軍艦少女のヒーローアカデミア (siriusゆう)
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船見戦火、建造

個性。

それは人の新たなる可能性。

 

 

 

始まりは中国で光る赤子が生まれた事だった。

それをしきりに、世界では異能をもって生まれる子供が相次いだ。

 

 

その果てに、異能を持つものと持たざるものとの間で起こった争い。

次第にその争いは異能を持つ者同士にも飛び火した。

 

社会という枠組みが壊れた混迷の時代の中で、異能を使い自らの欲望に生きる者(ヴィラン)と、その身勝手を許さぬ者(ヴィジランテ)と呼ばれる存在が現れたからだ。

 

そして社会が再び形を取り戻していく中で、人々が持つ異能を法律で制限する様になる。

そこに賛否両論は勿論あっただろう。

 

しかし、異能を持たぬ者も多くいた時代。

さらには個々に違う異能という不平等さも要因となった。

故に異能を制限し、社会を保とうとしたのは国として間違いでは無かっただろう。

 

だが異能とは身体機能の一つ。

それを制限されることに対する窮屈さに耐えられない者も居る。

 

当然のように法を無視して異能を使い、自らの為に他者を踏みにじる(ヴィラン)が後をたたなかった。

特にそのような人物が持つ異能は、他者を害するのに有利になるものが多いのは仕方のない事なのかもしれない。

 

しかし同時に、他者の為に異能を使う人間も現れる。

その自警団(ヴィジランテ)達は、法を犯しているのを承知しながらもヴィランや災害と戦い、多くの人に支持をされた。

名声を集めた彼らは、後に国が免罪符を出す形で認められ、こう呼ばれた。

英雄(ヒーロー)と。

 

 

 

それら人々が個々に持つ異能は、時代を経て個性と呼ばれる様になる。

その個性を持つ人間が増えていき、今や人類総人口の8割が何らかの個性を持つようになった現在、とあるヒーローのおかげで平和になった日本。

とある街のとある一軒家の庭先。

 

そこでは一人の少女が発現しばかりの個性を、近所に住まう仲の良い男の子に見せびらかしていた。

 

その少女の腰と足の左右には、魚雷の様な物が。

さらに腕にはまるで小型の軍艦の主砲の様な物がくっついている。

 

 

周りにはそれを微笑ましく見る四人の大人達。

少年少女達それぞれの両親が談笑している。

 

「それにしても戦火ちゃんの個性は凄いわね。ヒーロー向けの凄い個性。」

少年にどことなく似た女性が笑いながら話す。

 

「でもウチの娘は、ヒーローには憧れてないみたいなんですよ。」

少女に似た顔立ちの女性が苦笑いしながら答えた内容に、少し驚きながら呟くのは、少年と同じ髪色の男性。

 

「それは今どき珍しいですな。うちの康弘なんてヒーローのことしか喋らんし、ヒーローごっこではいつも私がヴィラン役。

将来はヒーローになるんだと話してますわ。

そういえば船身さんは、昔ヒーローだったんですよね?」

少年と同じ青い髪の男性は、少女と同じ金髪の男性に質問をする。

船身と呼ばれた男性は、何処か懐かしそうな表情を浮かべながら答える。

 

「ええ、婿養子で妻と結婚するまではヒーローやってました。

養父に娘と結婚したいならヒーロー辞めろって言われましてね。」

苦笑いしながら話す男性は、ふと視線を感じて目線を下げる。

そこには小さな少年少女が目を丸くしながら見上げていた。

先程まで二人で遊んでいた子供達だ。

 

「パパ、ヒーローさんだったの?」

少女の顔は驚きに満ちながらも、どこか誇らしげな色が浮かんでいる。

 

「凄い!!凄い!センカの父ちゃんヒーローだったのか!

だって凄いもんな!個性!武器を造るやつ!カッコイイ!」

目をキラキラさせた康弘が戦火の父親を見つめる。

 

「なあなあ、センカの父ちゃん!俺を弟子にしてくれよ!」

そんな康弘のお願いに、にっこりと笑いながら戦火の父は屈み込みながら康弘の頭を撫でる。

 

「そうだな。康弘君が、大きくなって個性も出たら弟子にしよう!」

男と男の約束だ。

そんなやり取りをする二人を見ながら、康弘の父はヴィラン役は任せろ!と声を上げる。

 

笑顔の耐えない、暖かな記憶。

それが薄れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして少女は飛び起きる。

懐かしい夢を見た。

夢の中の自分は4歳の頃であったかと夢を思い出しながら、なんとなしに時計を見る少女はギョッと驚く。

 

何故なら今日は自分の高校受験の日だったからだ。

まだ一応は間に合う時間だと少しの安堵と焦りが交じる。

今日に限って何故アラームをつけ忘れたのか。

 

身だしなみを整え、昨日準備していた中学の制服に着替えて、同じく準備していた荷物を掴み取り、居間へと駆けていく。

 

 

居間では彼女の母が呆れたような顔をしながら弁当を包んでいた。

近くには気を利かせたのかバナナボートとフルーツボートが置かれている。

少女が朝ごはんを食べながら、受験先の高校に行くのは折込済みだったみたいだ。

 

「戦火、おはよう。もう少ししたら起こそうと思ってたのよ?」

 

「おはよ、ママ。紅茶だけ飲んでくね!」

足早に居間を通り過ぎて、和室へと入っていく少女は線香を持ち、遺影の前に膝まずく。

 

その遺影の主は彼女の父だった。

「パパ、行ってくるね。」

手を合わせて声をかける。

 

急いで立ち上がり、居間のテーブルに置いてある紅茶を飲み干し、母の用意した荷物も持ち駆けていく。

 

 

「戦火!」

玄関を出る直前、母は声を上げる。

珍しい言動に驚く少女。

振り返る少女に母は声をかける。

 

「頑張ってね。行ってらっしゃい。」

 

「うん。行ってきます!」

 

 

 

 

 

 

電車を乗り継ぎ、少女が来た高校の正門前。

そこには、数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの人が、次々と校内に入っていく光景を作り出している。

 

