もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら (ちゃんどらー)
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第一話:一方的な出会い

 物心ついた時、既にオレが生きるこの場所は地獄だった。否、地獄だと気づいたのはコレが普通のことではないと知識を得てからだった。

 

『早く立て。地べたを這いつくばっている暇などお前にはないのだ』

 

 重苦しい声。有無を言わさぬ威圧。観ることすら叶わぬ父。会うことすら叶わぬ母。そして目の前に立ちはだかる大人の魔物達。

 修練、修行、鍛錬。自分に許されるのは己のチカラと頭脳を高めることのみ。

 分単位で管理される一日のスケジュール。眠るのは厳しい訓練の後に気絶した後。食事は一人で黙々とこなし、起きている間は勉学と修練の連続。

 他の魔物の子のように遊ぶことなど許されず、己という存在を高めることだけがオレに許されたたった一つの生きる理由であるかのよう。

 

“魔界の王が、ゼオン様が次の王になると期待しているからこそ”

 

 過酷な訓練と教育の理由について、周りの大人の魔物達は口を揃えてそんなことを言う。

 哀れみを持ったその瞳が嫌いだった。日々を暮らす度に大人の魔物達への憎悪が膨れ上がっていくのは理解していたし、それを抑えるつもりすらなかった。

 

 違うのだ。魔界の王にオレがなることなど、そんなことは生まれた時から決まっているのだ。

 雷を司る王族の我らは、他の魔物よりも自我の芽生えと精神の熟成が早い。故に早くから己の能力を高めることが出来て、他の魔物達よりもチカラを伸ばすことが出来る。

 自意識を持ったのは一歳になる前。乳母の存在を認識した頃より英才教育は始められる。

 

 魔物の中でも、特に雷の一族の身体は頑丈に出来ている。魔力の量が他とは一線を画しているのだから当然のこと。まず初めに習うのは防御の為の魔力運用と絶対値の増加訓練。一定に達すればすぐに実践を行うスパルタだ。

 他より頑丈であるがゆえ、他よりも過酷な訓練を受けなければならない。

 初めは泣いた。当然だ。幼子ゆえにほんの小さな傷に大泣きした。

 

 だが……王族の幼子に課される最大の地獄の始まりは此処から。些細な傷の痛みから……傷を受けるという痛みを、死に近づく本質を、痛みに屈服する弱さを、死への恐怖に逃げ出そうとする臆病を……我ら王族は乗り越えなければならないのだから。

 

“バルギルド・ザケルガ”

 

 敵を決して殺すことなく、身体に与えられる痛みを増幅し続け、心の芯まで痛みへの恐怖を染み込ませ、連続して与え続けるという雷の術の中でも凶悪なモノ。

 父から子への初めての贈り物は……“痛み”だった。

 

 慣れることなどなかった。

 どうして、と疑問を零すことすらなかった。

 まだその時のオレは知識を得ていなかったから。

 痛みに耐えることが当然とならなければというのがその時オレの当たり前だったのだ。

 いっそ壊れてしまえば楽だったのかもしれない。

 しかし生憎とオレの心は頑丈で、その“痛み”だけが己と父を繋いでくれるモノだと誤解していたバカモノで……父にどうしてと問いかけるよりも、耐えた時に聞こえる僅かに温もりのある声だけが聴きたくて受け入れていた。

 

 痛みに耐えてから始まったのが訓練のみの生活。それが当たり前だと、オレはそう信じていた。

 幼き頃より強いられる厳しく辛い修行の果てに得る雷の極致にて、三千年という長きに渡り我らは王の座を勝ち取ってきたのだ。

 故にこの地獄は当然のこと。 

 

 とある時、兵士達の話を耳にしたことがあった。

 

『王も酷なことをなさる。幼きゼオン様をあれほどまでに厳しく……』

『言うな。王には王のお考えがあってのこと』

『しかし王の雷の代名詞たる“バオウ”すら与えられないなど……あれほど必死になっているゼオン様があまりにも報われないではないか』

 

 兵士達が言うソレはオレの心に衝撃を与えた。

 父の力の代名詞。雷の象徴であろうソレは、オレにとって言いようのない胸の高鳴りを齎したのだ。

 

 与えられていない、ということはいつかはオレに授けられるということ。兵士などには分からないのだと思った。

 何故なら己は次代の魔界を担う王になるのだから。きっと父は、そのためにこの厳しい訓練を受けさせているのだと理解した。

 

 幼きオレは……父の厳しさの中に愛を見た。そんなはずはなかったのに。

 厳しい父から貰えるであろう雷の象徴の存在は、幼きオレの期待を押さえつけさせるにはあまりにも魅力的過ぎた。

 

『父上! 私は“バオウ”を受け継げるほど強大な王になって見せます! 必ずや父上の期待に応えられる雷となります!』

 

 訓練を久方ぶりに遠見水晶で見ていただろう父上に、愚かなオレはそんなことを宣言した。してしまった。

 

『どこでそれを……いや、王族である限りいつかは知ることか』

 

 その声は何処か哀しみを含んでいて、父は続けてオレの希望を地に落とす言葉を発したのだった。

 

『“バオウ”は……お前に与えぬ』

『なっ!』

『アレは持ってはならぬチカラだ。強すぎるチカラは、大きすぎるチカラは世に滅びしか齎さん』

『し、しかしっ』

『この話はここまでだ。ラジン中将、訓練を続けよ』

『父上っ!? なぜですっ! どうして―――』

 

 轟音と共に降り注ぐ雷光。

 それ以上、父はオレに何も言わず、その日の訓練は普段の倍の厳しさとなった。

 

 

 

 夜。

 死ぬ思いをするほどの訓練で倒れたあと、意識を取り戻したオレのベッドの横で乳母は顔を覆い隠して泣いていた。

 この滑稽なオレに同情の涙を浮かべているであろう乳母に、憎悪の心が膨れ上がり怒鳴りそうになった。

 しかし、乳母はすすり泣きながら不思議な事を呟いていた。

 

『王よ……なぜゼオン様をこれほどまでに……なぜ、弟君であるガッシュ様とこれほどまでに違う扱いを……』

 

 自意識が芽生えてから一度も謁見を許されていない母に代わり、幼い頃からオレの身の回りの世話をしていた乳母。

 呆然と、頭の中が真っ白になった。本来であればもっと情報を引き出そうとするこの頭脳は、突きつけられた事実の真偽を確かめたくて必死だった。

 

『どういう……ことだ……?』

『っ……ゼオン様っ!?』

『答えろ。このオレに……弟が……?』

 

 嗚呼、嗚呼と悲壮に顔を歪める乳母は首を振る。

 弟がいる、と。名はガッシュだと。知らせてしまったのは乳母のミスであり、それ以外の情報はもう教えられないのだと言う。

 何をどう聞こうとも彼女はそれ以上口を割らなかった。

 

 もしや母上や父上と謁見すら許されないことに弟の存在が関係しているのではないかと、オレはその時思った。

 

 調べた。調べた。調べた。調べた。一年にわたって調べ続けた。

 出てこない情報。苦い顔をする大人たち。そそくさと仕事に戻る給仕たち。きっと父に問いを投げることは許されない行いだろう。それほどまでに弟の情報は秘匿されていた。

 途中、禁書庫に忍び込んだ時に魔界の二大脅威とされる情報を得た。

 

 一つは封印されたモノ。もう一つは……“バオウ”だった。

 

 生憎と時間が限られていた為に詳細は得られなかったが、父が千年前の戦いでバオウを編み出し、鍛え上げ王となり、その力を以ってより魔界を円滑に治められてきたのだということは分かった。

 雷の力が……王族の子に引き継がれることも。

 

 疑問が頭を支配する。

 疑念が胸に渦巻く。

 子に引き継がれるはずのバオウ。

 秘匿された弟の存在。

 厳しく苛烈を極める鍛錬と教育の日々。

 

 何故……オレには……バオウがない……?

 

 繋がる線を、オレは必死に否定した。

 違うのだ。違うはずだ。そんなはずがない。

 

 しかし現実は残酷で、少ない自由時間で調べ続けている内に決定的な情報を入手してしまった。

 

 物心つく前に王宮を離れた弟、ガッシュ。

 民間の学校に通い、遊び呆けている日常。

 定期的に兵士から仕送りが送られる家庭。

 育ての親と毎日共に出来る食事。

 

 弟の過ごす環境を自由と、そう呼ぶのだ。

 

 だから夜間にベッドを抜け出し、一人の兵士を問い詰めた。

 

『答えろ。ガッシュとは何者だ。本当にオレの弟ならば、なぜここに居ないのだ。何故弟だけが自由に生きていける。なぜオレは父とも母とも会うことが出来ない』

 

 殺意すら伴って掴みかかったオレに対して、兵士は苦悶の表情で静かに答えた。

 

 双子の弟であるガッシュにバオウが受け継がれていることを。

 

 空白になった頭と心を引きずって、その時のオレがどうやってベッドに戻ったのかは分からない。

 なぜ弟は城でオレと同じように教育を受けないのか、というのは分からなかった。

 なぜ弟と自分の待遇がこれほどまで違うのかも分からなかった。

 

 片や、兄でありながら父の代名詞ともいえる雷を継承することすらなく、遊ぶことすら許されない血と泥に塗れた地獄の日々を過ごすオレ。

 片や、弟でありながら生まれた時より父の力を継承され、訓練すらすることなく暖かい食事と友に囲まれた悠々自適な日々を過ごすガッシュ。

 

 唯々、父の声が聴きたかった。

 唯々、父から真意を聞きたかった。

 

 心を決めたオレはその時を待った。血反吐を吐きながら。

 身の入らないままの訓練でいつもの調子が出ずに血を吐いたオレに、父はどうしたと問いかける。

 見ていてくれたことに嬉しさと、そして真実を問いただすことへの恐怖がないまぜになった心。

 

 オレはそのまま、父に問うた。

 

 何故、私にバオウをくれなかったのか……。答えは前と一緒だ。

 恐ろしいチカラではなく父上が王となった偉大なチカラだと言っても聞く耳をもってはくれない。

 

 やはり……そういうことなのだ。

 

 な、ならば……と続ける。

 

「なぜ、“バオウ”をガッシュに与えたのですか!?」

 

 数瞬の沈黙は今までよりも遥かに重い。

 遠く離れていても分かるほどの父上の強い感情の揺らぎ。

 だがそれは……怒りとは少し違うように感じた。

 

『ゼオン、ガッシュのことを誰から聞いた!?』

「一年程前、私の乳母に聴きました。ガッシュという弟がいると。それ以上は教えてくれなかったので私が自分で調べました」

 

 父上は何も言わない。

 

「物心つく前に王宮を離れた弟、ガッシュ。今は民間の学校で間抜けに遊んでいると聞きます。そのガッシュに……父上は“バオウ”を受け継がせたと……」

 

 手が震える。声が震える。心が震える。

 ああだめだ、と思っても止まらない。

 胸の内から溢れだす感情の波が、止められない。

 

「ガッシュにはバオウという大きなチカラと自由を与え、なぜ私には厳しい教育と訓練の日々しかくださらないのですか!?」

 

 どうして、どうしてと心が喚く。

 父よ、母よ、どうしてなのですか。

 私はあなた方の子ではないのですか。

 見たことのない弟が……それほど……

 

「なぜ―――」

『ゼオン……』

 

 冷徹な声が響いて、己の研ぎ澄まされた感覚が心を現実に引き戻す。

 膨大な魔力反応。これはあの頃の……

 

『ガッシュの話はするなぁああああああ!!』

「ぐぁあああああああ!!」

 

 痛みを教える凶悪な雷が身体を貫く。

 痛い……痛い……痛い……。

 自意識が芽生えた頃に浴びた最悪の雷が、オレに現実を教えてくる。

 

『くだらん話をするヒマがあるなら腕をみがけ! チカラを使うお前の心を鍛えろ!

 ラジン中将、今日は朝まで訓練を続けろ!一時も休ませるでないぞ!明日からの訓練の時間も倍に増やせ!』

 

 あまりにも無慈悲な父の決定にも、痛みに喘ぐオレの身体は何も言い返すことなど出来ない。

 

『ゼオン! 二度とガッシュの話はするな! 二度とだ!!』

 

 それきり、父の気配が消えた。

 中将がオレに声を掛けてくる。諭すように、いつもの言葉を口にする。

 オレに王になって欲しいと思ってのことだと。厳しい訓練はその為だと。

 

 煩わしい。やかましい。

 何も知らないくせに。

 オレが次の王になるなど当たり前のことだ。

 

 心に渦をまく感情があった。

 

―――オレは……父や母に憎まれているだけの子なのではないか……?

 

 身体の痛みなど……もう我慢できる。取るにたらないこととなった。

 だがこれだけは……この胸の痛みだけは……

 

 中将の前で涙など流さない。

 他の大人に見せてなどやるものか。

 オレはまだ、父を信じている。だから完璧にやりきってみせよう。

 

 だが、と思った。

 

 このどうしようもない胸の痛みだけは、割り切る為に止めたかった。

 

―――どうやって?

 

 過酷な訓練の最中、ずっと考えていた。

 この心を割り切るには、“知る”しかないのだと。

 オレの弟であり、“バオウ”の継承者であるガッシュのことを知るしかないのだと。

 

 またあの定期的にガッシュの元へ向かう兵士に聞こう。

 そう思ったのだが……ふと、心のもやに気付く。

 

―――なぜ、他人から望むモノを与えられなければならない?

 

 父の言いなりのような大人たちの言葉を信じてそれでいいのか……否。

 存在すら秘匿する奴らの言に信憑性があるというのか……否。

 己自身で集めた情報の最後を、他者から聞いただけの、与えられただけのモノで満足できるのか……断じて、否。

 

 父はオレにバオウを与えてくれなかった。

 オレはこれから、己で磨き上げたチカラだけで魔界の王にならなければならない。

 

―――そうすれば父上はオレを認めてくれるのではないか?

 

 父からの力ではなく、ゼオン・ベルという父をも超える本物の王となれば。

 

 ならばこれは……この最初の一歩は……ガッシュという、オレにとっての忌まわしい存在との決別だけは……オレ自身で確かめてから行わなくてはならない。

 

 決心するとすっと、心が軽くなった。

 決めた。オレはガッシュに会いに行く。

 

 父がこれ以上何も言うなと言ったのだ。オレがガッシュについて誰かに聞くことは警戒されるだろう。

 ならばやはり、オレはオレの眼でその間抜けな平和ボケした姿を確かめてやろう。

 

 せいぜい安穏と暮らしているがいい。

 

 それを見届けた時、オレは弟の存在を心から消し去ろう。

 

 弟などいないのだと。

 

 バオウなど存在しなかったのだと。

 

 オレは父すらを超える王になる為に、己を高めていくのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○▽○

 

 

 

 

 

 

 オレに同情を持っていた中将に、たった一つの頼みだと言って今回の外出を許可させた。

 何処に行くかはバレてはならない。正体を明かしてはならない。接触してもいけない。声をかけることもしてはならない。

 ただ観るだけ。それだけでいいと頼んだ。

 王族のプライドよりも、オレがオレとしてこれから生きていく為にどうしても必要なのだ、と。

 

 根負けした中将は王に黙って外出での訓練中に数時間の自由を約束した。

 

 一目だけでいい。一目だけ見れたらそれでオレは満足できる。

 お前の能天気なツラを確認したらオレは帰るとしよう。

 たった一人の嫡子として、魔界を担う次代の王として。

 

 目標が出来たオレの口元は少しだけ上がっていた。

 これが楽しみ、ということなのだろう。

 今日が終わって明日から始まるのは、強いられる訓練や教育ではなく、オレがオレとなる為に積み上げるチカラ。

 

―――此処からだ。此処からこのゼオンは始まる。

 

 厳しい訓練のおかげで、目的の村まではそう時間をかけることなく到着することが出来た。

 魔力隠ぺいも完璧だ。

 母より貰ったこのマントと、今までの訓練の賜物でもある。

 

 そっと、兵士から聞いていた簡素な小屋に近づく。

 

 昼過ぎの今ならばヤツは学校にでも行っているだろうか?

 まあいい。まずはヤツが住んでいる質素ながら満たされている暮らしを確かめてやる。

 

 気配を消して覗くとそこには醜悪な女が一人。

 

「ちっ……ガッシュめ。昨日までは泣きわめいてたってのに、両親がいないって聞いてから何も反応しなくなっちまって……仕事はしてるっても気味が悪いったらありゃしないよ」

 

 一瞬、オレはその言葉の意味が分からなかった。

 

「ああもう。また洗濯物の汚れがとれちゃいない。ホントいつまでたっても使えない子だねぇ! せっかく住まわせてやってる(・・・・・・・・・)ってのに!」

 

 意味が分からない。

 ヤツは……ガッシュは間抜け面をしながら日々を暮らしているはずだ。

 この女は何を言っている。

 

「めんどくさいもんだねぇ……死なせちゃいけないってのは。定期的に金をもらえるからいいけど」

 

 何を言っているんだ。

 ヤツは誰かと暖かい食事を食べて、暖かい布団で寝て、学校で友と間抜けに遊んで、へらへら笑って暮らしているはずだろう?

 

 自然とオレの足は其処を離れていた。

 頭がいたい。胸がいたい。

 どうにか隠ぺい出来ているが、乱れないように注意せねば。

 確かめなければならない。ヤツは今学校に居る。其処なら真実が見えるはず。

 

 アホ面を下げて笑いあっているのだろう?

 友と一緒に駆け回っているのだろう?

 生ぬるい教育を受けて楽しんでいるんだろう?

 

 到着した学校にて、オレは感知系の魔物を警戒して外で待つことにした。

 幸いなことに今日は学校が早く終わる日らしく、ちらほらと魔物の子達が下校してきている。

 

 そこでオレは……信じたくないモノを見た。

 見て……しまった。

 

 やせ細った体躯。

 虚ろな瞳。

 こけた頬。

 殴られた痕がある。

 鞭で叩かれたような傷がある。

 

 肩を並べる友など一人もいない。

 むしろ石を投げられ、揶揄されている子供。

 

 幽鬼のように生気の感じられない、オレと見た目がそっくりな子供。

 

 オレの胸に……ビシリと大きな痛みが走った。

 

 

「どうして……」

 

 

 そこに、オレの望んだ、オレが羨むはずだった理想(おとうと)の姿はなく。

 ひっそりと、吹いたら消えてしまいそうなろうそくの火のように儚い現実(おとうと)が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
金色のガッシュ!!大好きなので見切り発車ですが二次創作始めてみます。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


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第二話:描く未来

 仮面で隠ぺいしていたとはいえ、オレは選択を誤ったかもしれない。

 中将にはバレてはいないようだが、もしガッシュが喋ったらと考えると身体にあの雷の痛みが思い起こされる。

 

 ガッシュを見に行ってから数日が経った。

 

 まだ心の整理はついていない。

 オレが望んだ姿は其処にはなく、オレが割り切るはずだった存在も其処には居なかった。

 

 あの絶望を落とし込んだような暗闇を閉じ込めた目が頭から離れない。

 全てを諦めてしまったか細い声が耳に残ってしまっている。

 それでも……他者を慈しむように浮かべた笑顔が心に刻まれてしまった。

 

 あいつが小屋に帰る森の中で、どうしてと反射的に出てしまった疑問の声と、目の前に来たあいつの痛々しさに思わず動いた身体。

 自分の方が苦しいはずなのに、自分の方が痛いはずなのに。

 あいつはただ、胸の痛みに泣くオレを心配していた。

 

 あれがオレの弟。父の顔も母の顔も……いや、存在すら知らずに生きるオレのたった一人の弟。

 

 どうしてだ。なぜだ。なぜ……ガッシュはあのような暮らしを強いられている?

 オレが羨んでいたように、貧しいながらも自由に生きているはずだったのではなかったのか?

 王族の責務を離れ、父から最強の呪文を受け継いだことすら知らず、民の中で慎ましくも朗らかに暮らしているのではなかったのか?

 

 数日間ずっと考えた。

 倍に増えた訓練の最中も、より一層本格的となった教育の最中も、何をしている時もガッシュのことばかりを考えていた。

 

 そうしてふと、一つの予測が立った。

 

“バオウ”

 

 そうだ。それしか有りえない。

 父が生み出した雷の最強術であるバオウを受け継いだガッシュ自身は目立ってはならない。外部の魔物にバオウの所在がバレてはならないのだ。

 千年周期で訪れる王を決める戦いがあと三年後と迫っているこの時期に、バオウの存在が悪しき心を持つ野心家の一族などに知られてしまえば……利用されるのは目に見えている。

 最悪の場合、王を決める戦いの前に魔界自体を混沌に落とすことすらできるだろう。小耳にはさんだ程度だが、竜族の神童と呼ばれている二対の魔物などを先んじて消そうなどと考えたりもするのではないか?

 

―――いや……さすがに父が健在である間にそのような暴挙にはではしないか。

 さしずめ有りえるとすれば、ガッシュ自身を自分達のいいように扱えるように支配することだ。

 あの状況を見ればよくわかる。ガッシュは住居を提供しているだけのあの醜い女にすら逆らえないのだから、精神的な強度はそれほど高くないはずだ。

 生まれてから常に虐げられてきたのだろう。逆らうことすら出来ないほど、心の芯と呼べるモノを持たされていない。

 

 そこまで考えてギシリと歯を噛みしめている自分に気付く。無意識に握りしめられている拳も、食い込んだ爪が掌を破って血が出ていた。

 見た目のそっくりな双子の弟が、今この時も虐げられていることを考えると胸の内の炎でこの身が焼けつくされそうだ。

 

 その上、あのような境遇にいる弟が譲渡された術の為に誰かに利用される?

 考えただけでも叫びだしそうな、部屋全てに雷をぶちまけてしまいそうな程の怒りが込み上げてしまう。

 どす黒い衝動が溢れだしそうになるも、どうにかそれを抑える。

 

 オレに出来ることは、現状では皆無だ。

 ガッシュに会いに行ったオレの行動が父にバレている可能性がある。ラジン中将は父の忠臣で、バオウの存在の脅威を理解していないはずがない。父がオレのわがまま故の行動を知っていたなら、オレから父にガッシュのことを更に問いかけた後に、ガッシュ自身にどんな対処をされるのか分からないのが恐ろしい。

 もし、中将がオレに対しての負い目で父に報告していなかったとしても、オレからガッシュのことを話に出してしまえばそこから疑念を持ちオレの行動がバレるのは明白。つまりはガッシュのことを話題に出してしまえば不可測の事態にガッシュを巻き込んでしまうことになる。

 本来ならばこの兄が、母や父にあの状況を訴えて弟を助けるべきだと言わなければならないのだろう。

 

 だが……何度も考えた。

 国王である父が、あのようなゲスな女に王族の子供を任せるか、と。バオウという特大の国家機密を抱えた弟を、あのようなクズの元で育てさせて何がしたいのか、と。

 父の考えが分からない。一つ確実なのは……オレに対しての教育の日々。

 初めての贈り物は雷の拷問。苛烈な教育と訓練で休まる事のない毎日。会う事すらしない。母にも会わせず、逆らえば雷が降ってくる。

 本でしか知らない家族の絆とやらは……どこにあるのか。

 

 考えたくはない。

 だが、もしかしたら、と思う。

 

―――父は……オレ達兄弟が憎いのではないか。

 

 隠れて読んだ絵物語では、親というモノは子を愛するモノだという。

 オレは親から受ける愛というモノを、厳しさと雷でしか知らない。

 

 愛されることは幸せなのだという。

 子の幸福を願っているのもまた愛なのだと、大人の魔物達は言う。

 

―――本当に?

 

 あの絶望に堕ちた瞳が思い出される。

 オレのことはいい。バオウの継承されていないオレに対しての厳しい愛のカタチだと割り切ることはどうにか出来る。

 だが……だが、しかしだ。

 

 また胸の内に燃え上がる炎を感じる。

 

―――ガッシュは、オレの弟は、ただ一人で、孤独に、あのようなクズの元で、奴隷のような扱いを受けているというのに?

 

 

 ズクリ、と胸が痛む。

 

 思い出されるのは一つだけ。

 親の愛を、厳しさでしかオレは知らない。

 だが……別のモノをオレは知ることが出来た。

 

 ぎゅうと自分自身の身体を抱きしめる。

 大丈夫、大丈夫だ。

 記憶にも、この身体にも、しっかりと覚えている。

 

―――例えあいつがオレのことを兄と知らなくとも、あいつはオレに……

 

 この温もりだけが、あの瞬間から真実となった。

 

 そこで気付く。

 この温もりこそが真実なのだ。

 オレは、あいつにあの時なんと言った?

 

 オレがすべきことを理解する。同時にこなさなければならない課題も出来上がった。

 ベル家の嫡子として、魔界の王となる後継者として、そして……ガッシュの兄として。

 

 どす黒い感情の奔流を飼いならすことは難しい。

 しかしこれを押さえつけなければ課題は達成できない。

 

 オレとガッシュが受けているのが愛だというのなら、“相応のお返し”をするのが親孝行というモノだろう。

 

 あの時にガッシュに会うことが出来たのは僥倖だった。

 きっと会わずに暮らしていたのなら、ガッシュという存在に憎しみを募らせながら日々を過ごしていたに違いない。

 

―――許せ、ガッシュ。兄が、愚かだった。

 

 もう二度と間違わん。

 オレがすべきことは、たった一つ。

 

「必ずお前を迎えに行く。王となり、父を説得し……それが無理なら父を倒し、必ずお前をオレの弟としてこの魔界全てのモノに認めさせて見せる。すまない……それまで耐えてくれ」

 

 決意を胸に留めれば、もはや何を苦痛と思うこともない。

 あらゆる障害を撃滅しよう。立ちふさがる敵は焦がしつくそう。それがたとえ実の父であろうとも。

 

 子が父を超えるのだ。これほどの親孝行もあるまい。

 

 受けたモノは全て返すぞ、父よ。

 

 その為には……全て利用させて貰う。

 

 

「待っていろ、ガッシュ。お前を必ず幸せにしてみせる」

 

 

 あの時に受け取った温もりを胸に抱いて、オレは窓の外の星に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練と勉学で忙しい日々。

 己の実力が上がっていくのは二年を過ぎてから実感していた。

 掌から出る低級術である“ザケル”が、歴代でも一般的とされる威力を超え始めたのだ。

 

 雷の一族に伝わる……きっと初めに生まれた雷の魔物が作ったであろう術は二十に近く、世代を重ねる毎に効率化と取捨選択を繰り返して基礎と呼ばれる術式が出来上がっている。オレ達のような後継はそれをなぞって術を覚えるのだ。

 魔物の術式の理論通りの術は当然にして、我ら雷の一族だけの派生系もある。意思を持つ生物的な術もあれば、術者の意思で動かすだけの無機物なモノもあり、エネルギーを飛ばすだけのモノだってある。

 一つ、二つと使える術が増えていくのは嬉しい。多種多様な魔物との戦いにも対応できるようになっていくだろう。

 

 ただ、鍛錬を積んでいる間に知らされたことがある。

 

『術は魔物それぞれの個体ごとに違うモノとなる。お前のモノと我が術でも違うモノが出来上がるだろう。しかして魔物の術は例外なく基礎を磨き上げた大きさによって最終のチカラが増すのは変わらない。故に鍛錬せよ。修練せよ。磨き上げ、研ぎ澄ますのだ』

 

 その言葉通りに、オレは毎日必ず第一の術の鍛錬だけは欠かさない。

 未だオレが求める……“父をも倒しうる雷の力”は決まっていないが、いつの日かそれを創り上げる為に基礎だけは鍛えに鍛えている。

 慢心もしない。まだ到達点は遥か遠いのだから。

 

 戦闘の幅も広げた。

 剣術、槍術、棒術……ありとあらゆる武器を扱い、ありとあらゆる武器との戦いを想定して訓練を行っている。

 

 それに伴って身体能力が増していく。

 こればかりは王族の身体というモノに感謝だ。

 鍛えれば鍛えた分だけ強くなれるのだから。

 一般的な強化術式程度ならば、この身体一つで対処できるようにもなってきた。

 

 大人の兵士、それも手練れにも勝てるようになってきたが、たかだか兵士だ。王の術一つで消し炭になる程度の兵士に勝っても価値などない。

 周りが褒め称えようとオレの心に嬉しさなど微塵も湧かなかった。

 

―――まだ、まだ足りない。

 

 

 知識も蓄えた。書庫の本を読み漁り、思考訓練を積み、帝王学を学び、教育係が必要ないほどにと寝る間を削ってでも詰め込み、積み上げた。

 禁書庫にも入れる許可が下りたのはつい最近。あの時見たバオウの禁書はもはや隠されていたのは遺憾だったが、もう一つの脅威である“ファウード”まで知れたのは良かった。それすら打倒するチカラを大人になるまでに鍛えねばならんという目標が出来たのはうれしい誤算だ。

 ありとあらゆる魔物の知識を得られたのも大きい。

 ただし、不可解な点は其処にもあった。千年前の戦いに於いて、最も多くの魔物を倒したはずの魔物の情報がないのだ。

 

 隠されているのは仕方ないが、次の戦いの参考にするためには知っておくのは必須。どうしても、と父に尋ねると……オレの心を震えあがらせる答えが帰ってきた。

 

 

 曰く、ゴーレンという者が千年前の戦いで最も魔物を葬った魔物なのだという。魔界の王である父でさえ、他三体の魔物と共闘してやっと倒したらしい。

 

 曰く、その魔物の情報は“とある一族”以外の者の記憶から抹消されているのだという。爆発を操るその一族は、“ゴーレンの残した厄介事”を解決する為に記憶は消されなかったとのこと。

 

 曰く、ゴーレンに後継者はなく、そもそもが存在そのモノがこの世界から消えたという……父が……“王の特権”とやらで存在を抹消した、と。

 

 

 魔界の王を決める戦いで最後の十人となった時、“王の特権”が知らされる。

 それはこの魔界の全ての魔物を選別する権利。

 

 全てはよりよい魔界を作る為。

 

 恐ろしい……否。

 

 悍ましい。

 

 オレはその話を聞いて、より一層に父の存在が分からなくなった。

 

 この魔界は確かに平和だが、そんな悍ましい方法で一体の魔物を消したという事実が、オレにはどうしても納得できなかったのだ。

 磨き上げた“バオウ”というチカラがあったはずなのに、なぜ、と。

 

 尋ねることが躊躇われたが、父はその時に一つ語った。

 

『この魔界には、突然変異と呼んでいい魔物が生まれることがある。そ奴らに知性はあるモノの通常の魔物とは一線を画す思考を持っている。魔界の魔物達など、そ奴らにとっては心底どうでもいいのだ。あの時に生まれた突然変異はゴーレンだった。成長途中に負かしてしまえばまだ救えたかもしれぬが……王を決める戦いの最中に成長した奴は王とならずとも魔界の脅威となるのは必定であった。

 故に我は王の特権を使い、その脅威を葬ったのだ。あの頃の魔物達からその記憶すら奪い取ってな』

 

 大きな、とても大きな情報だった。

 父の声に後悔はない。王というのは非情な判断も時にはしなければならないのだと、その声が語っていた。

 なるほど……初めて父の王としての側面の一端を理解出来た気がする。

 

 冷たい選択の連続を乗り越えて今の父があるのだろう。

 

『デモルトを負かすもっと前……せめて星の使者パムーンが負ける前に間に合っていれば……いや、過ぎたことだ』

 

 小さな声で語られた後悔は己の行いではなくその時の状況に対して。

 父にとっては、ゴーレンという魔物に対してはもはや感情などないのだろう。

 

『心せよゼオン。突然変異の魔物の対処は我ら王族の使命である。例え魔界の王にまだなっていなくとも、雷のベル一族としての義務を果たすのだ。

 王の特権による存在の消滅の恐怖を乗り越えられるだろうと信じてお前にこの話をした。よいな? 胸に留めておけ』

 

 ふいと、オレは無言で頭を下げて膝をつく。

 これは王命。嫡子として、それは受け取らなければならないモノ。

 思う所はあるが、王としての父は尊敬しよう。

 

 父は、確かに魔界の王なのだろう。

 見習うべき所は見習わなければならない。

 

 魔界の平和の為に斬り捨てる命。“本当に必要ならば”オレもそうしよう。

 どうしようもない純粋な悪か、自然災害のような心なき暴力か、魔物を内から滅ぼす癌のような自己崩壊因子か……どれであれオレが直接判断せねばなるまい。

 

「必ずや」

 

 短く一言。心に留める。

 父はそれで話を終え、オレはそれを感知して立ち上がる。

 

 魔界も守らなければならないのは当然のこと。

 オレの希望の為には、その突然変異とやらは邪魔でしかないのだから。

 

 それとは別に、父には言わなかった心の内をぽつりと零す。

 

「父よ……ならば貴方は、もし、王を決める戦いがまだ先だったとして……バオウを与えたガッシュが脅威となったら滅ぼすか? オレが悪に染まったならば存在を消すか?

 その答えは、オレが王になってから答えて貰おう」

 

 貴方がオレ達をどう思っているのか、ただその答えが知りたい。

 己の消滅の恐怖などはもうない。

 恐ろしいのだろうが、そんなモノは乗り越えて当然だ。勝つことが当然。オレの願いは戦いを勝ち取った後にある。

 

―――大切な弟が幸福に生きていける魔界を作る為なのだから。

 

 非情な決断などいくらでもしてやろう。

 だが、それは最後だ。

 

―――オレは父と同じにはならない。

 

 そうだ。

 

 二人で魔界のこれからを考え、二人で魔界を良くしていこう。

 

 一人で決めるからダメなんだ。二人で決めていけばいい。

 

 王となったオレと、共に暮らすガッシュの二人で。

 

 

 あいつは優しい弟だから、きっとオレには出来ないことも考えてくれることだろう。

 

 

 その時を想うと、自然に口が綻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、と声が聴こえた。

 

 呆然と立ち尽くす、仮面を被った銀髪の子供の声。

 

 森の中で、村への帰り道で。

 

 家族ではない誰かが住む家に向かう途中のこと。

 

 学校では見たこともない髪。聞いたこともない声。

 

 何故だろう。

 

 知らない子供のはずなのに、気にせず歩いて帰るだけでいいのに。

 

 僕の足はその子の前で止まった。

 

 仮面の穴に目を向ける。

 

 僕とは違うキラキラした目があった。

 

 紫水晶のように美しい輝きを宿したその瞳が揺れていた。

 

 きっとこの子には、美味しいごはんを作って一緒に食べてくれるお母さんが居て、学校から帰ったらお風呂に入れてくれたり勉強を教えてくれるお父さんがいるんだろう。

 

 もしかしたら……一緒に遊んでくれるお兄ちゃんもいるかもしれない。

 

 ただただ、それが、いいなと思った。

 

 ゆっくりと、僕の顔が笑顔になる。

 

 今にも泣きだしそうなその子を安心させたかったからかもしれない。

 

 そして、その子に僕の分まで幸せになって欲しいなって、どうしてか思ったんだ。

 

 笑いかけると……その子はビクリと大きく震えて俯いてしまった。

 

 どうしたの? どこか痛いの?

 

 ぎゅうと胸を押さえ始めたその子の仮面の下から雫が落ちる。

 

 泣いているんだと、ようやく気づく。

 

 声を掛けようとしたその時に。

 

 ふっと、身体が動いた。

 

 無意識のうちに、どうしてか僕はその子を抱きしめていた。

 

 自分でも分からない。

 

 でも、泣いてほしくなかったんだ。

 

 大丈夫だよって、身体で伝えたかったんだ。

 

 

 

 何も言わないその子は、ただぎゅっと僕を抱きしめてくる。

 

 

 ああ、あったかい。

 

 

 優しく、優しく抱きしめかえしてくれた。

 

 

 どうしてそうしてくれるのかは分からないけど、初めて抱きしめて貰った嬉しさで、僕の心もあったかくなったんだ。

 

 

「お前は……一人じゃない」

 

 

 “お願い”が、とてもよく聞こえた。

 

 

「生きろ。生きてくれ。必ず……」

 

 

 最後は涙と一緒に描き消えてしまったけれど、震える声で伝えられた“生きろ”って言葉が……泥の中に沈んでいたはずの僕の心に、小さな光を灯してくれたんだ。

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

補足説明を。


ゾフィスの一族だけが、とある目的の為にゴーレンの存在の記憶を残していた、という設定で描かせて頂きます。

ファウードの話もあるのでリオウの一族についてもそのうち出てきます。


ゼオンは虐待に近い訓練を受けていた描写があったのと、原作ラストでの過保護具合を鑑みて弟を第一に考えるお兄ちゃんになります。
王の特権を知っていた描写が原作にあるので、王から直接教えて貰ったという設定で行かせて頂きます。

カッコイイお兄ちゃんゼオンが描きたい想いで描き始めた物語ですが、
これからも楽しんで読んでいただけたら幸いです。


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第三話:赤色の旅立ち

ランキングを見て変な声が出ました。
皆さま、拙作を読んでいただきありがとうございます。


 運命の年が来た。ガッシュと出会ってから三年。心を決めてからの一年という月日はあっという間に過ぎ去った。文字通り血を吐いて高め、研ぎ澄ました雷のチカラでもまだ足りないと心に焦燥が募るばかりだが、向こうの世界で鍛え切るしかないだろう。

 

 ガッシュについての噂は聞いている。

 聞くところによると、魔界学校での成績はあまりよくないモノの、日常を過ごしている表情は明るさに溢れ、時に他の魔物を助けたりしているという。

 それを聞いた時は大きく安堵したモノだ。

 父にバレないようにこっそりと、三ヵ月に一度くらいで兵士に状況確認をしている中で、万が一ガッシュが絶望に暮れて自死などしてしまったらと戦々恐々としていたから、無事であったと知った時は拳を握ったほど。

 

 それに少しだけ嬉しい。

 もしかしたらオレの願いが届いたのかもしれないのだ。

 理想はあいつ自身の心で立ち直っていることだが、そのきっかけ程度にでもなれたのなら兄冥利に尽きるというもの。

 あまり多くの情報は聞けない中で、相変わらずあの醜い女の所で過ごしていることには腹が立つも、あいつの笑顔が保たれているなら直近で報復を行うことは我慢しよう。

 

 閑話休題。

 

 人間の世界へと旅立つまであとひと月。

 ガッシュの成績がよくないのは兄として思う所はあるが、厳しい王を決める戦いに参加できないのならまだマシだと納得させた。

 それでいい。

 “バオウ”という大きなチカラが利用されることなく、あいつ自身が傷つくこともなく、のんびりと魔界で平和に大人になっていって欲しい。

 迎えに行くのはオレだ。

 王となり、ガッシュが誇れるような兄として、父の全てを超えて、ようやっと迎えに行くことが出来るのだ。

 

 その時をどれだけ考えたことか。厳しい訓練の中での寝る前のささやかな楽しみは、兄の存在を知って驚くあいつの顔を想像することだった。

 

 きっとそうなるさ。

 否、そうするのだ。オレが、このゼオン・ベルが決めたことなのだから。

 

 

 

 

「おめでとうございますゼオン様。見事、魔界の王を決める戦いの百人に選ばれましたな」

 

 今は午後。訓練後に中将から渡された紙を眺めている。

 魔界の王を決める戦いに参加する魔物のリストであるそれは、まだオレだけが見ることが出来る極秘事項。

 先んじて己が選ばれた祝いを中将から述べられてしまったが、リストの一番上にあるのだから仕方ないこと。

 

 リストアップされた魔界の王を決める戦いに参加する魔物の子の名を一つ一つと確認していき、本にてその一族の特徴を復習していく。

 

 先頭であるオレの下に名前があったのは竜族の神童の一人、“アシュロン”。

 情報では竜族に伝わる伝説の“ヒヒイロの鱗”を持って生まれたらしい。

 翼竜種の魔物であり、噂に名高いその鱗の防御力は規格外。要注意すべき一人で、オレであっても覚悟を決めて挑まなければならない相手だ。

 歳が十ほど離れている分、その年月に相応しい研鑽を積んでいるだろう。

 

 ずらりと、その他も層々たる面々が並んでいる。

 

 同じく竜族の神童“エルザドル”、法の番人の一族から“アース”、守り人であるケンタウルスの一族から“リオウ”、同族の村を追い出されるほどに恐れられた一族の特殊個体の魔物“レイン”、王族に勝るとも劣らぬ特殊教育を生き抜いたと噂の“ブラゴ”、西のならずモノ達を悉く返り討ちにしている“バリー”……

 実力の高い魔物達との戦闘は苛烈なモノになるだろうが、オレとて研鑽を積み上げてきた……必ずや勝ち抜いてみせる。

 

 しばらく眺めているうちに幾人かは名前の聞いたことのないような魔物がいた。

 選考方法は不明だが、父が選んで入れたのだから王となれる才能はあるはずだ。

 

 パティ、パピプリオ、ビョンコ、モモン、レイコム、ゾボロン……シュナイダー、カルディオ、ウォンレイ、ダニー、ガッシュ、キース……

 

 ばっと、視線が戻った。その名を流しそうになりつつももう一度その名を見直す。

 

「ば、馬鹿な……。なぜ……どういう……ことだ……?」

 

 何度見ても、目を擦ろうとも、食い入るように見つめても、その文字が他の名に変わることはない。

 

―――なぜ……なぜガッシュの名が此処にある……っ!

 

 わなわなと震える手。

 控えている中将が不思議な様子で首を傾げてオレを見ていた。

 

「ゼオン様、どうされました?」

 

 しらじらしい。とぼけたような物言いにオレは一瞬で激昂しそうになるも、ぐしゃりとその紙を握りつぶすだけにどうにか堪えた。

 

「おい……」

 

 自分でも驚くほどに冷たい声が出る。

 この胸の内から湧き上がるのは、久しく封じていたどす黒い感情の渦。

 横目で中将を見る。睨みつけるカタチになっているだろうが、知ったことか。

 ギシリ、と歯を噛み鳴らした。

 

「なぜ、この百人の魔界の王の候補者の中にガッシュの名前がある?」

 

 声を発せば中将の身が凍り付く。

 今ではお前よりもオレの方が強いモノな。萎縮するのも当然か。

 優しく声を出すつもりなどない。しかしこの感情の全てをぶつけるのは……お前じゃない。

 

「……」

「父上は……オレを王にする為に厳しい訓練を課したのではなかったのか?」

 

 バチバチと無意識のうちに雷が漏れ出た。

 感情に比例して膨れ上がる魔力が体内で渦を巻く。

 どうにか抑えようとするが、それでも漏れるのはまだこの身の未熟ゆえか。

 

「ゼオン様……」

 

 哀れみか、哀しみか、中将の瞳に浮かぶ感情は今のオレには読み取りきれない。

 なぜだ父上。

 

「なぜガッシュをこの戦いに参戦させる必要がある?」

 

 疑問を声に出すと、鍛えた頭脳が勝手に予測を計算し始める。

 分かっているはずだ。ガッシュには、オレにはないモノがあるのだから。

 俯き、震える拳から漏れる雷が候補者リストの紙を燃やした。

 

「やはり父上は……バオウを持つガッシュを王にしたくなったのか……?」

 

 厳しい訓練を耐えたオレではなく、バオウを持つガッシュを王にする方向へと切り替えた……そうとしか考えられない。

 今になって惜しくなったか? バオウこそが王の証だとでも考えたか? それともこのゼオンを……。

 

 唯一つ確かなのは、バオウ以外、秘匿する為に城外へとわざわざ送った我が子を王の候補者として選ぶ理由がない。

 

 心の中で、どうしようもない黒い感情が渦を巻く。

 

―――オレに勝ってほしいというのなら貴方は……孤独に生きてきたガッシュが、オレという兄の存在に気付くことを知った上で、オレに叩き潰せと、そう言っているのか?

 奴隷のような暮らしを六年間も耐えて、それでも折れずに明るく生きている、他者を慈しむやさしさ溢れる弟と殺し合えと?

 どうしようもない兄であるオレにすら温もりを与えてくれた、オレにとってたった一つの真実である、大切な大切な弟と?

 

―――あいつを救う為に鍛えた

 

―――あいつを護る為の雷で

 

―――あいつを傷つけろと……そう言うのか???

 

 溢れる魔力が雷となって迸る。

 部屋の壁を焦がすが抑えきれない。

 

「ゼオン様……っ」

 

 

―――もし、捨てた我が子であるガッシュが勝ち残ったら、貴方はどうやって迎えるというのか。

 厚顔無恥にも、捨てた我が子に実の父だと言って抱きしめるのか?

 よくぞ勝ち残ったと、さすが我が子だと、諸手を上げて褒め称えるのか?

 

―――あいつの真実を知る兄であるこのゼオン・ベルの目の前で

 

―――兄を打倒した弟の心のことも考えず

 

―――捨てた事実さえも踏み倒してか???

 

 新しい術の変化のように、胸の内から溢れる感情に呼応するように、オレの紫電の雷が身体を包み込む。

 

 ぐつぐつと煮えたぎるコレの名は……ああ、そうか。

 

 これが憎しみか。

 

「ぜ、ゼオン様……この百人の子供達は王が一人で選別するわけではありません。いろいろな魔物の声を集めて……」

 

 何も言うな。

 視線だけを中将に向けると、それ以上口を開くことはなく。

 

 一分、二分……数分は沈黙していた。

 どうにか胸の内に留め始めた感情と雷。今、父上に会ってしまうとオレはきっと抑えられない。

 

「色々な魔物の声を……だと? ならばなぜバオウしか取柄のない、学校で落ちこぼれとされているガッシュが選ばれる?」

 

 正さねばならない。

 中将はオレがガッシュの現状を知っていることに反応したが、もはやいい。

 父上に報告すればいい。オレがガッシュのことを探っていたと。その程度もはや、意味はない。あいつと出会うことは必然なのだから、意味がない。

 

 ガッシュが戦いに参加するのなら、向こうでオレとあいつは出会うことになるのだから―――殺し合いをする為に。

 

 その時の事を思うだけで……胸が張り裂けそうだ。

 ギシリ、と歯が噛み鳴らされた。喉に込みあがってくるナニカ。目がしらに熱が灯り、視界がぼやけ始める。

 

「おのれ……おのれ……っ」

 

 自然と涙がこぼれてきた。

 悔しさから。哀しさから。虚しさから。

 

 

 ただ、あいつの笑顔を想って訓練してきた日々が思い出される。

 ただ、あいつとの未来を想って知識を詰め込んできた夜が思い出される。

 

 傷つくことなど、もはやあの時から苦ではなかった。

 血反吐を吐こうとも、傷だらけになろうとも、あいつと笑い合う為ならば耐えられた。

 

 オレが地獄のような訓練と教育の連続で過ごしてきた日々を知っていながら

 

 ガッシュが落ちこぼれと揶揄され肩身狭く暮らしていると知っていながら

 

 父は……王は……

 

「やはりオレは……」

 

―――オレ達は

 

「憎まれているだけの……子だったのかっ」

 

 反転して、オレの悲哀が憎悪に変わる。

 ガツン……と床に拳を打ち付ける。

 

「父上よっ」

 

 一度、二度と泣きながら拳を叩きつける。

 

「そこまでオレが憎いかっ! そこまで己の子に理不尽を強いるかっ! 其処までバオウが重要かっ!」

 

 ぽつりと零れるのは、最愛の弟の名。

 

「ガッシュ……ガッシュ……っ」

 

 父の全てが憎い。

 父の強いる理不尽がいつもオレとあいつを苦しめる。父の与えた術一つがいつもオレとあいつを突き放す。

 

 なら……どうすればいい。

 

 ああ、わかった。いいとも。分かっているさ。

 元々、オレを王とするなら越えなければならなかったモノなのだから、今更だった。オレがすべきことがまた増えただけだ。

 

「くそが……消してやる」

 

 越える、ではない。勝つ、でもない。

 

 消す。

 

―――バオウなど、存在するから不幸が生まれるのだ。だから……消す。

 

 立ち上がり、ぐっと涙をぬぐって中将を見た。

 畏れの見て取れる瞳に視線を向けて、宣言を一つ。

 

「父がオレを憎んでいようと、もういい。全ての理不尽を打ち砕き王となり、このゼオン・ベルが魔界を頂戴する」

 

 期待通りになどしてやらない。

 殺し合いなど、してやるモノか。

 だが弟に負けるわけにもいかない。

 しかし他の魔物に傷つけられるのも我慢ならない。

 

―――ならば……二人で蹂躙しよう。

 

 殺し合いなどしない。

 

 兄は弟を傷つけない。

 

 兄弟での王座争いがお望みだろうと、そんなモノはしてやらない。

 

 ガッシュと共に、二人でこの戦いを終わらせる。戦いたくない相手と戦わない。その選択もあるはずだ。

 

―――そうして最後に、ガッシュを父からのバオウの呪いより解き放つ。

 

 消す。微塵も残さん。父が与えたモノなど、ガッシュを構成する半分の血と肉以外は欠片も残してなどやらん。

 俺達は双子なのだから、きっと出来るはずだ。バオウを、ガッシュの中から消し去ってやる。

 この憎しみの力は父の全てにのみ向ける。

 

 しかして戦いを切り拓くのは、弟との未来の為に研鑽してきた兄としての想いとチカラだ。

 

―――ガッシュ……必ず、兄が護るからな。

 

 オレは燃え上がる激情を抑え込みながら、新たな決意を胸に一つ落とし込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ魔界を旅立つ時が来た。

 城の外では選ばれし子供達の一族達がそれぞれ候補者達を送り出す為に集まっている。

 一つ、一つと魔本が与えられ、残す所は人間界への転移のみ。

 

 オレは他の魔物達とは違い、父から別室へと呼び出されていた。

 

 白銀色の魔本を脇に抱えて待つこと数分。魔物達への顔見せと激励を終えた父と中将が部屋へとワープしてきた。

 大きな椅子に座る巨体。年老いていながらも力の漲る眼差し。じっとこちらを見下ろす父に、オレはすっと膝をつく。

 

「ゼオンよ……。この度は百人に選ばれたことに賛辞を述べよう。おめでとう」

 

 さらに深く頭を下げるだけでオレは何も言わない。

 昔なら胸が高鳴ったであろう父の言葉にも、オレの心は動かない。

 

「これから最後の一人になるまで過酷な戦いを続けることになるが、お前ならきっと勝ち抜くであろうと信じている」

 

 一寸だけ、感情が漏れ出しそうになったが抑え込んだ。

 ガッシュのことは聴かない。聞いてはならない。

 オレはもう、父には何も期待しない。

 

 父は其処で指を鳴らし、部屋の中に別の魔物の気配が現れる。

 

 不可思議な行動に疑問が浮かぶも、オレは顔を上げずに待った。

 愚かなオレは、待ってしまった。

 

 

「ゼオンよ……どうか、父を憎め」

 

 

 唐突な言動にオレは顔を伏せたまま頭が真っ白になる。

 顔を上げることが出来なかったのはオレの失態。

 ズシリと、身体に圧力が掛かって身動きが取れなくなった。

 

「な……何を……」

 

 これは中将の術。拘束されたオレの耳に、怪しげな声が聞こえてくる。

 

 ズキリと、頭が痛んだ。

 

「ぐ……ぅ……あぁぁ」

 

 声にならない声が漏れ出る。

 次第に強くなる頭の痛み。耳に響く声は次第に大きくなっていく。

 

 ようやっと回りだした頭が、その単語の羅列を知識と結びつけた。

 

―――これは……守り人の一族の……呪いかっ

 

「うぅぅあぁぁぁぁ!」

 

 額が熱い。

 熱が上がっていくと同時に痛みがどんどんと増していく。

 脈と同時に頭が痛む。ズキリ、ズキリと拍動が頭蓋の内側から叩きつけられる。

 

 頭が……割れそうだ……。

 

「よく聞くのだゼオン。これは呪い。お前の人間界での行動を縛る呪いだ。

 通常の魔物との戦いには全くの支障は出さないが、残りの魔物が数体に減るまでに、とある一体の魔物(・・・・・・・・)に近づくとこの呪いが発動するようにした」

 

 遠くで父の声が聞こえる。

 吐き気さえ伴ってきた頭でどうにかその内容を取り込む。

 何故こんなことをと問う余裕さえもない。

 

「呪いの効果は術式構築の阻害と今受けているような痛苦。魔力の健全な流動不全を起こすため、術も能力も使えずに苦しむことになる」

 

 過酷な戦いを行うというのに与えられるデバフ。

 痛みが強くなるのと同じように、オレの心の中から黒い衝動が溢れ始める。

 次の父の言葉は―――

 

「そのとある魔物とは……ガッシュ・ベル。この戦いの最終盤まで、お前がガッシュに近づくことを禁ずる」

 

 呪いの痛みさえ超越させ、オレの怒りを爆発させるのに十分だった。

 

「がっ……ああああああああああああ!!!」

 

 無理やりに立ち上がり、胸の内から溢れる感情をそのままに父を睨みつけた。

 肩で息をしながらも、オレの身体からは白銀の雷が大きく迸る。

 

「なぜだ父上っ! なぜ! オレの邪魔をしようとするっ!」

 

 掌を向けても父の表情は動かない。

 鉄のように無感情な王の顔が其処にあるだけ。

 パチリと、父が指を鳴らした。

 

 また一体、魔物が部屋に現れる。

 

『ビドム・グラビレイ』

 

 ズシリと、中将の術とは違う純粋で強力な重力の術がオレの身体に圧しかかった。

 どしゃりと這いつくばりながらも、父を視界から外すことだけはしない。

 

「ぐ……ぎ……答えろ……答えろっ! 我が父、ダウワン・ベルっ!」

 

 あらんかぎりの力を振り絞って重力の術に抗い、またオレは、身体をゆっくりと起こし始める。

 どれだけ術を強くされようが、そんなモノに屈してなるものか。

 

 父は質問には答えず、焦ることもなく、目を細めながら違う言葉を口にした。

 

「ふむ、この距離なら余裕があるか。

 今、この部屋の隣にガッシュが寝かされておる。お前に掛けた呪いは距離が近づく毎に強くなり、触れ合う程の距離となれば意識を奪う。今のように抗おうとて、抗うことは出来ぬ。魔本に術の魔力が封じられる以上、チカラの源である雷に頼ることも出来ぬ」

 

 いつも通り、父はオレの話など聞かない。

 重力に抗い、両の足で地に立つ。

 父以外の三つの気配が恐怖で下がるのが分かった。

 それでも何も、状況が変わることはない。

 

「もう一度言う。ガッシュに近づくことを禁ずる」

 

 ギシリ、と歯が鳴った。

 オレは有らんばかりの声で叫ぶ。

 

「断るっ! オレは、もう貴方の言いなりにならないっ!」

 

 掌を父へと。否……オレの敵へと向ける。

 

 憎しみで溢れた脳髄が一つの思考で満たされる。

 

 王戦を勝ち抜くまで待つ必要などない。

 今此処で理不尽を打ち砕くべきだ。

 

―――上等だ。

 ハンデくらいくれてやる。

 相打ちになっても構わない。

 ここで果ててもいい。

 こいつだけは……この憎き敵だけはオレが打ち砕く。

 

 溢れたオレの雷が破壊の雷神を形作って行く。

 貯める必要などない。オレから直接供給されるのだから。

 

 幾年も溜めてきた憎しみを、オレの怒りを……その全てを悟りきったようなツラに受けるがいい。

 

「ジガディラスっ……ウル―――」

「させんよ」

 

 ふっと、展開されていた破壊の雷神が描き消える。

 同時に身体に掛かっていた重力すらも消え去った。

 

 そして最悪なことに……オレの身体が透け始めた。

 

 王の持つ王杖は、半径五十メートル以内の魔物の術をかき消すという。用意周到なオレの父は、オレが逆らった時の対処すらしていたのだ。

 そして呪いを掛けて抵抗されることも織り込み済みで、人間界への転移の時間すら計算の内ということ。

 

 在らんばかりの憎しみを込めて睨みつけても、父の表情は揺らがない。

 

「……私を憎め、ゼオン」

「ああ、憎むぞ父よ」

 

 残されたわずかな時間に少しでも呪詛を。

 あいつに、あいつだけに……

 

「生き残り、王となり、私を消せ」

 

 轟とまた胸の内で怒りが燃え上がる。

 

「ふざけるなよ……オレは貴様とは違う! 王の特権など使わない! 貴様は……貴様だけはオレがこの手でっ」

 

 その後の言葉は何故か口から出せなかった。

 憎いのに、そうしたいのに、まだ……オレには覚悟が……

 

 しかし次の言葉に、オレはその一線を超えることになる。

 

「それともう一つ。ガッシュにも……お前がバオウに関われないよう細工をした」

 

 ブチリと、オレの中でナニカが切れた。

 

「……ろしてやる」

 

 感情の高鳴りが止まらない。

 

「……ころしてやる」

 

 気づけばナニカが頬を伝っている。

 

「……殺してやるっ」

 

 ポタリポタリと落ちるソレは赤く、透き通ってはいなかった。

 

 もう転移されるという僅かしかない最後の瞬間に、オレはヤツへと宣言を一つ。

 

「首を洗って待っていろ! 貴様だけはこのゼオン・ベルが殺してやる!!!」

 

 父の表情は最後まで変わらない。

 だが一つだけ、言葉をこちらに投げてきた。

 

「……魔界を、頼む」

 

 オレやガッシュへの謝罪など、ヤツは口にすることはなく。

 血涙によって真っ赤になった視界の中で、最後の最後までオレに王として接するヤツを睨みながら、オレの視界が切り替わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤く、紅く、血の涙のせいでぼやけていたオレの視界に移り始めたのは白銀。

 

 まるでオレの感情を塗りつぶそうとするかのような白は、周り全てを凍り付かせるように吹雪いていた。

 

 

 もう雷が出ない。

 

 始まったのだ。

 

 オレの戦いが。

 

 弟を護ることすら邪魔をされ

 

 弟と共に戦うことすら否定され

 

 弟と話すことすら禁じられ

 

 それでも王になるしか、大切な弟の傍に在れる未来は掴めない。

 

 温もりが遠い。

 

 たった一度しか会っていない弟からもらった温もりだけが、

 

 オレの心の芯を崩さない最後の希望だった。

 

「うっ……ガッシュ……く……うぅぅ」

 

 血の涙が雪を紅く染めていく。

 

「ぐっ……あああああああああああああああああっ」

 

 オレの悲哀と憎悪に染まりきった慟哭を、まるで世界には届かせないというように、白銀の吹雪がかき消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼオンが旅立つ数日前。

 魔界の王、ダウワン・ベルは中将からの報告を聞いて頭を抱えた。

 己の行ってきた子への教育が、よからぬ方向へ行ってしまったことを確信したが故に。

 

「我が王……ゼオン様は……ガッシュ様を……」

「よい……いうな、わかっておる。ガッシュが選出されたのはあの悪趣味な魔本の勝手であろう。今、大切なのはゼオンのことだ」

 

 

 厳しい訓練も、行き過ぎた教育も、全ては王を決める戦いの為。

 バオウのない、さらには十年以上歳が離れた魔物の子すら参加するこの戦いをゼオンが生き残るには、過剰とも取れる訓練と知識を詰め込むしかないというのがダウワンの見解だった。

 

 今を生きる魔物達はその戦いの恐ろしさを理解していない。当然だ。もはや千年前の戦いを経験しているのは、王以外では長寿な一族である竜族などの魔物の、数えるほどしか残っていないのだから。

