・・・」

 

「それで士郎先輩を狙わせているわけですか」

 

「ま、まゆっち・・・」

 

話しを聞いていた由紀江も徐々に殺気を露わにしていく。

 

「いや・・・僕が狙わせているのではない・・・本が勝手に狙っているのさ・・・この世界で最も核となりえる人物を・・・」

 

また乾いた咳が響く。

 

「彼には・・・我々には無い特殊な力があるんだろう・・・?本を通して飢えのようなものを感じている・・・きっと彼がこの世界で唯一それを持っているんだ・・・」

 

「・・・魔力」

 

ポツリと大和が呟いた。

 

「それで、その本は何処にやった」

 

「源氏大戦で使った山の中・・・場所は・・・わからない。使用したら何処かに行ってしまったからね・・・」

 

「チッ・・・それじゃあ何も分からないじゃないか・・・!!!」

 

山というだけあって相当に広範囲である。あの山中から一冊の、それも無尽蔵に敵を召喚している物を探し出さねばならない。

 

「今・・・僕がこうして生気を吸われているという事は、彼はまだ無事だという事・・・急いだ方が良い・・・飢えは時間が経つにつれて酷くなっている・・・」

 

それだけ言って最上幽斎は眠るように目を閉じた。

 

「・・・。」

 

一応心音計が鳴っているので生きてはいるのだろうがその波形は緩やかになりつつある。

 

「聞いたな、お前達。我らはこれから衛宮を探しつつその本を探す。衛宮の最後の電話では、攻撃さえしなければ襲ってはこないという事だ。だが・・・」

 

確実に安全とは言い切れないと揚羽は言った。

 

「なぜです?」

 

あまりの激情に無言になる百代に代わり大和が聞く。

 

「我らは特殊任務に就いている九鬼家従者部隊、序列4位のゾズマを派遣しようとした。ゾズマの強さを衛宮は一度目にしている。それでも手を出すなと言ってきたのだ」

 

「序列4位・・・」

 

九鬼で序列4位というのは絶大な力を持っていることになる。もちろん、九鬼の序列は戦闘力だけでは測られていないが、それでも4位ともなれば壁越えの強さだろう。

 

そんな人間を派遣しようとして、それでも断られた。となるとただ敵が強いだけではないのかもしれない。

 

「多分・・・魔術じゃないと効き目が無いんだと思うわ」

 

それまで黙っていた旭が口を開いた。

 

「最上先輩、士郎の秘密を知っているんですか?」

 

「ええ・・・これまでずっと観察してきたけど、多分、私以上に彼の秘密を知っている者はいないでしょうね」

 

「それはなぜだ・・・と問いたいが今は時間が無い。最上旭、お前の見解を我らに聞かせろ」

 

「感謝するわ。お父様が使ったのは恐らく魔術書。使用者の生命力を原動力として何かを復活、あるいは顕現させようとしているのだと推測できるわ」

 

「・・・旭ちゃんの推測が当たりだとして。なんで士郎だけが狙われるんだ」

 

「恐らく彼が魔術師・・・いえ、魔術使いだからよ。きっと本の目的を達成するには魔術師を核としなければならない。でないと、揚羽さんや百代が狙われない理由がないわ」

 

「じゃあ士郎は今もたった一人で、どこに居るのかもわからない敵と戦い続けてるってことなのか・・・!」

 

クリスの言葉にブワッとファミリーに怒りが満ちた。

 

「大和!電話!」

 

「もうしてる!・・・くそ!繋がらない!」

 

「俺様達も行こうぜ!」

 

「そうよ!士郎を一人に何か出来ないわ!」

 

「士郎先輩・・・すぐに行きますッ!」

 

そう言って駆けだそうとする風間ファミリーを揚羽が扉の前に立つことで防いだ。

 

「どいてください!揚羽さんッ!!!」

 

「たわけ!もう少し冷静にならんか!今最上旭が言ったことが聞こえなかったか!」

 

皆の視線が最上旭に向けられる。

 

「・・・そう言えば魔術じゃないと効き目がないって・・・」

 

「旭ちゃん、どういうことなんだ!?」

 

「言葉通りの意味よ。魔術書によって作られた存在なら相手は魔術・・・神秘の押し合いでしか倒せないの」

 

「神秘の押し合い?」

 

「ええ。言ってしまえばどれだけオカルトとして信じられているかという事よ。現在より過去、古の武器だとか技だとか・・・そこにオカルト的な強さがないとダメージを与えられないの」

 

「じゃあモモ先輩でも敵を倒せないってのか・・・!」

 

愕然としたようにファミリー達が固まる。故に士郎はゾズマの救援を断ったのだ。

 

「オカルトっていうならレオニダスさんは?あの人は確か・・・」

 

「そうね。だからもうレオニダスさんは士郎の元に向かっていると思うわ。マスターとサーヴァントなら念話が出来るし、レオニダス王は英霊。神秘の最たる存在だから・・・特攻ではある」

 

けれど、と最上旭は続けた。

 

「敵は士郎だけを執拗に狙っている・・・いくら英霊・レオニダス王と言えど、疲弊していく士郎を庇いながら戦い続けるのは不可能よ」

 

「じゃあどうすればいいんだよッ!!!」

 

ガン!と百代が床を踏み鳴らす。

 

「・・・手が無いわけではない。今衛宮は孤軍奮闘している。その間に我らで魔導書のありかを見つけ出す」

 

「でも停止させられないじゃないですか?最上・・・さんはこうして勝手に生命力を吸われているわけですし・・・」

 

「いっその事こいつを・・・!」

 

「それはやめた方がいいわ。魔術は電気のように元を立てば止まるものではないの。手順や魔術をキャンセルするようなものを使わないと暴走という形になりかねないわ」

 

「ていうことはそこのミイラのおっさんが死ねば俺らも危ないってことか」

 

今度こそキャップは蔑称を使った。それだけ彼もこの状況に怒りを覚えているのだ。

 

「・・・。」

 

「大和・・・」

 

一子がすがるように大和を見る。彼は今全力で思考を巡らせていた。

 

(士郎が電話に出ないのは俺たちを巻き込まないためだ。ただ強いだけじゃ倒せない相手だから姉さんさえも無力。俺たちにできることはなんだ?)

 

沈黙が病室を支配する中、揚羽の電話が鳴った。

 

「私だ。・・・なに!?無事なのか!?」

 

「なんだ?」

 

「もしかして被害者が出たんじゃ・・・」

 

「うむ・・・うむ・・・そうか!では二人にも召集をかけてくれ!ではな!」

 

ピ、と電話が切られる。

 

「喜べ、とは言えないが収穫があったぞ」

 

「揚羽さん!!」

 

がばっと百代が揚羽の肩を掴む。

 

――――もたらされたのは、僅かな可能性だった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

「ここでもない・・・一体何処だ?」

 

士郎は夜通し山中を探し回っていた。時間は夜明け前と言ったところか。

 

山に飛び込んでから夜が明けようとしている。

 

『レオニダス、そちらはどうだ?』

 

『それらしきものは無いように思います。ですが、日が昇れば幾分か奴らの配置が分かりそうですな』

 

『・・・それは難しいかもしれない』

 

士郎の異常な視力は暗闇をものともしない。そんな彼の目にはまるで一面黒で塗りつぶしたような光景が広がっているのだ。

 

『マスターは暗視も出来るのですね』

 

『ああ。先ほどからなるべく高い位置から見下ろしているが・・・山が黒一色に染まっている』

 

時間が経ち、数が増えすぎたのだろう。陽炎が揺らめくように黒に染まった山がユラユラと蠢いている。

 

『もう夜が明けます。マスター、体調は大丈夫ですか?』

 

『問題ない』

 

過去には一週間丸々警戒の為に起きていたこともある士郎である。この程度ならばまだ彼に変調は見られない。

 

(しかし確実に疲労は蓄積しているはず。大した精神力です)

 

『下から見て何処から奴らが来ているか見当は付きそうか?』

 

『いえ、下からは無理です。マスターがおっしゃる通り、上を見れば夜明けが近いことがわかりますが、そうでないと視界が黒一色です』

 

このままではまずい。強さもそうだが単純に数の暴力で押し切られる。今のレオニダスなら数回は宝具を使えるだろうが、それも一時の効果しかないだろう。

 

『万事休すか・・・ん?あれは・・・」

 

真っ黒な山の中に執事服とメイド服を着た者達が入ってくるのが見える。

 

「揚羽さん・・・」

 

間違いなく九鬼の従者部隊だ。連絡を絶っていたとはいえ、夜通しドンパチやっていれば場所は割れる。

 

それだけではなく、

 

「なっ・・・義経、大和達も・・・!」

 

彼らも結局やってきてしまったのだ。

 

「揚羽さん、何を考えている・・・!なぜ彼らを連れてきたんだ・・・!」

 

『マスター。影共が動いています。何か変化があったのですか?』

 

『最悪だ。九鬼の従者と義経達、そして大和達が山に入った・・・!』

 

『なんですと!?なぜそんな愚行を・・・』

 

『分からない。とにかく彼らに接触しよう』

 

タン、タン、と木の枝を蹴って跳躍する。図らずも修学旅行の木の根道で言ったことを実際にやることになってしまった。

 

「!士郎!」

 

真っ先に彼に気付いたのは百代だった。

 

「声を抑えろ・・・山の中は影共で溢れている。それよりもなぜ来た。手出しをするなとあれほど言ったはずだ」

 

「そうは言うがな衛宮。我らもなんの策も無しに来たわけではない。第一人手が足りまい。大元を見つけるには人手が必要なはずだ」

 

「確かにそうだが奴らは・・・」

 

「その辺の話は最上旭から聞いている。そこで一つ朗報だ。お前の打った魔剣。あれは影共に有効打を与えることが出来る」

 

「なに・・・?」

 

それは考えていなかった。確かにあれは魔術を用いて鍛えられているがこの強烈な神秘を宿す奴らに効くとは考えもしなかった。

 

「一体どこでそれを?」

 

「街中で義経と弁慶が影に遭遇してな。迂闊な行動から戦闘になった」

 

「「・・・。」」

 

迂闊と言われた二人は俯いた。

 

「そこで抵抗した際、義経の刀は影を切り裂き、弁慶の錫杖は影を穿った。偶然だが奴らに有効なことは立証された」

 

「しかし彼女達だけでは・・・」

 

「わかっている。さらにお前が準備したこれを百代と共に投入する」

 

素手の百代が珍しく手にしているのは史文恭に託したハルバードだった。

 

「これはお前の魔術の品であろう?これを使えば百代が戦いに参戦できる」

 

「確かにそうだが・・・」

 

「私とまゆまゆ、ワン子なら影を倒せる。義経ちゃんと弁慶もいる。これだけの戦力があれば陽動くらいは出来るはずだ」

 

「九鬼からも忍足あずみが対応できる。それと・・・」

 

「士郎・・・!!」

 

「士郎!」

 

俊足で駆けつけたのは林冲と覇王状態の清楚だった。

 

「林冲、清楚先輩・・・君達まで」

 

「士郎、私も戦う。これ以上士郎を危険な目には遭わせない・・・!」

 

「俺もだ。俺の虞をこれ以上一人にはせぬ」

 

「これだけいれば陽動は容易かろう。我も参戦したいが我には武器が無い。お前に準備してもらうのもいいが、ここは従者部隊の指揮を執ろうと思う」

 

「・・・だがこの山中から元凶を見つけるのは困難だ。彼女達を危険な目に遭わせる訳には・・・」

 

「士郎君。それは義経達も同じことだ」

 

義経は真っ直ぐに士郎を見つめて言った。

 

「ここにいる誰もが士郎君を失いたくないって思ってるんだ。士郎君だけじゃないんだよ」

 

「・・・。」

 

義経の言葉に士郎は黙るしかなかった。

 

「義経の言う通りです。我々猟犬部隊も援護に回ります」

 

「マル・・・!」

 

「士郎、怪我はしていませんね?到着が遅れたことを謝罪します」

 

ペタペタといつもの様に触診しながら言うマルギッテに士郎はついに苦笑をこぼした。

 

「激戦になるぞ」

 

「望む所よ。最上幽斎が死ねば近隣住民にも被害が出る可能性があると最上旭は言った。我らとしても見過ごすことは出来ん」

 

「ちょっと待ってくれ旭が?なぜ旭がそんな詳細なことを・・・」

 

「私は士郎、貴方を知っているからよ」

 

「旭・・・」

 

何かあるとは思っていたがまさかここまで知られているとは。

 

(本格的に確かめないとな)

 

そう決めて士郎は集まった皆を見つめる。

 

「では私と戦闘を行うものを集めてくれ。それ以外の者は山のどこかにある元凶を見つけてほしい」

 

「最上幽斎の話しでは本という事であった。しかしこれだけの影を生み出しているならば生身で近寄るのは愚の骨頂だろう。衛宮はいつでも我らと連絡が取れるようにせよ」

 

「そういうことなら良い方法がありますぞ」

 

現れたのはレオニダスだった。

 

「いい方法?」

 

「左様。マスターと繋がっている者達は念話が出来るはずです」

 

「なに?だが成功しなかったぞ?」

 

念話はパスが繋がった時に試したが上手くいかなかった。

 

「前に、義経嬢がマスターから魔力を吸い上げましたな?その時義経嬢は何か異常を感じたでしょうか?」

 

「い、いえ!むしろいつもより力が湧いたくらいです・・・」

 

後半になるほどボショボショと言う義経にお気になさらず、と言いおいてレオニダスは士郎を見た。

 

「恐らく、魔力を供給することに悪いことはありません。元は同じ力のようですからな。マスターがしなければならないのはテレビのチャンネルを変えるような作業です」

 

「・・・そうか。魔力ではなく、気で送受信すればいいんだな?」

 

その通りとレオニダスは頷いた。

 

『・・・聞こえるか?』

 

「「「!!!」」」

 

士郎とパスの繋がった百代、由紀江、マルギッテ、義経、揚羽が驚いたように反応した。

 

『聞こえる!聞こえるよ!』

 

『私の声も聞こえているでしょうか?』

 

『これは便利だな。機械いらずとは』

 

『問題なく聞こえています。ですが全員が混線してしまっているようですが・・・まぁ、今は十分でしょう』

 

『魔法って感じだなー』

 

繋がったことを確認して士郎は頷いた。

 

「マルの言う通り今はこれで十分だ。魔術書は山中のどこかにある。抵抗出来る俺達で盛大に引っ掻き回すから、何処から供給されているのか把握してもらえれば見つけられるだろう」

 

光明は見えた。後は戦える者達が如何に影の群れに穴を開けられるかにかかっている。

 

影を減らせば減らすほど影たちの動きが鮮明になるだろう。

 

「おい士郎。俺にも百代のような武器を寄越せ」

 

唯一武器を持っていない清楚が手を出して言った。

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

手に現れたのは何やら豪華な装飾のなされた方天画戟。いつも彼女が使っているそれとは比べ物にならない存在感を放っている。

 

「これが本物の呂布の武器か・・・存在感が違うな」

 

フオン!と一振りして満足そうに頷く清楚。

 

「くれぐれも用心してくれ。相手は神秘の宿った武器でしか攻撃が通らない。百代が本気で殴っても効果はないから必ず武器で攻撃するんだ」

 

「了解です!」

 

「かしこまった!」

 

由紀江と一子もそれぞれ刀と薙刀を手に頷く。

 

「大和達は揚羽さんの指揮下で魔本を捜索してくれ。・・・間違っても攻撃したり早まったことはするなよ」

 

「わかってる」

 

「速攻で見つけてやるぜ!」

 

「目には自信ある。任せて」

 

「自分は今回探す方だが・・・任せてくれ!必ず見つける!」

 

「僕は足手まといだろうから揚羽さんの所で報告に合わせて探索場所にマーキングしていくよ」

 

「妥当だな。では皆の者、行くぞ!」

 

応!!と返事をして一同が己の役目に走った。

 

今、元の世界ではありえなかった、全ての者が衛宮士郎の為に戦う戦いが始まろうとしていた。

 

 




詰め切れなかった・・・今回はここまでです。

士郎は一晩戦い続けました。でもまだ戦います。調べていて意外だったのは聖杯戦争の英霊への攻撃について。武器で怪我を負うのは納得がいきますけど、吹き飛ばされて、ぐあっ!ってセイバーやライダーがダメージ受けるの不思議に思った方はいませんか?
あれ、英霊が攻撃したら全部神秘ありの攻撃になるそうです。ただ吹き飛ばされてもダメージ通りませんが、英霊が吹き飛ばしたら神秘攻撃として判定されるという…なんともすごい設定だと思いました。

次回も流れが続きますがどうぞよろしくお願いします。では!


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その名は――――

皆さんこんばにちわ。新調したメカニカルキーボードがカチカチなるのが楽しい作者です。

今回は一応の決着になる・・・かな。士郎の奮戦を見届けてください。

では!


「ハッ!」

 

「やああ!」

 

「そおい!」

 

夫婦剣が、刀が、薙刀が、錫杖が舞い踊る。

 

援軍として現れた揚羽率いる従者部隊と、マルギッテ達ドイツ軍。そして大和達風間ファミリーに林冲と清楚によって、魔術書から絶えず召喚される影が蹂躙される。

 

「んは!呂布はこんな武器を振るっていたのか!実にいい!爽快だ!」

 

「おい!ギアを上げ過ぎるな!敵はまだまだ湧くんだぞ!」

 

気炎万丈とはこのことか。清楚は己の力を惜しみなく振るって一度に数十体の影を葬り去る。

 

「やるなー清楚ちゃん。私も負けられないな!」

 

ゴヒュン!と巨大なハルバードを振るって百代は獰猛な笑顔を浮かべる。

 

この影と戦いだしてついには夜が明けた。士郎が素早く狙いは自分だと判断してこの源氏大戦の行われた山に潜伏したので街中にはもう影はいないらしい。

 

しかしその代わりに山中はこの影共で溢れかえっており、四方八方から敵が絶えずやってくる。

 

「由紀江嬢!一子殿!時間です!一度撤退を!」

 

「わかりました」

 

「わかったわ」

 

言葉少なく二人が目の前の一体を切り裂いて戦線を離脱する。

 

百代や清楚、レオニダスはまだまだいけるが、彼女等は休息を挟まねば危うい。なにせ相手は無尽蔵。元凶を仕留めるまで湧き続けるのだから常人の体力では持たない。

 

「義経嬢は大丈夫ですか!」

 

「はい!さっき仮眠を取ったので大丈夫です!」

 

「私も眠いけど大丈夫だよ。それより大将、本当に大丈夫?」

 

大丈夫だ、とだけ返ってくる言葉に弁慶は驚愕する。

 

(大将は私達が来る前から戦い続けてるんだろう?一体どれだけ無理するつもりなのさ)

 

士郎自身が囮となり、影の軍勢の出どころを探るという作戦がとられてから士郎は一度も休息をとっていない。

 

それもそのはず。影は元来、彼しか狙わないので必然的に士郎は戦い続けなければならない。

 

百代達に攻撃しているのはあくまで攻撃されたからであり、何もしていなければ士郎だけを狙う。

 

その特性を利用して戦うすべのないものは山中のどこかにある魔術書の捜索に当たっていた。由紀江と一子を除くファミリーも捜索側である。

 

『揚羽さん、そちらはどうだ?』

 

戦いながら士郎の念話が揚羽に届く。

 

『まだ良い報告は出来ぬ。捜索できたのは約三割と言った所だ』

 

「・・・。」

 

それは絶望的な数字だった。このまま戦い続けることは可能かもしれないが、士郎とて人間。いずれ体力の限界はくる。

 

その前に見つけなければ勝機は無いというのにこれだけ戦って三割とは。

 

(体力はまだ持つ。だがこのままではいずれ押し切られるな)

 

最上旭が言うには、魔術師を核として何かを顕現させるものだろうという事なので士郎が取り込まれれば一巻の終わりだ。

 

何が出てくるにせよ、ろくでもないものなのは確信できる。

 

(もう少し効率を上げる方法は・・・)

 

あるにはある。だがそれは使えば自分はその後動けなくなってしまう。ならば使用できない。ここで衛宮士郎の敗北は全ての敗北を意味する。

 

そんな時だった。

 

「顕現の弐・持国天」

 

ゴファン!!!という音と共に影共が数百体吹き飛ばされ空白が出来た。

 

「なんだ?今のは・・・」

 

「ジジイ!」

 

「おうおうやっておるの」

 

「学園長・・・」

 

「衛宮君の危機と聞いてわしも来ちゃったぞい」

 

「学園はどうされたんです?」

 

「不審者出没という事で休校にしたわい。現に義経ちゃんが襲われとるしのう」

 

何度も何度も手のようなものが叩き飛ばしている。ダメージは無いだろうが隊列が崩れるので援護としては最適だ。

 

「しかし最上幽斎とやらも余計なことをしてくれたもんじゃ。これが川神に対する試練?わし、割と本気で怒っちゃったぞい」

 

パパン!と影が吹き飛ばされる。やっていることは痛快だが、その表情は実に険しいものとなっている。

 

「おいジジイ!こいつらに気の技は効かないぞ!」

 

「わかっておるわい。まるで木偶人形でも打ち据えているかのような感触。こりゃわしの技は通じんのう」

 

しかし彼は撤退する気は無いようだった。

 

「衛宮君。わしにも武器をくれるかの。清楚ちゃんと同じ奴でいいぞい」

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

返事はなく、行動によって返されるこの空気に鉄心も獰猛な顔を覗かせた。

 

「ふぉふぉ!良い武器じゃのう。さあこの翁、まだまだ現役なの知らしめちゃおうかの」

 

さらに影の殲滅速度が上がる。それまでぎりぎりを維持していたのが広い空間が出来るようになった。

 

「ジジイの本気とかレアだなー。しかも武器使ってるの初めて見たぞ」

 

「なにも素手だけで武神と呼ばれたわけではない。武器の扱いもそれなりに学んだわい。その点、モモは未熟じゃのう」

 

「うるさい!・・・でも正直、単純な武器で助かってるよ」

 

ハルバードはその巨大さと重量で叩き切るか叩き潰す武器である。使い方は至極単純だからこそ、百代は振り回すだけで助かっている。

 

「衛宮君。今川神院の修行僧も総出で例の魔術本を探しておる。もう少しの辛抱じゃ」

 

「・・・なぜそこまでしてくれるんです?」

 

士郎には分からなかった。わざわざ危険を冒してまで自分なんかを助けに来てくれるのが。

 

「それはお主自身に聞いてみたらどうじゃ?この中の誰かが君と同じ状況なら?」

 

「もちろん助けに・・・あ」

 

そこまで言って士郎は納得出来てしまった。

 

「そういうことじゃよ。困っておるものを助けるのに理由などいらん。じゃが、君には沢山のものをもらった。今ももらい続けておる。その恩に報いたいというのもあるのう」

 

「――――」

 

士郎はこのこみ上げる感情が何なのか理解できなかった。だが決して悪くないものだとも理解できた。

 

「感謝します」

 

「ふぉふぉ!君は本当に意固地じゃのう・・・じゃがそれも君の美徳かの。さあ、まだ舞は始まったばかり。どんどんいくぞい」

 

「はい!」

 

戦いは激化の一途を辿るが、思わぬ援軍に戦いは支えられていた。

 

 

――――interlude――――

 

士郎達が激闘を繰り広げている中、大和達も慎重に山の中を探していた。

 

「本当にやべぇな・・・周りが影人形だらけだぜ・・・」

 

「攻撃しなければ襲われないと分かっていても恐ろしいな・・・」

 

「お嬢様。絶対にレイピアを抜かないようにしてください。私のトンファーでも防ぐのは難しいです」

 

護衛としてマルギッテがついてきているが彼女の存在はあくまで保険に過ぎない。神秘の宿った武器を持たない彼らでは太刀打ちできないのだから。

 

「しかしキャップよ。どこに向かって歩いてんだ?」

 

「んー・・・お宝の気配つーか・・・なんかあるような気がして歩いてる」

 

「この後に及んでお宝かよ!つってもそれが目的のものの可能性もあるしな」

 

『モロ、俺たちがいるところは既に捜索されたか?』

 

『ううん。まだ手付かずだよ。大分奥まで・・・しかもグネグネ歩いてるけど大丈夫?』

 

『正直、携帯のGPSが無いと帰れなくなりそうだな』

 

そのくらい大和達は山の奥地へと足を踏みいれていた。場所としては源氏大戦の行われた隣の山付近だ。

 

「待って」

 

京の言葉に一同が止まった。

 

「どうした京?」

 

「あそこ。影が集まってる」

 

洞窟のような物がある場所に多数の影が集まっていた。

 

「もしかして・・・」

 

「当りじゃね?」

 

まるで守るように洞窟の前からピクリとも動かない様子は目的のものを守っているように思えた。

 

「よし、じゃあ中に――――」

 

「待ちなさい」

 

意気揚々と突撃しようとするキャップの襟首をマルギッテが掴んだ。

 

「ゲホ、なにすんだよー」

 

「声は押さえなさい。あそこにいる個体は我々にも攻撃してくる可能性があります」

 

「マルギッテの言う通りだと思う。守衛が何もせず通してくれるとは思えない」

 

「・・・試してみよう」

 

そう言って大和が近くの小石を拾ってかなり遠くに投げた。

 

ガサッ

 

「!!!」

 

影が物凄いスピードで石を投げた方に走っていった。

 

「・・・まずいな」

 

石ころにもこの反応だ。間違いなく自分達が行けば戦闘になる。

 

しかも、

 

「おいおい、居なくなったと思ったら奥からすげえ出てきたぞ!」

 

わらわらと洞窟の奥から影たちが大量に出てきた。

 

「やべぇ!一旦逃げるぞ!」

 

影で溢れて逃げられなくなる前に大和達は脱出した。

 

「ふう・・・まさか小石一つでああなるなんて・・・」

 

「大和にしては迂闊だったんじゃねぇか?」

 

ひやりとしたガクトが責め気味に言うが、マルギッテが否定した。

 

「直江大和の確認は間違ったものではありませんでした。ですがあの量を見るに洞窟内は影で溢れていることでしょう」

 

「マジか・・・どうする?」

 

「誰かが囮になる・・・のは禁止だな。流石に危険度が高すぎる」

 

うーん、と悩む一同だが、マルギッテはすぐに念話で状況報告をしていた。

 

『こちらマルギッテ。影の集まっている洞窟を発見しました。ですが守衛の影が我々にも反応します』

 

『ようやく見つけたか!落ち着いて対処するとしよう。守衛は何体だ?』

 

『二体ほどですが反応すると奥から影が無数に現れます。囮は無理かと』

 

『それに、うまく入れたとしても戦いながら道を切り開く必要がありそうですね・・・』

 

『由紀江の言う通りだ。俺がそこに行く。戦線をそこまで押し上げよう』

 

『うむ。では衛宮は一時休め。本丸打倒にその疲労では心もとない。川神鉄心と百代、義経、弁慶でかく乱するのだ』

 

『いいでしょう。では全軍に通達を・・・』

 

『待ってくれ。皆が大丈夫ならもう攻めた方がいい』

 

士郎が焦りを含んだ声で言った。

 

『またお前は無理を『違う』・・・ではなんだ』

 

『魔術書は最上幽斎の生命力を吸い上げていると聞いた。こいつらが出現してから一日は経つ。このままだと最上幽斎の命が危ない』

 

『はぁ・・・お前はこの事件の発端にも慈悲をかけるか』

 

呆れた、というように言う揚羽に皆も同意だった。

 

『被害は無いに越したことは無い。だがそれだけじゃない。この手の術式は術者の手を離れるとどんな反応をするかわからん。万が一無差別に人を襲うようになったら目も当てられない』

 

『でも士郎君本当に大丈夫なの?もうまる一日戦い続けてるんだよ?』

 

心配そうな義経の声に士郎は力強く頷いた。

 

『問題ない。皆が来てくれたおかげで大分楽が出来ている。やるならこの機会しかない』

 

いずれにしろ体力は削られていくのだからすぐにでも攻めるべきだと士郎は考えていた。

 

『・・・よかろう。だが衛宮、その代り武器をいくつか提供しろ。戦力としては申し分ないが万が一の場合自衛する手段がほしい』

 

それを聞いた士郎は遂に最後の切り札を使うことを決心した。

 

『いいだろう。ただし特殊な形で貸し出す。一度に大量の武器が現れるからそれを使用してほしい』

 

相手が無限ならばこちらも無限をぶつけるまで。

 

士郎は己の秘奥を顕現させることを決意した。

 

――――interlude out――――

 

マルギッテの報告からさらに夕刻。士郎達は戦いながら大和達の見つけた洞窟を目指していた。

 

「マスター、無理をなさらず・・・」

 

「――――」

 

レオニダスの言葉にも何も返さないまま士郎は戦い続ける。

 

本当は返事をする余裕もないのだ。それでも彼は、これ以上の悲劇が起きないようにと戦い続ける。

 

戦闘しながらの移動はゆっくりとしたものにならざるを得ない。一息に向かおうものなら全ての影が攻撃態勢になる可能性すらある。その為に、移動の間に一度、修行僧と従者部隊を安全区域まで下げていた。

 

「士郎先輩、あれが例の洞窟です!」

 

由紀江の声にちらりとそちらを見る。確かに洞窟の中から大量の影が湧き出ていた。

 

「百代、学園長。5秒でいい時間を作ってくれ」

 

「まかせろ!」

 

「あいわかった」

 

「カウントだ!5秒後に突撃するぞ!!」

 

そう言って士郎は黒い洋弓を投影し、

 

――――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)

 

捻じれた一角剣を弓に番える。

 

それは総理官邸前で巨大ロボを穿った彼の得意とする武装。

 

「5!4!」

 

揚羽の響き渡る声でカウントがなされる。そして螺旋剣に魔力が込められる。

 

「3!2!1!」

 

0。その声と共に、

 

「――――“偽・螺旋剣”(カラドボルグⅡ)ッ!」

 

豪!と矢が放たれた。

 

「「「!!!」」」

 

影たちは狭い空間に溢れていたため、一体残らず螺旋剣の餌食になった。

 

「突撃ッ!!!」

 

一斉に洞窟へと駆け出す士郎達。影たちも狙いを看破したのか何とか回り込もうとしてくるが、

 

「顕現の弐・持国天!」

 

パァン!!!と一気に蹴散らされる。

 

「今じゃ!」

 

「――――!」

 

士郎は一気に洞窟内へと駆けこむ。この機を逃せば自分に後はない。そう感じているからだ。

 

「影だわ!」

 

しかし流石源流。すぐさま影たちが出てくる。

 

「足を止めるな!!影は適当にあしらえ!」

 

――――工程完了。全投影、待機(ロールアウト・バレットクリア)

 

士郎の背後に27の剣弾が待機する。

 

「――――停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト・ソードバレルフルオープン)………!」

 

 

ダンダンダンッ!!!

 

強烈な一撃が影を蹴散らしていく。

 

「士郎!あそこだ!」

 

もうもうと立ち込めるような影を一掃した先に見えたのは魔法陣を展開する魔術書。

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

投影するはかの裏切りの魔女の宝具。あらゆる魔術を初期化するその効果が効けばこの騒動は終わりを告げる。

 

「――――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)!!」

 

魔術書に向かって士郎は宝具を振り下ろした。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

九鬼の病院。ポ、ポ、と心音計が静かな部屋に鳴り響く。

 

「――――」

 

最上旭はじっと、父親の手を握っていた。

 

「お父様・・・」

 

彼は自分の勝手でこうなっている。それは分かるものの自分に愛情を注いでくれたのは事実。

 

もちろん暁光計画なんていう自分を犠牲にする計画を練ったりもしたけれど。それでも父なのだ。

 

「旭・・・そこにいるんだね・・・」

 

「お父様・・・!」

 

眠っていた最上幽斎が突然口を開いた。

 

「すまないね・・・僕はこの試練を乗り越えられそうにない・・・」

 

「嫌・・・!そんなこと言わないでお父様!」

 

「はは・・・旭を犠牲にしようとした僕が・・・先に天に召されるなんてね・・・本当にバカなことをしたものだ・・・」

 

もはや彼の目には何も映っていないのだろう。ぼうっと天井を見つめる目は白く濁っていた。

 

「まだよ。まだ士郎は戦い続けてる!だからお父様も・・・!」

 

「ああ・・・そう・・・だね・・・」

 

ピー、という音が無情にも鳴り響いた。

 

「お父様ー--!!!」

 

――――interlude out――――

 

士郎は確かにルールブレイカーを振り下ろした。だが、

 

ドクンッ!

 

「!?」

 

洞窟に響き渡るほどの鼓動が鳴り響く。そして強烈な衝撃波が士郎の体を打ち据えた。

 

「ぐはっ・・・!」

 

「「「士郎(衛宮君)!!!」」」

 

ドガン!と壁面に叩きつけられる士郎。壁面には罅が入り、如何に強烈だったか物語っている。

 

「士郎!しっかりしろ!」

 

「ぐっ・・・」

 

めり込んだ体がクタリと力を失い倒れる。

 

「士郎先輩!!」

 

「士郎!!」

 

それまで援護に回っていた由紀江と清楚も駆け寄る。

 

「どうしたことじゃ・・・この鼓動は・・・」

 

「恐らく・・・最上幽斎が死んだ」

 

「士郎!!」

 

ぐったりとしながらなんとか立ち上がる士郎。その目に映ったのは・・・

 

「聖・・・杯・・・?」

 

まるで今まさに出来上がったような綺麗な聖杯が宙に浮かび上がっていた。

 

(まさか、聖杯を鍛造する術式だったのか・・・?)

 

だがそれはおかしい。人一人、それも魔術師でもない人間の生命力を吸い上げたとて、聖杯は完成しない。ではあの聖杯の形をしたものは何なのか。

 

「まずい・・・!脱出だ!」

 

士郎の言葉に鉄心を殿として胎動で崩れる洞窟を何とかはい出る士郎達。

 

『無事か衛宮!』

 

『無事とは言い難いな・・・揚羽さん最上幽斎は・・・』

 

『・・・たった今、心停止したそうだ。だがまだあきらめてはおらぬ!必死の蘇生措置が行われている!お前達も諦めるな!』

 

その言葉にクッと士郎は笑った。

 

「諦める・・・?私は生憎諦めの悪い人間でね。まだあきらめてなどいないさ」

 

百代に肩を借りていた士郎がある言葉をつぶやく。

 

「――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 

傍でその言葉を聞いた百代は士郎を見て驚愕した。

 

「士郎・・・!お前、髪が・・・!」

 

「――――Steel is my body, and fire is my blood(血潮は鉄で心は硝子)

 

ゆっくりと。まるで赤髪を侵食するように銀髪へと変わっていく。

 

「――――I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)

 

「士郎!姉さん、士郎は一体何を――――」

 

駆けつけた大和が変わりゆく士郎を見て百代に問うが百代もわからないというように首を振る。

 

「わからないんだ!ただ士郎が呪文みたいのを唱えてて・・・」

 

「――――Unaware of loss.(ただ一度の敗走もなく、) Nor aware of gain(ただ一度の勝利もなし)

 

「モモ!衛宮君を守るのじゃ!周りの影はこちらで何とかする!」

 

そう言って鉄心はより一層激しく舞う。

 

「――――With stood pain to create weapons.(担い手はここに独り)

            waiting for one's arrival(剣の丘で鉄を鍛つ)

 

 

「士郎!」

 

百代の手をすり抜けて彼に影の矢が左腕に突き刺さる。しかしそれでも彼はただじっと、

 

「――――I have no regrets.This is the only path(ならば、我が生涯に 意味は不要ず)

 

 

そうして最後の句が読み上げられる。彼を象徴する魔術。その名は――――

 

 

 

 

 

「――――My whole life was “unlimited blade works”(この体は、無限の剣で出来ていた)

 

 

 

 

瞬間、炎が走った。山一帯を包み込むように生じた炎は輝きを増し、一同の眼を眩ませる。

 

「むむ・・・眩しい・・・」

 

「おい犬!早く目を開け!」

 

クリスの慌てた声に一子は目を擦って何とか目を見開いた。そして、

 

「・・・え?」

 

全く見たこともない景色に心を奪われた。

 

 

 

――――interlude――――

 

「電気ショック行きます!」

 

バチン!と最上幽斎の干からびた体が跳ねる。しかし、心音計は以前鼓動を記録しない。

 

「もう一度だ!」

 

必死の心肺蘇生が行われている中、最上旭は両手を合わせて天に、士郎に祈っていた。

 

(どうか、どうかお父様を助けて・・・!)

 

電気ショックによる心臓マッサージは3回までとされているが今現状行われているのは一回目。そして二回目がバチン、という音共に鳴り響く。

 

「心肺は!」

 

「復帰しません!」

 

残されたのはあと一回。あと一回で蘇生しなければ・・・

 

「いくぞ!」

 

(士郎!)

 

バチン!と最後の電気ショックが鳴り響いた。

 

ピ・・・ピ・・・

 

「心肺戻りました!!!」

 

「よし!」

 

まだ緊張は残っているが最上幽斎は何とか持ち直した。

 

「士郎・・・」

 

唯一それがどういうことか分かっている旭は崩れ落ちるように涙を流した。

 

「ありがとう・・・!!!」

 

――――interlude out――――

 

 

それは見たことのない景色だった。一面に剣が突き立つ果ての無い荒野。黄金の朝焼けの中立つのは衛宮士郎。

 

「・・・衛宮。これはなんだ」

 

現実離れした光景に揚羽が呆然と問う。

 

「――――固有結界・無限の剣製。己の心象風景を現実に侵食させる魔術。俺の魔術はそれが武器ならば複製しここに貯蔵する。それだけが俺に許された魔術だ」

 

九鬼も川神院も風間ファミリーも、その光景に絶句していた。

 

「心象風景の具現化・・・」

 

「これが士郎の本当の魔術・・・」

 

「なんという・・・なんという光景じゃ・・・」

 

剣の丘から影共を見下ろす士郎。――――その髪の毛は全て銀髪へと塗り替わっていた。

 

「ご覧の通り。貴様らが挑むのは無限の剣。剣戟の極致」

 

手近な剣を引き抜くと共に荒野に突き刺さる剣が号令を待つように中空へ浮かび上がる。

 

「恐れずしてかかってこいッ!!!」

 

その言葉と共に士郎は荒野を駆ける。

 

ダンダンダンッ!!!

 

剣の豪雨が降る中士郎は戦場を駆ける。砕けた剣に目もくれず、全ての剣と共に前へと進む。

 

「マスター・・・まさか貴方が・・・このような戦士であったとは・・・!」

 

レオニダスは歓喜に振るえていた。己が仕えたマスターは、何処までも誇り高い男なのだと。

 

「ならば私も駆けましょう。この剣の大地を共に!!!」

 

レオニダスは駆け抜けていく士郎の背を追う。

 

「ま、まて!お主まで行っては・・・!」

 

「果て無き荒野に並び立つ剣か・・・」

 

「なあ。これあれだよな」

 

「そうだね。あれだね」

 

「あれだな」

 

彼らは知っている。この光景を。このあり方を。

 

到達地点もなく、歩くはずの道もない。ただただなにもないこの荒野をただ前へと歩いていく。通ってきた場所に誓いという剣を突き立てて。

 

風間ファミリーがゆっくりと前へ出る。

 

「上等じゃないか。駆け抜けるぞ!お前達!」

 

「待て百代!ここは何処だ!?我らは」

 

「揚羽さんともあろう人が忘れたんですか?」

 

ニィと獰猛な笑顔を浮かべて振り返る。

 

「何をだ!」

 

「「「川神魂ッ!!!」」」

 

ファミリー達も飛び出していく。

 

「行くぞお前達!武器はそこらに好きなだけある!私達も士郎の後を――――」

 

追う。きっとそう言いかけた百代に赤い背中が映った。その前進していく背中が言っていた。

 

 

――――“ついてこれるか?”

 

 

「おいおい言ってくれるじゃないか!」

 

百代がファミリーを置いて真っ先に士郎に並び立つ。

 

「百代?」

 

「この私を置いていこうなんて100年早い!」

 

「僭越ながら私も。剣ならば負けません!」

 

いつの間に間合いをつめたのか。由紀江も士郎の隣へ。

 

「由紀江・・・」

 

「士郎先輩。伝えたいことは山ほど。でも今は――――」

 

由紀江が刀を構える。

 

「共にこの剣戟の極致を駆け抜けましょう!」

 

「ああ!」

 

影を切り裂き吹き飛ばし、叩き潰す。進む先にあるのは黄金の杯。その嘘で塗りたくられた黄金を破壊する・・・!

 

「モモ先輩行っちまったよ」

 

「まゆっちもだね」

 

「キャップ?俺らは・・・」

 

「すげぇ・・・」

 

フルフルとキャップは震えていた。

 

「きゃ、キャップ?」

 

「すげぇ!すげぇぞ士郎!ワクワクが止まらねぇ!俺も行くぞー--!!!」

 

「あ!こらまてキャップ!」

 

そう言ってキャップとガクトも走って行ってしまった。

 

「ああ!ったく。リーダーが無策で突っ込むなよもう・・・」

 

「まったくだよ・・・あれ、大和」

 

「なんだ・・・おわ!?」

 

いつの間にか大和の目の前に鋼の剣が浮いていた。

 

「なんだ?手に取れってか?」

 

恐る恐る手を伸ばして柄を握った瞬間剣は浮力を失い、それを支えられなかった大和は尻もちを付いた。

 

「あいた!本物はやっぱり重いな・・・」

 

でもなぜか大和はこの剣を持つべきだと思っていた。

 

「おりゃああ!!!」

 

気合を入れて剣を引き抜き立つ。そうすると、

 

「剣が!」

 

ふわりと辺りにある剣が浮かび上がる。

 

「そうか!これは直接切り結ぶんじゃなくて・・・」

 

フオン、と一振りすると浮かび上がった剣達も連動するように動く。これは士郎が準備した大和が戦うための手段。

 

「でも重い・・・モロ!手伝ってくれ!」

 

「うん!」

 

「これなら自分も戦える!行くぞ犬!」

 

クリスも手近にあったレイピアを引き抜き、突撃の構えを取る。

 

「犬じゃないわ!猛犬よー--!!!」

 

一子も己の薙刀を手に突撃する。

 

「クリスとワン子も行っちゃった。私は・・・」

 

京が呟いて足元を見ると、

 

「だよね」

 

これを使えとばかりに黒い洋弓と鋼の矢が散らばっていた。

 

「私は士郎と違って剣は射れないんだけどなぁ・・・」

 

そう言いながらも鋼の矢を番えて放つ京。はたしてその矢は・・・

 

「ギィ!?」

 

見事影の眉間を射抜いた。

 

「これならいけるね。大和!右翼に影来てるよ!キャップ達が囲まれそう!!」

 

「わかった!モロ、ちょっと頑張れ!」

 

「う、うん!」

 

おりゃあああ!!!と高めを薙ぎ払う大和とモロ。

 

剣群は一本の剣になるように連なって影を薙ぎ払う。

 

「キャップ!囲まれるって・・・」

 

「お!?あれ乗れるんじゃね!?」

 

キャップとガクトは同時にジャンプし、連なった剣群に乗った。

 

「あっぶねぇ!!」

 

「いいぞー!俺は風になる!!うおおおお!!!」

 

楽しそうにはしゃぐキャップに困り顔のガクトであった。

 

 

 

 

一方義経達は・・・

 

 

「揚羽さん。義経も行きます」

 

彼女もまた士郎の背中を見て追いかけるつもりだった。

 

「・・・はぁ。止めても行くのだろう?良い。英雄の裁きをくれてやれ!!」

 

「はい!」

 

「なら私は殿かねぇ!」

 

ドン!と弁慶の錫杖が影を穿つ。

 

「んは!お前達!力が入ってないぞ!!」

 

さらに影をなぎ倒す清楚。誰もが、誰もが衛宮士郎の為に駆けてゆく。

 

タタタタ!!!と鋼の矢が降り注ぐ。

 

「与一!」

 

「行け!周りは俺が引き受ける!」

 

いつの間にか来ていた与一も黒い洋弓を手に参戦した。

 

「わしらもいっちゃおうかの!!」

 

「学園長!」

 

「ここが最後の踏ん張り時じゃ!気を引き締めよ!!!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

修行僧達も各々武器を引き抜いて戦いに赴く。

 

「やれやれ・・・元から指揮をとるのは無茶があったか」

 

「揚羽様、どうしますか?」

 

「そんなもの決まっている」

 

揚羽も獰猛に笑って言う。

 

「従者部隊展開せよ!武器はそこらじゅうにある!!好きに引き抜き戦え!」

 

「「「はい!!」」」

 

全ての人間が衛宮士郎の後に続き駆けてゆく。

 

その光景を遠坂達がみたらどう思うだろうか。誰かの為にと動く士郎。

 

たった一人。荒野を歩く男を。自分達の認めた仲間を。守るために、これからも共に歩むために。

 

「お前はいかぬのか?林冲、マルギッテ」

 

「行くつもりだった。でも私の役割も見つけてしまったから」

 

「そうですね。全ての者が突撃では守れるものも守れません」

 

マルギッテも近場の剣を抜き、林冲はヒュンと槍を振るって戦場を見る。

 

「私達の役目は押し負けそうなところへの加勢。士郎は最上幽斎も、この場にいる全ての人も守りたいんだろうから」

 

「お前は賢いな林冲。さぞ旦那を支えるのが上手い女になるだろう」

 

「ふん。同じ男を狙うお前に言われても嬉しくない」

 

憎まれ口を叩きながらも顔の赤い林冲だった。

 

 

キン!と士郎に迫る影を切り裂く由紀江。

 

「っ!士郎先輩無茶・・・!?」

 

その横顔に心臓を握られたような感覚に陥る。

 

(見えていない・・・!士郎先輩の目にはもう敵なんて映ってない!!)

 

「びっくりするだろ?」

 

前へ

 

「こういう奴なんだ」

 

前へ

 

「普段何でもするリアリストのくせにさ。認められないって。認めたくないって」

 

前へ!

 

「相手なんか見ちゃいない。敵なんか視界にすら入ってない」

 

前へ!!

 

「あるのは小さな想いだけ。それを否定したくなくて進むんだ」

 

前へ!!!

 

「士郎先輩らしいです」

 

前へ!!!!

 

「ははっ!でもさ、カッコイイだろう?」

 

「反則だと思います・・・」

 

お互いに顔を赤くして一心不乱に前へと進む士郎についていく。

 

そして・・・

 

「見えた!」

 

「行ってください!士郎先輩!!」

 

「うおおおお!!!」

 

遂に、偽りの黄金を切り裂いた。

 




はい。第二次決戦決着、と言った所でしょうか。感じるままに、思うままに書いたのでごちゃってないか心配です。

何気に学長が戦場で一緒に戦ってくれるのって珍しい気がします。めっちゃ強いんですけどね。

今回はもうエミヤ鳴りっぱなしで書かせてもらいましたやっぱりエミヤと無限の剣製の組み合わせは最高です・・・

決着はしましたがまだまだ続くのでよろしくお願いします。では!


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昏睡

皆さんこんばんにちわ。前回の話しが結構好評で嬉しい作者でございます。

今回は戦闘後の士郎と主に5人の絆を書いて行ければなと思います。最上パイセンももう大盤振る舞いですのでお見逃しなく!では!


――――interlude――――

 

この世のものとは思えない光景はほんのわずかな時間だけだった。それでも確かに残る死闘の感触があの戦いは、あの景色は偽りではなかったのだと訴える。

 

「・・・あれが衛宮の魔術の本当の姿か。常識外れにもほどがある」

 

撤収作業に取り掛かる従者達を見下ろしながら揚羽は言った。

 

あの後。衛宮士郎は固有結界と呼ばれる魔術が解かれたと同時に気を失い、九鬼の病院へと運ばれた。

 

最上幽斎も視力を失いはしたものの、一命はとりとめたとの報告があり、結果的に士郎の無茶は実を結んだ結果になった。

 

(だが、これからが厄介だ。最上幽斎の取り扱いもだが、この世界にも魔術たりえる存在が確かに存在していることが分かった)

 

それは士郎が危惧した通りの結果をもたらすこととなった。洞窟での急な活性化は最上幽斎が心停止した瞬間と一致している。

 

そして限定的ではあるが、一般人にも被害が及び、その成果は特定の一人だけが得られるという魔術師の本質ともいえる形も明らかとなった。

 

(我ながら魔術というものを甘く見ていたと言わざるを得ないな。そして衛宮の異常性。確かに魔術師からしたらどうやってでも確保したくなるだろう)

 

後にレオニダスが証言したのは、固有結界とは最も魔法に近いものの一つであり、万人が持ち得るものではなく、ごくわずかな存在が持ちうるものだということ。

 

(人の舌に戸は立てられぬが・・・極秘事項とせねばなるまいな)

 

元より士郎との契約で魔術の秘匿は確約しているが、今の従者達の様子を見れば一層厳しいものにしなければならないことが伺える。

 

誰もが、誰もが夢うつつのような雰囲気が出ているのだ。緘口令は敷いているものの、まるで夢でも見ていたかのような空気は今だに現場には残されていた。

 

(仕方のないことではあるのだがな・・・我とて夢でも見ていたかのような気分だ)

 

だが、これこそ彼の隠したがっている情報なのだから厳しくせねば。

 

「残党の気配は?」

 

「今のところありません。あの・・・剣の丘で全ての者が駆逐されたように思います」

 

今回の原因も切り伏せ、消滅したという事だし、やはり残党は残されていないように思う。

 

「では撤収作業に取り掛かれ!」

 

「はっ!」

 

揚羽は脅威は去ったと判断して撤収命令を出す。

 

『・・・衛宮』

 

『・・・。』

 

今回の件で使えるようになった念話で問いかけても返事はない。今だ彼は眠り続けているのだろう。

 

(無理もないか・・・とにかく、魔術の類には気を付けねばなるまいな)

 

彼をしてこの状態なのだ。もしまた別な形で最上幽斎のような人物が勝手をしたらとんでもないことになる。それだけは間違いなかった。

 

――――interlude out――――

 

九鬼の病院。ここには最上幽斎が入院していたが、士郎が戦闘終了と同時に倒れたため、一同は病室に集まっていた。

 

「外傷はそれほどでもないですが・・・酷く疲労状態にあります。しばらくすれば目を覚ますかと思いますが、彼の事ですから油断なく診ていきましょう」

 

「ありがとうございます・・・」

 

「士郎・・・」

 

病室には風間ファミリー。林冲、マルギッテ、清楚、義経達、そして燕と心もお見舞いに訪れていた。

 

「衛宮はどうしてこうなったのじゃ?」

 

「それは・・・」

 

「この件については緘口令が敷かれています。内容を話すことは出来ません」

 

「ふーん・・・でもよほどのことがあったんだよね?衛宮君はモモちゃんともやり合えるわけだし・・・」

 

「士郎先輩は今回、力の限りを振り絞ったんだと思います」

 

「確かに。アレを使った後崩れるように倒れたからな」

 

「ただでさえ一日戦い続けて最後に大技出してたからね・・・」

 

「あれは相当に消耗する技のはずだ。私でもあれは出来ない」

 

「モモちゃんがそこまで言う技かー・・・ちょっと見て見たかったなー・・・」

 

「それはダメよ」

 

燕が軽口を叩いたと同時に最上旭が入ってきた。

 

「旭ちゃん」

 

「お父さんは大丈夫ですか?」

 

大和の言葉に旭はゆっくりと頷いた。

 

「ええ。みんなのおかげで一命は取り留めたわ。ものを見ることは出来なくなってしまったけれど、命あってこそですもの」

 

「え?」

 

「最上先輩のお父さん、目が見えなくなっちゃったの!?」

 

「極度の衰弱による失明ね。でもいいの。これはお父様への罰。あんなものを軽々に使用してみんなを・・・町の人達を危険に遭わせた罰よ」

 

「最上幽斎がどのようなものを使おうとしたのか分からぬが・・・緊急性の高い不審者の出没で学校も休校になったからのう。そのすべてが最上幽斎の責任ならば、罰も必要か」

 

実を言うと不死川にもある程度の情報は流されており、万が一には手を貸すよう要請が来ていた。なので詳しいことは分からないまでも、最上幽斎が恐ろしいことをしでかしたことを心は分かっていた。

 

「それはそうと衛宮じゃ。これほどまでに酷使されたのは総理官邸事件以来ではないのか?いや、あの時はその後も動けていた。今回は昏睡などと・・・一体何をどうしたらこんな状態になるのじゃ」

 

「だからそれは言えないんだって。心配なのはわかるけどそう何度も同じことを言っても仕方ないだろう?」

 

キャップがお手上げ、とばかりに手を上げた。

 

「疲労に魔力欠乏症になっているわね・・・早く誰かが魔力を供給してあげないと危ないわ」

 

「ええ!?」

 

旭の言葉に騒然とする。

 

「い、今先生は問題ないって・・・」

 

「それは体の話でしょう?これは魔術の話。士郎は今最低限必要な魔力すら失っているのよ。そのままだと固有結界の暴走が起きるから本能的に意識を落として消耗を防いでいるの」

 

「なぁ、旭ちゃん。旭ちゃんが士郎の事をよく知ってるのは後で聞くとして・・・固有結界の暴走ってなんだ?」

 

「百代達は士郎の固有結界を目にしたのよね?」

 

うんうんと頷く一同。

 

「なら簡単なことよ。あの中のモノが士郎の体を突き破って出てくるのよ」

 

「なっ・・・」

 

「おい、あそこにはたくさんの剣が・・・!」

 

「それで前に左腕がズタズタになってたのか!最上先輩、何とかする方法は無いんですか!?」

 

大和の言葉に、旭は困惑したように言った。

 

「方法・・・というか解決方法は三つあるわ。一つは士郎がこのまま自力で持ち直すこと」

 

「でもそれは厳しいんだよね?」

 

清楚の言葉に旭がうなずく。

 

「ええ。だから有力なのは二つ目の方法。士郎に魔力を供給してあげること。ただしこれは相当に高度な技になるわ。士郎が意識を取り戻していれば適当に供給しても問題ないけれど今の士郎に必要な分を必要なだけ送るのは至難の業」

 

魔術回路が傷ついている可能性もあったが旭はあえてそれは言わなかった。

 

「うーん・・・ちょっと難しいね」

 

「え?弁慶どうしてだ?」

 

「今魔剣を本気で扱えるのって、キレた主だけだよね」

 

「そう・・・ですね」

 

「私もまだ光ってるわー・・・」

 

気落ちしたように由紀江と一子が俯く。

 

「てことは微細なコントロールが出来てないわけだ。それにえーと・・・あれ、パス、だっけ。あれが繋がってる人じゃないと供給出来ないんじゃない?」

 

「あ・・・」

 

そうなると必然的に士郎を救えるのは5人しかいない。その中で満足に魔剣を扱えたのは義経だけだ。

 

だが・・・

 

「パスが繋がっているのね。でも多分駄目よ。貴女達が送れるのは『気』であって『魔力』ではないでしょう?」

 

「ぬぬ・・・それじゃあ士郎はこのままなのか・・・?」

 

「「「・・・。」」」

 

クリスの言葉に黙ってしまう。

 

「あ、でもまって。最上先輩は三つって言ってたよね?」

 

「そうだ!旭ちゃん、最後の一つってなんだ!?」

 

がばりと旭の両肩を掴んで必死に問う百代。その表情に旭はいたたまれなくなって目を逸らした。

 

「三つめは・・・実質無理よ・・・」

 

「確かめて見なきゃわかんないだろう!」

 

「痛・・・百代、痛いわ」

 

「モモ先輩押さえて押さえて!」

 

「今ここで最上旭を害しては本当に手立てが無くなります。・・・最上旭。最後の方法は?」

 

マルギッテの言葉に言いずらそうに彼女は言った。

 

「士郎の体に埋め込まれた聖剣の鞘を起動させることよ」

 

「聖剣の・・・」

 

「鞘?」

 

「そう・・・騎士王の剣、その鞘の実物・・・聖遺物と言えばいいかしらね。それが士郎の中にある可能性がある」

 

「ある可能性(・・・)か・・・」

 

「そうよ。聖剣の鞘は絶大な回復能力を持つ。それを起動させることが出来れば士郎を救えるかもしれない。でも、鞘は失われている可能性もあるのよ」

 

「ええ・・・」

 

「どうしてです?」

 

「騎士王に返還されているかもしれないからよ。士郎は騎士王とかつて主従関係にあった。返していてもおかしくないの」

 

「マスターは聖杯戦争経験者でありますからな・・・何とかして鞘の存在を確かめられれば・・・」

 

「あ!」

 

「モモ先輩!」

 

「ああ!この目なら・・・!」

 

フオン、と百代の左目に剣の文様が浮かび上がる。

 

「あら?それは・・・魔眼・・・?」

 

「そうでした!百代先輩には解析の魔眼がありました!」

 

「そう・・・なら百代にかかっているわ。士郎の体を解析・・・それも魔術的なものを解析して彼の中に聖剣の鞘が残されているかどうか探って頂戴」

 

「まかせろ、士郎、今助けるぞ・・・!!」

 

そうして解析を始める百代だが、次第に頭痛に呻くようになる。

 

「モモ先輩?」

 

「姉さん!」

 

「大丈夫だ・・・ちくしょう、魔術ってこんなに複雑なのか・・・!」

 

百代が情報量に耐えられないのである。衛宮士郎の体の構造は分かっても魔術関係ともなればそうはいかない。

 

なんとか分かったのは旭が言った通り魔力が不足し、危険が迫っているということだけ。

 

「百代。もっと奥よ。彼の根源たる場所まで辿って」

 

「わか・・・ってる・・・!」

 

目から涙を流しながら百代は呻いた。

 

――――体を走る魔術回路。

 

――――それが繋がっているたった一つのものへと手を伸ばす・・・!

 

「・・・ッ!あった!!!」

 

「よくやったわ!後は鞘を起動させるだけ――――」

 

しかし、百代が突如悲鳴を上げた。

 

「うあああ!!?」

 

「百代!?」

 

「モモちゃん!?」

 

ブワリと闘気が病室に溢れて慌てて皆で百代を止める。

 

「姉さんどうしたんだ!?」

 

「モモ先輩落ち着いて!」

 

「百代!落ち着きなさい!」

 

そうして百代は目に見えない何かに怯えるようにバタバタと暴れた後、魔眼を消してしまった。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

「モモ先輩一体どうしたんだよ」

 

「ただ事じゃなかったぞ」

 

「ああ・・・悪い・・・」

 

と言いながらも顔色は青いままの百代。

 

「川神百代。一体何を見たのですか?」

 

マルギッテの問いにゴクリと喉を鳴らし、

 

「竜だ・・・」

 

「竜?」

 

「ああ。信じられないかもしれないけど、巨大な、自分がちっぽけに映るほど巨大な竜が見えた」

 

ブルリと百代は体を震わせて言った。

 

「あれは・・・本気でかからないと食われる。そう思った。そのくらい巨大で強力な気配を放つ竜だった」

 

「・・・騎士王の竜の因子ね。鞘に残っていたのかしら・・・でも困ったわ。それを突破しないと鞘にはたどり着けないわよ」

 

「突破って・・・どうするんだ・・・?」

 

問う百代は弱弱しい。それほど彼女はあの竜に恐怖を抱いた。

 

「戦うことは出来ないわ。貴女が見ているのはあくまでそうあるもの・・・写真のような物のはず。だから意識を強く持って。写し絵を突破するのよ」

 

「そう言ったって・・・」

 

物理的に戦えないものに対して百代は非常に弱い。これは彼女への試練であるのかもしれなかった。

 

「・・・それがどんなものであるのかわかりませんが、貴女一人でできないというのなら私達も行きます」

 

「はい。モモ先輩、私達もつれて行ってください」

 

「そうです!士郎君を助ける為なら・・・義経は恐怖を克服します!」

 

「お前達・・・」

 

「そうだぞ百代。お前一人でどうにもならぬのなら我も行こう」

 

「揚羽さん!」

 

「これで五人揃いましたね」

 

「うむ。話は念話で聞いていた。その竜とやら、我らで突破してくれよう!」

 

「・・・本当に怖いですよ」

 

「愚問よ!ここで衛宮に死なれる方が困るのだ!早く連れていけ!」

 

「・・・。」

 

揚羽の言葉にもう一度奮起して魔眼を開放する百代。

 

「五人はパスが繋がっているのね?なら百代と一緒に士郎の中に潜れるはずよ」

 

「私も参りましょう。百代殿達と直接パスは繋がっていませんが、私とマスターも令呪で繋がっておりますので」

 

「先生が居れば百人力だぜ!」

 

「レオニダスさん、お願いします!」

 

「任されました。では皆さん互いに手をつなぎましょう。意識を集中するにはまず形から入るとやり易いはずです」

 

そうして五人とレオニダスの手が結ばれた。百代の片手は士郎の胸へと当てられている。

 

「いくぞ・・・!」

 

瞬間、六人の意識は真っ暗闇に包まれた。

 

暗闇の中、まるで青い鎖が繋がっているのを辿っていく百代達。

 

『確認です。みなさん意識ははっきりしていますな?』

 

『はい』

 

『問題ありません』

 

『はい!』

 

『我も異常はない』

 

内心レオニダスはほっと息を吐く。これでまたいつぞやの時のように五人の意識が混濁してしまっては目も当てられない。

 

『もうすぐだ・・・くるぞ!』

 

百代の言葉の直後だった。

 

『ギャオオオオンッ!!!』

 

巨大な、人間などちっぽけにしか思えない巨大な竜が現れた。

 

『『『!!!』』』

 

『うあ・・・あ・・・』

 

先ほどまでの決意が粉々に砕かれる。それだけ竜は存在感が大きかった。

 

『皆さんお気を確かに!あれは幻影!竜の因子が見せる本来の姿の写し絵ですッ!!!』

 

『そう・・・よな。あんなものが現実に――――』

 

そう言う間に竜は羽ばたき、彼女等を視界に捉え、顎が迫る。

 

『た、食べられる!!!』

 

『落ち着け!落ち着け!!幻影だ!幻だ!』

 

恐怖に包まれながら彼女等は竜の顎に飛び込んだ。

 

 

――――interlude――――

川神祭開催の二日前からの休校により川神祭の日程が延期されることになった川神学園。中には早くやりたいと思う者もいれば開催が遅れて一安心という所もある。

 

幸いなことにF組は準備面では問題なかったが、メインである士郎の入院という事も相まって延期されて一安心という組だった

 

「それにしても衛宮君、どこでまた大怪我したのかしらね」

 

「士郎はいつでも人助けしてる系。また誰かを助けてたんじゃない系?」

 

「羽黒さんの言う通りかもね。直江君に傷の回復が良くなる食材を渡してて正解だったかな」

 

クマちゃんこと満が納得したように頷いた。

 

「それにしてもこの頃物騒ですね・・・源氏大戦も終わったばかりですのに・・・」

 

「真与は襲われないようにしないとね?」

 

「むー!それを言うなら千花ちゃんだって!私の方がお姉さんなんですからね!」

 

「はいはい。・・・と休憩はこのくらいにして作業始めましょう?」

 

「だな。士郎の奴がどんな状態でも川神祭が出来るようにしとかねぇと・・・ったく。あいつどんなドジ踏んだんだか・・・」

 

そう言う忠勝も心配そうな顔だった。

 

(無事に戻って来いよ。出ないと殺す)

 

主役が居ないながらも、なんとか準備を進めるF組だった。

 

S組では、

 

「うむ!我の考えた本格派のセットも完成であるな!」

 

「期日ぴったりに作業を終える采配・・・流石英雄様ですぅ☆」

 

「ふっはっはっは!この程度、何のことは無いわ!・・・しかし、義経やマルギッテ達が居ないのは些か痛いな」

 

「直江君と不死川さんもですよ英雄。なにやら衛宮さんが入院したとのことですが・・・」

 

「うむ。我もその話は聞いている。本来であればあずみの手も借りなければならない所であったと聞く。だが案ずるな!衛宮には姉上がついている故な!検査入院とのことであるからすぐ復帰しよう!」

 

「敵方の心配をなされる英雄様!流石民衆を支える王の中の王!あずみ、感服いたしました!!!」

 

「敵などと思っておらぬからな!衛宮もまた九鬼が守らねばならぬ子の一人よ!・・・あずみ!連絡が入り次第皆に伝えるのだ!」

 

「了解いたしました英雄様ぁああ!!」

 

そんな会話がされていたが。実を言うとあずみは既に揚羽から士郎の状態があまりよくないと聞かされていた。

 

(・・・テメェが居なくなると面倒ごとが増えるんだよ。早く回復しやがれ)

 

口では言わずとも、あずみも士郎の事を心配していたのであった。

 

 

 

――――衛宮士郎がおらずとも日常は過ぎていく。だが、その日常に大きな存在として残っていた士郎は、浅くない傷を日常に刻んでいたのであった。

 

 

――――interlude out――――

 

士郎とパスが繋がっている5人とレオニダスが士郎の精神に潜ってから一時間が過ぎようとしていた。

 

「そろそろやべぇんじゃねぇか?」

 

ガクトがそんなことを言いだした。

 

「確かに。こうしてからもう一時間じゃ。本当に返ってこられるのじゃろうな?」

 

心はキッとキツイ目で最上旭をみた。

 

「・・・わからないわ。私には百代達がどんな状態なのか調べるすべはないもの。でも、百代が怯えるほどの竜の幻影があるなら・・・それを乗り越えられなかったら、精神が崩壊しているかもしれないわ」

 

「なんだと!?さっきはそんなこと言っていなかったじゃないですか!」

 

クリスが怒りの声を上げて最上旭を見る。

 

「言っても恐怖を増幅させるだけだと思ったのよ。そっちの方が危ないわ。強烈な恐怖で引き戻されるはずが、もっと強い恐怖で精神崩壊してしまったらどうしようもないでしょう?」

 

「言ってることは分かりますけど・・・」

 

「それにしてもやべぇよな。モモ先輩もまゆっちも、マルギッテさんに義経ちゃん、九鬼の姉ちゃんなんてビックな人が精神崩壊なんかしたら・・・世の中どうにかなっちまうぜ」

 

「ほんと、そうなんだよなぁ」

 

「!?誰・・・あ!」

 

一子が臨戦態勢になる前に気の抜けた声を上げた。

 

「よう。今を生きる青少年達。ちょいとロートルのおっさんが通るぜ」

 

花を持って現れたのは総理だった。

 

「そ、総理大臣?」

 

「ほ、ほほ本物?」

 

「いや、そっくりさんだ。世の中ぁ探せば、三人は同じ見た目の奴がいるって言うぜ?」

 

ちらりと見える外にはガードマンがいることから、なんとも白々しい嘘だと分かるのだが、ここで総理というのはやばいのだと察して一同黙った。

 

「なんでぇ。どいつもこいつも浮かねぇ顔しやがってよ。兄ちゃんの容体はよろしくないのかい?」

 

「それは・・・」

 

正直に言うわけにもいかない風間ファミリーはより一層暗い顔になってしまった。

 

「それより総「おじさんだ」・・・おじさまはどうしてここに?」

 

清楚が代表して聞いた。

 

「元は最上の見舞いだったんだが・・・俺の友達の兄ちゃんもここに入院してるって聞いてな。慌てて来たんだよ」

 

そう言って切り花を手ずから花瓶に挿す総理。

 

「あ!やりますよ!」

 

「いいっていいって。これくらいさせてくれや。俺にはどうしようもないからよ。そこで寝てる九鬼の姉ちゃんたちが頼みの綱なんだろう?」

 

「!」

 

「おじさん・・・」

 

「ただの想像だよ。ただ見舞いに疲れて寝てるだけかもしれねぇし・・・だが、レオニダス王まで一緒となるとな」

 

確かに、彼が座って患者の眠るベッドに倒れるように眠るなど不自然かもしれない。

 

「なんにせよ。最上はこっちできっちり裁くからよ。お前さんたちは兄ちゃんの心配をしてやってくれ。・・・最上の娘もな」

 

「はい・・・」

 

そう言ってしばらく総理も居座るのだった。

 

 

 

 

一方百代達は。6人とも真っ暗な空間を漂っていた。

 

『う・・・』

 

うめき声を上げて目を覚ましたのは百代だった。

 

『ここは・・・そうだ、さっき私達竜に食われて――――』

 

先ほどの事を思い出してブルリと震える百代。よくもまぁあれほどの存在に食われて正気を保っていられたものだと呆れるが、

 

『あれは・・・おい!みんな!』

 

目の前で光るそれを見つけて同じように漂っている5人に声をかける。

 

『百代?』

 

『ぬう。このレオニダス一生の不覚。幻影相手に気を失うとは・・・』

 

『モモ先輩?』

 

『ここは・・・』

 

『何とか切り抜けられたみたいですね・・・』

 

みな何とか切り抜けられたと一安心している。それほどあの竜は怖かったのだ。

 

『切り抜けられたのでよしとしましょう。目の前に見えるあれがマスターの身に宿る聖剣の鞘ですな』

 

ゆっくりと傍に寄っていく一同。輝くそれは一層強い光を放っていた。

 

『これが・・・アーサー王の剣の鞘?』

 

『で、あろうな。伝説では魔術師マーリンがアーサー王に忠告している。剣ではなく鞘を手放すなとな。その理由が衛宮の異常な回復能力の秘密というわけだ』

 

『じゃあ、あれを起動することが出来れば!』

 

『そう言う事になりますが・・・どうやってやればいいのですか?』

 

『『『・・・。』』』

 

マルギッテの言葉に一同は黙ってしまった。彼女等は魔力を扱うことが出来ない。

 

『ご安心ください。私が魔力を供給します。まさかサーヴァントがマスターに魔力供給をするとは夢にも思いませなんだ』

 

ゆっくりとレオニダスが鞘に触れ、魔力を流す。そうすると鞘の輝きが増した。それと共にエメラルドのラインが一気に周囲を伝う。

 

『すごい・・・』

 

まさに幻想的と言える光景だった。しかし――――

 

『ぬう!?』

 

慌ててレオニダスが鞘から後ろにバックステップで跳んだ。

 

『なんだ・・・あれ・・・』

 

白い影のような存在が剣を片手に鞘の間に立っていた。

 

『・・・なるほど。英霊の残滓を聖遺物に封じ込めることで使用可能としているわけですか・・・』

 

『どういうことだ?レオニダス』

 

『疑問があったのです。聖遺物とはいえ、騎士王程の人物のものであれば、他人が扱うことなどできないはずなのです』

 

『でも士郎はよく使ってたんじゃないか?』

 

『はい。それがあの・・・騎士王の残滓のおかげです。あの存在が鞘に残り続けているからマスターは貸し出しという形で使用することが出来ているのでしょう』

 

『ということは戦うわけにはいかんな』

 

『でもあの騎士王、鞘から離れる気一ミリもないぞ』

 

『それに鞘に起動できるのはレオニダス王だけです。戦うなら、私達で何とかしないといけません』

 

『いけません!残滓と言えどサーヴァント!そして御身は騎士王の残滓。とても皆さんが相手にできる存在ではありません!』

 

『なら話は早いな』

 

そう言って百代はゆっくりと騎士王の残滓に近寄っていく。

 

『――――』

 

剣のような物を構える影だが、百代は構わず近寄っていく。

 

『いけません!』

 

ガン!とレオニダスの盾が百代を守った。

 

『何をしているのです百代殿!相手に意識などありません!あのまま歩み寄って居たら切り裂かれている所です!!』

 

『ここなら怪我しないんじゃないか?』

 

『愚かなことを!我々は精神体でマスターの中に潜っているのです!ここで死ぬような怪我を負えば現実世界の貴女も死に至りますッ!!』

 

『まてレオニダス。なにも本気で事を構えようというわけではないのだから、我と百代で足止めをしよう』

 

『しかし・・・』

 

『それしか方法は無いのだ。黛と義経は得物が無かろう。マルギッテは体術もいけそうだが・・・三人もいれば何とかなろう』

 

『そうですね。どの道貴方が鞘に触れなければ解決しないのですからそれで行きましょう』

 

『私達も戦います』

 

『うん。何処まで行けるか分からないけど義経も戦う』

 

彼女達の決意は固かった。レオニダスもこのままでは埒が明かぬと分かっている。

 

『では決して無理をなさらずに。この中の誰かが没すれば、マスターは生涯己を責め立てることでしょう。そうしないためにも必ず無理をしないでください』

 

『わかってる。・・・いくぞ!』

 

あの夜。自分が幸福になって良いのか分からないと言っていた表情を思い出して百代は必ず生きて帰ると決心した。

 

(いいんだよもう。お前は自分を責めなくていいんだ!)

 

そうして負けられない戦いが始まった。

 

――――ここにいる全ての者は、衛宮士郎の為に――――




とりあえずはここまでです。またごちゃごちゃになりそうだったので一度切りました。

次回は最上パイセンのネタ晴らし…かなぁ…そこまで行けると良いなと思います。では次回!


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運命の夜

皆さんこんばんにちわ。色々とネタはあるもののどう形にするか悩んでいる作者でございます。

今回こそは最上先輩がなぜ士郎の事を知っているのか書きたいと思います。

では!


気だるい体を揺り動かし、ゆっくりと目を開ける。

 

「夜・・・?」

 

ポツリと呟いた声に一番に反応したのは、

 

「士郎!!!」

 

「も、百代?」

 

ばさりとベッドにのしかかる百代。

 

「痛いところ無いか?もう剣生えたりしないか?」

 

「ま、まてまて、そんなにまさぐられても何もない・・・うわ!」

 

ペタペタと体を探る手を払おうとしたものの、さらに一対の手が増えて士郎は驚いた。

 

「傷の兆候なし・・・あるのは古傷だけですね・・・」

 

「ま、マル!」

 

遠慮なしに触診してくる二人に何とかやり遂げられたんだな、と嬉しいやら恥ずかしいやらでもうされるがままの士郎。

 

「あらあら、二人とも大胆ね。眠る男子の体を容赦なくまさぐるなんて」

 

「ま、まさぐる!?」

 

「これは触診です。士郎の体はあの文言の通り、剣で出来ているのでしっかりと確かめなければ危険です」

 

「冗談キツイぞマル・・・それより、なんでみんなここにいるんだ?」

 

「それは、マスターが命の危機にあったからですよ」

 

「レオニダス!」

 

苦笑ながらも暖かい笑みで迎えてくれた従者に安心する士郎。

 

「そうか・・・固有結界が暴走しかけたんだな」

 

「はい。ただ魔力を供給しただけでは不可能と悟り、失礼ながら百代殿の魔眼を通してここの5人と共にマスターの体へと精神を送り込んだ次第です」

 

「士郎先輩・・・」

 

「士郎君、もう大丈夫?」

 

由紀江と義経も心配そうに見つめてくるので士郎はしっかりと頷いた。

 

「ああ。もう大丈夫だ。みんなに迷惑を「違うよ」義経?」

 

士郎の言葉を遮った義経は静かに頭を振り、

 

「迷惑だなんて思ってないよ。心配だった。士郎君に死んでほしくなかった。それだけなんだよ」

 

「そうだな。こういう時の言葉はすまぬではないと、散々言われたであろう?」

 

「揚羽さん・・・そうだな。みんな、ありがとう」

 

大事に5人の手を包み込む士郎の手にはようやく、熱が戻っていた。

 

「あの、士郎先輩。士郎先輩の中?で騎士王さんの残滓・・・に出会ったんですけど・・・」

 

「セイバーの?・・・そうか。なんて言ってた?」

 

「言葉は話せなかったんだ。でも、必死に士郎君の容体を叫んでいたら・・・」

 

彼女達が必死にセイバーの残滓と戦っていた時の事である。

 

 

 

 

 

「はあぁ!!」

 

百代の剛拳が光の守り手の剣を弾く。このままでは埒が明かぬと思ったのか剣に強烈な風が纏わされる。

 

「くるぞ!」

 

揚羽の忠告通り、剣に纏わせた風が恐ろしい豪風となって彼女等を襲う。

 

「っつあ!!」

 

「皆さん!大丈夫ですか!!」

 

「大丈夫だこのくらい!」

 

「はい!まだいけます!」

 

「義経も大丈夫です!」

 

何とか善戦はしているものの、5人がかりでこの有様とは、本物はどれだけ強いのだと冷や汗を流す揚羽たち。

 

そんな時だった。

 

「・・・ッおい騎士王さま!あんたは士郎を守ってるんだろ!このままだと士郎が危ないんだ!!ここを通してくれ!!」

 

「・・・。」

 

返答は激しい剣の乱舞。この意思の無い守り手はとにかく鞘に近づこうとするものを攻撃する。

 

その為、レオニダスさえも今だ接近できずにいた。

 

「流石、騎士王と呼ばれただけあるか・・・これほどまでに苛烈。しかして繊細な剣の扱いを我は見たことが無い」

 

油断すれば瞬く間に細切れにされよう剣舞を前にしても百代は叫び続ける。

 

「頼む!士郎がこの先自分を認められるように・・・・いや、これから私が愛していきたい(・・・・・・・)から!ここを通してくれ!」

 

「「「!!!」」」

 

百代の心からの告白に動揺する4人、だが、

 

「そうです!私は士郎を愛している!この気持ちを伝えるためにも騎士王!そこをどきなさい!!!」

 

「ま、マルギッテさん・・・」

 

「義経も!義経も士郎君が好きだ!これからもずっと一緒に居たいんだ!だから・・・!」

 

「おうおう!みな衛宮が好きか!我もわるくないかなーと思っている!!」

 

「揚羽さんまで!」

 

「なんだ、黛は続かんのか?」

 

「え!えーっと・・・」

 

「まゆまゆはスケベだからなー」

 

「モモ先輩!」

 

『いわれない蔑み!』

 

「松風が出て来たってことは大丈夫だな!」

 

「あわわわ・・・私も!士郎先輩が大好きなんです!そこをどいてください!!」

 

『いけー!まゆっちー!』

 

「黛、少し状況を考えよ・・・」

 

「はうっ!」

 

「・・・いやはや相変わらずの由紀江嬢ですなぁ・・・」

 

すっかり緊張感がなくなってしまったが絶対に突破するという気概は互いに見せ合った。

 

「って・・・あれ、攻撃がこないぞ?」

 

よく考えたらこんな掛け合いをしている暇なんかないはずなのだが・・・

 

「・・・。」

 

まるで頭が痛いという風な動作を取って騎士王の残滓は攻撃の手をやめていた。

 

「・・・おい、意思がないのではなかったのか?」

 

「意思がなくとも呆れてしまうほどの事なのでは・・・」

 

「それは我らにか?乙女を落とし続ける衛宮にか?」

 

「・・・。」

 

「あ、両方みたいです」

 

とにかく頭痛が痛いという風に頭を抱える守り手。だが唐突にふっと上を見上げた。

 

「――――」

 

言葉はない。だが、自分が今求められていると知った彼女は剣を下し、光と共に鞘の中へと消えた。

 

「えっと・・・大丈夫・・・なのかな・・・」

 

「大丈夫でしょう。恐らく、マスターが無意識に鞘を使おうとしたんだと思います。おかげで状況を打破できそうです」

 

ゆっくりと鞘に近づき手を当てるレオニダス。もう一度、辺り一面がエメラルドのラインに包まれた。

 

「うむ。もう光の騎士王は出てこぬな。レオニダス。どのくらいで終わりそうだ?」

 

「いかに不死身の力を授ける聖剣の鞘と言えど、貸し出しの形ですからな・・・とにかくマスターの容体が安定するまでは供給しましょう。その間に、皆さん話し合われた方が良いのでは?」

 

「え?なにを?」

 

と、ここに来てポンコツ具合を出す百代にニヤニヤとしながら揚羽が近寄る。

 

「『これから私が愛していきたいから!』だったな?」

 

「う」

 

ボスン!と顔を赤くする百代。

 

「マルギッテや黛、義経もか」

 

「・・・貴女もそうでしょう。九鬼揚羽」

 

「まぁな。これほどの男と誰かを比べるなど出来んだろう?」

 

「はい・・・」

 

「義経もそう思います」

 

恥ずかしがりながらも真っ直ぐな彼女等に揚羽は笑った。

 

「よろしい!ならば衛宮が復帰したらその気があるか確かめ・・・いや、その気になってもらうか」

 

久しぶりの揚羽の悪戯を思いついたような笑顔に顔を赤くしながらも百代は問う。

 

「その気になってもらうって?」

 

「お前は散々自分の事を美少女美少女言っておきながらなぜこういう時にそれを活かさんのだ。それはそうと確認だが、誰か衛宮を諦められる奴はいるのか?」

 

「しません」

 

「無理です」

 

「義経も諦めたくないです」

 

「・・・ダメだったら地球割る」

 

顔を真っ青にする百代と徹底抗戦の構えのマルギッテ達。その様子にうむうむと頷き、

 

「どうせ正室、側室システムがくるのだから皆娶ってもらえばよい。マルギッテはちと難関だが・・・なに、諦めなければどうとでもなろう」

 

「そうですね。ただし、誰が正室かは決めなくてはなりませんが」

 

「「「・・・。」」」

 

ピキリとマルギッテの言葉に凍り付く空気。言外に正室は自分だ、という本音が見え隠れしている。

 

「衛宮が誰か一人に愛を注いでそれ以外には愛を注がないなどありえんだろうさ。むしろ愛を注ごうと必死になって自爆する未来しか見えんな」

 

「それでも正室は正室なので」

 

「「「・・・。」」」

 

「意固地だなお前達は。まぁよい。とにかく戻ってからの話になるが――――」

 

揚羽が丁度話を切り上げようとした時だった。鞘が不自然に輝きを増したのだ。

 

「え?」

 

「これは・・・」

 

「声?」

 

輝く鞘から僅かに声が聞こえてくる。

 

「・・・!・・こ・・・に!」

 

「ね・・・!つい・・・!」

 

「シロウ・・・!」

 

最後の彼の名を呼ぶ声を最後にブツリと声は途絶えた。

 

「今の、聞こえたか?」

 

「聞こえました」

 

「誰かが士郎君を見つけた、というような内容かな・・・」

 

「これは衛宮にも確認を取らねばなるまい」

 

 

 

と、そんなことがあったのだ。

 

「鞘を通して俺を呼ぶ声・・・か」

 

「恐らく、元の世界に残してきた師ではないのか?」

 

「十中八九、そうでしょうね。士郎の鞘を起点に、騎士王を通して士郎を見つけたんだと思うわ」

 

「士郎君・・・帰っちゃうの・・・?」

 

今にも泣き出しそうな義経を見て苦笑をこぼした士郎は義経の頭を撫でて、

 

「いや、もう帰らないさ。元の世界でやるべきことはもう終わったように思う。同時に、衛宮士郎としての生も、向こうでは終わったんだ」

 

「士郎・・・」

 

「ただ、俺の師・・・遠坂達が俺を見つけたのなら近いうちに彼女達もこちらに来るかもしれない。揚羽さん。その辺頼めますか」

 

「よい。しかし・・・また女子か。衛宮。貴様一体、何人落とせば気が済むのだ?」

 

「は?何人?なにが?」

 

「これだもの・・・」

 

「士郎先輩、いい加減自覚してください・・・」

 

「この天然ジゴロ野郎ー!まゆっちの純情を何だと思ってるんだー!」

 

「・・・なんか前の世界でも言われたなそれ」

 

「すでに言われていたのにこの有様ですか・・・」

 

はぁ、とため息を吐く一同。とにもかくにも何とか士郎が復帰した。

 

「じゃあ私は・・・」

 

「待った」

 

退席しようとした最上旭に士郎は待ったをかけた。

 

「旭。君がなぜ俺の事を事細かに知っているのか知りたい。何故君は鞘の事まで知っている?」

 

出て行こうとした旭の足が止まる。

 

「・・・もう少し、隠していたかったのだけれど」

 

そう言って彼女は振り返った。

 

「私は貴方の物語・・・伝記とでも言えばいいかしらね。それを読んだからよ」

 

「俺の・・・?」

 

「最上。それは魔術書か何かか?」

 

ひりつくような空気が張りつめる中、彼女は予想外の言葉を口にした。

 

「いえ?ゲームよ」

 

「げ、ゲーム?」

 

「そう。貴方が主人公として登場するビジュアルノベルゲーム。その名前は――――」

 

彼女はこう告げた。Fate/stay night(運命の夜)と。

 

 

 

 

 

 

その日、2-F組は大変な人が押し寄せていた。

 

「一列にお願いしまーす!」

 

「他の人を押さないでくださーい!」

 

「どうぞ。お嬢様」

 

「キャー!衛宮君ー!!!」

 

「源君よー!」

 

とにかく士郎と忠勝目当ての女性が多く、裏手で料理を手掛ける士郎は大忙しである。

 

「こちら今日の特別メニューです」

 

「ありがとう・・・あの写真いいですか?」

 

「お嬢様の申し出とあれば、喜んで」

 

裏方のはずなのに料理を出しては黄色い声を上げられて写真撮影を求められる。

 

その為行列は一体何処まで続くのだというほど長い。

 

「お嬢様、行ってらっしゃいませ」

 

その言葉と共に退店する度また黄色い声が上がる。

 

士郎は一つため息を吐いて2-Fの教室を改造した喫茶店へと戻る。

 

今日は延期されていた川神祭(文化祭)だ。士郎が回復してから実に4日後という事になっている。

 

それというのも、やはり不審者出没として処理されたためすぐに学園を再開することが出来なかったからだ。

 

「衛宮。交代だ。休め」

 

「忠勝・・・抜けて本当に大丈夫なのか・・・?」

 

ズラリと並ぶ列を見て士郎は忠勝に問う。

 

「逆だ。お前が抜けないと客が捌けねぇ。この調子じゃ、日が暮れても客足が途絶えねぇだろ」

 

「・・・確かにな」

 

嬉しいことだが自分を目当てに訪れる客も多いのである。来てくれる人には申し訳ないが、士郎がいなくなれば、その分の客は途絶えるだろう。

 

だが、

 

「焼け石に水な気がするぞ。それに・・・」

 

ちらりと列を見ると・・・

 

「・・・。」

 

「・・・・。」

 

「・・・・・。」

 

「「「・・・。」」」

 

自分を見つめる不特定多数の女子の眼が。ここで抜けるなんて言い出したら確実に爆発しそうな危険なのがいくつか。

 

「・・・やっぱり残るよ(せめてあそこだけ捌いてからな)」

 

「そうか。(わかった)」

 

「その間に他のメンツの休憩を回しちまおう。忠勝、まだ行けるか?」

 

「このくらい、代行業に比べればどうってことない。誰から回す?」

 

そうして件の女性たちが現れた。

 

「いらっしゃいませ百代殿・・・ああいや、百代お嬢様」

 

「・・・。」

 

ゴゴゴ・・・となりそうな雰囲気でいるが、本人はニヤけないように必死なだけである。

 

受付のレオニダスもそれが分かっているので微笑ましい笑顔を浮かべて。

 

「当店は接客する執事かメイドをお選びいただけますがどちらをご所望で?」

 

「執事」

 

「かしこまりました。では誰・・・おっと」

 

写真の載ったメニューのようなものを開いたが、開いた瞬間にズビシと指さされたのはやはり士郎。

 

「かしこまりました。今お呼びしますので少々お待ちください」

 

「お待たせしました。ご指名を受けました衛宮です。お嬢様。御足もとを気を付けて。まずは紅茶などいかがでしょうか?」

 

「・・・(ブンブン)」

 

「ありがとうございます。ではこちらの席へ」

 

つまずくものなどないのだがここは執事という事でなりきる。

 

(ルヴィアさんの所でバイトしたのがこんな形で役に立つとはなー)

 

当の士郎はそんなことを考えながらやっているのだが、百代はというと、

 

(やべぇ。やべぇよ士郎カッコよすぎあの腕に抱かれたいまじ人間爆弾でたおれようかな!?)

 

と、嬉恥ずかしMAXで視線をあちらこちらへ。本人はニヤけないように必死なのでまるでガンを付けたようになってしまい、一部からヒィ!と悲鳴が上がる。

 

(モモ先輩ガチで恥ずかしがってんのなー)

 

(そりゃそうよ。お姉さま士郎の事・・・)

 

(ワン子。秘密でしょ?)

 

(あわわ!・・・でも隠す意味あるのかしら・・・)

 

(正直ないね。誰が見てもわかっちゃうし・・・)

 

彼女が全力で士郎を意識しているのは誰の眼にも明らかだった。

 

「さぁ、紅茶が入りましたよ。そんなに強張っていないでゆっくりとおくつろぎください」

 

と、持ち前の衛宮スマイル(周りが名付けた)を浮かべて少しでも緊張を解そうとするが、当然逆効果なわけで。

 

(この状況でくつろげとかマジ無理ああ、顔が、顔がニヤケそう助けてやめて清々しいスマイル!!!)

 

もう思考が滅茶苦茶な状態の百代。士郎はと言えばなんだからしくないなぁと思っているだけである。

 

「あ・・・お嬢様、失礼します」

 

「!!?」

 

スッと士郎が手を百代の髪に伸ばし、

 

「・・・ゴミがついていた。もう大丈夫」

 

と耳元で囁いた。

 

「・・・。」

 

ボン!と真っ赤に染まって椅子から倒れそうになったが、

 

「おっと・・・お嬢様。お気を確かに」

 

「もう無理っす・・・」

 

すかさず士郎が抱き上げた所でギブアップ。百代は気を失った。

 

(あれはヤヴァイわね・・・)

 

(完全に殺しに来てる系。アタイならそのままお持ち帰り系)

 

(三次元の何がいいんだか・・・まぁ、ステータスは英雄級の二次元みたいなやつだが)

 

(チクショー!なんでアイツばっかモテるんだよー!!!)

 

(そりゃ普通にカッコいいからね・・・)

 

(スペックも高いよ。・・・私には大和がいればいいけど)

 

(ぬぬ・・・自分も大和にあんな風に給仕してもらいたかった・・・)

 

(こりゃあまゆっちも同じかな)

 

キャップの予想通り由紀江も訪れたが終始ガッチガチに固まってちょっとした一言でノックアウト。

 

義経は羞恥心の限界で逃げ出し、真っ当に担当出来たのは林冲や清楚、そしてマルギッテだった。

 

「お嬢様。紅茶が入りました」

 

「はい。ではこちらに」

 

「ええ。お嬢様、慌てずともお持ちいたしますよ」

 

マルギッテは若干百代と似た感じだったが彼女は鋼の精神でこの天国(地獄?)を乗り切った。

 

(やれやれ・・・みんな緊張するなら俺なんか選ばなきゃいいのに)

 

事態を把握出来いない朴念仁はそんな感じであった。何はともあれ、地雷原のような雰囲気を出していた客は捌けたので休憩に入ろうとした士郎だったが、

 

「おい!ご指名だ!」

 

慌ててやってきたヨンパチに首を傾げる士郎。

 

「なんでそんなに慌ててるんだ?」

 

「超ビックな客が来たんだよ!それでお前を指名してるんだ!」

 

「超ビック?」

 

はて、彼がそれほどビックという客は・・・

 

「♪」

 

「揚羽さん・・・」

 

確か今夜の会合の為に仕事に打ち込むのではなかったのだろうか。

 

「まぁいいけど。仕事に支障ないんだろうな・・・」

 

なにやら緊張した面持ちの小十郎を連れてやってくる揚羽を迎える。

 

「お待たせしましたお嬢様。さ、こちらへどうぞ」

 

「うむ」

 

「坊ちゃんもこちらの席へ。今お二人のお茶を準備いたします。紅茶でよろしいですか?」

 

「良い。ダージリンなどあると良いのだが・・・」

 

「あ、揚羽様・・・!」

 

さらっと無茶振りする揚羽であるが、その辺抜かりないのもこの男である。

 

「かしこまりました。今ですとミルクティがよろしいかと思いますがよろしいですか?」

 

「うむ。それを二人分頼む」

 

「かしこまりました」

 

とあっさり厨房に引っ込む。

 

「おい、まじでダージリンなんかあるのか?」

 

「ああ。紅茶は大体用意してきたぞ。入れるのは俺がやるから」

 

川神学園のSクラスは基本富裕層が多い。なので急な注文にも対応できるように士郎はあらかじめ自腹で準備していた。

 

「それにしたってこんな量今日中には出ないだろ?その時はどうする気だったんだ?」

 

「?もちろん家で飲むけど。これはどちらかというと俺からクラスへのおすそ分けだよ」

 

「すげぇ・・・ダージリンって名前だけは知ってるけどこんな香りするんだな・・・」

 

「今の時期はオータムナルって言って秋の茶葉なんだ。深いコクと甘みが特徴だな。ただ、そのままだと渋みが強いからミルクティを提案してきた」

 

「へぇ・・・ねぇ衛宮君。私とマヨも休憩なの。そのミルクティ飲んでみたいわ」

 

「ち、チカちゃん!」

 

「いいぞ。一緒に入れるから持っていくといい」

 

そう言って士郎は四人分のミルクティを準備し、半分を真与と千花に渡して入れたてを揚羽の下へと持ってきた。

 

「お待たせいたしました。ミルクティでございます。熱いのでご注意ください」

 

「ほ、本当に出てきた・・・!」

 

「言った通りであろう?衛宮がその辺見逃すはずがない」

 

予想通りという風に揚羽は笑った。

 

「・・・うむ。よい香りとコクだ。申し分ない。小十郎。お前も飲んでみよ」

 

「は、はい・・・おお」

 

主従二人とも満足してくれたようで何よりである。

 

「ちと話したいことがある。人払いを頼めるか?」

 

「・・・衝立で遮ることは出来ますが他のお客様もおりますので・・・」

 

「それでよい。よろしく頼むぞ」

 

「かしこまりました」

 

そう言って士郎は一度裏へと行き、個人席希望用の衝立を忠勝やスグル達と準備した。

 

「「「・・・ごゆっくり」」」

 

執事姿の三人は戦々恐々とした様子で去って行った。

 

「お話とは何でございましようか?」

 

「クッ・・・板についているがもう不要だぞ衛宮。お前とて休んでなかろう?そのために衝立を準備させたのだ」

 

「・・・参った。お客に心配されたんじゃ、執事失格だな」

 

「そんなことは無い。お前が休んでいないことはあの行列を見ればわかる事よ。それより、件の魔術書の件を洗ってきたのだ。小十郎」

 

「・・・ハッ!はい!こちらです揚羽様!!!」

 

本格派のダージリンティーに緩みかけていた小十郎がハッとして資料を渡す。

 

「・・・お前はまだまだだな」

 

「申し訳ありません・・・」

 

「さっき不要と言ったでしょう?小十郎さんもくつろいでいいと思うんだが」

 

「衛宮さん・・・」

 

「やれやれ・・・これは一本とられたな。それより魔術書だ。最上はどうやら、北米にある遺跡から出土したものを闇市で買い付けたようだ」

 

ぺらりと資料を捲りながら言う揚羽。

 

「闇市か・・・それでは詳細は不明ですか?」

 

「そうでもない。どうやらヴァイキング時代の宝物の一つという売り出しで売られていたそうだ。事実は分からぬが、少なくとも約1000年前には存在していたことは分かるな。魔術使いとしてはどうだ?信憑性がある話か?」

 

問われた士郎は頷き、真っ直ぐに揚羽を見た。

 

「あり得る。海賊が財宝や呪いに携わるのはよくある話だろう?大体の財宝には魔術の儀式なんかの影響を受けていたりもする。そこに、魔術書が混ざっていてもおかしくはない」

 

「そうして財宝に紛れていた見た目はただの本が、価値あるものとして判断されず闇市に出回っていたか・・・なんとなく、筋は通ったように思うな」

 

捲っていた資料に色々と書き込みをして揚羽はミルクティを飲んで一息つく。

 

「しかしなぜ魔術書は最上の手を離れたのだろうな。それが無ければもっと楽に解決できたものを・・・」

 

「恐らく最上幽斎が魔術師ではなかったのが大きな要因かもしれない。何らかの契約などの手順をすっ飛ばして発動させたことで最も効率のいい場所としてあの山に陣取ったんだろう」

 

「あの山に特別な何かがあるというのか?」

 

「いや、あの山は川神の霊脈の影響を強く受けているようだから・・・そうじゃないかと思っただけだ」

 

「あの地にも霊脈の影響があるのか・・・」

 

「ああ。幸いだったのはこっちの・・・レオニダスの紐づいている所でなかったのが幸いだな。そこが汚染されたりしていたらレオニダスも無事では済まなかったかもしれない」

 

不幸は不幸な出来事だったが幸いなこともあった。あの時レオニダスがいなければ、士郎はもっと窮地に立たされていたのかもしれないのだから。

 

「確かにそれは何よりだった。レオニダス王を失うのは我らとしても避けたい。そう言う意味では、最上が魔術師じゃなくてよかったと言えるな」

 

「その報告ですか?」

 

「ああそれもあるが・・・まぁその他の事は今夜述べよう。ダージリン、よい一杯であったぞ」

 

「ご馳走様でした!!今度俺にも入れ方を教えてください!!」

 

「お粗末様でした。この程度で良ければいつでも。では出口にご案内いたします、お嬢様?」

 

「学園の出し物であったな!お前がいるとどこでも居心地がよくなってしまう」

 

そう言って高らかに笑って揚羽は小十郎を伴って去って行った。

 

それから士郎はようやく休憩にありつけ、百代達3-F組や清楚の3-S組、そして林冲たちのいる2-Sをぐるりと回ることが出来たのだった。

 

百代達は武術体験コーナー。百代の瓦割りや燕の柔道着姿など珍しいものが見れた。

 

「え?お前もやってみろ?・・・冗談じゃないなんで客に瓦割りさせるんだ」

 

「ぶーぶー!乗り悪いー」

 

「よそ見なんてグワーッ!」

 

「よそ見はしててもきちんと相手してるよん」

 

「綺麗な一本だな・・・」

 

「!士郎!私の瓦割りには段階があってだな!」

 

「最終的に粉になるんだろう?」

 

「ぐ・・・」

 

「へへー燕ちゃんの勝ち―」

 

「なにおう!」

 

「こらこら喧嘩するな・・・うわぁ!?」

 

3-Sでは文芸体験というか発表だった。中でも清楚の書いた小説や詩集などが話題を呼んでいる。

 

「清楚先輩、順調に進んでますね」

 

「うん!あれもこれも、士郎君のおかげだよ」

 

「俺は大したことをしてませんよ。先輩自身の努力の結晶です」

 

「もう・・・士郎君はすぐそれなんだから・・・」

 

顔を赤くして軽く叩く清楚。

 

「・・・。」

 

実際は凄い衝撃だったことを士郎は言わない。

 

「葉桜君。手加減が無くなっているぞ」

 

「え!?・・・おい士郎!大丈夫か!?」

 

「ダイジョウブデス・・・」

 

数々の負傷もしながら2-S。

 

「ばあぁああ!」

 

「おう大和よくやってるな」

 

「一応驚いてくれないと困るんだけど・・・」

 

「そうだよーこっちなんかスルーされちゃったし」

 

「いや弁慶のフランケンシュタインはつい最近見たし・・・」

 

「ば、ばぁあ!」

 

「林冲もお疲れ様」

 

「うう・・・本物を相手にできる士郎相手には効果がない・・・」

 

よしよし、と頭を撫でられ、悔しいながらも恥ずかしそうにする林冲。

 

「お主らはよう先に行かぬか!後ろがつっかえておるのじゃ!」

 

「心は貞子か?髪が綺麗すぎて幽霊には見えないな」

 

「くぬぬ・・・」

 

「早く行きなさい!!!」

 

嫉妬に溢れたマルギッテが吠え、ようやく士郎は2-Sのお化け屋敷を抜けたのだった。

 

 

 

 

 

川神祭が終わった後。士郎は最上旭の家へと向かっていた。

 

現在の最上家は家としてほぼ機能はしていない。手入れはされているが最上幽斎は拘束されているし、旭は九鬼預かりになったので現状この家を使う者はいないのだ。

 

「お邪魔します」

 

「いらっしゃい、士郎。みんな集まっているわ。上がって頂戴」

 

いつかは襲撃の阻止の為に訪れた家に上がるのは、なんとも感慨深い士郎だった。

 

今日ここに来たのは最上旭がなぜ衛宮士郎を深く知るのかを知るためだった。

 

本来なら士郎だけが知るべきだろうが、士郎の事なら見逃したくないと百代筆頭にパスの繋がっている5人。とファミリー、そして林冲と清楚がこの場を訪れていた。

 

「本当にみんないるんだな・・・」

 

「士郎の事なら絶対に見逃せないからな。それに・・・返事・・・もらってないし・・・」

 

「士郎先輩、今日はよろしくお願いします」

 

「まゆっちも恋の炎に焼かれて参戦だぜ!」

 

「松風!?」

 

「士郎の事ならば、私達にも知る権利があると思います」

 

「マル・・・それはどういう意味だ?」

 

はぁ、とため息をついて士郎は案内された部屋のソファに座る。

 

前の机には古めかしいノートPCとプロジェクターが接続されていた。

 

「事前に話した通り、多分これが最後の機会になると思うの。だからちょっと長いけど一気に見るわ」

 

「抑止力・・・という力の事ですね」

 

「ええ。私の下にこれが残っているのは奇跡だと思う。そうじゃなきゃ、士郎が現れた時、とんでもない話題になっているはずだもの」

 

「実際に物語の主人公として存在したのならそうだろうな。では最上。始めよ」

 

時間が惜しいと揚羽が催促した。

 

「わかった。・・・士郎、いいのね?」

 

「ここまで来ちまった以上否はない。これで突かれることが無くなるならいいだろうさ」

 

もう既に固有結界まで見せてしまったのだから変わらないだろう。士郎はそう考えていた。

 

「じゃあ始めるわ・・・あ」

 

ふと思い出したように旭は言った。

 

「ちなみに18禁だから」

 

「「「え?」」」

 

それがどういう意味なのかは後に士郎が身もだえすることになるのだが上映は始まってしまった。

 

「・・・由紀「18歳です」・・・。」

 

ツッコんではいけないらしい。とにもかくにも、大きな『Fate/stay night』のタイトルから不可思議な効果音と共にFateという最初のエピソードが始まり、

 

 

 

『それは、稲妻のような切っ先だった。』

 

 

 

そんな言葉から始まった。

 

――――これより始まるのは異世界の住人のある男のターニングポイント。その夜の物語が語られるのだった。

 




はい。今回はここまでです。ネタバレになるので言えませんでしたが、士郎の物語はこの時の為にしなかったのです。最上パイセンはこれを知っていたから士郎を知っていたわけですね。

皆さんはどうでしょうか?自分の読む漫画や小説の主人公が実際に目の前に現れたら…どんな反応をするでしょう?私は最上パイセンと同じで興奮すると思います。

では次回。


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彼のこと

皆さんこんばんにちわ。書きたかった一瞬が書けて非常に嬉しい作者でございます。気付けば60話越えなんですね…40話であんなに喜んでた私が60話…もう想像絶する思いです。

今回は前回士郎に近しい人達でfateをプレイしたという事で色々書けたらなと思います。

では!


それは壮絶なストーリーだった。七人のマスターと七騎の英霊による万能の杯、聖杯を求める殺し合い。

 

そこに偶然なのか運命なのか。マスターの一人となった衛宮士郎は、未熟な、未熟すぎるマスターとして参戦していた。

 

初めはセイバーとの出会い。

 

『問おう。貴方が私のマスターか』

 

将来、地獄に落ちてもその光景だけは忘れないと思った月光の差す場所での出会い。そして、

 

『喜べ少年。君の願いはようやく叶う』

 

最後の最後まで。衛宮士郎の敵として立ちはだかる神父の言葉。戦いを否定しながら、戦いを求める正義の味方としての在り方が鬩ぎ合い、士郎は苦悩する。

 

 

『■■■■■■■■ー---!!!』

 

悩んでいても止まらぬ戦争。戦いの度に衛宮士郎は、女の子であるセイバーを戦わせられぬと瀕死の重傷を何度も負う。

 

そもそもにして最初からランサーに心臓を一突きされたシーンでは悲鳴が上がったくらいだ。

 

そしてセイバーとの――――

 

「ちょっとまった!ストップストップ!!!」

 

「何よ士郎」

 

「これからが良い所じゃない?」

 

「良くない!全然よくない!全部とは言わないからそのシーンは!勘弁してくれ!」

 

セイバーと正式な契約を結び、大英雄へと挑む士郎。戦いには勝利したもののそれはまだ序章に過ぎず。突如現れた黄金の英雄王に士郎は宝具の打ち合いで負けてしまったセイバーの為に前へ出る。

 

『――――貴方が私の鞘だったのですね』

 

英雄王との戦いで、またも瀕死の重傷を負う士郎。だが、彼が彼女の鞘であることをやっと知ることが出来た一瞬だった。

 

しかし時を置くことなく、衛宮切嗣ではなく、言峰綺礼に引き取られたあの災害の子らの末路をみて士郎は苦悩する。そして神父はいうのだ。この子らを救うために聖杯を使えと。時間を巻き戻し、ありえたはずの幸せへと導けと。

 

だが士郎は拒否した。過ぎた時間を無かったことにすることは出来ないのだと。そんな間違った願いは叶えられないと。そうして徐々に間にあった溝を埋めた士郎とセイバー。

 

セイバーも、

 

『分からぬか、下郎! そのようなものより、私は士郎が欲しいと言ったのだ。聖杯が私をけがすものならばいらない。私が欲しかったものは、もう全てそろっていたのだから』

 

決戦を控え、互いに――――

 

「まてまてまて!!!」

 

「なんだ衛宮」

 

「うるさいぞ士郎」

 

「そう言う問題じゃない!そこは関係ないから!スキップ!スキップ!」

 

英雄王の打倒の為、己の内にあった聖剣の鞘をセイバーに返還し、いざ最後の決戦へ。

 

セイバーは黄金のアーチャーと。士郎は言峰綺礼と。最後の決着をつける為それぞれ戦いの場に赴く。

 

『最後に一つだけ、伝えないと』

 

そうして彼女はたった一言残して、己の時間へと帰って行った。

 

 

「そうか・・・士郎はセイバーさんとそんなやり取りをしていたんだな」

 

「そりゃ、アーサー王について詳しいわけだ。本人と出会ってるんだから」

 

「この言峰という男・・・許せんな」

 

「正義の対局にいるような奴だったわね」

 

「・・・。」

 

「モモ先輩?」

 

「旭ちゃん、続き、あるんだろ?」

 

「続きと言うか、別ルートね。遠坂さんがヒロインの方」

 

「・・・。」

 

まだあるのかと士郎はぐったりするが百代達は真剣な目で次を促した。

 

 

 

導入は変わらずだったが途中から一転する。衛宮士郎の同級生である遠坂凛が彼の排除に動いたのだ。

 

「ガンドって・・・指さした相手を呪うとかいう奴じゃなかったっけ・・・?」

 

「大和は物知りだな・・・そうだよ。指さした相手を呪うんだ・・・」

 

「・・・マシンガンみたいになってるけど?」

 

「遠坂のガンドは頭おかしいんだ・・・この時は本当に死ぬかと思った」

 

遠坂凛と衛宮士郎の激突は教室一室を破壊し、一呼吸置かれたが、士郎は見えぬ標的から遠坂を守るため腕に大穴が開く傷を負った。

 

「士郎はこの頃から自分を救えなかったんだな・・・」

 

「しょうがないだろう?ああしなかったら遠坂の顔に突き刺さってたかもしれないんだから」

 

ライダーの英霊に拘束され一時はあわやという所だったが何とか切り抜け、士郎は頑なに日常生活を送り続ける。

 

そんな時だった。ライダーの施した術式が発動し、全校の生徒、教師が生命力を吸われる事態になったのは。

 

「おっかねぇ姉ちゃんだな・・・」

 

「士郎が結界や空間の異常にすぐ気づくのはこの頃からか」

 

「特定の気配には気付かないけどねぇ・・・」

 

「・・・。」

 

弁慶の物言いに何も言えない士郎。

 

何とかその事態も切り抜け、共同戦線を張ることを約束した二人だが、

 

士郎がキャスターの魔術にかかり、引き寄せられてしまう。それを助けたのが・・・

 

「・・・アーチャー」

 

懐かしそうに、蔑むように士郎はその名を口にした。

 

「アーチャー?待ってくれ、アレは士郎じゃ・・・」

 

「続きを見ればわかるだろ」

 

言葉少なく言う百代に一同も口を閉じる。

 

『躱せと言ったのだ!キャスター!!』

 

しかしアーチャーは何やら不可思議な行動を取り、ついには士郎を後ろから切りつけた。

 

その冷めきった顔に皆が身震いする。

 

このルートではなぜ士郎が重傷を負うもすぐに回復するのか分からないとされているが、皆はもうその正体が騎士王の鞘のおかげと知っているため、またか、という空気であったが

 

「士郎って不死身だよね」

 

「いえ?すぐ死ぬわよ」

 

「え?」

 

それまで淡々と選択肢を選んでいた旭がそう言って本来すべきではない選択肢を取った途端、

 

「・・・死んだ」

 

「そんな・・・」

 

「このゲームは選択肢を間違えると基本的に主人公は死ぬか酷い結末に終わるのよ」

 

「・・・なんて悪趣味なゲームだ」

 

と、自分のことながらよくもまぁ生きていたものだと頭痛がする士郎である。

 

令呪によって士郎を襲うことが出来なくなったアーチャーがとった行動は、キャスターの宝具によって遠坂との契約を破棄し、キャスター側につくことだった。そしてセイバーも、士郎の姉とも言える藤村大河を人質に取られ、セイバーをも奪われてしまう。

 

「・・・二人とも英霊を失ってしまったのか」

 

「これじゃ戦いにならない。しかしあのアーチャー。自ら裏切るとは・・・」

 

皆、アーチャーの出来事に憤慨している様子だ。

 

英霊を失った二人は接触のある唯一のマスター、イリヤを求めてアインツベルンの城を目指す。程なくして辿り着けた二人だが、異常な光景に目を奪われる。

 

「また黄金のアーチャー!?」

 

「ギルガメッシュ・・・こいつは何処まで・・・!」

 

イリヤを守ろうと11もある命を消費しながら必死に戦っていた。

 

「このバーサーカーの宝具って十二の試練ていうんだよな?」

 

「ああ。文字通りその数の試練を乗り越えた証として11の蘇生権をもつ。しかもBランク・・・まぁ、俺の偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)並みの攻撃を別な方法で12回当てて殺さないと倒せないって言う性能だ」

 

「うげぇ・・・なにその最強スペック・・・」

 

「大英雄ヘラクレスともなれば大体の人間が耳にしたことはある名よ。これだけ強力でも不思議はないか」

 

「・・・。」

 

百代は複雑な気持ちでじっと様子を伺っていた。

 

 

最強であるはずのバーサーカーはギルガメッシュによって一つまた一つと命を散らしていく。それは英雄王の背後から無限に現れる武具からイリヤを守るためだった。

 

しかし如何に11の命を持とうとも有限であることには変わりない。最後は神性に対して強力な効果を発揮する天の鎖にからめとられ、最後の命を散らせた。

 

しかし、大英雄の名は伊達ではなかった。全ての命を散らせたというのにもう一度再起したのだ。だがそれも虚しく、英雄王に屠られてしまう。

 

そして、英雄王は士郎の目の前でイリヤの目を切り裂き、心臓を抉り出して去って行った。

 

「・・・よく士郎飛び出さなかったな」

 

「いや、飛び出す気だった。でも遠坂が・・・」

 

遠坂の必死の抑制により飛び出すことが出来なかった士郎は無念を抱きつつ、亡骸を葬った。唯一の手を失った二人は途方に暮れるがそんな二人に予想外の所から声がかかった。

 

「ランサーだわ!」

 

「この人がクー・フーリンよね・・・」

 

いつかの夜に士郎の心臓を穿った人物である。どうやら彼のマスターもこの状況は良くないと見ているのか、二人に協力する姿勢を見せていた。

 

『仲間だからって、気安く遠坂に近寄るな』

 

「ぶっ・・・」

 

「わっはっはっは!」

 

「クック・・・衛宮正気かお前は・・・!」

 

「・・・。」

 

皆に笑われてブスッとした顔になる士郎。

 

「言っとくけど、これ俺じゃないぞ」

 

「しかし、紛れもなくお前の本心だろう?もちろん、この状況での、だが」

 

「・・・。」

 

士郎の言葉にランサーは爆笑し、いたく気に入った様子で二人の援護をかって出た。

 

「でもランサーさんが味方なのは心強いわね!だってアーチャーと互角にやり合ってたんだもの」

 

「いや、アーチャーと言うからには本領は弓のはずだ。アーチャーと剣で互角とはそう楽観視できないのではないか?」

 

クリスの懸念はいい意味で裏切られた。ランサーは一度戦って帰還しろという命令の下動いていたので本気ではなかったのだ。

 

『いつぞやの夜とは違うだろ?』

 

圧倒的なランサーの戦い様にアーチャーは苦戦を強いられる。そして戦いは宝具対決へと転がり込んだ。

 

刺し穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)ッ!!!』

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)ッ!!!』

 

投げつけられた槍と投擲物、特に槍に対して強力な守護を発揮するアイアスの盾が激突する。

 

「最強の槍か」

 

「最強の盾か」

 

結果は相打ち・・・とはいえアーチャーは満身創痍という形だが、宝具対決は終わった。

 

一方士郎と遠坂はキャスターを凛の八極拳で急襲し、何とか勝利を収めようかという瞬間だったが、マスターであり、彼らの学校の教師である葛木宗一郎に阻まれてしまう。

 

しかし、

 

投影、開始(トレース・オン)

 

その言葉と共に出現した白と黒の夫婦剣によって距離を稼ぎ、

 

『宗一郎様!!』

 

アーチャーの剣弾により、キャスターが倒れ、その後アーチャーによってあっけなく倒されてしまった。

 

「ぐぬぬ・・・このアーチャー、どれだけ自分の主人を裏切れば気が済むのだ!」

 

正義に燃えるクリスがそう叫んだ。皆もそう思っているのかその顔は険しい。

 

そして彼の目的は衛宮士郎の抹殺であると明言した上で彼は本当の宝具を展開した。

 

So as I pray, unlimited blade works.(その体はきっと剣でできていた)

 

「これは・・・」

 

「固有・・・結界」

 

そう。彼はアーチャーでありながら弓矢による伝説をもつ英霊ではなく生前は魔術師だったのだ。

 

「ねえ、これってやっぱり・・・」

 

「・・・。」

 

士郎は黙って目の前の字へと目を向けた。

 

『自らの手で衛宮士郎を殺す。それだけが、守護者と成り果てた俺の、唯一の願望だ!』

 

彼の正体は守護者となった衛宮士郎。そのなれの果て。他者の救いを求めながら、自らの救いに目を向けなかった偽善者。彼はそう罵った。

 

しかしその場はセイバーと遠坂が再契約するという荒業で切り抜けたが、今度は遠坂がアーチャーに連れ去られてしまう。

 

そして彼は衛宮士郎との決着に壊れたアインツベルン城を指定した。

 

戦いが、始まる。だがそれは戦いというほどのものですらなかった。

 

『誰かを助けたいという願いがキレイだったから憧れた。故に、自身からこぼれ落ちた気持ちなど無い。これを偽善と言わず、何と言う!』

 

当然だった。神秘の頂点である英霊の彼に人間の、それも未熟な魔術師の士郎が敵うはずもなかった。

 

『初めから救うすべを知らず、救うものを持たず、醜悪な正義の体現者が、お前の成れの果てと知れ!』

 

それは呻くような、己を傷つける言葉の刃だった。そして彼の剣が士郎を捉える。気付けば、そこに横になれば死体と見間違われるほど彼の体はボロボロだった。

 

『そんな夢でしか生きられないのであれば、抱いたまま溺死しろ!』

 

倒れる士郎。だが彼は無感動に思ったのだ。

 

『けれど――――何かを忘れている気がした』

 

地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。いずれ辿る地獄(結末)を見た。

 

何度も何度も死人で溢れる光景が映し出される。これがお前のなれの果てだと。お前の行きつく先だと。何度も見せつけられた。

 

「・・・。」

 

「士郎・・・」

 

それまでアーチャーに怒りを抱いていた皆が意気消沈して士郎を見た。しかし彼は変わらず映し出された映像を見る。

 

その胸に浮かぶのは一体何だろうか。悲しみだったのか。それとも後悔だったのか。皆の眼には分からなかった。

 

戦いはそれでも続く。

 

『確かに、始まりは憧れだった。けど、根底にあったものは願いなんだよ。この地獄を覆してほしいという願い』

 

そうして士郎はもう一度立ち上がる。

 

『そうか、彼女の鞘――――!あれは聖遺物。召喚されたものではない。契約が切れてもその守護は続いている――――!』

 

『体は――――』

 

『貴様ッ!』

 

「『剣で出来ている』」

 

士郎と映像の士郎の言葉が重なった。

 

「『おまえには負けない。誰かに負けるのはいい。けど、自分には負けられない――――!」』」

 

映像の士郎とここにいる士郎の言葉が重なり続ける。それは、彼が衛宮士郎であるという事の証拠に他ならなかった。

 

「『なぜならこの夢は決して――――』」

 

間違いなんかじゃないんだから。と士郎は言った。

 

『酷い話だ。古い鏡を見せられている。こういう男がいたのだったな――――』

 

「士郎・・・」

 

「それは俺のセリフだアーチャー。俺も今、古い鏡を見せられている」

 

画面向こうのアーチャーに士郎は言い捨てるように言ったのだった。

 

その後、遠坂は無事に救助されたがランサーは言峰の令呪で自害させられ、しまいにはまたギルガメッシュが現れ、士郎とアーチャーを亡き者にしようとしたがアーチャーが士郎を庇い、消える。

 

ランサーのつけた火によって城が燃える中、手を下そうとしていたギルガメッシュは、落ちて来た灰を見て、服が汚れると一言述べて立ち去った。

 

「おいおいマジかよコイツ」

 

「慢心にもほどがあるだろう・・・」

 

その後、士郎と遠坂は互いに柳洞寺に陣取ったギルガメッシュを強襲し、聖杯の器とされてしまった間桐慎二の救出に向かうことを決意。

 

『士郎と私の間にパスを繋ぐ』

 

そう彼女は告げて服を・・・

 

「まってストップ!!!そこでスキップだ!!!」

 

「何よもう・・・」

 

「ここからがいいところなのに・・・」

 

「良いも悪いもあるか!俺の身になってみろ!!!」

 

ぜぇー、ぜぇーと息を荒げる士郎。しかし今度は無情にもそのまま流されてしまう。

 

「アッー!!!」

 

「そうだよね・・・この流れだとこうなるよね・・・」

 

「チクショウー!士郎め、こんな美人と・・・!」

 

「これまでを考えるとセイバーさんもだよね」

 

「・・・もうヤメテ・・・」

 

顔を手で覆って悶える士郎。彼はほっとかれたまま場面は進む。

 

魔術刻印を移植したことで遠坂から魔力を供給してもらえるようになった士郎は、遂にギルガメッシュと相対する。

 

何度か宝具の叩きつけ合いをこなしたのち、山門にいたアサシンを下したセイバーが駆けつける。

 

「佐々木小次郎か・・・」

 

「努力だけで同時に三つの剣筋を放つ。恐ろしい相手でしたね」

 

「それを下したセイバーさんも流石だね」

 

「流石騎士王だ!!」

 

ギルガメッシュと戦うと言うセイバーにここは大丈夫だから先に行けと言う士郎。悩んだ末、セイバーは先に居るだろう遠坂の下へと向かった。

 

『セイバーを使わず自らを捨て石にするなど!筋金の入った偽善者よ!』

 

愉快過ぎるとばかりに笑うギルガメッシュだが、先ほどまでとは違う士郎の空気に剣弾を発射する。

 

『勘違いしていた。俺の剣製っていうのは、剣を作ることじゃないんだ。俺に出来ることはただ一つ、心を形にすることだった』

 

そして始まるのはアイアスの盾に守られながら紡ぐ士郎の呪文。それは世界を己の心象風景で塗りつぶし現実とする秘術。

 

『行くぞ英雄王――――武器の貯蔵は十分か』

 

かくして顕現した固有結界unlimited blade works(無限の剣製)。英雄王の放つ宝具と相殺し続け、士郎と英雄王は剣を捨てながらの接近戦へともつれ込む。

 

「士郎はなんで戦えてるの?その・・・えいれい?の方が強いんでしょ?」

 

「そうだけど、コイツだけは例外なんだよ。無数の武器を用意できる奴と既に準備している奴。どっちが有利かなんて決まってるだろう?」

 

「相手は接近戦に強くないアーチャー・・・そうか、だから衛宮はセイバーを先に行かせたのだな」

 

英雄王がフェイカーと罵るのはこれも関係があったのだ。そうして不利を悟ったギルガメッシュが手元に乖離剣(かいりけん)を持ち出した所を腕ごと切り飛ばし、渾身の一撃を見舞う。

 

だが、英雄王はまだ生きていた。

 

「えええ!固有結界も解かれちゃったしどうするの!?」

 

一歩足りなかったなと相変わらず笑うギルガメッシュ。しかし、急に無くなった彼の右腕に黒い穴が開き、ギルガメッシュが吸い込まれてしまった。

 

「やったか!?」

 

「ガクト、それフラグだから・・・」

 

モロの言う通り穴から鎖が飛び出してきて士郎の腕に絡んだ。

 

「あ!?」

 

「出てこようとしてる・・・?」

 

それは黒い穴に自らの体を溶かされながらもはい出ようとするギルガメッシュだった。

 

「ど、どうするの!?」

 

「落ち着けワン子ここは多分・・・」

 

『この――――!いっその事この腕ごと――――』

 

『お前の勝手だがな。その前に右に避けろ』

 

何処からともなく飛来した短剣がギルガメッシュの額に突き刺さった。

 

『アー・・・チャー・・・』

 

そのまま鎖は力を失い、ギルガメッシュは今度こそ、穴に消えた。

 

その後。肉壁となっていた聖杯から慎二を助け出し、セイバーの約束された勝利の剣(エクスカリバー)によって聖杯は消し去られ、辺りには平穏が戻ってきた。

 

『アーチャー!』

 

「アーチャーさん、最後まで見守ってたんだね」

 

「それにしたって分かりにくすぎるでしょ。キザったらしいね」

 

義経の言葉に呆れたように言う弁慶。

 

『大丈夫だよ遠坂。俺もこれから頑張っていくから』

 

そんな透き通った笑顔を浮かべてアーチャーは退去した。

 

「セイバーさんもいなくなっちゃったの?」

 

「いや」

 

士郎は一子の言葉を否定した。その先には衛宮邸の道場に座するセイバーの姿が・・・

 

「よかった。ハッピーエンドで・・・」

 

「そうじゃなきゃ困る」

 

はぁ、とため息を吐く士郎。

 

「これで終わりか?」

 

「いえ、まだ間桐桜さんのルートがあるけれど・・・」

 

その時、PCが異音を上げて黒煙を吐き出していた。

 

「まずい!」

 

「百代!」

 

「川神流奥義・無双正拳突き!!」

 

百代の拳を受けたPCは粉々に砕け、中にあったディスクも焼け付いてしまった。

 

「これは・・・もう駄目ね。これまでが奇跡の時間だったんですもの。仕方ないわ」

 

「まだ続きがあったんですか?」

 

大和の言葉に頷く旭。

 

「ええ。間桐桜さんがヒロインのね。ただ、ちょっとショッキングな場面が多いからこれで良かったのかもしれないわ」

 

そう言って寂しそうに焼け付いたディスクを見る旭。

 

「これが私が士郎の事をよく知る理由よ。納得してもらえたかしら?」

 

「納得なんて出来ない。・・・でも、こうして存在したのだから何も言えない」

 

士郎は難しい顔をしてそう言った。

 

「士郎は激動の中を過ごしたんだな」

 

「激動と言えば激動だったな。どうしようもないことはいくつもあった。今でもしこりのように残っている物もある。けれど――――」

 

やはり自分は間違っていなかったのだと士郎は言った。

 

「みんな言いたいことがあるでしょうけど口に出さないようにね。今夜の記憶が消されてしまうかもしれないわよ」

 

「わかりました。んー・・・」

 

グイーっと固まっていた体を動かす大和達。しかし、

 

「・・・。」

 

「百代?」

 

百代だけはじっと士郎を見つめていた。

 

その様子に何か嫌な予感を覚えた士郎は、

 

「さ、さぁ今日は終わりだ。もう夜だしみんな帰ろう」

 

そう言って立ち上がった士郎の手を百代が掴んだ。

 

「・・・。」

 

「も、百代?」

 

「衛宮の言う通りだ。子供は早く帰って寝るがよい。我・・・いや、我らは衛宮と詰めねばならぬことがあるのでな。」

 

「揚羽さん!?」

 

「そう言う事なら帰ろうぜー」

 

「そうだな。口に出来ない以上こうしていても口に出そうだし」

 

「じゃあみんなお疲れ!ってことで」

 

そう言ってさっさと帰ってしまう風間ファミリーだが、百代と由紀江はじっと士郎を見つめていた。

 

「主ー私も先に帰るよー」

 

「弁慶・・・うん」

 

弁慶も何気なく義経を残して帰ってしまった。

 

「・・・これで邪魔者はいなくなったな?」

 

「はい。もう私達だけです」

 

「士郎・・・!!!」

 

「なん・・・んむ!?」

 

いつぞやの夜のようにまた唇を奪われた士郎。しかし今回はそれだけでは収まらず押し倒されてしまった。

 

「ちょ、百代!?なんで服に手をかける!?まてまてまて!!!揚羽さんも助け・・・」

 

「ん?それは無理だな」

 

「なんで揚羽さんまでってみんなー!!?」

 

「百代ちゃん次私だよ」

 

「マルギッテはやらんのか?」

 

「・・・。」

 

またバサリという音が・・・

 

「いや待って、なんで、なんでさーーー!!?」

 

 

 

――――その日士郎は最上邸に泊ることになるのだった。なぜそうなったのかは・・・後日、艶やかな顔で過ごす彼女等を見ればわかることだろう。




はい。作者なりに駆け足でfateのルート書きました。上手く書けたかなー……ちょっと心配。こうして私自身振り返ってやっぱりfateってすごいなって思う次第ですマジ恋もすごいですけどfateを考えた奈須きのこさんってすごいや・・・

HFルートは最初書こうと思ったんですが説明が難しくなりそうなのと今後の展開的にお茶を濁した方が良いと判断しました。もちろん好き嫌いで書いてるわけではないのでHF好きな方ごめんなさい。

最後は何してんだって?そりゃ決まってるよ。

というわけで次回もよろしくお願いします。では!


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一夜明けて

皆さんこんばんにちわ。遂にハーレムルートに本格的に進行したことが嬉しい作者です。

今回は士郎の秘密(危険なモノ含む)暴露会を迎えて次の日と言った所です。まだまだ書きたい話があるのでゆっくり書いて行ければなと思います。
では!


「・・・。」

 

ムクリと死屍累々の中、士郎が体を起こす。

 

「うっ・・・太陽が・・・黄色い・・・」

 

昨晩の乱痴気騒ぎ(18禁)を乗り越えた士郎はげっそりとしながら、満足そうに眠る彼女達をみてため息を吐く。

 

(ヤバイどうしよう手出しちゃったこんなにたくさん責任とれるか取らないと)

 

回転の鈍い頭がやっちまった、どうしようと回転する中一人の女性が大きな欠伸と共に起き上がった。

 

「・・・うむ。夜通しは少し辛いものがあるな。次はしっかりと時間を取ってすることにしよう」

 

「何を言ってるんだあんたは馬鹿か!?」

 

クワッ!と覇気のない顔で怒る士郎。

 

「なんだ、我は一夜限りの女か?」

 

「・・・。」

 

それは卑怯だろうと士郎はカクリと肩を落とした。

 

「どうやって責任取ればいいんだ・・・」

 

「なにも難しいことは無かろう。正室、側室システムが来るのだから全員娶れ」

 

「命令形!?・・・いや他に方法なんかないんだけども・・・」

 

ガシガシと後ろ頭を掻いて士郎はとりあえずシャワーを借りることにする。

 

「・・・なんでついてくるんですか?」

 

「未来の旦那との二人きりというのも・・・」

 

「少しは自重しろたわけ!」

 

世迷言を言う揚羽にそう言捨ててバタリとドアを閉める。

 

「ああ・・・一応学校が休みで良かった・・・」

 

疲労困憊と言った様子の士郎。今日は川神祭の翌日という事で振替休日となっている。それというのも最上幽斎の事件のせいで川神祭が延期になり、日程調整が必要となるからだった。

 

「あー・・・」

 

ぼんやりとしながらも浴びるシャワーは心地よかった。のだが、

 

「おい衛宮」

 

バタン!

 

「なんでさ!?」

 

問答無用で侵攻してきた揚羽に驚きの声を上げて浴槽に隠れる。

 

「何を隠れておる。我は今日オフではないのでな。我もシャワーを借りるぞ」

 

「じゃあ俺は出るんで・・・」

 

そう言う士郎の肩をがっしりと揚羽が掴んだ。

 

「我の髪はこの通り長いのでな。ここは一つお前にも手伝ってもらおう」

 

「・・・はい」

 

ニヤニヤとしているのが完全にからかい半分であることを理解しつつ士郎は揚羽とシャワーを浴びるのだった。

 

 

 

 

 

 

揚羽はシャワーを浴びた後すぐにシャキリとして色々な所に電話をかけている。

 

「仕事の電話か。確かに、大手のキャリアウーマンだもんな」

 

と、フライパンを返しながらつぶやく。彼女が仕事に戻ると言うので勝手知ったる他人の家という事で適当に朝食を作っていた。

 

「ん・・・士郎?」

 

「おはよう。林冲」

 

規則正しい生活をしているからだろう。林冲の次に目を覚ましたのは義経。そして清楚と徐々に皆が目を覚ました。

 

「えっと・・・義経は・・・うわあ!?」

 

「んん・・・あら?おはよう、義経」

 

「よ、義仲さんまで!し、士郎君!こっち見ないで!」

 

「わかってるぞー。そのためにこうして朝飯作ってるんだから・・・」

 

ジューとコンビニで買ってきた安物のベーコンと玉子が音を立てる。その匂いに釣られたのか百代と由紀江も目を覚ました。

 

「おはよう・・・士郎・・・」

 

「あ、あわわわ!おはようございます士郎先輩ひゃー-!!!」

 

みな変わらずの反応に思わずクスリと笑ってしまう士郎。

 

「あとはマルだけ「おはようございます」うおわ!?」

 

彼女は既にいつもの軍服姿だった。

 

「ま、マルはいつ起きたんだ?」

 

「・・・貴方が九鬼揚羽とシャワーに入っている間にです」

 

「あー・・・」

 

嫉妬丸出しのマルギッテにどう答えたものかと悩む士郎がおかしかったのかマルギッテもクスリと笑い、

 

「ッチュ」

 

「あ」

 

「ああああ!」

 

「朝食、楽しみにしています」

 

困り果てる士郎の頬にキスを落として彼女も電話を取った。

 

「士郎!私も!私も!」

 

「士郎先輩私もです!!!

 

「いいから百代と由紀江は服を着ろ・・・!ぬわあ!!」

 

ポーンと熱々の玉子とベーコンが空を飛んだ。

 

「いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

手を合わせて簡単な朝食に手を付ける百代達。

 

「ちぇー。なんで私だけパンだけなんだよう」

 

「モモちゃんが先走ったからでしょう?」

 

「そうだ。朝からなんて・・・は、は、ハレンチな!」

 

「何もしてないからね・・・」

 

そう言って疲れたように言う士郎。

 

「うむ。この家庭的な味がなんとも言えんな・・・常々父上の言っていることが分かった気がするぞ」

 

「家庭的もなにも・・・ベーコンサラダに玉子焼きとパンだけだろう?」

 

「でも士郎が私達の為に作ってくれた料理でしょう?それだけで違うものよ」

 

旭の言葉に、そうか?と士郎は首を傾げてパンに玉子焼きを乗せて食べる。

 

「さて・・・我は一足先にお暇するとしよう。スケジュールが埋まっているのでな」

 

「ああ。こんな朝食ですまない」

 

「いや、実に美味であった。それではな士郎(・・)

 

最後に柔らかく微笑んで揚羽は去って行った。

 

「むー・・・」

 

「あはは・・・」

 

士郎は困ったように笑うしかないのであった。

 

 

 

波乱万丈あった最上邸を出て一度自宅に帰り、士郎は九鬼の病院を訪れていた。

 

「大丈夫か?史文恭」

 

「問題ないと言っているだろう?お前は心配性だな」

 

袈裟懸けに切られた史文恭のお見舞いだ。彼女は戦闘不能となってしまったものの、傷自体はすぐに治療されたのと、切られた時、咄嗟に後ろに跳んでいたことで比較的浅い怪我で済んだようだった。

 

シャリシャリと士郎の剥いたリンゴを食べながら本に目を落とす史文恭だが、

 

「・・・衛宮。お前昨晩何かあったな?」

 

「うっ・・・」

 

サッと目を逸らすが、それは何かあったと言っているようなものだった。

 

「それと嗅ぎ慣れぬこの女の匂い・・・ついに手を出したか」

 

「・・・襲われたんだ」

 

とほ―、と肩を落とす士郎に面白そうに史文恭は言った。

 

「では私も傷が治ったらしてもらわねばな。なあに。私も女としては捨てたものではないと自負しているぞ?」

 

「そう言う問題じゃない!・・・ていうか、史文恭もなのか・・・?」

 

「あのな。誰が好きでもない男の家にホームステイするというのだ」

 

「・・・。」

 

士郎は正直もう一杯一杯なのだがまだ増えるらしい。

 

「それに・・・私だけではなかろうよ。学園にも私達と同じ人間が居るだろうし・・・んん。これからも増えないとは言い切れないからな」

 

「増えたらだめだろ・・・」

 

「そうでもなかろう?多重婚が可能になるのだから気にせず娶れば良い。お前ほどの男ならきちんと愛を注げるだろうさ」

 

「いやそういう意味じゃなくて・・・」

 

「ではお前は私達の中から一人に絞れるのか?」

 

「・・・。」

 

史文恭の問いに士郎は口を噤んだ。

 

「俺はそう言うの分からないし・・・元の世界では経験したこともないんだ」

 

「なら尚更幸運だったと喜べ。これだけの女から想いを寄せられ、すべて断るか、一人を選ぶかだけでなく、全て受け入れるという道が存在することをな」

 

「・・・。」

 

「それに、私としても私が認めた女がどこの誰とも知れぬ男と一緒になるなど考えもしたくない。それならば、愛する男に揃って愛を注いでもらった方がいいと私は思うがな」

 

「史文恭・・・」

 

何気ない日常を送りながら彼女もそこまで考えていてくれたことに士郎は感謝した。

 

「それより、お前昨晩何人相手にしたのだ。酷い面構えだぞ」

 

「ソウデスネ・・・」

 

今だ何処かげっそりな顔をした士郎であった。

 

 

 

 

史文恭の見舞いをした後は自宅に戻りある作業をする。

 

「士郎、帰って来たばかりで大丈夫か・・・?」

 

「大丈夫ですよ橘さん。昼飯挟んで大分回復しましたから。それにコレ(・・)は今日中に仕上げたいんです」

 

そう言って士郎が作っているのはこの世界に来てすぐに作った第二魔法の術式を刻んだ魔法陣だ。

 

「それも魔術・・・なんだよな?」

 

「ええ。魔術師としては無駄もいいところの代物ですけどね。前の世界に残してきた戦友が、俺を見つけ出したっぽいので」

 

カリカリと土蔵の床に魔法陣を書いていく。一度書いたことがある魔法陣なので士郎からしてみればお手の物だ。

 

「魔法陣なんて初めて見た・・・思った以上に科学的というか、規則性があるんだな」

 

「これは特に特殊な魔法陣ですから・・・でも、大体の物も規則性があるものですよ」

 

この作業に士郎は一日掛けとなってしまうのだが、百代達が鞘を通して自分を見つけたと証言していた以上、もう一度この方法を試すのが有意義な気がしたのだ。

 

(多分遠坂達はあらゆる方向性で探しているはずだ。今回の鞘だけが決め手になったとは考えにくい)

 

そう信じて士郎はもう一度一心に魔法陣を書き込む。

 

「それじゃ、今日の夕飯は私が準備するよ。士郎はゆっくり作業に励んでくれ」

 

「ありがとうございます。夕飯までにはキリのいいところまで書き込むので」

 

本当は完成させてしまいたいが、それをすると天衣や他のメンバーが心配するのだ。なのでキリのいいところまでにしておかないといけない。

 

そうして夕食まで書き終えた士郎は天衣とマルギッテと林冲が作ってくれた夕ご飯にありついた。

 

「いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

今日のメニューは一般的な唐揚げ定食だった。サラダは大皿にたっぷりと用意してあり、くどく感じてきたらさっぱりとしたドレッシングと共に頂く方式だ。衛宮邸に野菜嫌いはいないのでこちらの方が効率的だった。

 

「将来、野菜嫌いな子がいたら工夫を考えなきゃいけないな」

 

「う・・・それは私も思っていたことなんだ。家では好き嫌いする人いないから自由に作れてしまう」

 

「こんなに美味しいのにね。でもトマトとか嫌いな人は多いかも」

 

「清楚せ・・・清楚もトマト嫌いだったのか?」

 

清楚からも先輩も敬語も要らないと言われてしまったので通常通りに喋る。

 

「ううん。私は嫌いな物ないよ。でも島のクラスの子には何人か居たから」

 

「この野菜はマスターの家庭菜園のものですからな・・・普通に買うものと取り立てではやはり味も違うでしょうし、悩ましいところですな」

 

「そういうレオニダスは嫌いなものないのか?」

 

「もちろんですとも!全ては我が筋肉となるのですから野菜も肉も、そしてミルクも!!嫌うものなどありません!!!」

 

ムン、とマッスルポーズをするレオニダスの筋肉は確かにすごい。鍛えているはずの士郎以上である。

 

「好き嫌いをするなんて私には考えられないな。それを食べないと食べるものが無い時もあったから・・・」

 

「梁山泊の修行時代か?」

 

「うん。春や秋は良いけど冬は特に深刻だった。きちんと蓄えておかないと食べるものが無くなってしまう」

 

「買うことは出来なかったのですか?」

 

「できなくはないけど、私達は隠れ里だから、日本や他の国のようにいつでも買えるわけじゃなかったんだ」

 

しんみりとそう言って彼女は唐揚げを食べる。

 

「こんなに豪華な料理が食べられるのはありがたいことだ」

 

「そうだな・・・今日史文恭の見舞いに行ってきたけど、病院食は少なくて薄味で困るって言ってたな」

 

「史文恭さんもう大分いいの?」

 

「ああ。林冲は知ってると思うけど俺の秘密の薬を処方したからな。医者もびっくりな速度で回復してるみたいだ」

 

「あれか・・・!あれは素晴らしい薬だと思う。私も使ったからよくわかる」

 

「ただ、あんまり使うと訝しがられるからな。ちょっとずつ、秘密で使ってるんだ」

 

「よかった・・・それじゃすぐに出てこられそうだね」

 

「マスターから史文恭殿が凶刃に倒れたと聞いて気が気ではなかったのです。明日にでも見舞いに行きましょう」

 

大好きな鶏肉でご飯をもぐもぐとしながらレオニダスは頷いた。

 

「それでは、今日は私がお風呂を頂きます。ご馳走様でした」

 

「お粗末様。今日はゆっくり浸かってくれ」

 

「ええ。一緒に入りますか?」

 

「ゲフォ!?」

 

「士郎(君)!?」

 

さらっと言うマルギッテに士郎はご飯を詰まらせた。

 

「ふふ・・・冗談です」

 

「ゲッホッゴッホ・・・やってくれたな、マル」

 

「仕返し、です」

 

ルン、と機嫌が良さそうに去って行くマルギッテに苦笑して士郎は茶碗を片付けた。

 

「また作業に戻るのか?」

 

「ええ。後一時間もすれば完成するでしょうから後で・・・あいや、鍛造の仕事があったな・・・」

 

何気に納期が迫っているというか、できれば早くとせっつかれているのがあるのを思い出した士郎はうーむと考える。

 

「とりあえず魔法陣を完成させて、いくつか鍛造して寝ます」

 

「あまり無理をしない方がいいぞ。もう11月なのだから冷え込む。風邪なんか引いたら目も当てられないだろう?」

 

「そうですね。まぁでも、鍛造所は暑いくらいですから。それに今日は・・・早く寝たいですし・・・」

 

遠い目をして語る士郎に天衣は何かあったのかなと首を傾げるのだった。

 

「・・・。」

 

一人、よし、と気合を入れるのを見逃して士郎は土蔵の方へと歩いて行った。

 

 

 

 

ザパアと風呂の湯がこぼれる。バシャバシャと顔にかけてぷはぁ!と一息。

 

「今日と言うか昨日から色々ありすぎたな・・・」

 

流石に疲れもピークなのか、ぼーっと士郎は露天風呂で空を眺める。

 

「・・・。」

 

自分を好いてくれた9人の女性の事を考える。

 

「一人だって過分なのに9人も俺は幸せに出来るのだろうか・・・」

 

彼女達の気持ちは聞いた。そして例え断られても一生衛宮士郎を愛し続けるとも言われた。彼女達の決意は固く、結局士郎は折れる形(襲われた)でいたすことになったわけだが・・・。

 

「今更断る事なんかできないよな・・・」

 

もう手を出してしまった以上、それは許されないと思った。

 

「むー・・・」

 

だがしかし、衛宮士郎という男はどうしても考えてしまうのだ。自分にそれほどの価値があるのかと。元よりわが生涯に意味は要らずと考えているのだが、そんな男にこれだけの女性が気持ちを向けてくれるのだ。

 

そんな考えがグルグルとしているときパタンと表側の方で扉を開く音がした。

 

「あれ、俺掛札したよな・・・おーい。入ってるぞー」

 

露天風呂と本来の浴場は扉で隔たれているので事故にはならない。

 

ならないのだが・・・

 

「えい!」

 

「せ、清楚!?」

 

思い切りのいい言葉と共に清楚が露天風呂のドアを開けた。

 

「いたいた。うー寒い!」

 

「まって俺が出るからうわあ!?」

 

バシャーン、と彼女が湯船に飛び込んでくるそして、

 

「・・・アノ、セイソサン、ナンデウデヲツカムンデスカ?」

 

「もちろん、士郎君が逃げないように」

 

えへへ、と屈託なく笑う清楚に士郎は困り顔だ。

 

「今更恥ずかしがることないでしょ?私達、恋人だよ?」

 

「恋人・・・」

 

その言葉に士郎はまた難しい顔をする。

 

「清楚。俺は・・・」

 

「モモちゃんから聞いてるよ。自分が幸せになっていいか分からない、でしょ?」

 

「・・・。」

 

「私達は士郎君と居るだけで幸せなの。特別なことをしてほしいなんて思わないし、士郎君の思うままにすればいいんだよ?」

 

「俺は・・・」

 

それは、あまりに都合のいい話ではなかろうか?甲斐性以前に、自分にその権利があるのかも分からない。

 

「そ・れ・に。私達はもう士郎君だけを愛するって決めたんだから士郎君が悩むことは関係ないの。私達がそうするって決めて、私達は昨日の夜、士郎君に勝って認めさせたの!もう取り返しなんかつかないよ?」

 

「ぬぬ・・・それは反則だろう・・・」

 

だがそれも事実だった。本当に嫌なら本気で拒めばよかったのだ。そうしなかったのはやっぱりこの世界に来てからの変化のせい、なのかもしれなかった。

 

「・・・後悔するぞ。こんな男なんか選んだら」

 

「してないよー♪」

 

楽し気にぎゅうっと抱きしめる清楚。

 

(俺も、年貢の納め時、なのかな)

 

もう士郎は受け入れてしまったのだ。故に、断ることなどできない。誰かを選ぶなんてできない。史文恭の言う通り、自分は幸運だったと思うべきなんだろう。

 

・・・こんな空虚な自分を受け入れてくれた彼女達に。

 

「・・・もう。折角飛び込んだのに。何もしてくれないの?」

 

「イマハチョットムリデス・・・」

 

色々と心の整理が必要だった。そもそも衛宮士郎には多人数の女性を受け入れるような機構はついていないのだから。

 

「ふふ・・・私、士郎君の家に来てよかった。こうしてみんながいない時も一緒に居られるもんね」

 

「・・・ああ。そうだな」

 

抵抗するのを諦めたように、士郎は笑った。

 

 

 

 

翌日。士郎は色々と心の整理をつけ、学園へと向かっていた。

 

「・・・林冲。そんなにくっつかれると歩き辛いんだが・・・」

 

「士郎はみんなのもの。でも独り占め出来る時間が限られてるから・・・」

 

より一層くっつく林冲に困りながらも士郎は川神祭の終わった学園へと登校する。

 

「おはよう、士郎」

 

「おはよう、旭」

 

ふわりと髪をなびかせてやってきたのは最上旭だ。

 

「士郎に会えるかしらと思って待っていたのに、残念。林冲さんがいたわね」

 

「私は構わないから二人になるといい。私の時間は十分に取らせてもらったから」

 

「あら、そんなこと言わないで林冲さん。私は士郎を取り合う気はさらさら無いの。それよりも、私は貴女達とも絆を深めたいわ」

 

「・・・そういうことなら」

 

ガシッ

 

「うふふ。そうそう」

 

ガシッ

 

「なんで両腕を掴むんだ・・・」

 

「士郎が」

 

「逃げないように♪」

 

清楚と同じことを言われて士郎は乾いた笑いを上げるのだった。

 

今日は朝のうちにするべきことは無いので屋上に上がって多摩大橋の見張りである。今日も今日とて変質者は現れるらしく、九鬼従者部隊の皆さまがあちらへこちらへ忙しく対応している。

 

その中でも目に付いたのは大橋に多数の逆さ吊りを量産している百代であった。

 

「何してるんだあいつ」

 

「モモちゃんは卑怯な手を使ってくる相手にはよくああしてるよん」

 

「おはようございます。松永先輩」

 

「おはよー。それでそれで、師匠何かあったんですか?」

 

ニヤニヤとしながら近づいてくる燕にジト目になりながら士郎は矢を射る。

 

「何もありません」

 

「ふんふん・・・これは旭ちゃんの香り・・・恋ですな!?」

 

「・・・。」

 

ズビシ。

 

「あいたー!」

 

チョップを下された頭を悲鳴を上げて押さえる燕。

 

「暴力はんたーい(これは予想以上にまずいかなぁ)」

 

「正当防衛だ。と、おや?あれは・・・」

 

「なになに?」

 

白いスーツを着た恰幅の良い男が豪快に笑いながら歩いてくるのが見えた。

 

「あれは確か天神館の・・・」

 

「鍋島館長だねん。こんな早朝にどうしたんだろ?」

 

「西の天神館でなにかあったか?いや、良くないものを抱えた表情はしていないが」

 

「・・・ふむふむ。ここから表情が読み取れる、と・・・」

 

「個人情報を記録しないでもらいたい。・・・ん?」

 

帽子を取ってこちらに手を振る鍋島館長。

 

「ほう。どうやらあちらも私に気付いたらしい」

 

「あれでも川神院の出だからね。気で気づいたんじゃないかな」

 

「そうか。ではこれからは気配を殺して狙撃するとしよう」

 

「・・・衛宮君の気配遮断ってシャレにならないんだよねぇ・・・」

 

まだまだ勝ち筋はなさそうだとため息を吐く燕。そんな間にも士郎は次々と矢を射っている。

 

「ほっほ。衛宮君はおるかのう」

 

「学園長。おはようございます」

 

「おはようございまーす!」

 

「うむ。おはよう。今、白いスーツの恰幅のいい男が来ておらんかのう?」

 

「ええ。来てますよ」

 

士郎は狙撃を再開しながら言う。

 

「ではこれを届けてくれんか」

 

「・・・矢文ですか」

 

渡されたのは学園のレプリカの矢に文書が結びつけられた矢文だった。

 

「あやつ、ちいとばかし奔放じゃからたまには試してやらんとな」

 

「・・・それは、それなりに本気で射って良いと?」

 

「構わん。あれでも無敵を誇った男じゃ。どうにかするじゃろ。というか、どうにかできるのか試したい」

 

「わかりました。・・・では」

 

ふっと。空気が変わった。痛いほどの静寂と、異常なまでに研ぎ澄まされた八節を踏み、

 

パシュン、と矢は放たれた。

 

「・・・どうじゃ?」

 

「まぁ一応は受け取れました」

 

実際は額に当たってからキャッチしていたのでアウトと言えばアウトだが、しっかり握っていることから致命傷ではなかろうと判断した。

 

「そうかそうか。では迎えてやるとするかのう。衛宮君ありがとう」

 

「いえ、この程度でしたらいつでも」

 

ふぉっふぉと愉快気に笑いながら学園長は去って行った。

 

「・・・今の手加減したの?」

 

「もちろん。射手が敵に気付かれるような狙撃をするわけがないでしょう?」

 

言外に、本気なら頭を射抜いていたと言う士郎に冷たい汗が流れる燕。

 

(士郎君が本気なら、狙われた時点でアウトってことだね)

 

相変わらずの腕前に冷や汗をかきながらも、今日も士郎の狙撃を観察する燕であった。

 

そうして朝の狙撃を終えたのならいつも通りの学校生活・・・だったのだが。

 

「衛宮。なんか雰囲気違くね?」

 

ヨンパチが急に言い出した。

 

「な、なんだよ藪から棒に」

 

「なんか女を知った男の気配を感じる」

 

「どんな気配だそれは」

 

思わず額を押さえる士郎。

 

「なになに?衛宮君、彼女出来ちゃった?」

 

「九鬼の姉ちゃんと個室対応してたからな」

 

「九鬼君のお姉さんと?それはおめでとう衛宮君」

 

千花の声を皮切りに、スグルが言い出し、クマちゃんは純粋におめでとうという。

 

「こらこら勝手に話を進めるな。あれは仕事の話をしてたんだよ」

 

「でもなにかあったんでしょ?」

 

「・・・。」

 

何もなかった、とは言えない士郎は押し黙った。

 

「いーい根性してるじゃねぇか。今の内に、ゲロっといた方が良いぜ?」

 

「いや猿じゃ衛宮君に勝てないでしょ」

 

「衛宮君はモテモテですねぇ・・・でも、女の子とは真摯に向き合わないといけませんよ?」

 

「あはは・・・」

 

ヨンパチは置いておくにしても真与の言葉は中々にぐさりと来る士郎だった。

 

(あの後何人残ったんだ?)

 

(分からないけど、弁慶はすぐにきたよね)

 

(それだけかよ!くー、流石エロゲの主人公、8人とかやってくれるじゃねぇか!!!)

 

(それ、本人には言わないようにね・・・)

 

自分が18禁ゲームの主人公としれた日には悶絶死する自信が湧くモロであった。

 

「ん?どうした一子」

 

「お姉さまが張り切っちゃって抑えるのが大変だったのよう・・・」

 

「あー・・・朝のあれか?」

 

「そうそ。モモ先輩、そりゃもう大張り切りでなー」

 

「俺様とキャップで何とか押しとどめたんだ」

 

「大和は?」

 

「用事があるとかで先にS組に行ったぞ」

 

「またなにか情報を仕入れたのかもね」

 

「なるほど。よく二人で止められたな」

 

「それが聞いてくれよお代官様!」

 

「誰がお代官様だ」

 

意味不明のノリにツッコミを入れて士郎は改めて話を聞く。

 

「モモ先輩、なんか男子に触られるの嫌がってるみたい」

 

「なんだって?」

 

京の言葉に首を傾げる士郎。

 

「そうなんだよ。俺たちだって軽いド突き合いくらいはするだろ?なんかそれもタンマ!って言われた」

 

「その後はガクトとキャップがほどほどにしないと触るぞーって言ってお姉さまを止めたの」

 

「その代り女子好きがまた始まったみたいでなー」

 

「またお姫様抱っこしてたね」

 

「・・・。」

 

何とも言えない表情の士郎。どうやら百代は極端な方向に走っているらしい。

 

(浮足だってる?いや、そう言えば返事がまだだったな)

 

気持ちを聞いた後の返事がまだだったと気づく士郎。恐らく、気持ちを確かめる前にあんなことになったので距離感がおかしくなっているのだ。

 

(俺ももう腹をくくらないとな)

 

史文恭と清楚に言われてようやく自分も何かつかめたような気がするのだ。それが、いつまでもこのままではいけないと囁いていた。

 

「皆おはよう!」

 

「「「おはようございまーす」」」

 

考えることは出来たがまずは朝のHRだ。

 

「今日は皆に紹介したい人が居る!・・・どうぞ」

 

「あ!」

 

「朝のおじさん!」

 

「おうおう。朝はありがとな。俺は天神館の鍋島正ってんだ。敵情視察じゃねぇけど、ちょいと用事があってここに来てよ。ちょっくら見学させてもらいてぇんだ。一つよろしくな」

 

「ということだ。鍋島館長が授業を見学することがあるので恥ずかしい真似はしないように!!」

 

「西の天神館か」

 

「あの時は拍子抜けだったからなぁ・・・」

 

「だからこそ、我々の観察に来たのでしょう・・・今日の体育(訓練)は気合を入れませんとな!!」

 

「・・・ゲン。聞いたか?」

 

「ああ。お前もヘマするんじゃねぇぞ」

 

レオニダスの言葉を聞いて戦々恐々のガクトと忠勝であった。

 

「俺は川神名物の体育を期待してるからよ。その時間になったらまたくるぜ」

 

そう言って彼は去って行った。

 

(ねぇねぇ士郎)

 

(なんだ?一子)

 

こそこそと話しかけてきた一子に士郎は耳を傾ける。

 

(朝の矢。士郎でしょ?なんであんなことしたの?)

 

(あれは学園長に頼まれたんだ。なんでも、気が緩んでないか確かめるためだとか)

 

それを聞いてなるほど、と納得した一子。

 

(そんなことより、次の授業は大丈夫なのか?課題、あったろ?)

 

「うぐ・・・」

 

「川神!何をしているか!」

 

パシン!

 

「ひゃん!」

 

鞭を打たれてしょぼーんと気を落とす一子。

 

「やれやれ・・・」

 

相も変わらずで困ったものだと士郎は首を振る。

 

――――様々な変化はあったが。一つ一つを受け入れて士郎は前に進む。変化は彼を待ってはくれないのだから――――




という事で翌日編でした。なんかこういうのって書いてて自分が恥ずかしくなりますしあまりに甘いシチュエーション書くと砂糖吐きたくなります…今回はコーヒー飲みながら書いてました(笑)

最後の方にはフラグを一つポンとおかせてもらいまして今回は〆にさせてもらいます。

では次回!


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婚約の指輪

皆さんこんばんにちわ。そろそろ甘い空間から通常空間に戻したい作者です。

今回は鍋島さんが来たという事で学園中心になるかなと思います。

では!


パン!という空砲の下校庭のトラックを走る士郎達。今回の体育は短距離走となっておりいつも装備している重りも軽めに設定されている。

 

「いけ!一子!」

 

「負けんな!京!」

 

士郎のバトンが一子へ、キャップのバトンが京へとタッチされる。

 

「すまねぇクリス!」

 

一呼吸置いてガクトのバトンがクリスへと渡る。この短距離走は男女隔てなく組まれた総合競技。

 

レオニダス監修の体育は基本女子と男子別にはならない。スパルタ育ちの彼からしてみれば女性には女性の強みがあり、男性には男性の強みがある。

 

それを如何に生かすかを念頭に置いているので男女合同の事が多い。

 

「流石士郎!いい感じー!!」

 

「くっ・・・ワン子が速い・・・!」

 

「ぬぬ・・・!この距離をカバーするのは厳しい!」

 

チーム分け、組み分けもランダムではなくレオニダス監修のチーム編成だ。その人物たちにとって逆境となる形に調整されていることが多く、ファミリーとて気を抜けない形だ。

 

「マジかよ。こんな体育見たことねぇぞ」

 

白いスーツの恰幅のいい男、天神館館長、鍋島正がそう呟いた。

 

レースは常に個人個人の自力が試される配分となっており、脚の速いものだけで組まれたりしているわけでない。

 

そしてこのレース。実は開始十数分の基礎トレーニングの後に開催されている。

 

最初鍋島が来た時には、既にオーバーだろうと言いたくなるようなアップを個人がしており、その上で基礎トレーニング、そしてこの短距離走である。

 

「距離は稼いだわ!モロ、頑張って!」

 

「うーん離されはしなかった。大串君、はい」

 

「何とか巻き返したぞ!走れ福本!」

 

今度は男子へとバトンが回される。一人一人が必死だ。

 

「これ、順位は付けねぇんだろう?」

 

「ええ。順位が重要なのではなく足りない部分を補ういわば平均化の訓練ですからな。とはいえ、血気盛んな子らですので勝手に順位をつけておりますが」

 

「うわあ!?」

 

「あ!モロー!!」

 

モロが足をもつれさせて転倒した。今日から彼も非常に軽めではあるが九鬼製バンドを付けているのでうまく走れないのだろう。

 

「あいたた・・・」

 

「師岡殿!無理はいけませんぞ!傷はありますか?筋は痛めておりませんか?」

 

「は、はい。ちょっと擦りむいただけです」

 

「ではこのランだけ許しましょう!走り終えたら保健室に行くように!」

 

「了解です・・・!」

 

そう言って大分離されてしまっても、モロは落ち着いて土を払い、また新たに走り出す。

 

「なーるほど・・・平均化が狙いだから別に遅れてもいいのか」

 

「もちろんです。5しか走れぬ子に10走れとは言いませぬ。ただその子の地力を上げてあげるために6を目指さないといけないよう調整しているだけですので」

 

その辺がスパルタっぽいのだが、彼の見切りはとても鋭いので、いい具合にギリギリを攻めている。とはいえ、今回のモロのように無理はさせないのがこの男の凄いところである。

 

「なんとか抜いた!いけ不死川!」

 

「ひゅほほ。任せるのじゃ!!」

 

「すまねぇ縮められなかった!」

 

「別にいいよー僕が全部抜いちゃうからー!」

 

「マルギッテさん!ごめんなさい!」

 

「いえ、貴方は頑張りました。あとは私に任せなさい・・・!」

 

武士娘の多いこの学園の特性上女子に切り替わるとぎゅんとスピードが出る。だが短距離なので逆にそこまで差は広がらない。

 

「はい、ハゲー!」

 

「ハゲ呼ばわりはやめなさい!坊主だけど」

 

「行きなさい!直江大和!」

 

「任せろ!」

 

「ぬぬっ・・・!行くのじゃ九鬼!」

 

「良いぞ不死川!この逆境、王たるこの我が覆してやろう!」

 

短距離ながらレースはデッドヒート。遂に最終ラップの組が待機する。

 

「弁慶、負けないからな」

 

「主こそ。こそっと抜けちゃうよ~」

 

「英雄様・・・!このあずみが勝利を・・・!!」

 

抜きつ抜かれつを繰り返し遂に最終組へバトンが渡される。

 

「義経!頼む!」

 

「ああ!義経、参る!」

 

「あーあー順位関係ないのに必死になっちゃって」

 

「紋ちゃんみてるよ?」

 

「走れ弁慶!俺の熱いハートとともに!」

 

「あずみ!後は任せたぞ!」

 

「かしこまりました英雄さまああ!!!」

 

グンっと最終組がトラックを駆ける。そしてほぼ同着にてゴールテープが切られるのだった。

 

「一子、マルギッテ、大和、義経、よくやったな」

 

「士郎こそ。そんなに重りつけてよく走れるな」

 

「士郎君のスタートダッシュが無ければ危うかったと、義経は恥じる・・・」

 

「そんなことないじゃない。義経すっごく速かったわ」

 

「あとはモロが帰ってくるかだけど・・・」

 

「あの転び方であれば筋を痛めたりはしていないでしょう。上手く受け身が取れていました」

 

マルギッテの言う通り、膝に絆創膏を張ったモロがすぐに戻ってきた。

 

「みんなーごめん!」

 

「いいっていいって。ナイスファイト」

 

「士郎の言う通りです。よく走りました師岡卓也」

 

「初めてのバンド着けなのに頑張ったなモロ!」

 

「そうよ!モロは今日初めてだったんだから!」

 

「師岡君はとても頑張ったと思う。義経は感激した!」

 

パチパチと拍手されるモロ。本人は照れ臭そうに後ろ頭を掻いていた。

 

「アフターケアも万全てか?こりゃ差がつくわけだぜ」

 

「鍋島殿はどのような体育(訓練)を?」

 

「うちの?うちのは普通に陸上やったりスポーツやったり好きにさせてるぜ。お前さんほど徹底した内容じゃねぇよ」

 

「それはもったいない!折角コーチングのある科目なのですからしっかりと育成すべきと、私は思っております」

 

「だなぁ・・・卒業しちまったらほぼ自主訓練なわけだし、勿体ねぇことしてるかもなぁ」

 

彼としては青春を謳歌してもらいたいという思いからそうしているのだがあのさっぱりとした笑顔を見ているとこちらも悪くない気がした。

 

 

 

体育が終わりお昼時。士郎は相変わらずの衛宮定食を提供していた。

 

「はい。通常定食。次の方~」

 

今も弁慶が受付嬢をしてくれているので士郎は調理に専念できる。

 

「衛宮定食、生卵付きで」

 

「はいよ~マルギッテはいつもそれだねぇ」

 

「個人の自由ですから」

 

ツンとそっぽを向きながら奥で作業する士郎を見つめる。

 

「士郎は大丈夫ですか?」

 

「今のところはね。実はトッピングを私の方で準備するようにしたから大将は同じ内容の定食を作るだけでいいのさ。しかも売り切れるの分かってるから先に先に作ってるしね」

 

そう言って手元に生卵を準備する弁慶にマルギッテはほっと溜息をつき、

 

「もし、士郎が無理をしている時は知らせなさい。私も手伝います」

 

「おお?だってよー大将」

 

「マルが心配するほど酷使してないぞ」

 

苦笑を浮かべながら士郎は定食をもってやってきた。

 

「本当ですか?貴方はすぐに無理を・・・」

 

「本当だって。作るのは一種類だけなんだからあるとしても盛り付けくらいだよ。それも林冲が手伝うって言い始めたからな」

 

「・・・先を越されましたか。まぁいいでしょう。学園にいる間は私も忙しいので」

 

「あはは・・・ほどほどにな」

 

忙しいと言うのはクリスに縣想する男子への牽制だろうことは容易に想像が付くので、何とも言い難い士郎であった。

 

「はいはい。定食受け取ったらズレておくれよ。まだまだいっぱいいるからね」

 

「そうですね。では」

 

マルギッテは去って行った。

 

「お次の・・・わお」

 

「衛宮定食、でいいんだよな?」

 

次の客はなんと鍋島正であった。

 

「鍋島さん。ここ普通の学食だよ?」

 

「生徒が切り盛りする学食ってのも珍しいじゃねぇか。それに、美味いんだろ?」

 

「まぁ売れ残ったことは私の知る限り一度もないですけどね」

 

あるとすれば売り切れるまでのタイムラップである。

 

「上がったぞ。鍋島館長だったのか」

 

「おう。邪魔してるぜ。こりゃまた豪華な定食だな」

 

内容を見て目を見張る鍋島館長。その間に後ろに引っ込んだ士郎は手に初回のデザートを持ってきた。

 

「鍋島館長、甘いのは大丈夫ですか?初回の人にはデザートが付くんですが、今日のは抹茶プリンなんです」

 

「おう!是非とももらうぜ!これも一個を争う超レアものなんだろ?」

 

そう言って嬉しそうにカップに入った抹茶プリンを見る鍋島館長

 

「それじゃあはいこれ。取られるからこっそり食べた方が良いですよ」

 

「俺相手に飯奪おうなんざ逆にやってみろってんだ」

 

豪快にそう言って鍋島館長は去って行った。

 

「んー抹茶プリンかー。今日の放課後はやんごとなき人が多そうだねー」

 

「弁慶もそう思うか?俺も作ってからそう思った」

 

結構上品な物にできたと思うので富裕層の人間が買い求めそうだ。

 

「衛宮定食!ご飯大盛で!」

 

「一子・・・大盛はやってないって言ってるだろう?」

 

しょうがないなーと士郎はご飯を追加で盛ってやる。

 

「ねえねえ士郎、今日の放課後は忙しい?」

 

「うん?いや、今日は特にないな。逆に依頼を受けに行こうかと思ってたから丁度良かった。どうした?」

 

「あのね、お姉さまが・・・」

 

一子が控え気味に言ってきたのは百代の事だった。

 

「・・・それは俺の責任だな。すまない。放課後、秘密基地に来るよう伝えてくれないか?」

 

「うん!わかったわ!ありがとう!」

 

一子は嬉しそうに去って行った。

 

「なんだい大将。主の事もわすれないでやってよ」

 

「わかってる。んー・・・義経に合う宝石はなにが良いかな」

 

「え?宝石?ちょっと大将。その辺詳しく!」

 

呼び止める弁慶に応えず士郎は引っ込んでしまった。

 

「あー・・・大将ってこれと決めたら全力だからなぁ・・・」

 

その全力が空回りしなければいいが、と懸念する弁慶だが、それもいっかと考えるのをやめる。

 

(私も大和ともっと一緒に居たいなぁ・・・)

 

幸せそうな義経を見ると弁慶もやはりそう思ってしまうのだった。

 

 

 

 

学園が終わって放課後、百代はガチガチと変な動きで秘密基地に向かっていた。

 

「ほらお姉さま!もうちょっと!」

 

「わかってるーわかってるけどー・・・」

 

一番に襲い掛かっておきながら、いざこういう場面になるととことん弱い百代であった。

 

(断られたらどうしよう断られたらどうしよう断られたらどうしよう)

 

と真っ青な百代。対して一子はそんなことないのにーと楽観的である。

 

「お姉さま、あの夜成功したんでしょ?なら大丈夫よ。士郎は無責任なんかじゃないわ」

 

「わかってる。・・・でも怖いんだ」

 

ブルリと震える百代の顔はやっぱり青い。だが悲しいかな、彼女は秘密基地に着いてしまった。

 

「私は中で待ってるから・・・ほら、頑張って!」

 

「うん・・・」

 

元気なく百代はカンカンと階段を上がっていく。そして屋上の扉を開けると――――

 

「士郎・・・」

 

「ああ。どうした?百代」

 

泣き出しそうな表情の百代を見てやっぱり苦笑を浮かべて士郎は近づく。

 

「ごめんな。俺がはっきりしないからいつまでも怖い思いをさせて」

 

「・・・違う。私が悪いんだ。いつも自分の思うように動いてきたから・・・」

 

今回ばかりは百代も、もう少しやりようがあっただろうと反省しているようだが、その姿が似合わなくて士郎はクックと笑った。

 

「なんだよぅ・・・私だって乙女なんだぞ・・・」

 

「初めて百代にあった時とはまるで違うなと思ってさ」

 

「あれは・・・!その・・・」

 

「わかってる。もう百代は昔の百代じゃないんだもんな。・・・懐かしいな。まだ半年くらいしか経ってないのに」

 

初めて会った時の獰猛な笑みを浮かべていた女性が、こんなにもしおらしくなってしまうというのは、昔の士郎も百代も想像しなかったことだろう。

 

「・・・思い出も沢山あるな。それはそうと今日は――――」

 

「ま、まて!すぅーはー・・・すぅーはー・・・」

 

何度も繰り返し深呼吸をする百代に今度こそ士郎は笑い出した。

 

「あははは!あれだけ場の勢いに任せて襲っておきながらなんで今更深呼吸なんだ!」

 

「い、いいだろう!こういうの慣れてないんだ!それに、断られたら――――」

 

どうしよう、そう思った時だった。士郎が百代の左手を取って――――

 

「大丈夫。もう俺も心決めたから。百代。一緒に幸せになってくれ」

 

スゥっと百代の薬指に指輪が通された。

 

「・・・え?」

 

「どうした?まさか気に入らなかったか?」

 

困ったように言う士郎に百代は呆然と左手の薬指に通されたソレをみる。

 

「士郎・・・これ」

 

「あー・・・俺は言葉がつたないからな。変な誤解を生むよりそうして形にした方がいいだろ?」

 

士郎は赤みががった頬をパン!と叩いて指輪について言った。

 

「それは契約・・・いや、婚約か?その証だよ。俺は誰か一人を選ぶことが出来ない。でも全てを断ることも出来なくなっちまった。こんな俺でもよかったら受け取ってくれ」

 

「じゃあ・・・」

 

「ああ。好きだぞ。百代」

 

笑顔で告げた士郎に百代は、

 

「・・・。」

 

ポロポロと涙をこぼして笑った

 

 

 

「お姉さま大丈夫かしら・・・」

 

「大丈夫だろ。そう心配しなくても」

 

いつの間にかファミリー全員が秘密基地に集まっていた。

 

「・・・。」

 

そんな中、由紀江はじっと何かに耐えるように黙していた。

 

「まゆっちも大丈夫だよ。いざとなったら多重婚出来る国で結婚してくればいいんだから!」

 

「け、けけ結婚!?」

 

「おい、そういうの一段階踏むだろ?普通」

 

「そうだよね。お付き合いしてから・・・あ、でも士郎だからなぁ・・・」

 

「いきなり直球で愛の告白しそう。てか、してるんじゃね?」

 

「・・・。」

 

「ああ、まゆっちがまた硬い顔に・・・」

 

そんな一喜一憂する皆の所に、士郎と百代が戻ってきた。

 

「ただいま・・・って、みんないるのか」

 

「姉さんが心配でさ」

 

「ちなみに士郎の心配はしてない」

 

「お前らな・・・」

 

困り顔の士郎にぴったりとくっついた百代が姿を現した。

 

「・・・なんか、士郎が初めて秘密基地に来た日みたいだねぇ」

 

そんな風にクッキーが言った。

 

「あの時もモモ先輩士郎にくっついてたからなぁ」

 

「その様子だと成功、みたいだね」

 

「おめでとう!お姉さま!」

 

口々におめでとう!と言われてニヤケながら照れ笑う百代。

 

「モモ先輩」

 

「まゆまゆ」

 

そんな中二人がバチリと火花を散らした。

 

「正妻の座は――――」

 

「ああ。いつかきっちりな」

 

そう言って二人は笑顔になる。

 

「おめでとうございます。モモ先輩」

 

「ありがとう。まゆまゆも早く行ってこい」

 

「はい・・・!」

 

困り顔で待っている士郎の元に由紀江は駆けて行くのであった。

 

しばらくして、由紀江も涙を流して帰ってきた。

 

「まゆっちもおめでとう!」

 

「おめでとう、まゆっち」

 

「おめでとさん!」

 

「おめでとう!」

 

皆の言葉に一層涙をこぼしながら嬉し気に笑う由紀江。

 

「・・・もう。ティッシュが無くなっちゃうよ?」

 

「ご、ごめんなさ「いいのいいの」ふえ~ん!」

 

ズビー!と何度も鼻をかむ由紀江に皆笑った。

 

秘密基地からの帰り道、話題は二人の左手に輝く指輪に話が向いていた。

 

「なぁ士郎、あれどこで買ったんだ?」

 

「買った?いや、作っただけだぞ」

 

「ええええ!?」

 

まさかの返答に一同騒然とする。

 

「いや士郎の物作りスキルどうなってるんだよ・・・」

 

「俺は担い手じゃなくて創り手だからな。それにみんな忘れてるかもしれないけど、これでも10歳年上なんだぞ?」

 

「いやいや。いくら10年あっても結婚指輪普通に作れるようにはならねぇだろ・・・」

 

「ガクトに賛成・・・」

 

「なんでさ・・・」

 

カクリと肩を落とす士郎。そんな会話の中、

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

クリスと京の二人が無言で大和を挟んでバチバチしていた。

 

((大和は))

 

(私の物!)

 

(自分の物だ!)

 

空気の読める大和は恐縮して固まってしまっている。

 

この二人も長いこと取り合っているが何か変化は無いのだろうか?と士郎はのんきに思っていた。

 

・・・そののんきな時間が致命傷だった。

 

「マル――――」

 

「大和!!」

 

クリスを迎えにきたマルギッテに気付いた士郎だったが、クリスが突然大きな声を上げた。

 

(まずっ・・・!)

 

そう思ったが遅かった。

 

「自分は・・・自分も!大和が好きだ!!!」

 

「「「!!!」」」

 

こちらに向かって歩いていたマルギッテの足が止まった。

 

「大和は・・・その、姑息な所もあるけれど、思いやりが強くて・・・!」

 

クリスは必死に大和にどう好きになったのかを説いている。

 

その様子をじっと眺めて、マルギッテは悲しむような、辛い目をしている。

 

(・・・マル)

 

ギュッと彼女の為に用意した指輪を握る。彼女にとって、これは特別な意味を持つ状況だ。

 

だが士郎は。

 

「――――」

 

「!」

 

まっすぐに彼女を見た。もう認めてやれと。自分達が恋仲になるように。彼女にも好きな人が出来たのだと。

 

士郎の瞳を見て、マルギッテは俯き、踵を返した。

 

「士郎、どうしたの?」

 

「・・・なんでもない」

 

一波乱ありそうだなと士郎は思った。

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

「おかえり!」

 

「おかえり」

 

「史文恭!今日退院だったのか?」

 

出迎えてくれた中に久しぶりの顔を見つけて士郎は笑みを浮かべた。

 

「いや、本当はもう少し先だったのだがな。お前の薬が効きすぎたせいだぞ。あの傷で傷跡も残らぬとは、どんな霊薬だ」

 

霊薬、と言われて士郎は全力で目を逸らした。まさか本当に霊薬級の万能薬だったとは言えない。

 

「医者にお前の関係者は皆こうなのかと鬱陶しいほどに聞かれた。私を心配してくれるのは嬉しいが、もう少し加減をだな・・・」

 

「ああ、悪い。でもよかったよ。こうして治って」

 

「まったくですな。まさか見舞いに行った日に退院とは。なんとも言えぬ心地です」

 

そう言って奥からレオニダスがやってきた。

 

「いい荷物持ちが居て助かったぞ?」

 

「そう言う問題ではないのですが・・・まぁ、マスターの言う通り、早いご回復おめでとうございます」

 

「今日はお祝いしないとな。冷蔵庫、何入ってたかな・・・」

 

そう言って買い物が必要かどうか確認に行く士郎。その後を、

 

「・・・(そわそわ)」

 

落ち着きのない林冲がついていく。その変化を史文恭は当然見逃さなかった。

 

「おい林冲。何をそんなにそわそわしている?」

 

「こ、これは・・・その・・・」

 

「なんだ?どうせ衛宮の事だろう?さっさと言わぬか」

 

急かされて、モジモジしながら林冲が言ったのは士郎が婚約の指輪を配っているという事だった。

 

「ほう。ようやくあの男も決心したか。これは私も急ぎ作ってもらわねばな」

 

「史文恭!その・・・」

 

「わかっている。お前から聞いたのは秘密にしてやる。しかし、指輪か。大したものではないか」

 

大事な意味を持つそれを作成し、渡すという事は、士郎はもうカチリと決意が固まったことを表しているのだろう。

 

「お前も早くもらえるといいな」

 

「・・・うん」

 

林冲もあの夜を過ごしたのだから士郎は彼女だけをのけ者になどすまい。そう信じて史文恭は早速自分の指を測ってもらうべく後を追う。

 

「衛宮!指輪の事なのだが・・・」

 

「直球!?」

 

「・・・なんで知ってるんだ」

 

「風のうわさで聞いた。なに。どうせ作ってもらうなら自分の要望を聞いてもらった方がよかろう?」

 

楽し気に、嬉し気に史文恭は笑って士郎に要望を伝える。林冲はそんな二人を見て、

 

「士郎の、バーカ」

 

頬を火照らせながらそう呟くのだった。

 

 

 

その日は史文恭の退院祝いという事でいつもより豪勢な食事が作られていた。

 

「うむ・・・うむ・・・病院の味気ない食事とは雲泥の差だな」

 

「そりゃ病院食と同じじゃな。それよりも本当に大丈夫なのか?そんなにガツガツ食べて」

 

胃腸も少し弱っているだろうと士郎は心配したのだが、そんなことはお構いなしと史文恭は食べる。

 

「何事も食わねば良くならぬ。切られた溝を埋める肉も、そこを通う血も、全ては食事からくるのだ。そも食えなくなった時点で終わりよ」

 

「史文恭は凄いな・・・私なんか、士郎の家に来た当初はリンゴのすりおろしや雑炊しか食べられなかった」

 

「それが普通です、橘天衣。史文恭は特殊な訓練を受けているのですから、真似しないように」

 

「マルはその辺どうなんだ?やっぱり食べないと治るものも治らないって思うか?」

 

林冲の問いにマルギッテは、

 

「状況によりけりでしょう。食べる力が、栄養を吸収する力が無いものに普段通りの食事を出しても非効率です。回復したのなら、しっかりと食事をとるべきだとは思いますが」

 

「おい、私は何も療養が必要な段階から無理やり食べろと言うわけではないぞ」

 

一方的な取られ方をしている史文恭はムスッとした顔で言い返す。

 

「わかってるさ。ただ、食べられなくなったら終わりって言うのは否定できない所だな」

 

と、士郎は昔を思い出すように言った。

 

「・・・士郎は時折昔の事を考えるようなしぐさをするな。士郎は何か特殊な環境にいたのだろうか?」

 

「そう言えば、士郎君のこと知らないの橘さんだけ・・・かな?」

 

「そうだった。橘さん。俺今年で29歳なんですよ」

 

「え・・・?えええ!?」

 

士郎の言葉に飛び上がる天衣。

 

「だ、だって士郎はこんなに若い・・・」

 

「うーん・・・訳ありなんですが事情で18歳になってしまいまして・・・」

 

「どうしてそうなるんだ!?」

 

グイグイと突っ込んでくる天衣に士郎は苦笑して、

 

「事情があるんですよ。秘匿しないといけないので詳しいことは言えないんです」

 

「・・・みんなは知ってるのか?」

 

「成り行き上な。何もお前を仲間外れにしているわけではないぞ」

 

「そうそう。それに、若返っちゃった理由なんかも分からないんだもんね?」

 

「ああ。その辺はさっぱりだ。何故か体だけ若返っちまって・・・それで高校に通わないと、ってとこです」

 

「・・・私にもちゃんと教えてくれればよかったのに」

 

「隠す必要があったんですよ。今は九鬼が動いてくれてるのである程度言えるようになりましたけど」

 

あの追い詰められていた頃の事を懐かしそうに思い出す士郎。

 

「そう言うわけで、10年分、年齢に見合わない経験を積んでるんです。正直高校生やってるのが恥ずかしいくらいです」

 

「そうかな?でも士郎君、何でも出来ちゃうからなぁ・・・」

 

清楚の言う通り、士郎は出来る範囲が広すぎた。なにせこの家も士郎の手でリフォームされたものである。

 

「年齢的には一番年上になるわけだな。よかったではないか。行き遅れにならずに済んで」

 

「史文恭・・・行き遅れとか言わないでくれ・・・」

 

元の世界では気にも留めなかったが、平均年齢としてはギリギリだったのだろうかと、士郎は思う。

 

「まあ良いではないか。・・・さて、久しぶりの露天風呂だ。私は先に行かせてもらうぞ」

 

「ああ。是非堪能してくれ」

 

「言われずとも」

 

そう言って史文恭は上機嫌そうに食器を片付け、風呂へと向かった。

 

「林冲、この後時間あるか?」

 

「!ある!あるぞ!!」

 

グイっとこれまた食い気味に言う彼女に士郎はまたも苦笑して、

 

「渡したいものがあるんだ。良ければ時間をくれないか?」

 

「うん!うん!!待っている!」

 

期待大、という風に反応する林冲に、やはり士郎は苦笑して他の人にどう指輪を渡していくか考えるのだった。

 

 

 

 

林冲に指輪を渡し、改めて想いを告げられてから、士郎は一人、露天風呂でぼーっと考えていた。

 

(俺に婚約者か・・・考えもしなかったな。それに複数人なんて)

 

どの女性にも士郎は浅からぬ縁を持ち、どの女性も自分に好意を抱いてくれる。自分には大したことなど出来ないというのに。

 

「いや、この考え方が悪かったか」

 

何度も揚羽に言われた通り、あまり自分を卑下するのは彼女等に対する侮辱と考えて士郎は思考を止める。

 

と、

 

ガチャリ

 

「・・・。」

 

いい加減この流れにも慣れてきた士郎。だがしかし。一応、万が一を考えて――――

 

「入ってるぞー」

 

「知っています」

 

堂々とマルギッテが入ってきた。

 

「なんでみんな同じことをするかね・・・」

 

頭が痛そうに士郎は頭を振って目を閉じた。

 

「い、いい判断です。褒めてあげます」

 

「そう思うのならなんで俺が入ってるのに入って来たんだ」

 

パシャ、と湯が鳴り、そっと自分の横に来るマルギッテ。

 

「指輪・・・ありがとうございます。私に何が出来るのかまだ試案していますが・・・貴方を愛し続けることを誓います」

 

「・・・ここで誓わなくてもいいんだぞ?これから俺を見放す時だって来るかもしれない。その為に『婚約』指輪にしたんだから」

 

「なっ・・・あれは結婚指輪ではないのですか!?」

 

驚くマルギッテに士郎は首を傾げて、

 

「だって宝石がついてないだろう?本当に結婚するときはアレに台座をつけて似合う宝石を取り付ける予定なんだ」

 

士郎の言い分に呆れたと言わんばかりに嘆息するマルギッテ。

 

「あれにまだ手を加えると言うのですか・・・なんだか、婚約よりもそちらの方が気になってしまいます」

 

「なんでだよ・・・婚約の方が・・・よっぽどだろ」

 

ふてくされたように言う士郎にクスリとマルギッテは笑って士郎の腕を取る。

 

「・・・お嬢様のこと、どう思いますか?」

 

急な話題転換だった。

 

「大和がモーションをかけたんじゃなくて、クリスが大和を認めて好きになったんだろう?なら誤魔化すのも、他人がちゃちゃを入れるのも、間違いなんじゃないか?」

 

「そう・・・ですね。お嬢様は最初直江大和に敵意すら抱いていました。それが今では――――私と同じように、悪い男に掴まってしまったようです」

 

はぁ、とため息を吐くマルギッテに、

 

「マルは二人の仲を否定するのか?」

 

と問いかけた。

 

「・・・未来の話になりますが、いいですか?」

 

「ああ」

 

士郎は頷いた。

 

「仮にお嬢様に直江大和を無理矢理諦めさせて、将来・・・中将の紹介やお見合いでご結婚が決まったとして・・・それでお嬢様は幸せになれるでしょうか?」

 

「・・・どうだろうな。本人の気持ちを殺して諦めさせるならそれは悲惨な結末になるだろうな・・・逆に、その程度で諦められるなら他にも幸せを掴む機会はあるように思う」

 

士郎は一言一言大事に答える。

 

「俺には人にどうこう言う資格はない。こんなにたくさんの、マルみたいな女性が出来た俺が言うのもなんだけど、どちらかが決める、って言うのがよくないんじゃないか?」

 

「というと?」

 

どうゆう事だとマルギッテは問う。

 

「俺たちで置き換えてみよう。俺がマルの・・・ご両親に挨拶に行って、ご両親は良い顔をしてくれるだろうか?」

 

「・・・。」

 

日本は独自に多重婚の準備を進めているが、マルギッテの所属するドイツはそうではない。

 

「良い顔は・・・しないでしょうね」

 

「俺もそう思う。でも、俺たちは今の近況全部ひっくるめて、恋仲になろうって決めたわけだろ?そこに間違いはないはずだ」

 

誓って言うが、士郎は浮気をしているつもりは無いのだ。むしろ彼の方が、この状況をよしとする彼女達に戸惑いを覚えている。

 

だが、これも己に芽生えた新たな感情だと決めて士郎は言う。

 

「マルのご両親は良い顔をしない。でも俺とマルはその、恋人になろうとしてる。どっちも間違いじゃなくて、すり合わせると言うか・・・お互いが納得できるまで話し合う・・・べきなんだと思う」

 

「士郎・・・」

 

それは、士郎が、いずれ来るマルギッテの両親との邂逅の時、必死で説得するという気持ちが込められていた。

 

「そうですね・・・」

 

それが嬉しくてマルギッテは、ほうっと息を吐いた。

 

「すまん。これ以上は俺も言葉が思いつかない。なにせ元の世界でも多重婚は無かったし、俺自身、恋人とか結婚とか、考えたことなかったから」

 

「ふふ・・・それなら士郎は、とても混乱していることでしょうね」

 

クスクス笑うマルギッテに士郎は困った顔をして、

 

「誰が混乱させてるんだよ・・・」

 

と、むずがゆいように言った

 

「私は明日、ドイツに戻ります」

 

「!」

 

「まだどうするかは決められていません・・・が、お嬢様に悪い虫がつかないようにする任務は果たさなければなりません」

 

「マル・・・」

 

「なので士郎も警戒をしておいてください」

 

それは、致命的な情報漏洩だった。

 

「・・・首が飛ぶぞ」

 

「わかっています。その時は・・・いえ、その時も。未来の旦那様は私を奪いに来てくれるでしょうから」

 

そう言ってマルギッテは晴れやかな顔で夜空を見上げた。

 

 




ちょっと詰め込み過ぎたかな?という日常回でした。鍋島さんは今後の為に授業見学です。

婚約指輪渡すの端折りすぎじゃないかと思う方もいると思いますが、作者的にはあまり甘いシーンをくどくど書く気はないというか…想像してもらった方が楽しいよねって思うのであっさり書いてます。こんなやり取りがあったのかなぁと想像してほしいです。

次回はなにやら不穏な空気が!ってそりゃそうよクリスの告白にマルギッテがバッタリですもん。という事でまた次回!


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恋の行方

皆さんこんばんにちわ。キーボードに先駆けて、マウスまで新調してしまった作者です。

今回はマルさん…というかドイツ軍関係が主軸かな…時々思うのですが、私の書く士郎は無事三年生になれるのでしょうか?(笑)時間結構飛ばしてますけどめっちゃ休んでますが…

それはともかく今回もよろしくお願いします。では!


――――interlude――――

 

日本とは違い、一段と寒さが増すドイツ、リューベック。ここのある邸宅である人物が大声で感情を露わにしていた。

 

「クリスが・・・!男子に告白しただと!?」

 

信じられんと、ダン!と机をたたくフランク・フリードリヒ。彼はドイツ軍中将の座を頂く軍人だが、今一つ、子育てに関して問題を抱えていた。

 

娘の事を大事に思うあまり、過保護過ぎる気がある、所謂、親バカである。

 

だが、たかが親バカと侮るなかれ。この男には地位と権力があり、その権力を娘の為に惜しまず投入するので非常に危険な面がある。

 

「少尉。君からは何も言わなかったのかね?」

 

「私が目にした時にはもう告白されていたので・・・失礼ながら、私にはあの時どうお声をかければよかったのか考えつきません」

 

「むう・・・クリスはドイツの宝・・・!有象無象の小僧になどくれてはやれん!少尉!その男子の情報は!」

 

「はい。風間ファミリーというお嬢様が属する仲良しグループの直江大和という男の子です」

 

いきり立つフランクとは裏腹に、マルギッテは至極冷静に報告を上げていた。

 

「直江、大和・・・直江・・・もしやヨーロッパで金を動かしている化物(けもの)か・・・!」

 

大和の両親、直江景清と直江咲は日本を捨て、諸外国で金を稼ぐ凄腕のビジネスマン。その手腕は見事と言う他なく、彼が関与する地域では大きく金の動きが変わる。

 

フランクも会ったことは無いが、相当なキレ者だと言う噂だ。

 

「・・・告白はクリスからしたという事だが、本当かね」

 

「はい。直江大和からではなく、お嬢様からです」

 

「くっ・・・青春を謳歌してほしいと言う私の甘い脇を突かれたか」

 

「・・・。」

 

憤るフランクだがマルギッテはどこか冷たい気持ちが溢れていた。

 

(士郎の言う通りですね・・・どちらかが決めつけてはいけない・・・私も、中将と同じだったわけですか)

 

自分も、自分を姉のように慕うクリスに甘い面だけを見せていたことに今更ながらに気付くマルギッテ。

 

「これは対処を考えなければならんな・・・」

 

そうして長考に入るフランクをマルギッテは見ることが出来なかった。きっと、自分が今どんな目で中将を見ているか悟られてしまうから。

 

幸い、フランクは本気で悩んでいるようで、マルギッテの視線には気付かなかった。

 

「よし。少尉。多少強引でも構わない。クリスを私の下へ連れてきてくれたまえ」

 

「・・・!お嬢様のお気持ちを無視して、ですか?」

 

それは、とても横暴な気がした。しかし、過保護なフランクはそれに気づかず。

 

「クリスの気持ちは私が確かめる!とにかく娘をその男から引き離すのだ!」

 

「・・・っ。分かりました」

 

と、致命的な命令をするのだった。

 

「それと猟犬部隊に召集を。クリスが認めるほどの男なら奪還に来る可能性がある。迎え撃つ準備だ」

 

「はい」

 

最後はもう冷たい返事だけだった。どれ程彼女の事が大事でもやはりやりすぎな想いでいっぱいだった。そしてその命に否を言えない自分にも苛立ちが募った。

 

「では、私はもう一度日本に戻ります」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

そう言って彼女はその場を後にした。

 

コツコツと廊下を歩く音が虚しい。

 

(どうして中将はお嬢様のお気持ちを御認めにならないのか・・・これから恋を育むと言うのに強制的に国境をまたいで引き離すなど、確認と言いながら諦めさせることが前提だ)

 

ぎゅっと手を握り、手袋の下にある愛しい人からもらった指輪を感じて少しでも気を落ち着ける。

 

――――もし自分がクリスで、直江大和が士郎だったのなら――――

 

自分は失意のどん底に落ちるだろう。この先、男を傍に置くことも拒むかもしれない。

 

そのくらい、彼女は今回の命令に異議を申し立てたかった。

 

(ですが結果はこの体たらく・・・お嬢様・・・)

 

この後の展開に暗い気持ちになるマルギッテ。そこに、

 

「お、マルじゃん」

 

「リザ・・・」

 

銀髪をなびかせて現れたのは彼女の部下、猟犬部隊のリザ・ブリンカーだ。

 

「なんだー?そんな浮かない顔して。らしくないなー」

 

「そうですか?私とて――――」

 

そこまで言ってマルギッテは、ハッとした。今までの自分なら、こんな弱みは見せなかったはずだ。

 

「・・・これも彼のせい、ですね」

 

「んー?なんだって?」

 

「なんでもありません。近々猟犬部隊に召集がかかります。貴女も、準備しておくように」

 

「おーっす。なになに?今度の獲物は」

 

「それは・・・」

 

その言葉にマルギッテはまた暗い顔をしてしまう。

 

「・・・なんかマル、日本に行ってから表情豊かになったよな」

 

「え?」

 

リザの言葉に思考が真っ白になった。

 

「なんつーか・・・丸くなった?こう、角が無くなった感じ」

 

そう言って彼女は言った。

 

「今回の獲物、捕まえたくないんだろ」

 

「・・・。」

 

彼女は何事にも鼻が利く。好きなギャンブルにはからっきしだが、物事に対する嗅覚が尋常ではない。

 

そして偵察を得意とする彼女は欧州ニンジャ、西洋ニンジャなどと言われているが――――

 

(今は、明かせません)

 

「私が標的を選ぶのではありません。選ぶのは中将です」

 

そう言って彼女はその場を後にした。

 

(とにかくお嬢様を中将の下にお連れしなければ・・・)

 

ともすれば悲壮な空気を漂わせるマルギッテにやっぱりらしくないなーと首を傾げるリザ。

 

「リザ」

 

「んあ?フィーネ」

 

「どうしたこんな所で。コジマ達と訓練だろう?」

 

続いて現れたのは猟犬部隊の参謀。フィーネ・ベルクマンだ。彼女達とマルギッテは親友として、部隊を越えた絆を築いている。

 

「なんかマルの奴、任務に乗り気じゃないみたいでさ」

 

「なに?マルが?」

 

今まで一度もそんな姿を見せたことが無い同僚に驚きを隠せないフィーネ。

 

「任務の内容は聞いたのか?」

 

「いんや。とりあえず近々俺らに召集がかかるってことは聞いたけど、獲物についてはなーんも」

 

「ふむ・・・」

 

リザの言葉を聞いたフィーネは一時考え、

 

「まだ未確定情報なのだが・・・」

 

そう言って最近彼女が独自に調べていた調査の内容を話すのだった。

 

「ウッソ!?マジ!!?」

 

「マジだ」

 

それを聞いた彼女がただ座して待つわけもなく。この日、日本行きのチケットがもう一枚とられるのだった。

 

――――interlude out――――

 

日本では、

 

「んー!早く焼けないかしら!」

 

フンフン、フンフンと犬のように枯れ葉を集めて付けた焚火の周りをうろうろする一子。

 

「こらこら、火傷するぞ」

 

頭の両サイドに獣耳が見えそうな一子に士郎は苦笑して言う。

 

「悪いわね士郎、一子さん。評議会の手伝いをさせて」

 

そう言って黒髪をいじるのは最上旭。今日は彼女の要請で川神学園に植えられている樹木の枯れ葉除去作業に従事していた。

 

「いや、これぞ秋って感じだし・・・風物詩らしくていいじゃないか」

 

「お芋!お芋ー!」

 

嬉しそうに駆けまわる一子に童話の一節を思い出す士郎。

 

(犬は喜び庭駆けまわり・・・ってか?)

 

そろそろ雪でも降るんだろうか。彼もまた、一子が元気な子犬に見えてしまう一人であった。

 

「ねぇ士郎、指輪の事なんだけれど・・・」

 

「ああ。要望があるなら聞くぞ」

 

透き通った白い肌にキラリと光る指を見て彼女は将来の要望を彼に話す。

 

「こんな感じなのだけれど・・・出来るかしら?」

 

「問題ないぞ。でも意外だな。こういうのはみんなダイアモンドを選ぶかと思ってたんだけど」

 

彼女の要望では裏面にエメラルドを据えてほしいというものだった。

 

「エメラルドにも色々な意味があるけれど、新たなスタート、という意味もあるのよ。私達は色々あったけれど・・・士郎とのこれからを新たなスタートにしたいの」

 

「そう言う事か・・・わかった。よく調べてるんだな」

 

「それはそうよ。未来の結婚指輪に興味を持たない方が難しいわ」

 

そう言って機嫌良さそうに左手を見る旭に、士郎は何とも言えない顔で、

 

「それにしても本当に俺なんかでいいのか?」

 

「それは言いっこなしって決めたでしょう?・・・それに、士郎を繋ぎとめるには私一人じゃ足りないもの」

 

衛宮士郎を繋ぎとめるにはたった一人では足りないのだと彼女は結論付けている。彼を人の身のまま留まらせられるのは一人しかいない。

 

だが、それには彼の背負った業全てを捨てさせなければならないのだ。

 

武士娘たる自分達にそれは出来ない。だから複数人で士郎を繋ぎとめる。それが、あの夜残った彼女達の決意だ。

 

「わかった。もうこの話はしない。問題は、正室、側室システムがちゃんと機能すればいいけど」

 

口に出しながら、士郎はその辺心配していなかった。なにせあの総理だ。言ったなら必ずやり遂げるだろう。

 

(しかし我ながら結婚式とかどうするんだ?九回別々に?いくら何でも懐が持たないぞ・・・)

 

世知辛い悩みにうーむ、と悩みながら火掻き棒で枯れ葉の山を突く。

 

「ねぇねぇ士郎!お芋!焼けた!?」

 

「もうちょっとだな。・・・これなんかは良さそうだ」

 

しれっとアルミホイルに包んだサツマイモを解析して火の通り具合を確認する士郎。

 

こういう平和利用ならばいくらでもやっていいと思う士郎である。

 

「わーい!ちょうだいちょうだい!」

 

「わかったわかった。・・・熱いぞ。気をつけてな」

 

「ぐまぐま!ぐまぐま!」

 

熱いのもなんのそのと、勢いよく食べ始めた一子に微笑ましいものを感じる士郎。

 

「おう。やってるな」

 

「鍋島館長。学園長との話し合いはすんだんですか?」

 

全ての焼き芋が出来上がった辺りで鍋島が姿を現した。

 

「一応な。まだまだ詰めなきゃなんねぇとこがあるけどよ。ずっと座りっぱなしじゃ頭も回らねぇしな」

 

「左様。そういうことで、わしらも焼き芋食べたいぞい」

 

と、その後ろからひょっこり学園長もやってきた。

 

「構いませんよ。沢山焼いて配るつもりでしたし・・・なぁ、旭」

 

「ええ。折角ですから食べて行ってくださいな」

 

評議会の生徒に配ってもまだ余る焼き芋を二人にも渡す。

 

「おお、甘いな。やっぱ頭使った後は甘いもんにかぎるぜ」

 

そう言って葉巻を取り出そうとした鍋島の手を学園長がペシ、と叩いて落とした。

 

「生徒の前で吸うでない馬鹿者」

 

「こいつはいけねぇ。いつもの事だからよう、ついな」

 

あっはっはと笑いながらポケットに葉巻をしまう鍋島。

 

「そういえば、鍋島館長はなぜ川神にいらしたんですか?」

 

ふと気になっていたことを問う士郎。

 

「あーまだ秘密なんだがよ・・・逆に意見も聞きてぇし、ここだけの話ってことでいいかね?」

 

「・・・まぁいいじゃろ。確かに生徒の意見も聞きたいしの」

 

もぐもぐと焼き芋を頬張りながら頷く鉄心。

 

「実はよ、うちの西方十勇士を川神に合宿させようかと思っててな」

 

「ほう。それだけ、川神を買ってくれた、ってことですか」

 

「かうもなにもねぇだろ。東西戦、あれだけボコられて何も思わない方がおかしいぜ。他の生徒も来させたいけどそれは流石にってことで、代表の十勇士を預けたいわけだ」

 

「焔も川神に期待していたからいいと私は思います」

 

「焔?」

 

旭は基本名前読みなので親しくないと誰だか伝わらない。

 

「そいつは大友だ。ほら、爆撃が得意の」

 

「ああ、あの子ですか・・・そう言えば、源氏大戦で旭は十勇士を数に入れてたんだったな」

 

最近の事なのに何処か懐かしい源氏大戦である。あの戦いで彼女は、大友、鉢屋、長曾我部、毛利を外部助っ人として数に入れていた。

 

ちなみに最後の一枠は揚羽だったので、士郎は控室でかなり肝を冷やしたそうな。

 

「十勇士は俺が選りすぐった特別なやつらでよ。これでも自信があったんだがそれも木っ端微塵にされちまった。だから、川神に頭下げて鍛えてもらおうと思ったわけだ」

 

「なるほど・・・西との交流という事でもいいことかと。戦いあり気なのが何処かいただけませんが」

 

「そういや初日の矢はお前さんが射ったんだよな?あれには肝を冷やしたぜ。あの距離をあの速度、あの正確さで射れるのはお前さんぐらいだ。天下五弓のいいとこ全部合わせたような奴だよお前さんは」

 

「衛宮君に五弓の称号はちと物足りん気がするがの」

 

「ちげぇねぇ!うちでは『神弓の衛宮』って恐れられてるぜ?」

 

「また大それた名前を・・・」

 

面倒ごとが増えねばいいがと士郎は頭を抱える。

 

「実際、初手お前さんの弓でほぼ壊滅したんだからな。それも手加減ありきでだ。あれほどの恐怖は中々無いって評判だぜ」

 

なにせこれから進軍しようとした矢先に急所に矢が飛んでくるのだ。ばらまくようにならまだしも、正確無比に次々にやられるのはホラー映画並みに恐怖を覚えたらしい。

 

「士郎の射程内で外すことはないもの。鍋島さんも、もしかしたら中ったのではなくて?」

 

「恥ずかしいぜ。この俺が額に当たってから掴んだんだからな」

 

「衛宮君が手加減していたから良かったものを。本気なら撃ち抜かれとるぞい」

 

「学園長、それ以上は・・・」

 

魔術の事に直結しかねないので話題を変えてもらう。

 

「うむ。分かっておる。しかし、今日は一段と冷えるのう」

 

「だな。焚火があったけぇぜ」

 

枯れ葉が非常に多い上、サツマイモも結構な量が準備されているので第二陣が焼かれている。

 

「士郎ー」

 

「お疲れ様ー」

 

「お?大和にモロ。そっちも終わったのか?」

 

士郎とは別の区域を掃除していた大和達が帰ってきた。

 

「終わったぞ。意外と範囲広くて大変だった」

 

「甘い匂い・・・焼き芋してるの?」

 

彼らもフンフンと鼻を鳴らしていい匂いを出している焼き芋に目が止まる。

 

「焼きたてがあるぞ。食べるか?」

 

「「もちろん!!」」

 

そう言って彼らも枯れ葉の入った大きな袋を置いて焼き芋にかぶりつく。

 

「んー!甘い!」

 

「だね!品種は何だろう・・・」

 

サツマイモは品種によって食感や焼き上がりが変わる。今回は食通のクマちゃんが準備したサツマイモで、ホクホクではなくねっとりとした焼き加減になる品種である。

 

甘みが強く、少し重たい食感が、疲れて甘味を求めていた体に染みる。

 

「士っ郎ー♪」

 

「ごふっ」

 

丁度芋を口に運んでいたところに百代が抱き着いた。

 

「お疲れ様ですモモ先輩抜け駆けはいかがなものかと私もいきます!」

 

怒涛の早口で文句を言って由紀江も士郎に突撃する。

 

「なんだよぅ今は遠慮しろよぅ」

 

「モモ先輩こそ遠慮してください!」

 

「まゆっちだってやるときゃやるんだぜ?」

 

「うがが・・・」

 

二人にこれでもかという力で抱き着かれて窒息寸前な士郎。

 

(桃源郷の向こうは死か・・・)

 

なんてくだらないことを考えつつ、士郎は大和に話題を振る。

 

「大和。あの後結局どうしたんだ?」

 

「う・・・」

 

それまで焼き芋を堪能していた大和が止まった。

 

「なんだ、先送りか?」

 

「士郎にだけは言われたくない!・・・その、京が自分とクリス両方を恋人にすればいいなんて言うから・・・少し考えさせてくれって頼んだ」

 

「なんでぇ。随分果報者な兄ちゃんじゃねぇか」

 

「もっとすごい人が身近に居るから忘れがちだけど、大和も相当だよね・・・」

 

ここにガクトが居たら殺気をあらわにしそうであるが、彼は今レオニダスブートキャンプに参加しているので今回は不在。キャップもいい加減冒険がしたいと旅立ったので不在だ。

 

「そうか。俺はむしろ大和に賛成だぞ。いきなり多人数を恋人になんて考えられないよな・・・」

 

そう言って士郎は遠い目をした。

 

(ちなみに士郎はやっぱり既成事実か?)

 

(・・・襲われたんだ)

 

はぁ、と深いため息を吐く士郎に、なんとなく会話の内容が分かる旭はクスクスと笑っていた。

 

「後は義経、弁慶ペアの所と林冲、椎名さんペア。マルギッテ、クリスさんペアの所ね」

 

「・・・。」

 

旭の言葉にふと考える士郎。

 

(マルギッテはどうするつもりなんだろうな)

 

出来れば実力行使などしないでほしいが、きっとそれは叶わぬのだろうと士郎は思う。

 

 

 

――――interlude――――

 

落ち葉集めをしていたクリスとマルギッテは大きな袋を持って皆が集まっている場所へと帰ろうとしていた。

 

「いっぱい取れたな!」

 

「はい。少々寂しい風景ですが春にはまた花をつけるでしょう」

 

きれいさっぱりと片付けられた担当区を見てほっと息を吐く二人。

 

「さ!マルさんみんなの所に戻ろう!焼き芋が楽しみなんだ!!」

 

そう言って袋を持って行こうとする彼女に、

 

「あの、お嬢様」

 

と、マルギッテは声をかけた。

 

「んー?なんだ、マルさん」

 

「少し、お時間を頂けますか?」

 

「?」

 

マルギッテにそう言われて引き返すクリス。

 

「なんだー?」

 

「その・・・直江大和とのことなのですが・・・」

 

「あう・・・大和の事か・・・」

 

恥ずかし気にクリスは俯いた。

 

(こういう時、どう聞けばいいのでしょうか・・・)

 

聞いておいて困ったように口を噤むマルギッテ。

 

「多分・・・いや、自分の初恋だ」

 

「・・・っ!お嬢様・・・」

 

「大和は凄いんだ。いつもたくさんの事を気にかけて、それで私にも気を使ってくれて・・・」

 

それは、彼女がこの学園に来てからどんなふうに接してきたのか語ってくれた。

 

「最初は姑息な奴だなって、嫌な奴だなって思ったんだ。でも――――」

 

マルギッテはその想いを聞かされる度、胸が締め付けれる思いだった。

 

(そうです。私もお嬢様と・・・)

 

彼女もクリスと同じだった。正体不明の謎の人物である衛宮士郎に苛立ちを覚えながら、彼の不思議な魅力に取りつかれて行った。

 

そしていつしか――――

 

「好きに・・・なってたんだ」

 

「お嬢様・・・」

 

ここに来てマルギッテはどうしようもない泣きたくなるような気持ちに襲われていた。何故彼女の気持ちを摘み取るようなことをしなければならないのか。

 

(私と同じ・・・私と同じではありませんか)

 

恥ずかしそうに、でも嬉しそうに片思いの彼の事を話すクリスにマルギッテは辛くてたまらなかった。

 

だがそんな時だった、

 

「だから、自信を持って父様に紹介するんだ」

 

「え?」

 

クリスは眩しい笑顔で、

 

「この人が自分が好きになった人ですって」

 

「――――」

 

どこまでも真っ直ぐな、クリスらしい言葉だった

 

(・・・それなら)

 

マルギッテはクリスを信じることにした。たとえそれが上司であるフランクを裏切る行為だとしても。

 

――――interlude out――――

 

学園の掃除を終えて帰路に着く士郎と林冲。他の面々はこの後予定があるという事で別れた。

 

「川神学園は広いから、思った以上に時間がかかってしまった」

 

「そうだな。でも、林冲と京も随分早く帰ってきたじゃないか」

 

「椎名が早く大和に合流したいと言って猛スピードで片付けたんだ。私は無理しないように言ったんだけど・・・」

 

大和ー!と叫びながら大急ぎで掃除する京が容易に想像できて士郎はあはは・・・と乾いた笑いを上げた。

 

「京らしいな」

 

何せクリスが告白してしまったので尚更危機感を覚えているのだろう。今のところ、大和は返答を保留としているようだが・・・

 

「大和も、私達と同じようにすればいいのに」

 

「え」

 

林冲の言葉にピキリと固まる士郎。すかさず士郎の腕を抱きしめる林冲。

 

「・・・士郎っ」

 

固まる士郎に素早くキスが落とされた。

 

「り、林冲!人前でなんてことを・・・!」

 

人気(ひとけ)ならないぞ」

 

そう言って笑う林冲に士郎はカクリと肩を落とした。

 

「俺はこういうの慣れてないから本当に人が居ない時にしてくれ・・・」

 

「そうだな。バレたら大変だからな」

 

クスクスと楽し気に言う林冲に、本当にこれでいいんだろうかと思う士郎。

 

そんな時、

 

(殺気!?)

