記憶を失ったトレーナー。 (レモさん)
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#第1R プロローグ。

 怪文書ステークスに影響されたので初投稿です。


 チームアルクトゥルス。それは、ウマ娘を知る人間であれば誰もが口にする最強のチーム。

 無敗でクラシック三冠を手にし、七冠という脅威の成績を残した皇帝・シンボリルドルフ。母娘二代でオークスを手にし、トリプルティアラと秋の盾を手に入れた女帝・エアグルーヴ。自らの影を乗り越え、クラシック三冠と有マ記念をその手中に収めたシャドーロールの怪物・ナリタブライアン。ブロンズコレクターと言われ続けた現状を打破し、トウカイテイオーと死闘を繰り広げてクラシックの座を争ったド根性ウマ娘・ナイスネイチャ。

 そして、彼女らの根本の素質を見抜きチームとしてまとめあげた手腕を持つ『鬼才』。それがアルクトゥルスのトレーナーであった。

 

 

 

――――――――――――

 

 トレーナーの朝は早い、それは休日であってもだ。朝から「明日からのトレーニングメニューはどうしようか」と悩み、生活必需品で何が足りなかったかをリストアップし、自らの身体をトレーニングルームで鍛え上げ、買い物に行けるのは夕方を回って夜にさしかかろうという所であった。

 自慢の愛車である青と黒のGT-Rを駆り、スーパーで買い物を済ませた後にコンビニエンスストアに寄る。

 

「どんだけ言われても結局止められなかったなぁ」

 

 そうトレーナーは呟くと先程購入した赤と白のパッケージの中から煙草を1本取り出し、火を付けた。ジュッという音と共に煙草から煙が立ち上った。

 口にくわえ、肺に煙を吸い込むとトレーナーは今までのことに思いを馳せる。

 

 

 シンボリルドルフに問われたあの日から、彼のトレーナー人生は始まったと言っても過言ではなかった。

 『全てのウマ娘が幸福になれる世界を作る』と彼女に言われた時には随分と大層な夢を持っている事だと心底驚いた。もちろんその道は余りにも険しく厳しいものではあったが、決してキツいことばかりではなかった。楽しいこともあったし、彼女がレースで勝てば自分の事のように嬉しかった。

 女帝が女帝たる所以を一晩中、それこそ門限ギリギリまで語られた日には自らの寮まで帰る体力すら持たなかったが、その下にある彼女のコンプレックスを見抜く切っ掛けとなった。それこそが彼女のターニングポイントになったと言っても過言ではない。

 シャドーロールの怪物には心底手を焼かされた。言う事は聞いてくれないし、偏食はいつまで経っても治らないし、挙句の果てにはスケジュール関係なしに出場レースを決める。一度お灸を据えてやろうと彼女を呼び出した際には何故かあちらから場所を指定される始末。ただ、彼女が才能を持っていたことは事実だし、本人も自覚していた。故に彼は彼女に対しては多くを指示することは少なかった。逆にその指導法にしてからレースでの才能はメキメキと伸びていった。

 ド根性ウマ娘はその点素直であった。やれと言われれば諦めることなく練習を続けるし、上記三名と異なりとても素直であった。だが、レースになると途端に『アタシはモブだし主人公じゃないから』と急にレースを流しで走る諦め癖が付いていた。この点に関してはトレーナーが介入出来たことはそこまで多くない。むしろ周りのトレーナーに意見を求めに行ったレベルであった。彼女の場合は同期たるトウカイテイオーの存在がとても大きかった。彼女が居なければナイスネイチャの本性たる闘争心を引き出すことは不可能であったと今でも思う。

 

 『鬼才』だの何だの言われてはいるが、特に周りのトレーナーと比べても才能は秀でていないように自分でも思う。むしろ劣っていることの方が多い。レースや身体に対しての知識も多くはないし、脚を触れただけで状態がわかるほど変態を極めてなどいない。