国立雄英高等学校

偏差値79。倍率は300倍を超えるヒーロー科を有する高校。

 

そのヒーロー科を受ける為に、少女は此処に来た。

 

 

父の母校。

遂にこの日が来たのかと感慨深く思慮に耽っていると、近くを歩いていた緑色をした髪の少年が転倒しかけるのを見て、反射的に戦火は手を伸ばす。

 

しかし彼に触れる前に、転倒しかけた彼の身体が浮いた。

浮く前に彼に触れたのは茶髪の少女。

その少女が彼に言葉をかける。

 

「大丈夫?私の個性。ごめんね、勝手に。でも、転んじゃったら縁起悪いもんね。」

笑顔で彼に笑いかける少女を見て思う。

 

人を助ける事が出来る人間は強い。

早くも手強いライバルを発見できた。

微笑む戦火は校舎へと向かい歩む。

 

 

 

 

筆記試験を終え、ヒーロー科を受験する学生は別の会場に集まっていた。

これから始まるヒーロー科実技試験。

この会場にて、今から実技試験の概要が説明される。

 

 

「受験生のリスナー!今日は、俺のライブにようこそ!

エブリバディ・セイ・ヘイ!」

そう光と共に現れたのは、この雄英高校にて教員となっている、プロヒーロー。

プレゼント・マイク

 

ライブの掛け声のよう繰り出すプレゼント・マイクだが、受験という人生の関門を越えようという時に、元気よく返答出来る人間はいない。

 

「こいつはシヴィー。なら受験生のリスナーに、実技試験の概要をさくっとプレゼンするぜ。アーユーレディー?イェー!」

シーンと静まる会場の空気も気にせずプレゼント・マイクはテンションそのままに続ける。

 

10分間の模擬市街地演習。

仮想ヴィランが3種類、多数用意されていて、受験生はそれらを行動不能にさせたら該当のポイントを得られる仕組み。

ちなみにアイテムの持ち込みOK。

受験生同士の攻撃はNG。

そして最後に、0ポイントに分類される仮想ヴィランがお邪魔虫として居るようだ。

 

戦闘は個性の性質上得意分野だ。

しかし、自らの個性では下手すると攻撃に他人を巻き込む可能性が有ると戦火は考えた。

 

それらの概要を喋り終え、プレゼント・マイクはこう言葉を締める。

「俺からは以上だ!最後にリスナーに我が校“校訓”をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った!『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!」

 

 

「Plus Ultra!それではみんな、よい受難を。」

そう。自らの壁を乗り越えるんだ。

 

 

 

 

 

市街地を模した演習地。

これが雄英にはいくつもあるのかと戦火は驚きながらも、入口の見える位置でモチベーションを高めていく。

 

そんな戦火を周りに居る受験生は、興味深そうに眺めている。

先程まで無かった筈の戦艦の大砲の様な装備やレーダーのような物を身に纏う戦火。

個性を最大限活用すると、突如として現れる戦火の身体機能の一つ“艤装”。

多種多様な個性がある現代においても、異質な個性。

 

個性“軍艦”

 

そう。

船身戦火という少女は軍艦の能力を人の身に有した超人なのだ。

 

 

 

 

 

「ハイ、スタート。」

カウントダウンも無く、サラッと発せられたスタートの合図。

多くの受験者が何を言われたのかを理解する前に、戦火や一部の受験者は走り出した。

 

その一部の集団の中でも、飛び抜けて戦火は速かった。

 

時速70キロにも及ぶ速力。

そして数万馬力にもなるパワーから繰り出される殴打により、一撃で数体のヴィランロボが粉々になる。

そして開けた視界から他のヴィランロボ集団へ向けて、背から伸びる主砲を放つ。

轟音と共に弾け飛ぶ敵集団。

 

その一連の流れを見て、戦火の後ろに居た受験生達は散らばって行く。

飛び抜けた戦火のパワーと火力、そして機動力。

それを目の当たりにして考える事は、コイツの周りで戦ってもポイントを稼げないだった。

 

 

轟音を響かせながら、次々と仮想ヴィランを撃破していく戦火。

少し遅れて入り口から来る他の受験生達は、一人の少女が作り出した惨状に驚いて足を止めてしまっている。

 

 

この試験では機動力、状況判断力、戦闘力が求められていると見ている戦火は、足を止めたその時点で、彼らの合格は無いなと冷徹な思考をする。

 

 

 

 

 

戦火が作り出す轟音が、次から次へと仮想ヴィランをおびき寄せる。

遠くの敵には主砲を。近くの敵には強力な殴打と副砲。

そして視界外から迫る敵には、電探を駆使して察知する。

 

「これでだいたい60ポイント!」

 

試験開始から既に幾ばくか。

終了時間まで残り時間は余り無いだろう。

常に思考の片隅に置いていたお邪魔虫が、一向に姿を見せないことに戦火は若干戸惑っていた。

 

ふと感じる異変。

会場の奥から多くの受験生が逃げてくるのが見える。

 

ビルが影になっていて見えなかった。

その巨大な姿。

 

0ポイントヴィラン

 

20メートル以上の巨体を誇る圧倒的驚異。

それから逃走する受験生たちの中に足を取られて転倒する少女の姿が戦火の目に映る。

 

 

 

考えるよりも先に身体が動いていた。

背負う大きな艤装が無くなり、両脚部に付く魚雷と手につけられた比較的小さな主砲へと変わる。

本人曰く、駆逐艦モードとなった戦火は試験開始時に見せた速度よりも更に早く駆ける。

 

 

 

大きな十字路。

その真ん中で転んでいた少女を、速度を落とさずに抱え走り抜ける。

 

「え!な、なんで?」

助けられた事を疑問に思い、声を出す少女に戦火は笑いかける。

 

「何でって?僕は此処に、ヒーローになりに来たからだよ。」

そんな戦火の言葉に衝撃を受けた様な表情を浮かべる少女。

 

 

先に逃げていた受験者の集団に追いつく戦火。

こちらを見つめる彼らの中から、助けてくれそうな人を選び少女を託す。

そして十字路の真ん中で周りを見回す0ポイントヴィランへ向き直り、先程までの大きな艤装を展開する。

 

勝手に託された紫色の髪の少年は、驚き戦火に声をかける。

 

「おい、待ってくれ!アンタはどうするつもりなんだよ。」

そんな少年に戦火は堂々と答える。

 

「あれは0ポイントとはいえ、ヴィランはヴィラン。

だったら放って置く訳にも行かないでしょ?

