ダンガンロンパ・コンパチブル (こんぱち)
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プロローグ
入学志望生と失望の共同生活


「ここが希望ヶ峰学園かあ」

 都心に堂々とそびえたつ校舎を見上げ、僕、琴間 恵那樹(ことま えなき)はそう独り言ちた。ずっと憧れていた場所が、今目の前にある。あらゆる分野の超高校級の才能の持ち主を集めた学校、希望ヶ峰学園。

 

 僕は今は中学二年生で、もうすぐ中学三年生。もう進路を固めていかなきゃならない時期。『超高校級の才能』にスカウトされるような生徒はもっと若くから実績を残すような人ばかりだから、特にこれと言った才能もなく、実績もない僕にお声がかかることはまずないだろう。万が一どころか、全国の中学三年生から百万分の一……、いや高校から再入学するケースもあったはずだから、だいたい三、四百万分の一ぐらいの確率で、たったの一枠しかない『超高校級の幸運』に選ばれるようなことにならない限り。

 それでも希望ヶ峰学園は、いまだ才能に目覚めていない生徒にも門戸を開いており、既存の才能ある生徒を発掘するだけではなく、新たな才能を開花させることにも励んでいる。僕が来年受験する予定なのは、一般入試で生徒を受け入れている予備学科のほうだ。僕は今日、受験生として見学会にきたのだ。日本全国から志望者が集まる高校なので、見学会も抽選なのだが、運よく当選して参加することができた。

 この見学会を通じてきっちり意識を高めて、受験生としての自覚をもって中学最後の一年を迎えたい。そう強く意気込んで敷地内に足を踏み入れると――

 

「キミガ コトマ エナキ クンダネ」

「うひゃあっ!」

 抑揚のない機械音声を発する、左半身が真っ白で右半身が真っ黒なクマのロボットが校門の死角から現れて僕の名を呼び、驚いた僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。このデザインのクマって、どこかで見覚えがあるな。確か『超高校級のギャル』のエノジュンこと江ノ島盾子がプロデュースしてるやつだっけ。

「ゴメンネ オドロカセテ」

 音声は機械的でも、このクマ型ロボットは現状を認識できているようで、驚かせたことの謝罪をしてくる。近頃はこの手の案内ロボットもちらほら普及してきているが、さすがにびっくりする。

「いえ、こちらも変な声上げてすみません。でもどうして僕が琴間恵那樹だってわかったんですか?」

「オウボショルイノ ショウメイシャシンデ オボエタ」

 一枚しか送っていない証明写真と本人を結びつけて記憶するなんて、さすがは天下の希望ヶ峰学園だ。こんなゆるキャラみたいなのにかなり高度な技術を使っているようだ。

「デハ カイジョウニ アンナイスルカラ ツイテキテネ」

 その白黒のクマ型ロボットに先達されて、僕は後ろから着いていく。道すがら、このロボットの名前はモノクマだというとか、最近の若い子は進路に対する意識が高くて見学会希望者も抽選しなきゃいけないほど集まって偉いとか、特に君は応募書類の『尊敬している人』のところに78期生の『超高校級の相談窓口 日向創』をあげているなんて、希望ヶ峰学園の歴史をよく勉強しているねえ、とか言われた。

 

「トウチャク シタヨ」

 連れていかれたのは、校舎でも体育館でもなく、敷地内の外れにある寮のような建物だった。

「ミンナ マッテルカラ イソイデ」

 いきなり寮というのはちょっと違和感があったが、モノクマにそうせっつかれたのであえて疑問を口に出すことはせず、上履きを準備する。

「ショウメンノ タイイクホール デ オリエンテーションヲ スルヨ テニモツハ ソコニ オイテキテネ」

 その間にモノクマはすでに館内に上がってしまっており、市民ホールの音楽室とかにつけられてそうなやたら分厚そうな扉を開けて中に入っていった。

 自分もそれを追ってその扉を開けると、小部屋になっていてもう一つ同じような分厚い扉があった。こういう扉って結構重くて、指挟んだりしたら痛そうで苦手なんだよなぁ……なんて、その時点ではのんきなことを考えていた。

 

「コレデ ミンナ ソロッタカナ」

 体育ホールに入ると、それぞれ別の学生服を身に着けた14人の生徒たちがすでに集まっており、円形に並べられた椅子に腰かけていた。僕も早く来たつもりだったが、一番遅かったのか。みんな自分と同じようにワクワクして早く来すぎちゃったんだろうな。その真ん中にモノクマが佇んでいた。

「ミナサン オメデトウ」

 一つ残った開いている席に僕が腰かけると、モノクマはそう告げた。……ん? 『おめでとう?』、確かに全国から希望者がいる中で見学会に当選したことはめでたいと言えばめでたいけどどうも違和感がある。

「ジュンバンニ ジコショウカイ シテイコウ ダレカラカナ」

 そう促されたが、生徒が集められているだけで引率の教職員が見当たらず、モノクマが指示を出す状況を、全員やや訝しんでいる様子でわれさきにと名乗り出る人はなかなか現れなかった。

 

「それじゃあ私からでいいですか」

 そんな停滞した空気を読んだのか、僕の左隣に座っていた女子生徒が名乗りを上げた。背が低くて髪の長い、幼い、かわいらしい雰囲気の女の子。確かこの見学会の応募資格は現中学二年生に限定されたものではなく、それ以下の年齢でも可能だったから僕より年下の子かもしれない。

「私は、羽月 聖来(はづき せいら)です。絵本作家として希望ヶ峰学園に入学することになりました。これから同級生としてよろしくお願いします」

 一見するとこの中で一番幼い容姿の彼女が先陣を切ったことによってか、やや不穏な雰囲気は薄れ、和やかなムードが流れ始めた。

 だが僕は内心戸惑いを感じていた。絵本作家として希望ヶ峰学園に入学することになった……だって? ここは僕と同じように見学会に来た生徒の集まりじゃなかったのか? もしかしてこれは『超高校級の才能』の先輩方の入学前の顔合わせ会かなにかで、何かの手違いがおきて僕がそちらに案内されてしまったのだろうか? 声に出してないとはいえ、年上であろう羽月先輩に『幼い』『かわいらしい』『僕より年下だろう』なんて失礼な感想を抱いてしまったこともあり、この場にいることに罪悪感を覚えてしまった。

 

「じゃあ時計回りで僕かな。美容師の瀬戸 政直(せと まさなお)です。皆様のメディア露出の際には、ぜひご用命いただけたら幸いです」

 長身で、かなりの短髪なのに真ん中だけボリューミーに立ててあるソフトモヒカン、あごにはひげを蓄えていて、体格も良い先輩でかなり大人びて見える瀬戸先輩。そしてメディア露出なんて単語。これで確信した。自分がここに案内されたのは間違いなく手違いだ。

 

「それでは次は私ですね」

 瀬戸先輩の隣に座っていたのは、すらっとした金髪の白人女性だ。立ち上がると男性でも長身の部類に入る瀬戸先輩と大差ない背の高さだ。それだけでなく、全身から気品のようなものが醸し出ている。……なんて見とれている場合ではなかったな、流れを折って悪いが、ここはきちんと言い出して退出しよう。

「お控えなすって!」

 そんな彼女が急に腰を落とし、握った左手を前に突き出し、一喝した。それに出鼻をくじかれ、言い出すタイミングを失してしまった。

「手前、ソコツモノより、間違えましたる説はご容赦願います。ノヴォセリック王国に生を受け、テニス一筋十五年、このたび日本が誇る希望ヶ峰学園にテニスプレーヤーとして入学することと相成りました、名はカディナ、姓はレオンハートと申します。まだまだ未熟の身なれど、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 そのあまりにも流暢な口上……仁義を切るって奴だろうか……に皆一様に圧倒された様子で、場は静まり返った。

「あの……私のおひかえなすって、何かおかしかったでしょうか? 日本の方々はこのように自己紹介するとうかがったのですが」

 今度は急におどおどとした様子で、周囲に尋ねるカディナ先輩。すると、彼女の隣に座っていた女子から、パチパチパチ、と拍手が響いた。何となくつられて僕も拍手すると、全員それに倣って彼女の自己紹介に称賛を送る。

「うわー! カディナ・レオンハートの生おひかえなすって見せてもらっちゃった! めっちゃ感動!」

「え、感動してくれたんですか? ありがとうございます!」

「うんうん、ワールドジュニアテニスランナーアップ、サウスポーサービススナイパー、カディナさんと同級生になるってことで、もしかしたら在学中に一度くらいは見せてもらえるかな、って思ってたけどまさかいきなり見せてもらえるなんて最高!」

 最初に拍手を始めた女子は、おかっぱで眼鏡をかけた、素朴な印象のある外見をしていたが、憧れの人を目の前にして目をキラキラと輝かせていて、ミーハーなところもあるようだった。

 

「あ、カディナさんの自己紹介の後だけど順番だからこのまま私の自己紹介に入っちゃうね。私、記者の岸和田 安美(きしわだ やすみ)! 前から取材で顔見知りの人も、今日初めてあった人も今日からよろしくね!」

 先ほどからの流れを汲んで、みんな拍手で歓迎する。にぎやかな先輩が続いたせいで、自分が口を挟むすきがない。

 

「次は俺か。追跡者、堀津 圭司(ほりつ けいじ)だ。よろしく。逃げたペットから鬼ごっこの鬼役までこなせる。次」

 体格のいい、厳格そうな雰囲気の男子生徒はそれだけ言うと隣に促す。騒がしい自己紹介が続いただけに少しそっけない。が、こんな強面から『逃げたペット』『鬼ごっこ』なんてかわいらしい単語が出るのは少し可笑しかった。

 

「福添 志穂(ふくぞえ しほ)と申します。ありがたいことにこれまでの実績を評価していただき、希望ヶ峰学園に福祉委員として入学させていただくことになりました。希望ヶ峰学園での生活を通じてより社会に貢献できるよう努力していきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします」

 外見からも優等生っぽさをかもしだしている彼女は、外見に違わず礼儀正しそうなおっとりとした口調で述べた。

 

「僕の番ですね。芸人の霧生 雄大(きりゅう ゆうだい)って言います。今まで単なる高校級の芸人として活動させてもらってたんですけど、順調に評価してもらって、このたび『超』が付くことになりました。よろしくお願いしますね」

 大げさな身振り手振りと表情で話すスキンヘッドの霧生先輩。内容自体は普通の自己紹介だが、どこか滑稽さがありなぜかそれだけでくすりと笑えてしまう。矢継ぎ早に続けられる自己紹介に、もはや全員のを聞いてから去ろうとなかば開き直りに近い気分になってきた。

 

「次はウチやな、まあウチのことは知っとる人も多いと思うけど、図書委員の芳賀 愛(よしが・らぶ)や。愛って書いてラブって読むんやで。これ本名やで。希望ヶ峰学園のお墨付きもろて、これからもガッポガッポ稼いでいきたいんでよろしゅうな」

 芳賀先輩は恐らく、この中で一番顔と名前の知られている生徒だろう。眼鏡をかけていかにも文学少女的な見てくれに反して、『図書委員系投稿者』とキャッチコピーを冠して図書の紹介動画やブログを公開しているだけでなく、こてこての関西弁と歯に衣着せぬ物言いが受けてバラエティ番組にも出演している。その芳賀節はここでも健在だった。

 

「それでは僕ですか。料理人の勝 富士山(かつ ふじさん)っていいます。食べることも作ることも大好きで、和食洋食中華、エスニックにスイーツ、何でも作れます。よろしくおねがいします」

 名前の通り富士山のような縦にも横にも大きい、大柄な先輩だ。高校生なのにすでに料理屋の大将、といった呼び名が似合いそうな貫禄がある。

 

「……トレーダー、一目 蔵人(いちもく くらうど)」

 先ほどから一人だけ拍手もしてなかった、目が隠れるほどに前髪の長い男子生徒は、立ち上がりもせず、手に持ったスマートフォンをいじりながらそれだけを告げた。今までやや騒々しくも人当たりのよさそうな先輩ばかりだったが、超高校級ともなると一癖ありそうな人もいるみたいだ。まあ単なる紛れ込んだだけで同級生としてこれからもかかわるわけじゃない自分にとっては大した問題じゃないか。

 

「ロードレーサーの黒須 鈴(くろす りん)です。ロードって公道を使うから今まで練習にも限界があったけど、希望ヶ峰学園がバックアップしてくださることになったので、とことん活用して大会上位を獲得して恩返ししていきたいと思います」

 オールバックにサングラスをかけていて、一見すると怖いような印象だったが、自己紹介に際して見せた素顔は、さわやかな印象の女性だった。またサングラスをかけなおしたけど、僅かながらも彼女の人となりを知ってから容姿を眺めるとスポーティーな雰囲気だ。

 

「釣り師の手岡 漁子(ちょうか りょうこ)です。海も川も大好きで色んな場所で釣りに出かけてます。それでこんな焼けちゃいました」

 短髪に日焼け肌で、ともすれば……失礼ながら、スポーツ少年にも見える手岡先輩。今はセーラー服を着てるから女子だと分かるが、ジャージのような男女兼用の服を着ていたら初対面の人はどちらの性別か判断に迷ってしまうだろう。でもこういう外見の女子って割とうちの中学の運動部にもそこそこいるんだよね。

 

「ビューティーアドバイザーの竹枡 紅(たけます べに)でーす。かわいくなるためにお化粧の勉強をして実践してたら希望ヶ峰からお声がかかりました。ここでちゃんと箔をつけて将来は自分のお店を開きたいと思いまーす」

 髪には赤いメッシュのワンポイント、顔はチークや口紅でばっちり決め、爪にもネイルアートを施した派手な、ビジュアルアーティストみたいな女子生徒だ。

 

「『幸運』に選ばれた瑞倉 冠(ずいくら かむる)です。今、この場にいることは本当に最高の幸運です! 単なる抽選で選ばれただけでみんなのような才能は僕にはないけど、楽しく面白い高校生活を送っていきたいと思います」

 ところどころ白髪が混ざって老けた印象の瑞倉先輩は、そう熱っぽく話した。幸運枠に選ばれて宝くじにでもあたったような気分なのだろう。

 

「……今まで黙っててすみません、先輩方」

 ようやく自分の番が回ってきて、意を決する。

「そこの職員ロボット……モノクマって言うんでしたっけ、に案内されてきたんですけど、今日の見学会に来た中学生なんです。何か手違いがあったみたいですね。気づいてすぐ言い出せばよかったですよね。失礼しました」

 気まずい気分で深々と頭を下げて謝罪する僕。

「ウププ、コレデミンナ、ジコショウカイガ スンダミタイダネ」

「え、いえ、僕元々手違いでここに来ちゃっただけみたいなんですけど……」

「サンキセイ ノ ミナサン」

 そんな僕などどこ吹く風の様子で、機械音声を続けていたモノクマ。え、3期生? ならつまりこの人たちは80期生の超高校級の生徒じゃなくて。

 そんな思索は……

「今から……殺し合いをしてもらいまーすっ!」

 急に生身の人間のような流暢な宣言に吹き飛ばされた。それと同時に、ガシャーン、ガシャーン、とシャッターを乱暴に下げ閉めたようなけたたましい音とが立て続けに鳴り響き、ズズズズズン、とわずかな揺れが身体に届く。

 

「モノクマちゃん!? どうしたの?」豹変したモノクマを心配する羽月先輩。

「何が起こってるんすか!?」頭を掻きむしる瀬戸先輩。

「コロシアイ!? ってなんの試合ですかそれ!?」言葉の意味が分からなくとも  物々しさを感じた様子のカディナ先輩。

「この音……まさか!」音が鳴るごとに向きを変える岸和田先輩。

「殺し合い、だと?」顔をしかめる堀津先輩。

 ただ口を両手で覆った福添先輩。

「笑えないよこんな冗談!」モノクマを指さして怒鳴る霧生先輩。

「え!? どっきり!? カメラ回ってる!?」座っていた椅子を見る芳賀先輩。

「!?」轟音に驚いて転倒する勝先輩。

「うわ急に圏外になった……」とスマホからようやく目を離して顔を上げる一目先輩。

 サングラスをぐっと押し込むように抑える黒須先輩。

「え、なになに!? なんなの!?」どうしていいかわからない様子の手岡先輩。

 轟音に耳をふさぐ竹枡先輩。

「わあ、これは、とても恐ろしい!」と声を上げる瑞倉先輩。

 驚く点はそれぞれ異なっていたが、皆一様にこの状況に戸惑っていることははっきりと理解できた。もちろん自分もそうだ。

 

「うぷぷ、わめいたりあわてふためくだけなんて……最近の若い子って将来に対する意識は高いけど、眼前に迫った危機への対応力って本当に欠けてるよね」

 そんな僕たちを煽るように、モノクマは楽しそうな口調を続ける。

「だからさ……目を覚まさせてあげるよ。ドカンとね」

 そう告げた後、再び機械音声のような声に戻り、じゅーう、きゅーう、はぁーち、なーな、とゆったりとしたペースでカウントダウンを始めた。まさか……爆発でもするのか!

「椅子の下にもぐれ!」

 ほぼ正面……この声は堀津先輩か……から指示が飛んできたので言われたとおりにする。大きい椅子だったのですっぽり身体が下に収まった。なんだか防災訓練を思い出す。

「座面をモノクマに向けて倒せ! その姿勢のままモノクマから離れろ!」

 その指示に従って椅子を倒す。なるほど、座面が盾になるイメージか。

「にーい、いーち、ぜろ!」

 そう言い終わると、けたたましい爆音とともに、金属が椅子の枠に当たるキンキンキン、という音が立て続けに鳴り響いた。なりやんで、座面を確認するとモノクマだったと思しき白と黒の破片が無数に突き刺さっていた。指示に遅れたらこれが自分に刺さっていたのか、と思うとぞっとする。先輩方も同様の姿勢で、椅子や周囲を伺っている。転倒した上に体積の大きい勝先輩も、耳をふさいでいた竹枡先輩もみんなの真似をしたようで何とか対応できたようだ。

 

「終わった……?」

「終わったわけないじゃん! むしろこれは始まりだよ!」

 声のした檀上のほうを見ると、先ほど爆発したはずのモノクマが、なにやら段ボールの大荷物を抱えて現れた。

「みんな配るものがあるから取りに来てね! 従わないともう一回ドカンだよ! 今度はそんな椅子なんて貫通するくらいの火力にしてあるからね!」

 

 衝撃を身を持って体験した僕たちは誰一人逆らおうという気概を見せず、お行儀よく列を作ってモノクマからの配布物を順番に受け取る。渡されたのは、希望ヶ峰学園の学生服と、スマホのような電子機器だ。横にあるボタンを押すと、画面に『希望ヶ峰学園 電子生徒手帳』という文字が浮かび上がった。

「校則に目を通しておいてね! それじゃあ解散! 今から僕は今自爆したほうの僕の残骸を片付けなきゃいけないから早く出てってね!」

 モノクマにせかされ……僕たちはホールを後にしたのだった。

 



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第一章  カエガキク
第一章 (非)日常編1


 モノクマにホールから追い出された僕たちは、藁にも縋る思いで玄関に来たのだが……案の定、分厚いシャッターに阻まれて出入りできなかった。それどころか、あらゆる窓という窓がふさがれており、外からの光が入ってこないようになっていた。これでは時間がたったら昼なのか夜なのか、地上なのか地下なのかすらわからなくなるだろう。

 その後、モノクマに言われた通り置いておいた手荷物だけを回収し、スマホを確認した。先ほど一目先輩の言っていた通り圏外になっており通信はできない状態になっていたのだが、カメラや録音のほか、通信を必要としない機能やアプリは使えるようだった。

 そしておのおの、荷物を持ったままミーティングルームに集合した。現状認識のすり合わせと今後の方針を固めるためだ。

 

「僕の名前は琴間 恵那樹です。今中学2年生で、今日の学校見学会に参加する……予定だったんです。それがこんな大変なことに巻き込まれてしまって……」

 僕はまず、全員の前で、混乱に紛れて結局できていなかった自己紹介をした。それだけ告げると……

「それは大変なことだね。心細いだろうに、ちゃんと言ってくれて君は勇気があるんだね」

 と瑞倉先輩が拍手で答えてくれた。つられて他の先輩方もそれにならう。監禁されてコロシアイしろだの言われたり、爆発に巻き込まれたりと物騒な目に遭い心細いのは先輩方も同じなのに、年下を気遣う人の好さを感じる。

「それでは改めてこちらも……『希望ヶ峰学園 特待活動生3期生』、いわゆる『準・超高校級の才能』に選ばれた生徒です。入学前顔合わせ会、との名目で召集を受けました」

 と、自己紹介に引き続き羽月先輩が先陣を切って説明をする。

 

 本科生80期の『超高校級の才能』ではなく『準・超高校級の才能』の生徒であるという点をのぞき、見立てとだいたい同じ状況だったようだ。霧生先輩が自己紹介のときに『順調に認められて、超のつく高校級に』といういささか迂遠な言い回しをしたのは、『順調』と『準・超』という掛け言葉と、『超のつく、だけどその前に準がつく』という自虐を込めたものだったのか。

 特待活動生とは、一般入試で受け入れている予備学科の生徒の中から目覚ましい功績を残した生徒に本科生に匹敵する待遇でバックアップするための制度だ。77期生と同時に入学した当時予備学科の日向創先輩が、学費や制度等で不満を抱いた予備学科生の声を吸い上げ、学校側に直談判して認めさせたものだ。この交渉によって、秘めた才能を評価された日向先輩は78期に『超高校級の相談窓口』として本科に再入学している。

 

 先輩方は、中学から予備学科に受験して合格し即特待活動生に選ばれた人と、予備学科から再入学した人に分かれるが、予備学科からの入学の人同士でもあまり面識がないようだ。取材の名目で岸和田先輩が何度か話したことがある程度だった。

「さて、自己紹介と希望ヶ峰学園の歴史のおさらいが終わったところで……」

 と岸和田先輩が咳払いをして立ち上がる。

「この状況……といっても部分的にだけど、思い当たることがあるの」

 そう言ってポケットから手帳を取り出し、部屋の傍らにあったホワイトボードを引っ張り出してくる。まるで授業が始まるようだ。

「ここ、希望ヶ峰学園は才能を持った学生が多く集まる国の礎。だけでなく、研究成果や施設を多く備えている。必然的に、攻撃の目標になりやすい。遠距離攻撃からの避難にしろ、暴徒から籠城するにしろ、シェルターが必要となる。その機能を備えたのがここ、……だと取材で聞いたんだ。もちろんどこをどうすれば実際にシェルターが稼働する、なんていうのは超極秘情報。つまりこの監禁事件にはその情報を知りうる希望ヶ峰学園の重要人物が関わってる可能性は高いわ」

 ペンできゅっきゅと要点となる単語をホワイトボードに書き込みながら説明する岸和田先輩。

「それと、……これを見てみて」

 そういうと岸和田先輩は鞄から紙を何枚かを広げた。『入学前オリエンテーションのお知らせ』『入学許可証』『受験票』など希望ヶ峰学園から送られてきた重要書類のようだ。記者とはいえ、物持ちがいい。

「今日のオリエンテーションの招待状……今まで届いた書類に押されてた学校印と同じだった。これも希望ヶ峰学園から郵送されてる。これも重要人物が関わってるって推測を裏付けてる」

 自分に送られてきた見学会招待状とも見比べてみると、どれも寸分違わない。まさか希望ヶ峰学園に監禁犯の内通者がいるとは。

「他の可能性としては、『学校印を奪われた』『印影を偽装できる人間がいる』ってのがあるけど、どうであれ……」

 

「ごめん、ずっと気になってたんだけどいいかな?」

 仮説や推理を続ける岸和田先輩に、羽月先輩が口を挟んだ。

「なんで……モノクマちゃんに案内させたんだろ? そしてなんで、私たちはそれに従っちゃったんだろ?」

 そうだ。それは大きな問題だ。なんで不自然には思いつつも、希望ヶ峰学園ならこんなこともあるか、とスルーしてしまったんだ?

「私はもともと、モノクマちゃんが好きでグッズとかもたくさん集めてて、プロデュースした人……79期生の『超高校級のギャル』のエノジュン……江ノ島盾子先輩が希望ヶ峰学園にいるって知ってたから、むしろすごいすごーい、って思っちゃったんだけど、みんなはどう?」

「私は78期生の『超高校級のプログラマー』が作ったAIかな、って思ったんだけど」

「77期生に『超高校級のメカニック』がいたな。俺はその人物の作品かと思ったんだが」

 羽月先輩の質問に、それぞれ思い当たる人物をあげていく岸和田先輩と堀津先輩。

「プログラムと機械的な部分は理論さえ押さえれば真似できる人間はいるとして、ガワとしてモノクマを選んだことは象徴的な意味がありそうだな。とりあえず江ノ島盾子はこの件にかかわりがある念頭に入れておいたほうが良いかもな」

「それに今日の今日までこの事件を起こすことを周囲に気取られなかったその統率力……加えて同じく79期生の……」

 

「……でもそれがわかったからと言って閉じ込められてる現状は改善しないよね。むしろ余計なことに気付いた、って警戒されるだけかもしれないね」

 推理を続ける岸和田先輩と堀津先輩にそう横やりを入れたのは、一目先輩だった。相変わらず、スマホ……いや今回は先ほどモノクマから渡された電子生徒手帳をいじっていた。

「一目! 人が真剣に話してる時に!」

「……」

 一目先輩は何も言わず、胸元に手をくっつけて、人差し指で上を指した。その先に目を送ると、小さな筒状の黒いものが天井に張り付いていた。……あれは監視カメラか。確かにこの事件の犯人に『お前らの正体に気付いているぞ』と言わんばかりの態度で話し合いを続けるのは下手に刺激するだけかもしれない。しかし一目先輩もスマホばかり見てるかと思いきや、案外目ざとく見つけるものだ。

「それより優先して知っておくべきことがある。電子生徒手帳の『校則』という欄を開いてみて」

 促されて、僕は言われた通り電子生徒手帳の校則欄を開く。

 

1 生徒はこの寮内で共同生活を送りましょう。期限はありません。

2 夜10時から朝6時は夜時間とします。食堂などに入れなくなる施設があるので注意しましょう。

3 就寝は個室で。

4 寮内の調査は自由ですが、立ち入り禁止の区域には入らないようにしましょう。

5 モノクマへの暴力、ドアや設備や備品の破壊、消耗品の無駄遣いは禁止します

6 禁止行為が発見した場合、罰を受けることがあります。

7 他の生徒(見学生の琴間恵那樹クンも含みます)を殺害した生徒は卒業となります。

8 しかし、殺害したことを他の生徒にバレてはいけません。

9 校則は追加、修正されることがあります。

 

 などとつらつらと書き連ねてあった。他の生徒(見学生の琴間恵那樹クンも含みます)などと校則に名指しであげられ、どきっとする。予想はしていたが僕も殺人の標的になりうるのか。

「みた? よほど僕たちに殺し合いさせたいみたいだよ」

 その飄々とした口ぶりは、「少なくとも校則を読んだりして従ってるポーズだけでもとったほうがよさそうだよ」と暗に伝えているようだった。

 

「ああ。しかし不可解な点があるな」

 割り込んで述べたのはまたしても堀津先輩だった。

「不可解?」

「人質としての価値が高いのは、俺たちより本科生の『超高校級の才能』の生徒だ。こういうのもなんだが、特待活動生なんかは替えが利く。そんな俺らにシェルターの稼働なんか大それたことをしでかして、その上せっかく監禁した俺たちにわざわざ殺し合いさせるだと? 犯人にとって有効だとは考えにくい。見せしめにまず一人殺して、飲まなければさらに被害者が出るぞと脅したほうが社会に要求するにしても、俺たちを従わせるにしても合理的だ」

 淡々と物騒な意見を出す堀津先輩に場は静まり返る。

 

「どうして……こんなのって、ないよ……」

 監禁されている現況を再確認したのか、竹枡先輩は今にも泣きだしそうだ。

「大丈夫です、大丈夫ですから……」

 隣に座る福添先輩が、まるで自分にも大丈夫だと言い聞かせているかのように竹枡先輩を慰めている。

「そしてその殺す一人に選ばれるとしたら、君だろうな。琴間恵那樹」

「え……僕ですか!?」

 仮定の話とはいえ、殺すなんて言われて、心臓が跳ねるような思いだ。いや、実際に鼓動が早まっている。額から汗も流れているようだ。強い感情はこういった生理現象にも影響を及ぼす……なんて保健体育で習ったけど、このような形で体験したくはなかった。

「そうだな……俺がテロなら琴間を殺して『逆らうとお前らもこうなるぞ』と脅す。その後、思いっきり厚遇しつつ、思想教育を施し、仲間になるよう洗脳する。そうして才能を持つ人材を獲得する……だろうな」

 

「あまり脅かさないでよ! 琴間くん酷い顔してるよ!」

 そう口を挟んだのは黒須先輩だった。黒須先輩の表情はサングラスに隠されているが、彼女も心中穏やかでないのは容易にくみ取れた。

「すまない。警察ともかかわる才能がら、犯罪者視点でも色々と考えてしまうんだ」

 その空気を感じ取った堀津先輩は謝罪をした。もしかしてこの手のテロにまで対応したことがあるのだろうか。もしそうなら、モノクマの急な自爆にあのような的確な指示を出してくれたこともうなずける。自己紹介のときには『逃げたペットから鬼ごっこの鬼まで』なんて言ってたけど、あれは堀津先輩なりのユーモアだったのだろうか?

 

「だが状況は悪いことばかりでもない。俺たちは拘束されているわけでもなく、この中で自由に動けている。それに日本の警察は優秀だ。早晩、救出は来るはずだ。それまでパニックに陥らないことが最重要だな」

「そ、そうだよな。『校則』で殺し合いを迫られてけるど『拘束』されてるわけじゃないもんな。警察官も『休出』して『救出』に当たってくれるよな」

 スキンヘッドに浮かんだ汗をハンカチで拭きながら、霧生先輩はそう、大きく息を吐くように言った。

「コウソクでコウソク、キュウシュツでキュウシュツ! 同音異義語、ってやつですね! ユーダイさん、さすが芸人ですね!」

 霧生の発言を拾ったのはカディナ先輩だった。……あ、いま霧生先輩がいったことダジャレみたいになってたのか。

「あ、いや……そうそう、これは日本の伝統的ジョーク、掛け言葉だ!」

 霧生先輩は意図していったわけじゃない様子だったが、カディナ先輩に好奇の眼差しを向けられてそう答えざるを得ない様子だった。

「もっと聞きたいです! 何かないですか?」

「よし……じゃあ俺のとっておきを聞かせてやる。『突然来てすみません! ホタテとタコで炊き込みご飯を作るんで、炊飯器を貸してください!』」

「推参して水産物で炊爨ですね! 私も炊き込みご飯大好きです!」

「正解! じゃあ次だ! 『吊るし切りって難しいですよね。でもそんなときは、ほらこのヨクキレール包丁を使えば! うわー、むずかしい骨のないアンコウだってザックザク! あん肝だってほらこの通り!』」

「簡単に肝胆が取れて感嘆してるんですね! あん肝はポン酢に限ります!」 

 突然始まったジェスチャー付きダジャレクイズと、難しい漢字にもかかわらずなぜか正解を導き出すカディナ先輩のシュール漫才に、場に流れてた陰惨な雰囲気は薄れ、他の先輩方にも笑顔が広がっていく。

 

「お魚の話したら、お腹すいてきちゃったね。でも食べ物とかあるのかな?」

 そう言い出したのは手岡先輩だった。この一言で、全員完全に緊張の糸が切れたようだ。

「その確認を兼ねて、いったん会議は中断して寮内の探索に当たるとしようか。いきなり根詰めすぎるのも良いとは言えないだろうからな」

「賛成! こんなところに閉じ込めておいて食料もなかったりしたら犯人の奴らぶん殴ってやる」

 景気付けするように手の平に拳を二回ほど叩きつけていい音を鳴らす手岡先輩。もちろん強がりなんだろうが、彼女も元気が出てきたようだ。

「図書室とかもあるかなー外に出れないならせめて本とか読んでれば気はまぎれるからなー」

「なかったら私が描いてあげる」

「やったーせいらちゃん大好きー!」

 芳賀先輩が零したそんなつぶやきに、絵本作家の羽月先輩の申し出からの申し出。

「よく考えたら、美容師のまさなおくんもいるし、料理人のふじさんもいるし、メイクとかもべにちゃんに教えてもらえるし、ここ住むには困らないじゃん! むしろ一緒に住めるなんてサイコーじゃない!」

「ええ、腕を振るっちゃうよ」

 今まで口を出すタイミングのなかった瀬戸先輩は話を振られたのがうれしかったのか、右手をハサミに見立ててちょきちょきと切るように動かした。

「僕は呼び捨てなんすね……」

「だって『ふじさんくん』じゃ変でしょ!」

 

「うんうん、こんなすばらしいみんなと共同生活なんて面白い、面白い、面白いよ! 本当に幸運に選ばれてよかった!」

「そうだね、助けが来るまでの間、みんなで楽しいことして待ってるだけでいいんだよね……」

 みんなを激励するように面白いを連呼する瑞倉先輩に、泣いていた竹枡先輩も涙をぬぐって無理やりな笑顔を作って見せた。

 そんなこんなでわいわいがやがやと解散となった。

 状況を整理することで少しだけ希望が見えてきたようだ。

 



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第一章 (非)日常編2

 解散してまず僕が足を運んだのは食堂だった。軟禁されている状態で一番の心配事になるのは、やはり食料だろう。

 食堂は、大人数で集まって会食できそうなスペースがあり、その奥に厨房がある一般的な作りになっていた。つまり食堂を経由しないと厨房には入れない。

「やっぱ希望ヶ峰の寮、最高の設備がそろってるね」

「食べるものもたくさんあるーひとあんしんー」

「ようかんもあるし缶のおしるこもある、よかったー」

「やはりシェルターとしてあつらえられた施設ですから、長期間の籠城にも耐えられるようになっているんですね」

 奥から会話が聞こえてきた。すでに勝先輩、手岡先輩、黒須先輩、カディナ先輩が三人で設備の調査に当たっているようだ。料理人とアスリート系の才能の女子3人の組み合わせか。まず食べるものを確認しに来たのも何となく納得する。中は、コンロも鍋も大型冷蔵庫も複数ある、大型飯店の厨房と言った趣だ。それにしても籠城、なんて言葉が自然に出てくるなんてカディナ先輩ってよほど日本通なんだろうな。

「もぐもぐ……よーかん美味しい」

 冷蔵庫の前ですでに黒須先輩がコンビニで売ってるような手のひらサイズの羊羹をかじっていた。僕と目が合うと、つまみ食いを見咎められた子供のように一気にそれを口に詰め込んだ。

「ああ、琴間くんいらっしゃい」

 僕の姿を認めると、勝先輩が声をかけてくれた。ほんとなんだか、大将、って感じの人だよな。

「せっかくいい厨房があるから夕食はボクが作るよ。下ごしらえのいらない簡単なものだけどね。なんか食べられないものってあるかな?」

「特にないです。なんでも食べられます」

「うんうん、好き嫌いなく何でも食べられるのは良いことだ」

「あたしも食べられないものはないよ」

 声がして黒須先輩のほうを向くと、羊羹はすでに飲み込み終えたようで、今度は缶おしるこを手にしていた。意外とよく食べる人なんだな。初対面の緊張と殺し合いを強いられたことによる険が和らぐと、他の先輩も色んな側面が見えてくるかな。

「黒須先輩、あんこ好きなんですか?」

「うん。カロリーも糖分も高いし甘くておいしいし大好き。補給食にピッタリ」

「え、『カロリーと糖分が高い』から好きなんですか?」

 ダイエットの番組やCMが毎日テレビをにぎわす昨今、ほとんどの人、特に女性はカロリーや糖分を極力抑えたいものだと思っていた僕はそう尋ねた。

「そだよ? 意識して取らないとハンガーノック怖いし」

「ハンガーノック?」

「体内のエネルギーが足りなくなって倒れちゃうこと。長時間自転車に乗ってると補給も忘れちゃうこともあるからしっかり採らなきゃね。今日も自転車で来たし」

「あれ、黒須先輩、ここから家近いんですか?」

「20キロだから自転車で通える距離だよ」

「20キロって、それ電車使う距離ですって……」

「だって家から駅行って、駅で電車待って、電車で過ごして、駅から学校に行くのとかかる時間そう変わらないからなあ」

 自転車の才能で希望ヶ峰学園に入学した黒須先輩とは言え、突っ込まずにはいられなかったが思いもよらぬ反論が返ってきた。

「話し戻して悪いけど、あたしはフグの肝臓と卵巣が食べられなーい」

「いやみんなそれは食べられないって」

 今度は手岡先輩と勝先輩が漫才を始めた。

「テトロドトキシンで身体が動かなくなっちゃう」

「それは動かなくなるね。生物界最強レベルの毒だからね」

「もし食べちゃったら顔だけ出して後は土に埋めて治してね」

「それは迷信だね」

「あ、でも2年間塩漬けにして糠漬けにすれば食べられるようになる」

「石川県の名産珍味の作り方だね」

「私は『バロンゾ』がたくさんは食べられません」

 そんな二人に割って入るカディナ先輩。

「バロンゾってなにー!?」

「ノヴォセリック王国民が特別な日に食べる主食で、マカンゴがレメッツォした場合、それを祝うヘヘンドの席で振舞われるものです」

 矢継ぎ早に聞きなれない単語を並べ立てるカディナ先輩。

「あとカエンタケも食べられないね。ハゲる」

 相変わらず毒のある食べ物を上げる手岡先輩。

「もぐもぐ……きんつば、おいしい……」

 相変わらず食べ続けている黒須先輩。サングラスかけたままむしゃむしゃしてるのはなにかシュールだ。勝先輩のツッコミが追い付いていない。

 ボケの応酬に収拾がつかなくなってきたのでここらへんでお暇させてもらうとしよう。

 

 

 次にやってきたのは、狭い部屋に本棚が高く積まれ、対面する形で椅子の置かれた机のある、進路指導室みたいな部屋だった。いや、資料室、と言ったほうが的確だろうか。席には岸和田先輩と堀津先輩にかけている。近づいてみると、話し込みながらペンを動かし熱心にガリガリと動かし、なにか書き物をしていた。

 

『希望ヶ峰学園重要人物の関係

 

 学園長・霧切仁、78期生超高校級の探偵・霧切響子 

親子。

 

 78期超高校級の幸運・苗木誠、2期特待活動生幸運・苗木こまる

兄妹。

 

 77期超高校級の幸運・狛枝凪斗、78期超高校級の幸運・苗木誠

 他人。名前がアナグラムになっているのも、『声優同じなんじゃね?』ってぐらい似てる声も偶然。

 

 77期超高校級の御曹司・十神白夜、78期超高校級の御曹司・十神白夜

 親戚?

 同一世帯での同姓同名は認められていないため兄弟ではない。

 十神家は親族で後継者争いをし、敗者は追放されるらしい。しかし、敗者が新たに一からビジネスを興し再起するケースもあるようなのでどちらかがその敗者筋か? 体系はともかく容姿自体は瓜二つと言っていいほど似ているのでかなり近い血筋かもしれない。どちらも「十神の名に懸けて!」とよく口にするため十神家を誇りに思っているようだが……』

 

「うわっ……」 

 びっしりと書き込んでおり驚愕して声を漏らしてしまう。堀津先輩もそれで僕に気付いたようで顔をあげた。

「おお、琴間か。何か用か?」

「それ……すごい熱心にされてますね」

「ああ。俺たちが監禁されてる件の犯人は希望ヶ峰学園の重要人物だって推測しただろう? 俺と岸和田でもっと確信に近づくために思いつく限りの関係性を洗って、首謀者に近づこうと思ってるんだよ」

「さすがですね。……ですが」

 僕は天井を見まわして監視カメラを探した。一目先輩に言われた『余計なことに気付いたら警戒されるだけかもね』という言葉がいまだにひっかかっているのだ。案の定、そこここに吊り下げられていた。

「あの時は全員いて不用意なことを言ったら巻き込んでしまう危険性もあったからそれ以上の言及は避けておいたが、俺自身はそんなことでは止まりはしない。岸和田もそうらしい。……ふふふ、犯人どもめ。追跡者、堀津圭司の標的に選ばれた以上、逃げきることは能わないと理解させてやる。『堀津の名に懸けて!』……なんてな」

「ひゃーかっちょいー!」

 監視カメラに向かって指をさしてそう宣言し、野心的な笑みを浮かべる堀津先輩と、指をカメラの形にしてカシャカシャするジェスチャーをとっておどける岸和田先輩。

 その片鱗は初対面からすでに見えていたが、堀津先輩はなかなかの自信家のようだ。

「え、堀津先輩もなんかさっき書いてた十神家みたいに才能のある血筋なんですか?」

「いや。いたって平凡な家庭の生まれだ。父も警察官だが交番勤務の『みんなのまちのおまわりさん』、って感じの険のない人間だぞ。ちょっと公私混同するところがあって、逃げたペットの捜索に家族の俺たちを動員することがよくあったが、そのおかげで俺は希望ヶ峰学園のお眼鏡にかなうほどの才能が身に着いたんだから問題ないだろう」

 しれっと言ってのける堀津先輩。

「そうだよね。誰だって自分の名を懸けてもいいよね。それじゃあ私も、『岸和田の名に懸けて!』……なんてね」

 堀津先輩に倣ってびしっとポーズを決める岸和田先輩だったが、指をさした方向には監視カメラは存在しなかった。

「で、琴間くんは名を懸けないの? 見てみたいな」

「え、恥ずかしいですよ」

「えー先輩の私たちがやったのに、琴間くんはやらないのー?」

 ねちねちとした口調で岸和田先輩に詰め寄られ、僕は意を決する。

「わ、わかりましたよ……『こ、ことまのなにかけて……』」

「きゃーかわいー!!」

 堀津先輩にしたのよりも激しく、シャッターを切るジェスチャーを繰り返す岸和田先輩。

「さて、あまり俺たちのそばにいると余計なことを知ってしまうかもしれんぞ」

「そうですね、作業中失礼しました」

 それもあるし、更に岸和田先輩にいじられるかもしれないし、ここは危険が大きいので先輩たちとは別れた。

 

 遊興室、と表札のある部屋の入ってみると

「なんじゃこりゃ?」

 とつい声に出してしまった。入って左端にチェスや囲碁のようなボードゲーム盤が置いてあるのはまだしも理解できる。だが部屋の真ん中には麻雀卓とマット付き麻雀牌セットが鎮座し、正面端にはゲームセンターにあるようなパチンコ台とパチスロ台が一台ずつ置いてあるのはなんなんだ? しかも筐体にはモノクマがデカデカと載せられてるし。なぜ高校の寮にこんなものが置いてあるのだろうか? 超高校級のギャンブラーもいたけどその関係か?

「おや、ここは……」

 と僕の後に入ってきたのは福添先輩だった。優等生優等生した感じの彼女はこういった雰囲気は苦手だろうな、と内心予想していたら……

「なつかしい感じですね」

「な、なつかしい?」

 予想だにしていなかった感想がこぼれて、あっけにとられておうむ返ししてしまう僕。

「ええ。ボランティアで通っていたデイサービスにもこのような部屋がありましたから」

 そう言えば聞いたことがある。レクリエーションでこのような遊びを取り入れている施設もあると。

「雀卓もあるのですね。琴間さんは麻雀はできますか?」

「アプリとかパソコンとかではやったことがありますけど、実際にやったことはないですね」

 無料で遊べるアプリは多くあって興味はあるが、実際にやると現物もメンバーも必要になるし、なかなか始められない。と二の足を踏んでいる中学生は多いだろう。

「それでは近いうちに、一緒にやってみませんか?」

「え、ええ。ぜひお願いします」

 意外な申し出に、つい承諾してしまった。

「それにしても意外ですね。なんというか……福添先輩はこういった不健全な遊びは苦手そう、って印象ありましたから」

「不健全なことではありませんよ。頭と手先を同時に使うことは、機能回復と認知症予防に最適で多くの現場で実践されています。それに中途失明者の場合、麻雀をしていた人のほうが点字識字の上達が早いという仮説があります。これは指で彫られた柄を認識する、いわゆる『盲牌』という動作で指で読むという習慣付けがなされていたことが要因だということでして……」

 とうとうと語りだす福添先輩に僕は口をぽかんとあけてただ聞いてるだけしかできなかった。福添先輩のほうも僕が呆れてると察したようで。

「……とまあ色々理屈を付けましたが。要は私が単に麻雀が好きなんですよ。悪いですか?」

 とわざとらしくツーンと上を向いて開き直ってしまった。優等生っぽい外見とは裏腹に、あざとい所もあるみたいだ。

「いや悪くないですよ。でも麻雀は四人必要ですよね」

「他の人にも声をかけておきます。面子が集まったときはよろしくお願いしますね」

「はい、こちらこそお願いします」

 それだけ確認して、僕たちは遊興室を後にした。

 

 ホールの開けた談話スペースで、一目先輩が新聞を読んでいたので話しかけることにした。

「一目先輩、新聞とかよく読むんですか?」

「まあね。社会情勢を知ることはトレードの基本だからね」

 と新聞に目を落としたままだが返事を返してくれた。

「でも今日の朝刊の情報ももうほとんど役に立たないよなあ」

「役に立たない?」

「だってそうでしょ。重要施設である希望ヶ峰学園で監禁テロ事件が起きてるんだからあらゆる相場大荒れするでしょ」

 今自分が置かれた状況ですら、相場の一要因として一歩離れたところから眺めている様子の一目先輩。トレーダーとして名を成すにはこのぐらいの客観的視点が必要なのだろうか。

「安全保障が機能してないってことになるから日本、ひいては日本企業に対する信頼は暴落、日本円の価値も下がって……大損こいた人もいるんだろうなあ。それどころか僕たちが監禁されてる件はあくまで氷山の一角に過ぎなくて、ありとあらゆる通貨が意味をなさないような状況になってたりして。まあ僕はこういった有事のときに逆に価値が上がる現物の純金とかプラチナにも投資もしてあるけどね。それでも手荷物だけの状態で監禁されてりゃ世話ねーか」

 専門用語を並べ立て余裕そうな口調でそう言ってのける一目先輩。

「……先輩は今のこの状況が怖くないんですか?」

「まあたしかに怖いっちゃ怖いけど、テロとか戦争とか世界中で起きてることだからね。自分の身にも起こりうることだという前提でずっと生きてきたからみんなよりはだいぶ落ち着いてると思うよ」

 こともなげな一目先輩の底知れなさは拭えないが、その視点がこの状況を打破してくれるきっかけにつながると信じて不安をあおるような話し方に苦言を呈すことはしまい。

「まあ、こんな性格で煙たがられてるのはよくあることだから嫌われても気にしないけど、一応できる限りみんなで生きて出るにはどうすればいいかは考えてるよ。単なるクラスメイトでも、優秀な人材とのつながりは財産になるしね。特にこんな僕に話しかけてきてくれた君のことも悪しからず思ってるよ。単なるまぎれこんだ中学生だとしてもね」

 そう告げられ、一応誉め言葉と受け取っておく。少しでも一目先輩の内心をつかめたことは成果だと思って、その場を辞した。

 

 

 ガーガー、と、風を送っているような音が聞こえてくる小部屋に入ってみると手前に洗濯機と乾燥機が二台ずつ置いてある、小型のコインランドリーのような施設と、さらに奥には……美容室? 鏡の前にセットチェアが一席置いてあって、その後ろに反対の壁向きのリクライニングチェアと洗髪台がある。エプロンつけてセットチェアに座った人物にドライヤーをかけているのは瀬戸先輩だが、散髪ケープ身にまとって目の上に蒸しタオルをのっけて仰向けになってるのは誰だろう? 髪に赤いメッシュが入ってるから竹枡先輩か。腕を振るっちゃうよ、って言ってたけどまず竹枡先輩が瀬戸先輩のスタイリングを受けてるのか。

「今日はシャンプーだけさせていただきましたがいかがでしたか?」

「うん、ばっーちり」

 お店の美容師のようにうやうやしく尋ねると、竹枡先輩はそう答えた。目にタオルを乗っけているが、上がった口角から笑顔になっていることは想像できた。

「でも、なんで一番最初にあたしにー?」

「他の人に頭を触られるとセロトニンっていう幸福伝達物質が分泌されて不安やストレスが軽減されて落ち着くらしいんで、一番まいってそうだった竹枡チャンにしてあげなきゃな、って思ったんすよ。準・超高校級の美容師の頭皮マッサージはダテじゃないっすよ」

「……ありがとう」

 いきなり殺し文句のような瀬戸先輩の言葉。竹枡先輩の頬が赤くなったように見えるのは、さっきまで泣いていたからだろうか? シャンプーやタオルで顔が火照ったからだろうか?

「これから忙しくなるっすねー。福添チャンもきつそうだったし、芳賀チャンもしてほしそうだったし、琴間チャンも気丈に振舞ってるように見えたけど一番若いっすからちゃんとケアしてあげなきゃだし、岸和田チャンとか堀津チャンもああいうタイプも何かの意外とぽきっと行くかもしれないし」

 他の人の名前を出されてちょっとむすっとした様子の竹枡先輩。目が隠れてるのにここまで表情まるわかりな人も珍しい。

「ロングの羽月チャンとかカディナチャンとかオールバックの黒須チャンとかベリーショートの手岡チャンとかも自分で維持するの大変そうだし、瑞倉チャンとか一目チャンも白髪染めたりバッサリ切ったりしてバシッとすれば結構輝くと思うんすよ。勝チャンと霧生チャンの二人は洗った後ドライヤーがいらなそうすね」

「それって全員じゃーん! でもそれだと瀬戸くんはどうするのー? 『他の人』に頭皮マッサージしてもらわないとセロトニン? が出ないんでしょー?」

「町に一件しかない床屋の頭はぼさぼさ、っていう話にみたいになってきたっすね。確か『床屋のパラドックス』とかいうんでしたっけ」

「……良かったらさ、あたしに任せてくれない? ビューティーアドバイザーのあたしとしてもそういうのできるようになっておけばキャリアの幅が広がると思うからさ」

「いいんすか? じゃあお願いするっす。それと信じてくれてありがとっす」

「信じてくれて?」

「いや、美容師ってタオルで顔を覆ったり刃物を持って後ろに立つじゃないすか。普段はともかく殺し合いを強制された状況だったら、断られても仕方ないかなとは思ってたんすけどね」

 ……おそらく出会って半日も経ってないであろうに、早くもカップル成立か、それともここぞという時に他の女の名前を挙げる鈍感男のせいでなかなか進展しないか、という雰囲気に当てられた僕は、すごすごとその場を後にした。

 

「いくぞーゆーだーい! 千本ノックやー!!」

「うおおおお、僕は絶対にくじけない! 心を燃やせ! ガッツだー! 君と僕との正義のファイトー!」

 広い倉庫の中で、芳賀先輩と霧生先輩がおもちゃ屋とか100均に置いてそうなプラスチックバットとゴムボールで遊んでいた。芳賀先輩がノッカー、霧生先輩が受け手のようだ。スキンヘッドの霧生先輩は高校球児みたいでなんか様になってるが、図書委員然とした芳賀先輩がバットを振り回すのはシュールだ。そしてノックというにはあまりに早すぎるペースで打ち込まれるため、そらしたり体にぶつかったりしてる。

「……先輩方、何してるんすか」

「お、えなきくんナイスキャッチ」

 僕のほうに飛んできた球を捕球しつつ、そんな小学生みたいな騒がしい二人にツッコミを入れる僕。

「いや、ウチらは遊んでたわけやないで。倉庫にあるものをチェックしてたんや」

「そうそう。どう見ても遊んでただろ、っていうのは禁句な!」

 出かかった言葉を先んじて言われたのでそれを飲み込む。まあ二人もやっと緊張が解けて来たんだろうから深く追求することはしまい。

「日常生活に必要そうなもんは大体揃っとるな。まあ不便はしなさそうや。メイク用具なんかもあったからべにちゃんも退屈しないとは思うで」

「うんうん。物ボケを考えるには申し分ない量だ」

「よーしゆーだい、続きや―! 残り……えーと何本やっけ? ままええわ、飽きるまでやるでー!」

 などと千本ノックを再開してしまう二人。まあ本人らが楽しそうならいいか、と倉庫を出ていく、

 

 ここは保健室か、保健の先生が座ってそうな机といすが一セット、ベッドが一台と薬品棚がある作りだが、薬品棚の数がやたら多く、それに天井に着きそうなほど高い。そして机で瑞倉先輩が作業をしていたので声をかける。

「瑞倉先輩、何をされてるんですか?」

「僕のしていることに興味を抱いてくれたのかい? これはね、消耗品や薬品の効用や在庫を確認しているんだよ」

「先輩薬品の知識とかあるんですか?」

「いや、全くないよ。でも説明はちゃんと容器に書いてあるし、数を確認するだけだからこんな僕にだってできることなんだ」

 ここで生活していくに当たり、ケガや体調不良などがないとは言い切れない。むしろ僕らは監禁されているという緊張状態にあるのだから平時よりその危険は大きいだろう。それを見越した動きができる瑞倉先輩は気が回っている。

「それにしたってすさまじいことだよ。ご家庭に常備してあるようなお馴染みの薬だけじゃなく、無味無臭透明の睡眠薬とか即効性の下剤なんてのはまだかわいらしいほうで、青酸カリとか推理ものお約束の致死性毒とか、聞いたことないような毒もずらりとあるよ」

「……それってまずいんじゃないですか」

「そのとおり、とってもまずいよ。だから今リストを作ってたんだ。ところで琴間君朱肉持ってない?」

「ああ、それでしたら……」

 今日はもともと学校見学会に来たということで、特別に筆箱の中に入れておいてあったのでポケットから取り出して手渡した。

「ありがとう。ちょうど持ってて貸してくれるなんて用意がいい上に優しいんだね」

 そう言って受け取ると、朱肉に指を押し付け、机の上に置いてある手書きの書類に押していった後、スマホを取り出して写真を撮っていった。

「何してるんです?」

「薬品リスト作ったから、リスト自体をすり替えられないように拇印を押していってるの。筆跡と指紋の二重体勢。さすがに両方僕の物に偽装できるような人はいないでしょ。みんなを信頼してないわけじゃないけど念のためね」

 瑞倉先輩の行動の速さと、念には念を押す慎重さに舌を巻く思いだった。……霧生先輩と芳賀先輩とは大違いだ、なんて失礼なことを思ってしまった。

「ところで今から時間ある? 僕のつくったリストに間違いがないか確認してほしいんだけど」

 そんな瑞倉先輩の頼みを無下にしたくはないと承諾する。何がどういう薬品か、というのは量が多すぎて覚えられなかったけど、数は全て正確だった。そうしているうちに切りのいい時間になったので、連れ立って食堂に向かった。

 

 夕食の時刻になったので僕たちは食堂に集まり、寮内探索の情報交換をした。

今行ける場所は『体育ホール』『食堂・厨房』『資料室』『遊興室』『談話スペース』『ランドリー・美容室』『倉庫』『保健室』、そして一人一人に部屋が割り当てられた『寄宿舎』があるということ。

 加えて立ち入り禁止となっている小部屋があること。『ランドリー・美容室』の隣に『ダストルーム』があるということ。

 瀬戸先輩が希望者には理美容サービスを行うということ。

 岸和田先輩と堀津先輩が犯人の正体を追っているが、危険なので関わりたくないものは関わらなくてもいいということ。一目先輩も社会情勢の考察をしていること。

『保健室』には薬品があり瑞倉先輩がリスト化していたので、持ち出すときは個数と名前を記入してほしいということ。……遊んでた倉庫組の霧生先輩と芳賀先輩は、瑞倉先輩(と僕)の献身に己の身を顧みたのか、他の施設も同じように物品をリスト化する作業に取り掛かると表明し、福添先輩と竹枡先輩もそれに加わる、ということは決定した。

 そして全員で勝先輩が作ってくれた夕食をとることにした。下ごしらえする時間がない、と言っていたようにシンプルな一汁一菜だが、出汁から取ってあるのか味わい深い。

「この味わい……サバ節とカツオ節のブレンドかな」

「正解。さすが手岡さんだね」

「……すまん、誰かニンジンは食べてくれるか」

「あれ、堀津くんでも苦手なものはあるんだね。堀津の名に懸けて食べてほしいもんだけどね」

「せっかく勝チャンが星形に切ってオシャレにしてくれたのにダメなんすか?」

「俺にだってダメなものはある……」

「ヤスミさん、『堀津の名に懸けて』ってなんですか? なんだかかっこいいです!」

「堀津くんと琴間くんの決め台詞。みんなもやる?」

「それでは、レオンハートの名に懸けて! ……どうでしたか?」

「うわレオンハートとかかっこよすぎじゃーん」

「じゃあ私がもらうーわーいお星さまのニンジンだー」

「せいらちゃんは好き嫌いしなくて偉いねーウチのもあげる」

「もぐもぐ……お米おいしい……」

「うふふ、なんだか皆さんにぎやかになってまいりましたね」

「本当だね、面白い、面白いよ!」

「……ごちそうさま」

「一目君食べるの早いね」

「……みんながしゃべってて食べるの遅いだけ」

 先輩方も元気を取り戻してきたようだ。瑞倉先輩がいうようにこの状況になっても面白いという気持ちも何となくわかってきた。頼りになる先輩も、ちょっと頼りない先輩もいるけど、全員が自分にできることを探し、状況を打破しようとしている。

「あれれ? ボクの分はないの?」

「本当だ、勝君モノクマちゃんの分は?」

「用意するわけないでしょ! 羽月さんも乗らないで!」

 食事も終わりつつあるそんな和気あいあいとした雰囲気の中に招かれざる客の乱入。

「出たかモノクマ……」

 堀津先輩はにらみつけるようにそんなモノクマを見つめる。歴戦の刑事のような鋭い眼光だ。

「まあちょうどよかった。お前に聞きたいことは山ほどあるんだ」

「山ほど!? それはどの山かな? 世界最高峰を誇る標高8848メートルのエベレストぐらい? それとも日本一低い山である標高4.53メートルの天保山ぐらい? 間をとって日本で二番目に高い北岳ぐらい? 僕も暇じゃないんだから質問は一個で勘弁してよね」

 そんな眼光もどこ吹く風と飄々と答えるモノクマ。

「それでは今回は一つで勘弁してやろう……校則7と8に関してだ。どうやってバレなかったか判断するんだ? 全員で話し合いでもして決めるのか?」

「おお、さすが堀津クン、察しがいいね。そのとーり! 死体が発見されたら、そのことをアナウンスした後、一定の捜査時間を設け、学級裁判を通じて誰が犯人かを当ててもらいまーす! 今後被害者は『シロ』加害者は『クロ』と定義するからね。……だからさ」

 そう一拍おいて、

「人を殺そうとするやつは……勝算をもって挑戦しろよ。学級裁判も開かれずに黒的中、なんて興ざめな展開だけは見せてくれるなよな」

 やけにドスの利いた声でそう伝えた。

「これでいいかな? じゃあねー」

 と言って去っていったモノクマの背を皆一様に黙って見つめる。

「……ますます奴らの目的がわからなくなったな。殺し合いをさせたいのにこんな釘を刺したら尻込みするだけだろう」

「ま、私たちのするべきことは変わらない! 助けが来るまでパニックにならずに待つ、たったそれだけ!」

 不穏になった空気を振り払うかのごとく岸和田先輩がそう宣言し、大きく両手を叩いて一本締めとした。

 

 食器を片付けたのち、僕は寄宿舎へと向かった。個室ごとにアイコンのような似顔絵をのせてあり、誰がどこの部屋かはすぐにわかった。

 一息ついて、設備を確認する。ベッド、ウォークインクローゼット、シャワートイレに湯舟もあるユニットバス、小型冷蔵庫、テレビ……ホテルの一室のようなラインナップがそろっていて高校生の宿舎にしては豪華だ。衣類もジャージだけでなく、ホテルみたいなガウンがあった。モノクマ柄のパジャマもあったがこれは着たくない。ガウンでも着て歯を磨いて寝よう。

 ベッドで横になる。とにかく、今日は色々なことがあって疲れた。憧れの学校への見学会、からの拉致監禁、個性的な『準・超高校級』の才能を持つ先輩方との交流、寮の確認と薬品在庫管理。

(そういえば……)

 寮内を確認してる時に、羽月先輩にだけ会わなかったな……と思いつつ、まあ自室にでもいたんだろうと大した問題じゃないとして、そのまま眠りについた。

 



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生徒名簿&モノクマ劇場1&アンケート

※ギフテッド行政特例

 有望な人材が年齢を理由に才能を伸ばす機会が損なわれないよう、年齢制限に達していない、もしくは必要となる期間の勤務・修学経験のない人物にも特別に国家資格免許を与える制度。政府の委託を受け希望ヶ峰学園が制度運営を担う。

 

並びは五十音順

 

一目 蔵人 (いちもく くらうど)

『準・超高校級のトレーダー』

身長161㎝ 体重49㎏

誕生日 1月9日

・資格 

 貴金属鑑定士所持。

・外見

 目元が隠れるほど前髪が長い。

・備考

 話し方で煙たがれることがあり、本人もそれを自覚しているが気には留めていない様子である。

 

 

勝 富士山 (かつ ふじさん)

『準・超高校級の料理人』

身長177㎝ 体重81㎏

誕生日 7月6日

・資格 

 ギフテッド行政特例により調理師免許、ふぐ調理取扱者所持。

・外見

 縦にも横にも大きい。貫禄のある。

・備考

 高校生ですでに『料理屋の大将』と言った風格。ツッコミ体質。

 

 

カディナ・レオンハート

誕生日 8月10日 

『準・超高校級のテニスプレーヤー』

身長176㎝ 体重58㎏

・資格

 留学生ビザ(ノヴォセリックから日本)

・外見

 金髪ですらっとしている。誰もが美人と評するだろう。

・備考

 日本文化が好きだが『仁義を切る』などの少しずれたところもある。

 

 

岸和田 安美 (きしわだ やすみ)

『準・超高校級の記者』

身長159㎝ 体重55㎏

誕生日 4月8日

・資格

 なし

・外見

 素朴な印象を受ける黒髪。

・備考

 記者としての使命か真実を追求する姿勢が強いがおちゃらけたところもあり。

 

 

霧生 雄大 (きりゅう ゆうだい)

『準・超高校級の芸人』

身長167㎝ 体重56㎏

誕生日 5月5日

・資格

 漢字検定1級所持

・外見

 スキンヘッドでどこか典型的な高校球児を彷彿をさせる。

・備考

 掛け言葉やダジャレのような同音異義語を多用する。

 

 

 

黒須 鈴 (くろす りん)

『準・超高校級のロードレーサー』

身長167㎝ 体重53㎏

誕生日 9月6日

・資格 

 なし

・外見

 オールバックにサングラスでスポーティーな感じ

・備考

 気が付いたら何かしら食べてる。特にあんこ物が好き。自転車で消費するためカロリーを意識して取ってる。

 

 

琴間 恵那樹 (ことま えなき)

『予備学科入学志望生』

身長152㎝ 体重48㎏

誕生日 3月1日

・資格

 英語検定3級、漢検3級所持。

・外見

 ややあどけなさが残る。頭頂にアンテナのような毛。

・備考

 外見に反し中学二年生にしては意識が高く、しっかり者の印象。

 

 

瑞倉 冠 (ずいくら かむる)

『準・超高校級の幸運』

身長171㎝ 体重43㎏

誕生日 ?月?日

・資格

 なし。

・外見

 白髪交じりでやや老けた印象。

・備考

「面白い」「恐ろしい」など感情を言葉に出すことが多い。

 

 

瀬戸 政直 (せと まさなお)

『準・超高校級の美容師』

身長180㎝ 体重68㎏

誕生日 6月10日

・資格

 ギフテッド行政特例により美容師・理容師の資格所持。

 ヘッドセラピスト所持。

・外見

 あごひげ、ソフトモヒカンで大人びている。

・備考

 全員にヘッドスパを施して緊張を解こうとするなど面倒見がいい。

 

 

竹枡 紅 (たけます べに)

『準・超高校級のビューティーアドバイザー』

身長166㎝ 体重49㎏

誕生日 11月2日

・資格

 メイキャップアーチスト、ネイリスト所持

・外見

 髪に赤いメッシュ。メイク、ネイルもしている。

・備考

 コロシアイ開始時点で一番混乱していた。年相応に精神的に未熟。

 

 

手岡 漁子 (ちょうか りょうこ)

『準・超高校級の釣り師』

身長163㎝ 体重58㎏

誕生日 10月9日

・資格

 ギフテッド行政特例により船舶操縦士所持。

・外見

 日に焼けたベリーショートで少年と見紛う。

・備考

 株式会社テビシの社長の娘。

 

 

羽月 聖来 (はづき せいら)

『準・超高校級の絵本作家』

身長141㎝ 体重42㎏

誕生日 2月28日

・資格

 なし

・外見

 長い黒髪。背は低く、実際の最年少の琴間より幼く見える。

・備考

 エノジュンがプロデュースしたキャラクターとしてのモノクマのファン。

 

 

 

福添 志穂 (ふくぞえ しほ)

『準・超高校級の福祉委員』

身長161㎝ 体重58㎏

誕生日 12月19日

・資格

 ギフテッド行政特例により介護福祉士、作業療法士所持。

・外見

 いかにも優等生といった感じに髪も服装も整え、姿勢も常に正している。

・備考

 年下の琴間にも『さん』づけをするなど礼儀正しい。麻雀が趣味。

 

 

堀津 圭司 (ほりつ けいじ)

『準・超高校級の追跡者』

身長176㎝ 体重65㎏

誕生日 10月9日

・資格

 ギフテッド行政特例により自動車運転免許、大型二輪運転免許所持。

・外見

 やや厳格な印象のある強面。

・備考

 リーダー気質でクラスメイトを引っ張る。やや自信家なところあり。

 

 

芳賀 愛 (よしが らぶ)

『準・超高校級の図書委員』

身長160㎝ 体重57㎏

誕生日 4月18日

・資格

 ギフテッド行政特例により司書所持。

・外見

 眼鏡をかけて大人しそうな、図書委員然とした見てくれ。

・備考

 外見に反してこてこての関西弁を操るお調子者。

 

 

―――― <モノクマ劇場>

 

 準・超高校級の才能の持ち主のみなさま、ご入学おめでとうございます!

 さーて一日目が終わったね。中々みんなまとまって和気あいあいとすごしているけど、これからどうなっていくのかなあ、ワックワクのドッキドキだね!

 ところで、ボクには好きなクイズ番組があるんだ。お正月の恒例になってるからみんなのなかにも知ってる人も多いんじゃないかなあ?

 ある特定のジャンルの超一流と、そこそこのアマチュアの作品と、ド素人のを比べさせて、どれが超一流の物か、って当てるやつ。

 そんなのだれでもわかるんじゃない? って思うだろうけどみんな面白いぐらい間違えるよね。

 解答者が超一流の絵を「全体的に稚拙」とか言っちゃったり、ド素人の作品を「超一流しか出せないオモムキ」とかエラソーなこと言い出すとゲラゲラと大きな笑いが止まらなくなっちゃうよね。

 でもさぁ……そんな風に全国放送で腐された超一流の人の気持ちは考えたことあるかな?

 ボク? 考えたことはないけど、どうなっちゃうんだろうね?

 絶望するのかな? 失望するのかな?

 これまで人生をかけて磨いてきた自分の才能が、まさか番組が用意したド素人でも替えの利く……コンパチものって思い知っちゃうなんてどんな気持ちなんだろうねぇ。

 

 

 



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第一章 (非)日常編3

『朝6時になりました! 夜時間に閉まっていた施設が開く時刻です! それではみなさん、本日も張り切っていきましょう!』

 急に部屋のテレビからモノクマの声が流れてきて目を覚まさせられて最悪の気分だった。それにしても朝6時に起こすだなんて殺し合いを強いているくせして妙なところ健康志向だ。

 そう言えば昨日すぐに寝ちゃったからテレビは調べてないな、と思って電源を付けてみる。

 

『みんなでやろう! モノクマ太極拳!』

 チャンネルを変える。

『みんなで踊ろう! モノクマダンス! あ、そーれ!』

 チャンネルを変える。

『モノクマの魔法使い!』

 チャンネルを変える。

『ボクモノエもん! 全自動絶望マシーンー!!』

 チャンネルを変える。

『われら! モノクマーズ!』

 

 ……奇妙な動きや格好をするモノクマの映像ばかりが流れたので電源を切った。しかもなんかやけにカラフルなモノクマが複数いるのもあったし。

 それにしてもなんだか肌着が湿っている。緊張状態にあったからかひどく寝汗をかいていたようだ。そういえば昨日は風呂に入っていない。湯船を張りつつ、部屋に用意されていた下着とタオルを支度する。

 

「ふぅ……」

 お湯に浸かって人心地付きながら、さっぱりしつつも逆に腑に落ちない気分が増してきた。犯人が僕らに殺し合いをさせたいなら、こういった上水下水などのインフラを止めて切羽詰まらせたほうがより効果的なんじゃないか? 準備してあるタオルやパンツ、シャンプーもボディーソープもなんかやたら高級品だし、なんかやけにちぐはぐなところがある。まあ考えたところで仕方がない、使えるものはありがたく使っておこう。と普段より気持ち多めにシャンプーをカシュッカシュっと手のひらの上に出して入浴を満喫した。

 

 上がって下着姿のまま、部屋を闊歩して着替えを探しに行ったところでどれにするかを迷う。昨日も着てた中学の制服か、モノクマに配られた希望ヶ峰学園の制服か、希望ヶ峰学園学校指定ジャージか。ジャージには下に着る用の体操服もセットだ。

「……せっかくだから」

 憧れの希望ヶ峰学園の制服を着てしまうか。歴代の超高校級の先輩方は普段はそれぞれ好き勝手な格好してたが、重要なイベントの時にはきっちりとそれで揃えていた。

 ビニールの袋に入ったままたたまれた、おろされたばかりの状態のそれ。濃いブラウンのブレザーとズボン、白いワイシャツと赤いネクタイ。封を切り、かみしめる様に袖を通す。採寸もしてないのにぴったりのサイズなのだが、なんか、制服を着てるはずなのにコスプレでもしているような気分だ。クローゼットの姿見で確認してみる。

「……なんか制服に着られてる感じだな」

 と言ったところだった。まあ、馬子にも衣裳、ってこともあるしこれを着て気を引き締めていくか、と食堂に向かう。

 

 厨房にはすでに人の気配があり、食堂まで出汁のいいにおいが漂っている。その元をたどって厨房に入ると、ジャージにエプロン姿の手岡先輩が大鍋をかき混ぜていた。

「おはよー恵那樹。はやいねー」

「おはようございます手岡先輩。先輩も早いですね」

「うん。私はいつもこのぐらいにはしゃっきり動いてるよ。朝釣りの時とかはもっと早いけどね。それにおでんが気になって」

「おでんですか?」

「昨日の間に下ごしらえしておいたんだ。料理人だからって食事の準備を富士山にばかりさせるのも悪いし、それに毎食毎食みんなで集まって、手を合わせていただきます、なんてこれからできないこともあるだろうから作り置きの利くおでんにした」

 昨日はフグとかカエンタケが食べられないとかボケボケな発言してるところしか見てなかったけど、手岡先輩もしっかりクラスメイトに貢献する意思があるようだ。

「まあ私が好きなのもあるけど。ちょうど、うちが出してるのもあったしね」

「うちが出してる? ってどういうことですか」

「親の会社が出してるってこと。株式会社テビシって知らない? 手のひらを菱形で囲ったロゴの『おーさーかーなーは! て・び・し!』ってCMのやつ」

 手岡先輩のCMソングはやや調子っぱずれだったが、聞いたことがある。元々老舗メーカーだが、昨今の日本食ブームで海外でもさらに売り上げを伸ばしてるとか。

「実はこう見えても、大企業の御令嬢なのだ!」

 失礼ながら、大企業の御令嬢、というよりはどちらかというと、元気いっぱいおぼっちゃん、って見てくれの手岡先輩は、わざとらしく両手を腰に当ててない胸を張って見せた。

 

「やーおはよー」

 話していた僕らにそうあいさつしたのは、眠そうな顔をした羽月先輩だった。長い髪も寝ぐせで乱れ気味だ。

「……って羽月先輩まだパジャマじゃないですか」

 そして身に着けているのは、僕の部屋にもおいてあったモノクマ柄のパジャマ。もし僕が風紀委員だとしたら『はしたないぞ羽月クン! 寮内とは言え公共の場である食堂に寝間着で現れるなんて!』とでも苦言を呈したくなるような格好だ。せめてボタンは全部閉めてほしい。一番上のボタンが止められてないから胸元が見えそうだ。

「そだよ。こぼしたりしたりすると困るから、着替えるのは朝ごはん食べた後」

 内心割と動揺している僕のことなどどこ吹く風でそう言ってのける羽月先輩。

「聖来って朝からおでんいける?」

「おでん? 大好き! トマトは入ってる?」

「うわいきなり変わり種いくじゃん。入れてないし、苦手な人もいるだろうから入れないでほしいなあ」

 返答にしゅんとする羽月先輩。

「せっかくコンロもたくさんあるし別の鍋で煮る? 汁も移していいよ」

「わーいありがとう手岡さん」

 一転ぱあっとした笑顔になる羽月先輩。表情がコロコロ変わって面白い。

「せっかくだから私でも色々つくろ。ロールキャベツとかチーズ巾着とか」

「とことん変化球で攻めるね! 巻いたり包んだりするやつは手間がかかるからあたしは作ってないけど、分けてくれる?」

「もちろん! たくさん作っておくからみんなで食べようね。巾着もチーズだけじゃなくて中身色々巾着にしてみるかな」

 そんなこんなで、僕は器を用意して手岡先輩のおでんをよそってもらった。羽月先輩は、まず自分用の小鍋に汁を分けてもらっているようだ。

 食堂の席について、いただきます、と手を合わせたところで

「ひゃー! 汁が跳ねたー! 柄のモノクマちゃんの白い所がおでん色にー!!」

 ……なんて声が厨房から聞こえてきた。

「朝食こぼして超ショック、ってところかな」

 厨房に入ってきた霧生先輩が、開口一番、そんな駄洒落を飛ばす。

「おはようございます霧生先輩。先輩も朝早いんですね」

「まあ早朝現場入り、ってこと多いから起きてすぐ動けるようにしてる。高校生の若造が遅刻してケツカッチン、なんてことになったら二度と呼ばれないかもしれないからな」

 業界用語を交えて答える霧生先輩。ケツカッチンって確かスケジュールが押すことだっけ。準・超高校級の芸人ともなるとそこら辺の意識も高いんだろうなあ、と思ったのだった。

 

 そういえば昨日最初に案内された体育ホール、モノクマに追い出されてから調べてなかったよなと思い向かってみる。

 すると、カンコンカンコン、と小気味良い音を響かせながら、体操服姿のカディナ先輩と黒須先輩が卓球に興じていた。邪魔しちゃ悪いかな、と切りのいい所で話しかけようと思ったが、応酬はなかなか止まる気配はない。勝負というより、お互いに相手の打ち返しやすい所へ打ち返しあってる感じだから、ラリーを続けるようにしているのかな。

 それにしても延々と続く。片や準・超高校級のテニスプレーヤー、片や準・超高校級のロードレーサーだから体力も尋常じゃないのだろう。

「よし千本達成!」

「やりましたねリンさん!」

「千本!?」

 そう喜び合う二人と千本という数に驚く僕。昨日『千本ノックやー』なんて遊んでる先輩もいたが、本当に千本ラリーをしでかす人がいるとは。

「あ、ごきげんよう。エナキさん。気づかなくてすみませんでした」

「琴間くんおはよう」

 僕の姿を認めると、二人とも挨拶を返してくれた。

「こんにちはカディナ先輩、黒須先輩。それにしても千本なんてすごいですね」

「いや、片道で一本カウントしてるから実質五百往復だけだよ?」

 こともなげにそう言って、黒須先輩はグラスを外して体操服の裾を持ち上げて顔の汗をぬぐったり頭を掻いたりしている。カディナ先輩もそれにならう。……あの、先輩方、お腹、丸見えですよ? さすがアスリート系の才能の持ち主の二人、腹筋も引き締まっててきれいだなあ、なんて感心する。あれカディナ先輩、おへそを中心にした模様のタトゥー入れてるのか……ってあんまり凝視するのも良くないな。

「それにしても汗かきました! バターになりそうです!」

 珍妙な例えをするカディナ先輩。虎だったかライオンだったかがバターになる絵本って確か『ちびくろさんぼ』だったか。あれ? 汗かきすぎるからじゃなくてグルグル回ったからじゃなかったっけ?