 

突如感じた殺気に士郎は干将を投影。林冲の手を引いて投擲されたそれを叩き落す。

 

キキン!

 

「・・・っ士郎?」

 

「これは――――」

 

クナイだ。それもきちんと手入れのされた。

 

「あーあ。黙ってチクろうと思ったのに手ぇ出しちゃったよ」

 

そう言って銀髪の女性が姿を現した。

 

「・・・お前は」

 

士郎を害されたとあって林冲の相手の名を問う声は冷たかった。

 

「折角マルに男が出来たって言うから期待したのに。こんな浮気野郎だったなんてね」

 

「マル・・・?マルギッテの知り合いか」

 

黒いライダースーツに身を包んだ女性がさらに手にクナイを構える。

 

「手も出しちゃったことだし、ちょっとばかし痛い目に遭って貰いますかね!」

 

「まて!君はマルギッテの・・・くっ!」

 

キィン!と次々と投擲されるクナイを干将で叩き落す士郎。

 

「士郎!」

 

カシュン!と林冲の手元で士郎が開発した携帯如意棒が展開し、彼女も彼に飛来するクナイを弾く。

 

「へぇ。マルを騙すだけあるじゃん。彼女(・・)さんも腕利きってことか」

 

「・・・士郎を傷つけるのは許さない」

 

「二体一だけどいっかー。そこはそれこっちも数を増やしてっと」

 

銀髪の女性が分身する。

 

「・・・忍者か」

 

それにしては彼女は日本人の顔つきをしていない。

 

とにもかくにも士郎はこの突然の訪問者と急な戦闘を強いられることになった。

 

 

――――interlude――――

 

時間は少し巻き戻る。銀髪の女性、リザ・ブリンカーが川神を訪れて、マルギッテが思いを寄せているという衛宮士郎を彼女は探していた。

 

「んー参ったなー。知名度がありすぎて逆に見つからないと来た」

 

道端を行く人に、このあたりで衛宮という名の人物を知らないかと聞けば大体返ってくる赤い英雄という単語とレッドの兄ちゃん!という声。

 

何でも、過去に衛宮士郎なる人物は英雄的な行動により市民に愛される有名人となっていた。

 

「衛宮?ああ、衛宮士郎君ですね。彼は川神の誇りですよ」

 

「知ってるー!レッドの兄ちゃんでしょ?俺サインもらったんだー!」

 

と、とにかく大人気の人物。川神学園に通う生徒の一人だという事は分かったが、有名過ぎてそれ以上の情報は得られなかった。

 

「川神学園かー・・・あそこはちょっと嫌な予感するんだよなぁ・・・入ったら速攻で見つかりそう」

 

彼女の予想は的を射ていた。川神学園には士郎や百代以外は分からない川神鉄心の気の結界が張り巡らされている。入ればすぐに素性確認の人物が現れるだろう。

 

「それは西洋ニンジャとしちゃ名折れなんでね。ひょっこり出てきてくんないかなー」

 

出会ったら、男達を魅了してやまない、ともすれば若干迷惑なこの体を使って色仕掛けしてちょっと危ない薬を飲ませて事実確認するだけ。

 

十分に危ない計画を彼女は立てていたのだが。

 

「それじゃあ士郎、林冲さん、また明日」

 

「ああ。また明日な」

 

「またねー!」

 

思わずそっと近くの木に気配を殺して隠れる。

 

(あそこは川神学園の校門。士郎って言う言葉。あれが目当ての衛宮士郎くん、かな?)

 

銀髪の背の高い青年が同級生だろう少年少女に手を振って帰路についていた。

 

『大和も、私達と同じようにすればいいのに』

 

『え』

 

何やら二人は腕を組んで恋人のようである。

 

(ほーう。マルともあろうものが浮気するような奴と婚約したのか)

 

その様子を見て大体の事を察したリザは冷たい感情と共にそう思った。

 

フィーネの情報では、マルギッテは衛宮士郎なる青年と婚約を結び、仲睦まじくしているという話だったが、自分はどうやら見てはいけないものを見てしまったようだ。

 

しかも、

 

『・・・士郎っ』

 

『俺はこういうの慣れてないから本当に人が居ない時にしてくれ・・・』

 

『そうだな。バレたら大変だからな』

 

「・・・。」

 

そのやり取りにリザは怒りがこみ上げてきた。

 

(へーほーん。分かっててやってるわけ。これはちょっと許せないなぁ)

 

ここまで見せつけられるようにやられたら、親友である彼女も怒りを抱く。すっと手にクナイをもって、

 

「シッ!!!」

 

渾身の力を込めて投擲した。

 

――――interlude out――――

 




今回はここまでです。詰め込みきれなかったなぁと恥じております。結構interludeも含めて話の方向性を一本か二本にしないと、話しがごちゃりそうになりますね。

このまま書き続けても良かったのですがキリのいいところを見失うと危ないのでここで一区切りさせていただくことにしました。

次回も引き続きドイツ関連です。では皆さま次回もよろしくお願いします!


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猟犬

皆さんこんばんにちわ。妄想が激しくてまとめるのに苦労している作者でございます。

今回は前回の続きです。よりドイツに傾いた話になると思います。

では!


キィン!と飛来するクナイを再度弾き落す。

 

「まて!君はマルギッテの部下ではないのかね!?」

 

「だったらどうしたってんだ。この浮気野郎!」

 

「浮気・・・」

 

その言葉にズーンと士郎がショックを受ける。彼が一番気にしている言葉の為、ショックも大きい。

 

「士郎!」

 

カカン!と林冲の携帯如意棒が止まってしまった士郎を守るようにクナイを弾く。

 

「大丈夫だ!士郎は浮気なんかしてない!ちゃんと私達みんな(・・・)と婚約してくれてる!」

 

「なにが婚約だ!しかもみんな?お前以外にもまだいるのか!救いようのないチャラ男だな!」

 

「・・・ッ!私達の事を何も知らないくせに好き勝手言うなッ!」

 

トン、とそれまで受けに徹していた林冲が攻める。

 

「へん!そんな男に惚れた女がいか程の者か見てやるよ!」

 

ギィン!と銀髪の女性がダガーを抜き、林冲と鍔ぜり合う。しかし交差は一瞬。すぐに女性の分身が左右から襲ってくるので林冲は大きくバックステップで距離を開けた。

 

「忍術か。忍足あずみほどじゃないけど、十分に厄介だな」

 

「これでも西洋ニンジャって呼ばれてるんだ!この程度じゃ済まさないぜ!」

 

シュン、と四人に分身した女性が襲ってくる。

 

「厄介ではある。でも今の私にこの程度は通用しない」

 

パァン!と三体の分身がかき消された。それと同時に銀髪の女性が吹き飛ばされる。

 

「俺の分身術を・・・!?」

 

「分身はあくまで虚映。本体をしっかり見定めれば恐れることは無い」

 

チキ、と林冲の棒が構えられる。

 

「私を侮辱するのはいい。でも、士郎を侮辱し、傷つけることは私が許さない・・・!」

 

鋭い棒の連続突きが放たれる。もし本来の槍であったなら、重傷は免れないだろう攻撃が女性を襲う。

 

しかし、この女性も相当の手練れなのか上手く受け流し、徐々に林冲との距離を詰める。

 

「そこだ!」

 

ビシュン!と鋭い突きが女性を捉える。が、ボン!と木と入れ替わる。

 

「しまっ・・・!変わり身!」

 

「隙あり!」

 

ヒュンと女性のダガーが林冲を捉える。

 

(あ、やっべ)

 

しかし女性は失敗したと恥じる。この軌道は林冲の首を捉える軌道だ。このダガーは任務用なので刃引きがされていない。このままでは黒髪の女の首を切り裂いてしまう・・・!

 

(熱くなりすぎた。でも・・・)

 

自分は許せなかったのだ。どうしても親友を裏切るような行為をしている下賤な男が、その男にへばりつく女が。帰ったら始末書で済むかな、とあきらめかけたその時。

 

ギィン!!

 

「「!!!」」

 

鋭い黒剣の一撃が林冲への攻撃を弾いた。

 

「お前――――!!」

 

「――――」

 

出てきたのはあの衛宮士郎という男。固まっていた彼が動き出し、恐ろしい速度で彼女等の間に割って入ったのだ。

 

「・・・っなんだ。動けんじゃん。こっちはまだまだやり足りないんだ。その面ボコボコに「リザ!!」・・・!?」

 

急にかけられた声に思わずリザと呼ばれた女性が振り返った。目に映ったのは艶やかな赤髪。

 

「マル・・・」

 

「リザ!貴女はこんな所で一体何をしているのですか!!」

 

「なにって、マルを騙してるこの浮気野郎を・・・」

 

パン!と頬を叩く音が鳴った。

 

「ま、マル?」

 

「彼は浮気などしていません!!どうやって嗅ぎつけたのか知りませんが、偵察部隊の貴女がろくに情報収集もせずに対象に手を出すなど恥を知りなさい!」

 

「情報?え?じゃあこの男――――」

 

「彼女の事は公認です。今日本では多重婚の準備が進められています。そこにいる林冲も、私も、衛宮士郎の婚約者です」

 

「え、えええ!?」

 

リザの驚きの声が響いた。

 

「・・・林冲、遅くなってすまない」

 

さらにガミガミと怒られているリザを放って士郎は林冲に謝った。

 

「大丈夫。あの言葉で士郎が酷く傷つくのは仕方ない。士郎はいつも私達とのことを考えてくれてる。だから士郎、気にしないで」

 

「・・・わかった。でもごめん、林冲が危機になるまで俺は棒立ちだった」

 

「あの様子だと、マルギッテを呼んでいたんだろう?ショックだけで動けなかったわけじゃないのはちゃんとわかっているから」

 

すべてわかっている、という顔で微笑む林冲の頭を撫でて士郎はほっと息を吐く。

 

「それにしても林冲の隙を突ける人物か・・・彼女がマルが率いているという猟犬部隊の幹部か?」

 

「むう・・・ちゃんと最後の一撃も受けられたのに・・・。まぁそうだろう。ああして叱られているのだから多分間違いない」

 

もはや襲ってきた時の気迫はなくとにかく平謝りと言う他ないリザ。

 

「大体、貴女は普段から・・・」

 

「ちょ、ちょーっと待った!その話は今関係ないだろ!?ほら今はマルの婚約者の・・・」

 

「マルギッテ。その辺にしてやったらどうだ」

 

「士郎・・・」

 

「すれ違いはあったがこうして正せた。だからもうその人を許してやってくれ」

 

「・・・刃物を手に襲われたのに、ですか?」

 

「ああ、そうだ。俺も林冲も怪我はないし今回は許そう。ただ――――」

 

ギシリ、と空気が凍った。

 

「次に俺の縁者に手を出したら容赦はしない」

 

「ひっ・・・」

 

「・・・いいでしょう。分かりましたか、リザ。・・・リザ?」

 

返事が無いので様子を見ると、彼女は士郎の本気の殺気を叩きつけられて気絶していた。

 

「士郎、やりすぎです」

 

「すまない。でも許すとは言ったけど、林冲が危なかったからな。仕返しくらいは大目に見てくれ」

 

そう言って気絶したリザを抱き上げる士郎。

 

「・・・士郎。一応聞きますが何をする気ですか?」

 

眉毛をピクピクさせてマルギッテが問う。

 

「何って、家に連れて行くしかないだろう?気絶しなければ良かったけど、このまま放置するわけにもいかないだろ」

 

「・・・確かにそうですが」

 

何処かムスっとした表情になるマルギッテに士郎は苦笑した。

 

「おいおい。立派な部下なんだろう?」

 

「それとこれとは別です・・・」

 

そう言ってマルギッテは士郎からリザを奪って担ぎ上げた。

 

「ああっ、な、何もそんなに手荒にしなくても・・・」

 

「コレは私の部下です。これくらいどうというほどもありません」

 

「・・・嫉妬だな?」

 

「うるさい」

 

言ったのは林冲なのに、空いた左手で士郎を叩いてマルギッテはさっさと衛宮邸に向かって歩き出してしまった。

 

「あ、おい!」

 

「行こう、士郎」

 

その様子にクスクスと林冲は笑ってマルギッテの後を追いかける。

 

突然の邂逅は、何とか双方無傷で終わるのだった。

 

 

 

 

物騒な邂逅の後、衛宮邸に招かれた(強制)リザは目覚めた後、戦々恐々としながら敷地を歩いていた。

 

「まさか多重婚とは・・・マルもすごい男に惹かれたもんだなぁ・・・」

 

あの時、叩きつけられた殺気を思い出してブルリとするリザ。

 

「あれはダメだ。相手にしたらいけない奴・・・」

 

彼女の嗅覚がそう判じていた。総じて物事に対する嗅覚の鋭い彼女は人一倍あの時恐怖を感じたのだった。

 

そんなことを考えている時だった。

 

「ん?」

 

縁側からさらに奥に行ったところが淡く光っている。

 

「なんだろ・・・行ってみるか」

 

目覚めた後、特に立ち入り禁止の場所は言われなかったので彼女は光が灯っている方に向かう。

 

「あれは炉か?テルがたまに使ってるのを見るけど・・・なんだ?なんか作ってるのに全然音がしない」

 

熱した鉄をハンマーで一心に叩く衛宮士郎の姿が見えるがこの距離で音がしないのはおかしい。そう思って鍛造所に一足踏み入った途端、

 

ガン!

 

「うわぁ!?」

 

強烈な熱気と鉄を鍛つ音が鳴り響く。その強さに思わず悲鳴を上げて尻もちを付いてしまった。

 

「・・・ん?ブリンカーさん?」

 

汗を掻くからだろう。上着を脱いで上半身裸身を晒している士郎が悲鳴に気付いた。

 

「あいたた・・・」

 

「大丈夫ですか?」

 

タオルで手を拭ってこちらに差し伸べる姿を見上げてリザは驚いたように問う。

 

「お、お前、武器を作るのか?」

 

「ええ。確かに武器を作りますけど・・・よくここがわかりましたね?」

 

「そりゃあこんな暗い所でこれだけ明るければ・・・」

 

そうしてふと、先ほど気になったことを聞いてみることにした。

 

「ええっと・・・衛宮、さん?なんでここ、近づかないと音が聞こえないんだ?」

 

「企業秘密なんですが・・・まぁ、防音の結界ですよ。こうしておかないとおちおち眠れもしないでしょう?」

 

「防音の結界・・・まるで魔法だな・・・」

 

鍛造所の境を頭だけ行ったり来たりさせるリザ。外に行けば炎の音も聞こえず、中に入れば轟々と炎が燃える音が聞こえる。

 

「仕事中に悪い。でも改めてごめんなさい。特殊な理由があるのにその・・・酷い言葉を・・・」

 

「・・・別にいいですよ。俺も正直悩んでいる所なので。理由を知らない人からしたらブリンカーさんと同じことを思うでしょう」

 

首にかけたタオルで汗を拭いて上着を羽織る士郎。()っていた鉄を水へと沈め一気に冷却する。

 

「・・・よし。上々だな」

 

「何を作ってたんだ?」

 

「小太刀ですよ。大きなものもそうですが基本はしっかり小さなものから作れるようにしておかないといけませんから」

 

色々な角度から焼き入れを行った刀身を見て残るは研ぐのみと判じたのか、そっと専用の台に置く。

 

「へぇー・・・こういうのってこう、機械でやってるのかと思った」

 

「普通ならそうでしょうね。ただ自分は鍛冶師なので、きちんと自分の手で鍛えたいんです」

 

そう言って士郎は火を落としてやめようとする。

 

「・・・続き、やらないのか?」

 

「やりたいところですが、いい時間なので。もう深夜ですよ」

 

それは自分を気遣ってやめたのだと気づいてリザも鍛造所を後にする。

 

「なぁ、なんであんなに強いのに鍛冶師なんかしてるんだ?」

 

「俺のは我流でどこかの流派に属しているわけではないからですよ。きちんと稼がないと折角の屋敷も維持できませんから。それより、ブリンカーさんはなぜ日本に?」

 

「それは・・・」

 

言えなかった。まさか上司であり、親友のマルギッテにいい人が出来たと聞いて確認しに来たとは。

 

「く、クリスお嬢様の様子を見に・・・」

 

「・・・なるほど。確かにクリスは今大変なことになってますからね」

 

納得したと言うように士郎は頷いた。

 

「大変なこと?」

 

「ん?クリスが大和・・・男友達に告白したのを聞いて来たんじゃないんですか?」

 

「あ、ああ!それ!クリスお嬢様が・・・えええ!?」

 

がばっと士郎に掴みかかって問うリザ。

 

「そ、その話は本当なのか!?」

 

「はい。って、そのことで来たのでは?」

 

「あいや、その、クリスお嬢様が何かしたってことだけで・・・」

 

「・・・。」

 

どうにも苦しい言い訳に聞こえるが、ともかく士郎はクリスの事を伝えた。

 

「マジかー・・・中将黙ってないんじゃ・・・」

 

「すでにマルが伝えに行ったと思うんですけど。それで来日したのでは?」

 

「へ!?私は~その~」

 

「・・・。」

 

実に怪しい。一体何の目的で来たんだろうか。

 

これはしっかりと聞き出さないといけないかと思った矢先に、

 

「リザは私と士郎が婚約したと聞いて来たのですよ」

 

「・・・なるほど」

 

「あちゃ~・・・」

 

バレてーらと額に手を当てるリザ。

 

「それよりリザ。貴女達には本国で招集をかけたはずです。ともすれば軍法会議ものですよ」

 

「わー!?謝るから許してくれぇ!!」

 

「からかい半分で任務を放り出し、あまつさえ士郎に危害を加えたのですから当然です」

 

「マル、後半私情が混じってるぞ」

 

そう言うが止めはしない士郎。それは流石に越権行為だろう。

 

「さて、俺は汗を流して寝るよ。マルもブリンカーさんも、あんまり遅くならないようにな」

 

「わかっています」

 

「はい・・・」

 

士郎はそのまま浴場へと去って行った。

 

「リザ。フィーネに確認してきましたが本国ではどうなっているのですか?」

 

「え?フィーネに聞いた通りじゃないかなぁ・・・俺たちの部隊に招集がかけられてるってことと、中将がなんか私兵を集めてるってことかなぁ」

 

「そうですか・・・」

 

そう言って思案顔になるマルギッテ。

 

「なぁマル。もしかしてお嬢様を連れ戻せとか言われてるんじゃないか?」

 

「・・・なぜそう思うのですか?」

 

「だって中将だぜ?これまでも男なんかできないように見張ってただろ?告白したなんて報告したら絶対そうすると思うんだけど」

 

「・・・。」

 

リザの言葉にマルギッテはすぐに答えなかった。だが、

 

「・・・確かに中将からお嬢様を即刻自分の下に連れてくるように指示を受けています」

 

「なんだ。手伝おっか?」

 

「いえ。不要です。こちらは私がやりますから貴女は本国に帰って準備をしなさい」

 

「準備って・・・なんの?」

 

その言葉にマルギッテは少し悩み、

 

「日本最強の戦力を出迎える準備です」

 

「はぁ!?戦争でもする気かよ!?」

 

「それに近い状況になるでしょう。お嬢様が攫われたとなれば彼らは必ず動く」

 

「攫うって・・・告白はお嬢様がされた(・・・)んじゃなくて、した(・・)んだろう?それなのに無理やり連れ帰るのか?」

 

「それが中将の指示です」

 

マルギッテは表情を動かすことなく言った。

 

「・・・なぁマル」

 

「なにも言わないでください」

 

いつもの命令でなく、切実な願いだった。

 

「・・・わかった」

 

こちらを向かないマルギッテの心情を察してリザはそれ以上聞かなかった。

 

「それにしても、マル本当に彼氏できたんだなぁ・・・」

 

「そ、それは・・・」

 

ポッと頬を赤くするマルギッテにリザはにしし、と笑って。

 

「な、何処まで行ったの?」

 

「・・・機密事項です」

 

「うはぁ!もうぞっこんかー。でも俺にはわかんないなぁ、あの男のどこがいいんだ?」

 

「彼は・・・聡明でカッコいいのです。それに・・・」

 

「それに?」

 

ニヤニヤとした同僚の顔を見てハッとしたマルギッテはその耳を掴んで、

 

「そんなことより消灯です!さっさと寝床に戻りなさい!」

 

「痛い痛い!耳はよせよぅ!」

 

と賑やかに二人は家の中へと戻るのだった。

 

 

 

 

翌日、リザが目を覚ますと中庭では激しい戦闘が行われていた。

 

「ふぁ~おはよう、マル」

 

「おはようございます」

 

激突は激しく、ここまで来ると一層インパクトがある。

 

「あれは、鍛錬、なのか?」

 

リザが疑うのも無理はない。今戦っているのは士郎とレオニダスだ。双剣と槍と盾が激しく交差している。

 

互いに手加減のようなものは感じられず、士郎の剣が危うくレオニダスを切りかける場面や、レオニダスの槍が士郎を貫こうとする場面がちらほらする。

 

「はい。相手はレオニダス王です。流石に、わかっていますね?」

 

「もちろん。日本に降臨したスパルタの王その人だろ?ほんとかどうか悩ましかったけどありゃ本物だ。ていうかそれと渡り合う衛宮って何者?」

 

「何者も、貴女が見た通りの人物です。彼は強い。防衛の伝説と渡り合い、現代の武神を打ち負かすほどに」

 

「そういや、最初に割って入られた時も目に映らなかったっけ。・・・マジで、あいつらがドイツ来るわけ?」

 

「・・・。」

 

流石にマルギッテはその問いに答えなかった。

 

「マスター!貴方は素晴らしき戦士です!このレオニダス、感服の至りですぞ!」

 

「そう言いながら一撃も入れさせてくれないのは何とかならないのかね!」

 

「これでも防衛の戦士ですから。負けられませんな」

 

激突は一層激しさを増す。リザの眼にはもう士郎の姿は断片的にしか映らない。堅実に盾で防ぐレオニダスはまだしも、機動力で盾を越えようとする彼の姿はさっぱりだった。

 

「うへぇ・・・確かに川神百代と合わせたら日本最強の戦力だな・・・でも、簡単にゃ負けないぜ?」

 

「彼が本気を出さなければそうかもしれませんね」

 

「マル?」

 

「いえ、何でもありません・・・時間です!」

 

マルギッテの声に激しくぶつかっていた二人が止まった。

 

「・・・今日も黒星か」

 

「いえいえ。引き分けです」

 

互いの首元に武器がつきつけられた状態だった。もう僅かでもどちらかが踏み込んでいたら、レオニダスの首は落ち、士郎の首は砕かれていただろう。本当に相打ちになる寸前だ。

 

「うちの訓練も結構容赦なくやってるけど衛宮は段違いだな・・・」

 

「ブリンカーさん、おはようございます」

 

「お、おう。いつもこんな鍛錬してるのか?」

 

「ええまぁ。常日頃から不測の事態に備えているので。それより朝飯を作ろう。俺は汗を流していくからマルは橘さんの所に行ってやってくれ。丁度、ブリンカーさんもいることだし居間につれて行くついでにな」

 

「わかりました。行きますよ、リザ」

 

「うっす。ていうか、衛宮が朝飯作るの?」

 

「士郎の手腕は見事な物ですよ。そこらの高級料理店など目ではありません」

 

「・・・家も綺麗だし、強くて家事も出来て稼ぎもあると・・・優良物件だなぁ」

 

「!」

 

言葉遊びのように言うリザにマルギッテは一筋の不安を覚えた。

 

(士郎が私達猟犬部隊に出会ったら――――)

 

それは遠くない未来の話。マルギッテの懸念は神のみぞ知る、という所だった。

 

「まぁ俺は男なんて興味ないけど」

 

「・・・。」

 

・・・多分、神だけが知る、はずである。

 

 

朝食を取った後、士郎は林冲、清楚と共に学園に向かう。

 

「マルは今日休みか?」

 

「はい。任務がありますので」

 

言葉少なくそれだけ言って彼女は士郎を送り出した。

 

「「「いってきます」」」

 

「いってらっしゃい」

 

「いってらー」

 

リザも適当に言って衛宮邸へと戻る。

 

「史文恭。機密事項を話すので部屋に近づかないでもらえますか?」

 

「構わん。お前の部屋は奥の部屋だろう?私の部屋とも、書斎とも隣接していない。問題は無いように思うが」

 

「一応です。気遣い、感謝します」

 

「ありがたく受け取っておこう」

 

そう言って史文恭は書斎へと向かっていった。

 

そしてマルギッテは自分の部屋にリザを招き入れて今後の話をする。

 

「あの橘、とかいう人はいいの?」

 

「橘天衣は寮母の訓練でいません。士郎達が学園に行った以上、残るのは先ほどの史文恭だけです」

 

「史文恭・・・確か中国の傭兵の武術指南だったような・・・なんでこんな所にいるんだ?」

 

「それは彼女に聞きなさい。彼女とは最初、敵同士だったので事情が複雑なのです」

 

「ふーん。わかった。で、今後、というかクリスお嬢様の話、だろ?」

 

「はい。まずは――――」

 

そうして中々に物騒な相談が衛宮邸の奥でされるが家主はあえて何も言わず静観し、順調に彼女等の話は進められるのだった。

 

 

 

学園では、士郎が相変わらず多摩大橋に向かって朝の狙撃をしている中、意外な人物が姿を現した。

 

「士郎」

 

「大和じゃないか。こんな朝早くどうした?」

 

深刻そうな顔をした大和だった。

 

「その・・・」

 

「私は席を外そう」

 

言いずらそうにする大和の意志をくみ取って、林冲は自ら離れた。

 

「どうした・・・って言っても、その顔を見れば大体想像が付くな」

 

大和の顔は寝不足でクマが出来ていた。そして何処か気だるげだ。

 

「ああ、その・・・クリスと京についてなんだけど・・・」

 

「・・・。」

 

なんとなく、弁慶の話はしなくていいのかなと思った士郎だが、もう一杯一杯だろう姿を見てとりあえず聞くことに専念することにした。

 

「狙撃、やめていいのか?やりながらでも――――」

 

「親友のそんな顔を見て、そんなことできるか。これは俺が毎朝勝手にやってるだけだから、やろうがやるまいが勝手だよ。それで、大和はどうするんだ?」

 

「・・・。」

 

応えないという事は決め切れていないという事なのだろう。

 

「その、さ。どっちが好きかって言われたら多分同じくらいなんだ。京もクリスもずっと俺の事考えてくれたみたいだし、それに最近は弁慶も多分、好きでいてくれてるんだと思う・・・」

 

「だろうな。直接聞いたりしてるわけじゃないけど弁慶も義経と同じくらい大和に構ってるからな」

 

弁慶の事も気づいているようで良かったと士郎はひとまず安心した。

 

「ただ、弁慶に関してはこれからだと思うんだ。クリスと京に比べたら一緒にいた時間も短いし・・・俺も嫌いじゃないけど好きかどうかはまだ分からない」

 

「そうか。それで?」

 

「クリスが告白してくれた時、すごく嬉しかったんだ。でも同じように誰か選べるのか不安になって・・・」

 

「ふむ・・・」

 

大和は思慮深い性格だ。勢いで退路を失ってしまった自分とは違い、ちゃんと一人一人の事を考えている。

 

自分にどうこう言う資格は無いように思う士郎だが、大和が自分に相談してきたことを踏まえ、史文恭に言われたことを思い出した。

 

「大和は誰か一人を選べないんだろう?」

 

「・・・ああ。最低だよな。色んな人を天秤にかけて――――」

 

「いや、大和の姿が正しいんだろう。俺なんかと違ってな」

 

「士郎・・・」

 

「大和はもう俺と彼女達の関係を知ってるだろ?」

 

「・・・ああ」

 

「俺もどうしたらいいか・・・俺に恋人が出来ていいかもわからなかったけど、言われたことで一つ腑に落ちたことがあるんだ」

 

そう言って士郎は今一度改めて大和に問う。

 

「誰か一人を選べない大和は全て断ることは出来るのか?」

 

「・・・出来ない。したく・・・ない」

 

苦しそうに大和は言った。

 

「なら幸運に思うべきだ。誰か一人を選ぶか、全て断るかの他に、『全て受け入れる』っていう選択肢があることに」

 

「え・・・?」

 

呆然と大和は声を上げた。

 

「俺もどうすればいいか悩んでたんだ。でも史文恭・・・大和は会ったことがあったか?その人に今と同じことを言われたんだよ」

 

『尚更幸運だったと喜べ。これだけの女から想いを寄せられ、すべて断るか、一人を選ぶかだけでなく、全て受け入れるという道が存在することをな』

 

史文恭は迷う自分にそう告げたのだ。

 

「全てを受け入れる・・・・か」

 

「ああ。俺も生憎、元の世界では多重婚なんて認められて無かったし、そもそも自分がそんな幸せを享受していいのかもわからなかった。ただ、言えることは、彼女達が俺なんかのことを好きだ、愛していると言ってくれたことは事実なんだから、それを無下にするようなことを俺は出来なかった」

 

「・・・。」

 

「だから考え方を変えたんだ。自分が幸せになっていいかどうかは分からないけど、自分を好いてくれた人を全力で幸せにするってさ。そもそも俺たちは多重婚制度の先駆けになるんだから悩んで当然だって開き直ったよ」

 

「多重婚制度の先駆けか・・・」

 

「ああ。多分、それが無かったら大和はこうも悩まなかったんじゃないか?好きになってくれた人を全て受け入れるっていう道が見えたからどうすればいいのか迷ってる」

 

「・・・士郎なら、どうした?」

 

それは多重婚制度が無かったら、という事だろう。

 

「俺は――――多分、全て断ってたかな。誰か一人を選ぶなんて出来なかったし、選んだあと他の人が悲嘆に暮れる姿も見たくなかったから」

 

「そっか・・・」

 

士郎の言葉を聞いて大和は何事かをブツブツと口に出し、

 

「ありがとう。なんかすっきりした」

 

「気にするな。むしろ俺を相談相手に選ぶなんてミスチョイスもいい所だぞ。俺なんか退路なかったんだから・・・」

 

そう言ってズーンっと重い空気を漂わせる彼を大和は笑った。

 

「それは自業自得だろ。あれだけ色んな人を魅了しておきながら知らん顔し続けたんだから」

 

「俺にその気は無かったし、気づいても無かったんだよ。俺はただ、自分に出来ることをしたに過ぎないんだから・・・」

 

「なら士郎はこれからも婚約者が増えるな」

 

「やめてくれ・・・ああは言ったけど心の整理がまだ付ききってないんだ・・・」

 

ガクリと肩を落とす士郎に笑って大和は立ち上がった。

 

「俺、頑張るよ」

 

「おう。手が必要な時はいつでも言ってくれ。大抵のことは、何とかなるぞ」

 

「本当にそうだから怖いな・・・。でもありがとう」

 

そう苦笑して大和は去って行った。

 

「・・・終わったのか?」

 

大和が去って行くのを見届けた林冲が声をかけて来た。

 

「ああ。少しばかり忙しくなるけど、何とか前向きになれたみたいだ」

 

そう言って士郎も苦笑を浮かべた。

 

「マルが何か私達に秘密で動いてる。探った方がいいかな?」

 

「いや、問題ない。マルも、マルなりに動いてくれてる」

 

『士郎も警戒をしておいてください』

 

そんな自分にとって致命的な助言をしてくれたのだから、彼は、マルギッテを信じることにしたのだ。

 

(マル。あんまり無理するなよ)

 

今はいない彼女に届けと、士郎は思うのだった。

 

 

 

 

学園が終わって放課後。今日は流石に依頼を受けようと、掲示板に張り出されている、『衛宮士郎求む!』の方を見る。

 

これは旭率いる評議会が、士郎に依頼が集中しないように作った特設コーナーである。学園と評議会の審査を通らなければここに張り出されることは無いのだが元の数が多いのか、間引きされても結構な数がある。

 

「えっと・・・二階の茶道部のエアコン修理に・・・図書室の棚・・・これ全部宇佐美先生だろ」

 

どれも見たことのある依頼である。大方修理増設がしたいが予算が無いとか、組み立てが面倒とかその辺だろう。

 

(こういうのは無視しろって旭に言われたしなぁ・・・)

 

恐らく学園側の、教師陣の審査の後、直でここに張られているのだろうと言っていたのでここは宇佐美巨人本人に頑張ってもらう。

 

「あとは・・・ん?なんだこれ」

 

ぺらりと張られた一枚を手に取るなんだか素っ頓狂な依頼だ。

 

『新技の開発に協力してほしい 不死川心』

 

よくもまぁ評議会通ったなと思わなくもない内容である。内容はその通りらしく、半端な者では大怪我をしてしまうし、アドバイスももらえないという事が記されていた。

 

「報酬は現金もしくは食券・・・他応相談、か。まぁ心が困っているようだし行ってやるか」

 

時間もかかりそうなので今日はその一枚だけを手に取って連絡先に電話する。

 

すると、猛スピードで心が掲示板前にやってきた。

 

「お、お前!もう少し事前に知らせるとかせぬか!」

 

「事前に知らせるって・・・ならなんで掲示板に張り出したりしたんだよ」

 

「それはー・・・そのー・・・」

 

本人は受けてもらえないだろうなーと思っていたことは秘密である。

 

「それより新技の開発、だろう?古武術とか取り入れるか?」

 

「そ、そうじゃの!ともかく詳しくは此方の屋敷にて話そう!」

 

「ん?学園でやらないのか?」

 

「此方が訓練する様を下々の者には見せるわけにいかぬ」

 

そう言ってプイとそっぽを向く心に苦笑して今日も綺麗に整えられたお団子ヘアーを撫でる。

 

「わかったわかった。それじゃあ心の家にお邪魔するとするか。何気に初めてだな」

 

「こ、此方も男子を招くなど初めてじゃ・・・」

 

と恥ずかしそうにする心。流石不死川家の令嬢だけあって容易に友達を呼ぶこともままならないようだ。

 

「それじゃ、行くとしようか。急がないと日が暮れちまう。何せ武道の訓練だからな。時間なんてあっという間だ」

 

「そ、そうじゃの!余った時間は茶会にでもすればよいわけだし・・・」

 

顔を袖で隠してニヨニヨとしてしまう心にさりげなく背後に控える従者はため息を吐いた。

 

(お嬢様、顔に出てますよ)

 

「にょわぁあ!?」

 

コッソリと言われた忠告にビクーン!と反応する心。

 

「ん?どうした?」

 

「な、何でもないのじゃ!此方の屋敷に招待するのだからありがたく思うのじゃ!」

 

「ああ。ありがとう、心」

 

「・・・。」

 

悪態をついても結局彼の笑顔で撃沈する心だった。




今回はこの辺でいかがでしょうか。猟犬部隊の最初のコンタクトと言えばリザさんなのでかなり物騒ですがこんな感じにしました。

マルギッテは辛い任務に心揺れております。正直ね、親バカもここまで来ると害悪よね…

次回は一話挟んでドイツが動きます。一気に進めたいところですが彼女の事も書かないとね。というわけで次回!


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不死川家のお家事情/不穏

皆さんこんばんにちわ。小説を書いていると糖分が欲しくなる作者でございます。

今回は一度ドイツ関係は置いて、不死川家に士郎がお邪魔します。相変わらずの士郎とにょわにょわ言う心にニマニマしてもらえたら幸いです。

では!


学園の依頼に不死川心の依頼を見つけた士郎は、彼女と共に迎えの車で不死川家に向かっていた。

 

「それにしても、新技の開発なんて、心は柔術を身に付けてるだろ?なんでまた急に?」

 

「こ、此方はいつでも強くて美しいが、なにも柔術だけじゃなくてもよかろうなのじゃ!」

 

なんとも変な日本語で話しているが、実は士郎に構ってもらいたいだけだったとは言えず、苦し紛れの言い訳であるが、この男には問題なかった。

 

「そうか。確かに修められるなら多くを修めた方がいい。流石、心だな」

 

「うむ・・・うむ・・・」

 

お団子ヘアーを撫でられて実に幸せそうな心である。

 

「それで、方向性は決まってるのか?」

 

「もちろんじゃ。柔術は型を崩したくはないので目的はこっちじゃ」

 

そう言って心が袖から出したのは鉄扇だ。

 

「これはお主の作なのじゃろう?此方が優雅に使ってやるから感謝するのじゃ」

 

「確かに俺の作品だけど・・・それ、使い勝手悪くないか?」

 

鉄扇はシンプルな護身道具だが、士郎の鉄扇は色々手を加えすぎているのである。

 

「此方も驚いたわ。こんな小さなものにどれだけギミックを盛り込んだのじゃ」

 

「いやあ作ってたら楽しくなって・・・」

 

当初、いつもの発注内容に鉄扇の字があり、それは鍛冶師の作るものなのか?と疑問に思ったのだが、作ってみるとこれが中々奥が深かったのだ。

 

結果、発注の品以外に三つの鉄扇を作り、一つを試しにオークションに出したのである。

 

「しかし見事な作りよ。鮮烈な赤に金と黒のあしらい・・・模様も実に見事じゃ」

 

「そう言ってもらえて嬉しい。色々やっちまったけど自信作には変わりないからな。大事に使ってくれ」

 

「うむ。・・・ただ、見事な作り過ぎて、これで戦うとかやりたくないのじゃが」

 

「・・・本末転倒だろ」

 

実にその通りであった。

 

 

 

 

「ここが此方の家じゃ」

 

車がそのまま車庫に入り、降りてみれば美しい庭が広がっていた。

 

「すごい庭だな。俺に芸術の学はないけど、シンプルにすごいな」

 

綺麗な砂利がひかれ文様を作り出し、池には何匹もの鯉が泳いでいる。外観は昔ながらの武家屋敷という感じだった。

 

「家も武家屋敷だけど心の家には敵わないな。手入れが大変そうだ」

 

「もちろん、腕利きの庭師を雇っておるからの。ほら、あそこにおるのがそうじゃ」

 

そう言って鉄扇の先を目で追うとこれぞ庭師と言わんばかりの作業着の初老の男性がいた。

 

(・・・あの人ただの庭師じゃないな)

 

戦う者独特の雰囲気を感じ取って、彼も不死川家を守るガードマンの一人だと理解した。

 

「これは心お嬢様。おかえりなさいませ」

 

「うむ。今日も見事な手入れだな。斎藤」

 

「いえいえ。私は不死川家に恥をさらさないよう必死なだけですよ。そちらの男性は、お嬢様の良き人、ですかな?」

 

「初めまして。衛宮と言います。心とは同級生で、仲良くさせてもらってます」

 

「衛宮様・・・お嬢様がご自宅に招かれるほどのお友達は初めてでございますな。どうか、心お嬢様と仲良くしてください」

 

「さ、斎藤!それでは此方に友達がいないみたいではないか!」

 

「違うのですか?」

 

「違うわー!昔はともかく今は違う!」

 

さっくり友達が居なかったことをばらす斎藤。そうやってクック、と笑っているあたり大物である。

 

「心配しないでくださいお嬢様。私はもうすぐ退勤ですし、奥様も今日は帰りが遅いようですよ」

 

「な、ななななんの心配じゃ!別に母上がいても・・・」

 

ちらりと士郎を見るが彼は特に喜ぶわけでも何でもなく、首を傾げていた。

 

「心のお母さんがいるとまずいのか?」

 

「そ、それはお主次第というか・・・」

 

ごもごもと口の中で言葉を噛んで、心はばっと顔を上げる。

 

「とにかく!いらぬ心配なのじゃ!今日は鍛錬で衛宮を呼んだのだからな!」

 

「ほう・・・鍛錬・・・」

 

一瞬、冷たい殺気が士郎に向けられた。

 

(やはり只者ではないな)

 

流石、三大名家、不死川の庭を預かるものだ。文字通り庭を預かる(・・・・・)仕事をしているだけある殺気だ。

 

「鍛錬とは言いますが新技の開発目的で呼ばれたので大したことはしませんよ」

 

士郎はあえて殺気には反応せず、そ知らぬふりをした。それに満足したのか、はたまた、疑念を抱かなかったのか。庭師は殺気を収めた。

 

「そうですか。衛宮様もお怪我をされぬよう頑張ってください」

 

「ご心配ありがとうございます」

 

何事もなく済んだ会話だったが、一つ間違えば戦闘になっていたかもしれない一瞬だった。

 

「挨拶は済んだな。まずは母屋に上がるがよい。一時おいて鍛錬開始じゃ」

 

「了解」

 

庭師に目礼だけ返して士郎は心の後を追った。

 

 

 

――――interlude――――

 

「衛宮・・・衛宮士郎か」

 

お嬢様も参加された総理官邸防衛線において、英雄と持ち上げられた青年。殺気に反応するかと思いきや綺麗に受け流されてしまった。

 

「流石お嬢様、と言いたいところだが正直心臓に悪いな」

 

あの様子からして不意を打っても勝つことは出来まい。つまり彼がその気になったら自分は時間稼ぎが精々というわけだ。

 

「やれやれ、随分と物騒なお客様だ」

 

今考えてもしょうがないので彼は庭仕事を再開する。

 

後に判明する彼の名は“斎藤 一(さいとう はじめ)” 新選組三番隊組長、斎藤一の純然たる子孫。今も尚、連綿と紡がれる強力な腕前を持つ強者。

 

現代では不死川家に仕える御庭番棟梁。その彼をして、衛宮士郎には勝てぬと判断されるのであった。

 

――――interlude out――――

 

「「「心お嬢様、おかえりなさいませ」」」

 

「うむ。くるしゅうないぞ」

 

「・・・。」

 

いきなりインパクトのある出迎えに士郎は若干頭痛がした。

 

(心が我が儘なのはこの環境のせいじゃないのか・・・?)

 

相も変わらず蝶よ花よと育てられているのが伺える。九鬼ではその辺結構シビアなのだがこちらはそうでもないらしい。

 

「今日は此方の友を招待した。無粋な真似をせぬよう心がけるのじゃ」

 

「「「はい」」」

 

「・・・。」

 

何ともこういう場所は肌に合わない士郎である。間違ってはいけないが、士郎はルヴィアの所でアルバイト経験があるだけで、至極真っ当な一般人なのである。

 

こんな大それた対応をされるとすごく居心地が悪い。

 

(まぁでも、心なりにもてなしてくれるつもりなんだろう)

 

どうにも座りが悪いがここは成り行きを見守ろうとする士郎。

 

「まずはこの部屋で気を落ち着けるとしよう」

 

そう言って開かれたのは応接間のようなしっかりとした部屋だった。

 

「楽にせい。今茶を準備させよう」

 

「ええっと・・・お構いなく」

 

ただの鍛錬の手伝いのはずがどうしてこうなったと士郎は内心困っているのだが、一方の心はというと、

 

(よし!よくやったのじゃ!ここまでで変な振る舞いは無かったはずじゃ!高貴な此方らしい対応!そして士郎を怯えさせない適度な距離感!パーフェクトなのじゃ!!)

 

と、自画自賛にもほどがあることを心の内で思っているわけで。激しいすれ違いである。

 

侍女がしずしずと紅茶をもって室内に入ってきて、どうぞ、と笑顔と共にテーブルに置かれた。

 

(流石いい茶葉を使っているな・・・)

 

香りでそう判断する士郎に心は内心また盛り上がる。

 

(良いぞ良いぞ!完璧な対応じゃ!)

 

去って行く侍女にアイコンタクトして心は一人盛り上がりまくっているが、社交辞令に長けた彼女に隙は無かった。

 

「一心地つけたら早速鍛錬じゃ」

 

「ああ。心は鉄扇の心得はあるのか?」

 

「あ・・・無いのじゃ!基礎から学びたい!」

 

あると言いかけて急な方向転換。その頭には優しく手取り足取り教えてもらう姿が。

 

「そうか。実は俺も鉄扇となるとな・・・ちょっと特殊な鍛錬法になるけど、いいか?」

 

「構わぬ!身に付けなければいけないのは此方じゃからの」

 

ぴしっとしたことを言っているが頭の中は桃色の心。早くどうにかせねば悲劇を生むが生憎ツッコミ役不在の為・・・

 

 

 

 

「にょわぁあ!?」

 

鍛錬開始直後。士郎の巧みな動きに翻弄されて足を払われる。

 

「こら。油断大敵だぞ。全然集中出来てないじゃないか」

 

「うぬぬ・・・もう一度じゃ!」

 

最初の甘い妄想は疾く消え去り、きちんとした胴着を着用して心は士郎と相対する。

 

「じゃ、行くぞ」

 

その言葉と共に士郎が鉄扇を両手にユラユラと揺れ動く。

 

(落ち着くのじゃ!あれは幻惑を誘う舞踊!あれに呑まれれば距離感を失う!)

 

士郎の動きは独特で今まで見たこともないような動きだ。ユラユラ、ユラユラと体を動かし、かと思いきやいつの間にか懐に入ってくる。

 

まるで蝶のような動きと鋭い蜂の如き一撃に心は舌を巻いていた。

 

「・・・。」

 

(くる!)

 

ユラユラとした動きから鋭い踏み込み。緩急自在とはよく言ったもので心はまた懐に入られる。

 

「この!」

 

鉄扇を広げて突きを防ぎ、すぐに閉じて手の甲を狙って払う。しかしそれも相手がもう片方の鉄扇を丁度ガードできる位置に体ごと動かしたことで防がれ、顔の横で士郎の鉄扇が止まる。

 

「失明だぞ」

 

「わかっておる・・・何が鉄扇の心得は無い、じゃ。此方をここまで追い込んでおきながら過小評価にすぎるのじゃ」

 

もう一度仕切り直しとお互いに距離を開ける。

 

「俺に鉄扇の心得はないよ。これはちょっとした真似だ。ある人物のな」

 

「その人物とは?」

 

「さて・・・平安時代の誰か・・・というところか」

 

「ぐぬぬ!はっきりせぬかー!こう、喉に魚の小骨が刺さったようで気になるのじゃー!」

 

ジタバタとする心だが士郎は取り合わず、

 

「そんなことはどうでもいいだろう?誰が使っていたかより、それをどう扱うかだ。この技法は心のお気に召すかと思ったんだが」

 

「確かにその優雅な戦い方は此方好みじゃが・・・」

 

「ならほら、頑張って身に付けような」

 

「ぬー・・・」

 

予定していたのとは違うガチの鍛錬となってしまったが、こちらを思って動いてくれる士郎の姿が嬉しくて心はいつもの優美な佇まいを捨てて師に教えを乞うように目の前の事に集中する。

 

「お、いいぞ。やれば出来るじゃないか」

 

そう言ってまた両手の鉄扇を広げてユラユラと動く士郎。

 

(いつ以来じゃろうな。こうして教えをこい、必死に技を身に付けようとするのは)

 

昔は武術指南の師にあれこれ厳しくされたものだが、今では師を越えてしまったので力を落とさぬための組手相手となっている。

 

それを考えると、今こうしているのは幼少期以来という事になる。

 

(惚れた男に技を習う、か。これも悪くないのう・・・)

 

と、気が緩んだところで、

 

「心」

 

「え?」

 

「反省」

 

パシン!

 

「にょわー!?」

 

折角いい感じに集中していたのに思考がお花畑になり、隙が出来たので士郎はまた足を払った。

 

そんなことを日が暮れるまで続け、心もコツを掴んだのか士郎の動きを再現し、幻惑の体捌きまでは出来るようになった。

 

「あたた・・・」

 

そう言ってお尻を摩る心。今日は尻もちをつくことが多かったので、青たんになっていることだろう。

 

「今日はこれまでだな」

 

「ありがとうございました・・・」

 

結局、彼女が想像したような甘い時間にはならず、とほーっと肩を落とす心だが、

 

「よく頑張ったな。途中集中出来てない時があったけど、いいところまで身に付けられたじゃないか」

 

「あ・・・」

 

優しい笑みと共に頭を撫でられる心。

 

温かい手が嬉しくてされるがままの心だったが、

 

(お嬢様!)

 

(もう一息ですよー!)

 

野次馬ならぬ野次侍女が扉の隙間から必死に身振り手振りで訴えかけてくる。

 

(こ、ここここのタイミングで、此方にどうせよと言うのじゃ!?)

 

積極的にアピールしたいのに初心な心はそれを出来ずにいた。士郎によく引っ付いていた武神を見てはいいなぁと思って眺めているだけだった。

 

(じゃ、じゃが!)

 

「ん?」

 

心が士郎に寄りかかるように抱き着いた。

 

(こ、此方だって!士郎が好きなのじゃ!)

 

初めて出会った、ありのままの自分を受け入れ考えてくれる人。そんな人を心は手放したくなかった。

 

「心?」

 

「士郎、その・・・」

 

士郎はこの時、危機感を感じた。が、感じただけであり、何かできるわけではなかった。

 

「此方はお前のの事が・・・す、すす・・・」

 

((お嬢様ー!!!))

 

扉の隙間から応援する侍女達も白熱してきた。

 

「心?」

 

もう一度士郎が呼ぶと、心は意を決したように、

 

「此方は士郎が好きなのじゃ!!!」

 

勢いに任せて言った。

 

「・・・。」

 

「此方はその、お主の優秀で・・・違うな、えっと優しくて・・・」

 

もじもじと手元をいじくりまわしながら必死に言葉を紡ぐ。

 

「此方を理解してくれるお主が好きになったのじゃ・・・」

 

改めて自分は凄いことを口にしていると理解し、あわあわとしている中、侍女たちはやっと心に春が来たと涙を流して喜んだ。

 

(あんなに自尊心の塊だったお嬢様が・・・)

 

(殿方に告白なんて・・・)

 

((ご成長されましたね・・・))

 

ホロホロと流れる涙を白いハンカチで拭う彼女等だが次の一言でピキリと固まることになる。

 

「えっと・・・心は、俺を異性として好きだって言ってくれたんだよな?」

 

「・・・(コクリ)」

 

「そ、そうか・・・」

 

心の返答に困った顔をする士郎。

 

(え、なんですかこの空気)

 

(まさかあの男)

 

((心お嬢様を断るんですか!?))

 

白いハンカチは何処へやら。取り出したる物騒なもので武装する侍女たち。だが、その様子を知ってか知らずか士郎は続ける。

 

「その・・・心の気持ちは嬉しい。けど、俺と付き合うのには条件があるんだ」

 

「・・・なんじゃ。申してみよ」

 

断られる流れだと顔を青くする心だが、士郎はあの夜の取り決めを守ることにした。

 

 

 

 

『衛宮。今後の事だが、我ら以外にもお前に惹かれるものが居たらまず確認しろ』

 

『確認ってなにさ』

 

『そう不貞腐れるな。これからは我らがいるが、これまではいなかった。だからまだお前に恋心を抱く者がいても不思議はなかろう?』

 

『そんなこと・・・』

 

『ありえる。実際今日までお前は我達の気持ちに気付かなかったではないか』

 

『うぐ・・・』

 

痛いところを突かれたという声を上げる士郎に優しく微笑み、

 

『だから確認せよ。そして条件が揃っていたのならば――――』

 

「俺にはその、複数の婚約者がいる」

 

「複・・・数・・・?」

 

意味が分からないと心は首を傾げる、その顔は今にも泣きそうだ。

 

「ああ。みんな、俺なんかを好きになってくれて、断られてもこの先俺以外を婿にしないって言う誓いを立てて・・・まさかそんな人たちを放っておくわけにもいかないから、正室、側室システムが来たら全員と結婚する予定なんだ」

 

「・・・。」

 

「それでな、・・・ああ、泣かないでくれ。心は俺を諦めることが出来るか?また別ないい人を見つけられるか?」

 

「無理じゃ」

 

スンスンと泣きながら彼女は言った。

 

「なら・・・複数の婚約者がいる俺を愛してくれるか?」

 

「・・・。」

 

士郎の問いかけに心は悩んだ。

 

「先に確認じゃ。そのルールは皆で決めたのじゃな?」

 

「ああ。みんな承知の上だ。どうにも俺は・・・一人だけじゃ自分をないがしろにしてしまうから沢山いた方がいい、なんて言われてな・・・俺も正直戸惑ってる」

 

「・・・士郎は此方が好きか?」

 

「好きか嫌いかで言ったら好きだと思う。俺はつい最近まで恋人とか結婚とか考えたことも無かったから・・・今の気持ちで言うならそうだ」

 

「そうか・・・」

 

そう言って少し考えた後、

 

「なら、此方も嫁にせよ」

 

「・・・。」

 

そう命令した。

 

「・・・だけどいいのか?他の人からしたら浮気者「他人がどう思おうが関係ないのじゃ」心・・・」

 

「確かに士郎は此方だけでは御せぬかもしれぬ。そんな時、此方の他にも嫁が居れば・・・無理をすることも無くなるかもしれぬ」

 

心が思い出していたのは清楚が覇王になった時の事だった。あの時も心は士郎を止めることが出来なかった。

 

「いいのか、本当にこんな男で」

 

「いいのじゃ。此方が惚れた男じゃ。他の女が魅力的に思うのも無理はない。ただ・・・」

 

ポフっと心は士郎に抱き着いた。

 

「ちゃんと此方も愛さないと針千本飲ませるのじゃ・・・」

 

「それは怖いな」

 

そう言って士郎は苦笑した。

 

「それじゃ、心、ちょっと手を見せてくれないか?」

 

「なんじゃ?」

 

左手を取って解析をかける士郎。

 

「・・・よし。実は婚約の証に婚約指輪を作ってるんだ。心の分も作らないと・・・」

 

「婚約・・・!」

 

ポヒュン!と耳まで真っ赤になった心はそのままズルズルと士郎にしな垂れかかるように気を失った。

 

 

 

 

 

その後、鍛錬を終えた二人はしばし話しをして、今日の所は解散と相成った。

 

「士郎、その、これからよろしくなのじゃ・・・」

 

「ああ。よろしく。こんな何もない男だけど、精一杯頑張るから」

 

「士郎は頑張らずとも既に此方を幸せにしてくれておる。だから胸を張るのじゃ」

 

「なんだか他の人にも言われたな・・・とにかく、よろしくな」

 

うむ。と心は返し士郎を見送る。

 

「本当に送らなくて良いのか?」

 

「大丈夫だ。一応来るとき道は把握したし、ついでに買い物もしたいんだ。気遣い、ありがとう」

 

そう言って士郎は不死川邸を後にした。

 

「さて、今日の晩飯はっと・・・」

 

今回の心との鍛錬の報酬は、後日送られてくるのでその受け取り準備をしなくてはならない。

 

いつもの金柳街ではなく、不死川邸に近いスーパーで晩御飯の食材を見ていると、

 

「電話?・・・大和か」

 

大和から電話が来ていた。

 

「もしもし?」

 

『士郎、相談があるんだ』

 

その言葉を聞いて士郎は事態が動き出したことを理解した。

 

(マル・・・)

 

分かっていたこととはいえ士郎は悲しみを感じた。

 

「今離れた所にいる。どうした?」

 

しかしその気持ちを押し殺して士郎は続きを促した。

 

 

――――interlude――――

 

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 

「問題ないぞ。でも・・・少し悲しい。父様が自分の事をそんな風にしていたなんて・・・」

 

三人は今、ドイツ行きの飛行機の中だ。マルギッテはフランクの命令通りクリスを帰国させていた。

 

「クリスお嬢様、仲間を置いてきて良かったんですか?」

 

リザの問いかけにクリスは迷いなく頷いた。

 

「ああ。自分自身で父様と話がしたい。父様ならきっと話を聞いてくれるはずだ」

 

「・・・。」

 

とてもそうは思えないとマルギッテは思ったが、口にすることが出来なかった。

 

だがリザは、

 

「うーん・・・お嬢様には悪いけど中将話聞くかなぁ・・・」

 

「リザ!」

 

「どういうことだ?」

 

「中将はお嬢様を大事に思ってる。でも大事過ぎて見えなくなることもあると思うんだよな」

 

「・・・。」

 

「父様に限って、そんなことをするだろうか・・・」

 

クリスはそう言って顔を伏せた。

 

今回、クリスに全てを話した上で連れ出していた。

 

「事実、今回中将はお嬢様の行動が納得がいかないって連れ戻したわけだろ?」

 

「そう・・・ですね・・・」

 

「ううん・・・父様ならちゃんと話を聞いてくれると思うんだが、やっぱり軽率だっただろうか」

 

「・・・正直に言うなら今回のお嬢様の行動は軽率だったと思います」

 

連れ出しておいてなんだが、マルギッテはそう思っていた。

 

今の中将にお嬢様の話を聞き、対話する余裕などない。お嬢様を愛する中将は、その愛ゆえにお嬢様を(ないがし)ろにしてしまう。

 

「それでも自分は、父様と対話しないといけない。この気持ちは自分から生まれた物なんだからしっかりと話がしたい」

 

「お嬢様・・・」

 

いつの間にかこんなに立派になったのだな、とマルギッテは彼女の成長を感じた。

 

「・・・お嬢様、ちょっと失礼します」

 

「ん?なんだマルさん」

 

クリスの服の襟をいじるマルギッテ。

 

「ゴミがついていました。取っておきましたよ」

 

「ありがとう!やっぱりマルさんは頼りになる!」

 

「・・・。」

 

複雑な表情をするマルギッテに、リザが耳打ちする。

 

(おい。いいのかあれ。裏切りって言われかねないぞ)

 

(良いのです。・・・私も、覚悟を決めています)

 

「どうしたんだ?」

 

コソコソと二人で話す姿に首を傾げてクリスは問う。

 

「次の任務の相談です。それよりお嬢様、帰りの事なのですが――――」

 

ビー!ビー!

 

「「「!?」」」

 

警報らしきものが機内に鳴り響いた。

 

『機長のレオン・マクスウェルです。現在所属不明の集団から着陸命令が出されました。当機はテロの標的になった可能性があります。このまま航行するならば撃ち落とすとの警告がなされていますので着陸態勢に入ります』

 

ガガン!と大きく機体が揺らいで高度が下がり始める。

 

「マル!」

 

「わかっています。お嬢様、リザから離れないでください」

 

「わ、わかった・・・」

 

そう言ってマルギッテは機長室へと向かっていった。

 

「お客様、お席に――――」

 

「この服装でわかりませんか。私はドイツ軍、マルギッテ・エーベルバッハ少尉です。機長と話がしたい」

 

「しょ、少尉様!?今お連れします!」

 

マルギッテの射殺さんばかりの視線に怯えてキャビンアテンダントが機長室へと案内する。

 

(次からは、専用機をチャーターしろ、なんていう話になりそうですね)

 

などと、どうでもいいことを考えながらマルギッテは降って湧いた不幸に対処するべく動く。

 

このタイミングで旅客機を人質に取るとしたら間違いなくクリス狙いだろう。

 

(状況は最悪ですが、切り抜けてみせます)

 

ぎゅっと左手を握ってマルギッテは機長室へと入って行った

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

買い物を済ませた士郎は、自宅で大和達を出迎えていた。

 

「悪い、遅くなった」

 

「いや、いいんだ。むしろ無理言って悪い」

 

「お邪魔してるぜ!」

 

「ワン!おかえりー!」

 

「士郎!ピーチジュースがないぞ!?」

 

「みんなこの調子だもの・・・」

 

「そう言うモロもお菓子広げて待ってるよね」

 

「うっ・・・」

 

「やれやれ、相変わらず賑やかなことだな」

 

もう冬だと言うのに相変わらずなファミリーを見て士郎は嘆息する。

 

「士郎、おかえり」

 

「ただいま、林冲。買い物してきたから晩飯を後で作ろう。橘さんはいるか?」

 

そう聞いた所で天衣がパタパタとやってきた。

 

「おかえり士郎!すまない、離れの掃除をしていて気づくのに遅れてしまった」

 

「ただいま。大丈夫ですよ。むしろありがとうございます。買い物をしてきたので預けていいですか?ちょっと大和の話を聞いてやりたいので・・・」

 

「わかった。晩御飯にはみんな寮に戻るだろ?私もその時一緒に島津寮にいくから下ごしらえだけしておくよ」

 

「助かります」

 

感謝を告げて士郎は皆のいる居間に足を運ぶ。

 

「さて、どうしたんだ?こんな時間に集まって」

 

「それが・・・クリスが急遽ドイツに帰国してな」

 

「親バカで知られるクリスの親父さんだから、このまま放っておくのやべーんじゃねぇかって話してたんだ」

 

「ふむ。で大和、相談というのは?」

 

「実は・・・」

 

そうして大和から話された内容はおおよそ士郎の予想通りだった。

 

「クリスを迎えに行きたい、か」

 

「ああ。士郎が来る前にフランクさんと会ったことがあるんだけど、多分あの様子じゃクリスに諦めるように促すと思うんだ」

 

「ということは大和、心は決まったんだな?」

 

士郎の問いかけにぎゅっと胸元を掴んで、

 

「決めたよ。俺はクリスを受け入れたい」

 

「京は?」

 

「京も・・・その」

 

「私は大和のもの。だから大和とずっと一緒」

 

「・・・そうか」

 

これ以上は何も言うまいと士郎は頷いた。

 

「それにしても迎えか。具体的にどうするかだが・・・」

 

ふむと考える士郎。その時偶然テレビが目に入った。

 

『臨時ニュースです。日本からドイツ行の旅客機がテロリストに鹵獲されたとの情報が入りました。テロリストは旅行客を人質に取り・・・』

 

「・・・やべぇんじゃねぇか」

 

「クリス、丁度今頃飛行機だよね」

 

「大和、電話――――」

 

そうこうしている内にかすかにだがクリスと赤髪が中継に映った。

 

「クリス!!」

 

「落ち着け大和!今連絡を取ってみるからクリスの携帯には電話するな」

 

万が一、クリスを捕まえようとしているのであれば不用意に携帯を鳴らすのはまずい。

 

「もしもし、揚羽さん?」

 

『士郎ではないか。どうした?もう我が恋しくなったか?』

 

何とも突っ込みづらい空気を出す揚羽に士郎は一度息を整え、

 

「確認がしたい。今テレビで日本からドイツ行の旅客機がテロの標的にされたと出ているが・・・あれは九鬼の会社じゃないか?」

 

『・・・もう情報を得たのか。今時、テロリズムを行うような輩は居ないように思うが・・・おい!確認はどうだ!』

 

裏でバタバタとしているであろう人員に声をかけると答えが返ってきた。

 

『今詳細を確認した。うちで取り扱っている会社なのだがこちらも今忙しくてな、やっと情報が纏まった所だ。我らの航空会社に手を付けようとは、少々、痛い目を見てもらわねばな。士郎が連絡をしてくるという事はもしや・・・』

 

「その通りだ。その旅客機にうちのクラスメイトとマルギッテ、その部下のリザさんが乗っていた。テロに巻き込まれた可能性が高い」

 

『・・・して、どうしたいのだ?』

 

揚羽はため息を吐くように言った。

 

「もちろん救出に向かいたい。近い場所までで構わないから足を準備してくれないか」

 

『仲間が関わっているからとはいえ、お前の行動力は驚きを隠せんな。本来ならば話にもならんと却下するところだが・・・』

 

そこで一呼吸置いて揚羽は何かの資料を見ながら返答した。

 

『どうやら日本の領土内での出来事のようだから我らが干渉することも可能だろう。これがドイツに入っていたのなら、危うかったな』

 

「いや、むしろテロリスト共はそれを狙ったように思う。恐らく、リューベックに集められている猟犬部隊を恐れてだろう」

 

『なに?もしやマルギッテが何か動いていたのか?』

 

「・・・俺の口からは言えないが。まぁ想像の通りだ」

 

ドイツに入ってしまえば恐ろしいと名高いマルギッテが率いる猟犬部隊が出てくる。

 

だが日本国内であれば猟犬部隊を表立って派遣するのは難しくなる。独自軍事行動を日本が許すわけがない。

 

となれば犯人はドイツ側の何某でドイツ軍を恐れながら好き放題やっているというわけだ。

 

『なるほどな。川神に留学しているのは、ドイツ軍中将の一人娘だったか。ならば襲う理由もあるな』

 

「ああ。恐らくドイツ軍に後ろめたいことでもある残党だろうよ。それで、足は準備してもらえるのかな?」

 

『既に戦闘的思考になっているぞ。まぁ、九鬼のものに手を出されたのもあるし、お前との契約上も一致する。よかろう。足を準備して従者部隊もつけよう』

 

「感謝する。だが従者部隊はいいのか?実戦になるぞ」

 

『問題ない。従者部隊は皆こういう事態にも対応できるよう戦闘訓練をしている。それに、お前だけを派遣しようなど、我が許さんからな』

 

揚羽の言葉に心配げな声色が混ざっているのを聞いて士郎は何処か背中がくすぐったくなった。

 

「では頼む。時間はどれくらいかかる?」

 

『一時間もかけんよ。腕利きを派遣するからお前もすぐに出れるようにせよ』

 

了解、と返事をして電話を切る。

 

「という事で皆・・・なんだ?」

 

きょとんとした目で士郎を見つめる一同に士郎は何か変な所があっただろうかと首を傾げる。

 

「なんかこう、映画のワンシーンみたいね」

 

「士郎と揚羽さんの会話が本物過ぎて金払うレベルだわ・・・」

 

「何を言ってるんだ。それより、俺は救出作戦に行ってくる。皆は――――」

 

「士郎!「ダメだ」っ・・・」

 

大和の声に士郎はすぐさま否を叩きつけた。

 

「今回は遊びじゃない。みんながやっている依頼を遊びと言いはしないが、これはそんなレベルの事じゃない。場合によっては犠牲者が出る本物の戦場だ。そこに大和は連れていけない」

 

「でも!」

 

それでも食い下がる大和に士郎は嘆息し、

 

「大和は俺じゃ不安か?」

 

「そんなこと・・・無いけど・・・」

 

「今回は俺に任せておけ。どうしても気になるなら先にリューベック行きの便を捕まえて乗り込め。向こうで会おう」

 

「・・・わかった」

 

渋々、大和は引き下がった。だが、すぐに携帯を開いて色々な所へコンタクトを取り始める。士郎の言う通り、ドイツ・リューベック行きの手配だろう。

 

「士郎、戦か?」

 

「ああ。仲間と乗客の命がかかってる」

 

「なら私も行こう。士郎は乗客を守る。私は士郎を守る。決まりだからな」

 

梃子でも動かないぞと構える林冲に苦笑して、

 

「わかった。林冲、よろしく頼む」

 

「林冲さんも行くのか!なあ、しろ「百代は大和達の護衛だ」だよなぁ・・・」

 

ちぇーといじけながらも、戦闘の気配を感じているのか不満そうではない。

 

「衛宮、戦なら連れていけ」

 

「え?」

 

急にぬっとあらわれたのは史文恭だ。

 

「士郎、そのお姉さん誰・・・?」

 

「あれってモモ先輩の2Pカラーじゃ「てい!」ギャー!・・・」

 

「史文恭・・・リターンマッチか?」

 

「ああ。前回は不覚を取ったからな。仲間の小娘とマルギッテを救出するのだろう?連れていけ」

 

「・・・。」

 

梁山泊の一角と元曹一族の一角が一堂に会する豪華な救出部隊となりそうだ。

 

「士郎、表に九鬼の従者さんが来たぞ」

 

と天衣が教えてくれた。

 

「流石に早いな。では皆、ドイツで会おう」

 

応!と皆頷いて動き出す。

 

――――平和な毎日から一転。また戦闘の気配があるが、心強い味方のいる彼ならば本来とは違った未来を切り開けるはずだ。

 




お待たせしてすみません。結構オリジナル要素が多かったんではないでしょうか?

前書きで言うほどにょわにょわしてなかった心ん…むしろ侍女A・Bの存在感よ。オリジナルの庭師、斎藤さん、実はめっちゃ強い設定です。何処で生きてくるかはまだ不明ですが…

そしてラストは大和がクリスを追いかけ…るんだけど主人公は士郎なのですはい。なので基本、士郎視点なのでお忘れなきよう。

では次回!


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救出任務

みなさんこんばんにちわ。学園祭でミルクティの話を出してから異様にミルクティにハマっている作者でございます。

調べる中でやっと確認が取れたのですが、マルギッテの階級はSまでは少尉、そしてAー5だと何故か准尉になるのは仕様のようです。何でもないことのようですがこれ結構大事件で、准尉から少尉って言うのはめちゃめちゃ壁があるそうです。なぜ原作者様がそうしたのかわかりませんが、私の作品ではマルギッテは少尉という事で進めていきますのでよろしくお願いします。

今回はタイトル通りクリス達の救出作戦!今回士郎はマジなので多少グロ表現があると思いますのでお気をつけください。


特別にチャーターされたプライベート機から外を見る士郎。その様子は完全武装で赤原礼装を身に纏った彼の周りには痛いほどの静けさが漂っていた。

 

「衛宮。もう少し気を落ち着かせろ。行きまで戦闘状態ではいざ戦場についてから持たん」

 

そういう史文恭も今回は完全武装だ。曹一族武術指南時代の戦闘着に武器は意外にも以前士郎が投影したハルバード。

 

なぜ狼牙棒ではないのかというと、狼牙棒では神秘に太刀打ちできないと理解し、あの時渡された狼牙棒に戦闘スタイルが比較的近い、このハルバードを現在の装備としていた。

 

「すまない。久しぶりの現場の空気にあてられたようだ」

 

そう言って肩を竦めるが、以前緊張感のある空気である。

 

「士郎は昔を思い出してるんだな?大丈夫だ。今回は私と史文恭がいる。士郎は存分に戦場を駆けてくれ」

 

「ありがとう。林冲」

 

そう言ってまた窓の外を眺める士郎。

 

(何が目的なのか・・・身代金、というには盛大過ぎるな。捕まった仲間の解放辺りが妥当か)

 

マルギッテ率いる猟犬部隊を恐れているならばその辺が当たりだろう。

 

彼らは致命的に戦力を失ってしまったので、クリスが乗る旅客機を襲撃し、フランク・フリードリヒに仲間の解放を要求するのだろうと予測した。

 

はたしてその予想は早々に当たったのか、従者部隊の一人が今回のテロリストの概要を教えてくれた。

 

「衛宮様、今回のテロリストの要求が判明しました」

 

「捕まった仲間の解放・・・ですか?」

 

「・・・っ流石です。その通り、今回狙ったのはほかでもない、ドイツ軍中将の一人娘、クリスティアーネ・フリードリヒさんが狙いで、解放してほしければ仲間の解放を要求しています。彼らはごく最近マルギッテさん率いる猟犬部隊が捕らえたようです」

 

「予想通り、という所か・・・今のところの被害は?」

 

「今のところ確認されていません。咄嗟の判断でマルギッテ少尉と部下のリザ・ブリンカーさんはキャビンアテンダントに扮装して事態の解決の機会を狙っているようです」

 

「CAに扮装?よくそこまで確認が取れましたね?」

 

「はい。実は――――」

 

そうして聞かされたのはフランクが日本に協力要請を出しており、実働部隊として動いている士郎の所にも話が来たというわけだ。

 

「ドイツ軍中将は日本への猟犬部隊投入許可を申請しているようです。ですが・・・」

 

「芳しくない、ですか?」

 

言いづらそうにする従者さんに士郎は問いかける。

 

「はい。救出作戦自体は承認の方向で動いているそうですが、この中将のあまりの職権乱用の疑いが臨時国会で取り立たされていて、二の足を踏んでいるそうです」

 

「・・・。」

 

いつかは手痛いしっぺ返しが来るとは思っていたがまさかのこのタイミング。日本政府としてはあまりに国内で好き勝手されてはたまったものではないと言う所か。

 

「それで日本政府は――――」

 

どうするのか、と聞こうとした矢先だった。

 

「通信が入っています。識別は・・・総理官邸からです」

 

「なんですって!?すぐに繋いで!」

 

今回一番序列が高いのだろう女性が指示を出した。

 

『忙しいところすまねぇな。一応国としての対応を知らせとかないといけないんでよ』

 

「いえ、構いません。それで日本政府としてはどのような見解を?」

 

全く見ず知らずのフリをして続きを促す士郎。何事も、痛くもない腹を探られるのを防ぐためだ。

 

『日本から自衛隊を派遣するが・・・九鬼が動いてくれてるんならそっちに任せてぇ。理由は時間、だな』

 

「犯人から追加の要求でも来ましたか?」

 

『ああ。要求が呑まれないのならば一時間に一人命を貰う、と言って来やがった。すぐにでも派遣してぇが国家間の問題が片付いちゃいねぇ。どうしてもこのままだと間に合わねぇ。そこで――――』

 

「私達、というわけか」

 

『おうよ。今回、衛宮士郎以下九鬼の従者部隊には特例を適用する。細かいことを省くと・・・殺し、虐殺さえしなけりゃ大抵を許す。これがどういう意味か分かってるな?』

 

「ええ。覚悟のうえで私もこの場にいる。では私達は一切の手加減をやめていいという事ですね?」

 

『状況が状況だ。仕方ねぇ。テロリストよりも乗客とクリスティアーネって嬢ちゃんの安全を確保してくれ。幸いにも、ドイツ軍の少尉と部下が乗務員に化けて潜伏してる。うまいことやってくれ』

 

「了解した。では改めて連絡します」

 

『おう。頼んだぜ。正義の味方』

 

そう言って通信は切れた。

 

「・・・これで、手加減無しで暴れられるな」

 

「ああ。乗客の命を取る以上、私達も容赦はしない」

 

「殺しさえしなければという事だ。手足の一、二本は覚悟してもらおう」

 

「「「・・・っ」」」

 

重くるしい殺気に従者部隊がゴクリと喉を鳴らした。

 

「もうすぐ作戦圏内です」

 

「了解した。二人とも、降下準備だ」

 

「わかった」

 

「久方ぶりの実戦だ、派手にやるとしよう」

 

二人は冷徹な感情の無い顔で。一人は獰猛に笑いながら、作戦を開始するのだった。

 

 

――――interlude――――

 

 

現場ではテロリストが乗客一人一人に縄と猿轡をして回っていた。ついでに乗客の中からクリスを探しているようである。

 

「くっ・・・レイピアさえあれば・・・」

 

「だめだよお嬢様。こういう時に一人で立ち上がっても、人質を取られるだけだ。こういうのは機会が大事なんだよ」

 

CAの服装をしたリザがそう言った。

 

「機会か・・・この規模の人質を救出するなんて出来るのだろうか・・・」

 

敵は二十人強と言った所だ。全てのテロリストが銃で武装している。確かに、ここで自分が動いても、すぐ目の前の乗客を人質に取られてしまうだろう。

 

「マルさんは大丈夫だろうか・・・」

 

「マルなら大丈夫。今は俺たちが見つからないようにするだけさ」

 

マルギッテは機長室へと向かっていたので一番に捕まっているだろう。

 

クリスの予想はその通りで、マルギッテはCAの服装ですでに両手を縛られ、猿轡を噛ませられていた。

 

「状況は」

 

「はい。まだ中将の娘までは見つけられていません」

 

「チッ・・・思ったより後ろに居やがんのか?おい、急いで見つけ出せ!」

 

「・・・。」

 

ぱたぱたと駆けて行くテロリストを目で追ってマルギッテは思考する。

 

(さて・・・現状この程度の拘束ならば自力で抜け出せますが・・・)

 

迂闊にそんなことをしては折角CAに扮装した意味が無くなってしまう。リザも言っていたが、こういうのは機会(チャンス)が大事なのだ。

 

(あの男・・・確か討伐任務で目にしましたね)

 

捉えたはずの男がなぜこれだけの手勢を率いて襲ってきたのか。

 

――――考えられるのは一つしかない。

 

(身内に内通者がいるという事ですか・・・)

 

捕まえた自分達の中にいないことは確信できる。問題はその後、という事だろう。何処かの部署にスパイが潜り込んでいるようだ。

 

(今の会話から、お嬢様とリザがまだ見つかっていないことは分かりました。ではどう動くか――――)

 

そろそろ動こうとした所でマルギッテは急に動きを止めた。

 

(この感じ・・・士郎!?)

 

遠くない場所にパスを通して士郎の存在を感じ取ったマルギッテ。そして

 

『マル。無事か?』

 

念話が、彼から届いた。

 

『はい。来てくれたのですね』

 

『マルやクリスが危険とあれば、な。遠い場所でのんびりテレビでも見てると思ったか?』

 

『いえ。貴方なら来てくれると思っていました』

 

本当はそんなこと考えもしていなかったのだが、心が温まる彼の声に正直には答えないマルギッテ。

 

『無事でよかったよ。状況は?』

 

『船首に5人。乗客を縛るのに10人。残り10人は乗客を縛りながらお嬢様を探しているようです』

 

『計25人だな。了解した。マル、敵に女は居ないな?』

 

士郎からの不思議な問いにマルギッテは、

 

『・・・いませんが。なぜその確認が必要なのです?』

 

少しむっとして返すが士郎は至極真面目に返答を返した。

 

『男性特化の捕縛礼装がある。これに掴まれば最後、英霊だろうと自力で振りほどくことは出来なくなる』

 

『なっ・・・魔術にはそんなものまであるのですか!?』

 

予想外の武装にマルギッテは目を丸くした。

 

『ある。まずは船首の5人からだ。恐らくリーダーが居るだろうが、まとめて捕縛する。赤い布が走ったらマルギッテも動け』

 

『了解』

 

士郎との念話後、マルギッテは密かに縛られた縄を解く。

 

「リーダー。例のお嬢様はまだ――――」

 

――――ノリ・メ・タンゲレ(私に触れるな)

 

バサ!と赤い布が複数走った。

 

「なんだこりゃ――――」

 

間髪入れずさらに赤い布が走り、男たちの顔をくるんでしまう。そしてズルズルと林の方に引きずられて行った。

 

「・・・まさか本当にそんなものがあろうとは」

 

機長らの縄も外し、林を素早く駆けて行く人影を目で追って、マルギッテは驚いたように驚く。

 

「少尉殿、我々は・・・」

 

「まだ動かないように。救援が来ました」

 

そう告げてマルギッテは息を潜めてクリスの方へ向かう。

 

(待っていてください、お嬢様・・・!)

 

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

「それに縛っておけば何もできないので見張りの方だけ残して次へ行きます」

 

士郎の投影したマグダラの聖骸布に捉えられたテロリスト共の意識を刈って次のターゲットへ向かう。

 

「ここからは二面作戦ですね?」

 

目を丸くする九鬼の従者に士郎は頷き、

 

「一組は報告に戻ってくる奴らの捕縛をお願いします。忘れないでもらいたいのは、この赤い布は女性にはただの布としてしか効果がありません。絶対捕縛権があるのは男性だけです。もし女性テロリストが混ざって居たら別な方法で捕らえてください」

 

「了解しました」

 

そちらを担当する従者さんが高揚した面持ちで頷く。

 

「残りのメンバーで数の減ったテロリストを物理的に排除する。出来るだけいっぺんに始末したいので敵が異変に気付くまで自分のターゲットをマークしておいてください」

 

「了解だ」

 

「了解した。・・・しかし、何だな、この程度ではお前の障害とすらなりえんか」

 

慣れた身のこなしに史文恭は愉快そうに言う。

 

「この規模ならな。ただ、犠牲者なく制圧出来ているのは従者部隊の皆がいるからだ」

 

「犠牲者・・・ね。この期に及んで敵の心配をするのがお前らしいな」

 

「・・・。」

 

史文恭の言葉に士郎は何も返さなかった。

 

「そろそろテロリストが異変に気付く頃だ。油断なく行くぞ」

 

応、と返事をして近くの林を駆ける。

 

 

 

「おい、リーダー知らねぇか?」

 

「さっきまでそこに――――」

 

バサ!

 

「なんだ!?」

 

「赤い布!?」

 

「敵襲だ!」

 

遂に士郎達の存在がバレた。が、着実に数を減らしていたのでどうということは無い。

 

「あの布はなんだ!?」

 

「わからん!だがあの布・・・ぬわ!?」

 

もはや口を塞ぐこともなく引きずられて行くテロリスト。

 

「あそこだ!」

 

「撃て!」

 

布に掴まったテロリストが引きずられた場所へ照準を合わせるが、

 

「フッ!!!」

 

ザン!

 

「う、腕がぁああ!」

 

ゴロゴロと無様に転がるテロリストを蹴り飛ばし、士郎は夫婦剣を構える。

 

「――――」

 

「なんだコイツ!」

 

「赤い装束!?コイツ日本の――――」

 

間髪入れずもう一振り。銃を持つ片腕を落とし、士郎はすぐさま次の標的へと襲い掛かる。

 

「この!」

 

パン!

 

銃が撃たれるが士郎は素早い動きで銃弾を躱し、

 

「ぎゃああ!」

 

また銃を握る片腕を銃ごと切り落とした。

 

「すごい・・・」

 

後からついてくる九鬼従者部隊はもう腕を切り落とされたテロリストの確保と止血に勤しんでいた。

 

「士郎!」

 

そんなことを数回繰り返したのち、士郎を呼ぶ声がした。

 

「クリス。大丈夫か?」

 

「ああ!乗客は・・・」

 

「テロリストは今ので最後だろう。遅くなってすまないな」

 

「そんなことない。ここまで来るのに相当大変だっただろう?それに――――」

 

ちらりと見れば。士郎の体のあちこちに血痕が残っている。

 

「こんなに汚れてしまって・・・すまない」

 

それは単に汚れがついたというわけではなく、彼の手が血に濡れたことをクリスは痛ましく思っていた。

 

「問題ない。幸い、殺傷までには至っていない。だがクリス。いい機会だから忘れないでくれ。これが正義(秩序)。これが正義の味方の戦いだ。正義の味方は、味方した側しか助けられない・・・俺は、彼らを助けられなかった」

 

そう言って士郎は連行されていくテロリストたちを見やった。

 

(これが正義、か。確かに士郎は乗客全てを救って、テロリストも最小限の傷で捕らえた。確かに正義だ。間違いない。でも・・・)

 

クリスは何か居心地の悪いものを感じていた。

 

(正義の味方、か・・・こんなに過酷な道なんだな)

 

自分の好きな勧善懲悪の物語は尚の事夢物語であり、この青年はその夢物語を歩いているのだと、クリスは思った。

 

「マルは既に救出済みかい?」

 

そう問いかけたのはクリスの護衛をしていたリザだ。

 

「ああ。最初にテロリストを無力化した際に救出している。誰も・・・いや、テロリストを除いてけが人はいない」

 

「了解。じゃあお嬢様。マルの所に行こうか」

 

「そう言えば、ドイツ軍がクリス用に特別機をチャーターしたそうだ。それでドイツに帰ることが出来る。私達が現場についてすぐ話が来たからすぐに来ることだろう」

 

「父様が・・・そうか」

 

周りを見てクリスは顔を伏せる。その顔には、自分以外はそのままなのか、と書かれていた。

 

「クリス。大丈夫だ。旅客機に損傷が無ければすぐに飛べる。確認の為に数時間取られるだろうがそれもつかの間だ。テロリストはもう九鬼が連行しているからバッティングはない」

 

「そうか。・・・士郎には、何からなにまでお見通しだな」

 

「そうでもない。特に今後の事は、な」

 

「・・・?」

 

クリスは士郎の含んだ言い方に違和感を覚えたがリザに背中を押されてマルギッテの方に歩いて行った。

 

「・・・。」

 

その姿を見送って士郎は自分の右手を見る。今回、迅速に動くことが出来たのと、特化型礼装があったこと。そして九鬼や林冲たちが居たことで、彼があまり手を汚さずに済んだと言える。

 

しかし、士郎にはその手が真っ赤な血で染まっているように見えた。

 

(この世界に来て初めて人を切ったな。・・・今更だが。いい気はしないものだ)

 

助けられたのは数百人。救いを否定したのは25人。どうしてもそう思ってしまう士郎は無念そうに空を見上げた。

 

だが、

 

「あの・・・」

 

「はい?」

 

「レッドの兄ちゃん、本当に来てくれた!」

 

声をかけられた士郎は何の事だかわからないと首を傾げた。

 

「ずっとお願いしてたんだ!怖い奴等なんて、レッドの兄ちゃんがやっつけてくれるって!」

 

「息子は貴方のファンでして・・・怯える息子を守るため、そう言い聞かせていたのです」

 

自分はそんな立派な人間じゃないと知りながら士郎は、ハンカチで念入りに手を拭って少年の頭を撫でた。

 

「よく頑張ったな」

 

「うん!レッドの兄ちゃんもカッコよかった!また会える?」

 

「ああ。きっとな」

 

そう答えて、またサインを頼まれた士郎は困ったように笑ってサインを書くのだった。

 

 

 

――――interludet――――

 

 

「マルさん!」

 

「お嬢様!」

 

船首で機長らしき男と話していたマルギッテを見つけてクリスは飛びついた。

 

「よかった・・・心配したんだぞ」

 

「ありがとうございます・・・。士郎が来てくれましたからすぐに開放されました」

 

「衛宮やるよなぁ・・・この状況をあっさりひっくり返して、俺たちも助けてくれたよ」

 

「士郎は実戦経験を積んでいます。この程度ならば彼一人でも対処していたでしょう」

 

「マジかぁ・・・これは強敵だなぁ・・・」

 

「?リザが士郎と戦う事なんて無いだろう?」

 

「「・・・。」」

 

そんなことは無い、とは言えなかった。

 

「それより、お嬢様。今中将が特別機をこちらに向かわせています。旅客機は無事ですが、念のためそちらに乗り換えます」

 

「ああ。さっき士郎から聞いた。・・・父様は本当に・・・」

 

クリスは顔を伏せた。マルギッテが事前に、彼女に対する今までの対応と、そこから導き出される彼の対応がことごとく一致しているのでクリスは不安なのだ。

 

「マルさん・・・父様は・・・やっぱり認めてはくれないだろうか?」

 

「お嬢様・・・」

 

「うーん・・・難しい、よな」

 

彼がクリスを大事に思う気持ちに間違いはないのだ。だが、どうしても行き過ぎな面があるのだ。

 

そして今回のテロで、尚の事日本にクリスを置くことを忌避するだろう。

 

「お嬢様は、その、直江大和を諦められるのですか?」

 

「マル・・・」

 

「・・・できない」

 

俯きながらも、クリスははっきりと告げた。

 

「自分は大和の事を諦めることなんてできない!人から・・・たとえ父様からあきらめろと言われても決して!」

 

ぎゅっと自分の胸元を掴んでクリスは言った。

 

「・・・私はどうしても中将につかねばなりません」

 

「マル!」

 

リザが驚いたように声を上げた。それは言葉自体にではなく、軍の規律に反することだからだ。

 

「ですが、きっと。直江大和ならお嬢様を取り返しに来るでしょう」

 

「マルさんはその時戦うのか?」

 

「はい」

 

「マル!それ以上はよせ!」

 

このままでは彼女まで大変なことになってしまう。そう思うからこそ止めるリザだが、彼女を見るマルギッテの目は柔らかかった。

 

「いいのです、リザ。私も覚悟を決めましたから。軍法会議にかけられても私には士郎が居る。なにも問題はありません」

 

「マルさんも・・・士郎を信じているんだな」

 

「はい。私が苦境に立たされた時、彼は必ず私の所へ来てくれます」

 

今回のことだってそうだった。マルギッテは自分がどうにかしなければいけないと思いながら、士郎は必ず来てくれると心のどこかで思っていた。

 

そしてその想いは正しかった。彼は何千キロと離れた死地に、自ら飛び込んできてくれた。

 

「だから大丈夫です。お互い、認めた相手を信じましょう」

 

そう言ってマルギッテは力強く頷いた。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

旅客機に異常が無いか調べられている中、フランクがチャーターしたプライベートジェットが到着した。

 

「クリスティアーネお嬢様!お迎えに上がりました!」

 

「ご苦労!では、お嬢様――――」

 

「マルギッテ少尉。衛宮士郎殿は居ますでしょうか?」

 

「今旅客機周辺の警護をしているが、何用か?」

 

「はっ!中将より、お嬢様を救出した英雄を招待するように申し付けられております」

 

「なるほど・・・しばし待て」

 

はっ!と敬礼で返す部下を見やってマルギッテは念話を飛ばす。

 

『士郎。今いいですか?』

 

『どうした、マル』

 

油断なく周りを見渡しているのだろう。彼の声はまだ固い。

 

『中将が士郎を招待したいそうです。きっと今回の件で、でしょう』

 

『・・・。』

 

この時士郎は考えた。遠慮するのもいいがこれは大きなチャンスかもしれないと。

 

『林冲、聞こえるか?』

 

渡されていたインカムで林冲に繋ぐ士郎。

 

『どうしたんだ、士郎』

 

『所用でドイツに行かなければならないのだが、ここを任せていいか?』

 

『なんだって!?それなら私も――――』

 

『いや、今回は一人で行かせてほしい。その方が恐らくうまくことが進むはずだ』

 

『・・・一人で潜入するつもりだな?』

 

『それもある。だが心配しないでくれ。大和達が別便でリューベックに向かっている。一人にはならないさ』

 

上手くいけば内側と外側、両方から状況を打開できるかもしれない。その為には林冲と史文恭というあからさまな武力は連れてはいけない。

 

『はぁ・・・わかった。士郎の代わりに乗客を守ろう。史文恭』

 

『どうした』

 

『士郎の病気がまたでた』

 

と、随分な言いぐさで林冲は史文恭に言った。

 

『なんだ、また人助けか?』

 

『ああ。それで今度は私達についてくるなって』

 

『こらこら。そんな言い方してないだろう。俺はだな・・・』

 

『・・・ふん。よかろう。気に食わんが、どうせマルギッテと中将の娘絡みだろう?潜入するには我らは目立ちすぎるからな』

 

『史文恭・・・』

 

『だが納得したわけではない。帰ってきたら覚悟しておけ』

 

それだけ言い残してブツンと史文恭は通信を切ってしまった。

 

『土産に本でも買っていくか・・・』

 

『そう言う問題じゃない』

 

諦めた口調の士郎と、あきれた様子の林冲。何はともあれ士郎は無事ドイツに潜入出来ることとなった。

 

 

 

 

 

「待たせたな。フリードリヒ中将がお呼びと伺ったのだが」

 

「いえ!救出任務、お見事であります!こちらのプライベートジェットにてクリスお嬢様達と一緒にお連れ致します!」

 

「どうか気を楽にしてくれ。私はしがないただの学生だ。マルギッテはまだしも、私にかしこまる必要はない」

 

そう言うのだが、はっ!と見事な敬礼をする彼女は新兵なのだろうか。緊張と何処か期待の宿った目でこちらを見てくる。

 

「それでは、中へどうぞ」

 

「ありがとう」

 

案内された機内にはクリスとマルギッテ、リザがいた。

 

「士郎!士郎もうちに来るのか?」

 

「ああ。クリスの親父さん、中将にお呼ばれしてな。しばらく頼むぞ」

 

事前に揚羽と総理には伝えてあるので問題はない。・・・総理には気をつけろ、と忠告をされたが。

 

(気を付けるも何も、また戦闘なんだろうな・・・)

 

あの父親ならば実力行使も厭わないだろうことはよくわかる。

 

(まぁ、その時考えるか)

 

何処かウキウキとした様子のクリスに苦笑して士郎は席に着く。

 

何にそんなにウキウキとしているのかと思うと、

 

「な、なぁ士郎。その、服、触ってみてもいいか?」

 

「なんだ急に?」

 

「士郎のそれは戦う時に身に纏う礼装なんだろ?前から思ってたんだ。かっこいいなって・・・」

 

「・・・。」

 

一応、血がついていないか確認して好きにすると良いと士郎は上だけ脱いだ。

 

肩口から両腕が露出する。赤原礼装の上と下は繋がっていないので必然的に士郎は皮鎧姿になる。

 

「不思議な作りだとは思っていましたが、そうなるのですね」

 

「私のこれはあくまで対魔術礼装だからな。それでも実戦用に色々いじってあるから基本この姿で戦うが」

 

「この赤い服って、さっきテロリストを拘束したのと同じやつ?」

 

リザの問いかけに士郎は首を振った。

 

「いや、アレはマグダラの聖骸布。男性を拘束することに特化した魔術礼装だ。こっちのは違う」

 

物珍しそうに服を見るクリス達に士郎は嘆息して言う。

 

「あまりいじくりまわさないでほしいのだが・・・」

 

「わあ!ごめん!その、せいがいふ?ってなんだ?」

 

クリスの問いに答えたのはマルギッテだった。

 

「聖骸布とは、聖人の亡骸を包んだとされる布です。マグダラ・・・と言っていましたが、マグダラのマリア、の事でしょうか?」

 

「物知りだな、マル。その通り。そのマグダラだ」

 

「え、じゃああれ死体を包んでた布なのか・・・?」

 

衝撃的な事実にちょっと引くクリス。

 

「・・・ちなみに士郎のは――――」

 

「秘密だ」

 

そう言ってクリスの手から外套を奪ってすぐさま装着する。

 

「それよりいいのか?今後の事を話しておかなくて」

 

「あう・・・」

 

「わかっているのですが・・・」

 

「実際問題、どうすべきか決まってないといったところか」

 

「・・・なぁ士郎。士郎も父様は自分の話を聞いてはくれないと思うか?」

 

「・・・。」

 

その問いに答えるには彼が中将と面識があることを教えなければいけない。

 

今のクリスにその情報はよくない先入観を持たせることだろう。

 

「そうだな・・・クリスにも子供がいたら・・・と考えてみてはどうだろうか?」

 

「自分に・・・子供・・・?」

 

クリスはよくわからないと首を傾げた。

 

「あくまでイメージの話だ。子供じゃなくとも、クリスの大事な人、とにかく自分の傍から離したくない人物が自分ではなく誰かの下へと行くのだとしたら?」

 

「・・・自分は意地でも手放さないと思う」

 

「それと同じ現象がクリスの親父さん、フランク・フリードリヒに起きてる。本来ならフランクさんの方が正しいけど、今回はクリスの気持ちだってある。一概に手放すのを拒否してはいけないのは分かるな?」

 

「(コクリ)」

 

「よし。だけど、親父さんはクリスが大事で手放したくないという気持ちが強すぎて人の話を聞かない状態にある。だから、今回、マルにくっついてドイツに行くのは迂闊だったわけだ」

 

「なぜ?」

 

首を傾げるクリスに、はぁ、とため息ををついて、

 

「ではなクリス。人を一か所に閉じ込めることを何という?」

 

「監禁だな」

 

躊躇いなく答えるクリス。

 

「では閉じ込める場所がその者の『家』だった場合はなんとする?」

 

「え・・・?」

 

クリスの真っ直ぐな目が揺れた。

 

「そしてだ。閉じ込める犯人は、それこそが正しいのだと信じ切っている場合は?もちろん、犯罪などではない範囲でだ」

 

「軟禁・・・だろうか・・・」

 

正解、と士郎は頷いた。

 

「父様はそうすると・・・そうする可能性があると士郎は言うんだな?」

 

「そうだ。何事も、たとえ身内であっても、盲目の状態ではよくない状況になるものだ。対話をしようにもまず、対話をするテーブルに着かせる(・・・・・・・・・)という行動がクリスの場合は必要になる。それが盲目の状態ではどれだけ大変か想像がつくだろう?」

 

「・・・。」

 

「士郎・・・」

 

「では、自分は今回どうすべきだったんだ?」

 

クリスの問いに士郎は、

 

「身近な人にまず相談すべきだったな。それと・・・これはクリスが悪いわけではないが、先入観を無くしてから動くべきだった。誰も完璧な人間など居ないのだから、父親が話せば必ず理解してくれるとは限らない」

 

「・・・。」

 

士郎の言葉に反省の色を見せるクリス。だが、遅くとも、きちんと気づけたことを賞賛すべきだろう。

 

「話し合いは・・・無駄、だろうか・・・」

 

「いいえ。誰よりもお嬢様が話し合いの機会を捨ててはいけません」

 

「そうそ。お嬢様が本気で好きになったんなら、何としてでも納得させないとね」

 

マルギッテとリザに励まされて僅かに笑顔を見せるクリス。あまり駄目出ししてやる気が無くなってもあれなので士郎は一つ朗報を告げる。

 

「大和達は最速の便でドイツに向かっているはずだ。そちらとも、合流出来るといいな」

 

「なに!?大和が?」

 

「ああ。俺が救出作戦に参加した時には大和まで来る気で居たからな。流石に戦場に今の大和を連れてくるわけにもいかないから、別便でドイツに向かうことにしたんだ」

 

「そうか・・・大和が来てくれるなら百人力だ!」

 

さっきまでの空気が一変。元気な姿を見せるクリスに、士郎とマルギッテとリザもほっと息を吐いた。

 

「お話し中失礼します。フリードリヒ中将から通信です」

 

「繋ぎなさい」

 

マルギッテの言葉に了解の声が返ってきて通信が繋がる。

 

『クリス!無事か!?』

 

「父様!大丈夫です。マルさんとリザさんも居たし・・・何より士郎が来てくれましたから!」

 

『うむ!日本との折衝で随分と時間を取られてしまったが、衛宮士郎君を含めた精鋭が向かっていると知らされて僅かながら安心できた所だった怪我などしていないか?』

 

「はい。・・・その、父様。帰ったらお話したいことがあります」

 

クリスは話がそれないよう、自分から切り出した。

 

『・・・直江、大和君の事かね?』

 

「父様・・・」

 

やっぱり、自分の周囲の事は全て筒抜けだったのだとクリスは暗い顔になる。自分はそんなに信用が無いのだろうか、と思ってしまう。

 

『その話はこちらに着いてからじっくりするとしよう。それより、クリスが無事で本当に良かった』

 

「中将。安堵している所失礼しますが今回の件は――――」

 

『少尉の考えている通りだろう。今徹底的に内部犯を探している。テロリストがドイツに来たら、盛大に歓迎してやるつもりだ』

 

言葉とは裏腹に、獰猛な気配を醸し出すフランクに、ヒヤリとしたものを感じる。だが、その中で唯一鋼の精神で受け流した士郎が口を開く。

 

「フランク・フリードリヒ中将。・・・お久しぶりです」

 

「え!?」

 

久しぶり。その言葉にクリスが動揺した。しかし会話は続く。

 

『ああ!よくぞクリスを救出してくれたね!乗客も乗務員も共に無傷だったと報告を受けている。改めて、ありがとう。衛宮士郎君』

 

「いえ。私は当然のことをしただけですので。それより、私をドイツに呼んだ理由をお聞かせ願えませんか?」

 

『その件についても、ドイツに着いてからではダメかな?もちろん後ろめたいことは何もないのだが通信で語るようなことではないのでね。誓って、不条理なことではないので安心してほしい』

 

「・・・いいでしょう。であれば私に思う所はありません。・・・しっかりと、娘さんと話してください」

 

『うむ。ではクリス。帰国を待っているよ。少尉達も良い働きだった』

 

「当然のことをしたまでです」

 

「同じくです」

 

その返事を最後に通信は切れた。

 

「・・・士郎は父様と面識があったのだな」

 

「ああ。隠していたつもりはないんだが・・・俺の時も今のクリスと同じパターンでな。言い出せなかった」

 

「「同じパターン?」」

 

クリスとリザが揃って首を傾げる姿に、クッ、と笑って、

 

「俺が転校してきてすぐ、そこの髪の赤いお姉さんに強引に車に詰め込まれてクリスをどう思っているのか、と問いただされたんだよ」

 

「・・・。」

 

「ええ!?」

 

「あちゃー・・・」

 

またもやフランクの職権乱用具合に額を抑えるリザ。彼氏のこと以前にこれである。

 

「あの時はマルもそれはもういきり立っていてな――――」

 

「待ちなさい。あることないこと言わない――――」

 

「おや?車の中で散々口論して任務だからなんだと駄々をこねたのは誰だったかな?」

 

「駄々などこねていません!貴方はあの時から――――!」

 

とクック、と笑う士郎ととにかく噛みつくマルギッテにクリスは眩しいように目を細めて、

 

「・・・いいなぁ」

 

「お嬢様・・・」

 

羨ましそうに、犬も食わなそうな喧嘩を見るのだった。

 




はい。というわけで70話でした。更新が遅くなりすみません。

テロリスト戦は意外とあっけなく終わってしまいました。犯人の数が少なくても、多人数の救出となると難易度は爆上がりになるものですがそこは神秘の前に散ってもらいました。

今回書くにあたって軍の階級とマグダラの聖骸布について調べましたが、少尉は准尉の一つ上ですが、すっごい功績とか残さないと早々なれないらしいです。

聖骸布についてはある意味FGOのせいというか…概念礼装の記事ばっかりで色々調べ方を考えました…結果分かったのは、ノリ・メ・タンゲレ《私に触れるな》という言葉をキーにして男性を拘束出来ること。それどころか手足に巻くだけで呼吸困難にさせられるという事でした。何気にあぶねぇあのシスター。

次回もドイツ編です。はたして士郎は冬休みまでに帰ってこられるのか…


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頑固者

みなさんこんばんにちわ。気温の寒暖差について行けず調子の悪い作者です。

今回は前回の続きからドイツに着いた所から話が進みます。

少し前からそうですが、もう原作にはない展開をしていくと思うので、出来れば暖かい目で見てください…

では!


クリスやマルギッテ、リザとプライベートジェットでドイツへと向かっていた士郎。いくらプライベートジェットと言えど、到着には時間がかかるという事で士郎は久方ぶりの深い眠りに落ちていた。

 

「スゥ・・・スゥ・・・」

 

「・・・。」

 

「・・・なんかマル、幸せそうだなー」

 

「幸せそうじゃなくて、幸せなんだぞ」

 

「・・・お嬢様」

 

眠る士郎をじっと見つめるマルギッテ。衛宮邸で一緒に住む彼女でも、士郎がこれほど熟睡しているのは見たことが無い。

 

(それだけ、神経を使ってくれた、ということですね)

 

本人が言うには一週間寝ずとも平気だ、などと言っていて、何かあれば誰よりも早く感付く士郎なのでこの光景は本当に珍しいのだ。

 

(・・・もう少し、眺めていたいですが)

 

もう少しで到着するので起こそうかと悩んだ時。

 

「ん・・・着いたか」

 

「・・・。」

 

機体の僅かな減速で気づいたようだ。

 

「もう少し寝ていても良かったのですよ?」

 

「何を言ってるんだ。そろそろ到着だろう?」

 

そう言ってくぁーっと大あくびをかいてグイグイと体を解す。

 

「まさか寝ぼけ(まなこ)で中将に会うわけにもいかないだろ。という事で、おはよう、クリス、マル。それとリザさん」

 

「ああ。おはよう」

 

「おはようございます」

 

「おはー」

 

お互い挨拶し合って士郎はさて、と小さなトランクを持ってお手洗い室へと向かう。

 

「士郎、着替えるのか?」

 

「ああ。もう戦闘は終わったしな。いつまでも礼装でいることは無い」

 

そう言って士郎は青いデニムに黒いシャツという姿で出てきた。

 

「!」

 

「へぇ・・・なかなか似合ってんじゃん」

 

士郎はあまり外行きの服装をしない。大体は学生服で過ごし、休日などもここまでカジュアルな格好はしない。普段はもっと部屋着に近いものなのだが。

 

「・・・しまったな。アウターが必要だった。日本はまだ暖かいから忘れてた。とりあえず――――」

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

ブラウンのダウンジャケットを投影してそれを着ることにする。実物は向こうで買えばいいだろう。

 

「これで良し。・・・どうした?」

 

「士郎・・・魔術はそんなことも出来るのか?」

 

「あ」

 

思わず無防備に服を投影してしまったことに今更気付く士郎。

 

「あー・・・なんだ。一応応用の範囲でならな」

 

「俺、これでも西洋ニンジャって名が通ってるんだけど・・・衛宮はあれだな。魔法使い」

 

「これは魔術であって魔法ではありませんよ。それよりマル、どうしたんだ?お化けでも見たような顔して」

 

「・・・。」

 

「あはは!マルさんは士郎に見惚れてるんだ!」

 

「お、お嬢様!?」

 

その一言に現実に引き戻されたマルギッテは食いつくようにクリスに迫る。

 

「なんだ、違うのか?」

 

「ちが・・・わない・・・です」

 

「ひゅー!」

 

「なんだ?ちょっと外行きなだけだろう?」

 

その辺さっぱりな士郎は首を傾げているが、士郎の大人びた姿はとても絵になっている。

 

単純な組み合わせだがそれをモデルが着こなしているくらい、士郎は体つきがいいのだ。

 

(ねぇねぇマル)

 

クリスが魔術について質問攻めしている間にリザはマルギッテに耳打ちする。

 

(・・・なんですか)

 

(あれ、俺も欲しいかも)

 

ドゴス!

 

「いったー!」

 

「「?」」

 

何やらひっぱたく・・・というか拳を落とした音と、頭を抱えてうずくまるリザに士郎とクリスは首を傾げるのだった。

 

 

 

 

しばらくして、プライベートジェットが着陸態勢に入り、軍事基地の一つに着陸する。

 

「父様だ!」

 

嬉しそうに手を振るクリスに、僅かに手を上げるフランクの姿が見えた。

 

そして着陸。カシュン、とドアのロックが外れる。

 

「父様!」

 

「クリス!!」

 

感動の再会、という風に抱き合う二人。

 

(言い過ぎでもないか。彼女はテロにあったのだから感動もひとしおだろう)

 

今回のテロは実際相当にやばかったのだ。士郎だからこそ簡単に丸め込めたのであって、神秘の力が無ければ犠牲者が出ていてもおかしくなかった。

 

「ああ!クリス!私の宝・・・どこも怪我などないかね?」

 

「はい!マルさんとリザさんが居てくれたし・・・何より士郎がすぐ来てくれたので」

 

「そうだったな!それでもよかった!無事でいてくれて本当に良かった!!」

 

もう可愛くて仕方がないと言った様子のフランクに流石のマルギッテも声を上げた。

 

「中将、お待たせして申し訳ありませんでした」

 

「いや、君はこうして我が娘を無事に連れ帰ってくれた。これ以上ない成果だ!」

 

「ありがとうございます。しかしながら中将――――」

 

「わかっている。衛宮君!ドイツへようこそ!君には最上のおもてなしをさせてもらうよ!」

 

『大したことはしていません。お気になさらず』

 

「!」

 

「なんだ、ドイツ語喋れんじゃん」

 

士郎が、あえてドイツ語で返したのをリザは面白そうに言った。

 

(こらマル!一々ときめいてたら先に進まないって)

 

リザの言葉にハッとして、マルギッテは気を引き締める。

 

「すぐ我が家に・・・と言いたいのだが色々としなければいけないこともある。クリス。すまないが家へ帰るのは少しばかり遅くなる」

 

「大丈夫です父様。・・・でも、その、後で話したいことがあります」

 

「・・・わかった。では諸君、行こうか」

 

所詮、後始末という奴だ。今回は軍関係者が狙われたことと、一度捕らえた者がテロを起こしたという事でドイツは結構話題になっているのだ。

 

「衛宮君。君には当事者・・・いや、救出部隊として色々と話をしてほしい」

 

「構いません。日本の総理からも出来るだけ情報を共有するようにと言われておりますので」

 

そう言って士郎は何事もないようについていく。

 

なにはともあれ無事にドイツに到着したわけだが、フランクの言う通り、すぐに落ち着くことは出来なかった。

 

軍関係者との会談が待ち構えていたのだ。

 

会談の場には中将の上の人物、大将や元帥といった人物までおり、マルギッテとリザは終始硬い表情だったが、士郎は特に緊張した様子もなく話していた。

 

「フリードリヒ中将。彼は素晴らしい人物だな」

 

「私も同意見です」

 

他の将校も満足そうに頷いている。

 

「娘の同級生に、彼のような青年がいることを誇りに思います」

 

「そうだろう。彼は秩序とは何かをよく理解している。その上で自分の最善を尽くす・・・いや、本当に我が国にほしい人材だ」

 

「しかしそれは難しいでしょう。彼を認める人物は日本にも数多いですから」

 

「事前に日本の総理官邸からヘッドハンティングなどしないようにと、くぎを刺されていたのが悔やまれますな」

 

今回士郎がドイツに来るにあたって、あらかじめ九鬼と総理は士郎をドイツに取られないよう、色々と裏で動いていたのだった。

 

「ではこれで会議は終了とする。衛宮士郎君。よければドイツを堪能していってほしい」

 

「ありがとうございます」

 

そうしてようやく会談が終わり、昼間に到着したのがもう夕暮れである。

 

「衛宮君。よければ滞在中は私の家に泊るといい」

 

「よろしいのですか?」

 

「もちろんだとも。娘を救ってくれた英雄をそこらのホテルに宿泊させるわけにはいかないからね」

 

「いいではないか!ぜひとも来てくれ、士郎!」

 

「そう言う事ならお言葉に甘えさせていただきます」

 

外国での活動でよく躓きがちなのはお金だ。その国によってお金自体や、単位が違うので現金は空港などの施設で換金しなければならない。

 

その点、士郎はすぐさま軍事基地に来てしまったので現金の準備が無い。

 

(一応、カードを持ってきておいてよかったな)

 

こうなるだろうことを見越して最小限の準備をしておいて本当に良かったと思う士郎。伊達に海外生活は長くないのだ。

 

「士郎。招いておいてなんですが・・・貴方の料理の手腕を振るってはいただけませんか?」

 

「料理?日本風でってことか?」

 

「そうです。中将もお嬢様も日本が大好きですし、私も・・・その」

 

変わらず、士郎の手料理が食べたいと素直に言えないマルギッテ。

 

しかしこの男、たとえ婚約しようともその辺疎いので、

 

「マルも和食を気に入ってくれたんだな。じゃあその辺で俺は買い物をしてくるか」

 

「自分が案内するぞ!」

 

上機嫌に言うクリスだが、士郎は首を振った。

 

「クリスはフランクさんと話すことがあるだろう?地図さえもらえれば問題ないから」

 

「私は今回の事を纏めなければなりません。リザ。士郎の案内を」

 

「了解っと。今日の晩飯は期待大だなぁ」

 

一度衛宮邸で食事をしているリザは期待に胸を膨らませる。

 

「話の腰を折ってしまうが、あそこが我が家だ」

 

そう言われて見えたのは敷地の広い豪邸だった。

 

(うーん・・・薄々わかってはいたけど、クリスも心に劣らない箱入り娘だな)

 

これは一悶着どころかそれ以上ありそうな予感がする士郎。

 

「さて、衛宮君が晩御飯を作ってくれるのだったね。君は料理の心得があるのかな?」

 

「はい。中将をがっかりさせるような腕では無いと自負しています」

 

「士郎の料理は絶品です。ぜひ、中将にも味わっていただきたい」

 

「そうだな!・・・なぁ士郎ーデザートも・・・」

 

「わかったわかった。ちゃんと作っておくから頑張ってこい」

 

「やった!恩にきるぞ!」

 

「はは!クリスもご執心か。私も楽しみにさせてもらうよ」

 

「ええ。腕を振るいますので期待していてください」

 

そう言ってまずは敷地内に車が停められる。

 

「ではリザ。お願いします」

 

「おーっす。衛宮ーこっちこっち」

 

ということで士郎はリザを運転手に食品を買いに出かけた。

 

「衛宮って料理上手いけど、一人暮らしして長いのか?」

 

「まぁそうですね。俺の引き取り手だった切嗣(じいさん)も、料理なんかしない人でしたから」

 

そう言って昔を懐かしそうに語る。思えばとんでもないところまで来たものだ。

 

いつか、アーチャーと同じ結末を迎えるのだと思っていたのに知らない世界に飛ばされ、得難き仲間を得て、ついには婚約だ。

 

もちろんそれまでも危機はあった。梁山泊や総理官邸の一件などは最たるものだろう。

 

最近では最上幽斎にとんでもない目に遭わされもしたが、それも今では終わった話だ。

 

「ふーん・・・なぁなぁ、マルとのこと聞かせろよ!あの堅物がすっかり女しちゃってさ!すっごい気になるんだけど!」

 

「マルは最初こそ敵対してましたけどいつの間にか彼女の方から警戒を解いたんですよ。俺は特に何もしてませんて」

 

本当はそうでもないのだが、士郎のあずかり知らぬ所で進行していたのでこの調子である。

 

「そうかなぁ・・・マルが何もなしにあんな風になるとは思えないんだけど」

 

「それは俺の方こそ聞きたいですよ・・・俺は自分に出来ることをしているに過ぎないんですから」

 

士郎はいつもの通りに応えるが、リザはその言葉にピンときた。

 

(これ、本人は何でもないように思ってるけどとんでもないことやってるパターンだな。じゃなきゃテロの対処に動くなんてできっこない)

 

たらりと額に汗を流すリザ。そうこうしている内にスーパーに到着である。

 

「やっぱりドイツだと規模大きいですね」

 

「日本のも十分だと思うけどな。やっぱ敷地面積がもの言うでしょ」

 

リザの言葉を耳に士郎はカートと籠を持って店内に入る。

 

「あ、多分食費、全部経費で出るから領収書もらっといた方がいいぞ」

 

「・・・それはありがたい」

 

断ろうかとも思ったが、自分は頼まれた側であるし、これからトラブルに巻き込まれるのでありがたく受け取っておくことにした。

 

「んー俺は果物の所にでも行ってくるかな。そろそろジャムが無くなりそうだし」

 

「リザさん、ジャム作るんですか?」

 

意外な一面に士郎は目を丸くする。

 

「おう。俺のジャムは結構なもんだぜ?そうそう人にはやらないけどなー」

 

「へぇ・・・ジャムか・・・作り置きしとくといいかもなぁ」

 

「なに、衛宮もジャム作れんの?」

 

「料理は大抵出来ます。ジャムも何種類か作ったことありますし・・・そうだ。クリスにねだられてたデザート。ジャム使うか」

 

「おっと。そう言う事ならジャムは俺が準備するよ。何作んの?」

 

「うーん・・・チーズケーキにするか。リザさん、クリスの家ってオーブンありますかね?」

 

「あるある。パン焼いたりするしな。いいねーチーズケーキにジャム。ちょっとオシャレじゃん」

 

「そうと決まれば・・・」

 

そうして士郎とリザは食材を買い込む。人数はフランク、クリス、マルギッテ、リザ、士郎の五人分なのでそこそこボリュームがある。

 

「じゃ、会計で落ち合おうぜ」

 

「はい」

 

という事でリザは先にジャムの材料となるものを探しに行った。

 

「さて、今の内に・・・」

 

士郎は携帯を取り出して大和にメールを送る。

 

(無事に向かってるといいんだがな)

 

何せ、テロがあった地域を迂回するだろうことは想像できるので、彼らの到着は遅くなるだろう。

 

(頑張れよ。大和)

 

士郎はそう思って携帯をしまうのだった。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

 

一方の大和達はドイツに向かう飛行機の中だった。

 

「わかってはいたけどテロのあった地域は迂回か・・・かなり時間かかりそうだな」

 

「だな。でももうテロリストは捕まったんだろう?」

 

百代の言葉にモロが反応した。

 

「うん。日本でもテレビになってたしね。流石士郎だよ」

 

「また英雄って言われそうね」

 

「当然だ!士郎は紛れもない英雄だからな!」

 

と、百代がドヤ顔をするが、

 

「なんでモモ先輩がどや顔?」

 

「てい!」

 

「なぜチョップ!?」

 

プシュウとガクトの頭から煙が上がる。

 

「あ、早すぎた。ちっと髪燃えた」

 

「俺様まだハゲたくないんですけど!?」

 

慌てて頭をパンパンと払うガクト。

 

「・・・大和、大丈夫?」

 

そんなのんきな彼らを置いて京が大和を気遣う。

 

「・・・正直大丈夫じゃない。クリスが俺の事諦めちゃうんじゃないかって心配だ」

 

彼らは常日頃から親バカで知られるクリスの父親にクリスが良いように丸め込まれてしまうのではないかと懸念しているのだ。

 

「大丈夫だと思うよ」

 

そんな中、京は自信を持って大和を励ました。

 

「京・・・」

 

「クリスは箱入り娘だけど、だからこそ頑固だから」

 

「きっと今頃、親父さんとバトルしてるんじゃないか?」

 

と百代は楽し気に言った。

 

「全然よくないからね・・・」

 

「モロはその辺どう思うよ」

 

ガクトの問いにモロは、

 

「僕も大丈夫だと思うよ。ただ、クリスのお父さんはやりすぎな所があるからそこが心配かな」

 

「俺様もモロに同意。大和、もしもの時はドイツ軍出てくるから覚悟しとけよ」

 

「もしかしなくても出てくるさ。その為にみんなに来てもらったんだから」

 

「ドイツ軍とバトルかー・・・俺様、自分で言うのもなんだけど、だいーぶ強くなったと思うんだけど通じるかね?」

 

「雑兵なら相手になるかな。エリートだと苦しいかも」

 

「たはー!これだけ強くなっても軍相手には勝てんかー!」

 

「そりゃそうだよ。相手も訓練してるんだよ?」

 

「レオニダスさんほどじゃないだろうけどな。それよりお前達、少しでも寝といた方がいいぞ。着いたらバトルだからな」

 

「姉さんがまともなこと言ってる・・・」

 

「それだけ向こうも本気で来るだろうという事さ。いいから寝とけ」

 

緊張する大和にポス、と手刀を落として百代は腕を組んで休む態勢に入る。

 

「姉さんの言う通りだな・・・力は温存しよう・・・」

 

眠る体制に入った時ショートメールが届いた。

 

「ん?・・・士郎」

 

それは彼らを心配する士郎からのメールだった。

 

「なになに?」

 

「なんだって?」

 

「今ドイツで晩飯の買い物してるって。士郎らしいや」

 

「マルギッテさんが士郎先輩にお願いしたんではないでしょうか?」

 

「確かに。日本大好きのクリスならありうる」

 

「はは。士郎は何処に行っても士郎だな」

 

みんな愉快そうに小さく笑う。来るべき時の為の余分な緊張はほぐれたように思えた。

 

「それじゃみんな、おやすみ」

 

「「「「おやすみ」」」」

 

そうして大和達は遅れながらも順調な航路を辿っているのだった。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

買い物を終えた士郎とリザは車の中で愉快気に話していた。

 

「それでな?この前の馬券がまた酷くてさー」

 

「・・・給料全部馬券に使ってません?」

 

なんとも頭の痛くなる話である。どうやら彼女の趣味は賭け事らしく、給料のほとんどを費やしているようだった。

 

「ちなみに勝ったことは?」

 

「一度も無い!」

 

わはは!と笑うリザだが、

 

(遠坂とルヴィアさんもやり合ってたなぁ・・・)

 

やるなら断然ベガスがいいとかなんとか遠坂が言っていたの思い出す。

 

自分はその時ルヴィアの代理で別な所に行っていたが。

 

思えばあの頃ではなかろうか。真冬のテムズ川に叩き落されたのは。

 

(間違っても二度はごめんだな・・・)

 

そう思ってはあ、とため息を吐く。

 

「それよりさ。お嬢様の事、どう思う?」

 

ハンドルを切りながらリザは問うた。

 

「彼女の気持ちが問われるでしょうね。簡単に諦められるなら、その方が双方にとっていいでしょう。でも――――」

 

彼女は諦めないだろう。今までの沢山の思い出を活力にクリスは父親と対峙するはずだ。

 

「やっぱ諦めないよなー・・・うーん。俺はあんまりそう言うの分かんないんだけど――――」

 

そう言って少し考えた後、リザはやっぱり笑みを浮かべた。

 

「好きな奴が出来たならそいつと一緒がいいよな」

 

「俺も、そう思いますよ」

 

士郎もそう返して外を眺めた。

 

 

 

 

フリードリヒ邸に着くと大きな声が響いてきた。

 

「クリス!まだお前には早すぎる!!」

 

「そんなことない!なんで父様は話も聞いてくれないんだ!!」

 

予想通りと言うか、クリスとフランクである。

 

「ひゃ~・・・やっぱりやってんなぁ」

 

「わかり切っていたことですからね。ただいま。マル」

 

「おかえりなさい士郎、リザ」

 

「なぁマル。お嬢様と中将いつからあんな感じなの?」

 

リザの問いにため息を吐いて、

 

「二人が買い物に出てすぐです。合間を開ければ少しは落ち着くかと思ったのですが・・・」

 

「まだ足りなかった、ってことね。了解。じゃあ衛宮、俺らは晩飯作ろうぜ」

 

「・・・?リザが料理を、ですか?」

 

「違う違う。俺にそんなことは出来ないよ。俺が作るのはデザート用のジャム」

 

「ジャム作りが得意って聞いてな。和食にデザートはレアチーズケーキにしようと思ってる」

 

今だ怒号がフリードリヒ邸に響いているが何のことは無いと士郎は動じなかった。

 

「なるほど・・・丁度私の手も空きましたから手伝いましょう」

 

「助かる」

 

ごく自然にいつもの様に手伝いを申し出るマルギッテに、

 

(マル、ぞっこんか?)

 

(うるさい)

 

と二人はやり合うのだった。

 

「このような感じ・・・ですか?」

 

「ああ。その調子でかき混ぜるとトロトロになってくるから。そうしたらまた教えてくれ」

 

「了解です」

 

和食を手掛ける士郎とチーズケーキを作るマルギッテの姿があった。

 

「ほー・・・マルが本当に料理してら」

 

「うるさい。しかし菓子作りとは力を使うものなのですね・・・」

 

「だろう?パティシエに男性の姿があるのも納得がいくんじゃないか?」

 

一生懸命ボウルの中身と格闘するマルギッテ。

 

ケーキやクッキーを作ったことのある者ならわかる事なのだが、菓子作りとはかなりの力仕事なのである。

 

かき混ぜる具材が多くなればなるほど、一度に作る量が増えれば増えるほどに混ぜる具材が重くなり、力を入れなければ混ぜられなくなるのだ。

 

「・・・!!」

 

「・・・・・!!!」

 

「まーだやってるよ。よく体力持つな」

 

「クリスはともかく、フランクさんがこのままではもたないだろう。食事を早く作って、一時停戦させないといけませんね」

 

士郎はそう言いながら最後の分を作り終えた。

 

「士郎。大分混ざりました。どうですか?」

 

「どれどれ・・・うん。いいな。後はこれをさっき作ったビスケットの型に流し込んで、ボールをトントンと数回落として空気を抜くんだ」

 

「わかりました」

 

「・・・。」

 

屋敷に響く怒号もなんのその。二人は仲睦まじく料理をしていたのだった。

 

 

 

しばらくして、晩御飯の準備が出来たと報告に行くと二人は額に汗を掻きながら息を荒げていた。

 

「二人とも。夕食が出来ましたよ。一時停戦してまずは食事をしてください」

 

「くっ・・・」

 

「士郎!だが・・・!」

 

「クリス。何も今日中に説得しなければならない訳じゃない。こういうのはゆっくり時間をかけて話し合うべきだ」

 

「でも――――!!」

 

「こら。やりすぎは許さないぞ。でないと夕食は抜きだ」

 

「ぐぬぬ・・・」

 

流石のクリスもそこまで言われては引き下がるしかない。

 

しかし、そのままではよくないしこりを残すので、

 

(今、大和がこっちに来てるぞ)

 

と朗報を密かに告げた。

 

「なに!?・・・わかった。今は矛を収めよう」

 

「クリス!」

 

「中将もひとまずおやめください。そのままでは討論する力も失いますよ」

 

「・・・いいだろう。クリス!続きは夕食の後だ!!」

 

「もちろんです!何としても父様には話を聞いてもらいます!」

 

ふん!とそっぽを向くクリスにまだ何か言いたげだが、大人げないだろうと思ったのかフランクも一度口を閉じた。

 

「今日はクリスの好きな、いなり寿司とちらし寿司です」

 

「おお!士郎わかってるじゃないか!」

 

「こちらのちらし寿司・・・だったかね?聞いたことはあるが食べるのは初めてだ。衛宮君は本当に料理上手なのだね。出来栄えもとても美しい」

 

「デザートも用意してあるので食べ過ぎないでくださいね。では」

 

Guten Appetit(グーテン アペティートゥ)と、ドイツ語でいただきます、と言って一同は料理に手を付けた。

 

「これは・・・!酢飯とちりばめられた具材の調和が素晴らしい・・・!」

 

「むぐむぐ・・・いなり寿司も格別だ!やっぱり士郎が作るのと買うのじゃ違うなぁ・・・」

 

先ほどの怒りは何処へやら。フリードリヒ親子は士郎の作った夕食に素直にのめり込むのだった。

 

「士郎。今度、このちらし寿司とお嬢様のいなり寿司の作り方を教えてもらえますか?」

 

「いいぞ。またお二人に作ってやるといい」

 

「衛宮君とマルギッテの関係は良好のようだな。私も安心したよ」

 

「はい。卒業後になりますが、改めて挨拶に伺わせて頂けたらと思います」

 

「うむ!その時を楽しみにしていよう!」

 

「・・・。」

 

「お嬢様・・・」

 

クリスが寂し気に目を逸らしたのをマルギッテとリザは見逃さなかった。士郎はあえて何も言わず、黙々と食事を勧めている。

 

だが、助け舟としてなのか士郎は別な話題を持ち掛けた。

 

「所で、私をドイツに呼んだのはなぜですか?何やら理由がお有りのようでしたが」

 

「そう言えばまだ理由を話していなかったね。・・・改めて、今回の件、本当にありがとう。私達の力不足でクリスや乗客、乗務員に被害が出るところだった」

 

「いえ。私は、私に出来ることをしただけです。今回は九鬼が親会社の便だから助けに入れただけですので・・・胸は張れません」

 

「それでもだよ。君はその手腕で全ての者の命を救った。もちろんテロリストは無事では済まなかったが、あれだけの行為をしておいて無傷というのも私は納得がいかない。命は拾ったのだから、最善の結果だったと喜ぼう」

 

「ありがとうございます」

 

士郎は静かに礼を返した。

 

「そこでなのだが・・・君にはこちらから出るはずだった猟犬部隊に会ってもらおうと思ってね」

 

「「!?」」

 

その言葉にマルギッテとリザが反応した。

 

「はぁ・・・マルギッテが率いるエリート部隊、ですよね?なぜ自分を?」

 

「もちろん、君の目から見て彼女等がどれほどのものか判断してもらいたい。まぁ言うなれば、簡易抜き打ち試験と言った所かな」

 

「ちゅ、中将。私達に何か不満があるのですか?」

 

マルギッテは恐る恐る聞いた。

 

「いや、不満は何もないとも。ただ、引き締める行為は必要と思っている。たるんでいるとは言わないが、その都度外部から刺激を受けて気を引き締めてもらいたい」

 

要は身内だけで訓練している内に緩まないように、という事だろう。

 

「なるほど。話は分かりましたが・・・私などで刺激になるでしょうか?」

 

「なるとも!君は武神ともことを構えられる数少ない人材。そして君の戦闘力と戦術眼は一線を画している。猟犬部隊にもいい刺激になると思うのだ」

 

「招集をかけられた所だし丁度いいかもね。衛宮と戦闘訓練ですか?」

 

その言葉にちょっと嫌そうにする士郎。だがフランクはリザの問いに首を振った。

 

「いや、もちろんしてもらえるなら願っても無いが・・・当日は私と共に見学をしてもらって意見を貰おうと思っている」

 

「では士郎次第で訓練の内容が変わりますね。士郎、どうしますか?」

 

マルギッテの言葉に少し考え、

 

「まぁ戦闘訓練なら。俺に相手が務まるなら多少は」

 

「そうか!では少尉。部隊に通達してくれたまえ。日本の英雄と手合わせが出来る機会だとな!」

 

「わかりました」

 

(うへぇ・・・中将本気だなぁ・・・)

 

こっそりとそんなことを思うリザ。

 

「話は終わったな?士郎!デザートだ!」

 

区切りがついたと見たクリスが期待の声を上げた。

 

「わかった。今日のはレアチーズケーキだ。リザさんのジャムをつけて食べるといいぞ」

 

「わぁ!白い生地に色とりどりのジャム・・・悩むなぁ」

 

「うむ。実に見事だ。当初はこちらでもてなそうと思ったのだが、すっかりもてなされてしまったな」

 

「もてなすなんてそんな。でも俺の料理で喜んでもらえたのなら嬉しいです。デザートのレアチーズケーキはマルに作ってもらったんだ。また作ってもらうといいぞ」

 

「ほんとか!?流石マルさん、料理も優秀だなぁ・・・」

 

「し、士郎、あまり持ち上げないでください」

 

「プレッシャー大だなーマル」

 

あはは!と笑って少しギスギスしていたクリスとフランクの雰囲気が柔らかくなる。

 

「今日、明日は家で泊っていくといい。学園には私から伝えておくよ」

 

「ありがとうございます」

 

そんなこんなで、降って湧いたトラブルはドイツへの招待ということで幕を閉じたのだった。

 




という事で71話でした。チーズケーキはまだしも、ちらし寿司がドイツで作れるのかはわかりません!でもスーパーとかでっかそうだから案外行けるのかも…?

ドイツ勢に囲まれている間は士郎もドイツ語で会話してる設定です。

次回は猟犬部隊の視察と大和達の到着、ですかね。ドイツ編、もう少し続きます。

では次回!


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猟犬部隊

皆さんこんばんにちわ。最近また寝不足の作者でございます。

今回は士郎がついに猟犬部隊の面々とお目見え!

今回も楽しんでもらえたら幸いです。

では!


チュンチュンという鳥の軽い鳴き声に士郎は目を覚ました。

 

「ん・・・朝か」

 

どうにも日本時間が体に染みついているので変な感覚だ。

 

「スゥ・・・スゥ・・・」

 

「・・・。」

 

ふっと、隣で眠る赤髪の女性を見て、士郎はガシガシと頭を掻いて彼女を起こさぬようベッドからそっと出た。

 

「すぅー・・・」

 

窓を開けた士郎は深く深く息を吸った。そして吐き出せば鈍った感覚はもうなくなっている。

 

「いい朝だな」

 

空気は冬の到来を示すように冷たく、透き通っている。

 

「大和はもう着いたか?」

 

パチリと携帯をつけるとそこにはもう間もなく到着の文字が。大和達も順調のようである。

 

予想が正しければ今日、中将と激突することになるだろう。

 

「・・・。」

 

そんな中、士郎は自分に何が出来るのか考えていた。

 

(中将は今だにクリスの言葉を聞きはしないか)

 

昨日、夜中までクリスとフランクは言い合いをしていたが、結局、二人は平行線のまま一日を終えた。

 

「俺も挨拶しなきゃいけないから早くまとまるといいんだがな」

 

クリスと大和の事で自分がでしゃばるのは何か違う気がして、士郎はずっと二人のいいようにさせていたが、本来なら士郎もマルギッテの事を挨拶せねばならなかったのだ。

 

だが、何事にもタイミングというのは大事で、特に士郎の場合特殊な環境となるので冷静さが求められる。

 

今話しても火に油を注ぐことになりかねないだろう。

 

「ん・・・士郎?」

 

「ああ。おはよう、マル」

 

冷たい空気に気付いたのか眠っていたマルギッテが起きた。

 

ぱたりと窓を閉めて士郎はベッドに座る。

 

「まだ寝ててもいいんだぞ。ちょっと早起きが過ぎる」

 

「そう・・・ですね。では――――」

 

ポヤポヤと眠気を残したままのマルギッテはそう言って士郎の腰に抱き着くようにまた眠ってしまった。

 

「すべては今日、だな」

 

いつもの凛とした姿はなく、無邪気に眠るマルギッテの頭を撫でて士郎は波乱に満ちるであろう一日を開始するのだった。

 

 

 

 

「おっはーマル。衛宮」

 

「・・・。」

 

「おはようございます、リザさん」

 

ふあーと欠伸をして厨房に来たのはリザだった。

 

「何してんの?」

 

「朝食の準備ですよ。な、マル」

 

「・・・。」

 

問われたマルギッテはツンとそっぽを向く。

 

「・・・またマルの不思議な面が見れたな。なんだ、昨日の夜、喧嘩でもしたのか?」

 

「していません」

 

「あはは・・・朝、寝顔を見られたのが恥ずかし・・・おっと」

 

額を狙った軽い一撃を躱して士郎はやはり笑うのだった。

 

「なんだー犬も食わない夫婦喧嘩かよー。それより今日の朝飯何?」

 

そうと分かれば問題ないとリザは朝食を覗く。

 

「昨日のリザさんのジャムが美味しかったのでシンプルにパンにスクランブルエッグ、ベーコンサラダですかね。何処であんなに美味しいジャムを覚えたんです?」

 

士郎が聞くがリザは面白そうに、

 

「昔からの取り柄だよ。マルは・・・スクランブルエッグか」

 

士郎がサラダの準備をしている間にマルギッテがスクランブルエッグとベーコンを焼き上げている。パンは、リザ謹製のジャムで食べてもらうのでトーストにはしない。

 

「なんです。じろじろ見て」

 

「いやーマルが仲睦まじく料理してるのが不思議でさ。いつもこうなのか?」

 

「ええ。基本食事の準備の時マルは手伝ってくれますよ」

 

「・・・。」

 

「へぇ・・・マル、ぞっこんだなー」

 

うるさい。と返してマルギッテは最後の分も皿に取り分けた。

 

「士郎、こちらは終わりました。私はお嬢様を起こしに行ってきます」

 

「了解。後はこっちで準備しておくよ」

 

「リザ。士郎の邪魔はしないように」

 

「わかってるわかってる。んじゃー俺は食卓に運ぶよ。こっちは持って行っていいんだろ?」

 

「はい。後はパンをバスケットに入れて・・・」

 

パンは数種類準備した。通常の食パン、食べやすいように切ったフランスパン、バターロール。この三種類だ。

 

どれもジャムに合うだろう。

 

食卓に皿などを準備しているとまずはフランクが起きて来た。

 

「おはよう諸君。今日も冷えるが、良い朝だね」

 

「おはようございます」

 

「おはようございます。勝手ながら、朝食の準備をさせていただきました」

 

「いやいや。助かるよ。うちはクリスやマルギッテ、リザもいるが、私も朝食はしっかり取る方でね。実に美味しそうだ」

 

そう言って嬉しそうにするフランクだが若干の疲れが見える。昨日、夜遅くまでクリスと言い合いをしていたのが響いているのだろう。

 

「おはようー・・・」

 

「おはよう、クリス。もう目を覚まさないと食事が出来ないぞ」

 

「わかってるー。父様もおはようございます」

 

「うむ。おはよう」

 

それっきり言葉を返さなくなった二人に苦笑して士郎は各々が席に着いた所で手を合わせて食事を始める。

 

「うむ、うむ・・・リザ君のジャムはどのようなパンにも合うな」

 

「そうですね。マル、玉子もベーコンもいい塩梅だな」

 

「ありがとうございます」

 

「この料理はマルギッテも作ったのかね?」

 

「ええ。スクランブルエッグとベーコンは彼女が焼きました」

 

「た、ただの玉子とベーコンですよ」

 

「いやいや、スクランブルエッグなど火の通し方が絶妙だ。こういう簡単な料理こそ腕を試されるものだ」

 

「同感です。マル、世の中にはスクランブルエッグすら作れない奴もいるんだぞ」

 

「そういうものですか・・・」

 

ちなみに作れなかったのは冬木の虎である。玉子を焼くだけだというのに不思議調理を施して謎のどんぶり飯を作ったのは懐かしい。

 

お味のほどは、セイバーが無言になった、とだけ言っておこう。

 

「うん!玉子とベーコンもいい味だな!これを野菜と一緒に挟んでも美味しいぞ!」

 

「お、クリスは野菜もしっかり食べて偉いじゃないか」

 

「それは自分を子供扱いしすぎだろう!」

 

「じゃあ嫌いなものないのか?」

 

「うぐ・・・」

 

閉口するクリスにあはは!と笑ってからフランクは今日の予定を話した。

 

「食事を続けながら聞いてくれたまえ。今日は衛宮君と猟犬部隊の視察をする。少尉、通達はしてあるかな?」

 

「はい。実戦形式の摸擬戦をする予定です」

 

「うむ。そこで衛宮君には色々と感じたことを教えてもらいたく思う。なにも遠慮することは無いので、どんどん意見を言ってくれたまえ」

 

「私が思ったことを話せばよろしいのですね?」

 

「そうだとも。テロリストを捕縛した際の指示は君がしたと聞く。我々も意外な弱点を抱えているかもしれないからね。ぜひ遠慮せず指摘してほしい」

 

「わかりました」

 

「クリス。話し合いは昨日で終わりにできなかったが、私は依然納得はいっていない。だが軍務に出なければならないのでその話はまた今夜だ」

 

「わかっています。軍務の邪魔をしようとは思いません」

 

「ではまずは猟犬部隊の紹介だな。食事を終えて少し落ち着いたら始めるとしよう」

 

「「了解しました」」

 

揃って返すマルギッテとリザに士郎は何やら不思議な感慨深さを感じていたが、その気持ちはひとまず置いておくことにした。

 

 

 

 

 

食事を終えて気を落ち着けた後、いよいよ猟犬部隊の紹介である。

 

「衛宮君、こちらに。今から摸擬実戦を行う。それを見学しながら紹介しよう」

 

「はい。・・・かなり本格的にやるようですね」

 

流石大国と言うべきか、日本の自衛隊とは違うれっきとした『軍』だからか。空気がガラリと変わっていた。

 

「もちろんだとも。我々は軍だ。祖国ドイツを守る精鋭足るもの油断は無くしたいのでね」

 

『摸擬戦!始めッ!!!』

 

左右に分かれた部隊が一斉に激突する。

 

「暴風!」

 

硬さが売りだろう巨大な鎧を身に纏った人物が、棍棒で強力な風を巻き起こす。

 

その勢いは強烈で、防御態勢を取り損ねた数人が吹き飛ばされる。

 

「今強力な風を起こしたのはテルマ・ミュラー。見ての通り防御力を活かした前衛であり殿だ。あの子は中々に強力だぞ」

 

「ふむ・・・」

 

布を巻いたメイスで向かってくるものを弾き飛ばし、堅実に後ろのもの達を守る。だが、

 

(鎧の接合が甘い部分があるな。あれは・・・他の出来を見るに、間に合わなかったという所か)

 

解析した結果、あの鎧には現在とても弱い部分があることを見抜く士郎。

 

しかしそれは今ここで指摘してもしょうがないので黙っておく。

 

「コジマパンチ!」

 

ドゴーン!と映画か何かのように小柄な少女の一撃で中を舞う。

 

「・・・あれは?」

 

「彼女はコジマ・ロルバッハ。部隊の攻撃担当だ。彼女は先天性の怪力を持っていてね。あのように小柄ながら攻撃力は絶大だ」

 

「コジマ・・・失礼ですが、彼女はドイツ出身・・・ですか?」

 

名前からしてコジマとは小島をさしているように思えてならない。

 

「ああ。彼女は少々特殊な出自でね・・・あまり詮索はしないでもらいたい」

 

「わかりました。彼女をサポートするのがリザさんですね」

 

コジマと呼ばれる少女が突撃するのに合わせてリザが戦場を駆け巡っている。

 

「ああ。彼女は偵察、斥候部隊のリザ・ブリンカー。彼女はとても優秀でね。日本の忍者に触発されて、独学で忍術を修めている。そして偵察部隊を駆る彼女は物事の機微によく気が付く」

 

「こらテルー!あんま高く舞い上げるなって!!」

 

「それは私に手加減をしろという事か?」

 

「違うぞー!あんなに高く舞い上げたら着地で怪我しちゃうからだぞ!」

 

「それは仕方のないことだろう」

 

「まったく、相変わらず頭の中身まで鉄でカチカチなんだから・・・」

 

「やかましい!ゆくぞ!」

 

ズンと鎧の人、テルマが前に出る。意外と機敏に動くあの鎧を突破するにはコジマの攻撃力が必要だろう。リザの投げるクナイや手裏剣では話にならない。

 

そんな中、稲妻のようにテルマの横に陣取る赤髪。

 

「テルマ。無理をするなと言ったでしょう。コジマとリザ相手は一人では止められません」

 

「マルギッテ少尉・・・」

 

コジマを要に本陣側に入り込もうとしていたリザを止めたのはマルギッテだ。

 

「マルギッテは司令官ではないのですか?」

 

士郎の問いにいい所に気が付いたとフランクが頷く。

 

「マルギッテは司令官だが、前線で戦闘もこなす旗印だ。いうなれば戦闘指揮官、と言った所か」

 

「ではあちらの女性が参謀ですか」

 

前線には出てこない眼鏡をかけた切れ目の女性を見る。

 

「流石だな。彼女はフィーネ・ベルクマン。猟犬部隊を支える参謀だ。彼女も剣術を修めてはいるが、情報解析と作戦立案が主だ」

 

「やはりマルギッテが出てくると拮抗してしまうな。ジーク!怪我人はどうだ?」

 

「うん・・・大丈夫だよ」

 

ジークと呼ばれた女性にしては背丈の大きな女性が医療班として動いている。その手腕は見事なものであり、士郎の目を引いた。

 

「もしやあの女性も猟犬部隊の要ですか?」

 

「君の洞察力には恐れ入るよ。そうだとも。彼女はジークルーン・コールシュライバー。傷の治療に非常に長けた衛生兵だ。彼女は特殊能力とも取れるほど治療に長けていてね。病気の類には弱いが怪我に関するものなら大抵は治療可能だ」

 

「・・・。」

 

どうやら猟犬部隊はエリートと言われるだけあり特殊能力持ちが多数いるようだ。

 

「編成としては特殊能力持ちと高い実力の持ち主を組み合わせている感じですね」

 

「その通りだ。特殊能力を持った者は確かに強力だが、一辺倒になってしまうからね。そこは地力の高い者を組み合わせることでバランスを保っている」

 

「ふむ・・・」

 

戦闘は佳境に入った。マルギッテと鎧のテルマがリザとコジマを上手くかく乱し、他の部隊が雪崩れ込んでいる。

 

しかしそれも意外な方法で戦線を維持した。フィーネと呼ばれた女性が剣を抜き、戦いに参加したのだ。

 

「あれ!?フィーネも来るの?」

 

「作戦と違うけど、こっち旗色悪いからなー」

 

「コジマの言う通りだ。このままではわが軍は押し切られる。私は部隊の維持に回ろう」

 

結果的に猟犬部隊の演習は互いに消耗し、どちらが押し切ることもなく収束した。

 

「見事な練度ですね」

 

「君に言ってもらえて光栄だ。では、問題点はどうかな?」

 

「そうですね・・・」

 

士郎は腕を組み考える。

 

「正直、私が敵ならば、と考えればいくらか出てはきますが」

 

「ほう。君自身が仮想敵か」

 

「はい。自分が敵ならば末端から攻めていくでしょう。そして最初に行きつくのは――――」

 

背丈のある衛生兵の女性、ジークを見た。

 

「彼女に行き当たるでしょう。見た所、彼女に武の心得は無い様子。なら制圧するのは容易い」

 

「ふむ。分かり切っていたことだがそこを突かれるか。そして?」

 

「異変に真っ先に気付くのはマルギッテかリザさん、もしくはフィーネ・ベルクマンさんですかね。斥候としてリザさん一人が出てくるならこれを撃破。猟犬部隊は強力ですが分断して、単体撃破ならある程度の腕があれば可能性は出てくる」

 

「リザ君を単体撃破か・・・君にそれが出来ると?」

 

鋭い眼光で言うフランクだが士郎は何も気を負うことなく頷いた。

 

「彼女とは日本で戦闘になっています。その時の事を考えれば、私は難しくないです」

 

「なんと・・・既にリザ君とは交戦経験があったのか」

 

不幸な巡り合わせだったが彼女との戦闘経験はここで生きた。

 

「残るはコジマ・ロルバッハ、テルマ・ミュラー、マルギッテ辺りですが・・・テルマ嬢については特に問題はありませんね」

 

そう言う士郎にフランクは驚いた顔で振り返った。

 

「なぜテルマが女性だと?」

 

「猟犬部隊は全て女性でしょう?となればあれは機動兵器だと想像が付きます」

 

半分は嘘だ。士郎は猟犬部隊全てが女性とは知らない。だが、解析結果、中に女性が搭乗していることは理解できた。

 

「恐ろしい観察眼だな・・・だがあの鉄のミュラーをどう攻略する?」

 

「問題ありません。確かに彼女は鉄の鎧を身に纏っていますが、中身は人間です。いくらでも対処のしようはあります。例えば――――」

 

そう言って士郎は手近な石を拾った。

 

「こんなものでも」

 

ポン、ポンと手で遊びながら士郎は言った。

 

「鉄を石の礫で、か・・・それは是非見せてもらいたいものだな」

 

「まぁ特殊な技法ですので私なら、と言った所ですが。しかし、あの鉄の鎧は見事な作りですね。鉄をよく鍛えている。それ故に、今回の戦闘に間に合わなかった不備が気になりますが」

 

「あの鎧に不備?」

 

「ええ。あの鎧は今回鎧の部分を新調したのでしょう。接合が甘い部分があります」

 

士郎の指摘通り、そのことに気付いたのであろうコジマが一点を集中して狙い始めた。

 

「彼女は部隊全体の前衛だ。撃破可能ならば逆に標的となってしまうな・・・それで、次はどうするのかね?」

 

「残るは――――」

 

そうして弱点を洗い出すフランクとその都度どうやって攻略するかを語る士郎。そんな二人の前で遂に摸擬戦終了の笛が鳴った。

 

「時間まで休め。フィーネ、行きますよ」

 

「わかった」

 

言葉少なく会話する二人はフランクと士郎のいるところまでやって来た。

 

「少尉、見事な訓練だった。これならば我らドイツも安泰だな」

 

士郎との話は置いておいてフランクは代表である二人を褒めた。

 

「いえ。まだまだ至らぬ所ばかりです。今後も油断なく鍛えていきます」

 

「マルギッテ少尉の言う通りかと。今回何点か指摘すべき場所があったように思います」

 

マルギッテに続きフィーネと呼ばれる女性がバインダーを手に眼鏡をクイっとあげた。

 

「うむ。こちらの衛宮士郎君とも話したが我々にも改善点は多いようだ。しかし、今の君達が心もとない、というわけではない。今後も用心していこう」

 

「「はっ」」

 

ピタリと敬礼する二人を見やってフランクは振り返って士郎を見た。

 

「彼は日本の英雄、衛宮士郎君だ。小休止を挟んだら彼とも摸擬戦をしてもらいたい」

 

「構いませんが・・・私達に思う所が?」

 

恐る恐る聞くマルギッテだがフランクは悪戯を思いついた子供のように、

 

「いや。彼が自分を仮想敵として色々教えてくれたのでね。是非見せてもらおうというわけだ」

 

「・・・士郎。双方共に危険は無いのですか?」

 

黙って話を聞いていた士郎にマルギッテは問いかける。

 

「問題はない。マルギッテを除く5人は私単騎で制圧可能と説明しただけだ」

 

「!」

 

「ほう、ただの強がり・・・というわけでもなさそうですね」

 

マルギッテは不安の色を瞳に宿し、フィーネは面白いと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「では衛宮君、頼むよ」

 

「わかりました」

 

はっはっは!と笑ってフランクは士郎を連れ出した。

 

 

 

 

 

「それでは。猟犬部隊、部隊長と衛宮士郎氏による摸擬戦を始めるッ!」

 

マルギッテのよく通る声が響き渡る。

 

「うげー・・・衛宮とかー」

 

「あの男の人なんだ!?強いのか!?」

 

「私達を単騎で仕留められると豪語したそうだ」

 

「なんだと・・・!!」

 

それを聞いたテルマが怒気を露わにするが、

 

「やめときなーテル。ありゃ本物の化け物だぜ。俺の時も一瞬嫌な想像が過ったからなー」

 

「リザがそう言うなら強いんだな!ワクワク!ワクワク!」

 

「この鉄のミュラーが叩き潰してくれる・・・!」

 

「みんな、怪我しないようにね?」

 

一人、ジークだけが落ち着いて注意を促していた。

 

「それでは双方――――」

 

五人、それもドイツ一腕の立つ猟犬部隊の部隊長と士郎がにらみ合う。

 

「始めッ!!」

 

合図と共にリザが駆けた。

 

「リベンジマッチだ!今度はそうやられは――――」

 

と言った矢先だった。

 

ビシ!

 

「痛!?」

 

突然額を襲った痛みに何事かと思うと、士郎の手、正確には右手が不自然に動いていた。

 

ビシビシビシビシッ!!!

 

「いたたた!?うわー!!?」

 

連続で体のいたるところを攻撃されてリザはテルマの後ろに隠れた。

 

「痛ー・・・な、なんだったんだ今の」

 

「指弾だ。両手でゴム弾を放っていたようだ」

 

「リベンジどころか初手で撃破されるリザー」

 

「うるさいよ!?」

 

当然実弾だった場合、もしくは士郎が本気で撃った場合、リザは死亡である。

 

という事でリザは離れることになった。

 

「リザちゃん大丈夫?」

 

「大丈夫だけど・・・ひえー、ヒリヒリする」

 

指弾を受けた場所は赤くなっていた。

 

「ふん。指弾とは姑息な。だがその程度でこの鉄のミュラーは――――」

 

「あ」

 

完全にフラグである次の瞬間テルマはとんでもない衝撃に襲われることとなった。

 

ドガン!

 

「ぬう!?」

 

「て、テルー!?」

 

「テルマ!!」

 

鎧が少しばかり陥没した。今度はなんだとみると、

 

「石・・・?」

 

ドン!ガン!ガガン!

 

「この、く、ぬわ!!」

 

もはや両手をクロスして防ぐしかないテルマ。この音の正体は士郎が投擲している石。士郎はただの投擲ではなく、黒鍵の鉄甲作用を利用して石を投げているのだ。

 

その一撃は強力無比。まるでトラックか何かが激突しているかのような衝撃を味わうテルマ。

 

「パーンチ!!」

 

何もない眼前をコジマが殴り飛ばすと強力な風が吹き荒れた。しかしその程度では鉄甲作用の効いた石を阻むことは出来ない。結果的にコジマの行動は虚しい結果となり、

 

ガコン!ヒューン・・・

 

「テルマ!」

 

鎧は膝をつき動かなくなってしまった。

 

「これで二つ」

 

そして士郎はその場を跳んで避ける。丁度そこにコジマの拳が着弾した。

 

「ぬー・・・リザとテルを倒すだけあるな!避けられた」

 

「そう易々と食らいはしないさ。だが、君のその怪力は賞賛に値する。故に――――」

 

バサ!と赤い布が走った。

 

「なんだなんだ?布に包まれたぞ?」

 

しかしコジマはそれをビリビリと破り拘束を解く。

 

「あきれた怪力だ。だが十分届く」

 

狙いはフィーネ。彼女を取れば必然的に勝敗は決まる。

 

「コジマを謀ろうなんて出来ないぞ!」

 

ドン!とコジマのいる地面が爆発する。彼女は地面をその怪力で殴りつけて飛んできたのだ。

 

「やれやれ、本当に呆れるな」

 

取り出したるはまた赤い布。

 

「闘牛士にでもなった気分だな」

 

バサ!

 

「もが!?」

 

今度は包まず、受け流すことで位置を入れ替える。

 

「あれ?あー!!!」

 

「コジマ!?」

 

まさか勢いを殺さずに自分に向けてくるとは思っていなかったフィーネの足が一瞬硬直し、

 

「わぷ!」

 

「ぬ!」

 

ドシャ、と二人はもつれ合って倒れた。

 

「そこまでッ!」

 

結局彼女等は衛宮士郎を攻略できず、あっさりと負けてしまった。

 

 

 

 

 

「くぬー・・・悔しい!強いのは分かってたけどこんなに圧倒的なんて!」

 

「リザは初手すぐやられたからなー。コジマはフィーネとごっつんこ」

 

「あの勢いのコジマを受け止めるのは私には出来ない。テルマは?」

 

「今マルと二人でコクピットこじ開けてるよ」

 

リザの言葉にそちらを見ると確かに士郎とマルギッテがテルマの鎧によじ登って何かをしていた。

 

「流石、と言いたいところですが、今回は私が不参加だったのでこの程度とは思わないでください」

 

「わかってるよ。今回は中将に、隊を分断することと、マルが居なければ勝てると言ったからあの形になったんだ。マルはレオニダスの体育で一回りも二回りも強くなっただろう?」

 

「確かにそうですが・・・それでも、彼女等に欠点があったようには思えません」

 

バンバン!と内側から叩く音が聞こえてそこを何とかこじ開けようとするマルギッテ。

 

「欠点なんて無かったさ。だからそこを突いたんだ」

 

「どういう事ですか?」

 

引っ張ってもどうにもならないと感じたマルギッテはどうしようか迷いながら問う。

 

「彼女等に欠点らしいものは無かった。だから――――単騎にならざるを得ない瞬間を突いたんだ」

 

 

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

 

投影するのはデュランダル。恐ろしい切れ味と、折れず、曲がらずという逸話を持つそれなら如何に鉄の塊と言えどひとたまりもない。

 

キン!とコクピットの一部が切り裂かれた。

 

「きゃあ!?」

 

見えたのは青髪の女性。彼女がこの鎧の操縦者だったのだ。

 

「テルマ。姿勢を低くしなさい。今上部を切ります」

 

「ま、マルギッテ少尉・・・」

 

「今は良い。・・・士郎」

 

「ああ」

 

スパン! と鎧の首の付け根が切り開けられ、ようやくテルマという女性が出てこられるようになった。

 

「最初リザさんが仕掛けてくるのは分かってた。だからあらかじめゴム弾を準備した。彼女がそれに晒されれば盾役の彼女が出てくる」

 

マルギッテの手を取って出てきたテルマを見て言う。

 

「ゴム弾はあくまで非殺傷目的。あれが銃やコインなどの実弾ならリザは最初の一撃で額を射抜かれていますね」

 

「俺がゴム弾を撃つとなれば被弾を避けるにはテルマさんの鎧しかない。そこで既に標的は絞れるだろう?」

 

士郎のゴム弾を避けるにはテルマを盾にするしかない。その時点で士郎が相手をしなければいけないのはテルマのみだ。

 

「しかし、テルマの頑強な鎧を穿ったあの一撃は・・・」

 

「あれは『鉄甲作用』というれっきとした投擲技法だ。対象物の衝突威力を格段に跳ね上げる。だから石だったのさ」

 

「・・・そのなんでも切れそうな剣を投げればよかったじゃないですか」

 

閉じ込められていたとは思えない元気さで士郎を睨みつけるテルマ。

 

「それじゃあ殺しちゃうでしょう?見た感じ・・・コクピットには一人分の余裕しかないようですし」

 

「・・・っく」

 

涙目になりながら尚睨みつけてくるテルマに困ったように苦笑を浮かべて士郎は言った。

 

「テルマさんをやれば、必然的に出てくるのはコジマちゃんだけだ。まぁ、聖骸布を易々と破られたのには驚いたけどな」

 

「今回は完全に士郎の手のひらの上だったわけですか」

 

何とも言い難い表情をするマルギッテだが士郎は、

 

「悲観することはない。今回手合わせしたのは命令系統にある隊長だろう?隊を率いてこその隊長なんだから実戦でこうはいかないさ」

 

「そうです。今度こそ私の鎧の頑固な汚れにしてやります」

 

じっと睨みつけてくるテルマにあはは・・・と笑って、

 

「まぁそんなところだよ。部隊として強いからって一人一人がそうであるとは限らない」

 

「完璧であることは出来ません。・・・が、レオニダス王がドイツに来れないのをこれほど悔しく思うことになろうとは」

 

「レオニダスは置いておこう・・・うん」

 

またThis is Sparta!されても困るので士郎は引きつった笑みを浮かべた。

 

撤収作業が進められる中、マルギッテとフィーネは今回の感触をフランクに聞かれていた。

 

「恐ろしい観察眼と戦闘倫理ですね。そして武神にも匹敵するその力が糸を通すような作戦を可能にしています」

 

「うむ。私も最初聞かされた時はそれほどうまくはいかないと思ったのだが・・・いやはや。すっかり脱帽だ」

 

「今回の件、猟犬部隊としては重く受け止め、訓練をしていく所存です」

 

「そうだな。意外な・・・それこそ衛宮君のような敵が居ないとも限らない。十分に気を付けてくれたまえ」

 

「「はっ!」」

 

そうして訓練は終わりを告げた。

 

 

 

 

朝の訓練を終え、士郎はクリスの部屋を訪れていた。

 

コンコン

 

「クリス。いるか?」

 

「いるぞ!士郎」

 

ガチャリと開けられたとの先には色とりどりのクマの人形が見えた。

 

「ちょっと作戦会議に来たんだが・・・入ってもいいか?」

 

「もちろんだ。どうぞ」

 

そう言って士郎を招き入れた部屋は天蓋付きのベッドがある、いかにもお嬢様な部屋だった。

 

「そこに座ってくれ」

 

「ありがとう」

 

用意されている小さなテーブルに着く士郎。

 

「マルさんの部隊、どうだった?」

 

「想像以上に強かったよ。今回も隙を突けたから勝てただけで、馬鹿正直に真正面から戦ったら危うかったな」

 

「自分もここから見ていたが、今回士郎は真正面から戦ったじゃないか」

 

不思議そうに言うクリスに士郎は頭を振って、

 

「なにも挑発や隙を突くことだけが戦闘じゃないんだ。上手く誘導したりするのも立派な兵法だぞ」

 

今回はテルマを起点として作戦を組み、彼女の『鎧』という部分を終始利用して単騎戦に持ち込んだのだ。

 

それを説明しようかとも考えたが・・・

 

「それより、クリスはどうだ?一晩明けて気持ちは変わったか?」

 

士郎の言葉にクリスは近場のクマを抱いて、

 

「・・・変わらない。大和と添い遂げたいという気持ちは変わらない。正直、士郎とマルさんに嫉妬したんだ」

 

「俺とマルに?」

 

「うん・・・士郎とマルさんは本当に幸せそうだから・・・自分も、大和とそうなりたいと思ったんだ」

 

クリスは士郎とマルギッテに自分と大和を重ね合わせていたのだ。

 

「二人のようになれたらどんなに幸福だろうって。だから必ず。父様を説得する」

 

「安心したよ。一夜言い合ってくじけてしまったんじゃないかと思ったんだが・・・問題なさそうだな」

 

士郎は安心したと頷いた。

 

「ただ、士郎やマルさんの言う通り父様は話を聞いてくれなくて・・・まだ早いとかもっと後でドイツで探せばいいとか・・・今の自分の気持ちを認めてくれないんだ」

 

「ふむ・・・」

 

分かり切ったことと言えばそうだった。どうやらこちらも士郎の考える通りの戦いの状況のようだ。

 

「それで、何だが・・・士郎、何かアドバイスをくれないか?父様は全然話を聞いてくれないし、マルさんは味方にはなってくれないし・・・困ってるんだ」

 

「俺が言えることはそんなに多くないんだけどな。俺自身女性との関係は今回が初めてだし・・・それこそ、大和と二人で訴えかけるしかないと思うぞ」

 

一人ではダメなのだ。クリス一人ではどうしてもフランクは話を聞かない。大和とクリス、二人そろってこそ説得の余地があるのだろう。

 

そんな時だった。外が何やら騒がしい。

 

「どうしたんだ?」

 

「クリス。携帯見てみるといい」

 

「あ、うん・・・大和!」

 

文面は省くが、到着した、という事と、今行く、と書かれていたようだ。

 

「外の猟犬部隊がまた空を舞っているな。なにも殴り込みのような真似をしなくてもいいだろうに」

 

クック、と士郎は笑って立ち上がった。

 

「士郎、その・・・」

 

「大丈夫さ。俺は仲間の、クリスの味方だ。ここは一つ囚われのお姫様を逃がす裏切者でも演じよう」

 

そう言って士郎はクリスの手を掴んだ。

 

「さあ行くぞ。ここからが正念場だ」

 

そうしてクリスは士郎の手引きで外に出ることとなる。これからが正念場。フランクを説得できるか否かはこの瞬間にかかっていた。




猟犬部隊との出会いでした。引き続き士郎には猟犬部隊と親交を深めてもらいますがその前にクリ吉と大和坊を何とかしないとね。絶望的に話し進んでないですが!なんでだー(苦笑)

次回は大和達が乗り込んできますでも原作よりもハードモードかな。士郎いるからね、仕方ないね。という事で次回お会いしましょう。


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親子激突

皆さんこんばんにちわおじいちゃんのように腰が痛い作者でございます。

今回ようやっと大和達が到着し、激突します。

大和達はハードモードですが頑張ってくれることでしょう…というわけでよろしくお願いします。


大和達が到着し、フリードリヒ邸に襲撃をかけ始めた頃。士郎は屋敷の人の目を盗んでクリスを連れ出していた。

 

「ストップ」

 

「・・・!」

 

何度も士郎の掛け声で静止したり、駆け抜けたりと。まるで何処かの密偵のように自分の家を駆ける。

 

「士郎。ここまでする必要があるのか?」

 

「・・・そこのメイドの会話を聞いてみるといい」

 

そう言われてクリスは回避しようとしているメイドたちの会話に耳を傾けた。

 

『クリスお嬢様は?』

 

『お部屋でじっとしていますよ』

 

『中将の指示でお嬢様を屋敷から出さないようにと言われています。お嬢様には酷ですが・・・気を緩めないように』

 

「!?」

 

穏やかならざる会話にクリスはぎょっとした。

 

「なんで・・・」

 

「これが中将のやり方というわけだ。自分が説き伏せるまで余計な接触をさせない・・・実に効率的ではあるな」

 

「・・・。」

 

「だが俺は大和と共に説得に望んでもらいたいと思う。クリスだけを見ているフランクさんには悪いけどな」

 

「父様は・・・やっぱり話を聞いてはくれないのだろうか・・・」

 

今の会話に余程ショックを受けたのだろう。いつもの元気を失うクリス。

 

「クリス。これは戦争じゃないんだ。対話しようと望めばいくらでも対話できる。こんな所で立ち止まっている暇はないぞ」

 

「わかってる。分かってるけど・・・」

 

クリスにも、フランクの行動が意味不明に思えるのだろう。何故そうまでして自分を否定しにかかるのか。

 

親の心子知らずとはよく言うが今回ばかりは逆パターンだった。

 

「ショックを受けている所悪いが、行くぞクリス。とにかく大和達に合流するんだ」

 

「うん・・・」

 

何とか彼女の苦悩が報われると良いのだが、と士郎は思えてやまないのだった。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

 

 

士郎がクリスを先導しているころ、大和達は屋敷の外で足止めをくっていた。

 

「姉さん来るよ!」

 

「パーンチ!!」

 

ドゴーン!と百代にコジマのパンチが炸裂する。

 

「かわいこちゃんのわりにすごい力だなー。ええい、川神流奥義、無双正拳突き!」

 

ゴヒュン!と空気を裂いてコジマの数段早い正拳突きが彼女を襲う。

 

「わっと!?」

 

タンッと咄嗟に後ろに跳んだ彼女にギリギリ当たらなかったがコジマは冷や汗をかいた。

 

「すごいなー武神。ここまでやるんだ。今の食らってたらコジマはお星さまになる所だった」

 

「本当なら愛でたいところなんだけどなー。邪魔されるのは困るんだ」

 

「それはこっちも同じなんだよ。今お嬢様の所に行かれるのは困るんでね」

 

「なんでこんな総出なの!?」

 

「・・・もともと編成前だったのがテロ事件のせいで編成済みだったんだ」

 

ギリッと拳を握り込む大和。この精鋭だろう部隊とぶつかり始めて数分。本来なら百代が外で暴れてその間に自分たちは中へと突入するはずだったのだが。

 

事前に士郎から連絡があった通り、一筋縄ではいかないようだ。

 

「マルギッテさん!俺はクリスと合流しなきゃいけないんだ!そこをどいてくれ!!」

 

「・・・それはできません。中将の命令はお嬢様を外に出さないことと――――」

 

感情の無い顔でマルギッテは言った。

 

「直江大和。貴方と接触させないことです」

 

「やっぱりあの中将か・・・!」

 

「その割には泣きそうな面構えじゃないかマルギッテさん。本当はこんなことしたくないんだろ?」

 

「・・・。」

 

「その無言が既に答えですよ。大和さんをクリスさんに会わせてください!」

 

「できません」

 

「むむ~クリにそっくりの頑固さね・・・」

 

「ガクト。あのコジマちゃんの相手できるか?」

 

「え」

 

百代の問いにガクトはピキリと固まった。

 

「モモ先輩、マジで言ってる?」

 

「マジだ」

 

「俺様、強くなったけどあそこまで理不尽じゃないんですけど!?」

 

「男だろ。腹くくれ。それに攻撃はまだしも、完全に受けに回れば耐えられるはずだ」

 

「なんだ!?武神じゃなくてそこの兄ちゃんとやるのか!?いいぞ、コジマは全力で相手する!」

 

ドン、と地面を蹴り、コジマがガクトへと飛来する。

 

「うおおおおお!?」

 

慌てて横っ飛びに回避してガクトは百代に吠える。

 

「モモ先輩!何てことしてくれてんだ!?」

 

「うるさいなー、ちゃんと回避できたじゃないか」

 

「そうゆう問題じゃな、い!」

 

鋭いコジマの拳を辛うじて紙一重で避け続けるガクト。

 

「中々やるじゃないか!コジマはもっといくぞ!」

 

うおおー-!?と悲鳴を上げながら遠ざかっていくガクトとコジマ。何とか予期した通りになってくれたようだ。

 

「残るは銀髪の人と・・・なんかからくり?背負ってる人」

 

「からくりって言わないで!」

 

鎧を士郎に破壊されてしまったので予備の防衛機構を背負ったテルマが叫ぶ。残念ながら、容姿はからくりを背負った女性なので否定できない。

 

「コジマを取られたな。問題はどのくらいで戻ってくるかだが・・・」

 

「へっ!うちのガクトを舐めるなよ!この戦いが終わるまで戻っちゃこねぇよ!」

 

キャップがそう吠える。腕利き揃いの猟犬部隊を相手に彼は一切怯えていなかった。

 

「まゆまゆは銀髪の人頼めるか?」

 

「はい。承りました」

 

スラリと士郎の鍛えた刀を抜く由紀江。

 

「京はあのからくり背負った人・・・って言ってもあんまり前には出てこないだろうから周りの援護だ」

 

「・・・いいけど、こういう時は大和が指示するんじゃないの?」

 

不思議そうに聞く京に百代は獰猛な笑みを浮かべた。

 

「私はマルギッテさんと一騎打ちだ。多分あんまり加減出来ないからみんなに任せたい」

 

「そう言う事なら・・・ワン子、京、キャップ。よろしく頼む。なんとか道を切り開くぞ・・・!」

 

方針の決まったファミリーが本格的に動き出す。一方でマルギッテは、

 

「――――」

 

やはり感情の無い顔で百代を見つめていた。

 

「学生と侮ったのが失敗だったか。少尉、私達は――――」

 

「テルマとフィーネは後衛。私とリザが出ます。それと・・・私も加減が利かないので指揮はフィーネに託します」

 

黒い眼帯を捨て堂々とトンファーを構えるマルギッテ。

 

「武神。いざ――――」

 

「尋常に――――」

 

「「勝負ッ!!!」」

 

ズドン!と互いが地面を蹴った。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

「やれやれ、もう少しのはずなんだが」

 

士郎は広い敷地の中ゆっくり、着実に前へと進んでいた。

 

「ここを抜けたら玄関口の広場だぞ。・・・本当に大和達が来ているのか?」

 

中半怪しくなってきたのかクリスが責めるような口調で言う。

 

「間違いなく来てるよ。一夜明けたのがネックだが・・・多分・・・」

 

そう言って士郎はクリスの服の襟元を探った。

 

「わっ!?な、なにを――――」

 

「あった」

 

すぐに目的のものを発見したのか士郎の手がするりと離れる。

 

「大和はこれを頼りに来ているんだ」

 

「これは・・・」

 

明らかに、発信機だった。クリスがどこに居るのかを示すもの。

 

「なんでこんなものが自分の服に・・・」

 

「マルギッテさ」

 

「!!!」

 

「マルギッテは全てわかった上で、クリスに発信機を付けていた。もちろん自分の為でも命令の為でもないぞ。そこはわかるな?」

 

「うん・・・」

 

マルギッテは命令に反して大和がクリスを追いかけられるようにしていた。もしこれがフランクの耳に入ったら軍法会議にかけられるかもしれないことを知っていて。

 

「マルさんは・・・自分と大和を信じてくれてるんだな」

 

「そうだ。そんなクリスが取るべき行動は、わかるな?」

 

今度こそ、クリスはしっかりと頷いた。

 

「わかってる。自分は、大和と合流して何としてでも父様を説得する!」

 

「その調子だ。さ、多分大和達は猟犬部隊に足止めされてるんだろうからそこまで・・・ん?」

 

ふっと、士郎が不思議そうに敷地を見た。

 

「どうした?」

 

「あれは・・・ガクトがコジマちゃんと戦ってるのか」

 

「なんだって!?」

 

そちらの方を見やったクリスの目にガクトが所々ボロボロになりつつも、必死にコジマを相手取る姿が見えた。

 

「早く援護に行かないと・・・!」

 

「ダメだ」

 

駆けつけようとするクリスの手を掴んでとめる。

 

「士郎!」

 

「今はダメだ。とにかくクリスと大和の合流が先だ。問題ない。ガクトはそこまでやわじゃない。だろ?」

 

「・・・。」

 

納得がいかないという顔だが士郎の言う事も理解できるのかクリスは押し黙った。

 

「彼女はガクトに任せていくぞ。ガクトが居るんだからみんないる」

 

「そうだな・・・!」

 

パチン!と両頬を叩いてクリスは気合を入れた。

 

それからほどなくして、クリスは大和達が必死で戦っている場所へとたどり着いた。

 

「大和!」

 

「クリス!?屋敷に居たんじゃ・・・」

 

「仲間のピンチにはやって来ないとな?」

 

「士郎!」

 

頼もしい味方に大和達は歓喜した。

 

「やっと来た」

 

「手厳しいな京。状況は?」

 

「姉さんがマルギッテさんと一騎打ちしてて・・・あのグレーの髪の人はまゆっちが対応してる」

 

大和の言葉を聞いて見れば、マルギッテと百代は離れた所で激しくぶつかり合い、由紀江はリザと高速戦闘に入っていた。

 

「京と一子でこの数を凌いでたのか。コジマちゃんがいないとはいえ、よくやったな」

 

「川神院師範代を目指すのに弱音なんて吐かないわ!」

 

「・・・将来のママ友の為だから」

 

「ま、ママ友・・・!?」

 

カーっと顔を赤くするクリスに苦笑を浮かべた一同は敵を捌きながらこれからの事を考える。

 

「クリス、戦えるか?」

 

「もちろんだ!レイピアは無いが自分も戦えるぞ」

 

「本場軍人相手に気を抜くな」

 

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

 

士郎の手にいつも彼女が振るっているレイピアが現れた。

 

「流石士郎!」

 

「彼女等は命令に従ってるだけだ。怪我をさせるなよ」

 

「多少ならば仕方ないだろう。自分も、鍛えてもらうつもりで行く!!」

 

「こらこら。防衛目標が前線に出るな。まずは俺たちでこの包囲を突破するぞ」

 

「「了解!」」

 

「キャップ。先に中に行ってガクトの支援を頼む。こちらは何とかする」

 

「任せろ!」

 

Pause(止まれ)!」

 

「なんだかわかんねぇけど止まるかよ!」

 

ボン!とキャップ謹製の煙玉を炸裂させてキャップは居なくなった。

 

「さて、こちらはどうしようか」

 

士郎はキャップが行ったのを見送って無手ながら構える。

 

「士郎、双剣は?」

 

「まさか。こんな組手で使うわけにもいかないさ」

 

そう言って士郎は足元の石を拾った。それを見た猟犬部隊は戦々恐々とした面構えで士郎を見る。

 

「石で戦うのか?」

 

「そうしてもいいんだが、あの反応はちょっとよろしくないな」

 

士郎は拾った石を捨てた。代わりに両手を握って構える。

 

「衛宮殿!なぜ我らと――――痛い!?」

 

文句を言いに来た愚か者をゴム弾の指弾で追い返す。

 

「何を言うかと思えば。私は一度もドイツ軍の味方だとは言っていない。それを無防備に何をしているのかね?」

 

「・・・ッフ。確かに、味方だ、とは一度も言わなかったな」

 

フィーネが珍しくクッと笑って士郎を見た。

 

「衛宮士郎。君は我々と事を構えるという事でいいのかな?」

 

「事を構える?何を物騒な。私は仲間が中将と話す機会を望んでいるだけだ。それなのに武器を持ち出してまで攻撃とは、過剰防衛なのではないかな?」

 

不敵に笑ってフィーネを見る士郎。この絶望的な戦力差でも、彼は決してあきらめない。その意志が感じ取れた。

 

その姿にテルマはギリ、と歯を軋ませる。

 

「愚問だったな。ドイツが誇る猟犬部隊の技、味わうがいい」

 

「大和!離れるなよ」

 

「わかってる。クリスも捕まるなよ!」

 

「たとえマルさんの部隊相手でも自分は負けないぞ!」

 

クリスと士郎が駆けつけたことによって、ぐんと殲滅力が上がる。問題はテルマとフィーネだが、

 

「・・・。」

 

「前に出るなよテル。今のお前では無理だ」

 

「くっ・・・!」

 

図星を突かれて唸って止まるテルマ。

 

「こちらは早々に決着がつきそうだな。あとは少尉だが――――」

 

絶えずドン!という腹の底から響くような音を立てて激突する二人を見やる。

 

「あまり無理をしないでもらいたいのだが・・・」

 

彼女はそのように思うがはたしてその願いが届いたのかは、わからず終いだった。

 

 

 

――――interlude――――

 

トンファーと拳が激しく激突する。もうどのくらいそうしていたか。数分か、あるいは一時間程か。全霊で対峙するマルギッテと百代はただただ無言で互いの技を繰り出していた。

 

「ふッ!!」

 

「はあぁ!!」

 

ガン!と、とても肉体と武器が奏でるようではない音を響かせて二人は戦場を舞う。

 

「・・・見事だマルギッテさん。もし昔の私なら手こずっていたかもしれない」

 

額に汗を掻き、ジンと痺れる拳を見て百代は言った。

 

「でも今の私ならそうでもない。確かに強いけど壁超えしたくらいじゃ勝てませんよ?」

 

「・・・。」

 

ふーっふーっと、荒い息を何とか鎮めようとしているマルギッテ。

 

この結果は最初から分かっていた。何故なら、マルギッテは士郎達との鍛錬で既に壁超えの強さを手に入れたが、百代もまた、彼の影響で強くなっていたのだから。

 

このまま戦っても埒が明かない。そこでマルギッテは隠し玉を披露することにした。

 

「武神。このままでは貴女を倒せないことは分かりました。ですが、私も後に引くつもりはありません。・・・決着と行きましょう」

 

それまで荒い息を吐いていたマルギッテが大きく息を吸い込み、息を整え姿勢を低くする。

 

「いいでしょう。受けて立ちます。これがほんとの大一番だ」

 

コキ、コキと手と首を鳴らし、百代も受けの態勢を取る。

 

「士郎・・・この技を貴方に」

 

「川神流・生命入魂。タイプ・ウルフ――――」

 

ぶわりとマルギッテの赤い闘気と百代の金色の闘気が収束する。

 

叫ぶは偶然、いや、必然。互いに衛宮士郎の技を習って――――

 

「「フルンディングッ!!!」」

 

互いを食い破らんと赤き狼と金色の狼が疾駆する――――!

 

「!?マルギッテ・・・!」

 

「マルギッテ少尉!?」

 

強くなっているとは思ったが、まさか赤き狼に変じるとは思いもしなかったフィーネとテルマが驚愕を露わにする。

 

冠する名はどちらも真正の魔剣、『フルンディング』。狙った獲物を決して逃がさぬ魔性の獣。その獣が互いにぶつかり、赤光と金色を散らせて何度もぶつかり合う。

 

「一度見せた技をこうも昇華させられると・・・いやはや、困ったものだな」

 

それを見た士郎も苦笑を浮かべざるを得ない。これは正真正銘、赤原猟犬のオマージュだ。

 

「ああああああぁぁぁッ!!!」

 

「はあああああぁぁぁッ!!!」

 

裂帛の気合と共に何度も何度もぶつかり合う。命を燃え上がらせて戦う二匹の狼は神聖ですらあった。

 

だが勝敗は必ず付く。勝敗は――――

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

ケフッとどちらともなく口内に溜まった血を吐き捨てる。

 

「まさかの」

 

「相打ち、ですか」

 

ボロボロになった百代とマルギッテが組み合うように立っていた。

 

「やるじゃないですかマルギッテさん。これでも武神ですよ」

 

「勝たなければ意味はありません。・・・ですが、貴女を打倒することも不可能ではないと知りました」

 

そのまま二人は離れるようにバタリと倒れた。

 

「一応聞きますけど、大丈夫です?」

 

「これが大丈夫に見えますか?まぁ、今回ばかりは私も力を出し尽くしました」

 

もう一歩も動けんとマルギッテは言った。それを聞いた百代も楽し気に笑って同意した。

 

「まったく・・・随分と物騒なことをしているな」

 

「士郎!」

 

「士郎・・・すみません。貴方を勝ち取れなかった」

 

「やっぱりそういうことかー。マルギッテさん容赦なかったもん」

 

「容赦なかった、ではない。こんなことをして私が喜ぶとでも思ったのか?」

 

責めるように言いながら二人の介抱をする士郎。

 

「ていうか士郎。こっちに来ていいのか?大和達は――――」

 

「あそこ。俺の任務は達成だ」

 

そこには指弾で倒された隊員達と、やって来たフランクと対峙するクリスと大和の姿が。

 

「お嬢様・・・」

 

「断固拒否って感じを出しながらなんか試す素振りも見せてるな」

 

「百代の言う通りだろう。フランクさんも多少は考えてくれたんだろうさ」

 

そう言いながら心配そうに三人を見つめる士郎。だが、もう大丈夫だろうと目を逸らした瞬間、

 

「メフィストフェレス!」

 

突然若返ったフランクが現れて度肝を抜かれた。

 

「・・・あれは?」

 

「中将の秘儀です。なんでも、フリードリヒ家に伝わる奥義なのだとか。私も見るのは10年ぶりです」

 

「クリスの親父さんって歳のわりにどこか老けてる印象だったけど、そうか。むしろあの技の為に日々温存してるのか」

 

「そう言う問題じゃない。しかし気による若返りか。大和とクリスはどう出る?」

 

戦闘力も爆発的に上がっているだろうフランクに対して大和が取った行動は――――

 

ガン!

 

「ぐっ!?」

 

「ぬあ!」

 

足を止めてのヘッドバットだった。

 

「ば、馬鹿かね君は!?この状態の私に対して足を止めるなど――――!」

 

「馬鹿で結構!こちとら真剣にクリスを想ってるんです!!ここで逃げることも、引くこともしませんッ!!!」

 

またガツン!と額がぶつかり合う。

 

「・・・おかしいな。大和って頭脳派じゃなかったっけ?」

 

「あはは!誰の影響だろうなー。頭脳派のリアリストの癖に、ここ一番は愚直に前に進むのって」

 

「直江大和はリアリストではありませんが、確かに、あの姿には見覚えがありますね」

 

ガツン、ガツンと何度も額をぶつけ合う大和とフランク。何も大和が一方的に襲っているのではない。フランクがクリスが欲しければ自分を越えて見せろというので彼はああしているのだ。

 

そして奇しくも、頭突きという戦闘スタイルは彼の母、元は暴走族の頭だった直江咲の得意戦術。彼は教えてもらうことなく、最も可能性のある肉弾戦を選んでいた。

 

「や、大和!もうやめるんだ!それ以上は馬鹿になってしまうぞ!?」

 

「何をいまさら!クリスがもらえるなら多少馬鹿になったって構うもんか!それに!この程度で俺たちのど根性は折れな、いッ!!!」

 

ガツン!と、また凄まじい音を立てて大和はヘッドバットをかます。両手はがっしりフランクの頭を掴んでおり、相手が参ったと言うまで離さんとばかりだった。

 

「ぐう・・・そうまでしてクリスが欲しいか!なぜだ!なぜこんなにも痛みを伴う行為をしてまで・・・!!」

 

「そぉれぇはぁ!!」

 

グオンッと大和が頭を振りかぶる。

 

「クリスの事が――――!」

 

そして溜め、溜めに溜めて――――

 

「好きだからに決まってんだろうがッ!!!」

 

ガイン!!!

 

ここ一番の一撃が二人の間で炸裂する。

 

しんと静まる中、フランクはふっと笑って、

 

「まさか君一人の力で降参させられるとは思わなかったよ」

 

「ちゃんと話し合いましょう。お義父さん」

 

「ああ。そうだね。君の言う通りだ」

 

そして遂に諦めたフランクから手を離しフラーっと後ろに倒れる大和。

 

「や、大和!!」

 

倒れる大和をクリスが抱き留めた。

 

「なんて無茶なことを!」

 

「あー・・・誰かの馬鹿がうつったかな」

 

はっは。と力なく笑う大和にクリスは涙を浮かべて、

 

「・・・!!」

 

大和をぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

――――interlude――――

 

翌日、大和はクリスと正式にお付き合いを始めて、ファミリーは川神に帰ることになった。

 

「・・・あれ?俺様の活躍は?」

 

「活躍・・・なのか?」

 

あの後、持ち前の怪力でガクトとキャップを乗せて運んできた小柄なコジマは泥にまみれた顔で、

 

「コジマ負けた!やるなこの兄ちゃん!」

 

と天真爛漫に笑っていた。

 

「最後敵に運んできてもらうのは活躍って言えるのか?ガクト」

 

「ぐぬぬ・・・」

 

「大和はラブロマンスだったけどねぇ・・・」

 

「詰めが甘い・・・」

 

「だー!いいじゃねぇか勝ったんだから!いいか、俺様はあの後だな――――」

 

「はいはい。それより、士郎は?」

 

百代が空港を見渡すが、姿が無い。

 

「なんか後便で帰ってくるらしいよ」

 

「なにー!?折角甘えようと思ったのに・・・」

 

そんなことを言う百代だが、マルギッテと相打ちになったものの、瞬間回復ですぐに立ち直りドイツ陣営を驚かせた。

 

「大和も馬鹿だけどモモ先輩も大概だよな。わざわざ同系統の技で挑むなんて」

 

「でもあれでこそお姉さまよね!」

 

「今回は大和坊とモモ先輩に全部持ってかれたよねー」

 

「松風!?」

 

「そう言えばまゆっちも隊長と戦ってたんだっけ」

 

「どうだったんだ?実際余裕・・・でもなかったんだろ?」

 

「はい。真剣勝負なら危うかったと思います」

 

「まゆっちが本気になる事なんてまずない。ってことは・・・」

 

うーんと悩む一同。だが時間は有限で。

 

「あ、俺たちの便アナウンスされてるぞ」

 

「マジか!・・・って大和、ドイツ語分かんの?」

 

「いや英語でもアナウンスしてるだろ・・・」

 

「あたし、英語もドイツ語もわかんないわ」

 

「さんせー。わかりません!隊長!」

 

「誰が隊長だ!」

 

「隊長はキャップたる俺・・・ンガー」

 

「そこだけは寝ながらでも反応するんだ・・・」

 

と、かしましく騒ぎ立てながら大和達は帰還するのであった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

ドイツでは士郎に対するお願いという名の軍からの嘆願が出されていた。

 

「マルギッテ少尉以下隊長の育成、ですか」

 

「そうだ。今回の件で我々はまだまだ危ういという事が分かったからね。君の所で鍛えてほしい」

 

「しかし、任務があるのでは?」

 

「現在火急の任務は無い。マルギッテ少尉と同じでその都度赴く形で問題ないだろう。猟犬部隊は精鋭だが、なにも軍は猟犬部隊だけではないのでね」

 

「私は構いませんが・・・」

 

これは軍事機密となるので総理の許可が必要になるのでは?と考える士郎。

 

「問題ない。日本の総理と九鬼財閥にはもう知らせてある。そして受けるか受けないかは君の一存に任せるともね。どうだろうか?もちろん報酬はきちんと払わせてもらうよ」

 

「・・・確認ですが。鍛えるのが目当て、という事で間違いないですか?」

 

「ああ。なに、教官のまねごとをしろとは言わないさ。君の技術を少しでも伝授してほしい。君の訓練と同じ環境下に身を置けば自然と強化されるのではと我々は思っている」

 

「そこまでかって頂くほどでは・・・まぁ、特殊な環境ではありますが」

 

主にレオニダスとかスパルタとか。実に悩ましい問題である。

 

「では受けてもらえるという事でいいかね?」

 

「はい。幸い家には部屋がまだ余ってますし・・・問題ないかと」

 

「はっはっは!宿の事まで頼むつもりはなかったのだが、君がそう言ってくれるなら安泰だな。もちろん生活費として報酬に幾分か上乗せしよう」

 

「ありがとうございます。――――してこの後の予定は?」

 

「思わぬ来客者で大分予定を乱されてしまったからね。今日もわが家に泊って明日改めてチケットを取ろう。娘も居なくなってしまってさみしいことこの上ないがね」

 

「そうですか・・・あの、よろしければ行く前にパーティなど開いて親交を図ろうと思うのですが、いかがでしょう?」

 

「それはいい提案だ!彼女等としっかり親交を深めて任務に支障が無いようにしてもらいたい。準備は頼めるかな?」

 

「はい。車さえ出していただければ問題ありません」

 

「そうかそうか。わかった、手配しよう。それでは以上となる。他に聞きたいことはあるかね?」

 

「マル――――いえ、何でもありません」

 

つつけば藪蛇になるだろうことを悟って士郎は聞くのをやめた。

 

会議室を出るとマルギッテとリザが待っていた。

 

「ご苦労様です。中将はなんと?」

 

「ああ。部隊長を家にお招きして訓練だとさ」

 

「マジ?それって実質休暇じゃん。ヒャッホウ!」

 

「何言ってるんですか。今回はきちんと報酬が約束されてるのでしっかりやりますよ」

 

「しかし、場所は士郎の家なのでしょう?限りなく休暇に近い合宿となりそうです」

 

「そう言われると複雑なんだが・・・まぁ、無理せず行きましょう」

 

そうしてマルギッテと猟犬部隊もまた、日本にやってくることとなった。これがどんな効果を発揮するのかは士郎もマルギッテもわからない。

 

――――ただ、

 

「・・・。」

 

マルギッテだけは、また士郎の女難の相が発揮されるのでは、と考えているのであった。




中将激突編でした。ここでいうのもなんですが大和の母、咲さん、元ゾッキ―なんですよね。その戦闘スタイルはどんな相手にも頭突きで仕留めたとか。頭突きキャラってなんか好きなんですよね。ガクトの声優さんのバスケットマンとか(笑)

次回は日本に帰ってきて・・・の前にパーティします。もう少しドイツ編続きます。

では次回!


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帰国

みなさんこんばんにちわ。最近柿の種にドハマりしている作者でございます。

今回はやっと士郎も帰国…ですがその前にお疲れ様と言うか歓迎というかパーティを開きます。ここでやっとまともな会話をしていくと思うのでよろしくお願いします。

では!


「プロ―ジット!」

 

「「「プロ―ジット!!」」」

 

マルギッテの乾杯の音頭を受けて大きく返す猟犬部隊の隊員達。

 

今回はオリエンテーションを込めたパーティだ。最初に戦闘という形を取ってしまった士郎とリザたちの交易の場でもある。

 

未成年は士郎だけなので川神水が少し準備されているだけでほとんどの者が酒を口にしている。今日ばかりは任務も休みという事で夕刻から多数の隊員達が酒を手に笑っていた。

 

「むぐむぐ、むぐむぐ・・・」

 

「コジマ、そんなに食べて大丈夫か?」

 

リザの言葉に振り返ったコジマは両頬をリスのように膨らませて料理を頬張っていた。

 

「ん、ん!大丈夫だぞ!料理が美味しくてコジマは幸せだ!これは士郎が作ったんだろ?すごいなー。コジマ、こんなに美味しいの久々に食べたー」

 

「はは、だろ?衛宮の奴料理の腕もすごいんだ。これから教官になるんだからよろしくしようぜ」

 

「うん!コジマは元から仲良くしてもらうつもりだぞ!・・・リザとテルと違って」

 

そういうコジマの目線の先には黙々とマッシュドポテトを食べ、衛宮士郎を睨むテルマの姿が。

 

「テルは分かるけどなんで俺もなんだよー」

 

「コジマわかってる。リザは本当に心を開いたわけじゃないって。衛宮、衛宮って呼んでるのその証」

 

「ちぇー、ロリバッハのくせに言うなぁ・・・そういうコジマはどうなんだ?」

 

「コジマは仲良くしたい!でもってご飯沢山作ってほしい!」

 

いうやいなや、またもぐもぐと、食べ始めるコジマにカクリと肩を落とすリザ。

 

「お前は単純でいいなーコジマ」

 

「そうかなー。士郎ってそんなに自分を偽らないと思うんだけど。リザらしくない」

 

「だってよー、マル以外にも婚約者がいるって話だぜ?どうやったらそうなるのか俺には皆目見当がつかねーよ」

 

視線の先にはマルギッテとフィーネ、そして話す機会の無かったジークがいる。

 

「敵対しておきながらこれほど盛大なパーティを催すとは。お前は不思議な奴だな。衛宮」

 

「最初は敵でしたがこれからは仲良くしてもらいたいんですよ。折角一緒に鍛錬するなら仲良くやっていった方がいいでしょう?」

 

「確かにな。まぁ、我々も根を詰めていたところだ。気分を変えるには最適だろう。紹介が遅れたな。彼女はジーク。ジークルーン・コールシュライバーだ」

 

紹介された、女性としては高身長の薄い桃色の髪の女性がゆったりとあいさつした。

 

「副長に紹介してもらったジークルーン・コールシュライバーだよ。よろしくね」

 

「はい。俺は衛宮士郎です。よろしくお願いします」

 

「そんなにかしこまらなくていいよー。長いからジーク、って呼んでね」

 

「そう・・・か?なら俺も士郎でいい。よろしく頼む」

 

うん!と頷くジークと握手して士郎はどうするべきか悩んでいたことを話す。

 

「こちらは仲良くしてもらえそうという事で・・・マル、あちらの女性はどうすればいいか非常に困ってるんだが」

 

「テルマですね。彼女には・・・少々時間が必要でしょう。なにせ彼女は男性嫌いなので」

 

テルマは過去に男性に嫌がらせされた過去を持つので極度の男性嫌いとなってしまっているのだ。

 

そこに今回の士郎の実力に完敗したのもあり、中々縁は紡げそうになかった。

 

(マルの言う通り時間が必要だろう。ただ、なぁ・・・)

 

士郎としては彼女が鍛えたという見事なあの鎧の、正確には鉄の鍛え方について色々話をしたかったのだが・・・

 

(仕方ないか)

 

と、諦めた矢先、

 

「士郎はテルマが気になるのですか?」

 

「え?ああいや、あの鎧は中々見事な出来だったからな。鉄の鍛え方とか話せればと思ったんだが・・・」

 

マルギッテがそう言いだしたので士郎は思っていたことを話した。

 

「なるほど・・・士郎の鍛える武器は至高の出来ですからね。そんな士郎に見事、と言わせるとは」

 

「マル、衛宮は武器を鍛えるのか?」

 

「ええ。彼は日本・・・いや、世界一の鍛冶職人です」

 

「!!!」

 

「世界とは・・・大きく出たな。それほどまでに凄まじいのか?」

 

「それは彼の鍛えた物を見れば一目でわかるでしょう。黛由紀江、川神一子の武器が彼の作品の一部でしたが――――」

 

「待ってください!!」

 

バン、とマッシュドポテトを食べていたテルマが詰め寄ってくる。

 

「どうしました?」

 

「あの武器を・・・本当にこの男が鍛えたんですか!?」

 

信じられないと否定したがる様子のテルマだが、現実は現実だった。

 

「はい。間違いなく俺が鍛えたものですよ。これでも武器を鍛えるなら他に類は見ないと自負していますが」

 

「嘘よ・・・あんな業物を貴方なんかが・・・」

 

「テルマ。貴女の男性嫌いは仕方のないことだと思いますが認めなさい。世界は存外広いのです」

 

「・・・。」

 

テルマは悔し気に押し黙った。

 

「俺は特殊な方法で物体の解析が出来るんですよ。そのおかげで思うように鉄を鍛えることが出来る」

 

「そんな!そんなの・・・反則じゃない・・・」

 

ますます落ち込むテルマに士郎は苦笑して、

 

「確かに反則です。普通の人は経験からくる眼力のみで鉄を鍛えなければならない。だから貴女のあの鎧には敬意を表します。よく、経験のみであそこまで練り上げましたね」

 

「・・・貴方に褒められてもうれしくなんか無いわ」

 

「それはそれ、俺は自分を認めさせたいわけじゃないので構いませんよ。ただ、あの鎧の出来は確かなものだった。それを伝えたいだけです」

 

「・・・。」

 

それを聞いたテルマはそれっきり何も言わず立ち去って行った。

 

「大丈夫かな、マル」

 

「問題ないでしょう。あの鎧を物理的に突破したのは士郎が初めてなのです。多少の動揺は仕方のないことでしょう」

 

「そうだな。それにしてもRPGの直撃でも平気なあの鎧を、小石で突破されるなど考えもしなかった。あれは投擲技術ということだが、本当か?」

 

「ええ。間違いないですよ。身に付ければ誰だって同じことが出来ます。今回のテルマさんみたいにタンクキラーとなりえるでしょうね」

 

誰だって鉄に石が打ち勝つなど考えもしない。故に相手は必ず防御の構えを取る。本来受けてはいけない攻撃に無防備に盾を構えてしまう。

 

それが今回士郎が取った戦術の一つだった。

 

「テルマの事は追々整理がつくことでしょう。それより士郎、あの鉄甲作用という技、本当に私達に教えていいのですか?」

 

あれは一種の極意なのでは、とマルギッテは思うのだが、

 

「構わないさ。確かにあれを習得するのには時間がかかったけど・・・マルの隊で悪用する奴なんかいないだろうしさ」

 

「そう言われては私達も気合を入れないとな。悪用したらその者の手を奪うことにしよう」

 

「そこまで過激なのは・・・」

 

「いえ、必要です。小石であの威力なのですから鉄の塊など投擲したらとんでもない威力になります」

 

冗談抜きで銃弾と変わらぬ威力になるのは目に見えていた。道具を使わず、己の肉体のみでそれを行えるのは、常に銃を手に闊歩しているようなものだ。

 

「まぁ部隊内の原則に俺がちゃちゃを入れるのは間違ってるだろうからこれ以上は言わないけど・・・」

 

元の世界でも、対人ではなく、対化け物用だったので人相手には火力がありすぎるのは否めなかった。

 

「隊長。そろそろコジちゃんも紹介したほうが・・・」

 

「・・・そうですね。コジマの事ですから食べ漁っているでしょう」

 

そう言ってマルギッテは周囲を見渡して、ごっそり料理の無くなっているテーブルを発見する。

 

「いました。士郎、こっちです」

 

「ああ。フィーネさん、ジーク。これからよろしく」

 

「うむ」

 

「はーい!」

 

二人にはそう告げて士郎はマルギッテを追う。

 

「コジマ。士郎を紹介します」

 

「むぐむぐ・・・まって、まだ口の中いっぱいだから・・・」

 

あれだけ作った料理が一部ごっそり無くなっているのを見て士郎は、この子はセイバーと同じタイプの子だと判断した。

 

「んん!お待たせ!コジマはコジマ!力が自慢だぞ!」

 

「それでは挨拶になっていません・・・彼女はコジマ・ロルバッハ。見ていた通り怪力の持ち主です」

 

小さな身なりには見合わない強力な力を持つ少女だ。そしてあれだけあった料理もこの小さな体にどうやって納められているのか甚だ疑問だった。

 

「見事な攻撃力だったな。俺も直撃していたら危なかった」

 

「んー、でもなー、あっさり躱されたからなー。コジマ複雑」

 

「でも今回の戦闘で何か掴めたんだろう?」

 

「うん!石を投げるっていうのもいいなってコジマ思った。今まで遠距離攻撃って言ったらパンチで吹く風だけだったけど、手軽で簡単だな!」

 

「君の怪力なら十分な威力だろうがコントロールの練習もしないとな」

 

「だな!もぐもぐ・・・それよりこの料理全部士郎が作ったんだろ!?コジマは感激だ!」

 

そう言ってまたガツガツムシャムシャと食べ始めるコジマ。

 

「コジマは小柄に強力なパワーを持つからかよく食べるのです」

 

「あはは、見てて爽快な食いっぷりだな」

 

これは家の炊飯器を本当に業務用にしなければいけないかもと思う士郎だった。

 

 

 

 

 

宴に華やぐ中、士郎は一旦場を離れ、一人ベランダに出て夜風に当たっていた。

 

「士郎」

 

「ん、マルか」

 

夜空を見上げていた士郎に声をかけたのはマルギッテだった。

 

「どうしたのですか?」

 

「ああ、世界は変わっても星は変わらないんだな、と思ってさ」

 

世界を跨いだというのに星座は士郎の知るそれと変わらなかった。

 

――――それもそのはず。異世界へと転移はしたが、人間が生を営むそれほど変わらぬ世界なのだから。

 

「士郎の故郷はどんなところだったのですか?」

 

「俺の?」

 

マルギッテの問いに士郎は思わぬ隙を突かれたという顔をして、

 

「俺の故郷は、冬でもそこそこ暖かい場所だったな」

 

「確か、冬木、といいましたか」

 

「ああ。平凡な――――いや、平凡だったのは表だけだったか」

 

「・・・。」

 

懐かしむように士郎は目を閉じる。

 

「マルはもう知ってるだろ?どうして聞くんだ?」

 

「あれはただの記録です。士郎が何を感じ、どう生きたのかはまた別でしょう」

 

「そう、か。そうだよな。あれは記録。オレっていう何もわかってない小僧の駆けた御伽噺」

 

はは、と笑って士郎は向きを変えて手すりに肘を着いて空を見上げる。

 

「・・・ッ」

 

そのいでたちにマルギッテは悲しいものを感じた。

 

「士郎、その、ごめんなさい」

 

「なんで謝るんだ?」

 

士郎は不思議そうに首を傾げた。

 

(士郎は気づいていない。今度は私達が体よく利用していることを)

 

もしくは織り込み済みなのか、本人にはどうでもいいことなのか。彼はまた戦いの日常へと戻る。

 

その理由が自分達にあるのがマルギッテは、腹の底から怒りがこみ上げた。

 

「私達が、また貴方を戦火の日常に戻してしまう」

 

「戦火?とんでもない。ただ技術を学ぶだけだろう?」

 

「しかし!貴方が託した技で私達は――――」

 

戦いに赴く。それは衛宮士郎からこぼれ落ちたそれを、すくい上げ、戦場にもたらすことに他ならない。

 

「マルが何を言いたいのかはわかるけど、それならそもそも俺が拒めばよかった話だ。マルのせいじゃない」

 

「けれどそれでは――――」

 

自分達が結託した意味がない。我々は結託して、衛宮士郎を戦火から遠ざけようとしているのに。

 

「私は――――」

 

「なぁマル。あの技、見事だったぞ」

 

「え――――?」

 

唐突にそう言われたマルギッテは上手く頭が回らなかった。

 

「だから百代に使った技だよ。見せたのは一度切りだって言うのに大した練度だった」

 

「あれは・・・その」

 

今更ながらにマルギッテは急に恥ずかしくなった。惚れた男の、いや、憧れた男の技を自分用にアレンジしたなど。

 

まるでそれは――――

 

「士郎は、あの矢を放つのにどれくらいかかったのですか?」

 

「俺?俺は・・・思いのほかすぐに出来るようになったよ。なにせ――――」

 

未来の自分がいたのだから。そう紡がれるはずの言葉は紡がれなかった。

 

「ともかく、マルが気にすることじゃない。俺は君を信じているし、君は自分の部下を信頼している。なら、それでいいじゃないか」

 

「士郎・・・」

 

「なんだか湿っぽくなったな。ドイツの風は冷たいし、澄んでいるから色々思い出しちまう」

 

「・・・。」

 

そう言って苦笑する士郎にマルギッテは、

 

「ん・・・」

 

「ん!?」

 

さっと口づけを交わした。

 

「今夜は寝かせません」

 

「・・・それって男のセリフだぞ」

 

ガシガシと後ろ頭を掻いて士郎は会場に戻った。

 

 

 

 

 

翌日、フィーネ、リザ、コジマ、テルマ、ジークそしてマルギッテと士郎はようやっと日本に向かうことになった。

 

「なんだか滞在が短いと時間の感覚がおかしくなるな」

 

「士郎としては怒涛の毎日だったことでしょう。疲れは残っていませんか?」

 

「疲れは今のうちにとっておいたほうがいいぜー」

 

「リザのいう通り。ということでコジマは寝る」

 

「コジちゃん、はい。ブランケット」

 

ありがとう、と実に平和なやり取りのコジマとジーク。

 

対してフィーネとテルマは、

 

「こちらのパラメーターは・・・」

 

「それならばこちらは削って・・・」

 

新しい鎧のことについて話し合っている。ゆっくりと休む様子はなかった。

 

「リザさん達は眠らなくていいんですか?」

 

「そりゃ休暇だからなぁ・・・」

 

「不謹慎ですよリザ」

 

「だから本格的にやるって言ってるのに・・・」

 

あっけらかんとしたリザに頭痛を覚える士郎。

 

「だって・・・」

 

「だってもなにも、あの技が簡単に身に付くとでも思っているんですか?」

 

「・・・。」

 

士郎の言葉にピタリと止まったリザ。

 

「ええっと・・・衛宮、俺ら友達だよな・・・?」

 

「何を急に言っているのですか。友達であろうとなかろうと今回の任務には関係ありません。投擲技術ということで、リザには必ず体得してもらいますので」

 

「ギャー!?それ任務の合間にだろ!?休む暇もないじゃないか!」

 

「だから休暇などではないと何度も言っているでしょう。それに、向こうには最高のトレーニングコーチがいますのでダラダラする暇などないと知りなさい」

 

「うぇー・・・」

 

「隊長・・・その、私達左遷されたわけじゃないんだよね・・・?」

 

ジークの心配げな問いにマルギッテはしっかりと頷いた。

 

「私が提案したのだから当然です。私がお嬢様と日本で体験したことを踏まえて、猟犬部隊を日本に呼ぶことに決めたのです」

 

「報告書で見ていたが本当に私達を強化できるのか?」

 

「その点に関しては問題ないかと。なにせ家には壁越えも多数いる上に英霊まで居ますから。他にはない体験が出来ると思いますよ」

 

「入隊試験の時を思い出すね」

 

「確かに。基礎体力の向上、技術の習得。どれをとっても最高のチームが向こうにいるというわけだ」

 

フィーネはそう言って自分もブランケットを取り、眠る体勢に入った。

 

「ちぇー。折角日本を堪能できると思ったのに」

 

「それに関しては俺の方で努力させてもらいますよ。主に料理にはなりますが」

 

「ご馳走!ご馳走がたくさん・・・」

 

ガバリと起き上がったと思ったらパタンと倒れるように横になるコジマ。なんとも大きい寝言だった。

 

「随分と気に入られたな」

 

「それはよかった。わだかまりなく双方の為になるようにしたいですからね」

 

士郎はそう言って笑い、ようやく我が家に帰れることを実感した。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで眠ればあっという間に日本である。空港では揚羽と、なんと総理が待ち受けていた。

 

「ようやく帰ってきたな」

 

「あれほど気をつけろって言ったのによぅ・・・お前さんてやつは」

 

「揚羽さん、総理も・・・」

 

「俺たちもいるぞ」

 

「マルさーん!」

 

クリスがマルギッテに抱き着き、士郎は仲間達と豪華なメンツに迎えられて困惑顔だ。

 

「俺、なんかしました?」

 

「なんかもなにもおめぇ、そこのクリスって嬢ちゃんを救出しろとは言ったけどよ。お家騒動にまで巻き込まれるなよ」

 

「そこはそれ、直江君ちの大和君に言ってください」

 

「総理、すみません・・・」

 

「はっは!これに懲りたら末永く幸せになるんだぜ?とにもかくにも、救出任務ご苦労さん。ありがとよ。兄ちゃんのおかげで被害者0だ」

 

そう言って労ってくれる総理に士郎はホッとした。元はと言えばテロ事件が起きたから士郎はドイツに行く羽目になったのだから。

 

「士郎には今後一応の事情聴取がある。なに、林冲と史文恭があらかた証言しているし、我らの従者部隊も居たからな。簡単な確認で済むだろう」

 

「それは助かります。揚羽さん、いくつかの武器の納品が遅れそうです。すみません」

 

「なにをいう!武器の一つや二つ納期が遅れるとて、それで人命が助かるなら安いものだ。そもそも人命のために我らは武器をお前に発注しているのだからな。気にするな」

 

「逆に、今回はすぐに救援を送れなくて悪かった。自衛隊は汚名返上だ!なんて言ってたんだけどよ。色々あって救援に出すのが遅れちまった。その代り、しっかり護送したからな。安心してくれ」

 

そう言って総理はイイ笑顔で笑った。

 

「そのテロリストの件につきまして中将から日本の総理当てに手紙を預かってきました。お納めください」

 

「律儀なこった。あれだけ電話会談したってのによ。まぁ、今回はフランク中将も大人しくしてるこったろう。それで、この別嬪さんを引き連れてきたてぇことはだ。ドイツの相談を受けることにしたんだな?」

 

「はい。紹介します」

 

「フィーネ・ベルクマンです。副隊長を務めます」

 

「リザ・ブリンカーです」

 

「コジマ・ロルバッハです」

 

「ジークルーン・コールシュライバーです」

 

「・・・テルマ・ミュラーです」

 

テルマだけ、長身のジークに隠れるように自己紹介した。

 

「すみません。彼女は――――」

 

「わかってるぜ男嫌いなんだろ?これは非公式な場だから構わねぇよ。無いとは思うが、公式な場ではしっかりしてくれりゃいい」

 

「ありがとうございます」

 

バッとマルギッテが敬礼し、他のメンツも敬礼した。

 

「士郎、遅れたけどありがとう。士郎のおかげでクリスの親父さんと話せたよ」

 

「ああ。手ごわかったろう?」

 

「強敵だった・・・でもクリスの父さんなんだなって思ったよ」

 

「大和が頭突きキャラだとは思わなかったぜ」

 

「そういうガクトも腕を上げたじゃないか。軍籍のコジマちゃんに勝ったんだろ?」

 

「勝ったつーか・・・キャップが来なかったらどうにもならなかったぜ」

 

「まぁでも、ガクトがそもそも強くなってなかったらあっさり倒されてたと思うぞ?」

 

「そっちのデカい兄ちゃんな!強かったぞー。危うくコジマ、本気を出す所だった」

 

「コジ―を本気にさせかけたのか。やるなガクト」

 

「それ褒めてんの・・・?」

 

ダバ―と涙を流すガクトにみんなで笑ってその場は解散となった。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

士郎が事情聴取を受けている間マルギッテ達は先に衛宮邸へと向かうことになった。

 

「隊長。何も彼の家でなくとも良かったのでは?」

 

フィーネがそう進言する。が、

 

「士郎の家の方が都合がいいのです。無駄に宿泊費もろもろかかるよりも、彼に面倒を見てもらった方が管理もしやすい」

 

「それ、マルに限った話じゃないのか?」

 

「ち、違います!士郎は・・・その・・・」

 

「隊長、恥ずかしがってる。初めて見た」

 

「そうだね・・・衛宮士郎君、どんな人なんだろう」

 

「あのまんまだとコジマは思うぞ」

 

「どうかねー、戦闘になると恐ろしく雰囲気変わるぞ」

 

「それはリザが慢心してるだけ」

 

「なんだとー!」

 

キャーとわしわしされるコジマ。

 

「で、隊長。ほんとのところはどうなんです?」

 

「んん。先ほども言いましたが都合がいいのです。変に宿を取って集合、解散をするより彼の家で一通りこなせた方が無駄がない」

 

「それは衛宮の家に滞在するという壁越えの者達が居るからか?」

 

「それもありますが、何よりレオニダス王が居るからです」

 

「・・・そもそもその話、本当なのか?仮に何処からともなく現れたとして、なぜギリシャではなく日本に?」

 

「あーそれそれ。俺も聞きたかった。なんで?」

 

「・・・。」

 

マルギッテはどうすべきか悩んだ。

 

(士郎は無用に話すことを嫌っている。どうしたものか)

 

悩みに悩んで、マルギッテはこう言うことにした。

 

「英霊への呼びかけの中でレオニダス王が一番に彼の声に答えたからです」

 

「英霊って・・・あの英霊だろ?俺らの祖国にもいる奴」

 

「コジマ達の教官は幽霊なのか!?」

 

「ここだけの話ですが、そうです。正真正銘の英霊。人々に伝説と祭り上げられ、精霊となった実在の人物です」

 

「にわかに信じがたいな。だが、衛宮には不明な点が多い・・・その辺もしっかり調査させてもらおうか」

 

「・・・。」

 

フィーネの言葉にマルギッテはこれが限界だとため息を吐く。

 

「幽霊かー。俺たちの中に苦手な奴はいないと思うけど・・・ん?」

 

ふっと見れば、テルマがガタガタと震えていた。

 

「え、なに、テル怖いの?」

 

「うるさい!」

 

「テルはじゅんじょうだからしょうがない」

 

「コジちゃんは怖くないの?」

 

「コジマは楽しみだ!だって害のない幽霊なんだろ?怖くもなんともない!」

 

「コジマの言う通りです。確かに相手は幽霊ですがこちらに害をなす存在ではない。それに、先ほども言いましたが魂が昇華して精霊になっているのです。幽霊呼ばわりは礼を失すると理解しなさい」

 

「やっぱマルは詳しいなー。やっぱ衛宮と一緒に居て長いから?」

 

「彼がこの地に現れた時私もその場に居ただけです。私も知らずに精霊だ英霊だと言われても疑っていたことでしょう」

 

「そうなんだー。隊長、すごいね」

 

キラキラとした眼差しで褒めるジークになんとも言えない表情をするマルギッテ。

 

「それより、納得してもらえましたか?」

 

「半分だな。まぁ、接待してもらえるらしいので乗ってやるか」

 

「衛宮がマル以外の女に手を出したら仕留めていいんだよね?」

 

「勝手にしなさい。士郎は決して浮気などしませんから」

 

自信満々に言うマルギッテに、密かにリザはしめしめと笑っていた。

 

(これを使ってもそう言いきれるかな?)