だから戦うよ。

何せ今の僕は、ヒーローなんだから!」

 

そう宣言する戦火を眩しそうに、悔しそうに見つめる紫髪の少年。

 

「だから君も、今はヒーローになって。

僕にはアイツと戦う力が有る。代わり、君がその娘を助けて上げて。」

 

「俺がヒーローに?」

 

「うん。だって君もヒーローになりに来たんだよね。

…だから頼んだよ、ヒーロー。」

 

 

 

戦火はそれ以上の返答を聞かずに駆け出す。

本来なら主砲を撃ちたかった。

しかしこれまでの戦いで、弾薬を使いすぎた。

故に選択肢は近接戦闘。

 

そんな彼女を追うように一部の受験生が走ってくる。

走る速度を下げ、追いつけるようにする戦火。

 

「お前の言葉痺れたぜ!俺も此処にヒーローになりに来たんだ!俺は鉄哲徹鐵!個性はスティール。鋼の様になれる!」

 

「俺は佐藤力道!増強系だ。糖を摂ると一時的に筋力が5倍になる。」

 

「私は芦戸三奈!個性は酸だよ!よろしくね!」

 

「僕は物間。君に便乗させて貰うよ。」

 

そんな四人に目を丸くしながらも微笑む戦火。

「僕は船身戦火。個性軍艦。

残念ながら主砲は、鉄分や亜鉛が足りなくなってきたから弾切れ間近。だからトドメ用に残しておきたいんだ。」

 

「ならチームアップだね!どうする?」

元気よく芦戸が発言すると、間髪入れず物間が状況をまとめる。

 

「彼女が、トドメをさせる火力を持っているようだからね。

まずはこちらに引き付け、敵の足を止めて、機能中枢であろう頭部を脆くする。これで行こう。」

 

 

「それじゃあ、私が酸でキャタピラを溶かすよ!」

 

「その後、俺と鉄哲でキャタピラを壊す。」

 

「よし!足壊したら佐藤、俺を頭部まで投げろ!

壊せるかは分からないが、絶対脆くはしてやるぜ!」

 

「ある程度頭部へのダメージが溜まったら、僕が主砲を顔面に叩き込む!」

 

 

「それじゃあ、ひとまずは僕が敵を引き付ける。船見さん、借りるよ?」

そう言うやいなや、戦火の手に一瞬触れる物間。

すると途端に彼の背に艤装が展開される。

顔をしかめ、一瞬ふらつく物間だが、体勢を立て直し主砲を敵へと合わせる。

 

 

彼の個性に驚く一同。

個性“コピー”。

触れることにより他人の個性をコピー出来るのかと推察する戦火。

 

主砲を放つ物間だが、その威力は戦火の物とは比べ物にならない位に小さい。

それでも大砲は大砲。

着弾した砲弾は0ポイントヴィランを揺らし、注意を引き付ける。

 

悠々とこちらに向きを変える巨大仮想ヴィランの足元へと駆けていく3人を見送り、主砲を敵の顔へと向ける。

 

集中力を高め、敵を見つめる戦火。

主砲の一斉射。それを顔面に叩き込む。

消耗なんのその、失敗は考えない。

 

 

勝負の時は近い。

キャタピラが壊れ、鉄哲徹鐵が0ポイントヴィランの顔へと文字通り飛んで行き、顔面に張り付き何度も殴打する。

装甲にヒビが入り、防御が崩れていく。

 

 

そして遂にその時が来た。

頭部から落ちていく鉄哲徹鐵が声を張り上げる。

さらに芦戸の、佐藤の、物間の声が戦火に届く。

やってしまえと…

 

 

「Belli dura despicio!」

今までの砲撃の中でも会心の一撃だと、戦火が自負する砲撃が巨大仮想ヴィランの顔面に突き刺さる。

爆発を伴いながら後ろに倒れゆく0ポイントヴィラン。

圧倒的驚異を退け、地べたに座る彼らは端から見ればヒーローだった。

惜しむらくはそれを見ていた人間が少なかった事だろう。

しかし、彼らはやり遂げたのだ。

敵わないかもしれないと、思った敵を打倒した。

 

 

そんな彼らの元に、息を切らした紫髪の少年が走ってきた。

フラフラした走り。

もう体力など残っていない彼は、彼らの近くへ来て声をかける。

 

「はあ、はあ。あ、アンタ等大丈夫なのか?ケガとかは?」

 

「あ、さっきの。怪我した娘は大丈夫だった?」

戦火が一番に気にしたのは、足に怪我をした少女の事だった。

そんな戦火に呆れながら、息を切らしながら少年は答える。

 

「ちゃんと、出口まで送った。」

 

「良かった!ありがとう。えっと…」

言い淀む戦火に、笑いながら紫髪の少年は自分の名前を告げる。

 

「心操人使だ。」

 

「ありがとう、心操君。僕は船見戦火。

よろしくね。」

 

「よろしくって、俺は受からないよ。アンタ等はヴィランポイント稼いでたけど、俺はポイント稼げなかったからな。」

自嘲気味に顔を歪める心操。

そんな彼に戦火は笑いかける。

 

「でも、ヒーローになるんでしょ?諦められないって顔が言ってるよ。だからよろしくだよ!

誰かの為に頑張れる君は、ヒーローに成れる!