「琴間くんもやる? 相手するよ」

「え……今千本ラリー終わったばっかなのにまだ動けるんですか?」

「お昼ご飯にいい時間までもうちょいあるし、体がなまらない様に動いておきたいからね」

「じゃあお願いします。お二人と違って制服なのであまり激しくはできませんが」

 そして、二人と交互にラリーの相手をしてもらった。二人ともなれない僕にも打ちやすいように親切に返してくれたが、特にカディナ先輩のコントロールは正確無比だった。サウスポーサービススナイパー、だったかの二つ名は卓球でも健在だった。

 その後、片付けと掃除を終えた僕らは三人で昼食をとることにした。朝食に引き続き手岡先輩のおでんだが、羽月先輩が作った鍋の方にも『ご自由にお取りください』との書置きがあったので、ちょっと拝借したのだが……

「うっわからーーーー!!!」

 チーズ巾着かと思ってとったやつの中に大量の練りからしが仕込まれていて咳き込んでしまう僕に、

「オー! おでんリアクション芸ですね!」

 と拍手を送ってくるカディナ先輩と、

「もぐもぐ……ちくわおいしい……」

 と食べ物のこととなると周囲が見えなくなる様子の黒須先輩だった。

 

「痒いところはないっすか?」

「ないです」

 食後、僕は瀬戸先輩のお言葉に甘えて頭皮マッサージを受けることにした。いつもカットのみの1000円床屋で切ってもらってるので、他人にシャンプーしてもらうのなんて久しぶりだった。

しかし、さすが瀬戸先輩だ。指の腹で力強くも優しく、ぎゅっきゅと頭にあるツボを刺激されるような感じで、幸福伝達物質だったかセロトニンだったかがじわじわ分泌されてくるような気持ちよさだ。

 洗い流した後のドライヤーも格別だ。熱風を手で散らしてリラックスできる温度に調整されてるような適切な温かさ。これが準・超高校級の美容師の技術か。

「左側にちょっと伸びてるところがあるんでそこだけ切らせてもらっていいっすか」

「お願いします」

 瀬戸先輩に逆に頼まれて快諾する。世の中の散髪客が散髪屋にハサミやカミソリでグサリとされる心配をしないのと同じように、僕は瀬戸先輩にそのような心配を全くしていなかった。その信頼にこたえるように(というのも大げさだが)ちょきんと左手で左もみあげを切っただけでハサミをしまう瀬戸先輩。

「あれ先輩、左手も使えるんですね」

「そうしたほうが便利っすからね、練習したんすよ。これで完成」

 そう言って僕から散髪ケープを外す。

「それじゃあお代をいただきますかね」

「え、お代?」

「琴間チャンへのお代は……そうだな、『希望ヶ峰学園、予備学科でも合格して俺らの後輩になってくれること』っすかね。受験、頑張って」

 そう言ってウインクを飛ばす瀬戸先輩。……シャンプーで気持ちよくさせた後にこの言葉は卑怯だ。その手指と言葉のテクニックで何人の女性を落としてきたんだろう、と下衆の勘繰りをしてしまう。

「ええ、受験勉強、がんばりますね」

「ファイトっすよ。こんな状況でも折れない琴間チャンには絶対、なんらかの才能があるはずっすから」

 勇気づけられて、絶対に生きて帰って、今度はここに受験をしに来てやる、という決意を新たにするのだった。

 

 出ようとすると、ランドリーに芳賀先輩がいた。声をかけようか、とも思ったが洗濯物にはプライバシーなものも含まれるだろうからあまり話し込むのも良くなかろうと会釈だけすると、

「こんにちゃえなきん」

「こんにちは芳賀先輩」

 と向こうから声をかけられたのでそれに応じる。……僕の呼び方は『えなきん』なのか。

「倉庫のリスト作成のほうは休憩させてもろて、その間にお洗濯を済ませちゃおーって思って」

「そうなんですね」

 今は希望ヶ峰の制服を着ているから、昨日着てきた制服の方でも洗っているのだろう。少しの間でも使って身の回りのことをするなんて、時間の使い方うまいんだなあ。

「それにしてもさっぱりした感じやん。まさなおくんにシャンプーしてもらったん?」

「ええ。気持ちよかったです。励ましてももらったし、瀬戸先輩って本当に良い方です」

 ちょっとキザなところもありますけどね、という言葉は飲み込んだ。

「芳賀チャンもいかがっすか?」

 片づけをしていた瀬戸先輩が割り込んでくる。瀬戸先輩に一番最初にして欲しがったのが芳賀先輩だっただけに、ちょうど良かったんだろう。

「ええんか? ちょうど洗濯を待ってただけなんで、ちょうどよかったわ。それではよろしゅうね」

 招かれて奥の美容室へと向かう芳賀先輩。すでに竹枡先輩という前例があるだけに、落とされないかだけが気がかりだった。

 

 

「さて、この事件に関して複数の仮説が浮かんだ」

 堀津先輩は全員集まった夕食の席で皆の前でそう宣言した。

「おそらく、どれかしらは当たってるはずだ。だが、知ってしまったことでかえって危険な立場になるかもしれないのでここで公開することはしない。知る覚悟のある者だけ、俺の個室に来るように」

 明日には自分が死ぬかもしれない、堀津先輩の顔にはそんな覚悟が浮かんでいた。

「……さすが堀津くんだね。私は記者として知る覚悟がある」

 そんな覚悟に、岸和田先輩も応じる。

「……ところで複数の仮説、っていくつあるの」

「まず軸となるのがおよそ11037通りだ」

 その数の膨大さに、岸和田先輩でなくとも注視していた全員が、前のめりになる。霧生先輩あたりはずっこけるような勢いだ。しかも11037なんていう中途半端な数字なのに「およそ」って。

「さらに一見無関係そうな人物や、主犯と共犯も考慮したパターンにすると……えーと、あれ、何通りだこれ?」

「ってそれは何もわかってないのと変わらないんじゃないかーい!」

 右腕をあげてツッコミを入れる岸和田先輩。

「失敬な。これらを一つ一つ検証していけば自ずと犯人にたどり着くだろう」

 堀津先輩は大まじめな顔をしてそう返した。

「それにしてももうちょっと絞ってから言おうよ……真相にたどり着く前に助けどころか寿命が来そう……」

「それにしてもこんな数よく一日で思いつきましたね」

「まあ足し算したり組み合わせで掛け算していくとどうしてもそのくらいにはなってしまうものだ」

 そんなこんなで肩透かしのような気分を味わった僕たちは、勝先輩のつくった夕食に舌鼓を打つことにした。シンプルなカレーのようだが深みがある味だった。

「これは……トマト入ってるね」

「正解。よくわかったね」

「わーい勝君に褒められた」

と指摘する羽月先輩。おでんにも入れてたし、トマトが好きなんだろうなと思った。その日の夕食も和気あいあいとした雰囲気で終わったのだった、

 

 

 まだ寝るまでに時間があるので、瀬戸先輩に励まされたので受験勉強にでも手を付けようか、と自室で参考書を開いたが……

「……全然身が入らない」

 とすぐに閉じてしまう。それもそうか。むしろ『拉致監禁強迫されて明日命があるかどうもわからないけど受験勉強が捗るぜ!』なんて方がどうかしてるか。

 とりあえず食堂に向かって夜食でも探すかと足を運ぶと、かすかにコーヒーの香りが漂ってきた。席にはポットとカップを手にした竹枡先輩が掛けている。

「琴間クンも飲む―?」

 とお呼ばれしたので僕も厨房からカップを持ってきてご相伴に預かることにした。こぽこぽと注がれると、芳醇な香りが届く。

「砂糖とミルクは入れないのー?」

「ええ。ブラックでいただきます」

「ふーんそういうところも大人っぽいよねー」

 竹枡先輩もブラックで飲んでるようだが、僕の大人っぽい、ってところは何もブラックコーヒーを飲むという点だけではないだろう。割と関わった人みんなに言われる。 

「……あたしさー、福添サンや瀬戸クンにも心配してもらってなんとか立ち直れたけど、琴間クンは年下なのに動じてないよね」

「こう見えてけっこう動じてますよ。それに瀬戸先輩には僕も励ましてもらいましたし」

「……そうだよねー。瀬戸クンはみんなに優しいんだよね」

 残念そうな表情の竹枡先輩。目の上にタオルをのせた状態でもバレバレだった表情が、素顔だとよりたやすく見定められる。何となく居づらくなり、ぐいぐいと熱いコーヒーを飲み進めていき、

「ごちそうさま。おいしかったです」

 とだけ告げて、自分の分のカップを片付けて部屋に戻った。コーヒーを飲んだのに、すぐに眠りにつくことができた。

 




 二日目が終わったね。みんな仲良しだけど、こっちもそろそろ動機が用意できたから、そろそろ場が動くんじゃないかな?
 さて、名簿の名前と才能だけ書いたのを載せておくよ。生死予想にでも使ってね。

一目 蔵人 (いちもく くらうど)
『準・超高校級のトレーダー』

勝 富士山 (かつ ふじさん)
『準・超高校級の料理人』 

カディナ・レオンハート 
『準・超高校級のテニスプレーヤー』 

岸和田 安美 (きしわだ やすみ)
『準・超高校級の記者』 

霧生 雄大 (きりゅう ゆうだい)
『準・超高校級の芸人』 

黒須 鈴 (くろす りん)
『準・超高校級のロードレーサー』 

琴間 恵那樹 (ことま えなき)
『予備学科入学志望生』 

瑞倉 冠 (ずいくら かむる)
『準・超高校級の幸運』 

瀬戸 政直 (せと まさなお)
『準・超高校級の美容師』 

竹枡 紅 (たけます べに)
『準・超高校級のビューティーアドバイザー』 

手岡 漁子 (ちょうか りょうこ)
『準・超高校級の釣り師』 

羽月 聖来 (はづき せいら)
『準・超高校級の絵本作家』 

福添 志穂 (ふくぞえ しほ)
『準・超高校級の福祉委員』 

堀津 圭司 (ほりつ けいじ)
『準・超高校級の追跡者』

芳賀 愛 (よしが らぶ)
『準・超高校級の図書委員』

 
 
 さてどうなっていってしまうのか、ワックワクのドッキドキだね!


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第一章 (非)日常編4

『朝6時になりました! 夜時間に閉まっていた施設が開く時刻です! それではみなさん、本日も張り切っていきましょう!』

 三日目となる朝もモノクマのアナウンスで不機嫌に目を覚まし、身支度して食堂に向かう。するとすでに福添先輩と勝先輩が掃き掃除をしていた。

「おはようございます。琴間さん」

「おはよう琴間くん」

「おはようございます福添先輩、勝先輩」

 朝の挨拶を交わす僕ら。こんな状況なのにさわやかな気分だ。

「お二人ともこんな時間から掃除なんてすばらしいですね」

「いえ。私たちが使ってる宿舎ですから、私たちの手できれいにしないと」

「ボクもまず掃除からだ、っていうのは大将にみっちりしこまれたからねえ。昨日の朝は休ませてもらっちゃったけど」

 と殊勝な返事のお二人。先輩方にだけ掃除させて自分は何もしない、っていうのも気が引けるので手伝うことにした。それにしても、すでに大将の風格のある勝先輩にも大将と呼ぶような人がいるのか。……まあ勝先輩に限らずここにいる先輩たちも僕と一年か二年かぐらいしか離れてないから当然か。

「そうだ琴間さん。麻雀の件ですが、もう少し待っていてくださいね。実践の前に基本から教えてほしいとのことなので」

 と約束したことの状況の報告も忘れない福添先輩。年下の僕にも『さん』づけで話すことも相まって、育ちの良さを感じられる方だなあ。食堂と厨房が一通り終わったところで、一旦掃除用具を片付ける。

「ふわぁ……おはよー」

「おはよーっす」

「おはようございます」

 そのうちに他の先輩方もちらほらやってきて全員揃ったので、朝食をとることにした。おでんばかりなのも飽きるので、今日はパンや目玉焼きなどの洋食。竹枡先輩も希望者にはコーヒーを淹れてくれていった。

「竹枡チャンのコーヒー旨いっすね! 毎日でも飲みたいぐらいっす!」

 ナチュラルに口説きだす瀬戸先輩に頬を染めながら小さくガッツポーズするようにこぶしを握った竹枡先輩。

「黒須チャンの目玉焼きの焼き具合も絶妙っすね! 俺の好みに合うっす!」

「もぐもぐ……そのぐらいの焼きがおいしいよね……」

「やっぱ福添チャンと勝チャンと琴間チャンがきれいにしてくれた食堂で食べると朝食もいつも以上にさわやかっすね……いつもって言ってもここにきてからの朝食はまだ二回目っすけど。あ、いや、昨日の朝食が悪かったってわけじゃないっすよ。手岡チャン、羽月チャンおでんありがとっすね」

 しかし、誰も彼も褒めまくる(しかも女子比率多め)瀬戸先輩に、竹枡先輩は……あ、「それがあなたのいい所よねー」って思ってる顔だ。満更でもないらしい。

「来たときよりも美しく! の精神! 素晴らしいですね! 和の心、って感じです!」

「そうだ。ごれから寮内をみんなで掃除しないか? 部屋で延々と仮説ばかり立てているのも不健康だろうからな」

「部屋で延々仮説立ててるのは堀津くんだけっしょ……」

「そっすねー。僕は今日はこのあとカディナチャンとの先約があるっすけど、終わったらそのまま美容室掃除するっす」

「じゃあ私も切ってもらった後はそのまま隣のランドリーをお掃除します」

「まあウチらはそのまま倉庫でええかな、ゆーだい」

「僕は遊興室でも掃除するかな。面白そうだし」

「……談話ホール。楽そうだし」

 掃除の話でこんなに盛り上がれるなんて、監禁されてとりあえずそのことを少しでも意識したくない時ぐらいしかありえないだろうな。

 

 僕は談話スペースを掃除することになったのだが、一目先輩は片手にほうきでおざなりに床をはきながら、もう片手で雑誌を読みながら手抜き掃除をしている様子だった。

 あまり人とかかわろうとしない雰囲気だけど、一応は掃除に参加しているし、僕のことも悪しからず思ってるとのことだったのでこちらから話しかけてみることにしようかな……と近づいて行ったところ、雑誌の記事が目に入ってしまった。

「ひっ……」

 それを目の当たりにした僕は、そんな声をあげてしまう。若い男性が磔にされ、大量に出血し、背後の壁に「チミドロフィーバー」と書きなぐられた写真を目の当たりにしたからだ。

「びっくりさせないでよ予備学科志望君」

「それ……何読んでるんですか」

「これ? オカルトマガジンの世界の殺人鬼特集」

「そんなものどこにあったんですか……」

「持ち込んだ手荷物。好きな号だからよく読み返してる。予備学科志望君も読む?」

 と雑誌を近づけてくる一目先輩。びっくりしたのはこちらの方だ……僕のことは予備学科志望君で覚えているし。

「ジェノサイダー翔に、女性ばかりを狙う謎の殺人鬼に、外国にはキラキラちゃん、なんて言うのもいる。世界には人を殺すのが大好きな人はたくさんいるんだよねぇ。まあそんな記事を喜んで読んでる読者層も大概か。特にキラキラちゃんは日本にもファンがいるみたいで、決め台詞の和訳版を寄稿してくれたのが載ってるよ」

 そんなことをべらべらと心底楽しそうにまくしたてる一目先輩。

「でもさぁ……世の中にはもっと恐ろしい殺人鬼が潜んでいるとにらんでるんだよね」

 と、今度はテーブルの上にあった一昨日の新聞を広げて、片隅の記事を指さす一目先輩。

 

『比嘉 飯子さん(80)が数週間前から行方不明。何らかの事件に巻き込まれたものとして捜査を進めています。詐欺の被害届を提出していた件との関連は不明……』

 

 ……まあこういうのも不謹慎かもしれないがよくある記事だ。

「こういう失踪事件は何件も起きてるんだよ。そのうちの何件が、殺人鬼の仕業なんだろうねえ」

 完全に自分の世界に入っちゃってる一目先輩を尻目に、僕は掃除を再開する。まああまり広くないしすぐにあらかたはき終えてまとめたごみをちりとりでまとめると、出たごみはこちらへ、と大きな袋を携えた福添先輩がちょうどよく表れたので、ざざっと袋に流し込んで終いとしたのだった。

 

 昼食を終えて、なにか暇つぶしになるものはないかな、と遊興室に向かったところ、玉をはじくような音と、やたらサイコポップで軽快な音楽が部屋の外にまで漏れている。中に入って目に入ったのは、白髪頭の後ろ姿。

「……瑞倉先輩、パチンコなんてしてるんですか」

「うん、今までやったことなかったけど、面白そうだったからね」

 ハンドルをひねりながら瑞倉先輩はそう答える。こんな時に、とも思ったが、こんな時だからこそ、遊んだほうが良いんだろう。

 台の方を見ると、玉を置いておく場所……上皿っていうんだっけ、にはゲームセンターにあるやつのように蓋がしてあって玉が持ち出せない作りになっていた。

 

 

 

『ピンポンパンポーン! 死体が発見されました!』

 

 

 いきなりそんなモノクマの声が響き、ドキッとしてパチンコ台の方を見ると……液晶に希望ヶ峰学園の制服を着たアニメ絵柄の女子生徒が、血を流して倒れていた。

「なんだ……パチンコの演出か。驚かせて」

「そうだよねえ、驚いたよねぇ」

 眺めていると、僕らと同じように監禁され殺し合いを強制された希望ヶ峰学園の生徒たちが、証拠を探していき、クラスメートに潜んだ殺人犯、クロを見つけ出すというストーリーが展開された。

『正しくクロを指摘できれば大当たり! ボタンを押せ!』

 指示された通り瑞倉先輩がボタンを押すと、台が虹色に光輝き、クロとされた生徒が首枷をはめられて引きずられていくアニメーションが流れ、祝福するようにモノクマの群れが液晶に現れた。

『おめでとう! 大当たり!』

 ……いやこれのどこがおめでたいんだ。と内心毒づく僕。

「これで当たったんだ。面白いね」

「え、これが面白いんですか?」

「パチンコって当たったら面白いものなんでしょ。だったらきっとこれは面白いものなんだよ」

 ちょっと感性が異なるけど、まあどんな些細なことでも褒めるのが瑞倉先輩のいい所なんだろうな、とあえて深く尋ねることは避けておいた。

 それにしても音も光も激しくて目もチカチカするし耳もギンギンする。あまり長くいるとひどくなりそうだ。と、瑞倉先輩に一言告げて遊興室から出た。

 

 夕方、救助も進展もなく自室でぼんやりとしていると、

『ちょうどみんな自室にいるね!』

 と、突然テレビが付きモノクマの声が流れてきた。

『お前らさぁ……殺し合いをしろって言ってるのに何やってるの? 皆で仲良くお掃除したり、卓球やらパチンコやらで遊んでるやつもいるし、『犯人を突き止める』なんて探偵ごっこしてる奴らもいるし、なんだかいい感じになってる奴らもいるし、……まぁ、こっちもいきなり殺し合いをするとは思ってなかったけどさぁ』 

 べらべらと勝手なことを述べ立てるモノクマ。テレビの電源を消そうとしたが消えない。

『だからさぁ……動機を用意したよ! この後に流れる映像は個人個人に合わせたものだからね!』

 

 画面がパッと切り替わって、映し出されたのは、

「……僕の家?」

 

 一昨日、家族に「行ってきます」と告げて出てきた家の、無惨な姿だった。

 窓は割られ、

 家具は荒らされ、

 床には穴だらけ。

 それどころか、あちらこちらに鮮血が飛び散っていて、この家で惨事が起こったことを如実に物語っていた。

 

 お父さんはどうしたんだ? 才能を伸ばすカリキュラムを組んでいる都合上、どうしても学費が高くなる希望ヶ峰学園予備学科への入学志望を「お前のやりたいことをやれ。金は気にするな」と認めてくれたお父さんは?

 

 お母さんはどうしたんだ? パートタイムと家事と僕への家庭教師の三足のわらじで僕の学力を希望ヶ峰学園予備学科入学圏内にまで引き上げてくれたお母さんは? 希望ヶ峰学園の見学会に向かう僕を見送ってくれたお母さんは?

 

 画面にはただ風景が写っており、バラエティ番組の煽りワイプのように、

『琴間クンのご家族はどうなったのかな? 答えは卒業の後!』

 とだけ浮かんでいた。

 電源ボタンを強く強く押し込んでも、画面は消える気配はない。もしかして、ずっとこの映像が映し出されたままなのか? 憎しみを込めるように液晶を叩いても、ただ音が響くだけだ。

『ついでに! その映像は事件が起きない限り消えないよ!』

 憎たらしいモノクマの声が届いてくる。ただそこに映し出されるだけで不気味なそれを見ないようにしても、どうしても気づいたらそちらに目線を送ってしまう。次の瞬間に、見慣れた平和な家庭の映像に切り替わっていることを期待しても、そのたびにそんな希望的観測は打ち砕かれる。

 

 もう見たくない、と部屋から出ていくが……当てはない。まあ食堂にでも向かうか、と足を運んだら、先輩方も同じような映像を見たのか皆一様に青ざめた顔で集まっていた。この場にいないのは……堀津先輩だけか。

 だが……集まったからと言って何ができるのだろう? しばらくの間、誰も口を開こうとせず、ただ距離をとってお互いをけん制しあうようなまなざしを飛ばしあうだけだったが……、

「瀬戸くん! つらそうな顔をしているけど、美容室の予約はまだ有効?」

 と沈黙を破るように、瑞倉先輩が聞こえよがしにそう尋ねたのだった。

「え、ええ……やるっすよ。ドタキャンも悪いっすからね」

 気おされたようにそう返す瀬戸先輩。

「よかったあ! 予約が有効なのはうれしいなあ! 楽しみにしていたからなあ! もうそろそろ時間だから向かってるよ」

 言葉通り心底嬉しそうに食堂を出ていってしまう瑞倉先輩を、瀬戸先輩は追うようにかけていった。……これは瑞倉先輩なりの励ましなのか? あんなものを見せられた後でも、君は『卒業』のために殺しはしないと信じてるからね、ということなのか?

 しかし……今の瑞倉先輩の行動に対する反応はまちまちのようで、何かを宣言しようと周囲を伺う者も、食堂を出ていく者も、水を汲んできて立て続けに飲んでいる者もいた。夕食をとるものもいたが、手岡先輩の作り置きおでんではなく未開封の缶詰とかを開けて食べている……ここも居心地が悪い。そうだ、テレビにテープか何か貼ればちっとは気にならなくなるかも、と倉庫に向かうことにした。

 

 倉庫のリストを調べると、複数の種類のテープがあるようだった。このリストを作ったのは……霧生先輩、芳賀先輩、福添先輩、竹枡先輩だったか。『ガムテープ』の欄に『琴間 一つ』と記入しておき、それを取って自室に向かい液晶を覆うように目張りをするが……

「……やっぱり気になる」

 わずかに漏れ出る光に気を引かれてしまう。

 もしかして、次の瞬間には元の僕の家の状態に戻ってるんじゃないか、そうでなくても何らかの変化があるんじゃないか、といった考えが消えない。

これではよく眠れないだろう。……確か薬品棚に睡眠薬があったか、あれをもらってこようと、今度は保健室へと足を運ぶと、そこには先客がいた。

「……羽月先輩」

「……琴間君」

 羽月先輩も憔悴した表情で、薬品棚をあさっていた。

「そういえば、琴間君って瑞倉君と一緒にここのお薬のリスト、作ったんだよね。眠れそうな薬ってあるかな?」

 あまり薬品に詳しいわけじゃないけど、確か……と思ってリストをパラパラとめくる。無味無臭透明になる明らかに犯罪に使うようなのしかなかったが……

「『モノコロリン』っていうのが、一番下の棚にありますよ」

 と答えた。それにしても酷い名前だ。

「ありがとう。それ持ってくね」

「はい。リストに『羽月 一箱』って書いておいてくださいね」

 そう告げて、自分用にも『琴間 一箱』と記入しておく。それだけ持って出ていく羽月先輩を見送ってから、自分も同じ薬をもらっておき、自室へと戻る。

 どれくらいの効き目かわからないが、もし名前通りコロリと眠ってしまったときに備えて身支度を整えてから、箱から一包取り出して水と一緒に流し込む。

 そのまま布団に潜りこんですぐにまどろみを感じていき、眠りへ……

 

『朝6時になりました! 夜時間に閉まっていた施設が開く時刻です! それではみなさん、本日も張り切っていきましょう!』

 ややくぐもった声が、テレビから流れてきた。目を開くと、ガムテープを貼られたテレビが目に飛び込んでくるが……

「……映像が消えてる?」

 放送を終えたあと、僅かに漏れる光すらなくなって、モニターにはなにも移されていない状態になったようだ。

 ……その映像は事件が起きない限り消えないよ。

 昨日モノクマが言っていた言葉が思い出される。まさか……いやそんなことはない。きっと定時放送と一緒に終わりにする仕組みになっていたんだ……と自分を納得させて、身支度をして食堂に向かう……一刻も早く全員の無事を確かめたい。そんな気持ちだった。

「……おはよう琴間君」

「おはようございます羽月先輩」

 すでにいつものパジャマの羽月先輩が、不安げな表情をして、朝食を食べるでもなく支度するでもなく、ただ食堂を落ち着かなげに歩き回っていた。

「……映像、消えてたけど」

「……消えてましたね」

「きっと放送があると消える仕組みなんだよね」

「……きっとそうです」

 そう言葉を交わしただけで、俺たちは黙りこくってしまったが……慌てたように入ってきたのは岸和田先輩だった。

「二人とも、映像が消えてるのは見た!?」

「ええ、見ましたけど……きっと放送があると代わりに消える仕組みなんですよ」

 朝の挨拶もせずにそう尋ねてきた勝先輩に僕はそう返した。

「いや、夜の放送の後にも映像が続いてたでしょ!」

「夜の放送?」

「夜10時に流れるやつだよ!」

 それは聞いたことがないな……ってことはここに来てから僕は3日連続で10時前には眠ってしまっていたのか。

 そのうちに、一人、また一人と食堂に現れ……その無事を確認して安堵するとともに、まだ姿を見せない先輩に対する心配の念がどんどん押し寄せてくる。……まだ3人、来ていない。

「来ないね」

「ああ」

「……まだ寝てるのかな」

「起こしに行ってあげようか」

 誰からともなくそんな意見が上がり、僕たちは4人ごとの班になって、未だ姿を見せていない先輩の元へ向かうことになった。

 

 その人の部屋の前まで行き呼び鈴を鳴らした。

「……出ないね」

 同じ班になった岸和田先輩がそう言いながらドアノブを回すと、

「……鍵がかかってない、まさか!?」

 開いたドアを思いっきり広げ、押しいるように岸和田先輩入っていった先輩に、僕もそのまま後に続く。残り2人の先輩も僕の次に同じように部屋へ。

 

 そこには

 ベッドの上であおむけになり、

 胸の上にのせた枕を真っ赤に染め、

 その枕ごと刃物で貫かれている……

 

『準・超高校級の幸運』、瑞倉冠先輩の姿があった……。

 

『ピンポンパンポーン! 死体が発見されました!』 

 



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第一章 非日常 捜査編

 ……瑞倉先輩が、死んだ。

 ちょっと独特な感性と言葉遣いながら、面白い、楽しいと前向きな言葉を声に出して、陰惨な雰囲気にならないようにしてくれていた瑞倉先輩が。胸の上にのせた枕ごと、刃物で胸を貫かれて、寝具を赤い血に染めて。

 

「瑞倉せんぱぁああああああい!!」

 駆け寄ろうとした僕を、岸和田先輩が止める。

「現場を荒らさないで。黒須さんも手岡さんも、一旦部屋の外に出ましょう」

 そう短く答え、一緒に入ってきた二人にも指示を出し、全員で出ていく。

「なに今の!? 死体が発見されましたって!?」

「まさか瑞倉君が……」

 部屋の外には、全員が集まっていた。

「カムルさんが……」

「なんとあの幸運君がねぇ……」

 起きてこなかったカディナ先輩と一目先輩とも合流したらしい。

「ボクとしても予想外だよ! あの瑞倉クンがまさか最初の犠牲者になるなんてね!」

 ……どさくさに紛れて、モノクマまでいる。

「モノクマ! 貴様何しに来た!」

「おお、こわいこわい、そんな声出さないでよ。今回は助けに来てあげたんだからさ」

 詰め寄る堀津先輩をいなすように、軽口をたたくモノクマ。

「先日さらっと説明したように、本当にバレずに実行できてたか判断するためにこの後君たちには瑞倉君を殺した犯人を特定してもらいます! でもそれなりに探偵ごっこができる人たちもいるみたいだけど、さすがに器具も設備も乏しいここだと限界があるだろうから、ヒントを用意してあげたの! それがこれ! じゃじゃーん! モノクマファイル!」

 とモノクマは一枚のファイルを取り出した。なんて安直な名前だ。

「一応全員が電子手帳で見れるようにしておいたから、参考にしてね」

「なにがじゃじゃーんだ! お前がやったんじゃないのか!?」

「そう思うならボクに投票してもらっていいよ。ただ……その責任は命で償ってもらうことになるけどね!」

「どういうことだ!」

「これから捜査と学級裁判を経て、みんなには一人一票入れてもらって、多数決でクロだとを選出してもらうことになる……んだけど、間違った人が最多票を得た場合、クロ以外の人がオシオキを受けてもらうことになるからね。逆も然り」

「……そのオシオキってのも、どうせ処刑のようなものなんだろうな」

「察しがいいね。電気椅子でビリビリ、毒ガスでモクモク、ハリケーンミキサーでバラバラ、ってなところだよ! そうならないように、クロの人もそうじゃない人も頑張ってね」

 モノクマはそうとだけ告げてどこかに消えてしまった。

「行ったか……奴に従うのも癪だが、とにかくやるしかないんだろうな。幸い、……というのもおかしな話ではあるのだが、俺にはこの手の捜査にかけて一日の長がある。現場は任せてほしい」

「でもそれじゃあさあ、追跡者君がクロとやらだった時には捏造し放題じゃない?」

 リーダーシップをとろうとする堀津先輩に口を挟んだのは一目先輩だった。……このような状況でも人を才能名で呼ぶのか。

「……その通りだな。ではお前にも見張っててもらうか。一目」

「もう一人ほしいかなあ。芸人君なんて適任だと思うけど」

「えっ、俺? なんで?」

 意外な指名に面食らった様子の霧生先輩。

「ああ。なんてったってスキンヘッドだ。現場に髪の毛を落として捜査を混乱させる事態になる心配がない」

「……実は俺も同じことを思っていた。協力してくれるか霧生」

 ふざけてるのか真面目なのかわからない一目先輩の言に霧生先輩はむっとしたようだったが、堀津先輩にも頭を下げられて承諾したようだった。

「残りの場所は各々で調べてもらうことにしよう。……それと、みんなに一つ聞きたいことがある。昨日の動機映像が消える瞬間をちょうど見たものはいるか?」

 その質問に肯定を返すものは誰もいなかった。

「そうか……わかった。それでは任せたぞ」

「……その前に、少しだけいいかな」

 と羽月先輩がおずおずと手をあげる。

「……瑞倉君に、手を合わせてあげたいの。……見張られた状態でも構わないから」

 羽月先輩の提案で、希望者は一人一人順番に入室し、瑞倉先輩に手を合わせることになった。……僕は一度見ているから、後の方で構わないと告げた。

 そうして、一旦、この場は散会するのだった。

 

 調査開始!

 ……さて、まずはモノクマファイルから見てみるとするか。

 

『モノクマファイル1

 被害者は 準・超高校級の幸運 瑞倉冠。

 死体発見現場は本人の自室ベッドの上。薬物反応あり。

 死亡推定時刻は午前1時。致命傷は胸部の傷による失血死』

 

 コトダマ 『モノクマファイル1』を手に入れました。

 

 

『生徒名簿&モノクマ劇場』

 https://syosetu.org/novel/270160/4.html

 ……あれ、電子手帳に『生徒名簿&モノクマ劇場』なんていう欄が増えている。これも確認しておくか。

 

 

 コトダマ 『生徒名簿&モノクマ劇場』を手に入れました。

 

 ……さすが先輩方。もう色々な資格を持ってる方も多いんだなあ。しかしなにがモノクマ劇場だよ。

 

 そうだ、僕らが入っていた時の状態も証拠になるよな。……鍵は開いていた。個室の鍵は個々人の電子手帳で締める。……っていうのも。

 あと……動機映像か。誰もそれが消える瞬間を見ていないって言うのも何かヒントになるかな?

 

 コトダマ 『開いていた鍵』を手に入れました。

 

 コトダマ 『動機映像』を手に入れました。

 

 そういえば……瑞倉先輩を見たとき、違和感があったような気がする。……亡くなられたから、というだけではない。それを拝むときに確認しておいたほうが良いか。長居しても現場を荒らすかもしれないから、ささっとでよう。

 瑞倉先輩の遺体は、堀津先輩が調べていた。僕は邪魔にならないよう、やや遠巻きに瑞倉先輩を注視すると……

「若々しい?」

 夭逝された……まだ15か16かそこらだぞ……方にそんな感想を抱くのはこの上なく皮肉なことだが、そう感じた。なぜなら、今まであった白髪がなくなり、黒々とした髪がつやつやとしているからだ。

 そう言えば、先日、動機が発表された後に瀬戸先輩の美容室に行っていたな。瀬戸先輩も初日、瑞倉先輩のことを『黒染めすれば輝く』みたいなことを言っていた。これは聞いておいたほうが良いだろう。あ、そうだ。希望ヶ峰学園の制服を着ている、っていうことも覚えておいたほうが良いかもしれない。

 

 コトダマ 『瑞倉先輩の髪』を手に入れました。

 

 コトダマ 『瑞倉先輩の着衣』を手に入れました。

 

「琴間、どのみち話すことになると思うから今のうちに伝えておく。お前ならこの場で取り乱したりはしなさそうだからな」

 遺体やその周辺を調べていた堀津先輩がそう僕に話しかけてきた。

「……電子手帳はこの部屋のテーブルの上にあった。胸に刺さっていた刃物の刃渡りは約35㎝。包丁は包丁でも牛刀包丁に近い。そんなシロモノで、胸の上にのせられた枕ごと胸を一撃にしたらしい。それ以外の傷はなかった。そして持ち手の部分がやや左側に傾いている。……このことから犯人は左手で犯行に及んだ可能性が高いな」

 

 そう淡々と告げる堀津先輩。まるで本物の刑事のようだ。

 

 コトダマ 『瑞倉先輩の電子手帳』を手に入れました。

 

 コトダマ 『堀津先輩の証言』を手に入れました。

 

 霧生先輩は床に粘着テープクリーナー、いわゆるコロコロをかけている。……その顔は気づきたくなかったことに気付いてしまった、というような苦悶に満ちていた。

「なあ……瑞倉の遺体を見つけた発見者の班って、琴間、岸和田、黒須、手岡の四人でいいんだよな?」

「……はい」

「そのあとすぐに現場を荒らさないように離れた、ってことは、他の人らは入ってない、ってことでいいんだよな?」

「……そうなりますね」

「瑞倉を拝むときも、みんなそんなに長時間もいなかったし、激しく取り乱したりしたやつはいなかったよな」

「……それは僕は見てませんけどね」

「……そうだよな。すまない。……ならなんでこんなものがあるんだろうな」

 そういって使用済みの粘着テープを見せてきた。……それには、黒い髪のほかに、金色の長い髪のようなものが貼り付いていた。……それも一本ではない。これはもしかして……と思ったが、話し合う前から先入観を持たないように振り払ってもう一度手にとって良く眺めると……

(おや?)

 髪の毛と思しき物のほかに、5㎜程度の緑色の何かを見つける。これも記憶しておいたほうが良いだろう。

 

 コトダマ 『粘着テープクリーナーの髪』を手に入れました。

 

 コトダマ 『5㎜程度の緑色の何か』を手に入れました。

 

 一目先輩はというと……小型冷蔵庫をあさっている。何か情報をつかんだか聞いてみよう。

「おや。予備学科志望君。用かい?」

「一目先輩は……なにかつかんだのですか?」

「つかんだ、ってほどじゃないけど、これ」

 と渡してきたのは空のペットボトル。それはアイスティー?

「確か幸運君はコーヒー派だったからなくなるとしたらコーヒーの方なんだよ。でもコーヒーは僕の部屋に元々用意されていた数と同じだけ残ってる。だから部屋では飲んでない。まあ、紅茶が嫌いだとは聞いてないから、誰か招いた相手に合わせる、とかいうことがあったならこっちの方を飲んだのかもね。600mlでコップに注いでちょうど二人分ぐらいだし」

 そう推理を述べる一目先輩。あまり人とかかわらないように見えて、意外とよく観察している。

 

 コトダマ 『なくなっていたアイスティー』を手に入れました。

 

 そう言えば薬物反応あり、とのことだったな。それは保健室から持ち出されたものかもしれない、と足を運んでみると、同じように考えたのか芳賀先輩と瀬戸先輩がリストと見比べて棚卸しをしていた。

「ああ。えなきん。……えなきんも『モノコロリン』、持ってってるよね」

 開口一番、そう尋ねられた。まさかそのことで疑いを向けられているのか、と身構えてしまう。

「……じゃあ犯人の線は薄いな」

 しかし、想定の逆の発言が出たので、安堵と共に意外だと感じてしまう。

「今ウチら調べとったんやけどな、モノコロリン、元々の数から持ってった数引いたらちょうど合ってたんやけど、残ってた箱の中に、一度開封シールをはがしたのを慎重に貼りなおした痕跡があったのが一箱あってん。それ調べてみたら、一包だけ抜かれてたんや。もちろん、リストに『一包だけ持っていきました』って記録もなし。だからちゃんとリストに書いていったえなきんとせーらんは犯人じゃない、と踏んだんや」

 意外なところで信頼されたのはありがたい。この証言も覚えておこう。

 

 コトダマ 『薬品棚の持ち出し状況』を手に入れました。

 

 ちょうど瀬戸先輩もいる。瑞倉先輩の髪のこととかも聞いておこう。

「瑞倉チャンの髪のことっすか? 黒染め剤も美容院にあったんで、三日目の朝に『染めてみないっすか』って聞いてみたんす。そしたら『本当にしてくれるのかい! そしたらさいっこうに面白い気分だよ!』すごく喜んでもらったんすよ。でも朝はカディナちゃん、昼からの予約に手岡チャンと黒須チャンもいたし、黒染めは時間かかるってことで夕方ぐらいでってことで約束したんすよ。その夕方に動機映像が流れたっすけど、それでも楽しみにしてくれて……美容師冥利に尽きるっすね。映像が流れたのが午後5時ぐらいだったっすから……正確じゃないっすけど5時30分から7時くらいまでしてたっすね。その後片づけて夕食に行ったっすよ。8時ちょいすぎに洗濯機に入れた散髪ケープ出しに戻ったっすけどね」

 

 コトダマ 『瀬戸の証言』を手に入れました。

 

 

「そうだ。一応僕が美容ケアした人と大体の時間を教えておくっすね」

 加えて、瀬戸先輩はメモ帳を取り出して書き記してくれた。内容は以下だ。

 

 一日目夕食前……竹枡 

 二日目朝食前……霧生

 二日目昼食後……琴間 

 二日目昼食後……芳賀

 二日目夕食後……福添 

 三日目朝食後……カディナ 

 三日目昼食後……手岡 

 三日目昼食後……黒須 

 三日目夕食前……瑞倉 

 

「それにしても……スキンヘッドの方にシャンプーしたのは初めてっすね。坊主ぐらいまでならあるっすけど」

 二日目朝の霧生先輩のことを、冗談めかして言う瀬戸先輩だった。

 

 コトダマ 『美容室ケア履歴』 を手に入れました。

 

 そうだ、ランドリー件美容室にも行ってみようと足を運ぶとすでに福添先輩が捜査に当たっていた。

「なにかめぼしいものでもありましたか?」

「……なくなっているものがあるんです」

 と、奥の美容室のほうにいる福添先輩がそう答えた。見ると、かけてあった散髪ケープと美容師用エプロンが一着ずつ、なくなっていた。

「私も瑞倉さんに手を合わせさせていただきましたが……あのようなもので貫かれた、のでしょう? ……返り血を防ぐために持ち出されたことも考えられると思います」

 おそらく枕ごと貫かれていたのは枕に返り血を吸わせて自身は浴びないためだろうが、犯人が慎重な性格なら念には念を入れてそれらも身に着けていたかもしれない。覚えておこう。

 

 コトダマ 『消えた散髪ケープと美容師用エプロン』を手に入れました。

 

 部屋を出るとちょうど手岡先輩が通りすがったので話を聞いてみることにした。

「手岡先輩……なにか気づいたことはありますか?」

 そう尋ねると、彼女は頭を掻きながら……

「うーん……これは言っておかないとまずいかなあ」

 と答えた。

「これ?」

「私たちって手荷物しか持ちこめてないじゃん……でもさ、その手荷物の中に、私の場合ロッド……釣り竿セットが含まれてるんだよね。もともと顔合わせ会で、宣材写真撮るって話になってたからお気に入りを持っていきたかったからなんだけど……最初にモノクマに預けてたら、個室の中に持ってってくれたみたい」

 持ち込めてる手荷物に個人差がある。これも重要な情報になりえるだろうか。

「それと確かカディナもテニスラケットを自前で持ってきてたのを見たよ……ちょうど同じぐらいのタイミングでここに到着したから」

 

 コトダマ 『手岡の証言』を手に入れました。

 

 談話室でうつむいてるカディナ先輩。元気がなさそうだ。……それもそうか。クラスメイトが殺されて、その犯人がそのクラスメイトの中にいるなんて。でも何らかのきっかけになるかもしれないから話をしておくか。

「カディナ先輩……お話いいですか」

「エナキさん……」

「……なにか見つかりましたか」

「いえ……」

「なにか小さなことでもいいんです。それが何かにつながるかもしれません」

「……オソウジ」

「え、お掃除?」

「日本の学生はみんなでお掃除するんだ、って感心したから割り当てを覚えています」

 と、カディナ先輩は掃除の割り当て表を書き始めた。それは以下の通りだった。

 

 談話スペース……琴間・一目

 倉庫……芳賀・霧生

 資料室……堀津・岸和田

 体育ホール……黒須・手岡

 食堂……勝・福添(朝食前)

 厨房……勝・羽月

 美容室・ランドリー……瀬戸・カディナ

 遊興室……瑞倉

 ゴミ回収……福添・竹枡

 

「ありがとうございます。これが証拠になるかもしれません」

 カディナ先輩に礼を告げ、僕はその場を辞した。

 

 コトダマ 『ゴミ掃除の割り当て表』を手に入れました

 

 ……さて、後回しにしてしまっていたが、一番刃物の出元である可能性が高い厨房を調べないわけにはいくまい、と意を決して足を運ぶ。

 そこには黒須先輩と勝先輩がいた。

「琴間クンか……」

 苦虫を噛み潰したような表情の勝先輩。

「……牛刀が、持ち出されていたよ。昨日の9時ちょっと過ぎにボクと黒須サンが見たときにはあったんだけどね」

 尋ねる前から答えてくれる勝先輩。……彼も悔しい思いをしているのだろう。

「みんなに聞いてみたけど、それ以降に厨房に来た人はいないってさ。でも9時ちょっと過ぎだから、誰でも持ち出せただろうね。もちろん、確認した後にここに戻ってきた持ち出した可能性もあるから、ボクと黒須さんも被疑者に入るね。……だけどこんなもの、さすがにそのままで持ち歩くわけにはいかないよね」

 そう答える勝先輩と……

「ごくごく……牛乳美味しい……」

 一見、いつものように物を口に運んでいる黒須先輩だが……涙の痕で目を真っ赤にしている。カロリーを意識して取る彼女だけに、飲み物だけでも、とれる時にとる、って言うのがポリシーなのだろう。

 

 コトダマ 『誰でも持ち出すことはできた牛刀』を手に入れました。

 

 ダストルームで羽月先輩を発見したので声をかける。

「羽月先輩……なにか見つけましたか」

「見つけた、っていうより、気づいたことがあるんだけど……夜時間に閉まる施設は、食堂のほかに、『美容室・ランドリー』と『ダストルームの焼却炉』だって。加えて『ダストルームの焼却炉』は事件が起きた場合でも使えなくなるみたい」

 なるほど、証拠隠滅を避けるためか。これも覚えておくべきだろう。

 

 コトダマ 『夜時間に閉まる施設』を手に入れました。

 

「あ、いたいた。琴間くん」

 と岸和田先輩が現れて僕に声をかけた。

「……さっきはごめんね。止めちゃって」

「いえ。あの場では岸和田先輩が正しかったと思います。こちらこそ取り乱してすみません」

 まず謝罪から述べる彼女にこちらも謝罪で返す。

「ところでなにか気づいたことはありますか?」

 記者の岸和田先輩のことだ。何かしら有効な証拠を見つけているだろう。

「昨日の夜……なんだけどね、部屋だと落ち着かなくて、閉まらないうちに9時ごろにランドリーで洗濯してたんだけど……竹枡さんがね、入ってくるでも同じように洗濯するでもなく、ただうろうろとこのあたりを歩いているのを見たんだ……」

 これはなかなか重要な証拠かもしれない。

 

 コトダマ 『昨日の夜9時にランドリー周辺をうろつく竹枡』を手に入れました。

 

『ピンポンパンポーン! もうそろそろ始めちゃっていいかな。それでは立ち入り禁止にしてある小部屋の前に集まってくださーい!』

 

 モノクマの声の全体放送が寮内に響き渡る。

 ……行くか、行くしかないんだな。と覚悟を決めて、ちょうど一緒にいた羽月先輩と岸和田先輩と連れ立って向かうことにした。

 

 扉が開いていた小部屋の中に入ると、そこは下り階段とエレベーターのあるホールだった。すでに全員……瑞倉先輩を除く全員、集まっており、皆一様に神妙な面持ちをしていた。『みんな集まったね! それではエレベーターに乗ってください』

 僕たち14人を招き入れるように、エレベーターが開く。誰も言葉を発することなく、一人、また一人と乗り込んでいく。

 

 ついに、始まってしまう。

 まだ概要を聞いただけで全容はわからないが、恐らく……

 命がけの信頼、

 命がけの裏切り、

 命がけの騙しあい、

 命がけの……学級裁判が

 




 黒は誰だろうね? 予想してみてね。


一目 蔵人 (いちもく くらうど)
『準・超高校級のトレーダー』

勝 富士山 (かつ ふじさん)
『準・超高校級の料理人』 

カディナ・レオンハート 
『準・超高校級のテニスプレーヤー』 

岸和田 安美 (きしわだ やすみ)
『準・超高校級の記者』 

霧生 雄大 (きりゅう ゆうだい)
『準・超高校級の芸人』 

黒須 鈴 (くろす りん)
『準・超高校級のロードレーサー』 

琴間 恵那樹 (ことま えなき)
『予備学科入学志望生』 

瑞倉 冠 (ずいくら かむる)
『準・超高校級の幸運』 

瀬戸 政直 (せと まさなお)
『準・超高校級の美容師』 

竹枡 紅 (たけます べに)
『準・超高校級のビューティーアドバイザー』 

手岡 漁子 (ちょうか りょうこ)
『準・超高校級の釣り師』 

羽月 聖来 (はづき せいら)
『準・超高校級の絵本作家』 

福添 志穂 (ふくぞえ しほ)
『準・超高校級の福祉委員』 

堀津 圭司 (ほりつ けいじ)
『準・超高校級の追跡者』

芳賀 愛 (よしが らぶ)
『準・超高校級の図書委員』

 


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第一章 非日常 裁判編

 コトダマ一覧

『モノクマファイル1』

『生徒名簿&モノクマ劇場』

『開いていた鍵』

『瑞倉先輩の髪』

『瑞倉先輩の着衣』

『瑞倉先輩の電子手帳』

『堀津先輩の証言』

『粘着テープクリーナーの髪』

『5mmほどの緑色の何か』

『なくなっていたアイスティー』

『薬品棚の持ち出し状況』

『瀬戸の証言』

『美容ケア履歴』

『消えた散髪ケープと美容師用エプロン』

『手岡の証言』

『ゴミ掃除の割り当て表』

『誰でも持ち出すことはできた牛刀』

『夜時間に閉まる施設』

『昨日夜9時にランドリー周辺をうろつく竹枡』


 エレベーターから降りると、そこは円形に証言台のようなものが15並べられた裁判場のような作りの大部屋だった。……なんだか、初日を思い出す作りだ。本当に手違いで『準・超高校級の才能』の顔合わせ会に招かれてしまっただけだったら、どれだけよかっただろう。

「それでは、皆さまに割り当てられた席についてください!」

 と正面に鎮座するモノクマの指示。やつが円の中央でなく、文字通りの高みの見物とでも言わんばかりに外側で僕ら全員を睥睨するような高い席に立っている以外は、これも初日の席順と同じだ……右隣が、瑞倉先輩本人ではなく、遺影であることを除いて。しかも赤いバッテンを付けやがって、そのバッテンの線も、生前瑞倉先輩が『面白い』といっていた、パチンコの釘のような意匠だ。

 

「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう! 学級裁判の結果はお前らの投票により決定されます! 正しいクロを指摘できればクロだけがオシオキ! だけど、もし間違った人物をクロとした場合は、クロ以外の全員がオシオキされ、クロは晴れて卒業となりまーす! それでは議論を開始してください!」

 

 モノクマが、そう宣言し、学級裁判が開始された。

 

 

ノンストップ議論開始

 

 

竹枡「そう言われたって……何から話していいのー?」

瀬戸「とりあえず、基本的なことから押さえていこうっす。……殺されたのは『準・超高校級の幸運』である瑞倉冠チャン」

岸和田「……発見されたのは、瑞倉冠君の部屋のベッドの上」

竹枡「それってつまり……寝込みを襲われた、ってことなのかなー?」

 

琴間「それは違います!」『開いていた鍵』『瑞倉先輩の着衣』→「寝込みを襲われた」

 

琴間「……部屋の鍵は開いており、瑞倉先輩は希望ヶ峰学園の制服を着た状態で発見されました。つまり誰かを招き入れ、眠るつもりがなかったのに眠った上で……あのようなことになってしまったのです」

 

竹枡「……そうだったんだねー。私、どうしても遺体を直視できなかったから……」

 

 

BREAK!

 

 

竹枡「でも……それだったらどうして眠っちゃったんだろー?」

堀津「……モノクマファイルに、薬物の痕跡アリ、って書いてあったな」

黒須「……瑞倉君がリストを作っていてくれてたよね。誰かが持ってったとか書いてある?」

芳賀「……せーらん。羽月さんと、えなきん。琴間君だよ」

黒須「それだと……招かれたその二人のどちらかが瑞倉君に使った、ってことになっちゃうのかな?」

 

琴間「それは違います!」『薬品棚の持ち出し状況』→『どちらかが瑞倉君に使った』

 

琴間「芳賀先輩がこれから言ってたかもしれませんが……残っていた未開封に見える箱の中に、慎重に開封され一回分抜き取られたものが残っていたのです。そうですよね芳賀先輩」

芳賀「ああ、……多分この二人は犯人と違うと思うで」

黒須「早とちりしちゃった。ごめんね。琴間君。羽月さん」

琴間「……いえ、仕方のないことです。気になさらないでください」

 

BREAK!

 

手岡「……それじゃあさ、次は凶器について話そうか」

堀津「断言する。瑞倉の胸部に刺さっていた牛刀。あれが凶器だ」

手岡「それは見ればわかるでしょ……圭司ともあろうものがそんな不要なことを」

 

琴間「それは違います!」「不要なこと」→『堀津の証言』

 

琴間「いや、遺体を見ただけじゃわからないこともあったんです……あれ以外の傷はなく、犯人は一撃のもとに瑞倉先輩を貫いたんです。だからあれはカモフラージュで、本当の凶器は別にある、という可能性を潰しておくために、この説明は必要だったんです」

手岡「そうだったんだ……でもそうなると結構力か体格のある人に絞られるんじゃない? 冠の身体、枕ごと刺されてたよね……私は大物を釣り上げる力があるから、容疑者から外れないだろうなあ」

堀津「それだけじゃない……持ち手の傾き方から、犯行は左手で行われた、ということがわかっている」

手岡「左手で行われた……この中に誰か左利きの人っていたっけ?」

 

霧生「この事件の核心! 確信した!」

 

「今まで黙ってたけど……俺はうすうす気づいてしまっていたんだ。だがもう確信してしまった。左手で一撃で殺した犯人を。そうだろう。……カディナ・レオンハート」

 突然割り込んだ霧生先輩に指名され、13人の視線を一気に集めたカディナ先輩。もともと事件に心を痛めていただけに、更に容疑まで向けられたその顔は蒼白だ。

「サウスポーサービススナイパー、お前の二つ名だろう、カディナ。左手でこんな長い牛刀を使いこなせるのはお前しか考えられない」

「わ、わたしは……違います……ユーダイさん……」

「……でも、揺るぎない証拠があるんだ。これだ」

 といって、使用済み粘着テープクリーナーを取り出した。それには黒い髪のほかに、金色の毛が10本ほど貼り付いていた。

「これについた金髪……お前のだろうカディナ。瑞倉に拝むちょっとの時間でこれだけ一気に抜け落ちた……なんて言い訳はしないよな」

「え……どうして……」

 その霧生先輩の糾弾に、場は騒然となる。まさかカディナさんが本当に……といったその推理を信じるような声もそこここから聞こえてくる。

 ……なのだが。

 僕には霧生先輩の推理に違和感を覚えていた。……まるで、別にいる真犯人の手のひらの上で踊らされているような感覚。黒ずくめの真犯人が内心ほくそ笑んでいるような、不気味な感じ。思えばカディナ先輩は金髪で左利きで世界レベルの運動神経……なんていう特徴で、容疑を擦り付けるのにおあつらえむきすぎる。

 ……霧生先輩の推理を覆す証拠はないだろうか?

 

 

コトダマ連射!

 

『瑞倉先輩の髪』

『美容ケア履歴』

『粘着テープクリーナーの髪』

 

これで証明できる!

 

「霧生先輩……その粘着テープには、カディナ先輩の金髪と、黒い髪がついていたんですよね」

「ああ、そうだ」

「それでは……よく調べてほしいんですけど、瑞倉先輩の、『染める前の白髪』はついてませんか?」

 そう尋ねられた霧生先輩は、一拍おいたのち、得心したようで、白い粘着テープに白い髪が付いていないかを、を念入りに調べていく。

「……貼り付いてない」

「つまり、こういうことです。……クロは、瑞倉先輩を殺害した後、自分の髪の毛を残さないように同じように粘着テープでもかけた後、用意しておいたカディナ先輩の髪を残していったんです」

 僕の推理に場は静まり返る。自分で言ったことだが、信じたくはない……これが本当なら、クロは瑞倉先輩を殺害しただけでなく、あらかじめカディナ先輩の髪を確保しておくほど周到で、他人に罪を擦り付けようとするほど悪辣で、さらに何食わぬ顔をしてこの場にいられるような冷静な人間なのだから。……しかし、そんな人間は間違いなく、この中にいる。

「……なんてやつなんだよ、犯人は」

 真犯人の思惑にまんまと乗ってしまった霧生先輩は、戦慄するように声を漏らす。

「だが、やっとほころびが見えた。さらに周到な人間だったのなら、こうなることを見越して犯行後にかけた粘着テープから白髪をより分けて残していく、ぐらいのことはしただろうな」

「しかし、あらかじめカディナさんの髪を用意できるような方なんていらっしゃいましたでしょうか?」

「そりゃあ、怪しいのは美容師君じゃない?」

 福添先輩が口にした疑問を、一目先輩が拾って次の俎上に上がる人物を指定する。

「ぼ、僕っすか!?」

「だってそうでしょう? 美容師君はみんな、つっても希望者だけだけど、頭を洗ったりしてたじゃない? ちょっと長いところがある、とか言ってついでに切って確保しておくぐらいのことはできたでしょ?」

「た、確かにそれはそうっすけど……」

「マサナオさん……そうだとしたらまさか動機映像が流れる前から……」

 先ほど容疑を向けられていたカディナ先輩も、涙を流しながら今度は追及する側に回る。

「才能を生かして最初から企んでたんじゃないの? 美容師君」

「そういえば……左手も器用に使ってましたよね……体格もあるし、左手でも一撃で刺すことができたんじゃ……」

 場がどんどん瀬戸先輩真犯人説へと流れていく。……これをひっくり返す証拠がなかったかと思案を巡らすが、思い当たるものがない。僕自身も瀬戸先輩が左手を使って髪を切っていたのも見たこともあって、瀬戸先輩真犯人説に流れそうになってしまう。

「これはもう決まったかな? それでは、お手元のボタンで……」

「ちょっと待ってー!!」

 モノクマのアナウンスを遮るように、竹枡先輩が声を張り上げた。

「なに? ビューティーアドバイザーさん……言いにくいなこれ、まあそれはそうとして、何か反証になるものでもあるの?」

「あたしと瀬戸君は、一晩中一緒にいたのー!!」

「うっわー超特大スクープじゃん!」

 その爆弾発言に、一瞬だけ緊張した雰囲気が吹き飛び、岸和田先輩が囃し立てた。

「えっ、ええーっ、いや、いつも瀬戸君はあたしたちにシャンプーしてくれて、でも人にしてもらわないとーセロトニン? がでなくて、だからしてあげようかとも思ったけど、美容室ではできなくて、だから散髪ケープとエプロンだけ借りていって……」

 要領を得ない竹枡先輩だが、今まで得た情報をまとめて代弁を試みることにしよう。

 

 

コトダマ合成!

 

『消えた美容師ケープと美容師エプロン』

『夜時間に閉まる施設』

『昨日の夜9時にランドリーをうろつく竹枡』

 

これで説明できる!

 

「つまり、竹枡先輩は、日ごろのねぎらいを込めて瀬戸先輩にシャンプーをしてあげようと思った。でも美容室には併設のランドリーでちょうど岸和田先輩が洗濯をしていた。人前でするのは恥ずかしいから、去るのを待ってうろうろしていた。そうしているうちに、夜時間が近づいて、ここでシャンプーするには時間が心もとなくなった。そして、なら個室のお風呂でしてあげればいい、と思いついて散髪ケープと美容師エプロンを持っていって、瀬戸先輩の個室に押し掛けて……といったところですかね」

「そうそう、それそれ! そんなかんじ!」

「あの時はびっくりしたっすよ。さすがに事前にしてくれるつもりがある、って知らなかったら断ってたっすね」

 僕の憶測に二人息ぴったりに声を揃えて肯定する。

「竹枡チャン、なかなか筋が良かったんで、その後リラックスしてすぐ寝ちゃったっすよ」

「あたしも、成し遂げた気分になってそのままぱったり……」

「校則に就寝は個室で、って書いてあったけど、他人の個室でも良かったんだね……」

 すでにバカップルの片りんが見えかけている二人に対し、岸和田先輩が呆れたようにつぶやいた。

「でもさあ、二人が共犯で口裏を合わせてる、ってことも考えられない?」

 しかし、まだ追及の手を止めるつもりはないのか、一目先輩がそう声を上げる、

「どうなの? モノクマ?」

「それねえ……本来、関わった人間が二人以上いても、クロとなる権利があるのは直接手を下した実行犯だけなんだけど……事前に説明しなかったしなぁ……今回だけは特別に、共犯がいた場合にも卒業の権利をあげようかなあ……うん、そうすることにしよう!」

「なんだそれは! フェアじゃないぞ!」

 後付けで追加された情報に、堀津先輩が声を荒げる。

「うるさいうるさい! 説明しなかったこっちにも落ち度はあるけど、聞かなかったそっちにも落ち度があるんだからね! 共犯がどういう扱いになるか、なんて聞いておかなきゃダメでしょ!」

 両手をあげて逆切れして見せるモノクマ。

「じゃあ共犯の線でも話し合うべきじゃないかな」

 すぐに受け入れる一目先輩。

「……そうですね。他に怪しい方もいないようですし……」

「とにかく徹底的に話し合ってみるべきです!」

「確かに一理あるよね……」

 と共犯説を推す声と、

「いや、共犯者も卒業だというのは今出たものだ、検討する価値はない!」

「たしかに、それよりも他の容疑者を洗っていくべきだよね」

「俺たちは犯人じゃないっすよ!」

 と共犯説否定の声で……

「議論がほとんど真っ二つだ……」

 とついつぶやいてしまう僕。

「ちょっと待ったー! 真っ二つ? 今真っ二つって言ったよね!」

 そんな僕のつぶやきを拾って、モノクマが割り込んでくる。

「確かに聞きました! そういうことならお任せあれ! われらが希望ヶ峰学園の誇る変形裁判場の出番だね!」

 変形裁判場? ……と尋ねる前に、証言台が動き出し、円形から二つのチームが正面から向き合い対峙する、ラグビーのスクラムのような体勢へと変化した。

 

議論スクラム開始!

~瀬戸・竹枡は共犯か?~

 

共犯だ!

一目・カディナ・福添・手岡・黒須・霧生

 

共犯じゃない!

堀津・岸和田・琴間・羽月・芳賀・勝・瀬戸・竹枡

 

黒須「髪の毛を手に入れる機会が一番多かった以上、瀬戸君は怪しいと思う……」

芳賀「手に入れる機会が少なかった人でもその少ない機会で手に入れたかもしれないやん」

 

一目「散髪ケープと美容師エプロンなんて返り血を防ぐのにぴったりでしょ?」

勝「血液って洗濯してもなかなか落ちないからそれで返り血を防いだらかえって証拠を残すことになるよ。それに防ぐには一緒に刺した枕で十分でしょ」

 

手岡「政直は体格も良いし、力もありそうだし、刺すこともできたと思う……」

羽月「体格や力がありそうなのは瀬戸君に限ったことじゃないでしょ?」

 

カディナ「私とマサナオさんの他に左手を利き手として使う人を見たことありません!」

岸和田「基本的に、日本にある施設は右利きを想定して設計されてるから、使える人でもわざわざ左手を使う機会ってそうないからね」

 

福添「瀬戸さんと竹枡さんは仲が良いそうですし……」

琴間「さすがに一緒に殺人を計画するほどの仲ではないと思いますが……」

 

霧生「……俺、一度騙されちまったからとことん話し合わなきゃって思うんだ」

堀津「話し合うべきは、共犯説より他の犯人の可能性だ」

 

 

堀津・岸和田・琴間・羽月・芳賀・勝・瀬戸・竹枡

「これが僕たちの答えだ!」

 

 議論の結果、瀬戸先輩・竹枡先輩共犯説はなしとなり、改めて一から容疑者をピックアップすることになったが……

「だったら……誰がクロなんだ?」

 そう考えなおして……瀬戸先輩が議論スクラム前に言っていた言葉、

『さすがに事前にしてくれるつもりがあるって知らなかったら断っていた』

 という言葉が引っかかった。

 ……そうだ。昨日は殺し合いを推進させるための動機映像が流れたんだ。その後からやおらやってきて、部屋に入れてください、なんて言うことを……瑞倉先輩の性格を鑑みても……受け入れるのだろうか? 

 とりあえず『受け入れない』と仮定して……せめて、『事前に約束していたこと』をする、っていうのならまだ受け入れていた可能性はある。そう、事前の約束。

 

 事前の約束……これは、全員に聞いてみる価値があるかもしれない。

 

ひらめきアナグラム!

 

『麻雀の約束!』

 

「……あの、先輩方。お尋ねしたいことがあります。この中に、福添先輩に麻雀に誘われて、『興味はあるけど、基本から教えてほしい』……というような返事をされた方っていらっしゃいますか?」

 

 僕のその質問に、肯定を返す人物は……いなかった。つまり……

「そう返事をしたのは……瑞倉先輩。福添先輩は瑞倉先輩と麻雀の基本を教える約束をしていた」

「……おや。私ですか。琴間さん」

 福添先輩は名指しをした僕を、表情を変えずに見返し、淡々と答えた。……頼むから、僕の追及を軽くいなして無罪を証明してほしい。と矛先を向けたのは僕なのに、矛盾するような思いを抱いていた。 

 

ノンストップ議論開始

 

福添「確かに私は瑞倉さんと約束をしていました。まあ、瑞倉さんは瀬戸さんとも髪染めの約束をしていたようですし……それは私に限った話じゃない、他にも約束をされていた方はいてもおかしくないとは思いますがね」

 

福添「しかし……今まで上げられた犯人像とは私は重ならないじゃありませんか。第一、私にはカディナさんの髪を手に入れる機会なんてなかったんですよ」

 

琴間「それは違います!」『美容ケア履歴』『ゴミ掃除割り当て表』→『カディナさんの髪を手に入れる機会なんてなかった』

 

BREAK!

 

 

 福添先輩の発言の矛盾を打ち砕くために、僕は2枚のメモを取り出した。その内容はこうだ。

 

『美容ケア履歴』

 

 一日目夕食前……竹枡 

 二日目朝食前……霧生

 二日目昼食後……琴間 

 二日目昼食後……芳賀

 二日目夕食後……福添 

 三日目朝食後……カディナ 

 三日目昼食後……手岡 

 三日目昼食後……黒須 

 三日目夕食前……瑞倉 

 

『ゴミ掃除割り当て表』

 

 談話スペース……琴間・一目

 倉庫……芳賀・霧生

 資料室……堀津・岸和田

 体育ホール……黒須・手岡

 食堂……勝・福添(朝食前)

 厨房……勝・羽月

 美容室・ランドリー……瀬戸・カディナ

 遊興室……瑞倉

 ゴミ回収……福添・竹枡

 

 

 

「これは、瀬戸先輩が行った美容ケアの時間のメモと、3日目午前中に行った掃除の割り当て表です……いろいろ書いてありますが、重要なのは『朝食後、瀬戸先輩はカディナ先輩の美容ケアをし、それが終わった後に、二人が美容室・ランドリーを掃除した』ということと、『福添先輩がゴミの回収をしていた』ということです」

 そのメモを回し、時間や割り当てを確認してもらったが、間違いはなかった。美容ケアにおいて、瀬戸先輩がカディナ先輩の髪を調整したこと、その時に切った髪を大きなゴミ袋を抱えた福添先輩に渡したことも認めてくれた。

 ……なので、そのゴミの中から、カディナ先輩の金髪だけを抜き取って取っておくことが可能だった、ということが判明した。しかし、これが真実だとすると、福添先輩は動機映像発表前から、卒業に向けた下準備を着々と進めていたことになる。

だが、当の福添先輩は……まだ「あらあら」といった風を崩さない。

 

ノンストップ議論開始

 

福添「……確かに、私にはごくわずかな間ですが、その機会があったようですね」

 

福添「しかし……だから何だというのでしょう」

 

福添「瑞倉さんを刺したあのような刃物、……私が左手で上手に扱えると思いますか?」

 

琴間「はい。そう思います!」『生徒名簿&モノクマ劇場』→「左手で上手に扱える」

 

BREAK!

 

 左手で上手に扱える証拠がある、と僕は全員に電子生徒手帳を開くようにお願いする。そこには福添先輩に関してこう書かれていた。

 

 福添 志穂 (ふくぞえ しほ)

 

『準・超高校級の福祉委員』

 

身長161㎝ 体重58㎏

 

誕生日 12月19日

 

・資格

 

 ギフテッド行政特例により介護福祉士、作業療法士所持。

 

・外見

 

 いかにも優等生といった感じに髪も服装も整え、姿勢も常に正している。

 

・備考

 

 年下の琴間にも『さん』づけをするなど礼儀正しい。麻雀が趣味。

 

 生徒名簿欄というのが追加されたことに気付いていなかった先輩もいるようで、「うわ、体重ものってるじゃん」っていう女子の誰かの声が聞こえてきた。

「確かに体重も重要です……瑞倉先輩、身長高く見えるのにこんなに体重は低かったんですね……福添先輩は意外とがっしりされているようですね」

「……それにはあまり触れないでいただきたいのですが」

 と苦言を呈されて本題に戻る。

「大切なのは、資格、福添先輩が『作業療法士』を持っていることです。そして作業療法士が行うリハビリテーションの一つに『利き手交換訓練』というものがあります……つまり他人に利き手を交換させることができる程に、ご自身も逆手での行動に精通されているわけです。それも『準・超高校級』と呼べるレベルで」

 そうすらすらと述べる僕に、福添先輩のみならず他の先輩方からも感嘆の声が上がる。

「……お詳しいのですね」

「ええ。伊達に希望ヶ峰学園の予備学科目指してないので」

「ですが……実は臨床の現場で利き手交換訓練を行うことにはややブランクが開いておりまして、私自身、勘を取り戻せてないのですよ」

「……できないことをできないと証明するのは難しいですよね。悪魔の証明、ってところですか」

「なかなか難しい言葉をお使いになるのですね。琴間さん。本当に中学2年生なのですか?」

「中学2年生だからこそ、こういう言葉を使いたくなるのですよ」

 福添先輩は、ふふ、と笑って、再び口を開いた。

 

ノンストップ議論開始

 

福添「……琴間さん。あなた本当、末恐ろしい方ですね」

 

福添「私は瑞倉さんと約束をしていた。いいでしょう」

 

福添「私にはカディナさんの髪を手に入れる機会があった。いいでしょう」

 

福添「私は女子のなかでは体格の良い方である。いいでしょう」

 

福添「私はブランクがあっても、少なくとも他の人よりうまく逆手を使える。いいでしょう」

 

福添「できないことをできないと証明することは難しい。いいでしょう」

 

福添「ですが……あのような刃物、どうやって瑞倉さんの部屋に持ち込んだというのです?あのようなもの、いくら瑞倉さんでも警戒するでしょう?」

 

『5㎜ほどの緑色の何か』→『麻雀マット』

 

琴間「これです!」

 

「霧生先輩……もう一度粘着テープを見せてもらえませんか?」

 どうやら僕らの応酬を呆気にとられて見ていただけだったらしい霧生先輩は、いきなり話を振られてしばらく無反応だったが、もう一度同じようにお願いしたら「ああ」とだけ答え、粘着テープを見せてくれた。そこには確かに、『5㎜ほどの緑色の何か』が貼り付いていた。

「この緑色の何か……おそらく麻雀マットのふちだと思われます。巻いた状態でケースに入れても、真ん中に空間が残ります……その空間にあの長い牛刀包丁を入れて運んだのでしょう……しかし抜き取るさいに刃で傷つけてしまい、この5㎜だけ削り取って落としてしまったのです……僕らにとって幸運だったのは、犯人が犯行の後にかけたコロコロでは回収されず、霧生先輩がかけたコロコロに貼り付いていた、ということです」

「ははあ、なるほど……」

 この後に及んでも、まだ焦った様子のない福添先輩。……どこまでも底の知れない人だ。もっとも、向こうも僕のことをそう思っているだろうが。

「遊興室は夜時間でも閉まらない施設ですから……それを戻しに行っているでしょう。ですが、その麻雀マットにこの5㎜のふちにピッタリ合う傷が見つかれば、僕の推理は正しかったことになるはずです!」

「よし、モノクマ、遊興室から麻雀マットを持ってこい!」

 なぜか霧生先輩がそう命令を出すが、

「もう持ってきてあるよー」

 と巻いた状態の麻雀マットを両手で掲げているモノクマが円の中心に現れて、それを「ぱーんぱーかぱーんぱーん」と表彰式のような音楽を口ずさみながら大仰に広げると、

「……ある。ちょうどあう傷」

 僕も真ん中に躍り出て、全員に見えやすいようにそれを照合して見せた。……さすがにこれで観念するだろう。

 

「それでは、今回の事件を最初から振り返ってみましょう……」

 

 

クライマックス推理!

 

 

 ACT1

 まず昨日の午前中、寮内のゴミを回収していた犯人は、カットで出たカディナ先輩の髪をゴミとして回収したんです……その時点ではまだ動機が発表されてませんでしたが……それを見て偽装工作が思い浮かんでしまったのでしょうね。それをくすねたんです。

 

 ACT2

 その後、動機が発表され……犯人は犯行を決意してしまったんです。標的にしたのは、動機を見せられてなお、それ以前にした約束が有効だった瑞倉先輩。そのための準備として、遊興室から麻雀マット、保健室から睡眠薬、厨房から長包丁を回収して自室へもっていったんです。……どれか一つでも誰かに見咎められれば、引き返せたかもしれないのに。

 

 ACT3

 そして麻雀マットケースの中に長包丁を入れて、麻雀セットをもって犯人は瑞倉先輩の部屋に向かった……さすがに夜時間に麻雀の練習をする約束はしてなかったでしょうけど、動機のせいで眠れないのでこの時間にお勉強して、早く実際に打てるようになっておきましょう、とでも口実を付けて、部屋に入っていった。これは事前に約束していたからこそ、受け入れられたことです。

 

 ACT4

 実際に麻雀を打って午前1時ほどまで時間を潰し……犯人は飲み物に睡眠薬を盛って……そして眠りに落ちた瑞倉先輩をベッドの上まで運んで仰向けに寝かせた。……瑞倉先輩って、身長あるのにすごく痩せてたんですね。

 その後、ケースにしまっておいた牛刀包丁を取り出したのですが、麻雀マットを取り出すときに傷つけてしまっていて、ふちのゴムを5㎜ほど落としてしまった……これが犯人の一つ目のチョンボだったんです。

 

 ACT5

 返り血を防ぐために胸に枕をのっけて……左手に持った長包丁でそれごと貫いたんです。そして自分がいた証拠を残さないため、部屋中に粘着テープクリーナー、いわゆるコロコロをかけ、その後、偽装のためカディナ先輩の金髪を落としていった。左手で犯行に及んだことも含め、有効な工作のように見えますが……それ以前に抜け落ちていた白髪も回収してしまっていたのです。……それに気づいて白髪もより分けて残していれば、事件は迷宮入りしたかもしれませんね。それに加えて削り取ってしまったマットのゴム片も見落としてしまった。これが犯人の二つ目のチョンボです。そして翌朝、何食わぬ顔をして僕たちに合流したのは……

 

 Final

『準・超高校級の福祉委員』 福添志穂先輩……

 

 これが……真実なんです。

 

「何か言い返すことがありますか、福添先輩!」

僕のことをきっ、と睨むように見つめる福添先輩。しばらく考えたように黙り込んだ後、……こう返した。

「あなたの方でも……瑞倉さんと麻雀の練習をするとおっしゃっていたじゃないですか」

「え……」

……そうだ。麻雀をする、っていうのは僕が福添先輩とした口約束であり、さらに瑞倉先輩が僕ら二人とどのように約束をしているかについて他に知ってる人はいない。約束の内容に関して他に証人がいない……だけど、

「僕は左手を利き腕のように使って瑞倉先輩を刺したというんですか!?」

「ええ、できないことをできないと証明することはできませんよ。悪魔の証明ってやつです」

 先ほど僕が述べた単語を意趣返しのようにぶつけてくる福添先輩。

「それではカディナ先輩の髪の毛を手に入れる機会は福添先輩にしかなかったでしょう! まさか日常で抜け落ちる髪を僕が目ざとく見つけた上で拾い集めてた、とでもいうつもりですか!?」

「いえいえ、さすがにそうは言いません。ですが、黒須さんから聞いたところによると、あなた、黒須さんとカディナさんが卓球の千本ラリーをしているところに現れたとのことでしょう……」

そう言って、深呼吸して、言った。

「私の見立てではこうです」

 

クライマックス推理Reverse!

 

ACT1 Change!

 一昨日、『体育ホールで激しく卓球をしていた黒須さんとカディナさんを見て』……その時点ではまだ動機が発表されていませんでしたが……それを見て偽装工作が思い浮かんでしまったのでしょうね。『三人で卓球に興じつつ……後片づけと掃除の時に隙を見て落ちたカディナさんの髪をくすねたのです。』

 髪は一日に百本ほども抜けるそうですね。午前中ずっとしていたわけですから、四時間として単純計算しても十六本以上……隠ぺい工作には困らないほどには髪の毛は集まったでしょうね。

 

ACT2~5 No Change!

 

 Final Change

『予備学科志望生』……琴間 恵那樹さん

 

 よくぞここまでたばかったものです、こちらこそが……真実なんです。

 

 しばらく福添先輩の推理を清聴していた全員だった……まだ粘るというのか。……ほかに証拠はないか……

 

 コトダマ 『夜時間に閉まる施設』

 

「そうだ! 犯行後に使った粘着テープクリーナー! 『事件が起きたら焼却炉は使えない』から、犯人の部屋にはそれが残ってるはず! 瑞倉先輩の白髪が付いたそれが!」

「そうですね。どうぞ持ってきてくださいモノクマさん」

 乾坤一擲のコトダマをぶつけても、余裕綽々、といった表情の福添先輩。

「ボクは使い走りじゃないんだけどなあ……まあしかたないか。……はい、こっちが福添さんの部屋のゴミね」

 と持ってきた。確かに粘着テープクリーナーの残骸が入っている。

「よし、これに白髪があればいいんだな……」

 これが揺るぎない証拠になる、と全員総出で白髪の捜索に当たったが……

「……ない」

「ええ。単に自室の掃除に使っただけのものですもの」

 ……だれ一人、瑞倉先輩のものと思しき白髪を見つけることはできなかった。……まさか、現場の監視が始まったあたりで、白髪を現場に残してない自分の失敗に気付いて、更にこうなることを見越して粘着テープから白髪を捨てて……その白髪は排水溝にでも捨てて……隠ぺいしたというのか? 

「さて、公正を期すために、琴間クンの部屋からもゴミを持ってきたよ!」

 そう言ってモノクマが持ってきたのは……動機映像を隠すために使ったガムテープ、だって? 確かに失敗して捨てたやつもあったが……そうだ、ガムテープでも床の髪は拾えてしまう。それをみんなでつぶさに調べることになったが……

「こっちにも……ない」

 おやおやこれで少しは巻き返せましたかしら、とでも言いたげな視線を僕に送る福添先輩。何か有効な証拠は……

 

 コトダマ『なくなっていたアイスティー』

 

 福添「アイスティー? 私はコーヒー派です。竹枡さんが淹れたコーヒー、美味しいですよね」

 

 No Damage!

 

 

 コトダマ『手岡の証言』

 

 福添「持ち込めた手荷物に個人差がある、ですって? 私は大したもの持ち込めてませんよ」

 

 No Damage!

 

 ……どんな言葉をぶつけてもぼろを出さない。

 ただただ時間は過ぎていく。

 落ち着け。これまでの学級裁判でカディナ先輩や瀬戸先輩や竹枡先輩をかばったことで心証はこっちが圧倒的に有利だろう。

 ……だが、これは多数決だ。何かのもつれで、僕の方に票が集まってしまったら?