 彼の才能は『聞くこと』にある。それはシンボリルドルフをして「彼と関われば全てのウマ娘が幸福になることが出来うる」と言わせるように、彼は相手の話を聞く事がとことん上手かった。彼と話していると色々なことをつい言ってしまうとあのナリタブライアンも記者のインタビューに答えていた。

 彼は例え罵声を浴びせられても動じることは無い。ただ、水のように受け止め相手の考えを聞くことに注力する。そこで自分の意見の押しつけをすることは絶対にない。相手の言う事が無くなってから初めて自分の考えを述べ始めるのだ。そこに押しつけはなく、子供に諭すように一つずつ教えていく。何か間違いがあり、そこをウマ娘に指摘されれば意地を張ることなく謝り、訂正するのだ。

 チームスピカの沖野トレーナーは後にこう語っている。

 

『アイツは特段知識や技能が優れているわけじゃなかった。だがウマ娘に対しての考えは俺やおハナさん、南ちゃんより明らかに上だったな。なんだろうな……管理主義って訳でもねぇし、かと言って放任主義ではなかった。ただ……そうだな、アイツはウマ娘の事を理解すんのが上手かったよ』

 

 煙草を灰皿の中に入れる。不思議なものだなぁとトレーナーは思う。今まで火がついていたものが水に触れるだけで直ぐに消えてしまうのはある種の不条理とも言えるかもしれない。地球はそういう物理法則で成り立っているとか言われてしまえばそれまでだが。

 口に清涼剤を叩き込み、愛車に乗り込む。コイツとも長い付き合いだなぁとトレーナーは目を細めた。シンボリルドルフと三年間走りきった後、本人から「キミも私だけじゃなく自分へのご褒美を買った方がいいんじゃないか?ほう、美術品……ふふふ」と言われたことがある。二文目はスルーしたが。

 自分への褒美はなんだろうな、とふと考えた時に大学まで好きだったモータースポーツのことを考えていた。日本でのモータースポーツの浸透率はそこまで高くない。むしろ、ウマ娘が日本の国民的な競技になってから下がっているような気もするが、それでもコアなファンというものは多いのである。

 思い立ったが吉日と言わんばかりにディーラーショップまでひた走り、衝動買いとさほど変わりなくGT-Rを購入した。貯金の八割がカスタムも含めてぶっ飛んだが、憧れの車に乗れることの方が余っ程嬉しかった。

 そこからは何をするにしても愛車で移動し、時にはウマ娘を連れドライブに行くこともあった。ブライアンからは不評ではあったが。

 

 

 そんなことを考え、車のエンジンをかける。流行りから少し外れた音楽がスピーカーから流れてくる。トレーナーの感性はどこかズレているなとシンボリルドルフに言われたこともあったなぁと思い出すと少し微笑ましい気持ちになった。

 左右確認を忘れずに行い、車道に前輪を付けた時だった。

 

 

 

 

 コンビニエンスストアの駐車場に轟音が響き渡り、二台で絡み合った車体はそのままコンクリートの壁へと衝突した。壊れかけのスピーカーからノイズ混じりで流れてくる音のみがその場に響いた。

 

 

 

 『――――――拝啓、今は亡き過去を想う、望郷の詩

 

 

 

 トレセン学園に彼が事故で病院に搬送されたと報告が届いたのは二時間後のことであった。

 

 




 お初にお目にかかります。レモさんです。
 Youtubeに記憶をなくしたトレーナー怪文書ステークスってのがありまして、もろにその影響を受けてます。

 誤字報告、感想等お待ちしております。
 次回もそんなに遅くはならないと思いますので、何卒お待ちいただけると幸いです。


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#第2R 逆行性健忘。

 シービーの為に貯めていた石がいつの間にか消えていたので初投稿です。


 トレーナーの事故が判明してからのトレセン学園の騒ぎは歴代の中でも一二を争うレベルであった。

 それはやよい、たづなだけではなく彼が担当しているウマ娘達も同じであった。シンボリルドルフは生徒会の仕事を放り出して会いに行こうとするし、エアグルーヴは止めるかと思えば今すぐにでも行こうと言わんばかりに見舞いの品を用意している。直ぐに暴走しそうなナリタブライアンとナイスネイチャが止めに入るというとても珍しい光景が起こっていた。その二人も言動が支離滅裂になっているので、落ち着いているとは到底言い難いが。