 

この後、手痛いカウンターを食らうとは思いもよらずいたずら心をもつリザであった。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

「着きました。あれが俺の家です」

 

「おーでっかい屋敷だなー」

 

「改めてみると敷地広いよなぁ」

 

「綺麗な武家屋敷だね」

 

「・・・。」

 

ここまでマルギッテの部下(いつかのニヨニヨしてた部下)の車でやってきた。

 

皆荷物はコンパクトだが、人数が人数なので車を二台手配してやって来た。

 

「ただいま」

 

「おかえり、士郎!」

 

「おっと・・・」

 

飛びついてきた林冲に驚きながらも士郎は落ち着いて林冲を抱きしめた。

 

「ただいま。林冲が無事で嬉しい」

 

「私もだ。士郎が無事で嬉しい。あの後大変だったんだからな」

 

「聞いたよ、事情聴取やら後始末にも動いてくれたんだろ?ありがとう」

 

「玄関でなに乳繰り合っているのか。我が家にはまだまだ無事を報告せねばならぬ人間が居るだろう?」

 

「ちち・・・!し、史文恭だって帰ってきたら一番に労ってやるとか言っていたじゃないか!」

 

「だからこうしてやって来たのだろう?言い訳は見苦しいぞ、豹子頭」

 

「むー・・・!」

 

「あはは・・・史文恭もありがとうな。おかげで余裕をもって帰ってこられた」

 

「あの程度の事ならば造作もない。それより、後ろのはまた口説いてきたのか?」

 

そう言われて士郎は慌てて、

 

「そ、そんなんじゃない!彼女等は日本で修行するために来たんだ。晩飯の時にでも紹介しようと思ってるから少し待ってくれ」

 

「なるほど。見るにマルギッテの猟犬部隊という奴か?」

 

「史文恭は知っているのか?」

 

林冲の問いに史文恭は頭を振り、

 

「いや、そうではないかと想像しただけだ。噂に名高い猟犬部隊は、女性隊員でまとめられていると聞いたことがある」

 

「そうだったのか・・・じゃあ今日は宴だな。マルギッテの客人とあれば特別待遇だ。どうぞ」

 

「「「お邪魔します」」」

 

「部屋は沢山余ってるから好きな所を使うといい。荷物整理もあるだろうからマル、案内してやってくれ」

 

「わかりました」

 

「あ、士郎君、おかえり!」

 

「ただいま、清楚。調子はどうだ?」

 

「うん。好調だよ。・・・救出作戦、つれて行ってくれればよかったのに」

 

「そうもいかないさ。清楚にはあまり悠長にしてる時間はないだろ?行く予定の大学とかみつけられたか?」

 

そう言って帰ってきても賑やかに時は過ぎていく。

 

(帰ってきたんだな)

 

いつかの、冬木の自宅に帰ってきた時のような感覚を感じる士郎。なにはともあれ、無事に家に帰還出来てよかった。

 

そして彼女等の明るい笑顔を見れて本当に良かった。

 

「おかえりなさいませ!マスター。何やら来客が多いようですな」

 

「レオニダス。実は――――」

 

そうして衛宮士郎のドイツの旅は終りを告げ。また新たな日常がやってくる。

 

「士郎!おかえり!」

 

「ただいま!橘さん」

 

それが今までとはまた別な忙しい日々になるのは今からでも容易に想像の出来ることだった。




帰国編でした。実際、猟犬部隊全員が日本にやってくるのは原作になかったのでやってみました。

最近冬眠していた人理修復をしているので投稿が遅れております。すみません。いやもうね、敵が強くてね…試行回数がすごいです。石砕けばいいじゃんって?嫌だなぁ医師はガチャに使うものでしょ?(白目)

というわけで今回はこの辺で。次回もドイツ陣営の話かな。ということで!


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帰ってきた日常

皆さんこんばんにちわ。人理修復に勤しむ中執筆しております、作者でございます。


今回は帰ってきたという事でドイツ編には登場しなかったキャラがまた出てくると思います。

ドイツ陣営の強化の話も出てくると思いますのでよろしくお願いします。
では!


カツン、コロコロと軽い音と共に小さなゴム礫が虚しく地面を転がる。

 

「だぁー!もう無理!全然出来ねー!」

 

と、的に礫を投げていた本人、リザ・ブリンカーが大の字に寝そべった。

 

「だから言ったでしょう?そう簡単には身に付かないと」

 

そう言って横から散らばったゴム礫を拾って投擲するのは彼女達、猟犬部隊の修行を任された、衛宮士郎。

 

「こんな小さな礫であの鉄の塊に穴を開けろなんて無茶だ」

 

「可能ですって。ほら――――」

 

ヒュン、ドゴン!

 

さっきとは打って変わった音で標的の鉄塊にめり込むゴム礫。

 

「投げやすいようにゴムでコーティングしてるんですからもう少し頑張らないと」

 

「衛宮が習った時は何でやってたんだ?」

 

リザの言葉に士郎は至極真面目な顔で、

 

「剣です」

 

と言い放った。

 

「・・・剣?」

 

「そうですよ。黒鍵と呼ばれる、込めた魔力で刀身を変えることが出来る特殊な礼装です」

 

そう言って士郎の手に現れたのは簡素な十字剣。片手剣に見えるが、刀身に比べ、柄の部分がかなり短い。あれでは刀身の重さを支えられず取り落としてしまうだろう。

 

「それが黒鍵?」

 

「ええ。見ての通り十字架をモチーフにした投擲礼装です。これ単体でも幽霊などの霊体に特攻を持ちますが、これを鉄甲作用で投げる技術が元です」

 

流石にこの質量ではまずいのか士郎は見せるだけで投げたりはしない。

 

「これをテルの鎧がぶっ壊れる力で投げる?冗談じゃない。人なんかに当たったら木っ端みじんになる」

 

「その威力が俺の世界では必要だったんですよ。ま、これを扱う者達の中でも特に秀でた者のみが使っていた感じですかね」

 

士郎の言葉の後に剣は風景に溶けるように消えてしまった。

 

「俺が投げた石ころに比べれば断然扱いやすいはずですから、頑張ってください」

 

「うぇー。確かにそうだけどさぁ・・・」

 

「要はコツです。もっと体を弓に見立てて投げるんですよ」

 

さらに士郎はゴム礫を数個指の間に挟んで投げつけ、全てが的をグシャグシャに破壊した。

 

「分厚い鉄板がこの有様かよ・・・くー!やるか!」

 

「このままゴム礫を使ってもいいですし、リザさんの使うクナイや手裏剣でも出来るようになれば、随分と応用が利きますよ」

 

的を新しいものに取り変えながら士郎は言う。リザは投擲の機会が多いという事で鉄甲作用の訓練。

 

一方コジマはレオニダスとスパーリングをしていた。

 

「もっと脇を締めるのです。ただ殴りつけるのではなく、最速、最短の距離を拳で打つ!1・2!」

 

「さん、しー!」

 

ドッカン、ドッカンと実に物騒な音が鳴っているが相手は英霊であるレオニダスなのでまず怪我はない。仮に奇跡的にレオニダスに直撃しても、彼にはダメージが通らないので問題なしである。

 

「衛宮。テルが呼んでいる」

 

戦術書を読み漁っていたフィーネが呼びに来た。

 

「わかりました。じゃあリザさん。頑張ってください」

 

おーうと返事をしてまた投げ始めるリザを見送って、士郎は鍛冶場にやって来た。

 

「テルマさん、呼びましたか?」

 

「・・・。」

 

ん。と何やら出来上がったばかりの鉄塊を見せてくる。

 

「――――同調、開始(トレース・オン)

 

何度も行っているので意図を正しく読み取った士郎はその鉄塊を解析する。

 

「中々の出来ですね。これに身を守られていればRPGなどの高火力武器でも平気だ。でもその分また重量が増えますよ。このくらいなら鋼をもっと弾力性を意識して鍛えれば補えるはずです」

 

「・・・。」

 

それを聞いたテルマはまたもポイッと投げ捨てて鉄を鍛える態勢を取る。

 

「待った。テルマさん一度休憩してください。夢中になっている所申し訳ないですがそのままだと倒れます」

 

「・・・わかった」

 

備え付けの冷蔵庫からスポーツドリンクを渡すと、ひったくるように奪い取り思いっきり煽るテルマ。

 

さしもの彼女も鍛冶場仕事を水分補給無しで行うのは不可能だ。

 

「テルマさんはやはり目利きですね。鉄の鍛え方を熟知している」

 

「・・・貴方が言っても嫌味にしかならないわ」

 

ツンケンとした返事しかしないテルマだが、士郎は本当に彼女の目利きには驚かされていた。

 

(解析無しでここまで出来るのは相当な腕前だ。ただ、俺が解析してしまうとあともうちょっと、ってなるんだよな)

 

衛宮邸に着いてすぐ、テルマは士郎の鍛えた作品を見たいと言って一通り見て回ったのだ。

 

当然彼女もこの出来で納得がいかないのかと目をぱちくりさせていたわけだが、それ以来、曲がりなりにも師として見てくれているようだ。

 

ちなみに、失敗作はリザの練習用鉄板行きなので、何気に彼女が失敗する度にリザの修練の難易度が上がっていたりする。

 

「・・・そろそろ時間ね。空けるわ」

 

「それはどうも」

 

そう言って士郎は鍛冶場にテルマと代わって入る。

 

この鍛冶場は元々士郎の仕事場でもあるので、長時間居座られてしまうと士郎の仕事が進まなくなってしまう。

 

轟々と熱した鉄をガン、ガンと鉄槌が鍛つ音が聞こえる。そんな中テルマは、一かけらでも何か得ようとじっと士郎の姿を見つめる。

 

(やりづらいなー)

 

しかし、技術は見て盗むのが基本であるわけで。士郎は彼女達が来てから未だ慣れないこの習慣に耐えつつ、オーダー品を仕上げていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

訓練を終えたら極上の食事が待っている。これがあるおかげで彼女等は日夜頑張れてるといっていい。

 

そのくらい彼女達は士郎達の心づくしを堪能している。

 

「プロ―ジット」

 

「「プロ―ジット」」

 

もちろん晩酌も準備している。クマちゃんの伝手で仕入れたビールだ。彼本人はまだ飲めないので、酒造を紹介してもらった形だが、とても良いものらしく、美味しそうにゴクゴクと飲んでいる。

 

「どうです?士郎の家に滞在してよかったでしょう?」

 

マルギッテが口に着いた泡を拭って言った。

 

「うむ。まさかここまで好待遇とは思いもしなかった。それに明日に残らない程度なら毎日飲めるのもいい」

 

「ゴクゴク・・・カーッ!美味い!ビールもだけどツマミも美味い!」

 

そう言って今日のおつまみ、スモークチーズとスモークサラミを食べて、うんうんと頷くリザ。

 

「むぐむぐ・・・むぐむぐ・・・」

 

コジマは相変わらずその体躯にどう納めているのだといいたくなるほど食べる。

 

「あ、これ美味しい・・・ね、ね。コジちゃんこっちも美味しいよ」

 

「そっちもあとばらたべゆ」

 

「コジマ。口の中のものを飲み込んでから喋りなさい」

 

「んん!でもどれもこれも美味しいから!コジマは手が止まらない!」

 

「テルーお前またポテト食べてるのか?少しくれ」

 

「嫌よ」

 

「ああっ!いいじゃないかちょっとくらい・・・」

 

「相変わらずだが、随分と賑やかな食卓になったものだ」

 

夕飯を食べてクマちゃん紹介の酒造の日本酒を傾ける史文恭。

 

元々あまり飲んだりしないのだが、美味いものがあれば堪能するのも彼女らしさだった。

 

「士郎、あんまり無理してないか?食事の準備くらい私達でするのに・・・」

 

心配げな林冲に士郎は首を振って、

 

「大丈夫だよ。怪我してるわけじゃないし、鍛造もちゃんとスケジュール通り進んでる。なにも無理はしてないぞ」

 

「そりゃあの速度で作っていればね。どうしてこんな男にそんな力が宿ったのかしら・・・」

 

敵意に近い眼差しを向けてくるテルマだが、士郎としては、自分の魔術を見るたびに遠坂やルヴィアが同じようにしていたのでどうという事も無かった。

 

「これだけ接待されて敵意を向ける小娘も随分と肝が据わっているな」

 

「だって油断を誘ってるのかもしれないじゃない」

 

「テル。油断を誘うも何もこの衛宮邸の住人が本気になったら私達はひとたまりもないぞ。従って、そのような意図はない」

 

「フィーネの言う通りです。いつまでも肩肘張っていないで、貴女も羽を伸ばすときは伸ばしなさい」

 

「・・・隊長が言うのなら」

 

窮屈そうだったのが少しは緩和された。

 

「食べながら聞いてほしい。俺達・・・学生組は明日から登校予定だ。それはマルギッテも変わらない。そうだよな?」

 

「はい。私はクリスお嬢様の護衛ですので」

 

「その間の食事なんかは橘さんに頼むとして・・・訓練の方向性をどうするかだが・・・」

 

「俺は問題なし。成功したかどうか一目瞭然だからな。コジマは?」

 

「そちらは私が相手をしよう。いい運動になる」

 

史文恭はそう言って日本酒を味わっていた。

 

「私も問題ありません。・・・そもそも、そこの男がいたら私は訓練できませんので」

 

「・・・。」

 

「大丈夫だ、林冲」

 

拳を握っていた彼女の手を優しく解きほぐす。どうにもテルマと林冲の相性が良くないが、彼女も登校なので問題ないだろう。

 

「ジークとフィーネはどうする?」

 

彼女等は戦う事よりも状況判断や次の一手など頭脳や特殊能力を駆使することが多い。

 

「私は書物を読みながらチェスでもしてみることにする」

 

「私はこのまま居させてもらっていいかな?きっとリザさんとコジちゃんが怪我しそうだから・・・」

 

「あーそれな。衛宮、救急キットとかある?俺の手も擦り切れそうでさ」

 

「一応一般的なものは準備してますが・・・そちらは明日金柳街で準備しましょう。ジーク、その時は頼めるか?」

 

「うん!大丈夫だよ」

 

「じゃあ大丈夫かな。テルマさんのは帰ってきたらまとめて解析するとして・・・うん。こんな所だろう。レオニダスも登校ってことでいいんだよな?」

 

「はい。私はもう少し知恵を蓄えたく思います。そしてマスター達の護衛もしなければなりませんからな」

 

うむと頷いてレオニダスも唐揚げをパクリ。モリモリとご飯を食べて満足気だ。

 

「ということで、明日からは特殊になるからよろしくお願いしますってことで」

 

「話は済んだな?私は先に湯船に浸かるとしよう」

 

「・・・いいけどその酒は持っていくなよ」

 

「問題ない。もう飲んだ」

 

といって結局新しいのを準備して持っていくのであろう。深酒して湯船でおぼれないでほしい所だ。

 

「露天風呂付なのいいなーあれにはコジマもニッコリ」

 

「コジマは温泉街出身ですからね。コジマは風呂に対して結構な目利きですよ士郎」

 

「そうか。楽しんでもらえてるなら何よりだ」

 

「楽しいぞ!士郎の家は三食食事付きで露天風呂とデザートもある!楽しまなきゃおかしい」

 

「美味い酒が飲めるのもな。若干、他の隊員達に申し訳ない気もするが」

 

「そこはそれ、鍛錬の成果で返しましょう」

 

そう言ってまた一杯グビリと飲むマルギッテ。

 

「そう言えばマルは何の訓練してるんだ?」

 

リザの問いかけにマルギッテは、

 

「私は個人鍛錬です。開発した技もまだまだ持続時間が短いので」

 

開発した、というのはあの『フルンディング』という技の事だろう。あれは士郎の赤原猟犬からヒントを得た技で、内容も気でターゲティングした標的を体力が尽きるまで猛追するというものだ。

 

大量に気と体力を消耗するあの技は、今のところ短時間しか発動できない。それをどうにかするのが彼女の課題だった。

 

「それにしても驚いた。マルに婚約者が出来て、戦闘が疎かになると思っていたのだが」

 

「情熱的だけどしっかり回避の方も鍛えられてるからな。見てる俺らも安心だよ」

 

「二人ともなんですか。私は任務に私情は挟みません」

 

「と、マルは言ってるが、衛宮的にはどうだ?」

 

「うーん・・・私情は挟まないけど影響は受けてるんじゃないかな」

 

「士郎!?」

 

「さっきリザさんが言ってたろう?情熱的になったって。俺もそう思うんだよ。初めてマルに会った時はもっとこう、冷徹な軍人って感じだったけど・・・」

 

「今では愛に燃える戦士って感じだな」

 

「いい方に影響が出て良かった。これがそうでなかったのなら・・・私達もそれ相応の対処をしていただろう」

 

「恐ろしいこと言うなぁ・・・」

 

「でも事実!戦場であんまり情熱的になっても危ない」

 

「私もそう思う、かな。被弾率が上がったらいつか死んじゃうから・・・」

 

「コジマもジークもそんな心配を・・・」

 

心外だ、という表情をするマルギッテだが、確かに影響は受けているようなのでなんとも言えない。

 

「でもさ、そんな心配をよそに、マルってばメキメキ強くなっちゃって。いつの間にか必殺技まで携えて帰ってくるんだもんなぁ」

 

「それは、その・・・」

 

好いた男の技を模倣したという事が今更ながらに恥ずかしくなるマルギッテ。

 

しかし、当の男は、

 

「あれは見事な技だぞ。何せ百代と相打ちになるんだからな。まだまだ詰めるところはあるけど十二分に強力な技だ」

 

「士郎・・・」

 

だが、とマルギッテはまだ納得がいっていないのだ。初めて目にしたあの光景が今でもはっきりと思い出せる。

 

 

――――赤雷をまき散らし、今か今かと力を貯める黒き鋼の矢。

 

 

 

――――放たれれば一瞬にして音の壁を食い破り、赤光と共に飛来する猟犬。

 

 

 

――――何度弾かれようとも徹底的に相手を追い詰める威容。

 

 

 

そのどれもが彼女にとって手本となるものだった。だから彼女はあの技を真似ようと思ったのだ。

 

自分もあのような誇り高き猟犬となれるよう。

 

 

「まだまだ未熟です」

 

ただ一言、マルギッテはそう言ってビールを煽った。

 

 

 

 

 

「はぁ~・・・」

 

女性陣が入り終えた後、士郎はゆっくりと風呂に浸かっていた。

 

「人の身で、宝具を真似るか・・・よくよく考えてみれば桁外れの事なんだよな」

 

無論、本物のように音の壁を食い破ったり無感情に何度も標的を追尾するわけではないが、今の彼女を相手に一体何人が立ち向かえるのだろうか?

 

この世界でよく言われる『壁越え』の力を得た彼女は己に溺れることなく戦い続けている。

 

「あの調子ならまだまだ上に行けるだろうな・・・」

 

彼女は軍人。強くなることこそが彼女自身を守ることに繋がる。

 

「はぁ~・・・」

 

考えることをやめ、チャプン、と深く湯船に浸かる。

 

何事も順風満帆。ようやく我が家に帰ってきたのだからゆっくりしよう。

 

そう思った時、

 

ガチャ

 

「・・・。」

 

とてもデジャブな感じが。

 

「入ってるぞー」

 

「「知ってる!」」

 

バシャーン!

 

「うわっぷ!清楚!林冲!?」

 

入ってきたのは二人だった。

 

「もう、やっと帰ってきたんだから」

 

「私たちの相手もしてもらわないと」

 

そう言って左右から士郎を挟み込む二人。

 

「あー・・・お二人さん。色々当たってるんだが・・・」

 

「「・・・!」」

 

尚のことぎゅっと抱きしめる二人に士郎は困り顔で。

 

「ごめんな。心配かけた」

 

そう言って苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

翌日、遂に士郎達は学園に登校だ。

 

「忘れもん無しと。行くか」

 

「士郎―!」

 

「士郎君ー!」

 

元気な二人に笑みを浮かべて士郎は、

 

「行って来ます」

 

と言って玄関を出た。

 

「はぁ・・・寒いな」

 

手袋でも準備してくるべきだったかと士郎は手に息を吹きかけて擦る。

 

時季は12月。冬到来だ。雪もそこそこ降り、冬木とは全然違う感じだ。

 

「大丈夫?士郎君」

 

「ああ。ありがとう。それにしてもなんだな。手袋とか準備してくれば良かったかも」

 

そう言って両手を上着のポケットに入れる。動いていれば平気だがこうしてゆっくりしていると熱を奪われる。

 

今日の買い物に手袋とカイロを追加しておく。

 

「んー・・・士郎君」

 

「なんだ?」

 

「はいこれ」

 

渡されたのは清楚がしていた手袋の片一方。

 

「嬉しいけどそれじゃあ清楚の手が冷えるだろ?」

 

「こうしてこうすれば・・・」

 

空いた右手を士郎の左手と繋いでポケットに押し込んだ。

 

「これなら平気だよ?」

 

「「・・・。」」

 

士郎はこっぱずかしくて。林冲はいそいそと左手の手袋を外して。

 

「士郎・・・」

 

「はいはい。林冲もな」

 

林冲とも手を繋ぎ、ポケットに押し込める。

 

それだけで二人は幸せそうだった。ドイツではマルギッテに総取りされてしまったからだろう。とてもスキンシップが激しい。

 

対するマルギッテは少し抑えようという感じに想いを猛らせて迫ってくることは少ない。

 

・・・あるにはあるのだが。彼女なりに自制しているらしい。

 

「士郎君、今日は何するの?」

 

「えーっと・・・まずは依頼ボードを見に行って・・・ある程度引き受けたら「「ダメ」」ぬ・・・」

 

即ダメ出しを食らう士郎。

 

「今日は色んな人に顔出しに行った方がいいよ?」

 

「百代にはドイツであってるんだが・・・」

 

「不死川心がいるじゃないか。彼女も、帰ってこない士郎に心配を募らせていたぞ」

 

「そ、そうだな・・・」

 

「三年生も、モモちゃんだけじゃなくて旭ちゃんもいるよ。そっちにも挨拶しないとね?」

 

「・・・なんだろう。まだ年越してないのに年始のあいさつ回りみたいだな」

 

苦笑を浮かべる士郎。そう言えば、正室、側室システムが来ても結婚年齢とか変わらないんだろうか?

 

一応まだ未成年なのでその辺どうなるのか重要である。

 

「そういえば士郎君は誰を正室にするか決めた?」

 

「!」

 

「え?あ、いや・・・」

 

急な問いに士郎は今一反応を返すことが出来なかった。

 

「その、どうしても決めなきゃだめか?俺は誰も優劣を決めたくないんだが・・・」

 

「士郎がそう思っても、役所の人間はそうはいかないだろう。届を出す際には必ず書かないといけないと思う」

 

「そうか・・・」

 

そうすると士郎は色々と考えなければいけない。林冲や清楚は気にしないでくれているが、揚羽や百代はどうなるのだ、という話になる。

 

彼女達はそもそも高い身分であるので側室にするといらぬ敵を作りそうである。

 

「うーん・・・」

 

「ごめんね、まだ答えは出ないよね」

 

「そうだな。私達は気にしないが、高い身分の者もいるからな」

 

「・・・それよりもまずはマルだな。マルが日本人になるのは難しいだろうから・・・」

 

林冲も中国出身だが、彼女は近々日本人となるべく色々手続きをしているらしい。

 

「そうだね。マルギッテさんだけ形だけじゃ可哀想だよね」

 

「本人は、気にしません。なんていうだろうけどやっぱり気にすると思う」

 

「だよなぁ・・・発足も近いことだし今度聞いてみるかな」

 

そう言って空を見上げる士郎。

 

(しっかし、多重婚か・・・まさかこの身で体験することになるとはな)

 

本来ならあり得なかった未来だろうことは容易に想像できる。だが、自分が来たからそうなったわけでもないのもわかった。

 

「本当に逞しいよなぁ・・・」

 

そんな独り言を呟いて士郎はまず学園に向かうのだった。

 

 

 

 

 

「追試?」

 

学園に到着して色々な所に挨拶をしに行った(英雄と紋白から兄上!と呼ばれて大変なことになった)後、士郎は梅子から予想外の通達を食らった。

 

「お前の成績を疑ってはいないが何しろお前は長期休みがちだ。このままでは進級が危ういので追試を受けておけ」

 

「・・・。」

 

高校生の追試くらい士郎には何でもない。何でもないが・・・

 

「追試・・・」

 

ズーンと暗い影を背負う士郎。恐れていたことが現実になってしまった。

 

「追試は一週間後。そこを逃すと冬休みになってしまうからな。追試が終わるまでは勉強に専念しておけ」

 

「了解です・・・」

 

「そう深刻になるな。お前が遊び惚けていたわけではないのは我ら教員一同も知っている。だが学校の規則上やらねばならないだけだから気にするな。それに、お前ならば勉強なしでも通るだろうが、ここは学校なのでな。きちんと勉強しろよ」

 

「はい・・・」

 

そんなことを言われ士郎は仕方なくカリカリと休み時間も勉強に費やすこととなった。

 

「士郎君・・・うわぁ!?」

 

「大将、どったの?」

 

遊びに来た義経が驚きの声を上げる。士郎は壊れたレコードのようにブツブツと問題を暗記していたからだ。

 

「いらっしゃい、義経。しばらく士郎はあの調子よ」

 

「一子さん・・・どうして?」

 

「なんでも、学校休み過ぎで追試食らったんだって」

 

大和もやって来た。彼もそれなりに休んだと思うのだが・・・。

 

「俺もやったよ。S組に居れば大抵は苦労なく解ける問題だったからな」

 

「マジか・・・」

 

とっくに大和も受けていたとは。それも、

 

「普段休みが多い奴は軒並みじゃないか?何しろ今年は色々あって学校が休校になりがちだったから出席単位が足りない奴はちらほらいるらしいぞ」

 

「そうなのか・・・でも追試かぁ・・・」

 

ぼんやりとガラス窓から外を見上げる士郎。これでも真面目で通っているので何気に大ダメージだった。

 

「ああ、士郎君。そんな遠くを見ないで・・・」

 

「し、士郎。此方のノートを見せてやるから落ち着くのじゃ」

 

「義経、心・・・ありがとう」

 

「「「痛々しい顔で笑うな(ないで)!」

 

とにもかくにも士郎は真面目に勉強を進めるのだった。

 

休み時間に授業の復習をしていれば自然と時間が経つのは早い。今日も今日とて衛宮定食の準備だ。

 

「大将ー大丈夫なの?」

 

「一応な。ていうか、これくらいはさせてもらわないと俺の胃が・・・」

 

やはり追試は士郎に爪痕を残しているようだ。

 

「無理しなくていいんじゃない?私みたいに退学になるわけじゃないんだし」

 

「・・・そうまでして川神水を飲むお前もすごいよな」

 

いえーいとピース顔で笑う弁慶。実に殴り飛ばしたいところである。

 

と、

 

「衛宮君。今日は私達も手伝うからがんばって」

 

「ありがとうございます」

 

食堂のお姉さま方に励ましてもらっていざ出陣。

 

まるで法螺貝でも鳴らしたかの如く一斉に駆けこんでくる生徒達。だが、

 

「ほい。ちょっとタンマ」

 

「学長!」

 

「ちぃ・・・学長が並んだぞ!後ろの奴警戒しろ!」

 

学長が一番前にすっと入ってきた。

 

「衛宮定食。初回デザート付きで」

 

「か、かしこまりました、大将ー初回普通一丁!」

 

おーうという返事と共にパチパチと揚げ物を揚げる音が聞こえてくる。

 

「衛宮君は上手くやっとるかのう」

 

「やってますよ。息抜きみたいなので取り上げないでくださいね」

 

「ふぉふぉ。そんなことはせぬよ。わしが言うのも何じゃが、勉強にも効率というものがあろう。休みなく勉強したからと言って身に付くわけではないからの」

 

「おまちどうさん・・・って学長じゃないですか」

 

「お主が無理しとらんか確認に来たんじゃい。それで、デザートはなんじゃ?」

 

「久しぶりに抹茶プリンですよ。どうにも前作ったら好評すぎたようで・・・」

 

渋みと甘さの絶妙加減が人気を呼び、今日は是非ともと言われていて作った次第である。

 

ちなみに前に作った日は、一子やガクト達も決闘に加わったとか。

 

今回も盛大な決闘日和になりそうである。

 

「これはいいのう・・・わしらにもピッタリな出来栄えじゃな」

 

「ありがとうございます」

 

「それじゃあの。あんまり根を詰めんようにな」

 

そう言って学長は去って行った。

 

「び、びっくりしたよ・・・まさか学長までくるなんて」

 

「たまたま準備してなかったんじゃないか?・・・って、川神院でそれは無いか」

 

という事は本当に自分を心配して来てくれたんだろう。

 

「ありがたいことだな。こういう事態にも上手く接客しないといけないぞ」

 

「そうだな・・・よっと!」

 

パチンと両頬を叩いて気合を入れ直す弁慶。

 

「さあ仕切り直し!衛宮定食開店だよ!」

 

そう大きく通達していよいよスタートである。

 

「衛宮定食、生卵付きです」

 

「ほいよー大将卵付き一丁!」

 

「士郎は・・・「楽しんでるから大丈夫」そうですか」

 

彼女の心配性もいつもの事であるので何事もなく対処する弁慶。

 

「ささ、隣に動いておくれよ。さっさと定食捌かないといけないからね」

 

「それなら手伝いますが・・・」

 

「大丈夫さ!さっき食堂の人が応援できてくれたんだ。スピード上げても大丈夫だよ」

 

まさかの事態があったものの、今日も平常運転で進んでいくのだった。




今回はこの辺で。ドイツ編も終わり、色々ありましたが、やっぱり衛宮定食やると平常運転に戻ってきたなと感じます。

次回はドイツ陣営は置いておいて義経とのデートでも書こうかな。妄想を整理してお届けできたらなと思います。

では次回!


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幕間:義経と

皆さんこんばんにちわ6月30日が恋しい作者です。

今回は前回のあとがき通り、義経ちゃんとの一幕を書こうと思います。

ドイツ編であんまり書けなかったからね!そこに隠し味をパラパラと…

では本編行きます。


その日、士郎は追試の試験対策に、心から借りたノートを見て必死に書き写して頭に入れていた。

 

「うーん・・・」

 

辛そうに目を擦る士郎。ここの所、家でもこうしているので中々に疲労が溜まっている。

 

本当は、梅子の言う通り根を詰めなくてもいいのかもしれないが、何かあってからでは困るので士郎は必死に勉強していた。

 

そんな折、

 

「ほら主、予想通り大将、根を詰めてるよ。今がチャンス!」

 

「で、でも折角勉強してるのにそれを邪魔するのも・・・」

 

チャンスと言われて思わずニヤニヤしそうになる義経。

 

この二人は、根を詰めているだろう士郎を楽しいデートに誘って息抜きしつつ、最後は美味しく頂こうという大胆な計画を立てていた。

 

もちろん役者は義経なのだがこうも引っ込み思案だと前に進まない。

 

という事で、

 

「なーに今更照れてるのさこの牛若丸!そぉれ!」

 

「弁慶、何を!?」

 

ふんわりと押し出されて勢いで教室の真ん中くらいに踏み出してしまった義経。

 

「ん?義経?」

 

「はう!」

 

ドッキンと胸が高鳴る。決意とか覚悟とか色々すっ飛ばして彼の前に出てしまったので、カチコチに固まってしまった義経。

 

「生憎今は俺しかいないけど・・・また心配して来てくれたのか?」

 

「う、うううん!士郎君がまた無茶してないかって・・・」

 

と咄嗟に嘘をついてしまった義経。

 

(あああ・・・不甲斐ない)

 

しかしそこは最近女難の相にもまれている士郎。義経が何か用事があることまでは見抜けた。

 

「心配は嬉しいけどそれだけじゃないな?ちゃんと話した方がいいぞ」

 

「えーと・・・ッ」

 

遂に追い詰められた義経はたしてその結果は・・・

 

 

 

 

「・・・デート?」

 

ようやく聞き出した内容は簡単に言えば、士郎と夜通し遊びたい、という事だった。

 

「うん・・・勉強してる士郎君には悪いけど根を詰め過ぎだなって。一日くらいしっかり休んでまた頑張ったらいい成績取れるんじゃないかって・・・」

 

「・・・。」

 

「うう、迷惑だった?」

 

次の言葉に戦々恐々の義経。しかし、返答は暖かい手で頭を撫でられることで返ってきた。

 

「ごめんな。ちょっと根を詰め過ぎたみたいだ。それにデートって男から誘わないといけないよな。悪い」

 

「そ、そんな!義経こそ勉強の邪魔をしちゃって・・・」

 

「そんなことないさ。いい加減勉強のし過ぎで疲れたしな。有難く受けさせてもらうよ」

 

「ほ、本当!?」

 

「ああ。行くところは決まってるのか?」

 

「うん!映画行って中華街を探索して・・・夜はライトアップされた七浜の客船でパーティがあるんだ!最後はホテルに泊まって・・・どうだろう?」

 

「いいんじゃないか?それにしても義経、客船のチケットなんてよく手に入ったな」

 

「あのね。適当に応募したら二名様の券が明日か、明後日のが当たっちゃって、折角なら士郎君と行きたいなと思って・・・」

 

「そうかそうか。ありがとう。明日、明後日は休みだからゆっくりできそうだ。ありがとう、義経」

 

「ブンブン(首振り)」

 

嬉しくて言葉も出ないのか義経は無言でゼスチャーしていた。

 

「あはは。義経固まってるぞほらほら」

 

「むむむ・・・」

 

解きほぐしてもらって義経はやる気を滾らせた。

 

「明日行く?明後日にする?」

 

「特に予定はないから明日でいいぞ。デート、楽しみだな」

 

「うん!」

 

そうして弁慶の援護もあり、何とか義経は、デートを取りつけることに成功したのだった。

 

 

 

 

帰り道、ジークと合流をはたした彼は、一日家を空けることを最初に謝るのだった、

 

「すまない。こちらの都合で一日空けることになってしまって・・・」

 

「ううん。いいんだよ。リザちゃんやコジちゃんも休養が必要だと思った頃合いだし、丁度いいんじゃないかな?」

 

桃色の髪の毛を揺らしてニッコリ笑うジーク。

 

「確かに二人は休まないとな・・・俺と同じで根を詰めてもしょうがない。ジークとフィーネさんは普段何してるんだ?」

 

「私達はひたすら本や文献を読んでるよ。副長は戦術、戦略書。私は薬草学や薬の本かな」

 

「・・・あの書斎にはそんな物騒なものまであるのか」

 

思わずため息を吐く士郎。そう言う彼も数度、フィーネに頼まれてチェスをしたりしている。

 

結果は勝っては負けての繰り返し、いわば同点という感じだったが。

 

そんな話をしていたら薬局に着いた。

 

「さ、到着だ。なにが必要かな?」

 

「うんと、ガーゼに消毒液・・・」

 

流石腕利きの衛生兵。テキパキと必要なものをカゴに入れていく。中にはこんなものまで買うのか、というものもあった。

 

「ふう・・・荷物持ちさせてごめんね?あとちょっとだから・・・」

 

とにかく多いのは傷口を覆うガーゼ。そしてそれを止めるテープ、包帯、などなど。一般家庭でも一、二回分は準備しているものや、専門家にしか分からないものなど。実に様々なものがカゴに入れられていた。

 

費用はドイツから出るという事でジークはカードを持参していた。

 

「それにしても沢山買ったな。衛生兵って感じだ」

 

「あはは・・・これが私の役職だからね。士郎君も何か役立ちそうなものがあったら教えてね」

 

「役立ちそうなものか・・・一応俺個人が使ってる薬はあるけど・・・」

 

「え!?どんなの?」

 

「主に外傷に効く薬で・・・」

 

その後根掘り葉掘り聞かれた士郎は自宅に帰り、一番いつもお世話になる霊薬を紹介し、彼女の傷を癒す工程が分かるという先天的な能力に直撃したらしく、譲ってほしいと言われ、抵抗したのだが・・・

 

「ふふ、ありがとう」

 

結局根負けして備蓄のいくつかを渡すのだった。

 

 

 

 

 

その日の夜、士郎は翌日、一日空けることをみんなに話した。

 

「義経ちゃんとデートねー。いいなぁ」

 

「すまないな清楚。今度俺から誘うから」

 

「今回ばかりはゆずる。客船のパーティなんて中々ないぞ」

 

「ああ。義経の日ごろの行いが良かったからだろうな。俺もまさか、と思ったよ」

 

夕食を食べながらデートの話をする。その様子に疑問を覚えたリザは聞いてみることにした。

 

「なぁ、本当は他人の俺が言うのもなんだけどそういうの聞いて嫉妬したりしないのか?ここにいるほとんどの奴が衛宮の婚約者なわけだろ?」

 

当然と言えば当然の話しだった。だが、

 

「士郎はみんなのものだから」

 

「何も感じないわけじゃないけど、士郎君は色々な面で私達を愛してくれてるから」

 

「そうだな。衛宮はいつもいつも誰かの為に苦心している。それを考えれば、今更デートくらいどうのこうのいうほどでもない」

 

「それに義経もまた、私達と同じ婚約者ですから。隠し立てしているわけではない方がスッキリします」

 

と、各々が言うのでリザは目をぱちくりさせた。

 

「本当に衛宮は好かれてるんだな・・・」

 

「士郎は強いし優しい!コジマも納得!」

 

「それこそ我々が言う話ではないがな。堕落せずにいるのが不思議ではある」

 

「フィーネ・・・」

 

「俺が言うのもなんだけどみんな俺の事心配してくれて・・・得難い人達だと思ってるよ」

 

「はは。最初は面食らったけどみんな幸せそうだからな。士郎は本当に大した男だよ」

 

色々言われて困り顔な士郎だが彼自身も幸せそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

デート当日。七浜にある映画館前で待ち合わせした二人。士郎は30分前に到着したのだが・・・

 

「もう来てる・・・!」

 

映画館前でナンパの対象になっているのを見て慌てて義経の下に駆けよった。

 

「あん?なんだテメ「俺の彼女に何か用か?」ひっすみませんでしたー!」

 

素人のガン付けなど、裸足で逃げ出す殺気を叩きつけて追い払う。

 

「悪い義経。待たせたな」

 

「う、うううん!義経が早く来ただけだから!士郎君も早く来てくれてありがとう!」

 

ちなみに義経は楽しみ過ぎて一時間前に到着していたことは内緒だった。

 

「時間はまだあるな。ゆっくり何を見るか決めようか」

 

「・・・。」

 

「義経?」

 

彼女もまた、士郎の外行の姿に見とれていた。

 

(わぁ~・・・カッコいい・・・)

 

士郎の姿は黒いカッターシャツにブルーのダメージシーンズ、アウターは白のモノトーンの見た目だった。

 

士郎の高身長な上に引き締まった体が単純な見た目に良いアクセントを見せていた。

 

(こ、こんな人が義経の婚約者なんだ!)

 

改めて感じ入る義経だが、

 

「義経?義経!」

 

「はわう!?」

 

「どうしたんだ?固まったりして。・・・俺、何処か変か?」

 

「ぜぜぜ全然!カッコいい!!・・・あ」

 

思わず考えていたことが口をついて出た義経は俯いてモジモジしてしまった。

 

「はは!そうか。義経も可愛いぞ。俺、見劣りしなくてよかったよ」

 

(あああ・・・義経は、義経は幸せ者だ・・・)

 

屈託なく笑う士郎に義経はどう返したらいいかわからずモジモジしているだけだった。

 

「それは良かったとして、映画館、入らないか?」

 

「うん!」

 

自然と手を繋いで二人は映画館に入って行った。

 

館内は上映中の作品が多い時間なのか、それほど混んではいなかった。

 

「んーっと・・・なんだ?ネコアルク最後の猫缶・・・路地裏同盟の奇跡・・・」

 

なんだか見てはいけないものを見た気がした。

 

「義経、何見る?」

 

キョロキョロと周りを見ていた義経は慌てた様子で、

 

「うんと、源氏伝裏忍風帖っていうタイトルなんだけど・・・」

 

「ああ、あれか。こっちだ義経」

 

源氏なのか忍者なのか判断がつかないがともかくチケットを買いに受付へと向かう。

 

「源氏伝裏忍風帖、大人二枚お願いします」

 

「いらっしゃいませ!承りました。お席はどうされますか?」

 

30分も早くついてしまったため、席はまだ空いていた。なので遠慮なく、

 

「真ん中のこことここで」

 

一番いい席を取った。

 

「かしこまりました!今発券中ですので今の内にお会計を」

 

「はい。お願いします」

 

「し、士郎君・・・!」

 

義経も可愛らしい財布を出したが士郎が素早く二人分出してしまったので、義経は面食らってしまった。

 

「士郎君お金・・・」

 

「いいんだ。彼女とのデートくらいカッコつけさせてくれ」

 

「はう・・・」

 

士郎の清々しい笑顔とデートという言葉に義経は抵抗することも出来ず、士郎のジャケットをちょこんと掴むことしかできなかった。

 

そうしてチケットを入手した二人は、映画館だけでなくショッピングモールになっている館内をぶらついて時間を潰し、いよいよ映画上映時間に入場し、映画見るならこれだろうというポップコーンとジュースを席にセットし映画を見た。

 

(なるほど。源氏に凄腕の忍者が存在したというフィクションなのか)

 

横を見れば義経のワクワクとした目がスクリーンを映している。映画館ならではの大音響と大きなスクリーンに二人とものめり込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

「映画、楽しかったね!」

 

「ああ。まさかあの忍者が・・・」

 

上映後、二人はあそこが面白かった、ここがワクワクしたと話しながらまた館内をウィンドウショッピングしていた。

 

「そういえば義経。客船のパーティチケットちゃんとあるか?」

 

今ならまだ取りに戻れる時間なのでそう聞くと、義経はじゃーん!とバッグから二枚のチケットを出した。

 

「これがチケットだよ!」

 

「ほう。なになに・・・七浜豪華客船パーティのご案内・・・」

 

本当にそんなものがあるんだなと思いながら士郎はチケットを読み上げる。

 

と、一か所で気になる単語を発見した。

 

「・・・義経。着替え、持ってきたか?」

 

「うん!明日着る服を「そうじゃない」?」

 

そう言って士郎はチケットの一部を指さした。

 

「・・・ドレスコード必須?」

 

「そうだ。私服じゃ多分入れないぞ」

 

「・・・。」

 

義経は顔色を青くした。

 

「持ってきてないんだな?」

 

「うん・・・」

 

義経は泣きそうになっていた。

 

(折角の士郎君とのパーティが・・・)

 

当たったことに浮かれて参加条件をよく見てなかった自分が情けないと義経は涙目になる。

 

「ごめんなさい・・・義経が・・・」

 

謝ろうとしたその時、士郎はキュッと義経の手を握った。

 

「なら買わないとな。俺も準備してないしこの際だから揃えよう」

 

「え・・・?」

 

義経はポカンと士郎を見上げた。

 

「泣くことないぞ義経。今からドレスを買いに行こう。すぐに着れるやつだから選択肢は少ないけど大丈夫だよ」

 

「でででも!義経はドレスを買えるほどお金を持ってない・・・」

 

「カッコつけさせてくれって言ったろう?さ、早く決めないとパーティに遅れちまう」

 

「え?え!?士郎君!?」

 

士郎はそう言って義経の手を引いた。

 

「義経はどんなのが似合うかな・・・」

 

「あわわわ・・・」

 

幸いここはショッピングモール。フォーマルな衣服もあるだろう。それになくても他の店に買いに行く時間はある。

 

あわあわする義経をよそに士郎は歩き出した。

 

 

 

 

 

「源義経様ですね?」

 

「は、はい・・・」

 

義経は士郎の買ってくれたドレスに身を包み客船の受付へとやって来た。

 

「もう一方はお隣の・・・」

 

「衛宮です」

 

「衛宮様と・・・はい。受付が完了しました。当客船のお料理は無料ですので味わっていただけたら幸いです。お飲み物もお二方は未成年ですので・・・ノンアルコールのカクテルなど用意しておりますのでどうぞ、ご賞味ください」

 

「わかりました」

 

「当客船ではドレスコードが適用となっております。中に入られてから私服にならないようお気を付けください。では、どうぞ!」

 

色々な注意事項を教えられ、いよいよ士郎と義経は豪華客船へと足を踏み入れた。

 

「流石豪華客船のパーティだな。富裕層の坊ちゃんや令嬢が入り乱れてる。義経、はぐれないように手を繋ごう」

 

「う、うん」

 

恐る恐る士郎の手を握る義経。

 

(ゆ、夢じゃない・・・よね?こうして士郎君の暖かい手があるし・・・)

 

現実離れした光景に義経は呆然としていた。自分はきらびやかなドレスを身に纏って、士郎もスーツに身を包み夜景がきれいな豪華客船で食事し、優雅な曲に合わせて踊る。まさに夢のような時間だった。

 

「義経?」

 

「ひゃい!」

 

緊張のし過ぎで声がひっくり返るも士郎は落ち着いて義経を見た。

 

「大丈夫か?無理してないか?」

 

「う、うん。大丈夫。ただその、夢みたいだなって・・・」

 

「俺もそう思うよ。潜入でこういう所に入ったことはあるけど、純粋な客として、それも婚約者となんて想像もしなかったよ」

 

「潜入?士郎君はこういう所来たことあるの?」

 

「あー・・・なくはないけどこうしてのんびりと楽しめはしなかったかな。義経は楽しいか?」

 

「うん。士郎君と一緒で義経は嬉しい」

 

「そうか。夕飯はここで済ませちまおう。あっちのテーブルに・・・」

 

と士郎が義経を連れて行こうとした時だった。

 

「おお!兄上ではありませんか!」

 

「ん?英雄?」

 

何ともこういう場に相応しそうな男と出くわした。

 

「兄上もこのパーティに参列されていたとは、奇遇ですな!」

 

「ああ、義経が俺を誘ってくれたんだ。というか英雄。兄上なんて呼ばないでくれ。同級生だろう?」

 

「確かにそうであるが・・・我にとっては兄上同然なのだ!やめる気はないぞ!」

 

断固拒否、という形の英雄に士郎は苦笑をこぼし、お互いのグラスをチン、と鳴らした。

 

「義経も実に愛らしい!ドレスを選んだのは兄上か?」

 

「ああ、よくわかったな?」

 

「九鬼で義経にドレスを所望されたことはないからな。すぐにわかった!兄上は良い目をしておられる」

 

「お世辞でも嬉しいよ。英雄はなんでこのパーティに?」

 

「これくらいの規模のパーティとなると九鬼の長男として出なければいかんのだ!なに、あいさつ回りは既に済んだのでな。少しばかり語ろうではないか!」

 

「ああ。義経、大丈夫か?」

 

「う、うん・・・」

 

どうにも疲れが見え始めている。どうしたものかと思っていたが、

 

「英雄様」

 

「どうした、あずみよ」

 

「英雄様が語らっている間、私は義経様と語らおうかと」

 

「良い案だな!では兄上、男同士あちらで語らいましょう」

 

「わかった。忍足あずみ。すまない」

 

「気にすんな気にすんな。それより英雄様の護衛、頼むぜ」

 

分かっていると頷く士郎。そうして二人は去って行った。

 

「ぷはあ!」

 

思わず大きな息を吐いて義経はあずみに頭を下げた。

 

「あずみさん。ありがとうございます。まさかこんなに緊張するなんて・・・」

 

「さしもの源義経も未来の旦那と夜更かしは堪えるか?」

 

「み、みみ未来の旦那様って・・・」

 

かぁっと顔を赤くして恥ずかしがる義経をケラケラ笑いながら、あずみはワインを飲み干す。

 

「あの、お仕事中なのはわかるんですけど、お酒、大丈夫なんですか?」

 

「あたいは風魔の鍛錬で毒は効かない体なんだ。酒も言わば毒。酔えねぇのさ」

 

そう言って追加のワインを手に取ってあずみは話す。

 

「しっかし、あの銀髪の英雄様、すっかりお前らのこと誑し込んでんだな」

 

「・・・うん。義経は士郎君しか愛せないです」

 

「はっはっは!小娘が一丁前に言うじゃねぇか。あたいもなー、英雄様と任務じゃなくて奥方として参列したいぜ・・・」

 

「その、あずみさんは九鬼君に告白しないんですか?」

 

「あたいが?出来る訳ねぇだろ。あたいは英雄様の苦労を知ってる。将来誰とも知らぬ奥方を迎えて九鬼に貢献なさる。そいつが分かっていながら、身勝手に告白なんか出来ねぇよ」

 

「でも・・・!」

 

「いいんだよ。あたいはそれで。まぁ、義経達の衛宮みたいな存在が出来れば変われるかもしんねぇけど?あんな男は一人いりゃ十分だわな」

 

そう言って二杯目のワインを開けて彼女は先を促す。

 

「そら。十分休めたろ?早く合流しようぜ」

 

「は、はい・・・!」

 

義経も遅れまいとあずみについていく。

 

「遅れました英雄様」

 

「よい!我も兄上と心置きなく話し合えた!」

 

「だから兄上はやめろっていうのに・・・」

 

頭が痛そうに額を抑える士郎。

 

「士郎君!ごめんね」

 

「いや、義経の元気が戻ったのならいいさ。ありがとう、二人とも」

 

「礼には及ばぬ!あずみが気づいてくれたのだから礼ならあずみにな。我は兄上と十分に益のある話が出来てうれしいぞ!」

 

「そうか。じゃあ二人とも。お互いパーティを楽しめると良いな」

 

「うむ!ではな!」

 

「失礼します」

 

英雄とあずみがその場を後にして士郎は改めて義経に向き直った。

 

「義経、大丈夫か?無理してないか?」

 

「うん。もう大丈夫だよ。心配をかけて義経は申し訳なく思う・・・」

 

「そんなこといいさ。とにかく義経に元気が戻ってよかったよ。あっちのテーブルの料理が美味しかったんだ。行かないか?」

 

「うん!義経も食べる!」

 

手を取り合って歩む二人には決して砕けぬ情愛が溢れているのであった。

 

 

 

 

 

 

色々な料理を食べ、テラスの椅子で小休止を挟んでいた士郎と義経。そんな二人に意外な二人が声をかけて来た。

 

「あの、衛宮さんと義経さん・・・ですか?」

 

「はい。そうですが・・・って」

 

「・・・よう」

 

「「ガクト(君)!?」」

 

何ともパーティに不釣り合いな人物が眼鏡をかけたドレス姿の女性と現れた。

 

「ほら、ガクト君、お友達なんでしょ?」

 

「あ、ああ・・・二人とも元気か?」

 

「元気も何も・・・ガクト、そちらの女性は?」

 

士郎はびっくり眼で二人を見比べた。

 

「初めまして。京都市立威風学園の『松本 南』です。ガクト君の彼女でーす!」

 

「初めまして。川神学園2-Sの源義経です」

 

「おなじく2-Fの衛宮です・・・」

 

呆然と目が行ったり来たりする士郎とガクト。士郎は説明しろと目を追っかけるが、

 

「・・・。」

 

(おいこら、説明くらいせんか!)

 

ガクトは頑なに視線を合わせようとしなかった。

 

「もうガクト君たら。彼女の紹介くらい出来なきゃだめだよ?」

 

「お、おう・・・」

 

それでも口が重いガクトに代わり、士郎が聞くことにした。

 

「京都市の学園という事は・・・もしや、修学旅行の時の?」

 

「そうそう!私、あの時ガクト君に助けられてからずっとメールのやり取りしてて・・・仕事でこっちに来たからガクト君をパーティに誘ったんです」

 

背丈は小柄なので生徒かと思いきや、仕事で、という単語に気付く士郎。

 

「失礼ですが、お仕事は何を・・・?」

 

「威風学園の教育実習生です!」

 

「「・・・。」」

 

ここはいくら大きな学園の教育実習生と言えど、それだけで来れる場所ではない。

 

(おいガクト。いい加減ちゃんと説明しろ)

 

義経と楽し気に会話している中、士郎はガクトを肘で小突いて説明を促した。

 

(前に修学旅行で女の子助けたって言っただろう?)

 

(それが彼女なのはわかった。教育実習生という事だからガクト達とバッティングした生徒を諫めにその場に居たってとこだろう?)

 

士郎の予想は的中していた。士郎の言う通りあの場は威風学園のオリエンテーションだったのだ。その付き添いという形で彼女が同行していたが、夜、抜け出す生徒を追っかけてその場にいた、という事だった。

 

(それよりもあの人、本当にただの教育実習生か?このパーティに出れるなんてそうないぞ)

 

(あ、ああ・・・南さんは大手スポーツ用品メーカーのご令嬢なんだ。俺様も戸惑ってる)

 

(なんだって?)

 

どうやらガクトは生徒と間違えてすごい人と繋がりを持っていたらしい。

 

「男の子同士の秘密の会話は終わりましたか?」

 

「ああ・・・えっと。松本、さん?はなぜこのパーティに?」

 

「それねー・・・私の仕事も関係するんだけど、いろんな人への挨拶って感じ。私は威風学園の実習生なのにねー」

 

納得がいかぬという顔の南。だが、

 

「まぁその代り、ガクト君とこうしてデート出来たんだから儲けものかな!」

 

「松本さんは凄いですね。教育実習に加えてご実家のスポーツ用品メーカーの仕事もなさってて、義経は、いたく感動しました!」

 

「もう、義経ちゃんたらー!うちの学園の子達に爪の垢でも飲ませてやりたいわ」

 

そう言って近くのバーテンダーからワインを受け取る南。

 

「み、南ちゃん。一応仕事中だから酒の飲み過ぎはまずいと――――」

 

「ぷはぁ!大丈夫だよガクト君。お仕事でも適度に力抜かないと続けるの大変だよ?」

 

そう言って機嫌良さそうにガクトの腕を抱きしめる南。

 

「それじゃ、私達は残りの挨拶を済ませてくるから。義経ちゃん!ファイト!だよ?」

 

「は、はい!南さんも!」

 

そうしてガクトと南は去って行った。

 

「・・・。」

 

「士郎君?」

 

ぼーっとその後ろ姿を見つめる士郎にどうしたのかと声をかけると、

 

「いや、あまりにも友人の違う面が見えてしまったというか・・・。義経は俺とガクトが風間ファミリーっていう仲良しグループなのを知ってるだろう?」

 

「うん。そんなに意外だったの?」

 

「ああ・・・俺も、モテたいモテたい言うガクトに、何度もお前は普通にしてればモテるから、って言い続けてたんだが・・・遂に恵まれたって感じだ」

 

「あはは。そんなになんだ?」

 

「そりゃあもう何せな――――」

 

と最後は意外なエキストラの登場で場をかき回して行ったが、二人は仲良くその話題で楽しい一時を過ごすのだった。




今回はこんな感じになりました。ホテルの描画が無いぞって?無理です砂糖吐きまくる自信があります(白目)

意外なオリジナルキャラ、松本南ちゃんは学生と間違われるほど小柄な設定です。威風学園もフィクションなのであしからず。

次回は何しようかな…清楚との一幕を書けたらいいなって思います。

では!


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幕間:清楚と

皆さんこんばんにちわfgoの源為朝に惚れてガチャぶん回してしまった作者です。
今回は清楚メインで行きたいと思います。ドイツ組の事もあるのですこーしドイツ班の事も出て来ますが、メインは清楚です
では!


「終了だ。皆ペンを置け」

 

梅子の言葉にその場に居た皆がため息と共に体を伸ばしていた。

 

「答案用紙は後ろから回せ。結果はすぐに出る。明日にでも掲示板に貼られることだろう。ひとまずは羽を伸ばすといい」

 

様々な声が上がる中、士郎は梅子の言う通り息を吐いて体を伸ばしていた。

 

(なんとか乗り切った。梅先生の言う通りそこまで根を詰めて勉強しなくても大丈夫だったな)

 

問題は選択肢系が多く本当に出席日数調整というようなものだった。もちろん常日頃から勉強していなければ痛い目を見るものだったが・・・

 

「さて、今日はどうするかな」

 

冬休み間近という事で掲示板に依頼は基本的にない。

 

あるとすれば緊急を要するもので代表が招集される場合のみだろう。

 

期末考査は既に終えているので、これからは冬休みに向けてゆっくりと落ち着いていくことだろう。

 

「衛宮、お前は私と共に職員室までこい。話がある」

 

「了解です」

 

とは言ったものの、一体何用なのだろうか?

 

(テストは受けたし、なにも後ろめたいことなんてないんだが)

 

はてどうしたものかと考えていると職員室に着いた。

 

「さ、入れ」

 

「失礼します」

 

中に入るとほんわか暖かい。士郎が受けていた備品修理の中にあった、職員室のエアコンが元気に働いているようだった。

 

「私は採点に入る。お前は学園長の所に行け」

 

「学長の?」

 

ますます何のことやらと悩む士郎だが、

 

「心配しなくても悪いことではない。むしろ胸を張って行ってこい」

 

と梅子が滅多に見せない暖かい笑顔で送り出してくれた。

 

「そう言う事なら・・・」

 

とりあえず不安は減少したので学園長室の扉を叩いた。

 

コンコンコン。

 

「衛宮君かの?」

 

「はい。何か用事があるという事で、うわぁ・・・」

 

テーブルの上にこれ見よがしに置いてあるものを見て思わず士郎は困った声を上げた。

 

「そんな声を出すでない。ほら、入った入った」

 

鉄心に促されて渋々入る士郎。問題の机の上のものはというと・・・

 

「ドイツから勲章と盾が届いておるぞ。これの保管についてじゃ」

 

「・・・学園長が預かってくれはしないですか?」

 

「よいのか?その場合誰もが見れるように専用の場所を作るが」

 

「・・・いえ、自分で保管します」

 

カクリと肩を落として士郎は頷いた。

 

「お主は相変わらず自らを誇ろうとはせんのう・・・美徳じゃが、あまり度が過ぎると相手方の失礼になってしまうぞい」

 

「誇れませんよ。俺は・・・全ての人を助けられなかった」

 

「はぁ・・・君の救うという概念は厳しいのう・・・」

 

救えなかったのは当然テロリスト達の事だ。彼らを更生させられれば彼の中でも勝利だったのだが。

 

当然そんなことは夢物語なわけで、士郎もわかってはいるのだが釈然としないのだ。

 

「まぁよい。君の夢がどのようなものかわかっていてそうしているのだろうし、もう口は挟まん。ほれ、感謝状じゃ」

 

「・・・。」

 

手渡されたそれを読むと難しい言葉は省いて、よくテロリストの脅威から人命を救ってくれた、それを表彰するとともに、これからもドイツと仲良くしてね、という感じだ。

 

「お主はテロリストから全ての人を救った。それだけは心にとどめておくんじゃよ」

 

「わかりました。でも困ったな。コレ今日全部持ち帰れないぞ・・・」

 

何かが記された銀の盾。数々の感謝状。そして盾のようにケースに納められた勲章バッチ。どれもこれもありがたいが、かさばるものだらけだ。

 

「わしが責任持って送るでな。心配せずともよい」

 

「ありがとうございます」

 

何とかなるようだ。

 

「いやはや、たいしたこと・・・ではあるか。それでも日本人の俺にこんな接待されても何も出ませんよもう・・・」

 

「衛宮君、わかっておると思うが・・・」

 

「はい。今回の事でドイツには警戒心が芽生えた、ってとこですかね」

 

口々に感謝が伝えられているが、同時に仲よくしようという言葉が必ずある。それは文面通りの意味ではなく、どうか敵にならないでほしいという意味でもあるのだ。

 

「一学生に大したもんですよ」

 

「君、学生にはとても思えんのじゃがのう・・・」

 

それはそれとして士郎は今後の事を考えた。

 

(これだけ持ち上げられて懐刀の猟犬部隊をなんの成果も得られなかった、では問題ありだろう。差し当たってはリザさんの鉄甲作用習得だな)

 

リザの修練には実質テルマも含まれている。まずはそこを重点的にやるのが良さそうだ。

 

習得する頃にはコジマも仕上がっていることだろう。ジークには霊薬の備蓄をいくらか渡したし、残るはフィーネか。

 

(戦術書とチェスだけじゃなぁ・・・揚羽さんに何かないか聞いてみるか)

 

そう結論付けて士郎は退出する。

 

「それじゃあ配達の方よろしくお願いします」

 

「うむ。テストも終わったことじゃしお主も息抜きを忘れるでないぞ。休養もまた身を鍛えるための修練と思いなさい」

 

「了解です。では」

 

今度こそ、退出した。

 

 

 

 

「うーん、鉄甲作用の特訓か・・・何かいい案はないかな」

 

士郎は帰りながら頭を悩ませていた。

 

「士郎君!」

 

そんな折清楚がパタパタと駆けよってきた。

 

「お疲れ様、清楚。今日も文学の勉強か?」

 

「うん。またいい詩が作れそうなの!士郎君は?」

 

「俺は追試と後程届くんだけど、ドイツから感謝状を頂いてしまって・・・」

 

困ったように後ろ頭を掻く士郎だが、清楚は沸き立った。

 

「すごいじゃない!確かにあれは見事だったよね。捕まってた人、だーれも怪我してないんだもん」

 

「まぁそうだな・・・」

 

「士郎君?」

 

つい先ほどの鉄心との会話を思い出し、士郎はなんでもない、とそれ以上は語らなかった。

 

「ねぇ士郎君、ちょっと遊びに行こう?」

 

「ん?遊びに?」

 

どういう事だろうと首を傾げた士郎に清楚は笑って、

 

「うん!士郎君追試も終わってすることなくなったでしょ。私も義経ちゃんみたいにデートしたいなぁ・・・」

 

「なるほど、いいぞ。何処に行こうか・・・」

 

うーむと悩む士郎に、

 

「とりあえず町の方に行こうよ。ここじゃなんにも浮かばないし・・・」

 

「そうだな。じゃあ金柳街に行こうか」

 

帰り足だったのを街に向けて歩き出す。今日は清楚とデートだ。

 

 

 

 

 

帰りが遅くなることをメールで天衣に伝えて二人は腕を組んで金柳街の街並みを見る。

 

「はぁ!雪が少し積もってるね」

 

「だな。いつか大量に降ったらどうしようか」

 

「そしたらねーかまくら作りたい!でね、士郎君の焼いたお餅食べるの!」

 

「それいいな。お雑煮とかも良さそうだ」

 

「いいねいいね!楽しみだなぁ・・・」

 

楽しそうに笑う清楚に、士郎も思わず笑顔がこぼれる。

 

彼女と二人きりで話すのは大分久しぶりな気がした。

 

「あ、あそこのカフェにしない?私の一推しだよ」

 

「清楚の一推しか。行ってみよう」

 

飲食店となると目を光らせる士郎。自分の手料理を普段から食べている清楚が一押しというのだからよっぽどだと判断する。

 

チリンチリンと鈴が鳴って来店を知らせる。

 

「いらっしゃいませ・・・って清楚ちゃんか。いらっしゃい」

 

「滝沼さんまた来ちゃった!」

 

親し気に話しているあたり、どうやら常連らしい。

 

「いつも贔屓にありがとう。そちらはボーイフレンドかな?」

 

「うん!衛宮士郎君っていうの」

 

「初めまして。衛宮です」

 

「うん。僕は滝沼 葵(たきぬま  あおい)。このカフェの店主だ。衛宮君の腕前はかねがね聞かせてもらっているよ。よければ一杯飲んでいってほしい」

 

「きっと士郎君も気に入るよ。私はいつもので・・・士郎君は?」

 

「コーヒーをブラックで。砂糖とシロップは無しで」

 

「承りました。それじゃ、空いてるお席にどうぞ」

 

窓近くの席を取って二人は一息つく。

 

「はぁー・・・勉強、疲れた」

 

「お疲れ様。凄く真面目に勉強してたもんね。手ごたえはどう?」

 

「問題なし、かな。むしろ勉強をし過ぎた。梅先生の言う通り、根を詰め過ぎなければ良かった」

 

困ったように苦笑を浮かべて士郎は笑った。

 

「そっか!よかった。士郎君家でもすっごい勉強してるんだもん。そんなに難しい試験なのかなって思っちゃったよ」

 

「難しいは難しかったけど、ほとんどが選択問題だったから答えるのは簡単だったかな。正義の味方が落第じゃカッコつかないからな」

 

そんな風に語らっている間に滝沼がコーヒーと清楚はカフェオレだろう二品と、お茶請けにドーナッツを持ってきた。

 

「はい、お待ちどうさま。こっちのドーナッツはサービスだよ。どうぞご賞味あれ」

 

「わぁ!ありがとう滝沼さん!士郎君これはレアだよー」

 

「ありがとうございます。そうなのか?」

 

「うん!川神グルメ歩き、っていう雑誌に載っててね・・・」

 

なんでも、大元を辿れば士郎が原因らしい。彼の振るまう料理やデザートが絶品という事で、一学生にそんな猛者がいるなら川神にもきっといるはず!ということである記者が念入りに調査したらしい。

 

「その時の記事に上手い事載ってね。わずかながら人気が出てくれたんだ」

 

「飲み物もだけどこのドーナッツが話題を呼んだんだよ!それからタイミング悪いといつも売り切れで・・・」

 

「僕一人で回しているからね、肝心な飲み物を疎かにしてドーナッツ作りはできないよ。それでも、空き時間があれば作り足しているけれどね」

 

年若く青年、とも見える彼もいろいろ苦労しているようだ。

 

「それじゃ、ごゆっくり」

 

そう言って滝沼はカウンターに戻って行った。

 

「さっそく食べよう!」

 

「ああ。それじゃあ・・・」

 

特に何もつけられていないように見えるが、かすかにシロップと粉砂糖がまぶしてある。それを一口かじると・・・

 

「美味しい」

 

士郎は自然とそう思った。ドーナッツは揚げ物であり、尚且つ甘みが強くなりがちでくどく感じるのだが、このドーナッツは甘さはほどほどにドーナッツ生地自体の甘さが目立つ。

 

「うん~!このしつこくない甘さがいいよね。カフェオレも・・・」

 

清楚と同じようにブラックコーヒーを一口。

 

「・・・ふぅ」

 

そちらも深い香りと苦みがマッチしている。一心地つけられる良い腕前であった。

 

「ね、凄いでしょ?」

 

「ああ。正直これほどとは思わなかった。まさかここまで本格派とは」

 

本当にびっくりした、と士郎は柔らかい笑みで答えた。

 

「あう・・・士郎君、その笑み人前で軽々しく浮かべちゃだめだよ」

 

「なんでさ?」

 

士郎自身は普通に笑ったつもりなのだが。とはいえこの衛宮スマイルに撃墜される女子は多く、清楚達もこの笑顔で見つめられると恥ずかしくなるのだ。

 

「それより行先決めないと」

 

「そ、そうだね。うーんっと・・・」

 

手持ちのバックから雑誌を取り出す清楚。中には付箋が何枚も張られており、一押し!と書かれている部分が多々見られた。

 

「観光雑誌か?俺にも見せてくれ」

 

「うん、いいよ」

 

快く見せてくれる清楚。中には実に様々な観光スポットが書かれていた。

 

「俺も川神に来て大分経つけど、こんなに観光スポットあるんだな」

 

「私も驚いちゃった。島に居た頃とは考えられないくらい街、って感じだもん」

 

そうしてペラペラとめくっていくと意外な場所に伏せんが張られていた。

 

「総合運動場、川神パーク?」

 

総合運動場というがどんな場所なのだろうか?

 

「ああこれね。色んなアトラクションがあるんだって。おっきなトランポリンとかそれを使ったゲームとか。バスケットのシュートとか野球のストラックアウトもあるみたい」

 

「へぇ・・・随分色々あるんだな」

 

確かに、雑誌にももろもろ書いてある。冬だというのにプールも解放されており、こちらは温水プールだそうだ。

 

「ここ、面白そうだな」

 

「気になる?」

 

「体を動かしてなかったからな。いい汗かけそうだ」

 

「それじゃあここにしよっか。今日は体育あったから体操着に着替えればいいかな」

 

「だな。よし、滝沼さんの心づくしを頂いたらそっちに行こう」

 

と、目的地も決まったことで二人は最近身近に起こった話をしてゆっくりと一心地つくのであった。

 

 

 

 

 

滝沼のカフェを出て約10分ほど。少し街並みから外れた場所に川神パークは立っていた。

 

「結構大きい建物なんだな」

 

「プールも併設されてるからね。私達の行くアトラクションはあっちみたい」

 

清楚と腕を組みながら士郎は受付にやってくる。

 

「すみません、大人二名で・・・ん?」

 

「はい。熱いお二人二名で」

 

受け付けに居たのは京だった。

 

「なんで京が受付してるんだ?」

 

「ん。アルバイト。クリスも一緒だよ」

 

クリスは交際を認められたものの、お小遣いは自分で稼ぐ方式になったらしい。これも良い経験だろう。

 

「プールいく?」

 

「いや、水着の手持ちがない。運動場のアトラクション希望だ」

 

「了解了解。先にお会計するね。中は入れれば後は無料だから。ただし、一回出たらまた料金が発生するから気を付けてね」

 

「わかった。じゃあ二人分頼む」

 

「あ・・・」

 

例の如く士郎が二人分出した。

 

「数少ないお小遣いだろ?大事にしないとな」

 

「ふふ、ありがとう」

 

何とも仲睦まじい二人を京は見つめて、

 

(大丈夫かなー)

 

ちょっとした心配をしていた。

 

更衣室で着替えていざ川神パーク本館へ。

 

「士郎君、こっちこっち」

 

更衣室を出た先に清楚がいた。

 

「さて、何からやるかな」

 

腕のストレッチをしながら清楚の方に歩いていく士郎。

 

「士郎君、あのね・・・」

 

「ん?どうした清楚」

 

「ここ、とっても楽しみにしてたの。だから――――」

 

スッと目を一回閉じると次の瞬間には瞳が赤くなっていた。

 

「んは!さぁ士郎やるぞ!何から行く!?」

 

覇王モードになっていた。きっと、楽しみにしていたから気持ちが高ぶってしまったのだろう。

 

だが士郎は動じることなく、

 

「そうだな。準備運動をして、トランポリンがいいな」

 

「そう言うと思っていたぞ!では俺が――――」

 

「はいタンマ」

 

パシ、と元気に振られた手を握る士郎。

 

「うわっと、何するんだ!」

 

「準備運動してから、って言ったろう?怪我したらどうするんだ」

 

「むう、この覇王に準備運動など・・・」

 

「必要だ。君の強さは賞賛に値するが、人間としての構造が違うわけではない」

 

「ぬう・・・」

 

正論の士郎に何も言えない清楚。

 

「なに、一時間も二時間もやれというわけじゃない。体を解してストレッチするだけだ。15分もかからない」

 

「まぁいいだろう・・・お前の頼みだからな!」

 

そう言って広いスペースで準備運動をする二人。元々そういうスペースなのか大画面に準備運動の仕方、という動画がながれている。とはいえその通りにやると20分から30分取られるため、流石に短縮した。

 

準備運動を終えた二人はいざトランポリンに。

 

(加減しないと天井を突き破るな)

 

そんな士郎の心配をよそに清楚は楽し気にトランポリンで跳ねていた。

 

「士郎!お前も早くこいっ!」

 

「それじゃ・・・」

 

タイミングを合わせて飛び乗る。清楚がかなり跳躍しているため、トランポリンもかなり勢いがついている。

 

「よっ・・・ほっ・・・」

 

加減をしながらそれでも随分高い位置に跳ねる二人。

 

清楚は跳ねるだけで楽しそうだが、士郎は、

 

(捻りや宙返りしてみるか)

 

まるで体操選手のように空中で体を捻ったり宙返りしたりする士郎。

 

当然清楚が黙っているわけなく。

 

「おお、流石士郎だ!俺も挑戦するとしよう」

 

そう言って挑戦する清楚だが・・・

 

「む・・・?ぬ・・・」

 

上手くできないでいた。

 

(そりゃそうだ。いくら肉体のスペックが高くてもテクニック(技術)がなきゃな)

 

士郎は思いのほか楽しそうに飛び跳ねているが清楚は真似できなくてむくれてしまった。

 

「悪い悪い、つい調子に乗った」

 

「別にぃー俺だって練習すればできるもん・・・」

 

「へそ曲げるなって。ほらあれなんか楽しいんじゃないか?」

 

士郎の指さした先には、トランポリンを使ったゲームが展示されていた。

 

「ほう。この俺にゲームで挑むか。その挑戦乗ってやろう!」

 

内容はいかに効率のいいジャンプで最速のタイムを出すかだ。途中特別ポイントのアイテムもあるので一概に最速であればいいわけではない。

 

意気込んで清楚はプレイを始めた。

 

「この覇王に動体視力を求めるなど愚の骨頂!」

 

「・・・。」

 

士郎はあえて言わなかった。この手のゲームは目標物を素早く察知することよりも、リズムを割り出し、的確に攻めていくのが結果的に最速なのだと。

 

「よっはっ!これぐらい何という事もない!もうゴールだ!」

 

途中のポイントは3分の1も取れてはいないが。確かに最速ではある。結果、

 

「なっ・・・この俺が・・・Bランク・・・だと」

 

「そりゃあ道中ポイント取れてなかったしなぁ」

 

「うぬぬ・・・もう一度だ!」

 

今度は途中のポイントアイテムを全て取ったが、今度はスピードが落ち、Aランク。

 

最高得点はSランクなのであと一歩足りない。

 

「ぐぬぬぬ・・・!」

 

その後清楚は何度も挑戦したが結局最後までAランクを越えることはなかった。

 

「この覇王が・・・」

 

士郎は悶える清楚を横に、随分よくできたゲームだなと感じていた。

 

(俺の想定より遅かったとはいえ最後は中々早かったはずなんだけど・・・)

 

これはもし自分の番が来たら、全力でかからねばならないと、気を引き締める士郎。

 

「士郎!お前がやってみろ!!」

 

いい加減疲れたのか息荒く士郎に言う清楚。

 

「ああ。やってみるよ」

 

という事で士郎に選手交代。彼は得点を取りながらタイミングを素早く割り出し、物凄いスピードでゲーム内世界を飛び跳ねた。

 

「お、おい。あの兄ちゃんやばいんじゃないか?」

 

「マジだ!これはSに行くかもしれねぇ!」

 

(レオニダスの体育での重りが無いから体が軽いな。レオニダスに感謝だ)

 

結局士郎は抜群の安定感でSランクゴールした。

 

「本当にやりやがった!」

 

「おめでとう!お兄さん!」

 

気がつけば随分と観客が集まっていたらしく口々に絶賛される士郎。

 

(清楚は・・・?)

 

肝心の清楚の姿を探すと、

 

(いた)

 

何やら苦虫を嚙み潰したような顔で士郎を見上げていた。

 

「清楚、どうだった?」

 

「・・・華麗だった。俺なんかよりもその・・・カッコよかった」

 

「そうか。君に見劣りしなくてよかったよ。次は何して遊ぶ?」

 

「次はあれだ!」

 

何処かプリプリしながら清楚は目的のアトラクションへと歩いていく。

 

(成長したな)

 

士郎はそう思った。昔の清楚ならば暴れていたかもしれない。

 

そうはせず、相手のいい所をきちんと褒められるのは大きな成長だった。

 

「士郎!何をしている!」

 

「ああ、今行くよ」

 

そうして日が暮れるまで遊んだ二人は、良い運動が出来たと満足するのであった。

 

 

 

 

 

帰り道、晩御飯に遅れて帰ってきた二人は幸せそうに天衣達が準備してくれた晩御飯にありついた。

 

「はぁ~楽しかった!士郎君ありがとう」

 

「いや、俺の方こそ感謝したいくらいだ。いい運動になったよ」

 

「二人とも、楽しむのはいいけど晩御飯に遅れたらだめだぞ」

 

天衣の言葉に素直に謝る二人。

 

「すみません橘さん」

 

「ごめんなさい・・・どうにも興がのってしまってな!許せ!」

 

「清楚がその状態だったならしょうがないな・・・おかず一品抜きで・・・」

 

「わぁー!ごめんなさい!謝るから持ってかないで―!」

 

「あはは!清楚、きちんと謝らないとな」

 

覇王モードで調子に乗っておかずを取られそうになる清楚。だがその表情は何処までも楽し気だった。

 

食事が終わり、士郎は湯船に浸かっていた。

 

「今日は動いたなー・・・」

 

なんだかその分お湯がよく染み渡る気がする。

 

「あー・・・」

 

上手い具合に悩み事が吹き飛んでリフレッシュできた気がする士郎。冬休みに入ったらすぐに猟犬部隊の強化に勤しむことが出来るだろう。

 

「やばいやばい・・・眠気が・・・」

 

このまま眠っては窒息死してしまうと重たい体を引きずって湯船を出て士郎は自室に戻った。

 

すると、

 

「・・・。」

 

こんもりと布団が丸く膨らんでいる。

 

「てい!」

 

「キャー!」

 

悲鳴を上げて近くの布団を手繰り寄せる清楚。

 

「こら。なんで俺の布団に清楚が潜り込んでるんだ」

 

「だって今日は・・・」

 

グイっと士郎は布団に引き倒されて、

 

「士郎君を独占できる日だから、ね?」

 

「・・・。」

 

結局士郎は今日何ラウンド目か分からない男の戦いに出向くのだった。

 

 

 

 

翌日、むくりと士郎は起きて、

 

「あー・・・」

 

頭が全然働いていなかった。ただ一言、昨夜の清楚は激しかったとだけは言える。

 

「・・・。」

 

はだけた布団ですいよすいよと眠る清楚に布団を掛けてやって士郎は寝床を後にした。

 

カン、コロコロ・・・

 

縁側に出ると、リザがもう修行を開始していた。

 

「おはようございます、リザさん」

 

「おはようさん。どうしたんだ衛宮ー?げっそりな顔して」

 

「ああー・・・色々ありまして。修行の方はどうですか?」

 

聞かれると答え辛いので適当にはぐらかして修行の進捗状態を聞く。

 

そうすると、ん、と出される右手。その右手には包帯が巻かれていた。

 

「ジークに治るまで禁止って言われた。分かってたことだけどどうしたもんかなぁ・・・」

 

「まぁ逃れられないことではありますね。・・・んー。でもこのままだとリザさんだけ成果が上げられなくなりそうですし、何か考えます」

 

「ホントか!?いやー頼りになるねぇ」

 

そんなことを言いながら慣れぬ左手で投げては礫を回収するリザ。

 

「士郎、おはよう」

 

「おはようございます橘さん」

 

彼女も朝食の為にすでに起きていた。

 

「士郎、帰ってきたらでいいんだけど・・・」

 

彼女も鍛錬がしたいという事で学校が終わったら士郎と一緒にレオニダスと手合わせを願っていた。

 

「もちろんいいですよ。コジマちゃんと交代でやりましょう。レオニダスにはもう言いました?」

 

「ああ。後は士郎がどうするかだけって言われた。でもいいのか?士郎何処か疲れているような・・・」

 

大丈夫だ、問題ない、と返して朝食づくり。その間も士郎はリザの投擲の補助具について考えていた。

 

(フィットタイプの手袋をベースに指ぬきを作って・・・)

 

そんなことをやっている内に皆が起きてくる。

 

「おはよう。みんな」

 

「「「おはよう!」」」

 

と新たな朝の始まりである。充実した一日一日を繰り返しながら士郎はあの手この手で対処をしていく。その姿は家を守る正義の味方のようであった。




今回はこの辺で。清楚との一日は覇王モードとそれ以外で緩急付けられてればいいなと思いました。

という事で次回は猟犬部隊の強化に入ります。もうちょっと色んな人書きたいんですが一応彼女等は時間制限付きなので…

では次回お会いしましょう。


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ドイツ奮闘

皆さんこんばんにちわイベント周回に追われている作者です。

今回はドイツ陣営の話です。本格的な強化は士郎が冬休みに入ってからにしようと思ってましたが意外と話の進行が遅く、辿り着けてないので導入だけでもしようかなと思います。
では!


――――interlude――――

 

士郎が清楚と遊んでいるころ、リザはジークに手当されていた。

 

「士郎君からもらった薬を使ったからすぐよくなると思うよ。でも治るまで訓練は禁止」

 

「・・・でもジーク、俺だけ成果出せてないんだ」

 

そう言って深刻そうな顔をするリザ。

 

それもしょうがない事だった。ジークは士郎から秘蔵の薬を手に入れ、コジマはレオニダス王とのスパーリングでぐんぐん成長している。

 

テルマも最近は微調整に入っていると言うし、副長のフィーネを除けば自分が一番出遅れていたのは事実だった。

 

「でもその怪我を無視して訓練したら手が駄目になっちゃうよ?」

 

「わかってる・・・けど」

 

やはり納得がいかないとリザは思った。

 

「それに、士郎君に相談したの?」

 

ジークの言葉にリザは難しい顔をして、

 

「何とかアドバイスはもらおうとしてる。けど、これは技術だから日々精進するしかないんだ。衛宮はなんとか鉄甲作用の感覚を説明してくれてるけど・・・」

 

そちらも芳しくない。という事だった。

 

「うーん・・・士郎君がそんなに中途半端で終わらせるかなぁ・・・」

 

「え?」

 

ジークの言葉にぽかんとした表情を浮かべるリザ。

 

「多分士郎君の事だからリザちゃんに合う解決方法を考えてるんじゃないかなぁ」

 

「解決って言ったってどうするんだよ」

 

「それは私にもわからないよ。でも最近リザちゃんや副長のことよく聞かれるよ?」

 

「え?そうなのか?」

 

「うん。無理してないかーとか進捗はどうだろう、とか。第三者視点で教えてほしいって」

 

「・・・意外だ」

 

リザはまだどこか、女を侍らす八方美人にしか思っていなかったのだが、まさかそこまで気にしてくれていたとは考えもしなかった。

 

「すごいよね。隊長含めてお嫁さん沢山いるのに、私達の事もちゃんと見てくれてるんだよ」

 

「・・・。」

 

このゴム礫もテルマの失敗作を標的にするのも、全ては衛宮士郎が整えた環境だ。

 

話しを聞くに、彼がこの技術を学んだ時はひたすら剣を投げ続けていたのだろう。

 

それに比べればなんとやり易い環境か。

 

(浮かれて休暇だ、なんて言うんじゃなかったな)

 

彼は気にしていないだろうが実に失礼な態度だった。

 

リザはなんだか自分に嫌気がさしてきた。

 

そんな時だった。士郎が清楚を連れて衛宮邸に帰ってきたのは。

 

「すまん!晩飯に間に合わなかった!」

 

「ごめんなさい!」

 

滑り込みのように帰ってきた二人に、おうおうやってんな、とお門違いの感情も頭をもたげる。

 

だが、もう言う事はしない。きっとこの面倒見の良さが彼の魅力の一つなのだろうと考えを改めて。

 

 

 

 

 

次の日、リザはぼーっと座り込んで慣れぬ左手で投げては拾ってを繰り返す、なんとも益のないことをしていた。

 

といっても仕方ないのだが。何せ利き手が使えなくなった以上、不得意な左手を使えるようにするくらいしか残されていなかったのだから

 

「近接ならいけるんだけどなぁ・・・投げるのはなんとも・・・」

 

これも修練かね、と気落ちしながらも投げる。

 

「おはようございます、リザさん」

 

と、げっそりな顔をした士郎が起きて来た。

 

「おはようさん。どうしたんだ衛宮ー?げっそりな顔して」

 

これは昨晩はお楽しみでしたね、という奴だなと考えて表に出さないように気を付ける。

 

「ああー・・・色々ありまして。修行の方はどうですか?」

 

その言葉に、何か嬉しいという感情が走ったが、リザはそれを押し殺し、

 

「ジークに治るまで禁止って言われた。分かってたことだけどどうしたもんかなぁ・・・」

 

と、ついいつもなら吐かない弱音を吐いた。

 

「まぁ逃れられないことではありますね。・・・んー。でもこのままだとリザさんだけ成果が上げられなくなりそうですし、何か考えます」

 

頷いて思考を走らせる姿にまた嬉しい、という感情が巻き起こって、

 

「ホントか!?いやー頼りになるねぇ」

 

そんな言葉を返してやり過ごしたのだった。

 

――――interlude out――――

 

 

朝食を食べ、学校に向かう間も士郎は色々考えていた。

 

(指ぬきした手袋・・・いや薄手のグローブか?それに術式を組み込んで――――)

 

「士郎。学校に遅れるぞ」

 

「あ、ああ、悪い。もう行かないとな」

 

林冲の一声で思考の海から現実に引き戻されて、鍛造所から出てくる士郎。

 

「それじゃ、」

 

「「「行ってきます」」」

 

「「「行ってらっしゃい」」」

 

沢山の声で行って来ますを言い、沢山の声に行ってらっしゃいを言ってもらえる環境に、なんだか胸がほんわり暖かくなって士郎は元気に登校することが出来た。

 

「士郎君、悩み事?」

 

「悩みなら私達が聞くぞ」

 

「筋肉の事ならばおまかせを!!」

 

「ああ・・・って筋肉じゃない。ちょっと新しい武装を考えてて・・・」

 

「もしや、リザの為、ですか?」

 

「正確にはリザさんとフィーネさんだな」

 

うーんと唸って、

 

「リザさんはこのままだと何も得られずに帰りそうだし、フィーネさんも今一成果が見えないからな。何かないかと模索してるんだ」

 

「・・・部下の為にすみません、士郎」

 

「マルが謝る事じゃない。元々引き受けるか否かは選べたんだからな」

 

「それで何かいい案は浮かんだの?」

 

「ああ。リザさんは新武装で対処するとして、フィーネさんは九鬼と相談するつもりだ」

 

「九鬼と?一体何をする気なんだ?」

 

「それは出来てからのお楽しみ。まぁ、出来るのかわからないけど」

 

そればかりは九鬼の技術者頼みだ。

 

そんなこんなで登校である。

 

「おはよう、士郎」

 

「おはよう、旭」

 

今日は最上旭が待っていた。

 

「どうしたの?なにか悩み事?」

 

「いや、もう解決・・・出来る自信はあるんだけどまだまだ空想の段階でな。手を付けるのは今日からなんだ」

 

「そう。ならいいわ。悩み事があったら遠慮なく言ってね?」

 

「もちろんだ」

 

そんな会話をして清楚と旭とは教室で別れ、士郎はF組の扉を開いた。

 

「おはよう」

 

「あ、衛宮君おはよう」

 

「おはよう、です!」

 

「はよーっす」

 

「皆さま!今日も良き日ですな!」

 

「レオニダスさんもおはよう・・・っていうか夏服のままなの違和感あるわ・・・」

 

「私には筋肉がありますからな。冬服が入らないのです」

 

士郎含めクラスの全員が冬服なのに対しレオニダスは今でも夏服だ。理由はさっきも言った通り純粋に入らないからだ。

 

(まぁ英霊だし風邪ひくこともないからな)

 

そんなことを考えながら士郎は無地のノートを広げ、何かを書き連ねてゆく。

 

「士郎ー何してるの?」

 

ぴょこりと赤毛を揺らして手元を覗いてくる一子。

 

「ん?機密事項だ。あんまり覗いてくれるなよ」

 

「そう言われると」

 

「覗きたくなる!」

 

わっとみんなが士郎の机に殺到する。

 

「ちょっ・・・クリス!猟犬部隊案件だぞ!」

 

「なに!?じゃあ駄目だ!犬!見るんじゃない!」

 

「久しぶりだけど衛宮君らしいわよね」

 

「英雄だなんだ持ち上げられても、超お人よし系」

 

「衛宮君はまた人助けなんですねぇ・・・」

 

なんとも賑やかな日々が始まろうとしていたが、間もなく冬休みがくる。仲間達は置いといて、クラスの皆とはしばしの別れである。それが分かっているのか皆ぐいぐいと士郎に近寄っていく。

 

「これは・・・グローブか?」

 

「なんかFFの巨乳キャラが装備してそうな外見」

 

「FFって言えばさ――――」

 

「だー!もう覗くなってのに!」

 

今日もまた、騒がしい一日になりそうだった。

 

 

 

 

「うーん・・・こんな所か」

 

帰り道、士郎は必要なものを買いそろえ、帰宅しようとしていた。

 

「しーろーうー」

 

「・・・なんだ藪から棒に」

 

突然百代が現れた。

 

「小遣いちょうだい!」

 

「誰がやるか!?」

 

「えーいいだろー・・・お腹すいたにゃん・・・」

 

「本音は?」

 

「あそこのハンバーガードカ食いしたい・・・あいたっ!」

 

士郎はそのままチョップを落とした。

 

「まったく。いつもそんなことに小遣い使ってるのか?」

 

「美少女にはカロリーが必要なんだ!」

 

「程度を考えんか!」

 

と言いつつ、結局数個は買ってあげる士郎であった。

 

「それにしても百代は鍛錬休みなのか?」

 

「んー今日は朝だけの日ー」

 

「ならバイトしろよ」

 

彼女なら引く手数多だろうに。主に力仕事で。

 

「ちょくちょくやってるー。じゃないと返済に間に合わないから」

 

「結局借りてるんじゃないか・・・」

 

この武神様にも困ったものである。

 

「それならちょっと新兵装の調整に付き合ってくれ」

 

「お?いいぞ。どんなだ?」

 

百代を引き連れて家に帰る士郎。

 

「ただいま」

 

「おかえり、士郎」

 

「百代、どうしたんだ?」

 

出迎えてくれた林冲と天衣。百代を連れて来たので何事かと思う。

 

「ちょっと遊びに来ました」

 

「仕方なく連れてきました」

 

「なんで仕方なくなんだよー!可愛い彼女だぞぅ!」

 

「わかったわかった。それより早く行くぞ。橘さん、夕食任せていいですか?」

 

「もちろんだ。士郎は鍛造所にこもるのか?」

 

「はい。集中して時間忘れてたらお願いします」

 

「わかった。それじゃ買い物してこないとな・・・」

 

「天衣。私もついていこう」

 

「ありがとう。それじゃ百代、ごゆっくり」

 

「はい。よし、やるぞー」

 

「まずは作ってからな」

 

そんなこんなで鍛造所。中ではテルマが一心に鉄を鍛えていた。

 

「帰ってきたのね」

 

「ええ。でもまだいいですよ。俺はこっちで作業があるので」

 

小さな座敷にテーブルがある区画をさす士郎。テルマは一言、分かったわ、と返して鉄を鍛えるのに集中した。

 

「で、何を作るんだ?」

 

「端的に言うと・・・『電磁加速砲(レールガン)』だ」

 

「は?」

 

百代は士郎が何を言ってるのか分からなかった。

 

設計図を作り、(これは学校で済ませた)実際に布を編み込み、そこに複雑な文様を編み込んでいく。手のひら部分には薄いゴムの滑り止めを張り付け、所々に伝導体の役割をする宝石を砕いて練り込む。

 

簡単に言っているが、これだけでも相当な時間がかかっており、全体が完成するのは夜遅くであった。

 

「百代、百代!」

 

「フガ!?」

 

夕食をご馳走になってすっかり居眠りしていた百代を叩き起こして完成品を渡す。

 

「まだまだ不格好だけどとりあえず機能はするはずだ。使ってみてくれ」

 

「使えって・・・どうするんだ?」

 

「手袋を身に付けてこの金属の礫を投げつけるんだ。グローブに僅かな気を流してな」

 

「へぇー、それでそのレールガン?みたいなことが出来るのか?」

 

「一応はな。ただ気のコントロールが難しいはずだ。最初は本当に微量から始めてくれ。言っとくけど、百代換算の(・・・・・)微量じゃ火傷するぞ」

 

「さらっと怖いもの押し付けるなぁ・・・」

 

「ほらほら、今日は遅くなっちまったんだ、早速テストだ」

 

そう言って中庭につるされている練習用鉄板に向かう。

 

「術式は組み込んだ。投げる力はそんなに要らない。微小な気を流しながら放つことを意識してくれ」

 

「了解。じゃあいくぞ」

 

第一射目。

 

「ふっ!」

 

カツン、コロコロ

 

「失敗か?」

 

虚しく転がる鉄の礫に百代はそういうが、士郎は至ってまじめに検分していた。

 

「・・・いや、今のは気が足りなかったらしい。もう少し上げてくれ」

 

「いいぞ」

 

一段階ギアを上げる百代その際、

 

ジリ・・・

 

「!?」

 

手を疼くようなしびれが走る。

 

「はっ!」

 

ガツン!

 

今度は鉄板にめり込む程度の威力が出た。

 

「上々だな。これを指で挟んで複数投擲出来れば大した威力になるだろう」

 

「でもちょっとビリッとした」

 

驚いたのか百代が涙目だった。

 

「そうか・・・そうすると内側にゴム加工をする必要があるな・・・指ぬきとはいえ少しばかり不格好だな・・・」

 

だが、実験は成功した。あとは細かい部分を詰めていくだけだ。

 

「なあ士郎。これ指弾でも使えるんじゃないか?」

 

「!それは盲点だった。百代は指弾行けるか?」

 

「行けるけど・・・私の威力でやったら実験も何もないな。普通に鉄板ぶち抜く」

 

「わかった。それは俺がやろう。魔力でも多少反応するはずだ」

 

はぁとため息を吐いて士郎は百代に感謝の念を届けた。

 

「すまないな、こんな遅くまで。きちんと送っていくから・・・」

 

「あー・・・今日は帰んないって言っちゃった」

 

「・・・まさか」

 

「今日は士郎とイチャイチャするのだ!」

 

がばっと士郎に抱き着く百代。その姿に苦笑して、

 

「わかった。先に風呂入っててくれ。俺は後片付けしてから行くから」

 

「早く来いよ!」

 

そう言ってぴゅーっと風呂場に向かう百代。

 

「・・・。」

 

昨日は清楚で今晩は百代か・・・と遠い目をする士郎。

 

「・・・腹上死・・・しないよな、俺」

 

毎度毎度彼女達は激しく求めてくるので、死んだ後も笑われるような事態にならないでほしいと、士郎は思うのだった。

 

 

 

 

翌日も士郎はレールガンのグローブ、電磁加速グローブの作業に取り掛かっていた。

 

「鍛治仕事そっちのけで何作ってるの?」

 

テルマが不思議そうに覗きに来た。

 

「ちょっとした兵装ですよ。これならリザさんも成果を出せるんじゃないかなと・・・」

 

「ふぅん」

 

ここ最近のやり取りですっかり前のような刺々しさが無くなったテルマ。だが、士郎に興味はないというスタンスは変わらず、こうして猟犬部隊に関係ありそうなことだけ聞いてくるようになった。

 

「・・・。」

 

「なんです?」

 

妙にじっと見てくるテルマに士郎は見かねて問いかけた。

 

「それ、レールガンがどうのって言ってたわよね」

 

「ええまぁ」

 

「同じ加工を鎧でやれば出来るかしら」

 

唐突な質問に士郎は考えた。

 

「・・・あまり向かないと思いますよ。これは投げる・・・投擲前提の武装です。あのテルマさんの鎧では投げるのは難しいでしょう?」

 

「専用の兵装を開発すればどう?」

 

今日は妙にぐいぐい来るなと思いながら士郎はしばし考える。

 

「可能でしょうが・・・それでは普通の科学兵装と変わらないのでは?第一、タンクが役割のテルマさんに一撃必殺の武装は噛み合わないでしょう?」

 

「それでも、いざという時に役立つかもしれないじゃない」

 

「うーん・・・」

 

どうやら彼女の中の琴線に触れてしまったらしい。かなり綿密に計算しているようだ。

 

「ならこうしましょう。テルマさんが専用の兵装を作れたらそれに合わせた出力の術式を編みます。それでどうですか?」

 

「いいわ」

 

言葉少なくそう返してプイッと鉄に目を向けるテルマ。

 

(なんか素直じゃないというか・・・)

 

しばらく一緒にいる機会が多かったので警戒心のようなものは薄れた気がするが、どうにもツンケンするのは変わりない。

 

(ま、男嫌いって言う事だしこれでも譲歩している方か)

 

そう結論付けて士郎はグローブの調整を進める。例の万能薬を使っているなら明日にはリザの手も治っているだろう。

 

「なんとかなりそうだな・・・」

 

汗を拭ってグローブを完成させようと微笑む士郎を横目で見たテルマは、

 

「・・・。」

 

少しだけ、見方が変わるのだった。

 

 

 

 

 

グローブの完成も間近という事で士郎はもう一つの鍛錬成果を上げられるものとして、英雄に聞いてみることにした。

 

「おや?士郎ではないか。此方が恋しくなったか?」

 

「おはよう、心。しばらく心とも話してないな。今度街に出かけないか?」

 

「!い、いいじゃろう!此方も家中事業ばかりで外に出かけていないから付き合ってやろう」

 

ヒュホ、ヒュホホと、なんともわかりやすい声を上げる心だった。

 

「それはそれとして、英雄は居ないか?」

 

「ぬ!」

 

ガタッ!と席の一つが音を立てた。

 

「何やら兄上に呼ばれた気がしたぞ!!」

 

「寝てたのか・・・」

 

これは隣にいる怖いお姉さんにガンつけられそうだと思えば、

 

「・・・。」

 

やっぱりガンつけられていた。

 

「寝てるとこすまないな英雄。例の件、どうなりそうだ?」

 

「ああ、兄上!順調だぞ!もうすぐ試作第一号が出来るところだ!」

 

「そうか。助かる」

 

「いやいや、兄上もやるなと見直した所だ!兄上はゲームなどにそこまで詳しくないと思っていたのだが・・・」

 

「いや、実際詳しくないよ。俺は知力を尽くした戦いに新しい形があってもいいなと思っただけだ」

 

知力による戦いは将棋やチェス他にも多々あるが、今回のは本格的なものである。

 

仮想戦場を舞台にしたリアルタイムオンラインシミュレ―ション。

 

リアルタイムもさることながら、兵士もエリートから純粋歩兵まで居る、稀に見る力の入れ具合。

 

敵陣も斥候を放たねば見えない、兵士にも疲労値があったり、衛生兵を組み入れないといつまでも戦場復帰できないなどなど・・・

 

戦場遊戯、とでもいうようなコアさである。もちろん兵全てをエリートには出来ないし、設定されている武力よりも低い相手に負けたりもする。

 

ほかにも様々な設定がなされているがなにより重要なのは、より実戦的なこと。士郎が提唱した時はそんなにコアな設定にして一般人が楽しめるか、という事だが、

 

『ほら、専用のカードとか作ってさ。ゲームやアニメ、実在の軍を率いるみたいな・・・』

 

その一言で英雄の脳内はフル回転。これなら一般ユーザーも楽しめるし、九鬼も色々な所と繋がれると判断。

 

よって、技術者が星の図書館、ミス・マープルの知恵を借りて様々な工夫を凝らしている所なのだ。

 

「すまないな。無理させたか?」

 

「なんのこれしき。こちらは今までにない着想を得て邁進している!兄上が気にすることはない!」

 

九鬼としても、マープルがこのゲーム機に熱を上げていたのだ。なにせ実在する、もしくは実在した戦術家、そしてゲームやアニメという架空の人物というものを現実にするのだから。

 

あの老婆が食いつかないわけがない。一応そこまで計算づくで士郎は申し立てたわけだが、いい具合に進んでいるようで何よりだ。

 

「先も言った通り、間もなく試作一号機が完成する。その時のサンプルとして兄上を呼びたい」

 

「もちろんだ。それとなんだが・・・一人随伴者を連れて行っていいか?」

 

「ふむ。随伴者とは?」

 

士郎は英雄の耳元に顔を寄せ、

 

『ドイツ軍、猟犬部隊の参謀だ』

 

と告げた。

 

「なんと!これは腕に力が入るな!!あずみ!筐体の構築書をもてい!」

 

「かしこまりました英雄様ぁぁああ!」

 

休みの邪魔をしてしまったがこちらも上手く行っているようでほっと一息つく士郎。

 

こちらは英雄に任せて良いだろう。よろしく頼むぞ、と声をかけて士郎はS組を後にした。

 

 

 

 

 

 

そしていくつかの授業を受けたら昼休みである。衛宮定食は今日も快調。まだ始まって30分という所なのにもう売り切れそうである。

 

「大将ー定食の数増やさないの?」

 

「んー・・・増やしてもいいんだけど俺と弁慶が昼飯食べる時間が無くなるぞ?」

 

「あー・・・そっか。この売れ行きなら二倍に増やしても売り切れるだろうけどね。そっか、それは嫌だなぁ・・・」

 

と言いつつ、士郎は弁慶だけでも昼食をきちんととれるようにしているのだが。それでも難しくなるだろう。

 

現在は売るのに30分、食べるのに30分といい具合に半分なのだ。これ以上の増加は無理だった。

 

ちなみに、卒業後は学食の人として正式に入れてほしいという嘆願書がいくつも学園に提出されているらしい。

 

「え、衛宮定食をお願いします!」

 

「お?黛さん・・・だったかな?」

 

「は、はいー・・・」

 

ピキリと固まる由紀江をカラカラと笑って、

 

「大将ならもうすぐ出てくるよ。通常定食でいいかい?」

 

「はい。あの弁慶先輩、士郎先輩は・・・」

 

「大丈夫、無理はしてないよ。丁度その話をしてたとこなんだ。大将もこれ以上は増やせないってさ」

 

「そうですか・・・」

 

「黛さんはもっと増やした方がいい?」

 

「いえいえいえ!それでは士郎先輩が昼食を取れなくなってしまいます!」

 

「そこだけはゆずれねー!」

 

「はっはっは。いい後輩じゃないか大将?」

 

「ん?由紀江だったのか」

 

「士郎先輩!」

 

下級生の所にはあまり行かない(百代は何処からともなく絡みに来る)ので何気に学校で会う機会が少ないのだ。

 

「金曜集会、今日だよな?今日も何か作っていくから・・・」

 

「士郎先輩、その・・・」

 

「まゆっちがね、一緒に献立決めて、一緒に作りたいんだって」

 

「松風ー!?」

 

周りの人間は首を傾げているが士郎は笑って、

 

「そうか。じゃあ放課後、一度うちに集合だな。楽しみだ」

 

「は、はいー・・・」

 

真っ赤になって固まる由紀江の頭を撫でて待ってるぞ、と言いおく。

 

「大将は罪作りだねぇ・・・」

 

「ぬ・・・」

 

もう言い返せなくなってしまった士郎は唸る事しか出来ないのだった。

 

 

 

 

 

学校が終わったら秘密基地に集まる。今日は金曜集会の日だ。

 

「みんなに喜んでもらえたらいいな」

 

「はい。きっと大丈夫です!士郎先輩の力作ですから!」

 

「こらこら、俺と由紀江の、だろう?」

 

「は、はい!」

 

士郎の言葉にニッコリ笑顔を浮かべて頷く由紀江。

 

「・・・。(モジモジ)」

 

「どうした、由紀江」

 

「士郎先輩そのー・・・」

 

「まゆっちの乙女心察しろ馬鹿ー!」

 

「おおう・・・」

 

馬のストラップに馬鹿呼ばわりされて思わずのけぞる士郎。

 

「なんだ・・・手、繋ぐか?」

 

「・・・!」

 

ブンブンと頷いていそいそと手袋を外す。

 

「はぁ・・・冬だなぁ・・・」

 

しんしんと降る雪に士郎はこの世界に来て初めてのクリスマス、そして年越しが待っている。

 

「その前にはなんとかしてやりたいものだがさて」

 

「士郎先輩?」

 

「ん?ああ、寒いか」

 

握り合った手をポケットに押し込む。全く見当違いであるが、由紀江は満足そうであった。

 

「いちゃこらしやがって!」

 

「なんだ、ガクトはそうじゃないのか?」

 

「いやーなんだな、そのー・・・」

 

「ええ!?ガクトに彼女出来たの!?」

 

一番に驚いたのはモロだった。それもそのはず、彼らは小さな時から一緒の友達。モテない同士だなんだと言っていたがついにこの時が来てしまったのである。

 

「ねぇねぇ、もしかして修学旅行の時の人?」

 

「ワン子にしては鋭い」

 

「一子らしくないな」

 

「同感だ」

 

「なによー!クリなんかガクト達が抜け出してたのも知らないくせにー」

 

「なんだと!?秩序を乱す輩は自分が成敗してくれる!」

 

「おいおいもういつの話だよ。クリス、ちょこっとだけ息抜きも必要なんだぜ?」

 

「それ、この前客船で南さんが言ってたことだろうが」

 

「あはー。そうだったそうだった」

 

「ガクトの奴、ニヤニヤして気持ち悪い」

 

「まぁまぁ、みんなそう言うなって。ともかく、ガクトにもめでたく彼女が出来たという事で乾杯」

 

「「「乾杯~」」」

 

チン!とグラスを鳴らして一斉に飲み物を飲み干す。

 

「はぁ、美味い・・・ただのお茶だけど」

 

「勢いはビールジョッキだったね」

 

「私はもうすぐ解禁なんだがなー。それより士郎!そのバッグの中身を寄越すのだ!」

 

「わかってる。わかってるからこっちに来るな!ひっくり返すだろ!」

 

「今日もまゆっちと士郎のお弁当なのね!じゅるり」

 

「今回のは合作だ。大いに食ってくれ」

 

「マジか!どれから手を付けようか迷うな」

 

「そういえばキャップは?」

 

「なんか冒険の帰り足みたいだよ。冒険家のお父さんと落ち合って古代遺跡の調査するとか・・・」

 

「・・・。」

 

キャップの父も彼のような剛運の持ち主なのだろうか?そうするとまた士郎の胃がピンチである。

 

「なんで士郎真っ青になってんだ?」

 

「ほら、前のみたいなものを持ってこないか心配なんじゃない?」

 

「ああ、あれな。あんときは士郎相当慌ててたもんな」

 

モグモグと士郎と由紀江作の弁当を口に運びながらいうガクト。

 

「士郎、結局あれは何だったんだ?」

 

「・・・。」

 

言っていいものか。この一言で仲間達の絆にひびが入るような気がして嫌だった。

 

「細かいことは言えない。ただ、とんでもなく危険のあるものだ」

 

「秘密を明かしてくれた士郎がそういうならそうなんだろうな」

 

「最上幽斎さん、だっけ。最上先輩のお父さん。あの人が起こした事件みたいになるの?」

 

「断定は出来ないけどな。知らない方が身のためだぞ」

 

そう警告する士郎に仲間達は頷いた。

 

「もうあんなのはこりごりだ」

 

「同感ね~。アタシも戦ったけど、正直精神的なダメージが大きかったわ」

 

「数で来られると精神との戦いになるからな。あの時は良く戦ったな」

 

一子の頭を撫でて士郎もお茶をゴクリ。プロでもない一子や由紀江は本当によく戦ったものだ。

 

本来あんないつ終わるかも知れない戦いなど、精神がついていかない。

 

人間、緊張、集中できるのは30分~1時間と言われている。ただでさえそうなのに、命を賭けた戦いとなればさらに集中する必要がある。

 

どれだけ大変かは想像がしやすいだろう。

 

「お、キャップだ」

 

「本当だわ」

 

ぺらりとカーテンを捲るがそこに人影はない。というか、

 

(俺の視力じゃないと普通わからないぞ・・・)

 

士郎の目には原付に乗る彼の姿がくっきりと映ったが、

 

普通の人間にはさっぱりだろう。程なくして原付の音がして音が止み、

 

ダダダ、と階段を駆け上がる音が聞こえる。

 

「みんな!たっだいまー!」

 

「おかえりキャップ」

 

「おけーり」

 

「おかえり」

 

「おかえりなさい、キャップさん」

 

「あ!ずるいぞ!俺も食べる!」

 

何やらジャラジャラと音のなる袋を片手に士郎と由紀江の心づくしにありつくキャップ。

 

「・・・それで、何持ってきたんだ?」

 

ゴクリと一同が喉を鳴らす中、キャップはあっさりと、

 

「冒険でゲットしたお宝だ!ちょっと早いけどクリスマスプレゼント、ってことで」

 

じゃらりと出されたのは何かの牙でつくった首飾りや簡素な指輪など様々だった。

 

「毎度思うけどさ。これ、呪われてない?」

 

「見た目が完全にそれなんだよなぁ・・・」

 

「先生、お願いします」

 

「お、おう・・・」

 

京に言われて解析を施す士郎。

 

「・・・呆れた。これだけあって全部呪い無しか」

 

「だろう!いやー今回もやべえトラップばっかりだったぜ。ほんで・・・」

 

ドドン!とキャップは爆弾を置いた。

 

「まーたこんなのなんだけどよう・・・士郎、わかる?」

 

さーっと士郎は血の気が引く感じがした。

 

「せ・・・」

 

「「「せ?」」」

 

「聖杯だ馬鹿野郎!!!」

 

ドーンと士郎の叫びが冬空に響くのだった・・・。

 




はい。ここまでです。前半はドイツ組用の武器や戦略をオンラインで試せるゲーム作りなど、様々な備品を作り、集めました。リザの弱音もちょっとだけ。テルマさんもちょっと棘がなくなりました。

そして日常パートだ!と思ったんですがあるぇ?展開がおかしいぞぅ。という事で次回もお楽しみに。では!


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新兵装/不安

皆さんこんばんにちわ。前回中々の反応を見れて嬉しい作者でございます。

今回は金曜集会終了後から話が始まります。

二つ目の聖杯に士郎はどうするのか?気になる方は多いと思いますがまずはドイツ組の強化からです。

ではどうぞ!


リザの新兵装は程なくして完成した。これならば彼女も成果を持ち帰れるだろう。

 

フィーネの方は九鬼の返答待ちだが近々お披露目されるという事でそれほど焦ってはいない。

 

問題なのは・・・

 

「なんでこれなんだよ・・・キャップの奴いかれてるのか?」

 

二つ目となるボロボロの杯に士郎は頭を痛めていた。一応、レオニダスにも聞いてみたが、

 

『呪いの類は感じませんな。至極真っ当な小聖杯であるようですが・・・』

 

このいつ崩れてもおかしくない聖杯にレオニダスは唸った。

 

『マスターの懸念もわかります。聖杯とはそもそも人間の欲が魔術を通して完成したもの。何らかの異常があるやもしれませんな』

 

『・・・すまない。これが真っ当な聖杯ならレオニダスを受肉させてやることも出来るんだが・・・』

 

『何をおっしゃいます!マスターの身の回りには来てほしい人から助けたい人まで数多でしょう。私の願いは所詮、諸国漫遊という誰でも叶えれられるものなのですから気にせずとも良いのです!』

 

『しかし・・・』

 

このまま川神に縛り続けるのもどうかと思う士郎。彼には非常に世話になった。自由を与えるのは遅いくらいのはずだ。

 

『とにかく!聖杯はこの手にあるのですから今しばし考えてはどうですかな?』

 

「・・・そうだな」

 

使うかどうかはともかくとして保管しておけばお守りくらいにはなるだろう。

 

そう考えて士郎は聖骸布で覆って一応の封印を施した。

 

そんなことがあったのが昨日である。聖杯の動向は気になるが、まずは強化予定のリザの所に行った。

 

「おーう衛宮。悪い。この様だ」

 

カランコロコロと虚しく地面を転がるゴム礫。

 

傷はもう癒えたらしく今日は右手で投擲している。

 

が、成果は芳しく無いようだ。

 

「リザさん、訓練の方向性を考えましょう」

 

「うーん?なんだぁ?」

 

行き詰っているのが分かるだろう気のない返事で士郎を見ると、

 

「なんだそれ!?」

 

改良に改良を重ねた電磁加速砲を可能にしたグローブがあった。

 

「今はまだ不格好ですが補助輪としては及第点でしょう。これを身に付けてください」

 

「お、おう・・・」

 

思った以上にサッと入り、しっかりフィットしている。着け心地も悪くない。

 

「ではそれに気をある程度込めてこれを投擲してください」

 

「これいつものと違うぞ?」

 

それは礫にゴム加工がされていないという事だった。

 

「当然です。今からやる動作にはゴム加工しちゃダメなんですよ。さぁゆっくりと気を流して、違いを感じてください」

 

「・・・。」

 

リザがグローブに気を込めるとブン、と青白い光が宿る。

 

「今です!礫を――――」

 

士郎が言うまでもなくリザは最適のタイミングで投擲した

 

ガツン!!

 

これまでとはまるで違う音が鳴り響き鉄板を貫通した。

 

「お、おおおおお!!!」

 

「何とか完成だな」

 

「なぁ衛宮、これどんな加工をしてあるんだ?」

 

「電磁波精製の術式にそれを伝道する宝石を混ぜ込んでいます。言わばレールガンを手元で発動出来るグローブですかね」

 

「れ、レールガン・・・」

 

グローブをつけた右手をぐっぱと開く。これがあれば自分でも鉄甲作用には劣るが強力な投擲が出来る。

 

「ちなみに指弾でも可能です。ただしこちらも金属の弾、という限定は付きますが」

 

「まさに超兵器だな。鍛冶師としての腕前は前から聞いていたが、まさかこんなものまで作り出すとは・・・」

 

「フィーネ・・・」

 

それを遠目に見ていたフィーネが感嘆の声を上げる。

 

「リザには今後金属製の礫に・・・そのグローブの許可申請を出さねばな」

 

「うん!」

 

振り向いてリザはがばっと士郎に抱き着いた。

 

「ちょ、リザさん!?」

 

「俺不安だったんだ。このまま何も出来ずにドイツに帰るんじゃないかって・・・一人だけ成果上げられないまま帰るんじゃないかって・・・」

 

「・・・もう大丈夫ですよ。それがあれば問題なく火力を出せます」

 

「ううう・・・ありがとう衛宮ぁ・・・」

 

そう言ってリザは泣き出してしまった。中々追い詰められていたらしい。その背中をポンポンと叩いて慰める士郎。

 

「やはりこうなりましたか・・・」

 

「マル?」

 

わんわんと泣くリザに抱き着かれた士郎は困ったように慰めている。

 

「士郎ならあるいは・・・と思いましたが、全く、罪作りな男です」

 

「こうなることが分かっていたのか?」

 

「薄々ですが。士郎の懐の深さは底知れないので」

 

マルギッテは困惑した様子で笑った。

 

「ライバルが増えましたね」

 

そう言いながらもマルギッテは華やかな顔をしていた。

 

その後、リザは鉄甲作用の練習ではなく、この電磁加速グローブの扱いの訓練に移行した。ただ投げるだけでなく指の間に挟んで複数投擲など、生き生きとした訓練だった。

 

そして変わったことが一つ。

 

「士郎、指弾ってどうやるんだ?」

 

彼女が衛宮から士郎に呼び方を改めたことだ。

 

「また難しいことを・・・流石にその補助は出来ませんよ?」

 

あれだけワンワン泣いた後、恥ずかし気に士郎でいい?と聞いて来たのだ。

 

敬語も要らないと言われたが、そこはまだ士郎の心の準備が出来ていないという事でまだそのままだ。

 

「やっぱり、やりましたね」

 

「な、何がだよ」

 

その夜。士郎とマルギッテは士郎の部屋で語り合っていた。

 

「リザの事です。士郎ならば必ず落とすと予想していました」

 

「落とすって・・・俺はただ・・・」

 

良いのです、とマルギッテは優しく微笑んだ。

 

「猟犬部隊は私の家族のようなものです。そんな彼女が士郎に惚れたのは喜ばしい事です」

 

「でも、嫉妬はするから俺の部屋に来たんだな?」

 

「それは、言わない約束です」

 

スーッと二人の距離が近づくが、

 

「ちょっと待ってくれ。お客人の前でじゃな」

 

「お客人?む!?そこ!」

 

ストン、と引き戸を開けると、

 

「あいやー・・・見つかっちまった。本当は始まってから混ぜてもらおうと思ったのに・・・」

 

リザが隠れ潜んでいた。

 

「リザ、どういうつもりですか?」

 

「え?そのままだけど・・・しないの?」

 

「流石に知り合いの前では・・・」

 

「じゃあさ!俺も混ぜてくれよ!」

 

「リザ!?」

 

「ええ?」

 

「こんな気持ち、初めてなんだ。男なんかって思ってたのに士郎はその・・・とにかく、俺ともしてくれ!」

 

「・・・士郎、どうしますか?」

 

「・・・。」

 

士郎的にはNOなのだが断って悲しませるのも・・・と思ってしまう。

 

そこで士郎は婚約の事を持ち出した。

 

「リザさん。俺は誰でも抱いているわけじゃありません。俺は婚約者としかしません」

 

「・・・。」

 

「故に問います。リザさんは俺と婚約を結んでくれますか?俺以外の人を選ぶ機会は来ませんか?」

 

「もちろんだ!俺は士郎しか考えられない!婚約させてくれ!士郎!!」

 

「・・・。」

 

ふぅ。と息を吐き士郎はマルギッテを見る。

 

「って言われちゃったけど、マルとしては?」

 

「先ほども言った通り彼女達は家族です。ですから私は構いません。リザは身持ちも固いですし」

 

だが嫉妬はする、という事で士郎はそのまま押し倒された。

 

「マル、もうちょっと疑念をだな・・・」

 

「リザの事は良く知っています。だから大丈夫です。リザ、こちらに来なさい」

 

「・・・(ゴクリ)」

 

そうして結局二人を相手にすることになった士郎は・・・本当に、女性に溺れて溺死しないようにと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日、艶々とした二人に比べ、またもげっそりとした士郎は何とか台所に立つのだった。

 

「し、士郎、大丈夫か?今日は私に任せてもう少し休んだ方が・・・」

 

「大丈夫です俺は溺れないと決心したので」

 

カッコよく言っているが結局自分のせいなのでなんともキマっていない士郎だった。

 

「それじゃ、いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

栄養補給だ、と言わんばかりに食べる士郎。セイバーの気持ちがちょっとだけ分かる気がした。

 

「食べながら聞いてくれ。今日は学園を休んで九鬼に行く。フィーネさん、同行願えますか?」

 

「む?構わないが九鬼に何用だろうか」

 

「実は九鬼に依頼していたシミュレーションゲームが出来たそうなんです。ゲームではありますが実戦的なものになっています。フィーネさんにも益があるんじゃないかと思っています」

 

「シミュレーションか・・・現場を仮想戦場としてやるなら、将棋やチェスよりは有益そうだな」

 

意外にも、たかがゲームとは言わなかった。

 

「なんだ?意外そうな顔をして」

 

「いや、たかがゲーム如き、と言われるものかと・・・」

 

「その気持ちはなくはない。だが衛宮。お前の目が有益だと感じたのなら私も信じようと思っただけだ」

 

「フィーネさん・・・」

 

こちらも信頼関係が結ばれていることに士郎は感謝した。

 

「じゃあ今日は九鬼で色々試しましょう。林冲、付き添い頼めるか?」

 

「もちろんだ。今日は私も休んで士郎に付いていくぞ」

 

「護衛は必要ないように思うがな。林冲、よろしく頼む」

 

「私は士郎を守る。士郎の守りたいものを守る。だから気にしなくていい」

 

「好かれているな」

 

はっはとフィーネは笑って言った。

 

 

 

 

という事で道中色々な話をしながら九鬼に向かう。

 

「へぇ、フィーネさんはマルと同期だったんですか」

 

「うむ。あの時からマルは軍人として優秀だった。天才と呼ばれていてな」

 

マルギッテの過去の話を聞けるのはとても楽しかった。

 

「もうちょっと聞きたいところですが、到着です」

 

相変わらずの巨大な九鬼本社ビルを見てため息を吐く士郎。

 

「相変わらずのいで立ちだ。えっと、入り口は・・・」

 

前回案内された場所に行くと、ステイシーが待ち構えていた。

 

「おう。待ってたぜ」

 

「今日もお世話になります」

 

「荷物があれば預かるけど特に問題なしか?」

 

「ええ。手荷物は貴重品だけです」

 

「了解。それじゃ、案内するぜ」

 

彼女の案内に従って中に入る。

 

「これが噂に名高い九鬼の本社か・・・私も来るのは初めてだな」

 

「相変わらず会社って感じはしないな」

 

「士郎、わかってると思うけど、気を付けてくれ。強い気配をいくつか感じる」

 

「わかってる。だけど今日は決闘しに来たんじゃないからな。警戒度下げて大丈夫だぞ林冲」

 

「・・・それで士郎はいつも大怪我して帰ってくる」

 

ぷくりと頬を膨らませて林冲は士郎の背中をつねった。

 

「あいた!林冲・・・」

 

「・・・(プイッ)」

 

「クックック・・・英雄・衛宮士郎も嫁の前では形無しか」

 

「それは言わないでくれ・・・」

 

そんな会話をしている内に目的の部屋へと着いたらしい。

 

「ここだぜ」

 

コンコンコンとノックしてステイシーが士郎達の到着を告げた。

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

中に入ると待っていたのは英雄と揚羽だった。

 

「おお!兄上!今日はめでたき日だな!」

 

「ふっはっはっは!よく来たな士郎!」

 

何とも騒がしい姉弟だが彼女等が忙しい合間を縫って作り上げてくれたと思うと頭が下がる思いだった。

 

「二人とも、今日はありがとう。フィーネさん、こちらが・・・」

 

「九鬼家長女、九鬼揚羽である!」

 

「弟の九鬼英雄である!」

 

今日(こんにち)の招待痛みいる。ドイツ軍、猟犬部隊のフィーネ・ベルクマンだ」

 

「猟犬部隊・・・という事はこの筐体を作るきっかけとなった人物だな!よろしく頼もう!」

 

「きっかけ?どういう事だろうか?」

 

初耳だろう言葉にフィーネは首を傾げた。

 

「なんだ、聞いておらぬのか?此度のゲーム筐体を作ることになったのは、士郎が猟犬部隊の指揮を強化するのに良いものは無いか、という所から始まったのだぞ」

 

「同行を求められた時から薄々は理解していたが・・・すまないな衛宮。そして九鬼の方々。私達の為に随分な苦労を負わせてしまった」

 

「なに、そこはきちんと我らにも利益のあるものになっているから気にすることはない!その辺も兄上がアイディアをくれたのでな!設定を落としたものを一般筐体として売り込む手はずだ」

 

「ということは、これはより実戦的なものだと?」

 

フィーネの問いに、うむ、と英雄が頷いた。

 

「実戦的過ぎてゲームとしては些か扱いづらかろう。なにせ実戦に必要な事柄のほとんどを詰め込んであるからな」

 

「これは設定を落とさねば、軍事訓練ともとれる状態に仕上がっている。お前も気を引き締めねば意外なところで屈するかもしれぬぞ」

 

「ほう・・・それは興味深い」

 

ニヤリと笑うフィーネ。気合は十分のようだ。

 

「ではテストを始める!相手は弟の英雄だ」

 

「うむ!まずは手札を渡すとしよう」

 

「手札?」

 

「ああ、そこまでこちらの筐体には意味はないが、一応の雰囲気としてな。好きなものを選ぶがいいぞ」

 

アメリカ陸軍、ロシア連邦、フィーネが属するドイツなど、様々な意匠のカードが配られた。

 

「察するに、このカードで自分がどの軍を操るか決めるわけか」

 

「そう言う事だ。一応ドイツのフランク・フリードリヒ中将の許可ももらってこんなカードも準備したぞ?」

 

そう言って見せられたのは駆ける狼のカード。間違いなく猟犬部隊のデザインだ。

 

「では、私はこのカード一択だな」

 

迷わずフィーネは猟犬部隊のカードを取った。

 

「では我も・・・とと、これは見せない方がよかろうな。これにしよう」

 

そう言って英雄も一枚カードを取った。

 

「なるほど。初めから何のカードを取ったのか分からなければどう攻めるかも変わってくる。カードにしたのは売り出すためか」

 

「その通りよ。ある程度のステータスの違いがある。そこはまだ手の入れる余地があろうな。それでは互いにカードをセットせよ」

 

差し込み口にセットしブン、と液晶パネルが光った。

 

 

 

――――筐体駆動率97%……100%……起動確認

 

 

 

――――IDカードを認証

 

 

 

――――システム読み込み開始………ようこそフロンティアへ

 

 

 

ドドン!と太鼓を鳴らすような音を立てて戦闘前準備が始まる。

 

「説明書などもあるが・・・体で慣れる方がよかろう。ちなみに英雄もそこまで詳しくは理解していない」

 

「え?そうなのか?」

 

意外な言葉に士郎は驚いた。

 

「この日の為に詳細は我にも控えられたのだ。心配ない!姉上が決定したのだからそれを信じるまでよ!」

 

「そうか。では始めよう」

 

オオォォー!という鬨の声が鳴りいざバトル開始である。

 

「これは・・・」

 

「前方の少ししか敵が見えないな」

 

林冲の言う通りこちらの軍は全て表示されているが、英雄の軍はほとんど見えていない。

 

「リアルタイム・オンラインシミュレーションだったな。これはすぐに斥候を放たねばなるまい」

 

戦場はリアルタイムで動いている。本当は慣れた者同士ならばすぐさま軍を動かすだろうが慣れていないことを踏まえ、フィーネは迎撃の構えだ。

 

「お、斥候が戻ってきて右翼、左翼が見えたな」

 

「ああ。だがリアルタイムで動いているとなるとすでに違う形になっているかもしれ・・・ん?」

 

そこまで言ってフィーネはあることに気付いた。

 

「これは・・・いや、まて。まずは動きを見る」

 

何かに気付いた様子のフィーネだが慌てず相手の動きを見る為斥候を放つ。

 

「フィーネ。リザは使わないのか?」

 

林冲の言う通り、フィーネは斥候こそ数多放つも、斥候部隊中枢のリザは動かさなかった。

 

「大丈夫だ。私が思うにこれは・・・」

 

そう言って帰ってきた斥候によって判明した敵の陣形は、

 

「鶴翼の陣・・・!」

 

英雄が展開してきたのは鶴翼の陣。鶴が翼を大きく広げた形を描くこの陣は相手を包囲、殲滅することに長けている。

 

「迂闊にリザを動かさなくてよかったな」

 

「ああ。帰ってくる斥候の一部が負傷していたからな。それに最初に右翼と左翼が動いているのが分かったのも大きい。相手が鶴翼であるならば」

 

フィーネが動かした戦形は魚鱗の陣。一点突破を得意とする陣だ。鶴翼の陣は翼を広げた形をしていることから包囲することが得意であるが、各部位の断層が薄く、突破されやすいという弱点を抱えている。

 

今回フィーネはお手本ともいえる綺麗な魚鱗を描き英雄の軍とぶつかった。果たして戦いの行方は・・・

 

 

 

 

「ぬう・・・完敗だ!良い所を突けていると思ったのだが」

 

フィーネの画面には勝利!!と大きく出ていた。

 

「いや、いい所を突いてきていた。我ら猟犬部隊でなければ完遂しえなかっただろう。

 

フィーネの画面を見ればわかるが、軍の疲労値がもはや限界であった。多くの者もジーク率いる衛生兵の下に行っており、とても完勝とは言えない有様だった。

 

「けど流石ですね。何も分からない状態であの状況を打破できたのは大きい」

 

「そうだな。実際には兵糧や疲労値、戦線復帰までの時間と様々な要素があった。確かにこれは実戦向きだ。遊ぶゲームとしては向かないな」

 

いつの間にかかいていた額の汗を拭うフィーネ。今回はそれだけ緊張感のある戦いだったという事だ。

 

「うむうむ!そう言ってもらえると作った甲斐があるというものだ!不備はなかっただろうか?」

 

「私の方は問題ない。入念な調査をしたのであろう、私の予想通りのステータスだった」

 

「我も問題ないように思う。ただこちらは重火器に富んでいたことくらいか」

 

英雄が選んだのはアメリカ陸軍。重火器が多かったがそれをものともしないテルマの鎧がとても生きた戦いだった。

 

「これは試用機だと聞いたが、もう使えないのか?」

 

「いや、問題ないぞ。今日は我々もオフにしてある。望めばいくらでも対戦相手を準備しようぞ」

 

「助かる。衛宮、私はしばらくこちらの筐体で仮想訓練をさせてもらうとしよう。お前達は必要な所へ挨拶に行くといい」

 

「そうですか。じゃあここは・・・」

 

と、揚羽がパチッとウィンクした。

 

「英雄に任せて行くか。林冲はどうする?」

 

「・・・。」

 

林冲も揚羽のアイコンタクトを逃さず確認していたのだろう。むすっとした顔で一緒に行くと言った。

 

「では我が案内しよう。英雄、従者部隊から何人か選出するがいいぞ」

 

「もちろんです、姉上。兄上の事、よろしくお願いします」

 

「じゃあフィーネさん、またあとで」

 

「うむ」

 

という事で士郎と林冲は揚羽先導の下、その部屋から退出した。

 

「さて、士郎、林冲ゆくぞ」

 

「・・・何処に?」

 

実を言うと挨拶する対象は学園に行っているのでほぼいなかったりする。

 

「無論、我の部屋だ」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

なんとなくは分かっていたがこうなるらしい。

 

「士郎、連日で大丈夫か?」

 

「大丈夫。林冲は遠慮してくれてたんだろ?」

 

士郎の言葉にカァ―ッと顔を赤くして俯く林冲。

 

「なんだ、士郎はこんないい女に我慢をさせていたのか?それは由々しき事態だな」

 

ノックもせずガチャリと開けて、二人が入ったら内鍵をかける。

 

「それでは参ろうか!林冲!」

 

「士郎・・・」

 

その後、日が傾くまで何をしていたかは想像にお任せするとしよう。

 

 

 

 

すっかり日が傾いてそろそろお暇するか、という事でフィーネがいた部屋に戻る。すると、

 

「ああ、衛宮戻ったか」

 

「お疲れ様です・・・って、一体何人と手合わせしたんですか?」

 

フィーネの首にはタオルがかけられており、手にはスポーツドリンクがあった。

 

「なに、これ以上ないくらい的確なゲームだったのでな。つい集中して沢山の従者とやらせてもらった。将来的には本国にも二台欲しいと言ったらすでに中将が目をつけていたらしい。それもこれも、衛宮のおかげだ」

 

「いえいえ。フィーネさんにも訓練できる場が出来て良かったですよ。そろそろ帰ろうかと思っていたんですけどまだやっていきます?」

 

「いや、私も帰ろう。実のところ、あれは緊張感がすごくてな。体力を著しく消耗した。今日は泥のように眠れそうだ」

 

「そうですか。では帰りましょう」

 

英雄もいなかったので、近くの従者に帰宅することを伝えると入口まで案内してくれた。

 

「筐体はしばらくテスト期間ですので、ご利用の際はこちらまでご連絡いただければいつでもご利用できます」

 

「了解した。なにからなにまで礼を言う」

 

「ありがとうございました」

 

「いえ、またいらしてください」

 

最後まで丁寧に案内してくれる従者さんに頭を下げて三人は帰路に着く。

 

「帰りがけ、スーパーに寄っていいですか?食材買わないと」

 

「問題ない。フィーネは大丈夫だろうか?」

 

「私も問題ない。衛宮がどういう基準で食材を選んでいるのかも気になるしな」

 

なにも難しいことはしてないんだが、と言いながら実際は目利きなのを士郎は誇らなかった。

 

買い物をしていると、

 

「士郎じゃないか!」

 

「橘さん?」

 

天衣と出くわした。目的は同じだろうという事で一緒に買い物をすることにする。

 

「どうだった?九鬼の新作ゲームは」

 

「完成度が高すぎる。仮想訓練シミュレーターと言った所だ」

 

「か、仮想訓練?」

 

フィーネの言葉に?を頭に浮かべる天衣に士郎は、

 

「今回はフィーネさんの訓練用だったので、リアリティがすごかったんですよ。一般のゲーム機になる頃には落ち着いているはずです」

 

「それに、このままの筐体としても開発するらしいことも聞いた。そちらは軍事部門向けらしいな」

 

「そうなのか・・・私も九鬼には散々お世話になってるけどすごい会社だなぁ・・・」

 

と、そんなことを話しながら今日の夕食の献立を士郎と天衣は相談しだした。

 

「今日は肉が特売なのか。しかもひき肉か・・・」

 

「これはあれしかないんじゃないか?」

 

「二人とも、何か決めたのか?」

 

「ああ。ひき肉で」

 

「メンチカツ!」

 

そうと決まれば二人は早い。内部は熟知しているのであれよあれよとカゴに入っていく。

 

そんな中、フィーネはあるコーナーで立ち止まっていた。

 

「フィーネ、どうした?」

 

「あ、ああ、林冲。これが気になっていてな・・・」

 

そこにあったのはキャット用お菓子の棚だ。猫まっしぐら!ぢゅーると書かれている。

 

「猫の?フィーネは猫を飼っているのか?」

 

「ああ。今はペットホテルに預けているが・・・このお菓子はドイツには売っていないんだ」

 

「なるほど。日本限定品だったのか。日本はこういう食品にも力を入れているんだな」

 

「帰国前にいくつか買おうかと思ってな」

 

「それはいい!きっと病みつきになるぞ」

 

林冲の言葉に苦笑して、「いや、病みつきになってしまうと困るのだが・・・」

 

「今ならネット通販で買えるぞ」

 

「士郎!そうなのか?」

 

「ああ。今では外国からの輸入も珍しくない。俺の服も大体輸入品だからな」

 

「そっか、士郎は背丈があるから日本じゃ探しにくいんだな」

 

「そう言う事。帰りにいくつか買って一番好んだものを買うといいですよ」

 

「助かる、衛宮。それにしても随分種類があるものだな・・・」

 

「ぢゅーるもいいけどこっちのもんぶちも最近人気が上がってるらしい」

 

「士郎詳しいな。私達が来る前飼っていたのか?」

 

「いや、猫好きの同級生と話したことがあるんだ。毛玉も気にした商品があるらしい」

 

「これだな。うーむ・・・迷うな」

 

真剣に悩むフィーネをみて、

 

「なんだかフィーネさんの意外な面が見れた気がする」

 

「私もだ。溺愛しているんだな」

 

眼鏡越しに必死に品定めするフィーネを暖かい目で見て今日という一日は万事何ごともなく過ぎていくのだった

 




ドイツ編でした。前半女を抱き、後半も女を抱く士郎。本当に腹上死しないといいんですが(笑)

リザさんのは結構色々考えました投擲強化~投擲強化~と悩んでいる内に電磁加速砲とかいんじゃね?と浮かび、先輩いるけど二次創作だからやっちゃえーと思ってやりました。

お猫様の話。例の猫が食いつくあれですが実は日本しか売ってないらしいんです。そんな馬鹿なと調べたら本当だったようでして・・・海外のお猫様はもったいないなと思いました。
だってどんな動画見ても目の色変えて突撃してるんだもん…

という事で長かったドイツ編もここまで…と言うかあとちょっとです。長くなりますがどうぞ見届けてください。
では!


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切磋琢磨/帰国

皆さんこんばんにちわ。イベント回り切れてホッとしている作者でございます。

今回で長かったドイツ編も終盤に向けて動いていきます。そんな中で彼の女難の相はどんな威力を発揮するか必見です(笑)

また純粋にドイツ編最終パートにかけるものでもあります。いつもの様に楽しんでいただけたら幸いです。

では!


ガツン!

 

また一つ、鉄板に穴が開く。電磁加速を可能にしたグローブを使ったリザの投擲だ。

 

「っしゃ!まだまだいくぜ!」

 

ジャララ!と後に開発した弾丸ホルダーから、素早く手元に弾丸となる礫を指の間に挟み、複数同時投擲するリザ。

 

ガン!ガン!ガン!と鉄を穿つ音が聞こえる。一度に投擲できるのは三発。だがコントロールに難があり、威力は同時投擲数を減らすほど高くなる。その振れ幅を無くすためにリザは懸命に投擲していた。

 

「リザやるなー。あのグローブ貰ってから大好調」

 

「コジちゃんはどうなの?」

 

「コジマはレオっちと基礎トレーニングにスパーリング。やっぱり強いなぁスパルタの人。如何にもって感じだった」

 

ぎゅっと拳を握るコジマ。彼女もまだまだ強くならねばと足掻いている最中である。

 

二人は野外組なのでお互いの訓練を見ることが多い。対してフィーネとテルマは、

 

「副長は今日も九鬼に行ったしテルは士郎と何かごそごそしてるし。なんかなーラストスパートって感じ」

 

「だねーみんな怪我しなくてよかったよ。リザちゃんはちょっと怪我しちゃったけど・・・」

 

そう言って手元に士郎からもらった万能薬を取り出す。

 

「私でも信じられないけど本当によく効く薬だね」

 

「ジークも士郎から薬もらったんだ?」

 

「うん!あといくつかの薬湯の作り方を教えてもらったよ」

 

士郎はジークにあまり万能薬に頼らないようにと、魔術で使う秘薬の調合をいくつかジークに教えていた。この秘薬は主に遠坂に教えてもらったもので、効果のほどは士郎自身の身で立証済みであった。

 

「すごいよね、士郎君って。英雄って呼ばれるだけあるなぁ・・・」

 

「ジークは士郎とおとななかんけーにならないのか?」

 

「へぅ!?」

 

ボン!と音が鳴りそうな勢いでジークの顔が赤くなった。

 

「その・・・ね?コジちゃんだから教えるとね?私も隊長みたいにしてほしいなって思うの。けど・・・」

 

日本は今多重婚に向けて走っているがドイツはそうではない。故に、マルギッテという嫁がいる以上、自分は望むことが出来ないんじゃないかと、ジークは語った。

 

「だから・・・コジちゃん?」

 

「んんんん―コジマは難しいことわかんない!でもジークは士郎にちゃんと告白するべきだと思う!!」

 

そう言ってコジマはジークの手を取り彼がいる鍛造所へと突撃した。

 

そんな二人を知らず、鍛造所では、

 

「これならどう?」

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

どうしても電磁加速砲の搭載を諦めないテルマの挑戦が続いていた。

 

「・・・ダメですね。魔術でやる意味がない。これじゃ普通の科学実験となんら変わりません。これをベースでやるなら普通に電磁加速砲装置として開発した方がいい」

 

「こっちは?」

 

「うーん・・・可能と言えば可能ですけど・・・いや駄目だ。テルマさんがご要望の火力には至りませんね。弾倉を直結して連射することは可能かもしれませんけど」

 

「なら・・・これは?」

 

「これは・・・」

 

三つめは随分手の込んだ形をしていた。レールとなる溝が何段か調節可能なユニークな形だ。しかしそれは電磁加速砲という精密機構に逆らうものである。

 

「ユニークなアイデアですが・・・これじゃあ電磁加速砲にはなりませんよ?」

 

「でも何かを射出することは出来るでしょう?」

 

「何かって一体何を「士郎ー!コジマとジークが話があるぞ!」・・・」

 

うんうん唸る士郎に、悩みを野球ボールのようにうち飛ばす大きな声が響いた。

 

「ん?話って?」

 

「ここじゃちょっと・・・」

 

「わかった。でもごめん、今はテルマさんの方を固めたいから、そうだな、一時間後にしてもらえるか?」

 

「むむむ・・・仕方ない。一時間後だな!約束だぞ!」

 

「ああ。必ず行くよ。すまないな」

 

それで二人は去って行った。

 

「どうしたんだ?鍛錬の要望かな?」

 

「・・・。」

 

ガツ!

 

「・・・ん?」

 

向う脛を蹴り飛ばしたテルマであったが、あまりの硬さに逆にピョンピョン跳ねることになった。

 

「あ、貴方!脛に金属でも埋め込んでいるの!?」

 

「いや、鍛えれば硬くなるんですけど・・・何故に蹴られたんです?俺」

 

「貴方が鈍感だからよ!」

 

「・・・。」

 

そう言われてもピンとこない士郎。

 

「とりあえず、続きやりましょう」

 

「~~~~~!そう、ね!」

 

何とか痛みをこらえて目の前の事に集中するテルマ。

 

「それで、これで何を射出するつもりなんです?」

 

「金属の弾がついた網とか・・・」

 

「なるほど。攻撃ではなく捕縛ですか」

 

その後士郎とテルマは一時間話し合い、大筋が決まった所で終了となった。

 

 

 

 

「えっとコジマちゃんとジークは・・・」

 

きっかり一時間で終えた士郎は話があるという二人を探していた。

 

そんな折、

 

「士郎」

 

「マル!どうしたんだ?」

 

自己鍛錬をしていたマルギッテに出くわした。

 

「いえ、丁度鍛錬が一息ついたので声をかけたのです。今忙しいのですか?」

 

「ああー・・・実はコジマちゃんとジークに話があるって言われてな。探してるとこなんだ」

 

「コジマと・・・ジークが・・・?」

 

ふっと考える仕草をしたマルギッテ。

 

「士郎。その話は何処で言われたのですか?」

 

「ん?鍛造所でテルマさんと作業してる時だな」

 

「コジマだけが話していませんでしたか?」

 

「・・・言われてみればそうだな」

 

ジークは恥ずかし気に縮こまっていた気がする。

 

「・・・大筋は読めました。行きましょう士郎」

 

「行くって・・・マルも行くのか?」

 

「その方が丸く収まるでしょうから」

 

「?」

 

士郎は相変わらず首を傾げていたがマルギッテはため息を吐いていた。

 

(想像はしていましたが、本当に猟犬部隊を落とす気ですか?)

 

口には出さずそう思うマルギッテ。このままでは一体何人の嫁を迎えるのか考えつかない。

 

(まぁですが、私と同じ男に惚れたのはいい傾向ですかね・・・)

 

リザといい、コジマとジークといい、みな自分と同じ男に惚れる。本当なら奪い合いだが今の日本ならば・・・

 

(罪作りな男ですね。士郎)

 

そう思ってマルギッテと士郎は二人がいそうな場所へと赴くのだった。

 

意外なほどに探して結局二人がいたのは書斎だった。

 

「士郎君!」

 

「探したよ二人とも。読書してたのか?」

 

「それが・・・」

 

床を見るとコジマが仏頂面で横たわっていた。心なしか頭から煙が出ているように見える。

 

「コジマにはいささか早かったですか」

 

「うん・・・って隊長!なんで隊長まで・・・」

 

「二人が士郎に話があると聞いたからです。士郎、しばし席を外してください」

 

「お、おう・・・」

 

そう言われて士郎は自分の家だというのにいたたまれなくて廊下でもぞもぞとした。

 

(話ってなんだろうな・・・マルギッテが間に入るってことは機密事項なんだろうけど・・・)

 

と見当違いも甚だしいことを考える士郎。

 

しばらくして、

 

「じ、ジーク!?」

 

ジークは滂沱の涙を流していた。

 

「士郎君!!」

 

がばっと抱き着かれて士郎は何が何やら大混乱だ。

 

「マル!説明してくれ!」

 

「貴方では上手く伝えられないでしょうから私から伝えました。さぁジーク、気持ちを打ち明ける時ですよ」

 

「ゔん・・・士郎君。士郎君の環境を分かった上で言います!私もお嫁さんにしてください!!」

 

「・・・え?」

 

ポカンと呆然とする士郎に追撃が。

 

「コジマもだぞ!コジマもお嫁さん希望だ」

 

「コジマちゃんもか!?」

 

たらりと士郎の背中に冷たい汗が流れる。

 

もし、彼女等の挨拶に行くとして・・・

 

『彼女等を嫁にください!』

 

パンッ!!

 

容易にビジョンが浮かんでしまった士郎。まさか大事な懐刀の彼女等を嫁として引き抜くのは非常にまずい。まずいのだが・・・

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「「・・・・・・。」」

 

二人の熱い視線で士郎は折れた。

 

「マルに色々聞いたんだよな?」

 

「うん・・・」

 

「しっかり聞いたぞ!」

 

「まだまだ外国とどうやって行くのかとか決まって無いのも確認済みだな?」

 

「うん」

 

「コジマも同意だ」

 

そこまで聞いてふぅ、と息を吐きマルギッテの方を向くと、

 

「・・・(コクリ)」

 

彼女から認めるという合図が出された。

 

「そのなんだ、これからよろしく・・・わあ!?」

 

しとしとと涙を流していたジークと硬い表情だったコジマが一斉に飛びついた。

 

「まったく士郎は、これから何度こうして受け入れるのですかね」

 

自分の時とは違うアップテンポにマルギッテははぁ、とため息をついた。

 

(いずれテルマもでしょうし・・・もしかしたらフィーネも・・・)

 

ああ、頭が痛い、と思いながらも家族たる彼女等が自分と同じ男に嫁ぐ時がこようとは。昔の自分では考えられなかった。

 

(私も随分感化されたようですね)

 

そう考えてマルギッテはいつまでも士郎に覆いかぶさっている二人を引き離し、

 

「コジマ!まだ鍛錬の途中でしょう!レオニダスが探していましたよ!」

 

「あれ?ぎゃー!遅刻ー!!!」

 

衛宮邸内でもレオニダスは時間設定したからには厳しい。今日は夕ご飯の時、腕プルプルだろうなと苦笑する。

 

「ほらジークも。これで涙を拭いて薬草学の続き見ないとな?」

 

「ゔん・・・」

 

これでとハンカチを出したもののシャツで拭われて士郎の手は彷徨った。

 

「まぁ一件落着という事で・・・マル、ありがとう」

 

「何もしていません。ただ――――」

 

ふっと首元に顔を寄せて、

 

「あまり素っ気なくしていると噛みますよ――――」

 

はぷりと士郎の首元を甘噛みして彼女は去って行った。

 

「あー・・・マルとも遊びに行ってないからなぁ」

 

最近女性関係でも忙しい士郎。ほぼ自業自得だが、

 

「・・・。」

 

士郎は自分を想ってくれる女性がこれだけいることに感謝した。

 

 

 

 

 

 

学園も冬休みに入り、同級生と顔を合わせることも少なくなったこの頃。

 

今回で今年最後になるだろう金曜集会へと赴く。

 

「みんな久しぶり」

 

「おーう久しぶりだな。つっても最後の学校でも会ったけどよ」

 

「もうすぐ私達は卒業だ。新しい三年生はバイタルすごいだろうな」

 

どこか寂し気に言う百代。なんだかんだ言って彼女も学生生活を謳歌していたのであろう。

 

「お前達!川神院にこいよ!士郎は絶対」

 

「心配しなくても行くよ姉さん」

 

「くぅん・・・お姉様と登校出来なくなると考えるとなんだか寂しいわー」

 

「モモ先輩の登校はインパクトありすぎだったからなー」

 

「その辺は大丈夫じゃないかな。男版武神いるし」

 

「・・・モロ。俺は武神じゃない」

 

「同じようなもんだろうが。毎朝、流星の中歩くのも恒例行事だぜ」

 

「そうねー。特集とか組まれそう!川神学園の登校風景!みたいな」

 

「俺が学園に在籍している間だけだからな。それまでには変態も落ち着いてほしいんだが」

 

そればかりは学園周辺の治安維持にかかっていた。

 

そんなまったりとした空気の中大和は確信に迫る質問をした。

 

「なぁ士郎。キャップの土産の中の杯、毎回聖杯って言ってるけどアレなんなんだ?」

 

「・・・。」

 

言うわけにはいかない。言うわけにはいかないが・・・

 

「みんなはどんな願いでも一つ叶えられるとしたらどうする?」

 

「ふぇ?」

 

「なにそのドラゴ〇ボールみたいなの・・・」

 

唐突な士郎の質問に一同は考えた。

 

「アタシはお姉様と同じ地球最強の存在になりたいわ!」

 

「俺様は・・・ワン子みたいなもんだけどよ、最強の筋肉で世界を圧倒したい」

 

「僕は、これ以上先がない究極のPCが欲しいかな」

 

「自分は大事な人を絶対守る力が欲しい」

 

「わ、私は・・・今以上に友達が欲しいです!」

 

「盛り上がってんなぁ!まゆっち!」

 

「僕はねぇ、これからもみんなと一緒に居たいかな?」

 

とそれぞれの夢を語るが、

 

「みんなの夢。それを間違った形で叶えるものだったとしたら・・・どうだ?」

 

「間違った形?」

 

「なんだ竜が出てきて目が光るだけで叶うんじゃないんか?」

 

「間違った形って何だろう?」

 

うーんと唸る一同に士郎は危険な可能性を示唆した。

 

「例えば一子。君の願いが君以外の人間・動物を抹殺することで叶えられたとしたら?」

 

「「「え」」」

 

「・・・どういう事だ?士郎」

 

大和の問いに至極真面目な顔で士郎は、

 

「簡単な話だ。一子より強いものを皆殺しにすれば一子の夢は叶う。違うか?」

 

「・・・違わないけど・・・それじゃああんまりにも――――」

 

酷い仕打ちじゃないかと皆は思った。

 

「その可能性があるのが聖杯だ。事実、俺が最初に出会った聖杯戦争の聖杯は呪われていて、そういうものだった」

 

「そうか!士郎はもう聖杯がどういうものか知ってるんだった」

 

「あのゲームと同じものじゃ嫌だわー」

 

「呪いの泥をまき散らす肉巨人だっけ?しかも完成したら全人類を呪い殺すとかいう・・・」

 

「正確には呪い殺すことでしか望みを叶えられなくなった聖杯なんだけどな」

 

「・・・。」

 

「呪い殺すって・・・考えたくもないな」

 

士郎の言葉に一同が俯いた。

 

「でもさ、そういうのって士郎とかなら一目でわかるんじゃないの?」

 

「そうでもないんだ。呪いや一方的な叶え方するかは使ってみなきゃわからない。そんな危険なモノを、おいそれと使うわけにはいかないだろう?」

 

「そうよねー」

 

「責任なんか取れない。と言うか取れても取りたくないぞそんなもの」

 

「一体いつからそこにあったのかわからないが、幸い自然と朽ちているからな。封印してさらに年月が経てば自然と無くなるだろう」

 

「じゃあそれまでこの話は無しだな」

 

「願いを叶えるというのも考え方を変えると恐ろしいものだな」

 

「だなぁ・・・っと、ここまでにして飯食おうぜ!」

 

「さんせー!今日の晩御飯は何かしら!ワクワク、ワクワク!」

 

「キャップがごはん系を持ってくるはずだからおかずしかないぞ?」

 

「それでも嬉しいよね。僕すっかり士郎のご飯に毒されちゃったよ」

 

「なんだそれ?母ちゃんのご飯に納得してねぇのか?」

 

「ううん・・・そうなんだ。なんだろう、もっとこう、士郎なら上等な味に仕上げるんだろうなとか」

 

「ああーなんかわかるかも。士郎のご飯って頭抜けてるからなぁ」

 

「私が満足するには辛さがたりない・・・」

 

「・・・京の言葉は置いといて、みんなにそういってもらえるのはとてもうれしいな」

 

「自分もマルさんに頼むことが多くなったなぁ・・・それも、マルさんが士郎の家で修行してるからだと自分は思う」

 

「あのお堅いマルギッテが花嫁修業か?相変わらず士郎はスケールが違うな」

 

「そ、そういうガクトも彼女さんに作ってもらってるんじゃないのか?」

 

苦し紛れにそういう士郎だが、

 

「忘れたのか?南ちゃんは京都在住だぜ?」

 

「・・・そうだった」

 

ガクリと肩を落とす士郎。その姿にケケケと笑いながら、

 

「それでもたまに川神にきて、いろいろ作ってくれるけどよ。士郎にはかなわねぇよ」

 

「お、ガクトのノロケ話なんてめずらしいじゃないか。・・・もぐもぐ。もっろきかせろー」

 

「百代、ちゃんと飲み込んでからにしろ。それで?最近どうなんだ?」

 

「そうだなー――――」

 

それからしばらくガクトのノロケ話をBGMに一同は準備していたお菓子やおかずを食べ、やっとキャップがつく頃には士郎お手製のおかずはなくなっており。憤慨したキャップがまたもネタの偏った寿司を持参しその日も愉快に一晩を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

金曜集会ということで割と遅く帰ってきた士郎が湯船に浸かり、疲れを癒していると・・・

 

ガラガラ。

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

テルマが入ってきた。

 

「・・・(ぐっ)」

 

「まてまて!俺はちゃんと掛札をして入ってる!殴られるいわれはない!」

 

「・・・私のミスね悪かったわ」

 

入り口にかけられた大きな掛札を見て、顔を赤くしながらテルマは戻って行った。

 

「・・・テルマさん、俺出ますから代わりにどうぞ」

 

そう言って士郎はタオルを腰に巻いて出ようとした。

 

「ダメよ。私が悪かったのもあるけど貴方今日休んでいないじゃない」

 

「あー・・・まぁ・・・」

 

確かに、朝は彼女等と訓練し、昼には金曜集会という事で早めに家を出ている。そして帰ってきたのは晩御飯の頃で、今の時間まで鍛治仕事。確かにようやっとの休みである。

 

「じゃあ遠慮なく・・・」

 

チャポン、と体を湯船に付ける士郎。

 

「一時間くらいでいいかしら」

 

「はい。その前には上がります」

 

それだけ言い残してテルマは去って行った。

 

「びっくりした・・・」

 

鋼の意思で視線を逸らしながら言い訳をするというなんとも珍妙な姿だったが何とか実力行使は免れたようだ。

 

「はぁ・・・」

 

心臓はドキドキとしているものの、湯船に浸かれば疲れが湯に溶けていくようである。

 

「結構疲れてたかな」

 

思わずそのまま寝てしまいそうになるので早々と士郎は風呂を出た。

 

歯を磨き自分の部屋へと戻ると、

 

「・・・。」

 

「えへへ・・・」

 

ジークが待ち構えていた。

 

「ジーク。その・・・」

 

「何も言わないで。今はただの恋人。ね?」

 

しっかりと戸を閉めて士郎は誘われるように中に入った。

 

 

 

 

 

 

なんだかんだで彼女達の修行も終わりを迎えた。後からやると言っているのに皆自分の部屋の片づけを気合入れてやっており、士郎は朝食の準備をしていた。

 

「ふう、やっと終わった」

 

「長い事世話になっていたからな」

 

「もう別れの時かー・・・」

 

などなど、なんともくすぐったい声が聞こえてくる。

 

「士郎、本当にいいのか?朝食は私に任せて別れの挨拶とか・・・」

 

「いいんですよ。今日一日の最初の食事を作って送り出してやらないと」

 

「その考え方いいな。私達の食事でエンジンをかけて元気に走ってもらわないと」

 

「そう言う事です。さて仕上げだ」

 

今日も今日とて野菜、魚、肉と豪華な品ぞろえで食卓を彩る。

 

「いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

「むぐむぐ・・・今日も豪華メニュー・・・」

 

「だなぁ・・・こんな味を覚えちまったらドイツで満足できねぇよ・・・」

 

しくしくと涙を流しながらもぐもぐと食べるリザ。

 

「私は衛宮と同じぐらいでちょうどいいんだが」

 

「だね、でもつい食べ過ぎちゃうかも」

 

衛宮邸の人間は実によく食べる。今日も朝からモリモリと食べる一同。

 

「今日で猟犬部隊は帰国するのだったな」

 

「ああ、最後にしっかり食ってもらおうと思って、橘さんと腕によりをかけて作ったぞ」

 

「流石コジマの旦那様だな。よくわかってる」

 

その言葉をキーに空気が凍る。

 

(士郎君、またなの?)

 

(いや、あのくらいの女の子ならすぐ飽きるかと思って・・・)

 

(あれは本気だぞ)

 

(そ、そんなこと言ったって・・・)

 

(焚きつけたのは私だがな。犯罪は犯すなよ)

 

(わかってる!!)

 

とまぁ色々言われる士郎だが、

 

「美味しいね」

 

「あ、ジーク醤油とって」

 

「はい。もうリザちゃんご飯粒ついてるよ」

 

彼女等の笑顔を見て幸せな気持ちになるのだった。

 

 

 

 

空港で

 

「またな」

 

「はい。フィーネさんもお元気で」

 

「レオっちまたコジマを鍛えてほしい」

 

「もちろんですとも!またの機会までお怪我などされませんよう願っておりますぞ!」

 

「士郎。また日本に来るからお前もその・・・」

 

「ああ。俺もドイツに行くよ」

 

士郎の言葉に顔を真っ赤にして、チュ、と頬にキスを落とした。

 

「えへへ。私の事も忘れちゃ嫌だよ?」

 

「もちろんだジーク。ただそのー、例の薬は本当に最終手段にしてくれよ?中々に秘密厳守な薬だから・・・」

 

「わかってるよぉ。またね」

 

ニッコリ笑って大事そうに鞄を叩くジーク。

 

「衛宮士郎」

 

「ああテルマさん。例の完成品楽しみにしてますよ」

 

「・・・。」

 

士郎の言葉に何を思ったのか、

 

「ん・・・」

 

「んん!?」

 

その場でキスを交わした。

 

「ちょ、テルマさん!?」

 

「今更敬語なんていいわよ。貴方は私を笑わなかった。そのお礼よ」

 

「笑わなかったって・・・」

 

「ヒュー!男嫌いのテルが自分からなんてレアだなー」

 

「うるさい!リザもでしょ!」

 

「えへへ・・・そうなんだけどさ」

 

照れくさそうにリザも笑った。

 

「さ、時間です。一足先に帰国して成果を示しなさい。リザはグローブと弾丸ホルダーを紛失しないように。私はお嬢様と年越しに帰ります」

 

「了解。では衛宮士郎氏、およびレオニダス殿に敬礼!」

 

バシッと敬礼を決めてフィーネを先頭に彼女等はゲートの向こうに歩いて行った。

 

その後ろ姿を見えなくなるまで見送って士郎とマルギッテも帰路に着く。

 

「なんだかあっという間だったな」

 

「実際は長期間でしたよ。猟犬部隊全員がこれほど長く任務から離れるのは早々ありません」

 

「中将もてんてこ舞いだったろうな」

 

と苦笑を浮かべる。

 

「中将の事を笑うのは良いですが、挨拶はどうする気なのですか、士郎」

 

「うぐ・・・」

 

痛いところを突かれたと胸を抑える士郎。

 

「ふふ・・・存分に悩んでください」

 

そう言ってひらりと踵を返すマルギッテ。

 

「あ!ちょっとま・・・」

 

慌ただしかった猟犬部隊の修行も何事もなく終えてまた日常が返ってくるのだった。




はい。ドイツ最終話でした。いやー今回も難産でした。リザはこんな短期間で鉄甲作用覚えられるわけないし、フィーネなんかどう考えてもチェスと将棋じゃ訓練にならんよどうしようとかジークは安易に万能薬渡したOK~じゃ味気ないと思いました。唯一ほっとけたのはコジマちゃん。何せスパルタ入ってますからね。歯で弾丸受け止める彼女にはうってつけでしょう。


次回からは皆さんお待ちかねのエピソードになると思います聖杯の行方、強化された一子達の活躍頑張って書いて行けたらなと思います。

では次回!


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年越し

皆さんこんばんにちわ。FGOの夏イベが楽しみな作者です。

今回は純粋にみんなとの年越しを書ければなと思います。
ちょっと暗雲も漂うかもですが頑張って書いていきます。

では!


――――interlude――――

 

ぴちゃん、ぴちゃんと空洞に水の滴る音が聞こえる。暗い遺跡の中を小さなランタンを頼りに歩く。

 

「はぁ」

 

冬に入り外は豪雪の中、彼女、沙 美鈴(シャ メイリン)は一派である曹一族から長年開かずの祠とされていた秘境までやって来た。

 

最初こそ開かずと言いながらなんの戸もなにも作られていない祠に拍子抜けしたものだがこの中に入って一時間。すでに彼女はここに来たことを後悔していた。

 

「開かずの祠と言われるのはこの豪雪のせい。出口を雪で塞いだけど冷えるわね・・・」

 

もう一度はぁっとかじかむ手に息を吹きかける。今のところ一方通行だがこのままでは終わらないのは明白。そしてその予想通り分かれ道へと突き当たった。

 

「なになに・・・」

 

『聖なる杯にくべるのは肉体か、魂か』

 

そんな文言と共に赤の扉肉体と、青の扉魂に分かれていた。

 

「んー?簡単のように思えるけど、どっちもアウトに思えるんだけど・・・」

 

意味深な問いに美鈴はううむと考える、

 

「こんな時は・・・コレ!」

 

ババーン!と登場したのは木の枝。

 

何を隠そうこの美鈴。非常に頭が弱い。なので元曹一族武術指南の史文恭に憧れて志願するも門前払いなのである。

 

「ここで秘宝を見つければ、きっと武術指南にしてもらえるはず!」

 

そんなことを考えて彼女は危険だと何度も言われたこの地にいるわけだが・・・

 

コテン

 

枝は赤の扉肉体を示した

 

「よーしこっちね!」

 

なんともアバウトな決め方で彼女は進んでいった

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

12月31日。それは年の最後を迎える日。どこも早めに店じまいをし、年越しに備える。士郎と天衣はギリギリという事で食材を買い終えた。

 

「あっぶなかったな・・・橘さん大丈夫ですか?」

 

「ううん・・・買いきれなかったものが出来てしまった」

 

「どれとどれです?」

 

見てみれば海老や魚類が不足してしまったようだ。

 

「これなら大丈夫ですよ。俺が肉と野菜、キノコ類を押さえてますから。それでも良くここまで買えましたね。」

 

天衣にお願いしていた調味料の類は万全である。流石はスピードクイーン。その辺は最速で確保してくれたらしい

 

「でもな、魚介のコーナーは恐ろしいスピードで買い占められてしまって・・・すまない」

 

「ああまぁ仕方ありませんよ。年越しと言えばオードブルとか年越しそばの具材・・・気の早い人は年始のおせちの材料まで買い占めているでしょうから」

 

「買い物は戦場だという士郎達の言葉が信じられなかったんだが、今日身をもって知ったよ」

 

はあぁ・・・となんとも疲れた声を上げる天衣

 

屈強なる主婦の方々に圧倒されて這う這うの体だったらしい。

 

「あとはあそこのスーパーでオードブルを受け取ってと」

 

自分で作るのもいいが絶対間に合わなくなると踏んで士郎はあらかじめそれなりに腕の立つ店員のいるスーパーに頼んでおいたのだ。そちらで魚介は満足してもらうとして、

 

「流石に車、買おうかなぁ・・・」

 

一度の買い物の量が半端ないことになっているのでそろそろ入用かと思うのだが。

 

「士郎はまだ未成年だろ?どうやって買うつもりなんだ?」

 

「そこなんですよね・・・」

 

収入も場所もあるのだが肝心の免許と買える場所がない。

 

いっそ九鬼に頼んでもいいが・・・免許がネックである。

 

「運転は出来るんだけどな・・・」

 

前の世界ではきちんと車の免許を取得しているし、無免ではあるがヘリくらいは運転したことがある。もちろんやむにやまれぬ理由があってだが。

 

「橘さん、代理で買いません?」

 

「わ、私がか!?不運で壊してしまったらどうしよう・・・」

 

「あはは。橘さんのそれは体に染みついてますねぇ」

 

とはいえ、もう天衣はほとんど不運に見舞われることもないので大丈夫だと思うのだが。

 

本人が乗り気でないと上手くいかないだろう。

 

「まぁそちらは要検討という事で・・・」

 

「検討!?検討なのか!?」

 

ひええ!と悲鳴を上げる天衣にクスリと笑って。

 

「さ、次の場所に行きましょう」

 

「し、士郎!」

 

固まっている彼女を放っておいて士郎は次のスーパーに行くのだった。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

 

 

 

 

「いいぃぃぃぃやああああああ!!」

 

悲鳴の主はもちろん美鈴だ。

 

問いかけに対して棒の倒れた方で決めるという致命的なアホをやらかしたことで殺意の高いトラップに追われている。

 

「誰よこんな原始的なトラップ仕掛けたのぉおおおお!」

 

坂を猛スピードで棘のついた巨大な岩石が転がり落ちてくる。それを懸命にダッシュで逃げるが、

 

・・・プシュウ

 

「!!」

 

罠の予備動作音だ。この罠存外古いからなのか、よく聞けばトラップの予備動作が聞こえる。

 

とはいえ、何がどんな形で発動するのか分からないので、最悪を想定して飛び上がる。果たしてその判断は正しかったのか、

 

ガコン!

 

「床一面の剣山!?こんなんどうやって逃げるのよぉお!」

 

万事休す。このままでは岩石にこびり付く汚れになってしまう。

 

「よ!」

 

そんな局面で彼女が使ったのはクナイ。側面を上手くクナイで掴むポイントとしてまるでサーカス団のように駆ける

 

「おりゃおりゃおりゃおりゃー--ッ!」

 

その奇抜な策のおかげで彼女は何とか問いの門に戻ってこれた。

 

「ぜーはーぜーはー・・・こんなの即死級のトラップじゃない。あーあ・・・あたしのクナイ・・・任務じゃないから自腹じゃん・・・」

 

トホホとへこむ美鈴だが、まだ青の扉が残っている。

 

「・・・。」

 

そおっと扉を開ける美鈴。行は赤と同じく坂。その先には・・・

 

「デスヨネー」

 

棘のない岩石がいつでもOK!と待ち構えていた。

 

「これどうすんのさぁ・・・」

 

思わず頭を抱える美鈴。彼女はしばらくここで足止めを食らってしまうのだった。

 

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

「「ただいま」」

 

「「おかえりなさい」」

 

「ふう、荷物が多いとこの距離も大変だな」

 

「いい加減車が必要ではないのか?」

 

史文恭の言葉に士郎は、

 

「丁度帰り道橘さんと話してたんだ。誰か代理で買ってくれないか?」

 

「私が、と言いたいが私も今学生だからな・・・」

 

「史文恭はどうだ?正直、橘さんか史文恭しかいない気がするんだが」

 

「ふむ・・・」

 

少しばかり考えて史文恭は悪戯を思いついたような顔をして、

 

「私が買うとなると職業は主婦(・・)となるがいいのか?」

 

「「「・・・。」」」

 

常日頃から、朝早くに鍛錬、朝食を食べては読書。昼食を食べては読書。夕方くらいに鍛錬して、夕飯を食べては最速で風呂に入りまた読書。

 

ニート生活を満喫しているとしか思えない一同。

 

ちなみにその辺問うてみた所、

 

「ニート?馬鹿らしい。私は残りの人生遊んで暮らせるほど稼いだ。何か文句があるのか?」

 

堂々と言うので士郎も、お、おう・・・とたじたじになってしまった。

 

反対意見は出なさそうだが、どうにも爆弾を抱えそうなので一旦取りやめにし、士郎は引き続き天衣を説得する方向で頼むことにする。

 

「ま、それは追々考えるとして、今日は忙しいですよ橘さん」

 

「う、うん。屋敷の掃除もまだ途中だし夕飯も豪勢にするんだろう?頑張らないと!」

 

年末と言えばまずは大掃除だ。衛宮邸はかなり広いので士郎と分担してやって来たのだが、今日ようやく終われそうだ。

 

「清楚先輩は?」

 

「島の両親が来ているらしい。小旅行で年末を過ごすみたいだ」

 

小旅行、という事は九鬼には泊まらないという事。なんだかんだできちんと配慮しているあたり九鬼もよくやっている。

 

「今までがひどすぎたんだ。いい傾向じゃないか?」

 

「そうだな。清楚にはうんと楽しんできてもらいたいな」

 

林冲も士郎の言葉に納得し荷物を一緒に持っていく。

 

「みんな部屋の掃除は終わったか?」

 

「うむ」

 

「うん!」

 

「私も大丈夫だ」

 

それは重畳。と今日は少しゆっくりできるかなと士郎は思った。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

 

ゴロゴロ・・・

 

「!」

 

さっと即面に掘られた切り込みの中に逃げる。魂の扉は即死罠があるもののちゃんと避けられるようになっていた。

 

「こんなん無理でしょ・・・」

 

そう愚痴りながらなんとか最初の関門を、

 

「次で最後3・2・1フッ!!!」

 

突破・・・

 

「イエーイ!美鈴ちゃん生きてるー!」

 

シュゴ―。

 

「・・・。」

 

何やら嫌な音が聞こえた。新しい道に目を向けると・・・

 

床からシュゴ―と吹き上がる火柱その向こうには壁と床から槍が突き出る。さらにその向こうには落ちる準備はいつでもOKと頼りない鎖一本で辛うじて落ちない岩石。

 

「だから無理ゲーだって・・・」

 

しょぼんとしょげる美鈴。彼女の道はまだ始まったばかりなのだった。

 

 

 

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

 

「んー、まだかなぁ・・・」

 

士郎は今日明日とお世話になる餅づくりに励んでいた。杵と臼で叩くようなものではなく、炊飯器のようなものでゴウンゴウンと餅に圧力をかけて、いい塩梅で上下を入れ替えてくれる優れものだ

 

餅を作る過程はとても面倒なので上手くいっているか心配である。

 

「士郎、あんことクリ餡それときな粉も準備出来たぞ。そっちはまだか?」

 

「ああ、ありがとうございます。初めて使う機械なんで塩梅が分からないんですよ」

 

杵と臼ならば手触りなどで判断できるのだが、これはそうはいかない。

 

「多分もう少しなので、こしあん作りました?」

 

「あ!すまない粒あんだけだ・・・」

 

「いいんですいいんです。コイツがまだ時間かかりそうなので作るだけですから」

 

そう言って士郎はテキパキと、こしあんを作っていく。

 

本当ならべちゃべちゃになるだろうにス、スとあんこを濾していく。

 

そしてある程度できた所で、

 

ピー!

 

餅がつき終わったようだ。

 

「どれどれ・・・」

 

「あ、橘さん上からのぞき込んじゃ・・・」

 

「アッチー---!!!」

 

溜まっていた湯気をもろに受けた天衣は顔を手で仰いであちらこちらに歩く。火傷してはかわいそうなので、

 

「橘さん、水です。水で顔を冷やしてください!」

 

「あぶぶぶ・・・」

 

大急ぎでボウルに水を溜めて突っ込む天衣

 

その様子がおかしくてみんなで笑う。

 

「あはは!天衣面白いぞ」

 

「りんじゅうもやってびたらいい・・・」

 

それは困る。みんなして火傷されたら手に負えない。

 

そんなことを言いつつ何かあれば迅速に対応するだろう士郎。

 

さて、顔面冷却真っ最中の天衣に代わって士郎がカパリと開ける。水を手に付けて少し握ってみると、

 

「うん。いい頃合いだ」

 

早速一口大に切り分けて残りはとりだして保存し明日の朝、また活躍してもらおう。今日はオードブルや士郎お手製のおかずがあるのでこの餅はデザート用だ。

 

「よし、ご苦労様!後は食卓に並べて夕飯にしよう。

 

「「了解!」」

 

ようやくできた夕飯を楽しみだなんだといいながらみんなで食卓に運び、いざ食事の時。

 

「ほんじゃいただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

 

 

 

 

「1・2・3ッ」

 

タイミングを見計らって炎の出る床や槍の突き出す床と壁を乗り越える。炎の吹き出す床は超高熱であり、その床自体が危険だ。

 

槍の突き出す床と壁は鋼鉄の槍が出てくるので折って安全地帯にすることは出来ない。

 

「殺意高すぎるよぅ・・・」

 

メソメソと泣きながらタイミングを合わせていく。

 

「あの岩絶対落ちてくるよね・・・」

 

頭上にある古ぼけたチェーン一本で支えられている岩。穴の幅が狭いのでチェーン一本で支えているが、通れば間違いなくあのチェーンは外れる。

 

美鈴の感はそう言っている。

 

「・・・(ひょい)」

 

第一の扉を間違えた大罪の根源(木の枝)を投げる。すると、

 

ガッシャーン!ジャキーン!

 

岩が落ちて来たばかりか、床から鋼鉄の槍が突き出し岩の一部を粉砕してしまった。

 

「・・・。」

 

キラキラと涙を流し美鈴は飛び越えるように切り抜けた。

 

「もう!もういいでしょ!もう頑張ったって!!」

 

そうして一本道のトラップ地帯を抜けると・・・

 

「そんな・・・」

 

また赤と青の扉である。

 

結局美鈴はまだ入り口を突破しただけなのだと思い知らされたのだった。

 

 

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

「ふわぁ・・・眠いな」

 

夕飯を食べ風呂に入り、年末の特番を見ていると天衣が眠そうに言った。

 

「我慢大会じゃないんですから寝ていいんですよ」

 

そんな天衣に苦笑を浮かべて士郎は言った。

 

「んんー・・・でも年越しそば・・・むにゃむにゃ・・・」

 

結局天衣はそのまま寝入ってしまった。

 

「林冲。橘さんを運んでいくから部屋の扉を開けてくれないか?」

 

「うん。行こう」

 

言葉少ない彼女も眠気を堪えているのだろう。すごく眠たそうだ。

 

「林冲も無理せず寝ていいんだぞ?」

 

「ありがとう。でもみんなで年越しそば食べたいんだ」

 

「橘さんもそう言ってたな。何か思い入れがあるのか?」

 

不思議そうに言う士郎に林冲は暖かい笑みを浮かべて、

 

「士郎と過ごす初めての年だからどうしても最後まで一緒に居たいんだ」

 

とても穏やかな声音で言われた士郎は何処か恥ずかしくなった。

 

「そっか・・・ならもう少し頑張ってくれよ?」

 

「うん。もし寝ちゃったら天衣みたいに連れてってくれ」

 

任務であれば彼女は絶対熟睡しない。だがこの衛宮邸だけは違う。事前にわかる安全性、そして暖かなこの空気が彼女の警戒心を解いている。

 

「よいしょっと。橘さん、おやすみなさい」

 

「年越し・・・そば・・・」

 

そんな寝言にクスクス笑って二人は居間に戻った。

 

すると、

 

「史文恭?」

 

史文恭が何やら電話で喋っている。中国語なので聞き取りづらい。

 

「・・・!・・・・!!!」

 

「どうしたんだ?」

 

「随分剣呑な様子だ」

 

二人がとりあえずこたつに入ると史文恭も電話を切り、憤慨した様子で座り込んだ。

 

「どうした、史文恭?」

 

「ああ・・・私の教え子・・・とでも言えばいいか・・・そいつが馬鹿な真似をしでかしてな」

 

「馬鹿な真似?」

 

「お前達には・・・まぁいいか。曹一族の隠れ里の外れに『開かずの祠』という場所があってな。その中に美鈴という娘が入ってしまったようなのだ」

 

「開かずの祠って・・・なんだ硬い扉でもついてるのか?」

 

「いや、祠自体はいつでも開いている。問題は中でな・・・」

 

そうして祠が殺傷度の高い罠だらけだという事を語った。

 

「助けに行かないのか?」

 

「言っただろうトラップが危険だと。昔あの地を何としても潜り抜けようと力ある傭兵が何人も挑み、一人として帰らなかった。それ以来立ち入り禁止とされていたのだが・・・」

 

「そこにもぐりこんだと・・・」

 

「頭の悪い奴だとは常々思っていたがまさかここまで馬鹿だとはな・・・救いようがない」

 

精神的にも物理的にも不可能だと呆れかえっていた。

 

「・・・。」

 

「助けに行くなどと言うなよ。そのくらいあの祠のトラップはよく考えられている。仮にお前が入ったとして、足手まといを担いで潜り抜けるのは不可能だ」

 

「士郎、行くのにも時間がかかる。その間美鈴さんが生き抜くのは難しい」

 

「ぬ・・・」

 

史文恭と林冲に説得されて士郎は考えるのをやめた。

 

「・・・もう俺一人の身体じゃないからな。その美鈴さんには自業自得だと諦めてもらう」

 

「そうしておけ。それにしてもなんだ、やっと自覚が出来たようじゃないか」

 

「胸につっかえるものがあるけどな」

 

士郎は俯いて胸を押さえた。

 

「士郎、美鈴さんは立ち入り禁止だと言われている場所に無断で入ったんだ。その行動には責任が伴う。そうだろう?」

 

「ああ・・・」

 

「それにな、あの場所の最奥にあるのは固定された古ぼけた本だけだ」

 

史文恭の物言いに士郎と林冲は驚いた。

 

「史文恭、中に入ったことがあるのか!?」

 

「一応な。と言っても最近だ。武術指南を降り、曹一族も抜けることになった私は、最後くらいあの謎を解いてやろうとな」

 

クックックと笑う史文恭。

 

「壁越えの力があればそう難しくはなかろう。ただ行ったところで報酬はそんなものだ。それに比べたら命を賭けるトラップを往復分対処する苦労の方がよっぽど辛いわ」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

史文恭の言葉にぐうの音も出ない二人。

 

「だから確実に言える。あの小娘では突破は叶わん。だからお前達も忘れろ。愚かな小娘の愚かな選択だ」

 

「「・・・。」」

 

史文恭の物言いに何も言えなくなる二人だった。

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

「うああんもうッ!いくつトラップを抜ければいいのよッ!!」

 

一方で美鈴は迫り来るトラップに何とかかんとか耐えていた。

 

現在は三つ目の扉を抜け、迫り来るトラップ群を対処していた。

 

一見何もない通路なのだが到達と同時に両サイドの壁が迫ってくるというもの。しかも、

 

ゴウ!

 

「ひゃあ!」

 

必然的に走り抜けなければいけないが、正面からランダムで火炎の弾が飛んでくる。

 

止まっていては壁に押しつぶされ、血の滴る押し花の完成だ。

 

そうならないために美鈴はもう博打でひたすらに走り、奇跡的に火炎弾を避けていた。

 

(!壁の切れ目だわ!あそこまで行けば――――)

 

一瞬の気のゆるみ。それはこのトラップでは命取りだ。

 

ドス!

 

「うぐ!」

 

咄嗟にカバーに入った右腕に火炎弾が突き刺さった。よく見ればそれは火で熱せられた矢だった。

 

「応急処置要らず、ね!」

 

しかし、美鈴は何とかそのトラップゾーンを抜けた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・これで、クリア・・・?」

 

もう火の矢も壁も迫ってこない。そして突き当りは行き止まり。

 

史文恭の予想は外れ、彼女はトラップを乗り切った。

 

そして突き当りにあったのは・・・

 

「・・・なにこれ」

 

石の台座に固定された古びた本だった。

 

「がっちり収まってて動かせない・・・これじゃページもめくれないじゃない」

 

上下だけでなく側面もがっちり固定されているソレはかろうじて表紙を捲れる程度だが・・・

 

「・・・。」

 

何が書かれているのか分からない。

 

古代文字にも見えるそれは専門の学者でもない限りわかりそうになかった。

 

「なによ・・・こんな古ぼけた怪異文書が報酬ってわけ・・・?ッふざけないでよ!!!」

 

ダン!と腕の傷も構わず台を叩きつける。

 

「ここまで死ぬ思いだったのよ!その報酬がなんにも分からない本だなんて納得いくわけないじゃない!!」

 

ダン!ダン!と絶えず台を殴りつける。

 

「私はここを突破して史文恭お姉さまに認めてもらうんだ!こんな本一冊じゃなんにもならないのよ!」

 

絶叫する美鈴。故に気付かなかった。じわりじわりと腕の傷から流れた血が本に迫っているのを。

 

そして、

 

「こんなんじゃくたびれ損・・・・!なに!?」

 

ズズズズ・・・と遺跡自体が揺れている。崩壊しかけているというのか。

 

「そうだ!例の本・・・は」

 

本は台座になかった。それどころかスウっと浮かび上がり天井の隙間に向かっていく。

 

美鈴はその現象が何なのか理解できなかったが、ようやっと見つけたお宝(?)にこのまま逃げられて生き埋めなど勘弁だと思った。

 

「・・・。」

 

ヒュンヒュンヒュンと鉤つきロープを取り出し、回転させ狙いを定める。

 

「おりゃあああ!!!」

 

裂帛の気合と共に鉤付きロープを投じ、ガチリと浮上を続ける本に食い込んだ。

 

「あとは本の強度次第ね・・・」

 

伸びて短くなっていくロープに足輪をつけて体重をかける。すると、

 

「へっざまあみなさい。あんただけ目標達成なんてさせないから」

 

本はかなり必死に上昇を続け、美鈴と共に遺跡を脱出した。

 

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

残ったメンツで年越しそばを作っている最中、

 

「!・・・?」

 

何やら寒気を感じて首筋を擦る士郎。

 

「どうした?首元でも寒かったか?」

 

「この期に及んで風邪など引かないでくれよ」

 

林冲と史文恭に言われて困ったように後ろ頭を掻く士郎。

 

「うーん・・・何も起きなきゃいいんだが・・・」

 

士郎は一人何かの予兆のようなものを感じていた。

 

「それより完成だ!かき揚げもいい頃合いだぞ」

 

「お、そうだなそれじゃあ居間に持って行こう」

 

「配膳くらいはまかせろ」

 

そう言って熱々のどんぶりを素手で持って行ってしまった。

 

「逞しいけど、うん。お盆、あるから・・・」

 

なんとも言えない顔で士郎は自分の分を持っていくのであった。

 

「いただきます」

 

「「いただきます」」

 

そういってどんぶりを開けるとカツオ出汁のいいにおいが充満する。

 

「うん。うまいな」

 

「本当だな!かき揚げもエビフライも美味しい!」

 

「エビは買えなかったのではないか?」

 

「オードブルを頼んでたスーパーの店員さんが少しばかり取ってくれてたんだ。とはいってもみんなの分はないから秘密な」

 

「お前は本当に顔が知れているな」

 

「市場調査とかしたからな。懐かしいな、確か林冲が来日してすぐだったよな。

 

「うん。士郎は熱心に値段と具材を見ていた。あの時から料理は始まっていたんだな」

 

「まぁ・・・変んな食材で作りたくないっていうのもあったしこれくらいはな」

 

そう言って照れ臭そうにする士郎。主夫をして慣れ親しんだ検分だ。

 

「はぁ・・・これで一年も終わりだな」

 

林冲がほうっと熱気を吐いてそう言った。

 

「そうだな。士郎との奇妙な一年も終わりだ」

 

「奇妙とか言うなよ、そっちから襲ってきたくせに」

 

「そういえばそうだったな。なに、済んだことだ気にするな」

 

「・・・。」

 

命を狙われた方としては実に笑えないのだが。

 

「さ、体も温まったし寝よう」

 

衛宮邸の一年は幕を閉じた。来年は卒業式、進級式そして新入生を迎える入学式など様々なイベントが待ち受けている。そのためにも今日は眠るのが吉だった。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短かったかな?今回はここで一区切りとさせていただきました。美鈴の方まで書くとまた2万字とっぱとかなりそうだったので・・・

次回はみんなへの挨拶、剣トラブル処理かな・

活動報告で感想暮れた方ありがとうございます!意外な人物がでてきてちょっと興奮してしまいました。母親のいない士郎に頼光さん・・・化学反応が起きそうですな

のろま投稿ですが頑張って書いてますのでよろしくお願いします。

では次回!


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道筋

皆さんこんばんにちわ夏イベ頑張ってる作者でございます。

今回は前回のフラグ回収と共にまた士郎の安寧とした日々を壊す(?)話になります。

今回も頑張っていくのでよろしくお願いします。

では!


――――interlude――――

 

雪が山をなすほどの豪雪の中。曹一族の一員である美鈴は護衛(見張り)をつけられ空港へと護送されていた。

 

「・・・ねぇちょっと離れてよ」

 

「貴女がもう馬鹿なことをしないと誓えるならそうしましょう」

 

一緒に護送車に乗っているのは華凛(かりん)という女性。今回の事件で美鈴の護衛兼お目付け役を命じられた曹一族の傭兵だ。

 

「馬鹿なことって・・・あたしは「そんなことしてない。ですか?」むぅ・・・」

 

「貴女の馬鹿は数ありますが今回は特級の馬鹿な行いだったと思いますが、違いますか?」

 

「・・・。」

 

ぐうの音も出ないとはこのことだった。何せ立ち入り禁止の祠に入り、数ある罠を突破して奥にあった本・・・魔導書を起動させ祠を崩壊させたのだから。

 

『………。……………。』

 

「ええ。分かっています。これで衛宮士郎に作った多大な『借り』は返せるでしょう。今の私達は友好関係を築いているのですから貴方の望み通りにします。しかしそこのバカ娘は別です。何度もこのようなことをしでかされても困ります」

 

華凛の言葉に返す言葉はなかった。

 

「もうすぐ空港です」

 

「了解。新年早々やってくれますね、美鈴」

 

たっぷりと嫌味をこめて言ったのだが、

 

「やった!いよいよ史文恭お姉さまに会いに行けるのね!」

 

『…………!……………。』

 

「わかっています。貴方はそこのポンコツの代わりにきちんと私が送り届けます」

 

慌てた声にそう答えて彼女は座り直した。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

「新年あけまして」

 

「「「おめでとうございます!!」」」

 

士郎の音頭に合わせて皆が新年を祝う。波乱万丈な一年を越えて無事新年を迎えられたのはとても感慨深い事だった。

 

「みんな揃って新年を迎えられて嬉しい。今後もよろしくな」

 

「ああ。私は士郎を守る。それはゆずれないからな」

 

「林冲は変わらぬな。まぁ今年も降りかかる火の粉くらいは払ってやる」

 

「私は今年から人らしい生き方が出来そうだよ。今年もよろしくお願いする」

 

各々今日までの感謝と抱負を胸に新年を迎える。

 

ちなみに清楚はまだ帰ってきていない。だが、後日、大器さん達と会食をする予定だ。

 

マルギッテもクリスと共にドイツである。

 

「じゃあ初詣に行こうか。ついでに挨拶もしときたいしな」

 

という事でやって来たのは川神院。仏寺ではないものの、川神の人達はここで初詣をするらしい。

 

「あ!士郎ー!」

 

「やっと来たな!とう!」

 

「一子も元気のわぁ!?」

 

飛びつかれて危うく倒れそうになるが巫女服の彼女等を見てギリギリで踏ん張った。

 

「おおっ倒れなかった!」

 

「・・・ッ。もう少しおしとやかさを身に付けろ!」

 

「ふふん、十分おしとやかだろう?」

 

「得意げにしてるけど答えはNOだからな」

 

何ー!?とぐわんぐわん絡まれながらも士郎は中に入って鉄心とルーにも挨拶する。

 

「新年あけましておめでとうございます」

 

「うむ。明けましておめでとう」

 

「おめでとうダネー!」

 

二人はいつもの格好だが、雰囲気が少し異なっていた。

 

「どうしたんですか?」

 

「年明け早々ダラダラするわけにもいくまいて。それなのにこの孫ときたら・・・」

 

「良いだろうーまだ川神院継いでないんだから」

 

「継いだ後も、士郎君と出会ったら同じなような気がするネ」

 

「それにジジイも嬉しいだろ?ひ孫が抱けるかもだぞ」

 

「これ!堂々と言うでないわ!」

 

「百代・・・もう少し空気を読んでくれ・・・」

 

相変わらず真っ直ぐな奴だなと苦笑を浮かべて言う。

 

「士郎がお兄ちゃんになるのね!」

 

「そう・・・だな。うん」

 

そう言えばそうだったと今更ながらに気付く士郎。

 

友達が妹になるとは思いもよらなかった。

 

「わーい!おにいちゃーん!」

 

バフ、と一子まで飛びついてくる。

 

(これは忠勝にも英雄にも見せられないな)

 

やっぱり苦笑を浮かべて士郎は姉妹をくっつけたままよっこらせと動き出す。

 

「それよりも、俺たちは初詣に来たんだが。案内はしてくれないのか?」

 

「武神自ら案内してしんぜよう」

 

「そうか、ここで祈ると百代に祈ることになるのか・・・」

 

「なんだよぅ微妙な顔するなよぅ」

 

ギリギリ

 

「あたたた!?分かった。冗談だから!」

 

「・・・本気だったと思うんだが」

 

「武神がこれでは仕方あるまい」

 

はぁ、と林冲と史文恭はため息を吐いた。

 

などと絡みつつ、まずはお賽銭を投げ入れて手を二回叩く。

 

(今年こそみんな平穏無事にいられますように)

 

大事な、士郎にとって特別な意味を持つ願いを込めて祈る。きっとそれは儚い、すぐに壊れてしまうものなのかもしれない。でもと。そうあることを願うくらい罰は当たらないだろうと士郎は顔を上げた。

 

「続いてはこちらのコーナー!定番のおみくじだ!」

 

「みんなで引こうか」

 

「ちなみに大凶がでたら罰ゲームな」

 

「コリャモモ!人の運で遊ぶでない!」

 

あはは・・・と笑い流していざ。

 

「・・・残念だったな百代。大吉だ」

 

「私は中吉」

 

「私もだ」

 

「末吉だ!私にも運が!」

 

喜びの舞を披露する天衣。

 

「レオニダスは引かないのか?」

 

「え?レオニダスさん何処に・・・」

 

「まさか私の背後じゃ「今日くらいは影法師としてなりを潜めていようと思ったのですが」ギャー!!!」

 

フゥっと霊体化を解いたレオニダスに百代は悲鳴を上げ、一子は目をぱちくりさせていた。

 

「レオニダスさんて、えいれい、何だよね?つまり幽霊なの?」

 

「そうですぞ。私は昔生きていた英霊。本来は肉体を持たないのです。魔力を用いて肉体を形成しているのですよ一子殿」

 

また消えて少し離れた所で出現するレオニダス。

 

「なるほどのう・・・元来は肉体を持たず、必要な時に魔力を用いて形成しておるのか」

 

「・・・道理で気配がしない訳でス。これはある意味問題ですネ・・・」

 

それは教師として雇う場合の事だろう。ルーは難しい顔をするが鉄心はむしろ頼もしいと笑った。

 

「ふぉふぉ。むしろ良い事ではないか。気付かれず護衛も潜入もでき、儂等では相手が出来ぬ相手と戦える。頼もしい限りじゃ」

 

「そう言っていただけると助かります。霊である私が運を占うというのも不思議な感じがいたしますが、では」

 

小銭を渡して引かれたくじは―――――

 

「おや、大吉ですぞ」

 

「おおー流石スパルタの王様。運もついて回るのね」

 

「はは。一子殿は上手いですな」

 

カラカラと笑ってレオニダスは一子の頭を撫でた。

 

それを微笑ましく見ていた士郎はふっと自分の引いたくじを見る。

 

「なになに・・・失せものが見つかる。運命の出会いあり、か」

 

そういえば遠坂達はあれからどうしているのだろうか?一応は自分を見つけたようだし、あれから毎日第二魔法を利用した術式で魔力を打ち上げているのだが。

 

今のところ応答はないしどうしたものか。

 

「士郎は何かいいことが書いてあったか?」

 

「ん?ああ。なくしたものが見つかって、運命の出会いがあるらしい。林冲は?」

 

「・・・安泰、好敵手と切磋琢磨」

 

「安泰なのに好敵手が出来るのか?」

 

なんとも不思議なくじである。

 

「好敵手の出現も良い刺激になるとかじゃないか?」

 

「そうもとれる・・・か?」

 

「士郎は争いが好きじゃないから」

 

「まぁライバルと切磋琢磨出来るのは幸福なことか」

 

今一納得は出来ないが一応そう言う事だと納得して士郎はお守りを数点買ってその場を後にすることにした。

 

「それじゃ俺たちは帰るから。売り子、頑張れよ」

 

「あいさー!」

 

「もちろんだ(後でお前んち行く)」

 

「なんだ今の」

 

「隠密性に優れた耳打ち?」

 

「耳打ちになってないじゃないか・・・」

 

普通に林冲に気付かれて隠密性もあったもんじゃない。

 

「修行中の技なんじゃないか?」

 

「ストライカーが耳打ち練習してどうするんだよ・・・」

 

なんとも無駄にすごい修練である。

 

「じゃあ帰ろう」

 

士郎の一声で一同は帰り足を向けるのだった。

 

 

 

――――interlude――――

 

 

 

 

羽田空港に着いた美鈴と華凛。ここからも護送車で移動だ。

 

「美鈴。はしゃいでいないで早く来なさい」

 

「だって史文恭お姉さまに会えるんだよ!お土産買っていこうかなぁ!」

 

「貴女にそんなお金はありません」

 

ぴしゃりと言う華凛そのことに疑問を感じて、

 

「なんで華凛が私の財産把握してるの?」

 

「今回の護送費に決まってるじゃないですか。貴女の私財から出して、足りない分を長が負担しているのです。貴女個人の財産なんてありませんよ」

 

「・・・。」

 

ドシャ!と美鈴は倒れた。

 

「あの本見つけてからこんなんばっかりなんだけどー・・・私悪いことしたー?」

 

ルールーと涙を流す美鈴だが、

 

「それは当然、立ち入り禁止の祠に入って中を盗掘したからじゃないですか。他に何があると?」

 

「盗掘なんてしてないー!私はただ長に認めてもらおうと・・・」

 

「規律が守れない人間が出世できるわけがないでしょう」

 

華凛の追い打ちにドシャ!と再び倒れる美鈴。

 

「くっそー・・・あの本めぇ・・・」

 

『…………!……………。』

 

「わかっています。ほら美鈴行きますよ。それともここで路頭に迷うのが本望ですか?」

 

「乗る乗る乗ーりーまーすー!はぁ・・・これからどうしよう」

 

「これに懲りたら一から学ぶことですね」

 

それが目的で長もこの対応にしたのだろうから。

 

でなければうん百万かかる護送費を個人の私財から出させるなど長はしない。

 

「はい。乗りましたね。出してください」

 

了解、と返事が返ってきて護送車が動き出す。

 

『……………。』

 

「大丈夫です。ここからそう遠くはありません」

 

心配げな声にそう答えて華凛は目の前のタブレットに目を落とす。

 

(順調ですね。このままいけると良いのですが)

 

行程は至って順調そのものだ。襲ってくる敵勢力もいない。

 

(あとは彼との邂逅がどうなるかですね。史文恭様がいらっしゃるという事ですから問題はないように思いますが)

 

もう日本国内に入ったのだ彼・・・衛宮士郎との邂逅は近い。

 

残りの道も油断なく神経を尖らせる華凛だった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

士郎達が衛宮邸に着くと、

 

 

「ふはははは!九鬼揚羽、降臨である!」

 

「九鬼英雄である!」

 

「ふっはは!九鬼紋白、顕現であるぞ!」

 

九鬼姉弟が待ち受けていた。

 

「事前に連絡をくれればいいのに・・・寒かったでしょう?」

 

「む・・・それは少々短慮であったかもしれぬ」

 

自分は平気だが紋白が僅かにくしゃみをしていた。

 

「なにこの程度!我が熱く燃える市民愛に比べればどうという事もない!」

 

「我もへっくち!」

 

「ほら風邪をひきそうじゃないか。林冲、そこにあるストーブをこっちに向けてくれないか?」

 

「わかった」

 

「おお・・・すまぬな」

 

「後はあったかい紅茶でも「承っております」・・・。」

 

なんともまぁ手際のいい執事だこって。

 

ある程度場の準備が整った所で、

 

「新年」

 

「あけましておめでとうございます!!!」

 

ドドン!と外に控えた従者部隊が全員唱えた。

 

「なんでまたこんな人数を・・・」

 

「いや、本当は我だけでも良いかと思ったのだが、英雄も紋も義兄に挨拶をしたいと言ってな」

 

揚羽はもちろんの事、英雄も紋白もそれなりの恰好をしている。私服の自分が少し恥ずかしいが気にしないことにした。

 

それと、

 

「へぇ・・・ここが揚羽の旦那の家か。中々いいじゃねぇか。あの幽霊屋敷とは思えねぇぜ」

 

確か大器さんと話していた時少しばかり話した揚羽達の父親だ。カジュアルな服を着崩して物珍しそうに見て回っている。

 

「お父上も一緒か・・・」

 

「なに、案ずるな。父上は物珍しさで来ただけよ。とはいえ少しばかり破天荒なので――――」

 

「お!あれが鍛造所か!作った奴は・・・あっちだな!」

 

「・・・。」

 

なんだかとても身近な存在がやって来たようである。

 

「衛宮士郎」

 

「はいよヒューム爺さん」

 

現れたヒュームにポテ、とカギを渡す。

 

「言っとくけど変に手をかけて怪我しても知らないからな」

 

「無論だ。話が早くて助かる」

 

それだけ言い残して物凄いスピードでいなくなった。

 

「兄上!兄上は今ヒューム爺が来るのが分かっていたのか?」

 

「ああ。三人がここにいるのに護衛として入ってこなかったからな。別な人物の護衛・・・紋白達より上なら紋白達のお父さんあたりだろうと思ってた。後は気配を辿れば――――」

 

またヒュームが現れて士郎は驚きもせずその手からカギを受け取った。

 

「後程従者が伺う。いいか?」

 

「問題ない。なにかお眼鏡にかなったかね?」

 

「量が多い。後程説明させてくれ」

 

「はいよ」

 

流れるような会話に紋白がおおー、と感心している。

 

「いやーすごかった!あんなの見たこともねぇ!」

 

やっと外を検分していた九鬼帝が上がってきた。

 

「よ!いつぞやぶりだな。九鬼帝(くき みかど)だ。あれ全部お前が作ったんだろ!?すげぇなマジで」

 

「衛宮士郎です。俺などまだまだ、恐縮です」

 

「あれで満足いかねぇのか!将来が楽しみだなぁ・・・それに堅物の揚羽まで落としやがって、このこの!」

 

「ち、父上!恥ずかしいのでやめてください!」

 

「なーにが恥ずかしいもんかよ。最初会った時は一瞬だったから分からなかったが・・・いいねぇ夢に向かってる目だ。そして技術力もある!腕はヒューム並み!これほどの物件はいないぜ揚羽」

 

「それは・・・その」

 

「胸張りな揚羽。お前、ぜってぇ逃しちゃいけねぇのに惚れたぜ」

 

「・・・。」

 

なんだか台風のようにやって来て色々なものをひっかきまわす御仁だなと士郎は思った。

 

「っとすまねぇな俺ばっか喋ってよ。新年あけましておめでとうございます、てな」

 

「いえ、今年もよろしくお願いします」

 

士郎としては大人になったキャップみたいなので驚きはしなかった。

 

「帝様・・・」

 

「もうそんな時間か!えーっと、ひのふの・・・」

 

急に人を数えだした帝。そういえばもう昼だなと思った。

 

「帝様、ここは衛宮様に腕を振るっていただいた方がよろしいかと」

 

「え?マジ!?お前料理も出来んの!?カーッ!いかしてるねぇ」

 

「衛宮様。私共もお手伝いいたしますのでどうかお願いできませんか?」

 

「構いませんよ。じゃあパパっと作っちまおう」

 

そう言って士郎は席を立った。

 

(今日はおせちにしようと思ってたからそれにしよう。それと・・・)

 

ただ待たせるわけにもいかぬとクラウディオに問いかける。

 

「帝さんは今日お酒のほどは・・・」

 

「今日は会議などもないので大丈夫かと」

 

「ではこれを出していただけますか?市井の物で申し訳ないですが・・・」

 

あるメーカーの大吟醸酒であった。士郎は貰い物で恐縮だったのだが、一年に数本しか出ない貴重なものだったりする。

 

「これは・・・わかりましたグラスは、こちらですね」

 

流石、何度か衛宮邸のキッチンに入ったことがある御仁だ。素早く現場を把握していた。

 

「帝様。清酒があるようなのですが暖かいものと冷たいものどちらになさいますか?」

 

「酒まで出てくるか・・・やべぇすっげー無茶振りしたくなる」

 

「父上!」

 

「わかってるって。んー冷で」

 

「かしこまりました」

 

すぐにクラウディオは準備に入った。

 

と、

 

「む?士郎、清酒とはあれか?あれを開けるなら私も飲むぞ」

 

「では史文恭様の分も準備いたしましょう。同じく冷、でよろしいですか?」

 

「うむ。頼もう」

 

せっせと準備している間に、

 

(クラウディオさん)

 

(どうされました?)

 

(冷蔵庫の二段目端にタッパーに入ったお通しになりそうなものがあります)

 

背中越しに言う士郎に驚いて、

 

「かしこまりました・・・これですね」

 

タコの煮つけがタッパーに入っていた。

 

普段は準備しないのだが、最近史文恭が酒の肴を求めるのでもう作り置きしてあるのであった。

 

(他の方にはジュースと紅茶をお出しして構いませんか?)

 

(はい)

 

まるでプロの料理人のように小声で背中越しに意思疎通する士郎。普段はこんなことはしない。だが、今日はクラウディオがいるので最短、最高効率で回していく。

 

そしてあっという間におせち料理が出来上がり並べられる。

 

「すっげ。さっきお通しと冷が来たと思ったらもう来たぜ」

 

「ある程度は先に作っておいたんですよ」

 

士郎は謙遜するが、ちらりと帝がクラウディオをみると首を振っていた。ほとんど今作り上げたということだ。

 

「冷める前に食べましょう」

 

「お、おう」

 

さしもの九鬼帝も驚いて声も出ず、揚羽はしてやったりと笑っていた。

 

「「「いただきます」」」

 

「こりゃあ・・・」

 

おせちを食べて帝は思わず唸ってしまった。

 

「士郎、だったよな?」

 

「ええ」

 

「お前、食べ物系の店長やらねぇか?」

 

帝の心から自然に声が出た。だが、

 

「嬉しいですが俺は鍛治もしてますから」

 

そっと断った。

 

「だよな・・・すまねぇお前さんの生活を考えねぇで言っちまった」

 

「ふはは!それだけ父上も兄上に胃袋を掴まれたということだな!」

 

羽織袴の英雄が愉快そうに笑って言う。

 

「ああ、ぐうの音も出ねーぜ。第一声は美味い!二声目で商売だったわ」

 

「士郎の腕前には前々から驚かされていたのです。今日父上が来られて本当に良かった」

 

「あむ・・・んー!この栗きんとん美味しいー!我も感服ですぞ兄上ー」

 

「美味いって言ってもらって嬉しいですよ。紋白もありがとな」

 

そっと頭を撫でられて満面の笑みの紋白。

 

「姉弟そろって口説かれちまってら。こりゃあ天下の九鬼も、うかうかしてらんねぇな!」

 

物凄い勢いで食べ始め、おかわりもしっかりしてから、

 

「慌ただしくてすまねぇな!もう次の所行く時間でよ。またな!」

 

「お気をつけて」

 

「父上、行ってらっしゃい」

 

「「行ってらっしゃい!」」

 

おーう!と返事だけ返して走り去っていった。

 

「台風みたいな人だったな」

 

「あれが我らの父上だ。引いたか?」

 

揚羽らしくなく顔色を伺うような声に、

 

「全然。ああいう一日が数時間しかない人もいるさ。逆に逞しいなって思うよ」

 

「士郎・・・」

 

「揚羽たちもそうだろう?体、壊さないようにな」

 

「うむ・・・」

 

腕を抱き込んで頭をコテンと肩に乗せる。それだけで幸せいっぱいな様子の揚羽だった。

 

 

 

 

 

 

「それでは姉上、兄上、先にお暇させてもらいます」

 

「うむ。紋を頼んだぞ」

 

紋白は居心地の良さにすっかり寝入ってしまった。

 

「護衛は必要ないのですね?」

 

「うむ。悔しいが衛宮邸の防犯レベルは我らより上だ。案ずるな」

 

「わかりました。では衛宮様、よろしくお願いします」

 

「はい。・・・え?揚羽、泊まっていくのか?」

 

「うむ。我は明日の午前までオフなのでな。何故かは・・・言わせまいな?」

 

「・・・そうか。ゆっくりして行ってくれ」

 

「では失礼いたします。件の件に関しましては明日、従者がお伺いいたしますので」

 

「わかりました。御足もと気を付けてください」

 

最後の執事も頭を下げて帰って行った

 

「揚羽・・・だから先に連絡をだな・・・」

 

「楽しみだったのだ許せ!っと・・・」

 

揚羽がそっと士郎を右にずらした。

 

「ああー--!!?」

 

上空から悲鳴が聞こえてくる。次の瞬間、

 

ドン!