 などど不安が搔き立てられる。

「もうそろそろいいかなー残り1分で投票タイムになるよー後悔のないように話し合っておけよー」

 モノクマの通告、皆一様に困惑の色を顔に浮かべる

 

「……思えば、ここまで本当によく騙したものです。初日に迷い込んだだけの無害そうな態度から始まり、不安そうな顔を見せつつも気丈にふるまい、年上である私たちに好かれるよう立ち回り、瑞倉さんの薬品棚のリスト作成の手伝い、という貢献する姿勢を見せ、朝も早くから起きて真面目な面を見せつけ、油断させてから卓球などのレクリエーションに参加して着々と偽装プランを立て、掃除にも積極的に参加し、わざわざリストに睡眠薬を一箱持っていったことを隠れ蓑にして他の箱から一包抜き取り、麻雀マットで牛刀を隠すことを思い付き、平然と瑞倉さんの部屋に入って、まんまと殺害を成功させるどころか、カディナさんに罪を擦り付け、自分が犯したミスをあえて自分で暴くというマッチポンプをなし、さらに瀬戸さんと竹枡さんをかばって信用を集めてから、今度は私に罪を擦り付けようとするなんて……」

 

 向こうも向こうで不安なのか急にべらべらとまくし立てる。

 ……そこに、みせたほころびを、僕は見逃さなかった。

 

琴間「その言葉! 切らせてもらう!」→『一包』

 

 

「5!」

「なんで福添先輩は……睡眠薬の一回分が、一包だと知ってるんですか?」

「4!」

「え……?」

「3!」

「もし捜査中芳賀先輩に教えてもらってないのなら……福添先輩が知ってるのはおかしいんですよ。リストを作りを手伝った僕もどの薬の一回分の単位が何か、までは覚えてないですから。僕も裁判中、意識して『一包』じゃなくて『一回分』って言いましたから」

「2!」

「でも! 睡眠薬の一回分の単位なんて、『一包』か『一錠』のどちらかでしょう!」

「1!」

「……ここでその言い訳は、通りませんよ。そもそも心証的にはこちらはもともと有利なはずなんですから」

「0! 投票ターイム!」

 

 

 



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第一章 非日常 オシオキ編

「投票が終わったみたいだね! 最初の学級裁判からこんなに紛糾してくれてうれしいよ! それでは、結果はっぴょーう!」

 モノクマがそう宣言すると、奴の背後にある巨大なモニターに巨大なスロットマシンが映し出された。……絵柄は僕たちの似顔絵のようだ。リールがゆっくりと回り……左、中、右……それぞれに福添先輩の顔が止まり、そして……

「だーいせーいかーい!『準・超高校級の幸運』瑞倉冠クンを殺したのは、『準・超高校級の福祉委員』、福添志穂サンでしたー! すごい粘りを見せてくれたけど、結局満場一致でしたね!」

 モニターを見上げていた福添先輩は……ただ、残念そうな顔をして

「……そうですよね」

 とつぶやくのみにとどまった。

「うんうん。君はよくやったよ。身代わりを用意したり、共犯説に乗っかったり、追い詰められても逆に追いつめてきた人の推理をそっくりそのまま返したりね。その諦めない姿勢、いいと思うなあ。往生際が悪い、ともいうけどね!」

 

 福添先輩。

――おはようございます。琴間さん

 年下の僕にもさん付けして、敬語で話す、礼儀正しい福添先輩。

――大丈夫です……大丈夫ですから

 泣いていた竹枡先輩を「大丈夫です」と励ましていた福添先輩。

――不健全なことではありませんよ。麻雀はですね……

 好きなことになるとおしゃべりが止まらなくなる福添先輩。

――理屈を付けましたが、単に私が好きなんですよ。悪いですか?

 わざとらしく拗ねて見せたり、案外あざといところもある福添先輩。

――私たちが住むところですから、私たちの手できれいにしないと。

 朝早くから掃除に取り組む福添先輩。

――麻雀はもう少し待ってていただけますか。実践の前に基本から教えてほしいとのことなので。

 約束の進捗を報告してくれる律儀な福添先輩。……これが疑いの目を向けるきっかけとなってしまったのだが。

 

 ……そんな福添先輩が、瑞倉先輩を殺した?

 しかも、カディナ先輩にも、瀬戸先輩にも、竹枡先輩にも、……挙句の果てに僕にも、その罪を擦り付けようとした?

 信じたくない。信じたくないけど……これが真実なんだ。

 

「志穂……なんで……」

「福添チャン……」

「そんな……あの福添サンが……」

 票を投じた後でも、福添先輩が瑞倉先輩を殺害したクロだと信じたくないのは先輩方も同じのようで、騙された怒り、罪を擦り付けられそうになった憤り、自分たちを踏み台に卒業しようとされた憎しみ……そういった負の感情を表に出すより、ただただ、発すべき言葉がわからない、といったところだった。

「どうして……瑞倉君を……」

「瑞倉さんを選んだのは……瀬戸さんに予約の確認をしたことを見たからです。動機映像を見た後でも、彼にとって事前にした約束が有効、だったからっていうだけです」

「福添さんの動機映像には何が……」

「おそらく、みなさんと同じようなものです……荒らされた家の映像が、ただ延々と映されていました……」

「でも福祉委員さんは動機の映像が流れる前からテニスプレーヤーさんの髪を集めたりしてたよね?」

「瀬戸さんからカディナさんの髪を受け取ったとき……それがはっきりと、モノクマのいう『勝算』に見えてしまって……手に入れておいたのです」

 一問一答のように、ぶつけられた質問に淡々と答えていく福添先輩。

「いわば、動機は『この状況』そのもの、といったところでしょうね。この、監禁されて、殺し合いを強いられていること、そのもの……だってそうでしょう、今一緒に笑っているクラスメートの皆さんがいつ豹変して襲い掛かってくるかもわからないですし、いつ監禁している犯人のプランが変わって直接危害を加えてくるかもわからないのですから……。でも結局、豹変したのは私のようですね」

 質問が途絶え、ようやく自分から心情を吐露する気になったのか、そうつらつらと並べ立てる福添先輩。

「福添さん……」

 そんな福添先輩に、竹枡先輩が……

「……ごめんね」

「え……?」

 と謝罪の言葉を漏らした。福添先輩はそれを全く予想してなかったようで、ポカンとした表情を浮かべている。

「……最初の日ね。泣いてる私を、福添さんに慰めてもらって、すごく落ち着いたんだ、もしあたしに、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな、って思った。でも……あたしと同じ歳なんだよね、あたしと同じくらい辛かった、いや人を殺してでも……って思っちゃうぐらい、辛かったんだよね。こっちから少しでも何かしてあげることができれば、こうはならなかったかもしれないよね。……もう遅いかもしれないけど、本当に、ほんとうに、……ごめんね」

 そう謝罪を述べる竹枡先輩。

「……ベニさん。どうしてそんな人に謝るんです」

 と口を挟んだものがいた……カディナ先輩だ。福添先輩の思惑通りにことが進んだとしたら、人殺しのぬれぎぬを着せられていたであろう、カディナ先輩だ。

「そんな人ってどういうこと!?」

「だって! この人は! ……カムルさんを殺して、私たちをも騙して間接的に殺そうとした……極悪人ですよ。謝る必要なんてない、いや謝るべきではない、謝ってはいけないのです」

「そんなの勝手じゃん! あたしが謝りたいから謝る! それの何が悪いの!?」

「あらあら、ケンカしちゃって。生き残ったやつらは仲よくしろよー。だって、コロシアイ生活はまだまだ続くんだからな!」

 険悪な雰囲気になりそうな二人に、茶々を入れるモノクマ。……コロシアイなのに仲よくしろというのか。二人はそれで毒気を抜かれたのか口を閉ざした。

「……福添。俺はお前にかけるべき言葉がわからない。お前自身は、言いたいことは言い切ったようだからな。……だが、最後に一つ質問をさせてくれ」

 重苦しい表情で福添先輩に投げかけようとする堀津先輩。

「瑞倉の部屋に入った……ということは、瑞倉の動機映像も見たのだろう。……そこには、何が写っていた?」

「それは……」

 答えようと口を開いた福添先輩。

「それでは! 『準・超高校級の福祉委員』、福添志穂さんのために、スペシャルなオシオキを、用意いたしましたー!」

 そこに割り込んで、モノクマが宣言した。

 

GAME OVER

フクゾエシホさんがクロにきまりました

オシオキをかいしします

 

準超高校級の福祉委員 福添志穂のオシオキ』

 

~手をかして!~

 

 どこからか飛んできたアームが福添先輩の首根っこをつかむと、そのまま一気に、壁際の大扉の中に引っ張り込んでいった。その後の様子はモニターで中継されているが、そのままずるずると引きずられていく。首が苦しいのか、それとも擦られた背面や臀部に激痛が走るのか、その両方なのか、脂汗を流しながら苦悶の表情を浮かべている福添先輩。

 

 そしてあっという間に腕を水平に広げられた姿勢で、十字のように磔にされる。その両肘にはワイヤーがかけられ、その両端を結わえ付けた籠が左右に一対、吊るされた。その籠に、大量のモノクマが、一匹、また一匹と乗っていき、福添先輩を磔にしている木材を、ミシッ、ミシッときしませていく。それでもモノクマはお構いなしにどんどん籠に乗っていき……そしてついに、ワイヤーが福添先輩の肘にも食い込んでいき、その肘から血液がぽたり、ぽたり、と滴り落ちていく。

 

 時間がたつにつれ、『食い込んでる』から『肉を裂いていってる』といった表現のほうが適切になっていき、血もぽたり、ぽたり、と落ちていく、から、びゅっ、びゅっと吹き出ている、といった感じになっていき……そしてついに、ほぼ同時に福添先輩の両肘を木材ごと切断した。だらだら、だらだら、ととめどなく流れていく血液、……顔からも血の気が抜けていき、首も、かくん、と、姿勢を保っている筋肉の支えがなくなったかのように、くずおれたのだった。

 

 

 

「ひゃっほーう! エクストリーム! いやぁーセロトニンが湧き上がりますなあ! あれ、こういうときにでるのってアドレナリン、だったっけ? アセチルコリンだったっけ? まあなんでもいいや」

 

「うわああああああ!! 志穂ぉぉぉぉぉぉ!!」

「……っ」

「こんなの……あんまりだよ」

「……わざわざ費用かけてこんなことするんだね」

 絶叫するもの、言葉を失うもの、反応は正反対でも、その凄惨な映像に皆一様に正気ではいられないようだった。

「福添せんぱぁぁぁい! なんでこんなことになっちゃったんですかあああ!!」

僕もひざまずくような体勢になり、泣きわめく……彼女を糾弾した、いや糾弾しあった自分でも声も涙も止まりそうにない。

 人を、クラスメートを、……瑞倉先輩を殺した福添先輩とは言え、あまりにも無惨なその末路。

「うーむ、いいねえみんな。その絶望の表情、福添さんに対する失望以上の絶望だね! うーむ、コロシアイ学園生活、味わい深いものですなぁ」

 心底楽しそうに煽るモノクマへの憎悪も……今はわかない。憎悪する気力も尽き果てているような感覚だ。……その言葉の意味もほぼ伝わらず、ただ音として耳に入ってきている、そんな感じだ。

 

「じゃあ、そろそろいいかな? じゃあ解散ね! 来たエレベーターに乗って帰ってね。忘れ物すんなよ!」

 モノクマがそう促すが、膝が動かない。動いてくれない。いうことを聞いてくれない。えい、ままよと、そのまましばらく声をあげてなきじゃくっていると……

「立てる?」

 と、静かな、優しい声が、左隣から聞こえてきた。涙で曇った視界の前に、手も差し伸べられる……羽月先輩だ。その手をぎゅっと握り返す。……生きている人間のぬくもりだ。それだけで、こんなにも、心が和らぐものなのか。

「……辛い役割、だったよね」

「はい……辛いです」

 羽月先輩の問いかけに、僕はそのまま返す。飾っている余裕など、僕にはどこにもなかった。……こんな時ぐらい、甘えさせてもらおう。

「一番年下のあなたに押し付けちゃったね」

「はい……」

「そうだよな。……本来なら俺がもっと率先して解決に向かわせていればよかった」

 うつむいて顔をあげられないが、これは堀津先輩の声。……四日しか一緒にいないのに、僕は声で誰かを認識できる程に、先輩方に入れ込んでたのか。

「そうやな……めっちゃ頼りになるから忘れとったけど、えなきんも中学二年生なんやな……」

 ……これは芳賀先輩。

「……僕が犯人にされそうになった時、かばってもらってありがとっす」

 ……これは瀬戸先輩。

「……そうですよね。エナキさんも辛いのですよね。……ベニさんに当たってる場合ではなかったですよね」

 ……これはカディナ先輩。

「……支えてあげる。行こう」

 ……これは黒須先輩。

 ……そこから先は、もうほとんど、記憶にない。先輩方に立ち上がらせてもらって、引っ張ってもらったような気はするが……気づいたら自室にいた。電気はついているが、窓も締め切っているため、部屋にいるときはいつもつけているので今が何時だかはわからない。

 しかしわかったところで、もはやどうだっていいと……勝手に身体が眠りに落ちてくれるまで、ただただ、寝そべっていたのだった。

 

 

――――

 

『モノクマ劇場』

 せっかく作ったのに、ボツになっちゃうのって残念だよね。それが丹精込めて作り上げたものならなおさらもったいないなあ、って思っちゃうよね!

 見せびらかしたいなあ、日の目を見させてあげたいなあ、どうしよっかなあ。お蔵入りなんて寂しいよなあ。よし、公開しよう、そうしよう!

 被害者になった瑞倉冠クンに予定していたオシオキだよ!

 

 

 

GAMEOVER

 

ズイクラカムルくんがクロにきまりました

 オシオキをかいしします

 

『準・超高校級の幸運』 瑞倉冠のオシオキ

~チミドロフィーバー!~

 

 瑞倉が、体ごと入る球体の中に入れられている。まるでカプセルトイ、いわゆるガチャポンの景品のようだ。

 それがいきなり横からの衝撃によって打ち出される……カメラが引きになって、パチンコ台が映し出され、画面端にワイプで瑞倉の様子が映し出された。

 どうやら瑞倉は、巨大なパチンコ台の中に一玉として入れられてしまっているようだ。落下しながら釘にぶつかるたびに、中にいる瑞倉にも衝撃が伝わっていく。受け身もまともにとることができず、体に巻き込んでしまった手指を折ってしまったようで、ぷらぷらと痛々しい。

 釘の森を抜け、今度は5つの穴が開いた皿のような円形の舞台に降り立った。その穴のうちの一つのふちは真っ赤に塗られており、『大当たり』と書かれている。……パチンコのクルーン、という部位だ。

 そのクルーンを、瑞倉を入れた球はグルグルと回る。中の瑞倉も目を回して吐しゃ物にまみれている。……そして、だんだんとその勢いが衰えていって……大当たりの穴に。ストン、と落ちていった。

『オメデトウ! オオアタリ!』

 と台が光り輝き……

 下皿の部分から、大量の……それこそ、人間一人分とおぼしき量の血液と……頭、手、足、胴、とばらばらになった瑞倉だったものが、景品のように出てきたのだった。

 



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第二章 キョウドウ
第二章 (非)日常編1&???


「……起きてください。琴間さん」

 僕の身体に触れながらそう言っているのは誰だろう。……朝はしゃっきり目を覚ますので、中学に入ってからは両親にも揺さぶり起こされるようなことはなかったのに。それに僕のことを『琴間さん』なんて呼ぶ人の心当たりは……そうだ。一人だけいる。

 ――いや、もういないんだよねえ

「……おはようございます。福添先輩」

「ええ。おはようございます」

 ――不自然に感じないのかなあ? 彼女がキミの部屋にいることに。

「珍しく、寝坊されていたのですね。昨日何かあったのですか?」

 ――ああ。昨日はまさにエクストリームだったねえ。

「……なんだろう、思い出せないです」

 そう言って起き上がろうとすると、首と腰のところに鈍痛が走り、「いたた」と声をあげてしまう。すると、福添先輩が僕の首と腰に直接触れてきた。

「首と腰周りにこわばりがあるようですね。……なにか長時間うつむいたり腰を曲げたりされていたのですか?」

 ――そうだよ。キミはあの凄惨な処刑を見て、しばらくのあいだ、ひざまずいた姿勢から立てなかったんだ。あのかっこはホントーに傑作だったね!

「指圧すればほぐれるかもしれませんね。私、あん摩マッサージ指圧師の勉強もしているので少しいかがですか?」

「さすが準・超高校級の福祉委員、意識が高いですね」

「ええ。独立開業するにも講師業するにも、必要になってくるものですからね」

 ――そんな未来、もはや断たれたんだけどね。絶望的だね!

「ですが……その……」

「あら、もしかして女子だから遠慮してるんですか?」

 いたずらっぽくはにかむ福添先輩。……こういうところもある人だった。

 ――だった。そう、過去形なんだよなあ。

「まあ、美容師さんみたいなものですよ。美容師さんが男性でも女性でもあまり緊張しないでしょう? さ、うつぶせになってください」

 割と女性だと緊張しちゃうタイプなんだけどな……などと思いながらも、言うとおりにすると、ベッドの傍らに立って、両肩甲骨の内側部分をぐっ、ぐっ、としてくれた。一回ごとに五秒ほど押し込まれる感覚。中々力強い。

 ――枕ごと、牛刀で心臓を一突きにできるほどの力があるからねえ。瑞倉クンを仕留めた一撃は素晴らしかったよ。

「ここは風門といって、こわばりのほかにも自律神経や血行の改善に効くツボで、頭痛や風邪の予防にも効果的なんです。押すだけじゃなくて、さすったり、カイロやお灸で温めるのもいいですね。そこからちょっと上にあるこっちのツボは……」

 長々と講釈をたれられても、なぜか福添先輩なら心地いい。聞いているうちに痛みもすっかり吹き飛んだようで、しゃきっと立ち上がることができた。

「ありがとうございます。福添先輩」

「いえ。どういたしまして。ところで、この後ですがお時間ありますか?」

「はい。ありますが、なにか僕に御用ですか?」

「ええ。瑞倉さんが基本を覚えたので、麻雀の実践をしようと思って」

 ――気を付けてよぉ。そいつは約束にかこつけて刺してくるような女だぞぉ

「はい。ご一緒させてもらいます」

「よかったです。それでは行きましょう。もう瑞倉さんもお部屋の前で待ってますよ」

 と手を引かれて一緒に部屋から出る。部屋の前に待っていた瑞倉先輩は、昨日見たときと雰囲気が変わっていた。……なんだか若々しい。

「あれ、瑞倉先輩。髪染めたんですか?」

「気づいてくれたんだね。うれしいなぁ! 昨日瀬戸くんにしてもらったんだよ!」

 言葉通り心底嬉しそうに答える瑞倉先輩。瀬戸先輩が『染めてビシッとすれば結構輝く』と見立てたとおりだった。

「白髪を丁寧に丁寧に染めてくれて、鏡の中の僕がどんどん若返っていくみたいで、見ていて本当に面白かったよ! まるで魔法みたいだった!」

 ――若返ってすぐ、死んじゃったけどね。とってもかわいそうだね。

「本当に、みんな素晴らしい才能だよね! 福添さんも凄く教えてくれるのが上手で、麻雀もすぐに覚えちゃったよ!」

 ――現実のお前は、その福添さんに殺されたんだよね。

「さて、早速麻雀をしに向かおう! 福添さんに教えてもらったことを早く試してみたくて、待ちきれないよ!」

 ――あーらら、試せないままだったね。

「ってさっきからナレーションしてあげてるんだからボクも混ぜてよ! どうせ三人じゃできないでしょ!」

 と、急にモノクマが割り込んできたと思ったら、いつのまにか僕ら三人とモノクマは雀卓を囲んで座っていた。

「いくよー! っておやぁ? いきなり上がってる! こーゆーのって、天和っていうんだっけ?」

 そう言ってモノクマは手配を倒して宣言した。

「うわぁ、こんなこともあるんだねえ。面白いねえ」

「びっくりしましたね。……でも支払わなくちゃならないですね。血を」

 そう言って、福添先輩が雀卓の上に両腕をのせると……

 ぼとり。

 ぼとり。

 と、両肘から先が……まるで牡丹が崩れるようにあっけなく……落ちていったのだった。……そして、その断面を向けて、

「さてさて、めったにない機会なので、教えてさしあげますね。……肘の断面の各部位を、私の身体を使って。骨も筋肉も神経も、よーく見えるでしょう……」

「うわぁっ!!」

 っと声をあげてしまい顔を背けようとしたが……何かに頭をがっちりと掴まれて動かせない。……その何かを確認するために視線だけ動かしたら……

 切り落とされた福添先輩の肘から先だった。それが宙に浮かんで、その手で僕の顔をつかんでいる。

「目をそらしちゃだめですよ。私がこんな腕になる原因を作ったのは、琴間さん。あなたなのですからね。ほら、ここが上腕骨、それにぴったりくっついてる筋肉が上腕筋、その下にあるのが内側頭、外側にあるのが上腕三頭筋外側頭、こっちが長頭……って今の私じゃ指をさして教えてあげられませんね。だって指は琴間さんをつかむのに使ってしまっていますからね。上側にあるのが上腕二頭筋の長頭と短頭……ほら、よく見てください。女の子が大事なところをさらけ出して教えてあげてるんですから。ほら。ほら。ほら。長頭には腋窩神経、内側頭と外側頭には橈骨神経が走っていて、栄養血管は上腕深動脈です。よく覚えているでしょう。今までにとった介護福祉士や作業療法士のほかにも、さっき言ったあん摩マッサージ師の国家資格も取るために勉強したんですからね。すごくすごく、勉強したんですからね。この歳でここまでの知識を得るのって、本当に大変でした。……ただの中学生のあなたにはわからないでしょうがね。もうこんな腕になっちゃったから、その勉強も無駄になってしまいましたけどね。うふふ、あなたのせいです」

「わあ、やっぱり福添さんの解説は面白いね。うん、おもしろい、オモシロい、オモシロイオモシロイオモシロイ……」

 まるで壊れたスピーカーのように面白いという言葉を繰り返すほうに目を動かすと……そこには、左胸から牛刀を生やした……瑞倉先輩の姿があった。

「福添さんには殺されちゃったけど、そのおかげでこんな面白い講義を聞けるんだったら、得した気分だよ! 本当、僕は幸運だなあ。面白いよ。本当に面白いよ。オモシロイオモシロイオモシロイ……」

「うふふ、そう言っていただけるとこちらも幸いです。身体をはって説明した甲斐があるというものです」

「でも、オモシロくないこともあるなあ。まだ琴間君は支払ってないんだもんなあ。早く支払ってほしいものだなあ」

「そうですね。瑞倉さん。お願いできますか?」

「わぁ、それは、オモシロい役だなあ……」

 頼まれた瑞倉先輩は、自分の胸から牛刀をずるりと抜いて振りかぶり……

 

――――――

 

 もしするとしたら、お母さんと一緒に、どこかの遠い外国で、と思っていた戦場カメラマンデビューがまさか一人で日本、それも卒業を間近に控えた母校で、さらに諜報目的だなんて。

 草むらに身を隠し、頭には暗視ゴーグルをつけ、カメラを構えた人物……小泉真昼は内心そう毒づいた。

 ここまで、すでに目的の大半は済ませた。あとは寮周辺を撮影して帰還するだけ。人員配備状況、シェルターの一部を解除して内部に食料などを供給する人員の顔を撮影することが、彼女の最大の任務だった。

 時刻はすでに0時を過ぎているが、人員が途切れるタイミングがない。24時間体制で警戒に当たっている様子だ。烏合の衆をこのように動員できるノウハウがあるなんて、つくづく『超高校級の才能』の持ち主は恐ろしい。

 だが、自分も同じ『超高校級の写真家』小泉真昼だ。絶対に突破口を見つけ出してやる。カメラを構えたまま、時間だけが過ぎていく。

 長く長くじっと耐えた後、ついに動きがあった。段ボールを抱えた数名が、警備の人員と何かを話し、警備が電話でなにかを連絡すると。シェルターの一部がぱかりと開いた。この時間、この位置に、この背格好をした人員が中に入っていくという情報を持ち帰れば、次の策につながる! 彼女はその瞬間を逃さずズームシャッターを連続で切った。

 そして小泉は踵を返すと、塀に向かって駆け出す。上部には有刺鉄線が張られていたが……なにやら四つの小さな影がちょこちょことうごめき、それを根元から外した。それと同時に、その開いた場所に飛び乗る人物が現れ、縄を降ろす。なんだか天から救いのため垂らされた蜘蛛の糸のようだな……でもあれは結局切れちゃうんだっけ。なんて、内心不吉なことを思ってしまった。

 その縄を両手でがっしりと掴むと心配とは裏腹に、上にいる人物も引っ張ってくれてスムーズに塀の上に飛び乗れた。さすが『超高校級の体操部』終里赤音、高所で身体を動かすのはお手の物なのだろう。

「勝ったか、小泉?」

「ええ。ばっちりね。ありがとう赤音ちゃん」

 なんでも勝ち負けっていう基準で話すのは終里の特徴だが、この作戦の勝ち負けで言うなら圧勝だろう。こちらに全く気付かれないまま、希望ヶ峰学園内部の状況に加え、シェルターの開閉可能部分の位置や警備や食料供給にあたる人員の情報までつかんだのだから。

「ちゅちゅちゅちゅ」

 と泣き声をあげながら、肩の上に先ほど有刺鉄線を外した小さな影の持ち主……四匹のハムスターがよじ登ってきた。

「あなたたちもありがとう。ジャンP、マガG、サンD、チャンP。」

 小泉は一匹一匹に礼を告げて指でなでていく。『超高校級の飼育委員』田中眼蛇夢のペット……いや本人曰く『わが眷属たる破壊神暗黒四天王』は人間並みに作戦を遂行する知性があり、小さな体を生かした人間にはできない働きができる。

 柵から飛び降りると、二頭の馬が待機していた。二頭は小泉と終里の姿を認めると、背をおろし乗るようにうながす。それは指示を出さなくとも、迅速に、かつ乗り手に負担をかけないよう走り出した。この乗り心地の良さも田中の飼育によるものだ。

 小泉は作戦の成功を伝えるため、懐から電話を取り出して仲間の元へかける。向こうも24時間体制で警備に当たっているように、こちらも24時間体制を組んでいるのだ。

「小泉おねぇ! 大丈夫? けがはない?」

 ワンコールで対応した通話相手は、開口一番、そう尋ねてきた。……電話を奪った敵が連絡してきている、というケースも想定せずいきなり『小泉おねぇ』と呼ぶのは良くないとは思ったが、それ以上に西園寺の気持ちがうれしかった。

「大丈夫だよ日寄子ちゃん。心配してくれてありがとう」

「よかった……帰ってきたら一緒に洗いっこしようね!!」

「うん。ずっと潜んでててかなり汚れちゃったから帰ったらすぐしたいな」

「わーいわーい! お湯張って待ってるね! どこからどこまで洗ってほしい?」

「まったく、日寄子ちゃんは変わらないね……身体は大きくなったのに」

「えへへ」

 電話越しでも、向こうの相手……『超高校級の日本舞踊家』西園寺日寄子が舌を出してウインクしている姿が容易に想像できた。

「ところで十神は?」

「豚足ちゃん? 寝てるよ。小泉おねぇが命がけで作戦に当たってるのに……ぶっ叩いてでも起こしてくる?」

「いや。寝かせておいてあげて。とにかく無事に成功した。じゃあね」

 こちらのリーダーとして、監禁された特待活動生、いわゆる『準・超高校級の才能』救出作戦の指揮を振るっている『超高校級の御曹司』十神白夜の心労も尋常なものではないだろう。休めるときに休まないと身体が持たない。

 小泉も十神の指示でこの作戦にあたっているだが、「食料搬入役の顔を撮ってきてほしい。それさえわかれば俺がどうにかする」とのことだった。おそらく、変装の技術がある十神がその食料搬入役になりすまして潜入し、内部とのなんらかの接触手段を残しておく算段なんだろう。

 ……希望ヶ峰学園が『超高校級の絶望』を名乗るテロリストに占領されただけでなく、日本中で暴動が起こっているが、今こそ自分たちのような才能の持ち主ができることを生かし、沈静化に努めなければ。

 ……そのためにはまず、象徴としての希望ヶ峰学園の奪還、と77期生たちは使命感を抱いていた。

 

 



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第二章 (非)日常編2

 ……琴間君に牛刀を刺せるなんて本当にオモシロいよ。

 ……さあ、琴間さん、あなたの番ですよ。

 

「うわぁあああああああああああああああ!!」

 悪夢を見た。

 自分の叫び声で、目を覚ました。

 ……こんなことは初めてだった。

 ……あれほどまでの凄惨な印象を持った、親しい人たちの死は、思っている以上に僕の精神をむしばんでいるようだった。……口も開けたままで眠ってしまったのか、からからに乾いていて、その不快感を和らげるために水を汲んで一気に飲み干す。……一杯では足りずに、二杯、三杯と立て続けに。

「ふぅ……」

 少しは気が落ち着き、息を吐く。……制服のまま倒れるように眠った上に、汗や唾液でかなり湿っていることに気付く。これは洗濯に出さないとだめそうだ。と思い、シャワーだけざっとあびてジャージに着替え、ランドリーに向かう。……時間は朝6時30分、モノクマのモーニングコールも完全に聞き逃すほど深い眠りについていたのか……いや、眠りながらも聞いていたからあのようにモノクマが介入してくる夢を見たのか……どっちでもいいか。とにかく洗いに行かなくては。

 ……思えば、昨日の朝何も食べずに瑞倉先輩の部屋に行って、遺体を発見し……そのまま捜査と学級裁判に入って、それが終わって倒れるように動かずに、今が朝の6時30分だから、つまり丸一日以上何も食べてないはずなのに、朝食より洗濯を優先するほどに食欲はわいてこなかった。

「よいしょ、……っと」

 胃に何もエネルギー源となるものを入れてないからか、やたら重く感じる洗濯物を抱えてランドリーへ向かうと、そこには先客がいた。

「おはよう! 琴間くん!」

 そう、友人と登校中に会ったかのように自然に朝の挨拶をしてきたのは、黒須先輩だ。……あいかわらず片手には羊羹を握っている。飲み物は……パックの豆乳? 小豆と大豆の組み合わせか。

「……さすがにきつそうだけど、よく眠れた? なんか食べれた?」

 まるで体調を崩した子供を心配する親のような口調で、訪ねてくる黒須先輩……そういえば学級裁判の後ショックで立ち上がれなかった僕を支えて歩かせてくれたのも、初日堀津先輩の仮説に動揺していたときに割り込んで止めてくれたのも黒須先輩だ。面倒見のいい人なんだろう。

「……寝覚めは悪かったけど一応眠れました。朝はとりあえず水は飲みました……昨日は丸一日何も採らずに過ぎてしまったみたいですが」

「丸一日!? 体に良くないよ! ……これ、食べかけだけど、食べる?」

 と言って、今までかじっていた羊羹を差し出してくる黒須先輩。……大好きだと言っていた羊羹を途中で人に渡すなんて、黒須先輩なりの優しさなんだろう。……それを無碍にしてはいけない。

「それでは……いただきます」

 受け取って口に運ぶと、ねっとりとした口当たりと、餡の甘さが口に広がる。なんだか糖分やカロリーが体中にしみわたっていくような感覚……というのはさすがに大げさだが、とにかく生き返っていくような心地がした。

「ありがとうございます黒須先輩。美味しかったです」

「いえいえ食べれて良かった。でもそれだけじゃ足りないでしょ? 食堂に食べに行く?」

「そうですね。とりあえず洗濯だけ出したら向かいます」

 と、洗濯機の蓋を開けたら……あれ、もう回ってる? それにこの黒くてメッシュが開いてるのは布は……

「ここここ琴間くん! ちょっと待って! ストップ! ストーップ!」

 と豹変したように慌てた様子の黒須先輩が制止してきた。……がもう遅い。ばっちり見てしまった。

「そっちは今、あたしが洗濯してるほう! もう一つの洗濯機使ってー!」

 ……そうだったー! ランドリーにいるってことは洗濯してる。いつも身につけている衣類の内側につけるような物とかも洗ってるってことじゃないかー!? いつもの自分なら気づいてただろうに、いまはさすがにそこまで気を回す余裕はなかったー! しかしあの黒くてメッシュが開いてるのは……パンツだったのか? そう言えば聞いたことがある。自転車に乗るロードレーサーはレーサーパンツ(ここでいうパンツとは、ボトムアウターのことを指す)の下のパンツ(こちらのパンツは、下着のパンツのことを指す。どちらもパンツと呼ぶのは、とても紛らわしい)に何も着ないか、布面積が極端に少ないか、透けるほどに細かな穴が開いてて通気性が良いものを好むと……

「すすすすす、すみません! もう一つの方ですね! そっち使います!」

「う、うん。いやあたしも言わなかったの悪いし、この洗濯機って静かすぎるよね! 使ってるってわかりにくいよね! うん、しかたない、しかたないよ!」

 とまあ、そんなこんなでどたばたしながらも、黒須先輩に会えたことで多少なりとも精神的に回復した状態で食堂に向かうのだった。

 

 食堂にはすでにほとんどの先輩方が集まっており、連れ立ってやってきた僕と黒須先輩の姿を認めると、一様に安堵の表情を浮かべた。

「おはよ! 琴間君!」

「えなきん、学級裁判終わってからずっと姿見せなくて心配してたで」

「……無事でよかった。琴間」

 先輩方総出で歓迎してくれる。……もしここに瑞倉先輩と福添先輩がいたら、僕にどんな言葉をかけてくれていただろうか。「あんな辛い思いをしたのに昨日の今日で立ち直るなんて君は素晴らしいよ!」とか、だろうか?

「あれ、琴間君なんか顔赤いけど、黒須さんと何かあった?」

「いや何もなかったです!」

「いや何もなかったよ!」

 羽月先輩の妙に目ざとい指摘に同時に同じ答えを返してしまい、ますます怪しく見えてきてしまう僕ら。……まさか僕が黒須先輩の洗濯中のパンツを見てしまった、なんて言えるはずがないだろう。

「なーんか怪しいなあ……もしかして、早くも二組目のカップル成立!? スポーティーなお姉さんとあどけない中学二年生の少年のまさかの組み合わせ!?」

 なんて囃し立てる岸和田先輩。

「あれ、二組目ってことはもう一組カップルできてるんっすか?」

「いや、瀬戸君とあたしはまだそんなんじゃないよー!? ただ夜にちょっと洗いあったりするだけの仲であってー……」

 自覚があるのかないのか、強く反応する瀬戸先輩と竹枡先輩。……それにしても竹枡先輩、それはあいかわらず誤解を招きそうな表現ですね。

「うんうん。仲良きことは麗しきかな、だね! ボクもこのコロシアイを開催した甲斐があるってもんだよ!」

 ようやく立ち直りつつあったところに乱入者。……モノクマだ。

「さてみんな揃ってる……あれれ、勝クンと手岡サンは厨房の方かな? まあいいや、とにかくご報告にきたよー」

「あらら、招かれざる客の乱入だね。モノクマちゃん、なんのごようかな?」

 煽るような態度のモノクマに対して、同じく煽るように返す一目先輩。……仕方のないことだが、明らかに僕らの中にはモノクマに怯えている節があるから、こういうときの一目先輩の歯に衣着せぬ飄々とした話し方はありがたい。

「今日はね、ご褒美をあげに来たんだよ! コロシアイしろって言っておいて、いざコロシアイが起きたところでそういうのがなかったら、モチベーションも湧いてこないでしょ?」

「コロシアイのモチベーションなんて湧かないほうが良いんだけど。で、そのご褒美ってのは料理人君と釣り師さんが喜んでる奴のほかになにかあるの?」

「あらら、もう見つけちゃったの? まったく、二人ともせっかちさんだなあ。……まあ、それもご褒美のうちの一つだね! 保存がききそうな食材ばかりじゃ味気ないから、野菜や果物みたいな青果、産地直送の海鮮食品なんかを食材として搬入することになったよ! 消費期限が短いから、早めに食べてね!」

 確かに、それはありがたい。ありがたいが……そういう心遣いができるならそもそも監禁なんてしないでくれ、と内心毒づく。

「その他にはね、行ける場所を増やしておいたよ! エレベーターの横に下り階段があったでしょ? そこ、通行できるようにしといたからね! みんなが喜びそうな施設もたくさんあるよ! ぜひ見に行ってみてね!」

 モノクマの言は気にはなるが……階段の場所がよりにもよってあの学級裁判に向かうエレベーターの横か。通るたびに、あのおぞましい光景をまた思い出してしまいそうだ。

「最後にね、これ。瑞倉クンと福添サンが遺していったものね!」

 と今度はどこからかバックパックを二つ取り出し、どさっ、どさっ、と床に放り投げた。

「皆で仲良く形見分けでもしてね! あっ、パンツはこっちが用意したものも使ってたみたいだから何枚かあるけど、欲しい人は早い者勝ちだよ! それとも靴下のほうがお好みかしらん? 逝去当日の衣類はさすがに一緒に混ぜると衛生的に問題があるからこっちで保管してるけど、気になる人はこっそりと僕に言ってね! 多種多様な体液がじっとりと染みついてる激レアものだよ! 亡くなった後って、いろいろとたれ流れてきちゃうからね! そうだ、部屋でなくなった瑞倉君の遺体も片付けておいたからね!」

「もういい! 失せろモノクマ!」

 死者を冒涜するような物言いのモノクマに、怒りをあらわにした堀津先輩がそう言い放つ。

「なんだよ、せっかく気を使って言ってやってるのにさ! ふーんだ! 話はそれだけだよ! せっかちさん二人組にも伝えておいてね! それじゃーねー!」

 それだけ告げると、モノクマは急にどろんと消えるかのように立ち去ったのだった。

「……行ったか。忌ま忌ましい」

 モノクマが去り静かになる。そこで、そうだ、勝先輩と手岡先輩にも顔を見せに行かないと、と思い立ち、厨房に向かうことにした。

「おはようございます。勝先輩、手岡先輩」

 僕の方から二人に挨拶すると、

「よかったー! 恵那樹、心配したんだよ!」

 と手岡先輩は僕の手をつかんでぶんぶん振り回してきた。……こんなに心配してもらって、なんだか気負わせてしまって悪かったかな。

「琴間クン、食欲はあるかな? もしないなら果物をミキサーにかけたスムージーみたいなものでも作るかい?」

 と勝先輩。手岡先輩と違って体全体で表現するようなタイプではないが、言葉に込められた心遣いが身に沁みるなあ。

「はい。……丸一日何も食べてなかったようなので、急にがっつり行くのも胃に良くなさそうですし、それでお願いできますか?」

「うん、了解」

 とだけ答えて、調理に取り掛かる勝先輩。うーむ、もはやその背中に粋のようなものまで感じられてきたぞ。

「お昼は私にまかせてね! お魚がたくさんあるから! ノドグロがいい? それともホウボウ? マダイ? キンメ?」

 と今度は手岡先輩。その並べ立てられた魚の名前は、どれも高級魚ばかりだ。確か一尾何千円とかいうような奴ばっかだぞ。金かけてるな……いや、この事件を起こすのにそれこそ中学生の僕が考え及びもしない程の大金がつぎ込まれてるのだろうから、犯人にとってこの程度の高級食材を調達することははした金なんだろう。まあ、手岡先輩がはしゃいでいるのを見ると悪しざまには言えないし、せめてこのぐらいは味あわせてもらおう。

 こちらからは、モノクマからの伝言を伝えたりしているうちに全員分の朝食ができたようで、全員で席に座って、さあ、いただきます、となったとき……

「……うっ、うっ」

 とすすり泣く声が聞こえてきた。……その声の主は

「カディナ先輩……」

「……えぐっ、すみません。みんなで、いざ、いただきます、って、時なのに、カムルさんと、シホさんが、いないことが、急に、ずしんと来ちゃって……」

 全員。そう、僕らはこれで全員なのだ。……もうここには、瑞倉先輩も、福添先輩も、いないのだ。モノクマが形見を置いていったとき、僕もそう再認識したが、カディナ先輩はこのタイミングでその辛さが決壊してしまったか。

「カムルさん、こんな状況なのに、いつもオモシロい、オモシロいって言ってくれて、こっちまでオモシロい気分にさせてくれる素敵な方でした。……シホさんは、丁寧にお話ししてくれて、お掃除もしてくれて、それなのに……それなのにっ、どうして、どうして私に……」

 どうして私に……に続く言葉は、恐らく『罪を擦り付けようとしたのか』ということだろう。一緒に過ごした期間は短いとはいえ、信頼していたクラスメートに殺人の罪濡れ衣を着せられそうになったことの心理的な傷は計り知れない。

「うう……フジサンさん……せっかく作ってくれたのにすみません……お水だけいただきます……」

 下の名前にさん付けで人を呼ぶカディナ先輩。勝先輩に対するフジサンさん、なんて滑稽な響きも、この場に笑いを取り戻すには圧倒的に力不足だ。全員ただただ、水を一気に煽るように飲んだカディナ先輩を見送ることしかできなかった。……急にお通夜みたいな雰囲気だ、というか実際朝だけどお通夜みたいなものなのだろう。

「な、なあ……だれか様子を見に行った方がいいんじゃないか……お、俺が……」

「いや、君だけは絶対に駄目でしょ芸人君。……いの一番に福祉委員さんの用意した罠に引っかかって、テニスプレーヤーさんを『この事件の核心、確信した、お前が犯人だ』って指摘した君だけは」

 後を追おうと立ち上がろうとした霧生先輩を、一目先輩が制止する。……霧生先輩もその自覚があったのか、やや怒気をふくんだ表情になりながらも言い返す言葉がなかったのかばつが悪そうにそのまま腰を下ろし、黙々と朝食を口に運びだす。僕も食事をとり始めたが……せっかくの朝食なのに砂を噛んでいるような気分だ。勝先輩お手製の、フルーツや野菜を絶妙にミックスした健康面にも気を払われてるのであろうスムージーだというのに、甘さもおいしさも感じない。ただ『こういうものが胃の中に入っていってるなあ』という感覚だけだ。

「……ごちそうさまでした」

 それだけ伝えて、容器を片付けてから食堂から出ていく。……モノクマが下に行く階段を開通した、って言っていたな。どうせ向こうが用意したものだし、この状況を打破できそうなものなんてないんだろうが、薬品棚のような毒物があるかもしれないし、確認しないわけにはいかないよな……と、洗濯物だけ先に回収してから、あのエレベーターホールで見た階段の方へと、足を運ぶのだった。

 



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第二章 (非)日常編3

 忌まわしいエレベーター横の階段を下りて地階に訪れる。まず見つけたのは、図書室と銘打たれた部屋。入ってみると、書架に図書がうずたかく積まれた一室だった。小学校や中学校の図書室、背の低い子でも手の届くように作られたそれとは全く違った厳格な雰囲気がある。まるで何かで見た国会図書館の一室のようだった。

 とりあえず一回りしてみよう……と思うと、やや周囲をはばかるような声が聞こえてきた。近づくと、手岡先輩と堀津先輩が辞典のような分厚い本を広げつつ対面して会話している。……ここには僕たちしかいないのだから他の人らに気を使う必要はないと思うが、やはり図書館ではお静かに、というのが身に沁みこんでいるのだろう。

「タチウオは?」

「日中は水深150メートルほどにいるが、活発となる夜間には10メートルほどまで上がってくるので堤防からでも狙える。時刻は朝まずめか夕まずめ、肉食で獰猛なのでイワシなどの小型の魚や生きたドジョウなどをエサにする」

「正解! じゃあヒラメは?」

「砂場に潜む魚だからサーフからの遠投が有効。水底に沈むような重めのルアーでゆっくり地を這わせたまま巻いて誘うのが向いているな」

「これも正解! さすが圭司だね! じゃあアユは?」

「縄張り意識が強い魚なので友釣り。生きたままの鮎をおとりとして使う仕掛けの結びに慣れないうちはどぶ釣りもありだな」

 どうやら、手岡先輩が出題者、堀津先輩が解答者になって釣りクイズをしているようだ。

「堀津先輩も釣り好きなんですね」

「ああ。魚類の生態を入念に調べあげ、狙いじゃない外道の末に本命を釣り上げた時の快感はたまらないものがある。……『追跡者』としての仕事が入ってない時にはたまに行っているな」

 そう答える堀津先輩は、この監禁事件の犯人を推測しているときと同じ野心的な表情をしていた……この人、とにかく『追う』とか『追跡する』とかが大好きな人なんだろうな。それこそ『準・超高校級の追跡者』として希望ヶ峰学園に見いだされるレベルで。

「うんうん、そうだよねー。……でももう5日も釣りしてない。それどころか外にすら出れなければ陽の光も浴びてない……釣りの話をすればちょっとは気が紛れるかとも思ったけど逆にもっとしたくなってきた……ううう、海の波の音も川のせせらぎも風が肌に当たる感触もここにはない……あああ」

 まるで何かが切れた中毒患者のようにつぶやく手岡先輩。

「ごめん! 耐えられなくなってきた! ちょっと部屋でロッドいじってくる!」

 とだけ宣言して、風のように去っていってしまった彼女。そういえば『手荷物として釣り竿は持ち込めている』とは言っていたなあ。ちょっと忙しないが、この状況でストレス解消になるものがあるのは良いことだろう。

「さて、俺も俺たちを監禁している『本命』を釣り上げるために調査でもするかな」

 と、堀津先輩は図鑑を閉じて書架のほうに戻っていったのだった。

 

 ここは、教室のような作りの部屋だ。寮内にも授業をするために施設があるなんて、勉強合宿的なイベントにも使われるのだろう。そして教壇の上には出囃子……これはスマホから鳴らしているようだ……で登場した漫才師のように、霧生先輩と勝先輩が並んでいた。

「どーもぼうずーずです。今日は『皆さんの顔と名前を覚えて帰ります』」

 と両手を叩きながら自己紹介をする霧生先輩。……これは実際に漫才をしているようだ。

「逆ぅー!」

 とツッコミを入れようとして振るった腕を空振りさせて自分の頭を叩いてしまう勝先輩。

「……ピー、ガクン。エラーが発生しました。しばらくの間、先ほどと同じ、逆ぅー! というツッコミしか返せません」

 すると、勝先輩は機械がエラーを起こしたような声をあげた。

「ああしまった。うちの相方たまにこうなっちゃうんですよ。仕方ないからこのまま続けていきますね。昨日までの五日間、『日土金木水』と使って」

「曜日の順番が逆ぅー!」

「ドライブして」

 と言ってハンドルを握る動作をして前を向きながら後ろに下がる霧生先輩。

「進行方向が逆ぅー!」

 即座にツッコミを入れる勝先輩。

「47都道府県オブ日本全国の」

「順番が逆ぅー!」

「ごめんごめん。47『県府道都』オブ日本全国の」

「逆にするべきところが逆ぅー!」」

「名物を販売しているアンテナショップ巡りに行ってきたんだよ。五日で全部の県の店に行くのに抜けがないように『んをわろれるりら』順に行ってきた」

「五十音が逆ぅー!」

「でもガソリン代とかコインパーキングが思ったより高くて財布が空になったから何も買わないで帰ってきた。貧乏なお笑い芸人って辛いね……」

「自虐ぅー!」

「ビンボービンボービンボーダンス」

「一発ギャグぅー!」

「車に向かって歩いてたら、強面のあんちゃんと肩がぶつかって『おうどこ見てんだこら』って因縁付けられたんですよ。いやぶつかってきたのはそっちだろって思って、カチンと来て懐から銃を取り出して『おめーがどこ見てんだ』って脅し返したんですよ」

「ギャングぅー!」

「微妙に違うツッコミができるように戻ってきてるな。叩けば直るかな。えいえい」

「加虐ぅー!」

「こうなったら、これを使うしかない。これを飲め」

「ゴクン。『なんでやねん』『あほちゃうか』『そうはならんやろ』。おお治った。ありがとう。ところで今飲ませてくれたの何?」

「単なる菓子。偽物の薬を飲んだらプラシーボ効果で治ってくれるかなって」

「プラシーボ……? 偽物の薬……? つまり……偽薬ぅー!」

「ああしまった。戻ってしまった。もうやってられんわ。ありがとうございました」

「もうやってられんわで締めるのは基本ツッコミのほうなのに逆ぅー!」

 

 ……一席終わったようで、僕はとりあえず二人に拍手を送る。

「ああ、琴間クンか。どうだった?」

 と勝先輩が感想を求めてきた。

「息ぴったりで本当に漫才コンビかと思いましたよ。もしかして勝先輩って料理人だけじゃなくて芸人の才能もあるんじゃないですか?」

「まあツッコミの僕のセリフは『逆!』って言葉がメインで覚えることはそう多くなかったからね」

「それでも上手でした。でもなんでいきなり漫才なんかを?」

「……それは」

 と今度は霧生先輩。

「……どうすればカディナを励ませるか考えたらな。芸人である俺にはこれしかない、って思ったんだよ。初日も俺のギャグを気に入ってくれてるようだったからな。だから、勝にツッコミを頼み込んで相方になってもらった。動画配信者で場慣れしてて、関西弁で漫才にピッタリそうな芳賀にも頼んだけど、あっちはあっちでやりたいことがあるらしいからな」

 ……確かに、今朝のカディナ先輩を見るに、何かしらの手段で元気づける必要があるだろう。一目先輩に止められても、それだけではめげない霧生先輩の芸人魂のようなものが垣間見えるようだった。

 

 ここは、……トレーニングルームかな? バーベルとかダンベルとかルームランナーとか、ジムにありそうな器具がそろっていて……

「はぁっ……はぁっ……」

 黒須先輩が端のほうにあるエアロバイクを息を弾ませながら漕いでいた。その顔はまさに兎の上り坂、と言ったように晴れ晴れとしている。『準・超高校級の釣り師』の手岡先輩が先ほど禁断症状が出るほどに釣りを求めていたように、『準・超高校級のロードレーサー』である黒須先輩もまた、自転車で運動することを渇望していたのかもしれない。

「琴間くん、いいところに来た! そこにある飲み物とって!」

 黒須先輩に指示され、そのペットボトルを受け取った黒須先輩は、漕いだまま器用に飲み干すと、中腰の前かがみになり、ラストスパートをかけるように、より力強く漕ぎ始めた。パネルに表示されている速度は……

「時速64㎞……?」

 これは自動車の制限速度よりも速いじゃないか。そういえばロードレースの大会は女子でも東京から静岡間の高低差の激しい150㎞を4時間以内に走破するぐらいらしいから、平均時速は40㎞を切るとしても、瞬間時速だとそのくらい出ていてもおかしくないのかもしれない。何かで見て『鈍行電車と同じぐらいじゃないか』って驚いた記憶がある。

 しかし、僕が漕ぐママチャリなんて大体……えーと、よく行く場所にかかる道のりと時間を計算すると……時速13㎞ちょいぐらいしか出せてないというのに。機体や環境の違いや瞬間的に出せる速度だからこそ、というのもあるのだろうが、それでもなお黒須先輩のフィジカルは計り知れないものがある。

「よし、軽く40㎞! 体は大してなまってない!」

 そう言いつつも、ウイニングランのように流し続ける黒須先輩。……40㎞が軽くなのか。

「さすが黒須先輩ですね……こんな状況なのに」

「うん、悩んでも仕方ないから、とにかく動いて、汗を流してすっきりする! カディナさんのことも気になるけど、頭の中のもやもやが吹っ飛べばなんかいいアイディアも湧いてくるでしょ!」

 気丈に言い切ると、黒須先輩は再び強くペダルを漕ぎだし始める。

「そういえばさ、カディナさんの『サウスポーサービススナイパー』みたいな二つ名ってかっこいいよね、あたしにもなんか欲しいけどなんか思いつく?」

 とは振られても、黒須先輩が自転車に乗っているところは初めて見たので、これと言っていいものが思い浮かばない。……えーと、黒須先輩はヨーカンが好きで、卓球のラリーもうまくて、面倒見が良くて……お腹も引き締まってて肌質もきれいで、パンツは黒のメッシュ、履いたら素肌が透けるぐらいの……いやこれは忘れなくちゃ。忘れろ、忘れろ、忘れろビーム! ……よし、黒須先輩のお腹とパンツのことは忘れた! ……だけどこれと言って思いつかない。

「すみません。いまいちピンとこないです」

「じゃあ考えといてね! 楽しみにしてるからね!」

 それだけ告げると、黒須先輩は再び自分と自転車だけの世界に入り込んでしまったかのように、ランを続けるのだった。

 

 のれんがあるここは……浴場かな? 中に入ってみると、籠が置かれた棚が並んでいる。見立て通りのようだ。個室にお風呂はあるけど浴場があるのはありがたい。しかし……入口が一つ、脱衣所が一つってことは……

「まさか混浴なんて……ひゃああああー!」

 ……と入浴した様子もないのに顔をのぼせたように赤くしている竹枡先輩が、僕の内心を代弁するように叫んでいる。

「ビューティーアドバイザーさんのご期待には沿えないけど、まあ男女日替わりで入れ替わる、ってのが妥当だと思うよ」

 と一目先輩が冷静なツッコミを入れる。

「なっ……どうしてあたしが瀬戸くんと混浴するって期待してるってことなのー!?」

 竹枡先輩の反論も、どこか日本語としておかしいし、瀬戸先輩の名前まで出してるし、わかりやすい人だなあ。

 とりあえずこの二人はスルーして浴室の方にも足を運んでみると、全員で入ってもまだ余裕がありそうな湯船のほか、サウナルームと水風呂も備え付けてあり、どこか豪華なホテルの大浴場を思わせる作りになっていた。

 うーむ、さすが希望ヶ峰学園、風呂にまで抜かりがない。サウナで汗を流せばこの状況に対する重圧も多少は和らぎそうだが……まあ男女の順番も含めて、これは集まったときにでも議題にしようか、と脱衣所に戻ると、一目先輩だけが残っていて、きょろきょろと何かを探しているかと思ったら、急に僕の方に近づいてきて、スマホを掲げた……そこにはこう書かれていた。

『この場所には監視カメラがない。もし重大な何かを話すとしたらここがいいかもしれない』

 それだけ見せると、一目先輩はすたすたと出ていってしまう。……相変わらずつかみどころのない人だが、この状況を打破するための調査は率先してしていることが分かったことは収獲かもしれない。

 

「……みんな揃ったか?」

「いや、まだテニスプレーヤーさんがいないみたいだけど?」

「……カディナさんからの伝言です。『必ず元気を取り戻しますから、しばらくのあいだ一人にさせておいてください』……とのことです」

 昼食の時間になり、僕らは食堂に集まった……カディナ先輩を除いて。

地下一階にあるのは、『図書室』『教室』『トレーニングルーム』『浴場』であること、エレベーターホールにさらに下に行く階段があることを確認しあった。……薬品棚のような明白な危険物のあるところはなく、むしろ僕らが喜びそうな設備ばかりだが、油断してはいけない。ダンベルのような凶器にもなりうるものもあるのだ。

 報告会が終わり昼食に入る。手岡先輩がさばいてくれた高級魚の炙りや刺身だ。……さすがにたまに食べてる100円の回転寿司に乗ってるようなやつとは質が違う。

「……それにしても、カディナさん、心配だよね」

 舌鼓を打ちながら、つぶやいたのは羽月先輩だった。

「すぐに……とは行かなそうだけどさ、カディナさんが戻ってこれたら……パーティーしない? こんな状況で……もういない人もいるけど、もし、……いや『もし』じゃない。日常に戻れたら、クラスメートになるんだからさ、よろしくおねがいします、の意味を込めて」

 羽月先輩は、そう提案を続け、それに賛同の声が上がっていくのだった。

 

 

――――

 

 

「エノジュン? ちょっとエノジュン? あんたがいってたコロシアイなんちゃらってやつ、ツマラナイ結果に終わったじゃん? ほんっとシツボーしたよ!!」

 ロングヘアー……というよりは、散髪をしてなくて伸びきった髪で清潔感がない、といった見てくれの女子生徒は、電話先の相手にいら立ちをぶつけるような口調をあげている。「えへへー、絶望的だね」、とか、「一人の参加者だけに勝手に過度な期待をかけたあなたの方に問題があるのではないですか」、とか電話口から帰ってきて、さらにイライラが増したようで、乱暴に通話を切る。

「おや、ご機嫌斜めのようですね。楽花様。読みが外れたからってそんな声をあげて、天下の留守居 楽花(るずい らくか)様が、まさかご自分でご自分のご機嫌を取る才能は持ち合わせておられないのですか?」

 いつのまにか部屋に入ってきた希望ヶ峰学園の制服を着た少年が、まさに慇懃無礼、といった風にそうたずねる。

「……あんたはなにしに来たの? 期待かけてたズイクラカムルがコンパチにすらならなくて荒れてる私を煽りに来たの?」

「まあ、そういったところですね。幸いなことに僕の推しは生き残ってくれてるみたいなんで」

 と、少年は、楽花と呼ばれた女子生徒の隣にかけ、モニターに映る寮内の様子をニヤニヤと眺め始める。

「あんたいきなり記者の岸和田って子にバレかけてたもんね。『希望ヶ峰学園の重要人物』か『印影を偽装できる人物』か……ってどっちにしたって当たってるじゃん! 追跡者の堀津って子が立ててためっちゃたくさんの仮説の中でもあんたは『間違いなく何らかの形で関わってる』っていうのは確定してるみたいだよ?」

「……まあ超高校級の才能の僕らが有名だということを差し引いても、いきなりバレちゃいそうになるなんてびっくりしましたよ。その二人も注目してますが、でも今の推しはその子たちじゃないんですよね。……ほら、予備学科入学志望のあの子ですよ」

「あの子? 琴間って子?」

「そうそう。あんなに学級裁判で活躍するなんて予想外でしたよ」

「そういえばなんであの子わざわざ呼んだの? 何の才能もないただの中学生でしょ?」

「いや、僕ら79期生の皆様が大嫌いな大嫌いな78期生の『超高校級の相談窓口』の日向創先輩のことを『尊敬してる人』なんかにあげてますからね。みんなで相談して『???』枠で外部から誰かまねこう、ってなったときにちょうどいいから彼にしようってことになったんです。皆様、足手まといとか第一犠牲者になると予想してたのですが、これは中々番狂わせなことになりそうじゃないですか」

「私とはうってかわって楽しそうだね……私としてはツマラナイことになったからもう興味ないし、なんか気に障るから今すぐ監禁してるやつ全員、逃がすなり皆殺しにするなりしてコロシアイなんちゃらを終わらせてやってもいいんだけど? 監禁しておくにも人員も費用もかかるしね」

「それって他の79期の超高校級の才能の皆様を出し抜いてでもそうしてやる、って宣戦布告ですかぁ? まあ僕程度なら簡単に、それこそこの場でも始末することも可能でしょうけどね」

「ま、実際する気はないけどね。あんた含めてどいつもこいつも一筋縄じゃあかなそうだし」

「僕はハンコ彫るのが得意なだけの人畜無害な少年なんですけどねえ」

「……人畜無害な少年が服の下に銃なんて持ち歩かないと思うけど?」

「おやまあ……ばれてましたか」

 そう指摘されると、少年はいたずらをとがめられた子供の用に、てへっと舌を出しておどけて見せた。

「まったく。その彫った偽造ハンコのほうも、どれだけの人をだまくらかして物資を集めて、施設を収めて、人を動かしてきたんだか。実際今回の作戦の貢献度なら、あんたはトップクラスだよ」

「世の中ペーパーレス、脱ハンコが叫ばれて久しいですからねえ。通用するうちにどれだけ通用するか、ってことをただ試したかっただけなんですが……思いのほかおおごとになってしまいましたねえ。大口取引には現金ではなくまずハンコ、っていうのは知ってましたが国家規模でもそうなんですねえ」

 その口調に反省や後悔といったものは全くなく、むしろここまでのことをしでかすことができた自分の能力に酔っている様子だった。

「ほんっとあんたいい性格してるよ……『超高校級の印章士』なんて地味でツマラナイ肩書のほかに何かあったんじゃない? 多分事前情報なしに黒幕がそんな才能だったら『え?』ってなるよ」

「おほめに預かり光栄。でも世の中ハンコの力を侮りすぎなんですよ。ちょうど今みたいに国家の威信を揺るがすようなことにつながりうるのに、ハンコの偽造そのものだけではあって懲役5年程度ですからね。……今回の件が失敗して僕らが逮捕された場合、おそらく実行部隊長のむくろ様が最高刑になるでしょうね」

「イクムクちゃんねー。まあ暴力的な部分はあの子にしてもらっちゃってるからねー。ちょっと残念なところもあるけど暴動を主導させたりして戦場にいたら、超高校級の軍人ってだけあってまさに無敵ね。逆に相性最悪な状況は多分、今まさに『準・超高校級の才能』の子たちにやらせてるような推理系クローズドサークルデスゲーム、とかじゃないかな。いきなり校則違反とかしちゃいそう」

「その見立てには同意ですが……なんですそのイクムクちゃんってのは」

「だって江ノ島盾子をエノジュンって呼ぶならそのお姉ちゃんの戦刃むくろはイクムクでしょ……イク、ムク、ってなんか卑猥な響きで気に入ってるんだけどな」

 そう言って、楽花はゲラゲラと下品な笑いをあげる。

「まあ、他人をどう呼ぼうがあなたの勝手ですが……盾子様とむくろ様は僕たち79期生に絶望のすばらしさを教えてくれた方ですから、敬意に欠けてるのはどうかと思いますよ。僕も自分の才能を自分の思うがままに使えるようになれたのはあのお二方のおかげなのですからね。多分他の79期生も『準・超高校級の才能』なんて制度のせいで自分たちの価値が揺らいでるところを救ってもらったのですから」

「付け込まれた、んじゃなくて?」

「ま、そうとも言いますね。僕の場合は自分から付け込んでもらいに行ったようなものですが」

 指摘された印章士の少年はけらけらと笑う。そこには、他人に敬意を払うような殊勝な態度などはみじんも感じられなかった。



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第二章 (非)日常編4

 結局、カディナ先輩は夕食の時分にも姿を見せなかった。……お見舞いに行ったほうが良いか、下手に押し掛けないほうが良いか、と食事中も悶々と考えてしまう。

 夕食を終えて食器を片付け、さて、これからどうしようか、と思案する。……図書室で本でも借りて読めば、夜も気が紛れるかもしれないと思い立ち、さっそく足を運ぶことにした。

「これはどうかな?」

「すごーい、良く描けてる! ほんとそっくりやん!」

 と会話する声が聞こえたので近寄ってみると、羽月先輩と芳賀先輩が、スマホを見ながらスケッチブックに絵を描きこんでいた。覗き込むと……

「福添先輩の似顔絵……?」

 そう。それも一枚ではない。車椅子を押して介助する福添先輩、両手に犬と猫を一匹ずつ抱えてうれしそうにする福添先輩、友人と談笑する福添先輩……僕の知らない、いろいろな表情をした福添先輩がいた。

 それと、その中に一枚だけ、別の人の似顔絵が混ざっていた。……瑞倉先輩のだ。希望ヶ峰学園の制服を着た、見慣れた感じの瑞倉先輩だ。

「あ、こんばんは。琴間君」

「こんば。えなきん、これ凄い良く描けてるっしょ? ヤスミンからシホリンのスマホ借りて、その中に入ってたシホリンの写真で似顔絵描いてたんや。デカからカムルンのスマホも借りたんやけど、カムルンはあまり自分の写真残さない人やったみたいで、まだあまり描けてへんけどな」

 そう言って、福添先輩のスマホの画像欄をかざしてスワイプしていく芳賀先輩。……亡くなった方の個人情報をあさるようなことは賛否あるかもしれないが、これが彼女たちなりの追悼の気持ちの表れなのだろう。と指摘することは避けておく。

「本当に良く描けてますね」

「……ウチら、考えたんやけどな、シホリンも本当はあんなことしとうなかったはずや。やけど、こんな状況になって……ただ怖くなって魔が差すようにしてしまっただけ、なんや。……そしてそれを咎めたのはウチらなんや。やから、ウチらの大切なクラスメートのシホリンのことも、カムルンのことも、絶対に忘れへん! 抱えて生きていくって決めたんや。ここから絶対に無事に出ていって、抱えて生きていくんや!」

 そういう芳賀先輩の表情は……憂いと共にどこか決意を含んだものだった。僕も福添先輩には複雑な思いを抱えていたが、芳賀先輩のその宣言を聞いて、少しだけでも、それがほぐれていくように感じた。

 ……被害者である瑞倉先輩を、加害者である福添先輩と同じように偲ぶことも、彼なら、生前口癖のように言っていた前向きな言葉をもって、許してくれるだろう。故人の意思を代弁するのもおこがましいかもしれないが、そう信じたかった。

 さて、あまり長居して追悼の邪魔をするのも悪いと、図書室にある本を適当に数冊見繕って、部屋に戻ることにした。

 

『ピンポンパンポーン!』

 自室で読書していた自分の耳に、モノクマが口で言うチャイム音が届き、一瞬身構えてしまう。

『午後10時になりました! これから夜時間となります! 一部の施設は閉鎖されますのでご注意ください! それではおやすみなさい!』

 しかし、単なる時報……そういえば夜の時報は初めて聞くが……だったようで、安心して読書を続ける。そのうちに眠気もやってきて、眠りに落ちてゆくのだった。

 

『朝6時になりました! 夜時間に閉まっていた施設が開く時刻です! それではみなさん、本日も張り切っていきましょう!』

 今日も今日とてモノクマのモーニングコール。もう監禁されて六日目か。……外の世界はどうなってるんだろう。助けは一向に来る様子もないし、僕の家も荒らされていた映像も流れたし、まさか国家権力すら及ばないような状況に陥っていたりして……と嫌な想像が浮かんでしまったので、頭をぶんぶんと振ってそれをかき消す。とにかく朝食でも食べて英気を養おう、身支度を整えてと食堂へと向かう。

 

「おはようございます! エナキさん!」

 そこには、カディナ先輩が食席に腰かけていた。その顔はやや、やつれて見える。もしかしたら、瑞倉先輩の遺体を発見し、そのまま捜査から学級裁判となった一昨日、それに堪えて朝に水を飲んだきり顔を見せなかった昨日と、まともに食事をとっていないのかもしれない。だが、その声は元気そうだ。

「おはようございます。カディナ先輩。お顔を見れてうれしいです」

「ええ。ご心配かけましたが、もう大丈夫です!」

 そう言って笑顔を見せてくれるカディナ先輩。

「おはよう琴間くん、カディナサンもお待たせ!」

 そんな彼女に、厨房から出てきた黒須先輩が、ティーポットとカップと切り分けた羊羹を持ってくる。

「ありがとうございますリンさん! ところで、ずっと気になってたことがあるんですけど、ヨーカンってなんでヒツジのアツモノって書くんです? 羊肉なんて使ってませんよね?」

「え、そう言われればなんでだろう? 琴間くん知ってる?」

「いや、僕、羊羹の羹の字をアツモノって読むのすら今知りました」

「……それはだな。もともと羊のスープだったものを、肉食が禁じられている禅僧が羊肉の代わりに小豆を使って代用にしたものが元だから、らしいぞ」

 その疑問に答えたのは、ちょうどいま入ってきた霧生先輩だった。漢字の掛け言葉が得意な霧生先輩だけに、こういった成り立ちの雑学にも強いのだろうか。

「おはようございますユーダイさん! ユーダイさんは物知りなんですね!」

「あ、ああ。まあな」

 そう答える霧生先輩はどこか気まずそうだ……学級裁判で疑いをかけてしまったこと、まだ気にしているのだろうか。

「ユーダイさんも一緒に朝ごはんにしませんか? 私、色々聞きたいことあります!」

「あ、ああ。俺の分のコップ持ってきてからな」

 誘いを受け、一旦厨房に向かって食器を持ってきた後、僕の隣、カディナ先輩とははす向かいになる形で席に着いた。

「アメリカは米、フランスは仏、ポルトガルは葡萄牙って漢字で書きますよね? 私の国、ノヴォセリックはどう書くんですか?」

「昇瀬陸だな。音をそのまま漢字に当てたタイプだから比較的覚えやすいな」

「昇るに瀬に陸、ですか。なんか縁起がいいですね。新天地発見、って感じで」

 このような具合に、漢字について質問をぶつけるカディナ先輩に、淡々と答えていく霧生先輩。隣で聞いてて『へぇー』とうなづくことばかりだ。しかし、会話は弾んでいたが、霧生先輩は言いたいことを言い出せない、どこか上の空と言った感じだった。そのうちに他の先輩方も集まってきて、丸一日ぶりに全員集合、といった形になった。

 そこで昨日情報共有できていないカディナ先輩のためにミーティングを行う。見つけた施設のこと、こんな状況だからこそ、これからよろしくお願いしますの意味を込めたパーティーを開きたいということ……そして大きな浴場があるが、浴室と脱衣所が一つしかないということ。

それを聞いたカディナ先輩は……

「オオ! ジャパニーズ混浴ですね! 日本に来たら入ってみたいって、ずっと思ってました!」

 と目を輝かせてしまった。

「あの……カディナ先輩、日本でも混浴って極一部で、基本男女で別れて入浴するんですが……」

「え……そうなんですか? すごい広いお風呂で、男性も女性も水着を着て一緒のお風呂に入る日本のスタイル……すごく憧れてたのですが……」

 僕が指摘すると、明らかにしょぼーんとした様子になってしまった。せっかく元気になってくれてたのに、これは良くない。

「まあ、そういうスタイルのスパリゾート的なのはけっこうあるよねー。今日本の観光資源として、そういった施設を前面にアピールしていこう、っていう動きもあるみたいだからさー、カディナさんが憧れてるのも無理はないんじゃない?」

 と竹枡先輩からの補足。

「それに関して、ちょっと提案があるんだけどさー……今日は混浴にしない?」

 その言葉に仰天するように、一斉に竹枡先輩に視線を向ける僕ら。それにいつものように赤面する……かと思いきや、その眼光は鋭く、どこか覚悟を決めた人間の顔をしていた。意中の人の個室に押し掛け洗髪しにいったり、妙な行動力と決心のある人だなあ。まあ、学級裁判において結果的にこの竹枡先輩の性格と行動のお陰で瀬戸先輩の濡れ衣がはれた上に真犯人を見つける手がかりをつかむことになったから……と、いけないいけない。せっかく楽しい方向に流れが行きそうなんだから、あのおぞましい学級裁判のことなんか思い出さない様にしよう。

「もちろん、何も着ないで、ってわけじゃないよー。今言ったスパリゾートみたいに水着着用で」

「いや水着なんてどこにもないでしょ……」

「それは違うよー!」

 どこからともなく上がった疑問に、まるで弾丸を打ち込むかのように力強く論破を返す竹枡先輩。

「二日目からあたしたちが捜索してた倉庫の中に、ちゃんと人数分の水着があったんだ。スクール水着だけどね。だよね。芳賀さん。霧生君。福添さ……。いや、とにかくあったんだよ」

 この場に既にいない福添先輩の名前を出しかけて、ごまかすように言い直した竹枡先輩。名指しされた芳賀先輩と霧生先輩も『確かにあった』と賛同する。

「だから、今日だけ、いや会議で過半数の賛同を得た日は、水着着用での混浴、ってことにしない?」

「いや問題あるわ! 湯船の方はそれでええかもしれへんけど、脱衣所も一個しかあらへんねんで!」

「え、それはあらかじめ個室から下に水着を着こんでいけばよくないー?」

「行きはええかもしれへんけど、帰りはどうすんねんな……」

「これで証明できる! プールの授業の時に使うような、体に巻くラップタオル! これも倉庫にあった! これで隠しながら着替えれば大丈夫! あとは男女で着替えたり衣類を置く棚を違う列にする、っていうのを守るようにすれば! あの部屋は更衣室はちょうど真ん中に天井につきそうなぐらいの高い棚が置かれてる作りになってるからそれが仕切り代わりになる!」

 もうすでに大人びた体つきになっている竹枡先輩ほか先輩方がラップタオルでもぞもぞ着替えるのか……これはなんというか。

「うんうん、さすが竹枡チャンっすねー完璧な作戦っすねー」

 竹枡先輩の熱弁を後押しする瀬戸先輩。……ここで竹枡先輩の意見が却下されようものなら『仕方ないっすねー、小さいっすけど僕らだけで個室のお風呂ででも混浴するっすかー』『どうせ二人なら水着もなしでいいかなー?』みたいなことにもなりかねなさそうだ。

「まあたまにならそんな日があってもいいんじゃない? 個室にも湯舟はあるんだし嫌な人はその日は避ければいいだけなんだしさ」

 と、浴場を探索していた時には『ビューティーアドバイザーさんの期待に沿えない』みたいなことを言っていた一目先輩も、賛成する。

 これは意外だった、と目線を向けると、向こうもいつぞやと同じように、人差し指を監視カメラの方に向けながらこちらを見つめ返すように(長い前髪で目はよく見えないが)顔を向けていた。……何か伝えたげだ。そういえば浴場には監視カメラがないとスマホに文字にうって見せて来たな。

 ……もしかして、『監視カメラのない場所で全員に話したいことができるかもしれないから、不自然じゃなく男女両方が浴場に入れる状況は作っておきたいから予備学科志望君も賛成に回ってよ』ってことなのか?