 

 突然変異の魔物の脅威は、魔界そのモノを滅ぼしかねない最悪で。

 多勢に無勢の戦いに陥れば、例え鍛え上げた王族や飛びぬけた優秀な魔物であろうとも呆気なく負けることもあり。

 人間という種族とのツーマンセルで戦うことの厄介さは、経験したモノにしか分からない。

 欲とチカラと不可測が渦巻く戦いを見越すのなら……一個人の強さを極限まで引き上げるのは当然。

 

 

 ダウワンとて、一人で王となったわけではない。

 ゴーレンという厄災レベルの魔物を倒すのに仲間と共に戦って勝ち、そして最後は仲間と互いに戦い、王となった。

 憎まれもしただろう。疎まれもしただろう。

 だが逆に、好かれもして、感謝もされたことだろう。

 

 その戦いの全てと、王となって過ごした千年間を、子供に直接みせてやれたならば話は違ったかもしれない。

 これから起こる苛烈な戦いと永い長い王としての未来を思えばと、親として、そして王としてを両立して出来ることを考えた結果が今。

 

 バオウのことにしても、彼自身しか知らない重大な秘密がいくつもあり、ソレを知っていることすら要らぬ問題を引き起こしかねないため、ゼオンには情報を与えない選択肢を取っている。

 

「ゼオンは感情に支配されやすい子だ。私の修羅の心を多く受け継いでいる。憎しみは……バオウの恰好のエサとなってしまうのだ」

 

 だが、ダウワンは気づかない。そのどれもが裏目に出てしまったことも、今も盛大な勘違いをしてしまっていることも。

 中将がゼオンの言葉からその内心を完璧に読み取ったわけではなく、ガッシュという弟への憎しみからあの激昂があったのだと勘違いからの報告をしたことに。

 哀しいことだが、中将は王の忠臣で、ゼオンのことを唯一、一番に心配していた魔物なのだ。バオウがゼオンに受け継がれていればという願いが、中将の思考を偏らせてしまうのも詮無きこと。

 ゼオンがガッシュを憎んでいると、中将は王にそう言った。

 消すという言葉も、弟の存在さえ消してしまうのではないかとの危惧にしか聞こえなかった。

 

 王は魔界の王として未来を想い子を厳しく育てた。それはきっと、正しかったのだろう。

 だがたった一つ―――ゼオンという子に父として接さなかった、厳しさのあまり愛を伝えることはなかった―――ミスを犯し、それが膨れ上がって此処まで来た。

 

「私の不徳の結果だが、もはやゼオンの行動を予測は出来ず、早期終結は不可能だろう。そもそも不可測がたくさん起こるあの戦いでは望み薄ではあった。ガッシュへの憎しみが募り、王の特権によって消してしまう可能性もある。だが……」

 

 信じたい。それが王の本音。

 親子の亀裂は手遅れだ。ダウワン自身が何をしても、ゼオンの目には猜疑にしか映らない。

 子を歪めてしまったという自覚はあり、自業自得であるからこそ、己は悪しき親をやりきるしかもう出来ない。人間と暮らす生活によっていい変化が起きてほしいと願うしかない。

 

「ガッシュに関してはせめて保険をかけよう」

 

 王とてこの千年で学んでいる。出来る最善を尽くしてもまだ足りないのが常である。

 いくつでも手を打っておかなければと、彼は中将に続きを語る。

 

「雷の力の継承は親から子だけでなくとも出来るかもしれん。ゼオンがガッシュからバオウを奪うことだけはなんとしても阻止せねばならん。幸いなことにガッシュの中で眠るバオウは雷の力の不足とガッシュの持つ憎しみに染まりにくい心により自分から目覚めることはほぼないだろうが、ゼオンがなんらかのカタチで雷の継承を行いバオウを手に入れてしまうと―――」

 

 水晶に映るゼオンを見ながら綴る。

 

「バオウに人格まで喰われかねん。そうなると人間界は滅び、魔物全ても滅び、我が魔界さえも滅びるだろう。あれは……やはり生み出してはならなかった」

 

 幾重もの後悔は先に立たない。

 術自体が意識を持つのは稀にだがあることで、バオウもその稀な例の一つだった。

 

 ダウワンは創りだした本人であるからこそ、バオウの貪欲さを知っている。バオウの意識に支配された己や子がどうなるかも理解している。

 

―――術と術者が入れ替わるという、在ってはならない禁忌。起こってはいけないチカラによる支配。安易に試すモノが現れないとも限らぬのだ。そんなモノ……情報の一遍すら表に出してはならぬ。

 

 支配されて闇に堕ちていく己の意識の感覚を思い出して身震いするダウワンは、子供達をそうさせまいとあらゆる手を尽くす。

 

「ゼオンを……ガッシュに近づかせない仕掛けを施す。ファウードの守り人たる一族は呪いの扱いに長けていたはず……奴らがコソコソと準備しているモノは目を瞑るからと、それと引き換えにゼオンに呪いをかけさせよ」

 

 瞳に浮かぶ感情は懺悔。せめて王である自分を憎んでくれと、ダウワンは心の内で唱える。

 

「呪いの効果は一つ。ガッシュに近づけば魔力が暴走し苦しむように。言葉さえ発せず、術さえ唱えさせぬよう」

 

 憎しみを受ける覚悟はできている。

 

 中将は絶句したあとに、悲壮な眼差しで王を見る。

 

「……ゼオン様は、我が王をも憎むでしょうな」

「構わぬ。もとよりこのような老いぼれ、次の王が決まれば滅びるべき存在だ。特権によって消されることも是としている」

「しかしそれではあまりにも……」

 

 救われないと、中将は言う。

 

「ゼオン、ガッシュ、そして我が魔界。全てが救われるならこの命など安いモノだ。悪趣味な魔本の主が我ら魔物に課す理不尽な試練を乗り越える為に必要ならばそれでいい」

 

 本当はこんな戦いなどなければいいのにと言いそうになって、彼はやめた。

 

「私は賭けるのだ。人間との出会いに」

 

 言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「ゼオンには、この戦いの最中で大きくなって欲しい。私のようなあやつの実力を伸ばすことしかしない最低な親とは違い……私の大切な友のような素晴らしい人間と出会って強くなって欲しい」

 

 遠き思い出を浮かべながら、彼は小さく吐息を吐く。

 

「憎しみは、魔物を強くする。ゼオンの持つ大きな憎しみはこの上ないチカラとなる。そして……それが強く暖かい絆によって想いの力へと転じた時……」

 

 静かに、目を瞑った。

 

「バオウすらも超え、私すらも超えるだろう」

 

 その姿を見るのが己の最後になると、ダウワン・ベルはぽつりと、枯れたように呟いた。

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。


絶対に兄弟を仲良くさせないマンへの怒りがついに爆発。
これよりゼオンの戦い(ベリーハードモード)が始まります。


バオウとシン・クリア、どちらも意思持つ術。
術自体が世界を滅ぼしにかかる。
術者でさえ制御できない可能性がある。
以上の原作での三つの点からバオウの設定をこうしました。


吹雪いてますので、次は彼が出ます。


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第四話:温もりをキミにも

沢山の登録や評価や感想、ありがとうございます。

誠に勝手で申し訳ないのですが、感想返信に時間を当てると続きを書くのが困難となっている為、少し感想の返信を控えて続きの執筆にとりかからせて頂きます。本当にもうしわけない。


 

 魔本が半分ほど雪に埋まってしまうほどの時間が経ち。

 足元の雪を紅く染めた血。自身の目から流れていたことを知り、涙を流して火照る目を冷ます為に雪に倒れ込む。

 

 ヒヤリとした感触に包まれる。

 寒くはなかった。訓練を重ねてきたマントに魔力を流せば、熱さも寒さもある程度は耐えられる。

 

 身体を起こし、グイと頬をぬぐう。血涙の跡は消えただろうか。この吹雪では水を見て確認することも出来ないだろうから、ある程度雪の水分で拭ってから気怠い瞼の火照りを確認する。

 熱の引き具合からもう腫れは取れたはず。

 

 ようやく、オレは周りを見渡した。

 

 一面の雪、雪、雪。

 吹雪によって視界の悪い中、ぽつぽつと氷山のようなモノは視えるが、他には何もない寂しい環境。

 

 人間界に転移した場所が生物の気配すら薄い場所とは……自分の慟哭が聴かれなかっただけマシではあるが、幸先の悪さに悪態を吐きそうだった。

 

 足元で半分埋まっていた魔本を引き抜き、ペラペラとページを捲って確認する。

 此処にオレの魔力が封じられている。魔界文字であるはずなのに読めないのは不思議だが、凍り付いたり濡れたりしないことにはほっとした。

 

 本を閉じ、再び辺りへと目線をやる。

 何もない。

 耳を澄ましても吹雪の音だけ。

 大きなため息は白く、雪と共に描き消える。

 

―――もう少し深く確認するか。

 

 目を瞑り、魔力を高めていく。

 本物の感知型の魔物の能力には劣るが、鍛えてきた為少しは真似事が出来るのだ。

 高い感知能力を持つ魔物は、ちょっとした危機察知でさえ迅速にして的確。未来予知とすら思えるほどの素晴らしい能力だが、せいぜいオレに出来るのは魔力の感知と動物の気配の感知。振動、音などを従来よりも察知しやすくなるくらい。

 この吹雪の中ではそれもあまり期待できないが、何もやらないで歩き始めるよりはマシだろう。

 

 一分、二分と吹雪の音だけが耳に響く。

 

 収穫がないのなら、雪の中にいても仕方ない。

 次は場所を変えるかと、マントに魔力を込め、宙へと飛び立った。

 

 

 

 

 幾分、この周りは雪だらけで何もないことが分かったのだけが収穫と言える。

 闇雲に飛び回っても体力を消耗するだけなので、なるべく体力を消耗しないように歩きへと切り替えた。

 

 此処に転移する前のことは考えないように。

 嫌でも思い浮かぶのを無理やり意識を閉じ、雪と氷の景色へと感知の感覚を飛ばし続ける。

 雷の力が使えればこの忌まわしい雪を分解でもしたり、雪雲を最大術で吹き飛ばしたりしてやるモノの、それも叶わぬ願い。

 

 

 

 また幾分。

 ふと、遠くに氷山とは違うナニカが見えた。

 明らかに自然物とは違うカタチ。近づいてみると簡素な研究施設のようだった。

 気配は……ある。

 

 魔力は感じられない為、間違いなく人間だろう。

 初めての人間との接触だ。書物からの知識では人間は魔物に身体的な能力で遥かに劣ると聞くが、それでも警戒するに越したことはない。

 

 扉のようなモノの前に立つが反応はなく、ノックしてみても返事はない。ぐるりと回りを確認しても入り口は他にない。

 

「……いっそ壊して入ってもいいが初めての接触は穏便に済ませたい。しかしこのまま外に居てもいつかはオレの体力が尽きる」

 

 さてどうしたものかと考える。このまま吹雪の中でのたれ死ぬわけにもいかない。

 考え込んでいると……プツリと、入り口近くのモニターに年老いた人間が映し出された。

 

『さあ、“D”。お前の持つ才能も円熟期を迎えた。これより君をこの施設から出すことにする』

 

 オレを見て話しているわけではないらしいその老人は、状況的に“D”という施設内の人間に話しているらしい。

 

―――施設の中で暮らしていた人間をわざわざ……この吹雪の中に?

 

 疑問が浮かぶも、今は静観するべきなのかもしれない。

 いきなりばったりと出くわすのも人間が驚くだろうからと、マントを身体に巻いて迷彩を施して隠れておく。

 

『外に出るまでの扉は七つ。それぞれの扉を開けるには、扉のコンピュータに出された問題を解くこと。

 解答の正否はこちらでモニターしている数十名の学者で判断する。世界最大の難問と呼ばれるモノばかりだが、君なら解けるだろう』

 

 どうやら“D”というのは頭がいいらしい。

 粘り気のある老人の声はそのまま続く。

 

『なにせ、ここから出られたら、憎い私を殺すことが出来るのだからね』

 

 その言葉の羅列に息が詰まり、オレの胸がズクリと疼いた。

 

 その状態は、その状況は余りにも……誰かと酷似している。

 

 いやらしく笑いながら、憎い自分を殺すことが出来るぞとのたまった老人の顔が誰かと重なる。

 あいつは無表情だったが、言っていることは同じだ。

 憎しみを持っている相手に対してわざわざ、自分を殺すことを是とした言葉を投げつけるのは……あいつと同じだ。

 

『君の“答えを出す者(アンサートーカー)”の才能が発揮されるのは学問に限らない。危険回避、難病の治療、憎い人間の殺し方、その全てに“答え”を出すことが出来る』

 

 夢のような能力だと思った。

 それがあれば、オレはあいつの策略を打ち破り弟を笑顔にすることが出来るだろうか。

 それがあれば、オレは大切な弟をこの過酷な戦いから守ることが出来るだろうか。

 

 施設の中の気配が近づいてくる。

 オレは、施設の中の人間がどんな感情を抱えているのか理解してしまう。

 

 足音は早い。扉を開くたびに全速力で走っているのだ。

 怒りと高揚がないまぜになったような気配は、オレが先ほどまで魔界で纏っていたモノと同じであるのだ。

 

 だからその老人が嘲笑っている対象である“D”の結末を予想して……オレの握りしめ過ぎた拳から血が滲むのも当然のこと。

 

『まさにスーパーマンだ!! 君を敵に回したら、これほど怖い存在はないだろう。そこで我々は……』

 

 遂に入り口の扉が、開かれる。

 

 細身の青年が、たたらを踏んで雪の中に飛び出してきた。

 

『君をこの研究施設ごと、北極の地にて破棄することに決めた』

 

 呆然とした顔は、吹雪を見て生気を失っていく。

 思考すらも凍結しているのだろう。遠くを見つめる瞳は虚ろに過ぎた。

 

『君の頭なら、もう答えは出ているはずだ。じきに爆発を起こす施設、大自然の前での人間の無力さ。君がここで生き残れる可能性は0だよ。君が扉を開ける為に解いた問題の答えには感謝している』

 

 振り向く。“D”はその虚ろな瞳で、音声を並べ続けるモニターを見た。

 

『本土で見ていた学者たちもみな満足するものだ。これでまた画期的な人殺しの道具が出来よう』

 

 嬉しそうに語る老人の声は、青年から逃げられたことに安堵しているようにも聞こえて、欲に塗れた嬉しさに歪むその表情は、昔に見たガッシュを虐待していた老婆と重なって見えた。

 

『そう、最後に教えてあげよう。君のお母さんだがね……』

 

 瞬間、言うな、と心の中で思った。

 この後の言葉はきっと、“D”の心に癒せない傷を付けることなど分かりきっていた。

 

 空気が変わる。施設から危険な感じがした。此処にいてはダメだと、オレの感覚が告げている。

 

 モニターにくぎ付けの“D”はソレに気付いてるのか分からない。

 語られるのは、“D”にとっての絶望の“答え”

 

『彼女はお金欲しさに、君を我々に売ったんだよ。一万ドルというはした金でね』

 

 “D”の口の端が吊り上がっていた。

 その目からは、涙が零れ始めていた。

 

『死ぬ前に君の最大の謎が解けたね』

 

 その顔が、その表情が、その哀しい笑みが、その涙が、その絶望が……護るべき弟と、憎しみに染まりきったオレの二人が混ざった姿に視えてしまった。

 

 熱の反応が高まっていく。

 施設そのものが危険の塊で、“D”はこのままでは死ぬ。

 

 そう考える前に……オレの身体は動いていた。

 

『おめでとう……“D”』

 

 大きな、人間一人を滅ぼすことなど容易い爆発が辺りを包む。

 吹雪さえ吹き飛ばして、人間を殺し切ろうとする悪意は辺り周辺を吹き飛ばす。

 

 ガクリと膝をついた“D”を、オレのマントで守りきる。

 爆風も、残骸も、熱も、何もかもから包み込むように覆った。

 

 泣き笑いの顔で俯く“D”は、静かに涙を零し続けていた。

 

 爆発の余波はすぐに落ち着き、“D”は絶望に染まる瞳でオレを見つめてくる。

 

 ドサリと……オレは魔本を目の前に投げやった。

 

「お前……その本を読んでみろ」

 

 これが運命だというのなら、この戦いを仕組んだモノはくそったれだ。

 消えるはずだった命を救えた嬉しさなど微塵もない。

 

 こいつの目を見れば分かるのだ。

 

 こいつは……あの時のガッシュと同じで……

 

 全てに絶望し、全てを諦めてしまっているのだから。

 

 

 本を取ることは、ない。

 “D”はただオレを見るだけ。本質的に見ているわけではなく、ただ視覚的に見ているに過ぎない。

 

 オレの心が乱される。

 オレの心が燃え上がる。

 

 こいつはオレであり、ガッシュなのだ。

 

 親に捨てられ、大人に利用され、憎む相手にも立ち向かうことさえ封じられ、愛するモノさえ持たされない。

 

 嗚呼、嗚呼、と心が叫ぶ。

 どうしてこんなにも救われない。どうしてこんなにも、世界は理不尽なのだろう。

 魔界も人間界も変わらない。

 理不尽にさらされる存在は、必ずいる。

 

 ただ一つ、オレやガッシュとこいつの違う点がある。

 

 だからそれを……その光をお前にも灯そう。

 

 

 すっと、オレはそいつに近付いた。

 思い出したように溢れるオレの怒りや憎しみは、今はどうにか抑え込む。

 オレの中の憎しみはオレだけのモノで、こいつの持つ憎しみと重ねる必要はない。

 

 父への憎しみよりも、今は優先すべきことが出来たのだ。

 

 ガッシュが教えてくれた。

 こういう時は、こうするのだと。

 

 

 膝をついて呆然とする“D”の首に手を回し……壊れないように抱きしめる。

 

「……何も考えず、そのままでいろ」

 

 抱きしめ返してはくれないが、跳ね除けることもされなかった。

 ゆっくり、ゆっくりと背中を撫でてやる。寒さで震えだした身体に気付いて、マントで大切に包んでいく。

 

「なぜ……」

 

 ぽつりと呟かれた言の葉。

 何に対してなのかは分からない。意味のない言葉でいい。

 何かしら反応してくれたことが少しだけ嬉しくて、背を撫でるのを辞めて少しだけそいつを抱きしめる。

 

「オレの名はゼオン。ゼオン・ベル」

 

 ぽう、と魔本が僅かに光った。呪文を唱えなくとも、オレと魔本の魔力がこいつに共鳴した。

 やはりそうなのだ。こいつこそが、オレと共に理不尽に立ち向かうパートナー。

 

 ゆっくりと身体を放して、そいつの目を覗き込む。

 

 絶望に堕ち切った目から、僅かにだけ光を取り戻した瞳。

 オレの紫電の瞳で見つめても、そいつは視線をそらすことはなかった。

 

 真っ直ぐ、ただ真っすぐに見つめる。

 

「初めましてだ、人間」

 

 逸らされない視線の先で、そいつの瞳は揺れ動くことはなく。

 

「名を教えてくれ。お前の絶望を、オレが少しだけでも貰っていく為に」

 

 お前が必要だ、とは言わない。

 お前を救いたい、とも言わない。

 

 大切な弟が押し付けてくれたように、自分勝手に絶望をかっさらってやろうと思う。

 

 そんなオレの考えが届いたのか、そいつはしばらくオレを見つめた後に目を瞑りオレに寄り掛かってきた。

 

 心の悲哀も絶望も憎悪も、きっとまだ渦巻いていることだろう。

 

 それでもそいつはオレのお願いに対して、ぽつりと小さく返してくれたんだ。

 

 

「デュフォー」

 

 

 心に刻む。これからしばらく共に歩んでいくモノの名を。

 

 安心したように眠り始めたそいつの体温を腕の中に感じながら、オレは揺らめく炎をしばらく見つめていた。




読んでいただきありがとうございます。

弟との出会いがあったから、ディフォーくんとの出会いも変わる。
ゼオンデュフォーコンビの闇が深すぎる……


これからも楽しんでいただけたら幸いです。


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第五話:探す景色、探す答え

感想や評価、お気に入り登録ありがとうございます。
とても励みになってます。


 どうにか吹雪を抜けて調査隊と合流することが出来たオレとデュフォー。

 こいつの持つ“答えを出す者(アンサートーカー)”とやらの力がなければ此処まで楽に助かることは出来なかっただろう。

 

 お互いに話すことはなく、二日ほどは其処のものたちの世話になっている。

 職員への説明が面倒だったが、デュフォーが何やら説き伏せていたので大丈夫だろう。

 人間界の知識が少ないオレでは答えられないことも、てきぱきと答えていくあいつには感謝しかない。

北極からの移動船に乗せてもらい、大陸までは送って貰うこととなった。

 

 今は四日目の朝。遠くに陸が見える。

 親切な調査隊の人間たちではあったが、デュフォーとオレは彼らに挨拶をすることなくそっとその場を離れた。

 

 デュフォーは実験を受けていた身。生きているという情報が伝わればうっとうしい輩に目を付けられかねない。

 別に人間の中にオレが手こずる相手などはいないだろうが、これから魔物の戦いをしていくにおいて人間界で動きづらくなるのは避けたいというのが理由だ。

 デュフォー自身も人間自体と接することに嫌気がさしているようだった。

 調査隊の人間達と接するのでさえ説明以外は最低限にしていたほどだ。

 

 幸いなことに吹雪が止んでいる今日は見晴らしがいい為、マントを使った小ワープでの移動を主とした。

 オレの行動にも驚くことのないデュフォーは、きっと“答えを出す者(アンサートーカー)”とやらで何をするか答えを知っていたに違いない。

 

 移動中もオレとデュフォーは何も言わない。

 居づらい沈黙ではなく、ただそれぞれがそれぞれのすべきことをしているだけの時間。

 まだ話さなくていい。 自分の中でイロイロと整理できるまで、無理にオレに合わせようとしなくていい。

 

 そうこうしている間に港へとたどり着く。

 

「ゼオン。行先は決まっているのか?」

 

 マントから下りての唐突な質問に、オレはじっとデュフォーの目を見つめて答えを返した。

 

「……行きたい場所……というか会いたいヤツがいる」

 

 自分一人でも探すつもりだった。パートナーが見つかったのだから共に往くのは当然のことではあるが、まだ一緒に戦ってくれとは一言も伝えていない。

 とにかくまずは極寒の地獄から抜け出すことを目的としていたのだから仕方ない。

 

 その間もずっと考えていたが……やはりオレは、弟を探したい。

 

 ガッシュの無事に比べれば戦いなど二の次だ。

 そも、百人の魔物の子供達の戦いでわざわざ自分から動くようなモノは実力の低いモノがほとんどだろう。実力のあるモノほど静観し、自身の力を最大限に振るえる状況を確立し、敵の情報を集め、戦いの初めから終わった後まで自分の有利になるように動く。オレであってもそうする。

 徒党を組むことも出来るだろうが、それをするにはこんな序盤では不可能。魔界を発つ時から組んでいれば別だろうが……勝者は一人なのだ、どこかしらで裏切りが起こる可能性の方が高い。

 

 オレ自身、姿を見せてはいないがこの目と髪色と雷の噂は知れ渡っているはず。そういった有名な輩と事を構えない為にも、よほどのバカでない限りどの魔物も慎重になるのは確実だ。

 

 閑話休題。

 

 今は他の魔物や戦いのことなどどうでもいい。

 すべきことは……デュフォーへの意思確認と、オレの願いを聞いてくれるかの許可。

 魔物と人間の性能差をもってしたがえることは出来るだろう。記憶を奪うような術式も学んでいるから、デュフォーを人形のようにすることも出来るだろう。

 

 だが、オレはしない。

 

 真っ直ぐに見つめてくるデュフォーの瞳はまだ絶望の色が色濃く残っていて、心の内に宿した憎しみはオレと比肩する程に深い。

 

 無理やり従えるとは―――父がオレに対して行ってきた教育と同じモノ。オレは、あいつとは、違う。

 記憶を奪うとは―――デュフォーの胸の内に宿る想いを全て否定する行い。オレのこの胸にある弟への想いと、燻り続ける大きな憎しみを無にするのと同じことをデュフォーに強いる行い。そんなことを、このオレが許せるはずがない。

 

 故に、オレは語って説き伏せることを選ぶ。

 

「場所を変えよう」

 

 人間の往来がある此処ではなく別の場所へ。マントで覆い、オレとデュフォーは港の灯台の天辺へと飛んだ。

 街がよく見える。平和そうな港街だ。祭りでもあるのか、人間の笑い声や歌声が聞こえてくる。

 気持ちいい風が頬を撫でて、空と海が交わる水平線を見つめればとこまでも吸い込まれそう。

 

「デュフォー」

 

 同じように海を見つめている横顔を見ずに語り掛ける。

 

「オレは魔界という所から来た。人間ではなく、魔物と呼ばれる種族だ」

 

 あの老人の言葉通りなら、きっとお前の持つ特殊な能力でオレの存在がどういうモノかなど答えを出しているのだろうが、オレ自身が語ることに意味がある。

 

「魔界では千年に一度、魔界の王を決める為に魔物の子供達百人を人間界に送り、人間と組ませて最後の一人になるまで戦わせる。それが今だ。オレもその百人の内の一人となる。そして……」

 

 一呼吸。雲がきれいに流れていた。

 

「お前がオレのパートナーだ」

 

 じっと、デュフォーの方をみやった。

 

「そうか」

 

 短い言葉。感情の読み取れない声。

 

「この戦いは魔本に映される呪文を人間が唱えなければ魔物は本来の実力を使うことが出来ない。本を燃やされると魔物は魔界に帰ることとなる。パートナーの再選定はなく、死んだ場合がどうなるかもオレは知らない。

 魔物の術はこの前の施設の爆発など比ではないモノもあり、あの吹雪のような大自然すら操るモノもある。人間にとっては……死と隣合わせの過酷なモノとなるだろう」

 

 リスクの説明に対してもデュフォーは何も言わない。ただ真っすぐに海を見ていた。

 

「……オレには、一つ夢がある」

 

 人間にとっては何も得のない戦いへの参加。人間へと協力を仰ぐことも、この戦いの本質の一つなのだろう。

 それでも説き伏せるくらいでなければ、魔界の王などなりえない。当然……オレの大切なモノ一つを守り抜くことすらできやしない。

 

「弟がいるんだ。双子の弟で、名をガッシュという」

 

 ピクリと、デュフォーに反応があった。

 

「弟はオレの顔も名も知らない。存在さえ知らないかもしれない。オレが一方的に知っているだけ。まだ赤子の頃に里親に出され、王族であるオレとは違い、民間で育てられた。

 自由な弟に嫉妬したオレは、一度だけ抜け出して一目見に行ったことがあって……あいつが虐待され、いじめられていることを知った」

 

 あの時のことを思い出すと、未だに胸が掻き乱される。

 

「王族の教育から抜け出すことの許されなかったオレは、弟を迎えに行くことを誓って己を鍛えた。王となれば、弟の存在を周囲に認めさせ、共に暮らせると思ったからだ」

 

 ずっと、ずっと寝る前に思い描いていた夢だ。

 

「だが……なんの悪戯かこの戦いに弟も参加している。この戦いを仕組んだモノは……オレと弟を戦わせることを望んでいるんだ」

 

 そう……例えどちらかが途中で負けるかもしれないとはいえ、その逆も然り……争い合うことを望んでいるのは確実だ。そこでデュフォーが口を開いた。

 

 

「……どちらもが生き残れば、どのみち最後は戦わなくてはならない」

 

 言いつつすっと、デュフォーがこちらを見つめてくる。相変わらず感情の読めない目で、じっと。

 

「ああ、そうだ」

 

 突きつけられる現実は無感情に。ただただ冷たい事実がそこにあるだけ。

 

「オレは……王になる。ならなければならん。父を……あのクズを殺し……魔界を変えなければならん。その為に―――」

「弟を護る魔界を作る王になる為に弟を傷つける……本末転倒だな」

 

 その通りだ。しかしデュフォーは、何処か分かったような表情でオレを見ている。

 

「ああ、そうだな。だがオレは……そんな結末に縛られない。縛られて、たまるものかよ」

 

 大きな意思を込めて見つめる。目を逸らさないデュフォーは、次のオレの言葉を待っている。

 

「選択肢なんてモノは、いくらでもある。決められた道、定められた運命……そんなモノに従ってやるなんてまっぴらだ。オレが行く道はオレが決める。オレの夢を遮るモノはなんであろうとぶち壊す」

 

 それがどんな大きな困難であろうと、例え魔界全てが敵になろうと。

 胸に秘めた覚悟が揺らぐことはない。灯っている温もりの火は消えることがないのだから。

 

「それにだ……弟の意思も確かめていないからな」

 

 当然、ガッシュが王になりたいかどうかを確認しなければならない。

 戦いに無理やり参加させられているモノもいるのだというから、もしかしたらそういった魔物の一人かもしれないのだ。

 その時はその時で厄介だが……。

 今はまだ、考えるな。

 とにかくデュフォーに共に戦ってくれるように説得を。

 

「デュフォー。オレと共に―――」

「いい、景色だな」

 

 言葉を遮って、視線を逸らして、デュフォーは言った。

 

「あの日から初めての晴れた空だ」

 

 出会いの日のことを言っているのだろう。同じ方向を見つめてみた。

 

「こんな景色を“また”見れるとは思ってなかった。オレは……あの狭い箱の中で一生を終える“答え”さえ出ていたから」

 

 その言葉で気付く。違う。デュフォーは、実験体となってから初めて見れた晴れた空だと言っているのだ。

 なぜだ。お前の持っている能力というのがあれば……せめて外に出られることくらいは……

 

「知っている。分かっている。お前はオレのこの力のあらましを聞いたんだろう? オレの力は“答え”を出す能力だと。だからお前は、いつかはオレがあの施設から外に出られるという“結果”を“答え”として出せていたんじゃないかと、そう考えているな?

 違うのさ。この力だって完璧じゃない。未来予知のようなモノとは別物だ。円熟したとはいえ、オレ自身の思考能力や知識量や経験値によって出てくる“答え”は変わってくるし、状況を把握した上で質問や疑問などの問いという思考に到達できなければしっかりとした“答え”は出てこないこともある。

 難病の直し方や古代の失われた文字の解読なんてのは、既に“答え”が確定しているモノ。だが例えば誰かを殺す方法などというのは、質問の仕方によっては最も効率的なモノから回りくどいモノまで様々だ。“答え”は出ても取捨選択する必要がある。流動的に状況が動く世界に於いて、確定的な一つの“答え”を得られるモノは……思っているより少ないモノだ」

 

 淡々と語るデュフォーは、自分のことをまるで商品か何かのように説明していた。

 

「……ならば魔界のことやこの戦い、オレのことについて、何か“答え”を求めてみたか?」

 

 その問いに、デュフォーは顔を上げて空を見て

 

「……お前がなぜ、あの時オレを抱きしめたか」

 

 ぽつりと、そう呟いた。

 

「お前の弟ならこうするからと、そういう“答え”が出た」

 

 ああ、そうだなと胸の内だけで呟く。

 

 ただガッシュの真似事をしただけ……と。

 

 あろうことかこいつはそう思っているらしい。

 

 なるほど確かに……その力はある意味でポンコツだ。

 

「ああ、そうだ。オレが泣いていた時、弟にああしてもらったから同じことをした」

 

 空を見上げるデュフォーの表情は変わらない。

 だけどどこか寂しそうに見えた。

 

「だが、不正解だ。デュフォー」

 

 オレは、口の端を釣り上げてにやりと笑った。

 

―――違うな。その答えは間違っているぞ、デュフォー。

 

「ハッ……“答え”を探したってことは、知りたいと思ったということ、か。なら……答え合わせをしよう」

「なに?」

 

 こちらに顔を向けて目を細めたこいつは、その渦巻く瞳でオレをまっすぐ射抜く。

 

「確かにオレはガッシュを真似た。だが、それは行動の“理由”であって正解ではない」

 

 長い長い施設での生活で、こいつの心は摩耗したのだ。

 この光景をいい景色だと言える心は残っているのに、オレの行動の理由は当てられても出せない答えがあるのがその証拠。

 自分のことも、他人のことも……すべてが機械仕掛けのようにも思える地獄。其処にこいつは身を於いているのだろう。

 

 僅かに首を傾げて思い悩むデュフォーが少し子供っぽく見えて、オレの喉がくつくつと鳴った。

 

「ふふっ……バカめ。お前自身が言っていただろう? 自身の思考能力や知識量や経験値によって変わってくると。

 つまりお前はオレの心までは理解していない。だからオレがあの時そうした“本当の答え”に辿りつけない。そういうことさ」

 

「……その本当の答えとは?」

 

 余計に首を捻るデュフォーに耐えられず、オレは大きく噴き出した。

 

「くっ、ははは! やはり答えは出ないか! それもそうだ! あははっ!」

 

 こんなに笑ったのは……いつ以来だ?

 訓練後にガッシュとの未来を考えていた時か?

 ガッシュが明るく学校に行っていると噂を耳にした時か?

 

 いや、声を出してこうして笑ったのは初めてかもしれない。

 

―――そうか、これが楽しいという感覚か。

 

 どうやらオレ自身もデュフォーのことをバカには出来なかったらしい。

 足りないモノがありすぎる。こんな小さなことにも気付かされるとは、オレもまだまだだ。

 

 答え合わせをしようと言った手前、教えないわけにはいかない。

 呼吸を整え、笑いが落ち着くのを待ってくれたデュフォーに目を向けて、先ほどとは違う笑みを向けてみた。

 

「あの時オレがお前を抱きしめた“答え”はな……“オレがそうしたかったから”、だ」

 

 そういうと、デュフォーはまたわけがわからないというように首を捻った。

 またおかしくて笑いそうになるも、抑えて言葉を紡ぐ。

 

「今は分からなくていいさ。ゆっくりと理解できるようになっていけばいい。オレだって、お前の質問の本当の“答え”に辿り着けてるかもわからないんだ」

 

 デュフォーはまたオレを見下ろしていた。

 これ以上問答を続けていても意味がないとでも思ったのだろう。

 ゆったりとオレは空を見上げて続ける。

 

「空が綺麗だな」

 

 抜けるような青空は、きっともう数時間すれば朱色に色づき始めるだろう。

 

「空は心を映す鏡、という話を本で読んだことがある。

 哀しい時や苦しい時、そこに映る色や景色が、それぞれによって違うように見えるからだ、とも」

 

 聞いた話だ。だが、そういう風に思うのもいい。

 紫電を向けると眼差しが交差した。

 

「なぁデュフォー。先ほどの本当の“答え”を出す為に、このいい景色だけじゃなくて、もっと沢山の景色を見に行こう。一人より二人なら、きっと沢山の“答え”に近付けると思うんだ」

 

 そうだ。一人より二人で。オレとガッシュで魔界をよりよく創り上げようと決めたみたいに。

 オレとデュフォーで、まだ見ぬ景色を心に映して答えを出す。

 

「それがオレからお前に贈ることのできる対価だ。だから……共に戦ってくれ」

 

 手を差し出す。

 

 どうか、一緒にきてくれないか。

 

 こんなにも広い世界で、オレはたった一人を探さなければならない。

 お前の能力を利用して、お前の人生を使用する。

 

 でもその代わりに、自分勝手なオレがお前の絶望をかっさらって、その心の隙間に一緒に見た沢山の景色を飾るから。

 

 気恥ずかしくてそんなことは言えやしないが、“オレがそうしたいんだ”。

 

 

「……わかった。お前に救われた命だ。お前の為に使おうか。それにお前と一緒に違う景色を見ることで“答え”が知れるなら……それもいいかな」

 

 ゆっくりと握り返された掌。

 何を考えてるのかはまた分からなくなる。

 

 それでいい。これでいい。

 

 胸の内から溢れる感情は、安堵だろうか?

 

 この握られた掌が伝えてくれるモノを安心感と呼ぶのだろうか。

 

 

 

 

 一人ではなく二人で歩いて行くというのはいいモノなのだなと、そう思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~蛇足~

 

 

 

 

 

「とりあえず弟に会いに行くんだろう?」

 

「ああ、あいつがゴミ共に傷つけられるのは我慢ならんからな。呪いなど押さえつけてやるし、万が一、億が一に無理なら距離を放しつつデュフォーを介して話せばいい。何よりあいつの無事が最優先だ」

 

(……ブラコン)

 

「何か無礼なことを考えてないか、デュフォー?」

 

「何も? 弟に会いに行くならイギリスだ」

 

「……まあ、許してやる。イギリスだな? 行くぞ」

 

「待て」

 

「待たん。こうしている間にもガッシュは狙われるかもしれんのだ―――」

 

「そっちの船はアメリカ行きだ」

 

「……」

 

「……お前、弟のことになると頭悪いな」




読んでいただきありがとうございます。

正式なパートナー契約の話。


平常時アンサートーカーについての解釈はとても難しいですが、未来予知とは違う点や自分の心に対しての答えが出ていなかった点などを鑑みてこんな感じに。
戦闘時のアンサートーカーについても後々。


蛇足はマンガによくあるラスト一コマのようなほのぼのな感じで一つ。

次はいよいよ……


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第六話:誰が為の雷

いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。
めちゃくちゃ励みになります。


 イギリスに到着してまず行ったのは金策だった。

 当然の如く、ゼオンとデュフォーがイギリスまで船で来れたことの方が異常であり、答えを出す者(アンサートーカー)による交渉なくしてはなりえなかった。

 行く当てもない二人の姿と、デュフォーの作り話に感動してくれるような親切な船長であったのが幸いだった。

 

 到着し、船にいる間にゼオンが捕まえた大きな魚を売って僅かな金銭を入手し、デュフォーはそれを元に確実に金を稼ぎに行った。

 いつの世も単純にして短時間で金を稼ぐ方法は存在する。デュフォーの能力があれば、その程度は容易い。 

 

 一つの施設で、彼は伏せたカードをめくる。

 

「ストレート」

 

 そう、カジノである。

 生きる以上は拠点が必要であり、食事も必要だ。デュフォーは人間なのだから、生きる為には環境を整えなければならない。

 そも、これはイギリスに着いた途端に弟の元へ向かおうとしたゼオンにデュフォーが提案したことである。

 

 一つ……ガッシュと会うのに兄と兄のパートナーが汚れたままでは恰好がつかない。

 一つ……ガッシュにパートナーがいようとしばらくは共に行動をするつもりならば、人間界で動きやすいように先立つモノを用意するのは当然。

 一つ……ガッシュは奴隷の如き暮らしを強いられていたというのなら、その分沢山の美味しいモノを食べて柔らかいベッドで寝るべきではないか。

 

 王族としての気品を保つため、と言えば聞こえはいいが……デュフォーが無駄に能力で思考を確認した限りでは弟に少しでも兄としての威厳を見せたいという見栄もある。

 魔物の体力に人間がついていけるわけはないのだし、これからゼオンと共に戦っていくにしてもデュフォーとしては地盤を固めることを最優先としたかったため、それらしい理由を並べて納得させた。

 

 現在、本心がばれていることに気付いていないゼオンは、じっとデュフォーの所作を見て楽しんでいる。こういったゲーム等も初めての為、ゼオンにとっては新鮮で刺激的な時間なのだろう。

 

 数時間後、ポーカーに始まり、ルーレットやバカラ等でたんまりと稼いだ二人は、いったんデュフォーの提案で必要な分を残してそれらを宝石へと変えた。身元不明のデュフォーが銀行の口座など持っていないので、少しでも持ち運びがしやすいようにと考えてのこと。

 

 次に向かったのは服屋。ゼオンは親から贈られたマントがあるからそれだけでいいとのことだが、デュフォーの服を整える必要があった。

 その場で簡易なリュックも一つ。あとは現地調達でもいいだろうとデュフォーは判断し買い物を終える。人があまりいないオープンテラスで一息つくことにした。

 

「前準備はこのくらいでいいか?」

「ああ、いいだろう。これでガッシュを迎えることも出来る」

 

 オレが提案したことだが、とはデュフォーも言わない。無駄なことは極力口にしない。

 

「コインロッカーに宝石類や着替えは入れておいたし、ホテルのチェックインも済ませた。だが……本当に今から向かうのか?」

「当たり前だ」

「……今からだと、お前の小ワープを使ったとしても夜中になるぞ」

 

 誤算だったと、デュフォーは思う。遅い時間となれば夜を超えてから動くだろうと勝手に考えたのがミスなのだ。

 時刻は夕方。ガッシュのいる場所はもう把握しているが、その距離を移動するにも時間が掛かる。ゼオンの特殊なワープを使っても夜中……下手をすれば朝方になるだろう。

 ゼオンは一気に長距離を移動するワープも使うことが出来るが、知らない場所に行くことは出来ない。人間が使う電車や車という手段もあるが、ゼオン自身がワープを連続して使ったほうが断然早い。デュフォーの身体的疲労を無視すれば、だが。

 まだ人間と魔物の身体的性能差を気遣う心などあるわけがない。ガッシュの為の準備を終えたのだからガッシュを迎えに行く……ゼオンがそう考えるのは当然のことだったのだ。

 

 ゼオンは頼んでいた飲み物のカップを傾けて中身をグイと飲んでからデュフォーをじとりと見やる。

 

「ふん。なら聞くが……イギリスの郊外にある広い森に居るという、ガッシュの今の状態は?」

 

 問いを投げられて、デュフォーの頭に一瞬で答えが浮かんでくる。

 答えを出す者(アンサートーカー)の能力を持っていなくとも、ゼオンはガッシュの場所を確認したことで置かれている状況を予測していたのだ。

 だからこそ金銭を準備し、ガッシュを迎え入れる環境を整えることに賛同したということ。

 

 答えを出す者(アンサートーカー)は質問や疑問を浮かべなければ“答え”を出せない。ゼオンの言う言葉に問いを投げなかった時点で隠された意味に気付くことはない。

 ほう、とデュフォーは感嘆の吐息を漏らしてから、コップの中の飲み物を飲み干す。

 

「船に乗る前や買い物を済ませる前よりは考えるようになったんだな」

「バカが。あの時は気が逸っていただけだ。つまらんミスは二度としない」

 

 ふぅん、と小さくうなずく。

 

(弟のことで不可測の事態とか起こったらミスが増えるなんて“答え”が出てるが、黙っておくか)

 

 船に乗る時にだいぶと怒られたからと、デュフォーは返答を胸にしまった。

 はやく出発したいゼオンがそわそわしているのに対して、デュフォーは夕暮れ前のカフェテラスの景色を目に焼き付ける。

 

 人間らしい暮らし。人間らしい息抜き。人間らしい時間。

 

 感情があまり揺れ動くことはないとはいえ、こういった穏やかな時間を過ごせるのは悪くないなと感じる。

 それもこれも、目の前でこちらを睨みつけて早くしろと訴えかけてくる魔物の子の存在あってこそ。

 

 胸の内の憎しみは、思い出せば渦を巻いて心をどす黒く染め上げるだろう。

 母に売られた絶望の感情は、考えるだけでも未だに胸を引き裂くような痛みを齎す。

 

 大きな感情の津波を感じにくくさせてくれているのは、やはりこの紫電の瞳が自分を見つめて、あの時の温もりを思い出させてくれるからだ。

 

 そんなことを考えると胸に僅かに違和感が生じる。

 それに対しての“答え”もやはり出ない。

 今はいいかと、ソレを感じる度に彼は思う。無理やりに思考を切り替えて、結んだ契約を果たそうと口を開く。

 

「お前の弟に会いにいく前に、一つだけ提案がある」

「ほう? 金の準備以外にも何かあるのか?」

 

 つまらない話なら許さないと、その不機嫌な声と表情が語っている。

 そんなゼオンに驚愕を与えるには、これからデュフォーが話す内容は十分なモノだった。

 

「道中で聞いたお前の身体に掛けられている弟に近付かないようにする為の呪い。打ち消すことや解くことは出来ないが、身体に現れる呪いの効果を抑えることは出来るようだ」

「なにっ!? 本当か!?」

 

 魔界のことだとあまり正確な答えを出しづらいモノなのだが、呪いというモノに対してではなく身体的な効果なら打てる手があると答えが出た。

 

「魔力の流れを阻害する呪いらしいからな。それなら流れをよくするようにすればいい」

「どうやってだ!? どれくらい効果があるんだ!?」

 

 喰いつくように迫ってくるゼオン。その距離、もうすぐ鼻が触れ合う程。

 気にせずデュフォーは続けた。

 

「魔力の流れをよくするツボを押すんだ。そうすることで呪いによって乱される魔力を完全ではないが整えることが出来る。効果は……そうだな、意識を保つことは最低限出来て、動いたり無理に興奮して魔力を乱さなければ話すことも出来るかもな」

 

 お前の我慢強さ次第だが、と付け足した。

 紫電の瞳が喜びに輝く。ゆっくりと上がっていく口角。

 

「そうか……そうか……っ」

 

 嬉しそうに繰り返すゼオンは、頬を緩めながら椅子に座りなおす。

 自分が耐えれば弟と話せると太鼓判を押され、嬉しくないはずがない。

 

「ただ、圧すツボの場所と数の都合上、動いて魔力を乱させない為にもだが……お前には少し我慢してもらわないといけない」

「……?」

「ツボは此処と此処と此処で、お前にはこういう―――」

 

 つらつらと説明がなされていく。

 一つ一つと耳に入れて頭で理解していく毎に……ゼオンの表情が歪んでいった。

 

 そんなこと出来るかと怒鳴るも、それしか方法がないと言われてしまい彼は頭を抱えた。

 やるしかない。どれだけ羞恥に塗れようとも、それが弟と話をする為だというのならと……ゼオンは渋々頷くこととなった。

 

 夕暮れの太陽が朱色で世界を染めていた。

 デュフォーから見るゼオンの横顔は、世界の色付きよりもやや深く染まって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 闇が支配する漆黒の時間。

 たった一人で過ごすこの時間はその少年―――ガッシュ・ベルにとって恐怖の時間だった。

 魔界の王を決める戦いに参加することになって人間界に来てから、人間のパートナーが見つからず、この森を寝床として暮らして数日のこと。

 昼はパートナーを探したり、森の動物たちが遊んでくれるからいいものの、夜……夜になると、寂しさに心の奥底まで支配された。

 世界でたった一人になってしまったかのような夜の間は怖くて眠れず、陽がのぼり、空が明るくなった頃にホッとしてやっと眠れる。そんな日々。

 

 バサバサとフクロウの羽音が鳴れば身体をびくつかせ、ガサリと風が木々をなぞれば飛び上がる。

 

「!! ウヌゥ……」

 

 震えながら木の洞でじっと耐える。今の彼にはそれしか出来ない。

 

 魔界では明るく過ごしていた。同居人にいびられようと口答えせずに言われたことをせっせとこなし、学校でいじめられようと逃げるだけで反抗などせず……それでも笑顔を失くさず生きてきた。

 こんな時、いつも思い出されるのは一つの声。

 

“お前は……一人じゃない”

 

「レイン……シュナイダー……」

 

 魔界で居た数少ない友達の名前を口にして寂しさを紛らわす。せめて二人が傍にいてくれれば心強かったのにと弱音を零してしまいそうにもなるも、グッと、彼は唇を噛んで耐える。

 

 自分の人生を変えた日。絶望にくれていた自分を掬いあげた声。そのおかげで生きる気力を保てたから自分は両親と兄の存在を知り、前へ踏み出すことが出来た。そして日々を暮らしていく内に友が出来て、心の底からの笑顔を浮かべることも多くなった。

 

 思い出が自分を強くしてくれる。この寂しさを吹き飛ばしてくれる。ぎゅっと目を瞑って過去を、友達の声を反芻する。

 本当は怖い。一人はイヤダ。今も眠れない。でもこの思い出がなければ、もっと寂しくなっていただろう。朝方に眠ることすら出来なかったかもしれない。

 

 きっと頑張れば二人にも会えるのだと、ガッシュは己の心を震わせる。

 

 ただ……頑張る理由はもう一つある。

 

 あの仮面の少年に会いたいと、ガッシュはずっと思っていた。

 会ってあの時のお礼を言いたい、自分の世界を変えてくれたことにありがとうと伝えたい、そう思っていた。

 

 ガッシュはきっとこの戦いの最中に会えると確信していた。

 ずっとずっと考えていたことがあった。それが本当だったならと、ずっと胸を高鳴らせて想像してきたことがあった。

 

 

 ガサリ、とまた草の揺れる音がした。

 木の洞の中、ガッシュは身体を縮めて恐怖に耐える。

 何か大きなモノが近づいてくる気配がする。いつものように動物かもしれない。襲い掛かって来たら逃げるしかないが、出来る事なら争いたくなどないからと静かに息を殺して耐える。

 

 ゆっくり、ゆっくりとソレは近づいてくる。

 視線がこちらに向けられているのが分かった。早く何処かへ行って欲しいと、ぎゅっと目を瞑りながら祈る。

 しかしソレは全く其処から動くつもりはないようで、気配はいつまでたっても消えてくれなかった。

 

 さすがにおかしい。そう思ってガッシュは……目を開けた。

 

「ヌッ!?」

 

 暗闇の中、こちらを見つめる人影。暗闇で全く見えないソレは、ガッシュをじっと見つめるだけ。ただ……視線の数が二つ。

 顔の部分と胸の部分から視線を感じた。怪物だと叫びだしそうになるも、どうにか声を出さずに冷や汗を流しながら待つ。

 

「……ゼオン、少し我慢しろ」

 

 無機質な声。続いて小さなうめき声が上がり、影はごそごそと何かをしだした。

 恐怖はあるが、疑問の方が大きくなっていく。

 金属の当たるような音が響いたのちに……ポッと、光が灯った。

 

 突然の眩しさに目を細める。人影が動き、最初の立ち姿に戻った。

 目が慣れた所でよく見てみると……

 

「ん、んん……ど、どういうことなのだ??」

 

 其処には、切れ長の目をした青年が、ガッシュが会いたいと願っていた仮面の少年を……さながら幼子に抱えられるテディベアのように……腕に抱きかかえて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳が熱いのが自分でも分かる。

 羞恥に頭が茹だる。こんな屈辱は生まれて初めてだった。

 どうにか仮面を被っているから耐えられるが、よもや弟にこんな姿を見せることになるとは……せっかく会えたというのに最悪の気分だ。

 

 困惑して口を開けている弟が目の前にいるのだが。

 感動的な再会とは言わない。せめてもう少し風情のある再会をさせてほしかった。

 

 今、オレはデュフォーに両手で抱えられている。

 魔力の流れを整えるツボを押しながら動かないようにするには、こうするしかなかったのだ。

 デュフォーのおかげでガッシュとこれほど近付いても意識を失わずに頭痛と僅かな吐き気だけで済んでいるとはいえ泣きそうだ。

 

 お前のせいだ。おのれ、ダウワン・ベル。

 

 感情を揺らすなとのことだが……無理があるだろうに。

 

「おい、デュフォー。頼む……せめて、座って抱えてくれ」

 

 立ったまま抱きかかえられていると、幼い子供が抱えている人形のようで間抜けさが増してしまう。こんな姿を弟に見られているのはもう耐えられない。

 理解してくれたのか、器用にツボを圧したまま、ヤツはあぐらをかいてその上にオレを座らせた。

 言葉を発したことで頭痛が強くなった。ランタンを付ける為に下ろされた時より遥かにいいが、やはりデュフォーが居てくれなければ話すことさえままならなかっただろう。その点は感謝しよう。ガッシュの前で屈辱を与えた分は後で返させて貰うが。

 

 ゆらゆらとゆらめくランタンの灯りに照らされて、漸くオレはガッシュにちゃんと目を向けた。

 困惑し、警戒している。当たり前だ。オレだってこんな意味不明な状況になったらそうなる。

 

「お、おぬし……な、なぜ抱きかかえられておるのだ?」

 

―――話し方が独特だな? なぜこんな物語に出てくる王様のような話し方をしているんだ? 子供同士の中ではやっているのか?

 仔細は分からんが……うん、なかなかに似合っている。さすがオレの弟だ。様になっているじゃないか。

 

 質問に答えるよりもそんなことを思う。この数年で何があったかは分からないが、正す必要もない。

 デュフォーに両手で抱きすくめられているカタチなのが非情に不本意だが、せめて説明すべきだろう。

 

 そう思って口を開こうとすると、デュフォーが軽く手で待ったを掛けてきた。

 

「……ガッシュ・ベル」

「……っ。なぜ私の名を……?」

「オレがこいつのパートナーだからだ。こいつに聞いた。それよりも、少し話を聞け」

 

 どうやらデュフォーの方から説明する気らしい。オレを気遣ってのことだろうか。分からないが、今は少しでも呪いによる体力低下を抑えたいからありがたい。

 小さくうなずいたガッシュは、警戒を少し解いて座りなおした。

 

「こいつはとある魔物から呪いを受けていて、その影響でお前と長時間話すことが出来ない。本当ならお前に近付くだけでも気絶してしまうところなんだが、オレがこうすることによって呪いが緩和されてお前の目の前に来ることができた」

「わ、私に近付いたら……そんな呪いが……」

「そうだ。わざわざ呪いで苦しむのも分かった上で此処まで来た。お前に会いたいからと言い張ってな」

「デュフォー!」

 

 余計なことを! 大きな声を上げて制すると、ガッシュは驚いて身を縮めた。

 驚かすつもりはなかったのに……。

 

「どう、して……? 私が、何かした……のか?」

 

 ガッシュは話を聞いて、自分のせいでオレが呪いを受けたと考えたらしい。

 そんなわけがないのに。

 

「いいや、違う。お前は何もしていないさ」

 

 デュフォーの返答を聞いても、ガッシュはオレに哀しそうな眼を向けていた。此処からは、オレが話したい。

 デュフォーの腕を少し握って、それ以上はいいと伝えた。

 

「……お前が気に病む必要は何もない。オレがしたいようにやってきた結果で、オレの望みを叶えるのに必要なことだったんだ。それよりも……」

 

 仮面を外したいところだが、この羞恥で赤くなった顔を見せるのはイヤだ。

 仮面をつけたまま、オレはガッシュに出来る限り優しい声音で言葉を紡ぐ。

 

「また会えたな、ガッシュ。嬉しいぞ―――」

 

―――生きていてくれて。

 

 そう零すと、ガッシュは一つ息を呑んで俯いた。

 震えだす肩。響きだす嗚咽。今度はあの時とは逆に、ガッシュの方が涙を零す。

 

「ずっと……考えていたのだ」

 

 震える声が宙に溶ける。

 

「あの日……おぬしと会って数日後のこと。夜中におばさんが誰かと私の本当の両親の話をしておった。魔界の王様が私の父で、母と兄もいると、そう言っておった」

 

 消えそうな声。寂しい音が響く。

 

「その時に、私はおぬしの言ってくれた言葉の意味が分かった。私は……一人じゃなかった」

 

 少しだけ喜びの混ざった声がよく耳に響いた。ゆっくりと顔をあげたガッシュは……あの時のように微笑んで。

 

「そこから私は、いつか見つけて貰えると信じて、目に、耳に、よく響くようにと話し方も過ごし方も変えた」

 

 独白に、オレの胸がビシリと痛む。弟にそんな選択を強いてしまったという罪悪感が胸に刺さる。

 

「よいこともあったのだ! なんと、友達が出来たのだぞ! レインとシュナイダーと言ってな? 一緒にたくさん、たっくさん遊んだのだ!」

 

 オレの悲哀を察してか、それとも伝えたくて仕方なかったのか、ガッシュは楽しそうに二人のことを話す。

 そうか……友が出来たのか。

 この様子ならば、そのモノ達は信頼に足りるモノ達なのだろう。まるで自分のことのようにうれしくなった。

 

「辛いことも、哀しいことも、嫌なことも、確かにあったのだ。だけどレインとシュナイダーが居てくれたから、私は楽しく過ごしてこれた! あの二人とはこれからも、ずっと、ずーーっと友達だぞ」

 

 ニシシと笑うその表情が眩しくて目を細める。胸に来る大きな安堵は、弟の幸福な日常をしっかりと確認できたから。

 

「それもこれも……おぬしの……おかげだ」

 

 また俯いて、ガッシュはぽつりとつぶやく。

 

「私は……生まれてきた意味などないのだと思っていた。誰からも必要とされない、誰からも憎まれる存在なのだと思っていた」

 

 ドクリと心臓が跳ねる。

 違うんだ。お前は、違う。それは……憎まれるだけの存在は……オレなのに……

 

「あの時、おぬしが私に生きろと願ってくれなければ……一人じゃないと言ってくれなければ……そんな日々を見つけられたか分からない」

 

 ああ、違うんだガッシュ……あの時のオレは……違うんだ。本当は……オレがお前に助けられたのに……

 

「おぬしが会いに来てくれなければ、おぬしに会えなければ、私の日々は真っ暗なトンネルの中で終わっていたかもしれない」

 

 顔を上げたガッシュの目から、大きな涙がいくつも零れていた。

 

 立ち上がったガッシュは、一歩、一歩とオレ達に近付いてくる。

 呪いで頭が痛くなる。鋭い痛みに頭を押さえると、ガッシュは立ち止まってしまった。

 しかしデュフォーがガッシュに向けてコクリと頷くと、また一歩一歩と踏み出してくれた。

 

「ずっと……おぬしがくれた小さな光を頼りに、進んでこれたのだ。だから……」

 

 ぴたりと目の前で止まる。

 黄金の瞳が、オレの紫電を穿ち抜く。

 

 泣きながら綺麗に笑った弟に、オレの心が震えた。

 

「ありがとうって、ずっと伝えたかったのだ」

 

 呪いがこれ以上近づくなと警告を頭に響かせる。

 そんなモノは知るかと押さえつけてオレは手を伸ばそうとしたが……デュフォーに止められる。

 

「ずっと……ずっと考えていたのだ。最後に泣きながら言ってくれた言葉がなんなのか……どうして、私に生きてくれと願ってくれたのか……」

 

 仮面にガッシュの小さな手が触れる。

 

「必ず、“迎えに行く”って言ってくれた。こうして……迎えに来てくれた……だっておぬしは……」

 

 そっと外され、同じ高さで目を合わせてくる弟に、オレは何も言えなかった。

 

「お兄ちゃん、なのだろう? 私の……僕の……お兄ちゃん、なんでしょ?」

 

 わざと本当の言葉遣いに戻して、オレに問いかけられた。

 オレの弟は、どうやらずっと待ってくれていたらしい。

 

 降参だというように、オレは短く吐息を漏らして……頬を緩める。

 両の手を広げると、もうデュフォーは邪魔しないらしい。お前のおかげで我慢すればこうできる。ありがとうデュフォー。

 前とは違い、オレの方から抱き寄せる。昔と同じ温もりが、オレの心を暖めていく。

 

「ああ、オレはゼオン。お前の兄のゼオン・ベルだ。やっと会えたな、ガッシュ」

「……っ」

 

 待たせてすまないと言うと、ガッシュはオレの胸に顔を埋めて首を振る。

 

「うぅ……うぅううぅぅぅ!」

 

 震える身体で、くぐもった声で、弟は泣き叫ぶ。

 

「ずっと……ずっと会いたかった……っ! でも……でもぉ……」

 

 寂しかったのだと。苦しかったのだと。辛かったのだと。むき出しになった感情が溢れ始める。

 誰にも、友にすら吐き出せなかった弱音を吐き出せる場所が欲しかったのだ。

 

 それなのにオレの心配までするなんて……本当に、大バカモノだ。

 今度はオレが返す番。

 

 ゆっくりと背中を撫でて、出来る限り安心させてやれるように声を掛けながら、やっと出会えた弟の初めての甘えを、オレは静かに受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランタンの灯りはまだ煌々と燃えていた。

 デュフォーの腕の中で座るオレに背を預けて座るガッシュというなんとも妙な体勢であったが、二人に挟まれているオレが一番暖かくて心地いいのは少し気分がよかった。

 

 ガッシュは泣き止んでからずっと喋っていた。

 魔界でのこと。学校のこと。シュナイダーとの出会い。レインとの出会い。何をして遊んだか。何処を冒険したか。どんな人助けをしたか。誰が怖かった、誰から逃げた、誰からプレゼントを貰った……長い、とても長い話だった。

 

 今までの空白を埋めるように、オレもその話に聞き入った。

 デュフォーは眠そうにしながらもオレの呪いを抑えながらガッシュの話を聞いてくれている。なんだかんだで付き合ってくれるあたり、こいつは凄いヤツだ。

 

 楽しそうに話すガッシュとずっとこうしていたいのだが……これからのことも話さなければならない。

 

「―――それでまだシュナイダーとレインは一緒に遊んだことはないのだがな、きっと二人とも仲良くなれると思う!」

 

 また王様のような言葉遣いに戻っているが、きっともう昔の話し方の方が出にくくなってしまったのだろう。寂しいけれど、仕方のないこと。

 そろそろ一区切りとしよう。

 

「そうだな。きっと、そうなるだろう。さあ、ガッシュ。もう夜も遅くなった。このまま昔の話を聞いているのもいいんだが、そろそろこれからの話をしよう」

「う、ウヌ。そうだな! これからは一緒にいれるからまた話せばよいのだな! また、ぜ……ゼオンお兄ちゃんと!」

 

 気恥ずかしそうにそう呼ぶ姿に少し頭がくらっとした。

 どうやったらあの状況からここまで純粋で綺麗に育つんだ……。弟の心の眩しさにめまいさえしてしまいそうになった。

 

「ゼオン、お前……」

「うるさいぞデュフォー」

 

 どうせまた頭が悪いなとかいうつもりだろうに。先制で黙らせる。

 ダメだ。このままグダグダしてしまっては。

 

「ガッシュ、少し真剣な話をするから向かい合おう」

「ぅ……分かったのだ……」

 

 そんな切ない声を出さないでくれ。感情の乱れで呪いの頭痛が大きくなってしまった。

 名残惜しそうに離れたガッシュは、オレの方を不安そうに見つめていた。

 

 ただ……そこで何かを思い出したように、明るい表情に変わった。

 

「そうだ! 沢山話をしたくて大事なことをすっかり忘れていたのだ!」

 

 なんだろうか、と考える……前にデュフォーの気配が変わる。

 

「……まずい」

 

 疑問に思うも、オレは無駄に動くことは出来ない。その間にもガッシュは笑顔で懐からナニカを取り出した。

 

「魔界からこっちに来る前に、少ない時間だが私も父上に会ったのだぞ! あんまり……家族のこととかは喋ってはくれなかったのだが……」

 

 ゾワリ、と体中の感覚が逆立った。息が詰まる。

 その話だけは、ガッシュから聞きたくなどなかった。脳髄が警戒を上げろと囁く。

 

 どんな会話をしたのかとは聞けない。聞きたくない。これ以上聞けば、最悪なナニカが始まるという予感がしたから。

 

―――否、否だ。

 オレは些細ながら知っているはずだ。あいつは……父は……あの時なんと言った。

 

 初めから知っていたはずだ。碌なことにならないと。オレが今こうして弟と会っていること自体……封じられたことのはずなのだから。

 

 ガッシュが手に持っていたのは一つの水晶。魔力を宿した……中に雷の紋章が浮かぶ、最悪の証。

 

「父上がこう言っていたぞ。ベルの名を持つ魔物と出会ったらこれを見せろと。ゼオンお兄ちゃんは何か知って―――」

 

「それを直ぐに放せ! ガッシュ!」

「……っ!」

 

 声と同時に水晶から輝きが漏れ出す。

 この光は知っている。魔力のパターンも覚えている。オレが忘れるはずがない。

 不意打ちにしては上出来だ。デュフォーが警戒し始めなければ……巻き込むことになっただろう。

 

 オレはデュフォーを突き飛ばすも、ガッシュの手から水晶を奪うことは出来なかった。

 そうしてオレは、光に包まれた。

 

「くっぁ……あぁぁぁあああっ!」

 

 水晶から溢れて向かい来るのは雷。オレの身に幾度となく降り注がれた、悪しき雷の術。

 

 デュフォーから離れたことによってひどくなった呪いによる頭痛と、身体と心を貫く最悪の雷。今すぐにでも意識が飛んでしまいそう。

 

「ゼオン!」

 

 遠くで声が聞こえる。デュフォーがオレを呼んでいる。焦りの含んだその声と、ガッシュがどうなったかを確認しなければという思考によってオレの意識はどうにか繋ぎとめられた。

 

―――慣れている。大丈夫だ……初めから覚悟していた。

 

 バルギルド・ザケルガの痛みも、呪いによる意識の混濁も、ガッシュと会うと決めた時から覚悟していたはずだ。

 あいつはこう言っていたんだ。

 

“ガッシュにも細工をした”と。

 

 ただで終わるはずがない。すんなりと上手くなど行くはずがない。それなのに油断したオレのミス。デュフォーにさえそのことを話していなかったオレの落ち度。

 

 弟のこととなると頭が悪いな……と、デュフォーが言った通りだった。

 

「おぉぉおおおお! ガッシュ……ガッシュ!」

 

 雷に打たれながらもその方を見る。そこには……

 

 オレの心にまた、どす黒い感情が溢れかえる。

 

 悲痛な叫びが、その場を引き裂いた。

 

「ああぁあああぁああああぁあああああぁああああああああ!!!」

 

 ガッシュが上げる声はオレの比ではなく。

 不気味な輝きを放つ水晶の術が、ガッシュからナニカを吸い上げていた。

 

 

 これから、オレ達は共に歩んでいくのだろう?