 

「何するんですか揚羽さん!」

 

「お前の急降下着地に士郎を巻き込むな!」

 

「ああー・・・ありがとう揚羽」

 

あの勢いで来られたら死ねる。回避しなきゃなー、でも避けると百代が拗ねるしなぁと思っていたところだった。

 

「百代。ほどほどにしてくれ・・・」

 

「なんだよぅ・・・ほどほどじゃないか・・・」

 

ぎゅむりと黒い着物姿で抱き着く百代。

 

「あんなアイア〇マンばりの着地じゃ死ぬわ!」

 

「ぶー・・・はやりを入れてみようと思ったんだけどな・・・」

 

何とも危険な娘である。

 

「学長に言ってお小遣い減額してもらわないと・・・」

 

チャキン!と最後の手段携帯を出すと、

 

「あわわわ!私が悪かった!次はこう・・・ソフトに!」

 

「はなから飛んでくるなという話なのだがな・・・」

 

「何言ってるんですか揚羽さん!美少女は頭上から「そんな物騒な人間はお前だけだ!」ぶー・・・」

 

と、揚羽が百代を叱ってくれている内に、

 

「はい、はい・・・よろしくお願いします」

 

ピ、と電話を切るその様子を見て、

 

「おま!お前本当にジジイに電話したのか!?」

 

グオングオンと士郎の両肩を掴んで振る百代。

 

「ちが・・・振るのやめろ!」

 

百代の着物を傷つけないように脱出する。

 

「うっぷ・・・電話は学長じゃない」

 

「じゃあ誰と電話を・・・」

 

「あれではないか?」

 

いかつい護送車が衛宮邸に向かってきた。

 

「多分あれだ。梁山泊事件から、曹一族とも懇意にしているのも知ってるだろう?何か届け物があるそうなんだが・・・」

 

目の前まで来るとウィンドウを下し、知らない女性に声をかけられた。

 

「貴方が衛宮士郎殿ですか?」

 

「ああ。さっき電話でも話した衛宮士郎だ。随分物々しいな。一体何を持ってきたんだ?」

 

「すぐにでもお渡しいたします。車はここでいいですか?」

 

「問題ない」

 

一体何を持ってきたのだろうか?

 

車が停車すると同時に女性が一人飛び出した。

 

「史文恭お姉さま~!!メイが!美鈴が来ましたよー!!」

 

「ちょっと美鈴。家主に挨拶くらいしなさい!」

 

「ん~?・・・中国から来ました美鈴です!史文恭お姉さま~!」

 

明らかに誰が家主か知らないから適当に挨拶しました。という感じだった。

 

「なんだこの小娘。士郎そっちのけで・・・」

 

「抑えよ百代。お前が出張らずとも恐らく・・・」

 

ゆらりと玄関から出てくる影が。なんとも恐ろしい雰囲気を漂わせて出てきた。

 

「あ!!史文恭おね「ふん!!!」んが!?」

 

ドシャ!

 

渾身の手刀を首に打ち込んで気絶させた。

 

「「「・・・。」」」

 

「久方ぶりだな、華凛。長は元気か?」

 

「はい。史文恭様今日はこのような物々しい来日ですみません」

 

「一体何を持ってきた?美鈴がいるので大体想像が付くが・・・」

 

「史文恭様の予想通りかと。ただ、ちょっと事情がありまして・・・」

 

「もしや士郎関連か?」

 

「そうなんです。衛宮様、まずこれが長からの手紙です」

 

「は、はい・・・」

 

長からという事で慎重に受け取る。

 

「そしてこれが衛宮様へのお届け物です」

 

華凛が手元のボタンを押すと、

 

バッサバッサ!と何かが羽ばたくような音が聞こえる。そして、

 

『…ろう…しろう!』

 

「なっ・・・」

 

古ぼけた本が空中を飛びながら自分の名前を呼んでいるではないか。

 

しかもこの声は・・・

 

「遠坂!!?」

 

元の世界に残してきた遠坂凛のものだった。




はい。遂に凛と通信が可能になりました。もちろん凛だけではありません。正式に向こう側と繋がった、という事になります。日々安寧を祈った士郎、早速爆弾に晒されるの巻き。

作者としてもやっと書けたーという感じですここまで長かった。自業自得ではありますが書きたいシーンを順番に追いかけた結果という感じです。これから怒涛の(?)展開になりますので楽しみにしてくだされば幸いです

では!


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状況把握

皆さんこんばんにちわ。やっと書きたい場面が書けて嬉しい作者です。

今回は凛たちの事を書きたいと思います。

士郎はもう帰る気はなさそうですがはたして…?


では!


護送されて来た書物から遠坂の声が聞こえてから衛宮邸では緊急会議が行われていた。

 

「それで、なんでまた魔導書と接続したんだ?」

 

『そうね、そっちは魔導書なんだっけか。私は普通に水晶で言葉を飛ばしてるの。一応中身を向けてくれたら姿も映るわ』

 

何という偶然か、美鈴なる女性が覚醒させた魔導書は遠く離れた、次元すらも越えた遠坂凛の下へ接続したのだ。

 

もはや奇跡に近い、いや、奇跡が重なって今があるのだろう。だから護送車だったわけだ。

 

『士郎が帰還できるように魔術を組んでいるのだけど全然機能しなくて・・・やっぱり次元の壁を越えたのね』

 

「ああ。なんとも愉快な川神という場所に飛ばされたよ。そっちでいう神奈川県川崎市あたりだな」

 

『・・・位置も異なっているのね・・・どう帰還の陣を組もうかしら・・・』

 

凛の声に反応する声があった。

 

「遠坂さん・・・でいいのか?私は林冲。貴女は士郎を自分の世界に呼び戻そうと言うのか?」

 

『ええそうよ。林冲さん。士郎は元々私達の世界の人間。呼び戻すのが道理でしょう?』

 

当然の如くきっぱり言う凛に士郎は難しそうな顔をして、

 

「あー・・・遠坂。俺はもうこっちで生きることに決めた。帰りの魔法陣だって安全の保障はないんだろ?それなのに無理やり戻るのは良くないと思うんだ」

 

と、士郎は真っ当そうなことを言ったが、

 

『・・・女ね?』

 

「・・・(ギクッ)」

 

的確に急所を射抜いた。

 

『これで何人目かしら衛宮君』

 

「ちが、誤解を生む言い方はよせ遠坂!おれはいつも誠実に断ってただろう!?」

 

『はん、どうだか。次元を跨いで好き放題やってたんじゃないの?』

 

ジト目で言う凛だったがぶわりと闘気が広がった。

 

「遠坂さん、だったか。私は川神百代。士郎の婚約者の一人だ」

 

「「!!!」」

 

見かねた百代が爆弾を落とした。

 

『婚約者・・・?それより『の一人』って言ったわよね貴女』

 

士郎はなんだかこたつに入っているのに寒気を感じた。

 

「そうだ。いまこっちでは重婚の話が正式に出てる。だからさっきの林冲さんも私も婚約者だ」

 

「ふっはっは!我も婚約者よ」

 

「というか今衛宮邸にいる女はすべてそうではないか?」

 

「・・・。」

 

「・・・ん?ちょっとま『ぬあああああ!!!』!?」

 

『やらかしたわね!ついにやったわね!いいじゃない聞かせなさいよ。一体何人と婚約したのかしら衛宮君?』

 

「えっと・・・」

 

言えない。もう優に二桁行っているとは言えない・・・!

 

しかし、こちらも頭に血が上っており見せつけるように数える百代。

 

「私と、林冲さんだろ?揚羽さんに「私もだ」・・・史文恭さんマルギッテさんにまゆまゆに・・・」

 

『もう結構!なによこっちは必死に呼び戻そうと動いてたのに、目当ての男は嫁沢山作って平和にしてました―なんて、なんか言えることがあるなら言ってみなさいよ!』

 

「・・・。」

 

「遠坂嬢。少々落ち着きください」

 

『なによ!って英霊!?』

 

ぬうっと出てきたのはレオニダスだった。

 

「サーヴァント、ランサー。スパルタ王レオニダスです。お見知りおきを」

 

『自力でサーヴァントを現界させてるなんて、どうやったのよ』

 

「それを話すと長くなります故、今はマスターの事でしょう。マスターは何も言いませぬがマスターとて遠坂嬢の、そちらに居る皆さん(・・・)の事を密に考えておりました。しかし、様々なことを乗り越えるうちに自分は帰ることが出来ないだろう。ならば精一杯この世界を生きようと覚悟したのです」

 

『諦めてたんじゃない』

 

「そうではありませぬ。いつか皆さんが来た時に、とマスターは必死に準備をされていました。色恋沙汰も最近の話なのです。マスターはある事件から英雄と称されるようになりました。しかし、命の危機に陥ることも数多く。そうなって想いを秘めていた奥方様が一斉に婚姻を望むようになったのです」

 

『・・・。』

 

「マスターはいつも口にしていました。魔術の少ないこの平和な世界に遠坂嬢達がくることはできないかと。しかし自分とて帰る事の出来ない身。考えるのは無駄なのだろうかと」

 

本は何も返さない。

 

「時のずれがあるかもしれませんがこちらのマスターは約一年、一人で必死だったのです。そのことを理解してもらえませんか?」

 

『・・・通信を代わります、シロウ。そこに居ますか?』

 

「ああ。セイバー。俺はここにいるよ」

 

『よかった。何度も鞘への接触があったので気が気ではなかったのですが、貴方が無事でよかった。つまりシロウ的には帰るのではなくそちらに来てほしいという事ですね?』

 

「あ、ああ・・・出来るのか?」

 

『リン達も手詰まり感が否めません。そこで士郎、レオニダス王がそちらに居るという事は聖杯があるのではありませんか?』

 

「!!」

 

「士郎!あるじゃないか聖杯!」

 

『やはり。それならばなんとか都合がつきそうですね』

 

「しかし・・・また冬木の聖杯のようだったら・・・」

 

『ふむ。まずはそれを見せてください』

 

セイバーに言われて土蔵へ歩いていく士郎。

 

「これだ」

 

本に映し出されたのはボロボロの聖杯。見た目はボロボロだがとんでもない魔力が滞留している

 

『確かに聖杯ですね。映像越しでも多大な魔力を感じます。リン、リン。この聖杯は使っていいのでしょうか?』

 

『なによう、グス・・・聖杯?』

 

『そうです。聖杯です。これを用いればこことあちらを繋げられるのではないですか?』

 

『呪いの類は無いようね・・・こちらは魔法陣を固定。聖杯でそこにゲートを繋いでくれれば・・・!』

 

「話は纏まったようだな。今すぐやるのか?」

 

『・・・いえ、私達も準備があるし、そもそも魔法陣の方向性を変えなきゃいけないから・・・一週間よ。それだけあれば全部準備が整うわ』

 

「そうか。実際に会えるのを楽しみにしていよう」

 

『衛宮君。今桜出かけてるの。覚悟しときなさい』

 

「・・・ッはい。」

 

士郎はゾゾゾ、と背筋が寒くなった。

 

『後は、世話になったわね華凛』

 

「いえ大したことは。貴女のすこぶる焦る声に耐えるくらいでしたから」

 

『う・・・それは言わないで頂戴。おかげで士郎に会うことが出来たわ。長さんにも礼を言っておいて』

 

「わかりました」

 

「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

「いえいえ。元はそこのバカ娘の盗掘ですからあまり感謝されてもむず痒くなってしまいます」

 

バカ娘・・・と皆の視線が史文恭の足元に行く。

 

「と、とりあえず中に入ろう。遠坂の方は気をつけなきゃいけないことはあるか?」

 

『水・・・かしら。中の文書がそのまま通信機能になっているようだからそれくらいかしらね。損傷も当然ダメ』

 

「後は・・・」

 

「メイの事なら任せろ。全く、結果的には良かったものを何をしているんだか」

 

史文恭も安心したという顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

皆が改めて衛宮邸に入った後、個人の挨拶と華凛による新年のあいさつがされていた。

 

『ふうん・・・そっちはいま年明けなんだ。こっちは夏真っ盛りよ。暑くてしょうがないわ』

 

「川神の夏も暑いよな・・・」

 

「イベント盛りだくさんだからな!屋台に花火に武闘会!暑くならなきゃおかしい!」

 

百代が楽しそうに言った。そう言えば百代は卒業後はどうするんだろうか?

 

「百代、卒業後就職先あるのか?川神院を受け継いでも、もろもろかかるだろう?」

 

今は川神鉄心が指導と、支えとなる運営費を学園と二本柱でやることで維持している。

 

はたして百代は・・・

 

「そう!それ!見ろ!」

 

バーン!と百代が立ち上がった。

 

黒い着物を動きやすく改造したものだろう。どうやら仕事服らしい。

 

「詳しくはみなとそふとオフィシャルサイトをチェックだ!」

 

「急に何を言ってるんだよ」

 

メタなことはさておき、

 

「えーっと百代が来たタイミングだったな。改めて「「新年あけましておめでとうございます」」

 

挨拶をしてこたつに入りほわ~としている。

 

「これで皆揃ったな。マルギッテだけがまだドイツだが」

 

「中将とその娘だからな・・・挨拶回り大変そうだ」

 

『ドイツ軍中将って・・・あんたも好きねーそういう所と接触するの』

 

「接触って言うか、娘さんの方が学園に来てるんだよ」

 

『学園ねぇ・・・ん?士郎、あんたもう29でしょ?』

 

「だな」

 

『なんで学校何て行ってるわけ?』

 

「遠坂の妙な亀裂に入ってこの川神に叩きつけられた時、肉体年齢だけ18歳になったんだよ。気をつけろよ。遠坂達もこうなる可能性があるぞ」

 

『マジ?』

 

「マジだ」

 

二人(本?)の会話で頷く声が聞こえた。

 

「なるほど。だから士郎は歪なのか」

 

「史文恭?」

 

「不思議だったのだ。年端も行かぬ高校生がまるで戦場を渡り歩いてきたかの如きいで立ちをしていることをな」

 

「そうか、史文恭には言ってなかったな。悪い」

 

「別に気にもせん。お前はお前だ。それだけわかればいい」

 

「男前だなー、史文恭さん」

 

「我との権利関係の時もよくやる奴だと思ったものよ」

 

『あ、そっか。士郎その辺うまくやってるんでしょうね?』

 

「うまくやったんだがな・・・」

 

「あれでは九鬼とマルギッテの目を欺くのは無理よ。っはっはっは!

 

「ということで九鬼財閥が俺たちの存在を証明してくれることになりました」

 

『はぁ・・・流石へっぽこ魔術師ね。聞いてる感じそこにいる人には魔術を明かしてるんでしょ?』

 

「えっと・・・」

 

「遠坂凛とやら。我々以外にも知るものは多いぞ」

 

『なんですって!?』

 

「遠坂嬢、そこは問題ないかと」

 

『ランサー・・・だったわよね?』

 

「はい。名前呼びでもクラス呼びでも構いません。こちらの世界には時計塔も教会も何もかも存在しないのです」

 

『はぁ!?じゃあなに、魔術の秘匿も封印指定も存在しないっていうの?』

 

「ああ。その辺は厳重に調べた。恐らくこちらの世界での魔術は衰退したんだ。魔術の他に気と異能があるだけなんだ」

 

『・・・だから平和な世界だなんだ言っていたのね・・・ふうん、いいじゃない。そしたら魔術基盤も・・・・・・』

 

ブツブツと言い始めたので話し相手がセイバーに変わった。

 

『士郎、改めてもう一度貴方に会えて本当に良かったです。私も未だ現界し続けて良かった』

 

「急にいなくなってすまないセイバー。だけどもう少しで会える。その時はご馳走、たっぷり作るから」

 

『そ、それでは腹ペコキャラみたいではないですか!訂正を求めます!』

 

あはははと笑いながら会話する士郎。ここにいる彼女達は少し胸が痛かった。何せ彼は今までに見たことがないくらいリラックスした良い笑顔だったのだから。

 

(絶対)

 

(私にも)

 

(その笑顔を浮かべてみせる!)

 

彼女達は密かに決意した。この笑顔を、きっと自分達にも、と。

 

 

 

 

 

そうして夕ご飯時、士郎は晩飯を作るべく立ち上がった。

 

『俺は晩飯作るから、しばらく本をよろしくな』

 

「うむ。セイバー・・・さんとやらの正体当てゲームでもするか」

 

『ほほう。なぜ我々サーヴァントがクラス名で呼ばれるのか分かっているようですね』

 

「百代達は回答しちゃだめだからな」

 

「ええ!?今言おうと思ったのに・・・」

 

百代には昔彼女の真名について話したことがあるので秘密だ。

 

「ほら、桃が準備出来たぞ。これでも食べて落ち着け」

 

「ピーチ!もぐもぐ・・・うーん!生ピーチもいいなぁ・・・」

 

「うむ。英霊とは過去の偉人やおとぎ話の人物と聞く。そうなると死因があるはず。そこを突かれないように、だな」

 

『そうですね。ただし私の死因は特に弱点となるものではありません』

 

うーんと、悩むあの夜ゲームを見なかった一同に苦笑し、士郎は晩飯の準備に取り掛かった

 

相変わらずの調理速度であっという間に作ってしまった士郎。

 

「いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

今日は一段と冷えるので鍋だ。大きな鍋を二つ準備し、カセットコンロにセット。味は魚介と鳥塩鍋。

 

魚介は大きなハマグリが目立ち、鳥塩鍋は大きく作られた鳥団子が魅力だ。

 

「今日も美味そうじゃないか!」

 

「うむ。まだまだ冷えるからな。良いチョイスだ」

 

「士郎、先日の清酒がまだ残っているだろう?それも頼む」

 

『・・・。』

 

盛り上がる一同に一人(本?)が無言になって鍋を直視する。

 

『シロウ、貴方の所では常にこんなに豪勢なのですか?』

 

念でも飛んできそうなほどじーっとみられる料理の数々。

 

「ん~?セイバーさんは腹ペコキャラじゃないんだろう?」

 

『そ、それはそうですが!こうして目の前に準備されると・・・ですね・・・』

 

「セイバーはよく食べるからな。でも本が濡れると怖いからこっち」

 

『あっ!シロウ!もう少しで・・・』

 

「遠坂ーセイバーが水晶丸かじりしないようにな」

 

『不名誉過ぎますシロウ。誰が水晶を丸かじりなど・・・』

 

じゅるり、と音が聞こえた。

 

『な、なによセイバーよだれなんか垂らして・・・』

 

『た、垂らしていません!』

 

二人のやり取りが聞こえてきてクスクスと笑う一同。

 

セイバーはさておきここにいる面々もとても食べるのであっさりと具が無くなってしまう。

 

「それじゃ、〆作るぞー」

 

魚介の方には溶き卵に麵を、鳥塩鍋には溶き卵とぬめりを取られたご飯をそれぞれ入れる。

 

と、丁度入れ終わったタイミングで、

 

『先輩!先輩!!顔を見せてください!』

 

魔導書がまた別人の声を発した。

 

「あー今行く。橘さん後を頼みます」

 

「わ、わかった、ゆっくりして来てくれ」

 

士郎は自室に戻って本を開いた。

 

「久しぶりだな桜」

 

『ああ・・・先輩・・・ずっとこの日を待ってました・・・ぐすっ・・・本当に良かった・・・!』

 

「俺も桜とこうして通信出来て嬉しいよ。・・・桜、少しやせたか?」

 

『はい・・・食事も喉を通らなくて・・・でも大丈夫です。姉さんから聞きました。一週間後にそちらに行くんですよね?』

 

「ああ。こちらの聖杯が使えそうだからな。なんとか来てもらいたい。桜は嫌か?」

 

『いえ!先輩がいるなら私も行きたいです!川神・・・どんな街なんだろう・・・』

 

「まぁ飽きない・・・でいいのか・・・・?街だよ」

 

なんとも微妙な言い方をする士郎。正直、愉快と言っていいのか不安である。

 

『大丈夫、もう足手まといにはなりませんから・・・』

 

本に映っている桜の姿が白髪に変わり、顔に黒と赤いラインが走る。

 

『ねぇ先輩・・・私聞いたんです。先輩がハーレム作ってるって・・・それも公式的にって・・・間違いありませんか・・・?』

 

「そ、そうだな!ハーレムって言い方は酷いけど多数婚約者がいる。がっかりしたか・・・?」

 

『・・・いいえ。先輩の状況を考えたらそうなるかもとは思ってました。だから先輩。私もハーレムに入れてくださいね?』

 

「桜・・・いいのか?」

 

『はい。この機を逃さずにはいられません。ツンデレの姉さんよりも、奥ゆかしいセイバーさんよりも、私は先に先輩の物になるんです!』

 

「あ、あの桜・・・?速さで優劣は決めないからな・・・?」

 

それを言ったら百代が一番である。総理もそうならない法作りをしているはずなので一応断っておく。

 

「なんだろうな、会えたら話したいことが沢山あったのに・・・」

 

『こういう時って何を言えばいいかわからなくなりますよね』

 

クスクス笑っている桜はいつもの桜だった。

 

随分と桜と話した後、居間に戻ると天衣はせっせと片づけをしていて、林冲は手伝い、他の皆は一息ついている所だった。

 

「すまない林冲、橘さん」

 

「いや士郎はもう会えないかもしれなかった友人と話しが出来たんだから気にしなくていい」

 

「私もこれが仕事みたいなものだから気にしなくていいぞ」

 

「ありがとう。お礼にデザートでも「ピーチ!!!」聞かれたな」

 

仕方なく士郎は桃を剥いて二人には冷蔵庫の中にあるデザートを食べてもらった。

 

そして天衣にそっと耳打ちする。

 

(橘さん、今晩本を頼めますか)

 

(いいけど気をつけるんだぞ)

 

コソリと言い返されて苦笑する士郎。

 

彼はこれから男の戦いに赴くのだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

翌日士郎はこちら側で必要となる手続きのチェックを揚羽としていた。

 

「では、こちらに来るのは・・・遠坂凛、間桐桜、セイバーに後・・・」

 

揚羽は困ったように最後の一人を見た。

 

「バゼット・フラガ・マクレミッツ・・・昨日の通信では出てこなかったな。どういう人物なのだ?」

 

問われた士郎も返答に困り、

 

「なんて言うか・・・堅物・・・いや無神経・・・?とにかく腕の立つ女性だ」

 

「遠坂凛達は分かるのだが、この女性はなぜこちらに来るのだ?」

 

「ああー・・・その」

 

士郎は言い辛そうに、

 

「言っても怒らないか?」

 

「申してみよ」

 

揚羽の返答に苦虫を嚙み潰したような顔をして、

 

「そんなに武闘派の街なら一から適応してみるのもいいかもと・・・」

 

「・・・。」

 

はぁ、とため息を吐いて、

 

「前職は?」

 

「元・封印指定執行者」

 

「お前の天敵ではないか!」

 

緩やかな空気がキュウっと締まった。

 

「なぜお前の天敵を迎えねばならぬ!」

 

「落ち着けって。バゼットはもう敵じゃないんだよ。魔術協会ってとこの元執行者で馬鹿みたいに強い。ただ・・・」

 

士郎は一つ心を落ち着けるようにして。

 

「あの物語に出てくるランサーの本来の(・・・)マスターだ」

 

「なに?ランサーは言峰の・・・そうか。裏切りか」

 

「ああ。冬木に入った後、言峰に協力要請を出した時に片腕ごと令呪を奪われたんだ」

 

「腕ごと・・・バゼットはそんなに弱いのか?」

 

「いや、言ったろう?べらぼうに強いって。条件次第ではヒューム爺さん以上だ」

 

「馬鹿を言うな!?そんな爆弾みたいな女が川神に来たら・・・」

 

「まぁ、第二の百代誕生、かもな」

 

「・・・。」

 

開いた口が塞がらないとばかりに揚羽はポカンとしていた。

 

「なぜお前の周りには極端な友しかおらんのだ・・・」

 

「悪い。でもバゼットにもいい経験になると思うんだ。武闘派魔術師として極端な生活を送っていたからか色々大事なものが欠けていてな」

 

「例えば?」

 

「二つのミカンがある。片方は甘いミカン。もう片方は少し甘酸っぱいミカン。二つを食わせたらなんて答えたと思う?」

 

「ぬ・・・人によるであろうが、美味い方を「ミカンだ」は?」

 

「他にもあるぞ。俺の手料理とジャンクフードを比べて『食事だ』としか言わない。あれには中々やられたな。味わうってことを知らないんだ」

 

「・・・。」

 

「執行者時代の金で遊んで暮らせる金額を持っているが、そもそも必要最低限しか必要としない。贅沢も知らないんだ」

 

「それで?」

 

「ここの気風はバゼットに合ってる。それは間違いない。だからさ、もう少し人間らしさを覚えてくれたらなって思うんだ」

 

それは士郎だからこそなのだろうか。人間としての形を失い、機械のようになってしまう姿が目に余るのか。

 

とにかく士郎は、何とか彼女らしさを覚えてほしいと考えているようだ。

 

「相変わらずのお人よしよな」

 

その言葉を聞いて揚羽は優しく笑った。

 

「あとはライダーだな。こっちも英霊だ」

 

「お前の世界では二騎のサーヴァントがいたのだったな。真名は・・・教えてくれんのだろう?」

 

「ああ。あいつにとってそれは色々な意味を持つからな。こっちは桜が契約してるサーヴァントだ」

 

「・・・ん?人が単体でサーヴァントを維持するのは不可能ではなかったのか?」

 

「それも複雑な事情があるんだ。こっちは追及しないでもらいたい。桜はそれ関連で十分に苦しんだ。もう苦しむ必要なんかない」

 

桜は本当にあの辛い時期を乗り越え今こうして毎日を生きているのだ。・・・ただし怒らせると怖いのだが。

 

「そうか。・・・よし、大体の事情は把握した。後は」

 

「後むぐ!」

 

奪うように唇を合わせて押し倒してきた。

 

「ん・・・」

 

「んっ・・・ぷは!急にはやめろ揚羽!」

 

「ん、なに。昔の女が来るのだ。少しばかり嫉妬に燃えても仕方あるまい?」

 

「嫉妬って・・・昔も何もないだろ・・・」

 

「ま、そうよな。良い。それより風呂だ。また頼むぞ」

 

「へいへい。分かりましたっと」

 

そうして二人は風呂へと向かった。ちなみに百代達が起きてこないのは・・・そういう事だ。




ちょっと短いですが説明会なのでこんな所でしょうか。みなさんの思い描いていた修羅場にはならなかったかもしれませんが、凛は別として桜は重婚可であれば素早く士郎と身を固めるんじゃないかと思いました。セイバーはそれこそ重婚普通にあった時代の人なのでやっぱり反応は少ないかなと(ただし人数をまだ確認していない)

ギィネヴィアの事件はあくまで王の正妻を口説いたのが問題なわけでして。

次回はどうしようかな…もう凛たち呼ぼうか…日常も挟みたいですね。では!


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遠く離れたヒロイン達

みなさんこんばんにちは。スプラトゥーン3がやりたい作者です。
さあやってまいりました凛たちの合流です。

色々しっちゃかめっちゃかになりそうですが落ち着いて書いていきたいと思います。

では!


――――同調、開始(トレースオン)

 

フオン、と士郎の身体に魔力が走る。遂に士郎は、元の世界に取り残してきた遠坂凛達をこの場に呼び寄せることとなった。

 

「長かったな・・・」

 

時間にして約一年。彼はこの時を待った。本来の成功確率を考えればたかが一年と言われかねないが、一年とは十分に長い時である。

 

――――Anfang(セット)

 

魔導書からも凛の声が聞こえてくる。時は満ちた。さぁ奇跡をここに・・・!

 

 

 

 

――――interlude――――

 

 

 

 

時間は少し巻き戻る。凛たちが準備を行っている時・・・

 

「本当にいいの?ルヴィア、カレン」

 

彼女達は士郎を慕いつつも今回の世界間移動には乗らないと明言していた。

 

「貴女、しつこいですわよ。私にはエーデルフェルト家という守らねばならぬ家名があるのです。シェロを失うのはとても惜しいですが、そのために放り出すわけには参りません」

 

「私は本来エクソシストの付き人であり、冬木の教会担当です。急に姿をくらませれば魔術師が大挙してこちらに来るでしょう?そうなってもいいのかしら?」

 

「うう・・・的確な所を・・・こっちの恩も知らないで・・・」

 

「恩も何も貴女には貸付金があるのです。その辺を見逃してやるだけありがたく思いなさい」

 

「ルヴィアゼリッタ。それならこの金を使うと良いです」

 

そう言って出てきたのはバゼットだった。

 

「世界を跨ぐ以上、私の持っている財産は持って行っても偽札にしかなりません。ならば有効に活用してもらった方が金も本望でしょう」

 

「そうですか。では借金の件は帳消しとします」

 

そう言ってルヴィアは一枚の羊皮紙を燃やした。

 

(やったわ!ナイスバゼット!)

 

「何を言っているのかわかりませんが、私との借金は帳消しになっていませんからね。その分向こうで色々優遇してもらうのであしからず」

 

「そうですよ!私も姉さんに貸した分があります!」

 

ぐぬぬ・・・と唸る凛。その様子を遠目に見ていたセイバーとライダーもこれが最後になるであろう光景に感慨深いものを感じていた。

 

「このやり取りも最後ですね」

 

とセイバーがしみじみと言った。

 

「ええ。どこか感慨深いものがあります」

 

ライダーも逞しくなった桜に涙がほろり。

 

「リン、そろそろ時間ではないですか?」

 

「セイバーも士郎に早く会いたいのではないですか」

 

「なっ・・・そんなことは・・・その」

 

顔を赤くして俯くセイバーにちらりと視線を向けて、

 

「リン。セイバーではないですが本当に時間ですよ。水晶の先の士郎も聖杯起動に入っています」

 

「そ、そうね!それじゃ――――」

 

――――Anfang(セット)

 

と彼女等も別れを告げたのだった。

 

 

 

――――interlude out――――

 

「聖杯起動完了・・・遠坂、」

 

「もう来てるわよ」

 

振り返れば黒髪に赤い服が特徴的な少女がいた。

 

「遠坂・・・」

 

「久しぶりね。士郎」

 

「ああ・・・そうだな」

 

そうして次々と現れる取り残してきた人たち。そして――――

 

「シロウ」

 

「ああ、いらっしゃい、セイバー」

 

へっぽこな自分に仕えてくれた蒼き従者が現れ、次に出てきたのは

 

「先輩!」

 

「桜・・・どぅわ!?」

 

「先輩・・・先輩・・・」

 

泣きじゃくる桜だった。

 

「・・・悪かった。桜、泣き止んでくれないか?」

 

「しばらくこうしててもいいなら・・・」

 

「あはは・・・でも桜も着替えないと」

 

「ふえ?」

 

よく見れば桜も凛も服のサイズが合っていない。士郎がこちらに来た時同様、肉体年齢が若返ったようだ。

 

「本当に若返ったわね。うーん・・・何故かしら、時の隔たりがある?」

 

「姉さんでもわからないんですか?」

 

桜の問いに難しい顔で彼女は言う。

 

「お手上げ、って言いたいけど多分向こうとこちらでの辻褄合わせだと思うわ。私達は肉体の若返りとして、セイバー、ライダー、異常はない?」

 

「リン。問題と言うかなんというか・・・」

 

「・・・あら?セイバー貴女・・・」

 

「はい。受肉・・・したようです」

 

「え?」

 

士郎は何を言われたのか理解できなかった。

 

「こちらも問題ですね。・・・私としては問題なしですが」

 

「ら、ライダー?その姿・・・」

 

ライダーは本来の長身の女性ではなく猫耳のようにフードが尖ったものを被った小柄な可愛らしい姿に変わっていた。

 

「ライダーではなくランサーの霊基のようです」

 

フオンと鎖のついた大鎌を振って満足そうに彼女は言った。

 

「ら、ランサー?霊基が変わるなんてことあるのか?遠坂」

 

「わからないわよ。次元通過自体が異常なことなんだからそこにあるものをそうだと思うしかないわ。バゼットは?」

 

「・・・。」

 

「バゼ・・・ット・・・?」

 

彼女も若返りの影響を受けたのだろう。幾分か小柄になりずり落ちそうなスーツを必死に掴んでいる。

 

「ま、まぁともかくみんな来れて良かったよ。ルヴィアさん達は残ったんだろ?」

 

「ええ。よくわかったわね?」

 

「ルヴィアさんは家名を何より大事にしてたからな。カレンはちょっとわからないけど」

 

「カレンさんは・・・」

 

「ここに居ないメンツの事を話しても仕方ないでしょ。後で魔導書で確認しなさい。それより早く着替えないと風邪を引くから、士郎は退出してもらえるかしら」

 

「ああ悪い。それじゃ俺は母屋の方に居るから。セイバーとライダー?は?」

 

「私はシロウと行きましょう」

 

「今の私はランサーなのでそう呼んでください。私は桜たちと一緒に向かいます」

 

「助かるわ。何処かの剣馬鹿がラッキースケベしないで済みそうね」

 

「するか!」

 

と叫んでこんなやり取りも久しぶりだな、と思った。

 

「・・・。」

 

「セイバー?」

 

母屋に入ってからもセイバーは何か考えていた。

 

「すみませんシロウ。予想外に受肉などしてしまったので色々考えてしまって」

 

「・・・本来の時間の事か?」

 

士郎の言葉に、セイバーはゆっくりと頷いた。

 

「私は半英霊。英霊となるその前段階です。当然残してきたことがあります。けれど――――」

 

トサ、とセイバーは士郎に倒れかかった。

 

「セイバー・・・」

 

「良かったのでしょうか。私は聖杯などよりもシロウが欲しい。しかし――――」

 

「大丈夫さ」

 

不安げに言うセイバーの肩をしっかり掴んで士郎は言った。

 

「この時間が許されないのだとしたら俺も一緒に罰を受けよう。きっとこの時間は、頑張り続けたセイバーへのご褒美だ。何も心配することなんてない」

 

「・・・こんな褒美を与えられるほど私は立派ではないのですが・・・」

 

「何言ってるんだよ。セイバーは本当に、心を削って頑張ったじゃないか。今度アーサー王伝説を見よう。きっとセイバーの頑張りが反映されてるはずだ」

 

「シロウ・・・」

 

スゥっとセイバーの顔が近づいてくる。士郎自身も吸い込まれるように――――

 

「ちょっと。なに抜け駆けしてるのよ」

 

「り、リン!これは・・・」

 

「うふふ・・・何しようとしてたんですか?先輩・・・」

 

「さ、桜!そ、その・・・」

 

二人は恥ずかし気に俯いた。

 

「・・・まぁいいわ。それじゃ、案内してもらおうかしら。新・衛宮邸って奴をね」

 

「あ、ああ!是非見てくれ!部屋も沢山あるから何処にするか決めてもらわないとな!」

 

「先輩・・・最初は私ですよ・・・?」

 

「桜、婚約者がいるのならもう・・・」

 

ぞわぞわと黒くなっていく桜に劇薬を投入するライダー改めランサー。

 

その夜士郎の叫び声が夜闇に響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 

翌朝、みんなにセイバーや凛、桜、バゼットの紹介をして、いざ朝食である。

 

「いただきます」

 

「「「「いただきます!」」」」

 

いつもより多めの挨拶に苦笑しながらも士郎と天衣謹製の朝食をしっかり食べる。

 

その中には、

 

「まぐまぐがつがつ!」

 

凛達が来るきっかけとなった美鈴という少女もいる。

 

彼女は魔導書が渡されるなり、華凛が置いていってしまったのだ。

 

「こらメイ。もう少しゆっくり食べぬか」

 

「だって史文恭お姉さま!こんなに美味しい料理が!片腕が使えないのが歯がゆいです!」

 

なんでも、今回の盗掘騒ぎで彼女は冗談抜きの一文無しになったそうで、士郎が引き受けなければ身寄りもないという事で、しばらく衛宮邸で預かることになった。

 

一番慕われている史文恭は、

 

『なに。少しばかり鍛えて送り返せばいい。頭は絶望的だが実力はそれなりにある。傷が治ってある程度したら里に手紙でも送ろう』

 

という事で現在は彼女も居候だ。

 

「シロウ、おかわりをお願いします」

 

「はいはい。まってなー」

 

遂に購入した業務用炊飯器の出番である。皆で食べるときはこれで炊き、皆の腹を満たしている。

 

当然余るのでその後はお弁当を支える大事な道具だ。

 

「しかし、何だな。士郎の世界から五人もやってくるなんて。魔術は凄いんだな」

 

「聖杯があったからこその奇跡よ、林冲さん。そう何べんも奇跡は起こせないわ」

 

優雅にご飯を食べる凛。だが、その表情は柔らかいものだった。

 

「シロウ、腕を上げましたね」

 

「そうですね。私にも教えてくださいね先輩」

 

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

「士郎のご飯はいつもこうだと思ってたけど・・・」

 

「俺だって人間だぞ林冲。元からこんなに上手かったわけじゃない」

 

「それにしては私が来た時には大した腕だったが」

 

史文恭がおかずを摘まみながら言う。

 

「そりゃあ元々料理はしてたからな。それでも、この世界に来てかなりするようになったからな」

 

元の世界では限られた食材で如何に美味しく仕上げるか、を念頭に置いていたが、今では沢山の食材を使えるだけあって創意工夫が必要になった。それだけ訓練されているのだ。

 

「ただいまー!」

 

そんな折、久しぶりに聞く声が聞こえた。

 

「清楚、おかえり」

 

「「「おかえり」」」

 

「うん!・・・遠坂さん達がいるけど後で説明してね、士郎君」

 

「ああ。まずは荷物を置いてくるといい。積もる話もあるからな」

 

はーい、と言って清楚は自分の部屋に戻って行った。

 

「あの子、なんで私達のこと知ってるの?」

 

「俺たちが登場するゲームがあってな・・・」

 

「なにそれ!?じゃあ私達の事隅々まで知られてるってこと!?」

 

「落ち着け遠坂。確かにそうだけど、もうそのゲームは存在しない。揚羽にも確認してもらったから確実だ」

 

「先輩、私も・・・」

 

「大丈夫だ。桜の話は見ることが出来なかったんだ。不幸中の幸いだけど大丈夫だよ」

 

あくまで濡れ場のシーンはなかった事で通す士郎。そんな事までしれたらどうなるか分かったものではない。

 

「それに見られた人数も少ない。だいじょグエ」

 

「大丈夫じゃないわよ!プライベート侵害!!」

 

「まて、遠坂、そんなこと言われても、ぐは!」

 

「遠坂凛。その辺にしてくれ朝食が滞る」

 

冷静にそう告げた史文恭たちもおかわりとお椀を出している。

 

「過ぎたことは仕方ないだろう。私も見た口だけど・・・色々考えさせられる物語だった」

 

「私達の行いが見られていたというのは据わりが悪いですが、個人への問題提起となったのなら嬉しいですね」

 

「そういう問題じゃないわよ・・・」

 

「とにかくここには魔術教会も何もないんだ。魔術の方も警戒を緩めてもいいんじゃないか?」

 

士郎がそう言うが、

 

「ぬるい」

 

「へ?」

 

「忘れたの衛宮君。魔術師は秘匿の為なら何でもやるのよ。何処かに潜伏して――――」

 

「それもないぞ!遠坂凛!」

 

そう言って縁側の方に立っていたのは、

 

「九鬼揚羽、降臨である!」

 

「揚羽!?」

 

「貴女が通信で言っていた九鬼財閥の長女ね。貴女達の情報は当てになるのかしら?」

 

「無論よ!世界の九鬼財閥に見破れぬものは無い!」

 

「・・・。」

 

自分の事で相当に動揺していただろうにと士郎は思ったが黙っている。

 

「それよりもそなた達の今後を纏めて来たぞ。朝食後に良いか?」

 

「ありがとう。これで遠坂達も安泰かな」

 

「士郎君。どういうことですか?」

 

黙々と食事をしていたバゼットが言った。

 

「みんな若返りが起きただろう?とりあえず学校に通わないと体裁が悪い」

 

「・・・まぁあわかるけど。本っっっ当に何もないのね?」

 

「ああ。今回の聖杯も遺跡の奥に隠されていたらしいんだ」

 

「確かにここに来た時聖杯は崩壊寸前でしたね」

 

「この世界には『気』と『異能』の二つがある。気の達人でも聖杯を見抜けなかったんだ。だから同系統の別な力だと認識できる」

 

「気の方が扱いやすかったから魔術は衰退した・・・一応の道理は通るわね・・・」

 

「それよりも遠坂達のこれからだろう?揚羽は朝食食べて来たのか?」

 

「士郎の所に行くので食べてこなかった!」

 

ドドーンとふんぞり返る揚羽だが褒められたことではない気がする。

 

「何を言うか!旦那の飯にありついて何が悪い!」

 

「貴女、誰に言ってるのよ」

 

・・・いいらしい。

 

という事で揚羽を含め大人数で朝食を済ませ、凛達は改めて揚羽と向かい合った。

 

「改めて、我は九鬼財閥軍事部門を統括する九鬼揚羽である」

 

スッと出された名刺を見て本当に企業の人だと理解した凛たち。

 

「軍事部門?その貴女が何で私達の面倒を見るのよ」

 

「なに。士郎とは様々な契約をした仲でな。一律してみることにしている。前置きはさておき、そなた達の体裁だがそれぞれこのようにまとめた。異論があれば言うてみよ」

 

「・・・。」

 

凛たちが中を見ると、

 

「えっと?川神学園新二年生に編入・・・士郎とは別で遠坂、間桐から衛宮切嗣に引き取られた・・・ねぇ・・・」

 

「私の方は大学一年生という事になってますね」

 

「セイバーと元ライダーは英霊であろう?」

 

「そうだったんだが・・・」

 

士郎は言いにくそうに、

 

「セイバーが受肉して・・・」

 

「受肉?もしや・・・」

 

「ああ。霊体じゃなく本物がここにいる」

 

「・・・。」

 

はぁあと深いため息を吐き、揚羽は新しい用紙を準備する。

 

「であればセイバーも学園に通った方がいいな。その背丈からすると16前後か?それならば「ちょっと待ってください」ん?」

 

「私は肉体年齢の時が止まっているのです。私はここの誰よりも年長者ですよ」

 

セイバーがこう言ったのには理由がある。そのままでは中等部、中学生になってしまうのだ。校舎も違うし距離もある。それでは納得がいかんという事だ。

 

「そうなのか・・・しかしいきなり高学年では知識が追いつかなかろう。レオニダス王も士郎と同じ二年生から編入して勉学を積んでいたのでな」

 

「ならば私もそうしていただきたい。リンや桜、士郎を守るためにはなるべく近くに居たい」

 

「セイバー・・・」

 

士郎はこれだけ強くなったというのにまだ剣としての役割を通そうとしている。その姿に嬉しい思いがこみ上げるが、

 

「ふむ・・・ではバゼットとランサーを除き、全員川神学園の新二年生(・・・・)という事にするか」

 

さらさらと用紙に書く揚羽。そこで凛が首を傾げた。

 

「士郎は今年で進級よね」

 

「そうだな」

 

何か問題が?と士郎も首を傾げる。

 

「私達新二年生よね」

 

「そうですよ姉さん」

 

「・・・。」

 

ぎゅっと拳を握り、

 

「ていうことは士郎は・・・先輩?」

 

「そういうことになるな」

 

「なんで士郎の方が先輩なのよ!私達同期でしょ!」

 

「それは仕方ないだろう?俺は若返ってから一年経つんだ。見た所遠坂達は高校二年生くらいだろう?」

 

「ッ!そうだけど!」

 

「おい遠坂凛お主まさか・・・」

 

揚羽の予想通り、

 

「なんで士郎が先輩なのよー!!!」

 

なのよー!!なのよー!なのよー・・・と鬱憤が空に消えた。

 

 

 

 

 

 

「清楚、ここにいたか」

 

「うん。荷物整理終わったよ。そっちはいいの?」

 

「あー・・・大丈夫だろ。あれでも俺の師匠だ。交渉には慣れてるだろ。それより大器さん達は?打ち上げをするって聞いてたんだが」

 

「遠坂さんお師匠なんだ。へー・・・」

 

物珍しそうに揚羽と言葉の激闘を繰り広げている姿を見ている清楚。

 

「清楚?」

 

「ん?あ、ごめんね。九鬼の敷地は嫌だから士郎君の家にしちゃったけどまずかったかなーって」

 

「う、うち!?いいけど、騒がしいぞ?」

 

「うん。その様子をお父さん達に見てもらおうって思って。私が家出して、さみしくないか、ちゃんとご飯食べてるかって心配だーって言ってたから。百聞は一見に如かずってね」

 

「あはは・・・となると義経達も来るよな。テーブル出しとくか」

 

「ありがとう!あ、お買い物行くよね?」

 

「ああ。食材を買わないとな。折角だし美味しいもの食べて行ってほしい」

 

「うん!じゃあえっと小十郎さんいるかな?」

 

「え?ああ、入り口で待機してるのを見たけど・・・」

 

「揚羽さんまだまだかかりそうだしアッシーにしちゃお!」

 

そういって楽しそうにトントントンとかけて行く清楚。

 

「・・・。」

 

その姿が希望に満ち溢れていて士郎は眩しそうにしていた。

 

「士郎君!いくよ!」

 

「ああ。今行く!」

 

その後をついていく士郎であった。

 

「買い物ですか?」

 

「はい。家には車が無いので一苦労なんですよ。そこで・・・」

 

揚羽の要件が済むまで乗せてはもらえないかという頼みだ。

 

「お任せください。あの様子ですと一時間はかかりそうですから。ただ、確認は必要なので待っていてください」

 

そう言って小十郎は荒れ狂う戦場に向かって行った。

 

「大丈夫かな・・・」

 

「大丈夫じゃないか。なんか執事としてレベルアップしてるらしいし」

 

と思っていたのだが、

 

ドゴーン!

 

「く!すみません揚羽様!」

 

上手くガードしたらしい小十郎がこっちに飛んできた。

 

「ふう・・・それではお二人ともお乗りください」

 

「い、いいんですか?お叱りを受けたんじゃ・・・」

 

「いえ!私が叱られたのは行動が遅い!という事だったので。受け身も取りましたし問題ありませんよ」

 

「おお・・・本当にレベルアップしている・・・」

 

滅茶苦茶な気道を見せられて思わず手を出してしまったが、どうやらうまく機能しているらしい。頼もしくなっている。

 

「!貴女武道を嗜むのね。私にもたしなみ程度だけどあるの。どう?ここは実力で勝ち取るのは」

 

「よかろう!だが注意せよ我には銃弾も効かぬでな。半端な腕でくればこちらの指示に従ってもらうぞ?」

 

「上等!庭借りるわね、衛宮君!」

 

「・・・いいけど荒らすなよー穴開けたら元に戻してくれよ」

 

早速バトルが始まったと士郎は頭が痛そうにしていた。

 

「あの、お止めしなくて大丈夫ですか?揚羽様はヒュームさんの弟子ですよ?」

 

「負けるにしても勝つにしてもそうすれば納得がいくでしょうから放っておきましょう。それよりお願いします」

 

「・・・ほう。遠坂凛劇中にもあったが相当やるな・・・じゃなくって!お願いします!」

 

妖しく目が赤い色を帯びたが今は押さえてくれたらしい。

 

「では行きます。行きたいお店があれば言ってください!」

 

という事でこちらは発進、凛達は勃発という事で時は流れるのであった。

 

 

 

 

 

 

「「ただいまー」」

 

「「おかえり」」

 

若干少ない声が帰ってきた。

 

「どうしたんだ?って庭が・・・」

 

案の定、ボコボコになってしまっていて、クッキーを思わせるロボットが穴を埋めている。

 

「あれは・・・破壊されたクッキーシリーズの代替え機ですね。isシリーズは、なにやら知能面で問題が発見されて再開発中だとか」

 

「早速やらかしたのか・・・」

 

頭痛が痛いとはこのことである。

 

「私が言うのもなんだけど大丈夫かな」

 

「一応様子を見てくるよ。小十郎さんありがとうございました」

 

「いえいえ!少しでも恩返しが出来て嬉しいです」

 

小十郎もまんざらではなさそうだ。

 

「ただいまっと士郎か。何やら買い物袋が多いようだが、何かあるのか?」

 

「史文恭、ただいま。今晩、義経達とその両親が来るそうだからその食材。俺はこれから料理しなきゃいけないからみんなに伝えてくれないか?」

 

「承知した。ほらメイ。行くぞ」

 

「・・・。」

 

史文恭にひしっとくっついた少女も史文恭に連れられて去って行く。

 

「橘さん」

 

「ああっ!士郎!よかった庭がボコボコになっていたから襲撃でもされたのかと思ったぞ」

 

「すいません。遠坂はちょっと・・・でもないか。やると決めたらとことんやる奴ですので・・・」

 

いつかの時計塔の景色が頭に浮かぶ士郎。

 

時計塔では生命力を示す授業というのがありどうやって示すのかと言うと生徒同士のガチンコバトルである。ルヴィアと凛は何かって言うとこの授業で室内を破壊し修繕にアルバイトの募集がかかるほどに破壊し尽くしたことがある。

 

今回もまぁ似たようなものであろう。

 

「遠坂さんと揚羽さんは別室で休んでるぞ。夕食はどうするんだ?」

 

「それが・・・」

 

カクカクシカジカウマウマと義経達の事を話して調理をお願いした。

 

「俺も一通り様子を見たら戻りますから、その間お願いします」

 

「わかった。任せてくれ」

 

ということで天衣に調理をし始めてもらい、士郎は凛と揚羽の様子を見に行った。

 

「入るぞー」

 

どうぞーと声が帰ってきたのでスッと引き戸を開けて入ると・・・

 

「・・・。」

 

アチャーと士郎は天を仰いだ。

 

「互いにボコボコなのはいいとして、遠坂、ガンド撃ったな?」

 

「可愛い彼女に酷い言いぐさね衛宮君。こうでもしないと勝てないから・・・」

 

凛の使う八極拳・・・通称マジカル八極拳は四肢の強化に留まらず、魔術を編み込んだ特殊格闘。実力では揚羽が上だったのだろうが魔術まで使うとなるとそうはいかないのだろう。

 

「抜かったわ・・・機関銃の如き音がするから武器でも隠し持っていたのかと思ったら・・・」

 

ガンドは防いでも酷い風邪のような症状がでる。つまりはあれを物理的に受けてはいけないのだ。それを銃弾を掴むようなことをしたのだろう、手から真っ直ぐ気脈を侵している。

 

放っておいても回復するだろうが・・・

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

揚羽の気脈にそっと魔力を添えて――――

 

「今だ!」

 

「ふん!」

 

言われるまでもなく揚羽は士郎に合わせて気を放出した。

 

「はぁ。スッキリした!」

 

「ああっ!?士郎何するのよ!」

 

「あのな遠坂。揚羽は恐ろしく忙しいんだ。それをガンドなんか使って引き留めて。今日のスケジュール大丈夫か?」

 

「今日の予定はオフにしたわ。しかし、なんだな。魔術の恐ろしさを身をもって実感したわ。呪われるとはこういう事かとな」

 

一応ガンド以外は使わなかったようだ。数少ない宝石をケチったのだろう。

 

「大丈夫か?」

 

「うむ。あの酷い風邪さえなければ大したことは「てい!」あたた・・・」

 

それ以上は勘弁ならんと凛が叩いた。

 

「今日は義経一家が来るはずだな?準備をしなくてよいのか?」

 

「もう始めてもらってるよ。二人の様子見に来ただけさ」

 

「そうか。いや助かった。今後は凛のガンドをどうにかするのが課題よな」

 

クックックと笑う揚羽だが割と冗談じゃないので笑えない士郎である。

 

「盾でも構えるか?」

 

「内側に特殊合金を含んだ布を履くのもありだな」

 

とても物騒な会話に士郎はお手上げだ。

 

「今日はオフにしてしまったのでな。夜の会食、我も参加させてもらおう」

 

「ああ。構わないぞ。所で遠坂との取り決めは・・・」

 

聞いたところによると編入試験でSクラス編入となった場合には三年生として扱う、という事になったそうだ。

 

「まぁ問題ないだろ遠坂はうちの学校でもトップだったし。油断さえなければな」

 

「そうなのか。八極も我が押されるほどだ。才女として話題になるかもな」

 

「・・・。」

 

何事にも優雅たれ、が家訓だとはとても言えない士郎であった。

 

 

 

 

 

 

日が落ちる頃、大和と義経達がやって来た。

 

「あけましておめでとう!士郎君!」

 

「大将ーあけましておめでと」

 

「あけましておめでとう、士郎」

 

「・・・。」

 

挨拶する二人に対し与一は鋭い目であたりを見渡していた。

 

「与一。魔術品はないぞ」

 

「・・・くッ先読みされていたか・・・」

 

「おい。そんなことより挨拶」

 

ギリギリ・・・

 

「あっ明けましておめでとうございます頭蓋骨がぁ!!」

 

またもやぷらーんと頭だけで持ち上げられる与一に士郎は苦笑を浮かべ、

 

「衛宮君。久しぶりだね」

 

「お久しぶりです大器さん。昌子さんも、あけましておめでとうございます」

 

「覚えてくれてたんだねぇ。明けましておめでとう」

 

久しぶりに見た二人は壮健そうで何よりだった。

 

「今日は私達を迎えるのに色々と用意してくれたんだってねぇ。ありがとう」

 

「いえいえ、折角いらしたんですから。心づくしを味わっていってください」

 

「そうかいそうかい。ありがとう。それにしても広い屋敷だねご両親は要るのかい?」

 

「!」

 

「残念ながら、はやり病でどちらも亡くしてしまって。でも大丈夫ですよ、毎日充実していますから」

 

「そうか・・・悪いこと聞いてしまった。申し訳ない」

 

「大丈夫ですよ。それより中にどうぞ。宴の準備は出来ていますので」

 

「ありがとう。ではお邪魔します」

 

「お邪魔するよぉ」

 

中に入れば二つのテーブルにドン!と置かれた料理の数々。テーブル二個分なので圧倒的ボリュームだ。

 

「お父さん、お母さん、凄いでしょ?」

 

「ああ。まさかこれほどとは・・・全て衛宮君が作ったのかね?」

 

「家で料理の修行をしている人が居るのでその人との合作です。・・・橘さん!」

 

「どうしたんだ、ああ。新年あけましておめでとうございます」

 

「貴女が衛宮君の弟子なのねぇ」

 

「はい。料理の事は全て彼から学びました」

 

自信ありげに言う天衣に士郎は恥ずかしくて苦笑を浮かべた。

 

「さ、どうぞ座ってください。食べた後は露天風呂もありますからしっかりと味わってくださいね」

 

そう言ってつまりかけていた列を動かす。すると大和が話しかけてきた。

 

「士郎、今回手伝えなくてごめんな」

 

「気にすることないぞ。今日は大和もお客さんなんだからしっかり味わってくれ」

 

「ありがとう。一つ借りだな」

 

全員が席に着いたらいざ、実食である。

 

「いただきます」

 

「「「いただきます!!」」」

 

そうして賑やかに晩餐が始められた。

 

「これは・・・美味いな」

 

「これは私以上だよぉ」

 

「まるで旅館のお料理みたい!」

 

「こう言っちゃ悪いけど・・・旅館の料理より大将の方が美味いね」

 

「あ、弁慶川神水の吟醸があるけど呑むか?」

 

よろこんで!という声に惹かれ大器はすうっとテーブルを囲む皆を見た。

 

「・・・。」

 

「あなた。心配は無用だねぇ」

 

「そうだな。こんなに暖かい場所なら・・・」

 

自分の心配が取り越し苦労で良かったと彼は思った。

 

その後は、

 

「シロウ、おかわりをお願いします」

 

「はい、セイバー」

 

「セイバー・・・?あ!ゲームの!!!」

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、セイバーあのな・・・」

 

「サイン欲しい・・・!わ、わ、でもどうしよう書いてもらうものが無いよう!?」

 

「ヨシツネ。私はいつでもここに居ます。慌てないで今度にしましょう」

 

「はい!アーサ「セイバー、な?」セイバーさんありがとうございます!!」

 

とか

 

「セイバーさんに遠坂さん達もいるな・・・」

 

「それはキャップに感謝だな。あの聖杯が正常なものって分かったんだ。それで連れてこれたんだ」

 

「マジか・・・これは凄いことになるぞ」

 

「言うのはまだ待ってほしい。色々調整中でな。頼むぞ」

 

何て言う事もあり食卓は実に盛り上がった。

 

最後には、

 

「衛宮君。ありがとう。清楚や義経達の事が心配だったんだが、ほっとしたよ」

 

「私からも。ありがとうねぇ」

 

なんて薄っすらと涙がこぼれることもあった。

 

(がんばろう。これからも)

 

そんな光景を目にしてこの光景を無くさないようにしようと、士郎は固く決意したのであった。

 




いかがだったでしょうか。前半はfate陣営後半は戻ってきてマジ恋陣営としてみました。

ルヴィアはねぇ・・・家名を大事にしてるからね。来られませんでした。カレンも冬木の管理者が居なくなるので当然アウト。彼女等の事は今後通信で登場するかも…?

そしてライダー、まさかのランサー化。大きいことを気にしていた彼女からしてみればうはうはでしょうね。理由は後にも書かれますがライダーのままだと危険だからですホロウやってる方ならわかるかもしれません。

次回はfate陣営について。これからどう彼女等を交えていくか色々考えてます。

では次回もよろしくお願いします!


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風間ファミリーとの邂逅

みなさんこんばんにちわ。重要報告があるので活動報告を見てほしい作者です。

今回はセイバー達と風間ファミリーの邂逅です!ここが重要なポイントになりそうなのでしっかり描いていきたいと思います。

では!


宴の翌日、遂に島へ帰るのだという大器さんたちのお見送り。

 

「義経、また来るからね」

 

「そうよ。また会えるわ」

 

「お母さん・・・」

 

「ほらほらおいで。また来るからねぇ」

 

「衛宮君、直江君。娘達をよろしく頼むよ」

 

「微力ながら精一杯力を尽くさせてもらいます。な、大和」

 

「もちろんです。俺も頑張りますので・・・」

 

「うん。二人にそう言ってもらえて安心だ」

 

「ほーら。泣き虫はここで終わり!胸張ってがんばるんだよぉ」

 

「うん・・・!」

 

「では衛宮君、直江君、また」

 

「今度は島に来てねぇ」

 

「はい。お気をつけて!」

 

そうして大器さん達は船に乗って島を目指した。

 

「今度は俺達が行かないとな」

 

「ああ。昨年は忙しかったからな」

 

今度こそは、と互いに決心する士郎と大和だった。

 

「義経達はこのまま帰るのか?」

 

「えっと・・・セイバーさんにサイン貰いたいんだ」

 

「なんせ騎士王だからね。主が放っておけるはずがないよ」

 

「つーか俺も欲しいぜ。騎士王のサインなんざ持ってる奴いないんだからな」

 

「あーそれの事なんだが」

 

士郎は言った。なぜセイバーというクラス読みをしているかという事と、今後の動きについてだ。

 

「レオニダスの時もそうだったけど基本隠蔽したいんだ」

 

「な、なら『セイバー』さんでいいから!お願い!」

 

「まぁそれなら・・・」

 

かの有名な騎士王としれた日には大パニックが起きる。それだけアーサーの名は知れ渡っているのだから。

 

「やったぁ!今から色紙買ってくるよ!!」

 

「あいや。置いてかれる。待って、主ー」

 

「まったく落ち着きのねぇ連中だ・・・深淵の者どもに会ったらどうするんだ」

 

相変わらず与一の言うことは分からないが、とりあえず彼も追いかけて行った。

 

「なぁ士郎」

 

「なんだ?」

 

大和らしくないはっきりとした物言いをしない姿に違和感を覚える。

 

「セイバーさんや遠坂さん達を仲間達に紹介するのはダメか・・・?」

 

「そういうことか」

 

だから大和は言い辛そうにしていたのだ。

 

仲間達はあのFateなるゲームを見た仲だし、問題ないだろう。

 

「一応遠坂に確認してからな」

 

「お、おう!(遠坂さん大丈夫かなー・・・)」

 

遠坂も拒みはしないだろう・・・多分とどんぶり勘定する士郎。とにもかくにも帰ってみると

 

「・・・。(だるーん)」

 

「と、遠坂?」

 

テーブルに突っ伏す凛が居た。

 

「異能はともかく、気ってなによ誰でもスーパーマンになれるじゃない・・・」

 

どうやら異能と気について林冲から情報収集していたらしい。

 

「そんなに便利・・・ではあるか。でも魔術にしかないものも存在するぞ」

 

「ハン。あのね衛宮君。どちらも生命エネルギーをもとにしている以上、大抵のことは共有されるのよ。クソ真面目に魔法陣書いたり触媒を用いるより断然楽じゃない」

 

「暴論だなぁ・・・実際「貴方は異能側でしょ」うぬぬ・・・」

 

ジトッとした目で言われる士郎。確かに彼の魔術はどちらかというと異能の側面を持つのだ。火を起こし、風で巻き上げ、水を自在に操り、土をコントロールするのとはまた違う。

 

「確か武松っていう人も言ってたな」

 

「武松も外敵を倒す異能持ちだからな」

 

「その武松?っていう人はどんな異能持ちなのよ」

 

「あー・・・秘密。ただ、遠坂なら似たようなことは出来るとだけ」

 

「なんでよ、詳しく教えなさいよ」

 

「極秘組織なんだよ。いくら遠坂でもペラペラ情報は言えないんだ」

 

「ふぅん」

 

結局それで納得したのか凛はまたテーブルに突っ伏した。

 

「それよりも遠坂、大和達・・・仲間達に紹介したいんだけど、いいか?」

 

「大和・・・?ああ、直江君ね。なに、貴方仲良しグループなんて入ってるの?」

 

「あ、ああ・・・最初はどうしたらいいか悩んだんだけどな・・・今では気のいい仲間達だよ」

 

「いいけど、その人たちも例のゲーム見たの?」

 

「ああ。魔術の事もほとんど知ってる」

 

「・・・はぁ。衛宮君。本当ならあらゆる手を使って口封じなのよ?もう少し・・・」

 

「それは重々承知だよ。俺もいきなり明かしたわけじゃない。もう世に魔剣とか出してるしそれでも「待った」?」

 

凛はことさら頭が痛そうに、

 

「魔剣?衛宮君、まさか秘奥の一部を公開してるの!?」

 

「ああ。製法は秘密だけどな。これだけ手広くやって何も音沙汰無しなんだから大丈夫だろ?」

 

「そりゃそうだけど・・・ああもうっ。いいわよ!私は秘匿させてもらうからね!」

 

「・・・遠坂が宝石魔術使うのもばれてるんだけどなぁ」

 

士郎の言葉にキー!と怒りの声を上げてそっぽ向く凛。

 

「桜もいいか?」

 

「先輩、私も・・・」

 

「大丈夫だ。見れたストーリーはセイバーと遠坂のストーリーだけだ。桜の事は見れなかったから大丈夫だよ」

 

「よかった・・・」

 

「士郎君、私も行きますか?」

 

「良ければそうしてくれ。ちなみにバゼットの事は一切出て来てないから純粋に初対面だな」

 

そうですか。とだけ言ってバゼットは屋敷の気配を辿る、

 

「バゼット。疼くのは分かるけど怪我させるなよ」

 

「わかっています。この屋敷は実にいい。実力者が集まっている」

 

「この街は頻繁に護衛依頼や武闘派の依頼が来る。バゼットなら生活しやすいんじゃないか?」

 

「興味深いですね。それほど荒事に溢れていると?」

 

「特にこの街はな。学生が対処してることもあるくらいだ」

 

「ちょっと待って。学生が?一介の学生が犯罪者と事を構えることもあるっていうの!?」

 

「たまにな。依頼という形で様々なことができる。バゼットは大学だけど川神大だろう?そう変わらないはずだ」

 

「これはますます燃えますね・・・!」

 

シュッシュとシャドーボクシングするあたり有望である。

 

「あの先輩?そんなに物騒な街なんでしょうか・・・?」

 

桜の心配はもっともだった。

 

「そんなことはない・・・というか武家系列の女子が多くてさ。何事にも白黒つけたいっていう考え方が多いんだ。俺なんか初日から決闘を申し込まれたしな」

 

「なんでそうなるのよ」

 

「武人らしく相手の強さを図りたいんだと。俺にはよくわからないけどな」

 

「そりゃ士郎には分からないでしょうね。それにしても面白い街じゃない。初めて来たわ。それだけ荒事があって治安がいい街なんて」

 

「不思議な街ですね」

 

「そこで?英雄・衛宮士郎は何をしたのかしら?」

 

「茶化すなよ・・・」

 

それからは士郎の経験した一年間を語り尽くすことになった。

 

辛い時もあった冷徹な判断を下しそうな時もあった。逆に心救われる時もあった。そんなことをひっくるめて士郎は語ったのだった。

 

 

 

 

 

 

次の日、午前は学園で必要になるものを集めて午後は風間ファミリーの秘密基地に行くことになった。

 

「シロウ、よいのでしょうか、あれもこれも士郎を頼ってしまって・・・」

 

恐らく金額の事だろう。四人分(バゼットは自分で揃えに行った)の必要道具を揃えるとなると随分な金額になる。

 

「大丈夫さ。九鬼から援助金出てるし俺も稼いでいるからな」

 

「それよ!士郎。私「その手には乗らないぞ遠坂」なんでよ」

 

大方また上納させようとしたのだろうがそうは問屋が卸さなかった。

 

「家には食い扶持が多いんだ。多少は援助できるけど、前のようには無理だ。大黒柱として賄っていかないといけないんでな」

 

「ふぅん・・・士郎、変わったわね」

 

「確かに。先輩変わりました」

 

クスクス笑う姉妹に士郎は首を傾げた。

 

「俺なんか変なこと言ったか?」

 

「いえ。シロウは正しい。なにも間違ってなどいません」

 

セイバーも優しい微笑みで士郎に言った。

 

「それにしても実力差でクラスをS~Fに分けるなんて思い切ったことをするわね」

 

「それは俺も思ったよ。成績は金では買えない、がモットーだからな」

 

「でも私服で通ってる人もいるんですよね?」

 

「いるけど・・・あれは学園に多額の献金をすると許してもらえるらしい。うちはそんなことしないから制服な」

 

稼いではいるけれど財布の口は固い士郎であった。

 

家に帰ると久しぶりの顔に出会えた。

 

「マル!」

 

「ただいま。士郎」

 

穏やかな顔をするマルギッテだが、その後ろに凛達を発見してぎょっとする。

 

「し、士郎!そちらは・・・」

 

「ああ、マルは知ってるかもだけど遠坂、桜、セイバーだ。色々偶然が重なってこちらの世界に来れたんだ」

 

「この人は?」

 

「ああ、この人はマルギッテ・エーベルバッハ。ドイツの猟犬部隊の隊長だよ。同級生のクリスって奴の護衛」

 

「マルギッテ・エーベルバッハです。お見知りおきを」

 

「遠坂凛よ」

 

「間桐桜です」

 

「セイバーです」

 

「ふむ・・・」

 

検分するように三人を見るマルギッテ。

 

「セイバーは元より間桐桜と遠坂凛にも武の心得があると見ました。いずれ手合わせするのが楽しみです」

 

「・・・マル」

 

「どうしたのですか士郎」

 

マルギッテの検分に額を押さえて上を見る士郎に、

 

こういうことね、と何処か納得する三人であった。

 

そんなマルギッテとの邂逅を迎え、士郎はキッチンに向かう。

 

「あら?お昼は食べて来たじゃない」

 

「あー、これは秘密基地に居る皆の分だよ。俺と後輩の由紀江で作って持ち寄るんだ」

 

そう言って士郎はいくつかのおかずを作り、朝の残りで握り飯を作ってバスケットに入れた。

 

「さ、行こう。ここからだとそれなりに距離がある。急ぎの用事もないし向かうとしよう」

 

「いいわよ」

 

「秘密基地かー楽しみです!」

 

「危険はないのですか?シロウ」

 

「大丈夫だ。廃ビルだけど地盤も固いしビル自体も立派な作りしてるからな。大和達は一応管理人らしくて好きに使ってるんだ」

 

「学生が廃ビルの管理人?」

 

「仲間内の一人の親が廃ビルの所有権を持ってるらしい。それで管理してくれるなら、ってことらしいぞ」

 

「ふうん。いいじゃない、いかにもって感じで」

 

「倒壊しそうな雰囲気はありませんでしたよ」

 

ぴょこりと猫耳のようなフードが現れた。

 

「わっ!ラ、ンサー!?」

 

「一通りの視察は終わったか?」

 

「ええ。士郎の地図があって助かりました。それと・・・なんですが」

 

ランサーがとても言い辛そうに言う。

 

「私の声には上姉さまと下姉さまのような魅了の力でもあるのでしょうか・・・公園にいた不審者をこれで拘束したのですが・・・」

 

ランサーは鎖を見て、

 

「こちらを見るなり何故かあがめられてしまって。気持ち悪いので木につるしてきたのですが・・・まずかったでしょうか?」

 

「「「・・・。」」」

 

「大丈夫だランサー。そいつハゲてなかったか?」

 

「ハゲてました」

 

大丈夫だ、問題ない。と返して士郎は出かける準備をする。

 

「レオニダス王はいかないのですか?」

 

「私は午後から予定がありまして、そちらへ出向かなければならないのです。マスター、危険な要因はありませぬな?」

 

「ああ。全くないよ。しっかりやって来てくれ」

 

当然ですとも!と返事を貰っていざ出発。

 

「ランサー・・・レオニダス王って隠してないの?」

 

凛から当たり前とも言うべき質問がやって来た。

 

「最初は隠そうと思ったんだがなー・・・本人が堂々と名乗ちゃうから色々苦労して結局こうなった」

 

「よく混乱にならないわね」

 

「同姓同名の別人とでも思われてるのが有力だ。義経とかもいるしな」

 

「ああ・・・あの子ね。当然本人じゃないんでしょ?」

 

「・・・。」

 

凛の言葉に士郎は押し黙った

 

「なによ」

 

「義経達は人のクローニングで誕生したクローン人間だ」

 

「はぁ!?なんて馬鹿なことを・・・!」

 

「ホムンクルスならまだ良かったのかもしれないが・・・事実だ」

 

「でも、義経ちゃん達先輩のご飯食べて笑ってましたよ」

 

桜の言葉でふっと空気が軽くなった。

 

「そうね。誰のクローンでもあの子はあの子だわ」

 

「俺もそう思ってる。正直増えるようなら叩き潰す気でいたんだがな・・・今のところその気はないみたいだ」

 

「士郎はどうするのよ」

 

「レオニダスとも話したんだが俺たちは本来部外者だ。その俺が押し付けるわけにもいかないだろうと傍観だ。ただし沢山出てきたらアウトだ。問答無用で叩き潰す」

 

凛と桜にすうっと冷たい風が流れた。彼はやる。例え悪と罵られようと必ずやるだろう。

 

「・・・まぁいいわ。願わくば、また逃避行生活にならないように祈るばかりね」

 

ふうと一息ついて先を促した。

 

「それよりまだなの?結構歩いたけど」

 

「もうすぐだ。桜、荷物持とうか?」

 

「いえ、大丈夫です。でも水分くらいは準備しておくべきだったかもしれませんね」

 

「俺のにお茶がある。ちょっと待ってろ・・・」

 

コポコポと温かいお茶が紙コップに注がれた。

 

「ほら。これ呑んでもう少し頑張ってくれ」

 

「ありがとうございます!」

 

僅かに疲労を見せていた桜が回復してくれた。と、セイバーが、

 

「あれではありませんか?」

 

気配を探知したのだろう秘密基地の廃ビルを指さした。

 

「・・・。」

 

しかし、セイバーは複雑な表情を見せた。

 

「どうしたんだ?」

 

「いえ、向こうは随分と前から気付いていたようなので・・・」

 

「それは百代と一子だよ。気を展開して気配を追ってるんだ。セイバーが不覚を取ったわけじゃないよ」

 

「しかし・・・」

 

「まぁまぁ、紹介もするしその時に説明するから」

 

そう言って秘密基地の中に入る。いつもは静かな秘密基地が、ざわめいているのを感じる。

 

階段を上がって、

 

「ここだ」

 

ガチャリと扉を開けると、

 

パンパンパン!

 

「「「遠坂さん、間桐さん、セイバーさんようこそ!」」」

 

と盛大な歓迎をされた。

 

が。

 

「お前らな、誰が先頭なのか想像くらいできないのか・・・?」

 

クラッカーのしだれと紙吹雪をすべて受けた士郎が言った。

 

「悪い悪い、そこまで考えてなかった」

 

苦笑交じりに言う大和。

 

しかし、秘密基地には歓迎の飾りが付けられており、もてなそうとというのは本当のようだった。

 

「やっと来たな」

 

「結構前から気配はしてたけどね」

 

百代と一子が事も無げに言う。

 

「あの広い気配探知が一介の学生!?シロウ、どういうことですか?」

 

ズズイと迫ってくるセイバーに、まぁ落ち着けと言って、

 

「こっちの黒髪が川神百代、この世界では『武神』と呼ばれてる。隔絶した戦闘能力と理不尽な技を使う。正真正銘の武神だ」

 

「川神百代だ。遠坂さんが揚羽さんと引き分けたって聞いて待ちきれなかったんだ。もちろんセイバーさんも。手が空いてる時でいいから摸擬戦しないか?」

 

「武神・・・と。なるほど。強大な何かがいるとは思いましたが貴女でしたか。私はセイバー。訳あって本名を隠していますが・・・」

 

ちらりと士郎を見ると首を横に振っていた。

 

「意味はないようですね。ならば誇らしく告げましょう。我が名はアルトリア・ペンドラゴン。赤き竜の加護を受けたブリテンの王です」

 

鎧を展開し、ぶわりと黄金の魔力を滾らせて宣言するセイバー。そのいで立ちは、来るならば全て受けて立とうという気迫が漲っていた。

 

「す、凄い威圧感だわ・・・ゴクリ」

 

「自分と犬では歯が立たないな・・・」

 

「こえーのもあるけどよ」

 

「これぞアーサー王って感じだね。身震いしちゃうよ」

 

男子陣も偉く感動したようで姿勢をびしりと立てている。

 

何も言わぬ百代も闘気を高めていた。

 

「はいはい。こうなることは分かってたけどそこまで。秘密基地を爆破する気か?」

 

「む、それはいけません。本名を名乗ったことなど数えるほどしかなかったもので」

 

すうっとセイバーの黄金の魔力が収まった。

 

「百代もだぞ。まだ闘気が漏れ出てる」

 

「だ、だってアーサー王だぞ?滾らない方がおかしいだろ?」

 

と慌てふためく百代だが次の言葉で凍り付く。

 

「滾るも何も百代じゃセイバーには勝てないよ。俺なんかとやり合ってる時点でレベルが違う」

 

「なっ・・・」

 

「「「え?」」」

 

士郎の一言にカチリと固まる一同

 

「姉さんが・・・」

 

「モモ先輩が・・・」

 

「「「勝てない!?」」」

 

「・・・。」

 

「なんだ、みんな勝てると思ってたのか?百代、君には瞬間回復があるが、それは首を飛ばされても(・・・・・・・・)可能なのか?」

 

「・・・。」

 

百代は答えなかった。

 

「川神さん、だったかしら。私達は心臓を潰されても首を飛ばしても襲い掛かってくる化け物との戦闘経験があるわ。貴女は傷を瞬間的に回復する術を持つのでしょうけど、それだけじゃセイバーは越えられないわよ」

 

「わかってる」

 

「姉さん?」

 

「それでも武人として滾るんだ。もっともっと高みに行きたい。レオニダスさんやセイバーさん達の域に達してみたい!」

 

そう熱意を燃やす百代の眼はキラキラしていた。

 

「士郎がくるまで私は武神の座に胡坐をかいていた。でも――――」

 

心底楽しそうに言う。

 

「世界には、もっともっと強い奴がいる。別次元だっていい。この世には、私よりも強い奴なんて山ほどいるんだって。士郎が教えてくれた」

 

「百代・・・」

 

「だから戦ってみたいんだ。今私は何処まで来れてるのか。これからどんな高みがあるのか。もっと知りたい。挑戦したい」

 

「なるほどね。それを成しえるのは英霊だけ、か。そういう馬鹿、嫌いじゃないわ」

 

凛もニヤリと笑った。

 

「まずは己を高める事ね。今の貴女はこの世界じゃ最強かもしれないけど私達の尺度ならまだまだ手こずるくらい」

 

「いつか、貴女と戦える日を心待ちにしています。モモヨ」

 

「ああ!その時はよろしくお願いします!」

 

「モモ先輩が挑戦者かー」

 

「まゆっちはどうなんだ?」

 

「無理です。剣術という面でも闘争者という面でも」

 

「あはは・・・今のところ勝ててるのは気配察知くらいかな?」

 

「あれは実に見事でした。モモヨと貴女は?」

 

「はい!川神一子です!」

 

「百代の妹なんだ」

 

「なるほど。二つの気配を感じましたからカズコですね。私の事はセイバーと呼んでください」

 

余裕そうに会話していた一子だが、いざ自分中心になると緊張するのかカチカチになっていた。

 

「セイバーもだけど他の二人も紹介したいんだ遠坂、桜」

 

「遠坂凛よ。以後お見知りおき願うわ」

 

「ま、間桐桜です!姉さんの妹です」

 

「姉さん?」

 

「妹?」

 

「あー・・・遠坂と桜は姉妹なんだ」

 

「「「ええー!!?」」

 

これはこっちの紹介も長くなりそうだと士郎は思うのだった。

 

「シロウ」

 

「ん?なんだ?」

 

セイバーは質問攻めにされる二人を見て、

 

「ここは、暖かいですね」

 

「・・・ああ。自分の半生を笑っちまうくらいあったかいな」

 

微笑みを浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?ここではいつも何をしているの?」

 

「特に決めてないよ。適当に喋ったりみんなでゲームをする時もある」

 

「みんなの共有スペースだからね。あ、新刊のジャソプみた?」

 

「みたみた。なんかなー士郎が居そうな雰囲気だったな」

 

「それは聞き捨てならないな。何巻だ?」

 

と士郎が検分に乗り出す。

 

凛は、

 

「なぁなぁ、遠坂さんて本物の魔術師なんだろ!?空飛べたり出来るのか!?」

 

「こんなに喋って・・・まぁいいわ。おとぎ話の魔法使いのことは大体できるわよ」

 

「おおー!すごいな魔法使い!」

 

「ただし現代機械に恐ろしく弱いけどな」

 

「そこ!うるさい!」

 

バキュン!

 

「おわあ!やめろ!秘密基地を壊す気か!」

 

飛んできたガンドを避けて言う士郎。

 

「もう、物騒だねぇ・・・」

 

黒く焦げた所をフキフキとするクッキー。

 

「そういえば自然にいますね、この子」

 

「僕の名前はクッキー!万能ご奉仕ロボさ!」

 

お茶を桜に出してありがとう、と撫でられて満更でも無い様子。

 

「女にはデレデレしちまってー・・・俺様の時だとす-ぐに」

 

「なんだ!?やるって言うならやるぞ!」

 

ガションガションガション、ブオン

 

「紳士たるものレディファーストだ」

 

「うお!てめ、やったなクッキー!」

 

「フハハハ!やってやったぞ次はどうくる?」

 

「また始まった・・・」

 

「俺様の進化した筋肉を舐めるなよ!」

 

「暴れるなら外でやれ!今から飯とデザート出すんだから」

 

ぴしゃりと士郎の怒声にぐぬぬぬ、と唸るガクト。

 

「決着は今度にしてやらぁ」

 

「私こそだな」

 

ガションガション

 

「まったくあんまり怒らせないでよね」

 

「「「・・・。」」」

 

その光景を見た凛、桜、セイバーは何処からツッコめばいいのか分からず固まってしまった。

 

「へ、変形した・・・!?」

 

「諦めろ遠坂。あれはああいうものなんだ」

 

機械に弱い凛は尚更意味が分からぬとプルプル震えているが士郎は諦めを促した。

 

 

 

凛達の風間ファミリーとの邂逅は静かに幕を閉じる。闘争の気配こそあったものの、お互いに実力を上げ先へ進むだろう。

 

そして冬休みは終りを告げる。まずは百代達の卒業式だ。

 




はい。今回はこんな感じに纏まりました。一見物騒な場面がありましたが要は今の百代じゃ話にならないよってことです。グロイ表現になりますが部位欠損のダメージを瞬間回復じゃ無理だろうと判断しました

次回は百代達の卒業式!卒業しても変わらず風間ファミリーでいてほしいな、と思う作者です。ではまた次回!


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飛燕の如く!

皆さんこんばんにちわ絶賛入院中の作者です。

今回は燕の話です。女たらしの士郎を見続けてきた彼女の行きつく先とは…?

では!



痛いほどの静寂の中、互いに竹刀を持つ二人。片方は衛宮士郎。短めの竹刀を両手に持ち、自然体で立っている。

 

もう片方はセイバー。通常の竹刀を正眼に構え、冷静な表情を見せている。

 

互い見合って――――疾駆した。

 

高速の世界の中、先手を取ったのは衛宮士郎。

 

右手の竹刀を振り上げながらの振り下ろし。まるで鋭い蛇のような一撃に、セイバーはというと、

 

「――――」

 

冷静にその一撃を弾いた。鋭い一撃だったというのにさらに一歩踏み込み衛宮士郎の領域に踏み込む――――!

 

「・・・ッ」

 

初撃をかいくぐられて一瞬の隙をさらしたが、負けじと左手の竹刀を振りかざす。思考する余裕はなかった。なぜならセイバーの竹刀が間近に迫っていたのだから。

 

パアン!と竹刀が打ち合う。そして互いの位置が入れ替わる。次に攻めたのはセイバー。素早く態勢を整え、素早い連撃を繰り出す。

 

その一撃は苛烈で、士郎も受けの態勢を取らざるを得ない。

 

何度も繰り出されるそれを、逸らし、弾き、避ける。

 

ただでさえ速いというのにどんどん加速していくセイバー。

 

仕切り直しが必要か。そう思った瞬間、

 

「やあ!」

 

その場で宙返り。強力な大上段切りを放つ。竹刀を頭上でクロスして堪えるがギリギリと押し込まれる。

 

「・・・ッ」

 

これ以上は無理だと、腕を集中強化、竹刀をはじき返し、蹴りを見舞う。

 

弾き返しからの蹴り。流石に入るだろうと思われた攻撃は、高速で引きもどされた竹刀によって打ち合った。

 

その反動で士郎は間合いをあけ、嘆息した。

 

「今のはアウトだな。セイバーなら俺の足ごと切り捨てられた」

 

「そうですね。竹刀という縛りがなければ成立しませんでした」

 

この一瞬のやり取りで士郎は激しく精神力を使いどっと汗をかく。

 

二人は奇跡の七日間から続く鍛錬を行っていた。

 

「しかし見事です士郎。この世界にきて一層腕を上げたのではないですか?」

 

「ん、まぁ鍛錬は欠かさずやってたし家は凄腕ぞろいだからな。おまけに英霊までいたんだから多少なりとも強くならないとな」

 

ふぅと一心地付けた士郎は変わらず遥か高みにいるセイバーを絶賛した。

 

「セイバーは相変わらず強いな。これでも少しは追いついた気がしていたんだが」

 

「事実追いついていましたよ。ですがまだまだ。私を超えるには足りません」

 

負けず嫌いのセイバーだ。受肉したのもあって一層鍛錬に打ち込むだろう。

 

相手役であろうレオニダスに少しばかり同情した。なにせ彼とやるならば本来の剣でやるだろうから。

 

「まだやりますか?」

 

「無論だ。俺も強くならなきゃならない。もっと・・・セイバーと肩をそろえられるように」

 

「嬉しいことを言ってくれますね。では――――!!」

 

今一度、強烈な激突が始まった夢も実力もまだまだ先は長い―――――

 

 

 

 

 

 

冬休みが明け季節はもう春。出会いと別れの季節、川神学園では高等部三学年の卒業式が行われていた。

 

「3年S組京極 彦一!」

 

「はい」

 

次々名前を呼ばれる中二年生のファミリー(大和除く)は咎められない範囲でこそこそと互いに話していた。

 

「京極先輩だぜ」

 

「これでエレガンテクアットロも崩壊だねぇ・・・」

 

「なんだ?そのエレガンテなんちゃらっていうのは」

 

「女子がつけた最もイケメンな人」

 

言葉少なく教えてくれる京。当の彼女は大和のことで頭がいっぱいなので大して興味はなさそうだった。

 

卒業証書授与は人数の関係でクラス代表一人が受け取ることになっているため通常の学校よりも早いかもしれない。

 

「F組は誰だろうね」

 

「モモ先輩以外いねぇだろ」

 

「まぁクラスの象徴的な奴ではあるだろうからな・・・」

 

受け取るにしても素直に受け取る気がしない士郎である。

 

やたら静かな元気いっぱい組はというと、

 

「「ZZZ・・・」」

 

百代の時に起こしてくれと言いおいて眠りの中だった。

 

「犬もキャップも不謹慎な・・・」

 

「行動力ガン振りの二人には耐えられんだろ」

 

「幸い梅先生のムチが飛んでこないからいいものを・・・」

 

流石の士郎も困ったものだと匙を投げる。

 

「3年F組、川神百代!」

 

ついに彼らの待ち人来たりだ。

 

「おい犬!モモ先輩だぞ」

 

「キャップ起きろって!」

 

クリスとガクトの声でようやく目を開ける二人。

 

「うにゅ~・・・お姉さまだわ!」

 

「おおー・・・モモ先輩かー」

 

一子はすぐに覚醒したがキャップはまだ眠そうである。

 

「F組じゃがしっかりの」

 

「わかってるって」

 

コソコソと壇上で釘を刺す学園長。

 

「卒業、おめでとう!」

 

すっと決められた動作で証書を受け取る百代。

 

「えー以上を持ちまして卒業証書の授与を――――」

 

「ちょっとまった!」

 

「「「ええ?」」」

 

長い授与式を眺めていた生徒全員が思っただろう何をするんだと。

 

当然、士郎もそっち組なわけだが、ともかく百代は大きく息を吸い込み、

 

「士郎ー---!!!大好きだー----ッ!!!」

 

気迫もろともに宣言した。

 

「・・・え?」

 

唐突に何を言い出すのかと思う士郎。

 

困惑する本人をよそにあちらこちらでコソコソとつぶやきが囁かれる。

 

『衛宮だってよ』

 

『嫁にしたっていうのは本当だったのね』

 

『正直無理って思ってたけど美人なんだよなぁ・・・』

 

等々。ファンの女子達も百代をほのかに想っていた男衆もみんな一斉に士郎を見る。

 

「ちょっ・・・」

 

呪いでもかけられそうな怨恨に士郎はたじたじ。しかし行った本人は満足そうにその光景を眺めていた。

 

「はぁ・・・やりよって・・・」

 

「あー・・・授与されたら降壇してねー・・・」

 

進行係の巨人もドン引きである。

 

卒業式まで破天荒にしてしまう百代に皆きれいな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「「「おい衛宮面かせぇ!!!」」」

 

「やかましい!絡んでくんな!」

 

ドゴーン!と嫉妬に狂う男たちが空を舞う。

 

「あれ、大丈夫なん?」

 

「そのうち収まるでしょ」

 

「むしろ今なら士郎に挑み放題だぞ」

 

大和が腹黒くけしかける。

 

「!それは盲点だった!おい犬!」

 

「うーん士郎は師匠だしー・・・挑みかかったら後が怖いわー・・・」

 

「ワン子にしては理性的な判断だな」

 

「組み手と称して結構ボコられてるんじゃね?」

 

「ああーそれわかるかも。ワン子のことだから果敢に攻めて行って・・・」

 

『キャイーン!!』

 

ありそうだとうんうん頷く一同。

 

「どいつもこいつも・・・そんなに嫉妬するなら自分で口説きに行けよ」

 

「「「うぐ・・・」」」

 

その一言がぐさりと刺さり、男たちは撃沈した。

 

そんな白熱した場に件の百代が現れた。

 

「よう!お前たち」

 

「モモ先輩お疲れ様」

 

「お疲れ様、姉さん」

 

「お疲れ様です・・・」

 

各々労うファミリー。由紀江は先ほどの一大告白で複雑そうだが。

 

「いやぁでも、本当にモモ先輩卒業なんだねぇ・・・」

 

「変態の橋もちっとは静かになるんかな」

 

「そうねー。でも変態が減らないのは問題だと思うわ」

 

「犬のいう通りだな。モモ先輩がいなくなることだし私達でパトロールしてみるか?」

 

「お前たちが三年生の間は大丈夫だろうさ。なにせ士郎がいるからな」

 

「あれもこれも俺の責任にされちゃ困るんだがな」

 

士郎は複雑そうに言った。

 

「大体、授与式で何てことしてくれてるんだ。おかげで恨みを買うことになったぞ」

 

「いいじゃないか、私という極上の美女が傍にいるんだから」

 

そういう問題じゃない、と士郎は言ったがファミリーは百代の言葉に違和感を覚えた。

 

「モモ先輩今・・・」

 

「美女って言った?」

 

「そりゃそうだろう?もう学生は終わりなんだ『美少女』は卒業だ」

 

「なんだかんだ意識はしてるんだな」

 

士郎の言葉にしっかり頷く百代。

 

「これからは川神院も背負うんだからな。大人、意識しないと」

 

と、しっかりしたことを言う百代だが、

 

「姉さんまだ貸付金あるからね」

 

「うぐ・・・」

 

「そうだったそうだった!」

 

「期待してますモモ先輩」

 

京まで言うので、とほーと肩を落とす百代。そこに燕がやってきた。

 

「あーこんなとこにいた。モモちゃん私らまだ同窓会のこととか話あるんだよ?」

 

「うわーん!燕ー」

 

「よいしょと」

 

絡みに行った百代を回避する燕。

 

「その手には乗らないよーん」

 

「ちぃ・・・完璧だと思ったのに」

 

「さっきの会話聞いてないだろう・・・」

 

士郎のツッコミもその通りであった。

 

「あ、そうそう。衛宮君には重大発表」

 

「なんで・・・イテ!」

 

ぺチンと投げつけられたものを拾うそれは・・・

 

「「「あ」」」

 

「・・・なぜこのタイミングで」

 

突きつけられたのは川神学園のエンブレム。つまり決闘のサインだ。

 

「燕・・・」

 

「私たちは今日卒業。つまり今日までは川神学園の生徒。効果はありでしょう?」

 

「そうじゃの。今日が有効期限日じゃな」

 

「じいちゃん!」

 

音もなく現れたのは学園長だった。

 

「どうする?衛宮君」

 

「・・・。」

 

燕はいつになく本気になっていた。理由は少し巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやー俺らも明日で卒業かー』

 

『悔い残るようなことしないようにしないとな』

 

『悔い・・・か』

 

生徒の言葉がするりと入ってきた。そうして考えるのは衛宮士郎のこと。

 

公式の嫁がたくさんいるらしい。

 

燕はすでに衛宮士郎に多数の思い人が存在し、絆を深めているということを知っていた。

 

『・・・。』

 

自分もあの日初めて手合わせした日からどうにも彼の横顔が頭を離れない。

 

抱き上げられた記憶がいつまでも残り続けている。

 

『恋・・・だよね』

 

あの時、松永燕という少女は、衛宮士郎に一目惚れしてしまったのだ。その後も懲りずにバレバレの観察をしたり、ちょっかいをかけたり。

 

あれはそう――――自分を見てほしいという合図だった。

 

だというのに。彼は気づくどころか百代やマルギッテを筆頭に次々と誑し込んで。今では二桁の嫁がいるという噂だ。

 

『む・・・』

 

そう考えたらなんだか無性に腹が立った。自分は必死なのになぜ彼はこう―――――

 

 

『士郎ー---!!!大好きだー----ッ!!!』

 

 

 

ブチ、と彼女の中で何かが切れる音がした。どう考えても彼女の勝手な都合というか自己満足なのだが・・・

 

あの顔面に一発くれてやりたい。

 

そういう思いが頭を占めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうする?受けるかの?」

 

学園長はどこまでも柔和に微笑みながら言った。

 

「・・・。」

 

「士郎・・・」

 

戦いが好きじゃない彼。乗ってくる確率は限りなく低かった。

 

しかし、

 

「なぁ士郎。受けてやってくれないか?お前の気持ちはわかってるつもりだけど、燕もこのままじゃ終われないと思うんだ」

 

百代が援護してくれたことにより確実なものとなった。

 

「・・・いいでしょう」

 

感情を感じさせない顔で彼は懐からエンブレムを出して重ねて返した。

 

「内容は実戦形式の戦闘。日付は一週間後。川神スーパーアリーナで」

 

その言葉に士郎は眉を吊り上げた。

 

「観客を入れるのか?」

 

口調も既に戦闘思考になっていった。

 

「そう。私達の・・・私の最後の挑戦をみんなに見届けてもらう。過信しないでね。もうあの時の私じゃないから」

 

「お、おい燕!」

 

そういって彼女は百代を連れて行ってしまった。

 

「ふぉふぉ。面白いことになりそうじゃの」

 

「面白いとか言わないでください・・・」

 

はぁ、とため息をついて士郎は改めて彼女の背中を見たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、決闘ね。なかなか面白いシステムしてるじゃない」

 

帰ってきて一週間後の決闘の話をすると凜は至極面白そうに言った。

 

「面白いもんじゃないぞ。なんでみんな本気で挑みかかってくるのやら・・・」

 

士郎はさっぱりだ、なんて言っているが、今回のことは自分に何か原因があるのではと思っていた。

 

「懐かしいですね。私も何度も決闘は経験しましたが今もこうして白黒つける文化があるとは」

 

セイバーはにこやかに言っていた。彼女とて様々な決闘を行ってきただろうことはわかるので笑顔の理由も納得がいく。

 

「でも、観客を入れてなんて随分自信のある方なんですね」

 

「いや。そうじゃない」

 

桜の言葉を士郎は否定した。

 

「俺はこの世界にきて宝具を何度か見せてる。その対策だ」

 

そう士郎は分析していた。

 

「はぁ!?あんた一般市民に宝具なんて使ったわけ?」

 

「一般市民・・・とは言い切れないな。それだけ加減ができない時があった。今のところ宝具を防げるものは存在していないから、観客を入れることでこっちの火力を制限するのが目的だろう」

 

「シロウが宝具を展開するとは・・・この世界の住人もやりますね」

 

「せ、先輩、その時は大丈夫だったんですか?」

 

心配げに桜が言うが、それは川神という土地に慣れていないからだろう。

 

「ああ。むしろあって助かったくらいだ。今回、松永先輩も本気で来るだろうから必要になる可能性は高い」

 

「なんでもいいけど、あんまり奇跡の大安売りしてんじゃないわよまったく・・・」

 

「遠坂。そうは言うがな?この世界の人たちは信じられない現象を何度も引き起こすんだ。油断ならないぞ」

 

士郎は改めて凜に言った。

 

「まぁ観客を入れるんでしょう?丁度いいから観戦させてもらおうじゃない。この世界の住人のパワーってやつをね」

 

「シロウ。やるからには―――――」

 

「大丈夫だセイバー。勝つよ。こんなところで負けられないからな」

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

 

 

一週間後の戦いに備えて、燕はある準備をしていた。

 

「もしもし、おとん?」

 

『やぁ燕ちゃんどうしたんだい?』

 

「一週間後、アレ(・・)使う」

 

燕の言葉に父親であろう電話口の男性は、

 

『ええ!?依頼はキャンセルされたんだろう?なんでまた―――――』

 

「私の一世一代の大仕掛けなの。いいから準備して」

 

『ちょ、燕ちゃん!?』

 

プチ、と電話を切って燕は制服を脱ぎ、着替えながら別なところに電話をかける。

 

「もしもし、モモちゃん?」

 

『おう燕。どうした?』

 

学業がなくなって暇をしているだろう友人に告げる。

 

「訓練相手のお願いなんだけど、いい?」

 

『っはは。この私が訓練相手か。いいぞ。本気なんだな?』

 

「本気も本気。絶対負けたくない」

 

『でも士郎だぞ。手はあるのか?』

 

百代の問いに燕は秘密兵器を使うことを告げる。

 

『!それは面白そうだな!いいぞいいぞ。勝ち筋が見えてきたな』

 

「それで報酬の件だけど」

 

『さぁて、初仕事だ。燕はいくらの値打ちをつけてくれるのかな?』

 

「0円」

 

『そういう冗談好きくない』

 

「はは、だよね。スポンサー噛ますから・・・」

 

そうして燕は膨大な情報を処理していく。

 

(絶対吠え面かかせてやるんだから!)

 

士郎の知らないところで事態は急変していくのだった。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

士郎は決闘に備え、セイバーとの濃密な戦闘訓練をしていた。

 

「そこです!」

 

「それは、どうかな――――!」

 

ビュンビュンと、常人の目には映らない速度で振るわれる竹刀に見学に来ていたファミリーは舌を巻いた。

 

「なにあれ」

 

「セイバーさんには悪いけど・・・人間?」

 

「いやまずいだろあれ。いくら竹刀でもあの勢いで打ち付けられたら・・・」

 

吹き飛ぶだけでは済まないだろう。良くて複雑骨折の即入院レベルだ。

 

「本当にモモ先輩レベルだな・・・」

 

「いや、あれは士郎の反応速度ちょい上に設定してるらしいから本来はもっと行くだろう」

 

「マジで?普通に見えないんですけど」

 

目をごしごしと擦るガクトだが、景色は相変わらずだった。

 

と、

 

「ッ・・・!」

 

ドカンと、鈍い音を立てて士郎が吹き飛んだ。

 

「「「士郎!!」」」

 

「ぐう・・・」

 

左手を抑えながら荒い息を吐く士郎。状況はわからないが、士郎がセイバーの攻撃を受け損ねたことは理解できた。

 

「見事です。虚実交えた攻防。鉄壁のカウンター。隙をあえて入れることで相手の攻撃予測を立てる戦術眼。シロウ、貴方は確かに私たち英霊の域に到達しようとしている」

 

「そういいながらも勝たせてはくれないんだな」

 

悔し気にいう彼にセイバーは、

 

「これでも私は剣の英霊。剣術で負けるわけにはいきません」

 

「そうだな・・・やっぱりセイバー相手じゃ手段は選べないな」

 

「例えどんな手を使おうとも、我が剣にかけて突破いたしましょう」

 

そんなやり取りを見て一同はぽかんと口を開けていた。

 

「手段を選ばない士郎もだけど」

 

「なにがなんでも剣で突破するセイバーさんもすげーな・・・」

 

「んー!自分も鍛錬したくなってきた!」

 

二人の鍛錬模様にあてられて、クリスが鼻息荒く言った。

 

「あたしもやりたくなってきたわ!」

 

「なんだなんだー?クリスもワン子もそろいもそろって」

 

「あんなの見せられたら武士娘として燃えないほうがおかしい」

 

京も鋭い目つきで士郎とセイバーを見る。

 

「俺らは勝てっこないしなー・・・」

 

「だね・・・始まった瞬間細切れになってるよ・・・」

 

「速さなら負けねぇつもりだったけどあれは無理だな・・・」

 

「あがくだけ無駄というか・・・姉さんと同じだな・・・」

 

自信を無くす男子一行。そんな時、

 

「いけません!実にいけませんぞ!男子たるもの立ち向かっていかねば!」

 

暑苦しい人物が姿を現した。

 

「レオニダスさん!」

 

「いやー流石に無理だぜ先生・・・」

 

「むむ。いけませんな。男子たるもの勇敢であらねば・・・しかし英霊と比べるのも愚の骨頂・・・むう」

 

と、無茶振りした当の本人も考え込んでしまう中、一子が特級の爆弾を落とした。

 

「そういえばレオニダスさんとセイバーさん、どっちが強いの?」

 

「「・・・。」」

 

「あ、バカ!ワン子!」

 

互いに鋭い視線で見つめるレオニダスとセイバー。確実にやばい爆弾だった。

 

「二人とも待った。二人が戦うのは許さないぞ」

 

「シロウ!?」

 

「マスター!何故・・・」

 

「なぜもなにも周囲への被害が大きくなりすぎる。セイバーはエクスカリバーで戦うだろうしレオニダスだってしかりだ。二人が戦ったら見物人もただじゃすまない」

 

「ぬ・・・」

 

「しかし・・・」

 

互いに負けず嫌いなのだろう唸って固まってしまった。

 

「二人の強さは俺がよく知っているよ。今はそれで良しとしてくれないか?」

 

「「・・・。」」

 

ひとまずはそれでまとまりを見せたようだった。

 

「でも実際見てみたいよな。英霊同士の戦いっていうのも」

 

大和がどこかうずうずした感じで言った。

 

「じいちゃんに言えば結界とか張ってくれるんじゃないかしら」

 

「「「それだ!!!」」」

 

皆がウキウキとした表情で言った。だが、

 

「ダーメ。覚えてないかもだけど川神院の天陣・・・だったか?あれじゃ紙切れ同然だ」

 

「ええー」

 

「いいじゃねぇかよう・・・」

 

大和とキャップがしょげる。だが士郎は断固として譲らなかった。

 

「英霊同士の戦いは神話の中だけでいいんだよ」

 

「しかし、シロウ。純粋な戦力確認としてもいずれは戦わなければならないのではないですか?」

 

「私もそう思いますぞ。騎士王を侮っているわけではありませんがしっかりとした戦力分析は必要かと」

 

二人の言葉に士郎も思うところがあったのか、

 

「わかった。遠坂に相談してみよう。結界という意味でも『観測』という意味でも遠坂ならなんとかできるかもしれない」

 

「ホントか!?」

 

「イエーイわかってるぅ」

 

貴重な機会が体験できると一同は喜んだ。

 

戦う二人も、

 

「誇り高いスパルタの王と手合わせできて光栄です」

 

「なんのなんの。名高き騎士王と手合わせできて恐悦至極」

 

がしりと握手を交わして互いを称えた。

 

 

 

 

 

 

 

――――interlude――――

 

一方燕は百代と激闘・・・にもならない模擬戦をしていた。

 

「ぐっ・・・」

 

「おーいギブアップか?まだ二割くらいだぞ」

 

対衛宮士郎訓練なのだが燕が全然追いついていけないからだ。

 

「容赦ないねん。本当に衛宮君はその戦闘力なのかな?」

 

息を荒げながら苦し紛れに言う。

 

わかっている。衛宮士郎はまだ遥か高みにいることを。

 

「冗談だろ燕?お前ほどつぶさに士郎を観察してたやつはいない。今まで出てこなかったのも、ずっと戦力分析してたんだろ?」

 

「・・・。」

 

図星だった。彼を取り巻く様々な戦いがあったが、そのどれにも参加しなかったのは彼の実力を図るため。

 

弓を射る時も、剣をふるう時も、すべてを彼女は見てきた。

 

その情報が囁くのだ。彼はこんなものではないと。

 

「悔しいけど、これが現実か・・・」

 

「どうだ?あきらめるか?」

 

返答なんてわかってるくせにニヤニヤと友は言った。

 

「まだまだぁ!!!」

 

「お、いいぞ三割には届きそうだ。もっとだ燕!もっと上がってこい!」

 

その手に力が入るのはなぜなのか。それすらわからず、燕は今この時を駆け抜けた。

 

 

――――interlude out――――




いかがだったでしょうか。あの先輩の第二ボタンキャッキャウフフとはいきませんでした。

久しぶりに描く燕になかなか苦労しました。セイバーたちのことも書かなきゃと思い、結構時系列がめちゃくちゃになりかけました。もっと精進せねば…

ということで次回、燕ちゃん、舞う!


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飛燕の如く(真)

みなさんこんばんにちは。短いようで長い再入院から帰ってきた作者です。

このタイトルも三回目ですね。今回はもちろん燕と士郎の激突という事で書かせていただきます。

圧倒的戦力の士郎にどう立ち向かうのか、見届けて貰ったら嬉しいです。

では!


――――interlude――――

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

流れる汗をそのまま地面に吸い込ませる。とても、拭う余裕などなかった。

 

「やるじゃないか。これならいい勝負できそうだ」

 

立っているのすら辛い。今この瞬間地面に倒れ伏したらどれだけ楽だろう。

 

そう思わずにはいられなかった。

 

「倒れるなよ。今お前は本来と違う立ち位置にいる。足は止めてもいいが・・・横になったら何歩か後退するぞ」

 

 

 

 

――――よく言ってくれる。

 

 

 

 

彼女は視線だけで訴えた。これほどまでに酷使しておいて倒れる事すら許されぬとは。

 

「そう怒るな。その状態をキープしながら鍛錬すれば地力が上がって何段か飛び越えられるはずだ。それともこの絶好の機会を棒に振るか?」

 

ニヤニヤと笑う恋敵に唾の一つでも吐きかけてやろうとにらみ返す。

 

彼女は負けられない戦いに身を置いている。なんとしても彼を張っ倒さねばならないのだ。

 

「いいぞ・・・そら」

 

ゆっくりと。ゆっくりと自分に拳が迫ってくる。

 

なんだ、この舐めた攻撃は。立っているのがやっとだからと手を抜いているのか?

 

「アアアアアァッ!!!」

 

その攻撃に怒りを覚えた彼女は全身全霊で拳を躱し、向けられた拳よりさらにのろのろとした一撃を見舞う。

 

その姿に相対している彼女は一際ニヤリと笑い、

 

「やったな。ここ一番だ」

 

届いたかどうかも分からず意識が薄れていく。

 

ただ、満足気に笑った恋敵の顔だけを残して。

 

 

――――interlude out――――

 

 

その日川神スーパーアリーナは多くの人で溢れていた。

 

「あずみ!警備の様子はどうだ?」

 

「はい!英雄様!万全の体制です!」

 

インカムをつけたあずみがビシっと報告する。

 

事実、九鬼の警備体制は万全だった。何せ、英雄・衛宮士郎の決闘だ。約定に従い、キッチリとした対応をしている。

 

「それにしても、兄上がまた決闘とはな。ヒュームの件で大怪我を負わせてしまったのもあるし、あまり気乗りせんな」

 

「今回の対戦相手の松永燕は・・・その」

 

言い辛そうに顔を伏せたあずみに、わかっていると頷いて英雄は言った。

 

「紋が川神百代に仕返しを企んで呼びつけた西の武士娘だったな。今では契約も破棄したという話だったが・・・」

 

「はい。契約は破棄されたようです。しかし、松永燕にも思う所があるらしく・・・」

 

「そうか。なんにせよ、兄上の花舞台よ。余計なチャチャは入らぬようにな」

 

「かしこまりました英雄様!」

 

 

一方で風間ファミリーと凛たちは

 

「遠坂さーん!」

 

「こっちこっち!」

 

クリスと一子に呼ばれて凛達は近くの席へと座った。

 

「はい、ジュース。間桐さんとセイバーさんも」

 

「ありがとう。それにしても大盛況ね」

 

見る限りの人、人。まるで野球観戦かの如く、席は満員だった。

 

「なんてったって士郎だからな!」

 

「士郎は川神では英雄なんだ。その士郎が決闘するならこれくらい当然だよ」

 

「・・・士郎は色んな伝説の武器を使う。今回はどんな伝説に出会えるか期待してる人もいるらしいよ」

 

「好き放題やってると聞いてたけど、本当なのね」

 

「先輩大丈夫でしょうか・・・」

 

「大丈夫ですサクラ。今朝の鍛錬から見ても、士郎に負けはありません」

 

自信ありげに言うセイバーにファミリーは笑顔を浮かべた。

 

「でもまた決闘の理由について考えてそう」

 

モロの言葉にセイバー達は、

 

「仲が悪かったんじゃないの?」

 

「それがそうでもないんだ。よく笑って一緒に居ること多かったし・・・」

 

「え?先輩が、ですか?」

 

「士郎が、というより松永先輩がちょっかいかけてるというか・・・」

 

「登校するとき士郎は変質者を弓矢で撃退してるんだけど、その時一緒に居ることが多いかなぁ」

 

「モモ先輩が何か知ってそうだけど・・・」

 

そう言って石畳の引かれたフィールドを見る。

 

「今回審判だからなぁ」

 

「審判は川神さん一人なの?」

 

「いや、実際には九鬼の従者さんも審判としているみたいだ」

 

「選手控室には九鬼お抱えの医師もいるし、至れり尽くせりだね」

 

「なるほど・・・ではなぜマツナガがシロウに決闘を挑んだのかは結局分からずじまいですか・・・」

 

セイバーがうーんと唸るが、ファミリーと凛は実にテキトーな顔をしていた。

 

「女でしょ」

 

「女だ」

 

「女よねぇ」

 

「え?え!?女!?姉さんどういうことですか?」

 

「簡単な話よ。想いを秘めていたのが何かをきっかけに爆発した。それだけよ」

 

不機嫌そうに凛は言った。

 

「そんな・・・どこで口説き落としたんですか・・・?先輩・・・」

 

「な、なんか間桐さんが黒くなってないか・・・?」

 

「物理的に黒く・・・服が・・・」

 

危険を察知してセイバーが音もなく席を交換し桜を外側に置いた。

 

「いいですか、皆さん。なにも見なかった。そうですね?」

 

「いや、向こう側が「いいですね?」はい・・・」

 

セイバーの鬼気迫る顔に、流石のキャップもコクコクと何度も頷いた。

 

『試合開始まで残り10分です』

 

そのアナウンスと共に様々な広告が特大ウィンドウに表示される。

 

「うわぁ、随分色んな会社が入ってるね」

 

「松永先輩やるな」

 

米のCMが多いのがなんともわかりやすいチョイスである。しかし、事情を知らない凛は隣の席の京に聞いた。

 

「なんで米のCMが異様に多いの・・・?」

 

「松永先輩は、松永納豆っていう納豆を売るから。納豆小町って呼ばれてる」

 

「なるほどね。自営業の宣伝も兼ねてるわけか」

 

自然と会話する凛と京。その姿は、人見知りする京にしては随分とフランクなものだった。

 

「京が普通に会話してるぜ」

 

「いつもなら慣れない相手は適当に濁すんだけどなぁ」

 

「大和絡まないからじゃない?」

 

「ああ、確かに」

 

「・・・。」

 

余計なことを言い始める一同に凛がスッと手を向ける。

 

「うわわわわ!ガンドよー!」

 

「お前らが余計なこと言うから・・・!」

 

「遠坂さん、勘弁してくださいー!」

 

「やるなら俺っちをやれー!その呪い返したるぞー!」

 

「松風!」

 

「・・・気になってたんだけど。その子、腹話術よね?」

 

狙いをつけていた手を降ろし、由紀江と手の上の馬のストラップを見る。

 

「いえ。これはある日神様がですね・・・」

 

「天野原走ってたらさー・・・むぐぐ」

 

「腹話術じゃない」

 

すかさず由紀江の口をそっと手で塞ぐ凛。情けも容赦もなかった。

 

「そ、それよりほら!始まるよ!」

 

(ナイス!モロ!)

 

(まゆっちのあれは、立証されたら精神崩壊起こしそうだからなー)

 

ズーン、とショックを受ける由紀江だった。

 

『大変お待たせいたしました!今より衛宮士郎氏と松永燕氏の決闘を始めます!両者入場!』

 

プシュ―!という煙の向こうから両名が壇上に上がる。

 

『扱う技は数知れず!現総理を救い、川神の治安を鷹の目で見守る男!衛宮士郎!』

 

ワアアアア!!!と大きな歓声が上がる。しかし彼の方は仏頂面だ。なぜこんなことに、と顔に書いてある。

 

しかし、彼もこの決闘の意味は分からないまでも必要性は感じているのだろう。彼の誇りの外套は身に付けられていた。

 

「シロウも己の誇りを掲げていますね」

 

「意外だったかな。士郎のことだから身に付けないと思ってた」

 

「『剣を振るう理由』がないと先輩は外套を身に付けないですからね」

 

「そうなんだ・・・」

 

「いっつも本気で戦ってる時はあの格好だったからな。自分たちは珍しいものを見ていたのか」

 

考えるように俯くクリスを見て凛は思い返していた。

 

 

 

――――『最初はどうしたらいいか悩んだんだけどな・・・今では気のいい仲間達だよ』

 

 

 

 

 

――――『大黒柱として賄っていかないといけないんでな』

 

 

 

「・・・やっぱりあいつ、変わったわよね」

 

「姉さん?」

 

「リン。シロウは――――」

 

「うん。別な形の正義の味方になれたのかもね」

 

そう言って舞台に立つ愛する男を見るのだった。

 

 

 

 

 

『続いて挑戦者!納豆の事なら私にお任せ!栄養満点の食事を貴方に。納豆小町、松永燕!!!』

 

同じく煙幕から出てきたのは黒いフィットタイプスーツを身に付け右手に見慣れない装備とベルトをつけた燕の姿が現れた。

 

表情は硬い。いつもの余裕はなく軽口一つ口にはしなかった。

 

「いいなぁ燕。今のお前なら昔の私をとらえてたのに」

 

百代は心底楽しそうに言った。

 

「こりゃモモ。不謹慎だぞい。両者共に構え」

 

「・・・。」

 

「――――」

 

「はじ――――」

 

「!」

 

鷹の目はとらえていた。学園長が『め』を言う瞬間に全身のバネを利用した俊足の拳が迫るのを。

 

「・・・チッ」

 

「やれやれ。これはまた随分と嫌われたものだな」

 

しかしその一撃も左手で逸らすことで一瞬の膠着となった。

 

「この程度で私を――――」

 

『スタン』

 

バチン!と電撃が手甲を走る。その一撃は強力無比で士郎の左腕が不自然に跳ね上がった。

 

「ッ!スタンとはよく言ったものだ。まさか初手で片手を潰されるとは思わなかったよ」

 

雷撃を流された左腕を押さえてトンと地を蹴る士郎。

 

本来は間合いを空けるつもりだったのだろう。しかし、燕は鋭く急接近した。

 

「!?」

 

彼女のバトルスタイルは良く知っている。鋭い観察眼と戦術理論を組み合わせた知恵に富んだ戦い。士郎の見立てでは彼女もバックステップを取るものと思っていた。

 

そして理解する。彼女はやりに来ていると。観察をやめ、仕留めるための行動に移ったのだと。

 

(たわけが。一体いくつの技を見せた?動きを、体捌きを見せた?この体たらくは笑えんな)

 

勘違いをしていた自分に罵倒を浴びせ、思考を切り替える。彼もまた、仕留める戦術を組み始める。

 

『スタン』

 

「ぐぅ!」

 

役立たずとなった左腕を体の勢いで強引に手甲にぶつけて弾く。しかし雷撃が左腕にとどまらず、全身へと広がるのを感じて士郎は危機感を覚える。

 

(まずいな・・・このままではあの雷撃だけで仕留められる。初手の差がこうも出るか)

 

鷹の目にはしっかりと燕の動きが映っている。しかし、あのスタンという攻撃はどう防いでも放電する以上避けるしか方法がない。

 

ならばと士郎が取った行動は目を見開く動きだった。

 

『スタン』

 

「!?」

 

燕が黙してわが目を疑う。

 

居ない。今まで距離を空けず、怒涛の連撃を浴びせていたはずの敵がいない。

 

「二手そちらに譲った。次からはそうはいかない」

 

「ッ!!」

 

いつの間にか背後にいた敵に燕が最短、最速で右手を振りかざす。

 

『スモーク』

 

パシュンと何かが切り離され煙幕が焚かれる。攻撃を嫌ったのだろう。すかさず視界を遮り距離を空ける燕。しかし、

 

「何処へ行くのかな?お嬢さん」

 

「!!?」

 

またも背後を取られた燕。分からない。分からないが、彼は自分を正確に認識し、理屈の分からないスピードで接近している―――――!

 

『ネット』

 

ピーン、と蜘蛛の巣状の網がひかれる。逃がさない。向こうが攻撃できない(・・・・・・)ことを利用して攻め続ける!

 

その激しい戦いを見ながらファミリーは目を回しながらスクリーンとフィールドを見る。

 

「なになに!?どうなってるの!?」

 

「士郎が痛手をもらうなんて・・・」

 

「理屈は分からねぇが背後を取りながらなんで攻撃しねぇんだ?」

 

と、?マークが多く出ているので凛は言った。

 

「あの子、上手いわね」

 

「え?遠坂さん分かるんですか!?」

 

「解説はよー!」

 

という大和とガクトにはぁ、とよりつまらなそうに凛は言う。

 

「あいつ、理由なく女に手を上げると思う?」

 

「「「あ」」」

 

それだけでファミリーは理解した。

 

「自らを囮にした電撃戦。それが彼女の戦いですね」

 

「そ。ただ確かに目を見張るものはあるかな。体術もなかなかだし何より、」

 

「ふっ!」

 

戦闘不能を狙った手刀。間違いなく当たると思われたそれは、

 

『シールド』

 

「!?」

 

カン!とささやかな音を立てて防がれた。

 

「アアアアアァ!」

 

『スタン』

 

「チッ・・・」

 

またもバチン、と音が鳴る。何とか左腕を盾にしたものの動きが鈍る。

 

「追い込まれてる!?」

 

「士郎!頑張って!」

 

「気張りやがれ士郎!」

 

「負けないでー!」

 

思わぬ苦戦に士郎派の応援が激しくなる。

 

その様子にクッ、と笑い、

 

「君がまるで悪者のようだな」

 

「・・・。」

 

返事はなかった。

 

(どうにもおかしい。まるで血に飢えた獣のような・・・全くの別人だ)

 

「!!」

 

「またそれか!」

 

『スタン』

 

今度は当たらないように避ける。紙一重を狙いたいところだが、放電している以上油断はできない。慎重に士郎は時が来るのを待つ。

 

「狙ってますね」

 

「よね。何をぐずぐずしてるんだか」

 

「え?士郎が不利じゃないの?」

 

一子がぎゅっと手を握りながら振り向く。

 

「当然でしょ。たかだが片腕動かなくなったくらいで諦める玉じゃないわよ。それに弱点だって分かり切ってる」

 

「弱点・・・」

 

「あのベルト・・・?」

 

「モロ?」

 

何かに気付いたようにモロが呟く。

 

「モロ、今なんて・・・」

 

「ベルトよ!」

 

一子が些細な呟きを拾い上げた。

 

「あの声がするベルト?」

 

「もしかして右手の手甲と繋がってる?」

 

「そうか!後は士郎が気づいているか「「「気付いてる」」」・・・だな」

 

「でもよう、ならなんでそこ狙わないんだ?」

 

キャップの言葉に凛が問うた。

 

「ねぇ、あの松永?って子は普段からああなの?」

 

「ふぇ?」

 

「そういえば・・・」

 

「もしかして士郎、松永先輩を元に戻そうとしてる?」

 

そこまで考えが至ったファミリーは何処か安堵した顔になった。

 

「なんだ。士郎いつもみたいに・・・」

 

「松永先輩を救おうとしてるんだね」

 

「なら負けはねぇな」

 

「ガンガン応援しちゃうわよ!」

 

「うむ!士郎ー!」

 

一切の不安を無くして応援するファミリーに凛はため息を吐いた。

 

「目的があると分かったらすぐ元気になっちゃって。子供ねぇ・・・」

 

「シロウは負けません。それが救いを賭けた戦いならば」

 

セイバーは静かに目を閉じ、桜はそれでも、きゅっと手を握って士郎の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

それから一時間は経っただろうか。燕は疲弊し、士郎は感電で動きの鈍った泥沼の戦いと化していた。

 

「休憩を入れた方が良いかの」

 

「そうだ。早速コールを――――」

 

「まだだ」

 

学園長とヒュームが話し合っていたが、審判の百代は拒否した。

 

「モモや。かれこれ一時間になるのじゃぞ。これ以上は・・・」

 

「ジジイもヒュームさんも黙っててくれ」

 

腕を組んでじっと戦いを見続ける百代。

 

「もう少しだ」

 

そういう彼女の目には何が映っているのか。

 

ただ彼女の目には、確かに何かが見えているようであった。

 

「開始60分と言った所か」

 

自由の効かなくなってきている体に喝を入れてどれだけの時間が経ったか。

 

ちらりと見た時計は既に一時間を回っていた。

 

「疲労具合からしてそろそろだが・・・」

 

「はっはっはっ・・・」

 

短く息を吐き肩を荒げて呼吸する燕。

 

限界だった。いくら士郎に攻撃が通せても本来あり得ない高速戦闘を行ったため、酷使され過ぎた体は酸素と休養を欲していた。

 

頃合いを見た士郎は声をほとばしらせる。

 

「聞こえるか!松永燕ッ!!俺の声が!!」

 

「!!!」

 

 

 

――――interlude――――

 

 

苦しい暴風の中にいる。ちっぽけな自分は、体を打ち付ける風を丸まって、縮こまって耐えている。

 

 

 

――――苦しい

 

 

誰でもいい。この場から解放してほしかった。

 

最初こそ足掻いていたものの苦しさに、痛みに負けて私はずっとこうしてる。

 

このままじゃいけないのは分かってる。でも苦しいのだ。辛いのだ。

 

「誰か・・・」

 

ポソリと言葉が口から出る。

 

「誰か助けてよ・・・」

 

いもしない誰かに。

 

「ねぇ、誰か・・・」

 

胸元を痛いほど握りしめて。

 

「誰か助けてよ!」

 

その瞬間風がやんだ。

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

士郎の叫びに何事かと観客たちは騒然とした。

 

だが、舞台上では、

 

「あれ?」

 

それまで血に飢えた獣のようだった松永燕がぽかんとしていた。

 

「ここどこ?川神スーパーアリーナ?」

 

まるで今までの記憶が無いかのようにキョロキョロとする。

 

「やっと戻ってきたか。随分遅いお帰りじゃないか」

 

「衛宮君?そうだ、私――――」

 

ゆっくりと今までの事を思い出す。確かそう、あれは一週間前――――

 

 

―――― 一週間前 ――――

 

 

『んーいいセンスしてるんだけどなぁ』

 

『届かない?』

 

『そりゃもう。月と~なんだっけ』

 

『スッポン?』

 

『そうそうそれ』

 

百代はお手上げと言った。

 

『変な言葉はプライド傷つけるから言うけど、全然無理。コンマ一秒で試合終了』

 

『十分傷つくんですケド・・・』

 

はぁ、とため息を履いて地面に大の字になる燕。

 

『ダメかぁ・・・』

 

そう呟く燕に百代は、

 

『もしかしたら・・・うーんでもなぁ』

 

何やら問答している。

 

『何?何か方法でもあるの?』

 

やけくそ気味に言ったら百代は真剣な顔をして、

 

『燕、絶対に勝ちたい?』

 

『そりゃもう』

 

さらに真剣な顔で、

 

『死んでも勝ちたい?』

 

『なに急に。死んでも勝ちたいよ。今回ばかりはぜーったい』

 

『・・・。』

 

『・・・方法、あるの?』

 

『ないこともない』

 

そう言って百代は手に気の塊を作り出した。

 

『これは私の気の欠片だ』

 

『そうだろうねん』

 

『コレ、飲むんだ』

 

『・・・え?』

 

『コレ飲んで鍛錬したら届くかも』

 

その言葉に燕は苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

『確実に死ぬ気がするんだけど』

 

『だな。適応出来なかったら死ぬ。マジで』

 

『・・・。』

 

『これ飲むと燕の身体に私の気が解放される。一種のドーピングだな』

 

『それで?』

 

『ドーピングとはいっても気だから依存性はない。でも無理やり加速された体は限界をこう、ドーン!とぶち壊して動く』

 

『・・・それで?』

 

『めっちゃ動く。でも苦しいと思う。最後は破裂するか無理の反動で体壊れる』

 

『・・・ダメじゃん』

 

『でも成功したら限界突破した景色になる。気もすっごく増えると思う』

 

『・・・。』

 

『どうする?私も友達殺したくないからあんまりやりたくないんだけど・・・』

 

『成功する可能性は?』

 

『1%。後は燕のセンス次第』

 

『・・・やる』

 

彼女は言った。

 

『1%でも、自分次第で成功率は上がるんでしょ?ならやるよん』

 

『・・・よし燕、遺書書け』

 

『死ぬ前提!?』

 

『だから死ぬんだって!やだよ私のせいにされたら。というか事実でもやだよ』

 

『・・・しょうがないなぁ』

 

さらさらと紙に書いて折り畳み表紙に『遺書』と書いた。

 

『そんなんでいいのか?』

 

『いいよん。死ぬ気ないしというか・・・』

 

そこまで言ってえへへ、と笑った。その笑いにいいものを感じなかった百代は、

 

『というか?』

 

『衛宮君が助けてくれる気がするし』

 

『・・・もうちょっと気込めようかなぁ』

 

『わああ!?ストップストップ!いくらセンスある燕ちゃんでも限界あるからぁ!!』

 

 

―――― 一週間前 ――――

 

 

という事があったわけだ。

 

「どうです?天井ぶち壊した気分は」

 

士郎の言葉に燕は目を細めて、

 

「体、かっる~・・・」

 

シュッと二人が舞台から消えた。

 

「消えた!?」

 

「上よ」

 

上空ではいつの間にか二人が常人の目では追えないほどのハイスピード戦闘をしていた。

 

「は、」

 

「早え!!?」

 

「なかなかね」

 

「素質はあるようですから」

 

真剣に上空での戦いに目を向ける凛とセイバー。

 

「でもこれで」

 

「枷は無くなりました」

 

「サクラ」

 

じっと祈っていた桜が顔を上げた。

 

「せんぱーい!!!」

 

そして宣言するのだ。いつもの様に。

 

「勝ってくださーい!!!」

 

「さて、お姫様は目覚めたようだし、終わりにしようか」

 

「ええー!ここまで焚きつけておいて・・・」

 

「焚きつけるも何も私は何もしていないのだが?」

 

「あ・・・」

 

よくよく考えたら今回のことの発端は。

 

『士郎ー---!!!大好きだー----ッ!!!』

 

「モモちゃんじゃん!!!」

 

ヒュー!という風を切る音を聞きながら彼女は下を見た。

 

 

――――イイ笑顔だった。

 

 

親指立ててサムズアップしていた。

 

「にゃろー・・・」

 

「隙あり」

 

「ないよん!」

 

ガン!といつの間にか握られていた白剣、莫耶と手甲が鬩ぎ合う。

 

「そろそろ終わりにしてほしいんですけどね!」

 

言うと同時に一回転し強烈な一撃を見舞って、燕を地面に叩きつける。

 

「いたた・・・もう!言う通りラストにしてやろうじゃないッ!!」

 

『フィニッシュ』

 

空から巨大な何かが降ってくる。

 

「なっ・・・」

 

士郎が驚くのも無理はない。

 

恐らく蜘蛛の形をしたそれは、表面を赤熱化させて降ってきているのだ。つまり大気圏外からの投射。

 

降ってきたそれは地上の燕と連結、巨大な砲身となった。

 

「これが燕ちゃんの全力、だーッ!!!」

 

ドシュンと極太のビームが発射される。

 

「あれは流石にやばいのではないか!?」

 

慌てるクリスだが他の面々は慌てた様子も無かった。

 

「大丈夫よ!」

 

「だって・・・」

 

ファミリーはスッと目を閉じて

 

「体は・・・」

 

「「「剣で出来ている」」」

 

“熾天覆う(ロー)・・・」

 

「いっけー!!!」

 

七つの円環”(アイアス)ッ!!!」

 

強力なビームを七枚の花弁の盾が防ぐ。

 

「うっそ!?」

 

成長した分を上乗せされた砲撃がたった七枚の花弁を破ることが出来ない。

 

 

――――刮目して見るがいい。これこそ大英雄の投擲すら防いだ友情の盾。花弁一つが古の城塞に匹敵するこの神秘をいかな現代兵器で破れようか。

 

 

「んぎぎぎ・・・!うおー!!!」

 

ドン!と更なる威力がビームに加算されるが花の盾は依然健在。結局、平蜘蛛の一撃は花の盾を突破できなかった。

 

「まだやりますか?」

 

「無理ーぎぶあーっぷ」

 

そうして決着と相成るのだった。




はい。今回はこんな感じです。カッコよく書けてたかな…不安ですが私の回らない頭を回して書いたつもりです。

今回まーたうちの士郎君は大怪我(左腕)したわけですが…そりゃそうよね対百代兵装の雷撃なんか食らったらひとたまりもないわけで…絶対スタンじゃないよね。

という事でその辺も次回書けたらなーと思います。それではまた次回!


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燕の心

みなさんこんばんにちわ。長らく休息を頂いていた作者です。

ご感想いつもありがとうございます!モチベーションにもなるし、なにより私などの文章で楽しんでもらえて嬉しいです。

今回は戦いの後、となります燕に思いのたけを爆発させてもらおうと思うのでよろしくお願いします!

では!


「無理ーぎぶあーっぷ」

 

ドサ、と仰向けに倒れて燕は宣言した。

 

『決着ー!!!松永氏のギブアップにより衛宮士郎氏の勝利です!』

 

ワアアア!!!という歓声と健闘した二人に拍手が送られる。

 

「あー負けた負けた。これ以上ないくらい負けた」

 

「そう悲観しなくても最後の動きはなかなかでしたが」

 

苦笑を浮かべた士郎がそういう。

 

「そりゃあ死ぬ思いしたんだからそれくらいなきゃやってらんないよ」

 

地面に寝そべったまま燕は言う。

 

「また無茶なことを・・・どうせ百代が何かしたんでしょうがそれにしたって無謀が過ぎる」

 

「だって」

 

そこまで言って控室からタンカが運ばれて来た。

 

「二人とも良き戦いであった!だがちと無理が過ぎよう。今は大人しく運ばれるがよい」

 

「揚羽」

 

舞台に上がってきたのは揚羽だった。恐らく、九鬼の陣頭指揮をとっていたのだろう。耳にあずみと同じインカムが付けられている。

 

「ちょっと待って」

 

「松永先輩?」

 

「えっと・・・伝えたいこと、ある」

 

まるでカタコトを緊張した面持ちで言う燕。

 

「なんです?」

 

おずおずと恥ずかしそうにする燕に士郎は、

 

(あっ・・・)

 

いい加減慣れてきた、対乙女心探知機が緊急警報を鳴らす。

 

士郎(・・)君!」

 

「は、はい」

 

それでも素直に聞いてしまうのがこの男だった。

 

「松永燕は衛宮士郎君が好きです!付き合ってください!」

 

「なっ!」

 

「え?」

 

この場にいる皆が空気を読んでいたがレフェリー側で驚きの声が上がった。

 

「つ、燕!どういうことだ!?」

 

「どういう事もなにも今言った通りだけど」

 

「だ、だって士郎に死んでも勝ちたいって・・・」

 

「そ。これ以上ないくらい私が一番って印象付けたかったんだけど、失敗しちゃった」

 

「はっはっはっは!面白いことを考える娘よ!さぁ士郎!お前の心が試されているぞ」

 

「試されているぞ、ってなんで他人事なのさ・・・」

 

そう言って士郎は目を瞑って考えた。

 

(どうする?ってどうするもなにももう二桁の恋人がいるしどうしろっていうんだよ・・・)

 

無事な右手で後ろ頭を掻く士郎。その様子はほとほと困ったというような様子だ。

 

(うーん。ここは恋人たちにも誠意を示すために・・・)

 

断る、と言おうとしたがその後に訪れるだろう泣き顔が見たくなくて士郎は言いよどむ。

 

と、

 

「だ、ダメだダメだ!士郎は私のなんだから燕が取りつく場所なんてないぞ!」

 

「モモちゃんだって複数の内の一人じゃん。いいんじゃないかなー、一点特化のモモちゃんと違って燕ちゃん色々器用だよ?」

 

にしし、と笑う燕にあたふたとする百代。そんな二人を愉快気に見ている揚羽。

 

「だそうだぞ士郎。我としてはなかなか悪くない提案だと思うが」

 

「揚羽!?」

 

断ろうとしていた所にそんなことを言われて戸惑う士郎。

 

「なぁに。実力も思いの強さも命がけで示された。お前にとって損はないだろう?」

 

「そうは言ってもだな・・・」

 

やはり沢山の恋人がいる士郎としてはいい加減にしろ自分、と言いたいわけで。

 

「なんだ決められぬか。では聞こう!衛宮士郎を慕う者よ!松永燕は見合うか否か!」

 

揚羽の言葉に観客席がざわざわし始める。最初に出てきたのは黒髪を揺らした旭と義経だった。

 

「私は良いと思うわ。士郎を支える人間は多い方がいいもの」

 

「義経もいいと思います。義経はまだまだ未熟だから・・・松永先輩にも支えてもらえたらと思います」

 

「二人とも・・・」

 

「私も賛成です」

 

「マル!?」

 

続いて出てきたのはマルギッテだった。

 

「士郎を抑制するのに彼女ほど有用な人物はいません。・・・まぁ、そこが悪さをする場面もあるでしょうが逆に私達が止めればいいだけの事です」

 

「抑制って・・・俺なんか「「「してる」」」・・・。」

 

皆に言われて、ううむと唸る士郎。

 

「現にその左腕、重傷ではありませんか?士郎先輩なら治るのかもしれませんが私達は腕を失ってしまうのではと気が気じゃありません」

 

「いっつも重傷だもんなシロ坊。もう少し周り見た方がいいぜ?」

 

「由紀江まで・・・」

 

内気な由紀江まで出てきて士郎はますます困り顔。そこにとどめの一撃の如く、

 

「なるほどね・・・貴女達、きちんとこのバカの本質を見抜いてるわけね」

 

「遠坂・・・」

 

「シロウには楔となる人間が必要です。順当に考えればその数は多いほどいい。やりきれない気持ちはありますが」

 

と、セイバーまでもがそういう。

 

彼女達、というか衛宮士郎を想う女性たちと、士郎の間には言葉にはされない致命的な認識の違いがある。

 

士郎は単純に誠意として考えているが事はその程度では収まらないのだ。

 

 

 

 

―――――衛宮士郎は、楔が無ければ何処までも行ってしまう

 

 

 

 

それが分かっているから揚羽達は率先して恋人を増やそうとする。いつか、自分たちの手を振り払う時が来ても誰かが繋ぎとめる為に。

 

「バカはバカでもこれ程のバカはいまい。なにせ常に夢の事しか見ておらんからな」

 

「その夢がいつか叶えられると信じてやまないのがバカよね」

 

はぁ、と嘆息する凛にさしもの士郎も口を出した。

 

「なんだよ。みんなしてバカバカって。俺の夢は――――」

 

そこまで言って士郎は疑問を覚えた。

 

(俺の夢は――――)

 

正義の味方になる事。顔も知らぬ赤の他人でも困っているなら救うことが出来ないかと。

 

切嗣からもらった願い。

 

では今の自分はどうだ?

 

特定の人間を守り通したいと思っている。

 

百代を、由紀江を、自分を慕うみんなの事を。それは切嗣にもらった夢に反しているのではないか?

 

(いや、違う)

 

きっと衛宮士郎という人間は変えられてしまったのだ。より多くを救う正義の味方ではなく親しい者達を守る正義の味方に。

 

(正義の味方は味方した方しか救えない。切嗣(じいさん)もきっと――――)

 

切嗣だって元はそうなのかもしれなかった。視野が広がりすぎて己の想いを叶える手段が少なくなりすぎた。

 

(そう、だな・・・)

 

自分がもう以前の衛宮士郎ではないのには薄々感づいていた。それはきっとあり得たかもしれない自分(エミヤシロウ)にならないようにするため。

 

スッと右手を差し出す。

 

「こんな俺でもよかったら・・・」

 

未だ弱弱しい声に燕は渾身の力を込めてその手を取った。

 

「ぜひとも!」

 

きらびやかな笑顔で言った。

 

「むー!てい!」

 

ゴヒュン!

 

「あぶなっ!」

 

「ちょっとモモちゃん!今の私の所まで届くところだったよん!?」

 

「てい!てい!」

 

「あぶな、危ないって!」

 

強烈な蹴りを何度も躱す士郎。その姿に一同はどっと笑ったのであった。

 

 

 

 

 

 

ラストを愛の告白で幕を締めた舞台裏では医師が士郎の左腕を診察していた。

 

「これは酷い有様だ・・・リヒテンベルク図形もかなりくっきりと残っている」

 

リヒテンベルク図形とは高圧電流が流れた場合などに刻み付けられる稲妻のような樹状の図形のことだ。

 

「上を脱いでもらえるかね?恐らく・・・」

 

士郎の上半身にも稲妻の模様が出ていた。

 

「腕は完治まで長い時間がかかる。後遺症も残るかもしれない。」

 

「そんな・・・!」

 

医師の言葉に由紀江が涙目になる。

 

「通常ならね。気の奥義みたいなものがあるんだろう?」

 

医師も慣れたものでそう士郎に問いかけた。

 

「ええまぁ」

 

「はぁ。なら完治も遠くないでしょう。いいかい?君はことあるごとにうちに搬送されているのだから少し自重というものをだね・・・」

 

士郎としては全くもって怪我をする気はないのだが、毎回川神の住人はスーパーパワーをぶん回してくるので士郎もたじたじである。

 

今回の砲撃も直撃していたらとか考えたくもない。

 

とにもかくにもお医者さんから有難い説教を聞いて医師が退出すると控室に士郎を想う皆が溢れた。

 

「今回も大怪我だなー」

 

「それは松永・・・燕に言ってくれ。あんな高圧電流を『スタン』とか言って流してくる方に問題がある」

 

ちなみに燕は気と体力を著しく消耗しただけで無傷であったが、百代と桜が引きずって行った。

 

非常に心配な所である。

 

「で?士郎はどうやって回復するんだ?」

 

ガクトの言葉に士郎はため息を吐いて、

 

「秘奥を見せろってか?流石にそんな安くないぞ」

 

「はいはい、回復手段はあるってことだな」

 

パンパンと大和が手を鳴らして退出を促した。

 

「我は残るぞ」

 

「私もです」

 

「義経もちゃんと治るか見届けたい」

 

「私は退出するわ。セイバーさんが居れば安心だもの」

 

「あのあの!私も残ります!」

 

そう言って旭は退出したが残りの揚羽、マルギッテ、義経、由紀江達は見逃すまいと残った。

 

「・・・遠坂」

 

「わかってるわよ――――Anfang(セット)

 

盗聴盗撮防止の為結界を張ってもらう。

 

「セイバー、頼む」

 

「はい」

 

セイバーの手が士郎の胸にあてられる。すると、

 

「これは!」

 

「あの時の黄金の輝き・・・!」

 

一面を黄金の輝きが満ちたと思った瞬間、士郎の身体は傷一つない体へと戻っていた。

 

「シロウ、痛い所はありませんか?」

 

「ああ。問題ない。ありがとう、セイバー」

 

感電していた左手を握ったり開いたりして感触を確かめる士郎。

 

「今のが騎士王の鞘、本来の回復力か」

 

「回復なんてものではありません!あれではまるで、まるで再生ではありませんか・・・!」

 

「ま、初めて見る人はそう思うわよね」

 

凛がそのように言うが、実際見た方はそんな言葉で片付けられることではなかった。

 

「だが、この宝具さえあればセイバーと共にいる限り士郎は死なん」

 

「義経達の心配も少しは減る・・・のかな」

 

「真剣勝負しようとしてた娘が何を言っているのやら」

 

「あれはもう終わったことですから!それより士郎君、歩ける?」

 

「ああ。今行く」

 

控室から出ると色々な人に絡まれた。

 

「お、果報者のお出ましだぜ!」

 

「やるな兄ちゃん。大事にしろよ」

 

「くーっ!俺の納豆小町持っていきやがって!」

 

とにかく笑顔で酔っ払ったかのように士郎に絡んでいく。

 

「良かったわね」

 

「遠坂?」

 

「貴方は正義の味方に、今この瞬間なれたんじゃない?」

 

「・・・そっか」

 

「シロウ」

 

「セイバー。俺の道はまだまだ続きそうだ」

 

「はい。私は貴方の剣。何処までも」

 

「私も、忘れてもらっては困るのですが」

 

そう言って霊体化を解いたのはレオニダスだ。

 

「もちろんだ。頼りにしてるよ」

 

自分より遥かに大きい手と握手して士郎は頷いた。

 

「所で士郎。私とレオニダスの件ですが」

 

「ん?」

 

「ここのような開けた場所なら可能ではないですか?」

 

もじもじとセイバーが言うが士郎は断じてNOだった。

 

「戦いは許可するけど宝具は禁止だぞ」

 

「むう」

 

「むう、じゃない。セイバーの宝具なんか使ったら辺り一面吹き飛んじまう」

 

「セイバーの宝具とはそれほどまでに危険なのか?」

 

気になった様子の揚羽が聞いた。

 

「百代の星殺しMAXよりヤバイ」

 

「モモ先輩の!?」

 

「oh・・・」

 

「義経は百代先輩の星殺し、という技を見たことが無いから・・・」

 

「本当にあれ以上の火力が出るのですか?」

 

「む。我が聖剣が本来の輝きを発揮すれば地球など真っ二つに・・・」

 

「「「ダメ」」」

 

その一言でタイムがかかった。

 

「まぁ私もそこまでしようとは思いませんが。我が聖剣を侮ってもらっては困ります」

 

フンス!とまゆを吊り上げるセイバーだが、

 

「士郎。本当にレオニダスとの戦いを認めるのか?」

 

「いずれはな。武士娘達が決闘で白黒つけたいのと一緒だよ」

 

ましてや戦乱の、一騎打ちが実在した時代の二人である。

 

やり合わなければ、肌で感じなければ認められないものがあるのである。

 

「それはそうとどこに向かっているのですか?」

 

「ああ。燕の控室。流石に心配だからな」

 

やはり、あの異常な強化は百代が何かしたらしく、あの様子だと自分の身にまでダメージがあることだろう。

 

そこで見舞いをしようとしたのだが・・・

 

「・・・。」

 

「なんか黒いね・・・」

 

もやーと黒い霧が燕の控室から出ている。

 

「あー・・・桜が・・・」

 

「実力行使してマウント取るようなやり方嫌いだからね。桜は」

 

ここに来て非常に行きづらい雰囲気だが、行くしかない。

 

「燕~?」

 

例の如く敬語も先輩も無しで。名前で呼んで、と言われてるのでそーっと問いかけるが

 

「あら先輩。こちらにいらしたんですね」

 

真っ黒な、真っ黒な後輩が居た。

 

「あ、ああ・・・燕の容体は・・・」

 

「面白くありません。ちょっと威嚇したらこの有様です」

 

燕と百代は気絶していた。それはもう白目をむいて見事なまでに。

 

「桜。その辺にしときなさい。何も手を汚す必要なんて無いわ」

 

「手を汚す!?」

 

「マジであぶねー会話!」

 

「わかってますけど・・・先輩に悪い虫がつくじゃないですかぁ・・・」

 

「その辺も停戦よ。揚羽達は士郎のバカさ加減を知ってる。そうでしょ?」

 

「無論だ」

 

「困った男ですからね」

 

「途方もない人だから・・・」

 

「無茶をする方ですからね・・・」

 

「正直、オイラ達が縛り付けておかねーとヤバイよね」

 

義経に由紀江までこういう始末である。

 

「それで?川神さんは何をしでかしたのかしら?」

 

「それが・・・」

 

正直に吐いたらしいのだが桜ではいまいちわからないので、とにかく無茶させたらしいとしかわかっていなかった。

 

「内容は?」

 

「えっとですね」

 

「ちょいと待った。わしらも聞かせてもらおうかの」

 

「危うく死人が出そうな雰囲気だったからな。事情聴取だ」

 

「学園長にヒューム爺さん。やはりそう思いますか」

 

実際に戦っていた士郎もそんな気がしていたので思わずそう聞いてしまった。

 

「お嬢ちゃん、名前は何というのかのう」

 

「間桐桜です」

 

「桜・・・か。よい名前を貰ったな」

 

「そんな・・・えへへ」

 

そんなことを話している間に桜の黒いオーラは無散していた。

 

(やるわねあのお爺さん)

 

(何度も使える手じゃないが上手く逸らしたな)

 

「それじゃあ・・・」

 

桜が語ったのは実に危険極まりない内容だった。

 

「モモの気の結晶を食わせた・・・!?」

 

「鉄心。これは相当やばいのではないか?」

 

「見た目が無事でも気脈がボロボロじゃろう。すぐに治療せねば・・・」

 

「待ってください。一応彼女を解析させてください」

 

「そうか、衛宮君頼めるか」

 

 

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

 

サラサラと流れてくる情報から体の状態を読み取る。

 

そうすると・・・

 

「流石百代、か・・・丁度限界値を設定していたみたいですね・・・」

 

「ふむ・・・」

 

「しかし強引な限界突破は体に何らかの異常をもたらしていることだろう」

 

ヒュームの言葉に士郎は頷き、

 

「いくつかの場所に、骨にひびが入ったり、筋を痛めたりしています。気脈の方は大丈夫ですね。無事適応出来たみたいです」

 

ただ、と士郎は続けた。

 

「一年前の一子を覚えていますか?」

 

「うむ。よく覚えとるよ」

 

一年前とは気の開放がなされた時の事だろう。

 

「あの時と同じく気の大幅な増大で歩くのもままならないかもしれませんね」

 

「うーむ・・・しばらくわしらで面倒を見なければならぬか」

 

「お前の愚かな孫に見させればよかろうよ」

 

「西との関係が悪化しそうじゃのう・・・」

 

はぁ、とため息を吐いて馬鹿なことをしでかした孫を見る。

 

「禁術、『龍秘結晶』、と言った所かのう」

 

「せいぜい、この先使わせんことだな」

 

ヒュームの言葉でこの場での幕は閉じた。

 

その後、燕と百代が目を覚ましたが、お互い鉄心とヒュームにこっぴどく叱られ、

 

「なぁ、桜ちゃん、モモ先輩に何かしたのか?」

 

「すごく怯えているぞ」

 

「桜は怒らせると怖いぞ。みんなも承知の上でな」

 

生まれたての子鹿のように怯える百代と燕の姿があったとさ。

 

 

 

 

 

試合が終わり、運営側も退陣する頃。士郎達と風間ファミリーは改めて病院で燕の見舞いに来ていた。

 

「うう、痛いよー」

 

「自業自得なのでなんとも言い難いですが・・・」

 

「これに懲りたら、真っ当に鍛錬することね」

 

「遠坂さん辛口ですね・・・」

 

「オイラも尻尾まいちゃうぜ・・・」

 

「当たり前じゃない。誰もお手軽に強くなんかなれないのよ。それでも強者はなり上がって行くんだから。世間はそんなに甘くないの」

 

「強者側の遠坂が言うと皮肉がきいてるな」

 

「そ、それは・・・」

 

滅多に狼狽えない凛が狼狽える。

 

何せ彼女の得意な属性は『アベレージ・ワン』。五大属性全てなのだから。

 

「松永先輩の怪我は完治までどのくらいかかるんですか?」

 

「お医者さんには半年って言われちゃった。動けるようになるのはもうちょっと早いけど」

 

「観察対象も居なくなったことだしゆっくりしてください」

 

「ちょうど卒業したわけだしな」

 

大和とキャップがしみじみというが彼女はふくれっ面だった。

 

「折角告白成功したのに何もできないとか生殺しだよん・・・」

 

「むー・・・。燕、いつから士郎の事を・・・」

 

「割と最初。カッコよくお姫様抱っこで保健室につれて行かれた時かな?」

 

「・・・。」

 

にっしっし、と笑う燕だが笑う度に痛い!と飛び跳ねるのだった。

 

「それに退院後もしばらく川神院で生活だしぃ・・・」

 

「みっちり稽古してやる」

 

うへー、と燕は苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

「燕ちゃんは自由に過ごしたいんだぞ」

 

「ダメ。みっちり稽古する」

 

「うう、モモちゃん根に持ってるー」

 

「それはそうだろう」

 

「騙し討ちもいいところよぅ・・・」

 

後輩たちにもこの有様だがその程度ではめげない燕だった。

 

「ねぇ士郎君ー」

 

「なんですか?」

 

ショリショリと土産の果物を剥いていた士郎に燕は、

 

「完治するまで添い寝して?」

 

「ダメです」

 

「ったっはー!即答!」

 

「燕、そろそろ怒るぞ」

 

「わかってるわかってる。でも一人じゃ寂しいんだから仕方がないでしょ?」

 

と開き直る燕。想いを告げてから彼女はこうして甘えてくる。流石の士郎も耐性がついて、普通に断れるようになっていた。

 

ただ、

 

「はい、どう――――」

 

「チュッ」

 

「「「あああああ!」」」

 

「燕・・・」

 

とにかく隙を突いては口づけする悪癖が出来ていた。

 

「だってー長かったんだよ?」

 

と本人はまたも開き直り。

 

「なんだか京みたいだねぇ・・・」

 

「違う。私は大和が求めればオールOK!ていうことで大和――――」

 

「はいはい。どいつもこいつもピンク色にならない!」

 

いい加減耐えかねた凛が怒声を発した。

 

「そんなことより、貴女、ルールは分かってるんでしょうね?」

 

「モグモグ・・・うん。私は誰の上でも下でもない。平等の上の彼女。士郎君が困るようなことはしないよん」

 

でも、と彼女は続けた。

 

「みんなはもう士郎君に甘えてるんでしょ?その分燕ちゃんだって甘えたいなー」

 

「だそうよ。士郎」

 

「無事に完治してからな」

 

士郎は仏頂面でため息を吐いた。

 

「節度は守ってくれよ」

 

「どうしようかなー!」

 

何処かワクワクとした様子の燕。

 

 

――――何人もの女傑を誑し込む士郎。明日の行方は血みどろにならないようにと願うのだった。




はい。今回はここまでです。

セイバーがいる以上、士郎は少々の事では死にません。むしろ回復力、超強化されてます。

セイバーの宝具、『約束された勝利の剣』はこの小説では作中並みの火力に設定してます。それは、セイバーが受肉したことで竜の炉心も稼働しているからです。また、次元をまたいで、ガイアとかアラヤとかない世界なので制約無しになっちゃいますので。

原作ではPセイバーよろしく制約がかかっているとか。あと魔力不足。その辺ぜーんぶ解消したセイバーはマジでヤバイそうな。

次回はどうしようかなー入学式がいいかな?

という事で次回!


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入学式/編入

みなさんこんばんにちわ。マジ恋プラスディスクがほしい作者でございます。

今回は入学式!波乱万丈(士郎だけ)の卒業式を終えたら入学式。さて遠坂と桜、セイバーの三人組はどうなるのか?そして何やら様子のおかしい九鬼。今回からも新しい波乱の毎日を士郎に味わってもらうべく頑張ります!


――――interlude――――

 

迎え入れの春が到来してすぐ。九鬼家では新たなプランや新プロジェクトに向けての会議が行われていた。

 

「次の議題はこちらです」

 

「うむ・・・やはり難問だな」

 

「我にこのプロジェクトの適任者が思い当たります!」

 

小さな体に元気を詰め込んだような九鬼紋白が挙手する。

 

「紋、そう興奮してはならぬぞ。して、適任者とは?」

 

「直江大和です!母上!」

 

元気いっぱいの紋白を嗜めるのは九鬼家を支える頂点の一人。九鬼局だ。彼女はいち早く派遣業をなした傑物で現在は九鬼揚羽や英雄、紋白の父である、九鬼帝の妻だ。

 

世界を股にかけて東奔西走する夫に代わり、彼女はこの九鬼本社で九鬼を支えている。

 

「直江か。確かにこの議題にうってつけではあるが・・・」

 

「まだ学生であろう?学業の傍ら依頼してもいいものか?」

 

「大丈夫です母上。大和は何より人を使うのが上手いです。なるべく年の近いものを配置してやれば必ずや成功させるでしょう!」

 

紋白は自信あり気に言うが事は九鬼の今後にも関わる。そこで局は紋白の護衛たるヒュームにも聞いてみることにした。

 

「ヒューム。お前はどう見る?」

 

「問題ないかと。直江大和は一度、紋様の依頼で大規模なパーティを構築しました。補助は必要でしょうが問題なく事に当たるでしょう」

 

「そうか。では、前向きに検討を進めるとしよう。他に案のある者は?」

 

しんと静まり返る。特に問題なしという事だろう。

 

「それでは続いて・・・揚羽様と英雄様の婚約についてですが」

 

「っ・・・」

 

「あずみよ。どうかしたのか」

 

「いえ、何でもございません」

 

一瞬苦し気な気配を見せたあずみだがなんとか表情を取り繕った。

 

「そうか。だが無理はするなよ。これだけ長い会議だ。一息入れるのも悪くない」

 

「うむ。あずみには人一倍苦労を掛けているからな。ヒューム、クラウディオ」

 

「「はい」」

 

うやうやしく頭を下げて二人が退出する。一呼吸入れるべく茶を準備しに行ったのだろう。

 

「しばし、寛ごう。紋、金平糖があるぞ」

 

「ありがとうございます!母上!」

 

地に足が着かない椅子から飛び降りて局の下に走って行く紋白。その様子を見てホッと一息つく揚羽と英雄。

 

「一時はどうなる事かと思ったのだがな」

 

「これも直江大和の力だな」

 

最近まで局は紋白を帝が浮気した相手と重ね、嫌っていたのだが、大和の人材紹介で多くの部下を参入させ、彼女の見方が変わったのだ。

 

それからというもの、これまでを取り戻すように可愛がっている。

 

「あずみよ、お前も座れ。体調が優れぬのなら休むべきだぞ」

 

「いえ英雄様。あずみは体調不良などではありません」

 

「強情な奴よ。しかしそのプライドが頼もしいぞあずみ」

 

揚羽が苦笑してそう褒めるが、あずみは静かに一礼するだけだった。

 

「して、揚羽。お前の好いた男というのが・・・」

 

「はい。衛宮士郎です」

 

その言葉に頭が痛そうに嘆息する局。

 

「大層な人間だと聞いている。実績も問題なかろう。だが随分と気の多い男ではないのか?」

 

「いえ、本人は至って純朴です。我らが率先して増やしているのです」

 

「そこが分からぬ。お前は自らと結婚しておきながら他の女とうつつをぬかす男を愛するというのか?」

 

一度浮気をされた局としては考えられないことだろう。

 

「しかし母上。我らは多重婚の世に身を置く身。世界の九鬼がその先頭を行かずしてどうしますか」

 

「ああ・・・そんな話もあったな・・・具体的にいつ頃公表となるのかはわかっておるのか?」

 

「衛宮士郎が卒業する来年にはって話だぜ」

 

「「「父上!」」」

 

なんと、九鬼帝が姿を現した。

 

「ようお前ら。元気にやってたか?」

 

「はい!父上はなぜこちらに?」

 

「やっと時間が出来たんでよ。一日くらい家で過ごしてぇじゃねぇか」

 

「では今日はこちらに泊られるのですね」

 

「おう。そしたら面白い話をしてるもんだからよ。つい顔出しちまった」

 

「帝様も衛宮士郎をお知りに?」

 

「ああ。あいつはすげえ奴だぜ。多彩な技術もなによりだがあの眼。自分を貫き通す覚悟をした奴の目だ。それがこえーから揚羽は他にも嫁を見繕ってる。違うか?」

 

「はい・・・衛宮士郎は正義の味方という生き方から離れられぬ人。いつか人の手を振り払って遠い所へ行ってしまう・・・そう思えてならないのです父上」

 

「正義の味方か・・・それは大層なお題目だ。それがどういうもんか知っててやってるんだろう?」

 

「うむ。兄上はいつでも困っているものを放っては置けぬ人柄だ。だからこそ、川神の英雄なのでしょう」

 

英雄までもがそう断ずる事に局も驚きの眼で見る。

 

「英雄もこの衛宮士郎という男を評価しておるのか?」

 

「無論です。兄上が居なければ今頃どうなっていたか分からないこともありますし、何より人柄です。姉上が兄上を囲う包囲網を作るのも納得がいく男です」

 

「本当なら一人で押さえ込めりゃいい。それでも無理だから他の手を借りる。商売と一緒じゃねぇか」

 

「父上。我の恋を商売と一緒にされては困ります」

 

少し怒った様子の揚羽にカラカラと笑い、

 

「なんにせよ、お前がそれでいいってんならそうしな。俺もあいつならお家騒動なんか起きないと思うしよ」

 

「帝様・・・」

 

「あ、局は心配すんなよ。俺は局一筋だから」

 

「・・・もう。子の前ですよ」

 

そっぽ向く局に笑いかけて帝は英雄にも問いかける。

 

「英雄はどうすんだ。好きな奴とかいんのか?」

 

「我は・・・」

 

一瞬苦い顔をしたがそれは苦笑に変わり、

 

「フラれました。これ以上ない程完璧に」

 

「英雄様・・・」

 

そう。この男以前に一子に告白したことがあったのだ。しかし、一子は武に生きるのだときっぱり断られていた。

 

「それに、我は一人を愛したいと思います。兄上や姉上が間違っているというわけではなく、我自身がそうしたいと考えています」

 

「・・・そっか。お見合いパーティでもこさえるかぁ」

 

「それが良いかと。我の結婚は九鬼家の為。尽力する次第です」

 

「・・・。」

 

英雄が清々しい顔で宣言する。その横顔をあずみは・・・悲し気な顔で見ていた。

 

「皆さまお茶が入りました」

 

そうして九鬼家の長い会議は進んでいく。

 

「・・・。」

 

一人の女性の想いを置き去りにして。

 

 

――――interlude out――――

 

「士郎、もういかないと」

 

そうせかしてくるのは林冲だ。

 

「ああ、今行く」

 

鞄を背負い呼ばれた士郎はパタパタと出て行く。

 

「忘れ物は無いか?戻る時間はなさそうだけど」

 

「問題ない。今日は新入生の入学式だからな。気合入れて行かないと」

 

季節は春。別れの季節を過ごして今は出会いの季節。百代達三年生を見送った士郎達は三年生となり、川神学園の最高学年となった。

 

そんな士郎達は入学してくる学生の誘導という役目があり、今日は早く登校しなければならないのだ。

 

「普段通りの時間だけどな。休みが長かったから新鮮に思えるな」

 

「そうだな。今日は橋の監視、しなくていいのか?」

 

「するべきなんだろうが・・・新入生にあの光景はちょっと――――」

 

「ああ、ここにいたか」

 

士郎と林冲の横に車が一台止まった。下げたウィンドウから顔を覗かせたのは学園長だった。

 

「よかったよかった。二人とも早く乗りなさい。早く学園に行くぞい」

 

「学園長?」

 

「なぜ迎えを?」

 

「そりゃあ衛宮君に橋を狙撃してもらうためじゃよ。モモのチンピラ退治が無くなってちょいと刺激がないからのう・・・。その点衛宮君ならバッチリじゃ」

 

「俺の弓をなんだと思ってるんですか・・・」

 

バッチリじゃ、のあたりからカクリと肩を落とす士郎だが、

 

「何を言うとるんじゃ『神弓の衛宮』。もう知れ渡っているぞい?その手腕を楽しみにしている新入生も多いじゃろうて」

 

「・・・わかりましたよ」

 

はぁ、とため息をついて士郎と林冲は車に乗った。

 

「実際の警備はどうなんですか?」

 

「今日ばかりはのう、学園に悪い印象を持たれないよう修行僧と九鬼の二段構えじゃ」

 

「それでは・・・士郎の弓は必要ないのでは?」

 

「まぁの。学園の警備を学生一人に任せるのはいくら何でもよくないじゃろ。じゃが、いくら人員を配置しても穴はあるもの。それにこれから一年間は流星の中登校するのじゃからな。早いうちに慣れた方がよかろうて」

 

「それが一番よくないんじゃないかと思ってたんですが・・・」

 

これから一年は流星の中登校する。実に不可思議な言葉である。

 

「まぁそういうな。今日はお主の連れ合いも入学なのだから張り切って、な?」

 

そう。凛達もこの不思議な学園に入学するのである。

 

「試験結果はどうだったんですか?」

 

「三人とも文句なしのSクラス相当じゃった。新2-S組の誕生じゃな」

 

「そうですか。・・・ん?遠坂は三年ではなかったんですか?」

 

「む?普通に二年生で申請があったぞい?」

 

「・・・。」

 

「確か凛は試験結果がSなら三年生に編入じゃなかったか?」

 

「俺もそう聞いていた。・・・遠坂も何か考えがあるんだろうな」

 

考えてもわからぬと二人は頷き、しばし学園長と会話しながら学園に向かって行った。

 

 

 

 

 

学園到着後は休み前とは変わらない変態の橋の警備だ。

 

そして林冲は槍を片手に扉を守っている。

 

「今日はいつにもまして変質者が多いな・・・」

 

パシュン、パシュンと次々矢を射ながら士郎は困惑の声を上げていた。

 

「やはり百代が居ないからだろうか?」

 

と林冲は心配するが、

 

「いや、どうやらお呼びなのは俺の方みたいだ」

 

そう言って士郎は矢を新たに(・・・)投影した。

 

「あれ士郎、矢はまだ・・・」

 

「いやこれは特別だ」

 

そう言って士郎は新たに投影した矢を番え、放った。

 

「・・・中ったのか?」

 

「ああ。まったく。妙な呼び名がついたからあんな馬鹿が出てくる羽目になった」

 

またもや、はぁとため息を吐く士郎。

 

 

 

~~~~矢を射る前の変態の橋~~~~

 

「神弓の衛宮!見えているならこの牙城を崩してみるがいい!」

 

ガシャン!と身の丈以上の鋭い棘のついた盾を構える偉丈夫。

 

(奴は川神学園から放っている!この盾ならば万が一にも崩されはしない!)

 

そうしてじりじりと学園に迫って行けば無視されることもない。

 

はっきり言えば修行僧と九鬼の餌食なのだがあえて手を出されず泳がされていた。

 

「さぁどうく――――」

 

一瞬の出来事だった。パン!という音と共に首筋に固い矢が突き立ったのは。

 

(まさか!真っ直ぐしか飛ぶはずのない矢を裏から!?)

 

超弾性ゴムでできた矢は盾を越え、急所に突き立つと同時に上からもまたパン!という音と共に降りかかる。

 

「ぐぬ・・・ぬああああ!」

 

耐え切れず偉丈夫は盾を振り払った。その瞬間、

 

ガガ!と額に二発矢が撃ち込まれた。

 

(神弓の衛宮・・・恐るべし)

 

ズズン、と崩れ落ちる偉丈夫。かくして変態の橋に現れた変態は退治されたのであった。

 

 

 

~~~~矢を射る前の変態の橋 終~~~~

 

 

新入生の登校が完全に終わるまで狙撃を続けた士郎は、呼びに来たマルギッテによって弓を下すことになった。

 

「全校生徒の登校が終わりました。体育館で朝礼をするそうです」

 

「了解」

 

スゥっとその手から弓が消え士郎は給水塔の上から降り立った。

 

「今日の射撃も見事でした」

 

「そうか?そう言ってもらえたら俺の弓にも意味があるな」

 

苦笑して謙遜する士郎。ただ、彼の弓への認識は何も変わってはいなかった。

 

「そういえばマルギッテ。凛が2-Sに入るそうなんだが・・・なにか聞いているか?」

 

「遠坂凛が?いえ、特に何も相談は受けていませんが」

 

「遠坂の事だから何か考えがあると思うんだよな・・・」

 

「ここで首をひねっても答えは出ません。入学式を終えたら聞いてみてはどうですか?」

 

「それもそうか。しかし妙な感じだ。遠坂が後輩なんて」

 

「元の世界では同級生だったんだろう?」

 

「ああ。それも高嶺の花っていうか、憧れる子が多そうな女の子だったよ」

 

「それで桜がミス・パーフェクトがまた、なんて言っていたのか」

 

凛や桜も大分、林冲達と馴染んでいた。ただ士郎は警告する。

 

「あいつ、学校では猫被るからな。注意した方がいいぞ」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ。それもとびきりのをな。何でも家訓が、余裕をもって常に優雅たれ、らしくてな。それはもう別人みたいだ」

 

士郎は肩を竦めて言った。それでも呪い級のうっかりはどうにもならないのだが、と。

 

「それよりも、遅れないように行こう。マルが呼びに来てくれたってことは、もうすぐなんじゃないか?」

 

「そうですね」

 

「急ごう」

 

三人は体育館へと急いだ。

 

 

 

 

 

『新入生諸君!川神学園へようこそ!』

 

学園長の長い挨拶がそう締めくくられて進行がいよいよ転入生に移る。

 

『新入生に続きまして転入生を紹介します』

 

『では紹介するぞい。二年S組に三人入る。この三人じゃ』

 

並んだのは凛、桜、そしてセイバーだ。

 

「なんだ?また外人さんか?」

 

眠そうにしていた忠勝がびっくり眼で言う。

 

「俺の知り合いでセイバーって言うんだ。やんごとなき出身なんで本名は言えないんだ」

 

「セイバー・・・ね。そういう事なら仕方ねぇが、その名前じゃここの連中を焚きつけそうだな」

 

今のところは金髪美少女キター!と男子が盛り上がっており、女子も、有名絵画のように整った顔つきのセイバーに見とれている。

 

『順に挨拶をしてもらおうかの。まずは遠坂凛!』

 

『はい』

 

壇上のマイクに向かって一歩前へ出る凛。

 

『川神学園の皆さん。そして新入生の皆さん初めまして。私の名前は遠坂凛です。この度こちらの学園にお世話になりに来ました。至らないところもありますがよろしくお願いいたしますわ』

 

『間桐桜です。私も至らないところがあるかもしれませんが仲良くしてくださいね』

 

『私は故あって本名が言えませんので、セイバーとお呼びください。この学園には強者が多いと聞きます。名前の通り剣を振るうのが得意ですのでどうぞよろしくお願いします』

 

三人の挨拶は無難な所だった。唯一セイバーだけが特徴的だったが。

 

「セイバーさんか・・・」

 

「俺ブロマイド出たら買うぞ!」

 

「宴が・・・また盛り上がるな」

 

「セイバー・・・剣士ってことよね」

 

「私手合わせ頼もうかな」

 

等々、意見は様々であるようだった。

 

『セイバーさんは家の事情で名前を伏せておる。クローンではないので失礼のないようにのう』

 

何とか無事に朝の朝礼&入学式はトラブルもなく終えるのだった。

 

「・・・あれ?ヨンパチが静かだな」

 

「猿の事だからまたスリーサイズとか聞くのかと思ったわ」

 

「ふくもっちゃん静かですねぇ・・・」

 

「どうしたんだろう・・・うわあ!?」

 

「~~~~~~!」

 

問題視されていた福本少年は既に梅子の鞭の餌食になっていたのだった。

 

 

 

「はぁ~朝は酷い目に遭ったぜ」

 

「まさか初手梅先生の鞭食らってたなんてな」

 

「福本少年は正直ですからなぁ」

 

「そうだね。・・・って!レオニダスさん!?」

 

「?なんでしょうか師岡殿」

 

「先生も進級っすか?」

 

「当然でありましょう。私は二年F組の同級生。しからば三年生になっても変わりませんぞ」

 

「セイバーさんも気になりますけど、レオニダスさんが居るのも不思議ですねぇ」

 

「甘粕嬢、私は無知な一個人なのです。どうか一緒に学べる場を設けていただきたいですぞ」

 

「あ、いえ、嫌とかそういうのじゃないんですが・・・」

 

「まーよ。気にしてもきっと仕方ないわよ」

 

「チカちゃん・・・」

 

「まぁ頼もしくていいんじゃない系」

 

「体育が怖いぜ・・・」

 

「武闘派ではない俺に筋肉がついてどうするんだ」

 

「福本少年、大串少年。筋肉はあった方がいいですぞ。どんな時も己の鍛えた筋肉は裏切りません。この先使わないことはほぼ無いのですから基礎トレーニングだけでも続けると良いですぞ!」

 

「そうよねぇ・・・私も腰のくびれが出来たし・・・」

 

「レオニダスさんの言う事もわかる系」

 

女生徒にもこの通りだ。相変わらずの人気である。

 

「皆揃っているな」

 

「はーい」

 

「ちゃんといまーす」

 

「うむ。三年生も私が受け持つことになった。今朝のように不届き者には遠慮なく鞭を振るう。よく覚えておけ」

 

「こわいわー・・・」

 

「規律を乱すものは自分も許さないぞ!」

 

「梅先生。今年一年よろしくお願いします」

 

「同じく。よろしくお願いいたします」

 

「真っ当なのは衛宮とレオニダス王だけか・・・」

 

嘆息する梅子。だがその気も新たに、

 

「では出席を取る!呼ばれたものは返事をするように!」

 

梅子の声でHRが始まるのだが、

 

「あれ?誰か足りない気がしない?」

 

「椎名が居ないな」

 

忠勝の言葉にああ、と皆が気づく。

 

「京ならS組に行ったよ」

 

「ああ・・・そういえば直江がSだもんな」

 

「犬のお目付け役がいないんだな・・・」

 

ちらりと寂しそうにしている一子を見るクリス。

 

「まぁ大丈夫だろ。俺がいる」

 

「!うん!」

 

「余計なお世話だったな」

 

そう言ってクリスは笑った。

 

「さてお前達。今日は入学式なので授業などはないが・・・」

 

梅子が何やらごそごそと取り出した。

 

「先生、それは?」

 

「整理券だ」

 

「整理券?」

 

一体何の整理券だろう?

 

「なんだ。セイバーと決闘したいものはおらんのか?折角一番台からもらってきたのだがな」

 

「はいはい!!アタシ一番!」

 

「犬!先生!自分も!」

 

「はっはっは!皆元気が有り余っているようですな!」

 

「はぁ・・・」

 

ただでさえスパルタが侵食しているというのにブリテンまで混ぜ込んだらどうなる事か。

 

士郎は深いため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

帰り道。今日は予定外の依頼があって帰りが遅くなっていた。

 

「学園は士郎が居なくなってしまったらどうなるんだろうか・・・」

 

林冲の心配も仕方がない事だろう。今日は学園から依頼があったのだ。

 

「そう言うな林冲。学園長も頼みたくて頼んでるわけじゃないんだろうさ」

 

苦笑をこぼして言う士郎。なにしろ、

 

「ああ・・・また旭ちゃんに叱られるわい・・・」

 

と言っていたからだ。

 

「評議会も三年生・・・直江大和に引き継がれたんだよな?」

 

「ああ。ただ、いままでの議長のカリスマがすごかったらしいからな。すぐにとは言わず、OBとしてしばらく支えていくんだそうだ」

 

最上旭は士郎の言う通り評議会をすぐ後にはせず、少しずつ現体制を構築することに東奔西走していた。

 

「武神や松永燕が居なくなったこともあって、学園は少し混乱気味だな」

 

「インパクトが強かったからな。・・・とは言え、現三年生もとんでもないんだけどなぁ・・・」

 

スパルタにブリテンが混ざり合って、こう、化学反応を起こすのではと心配になっている士郎。

 

「そういえば凛の事は分かったのか?」

 

「聞いて来たよ。遠坂めまた揚羽に無理難題を突き付けてからに・・・」

 

その内容とは、安くて質のいい宝石商を紹介してもらう事。

 

「・・・?そんなことでよかったのか?」

 

「林冲。宝石はとても高価で貴重なものだ。それは分かってるよな?」

 

「うん。でも川神学園の三年生にねじ込むよりかは断然楽なように思う」

 

「・・・宝石を学生が定価で買えると思うか?」

 

「あ・・・」

 

何とか資金を調達したとしよう。だがあの赤い悪魔は相当に値切り交渉をすることだろう。

 

最悪、関係が悪化してもおかしくない。

 

「それにな。詳しくは言えないけど、遠坂は宝石が必需品かつ消耗品でな。一つや二つじゃきかないんだ」

 

「宝石をか!?」

 

「だから林冲。遠坂にお金は貸すなよ」

 

士郎は財布の紐をきつくするように釘を刺した。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

「おかえりなさい、シロウ」

 

「おかえりー!」

 

パタパタとやって来たのは天衣だ。

 

「橘さん?確か新しい寮に移り住む予定じゃ・・・」

 

「私もそう思ってたんだが・・・平日の朝と夕食の時間だけでいいみたいなんだ。島津寮もそんな感じだったし」

 

「なるほど・・・橘さんの脚力なら往復も容易いですしね。でもなぁ・・・やっぱり車、必要だよな」

 

人一人がものを運べる量などたかが知れている。そこで、

 

「史文恭!代理で車買ってきてくれないか?」

 

「代理?予算はお前が出すのか?」

 

「ああ。将来的には二台は必要だろう?俺は学園長に掛け合って免許取得できないか聞いてみるからさ。清楚は今通ってるんだっけ?」

 

「そうだな。天衣は運転しろと言っても「無理無理!!!」この有様だからな。いいだろう。車種はどうする?」

 

「何かって言うと荷物や人が乗れた方がいいしファミリーカーがいいと思う」

 

「わかった。手配しよう。送迎くらいはしてやるからそれまでその脚力でどうにかしろ。天衣」

 

「朝早いんだが・・・いいんだろうか?」

 

「構わん。基本鍛錬で朝早いからなこの家は。私も朝は早い。万が一用に車にも慣れてもらわんとな」

 

「わわ私が車を運転なんて・・・走った方が早「荷物は?」ううー・・・」

 

「まぁ万が一だ。免許は?」

 

「・・・持っていない」

 

「そういう事なら一緒に通いましょう。橘さん」

 

「それがいいだろうな。代金は即金だろう?」

 

「ああ。その分色々と交渉してくれると助かる」

 

「大きな買い物を即金だ。向こうも張り切るだろうさ」

 

そう言ってヒラヒラと振って史文恭は去って行った。また書斎だろう。

 

「私が車を運転する時が来るなんて・・・」

 

「いいじゃないか。ドライブとかきっと気持ちいいと思う」

 

「林冲・・・うん。がんばるぞ!」

 

思案顔から笑顔を取り戻した天衣に士郎と林冲も微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

家に入るとセイバーと桜がお茶をしながらテレビを見ていた。

 

「あ、先輩」

 

「改めて、おかえりなさいシロウ」

 

「ただいま。何を話してたんだ?」

 

「はい。実は同級生が早速セイバーさんに決闘を申し込んで・・・」

 

桜の言葉に士郎はカクリと肩を落として、

 

「手加減してやったんだよな?」

 

「もちろんです。一撃で決着がついてしまいましたが、中々骨のある女生徒でした」

 

「確か武蔵小杉さん・・・でしたね」

 

「そうです。モンシロがムサコッスなるあだ名で呼んでいました」

 

「なんだそれ」

 

ムサコッス。一体何者なんだ・・・

 

過去にレオニダスが迫力だけで撃退したのは懐かしい出来事だ。

 

「そういえばうちの先生・・・小島梅子先生がセイバー用に整理券渡してたぞ。大丈夫なのか?」

 

「それでしたら問題ありません。テッシン・・・学園長から先に言われていましたから。なんでも、ヨシツネの時の教訓だとか」

 

「あー・・・なるほど。それで最初から統制することにしたのか」

 

あの時も中々の混乱の中九鬼が間に入って何とかしていたのだ。

 

「だとすると、しばらくセイバーは決闘詰めだろうな」

 

「先輩、そんなに決闘が起こるんですか?」

 

「川神学園はそれが特徴の学園だからな。武力だけじゃなく知力や遊びも決闘化することがある」

 

あくまで白黒つける制度なので種目はなんでもありなのだ。

 

「桜も気をつけないとな。その内決闘に巻き込まれるだろうし」

 

「怖いですね・・・」

 

不安そうな顔をする桜だが士郎は、

 

「大丈夫。お互いに了承が無いとまずならないから」

 

だからエンブレムはしっかりと隠すんだぞ、と遠い目をして言う士郎であった。

 

 

 

――――川神学園の入学式はこうして終りを告げた。波乱の満ちた毎日に身を投じる新一年生と新二年生と凛たち。百代達のいなくなった学園は今だ賑やかさを失わず。一日一日刺激を受けて前に進むのであった。

 

 

 




あれ?沙也佳ちゃんとかあずみさんの事とかもっと書こうと思ったのに書けてない…無念。

と、そんなこともありましたが無事入学式編です。遠坂の宝石商の話はとってつけたわけではなく、あの大粒のルビーとか絶対専門店だよなぁと思って追加しました。二年生というわけで彼女達もこの不思議な学園にもまれることでしょう(笑)

次回こそは沙也佳ちゃんとあずみに関して書きたいですね。それでは次回!


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移り変わり

みなさんこんばんにちわ。今やっとオニュクス王国編を見ている作者でございます。

いやもうね。どうしよってボリュームで嬉しい悲鳴を上げながら妄想が加速しております。

そんな私ですがまずは落ち着いて深呼吸ということで書いていこうと思います。

では!


新入生が入学してから約一月。百代達が抜けても川神学園はいつも通り・・・

 

「士郎~依頼こない~」

 

「あ、大和、ここはこういう考え方をするのよ」

 

「なるほど。ありがとうございます」

 

いつも通り・・・

 

『納豆!納豆はいかがですか~』

 

「ワタシ?OBデース!HAHAHA!」

 

「だー!!もう!鬱陶しいわッ!!?」

 

ドゴーン!と士郎の怒号が響き渡った。

 

「フーム。いけませんな」

 

「レオニダスさん?何がいけないんですか?」

 

真与が唸るレオニダスに問いかける。

 

「なんでもかかしもあるか!この異常なOB密度だ!」

 

「いいじゃないか休み時間だろー」

 

「やかましい!とっとと働け駄武神!!」

 

「あ~れ~」

 

「モモ先輩のは声だけだからなぁ」

 

「想像するのやめなよ・・・南さんいるでしょ」

 

「それがなぁ・・・今忙しくて会えてないんだよなぁ」

 

「こういう時こそ一途さが求められるのでは?」

 

「一途に待つことも大事・・・」

 

「京は進展無いの?」

 

「もう襲った」

 

「Zzz…」

 

「カオスだな、こりゃ」

 

忠勝の一言に尽きる教室内だった。

 

 

 

 

「位置について!よーい!」

 

パン!という音と共に一斉に駆け出す。

 

今日の体育は持久走だった。なんでも、

 

「休みの期間中に眠ってしまった筋肉を呼び起こさねばなりませんからな!」

 

という事らしい。

 

「しばらくは持久走みたいなのが続くかもな」

 

「全力ダッシュの徒競走より僕はこっちの方がいいかなぁ・・・」

 

「にしてもこの感じ、久しぶりだぜ。今日まで重り無しだったからなぁ」

 

ピー!

 

「一子殿!早く走るのが目的ではありませんッ!冷静に!冷静にゆくのですッ!体全体を使って動くことが大事ですぞ!」

 

「まーたワン子注意食らってら」

 

「そりゃあ実際強くなってるからな。今は漲る体をどう発散すればいいのかわからないのさ」

 

士郎の言葉になるほど、と頷くガクトとモロ。

 

「ちなみにどうすればいいの?」

 

「初歩的なことなんだが・・・」

 

そう言って士郎は立ち止まりゆっくりと体を動かし前進する。

 

「テレビで見たことある!」

 

「中国拳法の奴だろ?どれどれ・・・」

 

ガクトとモロも士郎を真似してやり始める。

 

が。

 

「き、キツイ!!」

 

「足が、腕がプルプルする!」

 

開始数分で汗びっしょりになり足腰がガタガタになる二人。

 

「こんな感じで全身を隈なく使えばいいかもな」

 

「これじゃマラソンじゃないよ・・・」

 

「レオニダスは一度もマラソンとは言ってないだろう?『持久』走だ。その証拠に怒られないだろ?」

 

ちらりとレオニダスを見ると満面の笑みで親指を立ててサムズアップしていた。

 

「士郎士郎!今の教えて!」

 

「ワン子!?」

 

「早いなぁ・・・」

 

かつての百代を思わせるスピードにガクトとモロも苦笑い。

 

「いいぞ。ただし滅茶苦茶辛いからな」

 

「押忍!」

 

士郎と二人でじっくりじっくりとトラックを前進する一子だった。

 

 

 

 

グラウンド端では今回の体育の見学がされていた。

 

「衛宮先輩が何かしてるわ」

 

「あれテレビで見たことあるわ!実物みたのは初めて・・・」

 

「ふっはは!兄上はいつも最先端を行くな!」

 

2-Sとなった紋白たちも見学している。

 

「ヒューム。あれは相当に辛いのではないか?」

 

「はい。全身の筋肉と体幹が求められます。それをこのトラック一周すれば・・・50周したのと同じぐらいでしょうか」

 

「ううむ・・・50周か・・・凛や桜は見学して見てどうだ?」

 

「実に有意義な訓練だと思うわ」

 

「私も・・・到底真似は出来ませんけど」

 

「リン。あれは貴女にも通ずるものがあるのでは?」

 

「確かにね。あれは太極拳の套路(とうろ)をアレンジしたものじゃなかったかしら」

 

「先輩が中国に行った時、さる老人に教えてもらったと言っていた気がします」

 

「え?遠坂さん中国拳法わかるの?」

 

「たしなみ程度ですわオホホ・・・」

 

と猫かぶり真っ最中の凛であるが実際のところ舌を巻いていた。

 

(何が体育よ。完全に訓練じゃない)

 

(同感です。流石スパルタの王。鍛え方をわきまえている)

 

実は三人ともこのレオニダスの体育見学は最近知ったもので、これで二回目なのだ。他クラスの、それも三年の体育など見て何になるのかと思っていたのだが、想像以上だった。

 

「みなさん誇らしげですね」

 

「あんな上級生になりたいわ」

 

「プレミアムな私でもあれはキツそうね・・・」

 

「ムサコッスでは相手にならんな!」

 

「酷いですよ紋様~」

 

(しっかし相変わらずね)

 

(ですね。先輩らしいです)

 

(そのシロウについていくカズコも中々と言いたいですね。シロウの鍛錬は常識を超えてきますから)

 

元々士郎は限界まで己の身体を突き詰める為に特殊な鍛錬法をいくつも行ってきた。それが今、他者へと受け渡されているのかもしれなかった。

 

 

 

体育が終わって二科目ほど授業をやったら昼休み。今日の学食はいつも以上に熱気が渦巻いていた。

 

「はいはい!残り半分を切ったよ!今日は一年生優先だからね!!」

 

名物となった衛宮定食も、今日は一年生優先という事で初回のデザートも含めすごいスピードでフル回転していた。

 

「衛宮定食をお願いします」

 

「はいよ。通常一丁!」

 

「お待ちどうさん。あれ、沙也佳ちゃん」

 

「士郎先輩!」

 

やっと会えた、というような雰囲気を出す沙也佳。

 

「久しぶりだな。確か、一月前に最初に出したのが沙也佳ちゃんだったな」

 

黛沙也佳は一年S組という高得点で入学してきたのだ。彼女の姉である由紀江がC組なのを考えると、彼女は相当に頑張って来たらしい。

 

士郎の言う通り、衛宮定食をいの一番に頼みに来たと記憶しているが、それから今日に至るまで来ていなかったように思う。

 

「休み時間の度に決闘の嵐でして。全然来れなかったんです」

 

「なるほど・・・体は大丈夫かい?」

 

決闘騒ぎだと体も精神も大分消耗しそうだが。

 

「平気ですよ。士郎先輩の作ってくれた忍者刀が大活躍です!」

 

「そう言ってもらえるなら作った甲斐があったな。今度、ガタが来ていないか点検しよう」

 

「はい!お願いします!」

 

そう言って沙也佳は定食を受け取って去って行った。

 

「大将の知り合いだったね。確か・・・」

 

「黛沙也佳。由紀江の妹さ」

 

「ああ。主とよく鍛錬してる子だね。そっか、妹がいたのか」

 

「弁慶は知らなかったのか?」

 

「知ってはいたけど、妹さんって言うのは知らなかったよ。・・・大将、もしかして」

 

「さて!俺は定食作りに戻るか!」

 

痛い腹を探られまいと士郎はさっさと裏に引っ込んでしまった。

 

「気が多い・・・わけじゃなくて気を持たれるのが多い、かな。全く、主が嫉妬しないのが不思議だよ」

 

弁慶も実は大和と交際を開始したが、まだまだ嫉妬してしまう部分が多い。

 

それに比べ、義経は何のその。どっしりと構えていつでも自然と甘えに行くのだ。

 

「私もそうならないとなぁ・・・」

 

何とも悩ましい問題だった。

 

 

 

「頼もう!兄上はいるか!」

 

「九鬼君」

 

「一子殿!ご機嫌いかがですかな?」

 

「うん。すこぶる順調よ。士郎よね?」

 

「うむ。頼みごとがあって来たのだ。取次、頼めようか?」

 

「わかったわ。士郎ー」

 

「ん?どうした・・・って英雄」

 

珍しい客もいたもんだと士郎はそちらに歩いていく。

 

「どうしたんだ?」

 

「うむ・・・少々長い話になる。放課後空いているか?」

 

「ああ。いいぞ。英雄が話なんて珍しいな」

 

「少々・・・厄介なのだ。巻き込むことを許してほしい」

 

「なに、気にするな放課後空けておくから話してくれ」

 

「そうか!では頼むぞ!」

 

「・・・。」

 

ぺこり

 

「・・・今日の護衛は忍足あずみじゃないのか」

 

確か以前にも会った李という人のようだった。

 

「士郎ー、もう九鬼君行った?」

 

「行ったぞ。まだ苦手意識があるのか?」

 

「うん・・・九鬼君には悪いと思ってるんだけど・・・」

 

「すぐに無くせ、とは言えないさ。さっきも最低限の会話は出来たんだろう?」

 

「うん」

 

「なら気にすることない。さ、教室に戻ろう。放課後の為にいくつか依頼を済ませないとな」

 

「また依頼受けてるの?」

 

「修理系だよ。ここでも十分できる奴をな」

 

「士郎は人助け好きねー」

 

「今更だろ」

 

そんなこんなで依頼を終わらせ放課後。人気(ひとけ)が無い方がいいという事なので屋上に連れ立って歩いた。

 

「さ、ここなら問題ないだろ。どうしたんだ?」

 

「すまぬ。実はあずみの事なのだが・・・」

 

「やっぱりか。護衛の人、李さんだもんな」

 

李は林冲と離れた所で会話している。

 

「うむ。実は――――」

 

英雄の話を聞いてみると、どうやらあずみが英雄に告白したらしい。だが、英雄はその申し出を断り、互いにここだけの話にしようという事にしたのだが、

 

「しばらくお暇を頂きます、とあずみから休暇の申請があってな・・・我はあずみがまだ気にしているのではないかと思っている」

 

「ふむ・・・」

 

「交際は断ってしまったがあずみは九鬼に必須の人材だ!なんとかあずみの心の傷を癒してほしい!この通りだ!」

 

ばっ!と頭を下げられたが士郎は慌てて、

 

「まてまて。そう軽々と頭を下げるな。忍足あずみの行きそうな場所とか心当たりはあるか?」

 

「それならば、風魔の里に帰省しているかと」

 

遠くで話していた李さんが教えてくれる。

 

「風魔の里か・・・場所はわかるんですか?」

 

「はい。定期的に風魔の里から人材を募集していますので。こちらを」

 

出されたのは地図だった。

 

「川神から車で3日、山中にあります」

 

「車か・・・英雄、近くまで送ってくれないか?」

 

「もちろんだ!あずみのことをよろしく頼む」

 

「わかった。これ以上彼女の事で頭を下げるなよ。一層気にしてしまうからな」

 

「うむ・・・頼みますぞ兄上」

 

「まだ兄じゃない。善は急げだ。俺は帰って身支度を整えるから車回してくれ」

 

「あいわかった!!」

 

「林冲。急いで帰るぞ」

 

「わかった」

 

そうして二人は急いで帰宅し、依頼で一週間ほど家を空ける旨を皆に話した。

 

「早速大型依頼だね」

 

「風魔の里か・・・ちょっと行ってみたいけどまだ転入したばかりだしねぇ」

 

「私もです。結構勉強頑張らないとS落ちしそうで・・・」

 

「リンもサクラも無理はしない方がいいかと。シロウ、私は行きますよ」

 

「私もだ。セイバー。よろしく頼む」

 

「はい。リンチュウ。貴女ならば頼もしい」

 

「おい。九鬼の車が来たぞ」

 

史文恭の声で士郎は荷物を纏めて外に出る。

 

「近くまでは送れますがその後の山中は徒歩で行く必要があります」

 

「わかりました。林冲、セイバー。荷物は大丈夫か?」

 

「ああ。探索用に調整してきた」

 

「食料もしっかり持ちました」

 

「よし。じゃあお願いします」

 

そうして士郎達は一週間の旅に出るのだった。

 

 

――――interlude――――

 

士郎が忍足あずみの捜索に出た後、凛は宝石の調整をしながらため息を吐いていた。

 

「まったく。家出じゃないんだから放っておけばいいのに」

 

「姉さん。そうは言っても先輩ですよ?」

 

「そこよねぇ・・・多少なりとも変わったのかと思ったのにすーぐ人助けなんだから」

 

だが凛は苦笑していた。

 

「でもま。本当に多少なりともは変わったのかな。今回も友達に依頼されたんでしょう?」

 

「九鬼の長男という事だったな。衛宮の立場としては義弟ということになるか」

 

史文恭の言葉になるほどと頷いて、

 

「九鬼・・・英雄、だったかしら。揚羽の弟って」

 

「姉さん。英雄先輩、ですよ」

 

「学校何て飾りなんだからいいの。ただ・・・」

 

ギリィと拳を握る凛。

 

「この私が成績で負けるなんて屈辱だわ・・・」

 

「九鬼先輩に葵先輩、弁慶先輩には勝てませんでしたね」

 

そう。なんとこの川神学園トップをひた走る三人に、凛は勝てなかったのだ。

 

もちろんS組圏内ではあったし、成績も弁慶に迫る4位だったが、川神水なるものを学園で飲むためと称し3位をキープする弁慶に負けるとは、と彼女の中ではショックだったのだ。

 

「大体何よ川神水って。お酒じゃない」

 

「あれは水だ。場酔いができる、な」

 

「酔ってるなら酒でしょ!」

 

「あの、美味しいんでしょうか?」

 

憤る凛だが、桜は味に興味を覚えたようだ。

 

「川神水もピンキリだが、美味いものはあるぞ。大体の人間が川神水から酒を覚える。二日酔いもないしな」

 

「へぇ・・・どんな料理に合うんでしょう?」

 

「酒のツマミは大体合う。酒精はないがくらっとは来るかもしれないな」

 

「前に士郎君が川神水の大吟醸を体育祭で勝ち取ったんだよね」

 

「大吟醸って・・・」

 

「本当にお酒みたいですね」

 

「弁慶ちゃんは酔ってないと震えちゃうから・・・」

 

「・・・ただのアル中じゃない」

 

「あはは・・・」

 

桜も乾いた笑いしか出ないのであった。

 

「話が逸れたわ。士郎の事よ。あいつ頻繁にこんなことしてるの?」

 

「こんなこと、というか大体人様の問題に首を突っ込んでいるな」

 

「まぁ・・・前はテロを止めにも行ってたしね」

 

「・・・。」

 

はぁ、と凛は嘆息した。

 

「テロを止めにって・・・(衛宮切嗣みたいじゃない)」

 

「何か言ったか?」

 

「いーえ。それよりこっちでの士郎の生活、もっと教えてちょうだい」

 

そうは言ったが、結局ため息を吐くことになる凛だった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

車に揺られてはや三日。士郎達は例の森に来ていた。

 

「着きました。ここからは徒歩でしか・・・」

 

「わかりました。いくぞ、セイバー、林冲」

 

「了解だ」

 

「了解です」

 

車を降りかすかに道になっている場所を発見。そのまま地図に従って歩いていくと・・・

 

「なんだ、あれは」

 

「士郎?」

 

「どうかしたのですか?」

 

士郎の戸惑った声に二人が前を注視する。すると、

 

ざわざわと何かが蠢いている洞窟に着いた。

 

「あれは・・・」

 

「毒蜘蛛だ!」

 

明らかに危険そうな洞窟だった。

 

「トラップが仕掛けてある以上、この先が風魔の里だな」

 

しかしこの蜘蛛をどうするかだが、

 

「シロウ。こちらに看板が」

 

「なになに・・・『この先毒蜘蛛注意』」

 

「なんでわざわざこんなものを?」

 

普通ならありがたいものだが、こんなに洞窟全体が蠢くほどの蜘蛛の中に入るものなどいない気がする。

 

「この中を通るものがいるのでしょうか?」

 

「いるとしたら風魔の人間だが、それにしたって看板にするなんておかしい。これじゃあこの先に何かありますよ、って言ってるようなもんだ」

 

ふむ、と士郎は考え、ふと、

 

「・・・まさか」

 

実にくだらないことを思いついた。

 

そのまま無手で洞窟に進む士郎。

 

「士郎!?」

 

「いけません!いくら貴方で、も?」

 

士郎が一歩洞窟に踏み入った瞬間、黒いざわめきが、ざあっと動いて道が出来た。

 

「『退()く蜘蛛』・・・ね。なんだこのくだらんダジャレに釣り合わない危険さは」

 

「「・・・。」」

 

「まぁいい。二人とも、行こう」

 

士郎の言葉に従って洞窟を抜ける。すると、

 

「まさに隠れ里って感じだな」

 

質素で落ち着いた雰囲気の里に着いた。

 

「これはこれは・・・随分と物騒な気じゃなぁ」

 

「貴方は?」

 

ひょっこりと通りすがったと言わんばかりに出てきたのは学園長ほどではないが、白髭を蓄えた老人。

 

「わしはここ、風魔の里の長老をやっておる。君らはどちら様かのう」

 

「俺は衛宮士郎。風魔の里の忍足あずみを探してここに来ました」

 

「私は林冲」

 

「セイバーです」

 

「衛宮士郎・・・最近話題の英雄か」

 

「よくご存じで・・・」

 

こんな所にまで英雄の名が通っていようとは。

 

思わず苦笑してしまう士郎だった。

 

「あずみを探しに来たと言っておったがどうしてここが?」

 

「道中は九鬼が送ってくれたので迷わず来れました」

 

「急に里帰りなんかするからなんかあったのだろうとは思ったが・・・仕方ないのう・・・こちらに来なさい。お茶でも出そう」

 

「いえ、結構。忍足あずみはどちらに?」

 

「心配せんでもあずみは稽古中じゃよ。・・・警戒せんでも茶に毒など仕込まんわい」

 

「睡眠薬などでは「ないない」・・・士郎」

 

どうする?と視線で問われた士郎は仕方なく、

 

「では稽古が終わるまで」

 

そう言い切って一室に招かれた。

 

 

 

「長老、お茶です」

 

「おうおう。ありがとう」

 

「いえ、お客人もゆっくりして行ってくださいね」

 

「さ、召し上がれ。数少ない特産品じゃ」

 

「・・・。」

 

「すまない。外で飲食することは控えている」

 

「いただきましょう」

 

無言の士郎に対し林冲は遠慮し、セイバーは静かにお茶を頂いた。

 

「警戒はもっともじゃが、その調子では先が思いやられるわ」

 

「・・・視線が多いので」

 

士郎は言葉少なくそう言った。

 

事実、この里に来てから妙に視線が痛い。今も穴が開くほど見られている。

 

「ああー・・・これ、バレとるぞ。出てきなさい」

 

ガラ!パタン!ひょっこりと押入れ収納の中から、天井裏、床板から沢山のくノ一・・・には満たないだろう子供たちが姿を現した。

 

「長老この人たち誰ー?」

 

「テレビでやってたえいゆうさんだ!」

 

「サインサイン~」

 

わらわらと出てくる子供達。その様子に風魔の長老もため息を一つ。

 

「お前達、あずみとの稽古は?」

 

「これも稽古ー」

 

「里にやって来た人の監視ー」

 

「・・・あずみめ、後ろ暗いからと子供達をけしかけよったな」

 

「えいゆうさん、名前何ていうのー?」

 

「衛宮士郎だよ。君達に忍術を教えているお姉さんは何処かな?」

 

「あずみ~?」

 

「あずみは滝行にいったよ~?」

 

随分な徹底さである。長老も同じ事を思ったのか、

 

「完全に逃げとるわ」

 

「だな。士郎、どうする?」

 

「仕方ない・・・長老、しばらく滞在する許可を貰えませんか?」

 

「良いぞ。わしも気になっていたことがあっての・・・これでもわし、里の長老じゃからその人物の先天的な能力とかわかるんじゃが・・・」

 

「?」

 

「黒髪の・・・林冲と言ったか。お嬢さんは棒術の方が得意そうだのう。なぜ槍なんじゃ?」

 

「!?どうしてそのことを・・・」

 

「林冲、そうなのか?」

 

「槍も棒術が使えないとは言いませんが・・・」

 

「い、いや違うんだ!ほら!棒術使いがもう既にいるだろう?だから私は槍にしたんだ」

 

「そういえば・・・」

 

確か以前衛宮邸にも招いた史進という少女が棒術使いだったはずだ。

 

「金髪のお嬢さん、セイバーさんは突き詰めるところを突き詰めとるのう。槍も扱えそうじゃが」

 

「セイバーが槍?」

 

「馬上槍です。昔はそれで決闘も少なくなかったので」

 

槍は槍でも西洋槍という事だろう。よく、『パラディン』なんていう名前が付いたりもするが。

 

「そして衛宮士郎君。正直わしにも未知数なんじゃが・・・お主、恐ろしい気の才能があるのう」

 

「は?」

 

士郎は何を言われたのか分からなかった。

 

「やっぱり気づいておらんかったか。お主の気の才能はあの武神にも迫るかもしれん。どうじゃ、気の開放、していかぬか」

 

「・・・」

 

ここに来たのは忍足あずみを探しにだ。決して自分の能力開発の為じゃない。

 

一瞬断ろうかと思ったが、

 

「断るのは結構じゃがやめといた方がいいぞい?このままじゃと君は一生二流止まりじゃ」

 

「・・・っそれは」

 

それは衛宮士郎の限界ではなかったのか?担い手ではなく、創り手としての違いではないのだろうか?

 

悩む士郎にセイバーが言った。

 

「シロウ。いずれにしても滞在しなければならないのですから、気とやらの開放をした方がいいのではないでしょうか?」

 

「セイバー・・・」

 

「私もそう思う。士郎はいつも二流止まりだって蔑むけど・・・士郎は魔術という異能も特化型だから気も同じなんじゃないだろうか?」

 

林冲の言葉に長老は頷き、

 

「その、魔術?とやらはわからんが気の才能があるのは本当じゃ。逆に、よくこの状態で今まで気づかなかったなと、わし、驚いておるんじゃが・・・」

 

「・・・その気の開放には何か不備が生じたりはしませんか?」

 

「これだけの気じゃからのう・・・ちょいと地球が動転しそうじゃが問題なかろう。お主の身体は膨大な気ではち切れないのが不思議なほどじゃ。いや、その体に無理やり押し込め続けたのが原因かもしれないな」

 

「・・・もしや」

 

魔術の誤った鍛錬。あれが気の鍛錬に酷似していたのではないだろうか?

 

それしか考えられない。またはこの世界に来て辻褄合わせとしてこの身に気が宿ったのか。

 

いずれにせよ絶好の機会。絶好の機会だが・・・

 

「・・・本来の目的を忘れるわけにはいかない」

 

「そういえばお主、九鬼に送ってきてもらったちゅうとったが、依頼は九鬼か?」

 

特に後ろめたいこともないので士郎は、はい、と返事をした。

 

「何があったかも聞いておきたいところじゃが、お主しゃべりゃせんの。まぁいい。ともかくあずみにも時間が必要なようじゃしやっていけ」

 

「仕方ない・・・林冲、セイバー。何かあったら頼む」

 

「大丈夫だ。士郎は万全の態勢で臨んでほしい」

 

「忍足あずみも逃げないでしょうから、頑張ってくださいシロウ」

 

二人に力強く頷かれて士郎は諦めたように、

 

「ではお願いします」

 

そう、言った




突然の士郎強化案件でした。あずみさんはもうちょい時間かかります。

主人公強化ってなんかワクワクしますよね。私もスーパーなロボットのゲームで何度となくキター!!!って思いました。

今回の士郎強化は今後の布石です。だってね…オニュクス王国編見てたらね…学生が重火器とやり合ってんだもの……うちの強つよ士郎でも川神補正がないと普通に穴だらけですやんと思いました。どこかで主人公強化は入れようと思ってましたがこのタイミングかー。書いてる自分が一番不思議です。まぁこのタイミングで私の下にプラスディスクが来て、卒業式を見れたのが運命という事で。賛否両論あるかもですがこの路線で行きますのでよろしくお願いします。


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夢/明日

皆さんこんばんにちわ。歯の治療が一向に進んでいないような気がする作者でございます。

今回はあずみメインの話になるかなと思います。そして気の開放という限界突破的なことをした士郎の話し。

色々言いたいけれどまずは、ここまで見てくださっている方ありがとうございます。あんなに怖がっていた私の小説も90話を越えました。まだまだ妄想を形にしていきたいのでお暇な方で面白いなと思った方はみてやってください。

では!


――――interlude――――

 

その日、川神では強大な気の発生に(おのの)いていた。

 

「なんじゃ!この気は!?」

 

「地を覆い天をも貫く気の奔流(ほんりゅう)・・・!モモヨ!何かしたのかイ!?」

 

「何もしてないぞ!なんだこれ・・・私並じゃないか!!」

 

「うわぁ・・・これ敵にしたら絶対ダメな奴。モモちゃん。本当に私以外にあの技使ってないの?」

 

「本当だって!今まさに燕の稽古してただろう!?それにこれは私のじゃない!これは――――」

 

ズグン・・・

 

「うぐ!」

 

左目が痛むように膝をつく百代。

 

「モモ!」

 

「モモちゃん!」

 

「大丈夫、だ。これは・・・士郎・・・?」

 

パスを通じて繋がりが強く感じられるようになった。

 

「モモ、お主解析眼が解放されておるぞ!」

 

「やっべ・・・」

 

さらに強化されたであろう解析の魔眼が多種多様あらゆる情報を高速で読み取り、

 

「・・・。」

 

ドサ!と倒れた。

 

 

各地でも

 

「!!士郎、君!?」

 

「どうしたの義経」

 

「おー?寂しいのか、主ー」

 

「違うん、だ。パスから流れてくる力が・・・あう」

 

「義経!?」

 

 

 

 

 

「この気は士郎せんぱ・・・!?」

 

「まゆっち?まゆっち!?」

 

 

 

 

 

「くう・・・!?」

 

「マルさん!?」

 

「大丈夫、です・・・」

 

「どうしたんだ!?」

 

「お嬢、様、少し休めるところにつれて行ってもらえますか・・・?」

 

「わかった!急患だ!通してくれ!」

 

 

 

 

もちろん揚羽にも――――

 

「この気は!?」

 

「わかりません!しかし風魔の里方面かと!」

 

「揚羽!大丈夫か?」

 

「はい・・・体が火照るようですが・・・」

 

「姉上肩に・・・!」

 

「これは――――士郎の文様が・・・」

 

ドクドクと焼けるような強烈な力が流れてくる。

 

「揚羽様!」

 

「ヒューム!」

 

「大丈夫だ・・・ヒューム」

 

「はい・・・これは揚羽様の気に混じって別な奴の気が――――」

 

「出所は分かっておる・・・これはどうすればいい?」

 

「気を発散させるしかないでしょう。いいか――――」

 

 

この他にも気を感じ取れる者。強者を感じ取れる者は一様に動転していた。

 

 

「おいおいおい!これマジでやばいんじゃねぇのか!?」

 

「落ち着きな天」

 

「こりゃたまげたぜ。キレたタツ姉をこえてやがる!」

 

「師匠?」

 

「あーこりゃやばいのが生まれたな。(チッ・・・百代なみじゃねぇか・・・!!)

 

 

「!」

 

「どしたー?ワン子」

 

「空に何かあるの?」

 

「はいダーリン、あーん」

 

「あーん・・・」

 

「京は相変わらずだけど」

 

「モグモグ・・・なんか強い奴でも現れたか?」

 

「うん・・・!ちょっと行ってくる!」

 

「行っちゃったよ・・・」

 

「てかコレやばくね?俺様の筋肉にも鳥肌が・・・」

 

 

 

 

 

「これは!」

 

「ほう、武神クラスか。世の中にはいるものだな」

 

「史文恭。どうしたの?」

 

「喜べ!凛!我らの男が強くなって帰ってくるぞ!」

 

「はぁ?ていうより清楚、貴女口調が・・・」

 

「こいつは気が滾るとこうなのだ。放っておけ」

 

「なっ・・・放っておけは無いだろう!?」

 

「やかましい。その状態になったお前は書斎にはいらん。丁度いい。凛、こいつを連れていけ」

 

「く・・・この・・・」

 

「ああーはいはい。こっち。こっちよ」

 

「ぬあ!?凛!?」

 

「史文恭お姉様?」

 

「なに、お前が気にすることはない」

 

 

など、あらゆる場所で強烈な強者の誕生を感じ取っていた。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

一方士郎達はと言うと・・・

 

「こんなんでいいんですか?」

 

「うむ。ツボを押して段階的に開放しないとまずいからな」

 

針治療のようなものをしていた。

 

「・・・う・・・」

 

「寝れるなら寝るとええ。多分、無理じゃがの」

 

段々と士郎が呻くようになっていた。

 

「よし、これで終わり・・・っと。いい仕事したわい」

 

「おいジジイ!!何しやがった!」

 

慌てて来たのだろう髪の毛から雫が滴るあずみが現れた。

 

「あ、家出娘」

 

「やかましい!!それより答えやがれ!お前衛宮の身に――――」

 

何を、とは続かなかった。

 

「忍足あずみ・・・」

 

「衛宮!?」

 

「驚いた。その状態で正気を保っておるのか」

 

「このタヌキが・・・よくもまぁ言う・・・」

 

「何も危険なんかありゃせんわい。寝とればじき落ち着く。開放寸前、直後は気が爆発して苦しいだけじゃ」

 

「気の開放!?」

 

「そうじゃ。なにしろ緒がはち切れそうだったから開放しちゃった」

 

「開放しちゃった、じゃねぇ!どうすんだこんな化け物世に放ちやがって!」

 

「どうするもこうするもないじゃろ?なんか問題でもあるのか?」

 

「ッ・・・」

 

あずみには何も言えなかった。

 

「忍足あずみ・・・九鬼が問題を起こさない限り・・・敵にはならん・・・長老、この状態はいつまで続く・・・?」

 

「その調子なら三日、と言った所か。あずみお前が看病せい」

 

「は!?なんであたいがしなくちゃならねぇんだよ!」

 

「衛宮君のお連れさんは稽古で預かるでな。なぁにいい男じゃし、問題なかろ?」

 

「そういう問題じゃ・・・」

 

「ほっほ!じゃ!そういう事で!」

 

シュタッと長老はいなくなってしまった。

 

「・・・。」

 

「忍足あずみ、この針はまだ刺しておかなければならないのかね・・・?」

 

「・・・だぁーもう!!あのエロジジイ覚えとけよ・・・」

 

ゆっくり、ゆっくりと針を抜いていくあずみ。

 

「針は全部抜いた。仰向けになりてぇんだろ?」

 

「ああ・・・後は自分で・・・何とか・・・」

 

ぐったりと士郎はそのまま気絶してしまった。

 

「・・・。」

 

ゆっくりと仰向けに寝かせてやるあずみ。

 

「っく、おっも・・・」

 

しかし彼女の細腕では彼の身体を支えきれず、

 

「ぐあ!?」

 

ドタン!