 ……そういうことなら。

「そうですね! 女子のみなさんとも一緒にお風呂だなんて、オモシロそうですね!」

 って、うわー……しまった。『浴場に監視カメラがないことに気付いている』っていうのを表に出さないような発言を心掛け過ぎたせいで、なんだかスケベな感じになってしまった。しかしこれで賛成5票。

「そうだねーみんなで水着きて大きなお風呂で泳ぐのも楽しそうだよねー」

 と手岡先輩。大きなお風呂だろうと泳ぐのはあまり行儀のよいことではないが、まあそこはこの際どうだっていい。

「……あたしは。うん。カディナさんがそれがいいっていうなら、賛成」

 黒須先輩もそう表明し、これでこの場にいる人間の過半数が賛同し、今日は水着着用男女混浴という運びになった。

「私は……ごめん、ちょっと抵抗があるからパスで。そうだ。ちょっと急だけどパーティーは今日のお昼にしない? 夕食がパーティーだと、夜時間で食堂が閉まるのを気にしなきゃならないからお昼のほうが良いよね? それの準備しておくよ」

 今日は混浴になること自体には反対しなかったが、入ることを拒否した羽月先輩が、そう申し出た。

「え、そんなのも悪いですよ」

「いいのいいの。誘いを断ったのはこっちなんだから。何か食べたいものある?」

「それでしたら、ずっと気になってたものがあるんです! ジャパニーズ風呂上り、と言えばこれ、っていうものが!」

 こうして、午前中は混浴組とパーティー準備組で分かれることになった。一部の先輩にだけ働かせるのも悪いかとも思ったけど、そう長風呂するつもりもないし、済み次第合流するという運びとなった。

「あまりはしゃいでのぼせないでね。特にカディナさんは昨日ほとんど食べてないでしょ? そうだ、果物搾っておいたのあるから、クーラーボックスにでも入れて持っていってよ」

 と、細かいところまで気の回る羽月先輩だった。

 

 ……うかつだった。

「ボク、太ってるから、人と一緒にお風呂入るのって苦手なんだよね。ごめんね。昼食でも作っておくよ」

 と勝先輩。

「……カディナには疑いを向けたこと、何とか謝りたいけど、いきなり混浴、なんて一気に距離を詰めるような真似をしたら逆効果だろうし遠慮しておく。俺もパーティー準備で」

 と霧生先輩。

「女性の体型のこととかでも、気になったことはつい追及して空気を悪くしてしまうこともあるから見送らせてもらう」

 と堀津先輩。

『僕は監視カメラのない浴場に男女が集まっても自然な口実が欲しかっただけだよ。まあ楽しんできてね。予備学科志望君』

 とスマホで筆談の一目先輩。

 そして……

「ここはどうー? 瀬戸君?」

「もうちょっと親指に力入れてもらっていいっすか?」

 スクール水着で二人で頭を洗いあっている瀬戸先輩と竹枡先輩。……『スパリゾートみたいに』って言ってたのに、大抵のスパリゾートの水着で入る混浴エリアにはないであろう洗い場を駆使していちゃついている。

 つまり、必然的に、僕は一人で、残りの女子と付き合うことになる。羽月先輩のほかに、芳賀先輩もパーティー準備に回ったから、カディナ先輩、黒須先輩、手岡先輩、岸和田先輩の四人だが。……それにしてもみんないい身体してるなあ。テニスプレーヤーのカディナ先輩の背筋がすらっとしながらもたくましいし、ロードレーサーの黒須先輩は下腿、大腿、臀筋のラインがきれいだし、釣り師の手岡先輩はバランスが良くて、普段露出するようなところは日に焼けてるけど肩とか太ももとか普段隠れてる部位は美白で、岸和田先輩はさすがにアスリート系の才能もちと比べちゃうとちょっと身長が低めだけど肉付きがいい感じで……

「うわっ!」

 などと考えていた僕の顔に、お湯が浴びせられる。見ると、岸和田先輩が僕に水鉄砲を向けていた。これも倉庫にあったものなのだろうか。

「今失礼なこと考えてなかった?」

「いえ、滅相もないです!」

 と弁明する僕に、岸和田先輩は水鉄砲を投げ渡してきた。

「まあいいや。こっちが一方的に撃つのも悪いし、それで反撃してきていいよ」

 それを受け取り、お湯を補充して岸和田先輩を狙う……

「うわっ」

「わーい命中!」

 そしたら、今度は背後から首筋に一撃。振り向くと、手岡先輩が同じように水鉄砲を構えていた。……もうこうなったら徹底的にはしゃいでやる、と僕は回転しながらお湯を射出する。

「ひゃあっ!」

 すると、くつろいでいた黒須先輩とカディナ先輩にもかかってしまった。狙っていた岸和田先輩と手岡先輩は潜水してノーダメージ。

「すす、すみません!」

「いえ! これがジャパニーズ混浴スタイルなんですね! すごく楽しいです!」

「これはマナーがすごく悪いから、貸切とかじゃないとできないやつだけどね」

 日本文化への誤解を深めつつあるカディナ先輩を、黒須先輩がたしなめる。そんなこんなで僕たちは混浴を楽しんだのだった。

 

「さて、そろそろ上がるから、着替えてる間はちょっと待っててね」

 と女子四人が上がり、脱衣所のほうに向かっていった。

「琴間チャンは人気者っすねー」

 と冷やかすように瀬戸先輩が近づいてくる。

「ぶっちゃけ、気になる女子とかいるんすか?」

 と、修学旅行の夜みたいな質問をぶつけられて、僕は狼狽してしまう。

「いや黒須先輩も面倒見がいいですし、カディナ先輩も凄い美人ですし、手岡先輩も子供っぽいけどおでんとか料理作ってくれたり気の回るところもありますし、岸和田先輩もこんな状況なのにしっかりしてますし、みなさんすてきな先輩だとは思いますけど、気になるとかは……」

「こういうのって、最初に名前を出した人が一番気になってるらしいっすよ。あと、今名前を出さなかった竹枡チャンは範囲外ってことっすね」

 ……カマをかけるような質問だったのか。つくづくこの人は侮れない。これ以上情報を抜かれないように黙っていようか。

「うわ体重がすごく落ちちゃってます!」

「あれそれって、ここに来るときに履いてきたパンツ?」

「で、瀬戸君とはどこまで進んだの?」

「いや、まだ洗髪まで……」

「……洗髪までってなかなか微妙なところだね。身体の方は」

「え、身体の方って……うひゃぁー!」

「カディナいい飲みっぷりだねー」

「ええ、減った分の体重を取り戻さなきゃですからね」

 ……脱衣所の方からそんな会話が聞こえてきてしまい、なんか急にのぼせたような感覚に陥ってしまうのだった。

 

 ……結局みんなで長風呂してしまい、ほとんどパーティー準備のほうに取り掛かれなかったが、食堂に訪れると、もうほとんど簡素ながらも飾り付けが完成していた。テーブルにもすでに飲み物やピッチャーも置かれ、菓子盆も4人に1つごとに用意されている。大振りのエビが乗ったサラダも取り分けやすい位置に鎮座していて、あとはメインディッシュだけ、と言ったところだ。自分たちは遊んでいるだけだったので、この埋め合わせは何かしらの形でしなくちゃな。

「さーて、これがボクの渾身のシュラスコだよー」

 と勝先輩が、大皿に乗った骨付き肉を運んできた。……こんなでかい肉、漫画ぐらいでしか見たことがない。それを置くと、長い包丁で一枚一枚、スライスするように切り分けていく。

「すみません。勝先輩にばかり任せちゃって」

「いいのいいの。好きでやってることだから」

 ニコニコと答える勝先輩。本当に料理が好きなのだろう。

「あとこっちが主食ね」

 と、今度は羽月先輩が大盆にのせたどんぶりを一人一人の席に置いていく。これは、そば? いつもの羽月先輩お得意の巾着も添えている。

「ありがとうございます。セイラさん! すごくうれしいです!」

 と礼を述べるカディナ先輩。なるほど、ジャパニーズ風呂上りということでのリクエストだったのか。

「さて、みんな揃ったかな? じゃあ、えーと、希望ヶ峰特待活動生3期、準・超高校級の才能のみんなに、ってことで、乾杯!」

 そう音頭をとる勝先輩。僕は特待活動生3期ではないのだが、まあこうなったのも何かの縁だ。ご相伴に預かろう。と、両隣の霧生先輩と羽月先輩、正面の岸和田先輩、カディナ先輩、芳賀先輩とそれぞれ杯を合わせていき、中身を飲み干す。柑橘系のジュースのようだが、果物から直接搾っているのか濃厚な味わいだ。空になったグラスに、左隣の霧生先輩が足していってくれる。気を利かせてくれたのか、なみなみと。近くにいた僕らは彼にお礼を告げていく。

 肉も脂のうまみが芳醇なのに、そばのつゆにつけるとあっさりして同じ肉のはずなのに二通りの楽しみ方ができる、これが『準・超高校級の料理人』勝富士山の実力か。……真正面のカディナ先輩はすでに主食を食べつくし、菓子盆にも手を付けている。よほどお腹がすいていたんだろうな。僕も風呂上りで水分を多く求めているのか、ピッチャーからジュースをついでいると……

「すみません、エナキさん。私にもお願いできますか?」

 とちょうどいま空になったグラスを差し出してくるカディナ先輩。それに注いでいく。

「ありがとうございますエナキさん」

 そう礼を言って、カディナ先輩はそれを半分ほど一気に飲み干した。

「ああ……エビ美味しい……海産物の調理には慣れてるつもりだったけど富士山はやっぱ違うわ……」

「一目クンが殻を向くの手伝ってくれたからね」

「……こういう細かい作業も嫌いじゃないからね」

「ジュースは堀津クンが絞ってくれた」

「まあハンドジューサーがあったから楽勝だったな」

「菓子盆はウチが盛ったんやで。センスあるやろ?」

「私は飾り付けがメインで、作ったのはいつもの巾着だけだけど、どう?」

「相変わらずおいしい! なんかほっとする味!」

「なんかあたしあまり働いてないから、食後のコーヒーは淹れるよー」

「待ってました! 竹枡チャンのお手製コーヒー!」

「そ、そう? えへへ……」

 あちらこちらから楽し気な会話が聞こえてくる。……こんな状況に陥ったけど、つくづく、この人たちと知り合えてよかった、とは思う。

「……なあ、カディナ。……謝らせてくれ」

 そんな中、左隣の霧生先輩が、カディナ先輩にそう切り出した。

「え? 何をですか?」

「……学級裁判の時、お前を疑ってしまって、悪かった」

「……いえ、気にしてませんよ」

「でも昨日、一日中ふさぎ込んでたんだろう? ……俺があの時でしゃばらなかったら、もうちょっとマイルドに誰かが指摘できた、いやすぐに看破してお前に濡れ衣を着せるようなことはなかったかもしれないのに……」

 といって、霧生先輩は頭を深々と下げる。

「……いや、あれは仕方のないことでし……た……」

 答えるカディナ先輩の歯切れが、なぜか急に悪くなったかと思うと……

「があっ……ぐ……」

 急に苦しそうに胸を押さえ出し、

 ガシャーン! 

 と大きな音を立てながら、食器を巻き込んでテーブルに突っ伏した。

「え……カディナ先輩……」

「どうしたんだよ……カディナ……」

「う……ぐあ……」

 僕たちがそううろたえている間にも、カディナ先輩のうめき声は止まらない。身体も……びくびくとけいれんを打っている。

「カディナを仰向けに寝かせろ!」

 そう指示を出したのは堀津先輩だった。ちょうど両隣にいた岸和田先輩と芳賀先輩がそうすると、堀津先輩は乱暴に、口の中に指をねじ込んだ。……これは毒物を嘔吐させるときの緊急処置か!?

 ただそれを眺めることしかできない僕たち。

 どうか無事であってくれ、と、願う。

 だが……

 

『ピンポンパンポーン! 死体が発見されました!』

 

 そう無情に、アナウンスが鳴り響いた……

 ということは……まさか。

『準・超高校級のテニスプレーヤー』カディナ・レオンハート先輩は……僕たちの目の前で、息絶えた……というのか?

 

 



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第二章 非日常 捜査編

 カディナ先輩が、死んだ……のか? 本当に?

 ちょっと昨日は元気がなかったけど、初日の自己紹介から強烈な印象を残し、霧生先輩のギャグを気に入ってたり、黒須先輩や僕と卓球したり、日本の学生はみんなで掃除をすることに感心したり、お風呂で一緒にはしゃいだり……と、クラスメートとなる人たちと積極的に交流をはかっていた彼女が、あろうことか、全員の見ている目の前で。

 

 あまりに急なことに、だれもかれも、ただ、ただ立ち尽くしているだけだったが、緊急処置に当たっていた堀津先輩が、カディナ先輩の遺体を横たえて、悲痛な表情のまま両手を合わせた後、

「……すまない。毒物がついてしまったかもしれないから手を洗って来たいが、誰かついてきてくれるか。まさかないだろうとは思うが、『手を洗ったときに証拠隠滅したんだ』となどと後になって言われたくないからな」

 とだけ、伝え、ちょうど側にいた芳賀先輩を伴って厨房へと向かっていく。

「いやはや、また事件が起こっちゃったね! 前回の事件が一昨日だというのに、テンポよく進んでいくね! コロシアイに積極的なのはいいことだ!」

「……モノクマか」

「あれれ? 元気がないね! どうしたの? 誰か亡くなったの? ってそうかそうか! みんなの大切なクラスメートの、準・超高校級のテニスプレーヤーである、カディナ・レオンハートサンが亡くなったんだったよね! そんな重要なことを忘れちゃうなんて、いやーボクってうっかりさん!」

 感情を逆撫でするようなモノクマの言い草にも、食って掛かるような者も誰もいない。

「さて、今回もしばらくの捜査時間を置いた後、誰が殺したのかを明らかにするための学級裁判を開催します! みんなのためにモノクマファイルのデータを電子生徒手帳に送信しておいたから、必ず目を通しておいてね! こっちは忘れてないからちゃんと伝えたよ!」

 そうとだけ告げてモノクマが退出した後、入れ替わりのように堀津先輩と芳賀先輩が戻ってきた。

「……またモノクマが来ていたのか」

「ええ、モノクマファイルに目を通しておけ、とのことです」

「ああ。……また今回も現場に数人残して、捜査に当たっていくか」

「ん、了解。前回と同じで僕、追跡者君、芸人君でいいかな?」

「ああ……それと頼みたいことがある。保健室の薬品棚の調査にも、三人以上で念入りに当たってくれるか?」

 確かに、状況を見るにまず毒殺が考えられる事件だから、そこは慎重に調べておくべきだろう。こうして、また、事件の調査の幕が上がる。

 

 調査開始!

 ……さて、まずはモノクマファイルから見ていくとするか。

 

『モノクマファイル2

 被害者は準・超高校級のテニスプレーヤー、カディナ・レオンハート。

 死体発見現場は食堂。

 死亡推定時刻は11時50分。死因は窒息死。

 体表に発疹あり』

 

 ……本当に、カディナ先輩はみんなの見ている前で、亡くなってしまったのか。しかも死因が窒息死、だって? 呼吸ができなくなってというのか!? ……それはどれほど苦しかったのだろう。

 

 コトダマ 『モノクマファイル2』を手に入れました。

 

 それと、生徒名簿か。今回も何らかの手掛かりになるかもしれないから、記憶していこう。

 

 コトダマ 『生徒名簿&モノクマ劇場』を手に入れました。

 

 おや、もう一つ追加されている条目がある? これは……『毒に関するルール』?

 

1、Aが毒『甲』をBに無理やり摂取させ死亡した場合、クロはAとみなす。

2、Aが毒『甲』をBに渡し、Bが自ら摂取し死亡した場合、クロはAとみなす。

3、Aが毒『甲』をBに渡し、さらにBがCに渡してCが摂取し死亡した場合、毒であることに関して知っていたか知らなかったかを問わず、クロはBとみなす。

4、Aが毒『甲』を、Bに毒『乙』をそれぞれCに渡し、Cがそれらを交互に摂取し死亡した場合、致死量とみなされる量を摂取した時点で、直前にとっていたものを渡した人物をクロとみなす

5、AがBに毒『甲』を渡し、Bがそれを致死量とみなされる分以上を摂取した後で、Cがさらに毒『甲』を渡した場合であっても、クロはBとみなす。

 

 ずいぶんとまあごちゃごちゃ長々と書いてあるなあ。しかも甲とか乙とか出てきて、なんだか契約書みたいだ。

 

 コトダマ 『毒に関するルール1~5』を手に入れました。

 

 そして、パーティーに出た料理と席順、取り分けるもの位置。これも大事な要素かもしれない。何かに描いておこう。ソバが一人一つ。これには羽月先輩が作った巾着がのっていた。コップも一人一つ、サラダと菓子盆とジュースの入ったピッチャーはたしか4人ごとに1つ置かれていた。サラダには大ぶりのエビのほか、シーフードが入っていた。菓子盆のお菓子は個包装のものばかりで、ジュースはオレンジを絞ったもののようだった。そして、誕生日席の勝先輩のところにシュラスコがあって取って回していくようなスタイルだったか。

 

【挿絵表示】

 

 

 コトダマ 『パーティーに出た料理』を手に入れました。

 

 コトダマ 『パーティーの席順』を手に入れました。

 

 さて、自分も保健室の薬品棚を確認しに行かなくてはな、と足を運ぶと、すでに岸和田先輩、瀬戸先輩、竹枡先輩が三人がかりでリストと見比べて棚卸し作業に当たっていた。

「琴間くんも来たんだ……まあここは一番押さえておかなきゃならない場所だしね」

 と岸和田先輩が声をかけてくる。

「なにか、手掛かりになりそうなものはありましたか?」

「……モノクマファイルによるとカディナさんは窒息死で、体表に発疹あり、とのことだったよね。……近い症状が出る毒は見つけたんだけど」

 といって、リストを取り出してそのうちの一画を指さす。そこには、

『モノモノチッソクン効果・気道閉塞、赤斑 発症までの時間・数分から数十分』

 と書かれていた。気道が閉塞されて呼吸ができずに酸素が取り込めなくなったら、結果窒息死してしまうだろうし、赤い斑点が浮かんできたら発疹と診断するだろうから、確かにこれが有力だろう。……しっかしこれもまたなんてネーミングだよ。

 

 コトダマ 『モノモノチッソクン』を手に入れました。

 

「……でもね、このモノモノチッソクンの数はリストに載ってる数から減ってなかったんだ。前の事件と同じように少しだけ抜き取られてたとかもなし。それどころか、他の薬に関しても前の事件の『モノコロリン』が一回分抜き取られている以外は、完全にリストと一致してるんだ」

「それじゃあ、リスト自体を入れ替えられた、とかは……」

「それはないっすね。リストを一緒に作った琴間チャンなら知ってると思うっすけど、瑞倉チャン、手書きでリストを作った上に拇印を押してるんすよ。僕、前回も薬品棚の調査にしたんすけど、変えられてるようには見えないっす。さすがに筆跡も指紋も完璧に真似した上でまるっとすり替えた、とかは難しいんじゃないっすかね」

 と、瀬戸先輩も補足してくる。

 

 コトダマ 『リストと薬品棚の状況』を手に入れました。

 

 そもそも自分は『窒息死』の定義を正確には把握していない。中学生の僕の頭でも、医学書か何かで調べれば何かしら気づくことがあるかもしれない、と図書室へ足を運ぶ。そこでは、羽月先輩が何やら本を開いていた。タイトルは……『世界の歩き方』?

「あ、琴間君。……あまり調査に関係ないかもしれないけど、カディナさんの故郷のノヴォセリック王国ってどんなところかな、って思って読んでたんだ。……これ読んで落ち着いたら、ちゃんと捜査に戻るから」

 僕が近づいてきたことに気付くと、羽月先輩は言い訳するように、そう述べた。……開いたその本のページに、ノヴォセリック王国を紹介する記事が載っている。

(おや?)

……その中に、『バロンゾ』というどこかで聞いたような単語があった。そう言えば、勝先輩に何か食べられないものはある? って尋ねられた時に、カディナ先輩は『バロンゾ』と答えていたな。……もしかしたら。

「……羽月先輩、もしかしたら、それ、なにかの証拠になるかもしれません。……裁判にも持ち込まれたほうがよろしいかと」

「そう? なら読み終わったら鞄の中に入れておくよ」

「ところで、医学書が置いてある場所ってどこかわかりますか?」

 それなら、と羽月先輩が差した方向に、まさに『医学薬学』という書架があったので、礼を言ってそこから一冊、抜き取って読んでみるが……

「まったくわからない……」

 そう、ただの中学二年生の僕には専門的な医学書なんて読めるはずはなかった。それでもなんとか意をつかむと、次のような表現になるということが分かった。

 『呼吸が阻害されることによって、血液中の空気交換ができず血中酸素濃度が低下し、内臓等重要組織が機能不全を起こすこと』

 

 コトダマ 『バロンゾ』を手に入れました。

 

 コトダマ 『世界の歩き方』を手に入れました。

 

 コトダマ 『窒息』を手に入れました。

 

 事件が起きたのが食堂だったので、すぐ隣の厨房には捜査開始時点で何人か入っていったので後回しにしておいたが、自分も見ておいたほうが良いだろう、と足を運ぶと、手岡先輩と芳賀先輩が辞書をもって、冷蔵庫を調べていた。

「先輩方はなにを調べているんですか?」

「ああ、これはやな、食材として追加された魚の中に、毒になるようなものがないか調べとったんや」

「追加されてた時に一通り確認したけど、カワハギとソウシハギみたいな良く似た魚なのに毒性があるようなこともあるし、きちんと確認しておこうと思って……手遅れ、だったのかもしれないけど」

「でもま、図鑑と見比べてじっくり調べてみたけど、この中に毒のある魚はなさそうや、ってことに気付けたからリョーコの見立ては正しかった、ってことがわかったんや」

「……カディナが亡くなってるのにこんなこと言うのは不謹慎かもしれないけど、あたしのミスでこうなったわけじゃなくて、ちょっとホッとしてる」

 実際、手岡先輩は胸をなでおろしているような表情をしていた。ない、とわかったことは大きな収穫だ。これも覚えておこう。

 

 コトダマ『図鑑との比較結果』を手に入れました。

 

「一応、写真にもとっておこか……って、あれ?」

 そう言ってポケットからスマホを取り出した芳賀先輩だったが、スマホの側面を探りながらまごついている。

「ってこれカムルンのスマホやった。横にカメラボタンがないタイプやな」

 ん? 瑞倉先輩のスマホは芳賀先輩が持ってるのか。そういえば、昨日羽月先輩と絵を描いていたときに『デカから借りた』って言ってたな。……これも聞いておいたほうが良いだろう。

「芳賀先輩、確認しておきたいんですが、……亡くなられた瑞倉先輩の荷物は堀津先輩が、福添先輩の荷物は岸和田先輩が受け取った。そしてその後、絵を描くために、芳賀先輩はお二人のスマホを借りた。だから瑞倉先輩と福添先輩のスマホは今、芳賀先輩が持っている、という認識でよろしいですか?」

「うん、そやで」

 実際に物がどういう経緯をたどって、今どこにあるかを確認するために長々とした感じになってしまった僕の質問を、芳賀先輩は五文字で返して肯定したのだった。

 

 コトダマ『瑞倉先輩の荷物』を手に入れました。

 

 コトダマ『福添先輩の荷物』を手に入れました。

 

 コトダマ『瑞倉先輩のスマホ』を手に入れました。

 

 コトダマ『福添先輩のスマホ』を手に入れました。

 

 さて、厨房はお二方が調べてくれているみたいだしここはいったん出ていくか、と思ったときに、なんとなく目についたのは、大鍋。それの中を覗いてみると、羽月先輩が作ったと思しき大量のおでんの巾着が入っていた。……二日目の朝から作ってて、パーティーの時のソバにも入ってたけど、こんなに作っていたのか。それにしても、『中身色々巾着にしてみるかな』と言っていたが、どれも外から見たら全く同じに見えるから、中に何が入ってるかわからないぞ。……そういえば二日目の昼は、この中からカラシたっぷりの奴を引いてしまったな。

 

 コトダマ『羽月先輩の巾着』を手に入れました。

 

 それと、もう一つ目についたのが、クーラーボックス。これは確か、浴場に女子のメンバーに、羽月先輩が持たせたものだ。中身を確認すると、500ml程の容量のペットボトルが5本、きれいに空になって入っていた。ちょうど人数分だから、一人一本飲んだんだろうな。

 

 コトダマ『クーラーボックス』を手に入れました。

 

 さて、厨房から出て食堂に至ると、ちょうど勝先輩がカディナ先輩に手を合わせているところだった。……その眼には、涙が浮かんでいる。

 ……体表に発疹あり、ということで、カディナ先輩を直視できるか不安で今まで避けてしまっていたが、せめて拝んでいこう、と勝先輩と入れ替わりになろうとする。

「……カディナサン、ちょっと前まで、いや、ほんとについさっきまで、生きてたのにね。乾杯の後、すぐにソバを食べきって、本当にいい食べっぷりで、ようやく元気が出てきたんだな、って、思った矢先のことだったよね」

 すれ違いざま、勝先輩はそう漏らしたのだった。

 

 コトダマ『勝先輩の証言』を手に入れた。

 

 ……カディナ先輩の、苦しそうな表情、胸を掻きむしるように服をつかんだ両手、美しかった白い肌に斑々と浮かぶ赤黒い発疹。もうそれは、治ることも、動くことも、もはやないのだ。

「……琴間、今回も教えておくことがある。パーティー準備組のそれぞれの担当だ」

 僕が拝み終わった後、堀津先輩がそう切り出し、メモを渡してきた。そこにはこう書かれていた。

 

 ソバ、シュラスコ……勝

 サラダ……一目

 菓子盆……芳賀

 ジュース搾り……堀津

 席決め、飾り付け、巾着、ソバの配膳……羽月

 コップや皿などの食器の準備……霧生

 

 コトダマ 『パーティー準備割り当て』を手に入れました。

 

『ピンポンパンポーン! さてさてそろそろ始めちゃっていいかな。それではみなさん、エレベーターホールの前に集まってくださーい!』

 

 モノクマの声の全体放送が寮内に響き渡る。

 

 ……もうそんなに時間がたってしまっていたのか。心苦しいが、行くしかないんだな。とちょうど食堂で見張りをしていた堀津先輩、霧生先輩、一目先輩と連れ立って向かうことにした。

 

 エレベーターホールでは、すでに僕たちを除く全員が集まっており、お互いに疑心を向けるような、心の奥では信じたいような、色々な感情がグニャグニャと複雑に混ざりあったような表情を浮かべている。

 

 僕たち13人を招き入れるように、エレベーターが開く。誰も言葉を発することなく、一人、また一人と乗り込んでいく。……前回このエレベーターに乗ったときから、一人、減ってしまったんだよな。そして、なんとか生き延びることができたとしても、帰りのこのエレベーターに乗るときには、さらに一人、減ってしまっているんだろうな。

 

 ああ、再び、始まってしまう。もう二度と体験したくないと心の底から思ったあれが。

 

 あの、おぞましい、いや、そのような言葉では言い表せない、一緒に生活しているクラスメートを疑いあう……

 

 命がけの嘘、

 

 命がけの信頼、

 

 命がけの裏切り、

 

 命がけの騙しあい、

 

 命がけの……学級裁判が

 

 



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第二章 非日常 裁判編

コトダマ一覧

『モノクマファイル2』

『生徒名簿&モノクマ劇場』

『毒に関するルール1~5』

『パーティーに出た料理』

『パーティーの席順』

『モノモノチッソクン』

『リストと薬品棚の状況』

『バロンゾ』

『世界の歩き方』

『窒息』

『図鑑との比較結果』

『瑞倉先輩の荷物』

『福添先輩の荷物』

『瑞倉先輩のスマホ』

『福添先輩のスマホ』

『羽月先輩の巾着』

『クーラーボックス』

『勝先輩の証言』

『パーティー準備割り当て』


「それでは、皆さまに割り当てられた席についてください!」

 

 と正面に鎮座するモノクマの指示。再びここに来ることになってしまった。……しかも、赤くバッテンの付けられた遺影が二つ、増えている。……福添先輩の遺影のバッテンは両手を模したような形だ……これはオシオキによって両腕をワイヤーでちぎり飛ばされて、恐らく出血多量で亡くなった福添先輩への当てつけのつもりなのだろうか。そしてさらにもう一つ増えたカディナ先輩の遺影にはテニスラケットのような意匠で作られたバッテンだ……彼女らの才能を冒涜してやろうという悪意をひしひしと感じる。

 

「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう! 学級裁判の結果はお前らの投票により決定されます! 正しいクロを指摘できればクロだけがオシオキ! だけど、もし間違った人物をクロとした場合は、クロ以外の全員がオシオキされ、クロは晴れて卒業となりまーす! それでは議論を開始してください!」

 

 モノクマが、そう宣言し、二度目の学級裁判が開始されてしまった。

 

 

ノンストップ議論開始!

 

竹枡「でも……何から話せばいいのー?」

岸和田「まずモノクマファイルに書かれていることから確認しようか……」

堀津「亡くなったのはカディナ・レオンハート……」

竹枡「死亡時刻は11時50分……本当に私たちの目の前で亡くなっちゃったんだよね。なんで、どうしてこんなことに」

瀬戸「窒息と発疹、症状としては……薬品棚にあった『モノモノチッソクン』ってのが近いみたいっすけどね……」

霧生「だったらその毒を盛られたからだろう!」

 

琴間「それは違います!」『リストと薬品棚の状況』→『その毒を盛られた』

 

 

BREAK!

 

琴間「三人の先輩方が薬品棚とリストを調べていたのですが、『モノモノチッソクン』の数はリストを作った最初の時点から減ってないんですよ。他のあらゆる薬も、先日僕と羽月先輩が持っていった『モノコロリン』もリスト通り。記入なしで少しだけ抜き取られていた、というのもない。そうですよね? 岸和田先輩、瀬戸先輩、竹枡先輩」

岸和田「う、うん……堀津くんの指示通り、ここはすごく大事だと思って三人がかりでちゃんと調べたから間違いないよ」

瀬戸「薬品棚から持ち出された毒がない、ってことは……食材の方っすかね。すごく珍しい魚もあったから、フグみたいに毒を持つ魚もあったのかも。そういえばあのサラダ、エビのほかに魚もいろいろ入ってたっすよね」

 

琴間「それは違います!」『毒を持つ魚』→『図鑑との比較結果』

 

 

BREAK!

 

琴間「いえ、確かにあまりなじみのない魚もありましたが……図鑑によると、あの中に毒を持つ魚はいなかったんですよ。そうですよね、芳賀先輩」

芳賀「うん。『準・超高校級の図書委員』としてこの手の調べものにはお手のもんやし、リョーコと一緒に見比べたしで間違いないで」

琴間「ですので、この事件には毒は使われてないんです」

 

手岡「かかりつつあるのにバラしちゃうんじゃない!?」 反論!

 

「いや、そうだからって毒が使われてないなんて考えられない! どう考えてもあの異様な急変は毒によるものでしょ!」

 いきなりの手岡先輩の割り込み。……たしかに、カディナ先輩のあのような惨状を見て『毒が使われていない』というのはにわかには受け入れがたいことだというのは理解できる。

「でも事実として、薬品棚からは毒になるようなものが持ち出されてないのです」

 実際、そう説明する自分ですら違和感がある。

「いや、減ってないのは『リストをつくった最初の時点から』って言ったよね? だったらそれ以前に持ち出されたんだよ! だから初日に冠と一緒にリストを作った恵那樹が怪しい! 席が正面だったこともあるし、毒が使われてないという方向に議論を進めようとしたっていうのもあるし!」

 いきなり疑いの矛先を向けられ、動転してしまう。確かに瑞倉先輩と一緒に薬品棚の確認したことは事実なのだが……

「ですが、僕は瑞倉先輩が完成させたリストと実物を比較しただけで、作業自体にはほとんど関わっていないんですよ! リストの筆跡も指紋も、瑞倉先輩のものじゃないですか!」

「でも、それだけじゃ作業に参加してないっていう証明にはならないよね?」

 僕の反論に対してもさらに反論を重ねてくる手岡先輩。どうにか疑いを晴らせるようなものはないだろうか……そうだ、もしかしたらあれに入っているかもしれない

 

「これで証明できる!」→『瑞倉先輩のスマホ』

そしてそれを持っている人は→芳賀 愛

 

「芳賀先輩……先日図書室で『カムルンはあまり自分の写真を残さない人みたいやった』とかおっしゃっていましたよね。つまり瑞倉先輩のスマホ内のアルバムを見た、ってことですよね?」

「あ、ああ、みたで」

「瑞倉先輩、リストを作成した後に、そのリストを写真に収めていたんですよ。もしかしたら、それより前にも薬品棚の初期状態を収めた写真がありませんでしたか?」

「そういやそんなのがあったな。ちょっと待ってな」

 と言って胸ポケットからスマホを取り出して探していく芳賀先輩。僕が注文した写真があるだけでなく、ちょうど今そのスマホを持ってきてくれていたことは好都合だ。

「これやな。画面もあまり大きくないから見えづらいかもしれへんけど……」

 と言って、スマホを掲げて全員に見えやすいようにゆっくりと動かしながら見せていく。そこには薬品棚の写真と、14:00という表示があった。これはたしか初日、会議室で現況をみんなで確認した後にいったん解散した時間すぐだ。

「それと……こんなのも」

 そう言って芳賀先輩が見せてきた写真は、保健室のドアを開けて今まさに中に入ろうとしている僕の写真と17:25という時刻だ。……このような写真が盗み撮りのようにおさめられていたことには気づかなかったが、証拠が重要になるこの場ではむしろありがたい。そしてリストの写真を撮ったのが17:30。

「つまり、瑞倉先輩は14時に一人で作業を開始して、リストを完成させた後に僕が17時25分にやってきたので撮ったのです。……恐らく、薬品棚のものが使われた時のための証拠に。だから、僕にリストを作る前に毒をくすねるタイミングはなかったんです」

 説明しながら、瑞倉先輩の先見に感心する……と同時に、不自然な印象を頭のどこかに、引っかかるように感じていた。

「そうだったんだね……疑って、本当にごめんね。恵那樹」

 そう謝罪する手岡先輩。それと、

「ってことはさぁ、つまり、だいぶ長い時間一人で保健室で作業していた幸運君のほうは薬品棚のものを簡単にちょろまかすことができた、ってことだよね」

 と指摘する一目先輩。

「そんな、まさか亡くなった瑞倉クンが……」

「でも実際その可能性を追求してみなきゃダメでしょ?」

「それは……その通りっすけど……」

「大体さあ、幸運君は行動はなーんかちぐはぐな感じなんだよ。リストを作ったり写真を撮ったりって、こんなにも用心深いのに、福祉委員さんに殺された状況が不用心過ぎるんだよ。案外幸運君の方でも誰かを、例えば部屋に招き入れた福祉委員さんとかを、殺すチャンスを狙ってたところを逆手にとられてたりしてね」

 そう、一目先輩の弁にも一理ある。麻雀牌とマットなんていうそこそこの大きさの荷物(それこそ刃渡りの長い牛刀包丁を隠せるぐらいのサイズの)を警戒せずに、福添先輩を部屋に招き入れたこと、自分がリストを作ったのに睡眠薬を盛られている可能性も考えずに勧められた飲み物を飲んでしまったこと……確かに気にはなるが……。

「今は瑞倉に疑いを向けるときではない。見つけなければならないのは……この事件の、クロだ」

「そうだけど、幸運君が毒をちょろまかしてたとしたら、そこからさらに誰かか持ち出してる可能性だって出てくるんだからさ、ここははっきりとさせておかなきゃならないよね」

 堀津先輩の注意を受け、簡潔に話すべきことを述べていく一目先輩。

「確かに冠にはチャンスがあったはずだよね……」

「そうじゃなきゃ毒の出どころの説明つかないな……」

「そうだとしたら、誰がそれを手に入れることができたのかな?」

 と瑞倉先輩が薬品の数をごまかした説と、

「瑞倉の部屋は3人で見張りつつ徹底的に調べた。見落としてるとは思えない」

「亡くなった人を疑うのはよそうよ……」

「ごまかそうとしてると仮定したら、その割には……」

 と意見が真っ二つに割れてしまった。……僕は、どちらにつこうか迷って、やはり瑞倉先輩を信じることにした。

「おやおや、ちょうどいい感じに真っ二つに割れてるねえ」

 紛糾してる僕らを尻目に、モノクマが楽しそうな口調で割り込んできた。

「それでは、お待ちかね! 議論スクラムのお時間でーす! 関が動くから落っこちないように気を付けてね!」

 その宣言と同時に、裁判席がウイーン、ガチャンとばかりに変形していき、向かい合って討論することになった。

 

 

議論スクラム開始!

~瑞倉冠は薬品の数をごまかしたか~

 

ごまかした!

手岡・霧生・一目・瀬戸・岸和田・勝

 

ごまかしてない!

堀津・琴間・羽月・芳賀・竹枡・黒須

 

一目「幸運君がちょろまかしたと仮定するなら、さらにそこからちょろまかした人の候補としては、見張りに当たった追跡者君、芸人君、僕になるのかなあ? 福祉委員さんが持っていったとしたら、その荷物を引き受けた記者さんかな?」

羽月「仮定の上にさらに仮定を重ねるより、まずは『実際ちょろまかしたかどうか』、だよ」

 

瀬戸「リストを作ったんだからごまかせたとしたら瑞倉チャンが怪しいのは変わりないっすね」

芳賀「ごまかすつもりならはなっからリストを作らないほうがやりやすかったはずやん」

 

勝「自分から率先して貢献する姿勢を見せることで、信用を得ようとしたのかもしれないね」

黒須「信用を得て薬をごまかすことが目的だったなら、写真とか拇印とか証拠になるものを残し過ぎでしょう」

 

手岡「薬品棚にしか毒はない以上、やっぱり一人きりで作業できた冠は怪しいよ!」

琴間「毒になりうるものは、薬品棚以外にもあるかもしれません」

 

岸和田「亡くなった人の思惑が事件に絡むこともありえるよね……」

竹枡「亡くなってるんだから、さすがにここまで事件に絡むことはないと思うなー」

 

霧生「第一の事件の時に見張りになったけど、瑞倉の部屋に見落としがあったかもしれないな」

堀津「いや、瑞倉の部屋は準・超高校級の追跡者である俺を含む三人も見張りと捜査に当たったんだ。見落としは考えにくい」

 

堀津・琴間・羽月・芳賀・竹枡・黒須

「これが僕たちの答えだ!」

 

 議論の結果、瑞倉先輩への疑いが晴れたのは良いが……

「薬品棚の毒じゃないんなら……カディナの死因になったものは何なんだ?」

 と疑問の声が上がる。……それに対する答えになりそうなものは、ある。あるのだが。

 

ひらめきアナグラム!

 

アレルギー

 

「……それはアレルギーです」

「アレルギー? って特定の食材とかを受け付けない、ってやつだろ? でもカディナは……あんなふうになって、亡く……なったんだぞ。そこまでひどいものがあるのか?」

「そうや。アナフィラキシーショック、咽頭浮腫を生じて気道閉塞から呼吸困難になり、急激な血中酸素濃度の低下を引き起こし、蕁麻疹などの発疹を伴う場合もある。……急性のものでは数分から数十分の間に重篤な状態に陥ることもある。症状と……一致してまう」

 芳賀先輩が、医療用語を混ぜながらもすらすらとそう説明する。さすがは準・超高校級の図書委員、こういった面での知識も持ち合わせているようだ。

 だが……これが真だとすると。

「そうだとしたら、まさか……クロ本人も、自覚なしにカディナにアレルギー物質を渡して……それで結果、殺してしまったかもしれない、ということになるのか?」

 そう。

 そうなのだ。

 今回の事件は、周到に準備された第一の事件とは違って……ほとんど事故のようなもので起きてしまったのだ。

「そういうことになるな。……俺は準・超高校級の追跡者として様々な事件を追ってきた俺だが、これほどまでに『この事件は追いたくない』と思ったのは、始めてだ」

 堀津先輩も、苦虫を噛み潰したような顔をしてそうつぶやいた。……自分も前の裁判ではどこかで、『瑞倉先輩の仇をとるんだ』と、なんとか自分を鼓舞して立ち向かったようなところもあったが、今回はそうではない。不慮の事故を起こしてしまったクラスメートを、殺人犯として追及するのだ……そして、もしかしたら、それは自分なのかもしれない、という疑念を、抱きながら。

 

ノンストップ議論開始!

 

 

霧生「まさかあの料理の中にそんなものがあったなんて……」

瀬戸「食材の中にエビとか、魚とか、肉とかアレルゲンになりそうなものは何個かあったっすね……」

岸和田「カディナさんは何か食べられない、と言ってた記憶ある人いる?」

黒須「……確か、『バロンゾ』がたくさんは食べられない、って言ってような」

霧生「『バロンゾ』? なんだそりゃ?」

黒須「マカンゴがレメッツォしたときにそれを祝うヘヘンドの席で振舞われる……とにかく、ノヴォセリックの料理らしいよ」

瀬戸「それじゃあ見当もつかないっすね……」

 

琴間「それは、違います……」『世界の歩き方』→「見当もつかない」

 

 

BREAK!

 

琴間「いえ、……羽月先輩が読んでいた本に、ちょうどバロンゾのことが載っていたんです。……バロンゾとは、どのようなものでしたか?」

羽月「タデ科の穀物を製粉して焼いたパンのような物……らしいよ」

勝「タデ科の穀物……今日出したものの中で当てはまるのって、ソバ!? まさかボクがクロ!?」

 

琴間「それは、違います……」『毒に関するルール3』→『ボクがクロ』

 

BREAK!

 

 

琴間「いえ、電子生徒手帳に毒に関するルールが追加されていました……それによると、Aが毒をそうと知らないBに渡して、BがさらにCに渡して、Cが摂取して亡くなった場合のクロは……Bになるんです。だから……そばによるアレルギーでカディナ先輩が命を落としたのだとしたら、ソバを運んだ人になるのです。なので……」

 

 

怪しい人物を指名しろ!

> 羽月 聖来 <

 

「そう……『大盆の載せたソバの丼を一人一人に運んで行った』、羽月聖来先輩……あなたがクロになってしまうんです」

 断腸の思いで、そう犯人の名を告げる。……指摘された羽月先輩は

「……くくく、くくっ」

 と小さく笑ったと思ったら、

「……私は、とても幸運なのかもしれない。いや、本当のクロじゃないみんなもそう。とっても、とっーても、幸運」

 と凛とした口調で、そう言い放ったのだった。……クロと指摘されたことが幸運、だって? 羽月先輩はどうしてしまったんだ? 他の先輩方も、羽月先輩を不気味なものを見るようなまなざしを向けている。

「ああ、誤解しないで。おかしくなっちゃったわけじゃないよ。ちょうどさっき、『世界の歩き方』でバロンゾが載ってるページを開こうとしたときに、別のページで偶然、本当に偶然、見つけたんだよ。こんなものを」

 と言って、羽月先輩はその本を大きく広げてかざして見せた。そこに掲載されていた写真は……

「オレンジ?」

 そう、やや色が薄くて大ぶりかな、という以外は、何の変哲もないオレンジのように見えた。

「これは……厨房にあったオレンジと同じ品種かな?」

「そのようだな。パーティーのために俺も大量に絞ったが……」

 と勝先輩が尋ね、堀津先輩も続ける。

「うん、勝君と堀津君がそういうなら間違いないよね、これは、『ジャバウォックオレンジ』っていう品種らしいんだけど、どこで採れるものなのかとかは大して重要なことじゃないんだ。見てほしいのは、注意点……なんだけど、文字が小さいから読み上げるね」

 そして、一度深呼吸。

「アレルゲンとなる食物と一緒に、短時間で大量に摂取すると重篤なアレルギー反応を誘発する危険性あり。目安としては、体重の50分の1」

 と、ナレーションのように、淡々とそう言って、実際にそう書かれていると証明するために『世界の歩き方』を時計回りに回していった。

 

 

証拠提出『ジャバウォックオレンジ』

 

「オレンジってそんな危険なもんなんすか!?」

「同じ柑橘系のグレープフルーツとかやって、カルシウム拮抗薬との相互作用が強うて、短時間に一緒にとってはいけない、禁忌となっている組み合わせがあるんや……他の柑橘系にそう言うのがあったって不思議やない!」

「……この本は偽装ではありえないだろうな。そもそも印刷機材がないからな」

 と喧々諤々となる裁判場……まさかあのピッチャーに入ってたジュースが、そのジャバウォックオレンジから作られたものだったのか? だけど……

「でも! 体重の50分の1なんてかなりの量でしょう! カディナ先輩が飲んでたのは、せいぜいコップ一杯半程度だったはずです!」

 ……いけない、羽月先輩も、何も悪意があってそう言っているわけではないのに声を荒げてしまった。これは……カディナ先輩が亡くなる直前に注いで渡したのが僕だったから……『もしかしたら、僕がクロなのかもしれない』という焦りから来ているのか?

「それに関して……これは謝らなくちゃならないんだけど、浴場に行く女子のみんなに渡した飲み物も、このジャバウォックオレンジを昨日のうちに絞っておいたものだったんだよね。だから、パーティーの時の飲んだ分だけじゃなくて、もしカディナさんがお風呂上りに飲んでたとしたら、それ以前にも結構な量、飲んでるんだよね」

 ……と説明を続ける羽月先輩。なんてことをしてくれたんだ!

 いや、さすがにオレンジのような見慣れた食材にいちいち『これはもしかすると、重篤なアレルギー反応を誘発し、アナフィラキシーショックによる死亡事故も起こりえる危険なものかもしれない。食べる前にきちんと調べなくては』なんて警戒の眼差しを向けるような生活をしてたら、何も食べられなくなってしまうか。この件に関して羽月先輩は責められない。……今回はモノクマからの動機提供がなかったと思ったら、このような形で罠を張っていたのかよ。

「そもそも、カディナさんはソバと同じタデ科の穀物から作られた食べ物であるバロンゾが『たくさんは』食べられない、って言ってたんでしょ? たくさんは、ってことは、少しなら大丈夫、ってことだろうから、アレルギーは極めて軽いものだったんじゃないかな? 特にソバなんて強めのアレルギー反応を引き起こす症例の多い食材だから、世界で活動するアスリートである上に日本通のカディナさんならあらかじめ何かしらのチェックを受けててもおかしくないんじゃないかな? その上でちょっとなら大丈夫だろう、ってお風呂上がりにソバを注文したんじゃないかな?」

 にわかに弁を並べ立てる羽月先輩。……彼女も自分が生き残るために必死に知識を動員しているのだろう。

 しかし、彼女の言い分は、ルールに則ったものである、なぜなら……

 

「……これで証明できる」『毒に関するルール4』

 

「これによると……毒物である甲、乙があり、Aが甲を、Bが乙を、それぞれシロに渡し、シロがその甲と乙を交互に摂取した場合、致死量とみなされる量を摂取した時点で、直前にとっていたものを渡した人物をクロと判定する、とあります。ですから、羽月先輩の言うことは正しいんです……」

「だ、だったら、カディナが亡くなる直前にジュースを注いで渡してた琴間がクロなんだろ!?」

 説明に畳みかけるように、霧生先輩が僕を糾弾する。しかし……

 

「……これで証明できる」『毒に関するルール5』

 

「いえ……シロが致死量とみなされる分を摂取した後に、追加で毒物を渡した人物がいても、クロと判定されるのは、『致死量とみなされる分の毒を渡した人物』になる、らしいのです……だから、致死量ちょうどとなる分を渡した人物を探していかないと」

「じゃ、じゃあ、浴場に行った女子! パーティーの前、カディナは浴場でどれだけの量を飲んでいたんだ!?」

 霧生先輩はやけに慌てた様子だ……そうだ、乾杯で飲み干した後に、カディナ先輩にジュースを注いだのは彼だった。……僕らが来た時点でコップにジュースはつがれていたから、もしかしたら乾杯の分もそうなのかもしれない。『パーティー準備割り当て表』でも、食器等の準備は霧生先輩がしたとのことだったし。

「えっと……500mlペットボトル一本だよ。それを全部飲み干してた。あっさりしててスポーツドリンクみたいな口当たりだからぐいっといけちゃったって……そして朝食はコーヒーと羊羹だったから、さらにそれより前にジャバウォックオレンジジュースはとってないはずだよ」

「良かった……人数分しか入れてなかったから、まずないことだとは思ったけど、カディナさんがクーラーボックスから誰の手も経由しないで直接、3本まとめて飲んでいた、なんてことをしてたら、クーラーボックスを浴場組に渡して、かつソバを配膳した私がクロなってたかもしれなかった……」

 岸和田先輩の証言に心底安堵したような羽月先輩と、

「え、じゃ、じゃあコップ一杯が何ミリリットル……だったんだ?」

 さらに顔色を悪くする霧生先輩。

「コップにあるワンポイントを目安に入れると、250ml、だね……」

「じゃ、じゃあ俺が注いだ分は2杯で500ml、1mlで1gと計算すると1㎏! カディナの体重は生徒名簿によると、58㎏だったから、50分の1に行ってない! だから俺はクロはじゃない!」

 勝先輩の証言に心底歓喜したような霧生先輩だ……だが。

「僕が注いだ分も半分ほどしか飲んでませんでしたから、僕の分を足しても50分の1には届いていませんよ!」

「で、でも、50分の1っていうのは目安なんだろ! それより少ない量で発症したかもしれない!」

「少ない量で発症したというなら! 霧生先輩の分で発症したかもしれないじゃないですか!」

「だが琴間! 最後に注いだお前が有力だということも揺るぎない! そしてソバを運んだ羽月も! まだ疑いが晴れたわけじゃない!」

 

「それは違います!」『勝先輩の証言』→『疑いが晴れたわけじゃない』

 

「勝先輩……確か、カディナ先輩が乾杯してすぐ、ソバの麺を食べつくした、っておっしゃってましたよね……」

「う、うん。あまりに良い食べっぷりだったから、ちょっと席は遠かったけど印象に残ってるよ。だからジュースの3杯目以降を飲んだのはその後だね」

「あら、私の疑いを晴らしてくれたんだ? ありがとうね、琴間君」

 僕が霧生先輩の言を論破したことを受けて、羽月先輩がニコリと笑みを浮かべる。こんなときじゃなければ、『かわいらしいなあ』と思わせるような笑顔だ。だが……

「琴間ぁ! 敵に塩を送ってるんじゃねえよ! そいつがカディナにジュースを持たせてなかったらこの事件は起こらなかったかもしれねえんだぞ! そうだ! パーティーに出す飲み物を『このオレンジを絞ったやつにしよう』って言いだしたのも羽月なんだぞ!」

「でもみんなだって賛成したし、パーティーの分を絞ったのは堀津君だよね?」

 明確に、羽月先輩を敵と明言し、霧生先輩が食ってかかってくる。……羽月先輩は、いや、ここにいる全員が、敵であるはずはないのに。

 ……なんでだ。

 なんで……せっかくの楽しいはずのパーティーが、こんな罪の擦り付け合いになってるんだ。

 霧生先輩。

 僕は……自分がクロでないと、確信が持てない。

 だけど……クロでないと、証明しなければいけない。

 そうだ……あの発言がきっかけになるかもしれない。

 

 これで……証明できる。

『うわ体重がすごく落ちちゃってます!』

『ええ、減った分の体重を取り戻さなきゃですからね』

 

「……黒須先輩、手岡先輩、岸和田先輩、竹枡先輩。一つ謝らなければならないことがあります」

「えっ、謝るって、なにを?」

 いきなり水を向けられた先輩方も、今回の学級裁判には相当まいっているようで、困惑した表情を浮かべていたが、その中でも岸和田先輩が僕の発言を受け、すぐに手帳を構えた。こういうところ、さすが『準・超高校級の記者』だな、と思う。

「先輩方がお風呂から上がって着替えている時の会話……盗み聞きする気はなかったんですが、聞こえてしまったんです。そこで漏れ聞こえた内容によると……カディナ先輩、すごく体重を落とされてしまったようですね。……何キロになっていたか、もしくは何キロ落ちていたか……はわかりますか?」

「うん……女子の体重ってすごい興味あるから、覚えてるよ……体重は50㎏だった。間違いなく。……名簿より8㎏も落ちちゃってて、やっぱり学級裁判のあと食べられなかっただけじゃなくて、6日間も監禁されてることそのものがかなりの心労なんだな、って思った」

「そ、それじゃぴったりじゃねえか……ちょっとでもジュースの量がずれてたらもうわからねえじゃねえか……」

 ……いや、確か、ジュースの量は、ちょっとどころじゃなくずれていた。

 だって……

「コップは『ワンポイントを目安に入れると』250mlだったんです……、霧生先輩、乾杯で飲み干した後のカディナ先輩のコップに『なみなみと』注いでいましたよね……体重の50分の1の量を摂取させたのは……間違いなく霧生先輩に、なってしまうんです」

「え……」

 一度、そんな風に呆けたように声をあげた後は、怒涛のようだった。

「い、いや! 勝が見落としていたソバの麺が何本かカディナの丼の中に残ってたかもしれねーじゃねーか! それにジュースの致死量が目安だということには変わりない! 琴間だってまだ容疑が晴れたと言えねーんだからな!! それに! 緊急処置でカディナの口に指を突っ込んだ堀津! それが逆にとどめになってた可能性だってあるじゃねーか! かなり強引に喉の奥までガッてやってたよな! それで窒息したのかもしれねーだろ! 俺はクロじゃない! 俺はクロじゃないんだ!! カディナを、殺してなんか、いない! いないんだ!」

 そう、にわかに堀津先輩までをも巻き込んで自己弁護をしだす霧生先輩。……逆の立場だったら、自分もそうしていたかもしれない。だが……この事件を終わらせなくては、と、事件を最初から振り返ってみることにした。

 

 

クライマックス推理!

 

 ACT1

 事件が始まってたのは……今日の朝からだったんです。浴場に向かうメンバーに、羽月先輩がクーラーボックスに入れたジャバウォックオレンジを絞ったジュースを持たせたんです。それは全く悪意なく行われたものですが……それは薄くとも確かな毒だったのです。風呂上りに……カディナ先輩はそれを500ml、飲んでしまったのです。

 

 ACT2 

 カディナ先輩を含む僕ら浴場組の裏で、パーティー準備組は昼に向け支度をしていたんです。浴場組が思いのほか長風呂してしまったことで、それは僕らが来る前にほぼ完了してしまっていたんです。……クロが、全員のコップにジャバウォックオレンジジュースを注ぐことも含めて。

 

 ACT3

 乾杯の後、一気呵成にソバを食したカディナ先輩。……まさかそれが、自分を死に導く毒の一種であることに気付かずに、それを平らげてしまったのです。そしてその後、致死量の毒となる分のジャバウォックオレンジジュースを注いでしまったのは……。

 

 Final

『準・超高校級の芸人』霧生雄大先輩……

 それは……あなたなんです。

 

 一回目の学級裁判のような、周到な殺意、悪意、攪乱……そういった作為がないだけに、事件のまとめは案外短かった。……だからってそんなことは、なんの救いになるというのだ?

「さーて、そろそろ決まったかな! それではお待ちかねの投票ターイム!」

 モノクマがそう急かしてくる。

「俺は! クロじゃない! 誰だよ! カディナを殺したのは! 前回福添がカディナにしたみたいに俺を陥れようとしている奴がいるんだろ! 許せねえ! 出て来いよ!」

 それでもなお、もはや霧生先輩は錯乱状態といってもいいほどに、ただただ喚いている。……当たり前か、福添先輩がされたような凄惨な処刑が、まもなく自分の身に降りかかってしまうのだから。……福添先輩と違って、全くの悪意がないというのに。

 かくいう自分も、どこかで『本当に霧生先輩はクロじゃなくて、霧生先輩が言っていたように羽月先輩か堀津先輩あたりが真のクロで、誤答でオシオキを受けるかもしれない』という恐怖や、『実は本当のクロは自分で、先輩方を皆殺しにする結果になってしまうかもしれない』という恐怖がどこかにある。

 それでも僕が叫びだしてないのは、『全員で懸命に推理してたどり着いた答えなんだから、正解しているはずだ』という、根拠というにはあまりにも細い希望的観測のようなもので、心を、精神を、支えているからなんだろう。

「おやおやぁ、まだ押してない人もいるよ! 早くしないとダメだよ! あと10数える間にボタンを押さなかったら、校則違反でオシオキだからね! じゅーう、きゅーう、はーち、なーな」

「うわ……ああああああああああああ!!!!!!!!!」

 そう叫び声をあげた霧生先輩が電子生徒手帳を押すと……

「よしっ! これで出そろったね! それでは! 結果はっぴょーう!」

 と楽し気にそう宣言するのだった。

 



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第二章 非日常 オシオキ編

 今回も、モノクマの背後にある巨大なモニターに巨大な、スロットマシンが映し出された。……今回は、すでに僕たちの似顔絵の絵柄を、同じ三つにそろえた状態のまま、同時にゆっくり回っていっている。そして液晶にハリセンを持った小さなモノクマの群れが現れ、回胴の部分をポコポコポコポコ、と叩いていくと、全ての絵柄が霧生先輩の似顔絵に代わる。……そしてそのまま、リールが止まり、祝福するようにクラッカーが鳴ったのだった。

「なーんと今回も! だーいせーいかーい! 『準・超高校級のテニスプレーヤー』カディナ・レオンハートサンを殺したクロは、『準・超高校級の芸人』霧生雄大クンだったのでしたー! いやー今回もなかなかお互いに罪を擦り付けあう感じになって楽しかったね! ほんっとエクストリームだよ!」

「ウソ、だろ……まさか俺が、本当にカディナを殺したっていうのかよ……」

 クロに決定した霧生先輩は、足の力を失ったかのように、ガクン、と膝からくずおれた。

「いやー今回クロ自身にも殺した自覚がなくて、毒となったものにも二種類あって、中々難しい事件かな、って思ったけどよく真実にたどり着いたよね! ジャバウォックオレンジの記述に気付いた羽月サンの超ファインプレーだね!」

 そうモノクマからお褒めの言葉を受け取った羽月先輩も、裁判中の態度からは一転、沈痛な表情を浮かべている。……きっと、霧生先輩を追い詰めてしまった僕も、同じような顔をしているのだろう。結果として霧生先輩を犠牲にするようなことをしてしまった自責の念と、真実にたどり着くためには仕方なかった、クロ以外のみんなが生き残るためには仕方なかった、という自己弁護の念が、ぐっちゃぐっちゃに混ざり合ってるのに、それでもなんとか平静を保とうとするような顔を。

「な、なんでなんだよ……俺は殺した自覚も、殺そうとしたつもりもないんだよ……だから俺は、無実だよ、無実なんだよ……俺はクロじゃない。クロじゃないんだよ……」

「あれれ? 無実だ、クロじゃない、なーんて何を言っているのかな? 殺すつもりはなかったのに自動車を運転してて人を跳ねて殺してしまった、なんて事故は毎日5件以上は起きてるんだよ? そういう人たちだってきちんと罰を受けてるでしょう? 霧生クンはまだ高校生だから知らないと思うけど免許取るときはそういう映像は必ず見せられるんだよ? だから霧生クン、君がこれからオシオキを受けることも同じことなんだよ?」

「オ……オシオキって……あの、福添がされたみたいに……?」

「そう、両腕をゆっくりゆっくり、じっくりじっくりと時間をかけて引きちぎられて血がドバドバ出ていって亡くなった、あのかわいそうな福添サンみたいに、ね。だけど一人一人特別に用意してるから、霧生クンがどういう目に遭うかは、これからのお楽しみだけどね!」

 そう宣告された霧生先輩は、膝立ちからさらに上体も倒して突っ伏し、咆哮をあげるように嗚咽を出し始め、他人を非難し始めた。

「羽月いいぃぃぃぃぃぃ!! そんな毒になるようなものを勧めるんじゃねええええええええええ!! 裁判中に気付くんだったらもっと早く出す前に気付きやがれぇぇぇ!!」

「霧生君……私だって、そうしたかったよ……」

「勝ぅぅぅぅぅぅぅぅ! お前がもっとしっかり念入りにアレルギーとか食べられないものとかについて確認しておけばこうはならなかったんじゃねぇのかよおおおおおおおおお!!」

「……そうだよね」

「カディナぁぁぁぁぁ! アレルギーのあるようなものを注文するんじゃねえええええ!! 自分自身の身体のことなんだからそのくらいきちんと把握しておけよおお!! なに勝手にくたばってるんだよぉぉぉぉぉ!」

 亡くなったカディナ先輩にまで非難を飛ばす霧生先輩だが、もちろん、遺影からは返事はない。

「福添えええええええ!! お前がカディナに罪を着せるような偽装工作をしてなかったら俺がカディナを疑うこともなくて、カディナもああまで落ち込まなくてこうはならなかったかもしれねえじゃねえかああああ!!」

 福添先輩の遺影にも向かってそう叫んだと思ったら、ひざまずくような姿勢だった霧生先輩が急に立ち上がると、証言台を飛び越え、隣の席に飾ってある福添先輩の遺影の額を強引に取り外し、大上段に構えるように両手で掲げたと思ったら……

 バキン!

 と勢いよく膝に振り下ろし、それを叩き割ったのだった。

「あー! こらー! なにをしてるのさ! せっかくきれいにあつらえた遺影なのにさ! 君には亡くなった福添さんを悼むような気持はないの!?」

「は、ははは……こんな奴、悼む必要なんて、ないだろ……俺と違って殺意を持って人を殺した上に、人に濡れぎぬを着せるための偽装工作までするような奴なんだぞ……むしろ良くやったよ俺、ざまあみろ……」

 その行動を開き直り、乾いた笑いを浮かべる霧生先輩。

 これがあの、霧生先輩だというのか。

 

――よし……じゃあ俺のとっておきを聞かせてやる。『突然来てすみません! ホタテとタコで炊き込みご飯を作るんで、炊飯器貸してください!』

――推参して水産物で炊爨ですね! 私も炊き込みご飯大好きです!

――正解! じゃあ次『吊るし切りって難しいですよね。でもそんなときは、ほらこのヨクキレール包丁! うわー、むずかしい骨のないアンコウだってザックザク! あん肝だってほらこの通り!

――簡単に肝胆が取れて感嘆してるんですね!

 

 監禁されたばかりで全員動揺しているときに、カディナ先輩にせがまれてギャグを飛ばす霧生先輩。これのお陰でみんな少しは救われたはずなんだ。

 

――いくぞーゆーだーい! 千本ノックやー!!

――うおおおお、僕は絶対にくじけない! 心を燃やせ! ガッツだー! 君と僕との正義のファイトー!

 

 調査そっちのけで、芳賀先輩と倉庫で遊んでいる霧生先輩。

 

――まあ早朝現場入り、ってこと多いから起きてすぐ動けるようにしてる。

 

 生活習慣から、『準・超高校級の芸人』として意識するよう努めていた霧生先輩。

 

――どうすればカディナを励ませるか考えたらな。芸人である俺にはこれしかない、って思ったんだよ。

 

 カディナ先輩を励ますために、勝先輩と漫才の練習をする霧生先輩。

 

――それはだな。もともと羊のスープだったものを、肉食が禁じられている禅僧が羊肉の代わりに小豆を使って代用にしたものが元だから、らしいぞ。

 

――私の国、ノヴォセリックはどう書くんですか?

――『昇瀬陸』、だな。音をそのまま漢字に当てたタイプだから比較的覚えやすいな。

 

 かなりの博識で日常で生じた疑問にもすらすらと答えてくれた霧生先輩。

 

 ……そんな霧生先輩が、このように錯乱して、なりふり構わず当たり散らしている、なんて。死への恐怖はこうまでもすさまじいものなのか。

 

「もう! あんまりひどいと設備の破壊とみなして校則違反として罰を与えちゃうよ……ってもうクロが決まってるからこういっても仕方ないことだね! じゃあそろそろ始めちゃおうか! ワックワク、ドッキドキのオシオキターイム!」

 モノクマがそう叫ぶと、霧生先輩の元にワイヤーアームが向かっていき、首をがっちりと掴んで持ち上げた。

「琴間! 今回の事件、お前がクロであってもおかしくなかったんだからな!! それを、それを忘れるなよぉおおおおおおおお!! いやお前ら全員! 俺を見殺しにしたんだからなあああ!! それを一生、引きずって生きていけよぉぉぉぉぉ!!」

 引きずられながら、自分のことを引きずって生きていけよ、というような言葉を遺したが……ああ、これはさすがに、ダジャレや掛け言葉といったようなギャグのつもりで言ったのではないんだろうな。

 

GAME OVER

キリュウユウダイくんがクロにきまりました

オシオキをかいしします

 

 

『準・超高校級の芸人』 霧生雄大のオシオキ

~Kill you You die~

 

 巨大なマイクスタンドの上に立たされている霧生先輩。スキンヘッドなのも相まって、なんだか漫才のセンターマイクみたいだな、なんて思ってしまう。

 そこに、にぎやかな出囃子のような音楽が鳴らされて、マイクスタンドに匹敵するサイズの二体のモノクマが登場する。

 そして、そのうちの一体が、マイクスタンドをつかみ、ぶんぶんと乱暴に振り回し始めた。……当然その上に立たされた霧生先輩も一緒に振り回され、三半規管を狂わされたかのようで口から唾液や胃液を垂れ流している。

 

 そして今度は、床に叩きつけられる。何度も、何度も、執拗に。身体のあちらこちらに内出血を作っている霧生先輩だが、まだ息はあるようだった。

 そして、マイクスタンドを独占していたモノクマが、元あった場所にそれを立て直すと、もう一方のモノクマが巨大な扇のようなものを取り出した。

 それは形こそ漫才のツッコミに使われるようなハリセンに似ていたが、色も、素材も異なっていた。これは、金属で作られた、鉄扇、というものだった。それがスポットライトを浴びて、黒光りしている。

 

 それを、まるで野球のバットやゴルフクラブをふるかのように、大きく溜めを作ってから、霧生先輩に向けて、フルスイングするモノクマ。

 そして、マイクスタンドから弾かれボールのように勢いよく飛んでいく霧生先輩だったが……壁にぶつかり、まるでギャグマンガの表現のように人型の跡を残してから、ぼとり、と床に落ちていった。

 

 残ったモノクマ二人は、一舞台を終えたように漫才師のように、こちらに愛想を振りまきながらお辞儀をして、舞台袖へはけていった。

 観客席にいるモノクマたちは拍手でそれを見送るのであった。

 

「ひゃっほーう! いやー面白かった! 誰も人を傷つけない優しい笑い、っていうのが最近のはやりみたいだけど、こういう身体を張った痛みを伴う芸もまた見直されるべきだよね! やっぱりボクはそういうののほうが好きだよ!」

 こんな凄惨なオシオキに、まるでバラエティ番組かなにかを見ながら談笑しているかのような感想をこぼすモノクマ。

「kill you You dieってなんなんやこのタイトル……ダジャレが好きやったゆーだいに対する……あてつけのつもりかいな……」

「霧生君……ごめんね……」

「くそ……モノクマを操ってる奴ら……こんなことまでして一体何が目的なんだ……」

「あっれー? みなさんこういうお笑いは嫌いなのかな? 最近の若い子はそうなのかもしれないね? でもさでもさ、せっかく霧生クンが命がけでしてくれたんだから、シラけたムードじゃかわいそうだよ! みんなで笑って天国へ送り出してあげようよ! いや、霧生クンが行くのは地獄のほうかな? だってカディナサンを殺したのは彼なんだからね! ぶひゃひゃひゃひゃ!」

 どこまでも、どこまでも不遜な態度のモノクマ。

「……いや、地獄に行くのはお前らだ」

 そんなモノクマに、啖呵を切ったのは……堀津先輩だった。

「わあ、おっかないことを言うもんだなあ」

「お前らは……必ず、地獄に送ってやる。『準・超高校級の追跡者』堀津圭司の名に懸けてな」

「はっ、でかいこと言ってくれるよ。でもどうやってするの? だいたい、監禁されているキミがどうやってボクを操ってる黒幕のもとへどうやってたどり着くっていうの? ま、それをここで聞いちゃうのも無粋だし、せいぜい楽しみに待ってるからね。それじゃあエレベーターに乗って帰ってね!」

 それだけ言うと、モノクマはいつもの神出鬼没、たちまち姿を消してしまった。

「モノクマを地獄に送るとか……どうだっていいよ、とにかく早くここから出たいよ」

「……そうっすね、このままじゃどうにかなっちゃいそうっす」

「外に……外に出たい……陽の光を浴びたい……」

 しかし、堀津先輩の言葉でも皆一様に気落ちしたまま立ち直れていない様子でそんな言葉がちらほらと聞こえてくる。

 ……かくいう僕も、霧生先輩の最後の言葉が頭の中で繰り返し再生されてしまう。

『この事件、お前がクロであってもおかしくなかった』

 ……その言葉に、オシオキを受けている自分の姿を幻視してしまう。もし僕がクロであったのならどんな目に遭っていたというのか。

 福添先輩のようにじっくりじわじわと時間をかけて腕を引きちぎられるのだろうか。

 それとも、霧生先輩のように何度も何度も床や壁に叩きつけられるというのか。

 いやそれとも……

 とうずくまったままそのような想像が広がっていく。次の瞬間にも、自分の首に処刑場に送るためのワイヤーアームが巻き付いているかもしれない、という妄想が、何度頭を振っても、体中を爪で強く掻きむしっても、自分の中から出ていかない。出ていってくれない。

「エナちゃんは、悪くないんだよ」

 その言葉に、僕は顔をあげる。僕のことをエナちゃんなんて呼ぶ人がいただろうか……と見ると、うずくまった僕に視線を合わせるように腰を下ろした黒須先輩だった。

「怖かったよね、もう大丈夫だよ」

 とぎゅっと抱きしめてくる彼女……その行動にドキッとしてしまうが、いや、黒須先輩の面倒見の良さを考慮してもさすがにこれは不自然だ。思春期の女子が、年下とはいえ一歳か二歳しか変わらない年頃の男子に、するような態度ではない。まるで、人を子供のように扱って慰めることによって、かえって自分の心を保っているような、そんな印象だ。加えて他にも堪えている人はいるのに、僕にだけそのようにふるまうことも含めて。

「一緒に帰ろうね。怖かったら一緒に寝てあげるからね」

 しかし、それを拒絶するすべも、気力も、理由もない僕は、そのまま黒須先輩に伴われて、エレベーターに乗り込むのだった。

 

――――

 

『モノクマ劇場』

 

 さーてさーて、今回もやっちゃうよ。本編ではお見せできなかったカディナサンに予定していた、みんな大好きなオシオキを!

 

GAMEOVER

 

カディナ・レオンハートさんがクロにきまりました

 

オシオキをかいしします

 

 

『準・超高校級のテニスプレーヤー』 カディナ・レオンハートのオシオキ

~ラケットができるまで~

 

 カディナが仰向けに寝かせられている。その頭にはなぜかモコモコとした羊の耳を模したようなヘアバンドがのせられており、もし普段の彼女が今の状態の自分の姿を鏡で見たとしたら『おお! これが動物耳萌えってやつですね!』などと言い出しそうだ。

 

 彼女の眼前に、手にメスを持った巨大なモノクマが現れ、彼女の服をめくって素肌を露わにさせる。アスリートらしい、腹筋の浮き出た腹部だ。へそには太陽を模したようなタトゥーが入れられている。

 そんな彼女のみぞおちの部分に、メスを刺し入れるモノクマ。カディナは激痛に顔をしかめるが、そんなことはお構いなし、とするするとさらに下腹部まで切れ込みを入れていく。

 そうして開けられた裂け目を、モノクマはガバぁっ、と無理やりにこじ開ける。筋肉の繊維がぶちぶちぶちぶちっっ! と寸断されるような音が響き、内臓があらわになった。

 そうして腹部の面積を占める、入り組んだ大腸の始点と終点にㇲッ、ㇲッ、とメスを通し、慎重に取り出す。そしてガットの張られていないラケットの傍らに置いて、カディナの大腸を通そうとするが、どうにもサイズが合わずうまくいかない。

 そのことに業を煮やしたモノクマは、八つ当たりするかのようにそのラケットを床に叩きつけて真っ二つにしたかと思うと、今度は腹の大部分が空洞となったカディナの両足をつかんで、二、三回ほど素振りをし、得心したかのように満足そうな顔を浮かべる。

 

 そのまま場面はテニスコートへと移り変わって、空っぽになったカディナをラケットがわりにして飛んでくるボールを打ち返して、テニスに興じるモノクマであった。

 



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第三章 鬼謀は前へと進む
第三章 (非)日常編1


「エナキさん……あの時点ですでに致死量を摂取していたとはいえ、あなたが私にアナフィラキシーショックを引き起こす毒となるジャバウォックオレンジジュースを注いだことには変わりがないんですからね……」

「ああ、そうだ。お前は俺だけでなくカディナのことも引きずって生きていけよ……」

 身体中に発赤を浮かべたカディナ先輩と、身体中を内出血で腫らした霧生先輩が、僕を責めてくる。ああ、瑞倉先輩が殺されて福添先輩がオシオキされた第一の事件の後にも見た悪夢だ。しかし、自分の頭はこれをはっきりと夢だとはっきり気付いていて、やけに落ち着いている。

 なぜなら、自分の身体が、なにか大きくて、温かくて、優しいものに包まれて、守られているという体感があるからだろう。これは、母親の羊水に包まれている胎児の感覚に近いのかもしれない。

(あたしも同罪だから)

 誰かが、そう僕に告げると、温かさはさらに強さを増したように感じる。その温かさは、一日中していたままのマスクのような湿り気と、シートベルトのような圧迫感を伴っていたが、全く不快ではなかった。

(エナちゃんは、あたしが守ってあげる)

 

『朝6時になりました! 夜時間に閉まっていた施設が開く時刻です! それではみなさん、本日も張り切っていきましょう!』

 突如、耳に届いてきたモノクマのアナウンスの声で、ぼんやりと覚醒する。……その僕の目に飛び込んできたのは。

「く……黒須先輩!?」

 そう。黒須先輩だった。顔は涙で泣きはらした後がありありと浮かんでおり、着衣も制服のままだ。恐らく学級裁判の後、そのまま倒れこむように寝てしまったのだろう。……ショックで完全に前後不覚に陥っていた僕を自室に連れ込んで、一緒に。

「エナちゃん? 起きちゃったの?」

 至近距離で発せられた僕の声で半ば目を覚ましたのか、彼女は相変わらず僕のことをエナちゃんと呼びつつそう尋ねてきた。

「……うなされてたみたいだけど、怖い夢でも見たの? ……お姉ちゃんも見たけど、エナちゃんをぎゅってしたら落ち着いた。エナちゃんもお姉ちゃんをいつもしているみたいにぎゅってする?」

 一人称も『お姉ちゃん』になっている。今の黒須先輩はどこか、『弟か妹が生まれたばかりで、姉としてするべき立ち振る舞いを強く意識している幼い子』、と言った風だ。いつもしているみたいに、ってことは実際に弟か妹にこのように接していた時期があったのかもしれない。

 ……これはもしかしたら、精神的ショックによる幼児退行の一種かなにかだろうか。無理もないか。同じアスリート系の才能を持つ女子同士で特に仲の良かったカディナ先輩が亡くなって、それを引き起こした霧生先輩は全く悪意のないどころか気を利かせてジュースを注いだことでクロになってしまう、という救いのない事件で怒りのやり場もなく、さらに彼を死に追いやるための投票をした、という苦痛の連続だったのだから。 

 ……それをふまえて、僕はどうするべきか? 実際にこうなってしまうような人と接するのは初めてだが、ドラマとかマンガとかに出てくる、いわゆる『心が壊れてしまった人』に比べると、今の黒須先輩はまだかなり意思疎通がはかれる方だろう。一言も言葉を発することができなくなってるわけでもなく、別人が乗り移ったようでもないのだから。ここでさらに断ったり突き放したりすると、悪化してしまうかもしれない。

「……お姉ちゃんもエナちゃんにぎゅってしてもらいたいなあ」

 そういう黒須先輩の顔は、幼児のようでも、姉のようでも、妖婦のようでもあった。

 よし決めた。ぎゅってしてあげよう。黒須先輩は、一回目の学級裁判あとにも、二回目の学級の後にも、歩けなくなった僕を介助して歩かせてくれたんだ。だからこちらも、弱って混乱している彼女のお願いは聞くべきじゃないか。

「……じゃあ、しますよ」

 宣言して、もともとかなり至近距離で横になっていた黒須先輩にさらに密着し、両腕を彼女の背中に回してぎゅっとした。

「えへへーエナちゃんって結構力あるんだねー」

 黒須先輩も僕の頭をなでてくる。

「エナちゃんにぎゅってしてもらったら、なんかまた眠くなってきちゃった。もうちょっとだけ寝るね」

 そう告げて、再び瞼を閉じる黒須先輩。……その穏やかな寝顔を見て、改めて今しがた自分がしでかしたことを認識して、顔が熱くなるような思いがした。このまま同じベッドで一緒に横になってるのはいたたまれないのでとりあえず起き上がろうとしたが、立ち眩みのような感覚に陥って、ふらっと倒れこみそうになってしまった。

 ようやく今気づいたが、今の自分はかなりの空腹状態のようだ。……昨日は昼のパーティー中に事件が起き、そこから捜査と学級裁判で、終わったら即寝て、たった今、朝の放送があったわけだから、昨日も夕食をとり損ねていることになるのか。……こんな生活を続けていたら、体重もガクンと落ちて健康を損ねてしまうかもしれないな。

 まあ健康どころかコロシアイで命を奪いあえ、なんて強制してくるモノクマにとってはどうでもいいことなのだろうが。それどころか不健康になることを恐れることによってコロシアイが促進されることもあるだろうから願ったり叶ったり、とまで思っているかもしれない。

 とほくそ笑んでいるモノクマの顔を想像してしまい気分を悪くして、個室から出ていく僕。そして……ああ、やっぱり僕は黒須先輩の部屋に連れ込まれていたんだ、いやそんな人聞きの悪い表現は失礼だな、黒須先輩の部屋で開放してもらっていた、のほうが正確だな、うん。と再確認したのだった。

 

 いつもなら朝の放送の直後でもすでに誰かしらはいる食堂だが、今日はついにまだ誰の姿もなかった。……まあこっちのほうが気が楽だ。あのような……『ジュースをコップに注いだことでクロと判定された』事件が起こってしまっただけに、『あの人に渡されたこの食べ物がもしかしたら……』『あの人に渡したあの食べ物がもしかしたら……』なんて考えて、お互いにギスギスしてしまうような事態が起こるよりかは、勝手に自分で取って自分で食べるほうが気が楽だ。

 さて、結局何を食べよう……そういえば一昨日も昨日も朝は羊羹だった。他のものを考える気持ちの余裕もないし今日もそれでいいかな……と厨房にある食糧棚の甘味系が置いてあるところを開く。と……

(あれ? スマホ?)

 その中に、スマホが置かれていることに気付いた。誰かの忘れ物かな? そういえば捜査の時に厨房で写真を撮っていたから芳賀先輩のかな? などと思いながら立ち上げると、そこの待ち受け画面には、次のような文章が載せられていた。

 

『これを発見した者へ

 私たちは君たちを救出する目的を持つ組織である

 出来る限り迅速に、監視のない場所でこの端末から連絡してほしい』

 

 ……これは、これはついに来てくれた。ついに外部からの助けだ! 監禁されて七日目、ついに接触があった! なんらかの方法で食料搬入の際にこれを紛れ込ませてくれたんだ! もう既に四人も亡くなって絶望しかけてたけど、見捨てられたわけじゃなかった! 僕らのスマホは圏外になっているが、連絡がつかないことは救出しようとしてる人たちも知ってるはず! きっとこれは特別につながる様にされたものなんだ!

 歓喜の声を上げ、今すぐ連絡したくなる自分を抑え、体で隠すようにポケットにそれをしまう。派手に喜んでしまい、僕が外部との連絡手段を手に入れたことをモノクマに知られてしまったら、対策を打たれてそれが水泡に帰す恐れがあるからだ。

 僕はこれから、自然に朝食をとり、自然に監視カメラのない場所、すなわち浴場へ向かわなければならない。だが、どうするのが自然なんだろうか? 意識してしまうと途端にわからなくなる。

 みんなで集まって食堂で食べてるわけじゃないから、切り分けたりしないでこのまま厨房で立ったままかじるのが自然だろうか。飲み物もとらないと不自然だよな。えっと……牛乳でいいか。いやちょっと足りないかな? モノクマに見られてたら『おやおやぁ? せっかく厨房に来たのにそれだけしかとらないなんてなんか焦ってるみたいだなあ、何を隠しているのかなあ?』とか警戒されてしまわないだろうか? ついでにバナナでも食べておくか。よし、そうしよう。皮をむいて……うん、おいしい。けどこれは声に出したら不自然だな。自然に、自然に。

などと一挙手一投足を考えながら朝食をとってると……

「おや、おはよう予備学科志望君」

 と声をかけられ、心臓が跳ねるように驚いたが、努めて冷静に、

「一目先輩、おはようございます」

 と返す。……しまった今振り向く前から一目先輩って言い始めてなかったか? いや、先輩方みんな特徴的でいい声だから顔を見ないうちから誰に声をかけられたかわかっても不自然じゃないはず。それに僕のことを『予備学科志望君』なんて呼ぶのは一目先輩だけだし。

 ……いやそれよりも、一目先輩にも救出組織からの接触があったことを話しておいた方がいいか? この中だと一番飄々と現状を受け入れている彼だが、心労がないはずはない。少しでも希望が見えてきたことを伝えたら、彼も安心できるはずだ。

 それに浴場に監視カメラがないことを教えてくれた一目先輩なら『ひとっ風呂ご一緒しませんか?』とでも誘えば得心してくれるだろう。さらに、つながった先の人に現況を尋ねられたら、自分一人では上手に答えられないかもしれない。モノクマ、コロシアイ、校則、学級裁判……説明するべきことはたくさんある。自分一人で説明して抜けや漏れがあったら、今後に予期せぬアクシデントが起こるかもしれない。それを未然に防ぐためには二人いたほうが良いだろう。特にこの状況を俯瞰的に見ている一目先輩ならうってつけだ。

 ……しかし、もし伝わらなくて『なんでまたいきなり?』と尋ねられたりしたら、監視カメラがある前でボロを出してしまうかもしれない。下手に喋らずにこの場を去り部屋に戻って一人で入浴の支度をしてくるべきだろうか?