 

 だから……だから……

 

 呪いと痛みで飛びそうになる意識を繋ぎながら手を伸ばす。

 

 届かない。届かない。

 

 やっと会えたのに。

 

 やっと分かりあえたのに。

 

 オレが救わないとダメなのに。

 

 オレが護らないとダメなのに。

 

 涙を流しながら伸ばした手が届かない。

 

 オレでは、どうしようも出来ない。

 

 

 

 絶望が胸を支配し始めた時……

 

「ゼオン! 掌を上げろ!! そのうっとうしい雷を打ち消せ! 弟の為だ! 呪いくらい耐えろ!」

 

 声が聴こえた。

 上げた手は宙へ。降り注ぐ雷の始点へ。絶対に外さぬよう、怒りと憎しみを込めて睨みつける。

 

「第一の術―――」

 

 ああ、そうか。

 

 俺ももう、一人じゃないんだ。

 

「ザケル!!!」

 

 天すら引き裂くように放たれたオレとデュフォーの初めての術は、誰かを救う為の怒りの雷だった。




読んでいただきありがとうございます。


今回の話まとめ
・デュフォーくんの最強能力の一つ「ツボ圧し」
・テディベア抱きされるゼオンくん
・オレの弟がこんなに可愛いわけがない
・始まりは第一の術「ザケル」

これからも楽しんでいただけたら幸いです。


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第七話:絶望の夜明け

 腕の中に抱えた温もりが、穏やかな笑みを浮かべながら語っている声をただ聞いていた。

 

 出会ってから常に張り詰めていたようなそいつの空気が、腕に抱く弟に出会っただけで柔らかく変わったんだ。

 

「―――私はその時言ってやったのだ。自分の方がズタボロではないかと」

「ほう、よくそいつの威圧に負けなかったな?」

「む? あの時は私も怪我をしているレインを助けたくて必死だったからなぁ」

「ふふ……居てもたってもいられなかったというわけか。お前のいいところだな、ガッシュ」

「何を言う! おぬしも私をこうして助けに来てくれたではないか!」

 

「お揃いだな、お前たち」

 

 話を聞いていて、何故か口をついてでた言葉。

 自分でも分からなかったが、二人を見ているとぽろっと出てしまったんだ。

 

 面食らったような二人だったが、ガッシュはその時、オレににっこりと笑顔を向けた。

 

「うむ。でもおぬしも私の兄の無茶に付き添ってきてくれたのだから……お揃いだぞ!」

 

 そう言われると、オレは何も言い返せなかった。

 ふっと、ゼオンを抱く腕に暖かさが触れる。

 小さな二つの温もりに包み込まれた手。

 

「えーと……」

「デュフォーだ」

 

 名前を教えていなかったことに気付いて教えると、ガッシュは花が咲いたような笑みを浮かべた。

 

「そうか! デュフォー! ありがとうなのだ! 私に会いに来てくれて!」

「別に……ゼオンが会いたいと言ったからついてきただけだ」

「ふふふ、やはりおぬしたちは似たもの同士だな!」

「おいおい、オレとデュフォーがか? どこがだ?」

「それは……」

 

 苦笑しながら言うゼオンにも笑いかけながら、ガッシュはオレの手をきゅっと握る。

 

「デュフォーのこの暖かい手が、私が昔兄からもらった温もりと一緒だからだぞ! この手で兄の苦しみを和らげて、この手で私に温もりを届けてくれた! それは間違いなく二人ともの心が暖かくて優しい、似たもの同士の証拠なのだ!」

 

 私はそう思う、と自信満々に言い切るガッシュに、オレはそんなことはないと言い返せなかった。

 

 分からないんだ。そういうのが。

 

 でも、どうしてだろうな。

 

 答えを出す者(アンサートーカー)はオレとゼオンやガッシュが似たもの同士ではないと答えを出しているのに……なんとなく、しっくりくる“答え”に思えてしまうんだ。

 

「ははっ、それはいい。ガッシュが思うのならそういうことだ。なぁデュフォー」

 

 ガッシュと同じようにこちらを見つめてくる紫電の瞳。いつもよりもキラキラと輝いている綺麗な瞳。

 

「いつかお前の心にもオレが……いや、オレ達が光を灯してやるからな」

 

 いつものような不敵さのない笑みに、オレの口元がピクリと動いた。

 

 ふっと息をついたゼオンと、何も言わず更に笑みをはじけさせたガッシュがまた前を向く。

 

 分からない。

 

 ただじんわりと胸に響くようなこの感じを

 

 

 オレは悪くないと思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空へと立ち上る白銀の雷。

 ゼオンへと降り注いでいた雷の核を討ち抜いたソレは、夜天を煌めいて消えていく。

 

 まだ終わっていない。ゼオンを狙って放たれた雷を打ち消しても、ガッシュに向けられている謎の術はまだ解けていなかったのだ。

 すぐにガッシュへと向き直ったゼオンは、術を行使したことによって魔界に来る前よりも大きな呪いの頭痛によって膝をつく。

 

 浮かび上がる呪いの紋章が悍ましい光を放つ。

 体中の魔力が自分の制御にない。いつもなら軽くできるはずの移動でさえ困難。息も荒く、体力の消費もたかだか下位呪文のザケル一つで最大呪文を打った程にひどかった。

 ぐらぐらと歪み始める視界に、顔色はみるみるうちに悪くなっていく。

 

―――此処まできついとは……。

 

 ガッシュとの距離が近ければ近い程に重い症状が出るのは分かっていたが、ゼオンの予測をはるかに超えていた。どうにか精神力だけで倒れずに保っている。

 

「……よく耐えた。術一つですぐに倒れると“答え”が出ていたが……どうやらお前はほぼゼロパーセントだった確率を覆したらしい」

 

 デュフォーが呪いにより苦しんでいるゼオンへの称賛。

 

「だが、まだだ。お前が意識を失わなかったことによってより最善への答えが出た。そのままどうにか意識を保て。本を持って術を唱えなければならない性質上、お前の負担を軽くすることは出来ない」

 

 淡々と続ける声に、ゼオンは途切れそうになる意識を歯を食いしばって繋ぐ。

 視線の先には、最愛の弟であるガッシュ。

 水晶は未だに不気味な光を放ちながらガッシュからナニカを吸い上げていて、大きな悲鳴は止んでもガッシュのうめき声は続いていた。

 

「デュフォー……っ。オレは……オレはどうすればいい!」

 

 苦悶の声。

 目の前で起きている事の対処がゼオンには分からない。父であるダウワンがガッシュに与えたあの水晶が何をしているのかが分からないのだ。

 中に隠されていた術の一つがゼオンを狙ってのモノであるのは分かったが……ガッシュに対して作用している術が知識を蓄えてきたゼオンにも理解できないモノなのだ。

 

 だからもう、ゼオンは答えを出す者(アンサートーカー)に頼るしかない。デュフォーに悲痛な声で問いかけるゼオンは、今にも泣きそうだった。

 じっとガッシュを見るデュフォーは……すっと目を細めて語りだす。

 

「あれはある種の封印だ」

「ふう……いん……?」

「そう、ガッシュの中に眠る力を封じる為に……ガッシュの中にある大切なモノを吸い取って水晶に封じ込めている」

 

 ギシリ、とゼオンの歯が噛み鳴らされる。怒りがその身から溢れ出る。

 

―――おのれ……バオウによってガッシュは……苦しんでいるというのかっ

 

 暴れ出しそうな程の感情が溢れだす。

 自分に与えられなかった最強の術。弟と自分の未来を引き裂いた忌々しい術。絶対に消すと誓った憎悪の対象。

 父が施した仕掛けがバオウ関連であることにまた憎しみが増大する。目の前で弟が苦しんでいる。今すぐにでも滅ぼしてしまいたいという怒りが、意識を更に強固に繋ぎとめる。

 

「それならっ……早くどうにかする方法を―――」

「ダメだ。あれは……途中で止めてはいけない。もし途中で止めてしまえば、この後の対処が出来なくなってしまう」

「それは……どういう……」

 

 これから、と聞いて憎しみと怒りに茹っていたゼオンの頭が少し冷える。

 ガッシュと話そうとしていたこれからを、デュフォーがしっかりと考えてくれていると気づいたから。

 うめき声が耳に残る。弟が苦しんでいる。それなのに……待てという。それこそが未来に繋がると言われて、あまりに惨い現実に、わなわなと拳を握りしめるしか出来ない。

 今にも飛び出してガッシュを抱きしめてやりたい。その苦しみから救ってやりたい。

 なのにそれが出来ないこの不甲斐なさに、それでも感情を押さえつけて、呪いによる痛みさえ耐えて、ゼオンは一つ大きく息をついた。

 

―――今、出来ることを。

 

「あれは、いったい何を吸い取っているんだ?」

 

 まずは確認を。最優先事項は状況を把握して打開策を出すことだ。

 一人ではなく二人であるからこそ、そしてデュフォーという特殊な能力を持つモノが隣にいるからこそ、最善を行い救えると信じて。

 ぽんと肩に置かれたデュフォーの手。ソレに安心感を感じつつも気を引き締める。

 しかしその問いは地獄への入り口。

 彼の口から伝えられる解答が……ゼオンの心を絶望に叩き落とす。

 

「記憶だ」

「……は?」

 

 一寸、その言葉を理解できなかった。

 

「記憶。ガッシュが持つ記憶。生まれてからの魔界での暮らし、お前との出会いと決意、明るく振る舞い始めてからの日常、友との出会いの思い出……そして、先ほどまでの―――お前との時間」

 

 は、と短く息をついた。それ以上呼吸が浅くなる。上手く息が出来ず、あまりの衝撃に、ゼオンの心と思考が停止した。

 研鑽してきた頭脳は……それでもデュフォーの言葉を頭に取り入れていく。

 

「今この時までのガッシュを形成している記憶を吸い取り、この戦いの後半までソレをガッシュに戻せなくする術が行使されている。残るのは名前だけ。ガッシュ・ベルという名前だけを残して、アレは全てを奪っていくだろう」

 

 ぎゅうと、デュフォーがゼオンの肩に置いた手に力を込めた。

 そうしなければ即座に、呪いの影響も気にせずに走り出すと“答え”が出ていたからだった。

 

「……なせ」

「耐えろ。駆け出したいのも、止めたいのも分かっている。だがここで干渉すると、ガッシュの人格にまで影響を及ぼし、記憶に損傷が起こる可能性が高い」

「……はなせ」

「ダメだ。待て。そうしないとお前が……」

「はなせぇぇぇぇぇぇ! デュフォォォォォォ!」

 

 叫びはあらんばかりの大きさを以って。痛々しい声が昏い森を貫く。

 それでもデュフォーは、ゼオンを放さなかった。

 

「貴様ぁ! これがどういうことか分かっているのか! 記憶を失うとは……自分が何者かも分からないまま周りは全て敵、わけもわからず攻撃を受け、友の顔も声も思い出せず、この非情な戦いに参加させられる(・・・・・・・)ということなんだぞ!」

 

 自然と声が荒げられる。

 

「例えオレが手助けをするとしても! オレのことさえ分からないんだぞ! 絶望を乗り越え、友を得て笑顔を増やし、やっと出会えたと喜んでくれたガッシュに……そんな残酷な地獄を味あわせろというのか!」

 

 いつもなら振り払えたのに、ゼオンはデュフォーを振り払えなかった。

 その肩に置かれた手は、ゼオンの行動中枢を刺激し、前へ出るという行為を行わせないツボを圧していた。

 

「そんな……そんな鬼畜なことをこのゼオンが許すと思っているのか! 今すぐに! 今すぐに止めなければ! ガッシュは―――」

 

 ゼオンの言葉の途中で、デュフォーは声を放った。

 

「記憶を奪われるよりもひどいことになると言っている。お前は特殊な能力で記憶を奪うことが出来るだろう? それがないと万事に対応しきれない。だから……言う事を聞け! ゼオン!!」

 

 荒げられた声に、先ほどのゼオンを助けた時のような感情的な声に、ゼオンはビクリと身体を跳ねさせた。

 驚いてみたデュフォーの瞳に、僅かに渦巻く感情が見えた。

 憎しみではなく、怒りでもない。透き通ったその想いは、ゼオンにもデュフォーにもまだ分からない。

 

 ただ一つ分かることは……デュフォーが答えを出す者(アンサートーカー)にて求めたのが、ガッシュを確実に救う“答え”だということ。

 

「一つ一つ確認していく。冷静さを保ち、最善を掴み取るぞ。お前なら出来る」

 

 コクリと頷くと、デュフォーは肩から手を放して語り掛けた。

 

「まず一つ。水晶によって行使されている記憶を奪う術はお前の父親が込めた術じゃない」

 

 また、大きな情報に思考が廻る。

 

―――馬鹿な。あいつは、ガッシュに細工をすると言ったんだぞ……

 

「魔界には記憶の操作に長けた種族がいるんだろう? 記憶という繊細なモノを扱うから、お前の父は道のスペシャリストである種族に依頼していたんだろう」

 

 そういうことかと納得した。だがそれだけではないことは理解できる。

 

「しかし、それが裏目に出た。記憶を水晶に奪う術とは別に……“別の人格を植え付ける術”が隠されているんだ」

「な……っ」

 

 呆然と、ゼオンは正しく思考が止まった。

 

「爆発を操るその一族は、この戦いに自分達の子を参加させているからと、その手足として働く駒を事前に用意したいと考えた。幾人か戦いを厭う子供達を戦わせる為にもう一つの人格を形成するよう仕組まれているようだが、それに乗じて今回の一件にも手を加えたようだな。この水晶が使用される魔物の子を知らなかったようだが、そいつらにとっては誰でもよかったのだろう」

 

 つまりはこの術を放っておくとガッシュという人格が上書きされてしまうということ。

 しかも、どこぞのゲスの小間使いとして、この戦いの間利用されるというおまけ付き。

 

 ゼオンの頭に思い出されるのは……ガッシュを虐待していた醜い女。

 

―――それがデュフォーの言う、記憶を奪われるよりもひどいことか……なんということをしてくれやがる……絶対に……絶対に許さんからな……

 

 また憎しみに染まりそうになるも、ゼオンはデュフォーの瞳の強さと、先ほどの言葉を思い出して大きく息をついて切り替える。

 

「……分かった。そいつについては後で詳細を詰めるとしよう」

 

 今はいい。まず最優先なのはガッシュのことなのだから。

 

「次にだが……別の人格を植え付ける術は直接での施術じゃない為に記憶操作が終わってからでないと使用されないようだ。だからまだお前が動くタイミングじゃない」

「そうか。なら、そのタイミングについては任せるぞ」

「ああ、オレから記憶を奪う術が終わったタイミングを指示する。次の術の発動までの猶予は五秒。その五秒の間に……」

 

 しかし言葉を区切った後に続くのは、またしてもゼオンの心を追い詰める“答え”。

 

「お前は、ガッシュの意識を自分の雷によって刈り取り、同時に水晶へと雷をぶつけてその術式の発動を停止させなければならない」

「……」

 

 ドクリと跳ねた心臓と、鈍器で頭を殴られたような衝撃。

 

「水晶はガッシュの意識を失くさなければ離れない。そして記憶操作の術は発動時に大きな魔力による妨害を受けると正常な動作を起こさなくなる。ソレを同時にすることが可能なのは今この場ではお前の術だけだ」

 

 “答え”は残酷にも、一人だけでは絶対に達成できないモノであると示された。

 他にはと、聞くことこそが無駄だとゼオンには分かる。しかし……

 

「このオレに……ガッシュを救い、ガッシュを護る為に鍛え上げてきたこのオレの雷を……あいつを傷つける為に放てと……そう言うのか……」

 

 ギシギシと痛む胸。あまりにも無情な現実。逃げ道は、どこにもありはしない。

 

「……そうだ。お前にしかできない。お前にしか達成できないことだ」

「ここでガッシュの本を燃やしてやっても―――」

「記憶を失って帰った魔界で、お前の弟がまともに暮らせると思うか? それに術のラグがあれば、別人格のインストールが少しでも起こるかもしれない。それを取り除いてやれるのは、今の時点では記憶を奪えるお前なんだ」

 

 もういっそ、この戦いからリタイアさせてやればと提案するも、更なる現実によって絶望が上書きされる。

 

「お前にしか、弟の未来は救えない」

 

 諭すような声に、ゼオンの拳が震える。

 絶対に向けたくない相手に己の雷を向けるなど、この戦いで一番恐れていたことなのだ。

 それを初めに、一番初めに使う魔物の子が、実の弟など……あまりにも残酷な袋小路。

 

 方法はたった一つだけ。やるべきことは示された。あとは自分が手を掲げ、呪文と共に雷を放つだけ。

 

 どうしてこんなにも救いがない。どうしてこんなにも絶望が溢れている。どうしてこんなにも……世界は優しくならない。

 

 つ……と頬を伝う涙は、憎しみの血涙とは違う哀しみの涙。

 

「それしか……ないんだな?」

「ああ、もうすぐ記憶の封印が完了する。ガッシュに眠る“バオウ”は、術自体の経験の記憶と魔界での日々の感情を消し去ることで憎悪も魔力も喰らうことが出来ず目覚めることはなくなり安定し、別人格の植え付けもされなければ記憶を失ってもガッシュ本来の人格を残したまま、後々に記憶を取り戻すことが出来る」

 

 デュフォーの説明で父の狙いがバオウの封印であると気付いても、もはやなんの感慨も浮かばない。

 

―――オレとデュフォーしか、ガッシュの未来は護れない。

 

 目を少し閉じて、開いた紫電には決意と覚悟が宿る。

 

「合図は任せるぞ、デュフォー」

「ああ、時間にしてあと三百秒」

 

 ガッシュに目を向けると、水晶の術によってまだ苦しんでいた。

 胸が締め付けられる。今までの記憶を失って、自分達が支えるとしても誰かもわからない為に孤独でしかなく、そんな状況に陥らせてしまったことに怒りが沸く。何もしてやれない自分を殺してやりたくなる。それでも、救えるのは自分達しかいない。

 

―――オレは……オレは弱い……

 

 たった一人の弟すら満足に守れない。

 

「あと百秒」

 

―――お前の笑顔を、お前の幸せを、お前の心を、護れなかった。

 

 笑いかけてくれた顔も、語ってくれた思い出も、その時にあった感情も、全てはこれから失われる。

 

「あと60秒」

 

―――だが……終わらない。終わらせない。終わらせて……たまるものかよ。オレは必ず……

 

 止まることのない涙を流しながら、紫電の瞳に炎が燃ゆる。

 

「あと30秒」

 

―――お前を

 

 呻いていたガッシュが、偶然にも顔を上げた。

 紫電と琥珀が交差する。

 苦悶に歪んでいたガッシュはゼオンの涙を見て……その苦痛が嘘であるかのように……ゼオンを安心させようと、静かに微笑んだ。 

 

 手を掲げる。

 ガッシュの記憶にコレが残るかは分からない。

 この瞬間が、もしかしたら記憶の底に残るかもしれない。

 憎まれるかもしれない。拒絶されるかもしれない。畏れられるかもしれない。もう二度と……家族になれないかもしれない。

 

 その計り知れない絶望と恐怖に、手を下ろしてしまいそうだった。

 

 だがすっと、デュフォーが手を支えた。

 

「お前が“傷つける”んじゃない。オレとお前で“救う”んだ」

 

 言い聞かせるように紡がれる。

 涙は決して止まることはなかったが……震えが、止まった。

 

「3、2、1……」

 

 ギシリ、と歯を鳴らして大きく息を吸い込む。

 叫ばないと、自分の心は持ちそうもなかった。憎しみが溢れだす。哀しみが溢れだす。止められない悪感情と弟への想いが、たった一つの術に込められる。

 

 ふっと水晶の術が消えると同時、二つの声が森に響く。

 

「ザケル!!!」

「ああぁああああああああああああぁぁぁ!!!」

 

 掌から放たれる白銀の電撃が、驚きに目を見開いた弟を呑み込んだ。

 その顔がゼオンの心に深く刻まれる。

 

 轟音と、焦げた匂い。

 膝から崩れ落ちそうになりながらも、呪いの痛みすら超越した精神が身体を突き動かす。

 

「ガッシュっ……ガッシュ!」

 

 駆け寄り、その身体を抱きしめる。

 体中で暴れ狂う魔力も関係なく、悲哀と憎悪と悔恨に塗れた心が意識を失うことを許さない。

 

「あぁ……ああぁ……」

 

 優しく抱きしめる弟の身体は、焦げて傷ついてぐったりと力なく。

 

「うぅっ……ああぁああぁあああぁ!!!」

 

 泣き叫んで、止まることのない涙に声を重ねていく。

 

 すまない、すまないと謝り続けるゼオンの小さな身体を、デュフォーはその隣で見下ろすことしか出来なかった。

 

 誰も救われない夜のこと。新たな力を宿した光が銀の本に浮かんでも、

 

 兄から贈られた言葉の一つさえ、弟は奪われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクリ、とナニカが脈打った。

 

「あ……か……はっ」

 

 ゼオンが発した短い声に、デュフォーは瞬時に“答え”を探した。

 

 自分の警戒が足りなかったことを、“答え”を知って思い知る。

 

「な……に……」

 

 身体中から力が抜け、デュフォーはドサリと前のめりに倒れ込んだ。

 全身から力が抜けていく異常な感覚。視界を移すと、この異常の答えが其処にあった。

 

 ゼオンの身体が、黒いナニカに“喰われていく”。

 

 じわり、じわりと。

 

―――これは……やばい……

 

 本を見る。そこにも同じように、黒いナニカが浸食していっていた。

 

 ゼオンの方をもう一度見ると……同じように黒く染まっていくガッシュの頭に手を置いていた。

 撫でたのだろう。それが最後の引き金となって、最悪のモノを呼び起こしてしまった。

 

“答え”によってソレを知ったデュフォーは、この兄弟が背負っている残酷な運命の一端を思い知る。

 

―――トリガーは……ベル家最高の才能を持つゼオンの雷の力と……ゼオンが育んできた父親への強大な憎しみと……双子ゆえの同調による術式の共鳴が継承の媒体である角との接触……それによって……こいつは目覚めた……

 

 “バオウ”という最強の術がある。

 

 千年の長きに渡って他者の憎しみを喰らい続けた最強の術は、生み出したモノでさえ制御できない最悪の術となっていて。

 周りのモノさえ喰らうというその術の特異な性質による術の持ち主以外への浸食が起こり。

 呪いによる弱体化と、持って生まれた憎しみに染まりやすい心では止めること叶わず。

 

 これを食い止められるのは今、デュフォーだけ。

 

―――オレが……二人を救わなければ……

 

 小さな、小さな火が心の中に灯っている。

 

 あの居心地のいい時間をもう二度と感じられない……そう思うと胸が締め付けられた。

 だから、身体が動かせなくとも、全身から力が吸い取られようとも、デュフォーの心は力を渡さなかった。

 

 救う為の“答え”は出ていた。

 

 ガッシュとの接触を断てば、ゼオンという力の媒体がなければ、また“バオウ”はガッシュの中で眠りにつく。覚醒の鍵は壊されている為、更なる対策が必要になったとしても、今この時をやり過ごせるならそれが最善。

 まだ辛うじてゼオンの意識はある。バオウという力の浸食と呪いの狭間で混濁していても、その高い精神力でもっていた。

 あとはつい先ほど、ゼオンの想いに呼応して使えるようになった術を唱えるだけ。

 

 本当は護る為に使う術を、最悪のカタチで使うことになった。

 

「第二の術……“ラシルド”」

 

 下からの壁の出現によって吹き飛ばされるガッシュの身体。

 その衝撃でこちらに吹き飛んできたゼオン。

 

 荒い息を吐きながら、応急で身体の力を高めるツボを圧す。後の反動でしばらく動けなくなるが、此処から離れなければまだ“バオウ”との繋がりは完全に断ち切れていない。

 

 立ち上がったデュフォーは、ゼオンの身体を優しく抱き上げる。

 立ち去る前にガッシュを見やった。

 

「長いこと一人にすることを許せ……だが、必ず助ける。それまでは……どうか……」

 

 それ以上は言わず、デュフォーはガッシュの記憶を奪った水晶を拾ってから歩いて行く。

 

 ゼオンは最愛の弟に別れを言うことも出来ず、ガッシュは兄のことも全て忘れて一人となった。

 

 昏い昏い森の中。もうすぐ夜が明ける頃。

 

 絶望に支配された夜を越えれば、きっと光に辿りつけるのだと……デュフォーはそれだけを信じて歩き始めた。




読んでいただきありがとうございます。


今回の話。
・デュフォーの心の動き
・ゼオンくんの絶望
・ベル家のアレ

バオウについては、原作ゼオンの雷をくらった時を思い出して目覚めた特殊な術でありますし、ゼオンくんとの接触や憎しみに染まった雷を受けて目覚める可能性もあるのではということでこの物語ではそういうことになってますのでよろしくお願いします。

誰が石板編にゼオンくんが干渉しないと言ったのかねゾフィスくん

これからも楽しんでいただけたら幸いです。


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第八話:王佐

いつも感想、評価、誤字報告などなどありがとうございます。
励みになります。


 見慣れない天井が視界に広がっていた。

 埃っぽい空気を吸い込み、僅かに残る身体の気怠さも相まって眉間にしわが寄る。

 最悪に近しい寝起きだった。

 

 身体を起こすと、どうやら其処は廃屋の中のようだった。

 自分の身体に掛けられているのはデュフォーが羽織っていた上着。窓の外を見るとまだ夜だった。

 まだ寝起きゆえに思考がはっきりとしていない。ふるふると頭を振って……ズキリと痛む頭が、脳内に次々とフラッシュバックのようにあの時のことを映し出していく。

 

「あ……あぁ……」

 

 身体に走る最悪の痛み。

 耳に残る悲鳴。

 呪いによる頭痛。

 怒りを冷ます静かな声。

 こちらを気遣う儚き微笑み。

 震える掌を支える大きな手。

 

「ああぁ……うぁああ……」

 

 叫びと、涙と、雷。

 

 呑み込まれる寸前の、ナニカに裏切られたかのような、弟の表情。

 

「あああぁあああああああああああああああ!!!」

 

 拳を叩きつけられた床がバギリとひび割れる。

 片手で頭を掴み、握りつぶしてしまいたい衝動に駆られる。

 床を割った拳を開いて掌を見る。これが弟を滅ぼそうとした掌だと感じて、また床に拳を叩きつけた。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 思考が出来なかった。

 ぐるぐる、ぐるぐると脳内で映像が繰り返される。

 

 弟が、ガッシュが、己の雷で何度も何度も打ち抜かれる。

 

 叫んでも叫んでも過去は変えられない。零れる涙は絶望の雫。

 頭がおかしくなりそうだった。狂ってしまえればどれだけ楽なのかと、そう考えることすらゼオンには出来ない。そんな余裕がない。

 

 弟が雷に飲み込まれる瞬間が何度もループされる。まるで自分がやった罪を責めるかのように。

 

「違うっ! 違う! 違う! 違う!!!」

 

 何度も、何度もゼオンは床に頭を打ち付け始めた。

 

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う―――」

 

 そんなつもりじゃないのだと。

 自分がしたいわけがないだろうと。

 

 そう繰り返しても脳内の映像は消えてくれない。

 

 痛みも何ももう気にならない。自分で自分を壊したい衝動が止まらない。

 息が荒くなる。頭を抱えて蹲る。涙がまた溢れて止まらない。

 

「オレは……オレはどうすればいい……オレはどうしたらよかったんだ……オレはこれ以上どうすればあいつを救える……オレは……」

 

 そうやって繰り返して呟かなければ自分を保てないと思った。思考を回そうとしても上手く回るわけがない。それでも無理やり言葉にしなければ、頭に溢れかえってくる絶望の記憶に押しつぶされてしまう。

 ぎゅうと、己の身体に掛けられていた服を握りしめる。

 

 “答え”が欲しいと思った。

 

 自分の望みを叶える為の“答え”が欲しかった。

 

 この絶望の日々から抜け出す為のナニカ。せめてもの救いを、ゼオンは求めた。

 

 魔界で暮らしてきた時は、一人で大丈夫だと思っていた。そう信じてきたし、実際そう過ごせてきた。

 幾度も父や大人の魔物達から叩きのめされようとも、己の足だけで立ち上がってきた。それが普通で、ゼオンにとっての当たり前だった。

 

 だが今回は……今回ばかりは心の芯が揺れ動く。

 

 最愛の弟を己の雷で打ち抜いた記憶が、ゼオンの心を引き裂いていた。

 あの時は極限状態であったが故にボロボロになったガッシュに駆け寄り涙を流すことも出来たが……弟から離れ、時間が経つと心に後悔という毒が忍び込む。

 

 なんでも出来た。なんでも出来ると信じていた。夢を叶えられると確信していた。

 己が弟を傷つけることなど絶対にないと信じていたのに、それは容易く打ち破られた。

 

 己の無力を痛感し、己の無力を呪い、己の無力に打ちのめされた。

 

 其処に忍び寄る後悔という毒は、ゼオンの……早熟とはいえまだ幼い心を砕き得るモノ。

 ガッシュが苦しんでいる時にデュフォーを頼ったのが始まりだ。父の雷に再び射抜かれた時から既に……否、最愛の弟をその両腕に再び抱きしめた時から既に、己という生き物は変化してしまった。

 大切なモノをやっと手に入れた子供がそれを奪われてしまえば……今まで求めることなど決してしなかった、“他者に救いを求める”という思考に堕ちるのも詮無きこと。

 

「デュフォー……デュフォー……っ」

 

 彼の能力なら、彼の能力があれば救ってくれる。

 そんな安易で安価な思考に陥り、ゼオンは彼を探した。

 

 弟を救いたいのか、それとも自分が救われたいのか。

 

 それさえ今のゼオンにはもう、分からない。

 

「デュフォー……! 其処にいたk……」

 

 やっと視界に見つけた青年は……青白い顔をして、床に倒れ伏していた。

 

 ひ、と引き付けを起こしたような声が出た。ゆっくり、ゆっくりとデュフォーに近づいて行く。

 

「デュフォー……?」

 

 揺さぶっても返事はない。青白い顔で脂汗を流すデュフォーは、何も答えない。

 頼りにするはずの青年すら、ゼオンが頼ることの出来ない状況。

 

 ゼオンの求めるお手軽な救いなど、何処にもない。

 

「は……ははっ」

 

 力無く項垂れたゼオンは、また脳内で繰り返される弟との記憶を見続けるしかなく……。

 トサリと、彼はデュフォーに向けて倒れた。

 

 そこにあるだけの温もりは、ゼオンの心に何も与えてはくれない。

 背中に感じる青年の体温は、心を満たしてくれることはない。

 

 光も灯されない闇の中でずっと、小さな子供は震えることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「……ゼオン、起きたのか」

 

 今にも消えそうな声で、夜半に起きたデュフォーが言う。

 答えを出す者(アンサートーカー)を使って、彼はゼオンの状態を確認した。

 

 浮かぶ“答え”は多数。慣れた思考で答えの取捨選択を行い……心的外傷という“答え”に気付く。

 

 では、それを自分が消してやれる答えはと、デュフォーは問いを掘り下げていく。

 

 彼の能力は求めなければ“答え”を得られないモノ。自らが望まないと“答え”は出てこない。そして……知っていたとしても理解できなければ、“答え”とはならない。

 

 不可。

 アンサーが無いのだ。デュフォーに出来ることは何もないと、答えを出す者(アンサートーカー)はそう“答え”を出した。

 

 それもまた一つの解答だとでもいうように、切り口を変えても不可としか浮かばない。

 

 デュフォーの心が乱れることはなかった。では次に出来ることはと、思考が移る。

 黙々と、心的外傷のことから調べていく。

 

 数分経って、デュフォーはこれが己に対処できない問題なのだと知る。

 彼は心の動きが希薄になっていて、悲哀を同調することが上手くできない。同情というモノも出来ないし、激励をすることも出来ない。

 あの時、ゼオンに指示を出し声を荒げたのは、そうしなければゼオンが動かないと“答え”が出たからというだけ。

 

 チクリと、彼の胸に痛みが走った。

 

 力無く自分に寄り掛かる子供の体温は変わらないはずなのに、あの初めて会った時のような温もりを与えてくれない。

 ガッシュとゼオンの二人が腕の中に居たあの時のように、胸の底が震えるような温もりは分けて貰えない。

 

 その事実に、デュフォーは喪失感を感じた。

 

―――ああこれは、寂しいってやつか。

 

 長い長い研究施設での生活で擦り切れてしまった感情の一つ。やっと思い出したソレを、デュフォーは胸にしまい込む。

 

 そっと、デュフォーは腕を伸ばしてゼオンを包み込んだ。

 自分でも分からない。理由がない。ただただ、勝手に腕が動いた。

 

 ビクリと震えたゼオンの身体。

 自分はゼオンに何かしてやれないかと、ふと、再びそういった問いを思い浮かべた。

 

 出てきた“答え”は無し。

 

 “答えは無い”。

 

 何もしてやれることなどない。

 

 だが、“何もするな”ではなかった。

 

 それならいいかと、デュフォーはゼオンの白銀の髪を撫でつける。

 抵抗はされなかった。されるがままで時間だけが過ぎていく。ゼオンの震えは、少し小さくなった。

 

「……」

 

 何故だろうなと、デュフォーは考える。

 自分の行動理由が理解できない。腕を伸ばしてゼオンを包んだのも、こうやってゼオンの頭を撫でているのも。

 

 考えても分からないし、答えも出ない。

 

 それなら仕方ないと、デュフォーは思考を切り替えることにした。

 

「……ゼオン。起きているだろうし、聞いてくれることは分かるから……これからのことを伝える」

 

 常に答えを出す者(アンサートーカー)で予測を立てながら、彼はゼオンに語り掛けていく。

 

「ガッシュとお前は……しばらく会うことは出来ない」

 

 前までなら何かしら言い返してきたはずなのに、ゼオンに大きな反応はなく、声を荒げることもない。

 

「あの後、意識が曖昧になっていたお前がちゃんと見る事は出来なかったと思うから、詳細は後で記憶関係の術によってオレの頭から覗けばいい。“バオウ”という術がガッシュとお前を滅ぼさない為には、二人共が強くなる必要がある。心と身体を鍛えなければ、お前達はバオウという術に喰い尽くされて、全てを失うことになる」

 

 また引き離された二人の距離を想ってか、それともガッシュとゼオン二人の時間を思い出してか、僅かな胸の痛みが再び走った。

 

「そして……オレ達からのガッシュへの手助けは出来ない。オレ達が手助けをしてしまうと、ガッシュの心に甘えを与えてしまい、バオウを抑えるほどの成長を阻害してしまうだろうから」

 

 誰かが助けてくれるという事実が少なからずあると、一人で拠って立つ芯は出来上がらない。そう伝える。

 

 沈黙。ゼオンの纏う空気が変わった。

 頭を撫でるのをやめると、彼はデュフォーへと向き直り、無機質な、輝きを失った紫電を向けた。

 

「オレではもう……ガッシュを……救えない……?」

 

 昏い昏い瞳に宿る絶望は、デュフォーの心をも呑み込んでしまいそうなほど。

 どう伝えればいいのかと、デュフォーは迷った。問いを投げるでもなく、ただ迷いが生まれた。

 

 真っ直ぐに見つめてくる紫電が揺れることはない。

 何にも期待をしておらず、“答え”すらも求めていない……否、諦めた目。

 

 ズキリと、デュフォーの胸の痛みが大きくなる。

 

―――どうすればいい。オレは……こいつに何が出来る?

 

 “ゼオンの望みを叶えたいなら成長を助けろ”と、答えを出す者(アンサートーカー)は言う。

 相変わらず感情を含めた問いかけには、自分の求める答えの出ないポンコツな能力に、デュフォーの心は苛立った。

 

 ふと、ゼオンが前に言った言葉が思い出される。

 

“オレがそうしたいからだ”、と。

 

 どういう言葉を投げて、どういう道筋を示せばいいのか、デュフォーには分からない。

 そして求める“答え”がないのならと……彼は初めて、自分から答えを出す者(アンサートーカー)をオフにした。

 

「……ゼオン。お前はどうしたい」

「オレは……オレは……どうしたい、んだろう」

 

 虚ろな目は、デュフォーを捉え続けているが絶望が渦巻くだけ。思考を放棄することで自分を保ったのだと悟る。

 

「デュフォーなら、お前の能力なら、オレの望みへの道を示してくれる、よな……? オレの弟を、今度こそ確実に、救ってくれる、よな? はは、そうだ……オレが、すぐにガッシュに会いたいなど言わず、デュフォーに任せて言う通りにしていれば、こんなことには、ならなかったのでは、ないか」

 

 ぽつぽつと話す声は、全てを諦めたモノの力無い声。

 

「なぁ、デュフォー。助けてくれ」

 

 静かに、その声が廃屋に響いた。瞳の中の絶望が揺れる。

 

「今度はもう失敗したくないんだ。二度と間違いたくないんだ。二度と奪われたくないんだ……。もう、オレはわがままを言わないから。もうオレは、いらないことなんてしないから。もうオレは……言われた通りに、するから」

 

 それはまるで、親に怒られた子供のようで。

 それはまるで、愛に飢え過ぎた幼子のようで。

 それはまるで、全てを諦めた自分のようで。

 

 キラキラと輝いていたはずの紫電の瞳に宿る絶望を取り除くには、まだデュフォー自身も足りないモノが多すぎた。

 

 ただ一つだけ、今のデュフォーが持っている火がある。その火が燃えるままに、デュフォーは言葉を紡ぐ。

 

「……頼りすぎるな、ゼオン」

「え……?」

「オレ一人では、きっとガッシュを救うことなんてできない」

 

 紫電が揺れる。

 

「でもお前は、そんなすごい能力を持っているじゃないか。それがあれば……」

「こんなモノだけでガッシュが救えるというのなら、オレはあんな施設に閉じ込められてはいないんだよ……ゼオン」

 

 研究者達の心理を操って脱走したりだとか、こちら側の味方を作って脱出を計画したりだとか、そんなことは当然行ってきた。

 それでも世界は優しくなくて、デュフォーにとって絶望しかなかった。

 デュフォーを救ったのは、救えたのは、ゼオンだけだったのだ。

 

「……」

 

 デュフォーの過去を思い出したゼオンの言葉が止まる。

 

「なぁ、ゼオン。オレはオレの言う事を聞くだけのお前と、外の景色を見たいわけじゃないんだよ」

 

 少しだけ、唇からこぼれる言葉に熱を感じた。

 

「わがままを言って、貶せば拗ねて、弟のことになるとバカになって、そうやって“今と明日”を楽しみにしているお前がいる景色を見ていきたいんだ。一人より二人なら、沢山の“答え”に近付ける、そう言ったのはお前だ」

 

 契約のような始まりだったそれは、デュフォーにとっては大切な景色の一つ。

 

 さらりと白銀の髪を一つ撫でて、彼は続ける。

 

「二人じゃないと意味がない。言っただろう? 二人で、救うんだ」

 

 紫電に僅かな光が戻る。

 

「オレは……どうすればいい」

「さあな。助言はするし、手助けもする。戦いも手伝う。何処へだって一緒に行く。だが……決めるのはお前とオレの二人でなければ意味がない」

 

 それはさながら、ゼオンが望んでいた王の話のようで。

 ガッシュと二人で、魔界をよくして行こうと考えていたはずで。

 まるで己の夢のリハーサルのような提案。

 

「オレは……失敗したら、間違ったら、どうすればいい」

「オレも出来る限りのことはする。だが、考えるのを辞めるな。臆するな。思考を回せ。オレの能力なんてなくとも、お前は優秀な頭脳を持っているはずだ」

 

 傀儡の王などが治めても、国が良くなったことなどないのだからと語る。

 意思なき王など王ではないと、ゼオンは己の思い描く未来の姿を思い出す。

 

「オレは……ガッシュを救おうとして、いいのか?」

 

 不安そうな声はいつもの威厳はなく、見た目そのままの子供のような声。 

 

「ああ、救え。だが同時に……信じろ。お前の弟は弱くないと。お前の言葉を信じて絶望の日々を耐え抜いたあの子が、あの時泣いていたお前を心配して微笑むあの子が、弱いわけがない。籠の鳥にせず、世界を見せてやれ」

 

 苦しそうに思い悩むゼオンは、兄としての葛藤に胸が締め付けられる。

 本当は護るつもりだったから、手の中で大切に育てるつもりだったから。籠の鳥にしてでも、傍に居たかったから。

 それはガッシュの為というよりは……。

 

 デュフォーの目に、いつもより深い感情が宿っていることに気付く。

 

「兄の言うことを聞くだけの弟も、デュフォーのいうことを聞くだけのオレも……同じこと、か」

 

 護りたいという押し付けではただの自分の欲であり、弟の為にならない。

 

―――自分の思い通りにしたいだけの、ただ一方的に守るだけの関係性は……痛みと訓練と教育で縛り付けた父と、何処が違うだろうか。

 

 同じにならないと言いながら、究極的には似たようなモノではないかと自嘲する。

 ソレが弟に胸を張れる誇らしい兄なのだろうかと考えれば、否だ。

 自分がなりたい関係性を思い出せばいい。

 

 思い描いていた未来では、二人で意見を出し合って魔界を変えていこうと思ったはず。

 自分には出来ないことも考えてくれて、自分も弟に出来ないことをするという信頼関係こそ、自分の求めたモノだった。

 

「……なんでこんなことも忘れて……オレは、バカだ」

 

 嗚呼、とゼオンの唇から嘆息が漏れる。

 ひくつく喉は、上がりそうになる嗚咽は、また涙を零せと責め立てる。

 

 きっとこのまま、デュフォーの胸に甘えてすり寄り、声を上げて泣いてもいいのだろう。それがこの年の子ならふつうのことで、自分に許された権利であろう。

 しかしゼオンは目を瞑り……深く、大きく息を吐いて心を整えた。

 

 開いた瞳には、紫電の中に美しい輝き。

 

「世話をかけた。デュフォー」

「……気にするな。まだお前には、沢山の景色を見せて貰ってないからな」

 

 言葉に乗っていた熱さとは違う、照れ隠しのような言い訳に、ゼオンの頬がやっと緩む。

 

「フン、約束は守るぞ。不甲斐ない姿を見せるのは此処までだ」

 

 青白い顔をしているデュフォーをくるりとマントで包んで、ゼオンはデュフォーに背中を押し付ける。

 本調子が戻ってきたゼオンの目は、今の自分達の状況を予測し、デュフォーのことも読み取った。

 

「無茶をしたな、お前? オレの体温を貸してやるから、もうひと眠りしろ」

 

 自分に掛けてくれた服の返しだと言いつつ、魔力を流して熱を保った。

 語り合う前とは違う、心の中まで暖まるような温もりに……二人ともが包まれる。

 

 くぅ、と音が鳴った。安心したのか、それともただの生理的なモノか。

 どちらともなく、空気も何も読むことはないその音に、ゼオンは小さく笑った。

 

「フッ、起きたらメシにしよう」

「ああ、近くに食える所があればいいが……」

「バカを言え。お前は体調が戻るまで此処で静かにしていろ。というか寝てろ。オレが市場で買ってきてやる」

「……人間は魚を丸かじり出来ない」

「お前……一発殴るぞ?」

 

 他愛ない会話をしながら、ゼオンはもう頭の中に繰り返される絶望の光景がなくなっていた。

 きっと、デュフォーがこうして話してくれなければその絶望に囚われて自分を見失い、長い時間を無為に過ごしていただろうと思う。

 

 背中から聞こえる、静かに響き始めた寝息に、ゼオンは起こさないように声を掛けた。

 

「ありがとう……デュフォー」

 

 面と向かって言うのは気恥ずかしいからと、寝ている隙にそっと感謝を伝えた。

 

 いつかは素直に言えたらいいと、そんなことを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼオン、人間はカツオブシを丸かじりしないし、カツオブシ単体でメシにすることはないが」

 

「ば、バカか! 分かっている! お前にはちゃんとホットドッグを買ってきてある!」

 

「ならカツオブシは返してこい」

 

「……これはオレのおやつにする」

 

「お前……」

 

「それ以上は言うな!」

 

「……はぁ、とりあえず体調が戻ったら行くところがある」

 

 ホットドッグの包装を剥がしながらの言葉に、カツオブシを机に置きつつデュフォーを見た。

 

「ガッシュをオレ達が助けることは極力しない。しかし多めに予防線は張りたいだろう? なら……同志を作るべきだ」

「同志?」

 

 仲間、という表現をせず、同志というのがデュフォーらしい。

 

「ガッシュの状況を理解しつつ、他の魔物とオレ達が争っている時にでもガッシュの危機に対応できるように。そしてお前の呪いと、ガッシュの記憶に関する情報も集めやすいように、だ」

 

 一理ある。

 

「お前も見定めておきたいだろうから……ガッシュの嘗ての友を探すのがいい」

 

 その言葉に、オレもその手があったかと手を叩く。

 

「シュナイダーとレイン。その二人か」

「二人ともを同志としてもいいんだが、どちらかはガッシュの成長を助ける為にオレ達の事をしらないままガッシュの傍にいてほしい所だな」

「ふむ……」

 

 こちらに判断を委ねてくる眼差し。ホットドッグを頬張るデュフォーはもくもくと食事をし始めた。

 それ以上はオレが選べと、そういうことらしい。

 

「シュナイダーはまだ幼く、言葉も満足に話せんと資料で見た。ガッシュの元にやるのは些か不安だが、幼さ故の純粋さや、ガッシュよりも年下の魔物がいることでの成長も期待すべきだろう。なら……オレの模擬戦相手も出来そうな、突然変異個体のレインがいいかもしれん」

 

 コクリと頷くデュフォーは、この結果をきっと予想していたんだろう。

 

 オレ自身も成長しろと、デュフォーは言う。

 それならオレも、他の魔物と関わる必要があるかもしれない。

 デュフォーと語り、オレはまだ王となる為に足りないことが多いと気づかされた。

 

 父も嘗て、戦いでの脅威に対してチームで乗り越えたという。

 真似するのは癪だが、同志を得ておくのは悪くない。

 王として魔界を治めていくというのなら、他者や部下との連携の練習が必要なのも理由の一つ。

 

「よし、方針は決まった。しかしまたお前の能力に頼ることになるが……いいか?」

「それくらいは構わない」

「助かる」

 

 別にいい、と横目で流しながら、デュフォーは二つ目のホットドッグを手に取った。

 

 一つ一つ熟していこう。

 一歩一歩進んでいこう。

 その先にきっと、描く未来を掴めると信じて。

 

 オレもホットドッグを手に取って齧りつく。

 頼りになるパートナーに笑いかけると、やれやれというような顔でいつも通りため息を吐き……口元は、ほんの少しだけ緩んでいる気がした。

 




読んでいただきありがとうございます。


今回はデュフォーくんの話多め。
清麿くんとは違うパートナーな感じが出せていたらいいのですが……

ブラコンをほんの少しだけ抑えられるようになりました
ゼオンくんは同志(近いレベルで殴りあえるナイスな魔物達)を探しに行くようです。

これからも楽しんでいただけたら幸いです。


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第九話:黒との邂逅

いつも誤字報告や感想、評価、お気に入りありがとうございます。
誤字もちょこちょこ直していってますほんと助かります。


 てくてくと歩く日中の街道は心地よく、人間の声も耳に気にならない。

 デュフォーと主にヨーロッパの国々を回っているが、何処も陽気な街が多く、人間とのいざこざなどで気分が害されることもそこまでなかった。

 

 現在、すぐにでもガッシュの友であるレインの元へと向かいたかったのだが、デュフォーの提案で少し時間を置くことにした。

 

 一つ、レインという魔物がまだパートナーを見つけておらず、同志として迎え入れるには安定性に欠け、時期尚早であること。

 一つ、オレの持つ瞬間移動の術は多様性が広く、人間界の国々を記憶することでこの戦いの中でも他者より大きなメリットを得られること。

 一つ、ガッシュの状況が安定し始めたと“答え”が出た為、一先ずは急ぐ必要がないこと。

 

 レインに会いに行って共にパートナーを探せばいいと言ったが、強者へのいらぬおせっかいは碌なことにならないことも多く、ガッシュの現状を説明してしまえば友であるなら自分のことよりもそちらを優先してしまう恐れもあり、さらにはデュフォーが、二つ目を行いつつレインの状況に変化を感じられればすぐに向かえばいいと示してくれた為に諦めることとなった。

 確かに、ガッシュの友にわざわざ貸しを作るようなことをして迫りたくないし、この星に散らばった魔物達と戦う上で、瞬間移動の起点をいくつも作っておくのは長期的に見るとメリットが多く、もしガッシュが地域を越えて活動し始めた場合も、すぐに其処へと向かうことも出来る為、オレはその提案を呑むことにした。

 最後にガッシュについて……せめてマントの使い方や身体的な強化方法などの最低限の準備を手紙で伝えようと思っていたのだが、却下されている。

 

 デュフォー曰くやはりそちらも時機尚早だと。そして大きな理由に手紙や伝言などの些細なヒントからオレの存在までたどり着く可能性のある人間がパートナーに選ばれていて……だからこそ、その人間はこの戦いを勝ち抜くために、ガッシュのことを思い余計に、オレ達を探そうとするだろうと。

 別に逃げればいいだけだと思うのだが、デュフォーからの次のような説明を聞いてガッシュとのしばらく関わりを持つことを諦めた。

 

 よほど口の堅いモノにしかガッシュとの関係性を明かしてはならない。ガッシュは落ちこぼれと認識されており、そこまで強くない他の魔物から狙われやすいからこそ、段階的な成長が期待できるのが一点。

 オレという有力な候補を追いかけると、必然、まだガッシュには手に負えない魔物達と出会う可能性があるのが一点。

 

 勘の鋭いモノや、警戒心の強い魔物は間違いなくオレの動向に気を向けている。

 本で読んだ話では、竜族などは千キロ以上もの感知能力を持っているというのだから、そういった輩がオレとガッシュの接触に警戒を持って露払いを行う可能性もある。襲われた所をオレが叩きのめしても……誰かに助けて貰えると頼る心が生まれてしまうだろう。

 やはりガッシュが成長しない限りはオレと関わらせないほうがいい。哀しいが……こればかりは仕方がないのだ。

 

 鍛え上げた力がネックになるのは少しショックだったが、オレが王となり、ガッシュと共に過ごす日常を手に入れる為には必要なのだから呑み込むしかない。

 

 

 閑話休題。

 そうこうしてオレ達はデュフォーの体調が治ってから、ヨーロッパの国々を回っている。

 同時に、デュフォーからオレの強さを更に研ぎ澄ます訓練も教わっている。これについてはデュフォーの能力に感謝しかない。頭のツボを刺激されて、幾つかの効果が期待できることが説明された。

 

 死にもの狂いの訓練を乗り越える為に独学で覚えて確立されていたらしい呼吸法の安定化。感知能力を伸ばす方法や術の威力向上の魔力増加法、身体能力の向上メニュー。そして……新しい術を覚える為のインスピレーション。

 

 痛かったが、それらを手に入れられるなら安いものだ。

 痛かったが、この幼い身体が成長しなければもう強くなれないと思っていたから久しく歓喜したものだ。

 本当に痛かったがな。

 

 こつこつと積み上げて鍛錬して手に入れていくモノだからと言われたが、オレにとってはそんなモノは慣れている。いつも通り、個別の鍛錬に上乗せするだけ。

 そういうとデュフォーは変な顔をしていた。なんだったんだろうな。その後で美味い魚を食わせてくれたからいいが。

 

 あの日から二ヵ月は経っただろうか。

 レインと会うのにいい時期が来るまでは、こうして修行をしながら、のんびりとデュフォーと国々を旅するのは悪くない。

 

 金銭の心配をしなくていいのも助かっている。訓練ばかりの日々で贅沢というモノはしたことがなかったが、欲しいと思ったモノをすぐに食べれるのはありがたい。

 パソコンというモノを買い、それで稼いで、なんでも億単位の金を既にプールしてあると言っていたが……まあ、先立つモノがあるのはいいことだ。

 デュフォーが贅沢をすることはなく、あくまでこれはオレの戦いを万全の状態で行う為の資金らしい。咎めなければ毎日ホットドッグで済まそうとするくらい杜撰な食生活をしてしまうし、滞在中の宿もそこらへんの安宿。どうせ二人でくっついて眠るし、同じモノを食べる為、オレがあいつの生活を管理しているような気分になってしまう。

 

 国をまたいでの移動手段はもっぱら鉄道が多く、現地の探索は徒歩がほとんど。

 己の脚で歩き、己の肌で感じることで、オレ達はこの星や土地への理解を深めていく。

 

 少しだけだが……楽しいと思った。

 欲を言えばガッシュも共にこうして旅をしたいという高望みが頭をよぎる。

 少しの寂しさのせいで、この戦いの最後の二人となったその時は……ガッシュのパートナーも含めて四人で旅をしてから、この戦いの終結をしたいという些細な夢も出来てしまった。

 

―――デュフォーに言ったら呆れられそうだがな。

 

 その時は無理やりにでも連れていくが。

 

 また思考がずれた。

 今日も今日とて街の散策だ。

 