 トレーナールームでもその話で持ち切りであった。

 

「おい、アイツ大丈夫かよ」

「はっ、レースの神様がお怒りなんじゃないのか?」

「まあ、デカい怪我じゃなきゃどうでもいいわ。病院で頭を冷やせばいいのよ」

 

 だが、彼を純粋に心配するトレーナーは殆ど居なかった。というのもチームアルクトゥルスはレースに出れば連戦連勝、更には聞き上手なトレーナーも居るとあって専属トレーナーやチームトレーナーより彼に話を聞きに行くウマ娘も居るほど彼らは人気であった。

 一方で他のトレーナーからすれば面白くない話である。彼の担当ウマ娘が出るレースとあれば一着はほぼ確定、最低でも入着はするとあってはトレーナーとして面目が立たない。挙句の果てに、彼はまだ三十にもなっていない若造だというではないか。

 『勝ちすぎると全てが敵になる』とはよく言ったもので、気づかぬうちに彼は敵を増やしすぎていた。そんな矢先にこんな事件が起きたのだから濡れ手に粟である。もしかしたら彼が担当しているウマ娘の誰かをチームに引き抜くことも有り得るかもしれないと考えた。まあ、彼女らは彼と離れることを拒むのであるが。

 そんな中、沖野は同僚の南坂と話していた。手にはもちろんキャンディーを持ちながらである。

 

「南ちゃん……俺らだけでも病院行かねぇか?流石に見舞いに行かねぇとアイツが可哀想だろ」

「それはそうだと思いますよ、沖野さん。外出届けを出してとっとと行きましょう」

 

 見舞いの品を持っていかないのは申し訳ないが……と心の中で彼に謝り、二人はトレーナールームを後にした。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

「主治医さん、アイツの容態は!?」

「沖野さん!落ち着いて下さい!」

「落ち着いてられっか!手術って……アイツは大丈夫なのかよ!」

 

 病院に着いた彼らは酷く慌てていた。それもそのはずである。トレーナールームには『彼が事故にあった』という情報しか伝わっておらず、肝心な『重体』という部分が抜け落ちていたのだから。

 

「沖野さん、と言いましたかな。主治医の南井です……彼の容態は安定しています。手術と言っても事故で切った頭と腕の縫合ですからね、明日には目を覚ますと思います。ただ……」

「ただ、ってなんだよ、何があったんだよ」

「心して聞いてください」

 

 そう口にすると、南井という医者は一つ息を吸った。その後に放った言葉はその場の二人を凍りつかせるのに充分過ぎるほどの衝撃を与えることとなった。

 

「……彼は事故の時、酷く脳に衝撃を受けておりまして…………救急車での会話を聞くに、ある疑いが出ました。

 

 

 

 

 

 

――――――逆行性健忘、所謂記憶喪失になっている可能性があります」

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 帰りの車の中の二人は酷く静かであった。いつもはムードメーカーである沖野も、言葉を噤まざるを得なかった。しかし、その重苦しい空気の中で最初に言葉を発したのもまた、沖野であった。

 

「……なぁ、南ちゃん」

「…………はい」

「……アイツ、記憶喪失だってよ」

「……そうですね」

「記憶喪失の奴に、俺らが何をしてやれるんだろうな」

 

 いつも口にしているキャンディーすらない沖野は何も言えないと言わんばかりの表情をしていた。

 

「……沖野さん。多分私たちが出来るのは声を掛け続けて、彼が思いだすきっかけを作ることだと思います。南井先生も仰っていた通り」

「ああ…………あとは、どのぐらい記憶が無くなってるかだな……彼女らを忘れてなければいいんだが」

 