 さて、どうする?

 

 

 

一目蔵人を浴場に誘いますか?

 

>はい<

 

 

「一目先輩! 僕は、朝食を食べ終えたので、これから、浴場に行こうと思っているんですが、ご一緒しませんか?」

 しまった、ちょっと説明臭いような誘いになってしまったぞ……まあこの程度なら不自然じゃないか?

「……そうだね。結局昨日は事件と学級裁判があったせいで風呂に入りそびれたし、たまには広い風呂もいいかな。適当になんか食べてから行くから先に行っててよ」

 と、冷蔵庫をあさりながら顔を向けずにそう答えた一目先輩。まあ二人一緒にならんで仲良しこよし、みたいに行くより別々に行ったほうが自然な成り行きになるだろう。

 さて、厨房から出て自室に戻り、着替えやタオルを用意する。水着は……これは今回は男同士だから必要ないな。希望ヶ峰学園の制服を着たまま眠ってしまったので、今日はこれからジャージで過ごして、制服の方は後で洗濯に出そう。

 

 浴場でスマホの操作を確認しながら一目先輩を待つ。どうやらこれは必要最低限の機能、どころかダイヤル機能もなく、トランシーバーに近いもののようだ。まあ常時ネットにつながる様なものではさすがに感知されてしまうか。そのくせカメラはあり、テレビ電話はできるようになっている……これは監禁されている僕らと連絡するために特別にあつらえられたものなのだろうか。

「お待たせ、予備学科志望君」

 などと考えながら件のスマホをいじっていたら、一目先輩は思いのほか早く来てくれた。手には入浴セットを携えている。彼の方も、僕からの申し出に何か期待を抱いていたのかもしれない。

「で、なんのごようかな?」

「これ、食料棚にあったんです。壁紙には『君たちを救出する組織だ。出来る限り迅速に監視のないところで連絡をくれ』と言ったことが書かれていました」

「ほう。それはうれしいね」

「ええ。さっそくかけてみようと思いますが、きっと色々質問されるものと思います。僕だけじゃ抜けや漏れがあるかもしれませんので、もし何か足りないことがあったら補足してもらえますか? 聞こえるようにスピーカーモードにしておきますので」

「ああ。そうしてもらえるかな」

 僕ははやる気持ちを抑えて、登録されていた連絡先につなげる。何度かコール音が鳴った後で、自動でテレビ電話モードになったようで、電話先の相手の姿が画面に映し出された。

『おおっ! つながったっす!』

 画面に映し出された女性は、両耳に複数のピアスを付け、長い黒髪で前髪の一部にピンクのワンポイントをあて、両サイドの髪を角のように立てた、独特な外見をしていた。……彼女には見覚えがある。

「もしかして、澪田唯吹……先輩ですか?」

『おお、唯吹のこと、知っててくれたっすかー! そうっすそうっす、澪田唯吹の澪に、澪田唯吹の田に、澪田唯吹の唯に、澪田唯吹の吹で、澪田唯吹でーす!』

 そんなこれもまた聞き覚えのある自己紹介。卒業を間近に控えた77期生の中でも、『超高校級の軽音部』であり、メジャーデビューも決まっている彼女は特にメディア露出が多くかなりの有名人だ。

「で、さっそく本題に入ってくれるかな? こっちは監禁生活が続いててそっちのゴキゲンなノリに付き合ってる暇はないんだけど?」

 そんな彼女にさっそく苦言を呈する一目先輩。先輩であろうがこの人は離し方を崩さないなあ。

「たっはー! 正論のナイフの先制攻撃だべ! ってやつっすね! さっそく唯吹たちのリーダーに代わるっす!」

 と言って、保留画面が映し出された。

「多分、出てくるのは十神白夜、だろうね。ああ、77期生のほうね。すごく太ってるほう」

「え、なんでわかったんですか?」

「だって、軽音部である彼女だけじゃテロに監禁されてる僕たちを救出する武力なんてないでしょ? それなのに彼女が電話番としてでもいる、ってことはなんらかの武力のありかつ彼女と関係の深く僕らを救出しようとする意思のある集団……まあ77期生で、そのリーダーっていえば十神白夜でしょ」

 少ない情報から一瞬でそれだけ推理を導き出せる一目先輩……真相に使づいたことで逆に警戒されることを注意していたが、監視カメラのないところではこれほど弁が立つのか。

「まあ78期生も合流してるかもしれないけど、そのリーダーの石丸清多夏は清廉潔白すぎてこういう状況での指揮官には向かないだろうね。78期生ならどっちかというと超高校級の相談窓口、日向創のほうが適任なんじゃないかな?」

「……それじゃあ、79期生の先輩方は?」

「いや、79期生はこの事件の首謀者の方だよ」

「え?」

「だってそうでしょ、モノクマをコロシアイのマスコットキャラみたいに使うなんて、間違いなくそのプロデューサーである79期生の『超高校級のギャル』江ノ島盾子が絡んでる。もしかしたら首謀者の方のトップかもね。それに僕らに送られてきた案内状、あれ79期生の『超高校級の印章士』によって偽装されたものだよ」

『……電話、代わった』

 説明する一目先輩に割り込んで、画面に映し出された金髪で眼鏡をかけ、白いスーツに身をまとった恰幅の良い男性が声をかけてくる。この外見はたしかに77期生のほうの十神白夜先輩だ。これも一目先輩の推理通りだ。

「ああ、十神さん。僕は特待活動三期生の、いわゆる『準・超高校級のトレーダー』の一目蔵人で、こっちは予備学科志望で巻き込まれた中学生の琴間恵那樹ね」

「……俺のことを知っていたのか」

「まあね、じゃあまずこちらの現況から伝えるね」

 そういうと、一目先輩は僕らが置かれている状況を説明しだした。僕たちのこと、モノクマのこと、コロシアイ学園生活のこと、校則のこと、起きてしまった事件のこと、学級裁判のこと、……そしてすでに『準・超高校級の幸運』瑞倉冠、『準・超高校級の福祉委員』福添志穂、『準・超高校級のテニスプレーヤー』カディナ・レオンハート、『準・超高校級の芸人』霧生雄大が命を落としたということ。

「ああ、それと、芸人君の名誉のために伝えておくけど、彼は殺そうとして殺したんじゃなくて完全な事故で学級裁判としてクロとみなされてオシオキという名の処刑を受けたからね。福祉委員さんの方は完全に殺意はあったけどね」

 そう付け加えて。

『……なんということだ』

 聞かされた十神先輩は、監禁されている僕らの凄惨な状況に頭を抱えている様子だった。

『出来る限り早く救助に向かってやりたい……そして実際、その用意はある。77期生九頭竜冬彦が若頭を務める九頭竜組をはじめ、78期生とも合流して武門大神家、暴走族の……えーと、なんて読むんだこれ?』

『クレイジーダイアモンド、って読むんすよ白夜ちゃん!』

 言い淀んだ十神先輩を補足するように、澪田先輩が口を挟んだ。

『すまない。とにかく俺たちの人脈で集められる武力を動員する準備を進めている。だが、一番の懸念は……お前たちの安全だ。武力によって希望ヶ峰学園を奪還できたとしても、やぶれかぶれとなったテロの奴らがお前たちを道連れにしないとは限らんからな』

「そうだよね。ルールを設けてコロシアイをさせてるような奇妙なテロだけど、社会のルールを破る奴らがいざというときにそのルールを反故にしないとも限らないよね。漫画みたいなデスゲームじゃなくて現実に起きてるテロだもんね」

『……話を聞く限り、問題となるのはやはりモノクマだろうな。最初に自爆した後、すぐに別のモノクマが現れた、と言っていただろう。やはり監禁されている生徒が全員で蜂起したとしても制圧できるだけの数があると考えたほうが良い。どうにかして機能を止めてもらえれば、外の方は何とかなるんだが……』

「りょーかい、こっちはとにかくモノクマの奴らさえどうにかできればそっちでなんとかしてくれるんだね」

 一目先輩はこともなげにそう返した。

「それとこれ、一番重大なこと。外部から接触があったこと、全員に伝えてもいい? もちろん奴らにはばれない様にした上で、ね」

『……それは、出来る限り慎重に行ってくれ。この手の大規模なテロは、監禁されたり人質になった者の中に内通者を仕込んで、全体を要求に従う方向に誘導する、っていうのは定石と言っても良いからな』

「あー……やっぱそうだよねー」

『お前らがその内通者じゃないことを願っているよ……いや、その心配はないかな? テロの首謀者である79期生にも幸運の才能はいるが、俺たち77期生の狛枝の恐ろしいまでの幸運が劣っているとは思えないからな。……さて、そろそろ切らせてもらう、この通信も探知されないとも限らないからな。そちらからの連絡も、なにか重要な報告のみにしてくれ』

「はいはーい。次は直接外で会えることを願ってるよ」

 そう言って、通話は切れた。……これだけの情報を交換できたのは重畳か。僕一人ではこれだけはなしえなかっただろう。一目先輩を連れてきて正解だった。

「これで希望が見えてきましたね!」

「確かにそうだけど、宿題も多いみたいだね」

 喜びを含んだ語気で言った僕に淡々と返す一目先輩。

「まず、モノクマの機能を止める方法も一筋縄じゃいかなそうだし、内通者のこともあるから誰にこのことを話して、誰にはこのことを話さないかも決めなきゃならない。コロシアイを起こさないようにしながら、ね」

 確かに、それは難しい宿題だ。モノクマも機械だから止める方法はあるのだろうが、今のところ見当もつかない。それに内通者か……もし本当に存在してその人にこのことを伝えてしまったら完全に計画が破綻してしまうかもしれないし、いないにしても『いるかもしれない』と思い込ませるだけでコミュニケーションを阻害させることができる。

「それにもちろんモノクマの方もコロシアイをさせるために何かしらの手を打ってくるでしょ。第一の事件の前日にあったみたいに動機をちらつかせるとかね。今度は『このまま事件が起きなかったらお前らの秘密をばらすぞ』あたりかな?」

 そんなことで、と言いかけるが、監禁されて不安定になっているときに追い打ちとなるような動機が加われば、誰がどうなってしまうかわからない。それこそ、福添先輩のように。

「ま、とりあえずは風呂にでも入って考えるとしようかね。もちろん予備学科志望君も入浴の準備はしてきてあるよね?」

「はい。とにかく浴場に行くのも自然になるように、っていうのは心がけてましたから」

 浴場に行ったのに入浴した様子もなく着替えてもいない、なんてことをしたらモノクマに見咎められるだろう、と警戒していたので、もちろん連絡した後は実際にお風呂に入るつもりでここに来ていた。そのまま脱衣して浴室へ向かう。

 なにか話すべきことを思い付いたときのために近くにいたほうが良いだろう、と洗い場でも隣り合って座ることにしたが……洗髪を終えて濡れた髪を後ろに持ち上げているので、一目先輩のふだん前髪で見えない顔があらわになっている。……瞳もぱっちりしてて、肌もきれいで、中性的な顔のつくりをしている美少年、といった印象だ。身体も華奢で髪も長いので女子にも見える瞬間もあってドキッとする。……まあ前を隠してないので『実は性別を偽ってた女子だった』ってせんはないのだが。

「どうしたの、僕の身体に見ほれちゃった?」

「い、いえ、そんなことは……」

「まあ、親に感謝してることがあるとしたら頭脳や顔も含めたこの身体全体だしね。こんくらい良いと色々便利だったから」

 あるとしたら、とか、便利、という言い回しに何か含むものを感じたが、それ以上深入りしないで自分の身体を洗うことに集中した。

「ところで、宿題のことなんだけど、分担、って形にしない? 僕がモノクマをどうにかする方法を考えるから、予備学科志望君が外部から接触があったことを誰にどの程度話すかどうか決めるの」

「……えっ、僕がそんな重要な決断を?」

「この話をするとしたらまず間違いなくここ、浴場ですることになるからね。女子も含めて、誘うとしたら君の方が適任でしょ」

 ……確かに一目先輩から浴場に誘うよりかは僕の方が自然な形で誘えるだろうが、これは責任重大だ。本当にいるかどうかも含めて、内通者の目途も立っていない。個人的には、できれば全員に話して先輩方みんなに少しでも安心してもらいたいが、十神先輩からの慎重に行ってくれ、という言葉を無視するわけにはいかない。

「どんな決断をしようと、僕は君を責めたりはしないよ。そもそも僕ら全員、テロの目的が僕らを殺すことだったら、最初のモノクマの自爆で死んでてもおかしくなかったんだから。もうこれからどうなろうとどうせ拾った命と諦めるさ。もっとも、こんな思いはずっと前から持ってたんだけどね」

 不安からか、何となく念入りに強くタオルを身体を擦ってしまっている僕に、一目先輩はそう告げるのだった。

 

 

 ――――

 

「……またこの姿で人を欺いてしまったな」

 77期生の十神白夜……いや、名前も戸籍すらもない『超高校級の詐欺師』は通話を終えて、そうつぶやいた。

「えーと、唯吹、よくわかんないっすけど……夏っぽいポップスの時には活動的な露出度の高い衣装で、冬がテーマのしっとりとしたバラードのときにはマフラーとかジャンバーとかで着こんだ感じの衣装で舞台に立つっすよね! 白夜ちゃんが今、白夜ちゃんのカッコしてあの子たちと話したのはそれと同じっす!」

 澪田唯吹が、そんな彼に、そう不器用な励ましを送るのだった。

 



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第三章 (非)日常編2

 着たまま眠ってしまった制服を洗濯に出してから一目先輩と共に再び食堂に向かう。一応全員揃ってはいるが、ほとんど会話もない状況だ。食べてるものもめいめいで用意したのかそれぞれ異なっている。

 ……これでは外部からの接触があったこと伝えて安心してもらうにしても、モノクマにばれないよう自然にするには難儀しそうだ。『カメラのない浴場に誘って話す』以外の手段も考えなくてはならないだろうな。

 しかし、僕らを含めて11人か……また、減ってしまったんだなあ。と思いながら全体を見渡すと、ちょうど黒須先輩と目が合った。そして思い出す。僕が部屋から出ていくときに、二度寝してしまった黒須先輩を起こさず、鍵をかけもしなかったことを。

 先輩方を疑っているわけではないが、もし……もし、学級裁判明けの朝、という全員が疲労を抱えているようなタイミングを狙ってことを起こすようなクロがいるとしたら、鍵の開いてない部屋の持ち主、なんて絶好の狙い目だろう。このことは謝らなくては、と彼女の真正面の席に座る。

「……改めて、おはようございます。黒須先輩」

「おはよう。琴間君」

 返してきた黒須先輩は、僕のことを琴間君と呼んできた。今朝、僕をエナちゃんと呼んだりして、少し幼児退行のような兆候があったのは一時的なものだったようだ。

「あの……今朝は起こさないで出ていってすみませんでした」

「あたしこそ……寝ながらおかしなこと言ってたよね、戸惑わせちゃってごめんね」

 お互いに謝罪を交わす僕ら……ってこんなこと、喋ったら僕と黒須先輩が昨晩一緒に寝た、ということがバレてしまうじゃないか! こんなことを聞かれたら、誰かに、例えば岸和田先輩あたりに囃し立てられてしまうじゃないか! と思いながら彼女の方を見たが、心ここにあらず、と言った風に食卓の上に広げた資料や手帳とにらめっこしていた。なんだか締め切りに追われている記者のデスクをほうふつとさせるような状況だが、岸和田先輩なりに気持ちに整理をつける方法がこれなんだろう。今はそれぞれに、そういうものが必要な時だ。

「あーららこらら、『起こさないで出ていって』とか、『寝ながらおかしなこと言ってた』とか、いやらしいんだー! せーんせーに言ってやろ! ってボクが先生だったね!」

 代わりに、モノクマが現れて僕らを茶化す。

「もう! 最近の若い子はオサカンですなあ! 男女15人、コロシアイ監禁生活、7日間。何も起きないはずがなく……っていうのは理解してるけど、キミたちまだ高校生、おっと高校生にもなってない人もいるんだからほどほどにしてよ! さすがに布団かぶって同衾されたりしたらのぞけないんだからね! ぶひゃひゃひゃひゃ!」

 聞かされて、自分の顔が赤くなっていく感覚を覚える。黒須先輩とのことを冷やかされた羞恥から、ではない。こんな状況に追い込んでなお、僕らをあざけるような態度を取るモノクマに対する怒りから、だ。そんな思いのこもった眼差しを奴にぶつける。

「わあ、みんなそんな怖い目で見ないでよ! 今回もご褒美をあげに来たんだからさ! さらに地下に行く階段を開放しておいたからね! それと、亡くなったカディナサンと霧生クンの荷物ね! カディナさんは手荷物として持ち込んだラケットもあるよ! 夭逝した悲劇のテニスプレーヤーの遺品として将来プレミアがつくんじゃないかな! まあ君たちに将来があったらの話だけどね! じゃあねー!」

 それだけ告げてモノクマは去っていってしまった。二人の遺品は、しばらくそこに佇むように残っていたが、

「……霧生クンの遺品は、ボクがもらっていいかな?」

 と勝先輩が名乗りを上げた。

「……きっと、ボクと一緒にやった漫才の台本もあるだろうし。本当はみんなにも見せたかった漫才の、ね」

 勝先輩の表情は、悔恨と覚悟が混ざり合ったようであった。きっと、学級裁判のルール上クロとはみなされなかったものの、アレルギーを持つカディナ先輩にソバを出した責任、それで霧生先輩をも死なせてしまった責任、というものを感じていて、霧生先輩が最期に言っていたように『一生引きずっていけ』という言葉に従うつもりなのだろう。誰からも反対の声が上がらず、その通りに引き取ることになった。

「……ユーダイの書いた台本、あったらウチにも見せてな」

 そんな勝先輩に、芳賀先輩がそれだけ伝えた。

「じゃあ、カディナさんの遺品は、あたしでいい?」

 と、今度は黒須先輩。特に仲の良かった黒須先輩の申し出に反対の異を唱える者もおらず、彼女が引き取ることになった。

 そうして、各々で片づけをし、調査に向かうことになったのだが、自然に浴場に誘うタイミングを失してしまった。

 ……そうだ、『外部からの接触がありました。もう少しの辛抱です。より詳しいことを知りたければ、自然な形で僕か一目先輩と浴場に行く機会を作ってください。監視カメラもあるので自然な形で』といったことを書いた手紙を、カメラの死角になるように渡していくことにしよう。

 この程度の情報だけなら本当に内通者がいて、もし渡してしまってもまだ取り返しが利くだろうし、それに危険に巻き込まれるとしても、僕か『僕は君を責めたりはしない』と言ってくれた一目先輩だろう。そう決心し、ポケットに入れてあるメモ帳にこっそり手紙をしたためつつ、エレベータールームにある階段から新たに解放されたさらに下の階へと足を運ぶのだった。

 

 まず訪れたのは、小さな本棚と、前の方に教壇のような机のある部屋だった。ボランティアで紙芝居や絵本の読み聞かせを行うようなこの部屋は、何と呼べばいいんだろうか? そういえば地元の図書館では『おはなしのへや』っていう名前だったな。確か児童図書コーナーの一角にあった。

「ある日のことでございます。お釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶらとお歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色のしべからは、何とも云えない好い匂いが、絶間なくあたりへあふれております。極楽はちょうど朝なのでございましょう」

 その教壇に立ち、朗読をしていたのは芳賀先輩だった。この内容は、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』かな。そういえば、普段の印象で忘れがちだったが、彼女は『準・超高校級の図書委員』で、主に配信している動画の内容はこういった文学作品の朗読だったな。それにしても、関西弁でまくしたてるようないつもの話し方からは想像できない、透き通ったようないい声をしてるなあ。と腰を据えて聞いてみることにした。

「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ」

 台詞部分も、傍若無人な悪人がふと垣間見せた慈悲の心のようなものを短いながらも表現し、

「数限りもない罪人たちが、自分の上った後を付けて、まるでありの行列のように、やはり上へ上へと一心によじのぼってくるではありませんか。カンダタはこれを見ると、驚いたのと恐ろしいのとで、しばらくはただ莫迦のように大きな口を開けたまま、眼ばかり動かしておりました」

 この部分はまるでカンダタが乗り移ったかのように描写通り口を開けたまま目をぎょろぎょろと動かし、

「こらぁ! 罪人どもぉ! この蜘蛛の糸は俺のものだぞ! お前たちはいったい誰に聞いてのぼってきた! おりろ! おりろ! おりろぉお!」

 そこは鬼気迫るようで、もし自分が蜘蛛の糸に一緒によじのぼっている罪人だったならば、その剣幕に手を放していたかもしれない。そう思わせるぐらいに真に迫っていた。

「その途端でございます、今までなんともなかった蜘蛛の糸が、急にカンダタのぶら下がっているところから、ぷつり、と音を立てて切れました」

 すぐその後の地の文のところでは、先ほどまでとはうってかわって、一巻の終わり、といったものを言の葉に込めているような声で、

「極楽はもう昼になったのでございましょう」

 そう、今までのことはとるに足らないささいなことでした、と言った風に締めた。その見事な朗読劇に、僕は自然と、拍手を送っていた。

「はい、芳賀愛のラブラブ図書委員チャンネル! 今日は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』でした! チャンネル登録よろしく!」

 僕の拍手に、動画配信者ならではの挨拶を返す芳賀先輩。うーむ、まさに豹変。

「ってえなきんおったんかいな」

「ええ、すばらしい朗読でした。でもなんで急に?」

「……ま、景気づけにな」

 そういう芳賀先輩の顔は、誰かを偲ぶような表情だった。彼女なりの調子を取り戻す手段がこれだったのだろう……芳賀先輩も、霧生先輩と仲がいい感じだったからな。

「それにここにある本棚、ちょっと調べてみたんやけど、せーらんが挿絵描いてるやつがいくつかあってちょっと見てみたくなってん。見てみる?」

 そう言って芳賀先輩は今まで読んでいた『蜘蛛の糸』を僕に差し出してきた。そういえば、羽月先輩が描いたり挿絵を載せたりした本って読んだことないな、と思い、それを開いてみると……

 先端に玉が付いた杖で殴られ続ける罪人。

 火であぶられる罪人。

 両側から迫りくる山に挟まれ潰される罪人。

 針の山に串刺しにされる罪人。

 牛頭馬頭に追われる罪人。

 熱した縄に縛られ吊られている罪人。

 大釜にゆでられている罪人。

 塩を擦りこまれている罪人。

 ……とやたら地獄で責め苦にあっている罪人の姿がこと細かに描写されていた。確かに蜘蛛の糸は地獄を描いた作品であるのでこのような挿絵はある程度予想していたが、羽月先輩に抱いていたイメージとは全く異なっていた。まあそのイメージも僕が勝手に作り上げたものであるが。

「最近『本当は怖い絵本』みたいなのはやっとるけど、ここまでエグいのは意外よな。子供読んだら泣くんやない?」

 同じような気持ちは芳賀先輩も抱いたようで、そう感想を漏らす。

「でももうちっと可愛らしい挿絵のもあるで」

 といって指さした本棚には『ちびくろサンボ』『せかいのいじんシリーズ・ジャンヌダルク』『いろんなくるま・しょうぼうしゃへん』『いろんなくるま・ショベルカーへん』『はじめてのおりょうり・とんかつへん』『いたいのいたいのとんでけ』『はちさんのしゃかい』『うちゅうりょこう』といった絵本が並んでいた。『ちびくろサンボ』は原作者がいたはずだから挿絵だけとしても、これ全部羽月先輩が出版した本なのか。

 とりあえず『ちびくろサンボ』を手に取って読んでみる。……挿絵は可愛らしいが、なんか虎がバターになっていくところの描写が生々しいぞ。強い遠心力によって身体中の脂分が……なんて、これもちょっと怖いな。と思いすぐ本棚に戻す。

 この部屋にはこのくらいしかないか、と思い次の部屋に行こうと思い立つが、芳賀先輩にもメモを渡さなくてはならない。『蜘蛛の糸』を返す際に、しおりのように挟んで手渡すと、彼女の方もそれに気づいたようで、本を開きながらメモに目を通してくれた。そして、やや希望が生まれたような表情を返してくれる。よし、伝わった。

 そして、本に印刷された『挿絵・羽月 聖来』という部分を指さしている。これは『羽月先輩にも伝えて良いか』と尋ねているのだろう。ジェスチャーで返してくれている、ということは大っぴらに話してはいけないこともきちんと理解してくれているな。この手紙は内通者に渡してしまってもリカバリーが利くよう具体的なことは書かず、全員に渡すつもりで書いたので首を縦に振って肯定の意を返す。まあもし僕が羽月先輩に直接渡す機会があったら二度手間になることも考えられるが、それは大した問題じゃないだろう、と思いつつ、部屋から出る。

 芳賀先輩に難なく伝えることができたのは僥倖だった。この後、一目先輩から事情を聴いて『モノクマをどうにかする方法』を考えるフェイズに移ったときに、準・超高校級の図書委員である彼女なら図書室にある蔵書から適切な本を見つけだすことができるだろう。全員に伝えるつもりではあるが、早いに越したことはない。

 と一歩前進した感覚をつかんでいたが……去り際、ふと、福添先輩や霧生先輩が受けたオシオキを思い出してしまったのは、地獄の責め苦に遭う罪人の挿絵を見たからだろうか。

 

 次に訪れたのは、いくつか鏡が置いてあり、その前に大きなチェアが置かれている部屋。一見、また美容室かとも思ったが、よく見るとそれとはちょっと違うな。対面式のデスクもあるし、ネイルサロンとかメイクサロンとかそういった雰囲気かな? 向かい合って座っているのは竹枡先輩と羽月先輩で、鏡の前のチェアにかけているのが手岡先輩だ。

「なんかつけたいパーツとかあるー?」

 竹枡先輩が羽月先輩の手を取ってネイルペンを施しながら尋ねる。

「え? パーツ? これで完成じゃないの?」

 羽月先輩はネイルに慣れていないようで、自分の手を珍しいものを見るような目で眺めている。

「違うよーこれはまだベース」

「えーそうなんだーどうしようかな」

「なんなら見て決めるー?」

 けっこうかしましい感じでおしゃべりしてる二人。これはメモを渡すにしてもまずは一人でいる手岡先輩のほうがしやすいかな、と思って彼女の隣にかける。彼女も手元でペンを走らせていた。手岡先輩みたいなボーイッシュな雰囲気の女子がメイクするなんてちょっと意外……なんて思うのは失礼か。

「あれ、恵那樹もこういうのに興味あるの?」

 と言って僕の方に顔を向ける手岡先輩。……最近多様性とかダイバーシティとかがもてはやされて、男性の芸能人とかでも化粧をしているような人も多い。それを否定する気はさらさらないが、あまり自分はしようとは思わない。

「すみません、自分でするのはちょっと……」

「そっかー楽しいのにな。ルアデコ」

「え? ルアデコ、ってなんですか?」

「ルアーデコレーションのこと。疑似餌にいろいろ塗ったりして改造するやつ」

 手岡先輩の手元をよく見ると、ペンを走らせていたのは自分の手や爪にではなく、小さな魚の形をしたルアーに対して、だった。手の影になっていて見えなかった。『こういうの』っていうのは、メイクやネイルのことではなくルアーデコレーションのことだったのか。やはり、手岡先輩は釣りのこと優先なんだなあ。

「ルアーもラメ入れたり色変えたりすると、魚の反応も変わってくるからね」

「そうなんですね。ちょっと見せてもらっていいですか?」

「うん、ルアーならいいよ。針には気を付けてね」

 手岡先輩から差し出されたそれを手に取る。きらきらしててなかなかきれいなものだなあ。なんだかアクアリウムの熱帯魚を連想する。眺めているだけでも結構面白いかもしれない。……そうだ、これを返すときにメモを一緒に渡せば監視の死角になるかもしれない。とルアーをかざしたり光に当てたりしながら、天井を見るのも自然なように意識しながらカメラの位置を探る。……これならうまくいきそうだ。

「手岡先輩、ありがとうございました」

 と言ってルアーとメモを渡す。手岡先輩の方も気づいてくれたようで、体と手元で隠すように読んでくれた。そして小さくサムズアップ。先輩方みんな理解が良くて助かる。

「ねえねえ見て見て! 竹枡さんにすごいきれいにネイルしてもらったー! お姫様みたいでしょー!」

 僕ら二人の元に、両手を掲げて見せびらかしながら羽月先輩がやってくる。手を見てほしいんだったら、こういう方法でメモを渡そう。

「きれいですね。その手、もっと近くで良く見せてもらえませんか?」

「いいよー、はい」

 と言って、羽月先輩は甲を上に向けて僕に手を差し出してくる。その上に、すっとメモを載せる。しまった、女子の手に触れるなんてちょっと強引だったか、とは思うが羽月先輩も僕の意図を理解してくれたようで、ちょっとの間に文章を読み終えたかと思うと、手の甲をやや傾けてすっと袖の中に滑り込ませるようにしてそれを隠した。……なかなか器用なことをするものだなあ。

「きれいだったでしょ? 竹枡さんにも『羽月さんの手ってさー、すごいすべすべしてて小さくて可愛いねー。今まで触ってきた女の子の手でもトップクラスだよー』って言ってもらったんだー」

 おそらく、今まで多くの女性の手に触れてネイルアートをしてきた『準・超高校級のビューティーアドバイザー』である竹枡先輩からそのように言われるとは、よほど良い手をしているのだろう。

「ついでに男の子の手のトップは瀬戸君なんだって。見た目だけじゃなくシャンプーのテクニックもヘッドマッサージのパワーもすべてが完璧なんだとか」

 ……そこはやはり竹枡先輩。のろけは忘れないんだなあ。まあ僕も洗髪してもらったときに『今までにしてもらったシャンプーのなかで一番気持ちいいなあ』とは思ったけど。

「ねえねえ紅、あたしもちょっと興味出てきたから教えてくれないかなあ? あたしのほうからも教えてあげるから!」

「いいよー、手岡さんも結構ネイルとかすると化けると思うなー」

 と手岡先輩が竹枡先輩に声をかけた。『あたしのほうからも教えてあげる』って言う部分、ちょっと声色を変えていたな。これは僕に向けた『紅にはあたしの方から伝えておくね』という符号ととってもいいだろうか。中々順調に進んでいるなあ。さて、次の場所の探索に向かうか、と、マニキュアを眺めながら話し合う手岡先輩と竹枡先輩を尻目に部屋を辞すのだった。

 

 擦りガラス窓がはめられた怪しげな赤い扉だが、この部屋は何だろう、と扉を開けた僕の目に飛び込んできたのは。

「は? 回転木馬?」

 そう、部屋の真ん中には二台の回転木馬。その中央には丸いベッド。奥の壁にはハートマーク。左手には薄いレースカーテンのみで仕切られた滑り台付きの風呂場、右手の部屋の壁には鞭やロウソクやその他もろもろ妖しいものがかけられ、十字の磔台のようなものまである。それには趣味の悪いことに血が跳ねたような模様までついている。そして、部屋中に漂うアロマのような甘い香り。

 学校の寮内に存在することがそぐわないような色っぽい部屋。

 だが……そんな部屋の雰囲気とは相反して、それ……『血の付いた十字の磔台』を目にしてしまったとき、あの光景がフラッシュバックするように脳内に再生されてしまった。

 

 

『準・超高校級の福祉委員』 福添志穂のオシオキ 

~手をかして!~

 

 

 そして連鎖するように……

 

 

『準・超高校級の芸人』 霧生雄大のオシオキ

~Kill you You die~

 

 

 ……くそ、なんでだよ。羽月先輩の絵本の地獄の挿絵を見たときは全然平気だったのに。あの血なんて、本物の血じゃなくてただそういう模様ってだけなはずなのに!

ああ、僕は、先輩方みんなに外部から接触があったことを伝えて少しでも元気づけなくてはならないのに。と思いつつも鼓動が止まらない。しゅー、しゅー、と自分の呼吸の音がやけにうるさく聞こえる。仕方ない。少し落ち着くまで待とう。幸い、ベッドはそこにある。横にさせてもらおう。

『ラブアパートへようこそ! この部屋はちょっと特殊だから初めて来た人には説明させてもらうよ!』

 急にモノクマのアナウンスが入った。

 ああ、くそ! お前の声を聞かせないでくれモノクマ! 

 と布団を頭からかぶり、耳をふさぐ。……その姿勢のまま、まるで雷が怖くて鳴りやむのを待っている子供のように、自分の身体が平静に戻ってくれるのを待った。

『……とまあ、こんな感じの部屋だからうまく使ってちょーだいな! コロシアイに使うのも良し! 逆に新たな命を授かるために使っても良し! なーんてね! ぶひゃひゃひゃひゃ! さてさてこれでおしまい!』

 ああ、これで少なくともモノクマの声からは逃れられる、と少し安心した瞬間……

『ラブアパートへようこそ! この部屋はちょっと特殊だから初めて来た人には説明させてもらうよ!』

 と、再び最初から再開されてしまった。

「おい! ベッドにいるのは誰だ!」

 ほぼそれと同時に、僕に声をかける声。誰か入ってきたからまた始まったのか。これは……堀津先輩か。僕は上体だけ起こし、できるだけ『それ』……『血の付いた十字の磔台』を見ない様に、壁を指さした。

「くっ、モノクマのやつ、なんてものを……」

 そう苦々しくつぶやいて、堀津先輩は水を汲んできて僕の元に持ってきてくれた。

「蛇口で汲んだものですまないが、飲むか?」

 僕はそれを受け取って一気に飲み干す。ああ、これだけでもかなり落ち着いた。

「……ありがとうございます。堀津先輩」

「琴間、辛いならばあまり無理はするな。俺たちもまだ大人とは言えない歳だが、お前は一番年下なんだからな。……少し部屋に行って休んだらどうだ。なんなら送ってやろうか?」

「ええ、そうさせてもらいます」

 今のようなひどい状況の自分が探索したところで、足手まといになるだけだろう。下手に意地を張るより、素直に従っておいた方が先輩方のためだ。堀津先輩と一緒に、自室へと向かっていく。道すがら、メモをこっそりと渡す。幸いほぼ密着するように支えてもらっているので、すっと渡すことができた。そんな僕に、堀津先輩は『お前は強い奴だな』とでも言いたげな目線を送ったのだった。

 



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第三章 (非)日常編3

 しばらく自室で休んでいたら、すでに時刻は13時を回っていた。あまり食欲はわかないが、きちんと栄養を取らなければいつかはボロが出てきてしまうだろう、と食堂へと足を運ぶ。昼食の時分は過ぎているが、そこには岸和田先輩がいた。

「琴間くん! いいところに来た! 今スマホ持ってる?」

 僕の姿を見るや否や、そう尋ねてくる。

「はい、持ってます」

「ちょうどよかった! 今アプリで遊んでたんだけど、圏外でも近くの人となら二人対戦できるやつだから相手してくれない?」

 と誘いをかけて来た。

「お昼ご飯、食べてからでもいいですか?」

「うん。そうだ、ご飯食べ終わったらすぐに始められるようにしたいから、準備しとくから先にスマホだけ貸してくれない?」

 なんかいつも以上にぐいぐい来るなあ。と不自然に思ったところで勘付く、いや、これは『スマホを使った密談をしたい』ということなのだろう、と。このような手段もあったのか。岸和田先輩の意を解した僕はスマホを手渡し、待たせちゃ悪いと厨房に向かう。さっと短い時間にとれそうなもの……ゼリー状の栄養飲料みたいなやつでいいか。それをキャッチコピーにあるように10秒そこらでチャージして片付け、岸和田先輩がいる席に向かう。

「あれ? ご飯は持ってきてないの?」

「ええ。もう食べましたんで」

「早っ! まあすぐに相手してくれるのはありがたいけどね。えーと、正面より隣に座ってくれたほうがやりやすいかな?」

 そう言って、傍にあった椅子を引き寄せて僕を招く。それに従い、岸和田先輩の隣にかけ、渡していた僕のスマホを受け取った。

『手紙回ってきたよ』

 ショートメッセージのような画面に、そのような文章がのせられていた。やはり密談が目的だったか。

『でもなんで浴場?』

『浴場には監視カメラがないんです』

『そういえば一目くんがそんなことを書いた画面見せてきたような。でもそれ本当なのかな』

 そう指摘されて、もしかしたら自分はとんでもない失態を犯してしまったんじゃないか、という可能性を思い立つ。浴場に監視カメラがない、というのはあくまで一目先輩から聞いただけじゃないか。

 ……いやいや、探索の時や混浴の時もそのようなものは見当たらなかったぞ。いやしかし、カメラはごく小さなものだって存在する。それこそ、今手に持ってるスマホの中のレンズ部分だけぐらいの小さなものが。

 コロシアイを強いているテロリストだって、『無防備な状態になる浴場で殺人が起きる』ことを想定しているはずだ。それに、僕らはみんな人を殺したことのない殺人のド素人だ。それでもなお殺人に挑もうとするなら、まず反撃を受ける危険の少ないような状況を選ぶだろう。まず思いつくのは寝込み、その次に丸裸になる浴場……僕でも二番目に思いつくぐらい上位の候補に入る。

 ……そうだ、このケースでは殺意がなかったとはいえ、実際、昨日の事件が『午前は全員で準備に当たり、昼にパーティーを行い、ソバとジャバウォックオレンジジュースを飲んでから、食後に浴場で混浴をし、風呂上りにさらにジャバウォックオレンジジュースを飲んだ』という順番で行われていたなら、カディナ先輩が亡くなるのは更衣室になっていたはずだ。その時に誰がクロかの判定を出せなくなるなんて事態、現実に希望ヶ峰学園を乗っ取っているほどの用意周到なテロリストたちが起こすだろうか。

 ……浴場はさすがにプライバシーに配慮してくれてるのかな、なんて思ったのは甘かったか。そもそも個室にも監視カメラがある時点でプライバシーも何もないじゃないか。

「琴間くん?」

 なかなか返信を寄こさない僕をいぶかしんだのか、直接肩を叩いて声をかけてくる岸和田先輩。その顔は心配そうに僕を慮るようなものだった。『それ本当なのかな』という文字を見て批難されてるかもしれない、と思ってしまっただけに安心した。

『責めてるわけじゃないよ。実際、あの部屋だけ目に付く場所に監視カメラはなかったよね』

『……でも、外部と連絡するとき、あの部屋には完全にないものだと思い込んでべらべら機密情報を喋りこんじゃいました』

『監視カメラがない可能性が一番高い場所が浴場であることは変わりないし、そこで連絡したことは間違いじゃないよ。それに何もない状況から、外部が動いてくれていると分かっただけでも状況が好転した! で、どういう組織が接触してきて、どういった話をしたの?』

 

 

 

岸和田安美に接触の内容を伝えますか?

 

>はい<

 

 

 準・超高校級の記者であり情報通の岸和田先輩も、『モノクマをどうにかする方法』を考えるフェイズに移ってくれたら、なにか良い案を思い付いてくれるかもしれない、と考え、十神先輩ら77期生との接触で話したこと(まあほとんど話したのは一目先輩だが)伝えることにした。

 武力を集めていてくれていること、モノクマのこと、内通者がいる可能性のこと……岸和田先輩が内通者の可能性がないわけではないが、それにばかり拘泥してモノクマへの対策が浮かばずただただ時間ばかりが過ぎていく、なんていうのは避けたい。

『……実はさ、もし内通者がいるんだとしたら、一目くんだと思ってた』

『えっ、一目先輩が内通者、ですか?』

『初日に監視カメラのことを伝えてあまり核心に迫ると危険、みたいな警告をしたことも、学級裁判中に議論を真っ二つにするようなことを言い出すのも、浴場に監視カメラがないと断言して誘導してるのも一目くんだったからね。……これはあくまで個人的見解だから鵜呑みにはしないでほしいんだけど』

 そう付け加えてくるが、もし本当にそうで、さらに浴場に実際は監視カメラがあるとしたら、僕は外部との接触を監視カメラの前で行っただけではなく、内通者を立ち会わせてしまったことになるのか。……そういえば、十神先輩が僕と一目先輩が内通者でない、と判断したのは、77期生の狛枝って人の幸運という理由だけじゃないか。その狛枝って人のことは良く知らないが、それはそこまで信じられるものなのだろうか。……『準・超高校級の幸運』である瑞倉先輩は、不幸にも一番最初に殺されてしまったのだから。

『ごめん、仮説で混乱させちゃったね。とにかく一目くんとも話してみるね。……ちょっとカマをかけてみることもあるかもしれないから、その時は話を合わせてね。一目くんのことを疑うことになっちゃうけど、信じたいから疑うんだからね』

『そうですね。疑った結果、一目先輩への内通者の容疑が晴れればそれに越したことはないですからね』

『それと……警戒しなきゃいけないのはモノクマや内通者だけじゃないかもしれない』

『えっ、それはどういう……』

「あっ、スマホでゲームしてるー! いいないいなー、ボクも混ぜてよー!」

 熱心にメッセージを送りあっていた僕らに、急にモノクマが割り込んでくる。

「よっぽど面白いゲームなんだろうねー。二人とも前かがみで画面に覆いかぶさるようにして夢中になっちゃってさ。それはコロシアイより楽しいのかなぁ?」

 ずけずけと画面をのぞき込もうとするように近寄ってくるモノクマ。これは密談していることがバレたか? いや、密談自体がバレたとしても、モノクマを寄こして画面を確認させよう、ってことは監視している誰かからも文章は読めてないってことだ。もし読めてるんだったら下手に介入させないでそのまま読み続けたほうが情報を抜き取れて、有利なことのはずだから。

「あーあ、モノクマが急に話しかけるからゲームオーバーになっちゃったじゃん! もう飽きた! じゃあね琴間くん!」

 そう言って席を立ち、食堂から出ていく岸和田先輩。僕もうまくごまかしてモノクマを撒かなければ。

「うーん、やっぱりゼリーだけじゃ足りないし、ちゃんとしたお昼ご飯もとらなきゃなあ」

 と言って席を立ち、僕は厨房に向かう。

「なにさなにさ! ボクばかり邪険に扱って! ふーんだ! そっちがそういう態度を取るならこっちだって考えがあるんだからね! 後悔しても遅いんだからね!」

 背中に、そんなモノクマの罵声がぶつけられるが、無視して追加の昼食を決め込むのだった。

 

 そうだ、ランドリーに出した制服を取りに行かなきゃ、と足を運ぶと、瀬戸先輩と勝先輩が腰かけて何かを話していた。

「これはどうっすかね?」

「うーん、スーッとするのは良いけど匂いがあるなあ」

 何やら、手に何かを塗っているようだ。

「じゃあこっちはいかがっすか?」

「ちょっとぺとぺとするなあ」

「うーん、なかなか難しい問題っすね」

 けっこう悩ましそうな口調だ。ちょっと混ざってみるか。

「瀬戸先輩、勝先輩、どうしたんですか」

「ああ琴間チャン。僕らってどっちも清潔感、衛生感が大事なのに手を酷使する客商売じゃないっすか? だからいいハンドケアがないかな、って思ってたところ、メイクルームを見つけた竹枡チャンが色々見繕ってくれたんっすよ」

「そうそう、ひび割れやあかぎれなんて作っちゃったら一大事だからね」

 確かに、行った店の美容師や料理人の手が汚かったら不安になる。そういうところまで気を回す姿勢もまた、才能に必要な要素なのだろう。

「まあ僕みたいな美容師の場合は香りがあるやつを使ってお客さんに気付かれたとしても『ハンドケアとかされてるんですか?』って聞いてもらってそこから話がつながることもあるんすけど、勝チャンの場合はちょっとの匂いでも料理に移っちゃうといけないから無香料にこだわらなきゃいけないんすよね」

「それに加えて何度も手洗いしても効果が持続するやつがベストだね」

「僕じゃちょっと詳しいことまではわからないから一緒に竹枡チャンのところに聞きに行ってみるっすか?」

「……いや、それは遠慮しておくよ。この中にあるのにも自分にあったやつがないか、まず試してみるね、ありがとう」

 断りつつも礼を言う勝先輩。確かに、ほぼ全員公認のカップルである瀬戸先輩と竹枡先輩、それと自分の三人、っていう状況は避けたいよなあ。

「そうっすか? ところで琴間チャンはなんか手の手入れとかはしてるっすか?」

 手の手入れ、ってなんだか頭が頭痛、みたいな二重表現っぽく聞こえるけどそうじゃないんだよなあ。

「いえ、特にこれといってしてないですね」

「ダメっすよそりゃ。結構手って見られてんすからね」

 とダメだしを受ける。まあ瀬戸先輩や勝先輩のような手が命の商売じゃなくても、手はきれいに越したことはない。

 お、僕の手の話題になった……ってことはメモを見せるチャンスか、と思い、ポケットからそれを取り出す。

「そうですね。ちょっと見てもらえますか?」

 と手のひらの上にのせて見せる。それを認めた瀬戸先輩は、

「そういえば、手岡チャンと黒須チャンのてのひらにはタコがあるって竹枡チャンが言ってたっすね。やっぱり釣り竿で魚と思いっきり引っ張り合ったり、自転車のハンドルを強く握ったりするからっすかね。竹枡チャンも『もう! 女の子なんだからハンドケアしなきゃー』って伝えて、その二人にもハンドクリームとかを手渡してあるみたいっすね」

 と返してくれた。このタイミングで『伝える』『手渡す』といった単語を含んで話題に出すってことは『僕らはもう竹枡チャンからメモを受け取っていて、黒須チャンにも竹枡チャンから渡してるっすよ』という合図なのだろう。二度手間になってしまったようだが、これで全員に行き渡ったことを知れた。

「じゃあ、はいこれ、足りなくなったらメイクルームにいっぱいあるんでもらっていっていいみたいっすよ」

 その手の上に、乳液のような小さなチューブを乗せてくれた瀬戸先輩にお礼を言い、それをメモと一緒にしまって、洗濯に出していた制服を回収してランドリーから部屋へと戻るのだった。

 

 夕食をとった後に部屋でぼんやりする。まだまだ『モノクマの機能を止める』という大きな宿題は残っていて、『本当は浴場にも小型の監視カメラがあるのかもしれない』『一目先輩が内通者かもしれない』という新たな問題が立ち上がりはしたが、今日中に全員にメモが行き渡ったことは順調だろう。と、状況は好転したと思い今までよりかはやや楽観的な気分でいると。

 

『ピンポンパンポーン! 九時になりました!』

 とモノクマのアナウンスが鳴り響く。……え、九時に? これは今までにないパターンか、いや、最初の動機提供の時にも似たようなことがあった。まさか……それか? 昨日学級裁判があったばかりなのにもう?

『うーん、ちょっと早いとは思うんだけど色々前倒ししたいからもう動機いっちゃうよ! みんなの部屋のテレビを借りるね!』

 と続けて、急にテレビが付いて映像が流れ始めた。

 

「……君、家計状況急変による奨学金申請は却下された」

 そうテレビに映し出されたのは希望ヶ峰学園の教師と、一人の生徒。……これは、瑞倉先輩? 髪も黒々としていて、ちょっと太っているが……いや、僕らが知っている瑞倉先輩がかなりの痩せ型だったから、これは標準的な体型か。

「……そうですか。やっぱり僕みたいな何の才能もない、ツマラナイ人間に奨学金なんか出せませんよね。やはり退学して中卒としてでも働くしかないですかね。学費の高い予備学科に通い続けるお金なんて出せませんからね。……先生、今までお世話になりました」

 そういう瑞倉先輩は、どこか悲観的で、コロシアイに巻き込まれても前向きな言葉を発し続けていた彼の面影はそこにはなかった。

「いや、そんな簡単にあきらめてはいけない。まだ手段はある。カムクライズルプロジェクト、というのは知っているかな?」

「カムクライズルプロジェクト、ですか? たしか希望ヶ峰学園創設者の名前も神座出流、でしたよね? それとなにか関係があるんですか?」

「おお、よく知っているね。そんな知識がすっと出てくるなんて君はツマラナイ人間なんかじゃないよ。もっと自信を持っていい」

「……すみません。両親が亡くなったばかりで、ちょっと悲観的になっているみたいです」

「このカムクライズルプロジェクトというのは、若者の才能を開花させることこそがおのれの使命と考え、教育機関の設立に粉骨砕身、奔走された神座出流翁の遺志を汲み、人工的に才能を開花させる目的をもって始められたもので、有志の学生の協力を通じてさらに広く才能が持つ可能性を探求するものなんだ」

 そう説明する教師。説明されたその理念は魅力的ではあるが、どこかあいまいな物言いで、重大な情報をあえて隠してけむに巻こうとしているような印象を受ける。

「このプロジェクトに協力してもらえれば、もちろん学費は免除。生活にかかる費用も学園で便宜を図ることになっている。加えて、君にも新たな才能が芽生えるかもしれない。当然ながら、それ相応のリスクはあるのだが……希望者も多くてね。予備学科にも志を持つ学生が多いんだよ。このこと自体は歓迎するべきことなんだが、君にとっては都合の悪いことに早く決めないと定員になってしまうかもしれないんだ。さて、どうする? 両親が亡くなられてばかりで大変な状況に置かれている君に、さらに急な申し出ですまないとは思うが、出来る限り早めに答えが欲しいんだが……」

 あいかわらず重大なことを言わないのに、急かすように決断を迫る教師。大抵、このような話し方をする人間は相手を騙そうとしているのが相場だ。

「やります! 僕にはもう家族も支援してくれる親族もいないんです! 希望ヶ峰学園に在籍し続けることができる上に才能を得られるというならリスクは厭いません! もしなにかあったとしてもかまわない! あったところで悲しむ人もいないんです!」

 ……なのに、それに食いつくように立候補してしまう瑞倉先輩。両親が亡くなったばかり、と言っていたな。まさか、判断力が落ちている時を狙ってこの話を持ち出したのか?

「ありがとう。先生、そんな風に言ってくれる君を本当に、心の底から誇りに思うよ。だいじょうぶ。君みたいな志の篤い、立派な学生なら、きっとうまくいくよ」

 教師の顔は、どこか獲物を目の前にした捕食者を思わせるものだった。

 

 場面は変わって、壁も天井も真っ白い、病室のような部屋に移り変わる。ベッドで横になっている男子は、額に包帯を巻き、白髪交じりで、やせこけた顔をしていた。……僕の知っている瑞倉先輩に近くなった。

「気分はどうかな?」

 ベッドの傍らにかける、ゴーグルにマスクに手術帽に白衣を身にまとった人物たちの中の一人が瑞倉先輩に声をかけた。

「サイッコーの気分です! だって! 生存可能性が極めて低いといわれるカムクライズルプロジェクトに参加したのにも関わらず、僕はいま、こうして生きているんですから! ああ! オモシロい! オモシロい! オモシロい!」

 病棟にもかかわらず大きな声で返事をする瑞倉先輩。オモシロい、と連呼することはあったが、ここまで強く言うことはなかった。……それにしても、生存可能性が極めて低い、だって? あの教師は知っててそんな危険な実験を勧めたというのか?

「……なあ、これ、どうしたものだろうな」

 白衣の人物が判断に困ったかのように他の白衣たちに尋ねる。

「一応、生き残りはしたし、質問にも曲がりなりにも答えを返してるからコミュニケーションは可能で部分的には成功してるんだろうが……まあ後でテストをしてみるか」

「ところで、僕は何て名前でしたっけ? 忘れてしまいました」

「……それさえも忘れているのか。まあ生き残ったんだから前例にならって名前を付けなくてはならないな。ズイクラカムル、とかでいいか」

「わあ、それはカムクライズル、という文字を並べ替えたものですね! そんな立派な名前を付けてくれるなんて、ありがとうございます! オモシロい!」

 新たな名前を付けられ、歓喜の声を上げる瑞倉先輩。

「それにしてもオモシロい、か……前の部分成功例とはまさに真逆、正反対だな。こいつじゃないが、オモシロいことになるかもしれないな」

「わあ、僕の前にも成功例がいるんですね! お兄さんかな? お姉さんかな? それは、オモシロい! オモシロい! ぜひぜひ、お会いしてみたいものですね!」

 オモシロい、オモシロい、オモシロい、と、真っ白な部屋に瑞倉先輩の声がまるでこだまのように響き渡るのだった。

 

 その後、色々なものに挑戦する瑞倉先輩だったが、スポーツはてんでだめ、料理も全くできず、職業訓練的なものも全く体得していかない様子がダイジェストのように映し出されていった。

「……ズイクラカムル、これさあ、生き残りはしたがほぼ失敗なんじゃないか?」

 と会議室で頭を抱える研究者たち。だが……

「おい、まだ予備学科に学籍があるそいつの元になった奴が、『準・超高校級の幸運』に選ばれていたようだぞ!」

 と一報が入った。

「……本科生の超高校級じゃなく特待活動生の準・超高校級とはいえ、もしかしたら、幸運の才能はあったのかもしれないな。物は試し、編入させてみるか。ちょっと会話の癖を矯正させれば何とか学校生活ぐらいは送れるだろう」

 そこで、映像は切れた。モニターにはただ漆黒が映し出されるのだった。

 

 ……なんだ、なんなんだ、これは。

 希望ヶ峰学園が、このような非道な人体実験を行っていて、さらにそれを最終的には自ら志願したとはいえ、ほぼ騙すようにして瑞倉先輩に施していた、だって? 元の名前は忘れ去られて、それを覚えているような人もおらず、瑞倉冠、ズイクラカムル、という名前すらそこで付けられたもの、だって?

 ああ、憧れを抱いていた希望ヶ峰学園が、そのような非人道的なことに手を染めていたなんて、ショックは大きい。

 だが、だからといってこれを見て、誰かを殺さなきゃ、とまではならない。それも、仲の良い誰かを。そして映像も消えてくれた。誰かを殺すまで消えなかった一回目の動機とはそこも異なる。

 この情報を得させたうえで……奴らは何をしたいんだ? 理解できない。理解が及ばない。

 そんな意図のつかめない薄気味悪い思いを抱えたまま、横たわっていると……幸いなことに、眠気が訪れてくれたのだった。

 



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第三章 (非)日常編4

『朝6時になりました! 夜時間に閉まっていた施設が開く時刻です! それではみなさん、本日も張り切っていきましょう!』

 監禁生活8日目。『宿題』として考えなければならないこと、それに先日見せられた映像からカムクライズルプロジェクトという新しい単語が加わったこと、さまざまな壁は存在するが……とりあえず食堂に向かおう。カムクライズルプロジェクトに関しては、向こうが出した情報だから、大っぴらに話すことも問題はないはずだ。

「おはようございます。先輩方」

 食堂にはすでに全員揃っていて、顔を突き合わせてなにかを話し合っているようだった。おおかた、先日の映像に関してだろう。……ボクも加わる前に自分の分の朝食を用意してからだな、と厨房から適当に見繕って、席に着くと堀津先輩が話しかけてくる。

「おはよう琴間。さっそくだが、お前も昨晩の映像は見たか?」

「はい。……希望ヶ峰学園があのような非人道的実験に手を染めていたことはショックです。その上瑞倉先輩が関わっていた、いや関わらされていたなんて」

「ああ。確かに衝撃的なことだ、だが……」

「おっと、みんな集まったみたいだね! 全員早起きで感心なことだなあ!」

 あいかわらず、話を深める前にモノクマの登場である。

「では、また後で話そう」

「あーあ。堀津クンはドライになっちゃったなあ。キミの怒った顔も好きだから見せてほしいんだけどなあ」

「……」

 おちょくるようなモノクマに、堀津先輩は無視を決め込むようにしたようだ。

「それでモノクマちゃんはなにしにきたの?」

「うんうん。それに比べて羽月サンはちゃんと尋ねてくれて優しいなあ。僕をちゃん付けで呼んでくれるしなあ。ここに来る前からファンだって言ってくれてたからなあ」

「……実は嫌いになりつつあるけど」

「それはショッキング! まあそれはそれ、これはこれ。今日はね、第三章の動機の二つ目を持ってきたんだよ!」

「第三章?」

「二回目の学級裁判が終わった後だからね。こうやって章立てしていくとわかりやすくなるの。それで、今朝はオマエラの秘密を用意したんだよ! 昨日の映像も一応動機の一つとして提供したけど、もう死んじゃってる瑞倉クンの秘密を見たところであまりコロシアイに結びつかなそうだったからね!」

 そういって、モノクマはしゅばばばば、っと俊敏に動き、僕らの前に一枚の封筒を置いていった。

「その中にはオマエラの隠したいだろう秘密が書かれたメモが入っています! うーん、ワックワクのドッキドキだね!」

 秘密が書かれたメモ、だって? いや、どんな秘密があろうと、それで殺人に至るまでにはならないとは思うが……

「堀津圭司は加害者を追い詰めることのみを優先し、被害者の不利益になる手段もいとわない……だと?」

 さっそく封筒を開けた堀津先輩がそう読み上げる。

「一目蔵人は、トレーダーを始めるための元手となるお金を売春で稼いだ、か。事実だね」

 続けてそう淡々と読み上げる声が聞こえてきた。……これも一目先輩、本人だ。いやバイシュン、って稼いだってことは売るほうだよな……だとしても男で……いや一目先輩のような美少年だと売れてしまうのか? 昨日の朝浴場で言っていた含むような話はそういうことだったのか? いや、それよりこの封筒の中の紙には自分の秘密が書かれているのか、と思い僕も中を確認すると……

『黒須鈴は小さいころから長女として下の子の面倒を見る、小さなママ、としての役割を求められてきたが、本当はもっと甘えたかった』

 と、自分のではなく黒須先輩のことが書かれていた。……もしかして、自分の秘密ではなく自分を含んだこの中の誰かの秘密がランダムで書かれている、ということだったのか?

「おお、堀津クン一目クンには偶然自分の秘密が行ったんだね! それにしてもいきなり読み上げるなんて、もしかしてむしろ知ってほしかったのかなあ? 見せびらかしたほうが興奮するタイプなのかな?」

「うん。この程度のことなんてバレたところでどうだっていい、っていうことはみんなを知ってほしかった」

 モノクマの軽口にも意趣返しのように答えた一目先輩は、乱暴に食卓の上に紙を投げ捨てた……それには声に出した内容がそのまま書かれていた。

「まあ、いいや。それで知った秘密をどう使うもオマエラの勝手だよ! じゃあねー!」

 とだけ言い残し、モノクマは去っていってしまった。……他の先輩方も自分の秘密が書かれているものだと思い封筒を開けて読んでしまったようで、その中身を見てどうしたものかと思案顔になっている。

「……なあ、提案があるんだが、今見た秘密を、今この場で言い合わないか? もちろん、他人の秘密が渡ったものは本人に許可をとってからで構わない」

 堀津先輩の提案に、しばらくどよめきが走ったが、その後誰からともなく、秘密を知ってしまった人のもとへ許可を取りに行こうと席を立つ動きが起こった。

「……琴間クン、これは」

 と、僕のもとに話しかけてきたのは勝先輩だった。

『琴間恵那樹は、授業態度の良さで美術3をもらっているが、実は絵が下手』

 ……こんなことか? 一目先輩の秘密がかなり深刻なものだったので身構えていたが拍子抜けだ。もちろん、見せても良いと肯定する。そうだ。僕も黒須先輩に確認をとらないと、と思い席を立つ。

「黒須先輩……あの」

 といっておずおずと秘密メモを見せる。

「……なんだ、そんなことなら大丈夫」

 黒須先輩の方もやや安心したような顔をしてそう返してくれたので、席に戻る。

「……大丈夫か。それでは」

「じゃあ私からでいいかな」

 と堀津先輩が音頭を取り、それに羽月先輩が応じる。こういう状況の時、口火を切ってくれるのは大体羽月先輩だなあ。

「竹枡紅は、瀬戸政直に惚れている」

 ……これはもはや公然となっている事実だ。明かされた竹枡先輩の方も、事前に許可をとってあることなので赤面せずに平然としている。

「芳賀愛の上げている動画は、著作権的にグレーなものも多い」

 と今度は瀬戸先輩。まあこれは公開されている動画をそのような視点で見れば誰でも気づけることだ。そういえば、昨日読んでいた『蜘蛛の糸』の朗読だって、原作自体は著作権が切れているはずだが、もし挿絵を逐一見せていくような形の動画だったら羽月先輩の著作権を侵害していると言えなくもないだろう。

「福添志穂はまだ家族と一緒にお風呂に入ることがある」

 と岸和田先輩。……亡くなった方の秘密も混ざっているのか。

「瀬戸政直に好意を寄せる女子は多くいたが、それをやんわりと断ってきており、恋人いない歴イコール年齢である」

 と芳賀先輩。まあこのくらいの年齢なら全然恥じることもない、っていうか普通なんじゃないかな。……あ、竹枡先輩が小さくガッツポーズしてる。

「琴間恵那樹は、 授業態度の良さで美術3をもらっているが、実は絵が下手」

 と勝先輩。僕のことだがこれは大したことじゃない。

「岸和田安美は追っている事件がある」

 と黒須先輩。……まあ岸和田先輩は記者なんだから当然だろう。

「羽月聖来の自宅の部屋はモノクマグッズで埋め尽くされている」

 と手岡先輩。今はコロシアイ生活のせいでモノクマに対する憎悪は高まっているが、元々市販されているグッズを買い集めていたところで大した問題にならないだろう。……一目先輩の見立てだとそのプロデューサーの江ノ島盾子はこの事件の首謀者らしいが、いくら超高校級とはいえそのようなことが一介のギャルにできるのだろうか?

「勝富士山は大食いや激辛チャレンジ番組といったものが嫌いであり、テレビで見たらチャンネルを変える」

 と竹枡先輩。まあ料理人の勝先輩には思うところがあるのだろう。

「黒須鈴は小さいころから長女として下の子の面倒を見る、小さなママ、としての役割を求められてきたが、本当はもっと甘えたかった」

 と僕が発表してこれで全員か。なんか大した秘密じゃなかったな。一番衝撃的だったのは、本人から言い出した一目先輩の売春だろう。

「……これで全員か。なにか拍子抜けだな」

 と堀津先輩が絞める。確かに、コロシアイにつながる様な秘密だとは思えない。

「う、うん、良かったよね!」

 と岸和田先輩が声を上げ、途中になっていた朝食を口に運び始める。

「……個人的には昨晩見せられた映像、カムクライズルプロジェクトや瑞倉の秘密も気になるが、それを論じて希望ヶ峰学園に対する不信を高めるのは悪手だな。これは放置でいいだろう。無事に脱出できた後に追いたいものは追えばいい」

 堀津先輩もそれに続く。反対の声はないようだ。その後、朝食が続けられることになったのだが……

 

「瀬戸くんってまだお付き合いしたことなかったんだねー」

「やっぱ好きじゃないのに付き合うのもなんか失礼っすからねー」

 

「実はあたしも大食いとかあまり好きじゃないんだー」

「食べ物で遊ぶな、粗末にするなって言うのは子供の頃から言われてたからね」

 

「一番上の子はやっぱり心の奥では甘えさせてくれる人を求めてるよね」

「あれ岸和田さんも一番上?」

 

 ……なんだか、秘密が明かされたことで、かえって会話が弾んでいるようだ。昨日は全員口数が少なかっただけにどこか気が楽になった気分だぞ。

 朝食を片付けて食器を棚に戻していると、なにやらキラキラ光るものが目に留まったのでそれを手に取ってみる。

「……メダル? コイン?」

 それは日本円の硬貨よりやや大きな、モノクマが鋳印されたメダルだった。

「おや、モノクマメダルを見つけたようだね……ってか三章で初めて見つけるなんて遅すぎやしない? 瑞倉クンなんか初日っからたくさん集めてたよ? もっとちゃんと一見なにもなさそうなところでも調べてみてよ?」

 なんだこのガラクタはと思いながら眺めていたら、急にモノクマが現れて話しかけてくる。

「それはね、この学園内だけで使えるすてきなすてきなメダルなんだ」

「……で、具体的にはどう使えるの?」 

「なんとなんと、……ヒ・ミ・ツ! 使い道を見つけるのもお楽しみ要素だからね! ネタバレしちゃったらつまらないでしょ?」

 それだけ告げるとモノクマはいつの間にか姿を消していた。うーむ相変わらず神出鬼没である。

 

 モノクマメダルの使い道を求めて寮内をうろついていると、娯楽室でパチスロを打っている岸和田先輩の後ろ姿を見つけた。

「琴間くん! いいところに見つけた! モノクマメダル持ってない?」

 僕の姿を認めるといきなりそう尋ねてくる岸和田先輩。どうせ使い道もわからないし、欲しがってるならあげてしまおうとそれを手渡すと、彼女の方はすれ違いにスマホ画面を掲げてきた。

『一目くんに対する疑惑は少し薄れたけど、まだ浴場に監視カメラがあるかないか、っていうのはわからない。私の方でも監視カメラを気にせず重要なことを話せる場所を探してみてるけど、そっちでも気にかけておいて』

 画面にはそう書かれている。岸和田先輩もこの状況を打破するために出来ることを進めているようだ。パチスロを打っているのもその一環だろう。……あれ、モノクマメダルってパチスロに使うものなのか?

 しかし、スロットマシンか……どうしてもクロ決定の時に見せられるあの演出を思い出してしまうな。元々音も光も強くてあまり好きじゃなかったけど、さらに敬遠する理由ができてしまったな。しかもこの台にはやたら液晶の中にモノクマがやたらうろちょろしてるし。

 それにあまり長居して岸和田先輩の調査の邪魔をしちゃいけないな、と思い、娯楽室を辞す。……去り際、ぷちゅん、と電源が落ちるような音が響き、

『おめでとう! ロングフリーズだよ!』

 というモノクマの声が耳に届いた。

 

 昼食をとってから再び寮内をうろつき、ちょっと身体を動かそうかなと、地下一階のトレーニングルームへたどり着く。そこには、体操服姿の黒須先輩と竹枡先輩がいた。

「え、もうへばっちゃったの?」

「……運動したいって言ったのは私だけど、さすがにいきなりこれはきつすぎるってー……」

 漕がないままエアロバイクに寄りかかる竹枡先輩に、黒須先輩は立ち漕ぎしたまま声をかけている。……確かに軽くと言って数十キロはいく黒須先輩についていくのはきついだろう。

「あれ、琴間くんも来てたんだー」

「はい。少し運動しようかなと思いまして。竹枡先輩も良く来られるんですか?」

「いや、あまり自転車とかは乗らないんだけど、ここに来てから積極的に身体を動かす機会もなかったからダイエットにねー」

 ……混浴の時、竹枡先輩はほとんど瀬戸先輩とつきっきりで話してたからちらっとしか水着姿を見てないけど、どっちかというと瘦せ型寄りの身体をしてたと思う。それなのに、ダイエットか。やはりビューティーアドバイザーとして、世の女性の多くがそうであるように、竹枡先輩もまた細身志向なのだろうか。

「……それに瀬戸くん、ちょっと筋肉がついてたほうが好みだって言うから、少し鍛えたいな、って思って」

 すでに公然の秘密となっていたきらいはあるが、全員の前で『惚れている』なんて秘密を暴露されて、もはや開き直って彼への好意を隠そうとする様子もなくなっている。

「それにしても黒須さん、スタイルいいよねー。特にヒップラインすごいきれい。やっぱりアスリートは違うなー」

 竹枡先輩が黒須先輩に目線を向けて、僕もそれにならう。うーん、大腿ががっしりしててスパッツ越しに見えるヒップも……

「あんまりじろじろ見ないでよ」

 と漕いだままの黒須先輩に注意されたので目線をそらすと、竹枡先輩が寄りかかっているエアロバイクに、受け皿のようなものがあり、それの上にモノクマメダルがのっていることに気付いた。

「あれ、そのメダル……」

「これ? なんかモノクマが『学生の健康維持推進のために一定の運動に応じてモノクマメダルが出るようになってる』とかって言ってたよー。……コロシアイなんてさせてるのに健康維持推進、だってさー」

 呆れたように言う竹枡先輩。……そうだ、モノクマメダルを持っていれば、それを誰かに受け渡すという名目で、一緒にメモかなにかを渡すことも自然になるかもしれない。自分もある程度持っていたほうが良いだろう。と思い立ち、運動ついでに近くにあったルームランナーでも試してみることにした。

 が……なかなか出てこない。学校の持久走でもせいぜい1.5㎞だしな……と思いながらも一度決めたことだし、今まで走ってきた分が無駄になるのはもったいない、と思って途中で辞めることもできない。……そして、ぜえぜえ言いながらもなんとか5㎞分程走ってようやく1枚出てきたところでへばって辞めてしまうのだった。……運動部なら大した距離じゃないだろうけど部活もしてない僕じゃあなかなか厳しい距離だったなあ。

 

 ルームランナーで走った後は自室で昼寝していたらかなり寝過ごしてしまったようで、気づいたら夜の八時を回っている。

 夕食をとりに食堂に向かうと、遅い時間だからなのか誰もいなかったが、厨房の方に人の気配がある。近づいてみると……勝先輩だった。鍋に油を引いてなにかを揚げている様子だ。誰もいないのになんでこんな時間から?

 ……そうか、第二の事件が起こってから、食事はみんな出来合いのものをそれぞれでとるようになって、勝先輩が料理人としての腕を振るう機会がなくなってしまったから一人で料理しているのか。それにしても、かなり哀愁が漂っている。

「……おや、琴間クン」

「こんばんは勝先輩」

 揚げたものを皿に移しながら、声をかけてくる勝先輩。……野菜とかキノコとか肉とか、相変わらずめちゃくちゃおいしそうだな。

「……あの、少しいただいていいですか?」

 そう尋ねると、勝先輩は微笑みを浮かべて

「もちろん! じゃあもっと作らなきゃね」

 と返してくれた。

「ごめんね。ご飯は炊いてないからインスタントの奴になっちゃうけど」

「いえ、こちらがくださいといった立場なんで不満なんか言いませんよ」

 と話を続ける勝先輩。どうやら、もう既に自分は夕飯を終えていたのだが、料理をしていないと落ち着かないので、夜食にしても食べきれる程度の量の食材を揚げていただけらしい。なので、無理して食べるよりまだ夕飯を食べてない僕に全部くれる、とのことだ。ちょっと悪いかな、とも思ったが、ここは甘えることが励ますことだろう、とその申し出を承諾する。

 即席ご飯をレンジで温め、その揚げ物をおかずにいただく。……うーむ、やはり揚げたてはおいしい。と、舌鼓をうちながら、夕食を終えたのだった。

 

『午後10時になりました! これから夜時間となります! 一部の施設は閉鎖されますのでご注意ください! それではおやすみなさい!』

 食後身支度を済ませて寝転んでいたら、夜のアナウンスが耳に届く。今日はこれといった進展もなかったが、モノクマの出してきた動機も大した問題にならなかったようで安心した。モノクマの機能を止めることも考えていかなくてはならないが、パニックに陥らないことが一番重要だ。そのためにも、睡眠は重要だろうな……と思いながら眠りに落ちていく。

 

『朝6時になりました! 夜時間に閉まっていた施設が開く時刻です! それではみなさん、本日も張り切っていきましょう!』

 もう朝か。……監禁生活9日目かあ。十神先輩と話したときは外の世界の状況は聞かなかったけど、そろそろ新学期も始まるころだなあ。……学校のみんなはどうしてるだろうか。僕のことを心配してるだろうか。……それとも、外も同じくテロが起こっていて、人のことを心配するような余裕なんてない状況だろうか。

 などと布団をかぶりながら考えていたらけっこう長い時間たっていたような感覚がある。スマホか電子生徒手帳で時間を確認しなきゃ。……枕元に置いた衣類のポケットの中に入れておいたな、と布団から出ないまま手探りで探し出し、電源を入れると……

『……どうした? なにか進展があったのか?』

 と声が聞こえてきた。画面にはピンク髪で吊り目の男性が浮かんでいる。そして気づく。今掴んだのは自分のスマホじゃなくて十神先輩らの外部と連絡が付くスマホであったことを。重要なときにだけ連絡してくれ、と言われてしまった手前、すみません間違い電話です、なんて言い出すのはきまりが悪い。

 とりあえず音が漏れないような声量に抑えつつ、電話先の相手に『外部から接触があった。もう少しの辛抱だ』と全員にメモを回したこと、一部の人間でモノクマをどうにかする方法を考えているところだということを伝えておく。話しながら気が付いたが、浴場に監視カメラがある可能性が捨てきれないというのなら、布団の中というのはベストな場所だったかもしれない。

『ああ、24時間体制で待機しているからとにかくモノクマの機能を停止出来たらすぐに連絡くれ。……こちらでも武力を集めるのと並行して、外部からも何とか奴をハッキングできないかと得意な者があたってるが……そう簡単にはいかない。……では、また』

 とだけ返ってきて、終話ボタンを押そうとした直前、

『おはようございます、左右田さん、夜勤お疲れ様です。電話番、交代の時間ですよ』

『はい! ソニアさん、よろしくお願いしますね!』

 と聞こえてきたのだった。

 

 77期生の先輩に連絡をしていたため食堂につくのが遅くなってしまった。……ぱっと見、既に軒並み揃っているように見えたが、二人ほど足りない。

「おはようございます先輩方」

 と朝のあいさつをかけると、みんなやや安堵したような表情を浮かべている。……モノクマに配られた秘密は大したことじゃないように思えたが、第一の事件が動機を見せられた翌朝に発覚しただけに、『もしかしたら』という思いが抜けなかったんだろう。

 しかし……その安堵が浮かんだのも束の間、また不安げな雰囲気が漂い始める。それもそうか。僕が現れたとはいえ、まだ二人姿を見せていないのだから。

 ……どうしようか、探しに行こうか、という声が誰からともなく上がり、何人かの班に分かれてそれぞれの階を探しに行くことになった。

 ……僕は第二の事件後に行けるようになった地下二階を探しに行く班だ。そこでさらに、一人一部屋見に行くことになったのだが……僕が向かった『おはなしのへや』には隠れるようなところがせいぜい本棚か教壇の裏ぐらいしかないのですぐに探し終わってしまった。……他の部屋に向かった先輩方と合流するために、『おはなしのへや』から出て、次のメイクルームに向かう。

「あれ、そっちには何もなかったの?」

「ええ。……特にこれといって」

 途中、目的のメイクルームの捜査に当たっていたはずの竹枡先輩と鉢合わせした。なので、連れ立って残りのラブアパートに向かうと……その赤い扉の前で、佇んでる芳賀先輩を発見した。

「……先輩、どうしたんですか?」

「カギがかかっとるからどうしたもんかとまよっとったんやけど……」

「おやおやあ、そこの扉を開けてほしいの?」

 と逡巡している僕らのもとへ、モノクマが現れた。

「せっかく二人きりの逢瀬なのに開けてほしいだなんてのぞきの趣味でもあるのかなー? 先生として止めたいけど、このままじゃ話が進まないからなー。よし特別に開けてあげよう! ちちんぷいぷーい!」

 そうおまじないのように唱え、モノクマはへんてこなダンスを踊りだす。

「こ、これで開いたんやな!」

「いや踊り切るまでもう数分待ってて」

「なんやねん! 開けられるんならカギぐらいかちゃっとすぐに開けられるやろ!」

「もう! これはオマエラの安全のためにやってあげてるのにさ!」

 芳賀先輩のツッコミに対し、不満をたれながら踊り続けるモノクマ。……その踊りも見るに堪えないものだが、それ以上に奴の言が気にかかる。このままじゃ話が進まない。ということは、この扉を開けてしまったら、話が進んでしまうのか? それはつまり……

「開いたよ! それじゃあね!」

 とだけ言い残して、奴は去ってしまった。

「……急かしたのはウチやけど、いざ開けられるとなったら急にこわなってきたわ」

 不気味な気配は芳賀先輩も感じているようで、ドアに触れながらそう漏らしたが、意を決したように一呼吸、一気呵成に扉を開いた。

 

 そして、……開けてすぐの床に、仰向けになり、制服の胸部を赤く染めた、岸和田安美先輩の姿があった。

 

『ピンポンパンポーン! 死体が発見されました!」

 

「ヤスミン……?」

「きゃあああああ! 岸和田さん!」

 その姿を二人とも認めてしまったようだ。……そんな僕らを意に介さず、部屋の中央に置かれた二台の回転木馬はのんきにくるくると回り続ける。

 それに八つ当たりするように感情を込めた目線を向けると……気づいてしまった。

 回転木馬の内側に置かれてるベッドって、あんなに赤かったっけ?