 

「っててて・・・」

 

もつれ合うように一緒に倒れてしまう。

 

「・・・?うわぁ!?」

 

びっしりと引き締まった彼の身体に抱き着くようになっていたあずみは慌てて起き上がる。

 

「・・・。」

 

思わずじっと見てしまう。そのくらい見事に引き締まっていた。

 

「あ、あたいは英雄様一筋だし!(ブンブン)」

 

誰に聞かれるでもないのに言い訳がましいことを言うあずみ。

 

「スゥ・・・スゥ・・・」

 

「・・・。」

 

この体が主を、揚羽様を誑かした。

 

「・・・(ゴクリ)」

 

やはりもう一度頭を振って妄想を追い出す。

 

「そうだ・・・あたいは猟犬じゃねぇ・・・」

 

言い訳をするように部屋を出て行ったのだった。

 

 

――――interlude――――

 

それは、不思議な夢だった。

 

いずれ辿る自分は何か大きな戦いに身を投じていた。

 

そのどれもが死闘の連続。英霊としては末席に過ぎない自分では、ついていくのも辛い危険な旅。

 

ただしそのどれもが――――

 

『大丈夫。エミヤを信じてるから――――』

 

希望と誇りに満ちた旅だった。数多の英霊を従える中、彼/彼女が、全幅の信頼を置いてくれていたのは自分だった。

 

「ああ――――」

 

そんな旅なら例え地獄に落ちるとしても。

 

こんなあり方もいいんじゃないかとそう、思った。

 

 

 

 

 

「つつ・・・ここは」

 

巨大な歯車が地に落ち、空は青空が広がる中その男はいつもの様に膝を立てて座っていた。

 

「まさか、こちらがもらうことになろうとはな」

 

「・・・アーチャー」

 

「何をしているのだ未熟者め。さっさと立って剣を取れ」

 

「え?」

 

「稽古をつけてやる」

 

「なっ・・・」

 

神速で踏み込まれるよりも早く、士郎は足元の剣を引き抜き叩きつけた。

 

「っつあ!!!」

 

「む・・・」

 

じりじりと脳に何か焼き付かされる。

 

「・・・はぁ。この感じ。そう何度も繰り返さないでほしいものだが」

 

「っるせぇッ!これはお前の――――」

 

そこまで言って疑問を覚えた。なんだ?気の扱い(・・・・)とは本当にコイツの記憶か?

 

「こちらも暇ではない。とっとと事を済ませ――――」

 

ドン!と双剣が大上段から叩きつけられる。それをバックステップで躱し、右手の干将を叩きつける・・・!

 

ジジジジ……!!!

 

「ぐあ!」

 

「くっ・・・!」

 

互いに苦悶の表情を浮かべながら、ガン!キィン!と何度も砕ける剣を取り変えては戦い続ける二人。

 

「・・・ッ!貴様の阿保さ加減にはほとほと呆れるな!なんだこのふざけた力は!!」

 

「テメェ、が!言うんじゃねぇ・・・!!」

 

気とは体内を巡る非現実的な力。それを両足に、

 

否。

 

両腕に

 

否。

 

全身に――――

 

そうして研ぎ澄まされて行く。気というエミヤシロウには存在しなかった要素(ファクター)が組み込まれて行く。

 

何度振るい続けたかいつの間にか自分に揺らめきのようなものをみて、

 

「・・・ッ」

 

それをぎゅっと体内に密集させた。

 

「「これで――――」」

 

「「終いだ――――!!!」」

 

最後は、互いの身体を互いが切り伏せた。

 

 

――――interlude out――――

 

「・・・はっ!?」

 

バサ!と布団をまくり上げてはっはっはっと息を荒くする。

 

「・・・ここは」

 

風魔の里の一室だ。自分は上半身裸で眠っていたらしく汗がすごい。

 

「はぁ・・・夢・・・?」

 

その割には何か手ごたえのようなものを感じる。

 

「・・・。」

 

己の内を巡る力に目を向ける。

 

ゆっくりと、流れを見るように――――

 

「ううん・・・」

 

「?」

 

何やら苦悶の声が聞こえて士郎はハッとする。

 

「忍足あずみ・・・」

 

起こしてしまわないように、声のトーンを落として士郎はつぶやいた。

 

「あずみだけ?セイバーと林冲は――――」

 

とにかく上着を着ようと探すが見当たらない。

 

「うーん・・・あ・・・いた♪」

 

「!?」

 

バタン!と予想外の人物に押し倒される。

 

「・・・忍足あずみ?」

 

「・・・。」

 

はっはっはっはと飢えた犬の様に息を漏らしてこちらを見るあずみ。

 

「逃げたら――――」

 

「あず・・・ムグ!?」

 

「め――――ちゅ」

 

唇を貪られる士郎。

 

(なにがなんだかわからないがこれはまずい――――!)

 

何故あずみがこんなことになっているのか時間は巻き戻る。

 

 

 

 

あの後あずみは士郎を丁重に看病していた。

 

汗を拭い、薬湯(あずみ汁)を飲ませ、季節外れの風邪などひかないようにする。

 

そんなことを三日続けたわけだが、薬湯を飲ませる。これがいけなかった。

 

「おい。飲みな」

 

「・・・。」

 

「・・・ッチ」

 

発汗が激しいため、水分を取らせなければまずいそこでいつも英雄や九鬼一家に出す薬湯を準備したのだが、

 

「飲みやすい・・・はずなんだけどな」

 

一口ゴクリと飲んでも何も問題はない苦いこともないし清涼感も失われていない。

 

だが士郎は一向に自力で水分を取ることが出来ないでいた。

 

このままでは脱水症状で死ぬ。そう判断したあずみは仕方なく、

 

「ん――――」

 

口移しで飲ませた。

 

「あたいの唇奪いやがって」

 

ガツンと蹴とばすが、彼の身体はその程度ではどうにかなる訳もなく。

 

「・・・。」

 

ふと、あずみは違和感を覚えた。

 

「なんだ――――」

 

瞬間、

 

「!!!」

 

ビリビリと脳が焼けそうな刺激に襲われた。

 

「なんだ・・・これぇ・・・」

 

まるで熱病に狂ったかの様に顔を赤くして息を荒くするあずみ。

 

脳を直接刺激するような違和感にあずみは、

 

「毒・・・?」

 

まず最初にその可能性を考えただが、

 

「・・・違う。衛宮はそのタイプじゃねぇし何よりあたいの身体は――――」

 

毒が効かない。それはアルコールにすら適用されるほどで、万が一にもその可能性はあり得ない。

 

では他になにが――――

 

と薬湯の入った水差しを見る。

 

「いや、そんな馬鹿な・・・」

 

まさかさっきの口移しが?と一瞬考えるあずみ。

 

「いや、いやいやいやちょっ・・・まて」

 

まさかとは思うが、

 

「体の相性・・・いいんか・・・?」

 

そういえばさっきの刺激には強弱の差があれどあった気がする。

 

あれは確か――――

 

『そらまた気を放出しているぞ』

 

『導いたのだから後は維持するだけだ』

 

「あ、ああー・・・」

 

思わずガシガシと頭を掻くあずみ。そうだ。この可能性は以前からあった。

 

今の士郎はユラユラと体から気が自然と放出されている状態。

 

その上でだ。口という粘膜をこすりつけでもしたら――――

 

「・・・(ブンブンブン)」

 

スーハースーハーと深呼吸。

 

「ダイジョウブ。アタイ、ヒデオサマヒトスジ」

 

と片言の様にいい、

 

「んあ・・・」

 

一日目。

 

「くぅん・・・」

 

二日目

 

「んく・・・」

 

三日目

 

「はっはっはっは」

 

と、こんなことがあったのである。

 

当然士郎はそんなこと知らずに眠り惚けていたわけで・・・

 

「まて、まてまてまて!忍足あずみ!ズボンに手をかけるな!!!」

 

「?」

 

「自分のにでもない!!!」

 

「もう・・・め」

 

「アッー!!!」

 

結果的に美味しく頂かれてしまうのだった。

 

 

――――interlude――――

 

「?」

 

「どうしたのですか?リンチュウ」

 

「今士郎の声がしたような」

 

「気のせいではありませんか?風魔長老が言うには三日かかると言っていましたし。今も眠っているはずですよ」

 

「・・・そうだろうか」

 

セイバー達は秘伝の奥義だ、という事で別室があてがわれていた。

 

「忍足あずみがいることだし大丈夫か」

 

「リンチュウ。そのオシタリアズミの事をよく教えてくれませんか」

 

「・・・セイバー。その特徴的な発音は士郎だけにしておいた方がいいぞ」

 

「?聞き苦しいですか?」

 

「士郎くらいならまだしも私の名前くらいになると聞き取りにくいかもしれない」

 

「わかりました」

 

リンチュウ、林チュウ、リン冲・・・と何度か練習し、

 

「林冲」

 

「ああ。やれば出来るじゃないか」

 

「今まで指摘されたことがありませんでしたから」

 

「忍足あずみはいけそうか?」

 

「待ってください・・・」

 

忍足あずみの名前を何度も繰り返すセイバーに、

 

「忍足は苗字であずみが名前だぞ」

 

クスリと笑ってそう教えてあげる林冲

 

「・・・忍足、あずみですね」

 

「そうそう。彼女は女王蜂とも言われていて――――」

 

傭兵時代のあずみの事で盛り上がる林冲とセイバー。

 

――――この後、セイバーが特殊な発音を用いるのはシロウ、リン、サクラの三人だけになった。

 

 

 

 

ちなみにアンなことやコンなことが起こっている屋根裏では、

 

「忍足あずみ、完成じゃのう・・・」

 

フォフォフォと似合わないバルタン笑いをする風魔長老がいたのだった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

翌朝。

 

「っは!?(二回目)」

 

翌朝目が覚めた士郎は、

 

「スゥ・・・スゥ・・・」

 

「・・・。」

 

裸で絡み合うように眠っていたあずみを見て、

 

「・・・どうしよう」

 

首をへし折られても文句が言えないかもと士郎は頭を抱えた。

 

「ん」

 

「あ」

 

ぱちりとあずみが目を覚まし、

 

「わかってる。わかってるから声は」

 

「ギャー!!!」

 

襲ってきたのはそっちなのにぃ!という士郎の声は悲鳴によってかき消されるのだった。

 

 

 

「くあ~・・・」

 

グイーっと凝り固まった体を解す。そしてこの晴天を・・・

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

気まずかった。とてもとても気まずかった。

 

こっそり見てくる。凄くこっそり見てくる。

 

「(中々の気配遮断だな)」

 

「(夜を思い出して頭ブンブン)」

 

どうやらあずみも昨晩の事を覚えているようで、

 

「あー・・・その、なんだ。俺は気にしてないから・・・」

 

「!」

 

「え?ちょ、あずみさん・・・?」

 

ズンズンと歩いてくるあずみに及び腰になる士郎。

 

目の前に来たあずみは士郎の首元を引っ張り、

 

「お前は!お前は・・・その、あたいを女にした」

 

「ああ・・・すま「謝んな!!!」はいー!」

 

中腰なのにビシとする士郎に、

 

「女にしといて、気にしてないとか・・・言うなよ」

 

「・・・。」

 

パッと両手を離し士郎が直立不動なのを見ると、

 

「い、いいか!あたいはもうお前の女だ!きっちり幸せにしやがれ!!」

 

「・・・ああ。了解した」

 

突っ張り切れていないあずみにクックックと笑って、

 

「そういえば」

 

「あん?」

 

「昨夜屋根裏に翁が居たようだが」

 

「・・・。」

 

「どうする?」

 

「「〆る」」

 

あっははは!と笑って士郎とあずみは肩をぐるりと回す。

 

「三日も眠り惚けやがってよぉ・・・鈍ってねぇだろうな?」

 

「なに、力は湧き上がるようだ。今までにない力を感じるよ」

 

コキン、ペキンと骨を鳴らして、

 

「んじゃ」

 

「いってみますか」

 

ドン!と二人駆けだす。

 

「遅い!」

 

「お前と一緒にすんじゃねー!!」

 

物凄いスピードで駆け抜ける中、風魔長老がこちらに気付いた。

 

「!」

 

シュッと一息の内に視界から消えるが士郎の鷹の目はその後ろ姿を見失わなかった。

 

「あんのクソジジイ「乗れ!」おう!」

 

「ちょ・・・」

 

「往生せいやー!!!」

 

「ぎゃああああ!!?」

 

ここに悪は成敗された。

 

「で」

 

「いう事があるだろう?」

 

「はい・・・・」

 

林冲とセイバーの下で正座させられている士郎。

 

林冲は槍を装備しセイバーはフルアーマー(風王結界あり)である。

 

「ぷくく・・・」

 

顔を赤くしているのを自覚しながら笑うあずみ。

 

「英雄様・・・ありがとうございました」

 

フハハハと笑っているだろう主にお礼を一つ。

 

「忍足あずみ!」

 

「お前もだろう!」

 

「いっけね」

 

激怒する二人に呼ばれて渋々出て行くあずみ。

 

シュッと降り立ったかと思えば、

 

「忍足あずみどう「走れ!」!?」

 

一目散に逃走した。

 

「いいのか!?林冲はともかくセイバーは早いぞ!?」

 

「あたいにあの騎士王様がどんくれえ早いのか想像もつかねぇよ!」

 

「それでは!?」

 

「お前の足任せだ!!」

 

ボン、と煙幕を焚くが

 

「!」

 

それを切り裂きセイバーが猛追してくる。

 

「やばいぞ宝具だ!」

 

「あん!?騎士王様といやあ・・・剣か!」

 

約束された(エクス)・・・!!!」

 

「ちょ、ま、それはシャレにならな」

 

勝利の剣(カリバー)ッ!!!」

 

黄金の光に呑まれる二人。

 

でも

 

「・・・クッ」

 

「はは・・・」

 

仲良く手は繋がれていたとさ。

 




はい。若干短いですがこんな所でしょうか。もうちょっとあずみ関係は続くので書き続けても良かったんですが、とても切りよく書けたので投稿しました。

あずみは毒が効かない(酔わない)生活を送っていましたが今回は男に酔ったという事です。

実際は士郎との気の相性が良すぎて暴走してしまった感じですね。今後の描写で出てきますがきちんと剣の文様も刻まれております。

セイバーの発音の話し。実は知ってる方も多いと思いますがセイバーは基本的にカナ字発音なのですがそれだと収まりの悪い印象の場面が多かったので今後はシロウ、リン、サクラだけにしました。タダカツとかモロオカとかなんとなく居心地の悪さを感じまして。

二話連続投稿ですが楽しめてもらえたら嬉しいです。

では次回!


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波及

皆さんこんばんにちわ。最近もっぱらリンゴが主食の作者です。

今回はあずみの事を少しと強化された士郎の確認回となりそうです。

前話、前々話で超強力な強化を得た士郎の四苦八苦する姿を書ければいいなと思います。

では!


――――interlude――――

 

 

晴天の中、九鬼ビルでは。

 

「うむ。うむ・・・なんと!そうか・・・」

 

九鬼英雄は士郎からの電話を取り、事の顛末を聞いていた。

 

『というわけで一応乗り切れたみたい、なんだが』

 

「あずみまで嫁にしてしまうとは・・・兄上も隅に置けませんなぁ・・・」

 

『悪い。怒ってるか?』

 

「いや!そうではない。我はあずみを娶らなかった身。どうこう言う権利などないように思う。しかし兄上よ。どうかあずみを幸せにしてやってくれ」

 

『もちろんだ。あずみ、君は今休暇中なんだろう?どうする?』

 

問われたあずみは士郎から電話を受け取り、

 

『英雄様。あずみです』

 

「おお!あずみ!心配したのだぞ。大事ないか?」

 

『は、はい。先ほどの件を除けば・・・ですけど』

 

「なに。兄上にはよろしく頼んでおいた。全力で幸せにしてくれよう!」

 

『はい。それで休暇の件なのですが・・・』

 

「よい。あずみは働きづめだったからな。そのまま有給を消化するのもよかろう。ただ・・・我としては有給消化は後に取っておいた方がいいと思うぞ?」

 

『はい?それはどういう――――』

 

「新婚になってからは色々と忙しくなろう。その時の為にほどほどに貯めておいた方が良いということだ」

 

『!!英雄様・・・』

 

「うむ。我もお前の事を気にかけている。上司として、だが。そしてお前も我が守っていく一人よ!無事に帰ってくることを待っているぞ」

 

『ありがとうございます!』

 

「うむ!では兄上に代わってもらえるか?」

 

など。事後報告ではあるが士郎とあずみはきっちりと英雄に報告していた。なにも後ろ暗いことが無いよう、しっかりとした報告だった。

 

『代わったぞ。どうした?』

 

「うむ・・・こちらも深刻なので兄上には早く帰ってきてもらいたいのだが・・・」

 

なんでも、揚羽が微熱のような状態が続いているとのこと。他にも川神百代、黛由紀江、源義経、マルギッテも同じ症状だという事だ。

 

「何故かはわからぬが、皆微熱ながらも元気が有り余っている状態のようだ。恐らく兄上が風魔の里で何か起きたのが原因ではないかというのが姉上の証言だ。なにか変わったことは無いか?」

 

『変わったこと・・・あ、英雄。俺、気って奴に目覚めたらしい。そのせいじゃないかな・・・』

 

「なんと!?兄上は魔術だけでなく気も扱えるようになったのか!なにか巨大なものが発現したと報告を受けていたが、兄上だったのか!」

 

『俺、正直魔術の素養は無いんだ。でも気って奴には恐ろしいほど適正があったらしくてな、ちょっと待ってくれ・・・』

 

一呼吸置いて士郎は、

 

『うん。抑えきれない気がパスを通じて流れていたみたいだ。今止めたからじきに良くなると思う』

 

「そうか!いやはやヒュームが言うには武神なみという話だったから何事かと。それならば九鬼も安泰だな!」

 

『過信はしないでくれよ?俺も人間だ。いつ死ぬかなんて・・・あいたっ・・・んん。分からないし。それに人クローンだって大量にやったら俺も動くからな』

 

と士郎は釘を刺した。途中何やらあったようだが、ともかく士郎はそう言った。

 

「わかっている。今後は兄上の意見も含めて議論をする。ともかく兄上、ありがとうございました」

 

『ああ。こっちはもう風魔の里を出てる。三日後には着くだろうから安心してくれ。じゃあな』

 

「うむ!」

 

ピ、と電話が切られる。すると、

 

「フハハハ!九鬼揚羽再臨である!」

 

「おお、姉上!」

 

揚羽がはつらつとした様子で現れた。

 

「調子はいかがですか?」

 

「うむ。微熱のようなものはなくなった。やはり士郎か?」

 

「そのようだったようです。それと別件で・・・」

 

英雄はあずみの事を揚羽に話す。

 

「またか!しかし身内からとはな・・・よかろう!後は任せるがよい!」

 

「兄上もそうですがあずみのこと、よろしく頼みます」

 

「うむ。しかしあずみか・・・何か面妖なことでもあったのか?終始英雄に執着していた様子だったが・・・」

 

「そ、そうですか?」

 

「なんだ英雄。気付いてなかったのか。あれに気付かぬのなら・・・お前はあずみに相応しくなかろう」

 

「ぐっ・・・」

 

痛い所を突かれたと英雄が呻く。

 

「ま、もう済んだことよ。あずみにはルールの説明をせねばな・・・」

 

フッフッフと怖い笑い声をあげる姉に、英雄は苦笑を漏らすのだった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

ところ変わって九鬼の車の車内では。

 

「あたいを嫁にしといて早々に死ぬとか言うな!」

 

「悪い悪い・・・でも必要なことだろう?」

 

正直セイバーの宝具で死にかけた身としては冗談ではない。

 

「忍足あずみ、いい顔してるな」

 

「まったくです。シロウも気楽なものですね・・・」

 

「いや、ちゃんと話し合った結果だよ。大丈夫俺はもう受け入れることにしたから・・・」

 

ハッハッハと固まった表情で言う士郎。

 

「しっかし、お前に気の才能があるとはなー・・・完全に武神じゃねぇか」

 

「あずみ、それはちょっと・・・」

 

「ちょっともかかしもあるか!今回の事で正真正銘の武神になったんだからちっとは用心しろ!」

 

ボカ!

 

「あいたっ!もう一々叩くなよ・・・しかしそうだなぁ・・・気か」

 

少しならばよかったが、これ程になると鍛錬法を変えねばなるまい。

 

「とりあえず車内でも出来る気配探知からしてみたらどうだろうか?」

 

「林冲の言う通りですね。シロウは視線や目線を感じ取ることが出来るのですから気配探知が出来れば尚いいでしょう」

 

「そうか。じゃあやってみるか・・・」

 

スッと瞑想の様に目を閉じる士郎。

 

(この流れる力を広く・・・薄く・・・)

 

まるで雫の滴りを感じるように・・・

 

「・・・すげぇな」

 

思いのほかさらりと集中する士郎にあずみは驚いたように言った。

 

「士郎は瞑想もよくやっていたから」

 

「魔術の使用にも集中力は必要不可欠です。この程度ならばシロウには造作もないでしょう」

 

林冲とセイバーのお墨付きだった。ところが・・・

 

「・・・これ」

 

「どうしたんだ士郎?」

 

「何か不都合でもあんのかよ」

 

「どこまでも拾えるんだが・・・」

 

「はぁ?」

 

「探知用に切り替えると何処までも拾える。これは・・・九州辺りか?」

 

「九州!?」

 

関西である。一体何処まで拾えるというのか。

 

「何処まで拾えるか確認したほうがいいんじゃないか?」

 

「んー・・・そうか」

 

何かに気付いたように、

 

「――――同調、開始(トレース・オン)

 

と唱えた。

 

「うわぁ・・・」

 

ドン引きした声が響いた。

 

「何処まで行けたんですか?」

 

「地球一周した」

 

「「「・・・。」」」

 

「これは探知しすぎだな・・・もう少し狭めて・・・」

 

士郎はおもむろにバンダナを投影して両目に巻き付ける。

 

「・・・うん。問題ないな」

 

「まじかよ」

 

「マジ」

 

試しにあずみが頭をひっぱたこうとすると、

 

「・・・だから、叩くなって」

 

パチンと手を払った。

 

「マジで見えてやがる」

 

「家に着いてからが楽しみですね」

 

「うーん・・・でもこれどう鍛錬するかな・・・」

 

「川神院の鉄心に相談してみてはどうでしょうか?」

 

「ヒュームのジジイに頼むのもありだぞ」

 

「うーん・・・」

 

士郎としては二人のどちらにも借りを作りたくないのだが・・・

 

「学園長に相談してみるか・・・」

 

ヒュームは戦闘力こそ上がりそうだがあまり色々な術を覚えられ無そうである。

 

とりあえず帰りの間は目隠しをして気配探知の訓練だ。

 

 

 

 

 

川神に着くと何故か英雄と揚羽が待ち受けていた。

 

「お帰り。士郎」

 

「ただいま。揚羽、英雄」

 

「ただいま」

 

「ただいま戻りました」

 

「・・・。」

 

「あずみ。心の整理はついたか?」

 

「・・・はい。揚羽様。英雄様も、急にお暇を頂きすみません」

 

「なに、あずみの心が癒えたのなら良かった。またよろしく頼むぞ」

 

「はい!」

 

「林冲、セイバー。お前達にも迷惑をかけたな」

 

「いや、貴重な体験をさせてもらった」

 

「私も少しうっぷん晴らしが出来たので問題ありません」

 

「・・・。」

 

あれは本当にヤバカッタナーと遠い目をする士郎。

 

「皆無事で何よりだ。それより士郎。お前随分愉快なことをしているな?」

 

「愉快じゃないぞ。まったく百代なみの気なんて俺には過分だ」

 

「だができることは増える。違わないか?衛宮士郎」

 

「ヒューム爺さん・・・」

 

その手に紋白を抱いて現れたヒューム。もちろん気配は捉えていた。

 

「兄上ーどんな力に目覚めたのですか?」

 

「どんな、か・・・多分大抵のことは出来るんじゃないかなぁ・・・」

 

バンダナを解き士郎は顎に手を当てて考える。

 

「川神百代のようなことが出来るのですか!?」

 

「紋、流石にそれは「よっと」!?」

 

ぎゅん!と空間に入り込んだかと思えば遠く離れた所にいた。

 

「「シロウ」士郎!?」

 

「あんのバカ・・・!」

 

急に離れ業を成し遂げた士郎はまた空間から現れる。

 

「んーこれ気を使った大道芸みたいなものなのか・・・実際に使ってみると大して捻りが無いな」

 

「膨大な気を使って空間を湾曲させるか・・・揚羽様。衛宮士郎を私に――――」

 

「ちょいと待った」

 

「学園長」

 

「衛宮君。潜在能力の開放おめでとう。武を志す者として、友人として、頼もしい限りじゃわい」

 

「学園長、俺は武道家ではないんですが・・・」

 

「そりゃわかっとるがコントロールの鍛錬は必要じゃろ?どうじゃ、川神院に――――」

 

「おい川神鉄心。俺がこいつを鍛える。横やりはやめてもらおうか」

 

「横やりもなんもお主の所は戦闘技術だけじゃろ。わしの所でなら色んな技教えちゃうぞい」

 

バチバチとメンチきりあっている二人の翁にはぁ、とため息を吐き、

 

「くだらないことで喧嘩しないでください。お二人がバトルしたら九鬼ビルが倒壊します」

 

「しかしじゃなぁ・・・」

 

「プライドというものがある」

 

「・・・この際ヒュームと川神鉄心、両方に教えを乞うのはどうだ?」

 

と揚羽は提案した。

 

「「むう・・・」」

 

「士郎は色々な技を習得したいだろうし、いいんじゃないか?」

 

「潜在能力、素質が解放されたとはいえ今のままでは力を振るうこともままなりません。今の内に教えてもらえるなら受けた方が良いでしょう」

 

「林冲・・・セイバー・・・」

 

「あたいも賛成だな・・・旦那が強くなるならいらねぇ心配もしなくて済むしな・・・」

 

ポソっというあずみ。

 

「そういえば川神鉄心、貴様何故ここへ来た」

 

「そりゃお前、モモの同類を確かめにじゃよ。ああそれと衛宮君。モモの解析眼が発露してしまっての。また強化もされたもんで頭痛に悩まされておる。早く封印してやってはくれぬか?」

 

「百代が?分かりました。すぐ行きます」

 

そう言って踵を返す士郎に、

 

「おい!えみ・・・士郎!」

 

「あずみ?なにか・・・むぐ!?」

 

「その・・・なんだ。嫁が沢山いることは我慢してやっから、浮気、すんなよ」

 

「わかってる」

 

そう言って士郎は林冲とセイバーを連れて先ほどのワープを使用し消えていった。

 

「ほう。見事なものではないかあずみ」

 

「揚羽様・・・」

 

「よいよい。士郎を囲む者は多い方がよいからな。それよりもルールの説明をするからこっちへ来い」

 

「わしが!」

 

「俺だ!」

 

「フハハハハ!この二人がいがみ合うととても止められんな!」

 

「頑張るのだヒューム!」

 

とそんな二人を取り残して英雄と紋白も九鬼ビルに戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

「二人とも、大丈夫か?」

 

「問題ない。百代に一度この技で移動させてもらってる」

 

「私も問題ありません。よくマーリンが面白半分に悪戯していたので」

 

「・・・。」

 

林冲はいいがセイバーはそうでもないんじゃなかろうか?

 

何はともあれ士郎は中距離を連続してワープすることでほんの僅かな時間で川神院に辿り着いた。

 

「っと、到着だ」

 

「あ!士郎!」

 

鍛錬中であろう一子が駆けよってきた。

 

「よう一子。今日も勇往邁進してたか?」

 

そう言って頭を撫でてやる。一子はその頭に透明な両耳を浮かばせて、

 

「もちろんよ~!でもセイバーさんには負けちゃったわ。まだまだね!」

 

「私もそう易々とはやられませんよカズコ・・・おっと一コ、かず子・・・」

 

ゴニョゴニョと名前を練習したセイバーは、

 

「一子」

 

「お、セイバー訛りみたいなの直してるのか?」

 

「はい。ただ、シロウ達は特別です・・・」

 

顔を赤くして俯くセイバーに笑いかけて、

 

「そっか。なんだかくすぐったいな」

 

と綺麗な笑みを浮かべた。

 

「士郎、今時間ある?」

 

「ああ。百代の事だろう?」

 

「うん。ずーっと寝込んでるの。あの解析眼、また目を閉じてても色々見えるみたいで・・・」

 

「丁度いい。俺も川神院に通うことになりそうだから一緒にコントロールの練習だな」

 

「・・・やっぱり、三日前の巨大な気配って士郎だったんだ」

 

「ここまで届いてたか?」

 

「うん。あたしは秘密基地に居たんだけど、こう、ぶわー!って!」

 

「風魔長老め、段階的に開放したんじゃないのか・・・?」

 

額に手を当てて肩を落とす士郎。

 

「いくら段階的でも開放の瞬間はやっぱり爆発したんじゃないか?」

 

「そうですね。あくまで段階的なのはシロウの身体の為だけであって、周囲への配慮まではされていないのでしょう」

 

実は解放時セイバーも林冲も巨大な何かを感じていた。林冲はそれが気だと分かっていたがセイバーは直感が働いたのだ。

 

「カズコー!鍛錬を再開するヨー!」

 

「あ、はーい!ちょっと待っててくださーい!」

 

そう言って一子は院内に入って行った。

 

「俺達も・・・」

 

「シロウ。私も川神院には興味があります。見学しているので行ってきてください」

 

「私も鍛錬に混ぜてもらおうと思う。士郎、まかせた」

 

二人とも外で鍛錬している訓練生の元へと行ってしまう。

 

「・・・気を使わせたかな」

 

独り言ちて士郎は一子の後を追った。

 

「お姉さま!士郎が来たわ!」

 

「ワン子~静かに頼む~・・・」

 

やはり頭痛が酷いのだろう。ぐったりとして袋に入った氷が額に当てられていた。

 

「百代、今楽にしてやるからな」

 

「介錯するみたいに言うなー。とにかく止めてくれ~」

 

「――――同調、開始(トレース・オン)

 

スウッと百代は様々なものが見えていた左目が落ち着くのを感じた。

 

「遅いぞ士郎~」

 

「悪い悪い。思いのほか時間がかかった」

 

甘えてくる黒髪を撫でつつ士郎は周りを見た。

 

(何気に百代の部屋に来たのは初めてだな)

 

意外と整理整頓されている、落ち着いた部屋だった。

 

「彼氏がうちに来た」

 

「何言ってるんだ?」

 

「なんでもない」

 

グイグイと足を引っ張るので何事かと思ったら。

 

「膝枕ならぬ太もも枕か・・・」

 

片膝を立てて座った士郎の足に頭をのせてご機嫌の様子だ。

 

「もう大丈夫そうね!」

 

「ああ。こっちは俺が見てるから鍛錬、頑張ってこい」

 

「うん!」

 

トットットと軽い足取りで一子も鍛錬に戻って行った。

 

「気に目覚めたんだな」

 

「ああ。潜在能力・・・だったらしい」

 

今でもこうして信じられないでいるが今なら素手で百代とやり合えそうな気がする士郎。

 

これは確かに堕落してしまいそうな力だった。

 

「気の鍛錬、うちでするんだろ?」

 

「あー・・・それが、川神院と九鬼の合同になりそうなんだ・・・」

 

士郎は困ったようにガシガシと頭を掻いた。

 

「なんだって!?」

 

「詳しくは学園長に聞いてくれ。俺も正直困ってる」

 

何ゆえに二か所に通わないといけないのか、と士郎は思っていたりする。

 

「ジジイどもめ・・・」

 

カシャ、と額に当てられた氷の袋がなる。

 

「それより大丈夫か?頭痛の方は」

 

「んー・・・収まったけどまだこうしてたい」

 

すりすりと猫の様に匂いをつけるようにする百代に優しい笑みを浮かべて黒髪をなぜる。

 

と、

 

「ん?なんか違う女の匂いがする」

 

「え?」

 

「この匂い・・・あずみさんか!」

 

「!?」

 

ガシ!

 

「お・ま・え!どんだけ美女を誑し込めば気が済むんだ!」

 

「いやこれは・・・」

 

「あん?」

 

「なんでもないです」

 

諦めて士郎は白旗を振った。

 

「まったく・・・お前、魅力振りまくのも大概にしろよ・・・」

 

士郎の手を取ってカプリと甘噛みする百代。

 

「俺に魅力なんてあるかなぁ・・・」

 

「あるんだよ!もう・・・」

 

バタン!

 

「!百代?」

 

「今日はやめとくつもりだったけど・・・お前が悪いんだぞ」

 

そう言って士郎は押し倒されてしまった。

 

 

 

 

 

 

夕方、川神院には由紀江、義経、マルギッテが訪れていた。

 

「大丈夫ですか?士郎先輩」

 

「ああ。みんなにも迷惑かけたな。すまない」

 

「大したことはない。義経は士郎君が無事で嬉しい」

 

「それで、何があったのですか?」

 

「実は――――」

 

士郎は風魔の里で起きたことを説明した。

 

「気の開放ですか・・・」

 

「士郎君はもっと強くなったってことだね」

 

「まだまだ士郎先輩には追いつけませんね・・・」

 

「反り立つ壁だよなー」

 

「それで何だけど、正直俺一人じゃ持て余してるんだ。だからみんなに供給出来れば、みんなを強くできるんじゃないかな」

 

「義経の、遮那王逆鱗みたいに?」

 

士郎は頷く。

 

「俺は一芸を極めるよりやっぱり多くを修める方が性に合ってる。だから今後はみんなとも鍛錬がしたい」

 

「そうですね。また何かの拍子に体調不良を起こしてもいけませんから、そうするのが適切でしょう」

 

そう言ってマルギッテは携帯である所に電話をかけた。

 

「マルギッテ少尉です。はい・・・はい。士郎、代わってもらえますか?」

 

「ん?フランクさんか?」

 

「はい。私とお嬢様の事で相談があります」

 

「お嬢様・・・とはクリスさんのことか?」

 

「そうでしょう。でも士郎先輩に何の御用事でしょうか・・・?」

 

「代わりました。衛宮です」

 

『おお。久しぶりだね。衛宮君。君の勇猛さはここドイツまで届いていたよ』

 

「・・・。」

 

それも問題があるような気がする士郎。

 

「それで相談というのは・・・?」

 

『クリスをそちらで卒業させようと思っていてね。士官学校はドイツだが、最後の一年は川神で過ごしてもいいと私は思っている。直江大和君にもそう伝えてほしい』

 

「それは構いませんが・・・もしや、俺にも護衛をしろと?」

 

『うむ。マルギッテもついているが君にも護衛してもらえたら尚安心だ。もちろん四六時中というわけではなく、マルギッテの手を離れて過ごす場合が多いだろう?その時に頼みたい』

 

「いいですけど、監視のようなことはしませんよ?」

 

『もちろんだ。そちらの方はマルギッテに頼んである。監視というか観察をね。それでマルギッテの方なのだが・・・』

 

「はい」

 

『ご両親が君に挨拶を、と言っていてね。近々来日するので備えていてほしい』

 

「は・・・はい!?」

 

寝耳に水だった。まさか向こうから挨拶の申し入れがあろうとは・・・

 

「俺の方から行こうと思っていたのですが・・・」

 

『それは分かっていたさ。君の様に誠実な青年がほったらかしにするはずがないからね。ただ、今回の気の覚醒でしばらく日本を離れられないだろうという事で踏み切ったそうだ』

 

「・・・わかりました。電話で事前にお話しをしてもいいですか?」

 

『構わないとも。当日は私も来日するので落ち着いて対応をしてほしい』

 

「わかりました」

 

『では当日を楽しみにしているよ』

 

ピ、と電話が切られた。

 

「マル・・・」

 

「な、なんですか?」

 

顔を赤くして問うマルギッテ。

 

「このこと前から知っていただろ」

 

「・・・はい。私から士郎に言うはずだったのですが、中将に待ったをかけられてしまって・・・」

 

「これは、揚羽にも力添えしてもらわないとまずいな・・・」

 

と言っていた士郎だったが後日、

 

『これより日本は――――多重婚を認めるものとする』

 

という大々的な発表がされそれも含めてフランクやマルギッテのご両親に説明することになるのだった。

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「ただいま」

 

「ただいま戻りました」

 

マルギッテは島津寮にお邪魔するとのことで、探索に出かけた士郎達三人が帰ってきた。

 

「お帰りー!九鬼から連絡があったけど無事でなによりだよ」

 

「心配してくれてありがとう、天衣」

 

「それで?噂の忍者は捕らえられたの?」

 

ニヤニヤとした表情をする凛。だが・・・

 

「リン」

 

「なによ」

 

「婚約者が・・・増えました」

 

「んな・・・」

 

ガーン!と口を開いて固まる凛。

 

「ちょっと士郎!どういうことよ!」

 

「あー・・・その、吊り橋効果・・・?的な奴で・・・」

 

ドカン!

 

「ぐっふぉ・・・」

 

マジカル八極拳が火を噴いた。

 

「あんた。まじでブッチKILLわよ」

 

「しょうがないじゃないか!俺も知らないうちに進行してたんだから!」

 

「忍者の色気にやられたとかじゃないの?」

 

「凛。本当に婚約したんだ。士郎は後日指輪を渡しに行くんだよな?」

 

「ああ。それがルールだからな。今日から作り始めないと・・・」

 

「また嫁が増えた・・・か。では士郎。これを見てからの方が良いぞ」

 

史文恭が投げてよこしたのは夕刊だった。

 

「なになに・・・」

 

そこには多重婚の事が書かれていた。

 

「明日正式発表・・・!?」

 

「一年後という話だったからな。丁度今くらいだろう」

 

「マジか・・・」

 

デカデカと、日本、多重婚導入!の記事を見ていよいよだなぁと思う士郎。

 

「もしかしてマルギッテのご両親はこのことを知って連絡してきたのではないですか?」

 

セイバーが落ち着きを払っていう。

 

「だとしたら、相当に覚悟が必要だな・・・」

 

「いや元から覚悟しときなさいよ。ほら、来るわよ」

 

「先輩・・・またお嫁さんが増えたって本当ですか・・・?」

 

「さ、桜!?そ、そうなんだ。忍足あずみっていう・・・」

 

「まーた悪いことをしてきたんですねぇ・・・ちょっとクウクウお腹が――――」

 

「サクラ。ケジメは我が聖剣でつけましたので許してください」

 

「セイバー・・・!」

 

全然、ちっともよくないが援護に回ってくれたのは大きい。

 

「・・・セイバーさんがそういうなら」

 

ひょっこりと大きくなっていた影の巨人がスルスルと小さくなっていく。

 

「しかし、これほどの嫁を迎えた王はいたでしょうか・・・4,5人ならいたような気もしますが・・・」

 

「士郎は私達全員だからな・・・上限とかないといいな」

 

「もしあったら死闘になってるよ・・・」

 

「安心しろ。誰もお前の様にできるなど思っていないだろうから上限など考えておらんよ」

 

「安心、していいのかな・・・」

 

「なんにせよ。目の前の障害から片付けていくしか無かろうよ」

 

史文恭の言葉に一応頷き士郎は荷物を片付け、

 

「晩飯つくりますか」

 

「現実逃避だな」

 

「ソユコトイワナイ」

 

と、また新たな明日に向けて邁進していく士郎だった。




とこんな感じでした。

士郎の気の強化はもうちょっと時間をかけるつもりです。

そして第一の爆弾エーベルバッハ一族襲来と、第二の爆弾、多重婚開始を取り入れました。
マルギッテの両親は存命なのはわかるんですが名前が出てきていないのでオリジナルの名前にしようと思っています。……作者は名前をつけるのが超へたくそなんですが頑張ります。

ご感想いつもありがとうございます!もうね、暖かい感想のおかげで日々頑張れてます。スランプ気味の時でもなんとか乗り越えられています。これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします!


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鍛錬/決断

皆さんこんばんにちわ。順調に小説が書けていて安心している作者でございます。

今回からは数話かけて士郎を強くしていきます。

また影の薄くなり始めた嫁達との交流も書けたらいいな、と思っています。

では!


百代と同じ、膨大な気を身に付けた士郎は放課後とても忙しくしている。

 

それというのも、気による新たな技の習得とコントロールの為だ。

 

川神院では、

 

「気のコントロールも慣れたものじゃのう・・・」

 

「元々百代達を見てきましたから」

 

「見るだけで真似られるのはお主くらいじゃわい。どれ、瞬間回復、会得するかのう?」

 

「是非」

 

瞬間回復が覚えられれば後顧の憂いは一段と低くなる。セイバーに今度こそ鞘を返還してもいいかもしれない。

 

気を治療に使えれば応用が利く。士郎は懸命に修行していた。

 

「あー私もあっち行きたいなぁ・・・」

 

「ちょっとモモちゃん。私もちゃんと稽古つけてくれるんでしょ!?」

 

「そうだけどー。燕のは自業自得だからなぁ・・・」

 

「言い方!」

 

ぺチン!と叩かれて渋々百代は燕の鍛錬を再開する。

 

「それにしても士郎君どうしちゃったの?」

 

「気の潜在能力が私並だったから、それをコントロールして川神院の技を習得してるんだ」

 

「・・・士郎君これ以上強くなってどうするのかなぁ」

 

心配げに言う燕に、

 

「まだまだ勝ちは譲らないって言ってたからもっともっとだろ」

 

「うへぇ・・・燕ちゃんはもう二度と戦わないからいいけど」

 

「そう言いながら燕。士郎を見る目が情報収集する時の目になってるぞ」

 

「あれま。バレテーラ」

 

肩を竦める燕。

 

「でもほんと、どうなっちゃうんだろ」

 

「わからない。士郎には魔力もあるから余計に、な」

 

「え?魔力?」

 

「おっと。さあ燕、おしゃべりの時間はここまでだ!」

 

「気になる単語残さないでよん!?」

 

燕は知らないが士郎には魔力がある。しかし、前に一度百代は士郎に気を分け与え、それでも刃が士郎の身体を貫いていたのが気がかりだった。

 

(気じゃ魔力の代わりにはならないのかな・・・)

 

でも、瞬間回復を含めた川神院の技は、絶対士郎の役に立つはずだ。

 

(私ももっと強くならないと)

 

最強を誇った武神がいつまでも負けてはいられないと、百代は思った。

 

 

 

 

 

翌日、学校を終えた士郎は九鬼ビルに来ていた。

 

「よく来たな。衛宮士郎」

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「お前に教えを請われる日がこようとはな・・・だが、俺のところでは正直、川神鉄心の所と変わらん。そこで・・・」

 

「フハハハ!九鬼揚羽降臨である!」

 

「士郎君、よろしくお願いします!」

 

「・・・。」

 

「今回はこの、パスの繋がっているという三人と合同鍛錬だ」

 

あれからわかったことだが、あずみにも剣の文様が刻まれ、パスが通っていた。恐らく、気を持て余す自分がはけ口を求めて無意識に繋げてしまったのだろう。

 

「内容はどうするんだ?」

 

「義経と揚羽様はお前の気の供給を受けて戦闘。忍足あずみとお前はまず互いの気を練ることから始めろ」

 

「と、いう事だ義経、頼むぞ」

 

「は、はい!揚羽さん、士郎君、お願いします!」

 

「では、始め!」

 

「いくぞ!九鬼家決戦「させません!!」ぬう!?」

 

「揚羽!技の初動が遅い!義経!技の妨害は見事だが当たりが軽いぞ!」

 

「「はい!」」

 

激しく激突する二人に対し、士郎は静かに己の気を練り一定バランスで三人に供給する。

 

(おい・・・士郎)

 

(ん?どうした?)

 

(あたいの所じゃそんなに受け入れられねぇよ・・・もう少し加減しろ)

 

(それじゃ鍛錬にならないだろう?)

 

(いいから!このままじゃあたい・・・)

 

よく見ればあずみの目がとろんとしている。

 

(どうにかなっちまう・・・)

 

(まてまて!今調整するから!)

 

本当に気の相性がいいらしい。なんだかもじもじしているのも相まってこのままではあらぬ疑いをかけられそうである。

 

(半分にしたぞ!あずみ!)

 

(・・・。)

 

クテリ。あずみは士郎に寄りかかるように脱力した。

 

「あずみ!?」

 

「そこ!何をやっているか!」

 

ブオン!とカッターのような蹴りが繰り出されるが、

 

「もう・・・じゃま・・・」

 

サッと躱し、掌底をぶちかますあずみ。

 

「ぬう・・・この威力・・・はかり知れんな・・・」

 

簡単にぶっ飛ばされてしまったヒュームは悩むように呻いた。

 

「まるで酔拳だな」

 

「酔拳?でもあずみさんは・・・」

 

「士郎に酔いしれるのよ。まったく見せつけてくれるな」

 

「ねぇ・・・もっと・・・」

 

「まてあずみ!今は鍛錬中だ!!」

 

等など。様々な試練が士郎には残されていた。

 

「ふぉふぉふぉ。わしが直々に相手しちゃおうかの」

 

「この俺がその性根を叩きなおしてくれる」

 

「俺は真面目に鍛錬がしたいんだー!!!」

 

したいんだーとこだまする毎日を送る士郎。

 

 

 

 

 

鍛錬が終わればようやっと帰宅である。

 

「ただいまー・・・」

 

「おかえり、士郎」

 

「おかえりなさい、シロウ」

 

「随分参ってるわね。気の鍛錬てそんなに大変?」

 

クエスチョンマークを浮かべる凛に士郎は、

 

「環境が・・・大変なんだ」

 

とだけ言う。

 

「あっそ。それより士郎。橘さんから伝言よ。今日は帰りが遅くなるから晩御飯頼むって。下ごしらえはして行ったわ」

 

「了解・・・うーん・・・」

 

ぐったりとした様子の士郎その様子を見ていた清楚とマルギッテは、

 

「仕方ありませんね。私達で仕上げるので士郎は休んでください」

 

「そうだね。史文恭さん。士郎君を――――」

 

「心得ている」

 

ガシリと担がれて士郎は史文恭の手で寝床につれて行かれた。

 

「それにしても士郎らしくないわね」

 

「どういうこと?」

 

「先輩が鍛錬であんな風になるのは珍しいんです」

 

「桜の言う通り。やるとなったら気絶するまでやるバカだから・・・半端に余力を残すなんて出来ないのよ」

 

「その、魔術の鍛錬もそうなのですか?」

 

「魔術に関しては死ぬ寸前の事を何度もやっていたわね」

 

「あの時の先輩は・・・毎朝起こしに行くのが怖かったです・・・」

 

「そっか・・・でも、魔術と実戦でベースがこれ以上ないくらい出来上がってるから余力が残るんじゃないかな?」

 

「・・・そうね。清楚の言う通りかも。気もマナと同系統の力だからね。それになんだか気って奴、減ってる気がしないし」

 

「確かに・・・士郎は気の鍛錬をしているのに全然消耗してる気配がありませんね」

 

「魔術師としてはへっぽこなのに気は達人級か。なんだか感慨深いわね」

 

「先輩も一芸に秀でてたんですね」

 

士郎の苦労を知っている桜は涙がほろり。と

 

「桜」

 

「どうしたの、ランサー」

 

突如ランサーが現れた。

 

「史文恭が士郎を襲っていますが止めなくていいのですか?」

 

「・・・。」

 

「あわわわ・・・」

 

ズゴゴゴ・・・と影の巨人が大きくなり、

 

「今行きます。先輩」

 

ささーと桜はいなくなった。

 

「はぁ、しょうがないわ。早く晩御飯を作りましょう」

 

現在進行形で、怖いお姉さんと、怖い後輩に襲われているだろう士郎を想って凛は先を促すのだった。

 

「凛ちゃんはいかなくていいの?」

 

「私はいいの!」

 

「リンは二人きりがいいのです」

 

「セイバーだってそうでしょ!」

 

「無論です」

 

と、じゃれ合いながらその日は終わるのだった。

 

 

 

 

そんな日が一月も続くと士郎も環境に慣れたのか、普通に帰ってくるようになった。

 

「ただいま」

 

「おかえりー」

 

「おかえりなさい」

 

「すっかり慣れたようね」

 

「流石に一月も立てばな。あ、それと明日は鍛錬ないけど遅くなるから。よろしく頼むぞ」

 

「そういえば金曜日ね。なに、また集まるの?」

 

凛達も金曜集会の事は理解しているので問題なさげだ。

 

「ああ。明日は百代も依頼から帰ってくるからな。もてなしてやらないと」

 

久方ぶりの美女降臨だー!と皆の携帯にメールするくらい浮かれているので、飛び切りの出迎えをしてやる手はずだった。

 

「士郎、少しいいですか?」

 

「どうした、マル」

 

「それが・・・」

 

今度の土日、両親とフランクが来日することを告げられた。

 

「ついにこの時が来たか・・・」

 

「士郎、恐らく・・・」

 

厳しい席になる。そう言おうとしたマルギッテだが、

 

「大丈夫だ。正面から正直に行く。絡め手は使わない」

 

「士郎・・・」

 

「ただ、揚羽には来てもらおう。もろもろ説明するのに彼女の力があった方が良い」

 

さっそく電話をかける士郎。

 

「もしもし、揚羽か?」

 

『うむ。何用だ?』

 

「実はかくかくしかじかで・・・」

 

そういう事ならと、揚羽は結婚届持参で来てくれるらしい。

 

結婚に関する様々な手続きは揚羽が率先してやってくれていたのでとても助かる。

 

『ついでにVIP用の旅館を手配しよう。マルギッテはそこにおるな?その旨を中将と両親に報告せよ。場所は――――』

 

箱根にある九鬼の運営する旅館に決まった。

 

「わかりました。中将と両親に伝えます」

 

『うむ。正念場だぞ。心していけ』

 

「もちろんだ」

 

ピ、と電話を切って、良し!と気合を入れる士郎。

 

「成功させようなマル」

 

「はい・・・貴方とならきっと上手くいきます」

 

士郎の手を取って頬にあてるマルギッテ。

 

「・・・また、傷が増えましたね」

 

「ん?ああ。仕方ないだろ。これでも結構過酷な訓練してるからな」

 

「士郎は・・・鍛錬を終えたら世界に出るのですか?」

 

「・・・いや、出ないよ」

 

士郎は少し考えて言った。

 

「こうまでがんじがらめにされちゃな。もうマルたちを振り切って世界になんか出られないよ」

 

困ったように言う士郎にマルギッテは安心したように胸をなでおろした。

 

「これからはマルたちの夫として・・・家族の味方になるつもりだ」

 

「・・・士郎!」

 

「おっとと、マル」

 

飛びついてきたマルギッテに落ち着いて抱き留める士郎。

 

「絶対ですよ」

 

「もちろんさ。だからマルも怪我しないでくれよな」

 

チュ、とキスを交わして士郎は安らかに告げた。

 

 

 

 

翌日、金曜集会では、

 

「マルのご両親に結婚を伝えることになったんだ」

 

「本当か!?マルさん幸せそうだからな・・・」

 

「それで色男。どう説明する気なんだ?」

 

「どうもこうもない真っ直ぐ。正直に」

 

「正攻法か?分が悪いんじゃ・・・」

 

「なら大和はフランクさんにどう説明するんだ?」

 

「そりゃあ・・・」

 

「自分も、真っ直ぐがいいぞ、大和」

 

「・・・だな」

 

「何もやましいことないから正直に告げる。ここ大事」

 

「それにしても結婚かぁ・・・士郎はいつ頃するつもりなの?」

 

「一応高校生を卒業したらのつもりだ。百代達には一年待たせることになるな」

 

「それなー。私はもう結婚してもいいと思うんだが」

 

「それはモモ先輩が卒業したからでしょ」

 

「まぁそうなんだけどな」

 

「士郎の今後を考えるなら待つべきよー。お姉さま」

 

「うーん・・・」

 

「それより士郎の明日の事だ。上手くいきそうか?」

 

「行くか行かないかじゃない。納得してもらうだけさ」

 

「私は父上から許可を頂いていますが・・・」

 

「ダディもシロ坊にはすっかり気を緩めてたよね」

 

「沙也佳ちゃんも嫁にするんだっけ?跡継ぎとかどうなんだ?」

 

「ざっくり言うとだな・・・」

 

正妻は通常の結婚と同じであり、側室は正妻が認めた相手を据えることにする。

 

また、側室にも夫の姓を名乗る権利があるが夫婦別姓制度も使える。その代り正妻は原則、夫に嫁入りするものとし、別性は使えない。

 

「まだ詳しいことはあるけどこんな感じかな」

 

「選ぶの夫じゃないのか」

 

「そこが肝だな。俺は沢山の、その、嫁さん候補がいるけど正妻になった人が認めないってなったら成立しない」

 

「でもその辺は揚羽さんが徹底してるから大丈夫だろうさ」

 

「ていうか揚羽さんが正妻になるの?」

 

「「・・・。」」

 

(おいモロ)

 

(そこはつついちゃダメだよ)

 

「でも意外だな。九鬼の姉ちゃん九鬼姓じゃなくなるんか」

 

「嫁入り前提だもんね・・・」

 

「・・・一応結婚前に正妻を賭けた決闘をするんだからな」

 

「「「え?」」」

 

「それじゃあモモ先輩が正妻になるの?」

 

「でもモモ先輩じゃなぁ・・・」

 

「姉さんじゃ管理できなさそうだし、衛宮姓になっちゃったら川神院どうするんだ?」

 

「そこは衛宮院に「「「無理」」」ぶー・・・」

 

「大体なんだよ衛宮院って・・・」

 

「病院だよな」

 

「あはは。確かに」

 

「言ってくれるね君達・・・」

 

思わず肩を落とす士郎。

 

「大和はどうするんだ?」

 

「お、俺?」

 

「正妻は自分だぞ」

 

「ぬう・・・でも大和と同じ直江姓になれるからここは我慢・・・」

 

「フランクさんクリスが正妻じゃないと認めないだろうからな」

 

「弁慶は?」

 

「・・・一応納得してくれてるよ。なぁクリス」

 

「大和達がドイツに来てくれるなら何も問題ないぞ」

 

「・・・その辺もめそうだなぁ」

 

「士郎よりかはマシだ!」

 

「「「確かに」」」

 

「なんでだよ・・・」

 

それはそれ、これはこれのような気がするが。

 

「・・・ん?キャップか」

 

「みたいだな」

 

「そうね。士郎凄いわ。お姉さまより先に気付いた」

 

「秘密基地で気が抜けてるだけだろ」

 

「・・・ぐっ」

 

ダダダダ!バタン!

 

「ようお前ら!たっだいまー!」

 

「おせーぞキャップ」

 

「毎回遅れて登場するねぇ」

 

「なんだ?なんか問題でも起きたのか?」

 

「いーや。何にもないよ。それより今日はどんな土産持ってきてくれたんだ?」

 

「今日はなー・・・じゃーん!」

 

キャップが取り出したのは大きめのパッケージ。中に入っているのは・・・

 

「天ぷらだわ!」

 

「今日はうどん屋でバイトだったからなー。残り物の天ぷら全部貰って来たぜ!」

 

「まゆっちと士郎のご飯食べないでいて正解だったね」

 

「ご飯はこっちの弁当にある。由紀江は?」

 

「私は三色にしちゃったので・・・」

 

「なら士郎の弁当で天丼だな」

 

「握り飯だけどな」

 

「いいじゃんいいじゃん!それとな・・・」ゴソゴソとリュックに手を突っ込むキャップ。

 

「また当たったぜ!!」

 

そこには懐かしい箱根旅館団体様ご招待の文字が・・・

 

「ぶっふぉ・・・」

 

「仕方ねぇ反応だよな・・・」

 

「士郎てばどれだけ箱根に縁があるのかしら」

 

「今回はセイバーさん達とも行こうぜ!」

 

「一体何人ご招待なのさ・・・」

 

「ん?わかんねぇ。団体様としか書いてねぇから大丈夫じゃね?」

 

「不安だ・・・」

 

「明日連絡してみるよ」

 

「頼むぜ軍師」

 

「俺はまず明日明後日だな・・・」

 

難関になるだろう日を前に士郎は静かに気合を入れるのだった。

 

 

 

 

 

翌日。士郎とマルギッテは朝早く旅館に向かっていた。

 

「・・・。」

 

「マル、大丈夫か?」

 

「ちょっと・・・いえ、大分胃がキリキリしてきました」

 

「すまないな・・・」

 

そう言って士郎はマルギッテのお腹を気で撫でた。

 

「士郎、これは?」

 

「川神流のアレンジ技。『癒しの手』とでも名付けようか。痛くないだろ?」

 

「はい・・・なんだかポカポカします」

 

先ほどまで顔色の悪かったマルギッテが風呂上がりの様に頬を上気させていた。

 

「これは『手当て』の派生ですね?」

 

「ああ。手当てはもっともポピュラーな痛み止めだけど、そこに気を使ってみた」

 

手当て、とは痛む場所を手で覆ったり抑えたりするあれである。傷は癒えないのに無意識に人は痛む患部を摩ったり、手で押さえたりするが。あれは実際に痛みの緩和につながる。士郎のそれは本来瞬間回復の応用なのだろう。とても心地いい感じがした。

 

「隊長。もうすぐ着きますよ」

 

いつぞやのニヨニヨ兵士だが、今回ばかりは彼女も引き締まった顔だ。

 

「わかった。士郎、ありがとうございます」

 

「この程度ならお安い御用さ。頑張ろうな」

 

揚羽とは現地で合流としているので着いたら瞬く間に作戦会議だ。

 

そうして一軒の旅館に車が入る。

 

「これは・・・」

 

「パンフレットを見たけど立派な旅館だなぁ・・・」

 

以前フランクに招かれたのとは全く違う旅館である。まさに高級宿という感じだ。

 

「フハハハ!来たな、二人とも」

 

「揚羽、こんなすごい所を紹介してくれてありがとう」

 

「なに、こっちも本気度合いを見せねばなるまいからな」

 

「父さんと母様はもう来ていますか?」

 

「いや、まだだ。今の内に作戦会議をするとしよう」

 

基本的なことを打ち合わせた後、士郎はなぜか厨房に招かれた。

 

「・・・なぜ厨房に?」

 

腕利きの板前さん達が鋭い目で見てくる。非常に居心地が悪い。

 

「お前の手料理でもてなすのが一番だと判断した。腕は確かなのだから存分に腕を振るうのだぞ」

 

「士郎、私からもお願いします」

 

「・・・はぁ、分かった。すみませんが皆さん。厨房をお借りします」

 

「兄ちゃん。手が必要なら遠慮せず言ってくれ。俺達もサポートするからよ」

 

「ありがとうございます。では――――」

 

士郎は着替えて(投影品)前掛けを貸してもらい、素早く調理に入る。

 

一方でフランク達はと言うと、

 

「今日は良き日になると良いな。ニコラウス」

 

「・・・。」

 

「貴方。固まってますわよ」

 

「しかしヒルデ・・・」

 

燃えるような赤髪の男がマルギッテの父、ニコラウス・エーベルバッハ。対して固まる夫を支えるのが栗色の落ち着いた髪の妻、ヒルデ・エーベルバッハ。

 

「緊張するのも無理はない。今日本では多重婚で盛り上がっているからね」

 

「フリードリヒ中将。婿殿も多重婚、婚約者なのだろうか?」

 

「私の聞いている限りだとそうだね。なに、会えばわかると思うがあれほどの青年ならば日本の宝だろう。血族を増やすというのも理解できると思うがね」

 

「むう・・・」

 

「フリードリヒ中将。貴方から見て衛宮士郎君は、娘に相応(ふさわ)しい人物ですか?」

 

「私としては太鼓判を押すよ。きっと、マルギッテを幸せにしてくれる」

 

「そうか・・・」

 

「貴方、何も心配は無いわ。それに・・・」

 

こちらは公表されていないがドイツも多重婚を検討しているのである。

 

理由は少子化。高齢化とは言わないがドイツも若い世代が少なくなってきているのだ。

 

原因は日本と同じようなものだろう。若者の出産による精神的、金銭的重圧。晩婚化など理由は多岐に渡る。

 

「私も娘には一人を愛してほしいと思うがね。こういう世の中にしてしまった我々にも責任がある。だからせめて――――」

 

相応しい婿を。そう思えてならないフランクだった。

 

 

 

 

 

士郎達のいる旅館に一台の車が止まる。

 

「ここが今日の・・・」

 

「まぁ、立派な旅館!」

 

「九鬼のご令嬢も来ると言っていたがまさかこれほどとは・・・」

 

三人ともやはり立派ないで立ちの旅館に圧倒される。

 

「父さん!母様!」

 

「おお!マルギッテ!!」

 

「久しぶりねぇ。元気にしてた?」

 

「はい。お二人も元気でしたか?」

 

「お前が全然帰ってこないから心配していたよ。でもフリードリヒ中将に預けたのは間違いなかった!こんなに立派になって・・・」

 

「少尉ですものねぇ・・・忙しくしているんでしょう?」

 

「まぁほどほどにです。今日は中将を含めてお話の場を設けていただきありがとうございます」

 

「・・・例の彼は今どこに?まさか娘だけに挨拶を・・・」

 

「違います。士郎はもてなしの準備に駆られています。中で落ち着く頃には彼も姿を見せますから、あわてないでください」

 

「ニコラウス。私も彼が逃げるような男ではないと保証するよ。まずは腰を落ち着けようじゃないか」

 

「うむ・・・」

 

のしのしと旅館に入っていくフランクとニコラウス。対してヒルデは、

 

「マル・・・貴女・・・」

 

「はい?」

 

「なんだか角が取れたわね」

 

「そう、でしょうか」

 

「そうよ。昔はもっとこう・・・鋭利な刃物みたいだったわ」

 

「腑抜けてはいませんよ」

 

「そうでしょうね。なまくらになったわけじゃなく・・・丸くなった、とでも言えばいいのかしら」

 

「・・・クラスメイトにも言われました」

 

「あら。今の貴女、とっても素敵よ」

 

「母様・・・」

 

「さ、案内してちょうだい」

 

「はい」

 

両親と仲良く連れ立って歩くマルギッテだった。

 

「よし、料理は完成・・・後を任せて良いですか?」

 

「任せろや兄ちゃん!」

 

「兄ちゃんのに負けねぇ仕上がりにすんぜ!」

 

こちらもすっかり打ち解けていた。それというのも士郎の包丁さばきや盛り付けなどのテクニックにとても好感を持たれたからなのだが。

 

前の世界でもこうしてシェフや板前などと仲良くなっていったので逆に清々しい気分だった。

 

「前掛けは裏口の籠に入れておけばいいわよ」

 

「頑張るのよ!衛宮君!」

 

「はい!ありがとうございます」

 

女将さんからも応援を貰って士郎は万全の態勢で食事会に臨んだ。

 

「失礼します」

 

「おお!久しぶりだね衛宮君。ニコラウス、彼が衛宮士郎君だ」

 

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私が衛宮士郎です」

 

「ドイツ語・・・君は喋れるんだな。私はニコラウス。ニコラウス・エーベルバッハ。マルギッテの父だ」

 

「私はヒルデ・エーベルバッハ。よろしくね」

 

「お父上がニコラウスさん、奥様がヒルデさんですね。どうぞよろしくお願いします」

 

ビシっと頭を下げてマルギッテの横に座る士郎。

 

「では食事会の開始と参ろうか。申し遅れました我は九鬼揚羽。九鬼家の長女です」

 

「貴女があの九鬼の・・・改めてよろしくお願いする」

 

そうこうしている内に料理が運ばれて来た。まずは痛まないよう調理された刺身類だ

 

「僭越ながら私が包丁を取らせていただきました。旬の船盛です」

 

「これは!」

 

「美しい・・・衛宮君にはすっかり脱帽だよ」

 

「これを貴方が?素晴らしいわ」

 

「はっはっは。士郎めやりおる」

 

ここは九鬼でも上位の旅館だ。にもかかわらず、劣るどころか熟練の技が冴え渡っている。

 

「いただきながら話そう。今回私達が来日したのは他でもない、マルギッテと婚約する気があるのか、という所だ」

 

と、フランクは話を始めた。

 

「はい。私はマルギッテと・・・」

 

「まぁまぁ落ち着きたまえ。それではご両親の不安が拭えない。まず君と交際をするに至った経緯は?」

 

「士郎・・・」

 

「大丈夫だ。いいぞ」

 

それは魔術も少なからず関わっていることだから、マルギッテは躊躇した。

 

「最初は警戒心でいっぱいでした。でも――――」

 

彼と過ごすうちそれは親愛になり恋心へと変化していったことをマルギッテは明かした。

 

「そうか。だからあの時マルは俺の事を逐一学園長に報告していたんだな」

 

「当たり前です。何かというと無理をする貴方をとがめないと貴方は・・・」

 

当の昔に死んでいたかもしれない。そう思うとマルギッテはゾッとした。

 

「英雄たるもの、正義の味方である君は常に最前線だったのだね」

 

「・・・。」

 

「正義の味方ですか・・・それが何を意味するかお分かりになって?」

 

「はい。正義とは秩序を表すもの。全体の救いと個人の救いは両立しない。けれど――――」

 

士郎は以前フランクに言ったように正義の味方とはなにかを語った。

 

「衛宮君。では正義の味方たる君はいざという時マルギッテを見捨てると?」

 

メラリと、ニコラウスの目に炎が灯った。しかし士郎は落ち着いて、

 

「以前の自分ならばそうしたかもしれません。ですが今の私にはもうその気はありません」

 

「それをどう信じろと?」

 

ニコラウスは問うた。

 

「見方が変わったんです」

 

「見方?」

 

「正義の味方が味方した方しか救えないのなら・・・私はマルギッテを守る正義の味方になりましょう」

 

「「!」」

 

「それでは正義の味方を諦めると?」

 

フランクは問う。

 

「いいえ。お恥ずかしながら、私にはマルギッテと心を同じくする女性たちが居ます。だから私は味方をする方を変える。私はもう、世界の(・・・)味方ではなく。家族の味方です」

 

それは、士郎にとって新たな願いだった。

 

「私は守りたい。私を愛してくれる人たちを。救うべきは理想ではなく今ここにいる家族です」

 

「そうか・・・きっと君がここまで変わるにはたくさんの人の力が必要だったんだろうね」

 

「はい。今でも私自身信じられません。誰かを救う正義の味方・・・そう在れたなら、どんなにいいだろうと憧れた自分に――――」

 

守りたいものが、出来た。

 

「救うすべを知らず救うものを持たないのであれば。私は救うものを持ちます。偽善と分かっていながらそれでもいいと意地を張るのはやめました」

 

そして士郎は深々と頭を下げた。

 

「ですからお願いです。娘さんを、マルギッテを俺にください」

 

「・・・。」

 

ニコラウスは黙したまま動かなくなった。だがヒルデは、

 

「衛宮君。そんなあなただからマルギッテは丸くなったのね」

 

「母様・・・?」

 

「だってこんな素敵な殿方いないわ。世界を救おうとしていた貴方が、世界の敵となっても家族を選ぶことを決意したんですもの。私は立派な決断だと思うわ」

 

「ヒルデさん・・・」

 

「ほら貴方も、意地を張っていないで答えたらどう?」

 

「・・・。」

 

ニコラウスは黙ったままだった。しかしそれは・・・

 

「う・・・」

 

ポロポロと涙が頬を伝う。娘の為に世界の敵となる覚悟をした青年を見据えて。

 

「君がマルギッテを変えてくれたのか・・・!」

 

「父さん・・・」

 

「君が自信過剰で任務しか知らない娘に愛を教えてくれたのか・・・!」

 

バッとニコラウスの手が士郎の手を掴む。

 

「どうか、どうか頼む・・・娘を・・・導いてくれ・・・!」

 

「私の方こそ、ですよ」

 

おんおんと泣く父にヒルデもマルギッテもほろり。フランクはうんうんと頷いていた。

 

「いや、失礼した君の覚悟に感化され過ぎてしまった」

 

ズビー!と何度も鼻をかむニコラウス。

 

「マルギッテ。いい人を見つけたな」

 

「はい。私は・・・士郎を愛しています」

 

「あらあら。のろけね」

 

クスクスと笑うヒルデ。

 

「無事了承が得られたという事でどうだろう、乾杯などしては」

 

「うむ!」

 

「ええ!」

 

「では・・・」

 

各々コップとジョッキを持ち

 

「プロ―ジット!」

 

「「「プロ―ジット!!!」」」

 

ガチャンと愉快気にグラスが鳴らされた。

 




はい。というわけで娘さんを俺にくれ回でした。

何というか、万感の思いで書かせていただきました。正義の味方を志す士郎が世界の敵となっても家族を守る。そんなありふれた、けれど彼には出来なかった決断でした。

父ニコラウスさんはこう、ツンデレみたいなイメージでしたそれを解きほぐしちゃうお母さんヒルデ。マジ恋本編には出てこない二人でしたけれども何とか形になっていれば嬉しいです。

旅館の話が続きまして次回も旅館(ファミリー)かな?男同士の会話とか書きたいですね。では次回!


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新たな理想

皆さんこんばんにちわ。目薬が手放せない作者でございます。

今回も旅館編かな…もちろん鍛錬もしますよ~では!


士郎のマルギッテを嫁に頂きたいという申し出から数時間後。フランク、ニコラウス、士郎の三人は露天風呂で寛いでいた。

 

「・・・うむ。女将さんからもらったこの清酒、とても美味いな」

 

「フリードリヒ中将。お酒お召し上がりになって大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だともニコラウス。今日は完全にオフにしてきた。まぁ軍務で呼ばれる可能性は無きにしも非ずだが、このくらいならば飛行機の中で抜けているよ」

 

(・・・本当にそうかなぁ)

 

とこちらも川神水を御盆にのせて飲む士郎。士郎は断ったのだが女将さんから是非にという事で頂いている。

 

なんでも、これが川神水・大吟醸なのだとか。お土産に一本くれるらしいのでまた弁慶行きかな、と思っている。

 

「そう言えば衛宮君、気の鍛錬の方はどうだい?」

 

「順調です。確かドイツまで届いていたとか・・・」

 

「それだよ衛宮君。私はこれでも現役時代は身体強化に特化していてね。今でもこの通りだ」

 

むん!と力こぶを出すニコラウス。さしもの士郎も大柄なニコラウスの筋肉量には負けてしまうが十分に引き締まっている。

 

「身体強化ですか・・・俺は今、気を練るのと川神院の技を習得しています」

 

「ほう。川神院の。どんなものだい?」

 

「んー・・・例えば・・・」

 

気を練って士郎は風呂の湯に浸透させる。すると・・・

 

「「おお!!」」

 

ぱちゃりと、お湯でできた鯉が風呂を跳ねる。そして小さな水球から沢山の魚たちを作り出し空を泳がせる。

 

「気のコントロールでこんな感じです」

 

「凄まじいな!ここのお湯全てを操っているというわけか!」

 

「素晴らしい・・・ここまで幻想的なのは初めて見たよ」

 

絶賛の嵐である。しかし技を放つわけにはいかないのでこの程度が限界だった。

 

「衛宮君!クリスの像を作れるかね?」

 

「・・・出来ないことも無いですけど」

 

ばちゃん!と人型が出てきたらと思ったら・・・

 

「おお!クリス!!」

 

バシャーン!

 

「何やってるんですか!危ないですよ!?」

 

「抱き着いて溺れる可能性があったな。ナイスだ衛宮君」

 

わははは!と童心に帰る大人たち。

 

「衛宮君は身体強化はしないのかね?」

 

「目下練習中です。気の量が多すぎて多い分をどうすればいいかわからなくて・・・」

 

「ふむふむ。それなら力になれるかもしれない」

 

とニコラウスは言った。

 

「多すぎる気、と言ったね。強化をしてみてはくれないか?」

 

「こう・・・ですか?」

 

「うん。そうしたら次の段階だ。それを圧縮して体に封じ込める!こうだ!」

 

「!?」

 

ニコラウスの気が体内に急速に凝縮されて行く。

 

「この状態になれば銃弾も刃物も効かない!天然の防壁だ!」

 

「よし、試してみよう・・・」

 

ギュイン!

 

体の外に漏れ出ていた気を圧縮する。

 

「ぬ・・・これ以上は・・・」

 

「よし!実にいい!君の身体だとそれが限界だろう。残りは攻撃や第二の壁として展開すると良いぞ!」

 

相当に圧縮したがまだまだ気は残っている。これは百代も慢心するわけだと、改めて思う士郎だった。

 

一方女湯では、

 

「あら?マル、貴女タトゥーなんか入れたの?」

 

「ち、違います!これは・・・」

 

「ほう・・・お前はそんなところに刻まれていたのか。それは見せられんなぁ・・・」

 

「放っておきなさい!全く、忘れていました・・・」

 

「で、タトゥーじゃなくて何なの?」

 

「極秘事項なので詳しく言えませんが・・・士郎との繋がりです」

 

「・・・やっぱりタトゥーじゃ・・・」

 

「母上殿。それはタトゥーでは決してありません。我の肩にも同じものが刻まれています」

 

「あらあら?本当だわ?どういうものなの?」

 

「士郎と気のやり取りや、念話という声を出さずに会話をすることが出来ます」

 

「もともとはランダムで体のどこかに浮かび上がるものですが・・・マルギッテ。お前のは刻み直した方がよいのではないか?」

 

「いいのです。目下問題はありませんし・・・」

 

「こうして我や他の者と風呂に入る時や、水着になる時問題ではないか」

 

「・・・正直なことを言えば怖いのです」

 

「どういうこと?」

 

「この士郎との繋がりは常に士郎の存在を感じ取れます。それが無くなってしまうのが・・・私は怖い」

 

「一瞬の事であろうが」

 

「そうよ。女の子としてそこは良くないわ」

 

「母様・・・」

 

「よし念話で・・・はダメだな。まだ混線したままだったわ。今晩こっそり伝えにいけい」

 

「九鬼揚羽!?」

 

「善は急げよ。がんばりなさい」

 

「うう・・・」

 

「それにしても母上殿は豪胆ですな」

 

「豪胆?私が?」

 

「マルギッテの事もそうですが、あの偉丈夫と結婚するようには見えなかったので・・・んん。失礼を申し上げました」

 

「ふふ。いいのよ揚羽さん。ママ友の中ではよく言われる話よ」

 

「そうなのですか?というかママ友?」

 

「あら。マルギッテの士官学校時代のお友達は大体お友達になったわよ?」

 

「初耳です!?」

 

「それは聞かれなかったからねぇ・・・あの人はすっごくシャイなのよ。可愛い所があるの」

 

「まぁ士郎の真っ直ぐな言葉に涙をこぼすのは可愛いといえなくもありませぬが」

 

「本人、自覚してるから普段はいかつい顔をしてるけど本当は違うのよ」

 

そんな時、男湯の方から、わははは!と笑う声が聞こえて来た。

 

「ね?」

 

「そうみたいですね・・・」

 

「男は皆子供のようなものだ」

 

こちらもクスクスと笑って和やかな空気だった。

 

 

 

 

 

夜、マルギッテは一人士郎の部屋を目指していた。

 

(士郎は部屋にいるでしょうか・・・)

 

いつもはもっと遅くに眠るので起きているかもしれない。

 

コンコンコン

 

「士郎、起きてますか?」

 

「マル?ちょっと待ってくれ」

 

ガサゴソと布を擦る音が聞こえ、

 

ガチャ。

 

「どうしたんだ?こんな夜更けに」

 

もうご両親もフランクも寝床についているだろう時間に何用だろうか?

 

「あの・・・ここでは話し辛いので中に入れてもらえませんか?」

 

「ああ。いいぞ。珍しいな。時間に厳しいマルが」

 

「今日はその、特別です・・・」

 

中に入った二人はベッドに腰かけ今日の事を話し合う。

 

「今日はありがとうございました。父さんの説得と心づくし・・・最高でした」

 

「そうか?俺としては馬鹿正直に行き過ぎたかなと思ってるんだが」

 

「それが逆に良かったのです。嘘や湾曲した言い方をすれば父さんは激怒していたでしょう」

 

「そっか。それは良かったよ。明日もあるからゆっくり旅館を楽しもうな」

 

そう言って笑みを浮かべる士郎の顔を見てマルギッテはドキリとした。

 

(ええい、やめなさい衛宮スマイルは!)

 

一般生徒にも浸透している通称衛宮スマイル。どこか透明な儚さを持つ綺麗な笑顔を浮かべるのが問題となっているのだ。

 

「それを言いに来たのか?」

 

「いえ、その・・・ですね・・・」

 

いざ言うとなると恥ずかしくなるマルギッテ。しかし、ふぅと息を吐き、

 

バサ!

 

と浴衣の紐を解いた

 

「ま、マル!?」

 

「士郎が悪いんですよ・・・」

 

ズンズンと下着姿で迫るマルギッテ。

 

「こんな所にパスの証を刻み込んで・・・」

 

「あ、ああー・・・」

 

めくられた下着に士郎は困った顔をして、

 

「解除に来たのか?」

 

「いえ違います。このままでは不都合があるから刻み直した方が良いと九鬼揚羽と母様が・・・」

 

「・・・そうだよな。それは良くない。解除は簡単なんだが・・・」

 

言い辛そうに士郎は口ごもる。

 

「どうしたのですか?」

 

「・・・Fateってゲームの遠坂ルート、覚えてるか?」

 

「ああ、あの時・・・は・・・」

 

思い出してマルギッテは赤くなった。

 

「その士郎?他に方法は・・・」

 

「ない。少なくとも俺には出来ない」

 

あれは一度経験済みだからできるが他の方法は皆無である。

 

「・・・。」

 

ヌギ!

 

「ま、マル!」

 

「やるならやりなさい。ただし・・・」

 

するりとマルギッテの手が士郎の胸板に当てられる。

 

「激しく、です」

 

「・・・ニコラウスさんに殺されるな・・・」

 

そう言いながらも苦笑を浮かべてその手を取ったのだった。

 

 

 

 

翌日、士郎達は箱根神社と芦ノ湖を訪れていた。

 

箱根神社では、

 

「朱色の漆塗りが美しい」

 

「神社と宝物殿か・・・ワクワクするな」

 

「ふふ。父さん、あまりはしゃぐと母様に嗜められますよ」

 

「ううむ・・・衛宮君からもらったリザ君のグローブの方が神秘的な感じがするな・・・」

 

思わず、といった感じでフランクは言った。

 

「その後順調ですか?」

 

「ああ。彼女はあの兵装で一段と強くなった。今はグローブ無しの・・・鉄甲作用だったかな?それの習得に向けて鍛錬しているようだ」

 

「グローブでの経験があれば習得もしやすいかと思います」

 

「お二人で何のお話を?」

 

はしゃぐ夫を嗜めていたヒルデがそう言ってきた。

 

「母様、リザの事です」

 

「ああ!西洋ニンジャのあの子ね?マルの同級生じゃなかったかしら?」

 

「はい。そのリザです。彼女には士郎手製の武装が与えられたのです」

 

「ふむ?どんな武装だい?」

 

「電磁加速グローブです」

 

「・・・。」

 

「・・・まぁ」

 

胡乱な目つきになる二人。だが、

 

「本物だよ、ニコラウス。軍でも調査をしたが間違いなく電磁加速現象を応用したグローブさ」

 

「それはつまり・・・レールガンを手元で可能にすると?」

 

「はい。本来は投擲技法、鉄甲作用の習得が主軸だったのですが、習得の難しさに難儀していたところ、士郎からもたらされたものです」

 

「君の技術力はどうなっているのかね・・・」

 

頭が痛いという風に頭を振るニコラウス。

 

「衛宮君は今学生だけど独り暮らしと聞いたわ。何か手に職を付けるようなことをしているの?」

 

「母様。士郎は既に立派な鍛冶師として大成をなしていますよ」

 

「鍛冶師か・・・それほどのものなのかね?」

 

「士郎。言ってもいいですか?」

 

マルギッテの問いにコクリと頷く士郎。

 

「士郎の作る武器は“無限流”と言われています」

 

「なんだって!?」

 

ニコラウスが驚いて仰け反った。

 

「君があの無限流なのかい!?」

 

「はい。俺が鍛えたものには基本そう刻ませてもらってます」

 

「なんと・・・」

 

「貴方が知っているという事は余程有名なのね?」

 

「古今東西を問わず、様々な名刀を生み出す名工だという噂だ」

 

「それも正しい。私の方でも部隊の武器作成を彼に依頼しているからね」

 

「私のトンファーも作り直してもらっています」

 

魔剣持ちが増えたのでマルギッテも魔剣仕様に切り替えていた。

 

マルギッテは、パスを通じて気のやり取りを始めてからすぐに仕様を把握し、既に完璧に使いこなしている。

 

「そうか・・・既に大成していたのだな・・・」

 

「頼もしいじゃないですか。それほどの人なら安心してマルを託せます」

 

ヒルデも笑顔で応じる。

 

「すみません。本当はお土産として包丁を一振り作ったのですが、空港で止められてしまうので・・・」

 

「いいのよ。気になさらないで。それこそ、マルの花嫁修業に使わせてやってくださいな」

 

「か、母様・・・」

 

顔を赤くしては母に問うマルギッテだが、

 

「必要でしょう?貴女はガサツではないけれど任務一筋だったのだから料理なんて出来ないでしょう」

 

「それがそうでもないんですよ。マルも料理を手伝ってくれていて・・・なかなかに上達しています」

 

「あらあら。もう実戦済みだったのね」

 

「うう・・・」

 

恥ずかしそうにするマルギッテ。

 

(士郎・・・その辺にしてください)

 

あまりの恥ずかしさに、繋ぎ直したパスを通じて白旗を上げるマルギッテ。

 

「次は芦ノ湖だったな・・・む」

 

ピピピ、とフランクの携帯が鳴った。

 

「君か。うむ・・・うむ・・・わかった。すまないなニコラウス。私はこの辺でお暇しないといけないようだ」

 

「そうか・・・いやありがとう。フリードリヒ中将。貴方のおかげで私も安心して臨めたよ」

 

「本当にありがとうございますわ」

 

「気にしないでくれ。マルギッテは私の娘でもあるからね。彼女の為なら喜んで力を貸すとも」

 

がっちりとニコラウスと握手をしてフランクは士郎とマルギッテを見た。

 

「二人ともお幸せにな」

 

「「ありがとうございます」」

 

「では先にお暇するよ」

 

そう言ってフランクはドイツに帰ってしまった。

 

「フリードリヒ中将はお忙しいな。現役時代を思い出すよ」

 

「あの頃は貴方も忙しかったものね。デートに何度遅刻したことか・・・」

 

「か、母さん!娘の前だぞ!」

 

「ふふ。父さんも隅に置けませんね」

 

そんな会話を士郎は懐かしそうにみていた。

 

芦ノ湖でボートを楽しみ、旅館へと帰ってチェックアウトを済ませ空港に九鬼の車で送ってもらった。

 

「ではマルギッテ。私達はドイツに帰るよ」

 

「貴女も、たまには帰って来てね」

 

「衛宮君。娘の事をよろしく頼むよ」

 

「もちろんです。何かあれば全力で助けに行きます」

 

「・・・。」

 

「ほらマル。赤くなってないで貴女も父さんにいう事があるでしょう?」

 

「・・・その、私は間違った選択をしたとは思っていません。だから・・・」

 

「うむ。分かっているよ。幸せになるんだぞ、マルギッテ」

 

ぎゅっと抱き合って離れた。

 

「では、失礼するよ」

 

「結婚式でね」

 

「「はい!」」

 

そうして二人も帰って行った。

 

「行ったか。婚姻届けも持参したというのに問題なかったな」

 

「九鬼揚羽。今回の事、感謝します」

 

「なに、我とお前も家族になるのだ。これくらいどうという事も無い」

 

「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう、揚羽」

 

「この埋め合わせ、期待しているぞ」

 

「・・・。」

 

「あははは・・・」

 

何だかんだ牽制しあう二人だった。

 

「それで、お前はまた九鬼の旅館に泊まるのだったな」

 

「ああ。キャップがくじ引きで当てて来たからな・・・春休みにでも来るつもりだ」

 

「初耳です。ではお嬢様も?」

 

「来る予定だぞ」

 

「では私も・・・いえ、士郎にお任せします」

 

「何も問題ないよ。初のメンバーはセイバーと桜に遠坂だからな。マルが心配することはあり得ないさ」

 

言外に大和に嫁は出来ないと言っておく。

 

「では、我らも帰ろうか」

 

「ああ。帰りも頼む、揚羽」

 

「まかせておけい」

 

そうしてエーベルバッハ一族の到来は無事落ち着くところに落ち着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

マルギッテの両親が来てから数日。士郎はまた鍛錬の日々に身を置いていた。

 

「ううむ・・・川神流・玄武甲凱まで身に付けてくるとは・・・」

 

「え?これ川神流なんですか?」

 

ニコラウスに教えてもらった技を聞いてみると意外や意外。源流は川神流のようだった。

 

「そうじゃぞ。お主どこで身に付けたんじゃ」

 

「マルギッテのお父上に教えてもらったんですが・・・」

 

「・・・まぁ理屈は単純じゃし他の者が似たような技を考えつくこともあろう。しかしこうもなるといよいよモモしか傷をつけることは叶わんな」

 

「・・・。」

 

まだ言わない。セイバーやレオニダスはそうではないことを。

 

「今日はこの二人と鍛錬じゃ」

 

「よろしくお願いします、士郎先輩」

 

「士郎、よろしくお願いします」

 

由紀江とマルギッテと鍛錬をし、

 

気を供給しながらの鍛錬は九鬼でも変わらず、

 

「今日もこの三人と鍛錬だ」

 

「士郎君よろしくお願いする!」

 

「頼むぞ、士郎」

 

「ほどほどにな?士郎」

 

とにかく気を使い続ける鍛錬が外では続いた。だが内では・・・

 

「では始めましょう」

 

「タイマーをセットします」

 

「じゃあ始め!」

 

気と魔力の同時操作の鍛錬をしていた。元々は融合、増幅できないものかと試したのだが、

 

「・・・気持ち悪い・・・」

 

「気はマナと同じものだと思ってたけど違うのね」

 

「恐らく気は加工されていないマナで、私達がマナと呼ぶものは魔術回路や竜の炉心で変換されたものではないでしょうか?」

 

「それじゃあダメね。同時並行の訓練にしましょうか」

 

という事で気と魔術の強化の並列行使、投影は問題なかったのでこちらも武器の二重強化の鍛錬をしていた。

 

「なんだろうな、気の方が強く強化されてる気がする」

 

「概念の強化と物理的な強化は違うもの。貴方は今内と外、両方に働きかけてるのよ」

 

「内側である魔術に、気が勝つことが出来ないのは、完全に別系統だからというわけですな」

 

「身体強化はまだしも魔術に対抗するには魔力や概念を用いたものしか通用しないから気を付けるのよ」

 

「ううん・・・これは集中力を使うな・・・」

 

「今だけよ。慣れればずっと使えるわ。正直言って、士郎の魔術は完成を見たんだから、あとは気をどうコントロールするかだけよ」

 

など。本当に様々な鍛錬をすることになった。そしてある日、

 

「東!川神百代!」

 

「はい!」

 

「西!衛宮士郎!」

 

「はい」

 

百代と士郎のエキシビションマッチが組まれていた。士郎の攻撃を川神院の結界では防げないので無観客、ライブ放送にて観客は見守ることとなった。

 

「両者見合って・・・始め!」

 

「川神流奥義!無双正拳突き!」

 

「!」

 

ガイン!と、とても人の身体が打ち合った音ではない音を響かせて双剣と拳が打ち合う。

 

「かったいな!拳を打ちこんで痛みが走ったのは初めてだぞ!」

 

「早々私も負けてはいられないのでね」

 

その後もキン、ガン!キィン!と強烈な音を発して戦い続ける二人。

 

「川神流!生命入魂!タイプドラゴン!」

 

「――――投影、開始(トレース・オン)

 

「真!光龍覚醒!」

 

ゴオン!という雷鳴と共に巨大な竜が出現する。

 

「これでどうだ!」

 

強力な破壊光線が浴びせかけられる中、士郎は静かに、

 

「――――邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る!」

 

構えるは竜殺しの伝説を持つ英雄の剣。

 

「撃ち落とす!幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)ッ!!!」

 

竜殺しの伝説が振りかざされる!

 

「ぐあああああ!!!」

 

雷鳴のドラゴンは消え去り、百代はそのまま落下する。

 

それを、

 

ドサ!とキャッチする士郎。

 

「・・・また負けた」

 

「生きてるのが不思議なくらいだぞ?百代」

 

「瞬間回復全部使い切った・・・ドラゴン、破られたなぁ・・・」

 

「悔しいか?」

 

「もうすっごい悔しい!正面から行って正面からやられたのは士郎が初めてだ・・・」

 

「・・・。」

 

「また、戦おうな」

 

「もう正直勘弁してもらいたいのだが」

 

控室にいた仲間達が駆け寄ってくる。

 

「お姉さま!」

 

「姉さん・・・」

 

「「「モモ先輩!」」」

 

「あー負けた!悔しいー!!!」

 

武神が二度も下されたという事で百代は武者修行に出た。出たのだが・・・

 

「お姉さまー!」

 

ヒューン、ドン!

 

「呼んだかー、妹よー」

 

どこに居ても呼べばすぐ帰ってくるあたり、修行が必要なのだろうか?と疑問に思う事も多い。

 

「正直私に勝てるの士郎しかいないからなー。武者修行意味ないかも・・・」

 

「それより依頼受けんかい。溜まっておるぞ!」

 

「ええー「お姉さま、返済日」やるかー!」

 

と、結局適当になる武神であった。

 

「次はいつ士郎とやれるかなー」

 

「・・・もうせんというとるのに」

 

「あはは・・・お姉さま、相変わらずね」

 

そして時は流れ春休み。

 

「旅館かー!楽しみだ!」

 

「一度行ったことあるけどな」

 

「そういう事言うなよー!」

 

「あたた!痛い!」

 

「今日はセイバーさん達もいるんだから!」

 

「目一杯楽しみましょう」

 

「はい。姉さん」

 

「ここはこうですね・・・」

 

「マジか、セイバーさんキャップと互角に・・・!?」

 

「はう!?また貧乏神が~・・・」

 

「オラが守ってやる!いけーまゆっち!」

 

「なんだかすごいバトルしてるよ・・・」

 

「たかが桃鉄でもセイバーには幸運があるからな・・・」

 

バスの中は賑やかに、かしましかった。

 

「士郎~お腹すいたにゃん・・・」

 

「もう旅館だぞ。いま食べるのか?」

 

「ちょっと。何かって言うと引っ付くのやめなさい」

 

「お?凛ちゃん嫉妬か?」

 

「違うわよ!この駄武神!」

 

スパン!

 

「おお?躱したのに・・・さては凛ちゃん、やるな!?」

 

「ちょ、こっち来ないでよー!」

 

「先輩、先輩は私の方がいいですよね!」

 

「「そこ!抜け駆け禁止!!」」

 

「愉快な仲間達だな!」

 

「愉快過ぎるよ・・・」

 

数少ない常識人がモロなのかもしれなかった。

 

 

 

 

旅館に到着しチェックインを済ませていると、

 

「フハハハ!九鬼英雄!降臨である!」

 

「英雄?」

 

あずみを護衛にした英雄が現れた。

 

「なんで九鬼英雄がここに?」

 

「・・・九鬼グループの旅館だから?」

 

「そうだったな!」

 

「絶対今気づいたろ」

 

さも知っていたとばかりに言うクリスにツッコミを入れる士郎。

 

「兄上!今日はわが友トーマと来ているのだ」

 

「士郎君、大和君よろしくお願いしますね」

 

「ああ・・・俺の癒しはいないのか・・・」

 

「もうハゲはいつもそればっかりー」

 

「それにしか興味ねぇよ!!気配はするんだけどなぁ・・・」

 

「フハハハ!井上は相変わらずであるな!」

 

「あーそれとは別に、ゲーム持ってきたからみんなでやんね?」

 

「いいわね!クリ!対決しましょう!」

 

「いいだろう!決闘では負け続きだがゲームなら・・・!」

 

「それフラグだろ・・・」

 

「意外とそうでもないかもよ?ズマブラはまだしもパーティゲームとかだと頭の方も要求されるぜー」

 

「だが我は!断然!ズマブラ推しだ!!」

 

(・・・おい。あたいんとこくんなよ)

 

(わかってるよ。お互い警戒を緩めずにな)

 

などと、独特の会話をしながら一同は割り当てられた部屋へと向かった。

 

「男子はそっちね!」

 

「女子はこっちだから間違えるなよ。いいか、間違えるなよ!」

 

「クリス、誰にそんな念を押してるんだ?」

 

「どこかの誰かさんはすぐに覗くんだ」

 

「・・・その心配はないぞクリス」

 

「ん?何か根拠があるのか?」

 

「だってセイバーと遠坂がいる」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「「「・・・。」」」

 

覗きなんかしたら物理的に消されそうである。

 

「まぁ一番心配なガクトも彼女が出来たし、問題ないだろ」

 

「それは・・・そうだが」

 

「あんまり気を張り詰めるのも良くないぞ」

 

「・・・士郎がそういうならそうしよう」

 

はあ、とため息を吐くクリスに士郎は苦笑して、

 

「それより井上たちの所に行かないか?男子はもうみんな行ったぞ」

 

「なに!?すぐに行こう!犬!まだか!?」

 

もうちょっとーという声がして士郎は笑った。

 

「じゃあ先に行くな」

 

英雄たちの部屋に行くと既に激しい戦いが繰り広げられていた。

 

「あずみ!こちらだ!」

 

「はい!英雄様!」

 

あずみが飛ばしたガクトの赤い帽子の配管工を、英雄のキングなクルールがメテオ落としした。

 

「あ!この!大乱闘だろうが!」

 

「あの二人は自然にコンビネーションするからなー」

 

「来たぞ俺も混ぜてくれ」

 

「よいぞよいぞ!さあ兄上!どうぞこちらに!!」

 

「「・・・。」」

 

英雄に空けられたのは忍足あずみの隣。

 

「英雄様・・・」

 

「ん?なんだあずみよ!恥ずかしがっているのか?」

 

「ちが・・・」

 

「兄上!早くしないと一子殿達が来てしまいますぞ!」

 

「・・・お言葉に甘えて」

 

座った途端絶妙な角度で士郎の背中をつねるあずみ

 

「あいた!?」

 

リーンク!

 

「よし、キャラ決まったな!」

 

「あ!まてキャップ・・・!」

 

レディ・・・GO!!

 

「ぬ!この!小癪だぞ!あずみ!」

 

「何のことか存じ上げません☆」

 

「うわー。やることえげつない」

 

「そんなこと言ってていいの?ハゲー」

 

「ハゲはやめなさい!坊主だけど」

 

等と言いながら結局最初に準が脱落し、

 

サドンデス……!GO!

 

「吹き飛べや!」

 

初手空中に出現したボム兵を士郎に投げつけるあずみ。

 

「残念だが、返すぞ!」

 

そのボム兵をキャッチしてそっくりそのまま投げ返す士郎。

 

「お二人さん!俺も・・・」

 

「「お前は邪魔だ!!」」

 

キャップのキャプテンが星になった。

 

その後も激しい戦いが繰り広げられたが勝者は・・・

 

「リンクも強いんだな」

 

「あたいのシークが・・・!?」

 

しれっと士郎が勝っていた。

 

「ここよね」

 

「お、一子達が来たぞ。詰めろ詰めろ」

 

「テレビ大きいけどやる人前に出ちゃうから狭いね・・・」

 

等と言いながら風間ファミリーは早速旅館を満喫するのであった。

 

 




はい。無事マルギッテのご両親を送り出して、士郎は引き続き鍛錬。対百代戦は百代がドラゴン最強だろと思っていたのが敗因ですね。

ファミリーとの旅館も書いてしまいましたが尺が微妙だったのは秘密です。最近一万字いけないなぁ・・・次回は旅館(風間ファミリー+α)編です。次回も愉快に書けたらいいなと思います。

では次回!


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堪能

皆さんこんばんにちわ。スマブラがやりたい作者です。

今回も旅館の話になりそうです。葵ファミリーもあまり出ていなかったのでしっかり書いていきたいですね。

では!


英雄達とズマブラで遊んだ後、葵ファミリーを除く風間ファミリー+αは女子部屋で旅館の心づくしを頂いていた。

 

「ぐまぐま!ぐまぐま!」

 

「ワン子、そんなに慌てて食べると喉につっかえるぞ」

 

「平気よ!あれもこれも美味しいわ~」

 

「今回、料理もすごい気がするね」

 

「そうなのですか?もしや、九鬼でシロウが料理を振る舞ったからではないですか?」

 

「その可能性あるね。九鬼は貪欲だから」

 

「・・・あれもこれも俺のせいにされても困るんだが」

 

と、当の本人は苦笑い。だが士郎もなにか感触の違いを感じ取っていた。

 

(英雄が来ているからか?なんだか無料券にしては豪華だな)

 

「まぁ前もこんなだったし九鬼系列は外れが無いね」

 

「だなぁ。この前な?依頼で準備された宿に行ったんだが・・・それはもう酷かったぞ」

 

一応護衛依頼自体は達成したそうだが、もうその相手とは依頼を受けないことにしたんだそうな。

 

「浮気も襲われもしてないから大丈夫だぞ?」

 

「何の確認だよそれは・・・」

 

「ナニが、だよね」

 

「京?」

 

「なんでもない。はい貴方。あーん」

 

「あーん・・・」

 

「ずるいぞ京!ほら大和!あーん!」

 

「まだ食べてるぞ」

 

「ぐぬぬ・・・次は自分だからな!」

 

「士郎~あーん」

 

「・・・いつもと変わらないじゃないか」

 

適当に刺身を口の中にそっと入れてやる士郎。

 

「むふー」

 

そしてこのドヤ顔である。

 

「む・・・」

 

「先輩!あーん!」

 

「行きますよ!松風!」

 

「おっしゃー!いけーまゆっちー!戦じゃー!」

 

桜と由紀江がこぞって自分の口元に料理を運んでくるので、

 

「もがもが・・・」

 

口の中がいっぱいな士郎。

 

「・・・なんだか自分達があさましいな」

 

「!?クリスがまともなことを・・・」

 

「おい今のどういう意味だ!」

 

「彼女いない組は肩が狭いなぁ・・・」

 

「組も何もモロとキャップだけじゃね?」

 

「そういうとこだよガクト!」

 

「俺は興味ねぇなー・・・うん!美味い!」

 

「なによみんなして」

 

「リンは加わらないのですか?」

 

「誰があんなピンク色の世界にいくもんですか!」

 

「だ、そうです。シロウ」

 

「ピンク色ってなんだ?遠坂」

 

「なんでもないわよ!!」

 

「おおう・・・わかった。わかったからガンドはやめろ、な?」

 

「ったく。なんで私こんな奴を・・・」

 

「なんか言ったか?遠坂」

 

「なんでもないっつうの!!」

 

バキューン!

 

「ぐわあ!?」

 

「姉さん!?」

 

「遠坂さーん!?」

 

撃ち殺されたかに見えた士郎であったが、

 

「・・・あれ?」

 

「!?」

 

士郎は至ってぴんぴんしていた。

 

「確かにガンド食らったよな・・・」

 

「もぐもぐ・・・士郎は私と同じで状態異常系は効かないぞ」

 

「なんでよ!?魔術よ!?」

 

「耐性がつく鍛錬してたから・・・」

 

「頻繁に撃っていたのが仇になりましたね。リン」

 

と我関せずと食事を進めるセイバー。

 

「お前はどこぞのバーサーカーか!」

 

ブン!ひょい!

 

「危ないぞ遠坂」

 

「キー!」

 

「なんか見覚えのある光景だな」

 

「そうそう、クリスもこんな感じで・・・」

 

「うわあ!?京、言わないでくれぇ・・・」

 

なんて懐かしい話を語ったりする。とても穏やかな食事会だった。

 

 

 

 

 

食事が終われば風呂だと一目散に露天風呂へと突撃する一同。

 

「あー染みる―・・・」

 

「士郎、また古傷増えたんじゃない?」

 

「まぁな。やばいのは宝具で治してるけど最近はもっぱら瞬間回復だからなぁ・・・」

 

瞬間回復はあくまで細胞の活性化なので治るとしても通常に治るのと大差ない。ただ、細胞分裂の回数は限られているというが、その辺どうなっているのか不思議な技である。

 

「ふふーん。これで士郎も私と同じで、いつまでも若いままだな」

 

「そう言えばそういうのもあったか」

 

風呂の仕切り越しに百代が言う。気とは本当に不思議な力である。

 

「所でシロウ、大和達はいないのですか?」

 

「そっちを覗きに行ったぞ」

 

「え!?」

 

「あわわわ!」

 

「百代、探知できるだろ?」

 

「ああ。風呂に入った時からやってる。私の裸を見ていいのは士郎だけだからな」

 

「はいはい。で?位置は?」

 

「むー、適当に返すなよぅ・・・えーっとなんだ?サウナ室か?」

 

「当り。そこで説教中」

 

「なんでまたサウナ室なんだ」

 

「ここの女将さんにバレて、いかついお兄さん達につれて行かれたから知らない」

 

ふーと静かな男湯を堪能する士郎。

 

唯一覗きにいかなかったモロもゆっくりと息を吐いている。

 

「俺の古傷もだけど、モロも大分筋肉ついたな。逞しいぞ」

 

「!」

 

「そりゃあ定期的に体育してるし・・・最近ボイストレーニング始めたんだ」

 

「へぇーなに、モロ、歌手にでもなるの?」

 

一子が意外そうに言う。しかしそうではないらしく、

 

「ううん。演劇部に最近入って・・・発声の練習してるんだ」

 

「モロは女の子もいけるからね。ありだと思います」

 

京がすかさずOKを出すが凛たちは何のことかわからない。

 

「師岡君って女装が趣味なの?」

 

「ち、違うよ!?」

 

「モロは卓世ちゃんていう別側面があってだな・・・」

 

「女装すると女の子に見間違われる」

 

「だから、女装が趣味じゃないよ!?ねぇ聞いてる!?」

 

「そう・・・士郎、友達は選ぶのよ」

 

「なんだその親目線は。モロの変装は大したものだぞ。非合法組織を潰しに行った時、なんの違和感もなく潜入出来たからな」

 

「あら・・・それはちょっと見てみたいわね」

 

「卓世ちゃん入りまーす!」

 

「入らないよ!絶対やらないからね!?」

 

「とか言ってニコニコ笑顔で女装するモロ・・・」

 

「話聞いてよ!?」

 

「お、いい感じに男してるな?」

 

「なんだ、もう出て来たのか」

 

サウナ室で説教を食らっていたガクト達が戻ってきた。

 

「目の保養になるはずが・・・」

 

「むさ苦しい空間だった・・・」

 

げっそりとした表情のガクト達。

 

「ガクトは分かるけど、なぜそこにいつもキャップがいるのか分からない」

 

「ホントだよね・・・」

 

「だって楽しそうじゃん!こう、メインイベント的な?」

 

「疑問形じゃないのさ・・・」

 

「大体、今の百代達の目を欺けるはずが無いだろう?」

 

「念のために気の探知しててよかったわー」

 

「気配ならいくらでも追えます」

 

「わ、私は士郎先輩なら・・・」

 

「あら、面白いことを言う娘がいますねぇ・・・」

 

「ピャ!?」

 

「この!これで先輩を誘惑したんですか!このこの!」

 

「桜さん、やめてくださいー・・・!」

 

「あー・・・桜。その辺にしといてくれ」

 

「だって!」

 

「男湯にもダイレクトアタックしてるから」

 

静かに水風呂へ去って行くガクト達を見ながら士郎は言った。

 

「士郎はたたないのか?」

 

「セクハラ禁止!」

 

「あいたー!」

 

「・・・。」

 

「エッチなのはNO!」

 

「妹よ~まだ女の子なのはワン子だけだぞ?」

 

「お、おおおお姉さま!?」

 

「だからやめろというのに・・・」

 

率先してセクハラをする百代であった。

 

 

 

 

夜。土産物を下見すべく歩いていた士郎だが、

 

「「あ」」

 

あずみとバッタリ出くわした。

 

「~~~~~ッ。」

 

「狙ってない。狙ってないからその拳は下せ!」

 

ボカ!

 

「振り下ろせとは言ってない!?」

 

叩かれた頭を痛そうに摩る士郎。本当に、この女性の恥ずかしがり方には体を張る必要がある。

 

「・・・(クイッ)」

 

「はいはい。お付き合いしますよ」

 

バーのような場所があり、そこにつれて行かれる士郎。

 

「ようこそお客様。なにになさいますか?」

 

バーテンダーが恭しく一礼する。

 

「黒糖焼酎。ロックで」

 

「川神水を」

 

「かしこまりました」

 

カラン、とグラスに氷が入れられる。

 

「さ、最近どうよ」

 

唐突にどもった問いかけだった。

 

「最近もなにもよく九鬼へ行っていただろう?変わらず、鍛錬の毎日だよ」

 

先ほども飲んだ(クリス達が暴れるだけ暴れて寝た)川神水を一口飲んでそう答える。

 

「・・・あたいが言うのもなんだけどよ。その、辛くねぇか?」

 

「んー元から鍛錬はしていたからな。あずみは辛いか?」

 

「・・・あたいは」

 

複雑そうな顔を見せるあずみ。

 

「あの状態は他の奴に見せたくねぇ。お前にしか・・・みせたくねぇ」

 

カラン、とグラスが鳴る。

 

「そっか。そう言ってもらえて嬉しい。俺もあんなあずみは他の奴には見せたくないな」

 

「「だから」」

 

互いに視線が合った。

 

「もっと強くなりてぇ」

 

「ああ。そうだな」

 

ゴクリと川神水を一口。状態異常無効化を会得した自分では意図的に酔わなければ酔えない。酒を飲んだら酔う。そんな当たり前を失って初めてわかる寂しさ。

 

「・・・なぁ」

 

「ん?」

 

「あたいを嫁にして・・・後悔してねぇか・・・?」

 

いつになく弱気だった。

 

「後悔なんてない。どうしたんだ?何かあったか?」

 

「英雄様の嫁さんが決まりそうでよ。ちょっと感傷に浸ってる」

 

「・・・。」

 

「お前はすげぇよ。気の開放なんか無くたってあたいには過ぎた男さ。だから、心配になっちまう」

 

いつか、この手を手放して何処か遠い所へ行くのではないかと。

 

「マル・・・マルギッテの両親にさ」

 

「・・・。」

 

「言ったんだ。俺は家族の味方になるって」

 

「・・・正義の味方は廃業か」

 

「そういうわけじゃない。誰もが当たり前に取る行動って奴だよ。それすら俺には無かった。正義の味方は味方した方しか助けられない。だから俺は――――」

 

家族を守る正義の味方になるのだと。士郎は言った。

 

「・・・。(なんだ・・・そういう顔も出来るんじゃねぇか)」

 

何故かは知らないが、自分も安心できる顔だった。

 

「マスター。黒糖焼酎ロックで二つ」

 

「・・・よろしいので?」

 

「こいつは特別だよ。大丈夫だから出してくれ」

 

「かしこまりました」

 

「おいおいあずみ・・・」

 

「お前、ほんとはあたいと同期だろ。嫌とは言わせねぇぜ」

 

「・・・仕方ないな」

 

ほんのり温かい空間に二つの(いろどり)が加えられ、

 

「「乾杯」」

 

チン、とグラスが鳴った。

 

 

 

 

夜は明け。川神水で酷いことになった子らも目を覚ます。

 

「いやー昨日はなんだかはしゃいでしまったな」

 

「(あれではしゃいだ・・・?)」

 

死屍累々だったような気がする士郎。

 

「おはようございます。士郎君」

 

「おはようなのだー」

 

「おはよう。昨日の借りは今日返すぜぇ」

 

「いきなり威嚇してくるな、井上」

 

実を言うとこの男が宿泊しているのでランサーは自由に旅館内を歩けずにいた。

 

『大丈夫です。こうしてサクラと居られますから』

 

と、昨夜はそう言っていたが本当のところどう思っているのだろうか。

 

「士郎君はなにか予定があるのですか?」

 

「ああ。俺たちは釣りに・・・」

 

「一緒!なのだー!」

 

「こらこら待ちなさい雪。ゴホン。俺達も釣りに行くところなんだけど一緒にいかないかね」

 

「・・・いいけど、みんな来てからな」

 

「それは良かった。どうです?皆さんが来るまであちらで飲み物など・・・」

 

「井上と榊原も一緒ならな」

 

「もちろんです(フラれましたね)」

 

「朝から快調だなー若」

 

「?準も今日は快調だよー(キュッキュ)」

 

「無造作に頭をキュッキュするのやめなさい!」

 

なにはともあれ士郎は葵冬馬達と席に着いた。

 

「いらっしゃいませーなににしますか?」

 

「ウーロン茶を」

 

「俺達も同じのでいいよな」

 

「えー・・・炭酸が飲みたいのだ」

 

「じゃあサイダーね。ウーロン茶三つとサイダーをください」

 

かしこまりましたーとウェイターが下がっていく。

 

「で?そっちはどの辺で釣りする気だったの?」

 

「芦ノ湖で手ぶらでできるっていう所にするつもりだった。ほら、この辺の・・・」

 

「へぇ・・・意外と通じゃん。なかなかに穴場だぜ、そこ」

 

「そうなのか?」

 

キャップが探し出してきたので士郎はあまり詳細を知らない。

 

「私達も同じ場所に行くんです。士郎君もどうですか?」

 

「さっきも言ったけどみんなが来たらな」

 

「(手堅い守り・・・こりゃ若の黒星かね)そんで、そのみんな、ってのは?」

 

「今、身支度中だよ。昨日どんちゃん騒ぎになってな」

 

言外に時間がかかると士郎は言った。

 

「まぁいいんじゃね?こっちも急いでないし。予定もその都度決めるつもりだったし」

 

「そう言えば英雄が居ないな。一緒じゃないのか?」

 

「英雄は何かの会談に行きましたよ。夜にはまた合流するはずですが」

 

「そうなのか。それで付いてきた葵達も予定が無い・・・ってとこか?」

 

「当り!マシュマロ食べる?」

 

「もらっておくよ。ありがとう」

 

と士郎は笑顔で言った。

 

「・・・。」

 

「雪?」

 

「君、友達多そうだねー」

 

「?いや、友好関係はそれほどでも・・・」

 

ある、のだろうか?正直嫁が多すぎて嫁の関係者とか言ったらすごいことになりそうである。

 

「お待たせしました!ウーロン茶三つとサイダーです」

 

「ありがとうございます。(サッ)」

 

「ごゆっくりどうぞ~(サッ)」

 

「・・・。」

 

士郎の目には交わされた白い紙が見えたがそ知らぬふりをした。

 

「それで何狙い?」

 

「それはもちろん――――」

 

それからしばらくは葵冬馬達と会話を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

飲み物が無くなる頃、やっと身支度の終わったファミリーが姿を現す。

 

「お待たせしました、シロウ」

 

「お待たせー!」

 

「待たせたな」

 

「ガクト、似てない」

 

「あれ?葵冬馬・・・先輩?」

 

危うく呼び捨てにしかけた凛だが何とか持ち直した。

 

「なんだなんだ?なんで士郎が葵と一緒に居るんだ?」

 

随分ないい口に士郎は、

 

「お前達が準備に時間がかかったからだよ。葵達も同じ場所で釣りするらしいぞ」

 

どうする?と視線で問う。

 

(いいじゃないか)

 

(実力の差を見せてやろうぜ!)

 

「じゃあ今日はよろしくってことで!」

 

ガシ!

 

「ええ。お手柔らかに」

 

バチバチと稲妻が走った気がする。

 

釣り、という事でセイバーもいつものお嬢様服ではなく活動的な服装だった。

 

「どう?衛宮君。感想は」

 

凛や桜も普段とは違う服装だ。凛が活動的なのに対し、桜は春の日差しを上手く取り込むような服装だった。

 

「ああ。みんな似合ってる」

 

「シロウ・・・!」

 

「士郎先輩・・・」

 

「セイバーさんは分かるけどまゆっちはいつもと同じじゃ・・・」

 

「そういうとこは見逃すんだよ空気読めやクリ吉コラ」

 

「!?今松風がバグったぞ!?」

 

「オラがバグったりするわけねーべ?」

 

「はいはい。乗るぞー」

 

まるで引率の先生かのように指示を出す士郎。

 

(しっかしこの子たちは放っておいたら何処まで行くんだろう・・・)

 

葵冬馬たちはきちんと統率が取れているのだが・・・

 

「まぁいいか」

 

自分が引率すれば問題なかろう。

 

という事で釣り場に到着。

 

「さあ釣るぞー!」

 

「おー!」

 

「最下位は今日の夕食一品抜きな」

 

「抜いた一品は何処に?」

 

「もちろん私に「一番の釣った奴な」むう・・・」

 

「判定は?」

 

「巨大さ!」

 

「重さ!」

 

「という事で分からないので聞きましょう」

 

「今の時期だとニジマス、オオクチバスが釣れるね。その中でも飛び切りのと言えば・・・ヤマメだ」

 

「ヤマメ?」

 

「別名サクラマス。体長はここだと何センチですか?」

 

「70cmを超えるものもいる。警戒心が強くそうかかることはないが、力強い引きと速さに、ここを訪れた人の大半が一度は釣ってみたいという魚だ」

 

「だって」

 

「うーんじゃあ狙いはそのヤマメか?ニジマス大量に釣って塩焼きもいいなぁ」

 

「百代、それは良いですね。実にいい・・・」

 

じゅるりとするいつもの腹ペコ王をみんなで笑っていざ釣りの準備開始。

 

「俺たちは道具借りに行くけど葵達はどうするんだ?」

 

「少し休んでから行きますよ」

 

「ああー・・・若、また寝てないな?」

 

「冬馬はいつもそうなのだー・・・」

 

複雑そうにする準と小雪。

 

「なんだ、不眠症か?」

 

「最近は寝られるようになっているので心配ありませんよ」

 

「そういう問題じゃないんだけどなぁ・・・まぁ若がこの調子だから俺たちはのんびり行くわ」

 

「ウェーイ!蝶々~」

 

「・・・そうか。無理するなよ」

 

そう言って士郎はみんなが居る場所へと駆けて行った。

 

すると、何やら問題が生じているようだった。

 

「どした?」

 

「俺様ら超団体様じゃん?数が足りねぇんだと」

 

「すまないねぇ・・・他のお客さんも居るから」

 

「構いません。ご迷惑をおかけします」

 

貸してもらえたのは釣り竿と魚を入れる網が5セットだった。

 

「え?数足りないぞ。どうするんだ?」

 

大和が不思議そうに言うが凛たちは呆れた顔をしていた。

 

「こうするのさ。――――投影、開始(トレース・オン)

 

残りの8セットが士郎の手元に現れた。

 

「うおっ!?」

 

「すげぇ!」

 

「これで人数分だろ?早くやろう」

 

「・・・あんたねぇ・・・こんなことで投影使ってんじゃないわよ」

 

「まぁまぁ、みんなもう知ってるから」

 

「よし!俺はエミエモンが出した奴でやる―!」

 

「誰が二足歩行狸型ロボットだ!」

 

「僕も・・・えへへ、何か同じ物のはずなのに特別感あるね」

 

「魔術に携わるものとして少しでも数を減らしましょう・・・セイバー、桜」

 

「はい。お借りします、シロウ」

 

「私も借りますね」

 

ほどよく分けていざ釣りを――――

 

(そんな装備で大丈夫か?)

 

「・・・。」

 

何か、赤いアングラーがカーボンナノファイバーの竿を持って言うのが見えた。

 

俺は――――

 

このまま使う/一番いいのを投影する

 

 

「なんだ今のは」

 

ブンブンと頭を振って釣り場へと行った。

 

 

 

空は晴天。優しい春風が流れる中ポチャンと、竿を投げる。

 

「空気が良いな・・・」

 

パチャン、と浮が沈む。

 

「それ!」

 

魚がかかったのを見てクイッと竿を引き針をかける。

 

「・・・ニジマスだな」

 

そこそこに肥えたニジマスが釣れた。

 

網に入れて、またポチャンと竿を投げる。

 

次は何がかかるかな、と思っていると百代がものすごいスピードでやって来た。

 

「し、士郎!?どうやって釣ったんだ!?」

 

「どうやって?どうやっても何も普通に――――」

 

そこまで言って士郎は気づいた。

 

「百代。気配断ってないだろ」

 

先ほどまであった魚影が見えなくなった。

 

「気配を断つ?どういうことだ?」

 

「あー・・・」

 

某ランサー曰く釣りとは鍛錬でもあると言っていたのを思い出した。気を静め竿を微動だにせず、タイミングを計る。

 

なるほど、確かに鍛錬だ。

 

「百代には隠形って言えばわかるか?とにかく百代は強者の気配を駄々洩れにしてるから魚が寄ってこないんだよ」

 

「なにー!?じゃあ今まで私だけ釣れなかったのって・・・」

 

「気配遮断してなかったからだな」

 

士郎はその辺とてもうまく、鉄心にもヒュームにも褒められた。

 

・・・能ある鷹は爪を隠す、とはよくいったものだと。

 

「ぬぬ・・・放出ならまだしも断つのか・・・」

 

「ま、気長にやることだな。気を静めるのが重要らしいぞ」

 

そう言って士郎は立ち上がりポイントを移動する。

 

「あ!どこ行くんだよ!?」

 

「どこもなにも百代が気配遮断覚えないと魚が居なくなる。俺だって負けたくないからな。頑張れ」

 

「んな・・・薄情者ー!」

 

こりゃ時間がかかりそうだと士郎は思った。

 

さて釣り再開。

 

今度は何が釣れるかな・・・

 

パチャン!

 

「ん?」

 

引きの初速が早い。しかも中々手ごたえのある引き。

 

「・・・ヤマメか?」

 

となると馬鹿正直に相手をするとバレてしまう。慎重に慎重に引き寄せる。

 

「ッ・・・これはタモが必要だな・・・!」

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

片手にタモを投影してタイミングを見計らって救い上げる。

 

「・・・っし!」

 

60cm前後の大物を釣り上げられた。

 

「収穫収穫・・・」

 

とほくそ笑んでいると、

 

「シロウ!こちらもタモが必要です!」

 

「せんぱーい!」

 

「・・・。」

 

そう言えば自分の幸運のランクはEだったなとカクリと肩を落とす。

 

「今行くぞー」

 

タモを持ってセイバーと桜の待つ方へ行く。

 

「シロウ!糸が・・・!」

 

「わかったわかった。少し緩めて・・・よいしょ」

 

ざぱん、と上がったのはなんと、80cm越えのヤマメ

 

「おお!大物じゃないか!」

 

「やはりそうでしたか。ニジマスとは明らかに違う手ごたえでしたので」

 

セイバーの言葉に引っかかりを覚えて網を見ると。

 

(うわあ・・・)

 

ピチャンピチャンと跳ねるニジマスが多数。どれも大きい。

 

「これは確かに癖になりますね。独特の引きごたえに駆け引き。実に楽しいです」

 

笑顔で次を投げたくてウズウズしているセイバー。

 

「これだけいると逃げられそうだから網を変えて捌いちまおう。セイバーは引き続き頑張ってくれ」

 

「はい!お任せを。油断すると翔一に負けてしまいますからね」

 

セイバーはキャップをライバル視しているようだ。それも仕方ないだろう。二人は生まれついての幸運持ち。なにか感じるものがあるのかもしれない。

 

「士郎ー!」

 

「タモ、タモー!!」

 

「ったく、俺はタモ係か?」

 

今使っていたものをセイバーのところに置いて新たに投影したものを持っていく士郎。

 

「誰だ!?」

 

「遠坂さんよ!」

 

「頑張るんだ凛!」

 

一子とクリスが、糸が絡まないように竿を上げている中凛がなにやらファイトしている。

 

「ぐぬぬ・・・この・・・」

 

「あ!遠坂、そんなに無理やり引っ張ったら・・・」

 

プツン。

 

「「ああ!?」」

 

「てい!」

 

糸を切って魚が安心したその瞬間を士郎は見逃さなかった。

 

「あっぶなかったー」

 

「ありがとう、士郎」

 

「流石ね!」

 

「うむむ・・・自分も早く釣りたいものだ」

 

ヤマメではなかったが大きく太ったニジマスだった。

 

「これは中々楽しかったんじゃないか?遠坂」

 

「ええ。魚の癖によくやるわ。釣りなんてほとんどしてこなかったけど、楽しいわね」

 

満足気だが今のところセイバーがトップなことを伝えてやる。

 

「うう・・・セイバーさん強過ぎよぉ・・・」

 

「嘆くな犬!まだ勝機はある!」

 

「そうよね。そう思うわよね。普通」

 

ハハハ、と固まった笑顔を浮かべる凛。

 

「それより、俺はセイバーの釣った大量のニジマス捌いてくるから。タモ、置いていくぞ」

 

「OKー!分かったわ!」

 

「負けないぞ、凛!」

 

「はいはい。頑張りなさい」

 

忙しく去って行く士郎の方にも手をひらひらと振って追加の浮を結び直す凛。

 

士郎はさっぱり釣りが出来ないでいたがそれでも仲間達との時間は楽しい。

 

「士郎先輩、捌くんですか?」

 

キャップ達の方をハラハラと見ていた由紀江がそう言って近づいてきた。

 

「ああ。セイバーがもうこんなに釣るもんだから・・・網がいっぱいになる前に塩焼きにしちまおうと思って」

 

「なら手伝います!」

 

「北陸娘なめんじゃねぇぜ?」

 

またもやいないはずの松風にツッコミを入れたくなったがとりあえず我慢して士郎は捌き所に行くのだった。

 

ニジマスを捌いて串にさし、塩を塗り込み焚火のある場所に持っていく。すると男子陣が入れ違いでやって来た。

 

「なんだ?そっちも一杯か?」

 

「キャップがね・・・僕らは全然」

 

「キャップの傍に居れば釣れるかも、と思ったが駄目だ・・・片っ端から釣りやがって・・・」

 

「士郎もいっぱいなのか?」

 

「いや、これはセイバーのだよ。大物釣りあげて網が一杯だったから捌いたんだ」

 

「セイバーさんどのくらいの釣ったんだ?」

 

「大体80cmくらいだな」

 

「なん・・・だと・・・」

 

聞けばキャップのは70cm前後だということだ。

 

「こうしちゃいられねぇ!戻るぞー!!」

 

「あ、おい!ニジマスどうすんだよ!?」

 

小物に用はねぇよー!と彼は走って行ってしまった。

 

「まったく、落ち着きのない奴だな・・・」

 

「じゃあこっちのは俺様達が捌くか」

 

「ガクト、出来るのか?」

 

「鱗取ってワタだして串に刺すだけだろ。こんくらいできらぁ」

 

「じゃあ頼んだ。俺と由紀江は番をしてるから」

 

おーうとガクト達は去って行った。

 

「これはキャップさんとセイバーさんの一騎打ちになりそうですね」

 

「だな。俺と由紀江は番しなきゃだし、由紀江、みんなの所に行ってもいいんだぞ?」

 

「あ、あの!士郎先輩が嫌でなければ一緒がいいです・・・」

 

赤くなって士郎の服をきゅっと握る由紀江に笑いかけて、

 

「そっか。嬉しいよ」

 

「はうっ・・・」

 

「もうどうしようねこの衛宮スマイル・・・」

 

「だから松風いないだろ・・・」

 

苦笑して士郎は焚火に魚をさしていくのだった。

 

 

 

散々行ったり来たりを繰り返すと葵冬馬達が姿を現した。

 

「おーっす釣れたかー?」

 

「もう置くとこねぇよ・・・」

 

百代やガクト達はもう釣りをやめて、焼けた魚に舌鼓(したつづみ)を打っていた。

 

「取れたてはうんめぇな・・・」

 

「塩味がいいね」

 

「まぐまぐ!がつがつ!」

 

「誰かお茶「あるぞ」ナイスだ士郎ー」

 

水筒に入れた熱いお茶を入れてやる士郎。

 

「葵達は釣れたか?」

 

「雪が大物釣ったから引き上げた」

 

「ヤマメさんなのだー!」

 

ドドーンと出されたヤマメは60cm前後。士郎と同じくらいだった。

 

「そっか、良かったな。ニジマス、食べていくか?」

 

「いいのですか?」

 

「いいもなにも余ってるからな。早く食べないと次が焼けない」

 

「じゃあご相伴に預かりますかねぇ・・・」

 

「わーい!お魚ー!」

 

「それにしてもキャップとセイバーさん、いつまでやる気なのかしら」

 

「こんなに釣りあげたらもうトップとか関係なくね・・・?」

 

「二人とも負けず嫌いだからな・・・」

 

よく見ると、二人ともほぼ同じ位置で糸を垂らしていた。

 

「おーい!そろそろ最後にしろよー!」

 

「セイバーさん、士郎先輩が呼んでますよ」

 

「わかっています。翔一、この勝負は・・・」

 

「次がラスト。だろ?」

 

「はい。いざ」

 

「勝負!」

 

パチャン、と二人の浮が同時に沈んだ。

 

「!桜!タモを!」

 

「こっちもだ!ガクト!」

 

バシャバシャと魚が暴れる。そしてどちらも釣り上げたのは・・・

 

「「ヤマメだ!」です!」

 

「公平を期すために測るぞ」

 

「キャップのヤマメは・・・81cm!」

 

「セイバーさんは・・・82cm!」

 

「ぬおおおお!負けたぁ!!」

 

セイバーの勝利に終わるのだった。

 

 

 

 

その日の夜、昼にニジマスを食べ過ぎた風間ファミリーは夕食が食べられず、ほぼ百代、一子、セイバーが食べることになるのだった。

 

「うっぷ・・・腹一杯・・・」

 

「食べ過ぎたねぇ・・・」

 

「これ夜中腹空くパターンじゃね?」

 

「今日は早く寝ちまおう・・・」

 

散々はしゃいだからだろう。キャップも欠伸を噛み殺していた。

 

「自分達は風呂に行く。いいか。風呂に行くからな!」

 

「クリス。あんまり言いすぎると期待されてるのかと思われるぞ」

 

「!?断じて違う!」

 

「わかってるよ。俺は土産屋さんに行く。キャップ達はもう寝てるよ」

 

今日こそ土産を調達するのだ。

 

「えっと・・・何があるかな・・・」

 

餅、大福、プリンなどスイーツ系が多い。

 

「でもなぁ・・・スイーツは帰りに買うつもりだし・・・」

 

はてどうしたものかと悩んでいると、

 

「・・・。」

 

「あずみ?」

 

あずみがやって来た。

 

「(クイッ)」

 

「はいよ」

 

また付き合えという事らしい。

 

「おや、お客様。ご来店ありがとうございます」

 

「黒糖・・・いや、今日はワインがいいな。赤ワイン二つ」

 

かしこまりました。と顔を覚えられたのだろう、二度目の問いは無かった。

 

「どうした。まだ感傷にひたっているのか?」

 

「ちげぇよ。今日は純粋にお前と飲みたかった」

 

「お待たせしました。赤ワインでございます」

 

「ん」

 

「おう」

 

チン、と鳴らして口に含む。葡萄酒特有の豊潤な香りが広がった。

 

「今日は何してたんだ?」

 

「俺たちは釣りに出かけたよ。葵冬馬達も一緒にな」

 

「・・・あいつに掘られるなよ」

 

「やっぱりその気があるのか・・・冗談だと思いたかったが・・・」

 

はぁ、とため息を吐く士郎。

 

「まぁそれでも優秀な奴だ。仲良くなっといて損はねぇ」

 

「損得勘定の付き合いはもう飽きた。もう十分だよ」

 

そう言って士郎もワインをゴクリ。

 

「お客様チーズなどございますがいかがですか?」

 

「もらうよ。二人前頼む」

 

かしこまりました、と下がっていくバーテンダー。

 

「お前に酒だけ飲ませるのが忍びなくなったか?」

 

「恐らくそうだろう。大体あずみ。君の無茶振りだぞ。本当に大丈夫だが法律上は問題ありなんだからな」

 

「こまけぇこたいいんだよ。・・・ん。なんでだろうな特に特別なことはねぇのに酒が美味い」

 

「雰囲気のせいじゃないか?」

 

こうして静かな夜を過ごすのも悪くない。

 

「損得勘定の付き合いは飽きたつってたな」

 

「ああ」

 

「・・・どのくらい戦ったんだ?」

 

「・・・。」

 

その問いに士郎は一度黙して、

 

「何度死んだか分からないくらいだよ」

 

遠く、もう懐かしいことを思い出して士郎は言った。

 

「戦争を止めようと足掻いたこともあった。物資を届けるためにテロまがいの事もした。・・・そうまでしても。救えなかった命があった」

 

「・・・。」

 

「視野が広がるんだよ。1人の次は10人。10人の次は100人。100人の次は・・・どのくらいだったか」

 

「悪循環だな・・・」

 

「本当に、そうだな」

 

「お待たせしました。ハーブチーズとスモークチーズでございます」

 

「もぐ・・・んん。で、それをこの世界でもしようとしてたわけか」

 

「・・・そうだな」

 

士郎は嘘をつくことなく言った。

 

「元々は卒業と実績さえ積めればよかったのにな。いつの間にか大所帯だ」

 

「はは。揚羽様を出し抜けるわきゃねぇよ」

 

それに、とあずみは続けた。

 

「武士娘を甘く見ねぇこった」

 

「それは十分肝に銘じたよ。まったくどんな世界なんだかここは」

 

苦笑交じりに笑って士郎はスモークチーズをパクリ。

 

「む。中々いいチーズを使ってるな」

 

「バーテンの秘蔵だろうよ。味わって食いな」

 

そうして今宵も静かに終わる。真っ赤な葡萄酒が二人の顔を写し返していた。

 




旅館編でした。意外なとこに躓く今回でしたがいかがだったでしょうか?

芦ノ湖では本当にニジマスやヤマメが釣れるそうです。色々調べたんですが季節によってはワカサギつりもできるみたいです。観光予定の方、ぜひ調べて行ってください中々面白そうでした。


あずみさんがめっちゃ出てますがここまで我慢した反動ですはい。もうあずみさん書きたくてしょうがない。

次回は天神館のお話になると思います。では!


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天神館

みなさんこんばんにちわ。どうにも一日中眠い作者でございます。

今回は以前作った天神館のフラグを回収していきたいと思います。

天神館のメンバーがどんな反応をするのか書いて行ければなと思います。

では!


――――interlude――――

 

九州に位置する天神館。川神に負けぬ強者揃いのはずだったが、東西交流戦で完勝されてしまった今ではなんだか静かな毎日を送っていた。

 

「おい、お前らもう少し元気にしろ。もっと元気だったじゃねぇか」

 

「鍋島館長・・・」

 

「でも、もうすぐ東西交流戦ですよ・・・?」

 

「またボロクソにやられたら・・・」

 

「・・・こりゃあまずいな」

 

完全にあの時の事がトラウマになってしまっている。

 

それも仕方ない。初手士郎の弓で本陣は壊滅。残る部隊も東の武士娘と屈強なスパルタ兵達に成す術なくやられてしまった。

 

中でも西方十勇士が完膚なきまでに倒されてしまったのも影を落としていた。

 

「あの計画、前倒しするか」

 

そこで鍋島は以前川神学園に相談したことを決行することにした。

 

「・・・なんだ、鍋島館長」

 

集合をかけられた十勇士の代表として石田が問いかけた。

 

「もうすぐ東西交流戦だってのに三年の士気が低い。そんで――――」

 

東に出向いて来いと、鍋島は言うのだった。

 

 

――――interlude out――――

 

一方川神はいつもの様に流星の中登校していた。

 

「ホントに士郎先輩なの?お姉ちゃん」

 

「はい。学校からこの橋の警備をしてくれてるんですよ」

 

「沙也佳ちゃんの気持ちもわかるぜ」

 

「最初は僕たちも何事かと思ったもんねぇ・・・」

 

なぜなに状態だったのが、

 

「ねぇ・・・ふぎゃん!」

 

服の上にブラジャーを装備した変態(男)が瞬時に昏倒させられる。

 

「お目汚しをしました」

 

そうして九鬼の従者に引きずられて行く。

 

「これで士郎がやってるって分かったんだよな」

 

「というか貴方達も大概ね。普通こういう人に出会ったら怖いでしょうに」

 

凛がそう言って腕をさすっている。鳥肌がたったらしい。

 

「セイバーさんはいつも早く登校してますが大丈夫なんでしょうか・・・」

 

「騎士王ならこんな蛮行許さないはずだな!」

 

「蛮行って・・・間違ってはいないけど・・・」

 

「でもセイバーさん出て来てなくね?」

 

「きっと決闘で手を取られてるんじゃないか?」

 

まだまだ整理券は配られているらしく、セイバーはもうこの際複数人でかかってこいと言う始末。流石に有象無象全てを一人一人相手にしていたら埒が明かないと思ったようだ。

 

『私の決闘は基本間引かれた状態で数少ない挑戦者が居たくらいですから。皆には悪いですがこの手段を取ります』

 

とはセイバーの言だ。

 

「そりゃあ騎士王にいきなり決闘申し込んでも蹴散らされちゃうよね・・・」

 

「何より円卓の騎士が居たんだから一層セイバーさんには届かなかったと思うよ」

 

ぺらりと歩きながらだというのに本を読む京。

 

「円卓の騎士かー・・・どんな人たちなんだろ」

 

「自分はガウェイン卿が気になってる」

 

「ああ、聖者の印がどうのとかいう・・・」

 

「えっと・・・あたしはやっぱり円卓最強の騎士ランスロット卿かしら」

 

セイバーが来てからとっかえひっかえアーサー王伝説を読み漁っていたファミリーは結構、円卓の騎士に詳しくなっていた。

 

「でも、セイバーさん円卓の騎士のこと教えてくれないからなー」

 

「それな!俺様もわりと知りたいんだけど・・・」

 

「円卓の騎士は崩壊してるんだからそりゃ話したくないよ」

 

「かもね。セイバーはその辺敏感だから」

 

「遠坂さんも知らないのー?」

 

一子が聞くが凛は首を振った。

 

「私も全然ね。桜は?」

 

「あの・・・一人だけ教えてもらった人が・・・」

 

「え?」

 

「だれだれ!?」

 

桜は一呼吸おいて、

 

「その、先輩が『パーシヴァル』卿みたいだと・・・」

 

「パーシヴァル?」

 

「どんなことした人だっけ」

 

「聖杯探求でギャラハット卿と共に成功した一人よ」

 

と、凛が答えた。

 

「そんなすごい人なんだ!」

 

「毎回思うけど死んでるんだよなー、聖杯で」

 

「キャップギャラハット卿かパーシヴァル卿の生まれ変わりだったりしない?」

 

「そうだったらめっちゃ楽しいな!で、なんで士郎がパーシヴァル卿と似てるって?」

 

話がズレないようにキャップは再度問うた。

 

「パーシヴァル卿はよく、ご飯を食べさせるのが好きだったようで・・・」

 

「「「ぷっ!」」」

 

その一言に凛を含めた全員が笑った。

 

「がっはっはっは!!確かにちげぇねぇ!」

 

「ひー、ひー、確かに士郎っぽいわ!」

 

「くっくっく、士郎らしいよね」

 

皆でお腹を抱えて笑っていると、

 

「ンガ!?」

 

ガクトの頭に矢が落ちて来た。

 

「矢文だわ!」

 

「どれどれ・・・」

 

『誰がパーシヴァル卿だ!いいから早く登校しろ!』

 

「あれぇ!?バレてる!?」

 

「あいつ読唇術使えるからねぇ・・・」

 

「まじか」

 

「まじよ」

 

それでも一部はくっくっくと笑いながら歩く。愉快な仲間達は今日も健在だった。

 

 

 

 

 

「まったく。あいつらときたら・・・」

 

「どうしたんだ、士郎」

 

「キャップ達が俺の事パーシヴァル卿みたいだとかで笑ってた」

 

「?パーシヴァル・・・?」

 

「ああ、林冲は知らないのか」

 

それならそのままにとそれ以上士郎は何も言わなかった。

 

「えっと・・・円卓の騎士のパーシヴァル、のことだろうか?」

 

「・・・そうだよ」

 

不貞腐れたように言う士郎にクスクスと林冲は笑って、

 

「セイバーが言っていたな。食べさせるのが好きな男だったと」

 

「知ってるんじゃないか・・・」

 

カク、と肩を落として士郎は苦笑した。

 

「俺が食べさせたいというよりみんながよく食べるんだけどなぁ・・・」

 

士郎や凛、桜は普通盛なのにセイバー達ときたら毎回大盛だ。桜はまた体重が・・・と、どんよりしていた。

 

「それはそうと・・・こんなもんで終わりかな・・・」

 

そう見切りをつけた時、

 

ガチャ。

 

「衛宮君はおるかのう」

 

「学園長、こんな所に何用ですか?」

 

「んーまた正の奴が来るでのう。一矢頼む」

 

そう言って渡されたのは矢文だ。

 

「正とは鍋島館長の事ですか?」

 

「そうそう。十勇士を連れてくることになっておるんじゃよ」

 

「ほう。それはそれは・・・」

 

どうやら今年も賑やかな一年になりそうだ。

 

「それなりにやりますよ?」

 

「構わん。死ななきゃOKじゃ」

 

矢文を番えて橋を見ると、

 

「――――」

 

パシュンと、以前とは比較にならない速度と強さで射られたそれは――――

 

「うーん・・・」

 

「どうじゃ?」

 

「鍋島館長の式神と十勇士総出で止められました。中ってはないです」

 

「まぁ前回やったからのう・・・しかし教え子に守られるとは、あいつもちとたるんどるのう・・・」

 

長いひげを撫でて難しい顔をする学園長。

 

「まぁよかろう。一応彼らが来るまで警護を頼めるかの。小島先生には言っておこう」

 

「わかりました」

 

「林冲ちゃん。お主は戻るんじゃぞい」

 

「・・・はい」

 

「言わんと戻らん気じゃったろ」

 

「そんなことはないです」

 

どこかプンスカとしながら林冲は言った。

 

「林冲。大丈夫だからクラスメイトも大事に、な?」

 

「士郎がそういうなら・・・」

 

「ふぉふぉ。好かれとるのう。衛宮君」

 

そんなこんなで士郎は橋の警護を続けることになった。

 

 

――――interlude――――

 

士郎が鍋島を狙っていた時、彼らは、

 

「館長、ここまで防御を強固にする必要があるのだろうか?」

 

黒髪で鼻に絆創膏を張った少女、大友焔が言う。

 

「ああ。前回はアウトだったからな。今回は油断せず行くぜ」

 

「俺にも本気で、とは、衛宮士郎は相当な腕前なんですね?」

 

「そりゃああんな射手居ねぇよ。ほら、さっきから飛んでるだろ」

 

「・・・まさか」

 

いかつい顔の島右近が難しい顔をする。

 

「この流星、全て衛宮が射っているのか」

 

彼ら十勇士のリーダー的存在、石田が額に汗を浮かべて言った。

 

「この矢全部か・・・ヨシツグ、防げる?」

 

褐色の肌の尼子春が問う

 

「俺に集中されたら無理だ。流れ弾くらいなら――――」

 

「おい!来るぞ!」

 

鍋島の声で全員戦闘態勢に入る。

 

果たして飛んできた一矢は式神をいともたやすく食い破り、

 

「サイクロンスマッシュッ!!!」

 

大村ヨシツグの強力な攻撃に僅かに威力減退し、

 

「鉢屋!!」

 

「承知!!」

 

ボンと入れ替わった丸太を砕き、

 

「くっ・・・!」

 

大友の大筒を粉砕し、

 

「これで!」

 

「終いだ!」

 

島右近の槍と石田の剣で矢は叩きおられた。

 

「っだ!はっはっは・・・なんだ今の一撃は!?」

 

「みんな無事か!?」

 

「なんとかな」

 

「龍造寺の奴気絶してるわ」

 

「パワータイプの長曾我部と宇喜多は間に合わなかったか」

 

「すまねぇ。盾になろうとしたんだが貫かれる幻を見た」

 

「うちもや。ハンマー砕かれとったかもしれん」

 

「実際、ほむの大筒壊されたしね・・・」

 

「国崩しが~・・・」

 

「その、なんだ、悪かったよ。武器の修理費は出してやっから。ともかく恐ろしい兄ちゃんだぜ・・・」

 

「鍋島館長の式神全部けちらされたもんね」

 

「俺のサイクロンスマッシュを受けてあの程度の減衰か・・・末恐ろしいな」

 

ヨシツグも手を握ったり開いたりして矢の衝撃を確かめるように呻いた。

 

「こりゃしかられるなっと」

 

折れた矢についていた紙を広げる鍋島。

 

「・・・。」

 

『適当な防御しかせんとか気抜きすぎ。反省』

 

「あちゃー・・・」

 

「なんぞ、矢文か?」

 

どれどれと皆でのぞき込むそして一様に頬がひきつった

 

「まじかいな・・・」

 

「俺たち総出だったんだぞ!?」

 

「御大将の言う通りです!」

 

「衛宮の兄ちゃんならこの状態でも射抜けた。そういうこったろ」

 

「あれで手加減・・・!?」

 

「神弓の衛宮・・・恐るべし・・・!」

 

「何と美しく力強い矢なのか!」

 

そんなやり取りがされていたのだった。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

「えー、今日は九州の天神館からの留学生を紹介するぞい」

 

朝礼に遅れていくとそのように始まっていた。

 

「遅れました」

 

「いいぞ。学園長から話は受けていた。任務ご苦労」

 

梅子とそんな短い会話をして士郎も列に並ぶ。

 

「天神館の奴等だぜ」

 

「知ってる。狙撃してたからな」

 

「それで遅くなったのか」

 

なるほど、と大和達が頷く。

 

「彼らは西方十勇士。ちと数が多いでの。名前だけの自己紹介じゃ」

 

そう言ってマイクを鍋島に譲った。

 

「石田三郎、島右近、長曾我部宗男、毛利元親、尼子晴、大友焔、鉢屋壱助、宇喜多武美、大村ヨシツグ、龍造寺隆正。この10名だ。昨年は世話になったな。こっちも勉強させてもらうぜ」

 

「ふむ。全員去年の東西戦二年の部で活躍した猛者たちじゃ。じゃが・・・うちがあまりに圧倒的だったからのう・・・勉強に来たというわけじゃ」

 

「勉強ねぇ・・・レオニダスさんが主なんじゃね?」

 

「どうだろう・・・最近セイバーさんが剣術指南してることも多いよ」

 

「スパルタにブリテンか・・・こりゃ今年もエグイことになるな・・・」

 

大和達はどこかあきれ顔。士郎もやっぱりやりすぎだよなぁと苦笑している。

 

「勉強は通常通り三年生に混ぜて行う。そして、体育も一緒に行う」

 

ざわざわ!

 

「敵に塩を送ろうというの?」

 

「それはどうなんだろう・・・」

 

「まだ私達もレオニダスさんの授業受けてないのに・・・」

 

等など、感触はあまりよくないようである。

 

「その代り・・・今年の東西交流戦は三年の部は無しじゃ」

 

「え?」

 

「私達はやらないのか」

 

「そりゃあ手の内わかっちゃうからなぁ・・・」

 

軍師たちとしても苦難を越えずに済んだ、という形だ。

 

「学校は違っても同級生じゃ。仲良くやるように」

 

という学園長の言葉で朝礼は終えられるのだった。

 

「では全員F組に編入となる。喧嘩やいじめなどないように」

 

「おっとそこ詰めろ詰めろ」

 

「これで十人分空いたかな」

 

「どうぞ~」

 

と委員長の真与が呼びかけた。

 

「・・・なぜ出世街道を行く俺がF組なのだ」

 

「他のクラスはいっぱいだからでしょ。ほらほら」

 

「お邪魔いたします」

 

「失礼する」

 

次々と十勇士が入ってくる。

 

「あれ、一人いなくね?」

 

「龍造寺なら仕事だ」

 

「テレビの仕事があるからな」

 

「そんなんで成績維持できるのか?」

 

「そこそこだよ」

 

尼子晴がそう返す。

 

「・・・まぁもう職に就いてると考えれば、問題ない、のか・・・?」

 

「私語はその辺にしておけ。レオニダス。丁重に頼むぞ」

 

梅子の言葉にイイ笑顔で、

 

「お任せください!立派なスパルタ・・・ああいえ、強者に育て上げましょう!」

 

「だからその癖直せ、スパルタ人」

 

ビシっとツッコむ士郎。

 

「それではHRを始めるぞ。今日は一応、十勇士の皆を案内する予定が入っている」

 

「ま、迷子になっても大変だしな」

 

「一応マンモス校だからね」

 

「梅先生、みんなで行くんですかー?」

 

「うむ。なので今日の授業は体育を除いて自習となる。折角の機会だ、友好を育めよ」

 

「今日の体育は・・・四時限目か」

 

それまで自習とはありがたいことだ。

 

「では早速案内をするぞ。衛宮、お前が先頭だ」

 

「・・・もしかしなくても護衛ですか?」

 

「念のためな」

 

「はぁ・・・もう少し血の気を抑えて欲しい・・・」

 

頭が痛そうに言う士郎。

 

「おい衛宮。俺たちは護衛してもらうほど・・・」

 

ピッ

 

「ほい死んだ」

 

「なっ・・・」

 

いつの間にか間合いを詰めた士郎が文句を言い立てた石田の首元に指を突き付けた。

 

「朝あれだけ痛い目にあったのにもう緩んでるのか?この学園には決闘っていうシステムがあるんだよ。それの防止だ」

 

「ぬ・・・」

 

「それに、なにもお前達を馬鹿にしてるんじゃない。余計なことに巻き込まれないための防止策だ。ここでいきなり決闘騒ぎが起きてちゃおちおち見学もできないだろう?」

 

「それもそうだね。ありがとう、衛宮」

 

「感謝します」

 

「大友は早く学園を見たいぞ!」

 

「はいはい。そういう事でレッツゴー」

 

まずはぐるっとF~S組を見て回る。

 

「ううむ・・・個性的なクラスが多いな・・・」

 

「うちのクラス分けは、普通にしてるから余計にだね」

 

川神学園は成績でクラス分けされているので同じ実力の者同士が揃いやすい。・・・類は友を呼ぶという事で個性も似たようなのが多い。

 

「おい衛宮。S組を見学させろ」

 

「御大将ここは穏便に・・・」

 

「構わないぞ。どうせガリガリ勉強してるか寝てるかだけだからな」

 

「勉強は分かるが・・・」

 

「寝る・・・?」

 

長曾我部と鉢屋が不思議そうにする。

 

「見ればわかるさ」

 

ガラガラ

 

「お、おじさんのクラス見学?」

 

丁度クラスから出て来た巨人にそうだと伝える。

 

「見学は良いけど血の気は抑えてね。これでも不思議なバランスで纏まってるんだから」

 

「義経などが仕切っているのではないのか?」

 

「そう言った話は聞かないな。イベント事の時はそうらしいが・・・」

 

「士郎、どうしたのですか?」

 

「ああ、マル。彼らの見学だ自由に過ごしていてくれ」

 

「!!」

 

「なんだ?井上の奴が起きたぞ」

 

「今度こそ!今度こそ女の子だな!?」

 

「あ、あー・・・はるが言ってた変態かー・・・」

 

「そう言えば弟?兄?どっちかは分からないが彼は一緒じゃないのか?」

 

「すごいね。そこまで見抜いてたんだ。そうだよ私が姉で、はるは弟。今日は私だけだよ」

 

「ああ・・・癒される・・・」

 

「・・・ごめんちょっと隠して」

 

ひょいと士郎の背中に回る晴。流石に気持ち悪かったらしい。

 

「おい井上。気持ち悪いからやめろ」

 

「俺は何もしてない!ただ慈愛の目で・・・」

 

「それが気持ちわりぃんだよハゲ!」

 

「ウボァ!?」

 

ドゴーンとあずみが蹴り飛ばした。

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「これが・・・エリートクラスなのか・・・?」

 

「そうだよ。外の掲示板に成績張り出してあるだろ」

 

「勉強に勤しむ者は分かりますが、本当に眠っている生徒もいますな・・・」

 

「Zzz・・・」

 

「おい。英雄様を起こすんじゃねぇぞ」

 

「わかってる。それよりあずみ、鉢屋壱助が居るが二人は交流、何もないのか?」

 

「・・・ドーモ。鉢屋=サン。忍足です」

 

「ドーモ。忍足=サン。鉢屋です」

 

何とも特徴的な挨拶をしていた。

 

「・・・それ、もうネタが古いんじゃ・・・」

 

「・・・。」

 

「黙っとけタコス!」

 

なんだか散々な状態になるS組だった。

 

 

 

 

学園内を案内して四時限目。体育の時間だ。

 

「女子が先に行くのは分かるが・・・」

 

「俺達もこんなに早く行くのかい?」

 

「えっと・・・大村、だっけ。病弱なフリはやめたのか?」

 

「尼子の時もそうだがバレているのに隠しているのも恥ずかしいものだな。今回は本気で臨め、といわれているのでね」

 

「ヨッシーを本気にさせることはそうないぞ。それに値する体育なんだろうな?」

 

「それは保証する。それよりお前達もアップしたほうがいいぞ」

 

「・・・体育の前にですか?準備運動ならわかりますが・・・」

 

男子達は意味が分からないとクエスチョンマークを浮かべていたが、

 

「尼子!大友!」

 

「宇喜多まで、どうしたというんだ?」

 

「うーん、なんか体育ではこれが普通、らしいよ」

 

「大友はもう動けないぞー・・・」

 

「パワータイプのうちもへとへとや」

 

口々にアップのしんどさを口にする大友達。

 

「衛宮。これはどういうことだ?」

 

鉢屋が思わず問う。

 

「だからアップだって。後五分だ。俺らもストレッチして走るぞ」

 

「「「???」」」

 

男子も遅れながらアップを開始した。

 

「セイレエェェツゥッ!!!」

 

「「「!!?」」」

 

ビリビリと腹の底から響く声に、はっとさせられる十勇士。

 

「・・・む?一部準備が出来ていない生徒がいるようですね」

 

あたりを見渡したレオニダスがそう言う。

 

「これはいけません!怪我をしてしまいますからな!次回は十分に体を慣らしておくように!今日は軽めで対処いたしましょう」

 

「軽め・・・?」

 

「何のことだ?」

 

まだわかっていない石田と長曾我部は士郎に聞くことにした。

 

「おい。俺達とて十分にアップをしただろう」

 

「軽めってなんだ?」

 

「あー・・・これだよ」

 

士郎は自分のリストバンドを見せた。

 

「ただのリストバンドではないか」

 

「・・・持ってみろ」

 

「なん・・・!?」

 

ズン、と石田の両腕が下がった。

 

「これは・・・!重り、か!?」

 

「そうだ。レオニダスの指示で大抵の奴がつける。多分お前達も今日計測して明日からは各々適した重りでやることになるぞ」

 

「こんなものをつけてだと!?」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「すぐ慣れる」

 

「ではぁ!基礎中の基礎、腹筋、腕立て背筋からやりますぞ!十勇士の皆さんはこちらで測定です。義経嬢!お任せしてよろしいかな?」

 

「は、はい!腹筋始め!1!」

 

「「「1!!!」」」

 

見るも壮絶な基礎鍛錬が始まった。

 

「・・・。」

 

「これは・・・」

 

「負けるな・・・」

 

「皆十勇士クラスの基礎鍛錬を行っている・・・一部違うのは・・・鍛える箇所の違いだろうか?」

 

「それより早くレオニダスの下に行け。奴は団体行動を乱す奴に鉄槌を下すぞ」

 

「わ、わかった」

 

すごすごと石田たちはレオニダスの下に行った。そして授業の半分を超えたあたりで・・・

 

「ぐっ・・・」

 

「ぬう・・・」

 

既に一杯一杯という感じの石田たちが居た。

 

「まだ半分だぞ」

 

「これから本番だからな」

 

「わかっている!」

 

「忍者に筋肉は・・・」

 

「それ言えよ。適したのにしてくれるから」

 

「ぐぬぬ・・・」

 

忍者に適した筋肉とはなんぞや、という事になりかねないが。

 

「今日は十勇士の方もいるという事でサッカーなるスポーツをしますぞ」

 

「この状態でか!?」

 

「途中でぶっ倒れてもいいサッカーだ。存分に体力を使い果たせよ」

 

「「「・・・。」」」

 

その後激しいサッカーが繰り広げられたがそれはまた別の話・・・

 

 

 

熾烈な体育が終われば昼である。

 

「鍋島館長の依頼で十勇士はうちの定食を出すことにしてるから受け取りに来いよ」

 

それだけ言って士郎は食堂へ急いで行った。

 

「はぁ・・・はぁ・・・食べる気などせんわ・・・」

 

「大丈夫ですか、御大将・・・」

 

「長曾我部は流石だね」

 

「がっはっは!筋肉には自信があるからな!だが・・・明日からは筋肉痛だろう」

 

「俺もだな・・・衛宮や尼子達が入念にアップしていた理由が分かった」

 

ヨシツグは一子相伝の拳法を引き継ぐ身で、十勇士の中でも飛び切り強い。

 

その彼をして辛かった、と口にしているあたり、本当に一杯一杯のようだ。

 

「ねぇねぇ、学食いかなくていいの?」

 

一子が不思議そうに言う。

 

「食欲が、ね・・・」

 

「胃がぐるんぐるんしとるわ・・・」

 

「今食べたら大友は大変なことになってしまう・・・」

 

「うーん・・・でもご飯を抜くのは良くないわ。多分士郎もそれ用にしてるから行きましょう?」

 

「衛宮が?どういうことだ?」

 

大友が聞いた。

 

「士郎は『衛宮定食』っていう50食限定の特別メニューを出してるの!低価格栄養満点の人気メニューよ!」

 

「それで衛宮を追いかけるようにして学食に行った生徒がいたのか」

 

「じゃあ、行ってみようか?」

 

晴の言葉に皆頷いてノロノロと動き出した。

 

学食には既にすごい列が出来ており、衛宮定食が半分を切ったことが伝えられている。

 

「限定50食と言っていたな・・・もう25食しかないのか・・・」

 

「でも、いい匂い・・・」

 

グゥと誰かのお腹が鳴った。

 

「早速貰いに行くか・・・」

 

というわけで十勇士用特別券を持って衛宮定食に並ぶ。

 

ラストの25人目を見送って彼らは食堂に立つ。

 

「おい。衛宮定食とやらを貰いに来たぞ」

 

「ん?今ので最後・・・ああ、十勇士だね。ちょっと待って。大将!十勇士が来たよ!」

 

「おう。よく来たな」

 

「美味そうだが、俺たちは食欲がない。何か出せるのか?」

 

「ああ。初日はそうなるだろうと思ってたよ。今持ってくるから」

 

そう言って士郎が持ってきたのは何やら雑炊のようだった。

 

「はい。衛宮定食特別メニューの雑炊だ。量は少なめにしてある。しっかり食って午後に備えろよ」

 

「これは・・・」

 

「美味そうな匂いが胃に直撃するわー」

 

口々に好印象の返事をして受け取る。

 

「それと初回はデザートが付くんだが・・・次回からの方が良いだろう?」

 

「そうですな・・・お心遣い感謝いたします」

 

島がビシと頭を下げて一同は去って行った。

 

「ふぅ。これで終わりかな」

 

「大将ー後片付けもOKー」

 

「じゃあ俺達も飯にしよう。あ、弁慶、この前川神水の大吟醸貰ったんだが・・・」

 

「聞いてないよ!?もしかしてくれるとか・・・」

 

「ああ。弁慶にあげるよ。特別ボーナスだな」

 

「ひゃっほうー!!!」

 

相変わらずの弁慶であった。

 

「雑炊か・・・」

 

「何故粥など・・・」

 

「まぁまぁ、食べてから判断しようよ」

 

「大友は早く食べたいぞ!」

 

「うちも。これはごっつうまそうやない」

 

手近な席に座り、

 

「いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

一斉に蓮華を口に運ぶ。

 

「「「!!!」」」

 

そしてカッ!と目を見開いた。

 

「う、」

 

「「「美味い!?」」」

 

「出汁が効いていて、それでちっともくどくあらへん!」

 

「とじられた卵もふわふわ・・・。あ、お肉があるよ」

 

「鶏肉ですな。何と丁寧な処理・・・」

 

食欲が無かったことなどすっかり忘れて一目散に食べる。とはいえ、量は抑えられていたのですぐに無くなってしまった。

 

「む。もう無い・・・」

 

「あははは・・・食欲無かったのにね」

 

「これでは逆に物足りんな」

 

しかし時間も時間である。思いのほかゆっくり来たせいで追加注文する時間は残されていない。

 

「衛宮・・・やる男だ」

 

「お、鉢屋が珍しく対抗意識持ってる」

 

「任務でも散々にやられたからな」

 

「ほんまに珍しいな。依頼の事は何にも話さへんのに」

 

「やり方を変えた。それだけだ」

 

鉢屋はあの誘拐事件の後、きちんと情報を洗ってから受けるようになっていた。それというのも士郎の敵にならないためである。

 

今度ばかりは命が無いと思った鉢屋は非道系の任務から手を引いたのだ。

 

「でもいつにもまして忙しそうだけどね」

 

「今回も鉢屋に合わせたからな」

 

「うむ・・・不思議なことに、方針を変えたら依頼が来やすくなった」

 

安心と安全を売っていることにまだ気づいていない鉢屋だった。

 

 

 

 

午後も自習だったためゆっくりと体を休めた十勇士はとりあえず宿となる九鬼のホテルにチェックインしていた。

 

「ホテル通学かー」

 

「なんだか家出をしたようであるぞ」

 

「俺にとっては珍しくもないが皆には新鮮か」

 

「鉢屋はどうやって通学してるのか不思議だよ」

 

「そこは忍者の極意なり・・・」

 

「人数分のカギを貰いましたぞ」

 

「じゃあ荷物置いて一心地だね」

 

「地下にミニシアターやコインランドリーなども完備しているようだ」

 

「いいホテルを取ってくれたようだな」

 

「そう言えば館長は?」

 

「川神学園で話し合いのようだ。迷惑をかけるな・・・」

 

「それもこれも我らが強くなればいい事よ」

 

「・・・そんなこと言って、今日はもう無理って雰囲気出てるよ」

 

「・・・くっ」

 

「図星かいな」

 

何はともあれ波乱の一日を終えた一同であった。

 




いかがだったでしょうか。今回はこんな感じに収まりました。

今回は士郎視点より十勇士視点多めにしています。
十勇士のメダルどうしようかな・・・ちょっと悩んでます。

次回からは士郎視点なのであしからず。

では次回!


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強さとは

皆さんこんばんにちわNintendo Switchを買ってウハウハな作者です。

今回は士郎視点で天神館のメンバーを見ていければなと思います。

レオニダスの体育と訓練にもみにもまれる彼らが書ければいいなと思います。

では!


天神館の十勇士がやってきてから三日。彼らは必死にこの日常に慣れようとしていた。

 

「戦闘訓練がしたいと?」

 

「そうだ。俺たちの目的はむしろそちらだ。ここで筋肉をつけることではない」

 

「ふむ。道理ですが、何事も下地が出来てこそ。戦闘の稽古ならば放課後につけていますのでそちらでいかがですかな?」

 

「それなら構わん。放課後に参加する」

 

という事で石田三郎発案で放課後の訓練に参加することにしたそうだが、

 

(分かって無いな石田。その先は地獄だぞ)

 

そっとそんな事を思う士郎である。

 

「一子、一旦休憩だ。やりすぎは体を壊す」

 

「押忍!」

 

以前教えたアレンジ套路で持久走をしていた一子にそう指示を出して一旦休ませる。

 

「どうだ?辛いだろ」

 

「はぁ、はぁ、うん。でも全身が鍛えられてる気がする!」

 

「それは何よりだ。それはそうと、放課後のレオニダスの訓練、一子は行ったことがあるか?」

 

「うん。もう限界ー!ってところまで搾り上げられるわよ。あたしは何度か吐いちゃった」

 

「一子が?一体何をしてるんだ・・・」

 

というか吐くまでやるとかやりすぎだと思うのだが・・・

 

「なんでも、純粋に強くなりたいのなら情けも容赦もしないって。あたしはそれでもよかったけど川神院の稽古に支障が出るからやめたわ」

 

「みんな吐くまでやってるのか?」

 

「それがね、不思議なことに始めた三日くらいだけなんですって。最初だけってことね」

 

「ふむ・・・それならいい・・・のか?」

 

「武道系の女子や男子が多いからそのくらい何でもないって挑みかかってるわよ」

 

「そうなのか・・・みんな負けん気が強いな」

 

少なくとも無理をさせているわけではないことがわかって安心した。

 

「あ、衛宮」

 

「尼子?」

 

ちょうど走ってきたところの尼子晴と会った。

 

「どうしたの?なんか特殊な動きでじりじり前に進んでたけど」

 

「あれは中国拳法の套路のアレンジさ。効率的に体を鍛えることが出来る。尼子は普通に走ってたのか?」

 

「うん。この重り付けにも大分慣れて来たしね。にしてもすごいや。東はこんな特訓してたんだね」

 

「・・・ただの体育なんだが・・・」

 

なんだか複雑な気持ちの士郎である。

 

「なんか放課後戦闘訓練があるって言うし、私達も負けてられないよ」

 

「そうか。無理はするなよ」

 

「うん。ありがと。またね」

 

タッタッタと軽快な動きで走り去っていった。

 

「じゃあ再開しようか」

 

「押忍!」

 

そうして今日も暑苦しい体育の時間が終わった。

 

今日は二時限目が体育だったので、昼までの残り二時間は通常通りの授業なのだが、

 

「石田ッ!何を眠っているかッ!!」

 

バチィン!

 

「ンガ!?」

 

「御大将。起きてください」

 

「・・・俺ともあろうものが眠っていたというのか・・・!?」

 

きっちりレオニダスの体育で体力を削られており授業中に眠ってしまう者もしばしば見受けられる。

 

「なんか新鮮だねー」

 

「レオニダスさんが初めて体育やった時を思い出すわー」

 

「あの時は悲惨だったからな・・・」

 

忠勝も同意するほどの事態だったようだ。

 

その根源たる士郎は林冲と秘密作戦を実行に移していたわけだが。

 

「そんなに酷かったのか?」

 

「石田君みたいにみんな寝るかダウンしてたもんね」

 

「先生の体育は特別だぜ・・・」

 

うんうんと頷く皆に苦笑する士郎。

 

「ほどほどにって言ったじゃないか」

 

「なんと、マスターまでそんなことを言うのですか!このレオニダス遺憾でありますぞ!」

 

プンスコという感じだが実際被害が出ているわけで。

 

「スゥ・・・スゥ・・・」

 

「大友!お前もか!」

 

バチィン!

 

「うわあ!?」

 

「つい眠気が・・・」

 

「ほむ、ダメだよ授業ちゃんと受けなきゃ」

 

「・・・むにゃむにゃ」

 

「尼子弟!!」

 

バチィン!

 

「いたい!?」

 

「・・・ハル。勉強教えてあげないよ」

 

「それはだめだ!姉さん!」

 

「今日も小島先生の鞭が迸っていますなぁ・・・」

 

「・・・お前のせいだって」

 

本当にどうしてくれようか。このスパルタ人は。

 

そうして何とか午前の授業を乗り越えれば癒しの昼だ。

 

「おい。衛宮定食だ」

 

「はいよ。たんと味わってくれ」

 

「・・・。」

 

「御大将?」

 

「衛宮。あのデザートは付かないのか?」

 

どうやら彼も士郎のデザートに魅了された一人らしい。

 

「あれは初回だけだって言ったろう?もしどうしてもって言うなら、残りを賭けた決闘を放課後やってるから混ざってこい」

 

「ぬ・・・放課後か・・・」

 

「レオニダスも無理に都合を合わせるような奴じゃないから、デザートを賭けた決闘をしてから訓練に行けばいいんじゃないか?」

 

「御大将、ここは衛宮殿のアドバイスを聞いてはいかがでしょうか」

 

「だね。私達もあのデザートが食べられるなら挑戦したいし」

 

「大友もまた食べたいぞ!」

 

「血気盛んだな。まぁいい運動になるだろうさ。てことで定食11個な。トッピングは弁慶に言ってくれ」

 

「トッピング?何があるんだ?」

 

長曾我部が興味深そうに聞いた。

 

「生卵、ふりかけ、納豆から選べるよ。売れ行きは生卵がトップだね」

 

「生卵か。いいな。俺は卵付きで頼む」

 

「はいよ。他には?」

 

「どうする?ほむ」

 

「大友も生卵付きで頼むぞ!」

 

「俺も生卵付きだ」

 

「おお、鉢屋が対抗心燃やしてる」

 

「多少の出来ならば気にも留めなかった。だが、衛宮の作る定食は絶品だ。勉強させてもらう」

 

と、違う所でも切磋琢磨しているのであった。

 

「やれやれ。本当に血気盛んな奴等だ」

 

「大将も似たようなもんじゃないの?」

 

「俺が?どうして」

 

心底不思議だと首を傾げる士郎。

 

「依頼。また受けてるんでしょ?」

 

「・・・。」

 

そっちか、と肩を落とす士郎。

 

「主が不安がってる。たまにはS組にも顔出してよ」

 

「そうだな・・・心の所にも行かないとだな」

 

(これで多少マシにはなるだろうけど・・・)

 

「英雄がまた兄上兄上言いそうなんだよなぁ・・・」

 

(クラスにゃ嫁さんが多いか)

 

そうため息をついて弁慶は自分の昼ごはんの準備を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

五時限目と六時限目の間の休み時間。士郎は弁慶の言う通りS組を訪れていた。

 

「!士郎君!」

 

「やあ義経。勉強、がんばってたか?」

 

「うん!今日はどうしたの?」

 

「あー・・・特に理由は無いんだが・・・」

 

「・・・。(ジィー)」

 

「・・・。(ジィー)」

 

「・・・。(ジィー)」

 

「・・・。」

 

視線が、痛い。言外に自分は?というのが見て取れる。

 

「その、心配をかけてるって言われてさ。様子見に来た」

 

「・・・弁慶だな。もう。でも士郎君に会えて義経は嬉しい!あの後はどう?」

 

「技も結構覚えたよ。後はどう生かすかだな」

 

「川神院にも通っているんでしょ?」

 

「ああ。学園長とヒューム爺さんがいがみ合っちゃって今はそうだな」

 

「なんぞ。難儀をしておるな」

 

「心。心の所にも行こうと思ってたんだ。調子どうだ?」

 

(いいですよお嬢様ー!)

 

(義経から一本取りました!)

 

((お強くなられて・・・))

 

「お、お主に心配されるほどじゃないのじゃ」

 

「心ー。なに恥ずかしがってるの?」

 

「恥ずかしがってなどいないのじゃー!」

 

相も変わらず小雪にいじられる心である。

 

そんな間に、

 

「士郎君、義経は――――」

 

すっかり取り戻されてしまい、ヒューマンコミュニケーションの拙い心は置いてきぼり。

 

(此方の相手もするのじゃー!)

 

ところが、意外なところに神はいたのか、

 

「!不死川心!!」

 

「なん・・・にょわあ!?」

 

偶然だった。偶然転がっていた鉛筆を踏んずけ、つるりと滑り、

 

バフ!

 

「・・・にょ?」

 

「大丈夫か?心」

 

「し、士郎!?」

 

少し離れていたはずの士郎の元に抱きとめられていた。

 

「無事なら良かった。足元には注意するんだぞ?」

 

とん、と下されて頭を撫でられる。

 

「にょわあ・・・」

 

それを心地よさそうに受ける心。

 

(・・・速かったですね)

 

(ああ。お前が不死川の名前出した瞬間だ)

 

こちらはこちらで士郎の反応速度に舌を巻いていた。

 

(アレに女王蜂も捕らえられたわけですね)

 

(速攻で尻尾振ってた猟犬には言われたかねぇ)

 

バチバチとメンチも切り合っているが。

 

「そろそろ時間だな。時間を取らせて悪い」

 

と言って士郎は去って行った。

 

しっかりあずみとマルギッテに目を合わせ、

 

(喧嘩するなよ)

 

と釘を刺して行った。

 

「あいつ何処まで見えてんだよ・・・」

 

「武神より武神らしいですね」

 

それにすっかり毒気を抜かれてしまう二人。

 

「はいはい。おじさんの授業ですよっと」

 

「ぬ!授業であるな!?」

 

「おはようございます、英雄様」

 

「うむ。今回も良き夢が見れたぞ」

 

「おじさんの声で起きたわけじゃないのね・・・」

 

相変わらずうだつの上がらない巨人であった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて放課後は何を・・・」

 

「おう、衛宮は居るな?」

 

「鍋島館長?どうしてこちらに?」

 

「この辺で腕のいい鍛冶師を探してたらお前さんに行き当たってな?なんでもすげぇ名工だそうじゃねぇか」

 

「恐縮です。刀剣のご依頼でしたら最短で2年待ちですが・・・」

 

「マジかよ。だがそれも悪くねぇ。そこをな、何とかならねぇもんか?」

 

「・・・というと?」

 

「お前さんの初日の一矢でよう、武器が壊れちまった奴がいるんだ」

 

「大友さん、ですね」

 

確かにあの時、砲身を砕いてしまった。

 

「そうそう。でよ。折角なら名工に一つお願いしてみねぇか、ってことなんだが、どうだ?」

 

「一応あの時の矢は学園長に許しを貰って射った一矢なんですがね」

 

その責任を問われても困るのだが・・・

 

「そこをなんとかよう!頼む!」

 

「・・・。」

 

はぁ、とため息を吐いて、

 

「特別ですよ。それと費用はそちら持ちで」

 

「おう!元からそのつもりよ!」

 

「では十勇士を迎えに行かないと」

 

「?なんでアイツら居ねぇんだ?」

 

「放課後のデザート決闘とレオニダスの訓練を受けに行くって言ってましたよ」

 

「こりゃいけねぇ鉢屋に電話だな」

 

素早く電話をかける鍋島。

 

だが、

 

「・・・だめだこりゃ。自分の足で行くしかねぇや」

 

かっかっか!と笑って去って行く鍋島。

 

「大砲の砲身か・・・」

 

これまた厄介な依頼を受けたなぁと後ろ頭を掻く士郎。

 

「まぁ、なんとかなるだろ」

 

よし、と気合を入れて帰る準備をする。今日の依頼は無しだ。

 

帰り道、賑やかにも十勇士を引き連れて自宅に向かう。

 

「まさか衛宮が鍛冶師だったとは・・・」

 

「大友も知らなかったろ?どうだ?そこでなら作れるんじゃねぇか?」

 

「ぐぬぬ、しかし・・・」

 

「しかしも何もねぇだろ。それで今日負けちまったのもあるんだからよう」

 

長曾我部がそう言った。彼の言う通り、焔は今日の勝てる戦(デザート券)を逃していた。

 

「しかし大友の国崩しは秘伝の・・・」

 

「そういう事なら場所だけ貸すから頑張ってくれ」

 

「ぬぬ・・・」

 

というわけで帰宅。

 

「ただいま」

 

「「おかえり」」

 

「なんだ。また小僧どもを引き連れて。遊ぶのか?」

 

「小僧とは・・・ムグ」

 

「御大将、ここは抑えてください」

 

「あれは傭兵集団、曹一族の武術指南だ。俺達では話にならん」

 

「鉢屋がそこまで言う相手か・・・」

 

唐突に現れた強者に背筋が伸びる十勇士。

 

「遊ぶと言うか・・・依頼関係だよ。橘さんはいるかな」

 

という頃にはエプロンで手を拭っている天衣が現れた。

 

「おかえりー!今日も沢山友達連れて来たんだな」

 

「ちょっと依頼を受けまして。人数分のお茶を頼めますか?」

 

「わかった。さぁ、上がってくれ」

 

「失礼する」

 

「お邪魔します」

 

「邪魔するぜ」

 

そうして居間へと案内してまずは一心地つける。

 

「さて、大友さんの武器の作成、という事でよろしいかな?」

 

「おう。頼むぜ」

 

「ほむ?いつまで意地張ってるの?」

 

「・・・ぬぬぬ」

 

どうにも本人は気が進まないようだ。

 

「お前さんと大友は武器作成するとして、俺らはお前さんの作品の見学でもしたいんだがダメか?」

 

「構いませんよ。ただ、自慢の品は売りに出しているのでそこそこのものしかありませんよ?」

 

「いいぜいいぜ。小耳に挟んだんだがな?お前さんの武器は逸脱しすぎた一品だから、本人はそこそこなんて言って名刀を蔵送りにしてるって聞いたもんでよ」

 

「そうですかねぇ・・・まぁ使い道も無いですし別段構いませんよ」

 

ということで士郎は一心地つけた後、まずは武器の保管庫に足を運んだ。

 

「言っておきますけどそこそこですが真剣が多いので下手に触らないでくださいね」

 

「俺とて刀の使い手だ。心得ている」

 

「御大将と自分は刀と槍。なので大丈夫です。衛宮殿」

 

「・・・ここに入った人はみんな目の色変えるから心配なんだよ」

 

そう言って士郎はため息を吐いた。

 

ランタンを手に地下へと潜っていくといつもの保管庫に辿り着いた。

 

「ではどうぞ」

 

「おお・・・」

 

「雰囲気あるな・・・」

 

「俺は大友さんと上に上がるんで。見終わったら教えてください。入口の隣の鍛造所にいます」

 

「・・・。」

 

無言を貫く焔を連れて士郎は上に上がる。

 

「さ、ここが鍛造所だ」

 

「小さいが、立派な炉であるな!」

 

やはりこういう場所には一方ならぬ思いがあるのだろう。少し気分が上がったようだ。

 

「さ、どうする?俺に依頼するか、ここで自分で作るか」

 

「・・・。」

 

その言葉を聞いて焔はまた黙ってしまった。

 

「大友さん?」

 

「・・・言っても笑わないと誓ってくれるか?」

 

急な申し出だった。どうにも事情在りと見た士郎は、

 

「もちろんだ。俺は鍛冶師だぞ。鍛造の事で笑いごとはないと自負してる」

 

「・・・実は――――」

 

ようやっと重い口を開いた。だが、

 

「作り方を知らない?」

 

「うむ・・・」

 

予想外の事態だった。

 

「いつもは会長・・・うちの爺が準備してくれていたのだが・・・」

 

「なるほど・・・秘伝でありながら外注品だったってことか」

 

ようやく彼女が言い出し辛くしていた理由が分かった。

 

「だが、作り方は秘伝そのものなのだ。だから衛宮に頼むわけにも・・・」

 

「ふむ・・・」

 

少々困ったことになった。

 

大友焔の大筒は一対で運用されている。なので片方を視れば(・・・)作り方は分かる。

 

しかし、

 

「俺が作ると秘伝じゃなくなるか」

 

「うむ・・・この際それを我慢するにしても製法が――――」

 

「それなら当てがあるぞ」

 

「なに?」

 

「残った片方の大筒を見せてくれないか?」

 

「う、うむ・・・」

 

背中に背負っていた片方を台の上に置く。

 

「ちょっと触るぞ」

 

 

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

 

 

その一言で詳細なデータが士郎の脳裏を通る。

 

(元は花火打ち上げ用の大筒か)

 

結果、内容は花火打ち上げ用の大筒を改良したものだと分かった。

 

「大友さん。俺には作り方が分かった。同じものを仕上げるのも可能だ」

 

「なっ・・・」

 

驚愕の顔で固まる焔。だが、と士郎は続けた。

 

「どうせ作るならひと手間加えないか?」

 

「ひと手間・・・?」

 

この後、焔は驚天動地に見舞われるのだが、その前に、

 

「おい衛宮!」

 

石田が物凄い勢いで上がってきた。

 

「どうした?」

 

「あれで、あの出来で納得いかんと言うのか!?」

 

「あー・・・」

 

またこのパターンか、と士郎は呆れる。

 

「一応言うが、そうだ」

 

「お前は阿呆か!?あそこにあるものすべて、この俺の刀以上の物だぞ!?」

 

「阿呆も何も鍛冶師としては納得いかないものなんだよ。欲しいなら安値で売ってやるぞ」

 

「石田。そんなにすごいものなのか?」

 

「そうだ!大友も見るがいい!刃物の心得が無くとも一目でわかるぞ!!」

 

士郎と焔は顔を見合わせてクスリと笑った。

 

「そうか!ならばまずそちらを見てから依頼するか決めよう!」

 

「それがいいな」

 

そう言って焔と士郎は武器庫に降りて行った。

 

 

 

 

 

夕方、予想外の追加依頼を受けて士郎は十勇士を送り出していた。

 

「それじゃあまた明日、学校で」

 

「うん。今日はいいものが見れたよ」

 

「石田もあの調子だからな」

 

夕日に向かってウオー!と叫んでいる石田。

 

「鉢屋も特別なの依頼したんだって?」

 

「うむ・・・未だに信じられんが、確かに本来あり得ない工程だった。あのような妙技を組み込まれる愛刀が楽しみだ」

 

石田は蔵の中からお気に入りの物を買い、鉢屋は何と、一からのオーダーメイド。それも魔剣仕様のものを依頼した。

 

「うちらじゃ石田と同じパターンが精一杯なのに、鉢屋は凄いな」

 

宇喜多が羨ましそうに鉢屋を見た。

 

「忍者にとって武器は己の分身。妥協はしない。だが、留学が終わったらしばらく依頼漬けだ」

 

「俺は素手だからしょうがないが、なんで今回鉢屋に秘奥を見せたんだい?」

 

ヨシツグに問われて士郎は、

 

「風のうわさで聞いたよ。非道な依頼から足を洗った忍者がいるって。多分鉢屋だろう?」

 

「依頼内容は俺達も知らねぇよ。でもそうか・・・なんでも依頼だから、って割り切ってた鉢屋がねぇ・・・」

 

鍋島も感慨深そうにしていた。

 

「それなら預けてもいい。そう思ったのさ」

 

「衛宮・・・」

 

ゴソゴソと鉢屋は懐を探り、

 

「これを」

 

渡されたのは凝った作りをしたメダルだった。

 

「これは・・・」

 

「西では信頼できる友だけに自身の象徴のメダルを贈る。受け取ってほしい」

 

「鉢屋・・・」

 

それは初めて聞いた。西の天神館には随分と粋のある伝統があるらしい。

 

「最初は敵だったが、よろしくな」

 

「こちらこそだ」

 

スッとお互いに頭を下げてメダルを受け取った。

 

「そんじゃ行くぜ。しばらく大友が世話になるからよう、よろしく頼む」

 

「承りました。帰り道気を付けて」

 

「またねー!」

 

「またな」

 

「ほら石田、いつまでも叫んでないで、いくで?」

 

満足そうに彼らは帰っていった。

 

入れ替わりに、

 

「ただいま」

 

「ただいまー!」

 

「ただいま帰りました」

 

清楚と凛たちが帰ってきた。

 

「おかえり。今日はずいぶん遅かったな」

 

「それが・・・姉さんもセイバーさんの決闘に巻き込まれて・・・」

 

「どいつもこいつも本気出せー!っていうから本気でぶっ飛ばしてやったわ」

 

「あはは・・・こりゃ遠坂も武士娘の仲間入りだな・・・」

 

「なによ武士娘って」

 

「武士の家系の女の子をそう呼ぶらしいぞ。百代とか一子もそうだしクリスや由紀江、京もそうだな」

 

「ふーん。結構強かったから軽く強化したけど・・・そうなのね。だから血気盛んなのか」

 

「・・・一応聞くけど無事・・・なんだよな?」

 

「この通りよ。見てわからない?」

 

自慢げにふふんと笑う凛だが、

 

(相手は一応無事です)

 

(一応、なんだな・・・)

 

セイバーの耳打ちにがっくりと肩を落とす士郎。

 

「清楚はどうだ?大学、楽しいか?」

 

「うん。学べることが多くて楽しいよ。それに・・・」

 

ふっと目が赤くなった。

 

「こちらも決闘がよくあるからな!退屈せん!」

 

「清楚が楽しそうで何よりだ。さぁ、上がってくれ今晩飯の用意してるから」

 

「この匂いは・・・カレーですね!」

 

「シロウ。以前食べたカツカレーを所望します」

 

「わかってるよ。カツもチキンカツと、トンカツ、両方準備してるぞ」

 

「先輩、遅くなっちゃいましたけど手伝います?」

 

「助かるよ。桜頼む」

 

「桜ちゃんがやるなら私も手伝おうかな。・・・力仕事なら任せておけい!」

 

「じゃあ清楚には米を研いでもらうか」

 

と、イベント事はあったものの今日も賑やかで温かい衛宮邸であった。

 

 

 

 

 

 

十勇士が来て一週間。本来否定的だった生徒達も彼らに心許したのか、穏やかな日々が続いていた。

 

「衛宮。学食の秘訣を教えてもらいたい」

 

「構わないぞ。どんなことが知りたい?」

 

「大和!今日も大友の大筒について語ってやろう!」

 

休み時間で遊びに来ていた大和や京を巻き込んで今日も賑やかにしていた。

 

「もうすっかり馴染んだわねぇ・・・」

 

「私達も、よく声をかけられるようになりましたね」

 

千花と真与がニコニコして言った。

 

「チカリン・・・あたい、龍造寺君仕留めた系」

 

「羽黒・・・あんた容赦ないわね」

 

「・・・大丈夫か龍造寺」

 

「ここの所ブスにばっかり食われてダウン寸前だ・・・」

 

「おいおい。体育あるんだぞ。大丈夫なのかよ」

 

「大体なんだあの体育は。体育ってレベルじゃないぞ」

 

「でもそれが目的なんでしょう?」

 

「そうなんだがねリトルレディ。何事もやりすぎは・・・」

 

「はいはい。いちいち口説かへんの。もう無理やて。お前には逞しさが足りん言われとったろうに」

 

「がっはっは!俺のスーパーな筋肉でも悲鳴を上げるからな。龍造寺ではひとたまりも無いだろう!」

 

「・・・大串君にも負けてるからね」

 

「まったくなんで俺に筋肉なぞ・・・だが、健康であらねばオタクは出来ん」

 

「ホントそこだよね。不健康な生活送りがちだからね僕ら」

 

「師岡は今期のアニメ何処まで見る?」

 

「もちろん全部見るさ!個人的には――――」

 

わいわいがやがやと十勇士を含めて会話が飛び交う。

 

そんな中、

 

「Zzz・・・」

 

一人眠りについている者が一人。石田だ。

 

「石田はどうしたんだ?」

 

「御大将は昨日も夜遅くまで趣味に明け暮れていたようで・・・」

 

「趣味?」

 

「御大将は鉄道が趣味なのです。模型を何処からか調達して組み立てに励んでいます」

 

「へぇ・・・鉄道か。キャップと気が合いそうだな」

 

「Zzz・・・ん?呼んだかー?」

 

「呼んだ呼んだ」

 

「石田が鉄道好きなんだと」

 

「模型作ってるらしいよ」

 

「マジか!鉄道模型とかワクワクするじゃねぇか!」

 

「はっは。そう言っていただけて御大将も喜ぶでしょう」

 

ガラガラ。

 

「うん?石田はまた眠っているのか・・・」

 

「小島先生、まだ休み時間故・・・」

 

「構わん。休み時間までどうこうする気は無い。少し早めに来ただけだ」

 

そう言って梅子は今日のテキストを準備している。

 

「御大将、御大将!」

 

「む・・・島か」

 

「もうそろそろ時間でありますぞ」

 

「そうか。くぁ~・・・」

 

「なんだかすっごい馴染んでる・・・」

 

「留学生って言われてもわからないくらいですねぇ」

 

「それじゃ俺達も戻るよ」

 

「またね」

 

大和達もS組に帰って行った。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「鐘が鳴ったな。委員長。号令を!」

 

「はい!」

 

とここまでは穏やかな一日だったのだが、

 

「基礎訓練はここまで!次は本命に移りますぞ」

 

「はぁ、はぁ、今日は何だ?」

 

「大丈夫ですか・・・御大将」

 

「レオニダス王の前で無様なことに数度なったのだ。このくらいは慣れたわ」

 

石田を筆頭に十勇士はもれなく放課後の鍛錬でみっちりと絞られていたので割かし早く適応していた。

 

「はっはっは・・・あれ何だろう。レオニダスさんが大きな箱を持ってきたよ?」

 

「ぐぬー・・・大友はもうきついぞー・・・」

 

「今日は趣向を凝らして、代表者一名にこの中から次の体育の内容を選んでもらいます!」

 

「代表者・・・」

 

「1名?」

 

「もしかして・・・」

 

「今日の体育はこの後代表者を賭けた決闘、いえ、大乱闘といたします!」

 

「マジかよ!」

 

「おい俺たち非戦闘員はどうするんだよ」

 

「なお、この決闘に参加しないのも自由です。参加しないものは選ぶ権利は得られませんが医療班として活躍していただきます」

 

「よかった・・・」

 

「それにしても大乱闘か・・・」

 

「ズマブラのようにはいかないぞ」

 

「みんな敵っていうのも珍しいな」

 

「・・・なんだかレオニダスらしくないな」

 

「士郎?」

 

「あいつは戦闘を訓練に組み込む時には事前に告知する。にもかかわらずこの不意打ちのような大乱闘は・・・」

 

ちらりと校舎を見ると双眼鏡片手にこちらを見る鍋島と学園長の姿が。

 

「おいレオニダス。お前鍋島館長になにか吹き込まれたな?」

 

「・・・さて、今回のは私の発案ですぞ?」

 

目をあちこちに逸らしながら言うレオニダス。

 

「嘘ですね」

 

「嘘だな」

 

「嘘です」

 

「そんなことよりも!早速始めますぞ!医療班はあちらのゴールネットの方に!」

 

モロやスグル。千花や真与達はゴールネットの方に移動した。

 

「・・・もう非戦闘員はいませんな?では!体術訓練、始めッ!!!」

 

「川神流奥義!大蠍打ちッ!!」

 

ドゴーンと生徒が舞う。

 

「流石ワン子!切り込み隊長なだけあるぜ!」

 

「技も進化してないか!?」

 

「一子も鍛錬してきたからな」

 

冷静に一人ずつ対処していく士郎。

 

「川神流奥義――――」

 

「やばい!来るぞ!!」

 

「無双正拳突き!!」

 

ドッパアン!と士郎が正拳突きを放った場所に大穴が出来る。

 

「フハハハ!流石兄上よ!」

 

「猟犬!」

 

「いいでしょう。合わせます!」

 

「忍足流――――」

 

「トンファー―――」

 

「「剣舞五連!!」マールシュトローム!!」

 

高速の連携技に対し士郎は気を高め、

 

「九鬼家決戦奥義――――」

 

上下左右から襲い来る剣とトンファーを一呼吸で弾き返し、

 

「古龍昇天破ッ!!」

 

ドゴーン!!とマルギッテとあずみが吹き飛ばされる。

 

「まずいぞ!士郎を止めろ!!」

 

「がっはっは!オイルはないがこの俺がいくぞ!」

 

長曾我部が猛進する。

 

「川神流奥義――――」

 

「待て長曾我部!」

 

「鉄山靠ッ!!」

 

「ゴッハアア!?」

 

そのままゴールネットにシュートされる長曾我部。

 

「スゥフゥ!!」

 

「まずいまた来るぞ!」

 

「九鬼家奥義――――」

 

士郎は体を引き絞り、

 

「画竜点睛ッ!!」

 

回し蹴りを放つ。直撃を食らった生徒もだが、蹴りの延長線上にいた生徒も強烈な風に巻き上げられ吹き飛ばされる。

 

「つ、強い・・・!」

 

「神弓の衛宮・・・弓無しでもこの強さか・・・!」

 

「どうした?怖気づいたか?」

 

「・・・。」

 

「御大将・・・」

 

「まさかよ!光龍覚醒!」

 

黄金の気が立ち上る。

 

「俺とて川神に来て様々な鍛錬をしてきた!負けはせんぞ!衛宮!」

 

「・・・いい顔だ」

 

士郎はちょいちょいと石田を誘う。

 

「舐めるなッ!」

 

「ジェノサイドチェーンソッ!!」

 

カッターのような鋭い蹴りが石田を蹴り上げる。

 

「ぐあ!」

 

「御大将!!」

 

「川神流奥義!大蠍打ち!!」

 

ズパァン!と蹴り上げられた石田が地面に叩きつけられる。

 

「さぁ、俺を止める奴はいないのか?」

 

「いくよ!鉢屋!!」

 

「承知!」

 

「顕現の三。毘沙門天!!」

 

「「ぐわあ!?」」

 

巨大な足で踏みつけられる尼子と鉢屋。

 

「学園長の技まで・・・!」

 

「あんなんどうやって止めんだよ!?」

 

「やるしかねぇだろ!いくぞー!!」

 

「ハンサムラリアーット!!」

 

「川神流――――」

 

ガクトのラリアットを見据え、

 

「大車輪!!」

 

「うおッ!?」

 

腕を掴み、体捌きでガクトを回転させる。大車輪で巻き上げたガクトをそのまま空中で一回転させ、叩きつけた。

 

「飯綱落とし!!」

 

「ぐわ!?」

 

「ガクトー!?」

 

「さぁ、まだまだいくぞ」

 

「今度は俺が相手だ」

 

「ヨッシー!」

 

「月光砕き!」

 

「頑張って!」

 

「川神流――――雷光一閃!!」

 

月光を砕くはずの一撃が雷光の一撃によって相殺され、押し込まれる。

 

「くっ!グランフォール!!」

 

「ジェノサイドチェーンソッ!!」

 

「ぐはっ・・・」

 

「追い詰められたら空に飛ぶ癖は直した方が良い。次ッ!!」

 

そうして士郎の独壇場となった戦場をみて満足気に頷く学園長。

 

「うむうむ。まだまだ成長途中じゃが気のコントロールは完璧じゃの」

 

「折角持ち直してきたってのにまたしょげるぜあいつ等」

 

はぁ、とため息を吐く鍋島。

 

「それになんだありゃ?川神流から九鬼の奥義まで・・・」

 

「そりゃあヒュームと勝負しておったからの」

 

「なんのでぇ?」

 

「どっちが衛宮君を最強にできるか」

 

「・・・。」

 

「こりゃまだ勝負は引き分けじゃな。ていうかわしの技も真似られちゃっとるし」

 

「それを言ったら九鬼のジジイの蹴り技もだろうよ。底知れねぇ兄ちゃんだぜ・・・」

 

結果、最後に残ったのは士郎と一子。

 

「すごいわね士郎・・・お姉さま並みね」

 

「師範代を目指す一子はどうするのかな?」

 

「もちろん挑ませていただきます!押忍!」

 

「良い覚悟だ」

 

結果一子は負けてしまったが、武の道の先を視れた一子は笑って気絶したのだった。

 

「はいはい、手当てするヨ」

 

「はい、このハーブを食べると良くなるよ」

 

「すまぬ・・・」

 

「君は肩の骨が外れているね・・・ほイ!」

 

ボキィ!

 

「っだっはっは・・・痛みが無くなったぜ・・・」

 

「衛宮君強かったわね~・・・」

 

「ありゃモモ先輩の再来だぜ・・・あれで武道家じゃなくて鍛冶師で、得意なのは剣と弓って言うんだから反則もいいとこだ」

 

「おう・・・大丈夫かガクト、キャップ・・・」

 

「大和も戦いに出てたのか?」

 

「これも経験と思ったんだけどな・・・瞬く間に蹴散らされたよ」

 

「こんなんとやり合うとか考えたくねぇよもう・・・」

 

そんな士郎は表彰台の上で箱に手を突っ込み、

 

「・・・。」

 

バスケット、と書かれたボールを取り出すのだった。

 

「んで次はバスケかー・・・」

 

「こりゃキッツイ・・・」

 

「風間、お前達の仲間はどうなっているんだ?」

 

気絶から復帰した石田が問いかける。

 

「どうもなにも」

 

「あの通りだよ」

 

視線の先には、やりすぎたなぁと困った表情をする士郎の姿があった。




はい。後半やりすぎちまったかなぁと思う作者です。でもスピード感出てたように感じるのでよしとします。

今回は鍋島館長の発案でしたが学園長もいいねそれ、という感じで賛成した感じです。
今回の戦いはいかがだったでしょうか?見覚えのある技からオリジナル技まで…士郎もそうですが、一子もニヤッとしていただけたら嬉しいです。

次回も何気ない(多分)日常ですどんどん馴染んじゃって特徴のある喋り方で書かないと誰か判別できないよう……

という事で次回!


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砲身/恋

皆さんこんばんにちわ switchが楽しい作者です。

前回に引き続き焔の大筒を作っていきます。一瞬焔の大筒は鉄なのだろうか?と疑問も覚えましたが鉄製という事で進めます。

今回も賑やかに切磋琢磨していきますのでよろしくお願いします!

では!


激動の大乱闘の翌日。ルールによって今日の体育はバスケットとなっているので体育館集合だ。

 

「セイレエェェツゥ!!!」

 

十勇士も慣れたもので川神の生徒と同じように入念なアップを行い、レオニダスの一言でピタリと列に並ぶ。

 

「十勇士も慣れたなぁ・・・」

 

「この体育に慣れてしまう自分が怖いわ・・・」

 

「宇喜多も細くなるのではないか?」

 

「うちがこれ以上美少女になったら世界がどうにかなってまうやろ?」

 

「・・・そんなわけがあるまいよ阿呆め」

 

「御大将、レオニダス殿の前ですぞ」

 

「今日はバスケ、だったな」

 

「そうですぞ。重りは付けますが関節保護の為、軽めを設定いたします。一列にお並びください!」

 

「こんなの、着けてない組の勝利だろう」

 

「そうとも限らないよ」

 

慢心する龍造寺にモロが待ったをかける。

 

「ではぁ!男子から行きますぞ!」

 

ピー!

 

「ぬおおおお!」

 

「りゃあああ!」

 

背の高いガクトと長曾我部がジャンプボールをする。

 

ところが、

 

「お、おお、うおおお!?」

 

長曾我部は重りによりそれほど跳ぶことが出来ず、それどころかコケてしまった。

 

「長曾我部殿!怪我はありませんか?」

 

「お、おおう!大丈夫だ!」

 

「では続行ですぞ!」

 

「大丈夫か?」

 

今回は同じチームの士郎が問いかける。

 

「大丈夫だ!心配をかけたな!」

 

「ならいい。・・・来るぞ!」

 

士郎と長曾我部がディフェンスに入る。

 

突っ込んできたのは華麗なドリブルでやってくる龍造寺だ。

 

「悪いな。今回俺に縛りはない。決めさせて――――」

 

パン!と長曾我部がカットした。

 

「んな・・・」

 

「このバカタレめ!俺たちは力があるから重りをつけているんだ!何もつけてないからって余裕こくなんてあり得ねぇぜ?」

 

「ぬぐ・・・この・・・」

 

「長曾我部!」

 

「応よ!」

 

素早くマークを外した士郎が声を張り上げる。それに応答した長曾我部がドリブルをやめ、遠投した。

 

「はぁあ!」

 

バスン!!

 

遠投をキャッチした士郎がダンクシュートを決めた。

 

ピー!

 

「得点!赤チーム!!」

 

得点ボードがめくられ、赤チームが3になる。以前のバスケットを鑑みて、特別ルールとして重りをつけた生徒がダンクシュートを決めた場合、一点多い3点が入るようになった。

 

「やるじゃねぇか!」

 

「くぅー!ジャンプじゃ勝ったのによう!」

 

「ドンマイだガクト!次は俺が決めてやるぜ!」

 

ガクトと同じチームのキャップが前に出てくる。

 

だが、

 

「よっと」

 

「ああ!?」

 

「モロ!テメェー!」

 

目立たないように接近していたモロがボールを奪った。

 

「これでも演技は得意なんだよ!」

 

「演技関係ねーべ!?」

 

完全に意表を突かれたキャップ、ガクトは出遅れてしまった。

 

「はぁ、はぁ、でもドリブルキッツイなぁ・・・」

 

「師岡殿!」

 

「島さん!はい!」

 

鋭いパスを受けて島は驚いていた。

 

(それほど強い印象を受けない師岡殿ですらこの痺れるようなパス!恐るべきは川神学園!)

 

そこからドリブルし、スリーポイントを狙うが、

 

「わかっていたぞ島!」

 

「御大将!」

 

今回は敵同士になってしまった石田がディフェンスに入った。

 

「お前がこのポイントを狙うのは見えていた。さぁどうす――――」

 

「こうする」

 

「鉢屋ぁ!貴様!」

 

とんと足の下をくぐらせた島のボールを鉢屋が受け取った。

 

「やべーのがくるぞ!」

 

「ディフェンス!」

 

「鉢屋流忍術・・・」

 

「「ああ!?」」

 

ブンとドリブルする鉢屋が二人になった。

 

(くっ・・・この状態では一人分が精々か!)

 

厄介だが、鉢屋も普通には分身出来ない様子だ。それを、

 

「美しくカット!」

 

「ぬ!毛利」

 

毛利がカットした。

 

「なぜ分身を見破れた!?」

 

「鉢屋にしては美しくないと思っただけさ」

 

「く、無念」

 

「スリーポイント来るぞ!」

 

「うおおお!」

 

長曾我部と士郎が跳んだがスリーポイントを入れられてしまった。

 

そんな激戦を繰り広げているころ女子では、

 

「相変わらず激しいわね」

 

「分身したりしてるわ」

 

「あれはルールとしてありなのか?」

 

「個人のスキルだからOKなんじゃない系」

 

意見は様々だが女子たちも男子の活躍に目を見張る。

 

「あ、士郎がボール取ったわ!」

 

「あの位置は・・・スリーポイントか!」

 

「士郎はスポーツになるとガンガン攻めるね」

 

京がスリーポイントを放つ士郎を見てそう言った。

 

「・・・まぁ前回も攻めてたけど・・・」

 

「あははは・・・強かったわ、士郎」

 

「犬は最後まで残ったんだもんな」

 

「ワン子も強くなってきてるね」

 

「まだまだ勇往邁進よ!」

 

「ちょっといいかな」

 

晴が会話に参加した。

 

「衛宮って昔からあんなに強いの?」

 

「強さは・・・どうなんだ?犬」

 

「元々ピカ一よ!でも最近気に目覚めてからは正直、理不尽の塊になったわね・・・」

 

クゥンと鳴く一子に、

 

「最近気に目覚めたの?元から強かったのに?」

 

「ああー・・・」

 

「その辺は秘密なの。複雑な事情がある」

 

一子だけでは誤魔化しきれないだろうと京が助け舟をだした。

 

「ふぅん。そうなんだー・・・」

 

「どうしたのだ尼子」

 

「あ、ほむ。ちょっと衛宮の事が気になって・・・」

 

「「「・・・。」」」

 

もしかして、またなのか?と思う女性陣。

 

「ほむは衛宮の所に通い詰めてるよね。どう?」

 

「どう、と言われても・・・素晴らしい鍛冶師だと思うぞ!鉄を扱うのがとても巧い。まさに匠の技だ!」

 

「ほうほう。・・・ほむも好印象と・・・」

 

「・・・大丈夫なのか?」

 

「士郎次第かしら?」

 

「まぁ揚羽さんが管理してるから・・・」

 

ぼそぼそと会話する一子達には気付かず、春はとにかく士郎の事を焔に問いただすのだった。

 

 

 

 

その後女子も激しいバトルを繰り広げ、結果同点という事で収まりをみた体育。

 

今日は終わったら癒しの昼である。

 

「衛宮定食だ」

 

「はいよ。トッピングは?」

 

「俺と島はいい。長曾我部は?」

 

「生卵付きだぜ!」

 

「大友も生卵付きぞ!」

 

「俺も生卵付きだ」

 

「んーどうしよっかな・・・」

 

晴は何にしようか悩んでいるようだ。

 

「おれはなまたまご付きだぞ!」

 

「おおハル、成長期だねぇ・・・じゃあ私もそれで」

 

「ひのふの・・・五人が生卵だね。他は?」

 

特に必要なしということで11人分を士郎に流す。

 

「それで、今日のデザートはなんだ?」

 

「デザートをハントしてるのは石田だったか。今日は抹茶プリンだよ」

 

「この前もそうではなかったか?」

 

「ああ、抹茶プリンは人気商品の一つでねぇ・・・毎度嘆願書が・・・」

 

「納得だな。あれは良きものだ」

 

「抹茶と玉子の黄金比!今日は確保せねば」

 

「無論俺とて参戦するぞ。毛利、残念だったな」

 

「御大将とは言え美の化身たるあのデザートは渡せないな」

 

「ここで言っててもしゃあないやろ。決闘の時まで我慢しとき」

 

「お待たせ。できたぞ。弁慶、手伝ってくれ」

 

「はいよー」

 

渡された定食を持って席を探し座る。

 

「飲み物が欲しいな」

 

「水なら無料だぞ」

 

「大友はコーラぞ!えっと小銭小銭・・・」

 

焔が小銭を探している間に鉢屋は人数分の水を確保してきた。

 

「ふむ。足りるな!ちょっと行ってくるぞ!」

 

軽快な足取りでドリンクコーナーに行く焔。

 

「・・・あの体育の後に軽快に動けるのはなぜなんだ?」

 

「普通足も腕もプルプルになるよな」

 

「俺達も大分川神に慣れてきたという事か・・・」

 

「鉢屋なんかはもうメダル渡してたもんね。よかったの?」

 

晴に聞かれた鉢屋は、

 

「悔いなどない。衛宮はそれに値する人物だ。それに・・・改めてこんなものを貰った」

 

そう言って鉢屋は首にかけられたチェーンを取り出す。

 

「それって鉢屋のメダルの?」

 

「うむ・・・持っているだけで特殊な効果のあるペンダントだ」

 

士郎はファミリーに贈った物のように、鉢屋のメダルを細かくコピーしたペンダントを贈っていた。

 

付与された能力は俊敏性の向上、幸運、防御力向上など忍者としてやっていく彼にはうってつけのものだった。

 

「作りは見事だが・・・特殊な効果とは?」

 

「・・・すまぬが言えぬ。これは友の秘奥にまつわる話。それがしには口にできない」

 

「そっか・・・でも鉢屋がそう言うってことは本当に特殊なものなんだね」

 

「新しくオーダーした愛刀もだが衛宮は特殊な鍛冶師だ。故に作る一品は名刀となる。衛宮がなぜあそこまで常軌を逸脱しているのか、ようやくわかった」

 

そう言って鉢屋は大事そうに懐にしまった。

 

「・・・(特別な贈り物か・・・いいなぁ・・・)」

 

それを羨ましそうにみる春。

 

「戻ったぞ!なんぞ話題があったのか?」

 

「あ。ほむ、衛宮の事なんだけど・・・」

 

「なんだか春にはよく衛宮の事を聞かれるな。なんだ?」

 

「あ、いや・・・ほむの大筒、どうなったのかなーって」

 

「それがな・・・秘密だ」

 

「なんや、大友も秘密かいな」

 

「ただ、新しい秘伝の物になるという事は言えるぞ」

 

「衛宮士郎。秘密の多い男だな」

 

「御大将とか多分気が合うぞ」

 

「なに・・・?」

 

「御大将、今度風間翔一達と衛宮の家を訪ねてはいかがか?」

 

「ふむ・・・それも悪くない・・・のかもしれんな」

 

石田は考え込むように言った。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

 

授業を終え、十勇士は焔と春を除いて決闘(デザート)とレオニダスの訓練に行った。

 

二人はと言うと、

 

「これが中々難しいのだ」

 

「そうか・・・なんとか認めてもらえるといいな」

 

「・・・。」

 

士郎にくっついて衛宮邸にお世話になっていた。

 

「おい、林冲」

 

「なんだ?史文恭」

 

コッソリと覗く林冲に呆れたように、

 

「そこまでしなくともあの褐色の娘は黒なのだろう?」

 

「・・・多分」

 

「ならさっさと話しを進めんか」

 

「ど、どうしろというんだ?」

 

「別に事情を話して諦めるのかそうではないのか聞けばよかろう?」

 

「・・・。」

 

ブツブツと何事かを呟く林冲。

 

「なんだ。嫉妬か?」

 

「!!!」

 

ババっと顔を隠す林冲。

 

「ついに豹子頭にも限界が来たか」

 

カラカラと笑って林冲をからかう史文恭。

 

「わかる。分かるぞ。いい加減自分の物にしたいものなぁ?その点あの男は鈍くて困る」

 

「史文恭はいいのか?その、あの娘と・・・」

 

「私はまだ様子見よ。私の勘が正しければ黒髪絆創膏娘も落ちる。今更嫁の一人や二人増えても構わん。ただ、いい加減にせよ。とは言いたいな」

 

「史文恭だってそう思ってるんじゃないか・・・」

 

ぷくりと頬を膨らませて林冲は言った。

 

「マルギッテのご両親に正義の味方ではなく、家族の味方になるのだと宣言したらしい」

 

「ほう?では我々の目的も達成されたと言えなくないな」

 

「だから、その・・・」

 

「だがあの小娘らは士郎と親睦を育んでいる。それどころか恋愛感情まで抱いていると。そういうことだな?」

 

「・・・うん」

 

「ならばこうすればよかろう」

 

ピ、

 

『揚羽だ。どうした?』

 

「豹子頭が悶絶している。そろそろ良いのではないか?」

 

『その口ぶりからして西の娘か?』

 

「ご明察。我らの目的は知っているが・・・士郎はもう覚悟を決めたのだろう?もうよいのではないか?」

 

『ふむ。我もそう思っていたところよ。そろそろ締め切りとするか・・・』

 

「今来ている西の娘たちはどうする?」

 

『・・・そこまでとしよう。二人・・・であろう?それを受け入れて最後の一枠を残して終了だ』

 

「最後の一枠?」

 

『まだ確実ではないのだがな。百代の妹が無意識に恋愛感情を持っているやもしれん』

 

「なに?」

 

それは初耳だった。

 

『我も最近百代に聞いたのよ。鍛錬中も、鍛錬後も、遊んだ後も、士郎の事ばかり喋っているとな』

 

「それは興味深い話を聞いた。武に生きると決めた心が認めたくないのかもな」

 

『かもしれん。だが、次世代に引き継ぐのも立派な勤め。なので一枠は残しておこう』

 

「そうか。林冲。揚羽だ」

 

「・・・もしもし」

 

『話は聞いた。そこで・・・』

 

士郎の知らない所で締め切りが迫っていた。それもそうだろう。目的はもう達せられたのだから。だが後に。この判断がまだ甘かったことを知る揚羽達だった。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

「それじゃあ大友さんの大筒作りを始めるか」

 

「うむ!そう言えば衛宮。前々から思っていたのだが・・・」

 

「ん?」

 

「その『大友さん』というのは止めぬか?なんだか無理をしているようだぞ」

 

「!?」

 

「そ、そうか?」

 

「うむ。なんだかこう・・・無理にかしこまっている感じだ」

 

「・・・よく言われるよ」

 

んー・・・と後ろ頭を掻く士郎。

 

「じゃあ名前でいいか?俺のことも士郎でいい」

 

「うむ!これからは『焔』と呼べい!」

 

かーかっかっか!と笑う焔。しかし、

 

「ほむ。ちょっと来て」

 

「うむ?なんぞ・・・うわあ!?」

 

「?」

 

焔は春につれて行かれた。

 

「鍛造の準備、しとくか・・・」

 

なんだかわからないが訳ありという事で士郎は鍛造の準備に入るのだった。

 

 

 

――――interlude――――

 

 

 

「昨日はここまで作ったからここまでを今日のマストにする。いいか?」

 

「うむ!よろしく頼むぞ!」

 

事前に温めていた炉に鉄をくべてハンマーでたたく。

 

カン!カン!

 

いよいよ鍛造が始まった。

 

(この調子でいけば三日後には組み立てに入れそうだな)

 

工程は順調。今回は新たな秘伝の武器にするため色々と手を入れることになっている。

 

その為、部品をいくつか分割して砲塔に接続する。

 

「――――」

 

一心に鉄を叩く士郎。その様子を焔と春が見守っていた。

 

(やっぱりかっこいいなぁ・・・)

 

ほう、と吐息を吐く春。

 

(よし。もう行こう!)