 沖野は、今後おそらく起こるであろう一騒動に思いを馳せた。願わくば彼女らと接触することで、何か記憶が戻らないかと少しの期待を抱きながら。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 次の日、彼は病院のベッドで目を覚ました。周りのベッドには誰も入っている様子はなかった。窓の外を見て何故自分が病院のベッドにいるのかを思い出そうとするが、不思議と何度考えても思い出すことが出来なかった。仕方が無いので近くにあったイヤホンを携帯電話に突き刺し、ミュージックアプリで音楽を付ける。相変わらず流行から外れたような音楽ばかりが再生リストに並ぶ中で、何曲か見覚えのない題名が見えた。知らない曲を聴く気にもなれなくて、かといって消そうとしても消す気になれなかった。

 「なんで消せないんだろう」なんてことを考えていると病室のドアが開き、白衣を纏った医師が彼の横に座った。

 

「こんにちは、貴方の主治医の南井です。貴方は■■さんで合っていますでしょうか」

「えぇ……多分合ってると思います」

「わかりました……ではこれからいくつかの質問をしますが、よろしいですか」

「ええ……」

 

 息を吸うと、南井はいくつかの質問をした。生年月日、住所に続いた次の質問だった。

 

「では、貴方のご職業は何ですか」

「俺の職業は……あれ、俺、何してたんだっけ……」

「……思い出せませんか」

「………………ごめんなさい、思い出せないです」

 

 分かりました、と一息つくと南井はやはり、と結論付ける。彼は間違いなく記憶が無くなっている、しかも事故前後のみならず彼の仕事であったトレーナー時代の記憶に至るまでだ。

 なかなか重症だと南井は嘆息した。だが質問はまだある、もしかしたら思い出すきっかけになるかもしれない、と次の質問をした。

 

「分かりました……では、貴方の愛車は何ですか」

「R35 GT-Rです」

「では、その車をどのようなきっかけで購入されましたか」

「…………ダメだ、これもわからないです」

 

 彼の中で少しづつ焦燥感が芽を出してきた。思い出せるはずの記憶を思い出せない恐怖、何か大切なことを忘れているかもしれないという辛さが相まって、焦りの感情が湧き上がってきた。

 南井は、このままで埒が開かないと考え、最後の切り札と言わんばかりにこの質問を切った。

 

「では、最後に彼女らに見覚えはございますか」

 

 そう質問すると、南井は病室のドアを開けた。そこから四人のウマ娘達が入ってくる。

 彼から見て、ウマ娘というのはやはり綺麗な子が多いなと思う。だからこそ、自分には遠い存在であるし、自分なんかが関われるわけが無い娘たちだとも思う。

 先頭で入ってきた髪の毛に三日月型の白髪がある女の子も、ボブカットで凛々しい目をした女の子も、絆創膏を鼻につけ可愛いというよりかっこいいという表現が合っている女の子も、赤と緑のイヤーカフを付け、大きなツインテールを揺らす女の子も、なんでこんなにレベルが高いのかと不思議に思う。

 

 

 三日月型の白髪を前髪に垂らすウマ娘が耐えきれずに、彼に問いかけた。

 

「トレーナーくん……無事で「あの、」…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………誰ですか、あとトレーナーって何ですか」

 

 四人がその言葉に呆然とする中、ただ外したイヤホンから漏れる音楽のみが響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――「いつか、忘れてしまう今日だね」なんて、言わないでほしいよ』




 ご苦労さまです、レモさんです。
 二話目にしては割と早く書けたように思います。小説を書いててキツいのが、二話目三話目でグダグダになりやすいってことですね。メメ…メメタスケテ…

 さて、実は今回の表現である点を結構拘ってたりします。気づける人いるかなぁ?
 あと、『愛が良バ場』タグに反応してくださった皆さんありがとうございます。湿度高そうって言った兄貴おったなぁ、俺も普通だったらそう思います。オレモソーナノ
 ただ、今回の『愛』に込める想いはちょっと違うかもしれないです。その辺も楽しみにしていただけたら……!