僕のヒーローが良く言ってた言葉だから。」

手を差し出す戦火を見つめる心操。

衝撃を受けた様な、その表情は何処か泣きそうにも見えた。

 

差し出されたその手を握り返す心操。

それを見ていた芦戸も混ざる。

すると鉄哲や佐藤も自分もと近づく。

やれやれと肩を竦めながら物間も近づいて来る。

 

 

願わくは、ここが彼らの、いや私達のヒーローアカデミアにならん事を。

そう願う戦火だった。



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夢への大きな一歩

ここ最近の船身戦火は、中学校から帰宅したら直ぐに、ポストを覗くという行為が日課になってきている。

 

雄英高校の試験結果がそろそろ来るはずだと、そわそわする彼女の行動に、戦火の母は苦笑いする毎日である。

 

 

今日という日も、結果通知が来ていない。

落胆し、少し肩をおとした戦火は家に入り制服を脱ぐ。

 

何時もこの時間には母が居るはずなのに、今日は居ない事に疑問を覚えながらも、ゲーム機の電源を入れる。

これも日課であるFPSゲームへとログインし、キャラクターを選択する。

 

今日はワッチョンでも使うか、それともガスおじか?

いや、ガンガン行こうぜって事でオクタンかレイスか。

 

フラストレーションを発散させると同時に、自身の個性の訓練にもなるFPSは最高である。

そう若干現実逃避する齢15才の少女はゲームにのめり込む。

 

 

 

 

ゲームを初めて幾ばくか、既に何回かマッチを終えてひと休憩する戦火の耳に、母が帰ってきた音が聞こえてくる。

 

居間から玄関を覗く戦火の視界に、買い物袋を持った母が映る。

この時間に買い物とは珍しいと考える戦火に、母はニコニコとした笑顔で声をかける。

 

「戦火、雄英から通知来てたわよ。」

そう言いながら母は居間のテーブルに一つの機械を置く。

 

掌サイズのこの機械は映像照射装置だ。

そう当たりをつけた戦火は飛びつくように素早くそれを手に取り、装置を起動させる。

 

『私が投影された!』

そんな声と共に、装置の起動音が鳴り空中に映像が浮かび上がる。

 

そこに映るのは筋骨隆々な逞しい身体。

力強く跳ね上がった二房の前髪。

威風堂々とした佇まい。

そしてアメコミヒーローのような普通の人とは違う画風とも言うべき容貌。

そう、誰もが知っているヒーロービルボードジャパンのNo.1ヒーロー。

 

平和の象徴“オールマイト”

 

その人が映し出されたのだ。

 

 

 

そんなオールマイトの姿を見て戦火が一番に思ったのは、本当に雄英からの通知なのかという疑念だった。

だって、いくら彼が雄英高校の卒業生とはいえ、オールマイトが雄英からの通知に出てくる訳がないからだ。

 

『初めまして船身戦火さん!

私はオールマイトだ!何故、私が投影されたのかって?

ハハハ!それは私がこの春から雄英に教師として勤めるからさ!さあ早速、君の合否を発表しよう!』

 

 

画面が暗くなり、オールマイトの立つステージのみがライトアップされると同時にドラムロールが鳴り響く。

 

何を見せられているのだろうかとあ然とする戦火。

まるでテレビ番組のようなセットを見て、何処にお金かけてるのと思ってしまう少女は、未だにオールマイトというヒーローが雄英高校の教師となる現実についていけていなかった。

 

そんなあ然とした彼女を置き去りにして、ついに最後のドラムが鳴る。

ついつい生唾を飲む戦火。

 

 

『おめでとう!合格だ!

筆記試験は問題なく、実技は76ポイント!』

 

通知される合格という結果に飛び上がりそうになる戦火だったが、直後に発表された76ポイントという数字に、逆に不安になった。

何故なら、自身で把握していたポイントはおよそ60ポイント弱。

それが15ポイント近く差があるのだ。

雄英のミスを疑ってしまう。

しかしその疑念は続けて話すオールマイトにより払拭される。

 

『先の実技入試!受験生に与えられるポイントは、説明にあったヴィランポイントだけにあらず!

実は審査制の救助活動ポイントも存在していた!

船身戦火さん。

ヴィランポイント60点、レスキューポイント16点、合計76ポイント!

文句なしの結果だよ。船身少女!

改めておめでとう!雄英こそが君のヒーローアカデミアだ!

4月に君に会えることを楽しみにしているよ!』

 

そう映像のオールマイトは告げ、消えていった。

呆然としていた戦火は、おくれて歓喜の感情を爆発させた。

 

「ママ!僕、受かったよ!」

そう満面の笑みで母に顔を向ける戦火に、母はニヤリと笑いながら高級ステーキ肉を手に持ち戦火へと見せる。

 

「ええ、だから今日はお祝いよ!」

 

 

 

 

母が呼んだ父方と母方双方の祖父母も交えた、お祝いの晩餐が終わり、寝る前にスマホを弄る戦火。

中学の友人や、新しく友達となった芦戸、鉄哲、力道、物間、心操に合格した事を伝えた為に、その返信に追われている。

 

芦戸、鉄哲、力道、物間は喜ばしい事に合格したようだが、残念ながら心操はヒーロー科には受からなかった。

少し気まずく思う戦火ではあるが、当の心操本人があまり気にしていないようで、雄英高校普通科からのヒーロー科編入を目指すと意気込んでいる。

 

そんな心操に体作りのアドバイスをしながら、これからの高校生活を夢想する様は、まだまだ少女たる証であった。

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

雄英高校のとある会議室では、校長を始め在席するプロヒーロー兼教師達が集まり、重要な会議を開いていた。

 

「実技総合成績、出ました!」

 

その声と共に、前方の大画面へと受験生の名前と成績が上位から並び表示される。

それを見た教師達から、感嘆の声が複数上がった。

一番に取りざたされるのは爆豪勝己、緑谷出久という名前である。

 

 

「レスキューポイント0点で1位とはなあ!」

 

「後半、他が鈍っていく中、派手な個性で敵を寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ。」

 

 

「対照的にヴィランポイント0点で8位。」

 

「アレに立ち向かったのは過去にも居たけど…。ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね。」

 

「思わず、YEAH!って言っちゃったからなー。」

 

二人の受験生に対して講評を行う教師達。

そして話題は次の注目者に移る。

 