 いや。そんなことはなかった。一度あそこで横になったから、よく知っている。

 回転木馬を避けつつゆっくりと近づき、恐る恐るシーツをめくると……そこには

 

 衣類を身にまとわない下着姿で、両手首に手錠がはめられ、眉間に1センチメートルほどの小さな穴をあけられ、そこから血液が垂れ流された跡のある、手岡漁子先輩が横たえられていた。

 

「えなきん……そこになんかあるん?」

 と近づいてくる芳賀先輩と竹枡先輩。僕は彼女たちを制止することもできず……

「……まさか、リョーコも?」

「もう……なんなの……手岡さんまで……?」

 と絶望したような声が漏れる。

 そして……

 

『ピンポンパンポーン! 死体が発見されました!』

 

 と、再び死体発見アナウンスが寮内に鳴り響いたのだった。

 



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第三章 非日常 捜査編

 岸和田先輩。

 ちょっとひょうきんなところもあって、ちょくちょく振り回されたりもした。

 けど、記者としての知識を活かし、この事件を解決するために情報の提供を惜しまなかった岸和田先輩。

 

 手岡先輩。

 料理の負担が一人に偏らない様に、得意なおでんを作り置きしたり、魚の知識も豊富で料理の技も素晴らしくて、その腕を振るってくれた手岡先輩。

 

 ああ、この二人とは三日前、一緒にお風呂で水鉄砲で遊んだっけ。楽しかったなあ。あんなふうに無邪気にはしゃいだのは本当に久しぶりだったなあ。

 その前にも、岸和田の名にかけて! なんて意気込んだりもしてたなあ。……その後に僕にも振ってきたりして、あの時はちょっと恥ずかしかったけど、可愛いなんて言ってくれたなあ。

 もう一回、いや岸和田先輩に頼まれたら何度だって『琴間の名にかけて!』ってやってあげますよ。何度でも。

 だから……起き上がってくださいよ。眼を開けてくださいよ。

 

 手岡先輩が見せてくれたルアー、きれいだったなあ。

 あのルアーを使って、春めいてきた陽気の中、さんさんと輝く太陽の下で、波の音なんか聞きながら、釣りにでも行ってみたいなあ。手岡先輩とならたとえなかなか釣れなくても、魚の話なんかして過ごせばきっと退屈しないだろうなあ。

 一緒に行きましょう。狙いは何にしましょう。僕は初心者なんで、防波堤からでもかかるような魚がいいですね。……もし釣れたら、捌き方とかも教えてほしいですね。

 だから……起き上がってくださいよ。眼を開けてくださいよ。

 

 そんな願いを込めた視線を送っても……もう彼女たちは、その願いには応えてくれない。

 理解してる。理解しているのに。伝えたい言葉はどんどんあふれてくる。止められない。

 

「二回もアナウンスが鳴ったけど……まさか」

「……っ、なんていうことだ」

「……岸和田チャン、手岡チャン」

 他の先輩方も、アナウンスを聞いて集まってきたようで、そんな声が耳に届いてくる。

「あーらら、新たな命を授かるための場所……いや女の子同士だから出来ないか。でもまあそういう目的のところで逆にコロシアイが起きちゃったようだね!  それも一度に二人も! うぷぷ、皮肉だなあ。絶望的だなあ」

 その中にモノクマも紛れているようで、そんな下品な冗談を飛ばしている。

「てなわけで、はい、いつものモノクマファイルね! 今回は二人分あるからちゃんと目を通しておいてちょーだいな! それでは、一定の捜査時間を設けた後、学級裁判を開きます! じゃあねー!」

「待て、モノクマ」

 宣言だけして、すぐに去っていこうとするモノクマを、堀津先輩が引き留める。

「なにさ、なんなのさ、堀津クンは僕のなんなのさ?」

「……今回、二人の被害者が出ているだろう。その場合の裁判はどうなる?」

「特に変わらないよ? 一回の裁判を通じて、岸和田さんを殺したクロはだれだれで、手岡さんを殺したクロはだれそれだ、ってきちんと指摘してもらうからね? 最後のクロ指摘のところだけ二回になるから、間違って逆に投票しないように気を付けてね。あ、被害者の部屋は入れるようにしてあるからね必要なら調査にでも行ってね。もういいかな、今度こそバイバーイ!」

 そう言って、消え去るように逃げていったモノクマ。奴に拘泥したところで話は進まないだろう。とにかく捜査を始めなければ。

 

 

捜査開始!

 

 ……悲しんでいる暇はない。真実にたどり着くために、まずはモノクマファイルに目を通さなければ。

 

『モノクマファイル3

 被害者は 準・超高校級の記者、岸和田安美。

 死体発見現場はラブアパート。

 死亡推定時刻は午前0時30分前後。

 左胸に円形の傷の他、右手に打撲痕あり』

 

『モノクマファイル4

 被害者は 準・超高校級の釣り師、手岡漁子。

 死体発見現場はラブアパート。

 死亡推定時刻は午前0時前後。

 眉間、後頭部に円形の傷あり』

 ……本当に二人も亡くなってしまったんだなあ。しかし、このモノクマファイル、今までとは少し違う。死因が書いていない。

 

 コトダマ『モノクマファイル3』を手に入れました

 コトダマ『モノクマファイル4』を手に入れました。

 

 それにいつもの生徒名簿と……おや、新しく『ラブアパートの注意』『モノクマメダル獲得履歴』という欄も追加されているぞ。これも目を通しておいたほうが良いだろう。

 

『ラブアパートの注意』

 1、部屋の中にちょうど二人いる場合、その二人の電子生徒手帳に『休憩する』という欄が現れます(捜査時間中は除く)。どちらか一方でもその欄を押下したら『休憩』が始まります。

 2、休憩が始まった場合、事件が起こる以外のことではいかなる理由があろうと扉が開かなくなります。

 3、休憩は時間設定ができますが、最低二時間からです。

 4、設定した時間になると内側からは開けられるようになりますが、プライバシー保護のため、外からは開けられません。

 5、休憩中のラブアパートでは例外的に就寝が認められます。

 

 コトダマ『ラブアパートの注意』を手に入れました。

 

『モノクマメダル獲得履歴 たくさん集めてコロシアイに役立つものを手に入れよう!』

 

 一目……1枚

 勝……0枚

 カディナ……0枚

 岸和田……15枚

 霧生……2枚

 黒須……10枚

 琴間……2枚

 瑞倉……50枚

 瀬戸……2枚

 竹枡……2枚

 手岡……2枚

 羽月……5枚

 福添……5枚

 堀津……0枚

 芳賀……2枚

 

 ……岸和田先輩に1枚渡した僕が2枚になってるってことは、現在の所持数じゃなくて『今まで何枚手に入れたか』ってことか。それにしても瑞倉先輩だけずば抜けてるなあ。

 

 コトダマ『モノクマメダル獲得履歴』を手に入れました。

 

 それと……電子手帳には載ってないけど、先日の動機配布のときに誰が誰の秘密を受け取ったか、もまとめておいたほうがいいだろう。と今度はスマホを取り出してメモをしていく。

 

(順番は公開順)

 堀津

「堀津圭司は加害者を追い詰めることのみを優先し、被害者の不利益になる手段もいとわない」

 

 一目

「一目蔵人は、トレーダーを始めるための元手となるお金を売春で稼いだ」

 

 羽月

「竹枡紅は、瀬戸政直に惚れている」

 

 瀬戸

「芳賀愛の上げている動画は、著作権的にグレーなものも多い」

 

 岸和田

「福添志穂はまだ家族と一緒にお風呂に入ることがある」

 

 芳賀

「瀬戸政直に好意を寄せる女子は多くいたが、それをやんわりと断ってきており、恋人いない歴イコール年齢である」

 

 勝

「琴間恵那樹は、 授業態度の良さで美術3をもらっているが、実は絵が下手」

 

 黒須

「岸和田安美は追っている事件がある」

 

 手岡

「羽月聖来の自宅の部屋はモノクマグッズで埋め尽くされている」

 

 竹枡

「勝富士山は大食いや激辛チャレンジ番組といったものが嫌いであり、テレビで見たらチャンネルを変える」

 

 琴間

「黒須鈴は小さいころから長女として下の子の面倒を見る、小さなママ、としての役割を求められてきたが、本当はもっと甘えたかった」

 

 これで間違いないはずだ。

 

 コトダマ『動機メモの割り当て』を手に入れました。

 

 それと、カムクライズルプロジェクトに参加した瑞倉先輩の映像か……モノクマは『もう死んじゃってる瑞倉クンの秘密を見たところであまりコロシアイに結びつかなそうだったからね!』って言って第二の動機として秘密メモをランダムに配布したけど、こっちも覚えておいたほうが良いだろう。

 

 コトダマ『カムクライズルプロジェクトに参加する瑞倉先輩の映像』を手に入れました。

 

 さて、捜査するに当たりやはり一番情報があるのは現場だろうと、電子生徒手帳から目をあげると、すでに堀津先輩と一目先輩が保全に当たっている。今回は二人のご遺体があるのに、現場に残る人は一人減ってしまったのだなあ。……寮内の捜査に当たる人員も必要だから仕方ないのかな。

 まずは岸和田先輩……とは思ったがほぼ専門職の堀津先輩が検分するように眺めているので、あまり僕が口出しするべきではないか。と遠巻きに見るにとどめよう。……左胸から出血して、左手を胸の上においているのでその手は血に染まっている。右手に打撲痕ありとのことだったがそれほどひどいものではないのでちらっと見ただけではわからない。左手と違って血に染まっているような状態ではないが、人差し指の先端にだけちょこっと血液が付着している。……そして、その右手の近くには、拳銃が投げ出されていた。

 ……って、いや、拳銃だって? あまりに何気なく落ちていたのでスルーするところだったけど二度見してきちんと目に収めた。

 

 コトダマ『岸和田先輩の遺体の状態』を手に入れました。

 コトダマ『拳銃』を手に入れました。

 

 さて、次は手岡先輩か。……布団をめくったときにちらっと見て、眉間以外には傷がなさそうだったが、今遺体の側にいる一目先輩とも聞いて確認してみるべきかもしれない。

「予備学科志望君は釣り師さんの遺体を見たんだよね」

「はい、見ました。……眉間の穴は、岸和田先輩の傍に落ちてた拳銃でしょうね」

「それに違いないみたいだね。モノクマファイルにも書かれているように眉間から後頭部にかけて貫通して、ベッドにまで穴をあけてるよ」

 ……やはり銃で撃たれたことに間違いはないのか。

「それにしても、釣り師さんの方には『眉間、後頭部に円形の傷あり』って書いてあるのに、記者さんのほうは『胸部に円形の傷あり』としか書かれてないよね。銃で撃たれたなら身体の裏面である背部にも同じような傷ができるはずなのになあ」

 確かにそうだ。……なんらかの理由で減速し、貫通しなかったというのか?

 

 コトダマ『モノクマファイルの違和感』を手に入れました

 

「それと、釣り師さんの衣類はきれいに畳んでおいてあったよ」

 

 コトダマ『手岡先輩の衣類』を手に入れました。

 

 ……しかし、一目先輩を内通者だと疑っていた岸和田先輩が亡くなってしまったのか。岸和田先輩の言動に関して、今までのことを思い出しておいたほうが良いかもしれない。

 

 コトダマ『岸和田先輩が抱いていた疑惑』を手に入れました。

 

 さて、堀津先輩と一目先輩は遺体を主に調べているから、僕のほうは部屋全体を調べてみるか、と思い立つ。……滑り台付きのお風呂、壁にかけられた鞭、二台の回転木馬、どれもトリックにおあつらえむきかもしれない、と念入りに目を通したが、特に細工された様子はない。これは外れか。

 ……いや、磔台も調べなくては。福添先輩のオシオキを思い出してしまうようなそれをあまり見たくはないが、だからこそ、なにかを隠すには向いているだろう。と意を決する。……案の定、その足元の陰の白いじゅうたんの上に隠されるようになにかが置かれていた。

 倒れたペットボトルと、それに糸で括りつけられたスマホ? 

 ……なんだろうこれは? スマホの中になにか手掛かりがあるかもしれない、と中を調べてみるが、画像やアプリどころか、通話履歴も連絡先もない。ただマナーモードに設定されていること、午後11時50分にアラームが設定されていること、だけがわかった。

 

 コトダマ『磔台』を手に入れました。

 コトダマ『ペットボトルと括りつけられたスマホ』を手に入れました。

 

 さて、この部屋だけでなく他の場所も探さなければ……と思い部屋から出ようとしたとき、扉にはめ込まれた擦りガラスに円形の傷……それこそ銃で撃ったような傷があることに気づいた。これもまた何かの手掛かりになるだろう。

 

 コトダマ『擦りガラスの円形の傷』を手に入れました。

 

 今回もまた薬品棚のものが使われたかもしれない、と思い立ち、保健室へと足を運ぶ。今回は芳賀先輩が一人で、スマホを見ながら棚の調査に当たっている。……あれ、リストじゃなくてスマホを見ながら? 

「芳賀先輩、どうしたんですか?」

「ああ、えなきんか……カムルンが作ったリスト、破り捨てられとったから、カムルンのスマホで撮っておいてくれてたリストの画像の方で見て比較してんねん」

 ……そうだ。リストは瑞倉先輩が作ったもので、元々用意されてたものじゃないから、破り捨てたとしても校則5の備品の破壊には当たらないんだ。しかし、瑞倉先輩がリストを写真に収めたのは、このような事態にも気を回しておいてくれていたのか。

「それで、なにか無くなってたものはあるんですか?」

「ああ、これと同じ『モノクマポイズンA』っちゅーのが一本、無くなっとった」

 といって、ペットボトルのような容器を手渡してきた。その注意書きには『密閉状態だと液体だが大気に触れると常温で気化、数十分曝されると酩酊などの前兆が起き、その時点で危険水域。その後高濃度酸素吸入などの適切な処置がなされなければ、死に至る。水を加えると無毒になる。変色あり』と記載されている。……密室で毒ガス、みたいなことがあったならひとたまりもないだろう。

 

 コトダマ『モノクマポイズンA』を手に入れました。

 コトダマ『瑞倉先輩のスマホ』を手に入れました。

 

「……それとな、さっきまでベニヤンと一緒に調査しとったんやけどな、モノクマポイズンAがなくなっとることに気づいたら、『気になることがある』っちゅーてメイクルームに向かう、って言っとったで。同じモノクマポイズンAを一本持ってな」

 ……毒を持って? 気になるな。確認しに行くか、と芳賀先輩に情報提供のお礼を告げて、再び地下二階にとんぼ返りするのだった。

 

 ドアが開け広げられたままのメイクルームに入った僕の目に飛び込んできたのは、医者か研究者がつけるような物々しい大型のマスクで口を覆った竹枡先輩だった。ごおごおと換気扇が回っている音もする。

「竹枡先輩、何されてるんですか?」

「あー琴間くん。ちょっと実験をねー」

 マスクをしたままそう答える竹枡先輩。これだけでもいつもと違う雰囲気に見えてくる。

「実験ですか?」

「私だけが知ってても証拠にならないかもしれないから琴間くんも見ててほしいなー。そこに置いてあるマスクつけてね」

 促されて、マスクをつける。かなり大型のマスクなので口や鼻だけでなく目まで隠れてしまいそうだ。そうして竹枡先輩の正面に座ると、彼女はスポイトで抽出したなにか透明な液体を、白い布の切れ端のようなものに垂らした。すると、白い布はみるみる緑色に代わっていく。それを確認した竹枡先輩は、すぐさまその緑色の部分に別の透明な液体を垂らす、というよりこぼすといった表現が適切なほどの量をかけた。

「……これは?」

「最初にかけた液体がモノクマポイズンA、その後にかけた液体が水」

「え……あの気化して毒を発生させるモノクマポイズンAですか?」

「そう。でも水を加えると無害になるとも書いてあったから、すぐ水をかけたのー。とにかく、モノクマポイズンAは繊維に触れると緑色になる、っていうのがわかったよねー」

 その口調は、子供向けの科学番組の司会のお姉さんのようだった。

「こういうのも失礼かもしれませんが……竹枡先輩がこういうことできるって意外でした」

「ビューティーアドバイザーって、メイクのおススメとかコツとかだけじゃなくて、化粧品の成分の科学的分析とかもスキルの範疇に入ってるからね。それで『変色あり』としか書かれてないモノクマポイズンAが何をどう変色させるのか気になって、ちょっと実験してみたんだー。化粧品で衣類に変色を起こさないか、とかのチェックはよくしてたからね」

 そう答える竹枡先輩。なんだかまだ見てなかった一面、って感じだ。

 

 コトダマ『竹枡先輩の証言』を手に入れました。

 

 一回目の事件と同じように、刃物のような調理器具が使われているかもな、と思いつき一階に戻って、厨房へと赴く。そこには勝先輩と瀬戸先輩が調査にあたっていた。

「……なにか無くなっていたり、不自然なところがあったりしませんか」

「うーんまだ途中だけど、少なくとも刃物のようなものは無くなってないよ。瀬戸くんにも手伝ってもらって確認したから間違いない」

 と返答した勝先輩は、今は洗剤のような消耗品を調べているようだ。何本も並んでいる洗剤を調べるのも大変だろうな……ん? 並んでるボトルは一種類しかないけど、ここにはこの種類の洗剤しかないのかな?

「勝先輩、厨房にある洗剤って、この種類のしかないんですか?」

「うん、それだけだよ」

 ……少し気になった僕は、勝先輩に許可をとってそれを手に持つ。やはり、と言っていいが『まぜるな危険 酸性洗剤のため、塩素系洗剤とまぜないでください』と書かれていた。厨房にはこの種類のしかないが、もし寮内に塩素系洗剤があるとしたら、これで毒ガスを発生させることができるだろう。

 他に洗剤がありそうなところといえば……ランドリーと倉庫か、と思い立つ。そうだ、これも証拠になるかもしれないから写真に収めておこう、と胸ポケットからスマホを取り出すと……一緒に、はらり、となにかの紙が舞い落ちてしまった。この数日間、色んなメモ紙を行ったり来たりさせたので、思い当たるものいくつかはあったが、これは……動機に配られた黒須先輩の秘密が書かれたメモだ! それはひらひらと舞い、シンクの中に落ちていった。

 ……ちょっと濡れちゃったかな、と思いそれを拾い上げると、濡れるどころか、自ら水をはじくようで、全くしみ込んだ様子もない。……こんなところにわざわざ良い紙使ってんのか。そういえば、選挙のポスターや投票用紙は、破損汚損があると公平性を担保できなくなるから高級な合成紙にしていると聞いたが、それに近いものなのだろうか?

 

 コトダマ『水の染みこまない動機メモの紙』を手に入れました。

 

 二人に一言告げてから、まずはランドリーに向かったが、ここにも酸性洗剤しかなかった。そしてそのままの足で倉庫に向かう。物品の量は膨大だが、ここにもリストがあるはずだ。……薬品棚のリストのように破り捨てられてないといいが、その不安は杞憂に終わってくれたようだ。さっそくリストを確認すると、『モノクマ洗剤(酸性)』ときちんと性質まで記録してくれていた。リストを作ったのは竹枡先輩、芳賀先輩、……霧生先輩、福添先輩だったか。

 その後もリストの端から端まで目を通したが、塩素系洗剤の欄は存在しなかった。他の部屋も確認しないといけないが、倉庫にも塩素系洗剤がないってことは、『この寮内には酸性洗剤しか存在しない』と考えてよいだろう。

 

 コトダマ『寮内の洗剤』を手に入れました。

 

 とりあえず他の部屋にもなにか手掛かりになるようなものはないか、と考え、まずは一階の娯楽室へと足を運ぶ。相変わらずパチンコ台とパチスロ台がのんきにペカペカと光を放っていた。そうだ、岸和田先輩が監視カメラのないところを探しながらパチスロを打ってたよな。もしかしたら何か遺しておいてくれているかもしれない、と思い、筐体に近づいてみると、冊子のようなものが挟まっていた。……これはもしや予想通りか、とそれを開いてみる。

 

 パチンコ・パチスロ用語

 ロングフリーズ……当たりの中でも特に恩恵の強い大当たり。

 天井……ここまで回せば必ず当たるという試行回数。パチンコにもパチスロにもある。

 ※この台は当たりを引いたら玉やメダルで出てくるのではなく、景品として出てきます。モノクマメダルを入れて遊びましょう。

 

 ……が、なんのことはない。ただの説明書だった。それにしても、今のところモノクマメダルの使い道はこれしか見つかってないなあ。

 

 コトダマ『パチンコ・パチスロとその用語』を手に入れました。

 コトダマ『モノクマメダルの使い道』を手に入れました。

 

「あ、琴間君、こんなところにいた」

 と僕に話しかけてきたのは羽月先輩だった。

「ねえ、ちょっとこれ読んでみて」

 と言って僕に一冊の手帳を手渡してきた。それは一見、鉛筆で塗りつぶされたように真っ黒だが……よく目を凝らすと筆圧で押されたようなへこみがある。これは鉛筆で擦って、上のページに書かれた文字を浮かび上がらせるってやつか。しかし思ったより読みづらいな……えーと、『手岡さんへ 脱出に必要だけどどうしても監視カメラに映りたくない重大な密談があるから、同衾して話そう。ラブアパートなら自然にできる 岸和田より』、だって?

「それにしても、この手帳はどこで手に入れたんですか?」

「……捜査時間だから、被害者となった人の部屋にも入っていいことになった、ってモノクマが言ってたから岸和田さんの部屋で見つけた」

 ……確かにそんなことを言っていたな。

 

 コトダマ『岸和田先輩の手帳』を手に入れました。

 

「もう一つ。……これ」

 と言って羽月先輩が差しだしてきたのは、なにかの調査資料のようだった。眺めると『失踪扱いとされる殺人』『遺体を残さない殺人鬼』といった、一目先輩が読んでいた三文雑誌の記事のようだが……

 

 コトダマ『遺体を残さない殺人鬼』を手に入れました。

 

「それと、手岡さんの部屋の方には黒須さんが調査に当たってたんだけど……」

「あ、二人ともここにいたんだ」

 と噂をすれば影、といったように、黒須先輩が現れる。

「黒須さん、なにか手掛かりになりそうなものあった?」

「それが……こんなものが」

 と言って、一枚の紙を差し出してきた。そこにはこう書かれている。

『手岡さんへ 脱出に必要だけどどうしても監視カメラに映りたくない重大な密談があるから、同衾して話そう。ラブアパートなら自然にできる 岸和田より』

 ……岸和田先輩の手帳に浮かび上がった文字でも、手岡先輩の部屋にあった手紙にも、このような内容が書かれているということは、まちがいなく岸和田先輩が書いて、手岡先輩が受け取った、ということだろう。岸和田先輩を騙った何者かがいる、というケースや、岸和田先輩が書いた手紙が別の人物のもとに渡った、というケースは除外して考えられる、というのは大きな発見だと言っていいだろう。……鉛筆で文字を浮かび上がらせた手帳を頑張って解読したことは無駄ってわけじゃないよな。うん。

 

 コトダマ『手岡先輩の部屋にあった手紙』を手に入れました。

 

 

『ピンポンパンポーン! 一気に二人も亡くなっちゃった上に捜査する人数も減って大変だっただろうけど、そろそろ学級裁判を始めちゃいまーす! それではみなさん、一階エレベーターホールに集まってくださーい!」

 

 モノクマのアナウンスが寮内に響く。ああ、また始まってしまうんだなあ。だが、避けられない現実だ。

「……行かなきゃね」

「……そうですね」

 と、ちょうど一緒にいた羽月先輩と黒須先輩と共に、エレベーターホールへと足を運ぶ。

 一階エレベーターホールで他の先輩方を待ちながら、思いを巡らせてしまう。

 ……今回の事件は一回目の事件のように、周到な殺意のもとに行われたものなのか。

 ……それとも、二回目の事件のように、全くの悪意がなく行われたものなのか。

 ……それとも。

 いや、どうあったとして、救いはない。救いはないが……乗り越えなくてはならない。

「それでは皆さん、エレベーターに乗り込んでください!」

 などと考えていたら、全員集まっていたようで、アナウンスに応じて一人、また一人と吸い込まれるように足を運んでいく。

 逡巡しているような場合ではない。

 ……どんな真実が待っていようと、自分は、自分たちは、そこまでたどり着かなければ。……出来ないときに待っているのは、オシオキ。処刑。すなわち死。

 

 みたび、始まってしまう。

 命がけの信頼、

 命がけの裏切り、

 命がけの騙しあい、

 命がけの……学級裁判が。



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第三章 非日常 裁判編 前編


コトダマ一覧

『モノクマファイル3』

『モノクマファイル4』

『拳銃』

『岸和田先輩の遺体の状態』

『岸和田先輩の手帳』

『磔台』

『モノクマメダル』

『パチスロ』

『手岡先輩の衣類』

『岸和田先輩が抱いていた疑惑』

『動機メモの割り当て』

『ラブアパートの注意』

『カムクライズルプロジェクトに参加する瑞倉先輩の映像』

『ペットボトルと括りつけられたスマホ』

『瑞倉先輩のスマホ』

『破られたリスト』

『モノクマポイズンA』

『竹枡先輩の証言』

『寮内の洗剤』

『モノクマメダル獲得履歴』

『モノクマファイルの違和感』

『擦りガラスの円形の傷』

『破り捨てられていたリスト』

『水の染みこまない動機メモの紙』

『パチンコ・パチスロとその用語』

『手岡先輩の部屋にあった手紙』

『遺体を残さない殺人鬼』


 みたび、この場所に来てしまった。……赤いバッテンがのせられた遺影も三つ増えている。霧生先輩のバッテンはハリセン、岸和田先輩のはペン、手岡先輩のは釣り針を模したような意匠だ。そして前回の学級裁判の最後、霧生先輩に叩き割られた福添先輩の遺影は、セロテープでおざなりに補修されているだけだ。……額縁や写真ぐらい新しく調達することも簡単だろうにあえてそうしているのは僕らへの当てつけなんだろうか。と思いながら、各々に割り当てられた証言台へと向かう。

「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう! 学級裁判の結果はお前らの投票により決定されます! 正しいクロを指摘できればクロだけがオシオキ! だけど、もし間違った人物をクロとした場合は、クロ以外の全員がオシオキされ、クロは晴れて卒業となりまーす! なお、今回は亡くなった人が二人いるので、それぞれクロを指摘してくださいね! 投票タイムのとき逆に投票する、なんてことがないように気を付けてね! それでは議論を開始してください!」

「始める前にちょっといいかな?」

 と一目先輩が挙手する。

「ラブアパートで見張りをしていた僕と追跡者君で記者さんと釣り師さんの電子生徒手帳とスマホを見つけたよ。これも証拠として提出しておくね。記者さんはスマホ二台を手荷物として持ち込んでいたみたいね」

 と言って電子生徒手帳二台とスマホを三台取り出して隣に渡し始めた。それは順繰りに僕の元まで回ってくる。

 電子生徒手帳は特に変哲もない。手岡先輩のスマホには自分が釣った魚を掲げてどや顔してるような写真がたくさんある。岸和田先輩のスマホは仕事用とプライベート用に分かれているようだ。そしてそれらを左隣の羽月先輩に渡す。

 

 コトダマ『岸和田先輩の電子生徒手帳』を手に入れました。

 コトダマ『岸和田先輩のスマホ』を手に入れました。

 コトダマ『手岡先輩の電子生徒手帳』を手に入れました。

 コトダマ『手岡先輩のスマホ』を手に入れました。

 

ノンストップ議論開始!

 

黒須「いつものようにモノクマファイルに書いてあることから確認していこうか」

瀬戸「亡くなったのは岸和田チャンと手岡チャン……」

竹枡「死亡推定時刻は手岡さんが午前0時、岸和田さんが午前0時30分だね……」

勝「そして今朝、二人ともラブアパートで発見される」

瀬戸「ところで、なんで二人ともラブアパートなんかに行ったんすかね?」

一目「そりゃあもちろん、あんな部屋ですることなんか一つしかないでしょ」

竹枡「えっ……女の子同士なのにー?」

一目「世の中には男を買う男だってゴロゴロいるんだよ。だったら女同士もよくあることなんじゃないかな?」

 

 

 琴間「それは違います!」『岸和田先輩の手帳』→『することなんか一つしかない』

 

BREAK!

 

 

 琴間「いえ、岸和田先輩の部屋にあった手帳なんですが、一番上のページをえんぴつでこすって浮かび上がらせてみたんです……そしたら『手岡さんへ 脱出に必要だけどどうしても監視カメラに映りたくない密談があるから、同衾して話そう。ラブアパートなら自然にできる 岸和田より』という文章が浮かび上がってきたんです。だから手帳の上にあったページをちぎって手紙としてだした、ということがわかっているんです」

 黒須「その手紙は手岡さんの部屋にもあったよ。だから手岡さんの手に渡ったことも確実」

 琴間「だから……その……」

 一目「女の子同士でするために行ったんじゃないわけだね」

 琴間「……まあ、そういうことです。そんなちょっと大胆な申し出でも、現状が好転するような情報が聞けるかもしれないとなれば応じてしまったでしょうね」

 

 

ノンストップ議論開始!

 

黒須「他にも……手岡さんがされていた手錠、これも気になるよね」

勝「そんなもの倉庫にあったかな?」

竹枡「……手錠も犯行に使えそうな危険なものだったからあったとしたら倉庫のリストを作ってる私たちが気づいていたはずだよー」

一目「みんな意識してあまり話さないようにしてるけど、ラブアパートってそういう部屋なんでしょ? だったらプレイに使うような拘束具があってもおかしくないんじゃない?」

 

琴間「それに賛成です!」『磔台』→『プレイに使うような拘束具』

 

BREAK!

 

 

琴間「確かに、一目先輩の言う通りです」

一目「おや、珍しく僕の推理が当たったみたいだね」

琴間「ラブアパートには磔台がありました……だから手錠のようなもっと簡易なものがあってもおかしくないんです」

 

 

ノンストップ議論開始!

 

黒須「手錠は現地調達したのはわかったけど、どうして手岡さんは亡くなったんだろう?」

竹枡「モノクマファイルに書いてなかったっけー?」

勝「たしか……眉間、後頭部に円形の傷ありって書いてあったよ」

竹枡「円形の傷って言われても……どんな傷だったんだろ」

堀津「現場に残った俺と一目は確認したが……1㎝に満たない小さな穴が貫通するように開いていたぞ」

竹枡「そんな傷を作るような凶器なんて思い及ばないねー」

 

 琴間「それは違います!」『拳銃』→『思い及ばない』

 

BREAK!

 

琴間「いや、そのような傷を作る凶器が岸和田先輩の遺体の近くに落ちていました」

竹枡「……そうだったんだね。やっぱり私、遺体がある部屋にいるのが怖くて、手岡さんの遺体を見た後すぐに逃げるように他の場所に捜査に行っちゃったから」

琴間「……仕方のないことです。また寮内に捜査に行くことも重要なことです」

 

ノンストップ議論開始!

 

瀬戸「ところですごく気になることがあるんすけど……拳銃なんてどこにあったんすかね?」

芳賀「倉庫の中にもそんなものなかったな」

竹枡「うん。私も倉庫のリストを作ったけどなかったよねー」

堀津「考えられるのは……モノクマから渡された、とかだろうな」

黒須「え、なんで一人だけにそんなものを?」

堀津「……この手の集団監禁事件には、監禁被害者の中に加害者の息のかかった内通者を仕込むのが定石といっていいんだ。つまりどちらかが内通者、状況的におそらく岸和田だろうが、だったってことだろうな」

 

 琴間「それは違います!」『モノクマメダル』『パチスロ』→『どちらかが内通者』

BREAK!

 

 

 琴間「いえ。他に考えられる可能性があります。それはパチスロです」

 芳賀「は? パチスロって娯楽室にある奴やろ? なんでそれが?」

 琴間「モノクマメダルは『コロシアイに役立つものが手に入る』との触れ込みです。そして使い道はパチンコかパチスロしかない。ということは、それで当たりを引いた人にのみ与えられる景品があったと考えられます。……それが拳銃だった可能性が高いです」

 

 

堀津「お互いに誤認がないよう確認させてくれ」 反論!

 

 

「パチスロなんて中々当たらないものだろう? そんなもので都合よくあたりを引いて拳銃を手に入れた、というのか?」

 と割り込んできた堀津先輩からの追及。僕としてもこれは憶測であって確信しているわけではないのだが、岸和田先輩が内通者でモノクマから銃を譲り受けていた、という仮説よりは腑に落ちる考えではある。

「でも、僕は岸和田先輩がパチスロでロングフリーズを引いたのを聞いたんです。ロングフリーズって確か、当たりの中でも特別に強い当たりだったはずです」

「琴間、お前中学生だろ? なんでそんなに詳しいんだ?」

「この事件に関係あるものだと思って、パチスロの筐体の横にあった冊子を読んできました」

「だとしても、岸和田が内通者という線を消して考えるより強い根拠はあるのか?」

 僕の説明にも食い下がる堀津先輩だが……

 

 これで説明できる! 『岸和田先輩が抱いていた疑惑』

 

「岸和田先輩、もともと彼女は一目先輩のことを内通者だと疑っているようでした」

「あれ、記者さんやっぱり僕のこと疑ってたんだ」

 名前をあげられた一目先輩はこともなげに言葉を漏らす。

「ですが、その後、『一目先輩に対する疑惑は少し薄れた』とも言ってました。もし彼女が本当に内通者なら、僕に『一目先輩は本当に内通者だった』とでも吹き込んでおけば、仲間同士で疑心暗鬼に陥らせて、真の内通者である自分に対するマークは逆に薄れてうまく立ち回れたはずです」

「それで信頼を得る、というのも考えられないことではないと思うが?」

「……加えて、僕らは『浴場に監視カメラがない』と思い込んで、詳細は避けますがかなり重要なことを不用意に話しているような状況でした。ですが彼女は『本当に隠された監視カメラがないのかな』ともおっしゃってました。……岸和田先輩が内通者なら本当は監視カメラがある浴場でべらべら機密情報を喋るような状況は歓迎していたはずです」

「……『浴場には本当に監視カメラがなく』『黒幕はその状況を快く思わなくて』『浴場で機密情報を喋るような状況を止めさせたい』というケースは」

「それだったら浴場に監視カメラをつけるだけでいいんです。個室にもカメラを置くような黒幕が今更プライバシーに配慮するわけがないんですから」

「……監視カメラを付けるコストを嫌った、という可能性は」

「日本の重要施設である希望ヶ峰学園で監禁事件を起こすような周到なテロリストがその程度のコストを避けるとは考えにくいです」

「金銭の問題ではなく、手間の問題では」

「それこそモノクマにやらせれば簡単なことでしょう。生徒間の不審な動きも察知してすぐに対応できるモノクマなら」

「……なるほどな。自分で言い出したことだが、岸和田内通者説は半信半疑だったがとりあえず出してみたものだが、こうまでみごとに反論されるとひっこめるしかないようだな」

 とようやく引き下がってくれた堀津先輩。

「それじゃあ、記者さんに誘われた釣り師さんは、密談目的ということがばれない様にプレイ目的であることを装うために服を脱いでベッドに横たわったところ、本当は釣り師さんを殺す目的だった記者さんに手錠で拘束されて撃たれた……ってことなのかな? あれ、もう半分謎は解けちゃったんじゃない?」

「……まだまだ解き明かさないとならない謎はたくさんあります。もう半分、と侮ってかかれるような事件ではないでしょうね」

「おや、これは手厳しいね。まあ予備学科志望君の言う通りだね」

(それにしても……なんで岸和田先輩は手岡先輩を……混浴のときにはあんなに仲良さそうに一緒にはしゃいでいたのに)

 

ノンストップ議論開始!

 

堀津「岸和田が手岡を誘い出し、そこでパチスロで手に入れた拳銃を向けたことは分かった。だがどうしてそのようなことを?」

羽月「もしかして動機が関係してるのかな?」

黒須「岸和田さんが受け取った動機って誰のだったっけ?」

羽月「確か……福添さんのだったよ」

芳賀「内容は……『福添志穂はまだ家族と一緒にお風呂に入ることもある』」

勝「それじゃあ動機にならないよね」

竹枡「じゃあ……岸和田さんには動機がない、ってことなの?」

 

 琴間「それは違います!」『動機メモの割り当て』→『岸和田さんには動機がない』

 

BREAK!

 

 

 琴間「モノクマが動機を配るときに言ったことを覚えていますか……? 確か『亡くなった瑞倉クンの秘密を見たところであまりコロシアイに結びつかない』、と言っていました。なのに同じく亡くなった福添先輩の秘密が入っているのは不自然なんです。そして、動機メモの中にその時点で生きていたのに誰も受け取ってなかったのが手岡先輩の秘密……これは『岸和田先輩は本当は手岡先輩の秘密を受け取っていたけど嘘を言った』と考えるほうが自然なんです」

 一目「それで本当に殺しちゃうなんて、釣り師さんはよっぽど重大な秘密を抱えていたんだろうね。気になるなあ」

 

ノンストップ議論開始!

 

 一目「で、記者さんは釣り師さんの秘密を知って殺しちゃった、っていうのはわかったよ」

 竹枡「でもどうしてその岸和田さんまで……亡くなっちゃったのかな?」

 黒須「……岸和田さんにも、胸で銃で撃ったような小さな穴が開いていたよね」

  勝「まさか……罪の意識にさいなまれて、自らに向けて撃ったんじゃ」

 瀬戸「自らに向けて撃った、って……それって自殺って事っすか?」

 

 琴間「それは違います!」『モノクマファイルの違和感』→『自らに向けて撃った』

 

BREAK!

 

 

 琴間「いえ。手岡先輩のことが載っているモノクマファイル4には『眉間と後頭部に円形の傷』と表記されていましたが、岸和田先輩のモノクマファイル3には『胸部に円形の傷』とのみ書かれていたんです。もし貫通してたとしたら、『胸部と背部に円形の傷』という表記になるはずなんです。これは銃はもともと貫通するだけの力があるはずなのに、岸和田先輩を傷つけた弾丸が貫通してないことを意味します。……つまり自分に向けて撃ったのではなく」

 

 

ひらめきアナグラム!

 

チョウダン→跳弾

 

 琴間「跳弾……どこかに撃って跳ね返って射出された際の威力よりは弱まった弾が岸和田先輩の胸部に命中した……と考えられます」

 芳賀「どこかに撃って跳ね返ったって……それはどこやねん?」

 

 これで説明できる!『擦りガラスの円形の傷」

 

 琴間「ラブアパートの扉の内側の擦りガラスにはちょうど銃弾ぐらいの傷がありました。……きっと岸和田先輩はそこに向かって撃ったんだと思われます」

 勝「え、なんでわざわざ? 開けられない状態だったの?」

 琴間「はい。岸和田先輩は扉を開けられなかったんです。なぜなら」

 

 これで説明できる!『ラブアパートの注意』

 

 琴間「ラブアパートは部屋の中に入ると、電子生徒手帳に『休憩』という欄が現れるんです。そこで『使用時間』を入力すると、その時間が経過するまでは内側からも外側からも絶対に開かなくなってしまうんです。そしてその時間が経過すると、内側からだけ開けられるようになる」

 芳賀「今朝外側から開かなかったのはそのせいやな」

 琴間「しかし……入力した使用時間が過ぎる前に、ドアの破壊という校則に違反する危険を冒してでも、外に出なくてはいけない状況に陥ってしまった岸和田先輩は……どうにかして外に出ようと擦りガラスを銃で撃ったんです。しかし擦りガラスは銃弾で割れることなく、逆にそれを跳ね返して、岸和田先輩の胸を抉ったんです」

 芳賀「それじゃあ……その『なんとしてでも外に出なくてはいけない状況』っていうのはまさか」

 琴間「はい……おそらく芳賀先輩が想像しているとおりです」

 

 

ひらめきアナグラム!

 

毒ガス

 

 琴間「芳賀先輩、モノクマがラブアパートを開けるまでに少し時間がかかりましたよね」

 芳賀「ああ、『踊ってないで早うせいや』って思ったけど、『オマエラの安全のためにやってあげてるんだ』って言っとったな」

 琴間「……つまりラブアパートの中は危険な状況だった。もっとも考えられるのが毒ガスが充満していた、ということです」

 芳賀「……ならその毒ガスについて話してみよか」

 

 

ノンストップ議論開始!

 

 芳賀「毒ガスの発生元はどこやと思う?

 黒須「あの部屋には怪しいものがたくさんあったよね」

 竹枡「お風呂、滑り台、回転木馬、鞭、磔台……ほんと色々怪しいよねー」

 瀬戸「よく覚えてるっすね竹枡チャン」

 竹枡「それはいざ使うってなったときのために……って言わせないでよー」

 

 琴間「それに賛成です!」『磔台』→『ペットボトルと括りつけられたスマホ』

 

BREAK!

 

 

 琴間「磔台の下に……死角に隠されるようにペットボトルが置かれていました。それにはスマホが括りつけられていて午後11時50分に目覚まし設定されてました。ですがマナーモードに設定されていたので、その時間にはアラームはならずに振動するだけだったでしょう。振動で出てしまうかすかな音も、じゅうたんの床に吸収され、また拘束して銃を突きつけるような修羅場なので二人とも気づけなかった。そして、その振動でペットボトルが倒され、中の液体がこぼされ、次第に充満していってのでしょうね」

 羽月「ってことは、その仕掛けをした人は、今スマホを持ってないはずだよね!」

 堀津「よし、みんなスマホを出すんだ。もちろん、亡くなった者の荷物を受け取った者は、自分のスマホだけじゃなくその者のスマホもだ」

 

 ……そう宣言され、ポケットに手を入れると、二つのスマホの感触があった。そうだ、僕は自分のスマホだけでなく、『外部と連絡のつくスマホ』も今持っているんだ。一回目の裁判で『モノクマが部屋にあったものを持ってくる』という展開があっただけに、自室に置いておくと回収されてしまい危険があると思って肌身離さず隠していたんだ。

 ……いや、これは『持っているはずのものを持っていないか』という確認だ。仮にこの後『全員持っているはずのスマホを持っている』ことになっても、『ではボディーチェックを行うとしよう』という展開にはならないだろう。ここは自分のスマホだけ提出するのが正解だ。と、元々の僕のスマホだけかざすと……先輩方も同じようにかざしていた。

 加えて、勝先輩、黒須先輩、芳賀先輩、羽月先輩の四人は両手に一つずつ持っている。芳賀先輩のうちの一つは捜査中に言っていたように瑞倉先輩のもので、勝先輩が持っているのは自分のものと霧生先輩のもの、黒須先輩が持っているのはカディナ先輩のものだろう。……そして、一目先輩に至っては、五つも持っている。これは手岡先輩の一つ、岸和田先輩の二つ、自分の二つ、という振り分けだろうか。

「えっと、私が二つ持ってるのは、福添さんのね。絵を描くときに、芳賀さんが福添さんの荷物を受け取った岸和田さんから借りたんだけど、芳賀さんが三つも持ち歩くのは大変かな、って思って預かったの」

「僕は元々二台持ちに加えて、釣り師さんのと記者さんの二つちょうど持ってるからね」

 と羽月先輩、一目先輩が補足を付け足す。

「しかし、全員が持っているはずのスマホを持っているってことは、犯人は一目と同じように最初から手荷物として二台持ち込んでいた、ということになるな。俺たちはみな、高校生ながら才能を生かしてビジネスにも取り組んでいる者ばかりだから、仕事用とプライベート用として誰が二つ持ち込んでいたとしても不思議ではないが……」

「それだったら、仕事用とプライベート用に分ける必要がない、予備学科志望君は容疑から外れたかな?」

 と一目先輩。たしかにこの中だったらスマホを二台持つ必要性が少ないのは僕だろうな。

「なにか持ち主につながる手がかりはなかったのか?」

「いや、それが写真やアプリはもちろん、電話帳や通話履歴すらも全くなかったです」

「……それもそうか。トリックの都合上、必ず現場に残るようなものから足が付くようなヘマはさすがにしないか。……それでは別の角度から追ってみるとしよう」

 

 

ノンストップ議論開始!

 

堀津「では、視点を変えてその毒ガスの出どころから考えてみよう」

黒須「えっと、やっぱり薬品棚が怪しいよね」

瀬戸「それが……リストが破られてたんすよ」

黒須「えっ、リストを破るのって、校則で禁止されてる設備や備品の破壊に当たらないの?」

モノクマ「そりゃあ、オマエラが勝手に作ったリストだから備品には当たらないよ」

 勝「それじゃあ持っていかれたものがあったとしてもわからない?」

 

 琴間「それは違います!」『持っていかれたものがあったとしてもわからない』→『瑞倉先輩のスマホ』

 

BREAK!

 

 

 琴間「前の学級裁判でも見せたと思いますが、瑞倉先輩、リストを写真にとってたんですよ。だからそれの持ち主である芳賀先輩がそれと見比べてくれてたんです。そうですよね?」

 芳賀「ああ。それと比較してみたら、案の定、『モノクマポイズンA』っていうのがなくなっとった」

 黒須「モノクマポイズンA? 前の事件に名前があがったやつ……確かモノモノチッソクンとは違うの?」

 芳賀「ああ、名前は似とるが全然違うで。待ってな……『密閉状態だと液体だが大気に触れると常温で気化、数十分曝されると酩酊などの前兆が起き、その時点で危険水域。その後高濃度酸素吸入などの適切な処置がなされなければ、死に至る。水を加えると無毒になる。変色あり』やって」

 堀津「それでは状況的に見てもそれが使われたと見てよさそうだな」

 

 琴間「それは違います!」『竹枡先輩の証言』→『それが使われた』

 

BREAK!

 

 

 琴間「いえ、そのモノクマポイズンAは繊維に触れると緑色に変色するらしいんです。そうですよね竹枡先輩」

 竹枡「うん。捜査中に芳賀さんからモノクマポイズンAがなくなってるって聞いて、ちょっと気になったから試してみたんだー」

 瀬戸「竹枡チャン……そんな危険なことを」

 竹枡「瀬戸くん! 心配してくれてありがとう! でも換気扇のあるメイクルームで安全を確保してやったから大丈夫だったよ!」

 琴間「ですが磔台の下のじゅうたんにそのような痕跡はなかった。つまりここで使われた毒ガスはモノクマポイズンAではなかったのです。」

 堀津「では、他の物か。薬品棚からは他になくなっていないとなると、日常で使うようなものになるだろうな」

 黒須「日常で使うようなものか。思いつくのは洗剤かなあ? 『まぜるな危険』って書かれている奴を混ぜちゃうと、毒ガスが発生するけど……」

 

 琴間「それは違います!」『寮内の洗剤』→『洗剤』

 

BREAK!

 

 

 琴間「いえ。『まぜるな危険』と表記されている洗剤で混ぜてはいけないのは塩素系ガスが発生する酸素系洗剤と塩素系洗剤です。ですが、この寮内にある洗剤は全て酸素系洗剤でした。厨房にあるものも、倉庫にあるものもです」

 黒須「それじゃあこの線もなしか」

 堀津「しかし、薬品棚でも日常品でもないとなると……」

 

 皆一様に頭を抱えてしまう。……他の角度から考えてみようとしても、スマホからたどり着けずに毒ガスに焦点を当てて考えてみよう、ということになったのだ。なのにその毒ガスでも行き詰まるとなるとお手上げだ。

 そもそも、岸和田先輩も、毒ガスを発生させた人物も、なんでこんなことをしたんだ?……その動機が分からない。昨日モノクマが配布した動機も、大した問題にならないようなものだったじゃないか。

 ……いや、岸和田先輩はその配布された動機に関して、嘘をついた。他にも嘘をついている人物がいるかもしれない。

 ……嘘をつけた人物がいるのか? ランダムに配られた秘密、そしてその秘密の持ち主当人に見せて、許可をとって公開する形になったのに?

 ……いや、岸和田先輩の他にも、一人だけいる。

 いるのだが、……まさか

 

怪しい人物を指名しろ!

> 堀津 圭司 <



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第三章 非日常 裁判編 後編

『モノクマファイル3』

『モノクマファイル4』

『拳銃』

『岸和田先輩の遺体の状態』

『岸和田先輩の手帳』

『磔台』

『モノクマメダル』

『パチスロ』

『手岡先輩の衣類』

『岸和田先輩の電子生徒手帳』

『岸和田先輩のスマホ』

『手岡先輩の電子生徒手帳』

『手岡先輩のスマホ』

『岸和田先輩が抱いていた疑惑』

『動機メモの割り当て』

『ラブアパートの注意』

『カムクライズルプロジェクトに参加する瑞倉先輩の映像』

『ペットボトルと括りつけられたスマホ』

『瑞倉先輩のスマホ』

『破られたリスト』

『モノクマポイズンA』

『竹枡先輩の証言』

『寮内の洗剤』

『モノクマメダル獲得履歴』

『モノクマファイルの違和感』

『擦りガラスの円形の傷』

『破り捨てられていたリスト』

『水の染みこまない動機メモの紙』

『パチンコ・パチスロとその用語』

『手岡先輩の部屋にあった手紙』

『遺体を残さない殺人鬼』


 そうだ。『自分の秘密を配られて、読み上げただけでその紙自体を見せてない』堀津先輩なら、書かれていた内容に関して嘘を吐けるじゃないか。一目先輩も自分の秘密が配られていたが、すぐに全員に見えるように食卓の上に投げ捨てるようにして公開したから、一目先輩は動機に関しては嘘を吐いていない。

 だが、あの、みんなのリーダーのように振舞ってくれていた堀津先輩が? しかし、気づいてしまったからには言わざるを得ない。

「堀津先輩、……堀津先輩は動機メモを誰にも見せていませんよね。今、持っていますか」

「ああ。持っている」

「実は堀津先輩と岸和田先輩のに渡された動機メモだけ、この中に見た人がいないんですよね。それを見せてもらっていいですか?」

「……あまり心地よい内容ではないが、それで信頼を得られるなら必要なことなのだろうな」

 とポケットからそれを取り出し、反時計回りに、岸和田先輩とカディナ先輩の遺影が置いてある証言席を通り過ぎて瀬戸先輩に渡した。

「……『堀津圭司は加害者を追い詰めることのみを優先し、被害者の不利益になる手段もいとわない』。確かに昨日の朝言ったことと同じっすね」

 読み上げた瀬戸先輩は羽月先輩に渡し、羽月先輩も「その通りだね」と肯定して、僕のもとに回ってくる。それには印刷されたと思われる文字でそう書かれていた。そして右隣の瑞倉先輩の席を通り過ぎて竹枡先輩へと手渡す。それは順繰りに一目先輩のもとにたどり着いた。

「ほうほう。確かに言っていた通りだね。……だけど」

 読んでいた一目先輩はポケットからなにかを取り出して、そのメモに近づける。カチッという小さな音が上がった。

 

 ……すると、じじじじじ、という音と、モクモクとした煙が、一目先輩の手元から上がった。

 

「うわあ、燃えちゃったね」

 どうやら一目先輩が取り出したのはライターで、そのメモに火をつけたようだった。その燃やした当の本人は他人事のようにそんな声を上げている。

「い、一目! お前何してるんだ!」

 珍しく動転した様子で、堀津先輩が怒鳴り声をあげる。……いきなり重要な証拠を燃やすなんて、本当に一目先輩はなにをしているんだ?

「見てわからない? 燃やしてるんだよ。思ったより煙が出たし手も熱いからやんなきゃよかったなあって思ってるけど。擦って消したけどやけどとか水ぶくれとかできないといいなあ」

 そんな剣幕にも柳に風、とばかりの一目先輩。

「それは見ればわかる! 俺が聞いてるのはその理由だ!」

「自分に配られた動機メモ、書かれていることは大したことなくてみんなに見せたとはいえ、こんな紙があるのは良い気分じゃなかったから、破り捨てようと思ったんだけど良い紙使ってるのか全然破けなかったんだよ。燃やそうとしてもダメだった」

 と説明を続ける。そういえば、水がしみこまないところを自分も見ているが、こんな手段でも偽の動機メモの紙を見破ることができるのか。……だからといって燃やすのはパフォーマンス過多だとは思うが。

「……でも追跡者君が今、僕らに回したメモは簡単に燃えちゃったよね。だから偽物なんだよ。ご丁寧に印刷された文字みたいに綺麗に書いて、よっぽど隠したい秘密だったんだろうね。僕の方が嘘吐きだと思う人は、もし今動機メモを持ってるなら破ったりして試してごらん。あ、燃やすのはお勧めしないよ。動機メモは燃えないにしても火であぶると熱いからね」

 そう告げられた僕は、ポケットの中の黒須先輩の秘密が書かれた動機メモを取り出して破こうと試みるが……確かに、かなり力を入れてもまったく破けない。これに関しては一目先輩の言が正しい。

「ほらね。追跡者君は嘘を吐いている。……ここにきて一気に怪しくなったね」

 煽られた堀津先輩は、大きく一つ、深呼吸して。

「……すまない。動機メモに関して嘘を吐いていた」

 そう、いつものように落ち着いた表情で白状した。

「じゃあどうして嘘を吐いたのか説明してもらえるかな?」

「……俺は警察ともかかわる才能から、どうしても職務上知りえた秘密に関しては守秘義務がある。だから、自分が泥をかぶるような偽の秘密をでっちあげてでもそれを守らなければならなかったんだ」

 と大きく、頭を下げた。

「混乱させて、すまなかった」

 その殊勝な姿勢に、堀津先輩をさらに追及するべきか否か、みな迷っている様子で、しばらくの間、裁判場が静まり返る。

 ……だが、これは僕が得た情報と矛盾するところがあるのではないか。思い出してみよう。

 

 

ロジカルダイブ!

 

 

1その情報を得たのはいつ?

 

『一日目の昼~夕』

 

 

2それは誰と話していた時?

 

『岸和田安美』

 

 

3その内容は?

 

『父親も警察官だが公私混同するところがある』

 

 

推理はつながった!

 

 

COMPLETE!

 

「堀津先輩、……一日目、岸和田先輩と話していた時、『父親も警察官だが公私混同するところがある』……といったようなことをおっしゃっていませんでしたか?」

「……は?」

 指摘された堀津先輩は、彼らしくなく、一瞬口を開けたまま呆けていたが、すぐ表情を取り戻す。

「い、いや、父親がそうだとは言ったが、俺はそうじゃない! むしろ俺は父親を反面教師にして、『公私混同はしないようにしよう』と心がけているんだ! だからこのような状況に陥っても公務で知りえた秘密は公開できないんだ!」

「でも……その後『そのおかげで希望ヶ峰学園のお眼鏡にかなうほどの才能を手に入れたんだから問題ないだろう』と公私混同に関して開き直るようなことも……」

「てゆーか、職務上の守秘義務で話せないなら、わざわざ嘘なんてつかないで最初からそう言えばよかったじゃん。追跡者君のやり方じゃ、大きな嘘を隠すために小さな嘘を並べ立てて守ろうとしてるようにしか見えないよ」

 僕と一目先輩のさらなる追求に、感情を失った真顔になったかと思うと

「このっ、なんの、何の才能もない中学生のガキがぁああああああああ!! お前は俺の追跡者としての責務や苦悩がわからんのかぁああああああ!!」

 と、急に感情を爆発させたように暴言を垂れ流した。……豹変、という言葉がふさわしい。

「ちょっとは落ち着いたらどう? 追跡者君。それじゃ自分が犯人だって言ってるようなものだよ?」

「口を開くな! この汚らわしい淫売男めがああああああ!!」

「おお。こわいこわい。じゃあしばらく口を閉じていようかね」

 罵詈雑言を飛ばす堀津先輩。それに対して余裕の一目先輩。

「そうだ……そうだ! 今わかったのは俺が秘密を偽ったということだけ! まだお前らは毒ガスの出どころもわかってないじゃないか! 薬品棚にあったモノクマポイズンAではない! 『まぜるな危険』の洗剤でもない! じゃあどこから俺は毒ガスを手に入れたというんだ!」

「あのーちょっと気になったことがあるんだけどー」

 激しい剣幕でまくしたてる堀津先輩にややひるんだ様子ながら、竹枡先輩がおずおずと手をあげる。

「口を挟むな色ボケぇ!」

 堀津先輩にそう返された竹枡先輩は、ひいっ、と小さく悲鳴をあげる。だが、『使われた毒はモノクマポイズンAではない』ということを暴いた彼女なら、さらに気づきがあるのかもしれない。

「……脅しに屈しないでください竹枡先輩。気になったことは言っていきましょう」

「えっと……なんで使われなかったモノクマポイズンAが持ち出されたのかなー?」

「そういや、リストが破られとったことも気になるな。リストはウチが持ってるカムルンのスマホに画像としても保存してあることは前回の学級裁判で周知されとるはずやからな」

 竹枡先輩に続いて、芳賀先輩も疑問を呈する。確かにそうだ。見つかってバレるリスクを押してまで、わざわざそんな工作をしたことは気になる。誰かに罪を擦り付けようとしたのか? しかし実際、これまでの議論の中で『薬品棚に行ったから怪しい』って嫌疑をかけられてる人はいなかった。

 ……いや、これは竹枡先輩の証言によって『モノクマポイズンA』の話題が出た後に、すぐにそれが使われていないことが明らかになったからだろう。これは竹枡先輩の超ファインプレーだ。もし彼女が変色に関して明らかにしていなかったら、そのまま『モノクマポイズンA』が使われた前提で議論は進んでいき、最終的に誤った人物をクロに指定していた可能性は高かった。

 だが……とにもかくにも、これは『リストが破られているということは間違いなく薬品棚の物が使われた』かつ『犯行は誰でもできた』という印象を持たせるための偽装だったんじゃないか? そしてそんな偽装を行うということは、逆説的に言うと、クロは『誰にでもはできない手段か、何かしらの証拠が残る手段で凶器となる毒ガスを取得した』ことになる。……そう、何かしらの証拠が残る手段。

 

コトダマ合成!

『パチンコ・パチスロとその用語』

『モノクマメダル獲得履歴』

 

 そうだ。岸和田先輩が銃をパチスロで手に入れたように、クロも同じくパチンコかパチスロ(これらをまとめて『遊技台』と呼ぼうか)から手に入れた可能性がある。獲得履歴より現在の所持数が少なければ、それらをやっていた証拠になる。

「クロは証拠が残る手段で毒ガスを手に入れたため、カモフラージュとしてリストを破いたりモノクマポイズンAを持ち出したりしたのでしょう」

「じゃあその証拠が残る手段とはなんだ! 言ってみろ!」

「岸和田先輩が銃を手に入れたように娯楽室の遊技台のどちらかからです」

「え、パチって誰が打ったかとか記録残るん?」

「いえ、それ自体に記録は残りませんが……電子生徒手帳の新たに追加された欄、『モノクマメダル獲得履歴』と現在のモノクマメダルの所持数を比較すれば打ったことはわかるんです。モノクマメダルにはそれしか使い道がないのですから。……岸和田先輩に一枚渡してしまったため、僕の現在の所持数は獲得数より一枚少ないということは先に伝えておきます……それでは、皆さん、開いてみてください」 

 僕がうながすと、全員が電子生徒手帳を覗き込んだ。そのモノクマメダル獲得理的欄を開くとこう書かれていた。

 

 一目……1枚

 勝……0枚

 カディナ……0枚

 岸和田……15枚

 霧生……2枚

 黒須……10枚

 琴間……2枚

 瑞倉……50枚

 瀬戸……2枚

 竹枡……2枚

 手岡……2枚

 羽月……5枚

 福添……5枚

 堀津……0枚

 芳賀……2枚

 

 ……え、堀津先輩が0枚? それじゃあ遊技台も回せない、景品を受け取ることもできないじゃないか。

「ほらな! 俺はモノクマメダルを獲得していない! だから景品となるようなものも受け取ることができるわけないんだ!」

「……それは違うよ。堀津クン」

 そう言い出したのは……勝先輩だった。手にはモノクマメダルを2枚、見せびらかすように掲げている。……あれ、0枚のはずの勝先輩が2枚? 僕が岸和田先輩に1枚渡したように、誰かに渡されたのか?

「……この2枚はね、霧生クンの遺品の中に入ってたんだ。遺品として手に入れたモノクマメダルは、モノクマメダル獲得履歴に反映されないらしいね。……霧生クンの遺品、受け取ってよかったよ」

「この……飯炊きしか能のないデブが……」

「さて、瑞倉クンの遺品を受け取っていたはずの堀津クンは、獲得履歴に反映されなくても、50枚も手に入れていたことになるね」

 堀津先輩の暴言にも動じてない勝先輩。なぜか『動かざること山のごとし』なんて言葉が思い浮かんだ。

「これだけあれば景品が出るまで回せますよね。たしか遊技台には、ここまで回せば必ず当たるという『天井』がもうけられていましたから」

「だが! 他の奴が少ないメダルで当たりを引き当てた可能性も否定できないだろう!」

「……じゃあ、これならどうかな?」

 今度は黒須先輩が声を上げ、モノクマメダルを公開した。その枚数は、獲得履歴と同じ10枚だ。

「獲得した枚数と、今持ってる枚数が同じ人は、パチンコもパチスロもしてないから、景品も受け取れてないってことになるよね」

 黒須先輩に呼応して、みな自分が持っているモノクマメダルを見せる。……全員、獲得枚数と一緒だった。……僕はというと、岸和田先輩に一枚渡したので、獲得枚数から減っているが……

「……開く前にあらかじめ言ってくれたから信じるよ」

 と黒須先輩はそう言ってくれた。

「……それで、堀津君は?」

「も、持ち歩いているわけないだろうそんなもの! 50枚近くもあったんだぞ!」

「……あれ、追跡者として多くの仮説を立ててきた堀津君が、まさか事件に関係のある証拠になるかもしれないモノクマメダルを学級裁判に持ってきてないの? ……本当は使っちゃって持ってないんじゃない? それに今、50枚近くもあった、って言っちゃったよね? 記録に残るような獲得はしてないけど、瑞倉くんの遺品から50枚近く、手に入れてたんじゃない?」

「こっ……このチャリカス女が……」

「……聞くに堪えないね」

 チャリカス……自転車乗りに対する侮蔑を込めたスラングだよな……。

「だがな! 本当に景品の中に毒ガスがあったのか、証明できないじゃないか!」

「あ、それに関してだけど」

 としばらく口を閉じていた一目先輩がスマホを掲げている。画面には何か表のような画像が映し出されていた。

「これね、第一の事件が起きた時、幸運君の部屋にあった『遊技場の景品リスト』を写真に収めたものね。僕は見つけた後、撮るだけにして回収しないで放置したんだけど、追跡者君が見つけてたにしろ、見つけられずに遺品に回ってたにしろ、今追跡者君が持ってるでしょ。……芸人君が見つけてたら、彼の性格から言い出してると思うしね」

 あまり文字は大きくないが、その表には『モノモノポイズンA2』という文字が存在した。

「それだけじゃないよ。これ」

 スワイプして次の画像に移り変わる。……そこには『密閉・低温状態だと液体だが大気に触れると常温で気化、数十分曝されると酩酊などの前兆が起き、その時点で危険水域。その後高濃度酸素吸入などの適切な処置がなされなければ、死に至る。水を加えると無毒になる』という文章がのせられている。……モノクマポイズンの効果とは、『変色あり』という一文が存在しないことを除いて、同じものだった。

「そんな画像……お前の方が偽装してるんじゃないのか!」

「いや、追跡者君じゃあるまいしそんなことしないよ。さて君と僕、みんなどっちを信頼するかな? まあ僕も普段の態度がいいとは言えないからあまり信頼されてないかもしれないけど。……豹変して暴言なんかはいてなかったら、君の方が信頼されていたかもね。でももう遅いか」

「この……淫売男が……そもそもなんで見つけたのに回収しなかったんだ……」

「まあ誰かを追い詰めるのに役立つかもしれないと思ったからね。ちょうど今みたいに」

「だが、どうして俺はアラームを午後11時50分にセットすることができたんだ! 手岡が受け取った呼び出しの手紙には時間の指定もなかっただろう!」

 堀津先輩はまだ明らかになっていない部分を持ち出してあらがうが……これは明らかな失言だ。

 

 

これで証明できる!『岸和田先輩の手帳』

 

「『手岡が受け取った手紙には時間の指定もなかった』なんて、まるで実物を見たかのように言うんですね。そんな手紙がある、っていうことを、黒須先輩の口からしか出てないんですが。……手帳のその下のページを鉛筆で塗りつぶして文字を浮かび上がらせたの岸和田先輩の手帳は掲げてお見せしましたが、僕は『手に取って、至近距離で目を凝らすようにして』ようやく読み取ったんですが、堀津先輩にはその距離から読めたのですか?」

「ぐっ……貴様……」

 ……もはや決まったものだろう。

 真の動機がわかってない以上、未だ釈然としない部分はあるが、事件をまとめよう。動機や内心はどうあれ、事実さえ明らかにしてしまえば学級裁判は終わる。

 

 

クライマックス推理!

 

 ACT1

 この事件の引き金となったのは、昨日の朝の動機メモだったんです。……それは一見、大したことのない内容に思えましたが、手岡先輩の秘密が渡ってしまった岸和田先輩と、自分の秘密が渡った堀津先輩にとっては重大なことが書かれていたのです。そこで二人は、とっさに嘘を吐いたんです。

 

 ACT2

 その後、岸和田先輩はモノクマメダルを使ってパチスロで遊んだ。……コロシアイに役立つ景品目的だったのか、それとも単なる興味本位だったのかはわかりませんが。僕の渡したモノクマメダルで当たりを引いてしまった。……もしここで渡してなかったら、岸和田先輩は当たりを引かず、銃も手に入れずでこの事件は起こらなかったかもしれないのに。

 

 ACT3

 その後、岸和田先輩は手岡先輩にラブアパートで密談しようという手紙を出す。それをクロは何かしらの方法で知って、娯楽室の遊技台で手に入れた毒ガスの罠を仕掛けておいたんです。娯楽室は夜時間に閉まる施設ではないので、夜中誰にも気づかれないように行くことも可能でした。……福添先輩のオシオキを思い出してしまうような磔台の下なら、見つからないと思ったんでしょうね。事実、クロの思惑通りに岸和田先輩と手岡先輩はそれに気づかずラブアパートに入って、カギをかけてしまった。

 

 ACT4

 自然に同衾するように、衣類を脱いでベッドに入った手岡先輩。……そんな彼女を、岸和田先輩は手錠で拘束し、銃を向けた。……突然だったのか、なにか会話を交わしたあとだったのか、これもわかりませんが、岸和田先輩は手岡先輩を撃った。……眉間だったから即死だったでしょうね。なので手岡先輩を殺したクロは岸和田先輩になります。

 

 ACT5

 その後、クロが仕掛けた罠が発動し、ラブアパートに毒ガスが充満する。びくともしないドアに……逃げ場のない岸和田先輩は何とか逃げ出そうと、モノクマポイズンA2によって酩酊した頭で考えた結果、擦りガラスを撃ったのですが……弾は逆に跳ね返って、それが胸に命中してしまった。跳弾で威力が弱まっていたので、それで絶命したのではなく、充満した毒によって。

 

 ACT Final

 その毒ガスの準備と仕掛けを作ったクロは、瑞倉先輩の大漁のモノクマメダルを手に入れていた……『準・超高校級の追跡者』堀津圭司先輩……あなたなんです。

 

「さあ、なにか反論がありますか!」

「くっ、くくく……」

 そう呻く堀津先輩。……これは根を上げた、ということでいいだろうか。

「くくく、ははははははははあああああああああああ!!」

 と思いきや、急に哄笑をあげだし始めた。

「お前は、お前らは! 重要なことを見逃している!! そうさ! あの白髪男、瑞倉のモノクマメダルを使って、パチンコで獲得した毒ガスを仕掛けたのは俺だ! だがなあ! 本当にマスゴミ女岸和田安美が毒ガスで死んだのか、お前らにはわかってないじゃないか! いや、それは俺にもわからないがな!! せっかく俺がクロになれたと思ったら、最後の最後で余計なことしやがってこのマスゴミ女めが、と死体を見たときには思ったが、まさかこのような形になってくれるとはな! 俺は幸運なのかもしれない!」

 と、高笑いをあげ続けながらそう指摘する。

「真実は! こっちだ!」

 

 

クライマックス推理 Reverse!

 

 ACT1~4 No Change!

 

 ACT5 Change!

 その後、『俺』が仕掛けた罠が発動し、ラブアパートに毒ガスが充満する。びくともしないドアに……逃げ場のない岸和田は何とか逃げ出そうと、擦りガラスを撃った……弾は逆に跳ね返って、それが胸に命中してしまった。跳弾で威力が弱まっていた『が、それで絶命した』。

 

 ACT Final Change!

 毒ガスがどうとか関係なく、この事件のクロとなるのは……磯臭さ女、手岡漁子を殺し、その後マヌケにも自分が撃った銃の跳弾でくたばった、『準・超高校級の記者』、マスゴミ女、岸和田安美だ!

 

 ……そうだった。その可能性もまだ捨てきれない。遺体の見張りは堀津先輩がしたし、もし僕らが検分できていたとしても恐らくわからなかっただろう。

「盛り上がってるけどそろそろタイムアップだよ! どっちも頑張れー」

 そう茶化しながら急かすモノクマの声も、僕と堀津先輩の喧々諤々の議論にかき消され気味だ。 ……一体どちらが真実なんだ? ……完璧な答え出なくても良い。少しでも、どちらが正しいのか、真実にたどり着くための手掛かりはなかっただろうか?

 

 コトダマ整理『岸和田先輩の遺体の状態』

 

 岸和田先輩は、胸から血を流し、左手でその胸を抑え、右手に打撲痕、そして右手の人差し指に血液が付着していた。

 ……打撲痕とだけしか記載されていない、右手の人差し指に血液が付着? 岸和田先輩が銃を擦りガラスに向かって撃つ前後のことを考えてみよう。

 毒ガスが充満してることに気づいた岸和田先輩は、まず擦りガラスの窓を右手で殴った。『打撲痕』はこの時にできたものだ。

 しかし、びくともしない窓に対し、『右手に銃を持ち、右腕を左手で抑えるように構えて』銃を撃った。だがそれは跳弾して左胸に当たった。痛みで『とっさに右腕を支えていた左手で胸を押さえ、銃を持っていた右手はそれを離す』だけにとどまったんだろうな。

 だけど、なにかダイイングメッセージを遺そうと、『右手人差し指を出血部分に押し当てた』んだ。切り傷がないのに血がついてる理由がこれだ。

 

 ……だから、

 

 この言葉で、示して見せる!

 

『岸和田先輩の右手の人差し指についていた血』

 

 

「ああ! マスゴミ女の右手の人差し指についていた血だと? それがどうした!?」

「……あれ、跳弾を胸に受けた後も息があって、ダイイングメッセージを遺すために意図的に自分でつけたものなんじゃないですか?」

「だとしても! それはあくまで跳弾で即死はしなかったというだけの話であって、毒ガスでくたばったという確証ではないだろうが! それにあいつはダイイングメッセージを遺そうにも誰の名前を書こうとしてたっていうんだ!」

「……ですが、銃で亡くなった可能性を少しでも減らし、毒ガスで亡くなった可能性を少しでも高めてくれる証拠であることには変わりありません」

 

「さあ、それでは、投票ターイム!!」



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第三章 非日常 オシオキ編

「さて、投票が終わったみたいだね! それでは、結果はっぴょーう! 今回は二つの事件のクロを指摘する必要があったけど、まとめてやっちゃうよ!」

 ……モニターに映る今回のスロットは、上下2ラインで回転している。そして、上のラインは岸和田先輩の似顔絵で止まったが、下のラインは回り続けたままだ。……それが次第にゆっくりになっていき、似顔絵の絵柄も岸和田先輩と堀津先輩の二種類しかないことが目視で確認できるような速さになった。

 岸和田先輩、堀津先輩、岸和田先輩、堀津先輩……リールはいったん止まっては、サイド1コマだけ動くような演出を続ける。そして、ついに、下のリールは堀津先輩で停止すると、おめでとう、とばかりにスロットはキラキラと輝きだし、大量のメダルが吐き出されたのだった。

「今回も大せいかーい! 準・超高校級の釣り師、手岡漁子サンを殺したクロは岸和田安美サン、その岸和田安美サンを殺したクロは堀津圭司クンなのでしたー!」

 その画面を見ながら、堀津先輩は、

「……ふむ、追いつかれたか。追跡者の俺が」

 とこぼす。

 

 堀津先輩。

 ――椅子の下にもぐれ! そうしたら座面を前に倒すんだ!

 最初のモノクマの自爆に、的確な指示を出して危険から救ってくれた堀津先輩。

 ――首謀者に近づこうと思ってるんだよ

 持っている情報を生かし、この事件を追及していこうとする堀津先輩。

 ――堀津の名にかけて!

 自信家なところもあって、黒幕が見張っているのであろう監視カメラに向かってそう宣言する堀津先輩。

 ――カディナを仰向けに寝かせろ!

 第二の事件の際、カディナ先輩の身に起きた急変にも何とか対応しようと緊急措置に当たってくれた堀津先輩。

 ――お前は、強い奴だな。

 ラブアパートで磔台を見てオシオキをフラッシュバックさせてしまった僕に励ますような視線を送ってくれた堀津先輩。

 

 

 ……なぜ、堀津先輩がこんなことを? いや堀津先輩だけじゃない。岸和田先輩も、なぜ手岡先輩を……二人が受け取った動機はいったいなんだったんだ? 

「……お前たちの方でも聞きたいことはあるのだろうが、こちらからも言いたいことがある」

 そう切り出して、堀津先輩から発せられた言葉は。

 

「実はな……瑞倉が作った薬品棚のリストを破り捨てたのも、モノクマポイズンAをちょろまかしたのも……俺じゃあありませーん!」

 

 謝罪でも、動機でもなく、予想だにしないものだった。……モノクマポイズンAなんて、僕が第一の事件の前日に睡眠導入剤代わりに使ったモノコロリンのように、薬にもなるようなものじゃないのに?

「そもそも俺がモノクマポイズンA2を使った殺人を思いついたのも、そいつがモノクマポイズンAを持ち出したのを見たからなんだよ。……こうすればうまいこと議論を誘導すればそいつに罪を擦り付けられると思ったんだがな……」

 そう説明を続ける堀津先輩に対し、

「……それが本当やったとしたら、モノクマポイズンAの変色に関して明らかにしたベニヤンはほんとにファインプレーだったんやな」

「いや、クロだと指摘されてやぶれかぶれになって俺たちを混乱させようとしてるだけっす!」

「そうだよ! あんな暴言を吐いていた人のことを信じるの?」

「やっぱそうだったかー。なんだか不自然だと思ったんだよね。せっかく保健室に忍び込んでリストを破ってモノクマポイズンをちょろまかしたのに、なんでわざわざ別の似たような毒なんか使うんだろ、って思ってたんだよ。まあ議論が混乱するからあえて切り出さなかったけど」

 ……と意見が真っ二つになってしまった。それを見てすかさず、モノクマが宣言する。

「お、良い感じに議論が真っ二つになってるね! もう学級裁判の結論自体は出ちゃってるけど、今回議論スクラムがなかったからちょっと物足りないなあ、って思ってたところなんだ! よし! せっかくだしやっちゃおう! この演出は好評のようだからね!」

 ……そうして、証言台は対面するような形に代わっていく。

 

 

議論スクラム開始!

~リストを破り捨て、モノクマポイズンAを持ち出したのは~

 

 

 堀津圭司だ!

 瀬戸・竹枡・勝・黒須・羽月

 

 堀津圭司ではない!

 一目・琴間・堀津・芳賀

 

竹枡「裁判中にあんなふうに暴言をはいた人の言うことなんて信じられないよ!」

琴間「暴言を言ったことと今嘘を吐いているかどうかは別問題です」

 

黒須「保健室に入ってリストを破ることは誰にでもできたんだから堀津くんにもできたよ!」

芳賀「ならそれはデカ以外の人でもできたってことやろな……」

 

瀬戸「それじゃあ……何の目的があって?」

一目「内通者なら僕らを混乱させるって目的があったんじゃない?」

 

勝「ってことはモノクマポイズンAは今誰かの部屋にあるってことだよね。第一の事件のときモノクマに持ってきてもらったように、今回もそうすることはできないかな?」

琴間「その誰かは恐らく内通者です……せっかく正体がばれないまま潜伏している内通者をばらすようなことは、モノクマはしないでしょう」

 

羽月「そもそもさ、なんでその人が持ってるのがモノクマポイズンAだということやその使い道がわかったの? ラベルや注意書きを読めるような距離まで近づいてじっくりと見て読んだ、ってわけじゃないでしょ?」

堀津「俺はスマホを含む瑞倉の遺品を最初に受け取ったんだぞ。中に保存されていた写真は、手荷物として持ち込んだデータ通信ケーブルで、俺のトリックに使わなかった方のスマホにも移してある。ラベルや注意書きもそれと見比べて照合したんだ……ちょうど『変色あり』ってところだけは隠れていたのが命取りだったがな」

 

 

一目・琴間・堀津・芳賀

「これが僕たちの答えだ!」

 

「どうやら信頼されたようだな、あれほど暴言や嘘を吐いた後なのにそうしてもらって嬉しいよ。まあそれが誰だったかは教えてやらねーけどな。せいぜいおれが死んだ後で追ってみな」

 と、堀津先輩は皮肉たっぷりな口調で言ってのける。

 これが真実だとしたら……僕らの中に、まだ、モノクマの息のかかった内通者がいるってことになる。……しかし二つの事件が同時に起こった学級裁判の後で、さらにそれを追及するような気力は、もはや僕たちには残されていなかった。……みな言葉も上げられない様子だ。

「どうしたどうした? みんな押し黙って。俺に聞きたいことがあるんじゃないのか?」

「じゃあ僕がみんなに代わって聞いておくよ」

 この中だと比較的余裕のありそうな一目先輩が口を開いた。

「淫売男か……しかたない。まあ質問の内容は予想できてるがな」

「じゃあ予想通りの質問をさせてもらおうかな。君の秘密はなんだったの?」

「……少し予想とずれたな。『どうして岸和田さんを殺したの?』あたりだと思ったが。まあいい、応えてやる」

 と言って、ポケットから一枚の紙を取り出して、書かれていることが全員に見えるように広げた。

 

『堀津圭司は、一度被害届を出しておきながらそれを取り下げた人間を憎悪しており、殺害して遺体を処分して失踪扱いにさせることを繰り返している殺人鬼である』

 

 ……は?

 なんだこれは。

 堀津先輩が……殺人鬼?