 

決意した様子の彼女は、

 

「ほむ。私ちょっと先に帰るよ」

 

「うむ?よいのか?士郎と・・・モガモガ・・・」

 

口を封じられて焔は頭に?と浮かべる。

 

「えみ、“士郎”!」

 

「ん?」

 

「私先に帰るね。また明日」

 

「・・・ああ。また明日な“晴”」

 

去り際にガッツポーズをして春はするべきことを決行に移す。

 

「最初は直江君かな」

 

彼の良き人になるには条件があると春は事前に調べていた。

 

その足掛かりとして明日大和にコンタクトを取ろうということにした。

 

「絶対ものにしてみせる」

 

もはや誰も聞く人のいない場所で春は決心するのであった。

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

「よし、ここまでにしよう。焔」

 

「うむ。やっていたのはほとんど士郎で大友はほぼ何もしていなかったが・・・」

 

「そんなことないさ。適時汗を拭ってくれたり後片付けをしてくれただろう?」

 

「よ、よく見ていたな・・・」

 

「鉄に集中してはいるが他をおざなりにはしていないさ。ありがとう」

 

「!」

 

ドキンと士郎の透明な笑顔に胸が高鳴った。

 

(いかんいかん・・・士郎は春の・・・)

 

後片付けをする士郎を見やって焔は、

 

(晴・・・の・・・)

 

「焔?」

 

「え?」

 

「なんで泣いてるんだ?」

 

ポロポロと涙を流していた。

 

「こ、これは、その、ごみでも入ったのかもしれぬ!」

 

「・・・そうか。じゃあよく見せて」

 

「う・・・」

 

ヒュバ!と焔はガード体勢になった。

 

「うう、み、見るな!」

 

「焔?」

 

「また明日!また明日な!士郎!」

 

そう言って焔は走って行った。

 

「・・・。」

 

ふうと天井を見上げる。

 

「俺、なにかしたかな・・・」

 

そう呟いて炉の火を落とした。

 

 

 

 

翌日。士郎は変わらず橋を狙撃していた。

 

「士郎、朝の依頼はいいのか?」

 

「もうこっちが本業みたいなもんだからなぁ・・・」

 

彼としては落ち着いて依頼に没頭していたいのだが。

 

パシュンと今日も流星は流れる。そして終われば、

 

「ふう、おはよう」

 

「おはよう!」

 

「おはようございます!」

 

「お、おはようなのだ!」

 

教室に戻る。すると若干気まずげな焔が居た。

 

「なんや大友。何かあった?」

 

「なんでもない!なんでもないぞ!」

 

わーっはっはっは!と明らかに空元気なのが伺える。

 

そんなところに、

 

「なんだ大友。空元気の笑いなどあげよって」

 

「・・・。」

 

「御大将・・・」

 

空気の読めない奴がいた。

 

「ここは空気を読め」

 

「右に同じく」

 

「同じくだ。ニンニン」

 

「謎の語尾つけるのやめろ!」

 

忠勝がしっかりツッコミを入れていた。

 

「尼子。後で話があるのだが・・・」

 

「いいよ。(ほむも魅力に気づいたかな)」

 

恋する乙女は今日も逞しかった。

 

授業の合間の時間、士郎は修理の依頼に勤しんでいた。

 

「士郎、なにしてるの?」

 

晴が問いかける。

 

「見ての通り修理だよ。依頼だな」

 

「こんなものまで!?」

 

士郎が分解しているのは腕時計だった。

 

「うわぁ・・・細かい部品がいっぱい」

 

「ただの電池切れかと思ったんだけどな・・・どうにもおかしい」

 

なんでも、思い出がたくさん詰まった時計なのでどうにか動くようにしてほしいという依頼だった。

 

「あ」

 

「あった」

 

分解していくうちに欠けてしまった歯車が出て来た。

 

「これは見事に欠けちゃってるね。修理不可?」

 

「いや・・・投影、開始(トレース・オン)

 

そう唱えると士郎の手に欠けてない歯車が現れた。

 

「!?」

 

「そのまま口は閉じててくれ。秘密、な?」

 

「(コクリ)」

 

慌てて出そうになった声を、手で口を覆う事で止める春。

 

(そっか。鉢屋が特殊な鍛冶師だって言ってたっけ)

 

しかし、手元になにがしかの術で物を作れるとして、鍛治に関係があるようには思えない。

 

「よし。動いてるな」

 

さらりとあれだけ分解したパーツをすんなり組み立てる士郎。時計の調子もいいようだ。

 

「依頼主さんは何処かで強打でもしたんだろうな。中身が欠けてちゃ動くものも動かない」

 

チキチキと時間をぴったりに合わせ、しまう。

 

「すまない、晴。何か用事があったのか?」

 

「え?いや、黙々と何してるのかなぁって」

 

「そっか?休み時間なんてこんなものだぞ?」

 

(15分で時計をばらして修理するなんて士郎にしか出来ないよ・・・)

 

常識外れの技術に呆れてしまう晴。

 

「休めてないじゃないか」

 

「休めてるよ。これは半分趣味なんだ」

 

「時計の修理が?」

 

「ガラクタ修理が、さ。確かここのエアコンも去年直したな」

 

「それって業者に頼む案件じゃ・・・」

 

「ああ。確かにその通りだってことで今は急な依頼以外は来ないな。まぁ、去年散々直して回ったから依頼自体無いのかもしれないけど」

 

「士郎はすごいね」

 

柔らかく微笑んでいう晴。

 

「俺が?いやいや、できることをやってるだけだし・・・」

 

「それでもだよ。思い出の詰まった時計なんでしょ?それもパーツを補充しなきゃいけないものなんて本来修理不可能じゃないか」

 

「それは秘密が・・・」

 

ピタリと士郎の口に人差し指を当てて閉じる晴。

 

「こんなこと誰も出来ないよ。それにこの依頼を受けてくれるのだって高級時計店か士郎くらいなものだよ」

 

「そうかなぁ・・・」

 

「そうなの!ねえねえ、また放課後行っていい?」

 

「いいけど鍛錬があるんじゃ?」

 

「その後に行くから!よろしくね?」

 

「あ、ああ」

 

そう言って晴は離れて行った。

 

「なんだか晴に良く話しかけられるな」

 

「恋なのでは」

 

「恋じゃないかしら」

 

「恋だね」

 

聞き捨てならぬ言葉にばっ!と振り向くが、

 

「・・・。(ホヒューフォヒュー)」

 

「Zzz・・・」

 

「・・・。」

 

「・・・クリス、ダウト」

 

「な、なんで自分が!」

 

とまぁ、からかわれたりもしたが。

 

彼らが来て以来、随分と平穏な一日だった。

 

「さて、頑張るか」

 

焔達は来るのが遅くなるという事で士郎は一人大砲の砲身作りに励んでいた。

 

「・・・。」

 

士郎は無心で砲身に向き合う。

 

しばらくして。

 

「お邪魔しまーす」

 

「お、お邪魔します・・・」

 

堂々と入ってくる春と、もじもじした焔が入ってきた。

 

「・・・。」

 

しかし士郎は手が離せなかったので彼女等が来るまで鉄に集中していた。

 

 

 

――――interlude――――

 

 

「お邪魔しまーす」

 

「お、お邪魔します・・・」

 

一方春と焔は天衣の手引きで居間へと案内されお茶を出されていた。

 

「ふう・・・レオニダスさんの訓練はキツイね・・・」

 

「だな。だが、ああまでしないと大友は新しい国崩しに耐えられんだろうからな!それより尼子・・・いや、春。本当に良かったのか?」

 

「なにが?」

 

「だ、だから、そのー・・・」

 

真っ赤になって俯いてしまった焔。

 

「婚約の事?」

 

「ストレートだな!?」

 

「だってほむ、赤くなってるし」

 

その言葉にまた赤くなる焔。

 

「ほむってば可愛い。恋を自覚したほむは最強だね」

 

「茶化さないでくれ。大友は初めてなのだ。そ、それも多重婚なんて・・・」

 

焔は自分の気持ちを正直に春に告げ、自分は身を引く。そう言ったのだが、

 

『ほむ。絶対ダメ』

 

『な、なにが?』

 

『諦めるの』

 

言葉少なくとがめるように言う春に焔は混乱し、

 

『い、一緒に嫁にしてもらう!?』

 

『そ。士郎はもうたくさんの婚約者がいるんだって。それに、もう結婚に動いてるらしい』

 

『まことか!?いやー・・・士郎は侮れんな・・・』

 

『だからほむも一緒に婚約しよう?この機会を逃したら次は無いかもだって』

 

『・・・。』

 

そんな会話があった。そして、

 

「来ているな」

 

「「!」」

 

すっと二人の背筋が伸びる。史文恭だ。

 

「婚約の話を聞いたと思うが・・・お前達は了承するということでいいな?」

 

「はい!」

 

「大友も了承している」

 

「そうか。では後は士郎に気持ちを打ち明け、その判断を仰ぐ。行くぞ小娘共」

 

そう言って史文恭は二人を連れて鍛造所へと向かうのだった

 

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

鍛造所に着くと士郎は一心に鉄と向き合っていた。

 

「焔と春か。すまない、今手が離せな――――」

 

「士郎。嫁希望者だ」

 

「・・・。」

 

史文恭の歯に衣を着せぬ言い回しに士郎は一瞬真っ白になりかけた。

 

「・・・まった。ちょーっとまった。今本当に手が離せないからちょっとだけ待ってくれ」

 

熱した鉄に圧力をかけている所だったので手が離せないのだろう。

 

「わかった。終わるまで待とう」

 

しばらく待つことになった。その間に焔は、

 

タッタッタ。ゴソゴソ。フキフキ。

 

と、ただ待つのではなく士郎の身の回りの整理や汗を拭ったりとサポートに勤めた。

 

「ほむ、手慣れてるね」

 

「大友が花火を作っている時にしてほしいと思ったことをしている。全て一人でやるのは大変なのだ」

 

「じゃあ私汗拭きするよ。それ以外触っていいのかすら分からないし」

 

「うむ!頼むぞ!」

 

「・・・。」

 

史文恭は二人の献身を見て、

 

(これはよい嫁となりそうだな)

 

とそんな事を思ったのだった。

 

 

 

 

そんなこんなで動けない時間を脱した士郎が備え付けの座敷に三人を招き入れお茶を出す。

 

「それで、婚約の話だったな・・・」

 

「うん」

 

「うむ・・・」

 

春は堂々と焔は若干の怯えがある。

 

「史文恭が連れてきて言ったってことは俺との婚約について色々聞いたんだな?」

 

「うん。士郎が多重婚者でもう沢山お嫁さんがいるってこともね」

 

「・・・それで尻込みしなかったのか?」

 

「正直お嫁さんの数を聞いた時は驚いたけど、士郎ならそれに値する人だとすぐ納得したよ」

 

「大友もだ。英雄色を好むというか・・・逆にすごいなと思った」

 

「私もほむも気持ちに揺らぎはないんだ。どうか嫁入りさせてほしい」

 

「・・・。」

 

晴の言葉に考え込む士郎。

 

「心配せんでもこれが最後の機会だと揚羽も言っていたよ」

 

「!揚羽にも伝わってるのか・・・」

 

「むしろそこの褐色娘から連絡があったそうだぞ。中々の胆力だな」

 

「そうか・・・」

 

さらに一つ考え、士郎は口を開いた。

 

「・・・二人にはお願いがある」

 

「なに?」

 

「なんぞ?」

 

「俺は自分を大切にできない奴らしい。意識して直そうとしてるけどそれも雀の涙みたいな効果しかない」

 

「確かに・・・士郎は他者への献身が異常だね」

 

「全部拾わなくとも良いのに、とは常々思っていた」

 

二人の言葉に頷いて、

 

「だから二人にはどうか俺を止めてほしい。一時期は正義の味方として様々に動いた。それをもうさせないための抑止力になってほしい」

 

「うん。もちろんだよ」

 

「大友も、その・・・頑張る。だから・・・!」

 

焔は怯えていた。ここで断られたら自分は立ち上がれなくなるのではないかと。初めての恋を経験した焔はそう思っていた。

 

「そんなに怯えないでくれ。了解したよ。二人とも、これからよろしく頼む」

 

「「!!!」」

 

その言葉と共に二人の目から涙がポロポロとこぼれた。

 

「ちょ、ほむダメだって・・・」

 

「晴こそ・・・ウッグ、ひっぐ・・・」

 

うわあああんと二人そろって泣き出してしまった。

 

「ここまで涙を流さなかったあたり、立派だな」

 

「史文恭、二人で終わりなんだな?」

 

「いや、実を言うと確定ではないのが一件ある。そちらは後日お前を含めて話し合う。それが最後だ」

 

「・・・わかった。ほら二人とも、これで涙を拭いてくれ。美人さんが台無しだぞ」

 

「び、美人・・・」

 

「大友はそこそこぞ・・・」

 

ゴシゴシと渡された新しいタオルで涙を拭う二人。

 

「俺の事を好いてくれた二人が美人じゃない訳ないだろう?」

 

「「はう・・・」」

 

またもやポロポロと涙をこぼす二人を見て苦笑する士郎。

 

「このやり取りも次が最後だな」

 

「ああ。そちらが纏まったら晴れて結婚式を挙げるそうだ。身構えておけよ」

 

「了解」

 

「ほむよかったね!」

 

「晴こそ!よかったな!」

 

まるで姉妹のようにお互いの涙を拭う二人を士郎は優しい目で見ていた。

 




はいこんな感じでした。ちょっと詰め込み過ぎたかな…書きたい場面の乱舞みたいになってるかも。すみません。

ここでも色々語りたいのですがまず最近の誤字報告について。「・・・。」を「・・・」にするような誤字修正が来ています。「・・・。」は私の中の仕様です。沈黙感を強調する表現です。気に入らない方はそっとブラウザバックお願いします。その他の字が違うよーとか表現がおかしいよーというのはその都度手動で訂正するので直って無かったら仕様なんだな、と思ってください。

次回はついに焔の大筒完成!ということで頑張っていきますのでよろしくお願いします。

では次回!


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婚約

皆さんこんばんにちわ風邪がお腹に来た作者です。

誤字修正の件、ご協力ありがとうございます!それと大量の晴→春誤字すみません。

今回は新しく婚約した二人の事と……ワン子に踏み入っていきたいと思います。

二人がなぜ士郎を好きになったのかとかも書きたいなぁと思います。

では!


――――interlude――――

 

 

十勇士はホテルのエントランスに集まり、焔と晴の婚約報告を聞いていた。

 

「なんや、めでたいなぁ」

 

「おめでとうございます」

 

「おめでとう」

 

「島、ヨシツグ、みんなもありがとう」

 

「大友も感謝するぞ!」

 

「ドゴーンちゃんが嫁入りするとはな・・・衛宮は多数の嫁がいるそうだが、よかったのか?」

 

「龍造寺が言えることではない気がするが・・・うむ!みな志を同じくしたママ友ぞ!」

 

「正確にはママ友じゃないんだけど・・・」

 

「尼子。いつから衛宮を気にかけていたのだ?」

 

石田が問うた。

 

「・・・去年の東西交流戦の話になるけどいい?」

 

「去年のか・・・随分片思いが長かったじゃないか」

 

「うん。今回の機会が無かったら直江君とアドレス交換してたほむに頼むつもりだったからね・・・」

 

 

~~~~去年の東西戦~~~~

 

 

瓜二つであることが強みである尼子晴は弟のハルが戦場に、姉の晴は救護班として参加していた。

 

「またやられた!」

 

「一体どうなってるんだ!?」

 

「わからないわよ!表に出たらやられるの!・・・きゃっ!?」

 

「気を付けろ!射線通ってるぞ!」

 

外は阿鼻叫喚の状態だった。開始と同時に矢が飛来し、既に本陣は壊滅的な打撃を受けていた。

 

「晴ちゃん!十勇士が・・・」

 

「うん。龍造寺なんかはダメだろうね」

 

『あ、あー。・・・んん。敵の弓兵は矢に制限ありだぜ。上手く耐えな』

 

「あ、館長だ」

 

「情報をくれるってことは武神と同じ枠ってことか」

 

「ぬー・・・不覚であるぞー・・・」

 

「ほむ!」

 

運ばれてきたのは焔だった。

 

「ほむまで矢に?」

 

「流石にそれはない。だが東の者どもの強さたるや・・・」

 

うむむ・・・と唸る焔。

 

「そんなに強いの?」

 

「強い」

 

即答だった。

 

「東があれほどに力をつけているとは大友も思わなかった」

 

「ほむは前線にいたはずだもんね。一番最初に当たったわけか」

 

「うむ。これは大友の勘なのだが・・・恐らく御大将も無事ではすまないだろう」

 

「石田ならすぐに撤退したと思うよ。そう簡単に――――」

 

「次だ!」

 

「う、美しい・・・」

 

「毛利か」

 

「毛利は今まで戦場に居たんでしょ?相手の射手、どうだったの?」

 

「今までにない美しい光景だった・・・流星の中にいるようだった」

 

「流星・・・流れ星みたいだったの?」

 

「言われてみれば・・・大友はゆっくり見る暇が無かったがそうかもしれない」

 

「流れ星かぁ・・・」

 

敵ながらどんな人なんだろうと興味が湧いた。

 

「む、無念・・・」

 

「「鉢屋!」」

 

「鉢屋までやられたの!?」

 

「ぬう・・・東に現れたという英雄・衛宮士郎・・・恐ろしい相手だ・・・」

 

「その人が矢を放ってた人?」

 

「そうだ。矢が尽きたため射るのをやめたが・・・大将の護衛についていた」

 

「鉢屋が負けるなんて・・・相当強いんだね」

 

「噂では武神を圧倒したとも言われている。与太話と思っていたが・・・」

 

どうやら噂は本当のようだ。

 

「・・・。」

 

晴はますます興味が湧いた。矢の流星を放ち、鉢屋や武神までも圧倒する人物。どんな人なんだろう?、と。

 

結局東西戦は東の圧勝という事で幕を閉じた。

 

「負けか」

 

「ほむの予想通りだったね」

 

「うむ・・・無念であるな」

 

「ちょっと失礼・・・」

 

そう言って一人の東の男子がやって来た。もちろん、大和だ。

 

そのまま焔と会話に花を咲かせる姿を見て自分も連絡先交換しようかな、と思った時だった。

 

「大和。もう西の子とパイプ繋いでるのか?」

 

ドキリとした。見慣れない赤い装束を着た背の高い男子。きっと彼が。そう晴の勘は言っていた。

 

(かっこいい・・・かも)

 

赤い装束に包まれてはいるが、素の状態でも随分と筋肉が発達しているのが分かる。きっとびっしりと鍛え上げられているのだろう体は、無駄というものが無く、ともすればスタイリストのようでもあった。

 

「士郎が弓で壊滅状態にしたから断られるんじゃないかとひやひやしたよ」

 

「大友はそんなことでは偏見を持たんぞ。・・・しかしそうか。お前が衛宮士郎だな。テレビで活躍は見ていたぞ!」

 

「活躍?」

 

晴は知らなかった為聞き返した。

 

「うむ!現総理と総理官邸を単独で守り抜いた、英雄その人ぞ!」

 

「そんなに持ち上げないでくれ。俺は自分にできることをしただけだ」

 

困ったようにそう返す彼は、何処か・・・そう。透明だった。澄んでいると言い換えてもいいかもしれない。

 

晴はそんな彼に好奇心が湧いた。

 

(えっと衛宮士郎、君だったよね)

 

ゴソゴソと連絡先を交換しようとポケットから携帯を出そうとした晴だったが、

 

(!!無い!)

 

そう言えば海への水没を懸念して鞄の中に入れたままだった。

 

当然メモ用紙のようなものもなく、

 

「それじゃ、大友さんよろしく」

 

「うむ!また大友の大筒の話をしてやろう!」

 

「いくぞ士郎」

 

「ああ」

 

「あ!まっ――――」

 

待ってという言葉は出きらなかった。それは、大和と呼ばれた少年と立ち去る時に見せた笑顔があまりにも綺麗だったから。

 

この時、尼子晴は、心を掴まれてしまった。そう今でも覚えている。

 

「ううむ・・・なんだかこちらが恥ずかしくなるような笑みを浮かべる男だったな・・・龍造寺とは大違いだ」

 

「――――」

 

「尼子?」

 

「え!?」

 

ポケッと惚けていた晴は失念したと心がすぼんでしまった。

 

「・・・もしかして連絡先を交換するつもりだったのか?」

 

「・・・(コクリ)」

 

やってしまった。彼と自分は東と西という大きな距離で隔たれている。この機会を逃せば次は無いかもしれないのに。

 

「もう行ってしまったからな・・・大友達もそろそろ戻らないと」

 

「ほむ~・・・」

 

「わかっておる。直江と仲良くなったら尼子も紹介しよう」

 

「うん・・・」

 

気になっているのは直江大和ではなく衛宮士郎だとは、言えなかった。

 

 

~~~~去年の東西戦 終~~~~

 

 

そんなことがあってから晴は何度かコンタクトを試みようとしたが、東との戦いに負けたことから猛特訓の日々に揉まれ、疎遠になってしまった。

 

「そんな中、今回の館長の誘いがあったんだよ」

 

「そうだったのか」

 

「一年越しの恋が(みのる)たぁめでたい」

 

「難儀してたんやなぁ・・・で、大友は?」

 

話しの矛先が焔に向いた。

 

「最初は鉄に一心に向き合うすごい奴、程度だったと思うのだが・・・」

 

改めて考え込むように焔は言った。

 

「一日一日・・・大友の大筒を作ってくれる姿があんまりにも眩しくて、かっこよかった」

 

焔は顔を赤くして俯いた。

 

「気遣いもすごくしてくれて、だからこそ鉄を知り尽くした人なんだなと思ってた時、晴が・・・」

 

ちらりと彼女を見た。

 

「その、士郎を想っていると言われて応援しようと思ったのだ。しかし鉄を鍛える士郎を見て・・・」

 

「取られたくないって思ったんやね」

 

「うむ・・・」

 

気恥ずかしそうに焔は言った。

 

「その後は何とか身を引こうとしたが上手くいかなくて。晴にきちんと打ち明けて終いにしようと思ったのだが・・・」

 

「私が止めたんだよ。諦めないで、って」

 

晴が微笑みを浮かべて言った。

 

「士郎はもう複数人の嫁がいる。そして嫁入りするには何か条件があるってことは分かってたから、きっとほむも受け入れてくれると思ったんだ」

 

「結果、受け入れられたということか」

 

「うん」

 

「そうか。いや、本当にめでたいな。あんなに美しい男はそうはいまい」

 

「毛利、ちょっと言い方が・・・」

 

あははは!とみんなで笑って、その中の二人は、ふわっと、こちらまで幸せになるような笑顔で笑った。

 

「なんやかんや、結果オーライやね」

 

「これだけでも、東との交流は意味を成したように思えますな」

 

「島。寝言は寝て言え」

 

「は?」

 

島の言葉に不敵に微笑んで、

 

「出世街道を行く俺がこのままで済むものか。きっちり俺達も成果を出すぞ」

 

「・・・そうだな。尼子と大友を見習って我らも精進せねば」

 

「お?鉢屋も女作るのか?」

 

「そりゃあいい!この俺様が四国の女を紹介してやるぞ?」

 

「・・・うつけめ。今のは比喩表現だ。それがしは生涯童貞だ」

 

プイとそっぽを向く鉢屋に笑って、

 

「さ、今日もそろそろ寝ようか」

 

「うむ!明日も体育に訓練、大友の大筒も完成が間近だからな!」

 

晴と焔の声を皮切りに皆一斉に各々の部屋へと戻る。

 

留学の半分を終えて、それでも和やかに過ごすことの出来ている十勇士だった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

十勇士が来て一月。残る留学期間は一月となったわけだが、

 

「腰が入っていませんぞ!ぬん!」

 

「ぬおおお!?」

 

バッターンとレオニダスが組み合った長曾我部を投げる。

 

「ぬう・・・俺のオイルレスリングでも歯が立たないとは・・・」

 

「はっはっはっは!これでもオリンピアでは香油をつけての参戦もしておりましたからな!何も珍しくなどありません!」

 

ヌルヌルになりながらも高らかに笑うレオニダス。

 

「さて、長曾我部殿で最後でしたな。皆の健闘を祝して!このレオニダス飲み物をおごりましょう!」

 

「ありがとうございます!」

 

「なににしようかなぁ・・・」

 

「頑張った後にこそ、コーラぞ!」

 

この光景にもすっかり馴染んだ西の子らを見て学園長室から覗いていた鍋島と学園長は満足げに話し合っていた。

 

「最初はどうなる事かと思ったがなんとかやっていけてるじゃねぇか」

 

「彼は真正のスパルタ人じゃからのう・・・ついて行けなくなるかもとは思っとったがなに、西の子らも中々やるのう」

 

「で、この成果を持ち帰って研鑽して、卒業か。寂しくなるぜ」

 

「正が十人も選ぶなど珍しいからのう。想いもひとしおか」

 

「だからこそ惜しく思うぜ。ここで鍛えられた奴らが自分の力を試せないのがよう」

 

「そのことなんじゃが、最近面白い話が入ってきておるぞ?」

 

と、導いた側も上々の結果に微笑む中、士郎はと言えば、

 

「・・・よし。次」

 

黙々と焔の大筒作りをしていた。

 

カン!カン!という音が鳴り響く。

 

彼女の大筒も完成が間近に迫っていた。

 

そんな折、

 

「士郎、ちょっといいか?」

 

「・・・林冲?」

 

それまで鉄に集中していた彼の目線が入口に来た林冲に向いた。

 

「翔一達が来た。出迎えなくていいのか?」

 

「あー・・・限界か」

 

依頼事でちっとも遊べていなかったので我慢が出来なくなったのだろう。嬉々として突撃してくるキャップの姿が思い浮かんだ。

 

「今行くのはちょっとなぁ・・・。もう少しで切りのいいとこまで行くんだが」

 

作成するパーツはあと2~3個だ。それさえ済めば後は組み立てなので一息つける。焔が来てもう一月だ。残りは一月。そろそろ得物の調整も必要だろう。

 

「よう!来たぜ士郎」

 

「キャップ。もう少し待てなかったのか?」

 

メンバーの迷惑になるようなことをしないこの男にしては珍しいと士郎も口を開く。

 

「それなんだがよ。面白れぇ噂が立ってるんだ。仕事が終わったらでいいからちょっと聞いてくんね?」

 

「・・・。」

 

面白い噂・・・?と士郎は首を傾げた。

 

「キャップ、本当に面白いんだろうな?」

 

「ああ!とびきりだぜ!」

 

「そうか。悪いが遅くなるぞ。もう仕上げだからな。金曜集会くらいの遅さは考えててくれ」

 

「いいぜ。今の内にみんなで士郎の家でゲームとかで遊んでるからよ。今日の夕飯もこっちでいいって麗子さんの許可ももらったし」

 

「そりゃ橘さんが居るからな」

 

さもありなん。と肩をすくめる士郎。

 

「じゃあ依頼がんばれよう!」

 

「おう」

 

「・・・相変わらず台風みたいな男だな」

 

「それがいい所でもある。騒がしいけどな」

 

苦笑してグイっと首にかけられたタオルで汗を拭う士郎。

 

「さ、もうひと踏ん張りだ」

 

「頑張ってくれ。私はセイバーと稽古してるから」

 

「わかった。怪我するなよ」

 

「うん。士郎も色々気を付けて」

 

おう、と返して士郎は引き続き大筒のパーツを鍛造していった。

 

 

 

――――interlude――――

 

 

 

「士郎なんだって?」

 

「まだ時間かかるってよ。今回のは仕事だからなぁ・・・」

 

「それでも帰れって言わないあたり士郎だよねぇ・・・」

 

「俺様、大分この家にも馴染んできた気がするぜ」

 

「士郎が来るまでは誰も近寄らなかったからね」

 

「Zzz・・・ワン!?・・・Zzz」

 

「なんだ。ほんとに犬じゃないか」

 

「よそ見してていいのかクリス」

 

「ん?ああ!?大和ー!!」

 

「クリスさんも平常運転ですね・・・」

 

「何気ない日常、大事」

 

「よく喋りますね、この馬」

 

「天界からオラの声を聞け♪」

 

「歌い出すし。あ、D4です」

 

「なぬ!?」

 

「流石S組、UNOでも容赦ねぇ」

 

「モモ先輩は来るって?」

 

「一応そうらしいぞ。姉さんは今・・・ベネチアだって」

 

「ベネチアってどこ?」

 

「イタリアの北東の街。118の島からなる海上都市」

 

「なんだってそんな所に・・・」

 

「依頼だろ」

 

「っていうかそこからどうやって今日中に来るんだよ・・・」

 

「こうやってだ」

 

「うお!?」

 

「うわぁ!?びっくりした・・・」

 

ブオン!と百代が瞬間移動してきた。

 

「相変わらず滅茶苦茶だな」

 

「姉さんどうやって来たの?」

 

「ていうか依頼いいの?」

 

「あ、その顔は良くないぞう。この技を開発したのは士郎なんだからな。依頼は完了したから大丈夫。ベネチアまでの護衛依頼だったから。橘さーん!ピーチジュースをお願いしまーす!」

 

「お、おう。返事しといてなんだな。ちゃんとあるんだな・・・」

 

「そりゃ士郎ですからね」

 

「いい加減慣れてるだろ」

 

「それにしても、俺らこうして寛いでるけど、家主は仕事中なんだよなぁ・・・」

 

「士郎の事だから、いつもの事、とでも思ってるのかもね」

 

「それあり得そうだなー。こうしてピーチジュースも常備してくれてるし。ゴクゴク・・・ぷはー!」

 

「姉さんオヤジくさいよ・・・」

 

「なにぃー!この、弟が、この!」

 

「うごごご・・・」

 

「うわぁ!?大和の身体が変な方向に!」

 

ベキン!

 

「・・・(チーン)」

 

「ああ!?大和ぉ!?」

 

「次回、引き裂かれる恋。なんちゃって」

 

「はいはい。整体しただけだからねー」

 

なんとものんびりとした光景だった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

「士郎よ、いるか」

 

「お邪魔してるよ、士郎」

 

「おう二人とも。・・・パーツは全部鍛え上がった。いよいよ組み立てだぞ」

 

「遂にか!どれだ!?どれから組み立てるのだ!?」

 

「ほむ、落ち着いて。私も手伝おうか?」

 

「焔がいいって言うならな」

 

「ほむ?」

 

「晴ならいい。だがここが正念場ぞ。慎重にいかねば・・・!」

 

「そう言いながら今にも飛びつきそうだよ・・・」

 

困ったように笑いながら晴も参戦。

 

慎重に一つ一つ丁寧に組み立てて行く。

 

「次はそのパーツだ。ここまで組み上がれば強度も相当なものだろう。最悪、近距離戦も行けるはずだ」

 

「大友は国崩しを撃つことしか知らん!だが、なにごとにも使い道が多いほうがいいな」

 

「でも重くなりそう・・・ほむ、大丈夫?」

 

「うむ!このためにレオニダス先生の体育と訓練をしてきたからな!問題ない!」

 

最後に取っ手の部分や各部木材の部分を取りつける。

 

「・・・これも士郎が一から作ったんだよね?」

 

「ああ。俺が削った」

 

ニスで艶の出た部品一つ一つ全て士郎の手作りだ。だが、その技量は凄まじく、売り物だと言われても違和感がないほどだ。

 

「焔そこのところを開けてくれ」

 

「うむ。例の機構だな?」

 

「ああ」

 

よく見ると抱え込む部分が一部円形に開くようになっている。

 

「そこに何かはめ込むの?」

 

「うむ。大友の魂ぞ」

 

「魂?」

 

「ちょっと通るぞ」

 

士郎は宝石箱のような箱の中から一枚の薄く、文様の刻まれた丸いプレートをピンセットでつまんでそこにはめ込む。

 

ガシャン!

 

「――――同調、開始(トレース・オン)

 

「わぁ・・・」

 

ヒュンヒュンと青いラインがプレートをはめ込んだ位置から全体に広がる。

 

「今のなに?」

 

「新しい大友の秘伝だ。これにて完成、だな?」

 

「まだ試射があるけどな。一応、完成だ」

 

「やったーーーッ!!!」

 

待ちに待った瞬間だろう。焔は涙を浮かべ、士郎に抱き着いた。

 

「ちょ、ほむってば、危ないよ!」

 

「よくぞ!よくぞやってくれたー!!!」

 

「はは。くすぐったいぞ、焔」

 

胸元に頭をぐりぐりとする焔の頭を撫でてやる。

 

「・・・。」

 

「早速試射しよう。・・・と言いたいところなんだが、時間も時間だ。明日、九鬼の演習場を借りてるからそこで試そう」

 

「うむうむ!いいぞいいぞ!はぁー・・・やっと帰って来たぁ・・・」

 

「士郎、ほむの大筒に何したの?」

 

気になって問う晴だが、

 

「秘伝、だからな」

 

しーっと口に手を当てた。

 

「戻ったぞ」

 

「ただいま・・・ってみんな勢ぞろいだね」

 

居間には十勇士と風間ファミリー+沙也佳ちゃんが勢揃いしていた。

 

「おう!世話になってるぜ!」

 

「大友、大筒完成おめでとう」

 

「おめでとう」

 

「おめでとうございます!」

 

「おめでとさん!」

 

やいのやいのと持ち上げられて恥ずかしそうにする焔だが、ガション!と出来上がった大筒を背負って、

 

「大友の国崩しは不滅!なのだッ!」

 

かーっかっかっか!と高らかに笑い声をあげたのだった。

 

 

 

 

 

その日の夜は大宴会となり、

 

「流石衛宮だ。業務用炊飯器まで完備しているとは・・・」

 

「今日は人数が多い。鉢屋、残ってもいいから多めに炊いてくれ」

 

「承知」

 

「えっさ」

 

「ほいさ」

 

「士郎ー!土蔵からテーブル持ってきたぞー!」

 

「上手く置いてくれ!」

 

「「よいしょ」」

 

「今日はなんだか豪勢だな」

 

「何せ十勇士も含めての大宴会だからなぁ・・・」

 

「士郎ー!じーちゃんと鍋島さんも来るって―!」

 

「了解。春なのに暑くて良かったな」

 

流石に収まり切らぬと庭を開放して立食パーティ形式にした。

 

不思議なことに今年の春は夏並みに熱い。なにか異常気象でも起きているんだろうか?

 

「まぁなんにせよ結果オーライだな」

 

ふうと大量の料理を作って一息つく士郎。

 

「シロウ。こちらはテーブルに運んでいいですか?」

 

「ああ。それとこれとこれも今出来上がるから・・・」

 

「士郎。覇王が来てやったぞ」

 

「清楚。箸やらをテーブルに運んでくれ。水はピッチャーで用意するから」

 

「うむ。よかろう。紙皿はあったか?」

 

「それが切らしててな・・・今史文恭に買いに行ってもらってる。適当に皿を持って行ってくれ」

 

各自指示を仰いでくれるのでてんてこ舞いにならずに済む。

 

「戻った。適当に用意してきたぞ」

 

「おかえり、史文恭。って」

 

ドーン!と聳え立つ紙皿。ペラペラの白い巨塔である。

 

「こんなに使いきれないだろ・・・」

 

「なに、どうせまた宴会のようなことをするだろう?もう暑いが夏はこれからなのだからな」

 

「まぁそう言えなくもないけど・・・」

 

消耗品なのでいつかは無くなるはずである。

 

「じゃあ適当に運んでおいて。BBQコンロの方はどうだ?」

 

「もう準備万端だぜー!」

 

「いつでも行けるな」

 

その辺はレジャー担当という事でキャップ達にお願いしていた。

 

「何気なく宴会の雰囲気だが・・・」

 

「私達まで良かったのでしょうか?」

 

「いいのいいの。宴会は人数が多い方がいい」

 

「それに今日は大友さんの復活記念だろ?祝わせてくれ」

 

「卓也、本当に俺なんかでいいのか?」

 

「うん。ヨシツグは強いけど・・・僕らと同じPC好きなのには変わらないでしょ?」

 

「ああ。・・・黙っていて悪かったな」

 

「いいよ。なにか事情があるんだろうし」

 

なにやら新たな友情も芽生えているようで何よりだ。

 

「おうい、衛宮君」

 

「俺らも来たぜ」

 

「学園長、鍋島さん」

 

「衛宮。米が炊けた。そろそろ我らも行かないか?」

 

「そうだな。じゃあ台ごと縁側に運んで・・・」

 

よいしょっと鉢屋と二人で運んで、いざ。

 

「乾杯するぞー」

 

「おう!」

 

「待ってました!」

 

ジュースや酒を片手に、

 

「今日は焔の大筒完成記念と・・・二人が俺に嫁入りしてくれたってことで宴会だ。存分に食ってくれ」

 

「ヒューヒュー!」

 

「お熱いねぇ」

 

「こ、これは恥ずかしいな、晴」

 

「うん。でも嬉しいかな」

 

二人は気恥ずかしそうに言う。だが幸せそうだ。

 

「長ったらしい話は無しだ!乾杯!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

わあっと、料理にありつく十勇士とファミリー。セイバー達も負けていない。

 

「うっわこれうま!」

 

「ぐまぐま!ぐまぐま!!」

 

「士郎の料理は外れが無いなー」

 

「御大将、この串などいい塩梅ですぞ」

 

「それは野菜が多い。こっちだ」

 

「どれもスーパーな味付けだな!」

 

「美しい銀シャリと共に頂く・・・」

 

「口説けないのは無念だが宴料理はいいものだ」

 

「龍造寺はいっつもそれや・・・」

 

「加減というものを知らないのかこの種馬は」

 

「ゴクゴク・・・ぷはぁ。酒まで準備されてるとは予想外でい」

 

「我ら大人組も居るからな。川神鉄心。一献どうだ」

 

「いただいちゃおうかの。んぐんぐ・・・ぷはぁ」

 

まさに東と西の交流の場と言えなくない光景だった。

 

「衛宮よ。感謝する。御大将を含めそれがしらがこれほど華やいだのは久方ぶりの事だ」

 

「なにも感謝することなんてないさ。みんなで一緒に飯を食えば自然と華やぐ。いつものことさ」

 

「モグモグ・・・ん?俺の酒どこ行った?」

 

「なんだこれは!随分美味い飲み物ではないか!」

 

「お、御大将!それは館長の清酒です!?」

 

「あちゃー・・・もう酒の味を覚えやがって」

 

皆は真似してはいけない。お酒は二十歳になってから。作者との約束だ。

 

その後も東と西の交流は続き、

 

「衛宮。これを」

 

毛利がメダルを差し出した。

 

「・・・いいのか?」

 

「今回の宴会、そして婚約した二人の顔。実に、実に美しい光景だった。是非受け取ってくれ」

 

「わかった。ありがとう。大事にするよ」

 

「なんや、毛利もメダル贈ったんかいな」

 

「そういう宇喜多も椎名京に贈ったと聞いたが」

 

「せや。椎名とは気が合うからな。うちからの特別な贈り物や」

 

「この調子だと・・・やはり」

 

鉢屋の言葉に遠くにいたモロにヨシツグもメダルを贈っていた。

 

「衛宮。俺からも贈らせてもらおう」

 

「龍造寺?」

 

何故彼がメダルをくれるのだろう?

 

「ハーレムを作っていると聞いた。その度胸をたたえるメダルだ」

 

「あー・・・ハーレム・・・になっちゃうか・・・」

 

何とも言えない顔をする士郎。

 

「気にするな衛宮。寝首はかかれるかもしれないが、お前はそれに値する男だ」

 

「おう。衛宮は立派な男だ。二人も幸せそうだしな」

 

「長曾我部・・・。鉢屋、寝首なんかかかれないぞ・・・?」

 

「こう言いながらハニトラにかからないのだから立派な男児よ」

 

「がっはっはっは!面白い男もいたもんだ」

 

とにもかくにもとても良い宴会となるのだった。

 

 

 

翌日。無事依頼の一つを終えた士郎は休日を利用して鉢屋の刀を鍛えていた。

 

「士郎ー!」

 

「一子じゃないか。どうした?」

 

目は鉄から逸らさず問う。

 

「お姉さまがね、遊びたいんだって」

 

「ん。分かった。切りのいいとこまでやるからもう少ししたら呼ぶって言ってくれ」

 

「わかったわー。お姉さまー!切りのいいとこまでやったら呼ぶってー!」

 

「・・・もう来てるのか」

 

わかったーという声が母屋から聞こえて士郎は仕方のない奴だなぁと思っていた。

 

「・・・。」

 

「どうした?」

 

「ねぇねぇ、見ててもいい?」

 

「構わないぞ」

 

熱した鉄を叩き、何層にも重ねて刃として形成する。

 

(焼き入れは・・・確か村正文だったな)

 

温度を解析して見ながらちょうどいい塩梅で焼き入れを行う。

 

「わあ・・・すごい」

 

「焼き入れを見たのは初めてか?」

 

「うん。あたしの薙刀の時もそこまでは見なかったから一気に蒸発するのね!」

 

「今回は水でやったけどグリスでやることもあるんだ。・・・よし後は鍛冶研ぎのみと」

 

シャ、シャと打ち上がった刃を研いでいく。今回は真剣なので切れ味も考慮しなければならない。

 

「・・・。」

 

「――――」

 

無言で研ぐ士郎を一子はじっと見ていた。

 

しばらくして。

 

「よし、完成」

 

無限と銘を切り、大事に箱に納める。

 

「これで終わり?」

 

「まだだ。鞘も特注だし柄もつけてないだろう?それはまた今度。ほら百代が待ってるんだろ?行こう」

 

そう言って外に出る。やはり春なのに気温は高かったが、鍛造所ほどではない。澄んだ風が心地よかった。

 

「遅いぞ士郎ー」

 

「悪い悪い。仕事だったんだよ。それよりよく来たな。依頼は今のとこないのか?」

 

「うん。私への依頼は高額だからな。そんなに来ることはない」

 

「今はお姉さまも指導してくれるのよ」

 

「そうなのか。百代もすっかり跡取り娘だな」

 

「まだお前に勝ててないけどな。これでも一応武神だから」

 

百代が士郎に負けてから、武神の名を降りるのかと思いきや、士郎は武神の名を頂戴しないという事で今でも武神を名乗っている。

 

それに納得がいかないと言った百代だったが、

 

「俺達、結婚するんだぞ。どっちが武神でも同じことだって」

 

という士郎の言葉で見事に撃沈。渋々名乗っているのである。

 

「そう言えばさ、キャップが面白い噂が立ってるって言ってそのままなんだが・・・百代はなにか知ってるか?」

 

「ああ、それな。一応まだ秘密だったんだ。宴会の時ジジイと鍋島館長が居たろ?だから話せなかったんだ」

 

「そういうことか。未公開の情報を得てくるキャップもすごいな」

 

ずず、と自分用に入れたお茶を飲みながら言う。

 

「それで、噂っていうのは?」

 

「えっとどこだっけ・・・そうだ!南半球にあるオニュクス王国ってところの王様が来て、川神学園の生徒と御前試合をするんだそうだ」

 

「オニュクス王国?」

 

初めて聞く名である。

 

「なんでも、今時珍しい絶対王政の国なんですって」

 

「遠坂。遠坂も知ってたのか?」

 

「知ってたもなにも、川神学園で今一番熱いニュースだからね。レオニダスに追加訓練を頼む人が続出してるって話よ」

 

「セイバーさんも剣術の指南を頼まれているそうです」

 

桜も知っているらしい。それで、このところセイバーが忙しくしていたわけだ。

 

「オニュクス王国か・・・どんな国なんだろうか」

 

士郎は絶対王政という所に懸念を覚えた。

 

・・・後に、この懸念が当たり、大事になるのはもう少し後の話。

 

 

 

 

十勇士の留学も半分を切ったことで、彼らも一層鍛錬に励んでいた。

 

「毎日毎日結構なことだな」

 

「そう言う士郎も依頼受けてるじゃない」

 

今日は放課後を使って本格的な修理依頼を受けていた。

 

「失礼します」

 

「おお来たか来たか。全く、正の奴にも困ったもんじゃい」

 

「またエアコンですか?」

 

「そうなんじゃが、今回は正の奴が気をぶつけてしまってのう・・・無理そうなら学園で新しく買うので一応見てはもらえんかのう」

 

決闘事があり、そこに鍋島館長も巻き込まれ、本気を出した結果・・・ということらしい。

 

「じーちゃん士郎に頼み過ぎよぅ・・・」

 

「わかっておるわい・・・旭ちゃんからしっかり引き継いだ直江君にまたネチネチ言われるのう・・・」

 

はぁ、とため息を吐く学園長。

 

まぁその辺は覚悟してもらおう。今回ばかりはダメもとでという話なのだから。

 

「エアコンの取り外しはしてある。この教室に行ってくれるかのう」

 

「わかりました」

 

「一子や。衛宮君の手伝いをしてやりなさい」

 

「承った!」

 

そういう事で一子も一緒にやることになった。

 

「で、これか・・・」

 

「これ天井から冷やしてくれたり温めたりしてくれる奴よね・・・」

 

川神学園には各教室に通常タイプのエアコンが多数取り付けられているが、今回は天井に羽がついている業務用の奴である。

 

「流石にこんな大きなものは初めてだな」

 

「多分このタイプだから鍋島さんも気付かなかったのね」

 

とりあえず見てみないと分からんという事で、

 

――――同調、開始(トレース・オン)

 

「んー・・・回路が焼け付いた場所が数か所・・・部品交換が数か所か・・・」

 

「今日中に終わるの?士郎」

 

「ちょっと無理だな。二日は欲しい。それ以外は何とかなる。元々ガタが来てたんだろう。そこに気をぶつけられてショートした感じだな」

 

「じーちゃんに知らせてくるわね」

 

「頼んだ。一子」

 

その後士郎は修理に明け暮れ、

 

「一子、一子」

 

「Zzz・・・」

 

一子は待てずに眠ってしまった。

 

「仕方ないな・・・」

 

一向に起きない一子を見て、士郎は彼女をそっと抱き上げて背負う。

 

コンコンコン。

 

「学園長」

 

「衛宮君か。報告は聞いておるぞ。いつ頃に直りそうじゃ?」

 

「何もなければ明日には。今日は切りよく終わったので帰ります」

 

「一子も眠ってしまってすまんのう」

 

「いえ、今日は・・・いえ、今日も元気に手伝ってくれましたから」

 

正直、彼女が手伝えたことはそう多くない。けれど、どんな時も一子は一生懸命に手伝ってくれた。

 

「モモ、モモ!おらんかのう」

 

「来たぞジジイ」

 

「今のでよく来たな」

 

「これも士郎の技の発展形だ。ワン子を連れて帰ればいいんだろう?」

 

「うむ。わしはまだ仕事があるでのう」

 

「それじゃ・・・」

 

「・・・嫌」

 

「一子?」

 

「Zzz・・・」

 

「寝言か」

 

「・・・仕方ない私が士郎の荷物を持とう。特別だぞ?」

 

「あ、百代・・・」

 

そう言って足早に出て行った百代を追って士郎は問う。

 

「今日は何してたんだ?」

 

「ん?訓練生の相手。ジジイが居ない間は基本私が見てる」

 

「・・・また物騒な師範が居たもんだ」

 

クック、と笑う士郎。百代は拗ねたように、

 

「この荷物、捨てちゃおうかな」

 

「おい」

 

あはは、と互いに笑って帰路に着く。

 

「ワン子は活躍したか?」

 

「もちろん。いるだけで元気を貰えるよ」

 

「元気っこだからな」

 

さら、と百代は一子の髪を撫でて、

 

「士郎はさ。ワン子のことどう思ってる?」

 

「どうって?」

 

「その、女の子として」

 

「・・・。」

 

士郎は沈黙してしまった。

 

「そうだな・・・この子が傍に居たらいつも笑顔でいられそうだな」

 

「む。無難な回答だな」

 

「だって俺たちの妹になるんだぞ?なにも思わない訳が・・・」

 

「ワン子は多分、そう思ってないぞ」

 

「・・・どういうことだ?」

 

百代は少し迷った素振りを見せる。

 

と、

 

「・・・(ぎゅっ)」

 

「ん?一子?」

 

「Zzz・・・」

 

「なんだ寝返りうとうとしたのか?」

 

「ワン子はさ。多分お前の事が好きになったんだよ」

 

「え?」

 

百代の言葉に士郎は思考が真っ白になった。

 

「必死になって否定するけどさ。多分男の人の所に行くなら士郎以外考えられないと思ってる」

 

百代の脳裏を過るのは士郎のいない時の一子。

 

 

 

『お姉さま!士郎がね・・・』

 

 

 

『士郎ってばまた・・・』

 

 

 

『士郎が――――』

 

 

士郎が、と。繰り返す妹に百代はいらぬお節介を焼きたくなった。

 

「いっつもお前の事を話すんだ。士郎が、士郎が、って」

 

「・・・。」

 

「元々は私を焚きつけるつもりだったんだと思う。でも今は――――」

 

「一子が・・・か」

 

思えば彼女との一年間は他の誰よりも濃密だったかもしれない。

 

ファミリーになる前から彼女とは師弟の間柄だった。

 

『士郎!こうしたいんだけど・・・』

 

『ダメ。オーバーワークだ。自分を信じろ。一子は確実に一歩を進んでる』

 

『士郎!クリがね・・・』

 

『そりゃまた難儀な・・・』

 

『士郎ー・・・』

 

『なんだいつになく落ち込んでるじゃないか』

 

「・・・。」

 

「な?心当たりないか?」

 

「・・・。」

 

「Zzz・・・(きゅっ)」

 

「一子、起きてるんだろ?」

 

「・・・うあう」

 

小さな悲鳴を上げて一子は士郎の背中に抱き着いた。

 

「ほらワン子。お前も正直に、な?」

 

「・・・。」

 

「・・・あたしね。九鬼君に言ったの。武の道を歩くから九鬼君とは付き合えないって」

 

「・・・。」

 

「でも、士郎の事、考えること多くなって行って。それもお姉さまの為だって思ってたけど」

 

「ワン子・・・」

 

「やっぱり、ダメかなぁ・・・?妹じゃなくて、師弟じゃなくて。旦那様と奥様じゃダメかなぁ・・・?」

 

「・・・。」

 

「士郎・・・」

 

士郎は大事に大事に言葉を探して言った。

 

「ああ、きっと一子が一緒なら――――」

 

このお日様のような子が居れば。自分はもう間違わないのではないかと、そう思った。

 

 

 

 

 

「えへへ・・・」

 

ニコニコと照れ笑う一子に士郎は苦笑。

 

「でもどうするんだ?揚羽に言わないといけないだろう?」

 

「ガクガクブルブル、ガクガクブルブル」

 

「大丈夫だよ。私がもう言っといた」

 

「「え」」

 

「だから言ったろう?分かりやすかったんだって。気付かなかったのは士郎とワン子だけだぞ?」

 

「その、他のみんなも?」

 

「どうかな。私はすぐに分かったけど、気づいてる奴はいるんじゃないかな」

 

 

 

 

「へっくち」

 

「なんだ京。風邪か?」

 

「ううん。・・・多分フラグ回収したんだと思う」

 

「フラグ?」

 

「そんなことよりあなたー♪」

 

「うわぁ!?」

 

 

 

「・・・なんかイラっと来た」

 

「奇遇だな。私もだ」

 

はぁ、とため息を吐いて、

 

「ほら一子。着いたぞ」

 

「むむむ・・・チラ」

 

「・・・(バッテン)」

 

「・・・(涙目)」

 

「なにやってるんだよ。また明日学校で、な?」

 

「そこはお前、ぐへへ・・・姉妹丼にあぶぶ・・・」

 

「う、うん!また明日ね!」

 

「もがもが・・・」

 

「ああ、また明日」

 

危ないことを口走りそうになった百代を一子が止めて先を促した。

 

 

 

――――interlude――――

 

「もう!お姉さまったら・・・」

 

先ほどの事を思い出して顔を赤くしてブンブンと頭を振る一子。

 

「ひゃー・・・恥ずかしい」

 

百代にバラされたこともだが、自分自身が気づいていないのが本当に恥ずかしかった。

 

「でも・・・」

 

『士郎ー!』

 

『ん?』

 

また明日もお話できる。自分の気持ちを認めた今ならまた違う明日が見られると思って。

 

「おやすみなさいっ」

 

パチンと明かりを落とすのだった。

 

 

――――interlude out――――

 




はい。長くなりましたがこんな感じです。晴ちゃんは随分と前にハートをぎゅっとされていたのでした。

新年あけてました!今年もよろしくお願いします。色々言いたいこともありますがまずは一言。次回100話です。もうね、何だろうね…万感の思いです。あんなに拙かった、お世辞にもうまいとは言えない作者の作品が100回も投稿できていることになんだかホッとしています。いつも感想をくれる方々。本当にありがとうございます!

誤字報告もありがたく拝見しております。いやーホント申し訳ない。今回も沢山の春ちゃん直さないと・・・前のあとがきでああは言いましたが、いつもはホントにありがたく思っていますので見つけた際にはズズイっと誤字報告してくだされば助かります。

今年も色々書ければいいなと思っていますのでよろしくお願いいたします!


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結婚式

みなさんこんばんにちわ。新年も頑張っていきたい作者でございます。

いよいよ記念すべき100話目の投稿です。内容はいつものタイトル通りです。

100話を飾るのはこれしか思いつきませんでした。というわけで100話目、どうぞ!


士郎はその日、いつになくそわそわしていた。

 

「大和、大丈夫かな?」

 

「大丈夫だって。何度目の確認だよ」

 

対する大和は苦笑を浮かべて断言した。

 

士郎がそわそわするのも仕方がない。今日は彼と彼女等の結婚式なのだから。

 

真っ白なタキシードに身を包み士郎はその時を待っていた。

 

「それにしても急だな。もう結婚なんて」

 

「揚羽は西の焔と晴が帰る前にって考えてたみたいなんだ」

 

真相はこれ以上嫁が増えないようにと揚羽が嫁入りを締め切ったのが原因だが、当然士郎はそんなことを聞かされてはいない。

 

「学生婚は将来的に不利・・・なんて野暮なことを言おうとしたけど、お前さん、もう一人で食っていけるからな」

 

「親父の言う事は基本野暮なことだろ。ま、それが役目みたいなもんだけどよ」

 

「おじさんくらいの年になると、そういう役割の人も必要なわけよ・・・ともかく、おめでとさん」

 

「宇佐美先生ありがとうございます」

 

『では主賓に来ていただきましょう』

 

「お、出番だな」

 

「ああ。行ってくる」

 

豪華に飾られた式場への入り口をくぐると。

 

「シロウ」

 

「セイバー・・・」

 

真っ白なドレスを着たセイバーが居た。

 

「ウェディングドレス、似合ってるよ」

 

「ありがとうございます。・・・まさか、私が嫁入りする日が来るとは夢にも思いませんでした。・・・夢じゃ、ありませんよね?」

 

心配そうに士郎の手を取るセイバー。士郎はコクリと頷き、

 

「夢なんかじゃない。さぁ行こう。みんなが待ってる」

 

『順不同で失礼いたします。セイバー様、九鬼揚羽様、川神百代様、川神一子様、不死川心様、黛由紀江様、黛沙也佳様、マルギッテ・エーベルバッハ様、葉桜清楚様、源義経様、最上旭様、忍足あずみ様、林冲様、史文恭様、松永燕様、大友焔様、尼子晴様、遠坂凛様、間桐桜様です』

 

パチパチと拍手で迎えられる。士郎を含め、総勢20人の結婚式。本当はリザやコジマ、ジークなども参加させたかったのだが、まだドイツは多重婚化されていないので今回は来賓として猟犬部隊が来ていた。

 

「くう・・・私らより先に結婚なんて・・・羨ましいぞマルー!」

 

「ちょっとリザ!恥ずかしいことしないで!」

 

「コジマ達の時はどうするんだろうなぁ」

 

「一度に結婚する人が減るから、通常とそんなに変わらない結婚式になりそうだよね」

 

「・・・多重婚というだけで大ごとだぞ。二人とも」

 

「うーんやっぱりそうだよなぁ」

 

「はわわ・・・」

 

フィーネに釘を刺されて慌てるジーク。

 

「ま、衛宮ならその辺も上手くやるだろう。幸いドイツも日本をテストケースとして行う方向に動いているから、その時を待つんだな」

 

フィーネは苦笑していった。

 

「・・・む?小十郎。一人抜けておるぞ」

 

「え?」

 

「まだいるのか!?」

 

どよっとする中、何でもないように揚羽は言った。

 

「天衣が抜けているではないか」

 

「・・・え?」

 

「橘さんは来賓じゃ・・・」

 

「そ、そうだぞ!私は士郎の事をその・・・」

 

赤くなってモジモジし始める天衣。

 

「お前、あれだけ士郎と共にあり、夫婦のように生活しておったのに今更何を言っておるのか。いいから早くウェディングドレスに着替えてこい」

 

「・・・。」

 

「ほら士郎。お前からも何かないのか?」

 

百代にも促され、

 

「えっと・・・今の今まで分からなかったんだが・・・橘さん。俺と一緒に歩んでくれますか?」

 

「・・・!もちろんだ!!」

 

天衣はその俊足を発揮して控室に飛び込んだ。

 

「結婚式当日かよ」

 

「それでもいいんじゃね?本人が幸せならな」

 

「20人も嫁がいるなんて果報者よね」

 

「でもそれくらいないと衛宮君には相応しくない系」

 

「尼子も大友も幸せそうだな・・・」

 

「御大将も感傷か?」

 

「ぬかせ、鉢屋。まさか留学中に十勇士の結婚を見ることになるとは思いもしなかっただけよ」

 

「こう言いながらも二人の事を心配していたのです」

 

「・・・余計だぞ、島」

 

「椎名の時もこうなるんかな?」

 

「それはまだ気が早いぞ宇喜多。自分が結婚式をあげるときまではな」

 

「お前達、静粛にしろ」

 

「おっとやっべ・・・」

 

「親友の結婚式で鞭うたれるとか考えたくねぇな」

 

梅子の言葉の後に、ウエディングドレスを着た天衣が来場した。

 

滅多に見ない彼女の美しいドレス姿に、おお~と歓声が上がる。

 

「結婚式なのに口説くとか、やめてほしいねん」

 

「それが出来るのが士郎だ。真っすぐに気持ちを伝えられる・・・いや、真っ直ぐにしか伝えられない男だからな」

 

燕の愚痴にクックと笑う史文恭。皆が笑顔だった。

 

「・・・ですが」

 

「構わん続けろ」

 

ヒュームが主賓を読み上げていた小十郎の所に行ってサポートしていたようだが、ともかくこのまま式を続ける形となった。

 

『大変失礼いたしました。橘天衣様、新郎、衛宮士郎様含め計21人です』

 

「小十郎の奴、多少マシになったと思ったのによ」

 

ギロリと司会進行の台に立つ小十郎を睨むが、

 

「・・・。」

 

彼は直立不動で動かなかった。

 

「女王蜂。そういきり立つものではありませんよ」

 

「誰だって自分の結婚式にケチ付けられたくないだろうよ。猟犬」

 

「二人ともいがみ合わないでくれ。きっと、小十郎さんも緊張してるんだよ」

 

「士郎。いがみ合ってなどいませんよ」

 

「あたいと猟犬はいつも通りだ。気にすんな」

 

『それではみなさんご静粛に。誓いの鐘を鳴らします』

 

このために準備された鐘に直結する紐に彼女達と士郎が近寄る。

 

「きっついねぇ」

 

「はっは。これでも妥協したのだがな?」

 

「今からでも誓いのキスするか?士郎」

 

「きっ、キス!?」

 

「ワン子は乙女だなぁ・・・」

 

「ちょっと。私達が乙女じゃないみたいじゃない」

 

「凛はなぁ・・・堂々としてるから」

 

「どういう意味よ。林冲」

 

「こらこら。来賓が静粛にしてるのに俺達が騒いじゃダメだろ?」

 

「シロウの言う通りです。さあ鐘の音を」

 

円形上に鐘の紐を囲んでみんなで手をかける。

 

「それ!」

 

カラン、カランと鐘の音が鳴り響いた。

 

「おめでとう!」

 

「おめでとう」

 

「おめでとさん」

 

「おめでとー!」

 

「おめでとうございます」

 

その後の披露宴では様々な人に挨拶された。マルギッテの両親や義経と清楚の両親からも暖かい言葉を頂いた。

 

「揚羽。夫を支える良き伴侶となるのだぞ」

 

「もちろんです母上」

 

「なんだな。いざ嫁に行っちまうと考えると言葉が出てこねぇもんだな」

 

「父上・・・」

 

「俺だけくよくよしてられねぇな。幸せになれよ?揚羽」

 

「はい!」

 

「衛宮士郎・・・さん、だろうか・・・どうか揚羽を」

 

「はい。必ず幸せにしてみせます」

 

「お前ならできるよ。胸張ってけ!」

 

バン!と帝に背を叩かれて、はい!と士郎は返事をした。

 

「じゃ、次は俺だな」

 

「おう!祝ってやってくれ」

 

そう言って帝と局は席に戻り、現れたのは何と総理だった。

 

「総理!?」

 

「確かに出席表にあったけど本当に来ているなんて」

 

「おうよ。俺の親友の兄ちゃんの結婚式ともなりゃあ来るさ。改めておめでとう、って言わせてもらうぜ」

 

「ありがとうございます」

 

「百代ちゃんに一子ちゃんも立派になりやがってよぅ。俺は嬉しいぜ。九鬼のお嬢さん筆頭にみんな仲良くやるんだぜ?」

 

「もちろんだ」

 

「我らは既に長い時を共にしていた。なにも問題はない」

 

「私も問題ないですよ。士郎を繋ぎとめる一人になれて嬉しいです」

 

「大友もぞ!士郎はみんなの物、であるからな!」

 

「おうおう。西の娘っ子たちも逞しいじゃねぇか。鍋島んとこもいい人材を見つけたもんだな」

 

末永く幸せにな、と言いおいて彼も去って行った。

 

「ほ、本当に総理大臣が来ていて義経はなんとも言えない気持ちだ」

 

「士郎君は総理とは浅からぬ縁があるもんね」

 

「ああ。こんなにたくさんの人に祝ってもらえて俺たちは幸せ者だな」

 

「父さんも満足気だったからね」

 

「大友の爺も涙を流しておったわ」

 

ウエディングドレス姿だというのに堂々と腕を組んで笑う焔。

 

「シロウ」

 

「なんだ?セイバー」

 

柔らかい笑みで答える士郎にセイバーはドキリとした。

 

(これがこの地で見つけた答えなのですね。シロウ)

 

その笑みが今までの彼の姿のどれとも違う物にセイバーは感慨深く思った。

 

「改めて誓いをここに。私は貴方の剣であり、貴方と共に歩む伴侶です」

 

「それなら俺も。俺は君の鞘であり、君と共に歩む伴侶だ」

 

「なんじゃ。士郎もセイバーも。改めて誓いなどしおって」

 

「あの二人には必要なことなのよ心。いいからそっとしておきなさい」

 

「そういうものかのう」

 

「そういうものなのよ」

 

旭はその光景をうっとりと見ていた。

 

それからも披露宴は続き、夜。九鬼で身内だけのパーティが行われていた。

 

「よし、みんな楽な格好になったな。じゃあ乾杯」

 

乾杯、と士郎達も川神水を飲む。

 

「兄上!遂に正真正銘の兄上になったな!」

 

「兄上~!」

 

「英雄、紋白。これからもよろしくな」

 

跳びこんできた紋白を抱き上げて二人によろしく、と微笑みを浮かべた。

 

「わ、私が結婚なんて・・・」

 

「だからお前はいつまで言っているのだ。そもそも士郎と二人三脚だったであろうが」

 

「ち、違うんだ。嬉しくて・・・その。信じられないんだ」

 

「・・・えいっ」

 

「痛い!?」

 

「夢じゃないねん」

 

「あ、ああ・・・ありがとう。燕」

 

燕が天衣の背中をつねり、夢じゃないと教える。

 

「おい小十郎。式ではやってくれたなぁ」

 

「あ、あずみさん!それは・・・」

 

「言い訳なんか聞くか。きっちりと・・・」

 

「まて、忍足あずみ。それはそこの赤子のせいではない」

 

「あん?」

 

「ここだけの話ですが・・・本当に司会進行のプログラムには載っていなかったんですよ・・・」

 

「・・・まじか」

 

「まじだ」

 

あれを作成したのは揚羽自身である。従者達で準備しようとしていたのだが、

 

『隅々までコーディネートしたいのだ!許せ!』

 

という事で揚羽渾身の作であったのだ。

 

「これも橘天衣から漏れ出る不運かもな」

 

「それを士郎の宝具が相殺したか・・・笑えねぇ冗談だぜ」

 

ただのミスと言えばそうかもしれないが、揚羽は書類作成も抜け目ないのだ。その彼女をして記入ミスがあったとは考えたくない事実だった。

 

「ともかく、あずみさん!あ、いや、あずみ様!ご結婚おめでとうございます!」

 

「ん?あずみ“様”?」

 

ステイシーが首を傾げた。

 

「ステイシー。今回のご結婚で、あずみは九鬼家の一員になったも同然ですよ」

 

「げぇ!?そんじゃ何か!これからはあずみのこと様付けて呼ばないといけないのかよ!」

 

「ようやっと気づいたかステイシー君。ほら、あたいの呼び名は?」

 

「ぐぬぬぬ・・・」

 

「その辺にしてはどうですか、あずみ」

 

悔しがるステイシーをポンと叩いて李はあずみに言った。

 

「しゃーねぇなぁ・・・一回くらい呼ばせてみたかったのによ。李の顔に免じて許してやらぁ」

 

「なんで李は呼び捨てでいいんだよ!」

 

「あずみは九鬼家従者部隊のままだからですよ」

 

「は?」

 

「あたいが抜けると抑えの効かねぇ奴らが多いだろ。その辺まとめるまでは従者部隊にいてやるんだよ」

 

次期序列一位を巡って大波乱となりそうだが、あずみはその辺までよく見ていた。

 

「流石に全部放り出して寿退社なんてしねぇよ」

 

「ぐぬぬ・・・!乗せられたぁ!!」

 

「整理が終わったら従者部隊を抜けるんですからあながち違うとも言えませんよ。ステイシー」

 

「むむむ・・・」

 

とそんな会話があったり、

 

「モモと同じ夫妻という事はわしの孫になるのう」

 

「え!?揚羽さんがジジイの孫!?」

 

「そりゃそうよぅお姉さま。あたし達、衛宮夫妻なのよ?」

 

「百代達は別姓制度を使うだろうが我は衛宮姓になるのでな。姓は違っても親戚関係は築かれる」

 

親類関係が大変なことになりそうだが、その辺は揚羽が整理整頓してくれるだろう。

 

「・・・橘さんの事、忘れないでやってくださいよ」

 

「そればかりは悪いことをしたと思っている。まさか我のプログラムから外れておるとは・・・」

 

ニコニコと笑顔で色んな人と話す彼女を見て揚羽は肩を竦めた。

 

「衛宮揚羽か・・・なんか九鬼じゃないと違和感バリバリだな」

 

「そうでも無かろう?我は気に入っているぞ」

 

苗字に関しては近辺整理が終わったら名乗ってもいいことになっている。焔の花火工場のことなどもあるのですぐには出来ないが、いずれは変えたいという者もいるのだ。

 

「衛宮・・・衛宮かぁ・・・私も名乗りたいなぁ・・・」

 

「お姉さま引退するの?」

 

「ばっバリバリの現役だぞ!はぁ、当分先だな」

 

((百代(お姉さま)の現役引退っていつなんだろう・・・?))

 

何て言う話も出た。

 

とにもかくにも色々な所に親戚関係が構築され、混沌としている。

 

だが士郎は、

 

「士郎。うちの父さん達が挨拶したがってる」

 

「大友の所もだ。時間をくれ」

 

「ああ。今行くよ」

 

士郎はたとえ罵倒されても自然体で受け取り、返すので皆毒気を抜かれてしまう。それこそが彼の人徳の成す所なのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

深夜。九鬼のパーティも終りを告げ、士郎達は自宅へと帰っていた。

 

「こ、これからは本当の我が家になるんだな・・・」

 

「ああ。大事な家だ」

 

「だが士郎。いくら何でも全員は部屋の用意が出来まい。ここは改築すべきではないか?」

 

「史文恭の言う通りだな・・・その辺も含めて揚羽達と相談しよう。敷地は・・・んー買い足さなきゃ駄目かな」

 

「まだまだ士郎の家付近は物価が安いから早めに動いた方が良いんじゃないか?」

 

そうなのだ。やはり長年いわくつきの土地だったこともあり、まだまだ土地の値段は安い。だが、着実に人は住み始めているので、土地の値段がガンと上がる前に確保したいところだ。

 

ただいまーと誰もいなかった家に帰る。

 

ほんわかと淡い光が灯り、

 

「じゃあみんな。おやす・・・」

 

「「「士郎!!!」」」

 

「うわあ!?」

 

居間に着くなり士郎は全員に押し倒されてしまうのだった。

 

 

 

――――沢山の事が起きたこの家で。士郎はこれからも生きていくのだ。




大変長らくお待たせしました。100話目です。今回も短めですが終わりが良かったのと、作者の同時出演者数を大きく超えたためこれが誠一杯でした。

夢オチではなく本当に結婚です。まだドイツの人らとかも残ってますがまずは第一陣ということで。

コメント、評価、感想、誤字報告、いつもありがとうございます!100話、100回もの投稿が出来たのは読んでくれる皆さんのおかげです。これで何の反応も無かったら、作者は挫折していたと思います。これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします!


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結婚式を終えて

皆さんこんばんにちわ100話を越えまして新たに頑張っていきたい作者です。

今回は無事結婚も済んだという事でまた十勇士について書いていきたいと思います。
もちろん嫁達も出していきたいのでよろしくお願いします。

では!


大きな結婚式を終え、今日も平和に過ごす士郎。学園長からの緊急依頼も済ませいつもの様に変態の橋を狙撃していた。

 

「士郎、誰か来る」

 

「ん?」

 

林冲の一声で士郎は弓を下した。直後ばーんと屋上のドアが開かれ、

 

「士郎、おはよう」

 

「おはようなのだ!」

 

晴と焔がやって来た。

 

「おはよう。二人とも早いな」

 

見れば、十勇士は今ようやっと登校しているくらいである。鉢合わせしたキャップ達と何やら話している。

 

「旦那様が朝早く仕事してるのに私達だけのんびりしていられないよ」

 

「大友も砲撃するか!?固そうなやつが居たら任せるがいい!」

 

「焔はここから橋が見えるのか?」

 

林冲が頭が痛そうに言うと、

 

「まったくだな!」

 

「ダメだよほむ。ただでさえ砲撃の威力上がったんだから・・・」

 

そう。件の機構を取りつけた大筒は、爆発こそ変わりないが衝突の衝撃が著しく向上していた。

 

なので、鍋島監修の元、必要と判じられた時のみこの機構を使わせてもらう事となっていた。

 

「しかしだな・・・折角新調した大筒が使えなくて大友はうずうずしておるのだ!何処かに、気にせず撃ち込める相手はいないかな・・・」

 

フンス!と鼻息荒く言う焔に苦笑して、

 

「そんな相手いないに越したことはないんだけどな」

 

「士郎までそんなことを言うのか!むぬぬ・・・」

 

「焔の砲撃はシャレにならない怪我になる。武器に呑まれないことも修練の一つだぞ」

 

そう言いおいて士郎は新たに狙撃を開始する。すると、

 

ゴンゴン

 

「衛宮はいるか?」

 

「小島先生。どうしたんですか?」

 

「うむ。今日のHRなのだが緊急の全校集会となることが決まった。狙撃を終えたら校庭に集合だ」

 

「わかりました。わざわざありがとうございます」

 

「なに、お前の狙撃で被害にあう生徒が激減している。このくらいなんでも無い」

 

「私達も変質者が出た時目の前で昏倒させられてたもんね」

 

「うむ。御大将が刀を抜く前にあっさりとだったな」

 

「そう言ってもらえるなら嬉しい」

 

そう言って士郎は微笑みを浮かべ、

 

「では皆の登校が終わったら合流します」

 

「うむ。今日も頼むぞ」

 

そう言って梅子は去って行った。

 

「士郎の狙撃はもうないといけないものになってるね」

 

「それはそれで問題なんだがなぁ・・・」

 

士郎としては地元の警察とかもっと迅速に動いてほしい所である。

 

「さて、俺は登校を見届けるのに遅くなる。林冲と焔達は先に行っててくれ」

 

「そうだね・・・いこっか。ほむ」

 

「うむ。待っているぞ、士郎」

 

晴と焔も教室に戻って行った。

 

「・・・林冲?」

 

しかし林冲は何処かむくれ顔で腕を組んでいた。

 

「士郎はいつもそうだ・・・」

 

ぶつぶつと自分に対する愚痴を言っている。仕方なく士郎は、

 

「林冲」

 

「・・・チュ」

 

とキスを交わして士郎はお願いした。

 

「ここなら大丈夫だから。何かあればみんなを呼ぶよ」

 

「・・・絶対だからな」

 

「ああ」

 

顔を赤くする林冲にハグを求められてそれに応じる士郎。

 

「さ、遅れないうちに、な?」

 

「・・・うん」

 

それで満足したのか、林冲も教室に戻って行った。

 

「さて、もうひと踏ん張り、かな」

 

最後の生徒が遅刻間際に駆けこむのを見送って士郎は屋上から降りた。

 

 

 

 

 

士郎が校庭に来ると既に全校集会は始められていた。

 

「おはよう。みんな」

 

「おはようさん」

 

「おはよう」

 

『十勇士が来て一月と半。もう間もなく彼らは西へと帰るが・・・』

 

「「「・・・。」」」

 

彼らはどんな気持ちで今を過ごしているだろうか。鉢屋に忍者刀を渡した時は、

 

『何だかんだそれがしらも慣れ親しんだからな。離れがたいと思う者も多いようだ』

 

と、そんなことを言っていた。

 

しかし彼らには重要な役目がある。ここでの成果を持ち帰り、後輩たちを育成する義務がある。

 

『彼らは半月で帰る。じゃが、折角磨いた力を試せないというのも酷な話じゃ。そんな折――――』

 

オニュクス王国の国王が来日し御前試合をすることが話題として挙がった。

 

「オニュクス王国?」

 

「何処だそれ」

 

「・・・南半球にある絶対王政の国」

 

京が補足した。

 

「絶対王政かー。民主主義の俺らからすればおっかねぇ国だな」

 

「戦争とか起こしそうだもんね・・・」

 

『御前試合は一週間後。十勇士も含めて行う。出場する予定の者は備えておくように』

 

「・・・。」

 

士郎はなにかきな臭いものを感じていた。

 

(オニュクス王国は地下資源が豊富だと聞く。なぜ今頃になってけしかけて来たのか・・・)

 

理由が不足しているのである。はたまた理由などないのかとも思えるが・・・

 

(絶対何かあるな)

 

士郎はそう判じたのだった。

 

 

――――interlude――――

 

 

川神のある工場では。

 

「イムベル将軍。首尾はどうか?」

 

「はい。戦力の50%が運び込まれています」

 

その言葉に男は笑い、

 

「如何に川神の人間が強くとも、これだけの戦力を前にしては意味も無かろうよ」

 

自信あり気に運び込まれる木箱にニヤリとする男。

 

「引き続き頼むぞ?イムベル」

 

「はっ」

 

そう言って彼は一言、ウィクトールオニュクス、と言って立ち去って行った。

 

 

――――interlude out――――

 

 

「御前試合か。川神ではよくあるのか?」

 

「まさか。士郎と姉さんのエキシビションなんかはあるけど、こんな大掛かりなのはないよ」

 

不思議そうにS組から来ていた大和に聞く石田。

 

「しかし面白そうなイベントですな」

 

「磨きに磨いた技のお披露目会と考えれば胸躍るな」

 

西の子らも大分仕上がっており。獰猛な表情が伺える。

 

「まだ時間はあるからその顔はひっこめておけよ。ったく、血の気の多い奴等だぜ」

 

「しかし源殿。私達も訓練の成果を披露することが出来なくて物足りなく感じていたのです」

 

「そうぞ!大友の国崩しも強くなりすぎてそこいらの者には撃てなくなってしまったからな!」

 

「ほむは結婚してもほむのままだね」

 

「う・・・」

 

晴は笑顔で言うが焔の表情は固まってしまった。

 

「やっぱり、こう、おしとやかな方が良いだろうか・・・?」

 

焔は難しい顔をして近くで修理に勤しむ士郎に問う。

 

「いや?無理におしとやかにする必要なんかないだろう?焔は焔らしくいればいいと思う」

 

その言葉にパァっと表情を明るくして、

 

「それならば大友の好きにやらせてもらうぞ!」

 

「士郎は心が広いな」

 

「そんなことないぞ。どうした、急に」

 

「その・・・俺よりも遥かに嫁さんが多いのに士郎はどっしり構えてるから・・・」

 

大和は恥ずかし気に言った。

 

「きっと、その時が来れば大和も同じようになるさ」

 

遠い目をして士郎は言った。それ即ち、あきらめという。

 

「あはは・・・」

 

「ま、俺が好きになったのはみんなの飾らない面であって、覆い隠したものじゃないのは確かだな」

 

「ヒュウ。言うねぇ・・・」

 

ガクトが口笛を鳴らして褒め称かした。

 

「士郎ーお客さんよー」

 

「ん?」

 

一子の言葉に顔を上げるとそこにいたのはあずみとマルギッテだった。

 

「私達も衛宮夫妻なのですが・・・」

 

「まぁ学校ではしゃあねぇだろ」

 

二人は既に衛宮の名を苗字に入れていた。

 

忍足あずみは衛宮あずみに。

 

マルギッテは、マルギッテ・E(エミヤ)・エーベルバッハに。

 

それぞれ衛宮家の姓を名乗っている。

 

「どうしたんだ、二人とも」

 

「お前の事だろうから気づいてるとは思うが・・・確認をな」

 

「・・・オニュクス王国か?」

 

士郎の言葉に二人は頷いた。

 

「近頃、主に海上で不審な船が見受けられています」

 

「このタイミングなら、十中八九オニュクス王国に違いねぇ。できる限り潰してるが、どうやらロボットを運び込んでいるみてえだ」

 

「ロボットか・・・クッキーの情報は既に漏れてるんだったな?」

 

過去に奪われたクッキーISシリーズは、情報が洩れているであろうという事も考慮され、作り直されていると聞く。

 

「ああ。ムカつく話だけどな。最上の奴が流したって証言だ」

 

「大量の戦力に降って湧いた御前試合。間違いなく繋がっているな」

 

「はい。我々も同意見です。ですので――――」

 

マルギッテの案は御前試合を利用して相手を油断させること。

 

「不名誉なことを感じるかもしれませんが・・・士郎」

 

「いや。構わない。俺は御前試合なんてものに欠片も興味はない。むしろ好都合だ。奴らが侮ってさえくれればやりようはいくらでもある」

 

士郎は冷たい表情で言った。

 

「・・・おい。分かってるとは思うが」

 

「もちろんだ。誰にも話さんよ」

 

この作戦は誰にも明かせない。西の十勇士などが聞いたら憤慨ものだろう。鉢屋あたりは違うだろうが・・・

 

そうして、秘密裏に動いていくことにした衛宮ファミリーは団結して事に当たることを決めたのだった。

 

 

 

 

今日の体育は生徒の希望が多いため、戦闘訓練となっていた。

 

「槍の扱いはリーチを生かし相手の接近を許さないことが肝要ですぞ」

 

「はい!」

 

「おっと浮畑嬢。懐に入られたからと言って諦めてはなりません。腰に帯びた刀だけでなく鞘も使えばまだまだ粘れますぞ」

 

「は、はい!」

 

等など、かなり実戦的に指導が入っている。

 

「君はまだ拳が出来てないネ!間違っても殴り掛かったらダメだヨ」

 

「はい!」

 

戦闘訓練という事もあってルーも生き生きとしている。

 

「よろしくお願いします!」

 

中にはレオニダスと手合わせをしている生徒もいる。

 

一子もそんな中の一人だった。

 

「一子殿!貴女はまだまだギアを上げられます!薙刀の鼓動を感じるのです!」

 

「押忍!」

 

「薙刀の鼓動ってなんだ・・・?」

 

「流石、士郎謹製の薙刀は一味違うな」

 

大和達、拳が出来ていない組は一応木刀を持って指南を受けている。相手は・・・

 

「右側ががら空きです」

 

パシン!

 

「ぐっは・・・」

 

セイバーだった。

 

セイバーは数多の挑戦者を一刀のもとに下す凄腕の剣士として名を馳せている。今回緊急対策としてセイバーは各体育の時間に技術顧問的な立場で参加していた。

 

一方の士郎はと言うと。

 

「――――」

 

座禅を組んで瞑想していた。

 

「隙あり!」

 

ヨンパチが後ろから切りかかるが、

 

ピタリと。他でもないヨンパチの手で木刀は止められていた。

 

「――――」

 

「ひぃ!」

 

ついっと目をヨンパチに合わせる。それだけで彼は気を失ってしまった。

 

「まったく。いつでも挑みかかってきていいなんて言って、速攻で殺気ぶち当ててきやがって」

 

「すまない。忠勝」

 

「構わねぇぜ。他の面倒は俺が見る」

 

「忠勝も鍛錬しないのか?」

 

「俺は・・・まぁ、この機会に腕を上げるのも悪くねぇかもな」

 

「瞑想も飽きた所だ。一手、やるか?」

 

「加減しろよ」

 

「俺は百代じゃない」

 

「じゃあ――――いくぜ!」

 

ドンガンゴン!と激しく肉体がぶつかり合う。

 

そんな体育を遠目に見る集団がいた。今日の見学者だ。

 

「士郎の奴も、レオニダスも容赦ないわね」

 

「あはは・・・あのルー先生も中々ですよ」

 

「凛さん、桜さん。見学ですか?」

 

やって来たのは由紀江だった。

 

「ええ。由紀江も来ていたのね」

 

「士郎先輩が心配で・・・」

 

もじもじとする由紀江に真剣な眼差しで士郎の動きを追う桜。

 

「まったく、似た者同士なんだから・・・」

 

「誰がまゆっちに似てるって!?」

 

「反応するとこそこなの?そこは素直に本人が反応しなさいよ。この駄馬」

 

「だっ・・・」

 

「忠勝!動きが鈍ってるぞ!」

 

「うるせぇ!こっちはずっとトップギアなんだよ!」

 

とにもかくにも激しい戦いが繰り広げられていた。

 

もちろん十勇士も、

 

「鉢屋流忍術――――」

 

「忍足流忍術――――」

 

忍者は忍者同士お互いを高め合い、

 

「よ、っと!」

 

「いいぞ卓也!反応速度が上がってる!」

 

「舞踏だと思ってやってるよ!」

 

「それはいい。何事にもリズムはある。それを読み取ることが出来れば・・・」

 

ヒュゴ!

 

「わぁ!?」

 

「この通り、躱せてしまう」

 

「い、今のは危なかった・・・」

 

「これでも壁越え一歩手前なんて言われてるんだぞ?すごいじゃないか」

 

「ヨシツグが手加減してくれるからだよ」

 

「確かに手加減はしているが・・・仕留められそうな時はそうしているぞ」

 

「え?じゃあ・・・」

 

「ああ。確かに仕留めずらくなってきている」

 

「僕にも・・・大和みたいに回避能力つくかなぁ?」

 

「直江大和がどの程度かは分からないが、回避だけなら十分に追いつけると思うぞ」

 

「・・・!ヨシツグ、もう一回!」

 

「わかった」

 

「みんな盛んやなぁ・・・」

 

「宇喜多」

 

「わかっとるて。これでも強くなったはずなんやけどなぁ・・・」

 

京がせかす声に尻もちを付いていた宇喜多が立ち上がる。

 

「うおおお!最高のオイルレスリングを見せてやるぜ!」

 

「見せてみな!お前の成長具合をな!」

 

長曾我部とガクトも激しくぶつかっている。

 

「御大将」

 

「俺の雷神丸は血に飢えているぞ。かかってこい!」

 

特訓により寿命を削ることのなくなった光龍覚醒で、黄金の闘気を立ち上らせて言う石田。

 

「それがしも遅ればせながら・・・参る!」

 

石田と島も刀と槍を手に舞う。まさにそこかしこで戦いが起きていた。

 

そんな中、医療班はというと、

 

「はい、包帯巻き終わりっと」

 

「チカちゃん、手当てが早くなりましたね!」

 

「そりゃあこんだけ捌いてればね。マヨも指示が的確じゃない」

 

「お姉さんだって成長するんですよっ!」

 

えっへん。とする小さき委員長に千花は笑って、

 

「さぁ治療が終わったらすぐに戻りなさい!いつまでもうじうじしてない!」

 

そう言って喝を入れるのだった。

 

 

 

 

激しい体育が終われば癒しの昼。今日は三年生がヘロヘロなのもあって、二年生や一年生が多く衛宮定食に並んでいた。

 

「衛宮定食!大盛で!」

 

と元気にやって来たのは一子。彼女は疲労のすごい鍛錬をしているが、回復力も凄まじく、いい具合に鍛錬の成果が出ていた。

 

「はいよ。大将!大盛一丁!」

 

おーうと返事が返ってくる。

 

本来大盛はやっていなかったのだが、どうにも大盛希望の生徒が多いので、もうメニューに加えていた。

 

「まだかなーまだかなー!」

 

フリフリとポニーテールを尻尾のように揺らして出来上がりを待つ一子。

 

「はいはい。もうすぐできるからね。次の方ー」

 

「衛宮定食をお願いします」

 

「おお、黛の妹さん。久しぶりだねぇ」

 

「いつも一生懸命走ってるんですけど全然間に合わなくて。何かコツとか無いですか?」

 

問われた弁慶は不思議そうに、

 

「昼飯前は全部放り投げてここだけに限る!くらいかなぁ」

 

「予習とかしないんですか?」

 

「しないわけじゃないけど、昼だけは絶対空けてるね。何せ看板娘だし」

 

ゆら~りとしたその動きからは想像もできない。

 

「まだまだ精進、ですね」

 

「急がないと大将卒業しちゃうよ?」

 

「!そうでした!」

 

沙也佳は今島津寮に姉の由紀江と一緒に住んでいる。結婚した彼女だが、士郎が卒業してしまっては彼の食事にありつく機会がとんと減ってしまう。

 

これは引き締めて行かねばと沙也佳は感じた。

 

「沙也佳と一子?妙な取り合わせだな」

 

その声にピコンとポニーテールが反応した。

 

「士郎~」

 

「なんだなんだ。ほらほらこっちだぞ~」

 

「ワン!ご飯ご飯!」

 

定食を遠ざける士郎を追うように右へ左へ動く一子。

 

「もう。あなた。後ろがつっかえてますよ」

 

「沙也佳ちゃんそれはやめ・・・」

 

「・・・(ぶっすー)」

 

今更だが。結婚してから、彼女は“ちゃん”付けで呼ばれると機嫌が悪くなる。

 

それもそうだろう。晴れて夫妻となったのに子供扱いなどされては誰だって機嫌を損ねる。

 

「さ、沙也佳!今のはちょっとした拍子に、な?」

 

「あなたは随分と楽しそうで何よりです!」

 

フン!とそっぽ向く沙也佳に士郎は困り顔。おまけに、

 

「おうおうおう!夫婦漫才はよそでやれー!」

 

「衛宮定食はよー!」

 

「お、おう!じゃあこれ、一子の大盛と沙也佳の普通盛な!」

 

「逃げたわね」

 

「逃げました」

 

「あっはは!面白いよねぇ大将」

 

意外と沙也佳も子犬系なのかもと弁慶は笑った。

 

「さぁ定食受け取ったら退いた退いた!お客さん捌かなきゃいけないからね!」

 

「「はーい」」

 

楽し気に会話しながら二人は去って行った。

 

「今日も繁盛繁盛だねぇ」

 

いつも通り、50人目の客を見送り、十勇士にも定食を出して自分の昼を準備する弁慶。

 

と、

 

「俺と食べたい?いいぞ。屋上だな。わかった」

 

「・・・。」

 

何やら中空と会話している士郎を見て、

 

「ボケ、あ痛!」

 

「すっとぼけてないで義経のとこに行くぞ」

 

「へーい。(見た目はボケちゃってるんだけどなぁ)」

 

などと思いながら弁慶は士郎の言う通り屋上へと向かうのだった。

 

屋上に着くと、義経と与一それに心が居た。

 

「あ!来た来た士郎・・・君」

 

「主はまだその癖が抜けないねぇ」

 

義経も結婚してからは士郎と呼ぼうとしているのだが生真面目な義経はどうしても君付けが直せないでいた。

 

「あはは・・・無理しなくていいんだぞ。義経」

 

「むー・・・義経はちゃんと呼びたいのに」

 

「クソ真面目だからなぁ・・・「おっとぉ?」ヒィ!」

 

調子に乗る与一をいつもの様に弁慶が威嚇する。

 

「食事の時くらい大人しくできんのか・・・」

 

「そうは言ってもねぇ・・・こいつはすぐに調子に乗るから・・・」

 

「お、俺はコイツの真面目さをだな・・・」

 

「はいはい。からかいたかったんでしょ。お見通しだっつうの」

 

「・・・。(チーン)」

 

「あ、これ美味しい!心、これどうやって作るのかなぁ?」

 

「此方も知らぬ。じゃが、良い味付けじゃな」

 

「なんだ、おかずを交換してるのか?混ぜてくれ」

 

一人寂しく論破されてしまった与一をほったらかして士郎達は料理談議に花を咲かせた。

 

「し、士郎くん・・・士郎!あーん!」

 

「お、何だ、くれるのか?あーん・・・」

 

「こ、此方も特別におかずをやろう!あーんなのじゃ!」

 

「まったく。こっちまで恥ずかしくなっちゃうよ」

 

「自力でハーレム作る奴だからな・・・」

 

「与一は興味なさげだね」

 

「女子供は光に当たっていればいい。俺は深淵を見張るのみだ」

 

「・・・こっちもいい加減にしてほしいんだけどなぁ」

 

弁慶の悩みは尽きない。だが、

 

「あ。弁慶川神水の吟醸水が・・・」

 

「もらえるならもらいますとも!」

 

あんまり気にしなくてもいいのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえり、士郎」

 

「先輩お帰りなさい!」

 

「お、お帰り」

 

「お帰りなさい、シロウ」

 

今日も今日とて放課後の依頼を済ませた士郎が帰宅する。

 

「セイバー。体育はどうだ?」

 

「順調です。皆剣や槍に特化しているのが伺えますね。最近では拳立て伏せで拳を作り始めた生徒もいますし、概ね備えは出来ているかと」

 

「そうか。・・・すまないな、手伝ってやれなくて」

 

「いえ、士郎も油断せず鍛錬を重ねているのですから気になさらず。今日も依頼ですか?」

 

「ああ。ヒューム爺さんも学園長にも免許皆伝の言葉を貰ったからな。あとは俺がどう工夫していくかだけだし、それなら少し息抜きもいいかなって」

 

彼の言う通り、士郎はもはや免許皆伝とされていた。何せ、

 

『わしの技まで模倣とか・・・悔しくてたまらんわい』

 

『九鬼家の奥義ならず、俺の技まで習得するとはな・・・腕を落としたら承知せんぞ』

 

という言葉まで頂いたのである。残るは自己流という事で、放課後の鍛錬からも解放され、士郎は鍛錬と依頼を交互にこなすようになった。

 

「今日は依頼の日ってわけね。それより士郎、例の御前試合、中々にきな臭くなってきたわよ」

 

「えっと・・・凛。本当か?」

 

「本当よ。・・・ていうか、ドモらないでよ。こっちが恥ずかしいじゃない」

 

ほんのり顔を赤くして凛が言った。

 

「まだ慣れなくてな・・・それより経過観察は?」

 

「使い魔で偵察している限り、どんどん運び込まれてるわね。警察も何やってるんだか」

 

ほとほと呆れた、という風に凛は肩を竦める。

 

「それだけロボットを送り込んでくるという事は、しかけてくるのは御前試合後かな・・・いずれにせよ、引き続き警戒を頼む」

 

はいはい、と言って凛は去って行った。

 

「オニュクス王国・・・一体何を考えているのでしょうか」

 

「地下資源が豊富だって話だから大方、商品価値でもつけようってんじゃないか?今の川神の人間を圧倒出来たのなら、確かに商品価値としては破格だな」

 

「なるほど・・・しかし奴等の思い通りにはさせません。ここはもう、私達の住む場所でもあるのですから」

 

メラリと怒りを燃やしてセイバーは何かを掴むしぐさをする。

 

「まてまて!今からセイバーの剣を持ち出しても大元は叩けないよ。今はまだ潜伏するのみ。だろ?」

 

「そうですね・・・まぁ、雑兵がいくら来ようがこちらは英霊が三騎いますから。余程の事が無い限り問題ないでしょう」

 

川神の人間を頭数に入れないのは恐らく、何かしらの対策を講じているだろうからだ。

 

川神の人間、特に学園生徒は重火器が相手でも平然と戦う。それも不可思議な力、気のおかげなのだろうがそれに抵抗するようなものが出てきたら一般人と変わりが無くなる。

 

なのでセイバーは川神の人間を頭数には入れない。守るべき民として数に入れている。

 

「エキシビションも組まれるようですね」

 

「そっちは主にOB陣に頼むことにしたよ。今はまだ、表舞台に立つべきじゃないからな」

 

狙うはカウンターのみ。相手が油断して挑んできたところを一網打尽にする。

 

幸い、急速に力をつけた士郎や、一騎当千の力を持つセイバーとランサーはまだ表立って力を発揮していない。

 

百代がよく憤慨しているが、衛宮士郎は偶然が重なり武神に土をつけただけ、などと言われていたりする。

 

だから百代は武神の座を士郎に譲ろうとするのだが、そこはいつもの通り、言いたい奴には言わせておけばいいというスタンスの士郎なので、一向に武神の座には着かない。

 

それが先ほどの噂に信憑性を持たせている。士郎としては理想的な環境だ。

 

「監視はとう・・・凛がしてくれているし、九鬼や川神院もいる。あとは生徒に自衛の手段を持ってもらうだけだ」

 

何十にも整えられた布陣に死角はない。いざ敵が動いたならば。瞬く間に殲滅してくれんと士郎は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

「いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

士郎が帰ってきて少しすれば夕ご飯だ。今日も美味しくいただく。

 

「そう言えば家の改築の話、どうなったの?」

 

清楚が唐揚げを皿に取りながら言う。

 

「それがな、二階建てにする案も出て来ててな・・・」

 

土地を追加で買うよりも二階建ての方がおさまりがいいのではないか、という案が揚羽から出ていた。

 

「なるほど。道理だな。今の我が家も十分に大きい。横に広げるよりも縦に広げた方がいいか」

 

「士郎、その、お金は・・・」

 

「大丈夫だ。揚羽がかなり出資してくれるらしいから俺の貯蓄で十分だそうだ」

 

「蔵のものを売ればよいのではないか?」

 

「んーそれもそうか。揚羽ばかりに出してもらうのも忍びないし放出するか」

 

後に無限流の大放出で剣豪や武術家が一気に買い求める事件になるのは別の話。

 

「楽しみね。天蓋付きのベッドも置けるかしら?」

 

「・・・その辺は揚羽に要相談ってことで・・・他に希望は無いか?」

 

「うーん。書斎はこれ以上広げるのもいけないし・・・ベッドは置きたいかな」

 

「私は布団でもいいが・・・ベッドにしてみるのもいいな」

 

「あと士郎君の部屋の拡張だね」

 

「だな」

 

さらりと自分の部屋の拡張を言い渡された士郎は苦笑いで、

 

「い、今以上に広くする理由なんか「「「ある!」」」そ、そうか・・・」

 

一人部屋としては十分に広いのだが彼女等の圧力にたじたじの士郎。

 

「部屋のサイズは・・・」

 

「キングサイズのベッドをだな・・・」

 

「・・・高級ホテルみたいにされても寝辛いんだが・・・」

 

結局士郎の部屋の要望は通らず。鍛冶場の拡張だけが唯一通ったのだった。

 




はい。今回はこの辺で。結構詰め詰めだったかなぁと思います。

体育でセイバーが持っているのは竹刀です。でないと大怪我どころか死の危険もありますからね。

オニュクス王国はどんな対応をしてくるのでしょうか?今から妄想が止まりません。

沢山の感想、お祝いのお言葉ありがとうございます!まだまだ頑張って行く所存なのでよろしくお願いします!


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御前試合(前編)

皆さんこんばんにちわ。今期見たいアニメの多い作者でございます。

今回は御前試合!本編ではちょろっとしかやりませんでしたが、こちらでは規模を大きくしてやりたいと思います。

それでは!


場所は前に士郎と燕が決闘をした川神スーパーアリーナ。今日ここではオニュクス王国国王を招いての御前試合が開催されていた。

 

『大会はトーナメント式!参加者は勝ち上がり形式で戦いを行います。実況は私、九鬼家従者部隊序列三位、クラウディオ・ネエロと』

 

『おじさんこと宇佐美巨人でお送りするぜ』

 

「くぅー!ついに来たな!」

 

「トトカルチョの方もいい塩梅だぜ!」

 

「キャップの奴またやってんのかよ」

 

「誰か止めてやれよ」

 

士郎は半目でそう言うが、

 

「いつものこと」

 

「うむ。賭け事の対象にされるのはあまりいい気持ちじゃないが、キャップだからなぁ・・・」

 

「あたしは逆に燃えるわ!あたしに賭けたことを喜ばせてやるんだから!」

 

「ワン子も燃えてるなぁ・・・」

 

「だなー。でもこの御前試合で川神の端から端まで熱気が上がってるぜ?」

 

キャップの言う通り、今川神は非常にホットな状態になっており、あちこちから声援や、エールが届いている。

 

『出場者は32名。予選を潜り抜けた強者が揃っています』

 

『一応、川神院の方々に結界を敷いてもらってる。客席への攻撃は飛来しないだろうが、一応注意してくれ』

 

「川神院の人らも大変だな」

 

「こういうイベント事には常に担ぎ出されているみたいね」

 

「凛、もうそこまで調べたのか?」

 

呆れた声音で言う凛に士郎は驚いて聞く。

 

「あんたねぇ。私達がこの世界に来てどのくらい経ってると思うのよ。このくらいは常識」

 

「・・・。」

 

なんだか自分の情報収集能力が甘いと言われているようで複雑な士郎。

 

「それで、参加メンバーは、と・・・」

 

まずは風間ファミリーの切り込み隊長、一子。トトカルチョでも中々に人気の高い一人だ。最近、

 

『ねぇ士郎。前に話してたクー・フーリンさんのことなんだけど・・・』

 

『ああ。あいつがどうした?』

 

一子は、ゴクリと生唾を飲み込んで、

 

『その・・・その人の模倣も出来るのかなぁって・・・』

 

『出来ないことはないけど本人のようには行かないぞ。もしかして戦ってみたい、のか?』

 

『う、うん!長槍使いって言ってたし、あたしも参考になるかなぁって』

 

『・・・。』

 

『だ、ダメかなぁ・・・?』

 

『・・・しょうがないな。言っておくけど本当にそこそこだからな。奴の獣の如き敏捷性は、俺の目をもってしても閃光にしか映らない。かなり戦力的にはダウンする。それでもいいか?』

 

『うん!ありがとう!』

 

なんてことがあり、かなり実戦向きに仕上がっている。次期、川神院師範代としても人気が高い。

 

「今日こそは負けないぞ犬」

 

クリスもトーナメント出場者の一人だ。

 

一子には負け越しているものの、彼女のレイピア捌きは一段と鋭いものになっている。

 

「お嬢様、頑張ってください」

 

「うむ!それにしても意外だ。マルさんがトーナメントに参加しないなんて」

 

「丁度任務が予選と重なってしまいましたから。今回はお嬢様の応援係です」

 

マルギッテは特に悔しがることもなく、嬉しそうに言った。

 

「他には・・・」

 

京も参戦している。目当ては賞金で、大和とのハネムーンを計画しているそうな。

 

その他、義経、弁慶、与一も参戦。

 

「最近出番が無かったからね」

 

「メタな発言すんな」

 

「しかし、本当の事だ。義経達も張り切って行こう!」

 

彼女達も魔剣を正しく扱うことの出来る強者だ。特に義経は士郎からの気の供給訓練を受けていた(試合中は無し)ので気のコントロールが恐ろしいほどに上達。こちらも油断がならない相手となっている。

 

「まゆっちは出ないの?」

 

「わ、私はそのう・・・」

 

「まゆっちはねー、シロ坊を魅了するのに忙しいんだって」

 

「松風余計なこと「またこの子ですか・・・」ひゃいー!?桜さん!?」

 

「この、この!少しキャラが被ってるんですよ!ちょっとは自重しなさい!」

 

「そ、そそそんなこと言われても―!」

 

「まぁ・・・確かにまゆっちと桜さんは似てるかもな」

 

「怒らせたら怖い所とかもね」

 

「ガクガクブルブル・・・ガクガクブルブル・・・」

 

「あー・・・ここにも居たか。怒らせたの」

 

「?桜はちょっとやそっとの事じゃ本気にならないと思うが・・・」

 

クリスが不思議そうに首を傾げる。

 

「あれはだな・・・」

 

実はつい最近なのだが、

 

『一子。風邪ひいてるのにそんなに食べて大丈夫か?』

 

『うん!しっかり食べて治さないとね!』

 

『・・・それでも食べ過ぎのような気がしますけど・・・』

 

結局、士郎と桜の懸念は当たり、

 

『うー、お腹痛いよう・・・』

 

『だから言っただろうが』

 

『・・・いう事を聞かない子にはご飯作ってあげませんよ』

 

ゾル・・・と黒い影を出して威嚇する桜に、子鹿のように震えながらお説教される一子なのだった。

 

「ていうことがあってな・・・」

 

「なんだ、結局ワン子の事心配してくれたんじゃないか」

 

「そうなんだけど・・・怒り方が、ね・・・」

 

あれには凛も暗い顔をする。なにせ盛大に姉妹喧嘩(命賭け)した仲なのだから。

 

その他にも、西方十勇士全員で10枠。残りはその他生徒とオニュクス王国の兵士だ。

 

その他の生徒も油断ならない相手だ。しっかりとレオニダスに訓練された生徒の中で随一の評判を得ている者だ。

 

「えっと名前なんだっけ?」

 

「田中さん・・・だったかな」

 

「田中・・・普通だな」

 

「普通ね」

 

「普通だわ」

 

「こら。人様の名前にケチをつけるもんじゃない」

 

揃って普通普通言う皆にぴしゃりと言って士郎は大型モニターを見る。

 

『改めてルールの説明をいたします』

 

ルールは源氏大戦の時と同じだ。そこに刃引きされた武器を扱う事、という注意事項が付く。

 

『ないとは思うが、ギブアップした相手への追加攻撃、レフリーの指示を無視した場合には退場だからな』

 

「まぁレフリー、ヒュームさんとモモ先輩だからどっちみち逆らえないだろうけど」

 

今回は二面使っての大規模トーナメントなので、会場が二つに分かれている。

 

実況や各試合は中継され、全国放送となっている。

 

「しっかし、また派手にやるもんだな」

 

「この手のイベントはみんな協力的ね」

 

「戦いはあんまり・・・」

 

士郎も桜も戦いに関してはそれほど肯定的ではないためなんとも苦い顔だ。

 

「そう言えば士郎は出ないの?」

 

「士郎は武神枠だから・・・」

 

「・・・別にその枠じゃなくても俺は出ないぞ」

 

またもや武神呼ばわりされて、ますます苦虫を嚙み潰したような顔になる士郎。

 

「セイバーさんも、だよね」

 

「私としては是非出場したかったのですが・・・」

 

ちらりと士郎とアイコンタクトするセイバー。

 

「まだまだ、私が本気になれるステージには届きませんね」

 

「セイバーさんも姉さんクラスだからな・・・」

 

うんうんと頷く一同。

 

「そろそろ時間だな。行くぞ犬」

 

「あ!待ちなさいよクリ!」

 

出場予定の二人も控室に行った。

 

しばらくして。

 

『では第一試合始めるぞ。対戦カードは――――』

 

「みなさん!始まりますぞ!」

 

レオニダスの声に皆が大型液晶パネルをみる。

 

対戦第一試合のカードは、

 

第一会場、川神一子VSオニュクス王国兵

 

第二会場、田中VS武蔵小杉

 

「早速一子の出番か」

 

「頑張れー!ワン子ー!」

 

「切り込み隊長を自負してるんでしょ?いい滑り出しじゃないかしら」

 

「一子さん頑張ってくださーい!」

 

「第二会場は早速の田中さんか」

 

「彼女は私が調練した者の中で随一ですぞ」

 

「レオニダスがそこまで言うんだ、期待しておこう」

 

3……2……1……レディ、

 

会場が静まり返る。今か今かとタイミングを待ち、

 

GOッ!!!

 

ワアアアア!という応援の声が響き渡る。

 

ファミリー達も気合を入れて、

 

「「「ワン子ー!!!」」」

 

「「「頑張れー!!!」」」

 

と、風間ファミリーも応援する。

 

舞台では、

 

「いくぞ!」

 

ガッチャガッチャと鎧を鳴らしながらオニュクス王国兵が走り、

 

「スゥ・・・フウ・・・」

 

一子は深く息を吸い、

 

「川神流――――」

 

「はぁッ!」

 

「雷光一閃ッ!」

 

雷光の如き鋭い太刀筋がオニュクス王国兵に直撃した。

 

「あ・・・ありえ・・・」

 

ドサ!

 

一撃で勝敗を決めてしまった。

 

「勝者、川神一子!」

 

ワアアア!!!という怒号が響き渡る。

 

「っしゃあ!まず一勝!」

 

「一撃って・・・ワン子もやるなぁ」

 

ガクトが勝利にガッツポーズを決め、モロも素直に驚いていた。

 

「あれはシロウの技ですね」

 

「ああ。どうしてもって言われて教えた」

 

「ワン子は士郎に強い憧れみたいなのあるからなぁ」

 

「でも聞きかじった技じゃなくてちゃんと昇華できてるね」

 

と京も満足そうに言う。

 

「あれ?京は控室に行かなくていいのか?」

 

「私は午後の部。だから大和を独り占め」

 

「あ、あはは・・・」

 

困り顔の大和。だが、まずは一子が次の戦いに進出という事で安心し、第二会場の方を見た。

 

「このこの!盾に隠れてないでプッレミアムな私の攻撃を――――」

 

「そこ」

 

「うごえ!?」

 

ズドン、という音が槍の先(先は布で包まれている)から聞こえ、武蔵小杉が吹っ飛んだ。

 

「あれは田中さんの勝利ね」

 

「まだ武蔵小杉さんも立ち上がるだろうが・・・」

 

「強者としてのレベルが違いますね」

 

基本に忠実な、盾で防ぎ、できた隙を槍で突くという戦法で、無難に次にコマを進めた田中。

 

「スパルタ仕込み入ってんなぁ・・・」

 

「俺様もあの子に予選で負けてなぁ・・・先生の教えはやっぱりすげぇぜ・・・」

 

それからも、

 

クリスVSオニュクス王国兵も無難にクリスが勝ち、

 

十勇士達も一回戦は完勝。どれもが一撃の下に下される鋭き一閃の試合となり、

 

『予定より早いが昼休憩にするぞ』

 

『午後の部出場の皆さまは遅れずに控室にお越しください』

 

予定より幾分早い昼となった。

 

「みんなー!勝ったわよー!」

 

「おう!おめでとう」

 

「おめでとうございます」

 

「おめでとう、ワン子!」

 

「自分も無難に勝ったぞ」

 

「無難なんてものじゃなかったじゃないか」

 

「一段と鋭い突きだったと義経は思う!」

 

「そう言う義経も鋭い太刀筋だったぞ」

 

「そ、そうかなぁ?」

 

「ああ。腕を上げたな、義経」

 

「えへへ・・・」

 

「無駄にカップル感出すな!」

 

「そう言えば南さんは?」

 

「『ガクト君が出場しないなら有給はお預けかな』って言われてよう・・・シクシク」

 

「まぁ学校の先生・・・教育実習生だからな」

 

「うちの学校もそうだけど、先生達っていつ休んでるんだろうね」

 

「モロ。休めるように仕事をするのも大事なことなんだぞ」

 

「そっかぁ・・・士郎が言うと現実味があるなぁ・・・」

 

「なにせこのバカはオールシーズン鉄を鍛えてるからね」

 

「バカは無いだろう?立派な仕事だ」

 

「普通ならね。魔術の秘奥を一般公開してるからバカなのよ」

 

「むむむ・・・」

 

凛の言葉に考え込む士郎。

 

「でも、士郎君が創り手として認めた人達って少ないんじゃないかなぁ?」

 

「そうよね。あたしも、まだまだこの子に追いつけてる気がしないわ」

 

「犬の薙刀も義経の刀も、士郎の魔剣製だったな」

 

「まゆっちの刀もね」

 

「こう見ると士郎の縁者はみんな持ってるな」

 

「・・・いいなぁ」

 

ポソっと言うクリスだが、

 

「クリスは突きがメインだろう?」

 

「峰打ち出来ないじゃない」

 

「そ、そうだが・・・」

 

「クリスのは士官学校に入る時にな。それまで楽しみにしててくれ」

 

いずれは戦場に出るクリスに士郎はそう告げた。

 

「ほ、本当だな?」

 

「ああ。むしろフランクさんからも作成依頼が来てる。今は技を磨け」

 

「!うん!楽しみにしている!」

 

「良かったですね、クリスさん」

 

「シロ坊も甘いなぁ・・・」

 

「・・・これでも易々とは作ってないんだが」

 

「それでも確実に増えてるよね」

 

「まぁ・・・一流の担い手には一流の武器を提供したいからな」

 

「ほらもう」

 

「仕方ないだろう?それが俺の想いなんだから」

 

「それで追っ手なんか差し向けられたらキリがないでしょうに」

 

「それでもだよ。だから、俺なりに正しく使える人たちを選んだつもりだ」

 

「義経は嬉しい。士郎君ほどの人に認めてもらえて」

 

「あたしも!士郎は世界最高の鍛冶師だもの!」

 

「確かに、シロウを越える刀匠はいないでしょう」

 

「義経!一子も・・・せ、セイバー。そんなに持ち上げないでくれ」

 

一子達ならまだしも宝具を身に宿すセイバーにまで言われるのは過分だ。しかし、

 

「シロウ。誰もが私と同じ神造兵装を持っていたわけでは無いのですよ?」

 

「そうよね。セイバー配下の騎士達だって、信頼する鍛冶師に頼んで作ってもらっていたんですものね」

 

「レオニダス王がよく言っていますが我らの時代にも居て欲しかった。シロウのそれは神代の鉄を使えば十分に神代でも通用します」

 

「そ、そうかぁ?」

 

そこまで言われては士郎も悪い気はしない。

 

「俺の事はその辺でな?何食べる?」

 

「この人数でずらずら歩いてても、ろくに食えんだろ」

 

「ガクトの言う通りだな。一度散開して各々食いたいもの買って集まろうぜ」

 

「そうだな。じゃあ、解散!」

 

パラパラと散って行く風間ファミリーだが、

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「「「・・・。」」」

 

衛宮ファミリーは結局ずっと士郎と一緒だった。

 

 

――――interlude――――

 

「こちら林冲。異常なし」

 

林冲や史文恭はこの御前試合の警護を担当していた。

 

『まだ油断は出来ねぇ。よろしく頼むぜ』

 

「了解」

 

インカムでの通信を終えて林冲は近場にいた史文恭に話しかける。

 

「そっちはどうだ?」

 

「問題ない。だがあのオニュクス王国の王・・・気に食わんな」

 

「・・・。」

 

「まるで自分が唯一絶対の王であるかのようなニタニタした顔。気に入らん」

 

「一応自国ではそうだからな・・・だが、他国でもそうした態度を取るのは・・・」

 

やはり何かあるのではないか。そう考えてしまう。

 

「豹子頭の考えは的を射ているだろうよ。あの男、何かを推し量っている」

 

「!じゃあ・・・」

 

「十中八九、何かしかけてくるな」

 

「・・・。」

 

戦いの火の粉が降りかかるなら払うまで。と林冲は一層警戒を強くする。

 

「そう急くな。獲物はこちらの手のひらの上。機会を待て」

 

「・・・士郎に何かしたらぶっ飛ばしてやる」

 

「はっはっは!女しているな林冲よ」

 

からかわれた林冲は拗ねるように、

 

「史文恭だってそうだろう?」

 

「もちろんだ。もう私の戦の時代は終わった。それでも尚噛みついてくる愚か者には――――」

 

一般人が見たら裸足で逃げ出す獰猛な笑みを浮かべて、

 

「叩き潰す。それだけだ」

 

そう、言った。

 

 

――――interlude out――――

 

 

『さぁ、午後の部の開始だ。存分に食ったか?戦士諸君』

 

『エネルギー切れでは興ざめですからな』

 

午後の部も暑い熱気に覆われている。

 

『それでは第二試合のカードを発表するぞ』

 

第二試合、第一会場、川神一子VS島右近

 

第二会場、クリスティアーネ・フリードリヒVS石田三郎

 

「あちゃー・・・御大将とクリスさんかー」

 

「島も一子さんとだね」

 

焔と晴が液晶パネルを見ながら言う。

 

「おう。二人は見学か?」

 

「士郎!」

 

「うむ。大友達はまだ時間があるのでな。いずれ戦う敵の視察と言った所ぞ」

 

「大事だね。試合、始まるよ」

 

3……2……1、レディ……

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「「「・・・。」」」

 

GOッ!!!

 

「川神流奥義、顎!!」

 

「ぬッ!」

 

一子は東西戦で一撃で島を仕留めた技を繰り出す。が、無難に受け止められてしまった。

 

「ああ!?」

 

「ワン子!」

 

「ぬう・・・東西戦よりも遥かに重い一撃・・・ですが、その技は見切りましたぞ」

 

キィン!とはじかれ合い、互いに距離が開く。

 

「川神流――――」

 

「む!来るか!」

 

「雷光一閃ッ!!」

 

「ぬん!」

 

ガイン!と互いが交差する。受けきったように思えた島だが・・・

 

「ぬう・・・穂先を持っていかれましたか・・・」

 

布に包まれた槍の先の部分がカラン、と転がっていた。

 

「タイムだ。お互いまだあきらめんな?」

 

「当然よ」

 

「しかり。それがしも穂先を潰されては元より棒術のようなもの。まだまだ、勝負を捨ててはいません」

 

二人とも目には闘志が溢れていた。

 

「では島右近の棒に布を巻く。それまで休戦だ」

 

川神院の若い衆が走ってきて手早く島の棒に布を巻く。

 

「・・・これは武器の差が出たわね」

 

「だな。ワン子のは刃引きされてるとはいえ士郎の魔剣製だろ?」

 

「そうなるな。一応気の強化はしてないみたいだが・・・それでもそこいらの槍じゃ相手にならんのは自負してる」

 

「島さんも大変な人と当たったな・・・」

 

弘法筆を選ばず、とはいかなかったようだ。選んだものにこそ勝利が輝きかねない事態だ。

 

そんな話をしている内に第二会場のクリスの方で動きがあった。

 

「光龍覚醒2ッ!」

 

ぶわりと石田の髪が気に覆われ長髪のようになった。

 

「!?」

 

「これぞ俺の行き着いた先!多少の事では傷もつかんぞ!ドイツの!」

 

「・・・。」

 

しかしそれを見てもクリスは冷静に相手を見ていた。

 

「いつものクリスさんなら多少は驚いていそうですが・・・」

 

「実際驚いてるだろうさ。顔に出さないだけで」

 

「なんだかんだクリスも士郎の戦闘スタイルに似て来たね」

 

あれは士郎を彷彿とさせる姿だった。どんな状況もその観察眼で突破口を見つける。

 

士郎のような泥臭さは無いが、あれは天然の才能が持ち得るものだろう。

 

「クリスも仕上がってるな」

 

「あれでまだまだ成長途中です。シロウのように経験を積めば、いずれ心眼へとたどり着くでしょう」

 

セイバーは真剣な顔でクリスを見ていた。

 

「今の俺に大抵の攻撃は通じんぞ。諦めて去るがいい」

 

「・・・フッ!!!」

 

石田の言葉に応えず、クリスは突進した。避けがたい連続の刺突を繰り出すが・・・

 

「見える!俺にも見えるぞ!」

 

素早い動きと剣さばきでクリスの刺突を防ぐ石田。

 

「おいおい!あれはやべぇんじゃねぇのか!?」

 

「だがクリスは諦めていない」

 

「そうね。あの子はプライドが高い子だし・・・何か狙ってるんじゃないかしら」

 

凛の言う通り、クリスはいくら弾かれ、躱されようとも突きをやめることは無かった。

 

「貴様、馬鹿か!?このように無駄な攻撃を――――」

 

「無駄かどうかはまだ分からない。現にお前は攻撃に移れていない」

 

「このッ・・・!小娘が!!」

 

ぐわりと石田が俊足の踏み込みでクリスに迫る。

 

その時クリスは――――

 

『なぁ士郎。士郎はよく戦いの最中よそ見をしているが・・・』

 

『よそ見?そんなことするわけないだろう?』

 

士郎は不思議そうに言った。

 

「そ、そうなのか?いつもこちらを見ないことが多々あるから」

 

「・・・クリス。戦いでもっとも恐れなければいけないのはなんだか、知ってるか?」

 

「え?相手の技・・・だろうか」

 

クリスの答えにゆっくりと士郎は首を振った。

 

『自分自身だ』

 

『自分・・・自身?』

 

『そうだ。相手を恐れる自分。無理かもしれないと囁く心。それらすべてを打倒する。敵の存在なんて、自分自身と戦っている間に居なくなるよ』

 

『・・・。』

 

あの時、その言葉が胸にストンと落ちた。そう。士郎はいつだって、自分自身を打倒するために動いていたのだ。

 

だから納得がいった。彼はよそ見をしているんじゃない。ほんの僅かでも相手を恐れ迷う自分を打倒するために――――

 

 

 

 

「その動きを、待っていた」

 

「なん・・・」

 

ピィンとレイピアが軽やかな音を立てる。レイピアの先は・・・

 

「御大将の心臓・・・」

 

石田は振り上げモーションの最中。対してクリスのレイピアは既に心臓を捉えており、どちらが優勢かは歴然だった。

 

「勝者!クリスティアーネ・フリードリヒ!」

 

オオオオオ!!!と会場が興奮の渦に巻き込まれる。

 

「最後まであきらめなかったクリスの勝利、だな」

 

「誰に似たのかしらあの目。誰かさんにそっくり」

 

「あはは・・・皆さん士郎先輩の弟子ですね」

 

「弟子は一子だけなんだけどなぁ・・・」

 

「うちらの女子はみんな士郎に影響されてるよな」

 

「うん。姉さんですらそうだからな」

 

「本物の武神じゃん」

 

「おいキャップ。やめろって」

 

士郎は気まずそうに言う。

 

「そう言えばキャップ。キャップ自身は誰が勝つと思うの?」

 

トトカルチョを開催しているキャップだ。きちんとその辺を把握しているだろう。モロが問うた。

 

「正直三人の中から絞れてねぇから三人に分配だな」

 

「三人て?」

 

「ワン子にクリス。あと田中さんだ」

 

「キャップが決め切れないなんて珍しいね」

 

「でも確かに、三強ではあるな」

 

「義経や弁慶には賭けないの?」

 

「仮にだけどよう、決勝戦でワン子と義経がぶつかったとして、義経に勝ち目はあるか?」

 

「うーん・・・そう言われると・・・」

 

身内贔屓(みうちびいき)抜きにしてもワン子かなぁ・・・」

 

一子は、いや、一子も、壁越え一歩手前まで来ている。義経は確かに強い。だが成長の爆発率が他の誰をおいても凄まじい。

 

この試合で壁を超えるかもしれないと密かに言われているくらいだ。確かにこのまま行けば義経に黒星をつけることになるだろう。

 

「クリスはくじ運がな。ほら、あんまり消耗しなさそうな相手と当たってるだろ?」

 

「石田と当たってたじゃないか」

 

「あいつはまだワン子やクリスの敵じゃねぇよ。実際、あっさり決まったろ?」

 

「うーん。風間君の言うとおりかしらね。番狂わせがないとあの子の不利にはならないかも」

 

トーナメント表を見て言う凛。ただし、勝敗次第では準決勝で田中に当たる可能性がある。

 

そんな考えを巡らせているとき、また熱い声援が響いた。

 

「田中さん、勝ったな」

 

「相手は宇喜多だったのに盾で防いで槍で一撃だ。あのハンマーにも負けない膂力、異常だぞ」

 

「やっぱ可能性があるとしたら田中さんかワン子かなぁ・・・クリスのレイピアは田中さんのいいカモだし・・・」

 

「そうとも言い切れないんじゃないか?そもそも、一瞬の隙を突くのがレイピアの基本だ。あんなにゴリゴリの突きを放つのはクリスくらいのものだぞ」

 

クリスは素早さだけでなく正確性と強靭性を持っている。今の彼女ならレイピア抜きでも戦えるだろう。もちろん、あるに越したことはないが。

 

 

鉢屋壱助VS長曾我部宗男

 

「当たっちまったな」

 

「うむ。我ら十勇士は比率が多い。一回戦で他はほぼ打倒されたとなれば当たるのは必然」

 

「じゃあ・・・負けても恨むなよ」

 

「そっちこそ。それがしはまだまだ負けるつもりはない」

 

開始の合図と共に鉢屋が消えた。

 

「鉢屋式・分身術」

 

ブワッと鉢屋の姿が無数に増え、長曾我部を驚かせる。

 

「おいおいマジか。前は5人くらいが精々だったじゃねぇか!」

 

「それがしも成長しているという事だ。本気を出せ。長曾我部」

 

「おうよ。この戦・・・負け戦じゃねぇことを知らしめるぜ!」

 

ドン!ドン!と長曾我部の足がステージを踏みしめる。

 

「やぁってやるぜ!!!」

 

「ゆくぞ!」

 

鉢屋が数で長曾我部を円形状に包囲する。

 

「はぁ!」

 

「ぬん!」

 

ガツン、とまたもや肉体同士がぶつかったようには思えない音が響く。

 

「長曾我部は防御の構えか」

 

「ああ。だがそれだけじゃない」

 

(落ち着け!分身と言っちゃいるが本当に数が増えたわけじゃねぇ。防御を固めつつ・・・)

 

(と、思っているだろうな)

 

((なら)ば)

 

「「ここだ!!!」」

 

ガツン!と一際大きい音が鳴った。

 

鉢屋の蹴りと長曾我部のパンチが衝突した音だ。

 

「ぬう!」

 

「オラァ!」

 

力比べでは長曾我部に利がある。そのまま押し込まれると、誰もが思った。

 

「鉢屋流忍術――――蜃気楼」

 

「ぬお!?」

 

それまで鉢屋の足と衝突していた拳が不自然に揺らぎ、手ごたえを失った。

 

「なん――――」

 

「鉢屋流体術・・・意志砕き」

 

スパン!と鉢屋の一撃が長曾我部にクリーンヒットし、意識を刈り取った。

 

「勝者!鉢屋壱助!」

 

オオオオ!!!と会場が湧きたつ。

 

「あれが噂の忍術か!」

 

「体術もすごかったぞ!」

 

「アイエェェ!?ニンジャナンデ!?ニンジャコワイ!」

 

反応は様々だが鉢屋が勝利した。

 

「今のなんだ!?」

 

「本当に幻みたいに・・・」

 

ガクトは目を擦りモロは呆然とその様子を見ていた。

 

「体捌きだ」

 

士郎は言った。

 

「ぶつかるのではなく、一瞬で体の位置を入れ替えた。後は意識を刈る一撃、だな」

 

「鉢屋ってあずみさんと同じ忍者なんだろ?」

 

「らしいな。あずみが言うには随分と差があるらしいが・・・」

 

ありがとうございました、と頭を下げ去って行く鉢屋。

 

(これは、あずみも油断ならないだろうな)

 

そう士郎は思った。

 

「では大友達も控室に行こう」

 

「士郎、またね」

 

そう言って二人は去って行った。

 

そして二回戦、毛利とぶつかった京だが・・・

 

「勝者!椎名京!」

 

「・・・あれ?なんか京強くね?」

 

「多少は苦戦するものだと思ってたんだが・・・」

 

皆一様に首を傾げる。

 

そんな中、

 

「あら?あの子・・・」

 

凛が声を上げた。

 

「遠坂さん何かわかったんですか?」

 

「んー・・・いや、気のせいみたい。ごめんなさいね」

 

パッと凛は笑顔を浮かべた。

 

(・・・それで。あの強化状態は何なんだ?)

 

解析で得た情報を皆には聞かれないように聞く。

 

(そこの直江君に聞いたらいいんじゃないかしら。まさかあんな古典的な強化をものにする子がいるなんてねぇ・・・)

 

(?)

 

士郎は聞きたい好奇心に襲われたが、今はやめておくことにした。

 

「あ、ワン子も勝ったみたいだよ」

 

液晶を見ると棒をこぶし大まで細切れにされた島と、薙刀を突き付ける一子が居た。

 

「ひえ~。あれで刃引きされてるんだろ?」

 

「ああ。本物は川神院だからな」

 

「俺様普通にあれで叩き切られそうなんだけど」

 

「これからはワン子も怒らせないようにしよう・・・」

 

「それが懸命だな。ガクトは一般人から外れたけど、一子ほどじゃない。大和も回避力こそ上がってるが、今の一子じゃ無理だよ」

 

「ぬう・・・そう言われると対抗心が・・・」

 

「じゃあルー先生の拳、避けられるのか?」

 

「無理」

 

大和は即答した。

 

「ワン子もそんなレベルかぁ・・・」

 

「なんだか感慨深いねぇ」

 

風間ファミリーは、ほうっと息を吐く。それだけ、彼女の夢が目前に迫っているという事なのだから。

 

「次の試合、大友さんだよ」

 

「相手は・・・オニュクス王国騎士団長か・・・」

 

「どんな人なんだろう」

 

出てきたのは二メートルを超える偉丈夫だった。

 

「デケェ!?」

 

「ガクトよりもでっかい人が居るなんて・・・」

 

「流石外人・・・」

 

彼もまた一回戦を乗り越えた強者下手な油断は出来ない。

 

「・・・。」

 

「士郎?」

 

黙する士郎に不思議そうに声をかける大和。

 

「いや・・・嫁が負ける姿は見たくないものだなと思ってな」

 

「ええ?まさか、あの騎士団長・・・」

 

「強い、のか?」

 

ガクトの言葉に士郎は沈黙で返した。

 

――――波乱に満ちた御前試合はまだまだ続く。オニュクス王の思惑はわからずとも、舞台で戦う彼女等は一層輝き、舞台を舞うのだった。

 

 




はい。今回はこんな所です。投稿遅れてしまいすみません。

プラスディスクではちょろっとしかやらなかった御前試合、楽しんでもらえたら嬉しいです。

ご感想、誤字報告いつもありがとうございます!とても励みになりますゆえ、いつも感動しながら読ませていただいています。

これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします!


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御前試合(中編)

皆さんこんばんにちわ。今期アニメの続きが毎日待ち遠しい作者です。

今回も御前試合の続きとなります。本編では登場しなかったオニュクス王国騎士団に焦点を当てていければなと思います。

では!


――――interlude――――

 

私は無意味だと知りながら剣を振るう。この戦いは座興と、古びた者達の処刑場に過ぎない。

 

そんなことが分かっていながら一回戦の相手を倒したのはひとえに、僅かな希望の光が見えたからだった。

 

(少年少女が多いというのにこの濃密な戦い。陛下はさぞ喜んでおられるだろうな)

 

私には陛下の策略を聞かされていない。ただ、この作戦が無事終わったなら騎士団を解散、すべて解雇すると一方的に通達されたのだ。

 

「団長、俺たちどうすれば・・・」

 

顔を伏せる部下にかける言葉が見当たらない。

 

これまで私達は身命を賭して王国を守ってきた。団員の練度も申し分ない。まだまだ王国を守って行く。そう思っていたのに――――

 

私は当然、王に進言した。なぜ今になって解雇処分なのか。これから王国をどうやって守って行くと言うのか。

 

王は言った。

 

『お前たちなぞ、歯牙にもかけぬ戦力が手に入る。そして全ての国が我が手中に収まるのだ。無駄なものは切り捨てるべきであろう?』

 

その一言で私の思考は真っ白になった。戦力が手に入る?全ての国を手中に収める?何と愚かな。先代オニュクス王も奇抜な方だったが、あんな野心にとらわれた方ではなかった。

 

結局、私達は川神の人間の実力を推し量る捨て駒とされてしまった。

 

「考え事か?」

 

思考する間に目の前にいた少女が語りかけて来た。

 

「・・・相対しておきながらすまぬ。色々とあってな」

 

「いいさ。あの王様、邪悪だからな」

 

「・・・!」

 

言葉少なく語る少女は的を射ていた。

 

「でも、この舞台だけは違う。どんなに上の人が酷かろうとも、ここには勝利か敗北しかない」

 

「そう、だな。いや年端も行かぬ少女に諭されてしまった。そなた、名前は?」

 

「大友ぞ!いずれは衛宮だが・・・」

 

「その歳で既に結婚済みか。なんと珍しいこともあったものだ」

 

ガシャン、と互いに盾と大筒を構える。

 

「大友嬢。貴女に敬意を表して、本気で行かせてもらう」

 

「もちろんだ!大友も本気で行くぞ!」

 

「いざ」

 

「勝負!」

 

開始の合図と共にぶつかり合った。

 

 

――――interlude out――――

 

 

「あの騎士団長、強いな」

 

「ああ。焔が完全に手玉に取られてる」

 

武器の形状から砲撃を警戒された動きで、焔は上手く戦えずにいた。

 

「このまま押し切られる・・・わきゃねぇよな?」

 

「焔なら一矢報いるさ」

 

「なんだか大友さんが負けるような言い草だな」

 

大和がそんな風に言うと、

 

「あの騎士団長、川神院の師範代レベルだぞ」

 

「「「ええ!?」」」

 

と士郎が答え、驚きに満ちた声が上がる。

 

「まてまて。マジでルー先生レベルなのか?」

 

「一応な。ルー師範代は得意な拳法を使おうとしないから、あくまで平常時と同じならだけど」

 

「へぇー。ルー先生も得意な拳法あるんか」

 

「考えて見りゃ当たり前の事だよな。普段からつえーから意識してなかったけどよ」

 

「焔ちゃん・・・」

 

桜は祈るように目を閉じた。

 

 

 

ガン!と強烈な音を立てて互いが弾かれる。

 

「はぁ、はぁ・・・」

 

「見事だ大友嬢。私はこんななりだが、武芸には自信を持っているのだが」

 

騎士団長も少しばかり息を乱しながら言う。

 

常に焔の大筒を警戒した動きは体に負担をかけていたのだろう。全く無事というわけでもなかった。

 

「だがその様子では次が最後だろう。貴女に敬意を表すると言った以上、最後まで本気で行かせていただく」

 

「・・・ッ」

 

一瞬。ほんの一瞬焔の態勢が崩れた。無理もない。彼女の大筒は重量級の武器だ。それを疲労した体で支えるのは並大抵の事ではない。

 

だが、本気でいくと言った以上騎士団長はその隙を見逃さず攻めた。

 

「これで――――!」

 

終り。疲労した彼女は大筒を構えられず・・・

 

「クックック・・・そう来ると思っていたーッ!!」

 

「!?」

 

そうは問屋が卸さなかった。

 

「大友嬢・・・!?」

 

焔の新調した大筒に沢山のブルーのラインが走り、

 

ガキン!

 

大筒が一際長く展開した。

 

「バカな!この距離で砲撃などすれば――――!」

 

「織り込み済みよ!大友の本気、とくと味わえい!!」

 

騎士団長は咄嗟に盾を構えた。盾が間に合ったのは偶然と言っていい。そのくらい絶妙なタイミングだった。

 

(盾が来た!だが大友の国崩しは・・・いや、この焔砲は――――)

 

ギイイイイン!という鉄が振動する音と共に、

 

「焔砲!発射ッ!!!」

 

ズドン!という腹の底に響く轟音を立てて発射されたそれは、

 

「ぐぬぬぬぬッ!」

 

盾をかまえた騎士団長を押し込み、

 

ドカン!!!と盛大に大爆発した。

 

『強力な衝突力と爆発・・・騎士団長、ミスター・モードと言えど立っていられますまい』

 

『現場確認急いで。こういうのは心臓に悪いね、全く・・・』

 

『事前申請はありました。ありましたが・・・これほどとは・・・』

 

ゴゴゴゴ・・・とまだ遠雷の名残が響く中、舞台では

 

「クッ!!」

 

ガラン!と盾だったものが転がった。騎士団長――――モードは膝をつき盾を持っていた手を摩る。

 

「折れている・・・な」

 

盾を持っていた右手は、青くなり爆発で焼け酷い有様だった。

 

幸いにも比較的軽いやけどだが、もう盾を持つことは出来ない。

 

相対する少女を見ると、うつ伏せに倒れていた。あの爆発を至近距離で受けたのだそれも――――

 

「うぬぬぬ・・・ここ一番だったのだがな・・・」

 

「まさか・・・あれほどの自爆で立ち上がれるのか・・・!?」

 

「言ったろう。織り込み済みだとな。だが、大友はここで退場だ。次の試合に出るほど余裕はない」

 

「何という・・・」

 

何という少女か。聞けばまだまだ学生の身分だというのにあの根性。

 

是非騎士団にも教授してほしいものだ。

 

それはさておき、自分もここで退場だろうが、

 

チキ。

 

「降参してもらおうか」

 

「構わぬ。・・・まだやる気なのか?」

 

「・・・。」

 

少女の問いにモードは答えなかった。

 

「まぁいいさ。大友に勝ったのだ。好きにするがいい!」

 

そう言って彼女は仰向けに倒れた。

 

「ギブアープ」

 

その言葉を皮切りにどっと声援が湧く。

 

『大友焔のギブアップにより、オニュクス王国騎士団長・モード氏の勝利だ!』

 

『激しい戦いとなりましたが今回はオニュクス王国の勝利となりましたな』

 

『というか、おじさんまだ耳がキーンとしてるんだけどあれ、殺傷力高くない?』

 

『ではVTRで確認してみましょう』

 

チ、チ、チと焔が放った砲弾が発射される姿を見る。

 

『新しく弾が込められていますが、大会規定に則った通常の砲弾のようです』

 

『だがあの砲塔が展開されてからとんでもない威力になってるな』

 

『モード氏の怪我も爆発というより、その衝突力に堪え切れなかった、という事でしょうね』

 

『という事でこちらでも判定が出た。大友焔はルール違反をしていない。いいか。していない(・・・)からな』

 

パチパチパチパチと拍手が送られる。

 

第二試合次のカードは・・・

 

第一会場、椎名京VSオニュクス王国兵

 

第二会場、尼子晴VSオニュクス王国副団長

 

「今度は副団長か・・・」

 

「尼子・・・さん?大丈夫かなぁ・・・」

 

「晴はああ見えて結構強いんだぞ」

 

「そ、そうなのか?」

 

士郎の言葉に驚く大和。

 

「あの子・・・お姉さんの方ね」

 

「よくわかったな」

 

「同じ女性ですから」

 

「そう言えばバゼットはこの戦いに参加しなかったのか?」

 

士郎が疑問を口にすると、

 

「まだ戦力分析が終わってないからですって」

 

「戦力分析?バゼットにしては消極的だな」

 

「なんでも、川神には強者の気配が多数するからって言ってました」

 

「ふむ・・・」

 

確かに、川神の住人は異常に強いものが多い。いくら元封印指定執行者とはいえ川神鉄心やヒュームといった存在に圧勝できるかと言えば未知数としかいえない。

 

「参加はしないけど来てはいるんじゃないかしら」

 

「確かに戦力分析には――――」

 

そこまで言って士郎は違和感を覚えた。

 

「士郎?」

 

(戦力分析・・・そうだ。オニュクス王国の目的が戦力分析だとしたら・・・)

 

士郎はようやくオニュクス王国の狙いが見えてきたような気がした。

 

「だとしたら全て繋がるな」

 

「先輩?」

 

「いや、こっちの話だ。それにしても副団長か。あの人も強そうだな」

 

「そうですね。団長が負傷して興奮状態にあるのが些かいただけませんが」

 

「マルギッテさんもそう思う?」

 

「俺様もなんだか平常心ではねぇ気がする。尼子ちゃん、本当に大丈夫か?」

 

「大丈夫だ。いい戦いをすると思う」

 

士郎は一滴の不安を感じながら、それでも彼女を信じた。

 

(晴、頑張れ!)

 

舞台では。

 

「副団長さん、だっけそんなに怒り狂ってると手元が狂うよ」

 

「・・・わかっている。しかし私達にも憤る理由があるのだ」

 

「そっか。じゃあこれ以上は聞かない。勝負と行こうか」

 

開始の合図がなる。

 

一瞬間合いを詰めかけた副団長だが、途中で後退した。

 

「なんだ・・・今のは」

 

「へぇ。そんな状態でもよく見てるんだね」

 

彼が後退したのは何故か。どういうからくりかは分からないが、強烈な蹴りが自分に炸裂するのが見えた。

 

「ほら、どんどん行くよ」

 

「くッ・・・!?」

 

ガシャンと盾を構え、防御の構えを取る副団長。

 

「あれ、何やってるんだ?」

 

「さっきから対戦相手の人フラフラと・・・」

 

「殺気だよ」

 

士郎が答えた。

 

「殺気って・・・よく姉さんがキレた時とかに使うあれか?」

 

「そうだ。晴は副団長が動く前に強烈な殺気を叩きつけて幻惑を見せてるんだ」

 

「幻惑?じゃああの人は・・・」

 

「尼子さんの攻撃を防いだり躱したりしてるつもりなのか」

 

「つもり、じゃない。避けないと本当にそこに攻撃が飛んでくる。あれは中々に厄介だぞ」

 

「晴は気配の使い方が巧かったですからね」

 

「ていうことは・・・」

 

「俺が教えた」

 

「「「・・・。」」」

 

どうしてこう大体の事が士郎に繋がるのかなぁと思う一同であった。

 

「京の方は?」

 

「うまい具合に兵隊さんが立ち回ってるけど・・・」

 

ドゴーン!

 

『勝者!椎名京!!』

 

またもや爆弾を括り付けた矢の一撃で退場することになってしまった。

 

「・・・やっぱ京強くね?」

 

「元から強いけど異様な迫力があるね」

 

「・・・。」

 

士郎は言わない。何故か京がいつもより強化されていることを。

 

「まぁ賞金、大和とのハネムーンって言ってたからな」

 

「そうだね。京らしいや」

 

「・・・。」

 

そんなのんきな会話をしている仲間達にため息を吐き士郎は試合を見る。

 

「くッ・・・!」

 

「上手だね。うまく躱しては防いでる。これは困ったな」

 

「はっは・・・厄介だが見えている!易々と――――」

 

ドガン!

 

「ぐあっ!?」

 

強烈な晴の蹴りで副団長が吹き飛ばされた。

 

「んー、油断大敵。私が油断を誘うためにあえて見せてたとは考えなかったの?」

 

「ぐう・・・見せられていた、か・・・そこまで余裕があったとは」

 

「余裕と言うか、虚実混ぜてただけだけどね。それよりどうする?今の、結構痛手だと思うけど」

 

「確かに痛手だ。一撃でこうも下されるとは考えもしなかった」

 

だが、と副団長は立ち上がる。

 

「モード団長は立ち上がった。ならば私も立ち上がらねば」

 

そう言って姿勢を低く構えを取る。

 

「その獣のような構え。神速で相手の急所を狙う技と見た」

 

「バレているか・・・だが防げるかどうかは分からない」

 

「うん。そうだね。だから私も切り札を切るよ」

 

晴は両手をポケットに入れた。

 

「あれは・・・」

 

「無防備に見えるけど・・・」

 

「誘いだな」

 

男子陣はたらりと冷や汗をかいた。なぜなら・・・

 

「いざ!」

 

「・・・。」

 

ドン!と副団長の姿が消える。中々の俊足だ。壁越え間際まで来ているかもしれない。

 

しかし、

 

「っと」

 

「なっ・・・」

 

晴の喉笛を狙った一撃は。いつの間にか自分の喉笛に当てられた拳で止められた。

 

「なんで止めたか、わかるよね?あのまま突っ込んできたら潰れてるよ」

 

「なぜ・・・手はポケットに・・・」

 

「ああ、“居合”だよ。見えなかったでしょ?結構苦労したんだよ、これ」

 

「・・・。」

 

「まだ、やる?」

 

「・・・ギブアップだ」

 

ワアアアア!!と歓声の声が上がる。高レベルな戦いに皆興奮を隠しきれないのだろう。

 

『オニュクス王国副団長、アンセルム選手のギブアップにより決着!』

 

『鮮やかな・・・居合?おじさんちょっと分からなかったんだけど・・・』

 

『ポケットを鞘、拳を刀に見立てた、“居合拳”でしょうな。中国武術などに登場するマイナーな技です』

 

『へぇ。アンセルム選手の剣より先に喉に当たってるあたり、相当な速さですよね』

 

『一見不利に見えますが、居合拳は手をポケットから抜くのではなく、体捌きによって抜くので速さは劣らない。よくて五分ですな』

 

『あの歳でよくもまぁそこまで体得したもんだね。怖い怖い』

 

そんなコメントで締めくくられた。

 

「・・・あれも士郎が教えたんか?」

 

「ああ。決定打になる技が無いからって言われてな。先の殺気の幻惑との相性もいいし基礎は教えて後はレオニダスの鍛錬でひたすら磨いた感じだな」

 

「ハルの奴、もうお姉さんに逆らえないんじゃ・・・」

 

「まぁ仲良し姉弟だから大丈夫だろ」

 

そんなことを士郎が言っている時。

 

「ガタガタガタ・・・」

 

「尼子弟も大変やなぁ」

 

「同情するぞ。あんな姉がいたとあれば・・・」

 

「ダ、ダイジョウブ・・・姉さんよめにいったから」

 

「それにしたって全く会わない訳じゃないんだから気を付けるんだぜ?」

 

「ガタガタガタ・・・」

 

そんな会話があったとさ。

 

 

 

 

 

 

「次の試合は・・・」

 

第一会場、源義経VS但馬景紀

 

第二会場、武蔵坊弁慶VS那須与一

 

「いやだああああ!!?」

 

控室から大きな声が響いてくる。

 

『与一選手出てきませんね・・・』

 

『なんでも、弁慶との戦いに否を突き付けてるらしい。ま、普段から色々されてるからね』

 

『厳正なくじ引きで決まったトーナメントなのですが』

 

「お、俺はやらない!死んでも姉御なんか相手にするか!!」

 

「困りましたね・・・このままですと弁慶選手の不戦勝となりますがいいのですか?」

 

「いい!大いに結構!!俺は一回戦止まりのつまんない奴だ!」

 

ひしっ!と柱に引っ付いて離れない与一。仕方なしと大会運営委員が弁慶の不戦勝を告げに行こうとした時だった。

 

「すみませーん。こっちに私の対戦相手がいるはずなんですけど」

 

「ヒィイ!?」

 

やって来たのは何を隠そう、弁慶だった。

 

「あ、ああ・・・しかし与一君は君との戦いを拒否していてね・・・」

 

「そんなこったろうと思った。おい与一。源氏の恥を晒すんじゃないよ」

 

「あ、姉御はいいだろう!?楽して次に進めるんだから!」

 

「楽はしたいけど、そう言う問題じゃない。ほら行くよ」

 

「いやだあああ!!?」

 

結局与一は弁慶によって舞台まで引きずられて行くのであった。

 

弓矢は手放さないあたり、自己防衛本能が発動しているようだった。

 

「む。与一殿が現れましたぞ」

 

「弁慶に引きずられて・・・本人は拒否してるっぽいが」

 

「だらしない子ね。ここまで来たら腹くくりなさいよ」

 

「と、遠坂さん、あまり与一を責めないでやってくれ」

 

「直江君、与一君の肩もつの?」

 

「そうじゃないけど・・・弁慶にも怖い所があってだな・・・」

 

「いでででで!キマってる!キマってるから!チョークスリーパーはやめ・・・」

 

得意の弓矢で応戦していた与一だったが結局弁慶に掴まり、意識を飛ばされた。

 

『勝者、武蔵坊弁慶!』

 

『矢を見切ってからのキレイなチョークスリーパーだったな』

 

『危険な技ですが・・・あ、喝を入れられて意識を取り戻したようです』

 

『おじさんとしては刀も大砲も大差ない気がするけどね・・・』

 

『何はともあれ二回戦も残り一試合となりますが・・・』

 

「勝者!大村ヨシツグ!」

 

『こちらも順当に勝ち進んでいるようですな』

 

『今の試合で次の試合が決まったぞ』

 

残るは、一子、クリス、京、義経、弁慶、晴、鉢屋、ヨシツグ、田中、モード

 

モードは負傷しているため、棄権を提案されたが本人は断固拒否。その為応急手当のみ行い次の試合に出るようだった。

 

「あの騎士団長、大丈夫なんか?」

 

「腕折れてるって話だけど・・・」

 

「何があの人をそこまで駆り立てるのでしょうか・・・」

 

「・・・。」

 

一方ならぬ思いがあるように見えた士郎は、

 

『あずみ』

 

『!?ああ、念話、だっけか・・・なんだ?』

 

『向こうの騎士団長、何か抱えてると見える。探ってくれないか?』

 

『いいけど・・・期待すんなよ。他国の問題だ、おいそれとは干渉できねぇ』

 

『構わない。あそこまで躍起になるのには理由があるはずだ。この情報戦に勝つ一助になるかもしれない』

 

『わあったよ。分かったから、変な気起こすんじゃねぇぞ』

 

『あずみを信頼してる。大丈夫さ』

 

『・・・。』

 

『あずみ?』

 

急に無言になったあずみに士郎は再度問いかけるが、

 

『なんでもねぇ。ったくうちの旦那は――――』

 

ぶつぶつと文句を垂れ流すあずみに苦笑を浮かべて、

 

『頼んだぞ』

 

『分かった』

 

そう言って念話を切った。

 

『それじゃあ対戦カードを発表するぞ』

 

試合自体は順調に進んでいるのだった。

 

 

――――interlude――――

 

 

モードの控室にて。

 

「無茶です団長!片腕が折れているというのに・・・!」

 

「そうです!陛下の思惑は分かりませんが、自分達はやれることをやり切ったはずです!どうか・・・!」

 

部下たちがモードの続投に異議を唱える。だが、

 

「まだだ。諦めるわけにはいかん。我々にはまだ利用価値があるのだと、陛下に示さねば・・・」

 

「わかります!分かりますが・・・もう・・・!」

 

部下たちは涙を流してモードを止める。騎士団長は解雇処分となる兵達を救いたいのだ。

 

出なければ彼のような思慮深い人物がこんな無茶をするとは思えない。

 

「さぁ試合だ。ゆかねば・・・」

 

「まった。話は聞かせてもらったぜ」

 

あずみが入場口を塞ぐように現れた。

 

「・・・どいては、もらえないかね」

 

「退いてやってもいい。けど、まずはお前らの抱えてるもんを話しな。本当なら棄権扱いなんだ。そのくらいはしてもいいと思うんだけどな?」

 

「・・・。」

 

「団長・・・」

 

「・・・わかった。お話ししましょう」

 

そうして明かされたのは騎士団の突然の解雇と何やら悪事を王が企んでいるという事だった。

 

「なるほどな。(士郎の予想は当たりか)で?お前はその怪我でどうすると?」

 

「陛下に我らの力を認めさせる」

 

「認めるわきゃねぇだろ。あのふてぶてしい面を視りゃわかるぜ。お前達は捨て駒だ。川神の力量を図るな」

 

「しかし・・・」

 

「まぁまて。お前らの王様が何か企んでるのは確定として・・・お前ら、九鬼に下るつもりはねぇか?」

 

「なに・・・?」

 

あずみの言葉に険しい顔をするモード。

 

「それはそちらの軍門に下れと。祖国を裏切れと、そういう事か?」

 

ギシッと空気が張りつめる。だがあずみは恐れることなく言った。

 

「祖国を裏切るも何も王様の事話したんだから裏切りもんだろ。だがまぁ、祖国を裏切れって話でもねぇ。要は体裁だ」

 

「体裁?」

 

「ああ。お前ら、国に残してきた家族とかいるんじゃねぇのか?解雇されたらどうする気なんだよ」

 

「・・・。」

 

「そこでさっきの話だ。お前らが家族ぐるみでうちに来れば衣食住は確保してやる。と言っても一時だろうけどな。あの王様の事だ、準備が整い次第すぐさま動くだろうからな」

 

「つまり貴方達は――――」

 

「あの王様が何してこようとぶっ潰す。その後に国に帰りぁいい。それまでは九鬼で保護してやる」

 

「・・・。」

 

「団長・・・」

 

黙するモードに部下たちが言葉なく訴えるもういいのだと。

 

「・・・わかった。我々は九鬼に下るとしよう」

 

「団長!」

 

「だが!」

 

片腕を釣ったまま彼は剣を片手に立ち上がった。

 

「この戦は私のケジメだ。最後までやらせてもらう」

 

「いいぜ。そういうのは悪くねぇ。さぁ、行きな」

 

そう言ってあずみは入場口からどいた。

 

「団長!」

 

「「「ご武運を!!!」」」

 

剣を持った手を上げることで彼は答えたのだった。

 

 

――――interlude out――――

 

『次の試合はこちらです』

 

第一会場、川神一子VS騎士団長・モード

 

第二会場、クリスティアーネVS鉢屋壱助

 

『注目は第二会場かね』

 

『いえいえ。モード氏が何処まで粘るかも必見ですよ』

 

『それでは試合開始です!』

 

「「「行け―!ワン子ー!!!」」」

 

「「「クリスさん頑張って―!!」」」

 

精一杯の声援を送る風間ファミリー。戦いは半ばを迎えようとしていた。

 

 

「モードさん・・・よね。片腕、大丈夫?」

 

「心配のほども無いよリトルレディ。できれば、君には万全の態勢で挑んでみたかったが・・・」

 

「焔ちゃんのド根性に負けたのね」

 

「ううむ。否定しがたいな。何はともあれ一手参ろうか」

 

「そうね。あたしも遠慮なんかしないから!」

 

一子の薙刀が閃く。それを繊細な動きで受け流すモード。

 

「今のを受け流されるなんて・・・!」

 

「なに。手負いの獣は危険だぞ?」

 

鋭い剣の一閃が一子を襲う。一子は俊敏な動きでそれを躱し、

 

「川神流、雷光一閃!!」

 

閃光の如き一撃を見舞う。

 

「くっ!!」

 

しかしモードも負けてはいない。本来ならば盾で防ぐだろう一撃を剣捌きだけで受け流す。

 

「おい、ワン子が上手くいなされてるぞ!」

 

「大丈夫、きっと大丈夫だよね・・・」

 

「一子さん・・・」

 

真剣に祈るファミリーに対して凛やセイバーは賞賛の声を上げていた。

 

「片腕無しでよくやるわね」

 

「リンの言う通りかと。一子の一撃を片手でいなすとはすばらしい腕前です」

 

「ですが、一子殿の動きが鈍いですな」

 

レオニダスが首を傾げて言う。

 

「大方、負傷した腕を攻撃しないようにしてるんだろうさ」

 

「甘いわね」

 

「ですが、その意気や良し、と言った所でしょうか」

 

一子とモードの戦いは高レベル帯の膠着状態となった。

 

一方クリスは・・・

 

ボン!

 

「分身だ」

 

「くぬぬ・・・」

 

周囲を鉢屋の分身に囲まれて苦戦を強いられていた。

 

「だが大した腕前だ。それがしの攻撃にはきっちり反応してくる」

 

「そう言いながら!木々に紛れるように逃げていくとは卑怯だぞ!」

 

「それがしは忍者故。卑怯で結構」

 

鉢屋は一撃入れたら分身の中に隠れる戦法を取っていた。

 

彼とてよく知っているのだ。クリスという少女の腕前を。

 

(攻撃が防がれるのは癪だが、いずれスタミナが切れよう)

 

(忍者がこうまで厄介とは・・・少し侮っていたかもしれないな)

 

こちらも膠着状態だった。だがクリスは息を整え焦る自分を落ち着かせる。

 

(落ち着け。手はある。どんなに分身が厄介でも――――)

 

「そこだー!!!」

 

「ぐふっ!?」

 

あえてレイピアを使わず最も迎撃が早かった右足での蹴りを優先し、見事打撃を入れた。

 

『おっと。クリスの一撃がもろに入った!』

 

『あえてレイピアを使わなかったのは、方向的にその方が早いからですね。見事な一撃です』

 

「お嬢様・・・」

 

マルギッテは心配そうにつぶやく。

 

「大丈夫だってマルギッテさん。クリスも強くなってるんだから」

 

「だな。流石の反射神経だぜ。鉢屋が動くのと、ほぼ同時だったじゃないか?」

 

大和達は笑顔を見せる。その姿にふっと笑い、

 

「そうですね。お嬢様は強い。誰よりも、私が信じねば」

 

「マルの心配もわかる。今までとは異なる動きだ。カウンター特化なんて今まで経験無かったろうしな」

 

そう言って士郎はマルギッテの手を握った。

 

「大丈夫。クリスはきっと切り抜けるよ」

 

「士郎・・・」

 

握ってくれた手をそっと頬に当ててマルギッテは目を閉じた。

 

「・・・ちょっと。いつまでいちゃいちゃしてるのよ」

 

「いちゃいちゃじゃありません。夫の存在を身近に感じているのです」

 

「いちゃついてんじゃない!」

 

ビュオ!とパンチが迫る。・・・士郎に。

 

「危な!?凛、やきもち焼きはよせ!」

 

「誰がやきもちよ!」

 

ブンブンと迫る一撃を回避しながら士郎は思う。

 

(変則的な準準決勝だけど・・・最後はクリスと一子かな)

 

激しく激突する両者をみて士郎はそう予想を立てるのであった。

 

 

 




はい。ちょっと前編後編では収まりませんでした。まだまだ戦いは続きます。

トーナメントと対戦人数に疑問を抱く方。すみません。その通りです。作者的にはこれで8人かなーって思ってたらいつのまにか10人になってました。準準決勝が終わったらくじ引きでシード権を作るつもりです。10人みんなに見せ場を作りたいのでどうかお付き合いください。

体調の方ですが、残念なことに回復したり崩したりを繰り返していますドン亀更新が続くと思いますがご了承ください。次の診察で相談してみる予定です。

それでは次回お会いしましょう。


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御前試合 中編②

みなさんこんばんにちわドン亀更新の作者です。

お待たせして申し訳ありません。どうにも熱が出たりくしゃみが止まらず寝不足など非常に辛い環境です。しかし、何とか続けて行ければと思っています!

今回も引き続き御前試合です。どうぞよろしくお願いします。


「一子殿、素晴らしい太刀筋だな」

 

「うん。相手のモードさんも、負傷してなかったら分からなかったかもね」

 

ヨシツグと田中がそうコメントする。彼らもここまで勝ち抜いた強者同士、意見が合うようだった。

 

「クリスと鉢屋の戦いも見事だね。クリス、上手く鉢屋に合わせてる」

 

「晴がそう言うのならそうなんだろうな。俺には未だに不利に見えるが・・・」

 

「もうそろそろじゃないかな」

 

晴の言葉にVTRに目を向けた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

疲れを見せるクリスに鉢屋は攻撃を仕掛ける。

 

「・・・ッ!!!」

 

しかしそれもあっさりと防がれてしまった。

 

(ぬう・・・クリスティアーネ殿、見事なり)

 

一見余裕を持っている鉢屋だが、実際はそうではなかった。

 

ジジ・・・ジジジジ・・・

 

分身が明滅している。分身術とは言え本当に人が増えているわけではない。技を維持するには膨大な体力を必要とする。

 

彼が初手からこの技を出したのはそうでもしなければ危ういと睨んだからだ。

 

あれから長時間分身を展開しているが、さしもの鉢屋もスタミナ切れを起こしていた。

 

「はぁ・・・ん!鉢屋。分身が維持できなくなっているぞ。このままでいいのか?」

 

「・・・。」

 

このまま同じ戦法を取っていても互いに消耗するだけ。クリスはそう言っているのだ。

 

「次の試合もあるんだこれ以上は付き合えないぞ」

 

「!!!」

 

鉢屋は忍者らしからぬ挑発に乗った。クリスの言う通り、鉢屋としても次の試合の為に体力は温存したい。そこで賭けに出た。

 

「来るか」

 

それまで無数にいた分身が消え、一瞬の静寂が訪れる。

 

次の瞬間、

 

「鉢屋流忍術、三身一体」

 

三人の鉢屋がクリスに向かってきた。

 

「・・・。」

 

クリスは今一度精神を集中する。

 

(本体は一体に分身は二体・・・)

 

そうクリスは安直に考えてしまった。

 

「せい!」

 

しっかりと当たりをつけた一撃はするりと虚構を刺し、

 

「残像だ」

 

「なに・・・!?ぐあっ!」

 

鋭い鉢屋の蹴りが炸裂した。

 

「クリス!!」

 

「お嬢様!!」

 

大和とマルギッテの心配そうな声にクリスはもう一度立ち上がる。

 

(違った。分身を作るために鉢屋は高速で三体の間を移動してる。それを捉えるには――――)

 

ヒュっと、今度は中央の分身にレイピアを突き立てた。

 

「残像・・・「知っている」!?」

 

ドカンと、本物の鉢屋が蹴り上げられた。

 

「なぜ見破った!」

 

「簡単なことだ。三人の分身だったのが誤りだったな」

 

クリスも飛び上がり、

 

「ライジングクリスストラーイク!!!」

 

「ぐあああ!」

 

強力な跳び蹴りが炸裂した。

 

「そこまで!勝者クリスティアーネ・フリードリヒ!!」

 

激しい声援が巻き起こる。

 

「俺ちょっと行ってくる」

 

「長居するなよ」

 

うん、と言葉少なく返して大和はクリスの控室へと走って行った。

 

「しかし何ともまぁ手に汗握る試合だぜ」

 

「今回クリスは何で鉢屋に勝てたんだ?」

 

首を傾げるキャップに士郎が補足する。

 

「分身ていうのは本当に数が増えたわけじゃない。定位置を高速で行き来することで、あたかも何人にも増えたように見せる幻術の一種だ」

 

士郎ほどの眼力なら分身術のからくりも見えてしまうのだ。

 

「定位置を高速移動・・・三体の分身・・・あ!」

 

「お。モロがなんか気付いたぞ」

 

声を上げたモロは、

 

「反復横跳びだね!」

 

「「反復横跳び?」」

 

キャップとガクトが首を傾げる。対して、士郎の隣にいる凛はくすくすと笑っていた。

 

「確かに!師岡君が言う通り三人ならそうね」

 

「忍者の技が反復横跳びなんて、んなことあるんか?」

 

「ああ。モロの言う通りだぞ。横に増やそうが、縦に増やそうが、三体分出すなら同じ場所を繰り返し行き来するという点で反復横跳びだろう?」

 

「確かにそう言えなくもないけど・・・」

 

「ちょっとユニークな表現ね」

 

くすくすと凛と桜に笑われたモロは顔を赤くした。

 

「でもそれならクリスが最初攻撃食らったのはなんでなんだ?」

 

「あの技を見て最初に思いつくのは三体の内一体が本物だということだ」

 

「しかしそれは誤りです。常に高速移動で残像を生み出しているのならば、どれか一つではなくどれも本体(・・・・・)が正しい回答です」

 

「なーるほど。だからクリスは真ん中にレイピアぶっ刺したのか」

 

「反復横跳びである以上、必ず真ん中を通過する。そこを遮ってしまえば右か左に鉢屋がいることになるな」

 

「そういう事だ。一度の失敗で確実に攻略法を見つけたクリスの観察眼の勝利だな」

 

「多面的に分身を展開されたんじゃまずいと思ったのも良かったわね。流石にあの状態じゃ勝ち目は薄かったでしょ」

 

「なるほどなぁ・・・終始鉢屋が押してるのかと思ったけどそうじゃなかったんだな」

 

うんうんと頷くキャップ達。しかしふっと、

 

「そういやワン子はどうなったんだ?」

 

「あの調子だ」

 

士郎は真剣に様子を見る。そこには泥臭い、死に物狂いの様子が映し出されていた。

 

 

 

 

剣を振るう。避けられた。再度振るう。薙刀に防がれた。もう一度―――――

 

剣を振るい、その度に息を荒げ立ち止まり、また次の剣を振るう。誰の目にもモードは限界だと見て取れた。

 

この勝負、敗北はモードだろう。だが彼は、意識の続く限り歯を食いしばって次の一刀を繰り出すようになっていた。

 

もはや意識も朦朧としている。それでも彼は一歩ずつ前進していた。

 

「・・・。」

 

一子は思う。まるでいつかの自分のようだと。

 

血反吐を吐きながら一歩でも前進しようと剣を振るう。

 

同じだ。士郎が来る前の自分と。

 

なんと誇り高い一刀か。彼は持ちうるすべてをかけて剣を振るっている。

 

その剣に一子は昔の――――扱える気もわずかだった頃を思い出す。

 

(忘れちゃダメ)

 

一子は本能的に自分を戒めた。この光景を、この剣を忘れた時、自分は失墜するのだ。

 

「川神流奥義――――」

 

だからこの男性に感謝を込めて。

 

「青龍落とし」

 

最後の一撃を絡めとり、舞い上げて――――

 

トン、と首に薙刀を落とした。

 

『・・・あれ?モード選手が止まった?』

 

『あれは・・・』

 

悩む巨人の声を背に一子は、

 

「担架をお願いします!」

 

と大きく宣言した。

 

『あ、あー・・・マジでこういうことする人いるかね』

 

『武蔵坊弁慶にも劣らない仁王立ちでしたねぇ・・・』

 

折れた右腕に触らないようゆっくりとモードは担架に乗せられていった。

 

「勝者!川神一子!!」

 

パチパチパチと拍手が送られる。

 

最初から決まっていたような試合だった。しかしモードは意識が無くなっても最後まで戦い抜いた。

 

その姿は誰の目にも熱く刻まれたことだろう。

 

『モード氏は九鬼の最新鋭の病院で治療を受けるので安心してほしい』

 

『モード氏に限らず、各選手にも手厚い看護が約束されています。どうか、最後まで勇敢に戦ったモード氏に拍手をお願いします』

 

パチパチパチと再度拍手が鳴り一子は控室へと去って行く。

 

「・・・すげぇ試合だったな」

 

「最初こそワン子の技受けたりしてたけど限界だったんだな」

 

「川神一子の成長は目覚ましいものがあります。今回のモード氏も師範代クラスの人物でしたが、負傷していたとはいえ彼を下すとは・・・」

 

「え?ワン子、余裕だったんじゃないの?」

 

「そんなわけないだろう。みんながクリスと鉢屋の試合に集中している間、猛烈な攻防があったんだぞ」

 

「なにぃー!?やっちまったぜ!!」

 

「二会場だとこういうことが起きるから怖い・・・というか不便だね」

 

「まぁそこは出場者の人数上仕方ないだろう」

 

「さ、次は誰かしら」

 

 

第一会場、源義経VS田中

 

第二会場、椎名京VS大村ヨシツグ

 

 

「まじかー!」

 

「京不利だな」

 

近接戦を得意とするヨシツグに遠距離戦の京では分が悪い。

 

一方の義経、田中戦は接戦となりそうである。

 

「京は戦闘の領域をどう操るかが見ものだな」

 

「義経と田中さんも見ものだぜ!」

 

「お互い怪我しないと良いね・・・」

 

モロは先ほどのモードの事を心配しているようだ。

 

「大丈夫でしょ。多少の怪我は認められてるんでしょ?」

 

と、凛が言った。

 

「そうだけど・・・」

 

「なら平気よ。完全に取り締まった方が危険だしね」

 

「そうですね。完全に怪我を取り締まってしまうと返って起きやすいものです。モード氏も腕の骨折ですから二、三日大人しくしていれば楽になるでしょう」

 

「ほら!騎士王様のお墨付きだ!モロも京応援しないとな!」

 

「う、うん・・・京ー!頑張れー!!!」

 

 

 

「田中さん。貴女と戦えることを誇りに思います」

 

「・・・こちらこそ。源義経さんと戦えて光栄です」

 

義経は刀を、田中は盾と槍を。互いに油断なく構えて感謝をのべる。

 

 

「椎名京さん。俺も全力で行かせてもらう」

 

「いいよ。じゃないとこっちも張り合いないから」

 

第一会場も第二会場もメラリと重厚な闘志が滾る。

 

『では試合――――』

 

『開始です!』

 

GOッ!!とモニターに表示された。

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

まずは義経、田中戦だ。二人とも武器を構えながらピクリとも動かない。

 

「・・・膠着状態か?」

 

いい加減ハイレベルな戦いにも慣れて来たガクトがそう呟く。

 

「ああ。相手は盾があるからな。迂闊に踏み込めば義経は隙を晒すだろうし・・・」

 

「あの田中って子は義経のスピードに追い付けないんじゃないかしら」

 

士郎と凛が互いに感じた感触を伝える。

 

「田中さんは堅実に盾で防いでたからな。立ち回りが重要そうだぜ」

 

キャップも手に汗を握って様子を見る。

 

膠着はしばらく続いたが、このままでは埒が明かぬと思ったのか義経が動いた。

 

「はあ!!」

 

「ッ!」

 

ギャリン!とそれに合わせた田中の盾が鳴る。

 

「・・・やっ!」

 

ズン、と体重を乗せた突きが迫る。それを、

 

「てやああ!」

 

ピイン!と金属が空気を叩く音と共に田中の槍の矛先が切られた。

 

「見事・・・」

 

『おおっと田中選手、槍を失ったか!?』

 

『大会規定ではそのままでは戦えません。ですが・・・』

 

「!?」

 

驚いたのは義経だった。

 

「まだまだ始まったばかり・・・」

 

彼女は腰に帯びた剣を抜いた。もちろん刃引きがなされているものだ。

 

「ふぅッ!!」

 

「クッ!?」

 

早さで翻弄しようとした義経だったが相手が剣に切り替えたことで機動力を得て逆に防ぐ側となってしまった。

 

「マジか。田中ちゃん剣も使えたんか!」

 

「ここまで一度も見せなかった隠し玉か。流石レオニダスの弟子」

 

「はっはっは!田中嬢は強くなりたい、と私の訓練の中でピカ一の粘り強さを見せた方です。槍が無くなったくらいでは終わりませんぞ」

 

ギャリン、と何度も盾が鳴り、その度に鋭いカウンターが義経の身体を掠める。

 

(やっぱりこの人、やり手だ!)

 

再度弾かれ、カウンターを紙一重で避けた義経は盾を蹴り、大きく距離を取った。

 

「義経がんばれー!」

 

「!!」

 

観衆の中のほんのわずかな、しかしはっきりと士郎の声援を聞き取った義経の目に更なる闘志が宿る。

 

「スゥ・・・」

 

義経は深く息を吸い、

 

「・・・シッ!」

 

「無駄・・・!?」

 

それを今までように盾で防ごうとした田中はその強烈な一太刀にたたらを踏んだ。

 

(なんて衝撃・・・真剣だったら盾ごと切り裂かれてたかもしれない)

 

「はあぁぁぁ!!」

 

ギャリン!!と再度音がする。が・・・

 

 

 

―――――ピシッ

 

 

「!?」

 

盾が、絶望的な悲鳴を上げた。

 

「源氏流、一点痛打!!」

 

「くっ・・・」

 

盾にヒビが入る。これ以上彼女の攻撃は受けれない。

 

「盾は限界。でもまだ、剣がある・・・!」

 

田中は諦めなかった。槍を折られ、盾が砕けようとも義経の乱舞にその剣で立ち向かった。

 

しかし加速を得た義経に瞬く間に劣勢になる。

 

そして遂に、

 

キイン!と、甲高い音を立てて。

 

「田中ちゃんの剣が・・・」

 

「半ばから切れちまったぜ・・・!?」

 

田中の剣も鋼製だったろうに、バッサリと切られてしまった。

 

「義経の・・・!」

 

「それは甘い」

 

勝ちだ、とは続かなかった。

 

「スパルタ式・・・牙城崩し」

 

ゴオッ!と罅だらけの盾が迫る。

 

「無駄なことを・・・!?」

 

義経は容赦なく盾を粉砕した。元よりひび割れていた品。彼女にすれば当然の結果だった。

 

「まだまだ・・・!」

 

「!?」

 

砕けた盾の裏から両手が伸びてくる。

 

「あっ!」

 

「とっ!」

 

伸びきった刀を持つ義経の腕を絡めとり一回転。

 

「これで詰み」

 

「ぐあ!?」

 

『これは・・・!?』

 

『腕挫十字固だ!』

 

――――腕挫十字固(うでひしぎじゅうじがため)

 

格闘技界では有名な技で誰もが腕十字、など呼称は様々であるが聞いたことのあるであろう技である。

 

関節技(サブミッション)に捉えられてしまった義経は思わず刀を取り落とした。

 

「・・・降参して。これ以上は関節が外れる」

 

「くうっ・・・こっちだって・・・!」

 

ギリギリと締め上げられる腕に義経は脱出を試みる。

 

「ダメ」

 

「くっ・・・」

 

パンパンと地べたを義経は叩いた。

 

「そこまで!勝者!田中朱美!」

 

「よ、義経ちゃんが・・・」

 

「負けた・・・!」

 

最後まで諦めなかった田中の勝利であった。

 

「最後の盾は目くらましか」

 

「そのようね。それにしても何あれ。本場のスパルタ人じゃない」

 

「彼女は私の下でスパルタを学んだ者です。徒手空拳となっても諦めないことだけは叩き込みましたので」

 

「それで関節技か・・・まぁ、殴る蹴るにならなくて良かったと喜ぶべきか・・・」

 

「まさかまさか。彼女は虫も殺せぬ優しき心の持ち主です。そうなったら潔く負けを認めていたでしょう」

 

「まぁ、相手を降参させるのが関節技の神髄だからな・・・」

 

「しっかしこりゃあとんだダークホースだぜ。次の試合も見ものだな!」

 

鼻息荒く言うガクトも誇らしげだ。

 

「ガクトも槍と盾持つか?」

 

「え?いや、俺は・・・」

 

「それはいいッ!ガクト殿ならば裸で豹退治も可能でしょう!是非一考してもらえれば!このレオニダス最高のものを授けましょう!」

 

「・・・それ作るの俺なんだろう?金とるぞ」

 

「ま、マスター・・・」

 

「あはは!聡明なレオニダス王も形無しね」

 

「遠坂嬢、それだけマスターの作品は秀逸なのです!」

 

「ま、解析ができるんだから、士郎以上の鍛冶師はそうはいないわね」

 

「シロウの作品は素晴らしい。義経は今回負けてしまいましたが、あの刀を見てください。曲がりも、歪みすらしていません」

 

「あれだけ盾に叩きつけて無事とか・・・」

 

「士郎の作品はすげぇな」

 

うんうんと頷く一同。確かにあの頑健さは賞賛に値するだろう。

 

「さてさて、こっちは田中ちゃんが勝ったとして京の方は・・・」

 

 

「奥義!月光砕き!」

 

「おっとっと」

 

素早い突き技をトントンと、リズムを踏むように避ける京。そしてお返しとばかりに矢を放つ。

 

「くっ・・・」

 

狙いは正確で全部ヨシツグの頭狙いだ。今回の試合では弓矢も非殺傷になっているので相手を降参させるか、急所に10回ヒットさせたら勝利になる。

 

前の試合のように火薬の使用も認められているが、事前に決められた火薬量とされている。その辺は焔の大筒と同じであった。

 

「参ったな。ここまで躱されると俺も参ってしまう」

 

「大村君のは一撃必殺。避けないと即退場」

 

相変わらずトントンと地を蹴る京。その目に油断は無い。

 

「なんか初めて見る戦い方だな」

 

「リズムを刻む・・・まさか、ガン・カタか・・・?」

 

「士郎何か知ってるの?」

 

「あ、ああ。知っていると言うか心当たりがあると言うか・・・」

 

「ガン・カタと申されましたな。どのような戦い方なのですか?」

 

ガン・カタとは主に敵に近づき、体術と銃撃を組み合わせて戦う銃を主軸とした戦い方なのだが・・・

 

「あれって架空の武術じゃないの?」

 

「遠坂の言う通りだ。本当にやってる奴なんか見たことない。それに京は弓矢だし・・・」

 

「ガトリング・クロゥ!!」

 

「ほいさ」

 

連撃をさらりと躱し、また矢を放つ。今度はヨシツグの額に連続ヒットした。

 

「ぬう・・・(これで5回目か・・・半分を過ぎてしまった)

 

「・・・。(後5回。大村君は強敵。焦らず行く)

 

互いにヒット数をカウントしている京のガン・カタは完成形に近い。これを突破しなければヨシツグに勝ち目はない。

 

(ならばこちらも!)

 

ヨシツグは何かを決心し、

 

「!?」

 

「奥義、ゴースト歩法とでも言おうかな?」

 

鉢屋のように分身を生じさせるのではなく、常に残像を発生させながら移動している。

 

「鉢屋の真似か?」

 

「リスペクトはしているんだろう。中々に厄介だぞ」

 

「すごい動き。でも当てられないと意味はない」

 

「当然だな。さあ一勝負行くぞ!」

 

そう言ってヨシツグが残像を纏いながら攻撃を繰り出してきた。

 

「グランフォール!」

 

「よいさ」

 

また躱し、矢を放つ。しかし、

 

「ちぃ・・・」

 

思わず舌打ちする京。残像に気を取られて外してしまった。

 

「ゴースト歩法にはまだ続きがあるぞ」

 

「!?」

 

これを体感したのは京だけだろう。まるで反響音のように四方八方から声がしたのだ。

 

『おっと、これまで余裕を持っていた椎名選手が劣勢だ!』

 

『あのゴースト歩法という体捌き。まだまだ奥があると見ましたがさて』

 

「惑わせても無駄。大村君は目の前にいる」

 

「そうだろうか?残像が生じているという事はそこではない何処かにいる可能性もあるぞ?」

 

「・・・。」

 

反響する声に京は言い返せなかった。

 

(確かに・・・残像拳の類ならそれも無きにしにもあらず・・・でも)

 

トントンと床を蹴って変わらず京は弓を構えた。

 

「挑発はいい。私があと五回ヒットさせるのが先か、大村君の術に負けるか二つに一つ」

 

「強情なお嬢さんだ。ではいくぞ!」

 

そこからは怒涛の技の連続だった。上空からの蹴り下し、鋭い突きに連続攻撃。全てが洗練され本来なら躱すのも困難な技の連続を、京は額に一滴の汗を浮かばせながら避け、反撃していく。

 

もはや会話する余裕もない無い戦いだったが、最後に制したのは・・・

 

「10回目の急所ヒットを確認!勝者、椎名京!」

 

「やっぱりダメだったか」

 

「うん。多分、開発途中の技でしょ。所々粗が見えたよ」

 

「そうか。ここまで勝ち上がったんだがな・・・次も頑張ってくれ」

 

「そうだね。大村君の分まで戦ってくるよ」

 

互いに握手していい試合だったと互いを褒め称えた。

 

『んーおじさんには椎名が不利に見えたんだがな』

 

『弓兵である彼女には我々では見通せないものを見通していたのでしょう。とにかく接戦だったことに変わりはありません。両者、素晴らしい戦いぶりでした』

 

オオオオ!と歓声が上がる。

 

『続いての試合は、第一会場でやるぞ』

 

 

尼子晴VS武蔵坊弁慶

 

 

「まじで?晴ちゃん大丈夫?」

 

「ううーん・・・」

 

「士郎が返答に困ってる!」

 

「あの子じゃ弁慶には勝てないわよ。腕の差が違い過ぎるもの」

 

「遠坂さん厳しいね・・・」

 

「勝てないのに勝てるかも?なんて言う方が酷いでしょ?」

 

不思議そうに凛は言った。

 

「・・・その割に遠坂さん聖杯戦争では・・・」

 

「そこ。余計な事言わない。」

 

ビシ、と余計なことを言おうとしたモロにチョップを落として試合に目を向ける。

 

「お、出て来たぞ」

 

「弁慶も闘志全開って感じだな」

 

「両者、構え!」

 

「どうなるんだ・・・?」

 

「始め!!」

 

ドン!と弁慶が地を蹴るそれと同時に棒を・・・

 

「ギブアーップ」

 

「!?」

 

開始直後、晴はギブアップを宣言した。

 

「なん・・・」

 

「なんでも何もないよ。私に戦闘力特化の弁慶の相手が務まるはずないじゃないか」

 

はぁ、とため息を吐く晴。

 

「弱気過ぎるんじゃない?」

 

「私はもう一人の身体じゃないからさ。怪我負うと旦那様が悲しむからね」

 

「むむ・・・そういう考え方もありか・・・」

 

「という事で審判のお爺さん、私の負けで」

 

「いいだろう。勝者!武蔵坊弁慶!」

 

パチパチパチと拍手が送られた。

 

これで残るは5名。一子、クリス、京、田中、弁慶。

 

『5名が絞り込まれたな』

 

『では厳正なるくじ引きで決勝進出を決め・・・』

 

「まて、クラウディオ」

 

『・・・どうしたのですか?ヒューム』

 

審判だったヒュームがまったをかけた。

 

「このまま運ですんなり決勝戦ではしらけるだろう。なのでこうするのはどうだ?」

 

ヒュームが提案したのはシード権を引いたものはヒュームが相手をし、合格点を貰えたら無事決勝進出というものだった。

 

「あの審判九鬼の零番だろ?」

 

「合格なんかできるのか?」

 

ザワザワと観客席はざわめくがそれを断ち切る声が響いた。

 

「はい!アタシはそのシード権取り参加したいです!!」

 

それは一子だった。シード権とは到底言えない挑戦に彼女は自らの意思で立ち向かった。

 

「ほう・・・?楽が出来るとは思ってないだろうな、赤子よ?」

 

「もちろんよ!ヒュームさんと戦えるなんて光栄だわ!」

 

『厳正なくじ引きとしたかったですが・・・希望者がいるとなると・・・』

 

『残り四人はどうする?あの爺さんと戦いたい人いる?』

 

巨人の言葉に一子を除く四人は顔を見合わせ、

 

「「「・・・。」」」

 

異論を唱える者はいないかのように見えた。

 

「はい。自分もシード権を希望します」

 

クリスがぴしりと手を上げた。

 

「クリス!」

 

「お嬢様・・・」

 

大和は悲鳴のような声で呼び、マルギッテは何処か納得したように頷いていた。

 

「いいだろう!この俺が通すのは二人に一人!もしくは両方退場だ!」

 

『ヒュームさん二人とも落とされると人数が・・・』

 

「この赤子らは自分の意思で俺と戦う。本人達の意思を尊重したい!観客はどうだ!!」

 

ウオオオオ!!!と熱い声が響く。それはつまり賛同という事だった。

 

『ではこちらはくじ引きで勝負を・・・いえ、くじ引きでは成立しませんね三名による総当たりとしましょう』

 

『いいですね。シードの二人が敗退しても残り三名で優勝者を決められる。いいと思います』

 

『では急遽変更いたしまして、川神一子選手とクリスティアーネ選手のシード権挑戦と、椎名選手、田中選手、弁慶選手による総当たり戦とします!』

 

「まじかー!こりゃ波乱だぞう!」

 

「クリス、むきになってなきゃいいけど・・・」

 

「直江大和。こちらに来なさい」

 

ポンポンと彼女の隣の席を叩いた。

 

「え?あ、はい・・・」

 

言われた通り座ると『クリスお嬢様ファイトッ!』と書かれた、うちわが大和に手渡された。

 

「クリスお嬢様は川神一子と同じ舞台に立ちたいのです。貴方も応援しなさい」

 

「は、はい・・・」

 

驚きを隠せないと共に、細かくデフォルメされたマルギッテとクリスが書かれているうちわに、細かッ!とツッコミを入れる大和であった。

 

『ではシード権の方の戦いを始めてください』

 

「うむ。俺達は第一会場だ」

 

 

第一会場、ヒューム・ヘルシングVS川神一子VSクリスティアーネ

 

第二会場、田中VS椎名京VS武蔵坊弁慶

 

『では双方・・・』

 

『始め!』

 

と試合は急展開を繰り広げていた。




はい。お久しぶりでございます見てくださっている皆さん。作者です。

やっとこさ書けましたましたが中編パート2になってしまいました。理由は簡単で戦闘描写が苦しくなってきたのと、皆さんをこれ以上お待たせしたくないという思いからです。

総当たり戦はさらりと済ませ、対ヒューム戦に力を入れていきたいなと思います。

本当にお待たせして申し訳ありませんでした!次回もよろしくお願いいたします!


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御前試合 (後編)

皆さんこんばんにちわ。最近体調が良くなってきた作者です。

今回も御前試合になりますが力を入れていきたいのは対ヒューム戦です。
総当たり戦の方はあっさり味で行こうかなと思いますのでよろしくお願いします。

では!


「はぁ・・・はぁ・・・」

 

こんなに苦しい戦いはいつぶりだろうと、懐かしさを感じた。

 

隣にいるクリスもレイピアを地に突き立て、荒い息を吐いている。

 

こうなることは、あらかじめわかっていたことだった。

 

「どうした赤子よ。その程度か?」

 

豪語不遜にヒュームさんは言った。その言葉に今すぐ噛みつきたい衝動に駆られるが、今までの全ての経験が、まてと己を押しとどめた。

 

無策であの人を相手取るのは下策も下策。この挑戦はすぐに終りを告げることになるだろう。

 

 

 

ではどうする?

 

 

 

真正面から行くか。奇襲を狙うか。もしくは漁夫の利を取るか。

 

もう一度目の前の執事を見る。その姿に重なって見えるのはお姉さまと士郎。壁を突破して何処にあるかもわからない頂きを目指す人たち。

 

行きたい。アタシもその領域に手を伸ばしたい。そう思うからこそこの戦いに志願した。

 

ガン!と薙刀の石突で地を鳴らす。そうだ。なにをぐずぐずしているのか。今すぐにでも相手を打倒しないと。こんな所でダラダラなんかしていられない。

 

ガン!!ともう一度地面を鳴らす。そうだ手に力は籠っている。足を踏み鳴らせ。丹田から気を回せ。倒れそうな体を立ち直らせろ。まだだ。まだ負けちゃいない・・・!

 

「ほう・・・大した気概よ。そんな状態でまだ闘志を滾らせるか」

 

ガンッ!!!と地を鳴らす。三度鳴らせばアタシはもう薙刀を構えていた。

 

「い、犬・・・」

 

「――――行きます」

 

「こい。小さき光よ」

 

その後、何があったのか不鮮明だったけど。これだけは覚えてる。あるはずもない自分を阻もうとする暴風の中、赤い背中が――――

 

 

――――ついてこれるか

 

 

ガチン!と顎に力が入った。足がこれまでにない力で地を蹴った。

 

アタシは後ろになんかいない。貴方達の隣にアタシは――――

 

 

――――interlude――――

 

 

自分はどうしてこんな所にいるんだろう?

 

私こと、クリスティアーネ・フリードリヒは疑問に思っていた。

 

最初は・・・そう、何か目的があったはずだ。確か犬が・・・一子が難関に挑戦するなら自分も、だったか・・・。

 

今ではその判断に後悔が混じってる。だってこんなに辛い。相手はあのヒューム・ヘルシング。彼が言い放った言葉は単純明快だった。

 

――――俺をここから一歩でも動かしてみろ。

 

たったそれだけ。実に簡単な、単純な課題。

 

自分は意気込んでいった。最近意地になって追いつこうとしている友達より早くこの戦いに勝利するんだと。

 

そんな甘い気持ちが何処かにあったのが酷く自分を(さいな)んでいた。

 

「どうした赤子よ。その程度か?」

 

ギチリと自然と歯を食いしばった。

 

 

――――悔しい。

 

 

たった一歩。一歩でも動かせればそれで勝ちなのに・・・

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

自分はいつからこんなにも弱くなってしまったのかと、慟哭したかった。

 

確か・・・最初の頃・・・日本に来て幾ばくかの期間は良く一子と手合わせをしてその度に彼女に膝をつかせた。

 

それが・・・

 

ガン!と音が鳴り響く。

 

自分のレイピアじゃあんな音は出ない。一子だ。

 

ガン!!ともう一度鳴り響く。そして改めて目にした。そして目を疑った。あれほど満身創痍だった一子の両手両足に力が込められている。今まさに疾駆せんと体が咆哮を上げている・・・!

 

ガンッ!!!と三度目の地鳴りが響く。その頃にはもう一子は戦闘態勢を取っていて――――

 

「い、犬・・・」

 

絞り出せたのはその一声だけだった。

 

「――――行きます」

 

「こい。小さき光よ」

 

 

――――小さき光

 

 

ああ。確かにそうかもしれない。まるで極彩色を彩るように気が爆発し、周囲にその余波を色としてまき散らしている。

 

自分にできたのはそう、一子の途方もない気を色として認識し、それが如何に強大かを判別するだけだった。

 

その後の事はあんまり覚えていない。迎え撃つヒュームさんの気と一子の極彩色の気が激しくぶつかって見えなかった。

 

でも最後に見えたのは・・・

 

「見事だ。川神一子」

 

ヒュームさんが崩れ落ち一子が――――

 

静かに前へと歩んでいく後ろ姿だった。

 

 

――――interlude out――――

 

「越えたな」

 

「何が?」

 

「限界を越えやがった」

 

「俺様にもわかるぜ。肌がビリビリしやがる」

 

クリスを応援していた大和が分からないと聞く。

 

「川神一子は強さの壁を越えた、という事です」

 

「なんだって・・・!?」

 

確かにヒュームは倒れ、一子は静かに佇んでいるが――――

 

「課題の達成と共に強さの壁を越えて・・・士郎達がいる場所まで来たのよ」

 

「ワン子・・・」

 

天真爛漫に傍で笑っていた彼女が、何処か遠くに感じる。

 

「大和」

 

「なんだ、士郎」

 

「これ、使え」

 

それは士郎が熱気に備えて持ってきたフェイスタオルだった。

 

「え?」

 

疑問の声を上げた時、ポロリと雫がこぼれた。

 

「え?俺、なんで泣いて・・・」

 

「クリスお嬢様が負けました」

 

「マルギッテさん・・・」

 

「そして川神一子は貴方方の手を越えて――――」

 

一人前になったのです――――。

 

その言葉をきっかけに大和は堰を切ったように涙を流した。

 

クリスが負けた悔しさと、一子が自分たちの手を離れて飛び立った悲しみと嬉しさに。

 

 

「椎名さん大丈夫?」

 

「・・・うん」

 

「とてもじゃないが、そうは見えないねぇ」

 

「・・・うん」

 

「タオル」

 

「・・・。」

 

「使って」

 

「・・・うん」

 

パタパタと。京も涙を流していた。

 

『えーっと・・・ヒュームさーん。勝敗は・・・』

 

『川神一子選手です』

 

クラウディオが代弁した。

 

『我々はもっとも稀有な事例に面したと言えるでしょう』

 

『・・・というと?』

 

『川神一子選手の壁越えの瞬間を目の当たりにしたということです』

 

『なるほど・・・・これまでの総決算があの戦いで花開いたと。そういう事ですね?』

 

『はい。・・・文句なしの決勝戦進出でしょう』

 

オオオオオオーー!!!

 

ドンドンドンと太鼓が鳴らされ一部の観客が感涙にむせぶ。

 

「あの一子ちゃんがねぇ・・・」

 

「いっつも姉ちゃんと比べられてたのによう・・・」

 

「体壊しそうな鍛錬してたもんなぁ・・・」

 

など、様々だ。だが、誰もが彼女の飛躍を喜んでいた。

 

一方でクリスは、

 

「・・・。」

 

自分の手を見ていた。

 

「い、犬に負けた・・・」

 

これまでも小競り合いをして負けていたが、今回は完全に白黒ついてしまった。

 

「クリス選手・・・控室に・・・」

 

「・・・ッ!」

 

いたたまれない雰囲気を出す大会運営委員の言葉にクリスはレイピアを拾って控室に駆け込んだ。

 

「大和。行ってやれ」

 

「ああ・・・!」

 

大和は立ち上がり、これを持っていけと士郎に渡されたフェイスタオルを持って駆けて行った。

 

「クリス、大丈夫かな・・・」

 

モロが心配そうに言う。

 

「大丈夫だろ。大和が居る。戻ってきたら暖かく出迎えてやろう」

 

「そうだね」

 

「クリスも良く戦ったと思うぜ。なんせ、相手はヒュームさんだからな」

 

「だなぁ・・・あの爺さんホントつえーわ」

 

「ヒュームさん大丈夫ですかね・・・」

 

由紀江が心配そうに言うと、

 

「まゆっち、ワン子が何したのか見えてたの?」

 

「えっと・・・はい。一子さんは最後に薙刀による突進をしかけたんです」

 

「突進?まるで見えなかったよ・・・」

 

「薙刀を前にして自分の体ごとヒューム爺さんに突撃したんだ。薙刀は紙一重で躱したようだけど・・・」

 

「そのままの勢いで体当たり・・・厳密には膝蹴りですね。それでヒュームさんを倒したんです」

 

「うへぇ・・・薙刀と膝蹴りの二段構えかよ」

 

「しかもあの爺さんが一時気を失うほどか・・・もう『ワン子』なんて呼べねぇな」

 

「確かにね。これからは名前で呼んであげよう?」

 

「だな。もう犬じゃねぇ。立派な猛犬だぜ!」

 

そんな会話に士郎は笑みを浮かべた。

 

(この変化は一子が壁越えをしただけじゃなく、みんなの意識を変えるものだったみたいだな)

 

それは喜ばしい限りだった。

 

(後はクリスか・・・)

 

敗北した・・・いや、置いていかれた彼女がどうなるかが心配だ。

 

「クリスって子の心配?」

 

「ああ。一子に負けず劣らずの負けず嫌いだからな」

 

凛の問いに士郎は頷く。

 

「まぁ大丈夫でしょう。直江君が行ったんでしょう?」

 

「そうなんだが・・・中々にショックだったろうからな」

 

士郎が来るまでは一子と決闘しては勝利をもぎ取っていたらしい。

 

それが遂に壁一枚隔てられたのだ。悔しさを覚えても仕方ない。

 

「まぁね。でもそれを乗り越えてのものでしょう?士郎がそうだったように」

 

「・・・。」

 

士郎は何も言わず空を見上げた。

 

 

 

総当たり戦ももう僅かとなり最後は弁慶VS田中だ。しかし、

 

「相性悪すぎ・・・」

 

あっけなく田中はギブアップした。

 

「そりゃあ主が苦汁をなめさせられてますから」

 

弁慶は京戦も強烈なバイタリティをもって下していたのでこれで決勝戦進出だ。

 

「総当たり戦の方は弁慶か。ワン・・・一子とどっちが強いかな」

 

「順当に行けば一子だろうが・・・」

 

士郎は何か含むような言い方をした。

 

「だろうが?」

 

「なにかあるかもしれないな」

 

義経の遮那王逆鱗のような技があるのかもしれない。源氏のパーティはそれぞれ伝承技なるものを身に付けているという。

 

『決勝戦の二名が決まりました』

 

『お互い消耗が激しいから決勝戦は夜の部になる。開戦は19時とするからそれまでは食って飲んでくれ。ていうかおじさんも休憩したい』

 

最後の言葉に士郎はカクリと首を傾げ、他の観客は大爆笑だった。

 

「どうしようか。みんなで食べ歩く?」

 

「俺は一子の所に行ってくるよ」

 

「あ、それいいなぁ。よっしゃ、俺達も・・・あいててて!」

 

「はいはーい旦那と奥さんの邪魔しないようにねー!」

 

「そうだった・・・名前が一緒だからついつい忘れちゃうね」

 

「ナイスだガクト。レオニダス、みんなを任せていいか?」

 

「お任せを。さぁ皆さん!食べ歩きますぞ!」

 

そう言って一同は腰を上げて思うさまこのお祭り騒ぎを堪能するのだった。

 

 

 

 

「一子、いるか?」

 

「士郎!? う、うん! どうぞ、入って!」

 

何やらどもった一子の声にどうかしたのかと入ってみると、

 

「一子・・・」

 

「えへへ・・・」

 

彼女は泣きはらした顔をしていた。

 

「どうしたんだ?」

 

士郎は一子の隣に腰かけて問うた。

 

「うん・・・なんかね、クリと離ればなれになっちゃったなって・・・」

 

「そうか・・・それで?」

 

士郎はまず彼女の話を聞こうと先を促した。

 

「嬉しさの方が強いの。でも今まで一緒だったみんなと離れちゃったような気がして・・・」

 

壁を越えたのが彼女にとって壁を作ってしまったように感じるのだろう。

 

「バカだなぁ・・・」

 

「バカって、わふ!」

 

コテンと士郎のひざ元に倒れる一子。

 

「みんな一緒さ。確かに一子は強さの壁を越えたけれど、それでみんなが居なくなるはずない。だろ?」

 

「うん・・・」

 

サラサラと一子の頭を撫でてやる士郎。

 

「それにみんな言ってたぞ。もうワン子なんて呼べないなって。名前で呼んであげようって」

 

「ホント!?」

 

「ああ。何だかんだ、気に入らなかったんだろ?」

 

「えへへ・・・ちょっとね。もうアタシも大人なんだぞーって思ってた」

 

くすくすと笑って彼女は言った。

 

「あー・・・やっとたどり着いたわー・・・壁を越えるってこんな気分なのね」

 

「これからは一層心が大事になるぞ」

 

「うん。きっとこれで満足しちゃったら昔のお姉さまみたいになっちゃうのね」

 

コクリと士郎は頷いた。

 

「それで、甘えん坊の奥さんは何がご所望かな?」

 

「あは! バレてた?」

 

「そりゃなそんなもの欲しそうな顔してればな。なにしてほしい?」

 

「んー・・・チューと、きゃっ!」

 

士郎は一子を抱き上げて口づけを交わした。

 

「ほら、してやったぞ?」

 

「もう! 旦那様ったら・・・」

 

そのままぎゅっと一子は士郎を抱きしめた。

 

「あー・・・士郎が補給されるわー・・・」

 

「俺を補給ってなんだよ」

 

士郎もクック、と笑って甘えん坊をあやすように背中を撫でた。

 

「ここまでよく頑張ったな。一子」

 

「うにゅ・・・サイコーのご褒美ね!」

 

そうしてしばらくして、一子はその小さな体を長椅子に横たえて士郎の膝枕で眠ってしまった。

 

「さぞかし消耗しただろうな・・・」

 

スゥ、スゥと寝息を立てる一子に士郎は優しく微笑んでいた。

 

 

そんな所に、

 

「もういーかーい・・・?」

 

「静かにな」

 

ぞろぞろとみんながやって来た。

 

「良かった。大丈夫そうだね」

 

「こうして寝てるとこを見るとワン子なんだけどなぁ・・・」

 

「可愛い寝顔ですね」

 

「まゆっちの旦那の膝かしてるんだから当然だろー」

 

「松風!?」

 

「まゆっちが嫉妬してる」

 

「これは・・・ええはい私もそのようにしてもらいたいです・・・」

 

「めっちゃ早口」

 

あはは、と静かに笑って、

 

「これ屋台の品です」

 

「多分行く暇無いだろうなと思って持ってきたよ」

 

「ああ。ありがとう。一子も試合開始前には起きるだろうからその時食べるよ」

 

士郎は礼を言ってもう一人の気がかりな友の事を聞いた。

 

「そういえばクリスはどうだ?」

 

「もう復帰して大和を連れ回してるよ」

 

「嫉妬が芽生えるのです・・・メラリ」

 

「あはは・・・今日は勘弁してやってくれ京」

 

「私達も戦ったんだけどなぁ」

 

「晴、焔・・・」

 

「こうはいっているが晴は清々しいギブアップだったな!」

 

「ほむの大自爆も人のこと言えないじゃないか」

 

ムスっとしたように言う晴とかっかっか!と笑う焔。

 

「それよりこれ、私達からも」

 

「士郎も何も食べてはいまい? 祭りは楽しまねばな!」

 

彼女達からも屋台の商品を貰った。

 

「ありがとう。二人とも」

 

「うむ! ・・・ここだけの話、本当は十勇士全員で来ようとしたのだが大友達が代表してきたぞ」

 

「そうか。ぜひみんなにも感謝していると伝えてくれ」

 

「わかったよ。さ、私達は退散退散」

 

「だな。一子の事頼むぜ士郎」

 

「ああ。そっちは十二分に楽しんでくれ」

 

じゃなーと退出する一同。

 

「良かったな。一子」

 

どんな夢を見ているのか。にへっと可愛い笑顔を浮かべてそのまま眠り続ける一子だった。

 

 

 

 

 

「ん・・・」

 

試合開始一時間前、一子は目を覚ました。

 

「アタシ・・・」

 

あのまま疲れて寝ちゃったんだ。と思い当って目をくしくしと擦ると、

 

「あ・・・」

 

珍しい士郎の寝顔が見れた。彼は腕を組み静かに眠っている。

 

「ん・・・んー!」

 

必死に腹筋を使うが残念なことに座高自体が足りてないので愛する旦那様の唇には届かない。

 

それどころか、

 

「・・・む。起きたか一子」

 

「だはぁー」

 

士郎を起こしてしまう始末。

 

「どうかしたのか?」

 

「なんでもない! それよりいい匂いが・・・」

 

そうして目に入ったのは対面に置かれた長椅子に並べられたご馳走の数々。

 

「ご馳走!」

 

「みんなが用意して行ってくれたんだよ。冷めちゃったのもあるけどたべる・・・」

 

ぐぅー

 

「・・・。(赤面)」

 

「あっはっは。じゃあ食べようか。試合に備えてちゃんと食べておかないとな」

 

「まぐまぐがつがつ!」

 

「おいおい急いで食べるな。まだ試合までには1時間あるんだぞ」

 

「すっごくお腹空いてたんだもの! 選手になるとダメねー。全然食べに行く暇が無いんですもの」

 

「食べ過ぎて試合でお腹が重いなんてのはやめてくれよ」

 

「大丈夫よーでも流石に全部は食べないわ。ほどほどにね!」

 

全部平らげる気なのかと思いきや、ちゃんとその辺も考えているらしい。

 

・・・それでも随分な量を食べているが。

 

「相手は弁慶だぞ。何か策はあるのか?」

 

「うーん。武器はお互い長物だからいいとして・・・弁慶って防御力がありそうよね・・・」

 

「意外と素早いのもあるぞ。普段通りののんびりした動きを想定してると痛い目みるかもな」

 

「そうね! ・・・あ。アタシってば助言もらっていいのかしら」

 

「問題ないだろ。向こうには大和が居るだろうしな」

 

士郎もちょっと早めの晩御飯を食べながら言った。

 

「そっか。弁慶だもんね」

 

 

~~~~対する控室~~~~

 

「「ぶぇっくしょん!!」」

 

「大丈夫か? 弁慶、直江君」

 

「大丈夫・・・」

 

「誰かに噂されたかな・・・」

 

「そんなことより作戦だ! 弁慶、何か策はあるのか?」

 

「んー・・・ま、どうにかなるでしょ」

 

「無策かよ・・・」

 

「そうでもないけどね。まぁ見ててよ。しっかり勝ってくるから」

 

「・・・いくら弁慶でも今の一子の相手は辛いと思うんだが・・・」

 

「クリスさんは間近で一子さんの覚醒を見たんだ。弁慶、油断は禁物だぞ」

 

「わかってるわかってる。今は未来の旦那様分を補充・・・」

 

「ああっ! 弁慶!」

 

すぐさま甘える弁慶とクリス。

 

「・・・本当に大丈夫だろうか」

 

一人心配を募らせる義経だった。

 

~~~~対する控室 終~~~~

 

 

一子が目覚めて一時間。遂に戦いの時が来た。

 

「それじゃ行ってくるわ」

 

「ああ。最後の勝利、もぎ取ってこい!」

 

「うん!」

 

軽やかな足取りで舞台へと向かう一子。

 

『長きに渡る御前試合もこれが最後となります』

 

『本当にヒヤヒヤもんだったけどね。事故が起きなくておじさん、安心してるよ・・・』

 

『宇佐美巨人様はこう仰られていますが、最後もまた激しい激突が予想されます。観客席の方は、絶対に川神院修行僧達による結界の中に入らないようお願いいたします』

 

『それじゃあ選手入場! 東! 壁越えの覚醒は本物か!? 川神一子選手!』

 

堂々とリングへと上がる一子。その威容は小柄とは到底思えないものだった。

 

『西! 川神水が無いと生きてはいけない!? 今回ものらりくらりと勝利をもぎ取るのか! 武蔵坊弁慶選手!』

 

声援にヒラヒラと手を振って入場する弁慶。

 

相反する入場の二人。クラウディオが言うように長かったこの戦いもこれが最後だ。

 

『両者構え!』

 

「!」

 

「・・・。」

 

弁慶は俊敏に、一子はゆっくりと構える。

 

『見合って・・・試合、開始ですッ!』

 

GOッ!!!とパネルが一色に染まる。その瞬間。

 

 

「さぁどいてもらうよ!」

 

どちらも同時に地を蹴った。ほぼ同時に得物を振り切る。が、

 

「!?」

 

「新・川神流奥義、空蝉」

 

「なん・・・」

 

パアァン!と弁慶が足を払われて地面に尻もちを付く。

 

(まずっ・・・!)

 

「新・川神流奥義、雷鳴の太刀」

 

尻もちを付いた弁慶に容赦なく一子の薙刀が振り下ろされる。弁慶は服が汚れるのも構わず、無理に立たずに横に転がって間を開けた。

 

「フー、フー。やるじゃないか。やっぱり壁越えしただけあるね」

 

「弁慶こそ。無理やり立ち上がろうとしたら決まってたのに」

 

熱い戦いに観客は大熱狂だ。

 

「最初、弁慶は一子と打ち合ったよな?」

 

「それは一瞬だけで、気で残像を作って弁慶の横に動いたんだ」

 

「それにあの技! 雷鳴の太刀っつったか? 当たってたら弁慶ちゃんの頭飛んでたんじゃ・・・」

 

「一応加減はされてる。だけど、当たれば確実に意識を刈り取るだろうな」

 

じっとりと手に汗握る戦い。飄々とした態度をとっているが、弁慶の不利は覆そうにもない。

 

「さっきは肩透かしを食らったからね・・・一撃で仕留めるッ!!!」

 

ズン、と腰を落とした鋭い突き。弁慶の剛腕もあって一撃で場外へと吹き飛びそうなそれを、

 

「川神流、大車輪!」

 

昔の一子の技とは違う。相手の技を絡めとりその力を返す技。

 

「青龍落とし!!!」

 

「ぐう!?」

 

弁慶は咄嗟に布の巻かれた棒を手放し、薙刀の一撃を蹴って距離を空ける神業を披露した。

 

「一子の一撃を蹴り上げやがった・・・!?」

 

「棒を手放したおかげで気の充填とタイミングが間に合ったんだろう。けれど得物を失ったな」

 

「フー!フー!こんなに追い詰められるのはヒューム爺くらいだよ!」

 

「そう言ってもらえて嬉しいわ。私の目指す所でもあるもの」

 

弁慶は息荒く捲し立てるが一子は静かなままだった。

 

コロンコロンと一子によって弁慶に棒が転がされる。

 

「・・・何のつもりだい?」

 

「まだ始まったばかりよ。それで勝負が決したら折角のお客さんも冷めちゃうわ」

 

「・・・慢心だね」

 

「ううんううん。お客さんの為。私達はいい試合をしないといけない。見どころを無くしたらただの決闘だもの」

 

「やっぱり慢心じゃないか」

 

「あれ? 気づいてないの?」

 

明らかに油断しているようにしか見えない一子に噛みつく弁慶だが、一子は静かにコテン、と首を傾げた

 

「気付いてない・・・? なんだか知らないけど、行かせてもらうよ!!」

 

その後も激しい打ち合いが続いた。しかし、どの展開でも剛力を誇るはずの弁慶の技は意味を成さず、一子による蹂躙が続いた。

 

「フー!フー! 恐れ入ったよ! まるで歯が立ちゃあしない!」

 

「降参?」

 

「まだまだ! 最後のあがきをさせてもらうよ!!」

 

そう言って意識を集中した弁慶は、

 

「金剛転身」

 

と奥義を発動した。

 

「はぁ!」

 

「!」

 

また一段と鋭い突き。それを先ほどのようにいなそうとして通常ならざる手応えに一子は驚きの表情を見せた。

 

それを狙ったのか互いの得物が回転し宙へと放り投げられる。

 

「そぉい!!」

 

「川神流・玄武甲凱」

 

そのまま突進してくる弁慶に一子は迷わず防御の姿勢を取った。

 

ガイン!ととても肉体がぶつかったとは思えない音を響かせて一子が後方に吹き飛ばされる。

 

(いける!)

 

弁慶は確信する。

 

金剛転身。相手の強さに応じて己を短時間強化し戦闘を行う弁慶の奥義。強化はそれまでのダメージから算出されるが、強い強化になればなるほど強化時間が短くなるという短所も持っている。

 

弁慶は、はなから馬鹿正直に戦っても勝てないと結論付けていた。

 

それも仕方あるまい。弁慶はまだ壁越えした強さを手に入れてはいない。壁越えとは、それだけの戦力差を生むのだ。

 

そこで着目したのがこの金剛転身。これならばいかに壁越えの猛者と言えど同じステップに一時的にのし上がることが出来る。

 

弁慶の感覚からして残り10秒。ごくわずかな時間だが、今の状態なら少なくともイーブンだ。

 

・・・そう思っていた。

 

「いく「川神流・大蠍打ち」!?」

 

ズパァンとキツイ一撃が弁慶に炸裂する。

 

(ちっ!麻痺効果か・・・!)

 

一子の大蠍打ちは、もともと『蠍打ち』から鍛錬を経て変わったものである。厳しい鍛錬の末に『大蠍打ち』となったこの攻撃は強力な打撃だけでなく強力な身体麻痺効果も会得していた。

 

「それでおわり?」

 

「・・・。」

 

「じゃあ終わりにしましょう。お客さんも楽しめたはず。行くわよ・・・!!!」

 

「!?」

 

一子がそう言った瞬間弁慶もクリスと同じ現象を目にした。

 

極彩色の強大で強力な気が、爆発せんと巻き上がっている。

 

(そうか・・・私はこれに気付いてなかったのか・・・)

 

強くて自分を圧倒する力。それが発揮されていると思ったからこそ金剛転身を使った。だが、それは誤りだったのだ。

 

一子は全然本気を見せていなかった。お客がいるからと。折角来てくれた人たちを楽しませたいと。それまで道化を演じていたのだ。

 

「こりゃあ・・・リターンマッチだね」

 

そうして弁慶は迸る奔流に呑まれ意識が薄れて行った。

 

『ぬおっ眩しい・・・と思ったら、弁慶が倒れてる・・・』

 

『ヒューム卿を倒したのと同じ技でしょうこの勝負』

 

「勝者! 川神一子ッ!!!」

 

オオオオオ!!!