 現在地はフランス。

 世界で有数の美術館へと行き、人間が生み出してきた芸術を見た。人間の感性はこういうモノなのだなと感心し、美しい色彩や奇抜な造りを眺めていく。人間の想いの籠った作品達。込められた人間たちの感情を理解したくて、でもやはりそれは出来なくて、少しだけもどかしい気持ちになったりもする。

 対してデュフォーはあまり心動かされていなさそうだったが……風景画などには頻繁に足を止めていた。感じ入るモノがあるのだろう。

 絵画でも描いてみるかとおどけて尋ねてみたが、写真より非効率だなとバッサリ切り捨ててくる辺りあいつが芸術に心を動かすのは当分先だと思った。

 

 帰り道……日々磨いているオレの感知能力が、大きな魔力を捉えた。粗削りだが何処か見知ったような魔力を。

 

「デュフォー」

「ああ、この街には一体いるな」

「知っていたのか?」

「いや、今知った。どうやら外出から帰ってきたんだろう。街の中に入ってお前の感知に引っかかったから答えを出せた」

 

 なるほどと、相槌を一つ。

 まだ出会ったことはなかったが……ガッシュ以外ではついに初の邂逅となるわけだ。それにこの魔力……有力候補の一人だと分かる程に大きい。

 デュフォーと共に戦う訓練は少しずつ始めているモノの、戦いになることを想定するとまだ直接の戦闘はしていないので不安が残るな。

 

「相手の魔力の大きさから、二人での実践を経験してない状態で戦う相手にしては少しばかり面倒だが……どうする?」

「……」

 

 尋ねると、デュフォーはどうやらいろいろと情報を正しているらしい。

 離れていても、会ったことがなくても、ある程度の情報が手に入るこの能力はやはり反則的だろうとオレでさえ思う。既存の戦略も戦術も通用しない、まさしく相手にとっては悪夢のような能力だ。

 敵でなくて良かったと安堵すると同時に、頼りになるパートナーが誇らしい気持ちも大きくなる。

 

「……問題はない。今はまだ……オレ達が初実践であってもこの相手ならオレとお前が苦戦することはない」

「言うじゃないか」

「オレの能力抜きにしても、それほどにお前と対象の魔物とは差が開いているからな。そもそも、お前の相手になる魔物自体が今の所二・三体だと“答え”が出るくらいだぞ」

「フン……まあ、幼い頃から訓練を積んだ上に、今もお前というパートナー兼トレーナーに鍛えられていれば当然だ」

 

 地獄の訓練が無駄ではなかったという嬉しさと、適切な成長の手助けをしてくれるデュフォーへの感謝に心が暖かくなる。

 デュフォーのこともほめると、あいつはまた変な顔をした。

 

「……最近やけに素直だな、ゼオン」

 

 突然の指摘に、むっと眉間にしわを寄せることになった。

 

―――うるさい。自分でも分かっている。

 

 これは甘えなのかもしれないと危惧さえしているんだ。

 昔なら感じなかったこの安心感と充足が口を饒舌にしてしまうのも、お前の思考や意見への信も……。

 一人ではない確たる自覚が、オレ個人を弱くしてしまうのではないかと不安にもなる。隣に必ず居るという居心地の良さと、オレの思考を汲んでくれる信頼が……オレ達を強くするとしても、オレ個人はきっと……。

 

 何も言わずに黙ると、デュフォーは大きくため息を吐いてから地図を取り出してとある一点を指差す。

 

「此処がその魔物のいる屋敷だ。パートナーの人間は……ベルモンド家という富豪だな。魔物の戦いに積極的なようで、もう既に何体か魔界に還しているようだぞ」

 

 思考を切り替え、つらつらと話される情報を頭に入れて、オレは目を瞑って感知をより研ぎ澄ました。

 魔力のパターンに引っ掛かりを覚えたことを思い出し、記憶を掘り返していくと……この身に受けた術が思い起こされる。

 

「……ああ、そうか。あの一族か」

「知り合いか?」

「いや、直接は知らん。というかオレは王城から出ることは一度しかなかったから、軍以外の他の魔物の顔は知らんし話したこともない。だが……こいつともう一人の一族の魔力は分かるんだ」

 

 人間界に来る前に、直接オレに術を仕掛けてきたモノ達なのだから。

 

「そうか、まさかこんな序盤でお前に会えるとはな……重力の一族のブラゴ」

 

 有力候補の一人であり、父の策の手伝いをした一族よりの参加者。

 噂の限りではブラゴ自体は小賢しい策などに関わることはないことは分かっている。一族にしても悪い噂を聞かないから王命に従っただけという線が有力だ。ただ、今回の出会いは少しでも情報を集めるにはうってつけではないだろうか。

 

―――位の高い魔物の一族ならオレのことも知っているはずだ。守り人の一族や爆発の一族の現在も知っているかもな。父のことも……もしかしたら“バオウ”についてさえ知っているかもしれん。

 

 オレの引き裂かれた口を見てか、デュフォーがやれやれとため息をついた。

 

「あまり無茶をするなよ」

「相手次第だ。まあまずは……話し合いだな。王族の嫡子として、配下の息子に顔見せくらいはしておくとしよう」

「なら……行くか」

 

 有力な優勝候補の実力も知れて、配下に加えられる可能性もあって、父の情報も僅かながら持っているやもしれない。

 なかなかにいい出会いに出来そうだと、小さく楽し気に、笑い声が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国外への魔物との戦いの遠征から帰り、シェリー・ベルモンドはやっと着いた自室でベッドに倒れ込んでいた。

 飛行機とリムジンの中で寝たとはいえ、やはり魔物同士の戦いはハードで、鍛錬を積んでいたとしてもまだまだ体力が追い付かない。自室での休息こそ、気を張らずに自然体となれる唯一の時間。

 

 ブラゴとの関係については日進月歩で進めているが、協力関係にあるとはいえ、まだまだ信頼と呼べるほどの心の距離にはなっていない。

 彼の感知能力やベルモンド家の情報網で魔物を見つける度に倒しに行って、帰って来てはトレーニングを積む毎日。

 彼女が目的を果たすには、己の経験を磨き上げ、ブラゴとの連携をしっかりと確立し、敵の情報を確実に掴み取り、全てを万全に期した上で望まなければならない。

 焦ってはならず、足を緩めることも許されない。

 

 全てはとある魔物に奪われた親友との日々を取り戻す為。

 

 腕を額に当てて天井をぼんやりとみる。

 数体の魔物を倒して、ニュースに載っていた魔物の子を確認しに日本まで行って、やっと帰ってきたのが今日。

 

「あの赤い本の子……ガッシュくんって言ったかしら? そしてパートナーの……高嶺清麿くん」

 

 その魔物の子を思い出して、シェリーは頬が緩んでいることに気付く。

 二人の通じ合った瞳の強さ。信じあう心が持つ輝き。強者相手にも折れない心。理不尽に抗おうとする不屈の精神。

 

 今まで出会った魔物達とはあまりにも違った二人。

 

 それは何処か、自分の心に期待を持たせる姿で。

 

 悪い魔物や、力に囚われる人間ばかりではないのだと……やっと、敵対というよりかは張り合えるような、そんなコンビが現れたのだと感じた。

 とはいえ、実力はまだまだ。自分達はいつでも彼らの本を燃やせたのだから、もっと強くなって欲しいと願った。ブラゴの強者を求める性格も、彼らが強くなることをそのうち楽しみにし始めるのではないかとも思える。もし、自分達の敵のような悪があいつ(・・・)の他に現れたとして、彼らとならば協力しあってもいいとさえ思えた。

 絶望から始まったこの戦いも、捨てたモノではない。そう思って自然に笑みが浮かぶ。

 

「ふふ……」

 

 不意に、その穏やかな時間を切り裂くように、部屋に備え付けの電話が鳴った。

 ああもう、と少し気だるげに起き上がった彼女は……執事からの内線の声を聴いて―――

 

「お、お嬢様……っ。ま、魔物の子が……ご訪問なさいました。す、すぐにブラゴ様を連れて……」

 

―――電話を投げ捨てて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 玄関の入り口で本を見せるデュフォーと、その横でにやけるゼオン。

 息を荒げてやってきたドレスの少女―――シェリーと……息を乱すことなく、ゼオン達の気配を察知してやってきた黒の子供―――ブラゴ。

 まるで自分達がガッシュ達の元を訪れた時のような焼き増しに、驚愕を浮かべる二人。

 構わず、ゼオンとデュフォーは声を発した。

 

「とりあえず争うつもりはない。話をしにきた」

「クク……まあ、別に争いたいなら受けて立つがな」

 

 デュフォーが二人の驚愕についてなんの気なしに“答え”を求めると……その解答に納得した。

 

―――そうか、お前達はガッシュと会っているのか。

 

 シェリーの驚愕の理由はゼオンの見た目から。ゼオン自身が力を抑えている為、その実力の大きさに腰が引けたわけではなく、ガッシュと瓜二つな外見に驚いただけ。

 ブラゴについては……どうやら噂からの驚きだったようだ。

 

「……紫電の眼光、白銀の髪。そうか、お前が……王族に生まれし雷……雷帝ゼオン」

「光栄だな。候補者のほぼ全てが恐れると噂のブラゴに覚えられているとは」

 

 飄々と言ってのけるゼオンは余裕の笑み。反応を楽しんでいるのがありありと分かった。

 

「上がっても、構わないな?」

 

 堂々とした仕草は己の力量に絶対の自信を持ち。冷や汗を流す二人が警戒を強めたのが分かった。

 そうして続いて視線を向けたデュフォーの目に、シェリーはごくりと固唾を呑み込んだ様子が留まる。

 

“今まで出会ったどの魔物とパートナーの組み合わせとも空気が違う二人。ブラゴの威圧感とも、ゾフィスの悪辣さとも違う。”

 

 シェリーがそういった思考をしていると、デュフォーの頭に“答え”が浮かぶ。

 此処まで知ってから、デュフォーはゼオンの咎めるような視線を感じて小さく息をつく。

 

―――ああ、分かっている。交渉事の経験を積むのにオレの能力を使って助言されてはつまらないと言いたいんだろう? よほどでなければ口出しはしないと誓おう。

 

 最短ルートでの答えを出してしまえるデュフォーの能力は、ゼオンにとって経験を積む機会を奪ってしまうのだ。

 成長しろというのなら、己の頭で考えて道を進まなくてはならない。故に今回は、デュフォーが出るほどの事態とならない限りは口を噤む約束をしてあった。

 

 警戒心を強めたシェリーとブラゴの後ろをついて行きながら、デュフォーはのんびりと思考を回す。

 

―――シェリーという女……境遇がゼオンとほぼ同じみたいだが……ゼオンがどんな反応をするか読めないな……。

 

 “答え”は出ていても絶対ではないから、彼はこの邂逅がどんな変化をもたらすかに興味が行く。

 せめてよい成長に繋がれと願いつつ、デュフォーは一人、彼らの情報を再び集めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かちゃり、とカップが置かれる。

 ゼオンとデュフォーが通された客室で、向かい合うカタチの二組は言葉を発することはなく。

 ブラゴとシェリーは警戒を最大にして見つめて来ていたが、デュフォーとゼオンはなんのことはないと二人に出されたお茶を優雅に飲んでいる。

 

「美味いな。執事」

「あ、ありがとうございます……」

 

 また沈黙。居づらい空気に耐えかねてか、やっと、ブラゴの方が重い口を開けた。

 

「……なんの用だ」

 

 掛けられた問いに、は、と短く息を吐いたゼオンが嗤う。

 

「デュフォー……ああ、オレのパートナーだが、こいつが話をしに来たと言ったろう? 偶々近くまで来たからな。一応、王族の嫡子として顔をみせに来たってところだ」

 

 デュフォーが口を開けば“話に来たと言っただろうお前、頭が悪いな”とでも言いそうだと考えながら、くつくつと喉を鳴らす。

 

「フン、王を決める戦いの最中だというのに堂々と真正面から来るとはな」

「其処はお前を信頼してのことだ、ブラゴ。お前ほどの実力者であれば、むやみやたらにこのゼオンに勝負を挑むことはしないはずだろう?」

 

 沈黙。押し黙ってじっとゼオンを見るブラゴは、更に警戒を強めていた。

 急かさず、話をしに来たというならばゼオン達から切り出すべきだというスタンスを崩さず、王族相手にも引くことなく、堂々としたその所作にゼオンは笑みを深くする。

 シェリーも、品位ある家柄の後継者であるからこそ、そういった探り合いに精通しており、二人のやり取りを邪魔することはない。

 二人の対応に満足したゼオンは、再び一口紅茶で唇を濡らしてから語り始める。

 

「まずはこの屋敷の主よ……突然の訪問にも関わらず席を設けてくれたことに礼と感謝を」

 

 目礼を一つ。敵同士である為に無礼を押し通してもよかったが、最低限の礼儀くらいはと考えて。

 

「オレの名はゼオン・ベル。魔界の王の嫡子で、この魔界の王を決める戦いに参加している魔物の子の一人。こいつはオレのパートナーのデュフォー。以後、よろしく頼む」

 

 自分から名乗り、合わせるようにデュフォーが目礼をした。彼は自分から語るつもりはないようだった。

 

「私の名前はシェリー・ベルモンドよ。この子はあなたの知っている通り、ブラゴ」

 

 押しかけに対してなのだから、そして未だ警戒すべき敵なのだからとシェリーは最低限の挨拶で返す。

 シェリーの名を知れた所で満足そうにうなずくゼオンは、ゆったりと背もたれに身体を預けて今回の訪問での本題を語り始めた。

 

「では……本題といこう。オレは二体の魔物の子を探していてな、もしかしたら何かしら情報を持っているかと思って来たんだ。ブラゴなら聞いたことがあると思うが……一つは守り人の一族。魔界にあるとあるモノを護っているケンタウルス型の魔物だ」

 

 魔物を探していると聞いて、シェリーが一寸目を見開いたが、語られた内容にすぐに平静に戻った。ブラゴは気にせず答える。

 

「何かを知っていたとして素直に情報を教えるとでも?」

「はっ、それはそうか。互いの利益なくして交渉は成り得ない。さすが……よく分かっている」

 

 タダより高価なモノはないという。ゼオンのひっかけに、ブラゴもシェリーも引っかかることはなく、これが対等の交渉であると線引きを引く。

 途中でゼオンの気配が変わったことが気がかりだが、彼女達は次の言葉を待った。

 

「まあ、周りのモノが全て敵のこの戦いで、そうやすやすと交渉事が通ることはないな。クク……残念だ。

 しかし……デュフォー。今回の交渉の経験はナシだ。わがままばかりで世話をかける」

 

 楽しそうにデュフォーに目を向けるゼオンに、どうしたと目だけで合図を送るもすぐに逸らされる。

 そのまま交渉を続けると思われたが……ゼオンは片目だけ細めてブラゴを見やった。

 

「お前、ベルの雷の残滓が残っているぞ?」

 

 ビシリと、空気が凍る。

 

―――ああ、気づいたのか。じゃあ交渉どころではないな。

 

 ガッシュと会ってきたという“答え”は知っていた。会った結果も知っている。ガッシュに何事もなかったのだからと、デュフォーはゼオンに何も言わなかった。

 魔力の残滓を身体に残しているブラゴに、ゼオンが気付けばどうなるかなど分かりきったこと。

 

「ブラゴ……お前、ガッシュに何かしたか?」

 

 ゼオンの身体から抑えていた魔力が溢れ、そのあまりの大きさに、ブラゴがシェリーを担いでその場から飛びのいた。

 ブラゴをしてその大きさの魔力は未知。威圧感は大人の魔物すら比べものにならない。一瞬で迎撃できる体制を取れただけでもブラゴとシェリーが優秀であると分かるが……雷帝ゼオンという化け物の圧に、今まで流したことすらない冷や汗が伝っていた。

 

 数十秒か、数分か。そのままの距離での固まった二組。

 バチバチと、ゼオンの掌から魔力が漏れ始めた。術をいつでも放てる待機状態に、デュフォーはやれやれと首を振って立ち上がった。

 

「落ち着け」

「おいデュフォー。こいつらはガッシュに何かしたようだぞ」

「いや、ゼオン、あのな……」

「ガッシュが雷を放ったということはだ、こいつらはあいつに危害を加えたということだ」

「……」

「交渉次第では同志になりうるかもしれんと思ったが、却下だ。こんなヤツ、この序盤で葬り去ってくれる」

 

―――ダメだ……話を聞いちゃいない。前に心を決めたとはいえ、さすがにガッシュが傷つけられたという事実を目の前に持ってこられると取り乱すか。

 

 ゼオンの返答を耳に入れ、完全に臨戦態勢のブラゴとシェリーを見ながら、デュフォーはなんとも言えない物悲しい色を瞳に浮かべる。

 弟の過保護が少しはマシになっても、やはりこういったこととなると突っ走ってしまうのはまだまだだなとため息を一つ。

 

 ビシリ、とデュフォーはゼオンの頭にチョップを落とした。

 完全に不意を突き、さらには信頼しているパートナーからの一撃に……ゼオンはぽかんと口を開けて振り返った。

 

「落ち着けと言ってる。お前、ほんと弟のことになると頭が悪いな」

「……しかし―――」

「オレが話してないんだからガッシュは消えちゃいない。それにガッシュの近況を直に知るチャンスだぞ?」

「う……」

「弟想いなのはいいことだが……成長を見守ると決めたなら、この戦いに参加している以上傷つくことくらいあると看過しろ」

 

 手で弾けていた雷が勢いを失くしていく。溢れていた魔力も、心なしかしょんぼりと収束していった。

 ばつが悪そうに俯いたゼオンを見て、デュフォーは椅子に座りなおした。

 

 対して、シェリーとブラゴはまさにどうしていいか分からないといった様子で固まっていた。

 

 気まずい空気が場を支配する。

 やってしまったというように、ゼオンはガシガシと頭を掻いた。

 

「わ、悪かった。その……お前達が弟を、だな……うん……傷つけたかと思うと……」

 

 尻すぼみになっていく声。詰まる言葉と、僅かに赤くなっている耳。

 

「くっ……う……」

 

 なんとかしようとしつつも出来ていない様子を見て、ブラゴは毒気を抜かれて呆れのため息を吐き出し、シェリーは苦笑を零して生暖かい眼差しを送る。

 二人の行動に、屈辱だというようにゼオンは肩を震わせてそっぽを向いた。

 

「ええ、構わないわ。それより席に戻ってもいいかしら? 貴方の弟くんのことについて話せることも―――」

「おいシェリー」

「ふふ、いいでしょブラゴ。あの二人、もう大丈夫そうじゃない。それに王族ということはいろいろな知識も持っているだろうし、この戦いで有利になるならテーブルについて言葉を交わすべきよ。後になって不要だったと気づく情報でもいい。どんな些細な情報でもいい。あいつ(・・・)を追い詰めることが出来るなら私はいくらでも情報が欲しいの」

「……ちっ」

 

 ゆっくりと席に着きなおした二人は、漸く紅茶に手を伸ばす。

 

「交渉というよりはお茶会での情報交換……ということでどう? それなら損得や利害を気にしなくていいわ」

 

 シェリーの提案は渡りに船。このまま交渉という雰囲気でなかったため、ゼオンにとっては有り難かった。

 ただ、言葉を投げる気を失ったようで、デュフォーへと視線を向けていた。

 

「ああ、助かる。一つだけ条件として……これから先、ガッシュと会った時、ゼオンの存在をガッシュに漏らすことは無しとしてくれ。詳細は言えないが……まあ、王族内のいざこざとでも思ってほしい」

 

 話を繋いだデュフォーと、少しだけ思案してから頷くシェリー。

 

「分かった。あんなに怒るほど弟くんを想っているんだもの。きっと何か深い事情があるのね」

 

 微笑ましい眼で見られて、ゼオンは大きく舌打ちをするも言い返すことはなかった。

 一口紅茶を口に含んでから、デュフォーは打ち切りになった話の続きをと気を引き締めた。

 

「では、こちらの質問からさせて貰う。単刀直入に聞こう。お前達は守り人の一族と会った、もしくは撃破したか?」

 

 まだ自分の能力で調べていない種族の居場所のことを尋ねる。

 疑問というカタチにすれば先に“答え”は出る。しかしゼオンにこのお茶会の様子を見せる為に、あえて答えを出す者(アンサートーカー)を利用せずに話を進めていく。

 

「俺達はその一族と戦っていない」

「ええ、ケンタウロスのような魔物の子とは戦ってないわ。ブラゴはその一族のことを知ってる?」

「とある封印を護る魔物の一族だと聞いてはいる。何を護っているかまでは知らされていないがな。王族なら知っているだろう」

 

 話を振られて、ゼオンはやっと顔を上げて口を開いた。

 

「魔界の古代兵器のようなモノだな。オレが居場所を知りたかったのはそいつらの持つ特殊な能力が理由なんだが……知らないならいい」

 

 必要なのはゼオンに掛けられている呪いが人間界に来ている魔物の子に解かせることが出来るかどうか。

 デュフォーの能力で不可と“答え”は出ているが、魔物の子の成長によっては可能性が開けることもあるので必要な情報だったのだ。

 

「何の能力なの?」

「呪いと呼ばれる、他者の行動に制約を強いるモノだ。多大な魔力を消費し、己の命すら削って掛けると言われているが、術を掛ける条件を満たせば対面していなくとも掛けられるらしい。呪いの効果には術を掛けられたモノの命すら奪うことも出来るとのことだ」

 

 明かしても問題はないと判断したデュフォーが答えた。ゼオンに掛かっているとは言うことはなく、気付かれても制約が分からなければ利用されることもない。

 

「それは……ちょっと卑怯ね」

「ふん、弱者の方法だな」

 

 解呪の条件を付けた上に命を削るとはいえ、遠距離から術を掛けるだけで命を天秤に乗せられると聞いて、二人はそれぞれに嫌悪を浮かべる。

 二人ともが口を噤んだのを見て、これ以上その魔物について聞くのは線引きを超えると判断してか、シェリーが続きを促した。

 

「じゃあ、もう一体の魔物っていうのは?」

 

 再びデュフォーが口を開く。その先に、この場の空気が荒れることを知っていながら。

 

「爆発の術を扱う一族だな」

 

 瞬間、空気が張り詰めた。シェリーの瞳に闇が滲む。

 何かを知っているという証左の反応に、ゼオンが続きを繋いでいく。

 

「その一族を探しているのは王族としての責務からだ。千年前の戦いで一番多くの魔物を葬ったゴーレンというヤツによって、負けた子供達は本と共に石版とされてこの人間界に取り残されたらしい」

「ほう、初耳だな」

「ブラゴが知らないのも無理はない。お前達には話してもよさそうだから言うが……ゴーレンについては王族と一部のみが知る極秘事項だ。千年の長き刻に渡りその子供達を開放する研究が進められ、ゴーレンの一族自体が絶滅したことによって、とある一族と王族以外にはその研究について秘匿されてきた」

「そのとある一族というのが?」

「ああ、爆発の術を操るあの研究者の一族だ。魔界の科学発展に大きな貢献を果たしているあの一族の頭脳は、千年に渡り王と同世代の魔物達を救う為に使われていたんだ」

 

 いつの間にか俯いていたシェリーの表情は分からない。ブラゴは彼女の代わりに話を続けていく。

 

「……なぜ、その一族の魔物を探している?」

 

 目を細めて投げられた質問に、ゼオンはあの夜のガッシュの悲鳴を思い出しながら、本当の理由を隠して答えを紡ぐ。

 

「研究成果が実ったかどうかを王族として確認するためだ。依頼した側が経過や結果を確認するのは当然のこと。まあ、この戦いに参加する以上、研究が成功していたのなら千年前の魔物の子達を利用するだろうとは分かっているが……前の戦いの敗北者達を従える程度の策略なら、一人残らず焼き尽くして魔界へ届けてやればいい」

 

 冷たい紫電の瞳の輝きを、ブラゴの黒瞳がまっすぐ射抜く。

 自分を見定めようと見つめる黒に浮かぶ感情の中に、僅かに……ほんの僅かにだが、優しい光をゼオンは見た。

 次に俯いたままのシェリーを見れば……答えは出てくる。

 

―――なるほど……一族だけでなく魔物の子までそう(・・)か。この女は人間界での第一の被害者、というわけか。

 

 内心でごちて、デュフォーに顔を向ける。

 彼が見つめる先はシェリー。きっと何か“答え”を出しているのだろうと予測した。

 

「おい、シェリーとか言ったな。オレ達に話すつもりはあるか?」

 

 何を、とは言わない。これ以上は求めない。

 

 話すならばよし、話さないならばそれもよし。ゼオンとしてはどちらでも良かった。

 ただし……心を染める憎しみの感情をよく理解しているから、ゼオンはシェリーに一つ、おまけの情報を放った。

 

「……記憶の消去が出来る魔物は多く居るが、記憶の緻密な操作まで出来るのはその一族しかいないぞ。お前達もガッシュに会ったのなら……先ほどの建前の理由などではなく、オレがその一族を探している本当の理由に予測がつくはずだが?」

 

 静寂と、重い空気。

 

 ゆっくり、ゆっくりと顔を上げたシェリーは、憎悪渦巻く瞳をゼオンへと向けた。

 

「話を聞かせる前に、一つだけ、約束しなさい」

「……内容次第だな」

 

 有無を言わせぬ圧力に動じず、ゼオンはシェリーから視線を逸らすことはなく。

 

「貴方達がいくら強かろうと、その魔物には絶対に手を出さないで。そいつは……私の獲物よ」

 

 は……と短く息をついた。

 自分もこんな目をしているんだろうかと、ゼオンは思う。

 憎しみに染まりきったその眼差しの中に、大切なナニカへの想いを宿した目。

 

 絶対に揺るがないであろう固い意思を宿したその目を知って、ゼオンは己を見つめなおしていく。

 

 斜陽が西の窓から差し込み始めた頃のこと。

 長いお茶会になる、とベルモンド家の執事がそれぞれのコップに紅茶を注いでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュフォーは小さくため息をつきながら、机の上のお茶菓子に手を伸ばしつつぼうっと天井を見やり、

 

―――その魔物……ゼオンの心の地雷原でタップダンスを踊ってるようなヤツだが……会った時に我慢できるんだろうか。

 

 話の中で出てくる“答え”と情報にうんざりしながら、万が一の対処法まで予測を立てていくのだった。

 




読んでいただきありがとうございます。


今回のまとめ
・銀本組のんびり二人旅
・お兄ちゃんおこ
・ゾフィスくんについて語るキャッキャウフフなお茶会

これからも楽しんでいただけたら幸いです。


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第十話:その拳に何想う

いつも誤字報告、感想、お気に入り、評価などなどありがとうございます。
励みになります。


 シェリーという女の話を聞きながら、オレの心にはなんともいえない気持ちが湧いていた。

 

 幼少期の頃より厳しい教育を受け、寝る間も削られて行われる修練。

 来る日も来る日も終わることのない教育の数々。日に日に積み上げられていく課題の山。ボロボロになりながらも立つことを強制され、泣こうが喚こうがノルマをこなすまでは終わらない。

 鞭で叩かれたことなど茶飯事。楽の才がないと詰られ、戦闘の理解が薄いと叩きのめされ、勉学の効率が悪いと押し込まれ……遊びなどという、そんな概念すら知らない毎日。

 魔物のオレのように術の訓練はなく、痛みを身体に覚えさせるという最悪はないが……それでも受けていた教育はオレの過去と似たようなモノ。

 

 嫌な過去を思い出した。今でも鮮明に思い出せる地獄の日々に、オレは思わず苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。

 同情、というのだろうか。否……苦しみが分かるからこそ、同情はしていない。ただただ、自分のことのように哀しくて苦しい。

 

 感情を凍らせたような表情で語るシェリーは、そこでオレと違った過去を語った。

 親に言われたのだそうだ。

 

“お前など、生まなければよかった”、と

 

 ああ、其処まで……其処まで言ったのか、こいつの親は。

 

 代わりに雷が飛んできていたとはいえ、関わりが少なかったというのもあるが、そういった言葉を掛けられなかったからオレは少なくとも次の王になる為と奮起し続け、決して期待を捨てられることなく過ごせた。

 しかしシェリーはそれがない。期待されていたはずで、未来を見据えられていたはずなのに……その親が、期待も未来も捨てたのだ。

 

 それは正しく、絶望だろう。

 

 もし、オレが父にあの三歳の頃に同じことを言われていたらどうなっただろう?

 もし、オレがまだ見ぬ母に、生まなければよかったなどと伝えられたらどうしていただろう?

 もし、オレが……いや、そうか……弟は愛されていると勘違いしたあの状況こそが、父と母から捨てられたと伝えられたと同義に感じたのかもしれない。だから、オレは愛するべき弟を憎もうとし、そうすることで心を安定させようとしたのかもしれない。

 

 オレはガッシュと会うことが出来たから憎しみの方向を間違わず前を向けたが……こいつはどうか。

 

 綴られた続きは……絶望から向かった、死への旅路。

 心が壊れたと、あの時、確実に心が破壊されたとシェリーは語る。

 己は生まれてきてはいけなかった存在で、だから己は怒り続けられるのだ。だから、毎日こんなにも苦しいんだ。ここで死ななければずっと、生きてるとずっと……。

 幼児をそこまで追い詰める深い闇を……オレはきっと半分だけ理解している。

 

 オレは直接言われていない。きっとオレもガッシュに会う前に、父から“出来そこないだ”と、母から“生まなければよかった”と、そう伝えられたら……死を選ぼうとしていたかもしれない。

 力を持てたから復讐を誓えた。絶望に沈まず憎しみに染まるだけで済んだ。

 

 ああ、そうか。

 其処からのこいつは、あの時のガッシュと同じ。

 全てに絶望したであろう幼きシェリーの姿を容易に想像できる。きっとその瞳は何も光を映すことなく、もはや何の感情すら心を動かさない人形のようで、でも優しいからこそ……他者を憎むことなど出来なかった。

 

 過去のことだとシェリーは淡々と語る。

 しかし次に、彼女の表情が悲哀に染まった。

 

 語られたのは親友との出会い。

 死を選んで川に飛び込んだ時に、命を救われたのだと言う。

 大人になった時の幸せはどうするんだと、哀しまれたと言う。

 

―――今は苦しいけれど、トンネルの中みたいに真っ暗だけど、今はがんばって歩き続けて、いつか光を見つけるの―――

 

―――出口のないトンネルなんてないもの……がんばって歩き続ければ光をあびれるわ―――

 

―――だから……こんなところで死なないで……今しんじゃったら、大きくなって幸せになれないじゃない―――

 

 嗚呼……その言葉で、シェリーは救われたんだな。

 境遇がオレと同じで、心はガッシュと同じ。

 

 あの夜の、ガッシュがオレに会って涙を流して伝えた気持ちを、こいつは持っているのだ。そして……大切な存在が理不尽に連れ去られたというのなら……その心はきっと、オレとも同じく。

 

「……あの子がまた暗いトンネルの中に入ったというなら、私も入るわ。それがどれだけ長いトンネルでも、私達は出口を見つけるの」

 

 震える手。こちらを見る瞳には煌めく涙。強い意志。

 

「だから……そう。私はあの子を必ず救う。あの子に救われたこの命の全てを賭けて。貴方には譲らない。譲れない。例え貴方たちの方が上手く出来るとしても……私だけが安穏と過ごして彼女が助かるのを待つだけなんて……そんなことっ」

 

 突き刺さる想いがあった。

 

 そうだな。そうに決まっている。

 ああ、分かるとも。

 

 救って貰うのを待つだけなど、まっぴらごめんだよな。

 己で救わなければ、胸を張って大切なモノを抱きしめることなど出来ないよな。

 大切な存在と対等でありたいなら……己の手で理不尽を叩きのめさなければな。

 

 自然と、オレの口元が緩んでいた。

 

「そうか。ならばオレ達はお前達の邪魔はしない。オレの場合はそいつの一族が行った行為に対しての怒りだから、そいつ自体には何の感情も持っていないんだ。情報を聞き出すだけ聞き出したら、ゾフィスだけはお前達の為に残しておくことを約束する」

 

 そう言うと、シェリーはほっと安堵して紅茶を手に取った。

 

「あなたの弟くんは……」

「オレ達の話はまた今度にでもしておこう。こういった茶会の機会は貴重だし、互いによりよい情報交換の関係が出来るのはいいことだと思うしな」

「……ええ、そうね。こちらもゾフィスがどんな策略で動こうとしているのか知れたのは大きいし、他の有力な魔物が持つ術とかの情報を教えて貰えただけでも収穫だわ」

 

 それはなにより。ブラゴの一族だけでは知らない情報……法に携わる一族や特殊個体の存在の可能性を教えておけばこいつらは勝手に対策をするだろう。

 しかし、シェリーの過去だけ聞いたというのは後味が悪い。せめて切片くらいは渡しておくか。

 

「まあ……記憶を奪われた上で別人格を植え付けられそうになった、とだけは明かしておこう。クク、それを命じたのが実の父ではあるが」

 

 絶句。

 付け足した情報に、シェリーは信じられないモノを見るような眼でオレを見つめる。痛々しいとでもいうようなその顔。同情などしてくれるな。お前がゾフィスを憎んでいるように、オレにも憎む敵がいるだけだろうに。

 

「……王族にもいろいろあるんだな。お前とガッシュの血縁関係すら、初めての情報だ。雷のベル一族だと分かっていたとはいえ……」

「ああ、ブラゴ。お前の一族でさえ知らないとなると、ガッシュの存在を秘匿するという父の目論見はどうやら成功していたのだろう。フン……あの醜い女の元にガッシュを送ったのも、遠い親戚か何かを誤魔化すのに必要だったわけだ。まともな教育も……まともな食事も……何もかもを与えず……」

 

 思い出して怒りが渦巻く。

 

―――あの女……魔界に戻ったら八つ裂きにしてやりたい。とりあえず牢屋にぶち込んでから己の罪を数えさせなければなるまい。父と共に並べてガッシュが生まれてからの六年を全て話させてそれから……

 

 ぐるぐると渦巻く感情を見詰めていると、ブラゴが目を閉じてオレに言葉を掛けた。

 

「落ちこぼれていたのにも理由があったんだな……家庭環境を知らぬとはいえ、悪いことをしたかもな」

「ブ、ブラゴ……」

 

 今、こいつはなんと言った。

 焦るシェリーを手で制して、ブラゴは開いた黒瞳でまっすぐに見つめてくる。

 

「ゼオン。オレはこの前ガッシュと会った時に、あいつに向けて落ちこぼれと言った」

「……」

「あいつに向けて、魔界へ帰っても一人だと言った」

「……」

「お前達のことは知らなかったが、よく知りもせず放つべき言葉ではなかったかもしれない」

 

 それを今、オレに言ってどうなるか……分かって言ってやがるな、こいつは。

 メキ、と拳が鳴った。漆黒の瞳をじっと見つめるも、ブラゴは僅かに汗を浮かべながらも目を逸らさなかった。

 

「だが、謝罪はしない」

「……」

「曲げられない俺の信念ゆえ、俺はお前にもガッシュにも謝らない。

 弱いヤツは、強くなるべきだ。クソ野郎どもに負けないように。バカにされても見返せるように。理不尽を全てぶち壊せるように。ただ、俺の浅慮ゆえの発言は俺の責任。それに対しての怒りは受けよう」

 

 すっと、心に燃えていた炎の温度が下がった気がした。

 

 なるほど……謝罪という行為は、許してほしいという懇願にも思えるから違うと、こいつはそう言っている。

 その上で、己の言動を恥じ、己が間違えたから怒りの矛を向けても構わないと、そう言っているのだ。

 

 王というのは、簡単に頭を下げてはいけないという。侮られてはいかず、舐められてもならない。ブラゴはブラゴなりに、目指す王へ向けて階段を登ろうとしているわけか。

 

 

「……デュフォー」

「やるのか?」

「いや……お前にまた止められては適わんから、どうすればいいか提案してくれ」

 

 ぶん殴ることなど簡単だ。術でボロ雑巾のようにするのも同じく。だがそれではダメな気がする。

 ガッシュを傷つけられたと聞いた時のような単純な怒りではない。その証拠に頭が割と冷静だった。

 これは、この気持ちはなんなのだろう。

 

「なら……そうだな。模擬戦でもすればいい」

「今からか?」

「ああ。怒りの発散をしたいならぶん殴れば済むが、ガッシュを侮辱された分を返すにはそれではダメだし、お前も納得しきれないんじゃないか? 模擬戦をしてみればお前の心に絡まるナニカが解けるだろう」

 

 何故するのか、というのはすっ飛ばした“答え”のみ。

 心の機微が分からないから、デュフォーは能力に従っての提案のみをしてきた。

 乗ってみるのも一興、だな。

 

「どうだ? シェリー、ブラゴ。お前達も旅の後で疲労があるとは思うが」

「……いいわ。事情を知らなくても侮辱したのは事実。謝罪なしなところを責められてもいいのにソレで許してくれるというのなら。いいわね、ブラゴ?」

「ああ、構わん」

 

 これはきっと、王となる為に必要なこと。

 兄として怒るという当然の行いだけではない。

 弟が侮辱されて頭が沸騰しただけではない。

 

「いいだろう。よろしく頼む、二人とも」

 

 こいつの在り方を、こいつの誇りを、こいつの歩こうとしている道を、オレは理解し、その上で叩き伏せねばならない。

 

 そう、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 満月の光が丘を照らし、そよぐ風は初夏の暑さを僅かに流していく。

 土がえぐれ、木々が焦げ付き、石が砕け、その場に立っているのは四人。

 

 片や、服も肌もボロボロになり、汗と泥に塗れながらも力を失わない眼光を輝かせるシェリーとブラゴ。

 片や、マントが攻撃を受けて傷つき、デュフォーも汚れが僅かに付着するくらいで、傷など欠片もなく、汗一つかいていないデュフォーとゼオン。

 

 月を背負った白銀の髪と夜に浮かぶ紫電の眼光がよく輝いていた。

 

 傷だらけのボロボロの姿で肩で息をするシェリーとブラゴは目の前の二人から目を寸分も離すことなく。

 僅かな身じろぎ一つで次の行動が予測されるという異常な戦いは、二人の精神をほんの短時間で有り得ない程に追い詰め。

 ブラゴが研鑽してきた実力も、シェリーが死にもの狂いで鍛えている対応力も、二人で積み上げてきたはずの連携も……まるで児戯だと言わんばかりに全て対処され、目の前の敵には傷一つなく、笑みさえ浮かべて捌ききられた。

 

「ははっ、これほどとは……いくら模擬戦だと言っても、まさかこんなに楽だとは思わなかったぞ」

「言ったはずだぞ。お前の力が突出しすぎているから、この相手なら初戦闘でも問題はないと」

「いや、お前がいてこそだ。そうでなければ細やかなダメージは受けることになっただろう。よくオレの動きに合わせてくれている」

「当然のことだが……まあ、よしとしよう。術や行動に対するタイムラグのいくつかはこれから調整していくしかないな」

 

 互いに認め合う二人の語りにブラゴは歯を噛みしめる。

 まだ、まだ終わりではないと身体が滾っていた。抑えられない怒りは自分自身に向けて。

 彼の溢れる闘気を感じ取って、ゼオンは更に笑みを深くする。

 

「まだ実力差を認められないか? 通用すると信じているか? それとも……己への不甲斐なさで苛立っているか?

 来い。いくらでも相手してやる。このゼオン・ベルが研鑽してきた力とはどんなモノかを、骨の髄まで教え込んでやろう」

 

 すっと、デュフォーに手を向ける。下がっていろとそれだけで伝え、術の余波が来ない場所へとデュフォーはシェリー達に背中さえ向けて歩いて行く。

 

「う、おぉぉぉぉおおおお!」

「アム・グラナグル!」

 

 野生の獣のような雄たけびを上げたブラゴが、シェリーからの術の援護を受けて、冷静さを失わずにゼオンに接敵した。

 身長差から繰り出されるブラゴの拳は、ダンプカーさえ吹き飛ばす威力を更に術で強化して振り下ろされる。

 

「ぬるい」

 

 ぽつりと一言。

 パシっと軽い音が響き、受けるでなく、流した。

 ゼオンとしては魔力で高めた身体やマントで受けて力でも返せると示して良かったが、今回は直接的な暴力のぶつかり合いをするよりも徹底的に技術を見せつける選択肢を取ったのだ。

 腕の僅かな回転で流された拳はゼオンの頬のぎりぎりを抜け、パンチの勢いを持った身体に預けられた肩が、ブラゴの胸に押し付けられた。

 

 そのまま、ズシリ、と重い衝撃が身体に広がる。

 互いの移動ベクトルを利用したカウンター。少ない面積であれど、反動の少ない肩での圧撃。打撃ではなく、身体の内側へと響く衝撃を与える、小さな身体の流動を一点に引き絞って与えるゼロ距離の一撃。

 それはブラゴの身体に一瞬の硬直を生み出し、戦闘に於いてもずば抜けたセンスを持つゼオンがそれを見過ごすはずがない。

 流れるように脚を払い、瞬時に崩れた体勢を理解してバク転で避けようとしたブラゴを下から蹴り上げ、身動きの取れない空中にて瞬間移動での連撃を与えていく。

 

「卑怯とはいうまい? この程度、竜族の圧倒的なフィジカルと竜鱗(ドラゴンスケイル)に比べれば些末事なのだから」

 

 一つ二つと、ブラゴの反撃すら予測して与えられる打撃。宙を切るブラゴの拳は当たらず、ゼオンの拳だけがめり込んでいく。

 三つ四つと、宙から逃がさないというように重ねられていく追撃。その度に崩される体勢と方向、抜け出そうにもシェリーが術で援護しようとしても、合わせられない。

 五つ六つ、七つ目でゼオンの振り上げた足が、ブラゴのみぞおちに突き刺さる。

 

「か……はっ」

 

 落下の衝撃で出来た小さなクレーターを見下ろしながら、地に降り立ったゼオンは紫電の眼光でブラゴを射抜いた。

 

「オレの攻撃が急所に入らないようずらしながら反撃を狙い、受けていいと判断した攻撃を理解した上で確実にカウンターを仕掛けようとしている点は素晴らしい。パートナーの方向を常に意識して“レイス”や“グラビレイ”を打たず、大技で無理やりに無茶をして抜けなかったのも評価できる。しかし強化の術を使い続けてどうにかなると思っていたのなら、オレと肉弾戦の駆け引きをやりあうにはまだまだだな」

 

 唐突に、バッと、ブラゴは掌を向けた。

 それも見越していたというように、ゼオンは同じように掌を向ける。

 

「技術勝負はもういいと? 体勢関係なく、真正面から術の火力勝負をというわけだな? いいだろう、付き合おう」

「ギガノ・レイス!!」

「ザケル」

 

 重力波と雷撃がぶつかり合う。ギガノ級の術に対して、デュフォーが唱えたのは初期の術。本来ならば押し合うことなどあり得ない。

 

―――ま、また……どうして低級術がギガノ・レイスと打ちあっているの……?

 

 シェリーから見てもそれは異常なこと。しかも、遠くに居るデュフォーはゼオンの方を見てすらいないのだ。

 もうこの戦いには自分はそれほど必要ないと言わんばかりに、丘の木陰に座って星を眺めながら。

 

―――魔本が赤い本の子のような特別な光り方をしているわけじゃない。それなのに……どうして……心の力は間違いなくいつも通りに送っているのに……ブラゴの術は、あの子の術を押し返せない。

 

「ギガノ級で硬直するか。なるほどやはり、基礎の魔力はラジン中将より強いらしい」

「ゼオン、左下35度」

 

 こちらを見ていないデュフォーの言葉が投げられる。意味不明なその声を理解できるのはゼオンだけ。

 まただ、とブラゴは思った。ブラゴが術を打つたびに、ゼオンはデュフォーの指示した所に魔力を集中させて、下位の術で相殺以上の結果を出してきたのだ。

 今回も同じく、デュフォーの声を聴いてすぐにゼオンが雷の魔力を分散させたことで……ギガノレイスが揺らぎ、弾け……ほんの少し、ザケルがブラゴの身体を掠めた。

 

「ぐっ」

 

 こうして少しずつ少しずつ、始まった時から下位呪文のみで追い詰められていた。

 

 レイスやグラビレイなど当然のように効かず、アイアン・グラビレイもギガノ・レイスも効かず、アム・グラナグルの強化さえ素の状態で圧倒される。

 

 紫電が揺れていた。ゆらゆら、ゆらゆらと煌めくその眼光は、己の実力への誇りを確かに宿し……内側に秘める想いの大きさが、その輝きをより強くしていた。

 

「今のお前ならばそうだな……本気でやりあったとしても、せいぜいあとザケル数発とテオザケル一発だ。前半にオレのマントの防御をもう少しで突破できそうだった点は誇っていい。デュフォーが慣れるのにいい練習となったからな」

「……」

 

 反論しようにも圧倒的な実力差の前に何も言えない。間違いなく格上の相手であり、これが本来の戦いであれば負けていたことにブラゴは歯噛みする。

 茶会で言っていたことは正しかった。ゼオンは、ブラゴを消そうと思えばあの時にでもすぐ消せたのだ。

 

「体術に関しても問題ない。力もある。技術もある。術もいいモノを持っている。魔界に戻れば単体でも軍の中将くらいになら勝てるな。

 パートナーもよくお前に合わせているし、術のタイミングも選択の種類も完璧。呼吸が合っているとはまさにこのことだろう」

 

 機嫌よさそうに語るゼオンは、余裕そうに構えているがブラゴが動けばすぐに返せると理解出来る所作をしていた。

 

―――よく言う。貴様達の方が全てにおいて上回っているのを分かっていながら……

 

 ギシリ、とまた歯が噛み鳴った。

 ここまでプライドがズタボロになったのは、ブラゴにとって初めてのこと。

 例え模擬戦であっても、負けたなどと認めたくない。シェリーを置いて一人でゼオンに挑みかかりたい衝動が溢れている。

 

「まだまだやる気なのは結構だが、お前自身の潜在能力が急に覚醒などするわけもなく、新呪文の取得程度で覆る実力差じゃないぞ、ブラゴ。デュフォーとオレとの連携はまだまだだが、この魔物同士の戦いに於いてのセオリーや立ち回りも理解した。時間を追うごとに全てが噛みあっていくだろう。此処から逆転することは天地がひっくり返っても不可能。

 既にデュフォーは下がらせた。二人で戦っても勝てないモノを、まだ一人いつまでも抗い続けたいというのならとことんまで付き合ってやる」

 

 すっと目が細まり、片方だけ釣り上げた口は不敵。

 

「お前、オレから学ばされていることに苛立っているな? こうしている間にも屈辱ではらわたが煮えたぎっているんだろう? 弱いヤツは強くなるべき……そう言ったのは、お前だものな?」

 

 ぴたりと心の中を言い当てられるも、ブラゴは睨むだけで何も言わない。

 シェリーはそんなブラゴの高いプライドを理解しているからか、下唇を噛んで目線を逸らす。

 

「戦いの中で強くなることは出来よう。しかし此処まで差が明確で、シェリーの心の力が模擬戦という状態によって通常の戦いよりも奮わない限り、この模擬戦はここで仕舞いでいいだろう。屈辱がお前の心に刻まれたのなら、オレとしてもガッシュに放った言葉への怒りの溜飲は下がった」

 

 手を下ろし、満足げな表情で振り返ったゼオンは、もはやブラゴ達が攻撃してこないことを確信していた。

 立ち上がって埃を払っているデュフォーも、パタリと魔本を閉じて伸びを一つ。

 

「やはり怒っていたのか」

「フン、弟をバカにされて怒らない兄などいないだろうが」

「それもそうか……あの程度で済ませたことに驚いたほうがいいか?」

「其処は違うぞ。ブラゴだからあの程度で済んだだけだ。普通の魔物なら全身の骨も折れた上に消し炭になっている」

 

 なんでもないように行われる二人の会話を聞き、シェリーも本を閉じた。

 

「……ブラゴ、終わりにしましょう」

「……」

「ゼオンくん、デュフォー。勉強させて貰ったわ」

 

 負けた、とはシェリーも言わない。

 平静を保った表情をしているが、この事実の大きさを受け止めようと、どうにか心の中を抑え込んでいるだけ。

 

「ブラゴ、シェリー、こちらこそ感謝する。お前達のおかげでゼオンの心に少し変化が起きた。何かは分かっていなくとも、きっとこれが大きな意味を持つ」

 

 デュフォーの言葉に、緩く笑みを浮かべながらゼオンが続けた。

 

「じゃあな、二人とも。夜半を過ぎると朝飯の仕込みをする時間が無くなるからオレ達は帰るぞ。送りは不要だ」

 

 唐突な、本当に突然の言葉。もう用は済んだとばかりにマントをデュフォーに巻いて行く。

 シェリーは呆気にとられ、ブラゴは何も言わない。

 

「……お前達の仇敵について約束は守らせるから安心しろ。シェリーは何かあればメールで連絡してくれ」

 

 マントで包まれた二人。

 最後に一つ、ゼオンは言葉を置いて消えていく。

 

「ブラゴ、シェリー。追いついて来い。オレとデュフォーの力に」

 

 静寂。

 駆け抜ける風が草を揺らし、傾く月が夜の深さを教えてくれる。

 

「……っ」

 

 大地に叩きつけられた拳。悔しさに身を震わせるブラゴは……敗北という現実の夜を心に刻み込む。

 

 憂いを帯びた表情で月を見上げるシェリーは……噛みしめた唇から血を流した。見逃された、とも思えない。模擬戦だからと安堵することなど許されない。たった一敗が、これほど重い。

 

 もし、憎き相手がこれほど強大だったならば……自分達はそれぞれ、己が達成したいモノを叶えることも出来なくなってしまっていたのだから。

 

 紫電の中に見た深い絶望の色と、絶対に揺るがないであろう意思の光を思い出して、シェリーはぽつりと言葉を零した。

 

「ねぇ、ブラゴ……あの子はどれだけの理不尽に立ち向かおうとしているんでしょうね」

 

 自分と同じく、大切なモノの為に抗い続けるその少年を想って、彼女は空の星を見上げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 ぐつぐつと煮立つ鍋の音を聞きながら、ベッドに腰かけているデュフォーはゼオンへと問いかけた。

 

「……ブラゴとの戦いで何か感じたか?」

 

 ご機嫌にカツオブシを煮詰めていたゼオンは、掻きまわしていたお玉を上げて振り返る。

 

「別に何も。王城の兵士よりも少しだけ……そうだな、少しだけパンチが重かった」

 

 強い意志を宿した黒瞳の輝きは、己の紫電の瞳に怯むことなく果敢さを失わず。

 その力強い拳はマントの防御を剥がしきることもできそうな程。

 マント越しに受けた腕が弾かれそうな程。

 

 そんなブラゴの目に、ゼオンは何かを見た。

 

 グッと拳を握ってみる。

 自分の拳にはどんな意思が宿っているのかと。

 

 ガッシュの為に奮う拳。ガッシュを救う為の意思。正しくそうだろう。

 父親を滅ぼす為の雷。魔界の全てを黙らせる為の力。それも、間違いない。

 

―――それで……それだけでいいのか?