「ははあ……さすがにこれは偽物じゃないんだろうね。ジェノサイダー翔やキラキラちゃんみたいな自己顕示欲が強いタイプとは違ってむしろ逆に遺体や痕跡を全くを残さないような殺人鬼が世の中には存在するとは思ってたんだけど、まさかこんなすぐ近くにいたとはね」

 ……そうだ、一目先輩は掃除しながら殺人鬼特集を読んでいた時そんなことを言っていたな。

「しっかしまた、なんでそんなことを?」

「なんでって、追跡して逮捕してほしいからこそ被害届を出したのに、それを撤回してもう追うな、なんてそれまで追跡にあたっていた人間に対する最大の侮辱だろ? だからその罰を与えただけなんだよ。幸い、一度でも被害届を取り下げた奴に対しては警察も冷淡だからな」

 理解できない弁をしゃあしゃあと述べていく堀津先輩。……彼が異常者だということは理解した。殺しを繰り返している殺人鬼なら、今まで一緒に過ごしてきたクラスメートを殺すことにも対して罪悪感というものを抱かないだろう。

 しかし、だとしたら……なぜ岸和田先輩は手岡先輩を? この疑問は、何度も何度も僕の頭の中に浮かんでくる。

「岸和田サンのほうは亡くなっちゃってるから、僕の方から実際に配られた動機メモを発表するよー! それでは、モニターの方をご覧ください! じゃじゃーん!」

 モノクマの掛け声と同時に、モニターに浮かび上がった文字、それは。

 

『手岡漁子は、処分に困った遺体を回収している、殺人鬼の協力者である。岸和田安美の祖母、比嘉飯子を魚の餌にしたのも彼女である』

 

 ……すでに衝撃で打ちひしがれている僕らにさらに追い打ちをかけるものだった。堀津先輩だけでなく、手岡先輩まで、そのような異常者だっただなんて。

「まあそういうことだ。あいつの名誉のために言っておくが、手岡は直接殺しに加担してたわけじゃない。……のだが、それでも、家族の遺体を損壊されたことは岸和田にとって許せなかったんだろうな」

「……まあ、監禁されながらも今まで仲よく過ごした期間より、監禁しているモノクマが寄こした秘密の方を信じたってことは、記者さんの方でもそれなりに信じるに足る情報をつかんでいたんだろうね」

 と、補足を付け加える堀津先輩と一目先輩。……比嘉飯子って、僕らが監禁された日の新聞に載っていた、失踪者だった覚えがある。まさかここにいる岸和田先輩、手岡先輩、堀津先輩の三人にも因縁のある人物だったなんて、……幸運の真逆、悲運、とでもいうものが付いているとしか思えない。

「でも、あんな毒ガスを使ったってことは、追跡者君は協力者の釣り師さんの方も殺すつもりだったんだね、記者さんが釣り師さんを殺さずにとどまっていたら、二人を殺したクロは君になってたはずなんだからね」

「ああ。あいつは馬鹿だったからな。いい感じに口車に乗ってくれたよ。岸和田の誘いを受けたことも教えてくれて、話にのってみてくれって指示したらその通り動いてくれた。だから俺はラブアパートに都合のいい時間に毒ガスが発生するようにモノクマポイズンA2を仕込めたんだ。首尾よく口封じできれば、少なくともこの中には俺の秘密を知る奴がいなくなる。クロになって卒業できれば、動機メモの内容を暴いた黒幕側の誰かにも接触できると思ったからな」

「いやはや、僕も自分ことをまともだとは言い切れないけど、そんな僕でも他人をまともじゃない、って思ったのは珍しいよ」

「ああそうだまともじゃない。俺も、手岡も、岸和田も」

 ……岸和田先輩のことも自分と同類と括るのか。

「岸和田の祖母、比嘉飯子も馬鹿なババアだったよ。騙されて金を奪われて詐欺の被害届を出したのに、詐欺師に謝られたら簡単に許して被害届を撤回しやがった。……わざわざそんなことしなければ、俺に殺されることもなかったのにな。そうしていたら、孫の岸和田安美も殺人なんて凶行に及ばなかったかもなあ。ついでにその詐欺師どもは、相変わらず元気においぼれどもを騙して金を撒きあげることをを繰り返しては、言いくるめて被害届を撤回させたりそもそも提出させなかったりするような手段でしこたま稼いでいるらしいな。そいつらには警察も何もできん。そもそも被害者がいないから犯罪じゃないんだからな。単なる売買契約とか贈与、ってことになる。警察権は民事不介入を大原則としている。まあ殺人鬼の俺がいうようなことじゃないかもしれないがな」

「もうやだ! 聞きたくない! ケイちゃんなんてはやくオシオキされちゃえ!」

 突如、子供の癇癪のような声が裁判場に響き渡る。これは……黒須先輩だ。この口調、まさかまた幼児退行してしまっているのだろうか? 議論スクラムの時までは平常だったのに……だが無理もないか。学級裁判、岸和田先輩の殺人、堀津先輩の殺人、堀津先輩の言い分、手岡先輩の秘密、内通者の存在。こんなにまで色々なことが怒涛のように襲い掛かってきて、僕も頭がおかしくなりそうだ。

「……ま、そうだな。あんまりながながつらつらおめおめと喋るのは性に合わん。モノクマ、そろそろ始めてくれ」

「おやおや……自分からオシオキを始めてくれだなんて、堀津クンもせっかちさんだったんだなあ。まあいいや、『準・超高校級の追跡者』、堀津圭司クンのために、スペシャルなオシオキを用意しましたー!」

 モノクマがそう宣言すると、どこからか飛んできたワイヤーアームが堀津先輩の首をつかんでいったのだった。

 

GAME OVER

ホリツケイジくんがクロにきまりました

オシオキをかいしします

 

『準・超高校級の追跡者 堀津圭司のオシオキ』

 

~裁判~

 

 ワイヤーアームに引っ張られていった堀津先輩が降り立ったのは、裁判長席、裁判官席、司法委員席、検事席、弁護人席、傍聴席がある、現実の裁判場のようなところだった。しかし、そこにいるのは、人間ではなくモノクマの群れだ。そして裁判長席には、立派なスーツを身にまとい、ひげを蓄えたひときわ大きなモノクマが腰かけている。手には『静粛に!』っていう時に叩かれるような槌を携えている。

 

 そして堀津先輩は、被告人に当たるところに、首にアームをはめられたまま立たされている。そんな彼に向けて、検事席にいるモノクマは『死刑』と書かれたトランプほどの大きさのカードを掲げたかと思うと、堀津先輩に向けて手裏剣のように投げつけた。……それは堀津先輩の左肩に突き刺さり、血を垂れ流させた。

 続いて、右側の弁護人席にいるモノクマも同じように『死刑』と書かれたトランプを投げつけたかと思うと……追撃するように前方の裁判官席からも、後方の傍聴人席からも次々に矢継ぎ早に投げつけられる。それらは全て堀津先輩の身体に命中し、ありとあらゆる部位から垂れ流された血液が、堀津先輩の服を真っ赤に染めていく。

 そして、裁判長席のひときわ大きなモノクマが、裁判長席から急に飛び出して堀津先輩の前に降り立ったかと思うと……手に持っていた槌を思いっきり振りかぶり、頭に一撃を加える。

 額がぱっくりとかち割られ、頭蓋骨が露出されたが……まだ息があるようだ。すると大きなモノクマは再び飛び上がり、裁判長席に戻ると……『絞首刑』と書かれた半紙を広げた。他のモノクマはそれを見て、両手を上げて喜んでいる。

 ……そして、堀津先輩の足元の床が、ぱかっと開いて、ワイヤーアームで首を吊られている状態になった。しばらくばたばたともがいていた足が、次第に力が抜けていき。そして動かなくなったのだった。

 

 

「うーんエクストリーム。警察と協力する才能の殺人鬼が、裁判場を模した場所でオシオキという名の私刑を受けて絶命する。何重にも皮肉が聞いていて味わい深いものですなあ」

 

 堀津先輩への、無惨なオシオキ。……殺人鬼と発覚したとはいえ、今まで僕らを引っ張ってくれて来ていた彼のそのような最期は、当然のように僕らに大きな衝撃を残した。

「……ねえ、もう終わった? 眼を開けて大丈夫?」

 いつの間にか僕のそばに来て、うずくまっていた黒須先輩がそう尋ねてきた。

「……はい。終わりました」

「よかった……」

 言葉に応じて、黒須先輩が頭をあげた。……その瞬間。

「いや、まだ終わってないよ? クロがもう一人いるのを忘れちゃったの?」

 モノクマは無情にもそう言ってのけた。

「続いて、『準・超高校級の記者』、岸和田安美サンのためにご用意した、スペシャルなオシオキをご覧ください! どうぞ!」

 

GAME OVER

キシワダヤスミさんがクロにきまりました

オシオキをかいしします

 

『準・超高校級の記者 岸和田安美のオシオキ』

 ~インクの一滴、血の一滴~

 

 ……胸に穴の開いた、岸和田先輩の遺体が黒い地面の上に横たえられている。衣類は身につけず、下着姿だ。

 そこに巨大なモノクマがあらわれ、彼女の胴をわしづかみにしたかと思うと、地面に押し込むようにこすりつけた。……地面には細かなでこぼこがあるようで、背面の皮膚が削られていってるようで、ダラダラと血が垂れていく。

 ……既に亡くなっている岸和田先輩は虚ろな目をしている、が、僕の身体にも痛みが伝わってくるような感覚が伝わってくる。

 ……そして、その血液は緩やかな斜面を下るように流れていって、下にあるくぼみに少しずつ少しずつ溜まっていっているようだ。

 これは……岸和田先輩が今いるのが巨大なすずりの上で、彼女は墨のように削られていっている、という状態なのだろう。

 僕らがそれを理解してなお、巨大モノクマは岸和田先輩を擦り続けるのを止めない。ざりっ、じゃりっ、ざりりっ。じゃりりっ、と嫌な音が耳に届いてくるたびに、血液はなお、かさを増していく。

 ……それはいったい、何往復繰り返されただろうか。ようやく手を止めてくれたかと思うと、モノクマは今度は筆ペンのようなものを手に持ち、すずりに溜まった血液にペン先を浸していく。

 そして、そのペンで謄写版の上にのせられたガリ版紙に熱心な様子でなにかを書き上げていく。……そして完成した記事には

『殺人犯 岸和田安美 オシオキを受ける!』

 そのように、銘打たれていた。

 出来上がった記事を眺めて、モノクマは腕を組みながら何かを思案した後、今度は判のようなものを取り出してすずりの血液に浸して、

『採用!』

 と押印したのだった。

 

「いえーい! 本日二度目のエクストリーッム! もう亡くなってる子にオシオキしてもいまいち盛り上がりに欠けるかなあ、とは思ったけど、こういうのも意外と悪くないね!」

 ……まさか、遺体にまでこのような冒涜を行うなんて。

「うわぁぁぁぁあああああああああああああん! 誰か助けてえええええええええええええええ!」

 ……黒須先輩は、僕の足元にしがみついて大きな泣き声を上げている。自分も錯乱しそうな心情になりながらも、今回は黒須先輩がこうなってしまっているからこそ逆に、ようやっとの気持ちで自分を支えているような状態だ。

「とゆーわけで、今回はオシマイ! 続きはまたコロシアイが起こってからのオタノシミ! それじゃあみんなエレベーターに乗って帰ってちょうだい!」

 まるで紙芝居でも終わったかのように、そう僕らに告げるモノクマ。……奴に啖呵を切った堀津先輩は、もういない。僕らが今、クロとして糾弾したのだから。

 ……ここにいても仕方がない。早く帰らなければ。と黒須先輩に声をかける。……竹枡先輩も似たような状況の様子で、瀬戸先輩がなんとか支えてあげているようだった。ようやく乗り込んでも、誰も口を開く様子もない。ただ、稼働音がやけにうるさく、檻のような、だけど人数がまた減ったせいか広く感じるエレベーターの中に響き渡るのだった。

 

 

――――

 

『モノクマ劇場』

 もう今回は二回もオシオキをしたからって油断してなかったかな? それともワクワクドキドキ期待して待ってたかな? キミはどっちだったのかなあ? 

 とゆーことでお待ちかねの! 今回のシロ、手岡サンへのオシオキだよ!

 

 

GAME OVER

 

チョウカリョウコさんがクロにきまりました

 

オシオキをかいしします

 

『準・超高校級の釣り師 手岡漁子のオシオキ』

 

~グングニルの釣り針~

 

 クロとして決定した手岡の身体を、どこからともなくあらわれた無数の槍が貫く。

 ……それは派手に血をまき散らしながらも、ことごとく急所を外しているようで、手岡の眼は見開かれ、口はパクパクと震えるように動き続けていた。……それはどこか、水から上げられた魚を思わせる。

 そして、彼女は大扉に引きづりこまれていく。もちろん、身体中には無数の槍が刺さったまま。……その先は水の中だった。

 いきなり水の中に落とされ、口から大きく気泡を吹き出しながら、当てもなくもがき続ける手岡。だが、それは甲斐もなく、むしろ出血の量を増やす役にしか立ってないようだ。

 そしてその血の匂いに誘われたのか……ぎょろぎょろとした目玉と鋭い牙をたずさえたピラニアのような魚たちが、うようよと彼女に近づいていったかと思うと、ばりっ、っと勢いよく一噛みする。……それで大きく肉を食いちぎられてしまったようで、腕から骨が露出してしまっている。

 ……それが呼び水となったのか、他のピラニアたちも我先にと手岡の身体に群がっていく。そして、あっというまに、彼女の身体から肉をこそげとってしまったようで、ただ、骨だけが、そこに残された。

 ピラニアたちは満足そうに、水の中を泳いで去っていったのだった。

 そして、その骨が水から引き上げられた。どうやら巨大なモノクマが手岡をエサに釣りをしていたようだ。そのエサだけ取られたモノクマは地団駄を踏んで、釣り竿を水の中に投げ捨てたのだった。



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第四章 コウソク・コウソク・コウソク
第四章 (非)日常編1


「ストカリちゃーん! ストカリちゃんが集めてきてくれたみんなの秘密のお陰で三回目の学級裁判がすごくオモシロいことになったよー! ごほうびに今度会ったときになでなでしてチューしてあげる」

 寮内で行われているコロシアイの様子を一望できるモニタールームで安楽椅子にかけながら、楽花はスマホに向かって猫なで気味の声で電話口の相手に誉め言葉を浴びせる。

『わーいわーい! かりん、らくかさんのなでなでとチュー大好きー!』

 電話向こうのストカリちゃんと呼ばれた相手も、その申し出に無邪気な喜びの声を上げている。

「だからねだからね! 今すぐして!」

 という返事がスマホを当てているのとは反対側の耳に直接聞こえてきた楽花は、「わあっ」っと小さく悲鳴を上げてしまう。79期生のなかでも特に諜報能力に長けた『超高校級のストーカー』須藤かりんの神出鬼没さは、そうであると知っていたところでなかなか予想がつかない。

「多分そろそろ電話がかかってくるかな、かかってきてほしいなって思ってずっと待ち構えてたんだよ! かりんの思った通りだったね! だったね!」

 密着するほどの至近距離で、まとわりつくように懐いた様子を見せる小動物のようなかりんに、最初は驚いていた楽花。

「あらあら、やっぱりストカリちゃんはかわいいね」

 しかし、すぐに持ち直し、宣言した通りに彼女をぎゅっと抱きしめて頭をなで、その額にキスをした。その様は、かりんが小柄なことも相まって、まるでペットを愛でる飼い主のようだった。

「えへへえへへー。らくかさんのなでなでだー」

 心底嬉しそうなかりんではあるが、この毒気のない態度とは裏腹に、今監禁している『準・超高校級の才能』の持ち主の生徒たち14人に加え、単なる一般の中学生である琴間恵那樹の秘密ですら抜いてくるような恐ろしい能力の持ち主だ。……それこそ、自身も追跡に長けた才能を持ち、逆にそれを撒くスキルをも身に着けているであろう『準・超高校級の追跡者』堀津圭司を殺人鬼であると暴くほどに。

「おやおやかりん様、楽花様と仲のよろしいことでけっこうですなあ」

 コロシアイを撮影している監視カメラからの映像を眺めていた『超高校級の印章士』の男子生徒はその二人のやりとりに眼をやりながらそんな感想を述べる。

「あれあれ、祥壱(しょういち)くんもいたんだ。祥壱くんもかりんのこと、なでなでとちゅーする? する?」

「いえいえ、僕はけっこう。眺めているだけで十分です」

「なんだなんだー残念だなー。なでなでとちゅーは大好きなクラスメートになら誰にしてもらっても嬉しいのになー」

 そういって、かりんは心底残念そうに、祥壱の方に伸ばしていた両腕をひっこめる。

「それにしても、今回の事件には楽花様もずいぶんゴキゲンですね。瑞倉冠様が亡くなったときにはたいそう不機嫌そうでしたのに」

「……ま、ズイカムが私に次ぐカムクライズルプロジェクトにおける準成功例だったとはいえ、エノジュンが言ってたように一人の参加者に過度な期待をかけた私の方にも問題がある、ってのは確かだったからね。それよりせっかくの見ものなんだしコロシアイを楽しまなきゃね」

「うんうん。かりん、どんならくかさんも好きだけど、やっぱり楽しそうにしてるらくかさんが一番好き」

 祥壱になでなでを拒否られて再び自分に抱き着いてきたかりんの頭を愛玩動物のようになでながら、楽花はそう答える。かりんもかりんで、楽花の伸びに伸びた髪をまるで猫がじゃれるかのようにもてあそんだり口に咥えてはむはむしたりしている。

「はむはむ……らくかさんのかみのけ……おいしい」

「私の髪は食べるものじゃないよストカリちゃん」

「あらら、怒られちゃった怒られちゃった」

「まあとにかく、前向きになってくれたようで何よりです。しかし、十日もたたずに何件も事件と学級裁判が起きてかなり堪えているようですね。このままじゃ全員自室に引きこもって動機にも行動を起こさない、なんて事態にもなりかねませんね。内通者はまだ健在ですが、他の参加者が部屋から出てこないようじゃお手上げです」

「……もしかしてもしかして、あんな動機を用意したかりんのせい? かりん、悪いことしちゃった? しちゃった?」

「いや、指示を出したのも使うって決めたのはエノジュンだし、これでコロシアイが停滞してもストカリちゃんのせいじゃないよ。安心して」

「えへへーかりんのせいじゃないならよかったよかったー」

 しゅん、とあからさまにしょげた様子のかりんに楽花が励ましを送ると、すぐにぱあっと笑顔に戻って、頬を手に擦り付ける。

「まあ、さすがにちょっとテコ入れが必要な状況みたいだね。まあそれに関してはちょっと考えはあるけどね」

「考え、ですか。それはどんな?」

「らくかさんの考え、かりんも聞きたいなー聞きたいなー。きっとすごくオモシロい考えなんだろうなー」

「ずっと見ててわかったけど、あの子たち、結構全員面倒見がいいんだよね。最年少のコトエナくんにはみんな気をかけてるみたいだし、最初落ち込んでたタケベニちゃんにはみんな慰めたり励ましたりしてたからね。……だから、今あの子たちが苦境に立たされているとしても、目の前に自分たちより苦しんでいそうな人間が現れれば、助けるために何かと動いてくれそうだよね」

「そうだよねそうだよね。かりんもちょくちょく監視カメラからの様子を見てたけど、あの子たち、みんな良い子だよね。かりんも仲良くなりたいなーなりたいなー。特に美容師の政直くんのあたまごしごしシャンプー、気持ちよさそうだなーしてもらった子たちはうらやましいなー」

「まあ確かにそうですが、そんな人物で、かつコロシアイを盛り上げてくれそうな人に心当たりがあるのですか?」

「まあまあ、ちょっと待ってなって」

 といって、楽花はかりんと通話状態のままになっていたスマホを改めて手に取り、別の相手にダイヤルする。

「もしもーしエノジュン? こないだはせっかくエノジュンが考案したコロシアイをツマラナイなんて言っちゃってさ、ほんとごめんね! あれからなかなかオモシロいことになってきてるじゃん! でも短期間で事件が立て続けに何件も起きちゃってこれから停滞しそうだから、テコ入れに私も参加していい? いいんだね? ありがと! じゃあね! 名前の通り戦場に出ずっぱりのイクムクちゃんにもよろしく言っておいてね!」

 嵐のようにまくしたてたかと思ったら、あっさり承諾を得たようですぐに通話を終えた。

「そう! あの子たちより苦しんでそうな人間、それは私!」

「楽花様がですか? コロシアイを強いられてる子たちより苦しんでるどころか、コロシアイを眺めて悦に浸ってる楽花様なのに?」

 じゃじゃーん、という効果音が似合いそうなほどに胸を張ってそう宣言する楽花を、笑う飛ばすかのように返す祥壱。

「まあ、うちらの中でテコ入れにコロシアイに投入するとしたら私しかいないでしょ。79期生の誰かだと顔を知られてる可能性も高いからね。その点、私は秘匿性の高いカムクライズルプロジェクトで才能を身に着けただけの予備学科だから面は割れてないし、別口でテロリストに監禁されて、酷い目に遭わされたのちにコロシアイに巻き込まれたかわいそうな被害者を装える。都合のいいことに、私にはそういうのを演じる役者系の才能も備わってるからね」

「まあ僕ら首謀者のうちで楽花様だけ面が割れてないっていうのはその通りですが、コロシアイで文字通り物理的に面を割られたりして死なないように気を付けてくださいよ」

「はははっ! 二回目の学級裁判でクロになっちゃった芸人のキリユウみたいなダジャレ言うじゃん!」

「えーえー、らくかさんコロシアイに参加しちゃうのー?」

 楽花に向けて不安げな視線を送りながら彼女の髪の毛を引っ張りつつ、かりんはそう尋ねる。

「あらあら、ストカリちゃん心配してくれてるの?」

「うん、かりん、すごくすごく心配。色んな才能があるらくかさんなら大丈夫だとは思うけど、でもでも、もし死んじゃったらさ、らくかさんの死体、かりんがもらっていい? ちゃんと防腐措置して、毎日なでなでとちゅーして大事にしてあげるから」

 まるでペットを飼いたいとねだる子供のように無邪気に、かりんは楽花に告げるのだった。

 

―――― 

 

「……やっぱりどっちルートでも一長一短あるよね」

 電話番をしながら、大綱として上がっている二案の資料を読みつつ狛枝凪斗はそうつぶやいた。

 希望ヶ峰学園77期生、78期生の『超高校級の才能』の持つ人脈を活かし、武力は集まってきた。ベストな状況でぶつかれば、例えテロリストのうち、モノクママスクをかぶった暴徒の指揮にあたっているのが79期生の『超高校級の軍人』戦刃むくろだとしても、決して引けをとらないだろう。

 だが……人が多く集まればやはりそこには意見の対立が生まれるのは世の常だ。現状、異なる二つの意見が台頭しているのだ。

 一つが、監禁されている生徒の安全を度外視してでも、迅速に希望ヶ峰学園を奪還しテロリストに対して一旦の勝利宣言をしたほうが今日本中で起きている暴動も早期に鎮静化する。だから今すぐにでも行動を起こすべきだという意見。

 もう一つが、テロの被害者を見殺しにするような作戦を実行するような組織だということが知れ渡ってしまったら今後一般人の協力を得にくくなってしまう。事を動かすにしても慎重に進めていくべきだという意見だ。

 リーダーである77期生の十神白夜(彼が本当は名前も戸籍もない、『超高校級の詐欺師』であることはもはや生徒内では公然の秘密となっているのだが、テロリストと対峙する上で十神白夜を公称していたほうがなにかと都合がいいのでそうと名乗り続けている。合流した78期生にいる本物の『超高校級の御曹司』である十神白夜もそれを半ば黙認している)が掲げる方針としては、『誰も死なせはしない』『一人として犠牲者は出さない』ということなので、実力行使は監禁されている生徒の安全が確保されてから、ということになっている。

 しかし、集まった武力の多くは、九頭竜組所属のいわゆる筋者や、暮威慈畏大亜紋土の暴走族といった血の気の多い者たちだ。『準備は整っているが安全が確保されるまで待機』という状況をいつまでも維持できるとは限らない。

 現状、それぞれのトップの『超高校級の極道』九頭竜冬彦、『超高校級の暴走族』大和田紋土が過激派を牽制しているが、最悪過激派の一部が全体と足並みを揃えず蜂起して敗北、こちらの武力が削がれた上に監禁されている生徒を危険に晒す、といった事態も起こりうるだろう。ここは九頭竜、大和田、両名の才能にかけて抑え込んでもらうしかない。

 それに加えて、人の話をよく聞いて的確に答えを返す能力に長け好意を抱かれやすい78期生の『超高校級の相談窓口』日向創も、穏健派過激派、両派の意見調整に当たってくれている。

 加えて、監禁されている生徒たちにも、モノクマへの対処を迅速に講じてもらう必要があるが……ここでもまたジレンマが発生する。

 外部との連絡手段があることに気づかれても良いからとにかく早くするよう指示を出すのか、あくまでばれない様に秘匿性を重視して策を練ってほしいと指示を出すのか。

 連絡の頻度を増やして密に情報交換をしあうのか、それとも必要最低限で済ますのか。

 こちらからも連絡するのか、あくまであちらからの連絡を待つのか。

 決断しなければならないことは山積している。いきなり状況が変化しうる有事なので、そのあたりの判断も稟議を得ることなく電話番が行い、引継ぎ資料を作成することになっている。

「……どうすれば一番希望が輝くようになるかなあ」

 心底楽しそうに、狛枝は一人ごちる。……引継ぎ資料さえ残せば、決断はその時の電話番に一任されている。ならばせいぜいこの役得を最大限利用させてもらおう。なんなら、そうすることが希望がより強く輝くんだったら、共有した情報を資料に残さないでおいたり、嘘の情報を紛れ込ませることだって厭わないけど。

 ……どうあれ、自分がした決断こそが、希望が最も輝く選択に違いない。なぜなら、自分には幸運がついていて、自分がそう願っているのだから、と彼はそう確信していた。

 そう悦に浸っている狛枝の耳に、トゥルルルル、と呼び出し音が届く。ちょうどこんなタイミングで連絡が来ることもまた、彼の幸運を裏付けるものだろう。通話開始ボタンを押し、はいとだけ告げる。

「琴間です」

 電話口の相手の口調は、声を抑えていることを差し引いても消沈しきっている様子だ。あまりいい報告ではないのだろう。

「どうしたんだい? なにか変化があったのかい?」

「……また、犠牲者がでました」

 そう搾るように声を出し、その名を告げた。『準・超高校級の釣り師』手岡漁子、『準・超高校級の記者』岸和田安美、『準・超高校級の追跡者』堀津圭司の三名のようだ。寮内ではコロシアイを強制させられているとのことなので、この三人の中にも加害者、被害者の関係もあるのだろうが、琴間はそれを言い出すことはなかった。

(……それにしても)

 と、狛枝は電話口の相手である琴間恵那樹本人について思案を始める。この子は希望ヶ峰学園になんらかの才能を見出された高校生ではなく、単なる学校見学会に来て巻き込まれただけの予備学科志望の中学生だったはずだ。なのに『この状況において、最も希望を輝かせる相手にうけとってほしい』という願いを込めたスマホが彼の手に渡り、今こうして自分たちと連絡する状況になっている。と、いうことは、彼こそがその相手なのだろう。……それを本人が望むか望まないかにかかわらず。

 だったら、と、彼にも少し行動を促すような情報を提供してみよう、と狛枝は思い立つ。彼は表向き穏健派で通っているが、その実、希望と希望がぶつかり合う展開が起こることを心待ちにしていたのだ。

「……良い情報、と悪い情報があるんだけど」

 と、少しありきたりな、だけども興味を引かせるように切りだし、相手の反応を待つ。琴間は一つ、大きく呼吸をした後、「……はい」とだけ応えた。

「希望ヶ峰学園奪還のための武力は、もうほとんどそろっているんだ。好機があれば、今日にでも動かせる状態だよ」

「そうですか」

 琴間のこの言葉はやや希望を含んだものだったが、すぐに再び低い声になり、「それで、悪い情報って何ですか?」と聞き返してくる。

「実は……僕らの中でも君たちの安全を確保するよりもとにかく迅速に希望ヶ峰を奪還するべきだという意見が上がってきているんだ。君たちが危険にさらされることを承知で、その上で君たちが犠牲になることを厭わずに、ね」

「……そんな」

 狛枝が提供した悪い情報に、琴間は再びどん底に落とされたかのような声をあげたが、すぐに持ち直した様子で会話を再開する。

「それで、僕たちはどうするべきでしょうか」

「モノクマを機能停止させることがベストだろうけど、むこうも監禁維持の要となるモノクマをそう簡単に停止させられるようにはしてないはずだよね。もしそれが難しそうなら安全だと言える場所に全員で籠もるのも一つの手かもしれない。とにかく、こっちはもうほとんど準備ができているんだ。そっちから『無事に安全を確保したので行動を起こしてほしい』っていう連絡さえあれば、即座に対応できるよ。……こちらとしても出来る限り早くそうしたいから、多少相手側に情報が漏れるリスクを押してでも、情報共有と対策に努めてほしい。……最初十神くんが伝えた『出来る限り慎重に行ってくれ』っていう方針とはまるっきり逆になっちゃうけど、状況が変わったからね」

「ええ。わかりました」

 琴間の返事とほぼ同時。

 ブブー! ブブー! ブブー!

 とやや遠くからけたたましいサイレンのような音が耳に届いてきた。電話越しでもこんなにはっきりと聞こえるのだから、その場にいる琴間にとってはかなりの騒音だろう。……こんな異常な警告音が鳴るなんて、電話中にもかかわらず寮内で何か重大な事件でも起こったのだろうか? まさか、外部との連絡手段を使って通話していることがばれたのか?

「琴間くん? 大丈夫? なにかが起こったのかい?」

 その音に狛枝の声はかき消されたようでなかなか応答はなかったが、鳴り終わったタイミングで、今日一番、狼狽した様子の声で、このように返ってきたのだった。

「……竹枡先輩が、校則違反を犯してしまったようです」



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第四章 (非)日常編2

 ブブー! ブブー! ブブー!

 竹枡紅さんが厨房で校則違反となる行為をしました!

 ブブー! ブブー! ブブー!

 竹枡紅さんが厨房で校則違反となる行為をしました!

 ブブー! ブブー! ブブー!

 竹枡紅さんが厨房で……

 

 けたたましく鳴り響く警告音とアナウンス。監視カメラに映らないよう布団をかぶったままの状態で77期生の狛枝先輩と連絡をとっていた僕は、アナウンスの内容だけ告げて即座に通話を切り、寝間着のジャージのまま部屋を飛び出して厨房へと向かった。

 今までこのような自体はなかったが、校則に違反するとどのような罰則があるのだろうか。監禁してコロシアイを強制するような奴らだから、最悪、死……それもオシオキのような残酷な……いや、悪い想像はやめておこう。とにかく今は竹枡先輩の無事を信じるしかない。しかし竹枡先輩はいったい何をしてしまったのだろうか。

 考えながら、厨房の前、食堂にたどり着く。が、もしかしたら、もしかしたら……と、なかなか厨房に入る勇気がわかずに二の足を踏んでしまい、まごついてしまう。……ケガをさせられて一刻を争う状態になっている可能性だってあるというのに。

「……琴間チャン」

 そうこうしているうちに、瀬戸先輩も同じくやってきて僕に声をかけた。竹枡先輩に恋愛感情を抱かれいることが公然となっており、本人としてもやぶさかではない思いをしている瀬戸先輩。やはり彼もその竹枡先輩に身の危険が降りかかったと知って、狼狽しているような表情をしていた。とにかく彼はすぐにでも竹枡先輩の無事を確かめたいようで、立ち尽くしている僕を尻目に厨房の中に押し入るように入っていく。それにともなって、僕も彼の後ろについていく。

「竹枡チャン、……まさか!」

 厨房に入ってすぐの流しの前に、竹枡先輩はあおむけに倒れていた。その傍らの床には陸上の投擲競技で使うような槍が突き刺さっている。

「あれ……瀬戸くん」

 駆け寄った瀬戸先輩に抱き起された竹枡先輩。

「よかった……一瞬、その槍が刺さってるんじゃないかってドキッとしたっす」

 僕も一瞬、竹枡先輩の身体に刺さっているのかと思ったが、脇をかすめただけのようだった。しかし、こんな至近距離を槍が通過したら生きた心地がしないだろう。そのせいで気絶してしまっていたのだろうが、瀬戸先輩に抱えられ、呆然とした表情からどこか幸福そうなそれへと変わっていった。こののろけたような顔、生き生きとした顔、本当に、見れて良かったと心から思う。

「竹枡さん! だいじょうぶ?」

「無事やったみたいでよかった……それにしてもなんや嬉しそうやん」

 安堵の気持ちをなでおろしている間に、他の先輩方もアナウンスを聞いて集まってきたようで、厨房の中にぞろぞろと連れ立って入ってきた。

「それにしても校則違反なんて、いったい何を……」

「竹枡サンはね、モノクマポイズンAを排水溝に流して捨てたんだよ」

 どうやらモノクマも先輩方に混ざって厨房に入ってきたようで、僕らにそう告げた。……あれ? 二体いる? まあ初日自爆した後にすぐ別のやつがあらわれたってことは、スペアはたくさんいるんだろうが、一度に複数のモノクマが姿を現すなんて、これもまた今までになかった事態だ。

「校則の5番に『消耗品の無駄遣いは禁止します』って書いてあるのにこんなことするんだもんね。まあ具体的に『薬品棚の毒や薬品を廃棄することは禁止します』って書いておかなかったこっちにも落ち度はあるから百歩譲って今回はグングニルの槍を飛ばして警告するにとどめておいたけど、次からは確実に刺さるようにするからね!」

 一歩間違って身体に刺さっていたらほぼ死んでいたような、そうでなくても大怪我はまぬがれない槍を人に向けて飛ばしておきながら、いけしゃあしゃあと『百歩譲って』などと言い放つモノクマ。

「それに合わせて生徒手帳の方の校則にも追加してあるから目を通してね」

 そう促されて、僕は電子生徒手帳を取り出す。

 

『追加校則

 5‐2

 薬品棚の毒や薬を、排水溝や焼却炉に廃棄することを禁じます。

 10

 一人の犯人が殺せるのは最大二人までとします』

 

 見ると、毒物の廃棄だけでなく、殺害人数の上限に関する校則も追加されていた。

「……この追加された10番の校則は?」

「前回、二人分死体が出たから一応ちゃんと明記しておかなきゃいけないからね。それに複数人を巻き込めるアイテムもそこそこあるから、こうしてきちんと書いておかないとクロが他の全員を殺して裁判も不戦勝、みたいなことになりかねない、って気づいたから明文化しておいたの」

「……ごめん、慌てて出てきて生徒手帳持ってこなかったから見せてもらっていいかな?」

 そう僕に話しかけてきたのは勝先輩だった。僕は布団にもぐった状態で77期生と連絡を取っていたため必要があったときにすぐに参照できるように電子生徒手帳も一緒にポケットに入れておいてあるが、あのアナウンスで慌てて出てきたのだったら持ってこなくても仕方ないだろう。僕は承諾して、画面を勝先輩に向けて掲げる。

「読み終えたよ。ありがとう」

「さて、全員に新しい校則が伝わったところで、ビューティーアドバイザーさんには聞かなきゃいけないことがあるよね」

 そう口を挟んだのは一目先輩だった。

「なんでわざわざ、早朝も早朝に、一人でモノクマポイズンAを排水溝に廃棄する必要があったのかなあ?」

「そ、それは……前回の事件でモノクマポイズンAの変色を調べるために一本持ちだして変色がどんな感じで起きるかの実験をしたけど、中身のほとんどが余っちゃったし、一度開封したのを戻すのも良くないと思って捨てようと……」

「それにしたって朝早すぎない? 今6時10分かそこらだよ? 毎朝のモノクマの『朝6時になりました! 夜時間に閉まっていた施設が開く時間です!』っていういつものアナウンスがなってすぐ厨房に駆けつけて捨てるぐらいにすごく急いでいた理由を知りたいな」

「だって気化して毒ガスになるけど加水分解したら無害になる毒だから、換気扇も水道もある厨房で、誰も起きていないうちに一人だけでやったほうが安全だと思って……」

「うんうん……そういうことね」

 竹枡先輩の弁明に、細かく相槌を打ちながら聞き入る一目先輩。

「まあ、そういうことなら納得かな。追跡者君が『モノクマポイズンAを持ち出したのは俺じゃない』って言ってたから、もしかしたらビューティーアドバイザーさんがその持ち出した人物、ひいては内通者なのかもしれないって思ったけど、そうだったら追跡者君が裁判のときにそのことを持ち出して反論してるはずだよね」

 こんな状況でも一目先輩はいつも通りの、どこか含みのある言い回しだが、抱いていた疑いは晴れたようで安心した……が、そうだとしたらこの中にモノクマポイズンAを持ち出して前回の学級裁判をかく乱し、今なおそれを所持している人物がいる、という問題がまた持ち上がってしまう。……だが、そのことを話題にあげるべきだろうか? 

 

 

モノクマポイズンAを持ち出した人物を探すべきだと主張しますか?
 

>いいえ<
 

 

 ……いや、そんなことをしても疑心暗鬼に陥るだけだ。おそらくすでに、別の容器に移されていたりして隠蔽工作も行われているだろう。

 それに人を殺せるような道具は何もモノクマポイズンAに限ったことではない。それにばかり拘泥してもらちが明かないだろう。……加えて、今生存している先輩方、疑おうと思えば疑えてしまう。

 ……どこか客観的で言いにくいことも切り込んでいく一目先輩。

 厨房を使う機会が多く洗剤などの消耗品の中にも隠せそうな勝先輩。それだったら瀬戸先輩も美容室の器材の中に紛れ込ませられるかもしれない。

 うがった見方をすれば、竹枡先輩もたった今モノクマポイズンを捨て、槍による罰則を受けて見せることによって容疑の外に行こうとしている可能性だってある。……羽月先輩ももしかしたら、芳賀先輩も、黒須先輩だって……。

 いや、いま疑わない方向に決めたばかりじゃないか。と首を少し横に振る。今優先すべきことは、とにかく、出来る限り早くモノクマの機能を止める策を講じることであり、過去の事件をむしかえすことではない。

(……疑えてしまうとか、過去の事件とか)

 そう考えて、自分もまあずいぶんとドライに考えるようになったものだ、と痛感してしまう。まだ二週間もたってないのに、7人も友誼を交わした人たちが亡くなった、年齢も自分と大差ない、というのに。……それも、シロとなった先輩もクロとなった先輩も、無惨なことこの上なく。

「さてさて、ちょうどみんなそろったし、お約束の学級裁判を乗り越えたごほうびを伝えなくちゃあね」

 考えを巡らせている僕の耳に、再びモノクマの声が届いた。

「ボクは考えたのです。この状況において、キミたちが望んでいることは、新たに行けるフロアを増やして可能性を広げることより、今ある危険性を狭めることのほうだと」

 と言って、厨房の入り口に集まっている僕らの中心当たりの床に、小さなカギを投げ落としてきた。

「これは薬品棚の鍵だよ! みんなどの事件でも薬品棚の物の存在に振り回されてきたし、確認にも複数人で当たらなきゃならない場所があったら、人数が減ってきた今捜査に滞りも出るかもしれないからね! 鍵をかけるもかけないのも自由! かけた後に誰が管理するかもみんなで自主的に決めて、捜査に役立ててね!」

 また学級裁判がおこる前提で話を進めるモノクマ。

「それとね、最初に集まった人数から半分近くにまで減っちゃって、みんな寂しい思いをしているんじゃないかな?」

 その減った原因は自身が強いているコロシアイによるものだということを棚に上げてモノクマはそう言ってのけた。

「だ・か・ら、新しいお友達を用意したよ!」

 そう宣言して、モノクマはもう一体のモノクマの頭を持ち上げる。そのもう一体のモノクマは着ぐるみだったようだ。

「ひいいっ!」

 ……そのモノクマ着ぐるみの中から出てきたのは、長髪、というより清潔感なく無造作にのばされた髪を持ち、やややつれたように痩せた顔を持った女子だった。彼女は僕らを見ると、なにかに怯えたように声を上げた。

「紹介します。キミたちの新しい友達になる、ルズイラクカさんです! 仲良くしてあげてくださいね」

「え……今度は私、誰にどんな目に遭わされるんですか?」

 モノクマの言葉に、ルズイラクカと呼ばれた女子は恐慌したような声を上げている。……『今度は』ということは、これ以前にも僕らと別口でテロリストに拉致され、酷い目に遭ってきたのだろうか。この様子から見るに、コロシアイを強いられているとはいえ寮内である程度の自由が認められている自分たち以上の惨状だったのかもしれない。

「今度はねえ、ここにいる人たちとコロシアイをしてもらうよ。ワックワクのドッキドキだね!」

「コ……コロシアイ!?」

 その言葉を聞いて、胴体はまだモノクマの着ぐるみをつけたままのルズイさんはうつぶせに転倒してしまった。……何とか抜け出そうともがくその姿はどこかコミカルで、平和な状況だったのならクスリと笑いだしてしまっただろう。

「いやだ! いやだ! 死にたくない! なんでもする! なんでもするから助けて!」

 しかし、ルズイさんの鬼気迫る様子にそのような滑稽さを感じる余裕は生まれなかった。

「……だいじょうぶだよ」

 ……そんな彼女にまず近寄ったのは羽月先輩だった。あいかわらずモノクマのパジャマを身に着けており、ルズイさんがモノクマの着ぐるみを付けた状態なのもあって、どこか可愛らしい……と普段ならば思っただろう。

 彼女は背部にある着ぐるみのファスナーを開けて……

「ごめん! 男子はいったん出てって!」

 と叫んだ。

「えっと……黒須さん! ちょっとひとっ走り服と下着持ってきてくれる!?」

「う、うん。わかったよ」

 そう指示を出された黒須先輩は、まるでヨーイドンの合図を鳴らされたように駆け出していった。

「……あと芳賀さんは水汲んできて!」

「あ、ああ。ちょっと待っててな」

「竹枡さん……はまだ槍に刺されそうになったショックが収まってないよね?」

「う、うん……さすがにね」

「じゃあ竹桝チャンも僕らと一緒に一旦でてっていいっすかね?」

「うん! そうしてくれるかな?」

 ルズイさんの状態を察した僕ら男子陣と竹枡先輩は、厨房から辞して食堂の方へと向かう。

「ただここでじっと待ってるのも手持ち無沙汰だし、ルズイラクカさんとやらが落ち着いたとしても余計なことを聞き出してまた混乱させちゃうかもしれないから、僕は部屋に戻ってるよ」

 一目先輩は、食席にかけた僕、勝先輩、瀬戸先輩、竹枡先輩に向かってそう告げてから食堂からも出ていくのだった。

「……そういえば」

 と口を開いたのは勝先輩。

「薬品棚の鍵のことも決めなくちゃならないよね」

 

――

 

 希望ヶ峰学園 79期生 超高校級の才能の生徒

『超高校級のギャル』江ノ島盾子

『超高校級の軍人』戦刃むくろ

『超高校級の印章士』印旛祥壱

『超高校級のストーカー』須藤かりん

『超高校級の…………

 

「なるほどねえ」

 堀津圭司の遺品を受け取った一目は、堀津が残した資料に目を通しながらそうつぶやいた。やはり準・超高校級の追跡者、首謀者である79期生の生徒たちの名前だけでなく、性格などもこと細かにまとめてある。

 喫緊の課題であるモノクマの機能を停止させることだが、物理的に破壊したり機械的に停止させることは困難な上、スペアも用意されているであろうと考えると、首謀者と取引して止めさせるアプローチをはかったほうが成功する可能性が高いだろう。

「ねえねえモノクマ! 見てるんでしょ!」

 一目は他に誰もいない自室でそう呼びかける。すると、モニターにモノクマの姿が映し出された。

「あれれ、まさか内通者じゃない子のほうからボクに声をかけてくれるなんて意外だったけど、何か御用があるのかな?」

「ああ、やっぱ内通者は『いる』んだね。なんでわざわざ教えてくれるような返事をしたの?」

「キミたちのほうも内通者がいることは確信してるみたいだからね。あえて隠すこともないかなって。まあ、そっちから話しかけてきてくれて嬉しいから、サービスみたいな物だと思ってよ」

「そう。じゃあこっちもサービスしてあげるよ。『印章士』くん」

「……『超高校級の印章士』が首謀者の中にいることがバレてるのは気づいてたけど、今キミと話してるモノクマを操作してるのが印章士だとは限らないんじゃない? ボクを操作してるのはモノクマのプロデューサーのエノジュンだと考えるのが順当じゃない?」

「いやエノジュンはそっちのトップなんでしょ? だったら君たちの計画のメインの方に出払っているんじゃないかな? 僕たちと同じタイミングで入学する『超高校級の生徒』80期生を別の場所に監禁してるほうにね」

「へえ、そこまで気づいてたんだ。あくまで君たちが巻き込まれているこの事件はサブでしかないってことに」

「まああくまで『準』のつく『超高校級』でしかない僕らにあんまり価値がないことは理解してるからね。多分、僕らを救出してくれそうな組織のほうでも、『準・超高校級の生徒』の安全確保に時間をかけるより迅速に希望ヶ峰学園を奪還するべきだ、って声も上がってるんじゃないかな?」

 一目は今朝、琴間と狛枝が交わした情報を知る由もないのだが、その現状分析は的確であった。

「価値がないなんてそんな自分を卑下しないでよ。ボクはキミたちの才能を中々に買ってるんだからさ。……ところで、おしゃべりに夢中になっちゃってたけど、結局本題は何かな?」

 モニター上のモノクマを見据えて、一呼吸ついてから、一目はこう提案した。

「トレード、しない?」



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第四章 (非)日常編3

 食堂に残った僕と勝先輩と瀬戸先輩と竹枡先輩だったが、ただ待っているだけでは手持ち無沙汰だと薬品棚の鍵の扱いについて取り決めることにした。

 もっとも、重要なことだろうので、あくまで僕ら四人だけで仮の案だけだし、後ほど残りの人たちもまじえて本決定する方針だ。

 ……その『残りの人』の中に、今現れたルズイさんを含めるかどうかも話し合わなければならないだろう。

 あれほどの様子だった彼女、羽月先輩たちがなんとか落ちかせてコミュニケーションが取れる状態にできたとしても、

『実は僕らもテロリストに監禁されて殺し合いを強制されていて、薬品棚には毒になりそうなものがたんとあって、それが実際に殺人にも使われた。そして仲間は、すでにもう七人も亡くなっている』

 などと明け透けに洗いざらい伝えてしまったら、また錯乱状態に陥ってしまうかもしれないからだ。

「そういえばー……」

 と、おずおずとした口調で切り出したのは竹枡先輩だった。

「前、えーと二日目くらいだったかな?芳賀さんと、……霧生君と福添さんと一緒に、倉庫の中にある物品をリストアップしたときに、ダイヤル式のキーボックス、みたいなやつがあったんだー。薬品棚に鍵をかけて毒になりそうなものを取り出せないようにした後、これの中に鍵をしまって、パスワードを決めた人と管理する人を別にしておく、ってのはどうー?」

 確かにそのやり方なら、誰か一人が管理する、といった状況は避けられる。あまり考えたくはないが、また事件が起こった際に『鍵を持っている人が怪しい』っていうことになったり、鍵を持っている人を狙って殺害する、という危険性は狭められるだろう。

 だが、そうなるとその二人を誰にするか、という問題も出てくる。加えて、薬品棚の中には常備薬や応急処置セットのような日常生活の上でも使いうるものもあったはずだ。もし今後、何かしらそれらが必要な事態になったら、その二人が揃わないと対処できないといった可能性も出てくる。それは避けたい。

 薬品棚に鍵をかけて毒物を取り出せなくする前に、あらかじめどれを棚の外に出して誰でも使える状態にしておくかも考える必要があるだろう。

「それは確かに一案ですが」

 と、僕は今思い浮かんだ問題点を伝えた。

「うーん、確かにそうだよねー。この後にも決めなきゃいけないことはたくさんありそうだよねー」

 などと丁々発止の議論を続けていると、

「みんな、もう大丈夫みたいだよ」

 と羽月先輩ら厨房に残っていた先輩たちが、ジャージを身にまとったルズイさんを伴って食堂にやってきた。

「……みなさん、先ほどは取り乱してしまってすみませんでした。改めて、はじめまして。ルズイラクカと申します。留守番の留守に、居場所の居に、喜怒哀楽の楽に、花見の花、でルズイラクカです」

 羽月先輩の後ろで、おずおずとした様子で口を開く留守居さん。先刻の錯乱した様子からはだいぶ落ち着いていて、言葉も淡々と紡いでいる風ではあるが、どこか怯えを抱いていることは否めない。やはり、どこかである程度の自由は与えられている僕たち以上に恐ろしい目にあったのだろう。顔が全て隠れるほどの長い髪で陰になってもあいまって、どこかまだやつれている様子にみえる。

「……こちらも、改めて、羽月聖来です」

 そんな留守居さんに対して、自己紹介を返す羽月先輩。それに追随するように、僕らも順番に自己紹介を返す。

「あれ、一目くんは?」

「自室に戻りました」

 一人、一目先輩だけいないことに気づいた羽月先輩の疑問を返す。

「……そうなんだ。あのねルズイさん、ここにいる人たちにもう一人、一目蔵人くん、って男子がいるんだ」

 僕の言葉を受けて、羽月先輩は補足するように留守居さんに伝える。

「ねえみんな、私この後、留守居さんに施設とか部屋とか案内して来ようと思うんだ」

 今後のことに関し羽月先輩も交えて話し合いたいこともあったが、まだ怯えの様子が残る留守居さんに付き添うことの方が優先だろう。それに全員で連行するように連れ立ちながら話し合っても留守居さんにいらぬ恐怖心を与えてしまうかもしれない。と、この場にいる先輩方も大体同じように得心したふうで、羽月先輩と留守居さんを見送った。

 つまり、食堂に残ったのは、先ほどまでいた僕ら四人に加え、芳賀先輩と黒須先輩の六人、ということになる。

 これは、薬品棚の管理について言及する機会かもしれない、と

「これはさっきまで僕らで話しあってたんですが……」

 と竹枡先輩が出した案を芳賀先輩と黒須先輩にも伝えてみることにした。

「……そうやな、管理しておくべきやろな」

「うん、確かにね」

 と二人とも賛同してくれた様子だったので、全員で保健室へと向かうことになった。

「あ、言い出しっぺだし、倉庫からキーボックスを持ってくるね」

「僕も手伝ったほうが良いっすか?」

「うん! お願い!」

 ……向かう途中に数分だけ、僕らの中から竹枡先輩と瀬戸先輩が一旦倉庫へと足を運ぶということがあった。

 

 薬品棚と言っても、様々なものがある。

 まずその中から、ばんそうこうや常備薬のような、日常生活でも使う可能性が高いものだけをより分けて、誰でも使えるように外に出しておくのと、毒薬のような事件にしか使われなさそうなものを選別する作業……それと並行して、まさかとはおもうが、そのまさかの事件が三件も起こってしまった現状を鑑みて、『三回目の学級裁判のあとから今まで』のタイミングに持ち出されているものがないかを確認することになった。

「包帯も必要になるかもしれないっすね」

「やけどとかのした時のために軟膏もいつでも取り出せる状態にしておきたいな。ボクは料理もするからね」

「……睡眠導入剤って外に出しておいたほうが良いかな。……やっぱりこんな状況だし眠れなくなっちゃうかもしれないけど、最初の事件のことを考えると危険なような気もするしどっちがいいだろう」

 などとリストと照らし合わせつつ、全員で話し合いと確認を重ねながら、棚の中に残すものと外に出して置くものを決めていく。

「あれ、みんなここにいたんだ」

 ちょうど完了しつつあるころ、羽月先輩がやってきた。

「あれ、留守居さんはどうされたんです?」

「……少しだけ一人で横になりたいって、自室にこもってる。ちょうど一つだけ開いてた個室が留守居さんのものになってるみたいで、最初に着ていたモノクマちゃんの着ぐるみの中に留守居さんの電子生徒手帳もあって、それで開け閉めできるような部屋があったから、そこで」

 僕からの質問にも予想していたようで、羽月先輩は淡々と答えてくれた。

 さて、竹枡先輩の案ではこの後、『毒物だけになった薬品棚に鍵をかけ』、『その鍵をパスワードを設定できるキーボックスにしまい』、『パスワードを設定した人とは違う人がそのキーボックスを管理する』という手筈になっているが……さてどうしよう。

 誰かに押し付けるのも気が引けるし、だからと言ってこの場で立候補する人が現れたら、例え全くの悪意が存在しない申し出だったとしても『……まさかトリックに使うのでは』という疑念を抱いてしまう可能性も否めない。先輩方も同じように考えている様子で、なにかを言い出そうかそれとも誰かの提案に乗ろうか、出方をうかがいあっている様子だ。……このままではらちが明かないだろう。僕は意を決して……

「公平に、じゃんけんにしませんか?」

 と切り出してみた。

「え? じゃんけん? なにか決めるの?」

 と羽月先輩。そうだ。留守居さんに付き添っていた羽月先輩にはこの後の手順について説明していなかった。保健室に来たのだってみんなを探してたどり着いただけのことだった。なので、簡単に伝える。

「そうなんだ、……うん、鍵をかけるのも、鍵とキーボックスの管理の方法も、じゃんけんで決めるのも賛成するね」

 とすぐに得心してくれた。他の先輩方もそれで納得してくれたようで、どこか悲壮な面持ちで拳をかかげ、じゃんけんの構えをとる。

「じゃあ、いきますよ。まずはキーボックスのパスワードを決める役です。負けた人、でいいですよね……じゃんけん」

 僕が音頭を取ると、めいめいで手を出す。七人でのじゃんけんだったが、一回で敗者が一人に決まった。

「……僕ですか」

「……じゃあ、これ」

 と、竹枡先輩が未開封の状態のキーボックスを僕に手渡してきた。封を切り、説明書を読みながらパスワードを設定する。……数字は、同じ数字の繰り返しも連番も避けたほうが良いだろうと、なんとなく浮かんだ『11037』にした。

「じゃあ、これを入れて、閉まったらそのままあたしに渡してね。」

 その間に薬品棚も施錠したようで、黒須先輩が鍵を手渡してきた。どうやらキーボックスの管理は黒須先輩に決まったようだ。

 鍵のかかった薬品棚を眺め、ふと、初日一緒にここで作業をした瑞倉先輩のことを思い出してしまう。……はたして、リスト化作業はむしろ彼の死を早める要因になってしまったのではないか、疑心暗鬼のもとになってしまっただけなのではないか、という疑問が浮かんでしまう。無論、瑞倉先輩は良かれと思ってやったことなのであろうが……いや、余計なことを考えるのはよそう。

「留守居さんのことなんだけど……」

 数刻の間、なんとなく押し黙ってしまった僕らの沈黙を破ったのはまたしても羽月先輩だった。

「落ち着いたらね。きちんと顔を通しておきたいみたいで、今日の夕食のときには食堂に来れるそうだから、みんなにも集まってほしいんだ」

「ええ、わかりました」

 そういえば、留守居さんからは名前と、どういう字を書くかぐらいしか聞けていない。食事をしながら話し合えれば、少しでも彼女の気持ちを和らげるかもしれない、と、僕たちは了承の返事を返した。

 ……その時に、留守居さんに聞いてみたいことはあるかな、と自分の中で考えを巡らせてみたときに、ふと、『ルズイラクカ』という名前が『カムクライズル』を(ムだけ抜いて)逆から読んだものであること、動機ビデオで見せられた瑞倉先輩の秘密の映像の中で見たカムクライズルプロジェクト、そしてそのプロジェクトにおける人体実験の準・成功例である瑞倉先輩に『カムクライズル』をばらした『ズイクラカムル』という名をつけたこと、瑞倉先輩のほかにもう一人『準・成功例』と呼ばれる人物が存在することを思い出したのだった。

 ……これは、なにか関係があるのだろうか、これは、留守居さん本人に聞いてみるべきだろうか? いや、それとも……。

 

――――『一目蔵人の自室』

「ははあ、トレード、ですか?」

 一目の申し出に、モノクマは気の抜けたような声でおうむ返しをする。

「そうそう。トレード。まあ、『監禁されて外部とも連絡の取れないお前が何を出せるんだ』、って思ってるんじゃないかな?」

 相手に先んじてあえて自分が言い出した提案にダメ出しをする一目、交渉のイニシアチブを握らせようとしない、したたかさのようなものがあった。

「まあ、現金も、現物も、不動産もあまり交渉のタネにならないことは理解してるよ。おそらく日本円だけでなくあらゆる通貨の価値は暴落しているだろうし、現物には接収や輸送に人員をさかなきゃいけなくなるし、不動産は登記上の所有者なんか関係なく必要なら不法占拠すれば良いだけの話だからね」

「へえ、そのことも理解した上での申し出ですか。それで、結局、何を出せるんです?」

「じゃあ、ちょっとここでそっちでも考えてみようか。君たちのようなテロリストが欲しがりそうなもので、監禁されている僕でも出せて、現金でも現物でも不動産でもないものって、なーんだ?」

 まるでなぞなぞを出す子供のようないたずらな口調で、一目はモノクマに問いかけた。

「はいはーい! かりんは蔵人くんと仲良くして欲しいでーす! 監禁されて圧倒的に不利な状況なのにトレードを申し出る蔵人くんのその度胸、すごくすごーく気に入っちゃったー!」

 モノクマの声は、ボイスチェンジャーで今まで通りの声に替えられていても、別の人物が答えたとすぐにわかるものだった。

「……って、ああ! つられて答えちゃった! 反省しなきゃ反省しなきゃ」

「あれ、印章士くんだけじゃなくてストーカーさんもそこにいたんだ? さすが79期生の先輩方、仲がよろしいことで」

「うんいたよいたんだよ。みんなのこと大好きだからずっと見てるんだ。で、私たちが欲しがりそうなものってなにかななにかな?」

「うん。ストーカーさんと仲良くするだけで交渉に乗ってくれるならありがたいんだけど、こっちが用意したのはね、交渉権、なんだよね」

「……交渉権? それって誰と、どんな交渉をする権利なのかな? 労働者が使用者に環境を改善するように交渉する権利とか、甲子園とかで活躍した野球選手に入団してもらうように交渉する権利とかとは違うよね?」

「そうだね。僕が出せる交渉権の相手は、恐らく君たちも欲しがっている武力……それも、伝説の傭兵集団」

「……フェンリル、ですか」

「それってそれって、フェンリルのことー?」

 一目がその枕詞を声に出したのをさえぎるように、祥壱とかりんは、はもるようにその集団の名を述べた。

「さすがは印章士くんにストーカーさん、すっとその名前が出てくるなんて博識だね。やっぱり、元フェンリル所属のクラスメートがいるだけあるね」

 その『お前ら79期生の中の戦刃むくろがフェンリル所属であったことも知っているぞ』といわんばかりの言葉を返す。

「伝説の傭兵集団、っていう仰々しい枕詞って言ってもね、対価を受けとって業務をこなす営利団体であることには変わらないんだよね。もちろん頭に『伝説』なんてつくハイブランドの傭兵集団だから一見さんお断りで交渉窓口はせまいけど、まあ、そこは『準・超高校級のトレーダー』として、交渉権は取得しておいてるんだ」

「……交渉窓口なら、こちらにも元フェンリル所属のむくろ様がいますが」

「いや、元フェンリル所属だからといって無条件に交渉権があるわけじゃないよ? そこは従業員だからと言って株主総会に出れるわけじゃないのと一緒だよ? 特にこういう武力集団って、現場の人間を議決の場に参画させることを嫌うと思うなー」

「……」

 自分を高く売るために出すべき情報は出し、相手からの指摘は訂正していく一目。

「さてさて、この申し出に興味を持ってくれたのなら、細かいところ詰めていきたいし、書面での条件提示もしたいから、モノクマ越しじゃなくて一度顔を合わせてお話しできる場を設けてほしいんだよね。……なんなら、交渉権だけでなく、実際に『フェンリルを買う』まで任せてくれても良いからさあ」

 



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第四章 (非)日常編4

 そうだ、留守居さんに聞くべきことより先に、一目先輩以外がそろっているうちに今朝の77期生の先輩との連絡の内容についても伝えておくべきじゃないか。……途中で竹枡先輩が校則違反をしたアナウンスが流れてそのまま切ってしまったが有益な話は出来ていたはずだ。

 露見する危険をおしてもかまわない、とは言われたけどさすがにここで口頭で説明するのは良くないだろうが、幸いなことに今まで薬品棚の再確認をしていたから、筆談を始めるのは難しくない。

「ところで、保健室にあるものについてもう少し確認しておきたいんですが……」

 などと適当な言い訳を述べて紙とペンを掴んで、次のように書き起こした。

 

 ①今朝77期生の先輩と連絡を取ったところ、僕らを救出に移るための武力は揃っているとのことである。

 ②僕らの安全を確保するためにこちらから『実行に移して欲しい』という旨の連絡が来るまで待機状態にさせている。

 ③しかし、その武力の一部が方針を無視して先行してしまう危険性があるので出来る限り早くしてほしい。そのためには僕らが外部との連絡手段を手にしていることがある程度は黒幕に露見する危険をおしても構わない。

 

 ……おおむねこのような内容だったはずだ。と書く手を止めて全員に掲げて見せる。

『②についてなんだけど』

 すると筆談で返してきたのは羽月先輩だ。

『実行に移して欲しいって連絡を最終的に下すのは、連絡手段を持ってる琴間くんになるんだよね?』

『そうなりますね』

『責任重大だよね? 大丈夫?』

 なしくずし的に最初に連絡手段を手にした僕がその役目も追うことになっているが、確かに責任重大だ。ただの中学生である僕には荷が重いとも感じる。

『これは提案なんだけどさ、連絡役、私に任せてくれない?』

 ……これは意外だ。さて、どうするべきか。

 

 

羽月聖来の申し出を受け入れますか?

>いいえ<

 

 ……責任感の強い羽月先輩だからこその申し出であって、他意はないのだろう。

 しかし今まで連絡を取っていて今から変更するのも不都合が出るかもしれない。

 それに……羽月先輩をことさらに疑っているわけではないが、どうしても内通者の存在が鎌首をもたげる。やっぱり僕視点だと僕自身が持っていることがベストだ。

『いえ。引き続き僕がやります』

『うん。わかった。相談事があったら何でも言ってね』

 こういう一言が心に沁みる。他の先輩方も得心してくれたようだ。他に連絡手段を持っておきたいと言い出すような人もおらず、つくづく先輩方はこのような苦境においても冷静だ。

 それで、あまり長く話し込むのも怪しまれるかと思い、この場は解散になった。

 

 夕食の時間に予定された留守居さん歓迎会(こんな状況に追い込まれて『歓迎会』というのも奇妙ではあるが)までは時間があるが、それまで何をするべきであろうか? と自室で考え込む。

 どのようにしてモノクマの機能を止めるか、内通者を明らかにするか否か、それらをひっくるめてなにをどうすれば『自分たち監禁されている生徒の安全が確保できたので蜂起してほしい』という連絡ができるようになるのか。

 解決しなくてはならないことは山積しているが、効果的な案などこれといった才能のない一介の中学生である僕にはそう簡単には思い浮かぶはずもなく、ただ悶々とするだけでだらだらと時間は過ぎていく。

 そうこうしている間にも、それこそ今この瞬間にでも、僕らの安全を度外視した希望ヶ峰奪還作戦が実行されるかもしれないというのに。……才能がら一日の長がある堀津先輩も、考えをまとめてくれそうな岸和田先輩も、励ましてくれそうな手岡先輩も、もういない。

 そうだ、『僕がモノクマをどうにかする方法を考える』と言っていた一目先輩とも話しておきたいが……と思い立ち、彼の自室に足を運んで呼び鈴を押してみたが返事はない。

 はて、ならばどこにいるんだろう、この状況で一目先輩が行きそうな場所……といってもピンとくるところはない。まあ、一目先輩も食事はとるだろうし食堂で待っていればくるだろう、と思い足を運ぶことにした。思えば朝ゴタゴタがあったせいで朝食をとっていないし。

 

「ひゃーひゃー! また油が跳ねたー!」

「生地は高いところから落としちゃだめだよ。ゆっくり下ろす感じにしなきゃ」

 食堂に足を運んだ僕の耳に、にぎやかな声が届いてきた。この声は勝先輩と羽月先輩か。なにやら甘いいい香りもする。このような状況でも楽しげに活動できていることは良いことだ、と僕も厨房へと入っていく。厚めの鍋を火にかけ、ボウルから黄色い生地の素を入れていっている……どうやら作っているのはドーナツかなにかのようだ。

「ああ、こんにちは琴間君」

 モノクマ柄のエプロンを生地や油で汚している羽月先輩が僕に気付いてそう声をかけてきてくれる。

「さっき留守居さんに案内してる時に話したんだけどね、留守居さんってドーナツが好きなんだって。だから歓迎会に作って上げようと思って、勝くんと一緒に練習してたんだ。こんな状況でも、好きなもの食べればちょっとは元気出るんじゃないかな、って思って」

 隣で羽月先輩と一緒にいろいろな形のドーナツを揚げている勝先輩は、どこかウキウキしているようだった……第二の事件から全員が集まりうる場で料理の腕を振るう機会がなく、先日哀愁を漂わせながら一人で天ぷらを作っていたのとは大違いだ。やはり自分の才能のことで頼られるのはうれしいことなのだろう。

「せっかくだから琴間クンもどう?」

「はい、じゃあいただきますね」

 と、勝先輩に勧められて、出来上がってるひと口サイズのドーナツを一つ。つまんで食べてみる。……うん、さすがは準・超高校級の料理人だ。砂糖をまぶしただけのシンプルな味付けでも、火加減や生地にも気を使っているのがうかがえる。何個でもパクパクいけてしまいそうだが、これは歓迎会に用意されたものであろうので一個で止めておく。コンロも使ってるし、僕の昼食はいつものように冷凍食品でいいかな。邪魔しちゃ悪いし、あたためをすませて食堂の方に持っていって食べよう。とレンジから取り出して食堂の方へと向かう。

「おお、おったおった。探しとったんよ」

 すると、僕の姿を認めた芳賀先輩が近づいてきた。

「どうしたんですか芳賀先輩?」

「いや、大したことやないんやけどちょっとおしゃべりしよ、とおもてな」

 と切り出し、

「うちの動画見たことある?」

「ええ、朗読劇とか見たことありますよ」

「ここから出られたらえなきんにも出て欲しいな」

「いいですけど、僕ってただの中学生ですからあまり面白いことできないと思いますよ」

「案外そういうこと言う子が取れ高ばっちり取れるねんな」

 とか他愛のないことをまくしたててきて、僕もそれに応じる。……しゃべりながらもスマホに何かを打ち込んでいるので、真に伝えたいことはこちらなのだろう。そして入力が終わったようで、画面を僕の方へ向けてきた。

『かなり賭けになる案やとは思うけどな、ラブアパートのドアって鍵をかけられる上に銃弾を跳ね返す程頑丈なんやろ? そこならモノクマも手出しできない可能性があるんちゃうか? そのまま77期生の人に蜂起を実行に移して欲しいって連絡して安全が確保されるまで全員で立てこもる……っていうのはどうや?』

 ……なるほど。確かにそれなら全員に話をつければ今すぐにでも実行できる。早さを重視するなら一案だろう。だが……

 

芳賀愛の提案に賛同しますか?

 >いいえ<

 

 いや、いざことが起こった際に黒幕がラブアパートのルールを遵守するとは限らない。それに、内部に毒ガスでもまかれたらひとたまりもないだろう。事実、岸和田先輩はそれで亡くなってしまったのだから。この籠城作戦は危険がある、と伝える。

『……うん、確かにそうやな』

 芳賀先輩の方も納得してくれたようで、一つ頷くと、席を立って厨房の方へ向かっていった。

「あれ、せーらんとふじさんなに作っとんの? うちもまぜてな」

「うんうん、誰でも歓迎するよ」

 どうやら調理中の二人に合流したようで、そのまま談笑しながらドーナツづくりに加わった様子だ。

 さて、待てども待てども一目先輩は現れない。ここにずっといるのも手持ち無沙汰だと、先輩方に『一目先輩を見かけたら僕の部屋に来るように伝えてほしい』と言付けを頼んで自室へと戻る。

 

結局、一目先輩とは顔を合わせることができないまま歓迎会の時間になってしまった。とにかく食堂の方へ向かうとしよう。

「おや、予備学科志望君、今朝ぶりだね」

 道すがら、一目先輩が話しかけてきた。……僕の自室に来ることもなく、このタイミングで会う、ってことは一目先輩は昼にも食堂に行ってないのであろう。一体どこにいたんだろう。

『明日に話をつける。他言・追及無用』

 一目先輩のほうも僕がいぶかしげな視線を向けていることに気付いたようで、スマホを掲げてその短い一文を見せてきた。

 ……君のことだから受け入れてくれるよね、

 とでも言いたげな目線と共に。

 

 

一目蔵人を追求しますか?

 

>いいえ<

 

 ……一目先輩のことだ。なにか確信があってこうしているのだろう。と考え、そのまま連れ立って食堂へ向かう。

「あ、きたきた琴間くんと一目くん」

 すでに食堂には僕ら以外の全員が集まっていた。どうやら各テーブルの上に置いてある料理を適当にとっていく立食スタイルのようで、すでに始めている人もいた。その輪に僕らも加わっていく。

「黒須さん……ってお姉さんみたいですよね」

 先ほどよりだいぶ険のとれた穏やかな表情で、留守居さんが黒須先輩と話している。僕もそのような印象を抱いていたが、やはり黒須先輩はお姉さん気質なのだろう。

「えへへ、よく言われるんだよね」

 本人も自覚しているようでそう返す黒須先輩。彼女もまたコロシアイ学園生活の中でだいぶ堪えていた様子だったが、多少なりとも笑顔が見れて良かった。

「ああ、こんばんは。ええと……」

「琴間です。琴間恵那樹」

 僕の姿を認めた留守居さんが話しかけてきたので、自己紹介をする。

「琴間さん、ですねよろしくお願いします」

 そう言って、深々とお辞儀する留守居さん。やたらと長い髪がばらっと顔にかかってしまったようで両手で整えなおしている。

「やっぱり長すぎて不便そうだよね」

「そうなんですよね……」

「美容師の瀬戸くんに頼んでみる?」

「え、美容師の方がいらっしゃるんですか?」

「ん、誰か僕を呼んだっすか?」

 話していたら自分の名前を聞きつけたらしい瀬戸先輩が近づいてきた。

「ああ来た来た、この人が瀬戸くんで、準・超高校級の美容師さん」

「はい、瀬戸政直っす」

「瀬戸くんはみんなの髪、切ってくれたんだよ」

「ええ、やらせてもらったっす」

「……久しぶりに瀬戸くんにシャンプー、してもらいたいなあ」

 瀬戸先輩と一緒についてきた竹枡先輩も話に加わってそんなおねだりをする。

「なんかこういうのって久しぶりだよね」

「……前回、途中で打ち切りになっちゃったからね」

「やっぱみんなで食事、ってええもんやな」

 厨房と食堂を行ったり来たりして給仕しながら食べている勝先輩、羽月先輩、芳賀先輩もそんな会話を漏らしている。

 夕食会は和気あいあいとした雰囲気で過ごすことができた。

 

「ねえ、琴間くんちょっと頼みたいことがあるんだけど……」

 散会のあと、話しかけてきたのは羽月先輩だった。

「ちょっと片付け、手伝ってくれないかな?」

 いつも率先して行動してくれる羽月先輩の頼みだ、断るようなことはしまいと二つ返事で承諾する。

 ……のはいいのだが。

「……なにをどうしたらこんな風にできるんですか」

 生地だったものと思しきものや油やらが床に飛び散って悲惨なことになっている。

「えへへー、ちょっと張り切り過ぎちゃった」

 げんなりした表情を浮かべているのであろう僕に対して舌をペロッと出しおどけて見せる羽月先輩。

「勝くんには作るときに力を借りたのに片付けまで手伝ってもらうのも悪いかなって思って私がやっとくって言っちゃって」

 フローリングワイパーを手に床をきゅっきゅとしながら可愛らしい言い訳を続ける羽月先輩。まあ二人でやれば早いだろうと、てきぱきと進めていく。一見してひどい状況だったが、一拭きで簡単に取れる汚れがほとんどだったので思いのほかすぐにきれいになった。

 なんだか既に大量にごみが詰め込まれてるゴミ袋に拭き終えたシートを押しこんで一件落着、とばかりに一息つく。

「ありがとうね、琴間くん」

 と羽月先輩。

「……ついでになんだけど、ゴミも捨ててきてもらっていいかな? 私この後厨房チェックしておくから」

「はい。そのぐらいならいいですよ」

 と、ゴミ袋の中身を押してから口を結んで持ち上げ、厨房を後にする。

「あ、琴間チャン、お疲れっす」

 ちょうど出たところで、同じようにゴミ袋を手に持った瀬戸先輩と出くわした。

「片付けしてくれてたんすか、サンキュっす」

 と言って、空いている手を差し出してきた。

「ゴミっすか? ついでなんで一緒に持ってくっすよ」

「あ、じゃあお願いします」

 先輩方はやっぱり気を回してくれているなあ。せっかくだからお言葉に甘えようと、ゴミ袋を手渡して自室に戻ることにした。

 

 

 さて、そんなこんなで留守居さんを交えた夕食会も終え、就寝の準備も済ませてベッドに寝転がりながら人心地ついていると……

 

 ブブー! ブブー! ブブー!

 二件の校則違反が発生しました!

 ブブー! ブブー! ブブー!

 二件の校則違反が発生しました!

 ブブー! ブブー! ブブー!

 二件ともダストルーム周辺です!

 ブブー! ブブー! ブブー!

 二件ともダストルーム周辺です!

 

 と、今朝と同じようにけたたましいブザー音が部屋中に鳴り響いた。夕食会で少なからず肩の力が抜けた思いをして今まさに横になろうとしていた僕にとってはまさに晴天の霹靂、といったところで、着のままで部屋から飛び出す。

「……まさか!」

「なんや! 今度はなにが起こってんねん!」

「え、なんですかこれ!? なんなんですかみなさん!」

「あーあ、またなの?」

 他の先輩方も同じ思いだったようで、お互いに出てきた人の顔を確かめて一瞬安心した表情をみせて一言二言交わしたかと思うと、『いないのは誰だろう』とでも言いたい雰囲気で顔をきょろきょろと動かす。

 ……まだ出てきてないのは、あの先輩と、あの先輩か。

 不吉な予想を声に出さないために言葉少なのまま、僕らは連れ立って、アナウンスがあったダストルームへと歩みを進める。

「……大丈夫だよね。あたしもこうして大丈夫だったんだから」

「……そうや。きっと、そうや」

「……うん」

 先輩方も悪い予感をかき消そうとするかのように、言葉を交わしている。

 が……近づくにつれ、予感が実感をともなって訪れるような気がしてくる。そして、ダストルームへの曲がり角につくと、それが実際に嗅覚にも届いてくるようだった。いや、これは本当に嗅いだことのある匂いだ。

 あのとき、瑞倉先輩の部屋でも、ラブアパートでも嗅いだ記憶のある……これは、血の匂い。

 ここまできてしまうと、さすがに口数すくなになってきている。

 

 そして、ダストルームへの入り口。

 そこには、無数の槍に身体をつらぬかれて横たわり、身体中から今まさに出たのだと言わんばかりの鮮やかな赤い赤い血液をたらたらと垂れ流して息絶えている……

 準・超高校級の絵本作家、羽月聖来先輩の姿があった。

 

「え……せーらん?」

 そう引き絞るような声を上げたのは芳賀先輩だった。

「……なんで、なんや?」

 傍らにしゃがみ込み、ただただ理解に及ばないように顔の筋肉をこわばらせたまま、羽月先輩の亡骸に目線を落としている。

「どうして……羽月さん?」

 留守居さんも、ここに来てからなにかと世話をしてくれていた羽月先輩の突然すぎる死を受け入れられない様子で立ち尽くしている。

 ……だけど、僕たちは確かめなければならない。恐らくダストルーム内部で起こっているのであろうもう一件の校則違反の顛末を。

 芳賀先輩らを尻目に、僕はダストルームの扉をゆっくりと開く。……そして中を覗き見ると、部屋中に赤い液体が飛び散っているのを目にしてしまった。

 そして。

 そこには、同じく……そう、たった今しがた目の当たりにした羽月先輩の遺体と、全く同じように、無数の槍に身体をつらぬかれて横たわり、身体中から今まさに出たのだと言わんばかりの鮮やかな赤い赤い血液をたらたら、だらだら、垂れ流して息絶えている……

 準・超高校級の美容師、瀬戸政直先輩の姿があった……

 

「いやぁぁぁっぁあぁっぁあぁぁぁ! 瀬戸くぅぅぅぅん!!」

 その姿を見るやいなや、竹枡先輩が悲痛な叫び声をあげ、膝から頽れるようにすわりこんでしまう。

「死体が発見されました!」

 そんな竹枡先輩を意に介さない様子で、いつものように能天気な声を上げてモノクマがやってくる。

 またしても二人、死者が出てしまった。

 そんな凄惨この上ない、絶望的な状況に打ちひしがれている僕らをあざけるかのように一拍おいて、こう宣言するのだった。

「……のですが、今回は二件とも校則違反に対する制裁による死亡なので、学級裁判は行われません。さてさて、もうそろそろ10時になります。夜時間のうちに死体は片づけておくので今のうちにお別れでも済ませておいてくださいね。それでは皆さん、おやすみなさい。良い夢を……」

 ……は? こんな残酷な遺体と奇々怪々な状況を目の当たりにさせられて、さっさと寝ろ、というのか?