「そして、2位の彼女。船身戦火さん。

初端から物凄いものを見せてくれた。

スタートの合図への反応速度に、おそらく今年一番の機動力。

さらにはパンチで衝撃波が出る程のパワーと、大砲による遠距離における火力の高さ。

個性軍艦…。凄まじいの一言だ。」

プロヒーロー・セメントスが画面に映る戦火の映像を見てコメントする。

 

 

「惜しむらくは、試験時間の前半中盤で彼女の周りに人ひとり居なかったことね。レスキューポイントを稼いだ後半の動きを見るに、もっとポイントを稼いげていたでしょうにね。」

ボディラインがくっきりと出る衣装を身に纏った女性プロヒーローのミッドナイトは、僅差で主席に成れなかった戦火に同情の念を抱いていた。

 

 

「救助対象が転倒する寸前には、既に変形し走り出すモーションを取っていた。その後の動きもスムーズに救助していたが、抱える際に抱き方を間違えている。抱き抱えた際に患部を腰の装備にぶつけてしまったのは残念ながら減点って所だな。」

戦火の救助シーンを見ながら、至らない所は、至らないと確り評価するのは、プロヒーロー・スナイプ。

 

それに続けて削岩ヒーロー・パワーローダーも戦火の主砲威力を評価しながらも、自身の意見を言う。

 

 

「ケケケ、それに0ポイントヴィランには慎重になり過ぎた。

彼女の火力なら一撃で仕留められただろうに、敵の能力を過信したって所か。」

 

 

「まあ、それでも即座にチームアップして対処したのは評価出来るのさ。他の四人より少しポイントが低い理由が、最後の一撃しか活躍出来なかったからというのは、少し厳しいかもしれないけどね。」

最後を締めくくる様にネズミのような、犬のような小さな生き物が言葉を紡ぐ。

何を隠そう、この生き物こそが雄英高校の根津校長。

ハイスペックという個性を持った“ネズミ”である。

 

「ハハ!何にせよ、彼女はヒーローに必須な物。そう、義勇の心を持っている。至らなかった所はこれから教えていけば良いのさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式当日。

戦火は朝早く起き、鏡の中の自分を眺めていた。

 

この制服の袖に手を通すのが、夢だった。

ヒーローを目指す上で、雄英高校は通過点であるが、この最高峰のヒーロー科は一つの目標であり、最高のヒーローになる為に必要な要素。

 

今日から自分は夢への大きな一歩を踏み出すのだと、戦火は意気揚々となる。

 

 

 

 

 

雄英高校はヒーロー科、普通科、サポート科、経営科と4つの科が有り、相応に大きな校舎を有している。

初日から校内で迷子など、自分に取って笑い話にもならない。

早めに来て、校内を歩く戦火は入学届けに同封されていたマップを見ながら教室を探していた。

 

頻繁にマップを確認しながら歩く戦火の目に、自身が通う事になる教室の札が目に入る。

 

1−A。

個性溢れる社会。異形型等の大きな人の為のバリアフリーなのか、一際大きな教室の扉の前に立つ。

 

緊張した身体を解すために一呼吸をつき、戦火は教室の扉を開けて中に入る。

辺りを見回すと、すぐそこに芦戸が座っているのが目に移る。

 

見知った人が来たの事が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべる芦戸。

そんな芦戸に挨拶しようとする戦火に、一人の人物が先んじて話かけた。

 

「おはよう!はじめまして!

ぼ、俺は市立聡明中学出身、飯田天哉。よろしく頼む!」

 

「あっ、えっと、はじめまして!僕は船身戦火といいます。よろしくね、飯田君!」

 

「よろしく船身君!ちなみに席は五十音順の出席番号順で、詳しくは教卓の上に紙が置いてあるから、それを見れば解るはずさ。」

 

「ありがとう、飯田君。早速確認するね!」

眼鏡をかけた長身の少年、飯田天哉にお礼をして自身の席を確認する戦火。

 

席は窓際の前から二番目の席。

自身の前の席は爆豪勝己、後ろの席は緑谷出久という名前が書かれていた。

 

 

自身の席に荷物を置いた戦火の元へと、芦戸が軽い足取りで近づく。

試験以来、二人はスマホでやり取りをしていた為、もはや友人の距離感となっている。

 

芦戸一人を立たせておくのも気が引ける為、二人で窓際に立って話し込む。

 

 

時間と共に着々と増えていくクラスメイト。

途中、力道や、芦戸と同じ中学の切島鋭児郎を交え自己紹介や話をしていく。

四人で話す姿を見て、紫色の独特な髪を持った背丈の小さな少年が、力道や切島を睨みつけているのを戦火は不思議そうに見ていた。

 

 

 

ガラッと大きな音を立てて、一人の少年が教室に入ってくる。

 

金髪のツンツンとした髪の毛に、鋭い目つき。

その少年は教卓の上の紙を瞬時に把握し、確認。

自身の席へと迷いなく歩みを進める。

 

それは戦火の前の席。

ということは彼が爆豪勝己なのだろう。

 

ドカッと自身の席に座る彼に、戦火は周りの友人達に断りを入れて、彼の元へと近づいて行き声をかけた。

 

「お向かいさん。はじめまして!

僕は後ろの席の船身戦火です。よろしくね。」

 

「あっ!?んだ…、クソ。…爆豪勝己だ。」

最初戦火に話しかけられた時は語気を強め、凄む様に振り返った爆豪だが、戦火の顔を見た瞬間、何やら唖然として息を飲む。

その後直ぐに悪態をつくが、それは戦火に向けた物では無いようで、自分の名前を告げる。

 

その後爆豪は直ぐに前を向き、両足を机の上に上げてあらぬ方向を見る。

行儀の悪い彼の行動を見て戦火がはじめに思った事は、“可愛い“であった。

 

そんな思考を芦戸に読まれでもしたら、趣味悪いとツッコむ事だろうが、残念ならが芦戸三奈という少女の個性は読心では無い。

 

 

そんな爆豪の態度や行動を見て注意する猛者がこのクラスには居た。

その少年は、律儀にクラスメイト全員へ、自ら自己紹介をしていた飯田天哉だ。

 