 

と声援が上がる審判を務めたのは百代であったが、彼女も目に涙を浮かばせていた。

 

「ワン子・・・ついに来たんだな」

 

「うん。アタシ、やっとここまで来たよ」

 

熱い声援の中、撫でくり回し最後にパン!と背中を叩いて百代は言った。

 

「さ、弁慶ちゃんが起きたら表彰式だ。それまでカッコよくな!」

 

「うん! お姉さまも待っててね! すぐ追いつくから!」

 

「はっは! 私を相手にしようとは、まだまだ入口だぞ! ひよっこめ!」

 

頭を優しく撫でて百代は言った。

 

「さ、私達は表彰式の準備があるからな。先に控室に戻っててくれ。呼ばれたらすぐ来るんだぞ?」

 

「わかった!」

 

そうして一子は客席に向けて大きく息を吸って、

 

「ありがとー!!!」

 

と叫んだ。

 

 

『それでは第一回川神市、御前試合の表彰を始めるぞ』

 

『三位の田中選手、二位の弁慶選手、そして栄えある一位、川神一子選手。ご入場ください』

 

パチパチパチと拍手で迎えられる一子達。

 

そして表彰台に順番に上がる。

 

『では、まず三位の田中選手には川神銅メダルと景品が授与されます』

 

田中の首に銅メダルがかけられ、商品の川神キノコなどの特産品が書かれた大きなプラバンが渡される。

 

『次に弁慶選手に銀メダルと・・・あれ、これ大丈夫?』

 

巨人の言葉に?を浮かべながら銀メダルと景品を受け取る弁慶。大きなプラバンをみると・・・

 

『川神水大吟醸、吟醸、特別本醸造飲み比べセット一ダース』の文字が。

 

「キタ――(゚∀゚)――!!」

 

ブンブン、ブンブンとプラバンを振り回す弁慶。

 

「ちょ、危ない」

 

「あはは! 本当に川神水好きなのねぇ」

 

『ああ、やっぱりこうなった。弁慶選手不思議な踊りはやめてくださいねー』

 

『ええ、ゴホン。では一位、川神一子選手にも金メダルと景品の授与です』

 

そうして一子に金にきらめくメダルと、家族で行く! 高級旅館券の字が書かれたプラバンが渡された。

 

『一位の川神一子選手の景品は一年間有効なので慌てず、忘れずにご利用ください』

 

『そんじゃ、順にインタビューと行くかね。納豆小町さんよろしく』

 

という事で現場の燕にパスが回された。

 

『はーい! ネバっと参上納豆小町でーす。三位の田中ちゃん。試合通してどうでしたか?』

 

燕の問いに田中は小さな声でボショボショと語る。

 

『んん?聞き取れないなぁ・・・ええっと?』

 

首を傾げ耳を近づける燕に聞こえたのは、何を言ったらいいか分からないと顔を赤くして言う田中だった。

 

『あっはは! 田中ちゃんは人見知りのようでーす! じゃあこれだけ! 楽しかったですか?』

 

燕の問いに真っ赤な顔でコクコクと頷く田中だった。

 

『はい! ありがとうございましたー! 二位の弁慶ちゃん・・・は不思議な踊りの真っ最中なので飛ばしますねー。それじゃあ一位! 川神一子選手! 一位になった感想は?』

 

マイクを向けられた一子は、

 

『これまで苦しくて辛いこともあったけど、この場に立って少し報われたなぁって思います』

 

けれど、と一子は言った。

 

『まだまだ先を見据えて勇往邁進しようと思いますっ!』

 

その輝かしい笑顔とは裏腹に涙を流す一団が。

 

川神院の修行僧達である。

 

「一子ちゃ~ん・・・」

 

「良かった・・・本当に良かった・・・」

 

「涙が・・・涙が止まらぬ・・・」

 

おーいおいおいと泣く修行僧にびくっとする観客だが、川神院の修行僧だと知って慰めている人が多い。

 

『それでは、解説実況の宇佐美さんとクラウディオさんに投げまーす。そーれ!』

 

実際にマイクを投げたわけではないが、投げるフリに合わせて花火が打ち上がる。

 

『ありがとうございました。どの選手も死力を尽くした戦いでしたね』

 

『はい。川神も安泰ですな』

 

『それでは川神御前試合、終了の運びとさせていただくぜ。帰る時、怪我の無いように』

 

『解説実況の宇佐美巨人様とクラウディオ・ネエロがお送りいたしました。皆さま帰り道お気をつけてお帰りください』

 

ドン!パラパラとなる花火をバックに御前試合は幕を閉じるのだった。

 

 

――――interlude――――

 

 

カツカツカツと靴を鳴らしながら急ぎ足で帰るオニュクス王国国王とイムベル将軍。

 

「・・・イムベルよお前はどう思う」

 

「戦力に関してでございますか?」

 

「うむ。我は今の戦力では足りぬと見るが・・・」

 

「はい。少なくとも2倍、3倍は必要でしょう」

 

「であろうな。直ちに製作に取り掛かれ」

 

「はっ」

 

恭しく礼をするイムベルを見てニヤリと笑うオニュクス王国国王。

 

「クック・・・待っているがよいぞ」

 

裏では何か陰謀が見え隠れしているがまだその時ではない。

 

いつしかこの暗い影が牙を剥くとき彼ら彼女らは無事なのだろうか?

 

それはまだ誰もわからない。

 

――――interlude out――――




はい。やっと後編仕上がりました。もうね色々考えて、お風呂でヴァ―とゾンビのような声を上げながら必死に書きました。

今回でバトル成分は供給過多なので日常編やイチャイチャ編が続くと思います。

遅くなり申し訳ありません。ですが、これが作者のベストでした。これからもよろしくお願いします!


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御前試合を終えて

みなさんこんばんにちわ。相変わらずすーぐ体調崩す作者でございます。

今回は大規模な戦いも終えたという事でまず十勇士が西に帰ります。何だかんだ馴染んでいた彼らも一時見納めですね。

では!


御前試合が終わり、十勇士の留学も終わろうとしていた。

 

『えー、十勇士が来て間もなく二カ月じゃ。ついては彼らの滞在も終わりとなる』

 

御前試合明けの月曜日。全校朝礼で鉄心はそのように語った。

 

『東と西のまたとない機会じゃったと思うが折角の縁じゃ。最後まで彼らとの交流を楽しんでくれれば幸いじゃ』

 

そう言って鉄心は一度下がり、鍋島が前に出た。

 

『天神館の鍋島だ。うちの奴等が世話になった!俺からも礼を言わせてくれ。一年生から三年生まで、うちの十勇士と切磋琢磨してくれてありがとうよ。来年も東西交流戦を考えてるからまたよろしくな』

 

鍋島はそう言って挨拶を締めくくった。

 

「来年度か・・・俺達や十勇士はもういないからどうなるのか楽しみだな」

 

「今年度は無しになっちゃったからね」

 

「マスター達が居なくなろうと私は川神学園に残りますからな!実力を落とさぬよう訓練せねば!」

 

「訓練て・・・この脳筋は・・・」

 

頭が痛そうにカクリと肩を落とす士郎に、まぁまぁ、と周りが声をかけた。

 

「西の人達にまた舐められるのも嫌でしょ?だからレオニダスさんの訓練はありがたいじゃない」

 

「チカちゃんの言う通りです!来年も、レオニダスさんが勝利に導いてくれますよ!」

 

「まぁ俺らにできて後輩が出来ないのも問題だろ。その辺は何とかしてもらわないとな」

 

スグルがニヤリと笑って言った。

 

彼もハッキングなどで交流戦で競っていたのだ。武闘派でなくとも戦いの場はあるという事だろう。

 

『では最後の一日じゃ。双方悔いの無いようにのう』

 

 

 

そんな朝礼の後F組の教室では。

 

「なんだか物寂しくなるなー長曾我部との力比べも出来なくなるとなぁ・・・」

 

「ガクト!お前なら俺は大歓迎だぞ。四国に来い!」

 

「嬉しい誘いだぜ。また今度な!」

 

と口々に別れを惜しみながら十勇士は帰り支度をしていた。

 

「晴ちゃん、焔ちゃん!二人も一度帰るんですか?」

 

「うん。これでも色々ある家だからさ。その辺整理したら士郎の家にいくよ」

 

「大友もぞ!花火職人なのでな。色々と引継ぎやらなにやらしなくてはいかんのだ!」

 

それでも士郎の元に行くことは決定事項らしく、二人は笑っていた。

 

「衛宮。それがしの刀は・・・」

 

「昨日できたぞ。留学中に間に合わせる約束だったからな。鞘も拵えも完璧だ」

 

「ぬぬ!では今日、早速受け取らせてもらおう」

 

「いいぞ。というかうちのリーダーがな・・・」

 

「ようし!今日は士郎んちでお別れパーティだ!」

 

「賛成ー!何気に衛宮君の家初めてね」

 

「うちもチカリンと同じ系。話には聞いてたけど行くのは初めて系」

 

「僕も衛宮君の家は初めてかな。食材、持って行かないとね」

 

クマちゃんもいつもの笑顔でうんうんと頷いていた。

 

「はっは。それがしだけでなく皆集合か」

 

「そういうこと。S組の連中にも大和達が広めてるはずだ。中々な来客になると思うぞ」

 

「我らの為にそこまで・・・これはなにか恩返しを考えなければなりませぬな。御大将」

 

「出世街道を行く俺にはピッタリな祝宴だな。何か考えてやらなくもない」

 

「そう言いながら嬉しいくせに。椎名にうちの秘伝のキムチご馳走したろ」

 

「え。宇喜多、あれ持ってきたの・・・?」

 

「なんや。ニンニク入ってないんやから大丈夫やろ?」

 

「そうじゃなくて辛さが・・・」

 

「うちと椎名だけが食べるんやからいいの。もちろん食べたい奴はウェルカムやで」

 

京と宇喜多だけが食べれるとか尋常じゃない辛さのような気がする士郎。

 

「ま、まぁ何はともあれ今日はうちで宴会らしいからな。最後くらいぱっといこう」

 

「うむ。衛宮には世話になりっぱなしだな。何かあれば呼んでくれ。初回はタダで働こう」

 

「タダより高いものはないぞ。鉢屋」

 

そう言って互いに笑って最後の授業を受けるのだった。

 

 

 

学園の授業も終わり、士郎は林冲を連れて足早に帰宅していた。

 

「「ただいま」」

 

「おかえり」

 

「おかえりー!」

 

落ち着いた声の史文恭と天衣がパタパタとやって来た。

 

「天衣・・・さん。準備は?」

 

「あはは!夫婦なんだから名前呼びでいいだろう?・・・粗方準備は出来てるぞ。事前に教えてくれたから史文恭の車で業務用スーパーに行ってきたんだ」

 

恥ずかし気にさんつけしてしまう士郎を笑って、天衣は準備してあるものを紹介する。

 

焼肉は各種つけダレに付けておいたし焼き鳥もこのまま解凍しておけば大丈夫だろ?あとはホイル焼きを準備して・・・

 

一体何人前だと思う士郎だがF組全員とS組の一部、それに由紀江や紋白も招待しているので数はいくらあってもいいだろう。

 

「残ったらうちで食べればいいわけですし。ありがとうございま・・・あはは・・・ありがとう、天衣」

 

「うん!さ、忙しくなるぞう」

 

テキパキと紙皿や紙コップ。ジュースに酒と色々準備する天衣。

 

「中は天衣に任せて大丈夫そうだから、俺たちはBBQコンロとかテーブルの準備をしよう」

 

「了解だ」

 

林冲の手を借りて士郎も準備に勤しむ。そんな折、

 

「「ただいま」」

 

「ただいま帰りました」

 

凛と桜、セイバーも帰ってきた。

 

「シロウ?これは・・・」

 

「見たとこ宴会ね」

 

「先輩!手伝えることはありますか?」

 

「凛とセイバーは土蔵からテーブルを持ってきてくれ。桜は中で天衣が色々準備してるから手伝ってやってほしい」

 

「わかったわ。いくわよ、セイバー」

 

「わかりました!天衣さーん」

 

などなど、そうこうしている内に日が傾いてくる。

 

「お邪魔します・・・衛宮は居るだろうか」

 

「ああ、十勇士か。士郎は今外で色々準備をしている。中庭の方に回れ」

 

「了解した」

 

鉢屋は目礼を史文恭に返すと、玄関から中庭の方へ向かった。

 

「衛宮」

 

「鉢屋か。先に来たのか?」

 

「うむ。愛刀が恋しくてな。それと、宴の準備も手伝えるだろう」

 

どこかウズウズとした雰囲気を出す鉢屋に、士郎は笑みを浮かべて、

 

「今取ってくる。凛、ここを任せて良いか?」

 

「いいわよ。早く渡しちゃいなさい」

 

「縁側から居間に入って座っててくれ」

 

「了解した」

 

行儀よく正座で待つ鉢屋を見て士郎も地下の武器庫からオーダー品を取ってくる。

 

「待たせたな」

 

「いや・・・依頼から今日までの期間を考えれば短いくらいだ。しかし・・・」

 

余程の事が無い限り心情を表に出さない鉢屋がらしくなくウズウズとしているのを見て士郎はケースを開けた。

 

「どうぞ」

 

「痛みいる・・・ぬう・・・」

 

鞘から抜き、色々な角度から眺め、鞘の方も実戦に耐えうるか確認する。

 

「流石、衛宮だ・・・これほどのものをそれがしは見たことが無い」

 

「それはどうも。喜んでくれて嬉しい。ただ、ルールはわかってるな?」

 

スゥっと冷たい空気を漂わせる士郎。しかし鉢屋は怯えることなく頷いた。

 

「お前が信頼し、預けてくれたこの刀を邪なことでは扱えん。それがしは一度道を踏み外した身だが・・・もう大丈夫だ」

 

腰に挿して感触を確かめる。

 

「うむ・・・まさに鋼の匠のなせる技か。全く違和感がない」

 

「試し切りはどうする?畳と木偶人形、あとできるなら鉄板も用意したが」

 

「もちろんだ。させてもらおう」

 

その後彼は何度か畳を切り木偶人形を跡形もなく切り伏せ、いよいよ鉄板に向き合った。

 

「内に込めるようにだったな」

 

「ああ。刀に鉢屋の気専用の通り道が作ってある。そこに流し込むんだ」

 

チキ、と刀を構え、そのまま目を閉じる鉢屋。

 

瞬間、

 

キン、と鉄が鳴った。地面には切られた鉄板。そして息を荒げ、膝をつく鉢屋。

 

「これがこの刀の威力か・・・信じられん」

 

「まだまだ本調子じゃないけどな。でも中々やるじゃないか。最初から第一段階に到達する奴はそうはいないぞ」

 

「己の未熟を恥じる・・・この刀は、まだこんなものではないと確かに訴えかけているようだ」

 

スッと腰の鞘に忍者刀を納めて鉢屋は改めて礼をした。

 

「この世にまたとないものを、感謝する」

 

「ありがたく受け取っておくよ。末永く使ってやってくれ」

 

「うむ」

 

満足気に頷く鉢屋を見て士郎も安心したようだ。

 

「士郎ー!」

 

「おっと。客が来た。今日は鉢屋も飲んで食べて行ってくれ」

 

「ありがたい。して、それがしは何を手伝えばいい?」

 

「そうだな・・・あ」

 

よく見ればBBQコンロが一台しか出ていない。

 

「新しく新調したBBQコンロを出すのを手伝ってくれ。炭は心配ないけど、少し大きめのをもう一台買ったんだ」

 

「あいわかった」

 

鉢屋は頷いて士郎の後についていく。

 

「これだ。よっこいせ・・・鉢屋そっち持てるか?」

 

「問題ない」

 

もう最初のBBQコンロに火を入れている中庭に持っていく。

 

「あら?もう一台あったの?」

 

凛が珍しそうに言った。

 

「ああ。うちは何かと来客が多いからな。買っておいたんだ」

 

「なるほどね。風間君達と十勇士?だっけ。その人達も来たようよ」

 

「わぁ・・・二台もBBQコンロあるわ」

 

「これならく食いっぱぐれねぇな」

 

「士郎せんぱ・・・士郎、さん!北陸の幸をお持ちしました!」

 

「おお?俺様も四国の名産品を準備したぜ!」

 

どうやらキャップはある程度の人物にこの送別会ともいえる催しを事前に伝えていたようだ。

 

「気が利く奴だ」

 

「あれでもうちのリーダーだからな」

 

「マジで川神幽霊屋敷?」

 

「幽霊何て微塵も感じない系。昔はもっとやばかった系」

 

「チカちゃん!まずは家主さんに挨拶しないと・・・」

 

「?ここにいるぞ?」

 

「え?衛宮君がですか!?ご両親の方は・・・」

 

「あー・・・流行り病でとっくに・・・」

 

「はう・・・ごめんなさい」

 

「気にしないでくれ。それより委員長も今日は楽しんで行ってくれ。折角の送別会なんだから、な?」

 

「・・・わかりました。これでもみんなよりおねーさんですからね!任せてください!」

 

フンス!と気合を入れる彼女に苦笑を漏らし、

 

「おうい衛宮君!」

 

「わりぃな遅れちまった!」

 

「館長!遅いのだ」

 

「わりぃわりぃ。乾杯には間に合ったか?」

 

「ギリギリ、ですけどね」

 

ヨシツグが笑って言った。

 

「飲み物はそこにあるからなー。学園長と鍋島館長は縁側まで取りに来てください」

 

「士郎くーん!」

 

「私らも来たよぉ」

 

「いでででで!にこやかに挨拶してないで手を離してくれ!耳が千切れる!」

 

「ふははは!九鬼英雄!降臨である!」

 

「ふっはは!九鬼紋白!顕現であるぞ!」

 

「衛宮君。遅くなったけどはいこれ。少し遠くから仕入れたから遅くなっちゃった」

 

「何気に俺らまで呼ばれるのは珍しいな」

 

「勢いで野球拳とかしねぇかなぁ!」

 

「・・・誰かそこの猿を捕らえとけ」

 

「送別会だろー!?ちょっとはめを外してもいいじゃねぇか!」

 

「やかましい!テメェはそこで大人しくしてろ!」

 

何処からともなく縄を取り出してヨンパチを縛る忠勝。

 

「源君、ナイス!」

 

「てか縄どっから出て来た・・・?」

 

「ん?ああ、今のは・・・」

 

「ここが衛宮の家か。立派な家だな」

 

「梅先生!」

 

「ささ、もう準備も出来てるみたいですし、座りましょう」

 

「宇佐美先生も!」

 

「ワタシ達だけ除け者なんて言わないよネ?」

 

「ルー先生も・・・」

 

「これは大祝宴だなぁ」

 

「ま、仕込みもしてるし大人の皆さまは飲むのが主だろうから問題ないさ」

 

パン、と士郎は手を叩き、

 

「さあみんな!飲み物は持ったか!?つけダレは十分か!?」

 

おー!と歓声を上げる皆。

 

「じゃあ乾杯するぞ!カンパーイ!!」

 

「イエー!」

 

ジュー!ジュー!

 

「ホフホフ!」

 

「グッグッグッグ・・・プハー!」

 

「こりゃいいのう・・・」

 

「最高の送別会だぜ」

 

「ただいまー!」

 

「お、清楚も帰って来たか」

 

「ああっ!?モモちゃん!もう始まってるよ!」

 

「そんなこと言ったって仕事だったんだもん・・・」

 

「武神も仕事を苦に感じるっと」

 

「てい!」

 

「いったー!」

 

「モモ先輩遅いなと思ったら清楚先輩と一緒だったんだね」

 

「はいそこー。押しかけ納豆は禁止だぞー」

 

「はう!旦那様の目は厳しい・・・」

 

ヨヨヨ、と泣き崩れる真似をする燕。

 

「大和、心は?」

 

「うん?なんか仕事で遅くなるってさ。この調子だと夜までやってるだろ?そのうち来るよ」

 

「なるほどな。みんな逞しくなって・・・」

 

「一番は士郎だろうー」

 

「そうだね、この場の半分くらいは嫁さんだもの」

 

「そこは突っ込まなくていいんだよ!直江くんちの大和君!」

 

「あはー大和が三人いるー」

 

「弁慶、飲み過ぎだぞ」

 

「そういや飲み比べセットとか当たってたっけ」

 

「あれのみ比べられてるのか?」

 

「・・・純粋に楽しんでるだけっぽいな」

 

とこちらも中々カオスな状態に。対して大人陣営は、

 

「んっんっん・・・はぁ・・・まさか生徒の家に来てビールまで準備されているとは思わなかった」

 

「私達も飲むことがあるからな」

 

「ん、貴女が史文恭か」

 

「そうだ。お前が家主の担任の小島先生だな。よしなに」

 

トクトクトクっとビールを梅子のコップに注ぐ史文恭。

 

「んっんっん・・・はぁ。よろしく頼む」

 

大人の方も実に楽しそうだ。

 

「旦那様ーお肉をください!」

 

「よ、義経も士郎君に取ってほしい!」

 

「まてまて。こりゃBBQコンロ二台にして正解だったな・・・」

 

ひっきりなしに肉が焼かれては持っていかれるので、士郎はひたすら焼くことに集中していた。

 

「はい。焼けたぞ」

 

「わーい!まぐまぐ!まぐまぐ!」

 

「わー・・・士郎君に取り分けて貰えて義経も嬉しい!」

 

「そんなオーバーな。定食の時もそうだろう?」

 

恥ずかし気に言う士郎に凛は、

 

「大切な人によそってもらうご飯は格別なのよ?士郎」

 

「そっか・・・そうだよな。よし!ジャンジャン焼くぞ!」

 

「それじゃあ貴方が食べられないじゃない。変わるわ」

 

そんなこんなで騒ぎながら日が完全に落ちた頃。一台の車がやって来た。

 

「心かな?」

 

「恐らくな。あの車番は間違いねぇ」

 

スッと士郎の横に立ったのはあずみだ。

 

「英雄の護衛はいいのか?」

 

「護衛も何もねぇだろ・・・悪意ある奴が近づいただけで警報が鳴る屋敷だ。学園や九鬼ビルよりも安全だぜ。ここはよ」

 

よく見れば英雄と紋白は居間の方で仲良く横になっていた。

 

疲れがピークなのだろう。楽しい喧騒を子守歌にすっかり寝入っているようだ。

 

「使ってなさそうな部屋から布団借りたぜ」

 

「ああ。構わないさ。疲れが取れると良いな」

 

そう言って車から出てくる心を待つこと数分。

 

「お、遅くなったのじゃ・・・」

 

「心・・・!」

 

「なんだ、気合入ってんな」

 

いつもの着物姿だが、お団子ヘアーではなく、豪華なかんざしで髪を後ろで止め、口に紅をさした、いかにも気合入ってます!と言った風の心だった。

 

「いらっしゃい心。待ってたぞ」

 

「う、うむ・・・仕事故、遅くなってしまったがまだやっておるか?」

 

「まだまだ宴は終わっちゃいねぇよ。それより護衛はどうした?」

 

「うむ?必要ないじゃろ?此方は旦那様の家に来たのだから・・・」

 

恥ずかし気にそっぽ向く心。かんざしに付けられた飾りがシャラン、と鳴った。

 

「へぇへ。いつもボッチのお嬢様からしたら正念場ってことね」

 

「誰がボッチじゃー!少なくとも今は友達が沢山なのじゃ!」

 

「そうだな。心も随分と変わったもんな。さ、入ってくれ中庭でやってるんだ。着物を汚さないようにな?」

 

「うむ・・・エスコート・・・「はいはいお嬢様が通るぜー」にょ、にょわあ!?」

 

エスコートして欲しかったのだろうが、あずみがさっさと連れて行ってしまった。

 

「今のは空気読むべきだったかな・・・」

 

とはいえ、あの調子だとあずみが嫉妬するので結果的には良かったのだろうが。

 

「士郎ー!」

 

「何してんだよー」

 

「ああ、今行く!」

 

そうして今日という一日が騒がしく終わりに近づいていく。十勇士も川神学園側も悔いの無い一日となったようだ。

 

 

 

翌日、川神駅前で。

 

「世話になったな」

 

「みな悔いなく過ごせたのも皆様のおかげです」

 

石田と島が代表して言う。そして、

 

「風間」

 

「んー?」

 

「受け取れ」

 

そう言って渡されたのは石田のメダルだった。

 

「・・・ありがとうよ。代わりにこれやるぜ」

 

そう言ってキャップが渡したのはトレードマークのバンダナだった。

 

「キャップ・・・!」

 

「いいの?」

 

「ああ。これにぴったりのお返しだろ?」

 

「お前の魂か・・・受け取らせてもらう」

 

恥ずかし気にそっぽ向きながら石田は受け取り、皆はその様子に暖かい笑顔を向けていた。

 

「おっと。それがしも・・・一子殿」

 

「ふえ?」

 

島もメダルを一子に贈った。

 

「いいの!?」

 

「もちろんです。更なる飛躍を期待していますぞ」

 

「わーい!島君、ありがとう!」

 

「これで俺たち十勇士の全てのメダルを手にしたな」

 

「そいつは数少ない本物の信頼の証だぜ。大切にしてくれよ」

 

風間ファミリーが、はい!と返事をする。

 

「よっしゃ。じゃあ帰るぜ」

 

「またな卓也」

 

「ヨシツグもまたね」

 

「ガクト、一度は四国に来いよ」

 

「わかってらぁ。彼女連れて行くからよ」

 

「椎名もこっちにくるんやで?」

 

「・・・いくよ」

 

「衛宮、また会えることを楽しみにしている」

 

「ああ。鉢屋。怪我するんじゃないぞ」

 

「それはこちらのセリフ、だな。美しく邁進してくれ」

 

「ハーレムを大事にするんだぞ」

 

「あはは・・・」

 

龍造寺の言葉に苦笑をこぼす士郎。

 

「ほらほむ、シャキッとしないと」

 

「そう言う晴だって涙を流しているではないか・・・」

 

「二人とも」

 

一時の別れに涙を流す二人に士郎は、

 

「これ、作ったんだ。どうか持って行って欲しい」

 

「うむ・・・これは、剣・・・?」

 

「私のもだ」

 

それは小さな白の短剣と黒の短剣のアクセサリーだった。

 

白が晴、黒が焔に渡された。

 

「こいつは互いに引き合う。俺の持つペンダントとも引き合うから持っていてほしい」

 

そう言うと二人の短剣がふわりと浮いた。

 

「ホントだ・・・」

 

「神秘ぞ・・・」

 

くしくしと目元を擦ってその不思議な光景を目に焼き付ける。

 

「九州まで届くかは分からないがこちらで言う川神市内なら確実に引き合う。また再会できることを願って」

 

「・・・うん。必ず士郎の所にいくから」

 

「だな!大友も早く衛宮を名乗りたいぞ!」

 

士郎は透き通った笑顔を浮かべて、

 

「ああ。待ってるよ」

 

「いいねぇ・・・絆の証じゃねぇか」

 

「鍋島館長も息災でいてくださいね」

 

「あったりめぇよ!俺は最強の男だぜ?そんなやわじゃねぇよ」

 

「はいはい。これじゃいつまでも帰れないでしょ?」

 

凛がパンと手を鳴らしたのを合図に彼らは改札口の向こうへと歩いて行った。

 

その姿が見えなくなるまで見送り、

 

『発車します』

 

特徴的な音楽と共に彼らは西へと帰って行った。

 

――――西との交流はこうして幕を閉じる。確かな絆で結ばれた彼らはきっと再会を果たすだろう。たとえ困難がやって来たとしても彼らは絶対に会う。そう信じて送り出したのであった。




はい。十勇士との別れでした。作者もなんだか寂しくなるなぁとズルズル書いてしまっていたのですっぱり切ることにしました。

次はイチャコラ回ですかねぇ……誰にしようかな。よければリクエストなどお待ちしております。こんなつたない作者ですが希望に添えるならそうしたいと思うので。

DM機能、感想にてお待ちしております。では次回!


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幕間:心と

皆さんこんばんにちわ。相変わらず歯医者に通う作者でございます。

今回は心とのイチャコラ回にしたいと思います。


では!


十勇士が西に帰って数日。士郎は心にお昼を共にと呼ばれていた。

 

「今日は定食も休みだしゆっくりできそうだな」

 

珍しくも今日は学食を素通りする士郎。果たして件の心は・・・

 

「いた」

 

学園内の日当たりのいい場所に陣取り、千花や委員長と仲良く会話していた。

 

「それでねー・・・あ」

 

「すまん。お邪魔だったか?」

 

「全然!じゃあ私達は学食いくから」

 

「心ちゃん!頑張るんですよ!」

 

「な、なにをがんばるのじゃ!?」

 

意味ありげに笑いながら去って行く千花達。何はともあれ無事合流した士郎は、

 

「隣、いいか?」

 

「お、お主は此方の、は、はは伴侶ぞ!気遣いなどしなくて良いのじゃ」

 

「そっか。じゃあお邪魔して・・・」

 

パカリと心のものとは比較にならないほど小さなお弁当を開ける。

 

「そ、そのように小さなものでは足りなかろう?此方のも分けてやるのじゃ」

 

「そうか?じゃあ有難く分けて貰おうかな。どんな味付けなのか気になってたんだ」

 

「うむうむ・・・折角だから交換、なのじゃ」

 

「・・・俺のおかずじゃ釣り合わないかもだぞ」

 

「そのようなことは心配しておらぬ。衛宮定食からして此方の弁当以上の美味しさであるからのう・・・それじゃ、交換じゃ」

 

「・・・。」

 

デーン!と出てきたのは五段くらいの重箱。あんまりな光景に士郎は、

 

「心・・・それ全部食べる予定だったのか・・・?」

 

ちょっと引いている士郎に心は、

 

「ち、違うのじゃ!此方もこんなに食べきれぬ!しかしな、料理長が・・・」

 

『これだけあれば心お嬢様にもお友達が出来るはず!!』

 

「と言っておってな・・・」

 

「・・・。」

 

何という力押し。質はもちろんだろうが、数による暴力である。

 

「その・・・昔は料理長の言葉も嬉しくて、食べられる分だけ食べていたのじゃが・・・」

 

「今は友達もいるし何より食材がもったいない、か」

 

士郎の言葉にコクリと頷く心。

 

「最近の此方の仕事は、見た目も良く、美味な和菓子ブランドの確立なのじゃ。だから尚更もったいないと感じてしまって・・・」

 

「うーん・・・」

 

心も胸を痛めているという事を聞いて何とかできないかと感じる士郎。

 

しかし、何事にもめげない彼女は、

 

「さ、早速おかずの交換じゃ!ほれ、あ、あーん・・・」

 

「もぐ」

 

「!」

 

「モグモグ・・・」

 

心があーんに成功して固まっている中、士郎は味を確かめていた。

 

「ん、美味いな。手順も完璧だし何より食材が痛まないように調理されてる。この暑さだからな。とても心遣いの行き届いた料理だ」

 

「そ、そそそうか・・・どれ、交換じゃぞ?此方にも、あ、あーん・・・」

 

「あーん」

 

パクリ。

 

「・・・(モグモグ)」

 

「どうだ?」

 

士郎の言葉にふんわりと笑みを浮かべた心は、

 

「美味しい。家庭的なおかずではあるが、食べる人の事をよく考えておる一品じゃ」

 

「ありがとう。これでも自信作だからな。嬉しいよ」

 

士郎も笑みを浮かべて言った。

 

その後は、最初の恥ずかしい空気も何のその。互いに食べさせ(途中からは心のお弁当で)合ってそれを見ていた生徒も、思わず笑顔になるほど微笑ましい空間だった。

 

 

 

その後学業を終えた士郎と心はいつぞやのように心の家に行くことになり迎えの車で楽し気に会話していた。

 

「中々味のバランスが・・・」

 

「それなら栗のペーストを加えて・・・」

 

と、このように心の新ブランドの話をしていた。

 

「はぁ・・・士郎は本当に物知りじゃのう・・・此方の考えが浅はかに思えるわ」

 

「そんなことないさ。心だって日ごろから舌が鍛えられてるだろう?」

 

士郎は柔らかい笑みで言った。

 

「それに、食べる相手の事が良く考えられてる。友達が出来たおかげだな」

 

「そ、それは~そのう・・・確かに昔の此方では考えられぬことかも・・・」

 

テレテレと照れ笑う心は士郎に出会えて本当に良かったと感謝しきりだった。

 

(仮にこの事業に辿り着いたとして、昔の此方では大したものを作れんかったじゃったろう・・・)

 

きっと贅を尽くしたものを作り、それで満足していたに違いないと心は思う。

 

(しかし大丈夫なのじゃ!今回は友もおるし、何より士郎がいる!百人力ならぬ千人力じゃ!)

 

そんな事を思ってキリッとした表情をしていた心だが、

 

「そう言えば心。心は別邸で暮らすのか?」

 

何気ない士郎の問いに、

 

(そうじゃったー!!!)

 

ガクゥと崩れ落ちる心。

 

(嫁に行く許可はなんとかもらったが、新ブランドが安定するまで此方は士郎の元に行けぬではないかー!)

 

「あ、あんまり気にしないでくれ。ただ心の屋敷はいつも豪華だからさ。うちじゃ見劣りするかなって思って」

 

「それならば心配いらぬ。此方の選りすぐった庭師を連れて行くからのう」

 

「斎藤さんか?」

 

「いや、斎藤は不死川家に代々仕える者じゃから他の庭師じゃ。今選定中でのう」

 

そう言って、まるでもうすぐ行くよ!的なことを言ってしまう心。

 

(失敗じゃあ!これではすぐにでも行くと言わんばかりではないかぁ!?)

 

「そっか。俺も習おうかな。土や木をいじるのも嫌いじゃないし」

 

「そ、それがいいのじゃ!士郎も学ぶが良いぞ!」

 

と、結局修正をかけられず、ズルズルと言ってしまうのだった。

 

そんなことを話していれば心の家に着くのも自然と早く着く。

 

今日はブランドの菓子を一手に引き受ける菓子職人と、ブランド菓子の相談をしてほしいという心の希望で士郎は再び心の家にお邪魔することになったのだった。

 

「心お嬢様、旦那様、おかえりなさいませ!」

 

おかえりなさいませ!!と唱和されてちょっとビビる士郎。

 

(そうか・・・俺はこれから旦那様呼びでこの人たちと出会うのか・・・)

 

何とも複雑な士郎。だがとりあえず、どうも的な感じで適当に挨拶しながら移動する。

 

「それで、俺はどうすればいいんだ?心」

 

「まずは此方も楽な服装に着替えるので、案内する応接間でゆっくりしておれ」

 

「そうか。わかった」

 

ここでも心はサプライズを用意していた。

 

(しめしめ・・・此方のかじゅあるな姿に恐れおののくが良いぞっ)

 

と何やらカジュアルな服装を披露しようとしているようだが、

 

(心お嬢様、カジュアルでは恐らく無いです・・・)

 

(楽な服装ではあると思いますが)

 

はぁ、とため息を吐く侍女達であった。

 

案内された応接間で心を待っている間、士郎は紅茶を頂きながら幾分リラックスして待っていた。

 

「心の家も二回目だしな・・・ただ」

 

とにかく自分に刺さる視線、視線。結婚式を挙げたわけだが、あまり顔合わせをしていないのでこちらを見る視線がすごい。

 

幸い、悪意ある視線ではないので物珍しい、くらいなのだろう。この手の視線は何度も出会ったので士郎的には問題なかった。

 

「まぁ仕方ないよな」

 

そうして紅茶を一口。何気に休む暇も無かったよなぁとちょっぴり反省。

 

(義経達が休ませたがるのもちょっと分かった気がするぞ)

 

こんなわずかな時間でリラックスできるのだから、普段から働き過ぎなことを考える士郎。

 

(今度大々的に休みを取るか・・・ん?)

 

コンコンコン

 

「士郎様。心お嬢様の準備が出来ました」

 

「はい。じゃあそちらに行きま――――」

 

す、という前にガチャリと扉が開かれ、

 

「――――」

 

「・・・。」

 

綺麗な白地のワンピースを着た心がいた。

 

「ど、どうじゃ・・・?」

 

「あ、ああ・・・」

 

白地のワンピースを基準に透明な羽衣のようなものを肩からふわりと纏い、羽衣に書かれた様々な柄が白地のワンピースに映える。

 

ただワンピースと言うと子供に見られがちだが心のそれは大人な、しかしふんわりとした大人な印象を受けた。

 

「似合ってるよ。綺麗だ」

 

「・・・!」

 

士郎の反応に顔を赤くする心。

 

士郎もなんだかばつが悪そうに後ろ頭を掻く。

 

「ごめんな。口下手で・・・でも本当に綺麗だぞ、心」

 

「よ、良いのじゃ。士郎のそれは心から出たものだという事はよくわかる・・・さぁ!厨房に行くのじゃ!」

 

恥ずかしさを振り切って心は士郎の片腕を抱いて厨房へと案内した。

 

「ここが厨房じゃ。マル秘公開じゃぞ。感謝するのじゃ」

 

「ああ。秘密は守るよ」

 

「では」

 

ついてきていた侍女が扉を開けてくれた。

 

銀色が目立つ部屋にポツンと立つ人影。多分、あの人が菓子職人だろう

 

「国光、国光!」

 

「うーん・・・ここはこうして・・・」

 

菓子作りに集中している様子の国光(くにみつ)と呼ばれている女性。

 

癖っ毛なのかびょんびょんと飛び出た髪が何本も伺える。

 

「まったくこ奴ときたら・・・スゥ――――」

 

心は一度大きく息を吸い、

 

「国光ッ!!!」

 

「はひゃいー!?」

 

心の怒声に、奇妙な声を上げて女性は椅子から転げ落ちた。

 

「こ、心お嬢様・・・」

 

「まったく・・・お主ときたら、菓子の事となるとすぐに周りの事が入らなくなるのう・・・」

 

「うう、申し訳ございません・・・」

 

どうやら集中するとどっぷり浸かってしまう人のようだ。

 

「それよりほれ。此方の伴侶を連れて来たぞ」

 

「おおお!貴方が心お嬢様の心を射止めた方ですか!噂はかねがね・・・」

 

「は、はぁ・・・」

 

両手を掴まれてブンブンと振られる士郎は複雑だ。

 

「それでそれで!お勉強は何処で?」

 

「あ、あー・・・昔専属菓子職人の方と合同で出したことがあっただけで独学ですよ」

 

「そのパティシエとは!?」

 

「すみません。極秘にしてほしいとのことなので」

 

「くう~!悔しい!でもそんな方と菓子作りが出来るなんて感激です!どうぞよろしくお願いしますッ!!!」

 

「は、はぁ・・・」

 

怒涛の勢いに士郎はたじたじだ。

 

「すまんの。腕は確かなんじゃが・・・色々すっぽ抜けておってのう・・・」

 

流石の心も士郎の腕をきゅっと掴んで謝る。

 

「まぁまぁ、頑固一徹の逆だと思えばいいさ。それより心。ここからは調理だ。その見事な服を汚してしまうかもしれないから・・・」

 

「そう言うと思っていたのじゃ!」

 

ばさりと羽衣だけを脱ぎ白いワンピースの上に心(ハートマーク)と書かれたピンクのエプロンを着用した。

 

「おお、準備万端だな。俺も・・・」

 

投影しようとして待ったがかかった。

 

「士郎様こちらを」

 

「え?」

 

青地に旦那様(ハートマーク)と印字がされたエプロンが出て来た。

 

「・・・これ着るの?」

 

コクコクコクコク!と頷く心。

 

「それとも嫌か・・・?」

 

上目遣い(士郎相手だと自然とこうなる)で見つめる心に、

 

「ええい!俺も男だ!!これでやるぞ!」

 

シュっと腕を通しビシっと紐を結び、ドドン!と腕を組む士郎。

 

「おおー!(パチパチパチ)」

 

「にょわぁ・・・」

 

国光はそのいで立ちに拍手。心は今更ながらに恥ずかしくなって惚けていた。

 

「ふう・・・それじゃあ国光さん、早速始めましょう」

 

「もちろんです!さぁ始めるぞう・・・」

 

また没頭しそうな雰囲気を出す国光。

 

「心もやるか?」

 

「も、もちろんじゃ!そのために此方もエプロンを身に付けたのじゃからの」

 

その後士郎と心は、いくつものサンプルを作り出し、

 

「これは・・・」

 

「こっちの方が・・・」

 

等など、様々な意見を言い合った。その中でも頭一つ抜けていたのは、やはり士郎と国光の合作だった。

 

「やっぱり本場の職人の作ったものは違うのう・・・」

 

「そんなことないさ。心と一緒に作った奴もいい線行ってると思うけどな」

 

「しかし、富裕層を相手取るならば、士郎と国光の菓子でなければ話にならん」

 

ぷくりと頬を膨らませて心は言った。

 

「心は富裕層だけをターゲットにした菓子ブランドにするつもりなのか?」

 

「い、いや・・・庶民にも、ちょっとした贅沢という感じで受け入れてもらえるものにしたいのじゃ・・・」

 

「ならやっぱりさっきのサンプルもいい線行ってるよ。万人受けすることを考えるならこの菓子はダメだ。完全に富裕層向けだよ」

 

「あの・・・なら、二種類作ればいいんじゃないですか?富裕層向けと万人受けように・・・」

 

「確かに。予算があるならそれがいいかもな。心、どうする?」

 

「・・・。」

 

心は僅かに考え、

 

「・・・二種類にしよう。富裕層向けと万人に人気が出そうな菓子。両方作るのじゃ」

 

「良し。なら国光さん。この菓子をベースにいくつか考えましょう」

 

「はい!」

 

「万人受けターゲットの方は俺と心でサンプルを作って三人で味をみよう」

 

「わかったのじゃ」

 

「日暮れまでは時間がある。今日は出来るだけサンプルを作って絞れるだけ絞ろう」

 

「はい!」

 

「やるのじゃー!」

 

二人とも気合は十分と作業に取り組むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

菓子作りを始めてどれくらい経っただろうか。既に日は暮れ、国光と士郎は富裕層向けの最終チェックに入っていた。

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

最終的に出来上がった桃をモチーフにした小さな菓子、三種類の最後の味見をする。

 

「国光さんいいですか?」

 

「はい」

 

二人が指さしたのはBと書かれた菓子サンプルだった。

 

「はぁ~・・・決まったぁ・・・」

 

「お疲れ様です」

 

「士郎様こそ。心お嬢様と私、二人に挟まれて忙しかったでしょうに・・・」

 

「まぁその辺も慣れですよ。心は一足先にギブアップしちゃいましたので」

 

寝室で仮眠をとっているという事だったので間もなくこちらに来るだろう。

 

と、

 

キィ・・・

 

「心」

 

「心お嬢様、何してるんですか?」

 

厨房の扉に隠れながら中を伺っていた心が恥ずかしそうに出て来た。

 

「や、休んでしまってすまなかったのじゃ・・・」

 

「なんだそんなことか」

 

国光と顔を見合わせてクスリと笑い。

 

「おいで心。菓子の一つが完成したぞ」

 

「心お嬢様、味見をお願いします」

 

「・・・!うむ!」

 

恥ずかし気にパタパタとやって来た心も富裕層向けの三種を味見し、結果三人一致でBと書かれたサンプルに決まり、心の新菓子ブランドの先駆けが出来上がるのだった。

 

 

 

――――interlude――――

 

 

一方衛宮邸では中々帰ってこない士郎を心配する声が上がっていた。

 

「士郎・・・遅いな」

 

「今日は不死川の所に行ったのだろう?」

 

食べ終えた夕食の皿を洗いながら林冲は呟き、近くにいた史文恭が答えた。

 

「なんでもお菓子の新ブランドを立ち上げるそうですよ」

 

桜がちょっと怒りながら言った。

 

「それにしても連絡の一つも寄越さぬとは・・・セイバーよ。これは良くあることなのか?」

 

「あまりない事柄ですね。ただ、士郎は没頭すると時間や日にちの概念があやふやになる所があるので、今回もそうでしょう」

 

「襲われないと良いんだけど・・・」

 

「ぷっ・・・林冲、今の士郎に酔漢や不良ごときが何かできるとでも思ってるの?」

 

林冲の心配振りに、凛が笑いと共に返した。

 

「それは・・・そうだけど・・・」

 

「オニュクス王国の事があるから心配なのだろうよ。そちらはどうなのだ?」

 

「続々とガラクタが運び込まれてるわね。この国の治安維持ってどうなってるの?」

 

「十中八九、手引きしてる奴がいるんだと思う」

 

「はぁ・・・武闘派揃いな世界なのは分かったけれど、犯罪者まで武闘派なのがいただけないわね」

 

「まぁそれを売りにしてるわけだからな。しかし、これだけの期間ため込んで仕掛けてこないとは随分と慎重だな」

 

「御前試合で警戒レベルを上げたんだと思う。予定の倍は想定してるんじゃないかな」

 

「林冲、貴女の考え当たりよ。今日運び込まれたので丁度倍の量ね」

 

「ガラクタをいくら増やそうがどうでもいい。近々暴れられるのならな」

 

「史文恭、ストレスでも感じてるの?」

 

「別に。ただ私も年なのでな。早く子を授かりたいのだが・・・中々手を出してこないのでな」

 

「こ、子供!?」

 

「し、史文恭さん・・・!」

 

林冲と桜が動揺する。だが史文恭は恥じらう事もなく、

 

「?お前達もいずれはそう動くのだろう?子がいらぬ奴などいるのか?」

 

「それは・・・」

 

「私は三人は産みます」

 

「せ、セイバー!?」

 

顔を赤らめながら宣言するセイバーに凛もが動揺した。

 

「最終的にあいつの子は何人になるんだろうな?」

 

はっはっは!と笑う史文恭だが、

 

「子育て、覚悟が必要ね・・・」

 

神妙に頷く凛達であった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

「やば・・・遅くなりすぎた」

 

慌てて家に電話する士郎。当然、遅い!とお叱りを受けたわけだが、

 

「士郎。今夜はもう遅い。此方の家に泊って行かぬか?」

 

「え?」

 

それは考えもしなかったとぽかんとする士郎。

 

『ちょっと?衛宮君?今聞き捨てならない声が聞こえたんですけど』

 

「あ、ああ・・・俺も予想外で・・・心、いいのか?」

 

「か、構わぬ。士郎と此方はもう伴侶だからのう。お泊りくらいいいのじゃ」

 

期待した目でチラチラと士郎を見る心。その視線に気づいた士郎は、

 

「・・・凛、今日は心の家に泊っていくよ」

 

『・・・はぁ。私、知らないからね』

 

「うう・・・どうにか穏便に済ませてくれ・・・」

 

『貸し一つよ』

 

「宝石以外な」

 

『チッ』

 

明確に舌打ちしよった凛であった。

 

「宝石?なんじゃ士郎は宝石の趣味でもあるのか?」

 

「い、いや、俺にそんな高等な趣味はない。ちょっと事情があってな・・・。ともかく、今日は心の家に泊めてもらうから。説明頼んだぞ」

 

『はいはい。でもホント知らないからね。あと、林冲には謝っておきなさいよ。すごく心配してたから』

 

「分かった。じゃあ」

 

『ええ。おやすみなさい』

 

ピ、っと電話を切って士郎ははにかむように笑った。

 

「それじゃあ心、一晩お世話になる」

 

「!!良いぞ良いぞ!」

 

心は嬉しそうに小さくガッツポーズをした。

 

(やったのじゃ!これで今日は・・・)

 

あんなことやこんなことを想像して、にょわぁ・・・ととても人様に見せられない顔をする心。

 

そんな緩やかな空気のまま士郎は心の家で心づくしを頂き、風呂に案内され、入浴していた。

 

「はぁ・・・染みる」

 

何だかんだ集中していたからかお湯がとても気持ちいい。

 

「心のお菓子、売れるといいな」

 

自分としてもあの菓子はよくできたものだった。富裕層向けにはなってしまうだろうが多くの人に味わってもらえたら嬉しい。

 

「後は万人向けか・・・」

 

心が休息を取るまで、中々の量から絞り込めたが、まだまだ改善点は多い。それに、富裕層向けとは違う、ここが売り、という所も考えなければいけない。

 

でないと、ただ値段の高い菓子にしてしまっては買い手もつかないだろう。

 

「んー・・・まぁいいか。また明日考えればいいわけだし」

 

グイっと背伸びをしてパチャンと体を沈ませる士郎。

 

と、

 

ガラ。

 

「・・・。」

 

このパターンは良く知っている。だが、言わねばなるまい。

 

「あの、入ってますよ?」

 

「し、知っておるのじゃ」

 

体にタオルを巻いた心が入ってきた。

 

「なんでみんな同じ事をするのかねぇ・・・」

 

「それは士郎と少しでも触れ合いたいからじゃ」

 

そう言って掛け湯をして洗い場に座る心。

 

「せ、折角じゃ。此方の背中を流しても良いのじゃぞ・・・?」

 

「・・・。」

 

また期待した目でチラチラ見る心、士郎はため息を一つ吐き、

 

「お嬢様、いつも侍女にやらせてるでしょう?」

 

「な、なんのことじゃ!?」

 

ビクーンと肩を上げる心に、士郎はクックと笑い、

 

「さあお嬢様、まずは髪の毛からですよ」

 

「にょ、にょわぁ・・・」

 

士郎が洗ってやると気持ちよさそうに目を閉じる心。

 

「慣れておるな」

 

「そりゃあ子供のお相手くらいは」

 

「此方は童と同じ扱いか!?」

 

「そりゃそうだろう?あんなに期待した目で見られたらな」

 

「・・・。(ぶっすー)」

 

「あはは、そう拗ねるなって。十分心は大人びてるよ」

 

「本当じゃろうな?」

 

「本当本当」

 

髪の毛を洗い終わり背中を流して士郎は湯船に戻る。

 

「お嬢様、ちゃんと洗えますよね?」

 

「当然じゃー!」

 

「おわっと。危ない危ない」

 

たらいを投げつけられたのを、ひょいと避けて士郎は笑う。

 

少しして心が士郎の隣にやって来た。

 

「気持ちいいな」

 

「う、うむ・・・」

 

きゅっと士郎の腕を抱き込み、静かに湯船に浸かる心。

 

「士郎はその、こういう事には慣れておるのか?」

 

「慣れてるってわけじゃないけど、嫁がもう家に沢山いるからなぁ・・・よく悪戯されるんだ」

 

「そ、そうなのか・・・」

 

どこか寂し気に俯く心。

 

「心?どうかしたか?」

 

「鈍感もそのくらいにするのじゃ。ん・・・」

 

ちゅ、とキスを交わして心はふにゃ、と笑った。

 

「流石にこれは初めてじゃろう?」

 

「ああー・・・どうかなー」

 

「お、お主不謹慎じゃぞ!」

 

「言っただろう?よく悪戯されるって。それより俺は先に上がるよ。また悪戯されちゃ困るからな」

 

「あ、待たぬかー!」

 

そうして長湯になる前に撤退した士郎だが、

 

「これは・・・」

 

「~~~~~!!!」

 

二人でお休みくださいと言わんばかりに布団が一つに枕が二つ。

 

「あっはっは。寝るか心。明日も頑張らないといけないしな」

 

「う、うむ・・・」

 

士郎が布団に入ると心もゴソゴソといいポジションを見つけ、

 

「おやすみ、心」

 

「おやすみなのじゃ、士郎」

 

二人は向かい合って眠りにつくのだった。




はい。これ以上は砂糖吐きそうなのでこのくらいで。というか大人びた感じ出てない…完全に子供扱い、イリヤみたいな扱いになってしもうた。申し訳ござらぬ。

次回は誰にしようかなぁSN勢の誰かかも。今しばらく幕間続きます。ではまた次回!


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みんなでスポーツ!

皆さん、おはこんばんにちわ。最近寝れる時間帯が滅茶苦茶で朝だか夜だか分からなくなってきた作者です。

今回はみんなでスポーツ!という体でやっていきたいと思います。ファミリー+嫁達の絡みがかけていければいいなと思います。

では!


そろそろ夏かと思う今日この頃。学生服も夏服に変わり、一層の暑さを感じる。

 

そんな中、金曜集会では暑くなってきたという事で土日何して遊ぼうか、と話が盛り上がっていた。

 

「夏だし、キャンプとかいいんじゃね?」

 

というキャップに、

 

「うーん・・・普段からキャンプぽいことできてるからなぁ・・・BBQとか」

 

と士郎が返す。この所、宴三昧な気がしてもっと別なことは無いかと思案する。

 

「ワン・・・一子の旅館招待券は一年余裕があるし、夏より秋か冬が良さげだね」

 

「と言うか、最近旅館行ったしな」

 

士郎のデザートを堪能しながら言うクリス。

 

「それもそうだね。はいクリスーこっちこっち」

 

「子供扱いするうむむむ・・・」

 

ほっぺについたプリンを拭う京。

 

「あ、アタシの旅行券ちょっと考えがあって・・・アタシに使わせてほしいの」

 

グイ、グイ、っとストレッチしながら一子が言う。

 

「そっか・・・ごめん。一子が勝ち取ったんだもんね」

 

「それは一子が使いたいようにするべきだろう」

 

「とすると何がいいかなー・・・」

 

うーん・・・と悩む一同に百代が言った。

 

「こうなったら奥の手だな」

 

「なんかあるの?姉さん」

 

妙案を思いついたという百代に皆が耳を傾ける。

 

「最近できた『グランドワン』ってとこ知ってるか?」

 

「ああー。ボーリングとか色んなスポーツ系に加えて室内プールまであるとか」

 

「うちのバイト先の店長がライバル視してたよ」

 

「そうだな。京とアルバイトさせてもらってるところは、トランポリンとかのスポーツ系だからな」

 

「おお、クリスがバイトか・・・」

 

「なんだ?自分だって無制限に小遣いをもらってるわけじゃないんだぞ」

 

えっへん、と胸を張るが実際の所、フランクはすぐOKを出してしまうので無制限とあまり違わない。

 

「クリスの小遣いの事は置いといて、そのグランドワンを二日かけて制覇しようぜ!」

 

「それがいいな」

 

「いいね!」

 

「さんせー」

 

「自分も賛成だ!」

 

「とてもいい案ですね!」

 

「私も依頼が無いからそこ空けとく」

 

「アタシも!」

 

満場一致のようで士郎と大和は顔を見合わせ、

 

「「賛成!」」

 

と声を上げた。

 

 

 

 

 

金曜集会を終えて、むにゃむにゃと背中の上で寝言を言う一子に苦笑しながら帰宅する士郎。

 

百代と一緒に仲間達を送り届けて最後の川神院まで二人を送り届ける。

 

「悪いな。一子運んでもらって」

 

「いいさこれくらい。嫁の面倒を見るのも旦那の役目だからな」

 

「そっか。でもここにも相手をしてもらわないと拗ねる猫がいるんだニャン?」

 

「あははは。明日から遊ぶんだから。猫も運動しないとな?」

 

「ぶー。ホントに拗ねるぞ」

 

「ああはいはい。こっちこっち」

 

「んちゅ・・・」

 

深いキスを交わして一子を百代に預ける。

 

「それじゃあ明日な」

 

「・・・うん」

 

ポーっとする百代だが士郎を見送って川神院へと帰って行った。

 

士郎はこのあと一人で帰るわけだが、

 

「ここも大分人が住み始めたな」

 

立ち入り禁止区域だった頃を考えると随分と時が過ぎたなぁと感じる士郎。

 

士郎は衛宮邸だけでなく、一帯全ての怨霊を駆除して回ったので最奥の衛宮邸から比較的遠いこのエリアも聖域のような感じになっている。

 

「本当に人が住み始めるなんて想像もしなかった」

 

いつかの史進を蹴り飛ばした家屋も新しいものになり、光が窓から見え、あははは!と笑い声が聞こえる。

 

「維持していかないとな」

 

もうよくないものは近づかないだろうが、一応気を引き締める士郎であった。

 

「ただいま」

 

「お帰り、士郎」

 

「おかえり」

 

「おかえりー!」

 

「おかえりなさい」

 

随分と増えた嫁達に暖かく迎え入れられて心が落ち着く。

 

そんな折、

 

「おけーり」

 

「あずみ?今日は休みなのか?」

 

あずみが珍しいことに家にいた。

 

あずみは衛宮姓となったが、まだまだ従者部隊を離れられないということで、九鬼ビルで寝泊まりしている。

 

そんな彼女が衛宮邸にいるのはすこぶる珍しい。

 

「いんや。仕事だ。ちょっとした客が来てるから相手頼むわ」

 

「わかった。・・・泊って行かないのか?」

 

「客ってのが九鬼の客なんだ。だから二人分客間を借りてぇ。一応天衣には了承取ったがいいか?」

 

「もちろんだ。夕飯は食べて来たのか?」

 

「あー・・・すっかり忘れてた。近くのコンビニに――――」

 

「そんなとこ行く必要ないだろう?そのまま食べて行けばいい」

 

「・・・そんな接待されても何も出ねぇぞ」

 

「夫婦なんだから別に構わないさ」

 

「・・・。」

 

おおらかに受け取る士郎に頬を赤くしてあずみは軽いキスをした。

 

「・・・今はこんだけだ」

 

「後に期待しよう」

 

フン!と顔が赤いままそっぽ向くあずみに苦笑してまずは家の中へ入る。すると、

 

「お邪魔している」

 

「・・・。」

 

「貴方は――――」

 

「私はモード。こちらはアンセルム」

 

「お邪魔しています・・・」

 

片腕を布で釣った様子の偉丈夫と小柄ながら背筋のピンと伸びた若者が居た。

 

「これはご丁寧に。家主の衛宮士郎です。日本語、お上手ですね」

 

「失礼の無いようにしてきたつもりだ。痛みいる」

 

「いえいえ。そんなことよりも何故うちに?」

 

士郎が問うと苦々しい表情でモードは言った。

 

「実は・・・」

 

話を聞くとどうやら、折れた腕の事で来たようだ。

 

「ホムラという少女との戦いの傷がまだ癒えていない。しかし・・・」

 

確実に祖国の王が近々悪だくみをしにやってくると、彼は告白した。

 

「王は必ず来る。しかしこのままでは、私は足手まとい。世話になった川神の人達にそれでは筋が通らない。できる事なら私も王をお止めしたい。そこで――――」

 

そこまで聞いて士郎は納得した。

 

「うちにある万能薬ですね」

 

「うむ・・・」

 

「・・・。」

 

「話は九鬼の病院から出たらしい。大人しくしていろと言うのに今にも飛び出しそうだったので、度々超回復する士郎なら何かいい案があるのではないかと例の外科医が言ったそうだ」

 

史文恭は腕を組んでため息を吐いた。

 

「衛宮殿の治癒話は何度も耳にした。どうかその神秘の御業、私にいただけないだろうか」

 

「もちろんお金は払います!どうか!モード隊長にその万能薬を!」

 

がばっと頭を下げる二人に士郎は、

 

「ちょっと待っててくださいね」

 

そう言って士郎は一度自分の部屋へと引っ込んだ。

 

するとそこにいたのは、

 

「凛」

 

「あら?貴方の事だから無条件に渡すのかと思ったけど」

 

「俺もそれなりに警戒してる。あの二人は白か?」

 

問う士郎に心底気に入らないという顔をしながら、

 

「白も白、真っ白よ。なんでもお国から逃げて来たそうよ」

 

そう言って凛は、

 

「いい?薬は渡してもいいけど、貴方の事だから無条件に渡す気だったでしょう?それはダメよ。きちんと対価を貰いなさい」

 

「対価か・・・お金、は無理だな。価値が高すぎる。となると・・・」

 

「オニュクス王国の地下資源ってのはどうだ?」

 

「あずみ」

 

「結界張ってたのに・・・!」

 

士郎のものとは比べ物にならない結界を易々と突破されたことに凛は仰天する。

 

「結界なら見事なもんだよ。コイツのが幼稚だってのを痛いほど実感したぜ。で、だらだら説明すんのも面倒だから種明かしすると・・・コレだよ」

 

あずみが肩を見せるとそこには士郎との間にできた繋がりの印が。

 

「こいつの反応がここで消えた。だから魔術の秘匿性について話してんじゃねぇかと予想した」

 

「・・・。」

 

ピキリと凛の額に青筋が浮かぶ。そしてそのままギロリと士郎を見た。

 

「種馬」

 

「たね・・・ッ!?」

 

ああん?という凛の顔に何も言えない士郎。

 

「で、どうだい?交渉も九鬼でやる。お前()は宝石が欲しいんだろ?どうせ揚羽様が話をつけに行くだろうからそれくらいはねじ込めるぜ」

 

「・・・。」

 

「凛、魅力的な案じゃないか?」

 

「・・・それじゃあ士郎が得しないじゃない」

 

「凛・・・」

 

自分の事を気遣ってくれていると知り士郎は嬉しかった。

 

「士郎なら断然、遊び道具だろう?それも遠距離でも使えそうなものを数台ってとこか」

 

「そうだな。お金は正直もらう必要も無いぐらい貯蓄してるし仲間達と今後も楽しめるものが良いな」

 

「決まりだな。他に何か条件はあるか?」

 

「・・・。」

 

「特にない。・・・あ、一応ギプスを外してもらうように言ってくれ」

 

「万能薬塗るためか。了解」

 

という事で、あずみが来てくれたおかげですんなり纏まった。

 

「凛、あずみ。ありがとう」

 

「大したことしてないわ」

 

「こっちも。実際動くのは揚羽様だからな」

 

何とも頼もしい限りだった。居間へと戻ると、桜と天衣が食事を出していた。

 

「あ、先輩。この人たちご飯まだだったみたいで・・・」

 

「勝手に出してしまった。良かったかな・・・」

 

「もちろんだ。ありがとう桜、天衣」

 

「わりぃな」

 

「いえいえ。あずみさんもまだですよね?今お出ししますから!」

 

「すみませんお待たせしました」

 

「構わない。こちらが押しかけている身だ。それにこんな暖かな食事を頂いて・・・」

 

「え?九鬼では出ないんですか?」

 

「いや。もちろん九鬼でも美味しい食事を頂いている。だが、この家庭的な味はとてもいい・・・重ね重ね、痛みいる」

 

「ここではこれが普通なのだ。この程度で感謝していたら感謝の言葉をいくらもいう事になるぞ」

 

「いくらでも言おう。それで・・・」

 

「薬ですね。もちろん処方するのは構わないんですが・・・」

 

「やはり、値が張りますか」

 

「いえ、お金ではなく、そちらの国と話をする機会があるでしょうからその時にしてもらおうかと」

 

「金銭ではない・・・?」

 

「貴方達の国は地下資源が豊富でしょう?そのうちの僅かばりと技術提供です」

 

「僅かばかりというのは・・・」

 

「本当に僅かですよ。個人に宝石の類が出たら少し融通してほしい。そのくらいです」

 

「そうか・・・必ず国へ帰り、民に感謝せねば」

 

「薬は塗り薬なので明日、ギプスを外してもらってからもう一度来てください。色々と約束事もあるのでそれも明日伝えます」

 

「了解した」

 

「隊長・・・!」

 

アンセルムがこれで報われると気を許したのをみて士郎は忠告した。

 

「おっと、一つだけ。確かに普通より回復が早まりますが個人差があります。それだけは了承してくださいね」

 

「うむ・・・!かたじけない!」

 

またもや頭を下げられて士郎は居心地の悪さを感じた。

 

(でもこれも必要なことなんだ)

 

働きには見返りを。学園でもよく言われていることだ。

 

(まだまだだな)

 

今回も無償で薬を渡そうとしたことをいさめてもらって、本当によかったと思う士郎であった。

 

その日の夜。

 

「あずみ?」

 

風呂から上がり、布団に入ろうとした士郎の部屋に顔を真っ赤にしたあずみがいた。

 

「あず「察しろよ・・・バカ」・・・」

 

士郎の幼稚な結界が役立つのであった。

 

 

 

 

 

次の日。

 

 

「シロウ。今日は翔一達と遊ぶのですか?」

 

「ああ。最近できたグランドワンってとこに行くんだ。セイバーも行くか?」

 

「良い・・・のですか?」

 

「もちろんだよ。セイバーもキャップ達と遊びたいだろ?」

 

「それは、その・・・」

 

もじもじとするセイバーに首を傾げる士郎。その頭をパコン!と叩かれた。

 

「あんたもいい加減察しなさいよ!セイバーは士郎と遊びたいのよ!」

 

「リ、リン・・・」

 

「あ、あー・・・そっか・・・ごめんなセイバー。気が利かなくて」

 

「い、いえ!翔一達と遊びたいのもあるんですよ!ただ、その・・・シロウが嫌でなければ・・・」

 

「嫌だなんてことない。今日は無理だけど、必ず時間作ろう!」

 

「シロウ・・・!」

 

「で、今日は何しに行くの?」

 

「今日はボウリングとか色々。二日使って制覇しようって話しててな」

 

「ならプールは明日ね。さぁ行くわよ!」

 

「行くわよって・・・」

 

「姉さん。お弁当準備しましたよ」

 

「桜まで・・・」

 

「フフフ、情報はリーク済みよ」

 

「ま。まぁいいだろ。それじゃあ行ってきます」

 

「行ってらっしゃーい!」

 

「行ってらっしゃい」

 

セイバーが着替えるのを待っていざ出陣。

 

まずはファミリーと合流するのだが・・・

 

「あ、士郎君!」

 

「大将~ちわー」

 

「士郎貴方も遊びに行くの?」

 

「ああ。新しくできたグランドワンってとこに・・・」

 

「一緒!士郎君!一緒だよ!」

 

「もう主ってば、はしゃぎ過ぎ」

 

「あら?士郎が行くなら風間君達もよね。大和が来るんじゃないかしら」

 

「え?」

 

子犬のようにはしゃぐ義経と、ドキーンと固まる弁慶。なんだかおもしろい構図だった。

 

「義経達もか。じゃあ一緒に行こう」

 

「ウフフ、よろしくね士郎」

 

そう言ってさりげなく士郎の左腕を抱く旭。

 

「抜け駆け禁止よ」

 

「り、凛・・・」

 

右腕を凛が確保した。

 

「ちょ、ちょっとま・・・」

 

「あら遠坂さん。私は貴女とも仲良くしたいわ?」

 

「なーにが仲良くしたいわ?よ!遠坂さんって喧嘩売ってるでしょ!」

 

「あらあら。そんなことないのよ遠坂さん」

 

「キー!!」

 

「お、俺を挟んで喧嘩しないでくれ!」

 

「まあ今の。俺の為に喧嘩しないでくれって聞こえたわ」

 

「上等じゃないの!吠えずらかかせてやるわ!」

 

「為にじゃなくて挟んで、だ!」

 

うわあああ!と連れていかれる士郎だがこちらは至って平和で、

 

「じゃあ行きましょうか。義経先輩?」

 

「せ、先輩なんて・・・」

 

「あ、あー・・・実は年上なんだっけ」

 

紛らわしいと弁慶は頭を振った。

 

いざキャップ達と合流するとそちらも追加メンバーがいるようだ。

 

「清楚に燕、沙也佳?」

 

「士郎君、よろしくね」

 

「ネバっと参上松永・・・うーん・・・衛宮名乗りたいなぁ・・・」

 

彼女もまた松永納豆の為に夫婦別姓制度を利用しているのであった。

 

「士郎君。納豆売る気無い?」

 

「ないよ」

 

「ぐぬぬ・・・早く帰ってきておかん・・・」

 

「そういえば松永先輩のお父さんって何してるんですか?」

 

素朴な疑問を沙也佳が上げた。

 

「おとんは主に開発かな。平蜘蛛もおとんの作品だし」

 

「ええ!?士郎先輩との戦いで空から降ってきたアレが・・・」

 

「戦闘マシーン専門なのか?」

 

「ううん。色々やってるからこれ、っては言えないかな。いわゆる技術者なんだ」

 

「・・・よかった・・・のか?サテライトキャノンとか作られても困るけど」

 

平蜘蛛の完成度からしてそれぐらいはやりそうである。

 

「あははー頼まれれば作りに行くかもね」

 

「おい」

 

士郎の責める声に、大丈夫大丈夫と手をヒラヒラさせる燕

 

「今は九鬼と契約して働いてるからそんなことにはならないよん」

 

「・・・。」

 

九鬼なら本気でやりそうなものだが・・・とはいえ、九鬼の庇護下ならばそうそう害されることもあるまい。

 

「つーわけで、人数も集まったことだしグランドワン、行こうぜ」

 

おおー!と気炎を上げる者達多数。とりあえず今は目的地にむかうのだった。

 

 

 

目的地に到着し、まずはボウリングということで手続きを済ませる。

 

「よっしゃ。靴借りてボウリングの玉選びに行こうぜ」

 

「荷物結構あるから見張り役と交代でな」

 

「シロウ、ボウリングとはどのような競技なのですか?」

 

「ああーそうか。流石にその知識は無いよな。ボウリングっていうのは――――」

 

士郎はセイバーに教えながら靴や玉選びに勤しむ。

 

「っとこんな感じ。スコアは改めて教えるから。まずは気にせず投げてみると良いぞ」

 

「ボウリング玉とは中々重いものですね」

 

「足に落としたりしないようにな」

 

それぞれ思い思いのチョイスをして、人数が多いため2レーン借りてやることにした。

 

「セイバーさんは分からないだろうから二番手以降ね」

 

「助かります。清楚」

 

そんなこんなで始まった。

 

一球目はガクトと凛。

 

「戦闘ならともかくスポーツで遠坂さんにゃあ負けねぇぜ!」

 

「いい心意気ね。あと、遠坂じゃなくて衛宮よ」

 

ニヤリとするお互い。そして、

 

「ソレ!」

 

「うりゃ!」

 

ゴコンゴー!とこれまた独特な音を立てて、

 

パッカーン!という気持ちのいい音と共に後方にあるピンが弾けた。

 

「ぬぬぬ。嫌な所が残ったな」

 

難しい顔をするガクトに凛は得意げに笑った。

 

「ええい!やらなきゃ男の恥だぜ!」

 

ガクトの残りピンは左右の端一つずつ。対して凛は右3つと左に1つ。

 

ガクトは左右どちらかのピンを確実に隣のピンに当てなければいけないのに対し、凛は3つのうちどれかが当たればいいというチャンスボールだ。

 

「でりゃ!」

 

ガクトはガーターギリギリを投げまず左の一つに当てた。

 

「そのままいけー!」

 

パカーン!と外側から弾かれたピンが右側のピンに当たり見事に残りのピンを倒した。

 

「っしゃあ!まずはスペア!」

 

ガクトのボードにスペアの記号が印字された。

 

対する凛も、

 

「てりゃ!」

 

無事スペアとなった。

 

「次モロだよ」

 

「うーんパワー勝負ではないけど自信ないなぁ」

 

「こっちは燕さんですね」

 

「勝利の王冠は私の手に!」

 

「それ!」

 

「燕ちゃんアターック!」

 

パッカーン!と当たり、残ったピンは・・・

 

「ストライクよ!」

 

「こっちもです!」

 

何とお互いにストライクマークが!

 

「師岡君やるね」

 

「松永先輩も!」

 

パンっとハイタッチする。これは幸先のいいスタートだ。

 

「次はキャップだよ」

 

「セイバーさん出番ですよ!」

 

普段とは違う活動的な服装のセイバーに、

 

「負けないぜ?セイバーさん」

 

「ルールは理解しました。勝利は我が手に」

 

不敵に笑って投球。当たり前のようにストライクを決める二人。

 

「おおー風間君んもセイバーさんもやるう」

 

「ただ、セイバーは負けず嫌いなんですよね・・・」

 

いつかのバッティングセンターの事を思い出す士郎。

 

(まぁ最終スコアまで分からないし大丈夫だろう・・・)

 

そんな考えが甘かったことを、後に知る士郎だった。

 

「じゃあ行ってくるね」

 

「清楚ちゃんゴーゴー!」

 

応援の声を尻目にふっと目が赤くなった。

 

「んっは!この程度の遊戯、勝ち越して見せるわ!」

 

そう言って投げる投球は他の皆より早い。が、

 

パッカーン!

 

「ぬああ!?真ん中だけ抜けた!?」

 

ボウリングは力があればいいのではない。手元のテクニックと強弱こそが重要なのだ。

 

「ありゃー・・・スペア取るのもちょっとキツそう・・・」

 

「葉桜先輩頑張ってくださーい!」

 

「応援してますよ~んぐんぐ・・・ぷはぁ・・・」

 

「ぬぬぬ・・・!義経はともかく弁慶!お前は川神水の肴にしているのではないか!」

 

「あはーバレました?」

 

「こら弁慶!ちゃんと応援しないと・・・」

 

「くぬぬ・・・ええいこれでどうだ!」

 

またも投げるのは剛速球。右側だけを一掃し左側1ピンだけ残ってしまった。

 

「ぬが~~!!!」

 

地団太踏む清楚。しかし彼女の手番は終りだ。

 

「もう一回!」

 

「はいはい、また順番回ってくるから大丈夫だぞー」

 

士郎になでなでしてもらって満更でも無い様子でドカリと座る清楚

 

反対側では一子がスペアを取っていた。

 

「やっぱりパワーが増した分コントロールが重要ねぇ・・・」

 

「一子は軌道修正できたではないか」

 

クリスがボールを持って言う。

 

「でもクリスも・・・ほら、スペアじゃなーい」

 

「ぐぬぬ・・・」

 

「うちのワンちゃんも負けず嫌いなんです。なーんて言って、俺の手番だな」

 

「大和ー!!」

 

「京の熱い声援がすごい」

 

「さっきまで無表情で本読んでたのに」

 

「て「大和ーストライク取ったらいいことしてあげるー」・・・ッ!!!」

 

軽やかに行こうとした大和がブレーキをかけた。

 

「・・・。」

 

「大和君、分析始めちゃったよ」

 

「べ、弁慶・・・」

 

「ん?私はいいことしてあげるとしか言ってないよぉ?何を想像したのかなこの牛若丸ー?」

 

「エロスは人の神秘を引き出すのね」

 

「いや旭・・・君もファンが多いんだからエロスとか普通に使わないように」

 

ファンが聞いたらどうなる事か。

 

旭を抱えて全校生徒から逃げ回る想像がつく士郎。

 

「・・・!そこだぁ!!」

 

果たして弁慶とのイチャコラを賭けた大和の一投は・・・

 

パカーン!

 

「す」

 

「ストラーイク!!」

 

「あらら。やり遂げちゃったねぇ」

 

シャキイン!と大和のガッツポーズが決まった。

 

「あはー何がいいかなー」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

しかしながらクリスと京が鋭い目でディフェンスに入っている。

 

「ちょ・・・クリス!京!?」

 

「大和は自分のだ。従って不届き者は成敗だ」

 

「大和は私の。不届き者は成敗なのです」

 

「ぶわははは・・・大和ー今度ねー?」

 

「・・・。」

 

青年のボルテージが下がった。

 

「ってそんなことよりも次次!」

 

「えーっと、あ、俺か」

 

遂に士郎の手番だ

 

大人チームからは桜が。

 

「俺たちは」

 

「リラックス、です!」

 

普通に投げた二人の玉は、パッカーンと綺麗な音を鳴らし、

 

「ストライクだ」

 

「ストライクです!」

 

おおおーとパチパチパチ拍手が鳴る。

 

「安定感やばいね」

 

「プロボウリング選手みたい」

 

など、外野からも言われ、

 

「あの人学生かな」

 

「あの一投に惚れたー!」

 

見学していた女性陣の目を奪ってしまう。

 

「は、早く次にいこう。なんだか騒がしくなってきたし・・・」

 

「シロウはいつもこれです・・・」

 

「いつもの事よねー」

 

「士郎先輩は誰が見てもカッコいいですから・・・」

 

「むーでもお姉ちゃん、衛宮夫妻の私達を置いてなんか悔しくない?」

 

「そ、それはそうですが・・・」

 

「何かいい案でもあんのか妹―」

 

「あるよ」

 

「ほえ?」

 

「士郎先輩ー」

 

「ん?どうした、沙也佳」

 

「ちょっとやきもち、です」

 

ぎゅ。

 

(ほらお姉ちゃん反対側!)

 

(え、ええー!?)

 

と心では思いつつしかり士郎の腕を抱く。

 

「おわっと・・・なんだ由紀江もやきもちか?しょうがないなぁ・・・」

 

結局その後は一部(モロとキャップ、ガクト)を置いて嫉妬爆発の猛勝負になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「あー!、楽しかったー」

 

燕が大満足という顔でグランドワンの出入り口をくぐる。

 

「ボウリングも良かったけど、ダーツとビリヤードも良かったね」

 

とモロが言う。

 

「今回ばかりは運だけじゃどうにもならないってことでキャップの圧勝だったな」

 

「面目ない・・・次こそは勝ってみせますよ、翔一」

 

「いつでも受けて立つぜ!セイバーさんとはよく接戦になるからこっちも面白いぜ!」

 

「ホントにセイバーさんはキャップと同格だもんなぁ。その運が羨ましいよ」

 

「士郎の投擲フォーム、一片の揺らぎも無くて惚れ惚れしちゃったわ」

 

「でしょうね。ずっと士郎以外は眼中にないみたいだったもの」

 

「そんなことないわ。凛も活躍してたじゃない」

 

「・・・喧嘩売るのやめたのね」

 

「だから言っているでしょう?私は貴女とも仲良くなりたいの。士郎達とは、一ファンとして何処までも仲良くしてほしいわ」

 

「もう、弁慶飲み過ぎだぞ」

 

「あはー楽しい」

 

「おっと弁慶!川神水は場酔いするだけなんだけどなぁ・・・」

 

「弁慶ちゃん、今この時も楽しいんじゃないかな」

 

「そう・・・なのか?」

 

クリスが不思議そうに首を傾げるが、本人は本当に楽しそうで、

 

「んぐんぐ・・・ぷはぁ!あー飲み切っちゃった・・・やまとー」

 

「絡まれても川神水の予備なんか無いぞ・・・」

 

「あはは・・・それはそれとして、明日も遊ぶんだよな?」

 

「もちろんだ!明日はプールで遊ぶぞ!」

 

「プールね・・・ちょっと用事を思い出したわ。士郎、先に帰ってくれる?」

 

「ああ、構わないけど・・・」

 

「あ、私達も」

 

「女子は女子で買い物かー」

 

「男はどうする?」

 

「あー今日はもう休みてぇな。腕がパンパンでよう・・・」

 

「右に同じ・・・」

 

「セイバーは負けず嫌いだから・・・」

 

初めてということもあり、セイバーはその飛びぬけたセンスでいいところまで行ったのだが、総合的に真ん中くらいであった。

 

ビリヤードとダーツもやったわけだが、セイバーの負けず嫌いが災いして、これでもかと言わんばかりに何ゲームもやる羽目になったのだ。

 

「まぁでも、楽しかったからな。その余韻が弁慶には残っているのかもしれない」

 

「楽しかっZzz・・・」

 

「寝ちゃったよ」

 

「じゃあ弁慶以外は買い物ね。義経は?」

 

「弁慶が心配だけど・・・直江君なら任せて大丈夫だろうし・・・義経も買い物に行きたいです」

 

「二人が一緒じゃないのは珍しいな」

 

「弁慶ちゃん気持ちよさそうに寝てるしね。直江君、弁慶ちゃんの事よろしくね」

 

「はい。じゃあ解散ー」

 

大和は弁慶をおんぶして九鬼ビルへ。残りのメンツは早めに帰宅という事になった。

 

 

 

 

 

 

「「「ただいま」」」

 

「おかえりー!」

 

「おかえり」

 

天衣と史文恭が出迎えてくれた。

 

「あれ?マルと林冲は?」

 

彼女等も今日は衛宮邸にいたはずだが・・・

 

「クリスさん達と買い物に行ったらしいぞ。会わなかったのか?」

 

「ですね。これはすれ違いになったかな・・・」

 

マルと林冲も買い物とは何だろうと首を傾げる士郎。

 

「お前は本当に察しが悪いな」

 

「ええ?」

 

史文恭に言われてしまって士郎も困り顔である。

 

「それよりも家に入ったらどうだ。また新しい来客が来ているぞ」

 

「来客?」

 

はて、モードさんの事ではなかろうか?と思った矢先、

 

「■▲♯ー!」

 

「こらこら。人様の家なんだから走り回ってはいけないよ」

 

「モードさん」

 

「ああ、衛宮殿。申し訳ない、傷の治療に専念すると家内に言ったのだが、それならばとこうして娘まで連れてきてしまって・・・」

 

「構いませんよ。特に危ない所は・・・あ、土蔵には鍵かけとこうかな。それなら敷地内に危ない所は無いでしょう」

 

「鍛造所は士郎がいるときにしか刃物は置かないので問題なかろう」

 

「――――。」

 

奥からモードの奥様であろう人物が現れた。

 

「ああ、来たのか。これは私の家内です」

 

日本語が喋れないからだろう。静かに頭を下げる女性に士郎も一礼で返した。

 

「モードさん通訳をお願いできますか?」

 

「無論だ」

 

「初めまして家主の衛宮士郎です。モードさんの治療には誠心誠意力を尽くしますのでよろしくお願いします」

 

「――――。」

 

「――――!――――。」

 

「こちらこそよろしくお願いしますとのことです」

 

「なにか思う所があればモードさん伝手かゼスチャーで教えてもらえると助かります。

 

「――――。」

 

「わかりましたとのことだ。度々申し訳ないが家族ともどもお世話になります」

 

優しそうな家族で何よりだ。と、

 

「――――。」

 

「お腹が空いた?いや晩御飯まで我慢を・・・」

 

「モードさん。ホットケーキでも焼きましょう」

 

「よろしいのですか?」

 

「ええ。ただ夕飯に響かないように小さめにしましょう」

 

「何と申し訳ない・・・セシル、―――――。」

 

「!!!」

 

セシルと呼ばれた女の子は嬉しそうに飛び跳ねていた。

 

「じゃあ俺はホットケーキを焼きますね。モードさん、ギプスの方は・・・」

 

「問題なく外してもらえた。ただ、骨が変にくっ付いてもまずいという事であずみ殿に取り外し可能なこの小手のようなものを頂いた」

 

モードの腕のギプスがあった位置に木製の小手のようなものが覆っていた。

 

「ギプスより涼し気でいいですね」

 

「まったくだ。ギプスは必要な物と分かってはいるのだが・・・」

 

一度付けた人ならわかると思うが、ギプスは中が蒸れたりと、中々大変なのだ。

 

「早速今晩から治療を始めましょうね」

 

「うむ。よろしくお願いしたい」

 

など会話していると、

 

クイクイと士郎のズボンを引く手が。

 

「ああ、おやつだね。ちょっと待っててくれるかい?」

 

士郎はしゃがんで視線を合わせて言った。すると、

 

「!」

 

するりとモードの後ろに隠れちょこんと覗いてきた。

 

「あはは。まだまだ人見知りか。じゃあ俺は行きますね。居間で待っていてください」

 

「痛みいる」

 

そうして士郎は腹ペコオニュクスガールの為にホットケーキを準備するのだった。

 

もちろん、大絶賛で口の周りをベタベタにしながら一生懸命食べていたのは言うまでもない。




今回はこの辺で。モード隊長達は九鬼の提案通り日本へやってきました。

スポーツの場面はボウリングを主に置きましたが他にも色んなスポーツを楽しんだ設定です。ダーツとビリヤードってスポーツ…だよね…?

最後のモードの奥さんと娘のセシルちゃんは今後も喋ることはありません。最初セリフを割り当てたんですが、ん?日本てこの人らからしたら外国じゃね?と思いまして…でもちょっとした光龍とかも書けたらいいなぁと思う次第です。

ちなみに大和坊は一人で九鬼に行きました!何故かはご想像にお任せします。

では次回!


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みんなでプール!

みなさんおはこんばんにちわ。毎度いい所で夢から覚めてしまう作者です。

今回はみんなで遊ぼう企画のプール編です。

初心な風間ファミリーが色気に耐えられるか不安ですが、頑張ります。

では!


「うっ・・・」

 

低いうめき声が響く。声の主はモードだ。

 

「まだ骨が繋がっていませんね。まだもうしばらく痛みがあるでしょう」

 

そう言って士郎はゆっくりと万能薬を塗って行く。

 

「凛、診てみてどうだ?」

 

「あと二日ってとこね。本来なら熱も出ているでしょうけど、薬湯が効いてるわ」

 

「確かに・・・凛殿の言う通りあの薬湯を飲めば熱も痛みもでない。・・・苦いのだけが難点だが」

 

「良薬は口に苦し、って言うことわざがあるんだけど。苦くないと薬飲んでる感じしないじゃない」

 

「凛のは特別だからなぁ・・・でも安心してください。素材は全て天然由来のものですから」

 

「ありがとう。私は何も疑っていない。二、三日で骨が繋がるという確信がある」

 

「繋がっても油断は禁物ですよ。繋がったばかりではまだ骨が脆いでしょうから。しっかりと治るまで激しい動きは控えてください」

 

「ううむ・・・早く鍛錬がしたいものだ」

 

そう言って万能薬の塗り終わった腕を見るモード。

 

「不思議なものだ。ギプスを外してみたら酷い有様だったというのに。軟膏を塗って薬湯を飲むだけでこんなにも改善するとは」

 

「骨折は結局のところ自然治癒任せですから。特効薬があるなら早く治りもしますよ」

 

士郎は笑って、

 

「モードさんの言う通り二、三日で痛みも無くなるでしょうから、まずはそこまで頑張りましょう」

 

「うむ。痛みいる」

 

治療が終わったので小手の上部分をカチリと締める。

 

この小手、何とスプリングが付いており、折れた先がズレないように固定してくれる優れものだ。

 

風魔で治療に使う物なのだろう。実にしっかりした作りであった。

 

「隊長がご復帰される日が待ち遠しいです!」

 

「すまないアンセルム。心配をかける」

 

「そこの若造なら問題ない」

 

史文恭が開かれた襖に腕を組んで寄りかかっていた。

 

「お前の事を心配する余裕もないくらい搾り上げるからな」

 

「はい。よろしくお願いします・・・!」

 

彼も気合十分と言った所だろう。

 

「さ、薬湯を飲んで寝ましょう。口直しも準備しますが何がいいですか?」

 

「そ、それではお言葉に甘えて・・・酒の類はダメ・・・だろうか」

 

「ははは。モードもいい年だな。そんな状態でも酒を所望するとは!」

 

ケラケラと笑う史文恭。

 

「・・・史文恭がこれ見よがしに飲むからだと思うんだが」

 

林冲が笑う史文恭を嗜める。

 

「あはは・・・少しなら大丈夫ですよ。日本酒でいいですか?」

 

「う、うむ。実は日本に来て日本酒にはまってしまって・・・」

 

恥ずかしそうに高い鼻の先を掻くモード。

 

「わかりました。準備しておきますので薬湯、頑張ってください」

 

そうして士郎は席を立ち、苦い薬湯を頑張って飲む彼の為に日本酒を一杯準備するのだった。

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

毎朝行っている士郎の鍛錬にアンセルムが混ざることになり、彼は必死に鍛錬に追いつこうとしていた。

 

「そこまで!アンセルム。お前は型にはまりすぎだ。型を極めたらそれを崩す努力もしなければならんぞ」

 

「は、はい!」

 

「天衣は随分と速くなったな。全盛期くらいか?」

 

「ああ。やっと戻ってこれた。ただ、アンセルムさんと同じで攻撃が単調になっていると感じる」

 

対峙していたアンセルムには閃光か何かにしかみえていなかった。アンセルムはスピード型だが、自分のそれを優に越える相手として天衣と組まされていた。

 

そんな二人の外側で、

 

ギン!ドッ!

 

「む・・・ッ!」

 

「はあああ!!!」

 

士郎とレオニダスが激しくぶつかり合っていた。

 

ガン、ギィンと物騒な音を立ててぶつかり合う。

 

「グッ・・・!人の身でサーヴァントと同等に渡り合うとは・・・驚きを隠せませんな・・・!」

 

「これも気という力のおかげだ。今ならクーフーリンとさえ勝機はあるように思う」

 

莫耶を持つ右手を握り締め、

 

「では交代ですねレオニダス王」

 

遂に、剣の英霊たる彼女が出て来た。

 

「随分と腕を上げたようですが、剣で私に勝つのはまだまだ先ですよ、シロウ」

 

「わかっているとも。だが君の背中くらいは守れるようにならないとな」

 

「嬉しいことを言ってくれますね。では――――」

 

「ああ――――」

 

ドッと二人の姿が消えた。

 

「またか・・・あの二人の相性の良さはピカ一だな」

 

「史文恭殿・・・私には衛宮殿とセイバー殿がどう動いてるのかすらわからないんですが・・・」

 

「安心しろ。私の龍眼でも追えん」

 

フンと面白く無さげに言う史文恭だった。

 

鍛錬が終われば次は朝食だ。今日もグランドワンの施設を遊び倒すのでうかうかはしていられない。

 

「いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

「うむ。今日も美味いな。今日は天衣が一人で作ったのか?」

 

「ああ。士郎とセイバーさんがぶつかると、時間ギリギリまでやっているからな」

 

「う・・・天衣、すまない・・・」

 

「天衣、申し訳ありません」

 

「いいさ。私のご飯で元気づけられたら嬉しい」

 

ほんわかと笑って天衣は言った。

 

「ええっと・・・今日はプールだから水着にタオルと・・・」

 

「まだ準備してるの?士郎」

 

「凛。セイバーと桜も・・・」

 

三人とも準備は万端と言いたげだ。

 

「・・・。」

 

「なによ?」

 

感慨深そうな目をしていた士郎は頭を振って、

 

「いや、三人で遊べる時が来るなんて、って思ってな」

 

「そうですね・・・」

 

「前の世界では一緒に遊んだことも無いですよね」

 

そう言われてセイバーと桜も感慨深く思った。

 

「辛気臭い顔してるわねー。その機会が来たんだから楽しみましょうよ」

 

「それもそうだな」

 

「そうですね」

 

「今日もよろしくお願いしますね!先輩!」

 

という事で気分も新たに出発。

 

昨日、グランドワンで一緒に遊ぶ約束をした義経達とも合流し、

 

グランドワンでファミリーと清楚達とも合流。受付を済ませそれぞれ更衣室に分かれる。

 

「士郎、筋肉凄いなぁ」

 

「そう言うモロだって健康的に付いてるじゃないか」

 

「筋肉といやぁ俺様だぜ!」

 

「うーん・・・確かに筋肉は凄いけど・・・」

 

大和が上着を脱ぎながら言った。

 

「胸筋とか無駄にピクピクしてて気持ち悪い」

 

「なんだとー!!?」

 

ガクトの筋肉は欲が表現されてしまって評判が悪いのだった。

 

「それより、浮気するなよガクト」

 

「てか欲望に満ちた目でうちの嫁を見るな」

 

「おいおい、浮気はともかくそりゃ無理な話だぜ・・・」

 

よくよく考えると女性陣は全て大和と士郎の嫁なので青少年には難しい問題のようだ。

 

「士郎、姉さんたちの水着どう褒める気なんだ?」

 

ドキ、と士郎が固まり、

 

「や、大和はどうする気なんだよ」

 

「そりゃあ普通にここが似合ってるーとか言うけどさ。士郎は多分それだけじゃ済まないぞ。」

 

「う・・・」

 

士郎もわかっているのである。何故女性陣が昨日、買い物に出かけたのか。

 

「・・・やれるだけやるしかない」

 

「煤けてるぜ。背中がよ」

 

難問を抱えながらも着替えを済ませて屋内プールに出る。

 

「うわぁ・・・」

 

「広いな」

 

この屋内プール、グランドワンの二階に設置されており、広い施設上部をそのままプールに仕立てた作りになっている。

 

「ビーチバレーとかも出来そうだな」

 

「滑り台とかも楽しそうだよ」

 

「広くていいじゃねぇか!わくわくするぜ!」

 

貸し出し所には無料で浮き輪等も貸し出しているので、あれで流れるプールをのんびりと回るのもいいかもしれない。

 

「士郎くーん!」

 

「来たぞ」

 

「・・・。(ゴクリ)」

 

義経は紫色のビキニだった。白い肌に落ち着いた色が実に彼女らしかった。

 

「ど、どう・・・かな」

 

「ああ。とても義経らしいよ。似合ってる」

 

「(ぱぁー!)」

 

心配げだった顔が輝かんばかりに笑顔になる。

 

「い、行こう!」

 

「え?まだみんなが――――」

 

「今のうちに「ちょっと。抜け駆け禁止」・・・!」

 

新たに出てきたのは凛だった。

 

「どう?士郎」

 

「相変わらず赤がトレードマークだな。似合ってる」

 

真っ赤なビキニがトレードマークの凛、

 

「先輩・・・」

 

薄い桃色のビキニの桜、

 

「シロウ」

 

真っ白なビキニのセイバー

 

「二人とも似合ってる。綺麗だ」

 

桜もセイバーも輝かしい笑顔だ。・・・ここまでは、だが。

 

「しーろーうー」

 

「ももっ・・・!?」

 

圧倒的だった。それなりにあるほうの桜をも寄せ付けない圧倒的スタイル。

 

「どうだ?」

 

ふふんと自信ありげに言う百代に士郎は言葉を失った。

 

「・・・。」

 

「な、なんだよう、似合ってるだろ?」

 

固まる士郎にしな垂れかかる百代。確かに、黒に赤のグラデーションのビキニは彼女にとても似合っていた。

 

しかし破壊力がありすぎて士郎は機能不全になっていた。

 

「あーあ。やっぱりモモちゃんが最初に行くとそうなるじゃなーい」

 

と幾分拗ねた様子の燕が黒に近いグレーのビキニでやって来た。

 

「モモ先輩ずるいです・・・」

 

「おう!まゆっちもいったれー!」

 

「松風!」

 

「やっぱりお姉さまには勝てないわねー」

 

由紀江はグリーンのビキニ。一子はオレンジ色のスポーツビキニ。

 

「これじゃ勝てるわけがないですね・・・今後の成長に期待です・・・」

 

沙也佳もフリルのついたグリーンのビキニ。

 

「もう、士郎君たら。私達には一言も無いの?」

 

落ち着いた花柄が特徴のビキニを身に付けた清楚が追い打ちをかけた。

 

「おい士郎ー」

 

「士郎ー?」

 

「士郎君?」

 

ぐるぐる、ぐるぐると彼女達の声が反響する。そして、

 

「・・・無理っす」

 

白旗を上げる士郎なのであった。その横で、

 

「大和!どうだ自分は!」

 

「大和ー」

 

「ぐぬぬ・・・大和ー・・・」

 

「クリスは白が映えるな。弁慶は黒がいい感じだぞ。京は桃色がいいな。所で俺もギブアップしていい?」

 

問題なさげに言っていた大和少年も純情な青少年であり、供給過多だった。

 

皆思い思いの場所へと散っていく。機能不全に陥っていた士郎が再起動すると、

 

「・・・はっ!」

 

「あ、直った」

 

「士郎、大丈夫?」

 

沙也佳と一子が心配げにのぞき込んでくる。

 

「あ、ああ・・・なんだかすごいものを見た気がするけど大丈夫だ」

 

「「・・・。」」

 

どうやら記憶から抜け落ちているようだが件の人は今もプールで遊んでいるわけで。

 

無駄な抵抗だなぁと思う二人であった。

 

「大丈夫なら遊びに行きませんか?」

 

「もうすっかり出遅れちゃってるわよ」

 

「悪いな。付き合わせちまって・・・よし!行こうか」

 

「はい!」

 

「ワン!」

 

あまりにも広すぎるので順番に回ることにした。

 

まずは水深の浅い練習用プール。

 

「って、流石に誰も・・・」

 

居ない、と思ったが意外な人物がいた。

 

「シロウ・・・!」

 

「先輩」

 

「セイバー?それに桜も・・・なんでこんな所に・・・?」

 

ちゃぷちゃぷと泳ぎの練習をしているようだった。

 

「セイバーは泳げなかったのか」

 

「フフ、意外ですよね。水上を走ったりはできるそうです」

 

「さっき物凄い水しぶきを上げてたのはセイバーさんね」

 

「?水の上を走る・・・?」

 

一子は呆れた顔をして、沙也佳は首を傾げる。

 

セイバーには泉の精霊の加護があるので水上を移動できるのだが、それ故に水泳の必要が無かったので泳ぎの経験自体が無かったのだ。

 

「セイバーさん。セイバーさんはどうやって水の上を走ってるの?」

 

一子の率直な質問にセイバーは、

 

「私には泉の精霊の加護がありますので、歩きたいと思えば歩けますし、走りたいと思えば走れます」

 

「泉の精霊の・・・加護?」

 

沙也佳はますます首を傾げるが、一子は安心したように、

 

「よかったぁ・・・お姉さまみたいに超パワーで浮いてるわけじゃないのね」

 

「・・・ちなみに百代はどうやって浮くんだ?」

 

士郎は半ば予想が付きながらも聞く。

 

「右足が沈む前に左足を踏み出して左足が・・・」

 

「「・・・。」」

 

何ともごり押しだった。

 

「ま、まぁ順調そうで何よりだ、セイバー溺れないようにな?」

 

「む、シロウ。私はそろそろ実戦投入可能ですよ」

 

「そうなのか?」

 

士郎が先生役の桜を見ると、

 

「はい。セイバーさん、ほとんど一人で泳げるようになりましたよ」

 

「それなら一緒に泳ごうか。俺達もまだ何にも手を付けてなくてな」

 

「・・・シロウが百代の魅力に機能停止していたからではありませんか」

 

うんうんと頷く沙也佳と一子に苦笑いを浮かべる士郎。

 

「そ、それよりほら!浮き輪とか借りてさ!のんびり流れるプールでも行こう」

 

「話題転換ですね」

 

「エッチなのはNO!」

 

「先輩・・・私だって・・・!」

 

「桜も沙也佳達もいいではありませんか。私は成長が止まってしまっているので・・・」

 

「・・・。」

 

勘違いだろうが、なぜか士郎には豊満な胸部装甲を湛えたランサーなる彼女が脳裏を過った。

 

「シロウ?」

 

「あ、ああ、何でもない」

 

そんな幻想を頭を振って追い出すと、士郎は浮き輪コーナーへと足を踏み入れた。

 

「すみませーん」

 

「おう、兄ちゃん。好きなの持っていきな」

 

外部からの持ち込みは禁止なので、持ち去られてもすぐに分かるからだろう。店主はイイ笑顔で好きなのを選べと言ってくれた。

 

「あ!ドッシ―!」

 

「ドッシ―?」

 

沙也佳の声に振り返ると何やらコミカルな恐竜の頭がくっついたボードのような浮き輪があった。

 

「彼女はあれが気に入ったみたいだぜ」

 

「あはは・・・あれ、お借りします」

 

「いいぜ。この名簿に名前を書いてくんな」

 

簡易名簿に、衛宮と書いていざプールへ。

 

「それー!」

 

早速借りて来たドッシ―ボードを浮かべてその上に乗る沙也佳。

 

「よっと・・・割と深めだな」

 

「シロウの背丈なら底に足が着きますが私達では届きませんね」

 

浮き輪が無料なのでプール自体は深く設計されているようだ。

 

「先輩!」

 

ぎゅっと士郎に抱き着く桜。

 

「「ああああ!?」」

 

「あはは、くすぐったいぞ桜」

 

「もう・・・先輩ったら・・・」

 

桜もくすぐったそうに士郎に撫でられている。

 

「えい!」

 

「なんの!」

 

「一子!?セイバーも!」

 

「んー士郎は暖かいわー」

 

「一子の言う通りですね」

 

ひゅるひゅると桜たちを帯のようにくっつけながら士郎は静かに歩く。

 

「士郎先輩なんか満足気ですね」

 

「ん?そうか?この状態だと歩いてるだけで楽しいぞ」

 

そういう士郎に沙也佳も抱き着きたくなったが、ドッシ―ボードがあるため、あえなく断念。

 

ボードの上で寝転がり深く息を吸う。

 

「なんだろう・・・すごく澄んでるような・・・」

 

「このプール、マイナスイオンとか発してるらしいぞ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。案内板に書いてあった」

 

同時にプールは深く設定されているので、無理せず浮き輪を利用するようにとも書いてあったのを思い出す。

 

「お、亜熱帯コーナーかな」

 

「すごーい!ジャグジーみたいになってる!」

 

「これがジャグジーというものですか。これは気持ちいいですね」

 

ジャグジー初体験のセイバーも気持ちよさそうに泳いでいる。

 

「私もドッシ―にばっかり乗ってないで泳ごうかな」

 

「それなら代わりにアタシ乗るー」

 

「じゃあ一子さん、はい」

 

乗り手を交代する一子と沙也佳。

 

「おおー・・・これは楽ちんね!」

 

「あ、温水プールなんだ。暖かい」

 

「風邪引かないようにな」

 

温水プールは一見暖かいように思えるが実のところは体を冷やすのである。

 

そんな感じに流れるプールを堪能していると。

 

「士郎!」

 

「リ、林冲・・・それに・・・」

 

「・・・。」

 

顔を赤くしたマルギッテが居た。

 

「むむ。また大人の魅力に士郎先輩がやられそうな予感」

 

沙也佳はそんな予測を立てるが、

 

「二人とも似合ってる。綺麗だ」

 

「「!!」」

 

二人は赤面してブクブクと水を鳴らした。

 

「さて、マルと林冲にも会えたし他の奴等はどこにいるのかな?」

 

「木々の上から「はい。危ないからやめような」ひゃあ!?」

 

燕が流れるプールの真ん中にある木のオブジェから飛び込んできたのを士郎は空中でキャッチした。

 

「士郎先輩、急にジャンプするからびっくりした・・・」

 

「ていうか、水の中からなのにすごい跳躍力ね」

 

「レオニダス王の訓練様々ですね」

 

「冷静に分析してないで、離してよねん・・・」

 

「ん?罰ゲームには丁度いいかなと」

 

「バカ・・・」

 

「むーなんか燕さんにやけてる」

 

「そ、そそそそんなことないよん!」

 

「無事、松永燕も確保したのですから次を探しなさい」

 

「わかってるって。えーっと・・・いたいた。おーい凛!」

 

「!」

 

「あそこだ!」

 

「狙え狙え!」

 

ジャングルジムのようになっている所で凛とキャップ、ガクトとモロは水鉄砲を手に遊んでいたようだ。

 

「むむ!シロウ、あの水が飛び出る玩具はなんですか?」

 

「水鉄砲だな。中に水をためてトリガーを引くと水が飛ぶ・・・」

 

何故か、今度は水鉄砲を手にし、王冠にハイレグ水着を着たセイバーが・・・

 

「いいいやいやクラスアーチャーってどういうことなの・・・」

 

またもや降って湧いた記録にツッコミを入れて頭の中から追い払う。

 

一方でセイバーは水鉄砲に気を引かれているようで、視線はじーっと凛の持つ水鉄砲に向けられていた。

 

「ちょっと!なんで呼ぶのよ!」

 

「え?なんでって・・・」

 

「翔一達と飲み物賭けて・・・キャッ!?」

 

結構な勢いでキャップの水鉄砲が炸裂した。

 

「よっしゃあ!飲みもんゲットだぜ!」

 

「ああんもう・・・師岡君ごめんなさいね」

 

「う、ううん。気にしないで」

 

どうやらキャップ、ガクトペアと凛とモロペアで飲み物を賭けてバトルしていたようだ。

 

「飲み物ですか。プールも丁度一周しましたし休憩しませんか?」

 

「桜の言う通りです。これ以上は体を冷やします」

 

「お、おう・・・」

 

士郎はびっくり眼で桜とマルギッテを見た。

 

「なんです?」

 

「いや、いつから仲良くなったんだろうと思ってな・・・」

 

「?マルギッテさんとは一緒に住んでるじゃないですか」

 

「そうです。桜の言う通り同じ家に住む家内の一人でしょう?」

 

何を急に?と首を傾げられるがマルギッテは中々赤の他人と仲良くならない桜も人見知りするので、何気に珍しい光景だったりする。

 

(桜も凛も上手く馴染めてるみたいだな)

 

セイバーなんかは学園で剣術指南をする人物であるので圧倒的に馴染んでいる。

 

・・・まさかその正体がアーサー王とは露とも知らずに。

 

「さて飲み物は何がいいかな・・・」

 

ここはやっぱり柑橘系だろうか?メロンソーダやトロピカルジュースもある。

 

「士郎先輩!」

 

「沙也佳、何がいい?」

 

問われた沙也佳はおごりですか!?と驚き、ワクワクしながらメロンソーダを選んだ。

 

「セイバー達のも買って・・・そう言えば百代達は何処に行ったんだ?」

 

入り口では悩殺されてしまったが、今度はちゃんと褒めようと考えていたところだった。

 

「はいお待ちどうさん」

 

「わーい!」

 

「ありがとうございます、シロウ」

 

「ちぇ・・・士郎が呼ばなきゃ勝ってたのに」

 

「ルールだからな!」

 

「遊びも全力だぜ!」

 

「僕も楽しかったよ」

 

勝ったキャップ達はもちろん、負けてしまったモロもとても楽し気だった。

 

そんなファミリーと凛を見つつ士郎は自分用に買った柑橘のジュースを飲む。

 

「うん。別に暑いわけじゃないけど美味しいな」

 

「そうですね。そう言えば義経ちゃん達は何処へ行ったのでしょうか?」

 

桜がキョロキョロと周りを見渡す。

 

すると、

 

「ヒャッホウー!」

 

「あははは!」

 

仲良く流れる滑り台で遊んでいるのを見かけた。

 

「まだ滑り台は行ってませんね」

 

「あれねー楽しいんだけどボッチじゃ・・・」

 

「ボッチ?二人用なのか?」

 

燕が神妙そうに言う。

 

「うん。二人用の浮き輪に乗ってトンネルの中を滑る感じだよん」

 

「なるほど・・・確かに一人じゃ物足りない「「「士郎!」」」なっ・・・」

 

会話の途中で真っ先に士郎を呼ぶ声がして林冲は仰け反ってしまった。

 

「士郎先輩!私と・・・」

 

「おーっと、旦那様は取らせないわ!私と行きましょう!」

 

「・・・。」

 

マルギッテだけは黙っていたが一緒に行きたそうな顔をしている。

 

「それじゃ、一心地つけたら行ってみようか」

 

そんなみんなの顔を見て士郎は滑り台へと行くことを決めた。

 

 

 

 

滑り台は人気遊具であるからか、人が並んでいた。

 

「これはあれね。ばらけた方がいいかも」

 

燕がそんなことを言いだした。

 

「なんでだ?」

 

「私達、みんな士郎と滑りたいわけだけど、士郎は一人しかいない」

 

「それでバラバラに並んで、その都度合流するのね!」

 

「・・・。」

 

士郎は思った。滑り台を滑り落ちたらすぐさまここに来ないといけないのか、と。

 

「ま、まぁ結構並んでるし大丈夫・・・か?」

 

「大丈夫でしょ。いざとなったらワープしてくればいいわけだし」

 

「いや、騒ぎになるだろう・・・」

 

士郎は百代と違ってきちんと気が利くのでこんな人が沢山の所でワープなどしない。

 

なのだが・・・

 

「それなら安心ね!」

 

「士郎先輩、期待してます」

 

「日々の鍛錬が生きますね、シロウ」

 

等など。士郎の気遣いをよそに、もういざとなったらワープすることが確定している空気であった。

 

とにかく並ぶことにしてまずは一子と並んだ。

 

「結構高いわねー。楽しそう!」

 

キャー!と悲鳴を上げながら筒状の滑り台へと飲み込まれて行く人を見て、中々なアトラクションだぞ、と士郎は思う。

 

「次の方どうぞ」

 

「アタシ達よ!ほら士郎ー」

 

「おう」

 

「まずはどちらが前か決めてください」

 

「はいはいはい!アタシ前ー!」

 

「じゃあ俺が後ろだな」

 

ドーナッツが二つくっついたような浮き輪にそれぞれ乗る二人。

 

「それでは、行ってらっしゃーい!」

 

ゴオっとプラスチックの筒独特の反響音に包まれて二人は滑り出した。

 

「ひゃー!!」

 

「うお!あんまり暴れるな一子!」

 

一子は楽しそうに声を上げて浮き輪が暴れる。

 

そして、

 

バシャーン!と流れるプールの外側に併設された通常のプールに着水する。

 

「あははは!たーのしー!!」

 

「まったくお転婆だなぁ」

 

途中の暴れ具合を考えてそう言う士郎。

 

「お疲れ様でした。浮き輪はこちらでお預かりします」

 

「はい。ありがとうございます」

 

浮き輪回収班なのだろう、係員の人に浮き輪を渡す。

 

「こういうのって意外と短く感じるよな」

 

「結構な高さからグルグル滑って来たのにねー。もう一回並ぶわ!」

 

「俺は沙也佳の所に行くか」

 

次は沙也佳の番で間もなく呼ばれそうだ。

 

「ほっ」

 

ブウンと士郎が空間の中に入り込み、消えた。

 

「・・・。」

 

それを見た一子は結局ワープしちゃうのねぇと苦笑い。でも、そうして一生懸命に自分達を満たしてくれるのを、一子は嬉しく思った。

 

「さぁ次次!」

 

一子はもう一度滑るべく並び直すのだった。

 

滑り落ちてはワープ。滑り落ちてはワープを繰り返し、みんなと滑り落ちた頃、義経達を流れるプールで発見した。

 

「おーい!旭ー!義経ー!弁慶ー!」

 

「およ?大将」

 

「士郎だわ」

 

「士郎くーん!」

 

泳いでいた義経達が上がってくる。

 

「ん?義経、邪魔しちゃったか?」

 

「ううん!士郎君と回りたかったから!義仲さん、弁慶、いいかな」

 

「いいわよ。私も士郎と遊びたかったし、一緒に回りましょう」

 

「私もいいよ。いずれ大和の所に合流するだろうし」

 

凛達と義経達も含め結構な人数で練り歩く。後は大和達と清楚だが・・・

 

「あ、いた」

 

「うわあああ!?」

 

ドシュン!という凄まじい音と共に大和が吹っ飛ばされたところを発見した。

 

「お疲れー。って何やってるんだ?」

 

「・・・ビーチバレーだよ」

 

「・・・。」

 

いつかの体育祭で滅茶苦茶やった自分が言うのもなんだが、受けたら吹っ飛ばされるビーチバレーとはいかがなものか。

 

「はっはっはっは!球技で私に勝とうなんて1万年早いぞ弟」

 

「くっそ~・・・」

 

悔し気に唸る大和。だが、

 

「・・・!もう一回!」

 

何かに気付いたのかもう一度勝負を挑んだ。

 

「良い心がけだそれじゃ・・・」

 

ヒュン、とボールが空高く投げられ、

 

「くら「あ!士郎だ!」え!?」

 

ぽへ、と間抜けな音がしてひゅるひゅるとゆっくりボールが飛んでくる。

 

「今しかない!清楚先輩!」

 

「んは!任せておけ!」

 

「おま!ずる・・・!」

 

ドシュン!と百代のコートにボールが入った。

 

「「いえーい!」」

 

パン!とハイタッチする清楚と大和。

 

一方百代とクリスは、

 

「モモ先輩ー・・・」

 

「しょ、しょうがないだろう!?士郎が来てるなんて嘘・・・」

 

「ここにいるぞ」

 

「え?」

 

ドキーンと百代が固まった。

 

「やっぱりムカつく体してるわね」

 

「先輩・・・」

 

凛が青筋を立て、桜は自分の胸を見つめる。

 

「し、士郎・・・」

 

「遅くなって悪い。綺麗だぞ。百代」

 

「う・・・」

 

今度は百代がカチーンと固まってしまった。

 

「ねぇねぇ京。いつからやってるの?」

 

一子の問いに僅かに目線を本から上げて、

 

「最初から」

 

と言った。

 

「・・・。」

 

「随分と長い時間やっていたな」

 

「私達は休憩を挟んだというのに」

 

「百代が一方的だから体力をそこまで消耗しないのね」

 

「旭・・・そう言う問題じゃ・・・」

 

清楚はまだしも、よくクリスと大和が付いてこれたなという所である。

 

「でも流石に疲れたー・・・士郎、チェンジで」

 

「なんで俺なんだ・・・」

 

チェンジする人はたくさんいると思うのだが。

 

「他はチェンジしなくていいのか?」

 

「自分もチェンジしてもらっていいだろうか?」

 

「はいはーい!クリスの所にアタシ入るわ」

 

「じゃあ私達はカフェにでも行こうか」

 

「義経は飲み物買ったらここに来るから!」

 

「あら、いい考えね義経。私も見学に来ようかしら」

 

アピール熱心な義経に、それに便乗する旭。他のメンバーも、くつろぐ陣営と見物する陣営に分かれたようだ。

 

「相手は士郎だ。ついて来いよ一子」

 

「まかせて!お姉さま!」

 

「本気で来るぞ。大丈夫か、清楚」

 

「んっは!この覇王はまだまだいけるぞ!」

 

士郎が参戦という事でテンションアゲアゲで答える清楚。

 

「じゃあ・・・」

 

「恨みっこなしの・・・」

 

「「真剣勝負だ!!」」

 

ヒュン!と百代のボールが天高く投げられた。

 

 

――――interlude――――

 

カフェに陣取った凛たちは楽し気に話していた。

 

「それでねー・・・」

 

「あはは、ありそうですね」

 

「うむ。このカツカレーとやら、美味しいではありませんか。これはシロウに作ってもらわねば」

 

「セイバーさんのカレーの匂いが空きっ腹に響くぜ」

 

「キャップも何か頼めば?」

 

「いやー丁度給料日前でなー。買いたい新作ゲームもあるしここは我慢だなぁ」

 

「俺様は~焼きそばだぜ!」

 

「少し分けてくれんかねーガクト君」

 

「いいぜ。キャップにはいつもお土産もらってるからなー。ただし!一口で大量に行ったら金もらうからな」

 

「く、先手を打たれたか」

 

「キャップも懲りないねぇ。僕はたこ焼き。ここのは美味しいって雑誌で見たんだ」

 

「モロお前、小食過ぎねぇ?もっと食べないと大きくなれんぜ!」

 

「士郎のご飯が美味しすぎて食べ過ぎるから調整してるんだよ。今日も本当なら士郎とまゆっちのお弁当だったんだから・・・」

 

「持ち込み禁止だったからね。それに師岡君の言う通り、士郎ってばメキメキ腕上げちゃって。得意な中華も危ういわ」

 

「私はもっと先輩に教えてもらいますっ」

 

「・・・ふう。リンの中華もまた食べたいですね」

 

「凛ちゃん中華得意なの?」

 

「ええ。燕さんは・・・」

 

「断然!納豆!!」

 

「・・・聞いた私がバカだったわ」

 

あははは、と笑って和む。

 

「ってセイバー。もうおかわり?」

 

「あれ三杯目じゃなかったっけ・・・?」

 

驚きを隠せないというガクト達に、呆れた様子の凛。

 

「む。このカツカレーというのが美味しいのがいけないのです」

 

「まぁセイバーのお小遣いだから何も言わないけど」

 

セイバーもレオニダス同様九鬼の斡旋と、従者部隊の稽古に出てお小遣いを貯めている。

 

「それにしても家でもうまいもん食えるのに三杯も行くかね」

 

「そうそう。夕飯食べれなくなっちゃうんじゃ・・・」

 

「いえ、まだお腹には余裕があります。はぐはぐ・・・ゴクリ。夕飯の分は十分に空いていますよ」

 

「すげぇ・・・」

 

「セイバーは相変わらずの腹ペコねぇ」

 

「むむ、リン。訂正を求めます私は断じて腹ペコキャラではありません」

 

「だって。みんなどう思う?」

 

「カレー三杯はなぁ・・・」

 

「大盛だしねぇ・・・」

 

「な、なんですか!ガクト、卓也!」

 

「この子達も否定できないってことよ」

 

「むう・・・!」

 

とむくれながらもぺろりと三杯目の大盛を平らげるセイバーだった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

「はあッ!!」

 

「そこだぁ!」

 

「まだまだ!」

 

「キャウーン!!」

 

ドッカンドッカンと砂を舞い上げる三人に、頑張って抗っていた一子も悲鳴を上げていた。

 

「はぁ、はぁ・・・強情なやつめ」

 

「強情どころの話ではない全く、隙を突いているというのに」

 

「一子はこの程度で悲鳴を「「上げてる」」くっ!」

 

「一子さん!頑張って!」

 

「あれは・・・頑張って何とかなるのかしら?」

 

「「そういうこと言わない!」」

 

ベンチのクリスと大和から抗議が上がった。

 

「それより大和。よくあのメンバーで耐えられてたね」

 

弁慶がぼーっと砂浜を穿つビーチバレーを見る。

 

「一応清楚先輩がいたからな・・・サポートに徹した」

 

「大和は自分とランニングしたりしてるからな!」

 

「おおー体育以外にも鍛えてるのかー。ちょっと見せてみ?」

 

「な、なんだよ・・・うわあ!?くすぐったいって!」

 

「ほほう!いい体つきしてるじゃないか♪」

 

「やめろ!やめろって!」

 

このままでは青少年の正直なプライドが膨張してしまう!

 

だが、その心配はなかった。

 

「当店でぇ・・・」

 

「いかがわしい行為はぁ・・・」

 

「お断りだワン!」

 

スパアン!

 

「おっと」

 

「うわあ!?」

 

鋭いスパイクに、思わずのけぞって回避してしまった弁慶とクリス。ボールの行方は、

 

ドキュ!

 

「ごっは!」

 

ベンチに横にされていた大和の腹部にクリーンヒット。大和は撃沈した。

 

「や、大和!」

 

「・・・。(チーン)」

 

「ああ!私達が避けたばっかりに!」

 

「弁慶は真っ先に避けただろう!?大和ー!?」

 

「夫の危機にはすぐ参じるよ?さぁ、人工呼吸だ!じゅるり」

 

「人工呼吸は必要ない!」

 

「お、起きた」

 

「なんだ・・・もう少し気を失ってても良かったんだよ?ぺろり」

 

「み、京!人工呼吸なら自分が・・・」

 

「溺れてないからね・・・」

 

等と、大和の貞操がピンチであったが何とか守られるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁー!楽しかった!」

 

「そうですね。あ、先輩。夕飯のお買い物していきませんか?」

 

「そうだな。みんなはどうする?」

 

「私は士郎と買い物に行くぞ」

 

「私も行きます。荷物持ちくらいは出来るでしょう」

 

うーんと悩んで、結局士郎達以外は解散となったようだ。

 

「じゃあ私は大和達の護衛だな」

 

「私は義経達の護衛ね」

 

百代と旭が互いににっこり笑いながら言った。

 

「じゃあねー!」

 

「士郎君!バイバイ!」

 

「また学校でなー」

 

という事で一同は最後の日も楽しく過ごして今日を終えるのだった。

 




はい。遅くなり本当にすみません。その代りと行っては何ですが久々に一万字越えました。

やっぱり、出演人数が多いと、アレも書かなきゃ、これも書かなきゃとずるずる引っ張ってしまうのがいけないですね。途中でどうしたらいいか分からなくなりました。申し訳ない。

次回はイチャイチャ編かなー。出番のない人のイチャイチャ書きたいと思います。
それでは次回!


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幕間:史文恭と

皆さんおはこんばんにちは。ディアブロ4にドハマりしてしまった作者です。

今回は史文恭とのことを書きたいと思います。

傭兵引退して縁の下の力持ち的な存在になった彼女ともちゃんと愛が紡がれていることが伝われば幸いです。

では!


早朝の鍛錬後、朝食を口にしていた士郎はふと史文恭に話題を振られた。

 

「士郎。今日空いているか?」

 

「どうしたんだ?」

 

突然の事で目を点にして問う士郎に史文恭はフッと笑う。

 

「なにもそう構えるな。行き場の無くなった本をどうするか考えていてな。今のまま空き部屋を潰して行っては、今後に差し支えるだろう」

 

「それも・・・そうだなぁ。ただ何処に保存するのか当てはあるのか?」

 

士郎は首を傾げて言った。

 

「それをお前と相談するのだ。何か場所を確保できるサービスなど知らないか?」

 

ふむ。と士郎は腕を組んで考える。

 

「無くはない。ただ継続的に金がかかるぞ?それでもいいなら手はある」

 

「コンテナサービスの事?」

 

清楚がご飯をモグモグとしながら言った。

 

「ああ。あれならお金さえ何とかなれば大丈夫だ」

 

士郎の言葉に史文恭は渋面を浮かべた。

 

「ううむ・・・金はあるが、継続的となるとな・・・他にいい案は無いか?」

 

「他に?」

 

うーんと考える士郎。

 

「史文恭は本を処分する気無いの?」

 

凛が不思議そうに言う。

 

「うむ。あれらは私の財産だからな。できれば処分などしたくない」

 

「でも・・・それじゃ永遠に溜まってしまいますよ?」

 

と難しい顔で桜が言う。

 

「史文恭の書物は知識の宝庫です。それを手放すのは惜しい事ですね」

 

「なにかいい方法があればいいんだが」

 

先は見えないが、士郎は一先ず彼女と一緒に考えることにした。

 

 

 

 

「うーん・・・」

 

史文恭とは放課後落ち合う事になったが、士郎は相変わらず頭を悩ませていた。

 

「どうしたの衛宮君」

 

「悩み事でしたら、おねーさんが聞いてあげますよ?」

 

千花と真与がやって来た。

 

「ああ、二人とも。実はな・・・」

 

と、今朝の事を話すとあれよあれよと集まる2-Fのみんな。

 

「なんだ衛宮はまた人の事で頭を悩ませてるのか?」

 

「いつもの事だけど、士郎も大変だねぇ」

 

スグルとモロが苦笑を浮かべながら言った。

 

「で、実際どうする系?何か筋道通さないとやってられない系」

 

「うーん・・・空いてる格安の土地ってないかな・・・うちみたいな」

 

ダメもとで士郎はみんなに聞いてみる。

 

「川神幽霊屋敷みたいなところが沢山あったりしたら、安心して暮らせないだろうが」

 

「忠勝の言う通りだよなぁ・・・」

 

ため息を吐く士郎。

 

「考え方を変えて、どのくらいため込んでるのか、から考えてみたらどう?」

 

クマちゃんが中々いい案を出してくれた。

 

「うちの、八畳一間と四畳半一間が段ボールで埋まるくらい・・・かな」

 

「そりゃまたためこんでるなぁー。なぁエロ本とかないのか!?それならうちでグエッ!」

 

「はいはい。色ボケ猿は置いといて。それにしてもあるわねー」

 

「それを収めてる士郎の家もすごいわー・・・」

 

「まぁ部屋はあるからな。でも今後部屋を空けておかないといけないし・・・何より家が物置になっちまう」

 

「だよなぁ・・・いっその事、九鬼のねーちゃんに相談してみた方がいいんじゃねーか?」

 

「何でもかんでも揚羽に相談するのはな・・・ともかくやれるだけの事はやるよ」

 

という事で士郎は、うんうん唸りながら休み時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

授業を終えて放課後。士郎は史文恭と待ち合わせをしていた。

 

「置く場所、なぁ・・・いいこと上手くいかないものか」

 

彼女は本に囲まれていることに幸せを感じると言っていたし、何より自分の財産とまで言うのだから、読み終えた本もいずれまた読む機会があるだろう。

 

「そんな本を処分なんかできないよな」

 

納得したはいいがはてさてどうしたものか。

 

そんな考えを巡らせていた時、目の前に黒いファミリーカーが止まった。

 

「またせたな」

 

「いや、大して待ってないから大丈夫だ。行くか」

 

士郎は助手席に乗り込んでシートベルトをつける。

 

「史文恭は何かいいアイディア、浮かんだか?」

 

「それが全くでな。いよいよ、揚羽を頼らねばならんな」

 

「やっぱりそうなるかー・・・」

 

何かと迷惑をかけているので、今回ばかりは自分達で何とかしたかったのだが。

 

「出発する前、揚羽に連絡しておいた。九鬼ビルに来いとのことだ」

 

「もう相談してたのか?」

 

「うむ。出来ぬことに傾倒するほど私もバカではない。それが努力で何とかなるならまだしも、こういうどうにもならんことはな」

 

「そうか。んー・・・埋め合わせ、必要だよなぁ」

 

数多くを持つ彼女に何をしてやれるのか考えながら車に揺られる士郎だった。

 

九鬼ビルに着くと李という人が来客対応してくれた。

 

「ようこそおいでくださいました。中にご案内します」

 

「お願いします」

 

「うむ」

 

彼女の先導で九鬼ビルに入ると応接間に案内され、少し待つよう言われた。

 

「揚羽はやっぱり忙しいよな」

 

「そうだな。世界を股にかけるのもいいが、良く体が保つものよ」

 

史文恭をして尋常ならざる、という評価に士郎も同意だった。

 

待つ間出された紅茶を楽しんでいると誰かが入ってきた。

 

「失礼します」

 

「あずみ?ていうことは・・・」

 

「フハハハ!九鬼英雄!降臨である!」

 

なんと、出てきたのは揚羽ではなく英雄だった。

 

「英雄?なんでここに・・・って、まぁここが家なんだろうけど」

 

「揚羽は一緒ではないのか?」

 

「うむ!今回の件は我に一任されたのでな!遠慮することはない!これも我の担当であるからな」

 

確かに、彼は経済部門の仕事をしている身だ。何か妙案があるかもしれない。

 

「それで!兄上と史文恭殿の悩みというのはなにか?」

 

「ああ、実は・・・」

 

朝教室でした話をもう一度すると英雄はいい笑顔でカリカリとメモを取って逆に問いかけて来た。

 

「なるほど。溜まり行く書物の保管場所か。兄上の家の大きさを考えるに、いつか書物で埋もれてしまおうな」

 

「そうなんだ。ただ、史文恭は出来るだけ処分はしたくない様で・・・」

 

「なんとかなるか?」

 

この時ばかりは史文恭も困り顔だった。

 

しばらくぶつぶつと英雄は口の中で言葉を返し、用意された用紙にカリカリと何かを書き連ねて行く。

 

そして、

 

「うむ!こんな所であろう!」

 

ぺらりと書き連ねていた用紙を士郎側に回して英雄は説明した。

 

「まず、史文恭殿の本は空いている廃ビルにでも持ち込む」

 

「廃ビル?・・・あ、うちのファミリーみたいにするのか」

 

英雄は風間ファミリーの秘密基地からヒントを得て思いついたようだ。

 

「しばらくはそれで凌げるであろう。そして廃ビルをも行き場が無くなったら・・・」

 

用紙の廃ビルという吹き出しから、図書館、という項目に辿り着いた。

 

「読み終えた本を遊ばせておくのはもったいない!という事で小規模から中規模の図書館を建造する。そこで誰でも見れるようにするのだ」

 

「最終的には図書館か。随分規模が大きいな」

 

士郎も、まさか図書館まで作るとは考えもしなかった。

 

「これならば顧客を得ると同時に仕事が出来る。仕事としては史文恭殿や清楚が適任であろう。そうすれば金を失うどころか賃金を得ることも出来るぞ」

 

「確かに、これならば廃ビルを買う金をいずれは取り戻せるか」

 

「風間ファミリーが根城にしているような廃ビルは存外多い。九鬼でも数件持っているくらいだ。これも発展するための礎よな」

 

「それで?九鬼はいくらで廃ビルを史文恭に売るんだ?」

 

士郎は確信を突く形で切り込んだ。だが、

 

「いや、売る気は毛頭ない。むしろ管理者を探していたところだ。史文恭殿には管理者になってもらって本をため込む。そして頃合いを見て図書館建造と運び込みをする。その後は運営となろうな」

 

なんと金をとる気はないらしい。

 

「それは・・・その」

 

「兄上と史文恭殿が九鬼の縁者だから、というわけではないぞ」

 

英雄は紅茶で喉を休めながら言った。

 

「最近、電子書籍という物が反響を呼んでいるのは兄上も知っていると思うが・・・」

 

「ああ、史文恭もいくつかサービスを利用してるよな?」

 

「うむ。便利だが、あれは・・・」

 

皆まで言う必要はないと英雄は止めた。

 

「あれは便利な一方で様々な問題も抱えている。全てを電子化したとて本の需要はある。例えば、電子書籍は管理が簡単だが、端末と書籍自体に安くない金がかかる」

 

電子書籍は少しばかり実物の本よりも高い。中古なども無い為通常よりもお金がかかる。

 

端末は言わずもがなだ。

 

「今後電子化が進む一方で、実物の書籍を保存する行動も必要だと我は考えている。だから、史文恭殿が話を持ち込まずともこの件は実行に移していた。要は本をかき集める作業を史文恭殿に一任する形だ」

 

「ていうことは・・・」

 

「うむ。今後は本の代金として援助金も出そう。史文恭殿、よろしくお願いしますぞ」

 

「ああ。その点なら心配ない」

 

結局そういうことでまとまりがついて史文恭と士郎はしばらく九鬼ビルに滞在した後、その場を後にするのだった。

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり、士郎、史文恭。何かいい解決方法は見つかったか?」

 

林冲が出迎えと同時に聞いてくる。

 

「ああ。最終的には図書館に行くことになってな・・・」

 

「それは随分大きな話になったわねー。それで史文恭は?」

 

「図書館行きになる前段階の、貯蔵する廃ビルを見に行ったよ」

 

「士郎は一緒に行かなかったのですか?」

 

マルギッテに問われた士郎は、

 

「一緒に行くと晩飯が遅れる、って言ったら近くで降ろされた」

 

「あっはっは!史文恭らしいわ」

 

「今日は天衣も居ないしな。桜がその分意気込んで作るって言ってたけれど」

 

「今日は桜主体か。洋食風になるかな。桜と相談しよう」

 

そう言って一足早く士郎は帰宅した。今日も沢山食べる皆のため腕を振るうのだ。

 

「桜。今日は・・・」

 

「あ、先輩!今日の夕飯は――――」

 

いつかの光景のように楽し気に話す士郎と桜。今日は桜お手製のリゾットという事で足りないものを買いに行くことになった。

 

「いっそ大きい耐熱皿でも買って取ってもらう形にするか?」

 

「いえ、それじゃ見た目が悪くなってしまいますし・・・」

 

結局人数分の耐熱皿を買って食材の調達だ。

 

「リゾットならモードさん達も食べやすいと思いますから」

 

「モードさんも骨はくっついたからな。まだ脆いけど食事くらいなら大丈夫だろ」

 

本人は鍛錬に混じりたいと言い出したが、そこは奥さんと娘さん総出で我慢してもらった。

 

「――――♪」

 

「ん?史文恭だ。もしもし?」

 

『待たせてすまないな。今見学が終わった。食材の買い物だろう?今迎えに行くから』

 

「それは助かる。割れ物もあるからな。今――――」

 

いつものスーパーだという事を告げ、士郎と桜はのんびりと買い物をすませるのだった。

 

「待たせたな。荷物は後ろに乗せろ」

 

「了解。本の置き場はどうだったんだ?」

 

「年季の入った廃ビルだったが元が鉄筋コンクリートの物件でな。それほど脆そうには見えなかった。これからはあちらに移すとしよう」

 

「そうか。・・・結局九鬼の手を借りちまったな」

 

「毎度迷惑をかけているからな。彼らが喜ぶことは何だろうか?」

 

「やっぱり鍛錬とかじゃないか?仕事の方は手伝えなさそうだし・・・」

 

「先輩、執事の仕事出来るんじゃありませんか?」

 

「ええ?」

 

士郎はかつてルヴィアゼリッタの所で執事のバイトをしたことがあるが、所詮バイトだ。なにより、ルヴィアが自分を特別扱いしていたので、参考になる程度だ。

 

「ほう、桜、士郎はそんなこともしていたのか?」

 

「そうなんです!ルヴィアさんって言う大富豪の所で・・・」

 

「あー・・・」

 

楽しげに話し始めてしまった桜に。いずれ揚羽に執事のバイトで呼ばれそうな士郎。

 

「・・・いいか」

 

彼女の手伝いが出来るならそれもいいか、と割り切って桜が自分の事のように士郎を絶賛する声を聞きながら車に揺られるのだった。

 

 

 

 

「みんな揃ったな。それじゃあいただきましょう」

 

「今日はリゾットです。熱いので注意してくださいね」

 

「了解した。――――。」

 

モードが家族に熱いから注意しなさい、とでも言っただろう頃を見計らって、

 

「いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

一斉に唱和して各々匙をつけた。

 

「!」

 

「――――。――――!」

 

「ああ。美味しいね」

 

「ほふほふ!美味しいです桜殿!」

 

「今日のは珍しいな」

 

「あんまり見ない晩飯だが・・・うむ。うまい」

 

「美味しいよ!桜ちゃん!」

 

士郎の料理は和洋中どれでもござれだが、これほど洋食に(おもむ)きを置いたのは初めての事である。

 

「ううむ・・・これほど立派な料理を桜殿のような歳でか・・・川神は本当に様々な分野で活躍する者が多いな」

 

「立派だなんて・・・先輩に教えてもらったんですよ」

 

「なるほど。桜の師匠も士郎なんだな。それなら納得だ」

 

ゆっくりと冷ましながら食べる林冲。清楚も桜を絶賛しながら食べている。

 

「それで、史文恭の本の行先は決まったのですか?」

 

マルギッテがやけどをしないように食べながら言う。

 

「それなんだが・・・最初は借りている廃ビルに集め、その後新造の図書館に行くことになった」

 

「図書館か・・・九鬼にまた借りが出来たな」

 

「何か借りを返したいところだがどうにもいい案が無くてな」

 

「本の問題が解決したら今度はそっちの心配か」

 

「これでも元傭兵だ。貸し借りはきちんとしたい」

 

「うーん・・・やっぱり鍛錬の指導じゃないかな?」

 

「私と一緒にやれば効果アップ間違いなしですな!」

 

「まぁそれもいいだろう」

 

まんざらでもない顔をして史文恭は食事を進めた。

 

 

 

「ふぅー・・・」

 

鍛造の仕事を終え、ゆっくりと湯船に浸かる士郎。

 

「何とか形になって良かったなぁ」

 

てっきり、何件も不動産屋を回るのかと思いきや、英雄が見事にまとめてしまった。それもこちらにも利益がある方法で。

 

「感謝しきりだな」

 

何かと言えば九鬼がバックアップしてくれるので士郎は何か返さねばと思っているのだが、

 

「なにをしたもんかなぁ・・・」

 

鍛錬の手伝いはレオニダスやセイバー、今回の事で史文恭も行くだろうし、過剰だろう。

 

もっと何か出来ることは無いか・・・。

 

ぼんやりとそう考えていたところに、

 

ガチャ。

 

「・・・。」

 

おなじみの展開だなと思って一応返事をする。

 

「入ってるぞー」

 

「知っている」

 

裸身を晒してやって来たのは史文恭だった。

 

「・・・少しくらい恥じらいってもんをだな・・・」

 

「あれだけ激しく愛し合ったのだから変わらんだろう」

 

ぐぬぬと呻いて目を閉じようとした士郎だが、

 

「目を閉じるな」

 

史文恭が強めに言った。

 

「な、なんだよ」

 

驚く士郎だが、史文恭は至って真面目に、

 

「お前も九鬼に恩義を感じているのだろう?」

 

「そうだけど・・・それとこれ、なんの意味が・・・」

 

「私もだ。当然日々私の為に心を砕いてくれるお前にも。だから考えたのだ」

 

士郎の正面に膝立ちして、

 

「士郎。お前の子が欲しい」

 

「え?」

 

カチリと士郎は固まった。

 

「なに、なにも不思議なことはあるまい?好いた男子の子が欲しいのは女の本能だ」

 

「でも、え、は?」

 

「私以外にも同じ事を思う嫁は多いはずだ。だから士郎。私と、私達と子を作ろう」

 

「・・・。」

 

士郎はもう何も言えず口をパクパクさせていた。

 

「無言は肯定とみなすぞ」

 

「ちょ、ま」

 

何とか声を上げたものの史文恭は聞こえないとばかりに腰を下ろした。

 

 

 

 

後日、士郎は揚羽から火急の電話を取り、

 

『聞いたぞ士郎!我とも子作りするぞ!』

 

「あー・・・」

 

史文恭との一件が瞬く間に広がり、嫁達は士郎との子供の存在を大きく感じることになった。

 

「揚羽・・・火急の電話って言うから授業から抜け出してるんだけど・・・」

 

『そんなもの関係ない!我はお前との子が欲しいのだ!』

 

「まてまて揚羽!そんなに興奮した様子で喋るなって!電話口から声が・・・」

 

など、そんなこともあったが、愛は順調に育まれているらしく。

 

「「士郎!」」真っ先に。史文恭と揚羽の懐妊が知らされるのであった。

 




投稿が遅くなってすみません。今回も難産でした…。史文恭って実直なイメージがあったので彼女との愛も堅苦しいものになってしまいそうで、悩みました。

そして遂に士郎との子供ができました!これによって今まで出てこなかったあの子も出てきます。とはいえ、お腹が目立つまでは二人とも大暴れしそうですが…。(笑)

次回はオニュクス王国の作戦始動!という事でやっていきますのでよろしくお願いします!

では次回!


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動き出す策謀

みなさん、おはこんばんにちわ、ディアブロ4が楽しくて仕方ない作者です。

今回からはオニュクス王国編となります。本編の三倍の勢力を準備したオニュクス王国。ただそのことは筒抜けで…?

それではやっていきたいと思います!


――――interlude――――

 

川神のとある洞窟の中で。帰国したはずのオニュクス王国国王とイムベル将軍が怪しい会話をしていた。

 

「イムベル。手はずはどうだ?」

 

問われたイムベルは、

 

「はっ。当初の予定の三倍用意いたしました。六騎士の強化も済んでおります」

 

「ククク・・・ハハハハ!これで我が国が世界を牛耳る準備は出来たという事か!実に良い!褒美を遣わすぞイムベル」

 

「ははっ!有難きお言葉・・・」

 

「それで決行はいつだ?」

 

「六騎士はもう動いております。今月中にはミーレス共も運用予定かと」

 

「そうか。川神には良いデモンストレーションの相手となってもらおうか。クックック・・・」

 

新たな悪が胎動していた。しかし、海鳥に混じってじっと、その洞窟を見る目が居た。

 

 

――――interlude out――――

 

「どうだ、凛」

 

「ボチボチ始めるようよ。それにしても随分ガラクタ集めたわねー」

 

使い魔で二人の動向を伺っていた凛がため息を吐いた。

 

「学園生にも被害が出始めとる。反撃の準備じゃな」

 

「こちらは国王のいないオニュクス王国を抑えに行こう」

 

水晶玉を覗いていた川神鉄心と揚羽がそう言った。

 

「学園長。奴らは俺の存在が頭にないようです。遊撃を担っていいですか?」

 

「うむ。モモを制し、弓矢を得意とする君が適任じゃろうて」

 

「しかしあれほどのミーレス・・・だったか?あの量産ロボはどうするのだ?流石にあの数、纏めてこられては負傷者が出よう」

 

そう懸念する揚羽だが、

 

「逆よ。纏まってくれた方がやり易いわ」

 

「それはどういう・・・」

 

「いくら数を揃えようがね。神秘は数では打ち破れないのよ」

 

「相手が有象無象を出してくるなら、こちらは『無限』をぶつけてやるだけだ」

 

冷徹な顔で言う士郎にゾワリとしたものが走る揚羽達。

 

「それではワシは全校集会を開くとするかの」

 

「我ももう行きます」

 

お互い立ち上がって目的の場所へと向かう。

 

そんな時、

 

「揚羽!」

 

士郎が揚羽を呼び止めた。

 

「ん?どうした士郎」

 

「その・・・気を付けて」

 

言い辛そうにした士郎の心をくみ取り、

 

「フハハハ!我も腹の子も順調だ。無理などせぬよ」

 

「そうか・・・」

 

先ほどまでの冷徹な表情は無散し、いつもの士郎へと戻っていた。

 

「・・・。」

 

しかし士郎は、バサリと髪の毛を後ろに手櫛で整え、

 

「それではこちらも動くとしよう」

 

「ええ。今度は一人にはしないわ」

 

まるであの男(アーチャー)のような容姿になった士郎に凛は凛然たる決意を口にした。

 

 

 

「なぁ聞いたか?」

 

「神出鬼没のロボットでしょ?」

 

モロとガクトがコソコソと話す。

 

「また犠牲者が出たってよ」

 

「らしいね。でも気を吸い取ってその後は何もしないみたい」

 

「でもよ。ここの所士郎が休みなのは・・・」

 

「多分問題解決に動いてるんだろうね」

 

「・・・なぁ俺達も」

 

「島津!師岡!何をしているか!」

 

バチィン!

 

「あ痛!」

 

「つー・・・」

 

叩かれたところを(さす)る二人。

 

「梅先生の授業はこれがあるからなぁ・・・」

 

「油断できないねぇ」

 

はぁ、とため息を吐く二人。

 

「・・・私の鞭を受けてため息を吐くとは良い根性だ」

 

ズゴゴゴ・・・と梅子の鞭を握る手に力が入る。

 

「ちょ、梅先生!何もしてないって!」

 

「これは・・・あれです!筋肉が・・・」

 

「むむ!筋肉が、なんですかな?」

 

「レオニダス・・・お前まで場を乱すな」

 

遂にはレオニダスまで出て来てしまったことに今度は梅子がため息を吐く。

 

「大方、最近話題のロボット兵器と衛宮の事だろう?私から言えることは無いが・・・もし喧嘩を売られたら、皆わかっているな?」

 

「もちろんよ梅先生!」

 

「最短最速で鉄くずにしてやりますって!」

 

鼻息荒く意気込みを語る生徒達に梅子はもう一度ため息を吐いた。

 

「まったく・・・武士道は分かるがどうしてこうも血の気が多いのか・・・」

 

「うちは武士娘だけじゃなくて男子もそれなりにやるからねぇ」

 

梅子の言葉に千花がそう返した。

 

「美男子なロボット来ない系?」

 

「羽黒・・・あんたはなんでもありか!」

 

「ち、チカちゃん!授業中ですよ!」

 

結局、やんややんやと授業どころではなくなった生徒達を見て梅子は頭を抱える。

 

「まったく・・・ロボットどもめ。授業にまで影響が出ているではないか・・・」

 

「まぁまぁ梅子先生。なんとも頼もしいことではありませんか」

 

ハッハッハ!と笑うレオニダスにイラッと来たのか、

 

「お前も生徒を焚きつけているのではないか!」

 

ビシ!

 

「おや?何か間違いましたかな?」

 

当然英霊であるレオニダスに鞭は効かず。本人は鞭を向けられたことに首を傾げる始末。

 

「ぐぬぬ・・・衛宮、早く終わらせてくれ・・・」

 

今はいない頼りになるが、何かとトラブルに巻き込まれる青年に後を託すしかない梅子であった。

 

 

――――interlude――――

 

 

ゴーと空を飛ぶ緑の機体ウィリディスとオレンジ色の女性型の機体アウランは、指示された獲物を襲う・・・正確には気を吸い取る対象を探していた。

 

「妙にピリピリしますね」

 

ウィリディスがため息を(呼吸していないが)吐く。

 

「そりゃね。私達六騎士が毎日やられてるんだからそれもそうでしょ」

 

アウランが辺りを念入りにサーチしながら言う。

 

彼らはオニュクス王国が送り込んだ刺客の内の二機。本来は川神の人間から気を吸い取る狩人なのだが・・・

 

「!ウィリディス!!!」

 

「モルス!!」

 

バッとアウランの声と共にウィリディスが分裂し、そこを鋼の何かが通過した。

 

「またですか・・・!」

 

「一体どんな目してるのよ!」

 

稼働初日こそ、順調に気を搾取していた彼らだが、それ以降、謎のハンターにつけ狙われる側となっていた。

 

「ウィリディス!アウラン!」

 

「「フラーウス!!」」

 

鋼の(恐らく矢)を警戒していた二人の下に黄色の機体フラーウスが飛び上がってくる。

 

「下がるよ!お二人さん!」

 

「なんでフラーウスがここにいるの?」

 

ビット兵器(恐らく)でバリアを展開しながらじりじりと下がる三機。

 

「そりゃあんた、これだけ毎日やられてたらフォーメーションも考えるさね」

 

「前衛は?」

 

「ルベルのバカとカエルレウスだよ。ルベルは破壊されてもスペアがあるし、カエルレウスは硬いからね」

 

「でも如何にルベルと言えど、このハンター相手では残機を使い切ってしまうのではありませんか?」

 

ウィリディスの言にフラーウスは苦虫をかみつぶした声で、

 

「それでもあの馬鹿に頼るしか無いのさ。アタシ達の中で唯一の成長タイプだからね。反応は良くなってきてるし、替えの機体も本国から追加で送られてきてる。あいつがハンター撃破の可能性があるんだよ」

 

と言いつつ、すぐ聞こえる範囲で、

 

「クソー!また一瞬かよー!」

 

ボンボンと爆発する音が聞こえる。

 

「わー!?ルベル君!カエルが退却する時の身にもなってー!!」

 

青いカプセル状の防御幕を展開して飛んでくる鋼の矢から逃げるように転がってくる水色の機体、カエルレウス。

 

「・・・あれで成長出来てるの?毎回一瞬じゃない」

 

「物は考えようですよアウラン。このまま成長が続けば市民には驚異的な戦力として君臨するでしょうからね」

 

「そうかなぁ・・・」

 

アウランがそんなにうまく事が運ぶだろうか、と思っていると、

 

「わー!!」

 

「よっと。お疲れさん」

 

ゴロゴロと転がり飛び込んできたカエルレウスをフラーウスがキャッチし、

 

「さぁ退散するよ!!」

 

「結局成果無しかー」

 

「後はプルプレウスに任せましょう」

 

「早く!空間をねじり切って何か飛んでくるよ!!」

 

「ええい!技術ならピカ一のオニュクス王国の六機士の内五つがこうも容易く・・・!」

 

「ちょっとちょっと!?カエルを盾にしないで!無理!あれは無理だからー!!」

 

カエルレウスがバタバタと暴れたせいでフラーウスの体が僅かに動く。そこを恐ろしい何かが通り、

 

『――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』 

 

 

キイン、と何かが収束する音と共に、

 

ズドーンッ!!!

 

強烈な爆発と音が、空と陸を支配した。

 

 

――――interlude out――――

 

『士郎、そっちは?』

 

パスから聞こえてくる凛の声に士郎は感情を浮かべることなく、

 

「問題ない。適当にあしらって逃亡した」

 

すっとそれまで構えていた黒弓を下す士郎。

 

『いたのは?』

 

「赤、青、黄色、緑、オレンジだ」

 

『あら、一機いないわね』

 

「恐らく川神学園だろう。愚かな話だ。あそこには川神鉄心がいるというのに」

 

ボロボロになりながら退却していく五機を見据えて士郎は言う。

 

「所で、宣戦布告はされたのかな?」

 

『まだね。学園襲撃がキーになるんじゃないかしら』

 

「かもな。・・・学園長」

 

インカムを通して学園長を呼ぶ。

 

『ほっほ。なにかな?』

 

とぼけたように笑う鉄心だが、濃密な闘争の気配がする声だった。

 

「そちらに一機行ったようですが大丈夫ですか?」

 

『来とるぞ。紫色の奴じゃな。速さが売りらしいが・・・なんとも』

 

余裕の笑いを上げていた。それはそうだ。川神学園の方は――――

 

 

 

「おい、何か来たぞ」

 

「紫色した・・・ロボット?」

 

「ねぇ、あれって巷で噂になってる・・・」

 

『どうも川神学園の皆さん。私はプルプレウス。今日は挨拶に来ました』

 

そう言って搭載された兵器で校庭を攻撃するプルプレウス。

 

「・・・なにやってんだ?」

 

「なんかムカつくわね」

 

『ああ、皆さんには挑まれない限り傷一つつけませんので。まぁ・・・ホームグラウンドをこれだけ荒らされて引っ込んでいる弱虫には興味ありませんが』

 

「「「・・・・。」」」

 

その言葉は、川神学園に火をつけた。

 

「・・・戦じゃあッ!!!」

 

「槍を持て!盾は持ったな!?剣は持ったか!!」

 

「ちょ・・・」

 

「待つのだお前達!」

 

「梅先生!ああも言われて黙ってろって言うんですか!?」

 

「あいつはうちらに喧嘩売ったんだ!ただじゃおかねぇ!!」

 

3-Sでも、

 

「武装が済んだ者から仕留めに行くぞッ!!!」

 

「ああ!こら、待ちなさいって・・・」

 

「我々も黙ってはいられませんね」

 

「此方の友達が居る場所を破壊するものなど許しては置かぬ!!」

 

「・・・。」

 

「大和?」

 

「大丈夫だ。おっしゃあ!!やるぞ!!!」

 

 

天地をひっくり返さんとばかりにバタバタと校舎中が地響きを起こし、

 

ザ!

 

「「「応ッ!!!」」」

 

全校一斉に盾持ちとそうでないものに別れ陣形を組んだ。

 

「ほう・・・随分な練度ですね・・・」

 

「当然ですッ!!この子らはこのレオニダスが鍛えた強者たち!ただでは済まさんぞ・・・貴様ぁ!!!」

 

ガン!

 

来たりて取れ(モーロンラベ)ッ!!!」

 

ガンガン!

 

「「「来たりて取れ(モーロンラベ)ッ!!!」」」

 

ガン!

 

来たりて取れ(モーロンラベ)ッ!!!」

 

ガンガン!

 

「「「来たりて取れ(モーロンラベ)ッ!!!」」」

 

レオニダスも愛する学園と生徒達を侮辱されたと知って本気で挑みかかる気でいる。

 

「あちゃー・・・これマジな奴だ」

 

「レオニダス王も憤激してますネ!生徒達が心配でス」

 

教師陣からは心配する声が上がるが、

 

「大丈夫じゃ」

 

ただ一人、学園の長は不敵に笑っていた。

 

「あの程度の輩に学園生が負けるわけがないじゃろ」

 

その言葉には芯があった。誰よりも生徒達を信じるという異常なまでの芯が。

 

「もしもの時はお願いしますよ」

 

「ふぉふぉ!もちろんじゃよ。ワシも喧嘩売られてちと頭にきているからのう」

 

生徒を信じながらも、自分も握りこぶしを振り落とさんと翁は思っていた。

 

「あの程度の挑発でこんなにも釣れるとは。私が言うのもなんですが、早死にしますよ?」

 

「ぬかせい!!我らは団結して貴様に挑む!我らを、我が学園を侮辱したことを後悔するがいい!」

 

「良いでしょう。では行きますよ」

 

シュイン!と高速移動で接敵してくるプルプレウス。本来なら見失うだろうその速度でも・・・

 

「盾を!!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

ドンドンドンッ!!!と盾に次々とミサイルのようなものが激突する。

 

「!?盾で実弾兵器を・・・!?」

 

「槍を!!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

間髪入れず槍が突き出される。

 

ガギィ!

 

「ふん。木製の槍程度で私は――――」

 

「――――獲りました」

 

キン!と刃が閃く。

 

「――――涅槃寂静」

 

「なっ・・・」

 

胴体と脚部が分断される。

 

その瞬間、頭部が緊急離脱するが、

 

「ぬりゃあああッ!!!」

 

「――――顕現の三。毘沙門天」

 

「馬鹿な・・・!」

 

プチっと。最後のあがきも虚しく、レオニダスの追撃の槍と、鉄心の技によってプルプレウスはその機体を失ったのだった。

 

 

 

 

 

「獰猛な顔が隠せてませんよ学園長」

 

ふぉふぉふぉと笑いながらも鋭い目つきで先ほどの愚か者を見る鉄心。

 

「しかし見事な連携・・・頭に血が上っても、戦い方は忘れなイ。いい判断ですネ」

 

「言ったじゃろうて。あの程度の輩に負ける子らではないとな」

 

「ですが学園長も手を出したのでしょう?」

 

「そりゃあれだけ豪語しておきながら逃げようとしたんじゃからな。逃さんわい」

 

校庭では敵を打ち取ったとして由紀江が全校生徒による胴上げをされていた。

 

「これで正式に喧嘩を買ったことになりますね」

 

「そうじゃのう・・・まぁこの時を待っていたんじゃが」

 

鉄心は既に士郎と凛の手によってオニュクス王国が魔の手を広げていることを知っていた。

 

しかし、『正式に』喧嘩を売ってこないと、いくらでも言い逃れが出来るのでずっと待っていたのだ。

 

「気を吸われてしまった生徒には申し訳ないが、学園として喧嘩を買うにはきちんと動機が必要ですからね」

 

「これでワタシ達も動けるネ!」

 

「いーいデスねー。私達も怒りが爆発しそうでしタカラ」

 

「ふぉふぉ!教師陣も準備は万端じゃな」

 

「学園長はどうなさるおつもりで?」

 

「ん?そりゃあ攻勢に・・・出たいんじゃが、川神院の修行僧達と、住民の防衛かのう」

 

「では・・・」

 

「うむ。次の一手の為に全校集会を開くぞい。各々方、生徒達を集めるのじゃ」

 

「「「はい(YES)」」」

 

川神学園への襲撃も屈強な生徒達によって防衛がなされ事態は圧倒的に川神が有利だった。

 

 

 

 

―――――interlude――――

 

「プルプレウス帰ってこないな・・・」

 

「どうしよう・・・既定の数値まで全然届かないよう・・・」

 

洞窟で唯一攻勢に出たプルプレウスを待つ五機士。カエルレウスの修理を受けて、新品同様の姿だが、洞窟の奥には破損したパーツや、破壊されたルベルの機体が洞窟奥まで山になっていた。

 

「まさか、やられたのでは?」

 

ウィリディスが別な演算をしながら言う。

 

「かもねー。ウィリディスが最初に襲った女の子も、素手なのに相当に暴れたんでしょ?」

 

アウランがため息と共に言った。

 

「はい。流石武士の家系と言いますか・・・あれには僕も驚きました」

 

何せ、いくつかのパーツを破損させられたくらいだ。その日はウィリディスも一人分しか気のエネルギーを吸い取れなかった。

 

「六機士よ。いや、五機士か。貴様等、一体何をしている」

 

相談する五機士にそう語りかけたのは今回の作戦を任されているイムベルだ。

 

「言いたいことは分かるけどー」

 

「強化を施された私達をも凌ぐ相手がいるのです。ルベルはもう何度破壊されたかわかりませんし・・・」

 

「俺は・・・決して弱くない・・・!」

 

「弱くはないさ。間違いなく強くなってる。でもねぇ・・・」

 

ううむ・・・と悩む五機士。

 

「ふん。所詮は機械か。十分な戦闘力を与えたつもりだったのだがな」

 

「そんなこと言ったってしょうがないじゃん!素手で私達を壊しに来る奴らがゴロゴロいるんだよ?これでも集められてる方だよ」

 

アウランの怒りの言葉にイムベルも顎に手を当てて考える素振りを見せる。

 

「確かに、プルプレウスの奴も木に矢じりをつけた槍でからめとられその後に一閃・・・どうやら川神は、我らの知らぬところで腕を上げていたという事か・・・」

 

「プルプレウスはやられちまったのかい?」

 

フラーウスが聞くとイムベルはすぐに頷いた。

 

「川神学園の挑発に行ったようだがな。胴体を切られた瞬間、分離機能を使ったログは残っているが、その後通信が途絶えた」

 

「「「・・・。」」」

 

それは、彼の隠し玉をもってしても逃げられなかった、という事だ。

 

「仕方ない。その辺の住民を狙って行動しろ。質などとやかくは言っていられん。このままでは姫様の準備が整わん。とにかく量を確保しろ。例の兵器も三機ほど持ってきた。貴様らが集めた分と、この兵器があればこちらの準備も整うだろう」

 

「了解しました」

 

「質を考慮しないのであれば何とかなるかねぇ」

 

「カエルレウス。フラーウスの追加オプションを持ってきた。さっさと組み込むがいい」

 

「了解だよ」

 

「一機減った分、取り戻さないとな!」

 

ガション、と手を鳴らして敗北し続けているルベルも気合を入れた。

 

「では、とにかく迅速に動け。期日までには間に合わせろ」

 

「「「了解」」」

 

そんな会話がなされていた。彼らは遂に無差別攻撃へと方針を変えた。

 

由々しき事態だが彼らを見張る目は今だ健在であり今の会話も余すことなく契約者へと伝えられていた。

 

 

 

――――interlude out――――

 

「生徒諸君。昼間の迎撃は見事だったぞい。それを踏まえて、これからの話をする」

 

川神学園では六時限目を利用した全校集会が開かれていた。

 

「今回、件のロボットは我々川神学園に喧嘩を売った。あれだけ大胆な行動に出るんじゃ。近々、川神自体に喧嘩を売ってくることじゃろう」

 

「「「・・・。」」」

 

いつもはコソコソと話をする生徒も多いが、今回ばかりは誰もがじっと、学園長の言葉に耳を傾けていた。

 

「残念なことにワシら川神院は住民の防衛が急務となっておる。ワシも、前線には出られんじゃろう」

 

そう言いおいて、改めて聞く。

 

「そこまで踏まえて問う。川神学園の生徒達よ。お主らはこの事態にどう対処するか。本当ならば我々教師陣は生徒を守る義務がある。じゃが・・・ワシとしては売られた喧嘩は全力で買ってやろうと思うのじゃが、どうする?」

 

ぼうっと、生徒たちの目に炎が宿る。この場の誰もが臨戦態勢だった。

 

そんな彼らを代表するように、すぅっと。白く美しい手が上げられた。セイバーだ。

 

「発言を。よろしいですか?」

 

「もちろんじゃ。この場は皆の意識を一つにするために設けたもの。皆も遠慮はいらんぞい」

 

学園長の言葉を聞いてセイバーは一つ頷くと、

 

「まず、敵の戦力は?」

 

「お主達が倒した指令系統のロボットが五機。それと・・・『ミーレス』と呼ばれる量産機が三万ほど」

 

ざわざわ!

 

三万、と聞かされて動揺する者が出た。しかし、

 

「我々スパルタの教えと、セイバー殿の教えを受けたものを筆頭に隊列を構築・・・非戦闘員も治療に当たれば無駄がない・・・」

 

レオニダスは既に川神という軍の構築に頭を回転させていた。

 

「せ、先生、マジでやるんすか?」

 

真剣に検討するレオニダスに恐る恐る聞くガクト。

 

「おや。ガクト殿は不参加ですかな?それもいいでしょう。我々は貴方を批難しません。戦うものから守るものに変わるだけですからな。しかしガクト殿。よく考えるのです。このご時世で己の怒りをまっすぐにぶつけられるという事は、中々ない機会ですぞ」

 

「でも死んじゃったりしたら・・・」

 

「私を前に戦死の心配ですか!・・・大丈夫です。わが軍は我々スパルタが守ります。死など程遠いことを約束しましょう」

 

その言葉にまた、ざわつきが走る。彼の言葉は。古に語られる伝説の300人と共に戦えることを意味する。その事実に心躍らないものなどこの場にはいなかった。

 

「我からも宣言しよう」

 

九鬼英雄が手を上げた。

 

「川神に喧嘩を売られたのなら我々従者部隊も出る!非力なものに戦闘は強要せぬ。安心するが良いぞ!」

 

フハハハ!と笑う英雄。この男も戦いでは最前線に出る気なのだろう。非力なものは守ってみせると豪語した。

 

「レオニダス王と九鬼英雄、二人が出陣するのならば戦力は相当なものでしょう。後は――――」

 

ぶわ!と強烈な風が吹いた。その中心にいたセイバーは・・・

 

「なっ・・・」

 

銀の鎧と青のドレス姿になっていた。

 

「我が剣に誓って。我らを受け入れてくれた川神に勝利を約束しましょう」

 

「ふぉふぉ!『騎士王』にそう言ってもらえるならば後顧の憂いも無いわい」

 

「・・・騎士王?」

 

「今、騎士王って・・・」

 

「あの・・・セイバーさん。まさか貴女のお名前は・・・」

 

「はい。私はかつてブリテンを治めた王。アーサーです」

 

「うえええ!?」

 

「あのアーサー王!?」

 

「アーサー王と学園生活してたのかよ俺ら・・・!」

 

うおおおお!!!と生徒達のテンションが上がる。

 

「鎮まれ!!!」

 

「「「!!!」」」

 

裂帛の声はレオニダスに通ずるものがあるのか一斉に生徒達の声が止まった。

 

「レオニダス王。今回私は最前線を行きます。川神の防衛は任せました」

 

「言われずとも!名高き騎士王の背中を守れるとあらば喜んで担いましょうぞ!!」

 

互いに不敵な笑顔で役割を分担する二人に興奮冷めやらぬ生徒達は、ぎゅっと己の拳を握り締める。

 

今までの過酷な鍛錬は今この時の為に。

 

「が、学園長・・・その、彼女がアーサー王という事を知っていたんですか?」

 

「もちろんじゃよ。流石に偽名のまま入学させたりせんて。テンションもアップしてきたな。いい傾向じゃ」

 

うんうんと満足げに頷く学園長に、宇佐美巨人は、

 

「スパルタとブリテンの夢のコラボとはねぇ・・・しかし、川神としても彼らに負けていられないですよ」

 

「うむ。モモ!」

 

「いるぞ。ジジイ」

 

「お主を筆頭に討伐隊を結成する。喧嘩が始まったらお主らに頭を抑えに行ってもらうぞい」

 

「もちろんだ!ああ、でもこっちも楽しそうだなぁ・・・」

 

「なんじゃ、行かんのか?じゃあ攻守交替で・・・」

 

「行く!行くってば!じゃあ旭ちゃんとー、燕と―、清楚ちゃん、私で行こうかな」

 

「OB再結成ですか・・・」

 

「頼むぞ。・・・おっと」

 

パタパタと鳥が一羽飛んできて学園長の手に留まる。

 

「・・・!こりゃいかんのう。では先生方、後を任せていいかの」

 

「わかりました。お前達!早速隊列を組むぞ!いつでも武装できるようにしておくのだ!」

 

梅子の言葉に「「「応ッ!!!」」」と答える生徒達。

 

 

オニュクス王国の魔の手を打ち払うべく団結する川神学園であった。

 

 




はい!今回はここまでという事で。いかがだったでしょうか?本戦前の熱いたぎりが感じられたら嬉しいです。

次回は本戦行きますよーここでがっちり熱くなって頂きたいです。


遅れまして、誤字報告、感想等、いつもありがとうございます!鈍足とかしてしまった私の小説ですが、何とかやっていけてます。それもこれも皆さんのおかげです!更新が遅くても感想などを頂けて勇気づけられています。まだまだハチャメチャしていくのでどうぞよろしくお願いいたします!


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川神の守護者達

みなさんこんばんにちわ。ディアブロ4の新シーズンが待ちどおしい作者でございます。

対オニュクス王国編となります。高めに高めた熱気を発散する回にしたいと思いますのでよろしくお願いします。

意外なあの人が活躍するかも…?それもお楽しみに!

では!


――――interlude――――

 

「50・・・60・・・70・・・」

 

ゴウンゴウンと何かの機械をいじっているのはオニュクス王国の六機士の中の一機、修理担当のカエルレウス。

 

六機士とは言うが、一機倒されてしまったので現在は五機士を名乗る。そんな彼女が調整しているのは、川神の住人から集めた気を、ある場所へと送るための機材だ。

 

「カエルレウス。調子はどうだい?」

 

緑の機体、ウィリディスが問う。今日まで必死に気を集めた仲間である。

 

「うん!予定には間に合いそう!」

 

その言葉にため息を吐くのは黄色の機体フラーウス。

 

「これで一先ずの任務は終了だねぇ・・・いや、本当に大変だった。機械の体で良かったと思ってるよ・・・」

 

「ハイリスク・ハイリターンだったもんね」

 

オレンジの機体アウランが言う。

 

彼女の言うハイリスク・ハイリターンとは、気を集める作業の時に起きた妨害の事だった。

 

「川神院の修行僧が出てくるとはね。無差別に通行人を仕留めようと思ったら・・・とんでもない強さの人達が出てくるんだからさ」

 

「でもそのおかげで難航していた気の補填ができました。・・・まぁ、僕らも何度壊されたか分からないですけど」

 

「ホントホント・・・ルベルみたいに予備の機体を送ってくれて助かったよー」

 

洞窟の奥には自分たちの分身が数多くガラクタとなっていた。

 

「でももうこの洞窟もいっぱいだし、隠れるのは無理かな」

 

アウランの言葉に頷くようにウィリディスが言った。

 

「ミーレスの増産も上手くいったようですし、いよいよ決行ですね」

 

「やっとかい。これまでだけでも辟易としちまうよ。でもま、そろそろ川神にも思い知らせてやらないとね」

 

「ルベル君。そろそろカエル達も本腰入れるよ?大丈夫?」

 

「大丈夫だ。俺はもう負けない」

 

言葉少なく返す赤い機体にウィリディスやアウラン、フラーウス、カエルレウスも彼が仕上がっているのを感じた。

 

「時間だ五機士ども」

 

そこにイムベルがやって来た。

 

「イムベル将軍。遂に?」

 

ルベルの言葉に頷き、

 

「これより我らは・・・川神を踏み台とし、世界を牛耳る!」

 

ウィクトールオニュクス!!と唱和されるのであった。

 

――――interlude out――――

 

そんなやり取りがある頃、川神学園では膨大な闘気が膨れ上がっていた。

 

「遂に来たな」

 

クリスの言葉に大和が、ああと答えた。

 

「川神全土に対する宣戦布告。学園長の想定した通りだ」

 

丁度昼にテレビ中継をハックした放送で、オニュクス王国は川神に宣戦布告を流していた。

 

それに伴い、川神の腕自慢や、レオニダスの修練を受けていた者たちなどが、出陣の時を川神学園を拠点として待つため、集まっているのだ。

 

「士郎は?」

 

ガクトの問いに大和は、

 

「さっき戻ってきたみたいだ。あの赤い礼装姿だったから間違いなく本気だ」

 

「そっか・・・・またあの丘に行くことになるかもしれないね」

 

モロが感慨深く言う。ファミリーも重々しく頷いた。

 

「この戦いの主導権を握るには士郎の奥義が必要だ。それに備えて凛さんと打合せしてるみたいだ」

 

「最初は三万って兵力にビビっちまったけどよ。俺らには無限の仲間がいるんだもんな!」

 

「そうだぜ!俺達に敗北の二文字は無い!早く戦場に行きたいぜ!」

 

キャップもやる気満々だ。

 

「ああ、ここにいたかお前達」

 

「梅先生!」

 

「出陣ですか!?」

 

はやる気持ちをぶつける風間ファミリーに苦笑をこぼして、

 

「うむ。これから全員で戦闘区域に移動する。お前達は衛宮と一緒に来い」

 

「士郎は・・・?」

 

「この戦いに向けて闘気を高めている。そこの川神と同じようにな」

 

「・・・。」

 

一子も一言もしゃべらず、静かに気を高めていた。

 

「おいおい俺たちは後からかー?」

 

「後詰め、という事だ。お前達が来たと同時にケリをつける。重要な役割だ。しっかり果たせよ」

 

梅子の言葉に神妙に頷く。その頃士郎は・・・

 

「士郎、どう?」

 

「気持ち悪いが順調にチャージが出来てる。これなら一時間は持つ」

 

膨大な気を魔力へと変換していた。

 

「貴方の固有結界がカギだからね」

 

「そう言う凛も何か隠し玉があるんだろう?」

 

「まぁね。でもこっちは成功するか五分五分かな」

 

「先輩、姉さん。私は・・・」

 

懇願するように声を出す桜に、はぁとため息を吐いて、

 

「わかってるわよ。貴女は今回前衛(・・)。私達が行くまで頼むわよ」

 

「桜の護衛は任せてくれ。私達もいる」

 

そう言って揃って頷くのは林冲やマルギッテ、史文恭だ。

 

「みなさん・・・」

 

「私がいることも忘れないでもらおう」

 

クッキーである。彼も川神の一員として戦場に出るつもりだ。

 

「ありがたいけど・・・多分貴女達より桜の方が強いわよ」

 

「なに・・・?」

 

「桜は武闘派ではありません。その彼女が我々よりも強いと?」

 

少しむっとした表情の史文恭達だが、

 

「事実です」

 

「うわっ!?・・・ええと確か・・・」

 

いきなり現れた小柄な少女に驚く林冲。

 

「ランサー、と呼んでください。サクラは文字通り最強です。ですよね、サクラ」

 

「はい!急がないと先輩と姉さんの出番取っちゃいますよ?」

 

「あっはっは!桜が居てくれるなら安心だよ」

 

フンス!と意気込む桜に士郎は笑って言った。

 

「それほどまでに強いのでしょうか・・・?」

 

「・・・こ奴等の本分は魔術という例外的な力だ。なにがあっても不思議ではない」

 

難しい顔をして悩む史文恭に、ビシ!と桜は指を突き付けた。

 

「それよりも史文恭さん!妊娠してるんですから激しい行動は控えてください!」

 

「ぐむ・・・しかしだな・・・」

 

「しかしもかかしもありません!先輩との大事な子供なんですから細心の注意を払ってください!」

 

「むう・・・」

 

本人としては暴れられるいい機会だと思っているのだろうが、そうは問屋が卸さないと桜は言った。

 

「史文恭は桜に任せておけば安心だな」

 

「当然です!絶対無理なんてさせませんから!もしもの時はよろしくね、ランサー」

 

ランサーにまで注意喚起する桜に、はぁ、と嘆息する史文恭。

 

「士郎」

 

そんな折、百代が話しかけてきた。

 

「百代。そっちも出陣か?」

 

「ああ。十中八九罠だろうけど。罠ごと叩き潰してくるぞ」

 

「おお、モモちゃんが戦場把握してる。明日は雨かな?」

 

「そんなことないじゃない。百代は十分に頭が回るわよ?・・・戦いのことなら」

 

「言ったな!旭ちゃん!燕!」

 

キャー!ともみくちゃにされる二人。清楚はと言うと、

 

「モモちゃん達の分まで頑張ってくるね」

 

「「「あ!しれっとポイント稼ぎ!!」」」

 

今度は清楚に絡もうとした百代だがぺしりと叩かれ、

 

「もう、緊張感無いんだから・・・俺がいないと心配だな!!」

 

「「「・・・。」」」

 

そういう物でもない気がする一同。

 

「じゃ、行ってくるぞ」

 

「ああ。気をつけてな」

 

そう言って、気負うことなく彼女達も出陣した。

 

「レオニダス。セイバー。みんなの事頼むぞ」

 

「場所の指定は向こうからのもの。恐らく罠があるでしょうが・・・」

 

「たかが雑兵に後れを取る我々ではありませんよシロウ」

 

この二人が居てくれれば十分に持ちこたえるだろう。

 

オニュクス王国との決戦は間近に迫っていた。

 

 

 

 

 

「招待状はこの辺だけど」

 

「見事な海岸ね」

 

「広くて戦いやすい。と言えるけど・・・」

 

「うむ。綺麗に罠であるな」

 

何もない砂浜。戦うにはいい場所だがロボットの姿は見当たらない。

 

「これはこれは。川神からの刺客さん達」

 

「お前、なんの真似だ?」

 

出てきたのはイムベルただ一人であった。

 

「君達にはここで戦闘の様子を見てもらおうと思ってね。どうだい?ドリンクバーとかもあるけど。ちなみに――――」

 

イムベルが何か言う前に百代達は用意されたビーチチェアに座った。

 

「ええと、誰だかわかんないけどお前。給仕しろよ」

 

「私はウーロン茶」

 

「私はブルーハワイね」

 

「俺もウーロン茶だ。早くしろ」

 

「・・・。」

 

特に何も言わず注文を付けてくる四人にイムベルはクックックと笑った。

 

(お前達が大敗を期すとも知らないで)

 

だがその思惑も筒抜けで・・・

 

(コイツ馬鹿ダナー)

 

(まぁ予定よりも数が多い、くらいかしらね)

 

(士郎君が何かやる雰囲気だったし、あっちに居たかったなー)

 

(ファイトだよ!みんな!)

 

思い思いの感想を脳裏に浮かべてゆっくりと映し出される中継に目を向ける四人だった。

 

 

 

 

川神の採石場が舞台となった今回だが、

 

「随分用意したな」

 

ズラリと地平線まで居るロボット達に嘆息する梅子。

 

「それに我々まで戦うなど・・・」

 

「小島先生、今日は生徒達を守るんですから。今日の所は抑えて抑えて」

 

「・・・。」

 

宇佐美巨人に言われてそれもそうだなと気を持ち直す梅子。

 

「「「・・・。」」」

 

梅子に比べ川神の戦士たちは無言を貫いていた。

 

「川神は整っているね。でも数の暴力に抗えるかな」

 

「油断すんじゃないよウィリディス。ありゃあ負ける気なんか頭にない顔さね」

 

「アタシもー。これなんか嫌な予感する・・・」

 

「でも人間が重火器相手にそんなに戦えるかなー?」

 

「それでも勝つ気なんだろ。全く忌々しい・・・」

 

「・・・ルベル、あんた性格変わってないかい?」

 

「別に。普通だ」

 

「あー・・・成長促進しすぎたのかもねぇ・・・」

 

「それはそうと、ぶつかるよ!各自壊されないようにね!」

 

おう、と返事をしてフォーメーションを取る五機士。

 

「来たぞー!!」

 

ぶおおおーー!!!

 

と法螺貝が鳴る。

 

それと同時に

 

炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)アアアッ!!!」

 

伝説の三百人が巨大な防御領域を展開し、ミサイルが来ようがガトリングを放とうが、一切通さぬ壁へと変貌する。

 

「皆さん!彼奴らの攻撃は一歩たりとも通しません!存分に!戦うのですッ!!!

 

「「「応ッ!!!」」」

 

「あちゃー。相手も隠し玉来たかー。これは早めに――――」

 

起動させるべき、と続くはずだったアウランに衝撃が走る。

 

「はあああッ!!!」

 

みっしりと組まれた隊列に穴が開く。

 

閃くは銀。荒れ狂う風と共にミーレス達が消し飛ぶ――――!

 

キィン!ガィン!

 

「ば、馬鹿なの!?あの壁に守られていれば安全なのに!!」

 

「ふッ!!!」

 

次々とガラクタに変えられて行くミーレス達。川神は前に出てこない。それはそうだ。あの鉄壁の守りを利用しないはずがない。

 

しかし――――

 

「ふむ。所詮は雑魚ですね。鉛玉と火器しか使わぬ木偶の棒。我が切っ先を捕らえるには遅すぎるッ!!!」

 

一瞬にして隊列に大穴を空けるのはセイバー。彼女は皆が守りに入る中ただ一人、ミーレスと直接戦闘を始めたのだ。

 

「もうなんなよ川神ってとこは!この数をたった一人でどうにかなるはずがないじゃない!!」

 

「一人ではありません。彼らも既に戦っています。勝利を約束した私が盾に隠れるなど性に合わないので」

 

キーキーとストレスも限界なのかヒステリックを起こしたように叫ぶアウラン。しかしその声も彼女の斬撃音にかき消されていく。

 

「もういいッ!私がここで――――」

 

「――――その動きを待っていました」

 

セイバーに攻撃しようと高度を落とした瞬間、

 

「風よ!荒れ狂え!!」

 

「!!?」

 

誰が想像しただろう。よく見れば、彼女の手に握られているのは剣なのか斧なのか、はたまた鈍器なのか区別がつかぬほど目に見えないのだ。しかもその切っ先であろう場所から機械の体にダメージを与えるほどの風が吹くなど――――

 

「まずは一機!もらいました!!」

 

「ギャー・・・!」

 

真っ二つに両断され、荒れ狂う風にグシャグシャにされたアウラン。遠目にも五機士の一機が落ちたのが見えたのだろう。鬨の声が上がっていた。

 

「ふう。これで士気も上がる事でしょう」

 

そう言いながら周りを囲む木偶の棒達を見る。

 

「・・・人ならば恐怖を感じるところでしょうが、それもなしか。本当に愚かなものを作ったものだ」

 

また銀色が閃光のように閃く。戦場にてただ一人、されど誰よりも誇り高く彼女は舞うのだった。

 

「盾を!!!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

レオニダスの宝具ギリギリに盾が構えられる。

 

「槍を!!!」

 

ガキイ!と嫌な音を立てて前方のミーレス達に引っかかる。

 

「投石!!!」

 

「「「そりゃあああ!!!」」」

 

ドコン!と巨岩が後方の複数人の手によって投げられ動きが止まったミーレスを押しつぶす。

 

「弓兵構え!!!」

 

「「「はいッ!!!」」」

 

「爆矢!てーッ!!!」

 

ヒュンヒュンヒュン!

 

爆弾付きの矢が放たれる。

 

指揮はレオニダスの元、行われている。

 

どれもが的確で、戦場を意のままに操る手腕は見事と言えわざるを得ないものだ。

 

「流石レオニダス王・・・戦いを心得ている」

 

「これが本物の戦いって奴ですか。私もすっかり脱帽ですよ」

 

梅子と巨人はもう本当に引率の先生状態だ。それでも戦場は回っている。

 

相手が機械という事でレオニダスも素手や剣での格闘戦ではなく、次々に送られてくる爆弾の付いた矢、巨岩の投石で確実に一歩一歩進んでいた。

 

これだけでも驚異的なのは間違いない。この伝説の人物は、正しく戦略に特化した人物であり、だからこそ数多の軍勢を300人で迎え撃った人物なのだと思い知らされる。

 

そうして順調に歩を進めていた川神だが・・・

 

「もう使うしかありませんね」

 

ウィリディスが何かのボタンを押す。その瞬間、

 

「な・・・に・・・?」

 

「レオニダスさん・・・」

 

「これは!?どうしたというのです皆さん!」

 

それまで隊列を組み、息も乱していなかった川神の住人が、崩れるように倒れてしまった。

 

「くっ・・・レオニダス・・・」

 

「小島先生!貴方ほどの者もですか!?」

 

卓越した武芸者である彼女までも顔色を悪くしている。

 

「レオニダス王!」

 

「セイバー殿!」

 

すぐに異変を察知し、飛び込んできたのはセイバーだ。

 

「これは・・・一体どういうことですか?」

 

「わかりませぬ・・・我ら英霊がなんともない所を見ると・・・毒、ですかな」

 

「いえ、その可能性は低いと思われます」

 

ランサーが音もなくやって来た。

 

「ランサー。何か見たのですか?」

 

「はい。サクラの護衛をしていましたが、緑色の機体がスイッチのようなものを押し、それと同時に林冲と史文恭も、顔色を悪くして倒れました」

 

「この場にいる者すべて同時に無力化する罠ですか。これはいけませんな」

 

「このまま我々だけで戦う事も出来ますが、間違いなく体にいいものとは言えません。長期戦ともなれば死者が出るでしょう」

 

難しい顔でセイバーは言った。

 

「史文恭の話では『気を吸い取られている』と証言していました」

 

「・・・なるほど。生来気を運用しないから我々は無事なのですね。ではそのからくりを破壊してしまうのが吉でしょう」

 

「破壊は私がします。セイバーは引き続きかく乱を。レオニダスは宝具を維持できますか?」

 

「問題ありませんとも!魔力は霊脈から溢れんばかりに供給されております!必ずや守ってみせましょう」

 

「ではそのように」

 

トン!と地を蹴るセイバーとランサー。セイバーは再び戦場へ、ランサーはこの大掛かりなからくりの対処を。

 

各々持ち場へと戻る。こんなピンチでも、彼らは動じない。勝利の約束はこんなものでは破られないのだ。

 

――――interlude――――

 

 

「これでようやく止まりましたか」

 

はぁ、とため息を吐くウィリディス。

 

「奴等とんでもないね」

 

フラーウスが言った。

 

「カエル達を矢と石で潰してくるなんて・・・想像もしなかったよー」

 

「おまけにアウランまで銀の騎士にやられちまった。慎重に行かないとやべぇぜ・・・」

 

秘密兵器の起動で小休止を得たウィリディス達は大きく嘆息していた。

 

「被害は?」

 

「ミーレスが狩られ続けてる。それとアウランが破壊されちゃった」

 

「相手は一人・・・ですが凄まじい戦闘力です。とても人間技とは思えない」

 

「気の方は順調だけどな」

 

被害を出しながらも秘密兵器――――広域型の気の吸収装置で相手を無力化出来た。

 

「でもいいのかなぁ・・・これ、稼働し続けたら最悪死人が出ちゃうよ?」

 

「我々ロボット、AI的には即刻辞めるべきなのでしょうが・・・」

 

ウィリディスが難しそうに言った。

 

「イムベル達は止めないだろうねぇ・・・」

 

「カエル達・・・このままでいいのかな」

 

心配そうな声を出すカエルレウスに一同、同意らしく視線を下げた。

 

と、異常事態に最初に気付いたのはルベルだった。

 

「!」

 

「これは・・・」

 

「吸収装置が一つ破壊されましたね」

 

「こんなに早く!?」

 

通信ログが一つ、ブツリと途絶えた。

 

「我々も打って出るべきでは・・・」

 

「待ちな。どうも様子が変だ」

 

戦場を見渡していたフラーウスが警告を上げた。

 

「なにあれ・・・赤い・・・棘?」

 

「ミーレスが地面に・・・影に落とされていく・・・!?」

 

戦況は新たな展開へと移っていた。

 

――――interlude out――――

 

 

Es flustert(声は祈りに)――――Mein Nagel reist Hauser ab(私の指は大地を削る)・・・!」

 

黒に赤いラインの装束を身に付けた桜が歌う。その声は芯が通り、決意を示すように力強く発せられる。

 

「これが桜の魔術・・・」

 

「赤い棘が地面を走ったかと思えば、それに絡め取られたミーレスが影に落ちている・・・!?」

 

赤い棘は炎のように無数に走って行く。

 

これこそが彼女の本当の姿。身に秘められた魔術の属性は『虚数』。物質を存在しえない虚数の海に落とす魔術。

 

桜も士郎と同じ、五大元素から外れた()の属性に属する特異的な魔術師だ。

 

その才能は姉に勝るとも劣らない、強力な魔術師であった。

 

Satz(志は確に)――――Mein Blut widersteht Invasionen(私の影は剣を振るう)・・・!!」

 

次々と赤い棘がミーレスを虚数の海へ落としていく。史文恭たちは、凛が言った言葉を再確認させられることとなった。

 

「魔術・・・なんていう力なんだ・・・」

 

「あの影の海の行先など考えもしたくないな。これは確かに、絶大な攻撃力だ」

 

川神の人々が全て倒れたというのに、桜の目に諦めの色は無かった。

 

「史文恭さん、林冲さん。後退できますか?」

 

「我々の心配をする余裕すらあるか」

 

逆に彼女には、守ってみせるという誓いが見て取れる。

 

「ええ。この程度なら私だけでも全滅させられますから。それよりお二人とも、できれば避難を。出来なければ私から離れないでください」

 

「わかっている。でも・・・」

 

それまで顔色を悪くして地面に伏せていた林冲が槍を片手に立ち上がる。

 

「私達も己の役目を果たすつもりだ」

 

「そうだ。この絨毯攻撃の正体が桜なのはすぐにバレる。その時こそ我らの出番よ」

 

史文恭もハルバードを手に立ち上がった。

 

二人が立ち上がれたのは、ランサーが気の吸収機を一機破壊したからだ。川神の生徒達も頭を振るい、槍を、盾を、剣を手に再び立ち上がっている。

 

「今ランサーが相手の兵器を破壊しています。もう少し、耐えられますか?」

 

「もちろんだ。私達は桜を守る」

 

林冲は闘志を燃やして言った。

 

「本当は私も暴れたい所だがな。確かに、これは桜がオフェンスの方が効率が良さそうだ。騎士王といい、お前といい、士郎の世界の住人はどうなっているのだ」

 

呆れた、と言わんばかりに眉をひそめる史文恭に桜はあはは・・・と苦笑をこぼす。

 

「私達は魔術師の中でも特に特異的な存在ですから・・・でも、何の苦労もなくここまで来れたわけじゃないんですよ?」

 

桜の言葉に何か含むものを感じた二人は、追及することなく、素直に桜の努力を賞賛した。

 

「もちろんだ。・・・また桜に学ばされてしまったな」

 

「素質があろうと開花させるには血のにじむ努力が必要となろう。・・・あの男のようには、世の中上手くいかんものだ」

 

「先輩もあそこまで行くのに何度も死にかけています。・・・魔術は己を殺すことから始める外法。私達はそれを自分の信念のもとに扱う魔術使い(・・・・)。姉さんは違うって言いそうですけど・・・結局、自分の為に使っているのには変わりませんから」

 

また、炎の棘が走る。破壊されたのとは違う。一度絡め捕られれば、文字通りこの世からいなくなる攻撃に、次々と姿を消していくミーレス。

 

それは騎士王が破壊した機体も含まれる。相手に修理専門の機体が居るのは先刻承知。故に、戦線復帰の猶予は与えない。確実に眼前の敵を虚数の海へと叩き落す。それが桜の強い意志だった。

 

 

――――interlude――――

 

「あの炎、何なんだ・・・」

 

「確実に一撃必殺系だよね・・・僕らが居なくても勝てたのかも」

 

そんな言葉を漏らすのは大和とモロだ。

 

二人は、動けるようになってから、これが相手の秘密兵器だという事を見抜き、この攻撃で自分達の気配が薄くなったことを利用して偵察をしていた。

 

「それにしても敵に見つからないな」

 

「そりゃあセイバーさんが敵のど真ん中で大暴れしてるし、あの炎で一撃必殺されるし・・・多分こっちの事なんか気にかける余裕ないよ」

 

「凛さんか桜さんか分からないけどエグイ攻撃するぜ・・・」

 

あれが魔術による攻撃だろうことは二人とも承知の上だった。これは絶対に怒らせてはいけない人たちを怒らせたなと、冷や汗の流れる二人である。

 

「あっちはセイバーさん達に任せとけばいい。俺たちは・・・」

 

そこまで行って大和が止まった。

 

「・・・ビンゴだね」

 

モロも素早く身を隠しそっと砕石によって影となっている部分をのぞき込んだ。

 

「ミーレスが集まってるな。あそこに多分、気の吸収装置がある」

 

「でもどうする?僕達じゃあの包囲網は突破出来ないよ」

 

「それは分かってる。んー・・・何とかあの攻撃こっちに飛んでこないかな」

 

悩む大和とモロ。だが、その解決方法は意外なところにいた。

 

「・・・貴方達はなにをしているのですか?」

 

「なにってあの装置を・・・」

 

「や、大和!」

 

「え?」

 

慌てた声に大和はふと後ろを振り返った。

 

「一機破壊したから動けるようになったようですね。ですが、無謀という事も覚えておいた方がいい」

 

「ら、」

 

「「ランサーちゃん・・・」」

 

そこにいたのは、小柄に、猫耳のようなふくらみが付いたフードを身に付けたランサーだった。

 

「ちゃん付けは少々無礼ではないでしょうか」

 

「だって・・・」

 

「なぁ・・・」

 

この少女、そっちの気がない大和達でも可憐に見えるのだ。

 

それもそのはず。彼女は完成された偶像(アイドル)たる三姉妹の内の一人。それも戦う力を持たない姉とは違う、れっきとした戦士でもある姿だ。

 

「・・・まぁ、私の事はいいとして。ここは貴方達では無理です。大人しくレオニダスの宝具の裏へと帰りなさい」

 

「でも――――」

 

自分達だって役に立ちたい、そう言いかける二人にため息をつき、

 

「川神の人間は意固地ですね・・・それで命を失っては本末転倒でしょうに」

 

「・・・それでも、これは俺達が買った喧嘩だ」

 

「僕らも黙ってはいられないよ」

 

「・・・。」

 

そう言い切る二人に、ランサーは再度ため息を吐き、何を思ったのか、

 

「これを」

 

「これは・・・宝石?」

 

小さな、カットもされていない宝石だった。

 

「どうしてもというのなら、あの兵器を探してください。予測ではあと一機何処かにあるはずです。私はここを潰してから捜索に移ります」

 

「この宝石はどう使えばいいんだ?」

 

色んな角度から宝石を見る大和にランサーは、

 

「それは言わば発信機です。それを持っていれば貴方達の居場所がわかります。機体を見つけたら今のように止まりなさい。それらしき動きをしたのなら、私が貴方達の下に行きましょう」

 

ガシャ、と鎖の付いた巨大な鎌を構えるランサー。

 

「一人で大丈夫なのか?」

 

思わず聞いた大和だが、鋭い視線に肩をビクつかせた。

 

「こんな姿ですが、私は英霊です。あの程度の兵器など、取るに足らない存在です」

 

「そ、そうですか・・・」

 

大鎌で一閃される幻をみながら大和達はそそくさと次のポイントを探しに向かう。

 

「ら、ランサー、さん。行って来ます」

 

「気を付けて」

 

それだけ言って彼女は見えなくなった。同時に複数の爆発音が鳴り響き、体がまたふっと軽くなる。

 

「・・・英霊、か。ランサーは何の英霊なんだろうな」

 

「大鎌を持った英雄なんて思いつかないけど・・・」

 

気にはなったが、今考えることではないと割り切り、

 

「よし、探すぞ」

 

「うん!」

 

二人は最後の一機を見つけるべく、行動するのだった。

 

――――interlude out――――

 

桜の魔術が敵を食い荒らして一時間が経過した。

 

ミーレス達は既に大分数を減らしているが、まだまだ数はいる。川神の住人たちは少しずつ体制を立て直し、巨岩の投石と爆矢の攻撃が再開されていた。

 

しかし、

 

「そこまでです」

 

「敵襲!陣形を戻せ!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

所々ほころんでいた隊列が綺麗に修復される。

 

「流石レオニダス王。本来ならサインを頂きたいところですが・・・」

 

「・・・。」

 

「これ以上は僕達も黙ってはいられません。覚悟――――」

 

「覚悟するのはどちらだろうな?」

 

「!貴方は・・・」

 

出てきたのは紫ボディのクッキー2だった。

 

「僕たちの兄・・・になるのでしょうか」

 

「そうだな。人間に危害を与える愚弟共にはその身をもって償ってもらわねばなるまい」

 

ブオン!

 

とビームサーベルが唸りクッキーの目も怪しく光る。

 

「・・・中々に強化されていると見ました。ですが、この数と僕たちを前にたった一機で・・・」

 

「ふん。正攻法ならな。だが私には代え難い友がいる。・・・そのためにも、お前達には落ちてもらう」

 

ギュイーンとクッキーの背中が展開し一対のパラボラアンテナが出現した。

 

「オリジナルたるクッキーが命じる!各機攻撃をやめ、休眠(スリープ)モードへと移行せよッ!!」

 

ジジ・・・キューン・・・

 

間近に迫っていたミーレスとウィリディスが不自然に揺らいだ。

 

「こ、れは・・・ハッキング・・・!?こんなに大規模なんて」

 

「眠るがいい。貴様等の所業は目覚めた時に対処を決める」

 

「無、念・・・」

 

それまで空を飛んでいたウィリディスも、ガチャン!と地面に倒れ伏し動かなくなった。

 

「クッキー殿。流石ですな」

 

「なに。士郎と桜の協力が無ければ未開発で終わっていた代物だ。それに、弱点もある」

 

それは動きを止めたミーレスの後方。この兵器は横に広大ではあるが縦にはそれほど跳ばないのである。

 

「私はこのままミーレス共を片付ける。レオニダス、後は頼むぞ」

 

「お任せあれ。気の収集装置も破壊されておりますし、桜嬢の魔術で大幅に相手の機体は減っております。・・・同族の対処をお願いします」

 

「うむ。では私も出陣するとしよう!」

 

こうして新兵装を携えたクッキーも前線へとでた。不利であったことなどなんのその。

 

桜の魔術とクッキーのハッキングにより、次々と無力化されていくロボット達。その中心にはセイバーさえいる。もはや勝負は決したかに見えた。

 

 

――――interlude――――

 

一方百代達はと言うと・・・

 

「はっはっは!あれだけ準備して手も足も出ないとか!」

 

「ちょっと川神を舐めすぎではなくて?」

 

「ぷぷ・・・旭ちゃん、そこの卑怯者に言ってもしょうがないよ」

 

「我らの軍は無双しているようだな!(よかったぁ)」

 

「・・・。」

 

言われたい放題のイムベルの手にギチリと力が入る。

 

(なんだあれは・・・我々が下調べしたのとは大きく異なる・・・!?)

 

レオニダス王が“宝具”なるものを使うのは情報が入っていた。だが、あの戦況はどうしたことか。

 

三万もの軍勢を準備しながらこの体たらく。明らかに王の怒りを買うのは間違いない。

 

(くっ・・・だがこちらの準備は整った。あとは武神もろとも打ち倒すだけよ・・・!)

 

「おい。そろそろ飽きたぞ。こんな茶番を見せて何があるって言うんだ?」

 

「そうだねん。そろそろ私達の相手もしてほしいんだけど」

 

それまでの楽し気な空気も束の間、表情を落とした百代と燕が言う。

 

「ほほう。最後まで見届けなくていいと?」

 

「見届けるも何も、お前らじゃ絶対無理だよ。あの雑魚共を刈り尽くしたら今度は私達の所に来るぞ?その前に私達も暴れたい所なんだがな」

 

「そうね。でないと私達が来た意味がないし。それとも、一般人を人質にして延々と私達を封じるだけなのかしら?」

 

「・・・。」

 

余裕を持て余しているという声にイムベルは手に握ったボタンを押す。

 

「なんだ、増援か?」

 

「!?」

 

しかし、しっかり見抜かれていたことに驚くイムベル。

 

「やめとけって。ここまですると・・・」

 

ブツン、と映像が途切れた。

 

「おい!どうなっている!?」

 

「わかりません!通信機の故障かと・・・」

 

突如途切れた映像に部下への指示を飛ばすイムベルだが、その様子にはぁと、百代はため息を吐き、

 

「お前らがいくら雑魚用意したって無駄だって言ったろ?そんなことするから怒らせちゃいけない奴を怒らせた」

 

「これは必然。彼が今まで出てこなかったのすら疑問だもの。まぁ、大方調整と貴方達の気の吸収装置があったからでしょうけど」

 

「モモちゃん達が言う彼ってやっぱり――――」

 

百代は頬を火照らせて言った。

 

「うん。士郎だ!」

 

――――interlude out――――

 

「見つけた」

 

大和とモロが偵察中に、最後の気の吸収装置を見つけた。

 

「相変わらず戦場は凄いことになってるけど・・・」

 

「クッキーの奴、どこぞの悪逆皇帝みたいになってるな」

 

戦場を駆ける銀と赤い棘。そしてクッキーの広域ハッキングで次々にミーレスが狩られてゆく。人間ならもうあきらめているだろうが、彼らは機械だ。恐れなど抱くこともなく粛々と前進し鉄くずに、あるいは影の海に、そして強制休眠(スリープ)へと落ちていく。

 

もはや戦いは決した。オニュクス王国に川神の勢力を打倒することは出来ない。だというのに・・・

 

ザッザ・・・

 

「追加のミーレス!?」

 

「あちゃあ・・・こりゃ泥沼にする気か」

 

相手はこちらを圧倒することから、この機械で気を少しでも多く集めることに予定をシフトしたようだ。

 

「でも・・・逆効果だよね」

 

「ああ。これで士郎が出てくる。一子達に後詰めを任せたのはこの機械に気を吸わせないためだな」

 

本当は他にも理由があったのだろうが、もはや関係ない。川神の勝利は揺るがないものとなった。

 

「ありましたか」

 

そこにゆらりと現れるランサー。

 

「う、うん・・・ランサーさん、士郎は・・・」

 

戸惑ったモロの声にランサーはクスリと笑い、

 

「心配しなくとも、この兵器の破壊が狼煙となるでしょう」

 

「「!!!」」

 

その言葉にぶわりと身震いを感じた。ここに彼が来る。それは当然無限(・・)の軍勢を従えて、という事だろう。

 

「大和!」

 

「ああ!ランサーさん、後お願いします!」

 

走り行く二人を見送ってランサーは、

 

「本当に・・・あの頃が懐かしいですね」

 

もう十年になる、彼らがまだ非力だった頃を思い出す。

 

「今ではこんなに逞しく・・・サクラにも、その子供にも期待、ですね」

 

フッと笑ってランサーは大鎌を構える。

 

「そのためにも――――」

 

「「「・・・。」」」

 

向かうは気の収集装置。だいぶ減ったミーレス達を前にランサーは突撃を開始するのだった。

 

 

 

 

 

最後の気の収集装置が破壊され、遂にこの男が戦場に姿を現した。

 

「どうやら川神の有利のようだ。それでもやるのかね?凛」

 

舞台を見渡しながら士郎は傍に居る凛に声をかけた。

 

「ええ。やるからには徹底的に。相手が二度と手を出してこないように、完膚なきまで叩き潰してやるわ」

 

「・・・。」

 

その言葉に恐ろしいものを感じながらも、士郎は彼女もこの世界に馴染んだのだな、と温かいものが溢れた。

 

「ねぇねぇ、もう行っていい?アタシうずうずして堪えられないわ」

 

同じく傍に控えた一子にクッっと笑って。

 

「では始めるとしよう。遅れるなよ、凛」

 

「誰に物言ってんのよ。そっちこそ、散々調整したんだからミスらないでよね」

 

互いに獰猛な笑みを浮かべ士郎と凛が詠唱を始める。

 

――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 

――――素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。

  降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 

――――Steel is my body, and fire is my blood(血潮は鉄で心は硝子)

 

――――閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。

  ただ、満たされる刻を破却する

 

一子は朗々と響くその詠唱に寒気を覚える。

 

士郎だけでもオーバーキルだというのにこの二人はこれ以上何をしようと言うのか。

 

――――I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)

 

――――Unaware of loss.(ただ一度の敗走もなく、) Nor aware of gain(ただ一度の勝利もなし)

 

この凛という少女は聖杯戦争に選ばれるだけでなく、彼女自身が強力な魔術師であることをいやというほどに一子は知らしめられていた。

 

(この呪文、聞いたことあるわ・・・)

 

士郎の詠唱に連なって聞こえるのはあの夜、運命の夜と名付けられた伝記に登場する一説ではなかったか。

 

――――With stood pain to create weapons.(担い手はここに独り)

            waiting for one's arrival(剣の丘で鉄を鍛つ)

 

――――Anfang(セット)

 

互いに韻を踏む。その韻は交わらないものを強引に交わらせる。一子は知らず、戦闘態勢を取っていた。

 

――――告げる。

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  我が望み魔力の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

――――I have no regrets.This is the only path(ならば、我が生涯に 意味は不要ず)

 

  誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者、

  我は常世総ての悪を敷く者。

  汝三大の言霊を纏う七天、

  抑止の輪より来たれ、

 

そして。最後の一句が唱えられる。

 

――――My whole life was “unlimited blade works”(この体は、無限の剣で出来ていた)

 

「天秤の守り手よ―――!」

 

最後の一句と共に炎が走る。それは幻想と現実を隔てる境界線。武骨な採石場は、一人の男の、信念の丘へと塗り替わった。

 

「な、なんだよ・・・これ」

 

「俺達、採石場にいたはずじゃ・・・」

 

突如として現れた剣の丘に誰もが浮足立つ。しかし、

 

「盾構え!!!」

 

「「「お、応ッ!!!」」」

 

困惑に落ちながらも、レオニダスの号令によってすぐさま盾を構える。

 

「落ち着けい!あれは・・・援軍であるッ!!!」

 

「え、援軍?」

 

「お、おい見ろ!」

 

後方から、土煙を上げながら馬蹄の音が鳴り響く。先頭を走る軍団(・・)に旗が立てられており、それを見た一同はレオニダスの前だというのに呆然とその軍団を見た。

 

「ふ、風林火山に六銭紋・・・!?」

 

「あっちは毘沙門天だ!」

 

「まだ来るぞ!」

 

続々と英雄・・・いや、英霊達が集っていく。

 

「全軍止まれい!」

 

駆け足だった先陣がピタリと止まる。

 

「越後の・・・こういう時はどうするべきかのう」

 

「我々の存在は秘匿されねばならぬ。が・・・見ればここは幻想に包まれた戦場。なれば堂々と告げるが良かろう」

 

「そうじゃの。それにワシら、一時的な物みたいじゃし・・・しかし無理をする。これだけの英霊を現世に呼び寄せるなど。自殺行為も――――」

 

そこまで言って、風林火山を掲げ、口元が覆われていない赤いお面をつけた老人が目にしたのは十文字槍。それを見てなるほどと頷いた。

 

「この場にある剣の山が召喚媒体か。よくやるわい」

 

「あの・・・貴方方は・・・」

 

仮にも教師。彼らの身分などわかり切っていることだが、目の前の事が信じられなくて梅子は震える声で問うた。

 

「なにも怯えることはないよ。ワシは『武田信玄』。甲斐の虎とも呼ばれておる。こっちの無口そうなのが・・・」

 

「・・・上杉謙信。毘沙門天の加護を受けし者也」

 

「た、武田信玄・・・!!!」

 

「上杉謙信だぁ!?」

 

ザワザワと真偽を確かめる声が上がる中、静まれい!とレオニダスの声が上がる。

 

「ようこそ。我が主の幻想の世界へ。私はレオニダス。スパルタの王であり、この川神の子らを率いるものです」

 

「ほっほ!伝説の300人を率いたスパルタ王かい。これはご丁寧に」

 

「・・・我が宿敵よ。今は挨拶よりもせねばならぬことがあるようだ」

 

すらりと上杉謙信の刀が抜かれ、

 

「ふん!!!」

 

馬上から、飛んで接近してきた愚か者を切り払う。

 

「!?バリアの上から切られるとは考えもしたくないね・・・!」

 

それは敵情視察に来ていたフラーウスだった。

 

「そうじゃの。レオニダス王。そちらの子らの指揮は任せるぞい」

 

「言われずとも。援軍感謝します」

 

「なに。そこはマスターに感謝じゃよ。これだけの才を持ちうる者が身内にいたという事にのう」

 

朗らかに笑う信玄にフッと笑うレオニダス。

 

「全軍!!突撃準備!!!」

 

「「「応ッ!!!」」」

 

なにがなんだかわからないが、ここにいるのは本物の武田軍と上杉軍だという事に血を滾らせる川神市民。

 

「さあ皆さん!反撃の時ですッ!!!

 

おおおおおおおッ!!!

 

雄たけびを上げて前進する川神。それをガードするように、

 

「武田騎馬隊の威容を見せなければな」

 

「お館様!私に一番槍を!!!」

 

「うむ。行ってこい。幸村」

 

「有難き幸せ!真田幸村、推して参るッ!!!」

 

ドッと勢いの増した川神が援軍により増えたミーレス達に突撃していく。同時にレオニダスは前線を上げに上げ、相手を押しつぶさんと迫った。

 

「オラァ!!」

 

「いい加減頭に来とったんじゃ!!」

 

「ただで済むと思うなよ!!!」

 

槍が、剣が舞う。ミーレスには火器が搭載されているが、

 

ガギィ!!

 

「「「!!?」」」

 

身近にあった剣が突如としてミーレスに突き立ち、火器を展開しようとしたミーレスを串刺しにした。

 

「宿敵じゃないが、我らは剣の加護を得ているようじゃのう!」

 

「これぞ毘沙門天の加護ぞある」

 

「いや、どう考えても固有結界の術者じゃろうて」

 

ビシ!とツッコミを入れる信玄だが謙信は堪えた様子もなく。

 

戦況は、突如現れた剣の丘と、武田、上杉両軍によって蹂躙が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

「梅先生」

 

「衛宮!これは・・・どういうことだ?」

 

目の前にしても信じられない光景に梅子は呆然と聞くのだった。

 

「俺と凛の隠し玉ですよ。詳細は語れないので・・・。まぁ、レオニダスのような人物たちがこの戦いに参戦したという事で」

 

油断なく剣を操りながら士郎は言った。

 

「信じられん・・・武田信玄に上杉謙信だと?それに――――」

 

まだまだ後方には掲げられた旗と、馬蹄の音が聞こえる。今この時戦場にはせ参じたのは、彼らだけではないのだ。

 

「お前達は一体どこまで常識外れなのだ・・・」

 

梅子の呆然とした声に、あはは・・・と苦笑をこぼす士郎。

 

「それより梅先生。俺も前線へと合流します。オニュクス王国はここで叩き潰す。いいですね?」

 

「それには同意だ。まったく・・・戦士の顔になったかと思えばどいつもこいつも童心に帰りよって・・・ええい!私も行くぞ!!」

 

「こ、小島先生!?」

 

「宇佐美先生はこちらに。行くぞ!衛宮!!」

 

「了解・・・!」

 

剣の丘が士郎に応えるように道を作る。そこを駆けてゆく士郎と梅子。

 

「あー・・・小島先生も血が滾るわけね」

 

一人残された巨人は額に手を当ててため息を吐いた。

 

「宇佐美巨人殿・・・でよろしいか?」

 

「・・・そうだけど。お前さん達も参戦するつもりかい?」

 

目の前にいたのはモード達、元オニュクス王国軍隊長達だった。

 

「無論。この時の為に刃を研ぎ、傷を癒した。全ては王の暴挙を止める為」

 

ガシャ、と剣を眼前へ立てるモード達。

 

「行きます」

 

「あーはいはい。旗は立てないようにね。戦場混乱しちゃうから。行ってらっしゃい」

 

「行くぞ!」

 

おおおおおおお!!!とモード達も剣の丘を降りていく。川神のつながりが大きな力のうねりとなってロボたちを蹂躙する。

 

 

そんな中。

 

「やあ!!」

 

「はっ!!」

 

由紀江と義経もレオニダスの防御から出てセイバーと一緒に剣を振るっていた。

 

「ストライク・エアッ!!」

 

ゴヒュン!と一気になぎ倒されるミーレス達。

 

「すごい!」

 

「セイバーさん、でたらめですね・・・」

 

由紀江と義経の剣も冴え渡っているが、彼女はそれ以上だ。彼女自身が大嵐となってミーレスを刈り続ける。

 

ふと士郎が常々言っていたことが分かったような気がした。

 

――――俺のは二流だ。一流には通用しない

 

これが、これこそが一流。剣一つで最強へと至った剣の英霊・・・!