「っていうのもさすがに寂しいだろうし物足りないと思うので……今回は、特別に」



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第四章 非日常 捜査編

 羽月聖来先輩。

 率先して自己紹介を始めたり、困惑している僕に状況の説明をしてくれたり、突然の共同生活を送るに当たって誰かに負担が偏らない様に自分から働きかけてくれたり、積極的にみんなと関わって来た、小柄な見た目とは裏腹にお姉さんのような存在だった羽月先輩。

 

 瀬戸政直先輩。

 いきなり監禁されてコロシアイを強制されるような状況で自分も混乱しているであろうに、動揺のひどい他の人を優先し、散髪や美容ケアをして、落ち着くようにはからってくれた、見た目通りの大人びた存在だった瀬戸先輩。

 

 ……そんな二人が、ちょうど同じように、その全身を無数の槍に貫かれ、大量に血液を垂れ流して絶命している。昨日、まさに昨日、三人も、岸和田先輩も手岡先輩も堀津先輩も、亡くなったばかりだというのに、なんでこうも立て続けに。

 

「校則違反だからって、大切な大切な友達が亡くなって、はいサヨウナラ、サヨウナラ、っていうのはなんというか、イカニモ寂しいよね」

 打ちひしがれている僕らなど、どこ吹く風といった調子で、あいかわらずモノクマは底抜けに明るい口調で続けていく。

「だからねだからね、今回は、二人が犯した校則違反の内容について当ててもらう、っていうのにするよ! これは学級裁判じゃないから、外しても特にオシオキはないし、正解したらこちらからごほうびをあげる予定だから、みんなでがんばって捜査してね!」

「……で、拒否権は?」

「ん? そんなものはキミたちにはないよ? ないんだよ?」

 一目先輩の質問に、キョトンとしたような顔で返すモノクマ。

「モノクマファイルは送っておいたから参照してね! それと今回も亡くなった子の部屋には入れるようにしておいたから、それじゃあね!」

 そんなモノクマを、僕はただぼうぜんと見送ることしかできなかった。他の先輩方も、瀬戸先輩の遺体の側にひざまずいて嗚咽をこぼしている竹枡先輩、無言のまま羽月先輩の傍らにたたずむ芳賀先輩と留守居さん、なにかぶつぶつと言いながら廊下の片隅にうずくまって遺体を見ないようにしている黒須先輩、僕と同じようにダストルームの入り口でただただ佇んでいる勝先輩……そして。

「さて、じゃあ調査をしようかね」

 ……事ここに及んでもあいかわらず、飄々としている風の一目先輩。僕も打ちひしがれている場合ではない、今回はオシオキなしとはいえ、真相を究明するために動かなくては、とまずは電子生徒手帳に送られてきたモノクマファイルに目を通す。

 

『モノクマファイル5

 死亡者は 準・超高校級の美容師、瀬戸政直。

 死体発見現場はダストルーム。

 死亡推定時刻は午後9時45分前後。

 死因は全身を槍で貫かれたことによる出血性ショック』

 

『モノクマファイル6

 死亡者は準・超高校級の絵本作家、羽月聖来。

 死体発見現場はダストルーム前の廊下。

 死亡推定時刻は午後9時50分前後。

 死因は全身を槍で貫かれたことによる出血性ショック』

 

 ああ、またしても、二人、亡くなってしまったんだなあ……と痛感する。しかし、5分程度の差とはいえ瀬戸先輩のほうが先に亡くなったのか。これは覚えておいたほうがいいかもしれない。

 

 コトダマ『モノクマファイル5』を手に入れました

 コトダマ『モノクマファイル6』を手に入れました。

 

 そして……モノクマが校則違反による制裁と明言している以上、やはり今回は校則にも、もう一度目を通しておくべきだろう。と電子生徒手帳を立ち上げる。

 

1 生徒はこの寮内で共同生活を送りましょう。期限はありません。

2 夜10時から朝6時は夜時間とします。食堂などに入れなくなる施設があるので注意しましょう。

3 就寝は個室で。

4 寮内の調査は自由ですが、立ち入り禁止の区域には入らないようにしましょう。

5 モノクマへの暴力、ドアや設備や備品の破壊、消耗品の無駄遣いは禁止します。

5-2薬品棚の毒や薬を、排水溝や焼却炉に廃棄することを禁じます。

6 禁止行為が発見した場合、罰を受けることがあります。

7 他の生徒(見学生の琴間恵那樹クンも含みます)を殺害した生徒は卒業となります。

8 しかし、殺害したことを他の生徒にバレてはいけません。

9 校則は追加、修正されることがあります。

10 一人の犯人が殺せるのは最大二人までとします。

 

※ 毒に関するルール

1、Aが毒『甲』をBに無理やり摂取させ死亡した場合、クロはAとみなす。

2、Aが毒『甲』をBに渡し、Bが自ら摂取し死亡した場合、クロはAとみなす。

3、Aが毒『甲』をBに渡し、さらにBがCに渡してCが摂取し死亡した場合、毒であることに関して知っていたか知らなかったかを問わず、クロはBとみなす。

4、Aが毒『甲』を、Bに毒『乙』をそれぞれCに渡し、Cがそれらを交互に摂取し死亡した場合、致死量とみなされる量を摂取した時点で、直前にとっていたものを渡した人物をクロとみなす

5、AがBに毒『甲』を渡し、Bがそれを致死量とみなされる分以上を摂取した後で、Cがさらに毒『甲』を渡した場合であっても、クロはBとみなす。

 

 

 ……そういえば今朝、5-2と10が追加されたんだったな。 それと、多分今回は関係なさそうだが、毒に関するルールか。……くそ、どうしてもカディナ先輩と霧生先輩の顔が浮かんでしまう。

 

 コトダマ『校則一覧』を手に入れました。

 コトダマ『毒に関するルール』を手に入れました。

 

 さて、やはりダストルームに遺体がある以上、やはりここは重点的に調べておいたほうがいいだろうと、周囲を見渡す。

「……せと、くん」

 ……もはや返事をすることはない瀬戸先輩の遺体と、顔面蒼白とした竹枡先輩の顔貌が目に留まったが、うろたえている場合ではない。と、部屋最奥の焼却炉へと足を運ぶ。僕は今まで使ったことがなかったが、電子生徒手帳を読み込ませるタッチパネルがついており稼働と停止を切り替えられる仕組みになっているようだ。利用履歴も調べられるようになっており、直近で『稼働 瀬戸政直 午後9時45分』と表示されていた。

 

 コトダマ『焼却炉の利用履歴』を手に入れました。

 

 そうだ、僕が厨房の掃除を終えた後に出たゴミを回収したのは瀬戸先輩だったじゃないか、これもなにか手掛かりになるかもしれない。と、思い出して、ふとひっかかることがあった。……なんで自分は、『掃除を終えて厨房から出て、瀬戸先輩にゴミ袋を渡した時間』を覚えていないんだ? 厨房内にあるはずの時計がちらりとでも目に入っていれば、大まかにでも覚えているはずなのに。

 

 コトダマ『ゴミ回収する瀬戸先輩』を手に入れました。

 コトダマ『時間を覚えていない自分』を手に入れました。

 

それと……タッチパネルの傍らに落ちているのは電子生徒手帳と……、中身の入ったごみ袋? 透明で中身がある程度見えるようになっているが……ハンドクリームの外箱や、髪染めのパッケージなどが入っているようだ。そう言えば瀬戸先輩は勝先輩と手のケアについて話していたり、瑞倉先輩の髪を染めたりしていたな。これは……瀬戸先輩が出したゴミだろうか?

 

 コトダマ『タッチパネル前に落ちていた電子生徒手帳』を手に入れました。

 コトダマ『残されたゴミ袋』を手に入れました。

 

「……なにか手掛かりになるようなものはあったかい?」

 と僕に話しかけてきたのは勝先輩だった。今回は統制をとろうとするような人はおらず、みな困惑しているような状態だったが、彼はその中でも早くに立ち直ったようだった。

 ……って、あれ? よく考えてみるとおかしい。

 厨房を主に使っている勝先輩は清潔を旨として、『まず掃除からだ』と言っていたじゃないか。そんな勝先輩が……あのようにひどく散乱した厨房をそのままにしておくだろうか? これは尋ねてみるべきかもしれない。

「……勝先輩、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」

「うん、なんだい?」

 口調は穏やかだが、努めて動揺を見せない様に自制している風でもあった。勝先輩は共同生活における食事面を主に担っており、ほぼ全員と良く関わっていた。その中でも一緒に料理をすることもあった羽月先輩、同じ客商売の才能を持つ瀬戸先輩、二人ともども仲が良かったので、さすがにショックは大きいのだろう。

「パーティーのあと、厨房がすごく汚れてたんですけど……」

「すごく? すごくってどれくらい?」

「いやもう『どうしたらこんなに汚すことができるんだ……』ってぐらいです」

「……うーん、パーティーの前にほぼ片付けも済ませちゃってたし、残りは羽月サンがやっておくよ、って言ってたから任せておいたんだけどね……お皿とか片付けるときにちょっとこぼしたりしちゃったのかな?」

 そう答える勝先輩だが、あれは『ちょっとこぼした』っていうレベルじゃなかった。……そんな急に汚れることがあり得るのか?

 

 コトダマ『勝先輩の証言』を手に入れました。

 

 そろそろ他の所も捜査してみるか。今回、残る人を決めずに捜査に入ってしまったが、モノクマが『今回は校則違反による罰則』『オシオキはない』と明言している以上、クロが証拠隠滅を図る可能性は薄いだろうし、……それにここまで人数が減ってしまった以上、現場にばかり人員を裂いてしまったらそれ以外の場所が手薄になってしまうだろう。現状、すでに今話しかけてきた勝先輩と、瀬戸先輩のそばに座り込む竹枡先輩以外は出払っている。

 ……とダストルームから出ると、廊下に横たわる羽月先輩の遺体が目に留まってしまう。

「羽月さん……」

 傍らにいるのは……留守居さんか? 彼女もまた、ここに来てまず面倒を見てくれた羽月先輩の急すぎる死に動揺しているのだろう。……やはり彼女には、ここに来てから羽月先輩とのことをきいておいたほうがいいな。辛い状況に追い打ちをかけるような形になってしまわないよう、言葉を選びながら。

「……留守居、さん。少しお尋ねしたいことがあります」

「えっと、琴間さん、でしたね」

 話しかけると、彼女は長い髪をかきわけて、顔を見据えるようにして向き直ってくれた。

「……ここに来てから、すぐ羽月先輩と一緒に行動する時間がありましたよね? その時なにかお話しされましたか?」

「……落ち着くようにお話ししてもらった後、今私も含めた皆さんの現況……コロシアイ生活や学級裁判について簡単に説明を受けながら、空いている部屋に案内されて、そこで一人でしばらく横になっていました。その部屋は私が最初に帰せられていた着ぐるみの中に一緒に入っていた電子手帳で開く仕組みになっていたそうです」

 と、僕がした質問にしっかりとした口調で返す留守居さん。……すぐに羽月先輩が保健室で僕らと合流したことを考えると、あまり長い時間はいなかったのだろう。

 

 コトダマ『留守居さんの証言』を手に入れました。

 

 さてと、次はどこをどう調べればいいんだろう。と考えながら歩みを進めているうちに、保健室にたどり着いた。毎回重要な手掛かりがないかとまず訪れる場所だったので、習慣づいてしまったのだろうか。

 ……そうだ。校則違反と言えば、今朝竹枡先輩が『モノクマポイズンA』を排水溝に流して捨てたことで追加されたんだったな。それで薬品棚に鍵をかけるようになって、キーボックスとパスワードで管理することになったが、一応今回も確認しておくかと中に入ると、作業机に腰かけている黒須先輩がいた。

「……黒須先輩」

「ひぃっ!」

 僕が背後から話しかけると、彼女は怯えたような声を上げながら振り返る。

「……ああ、琴間君か。ごめんね変な声上げちゃって」

 僕の姿を認めると、やや安心したような声を上げる。

「いえ。こちらこそ驚かせてすみません。ですが、ここで何をされてたんです?」

「……今回薬品棚に鍵をかけたけど、やっぱりここが気になっちゃって。棚の外に出してる常備薬みたいなものもあるし。……でもやっぱり、なくなってるものはなかった」

 と説明をする黒須先輩。つまり、今朝選別した以降、薬品棚にあったものは持ち出されていない、と考えていいだろう。

 

 コトダマ『黒須先輩の証言』を手に入れました。

 

 それと……やはり、事件の当事者となってしまった二人の部屋に関しても調べておくべきだろう、黒須先輩にそう告げて寄宿舎へと向かい、まずは羽月先輩の部屋へと入る。

「……ああ、えなきん。来たか」

 扉が開いて入ってきたのに気付いた芳賀先輩が話しかけてきた。特に羽月先輩と仲の良かった彼女、いつもの陽気な雰囲気とはうってかわって神妙な表情を浮かべている。

「ちょっとこれ、見て欲しいんやけど……」

 と言って差し出されたのは、手のりサイズの箱。パッケージには『凝固剤』と書かれている。天ぷらとかフライとか油を大量に使う料理の後に出る廃油とかを捨てるのに使うやつかな? 特にモノクマとかの意匠もあしらわれてるわけじゃない、市販のと同じものだ。

「これがどうしたんですか?」

「ああ、こういうもんがあるんは厨房の備品としてあるんは知っとったんやけど、これって主に厨房で使うもんやろ? なんで部屋にあるんやろな、って気になってな」

 ……確かにわざわざ部屋に持ってきて使うような用途はぱっとは思い浮かばない。これも記憶しておいたほうがいいかもしれない。

 

 コトダマ『芳賀先輩の証言』を手に入れました。

 コトダマ『凝固剤』を手に入れました。

 

 さて、次は……瀬戸先輩の部屋か。と、重い足を引きずるようにして向かい、扉を開く。

「ああ。来たね予備学科志望君」

 と話しかけてきた先客は一目先輩だった。

「結論から先に言っておくと、この部屋は掃除でもしたばかりのようにきれい、って事の他は特に変わった点はないみたいだね。逆に言えば、掃除をする必要があったのかもしれないけど、どっちだろ?」

 と聞く前から話し始める彼。確かに言う通り、一見しただけでもきれいにしてある部屋だと分かる。

 

 コトダマ『一目先輩の証言』を手に入れました。 

 

「……しっかしさあ、変なことするよね」

「変なこと?」

 とおうむ返しに聞き返す。

「僕たちに自主的にコロシアイさせることに意味があるのか、裁判で犯人を明らかにすることに目的があるのか、と思ってたら、今回は校則違反です、裁判もないですって言うんだからさ」

 

『ピンポンパンポーン! さてさてそろそろはじめちゃおう! お馴染みのエレベーターの前に集まってくださーい!」

 

 と、急にアナウンスが入る。

「あれ、もうなんだ。僕はここぐらいしか捜査できてないけど、まあ今回も予備学科志望君がうまいこと立ち回って情報集めててくれてるかな?」

「ええ、まあ……一通り回りましたけど」

「そっかそっか。頼りにしてるよ」

 と言って、先だって部屋から出ていってしまったので、僕もそれを追い、エレベーターを目指す。到着は僕らが一番乗りだった。

「……瀬戸くん」

「……どうなってしまうんでしょう」

「……また誰かを疑わなきゃならないんだよね」

「……しっかりしなきゃ」

「やるしかないんやな……」

 一人、また一人と集まってきて、エレベーターに乗り込む。一人、留守居さんが増えたというのに、こんなに広く感じるのだなあ。

 

 ……今回はオシオキはない、とはいえ、コロシアイを仕組んだ奴らのことだ。一筋縄でいくはずはない。

 今までにない形で、始まる。

 信頼、 

 裏切り、

 騙しあい、

 ……の、学級裁判が。

 



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第四[章 非日常 裁判編(前編)

コトダマ一覧

『モノクマファイル5』

『モノクマファイル6』

『校則一覧』

『毒に関するルール』

『焼却炉の利用履歴』

『ゴミ回収する瀬戸先輩』

『時間を覚えていない自分』

『タッチパネル前に落ちていた電子生徒手帳』

『残されたゴミ袋』

『勝先輩の証言』

『留守居さんの証言』

『黒須先輩の証言』

『芳賀先輩の証言』

『凝固剤』

『一目先輩の証言』



 学級裁判場。

 ああ。ここに来るのも、もう四度目か……。

 またしても三つ増えてしまった遺影を睥睨し、席に着く。……堀津先輩の遺影に描かれたバッテンは警棒柄、羽月先輩のそれは色鉛筆柄、瀬戸先輩のはハサミのような意匠だ……。今は亡き先輩方の顔を眺めながら僕らは決められた席についていく。

「あの、すみません。私はどこに行けばいいんですかね……?」

 今回から参加する留守居さんがそう尋ねる。

「琴間クンの隣だよ! ほらほら琴間クン! エスコートしてあげて!」

 そう名指しされた僕は留守居さんに目配せする。どうやら僕の右隣が彼女の席のようだったので、手で招き寄せて案内する。……本来右隣だった瑞倉先輩が最初の裁判の時点で亡くなっていたので、右に人がいる、というのは初めてだなあ、なんて思ったりした。

 

「それでは、今回は正式な学級裁判ではないので、間違いや誤答が起きたとしても、こちらからなにか罰を与えたりすることはありません! でも真相にたどり着くことができたらご褒美があるので、がんばって瀬戸クンと羽月サンに関して話し合ってください!」

 そうモノクマが宣言、物々しい雰囲気のまま、議論は始まった。

 

 

ノンストップ議論開始!

 

 竹枡「……どうして、どうして瀬戸くんは死ななきゃならなかったんだろう?」

 一目「そうだね。まずは先に亡くなってた美容師君について話すか。まあダストルームの焼却炉前で亡くなってたんだから、それに関連する校則違反をしてしまった、って考えるのが順当だろうね」

 黒須「ダストルームに関連する校則違反……なにがあったかな?」

  勝「たしか……22時以降は使えなくなる施設があるんじゃなかったっけ? その中にたしかダストルームの焼却炉も入ってたはず」

 竹枡「じゃあ……もしかして、22時以降に焼却炉を使おうとして、それが校則違反になった……とでも言うの!? ただそんなことで瀬戸くんは死ななきゃならなかったの!?」

 

 それは違います! 『焼却炉の利用履歴』→『22時以降に焼却炉を使おうとして』

 

 琴間「いえ、焼却炉の側にはタッチパネルがあって、稼働させた時間と人物の履歴が見れるようになっているんです。それによると、瀬戸先輩が焼却炉を使ったのは9時45分でした。なので、それで校則違反になったという線はないのです」

 一目「それに毎日の22時のアナウンスの前だったし、みんなが集まった後にモノクマも『もうすぐ22時になります』って言ってたからね」

 

 

BREAK!

 

 

ノンストップ議論開始!

 

 竹枡「だったら……だったら、どうして!」

 黒須「えっと、実はさ、校則違反のアナウンスが流れるちょっと前、たしか9時30分過ぎだったかな? ゴミ袋を持った瀬戸くんに会ったんだよね。部屋を掃除して出たゴミを捨てに行く、って言ってた」

  勝「……ゴミに関する校則って、他に何かあったっけ?」

 芳賀「……5‐2、新しく追加された校則に、『薬品棚の毒や薬を、排水溝や焼却炉に廃棄することを禁じます』、ってのがあったやんな」

 竹枡「それじゃあ……瀬戸くんが出したゴミの中に、その薬品棚の毒か薬があった、ってことなの!?」

 

 それは……違います。『ゴミ回収する瀬戸先輩』『残されたゴミ袋』→『瀬戸くんが出したゴミの中に』

 

 

……BREAK

 

 ……そう、この二つの証拠から、瀬戸先輩のゴミの中に捨ててはいけないものがあったのではない、と言えるのだ。ハンドクリームの外箱や髪染めのパッケージなどが入った瀬戸先輩が持ってきたものと思われるゴミ袋は、焼却炉に廃棄されずに残っていたのだから。

 そして、瀬戸先輩が焼却炉に持っていったはずのもう一つのゴミ袋……現場には残っていなかった。

 それはつまり……『僕が瀬戸先輩に渡したゴミ袋』。その中に捨ててはいけないものがあった可能性が高い、ということだ。

 ……ってことは?

 

 黒須「……琴間君、どうしたの?」

 

 指摘しておいて黙りこくっている僕をいぶかしんだのか、黒須先輩がけげんそうな表情で僕に話しかけてくる。

 ……これは、言わなくてはならないだろう。僕がダストルームに向かう瀬戸先輩に厨房を掃除して出たゴミ袋を渡した、ということは。

 ……いや、何もまだ決まったわけじゃない。その僕が渡したゴミ袋の中に捨ててはいけないものがあって、それを焼却炉に廃棄したことによって、瀬戸先輩が校則違反として処刑された、と、決まったわけじゃない。決まったわけじゃない。

 

 琴間「……これは申し上げにくいのですが、僕も厨房で羽月先輩と掃除をした後、ダストルームに向かう瀬戸先輩を見たのです。そこで……ついでだから持っていく、とおっしゃったので、掃除で出たゴミ袋を瀬戸先輩に手渡しました。そして、そのゴミ袋は現場には残っていませんでした」

 竹枡「それってまさか……そのゴミの中に校則違反になるようものが入ってて……それで……」

 

モノクマ「ピンポンピンポンピンポーン! だーいせーいかーい! 瀬戸クンが校則違反になったのは、そのゴミの中に校則違反になるものが入っていて、それで5-2、『薬品棚の毒や薬を、排水溝や焼却炉に廃棄することを禁じます』に抵触したからなのでしたー!」

 

 言い淀む僕と竹枡先輩とは対照的に、あまりに陽気に、あまりにあっさりと……モノクマはそう宣言した。

 ……ああ、そうだったのか。いや、瀬戸先輩の状況を鑑みるにまずその可能性が高かったじゃないか。『決まったわけじゃない』なんて、単なる希望的観測に過ぎないじゃないか。

 あの時、ゴミ袋にもう少し注意を払っていれば、こうはならなかったかもしれない。でも、現実として、僕が、そうしなかったから、瀬戸先輩は……

「……琴間くん」 

 名を呼ばれて、その声の方を見る。……竹枡先輩の目。決して憎悪に染まっているわけではない。彼女もまた、大きな困惑の中にいるようであった。だが……その中には抑えきれない僕に対する批難をにじませていた。

「あーらあらあら、そんな目で琴間クンを見ないであげてよ竹枡サン。琴間クンだってやろうとしてやったわけじゃないんだから。……それに」

 そう言ってモノクマは、一呼吸おいて、

「瀬戸クンが死んだことには、君にだってかなり大きな落ち度があるんだよ。竹枡サン」

 と言ってのけた。

「……え?」

「だって竹枡サンさあ、今朝、モノクマポイズンAを流しに捨てるっていう校則の5番を違反しちゃったじゃん? まああの時は校則5‐2がなかったから、説明が足りなかったこっちにも責任があるかな、って思って警告だけで済ませたんだよね? あの時竹枡サンがあんなことしてなかったら、瀬戸クンは警告だけで済んでたんだよ? あーあ竹枡サン、なんだかんだで今までの裁判ではかなり活躍してたのに、ここにきて大ポカだね! ぶひゃひゃひゃひゃ!」

 ずけずけと、ぐさぐさと、竹枡先輩を糾弾するモノクマ。

 ……暴言を受けて、竹枡先輩は。

「……わた、しが、せとくっ、せどく……ひゅっ、かはっ」

 嗚咽と過呼吸と咳とが混ざり合ったような、声とも息ともとれないような音を喉から垂れ流し、

「せどぐ……ごめ……わだしが……わだしが……わだしがッ……あの時っ……代わりにっ!」

 さらにうずくまって謝罪のような言葉をただただ続けていく。

 ……いたたまれない。

 そんなことを、言わないでください。

 ……僕だって、同じぐらいに落ち度があるんです。

 ……僕も同じように、打ちひしがれてひざまずきそうな気分が湧きおこり始めたとき、

「……竹枡さんっ!」

 と、僕の右隣の席から、がたっと立ち上がり、竹枡先輩に駆け寄る姿があった。……これは留守居さんだ。

「お水、飲まれますか?」

 と、留守居さんは竹枡先輩の口に押し付けるようにペットボトルの水を含ませた。竹枡先輩もそれをうまく飲み込めたようで。荒い呼吸のままながら、あげていた悲痛な声を止めてくれた。

「いいですか、竹枡紅さん。あなたは、決して、悪くないです。悪くないのです」

 そして留守居さんは竹枡先輩の本名を呼び、きっと目を見据えて、そう伝えた。そして、竹枡先輩は留守居さんにしなだれかかるように、身体を傾けた。

「……皆さん、私は少しこうしています。……推理の方は今日来たばかりでお役に立てそうにないので、皆さんにお任せいたします」

 その体勢のまま留守居さんは強い意志を持った表情で、僕らにそう宣言した。

「おやおや留守居さん、いきなりシャキッとしたねえ。それにお水なんて持ってきてて準備万端じゃーん」

 そんなモノクマの煽りにもどこ吹く風で、竹枡先輩をいたわり続ける留守居さん……このような修羅場にも人をおもんぱかった行動ができるなんて、彼女もまた、なんらかの才能の持ち主なんだろうか?

 

ノンストップ議論開始!

 

 一目「さて、落ち着いたところで、絵本作家さんのことについても話し合わなきゃならないよね」

 芳賀「……せやな、それに関して尋ねたいことがあるんやけど。モノクマ」

モノクマ「うん? 芳賀さんの方から僕に質問してくるなんて珍しいね? なにかななにかな?」

 芳賀「校則違反をしたとき、処罰が与えられるタイミングっていつなん?」

モノクマ「いつもなにも、違反をしたその瞬間に加えられるよ? これでいい?」

 芳賀「……そうなんや」

 黒須「ってことは、羽月さんは自分でダストルームまで向かったんだね……なんのために?」

  勝「うーん……事件前の足取りがつかめたらいいんだけどなあ……」

 一目「絵本作家さんの行動について論じるよりさ、まず美容師君と同じようにどの校則に違反したかを考えない?」

 

 それに賛成です!→『どの校則に違反したか』

 

 琴間「……確かに、一目先輩の言うように、校則からアプローチするのが近道だと思います」

 一目「うん。僕の案が採用されたのは嬉しいね。それじゃあ校則から考えてみようか」

 

「おおっと、そういうことならお任せあれ! みんなにわかりやすいように、こんな仕掛けを用意いたしましたー!」

 

 モノクマがそういうと、奴の後ろにある大モニターが点灯し、デカデカと校則一覧が表示された。

 

 

 

 

検証ブレインストーミング開始!

 

 

校則一覧

 

1 生徒はこの寮内で共同生活を送りましょう。期限はありません。

2 夜10時から朝6時は夜時間とします。食堂などに入れなくなる施設があるので注意しましょう。

3 就寝は個室で。

4 寮内の調査は自由ですが、立ち入り禁止の区域には入らないようにしましょう。

5 モノクマへの暴力、ドアや設備や備品の破壊、消耗品の無駄遣いは禁止します。

5-2薬品棚の毒や薬を、排水溝や焼却炉に廃棄することを禁じます。

6 禁止行為が発見した場合、罰を受けることがあります。

7 他の生徒(見学生の琴間恵那樹クンも含みます)を殺害した生徒は卒業となります。

8 しかし、殺害したことを他の生徒にバレてはいけません。

9 校則は追加、修正されることがあります。

10 一人の犯人が殺せるのは最大二人までとします。

 

 

 

この中で『違反しうる』条文は?

 

 2・3・4・5・5-2・8・10

 

 羽月聖来は2の条文に違反した?

→黒須「モノクマファイルに書かれている羽月さんの場所や死亡時刻から考えてこれじゃないよね……」

 NO!

 

 羽月聖来は3の条文に違反した?

→勝「ダストルーム前までいってそこで急に就寝しちゃった? いきなり即効性の睡眠薬を飲まされた……とかならありえなくもないことかもしれないけど」

 

 それは違います! 『黒須先輩の証言』→『即効性の睡眠薬』

 

 琴間「いえ、犯行に使えそうなものは薬品棚に入れて、鍵をかけて、その鍵をパスワード付きのキーボックスに閉まって、黒須先輩がそのキーボックス自体を管理し、僕がパスワードを決める、っていう方法で中のものが取り出せない様な方法をとりましたよね? 一応今回の事件前も薬品棚については確認しましたが、今朝選別して以降、即効性の睡眠薬のようなものは持ち出されていないと考えられます」

 NO!

 

 羽月聖来は4の条文に違反した?

→芳賀「……ダストルーム前、なんて禁止されてる場所やなかったやん」

 NO!

 

 羽月聖来は5・5-2の条文に違反した?

 →黒須「瀬戸くんが……一個目のゴミを焼却炉に入れて、二個目のゴミを入れる間もなくすぐに校則違反の処罰を受けたんだよね。もし羽月さんも同じように焼却炉に捨ててはいけないものを捨ててしまったことで校則違反になったのなら、焼却炉のそばに遺体があったはず。それに時間もおかしいし」

 NO!

 

 羽月聖来は8の条文に違反した?

 →一目「学級裁判がそのバレたかバレてないかをはっきりさせるためにあるんだから、誰かにバレました、なのでいきなりですがそれで校則違反とします、っていうことはないでしょ」

 NO!

 

 羽月聖来は10の条文に違反した?

 芳賀「それこそありえへんよ……」

  

 その芳賀先輩の発言を耳にした僕。……そうありえないよな。と思い、視線を芳賀先輩から正面に移すと……

 目に入ってしまったのは。二つの遺影。叩き割られた後セロテープで雑に補修された福添先輩の遺影と、新しく増えてしまった堀津先輩の遺影。

 ちょうど真正面にある二人の顔が、まるで生きている僕を恨めしく思うかのように、僕を、見つめていた。

 

 福添「おはようございます。琴間さん」

 堀津「……お前は強い奴だな」

 

 そして、ふと、福添先輩と堀津先輩の笑顔と、

 

 福添「予備学科志望生、琴間恵那樹さん。よくぞここまでたばかったものです。……あなたこそが犯人なんです」

 堀津「このっ、なんの、何の才能もない中学生のガキがぁああああああああ!! お前は俺の追跡者としての責務や苦悩がわからんのかぁああああああ!!」

 

 学級裁判における、二人のその豹変を思い出してしまった。

 ……そうだ。あの誰にでも、それこそ年下の僕に対しても丁寧な姿勢で接していた福添先輩や、警察と関わる才能の持ち主としてリーダーシップをとり、黒幕の正体に近づこうとしていた堀津先輩たちがまさか殺人を犯したなんてありえない、と僕も思っていた。

 だが、そのありえないことは、実際に起こってしまった。……ここは、コロシアイの場だ、ありえないことは、起こりうる。と今までに散々、身を持って体験してきたじゃないか。だから、その可能性を排除せず、考察にあたるべきなんじゃないだろうか。

 ……羽月先輩が、校則10、『一人の犯人が殺せるのは最大二人までとします』を違反してしまった……つまり三人を殺したという可能性に。

 

 ……

 ……

 ……

 

 

ロジカルダイブ開始

 

 校則10の、他の条文とは異なる点は?

→『場所や時間に関わらず、違反する可能性がある』

 

 校則10の違和感を指摘せよ

→『犯人』

 

 それはなぜか?

→『毒に関するルール』の『クロ』という表記との揺れ。

 

 つまり?

→『犯人』と『クロ』は定義が異なるものである。

 

 ということは?

→羽月聖来が三人を殺した犯人である可能性はありうる。

 

 羽月聖来が三人を殺したのであるなら、それは……

→未必の故意による殺人。

 

 未必の故意。

 法律に詳しいわけではないが法廷もので聞いたことがある。簡単に言えば「確実にそれが起こるとは限らないが、それが起きたことで誰かが害を被ることになろうとかまわない、もしくはそれを望んでいる」といったような考えのもとで行われる犯行である。

 ならば……

 

ロジカルダイブ延長戦 仮説コンストラクト開始!

 

 

仮説段階1

『羽月聖来は三人を殺した犯人である』

 

 ……その場合、殺された三人とは誰になる?

 

 カディナ・レオンハート

 霧生雄大

 瀬戸政直

 

 

仮説段階2

『カディナ・レオンハートは羽月聖来に殺された』

 

 だとしたら?

 ……羽月聖来はカディナ・レオンハートのタデ科(ソバ)アレルギー、およびジャバウォックオレンジの危険性を認識していた上で、ジャバウォックオレンジジュースを提供し、アナフィラキシーショックを誘発させ死亡させた。

 

 それを裏付ける証拠は……

 

 第二回裁判からコトダマを取り出せ。

『世界の歩き方』

 あのタイミングで……『書架に図書がうずたかく積まれた』 図書室の大量の本の中から偶然ピンポイントであのような記述のある本を手に取った可能性より……あらかじめ知っていたうえで用意していた可能性のほうがはるかに高いのではないか?

 

 

仮説段階3

『霧生雄大は羽月聖来に殺された』

 だとしたら?

 ……羽月聖来は霧生雄大にジャバウォックオレンジジュースを注がせてカディナ・レオンハートに提供させたことによってクロに仕向け、オシオキで処刑させるために、第二回の事件の前のパーティーの席順を決めた?

 

 それを裏付ける証拠は……

 

 第二回裁判からコトダマを取り出せ。

『パーティー準備割り当て』

 

 ……あの日、大浴場に行かなかったメンバーはパーティーの準備をしていた。そして、席を決めたのは羽月先輩だった。

 

仮説段階4

『瀬戸政直は羽月聖来に殺された』
 

 

 ……いや違う。

 瀬戸先輩があのタイミングで来たのは全くの偶然だろう。

 

 だとしたら……

 羽月聖来の真の狙いは?

 →琴間 恵那樹

 ……そう。一緒に掃除をした、僕だ。

 

 それを裏付ける証拠は?

 『勝先輩の証言』

 ……あの状態の厨房を、勝先輩が掃除しないなんてやはりおかしい。あれは……僕に掃除を手伝わせようと羽月先輩がわざと汚したものじゃないのか? 大量のゴミの中に『捨ててはいけないもの』を紛れ込ませるために。

 

 

仮説変更

『羽月聖来は、琴間恵那樹を殺そうとして、瀬戸政直を殺してしまった』

 

 

羽月聖来が殺害した三人

 

 

カディナ・レオンハート

 

霧生雄大

 

瀬戸政直

 

 

仮説完成!

 

 恐ろしい、余りに恐ろしい仮説だが……思いついてしまった以上、伝えなくてはならない。

「……先輩方、たった今、一つの仮説に思い当たったのですが、お話ししてよろしいでしょうか?」

 と前置きする。

「うん。とりあえず言ってみてさ、気になったところや足りないなって思ったところには突っ込み入れさせてもらうけどね」

 僕の問いかけに、先輩方もやや戸惑っていたようだったが、一目先輩がまるで授業の発表を聞く先生かのような口調で返答し、他の先輩方も追従した。

「……はい。それでは、お話しさせていただきます」

 僕は、一呼吸、大きくついて、述べていく決意を固める。

 

 

 

プレ・クライマックス推理!

 Act1

 まず前提として、『クロ』と『犯人』とは別ものである、ということを念頭に置いておいてください。……今回の事件は、実は第二の事件から始まっていたんです。なんの目的があったのか、どうしてそれを知ることができたのかはまだ不明ですが、あらかじめカディナ先輩のアレルギー体質と、『世界の歩き方』に載っていたジャバウォックオレンジがアレルギー反応を誘発させることを知っていたんです。

 

 Act2

 その上で、ジャバウォックオレンジを大量に絞り、ジュースとして提供することで全員が飲むようにパーティーを提案したんです。…そしてその目論見は的中し、そばアレルギーのあったカディナ先輩はアナフィラキシーショックを起こして亡くなってしまい、致死量となる分を注いだ霧生先輩はクロとみなされオシオキを受けてしまった。

 

 Act3

 そして今朝、昨日の事件のクロが二人を手にかけていたことと、竹枡先輩が流しにモノクマポイズンAを捨てたことを受けて、校則が追加されました。……が、その校則では、未必の故意によってカディナ先輩と霧生先輩が亡くなるように仕向けていた犯人は、すでに『二人を殺している』という判定になっていたのです。

 

 Act4

 そのことに気付かず、僕に校則違反をするように仕向けるために、わざと厨房を汚し、掃除を手伝わせ、捨ててはいけないものの入ったゴミ袋を焼却炉に捨てるようにはからった。……のですが、ちょうど通りかかった瀬戸先輩に僕がそのゴミ袋を渡してしまい、瀬戸先輩は『薬品棚にあるものを焼却炉に廃棄してしまう』という校則違反を犯し、処刑されてしまったのです。しかし、それによって犯人は三人目を殺害してしまったことになり、彼女もまた校則違反として処刑されてしまったのです。……そんな今回の事件の犯人は……。

 

 

 カディナ・レオンハート先輩、霧生雄大先輩、瀬戸政直先輩を殺害した

 ……準・超高校級の絵本作家、羽月聖来先輩。

 彼女こそが……校則10に違反した『犯人』なんです。



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第四章 非日常 裁判編 後編

コトダマ一覧

『モノクマファイル5』

『モノクマファイル6』

『校則一覧』

『毒に関するルール』

『焼却炉の利用履歴』

『ゴミ回収する瀬戸先輩』

『時間を覚えていない自分』

『タッチパネル前に落ちていた電子生徒手帳』

『残されたゴミ袋』

『勝先輩の証言』

『留守居さんの証言』

『黒須先輩の証言』

『芳賀先輩の証言』

『凝固剤』

『一目先輩の証言』


 黒須「……え? なんで?」

 

  勝「……そんな、まさか羽月サンが」

 

留守居「……ちっ」

 

 竹枡「……うっ、ひぐっ」

 

 一目「ほほう」

 

 芳賀「なんやの、それ……」

 

 

 

 

 

 この見解に、皆一様に驚愕した表情で僕を見つめている……当たり前か。事実、言っている自分でさえにわかには信じがたい仮説なのだから。

 

 

 

芳賀「なんやねん! それえ!」

 

反論!

 

 琴間「芳賀先輩……?」

 

 芳賀「……あかんな、感情的になっていきなりでかい声出してもーたな」

 

 琴間「いえ……言い出した僕ですらこの上なくショックなことなんですから、こんなことを聞かされた先輩も驚かれてそのような反応されるのも仕方のないことだと思います」

 

 芳賀「ほんま、エナキンは年下なのに大人やな……でもな、いくら今まで学級裁判をリードしてくれてきたエナキンが導き出してくれた推理やとしても、そないにいきなり『はいそうですわ、まったくもってそのとおりですわ』ってなふうに簡単に納得でけへんこともあるんや」

 

 琴間「……納得できてないのは僕も同じなんです。もしなにかご指摘があれば、お互いの疑問を解消できるかもしれませんので、ぜひ忌憚なくおっしゃってください」

 

モノクマ「おやおやあ、なんだか面接みたいに淡々とした感じだねえ? 本当にショックな時って声を荒げるんじゃなくて抑えるものなのかなあ? それより、最初の大声からなんだか撮れ高が足りないなあって感じだよ。図書委員系動画配信者としてそれでいいのかな芳賀サン?」

 

 芳賀「……モノクマの奴のことはさておき、今までの話し合いの中でせーらんが違反した可能性のある校則が10の『一人の犯人が殺せるのは最大二人までとします』しかない、っていうのは理解できとるんよ。でもな、そこに至るにわからへんところがある限り、ウチも心から納得することはできへんのや。どうしてもな。……ごめんな、エナキン」

 

 琴間「……そうですよね」

 

 芳賀「気になる点は……まずは第二の事件からや。なんでせーらんがカディナンのアレルギー体質を知っていたか、ってのがまず一つやな。それと、なんで『世界の歩き方』にジャバウォックオレンジの記載があるか知ってたか、っちゅーのも気になるな」

 

 琴間「……はい」

 

 芳賀「……そして、今回の事件。ゴミ袋の中に仕込んだ『捨ててはいけないもの』が実際、なんやったのかも。薬品棚関連は減ってるものはなかったんやろ? あとなんでわざわざ焼却炉の前まで自分で行ったのかも……最後に、これが一番腑に落ちへんことなんやけど、なんでせーらんがそんなことしようと思ったのか、その動機についてや」

 

 

 

 芳賀先輩の指摘はもっともなことだ。まずは、今芳賀先輩があげたもののうち、『捨ててはいけないもの』については、これで説明できるかもしれない。羽月先輩の部屋で見つけた、これで。

 

 

 

  

証拠提出→『凝固剤』

 

 

 

「……これを見てください」

 

「ああそれな、ウチがセーランの部屋で見つけたやつやな?」

 

 僕がその凝固剤を全員から見えやすいようにかざすと、見つけた当人である芳賀先輩もそう返す。

 

「ん? ってことは、エナキンはその『捨ててはいけないもの』が凝固剤やった、って言いたいんかな? でもそれは厨房の備品であって、追加された校則5‐2は『薬品棚の毒や薬を、排水溝や焼却炉に廃棄することを禁じます』って文面やったからそりゃ違うんやないか? 現にフジサンも何度か油を大量に使った揚げ物料理をしとったやろ?、それで出た廃油の後始末に凝固剤を使ったことがあるんやないか? それはどうなんや、フジサン?」

 

「うん。ボクも凝固剤で固めた廃油を焼却炉に捨てたことがあるから、琴間クンが言うように、その凝固剤が『捨ててはいけないもの』で、瀬戸クンがそれに違反してしまった、ってことはまずないはずだよ」

 

 話を振られた勝先輩が、芳賀先輩に応じる。……しかし僕の真意はそこじゃないんだ。

 

「いえ、あくまで凝固剤は本当の『捨ててはいけないもの』を隠すために使われただけなんだと思います。重要なのは、これが羽月先輩の部屋で見つかった、ということなんです。みなさん、普段このようなものを、厨房や調理場といった油があるような場所以外で使うことのある方っていらっしゃいますか?」

 

「厨房ならあるけど、部屋で使うようなことはないね」

 

「せやね。そうそうもってくようなことはあらへんよね。みんなもそうやよな?」

 

「……うん」

 

 勝先輩と芳賀先輩がそう返し、水を向けられた他の先輩方もそれにならう。

 

「そうですよね。わざわざこのようなものを自分の部屋に持っていって使う……ということは万一にも他の誰かに見られずに、凝固させたいものがあったのです。凝固させたい、ってことは、つまり元は液体です。液体のままだと新聞紙とかに包んでゴミ袋に入れておく、っていうことができないから凝固剤で固体にしたんでしょうね。それと個体にすることにはもう一つメリットがあります。それは気化しにくくなる、ということです。元々薬品棚の中にあったもののうち、凝固させる必要があるような気化しやすい液体であって、一つ行方が分からなくなっていたものと言えば……」

 

 

 

 

ひらめきアナグラム!

 

 

モノクマポイズンA

 

 

 

「……前回の裁判で堀津先輩が言っていたこと、覚えていますか?」

 

「……そりゃあんな豹変は衝撃的やったし、昨日の今日で忘れることはできへんよ。議論スクラムで議題にあがった、3回目の裁判のクロでもシロでもない人がモノクマポイズンAを持ち出したってこともやな」

 

「ええ。モノクマポイズンAです。堀津先輩が見たそれを持ち出した人物が羽月先輩だったとすると、凝固剤が彼女の部屋にあったことに説明付きます。それを自室で固めておいて、なにかに包んだ状態にして厨房のゴミ袋に仕込んでおいたんです」

 

「……せやな。せやんなろうな」

 

 と一呼吸する芳賀先輩。

 

「その『捨ててはいけないもの』がなんなのかはわかった。やけんど、まだ明らかになってないことがあるやん。……カディナンの体質のこと、ジャバウォックオレンジのこと、……それに動機のことや」

 

 芳賀先輩が今並べた、まだ明らかになったないそれらの謎については、全てを一括に説明できる解答が、僕の頭の中にはあった。……それは仮説を持ち出した時点で、うすうす勘付いていた、あの存在。

 

  

ひらめきアナグラム!

 

内通者

 

 

 

「内通者」

 

「……内通者?」

 

 ポツリとその単語を声に出した僕に、芳賀先輩はおうむ返しする。 

 

 そうだ。内通者。黒幕の都合のいい方向に僕らの行動を誘導……すなわちコロシアイを促進する。そのために、僕らの中に紛れ込まされた刺客。

 

 その存在の可能性はずっと頭の片隅にあったが、仲間内で疑心暗鬼に陥りたくないという思いと、あまりに矢継ぎ早に変化する状況のせいで、追及がおろそかになっていた、まさに毒のような存在。

 

「……羽月先輩が内通者だとしたら、今、芳賀先輩の挙げられた疑問に対して説明がつくんです。羽月先輩がカディナ先輩のアレルギー体質を知っていたことも、ジャバウォックオレンジの毒性を知っていたことも、図書室にジャバウォックオレンジに関する本があると知っていたことも、自分で焼却炉の前まで行ったのかも、これはゴミ袋を渡した相手である僕が目論見通りに校則違反になったのか確認するためですね……そして、なぜそんなことをしたのかという、動機も」

 

「……せやな」

 

 僕の説明に、うつむきながらも小さく肯定の言葉を返す芳賀先輩。彼女もまた、否定したい否定したいと心の中では思っていてもどこかで羽月先輩がそうなのかもしれない、と気づいていたのかもな。

 それともう一つ、僕には羽月先輩が内通者だと言える要素があった。

 

 

 

証拠提出→『時間を覚えていない自分』

 

 

尋ねるべき相手→勝富士山

 

 

 

「勝先輩……一つ尋ねたいことがあります」

 

「ん? なんだい?」

 

「僕、パーティーの後に羽月先輩と厨房を掃除したんですが……どれくらいの時間していたか、何時に終わらせたのか、全然覚えてないんですよ」

 

「あれ? おかしいね。料理って時間管理が大切な要素だから、大きい時計も小さい時計もいくつかあるはずなのに。ちらっとでも目に入ってれば、大体にでも時間は把握してるもののはずだよ?」

 

「そうなんです。……なのにそうでないのは、羽月先輩が厨房から時計を全部どかしていたんじゃないでしょうか?」

 

「羽月サンが時計をどかした? それはなんのために?」

 

「……それは、羽月先輩の目論見が両建てだったからなんじゃないでしょうか」

 

「両建て……それはつまりどういうこと?」

 

「本来のターゲットである僕が、『22時以降に焼却炉を使った』という校則違反を犯すか、『薬品棚にある毒や薬を焼却炉に廃棄する』という違反を犯すか、の両建てです。彼女にとってはどっちでも良かったんでしょう」

 

「……」

 

 勝先輩も芳賀先輩も、口をつぐんで事実を反芻するような表情を浮かべている。こうまで状況証拠がそろえば、もはや疑いようはないだろう。あらためて、この事件を振り返って、終わらせなくては。

 

 

 

 

シン・クライマックス推理!

 

 Act1

 

 まず前提として、『クロ』と『犯人』とは別ものである、ということを念頭に置いておいてください。……今回の事件は、実は第二の事件から始まっていたんです。『内通者であり事前に情報を手に入れることが可能な立場であった犯人は』、あらかじめカディナ先輩のアレルギー体質と、『世界の歩き方』に載っていたジャバウォックオレンジがアレルギー反応を誘発させることを知っていたんです。

 

 

 Act2 No Change!

 

 その上で、ジャバウォックオレンジを大量に絞り、ジュースとして提供することで全員が飲むようにパーティーを提案したんです。…そしてその目論見は的中し、そばアレルギーのあったカディナ先輩はアナフィラキシーショックを起こして亡くなってしまい、致死量となる分を注いだ霧生先輩はクロとみなされオシオキを受けてしまった。

 

 

 Act3 No Change!

 

 そして今朝、昨日の事件のクロが二人を手にかけていたことと、竹枡先輩が流しにモノクマポイズンAを捨てたことを受けて、校則が追加されました。……が、その校則では、未必の故意によってカディナ先輩と霧生先輩が亡くなるように仕向けていた犯人は、すでに『二人を殺している』という判定になっていたのです。

 

 

 

 Act4

 

 そのことに気付かず、僕に校則違反をするように仕向けるために、わざと厨房を汚し、掃除を手伝わせ、捨ててはいけないもの……『凝固剤で固めたモノクマポイズンA』の入ったゴミ袋を焼却炉に捨てるようにはからった。……のですが、ちょうど通りかかった瀬戸先輩に僕がそのゴミ袋を渡してしまい、瀬戸先輩は『薬品棚にあるものを焼却炉に廃棄してしまう』という校則違反を犯し、処刑されてしまったのです。しかし、それによって犯人は三人目を殺害してしまったことになり、彼女もまた校則違反として処刑されてしまったのです。……そんな今回の事件の犯人は……。

 

 

 カディナ・レオンハート先輩、霧生雄大先輩、瀬戸政直先輩を殺害した

 ……準・超高校級の絵本作家にして、黒幕との内通者、羽月聖来先輩。

 彼女こそが……校則10に違反した『犯人』なんです。

 

「……これで、これでいいのかよモノクマ。これで満足なのかよ」

 

 やっと導き出した結論を述べ終えた僕は、モノクマにそう尋ねる。

 

「ああ、これで解答でいいのね。じゃあ今回はクロを指摘する学級裁判じゃないからこれを採点するね。……うーん、なるほど、これはこれは、なかなか、やりますねえ、オモシロいよ」

 

 相槌を打ちながら、やたらともったいぶったように引き延ばすモノクマ。

 

「よーし、それじゃあ、発表するよ! いえーい! ダララララララララララララララララララ!」

 

 口でドラムロールのような音を鳴らしながら、モノクマはこう続けた。

 

「ジャーン! なんとなんと、95点! ちょっとだけ部分的にたりないところもあったけど十分高得点だよ! いやはや、さすがみんなだよ! 準・高校級の才能の持ち主! 見事! 合格!」

 

 そんなふうに評価されても全然うれしくないのだが……95点? 5点分はなんで引かれたんだろう?

 

「足りない5点分はさあ……2回目の事件の段階から羽月サンが狙ってたのが琴間クンだって気づけなかったことの分ね。実はあのとき、霧生クンをクロにしようと仕組んでたわけじゃあないんだよね。まったく、福添サンの偽装工作にまんまと乗せられてカディナサンに一回目の裁判で疑いをかけてしまったことを謝りたいって言ってた霧生クンを同じテーブルの斜向かいの席にするなんて、羽月サンの大ポカ、大チョンボだよね! あそこで目論見通り琴間クンをカディナさん殺しのクロとして仕立て上げることができていたら、こうして三人目を殺すようなはめにならなくて済んで、無事に生き残ってたかもね! あーあ、残念残念、ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃあ!」

 

 モノクマは、まるで、僕の内心を見透かしたかのように、足りない5点分の説明を付け加えるのだった。

 

 ……え?



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第四章 非日常 オシオキ?編

 ……羽月先輩が、第二の事件のときから、僕を狙っていた……だって?

「……っていってもキミたちにはなにがなんだか、かもしれないから、羽月サンが暗躍してるところの映像はあるから、せっかくだから上映しておくね」

 困惑する僕らを尻目に、モノクマが液晶にかけられたモニターのスイッチを入れると、今は亡き羽月先輩の姿が映し出された。

 

――初日

「やっほーモノクマちゃん。ついに始まったねー。殺し合いがさあ」

「そうだね。ワックワックドッキドッキのコロシアイ学園生活だね」

 フレンドリーに物騒な会話を交わす羽月先輩とモノクマ。……こう映像で見せられて、ああ、やっぱり羽月先輩が内通者だったんだな、と再認識する。

「誰が死んだら一番絶望的かな? 頼れそうな堀津君かな? 賢そうな岸和田さんかなあ? この二人がこれから精神的支柱になってきそうだね」

「うーん、その二人はこっちがつかんでる秘密でだいぶ揺さぶりをかけられそうだから羽月サンのターゲットにはしないで欲しいかなあ」

「あらら、そうなの? じゃあ逆に一番歳下の琴間君あたり狙ってみるかなー。みんな責任感強そうだからこういう子が死んじゃったら他の子たちは罪悪感抱えてくれそうだよね。特に自覚なくクロになっちゃって、自分が生き残るためには琴間君に投票しなきゃならない、なーんてことになったらサイコーじゃない?」

……サイコー? 僕が死ぬのが、サイコーだって? 見えないところでモノクマとこのような会話を交わしていたのか。

「やる気にあふれてるのは良いけど、最初の事件が起きるかこっちが指示するまではあまり動かないでよ? 記念すべき第一回目の事件はこっちの息がかかってない子に自主的にしてもらいたいんだからね」

「はーい。まあ今のうちにうまいことやれそうな計画でも練っておきまーす」

「りょーかい。役に立ちそうなデータ送っとくから参考にしてね」

 

――『第一回学級裁判後』と表示された後、画面が切り替わる。

「福添さん、なかなか淡々とした態度を崩さなかったけど、やっぱり最後の最後でゼツボーに染まった表情を見せてくれたよね! 両腕にかかる負荷がどんどん増していくときの苦痛に満ちたあの表情! まさにエクストリームだったよね! オシオキを取り入れたのは正解だったよね!」

 モノクマが僕らを煽るときのような口調だったので、発言者もモノクマかと思ったら、違った。これは羽月先輩の発言だった。

「いやまさかいきなりことを起こすのがあの大人しそうな福添さんだったなんて意外だったねー。良い感じにゼツボーが広まりつつあるんじゃない?」

「うんうん、意外といえば琴間君の探偵顔負けのみごとな推理もそうだよねえ」

「そうそう。なーんかますます琴間君を殺してみたくなっちゃったなー。ねえそうだモノクマ。第一回の学級裁判も済んだし、私はもう自由に動いていいんだよね?」

「うんいーよ。特に指示も出さないし羽月さんのお好きなようににやってみちゃってくださいな」

「わーい! じゃあ私が死なないようにして琴間君を殺してみせるからね! くくく、みんなゼツボーしてくれるかな?」

 

――画面が切り替わり、今度は『第二回学級裁判後』と表示される。

「うーん、まあ狙いは外れたけど霧生君の錯乱具合もまあそこそこゼツボー的だったよね。さすが芸人、アドリブでも笑わせてくれたよね」

「……でも、他人をクロに仕立て上げることと、それが意図的だと気づかれないことはよかったんだけど、詰めの所で『あっちゃー』、って感じだよね。琴間君狙ったのにまさか霧生君がクロになっちゃうなんてさ。琴間君って先輩を立てそうなタイプだから先輩のジュース酌んだりしそうだな、って思ったから今回の犯行を思い付いたんでしょ。霧生君をカディナさんの隣に置いた羽月サンのミスもあったけど」

「そこだけじゃないんだよねー。乾杯のジュースを霧生君がくんだとしてもカディナさんの体重があんなに落ちてなかったらその後に注いだ琴間君がクロになってたはずなのにさ。推理力と言い、幸運と言い、あの子ってなんかそういう才能があるんじゃないの?」

「いや全く。いたって平凡な中学生だよ。資格とかも学校で取らされた英検と漢検の三級ぐらいしかない、ね」

「ほんとにー? とにかく、うまく他人をクロにする犯行思いついたのにまた考え直しだよー。ちょっと時間かかるかもだし、琴間君を殺せるならクロにしたてあげることにはこだわらないかも」

「それもいいけど羽月サンも気を付けてよ。殺されたりしないようにね。それに校則も増えたりするかもだから良ーく読んでよ。質問には答えることはできるけど、聞かれないことには答えられないからね」

「はーい、気をつけまーす。私は小っちゃくてよわっちそうだから狙われやすいかもしれないしね。一応使えそうな毒とか確保しておくよ」

 

――事件の朝。

「今回、校則違反が追加されたでしょ? それでいいことを思いついちゃった」

 何やらうきうきとした表情で、自室の風呂場と思しき場所で桶と新聞紙を広げている羽月。恐らく、モノクマポイズンを固める工作でもしているのであろう。

「念のため確保しておいてよかったよ。これ、捨てたら校則違反になるんでしょ?」

「うん、そうだね」

 羽月先輩からの質問に簡単に答えるモノクマ。……その言葉にある裏は、ついぞ羽月先輩は気づかなかったのだ。

 

――パーティー終盤。羽月先輩と勝先輩が厨房で話している。

「勝くん、料理とか準備とか、手伝ってくれてありがとうね」

「いえいえ、どういたしまして。ボクとしても料理の腕を振るえる機会が作ってくれてありがたいよ」

「片付けは私がやっておくから、勝くんはもう休んでもらっていいよ」

「え、いいのかい?」

「うん。もうほとんど済んじゃったからね」

「じゃあお願いするよ。悪いね」

 そう言って勝先輩が去っていったことを確認した羽月先輩は、急にほくそ笑むような表情に変わり、そこらにあった食材やらゴミやらを散らばし始めた。

 そして、厨房から去っていったかと思うと、やや遠くから

「ねえ、琴間くん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」

 と聞こえてきた。

 

――そして事件直前。

「……あれれ、なんで琴間君にゴミ渡したのに瀬戸君が出してるんだろ。うーん、下手に止めても怪しまれるだろうし、今回は校則違反で死ぬのが瀬戸君でもいっか。竹枡さんあたりすっごいゼツボーするだろうしこれはこれで面白そうなことになりそう。お、グングニルが刺さった。すごい血がバシュって出るんだね。急すぎて何が起こってるのかわからないって感じの表情なのがちょっと残念だけど」

 そんな感想を述べている羽月先輩にも、同じようにグングニルの槍が襲い掛かっていき、身体中から血しぶきをあげはじめた。

「あれ……なんで私にも? ああ、そっか……そういうことか……くくく、最高に、絶望的、私、今、どんな顔してるのかな……」

 言葉とは裏腹に、どこか満足げな羽月先輩の表情がアップになったかと思うと、一旦プツっと映像が切れ……

 

「とまあ、こんな感じ」

 あっけらかんとした口調のモノクマ。

「せーらん……なんで、なんでこないなことを」

 羽月先輩の本性を目の当たりにした芳賀先輩が、搾りだすような声でつぶやく。

「彼女はね、絶望に魅了されてたんだよ。それこそ、才能の開花と一緒にね」

「才能の開花と一緒に、ってどうゆうこっちゃねん……」

「それに関しても映像があるし、せっかくだから流してみようか」

 モノクマがそういうと、再びモニターに映像が映し出された。今度は、椅子に腰かけて、面接でも受けているかのような状況の羽月先輩だ。表情や熱意のこもった口調から、まるで第一志望の進路に自己アピールをしているような風でもある。が、喋っている内容はそれからあまりにも逸脱したものだった。

 

――

 私が絶望のすばらしさに気付いたのは、三歳のときですね。

 浦島太郎が、故郷に自分の居場所がないと知ったときの顔。

『蜘蛛の糸』の上ってきた蜘蛛の糸を切られたカンダタが、地獄にまた落とされる時の顔。

 舌切り雀のお婆さんが、お宝が入っていると期待を込めて開けた箱から化け物が出て来たときの顔。

 シンデレラの姉が、ガラスの靴に合わせるために足の指を自ら切断したにもかかわらず、王子様に持ち主ではないと気づかれたときの顔。

 かちかち山のタヌキが、沈みゆく泥船の中でどうしようもできなくなっているときの顔。

 そういう絶望を表現したくて、私も絵本を描き始めるようになりました。そうしたら、両親も、先生も、友達も褒めてくれて、とんとん拍子で出版の話も出てきたんです。

 そのまま成長して、希望ヶ峰学園の本科生としては選ばれはしませんでしたが、是非才能を伸ばして欲しい、という両親の勧めもあって、予備学科に入学することになったんです。予備学科、当初は評判悪かったですけど、奨学金が出来たり、予備学科の中から『準・超高校級』を選出する制度が出来たりと待遇が改善されていきましたからね。

 そこで私は絵本作家としての活動を続けながら学校生活を送ってきたのですが……次第に物足りなくなってきたのです。

 ……絵本の中の絶望だけじゃなくて、本物の人間の、ナマの絶望。そういったものを求めるようになって来たのです。

 そんな退屈な日々、あなたが声をかけてきてくださったこと、本当に感謝しています。

 絶望に染まると、人って、なんでもできるのですね。殺人も、自殺も、厭わないようになるのですね。そのような方たちに帯同させていただき、リアルの絶望をそばで感じさせていただいたことは、この上ない喜びでした。

 さらに、私にとって幸福なことは続きます。あなた方が、『最大最悪絶望的事件』とでも形容すべきことを企てていると知り、私の心は跳ねるように高まりました。

 この計画の一環たる、『コロシアイ学園生活』において、内通者として適任たる人物は、私をおいて他にいません。『準・超高校級の絵本作家』として、最高に絶望的な画を描いてみせます。あなたのために。

――

 

「ということだったんだよ」

 画面を消して僕らに向き直るモノクマ。

 ……そうは言われても、淡々としゃべる羽月先輩といい、『最大最悪絶望的事件』といい、理解できないことばかりで余計に羽月先輩の得体が知れなくなるばかりだった。

「それにしても、予想外だったよ。琴間クン」

 困惑してる僕に名指しで、そう告げるモノクマ。

「……僕の何が予想外だったっていうんだよ?」

「キミにこうまで他人を死に関わる才能があっただなんてね。……君は、最初のクロである福添サンをほとんど一人で追い詰め、カディナサンを殺してクロになって死ぬ運命をすんでのところで霧生クンに押し付け、岸和田サンが決心する場面に居合わせて手岡サンが死ぬことになり、岸和田サンの企みも堀津クンに勘付かれて逆手に取られて岸和田サンも死に、その堀津クンの暗躍すら暴いてクロに仕立て上げ、そして今回、羽月サンの殺意をひらりと交わして瀬戸クンに流したんだから。ま、死んだのが琴間クンだろうが瀬戸クンだろうが、どのみち羽月サンは死んでたんだけどね」

 亡くなった人たちの名前を上げ、僕に罪悪感を植え付けようとしてくるモノクマ。

「なんなのかなあ、このキミの才能、超高校級のなんなのかなあ? 幸運はなんか似つかわしくないよねえ? 悪運? 死神? 疫病神? なにがいいかなあ?」

 ……だが、そのような謗りは、今の僕にとってはどうでもいいことだった。

 今はただ……ただ、『自分の命をつけ狙っていた人物』、すなわち羽月聖来が、無駄死にをしたことに……安堵していた。人の死に、それも共同生活の間は親しく関わっていた人の死に、当たってこのような気持ちに陥ってしまうなんて、自分はどうかしてしまったのではないか。

「悪運でも死神でも疫病神でも何でもいいよ。お前の好きに呼んだらいい」

 そんな気持ちも相まって、モノクマの問いかけに対しては、ほとんど捨て鉢な気持ちで言い返す。

「あーらら、ごきげんななめだね琴間クン。そろそろおねむの時間かな? まあ健全な中学生はもう寝るべき時間をとおに過ぎてるね。もうみんなも疲れてるだろうし、そろそろ解散にしようか」

「……ああ、やっと終われるんだね」

「もうやだ……とにかく今ははやく、はやく、眠りたい」

「せーらん……ウチは、せーらんのこと全く理解してなかったんやなあ……」

「……ボクもだよ。結構一緒に料理したり掃除したりしたんだけどなあ」

「……竹枡さん。ようやくおわりのようです。大丈夫ですか。立てますか? 歩けますか?」

「……うん、なんとか。……お水とか、ありがとう。留守居さんは優しいんだね」

 その宣言に、僕だけでなく今まで困惑の深みにいた先輩方たちもみな僅かなりとも安心したのようだったのだが……モノクマは、こう被せてきた。

「その前に、これだけは済ませちゃおう! 亡くなった二人を弔うために大切なことだよね!」

 するとモニターがまたしても点灯し……

 

 

GAME OVER

 

セトマサナオくんとハヅキセイラさんが校則違反をしました

 

イタイをショブンします

~火葬~

 

 全身に槍が刺さったままの瀬戸先輩の遺体と、羽月先輩の遺体が、並んで映し出された。

 それを喪服姿のモノクマがわらわらと何匹もあらわれて、まとめて巨大なビニール袋に詰めていく。なかなかうまく入らなかったのか、べきべき、ばきぼき、と力を込めて無理やり押し込むように詰めていき、手足が曲がるべきではない方向に曲がっていく。

 ようやく二人の全身が収まったようで、ビニール袋の口をきゅっと結び、大勢でまるで神輿のようにワッショイワッショイとにぎやかに軽やかに担いで持ち運んでいく。

 ついた先は……焼却炉のような設備だ。

 その扉を開くと、モノクマたちは二人の遺体が入った袋を雑にぽいっと投げ込む。そして、モノクマたちが両手を合わすと、代表者と思しき一体がなにかのスイッチをONにした。

 すると、ごうごうとなにかが燃えているような音が鳴り響く。その中でモノクマたちはまるでコインランドリーで待っているかのように気軽な風でくつろぎだした、

 しばらく経ち、モノクマが炉全体をあけると……そこには黒焦げになった槍が刺さった、白い白い骨が転がっていた。

 それをモノクマたちはせっせと拾い集めて……小さく砕きながら、骨壺に収めていくのだった。

 

 

「……って、しまった、これじゃあどれが瀬戸クンの遺骨で、どれが羽月サンの遺骨かまったくもってわからなくなっちゃったね! いやーボクってうっかりさん!」

 それを見て、この場にいるモノクマは、コツンと自分の頭を叩いて、そう言ってのけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――第四章・完

 

 

 

 モノクマ劇場

 ……やっぱあんな形じゃあみんなイマイチ満足できないよねえ?

 ということでお待ちかね! 瀬戸クンと羽月サンに予定してたオシオキだよ!

 

 

GAMEOVER

 

 セトマサナオくんがクロにきまりました

 オシオキをかいしします

『準・超高校級の美容師』 瀬戸政直のオシオキ

 

~痒いところはありませんか?~

 

 散髪チェアにケープをかけた状態で拘束されている瀬戸。その後ろにはエプロンを付けた、巨大なモノクマ。

 ……そして、取り出したのは。明らかに危険物が詰まってそうな、ドクロマークが付いた瓶。その中身を、瀬戸の頭にぶちまけた。

 途端、彼の顔に苦悶の色が浮かぶ。そして頭からも煙ともくりもくりとたちあがり、かすかにじゅっ、じゅっ、と、焼け付くような、溶けていくような音があがる。

 そして、瀬戸の頭を両手でごしごし、ごしごしとこすり始める。そのたびに、髪の毛や血液や、頭皮が散らばり、飛び散っていく。

 それがどれくらい続いただろうか。

 モノクマが一旦手を止めると、瀬戸の頭がモニターにアップになる。

 もはやわずかに頭に貼り付いているだけの髪、

 血液の赤、

 頭皮の地肌、

 わずかにあらわになった頭蓋骨の白、

 ところどころ小さな穴の開いた頭蓋骨の隙間から見える脳みそと思しきピンク、

 それらが、不気味な色合いのコンビネーションをなしていた。

 そんな瀬戸をほっぽって、散髪チェア前面に設置された洗髪台にその液体を溜めていくモノクマ。しゅわしゅわと気泡を上げるその液体は、一目で安全なものではないと理解できる。

 モノクマは、瀬戸の後頭部をつかみ、乱暴に頭全体を沈ませる。

 しばらく両足をじたばたさせてもがいていた瀬戸だが、次第にそれがなくなっていく。

 そして、モノクマが瀬戸の頭を引き上げると……残っていたのはドクロマークのような、穴ぼこの開いた頭蓋骨のみだった。

 それを見たモノクマは、満足そうな表情を浮かべ、瀬戸のつけていた散髪ケープと拘束を解くと、彼の遺体は散髪チェアから前のめりにガシャンと大きな音を立てて崩れて倒れていったのだった。

 

 

 

ハヅキセイラさんがクロにきまりました

オシオキをかいしします
 

『準・超高校級の絵本作家』 羽月聖来のオシオキ

~グングニルの槍~

グサリ。

おしまい。

 

 うん、実際にグングニルの槍で亡くなった羽月サンだけど、オシオキもグングニルの槍で済まそうと思ってたんだ。

 彼女本人が考えた、竹形のロケットで月まで飛ばす『なよ竹のせいら姫』とか、高熱毒ガス入り玉手箱でどんどん老人みたいに身体中の水分が抜けて干からびていく『浦島せいら』とかの候補があったんだけど、やっぱり、彼女にとって絶望的なオシオキってなにかな、って考えたら、これが一番かな、って思ったからさ。……手抜きじゃないよ。それに、羽月サンだけが自分にどんなオシオキが下されるか知ってるのってアンフェアだと思ったから、ちょっとしたサプライズだね。

 



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第五章 ショウタイ
第五章 日常編 その1


 瀬戸先輩と羽月聖来に対する、弔意とか敬意とか……そういったものが一切ない、余りにも粗雑な火葬を、僕はただただ、茫然と眺めていることしかできなかった。

「……これは」

「ほんまに、ほんまになんなんやこれは……どうして、どうしてうちらがこんな目に遭わなあかんねん」

「……瀬戸クン、羽月サン」

「うっ……ぐすっ……」

 先輩方もそれは同様のようで、小さな言葉や嗚咽を漏らすに留まっている。……内通者であったとはいえ、今まで仲良く過ごしてきた羽月聖来に対する情は、皆少なからず持っているようであった。

「……瀬戸、くん」

 その中でも、瀬戸先輩に恋慕の情を抱いていた竹枡先輩は、その映像を眺めたまま揺るぎもせずしばらく立ち尽くしていた。

 ……のだが、そうして長い、しかし時間にすると恐らく数分程度のときが無為に過ぎ去っていったとき、

「……許さない」

 竹枡先輩はそう一言つぶやくと、急に先ほどまでとは人が変わったかのように、猛然とモノクマに駆け寄っていった。

「お前は! 絶対に許さないモノクマ! 絶対に! 許さない許さない許さないユルサナイユルサナイ!」

「おやおや、コロシアイに消極的でここまでのうのうと生き残ってきた竹枡さんが急に俄然、やる気が出て来たみたいだね! でも僕に対する暴力は校則違反だよ。特に竹枡さんはもう既に一回校則違反をしてるからねえ、もう警告で済ましてはあげないよ?」

 相変わらずモノクマはいけしゃあしゃあと柳に風、といった態度で竹枡先輩の殺気を煽るようなことを言ってのける。

「そんなことは! どうだっていい! お前は、お前らはっ!」

「あーらら、いいのかなあいいのかなあ。そんなことしちゃっていいのかなあ?」

 ……いけない!

 このままではモノクマにつかみかかってしまう、そして、校則違反の罰として瀬戸先輩と羽月聖来がそうされたように、グングニルの槍とやらで……グサリ

 止めなくては! 

 と心の中で思っても、先ほどまでのショックと竹枡先輩が今までに見せたことのなかった剣幕に気圧され、反応することができなかった。

 誰か、竹枡先輩を止めてくれ、と思いながら向かっていく竹枡先輩の背を見送ることしかできなかった僕の視線に割り込んだのは……

「竹枡さん!」

 裁判のときからずっと、彼女の身をおもんぱかっていた留守居さんだった。

「竹枡さん、落ち着いてください!」

「離して、留守居さん! どうしてもっ! あたしはっ! あたしはっ!」

 留守居さんに制止されてなお、竹枡先輩はモノクマに食って掛かる姿勢をやめようとはせず、留守居さんを振り払おうともがいている。

「今ここであなたがそんなことをして何になるというんですか! きっと瀬戸さんも竹枡さんが無意味な抵抗をして校則違反になることなんで望んでいませんん!」

「でもっ! それでもっ!」

 そんなやりとりがいくばくかの時間続いたかと思うと……

 

 バシャッ

 

 とやおら水をうったかのような音が響き、学級裁判場に急に静寂が戻ってきた。

「……落ち着いて、いただけましたか? 竹枡さん」

 どうやら、留守居さんが竹枡先輩に、持っていたペットボトルの水をぶちまけたようだった。

「すみません。手荒なことをしてしまいました。ですが、竹枡さんに無茶して欲しくなかったから……」

 自分の身に何が起きたのか、理解できていない様子で身体からぽたりぽたりと水をたれ落としている竹枡先輩だが、しばらくの間呆然とした後、理解したようで

「……ごめん。取り乱しちゃったね。止めてくれてありがとう留守居さん」

 とどうにか冷静を取り戻した様子だった。

「……なんとか、平静を取り戻してくれたようで良かったです。竹枡さん」

「おやおや、やっぱり準備がいいね留守居さん。そんなちょうどよくそんな量の水をペットボトルで持ち込んできてるなんてね」

 二人の様子を眺めていたモノクマが、そう茶々を入れる。しかし、二人はできる限りモノクマを見ないようにして、すごすごと自分の席に戻っていった。

「そうだそうだった! 今回はご褒美もあるって言ったよね! いきなりだけどあげちゃうよ! そーれ!」

「っ!!」

 モノクマがそういうと、急にポケットに入れていた電子生徒手帳から電気が流れたような痛みが走った。

「痛っ!」

「うわっ!」

 それは他の先輩方も同様だったようで、それぞれ驚きの声を上げる。

「ご褒美をあげる前に、ちょっと必要だから処置をさせてもらったよ! それじゃあご褒美の内容を教えてあげるね!」

 そうして、モノクマはわざとらしく一呼吸(まあロボットなので実際には呼吸はしてないのであろうが)ついた後で、

「ここまで生き残った君たちには、卒業試験を受ける権利を差し上げます」

「卒業試験?」

 とモノクマの弁をおうむ返しに聞き返す僕。

「それってこの馬鹿げたコロシアイ学園生活からの卒業、ってことでいいのかな」

「うん、一目クンの言う通りここからの卒業、ってことでいいんだよ」

「まあ、ここから出してくれるのはありがたいけどね。で、その卒業試験とやらの内容ってなにかな?」

「それはね、僕たちの正体を、全員分、言い当てることだよ!」

 一目先輩との問答を受けて、モノクマはそのように宣言した。

「正体? それってもうみんな勘付いてることだよね? 79期生の先輩方?」

 と、あいかわらず一目先輩は動揺した様子もなく、そう言ってのける。

「それが今流れた電流に関係のあることなんだ! 試しに、僕ら79期生の名前を、誰か一人でも言ってみてごらん? 元々有名だし、準・超高校級である君たちははもともと超高校級の才能の持ち主という存在に憧れて希望ヶ峰学園の予備学科に入学したような生徒たちだから、余程のことがない限り忘れてる、ってことはありえないよね」

 と挑発するように告げた。

「それじゃあ……あれ?」

 と、一目先輩が珍しく動揺したように口を開けたままの状態になる。

「そうなんだ! 今流れた電流は、君たちの記憶を失わせるものだったんだよね」

 と軽々というモノクマであったが……記憶を失わせる、だって? 

「そんな大それたことを、たったこれだけの電流を与えただけでやってのけるものなんか!?」

 信じられない、といった芳賀先輩が狼狽した風な声を上げる。

「うんできるよ? それができる人間の集まりなんだよ? でも、それはあくまで簡単な処置だから、ちょっと誘導すれば簡単に思い出せるものなんだ! 例えば……ボクを見てごらん?」

 とモノクマは両手で自分を誇示するように指さす。

「ボクは人気者だから、グッズも出回ってるよね?」

「……そうやな。せーらんが好きでグッズも集めとるってゆーとったからな、いまいましいこっちゃが」

 と、芳賀先輩が肯定する。

「ボクのプロデューサーって、誰だったかなあ? こういうボクみたいなカワイイのをプロデュースするようなタイプの才能の持ち主だよ」

「それは……えっと、確かよく雑誌に載るギャルやったような覚えがあるな」

「うん、……確か79期生の超高校級のギャル、だった気がする」

「そうそう! そこまで思い出せたんならもう一息! 湘南じゃなくて、鎌倉じゃなくて」

「……江ノ島?」

「そのとおり! 下の名前は? かなりたくさんいる名前だと思うよ! 最後に、子、が付く、割と地味な感じの名前!」

「……ジュンコ?」

「そのとーり! 79期生の超高校級のギャル、江ノ島盾子! それが僕らの正体のうちの一人! それも首謀者だね!」

 とあっけらかんと話すモノクマ。

「とまあこんな風に、僕ら全員を思い出して欲しいんだ! それも名前を言い当てろ、っていうんじゃなくて、才能だけでも思い出せたらOKだよ! 今まで明らかになっている情報で、全員にたどり着けるようになってるからね! モノクマ……おっと、僕を通じてお話したことがある人も結構いるからね!」

「ふーん……例えばさあ」

 と一目先輩。そして一呼吸ついてこう述べる。

「記者さんが初日『元々顔合わせ会として招聘された今回の招待状に押されていた印影が、今まで希望ヶ峰学園から来た書類に押されていたものと同じだった』って言ってたよね? だから『超高校級のはんこ屋さん』とかはいる……って感じで言い当ててけばいいのかな?」

「うーん、正式な名称じゃないけど、本当は『超高校級の印章士』だけど、まあ正解にしていいでしょ、そんな風に当ててってくれればいいからね」

 と一目先輩の解答を受けてそう返した。

「それじゃあこの場は解散! みんな個室に戻ってね! 今回は夜時間前に事件が起こってそのまま裁判だから、眠いでしょ? よく眠って、体力を回復してね!」

 まるでバラエティのクイズ番組の司会みたいに楽し気に宣言するモノクマに心の奥底からの怒りを覚えつつも、それ以上の術がない僕らは裁判場を後にしようと席を離れようとするが……

「あれあれ、黒須サンどうしたの? もう帰っていいんだよ?」

 と、モノクマ。それを受けて黒須先輩の席を見やると……

「はっ……かはっ……」

 と微動だにせずただうずくまったまま激しく呼吸を漏らす黒須先輩の姿があった。

「っ! 黒須先輩!」

 僕が黒須先輩のもとに駆け寄ると……

「あああああああああああ! もうやだぁぁぁぁぁぁ!!」

 と黒須先輩はまるで咆哮のような絶叫をあげだした。

「黒須先輩! 落ち着いてください」

「いやだああああああああああ!!! もういやだぁぁああああああああ! うああああああああああああん!」

 どんなになだめようとも、彼女は声を止めようとはしない。自分も叫びだしたくなるような心をなんとか定めながらも、ただただ彼女の様子を見守るしかなかった。

「……今は、そっとしておいてあげましょう。竹枡さんのように怒りが外に向いてる状態ならまだなんとか止めようがありますが、このようにまるで絶望に打ちひしがれているような状態は手のつけようがありません」

 と、僕に声をかけて来たのは留守居さんだった。

「……みなさん。ここは私に任せてください。私はここに来てから少し眠って休んでいますから、皆さんよりは体力に余裕がある……と思います」

 

 >留守居楽花に、黒須鈴の介抱を任せますか?<

 



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