 

「君!机に足をかけるな!!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」

 

そんな飯田の言動に、ニヤリと笑う爆豪。

その姿は先程までと違い意気揚々としていた。

「ハッ!思わねーよ。てめーどこ中だよ端役が!」

 

「ぼ、俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ。」

 

「聡明ぃ!?クソエリートじゃねーか、ブッ殺し甲斐がありそうだな。」

 

「君ひどいな。本当にヒーロー志望か!?」

 

そんなやり取りを戦火はニコニコと笑いながら見守っていたし、周りのクラスメイト達も静観していた。

 

爆豪と飯田のやり取りに気を取られ気づかなかったが、教室の出入り口に一人の少年が立ち、二人を見て引き攣った表情をしている。

 

緑色のもじゃもじゃの髪に、そばかすが有る少年。

 

おそらく、彼は緑谷出久。

空いている席は2つで、男子は彼一人の為、そう判断する戦火。

 

その緑谷出久の後ろに少女の姿が見える。

その少女には見覚えがある。…そうだ、受験の前に転倒しかけた少年を助けた少女だ。

 

自分の余裕のない時でも人を助けられる、あの優しい少女が受かっていた事に嬉しく思う戦火。

 

 

その少女と緑谷出久のやり取りや、その二人に自己紹介する飯田の姿を見ていると、ふと視界の隅に、その場に似つかわしくない物を発見する戦火。

 

じっとそれを見つめる戦火の視線を追い、爆豪も気付き腰を上げようとする。

 

その似つかわしくない物体の正体は寝袋である。それも人が入っており、中の人物の顔が見えている。

どう見ても不審者である。

 

 

見つめる戦火と爆豪に、その不審者もまた二人を見つめる。

 

そしてニヤリと笑う不審者に戦火と爆豪の緊張感は高まり、個性を発動しようと身構える。

 

 

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。

ここは、ヒーロー科だぞ。」

その不審者の発言を聞き、緊張を緩める戦火と爆豪。

 

寝袋に入ったままの不審者が、ゼリー飲料を一瞬で飲み干しながら、そう言い切った。

器用に寝袋に入ったまま立ち上がり、教室に入ってくる人物を見て、戦火と爆豪を除いたクラスの一同は心を一つにする。

 ((な、なんか居る〜〜!))

 

「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。

君たちは合理性に欠くね…。担任の相澤消太だ。よろしくね。」

その不審者は、驚くことに担任の教師であった。

 

「早速だが、これを着てグラウンドに出ろ。」

 

そう言いながら相澤が寝袋から取り出したのは雄英高校の体操服。

彼が見せたのは見本らしく、各自の名前と体型に合わせた体操服が教室の後ろのロッカーに入っているとのこと。

 

言うだけ言って教室から出ていった相澤に唖然としながらも、指示された更衣室で着替えるべく教室を出る一同であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今から、"個性"把握テストを行う。」

 

「"個性"把握テストォ!?」

 

 

いくつもの白線が引かれたグラウンドで発せられる相澤の言葉に驚く面々。

 

体操服に着替えさせられた辺りで察してはいたが、入学式に出ないでの体力テストとは。

 

そんな相澤の言葉に、戦火が注目していた少女、麗日お茶子が驚きながらも疑問をぶつける。

 

 

「入学式は!?ガイダンスは!?」

 

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ。」

 

驚愕するクラスメイトを気にも介さず相澤は言葉を続ける。

 

 

「雄英は"自由"な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り。」

理解が追いついていない生徒達を置き去りにして説明を始める相澤。

 

「ソフトボール投げ、たち幅跳び、50メートル走、持久走、握力、反復横とび、上体起こし、長座体前屈。

中学の頃からやってるだろ?個性禁止の体力テスト。

 

国は未だ画一的な記録をとって、平均を作り続けている。

合理的じゃない。まぁ、文部科学省の怠慢だよ。

一般入試実技試験一位は爆豪だったな。

中学の時、ソフトボール投げ何メートルだった。」

 

 

「67メートル。」

 

溜め息まじりに旧態然の体力テストに対する愚痴をこぼしながら、爆豪へと相澤はボールを投げ渡す。

 

「ん、じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。

早よ。思いっきりな。」

 

 

爆豪は相澤の言葉を聞きながら軽い準備運動を行い、腕を振りかぶる。

 

「んじゃ、まぁ…死ねェ!!」

 

爆音と共に高く遠くへ飛んでいくボール。爆豪の個性による爆風が、見ていた生徒たちへ吹き付ける。

 

ソフトボール投げで聞くはずの無い言葉が聞こえたことにクラス一同は理解する。爆豪という少年がこういう奴なのだと。

 

 

「まずは、自分の最大限を知る。

それが、ヒーローの素地を形成する合理的手段。」

 

淡々と言いながら手に持つ機械を見せる相澤。

表示されたのは個性禁止の体力テストではおよそ見ることの無い数値。

705.2メートルという堂々とした記録が映る。

それは個性ありであったとしても大記録だ。

 

 

「なんだこれ!!すげー"面白そう"!」

 

「705メートルってマジかよ。」

 

「個性思いっきり使えるんだ!さすがヒーロー科!!」

そんな記録に湧く生徒達を見据える相澤。

 

「…面白そうか。

ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?

ふっ。…よし。トータル成績最下位のものは見込みなしと判断し、除籍処分としよう。」

 

 

「「はああああああ!!?」」

クラス一同の叫び声が重なる。

 

今思い付いたと言わんばかりの相澤の発言。

その突然過ぎる常識外の発言に全員が驚かされる。

 

「生徒の如何は先生の"自由"。

ようこそ、これが…雄英高校ヒーロー科だ」

 

髪をかきあげながら嗤って言う相澤。

 

とはいえそんな理不尽を到底すんなり受け入れられる筈もなく、反論が飛び出た。

 

「最下位除籍って…!入学初日ですよ!?