 誤字報告、感想等お待ちしております。返信できなくて申し訳ございません。
 次回は上手くやれるといいな。


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#第3R あの記憶をもう一度。

 セイウンスカイが大変可愛いので初投稿です。


 彼の衝撃的な発言から数夜明け、トレーナーの居ないチーム部屋に彼女らは集合していた。

 

「……私には、ヤツが冗談を言っているようには到底思えん。冗談で言っていたら張り倒してしまおうかと考えたが……」

「あのぉ……幾ら怒っても怪我人を張り倒すのは……」

 

 重苦しい空気の中、エアグルーヴが零した言葉にナイスネイチャがツッコミを入れるが、いつものような元気さはない。シンボリルドルフとナリタブライアンは黙ったままであるし、シンボリルドルフどころかあの何時も強気なナリタブライアンでさえ耳が垂れている。ウマ娘の耳は本人の表情以上に感情が出るので、ウマ娘のトレーナーはそこを見てウマ娘の体調や感情を読み取ることが多い。

 アルクトゥルスのトレーナーも例外ではなかったし、彼は普通のトレーナーよりも感情の機微に敏感であった。シンボリルドルフのダジャレが決まらなくてションボリしている時は、自分の知っているラップの韻踏みを参考にダジャレを正当化してみたり、ナリタブライアンの偏食を治す為に一緒に料理を作って喜ばせてみたり……思い出せばキリがない。

 

「しかし、ヤツの記憶が無くなったとなってはチームの存続も危ういぞ……」

「確かに……でも、どうしたらいいのかアタシには皆目見当もつかないかな……」

「……やはり、トレーナー君に私たちの事を思い出させるしかないのではないか」

 

 ここまで沈黙を貫いていたシンボリルドルフが、絞り出すような声で発言した。納得する一同だったが、当人はもうそんな事に気を使っていられるほど余裕はなかった。

 でも、思い出させると言ってもどうやって……?と頭に疑問符を浮かた。

 

「料理を作るとか……」

「我々がヤツに手料理を振舞った事などないだろう」

「じゃ、じゃあ皆でお出かけとかは」

「悪くはないだろうが、記憶を取り戻す手段としては乏しいだろうな」

 

 揃ってうーんと唸る中、黙りを決め込んでいたナリタブライアンが呟いた。

 

「…………レースだ」

「……今、なんて?」

「レースだ、レース!私たちのやるべき事は、走る事だろ!アイツに私たちの走りを見せることが、記憶を取り戻すことに繋がる……きっとそうに違いない!」

「なるほど……悪くない。だが、レースの相手はどうするんだ?レースを組んだところで競争相手が居なければレースとして成立せんだろう」

 

 シンボリルドルフがこのように述べるのも無理はない。ウマ娘の併走トレーニングが何故成立し得るのか、それは一般的に闘争心を呼び起こしより良いパフォーマンスが発揮できるからだとされている。かと言って、このようなレースに誰が乗ってくれるのだろうか……と悩んでいるとトレーナールームの扉が大きな音を立てて開いた。

 

「その話、乗ったぁー!」

『!?』

「沖野さん、声が大きいです!」

 

 入って来たのはスピカのトレーナーとカノープスのトレーナーであった。キャンディーを舐めている沖野が元気よく答える一方で、南坂はそれを半ば力ずくで押さえ込もうとしているがエネルギッシュな彼を押さえつけることが出来ず、半ばベアハッグのような形で腹に巻きついていたため、途中で沖野が「グエッ」という潰れた声を吐いたのは別のお話。

 

「スピカにカノープスのトレーナーか」

「そうとも!お前らのレースをするってのに俺らも協力するって事だ。丁度うちの娘たちもレースがなくて暇してたからな」

「それに、彼の記憶を呼び起こす為には必要な過程ですからね」

「……ありがとう。助かるよ」

 

 二人の申し出に最早涙を隠そうとしないシンボリルドルフに対し、ナリタブライアンが「人数は十分なのか?やるならばフルゲートの方がいいんじゃないのか」と疑問を呈する。確かにアルクトゥルスのメンバーは四人。そこにスピカとカノープスのメンバーを加えても十四人である。もう十分な気もするが、フルゲートとなると二人足りない。

 