 

 ただゼオンは、ほんの少しの疑問が心に引っかかった。

 

 描いている輝かしい未来の場所には手を繋いでいる弟がいる。

 それが求めた幸せで。それこそが欲しいと願った未来だった。

 

 まだ、彼には分からなかった。

 

 どうすればいいのか分からなかった。

 

 欲しいと願ったたった一つさえ掴めていない自分を、それを掴むこと以外は考えたくなかった自分が、このまま変わらずにいていいのかどうかも、分からなかった。

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

・シェリーとゼオンくんの話
・ブラゴとの模擬戦
・朝ごはんはゼオンくん担当

現状のブラゴの実力はガッシュと邂逅後なのでギガノレイスが現状最高、現状のゼオンくんはアポロ戦でジガディラス使えたクソつよスペックを鑑みて原作リオウフルボッコ時より少し下

この物語ではゼオンくんも王になる為に心の経験を積んでいく感じになります。

これからも楽しんで読んでいただけたら幸いです。


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第十一話:一人で、二人で

 もうすぐ夏が来ると照りつける太陽が教えていた。

 ヨーロッパの国々を巡る日々もそろそろひと段落してよいだろう。

 様々な国を巡り、様々な文化に触れ、いろんな料理を食べた。

 基本的に表情の変化がないデュフォーとの食事ではあるが、こいつが美味いと感じた時の微妙な変化に気付けるようになってきた。

 一応オレが朝食を担当していて、マズい料理を出すのはプライドが許さんので料理の腕は上げておかなければと思っていたところ、食べるのがオレ以外ではこいつ一人な為に、初めは味の判断基準が分からなかった。

 観察すること一月。デュフォーが美味いと感じた時、マズいと感じた時、普通に感じている時の三つの変化があることに気付いた。

 この変化が分かるのは今の所オレだけしかおるまい。その内あの鉄面皮を崩して見せるのが密かな目標の一つだ。

 

 あだしごとはさておきつ。

 ブラゴ達との茶会から半月ほどのこと、ここ一週間オレ達はイギリスで休息をとっている。

 何やらデュフォーはガッシュと出会った森の付近を散策したいらしく、オレは少し離れた街でこの三日は一人だ。

 目的を聞いてもあいつは何故かはぐらかしてきた。今までにないことだった。いつでも共に過ごしてきたのに、あいつ一人で何かをするなどと。教えろと迫っても決して口を割らない。

 あいつが何処に居ようと魔力の目印を付けてあるので瞬間移動すれば合流できるとはいえ……少し腹が立つ。

 

 確かにだ。一人で何かをしようと思い立つのは、あいつの過去を思えばいい変化なのかもしれない。他人に利用されるだけの人生を過ごしてきて、オレが死の運命から連れ出してからはオレの目的に付き合わせてきたのだから、自発的に行動し始めたのは喜ばしいことなのだろう。

 

 だが、腹が立つのだ。

 せめて目的を言え。ガッシュと出会った森の付近なら、確実にガッシュに関することだろうに。

 

―――それなのにあいつはオレを連れていかないといいやがる。

 

 わけがわからない。あいつだってガッシュのことを少なからず気にかけていたはずなのに、オレと共に行動しようとしない理由が分からん。

 

「クソ……イライラする……あっ」

 

 あまりのイラつきに削っているカツオブシの厚さが変わってしまった。

 これではカツオブシチップスも作らないとバランスが取れない。あいつのせいだ。

 他の厚さを調整するのが面倒だったので、ひょいと口に放り込んでサクサクと噛み砕く。

 

 せっかくのオレのおやつも、一人で食べると味気ない。

 こんな狭い部屋なのに、あいつが居ないと少し広い。

 せっかくあいつに料理を作ってやることが出来るのに、今日も帰ってくる気配がない。三日だぞ、三日。

 

 なんなんだあいつは。イライラする。

 気配を消して後を追ってもいいが、あいつのことだから答えを出す者(アンサートーカー)ですぐに気付いて絶対に呆れた目で見ながら、

 

“お前、ばれないと思ったのか。頭が悪いな”

 

 とか言いやがるんだ。だから追跡することもできやしない。いくら魔力が強かろうと、いくら特殊な術が使えようと、あいつのあの反則な能力のせいで全て封じられる。かといってプライドがあるからあいつに教えてくれというのもイヤだ。オレにとって最悪の相手だ、全く。

 

 またカツオブシの厚さが変わった。厚すぎてチップスにすらできやしない。

 

「あぁ! もう! デュフォーめ!」

 

 バギリ、とそのまま厚くなりすぎたカツオブシを手に取って噛み砕く。大好物のはずなのに、いつもよりやはり味気なく感じる。ベストな厚さにしてないからということにしておこう。

 やることが無い。料理の練習も飽きた。テレビとやらを見ていても全く面白くない。パルコ・フォルゴレとかいうスターの映画など興味がない。パソコンはデュフォーが持って行ってしまったから人間界の知識を集めることもできない。

 

「そうだ……こんな部屋に居るから気が滅入るんだ」

 

 なぜオレが一人で留守番などせねばならないんだ。せっかくだからこの街や近くの街を散策してやろう。つまらなければ今まで行ったヨーロッパの何処かに瞬間移動してもいい。デュフォーに見つかるとバカにされるので、あいつとは常に大きく距離を離してやる。

 

 そう考えてオレは、カツオブシを全て口に放り込んだ後、合鍵とデュフォーの置いて行った魔本を持って部屋から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 ゼオンを置いて一人で行動をしていたデュフォーは、とある古い城まで来ていた。

 彼の持つ答えを出す者(アンサートーカー)の能力は、求める答えが頭に瞬時に浮かぶというモノであり、今回はとある目的を叶える為にこんな場所まで一人で来ていた。

 

 古城の門は開け放たれて、誰でも侵入出来るようになっていた。

 

 一番目の部屋。

 入った途端に、ガシャガシャとひとりでに動く鎧が目の前に現れる。人間とは思えない歪な動き。金属が響き音は中身が空洞なのを伝えていて、間違いなく人間が動かしているモノではないのがありありと分かるナニカ。

 デュフォーは表情一つ変えず立ち止まり、自分の右へ、一つ一つと小石を投げていった。

 すると鎧達はただただ、その小石の鳴る方へと向かっていく。

 

(音と振動、そして魔力のどれかを感知して操作しているモノを向かわせる術。本体はこの城の中で感知能力のみで察知している為、ゼオンの雷を前に受けた(・・・・・・・・・・・)石の魔力も追ってしまい誤認する)

 

 小石を入り口の方へと投げながらゆるりと歩くデュフォーは、ゼオンとの訓練で身に着けた気配をあまり読ませない歩行術によって鎧の行列を抜けていく。それを見て、マニュアル操作ではなくセミオート操作の簡素な術であることを見抜いた。

 己の懐にまだある石には反応せず、動く方へと反応し続けているのがその証左。

 鎧達を放っておいて、彼は楽に次の部屋へと突破した。

 

 二番目の部屋。

 入った途端に一斉に二百本もの剣が侵入者に襲い掛かってくるトラップだと“答え”が出ていた。

 入る前に石をまとめた袋を投げ入れると……剣はその袋に向かって殺到していく。高い金属音が鳴り響き、石を入れた袋がズタズタに切り裂かれていく。

 何本かは互いに弾き合ってデュフォーに向かって来たものの、その軌道の“答え”さえ出ているデュフォーには全く意味がない。

 二番目の部屋もなんということはなく突破した。

 

 三番目の部屋。

 ただの落とし穴。答えが分かっているデュフォーに効くわけがなく、単純すぎる罠を見てデュフォーは憐れなモノを見るような顔で穴を見つつ、

 

「この罠考えたヤツ……」

 

 頭が悪いな……そう呟きながら扉を開けた。

 

 四番目の部屋は落ちてくる天井。

 さすがのデュフォーも単純で圧倒的な物理の質量には対抗できない。

 入れば落ちてくるし、出入り口も封鎖されるという仕様な為、打つ手がない……と普通なら考える。

 

 あらゆることに“答え”を出せるデュフォーにとって、この罠でさえもどうということは無かった。

 

 封鎖される出入り口は、扉が閉まるのではなく鉄格子が突き出てくるタイプであり、格子状のソレの隙間は人間の拳くらいは余裕で通る。

 なら簡単だとばかりに、三番目の部屋の石畳の内で初めから割れているモノを剥がし、扉を開けた上でまず四番目の部屋に投げ入れ、落ちてくる天井の罠を発動させる。

 しばらくして、次の侵入者を排除する為の罠に戻ろうと勝手に上がっていく天井。粉々になった石畳の破片と……元の石畳もヒビが入り、壊れているところがちらほらと。

 一回、二回、三回、四回……とデュフォーは罠を起動させて天井を落としていく。

 

 大きさが違うとはいえ、堅さの違う石同士がぶつかり合うとどうなるか。罠の為に加工された天井の石は、間違いなく通常の石よりも脆くなっている。そも、こんな古い城にある罠であるなら、経年劣化が見られるのは当たり前。魔物の子が手を加えていたとしても、魔力が通っていないのならばただの大きな石。床も同じように石であるのなら……カタチを崩し始めないわけもなく。

 数を重ねる毎にそのぶつかる音は変化していく。

 

 “侵入者がこの罠に気付いて回避したのはいいが、どうにかしようと何度も確認して途方に暮れているのだ”と、そう高笑いしている男。そして意味不明なデュフォーの行動に戸惑っている魔物。それらの全てに、“答え”が出た。

 デュフォーが何を狙っているか気付いた頃には……もう遅い。

 

 天井の大きな石の耐久度すら答えが出ていて、どの角度に、どの位置に、どの高さの不純物を与えてかみ合わさせれば早く砕けるか……その“答え”が七回。

 

 割れた岩は、天井には戻らない。アンカーと鎖だけが天井に巻かれていく。

 

「つまらない罠だ」

 

 呆れのため息を吐きながらデュフォーは岩を渡って進む。

 衝撃で壊れた出口の鉄格子を潜ると長い廊下。

 

 もう罠はないと“答え”は出ていた。

 

 そうして進んだ先に……短髪で裸の上半身にマントを羽織った男と、天井まで届きそうなほど大きな、石で造られた、犬の顔をしたロボットのようなナニカ。

 人間ではとても敵わないであろう敵の出現にも、デュフォーはなんら顔色を変えない。

 

「はっ……こんなひょろい男があの罠全てを抜けてきたとはな」

 

 心底バカにした顔でデュフォーに向けて言葉を放つ男は、魔本を持ちながら大仰に腕を広げた。

 

「ようこそ我が城へ、とか言ったほうがいいか? クク」

 

 余裕で立っているその男に、デュフォーは呆れのため息を吐き出した。

 

「……お前、頭が悪いな」

「ああ!?」

 

 ビキビキと青筋を立てる男。デュフォーは変わらず無表情だった。

 

「言葉に気を付けろよガキが。状況が分かってるか? このでかいのとお前みたいなひょろっちいのが戦えるとでも?」

 

 威圧的な眼光を向けられても、後ろの大きいのが魔力を滲ませようと、デュフォーの表情は崩れない。

 

「……はっ、ビビッて言葉もでねぇか?」

 

 舐めきっている男は、デュフォーが無言で腰に手をやってもにやにやとしていた。

 魔物の力を手に入れ、自分に優位な拠点を手に入れ、安穏と過ごしてきた男は……警戒心というモノが薄くなっていたのだ。

 

 すっと、デュフォーはズボンの後ろに固定していた黒いナニカを男に突きつける。

 

「……っ」

 

 息を呑む音。見開かれる目。

 真っ直ぐに突きつけられる、真っ黒な穴。

 

「お前の世話をしている人間全てを下がらせろ。二人きりで話をしよう。お前が“ゼベルオン”や“ゼベルセン”を唱えるよりも、オレが引き金を引く方が早いのくらいは分かるだろう?」

 

 向けられる空虚な空洞は、指先一つで命を奪える人間の暴力の叡智。

 警察や軍隊じゃあるまいし、ど素人の男が唐突にソレを向けられて咄嗟に対処など出来るわけがなく。

 更には自分が唱えるはずの術の名を言い当てられて、思考もぐちゃぐちゃに乱される。

 情報の津波を叩きつけることによる思考停止は、全てデュフォーの目論見通り。

 

「この距離だとどの場所も外さない。“バルトロ”との距離が離れすぎているから、いくら人間より力が強かろうとこの一瞬じゃあお前を助けることは出来ない」

 

 わなわなと震える手。持っている鞭を握りしめたのが分かって、デュフォーは更に相手を追い詰める。

 

「たかがガキ一人に何が出来る、と考えているな、“ステング”。その手に持つ鞭の範囲はあと二歩。オレの銃の射程は此処からでも余裕。行動に移すなら話の途中か? それとも語りきったすぐか? そう考えているな? この通りオレはお前の全てが、頭の中さえ分かるから、お前が動こうとした瞬間に引き金を引ける。おとなしくした方が得策だぞ」

 

 銃口は何も語らない。デュフォーの瞳には何の感情も映らない。

 魔物の名前を知っていることも、自分の名前を当てられたことも、ステングに身を引きつらせるような恐怖を引き立たせる。

 無機質な瞳と銃口を交互に見て確信する。この相手は、間違いなく何の感情もなく引き金を引けるのだと。

 真っ直ぐに突きつけられる命のやり取りの現実に、他人の力だけで強くなった気でいる男は抗えない。

 

「……全員……下がれ」

 

 壁際に寄っていた女やコック達に命じるも、彼らは戸惑うばかりで動こうとしない。急な命令に従えない。

 デュフォーの首が、僅かに傾く。どうした、というように。銃が鳴った音がした。些細な音を聞いただけで、ぶわっと冷や汗が噴き出した。

 

「てめぇら! はやくしろっ!」

 

 怒鳴り声を聞いて、やっと人々は城の他の部屋へと逃げていく。

 ギシリと歯噛みをする男。たった一人の青年に、全てを手に入れたと思っていた男は窮地に立たされた。

 

―――あいつらも頭が悪いな。オレがステングを拘束しているんだから今すぐ逃げればいいのに。

 

 わざわざ言う必要もないかと心を切り替えて、銃を構えたまま、デュフォーはポケットから石を取り出して放り投げる。

 

「“バルトロ”。城の中を感知して、更には鎧の兵士達を此処から村までも遠隔で操ることができるお前なら……この石に込められた魔力を持つ、オレのパートナーの魔物がどんなモノか理解できるはずだ。罠の部屋では遠すぎて魔力の質までは分からなかっただろう。この距離なら、ちゃんと感知できるな?」

 

 カツン、と鳴る小石の音と、デュフォーの放ったその言葉。二つを聞いて数瞬……地鳴りのようでありながら幼い声がその部屋に響いた。

 

『だ、だめだステング……こいつに、逆らっちゃダメだ』

「バ、バルトロ……?」

『こんなの……勝てるわけ、ない……』

 

 怯えを滲ませるその声は、小石に込められた魔力の残滓だけでソレの元がどれほどの魔物か理解した。

 バルトロという魔物は、物質を遠隔操作する術を持つ魔物。魔力を感知し操ることに長けているのは必然で、それ故たかだか小石に込められている魔力であっても、その大本がどんなモノかなど理解出来てしまった。

 

「だが……こいつは一人で此処に―――」

「お前、頭が悪いな。オレのパートナーが居なくても、オレ一人でお前をどうにか出来る状況になっている事実を見て何も考えないのか? それに比べてバルトロは頭がいい。ちゃんと……オレのパートナーの強さを分かった上で、自分がオレに何かすればこの後すぐに追い詰められることを理解してお前を止めたんだから」

 

 ぴたりと思考を言い当てられたバルトロは、ひっ、と短く悲鳴を上げた。

 姿かたちも見えないデュフォーのパートナーに怯えるバルトロに異常を感じたステングは、もはや混乱に支配された頭ではなんの対処も出来るはずなく。

 

「さぁ、ステング。話をしよう。何もお前が必死で組み上げた城とシステムを奪おうとしてるわけじゃない。オレは此処に居る人間がどうなろうと、何も困ることはないしな」

 

 真黒な銃口と、デュフォーの冷たい瞳。

 全ての人間がどうでもいいと伝える、無機質な機械のような目が、ステングはただ恐ろしかった。

 

「誘拐の依頼を一つしたい。ターゲットはこの近くの大学の教授、高嶺清太郎。指定の日時はまた連絡する。それを約束すればオレは帰るし、二度と此処に来ない。詳細は―――」

 

 簡単だろう、と言わんばかりの声に、ステングは頷くことしか出来ず。

 其処から語られる説明にも、首を縦に振ることしか出来なかった。

 従わなければどうなるかの結果が分かりきっていたから、ステングはデュフォーに従うしかなかった。

 

 デュフォーは、説明をしながらぼんやりと先のことを考えていた。

 

―――ガッシュのパートナーがガッシュのことを知る為に此処に来るのは間違いない。それなら成長のきっかけにこの三下を使うのがいいだろう。あの森(・・・)に行かせるのは少しでもガッシュの成長とパートナーとの現状をこの目で見てから……オレが其処で起こる変化をしっかりと確認しなければ。

 

 全てはガッシュの成長の為。ゼオンにすら内密の独断行動。きっと今頃拗ねているだろうなと、そう思った。

 

―――だが、ガッシュと会うことすら許されないゼオンにこんなことは……させたくないし、見せたくない。

 

 ゼオンとガッシュ以外の他者のことなどどうでもいい。人間の命など、特筆して大切にするべきモノではないとデュフォーは思っている。

 この城に監禁されている人間達も、デュフォーにとってはどうでもよかった。

 

 最効率の手段はこれだと“答え”が出た。

 優先したいのはガッシュとゼオンのことなのだからこれでいいと、結論付けた。

 

 ただ、ゼオンには、こんなことに関わって欲しくないと、デュフォーは思った。

 三下の人間などに関わらせたくないと思った。この二人を従えて利用する行いに加担させたくなかった。

 まだ彼の心は、温もりをくれた二人の為以外に動くことはない。

 

―――こんなくだらない鉄の塊を利用したと知ったら、ゼオンはどう言うかな。

 

 冷たいだけの銃を握っていると、もやもやと、不快なナニカが胸に募る。

 二度と使いたくないと、心の中で吐き捨てる。物言わぬただの武器は、まるで研究者の老人に言われて人殺しの兵器を作り続けた無感情な自分のようで気持ち悪かった。

 今の自分を見てゼオンがどう思うかを考えた時、心の無い兵器のような人間のはずのデュフォーの胸は、また少し、チクリと痛んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日目の夜にやっと帰ってきたデュフォーは、なんとなく疲れたように見えた。

 

「何か変わったことはあったか?」

 

 “答え”を求めればすぐに頭に浮かぶはずなのに聞いてくる。わけが分からない。

 

「この三日で変わったことか? 一週間前に居た彫刻家の一族の魔物とは別に、街に女の魔物が一人来ていたくらいだな。前と同じで弱すぎるから放置した。オレが手を下さずともどうせ生き残れん」

 

 一応口で説明してみると、ヤツは何も言わずにベッドへと倒れ込む。きっと分かっていたのだろう。

 仕方のないやつだ。こいつなりに頑張ってきたというのなら、オレが特別に褒美をやらんこともない。

 

 とっておきだ。有り難く受け取るがいい。

 

「驚けデュフォー。シェリーの所の執事から紅茶の淹れ方を教わってきてやったぞ。お茶請けもある」

 

 そういうと、あいつはこちらに顔を向けて不思議そうに眉を寄せた。

 

「フン。お前が自分から自発的に何かをしてきた。それが何かは分からないが、お前のこれまでを思えば大きな成長だろう? だからこのゼオンが、と・く・べ・つ・に! 褒美として茶を入れて労ってやろうと言うのだ」

「いや、別にいらない」

「あぁ?」

 

 ビシリとこめかみに青筋が入ったのが分かる。

 せっかく準備したというのに、こいつはあろうことかいらないと言いやがる。

 威圧を放つと、デュフォーはオレをじっと見つめてくる。

 

「オレ達の目的に必要なことをしてきただけで、何ら特別なことはしていない。ただ役割分担でお前と別行動していたんだ」

「なら! なぜオレに内容を教えない!」

「お前に言ったら絶対に着いてくると分かっていたからだ」

「そんな“答え”が視えていたとしても! それでも教えるのが筋というモノだろうが!」

「こうやって無駄な時間を取られるのが嫌なんだ」

「せっかく! せっかくこのオレ様がお前を労ってやろうと―――」

「必要ない」

 

 むくりと起き上がったデュフォーがオレに向けて言い切った。

 こいつは本当に、他人の感情というモノを全く理解しようとしやがらない。

 

 イライラする。

 

「うるさい! なら勝手に淹れるから勝手に飲め!」

 

 ガチャガチャと荒っぽく、オレは怒りのままに紅茶を淹れる為の道具を用意していく。

 湯を沸かし、茶葉を適量混ぜ合わせ、執事に習った通りの手順で入れていくだけ。

 タイミングが難しいと教わった通りに、きっとまだオレでは執事のようには淹れられないだろう。

 

 デュフォーは何も語らず、今度はベッドから下りてパソコンに向かってナニカしていた。

 お前の分など淹れてやらないでおこうかとも思ったが……それすら別にいいとでもいいそうなので意地のままに確りと準備してやった。

 

 ああ、クソ……イライラする。

 

 味見はした。

 どしどしとあいつの座っている場所に近づいて行き……わざとがちゃりと音を立てて茶器を置く。

 カップを乱暴に取って紅茶を淹れていく。香りはいいが、味は執事より数段落ちているが許容範囲内。

 

「飲め」

 

 湯気の立つ紅茶を見つめるデュフォーは黙ったまま。

 すっと……静かに一口。

 

 どんな顔をするかと、いつも通りに観察していた。怒りが燃えているとはいえ、オレの淹れた紅茶にどんな反応をするかは見ておかねばならん。

 美味いのか。ふつうなのか。マズイのか。

 さあ、どの顔をするか見せろ、大バカモノめ。

 

 だが……こいつはそのどれとも違う、いつもとは全く違う顔をしていた。

 

「お前、何をしてきた? そんなつまらなそうな顔をして」

 

 そう、つまらなさそうなのだ。

 こいつは味に対して思考を向けていない。感覚を向けていない。

 心ここにあらず、というのだ。こういうのは。

 

「……何も」

「ウソをつくな」

 

 むにっ。

 両の手でデュフォーの両の頬をつまんでやった。

 

 そのままこいつの目を覗き込む。

 目は口程にモノをいうと聴いたことがある。だからと覗いてみると……いつもよりも深いナニカが渦巻いていた。絶望ではないナニカが。

 

「お前……自分で言ったよな? 一人で救うんじゃない、二人でだ、と」

 

 あの夜にオレに言った言葉を忘れたとは言わせない。

 

「オレからも言っておくぞ。何かをするなら、二人で、だ。勝手に一人で、なんでもかんでも、するな。分かったか」

 

 言葉を区切って言い聞かせるように伝える。

 

「それで? お前はここ数日で何をしてきた?」

 

 目を合わせて問い詰めても、デュフォーの瞳にはナニカが渦巻くだけで答えを教えてはくれない。

 きっとこいつは何を聞いても絶対に教える気がないのだろう。

 

 少しだけ、哀しくなる。

 

「フン、言いたくないならいい。だが、これっきりだ。そんなつまらなそうな顔をするのなら、二度と勝手なことを一人でするな。いいか、二度とだ」

 

 手を放して背を向ける。

長い沈黙。オレからは何も話そうとは思えなかった。時計の音がけが響く数分後……デュフォーがやっと口を開いた。

 

「……ガッシュとそのパートナーが……もうすぐこの街に来る」

 

 ぽつりと零したその言葉にも、オレは振り返ってやらなかった。

 

「その準備をしてきた。ただ……お前は会う事が出来ないから、あまり関わらせたくないと思ったんだ」

 

 ナニカをまだきっと、こいつは隠している。でもそれは、きっとこいつなりにオレの為を想って隠しているのだと、そう思う。

 

 怒りも、哀しさも、静かに消えていく。

 結局こいつの行動理由はオレの為だった。

 自発的に何かをしようとしたのではなく、オレの願いに必要だからと単独行動しただけ。

 

 それがまた……違う哀しさをオレの胸に湧かせる。

 

「もういい。分かった」

 

 これ以上は、きっと今は進めない。進まない。

 

 まだ他者の心に疎いこいつでは、折れることなんてできないだろう。

 それならオレが、折れてやらねばなるまい。

 

「もう褒美とかはいい。だが、明日はちゃんとオレの茶を味わって飲め」

「……ああ」

 

 振り返って言うと、いつもの色に戻った瞳でオレを見ていた。

 

 仕方のないやつだ。まだオレとの距離すら測れないアホウだからな、こいつは。

 

 このまま今日を終えてもいいが……せっかくだからと、オレは大きくため息を吐いて言葉を投げてやった。

 

「お前がオレの為にしてくれているんだ、期待しておいてやる。ただ、オレの為であってもオレが認められないようなことをしていたら許さん。そして……一人で無茶はするな。一人でつまらないと思うこともするな。一人でイヤだと思うこともするな。そういうのを分かち合うのも……二人で、だろう?」

 

 自然とにやりと浮かべた笑みを見てか、あいつは少し驚いたように目を丸くしてから……

 

「ああ」

 

 ほんの少しだけ、柔らかい表情で返事を返してきたんだ。

 

 信じてるやるさ。バカモノめ。

 

 なんせお前は、オレのパートナーなのだからな。




読んでいただきありがとうございます。



城と村の間50キロの距離も動かせる操作性の術を持つバルトロ、実は優秀なのでは説。
この戦いで一番効率的な人間側の武器は間違いなく銃なのですが、デュフォーくんは兵器作らされている過去があるから人間の兵器や武器への嫌悪感が天元突破してる設定で書かせてもらいます。断言しますがこれ以降は使いません。

ゼオンくんとデュフォーは少しずつ相棒としての距離を縮めていってる感じで……


これからも楽しんでいただけたら幸いです。


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第十二話:受ける想い

誤字報告、感想、評価、お気に入り登録等ありがとうございます。
いつも励みになります。


 その小さな魔物は、裏社会の賭け試合で生計を立てているチンピラと出会った。

 己の持つ魔本は、パートナーを見つけた時に僅かに反応を示すことがあるという。屈強な男どもが沸き立つ会場で、勝ってもつまらなそうにしているそのチンピラに反応を示したのを見て、小さな魔物は少しだけ不安に思った。

 この相手で大丈夫だろうか。自分の能力を生かせるだろうか。自分が王になるのにちゃんと協力してくれるだろうか、と。

 

 チンピラはその日ほとんど負けなしだった。

 小さな魔物は、その最後の試合に対して乱入することを決める。

 

 人間と同じようにグローブを嵌め、リングに上がった。

 なんだお前、と虫けらを見るような眼で見てくるチンピラに、その小さな魔物は呆れた。

 自分との力の差さえ読み取れないのかと。

 

 だから、思い切りぶん殴った。

 不意打ちで一撃。その後に何度もジャブを叩き込み……止められた。

 殴り返してきたチンピラは、楽しそうに笑っていたんだ。

 

 勝ちはしたが、なかなかに痛かった。

 

『よぉ……お前、変な犬のくせにやるなぁ』

 

 ボロボロになりながらも笑っていうチンピラは、きっと疎まれていたのだろう、小さな魔物にその言葉を伝えてすぐに、周りの人間に引きずられてその施設の外に放り出された。

 負けた人間には用はないとばかりに。

 

 レンガ作りの壁にもたれ掛かっているチンピラの隣に座った。

 

『なんだぁ? てめぇ。お前みたいな変な犬に負けた俺を笑いに来たか?』

 

 自嘲気味な声を出すチンピラは、動く気力もないようで、ただぼーっと夕暮れの空を見上げていた。

 すっと、ページを開いた本を横に差し出す。

 不思議そうな顔でその小さな魔物を見るチンピラ。魔物は静かに、土で人形を作り始めた。

 

『なんだこの文字……ん……一ページだけ文字が……これを読めってか?』

 

 出来た土人形を持ったまま、魔物はコクリと頷いた。

 

『……第一の術―――』

 

 本が光り、魔物から花が出る。

 魔力の籠ったその花は、小さな土人形に引っ付くと……その土人形が動き出した。

 

『お前……これは……』

『ボクはバルトロ。キミの名前を教えてほしい』

『は? しゃ、しゃべっ』

 

 まるで操り人形のように器用に人形を動かすその小さな魔物―――バルトロは、ニコリと笑ってチンピラ―――ステングを見上げた。

 ステングはその顔を見て舌打ちを一つ。

 

『……ステングだ』

『よろしく、ステング』

 

 この戦いにおいてはなんてことはない、小さな魔物の子とパートナーとの出会いと始まり。

 

 ただ、その二人の胸に宿っている想いは重なっていたのかもしれない。

 片や、ごろつきの蔓延る世界で燻っていたチンピラ。

 片や、あまり強いとはいえない操作系の術を持った小さな体の魔物。

 

 心に秘めていた想いはきっと、見返してやりたい、目にモノを見せてやりたい、そんな想い。

 

「ガッシュ! 顔を……こっちに来てこいつの方に顔を……」

「ウ、ウヌ!」

「ザケル!!!」

 

 電撃に撃ち抜かれながら……バルトロはそんな出会いを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 城から離れた林の付近、デュフォーは一人、“答え”で出た通りの場所で待っていた。

 囚われていた人質たちの幾人かには顔を見られている為、城でガッシュとそのパートナーの成長を見極めるわけにはいかず、こうして離れた場所でバルトロ達が敗走してくるのを待っていたのだ。

 

 当然のことながら、ゼオンは連れてきていない。共に来ても良かったのだが、やはりステングのような人間の相手などさせたくないと考えてのこと。

 城の崩れ始める音が聴こえた。バルトロの術で城の石を崩したのだろう。逃げるのには悪くない手だとデュフォー自身も思う。

 

 草を踏む音が遠くに聞こえる。

 やっと来たかと、デュフォーは林から彼らが走ってくるであろう場所へと立つ。

 

「まあいい。バルトロはまだいるんだ……こいつとこの本さえありゃいくらでもやり直せる。また別の村をカモにして……!」

 

 そこでステングはデュフォーに気づいた。

 

「て、てめぇ……俺達にあの日本人をさらわせた……」

「……」

 

 立ち止まったステングが吠える。

 

「てめぇに聞きたいことがある! お前、あの日本人の息子が本の持ち主と知ってたのか!? どういうつもりで俺達に誘拐の依頼をしやがった!!」

 

 ステングからの問いに、デュフォーはあきれ果てたようなため息を落とした。

 

「お前、頭が悪いな」

「ぐ、またそうやってバカにしやがって……っ」

 

 冷たい瞳は何の感情も宿さない。ステングの怒りのボルテージがどんどん上がっていくが……バルトロはデュフォーの呆れの理由を理解した上で、彼の不気味さに警戒したまま無言を貫く。

 チラリと、デュフォーはバルトロを見るも、すぐにステングに目を戻す。

 

「簡単なことだろう? お前達はただの試金石、そしてエサだ」

「……は?」

 

 口を開けて音を発しただけのステングに、またため息を落とすデュフォー。

 

「お前達と赤い本の魔物をぶつける為に誘拐させたと言っているんだ。あいつらがこの街に来る予定だと知ったんでな、ちょうどよかったんだ」

「な、なん……」

「あの魔物の実力がどれくらいなのか、パートナーがどんな人間なのか、どんな意思を持って戦いに臨むのか、どこまでの悪辣さを許容し、どこまでの正義を貫こうとするのか、どれだけ周りのことを考え、どれだけ先のことまで思考を飛ばし……そして二人がどれほどの絆で結ばれているのか、それが知りたかった」

 

 まっすぐに見つめてくる目には、なんの揺らぎもない。

 語っていることこそが真実だと伝えている。

 

「そんな……そんなことの為に、お前は……」

「ああ、その為にオレはお前の居城に一人で赴き、罠を突破し、お前と交渉し、あの日本人を誘拐させた」

「なら、俺達は―――」

「言っただろう? お前とバルトロはガッシュと清麿の力を見る為、そしてあいつらの実力を上げる為のエサだ」

 

 額に青筋を浮かべ始めるステングにもデュフォーは怯むことはない。

 何も声を出せずに震えているステングから目を放し、デュフォーはバルトロをじっと見つめる。何かを推しはかるような、問いかけるような眼差し。

 

「舐めやがって……クソガキがぁ!!! バルトロォ!」

「無駄だ。バルトロは戦わない」

「あぁ!?」

 

 言われて目を向けた先、バルトロはステングと目を合わせることはなく、デュフォーを見詰めたままで震えている。

 

「てめぇバルトロ! なにビビッてやがる!」

 

 無言でふるふると首を振る様は、完全に戦う気力などなく。

 

「吠えても変わらん。ベルの雷を直接受けたバルトロは、オレのパートナーがどれだけの力を持っているかをより正確に理解してしまった。ガッシュの様子が気になって仕方ないあいつがこの近くに居ることをバルトロも感知してるはずだ。魔物としての理性でも、野生の勘でも、バルトロは歯向かうことを拒絶している。賢い生物は勝てない戦いはしないモノだ」

 

 淡々と説明していくデュフォーには、バルトロの心理さえ“答え”として理解出来ていて、ステングただ一人が状況を理解できていない。

 だが……ステングの怒りが収まるはずがない。此処までコケにされて、彼のプライドが許すわけがない。

 

「クソ……イヌっころが。てめぇなんぞに頼るのが間違いだった」

 

 震えるバルトロを睨みつけてから、彼はデュフォーに向き直る。怒りながらもバルトロの怯えを見てすっと冷えた頭は、ステング本来の自分を取り戻させる。

 バルトロの力に頼って欲に溺れていた自分ではなく、アウトローな男達を相手に拳一つで勝ち抜いてきた自分に。

 

 前のように拳銃を構えていない。距離も近い。筋肉の付きを見れば喧嘩慣れしているとも思えない。

 心が読めるようなことを言っていたが、そんなモノはハッタリだと決めてかかるしかないと腹を決める。

 

 細めた目は、研ぎ澄まされた刃のような鋭さ。

 バルトロは震えながらステングを見つめる。あの時、自分と殴り合った人間の姿を、其処に見た。

 

「う、おぉぉぉああああ!」

 

 気合い一発。ステップは速く。相手が拳銃を抜くよりもより早くと。

 ステングの拳が唸りを上げてデュフォーに迫る。目の前の全てを見透かしたような相手を必ず殴るという意思を込めて。最後に頼るべきは自分の拳のみだと、彼は歯を噛みしめてそう思った。

 

 だが……彼の拳が当たることはなかった。

 

「な……に……」

 

 完璧に決まったと思った一瞬で、デュフォーはステングの力を利用して彼を引き倒したのだ。

 ステングは知らない。

 答えを出す者(アンサートーカー)という反則級の力をデュフォーが持っていることを。そしてこの数か月の間に、ゼオンという圧倒的な強者と共に修練を積んでいることも。

 単純に相手が悪すぎた。

 

「体格差があろうと、筋力差があろうと、お前ではゼオンと共に答えを出す者(アンサートーカー)を戦闘に生かす訓練を積んだオレには勝てない」

 

 “知っている”と“出来る”では違いがある。

 デュフォーが如何に優れた“答え”を出そうとも、追随出来る身体能力や反応、そして対応力がなければその“答え”を実現することは出来ない。

 そのズレを理解していたデュフォーは、ゼオン自身の訓練と共に彼自身もこれから来るであろう戦闘の為に修正を行っていたのだ。

 

 ゼオンという魔物の中でもトップクラスの戦闘力を持つ相方だからこそ、彼に求められるパフォーマンスは他の魔物に比べると段違いに高い。

 守られながら術を打つためのタンクのような戦いをしていてはこの戦いで生き残ることは出来ない。魔物から攻撃されることはあるだろう。パートナーだけで危険を冒す必要もあるだろう。自分だけで魔物と相対しなければならない瞬間もあるかもしれない。

 その全てに対応する為に、ゼオンのパートナーである為に、デュフォーも日々の努力を怠らなかった。

 地獄のような訓練だと、周りからは視えたかもしれない。胸の奥で燻る憎しみと、吹雪の中で灯された火と、あの夜の温もりがあればその程度の痛苦など彼にとっては取るに足らない事柄だった。

 

 引き倒され、関節を極められ、ステングの動作は全て封じられた。

 大地に抑えられる頬。上から抑えられる力によって、ステングは土を舐めるしかない。

 屈辱の土の味に、ステングは怒りで頭がどうにかなりそうだった。吠えることも、怒鳴ることも、吐き捨てることもできず……血走った眼で大地を睨みつけるしか出来ない。

 

「……」

 

 無言でステングを見つめるデュフォーの瞳は冷たい。極寒の冬のようなその瞳には、哀れみの感情一つも浮かんでいない。

 虫けらを見るのと変わらない視線は、ステングの命になんの感情も持っていない。

 

 ステングは無力化され、バルトロも戦意を喪失。あとはデュフォーがステングの意識を断って本を燃やせばいいだけ。

 

 横で震えていたバルトロの頭には、先ほどのステングの視線が反芻される。

 

 期待を向けていない目。失望、落胆、幻滅……もはやステングにとって、バルトロという存在は共にあるモノではなくなったと、そう言っている眼差し。

 

 は、は……と短い息遣いで、バルトロは締め付けられる胸を抑えた。

 

―――イヤダ

 

「助けを求めないのか?」

 

 バルトロに、とはデュフォーは言わない。

 わざわざ彼の顔をそちらに向けて目くらいは合わせられるようにしているのに目線さえ合わせないステングは、もうバルトロになんの期待もしていない……そう見える。

 ステングの傷つけられたプライドが、無様に助けを求めることを拒否しただけかもしれない。事実、そうなのだろう。一人で無様に負けた上に誰かに頼りたくないと彼は思っていた。

 しかしバルトロにとっては、もう自分がパートナーではないと突きつけられたようにしか思えない。

 

 じわじわと目に浮かんでくる雫。出会いの思い出と交わし合った笑顔。悪に走ったのは己も同じだが……二人で共に過ごしてきた数か月は彼にとってかけがえのないモノ。

 ほろりと……頬を伝った涙。

 

―――このまま別れるのは……イヤダ

 

 震える身体はまだいう事を聞いてくれない。

 

 遠くに感じる圧倒的な魔力の気配が恐ろしくて仕方ない。

 

 目の前の感情一つ浮かべない人間が怖い。

 

―――それでも……

 

 心が抵抗を示した。

 短い息遣いが荒くなっていく。零れる涙が止まらない。震えはあるが……力は入る。

 

 顔を上げた先、デュフォーと目が合った。その瞳には、驚愕の色。

 

 ステングは未だにこっちを向いてもくれない。自問する。

 

―――このまま呆れられたままで、ステングと共に舐められたままで……いいのか?

 

 ギリ、と噛みしめた歯が拒絶を示した。否、否、断じて否だと。

 

―――ボクは……ステングと一緒に……見返すんだっ

 

 バルトロは泣きながら、震える身体を構えた。怖い、怖くて仕方ない。だが……此処でステングと一生の別れをする方が怖いと、そう思った。

 

「――――――っ!」

 

 声なき叫びを上げて、バルトロは飛びかかる。

 目を見開いたデュフォーは、バルトロが構えを取った時にこうなる“答え”が出ていたにも関わらず……動けなかった。

 

 怯えを持ちつつも相棒を助けようと振り絞った勇気。

 バルトロの渾身の爪が振り下ろされ、静かな風が一陣吹き抜ける。

 

 

 バサリ……と純白のマントが風に靡いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギガノ級の術すら弾くマントは、たかだか下級の魔物風情に傷つけられることなどない。

 

 ずっと見ていた。表情が見える距離ながらも空の上で。デュフォーとこいつらのやり取りをずっと見ていた。

 

 どうやらデュフォーがガッシュ達の為にと準備していたのはこいつららしい。成長の為の当て馬にしたというところ。

 デュフォーなら一人で後処理くらい出来るだろうと思っていたが、最後の硬直は明らかにおかしかった。

 

 すんでの所でオレが介入出来た。ただ……この魔物の攻撃をマントで受けることはしなかった。したくなかった。

 

 爪が肌に食い込む。魔力を流しているから手ひどい傷にはならない。かすり傷のような僅かな傷にすぎない。

 しかしデュフォーはオレのその対応にすら驚いている。

 

「……何故だ」

「さてな。オレにも分からん」

 

 介入した一瞬で、オレはこいつの攻撃を避けてはならないと、そう思った。デュフォーはオレの行動に疑問を持っているようだが、オレにすら分からんのだからどうしようもない。

 僅かな痛みが、目の前の魔物の涙塗れの瞳が、震える爪の感覚が、オレの心を疼かせる。

 

 デュフォーにもオレにも、“答え”は出ない。

 

 だがこの胸に響くナニカは……オレにとって必要だと感じた。

 

「デュフォー、やれ」

「……ああ」

「ぐっ!」

 

 答えを出す者(アンサートーカー)でオレの考えを読み、デュフォーが人間の意識を断ち切った。

 

「ガァ―――ッ!!」

「……フン」

 

 瞬間、飛びかかってきた魔物の首を掴み上げる。

 今にも逃げ出したいというような気を放っているくせに、魔物は逃げようとしなかった。

 あまつさえ、人間に危害を加えたら攻撃に移るなど……恐怖に支配されたモノにはありえない行動だ。

 

 こちらを睨みつけてくる魔物の目は、憎しみではない光が宿っている。

 

「バルトロ、とか言ったな? よくこのゼオンに向かって来た」

 

 歯を見せて唸る相手ににやりと笑いかける。

 ガリガリとオレの腕を掻いて抜け出そうとするも、その程度で逃がしてやるわけもなく。

 

「貴様のその勇気、称賛に値する。まさか貴様のような弱い魔物がオレとの魔力差の恐怖を乗り越えてオレに攻撃してくるとは……クク」

 

 少しだけ、心が弾んだ。

 ガッシュを傷つけた魔物とそのパートナーとはいえ、それを責める気持ちが消えてしまっていた。

 

 デュフォーが隠していたのはこいつらが狡い三下だったからというのは先ほど理解した。

 確かにこんな奴らの悪事を利用してガッシュの当て馬にするなど、オレの心を不快にする選択だが、デュフォーの能力による“答え”ならば少しは呑み込んでやる。

 

 もちろんデュフォーには後で説教だが。

 

 ただ、この結果は予想外だ。

 

 こいつはただの三下ではなくなった。その事実が、オレの心を弾ませた。

 

 恐怖を乗り越え、勝ち目などないと分かっているのにパートナーとの未来の為に拳を振るったバルトロ。

 デュフォーに向かっていったこいつの目には、憎しみや怒りだけではなく、純粋な想いが宿っていたのだ。

 

 ああ、そうか。分かった。

 

―――オレは……その想いの拳を受け流したくなどなかったのだ。

 

 オレがガッシュの為に拳を振るおうと決めた時のように、バルトロはパートナーと想いを重ねて拳を振るった。

 

「言え……お前はなんの為に戦おうとした?」

 

 紫電で射抜く。

 大地に身体を下ろしつつも首からは手を放さず、威圧を込めてバルトロを睨む。

 

 ヤツはオレから視線を放さない。涙を零し、身体を震わせながらもオレを睨み返していた。

 

『……ステングとボクを舐められたままで、いられるか』

 

 悔しさと屈辱と怒りを混ぜたような声。

 パートナーの気持ちをも含めて込められた想いが、オレの心にすっと届く。

 

 聴いているか、デュフォー。

 お前の行動がこいつの心を染め上げた。

 お前の行動がこいつに恐怖を乗り越えさせた。

 

 そしてオレの心に、こいつの想いを届けさせた。

 

 自然と口角が吊り上がる。

 強大な相手に立ち向かわんとするその心は……まさに、オレの行動理由と合致している。

 

 そうだ。そうだよな。

 

―――思惑通りに操られて、好き勝手に使われて……それでいいわけがないよな。

 

 敵に歯向かうモノは好ましい。理不尽に抗うモノこそ素晴らしい。

 

 デュフォーは図らずもオレの父と同じようなことをしてしまった。そうして生み出されたオレと同じような心を持つモノを、オレはどう対処するべきか。

 

 父と同じように、オレを憎めと言うべきか?

 

 否、否だ。

 

 オレはあいつとは違う。ステングとやらに理不尽を強いたりはせず、策で縛り上げたりしない。

 バルトロと真正面から向かい合おう。バルトロの想いと向かい合うのに必要なのは……

 

「いいだろう。なら証明して見せろ。お前自身の価値を」

 

 言いながら放り投げる。

 デュフォーに一つ頷き、オレはバルトロと向かい合った。まず言っておくことがある。

 

「お前もステングとやらも罰を受けるべき悪人だ。それを忘れて都合よく見逃すことなど、王を目指すモノとして看過できん」

 

 デュフォーが利用する前に聞き出していれば止めていたモノを……過ぎたことは仕方ない。

 

 罪には罰を。王を目指すモノとして、そこは譲ることの出来ない線引きだ。

 

 ステングとやらは人間の法で裁かれるべき。オレ達がでしゃばるべきではない。例え魔物の力を利用していたとしても、悪事は悪事だ。

 

「魔物のお前は人間の法では裁けない。そしてお前を裁く権利はオレにもない。だが……お前とパートナーの“別れの刻”を奪うことが、罰になってくれることと願おう」

 

 断罪の代行者などになるつもりはない。

 罰とは、悔い改める為の手段だ。オレがこいつを断罪する権利はない。その権利を持つのは被害を受けた人間達だけなのだから。あの人間達の元に突き出してもいいが、裁く法がないのだからさらし者にされて嬲られるくらいしかないし、そんなことは意味がない。

 

 バルトロの悪事の分もステングが背負い裁かれ、バルトロはパートナーに失望されたままで魔界に帰る。

 

 それがこいつらにとっての終わり、そして罰。

 オレが終わらせる。こいつらの戦いを。

 悪人としての罰を受けるのなら無機質な終わりではなく、パートナーと戦った戦士として。

 

「せめて抗え、最後まで! 無様に震えていたお前ではなく、最後はパートナーが認めたお前で在れ!」

 

 幾瞬、風が吹いた。

 

「――――――ッ!!!」

 

 拳を握り、構えたバルトロが大きく吠えた。

 

 咆哮と同時に飛びかかってきたヤツの身体は、もう震えていなかった。

 涙を流しながら飛びかかってくるヤツに……オレは真っ直ぐ掌を向ける。

 

 悪事を働いたヤツとはいえ、想いを胸にオレに向かって来たせめてもの敬意だ。強い術で送ってやる。

 

 

「やれ! デュフォー!」

「ジャウロ・ザケルガ!!!」

 

 

 眩い閃光が林を包み、幾本もの雷撃がバルトロを呑み込んだ。

 

 そのうちの一本がステングの持っていた本を燃やし尽くし、バルトロは光が収まる頃には消えていた。

 

 

 何が正解だったかは分からない。

 後悔など全くない。

 

 ただ、バルトロが少なからずパートナーに絆を感じていたことだけは、オレの胸に残った。

 

 

 気絶しているステングを置いて帰る前に、デュフォーにオレは一つ頼み事をした。

 瞬間移動で部屋に戻り取ってきたのは一つの紙きれ。

 デュフォーに一文を書いてもらってステングのポケットに捩じり込んだ。

 

 

 

 檻の中で、せめて少しでもバルトロのことを思い返してくれることを願って。




読んでいただきありがとうございます。

バルトロとステングの出会いについては扉絵からの妄想です。
拳で語り合った関係であってほしいなって思いました。



これからも楽しんでいただけたら幸いです。


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第十三話:互いに一歩進んで

 イギリスのとある森の中。

 プロフェッサー・ダルタニアンに爆発のあった場所を教えて貰い、清麿達はそこへ向かっていた。

 

 ガッシュが途中ではぐれるというアクシデントはあったモノの、清麿はガッシュを確認をしながら歩くこと数十分。

 

「今度はちゃんとついてきてるな、ガッシュ?」

「ウヌ、大丈夫なのだ」

「しかしあの人が居てよかった。思わぬところで道が分かった。これで……」

 

 木々の間を抜けた先。

 其処にあった光景を見て清麿は言葉を失った。

 

 隕石が落ちたようなクレーターが一つ。そして極大のビームが木々を薙ぎ払ったような後が一つ。

 合計二つの術の痕跡があった。

 

「まるで隕石が落ちたような……ここだけ木が残っていない。地面にも高温で焼けた跡がある」

 

 大地の異変に近付いて確認していく清麿。周りになぎ倒された木は焼け焦げていて、その力の大きさを示していた。

 

「こっちも……すごいな。自然に生えていたはずの木が一直線に焼けてる。燃やして途中で火が消えたのとはわけが違う。前に戦ったロブノスのビームよりも大きいナニカが、一瞬で木をここまで焼き尽くしたんだ」

 

 数十メートルはあろうかという長さで焼けた木。クレーターから五メートルほどの場所にそれはあった。

 木々の様子からその時の状況を推察していく清麿は、間違いなくこれは魔物の術の痕跡だと確信していく。

 

―――ガッシュのザケルよりも遥かに大きい力。炎系の魔物? それともビーム? いや……クレーターの感じからすると……雷もあり得る……そうだ。

 

 思考に潜り始める前にふと気づく。

 

「ガッシュ、何か思い出すことは―――」

 

 振り向いて話しかけると、

 

「ガ、ガッシュ!?」

 

 己の腕で自分を抱きしめて震えているガッシュが居た。

 

「す、すまぬ清麿……震えが、ふ、震えが止まらぬ」

 

 声さえも震え、荒い息で話す彼の様子に清麿は固まった。

 

「こわいのだ……な、なぜだか分からぬが……ここが、此処がとてもこわいのだ……」

「ガッシュ、落ち着け……」

「うぁ……うぁああああ」

 

 落ち着かせようと肩に手を置くも、ガッシュの震えは止まらない。

 

「ガッシュ! すぐにこの場を離れ―――」

「うわぁああああああ―――っ」

 

―――ガッシュの身体が……金色(きんいろ)に……

 

 変化は突然起こった。

 震えるガッシュの身体が金色に光り出したのだ。

 

「ガッシュ! 落ち着け! 俺の声が聞こえるか! 返事をしろ!」

「わぁああああああああ―――っ」

 

 いくら声を掛けてもガッシュは震えて叫ぶばかり。

 

―――ダメだ、目を開けてられない。

 

 強くなる光に、清麿は耐えられず目を瞑っていく。

 輝きが増すにつれて、ガッシュから何らかの力が発されて清麿はその身体から手を放した。

 

「うあああああああああ―――っ」

 

 大地に伏せた。輝きと力をやり過ごそうと耐えること数瞬。徐々におさまっていく光が完全に消えたのを見て、

 

「ぐ……ガッシュ……ガッシュ! ガッシュ!!」

 

 清麿はへたりと座り込んでいるガッシュへと強く声を掛けた。

 

「ガッシュ! 大丈夫か!? 俺が分かるか!?」

 

 ビクリと震えたガッシュが振り返る。

 

「清……麿……」

 

 名を呼ばれてほっと息を零した。

 

「ハッ……なんだよ、あせらせんなよガッシュ。あんなすごい光を放ってよ。俺は一体何が始まるのかと―――」

「清麿」

 

 安心して語り掛ける言葉の途中で、ガッシュが身体を向けて声を挟んだ。

 

「私はこの森を知っている」

 

 呆然と、一寸思考に空白が出来た。

 

「な、何!? 何か思い出せたのか!?」

「私は昔、ここに住んでいた」

 

 記憶が戻ったのかと思い尋ねると、ガッシュがつらつらと語り始めた。

 

「この世界にきてから、本の持ち主が見つからず、この森を寝床にして暮らしていたのだ……。昼は森の動物たちが遊んでくれたから良かったが……夜は……」

 

 ふるり、と身体を震わせる。

 

「夜になると、とても寂しかったのだ。夜の闇が、世界でたった一人になってしまったかのように思えて……いつも陽がのぼるまで怖くて眠れず……空が明るくなった頃にほっとして寝ておった」

 

 泣きだしそうな声は、きっとその時の事を思い出してのこと。

 

「私は毎晩……ウヌゥ……確か何かに……何かに縋って過ごしておった。何かに縋り、何かを求め、何かを願って……そして何かをしたくて、私は夜を越えておった。それらが何かまでは……思い出せぬ」

 

 苦しそうに頭を押さえて語るガッシュは、己の欠落した記憶の断片を探そうと必死に目を瞑るも思い出せず。無理をするなというように清麿が肩に手を置いたことで一息ついてから、続きを語りだす。

 

「そうだ……そんな夜明けが続いたある日のことだ……私の前に……誰かが来た」

 

 そいつがこの焼け跡の原因か、と清麿は予測しながら頷いて続きを促した。

 ただ、ガッシュは苦しそうに呻く。

 

「う……うぅ……」

「大丈夫か? 無理に思い出さなくても……」

「だ、大丈夫なのだ清麿……これはきっと、絶対に思い出さなければならぬと……何故かはわからぬがそう思うのだ」

 

 頭を抱えて蹲る。必死に記憶を探しているガッシュを清麿はただ待った。

 

「うぐぅ……」

 

 ズキリ、と頭が痛んだ。歯を食いしばって耐える。

 ガッシュがいくら思い出そうとしても、誰かが来てからどうなったかが、どうしても思い出せない。

 

 ガサリと音がして、自分が木の洞に隠れたことまでは思い出せた。

 大きな獣かと思い、早く通り過ぎてくれと願って震えていたことも思い出した。

 しかしソレが獣でないと気づいて外に出て……それが人型であるにも関わらず、“誰か”であることが、どうしても分からない。

 そこからどんなやり取りをしたのかも、ノイズが掛かったようになって観えない。

 

 頭の痛みはじわじわと、二本の角を中心に全体に響いて来ていた。

 読み取れない思考を進めていく。

 

 自分は何かを話していた。

 何かは分からない。その時の自分の感情さえ思い出せない。

 

 ズキリ、と胸が激しく痛んだ。

 ぎゅう、と胸が大きく締め付けられた。

 とても苦しくて、切なかった。

 思い出せないのに、ガッシュの中のナニカが勝手に反応していた。

 

 ぽつぽつと、大地に染みが出来ていく。

 

「あ……あれ……?」

 

 ポタリ、ポタリと……勝手に涙が零れていた。

 

「ガッシュ……? お前……泣いてるのか?」

「ウヌゥ……ど、どうしたのだ、わ、私は……どうして……?」

 

 ぽたぽたと落ち続ける涙と、なくならない胸の痛みと切なさ。

 ぐしぐしと拭っても拭っても収まらない雫。

 

「う……? 涙が……止まらないのだ……あ、あれ?」

 

 何度も何度も、彼は零れる度に拭う。けれども止まることはない。

 

「ふ、ふふ……私は……どうして……」

 

 戸惑うガッシュは、胸を押さえて辛そうに笑った。わけがわからない涙を清麿に見られたくなくて背中を向けて……でも苦しくて……蹲る。

 その小さな背中が、幼子の背中が、あまりにも哀しくて、見ていられなくて……そっと、清麿はガッシュを後ろから抱きしめてあぐらの上に乗せた。

 

「き、清麿?」

「無理しなくていい。落ち着くまでそのままでいろ」

 

 わけが分からないままに泣くガッシュを、清麿は無言で包み込む。 

 出会ってから一緒に戦って来たが、自分は化け物だと傷ついていた時よりも苦しそうなガッシュに、清麿はこうすることくらいしか出来ないと思った。

 

 清麿が見た背中は、ただの子供の背中だった。独りぼっちで生きてきた幼子の、誰かに縋りたくても縋れなくて、それでも己の不幸を憎めないような……否、憎み方すら分からないような、そんな背中だった。

 

 声を出すこともなく、泣き叫ぶこともなく……しばらくガッシュは、止まってくれない涙を流し続けていた。

 背中に感じる温もりに、何処か既視感を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さわさわと風が吹いていた。

 木々が涼やかに揺れていた。

 

 幾分経って、ガッシュの涙が止まった。

 

「ありがとう。もう大丈夫だぞ、清麿」

「ん、そうか。無理はするなよ?」

「ウヌ! でももう少し頑張ってみるのだ!」

 

 明るい笑顔を浮かべて膝から下りたガッシュに、清麿は微笑みかける。

 瞑目して頭を押さえるガッシュは、少しして目を開けた。

 

「思い出せぬ所は省こう。そのモノと何を話していたかまでは思い出せんが、その後、私は……何かを持っていた。この手に」

「それが何かってのは」

「分からん」

 

 何かはガッシュには分からない。重要なモノだったような、そうでもなかったような……曖昧な感覚。

 

「それを掲げた時、唐突に光りだした。その光は……空から雷が降ってくる時の色に似ていたのだ」

「雷と、同じ色?」

 

 言われて思考に潜る。もし、それが魔界からガッシュが持ってきたモノだとしたら……と。

 

「そのあとは……?」

「え……っと、分からん」

「んん?」

「それがな……その光の後に私が覚えているのは地面なのだ。たぶん……蹲っていた」

 

 疑問だらけになる思考。清麿はその時の状況がつかみきれない。

 

「手に持っていたナニカが光って、雷っぽいのが飛び出したとして……ガッシュは蹲った……」

 

 腕を組んで首を捻るも、いまいち把握できなかった。

 

「ただ……手に持っていたナニカが、放そうとしても放せなかったのは覚えている。そのナニカが私から……」

 

 ハッと息を呑んだ。

 フラッシュバックのように思い出される光景。

 

 己のつぶやきが耳に聞こえた。

 

―――イヤだ、イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。やめて、取らないで、奪わないで、なくさないで、消さないで、大事なのに、大切なのに、残さなきゃなのに、思わなきゃなのに、やっと……やっとゼ■■お■ちゃんと■■■のに……取らないで、壊さないで、奪わないで、やめてやめてやめてやめてやめてやめて―――

 

 ガッシュはその時のことを思い出したようで、頭を抱えて震えだす。

 

「ガッシュ!?」

「だ、大丈夫なのだ。そうだ……あの時、私は……手に持っていたナニカから……記憶を吸い取られていた」

「なにっ!?」

 

 震える声で、ガッシュは続ける。

 

「頭の中を掻きまわされるような感覚と、壊されるような感覚と、一つ、一つと消えていく消失感。私が持っていたのは……水晶のようなモノで……その中に、失われたモノが映っていたのを、覚えている」

 

 ノイズだらけながらも断片的に観えるその過去の記憶を、ガッシュは清麿に伝えていく。

 

「だから、ソレに記憶は吸い取られた、と思うのだ……」

 

 記憶喪失ではなく、記憶を奪われた。

 その事実に、清麿は目を見開く。

 

―――なら、ガッシュの記憶を戻すには……その水晶みたいなもんを探さなきゃならねぇってのか。

 

 一つ情報を手に入れてもまた新たな問題が生まれてくる。

 

―――ならなんでこの森での記憶は覚えているんだ? いや……もしかして……断片的に記憶を奪われた感じか?