いや初日じゃなくても、理不尽すぎる!」

 

麗日がもっともな意見を言うが、相澤はそれを聞きながらも言葉を続ける。

 

「自然災害、大事故、身勝手な敵達…。

いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽に塗れてる。

そういう理不尽を、覆していくのがヒーローだ。

 

放課後マックで談笑したかったならお生憎。

これから3年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。

"Plus Ultra"さ、全力で乗り越えてこい。」

挑発するような言動。しかしそれを聞いた生徒達は怒るでもなく決意を固める。

 

この試練を乗り越えるのだと。

 

 

 

 

 

第一種目、50メートル走。

 

 

位置についた戦火は個性を最大限まで発現させる。

とたんに現れる機械部品。

それは戦火が艤装と呼ぶ、身体機能の一つだ。

 

小ぶりの主砲や魚雷が特徴的な駆逐艦モード。

 

それを見たクラスメイト達のリアクションは様々で、特異な個性に驚く者もいるが、総じて共通しているのはどんな事をしてくれるのかという好奇心だ。

 

 

 

今までで一番の記録はエンジンという個性を持った飯田天哉の3秒04。

 

 

スタート位置で、集中する戦火。

合図と共に、その身に宿る超常的な馬力を用い、瞬時に最高速度まで持っていく。

 

地を蹴る音が爆音の様に響き、戦火の後ろには砂煙が舞う。

 

 

飛ぶように走り抜ける戦火を機械が正確に測定する。

2秒16。

 

 

「いっちばーん!」

そう喜ぶ戦火。記録更新に湧くクラスメイト達。

そして、この分野で負けるとは!と悔しがる飯田。

 

未だに50メートル走が全員終わってないにも関わらず、一番を宣言する戦火だが誰も異論を挟まない。

それ程までの大記録であった。

 

 

 

その後も握力、たち幅跳び、反復横とびをこなしていく一同。

 

特に戦火は、握力において測定不能を叩き出し、再度皆を驚かせた。

数万馬力のパワーは伊達ではないのだ。

 

 

 

 

そしてソフトボール投げ。

そこでは麗日が個性:ゼロ・グラビティを用いて無限という記録を打ち立てていた。

 

 

戦艦モードに切り替えて一投目を投げる準備をする戦火。

投げるといっても、手で投げる訳ではない。

 

背から伸びる戦艦主砲を目一杯後ろへと稼働させ、何とか砲の中へとボールを入れることに成功する。

そして渾身の火力を込めた一発は、轟音を響かせ、周りの空気を強く震わせた。

 

麗日には及ばないのは皆解っていたが、大記録を予感させるパフォーマンス。

 

 

ピッという電子音と共に24.273キロメートルという結果が相澤の手に持つ機械に表示されると、すっげー!とクラスメイト達が感嘆の声を上げる。

 

 

 

だが一人だけ戦火を睨みつける人物が居た。

今まで何度か記録で負けている爆豪勝己である。

 

しかし、そんな爆豪勝己の態度が不自然に鳴りを潜める。

かと思いきや悔しそうにしたりと態度が定まらない。

 

そんな爆豪を緑谷が驚愕した表情で眺めていた。

(かっちゃんが、かっちゃんらしくない…!)

心の中で呟く緑谷。

彼の言うかっちゃんとは爆豪勝己の事である。そう、緑谷と爆豪は幼なじみの間柄であった。

 

 

 

 

そんな緑谷だが、これまで個性を使った素振りを見せなかった。

戦火は、それをサポートや回復など体力テストに適正の無い個性だからだと思っていた。

 

 

しかし、当の緑谷の焦りは頂点に達していた。

 

彼の個性は超パワー。

ワン・フォー・オールと冠されたその個性は、最大限まで引き出すと一振り一蹴りで四肢が砕ける程の力を発揮する。

それは入試の際の0ポイントヴィランを一撃で破壊する程の威力を持っている。

 

この個性は、緑谷の肉体が鍛えられる程に許容範囲の上限が上がるが、今の彼ではワン・フォー・オールをおよそ3%程しか使えない。

勿論100%を使うことが出来るが、使ったらその部分の骨が折れる。

 

しかも彼は、個性の制御が出来ないでいた。

 

 

本来個性とはおよそ4歳で発現する。以降身体の成長と共に個性も馴染んでいき、また成長していく。

故に誰しもが個性を制御出来るのが普通だ。

稀に個性の暴走事故とかがあるが、大体は小さな子供が発現したての個性を制御しきれなくなるという形だ。

 

 

だが緑谷出久は違った。

最近まで個性の無い人間として周りに認識されていたし、実際にそうであった。

しかしある事情により、最近になり個性を手に入れた。

その為、彼はいわば個性に関してはド素人。

 

このテスト中に何とか制御を物にしようとしていたが、今の今まで制御できずにいた。

 

 

 

このままでは、最下位で除籍となってしまう。

ワン・フォー・オールで記録を作るなら、残るはこのソフトボール投げだけ。

 

大きな記録を打ち立てるなら、ここしかないとリスクを決意する緑谷。

 

 

意を決した顔で緑谷がボール投げの円に足を踏み入れる。

 

そして、腕を振りかぶり、投げた。

しかし記録は平凡そのもの。

その事実に驚愕し困惑する緑谷。

 

 

「なっ…。今、確かに使おうって…。」

そう呟く緑谷に、瞬きせずに彼を見つめる相澤が話しかける。

 

「個性を消した。つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

 

「個性を、消した…!?…あのゴーグル、そうか!