「……よっしゃ、そしたら一つ俺が頭を下げに行くとするか!」

「いいのか?スピカのトレーナー……彼女に頭を下げに行くとなったら渋い顔をされると思うが……」

「ま、任せとけっての!俺の交渉術でイチコロよ」

「……そうか、ならカノープスのトレーナー。私とエアグルーヴと共に来てくれないか」

「……なるほど、映像関連ですね」

「ブライアン、君はあの主治医と話をつけてきてくれ。聞いたところだと彼と知り合いらしいからな」

「承知した」

 

 あれやこれやと話が決まっていく中、ネイチャは取り残されていくように感じた。まるでトレーナーからも自分が離れていく気がした。

 

「あ、あの!」

「?」

「ア、アタシは理事長に相談しに行ってきますっ!」

「……そうか、ありがとう」

 

 ネイチャは、部屋から飛び出すと外へと駆け出した。

 廊下には少しだけ雫が落ちていた。

 

 

 

 

――――――――――――

 

「この通りだ、頼む!」

「はぁ……」

 

 沖野は宣言通り、リギルのトレーナーである東条ハナに頭を下げていた。だが、リギルは徹底的な管理を主にしているチームであり正直沖野は拒否されることも覚悟していた。

 ハナは普通であればこの申し出はすぐさま断っていただろう。しかし、目的を聞いてしまえば全てはあの例のトレーナーの記憶を戻すためである。個人的にも彼に借りが残っている以上どこかで返さなければならない。

 

「……いいでしょう」

「おハナさん!」

「但し!条件があるわ。私のチームの中で直近にレースが無い者のみをピックアップするわよ」

「ああ、もう何でもいい!とにかく出てくれるんだな!?」

 

 返答を待たずに沖野がリギルの部屋を飛び出して行ったのを見て、ハナは大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 トレーナー君、選抜レースを終えた私にかけてくれた言葉を覚えているかい……ああ、まだ記憶が戻っていないんだったね。

 「お前が望む理想を共に実現しよう」、そう言ってくれた時私はこの人しかいないと思ったんだ。俗に言う『ビビっと来た』と言うやつだね。

 そこからの快進撃は自分でも笑ってしまうくらいに強くなれた。無敗でのG1七冠、有マ記念での七バ身差レコード……上げていけばキリがない。

 もちろん、君は私が最初のトレーナー契約だということもあって上手くいかなかったことも多かった。トレーニングメニューで意見が衝突することもあったけど、君はとても聞き上手だった。気づいた時には私のプライベートな事を話すまでになってしまったね。

 来週末のレースはきっと見てくれているだろうね。なにせ、私とカノープスのトレーナーの持てるコネを全て使ったのだから、きっと見てくれているに違いない。

 

 

 

 トレーナー君、見ていてくれ。

 私が『皇帝』たる所以を。君が育ててくれたルナの走りを。

 それを以て、君の記憶を取り戻してみせよう。

 

 

 

――――――――――――

 

 貴様に私が声を掛けたのは、会長がシニア級に入ってからだったな。最初は実績も会長以外のものがないから、彼女の実力があってこそのものだと思っていた。だが、貴様は私の悲願たる母子オークス勝利どころかトリプルティアラまで獲らせてくれた。ああ、有マ記念に関しては気にしなくていい。アレは私の我儘だったからな……って、そうか。今は憶えてはいなかったな。すまない。

 正直、貴様に声をかけたのは恥ずかしいことにある種の嫉妬心からだったんだ。会長が貴様との惚気話を散々聞かせてきてな。今まで生徒会で『ウマ娘の理想の世界』を作り上げることのみを目的として走ってきた彼女がだ。私はきっと貴様に盗られてしまったのだと勘違いしてしまっていた。今となってはいい思い出だがな。

 来週末のレースはきっと過酷なものになるだろう。幾ら我等のチームが強かろうとスピカにカノープス、更にはリギルのウマ娘が来る。しかも、チームメンバーたる彼女らとも戦わなければならない。だが、私はわざと負けてやるつもりなど毛頭ない。

 

 

 