 

 予測を組み立てて、頭脳をフル回転させてガッシュについて思考を巡らせる。

 今はもっと情報を、と望んだ。

 清麿は大きく息をついてガッシュを見た。

 

「そうか。まだ続きは思い出せるか?」

「……」

 

 また目を瞑ったガッシュは、静かに呼吸を行って記憶を思い返そうとしていた。

 しばしの沈黙……後に、目を開いたガッシュの顔が悲痛に歪む。

 

「……掌と」

「掌?」

「ウヌ……そして……紫電の瞳」

 

 思い出した一ページ。目の前に立っていた人物の顔を、ガッシュはそこで思い出した。

 

「私と同じ顔をした、子供がおった」

「……」

「向けられた掌と、憎しみと哀しみに染まった紫電の瞳。流れる涙。そのモノは……私を(・・)……」

 

“きっと、憎んでいた”

 

 ぽつりと、最後に零された言葉が清麿の胸に響く。

 

 自分の掌を見たガッシュは、また震えだす。

 無言で、言葉も紡げず、ガッシュはただ震えた。

 記憶がないから思い出せない。憎しみの感情を向けられるほどのナニカを自分がしてしまったのだと、ガッシュはそう思った。

 

 また、ズキリと胸が痛んだ。

 

―――私は……そのモノにどうして憎まれるようなことをしてしまったのか……どうしてこんなに……胸が苦しい。

 

 握らずに開いたままの彼の掌。掴もうと握ることさえせずにじっと見つめる。

 きゅっと清麿がその手を握った。

 

「お前はお前だ。過去がなんであれ、俺はお前を信じる。大丈夫、大丈夫だ。だから……もう泣くな」

「え……?」

 

 また零れ始めていた涙に、ガッシュは漸く気づく。

 ぽん、と清麿は彼の頭に手を置いた。

 

「そいつにもきっと理由があるんだ。ティオも言ってただろ? イギリスで見かけたガッシュに似たヤツから悪い気配はしなかったって。だからさ、一緒に探していこうぜ。多分、記憶を吸い取った水晶はそいつが持って行っただろうし、そいつならガッシュの過去とかいろんなことも知ってるはずだ。一緒に探して、見つけて、話を聞いて……」

 

 力強く、光に溢れた瞳で語る清麿の温もりが、ガッシュの涙を止めていく。

 

「こうして、出会った時のやさぐれた俺にしてくれたみたいに、手を繋げばいい。お前なら出来る。そうだろ?」

 

 心まで広がるその暖かい光が、ガッシュの顔に笑顔を戻す。

 

「ウヌ! そうなのだ! もしかしたらトモダチになれるかもしれぬしな!」

 

 花が咲くように笑ったガッシュの頭を、清麿はグシグシと撫でやった。

 

「よし! それでいい! じゃあ、まだ何か思い出したことはあるか?」

「うーん……思い出せるのは多分、そこまでなのだ……あ!」

「おっ! まだ何かあるか!」

 

 最後の確認の為に聞くと、もう思い出せることはないらしい。

 のちにと大きな声を出したガッシュに期待を向けるも―――

 

「あそこにダルタニアンが!!」

 

 妖精のコスプレをした大学教授を見つけて、清麿はずっこけることとなった。

 

「あ、あああ、あんた! 何してる!?」

「ついてきたんだよ! それよりお前達! さっきの光はなんだ! 私は腰を抜かしたぞ! さては数か月前の爆発もお前達が―――」

「違う! 俺達じゃない!」

「ならそのカバンを見せてみろ! それも金色に光っていたぞ!」

「なにっ!? カバン……まさかっ」

 

 出づらい雰囲気に隠れていた教授に問いかけるが、話をずらされた先で指摘された事柄に、清麿は目を見開いてカバンを開いて本を取り出した。

 

「……っ! 第四の呪文が出てる!」

「何!? 本当か清麿!」

 

 喜ぶガッシュと共に、ページを開いて術を確認した。

 

「第四の術……バオウ・ザケル……おっと! あぶないあぶない!」

「ウヌ! 気を付けるのだぞ、清麿!」

 

 勢いで唱えそうになったところをどうにか抑えた。

 二人で目を合わせて笑い合う。ガッシュもまた一歩、この戦いの次のステージへと踏み出せたことに喜んでいた。

 

―――よし、よしっ! ガッシュと似たヤツとガッシュの過去は気になるが、これで俺達は一歩進んだんだ。

 

 いろいろと不安なことはあれど、一つ一つと、一歩一歩と進んでいけることが、今はただ嬉しかった。

 

「ガッシュ……強くなれ! 強くなって、そいつに会おう! そして記憶を取り戻して、友達になって……」

 

 言葉を区切ると、ガッシュが続きを笑顔でつないだ。

 

「ウヌ! この戦いを乗り越えて、優しい王様になるのだ!」

 

 そう、いつか必ず出来ると信じて。

 彼らは少し手に入れた断片を持って、先へと進んでいく。

 繋いだ手は絆。二人なら乗り越えていけると、ガッシュも清麿も感じていた。

 

 

 

 ズキリ、と。

 

 ガッシュの頭が痛んだ。

 

 その小さな痛みを、ガッシュは気にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中。

 

 森に仕掛けられた機材から送られる音声を無線で聞いていたデュフォーは……新しく出た“答え”を確かめる。

 

 何度確かめても、その“答え”は変わらない。

 

「……現地に行かずに部屋で居て正解だった。やはり“バオウ”はゼオンの憎しみと雷の味を覚えている。不完全とはいえ使われる為に魔本に出てくるなんてな……」

「……」

 

 ゼオンはただ無言で、無線をじっと見つめるだけ。

 不思議に思うも、何か考えることがあるのだろうとデュフォーは声を掛けずにいた。

 

「……ガッシュはいいパートナーに出会えたのだな」

 

 ほっとしたような、それでいて淋しいような声が零れ落ちる。

 

「しかしそうか……オレはガッシュの記憶の中で、あいつを憎んでいるように覚えられているのか」

 

 マントごと胸を掴んで握るゼオンは、必死に感情が溢れるのを抑えているかのよう。

 

「それに……トモダチ、か」

 

 苦笑を零しながらの発言を聞いて、デュフォーの胸がまたあの時のように小さく痛んだ。

 

「オレとあいつは、いつになったら家族になれる……いや、失言だ。忘れてくれ」

 

 つい、無意識でぽろりと落ちてしまった本心。弱音と言ってもいい一言を慌てて取り繕ったゼオンは首を振ってからデュフォーに目を向けた。

 瞳の輝きは陰りなく。弟の現状を理解し、記憶の食い違いを知ってもその意思が揺らぐことはない。

 

「デュフォー。お前の能力で新たに出た答えを教えてくれ」

 

 ガッシュと自分がこれからどうすべきか。会いたいなどとは、もう二度と口にしないのだろうなと、デュフォーは感じた。

 

「……記憶で見せた通り、“バオウ”は危険だ。アレはゼオンの雷と憎しみを欲して無理やりにガッシュの術として本に現れた。通常の術のように魔物の成長や感情に呼応して出てくるのとはわけが違う。アレは生きて、意思を持っている」

「やはりか」

「ああ。今は中途半端に封印された状態だから術としての威力はギガノと同等程度で、ガッシュが使う分にも問題はない。だが……ガッシュの成長が追い付かず、ガッシュがなんらかの形で憎しみに染まってしまえばアレは封印から解き放たれて表に出てくる。断片的にしか“答え”は出ていないが……お前が止めに入るとしても、“ジガディラス”で勝てるかどうかも怪しいし、お前の雷すら餌として成長する可能性が高く、そうなるとおしまいだ。ガッシュが魔界に帰っても同じ。記憶なく魔界に帰ってしまうと、中途半端に封印が解けている今では何が起こるかわからない。お前の父や……“黒騎士”というモノですら止められないと“答え”が出ている」

 

 人間であるデュフォーが魔界の事情すら話して止めるのならよほどのこと。

 欲望に塗れた大人は必ず居ると、ゼオンは知っている。何より……ゼオンはもう、ガッシュを独りぼっちにしたくなかった。

 

「ならばやはりガッシュの成長を待つことが最優先、というわけだな」

「ガッシュ自身の心の成長がこの調子でいくなら……そうだな、魔物の残りが二十人ほどになる頃に、雷の力を強くするよう干渉し始めるのが頃合いだ。負けることがないように最低限の手助けはするとしても、ブラゴ並みの強敵や五対一のような不利な戦い以外は無干渉を貫くべきだな。あのパートナーの優秀さならば乗り越えられる」

「会話を聞いた限り、あのパートナーなら十分に任せられるだろう。戦闘面もお前が言うなら問題はないか」

「昔は荒れていたようだが、ガッシュが変えたと“答え”が出ている。築かれている信頼関係はかなり高く、明晰な頭脳と不屈の精神でガッシュを勝利に導くのにとても適していて、息の合い方はブラゴ達にも劣らない」

 

 コクリと頷く。

 パートナーとしての人間性も性格も問題がなく、ガッシュのことも大事にしている様子を知ったゼオンの安心はとてつもなく大きい。

 

「フ……どうしようもないのは分かっているが、少し……あの人間が羨ましいな」

 

 ガッシュとまるで兄弟のように支え合っている様子を聞いていたのだ。嫉妬してしまうのも、羨望を持つのも仕方ないこと。

 言ってもしょうがないと思いつつも口に出すのは、デュフォーになら吐露しても構わないと思ったからだ。

 

「オレには分からないが、まあ、いいな、とは思う」

「ほう? お前にしては珍しいじゃないか。何か気付くことがあったか?」

「……笑い合っている声がな。あの夜のお前とガッシュみたいで、それを聞いていると……」

「なんだ?」

 

 少しだけ首を傾げて考えた後、デュフォーは胸に手を当てて言った。

 

「此処が、暖かい気がする」

「……そうか。その感覚を忘れるな、デュフォー。お前がこの先、罪の贖罪(・・・・)を他者にしていく為に、必ず必要になってくるはずだ」

 

 言いながら、コツンとゼオンは小さな拳をデュフォーの胸に当てる。じっと胸を見やる彼の表情は、その分からない感覚をなくすまいとしているように見えた。

 

「お前の判断はある意味で正しかった。オレ達はヒーローではない。清濁を併せのみ、非情な決断も出来なければ王にはなれないし、これから先、ガッシュの成長という目的の為には人間や魔物を生贄にすることもあるだろう。しかしそれを出来る限り回避し、最善の決断を下すことこそが王の選択だ。犠牲者や被害者など……効率的だからという“答え”だけで、早計に出すモノではないのだから」

「……すまなかった」

「いい。過ぎたことだ。他者も己も、命の価値が分からないお前に、悔いることはまだ出来ないだろう。まだいいんだ。少しずつでいい。その胸にある暖かさを忘れるな。だからこそお前は、この戦いが全て終わった時にこの村に来なければならない。きっとその時、お前が胸の温もりの“答え”を得ていたなら、きっといい結果が訪れるはずだ」

 

 ゆっくりと、ゼオンは拳を前に突き出した。デュフォーは一寸首を傾げたが、同じように拳を上げて其処に当てる。

 

「いつも通り。一緒に、だ。これからお前の罪はオレの罪。他者を傷つけたならその分救え。一人でも多く、大きくな。その代わり……」

「お前がガッシュの為に背負う罪を、オレも背負おう。人が傷つけられるのも、命を落とすのも出来る限り避けたうえで、ゼオンの願いを叶える為に共に在る」

 

 よしよしと口にしつつ、ゼオンは満面の笑顔を浮かべて頷いた。

 

「頼りにしている。デュフォー」

 

 合わせた拳が放される。其処に在った暖かさは、ガッシュ達の様子を見て胸に沸いた温もりと似ていて。

 

 デュフォーの頬が自身もゼオンも知らぬ内に、僅かに緩んだのだった。

 

 彼の心にも、一歩だけの変化が訪れたのやもしれない。




読んでいただきありがとうございます。


原作と微妙な差異があるイギリスの森での話。
ガッシュくんと清麿は手を繋いで、ゼオンくんとデュフォーは拳を合わせて踏み出す一歩。

次からヨーロッパを出ます。

これからも楽しんで読んでいただけたら幸いです。


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第十四話:青空の下のお茶会

お仕事が忙しくて遅くなってしまいました。申し訳ありません。
いつもありがとうございます。


 これほどまでに追い詰められたのはいつぶりだったか。

 

 あの時……親友と出会ったあの崖下での一時以来だろう。

 

 いや、きっとあの時よりもひどい。何故なら自分はもう、一歩だって動けないのだから。

 

 身体から滴る血が止まらない。頑強に出来ているはずのこの身体は……自分達よりも弱いと思っていた“人間”という種族によって追い詰められた。

 

 魔界の王を決める戦いの為にこちらに来たのはいいが、自分の恐ろしい見た目は人間を恐怖させるのに十分すぎて、森の中で偶然に姿を目撃されてからずっと人間達に追われていた。

 

『話を聞いてくれ。私はお前達人間の敵ではないんだ』

 

『ウソを吐け! そうやって油断させて俺達を取って喰う気なんだろう! お前のような化け物の話など誰が聞くか!』

 

 語り掛けた自分の声は彼らの耳には届いていても、この見た目が与えた恐怖によって信じてなど貰えず。

 

 敵意は、彼らの持つ武器によって自分の身体を貫いた。

 

 初めは数発。次に十数発。

 

 鉛玉を発射しているらしいその武器によって、自分は魔物の術を受けるよりも酷いダメージを負ってしまった。

 

 幸いなことに急所をやられることはなく。しかしながら受けた鉛玉が多すぎた。

 

 どうにか力を振り絞って跳躍して遠くに逃げたはいいものの……もう、身体がいうことを聞いてくれそうにない。

 

 視界が霞む。

 

―――戦いによって命を落とすのではなく、こんな終わりを迎えるのか、オレは。

 

 ぼんやりとした思考で思ったのはそんなこと。

 

 別に誇りなどは抱いてなかったが、自分のことを勘違いされたままで終わるのは……寂しく感じた。

 

 何故だろうな。

 

 不思議と“人間”という種に対して憎しみはわかないんだ。

 

 死ぬほどの重傷を与えられたっていうのに。

 

 多分、親友に出会ったからだろうな。

 

 親友なら……自分の大切な友のガッシュなら……話を聞いてくれと、最後まで訴え続けただろう。

 

 昔の自分なら間違いなく人間に爪を立てていた。でも、今回はただ逃げた。戦うことが間違いな気がして。

 

 

―――オレは、少しはガッシュのようになれたのだろうか。

 

 

 あの優しくて強い、オレの大切な親友のように。

 

 

 ふと……オレの身体に違和感を感じた。

 

 ずるり、ずるりと……ゆっくりではあるが勝手に動いていた。

 

 霞んだ視界で必死になってその正体を見る。

 

 そこには小さな……小さな背中があった。

 

 いつのまにか台車に乗せられていたオレは、小さな背中に運ばれていた。

 

 昔に見たことのある、あいつの背中のような、小さいのに大きな背中。

 

 

 

 薄れゆく意識の中で、親友と重なるその姿に……オレは何処か安堵と憧憬を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

「ふむ……やはりヨーロッパの国とはだいぶ街並みも違うな」

「東南アジアの気候に合わせた建築がされているからな。歴史も宗教も文化も全く違うから気を付けろ」

 

 ガッシュの様子を確認してから一月が経った頃。漸くヨーロッパの国々をある程度回りきった。

 主要都市や大きな街、有名な観光処ばかりではあったが、デュフォーと共にそれぞれの国の文化や風習を見て回る日々は悪くなかった。

 

 イロイロと国々を回ったが、オレ達は一応の主な拠点としてオランダに居を構えることとなった。魔力でのポイントを設置しているため瞬間移動を使えばどの国にも行けるし、デュフォーがこの数か月で蓄えた財によって目立たないところに寝る場所もそれぞれ確保してある。

 美味いホットドッグ屋がオランダのとある街にあったのでどうせならとそこを主軸として行動することとした。海に面しているから新鮮な魚も食べられるし、少し肌寒いが人間達の気前もよく、目立った争いなどもなくいい国だ。

 

 そんなこんなでオレ達は鍛錬をしつつヨーロッパを回りきり、デュフォーからの提案でオレ達の目的の為に次の段階へと駒を進めることにしてこの東南アジアの国に来ている。

 

 あの夜に話して決めていたことだ。

 オレ達と共にガッシュを護る同志を作ること。

 

 デュフォー曰く、以前に聞いたガッシュの友であるレインにやっとパートナーが出来て状況も落ち着いたらしく、今のタイミングが話をしに行くには一番いいらしい。

 オレとしてもガッシュの友に会えるのは楽しみにしていた為、どのような魔物なのかと興味が尽きない。

 

 一応、レインのことは知識として知っている。

 動物型の魔物であり、森の付近で農業や狩りなどをしながら慎ましく暮らしている温厚な一族。その中でも突然変異の特殊個体として生まれたレインは、もともとは村で暴れん坊として疎まれていたと聞いている。

 後に村を出て暮らしていて、魔界の学校に通いだし、その実力の高さが評価されていた。この魔界の王を決める戦いに参加する魔物たちの中でも実力者の一人として数えられているほどだ。

 まさかガッシュと友だったとは思わなかったが……あの夜に聞いた通りならばレインが弟と出会って変わったのは明白。やはりガッシュには他者の心を良い方向に導く何か特殊な才能があるのかもしれない。さすがはオレの弟だ。

 

 レインのパートナーもいい人間ならば嬉しい。金銭面や生活の不便があるのならデュフォーがカバーしてくれるからある程度は自由が利くだろう。

 まあ、そういったギブアンドテイクのビジネスな関係でもいいが……出来ればデュフォー自身の凍り付いた心を少しでも解かしてくれる優しい人間なら嬉しいな。この戦いが終わった後に、そういった繋がりは必ず必要になるだろうから。オレとしてもデュフォーのようなすごいヤツには笑顔をたくさん浮かべて生きていって欲しいのだから。

 

 閑話休題。

 のんびりと二人して街を歩いているうちに目的の場所に着いた。

 場所は海岸。レインのパートナーが住んでいる住居とかに行くのかと思ったが、どうやら今は外出しているらしい。

 腰を据えて話し合うのが前提としても、まずはレインとそのパートナーのなりを確認してからというのは悪くない。どんな関係性で日常を過ごしているのかを見れば、二人の心の距離が見れるし交渉にも役立つ。

 魔力の放出を極限まで無にしているから、感知型の魔物であってもよほど鋭いヤツでなければ至近距離に行くまで気づかれることはないし、気付かれたらその時はその時。敵意がないことをアピールしつつ話すこととしよう。

 

 歩くこと数分。

 車も人も通らなくなった海岸線の森の付近で、デュフォーが立ち止まった。

 

「どうした?」

「あれだ」

 

 すっと差された指の先、海岸線を走ってきた一匹の魔物が居た。

 遠目に見えるその姿は……大人の魔物の中でも大型の部類に入る大きさ。ラジン中将といい勝負かもしれない。

 ふさふさの水色の毛に覆われたクマのようで、背中と肩に合わせて四本の角があり、筋骨隆々の体躯は見てくれだけでも分かる強さを表している。

 反して、その表情は柔らかい。海岸線を走るレインの表情はまるで子供をあやす父のような微笑みを携えていた。

 

 見た目は強そうだが……そいつは魔力をコントロールして感知しにくくしているらしく、魔力でのヤツの魔物の本質までは計りきれない。

 そういったコントロールが出来るという時点で強者なのは間違いない。実力者であることの証左に、オレの口角は自然と吊り上がっていた。

 

「その顔でレインとそのパートナーに話しかけるなよ、ゼオン」

「む……なぜだ?」

「お前が強者を前にした時の顔は威圧感が強すぎる。それでは警戒心や恐怖を与えてしまってまともな交渉など出来ない。もっと柔らかく笑え」

 

 そんな表情をしているのか、オレは。

 デュフォーにそう言われても、オレは自分の笑顔など鏡で見たこともないのだから無理だ。

 しかもこいつにそんな指摘をされることに微妙に腹が立つ。

 むっとして睨むと、デュフォーは僅かに目を細めた。

 

「理由があるんだ。レインのパートナーは……多分オレやお前と相性が悪い」

「何……?」

 

 言いながらオレから視線を外したデュフォーはレインの背中に目を向ける。

 オレもその方をじっと見ると……レインの背に小さな影があった。

 

「あれは……子供か?」

「ああ。答えを出す者(アンサートーカー)でレインのパートナーの情報を出したんだが少し厄介なことが分かった。あの子供は―――」

 

『ミ――――――ッ!!!』

 

 デュフォーの言葉の途中、突然その子供が奇妙な叫び声を上げた。

 

「なんだ?」

「……海岸にウミヘビがうちあがっていたようだ」

「は……? そんなことであんな叫び声を?」

「ああ。あれがオレやお前と相性が悪い理由だ」

 

 言われてまた目を凝らすと、レインがウミヘビを海に放り投げていた。

 その間もそのパートナーは震えてレインの毛皮に顔を埋めていた。

 

「……ビビッている、のか?」

「極度の怖がりなようだな。虫一匹が不意に飛んできても震えて飛び上がる程のビビりらしい」

「あー、なるほど。オレやお前のように、他人に友好的な笑顔があまり得意でないモノが近づくとそれだけで怖がってしまうと、そういうことか」

 

 コクリと頷く。

 遠くでレインも盛大なため息を吐いていた。

 なんとかあやしているようだが……アレで魔物との戦いなどやっていけるのか?

 

 ただ、遠目に見ていてもレインはそのパートナーの怖がりを気にしていないようだ。

 笑いかけるその顔は変わらず優しく、大きな手でそのパートナーの頭を撫でる様子は深い想いがなければ起こりえない光景だろう。パートナーの方も、震えが収まるとレインに笑いかけていた。それはそれはとても優しい笑顔で。

 

 ああ、そうか。だからデュフォーはレインに会いに行く時機を見計らっていたわけか。

 パートナーと魔物に絆が出来上がるまで待っていたのだ。

 オレ達が初めから干渉していては、その絆に不純物が混ざってしまったことだろう。

 レイン達に出来上がっている絆は、まだ拙くともこれから強くなるであろう暖かいモノ。基礎が出来上がってやっとオレ達が関わることを許される、というわけだ。

 

 ふと、隣を見るとデュフォーは少し眩しそうにレインをそのパートナーを見ていた。

 

「あいつらを見て何を思う、デュフォー」

 

 問いかけてみると、小さく吐息を零した。

 

「いいな、と思う」

 

 抽象的で漠然とした感想。自然と、オレの口元が綻んだ。目を瞑る。まるでガッシュとそのパートナーのような関係のレイン達二人に、オレの心も暖かくなる。

 

「ああ。いいな。きっとお前はあの二人を気に入ったんだろう。オレも気に入った。だから……」

 

 欲しい、と思った。

 あの二人を傍に置きたい。オレとデュフォーの目的の為に……否、それだけではない。

 話してみたい。語り合ってみたい。なぜだろうな。そう思うんだ。こういう気持ちは、オレにとって初めてのことだ。

 

 ガッシュに会った時とは違う。あの優しい笑顔を浮かべ合う二人に、オレの心が動いたんだ。

 

「行こうか、デュフォー」

 

 無言で頷くデュフォーと共に、オレは砂浜へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの砂浜で、その大きな魔物―――レインは、パートナーである少年―――カイルと共に遊んでいた。

 怖がりなカイルが砂浜で蠢いているウミヘビに腰を抜かしたので宥めていた時のこと。

 不意に近づいてくる気配にレインは気づいた。

 

 ゆっくりと歩いてくる二つの人影。僅かに感じる魔力から……彼は自分の敵が来たのだと、瞬時に悟った。

 

「カイル、オレの後ろに隠れていろ」

「ミッ!?」

 

 大きな腕でカイルを背に隠し、レインはじっとその近づいてくる二人を睨む。

 逆光で視えなかったその姿が次第にはっきりとしていく。

 明らかになった相手の見た目に、レインは大きく息を呑んだ。

 

「ガ、ガッシュ……?」

 

 己の親友と瓜二つの見た目をした少年。

 

―――いや、違う?

 

 光の加減かと思ったが距離が近くなって髪と瞳の色が違うことに気付いた。

 自信に溢れた笑みと、威風堂々とした歩き姿。白銀の髪は艶やかに、紫電の眼光は強者の輝きを宿して。

 

 はっきりと違うと分かりレインは警戒を数段引き上げる。

 魔力は小さく感じるも己の野性の勘が告げている。相手の秘めている“強さ”は、間違いなく格が違う存在なのだと教えていた。

 逃げるべきだと感じた。しかし逃げられるとは思えなかった。

 

「ほう、読み取るか。さすがは特殊個体。一般の大人の魔物たちよりも勘が鋭いらしい」

 

 幼さの中に高貴さを含んだ声が耳によく響く。

 背で震えるカイルを手で包みつつ、レインは目の前の相手から視線を外すことはしない。

 その警戒が伝わったらしく、相手は小さく吐息をついて目を瞑った。

 

 一触即発といってもいい状況で視線を切って、レインに向けて敵意はないと伝えたのだった。

 

「すまないな。そう警戒しないでほしい。王を決める戦いの最中だということは重々承知だが、今回はお前達と争いにきたわけではないんだ」

 

 一寸のちに開かれた紫電の瞳が、真っ直ぐに見つめてきた。其処に害意は見られない。

 少しだけ、レインは警戒を緩めた。それでもカイルを護る姿勢と、すぐにでも逃げられる体勢を崩すことはないが。

 

「まずは自己紹介をしよう。オレはゼオン。こいつはオレのパートナーのデュフォー。先ほども言った通り、オレ達は争いに来たわけではない。安心してほしい」

 

 言いつつ、デュフォーが砂浜へと本を置いた。

 本を持っていなければ術は唱えられない。一歩間違えばレインが燃やそうとすら出来るというのに、彼らは敵意がないことを示す為に本を手放した。

 驚愕に目を見開くレインを気にせずに、ゼオンは軽く言葉を続けていく。

 

「まずは……そうだな。レイン、お前に会ったら言いたいことがあったんだ」

 

 ゆっくりと近づいてくるゼオンは無防備そのモノで、レインが腕を振るうことはないと信頼している目をしていて。

 すぐそこで立ち止まった彼は、すっと、レインに向けて手を差し出した。

 

「初めましてだ。我が弟、ガッシュの友よ。あいつの兄として礼を言わせてほしい。弟と友達になってくれてありがとう」

 

 その笑みは、レインにとってよく知っているような、柔らかくて優しい笑みだった。

 弟のことを語るゼオンの表情は、溢れるほどの優しい感情に満ちていた。

 親友の笑顔とダブって見えて、レインはまた目を見開く。

 

「ガッシュの……兄?」

「ああ、ガッシュは生き別れの双子の弟だ。オレの本名はゼオン・ベル。魔界の王、ダウワン・ベルの第一子。ガッシュは秘匿され民間に預けられた王族であり、オレの家族だ。あいつとオレのことについては話すと長くなるから何処か腰を落ち着けて話したいところだな」

 

 ウソをついているようには見えない自然な表情と、少しだけ哀しさが浮かぶ瞳の揺らぎ。

 数秒見つめた末、レインは漸くゼオンの手をそっと握った。

 

「……オレはレイン。こっちはパートナーのカイルだ。この子は少し怖がりだから背に隠れているのを許してくれ」

 

 顔を少しだけ覗かせているカイルをちらりと見やったゼオンは、レインに向けてにやりと笑った。

 

「構わん。オレもデュフォーも育った環境からか優しい顔を作るのが苦手でな。威圧感などを与えてしまうかもしれないから先に謝罪しておこう」

「大丈夫だ。それに……うん、遅れてすまないが、初めましてだ、ゼオン。親友のガッシュには魔界でよくしてもらっていた」

「うむ。この間ガッシュに会った時に少し聞かせて貰った。重ねて言うが、感謝している」

「よしてくれ。感謝するのはこっちなんだ。ガッシュには感謝してもしきれない恩がある」

「そうか。うん……その辺りの話も聞いてみたいところだし、実はこの戦いとガッシュのことでお前に相談したいことがあってこうしてこの国まで来たんだが……どうだ? 茶会でもしながら話さないか?」

「ガッシュのことで相談?」

「王族特有というか我がベル家の厄ネタというか……込み入った事情があるんだ。時間があるなら同席してくれるとありがたい」

 

 手を放して、ゆるりとなされる会話の中での提案。

 親友のことと聞いては事情を聴かないわけにはいかない。レインはカイルの様子を伺った。

 

「カイル、いいか?」

「ミッ!?」

 

 身体にひっついたまま、震えて毛に顔を埋めたカイル。レインは小さくため息を落とした。

 

「すまない。少し待ってくれ」

 

 背を向けてカイルに顔を近づけて内緒話のように二人は話す。ゼオンには会話は聞こえなかったが、どうやら頷いている様子を見るに茶会には賛同してくれたようだった。

 

「ではカイルの家で話そうか。其処ならばこの子も少しは落ち着ける―――」

「いや、そこまでしなくてもいい」

 

 唐突に、デュフォーが割って入った。

 

「ゼオン、いつものピクニックセットとパラソルを使おう」

「ああ。レイン、少し待っていろ」

 

 そういいながら、ゼオンはふっとその場から消えた。

 

「なっ」

「ミッ!?」

 

 突然消えた彼に、レインとカイルはきょろきょろと辺りを見回すことしか出来ない。

 そうして十秒も立たないうちに、ゼオンは大きなパラソルとピクニックセットを持って戻ってきた。

 

「ああ、言ってないから驚くのも無理はないな。オレは瞬間移動を身に着けているから、魔力でマーキングしてある拠点と自由に行き来出来て、こうして道具を直ぐに持ってこれるんだ。

 デュフォーとヨーロッパを旅している時もこうして休憩していたから、この通り……茶会の準備はお手の物だ」

 

 慣れた手つきでパラソルを広げながら語る。

 デュフォーも同じく、ゼオンから受け取ったピクニックセットから、シートを広げてティーセットを広げていった。

 レインもカイルもその様子に目を丸くして口を開けていた。ゼオン達にとってはいつものことだが、些か彼らにとっては非日常過ぎたのだ。

 

 ぴたりと、デュフォーは洋風のティーセットと共に紛れている和風のモノを手に取って止まった。

 

「……お前、またカツオブシ持ってきたのか」

「いいだろう別に。オレのおやつはオレの自由だ」

「茶会の雰囲気が壊れるんだが」

「うるさい。食べたいモノを食べるのがオレの茶会だ。お前達の分のお菓子もちゃんと用意してあるんだからいいだろうが」

 

 マントの中からどさりと落ちたクーラーボックスを指さして言うゼオンに、デュフォーは呆れたようにため息をついた。

 

「レインと共に座るには少し小さいか……」

「あ、気にしなくていい。オレは地面でも」

「バカかお前は。弟の友を地べたに座らせるなんてこと出来るか。待ってろ……」

 

 身体の大きなレインにとって、いつもゼオン達が使っているピクニックセットでは共に座るには小さく。仕方ないとばかりにゼオンはマントを広げてちぎった。

 なんでもないことのように、ゼオンとデュフォーはそのちぎったマントに座った。

 その様子に、またレインは驚愕を浮かべた。

 

「新しいシートを買いにいくのも手間だ。ああ、びっくりしたか? 伸縮自在かつ自己修復機能付きの特殊なマントだから気にしないでくれ。オレとデュフォーはこっちでいい。レインとカイルはシートに座ってくれ」

「……なんでもありだな」

 

 促されてふらふらと座ったレインは、ゼオンの多彩な能力の数々への感想を零した。

 あぐらをかいたレインの膝の上で、カイルはレインの毛をきゅっと握りながらもゼオンとデュフォーにちゃんと向き合った。

 

 こつり、とゼオンはデュフォーの横腹を肘でつつく。

 何がいいたいのかは、答えを出す者(アンサートーカー)で読めてしまった。

 

―――人間と話すのはオレの役目、というわけか。

 

「初めまして、カイル。ゼオンから紹介されたが改めて……オレはデュフォーだ。突然の訪問だが時間を取ってくれて感謝する」

「ミッ! ミミミミミ……」

 

 また飛んで逃げそうになるところを、レインが包み込むようにカイルを両手で抱いた。

 せめて少しくらいは挨拶をと、レインなりの気づかいらしい。

 

 デュフォーはそれを見て、“答え”を出した。

 僅かにデュフォーの声のトーンと抑揚が変わる。

 

「大丈夫だ、カイル。ゆっくりでいい。話してくれる気になったらで大丈夫だから、お茶を淹れるからそれを飲みながらにしよう……な?」

 

 カイルと目をあわせず(・・・・)紡がれるデュフォーの声は、不思議とヒトを安心させるようなトーンと抑揚でその場に流れた。

 カイルの震えが僅かに収まる。

 

 デュフォーが行っているのはゆらぎの操作(・・・・・・)

 人間をリラックスさせる効果のあるトーンと抑揚の語りを、風と波の音さえも混ぜ込まれるような自然に心に入ってくる声でもってして。

 室内のような切り取られた空間ではなく、自然に溢れた場所の方がヒトの心はゆらぎを感じて落ち着く。それをデュフォーは上手く使ったのだ。

 表情の動かないデュフォーが目を合わせないことで、野生的な本能から来る怯えも抑えるようにと意識して。

 例え感情があまりあまり籠っていなくとも、デュフォーは出来る限りのフォローをと考えて“答え”を出した。

 

「ありがとう」

 

 ふっと優しい息をついたレインは、こくこくとデュフォーに向けて頷くカイルの頭を優しく撫でた。

 デュフォーもゼオンも、カイルやレインに変に気を使うこともなく。

 お茶の準備だけが進められる静かな時間。それは居づらい空間ではなく、何処か穏やかな空気に包まれていた。

 

 見上げると抜けるような青空がよく見えた。

 

 レインとカイルは二人してその空の下、初めての客人との茶会に戸惑いながらも微笑みあった。

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

レイン・カイルとの出会い。
ゼオンくんとデュフォーのどこでもお茶会セット。
お兄ちゃんはガッシュくんの話になるとニッコリ。

此処から数人の魔物達は原作とは違った道筋を辿ることになります。それによって少しずつ変わっていく所があります。

これからも楽しんで読んでいただけると幸いです。


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第十五話:言いたくないこと、聞きたかったこと

遅くなってすみません。
年内最後の投稿です。

あとがきにて少し報告などします。


 

「本当にそれでいいのか、ゼオン?」

 

 抜けるような青空が広がる海岸線を歩きながら、デュフォーが“答え”の分かりきっている問いを投げかけた。

 ゼオンは彼の方を向くことなく、歩みを止めずに吐息を零す。

 

「……ああ。この先の戦いでガッシュの生存確率を少しでも向上させるために、レインは絶対に必要な存在だ。あの内包された圧倒的な力と成長の見込み、パートナーへの思いやりの心、ガッシュとの関係性……どれも水準を満たしている。

 オレが苦戦することなどまずないが、王が言っていたイレギュラーの出現や竜族の神童との敵対、そういった時にオレに次ぐ程度の予備戦力が居なければ万事に対応できんからな」

「そういうことじゃない」

 

 ばさりと切ってくるデュフォーの言の葉に、ゼオンはぴたりと足を止める。

 

「そのやり方でいいのかと聞いている」

 

 振り向かず、緩い沈黙に頬を撫でる風。一寸の間を置いてから、また小さなため息を吐いて言葉を零した。

 

「お前が出してくれる答えならよりいいモノもあるのだろう。お前ならば暗示などでカイルという少年の心の有り様を操作できるかもしれないし、カイルの現状を金と権力と根回しで全てぶち壊して連れ出すことだってできるだろう。レインと共に徐々に徐々に絆を深めていって心を強くしていくことも出来るだろう」

 

 一拍。

 半身だけ向けたゼオンの紫電の瞳が、いつにも増して真剣な色を映して見つめてくる。

 

「だがな……それではダメだ。ダメなんだよ。

 レインという存在のパワーが大きすぎてカイルの心に甘えを植え付け始めていて、カイルという存在の奥底に眠る可能性を信じすぎてレインの心は一歩踏み出すことが出来ない。あまりに危うい二人の関係性は、オレ達がどんな形であれ割り込んでしまうことによっていつか壊れてしまうだろう。

 デュフォーが心理を誘導すれば聡いレインは必ず気付いて不信感を膨らませ、カイルの現状をぶち壊して連れ出しても恩や義理や他者からの救いなどという余分なモノが二人の絆の本当の成長の邪魔をする。そして成長を待つだけならば……オレ達の望む道筋には足りえないし、オレ自身のレベルアップも望めない。

 絶対に必要なのは奴ら二人ともが本当の意味で絆を結び、この魔界の王を決める戦いに参加するという意思を持つこと。限られた時間の中で……既に残りの魔物が七十を切った今(・・・・・・・・・・・・・・・)、レインとカイルというペアを最高の状態で同志として迎え入れておく最善のタイミングはきっと此処しかない」

 

 じっと聞き入っていたデュフォーは、ゼオンから視線を切ることなく僅かに目を細めた。

 

「それはお前の勘か? それとも思考の果てに出した答えか?」

「……どちらとも言えるし、どちらとも言えない。ただ……一番の理由は違う……のかもしれない」

 

 ふいと視線を切ったゼオンは、己の胸に拳を当てて呟く。

 

「踏み出すのならあいつら二人自身で、と。この後にオレの目的(わがまま)に巻き込むのが自分勝手なことだとも分かっている。それでも……あいつら二人がしがらみなく笑い合える時間が増えてほしいと……いつか来る別れがあるのなら、あんな風に笑い合えるあいつらの笑顔を少しでも多く増やしたいと……そう、思ったまでだ」

 

 黙って聞いているデュフォーの頭に“答え”が浮かぶ。

 

(……バルトロを魔界へ返したことで思うことがあったんだな、ゼオンも)

 

 この戦いの最後には、必ず別れが付きまとう。負ければパートナーとは別れなければならない。其処にどんな絆があろうとも、その繋がりが希薄だろうと強固だろうと、離別の時は無慈悲に来てしまう。

 そのことをバルトロとの一件と、目の前で楽しそうにじゃれ合うレインとカイルを見て実感したゼオンの出した“答え”に、デュフォーは目を伏せて小さく吐息を吐き落とす。

 

「分かった。それがお前の出した“答え”なら付き合おう」

「……恩に着る」

 

 寂しそうに空を見上げたゼオンが思うのはなんなのか、デュフォーは能力を使って知ろうとは思わなかった。

 そっと、彼の肩に掌を置いた。

 

「上手くいく。俺達が共にすることなら不可能はない」

 

 不安に感じているのではないと分かっていて、デュフォーは言葉をつづけた。

 

「あの茶会は悪くなかった。これから何度でもしよう。今度はヨーロッパで」

 

 次、その次という多くの未来を提案されて、ゼオンは漸く微笑んだ。

 

「ああ、次の茶会はオレ達のホームでだ。もちろん椅子は四つ、そして……カツオブシは最高級のモノを取り寄せておけよ?」

 

 手を大きく広げて空を仰ぐ。

 大きく呼吸を一つ、二つ。

 楽しそうに笑った後で……彼の空気が変わった。

 

 

 

 

「オレは目的を間違わない。オレの全ては……ガッシュとの未来の為に。その為ならオレは……」

 

 此処よりは本気だと、その紫電がモノ語る。

 

「優しい誰かを傷つけることも、厭わない」

 

 

 目を瞑ったデュフォーが、心の内で呟いた。

 

―――お前はお前の父とは違う。足りないモノは、必ずオレが補おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し冷めた紅茶がほど良く心を落ち着かせ、緩く吹く風が心地よさを運んでくる昼下がり。

 レインとカイルはゼオンの話を思い出していた。

 

 物心ついた頃より与えられた王族の厳しい訓練。虐待に等しい“痛み”による教育。寝る間さえ削られる知識の補充と研鑽。

 訓練の日々の中で聞いた“バオウ”という、魔界の王から受け継がれた最強の術の情報と、ガッシュという民間に里子に出された双子の弟の存在。

 問いかけることすら禁止され、情報を集めることよりも己の眼で確かめることを決意したゼオン自身の始まり。

 

 双子の弟がどれほど安穏と暮らしているかを一目見るだけでいい。そうすれば己は王としての第一歩を踏み出せるのだと。

 

 しかしそうして出会った弟は……里親による虐待と、学校の生徒たちによるいじめと、孤独という名の絶望を繰り返すだけの日々を生きていたという現実。

 やせ細った体躯と、虚ろな瞳と、こけた頬と、殴られたり鞭を受けた痕。

 空っぽのその姿を見て、儚い笑顔を向けられて、兄は胸の痛みに泣いたという。

 

 その時に弟の取った行動は……レインがよく知っている親友そのものだった。

 兄は、無意識の内に抱きしめられたという。

 

 己の不幸や迫る脅威などお構いなしで、他者の幸福の為に踏み出すその心。

 嗚呼、とレインは嘆息を零す。

 その優しい心こそがガッシュ・ベルという子の強さだと、彼は知っていたから。 

 噛みしめるように、懐かしむように思い出しながら語るゼオンを見ながら、レインはガッシュのことを想い顔が綻ぶ。

 

 ゼオンは其処でガッシュに生きろと伝え、一つ約束をした。

 必ず迎えに行くと。

 

 その時から、ガッシュも立ち直ったのだろうとレインは確信した。時系列的にも、自分が助けられたのはその時の少し後。

 “くるった力”を持っていた己を叱りつけて命を救ったガッシュの存在を、レインは生涯忘れることはない。

 まだ魔力の制御も今ほどこなせず、棘だらけの崖から落ちて死にかけたあの時、力で威圧したレインに怯むことなく真正面から手を差し伸べたその姿。

 ゼオンも同じく、ガッシュに救われたのだなと知ってレインはうれしくなった。

 

 話は続く。

 ガッシュの扱いと己の扱いから、ゼオンは自分達が憎まれた子供なのではないかと予測を立てた。

 訓練に次ぐ訓練の日々を乗り越えて迎えた運命の日、魔本を与えられてこの世界へと転移させられるその日に……ゼオンの予測は正しかったのだと思い知る。

 

 ゼオンは魔界の王を決める戦いにおいてデバフにしかならない呪いを刻まれた。ガッシュと会えば魔力が暴走を起こし無力化されるという、まるでゼオンを負けさせたいかのような呪いを。

 過酷な戦いで弟を護れず、あまつさえ近づくだけで己さえ敗北させられる確率が上がるその施しは、レインでさえ聞いた時に唖然としたモノだった。

 

 一族から疎まれていたレインにとって、家族の関係というモノは希薄だ。それでもその扱いが通常の家族の在り方でないことはよくわかる。

 実の両親は間違いなく幼い時のレインを愛してくれていたし、粗暴になってからも最低限は気にかけてくれていた。己のあまりにも強大な力に恐れてはいたが、それでも慮ってくれてはいたのだ。

 

 話を戻そう。

 そうして、ガッシュにさえ細工をしたと言い残されて人間界に送られたゼオンの話に、レインは憤りを覚えていた。

 ただ、ゼオンは幸運なことに、デュフォーというパートナーによって呪いを軽減する特殊な方法を教えてもらい、ガッシュと会うことが出来たらしい。

 ガッシュとの出会いやその時の会話を語っているゼオンの表情はあまりにも穏やかで、紫電の瞳に浮かぶ光は暖かく、ああ、これが兄というモノなのかとレインの頬も緩んだ。

 

 その時に起きた絶望を聞くまでは。

 

 

 

 ゼオン達との茶会の数日後、レインとカイルはいつものようにカイルが押し込められている小屋の中で昼食を食べていた。

 ゼオンの話を聞いたレインにとって、もはやガッシュとゼオンのことは他人事ではなくなった。ガッシュは親友であるし、その兄の頼みというならなおさらのこと、出来るなら力になってやりたいとそう願っている。

 しかし……しかしだ。

 本来ならばこんなみすぼらしい小屋で暮らすべきではないカイルの境遇を改善し、カイル自身の臆病さを改善しなければ、とても過酷で苛烈な魔物の戦いへの参加など出来ようはずもない。

 

 術一つ放っただけでも気絶してしまうくらいで、虫にさえ腰が引けてしまう程の恐がり。

 家の事情で少しでも反抗を試みてくれたらと願っているが、不当な暴力や扱いを受けても縮こまってしまうカイルをずっと助けてきたレインには、カイルがこの戦いに耐えられるかの方が心配だった。

 

―――根っこの方は……ガッシュのような強さを持っているんだがな……

 

 カイルとの出会いの時を思い出しながら、サンドイッチをもふもふと頬張っている彼を見る。

 大人たちの怒声や殺気を感じながらも、重症のレインを小さな荷台に乗せて数キロの距離をその小さな体で運びきり命を救った彼の背中を、レインは今でも鮮明に思い出す。

 見た目からしても明らかにこの世界でもない異常な獣の自分を、話したこともないのに救おうとするその心。

 

 傷だらけの自分を放っておけないと、威嚇する自分を叱りつけて救ってくれたガッシュと同じ、他者への思いやりの心と勇気。

 

 その強さにレインの心は救われた。二度目の救いによってより強固に、優しい勇気の暖かさこそが大切なのだと心に刻んだ。

 いつかきっとカイルもガッシュのようになれる。そう確信してはいる。

 

―――せめてカイルが本来の家でしっかりと暮らせるくらいに現状を変えることが、オレに出来る恩返しだ。しかし……

 

 今でさえ居候として暮らしていて何も手助けが出来ていない。

 遊び相手や少しの勉強の手伝いはしていても、カイルの現状を変えるという目標には全く届いていない。

 

 確かに魔物としての圧倒的なフィジカルや“くるった力”に頼れば容易に現状を変えることなど出来よう。

 恐怖させ、震えあがらせ、痛めつけ、従える。暴力は最も単純にして明快な心理の支配の方法なのだから。

 

 それをしてしまった結果……どうなった。

 レインは暴力の行きつく先を知っている。

 彼自身が一族に振るって来た暴力の結果こそが、心の荒廃と孤独に繋がったのだ。

 

 カイルの後ろにレインが居るから、恐ろしいから従う―――そんな状況にしてしまうことは正しいのか?

 

 否、否、断じて否だ。

 レインがこの戦いが終わって消えてしまうことを抜きにしても、カイルを虎の威を借るキツネにしてはならない。

 

―――カイルをそんな……そんなしょうもない大人にしたくはない。

 

 レインは優しい勇気を心に秘めるカイルの心が好きなのだ。

 臆病の底に秘める温もりを、心を許した相手に届けてくれるその微笑みが好きなのだ。

 春先の陽だまりのような暖かさを与えてくれる彼をこそ、ガッシュと同等の友と思い始めているのだ。

 

 そんなカイルだからこそ、救いたいと思うのだ。

 

 故に、レインは暴力に頼らない。

 一度だってカイルをいじめている奴らに手を上げたことはない。

 庇って護ることはあっても、耐えることはしても、言い返すことはしても、決して暴力になど頼らなかった。

 

―――もう既に奴らは俺が暴力に頼らないことを知っていて、カイルがそれに甘えはじめていることも見抜いている。

 

 傷が癒えてから、搾取され続けるだけの子供を護ることは出来たが、救うことはまだできていない。

 まだ幼いカイルがレインの保護を頼りにし始めているのも理解している。

 後ろ盾のない五、六歳の子供が大人に面と向かって歯向かえるはずもなく……守ってくれる存在に甘えてしまうのなど当然のこと。

 

 レインにはまだ分からない。

 このままでいいとは思っていないが、どうすれば変えられるかが思いつかないのだ。

 

 その上でガッシュを救いたい気持ちまで沸いてしまって、レインの心には焦りと哀しみが広がっていた。

 

「……レインは」

 

 思考に耽っていた頃、食事を終えたカイルが唐突にぽつりと言葉を落とす。

 

「友達を助けたい?」

 

 不安そうに聞いてくるつぶらな瞳。

 奥底に宿る感情を読み取ろうとじっと見つめた。

 

 此処でどう答えるのが正解かは分からない。レイン自身も悩んでいるのだから。

 

 ガッシュの手助けをするということはカイルを危険に合すことであり、何よりもカイルが大切にしている父が護ってきたこの土地を何度も離れることになるということ。きっと奴らはその間にカイルから財産を奪う算段を立ててしまうだろう。

 父の財産も全てを手放すことなど、カイルにとってどれだけ残酷なことだろうか。親との思い出の詰まった家を好き勝手されているだけでなく、あまつさえ全て奪われるなど……。

 既に特大な恩があるのに、更に自分勝手を押し付けて、カイルの大切なモノを天秤にかけてもいいのかどうか……。

 

―――こんな時……ガッシュならどうするだろうか。

 

 ふと思った。己の親友ならばどう動くのか。

 どっちも大切なのに、どちらかしか取れないであろう選択肢。ガッシュならばどっちを選ぶ?

 

―――どっちも、とか言いそうだなぁ。

 

 苦笑を一つ。

 きっとあの優しい親友ならば、目の前の友の現状も変えて見せた上で、旧知の親友のことも救って見せるのだろうなと思った。

 

―――オレに出来るだろうか……いや……それよりガッシュなら……

 

 親友が一番いいそうなことを思い浮かべて、レインは嬉しそうに笑った。

 大きな手をカイルの頭に置いて、ぐしぐしと撫でる。

 

「ゼオンも言っていただろう? 無理にとは言わないと。それにな……オレの親友のガッシュならこういうんだ」

 

 懐かしそうに、彼は言葉を流す。

 

「オレの、レインの友ならば私の友だ。ならば私のことよりも、そちらを優先するのだぞ。なんて言いやがるんだ。

 だからな、オレはガッシュよりもまずは此処を変えてからにしようと思う。今は、まだ」

「ミ……ミミミ……」

 

 申し訳なさそうに俯くカイルの頭を、またぐしぐしと撫でやった。

 

「ハッ、そんなしょぼくれた顔しなくていい。むしろお前のことをほっぽりだして助けに来たなんてあいつが知ったら怒られちまうよ。オレだって怒る。うん……そうだな、あいつが新しいトモダチのことほっぽって助けになんてきやがったらぶん殴ってやらぁな」

 

 くつくつと喉を鳴らして嬉しそうに話すレインに、カイルは覗き込むように下から見上げてきた。

 

「カイル、オレはお前の力になりたい。助けてくれた恩もあるけどそれだけじゃない。友達としてお前を助けたいんだ」

 

 差し出すのは大きな指を一つ。

 

「その後で……無理にとは言わない。オレは一人でもゼオンの手助けをしようと思っているから。でももし、もし勇気を出してくれるのなら……オレの魔界での親友を助ける為に手伝ってくれないか?」

 

 じっと見つめるそのつぶらな瞳は何を思ってか、レインには読み取れない。

 震える肩が恐怖を教えている。

 

 小さくいつものように声だけを出すカイルは、すぐには答えを返せないようだった。

 

 まだこれでいいと、レインは思った。

 無理に急ぐ必要はない。まずはカイルの現状を変えるのが最優先なのだから、と。

 

「じゃ、ゼオンに伝えてくる。出来る限りの手助けはするが、こちらが落ち着くのを待ってほしいってな。昨日も怒ってやったけどジルが何かしてきたらいつもの海岸線まで逃げて来るかオレを呼べ」

 

 微笑み言いながらドアを開けていくレインは、カイルが後ろでぎゅっと手を握っていることに気付くことはなく。

 その震える肩が彼のどんな感情を孕んでいるのかもまだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の気配のない海岸線。

 茶会をした場所でレインはゼオンに渡されていた髪の毛を引っ張った。

 

 これを引けばゼオンが察知して瞬間移動してくると渡されたモノだったが……ものの数秒で海岸に二つの気配が現れる。

 

 目の前に現れたゼオンは緩く笑みを浮かべ、デュフォーはいつも通りに無表情。

 レイン一人であることに気付いだようだが何も言うことはなかった。

 

「呼んだということは話し合いは終わったか?」

「ああ。とは言っても、そこまで深く話したわけじゃない。前に言った通り、やはり数日ではカイルの生活の現状を変えることは出来ないし、戦いの度にカイルと共に此処を離れるわけにもいかない」

「……」

 

 顎に手をやって考え始めたゼオン。そのままレインは話をつづけた。

 

「ガッシュはオレの親友だ。出来ることならすぐにでも力になりたい。しかし……この人間界に来てから、オレにはもう一人親友が出来たんだ。

 そいつが困っていて、泣いていて、苦しんでいる。そいつは泣き虫で臆病な子供だ。でも、オレみたいな化け物の命を助けてくれるようなヤツで、一緒に笑い合ってくれる大切な友達になったんだ。

 きっと今ガッシュを助ける為にオレ達の戦いにそいつを巻き込んだら、何やってんだってガッシュに怒られると思う。おぬしの友が目の前で困っているのだから先にそっちを助けろって。オレもガッシュが自分のトモダチほっぽりだしてオレなんかを助けに来たら怒っちまう。

 ゼオンの境遇も、人生も、ガッシュへの想いも聞かせて貰った上で言うのは本当に申し訳ないんだが……すまん。もう少し待ってくれ」

 

 すっと頭を下げて目を伏せたレインの所作に、ゼオンは何も言わずにデュフォーを見た。

 

 コクリ、と一つ頷く。合わせるように頷いて……声を出した。

 

「そうか……まあ、こちらも数日お前とお前のパートナーの状況は内密に観させて貰った」

「……」

「人間に変化出来る時点でお前が超上級の魔物であることは理解出来た。戦闘もその身の熟しや僅かな身体の使い方からある程度予測できる。内包する魔力は竜族にすら比肩するだろう。間違いなくお前はこの戦いで五本の指に入るほどの逸材だ」

 

 

 今度はレインが話に聞き入る番……と思われた。

 

「だからこそ惜しい。実に惜しいな、レイン。せめてパートナーがもっと違うモノであれば―――」

 

 すっと、掌が前に上げられる。

 レインは一寸疑問に思うも、ゼオンから溢れだす魔力の大きさに、そしてデュフォーの持つ魔本の輝きに、全身の毛を逆立てる。

 本能が警鐘を鳴らす。両脚に自然と込められる力。目の前の小さな体に高まる魔力がより一層大きくなり閃光が瞬くのと、レインが飛びのくのは同時だった。

 

「ザケル!!!」

 

 雷撃が頑強な毛皮を持つレインであろうとただでは済まない威力を持って砂浜に突き刺さり、飛びのいたレインは驚愕と疑問に混乱する頭のままゼオンを睨む。

 

「―――お前はオレにとってのとても優秀な駒(・・・・・・・)となってくれただろうに」

 

 引き裂かれる口。怪しく輝く紫電の瞳。バチバチと身に纏う雷は美しくも激しく。

 ゼオンから発せられた言葉に、レインは目を見開いた。

 

「……っ」

「ふん、やはり優秀だなレイン。オレのザケルを初見で、しかもあの距離で避けるか」

「どういういことだっ! お前はガッシュを助けたくてオレに話を持ち掛けたんじゃなかったのか!」

 

 茶会で語った弟への想いを聞いたからこそ、レインはまだ会話を選ぶ。

 なんのことはないというように、ゼオンは話し始めた。

 

「なんだ、そんなことか。これから消えるお前に話してもしょうがないことだとは思うが……せっかくだから教えてやるか。ただし……」

 

 ふっと掻き消える姿。魔力反応を追って上げたレインの腕に、重い蹴りの一撃が突き刺さる。

 

「このゼオンの攻撃に耐える度に、一つずつ解き明かしていってやろう!」

「ぐっ」

 

 衝撃から吹き飛ぶ身体。思いのほか強い一撃に踏ん張りが効かなかった。

 

「ガッシュを助けたい? ふん、バカなことを。なぜこのオレが、このゼオンがバオウだけが取り柄の落ちこぼれ(・・・・・)などを助けなければならんのだ」

 

 茶会で語っていた弟への想いなどまるで嘘なのだと、その悪辣な笑みが塗り替えていく。

 

 次は連撃。

 再びの瞬間移動の接近後、小柄な体からは想像も出来ないような蹴り上げで浮くレインに、すかさず叩き込まれる拳と蹴りの五連撃。

 その全てを、レインは堅牢な毛皮と筋肉に魔力を分散移動して防ぐ。

 

「バオウさえ手に入ればあいつなど用済みだが、父の小賢しい策略によってオレでは時機が来るまであいつに近付けず、容易に奪うことが出来なくなった。だからガッシュに近しく強大な力を持つお前という駒を手に入れてバオウを早期に奪い取ろうとしたんだ。バオウの為ならくだらぬ謀りも一興と思ったが……この戦いのシステムにまで邪魔されるとはな」

 

 目的はガッシュからバオウを奪うことだと、ゼオンははっきりと口にした。そのために茶会などという欺瞞の席を設けたのだと。

 ぞわぞわと、レインの毛が怒りに逆立ち始めた。

 

 次の一撃は単純だった。

 まっすぐに込められた魔力。純粋な力のみを込めたその拳が、ゼオンの圧倒的な身体能力による跳躍と共にレインに向かって来る。

 それに合わせて、レインは握りしめた拳を突き出した。

 

 ぶつかる魔力と魔力が弾け、腕が本気の力のぶつかり合いに軋みを上げる。互いに頑強にして魔力操作によって反動を流したからこそこの程度で済んでいるが、普通ならば拳が砕けているだろう。

 

 感嘆のため息を漏らして、ゼオンは嬉しそうに、愉しそうに笑った。

 反対にレインは、怒りを全身に滲ませていく。

 

「貴様……」

「ああ、ああ。そうだな。怒れレイン。これもまた求めた一興。お前のような強者を倒してこそ、オレの実力の証左となってくれる。オレこそがあの憎きダウワン・ベルをも凌ぐ王になれるのだと、そう証明してくれるのだから」

「そんな……そんなことの為に……ガッシュをダシにしてウソをついたのか……」

「そんなこと……?」

 

 ぴたりと、ゼオンの表情が凍り付く。瞳にどす黒い光が宿った。そこに滲む感情は、間違うことなき本物の怒りと殺意だった。

 

「あいつを殺すことがオレの目的だ。あの老いぼれがいたから、オレは……オレと……は……ずっと苦しんだ。全身を貫くあの痛み、四年の虐待に耐える地獄の歳月、奪われたいくつものモノ、一度も愛されたことのない生、抜け殻のような……姿を……アレを……許せるわけがあるかっ!」

 

 バチバチと、ゼオンの身体に雷が走った。

 

「術無しでと思ったがヤメだ。貴様にはオレが受けた雷の一端を喰らわせてやる。あいつが如何に悪辣なクズ野郎かを、絶対に使わんと決めていたコレ(・・・・・・・・・・・・・・)で教えてやろう」

 

 ふっと、ゼオンの身体がまた消える。何度目かの瞬間移動。

 その強大な魔力反応は隠せていないからと、レインはゼオンを、今度は“捕まえた”。

 

「慣れてきたぞ。お前のそれ」

 

 超速の反応速度と危機への嗅覚は獣型だからこそと言えようか。

 ガシリと掴んだゼオンの腕を宙へと向けて、雷撃が放てないようにと調整した。しかし、それすらもゼオンの思惑通りだったとしたならば……

 

「ふん、結構。その見切りの速さも惜しい。だが、甘い。やはり甘ったれだお前は。掴んだ瞬間に地面に叩きつけるべきだった。その左手の爪をオレの胸に突き立てるべきだった。

 魔界の王となるこのゼオンが、お前の能力の高さと戦いへの甘さを計算していないはずがないだろうが。そんな甘ったれに打つからこそ意味がある! この一撃はなァ!」

 

 掴んでいる片腕を、ゼオンの反対の小さな手が掴む。決して逃がさないというように。

 デュフォーの持つ、まるで憎しみの全てを込めているかのような魔本の光を、レインは視た。

 術の発生源は掌だけだと、レインは勘違いしていた。

 

 天に現れ集まる雷が球体へと。ゼオンから供給される魔力はザケルの数倍はあった。

 

「これがベルの子が与えられし試練だ!! 我がベル家に伝わる悪の象徴たる(いかづち)を受けよ!!」

 

 ゼオンとデュフォーに宿る憎しみを込めた雷は、天より無慈悲に降り注いだ。

 

「バルギルド・ザケルガ!!!」

 

 瞬間、レインはゼオンを拘束していた手を放した。放してしまった。

 否、掴み続けることなど無理だったのだ。

 

「ぐっああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 絶叫が海岸に響く。

 全身に針を突き刺され続けるようなその痛みは、じくじくと脳内さえ狂わせるほどの熱量をも伴って。身体の中から引き裂き、叩き潰され続けるようでもあり、言葉だけでは言い切れないほどの痛みの津波。

 屈強な身体など、この雷の前では無意味だと言わんばかり。

 

「死ぬことも許さん拷問の雷だ。心が壊れるまで痛みを与え続けるこの術は、耐性を持っていないのならばどんな強き心を持つ魔物であろうとも屈服させる」

 

 続けられる放電に、与えられるその痛みに、心にまで浸食してくるその苦痛に、レインは叫びをあげることしか出来ない。

 

「がぁああああああああああああああ!!!!!」

「ははっ、初めて見たぞ。オレ以外にこの術を受けているモノの姿をな。そうか……これがそうか……っ」

 

 どろどろと、粘着質に渦巻く泥のような感情が胸から吹き荒ぶような、そんな色を紫電の瞳が湛えていた。

 絶叫だけが鳴り響く。その痛々しい悲鳴に、次第にゼオンの瞳が揺れ始めた。

 

 ふっと彼が雷の術を解いた。

 ギシギシと鳴らす拳が、滴る血が、彼の怒りと憎しみを表している。

 

「こんな……こんな術を……あいつは……っ」

 

 ほんの少しの使用でさえ、ゼオンの心に嫌悪感が溢れた。

 大地に倒れ伏したレインを見もせずに、震える手を見詰めていた。己が行った行いに対して、彼は張り裂けるほどの感情を抱いていた。

 

「……安心しろ。もう二度と唱えない」

 

 不意にポンと叩かれる肩。デュフォーがゼオンに語り掛ける。荒くなり始めた呼吸を整えながら、ゼオンはデュフォーの掌の上に手を置いていた。

 

 レインは途切れそうになる意識を繋ぎながら、その光景を睨み上げていた。

 たった一つの術。それだけで此処まで追い詰められたのは初めてだった。

 

―――これが、こいつが幼少の頃より受け続けた雷だと?