視ただけで人の個性を抹消する個性。

抹消ヒーロー・イレイザーヘッド!!」

 

ヒーローオタクである緑谷は、個性を消したという相澤の言葉と彼が首元にかけているゴーグルを見て、彼のヒーロー名を看破する。

 

決して有名とは言えないヒーロー、イレイザーヘッドだが無能とは程遠い。

名が知れていないのは、彼自身、仕事に支障がでるからと、とことんメディアに出ることを嫌ったのが理由だ。

故に知る人ぞ知るアングラ系ヒーロー。

 

それがイレイザーヘッド。

 

 

そんな相澤は首元に巻いた長い布を器用に操り拘束し、緑谷を近くに引き寄せ、忠告する。

 

 

「昔、暑苦しいヒーローが、大災害から一人で千人以上を救い出すという伝説を作った。同じ蛮勇でも、お前のは一人を助けて木偶の坊に生るだけ。緑谷出久、お前の力じゃヒーローになれないよ。」

他へと聞こえないように、相澤は厳しい言葉を吐く。

それは正論で、先程緑谷が行おうとした事は、一度の結果の為に利き手を壊すという行動。

 

 

拘束を解き、ボール投げは2回だと緑谷へと告げ離れる相澤。

 

 

そんな緑谷と相澤を遠巻きで見ていた戦火は、近くに居た飯田と爆豪のやり取りを耳にして、緑谷を心配する。

誰かが除籍になるとはいえ、やはり他人が夢敗れる姿を見るのは、心情的に見たくない。

 

先程爆豪は緑谷の事を無個性と話していたが、実技試験で会場が一緒だった飯田は、緑谷に個性がある事を疑って居なかった。

 

その事から、危険な個性を持つが故に無個性と偽ってるのかもと考察する戦火。

だからこそ、相澤が何か彼に忠告したのかもしれない。

 

 

 

 

ボール投げの円の中で、緑谷は何かを考え込んでいる。

 

その姿を見て、全力覚悟の玉砕か、萎縮しての最下位か。

どちらにして見込みは無いと相澤は判断する。

 

 

覚悟を決めた表情の緑谷。

そしてついにボールを投げる彼の動作を観察していた戦火は、その動作に個性の影響を見つけることが出来なかった。

 

爆豪の言っていた通り、本当に無個性なのか。

そう思った戦火だが、次の瞬間、強い風が吹き抜け、顔にかかるのを自覚する。

同時に、彼が投げたボールが衝撃波を伴いながら飛んでいくのを目撃して眼を見張る。

 

 

指先にのみ個性を使った緑谷。

 

超パワーの反動で腫れ上がった指。

その指ごと拳を握る彼は、相澤へ動けることをアピールする。

 

「先生!まだ動けます!」

 

 

そんな緑谷を見て、クラスメイト一同各々が反応する。

 

「705.3m!?」

 

「わー!やっとヒーローらしい記録出たよ。」

 

「指が腫れ上がっているぞ。入試の時といい、おかしな個性だ…。」

 

「スマートじゃないよね☆」

 

総じて、今まで平凡な記録に終わっていた緑谷の活躍に感嘆の声を上げていたが、一人だけ反応が違った。

 

「どーいう事だコラ!訳を言え、デクてめぇ!!」

 

「うわああ!!!」

 

 

大記録を見せた緑谷に向かっていく爆豪と、それに恐怖する緑谷の叫び声が、グラウンドに木霊する。

 

しかし爆豪の右腕が緑谷に届く前に細長い布が爆豪の身体を捕らえた。

 

「ぐうっ…んだ、この布、固っ…!!」

 

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ捕縛武器だ。

ったく、何度も個性使わすなよ。

俺はドライアイなんだ!」

 

爆豪を止めた相澤だが、彼の発した言葉に生徒達は皆心をシンクロさせる。

((個性凄いのに、勿体無い!))

 

 

 

 

 

 

全ての種目を終えて、相澤が空中ディスプレイでテスト順位を発表する。

 

自身の名前を探す戦火。

その名前は1位の所に書かれていた。

 

芦戸や力道、切島が凄いと戦火を褒め称えるが、とうの戦火は最下位となってしまった緑谷を心配そうに見つめている。

 

絶望に彩られた彼の表情を見てられないと、戦火は相澤へ除籍処分の撤回を直訴しようと一歩前へと足を踏み出し声を上げる。

 

 

「相澤先生!どうか緑谷君の除籍処分の再考をお願いしたいです!確かに彼は最下位ですが、短くとも此処まで見てきて解りました!彼は、目標の為に物凄く頑張れる人です!

ここは学び舎のはずです!だからチャンスをあげてください。

お願いします!」

 

頭を下げ叫ぶように懇願する戦火を驚く様に見るクラスメイト達だったが、賛同する様に切島や芦戸が続くのを見て、相澤は不敵に笑う。

 

「心配するな、船身。除籍は嘘だ。

君たちの最大限を引き出すための合理的虚偽。」

 

 

「「はぁーーーっ!?」」

安堵が混じった叫び声が重複する。

一歩前に出た戦火に至っては、羞恥心から顔を真っ赤にしていた。

 

 

 

固まる戦火に、ドンマイドンマイと声をかける芦戸、力道、切島。

そこへ緑谷が近づき話しかける。

 

「さっきはありがとう!えっと…、船身さん、だよね。」

 

「気にしないで。ただ見てられなかったんだ。君の顔に絶望がよぎるのを見て咄嗟に。これは僕のワガママ。

それに、お節介はヒーローの本質だって言われてたからね。」

 

何度も頭を下げ続ける緑谷。

そんな彼の行動は、指の治療をする様に相澤が声をかける事で終わりを告げる。

 

 

 

なおも頭を下げながら保健室へと遠ざかる緑谷。

戦火達も、教室に戻るために歩き出す。

 

初日から大変だったと友達と共に笑顔で話す彼らは、これからの高校生活に思いを馳せる。

 

先生はある意味凄い人だけど、悪い人では無いと、これからの事が楽しみになる戦火だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

初日から疲れたな、と考えながら電車に乗り込む戦火だが、ふと隣を見ると雄英高校の制服を着た人物が居るのを察知し、そちらに目を向ける。

 

そこに居たのは爆豪勝己だった。

 

爆豪も戦火が同じ電車だという事に驚いた様子だ。

 

「あ、爆豪君。同じ電車なんだね。

そうだ、途中まで一緒に帰ろ。」

朗らかに話しかける戦火に毒気の抜かれる爆豪。

 

「あ?んだ…、勝手にしろ。」

 

何も疑問も思わずに次々と話しかけていく戦火と、ぶっきら棒に返答する爆豪。

 

こんな姿をもし緑谷出久が見たらこう思うだろう。

 

かっちゃんが、かっちゃんじゃ無い。と




爆豪だって思春期


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