 

「あ!」

 

セイバーの剣捌きに感動していると、義経が何かに気付いた。

 

「義経さん?」

 

「み、源!?」

 

後方の援軍の旗の中に『源』の字が見えた。

 

「ま、黛さん!!ちょっと行かせてください!!」

 

「え?は、はい・・・?」

 

その様子をちらりと見送ったセイバーは、

 

(これも人類が生み出した歪み・・・ですかね)

 

一目散に、源の旗の下に駆けていく義経を見て、セイバーは何とも言えない気持ちになるのだった。

 

――――interlude――――

 

 

「はっはっは!」

 

自らの意思で出た戦場の最前線を必死に戻る。

 

今、義経の目には源の旗しか見えていなかった。

 

「おや?戻ってくるとは何かあったのかのう」

 

「ええっと!武田、信玄さん!後方に源の旗印があるんですがもしかして源義経公も・・・?」

 

問われた信玄は、

 

「誰ぞある!」

 

「はっ!」

 

「後方に義経公の旗があるようじゃが、義経公は何処にいるか探してくれるかのう」

 

「御意!」

 

「お嬢ちゃん。少し待っておくれ。今人を向かわせたから」

 

「は、はい!すみません、戦いの最中なのに・・・」

 

義経は落ち着いて話す信玄に、自分が恥ずかしい行動を取ってしまったという事に赤面した。

 

「なぁに。この戦は終り、幻想は間もなく消える。少しでも良い巡り合いとするべきじゃ。所で、お嬢ちゃんは?」

 

問われた義経は気まずそうに、

 

「ええっと・・・源義経さんのクローンで・・・」

 

クローン。その言葉に信玄は顔を顰めた。

 

「クローン・・・遺伝子を使ってコピーを作り出す外法、か・・・」

 

「うう・・・」

 

外法、と呼ばれ、やはりいい目はされないものだなと、義経は震えた。

 

「この世の者達がなぜそんな外法に手を出したのかわからないけども・・・まぁ、こうして生まれ育ったお嬢ちゃんに罪はない」

 

「むしろ外法で生み出されたその身の行先は茨の道となろう。確かに、義経公と会ってみた方が良いのかもしれぬ」

 

上杉謙信も静かに頷いた。

 

「報告!」

 

「わぁ!?」

 

急に現れた兵士に義経は飛び上がるが、それが義経公を探しに行ってくれた人物だと知って、また赤面した。

 

「源義経公・・・いえ、牛若丸殿は陣で指揮をとっている模様。先遣隊として武蔵坊弁慶殿が出陣したようです」

 

「報告ご苦労。義経ちゃんや。今がチャンスじゃぞ。噂に名高き牛若丸ならばすぐに前線へと参ろう。ワシらみたいに軍配を取る御仁ではなかろうから」

 

「は、はい!ありがとうございました!」

 

深々と頭を下げて義経は全力で走って行った。

 

その後ろ姿を見て、

 

「・・・人のクローンか。よくアラヤが動かなかったものよ」

 

「間違いなくアラヤが動く案件だとは思うのだがな。アラヤと繋がりし者でも居るのだろうか」

 

「そうかもしれんのう。ワシらも己のしたことが全て正しかったとは言えぬし、人の事は言えんか」

 

そうして彼らはまた戦場を見やる。もう間もなくこの奇跡の時間は終りを告げる。ただ殲滅するだけではなく、今生の者達にも勇気を与えられればと信玄は思うのだった。

 

 

「はっはっはっは!す、すみません!!」

 

「うむ?今生の者か。影法師たる我らに何用か?」

 

いかつい強面の兵士が槍を手に静かな威圧感と共に聞いてくる。

 

「その・・・源義経公と・・・牛若丸さんにお目通り願えませんか!?」

 

「牛若丸様に・・・?少女よ、そなたは・・・「通してやりなさい」!」

 

兵士の後ろから響いた声に義経は釘付けになった。

 

「あ、あ」

 

間違いない。あの人が後に源義経公を名乗る武人。牛若丸だ。まさか。まさかとは思うが“女性”だったとは。

 

義経は聞きたかった、聞いてみたかったことがさらりと漂白されてしまう感覚を覚えた。

 

「え、えっと・・・」

 

「何やらただ事では無い様子。しかし、牛若も敵将の首を取らねばならぬ故、手短に・・・」

 

「牛若丸さん!!」

 

意を決して義経は牛若丸に問うた。

 

「おお・・・随分と気概のある少女ですね」

 

「じ、自分の名は・・・源義経!!貴女の遺伝子から作られた貴女の・・・」

 

「・・・。」

 

牛若丸はじっと聞き耳を立てていた。きっと言いたいことが沢山あるに違いない。しかし彼女はただの一言もしゃべらず、じっと義経の言葉に耳を傾けていた。

 

「その、義経は貴女のクローンで!ずっと貴女の名に恥じないように生きてきました!牛若丸さんは――――」

 

「すとっぷ。今は己の身の上など問うている場合ではありません。今は戦いの時。貴女は戦うべき戦場を背に何をしているのですか?」

 

「あう・・・」

 

ぴしゃりと言われた義経は気の毒なようにしょんぼりとした。

 

刀を握る手も、過去の偉人に怒られたことで悲しそうにカタカタと震えていた。

 

「・・・貴女が戦場を背にしてまでここへ来た理由は分からなくも無いですが時を考えなさい。今は悠長に話をしている時ではないはず。行きますよ」

 

「え?行くって――――」

 

タン!と牛若丸が義経を抱えて地を蹴った。

 

「わ、わあああああ!?」

 

自分の力では到底叶わないスピードに義経は悲鳴を上げた。

 

「それで、牛若の所に来た意味はなんですか?」

 

「え!?・・・その」

 

やはり聞きたかったことが、聞かせてもらいたかったことが出てこない。千載一遇のチャンスだというのに義経は何も問うことが出来なかった。

 

(そもそも・・・元になった本人に会って、なにを聞きたかったんだろう?)

 

いつか、士郎は言った。同姓同名の別人だと。自分はそれを受け入れたのではなかったのか。

 

「迷いが見えますね。それもどうやら根の深いもののようだ」

 

「う・・・」

 

図星を突かれ尚更シュンとする義経。牛若丸はそんな義経に――――

 

「てい!!」

 

バチィン!

 

「あいたー!?」

 

べチリとそのお尻を叩いた。

 

「なんですかそのみっともない姿は!貴女も義経ならば、貴女の信念を通して戦いなさい!」

 

「う、牛若丸さん・・・!?」

 

「貴女と私は別な存在!しかし、“義経”の名で結ばれた言わば同志!義経だから牛若のように生きる必要はないはずです」

 

「・・・でも義経は」

 

またも難しい顔をして俯く義経のお尻をまたも太鼓のように叩き、

 

「あいったー!!?」

 

「情けない!貴女は貴女の信念の為に戦えばよいのです!それこそが義経の繋がりとなるでしょう!」

 

「・・・。」

 

義経はハッとした。目の前の牛若丸を名乗る女性も、己の信念を通しただけで特別なことは何もしていないのだと。そう思ったからだ。

 

「義経さん!?それと・・・」

 

いつの間にか最前線までたどり着いた二人は特に顔を合わせることなく、

 

「私はライダー、真名を牛若丸!英霊召喚の呼びかけに従いここに来た影法師。微力ながら助太刀します!!」

 

「牛若丸様。女子をそのように雑に扱っては・・・」

 

「この子は戦場に背を向け、己の心中を確かめようとした愚か者です!このくらいがちょうどいいでしょう!」

 

そう言って、ポーンと投げられてしまう義経。

 

「わあああああ!?」

 

思わず身を固くする義経だが、

 

「よっと。・・・やれやれ、無理をなさる」

 

巨大な体に僧侶服を身に纏い、七つ道具を背に結び付ける破戒僧がキャッチし、そっとおろしてくれる。

 

「あ、あの・・・ありがとうございます」

 

きっと。この人が武蔵坊弁慶なのだと知って震える声でお礼を言う。

 

「義・・・牛若丸様はああ言っておられるが、何も不思議はなかろうと思う。汝が現代の源義経公ならば」

 

「!なぜそれを・・・」

 

「はっは!それだけ身から出る闘気も、凛々しい顔も似ておったら誰でも想像がつくわ」

 

「はう・・・」

 

カッカッカ!と笑う武蔵坊弁慶に義経は顔を赤くする。

 

「うむ。そうして恥ずかしがるのも「何をしているかこの坊主!」おや、戯れが過ぎたか」

 

またも機嫌良さそうに笑う弁慶を見て自分もこんな主従になりたいと思った。

 

「義経!!」

 

「士郎君!」

 

戦場に飛び込んできたのは士郎だった。

 

「大丈夫か?気分がすぐれないなら後方に・・・」

 

「ううん」

 

キィン!と白銀が閃く。

 

「もう大丈夫。自分の信念に準ずることが牛若丸さんとの繋がりって言ってもらえたから」

 

そうだ。本物かどうかなんてことはずいぶん昔に片の付いたことだった。

 

聞きたかったのはその在り方。義経公としての在り方を聞きたかった。でも、彼女も何も特別なことなどしていなかったのだ。

 

――――その時その時に全力を賭して立ち向かう。たったそれだけだったのだ。

 

「主!大丈夫?」

 

「うん。弁慶。もう大丈夫だ」

 

戦の最中に心を乱したと聞いて心配してくれた弁慶に笑いかけて、

 

「源義経!いざ参る!!」

 

曇天が心を覆っていたいた彼女の心は晴れ渡り、今この時を全力で信念を通すと誓い、義経は軽やかに舞うのだった。

 

 

――――interlude out――――

 

「桜」

 

「姉さん!」

 

最前線へと向かった士郎に対し、凛は桜のいる敵を一望できる丘へと来ていた。

 

Es flustert(声は祈りに)――――Mein Nagel reist Hauser ab(私の指は大地を削る)・・・!」

 

ギュウゥゥンとロボたちを取り込み消えていく魔術に、顔色を悪くしながら凛は妹をねぎらった。

 

「流石ね、桜。調子良さそうじゃない」

 

「えへへ・・・でも姉さんはそうでもないみたいですよね?一体何基英霊を召喚したんですか?」

 

問われた凛はうーんと悩んで、

 

「呼びかけに応えてくれる奴全員かな」

 

「ぜ、全員!?」

 

それまで慄然と構えていた桜が仰け反った。

 

「だ、大丈夫なんですか!?姉さん!!」

 

「一応ね。英霊召喚って言っても士郎の無限の剣製の中の宝具に限るし、召喚された英霊達からちょっとずつ魔力を集めて展開してるから。どちらかと言うと固有結界を利用した二重の固有結界って感じね」

 

「どうりで調整に時間がかかってると思ったら・・・姉さんも先輩も、無理しすぎです」

 

「いいでしょ?これが私の性分なの。やるからには徹底的に。それが私のやり方よ」

 

「ここまでやるのが凛のやり方か。怒らせたくないな」

 

顔色悪そうな凛を見て呆れたように言う林冲。

 

史文恭はよくわからないという顔だったが、

 

「無限の荒野に突き立つ剣。武田信玄に上杉謙信。源義経・・・その他にも歴史書にしか出てこぬ旗印ばかり。魔術とは、正しく奇跡を起こす物であるようだな」

 

「流石に奇跡の大安売り過ぎるでしょうね。私も、こんなに応えてくれるとは思わなかったわ」

 

はぁーしんどい、などと言いながら凛は下を見る。

 

「やってるやってる」

 

幾千もの剣が雨のように降り注ぎ、その中を士郎とセイバーが舞踏のように舞うのが見えた。

 

「由紀江も義経も中々だけど、やっぱりあの二人には敵わないわね」

 

「それは・・・」

 

桜も何とも言い難い顔をした。

 

「まぁ一子もいるし。こっちはもう決着かしらね。後は向こうだけど――――」

 

そう言って百代達が居る方を見る凛。

 

「ま、心配した所で無粋よね」

 

何のことはないと凛は目を閉じるのだった。

 




はい。今回はここまでとしたいと思います。続きを書きたかったんですが気づけば二万字も書いていたことにびっくり。百代達の戦いと事後処理は次回に回しました。

義経と牛若丸の出会いは絶対に書きたかったんですが…こんなかんじでいいかな…FGOだと周りが大人な人ばかりで幼いイメージがあったのですが、戦場に出たらこんな感じなのかなぁと思いながら書きました。

まだまだ書きたい場面はありますが今回はこの辺で。次回もよろしくお願いします!


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オニュクス王国のその後

皆さんおはこんばんにちわ。最近暑さでダレている作者です。

皆さんは暑い中どうお過ごしでしょうか?作者はエアコンバンバンかけてます。

今回でオニュクス王国編は一度終幕となります。書きたいことを書きなぐって行くので分かりずらかったらすみません。その代り全力で書きますので見届けてください。では!


「おい!確認急げ!」

 

「向かわせてます!ですが・・・!」

 

耳に刺さる雑音に百代達は著しく機嫌を損ねていた。

 

「これ、士郎が固有結界使ったからだよな」

 

百代の言葉に旭が頷く。

 

「そのようね。固有結界が発動すれば、現実を幻想へと塗りつぶす。デジタル機器が飛び込んだってデータの送信は出来ないわ」

 

「でも凛ちゃんのことだからその辺も完璧だろうね」

 

うんうんと皆頷いて、先ほどから罵詈雑言をまき散らしている男へと向かう。

 

「おい。この勝負は私達の勝ちだ。いい加減こっちも片をつけようじゃないか」

 

「・・・チッ。ついて来い」

 

舌打ちしてついてくるようイムベルは告げた。

 

イムベルについていくと、地下が広いホールになっておりそこで待っていたのは王冠を被ったいかにも王っぽいやつと可憐な女性だった。

 

「よく来たな。褒めて遣わすぞ。川神の戦士達」

 

「・・・。」

 

こんな状況で未だに下品な、勝利を確信したかのような顔をするオニュクス王国国王に、はぁ、と一同はため息を吐いた。

 

「散々待たせて出てきたのがこんな三下か。士郎と一緒の方がよっぽど楽しかったろうにな」

 

「そう言わないの。でもま、私も同じかなー。未だに現状把握できてない小物が相手とか、もう最悪」

 

「き、貴様等・・・!!」

 

百代と燕の評価にイムベルの額の青筋が切れそうなほど浮き出る。しかし、王の手前、戦意を喪失することなど出来なかった。

 

「クックック・・・その強気が何処まで・・・」

 

「強気も何も平常心だよ。お前らは変態の橋で会うゴロツキと一緒だ。何を隠してるか知らないがとっとと出しな。しょうがなく相手をしてやる」

 

「小娘共が!」

 

そう叫ぶと同時にイムベルと王、女性がそれぞれ独特の衣装の鎧に身を包んだ。

 

「これが我らの最高傑作!この力で我らは――――おぐ!?」

 

パァン!と王がくの字になり、吹き飛んだ。

 

「おい。この粗末な鎧で全てか?そうでないならさっさと本気を出せ」

 

「ごふ・・・!馬鹿な・・・この鎧は・・・」

 

「どうやらこれだけのようね。役割はどうしようかしら?」

 

「俺はあのふざけた王モドキを貰う。後は好きにしろ」

 

「清楚ちゃん怒ってるなぁ・・・じゃあ私はあの秘密兵器っぽいおんにゃの子で」

 

「えー私三下ー?」

 

「私は雑魚の掃討かしらね。じゃあお互い気を付けて」

 

「もちろんだ!士郎が心配するからな!」

 

百代は旭にそう返して黄金の鎧を身に纏う女性の前へと立ちはだかる。

 

「さ、始めようか」

 

「構いませんわ」

 

百代達の戦いが始まる。

 

――――interlude――――

 

川神採石場、無限の剣製状況下。

 

既にミーレスの大半が消失し戦いは終りを告げようとしていた。

 

「ミーレスが次々影に飲み込まれちゃうから、カエル修理できないよう・・・」

 

「これは負け戦だね。・・・川神の連中の実力を甘く見たのが原因か」

 

困ったように頭を振るカエルレウスとため息を吐くフラーウス。ウィリディスとアウランが倒され、既に三機だけとなってしまった彼らは終幕の時が来るのを感じていた。

 

「ふっ!!」

 

「はっ!!」

 

ガシャン、と最後のミーレスがガラクタへと変わり、間髪入れず影が取り込んでしまった。

 

「・・・どうやら俺達だけになっちまったようだな」

 

「だねぇ・・・こういう時はどうすればいいんだろう?」

 

最後まで抵抗するのか。それとも降参するのか。

 

「・・・いずれにしろ俺たちはスクラップだぜ」

 

ギリ、とルベルの手に力が入る。だが、

 

「勝負は決した。潔く投降しろ」

 

「「「!?」」」

 

赤い外套の男、衛宮士郎はそう告げた。

 

「・・・できないよ。ここで結果を出さないとカエル達は・・・」

 

「・・・。」

 

オイルで汚れた顔を拭いながら士郎は、

 

「投降する気があるのかないのか、それさえ聞ければいい。幸い、ここの事は外には洩れない。君達の意思を尊重しよう」

 

「・・・それ、本当なのかい?」

 

「フラーウス!?」

 

しばし考えたフラーウスが確認を取った。しかし、本当に監視をされてないのでなければ、この時点で反逆行為として取られるだろう。

 

「本当だとも。何ならそちらの主と通信を取ってみるがいい」

 

「・・・本当だ、誰にも繋がらない」

 

呆然としたようにカエルレウスが呟いた。

 

「この勝負は既に我々の勝利だ。それとも・・・この軍勢を前にまだ戦えると?」

 

「「「・・・。」」」

 

後方には続々と歴史上の人物の旗印が見える。フラーウス達の知らない所ではあるが、呼ばれているのは全て英霊だ。何をもってしても、絶対に突破できない対象が続々と集結している。打つ手など、はなから無いのだ。

 

「で?私らが仮に投降したとしてそっちになんの利があるっていうのさ」

 

自分達はロボットだ。多くの代替可能な部品の一部に過ぎない。現に、彼らは何度も機体を変えている。ここで破壊されても記録は本国に残る。それが分かっていないのかとも思ったが、

 

「なに。これも性分でね。可能な限り無益な殺生は好まない。それだけだ」

 

「「「は?」」」

 

三機は何を言われたのか分からないとほうけた声を上げた。

 

「私らに・・・死?」

 

「カエル達はロボットだよ?」

 

「お前がそんなことを気にするなんて・・・」

 

レオニダス率いる川神の人々にも、アウランを撃破した銀の騎士にも驚かされた。

 

だが、何を持っても一番はこの男だろう。

 

無限の剣の主。この丘に塗り替わってから、彼は誰よりも容赦なく、一片の隙も与えずにフラーウス達に襲い掛かった。

 

そんな男がロボットである自分たちの心配?

 

「わけがわからない・・・」

 

「む?そんなに難しいことではない気がするのだが。我々は命を狙われたから応戦しただけで、そもそも君達と・・・オニュクス王国を亡き者にしようとしているわけではない」

 

「王国もって・・・私らの主は、」

 

「そちらももう、ケリがつく。タイミング的には頃合いのはずだ」

 

「・・・信頼してるんだね」

 

「信頼も何も川神の力は身に染みたのでは?あちらはその精鋭だぞ?信じない訳が無い」

 

本当は、必ず大丈夫だろうと思う中で心配はある。だが、彼女達は選ばれたことを誇りに勇んで行った。

 

そんな彼女等を士郎は信じたいと思っている。

 

「・・・投降する?」

 

「!カエルレウス・・・」

 

控え目に言った彼女にルベルが振り返る。

 

「カエル達はもう負けてるよ・・・予備のミーレスも、カエル達の機体だってもうないんだよ?これ以上ルベル君やフラーウスが傷つく所見たくないから・・・」

 

「「・・・。」」

 

カエルレウスの言葉に二機は沈黙した。

 

そして重々しく声を上げたのはフラーウスだった。

 

「・・・いいさ。降参だ」

 

「フラーウス!」

 

「この言葉は向こうに届かない。それは確認済みさ。後はログだけ。それもどうにか出来るんだろう?」

 

「ああ。この領域内でもはや不可能なことは存在しない。君達のログも、クッキーが何とか出来るだろう」

 

そう言って士郎は、ふうっと夫婦剣を景色に溶かし、

 

「・・・我々の勝利だ!!!」

 

おおおおおおお!!!

 

沢山の鬨の声が鳴り響く。この熱気は川神だけでなく、無限の剣製に連鎖召喚された者達の声も混ざっているのだろう。

 

「ほっほ。勝利という物は、いつの時代もいいものじゃの」

 

朗らかに笑う信玄に謙信は、

 

「杯の一つも交わしたいところだが・・・我らは時間か」

 

ゆっくりと英霊達が一人一人川神の市民と思い思いの挨拶をして還ってゆく。

 

――――握手を交わすもの

 

――――礼をするもの

 

――――手を取り合い、僅かな温もりを残して消えていく。

 

「牛若丸さん!!」

 

「義経・・・殿」

 

言いずらそうに義経の名を口にする。

 

「もう還っちゃうんですか・・・?」

 

「ええ。これは本来ならあり得ぬ奇跡の時間。我々はレオニダス王やセイバー殿達のような存在ではありません。今この時のみの影法師」

 

黄金の光が満ちる中、牛若丸は満足そうに頷いた。

 

「ほんの一時でしたが、迷いは晴れたようですね」

 

「はい。義経はもう迷いません。義経として、一人の人間として歩んでいきます」

 

「憧れるのは伝承だけにしてくださいね。・・・もっとも、良いものではないでしょうが」

 

悲し気に目を伏せ、しかしすぐに顔を上げ、

 

――――これからの貴女の人生に幸多からんことを

 

そう言い残して彼女は、彼女達は消えた。

 

「こちらも閉幕としよう。クッキー」

 

「我が命ずる!・・・その時まで眠るがいい」

 

「眠る・・・」

 

ヒューンと、最後の勢力だった三機も眠りに落ちた。

 

――――interlude out――――

 

「ぐっ!っく!?この!」

 

「そらそらどうした!その程度で世を手にすることなど出来ようか!!」

 

ドン!とまたも王が、くの字に吹き飛んでいく。

 

(確かに小娘の気は吸収しているはずだ!なのにどうして・・・)

 

「気を吸収しているのにと不思議なようだな?」

 

「!!?」

 

図星を言い当てられた国王はたじろぐ。

 

「鎧の衣装を見るに、本命は娘の方だろうが・・・貴様、自分の娘に何をした。あれだけ吸収した気を集約させては何が起こるかわからんぞ」

 

「・・・そうだとも。この装置には安全性という物が付けづらい。本来ならば我が纏うべきだろう。だがそんな危険なモノを身に付けられるか!我には我に逆らわぬ忠実な娘がいる!娘を介し・・・うご!!?」

 

ドン!という重い踏み込みと拳の威力にまたも無様に飛んでいく王。

 

「安全装置の無い鎧を娘に着せただと?貴様何処まで下種であれば気が済むのだ」

 

ギリリ、と清楚の手に力が籠る。清楚は何時しか国王の娘と自分を重ねていた。

 

――――誰よりも都合よく使われ孤独に苛む女性を。

 

「・・・そちらは百代に任せるしかあるまい」

 

フルフルと頭を振って清楚は拳を構えた。

 

「国民を守らず、あまつさえ自身の娘さえも犠牲にする貴様に王を名乗る資格はない」

 

「ぜ・・・ぜ・・・なにを・・・!」

 

相手はもう死に体。このまま一撃決めれば片がつく。だが、清楚はそれだけでは自分の気が済まない気がした。

 

「・・・んは。そうだ、いいことを思いついたぞ。確かこうであったな――――」

 

神速の踏み込み。そこから清楚は、

 

「オラァ!」

 

「うぐげ!?」

 

パァン!と鎧がひしゃげる。

 

「オラオラオラオラオラオラオラァ!!!」

 

「つ、潰れる・・・!」

 

間髪入れずに猛ラッシュ。清楚は気づいてしまったのだ。そう言えば最近読んだ漫画に、オラァ!という掛け声と共に拳の連打を叩きつける少年(というには随分と体がデカイ)の物語が。掛け声と共にラッシュを浴びせる痛快の漫画が。

 

「裁くのは!俺の拳だ!!!」

 

拳の連打で宙に浮いていた顔面を渾身の一撃がとらえる。そのまま天井を突き破りキラリと果てに消えた下種を見て、

 

「ああ!スッキリした!!空想の真似ごとというのもいいものだな!」

 

実にスッキリした!と背伸びする清楚だった。

 

 

 

「ほいほい。まだやる?」

 

「ぐ、が・・・」

 

イムベルと戦闘を始めた燕も鎧を装着したイムベルを圧倒。

 

神経毒をまき散らしていたものの、燕は自前のスーツと川神院での鍛錬により有害な毒が効かない体となっていた。

 

「この・・・小娘が・・・!」

 

「その小娘にやられてるのは誰かなぁー?はじめっから勝ち目なんかないのに、何処からともなく湧き出る自信には笑わせてもらったよん」

 

「くっ・・・だが姫様が必ずや・・・」

 

「姫様ってあれ?」

 

百代と共に宇宙にまで跳んでいた黄金の鎧の姫が落ちてくる。そちらは百代がしっかりと抱きとめているので大丈夫だろう。

 

「そん、な・・・」

 

「じゃあ君もおさらばだねん」

 

――――バンカー!

 

平蜘蛛の右手が変形し、パイルバンカーのような形を取り、

 

「いっけぇ!!!」

 

ドゴーン!

 

「ぐわぁああああ!!!」

 

彼もまた壁を突き破ってキラリと星になった。

 

「はぁ、やっぱり三下ー。毒まで使っておいて本人そんなに強くないんだもん」

 

盛大にため息を吐いてパイルバンカーとなった手甲を優しく摩っていた。

 

「それよりモモちゃんソレ(お姫様)どうするの?」

 

燕の問いにうん?と百代は首を傾げ、

 

「友達になったんだ。オニュクス王国に居場所は無いだろうから、しばらくうち(川神院)で保護かなぁ」

 

「相手の総大将を友達に、ね。相変わらず百代はなんでもありね」

 

「旭ちゃん。そっちは?」

 

「全部片づけたわよ。それにしても清楚。漫画の真似はいいけどどの辺に飛ばしたかちゃんとわかってるの?」

 

「ふゅーひゅー」

 

分からないようである。

 

「まぁ生命維持装置もあるようだしあとは揚羽に任せましょう」

 

「士郎は!?」

 

百代の食いつきに旭は苦笑をこぼして、

 

「もう通信も回復したわ。後は合流するだけね。さ、行きましょう」

 

旭の掛け声の元、百代達も士郎達の元へ戻る。

 

 

――――オニュクス王国の謀略は、屈強な川神の住人と神秘の軍勢の前に脆く崩れ去ったのだった。

 

 

 

 

 

後日川神に帰ってきた揚羽によると、

 

「もういざこざが起きぬようにしてきたから安心せよ!」

 

「流石揚羽。でも随分早かったな?」

 

士郎が聞くと、

 

「あちらの首脳陣は至ってまともだったのだ。絶対王政が暴走していたという事だな。これからは民主主義の日本や他国と同じような政治に替わるであろう」

 

何処か拍子抜けとばかりに言う揚羽に、

 

「今回の事を企てた前国王とイムベルは更迭された。処分をどうするかは、見ものだな」

 

危険な匂いをぷんぷんさせるヒュームに士郎はため息を一つ。

 

「ヒューム爺さん。あんまり無茶なことするなよ。ひ孫が抱けなくなるぞ」

 

「・・・ふん。この程度あと数十年は持ちこたえられるわ」

 

そう言う問題では無いとは思うのだが、ひ孫、という単語に反応していたので大丈夫だろう。

 

「私達の取り分の話もつけて来たんでしょうね?」

 

凛が腕を組みながらドーンと告げる。

 

「もちろんだ小粒から大粒までカット込みで流してくれるぞ」

 

「それはいい・・・本当に良かった・・・」

 

凛は、原石だけの提供なら、士郎にカッティングをさせる気だったので、士郎は遠い目をして本当に良かったと空を見る。

 

「士郎の報酬には時間がかかろう。今しばらく待つが良いぞ」

 

「そうか。まぁそんなことより揚羽と赤ちゃんが無事戻って来てくれて嬉しいよ。お疲れ様」

 

「うむうむ・・・労い方を分かっているな・・・腹の子も元気であるぞ」

 

よしよしと頭を撫でられてポッと頬を朱に染める揚羽にみんな苦笑。

 

しかし、重要なのはこの戦いに無事終止符が打たれ、また日常が戻ってくるという事だった―――――

 

 

 

「しーろうー」

 

「・・・うっとおしいぞ百代」

 

さしもの士郎も毎日文句を言われてはイラつくのも仕方なかった。

 

「だってぇー」

 

百代は精鋭部隊としてオニュクス王国と対峙したわけだが、とてもつまらないどころか不愉快だったらしい。それなのに帰ってきてみれば――――

 

「俺、武田信玄と挨拶しちゃったよ・・・」

 

「私なんか上杉謙信よ」

 

「義経は牛若丸さんと・・・」

 

ワイワイガヤガヤとあの夢のような一時を話す川神学園のみんな。緘口令が敷かれているが、あの戦いに参加したのは川神学園の高等部全てである。

 

故に、高等部の中では特に縛りもなく、語り草になっているのだ。

 

「英霊の連続召喚なんて・・・私も色んな偉人に会いたかったー」

 

「あのな。一応緘口令が敷かれてるんだからそう易々と口にするもんじゃない」

 

士郎はと言えば、無限の剣の主、ソードマスターの異名で呼ばれることとなり、なんとも言えない気持ちなのだ。

 

英霊を連続召喚しただけの凛は目立たなかったのでそこまで騒がれなかったが、士郎と桜は別格だった。

 

「魔術が公の目に触れても大丈夫なんて、違和感が凄いですね」

 

と桜も言っていたほどだ。しかし桜は、守られる側から守る者へと変化を遂げて内心とても嬉しいらしい。

 

「今度は桜ちゃんと士郎の一騎打ちが見たいな」

 

「おいおい。俺も桜も争いごとなんかしないぞ。・・・というか、本当に怒った桜は怖い・・・」

 

何せ、全方位影の侵食に加え、触った時点でアウトの影の巨人が複数体現れ、サーヴァントすら無効化し取り込んでしまうという特級危険人物に早変わりだ。

 

殺しはしないだろうが、サーヴァントの属性が反転してしまうなど、人間の精神にどんな影響を及ぼすか分からない。

 

だから、桜は虚数魔術を学ぶ上で厳しく自分を律していた。もう悲劇を起こさないようにと。

 

「それよりも、お姫様を川神院で預かることにしたんだろ?大丈夫なのか?」

 

士郎はいつまでも離れない百代に別な質問を投げかけた。

 

「うん、戸惑ってはいるみたいだけど、コーラルちゃん・・・ああ、お姫様の名前な?元から結構強くてな。一子と仲良く鍛錬してるよ」

 

「一子と?そりゃまた・・・」

 

今の一子は一線級の薙刀使いだそんな彼女について行けるとはなかなか侮れない。

 

「一子はさー真田幸村さんに褒められたんだってー私も戦国武将に一目会いたかったなー」

 

「・・・。」

 

また話が堂々巡りである。

 

(やれやれ・・・武闘派もこう絡まれると面倒な性格してるな)

 

というのも、いつもの士郎なら今度機会があったらな、とか適当に濁すのだが、燕と清楚にも羨ましいなぁー。私達も会いたいなーと圧をかけて来てるのでもう何度断ったか分からないくらいなのだ。

 

当の連続召喚を起こした魔女はというと、

 

「はぁ?切羽詰まっても無いのにあんな大規模術式使うわけないでしょ。無視よ無視」

 

とすっぱり言い切っているので、場を整えられるだけの自分ではどうにもできなかったりする。

 

「はぁ・・・」

 

「・・・まぁなんだ。奇跡が起きたらな」

 

「それ、士郎達が奇跡的に大事件になるまで気づかなかったらってことじゃないかー!」

 

わぁーん!とだだをこねる百代。

 

はてさてどうしたものかと考えていると、

 

「ここにおったか!川神院をほっぽり出して何をしとるんじゃ!」

 

「えー。士郎に愛でられに・・・」

 

「おい。誤解を招くことを言うな」

 

ビシ!とツッコミを入れて士郎は佇まいを正す。

 

「学園長。緘口令の件ありがとうございます」

 

「なぁに。お安い御用じゃよこの地に来てくれた英霊をもてなすのはそれが精一杯じゃろうて。のう、レオニダス王」

 

「はい。元々我らは歴史に埋もれた影法師。私やセイバー殿は奇跡が重なって現界し続けておりますが、本来は一時の夢のようなもの。無用に騒がれるより、自分と出会った機会を大事にしてほしいのではないかと思います」

 

「そういうわけじゃ。モモ、お主もいつまでも衛宮君に絡んでおらんで川神院の仕事をせんか。皆同じ気持ちなんじゃぞ」

 

「・・・ていうことはジジイもじゃないか」

 

「そりゃそうじゃ。歴史上の人物に会うなど、どれ程の宝になるか。じゃが、ワシ等はその尊い時間を有意義なものにする使命がある。決して軽んじているわけでもないし、会ってみたかったという気持ちに嘘偽りはない」

 

「ぶー・・・」

 

「それにな、コーラルちゃんがお主が居ないと寂しがるでのう。早く行ってあげなさい」

 

「・・・わかった。じゃあ士郎また」

 

「ああ。元気に鍛錬つけてこい」

 

渋々納得して百代は教室を後にした。

 

「すまんのう衛宮君。モモの悪癖が出てしまって・・・」

 

「いえ、百代だけじゃありませんよ。あの場にいた生徒達も、皆一様にキラキラした目をしていますから」

 

「そうか・・・小島先生も前後不覚に陥っていたからのう。余程の奇跡だったんじゃろうて」

 

「まぁ・・・」

 

あれほどの奇跡はそうは無かろうと思う。

 

「じゃが、この話はここまでじゃ。幸い、レオニダス王とセイバーちゃんがおるからのう。二人には迷惑をかけるがよろしくのう」

 

「おまかせを。残ったものとして存分に鍛え上げましょうぞ!!」

 

胸筋をピクピクさせながら言うレオニダス。その様子にあはは・・・と返して、

 

「それより学園長。レオニダスは仕方が無いにしても、セイバーはちゃんと隠してくださいね」

 

「それなんじゃが・・・何故セイバーちゃんは本名を頑なに隠すんじゃ?レオニダス王のように胸を張ればいいじゃろう?」

 

聖杯戦争を経験したことのない人の率直な意見だった。

 

「英霊は過去の偉人をセイバーやランサーという枠に落とし込んで使役する最強の使い魔です。ですが、過去の偉人という事は何が得意で何が不得手か、何が原因で没したのか調べればわかってしまいます。無いとは思いますが『聖杯戦争』のような英霊を使役し戦うことになれば・・・」

 

「なるほどの。知名度があるという事は、それ即ち弱点ともなりうるか」

 

アーサー王は?と聞かれれば最強の騎士王で剣と槍が得意で軍団の指揮にも長けた人物、くらいは誰でも出てくる。そう言った情報が敵対者に付け入る隙を与えることになるのだ。

 

「じゃが、レオニダス王は何故“ランサー”と名乗らないんじゃ?」

 

「それは・・・」

 

士郎も頭の痛い問題だった。

 

「私はスパルタの王!王が名を隠しては軟弱に思われることでしょう。まぁ、セイバー殿ほどともなると考えようですが・・・私は己の名前にも、過去に行った業にも誇りを持っています!故に、たとえ聖杯戦争が訪れても私は堂々と告げましょう!スパルタ国王、レオニダスであると!!」

 

「この通り、聞かないもので・・・」

 

「使い魔と言えど人の意思があるか。それはまた難儀なことじゃのう」

 

ふぉふぉと笑って学園長も教室を後にする。

 

「今回は衛宮君と凛ちゃんのおかげで助かったわい。また何かあれば知らせてほしい」

 

「ええ。凛は川神を自分のテリトリーにしたみたいですし、何かあればご相談しますよ」

 

よろしくのう、と言って学園長も去って行った。

 

「はぁ・・・」

 

士郎は深くため息を吐いた。

 

「マスター?」

 

「いや、戦いも大変だったけど日常もそれに引きずられて大変だなって」

 

「はっはっは!それも戦後の醍醐味でしょう。なにより、マスターの勇猛さが広く伝わって私は嬉しい限りですぞ?」

 

「本当は落ちこぼれなんだけどな・・・まぁ、精々聖杯戦争が起きないよう注視しておくとするさ」

 

そう言って窓から空を見る士郎。

 

戦力的には申し分ないが決して油断が出来ないのも確か。一つの大規模な戦いを終えて、士郎は勝って兜の緒を締めるがごとく、警戒を怠らないのだった。




はい。オニュクス王国編終了です。個人的にこっちは消化試合かなぁと。スパルタ化した川神兵の精鋭ですよ?お姫様は百代じゃないとダメっぽいですけど他はねぇ…。

某オラオラは完全に思い付きです。私の物語上、勝手に利用されるという事を清楚は嫌っているはずなので遠慮なくボコボコにしました。

オニュクス王国編も終わったという事でまた日常かな。何かリクエストもあれば考えていくのでどしどし感想お願いします。


投稿が遅くなり、とても申し訳ありません。最近涼しくなってきたのもあり、ようやっと回復に向かっています。度々体調を崩す貧弱作者ですがまだまだ続けて行きますのでよろしくお願いします。


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新しいクッキーとゲーム機

皆さんこんばんにちわ。ヘロヘロしながらも小説を書いている作者です。

今回は遅ればせながらあの子がやってきます!もちろん妊婦の為です。

まだお腹は目立っていない設定ですがそれでも、と言ったところで登場してもらおうと思います。


春のオニュクス王国襲来後、しばらく平穏になった今日この頃。

 

士郎は毎週の日課らしく金曜日に秘密基地へと赴いていた。

 

「それにしてもオニュクス王国の一件以来平和だなぁ・・・」

 

そんなことを言うのはガクト。彼も戦いでは大いに活躍し、英霊(マッスルな)と縁を結んだ一人だ。

 

「そうだねぇ・・・川神学園は屈強だ、って知らしめた感じだからね」

 

「それでも変態の橋の狙撃は怠らないんだろう?士郎」

 

モロに続いてクリスが問う。

 

「ああ。どうにも懲りない連中だらけだからな・・・俺が居なかったらどうするつもりなんだ・・・」

 

毎日毎日狙撃してもやってくる変態共もなんとかしたい所なのだが。

 

「私達も気を付けないとね(キュッキュッ)」

 

「ありがとう京!みんなも気を付けなきゃだめだよ?」

 

京に拭いてもらいながらピコピコと話すクッキー。

 

と、そんな時だった。

 

「そう言えば、クッキーの108形態の内発露してるのって1、2、だけか?」

 

士郎は不思議そうに言った。

 

「いや、正式にはくっきー3も出たことがある。そのくらいかな」

 

「108も形態があるのに少ないわよねー」

 

「なんだよ!僕の体に文句でもあるって言うのかよー!」

 

変形しようとしたクッキーに、ステイステイと言う京。

 

「文句なんかないさ。でも108も形態があるって聞くと気になるだろう?」

 

百代がいつもの場所で頬杖を突きながら言う。

 

「僕の形態はそれぞれロックがかかってて、相応しい状況や、好感度が上がらないと解除されないよ?」

 

「そうなのか。てっきりクッキーが変形しないだけかと思った」

 

ふむふむと士郎は頷く。この超ご奉仕ロボにも理由があるらしい。

 

「それよかよ、史文恭さん、大丈夫なのか?」

 

ガクトが不意にそんなことを聞いて来た。

 

「ああ。まだつわりとかも来てないしな。心配するにはまだまだ早いって史文恭に言われたよ」

 

ガクトは士郎に子供が出来たと聞いてからかうつもりだったのだが、ほんわかと温かい空気になった。

 

「同時期に揚羽さんも出来たんでしょー?」

 

「ああ。年上なのだから待っておれぬ!!って言われてな」

 

「学校が終わってからはいいが昼間は大丈夫なのか?」

 

「それなんだがなぁ・・・天衣も留守にすることが多いし何か対策を考えなきゃと思ってるんだが・・・」

 

妊婦の世話係(・・・・・・)か。いっそクッキーを派遣できればと思うんだがなー」

 

「クッキーのロボットアームじゃ介護は・・・って、クッキー?」

 

やけに静かだったクッキーがピコピコ光りながら何やら状況解析をしている。

 

「好感度一定数を確認。人型ボディの必要性、急務」

 

プシュ―

 

「く、クッキー!?」

 

急に変形したクッキーは小柄な女の子にバイザーをつけた、美少女のような形態に進化した。

 

「クッキー4への変形完了。皆さん。ありがとうございます」

 

「く、クッキーが・・・!」

 

「可愛いおんにゃのこに!!」

 

がばっと無駄に神速の踏み込みでクッキー4に抱き着いて頬にすりすりする百代。

 

「なんと・・・このもちもち肌は作りものなのか・・・」

 

「超特殊シリコンです。それよりも士郎」

 

「お、おう」

 

意外と凛とした声にびっくりする士郎。

 

「この形態ならば妊婦の介護も出来るでしょう。昼間はマスターも居ませんし、どうでしょうか?」

 

「史文恭の事を任せる、ってことか?」

 

クッキー4へと変形した彼女(?)は頷いた。

 

「申し出は嬉しいんだけど・・・じっとしてろって言ってじっとしてる奴でもないしなぁ・・・」

 

史文恭はお腹こそ庇っているものの、毎日鍛錬してその後は本の虫だ。お腹も大きくなってくれば我慢してくれると思うのだが。

 

「大丈夫です。介護を強要する気はありません。私には介護・育児プログラムが登録されています。もしもの時はお任せください」

 

「むう・・・クッキーがそう言うならありがたいけど、みんなのクッキーを、独占するようになっちゃうのもな・・・」

 

その点は皆心配するなと声を上げてくれた。

 

「大丈夫よークッキーがずっといなくなるわけじゃないし」

 

「お産経験ありなら信頼できる・・・ねぇ大和」

 

「なんでそこで俺に振るんだよ・・・まぁともかく、みんな士郎の子供を心配してるんだから遠慮しないで受け取っておけって」

 

「そうだぞ。いずれは私も・・・」

 

「モモ先輩の子供とか、マジで最強の子じゃねぇの?」

 

「ううん・・・僕にはまだ友達が子供を作るなんて想像もつかないけど・・・士郎の子供には興味あるかな」

 

と、思い思いの感想で好意的に取られているので、士郎もまんざらでもなく、

 

「じゃあよろしくお願いするよ」

 

「はい。改めましてよろしくお願いします。マイマスター」

 

「「「え!?」」」

 

マスターはキャップであるはずなのだが・・・

 

「ん?いんじゃね?俺のものじゃなくてファミリーのものだしな。士郎ならひどい扱いもしねぇだろ」

 

「キャップがそういうなら・・・」

 

「むしろ手入れが隅々まで行き届きそうで期待大、です」

 

「・・・流石にバラせないからな」

 

ふう、とため息を吐く士郎。突発的ではあるが、心強い味方ができた。

 

 

 

 

その日の夜、士郎はクッキーを連れて衛宮邸に帰っていた。

 

「そういえば・・・」

 

「なんでしょう」

 

ふと気になったのだが、彼女(?)は変形してからずっとこの形態だがもう変形できなくなってしまったのだろうか?

 

「そんなことはありません」

 

ガションガション。

 

「僕はロックさえ解除されれば自由に変形できるよ。もちろん不届き者が居たら・・・」

 

再びガションガション。

 

「このクッキー2が相手になってやろう!」

 

「・・・あーますますしっちゃかめっちゃかだな」

 

なんとも言えない表情で士郎は困った顔をした。

 

「マスターは他の形態に変形しない方がよろしいですか?」

 

クッキー4に戻ったクッキーが問うてくる。

 

「いや、そう言うわけじゃない。俺は君も人間であると考えて来た。そこに性別の有無が出て来てしまったから困ってるんだ」

 

「性別・・・?マスター。まさか私を他の女性のように――――」

 

「いい!?違う違う!接し方という物があるだろう!?女性なのに男扱いするとなんだか変だろう?」

 

「私はロボットです」

 

きっぱりと言うクッキーだが内心はとても嬉しかった。

 

「・・・それもそうだな。変に意識しすぎたかもしれない。謝るよ」

 

恥ずかしそうに後ろ頭を掻く士郎に、クッキーは薄っすらと微笑みを浮かべて、

 

「ありがとう、士郎」

 

このどうしようもない不器用な男に言ったのだった。

 

 

 

連れ帰ったクッキーを紹介(修羅場になりかけた)した次の日、士郎はいつも通り登校していた。

 

「士郎。最近疲れが溜まるような毎日を送っているぞ。少しは休んでも・・・」

 

同じく登校し士郎と共に屋上に陣取った林冲が言う。

 

林冲の言う通り、この男ときたらすぐこれである。

 

昨日もクッキーを紹介してから夜遅くまで炉に火が入っていた。

 

「このくらいは・・・って言いたいけど最近は色々突発的なイベントが多かったからなぁ・・・踏ん張らなきゃいけないと言うかなんと言うか・・・」

 

「やはり・・・私達も働いた方が良いだろうか?」

 

「いや、お金の問題じゃない。信用の問題さ。あんまり納期が延びると顧客が付かなくなる」

 

「それなら朝の狙撃は無くてもいいじゃないか」

 

ぷくりと頬を膨らませて言う林冲に士郎は、

 

「心配してくれてありがとう。もう少ししたら余裕のあるスケジュールになるからそれまでは、な?」

 

「むう・・・」

 

納得がいかないという顔の林冲の頭を撫でて、士郎は今日も変態の撃退に注視した。

 

梅子の英語の授業が終わり、次は体育という事でさっさと着替えて入念なアップをする士郎に、忠勝が話しかけてきた。

 

「衛宮。週末空いてるか?」

 

「どうしたんだ忠勝?予定なら空いてるけど・・・」

 

なにも改まって聞いてくることないのにと思ったが、彼が律儀なのはいつもの事かと納得して、

 

「代行業、やる気ねぇか?ああ、毎日ってわけじゃねぇ、週末人が足らなくてな。その埋め合わせをお願いしたいんだが・・・」

 

「代行業ってどんなことをするんだ?」

 

聞いてみると本当に様々らしく、お年寄りの話し相手から引越しの手伝いなど多くあるらしい。

 

「構わ「それはそれは!このレオニダス、実に興味があります!!」ない・・・」

 

「レオニダス・・・」

 

「・・・先生は忙しいんじゃ?」

 

急な来訪にビクッとする忠勝。しかし割り込んだ本人は至って本気で、

 

「きちんとした収入を得られるアルバイトがしたかったところなのです。これから子も生まれることですしな!爺として孫に小遣いくらい送りたいのです」

 

「おい。いつからお前は爺ちゃんになったんだ」

 

ビシっとツッコミを入れるが筋肉の鎧に弾かれた。

 

「なぁに。孫の事も本当ですが、マスターはこの頃忙しくされているのでこのレオニダス、代打を撃とうかと」

 

「お前忙しかったんじゃねぇか」

 

ギロリと見る忠勝に、あはは・・・と笑って、

 

「そんで、先生的に副業とか大丈夫なんすか?」

 

「私はこちらもアルバイトとして働かせて頂いている、正規の教師ではないのです。それに、宇佐美先生の経営している職業ならば、私も安心というわけですな」

 

「・・・そういうことなら。正直猫の手も借りたいんで、よろしくお願いします」

 

「お任せください!詳しくは後程時間を取れればと。そろそろ時間ですからな!」

 

みれば授業開始1分前レオニダスは整列を呼びかけるべく、いつもの場所へと歩いていった。

 

「俺達も行こう」

 

「ああ」

 

今日の体育は生徒からの希望多数により、戦闘訓練である。やはり、先の戦いから得るものが多かったようで多数の生徒から嘆願が上がっていた。

 

なので各々自分の得意武器を持って校庭に集っている。

 

「俺はどうするかな・・・」

 

あえて無手で士郎はどうしようか迷っている。現代の武神、川神百代すら超えた人物に摸擬戦を挑む勇気あるものなどおらず。

 

なにより、基礎を学び直したいという者が多いようだ。レベルアップよりも下味の段階。レオニダスも、各々の武器ごとに、どこを鍛えなければいけないのかを指導している。

 

そんな折、

 

「士郎君!」

 

「義経?」

 

ヒラヒラとポニーテールを揺らしてきたのは義経だった。

 

「義経と鍛錬しよう?」

 

「いいぞ。じゃあどういう形式で行くか――――」

 

士郎は無難に夫婦剣を手にしようとしたが、

 

「あの!薙刀でお願いします」

 

「薙刀?・・・そうか、一子か」

 

コクリと頷く義経。彼女も一子の立ち位置には一方ならぬ思いがあるのだろう。自分もその領域を体験したいという事だろう。

 

「でもいいのか?一子に頼んだ方が・・・」

 

「あはは・・・あそこ」

 

言われてそちらの方を見ると一子は沢山の生徒に埋もれていた。

 

「なるほどな。それで穴場の俺に志願したという事か」

 

「うう・・・失礼でごめんなさい」

 

思わず小さくなる義経だが、

 

「構わないさ。俺も相手が居なくて困ってたところだからな。気にするなって」

 

黒髪を乱さないように撫でて士郎は一定距離を取る。

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

「あ!」

 

士郎の投影した薙刀を見て義経は予想外の声を上げた。

 

「し、士郎君、それ」

 

「ああ。義経は牛若丸一行に会えたんだろ?なら一子じゃなくてこっちだ」

 

それは武蔵坊弁慶が愛用した薙刀。士郎の能力を知る義経は、伝説への挑戦という正しい受け取り方をして気を引き締めた。

 

「お、意図は把握したみたいだな。やるぞ」

 

「はい!」

 

ガキン!と激しい激突が始まる。川神学園は切磋琢磨せんと今日も激しく鍛錬をしていた。

 

 

 

 

学校が終わり、帰路に着こうとしていた士郎。その彼を呼び止める声があった。

 

「衛宮クンお客さんダヨ」

 

ルーだった。

 

「お客?」

 

「そう。ほら、オニュクス王国ノ・・・」

 

「ああ、なるほど」

 

そう言えば自分への褒賞がまだだったなと士郎は思いついた。

 

「揚羽ちゃんも来てるから応接室に来てくれると嬉しいネ」

 

「わかりました。林冲は、「私も行くからな」あはは・・・」

 

ビシっと言われて士郎も苦笑。そうして二人で応接間を訪れてみると、

 

「ふっはっはっは!来たな!士郎!」

 

「衛宮君や。お疲れ様じゃのう」

 

何とも元気な二人が待っていた。

 

「いえ、揚羽、お帰り。学園長もお疲れ様です」

 

「うむ。毎日の狙撃助かっとるよ。それで早速なんじゃが・・・」

 

「君がソードマスターエミヤだね。私は『コンノ』という。オニュクス王国から来た医療従事者だ」

 

「ソードマスターは見当違いなのですが・・・確かに私が衛宮です。コンノさんと言いましたか。失礼ですが日本の・・・?」

 

士郎は不思議そうに問うと、

 

中肉中背の男性は幸せそうに笑った。

 

「恥ずかしながら・・・日本人の妻と結婚いたしました。スウェーという苗字なんですが、あまり語呂が良くないので妻の苗字を名乗らせてもらっています」

 

「それはおめでとうございます!何かお祝いできるようなものを持参出来たら良かったのですが・・・」

 

「いえいえ、学校が終わった所でお呼びだてしたのはこちらですし、気になさらないでください」

 

「とりあえずお主らも席に着くとよかろ。おうい、茶のお代わりを頼む」

 

「心得てますよ」

 

先生の一人が人数分のお茶をもって出してくれた。

 

「あれからどうですか?オニュクス王国は」

 

「それはもう!悪性であった絶対王政が無くなったことで飛躍的に成長を遂げています。地下資源をミーレスに全て使われなくて本当に良かった」

 

「我も何度か赴いているが、日本のように技術革新の目覚ましい国よ」

 

「なるほど・・・」

 

王族が無能だったというのは間違いではないらしく、民主主義に替わってから順調な滑り出しのようだ。

 

「それでだね、前国王の暴挙に大きく貢献した君への褒賞なのだが・・・」

 

「はい」

 

この時士郎は、様々な考えが頭に浮かんでいた。その中でも一番に引っかかったのは、

 

(この人、医療従事者って言わなかったか?)

 

まさか新薬やらの実験台にされるんだろうか?と思った矢先、

 

「実は今、本国でテストを重ねている、とある『ゲーム』に参加してもらいたい」

 

「ゲーム?」

 

意味が分からないと士郎は首を傾げた。

 

「失礼ながら、貴方は医療従事者と言っていたようですが・・・」

 

「はい。医療の観点からゲームを開発しようという事になりまして・・・理由はもちろん、日々辛い治療に耐える患者様の為です」

 

彼は姿勢を正して言った。

 

「衛宮様もご存じかと思いますが世界には専用の医療器具をつけなければ命の危機に陥る人が何千、何万と居ます」

 

「そうですね。しかしそれとゲームが繋がるとは思えませんが・・・」

 

「もっともな感想です。そこで私達が目を付けたのが、完全オンライン認識型電脳シミュレーションゲーム『Fate/imagination life』の開発です。

 

「!」

 

Fate、と聞いて士郎がピクリと反応するが特に何も言わず先を促した。

 

「このゲームは意識を一時的に電脳空間へと接続し、たとえ元の体が不自由でも大手を振って様々なことに挑戦、体験できるものを目指しています」

 

「電脳空間か・・・確かに考え方そのものは聞いたことがありますが・・・」

 

それには膨大な処理能力を求めるスパコンの開発。そして『電脳空間』という新たな領域の確立、そして安全性という多大な壁が存在する。

 

「衛宮様は私達にとっても英雄です。前体制を破壊し、新しい現体制を作った功労者。そんなあなたがゲームに参じてくれれば大きな反響となるでしょう!」

 

「・・・揚羽。開発はどの程度進んでいるんだ?」

 

士郎はあえて揚羽に確認を取った。それは安全性があるのかという意味であった。

 

対し揚羽は、

 

「安全性は確立されておるな。オニュクス王国にはクッキーの稼働データが流出していた。確か六機士、であったか?人工知能データを使用して作ったようだが・・・こちらもその技術が使われている。オニュクス王国では普通に家庭機としても存在し、売り上げは上々のようだ」

 

ふむ・・・と士郎は考えた。

 

「その・・・Fate?というゲームに危険性は無いのだろうか?」

 

林冲が隠さずに聞いた。それに対し、コンノと名乗った彼は、

 

「絶対に安全・・・とは言えません。電脳空間は天才とスーパーコンピューターが複数人、複数台準備すれば作成可能だからです。ですが、僕は声を大にして唱えます。絶対に不届き者の介入は許しません!!これは辛い日々を希望に変える機能。先天的、後天的を問わず不自由となってしまった方々の希望でもあるのですから!!」

 

「今のところ事故や事件はない。一般人には普通のゲーム機として、医療分野ではベッドから動けない重傷患者まで手軽に利用できる。コンノ。あれがあったであろう?」

 

「そうでした。こちらをご覧ください」

 

彼がタブレットのようなものを操作すると元気に街を駆ける犬耳の少年がこちらを向いた。

 

「先生!どうしたの?」

 

「やあマイク。今日は仕事で日本に来てるんだ。自己紹介してくれるかい?」

 

そう言って画面をこちらに見せてくれた。

 

『ぴゃ!?えっと・・・ガレー・マイク5歳です・・・現実の僕は治療で動けないけど、Fateで元気に過ごしてます!』

 

「・・・驚いた。自動翻訳機能とは」

 

「そうでないとワールドワイドに対応できないからね。よければ彼とお話ししてみてくれないだろうか?マイク、次の診察まであとどれくらいだい?」

 

『ええっと・・・夕方にワイト先生が来るって言ってたから、一時間は大丈夫だよ』

 

「だそうだ。彼はキャラクターメイキングで犬人種を選んだ子だ。こういう対応も慣れている。ドンドン質問してほしい」

 

「・・・それでは」

 

それから士郎はしばらくマイクという子供と話をした今の状況に満足しているか、危険を感じたことは無いか、などなど少年には酷かもしれない質問をした。だがマイク少年は、

 

『全然不自由はないよ!、あう、本当はずっとこのゲームの中に居たいけど、体を余計に壊しちゃうからって呼び出されるのが不満かなぁ』

 

「そんなに居心地がいいのかい?」

 

『うん!だってここなら、歩けるし、走れる!こうして言葉を話すことも出来るし15歳になったら冒険も出来るんだよ!僕はそれが待ち遠しくて毎日頑張ってるんだ!お兄ちゃんは冒険、好き?』

 

「・・・そうだな。楽しそうではあるよ」

 

『そっか!そしたらいつか僕を冒険に連れて行ってよ!まだあと10年あるけど、僕、頑張るから!』

 

「ああ。その時はよろしくな」

 

『うん!・・・あ。ワイト先生が来たみたい。コンノ先生、この辺で・・・』

 

「わかっているよ。ありがとう。マイク。ワイト先生にもよろしくね」

 

「はーい!」

 

そうして会話は終わった。

 

「士郎。どうであった?」

 

「人工知能技術の怖い面といい面が見れた気分だな」

 

士郎は素直に感想を述べた。

 

「・・・先ほどのマイクだけどね。彼は集中治療室に入っている子なんだ」

 

「なんだって・・・!?」

 

林冲が驚きで仰け反るが士郎は至って冷静に、

 

「揚羽、見て来たのか?」

 

「ああ。この目で見て来たよ。後10年・・・過酷な道かもしれんな」

 

「・・・。」

 

「そんな・・・あんなに元気に話していたのに・・・」

 

「わかってもらえたかな。これがこのゲームの本質だ。ゲーム、とは呼称しているが厳密には医療器具かな。眠って使用するタイプだから緊急アウト機能や、各種医療データの蓄積機能なんかも備えてある。どうだろう?この器具を5つ・・・いや10個、君にプレゼントしよう。これを機に友達とも遊んでもらいたい」

 

「それが褒賞というわけですか」

 

「うむ。・・・実はな、これだけの機能であるからして家庭用ゲーム機としては些か値が張るのだ。それを十個というのは、言い変えれば専用の病院が一つ立つくらいだぞ」

 

「なるほどね・・・」

 

ふむと士郎は頷いた。最初は試作タイプの危険なものかとも思ったがリリースされ長く愛用されているものらしい。揚羽のチェックも入っているし大丈夫だろう。

 

「高価なものをありがとうございます」

 

「いやいや!既存のゲーム機が報酬で申し訳ない。だがこれは、これから世界へと羽ばたく一大事業だから!どうか大事に使ってほしい」

 

という事で話が纏まり、間に九鬼も入るという事でなかなか盛大な話となるのだが無事、彼への報酬も決まるのだった。

 

 

 

――――後日、ヘルメットのようなゲーム機器が10個も届き、これどうしようかなぁと考える士郎であった。

 

 




というわけで新章導入とクッキー4開放でした。クッキー4ISも登場させる予定でしたが急がなくてもいいかなという事になりました。

・・・後半S〇Oじゃんって?やりたかったんですよ!このシチュエーション!ああ!現実に早く来ないかなぁ!というわけで内容はアクションゲームタイプのFateって感じで書きたいので一つよろしくお願いします!


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Fate/imagination life

皆さんおはこんばんにちわ。最近ようやっと暑さから回復しつつある作者です。

今回は新しく出て来たオンラインゲームに着手してみようと思います。それと日常編。クッキーは今衛宮邸にいます。

では!


「うーん・・・」

 

「先輩?何を悩んで・・・あ」

 

そこにはケースに入れられたFate/imagination lifeの筐体が並べてあった。

 

「Fate、ってゲームですね?」

 

「ああ。10個もあるからなぁ・・・」

 

もう一つ、安全性も疑わしいし、とは言えない。

 

「なによ。向こう(オニュクス王国)ではメジャーなんでしょ?一つ試しに「「ダメ」」」

 

手を触れようとする凛の前に桜と士郎が跳び込んできた。

 

「い、一個くらいいいじゃない!」

 

「これは高級なものなんだ凛」

 

「姉さんはこういうの苦手でしょう?」

 

「なによ!二人して!」

 

額に汗を浮かべて必死の形相で拒否する二人に凛はぷんぷん!としながら去っていった。

 

「はぁ・・・流石に凛にはな・・・」

 

ド級の機械音痴の凛にかかれば、一秒後にはサッカーボールになっている気がする士郎と桜であった。

 

「10個ですか・・・そうすると10人遊べますね」

 

「・・・寝込みを襲われないか心配なんだが」

 

「・・・。」

 

イイ笑顔で固まる桜。・・・何か考えていたようだ。

 

「とりあえずみんなに配るか・・・」

 

一人で10個も持っていてもしょうがないので、金曜集会で配ることにした。

 

 

 

「うわぁオニュクス王国の新型じゃないか!」

 

「モロ、知ってるのか?」

 

モロが興奮したように色々な角度から見ている。

 

「そんなにすごいものなんか?」

 

「もちろんだよ!!電脳空間を生成して数百台のスパコンで維持――――」

 

怒涛のモロトークが始まってしまったが、やはり通には伝わっているものらしく、これならば安全か、と士郎も思うことが出来た。

 

「今日はみんなに渡しに来たんだ」

 

士郎の言葉に機械オタクトークを展開していたモロもカチリと止まり、

 

「ほ、本当にいいの!!?」

 

「な、なんだ・・・その、貰い物だからみんなで遊べた方がいいってことで・・・」

 

「いやったー!!!」

 

ケースを大事そうに抱きしめるモロにみんなポカンとしている。

 

「そんなにすごいものなのか?」

 

繰り返し百代が聞いて、ケースに書かれているオニュクス語を見て口をへの字にして問う。

 

「まぁモロの説明をかいつまんで言うとだな・・・俺達が自由に遊べる電子ゲーム機ってとこだ。それぞれオーナー登録をして、好きな時にみんなで遊んだりできるわけだ」

 

「ふーん・・・大和と一緒に居られるならいいかなぁ」

 

「京!自分が先だぞ!」

 

相も変わらずワイワイとするみんなに士郎は苦笑をこぼして、

 

「携帯と連動機能があるようだから今晩やってみよう。時間は・・・」

 

改めて時間の指定をしてその日は各々ゲーム筐体を持ち帰った。

 

「さて、時間だな」

 

夕ご飯を食べ、早めに風呂に入り、士郎は筐体を頭に装着して寝床についた。

 

(意外と寝心地悪くないな・・・)

 

そんな事を思った次の瞬間、謎の浮遊感と共に視界が真っ白になった。

 

(攻撃か!?)

 

思わず構える士郎だが、

 

『ようこそ。Fate/imagination lifeへ。まずはオーナー登録をお済ませください』

 

「・・・無事接続できたみたいだな」

 

士郎は目の前のウィンドウに浮かぶパネルを操作し必要事項を記入していく。

 

『登録が完了しました。次に、ゲームキャラクターメイキングとなります』

 

それまで一つだったウィンドウが、ぶわりと複数に展開し、種族や得意なことなどありとあらゆる項目に分かれた。

 

(これは・・・早めに始めてよかったな)

 

自由度の高い、もう一人の自分を形成するのに必要な行程であった。

 

一つ一つヘルプを見ながら決めていき、ようやっと完成する。

 

「種族は・・・人間でいいだろ。他種族の方がボーナスとかあるけど」

 

犬人族や鬼人族はSTRにボーナスがあるようだし、ウンディーネなどの精霊系はINTにボーナスがあるようである。

 

その中で人間・・・人族は満遍なくボーナスのある万能型。いわゆる器用貧乏という奴だが、士郎の戦闘スタイル的にそちらの方が良いのであえて人族にする。

 

「みんなはどうするのかな」

 

若干ワクワクしながら作成したキャラクターでログインした。

 

意識が白くなる独特の感じに慣れないながらも街の中心部へと体が再構成された。

 

「・・・これで体は寝てるのか。まぁでも、意識を取り戻す取っ掛かりのようなものは感じるな」

 

一先ずどうするかと辺りを見回すと、

 

「しーろうー!」

 

「おわっと・・・一子?」

 

頭の両脇に犬耳を立てた一子が抱き着いてきた。

 

(今度は本物か・・・)

 

なんてくだらないことを言って士郎はその頭を撫でた。

 

「一子、みんなは?」

 

「続々と集まってるわよ~。あの、ひゅーまんでーた?を入力するところで時間がかかってるみたい」

 

「確かに・・・すごい量だったな」

 

身長や体重の他にも数分のスキャニングで自動的に入力される項目などもあった。

 

一子の言う通りしばらくして皆が集まった。

 

「ここが始まりの地か・・・」

 

「この世界でも私は最強だぞ!」

 

目の色から猛禽種だろう特徴的な目をした大和とモロ。二本、または一本角の生えた鬼人族の百代とガクト、犬耳を生やした一子とクリスそして特徴があまり見られない、

 

「京と由紀江はなんの種族なんだ?」

 

「妖精族・・・だそうです」

 

「INT高めー」

 

なるほどと士郎は手を打つ。よく見れば羽が生えていた。

 

「キャップは俺と同じ人間族だな」

 

「正義の味方ときたらやっぱり人間だろ!?まぁ他の種族も悪かないけど、やっぱり人間に限る!」

 

「正義の味方って・・・それらしいことでもすんのか?」

 

ガクトが呆れ気味に言うと、

 

「正直トレハン意欲の方が高い!」

 

「キャップらしいや・・・」

 

「・・・。」

 

致命的なバグなんかを見つけ出してこなきゃいいが、と士郎は思った。

 

「みんな集まったことだし、何からする?」

 

「はいはーい!町を出て軽く狩りをしましょう?そうしないと装備も普通の服と短剣だけだし」

 

「狩りか・・・モンスターとかいるのかな?」

 

「うん。アンチ・・・安全地帯の街の外なんかにはぽつぽついるって話だよ。もっとも、未成年の子とか他の事で生計を立てる人もいるらしいけど」

 

「俺様達は断然戦闘だな!今から職業決めねぇと」

 

「クリハンでは持つ武器で変わるからなぁ・・・」

 

「折角自由なんだから、色々試そうぜ!」

 

「は、はい!」

 

「レッツゴー」

 

京の言葉に釣られて皆一斉に動き出す。

 

始まりの街の外に出るべく歩き出した一行だが・・・

 

「ん?」

 

士郎が首を傾げて立ち止まった。

 

「どうした?」

 

大和が士郎が見ている・・・正確には売られているものを見た。

 

「武器屋か・・・?それにしては色々売ってるな」

 

百代も興味深げに見ている。だが士郎は別なことが気になっていた。

 

「なんじゃ。冷やかしならお断りじゃぞ」

 

「いえ。おじいさん、この短剣一つ1000Gなんですか?」

 

「そうじゃぞ。初心者冒険者なら必需品じゃな」

 

「この弓も?」

 

「そうじゃ」

 

「士郎先輩?」

 

士郎は顎に手を当て考え始めた。

 

「どうしたん?・・・って、全部1000Gじゃねぇか」

 

今手元にあるのは安物の服と短剣、そして初期支給の1000Gだ。

 

「士郎は短剣二刀流だからな。買っといた方が良いんじゃないか?」

 

そう言うクリスに士郎は全く真逆の事をした。

 

「おじいさん。・・・この短剣はいくらで売れますか?」

 

「ええ?」

 

士郎は逆に短剣を売ろうとした。何故なのかは、

 

「1000Gじゃ」

 

「「「!!?」」」

 

この事実を確かめる為だった。

 

「え!?初期装備が売値一緒!?」

 

「普通半額とかじゃないのか!?」

 

マジマジと自分の分の短剣を見る一同。

 

「ほっほ。兄さんいい目をしておるな。この世界では品質やランクが上がらない限り売値と買値は同じじゃ。賢いものはここで装備を整えていくのよ」

 

「私とガクトは格闘だから武器は要らない。ああでも、グローブが一対あるな」

 

「私は短剣を売って杖を購入っと。まゆっちは?」

 

「私は・・・杖を買って短剣は売りません」

 

「何が切っ掛けで近接戦になるかわからないしな」

 

「私は京さんと同じように魔法使いを目指したいのですが・・・」

 

剣もまた捨てきれないという事だろう。

 

士郎の機転であれよあれよと装備を整えるみんな。

 

その中でも珍しかったのが、

 

「大和とモロは弓なのか?」

 

何と二人は難しそうな武器を選んでいた。

 

「んと・・・弓に本決めしたわけじゃなくて」

 

「この世界、銃もあるみたいなんだ」

 

「なるほど。それで弓から始めるわけか」

 

この世界、安全地域たる街では一切の攻撃が無効化される。銃など懐に隠せて非常に危険だが、これならば安全だろう。

 

将来的には銃の習得について、今から遠距離攻撃に慣れておこうという事なのだろう。

 

だが、他にもポーションなどを揃えた後、狩りで二人は・・・

 

「あ、あれ?」

 

「矢が飛ばない!」

 

「リアルだなぁ・・・」

 

結局短剣を装備し、銃が手に入るまではそれで過ごすそうな。

 

「よ、ほっ」

 

ギャー!と悲鳴を上げて消えていく猿型モンスター。

 

士郎は順調そうに狩りを続けているが・・・

 

「この!まてぇ!!」

 

「ぜぇぜぇ・・・この私が追いつけない、だと!?」

 

「もうMPポーション飲みたくない・・・」

 

「地獄絵図だね・・・」

 

「俺達が弱いのは分かるけど、なんで姉さんやクリスまで?」

 

順調に狩る者のとそうでない者に分かれたのだ。中でも意外過ぎたのは百代が異様に弱体化していることだった。

 

「この世界に気の概念は無いからな。レベルが上がらないと超常的な力は出せないってことだろ」

 

士郎の言う通り元から気が少なく、己の技術を鍛えたガクトや一子は何のことはなく動き回っている。由紀江は若干動き辛そうだが問題なさそうだ。

 

「ハンサムラリアーット!」

 

「てぇい!」

 

「はっ!」

 

「ぐぬぬ・・・元の体なら・・・」

 

「それが普通なんだよ。百代の肉体はおかしいんだ」

 

「そう言う士郎は飛んだり跳ねたり凄いじゃないか!」

 

「これも立派な技術だぞ?百代は気に頼り過ぎだ」

 

短剣を投げて猿型モンスターを串刺しにした。

 

「くっ・・・これがノーマルな体なのか」

 

「あのモモ先輩が弱体化するなんて・・・」

 

「普段から素の状態で鍛錬してる分で動けてる感じだな。確かに、このリアル感は凄いものがある」

 

タンッと跳んで空中で蹴りを炸裂させ複数匹を景色に溶かして短剣を回収する。

 

「由紀江、魔法使いになるんじゃないのか・・・?」

 

「ひゃう!」

 

先ほどから魔法をあまり使わず短剣ばかりで戦っている由紀江に言う。すると、一応自分でも思っていたところなのか、小さく悲鳴を上げた。

 

「ええっと・・・魔法で戦おうとしているのですが、つい短剣を使ってしまうと言いますか・・・」

 

「まゆっちだけずるーい。私はエナジードリンク並みにMPポーション飲んでるのに・・・・」

 

「み、京さん・・・せい!あああ・・・」

 

体に染みついているのだろう。剣術が素晴らしい太刀筋でモンスターを両断する。

 

「まぁ徐々にでいいだろう。所詮遊びだ。のんびりやるのがいい」

 

武骨な舞を舞うように次々とモンスターを倒しながら士郎は言うのだった。

 

 

 

 

 

その後みんなと狩りを進め、依頼の刀剣の作成にかかると告げた士郎は一足早くFateから抜け、起き上がった。

 

「・・・眠いな。眠ってたわけじゃないからか」

 

人間、睡眠障害などでも起こりうることだが、意識を失う深い睡眠に付けないと眠っているのに寝不足という事になりがちなのだ。

 

同時にずっと横になっているのも体に負担をかける為、適度に起きて運動をするのがいいのだ。

 

「ふあ・・・今度は寝るだけにして起動しよう・・・。風呂にでも入って目を覚まそうか」

 

ぼうっとする頭でそう結論付けて士郎はシャワーを浴び、もう一度喝を入れて鍛造に励むのだった。

 

 

――――ちなみに、そんな士郎を後ろからつけ狙う不届き者が居た。

 

士郎がいる風呂にまで突入しようとした彼女は、凛とセイバーに止められて泣く泣く普通に寝床についたそうな。

 

 

 

 

 

翌朝。金曜日明けの土曜日は学園も休みで、士郎は仕事に精を出していた。

 

「士郎」

 

そんな彼を呼ぶ声がした。

 

「ん?クッキー?」

 

4状態のクッキーだ。彼女は不思議そうに鍛造所を歩き、

 

「来客が来ています」

 

「来客?今日は特に何も無かったはずだけど・・・」

 

「あずみが来ました」

 

「ふむ」

 

彼女とも深い関係になってからちょこちょこ九鬼にお邪魔するのだが、彼女の方から来るのは珍しい。一体どうしたのだろうか?

 

「まぁ行けば分かるか。汗を流してから行くから少し待ってもらってくれ」

 

「了解しました」

 

ぼっと、士郎が手をかざしただけで炉の火が消える。その動作をじっと見つめていたクッキーは、

 

「今のも魔術・・・ですか?」

 

「ああ。霊脈から魔力を取り込んで燃えてるんだ。と言っても、霊脈からは気も流れているようだから『こっちの人向け』になるかな」

 

「霊脈・・・言語検索・・・回答あり。大地を走る魔力の通り道。星の鼓動を伝える風水でも重要視されるもの」

 

「ご名答。本来なら魔力だけなんだがな・・・気って奴もこっちの地球じゃ巡ってるらしい。・・・さ、あずみに茶でも出してやってくれ。俺は汗を流してくるよ」

 

「了解」

 

明かりを落とした鍛造所を後にする。先ほどとは違って暗くなったそれを、不思議そうにクッキーは見ていた。

 

「お待たせ。仕事の方は順調か?」

 

「ああ。オニュクス王国が黙ったんで、今のところ火急の任務はねぇよ」

 

「そうか。それよりどうしたんだ?あずみがアポなしに来るなんて早々無いだろう?」

 

「アタイもそろそろ従者部隊抜けんのもありかと思うんだけどなぁ・・・仕事の方から来やがるんでぐうの音もでねぇ」

 

はぁ、とため息を吐くあずみに苦笑する。そしてあずみは本題に入った。

 

「それよか、良い情報だ。一子の奴が試合で勝ち取った旅行券あったろ?」

 

「御前試合の奴だな」

 

うむと士郎は頷く。アレも数々のロマンがあった戦いだった。その中でも一子が本当の意味で花開いた試合でもある。

 

「その優勝賞品をな、アタイら奥方と士郎で使いたいんだと」

 

「一子・・・」

 

確かに他に使いたい方法があると言っていた。しかしそんな方法を取るとは。

 

「大人数だぞ。大丈夫なのか?」

 

「景品は九鬼から出てんだ。問題ねぇよ。あとはスケジュールのすり合わせだが・・・」

 

懐からメモ帳を取り出し、早速日程の調整に入るあずみ。

 

「悪りぃんだけどよ。アタイとマルギッテが中々都合が合わねぇんだ」

 

「そりゃあ立派に仕事してるんだからしょうがないだろう。俺の方は早めに依頼を回すからあずみ達が時間合う日ででいいぞ」

 

「・・・お前も立派に働いてるじゃねぇか」

 

不機嫌そうに言うあずみに、ありがとう、と笑って先を促す。

 

「それでどうするんだ?」

 

「アタイらにも夏季休暇ってのがある。そこにねじ込めば何とかなるだろ」

 

「悪いな・・・何から何まで・・・」

 

「いいんだよ。これこそアタイの専売特許だ。ただまぁ・・・」

 

ニヤッと笑ってあずみは、

 

「あんまりほっとかれると、手綱が緩むぜ?」

 

「それは怖いな。というより、手綱なんか付けてないよ」

 

士郎の真っ直ぐな目に、君を信じている、と顔に書かれていたようであった。

 

「・・・ったく。悪態ついてもすぐそれだ」

 

「何か言ったか?」

 

「言ってねぇよ!今晩付き合えよ」

 

「ああ。まだ川神水だぞ?」

 

「うるせぇ。お前も飲むんだよ」

 

そう言ってズズ、とお茶を飲むあずみ。

 

「んで、例のオニュクス王国のゲームとやらはどうだ?」

 

「中々のリアリティだぞ。辛い治療の合間に五体満足の世界があるのは素晴らしいと思う」

 

ただ、と士郎は続けた。

 

「依存性があるような気がしてならないんだけどな」

 

「・・・まぁ、現実世界に比べれば面白おかしい世界だろうからな。ついつい遊びすぎちまうこともあるだろうさ」

 

「中々にままならないもんだな。・・・正義の味方が目指した世界とも取れるあの世界が、現実に悪影響を及ぼすってのも」

 

「深く考えすぎだぜ。あくまでゲームだろうが」

 

「そうだな・・・そうかもな」

 

士郎は一つ考える仕草をして、

 

「お茶を入れよう。なにがいい?」

 

「黒糖焼酎ロックで」

 

「晩酌にとっておけよ・・・」

 

苦笑して士郎は普通のお茶を二人分入れた。

 

(お前の理想は高すぎるんだよ・・・)

 

そっとそんな事を思うあずみだが、

 

(お前はアタイのもんだ。易々と諦めてたまっかよ)

 

彼女も、仕事場(九鬼)を通して何かできないかと精一杯考えるのだった。

 

 

 

 

その日の夜。約束した通りあずみと夜の街に繰り出した士郎は、彼女行きつけのバーに立ち寄り、川神水とお酒を頂いていた。

 

「旦那と飲む酒は美味いね」

 

そんなことを言うあずみにマスターは目を丸くして、

 

「おや、もう籍を入れたのかい?もう少し後かと思ったけれども」

 

「こんないい男さっさとものにしちまわねぇと取られるだろ?現にアタイ含めて20人も嫁いやがるんだからよ」

 

「お、おい。あずみ・・・」

 

士郎はと言うと予想以上に上機嫌な彼女にあたふたとしていた。

 

(あ、あずみにアルコールは効かないはずだけど)

 

そこにバーテンダーは、

 

「ここなら遠慮なしに言えるからね。これでも未成年と婚約したことを気にして他では喋らないそうだよ」

 

「ああ・・・なるほど」

 

彼女なりに考えてくれていたらしい。

 

「マスター。黒糖焼酎ロックで」

 

「またそれかい?今日何杯も飲んでるじゃないか。たまには味を変えてワインなんかどうだい?」

 

「んー。秘蔵のツマミでも出してくれるんなら・・・考えなくもねぇ」

 

「はいはい。チーズを出してあげるよ。旦那さんにもサービスだ」

 

そう言ってバーテンダーはチーズを切り分けてくれた。

 

「あずみ。飲み過ぎは体を壊すぞ」

 

「アタイにアルコールが効かねぇのは分かってるだろうが。いいんだよ。酔えねぇ分好きに飲ませてもらうんだ」

 

やはりどこか浮足立った印象を受ける士郎。

 

それも仕方がないのかもしれない。士郎と久しぶりにこうして飲み歩くので、普段から酒を趣味にしている彼女にとっては開放的な気分になるのだろう。

 

「どうぞ。秘蔵・・・ってほどでもないけど裏メニューのチーズ三種盛だ。川神水とも合うだろうからご賞味あれ」

 

「ありがとうございます」

 

食べてみるとどれも絶品で特にハーブの効いたチーズが印象的だった。

 

「このハーブチーズ、美味しいですね」

 

「ああ、それはね・・・」

 

「うちの里で出してる希少ハーブだよ」

 

「そうなのか・・・希少ってことはそんなに数は取れないのか?」

 

「もぐ・・・ああ。薬効がいいんだが、ある土地にしか自生しねぇせいで、数が取れねぇんだ」

 

「初めて分けて貰った時は、もうチーズかハーブティーにするしかない!って思い至ってね。うちはバーだし、チーズにすることにしたのさ」

 

「アタイもまさかチーズに仕込むとは思いもしなくてな。長との交渉が大変だったぜ」

 

「でもこのチーズはいい出来だぞ。裏メニューと言っていましたがすぐ無くなってしまうのでは?」

 

「そうなんだよねぇ・・・とっておきだから裏メニューにしてるんだけど・・・ここだけの話、このチーズを食べる為に入店するお客も珍しくなくてね。できればもう少し増やしたいんだけど「無理だ」この有様でねぇ」

 

きっぱりと切るあずみに、バーテンダーも士郎も苦笑い。

 

「しかしハーブか・・・桜が好きそうだな」

 

「おーいー。アタイを前に他の女の事は黙っとけよー」

 

「悪い悪い。じゃ、秘蔵のチーズも頂いたし、お暇しようか」

 

「んー・・・それもそうだな。美味かったぜ?」

 

「ありがとう。今後ともご贔屓に」

 

そうしてバーを出た二人は自然とあずみの部屋に行き、

 

「アタイとも、作れよな」

 

そんな男前な言葉と裏腹に、顔を赤くしたあずみに押し倒されるのであった。

 




はい。今回はこんな感じで。Fateの方はのんびりと書いていくつもりです。色んなサーヴァント(疑似)とか出せたらいいなぁと思っています。弱くなってしまった百代の強化話とかもいいですね。とにかく夢が広がります。

と、同時に一子の優勝賞品の旅行券。あれを衛宮夫妻だけバージョンにしてやってみようかなと。あんまり親睦を深めてない人とかも居ますからね。こちらものんびり書きたいなと思います。

最後のあずみさんは出したかった反動です。ちょっと・・・いや、大分浮足立っていましたがそれもいいかなと。

オニュクス王国編初期以来、でしたからね。次回はゲームの方主体でいければなと思います。では!


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ゲームを遊ぶ

皆さんこんばんにちわ。夏バテヘロヘロの作者です。

今回はゲーム編行きます!ゲームという仮想空間でのことなので色々出来たらなと思います。

では!


ぶぅん、とFateが起動する。あれから何度かプレイしているが、未だにこの浮遊感には慣れない。

 

「っと・・・」

 

トン、とワープポイントに降り立つ。今日も皆揃っているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

「ふむ・・・出遅れ気味だしこの際だ、装備くらいは整えよう」

 

皆この世界が楽しいのか続々とイベント攻略や装備更新をしている。自分も安物の服のままというわけではないが・・・

 

「・・・流石に雑、だな」

 

安価で多少防御力のある皮鎧だけだった。機動力のある士郎は今のところ一度も被弾していないので意識が低いのもあるのだが。

 

「何かいい場所が無いものか・・・」

 

街の外に出て洞窟に行き、所謂レアドロップを狙うか、何かクエストをこなして褒賞をもらい受けたりもしくはオーダー品の為のG(ゴールド)を稼ぐか。

 

「やり方は色々あるな。まずは洞窟にでも行ってみるか」

 

とりあえず体を動かしたいので洞窟に行くことにする。一人で向かおうとした所、

 

『モンスター狩りに行く方へ』

 

そんな注意書きが出て来た。

 

「なになに・・・モンスターの素材はギルド組合で・・・それは知ってるな。その他にも・・・」

 

大体の事は既に知っていることだったため、ウィンドウを閉じようとした所、

 

「ん?臨時パーティ?」

 

そんな項目が出て来た。

 

『ギルド組合にはクエストだけでなくパーティを募集している掲示板もあります。パーティを組むとパーティボーナスがもらえるので積極的にご利用ください。※マナー違反をすると通報されますのでご注意ください』

 

「臨時パーティか・・・」

 

街の外に向いていた足が止まる。

 

「どうせならパーティ組むか」

 

これほど現実に近いゲームならば、ドロップ率もきちんと設定されていることだろう。

 

少しでもドロップ率を上げるべくギルドに向かうのだった。

 

「さて、これか・・・」

 

様々な募集が張り付けてある掲示板を見る。

 

『マーマン狩り募集!』

 

『西の森のボス攻略募集』

 

『ワイルドパイソン数頭の討伐』

 

なるほど。これは凄い、と士郎は頷く。高ランクのものから日銭目当てのものまで。実に沢山の募集がかけられている。

 

パーティボーナスは5人組で最大なのでそれに合わせているようだ。

 

「東の洞窟はと・・・」

 

掲示板を眺めていると二件探し当てることが出来た。

 

依頼その一:『我が軍勢には星屑の貝殻が不足している!複数のパーティを組んで集めようぞ!』

 

「なんだか熱血漢漂う募集だな・・・こっちは・・・」

 

依頼その二:『東の洞窟の素材集め。星屑の貝殻、毒ヤモリの微毒など出現するもの全て。集まらなければ三人で出発』

 

こちらの依頼には既に二人集まっていることが書かれていた。

 

「・・・。」

 

熱血漢な依頼に行く/素朴な採取に行く

 

「・・・こっちで」

 

素朴な方を選んだ。

 

『こちらのパーティに加入申請しますか?YES/NO』

 

「YESと・・・これで連絡が来るのか?」

 

掲示板から離れると、ピピ、と通信が来た。

 

『貴方が依頼を受けてくれたの?』

 

『ええ。私が受けました。どちらに向かえばいいですか?』

 

『大丈夫。今着いたわ』

 

通信の後、にわかに騒がしくなる

 

「お、おい!あれ攻略組の二人じゃないか!?」

 

「星屑のアルトに鉄拳のマルタだ!」

 

「誰が鉄拳よ!」

 

大きな声で自分の評価に文句を言っているのが依頼主だろう。そちらに向かうことにした。

 

「攻略組だ!」

 

「すっげー初めて見た!」

 

とにかくワイワイと盛り上がっている。攻略組とはどういうことなのだろうか?

 

「貴方が依頼を受けてくれたシロウね」

 

「はい。貴女方はマルタとアルト・・・でよろしいですか?」

 

「そうよ。・・・それより貴方、これから一緒に狩りに行くのだし、敬語はなしにしない?貴方のそれあんまり上手じゃないわ」

 

「マルタ。彼も気を使ってくれているのですから・・・」

 

「敬語が治せないアルトは黙ってて。ほら、こっちがアルト。これでも『攻略組』のトップに君臨してるのよ」

 

「初めまして。シロウ――――」

 

話しながら顔を見て真っ白になった。

 

(アルトリア・・・?)

 

そこにいたのはセイバーことアルトリア自身だった。少年期の初心さが抜け、キリっとした佇まい。手には剣ではなく槍を装備し、何処か大人びた印象。など、現実の彼女とは似ても似つかない印象だったが、間違いなく、彼女はアルトリア・ペンドラゴンだった。

 

「ご丁寧に。私はアルト。攻略組などと呼ばれていますが・・・シロウ、さん?」

 

「はっ」

 

問われてはっとした士郎は失礼を詫び、改めて握手した。

 

「その、申し訳ない。知り合いに随分と似ていたものだから・・・」

 

「あーそれね。この世にはそっくりさんが三人は居るって言うけれど、このゲームやってると本当にそういうことあるのよね」

 

(そういうマルタさんは凛みたいだけど・・・鉄拳ってのもあながち間違いじゃないかもな)

 

持っているのは大きな十字架の杖だ。あれだけのものを軽々と持っているあたり、STRも中々高いと見えた。

 

「それじゃあ行きましょうか。あんまり騒がれるのもあれだし」

 

「私達には馬がありますが・・・シロウはまだ持っていませんよね?」

 

「ああ。・・・二人とも攻略組だって言うけど、この先には自分が保有できる馬なんかもあるのか?」

 

士郎は素朴な質問をした。

 

「ネタバレOKなら教えてあげるわ」

 

「あ、なるほど。そういう事にもつながるのか。ありがとう。俺はネタバレされてもOKだ」

 

マルタの気遣いに礼を言って士郎は改めて問うた。

 

「私達は攻略の最先端を行ってるけど、特に珍しくは無いわね」

 

「ある程度階層を攻略して、馬宿のクエストを受ければ手に入りますよ」

 

「そうなのか。今最前線はどのくらいなんだ?」

 

「59階層ね」

 

「59!?」

 

士郎が居る階層が1階層としてそんなに先まであるとは。

 

士郎も呆然と空を見上げた。だが、はたと気づく。

 

「そんな二人が何で1階層に?59階層で狩りをしていた方が得だろう?」

 

「それがね・・・そうもいかなくて。例えばここの東の洞窟で出る星屑の貝殻は、大中小の三種しかないHPポーションの『小』になる。これは他の階層では絶対に出ないの」

 

「レベルが上がりステータス値は高くとも、HPポーションはこの三種しかなく、それぞれリキャスト時間が発生します」

 

「なるほど・・・MPポーションも三種類しかないのか?」

 

「ええ。MPポーション小の元になる素材は第二階層からしか取れないわ。魔法使いを志す人も、まずは第二階層に行かないと高くつくってわけ」

 

(京が収支マイナスだって言ってたな)

 

魔法使いを目指す京はポーション代に悲鳴を上げていた。これは良い情報を貰えた気がする。

 

「ところで・・・君、腕に自信はある?」

 

「どういうことだ?」

 

「高レベルの対象がいるとレベル調整されて、敵が強くなるのよ」

 

「なんだって?」

 

確かに高レベルの者が低階層に来て乱獲してしまう問題があるが、まさかそんな対策を取っていたとは。

 

「まぁ装備はこんなんだが、戦闘に関しては自信あるぞ」

 

「そう。まぁ君が戦力にならなくとも、こっちで何とかするからいいわ」

 

「マルタ、失礼ですよ。シロウ。気にしないでください。マルタはあけすけなく言ってしまうのです」

 

「知り合いにそういう奴が居るから大丈夫だ。それで?馬の話だろう?」

 

「こういう時に備えて荷馬車を持ってきてるわ。インベントリだけじゃ収まらないしね」

 

そう言ってマルタが光の塊を取り出すと、馬が荷車を付けられている状態で出て来た。

 

「おお・・・そう出てくるのか・・・」

 

「マルタの馬は荷馬車付きだからですよ。通常は条件さえクリアしてしまえば念じるだけで出てきます」

 

そう言うとアルトの隣に光の柱が立ち、鎧を身に付けた白馬が召喚された。

 

「頼みます、『ドゥンスタリオン』」

 

「・・・。」

 

「どうかしましたか?」

 

「その名前は自分で付けたのか?」

 

「いえ、このドゥンスタリオンはエピック騎馬なので、名前が付いていたのです。」

 

「レアな馬という事か・・・レア度っていくつあるんだ?」

 

その問いに答えたのはマルタだった。

 

「貴方、最近始めたの?レア度は、コモン、アンコモン、レジェンダリ、エピックの四種よ」

 

「なるほど。教えてくれてありがとう。最近このゲーム筐体を手に入れてな。まだ初心者なんだ」

 

「そういう事ならシロウは私の後ろに。強化個体は意外と危険ですよ」

 

「寝袋があるから荷台で登録して。リスポーンする度に街中に戻ったんじゃ面倒だからね」

 

「了解。・・・来たな」

 

「ええ。行きます!」

 

ドッドドッとアルトがドゥンスタリオンに跨って駆け出し、巨大な馬上槍を突き出す。

 

「東の洞窟まで一気に行くわよ!」

 

マルタは呪文を唱え、時にはその重厚な杖を直接叩き込むことで敵を倒していく。

 

「やるな。俺もいくか」

 

新調したダガーを二本手に持ち、士郎も駆けだした。

 

――――interlude――――

 

攻略組と言われる私、マルタは魔法と近接をこなす特殊職業だ。

 

前に、うっかりギルドメンバーに鉄拳制裁を与えた所を見られてしまい、『鉄拳のマルタ』なんて名前で呼ばれてる。

 

非常に不本意だけど、いざとなると魔法より先に手が出るのであまり否定できない(否定するけど)。

 

そんな私は今回、所属するクラン、『聖槍』の恒例行事である、初級ポーション素材の補給に来ていた。

 

聖槍は中規模クラスのクランである。『クラン』はいわゆる団体として登録された一部の人間をさす呼称だ。

 

聖槍のリーダーは私の隣を歩く、光がちりばめられたかのような印象を受ける女性、アルトだ。

 

なぜクランのトップである彼女まで来ているのかというと、この恒例行事には別な側面がある。

 

それは、腕のありそうな冒険者のスカウト。

 

現在中規模クランだが、挑戦できる難易度が『レイド』と呼ばれるものに依存しており、現在のクランでは行ける難易度が頭打ちになっているのだ。

 

(今日こそ粒のある冒険者を見つけましょう)

 

アルトはもっと先に行きたがっている。初期のパーティからのメンバーである自分の友達の望みだ。何としても叶えたい。

 

そんな時だった。なんとも緊張感のない男性からパーティ加入の申請が届いたのは。

 

見た目は身長180cmくらいの男性だった。いつもの私は敬語で話している。

 

が・・・

 

『はい。貴女方はマルタとアルト・・・でよろしいですか?』

 

ちょっと童顔の物腰の丁寧な彼。別に馬鹿にはしていないのだが、

 

『そうよ。・・・それより貴方、これから一緒に狩りに行くのだし、敬語はなしにしない?貴方のそれあんまり上手じゃないわ』

 

何故かはわからないけれど、無理に気を使っている気がしたのだ。普段から『姉御』などと言われている身としては、なんだかそれがむず痒かった。

 

アルトが抵抗したが、私が敬語を使わないのを見て渋々了承した様子の彼女を加えて今回は三人パーティで素材集めに行く。

 

しかし、どうにも初心者丸出しの彼に忠告を一つ。今回は第一層の採取だが、私とアルトが居るので通常の第一階層ではなくなる。

 

今の私達のレベルは65。なので体感的には30前後の強さとなるはずだ。

 

それを知ってか知らずか――――

 

『まぁ装備はこんなんだが、戦闘に関しては自信あるぞ』

 

リアル(現実)で格闘技でもしているのか何も気負わず言った。

 

(さて、その自信が何処まで持つか・・・)

 

この後、私の下に見た評価は覆ることとなる。

 

――――interlude out――――

 

「はっ!」

 

「ふっ!」

 

レベル補正により狂暴化したモンスターたちが襲い掛かる。

 

「なるほど。確かに脅威だな。パワー、スピード・・・何もかもが段違いだ」

 

そんな感想を言いながらも、彼は堂々と立っていた。

 

「シロウ!あまり無茶を・・・」

 

「無茶?この程度の雑魚相手に無茶も何も無いだろう?」

 

そう。彼の動きは滅茶苦茶だった。STRもDEXもSPDも。あらゆるステータスが私達より下のはずなのに――――

 

彼の剣は鋭く急所を抉り、無駄の削がれた紙一重の回避は常軌を逸脱している。

 

東の洞窟に着いて約一時間。彼は20以上のレベル差を覆し、前線に出ていた。

 

というのも、初めからこうだったのではない。最初はマルタとアルトが前に出ていたのだが・・・

 

――――「右から来るぞ。気を付けた方が良い」

 

――――「問題なく処理できる。構わないか?」

 

――――「こちらで敵を釣る。二人で一掃してくれ」

 

等など。とても格上と戦っている感じがしないのだ。

 

「なんなのあいつ!まだレベル5か6って所でしょう!?」

 

「マルタ。このゲームはレベルだけに縛られたゲームではありません。彼はリアルでは聡明な武術家なのでしょう」

 

アルトは額に汗を浮かべて言った。攻略組トップの座についている彼女をして、とんでもない戦闘力である。

 

一方の士郎は、

 

(右!左!宙返って左!)

 

持ち前の戦術眼と戦闘理論に基づき次々と狂暴化モンスターを刈り続ける。

 

(いい具合だ。どいつもこいつも格上。一度攻撃を許せば直ぐにあの世行きの緊張感。リアルでは中々経験をし難い体験だ)

 

この世界に来てからというもの、決闘騒ぎやテロリスト、裏稼業の傭兵相手など数々の危機に瀕してきたがここまでの緊張感は士郎は感じなかった。

 

――――人外故の変則的な攻撃。

 

――――当たっているのに、必ずしも有効打とならない外殻。

 

――――そして一撃で自分を死に追いやる攻撃。

 

これはそう――――前の世界で暴走した魔術生物と戦った時に酷似している。

 

百代は油断していた。清楚は神秘に打ち勝てなかった。ヒューム・ヘルシングならばあるいは・・・

 

様々な想いが去来する。まるで走馬灯のように今までの戦闘が思い浮かんでは消える。

 

「・・・随分な時を過ごしたな」

 

最後の一体を切り伏せて、士郎は洞窟の天井を見上げた。

 

 

 

 

「この辺りは狩り尽くしちゃったから、モンスターがポップするまで休憩にしましょう?」

 

辺りを油断なく見渡したマルタがそう言って杖を下した。

 

「お疲れ様でした、シロウ。貴方の強さには驚かされました」

 

「こちらこそ。いい鍛錬の場に連れて来てもらって感謝してる」

 

先ほどまでの緊張も何のその。アルトと士郎は笑顔で握手をした。

 

そこにマルタがマグカップを持ってやってくる。

 

「本当に驚かされたわよ。貴方本当に初心者?」

 

「そうか?普段から鍛えているからかもな。それより・・・それは?」

 

「29階層のジャジャの葉とホープ牛のミルク溶きよ。まぁ飲んでみて。本当に飲んだことにはならないけど、味を感じることは出来るわ」

 

そう言って湯気がくゆるマグカップを渡してくれた。

 

「・・・これは、ミルクティーだな」

 

「ご明察。食事はリアルの体に悪影響を及ぼすからここにはないけど、このゲーム屈指のお茶よ。」

 

「ホープ牛のミルクって言う事は、ストレートやレモンティーなんかもあるのか?」

 

「ええ。29階層は茶葉が流通する街です。今のシロウなら余裕で行けるでしょうから行ってみたら是非、試してみてください」

 

「あはは。それは良い情報を貰ったよ。ありがとう」

 

「しっかし、貴方べらぼうに強いのね。こっちがフォローすることになるとは思わなかったわ」

 

「普段の鍛錬の賜物だな。いい緊張感だったよ。それに俺自身、随分とレベルアップさせてもらったしな。逆に礼を言うよ」

 

レベル5だった士郎は、いつの間にかレベル20まで上がり、完全に初級冒険者とは言えなくなっていた。

 

「・・・ここ、レベリングする場所じゃないんだけどなぁ・・・」

 

「あはは・・・一石二鳥という奴ですよ、マルタ」

 

苦笑するアルト。マルタがこんなにもフランクに話すのは自分とクランの一部の者のみだ。

 

それを考えると彼女も憎からず思っているのだろう。

 

そう思って自分もミルクティーに口をつけた。

 

 

 

 

 

それから夕方にかけて素材集めに徹し、マルタの荷車もいっぱいになった所で終了となった。

 

「ありがとうございますシロウ」

 

「おかげで補充が出来たわ」

 

「こっちも色々聞かせてもらって為になったよ。ありがとう」

 

改めて握手を交わして士郎とアルトは頷いた。

 

「また会えると良いな」

 

「そのことなのですが・・・」

 

アルトはマルタと頷き合い、もう一つの目的を話す。

 

「シロウ。クランに興味はありませんか?」

 

「え?」

 

「一応私達、『聖槍』って言うクランなのよ。クランの意味は分かる?」

 

「あ、ああ・・・一応仲良く遊ぶ団体のようなもの、だろう?」

 

「そうです。我ら聖槍のメンバーになる気はありませんか?」

 

「・・・。」

 

士郎はすぐに返答が出来なかった。

 

(キャップがその辺言わない訳が無い。それに・・・)

 

「悪い。これでも日々忙しくてな。不定期にならざるを得ないんだ」

 

「私達と行く気は無いと?」

 

「残念だけど、そうだ。それに本来は友達とログインしてるんだ。まだ返答はないけど、多分あいつも自分のクラン作りをすると思うから・・・」

 

「・・・。」

 

「そう・・・残念ね。貴方ならすぐに攻略組になれるでしょうに」

 

「何も攻略だけが目的じゃないからな。29階層のジャジャの茶葉園なんか凄く引かれるし・・・」

 

「そうですか・・・」

 

アルトは非常に残念そうな顔をしていた。

 

「ま、まぁまた会いましょう?これ、私のキャラクターカード。よかったらフレンドになりましょう?」

 

「それならOKだ。ええっと・・・出し方は・・・」

 

こんな所でもたつく彼に苦笑して、

 

「ほらアルト。貴女もフレンドで我慢しておきなさい?」

 

「・・・ですが、マルタ」

 

口惜しいのか珍しくアルトが不満の籠った目で見て来た。

 

(それもそうよね。あんなに楽しそうにしていたもの)

 

彼との狩りは彼女に普段とは違う世界を見せた。だからこそ―――――

 

「あった。これでいいか?」

 

互いのカードを触れさせ合い、フォン、と音が鳴った。

 

『クラン聖槍所属・マルタとフレンドになりますか?YES/NO』

 

「YES・・・っとここに来て初めての友達だ。よろしく頼む」

 

「ええ、よろしく。ほらアルト貴女も」

 

「は、はい。よろしければ、よろしくお願いします」

 

アルトともフレンド登録を行い、士郎はにこりと笑った。

 

「ああ。折角の誘いを断って悪い。でも友達だからな。またよろしく頼む」

 

その笑顔にもう一度誘いたい気持ちがアルトには溢れた。だがそこはマルタが抜け目なく、

 

「貴方ならいつでも聖槍に歓迎よ。そ・れ・に・良い素材集め要員としてね」

 

「俺で役立てるなら暇なときは是非とも。それじゃ二人とも、俺はここでログアウトするから。またな」

 

「ええ。また」

 

「またね」

 

そう言って士郎は貴重な体験をしたことを胸にログアウトした。

 

 

 

 

――――interlude――――

 

彼のログアウトを見送って私達は基地に戻ろうとしていた。

 

「いくわよアルト。・・・アルト?」

 

顔を伏せたままの彼女を呼ぶと、

 

「すみませんマルタ。今日は私も落ちます。後を任せていいですか?」

 

「いいわよ。・・・なに、惚れちゃった?」

 

そんな言葉に慌てて、

 

「ち、違います!ただ、その・・・彼と一緒の未来はさぞ輝いていただろうと思って・・・」

 

「ふぅん。まぁいいわ。また明日ね」

 

「はい。お疲れ様でした」

 

そう言って彼女もログアウトした。

 

「ショッキングだったみたいね。でもま、きちんと立ち直るでしょう」

 

そう結論付けて私はクラン本部となっている基地にワープした。

 

(今日は驚きの連続だったわね)

 

そんなことを私も思いながら本部で様々な指示を出すのだった。

 

――――interlude out――――




はい。士郎の初の臨時パーティでした。士郎が槍トリアを目にしたらどうなるか入り入り想像して書きました。マルタの姉さんはデフォルトの口調で。作中では主に星屑の貝殻が名前として出てきますが他にも沢山ありました。


この世界は比較的平和なので(モンスターはいる)暗躍とかは今のところ考えていません。FGOキャラとの絡みなんか書けて行ければなと思います。


投稿が遅くなりすみません自分なりに急いでいるのですが中々上手くいかず…感想、誤字報告本当に助かってます!やる気にも繋がりますし、何より誤字が…申し訳ない限りです。

いつも見てくれてありがとうございます!今回はこの辺で、では!


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林冲の帰省

皆さんおはこんばんにちわ。今日も今日とて綴っている作者です。

今回は林冲の帰省という事で書いていきたいと思います。

次期豹子頭も決めなければなりませんからね。

では!


ポーンとアナウンスが鳴る。間もなく目的地に着くようだ。

 

「んー・・・おはよう、林冲。・・・林冲?」

 

久しぶりに梁山泊へと帰省するという林冲に付いてきた士郎。

 

師や長に紹介したいと言われ、連休を利用してやって来たのだが、

 

「林冲、林冲。着いたぞ」

 

「うーん・・・し、ろう・・・?」

 

「そうだよ。もう起きないとな?」

 

「・・・っは!?」

 

(今更警戒しても遅いと思うんだが)

 

なんとも子猫のようだと思いながら頭を撫でる。

 

「脅威は無いよ。それより、迎えが来るんだろう?」

 

「あ、ああ・・・史進か武松が来るはずだ」

 

一際慌てた後無事飛行機を降りる二人。

 

この後は、梁山泊の人間が迎えに来てくれることになっている。

 

「うーん。それらしい人は・・・あ、いた」

 

「リーン!」

 

「史進!元気だったか?」

 

小柄な女性、史進が待っていた。

 

「おう!わっちはそう後れを取らないぜ?」

 

そう言って士郎を見上げる。

 

「久しぶりだな!またでっかくなったか?」

 

「相変わらずみたいだな。変わらず、だ」

 

こつんと拳を合わせて互いに笑う。

 

「史進一人か?」

 

「いんや。武松も来てるぜー。武松も楽しみにしてたからな」

 

「武松が?それは嬉しいな」

 

「で、衛宮の旦那。うちのリンをいい子いい子してくれてるかい?」

 

「もちろんだ」

 

「し、士郎!」

 

顔を赤くしてポカポカ士郎を叩く林冲。

 

「んにゃー藪蛇だったか・・・リンが可愛いぜ・・・」

 

あちゃーと顔を片手で覆う史進。

 

「所で、ここからは君達が送ってくれるという話だったが・・・」

 

「おう。ここから車で二時間ってとこだ。下で待機してるから行こうぜ」

 

という事で史進に案内されて駐車場に着く。

 

「武松!久しぶり」

 

「おかえり、林冲。林冲の旦那さんも元気?」

 

「ああ。お互い息災で何よりだ。今日はよろしく頼む」

 

「任された」

 

「運転は武松に任せるぜー。今回わっちは勝ち組だかんな」

 

「勝ち組じゃない。戦術的詐欺を繰り返した」

 

「そうなのか?」

 

林冲がコテンと首を傾げると。

 

「あった。史進は林冲が居なくなってからやり放題」

 

「そ、そんなこと無いだろー?わっちにも立場ってもんが・・・」

 

「それは昔から言われていただろう。梁山泊を率いる者になるんだから」

 

「そうなのか?」

 

士郎はそこまでの人物だとは思いもしなかった。

 

「今はまだ下積みだけどなー。それより旦那、お願いがあるんだけどいいかい?」

 

「なんだ?」

 

「うちの技術顧問に・・「断る」・・・ちぇ」

 

「それに約定で決まっているはずだ。俺は武器の提供以外双方に与しないと」

 

そう、以前士郎が梁山泊と曹一族の騒動に巻き込まれた後、そんな形になった、と林冲に聞かされたのだ。

 

「私からもお願いがある」

 

「お、武松からか。珍しいぞ」

 

「おいおい。散々荒れに荒れた取り決めなんだろう?」

 

しかし武松のお願いは可愛いものだった。

 

「貴方にまた料理を作ってほしい」

 

「ん?それくらいならお安い御用だぞ」

 

不思議そうに士郎は言った。

 

「ああー。武松はあの時の味が忘れられないって言ってたかんな―」

 

あの時とは最上幽斎を襲撃しに来たときだろう。

 

「今回は食材調達も気合入れた」

 

「だなー。武松自ら山菜取りに行くなんてほとんどないのに」

 

「能力的に普通の狩りの方が得意そうではあるな」

 

「獣の狩りは苦手。・・・苦しめてしまうから」

 

「武松は優しいんだ、士郎」

 

そうなのか、と士郎は頷いて。

 

「なら、俺が数頭狩ってくるのもいいかもな」

 

「!!!(コクコク)」

 

素早く言葉なく頷く武松。よほど士郎のご飯がお気に召したらしい。

 

「はは!武松もノリノリじゃん。わっちとの腕比べも忘れてくれんなよー」

 

「・・・そちらは忘れたいのだが」

 

「なんだとう!?わっちにあんなこと(横腹にキック)しておきながら逃げるってぇのか!?」

 

「史進あまり適切じゃない言葉が使われているぞ」

 

ひゅうっと林冲から冷たい風が流れた。

 

「な、なんだよう・・・リンだってあの時はボコボコだったじゃないかー」

 

「今の私は士郎を守るためにいる。昔がどうこうは気にしない」

 

「うげー。こっちも藪蛇かー。一々ラブラブするなよなぁ」

 

「ぞっこん、だな」

 

「ラブラブなんて・・・その」

 

一応自覚はあるのか顔を赤くしてモジモジとする林冲。

 

「くぁーもう!誰だ!うちのリンをこんなに可愛くしたのは!」

 

士郎の袖をキュッと掴んで林冲は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

それから色々、積もる話をすれば二時間などあっという間で。

 

士郎達は梁山泊の里を訪れた。

 

「着いたー!」

 

「ここが梁山泊・・・」

 

「ああ。ようこそ士郎、私達の故郷へ」

 

「ようこそ、衛宮」

 

林冲達の歓迎を受けて士郎は改めて辺りを見渡す。

 

(沼沢という事は知っていたが、ここまで立派なものとはな)

 

独特の大地にささやかな家がぽつぽつと立っている。

 

「あー!林冲だー!」

 

子供が林冲を見つけトテトテとやって来た。

 

「ただいま。師にファンが来ましたと伝えてくれないか?」

 

「ファン?林冲でしょー?」

 

「うん。師に言えばわかるから」

 

そう伝えて林冲はその子を送り出した。

 

「ファン、とは林冲の事か?」

 

士郎が問う。その言葉に林冲は頷き、

 

「私が林冲である前の名だ。『豹子頭の林冲』を拝命するまではそう呼ばれていた」

 

懐かしそうに言う林冲に、何か寂しげなものを感じた士郎は彼女の手を握った。

 

「大丈夫だ。俺にとって林冲は君一人だ」

 

「・・・うん」

 

ぎゅっと士郎を抱きしめて林冲は安心した顔を見せた。

 

しばらく見学をしていると、

 

「来たようだね。林冲」

 

「師匠!」

 

隙の無い様子で40代くらいの女性が現れた。

 

「そちらは林冲を娶った衛宮さん・・・だったかな。初めまして。貴方の武勇は、ここ梁山泊にも響いていますよ」

 

「私などまだまだ・・・そちらこそ腕に衰えはないのでは?」

 

「これでも先代『林冲』だからね。油断や隙は捨てて当然」

 

「・・・。」

 

林冲は飛行機の中で士郎に起こされたのが恥ずかしくなった。

 

「まぁ私にもあんたみたいな旦那が出来れば、多少気は緩むかもしれないけどね」

 

「う、うう・・・」

 

まるで見透かされているかのような師匠の言葉に小さくなってしまう林冲。

 

「ファンは大分変ったね。槍術、棒術においては、梁山泊最強まで上り詰めた娘がまぁ・・・乙女しちゃって。でもあんたはそれでよかったのかもねぇ・・・」

 

「守りたいものが、できました」

 

林冲は顔が赤くなるのも気にせず、堂々と言った。

 

「そうかいそうかい。こんな何もない所だけどゆっくりして行っておくれ」

 

「ありがとうございます」

 

「とりあえず私の家に行こうか」

 

「ああ。一度落ち着きたいしな」

 

そう言ってまずは林冲の家にお邪魔した。

 

「久しぶりだな。家は師が管理してくれていたから綺麗だけど・・・」

 

「ここが林冲の家か・・・」

 

素朴な必要最低限のものしかない清貧な部屋だった。

 

「待っていてくれ。今お茶を入れるから・・・」

 

林冲がお茶を入れてくれようとした時だった。

 

「!?」

 

士郎が思わず戦闘態勢で林冲の前に立った。

 

それと同時に、

 

「お、おい!やめとけって!」

 

「りーんちゅうー!!!」

 

何やら止める声となんだかこう、SAN値が低下したような声が聞こえた。

 

「せ、青面獣・・・!」

 

「パンツパンツパンツー!!!」

 

「ひゃあ!?」

 

「・・・ていっ」

 

あまりの出来事に士郎は無表情で、トスンっと手刀を落とし、奇怪な足取りで突撃してくる変態を成敗した。

 

「んー!んー!」

 

縛られて猿轡を嚙まされて尚元気にどったんばったんと跳ねる顔の青い・・・人。正確には女性。

 

「なんなんだこの人は」

 

「青面獣・・・名を楊志。梁山泊の一員・・・なんだが・・・」

 

「・・・。」

 

士郎が試しに猿轡を外すと、

 

「林冲のパンツ!林冲のパンツ!林冲のパンツー!!!」

 

・・・そっと猿轡を戻した。

 

「そ、その・・・顔色が随分悪いな。何か病でもわずらっているのかな?」

 

苦し紛れに聞かなかったことにして聞く士郎。だが、現実は無慈悲だった。

 

「青面獣は・・・女性のパンツの匂いを嗅がないと顔が青くなるんだ・・・」

 

「・・・。」

 

何という性癖か。ここにも変態が、いた。

 

「おおーいたいた。衛宮の旦那ナイス!」

 

史進が慌ててやって来た。

 

「ふいー!青面獣のやつ、林冲が帰ってきたって聞いて突撃しちゃってさぁ」

 

「見境なしか」

 

「本人曰く、中でも林冲のは特別なんだってさ」

 

「・・・。」

 

しばらく、というか滞在中は常に縛っておこうかなと考える士郎だった。

 

「それで?なんでこんなにも早く林冲が帰省すると知ったんだ?一応配慮はしてくれたんだろう?」

 

士郎が問うとばつが悪そうに史進が、

 

「あー、ほら。旦那と林冲が結婚して林冲が帰ってこなくなったろ?それから顔青いままで・・・。それでもコイツ、平常時は頭の回る奴でよー。勝手に林冲の情報を得る情報網を作ってたわけだ。そんで林冲が帰ってくると聞いて理性が吹き飛んじまってなー」

 

「そこまでするか・・・」

 

頭が痛いと頭を抱える士郎。

 

変態の橋もそうだが変態というのはどうしてこうも行動力に溢れているのか。

 

「それで、どうするのかね?」

 

「縛り上げて家にでも放り込んでおくさ。まさか、旦那のお前が林冲のパンツをコイツに嗅がせるのを許可するわけないだろう?」

 

「妻の事だ。当たり前だろう」

 

「士郎・・・!」

 

キラキラした目でうっとりとする林冲。それに呆れたように史進は

 

「だから一々ラブするなってぇの。変態は預かるぜー」

 

「んー!!!」

 

問答無用で楊志を連れて行った。

 

「仲間にもセクハラされてたんだな。・・・気づかなくてごめん」

 

「い、いいんだ。青面獣は昔からだし、今は士郎が守ってくれるから・・・」

 

「ああ。絶対に林冲を守るぞ」

 

「うん・・・」

 

そっと口づけを交わして二人はまず、腰を落ち着けた。

 

 

 

 

 

『やっ!やっ!やっ!』

 

しばらくして、傭兵となるべく、日々修練している所に士郎と林冲は顔を出した。

 

「やっているな」

 

「これは・・・大きな修練場だな」

 

比較的高い台地に、石で床を固められた修練場は壮観ですらあった。

 

「よく来たな!ここからはわっちが揉んでやるぜー」

 

闘志を燃やした史進が棒を片手に言う。

 

「・・・もう少し落ち着いて見学したいのだが」

 

はぁ、とため息を吐いて士郎は呟いた。

 

「士郎・・・」

 

「わかってる。・・・今回だけだぞ!」

 

「よっしゃー!汚名返上するぜ!!」

 

ワクワクとした様子で闘技場だろう、区切られた場所に行く史進。

 

「なんだい。指南してくれるのかい?」

 

「まさか。喧嘩を売られたので適当にあしらおうかと」

 

浮かれ切っている史進に武術指南の女性も理解したのか、ああ・・・と頷いて。

 

「相手は史進かい。丁度いい修練生を見学させても?」

 

「・・・どうぞ、お好きに」

 

はぁ、とまたため息を一つ。買いたくも無い喧嘩とあらば士郎のため息は増えるばかりだ。

 

それからワラワラと観客が集まり野次馬の壁が出来る。

 

「これより!九紋龍・史進と武神・衛宮士郎の闘技を行う。両者!前へ!」

 

わー!と盛り上がるが士郎は武神呼ばわりされて、さらに憂鬱な顔になってしまった。

 

「いっくぞー!」

 

「・・・。」

 

しかし戦いは戦いだ。強さこそが至高とも取れるだろう梁山泊で、それを示さない訳にはいかんだろうということで、士郎はいつもの様に構えた。

 

「・・・お前、干将と莫耶は?」

 

「さて、必要なら準備するが」

 

「「・・・。」」

 

一瞬の静寂。そして動き出したのは史進だった。

 

「怪我したくなきゃ大人しく本気を・・・」

 

獰猛な顔をした史進の前に拳が迫る。

 

「なっ・・・」

 

紙一重で避けた史進だが体勢を戻そうとして引っかかりを覚える。

 

「掴ん・・・で・・・!!?」

 

そう。史進が避けたのは()ではない。純粋に手が間合いの外から伸びてきたのだ。

 

「はっ!」

 

「うわ!うわああああ!?」

 

その後は歯車が嚙み合うかの如く。史進は宙へと投げ出され、そのまま地面に叩きつけられた。

 

「一本!衛宮士郎!」

 

大きな声が響く。誰もが理解できない中、ジャッジを頼んだ武術指南の女性だけが、額に冷や汗を流して宣言した。

 

「史進様が・・・」

 

「うそ、一瞬で・・・?」

 

「今の見えた?」

 

「全然・・・」

 

等など。感想は困惑に包まれていた。

 

「恐れ入ったよ。流石は川神百代を越えし武神。あの体勢から縮地(・・)とはね」

 

「ててて・・・どういうことだよ!?」

 

「おや、史進ともあろう者が今の分からなかったのかい?」

 

「高速で間合いを詰められて一本背負いされたのは分かった!でもどうしてだよ!なんで素手なんだよ!」

 

捲し立てる史進にクッと笑って、

 

「もちろん、双方の怪我を考慮してだが?」

 

「ムッキー!!!」

 

ダンダンと地面を地団太する史進。

 

「もう一回!」

 

「今回だけだと言ったはずだが・・・まぁ、修練生も居ることだし一手二手は相手をしよう。それ以上はせん。いいな?」

 

「上等ォ!ほえ面書かせてやんよ!!」

 

と逆上も力に変えて挑む史進。だが、結果がどうなったのかは・・・

 

「ひー、ひー・・・体痛てぇ・・・」

 

今の士郎を考えると分かりやすいのかも知れなかった。

 

 

 

そんな一仕事を終え、やって来たのは林冲の師匠の家だ。

 

「失礼します」

 

「失礼します」

 

「どうしたんだい?二人そろってまぁ」

 

コロコロと分かっているだろうに師匠は笑った。

 

「遅ればせながら、林冲が婚姻したことを伝えたくて来ました」

 

士郎は深く頭をたれながら誠心誠意伝えた。

 

「どんな男とくっついたのかと思っていたけど、いい男見つけたね林冲」

 

「はい。士郎は心の支えになってくれて・・・」

 

気恥ずかしい報告となってしまったが、とても良い時間を過ごさせてもらった。

 

結婚の報告が出来た後、林冲はあることを師に伝えた。

 

「師匠、天雄星の事ですが・・・」

 

「自覚はあったようだね。でもそうだねぇ・・・」

 

林冲の師匠は少し考えて、

 

「外に行こうか」

 

そう提案した。

 

「槍を構えな。ファン」

 

「はい。」

 

ヒョンと槍を回して構える林冲。その姿は士郎のように武骨ではなく優美に満ちていた。

 

「・・・うん。あんたは豹子頭の林冲だ。それに変わりはないよ。今更名を捨てることは出来ないね」

 

「・・・しかし」

 

林冲は何か言いたげに呟いた。

 

林冲が言おうとした想いをくみ取ったのか士郎は、

 

「林冲は林冲だ。これから先俺と共に歩んでくれるのは君だけ。そうだろう?」

 

「それは・・・そうだけど・・・」

 

「跡継ぎの事で心配してるなら当分先だよ。あんたは梁山泊最強の一角、『豹子頭の林冲』さ。今お前さんを越えられる人材は思いつかないね」

 

「むむ・・・」

 

納得がいかなそうな顔をする林冲だが、師は厳しく言った。

 

「お前は一度梁山泊で大成した身だ。その評価は死ぬまで付きまとう。甘ったれたことを言ってないで天雄星としての生を全うしなさい」

 

「はい・・・」

 

しょぼんとする林冲。

 

林冲は常日頃から思っていたのだ。傭兵である自分が居ることによって、家族に迷惑が掛からないかという事を。

 

組織によっては賞金首にでもなっているだろう自分が良くないことに巻き込みやしないかと。

 

林冲はずっと考えていた。

 

「林冲。君のせいで誰かが良くない目にあう事は無い。それを守るのが俺の仕事だ」

 

士郎は真っすぐに告げた。

 

彼女に守ってほしいと伝えた青年は、もう遠い所を見る目をしていない。しっかりと、今を見据えていた。

 

「うん・・・」

 

キュッと士郎を抱きしめてこぼれそうになる涙を拭う。

 

林冲は、これからも林冲としていることに決まった。

 

余談だが・・・

 

「お前さん、子を作る気は無いのかい?武神と子を作りゃあ自然と跡継ぎも心配なさそうだけどね」

 

「私は自分の子に傭兵の道を進めたくない・・・ここでの幸せもあるけれど、それでも・・・」

 

「・・・そうか。何にせよ、抱かせておくれよ?まだまだでしゃばるつもりだからね」

 

「はい。それはもう是非・・・」

 

テレテレと照れ笑いながら林冲は答えるのだった。

 

師匠の家を離れると、武松が待っていた。

 

「林冲、終わった?」

 

「ああ。狩りの為に士郎が必要なんだろう?」

 

「ん・・・借りて大丈夫?」

 

「うん。もう大丈夫だ。士郎、行ってあげて欲しい」

 

「分かった。もしもの時はすぐに連絡をしてくれよ?」

 

「うん。分かった」

 

林冲はしっかりと頷いて士郎と武松を見送った。

 

 

 

 

「すまない。折角林冲と一緒だったのに」

 

「構わないさ。正直な所を言えば林冲も、もてなしてやりたかった。何か思い詰めた所があったからな」

 

「きっと豹子頭の引継ぎ・・・だろうか?それ以外で、今の林冲が貴方に心情を隠すとは思えない」

 

「その通りみたいだな・・・私が思っている以上に思い詰めていたようだ」

 

士郎は僅かに顔を伏せた。

 

「だが、ここで私が折れるわけにはいかない。林冲に仲間達と、美味しいご飯を食べてもらって気分を変えてもらおうと思う」

 

「良いことだと思う。それと、仲間達(・・・)って言ってくれてありがとう」

 

あまり表情を動かさない武松がほのかに笑った。

 

 

 

――――interlude――――

 

士郎が武松と狩りに行っている間、林冲は武芸を教えてほしいという子達を相手にしていた。

 

「やぁ!」

 

「腕が下がっているぞ。疲れていても相手は手を緩めてはくれない」

 

「はぁ!」

 

「踏み込みが甘い。中途半端な踏み込みは逆に身を危うくするぞ」

 

等など天雄星として恥ずかしくない指導をしている。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

「疲れてからが本番だと思った方が良い。相手が多数だったりするとそれで終わりだからな」

 

「「「はい!!」」」

 

元気よく返事をしてくれる、次代の傭兵たちに笑いかけて、林冲はふと、狩りに出ている士郎を想った。

 

(士郎は怪我していないだろうか・・・)

 

彼に限ってあり得ないだろうが安否を気にしてしまう。

 

(大丈夫だ。士郎なら虎が出て来ても問題ない)

 

いつかの悲劇をふっと思い出してブンブンと頭を振った。

 

「林冲ー、旦那様の心配ー?」

 

「え?ああ・・・その」

 

ポッと頬を赤くして林冲は俯いた。

 

「あはは!恥ずかしがってる!」

 

「大丈夫だよ!とっても強かったもん!」

 

ワイワイと話す子らに、ますます恥ずかしくなって小さくなってしまう林冲。

 

「林冲と旦那さんってどっちが強いのー?」

 

「え?」

 

突然の問いに林冲が固まるが、傭兵の卵と言っても年頃の娘達。

 

「きっと林冲よりもさらに強いんだよ!」

 

「戦って負かされて恋に落ちたんでしょ?」

 

「お、お前達!」

 

好き勝手言う子らにぴしゃりと言うと、キャー!と離れていく。

 

「もう・・・これも士郎のせいだ」

 

こちらに来てから大人びいた口調のせいで初めて会った頃を思い出す。

 

(あの時は三人がかりでも倒せなかったな・・・今の私でもすんなり倒されてしまうだろう・・・)

 

今の士郎は、戦闘面では本当に武神と言われてもおかしくないのだ。

 

川神院、九鬼での修練で、ただでさえ下地が出来ていた所に潜在能力の覚醒で、あったであろう欠点が無くなった。

 

しかも当の本人は、0からのし上がった剛の者なので油断も無い。

 

そんな彼が唯一何らかの負傷をするのは――――

 

「決まっている。いつだって弱い者の為だ」

 

自分は弱い者の方に行きたくない。いつだって彼の背中を守れるようにありたい。

 

「・・・。」

 

久しぶりの故郷はそんな想いを強くしてくれたのだった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

 

 

「よし。こんなものだろう」

 

最後の野鹿を処理して、士郎は満足そうに頷いた。

 

「まさか弓の腕までいいとは思わなかった」

 

普段から変態の橋を狙撃している彼には、狩りでも隙は無かった。

 

「本当に梁山泊に来る気は無いのか?」

 

驚いた様子で武松が問うが、

 

「私は今の生活に満足している。それに、肩書など必要ない」

 

「・・・。」

 

「さ、処理が終わったら戻るとしよう。下処理はこれだけではないからな」

 

そう言う士郎に武松が語りかけた。

 

「貴方の目指しているのは何処?」

 

「目指す場所・・・か」

 

士郎は目を閉じ、空を仰いで考えた。

 

「正義の味方になる事・・・なんだが・・・最近、正義の味方の概念が変わりつつある」

 

「正義の・・・味方?」

 

それが何なのか武松は分からなかった。

 

「正義の味方は・・・見方(・・)で大きく変わる」

 

武松の言葉に深く、士郎は頷いた。

 

「そうだ。正義とは秩序を表すもの。個人の救いと全体の救いは両立しない。・・・私の言う正義の味方とは荒唐無稽なものだ。だが・・・」

 

士郎は真っすぐに武松を見た。

 

「一度、その夢に向かってがむしゃらに走った。そこで無様に溺死するはずだった俺に・・・いつの間にか身近な守りたいものができた」

 

最初は桜や凛の事だったのかもしれないそれは、風間ファミリーに出会い、自分を想ってくれる人々と出会い、強烈な刺激を受けて変化を起こしつつある。

 

「俺の目指す場所はここだ。全てを救う正義の味方じゃない。大事な誰かを必ず守る正義の味方だ」

 

「そうか・・・だから貴方は強い。貴方の異常な強さの意味が分かった気がする」

 

武松は、最初こそ不安げな顔だったが結論を聞いて安心したのか微笑みを浮かべていた。

 

「そういう君は何処を目指しているんだ?やはり、梁山泊最強の地位か?」

 

士郎の言葉に武松は驚いたように返答に困り、

 

「・・・私も大事な人達を守るための力が欲しい。私達は傭兵だから、尚更・・・」

 

「・・・そうか」

 

傭兵ではない生き方もできる、とは士郎も言えなかった。それこそ彼女達の誇りであろうし、だからこそ、林冲も自分の頂いた星について悩んでいたのだろうから。

 

「同じ目標なんだな」

 

「うん。そうみたい」

 

互いにクスクスと笑い合った。

 

「武松せんせーい」

 

「狩りの獲物を引き取りにきましたー」

 

修練生であろう子らが血抜きを済ませていた野鹿を運ぶべく、落ちないよう溝の付いた板を複数持ってきた。

 

「どれから運べばいい?」

 

「最初の方に狩ったのはもういいだろう。手前の2匹だけ残して後は下処理の続きだな」

 

士郎の言葉にコクリと頷き、

 

「聞いたな?こちらの二頭は私達で持ち帰る。先にそちらの二頭を持ち帰ってほしい」

 

「わかりましたー」

 

「んしょ。わぁ、毛皮も綺麗。これなら無駄なく扱えそうです!」

 

獲物の綺麗さに驚きながら、板を一枚おいてもう一つの板に二頭乗せ、二人がかりで運ぶ。

 

「先生、先に失礼します」

 

「失礼します」

 

「ああ。頼んだよ」

 

にこやかに微笑んで受け取りに来た二人を見送る武松。

 

「ありがとう。貴方のおかげで今日も皆、暖かい食事にありつける」

 

「難しいことはしていない。気にしないでくれ」

 

武松の言葉に軽く首を振って士郎は高い空を見上げた。

 

 

 

 

 

それからしばらくして士郎と武松が二頭の野鹿を運んでくると、歓声が上がった。

 

「やったー!今日は宴だー!」

 

「山菜もたっぷりです!」

 

「みんなに連絡だー!」

 

キツイ修練の後だというのに、その姦しさに衰えが無い所を見て苦笑をこぼす士郎だが心配げに待っている林冲を見てすぐにかまど小屋に運んだ。

 

「ただいま、林冲」

 

「おかえり、士郎!」

 

「おけーり。今日は大量だなぁ」

 

「今日はバーベキューにするつもりだ。私は食材の処理をするので焼き台なんかは任せる」

 

「オーケーオーケー。今日は宴だぁ!おい!焼き台の準備するぞ!」

 

はーい!と食事当番の子らが史進に続いて駆けて行く。

 

「士郎。怪我してないか?大丈夫か?」

 

「ああ。大丈夫だよ林冲。猛獣も出なかったし、一撃で仕留めたからな」

 

「本当に一撃で仕留めていたよ。林冲の旦那さんは色々と凄すぎる」

 

「武松!士郎は凄いんだ。私の時もな・・・」

 

昔懐かしい話を始めた彼女を武松に任せ、士郎は都合四頭の野鹿の処理を進めた。

 

下処理は時間のかかるものが多く、時間はあっという間に過ぎ、晩餐の時間となった。

 

「つけダレは持ったな!酒は行きわたってるか!?今日は宴だぁ!!」

 

史進の音頭に沢山の人が歓声を返し、今か今かと焼き台を見ている。

 

「順番にもってけー!ちびっこ共もよく食うんだぞー!」

 

わーい!!!と小さな子らから焼き台に手を伸ばす。

 

みんなが笑顔で、士郎としても嬉しい限りだった。

 

「ありがとう、士郎。私の知る限り、こんなに華やいだのは経験したことが無い」

 

「そうなら嬉しいな。大事な命を貰うのだし、喜んでもらえて俺も嬉しい」

 

お互いに暖かい笑顔で話す。いつもと違う場所なので士郎は今だに気を張っているが、無理はしていないよ、という所作だった。

 

「こっちが恥ずかしくなる笑顔でまぁ・・・いちゃつきやがって」

 

「史進もそういう相手を見つけたらいい」

 

林冲の鋭い切り返しに、史進は口をへの字にして、

 

「そんな相手ポンポン湧くかよ。リンみたいに上手くはいかねぇよー」

 

「パッド入れてる時点で人選ぶよね」

 

「まさるー!パッドなんて知らねぇぞ」

 

と、なんだか幼く特徴的な物言いをする声がした。

 

「入雲龍。相変わらずみたいだな」

 

「林冲、この子供も修練生の一人か?」

 

士郎の言葉にピキッと青筋を浮かべ、

 

「その辺のモブと一緒にすんな!私は公孫勝!天才の天間星とは私の事だ!」

 

「天才・・・ねぇ・・・」

 

「あ!お前疑ったな!?」

 

天才と自分で言うあたり、この子は自分の才に胡坐をかいているタイプの子だろう。

 

本物の天才(凛や百代)を目にしているので大して驚きはない。

 

「どこにでも自称天才はいるものだな」

 

「コイツ・・・私が本気になれば・・・」

 

「常に本気ではない天才などおそるるに足りんな」

 

「なんだコイツ・・・もういいや。武松ー」

 

不機嫌なまま公孫勝は焼き台に陣取っている武松の元へと行った。

 

「士郎、ありがとう。入雲龍を咎められる人材はほとんどいなくて・・・」

 

「大方、結果は出しているからと甘やかされているのだろう?随分ともったいないことだ」

 

淡々と言って士郎は川神水の入った紙コップを傾けた。

 

「そんなことより、林冲。迷いは晴れたか?」

 

士郎の問いに林冲は少し考えて、

 

「・・・うん。私は林冲。他の誰でもない、豹子頭の林冲だ」

 

決意の籠った瞳で林冲は言った。

 

「・・・そうか。君の悩みが晴れたことを心から喜ぼう」

 

「普段の士郎に・・・言われたいな・・・」

 

もじもじとして言う林冲に、士郎は咳払いをして。

 

「・・・林冲の迷いが晴れてよかった。これからもよろしく」

 

「・・・うん」

 

二人は寄り添い合って愉快な宴を眺めるのだった。




遅くなりました。林冲は傭兵の名なのでこのままでいいか悩み、士郎は武松に問われて気持ちがはっきりした感じです。

もうちょっと梁山泊編続きます。変態も何とかしないとね(笑)

予想より文字数が多くなり投稿が遅れて申し訳ありません。体調は可もなく不可もなく小康状態です。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします!


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梁山泊にて

皆さんおはこんばんにちわ。よくのどの乾く作者です。

今回は梁山泊で振り回される士郎を描きたいと思います。

116話はイチャコラシーン多めだったので、笑いあり、青春ありの一話にしたいと思います。

それでは!


体は自然体に。両腕はだらりと下げて。いつもの様に戦闘態勢を取る士郎。

 

今よりここは敵地。一瞬の油断も許されないと心に刻む。

 

「やっ!」

 

いつでも稼働可能な状態の戦闘論理が回転を始める。敵は上段回し蹴りで側頭部を狙ってくる――――!

 

「――――」

 

下手をすれば大怪我間違いなしの攻撃を士郎は冷静に軌道を読み回避する。

 

「待ってました!」

 

回避した先にまた敵。今度は下段蹴り。

 

「――――ふっ」

 

軽い息と共に地面を殴り、衝撃波を発生させ押し返す。

 

「ごめんなさい!」

 

「だいじょうーぶー」

 

巻き上げられた砂塵の中から顔の青い女性、青面獣が二刀を持ち飛び出してくる――――!

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

迅速かつスムーズに干将・莫耶が手に握られる。

 

ギャリン!と二刀の一撃が受け流され、

 

「はっ!」

 

青面獣をすれ違った勢いで当身をして吹き飛ばし、最初の二人にそれぞれ干将と莫耶を突き付けた。

 

「「参りました・・・」」

 

「悪くない動きだったぞ。だがもう少し――――」

 

士郎は梁山泊の修練生と摸擬戦をしていた。というのも、

 

『曹一族に連絡して、お互い摸擬戦をしてもらうことにしたぜ!』

 

『したぜ!じゃないわ!たわけ!』

 

ガツン!

 

『いってー!!!』

 

問答無用で史進に拳骨を落とす士郎。

 

そう、史進の勝手な心配りにより、梁山泊は元より、いずれ曹一族にも武術指南をしなければならなくなったのだ。

 

しかも、

 

『林冲のパンツ林冲のパンツ・・・』

 

この厄介な変態まで武術指南にかこつけて挑んでくるようになった。

 

『私が勝ったら林冲のパンツは私のものー!』

 

ということで負けられない戦いとなっている。

 

「元より拳で衝撃波を出せる奴などいないが、何事にも例外はある。一手早く干将を出すことも出来たわけだし、油断しないように」

 

「「はーい!」」

 

「では、楊志を頼むよ」

 

「そう言えば師の攻撃ですっ飛んでったね・・・」

 

「楊志様の変態も落ち着かないねー」

 

「・・・。」

 

修練生の言葉になんとも言えない顔をする士郎。

 

「まぁ、なんだ、私が行ってもあれだし、よろしく頼む」

 

「「はーい!」」

 

元気に返事をして去って行く修練生。

 

「士郎!」

 

「林冲」

 

林冲が水とタオルをもってやって来た。

 

「大丈夫か?怪我してないか?」

 

「大丈夫さ。気に目覚めたおかげで、一見無茶な行為も有効打になる。早々遅れは取らない」

 

タオルを受け取って笑う士郎。気の覚醒以来、士郎は本当に強くなった。気と魔術で体を強化し宝具を武器に戦う。戦う相手を選ばないオールラウンダーとして完成を見た。

 

その強さは英霊とだって戦えるほどだ。今生の人間がどの程度相手になるかは疑問が残る所だ。

 

「しかし摸擬戦ばかりで困る。俺は林冲の里をもっと見て回りたいのだが」

 

「史進にも言っておくよ。何はともあれお疲れ様」

 

ぎゅっと士郎を抱きしめて林冲は士郎の無事を確かめた。

 

「りーんちゅうー・・・」

 

「せ、青面獣!?」

 

「!」

 

さっと林冲の前に出る士郎。

 

「要件は何だ。例の事ならお前は敗北した。よって好きにはさせない」

 

「わかってるー。ただ今回の事で林冲に言いたいことがある」

 

青い顔でフラフラしながら怪しい瞳で彼女は言った。

 

「林冲・・・貴女も私と同じ性癖を持ったね」

 

「同じ性癖・・・?お前のようなはた迷惑な分類と一緒にするな!」

 

士郎の喝も何のその。うねうねと軟体生物が如き形相でやって来た青面獣は決定的な言葉を発した。

 

「好きなんでしょう?衛宮士郎の匂い(・・)が」

 

「!!?」

 

「・・・は?」

 

士郎は、この軟体生物が何を言っているのか分からなかった。

 

しかし、林冲にはてきめんだったらしく。

 

「私が士郎の・・・!?いや違う、私は士郎を愛して・・・」

 

「衛宮士郎特別製の『匂いフェチ』になっているってことさ・・・この私の女の子のパンツの匂いフェチと同じね!」

 

「!!!」

 

ピシャアン!と林冲に雷の幻影が落ちる。

 

一方で士郎は、

 

「貴様・・・何を言っている?」

 

本気で意味が分からぬと、逆に警戒心を煽られる。

 

「林冲、この変態の戯言を聞く必要はない。すぐに縛り上げ・・・」

 

相手をしていられんと林冲を見る士郎。しかし当の林冲は、

 

「確かに士郎の匂いは安心できる・・・けど、それが青面獣と同じものだとしたら・・・」

 

顔を真っ赤にしてブツブツと話す林冲に、何かまずい気配を悟った士郎は、

 

「フンッ!」

 

ビシ!と楊志の延髄にチョップを入れて気絶させ、すぐさま林冲に向き直った。

 

「林冲、林冲!?」

 

「うぁ・・・」

 

心ここにあらずという風の林冲に、士郎は驚きを隠せない。だが、

 

「林冲!君は決して匂いフェチなどではない!戻ってこい!林冲!」

 

「・・・ッハ!?」

 

士郎の呼びかけにようやく目を覚ました林冲に士郎は深く安堵した。

 

「林冲・・・」

 

「士郎・・・私・・・」

 

また顔を真っ赤にして、

 

「ちょ!ちょっと滝行にでも行ってくる!」

 

着替えを纏めてバタバタと飛び出して行ってしまった。

 

士郎の手は虚しく伸ばされたままになってしまった。

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

残されたのは士郎と気を失った揚士のみ。

 

とりあえず士郎は、自力では決して解けぬ様に縛り上げ、遠くの彼女の小屋にシュート(超手加減)した。

 

 

――――interlude――――

 

林冲は、楊志に言われたことを消し去ろうと滝行に来ていた。

 

「・・・。」

 

じっと滝に打たれ精神を統一する林冲。

 

『好きなんでしょう?衛宮士郎の匂い(・・)が』

 

「くっ!」

 

思い出すだけで頬が熱くなる。

 

自分は一体どうしてしまったのか。

 

(私は士郎を愛している。その感情に偽りはない)

 

楊志の言葉が次々と去来するが林冲は一心に否定し続ける。

 

『衛宮士郎特別製の『匂いフェチ』になっているってことさ・・・この私の女の子のパンツの匂いフェチと同じね』

 

(違う!私の持つ感情は決して青面獣と同じではない!)

 

しかし、と林冲の心が囁く。

 

――――士郎の腕の中に何も感じなかったのか?

 

(違う)

 

――――士郎に抱きしめられた時幸福を感じなかったのか?

 

(違う!)

 

――――それは、士郎の匂いに充足感を得ていたのではないか?

 

(ちが・・・)

 

最後の問いに答えられぬまま林冲は思考を闇に溶かす。

 

(私は――――)

 

林冲は答えられない。この問答は長くなりそうだった。

 

 

――――interlude out――――

 

 

「林冲・・・」

 

士郎は滝行から帰ってこない林冲を心配していた。

 

「しかし楊志め・・・勝手なことを・・・」

 

士郎は、お互い愛し合っている。それだけで十分だったし、その中に匂い・・・一種のフェロモンも感じていたのではないかと思う。

 

そればかりは嘘偽りなく肯定しなければならないかもしれないが、それだってお互いを愛し合っているからこそだと思っている。

 

従って、揚士の言ったことは荒唐無稽の穿った見方となるのだが、生真面目な彼女だ。自分も楊志と同じ性癖に目覚めたのではと真剣に考えているのだろう。

 

「何か言ってあげられれば良かったんだが・・・」

 

しかし、士郎もどちらかと言えば己を責める質なのである。士郎も林冲のように何かできないかと悩んでいた。

 

そんな折、

 

コンコンと戸が叩かれた。

 

「はい――――」

 

と、扉を開けた瞬間、拳打が飛んできた――――!

 

「はっ!」

 

士郎は素早く拳を見切り、床に叩きつけ、カポエラ張りに蹴りを見舞うが・・・途中で止めた。

 

「・・・何をしてるんですか?林冲の師匠」

 

そう。拳を向けてきたのは林冲の師匠だった。

 

「なんだい。流石武神、とでも言っておこうか」

 

「随分な挨拶ですね」

 

「それはこっちのセリフさ。まさかカポエラなんてマイナーな技まで身に付けているとはね。踏み台にされた腕が痛むよ」

 

「こっちは普通に観光に来てるんです。急な手合わせは勘弁してもらいたい」

 

「はいはい。これからはしないと約束するよ。それより、林冲は居るかい?」

 

「林冲は滝行に行っています」

 

「林冲が滝行?ふーん・・・」

 

林冲の師匠は腕を組み、

 

「何かあったね?良ければ話を聞くよ」

 

「え?」

 

士郎は不思議そうに首を傾げた。

 

「なんだいなんだい。まだまだでしゃばるつもりだって言ったろう?ほら、きりきり吐きな」

 

「・・・。」

 

士郎は考えた。こんなにセンシティブな話を、師匠とはいえしていいのか。

 

だが、士郎はこうも考えた同じ女性の彼女なら活路を開けるのではないかと。

 

こうしていても埒が明かない。結局、士郎は相談することにした。

 

 

 

 

 

 

「かー!青面獣の言葉を真に受けるなんて未熟だねぇ・・・」

 

「林冲は生真面目な女性です。それ故に・・・」

 

「好いた男の匂いが好きなんて当たり前の事じゃないか」

 

「・・・。」

 

いきなり真実を語るあたり士郎はため息を吐きたくなった。

 

「あの様子。心から幸せそうな様子を見るに、林冲はあんたの一部を好きになったわけじゃない。全部丸めて一つの存在として好きになったんだ。まさしくぞっこん、だね」

 

「・・・。」

 

「それが、誰彼構わず女の下着を漁るのと一緒にしないでほしいよ。これは、青面獣にもお仕置きが必要かな」

 

「是非お願いします」

 

「あーでも、期待はしないどくれ。あれは真正の変態さね。アタシらがどうこうできるとも思えない」

 

「ええ・・・」

 

そこは何とかしてくれよと思う士郎。

 

「だが・・・林冲の事は任せておきな。珍しく滝行なんて、なにかあるって言ってるようなもんだからね。そっちは期待してくれていいよ」

 

「・・・よろしくお願いします」

 

ここは頼む他なかろうと士郎は深く頭を下げた。

 

「じゃあアタシは林冲の所に行こうかな。あんたはどうする?」

 

「俺は・・・行っても困惑するだろうと思うので鍛錬でもして待ちますよ」

 

「いいだろう。任せておきな。それじゃあね」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

そうして林冲の師匠に託し士郎はタオルと麦茶をやかんで用意して剣舞を始める。

 

(俺がいたら林冲はさらに混乱する。ひとまずはこれでいい)

 

そんなことを覚えながら士郎はギアを上げて行ったのだった。

 

 

――――interlude――――

 

 

「うぬぬ・・・」

 

もう何度目になるかという悩みを抱えて滝行を続ける林冲。そんな林冲に、

 

「ファン!出といで!」

 

「・・・。」

 

師匠の声が聞こえた。呼ばれてトボトボと滝から出てくる林冲。

 

「おやまぁ・・・旦那さんの言った通りだこと」

 

出てきた林冲は酷い面構えをしていたのであった。

 

「師匠、私は・・・」

 

「今はまず着替えなさい。滝行は心を鍛えるのには向いているけど、体に負担がかかると教えたろう?まずは温まりな」

 

ノロノロと体をふき、着替える林冲。その姿を見て、

 

「何と情けない・・・敵の戯言を聞いてそこまでなよなよするとは・・・豹子頭の林冲が聞いて呆れる」

 

「うう・・・」

 

辛い師の言葉に泣きそうになる林冲。しかし、

 

「まぁいいけどさ。あんたはあんたなりに悩んでこうしているんだろうし。話を聞いてやるからまずはシャキッとしな」

 

「うう・・・はい」

 

そうして時間をかけながらも林冲の口から出たのはやはり、楊志の言った言葉だった。

 

「私も、そんな感情を士郎に抱いていたら嫌だなって・・・」

 

「まったくもう・・・旦那さんの言う通りじゃないか。何やってんだい」

 

「士郎の・・・?」

 

ノロノロと顔を上げる林冲。

 

「林冲。あんたいい匂いがするから衛宮の旦那を好きになったのかい?」

 

「それは違う!士郎は・・・私の心の隙間を埋めてくれて・・・」

 

突けば出てくる出てくる士郎への想い。師匠は一体何を聞かされているんだと呆れたが、キッチリと最後まで聞いた。

 

その上で、

 

「落ち着いて聞くんだよファン?そんだけ想いが溢れているなら、匂いが好きなくらいなんだって言うんだい?」

 

「え?」

 

林冲はポカンとした。

 

「お前さんは衛宮士郎という存在をマルっとまとめて全部好きになったんだろう?そこに匂いが好きってことも含まれるんじゃないのかい?」

 

「それは・・・」

 

「それにね。前提として違う。青面獣のは女なら誰でもいいっていうのと林冲、あんたは旦那しか受け付けないって言う所さ」

 

「しかし師よ。私は・・・」

 

「めんどくさい奴だね!好いた男の匂いが好きなんて誰もが思う事だよ!」

 

「・・・。」

 

ドーン!と言い渡された真実に林冲は指をツンツンとつつき合わせ、

 

「そういうもの・・・でしょうか?」

 

「そういうものだよ。何も不思議なことじゃないから安心しな。それよりも青面獣のが異常だって気付きな。あんたのは好意からくるそれで、あの馬鹿は性癖からくるそれだよ!青面獣が男だったらと考えてみな」

 

「・・・気色悪いです・・・」

 

律儀に想像したのだろう青い顔で否定した。

 

「わかったね?それじゃあ帰るよ。旦那を心配させるんじゃないよ」

 

「師匠・・・ありがとうございます」

 

「借り一つだ。あんたもいい大人なんだからそう思いな」

 

「はい。師匠にいい人が出来た時には・・・」

 

「やかましいわ!」

 

ゴツン!と拳骨を落とされた林冲だが、表情は晴れ晴れと笑っていた。

 

――――interlude out――――

 

 

「はっ!」

 

一突きでこちらの命を刈り取る刺突を夫婦剣を持って弾く。逸らす。

 

(ついて行ける・・・!)

 

それまではあえて隙を晒すことで、そこに攻撃を誘導するという方法でしか迎撃に行けなかった士郎の剣が、呪いの朱槍を確実に捕らえていた。

 

「ふっ!はっ!」

 

弾く弾く!それまで一度として相手の陣地に踏み込めなかったそれを打倒する。

 

『――――刺し穿つ(ゲイ)

 

「!」

 

あれが来る。呪いの朱槍たらしめる因果逆転の鋭き一刺しが。

 

(間に合うか!?)

 

あの宝具は必ず心臓を捉えるという特性を持つが、槍であるという武器の関係上射程外に居れば成立しない。

 

引くか。そのまま行くか。

 

今の自分ならば心臓を一突きされても死なな――――

 

「士郎!!」

 

「!!!」

 

その声が聞こえた時、士郎は迷わず全力のバックステップを選んだ。

 

死棘の槍(ボルク)!!!』

 

結果、気のブーストもありギリギリ射程外へと飛び出すことが出来た。

 

(・・・いや。慢心だな。あの男なら確実に届かせる)

 

今回も黒星か、と息を吐いて、

 

「林冲!」

 

「士郎!」

 

観客が居たのだがそれも気にせず彼女は士郎の腕の中に飛び込んだ。

 

「林冲・・・もう大丈夫か?」

 

「うん・・・師匠に激を貰ったよ。もう大丈夫」

 

そうか。と士郎は頷き林冲を降ろす。

 

「ひゅーひゅー!」

 

「もっとイチャイチャしててもいいんですよ!師・衛宮!」

 

「・・・なかなかにおませさんな子がいるようだな。いいだろう今の戦いに実物として立ってもらっても――――」

 

ひゃー!とワタワタ逃げていく修練生。そのくらい緊張感の凄いシャドウだったのだ。

 

観客たる彼女達にもはっきり見えていた。相手は槍使い。そしてあの衛宮士郎が、全力で相手をしなければいけないほどの腕前の持ち主。

 

自分程度が間に居たら一瞬で細切れにされること間違いなしの戦いだった。

 

「士郎はまたクー・フーリンと戦っていたのか?」

 

「わかってしまうか・・・何度も見せたからな」

 

ばつが悪そうに士郎は言った。

 

「・・・最後の局面、相手は宝具を使ってきたんだろう?」

 

「ああ・・・奴に追いつけた気がしたんだがな・・・」

 

士郎は何処か遠い目をした。

 

「林冲の声が無ければ玉砕覚悟の踏み込みをするところだった。ありがとう」

 

そういう士郎に林冲は士郎をぎゅっと抱きしめて、

 

「私も予感していた・・・士郎は無謀な一歩を踏み出そうとするのが・・・」

 

「林冲・・・」

 

「ダメだからな・・・私を、私達を置いて死ぬのは許さないからな・・・!」

 

「ああ。分かってるよ。林冲」

 

士郎も林冲を抱きしめて、己の行いを恥じた。

 

(無茶が利くようになったらすぐこれだ。俺自身、あの頃と変わっていないな)

 

これから、ゆっくりとでも変えていかなければならない。士郎の心にはまだまだ、課題が残されているのだった。

 

「林冲、悩みは晴れたか?」

 

「うっ・・・」

 

ギクリとする林冲に士郎はまた心配な顔をして、

 

「まだ・・・気になるのか?」

 

「ううん・・・師匠に諭してもらったから大丈夫。ただ・・・」

 

林冲はこつんと士郎の胸に頭をくっつけて、

 

「私なんかがそんな気持ちになっていいのかと・・・きゃっ!?」

 

最後まで言わせず士郎はお姫様抱っこで抱き上げた。

 

「そんなこと俺はいつも思ってるよ。こんな俺に、林冲みたいな素敵な女性が釣り合うのかってさ」

 

「素敵だなんて・・・そんな・・・」

 

ボン!と顔を真っ赤にして俯く。

 

「さ、時間も時間だし夕飯の準備をしよう。今日はジビエ肉の残りがあるからな、悪くなる前に食べよう」

 

「うん・・・でも、もう少しだけこうしてたい・・・」

 

「わかった。でもあと少しだぞ」

 

よくよく見れば士郎の耳も赤くなっていた。

 

 

――――interlude――――

 

日も暮れあたりが暗くなったころ。青面獣こと楊志と入雲龍こと公孫勝が怪しげな会話をしていた。

 

「手はずは?」

 

「バッチリ仕掛けておいたよ。でも・・・本当に何とか出来るのかねぇ」

 

「私は天才、公孫勝様だぞ!あんな男の一人や二人どうってことない!」

 

「でもあの人、努力で才能を越えてくる化け物だと思うけどなぁ・・・」

 

楊志は負け続けながらも、衛宮士郎という男を分析していた。

 

その結果、なんだか酷い目に遭う気がする青面獣。

 

「あいつは笑ったんだ。天才のこの私を!憑依すれば青面獣も林冲のパンツかげるっしょ?」

 

「まぁね。それもあって協力したんだし。でもなんだか嫌な予感がする」

 

この背筋を凍らせる予感は何だ?それが何かわからないまま青面獣は計画・・・衛宮士郎乗っ取ろう計画に手を貸してしまった。

 

「なに。私が失敗するとでも?」

 

「うーん・・・」

 

入雲龍は本物の天才だ。掛け値なしの超一流。そんな彼女が失敗するとは思えない

 

「丁度頃合いだろう・・・始めるぞ」

 

ヒッヒッヒ、とまるで黒魔法使いの女のような笑い声をあげて術の起動に入る入雲龍。

 

「やっぱりやめ――――」

 

ようと言おうとした瞬間だった。

 

「ぎゃああああ!!!」

 

大きな悲鳴が上がったのは。

 

 

――――interlude out――――

 

 

時間は少し巻き戻る。

 

ある仕掛けが施されていると知らぬまま林冲と士郎は寝床で眠りにつこうとしていたところだった。

 

「明日には帰らないとな」

 

「うん。なんだか色々なことがあったように思う・・・」

 

林冲は顔を赤くして枕を抱きしめた。

 

「あはは・・・主に林冲が大変だったなぁ」

 

「し、士郎!」

 

ポカポカと叩いてくる林冲に士郎は笑って、

 

「さ、今日はもう寝よう。明日も最後まで色々あるんだろうから」

 

「うんじゃあ・・・」

 

ゴソゴソと布団に入り二人は眠りに入った。

 

その時だった。

 

――――チリッ

 

「誰だ」

 

士郎は静かに目を覚ました。

 

「うん・・・士郎・・・?」

 

油断なく闇を見据える士郎に、林冲も何事かと目を覚ました。

 

その瞬間、

 

『ぎゃああああ!!!』

 

里中に悲鳴が響いた。

 

「なんだ!?」

 

「・・・。」

 

士郎は外出する際、身に付けるようにしているアミュレットの一つが起動していることに気付く。

 

「林冲。梁山泊に呪術師のような存在はいるか?」

 

「呪術師・・・いや。だが・・・あ!」

 

林冲は思い当たる節があるのか声を上げた。

 

「心当たりがあるんだな」

 

「う、うん。宴の時の入雲龍・・・公孫勝が『憑依』の使い手で・・・まさか」

 

「ああ。俺にしかけようとしたんだろう」

 

嘆息を漏らす士郎と呆然とする林冲の元に、

 

『林冲!衛宮!』

 

ドンドン、と戸を叩く音が聞こえた。

 

「武松だ!」

 

『頼む!開けてくれ!』

 

林冲が戸を開けると武松が飛び込んできた。

 

その慌てように林冲が驚く。

 

「ぶ、武松!?」

 

「話は青面獣から聞き出した!衛宮、術を止めてくれ!」

 

「・・・馬鹿者が」

 

状況を把握した士郎が舌打ちする。

 

「いくぞ、林冲。武松、案内してくれ。この騒動のたわけ者の所にな」

 

「「わかった!」」

 

という事で、林冲の家を飛び出し、もう一件のある家に足を運んだ。

 

『ううううう!!!あああああ!!!』

 

「ここだ!入雲龍!」

 

武松の叫びも中の公孫勝の悲鳴にかき消される。

 

「これは!?士郎!?」

 

――――投影、開始(トレース・オン)

 

士郎の手にとても刃物とは使えないような、ギザギザの刀身の短剣が現れる。

 

「なにをする気だ!?」

 

「しっかり抑えておけ。刃物だが、当てるだけで効果を発揮する」

 

士郎は淡々と告げた。

 

「わ、わかった!武松!青面獣!」

 

「分かった!」

 

「了解」

 

短剣で怪我をしてしまわないように、小さな体を三人で抑えつける。

 

「うああああああ!!!」

 

「頼む!士郎!」

 

――――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

キン!

 

「う・・・あ・・・」

 

短剣がそっと当てられた瞬間、万力の如く暴れていた公孫勝はクタリと力を失った。

 

「入雲龍!!」

 

「士郎、すまない・・・」

 

「ごめんなさい・・・」

 

事態がようやく読めた林冲と青面獣が謝る。武松は公孫勝の方を向いているが・・・

 

 

 

 

「で、何があった?」

 

長老らしき人物が問いただすと士郎が不機嫌そうに言った。

 

「どこかのたわけが私に術をかけようとした。確か、憑依だったな?それに私のアミュレットが反応し、呪い返しをしたのだ」

 

「なぜ、公孫勝は衛宮殿に術を?」

 

フルフルと長老の肩が震え、鬼のような形相が首をもたげる。

 

「本人は仕返しと・・・」

 

事態の究明に動いた里の者が返すと、ダン!!!と机が叩かれた。

 

「子供の癇癪ごときで術をかけようとし、あまつさえ自分が呪に苦しもうとは!!恥を知れ!!」

 

「・・・。」

 

長老の怒声に涙を浮かべて黙る公孫勝。

 

「よりにもよって客人たる衛宮殿に術をかけようとは何たることか!」

 

「公孫勝には罰が必要であろうな・・・」

 

口々に批難する声が続く。

 

「長老。子供のしたことですから・・・」

 

と、武松が言うが、

 

「黙れ!衛宮殿が呪を解いてくださらなければ、今頃命は無かったであろう!」

 

「・・・。」

 

「それも己に慢心し傲岸不遜な言動から来たものなれば・・・我々の監督不届き故、やはり罰は必要」

 

「うむ。公孫勝にはしばらく謹慎を定めるものとする」

 

あちゃーと史進が頭を抱えた。

 

「それと青面獣。この一件、お主も一枚噛んでおるな?」

 

「面目次第も・・・」

 

「この・・・!!!」

 

ピシャアン!と青面獣にも長老の雷が落とされる。青面獣にも罰が言い渡され、長老は士郎に向かって頭を下げた。

 

「此度の件、誠に申し訳なかった。各々に罰を課した故これにて手打ちとさせていただきたい」

 

「・・・構わないが、よく言い聞かせておいてもらいたい。天才などと持ち上げるからこうなるのだ」

 

「面目ない・・・」

 

長老たちは終始士郎に謝り、この件は二人への罰という事で片が付いた。

 

 

 

 

 

「すまなかったね。でもこれで入雲龍と青面獣も大人しくしているだろうさ」

 

「まったくですよ。俺に呪を放つなんて・・・」

 

今回のは魔術の領域だ。普段から礼装やアミュレットで身を固めている士郎に死角はない。

 

「それにしても驚いた。まさか入雲龍が士郎に憑依しようとしていたなんて・・・」

 

「癇癪を起したんだろう?入雲龍はガキだからねぇ・・・」

 

「師匠、二人は・・・」

 

「あれでも星を頂いてるからねぇ・・・いつもよりきつーい罰になるんじゃないかな」

 

「謹慎と言っていましたが・・・」

 

士郎は不安げに言った。

 

「気持ちは分かるけど、ここ()で謹慎は死活問題だよ。何せ、依頼が受けられなくなるからね」

 

「謹慎は重罪と思っていい。生活が脅かされるからな」

 

「なるほど・・・まぁ、本人達が多少なりとも反省できたのならいいですけど」

 

「今後に期待だね。それじゃ私も帰るよ。床の隠し陣、消しておくんだよ」

 

「はい。ありがとうございました」

 

林冲と士郎も、頭を下げて林冲の家へと戻って行った。

 

 

 

 

――――翌日

 

「じゃあなリン。また来てくれよ」

 

「ああ。故郷には変わりないからな」

 

空港で別れを惜しんでいた。

 

「武松も元気でな」

 

「うん・・・衛宮、改めて入雲龍のこと、すまなかった」

 

武松は一層引きこもってしまった公孫勝を心配して元気が無い。

 

しかし、士郎としてはえらい目に遭いかけたので追求はしなかった。

 

「済んだことだし罰も下された。武松が気にすることは無いと思う。こちらに来ることがあれば寄ってくれ。武松と史進なら歓迎するぞ」

 

言外に青面獣は許さないという士郎。

 

それに苦笑をこぼす史進。だが、最後は笑顔で送り出してくれた。

 

「元気でなー!」

 

「ああ!・・・行こう、士郎」

 

「そうだな」

 

 

 

――――そうして短い林冲の帰省は終わった。まだまだ彼女達との縁は紡がれるがそれはまた別の話・・・

 




はい。いかがだったでしょうか。武闘シーンもそこそこに、青面獣の匂いフェチが飛び火する回でした。
作者的にも困ってます。青面獣の性癖(笑)だって士郎の家、嫁で一杯ですもの。青面獣が来日したりしたら大変なことになります。入雲龍もねー…強化されてないんで恐れることも無し、かな。まだまだ今後に期待という事で。

毎度遅くなりすみません。不定期更新となっていますが、精一杯書いてます。まだまだうちの士郎の物語は続くのでよろしくお願いします!


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幕間:セイバーと

みなさんおはこんばんにちわ。毎週の歯医者がしんどい作者です。

お休みを頂いて、いい題材が浮かんだので書きたいと思います。

タイトルにもある通り今回はセイバーとの回です。

腹ペコ負けず嫌い王を士郎は満足させられるのか!?




初夏。元々暑かった春が過ぎ、夏がやって来た頃。

 

士郎は一枚のチケットを前に唸っていた。

 

「うーん・・・」

 

士郎の前には前にみんなと行った、グラウンドワンの遊び倒し券なる物。

 

昨日の買い出しの際、福引が行われていたので参加した所、三等のこの券が当たったのだ(一等はまた箱根旅行)。

 

士郎の悩みはというと、

 

「お二人様・・・なんだよな」

 

そうこの券はお二人様限定。団体様なら良かったのだが今回は二人だけ。

 

「手放すってのもありだけど・・・」

 

それはなんだかもったいない気がして。どうするか悩む士郎。

 

そんな時ふと思い出した。

 

『あんたもいい加減察しなさいよ!セイバーは士郎と遊びたいのよ!』

 

前にグラウンドワンに行くときにそんなことを言われた記憶がある。

 

「・・・よし」

 

予定は決まった。今日はセイバーと遊びつくそう!

 

決まれば即行動。今日は学園も休みなので一日遊べるだろう。

 

「セイバー。いるか?」

 

「はい。シロウ」

 

セイバーの部屋に行って遊び倒し券の事を話す。

 

「それはいい!あそこはもう一度行ってみたかったのです。暑くなってきましたし、プールも興味深いです!」

 

「あはは。じゃあプールに行こうか」

 

「はい!・・・しかしシロウ、本当に良かったのですか?」

 

「ん?なにがだ?」

 

「その・・・私と・・・二人きりで・・・」

 

赤くなってもじもじとするセイバーに、

 

「いいんだ。俺がセイバーと遊びたいって思ったんだ。それに約束したろう?必ずセイバーとの時間を作るって」

 

「シロウ・・・」

 

「善は急げだ。この後予定とか無いか?」

 

「はい。すぐに準備します。30分くらい時間を貰っていいですか?」

 

「ああ。俺も準備するからな。玄関で待ってるよ」

 

そう言って士郎はセイバーの部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「・・・。」

 

セイバーを待つ間士郎は何処かそわそわしていた。

 

(うーん。セイバーとデートか・・・少し緊張する)

 

結婚したとはいえ、この世界に来てから彼女と二人きりなど初めてだ。二人で買い物に行ったりはするのだが・・・

 

「シロウ」

 

「ああ、セイ・・・」

 

出かけた言葉が引っ込んだ。

 

「・・・似合いますか?」

 

恥ずかしそうにもじもじとするセイバーの姿に目を奪われる。

 

いつもとは違う、動きやすさをメインにした服装だ。だが、セイバー本来のまるで絵画から出て来たかのような雰囲気は残っている。

 

とても可憐であった。

 

「・・・」

 

「シロウ?」

 

不安そうにセイバーが呼びかけると、士郎ははっと夢から覚めたように、

 

「あ、ああ。凄く似合ってる。セイバーは綺麗だから服装が変わるとインパクトが凄いな・・・」

 

思わず目をあちらこちらに彷徨わせてしまう士郎。

 

「私が・・・綺麗・・・」

 

セイバーも顔を赤くして俯いてしまった。

 

しばらく互いに恥ずかしそうにしていた二人だが、士郎がおずおずと手を出した。

 

「えっと・・・行こうか」

 

「・・・はい」

 

セイバーは士郎の手を取り、二人は衛宮邸を後にした。

 

ジリジリと強い日差しが降り注ぐ中、士郎とセイバーは手を繋ぎグランドワンへと向かっていた。

 

「楽しみですね」

 

「ああ。もうこの暑さだからな。きっとプールは涼しくて気持ちいいぞ」

 

ミーンミーンと鳴くセミの声に、プールは最高だろうな、と思う士郎。

 

しばらく歩き、グランドワンに到着し、遊び倒し券を見せ、着替えの為それぞれの更衣室に分かれた。

 

男の士郎は着替えがすぐ終わってしまうので案内板の前で待っていた。

 

「流石夏。お客も満員御礼だな」

 

外は暑いからかプールはお客で賑わっていた。

 

「どこから回るのがいいかな・・・流れるプールでひとまず置いて・・・」

 

等と予定を考えていると、

 

「シロウ」

 

セイバーがやってきた。

 

「ああ、セイ・・・」

 

振り返って返事をしようとした士郎だったが、セイバーの新しい水着に心を奪われた。

 

「・・・」

 

「リンとサクラに、こんなのも似合うだろうと勧められて着てみたのですが、どうですか・・・?」

 

「ああ・・・とても似合ってるよ素敵だ」

 

セイバーは過去に見た白のビキニではなくブルーのビキニだった。

 

たかが色を変えただけと思うなかれ、セイバーは絵画から出てきたような美しく、凛々しい容姿。加えて白い肌がブルーのコントラストに実に似合っている。

 

「さぁ、行きましょう。今日は遊び倒さねば!」

 

「・・・よし!行こう!セイバー!」

 

ということでまずはセイバーの希望でスライダーを選ぶことにした。

 

「この川下りはとてもいい。以前来たときはこの大きな川下りはできなかったので期待しています!」

 

「あはは。セイバーは怖いもの知らずだな。この高さになると怖がる人も多いらしいぞ?」

 

ウキウキとするセイバーに笑いかける士郎。

 

結構な列だったがセイバーと楽しく話していれば束の間のことだ。

 

「ついに私たちの番ですね!」

 

「ああ。結構高いな・・・」

 

これは確かに怖がる人もいるなと、士郎は下を覗きこむ。

 

「お二人様ですね?」

 

その言葉に返事をし、係員の人からドーナッツが二つくっついたような浮き輪を預かる。

 

「スタートまでは後ろで抑えてますのでゆっくり乗ってくださいねー」

 

「シロウ。ここは先陣を切らせてください!」

 

「ああ。いいぞ」

 

ということでセイバーが前、士郎は後ろに乗る。

 

「では!行ってらっしゃいませー!」

 

それまで浮き輪をつかんでいた手が離される。

 

「お、お、おおおおおおおお!」

 

「うおおおおお!」

 

中々早い初速でパイプの中を勢いよく滑り、所々で軽くジャンプしたり。パイプの天井部分が無くなり、景色が見えたと思ったらまたパイプの中へ。ぐわりぐわりと激しい揺れに揺られてラストスパート。

 

「シロウ!出口です!」

 

セイバーの声が聞こえたと思ったら、ざっぱん!とプールに放り出される。

 

「ぷはぁ!」

 

「素晴らしい!長い列を待ったかいがありましたね!シロウ!」

 

「ああ!こりゃ人気も出るな!」

 

勢いのあるスライダーは中々高得点だった。

 

「もう一度・・・いや、列が・・・」

 

なんてブツブツ言いながら、もう一度並ぼうか悩んでいるセイバーの姿にクスリと笑い、

 

「セイバー。スライダーはほかにもあるぞ?一通り制覇してみたらいいんじゃないか?」

 

「なるほど。その通りですね!次はどの川下りにしましょうか・・・」

 

浮き輪を返してパンフレットとにらめっこするセイバーを見て、

 

(連れてきてよかったな)

 

士郎も自然と笑顔になるのだった。

 

 

 

 

 

しばらく、様々なスライダーを回り、士郎とセイバーはいったん休憩にすることにした。

 

「はぁ。結構疲れたな」

 

「そうですね。こんなにも様々な川下りがあるとは思いませんでした」

 

施設の天井ギリギリまで使われているここの様々なスライダーは見事セイバーのハートを射止めたようだ。

 

「スライダーはほぼ行ったから波のあるプールでも・・・」

 

買ってきたトロピカルジュースを飲みながら士郎がそう言った時、

 

『レディース&ジェントルメェン!!ご来場の皆さん今日もありがとうございます!!!』

 

「?」

 

「何か始まるのでしょうか?」

 

突然の放送に士郎とセイバーだけでなく、休憩していた様々なお客が放送に耳を傾けていた。

 

『本日は、当店最高入客数を記念しましてこのような催しをさせていただく形になりました!!』

 

その言葉と同時にザパン!と大きな水上ステージが浮き上がった。

 

『カップル二人一組にて登録可能!水上の戦場で勝利を競う、ウォーターバトルロイヤルです!』

 

「「「「おお~」」」

 

圧巻の水上ステージに歓声が上がる。

 

『ルールは簡単!カップルは手をつなぎ、空いた手には水鉄砲を装備してもらいます!参加者をプールに落とし、勝ち残ったカップルにこちらを贈呈!』

 

ババン!とモニターに移されたのは、高級洋菓子店、ミシェルの季節の洋菓子贈呈券の文字が。

 

「シ、シロウ!ミシェルというのはあの雑誌にあった人気の菓子の店ですか!?」

 

「多分そのミシェルだろうな。何気にすごくないか?販売開始2時間でほとんどの菓子が売り切れるって噂のお菓子屋さんだったはずだぞ・・・」

 

かく言う士郎も実際に行ったことはなく、商店街のはずれから長い行列があるのを見ただけである。

 

『受け付けを開始します!出場は必ず男女一組のカップルでの出場です!さあ高級洋菓子店ミシェルのお菓子を手に入れるのは誰なのか!奮ってご参加ください!』

 

今から受け付けを開始し、戦場となるステージは、しばらく水上アスレチック扱いで遊べるようだ。

 

「参加してみようか?」

 

うずうずとしているセイバーに言ってみると、

 

「はい!騎士たるもの、いかなる戦場であろうと勝利を掴んで見せます!!」

 

セイバーの目にはすでに火が灯っており、やる気十分のようだ。

 

「じゃあ登録しに行こうか」

 

セイバーを楽しませるにはいいイベントが開催されるなと、士郎も内心ワクワクしていた。

 

「水上バトルロイヤル受け付けはこちらでーす」

 

「押さないでくださーい!」

 

「どうやら盛況らしいな」

 

「ええ。どのカップルも闘志に燃えているようです」

 

それほど、高級洋菓子店ミシェルの菓子・・・(特にケーキ)は人気なのだろう。

 

「次の方、どうぞ」

 

「お、俺たちの順番みたいだぞ」

 

登録を済ませ、士郎とセイバーは戦場となる水上アスレチックに来てみた。

 

「水上だけあってとても不安定ですね」

 

「ああ。それに滑りやすい。こりゃあかなり苦戦を強いられそうだな」

 

他の出場者も戦場視察に来ているようだがその顔は一様に厳しいものだ。

 

(セイバーは滑る陸地での戦闘の心得はあるのかな)

 

水上を走ることのできるセイバーだがあえて、滑る戦場というのは経験がないように思えるが・・・

 

(まぁ大丈夫か。セイバーを信じよう)

 

セイバーほどの強者ならきっと大丈夫だと信じることにした。

 

そしてイベント開催と相成ったわけだが、

 

「せい!てや!」

 

「うわああ!?」

 

「きゃああ!?」

 

手をつないでいなければならない上、もう片方の手には水鉄砲を装備しているので直接押したりはできないのだが、セイバーは華麗な足さばきでライバルをプールに落としている。

 

「これはいいものですね!シロウ!鍛錬にもなりますし戦いがいがあります!」

 

「そう言われると俺も張り切らないとな!」

 

無謀にもこちらに走ってきたカップルの足元に水鉄砲を向ける。着弾した水で滑りやすくなり、カップルはそのまま滑って落ちてしまった。

 

「やりますね!ではこちらも!」

 

セイバーは士郎の的確で堅実な戦いに一層闘志を燃やし、素早い動きで挑戦者達をプールに落としていくが、

 

「これは信頼されてるというべきなのか・・・」

 

割と頻繁にセイバーのパワーで宙に浮かされる士郎は着地に非常に気を使っていた

 

「そこ!」

 

「うおおおお・・・」

 

ブンブンとこん棒か何かのように振り回される自分。もはや戦闘のことなど考える暇もない。

 

ついには、

 

「行きますよ!シロウ!」

 

「え?」

 

遠心力がついたなと思ったら敵対するカップルにムチか何かのようにぶつけられた。

 

「あ痛!?」

 

「うおおおお!?」

 

「そんなのありぃいい!?」

 

ドボーン!とカップルがまたプールに落ちた。

 

「つつ・・・セイバー、さすがに俺をぶつけるのは――――」

 

「むむ。シロウ。最後の相手のようです」

 

へ?と見上げてみると、

 

「お前さんらがダークホースだな」

 

「あんなに華奢な体で彼をブンブン振り回すんだもの。人は見かけにはよらないのね」

 

マッスルなカップルがいた。ミチミチと聞こえてきそうな上腕二頭筋に、シックスパックに割れた腹筋。

 

どうにも出場する場所を間違えている気がするが、彼らもオフなのだろうと考えを改め頭を振った。

 

「貴方方も、優勝狙いですか」

 

「ああ。ちょうど減量期間も終わったんでよう。噂の菓子、気になるじゃねぇか」

 

「そうよー。たまには甘いものも食べたいわ。減量から解放されたら余計にね!」

 

フンス!と闘志を燃やすマッスルカップルに士郎も油断なく構える。

 

「いいでしょう。他の挑戦者も粗方片付きましたし、決戦と行きましょう」

 

セイバーも完全に乗り気で士郎としてはいささか頭が痛い。

 

が、セイバーの口はすでに高級スイーツの形になってしまっているのだろうし、何より勝負とくればセイバーは決して引かないだろう。

 

「本気出すか」

 

「ええ。私も少々抑え気味でしたが彼らとなら多少解放してもいいでしょう」

 

「・・・。」

 

抑え気味だったのはいいとして、もう少し自分を大事にしてほしいと思う士郎であった。

 

「さあ!いくぜ!(わよ!)」

 

「迎え撃ちますよ!シロウ!」

 

「ああ!俺たちのチームワーク、見せてやろうぜ!」

 

ドンドン!と水上アスレチックを踏みしめてやってくるマッスルカップル。

 

「シロウ!」

 

「任せろ!」

 

トン、と地を蹴り、男性の背後に。

 

「はああ!」

 

ドン、と男性を踏み台として押し出す。

 

「こんなもんじゃ――――」

 

「私もいることをお忘れなく!」

 

士郎を軸に同じく地を蹴っていたセイバーも彼の背にトンと乗り、踏み台にする。

 

「うお、うおおおおお!」

 

制限を一定解除したセイバーの圧力はすさまじく、流石のマッスルボーイも態勢を崩しかけた。

 

だがそこで、

 

「こらこら!早々にリタイアする気!?」

 

ぎゅん!と力技で引っ張り上げられる。マッスルボーイは体勢を立て直し、逆に彼の背に乗る形になっていた士郎とセイバーは体勢を崩す。

 

「セイバー!」

 

「はい!」

 

今度はセイバーが跳躍。それにつられる形で士郎も飛び上がる。

 

「あぶねぇあぶねぇ・・・助かったぜ」

 

「油断大敵。見なよあの二人。ピンピンしてる」

 

二人が見る先には無事着地したセイバーと士郎。

 

先ほどの一撃必殺体捌きに態勢を崩されてもすぐ対応する。

 

互いに強者だと再認識し構える。

 

「いくぜ。ケーキは俺らのもんだ!」

 

「その意気だよ!」

 

そうしてマッスルカップルは士郎とセイバーに持ち前の鍛え上げた体で挑む。対する士郎達は・・・

 

「なかなかの膂力だ。ちょっとやそっとじゃ落ちてくれないぞ」

 

「ええ。正しく体を鍛えている者のようです。ならば・・・」

 

またも不安定な地面を蹴ろうとしているセイバーに、士郎も動きを合わせる。

 

果たしてミシェルの購入権を獲得したのは・・・

 

 

 

 

 

 

「ぬぬぬ・・・俺らのマッスルボディでも駄目だったか・・・」

 

「いい線行ってたんだけどねぇ・・・」

 

マッスルカップルは二位の表彰台に上がっていた。

 

「やったな!セイバー!」

 

「ええ、ええ!勝利を掴みました!」

 

授与された高級スイーツ店ミシェルの優先購買プレートを持ってはしゃぐ士郎とセイバー。

 

あの後激しい戦闘の末、優勝を勝ち取った二人はこの特設表彰台に、一位の栄冠を手にして立っていた。

 

『それではインタビューと行きましょう!』

 

三位のカップルから順番にインタビューに答え、ついに士郎とセイバーに。

 

『最後に、見事優勝を勝ち取った若い二人組に聞きたいと思います!イベントはどうでしたか?』

 

顔を見合わせ照れた様子でセイバーは、

 

「彼が・・・シロウがいなければ勝ち取れなかった。そう、思います」

 

「俺も彼女でなければここに立ってはいなかったと思います」

 

『かーっ!なんともお熱いカップルのようです!それでは以上、特設イベントでした!引き続きお客様におかれましてはプールを楽しんでいただきますようお願いします!危険な行為はだめダゾ☆』

 

パチパチと拍手の鳴る中、士郎とセイバーを含めたカップルは降壇し、通常の静けさが戻ってきた。

 

「チケットも手に入れたし、セイバーはどうする?」

 

「シロウが迷惑でなければ、もう少し遊んでいきたいです・・・」

 

顔を赤くしながらセイバーは言った。

 

「せっかくの遊び倒し券だしな。俺ももう少しセイバーと居たい」

 

「はい。では早速・・・」

 

また水上スライダーらしき場所に行こうとした二人。しかしそこに声をかける人の姿があった。

 

「よう。さっきはお疲れさん!」

 

「お邪魔してごめんなさいね」

 

「貴方方は・・・」

 

最後に競ったマッスルカップルだった。

 

「先ほどは失礼しました」

 

「いやいやいいってことよ。遊びだったわけだしな。それよりお前さんら強いなー。そこのボーイはともかくそっちの彼女なんて華奢な体してるのによう!」

 

「普段から鍛錬はしていますから。そういえば貴方方は・・・」

 

「ああ、名乗るのが遅れたね。彼はケビン。そして私はマーレだよ。この通り二人でボディビルやってるんだけど、ちょっとした話を聞いてね。日本に来日したのさ」

 

「ケビンさんとマーレさんか。俺は衛宮士郎、こっちはセイバーです。ボディビルを初めて長いんですか?」

 

「結構な。これでも有名な大会で優勝してるんだぜ?」

 

むん!とマッスルポーズをするケビン。

 

「ぼでぃびる・・・何かのスポーツのようですが・・・すみません私はそういうのに疎くて・・・」

 

「おや。そうなのかい?ボディビルってのは・・・まぁ、いかに美しい筋肉のついた身体を作れるか、ってことさ。詳しくは彼にでも聞いてみて。ハマると追及したくなっちゃうから!」

 

「はい。帰ったらシロウに聞いてみます。そういえば、お二人はどこの出身なのですか?」

 

来日した、という単語に疑問を覚えてセイバーが聞いてみると、

 

「自由の国、アメリカだぜ!」

 

「ほうほう・・・では大陸を渡ってきたということですか・・・」

 

「そうそう。それでね、トレーニングしてる時に面白い話を聞いたのよ」

 

「面白い話?」

 

首をかしげるセイバーだが、

 

(あー・・・なんとなく読めたぞ・・・)

 

士郎は苦笑を禁じえなかった。

 

「なんでも、スパルタの英雄レオ・・・レオ・・・」

 

「レオニダス、でしょ?」

 

「そう!そんなビックネームの人が鍛える肉体てのがすごいらしくてな?興味があって来日したんだ」

 

「このカワカミっていう場所にいるらしいんだけど・・・お二人さん知らない?」

 

やっぱりか。というか海越えたのか・・・

 

と士郎が何とも言えない顔をしていると、

 

「レオニダス王ですか。それなら家にいますが・・・」

 

「「What!?」」

 

何気なく答えたセイバーにケビンとマーレは驚き、

 

「もしかしなくても家主!?」

 

「ぜひ!ぜひ会わせてくれ!」

 

「お、落ち着いてください!」

 

過剰反応した二人を落ち着かせ、連絡先を交換することにした。

 

「君たち二人に会えてよかったよ!」

 

「連絡まってるからね!」

 

「あはは・・・はい」

 

バシバシと肩をたたかれマッスルカップルことケビンとマーレが去っていき、はあ、とため息をつく士郎。

 

「シロウ、すみません。あんなに迫られるとは思いもよらず・・・」

 

「セイバーが悪いわけじゃないさ。しかしそうかー海越えちゃったかー」

 

わかっていたことではあるがもう噂が広がってるのかーと頭を抱える士郎。

 

「・・・まーた凛に魔術の秘匿がーとかいわれるんだろうなー・・・」

 

「あはは・・・そればかりは仕方のないことかと。本来はリンが正しいのですよ?シロウ」

 

深~い溜息をついて頬をパンと叩き、

 

「まぁなるようになれだ。行こうぜセイバー。またスライダー行くつもりだったんだろう?」

 

「は、はい。次はあちらの・・・」

 

そうして日が暮れるまでプールを堪能した二人は後日、

 

「これ、購入優待券です」

 

噂のミシェルでスイーツを買い、

 

「美味い!」

 

「ええ!美味しいです!シロウ!」

 

これは並ぶ人もいるわけだと納得の美味さに舌鼓を打ち、

 

「なになに?」

 

「スイーツじゃないか!」

 

「凛、天衣。みんなも食べるか? 食べるだろうなと思ってホールケーキを・・・」

 

「「「食べる!!!」」」

 

家にいた者たちが一斉に皿をとった。

 

「どれにしようかしら・・・」

 

「この人数だ食べられるのは一種類のみだな」

 

「私はこっちのイチゴの・・・」

 

「天衣さん、私のと少し交換しません?」

 

「あ! ずるい! 姉さん、私も・・・」

 

一気に姦しくなった居間に、士郎とセイバーはお互いの顔を見つめてクスクスと笑った。

 

「また行こうな、セイバー」

 

「はい。是非とも」

 

輝かしいセイバーの笑顔に士郎も笑顔を浮かべて、次の機会を楽しみにするのだった。

 

 

 




なんとか、何とか書けました。せっかく復調してきたというのに外出先で何やら喉に異常を感じまた臥せっています。

たくさんお休みをいただいてしまい、申し訳ありません。しかし、たとえノロノロ更新でも、最終回とか終わりにします、など言わない限り続けていきますのでどうぞよろしくお願いします!


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夏祭り

みなさんこんばんにちわ。相変わらず投稿の遅い作者です。

今回は前回のフレッシュさとは違い落ち着いた雰囲気が出せればいいなと思っています。


それでは!


「ねぇ衛宮君。衛宮君は夏祭り行くの?」

 

「夏祭り?」

 

唐突に千花から振られた話題に、士郎はすぐには返事を返せなかった。

 

「夏祭りか・・・みんなは当然行くんだよな?」

 

「はい!浴衣を着て~夏を満喫するのです!」

 

「そんで、ヨンパチは誘蛾灯のごとく浴衣女子に吸い寄せられて写真撮るんだろ?」

 

「あったりまえじゃねぇか!夜の花って感じで・・・!」

 

「猿がまたなんか言ってますけどー」

 

相変わらずのやり取りに士郎は苦笑を浮かべた。

 

「いつやるんだ?」

 

「今週の金曜日。お嫁さん達と一緒にどう?」

 

「うーん・・・確かに良さげ、かも。ここのところ仕事に掛かり切りだったからなぁ」

 

うれしいことに、剣と包丁の依頼がドサッと入ったところで、士郎はここ数日てんやわんやだったのだ。

 

「ちょうど休憩も必要だろうと思ってたし、行こうかな」

 

悩んだ末、行くことに決めた。これもいい機会だろう。

 

3-Sに赴き、義経やマルギッテ達に夏祭りのことを伝える。

 

「夏祭り!?うん!義経も行きたい!」

 

「夏祭り・・・ですか。お嬢様も行くのでしょうか?」

 

「夏祭り・・・ねぇ」

 

「みんなどうだ?行かないか?」

 

「義経は行く!士郎と行きたい!」

 

「マルギッテはどうだ?多分クリスも来ると思うけど」

 

「お嬢様次第ですが・・・問題なければ私も同行しましょう」

 

「あたいはパス。英雄様の護衛が・・・」

 

「その日は別の者に頼もう。羽を伸ばしてくるがいいぞ、あずみ」

 

「英雄様!?」

 

当然だとでもいうように言う英雄にあずみは思わず振り向く。

 

「よろしいんですか・・・?」

 

「うむ。これも兄上の妻として必要なことではないか。我に遠慮などせず行ってくるがいい!」

 

「ありがとうございます、英雄様!」

 

「英雄、俺からもありがとう。あずみの予定は心配だったんだ」

 

士郎からも礼を言う。社会人として活動しているあずみには一筋の不安があったのだ。

 

「なに、これも福利厚生の一部よ!帰ってきたらまた頼むぞ?あずみ」

 

「かしこまりました、英雄様」

 

「これでS組は大体かな・・・あ、そういえば心がいないな。心はいないのか?」

 

あたりを見回し姿が見えないことに気づく士郎。

 

「不死川なら休みだぜ」

 

「え?」

 

「なんでも家庭の用事と言ってましたね」

 

「家庭の用事・・・あ」

 

そういえば心の家で作ったブランド菓子の発売が今日だった気がする。

 

「後で心にも連絡しとこう」

 

今は忙しいだろうから夜にでも、と考えて士郎はS組を後にする。

 

 

 

 

 

放課後。仕事が溜まっているので依頼は受けず、普通に帰宅した士郎。

 

「ただいまー」

 

「おかえり」

 

「おかえりー!」

 

史文恭と天衣が出迎えてくれた。

 

「あれ?凛達は?」

 

「桜は弓道部。凜は買い物に出かけたし、セイバーはまた決闘だろうよ」

 

と史文恭が教えてくれた。

 

「清楚は文学を頑張っているし、バゼットも「呼びましたか?」うわぁ!?」

 

背後に立っていたバゼットに士郎は仰天した。

 

「帰ってきたんだな・・・」

 

「そうですが・・・士郎君、気が緩みましたね?この程度の接近に貴方が気づかないわけがない」

 

「うう・・・面目ない」

 

お小言をもらって小さくなる士郎。

 

「まぁこの辺りは平和ですしいいでしょう。それで、私に何か用ですか?」

 

「ああ、今度の金曜、夏祭りがあるらしいんだ。一緒にどうかと思って・・・」

 

士郎の言葉に、ふむ、と考え、

 

「申し訳ない。今回私は一緒には行けそうもない」

 

断られてしまった。

 

「大学、忙しいのか?」

 

「いえ、今回は出店する側なので。依頼の一つですね」

 

「へぇ、珍しい依頼もあるもんだな・・・何を売るんだ?」

 

「ビールとイカ焼きです。なんでも、依頼主の家が酒造らしく・・・」

 

と、これまた珍しいことにも出会い、士郎は嫁たちに連絡するのであった。

 

「それじゃ」

 

「「「いただきます」」」

 

「もぐもぐ・・・金曜日夏祭りなんだってね」

 

清楚がおかずをもぐもぐとしながら言った。

 

「ああ。みんなとも一緒に行けたらと思うんだが・・・」

 

「私は問題ありませんよ、シロウ」

 

「先輩、私も・・・」

 

「まぁ軒並みOKでしょうよ」

 

セイバーはキリッと返事をし桜はやや控えめに、凛は堂々と答えた。

 

「翔一達も来るのでしょうか?」

 

「みんなくるってさ。百代が依頼中なのがちと懸念点だけどな」

 

百代はまたもや護衛依頼らしく海を渡っている。

 

「武神を護衛につけるなんて、どんな荒事を警戒しているのかしら」

 

「一応裏の人間とは接触しないようにしてるらしいけどな」

 

川神院というバックがあれば面倒ごとにも巻き込まれないだろうが、一応注意しているらしい。

 

「シロウの仕事のほうはどうですか?」

 

「なんとか落ち着きそうだよ。やっぱり蔵のものを放出したせいか、刀剣類が多いな」

 

衛宮邸改修の資金稼ぎとして死蔵していた蔵のものを放出し、それを聞きつけた剣術家が買い求め、それに間に合わなかった人たちが注文に振り切ったという形だった。

 

「包丁のほうも順調なんでしょ?」

 

「そっちはまずまずだな。なまじ刀剣類を初めに売り出したこともあって、こっちの知名度はまだまだだな」

 

「リンの買ってきた雑誌に士郎の打った包丁の特集が掲載していましたよ」

 

「本当か?いやーうれしいな」

 

どうにも、有名な板前さんの仕事道具の一つとして活躍している記事が出たようだ。

 

「夏祭りか。どんな感じなんだろうな」

 

林冲が首をかしげながら言った。

 

「屋台が立ち並んでイベント事とかもあるそうだぞ」

 

「イベントかぁ・・・この前の士郎とセイバーが買ってきたお菓子の優待券みたいなのがいいわね」

 

「あの後個人的に買いに行ったんだろう?」

 

「ええ。でもさっぱりだったわ。流石、二時間で売り切れるって噂は伊達じゃなかったわね」

 

「もう一度くらい食べたかったんですけどね」

 

凛と桜は一緒に買いに行ったようだが、並んでる途中であえなく閉店という事態に見舞われたようだ。

 

「あれは美味しかったですね。もう一度食してみたいものです」

 

セイバーもケーキの味を思い出しているのかコクコクと頷いている。

 

「菓子もいいが今回はバゼットが酒の売り子をやるのだろう?」

 

「そうだったそうだった!売るのはビールだけなの?」

 

「ええ。他にイカ焼きもありますが・・・依頼主が酒造ということで酒がメインですね」

 

「そういえばバゼットは年齢的にも酒はOKなのだろう?おまえ自身、どのくらい飲めるのだ?」

 

と、史文恭に問われたバゼットは、

 

「酒など、感覚を乱す飲み物にすぎない。なので私は飲みません」

 

きっぱりと断言するバゼット。

 

「そんなバゼットさんがなんでお酒の売り子に?」

 

清楚の言葉に、痛いところを突かれたという風に一瞬ピタリと止まるバゼット。

 

「・・・その、川神大にも決闘をよしとする気風があります」

 

後ろめたいことを話すようにバゼットは切り出した。

 

「そんな噂は聞いてるな。清楚の文化大でもそうなんだろ?」

 

「うん。私も何度か決闘してるよ」

 

清楚の言葉に、相手方の心配をした士郎だがブンブンと頭を振って考えないことにして、続きを促した。

 

「登校初日から絡んでくる馬鹿を懲らしめたところ何やらボスのように扱われてしまって・・・」

 

「あっはっはっは!!それで?」

 

凜が子分を引き連れるバゼットを想像したのだろう、大きく笑った。

 

「む・・・何やら納得のいかない笑い声ですが・・・ともかく、子分のような存在が決闘を繰り返すごとに増えてしまって・・・あまりに慕ってくるので、私も邪険にはできず・・・」

 

その中に酒造の子がいて・・・ということらしい。

 

「いいことだと思うけど、バゼットにしては珍しいじゃないか」

 

「そうね。あんまりずるずるしないタイプだと思ってたけど」

 

「バゼットさんあんまりそういうのしないタイプですからね」

 

士郎や凛、桜も不思議そうにしていたが事実らしく、バゼットもこの川神で順調に影響を受けているようだった。

 

「あ、そうでした。この前の甘味ほどではありませんが、ビール一杯無料券がありますので、後ほど配ります」

 

「俺たちはまだ飲めないけど・・・史文恭と天衣にはよさそうだな」

 

当日は、あずみやマルギッテも来ることだしそちらに配るのもいいのかもしれない。

 

「楽しみだな」

 

士郎はそう呟いて残りのご飯を食べるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夏祭りの話が出て数日。いよいよ今日は金曜日。今日は鍛造を早めに終わらせた士郎は、予定地に出向こうとしていた。

 

「おーい、そろそろ行くぞー」

 

そう士郎が声をかけるとパタパタと浴衣姿のみんながやってきた。

 

「みんな似合ってるよ。綺麗だ」

 

「し、士郎・・・」

 

きゅむっと恥ずかしそうに士郎の袖をつかむ林冲。

 

今日は揚羽が融通してくれた、みんなの浴衣の初披露でもあるのだ。

 

「揚羽には感謝ですね。こんな艶やかな装いを貸してもらって」

 

「懐かしいですね・・・前は藤村先生が貸してくれましたっけ」

 

「あれでも藤村組の三代目だからな・・・いろいろ無茶もしてくれたよ」

 

今は懐かし冬木の虎を思い出しほろりとする士郎達。

 

「遅くなった」

 

「ごめんねぇ!それでどう!?」

 

「うう・・・私なんかに似合うかな・・・」

 

史文恭と清楚、天衣も浴衣姿でやってきて一層華やかになった。

 

「うん。みんな綺麗だよ」

 

それぞれのイメージに合った浴衣姿に士郎は自然と答える。

 

「さぁ行こう」

 

「おー!」

 

「うふふ。先輩」

 

「あー!抜け駆け!」

 

「今更そんなことでワタワタすまいよ。なぁ、天衣」

 

「・・・。」

 

天衣は林冲と桜に腕を抱かれた士郎を羨ましそうに見ていた。

 

「なんだ。お前もか?」

 

「な、ななななな!?」

 

先ほどの顔を隠すようにバタバタとする天衣。

 

「あっはっはっは!うちの旦那は罪作りだな」

 

そんな天衣に笑って史文恭はきょろきょろとあたりを見渡す。

 

「そろそろ出店があってもいいころ合いだが・・・」

 

「よう」

 

「あずみ」

 

ひょこっと通路から出てきたあずみに士郎は、

 

「あずみも今日は浴衣なんだな。綺麗だよ」

 

「・・・ッ」

 

恥ずかしそうに身悶えしながら、

 

「行くぞ!」

 

「ああ!?あずみさん!」

 

「独り占めはずるい!」

 

彼女が強引に引っ張っていったため、振りほどかれた林冲と桜は文句を言いながら追いかける。

 

「私たちも行こう?」

 

「うむ。・・・天衣、何を悶絶しているのだ。いくぞ」

 

「だって・・・!でも・・・」

 

「天衣。シロウならばいつでも貴女を受け入れてくれますよ」

 

などなど、姦しくも夏祭りが行われている所へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

「ついたな」

 

「わあ!」

 

やんややんやという喧噪と、屋台の明かりで照らされた通りを見て一様に驚く。

 

「なかなかの規模ではないか」

 

「そうだな。キャップ達はと・・・」

 

士郎があたりを見回すと、

 

「あ!」

 

ピコン!と耳としっぽが反応するように、

 

「士郎~!」

 

一子がやってきた。

 

「ほら、パスだ」

 

「おっとっと・・・一子も浴衣か可愛いぞ」

 

「えへへ~」

 

撫で繰り回されて幸せそうに一子もくしくしと頭を擦り付ける。

 

「お、来たなー?」

 

「し、士郎先輩!」

 

「いけーまゆっちー!お前の色気でシロ坊のダウン取って行けー!」

 

「またこの駄馬は・・・あなた、私も忘れちゃいやですよ?」

 

だ・・・ッ!?と驚いている由紀江を置いて、風間ファミリーのみんなは思い思いに挨拶してくれる。

 

「やっと来たな」

 

「嫁さん山ほど抱えて・・・うらやましいぜ」

 

「あ、今の南さんに・・・」

 

「うおお!?言葉のあやだ!勘弁してくれや!」

 

「・・・しょーもない」

 

「どうだ!士郎!マルさんの浴衣は!」

 

「お、お嬢様・・・」

 

「ああ、よく似合ってるさ」

 

「・・・。」

 

「そういえばこんな時一番はしゃぎそうなキャップは・・・」

 

「ああ、見ての通りもう堪能してるよ」

 

モロに促されて屋台群を見ると。

 

「またゲットだぜ!」

 

「おうおうこのガキャー!うちの景品全部持ってく気か!?」

 

「お前は出禁だ!一発で一等当てる奴があるかこん畜生!」

 

「うわー・・・」

 

もはや豪運の独壇場である。

 

「あのままだと風間君、全部出禁にならない・・・?」

 

「ま、まぁ食べ物系はちゃんとお金払ってるし問題ないんじゃないか・・・?」

 

なんとも言えないところである。

 

「士郎、あっちの屋台の焼き鳥がおいしそうだったんだ。いっしょに・・・・いかないか・・・?」

 

と林冲は最近覚えた上目遣いを行使した。

 

「ああ、いいぞ。まずはそこから行こうか」

 

「・・・。」

 

ところが士郎には全く効かなかった。

 

「・・・マジ?今のスルーなの?」

 

「士郎のことだから背丈の差があるからとか思ってんだろ」

 

「ほんとに鈍いよね」

 

不発した林冲が陰ながら悶えているのを見てガクト達はひそひそと話していた。

 

そんな折、

 

「おい。串焼きもいいがまずは喉を潤したい。バゼットの店に行くぞ」

 

「もぐ・・・それもそうだな。こっちだぜ」

 

あずみは祭りの内容や屋台の位置まで頭に入っているようで先導してくれた。

 

そんな中にもかかわらず、

 

「は?この最難関の龍を最速クリア?長いこと型抜き屋やってるけどお嬢ちゃんには脱帽だぜ・・・」

 

とか、

 

「マルさん!射的にもコツとかあるのかなぁ?」

 

「はい。手振れは最低限に景品の重心を考えて・・・」

 

とか、

 

「わあ、わたあめ!」

 

「美味しいですね!」

 

とか。移動しながら出店に寄って行く。

 

衛宮家+風間ファミリーなので実に姦しく忙しなかったが、

 

「「「!」」」

 

凛や桜、セイバーは幸せそうに笑う士郎を見て感慨深くなった。

 

(ああ、シロウ。貴方はそういう風に笑うのですね)

 

(この子達にも感謝かな)

 

(先輩、よかったですね・・・)

 

各々感動を胸に士郎の姿を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

そうこうしているうちにバゼットの店へとやってきた。

 

「イカ焼きにビール!この最高の組み合わせいらんかねー!」

 

「今日のビールは一味違うぜ!」

 

「・・・失礼だ。本当に失礼だけど・・・」

 

バゼットのイカ焼き屋はなぜチンピラっぽそうなメンバーで固まっているのか。

 

「一杯無料券というのをもらったのだが。バゼットはいるか?」

 

そこにチンピラも裸足で逃げ出す武術指南の女性。

 

なんだか無駄に戦闘が起きそうである。

 

(まぁ、よく躾けられてるみたいだから大丈夫だろ)

 

「あねさんいい飲みっぷりだねぇ!」

 

「そっちの小柄なお嬢さんも負けてないぜ!」

 

「そらあたいは飲みなれてるからな。史文恭もいける口だろ?」

 

「ふむ。この程度造作もないが・・・毒の効かぬお前には流石に勝てんな」

 

ニヒルに笑う二人だが、

 

「あー!?史文恭さんお酒ダメって言ったのに!」

 

桜が大反応してやめるように叫ぶ。

 

「一、二杯はよかろう?祭りを肴に飲まずにはいられまい」

 

「それはそうですけど~・・・」

 

「そういえばお腹の子は順調ですか?」

 

大和が少し心配げに言った。

 

「うむ。まだ腹は膨らんでこないがな。順調だ」

 

「史文恭さんもだけど揚羽さんもだっけ」

 

「どんな子供が生まれるんだろうね」

 

「史文恭さんに似て強いのかな?」

 

「士郎の血も入るんだろ?多分めちゃくちゃ強いぜ」

 

「こらこら。これから生まれてくる子供にプレッシャーをかけるんじゃあないよ」

 

それもそうだなぁ・・・とどこか納得する一同。

 

「みなさんはバゼットさんと戦ったんですか?」

 

清楚が無邪気に問う。するとあちらは、

 

「姐御にゃあそれこそお世話になりやした!」

 

「こんくれぇじゃ恩返しにもならねぇが姐御が困ってるならすぐ参上だぜ!」

 

「ふふ。だって、バゼットさん?」

 

「余計な口は叩かんでよろしい。それより!ビールとイカ焼きの売り上げはどうなのですか!」

 

喝をいれるバゼットにチンピラ店員はわたわたと動き出す。

 

「まったく・・・そういえば、この夏祭りでもイベントを行うようですよ」

 

「え?本当か?」

 

「ええ。大射的大会というものだそうです。今は設営準備に駆られています。よければそちらも行ってみてはいかがでしょう?」

 

「射的大会か・・・でもなぁ・・・」

 

既にいくつかの屋台を荒らしてしまっているしここでさらにというのも・・・

 

「だぁ!やっと解放されたー!」

 

「百代」

 

ギュン!と空間を捻じ曲げ現れたのは百代だ。

 

「仕事終わったのか?」

 

「ああ。今回はアメリカまでの護衛だったからなぁ・・・長かったぁ」

 

へにょりと士郎にしなだれかかる百代。その背をポンポンと叩いて、おかえり、と労ってやる。

 

「あー!モモちゃん発見!旦那様になにしてるのさー!」

 

カランコロンと下駄を鳴らして現れたのは燕だ。

 

「やっと見つけたと思ったら!独り占めしないでよう!」

 

「なんだなんだぁ?嫉妬かぁ?燕には悪いけど私は仕事明けで愛でてもらっているのだ!」

 

バチバチと視線がぶつかるが、

 

「士郎」

 

「あずみ?」

 

すっと接近したあずみが教えてくれた。

 

「向こうで風間の野郎が喧嘩に巻き込まれてやがる。どうする?」

 

「キャップ・・・」

 

頭が痛い。

 

「どうせ屋台を荒らしまわったからだろう?」

 

「ああ。自業自得だな」

 

やれやれと頭を振り、

 

「みんな!ちょっとキャップのほうに行ってくる!」

 

おーうと返事をもらって士郎とついでに百代と燕、あずみは一層の喧噪中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

着いてみると憤った男性がキャップに襲い掛かっている所だった。

 

「キャップ!」

 

「んぁ?士郎!こいつ何とかしてくれ!」

 

ひょいひょいと攻撃を避けながら、たまに自慢の脚力で蹴り飛ばしている。

 

だが、相手は未熟なれど頑健らしくキャップの攻撃を物ともせず襲い掛かっている。

 

「はぁ・・・一応聞くけど、金は払ったんだな?」

 

「あったり前よ!襲い掛かられるいわれはないぜ!」

 

逃げながらも普通に話すキャップに比べ、屋台の店主らしき人物は怒りで我を忘れているようである。

 

「仕方ない」

 

ヒュッという神速の踏み込み。そしてストンと手刀を落とし、鎮圧する。頑健なはずの店主はそれだけで意識を失った。

 

離れてみていた野次馬からおー!という声が上がる。

 

「やれやれ・・・一体何をしたんだ??キャップ」

 

「そこのくじ屋で一等から十等まで全部引いてやったぜ!」

 

「商売あがったりじゃないか・・・」

 

さもありなんと頭を振った。

 

「おい、店主は無事か?」

 

「ああ。この通り――――」

 

そこではたと気づいた。

 

「この缶バッヂ・・・」

 

店主が景品の飾りとしてだろう、身に着けている缶バッヂからただならぬ気配を感じた。

 

「あん?その缶バッヂがなんだっていうんだ?まさかほしいとか言わねぇよな?」

 

店主を縛り上げていたあずみが茶化してくる。

 

「まさか。むしろ手元に置きたくない類のものだな」

 

士郎はそういって、清らかな気配のする剣を投影して缶バッヂを切り捨ててしまった。

 

「なにもそこまで・・・」

 

「あれには呪いがかかっていた」

 

クイっと切った缶バッヂを見るように促すと、

 

「!」

 

青白く燃えていた。

 

「これは・・・」

 

「不浄を清める効果を持った剣だ。呪いが燃えている」

 

「・・・。」

 

パチパチと青白く燃えていたそれが事実を物語っていた。

 

「こいつが暴動騒ぎを起こしたのは・・・」

 

「ただ品物を持っていかれたからじゃないな。みるに、収集を促す呪いみたいだから、手放したくないという衝動が強化されたのも関係あるんだろう」

 

「なんだってそんなもの・・・」

 

「そこまではわからない。たまたま持っていてこの機会に身に着けた、というのが有力そうだ」

 

フッ・・・と手にした剣を風景に溶かし士郎は切ったそれをゴミ箱にいれた。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「ああ。呪いはもう浄化したからな。これで正気に戻るだろう」

 

なんとも物騒なものを見てしまったと溜息を吐く。

 

「せっかくの縁日なのに、ろくでもないものを見てしまった・・・」

 

「まぁいいじゃねえか。呪いは浄化されたんだろ?」

 

「そうだけど・・・」

 

(あずみにはああ言ったけど、あんな強い呪いの品を一般人が手にするだろうか?)

 

なにかキナ臭いものを感じる士郎だが、

 

「今考えても仕方ないか」

 

そう結論付ける士郎だった。

 

「そちらはどうでしたか?」

 

バゼットの屋台に戻ってくるとバゼットが聞いてきた。

 

「問題なくおさめられたんだけど・・・」

 

士郎は呪いの缶バッヂについて話した。

 

「ふむ。ここ川神は闘気にあふれる街だ。そんなものもぐりこめるとも思いませんが」

 

「少し注意したほうがいいかもしれない。こんなものが出回っていたら事件になりかねない」

 

「いいでしょう。この件に関しては凛とも共有します」

 

力強く頷いてくれたバゼットが頼もしい。

 

そんなどこか不格好に終わった夏祭りだった。

 

 

 

 

「ただいまー」

 

と士郎が言い、

 

「「「おかえりー」」」

 

とほかのメンツが言う言葉遊びのあと士郎達は様々な景品を手に自分の部屋へと解散した。

 

「ふう・・・」

 

士郎はお茶を入れて一口飲む。

 

「短い時間だったけど濃密だったな・・・」

 

あちらこちらから嫁が集まってきて大変なことになっていた。

 

「揚羽はまた飛び回ってるのか。メール入れておこう」

 

労いの言葉と数言メールに書いて送っておいた。

 

と、

 

ピピピ・・・

 

「ん?心?」

 

ピッ

 

「もしもし?」

 

『あう・・・その、今よいか・・・?』

 

「いいぞ。心とも縁日回りたかったんだけどな。忙しいのか?」

 

『うむ・・・士郎と完成させた菓子の反響がすごくてな取材がひっきりなしなのじゃ』

 

「そうか。うれしい悲鳴だな。あんまり無理するなよ?」

 

『うむ!此方は士郎のことが認められているようでうれしいのじゃ』

 

「心・・・」

 

心の言葉に歓極まる。

 

「あれは紛れもなく心の菓子だよ。もちろん俺も手を加えたけど、それも含めて心の功績だよ」

 

『うぬぬ・・・とことん己を褒めぬ奴じゃな・・・』

 

「いや、俺には心のさっきの言葉だけで十分さ」

 

『・・・。』

 

士郎には本当に心の言葉だけで十分だった。それだけで満たされた気持ちになった。

 

「インタビュー、どんなこと聞かれるんだ?」

 

『それはもう――――』

 

そうして賑やかだった一日は心との電話で終わる。

 

(あの缶バッヂ、警戒しないとな)

 

わずかなしこりを残して。

 

 

 




はい。今日はここまでです。もっといろいろ書きたかったんですが人数多すぎ。パンクしました。

それと今後の布石を一つ置かせてもらいました。呪いの缶バッヂなんか本当にあったらビビりますよね。集めてる人とかどうすんだいって話で…まぁ次回に続きます。では!


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