 

 明らかに異常で異質な術。しかしゼオン本人が忌避しているらしく、もう二度とあの痛みが来ないことに安堵している自分もいて。

 畏れているという事実に、レインは歯をギシリと噛み鳴らした。これを耐え抜いた化け物が目の前に居て、その化け物を倒さなければガッシュを救えないという現実。

 

「う、ぐ……ぉおぉ」

「……さすがだな、まだ立とうとするか。オレでもこれを初めて受けた時は数時間は伏していたぞ」

 

 称賛を投げられてもなんら意味がない。自分よりも十以上も歳が離れた子供が受けたのなら、そんなことは当たり前だろうと感じて。

 

「お、お前は……本当にガッシュを……なんとも、思っていないのか……」

 

 震える声で問いを投げる。

 まだ信じたくないと、レインは思った。

 それほどまでにゼオンが茶会で語っていた様子は彼にとって忘れられない優しい表情をしていたのだ。

 兄が弟を想うその姿に、レインは心を動かされていたのだ。

 

 救いたいと、助けたいと、手伝いたいと思っていたのだ。

 

 だから……此処までレインは何処かで本気になれずにいた。その爪を立てずにいた。

 

 そんな彼を……ゼオンは嘲笑う。

 

 伏しているその両手が重なっていたから、なんのことはなしにゼオンはレインの手を踏みしめた。

 

「クク……まだそんな甘ったれたことを言っているのか? 言っただろうが。オレはガッシュになど、バオウ以上の価値を認めていない。あいつからバオウを奪い取り、この戦いを勝ち抜き、憎き父を……ダウワン・ベルを殺すことこそがオレの至上の望みだ。

 憐れな……落ちこぼれの弟などその為の使い捨ての道具に過ぎん」

 

 にやりと笑うその口を、その声を聴いて、レインの身体に闘志が溢れだす。

 ギシギシと鳴り響く筋肉の躍動と歯。踏みしめられている両手にも力が戻りだす。

 

 そんなレインをもっと怒らせるように、ゼオンは胸ら取り出した水晶を見せつけつつ、最悪の言葉を放った。

 

「ははっ……これがガッシュの記憶が封印されている水晶だ。さすがに“シン級”にでも辿り着けばこいつを壊すことも可能だろう。そうすれば……ガッシュは二度と魔界の記憶を取り戻せず、お前の親友だったという事実も消える。オレは独りぼっちだったのにあいつにはトモダチが居たんだ。これで兄弟そろって同じになれると言うモノ」

 

 それは余りにも、余りにも残酷なこと。実の弟にする仕打ちではない。

 レインの怒りの気が膨れ上がった。牙を噛み鳴らし、恐ろしい形相でゼオンを睨みつける。

 

「貴様ぁ……なんてことを……貴様は……自分が憎んでいる魔界の王と……同じじゃぁないか……させねぇ……そんな、ことは……」

 

 レインがぽつりと零したその言葉に、ゼオンは真顔になって瞳から光が消える。

 

「唸るだけの負け犬め……それがどうした。オレは“オレの目的の為”ならなんでもする。オレの願いを叶える為なら悪にだって堕ちる。オレは……譲れないモノの為なら……あいつみたいなことだってしてやる」

 

 王を殺す為に、それが全てなのかとレインは思う。

 デュフォーが後ろで少し顔を歪めて目を瞑り顔を逸らしたが、レインは気づくことは無かった。

 

「せめてお前のパートナーがあんな臆病モノでなければお前も此処でリタイアせずに、少しはオレの本心に気付いて打倒出来る可能性があっただろうに……使えないクズで逃げてばかりのお前の陰に隠れてるだけな心の弱い惰弱な人間がパートナーの魔物など、足手まといでしかない。オレの目的を知った今、下手にガッシュと繋がられても面倒だ。此処で消えてもらうこととしよう。

 貴様のことは惜しいが……ガッシュのような落ちこぼれと友になり、お前の能力を生かせないハズレな人間をパートナーに引く運の無さを恨め」

 

 ぶちり、と音がした気がした。空気がより一層張り詰めた。

 懐に水晶をしまって掌を向けたゼオンに対して、レインは小さく唸った。

 

「訂正……しろ」

「聴こえんな」

「訂正、しろっ!」

「ははっ、吠えろ負け犬」

「ガッシュも!!! カイルも!!! 優しくて貴様などよりも強い!!! オレの大切な!!! 友達だ!!!」

 

 瞬間、ゼオンの踏みしめていた足が弾かれる。

 飛びのいたゼオンはデュフォーをマントで包んで距離を取る。

 

 溢れる魔力と怒りの気。

 その恐ろしい形相は野生の獣よりも尚威圧感が大きく、ゼオンでさえその圧に少しだけ足が踏み出しにくくなった。

 両の手の爪がより鋭く輝き、先ほどまでのぬるい攻撃とはくらべものにならない威力を誇るだろう。

 

 

「■■■■■■■■■――――――っ」

 

 その声は、その雄たけびは、もはや爆発音にも等しい。レインの本気の声は、それだけで衝撃の音波すら出るほどに。

 

―――こいつだけは……許さねぇ

 

 胸に灯った怒りの炎は他が為に。

 自分が騙されたことはいい。そんなことはどうでもいい。

 友が侮辱されて燃え上がった炎はもう止まらない。

 

 大人の魔物達でさえ畏れた、暴力の獣の王と呼べるモノが、此処に甦った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて感じる本物の殺意に、ゼオンの口角が吊り上がる。

 己が全力を出さなければならない初めての相手。油断すれば間違いなくやられるであろう相手。

 魔力による防御などでは貫かれること必至の野性の力。獣型魔物の頂点とも言える特殊な存在が、目の前に居るのだ。

 

 怒りでもはや聞く耳さえ持たないだろうと、ゼオンはデュフォーに向けて小さく声を投げ渡した。

 

「初めてだ、本気を出すのは。一対一の戦闘についても、“術ありの戦闘”についても、“その後”についても、時期も何もかもをお前に全てを任せる、デュフォー」

「ああ、任せておけ。だが一つ……胸に留めておけ」

「……なんだ」

 

 少しだけの間を置いて、歩みを進めながらデュフォーはゼオンに聞こえる声音を流す。

 

「よく頑張ってつきたくもないウソを吐いた。今回はあと少しだけがんばれゼオン。愛する弟の為に、お前の未来の為に」

 

 頭の中が一寸真っ白になって息が詰まった。

 

 引き裂かれそうだった胸の痛みが、じわりと沸き立つ暖かさに癒されていく。

 

 緩んだ口元から、熱い吐息が一つ。

 目も少しだけ緩くなりそうだった。

 

 無理やり口を引き裂いて……震える声で、ゼオンは笑った。

 

 

「ははっ……バカモノめ。当たり前だっ!!!」

 

 

 膨れ上がった全力の魔力が、紫電と白銀に揺らめいていた。

 

 

 一人じゃないというその事実がうれしくて、ゼオンの心に新しい震えが生まれた。

 

 

 

 幾瞬。

 

 獣王と雷帝の眼差しが交差し、茹るような日差しが降り注ぐ海岸線で……

 

 今回の戦いが始まって以来の大きな戦闘が幕を開けた。





読んでいただきありがとうございます。

お久しぶりです。
仕事と他の趣味に加えて、二次創作の新しい試みの為にお時間をいただいておりました。

液晶タブレットを買ってイラストの練習を始めまして、今後は挿し絵も不定期で入れていこうと思います。
小説とイラストのどちらも楽しんでレベルアップしていきたい為、ご容赦ください。
今回の話に入れたかったのですが間に合わず、年明けにこっそりと付け足しておくかもしれないです。



さて今回の話。
レインくんを仲間にする為にはカイルくんの成長が必須なのでゼオンくんがこんな感じのことをすることになりました。
勧誘が失敗してもこうすればガッシュくんの仲間になるだけなので別に問題なかったりします……ただしレインくんと出会ったガッシュくんにはラスボス認定されてしまうけど。

次回は戦闘

これからも楽しんで読んでいただけたら幸いです。


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第十六話:迷いと決意

 

 ゼオンとレイン、圧倒的な力を持つ魔物同士が本気でぶつかり合う様子を遠目に見ながら、デュフォーは一人思考に耽る。

 まだ術は使わない。レインが術を使わない……否、使えないのだからゼオンが使うことはない。

 バルギルド・ザケルガについては“レインに対してより効果的に精神を揺さぶり心理誘導を行う”ために使ったが、此処からは状況が揃ってデュフォーが指示を出すまでゼオンが術を求めることはない。

 

 この状況はゼオンとデュフォーが事前に打ち合わせをして筋道立てたモノなのだ。

 ゼオンとデュフォーという、魔物と人間の中でもより明晰な頭脳を持つ二人が、なんの準備も計画もなしに欲するモノの為の行動を起こすはずがなく、概ね計画通りに進んでいる。

 

 

 数日の間のこと。何度目かの視察にてとある光景をデュフォーは見た。

 不快感をこれでもかと表現した眉間の皺は深く。

 苛立ちから放たれた舌打ちは聞こえない距離だとはいえ間違いなく耳に大きく響く。

 上空で、マントを器用に使って迷彩し、気配遮断までしてカイルとレインの日常を見ていたゼオンを見つめるデュフォーの表情は揺らがないが、ゼオンの表情からその感情を推察した。

 ゼオン自身の生い立ちも何もかもを特殊な術で見せて貰ったから、目の前で起こった事象がゼオンの逆鱗に触れる行為だというのはデュフォーとて分かっている。

 だからこそ、デュフォーはじっとゼオンの様子を観察していた。彼の心情を理解しようと、彼の心の動きを把握しようと、彼の隣に居られるようにと。

 

 カイルという少年の受けている理不尽はあまりにも酷かった。

 五歳かそこらの少年は、本来この地の主人として敬われるべき存在のはずなのに……雇われているだけの女に暴力を振るわれ、食べ物も質素なモノしか与えられず、侮辱され、抑圧され、虐げられ、押し込まれ、心の底まで叩き潰さていた。

 ゼオンの憤るその表情は、理不尽を強いる大人という存在に対してあらんばかりの侮蔑と憎しみを浮かべていた。其処に何を、誰を映しているかは明らかだった。

 

 その紫電の瞳に浮かぶ光は憎しみと同時に、カイルという少年に対しての悲哀に溢れていた。

 ギシリと噛み鳴らした歯が、漏れる吐息が、潤う瞳に揺れる悔しさに溢れていたのだ。

 本当は今すぐにでも救ってやりたいという想いが浮かんでいる。震える腕を自分で握りしめて抑える様子は、憎しみと悲哀と後悔の証左。

 

 レインが止めに入ったのを見て、ゼオンはほっと小さく吐息を零していた。

 縋りつくカイルと庇うレインを見ながら、ゼオンは遠い眼差しを送っていた。 

 其処にナニカを重ねているのも分かりきっていた。

 

 ゼオンはレインに何も言えない、否、言わない選択肢を取った。何も言わず、導きもせず、助けもせず、彼らのみで乗り越えさせる為の選択肢を選んだ。

 それは自分達を重ねていたのは間違いなく、だからこそ乗り越えてほしいと望み、デュフォーと共に立てた筋道で自身が憎き父親と同じことをするのだと理解してなお、ソレをすると決めた。

 レインはゼオンで、カイルはガッシュなのだ。単純にただ救ってやることが正解ではない。答えではない。与えられる救いは、本当の意味で彼らを救うことは出来ない。

 自分がガッシュを救っていれば、傍にいることが出来たならという、レインとカイルに重ねるのはそんなもしもの物語。彼ら二人のように自分達二人にもチャンスがあって、二人で幸福を掴み取れていたのなら……そんな夢物語。

 

 ゼオンはこれをすると決めた時に、デュフォーに少しだけ心の内を語っていた。

 

『あいつは……王は初めから選択を誤っていた。許されない行いをした。ガッシュを苦しめた。許してなるものか。絶対に、絶対にな。だが……しかしだ、オレがあいつへの憎しみを失うことは絶対にないが……』

 

 顔を見られたくないからかゼオンはデュフォーに背を向けて続けた。

 

『あいつはオレにあの時憎めと言った。この状況はあの時の焼き増しに等しい。だからほんの少しだけ……冷酷にならなければならない王の心の内側というのを……此れから理解してやろうと思う』

 

 デュフォーは其処で、答えを出す者(アンサートーカー)によって知った王の真実の想いを伝えようとしたが……辞めた。

 ゼオンという少年が父親に対して抱いている複雑な心に、確実に確定している“答え”を与えてしまってはその少年の心にいい影響を与えないのではないかと思ったからだ。

 

 何より……デュフォー自身がそれを拒んだ。

 

 デュフォー自身が母の真実を拒絶し、能力を使って答えを出すことがなかったから。

 思考し、考察し、予測し、調べて、尋ねて、知って……そうして消化するべきだと、デュフォーはそう思った。

 答えを知る者(アンサートーカー)というズルではなく、本人と相対して解くべき“答え”だと、デュフォーは思ったのだ。いや……少しは、デュフォーも自分とゼオンを重ねているのかもしれない。

 王の真実がデュフォーの母の真実とは真逆だからこそ、ゼオン自身が問いを投げて知るべき“答え”だと、そう思ったのだ。

 

 レインという同志を手に入れる筋道を立てるのに能力を使い、ゼオン自身が王というモノを理解できるようにそっと手助けをする。そういう“答え”をデュフォーは自分で選んだ。

 

 故にゼオンの今回の選択に対して最善の道筋を組み立ててはいるが、半分以上はゼオンのやりたいようにやらせているのが現状。

 デュフォーは戦況を見やりながらも立てた道筋を思い浮かべ始める。

 

―――父親と同じ姿を演じることで、レインにとっては確実に倒さなければならない相手となって本気を出さざるを得なくなる。そしてあの咆哮……まず間違いなくカイルまで聞こえているだろう。異変を感じたカイルが此処まで来るのが第二段階と言っていい。

 

 其処からが本番だと、デュフォーは思う。

 

―――カイルという少年の心が成長しない限り、レインを仲間にすることは出来ない。何よりレインは……“この魔界の王を決める戦いに魅力を見出していない。”だからこそ、“王にしてはならない相手”を明確にする必要があった。

 

 そう。デュフォーはレインの“答え”をも出していたから、この筋道を立てたのだ。

 そもそもレインは魔界の王にそこまでこだわっておらず、カイルへの恩があるからこそ人間界に留まっているだけで、選ばれたから参加しているに過ぎない。少なくとも他のモノ達は野心や願いを持ってこの戦いに参加しているのに対して、心持ちや気構えといった戦いに於いて大切な切片をレインは持っていないのだ。

 レインに必要なのは欲、目的、目標。そういった心からの願い。王になる為でなくてもいい、誰かを王にならせない為、誰かを王にするのを手伝う為、というのも立派な戦う理由である。

 

 問おう。

 本気で……心から戦おうとしていないモノが、必ず勝つという気概を持って戦いに臨んでいるモノ達を圧倒して、その姿に魅力を感じるだろうか?

 重ねて問おう。

 臆病な子供が、巻き込まれる度にうんざりと火の粉を払うだけの姿を見て……何かそのモノの為にしたいなどと思うだろうか? しかも日常で庇って貰っているという負い目を感じている状態で。

 

 否だ。

 どこか一方通行な感情のベクトルでは彼らの関係は進むことはなく……それでいていつか来る別れがただ奪われるだけの哀しいモノとなってしまうことだろう。

 

 レインとカイルに必要なのは、魔物と人間が絆で結ばれる為に必要なのは、同じ方向へと進みつつ、どちらもが負い目なく助け合い支え合えるような信頼関係。

 

 ゼオンが敵となる必要があったのは其処にある。

 レインの心を動かす為と同時にカイルの心を動かす為。

 

―――レインがこの戦いに本気で参加しようと思うのが一つ。勝てない相手に勝つにはカイルというパートナーが必須だと理解するのが一つ。カイルがレインを助けたいと臆病を跳ね除けるのが一つ。その上でレインがカイルへと“一緒に戦ってくれ”と言える状況……そこまでできてやっとスタートラインだ。

 

 レインとカイルをこの戦いに参戦させるという行為は、デュフォーのアンサートーカーを持ってしてもかなり複雑に絡み合う糸を解きほぐさなければならない難しい案件だった。

 通常であれば彼らはこの戦いにほぼ参戦しないと“答え”が出ていた。カイルの家庭状況ばかりに目が行くが、気付かれにくいが同等レベルの問題である、レインの心を動かすというのも厄介であった。

 よしんばカイルが勇気を持ったとしても、レインが戦いに乗り気でないのなら意味がなく。

 レインが戦う理由を持ったとしても、カイルが震えていては戦えない。

 

 この戦いを考え、そしてレインという魔物にカイルというパートナーを与えた存在に舌打ちをしたくなるも、デュフォーは筋道を深めていく。

 

―――条件を全て達成したとして、オレ達にとっての最後の問題は……レインとカイルに対して“ゼオンとガッシュの真実”を理解してもらうこと。

 

 ゼオン達にとって厄介なのは、敵として立ちはだかってしまえば同志として過ごせなくなることだ。敵になってもガッシュの味方にはなってくれるだろうからいいのだが……ゼオンとデュフォーにとってそれは最善ではない。

 ゼオンだけではどうにもできないと、彼自身が言っていた。語るだけではきっと信じて貰えないようになると。故にこれを解決するのはデュフォーの役目でもあり、

 

―――“答え”は出した。これが成功すればレインに真実を伝えることが出来て、なおかつガッシュに対してもよりよい結果となるだろう。魔物型であるが故に出来る方法で、レインはガッシュを必ず救おうとするだろうから。

 

 彼の能力によって出た一つの“答え”を、二人は実行することを決めた。

 

―――まあ、戦いが終わってもレインが王になろうとすることはないと“答え”が出たんだが……ソレに対してゼオンがどういった“答え”を出したのか楽しみにしておこうか。

 

 ゼオンの真実を知ればまたレインの心は欲がなくなると能力で出たのだが、デュフォーはゼオンに言われた言葉を信じることにした。

 

 

 

 あの時、決意を込めたいつもより少しばかり大人びた目をして、雷帝は言った。

 

 

 

 

 

『全てが上手くいったら必ずオレがレインを説き伏せて戦いに参加させてみせる。それくらい出来なければ父を超える王になど……愛する弟と手を繋ぎ、共に魔界を統べる王になることなど夢のまた夢なのだからな』

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 本気になったレインから発されるプレッシャーはゼオンでさえ身体を動かすのに強く意識を持たなければ出来ぬほどで。

 世界を震わすかと思われるほどの咆哮はびりびりとゼオンに音波だけでも衝撃を与え。

 獣型魔物の頂点から突き刺さる一睨みに……口角が深く深く吊り上がる。

 

 身体の奥底から湧き上がる震え。彼はその正体を知っている。

 それは歓喜。

 

 中将レベルの大人の魔物でさえ下すことの出来るようになったゼオンにとって、本気で相対出来る魔物というのは数えるほどしかいない。

 しかも人間界でここデュフォーの指導の元で数か月実力を伸ばした彼に対抗できるモノなど、それこそ魔界全土でも指折りだ。

 なればこそ、ゼオンの心は歓喜に包まれる。

 

―――これが特殊個体。一歩間違えば魔界の脅威と成りうる化け物の一体……か。なるほど、確かにコレをこの年齢で相手にするのならば血反吐を吐き地べたを這いつくばらなければ無理だろう。こういった強敵をこそ、オレは求めていた。

 

 ひしひしと伝わってくる内包する魔力量の大きさと、世界に愛された強靭な肉体。

 王族の特別教育がなければまず間違いなく相手にならなかっただろうと彼は確信する。たかだか数年しか生きてきていないベル家の子供が相手にするには、あまりにも目の前の魔物は強大に過ぎる。

 通常の魔物では一撃でやられてもおかしくない。術など必要ないのだ。魔力を込めずとも殴るだけでこの戦いに参加している魔物の大半に勝てるし、強者の半分は魔力を込められた拳だけでも戦えるに違いない。

 生まれながらの性能が他とは違いすぎる。

 

 ただし、それはゼオンというベル家の規格外の存在でなければの話。

 

 王族に生まれし雷、雷帝ゼオン。

 彼も特殊個体の魔物と並ぶほどの天才なのだ。

 

 たかだか六歳やそこらの子供が、いくら王族の特別な教育があろうとも大人の、しかも軍の中将レベルに勝てるようになることなどまずありえない。

 この戦いにおいて、生きてきた年齢というディスアドバンテージを覆しているゼオンは、父であるダウワンの予想をはるかに超えた魔物だと言えよう。

 

 そもそもこの戦いは十年以上、下手をすれば数十年の年月をかけて行われるのを想定した戦いであったが……人間界の凄まじい発展によって移動などの制限がなくなり、魔物同士の遭遇率が上がって時間が短縮されていた。

 子供の魔物を送り込むのもそういった理由がある。子供が大人に成長し、魔界に戻って来て大人の魔物が王となる。それがこの戦いの正常な流れのはずであった。

 

 ゼオンがレインを早々に手に入れたいと焦っている理由は其処に在る。

 たった数か月で残りの魔物が七割を切るなど、千年前の戦いの進捗とはかけ離れすぎている。

 

 本来であれば人間界で魔物自体も訓練をする時間は沢山あるはずで……しかし今回はそう悠長な時間を過ごしてられない。

 感知型の魔物が飛行機で飛び回れば世界中の魔物の居場所など把握できるし、通信機器の発達によって魔物同士の同盟も容易に連携が組みやすくなり、人間が持つ重火器や兵器などは魔物を滅ぼすことすらできる威力を持っている。

 ほぼ大人と同じ年齢の魔物と言葉も喋れない子供の魔物が相対するにはハンデがありすぎて、なおかつ危険すぎる世界で彼らは戦わなければならないのだ。

 

 ゼオンが才に恵まれていたのは幸運だった。

 今目の前にいる特殊個体とは、千年前であれば大人になるのを待ってから相対すべき魔物。

 しかしゼオンにとってはそんなことは些末事。

 彼は確信している。

 自分こそが王になる魔物なのだと。その恵まれた才に気付き、それを伸ばす為に尽力してきたのだから。弟の悲劇を知ったあの時から、全てを賭けて強くなってきたのだから。

 

 何よりあの夜から数か月……

 

―――己の非力でガッシュを不幸になど……してたまるか。

 

 自分にもっと力があれば、自分にもっと多様な能力があれば、自分がもっと明晰な頭脳であれば、自分がもっと勘が良ければ……。

 苦悩と絶望を乗り越えたゼオンは己が弱いことを知っている。王になるのは自分だと自負していても、弟を救えぬ程度の存在なのだと律していた。

 

 身体に走る歓喜の震えは、強敵との戦いで自分が強くなれることに対して。弟をより確実に護れる兄になる為の大きな一歩が踏み出せるからであった。

 

 

 

 大気を震わす咆哮が止んだ後、気味が悪いほどの静寂に包まれた。

 小手調べに瞬間移動からの一撃をしても良かったが、ゼオンの本能が警告を発していた。

 

 ギチギチと、レインの身体から肉が軋む音が発されている。躍動する筋肉ははち切れんばかり。

 少しの動きも見逃すまいと紫電の瞳を向けていたゼオンは……獣型魔物の本当の恐ろしさを次の瞬間に体感した。

 

 腿の筋肉が大きく膨らみ、来る―――と思った時にはレインの身体は消えていた。

 砂浜という悪い足場などモノともせず、一瞬で接敵したレインの大きな手は既に振り上げられており、ギラリと輝く爪に殺意があらんばかり溢れている。

 

 チィ……と舌打ちと同時にゼオンはマントに魔力を込めて体勢を変えた。寸前で出来たのはそれだけだ。

 振り下ろされた掌は、砂浜に大きなクレーターを創り上げ、轟音と振動がその威力をモノ語る。

 並みの魔物であれば一撃でバラバラになっているであろう攻撃を、ゼオンはマントを身体に巻きつつ上手くレインの腕に沿わせて回転することで受け流した。

 

 そう、受け流したのだ。マントを使ってもダメージを喰らうと判断し、受けるではなく流すしかなかった。

 飛びのく選択肢は初めからなかった。飛びのけばレインは追撃でゼオンを仕留めに来たのは明白だったからだ。その証拠に……

 

「……く」

 

 物理的にあれだけの超スピードで接敵されたならばレインの背後へと逃げて少しは間が出来るはずなのだが、レインはその圧倒的な身体能力で無理やりに方向転換をしてもう片方の腕を横に薙ぎ払った。

 一撃目の受け流しで宙へと飛ばされた(・・・・・)ゼオンは回避が難しい。

 マントの操作でどうにか弾くも……斜めに弾かれて、そのあまりの威力に砂浜に身体が埋まった。

 

 ダメージはまだない。

 此処で追撃が終わるはずも、ない。

 

 ギラリと光ったその爪は、ゼオンを確実に滅ぼす為の凶器。

 

 たかだか数瞬で追い詰められたこの状況に……ゼオンの頭の中でカチリと意識のスイッチが切り替わった。

 

 衝撃。

 大きな、あまりにも大きな衝撃に大地と大気が震えあがる。

 

 ポタリ、と赤い血が一滴。砂に呑まれた。

 

「……舐めていた、甘えていた、驕っていた。だからオレはこんな無様を晒している」

 

 クロスした腕に、爪が少し刺さっている。マントを突き破って、である。ブラゴの術でさえ防いだゼオンのマントを、魔力が通っているとはいえ、レインの爪に貫かれたのだ。

 咄嗟のことではあるが、それはレインの魔力がゼオンの魔力防御を突き抜けたことに他ならない。

 

 無敵ではない証左。倒せるという希望。敗北を突きつけられるという事実。

 それをレインに教えた。教えてしまった。戦いに於いて、希望を持たせるというのはしてはならないことの一つであるのに、だ。

 

 しかして、ゼオンもさること。

 爪の先端だけが皮膚へと刺さっているとしても、レインの全力の一撃を受け止めているのは称賛されるべきこと。

 

「■■■―――」

 

 押し込んでも叩き潰せないその存在に、レインはいらだったように唸りを上げる。

 が、掌の隙間からほんの少し覗いた紫電の眼光を見て……彼は大きく飛びのいた。

 

 滴った血がゼオンの顔を流れ、その目は先ほどまでの歓喜に染まっていたモノではなく。

 極寒の冬のような、凍えるような冷たい輝きを宿してレインへと向けられていた。しかして、吊り上がった口は傲岸不遜に。

 

「詫びよう。オレはお前をまだ舐めていた。オレはオレ自身に驕ってもいた。そして感謝を。お前という強者の存在に。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようではオレもまだまだだ」

 

―――王となるのなら、常に余裕を失うな。笑え。どれほど己の不甲斐なさに苛立とうとも。どれだけ己の非力に憤慨しようとも。

 

 己の父はいつも仏頂面をしていた記憶しかない。

 楽し気な顔など見たこともない。

 威厳はあったが、其処に憧れは持てなかった。

 

 なりたくない王の姿を浮かべ、対照的に自分の思い描く王をゼオンは演じる。いつかは自然とそうなれるように、と。

 思い描く強者は、常に余裕を崩さない。笑みを浮かべて楽し気に。自分の弱さなど欠片も見せず、己の道を信じて突き進み先導出来るモノ。

 たった独りであっても決して揺るがない芯を持って、大切なモノの為に立てるように。

 

―――そう在れかし。

 

 片目を細めたゼオンは、今までのような中途半端な放出ではない、内に秘める全力の魔力を溢れさせて言い放った。

 

「愛しき敵よ、オレの覇道の礎となれ」

「■■■■■―――――――っ」

 

 呼応するように吠えたレインの声と同時。

 二体の魔物の衝突はまだ世界を揺るがした。

 

 通常の人間に視認できない戦いを眺めるデュフォーは、遥か後ろの林に現れた震えている気配に気づいていても、気にすることなくその戦いを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マントでの回避も防御も、瞬間移動も全てを使ってなお一筋縄ではいかない。

 魔力での身体強化は、術を使ったモノとは違いこの戦い独自の制限が掛かっている為か燃費がすこぶる悪いのが問題点だ。

 さすがに魔力運用が完全に遮断されてしまうと魔物の中で格差が広がりすぎるから、術以外での魔力行使が出来るとはいえ不便の上ない。

 

 戦いが再開してどれほど経っただろうか。

 魔力量が他の魔物より多いオレも、特殊個体なレインもまだ余裕がある。

 レインに至っては、この戦闘中に魔界とこちらの世界での魔力運用の身体強化方法を把握してきているようだ。

 

 やはりこいつは化け物だ。戦闘のセンス、身体能力、判断力や対応力。全てにおいて優れている。

 

 しかし……レインは強いが、こと戦闘に関してはまだオレに一日の長がある。

 レインは生まれてからずっと格下とばかり戦って来たのだろう。才能とセンスだけで磨かれた実力は、格上と戦い続ける訓練を受けたオレに時間を与えれば、対応が確立出来るのは当然。

 加えてデュフォーからの戦闘指南によって、思考誘導や筋肉の動きからの予見など、新たに加えた戦術によって時間を追えば追う程にレインという個体への対処が出来上がっていくのだ。

 

 それでもやはり、ぎりぎりだが。

 

 魔力量が多くともマントと身体強化に多くを費やしている為、レインよりも消費量が多い。マントの防御も的確な魔力の攻防力移動によって貫こうとしてくるし、打撃の衝撃は軽減しきれないモノもある。

 傷としてはレインの方が多く、息の上がり具合から見て体力はレインの方が削れている。対して魔力消費はオレ、という感じだ。

 

 風を斬る爪は、もう数十は躱した。

 今も目の前を通り過ぎた煌めきに、背筋がゾクゾクと危機を伝えてくる。

 レインの毛皮の防御も固いから、こちらの攻撃を通すのも一苦労。

 水滴が数年で岩に穴を穿つように、鋭い打撃を何度も何度も同じところに当ててようやくダメージを蓄積出来た。

 

 速度はややオレが上、パワーはレインが圧倒的に上、体術とマントによって攻撃の被弾はレインの方が多く、一撃のダメージは喰らえば(・・・・)オレの方がでかくなる。

 

 また、レインが高速で接近してくる。今度使って来たのは連続の突き。

 振られる爪の悉くは一撃の全てが致死。マントで方向づけしつつ全力で回避することに専念していく。

 

 頬をかすっただけで赤が滲む。爪に込められた大きな魔力は、オレの身体に通している防御魔力を容易く切り裂くほどらしい。

 攻撃が当たらないことに業を煮やしているかと思いきや、レインの目は時間を置くごとに冷静さが増していく。必ずオレのことを殺せる時機を見ているのだ。

 

 最後の突きをいなして繋がった視線。目を見開いたレイン……と見えた。レインに隙が出来ているがそれはブラフだ。

 わざと晒した隙を狙うかに見せると、狙いすましたように其処へと牙が鳴らされた。

 

―――なるほど……噛みつきは初だな。

 

 低く、低く身体を沈めたオレはレインの重心の乗った片足を払い、バランスを崩したヤツを蹴り上げる。

 しかし、一瞬だったというのにレインはオレのマントを掴んでただで飛ばされないようにしていた。

 

 マントを扱えば魔力を使う。即ち……ついにヤツはオレの魔力消費まで計算に入れ始めたということ。

 振り回してもいいし包んで押しつぶそうとしてもいいが、そうすれば大きな魔力を消費して後々に響く。

 

 舌打ちを一つして、マントをそのままに掴んでいる腕を殴りつけた。

 合わせるように振られる拳を避けると、空中での連打の応酬に切り替わる。

 

 此処まで狙っているのなら大したモノだ。回避の効かない場所での打撃戦は体格差やパワーの差でオレがあまりに不利。上手く魔力だけを大きく消費させようとしている。

 瞬間移動で仕切りなおしてもいいが、魔力消費が大きいので多用は出来ん。

 

 レインの術がどれほどのモノかデュフォーから聞いているから……この後の戦い(・・・・・・)を考えるとオレ個人の魔力消費は出来るだけ抑えなければならない。

 

 互いに合わせる度に拳が軋む。

 マントで覆って強化していても、レインの拳はその上を行く。全力で魔力を込めれば同等以上には出来るも今は制限されているから打ちあうしかない。とはいえ、やはりレインは強い。

 吹き飛ばされてもいいが、打ち負けるのは看過できない。相殺して拮抗が最低限。レインを倒すのならば、術無しでかつ戦闘の全てを掌握できる計算を成り立たせた上で戦えなければ意味がない。

 自由落下に任せるままに拳を打ち合い続けて、着地と同時に距離を取る。

 またにらみ合い、膠着状態となった。傷が見えるレインは荒い息を付きながらこちらに唸る。

 言葉は発するつもりはもうないと、勝利だけを見据えて。

 根比べとなった戦いに、また踏み出そうとしたその時―――

 

―――なんだ?

 

 ふと視線を感じて少しだけデュフォーの方を見た。

 遠くに居るデュフォーはすっと指先を森に向け、後に胸を指差す。

 

 そのジェスチャーが何を意味しているのか……オレはレインに視線を戻すことでデュフォーへの応えとした。

 

「ふん……どうやら臆病者が来ているようだな。良かったじゃないかレイン。お前の本気の姿を見せることが出来て」

 

 声音を上げて語り掛けると苛立ちに牙を剥いたレインだったが、まだ話を聞いてくれるらしい。

 

「レインという個体の強さは計れた。やはりお前は素晴らしい。このまま充実した時間を続けてもいい……がせっかく観客がいるんだ……」

 

 挑戦的に見やると、レインの怒りの気が強くなる。

 

 ズキリ、と胸が痛んだ。不快感が胸にこみ上げる。対等な決闘をしている自分達の誇り(プライド)を踏み躙るこの行いに怒りすら湧いてきた。

 

―――それでも、必要なんだ。レインとカイルを、そしてガッシュとの未来を勝ち取る為に。

 

 無理やりに全ての感情を凍らせて、オレはにやりと笑ってやった。

 

「本当ならお前とは死力を尽くして戦い合ってみたいのだがな……術の使えない魔物がどんな運命を辿るのか、そして己のせいでパートナーが滅びゆく様を、あの愚かな臆病者に見せてやろうじゃないか」

 

―――許せ。

 

 心の内でだけ呟く。

 デュフォーからの合図は此処よりは二段階目に移行すべきという“答え”であり、オレ個人の“レインと対等に戦いたい”という願いを抑えてでも行わなければならない必須項目。

 

「■■■■■――――――っ」

 

 目を見開いたレインが大きく吠え、術など打たせないとでもいうように魔力を高めて瞬時に突進してきた。

 

「ラウザルクッ!」

 

 声と共に天から雷が迸る。

 術が自由に打てなくなるというデメリットを持つ使うことはないと思っていた身体強化の術(ラウザルク)を、デュフォーはまず唱えた。

 今までの戦いを茶番に見せてしまえるから、と。

 

「……は」

 

 轟音と、小さなため息。

 全力で振られたレインの拳を……オレは片手でなんなく受け止めていた。

 

 体力の消費も、魔力の消費もほぼない。完璧な優位にたったと確信する。人間の心の力を使って術を発動すれば、オレ自身の負担などほぼない。

 余裕をもって膠着しているオレを見ながら、レインはギシギシと歯を鳴らしながらもどうにか押し込もうとしていた。

 

 あまりにも無慈悲。

 さっきまでオレは素の力では勝てなかったのに、たった一つの術だけで簡単に覆る、覆ってしまう。

 これがこの戦いに於いて魔物達に課せられる試練であり、悪趣味な主催者からの理不尽。

 

「分かるだろう? お前なら」

 

 さっきまでのスピードと倍近く違う速度でレインの後ろに回り込む。

 さすがは獣型の頂点。勘のみで瞬時に手を振ってくるも……既にオレはそこに居ない。

 

「此処からは戦いではない」

 

 足払い。

 無様に、軽く、滑稽に見えるように転がす。

 

「ただの一方的な蹂躙にしかならんのだと」

 

 それでもレインは反応しようとした。直ぐに立ち上がろうと腕に力を込めていた。称賛に値する。

 オレは顎を蹴り上げて虚をつき、レインの体躯くらい宙に浮かせることで動きを封じる。

 

「お前個人の力と怒りだけではどうにもならない圧倒的な理不尽を」

 

 一発、二発、三発……十を超える連打は縦横無尽の連撃となる。レインの頑強な毛皮の上から、確かな手ごたえを以って突き刺さっていく。

 

 心に広がるのは虚しさだけ。

 先ほどまでの充実した戦いとは違う、ただのつまらない作業。

 

 上、下、左右。連撃は止まらない。レインの攻撃は当たることはない。オレは防御することすらない。

 反撃の動きにすら拳を叩き込み、うめき声すら上げさせない。

 

 術が切れるまであと十秒。

 

「友を救いたいのに救えない、運命にすら見放されたお前の惨たらしい現実を」

 

 再び蹴り上げた時にはもう、レインの頑強な身体には無数の打撃痕が滲んでいた。

 血を口の端から垂らしながら、レインは重力に沿って落下を開始した。

 

 あと五秒。

 

「強者であるお前との戦いを貶めた詫びとして、せめて見せつけてやる。レインという強者が、誰のせいでズタボロになっているのかをな」

 

 強化された身体能力で、渾身の力と魔力を込めて構え……落下してきたレインの腹へと拳を突き出した。

 

 防御に全力を当てていただろう魔力すら苦にせず突き刺さった拳は、腹を貫くことはなかったがレインを森の方へと吹き飛ばす。

 よく見えるように。自分のパートナーがどうなったのかを見せられるように。

 

 まだ、終わりではない。

 

「ほぉら……お前の護りたいモノが目の前だ。よかったな、レイン」

「ぐっ」

 

 瞬間移動をした先での蹴りの一つにて、吹き飛んだレインを大地へと叩き落とす。

 丁度“ラウザルク”の効果が切れてそのままレインの頭を踏みつけたオレは、木の後ろからこちらを見ているカイルへと嗤った。

 

「騙して悪かったな、人間。臆病者で足手まといのお前がパートナーじゃあガッシュからバオウを奪う駒にすらならんから……こいつには消えてもらうことにした。記憶を封じた水晶は本物だがこいつはオレが極大の術を使えるようになってから壊して記憶を戻らないようにしてやる。

 お前のせいでレインは消える。お前のせいでガッシュは救えない。お前のせいでレインは傷ついている。だが、それも今日で終わりだ」

 

 水晶を懐から見せつけて言い放つ。

 震えながら涙を流しているカイルは、オレの方を見ずにレインを見ていた。

 

「聞くな……カイルっ。こいつの言葉なんて聞くんじゃねぇ!! 逃げろ! オレは大丈夫だからっ!」

「ほー、まだ喋る元気があるのか。さすがだ……が、今は黙ってろ」

 

 まだ立ち上がる為の力を溜められないレインの頭を踏みつけて嗤ってやった。抵抗しても内臓と脳を揺らしてやったんだ、すぐにオレの脚を除けることなんてできやしない。

 畏れからか、恐怖からか、カイルは言葉を発しない。

 

「“せめてこの水晶をオレから奪って魔界に帰還でも出来ればガッシュの記憶くらいは護れるんだが”……まぁ、術も使えないレインではそれも叶わんだろう」

 

 言いながらもう一度懐に水晶をしまい込む。

 カイルを見るとレインを見て何かを話そうとするが言葉が出ないようだった。

 

「良かったじゃないか、人間。お前はこれでレインから解放される。少なくとも魔物の戦いなんていう恐ろしいことに参加することはなくなるんだ。大人たちに従って、怖がったままで何もかもを取られて、人形のように生きていけばいい」

 

 泣き顔のまま、カイルはオレを見た。

 覇気すら込めて見つめるオレの紫電の瞳としっかりと目を合わせてから……カイルは目を逸らした。逸らしやがった。

 どうして、と呟いていた。何が、とオレは聞かない。聞いてなんかやらん。

 

 まだ足りない。

 

 単純に、オレの心に苛立ちが生まれた。

 

―――心に宿る炎を見せろ、カイル。友を傷つけられて怒らないのか、お前は。

 

 憎しみや怒りがきっかけになればいい。それで立ち上がってくれるというのなら。

 

 バチバチと、オレの掌に雷が充填されはじめた。デュフォーが意図を察してくれたようだ。

 

「愚かな人間め。怒りを膨らませることすら出来んのか……ならばお前の罪を、その目に焼き付けろ」

「ひっ……い、や……やめ……やめてっ」

 

 もう遅い。

 やめてと言うのなら、どうしてお前は助けようとしない。術を一つ唱えてやれば状況が変わるというのに。

 充填時間を見せつけて待ってみるも、カイルは腰に差してある本を開く気配はなかった。ならばもう、打つしかない。

 

 宙へと跳んだオレは、待機状態から最大火力となったその術を、デュフォーの声と共にレインへと放った。

 

「テオザケル!!!」

 

 眩い閃光と極大の雷撃がヤツへと突き刺さる。

 

「ぐぅおおおおおおおおおおおあああああ!!!」

 

 叫びが響く、雷撃が止むまでずっと。

 大きな威力によって起こる衝撃波でカイルは少し地面を転がっていった。

 幾瞬、爆撃のような轟音の残響を収束させていったテオザケルは、大地と共にレインを黒焦げにしていた。

 

「あ……ぁ……ああ……」

 

 震えつつも術の跡を見やるカイルが声にならない声を漏らしていた。

 レインの惨状がよく見えるだろう。ぽろぽろと涙を零しながら力無く立ち上がったカイルは、腰に差していた本を手に持ってレインへと近づいて行く。

 

 その目に浮かぶ感情に……怒りはなかった。

 

 まるでオレなどいないというように、レインの方へとだけ幽鬼のような足取りで歩いて行く。

 

 確認しろ。お前の無力を。

 怒りを宿せ。お前の心を震わせる為に。

 理不尽への抗いを望むことこそが心を強くする。

 

 父に憎悪を宿したオレのように、お門違いにもガッシュを恨んだあの時のオレのように、お前は心を強くするべきだ。

 

 そう、思った。なってくれるだろうとオレは思った。

 

 

 だけれども……カイルは黒焦げだらけのレインの身体にそっと手を置くだけ。

 怒りを爆発させてくれると思ったのに、心の力を感じ取る魔本は沈黙を貫いていた。

 

―――まだ、足りないか。

 

 無言でカイルへと近づいたオレは、その頭を後ろからガシリと掴む。

 

「人間。お前が弱いからこうなった。お前が術を唱える勇気があれば、レインは本気で戦えたんだ。全てはお前が―――」

「……うん、そうだよ」

 

 ぽつりと零された言葉と、ぽっと小さく本に灯った光。

 

 やっと灯った感情。

 今度は、聞いやってもいい。

 

「ふん、此処までされて自覚するとは、本当に愚かだなお前は」

「……でもボクは、まだ分からなかったんだ」

 

 続いた言葉は、オレにとって理解不能なモノ。沈黙するとカイルはぽつぽつと話していく。

 

「魔物の術は怖くて恐ろしい。ボクは虫だって怖い、鳥だって怖い、動物だって怖い、人間なんてもっと怖い、魔物なんかもっともっと怖い」

 

 じわじわと光が強くなっていく本を見詰めながら、カイルの言葉に耳を傾ける。

 

「人が怒ってるのを見ると足が竦むし、哀しんでるのを見るとどうしていいか分からなくて怖くて、脅されたら逃げることしか出来ない……戦いなんて出来っこない。でも……その前に」

 

 涙声に滲む感情は、やはり怒りではなく。不思議な声音にオレの疑問は大きくなるばかり。

 

本当に戦うのが正しいのかどうか(・・・・・・・・・・・・・・・)ボクには分からなかったんだ」

 

 何を言っているんだ、こいつは。

 掴んだ頭を離すと、カイルはまた膝をついてレインへと手を置いた。

 ピクリと反応したレインは、話を聞いていたようで疑問ばかりが浮かぶ目をカイルへと向けていた。

 

「ごめん……ごめんね、レイン。本当にごめん。傷つけることになってごめん。助けられなくてごめん。でもボクは……ボクは……」

「……カイル?」

「……レインを彼と戦わせたくなかったんだ。でも、止めに入るのも、怖くて……キミが傷ついてからしか、こうやって気持ちを話すことも……」

 

 はっとしたような顔をしたレインは、しょうがない奴だなというように苦笑を零してから、震える手でカイルの頭を撫でた。

 自然に零れた微笑みは、何処か誇らしげだった。

 

「はは……いいって、ことよ。そうか、そうだよな。そりゃそうだ! はっはっ!」

 

 二人だけで通じ合う心。徐々に強くなっていく本の光。オレは思考を回すも答えは出ない。

 

「いいぜカイル。許す。気にすることはねぇ。こんなもんかすり傷だ。そりゃあそうだ。おいゼオン」

 

 ニィッと歯を見せオレに笑ったレインの目には、希望の光が溢れていた。

 

「こいつはな、今の今までまだ信じてたんだ。お前の言葉を、お前の話したウソを、お前が本当に弟のことを想っているんだと。だから反撃の術なんて唱えなかった……いや、唱えられなかった(・・・・・・・・)! ゼオンを傷つけてしまうことが怖かったから、本音を聞く前に傷つけたくなかったから。オレの術を見ちまったから、だろ? カイル」

 

 語られた答えに目を見開く。

 

「力に力で対抗しようとするんじゃないって行動で示しちまってたのは……オレじゃねぇか……ははっ……カイルは、それを見てきたから、迷っちまったってこった」

 

 心底おかしいというように笑うレインが言葉を続けていく。

 

「ははは! オレのせいでもあるなぁこれは! 戦うことが全てじゃないと、“銃弾を喰らって死にかけてでも人間と話し合おうとしたようなバカなオレの心を想って”そんな選択をした! こいつはお前と話し合うことを選んだんだ! お前のことも、オレのことも、本気で救いたかったんだよ!」

 

 向き直ったカイルの目は、真っすぐにオレの紫電に合わされる。

 今度は逸らすことなく、純粋に、真っすぐに、一直線に。

 

 そのキレイな瞳に一瞬だけ……ほんの一瞬だけ重圧を感じた。

 覚悟の籠ったその瞳は、オレに問いかけてくる。

 

「ゼオン……キミは本当に、ボク達をだましてたのかい?」

 

 単純に怒りに染まるでなく、真実を知ろうという問いに感情は孕まない。

 カイルという少年に起こった変化のきっかけは、既にあったのだ。それこそ初めてのレインとの出会いによって。

 

 力を持つモノでありながら力をむやみに振るわないその背中を、カイルはずっと見てきたのだ。

 

 力を振るえば助けられると知っていながら、カイル自身が乗り越えられるようにと支え続けてきたその温もりを信じたのだ。

 

 だからカイルは、オレに怒りを向けていない……今はまだ(・・・・)

 静かに、されども力強く、目を逸らすことなくオレは答えを返した。

 

「ああ。バオウというベル一族最強の術を手に入れる為に利用しようとした。使えないと分かったから処分しようとしているのが現在だ」

 

 ウソだと悟られないように、デュフォーに習った、抑揚や間の取り方などで細やかな心理誘導をいくつか仕掛けつつはっきりと言ってやる。

 数秒の沈黙が重い。

 嘆きの色が濃くなって、カイルは漸く視線をきった。

 

「……そっか」

 

 哀しみに揺れた瞳。引き結んだ唇。震える身体。

 本の光が、大きく増した。

 

「ごめんね、レイン。弱虫でバカなボクなんかがパートナーで。これだけのことの為に、迷ってしまって……」

「はっ……言ったろ、かすり傷だってよ。お前はさ、ガッシュとゼオンを本気で助けたかったんだろ? オレが願ったから、オレが望んだから、オレが助けてくれって頼ったから……だから迷って、考えがぐちゃぐちゃでどうしようもなくなって、せめてオレのことを信じて自分の目で確かめようとした。友達に想われて信じられるなんてよ、こんな嬉しいこたぁねぇや。オレの願いの為になることを精一杯考えて、オレの心も考えてくれて、そんでもってオレの願いも叶えようとしてくれたんだ……ありがとうよ」

 

 温もりを含んだその声に、カイルの目から涙が多く滴っていく。

 

「それに、“なんか”じゃない。お前となら……最高のパートナーになれるさ」

 

 荒い息を吐きながら、レインはゆっくりと身体を起こしていく。

 

「カイル」

 

 真剣な声は、暴虐の獣と化していたとは思えない穏やかさをも含んで。

 カイルはコクリと頷いてから……本を開く。

 

 オレは瞬間移動で少し距離を取ると、其処には狙ったようにデュフォーが立っていた。

 オレとデュフォーに言葉はもういらない。

 少しばかり想定外だが……狙った事象に辿り着けたのだから。

 

「もう一度、頼む。きっとこれからたくさん怖い思いをすることになるし、きっと傷つくこともあるだろう。それでも……オレの友達を助ける為に、困ってるあいつの力になる為に、一緒に戦ってくれないか?」

「うん。沢山助けてくれて、沢山支えてくれたレインにいっぱいお礼をしたいから……ボクはレインの力になりたい。まだ、怖いけど……怖くて仕方ないけど……それでも……絶対に強くなるから……家も取り戻して、これから、ううん、今から……」

「いけるか?」

「大丈夫……ボクは、変わるんだ。だってあいつらは、ボクの大切な友達を騙して、傷つけた。ボクは……レインともっと遊びたい、美味しいモノを一緒に食べて、一緒に話して、楽しい時間を過ごしたいんだ!」

 

 噴き出す光がまた強くなった。

 オレに憎しみを抱いているのではなく、許せないという気持ち。ただただカイルは、怒っていた。

 

 他者の為に怒れる心。

 カイル本人への侮辱など、いくら言葉にしても意味がなかった。カイルが怒っているのは友を傷つけられたというただその一点なのだから。

 

「ガッシュを傷つけてカイルを貶したあいつをオレは許さねぇ」

「レインを騙して傷つけたあいつをボクは許さない」

 

 お揃いだなと、レインが笑って拳を出せば、其処にカイルは拳を合わせた。

 オレを睨むカイルの瞳に強い意思が宿る。

 

『『だからっ』』

 

 

『ゼオン! お前を倒す!』

 

 ゴッと勢いよく、天をもつかんとする光。

 本から溢れる光は、あまりにも美しい輝きを宿していた。

 絆の光というモノは、オレにとってとても眩しく美しいモノだった。

 オレの頬が緩み、デュフォーから小さく嘆息が漏れる。

 

「さあ、此処からが本番だな」

「気を抜くなよ」

「誰に言ってる。このゼオンが……いや」

 

 言い直そう。

 

「オレとお前が組んで、負けるわけがないだろう?」

 

 ニッと笑いかければ、デュフォーはやれやれと肩を竦めて。

 オレ達の本から溢れる光りも、何処かいつもとは違う輝きを宿している気がした。

 

 

 レインとオレが。デュフォーとカイルが。

 互いに向き合い、見つめ合う。

 

 一触即発の空気の中、一陣の風が吹き抜ける。

 

 それを合図として、二つの術が放たれることで開戦となった。

 

「テオザケル!!!」

「アボロディオ!!!」

 

 

 最後の大詰めを迎えたこの戦いで、オレの心は弾んでいた。

 

 

 

 向き直る時に見えたデュフォーの口元が、微かに微笑んでいたから。

 

 

 

―――デュフォー、一つずつ、オレ達の欲しいモノを共に掴み取るぞ。

 

 

 そう心の中で呟いて、魔界でも見たこともないほど強大な術を放つ相手との戦いへと意識を集中させていった。




読んで頂きありがとうございます。
お待たせして申し訳ない。

カイルくんとレインくんを仲間にするのめちゃくちゃ難しいという話。
明確な強敵になってかつレインを追い詰めてこの先まで戦いを続けるモチベーションも上げてカイルくんの勇気を引き出しつつレインが傷つくことも看過出来るようにして術への恐怖も怒りで分からないようにさせて倒すっていう一つの目的に……その上で真実を理解してもらわないとダメという。


イラストの方は納得してまだ満足に出せるレベルではないのでもう少しお待ちを……。


これからも楽しんで頂けたら幸いです。


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第十七話:兄が想うは

いつもお待たせしてすみません。
ガッシュ2、あまりにも最高ですね。

注意:オリ術出ます。


 

 魔物の術にはある程度の法則がある。それは共通認識として魔物達の間にも知られており、ゼオンも理解していた。

 第一の術を基礎として術の名によって強化や変化が成される術は多種多様。それこそ雷のベル一族の中でもガッシュとゼオンでは派生していく術が違ってくる。

 ただしそれは法則に則った派生がほとんどであり、よほど個人的な想いを込めて生み出さなければその軛から出ることはないのがほとんど。

 

 ゼオンとしても、法則を外れた術は今の所一つしか保有していない。

 

 現状の最大術であるその一つは、魔物達の共通認識である“ギガノ”や“テオ”、“オウ”、“ディオガ”や“マ”等の強化法則を外れて、ゼオンだけの強化系として“ウル”という名が付いている。

 それについても、ゼオンのその術は名前の中間に“ウル”が付いていて、ある意味法則を護っているモノと言えるが。

 

 レインの放ったのはゼオンの眉を顰めさせる不思議な術の名だった。

 法則が捻じ曲がっている。通常付けられるはずのない場所で付属された強化法則“ディオ”。“ディオ”系統の威力からは逸脱した威力を誇っているソレは、既存の術から逸脱された……特殊個体の持つ術。

 

 

「目くらまし、8秒後、移動ポイントは6、3、8。対応に気を付けろ。レインの術はお前の想像以上の規格外だ。此処からは一撃すら致命傷となる」

 

 言の葉を受け取り、取り込む。テオザケルが負けると、デュフォーは言っている。

 放たれた衝撃波は、ゼオンの放った中級術である“テオザケル”と数秒だけ拮抗したのち……ソレを打ち消して威力を保ったままでゼオンに迫ってきた。

 デュフォーの指示がなければ驚愕していただろう現状。冷静に術の力の差を理解し、避けるのは造作なくできるが、指示通りのポイントへと瞬間移動を行うしかない。

 

 其処からはよく見えた。レインに追撃する位置ではなく、ただただレインの術の威力を見る為の場所。

 

 抉れた砂浜と割れた海。吹き荒ぶ風は衝撃派に追随するように引き込まれて砂を巻き上げる。

 

「……はっ、なるほど。これがあいつらの本気の一端か。見事だな」

 

 もはやレインの、とは言わない。

 この戦いでの魔物の術の威力は最低限の保証を除けば人間の心の力に依存する。レインの力が強くとも、である。

 特殊個体の術とはいえ中級上位の“ディオ”系が持っていい威力ではないその力は、間違いなくカイルとレインというコンビだからこそ出せるモノ。

 

 補足として、ゼオンのテオザケルは通常の魔物の持つ“テオ”系統の術とは一線を画す威力を誇っているモノだ。王族として鍛えられ、研ぎ澄まされ、デュフォーの助力もあって高められた雷は、それこそ並の魔物のディオガにすら匹敵するだろう。

 だからこその称賛であり、ゼオンの油断も慢心も取り払うこととなる。

 

 こちらに睨みを利かせてくるレインは動かない。

 術の威力に震えるカイルの背に優しく手を添え、大丈夫だと口を動かしていた。

 獣のような表情ではなく、あくまでも理知的なその表情は間違いなく先ほどよりも厄介さを示す。

 

「……カイル、少し試したい。術の援護を受けたオレが、どれだけあいつ相手に戦えるのか」

 

 じっと見つめてくる眼差しには闘志の炎が燃えている。

 

「無茶しない?」

「少しくらいはするさ。じゃなきゃあいつには勝てねぇ」

「……そう、だね」

「大丈夫だ。なんたって二人で戦えるんだ。お前もオレも二人で戦うのは初めてだけど……オレを信じろ」

 

 ニッと嬉しそうに笑うレインに、カイルはグッと表情を固めた。

 

「うん、信じる。だから僕も信じて。絶対にキミと最後まで戦い切ってみせるから」

 

 大きく輝きを放つカイルの本は、また一層光を強くした。

 精神が肉体を凌駕し始めたレインは、先ほどまで喰らったダメージすらもう感じない。

 

 

 来る、とゼオンとデュフォーは無言で示し合わせたようにマントを起点に身を寄せた。

 

「いくぜェェェ!!! カイルゥゥゥ!!!」

 

 

 咆哮と共に、ギシギシという音が聴こえてくるほどに引き絞られた脚の筋肉が、その力を開放してゼオンの元に一瞬で迫りくる。

 

「ディゴウ・アボロウク!!!」

 

 振り下ろされる腕は、呪文の詠唱と共にただでさえ鋭利な爪と掌をより凶悪に禍々しく強化されて。

 腕全体に纏われる大きなエネルギーが爪だけでなく質量的にもゼオンを叩き潰しうるモノであり。

 デュフォーを連れて避けるには一寸の間が足りず。

 

 しかし焦ることはなく、二人は静かに、冷徹にその一撃を向かい打つ。

 初めから示されていたかのような指先の場所へと、すっと掲げられた掌。

 

「ザケルガ!」

 

 力の流動の計算され尽くしたその一撃は“答え”を示す。

 一瞬。たった一瞬だけレインの攻撃が硬直した……が、下位の術など直ぐにかき消してレインの腕は振り下ろされるだろう。

 

 ゼオンは其処に疑問を挟まない。

 デュフォーが唱えたなら正解でしかないのだから。指先が少しだけ動きそこに照準をずらす。腕を下ろせとはまだ言っていない。攻撃は続いているのだ。

 

「ザケルガ!」

 

 一瞬の硬直に重ねられたザケルガは、先ほどとは形状が違い細く鋭かった。

 まるで弾丸のようなソレは、指示された場所を正確に射抜き……今度はレインの腕を跳ね上げる。

 

 レインとゼオンの表情は対照的に、驚愕と笑み。

 一撃目で物理的な運動エネルギーを殺し、二撃目で術の弱所を射抜いて見せたのだ。

 

 ギシリ、と鳴らされた歯。レインはまだ術が乗っているからと、弾かれて体勢が崩されていても左の腕でゼオンのマントをどうにか掴む。逃がさないと、逃がすはずがないというように。

 ディゴウ・アボロウクの乗った一撃を確実に叩き込める状況が再び出来た。

 

「オオオオオオォォォ!!!」

 

 続き、引き寄せではなく振り上げを。

 マントを持ち上げて術に合わせるよう動こうとするも振り下ろされる寸前、まだ攻撃は終わっていないとゼオンの紫電が輝いた。

 

「ザケル!」

 

 基礎呪文がレインの腕に放たれると同時にぶちりとマントが切れた。

 広がったザケルによる目くらましの閃光は少しのダメージをレインに与えつつ回避の隙を生み出す。

 

 直後、轟音。

 ゼオンの抜けた場所に振り下ろされたレインの術が、砂浜に巨大なクレーターを創り上げる。

 アボロディオで抉られたモノと似たような威力のように見えたが、クレーターの状態を見てゼオンは背筋に小さな震えが走った。

 

 切り離したマントが散り散りになっており、砂浜に残る爪痕は不可測に抉り抜かれたような跡。直撃していたならば、まるでミキサーのようなその魔力攻撃を受けることになったのだ。

 

「“ガル”系統も含むのかあれは」

「いや、本来は強化した手とエネルギーを叩きつけるだけのはずだが、カイルの援護を受けたことでレインの中の暴虐の力がより大きく溢れ始めているんだろう」

「はっ……成長していると? ではヤツはこの時間に新しい術でも覚えるか?」

「既にその兆候はあるだろう。本当ならあのままザケル二発で術を打ち消しつつ真正面から有利を取るつもりだった。だが、体勢を立て直した時にカイルの心の力が更に流れ込んで答えが変わった」

 

 その場に留まっていたらどうなっていたかはマントを見れば分かる。

 デュフォーのアンサートーカーは未来予知ではないのだ。その場での“最適解を出し続ける”ことこそが能力の真骨頂と言える。

 

 唸りを上げるレインは視線をゼオンとデュフォーから離さない。

 回避した先を見詰めたまま、僅かなダメージも彼のタフネスによってほぼないようなモノ。

 

 ゆるりと、力強く、ぐっと胸の前で交差し始める腕。

 一寸の間。デュフォーがハッと息を呑む。

 

「ゼオン」

「ああ」

 

「バーガス・アボロン!!」

 

 腕が開かれ、レインの爪からエネルギーが放たれた。数は十。一つ一つがレインの意思によって操作されているらしく、速度も威力も申し分はない。

 

(弾でも雷撃でもダメージを受ける。ならすべきことは―――)

(ガンレイズ・ザケルでは貫通される……ジャウロ・ザケルガだと心の力を使いすぎる。最適解は―――)

 

 デュフォーとゼオン。極限まで集中力が高まっている二人は同じ思考を重ねていく。

 

「ソルド・ザケルガ!!」

 

 手に現れたのは雷の剣。

 出した答えはゼオンが創り上げたオリジナルの術の一つであり、彼の戦闘センスがあってこそ十全にその力が発揮される術だった。

 ジャウロ・ザケルガに似たその術であると分かれば、あとは出来る対処をするだけ。

 

 一つ、二つと切り捨てる。三つ四つと叩き落とす。貫通力があろうともゼオンの操る剣は力を流してその全てをいなしていく。

 五つ六つ、七つ八つと振り払い……見えた視界の先、レインとカイルは最後の二つに更なるエネルギーを流したようだった。

 

 術の出力の上昇で大きくなったエネルギーが迫る……が、ゼオンはにやりと笑って声を上げた。

 

「舐めるなよレイン!」

 

 二方向からの同時攻撃であろうとも、ゼオンが培ってきた力量と術の力によりその攻撃は通じず。

 大きな一振りは刹那。

 空気中の電子にすら影響を与えたソレは、遅れて大きな雷鳴を響かせる。

 放電経路にある空気が一万度以上に熱されて膨張、大きな衝撃波を生み出してレインの術を掻き消した。

 

「しゃがめ」

 

 フッとソルド・ザケルガが消え、衝撃波が落ち着くと……其処にはカイルだけで、レインは居なかった。

 デュフォーの声。同時に屈んだ二人の頭上を大きな腕が振り切られる。

 

「ザケルガ!」

「アボロン!」

 

 後ろ向きのまま、振り向くことさえせずに発されるザケルガを、片手から放った術でレインが受け止める。

 そのまま蹴りを放てば膝で受け止められた。

 一発、二発と爪が振るわれるも二人は綺麗に避けていく。

 執拗に爪で狙ってくるレインの攻撃は、短期決戦を狙っているらしく先ほどよりも大きな魔力が込められており、ゼオンのマントを引き裂く可能性が高く、デュフォーに当たれば致命傷となりうる。

 

 クイ、とマントを引かれたことで意図を汲む。マントの操作によってデュフォーをどうにか離した。

 近すぎれば巻き添えを喰らう位置での肉弾戦。レインが“人間を狙わないお綺麗な戦い”をすることはなく、確実に勝ちに来ているのだと理解しての指示。

 

「ザケル!」

「アボロド!」

 

 牙の盾が腕に出現し、ザケルをはじいた。

 そのまま盾の術を解かずに迫るレインは、魔力を通した毛皮によって少々のザケルの残滓を気にせずに拳を握った。

 

 跳躍は後ろに五メートル。

 空を切った拳が大地にクレーターを作り、その隙にゼオンは二歩でレインの後ろに回る。

 しかし視線は切れていない。レインはゼオンの動きに翻弄されず、驚くべきことに盾をゼオンの掌の前に翳した。

 術の発動タイミングを取らせないように掌を動かそうとも……獣型の、それも特殊個体の動体視力と圧倒的な身体スペックによってゼオンの掌全ての前に盾が合されていた。

 

 ゼオンにとって初めてのことだ。

 あのブラゴでさえ、初見ではゼオンのこの術の発動タイミングを読ませない掌の動きには合わせきれずにザケルを喰らったというのに、レインは初見で、ゼオンという魔物がそういった技術を使うだろうと見切り対処して見せたのだ。

 恐らく先ほどのあのデュフォーの指示を伴ったやり取りから読み取り、己の身体能力で対処できると冷静に判断したということ。

 

 正しく、震えた。

 面白いと、素晴らしいと。

 

「打てねぇだろ」

 

 一部の隙も見逃さない眼でレインが告げる。些細な精神的なイニシアティブの取り合いだが、事実を突きつけ否定できなければレイン本人が戦えるという証左になる。

 

「ククッ、認めよう。ならこれは?」

 

 ふっと、ゼオンの身体が消える。

 魔力を追う先は右、後に空。バチバチと光る掌が高出力の術を打つことを示唆していた。

 デュフォーすら回収しての連続二回の瞬間移動から、僅か2秒足らずで充填の終えた術が放たれる。

 目視してからすぐ、レインは考えるよりも先に身体が動いていた。目的地はカイルの隣。

 

「ラージア・ザケル!!」

 

 大地に触れるや否や広がる広範囲の雷撃は、辺り一帯を覆い尽くす無差別の攻撃。単一の攻撃が防がれるなら圧倒的な範囲攻撃を。

 これならどうだと放たれた術に、レインは舌打ちを一つ。

 

 雷が追い付く寸前で……カイルとレインは間に合った。

 

「アーガス・アボロド!!」

 

 突き立った牙が全方位を覆う防御の術により、カイルとレインは間一髪で助かったといえよう。

 ガタガタと、カイルの身体が震えていた。初めての魔物との戦闘は恐ろしい。しかもこの極限の戦闘は余りに負担が大きいのだ。

 それでも膝をつかないカイルと目を会わせると……その瞳の輝きは寸分も陰らず。

 

「カイル」

「うん……」

「此処から先、オレの爪が届くまで術を切らないでくれ。たぶん、チャンスはあと一回だろうから」

「……? 分かった」

 

 よくわからずとも、レインを信じてコクリと頷く。

 ニッと笑ったレインに、カイルも微笑む。

 

「勝とう、カイル」

「うん……絶対に、勝つ」

 

 互いの想いを確認しあえば本がまた大きな輝きを取り戻す。

 

 外の魔力の動きを探りつつ一拍、二拍と間を置いた。

 視界の全てを遮ってしまう術だから、レインは緊張感を最大限に引き上げカイルを身体で守るように構えて術を解く。

 

 当然……デュフォーとゼオンがその隙を見逃すはずはない。

 

「ふん、ではこれは?」

「ジャウロ・ザケルガ!!」

 

 最大限の威力が発揮される立ち位置から放たれた上級呪文。

 答えを出す者(アンサートーカー)で術解除の瞬間に着弾するよう狙わなかったことをゼオンは疑問に思うことはない。

 レインとカイルの実力の全てを引き出し、その上で倒し、交渉するのが目的であり、上級呪文(ジャウロ・ザケルガ)を真正面から攻略すると信じているからこそ。

 

「ガル・アボロウク!」

「スゥゥゥゥゥゥゥゥ……」

 

 爪が強化され、腕に回転のエネルギーが絡みつく。

 迫りくる全方位からの雷撃に、レインは大きく息を吸い込んだ。

 

(その程度の肉体強化で対抗するだと?)