 見ていろ、トレーナー。

 貴様が育てた『理想』の女帝がレースを戦うところを。

 我等の『理想』をもう一度、この手で取り返してみせる。

 

 

 

――――――――――――

 

 アンタと出会った時、私はもがいている真っ最中だった。途中で失速する理由もわからず、ただ我武者羅に走っていただけだった。そんな中、アンタだけが唯一私の弱点に気づいて声をかけてくれたんだ。

 今でこそ影は怖くなくなったが、弱点を治すためにアンタはいろんな策を打ってくれた。会長風に言うなら東奔西走ってヤツだな。意味が分からない器具を付けたこともあったし、絶対に無理だろという策で並走してみたり……失敗ばっかりしていた記憶しかないが、それでも楽しかった。収穫もあったからな。そのおかげで私はクラシック三冠も、有マ記念の冠も得ることができた。

 ……私はアンタと契約を結ぶまで、「トレーナーがついたところで何になるんだ」と思っていた。だが、今はそんな考えはなくなったよ。アンタは私の話をちゃんと聞いてくれた。弱音も強がりも、全部受け止めてくれた。だから、アンタに魅かれたんだよ。……この表現に私らしさなんてものは皆無だが、仕方ない。これしか言葉が見つからなかったんだ。

 来週末のレースはきっと、私の渇きを大層癒してくれるに違いない、強い奴らばかりだからな。だけど、アンタがいなくちゃ私の最後の渇きを満たしてくれるものなんてないんだよ。

 

 

 

 トレーナー、アンタに見せてやる。

 『シャドーロールの怪物』と言われた私の走りを。滾りに滾った私のすべてを。

 私の求めるトレーナーを力ずくで引き摺り出してやるさ。

 

 

 

――――――――――――

 

 アタシがトレーナーさんと会った時は、もうチームが設立した後だったっけ。ルドルフ会長もグルーヴ先輩もブライアン先輩も皆出会った時はキラキラしてたから、アタシがこんなところに入って大丈夫なのかなってすごい不安だった。アルクトゥルスに入るのって名誉ってほかの子からも聞いてたし。

 それに、同期にテイオーもいたから彼女に勝つのは無理だーって思ってたんだよね。でも、トレーナーさんはアタシのことを諦めなかった。最後の最後まで信じぬいてくれた。アタシが変に八つ当たりした時も、トレーナーさんは黙って聞いてくれてたよね。実はあれすごくうれしかったんですよ?おかげさまでテイオーと大接戦。獲れるはずがないって思ってたダービーも獲れた時は、ベッドでゴロゴロして頭をぶつけてマーベラスに心配されるくらいには嬉しかったんですからね。テイオーにライバル宣言された時はえぇー!ってなりましたけれども。

 来週末のレースはきっと、どのウマ娘も強いんだろうなぁって昔のアタシなら諦めてた。でも今のアタシはもう、キラキラを追い求めるだけじゃ足りないから。

 

 

 

 トレーナーさん、見ててほしいな。

 ド根性で走りきる走り切るアタシを。トレーナーさんの一番を譲らないアタシの走りを。

 トレーナーさんをアタシの隣に引き戻してあげるから。

 

 

 

――――――――――――

 

 ウマ娘の夜は更けていく。様々な想いを乗せ、彼女たちは輝きを追い求める。

 

 

 

――――――すべては、愛すべきトレーナーのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――どんなに離れても忘れることは無い、君が私に光を教えてくれたから』




 お久しぶりです、レモさんです。
 いやぁ……大難産でした。てかこの後全部大難産な気がするぞ……

 トレーナーとの過去の話や、ウマ娘の心情描写・表現がめちゃめちゃ難産の理由です。一人称きちぃ……

 誤字報告、感想等お待ちしております。
 次回までまたごゆるりとお待ちいただけると幸いです。



ps.今週末の秋華賞、皆様はご覧になりますでしょうか。私はユーバーレーベン軸で買おうと考えていたのですが、各社記事がソダシの調教が良いと報じていたので、ソダシ軸も少し買おうかなと思います。

……これでファインルージュとかアカイトリノムスメ来たらヤバいな。


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