 

 唱えられた術に疑問が浮かぶ。しかし攻撃の威力を緩めることはしない。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 驚くべきことに螺旋ではなく回転のエネルギーを上手く使って、一本目の雷撃を砂浜へと弾き落とした。

 

(へぇ、相応の心の力を使っていなし続けるのを選んだのか。確かにそれなら――)

 

 なるほど……と感嘆を漏らしたのはデュフォー。

 すっと、彼はゼオンに向けて指で攻撃の場所を指示し始めた。

 

 7、3、5、7、2、6……と唱えられる数は攻撃対象を9分割した場所への指示。

 

「九本目と十本目は落とす(・・・)。行け」

「ああ」

 

 術の全てをいなされていようとも、ゼオンとデュフォーが焦ることはない。

 いなされながらもその雷撃は、雷であるからこそレインに少ないながらもダメージを蓄積していっているのだから。

 

 例え精神が肉体を凌駕していようとも、ダメージを与えられ続ければどうなるか、それをゼオンはよくわかっていた。

 

 ラストの二本はレインの手前でわざと落とされ、弾こうとその腕を振ってしまった。

 ゼオンはそれに合わせ……レインの目の前で掌を突きつける。

 

 にやりと引き裂かれた口。

 ギシリと噛みしめられた歯。

 

 せめてカイルはと……咄嗟に掌で押しやった。

 

「テオザケル!!」

「ぐっおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

 

 術のまだ残っている腕をなんとか前にやって軽減したとしても、さすがに“テオザケル”のダメージは無視できるモノではない。

 莫大な雷の力がレインの身を焦がしていく。

 

 だが、ゼオンは驚愕に目を見開くこととなった。

 

 レインの術は、まだ切れていない。

 

「がああああぁぁぁぁぁぁ!!」

「なにっ!?」

 

 テオザケルの雷撃の最中に伸ばされた腕が、ゼオンの身体を掴もうと迫ったのだった。

 耐えられる雷の出力ではないというのに、である。まるで竜族のようなタフネスと気迫には驚嘆に値する。

 

 まだテオザケルは打ち切っていない。デュフォーは遠くで目を細めた。

 戦闘においてイレギュラーは必ず起こる。術の効果が切れていないなら追加で術を重ねることは出来ない。

 

 声すら来ないことでゼオンは、ダメージを無視してでもそういった行動に出るだろうと、“答え”が出ていたと知る。

 それでもデュフォーが出力の大きなテオザケルを選んだのは何故か……瞬時にそれを思考し、解を得た。

 

 腕はそのまま。膝を抜き。術の放出は続けて砂浜へと倒れ込む形でレインの腕を避けようとした回避行動。

 急な脱力に意表を突かれるも、レインは無理やりに腕の振りを下げてゼオンの胸へと……マントのとある場所へと爪をひっかけた。

 

 ガル・アボロウクの回転の力が爪先だけに集められた。爪がマントに付けた僅かな傷をその回転の力は広げていく。

 少しだけ、ほんの少し千切れたマントの隙間から、レインがずっと狙っていたモノが飛び出した。

 

(これで計画通り……なんだ?)

 

 一応はそうなるように誘導はした。“ソレ”を奪われることを良しとして戦ってはいた。されとてゼオンにとって予想外が一つ。

 

 ゼオン自身が狙っていた結果ではなく、デュフォーはこれこそを狙っていて、レインは其処に辿り着くと“答え”を出していた。

 

 

 レインという獣型の個体だからこそ出来る奇手。

 勝とうが負けようが、レインがガッシュとの大切な思い出を護りきることが出来る唯一の方法。

 

 ゼオンは言った。

 持ち帰ることが出来ればガッシュの記憶は護れる、と。

 しかしまさかそんなカタチでとは思ってもみなかった。

 

 丸い水晶が一つ。スローモーションのように動く視界で宙を揺れる。ゼオンは信じられないと目を見開く。

 大切な親友の記憶が封じられたソレをレインは―――

 

「まさか貴様っ」

 

―――大きく開けた口の中に含み、ごくりと飲み込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかと思った。

 確かにオレは魔界に水晶を持ちかえれば記憶は護れると言った。水晶を奪い取るように誘導もした。

 だがそんな行動に出るとは思わなかったんだ。

 

 デュフォーは分かっていたのか? こいつがこんな行動に出ることを。

 

 思考に潜る。

 

 確かに魔物の中には身体の中に特殊な空間を宿しているモノも居る。

 取り込んだモノを保存しておける機能を持っており、消化されることはないらしい。

 千年前の魔物の……確かデモルトだったか? そいつも特殊個体でありそういったことが出来たと知識では知っている。

 

 レインは……身体を引き裂かなければ水晶を取り戻せない状況を作ったということだ。正しく死んでも守るようなモノ。

 ガッシュの記憶を護る為に、其処までするのだ。

 

 ああ、ああ……こいつはまさしく、ガッシュの親友なのだろう。

 

 こいつは死んでも友を護りたいんだ。

 

 そこまで……そこまでガッシュのことを想ってくれている(・・・・・・・・)

 

 どうしてだろうな。

 

 胸にこみ上げるこの暖かさ。

 

 不意に、目がしらが熱くなった。

 

 誤魔化すようにデュフォーに顔を向ける。やつは分かっていたようで、オレにコクリと頷いた。

 

 睨みつけてくるレインに向けて、どうにか睨み反してやった。

 

「……まさか呑み込むとは思わなかったぞ」

「はっ、これでお前は、オレを殺さなきゃガッシュの記憶は壊せない」

 

 ギシリ、と歯を噛み鳴らす。

 なんでか分からないが、緩めたら目から感情がこぼれてしまいそうだったから。

 

「負ける気なんざサラサラない。命を賭けて、オレは親友を護る!」

 

 手を広げて語るレインは続ける。

 

「呑み込んだのはオレが最後までこの水晶を護りきってガッシュに届けるまで、カイルと一緒に戦いきるって覚悟の証だ。てめぇみたいな外道な輩を王にしないようになぁ!」

 

 握られた拳がオレに突きつけられる。

 

「ゼオン! てめぇじゃだめなのさ! あの暖かさは、この胸に沸き立つ想いは、心に灯った灯は、お前なんかじゃ生み出せねぇ!」

 

―――ああ、ああ。そうだろうさ。

 

 心の中で毒づく。

 オレも心に火を灯して貰ったから分かるさ。

 

「王に興味なんかなかった。カイルが独りで立てるようになったら帰ってもいいって思ってた。だが……てめぇみてぇなヤツがいるなら別だ」

 

 ズタボロの身体で語るレインの姿は、まさしくオレが求めたモノ。

 

「優しくて、あったかくて、心の強いヤツこそが! 誰かの為に戦ってくれるカイルやガッシュみたいなカッコイイヤツこそが! 魔界の王に相応しいんだ! そんなやつの為ならオレは無限に強くなってやる! そんなヤツの為ならオレは、この命を賭けても構わねぇ!!!」

 

 胸に、レインの言葉はよく響いた。

 

 片手の掌で顔を覆う。

 顔を隠してレインと距離を取った。絶対に見られないように。

 隣に並んだデュフォーは、オレに静かに声を掛けた。

 

「……お前、泣きそうなのか?」

「……うるさい」

 

 うるさいバカめ。

 

 否定できないから余計に腹が立つ。

 

 だめなんだ。

 

 嬉しいんだ。

 

 嬉しくて嬉しくてたまらないんだ。

 

 ガッシュを命を賭けて救おうとしてくれる存在が居ることが。

 

 まさかこんなに、こんなにも心を揺さぶられると思わなかったんだ。

 

 

―――思い出話だけでは嬉しくとも何処か物語のようにしか感じられなかった。

 

―――情報だけでは心に響かなかった。

 

―――想ってくれているのは分かっても、どうしてもオレの想いと比べてしまって信じ切れていなかった。

 

 だけれども直接想いを叩きつけられたなら……

 

 大切な大切な弟を命を賭けて想ってくれる存在が居るとちゃんと分かったなら……

 

 

―――兄として、嬉しくないわけがないだろうが。

 

 

 

 どうしても、欲しい。

 

 レインとカイルの二人が欲しい。

 

 彼らが居てくれるならこれほど心強いモノはない。

 

 オレと共に、大切な弟の未来を護って欲しい。

 

 奇しくもレインはこの戦いの最後まで戦ってくれる意思を持ってくれた。

 

 なら、あとは一つだけ。一つだけこいつと契約を交わしたい。

 

 最悪まで落ちた心象を上げることは不可能に近いが。

 

 しかしやらなければ、やってみせなければオレが手に入れたい未来には届かない。

 

 だからデュフォー……

 

 

 

「信じるぞ、デュフォー」

「ああ、任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度めかのぶつかり合い。

 

 接敵する度に紫電の眼光に射抜かれる。

 

 デュフォーという相方と組んだゼオンと初戦闘のレイン達では、戦闘の熟練度が段違い過ぎる。蓄積されていくダメージは確実にあって、それでもレインは倒れない。

 下から跳ね上げた両脚の蹴りを後ろに身体を倒すことで最低限のダメージで受け流した。

 

(まだ、まだ終わりじゃねぇ)

 

 心の中でレインはつぶやいた。

 なぜなら今も尚、カイルもレインも瞳に宿す輝きは衰えることが無いのだから。

 

「ザケル!」

「アボロン!」

 

 再びの術の打ち合い。燃え上がる心がカイルに力を与えている。まるで今まで蓄積されてきた想いが溢れたように。だからこそ戦えている。

 エネルギーの衝撃をモノともせずに接敵した二人は拳を一つ二つと重ねて。

 

「ラウザルク!」

「アボロウク!」

 

 肉体強化同士であればやはりレインに少しだけ軍配はあがるらしく、ゼオンの魔力防御を越えたダメージが徐々にではあるが蓄積されていく。

 一撃一撃の重さも速さも、魔物の戦いでの最上級。

 地上でも中空でも繰り広げられる乱撃の応酬は、音が起こった場所で幾多もの衝撃を重ねていた。

 

 肉体強化の術が解け、ガギリと、二体が膠着した。

 

 静かなにらみ合い。

 覗き合う目と目。大きな想いが渦巻く瞳に、ゼオンは歓喜に頬を緩める。

 ボロボロのレインとは対照的に、やはりゼオンにはほとんど傷はついていない。

 打撃痕は少なからずあるがレインほどではなく、マントはボロボロでも戦闘に支障はなく。

 

 ただし、やはり魔力量は減っている。

 其処だけが唯一、レインにとって付け入る隙。

 とはいえ……

 

「誇れよレイン、そしてカイル。デュフォーが居なければオレはもっと傷だらけになっていただろう。

 お前達の爪も牙も拳も、間違いなくこのゼオン・ベルには届き得た」

「……まだ、終わっちゃいねぇぞ」

「そうだろう。お前にとっては……しかし―――」

 

 言葉を区切ったゼオンが横目で見た先を、レインは分かっていた。

 

 心の力の放出を続けるカイルの脚が震えている。

 息が荒く、噛んだ唇からは血が滲み。

 誰が見てももはや限界が近いのに。

 

「よくやった、と褒めておこう。侮辱したことを改めて謝罪する。お前のパートナーは凄いヤツだ。それでも此処までだろう?」

 

 カイルの目の輝きは陰らない。

 しかしもう、終わりが見えている。初めての戦闘での大きな術の連発。

 精神力だけで保っていた意識がいつ途切れてもおかしくはない。

 精神を削られることで失う体力もあるのだ。心の力の消費によって直に限界が来る。

 

 にやりと笑うゼオンに牙を剥いても、突きつけられた事実は変わらない。

 

 絶対に勝つという想いは消えることはなく、カイルと繋がった心が折れることもなし。

 

 きっと打ててあと一発。

 ならそれで決めなければ終わってしまうだろう。

 

 把握している術での最大火力は“ディゴウ・アボロウク”か“アボロディオ”をマントの剥がれた箇所を起点にゼオンの身体に直接叩き込むこと。

 魔力消費が激しい今の状態ならば、螺旋をも含む極大打撃や海をも割る魔力質量を完全に抑えることは出来ない。

 

 しかしそれ一発では……きっと倒せないとレインは理解している。

 化け物と呼ばれた自分だが、本当の化け物はこういうモノなのかと考えるほどに、ゼオンという存在が強すぎた。

 

 最後の術によってカイルは気を失うだろう。

 其処からはレインだけの力で切り抜けなければならない。

 

(ゼオンに特大のダメージを叩き込んだ上でその隙に逃げる……出来る出来ないじゃない……やる)

 

 覚悟を固めていく。

 勝つと言ったが、レインにとって出来た目標から、それが無理ならば“今は”逃げるのもアリだという思考に切り替えた。

 王にしてはならない相手だから、今勝てないならいつか勝つべきだと。

 

 此処を離れることになるが致し方ない。またカイルに迷惑を掛けてしまうが……それでもその心優しい少年ならば、力になってくれることは分かっていた。

 ならば逃げてガッシュと共に……そう考えて……予想外の声によって、その筋道は変わることとなった。

 

「レイン! 離れて!」

 

 声が聞こえてすぐに飛びのく。

 取った距離により、ゼオンもレインもお互いのパートナーと並んだ。

 

 何事かと、もう限界間近のカイルに顔を向けると……彼は誇らしげに本を開いて見せた。

 

「新しい術が、出た!」

 

 その言葉に、レインはハッと息を呑む。

 

「ほう……魔物の成長によって術は生み出されるモノだが……やはり出たか」

 

 余裕のある声に苛立ちが一つ。

 レインの不安は晴れないが、それでも目の前の憎い敵を倒せる可能性に歓喜しているのも事実。

 

 術の効果は分からない。

 しかし新呪文であるのなら、己の願いによって現れた術であるのなら……きっとこの絶望的な状況を切り拓いてくれると信じることにした。

 

「クク、希望を見出している所アレだが、術一つで覆ることはもはやない。水晶を呑み込まれたのは誤算だったが、人間界には腕のいい医者もいると聞くし、お前を行動不能に追い込んでカイルを拘束し、しっかりと水晶を返してもらってから丁重に魔界へと送り返してやろう」

 

 機嫌よく言葉を流すゼオンは続ける。

 

「お前達を侮辱した謝罪と、可能性を見せて貰い、オレ達の戦闘の経験になってくれたせめてもの褒美だ。お前達の希望であるその新しい術を真正面から打ち破って叩き潰してやろう」

 

 唖然となりそうな思考をどうにか繋ぎとめる。

 ゼオンに術を当てるというのが一番の障害であったのだから願ってもないこと。

 

 ただ、舐め腐ったその提案に、カイルもレインも更なる怒りが燃え上がる。

 

 相手は慢心しきっている。この機会を逃すと勝てる可能性はない。

 コケにされて悔しくとも、逃げる可能性も跳ね上がるだろう新しい術に賭ける方がいいとレインは思う。

 

 何より……カイルというパートナーが、自分達二人が勝つと信じている。

 

 それを無下にすることは、レインには出来なかった。

 

「てめぇのその慢心が命取りだ。オレ達は……負けねぇ!!!」

 

 ゴウと、カイルの本の光が今までで一番強く輝き始めた。

 

 対してデュフォーの持つ本の輝きも、一段と強くなっていく。

 

「こんなサービスはお前達にだけしかしないとも。なんたってお前は……」

 

 その最後の言葉を紡ぐ表情を、ゼオンはレインとカイルに見せなかった。

 伏せた顔から紡がれた言の葉も聞かせなかった。

 

―――愛する弟の……親友とそのパートナーだからな。

 

 

 

 

「カイル」

「うん」

「よく……頑張ったじゃねぇか」

「……うん」

 

 術の準備は出来た。あとは唱えるだけ。

 

「勝てるかは分からねぇ。だけど勝てなくても……まだ次を望んでもいいか?」

「当然、だよ。だってボクは……キミのパートナーだから」

「なら、あいつにだけは絶対に勝とうな」

「うん! いつになってもいい! ボクとレインで! 絶対に!」

 

 怖くても、それでも隣に立ちたいと彼は言う。

 

「ありがとよ、カイル」

「ボクの方こそ、ありがとうレイン」

 

 恐れはもうない。

 震えも止まった。

 不安などない。

 

 心に宿る勇気と希望と……灯っている火が全て。

 

 今の彼らの本の輝きはきっと、誰よりも美しく。

 

 

 誰であろうか、ふっと微笑みを漏らしたのは。

 

 

 同時に、二組は術を唱え合った。

 

 

 

「ガルバドス・アボロディオ!!!!!」

 

「エクセレス・ザケルガ!!!!!」

 

 

 

 解き放たれた極大の獣が行うのは暴虐の嵐。その攻撃は進む道全てを抉り、貪り、滅ぼさんとす。

 

 

 

 雷の超級呪文は、その暴虐の獣と拮抗していた。

 

 乱気流と雷が吹き荒ぶ。

 

 幾本もの竜巻が宙に出来上がり、それにすら雷が渦を巻いて、まさに災害というにふさわしい様相。

 

 少しして、バツン、と大きな音と共に雷撃が霧散した。

 

 

 ドサリと倒れたのはカイル。

 心の力と体力の限界が来た。

 雷に打ち勝ったのを見て糸が切れたのだろう。

 

 それでも術は放たれた。

 

 そして雷を打ち破った。

 

 レインはその獣の進む道を、じっと油断なく見つめていた。

 

 ガリガリと削る破壊の音が響くだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、思いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソルド・ザケルガ!!!」

 

 嗚呼、そいつは正しく化け物なのだ、と彼は思う。

 

「ザグルゼム!」

 

 否。そいつらこそ、正しく化け物なのだ。

 

「ザグルゼム!」

 

 煌めく雷の剣を持った雷帝は、氷のように鋭い眼を持つ相棒と共に暴虐と斬り結ぶ。

 

 一つ、二つとゼオンの身体に傷がついて行く。

 

 デュフォーの指示があろうとも、多すぎる攻撃回数を捌ききることは出来ずに。

 

 ゼオンはレインの術と戦うことを選んだ。慢心などなかったのだと、レインは気づいた。気づいてしまった。

 

 その姿に、レインは目を離せなかった。逃げなければいけないことは分かっているのに、見届けなければならないと思ってしまった。

 

 ボロボロになりながらも、ズタズタになりながらも、ゼオンは笑っていた。

 

 

 その目は何処か優しくて、今までの冷たく厳しい紫電の輝きが嘘のよう。

 

 いや、レインはその目を知っている。

 

 お茶会で話していた時は、そんな優しい色を浮かべていたのだから。

 

 

「さすがに……少し……疲れたな……」

 

 

 幾瞬、血みどろになりながらも立っている雷帝は、パートナーを護りきった上で暴虐の獣を打倒した。

 

 ゆっくりゆっくりとレインの方へと歩いて来る。

 

 大きなダメージを負った彼はそれでも尚、歩みを止めない。

 

 目の前で、再びの戦闘になるやもしれぬことさえ知らぬというように。

 

 また騙されるわけにはいかないと身構えるも

 

 立ち止まった彼はキラキラと輝く瞳を向けて言い放った。

 

 

「オレとデュフォーの勝ちであり、お前とカイルの勝ちだ」

 

 

 穏やかな笑みを浮かべたゼオンは、拳を突き出してレインの胸を軽く叩く。

 

 

「弟と友達になってくれてありがとう、レイン。

 こんなやり方しか出来なくてすまなかった……あとは……任せたぞ、デュフォー」

 

 

 言い切ってずるりと落ちる身体。

 レインは混乱する頭のまま、咄嗟に受け止めた。

 

 その声にも、瞳にも、偽りを感じなかった。

 

 何がなんだか分からないと思いつつ、何故かガッシュの友になったことへの感謝と、レイン達への謝罪は、ストンと胸におさまった。

 

 波の音が穏やかに響く砂浜で。

 

 真実を知る人物に目を向けたレインは呆れたように囁かれたつぶやきを聞く。

 

 

「予定の筋道と違うことになったとはいえ……ほんとお前は……弟のことになるとバカだな」

 






読んで頂きありがとうございます。
遅くなってしまい申し訳ないです。

戦いの決着。
ゼオンくん「避けてはならんと思った(ガルバドス・アボロディオとガチンコ)」

お兄ちゃんは弟の為に命掛けてくれる友達と知って感極まって泣いちゃうタイプ。





レインのオリ術補足
リオウの術の名前を大きく参考にしています。

アボロン:第一の術。リオウの“ファノン”とアボロディオから。エネルギーを放つ術

アボロウク:肉体強化。“ルク”を付けたいけど語呂的にこっちの方が自然かなと思いこんな感じに。

アボロド:盾の術

バーガス・アボロン:リオウのバーガス・ファノン参照、種族アレンジで爪媒体

ガル・アボロウク:回転エネルギーを纏う拳強化の術

ディゴウ・アボロウク:ディガル・クロウみたいな感じだけど種族補正で爪エネルギーの乱撃付き。当たると規模の小さいガルバドス・アボロディオみたいな感じになる


こんな感じでどうでしょうか。
ガッシュ2でレインに術が追加されたらどうにか修正していきたいと思う所存です。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第十八話:彼にとって初めての……

感想、評価、誤字修正、いつもありがとうございます。


 夢を見ていた。

 

 古い夢だ。

 

 血だらけで威嚇をしている大きな魔物が其処に居た。

 

 オレが、其処に居たんだ。あの時の大馬鹿野郎なオレが。

 

 低い視点に小さな掌。張り上げる声は高く幼い。

 

 それでも“こいつ”は臆することなく、心の底から心配のみでオレを助けたいと願って手を差し伸べた。

 

 嗚呼、本当に“こいつ”はどうしようもなくお人よしで優しいんだな。

 

 

 

 場面が映った。

 

 魔界の王が目の前に居た。

 

 驚愕に支配されたオレは……夢の中で思い至る。これは……記憶の断片だと。

 

 

 “こいつ”は嬉しそうに語っていた。ようやく会えた父に語り掛けるその声も、その心も……幸福をこれでもかと表していた。

 

 魔界の王が浮かべた笑みは柔らかい。“こいつ”の精一杯の話に静かに耳を傾けていた。

 

 懺悔と、悔恨と、苦悩と……大きな安堵を浮かべた瞳。“こいつ”を孤独に追いやったことへの感情が溢れていた。

 

 だがそれだけじゃない。オレには分かる。分かってしまった。

 

 その瞳の奥には……恐怖が潜んでいたんだ。魔界の王は、“こいつ”を……いや、“ナニカ”を恐れていた。

 

『……よく聞くのだ。お前がこの魔界の王を決める戦いに参加するからには、一つだけ約束してほしいことがある』

 

 王は“こいつ”に父として何を言うでもなく、王として語り始めた。

 首を傾げる“こいつ”は疑問を浮かべるも口をはさむことは無く。

 

『“ベル”の名を持つ魔物と出会った時は、そやつにこの水晶を見せてほしいのだ』

 

 手渡された水晶を受け取って、“こいつ”は王を見上げた。

 分かったと元気よく答える声。大きな掌が“こいつ”の頭を撫でようとして……離された。

 

 哀しいという感情が胸から溢れていた。

 

 “こいつ”は父から、温もりを一つも与えられることはなかった。

 

 それでも受け取った水晶を宝物だというように抱きしめる。

 

 ゾワリ、と眠っているはずなのに自分の体中の体毛が総毛だった気がした。

 

 夢の中のオレは……胸を掻きむしりたくなるほどの混沌とした感情が心に渦を巻いたのだ。

 

 

 

 何故ならこの水晶は……“あいつ”が持っていたモノと同じだったのだから。

 

 

 

 これが真実だとするならば……“こいつ”と“あいつ”は……

 

 

 

 

 場面が変わる。

 

 

 楽しそうに語る“こいつ”と嬉しそうに笑う“あいつ”。

 

 感じ合う温もりが、“こいつ”にとって一番の幸せとなっていた。

 

 さっきまで泣きじゃくっていた。強いと思っていた“こいつ”が。

 

 突き詰めて積もり積もった澱みが心の中にあったのだ。

 

 友だからこそ甘えたくなかったのだと、“こいつ”は言う。

 

 馬鹿だなと、頼ってくれてよかったのにと、少し悔しかった。

 

 今度あった時は頼ってやれと言う紫電の瞳。

 

 くしくしと頬を撫でる“あいつ”の手は優しくて、その目を向けられている“こいつ”の心は歓びに満たされて。

 

 大きく頷いて笑っていた。

 

 

 

 唐突にジジジ、とノイズが掛かってその幸福の場面が変わった。

 

 手に持っている水晶が怪しく輝いていた。

 

 “こいつ”の心が、絶望に支配されていた。

 

 いやだとどれだけ呟いたのか。

 

 やめてとどれだけ懇願したのか。

 

 一つ、一つと消えていく感覚。

 

 一つ、一つと失われていく記憶。

 

 大切だから離すまいと必死に抗っていた。

 

 取らないでくれと泣き叫んでいた。

 

 

 やめてくれとオレが願っても過去は変わらない。

 

 “こいつ”の記憶が変わることなんてないんだ。

 

 

 

 魔界学校での思い出が消えて

 

 馬型の魔物との日々が消えて

 

 オレとの時間が消えて

 

 そして最後まで残っていた……“あいつ”との出会いが消えようとしていた。

 

 ふと見上げた時、“あいつ”が掌を翳して泣いていた。

 

 泣かないでと、“こいつ”は笑った。

 

 どうしようもない大馬鹿野郎な親友は、いつだって自分の苦しみよりも他人を心配しやがる。

 

 其処で“あいつ”との記憶が吸い取られて……“こいつ”は……ガッシュは……

 

 

 初めて父親から貰った贈り物が

 

 自分と兄にとっての絶望だったなんて

 

 

 そんな

 

 

 そんなのってあるかよ

 

 

 こんなクソみてぇなことがあっていいのかよ

 

 

 なぁ、おい

 

 

 なんだよ、これは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチリと目が覚めて見たのは知らない天井だった。 身体を起こそうとして……ズキリと強い痛みが走る。

 レインとの戦闘によってついたダメージは相当大きいらしく、オレの身体のそこかしこに包帯が巻かれていた。

 大きな怪我でも数日で完治するはずだというのにまだ痛みがあるということは……オレが倒れていたのは一日か二日といった所。

 まずは現状把握を……

 

「ミッ!?」

「む?」

 

 ベッドの横から小さな悲鳴が上がり、そちらを向くとプルプルと震えている少年が一人。

 

「……」

「ミッミミミミミ……」

 

 あれだけ侮辱してしまったカイルと二人きりとか気まずいにもほどがある。

 いや、しかし何故カイルと二人きりなどという状況に……

 そこまで考えてゆっくりと身体を起こした。

 

「っ」

「ミッ!?」

 

 少し痛みに顔を歪めてしまいそれを見ておろおろとするカイル。

 大丈夫だと手で制して、大きく一息ついた。

 

「……すまなかった、カイル」

 

 どうにか目を見て一言。

 まず初めに伝えたかった。

 

 こちらの思惑の為に彼の友を傷つけたのだ。謝って許されるモノではないが、それでも謝らなければならない。

 自分が許されたい為の行動のようでイヤになる。しかしこれ以外にオレが口にしていい言葉はない。

 

 頭を下げて待つこと幾分……ふっと、オレの頭に触れる温もりがあった。

 

「ん……デュフォーからはなし、聞いた」

 

 一定のリズムで撫でてくるカイルの手は、オレが顔を上げると同時にゆっくりと下ろされる。

 合された瞳には強い光。自信と気高さの溢れるその目は、カイル自身の変化があってこそのモノ。

 オレが寝ている間に彼の周りの環境に変化があったのだろう。

 

「あのね、ゼオン。キミが本当に悪い子なら、僕も迷わなかったと思う。あの時は騙されたと思って哀しかったし、レインを傷つけたことは当然許せなかった。

 でもキミの話をデュフォーから聞いて、レインともよく話し合っだんだ。本当はレインがこの部屋でずっとキミのことを見張ってるはずだったんだけど。どうしてもキミの目が覚めた時、僕一人で話してみたいってレインには言ったんだ。危ないからって反対はされたけど、どうしてもキミのことを知りたくて……。

 そしたらやっぱりさ、大丈夫だった」

 

 その笑みは、まるで太陽のように眩しく。

 ガッシュといいカイルといい、つくづくオレはこういった笑顔を浮かべる子に弱いらしい。

 

 ふっと口元を緩めて吐息を漏らすと、カイルはオレの片手にそっと掌を重ねた。

 

「僕が弱かったからキミにそんな選択をさせてごめ―――」

 

 唐突に、綴られ始めた言の葉をオレは指先をカイルの口元に当てて止める。

 その先はオレにとって看過できないから。

 

「いいか。それの続きはきっと言ってはならない言葉だカイル。悪いのはオレ。お前の友をオレの都合で傷つけたんだ。許されることではない。

 理不尽から逃げず、友の為に強大な敵に立ち向かったお前は凄いヤツなんだ。乗り越えたお前はもう、弱くなんてない」

 

 真剣な目で見つめると、カイルは眉を寄せて抗議の視線を送ってくる。

 まだその歳では分からないかもしれない。しかしお前は……曲がりなりにもこの地域一帯を治める主なんだぞ。

 故にオレはお前のその不満を受け付けない。

 

「カイル。それにお前は町の町長の息子であり、いわばこの辺りの“王”となるモノなんだろう?

 ならばお前は罪を犯したモノに対して軽々しく謝罪などしてはならないし、簡単に許すなどということもしてはダメだ。

 裁定を下して見合った罰を与え、罪を償わせることが必要なんだ。だからお前はオレを罰さなければならん」

 

 デュフォーがうまくやってくれてカイルの環境が改善されているのなら、主としての第一歩から甘えさせてはならんだろう。

 これは王を目指すモノとしての線引きだ。オレが王ならば信賞必罰は絶対に譲らないからこそ、ソレを曲げて許されることは出来ない。

 

 じっと見つめ合うとすぐに、カイルはクスリと小さく声を漏らした。

 

「ふふっ、ゼオンは凄いね」

「……?」

 

 首を捻る。急にわけの分からないことを言い出してどうしたんだこいつは。

 

「僕はまだ、そういうのは分からない。でもキミが王様になる為に、沢山勉強してきたんだってことは分かったよ。それはきっと、キミにとって譲れないことなんだね。

 だから……うん」

 

 カイルはまた笑った。

 

「この戦いの間、僕が立派な“王様”になれるようにいろんなことを教えてほしい。それがキミへの罰、でどうかな?」

 

 驚きに一寸だけ思考が止まる。

 すぐに動き出して口を開こうとすると、今度はカイルの指に口を止められた。

 

「レインを傷つけたことを僕は許さない。でも僕が勇気を持てるようにしてくれて、レインと色んなことが出来るようになったことには感謝してるんだ。

 だから、ね? それで納得してくれると嬉しいな」

 

―――ああ、凄いな。

 

 単純に、明快に、オレの心に感嘆が沸く。

 あまりにも眩しいその心は、オレが持ちえないモノだ。

 

 カタリと音がして扉が開く。

 

 途中から気配はしていたから分かっていた。やはり盗み聞きしていたらしい。

 人間に変化したレインとデュフォーが入ってきた。

 レインの浮かべている表情は穏やかで、からかうような視線をオレに向けてきた。

 

「よう、起きたかゼオン」

「ふん……盗み聞きしておいて白々しい奴め」

「ははっ、ばれちまってたか」

 

 言いつつ椅子を持ってきて座ったレインはもう敵意を向けてこず、未だオレの手を握って離さないカイルを優しく見つめた。

 

「聡いお前なら気付いてるとは思うが……お前が眠っている二日の間にな、カイルは小屋じゃなくてこっちの母屋の方に住めるようになったんだ。

 ジル……遺産管理の総まとめをしてる女に面と向かってカイルが直接反抗して、それを見た他の手伝いや庭師なんかが仲間になってくれて、町の人達も力になってくれて、あとはもうとんとん拍子に話は進んだよ」

「そうか」

 

 一言落としつつ、オレはデュフォーを見る。

 事前に根回しもしていたんだろう。カイルの一言で全てがいい方向へと動き出すように町のモノにも声を掛けていたに違いない。

 ふるふると首を振るデュフォーにとっては、ただ能力を使ってカイルの味方になってくれる奴らを見つけただけだとでも言いたいのだろう。

 目を細めて睨んでおく。お前が居なければこんな上手くはいかないのだからそれをつまらないことのように感じるのはいただけない。

 

 視線を戻す。

 

「礼は言わねぇぞ」

「それでいい。礼を言われるようなことは何もしていない」

 

 カイル自身の強い心があったならば、きっといつかは一人で立ち向かった未来すらあったやもしれないのだ。

 礼など言われる必要はない。こちらが思惑の為に巻き込んだ側で、お前らは被害者の側だ。

 

 どうやらカイルは握っている手を放してくれないらしいので、そのままレインの瞳をしっかりと見て言葉を続ける。

 

「改めてだが……すまなかった。もっとやり方があったというのは承知の上でこういった強硬手段に出たことを謝罪する。デュフォーからどれくらいまで聞いたかは分からないが……どんな理由があれ力を行使して傷つけたことに変わりはない。お前からの罰も受け入れる」

 

 目を伏せて言うと、レインは黙っていた。

 気を失う前に伝えたことだとしても、もう一度面と向かって言いたいことがもう一つ。

 

「あとオレからは一つだけ。弟の友達になってくれてありがとう。あいつの幸せの一つになってくれたことに感謝を」

 

 こいつだけは信頼できると、そう思えたんだ。何があってもガッシュの力になってくれるであろう魔物を見つけられたことは大きい。

 それに……こいつがガッシュの友であってくれることが素直にうれしいからな。

 

 少しの沈黙。

 呆れたようなため息を吐いたレイン。

 次に投げられた言葉は、オレにとって少し予想外のモノだった。

 

「なぁ、ゼオン。何故お前はあのオレ達の最後の術に対して、気絶するほどボロボロになりながらお前自身で術とぶつかりあった? お前ほどの魔物なら避けることも、あれ以上の威力の術で上回ることも出来たはずだ」

「……褒美だと言ったはずだが? オレ自らが真正面から叩き潰してやると言えばお前達に希望を持たせて結束を高めることが―――」

「いいや、違うね」

 

 遮ってくるレインが確信をもって遮ってきた。

 

「それならお前達が放つ術はもっと大きなモノで良かっただろう?」

 

 なぜこうまで食い下がってくるんだこいつは。

 いや、もしや手を抜いたとでも思っているのか?

 

 確かにジガディラスを使えば、充填時間があるとはいえレインの術(ガルバドス・アボロディオ)を耐え抜きつつ完全に破壊出来たかもしれないが……。

 デュフォーと目が合う。こいつはあの時オレの考えている“答え”を出した上で術を選んだはずだ。

 

―――レインに説明しなかったのは……オレに直接レインを説き伏せる機会を残してくれたということか。

 

 しかしだな……これを直接言うのは少しばかりイヤなんだが。

 お前が説明しておけよと意味を込めてデュフォーを見つめ続けていると、小さく呆れのため息を吐いてきやがる。

 

 なんてやつだ。

 口にせずとも顔に描いてある。お前、頭が悪いなと。

 

「お前が選んだ選択だろう? 弟のことになるとバカになるような兄には丁度いい罰だ」

 

 いつもと違う口ぶりと、少し棘のある声。

 こんな感情が乗っているデュフォーの声は珍しい。

 

 つまりこいつは……怒っているのだ。オレが無茶を選んだことに。

 

 そうか、それならば仕方ない。後でデュフォーにも謝っておかなければな。

 

 レインを見て、カイルを見る。

 少し恥ずかしいが、それでも語らねばなるまい。

 

「……あの時お前が放ったのは、死んでも弟を護ろうとしてくれたレインの本気の術であり、カイルの友を想う気持ちが込められた最高の術だった。

 それを避けたり、たかだか上位の術で打ち合うなどという結果にしてしまうのは……嫌だったんだ。想いの一撃を無下にすることなど出来なかった。

 それに……そうだな。間違いなくあの時、ガッシュを助けたいという最高の想いが籠った術をオレ自身が乗り越えられずしてどうするんだという想いが生まれて。オレは……ガッシュへの想いだけは……誰にも負けたくなんてなかった」

 

 ただのわがまま。

 それだけのこと。

 

「オレの方がガッシュを想っているんだという証明が欲しかった。オレこそがガッシュを一番に護りたいんだということを示したかった。

 嬉しかったんだよ。レインがガッシュの記憶を死んでも護ると行動で示してくれたことが。オレ自身が磨き上げてきた身体と力の両方で打ち破れずに負けたならオレはガッシュの隣に立てる兄ではないとまで思ってしまった。

 ならばと、オレは考えた。オレは……オレの想いとはなんだ、と。どれくらいなんだと。レインの想いに勝てないのか? そう考えたら……証明しなくてはと思ったのさ。だから避けてはならんと思った」

 

 沈黙。

 長い長い沈黙が部屋を支配した。

 

 く……物凄く恥ずかしいぞ。なぜこんな羞恥に耐えなければならん。

 デュフォーめ。オレの視線に映るようにつま先でリズムを刻んでやがる。この一定のリズム……モールス信号だが……バカめ、だと? クソが。

 

 怒ってやりたいが、恥ずかしくて顔を上げられない。

 レインとカイルにこんな顔を見せられるものか。

 

「くくっ」

「ふふっ」

 

 二人から、小さく笑い声が出た。

 

「ははっ、あはははははは! ゼオンお前……おっかしぃなぁ!」

「ふふふ。ね? 言った通り、やっぱり悪い子じゃなかったね」

 

 笑うなとも言えず、震えることしか出来ないオレの頭にレインの大きな掌が置かれる。

 

「いやぁ! お前は術を打ち破ったけど気絶したから……オレの勝ちでいいな?」

 

 にやにやとした顔をしていると視ずとも分かる。

 オレの我慢はそこで限界に達した。

 

「ふざけるなよ貴様ぁ! 貴様のパートナーが倒れたからあそこで手打ちにして眠ってやったのだ! 貴様が敵だったならオレは間違いなくあの後に最強術をカウンターで放って魔界に還している!」

 

 人が下手に出たら調子に乗りやがって。

 噛みつくように言い放つと、レインは腹を抱えて笑い出した。

 

「はははははっ! 冗談だ! これに関しては甲乙つけるのが間違いだ、そうだろ?」

「……」

 

 目じりに溢れた雫を払いながらの言葉に少し考える。

 想いの大きさに勝ち負けがないと、こいつは言う。

 大きさに優劣はないといいたいのだろう。

 

 オレの返答は……

 

「ダメだ。オレの方がガッシュを想っている。そこは絶対に譲らん。オレの勝ちで納得しろ」

「ぶふっ」

 

 今度はカイルが再び噴き出す。

 やれやれと首を振るデュフォーの口元は何処か緩んでいるように見えた。

 

「平行線になりそうだからそこまでにしとけ、ゼオン。カイルもレインも、これ以上はからかわないでやってくれ。このゼオンがおもしろ……「おい」んんっ……比較的からかいやすいのは分かるがな」

 

 こいつ、おもしろいと言いかけやがったぞ。

 なんてやつだ。オレは哀しい。お前をそんな性格の悪い人間に育てた覚えはないぞ、デュフォー。

 

 ひとしきり笑ったあと、二人は頷き合ってオレを見た。

 カイルがレインに目配せをして……優しい瞳で語りだす。

 

「ゼオン、実はな。

 デュフォーが教えてくれて実際に体験もしたんだが、オレがあの水晶を喰ったことによってガッシュの記憶を夢に見た」

「なにっ!?」

 

 驚愕に目を見開いて身体を乗り出すも、ベッドに座ったデュフォーに抑えられる。

 デュフォーを見ると……そうか、それがお前の出していた答えの一つ(・・・・・・・・・・・・・・・・)か。

 

 レインにガッシュの真実を見せること。オレの記憶転写の術によって記憶を見せたとしても、レインやカイルが猜疑心を持ってしまうかもしれなかった。

 だからこそ真摯に頼み込むつもりだったというのに……お前は……。

 

 直接ガッシュの記憶を見ることが出来たのはきっと水晶にバグが生じているのだろう。

 特殊な環境と状態であるがゆえのこと。まあ、壊れていないのならそれでいい。

 

 それよりも……

 

「どんな記憶を見た?」

 

 それが気になる。

 ガッシュの記憶ということは、オレの知らないナニカも見たかもしれないのだから。

 

 レインは少しだけ哀しみを瞳に映しつつ……その奥に、大きな怒りを宿していた。

 

「……オレとの出会いと、魔界の王から水晶を渡された時の記憶、そしてお前とデュフォーと楽しそうに笑い合っている時と……絶望の夜明け」

 

 身が凍る、とはまさにこのことだった。

 固まったオレの手を、カイルが優しく包む。

 

 レインは、ギシリと歯を噛みしめて……一粒の涙を流した。

 

「なぁ……ひでぇよ。あんなのよぉ、あんなのってあるかよ。初めて父親から貰ったプレゼントがこんなもんだなんて……」

 

 既に吐き出していたらしい水晶を取り出して、レインはベッドの横の机の上にコトリと置いた。

 

「なぁゼオン。起きてからのお前を見て、話を聞いて……そんでもって夢のこともある。

 あんなに大切にガッシュを抱きしめてたお前のこと、もうウソだなんて思えねぇよ。こんなにガッシュのことを考えて、オレの術に突っ込んで、命さえ掛けてもいいってくらい無茶するやつの気持ちがウソなはずあるかよ」

 

 カイルの手と重ねて、魔物本来の姿に戻ったレインはオレの紫電を覗き込む。

 

「お前はきっと当たり前だから知らなかっただろうし、一人だったから分かってないと思うから……ガッシュの親友として言うぜ。

 “ありがとよ。ガッシュを想ってくれて。オレの大切な親友を護ろうとしてくれて。お前さんはいいアニキだよ、ゼオン”」

 

 

 

 

 まるでオレがレインに言ったことの裏返しのような。

 

 弟を想う者から“理解された”その一言に。

 

 オレの目からポタリと雫が落ちた。

 

 

 

 見られるわけにはいかないと思い伏せた顔。グイと寄せられて、レインの胸に押し付けられた。

 腰に抱き着いてくるカイルは、なぜか泣いていた。

 

「は……はは、バカな奴め。そんな、こと。当たり前だろうが」

 

 ひくつく喉がうっとうしい。

 

 なぁ、デュフォー。

 

 オレはこんな時、どうしたらいい。

 

「だってオレは、あいつの兄なんだ。兄が、愛する弟を護るのなんて、当たり前なんだ」

 

 絞り出したような声になった。無様を晒している。兄としてもっとしっかりしなければならないのに。

 

 

 

「ゼオンとオレが目指した“答え”は同志。今もソレになるだろうと“答え”が出ている。しかし出来上がった解答は違うモノなようだ。また、答えを出す者(アンサートーカー)が外れたな」

 

 

 

 けどいい景色だ、と呟いて。

 最後にデュフォーが頭を撫でてくる。

 

 

 

「もうお前とデュフォーの二人だけじゃねぇよ」

「僕たちも、キミの力になるから」

「沢山いればガッシュを護るのだって簡単になるだろ?」

「キミが出来なくても僕たちが代わりに戦える」

「アニキだからって突っ張らなくてもいいさ」

「お兄ちゃんだからって無理ばっかりはやめてね」

「あいつと一緒に、でっかい魚とか喰いに行こうや」

「僕のおうちで皆でお泊り会とかもしようね」

「きっと楽しいぜ、皆ではしゃぐのは」

「きっと楽しいよ、皆で遊ぶのは」

 

 

 

 二人の声が、胸によく響いた。

 

 

 

「「だから……友達になろう。ゼオン」」

 

 

 

 重なった二人の声に、オレは小さく声を上げることしか出来なくて。

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

 何度も頷くことでどうにか、彼らの想いに応えることにした。

 

 なぁ、デュフォー。

 

 オレはお前以外にも、頼っていいんだろうか。

 

 

 初めてで分からないけれど。

 

 

 これがトモダチというモノなら

 

 

 悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~想う者二人の語り~

 

 

 

 

 

「お前一人が残ったということは、デュフォーに事のあらましを聞いているな?」

「ああ、にわかには信じられなかったが、オレしか知らない魔界での出来事を言い当てたことでデュフォーの能力が本物だってのは分かったし、言われた通りにガッシュの記憶を見たことで事実だってのを理解した」

 

 向かい合うゼオンとレインは二人、カイルの邸宅の一室で話をしていた。

 

「何故、お前達がオレとカイルをこんな強硬手段で仲間にしようと思ったのかも聞いた。そんでもってさっき見せて貰ったデュフォーが見たあの夜の記憶(・・・・・・・・・・・・・・)で状況も分かった」

 

 暖かいミルクを一口飲んで、ゼオンが続きを受け持った。

 

「当然、早期からお前達にガッシュを助けてやって欲しいという願いはあったが……一番の目的は別にあった。

 魔界の王からガッシュに継承された術、“バオウ”。

 アレが意思を持った特殊な術だからこそ、オレ達はお前達が自発的に環境を改善していくのを待つことを許されなかった。

 必要だったのは……」

 

 少し区切ったのち、ゼオンは重く言葉を落とす。

 

「憎しみに染まらず、恐れも持たず、バオウの暴走を止められるほどの圧倒的で純粋な想いの力。

 しかも……“シン級”に至るほどの力を……最低でも三体(・・・・・・)だ。これがデュフォーの持つ答えを出す者(アンサートーカー)で得た答え」

 

 それほどまでに、と術のなんたるかを知るレインは衝撃を受ける。

 ゼオンはまだ続けた。

 

「デュフォーとオレならば万事に対策を練れるとはいえ、不可測の事態というのは奇妙なことに起こる、起こってしまう。

 突然変異の魔物というイレギュラーの存在が有り得ると王から聞いているし、オレとガッシュがソレにならないと限らない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 術に意識を乗っ取られるという最悪の事態さえ起こりうると言うのだから、ソレを危惧して準備しておくのは必要なことだ。

 “バオウ”という術は、それほどにやばいんだ。もしオレが何らかの事態で雷の力をバオウに喰われたり、ガッシュが何らかの理由で雷の力を覚醒してしまったならば……人間界と魔界を滅ぼしうる最悪が世に解き放たれることになるだろう」

 

「ソレを止めるのに“シン級”が扱える魔物を三体……」

 

「言っただろう? 最低限だと。其処はガッシュの人を引き付ける心をあてにしている。優しいあいつのことだ。きっと沢山の魔物と友達になることだろう。

 オレとデュフォーが集めて鍛えておきたいのが三体、というだけだ」

 

 なるほどな、と呟いたレインは続きを促す。

 

「“シン級”には並大抵の魔物では至れない。それこそ魔物と人間の絆によっての成長という特殊なことがあってやっと至れるレベルだろう。

 お前とカイルの絆に不純物を混ぜては到達など出来ない。だからこそ一芝居打って絆を試したということだ。すま―――」

 

「おっと、もう謝るなよ。終わったことだ」

 

「……恩に着る」

 

「いいってことよ。それでだ。“バオウ”ってのがとんでもなくやばいのは分かったし準備が必要なのも理解した。

 お前が王の掛けたくそったれな呪いでガッシュに近付けない以上、オレが動くべき時は必ず来るってな」

 

 言いながら、どんなにつらいことだろうかと、レインは思う。

 

 本当ならゼオンが直接バオウの対処をしたいはずなのに、彼は呪いがあることと、バオウに取り込まれる可能性がある為に何もできないのだ。

 

 

 憎しみではなく想いと絆の力で。それこそがバオウが暴走した時に止めることが出来る唯一の鍵。その一つが、レインとカイルだったということ。

 

 愛するガッシュに世界を壊させないように先んじて打っておく一手。そうならなければそれでいい。

 

 どこまでいってもガッシュの為なのだと、レインの頬が綻んだ。

 

 

 

「そういえばゼオン、お前はもしオレがこの戦いを最後まで戦おうという意識を持たず、こういう関係にもならなかったら……どうやってオレを戦いに参加させるつもりだったんだ?」

 

 まあ、バオウとガッシュのことを聞けば力になったとは思うけど、と続けたレインの目を見ながら、ゼオンは少しイヤそうな表情をした。

 

「いや……う……まあ、その……」

 

 煮え切らない言葉。

 意を決したと唇を引き結んだゼオンが語る。

 

「ガッシュの為に協力してくれるというのが前提で……“王となってからかこの戦いの最後か……その時にお前がオレを間違った悪しき存在だと思ったなら、お前とガッシュでオレを倒して最後の勝者となって欲しい。なれ合いでなく、友好でなく、カイルとお前の曇りなき目で判断してその時はオレを討て”と、水晶を渡した上でそう説得するつもりだった」

 

 気恥ずかしそうに彼はそっぽを向いた。

 

「弟が信頼を置く友だと語ったのだ。それを信じずして兄ではないだろう。だから……お前に初めからガッシュの記憶は預けるつもりだったんだ。ダメだとしても何度でも頭を下げたさ。なにせガッシュの為なんだから」

 

 ああ、とレインは納得した声を出す。

 

「なるほどな。くくっ、お前ほんと……」

「うるさい。その先は言うな」

「くっくっ、悪い悪い。ま、もうそんなことにはならねぇからよかったじゃねぇか」

 

 にやけるレインに不機嫌なゼオンは、またコクリとホットミルクを一口。

 

 レインは優しく宥めながら、心の中でつぶやいた。

 

 

 

―――間違ってたなら叱ってやらぁ。それでもだめなら殴ってでも止めてやらぁ。それがダチってもんだろ? な、ガッシュ。

 

 

 嘗て友に叱られたことのある自分だからこそよく分かっている事柄。

 

 今は遠い親友へと想いを馳せたレインは、新しい友との夜を深めていく。

 

 




読んで頂きありがとうございます。

レイン編ラスト。

カイルとレインの選択。
ゼオンくんの本音。
同志ではなく友達。

お兄ちゃんなのでこんな結末です。
レインが記憶を見れたのはゼオンくんが原作でガッシュくんの記憶を見れたような感じでお許しを。


最後のは
ファウードをボロカスにしたようなベル兄弟の真・バオウ(外から他の魔物の力をゴウンゴウンって喰らえる能力付き)がシン・クリアみたいな感じで敵になるとしたら……そりゃやばいという話。

シン級使える仲間をあと2体……一体誰になるんだ


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第十九話:秋に出会う空色

いつもありがとうございます。


 

 夏の残り香が漂う秋の始めの頃。

 ヨーロッパはオランダのとある街はずれにて二人の魔物とそのパートナー達が相対していた。

 

 風車の見える草原に吹く風を感じながら、白銀の髪を揺らす少年は口を引き裂き笑う。

 そのパートナーの青年はただ無表情に……相対する青年にも魔物にもなんら感情を浮かべずに見つめるだけ。

 

 彼らには傷一つない。疲労の色もなく、汚れも一つもなかった。

 

 対する二人は……満身創痍。

 特に本の持ち主である青年はボロボロで、肩で息をするほどに体力を消耗していた。

 魔物の子の方はてんとうむしを思わせる羽や肌に電撃による傷がいくつも。まだ戦えると構える彼は、心配そうに青年を見上げる。

 

「ふん……もう少し歯ごたえがある相手だと思ったんだがな」

「だから言ったんだ。この戦いは無意味だと」

「偶にはお遊び(・・・)もいいモノだろう? それなりに魔物の方に見込みはあるんだ。あのバカ(・・・・)程ではないにしても」

「お前がいいならいいが」

「ククク……それにだ……おい、人間」

 

 向けられた紫電の眼光は、真っすぐに、ただ真っすぐに青年を射抜く。

 

「貴様、まだ勘違いしているな」

 

 ズクリ、と跳ねる心臓。

 

「貴様は後悔することがないと、本当にそう言えるのか?」

 

 真実を見通すような少年の目は、青年の心にナニカを突きつけてくるモノで。

 

「“旅”の終わりを誰かに委ねるお前に……本当の覚悟があるというのなら、それを見せろ。でなければ―――」

 

 迸る雷と、何か大きなモノを秘めている紫電の瞳。

 青年はその少年の言葉に唇を噛みしめる。

 

 

「此処で貴様の旅を終わらせてやってもいいんだぞ」

 

 

 両腕で守るように抱えた本は自由を意味するような空色なのに、青年の心は縛られたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ○△○

 

 

 

 

 

 

 レインとの訓練やカイルとの勉強といった充実した日々を過ごす中で、久しぶりにオランダの拠点へと帰ってきたのが今日。

 未だにジガディラスを超える術を思いついてはいないが、それでもこと戦闘に於いては王城に居た頃よりも上の訓練が出来ていると言えよう。

 カイルの成長も順調だ。自信がついたことによって人との対話も増えてきているし、最近では虫にビビることが少なくなってきた。

 レインに対しては……デュフォーによるツボ押しは当然のように行った。あいつも痛がっていた。アレは本当に痛いからな。うん。

 そんなあいつも、最近メキメキと自力の成長を見せているところだ。この調子でいけば新しい術が出る日も近いだろう。

 

 オレとレイン、二人の強者で高め合う日々に、頃合いだと見たのかデュフォーはこんな提案をしてきた。

 

『感知能力を伸ばす訓練と魔力操作を次の段階に移す。記憶した大きな力に対しての感知距離を国単位に伸ばすと同時に、自分の魔力を極限まで下げて見つからないようにするのが今回の到達点だ』

 

 レインとオレの二人の魔力であれば、互いの位置把握によってそういった訓練が可能になるとのこと。

 更には隠ぺい能力の強化。これは間違いなく“次”を見据えてのことだろう。

 

 “シン級”に到達する見込みのある魔物を仲間に引き入れるには、その相手に“逃げられず”に交渉せねばならない。

 ポテンシャルの高い魔物達の感知能力では、オレやレインなどが距離を詰めれば警戒して隠れる可能性が高いのだ。

 瞬間移動で国をまたいで移動できるとしても、鬼ごっこをした先で仲間になってくれるとは思えない。こちらとしてもしたくないことだ。

 逆にそういった奴らは近付かれるまで見つからなかったという高い実力を示すくらいの方が交渉の席に座ってくれるというモノ。

 

 

 あとは……警戒心が殊更に強いと“答え”の出ているあの一族の子供の企みへの対処と行動の為。

 

 

 そう、あの一族だ。

 

―――オレの大切な弟を小間使いにしようとしたあの……。

 

 いかん。感情的になるな。本人がどれほどのゲス野郎だとしても、オレの弟に手を出したわけじゃない。本人に報いを与えるのは被害者でなければならない。

 あの一族の企みはもう“答え”が出ている為、オレ達はその対処と行動の方針を立て始めている。

 

 レインとオレは、あの一族の企みに基本的には介入しない(・・・・・・・・・・)

 オレ自身は当人に直接挨拶にはいくが、企みを打ち砕くようなこともしない。

 

 もはやあの一族の企みがなんであるかはわかりきっている。

 千年前の魔物を復活させて支配下に置き、今の魔物達を蹂躙しようと言うのだろう。

 

 記憶や心を操る特殊な術を持つあの一族の考えそうなことだ。千年前の魔物のパートナーがいないなら創りだせばいい、支配すればいい。そんなところ。

 それについては後々、レイン達と共に対処を煮詰めるとしよう。

 

―――その時はオレと同じで、レインはあの一族による反吐が出るやり口にはらわたが煮えくり返る程の怒りを覚えるだろうがな。

 

 直接叩き潰してやりたいし出来ることなら企みなど燃やし尽くしてやりたいところだが、千年前の魔物達のことも考えるとオレ達に出来ることはそれほど多くない。

 それに……封印されている中に数名、オレ達に必要な情報を持っているモノが居るはずだからな。

 

―――千年前の戦いでの……“バオウ”の情報を。

 

 レインと二人でソレを集めるのが一番の目的だ。オレとレインは別行動で動くことになるだろうが……カイルの実戦経験にもなるのはいいことだ。

 出来ることならオレかレインが次の仲間を見つけに動きたい所ではある。ただそれに関してはやはりデュフォーの言う通り、感知能力と魔力操作のレベルアップを待ってからの方がいいだろう。

 

「レインのように、ガッシュのことを知っているモノではないのだからな……」

 

 救いたいという想いが同じモノではない為、交渉することしか出来ない。レインにしても友となったことなど奇跡に等しいのだから。まあ、あのバカ(・・・・)とのやり取りは悪くはないがな。

 

―――千年前の魔物にも実力者が居るし、そちらに協力して貰うことも考えた。こちらの事情に彼らの自由を奪うのはさすがに心苦しい。

 

 街を歩きながら考える。

 反吐が出るような輩を前にして我慢できるのか、そして何より……

 

「千年前の魔物全てをいちはやく故郷へと還してやる為に、全部をオレとレインの二人で相手取ってもいいが……」

 

 出来るか出来ないかで言えば、出来る。オレのマントと瞬間移動を使えば分断も可能で、デュフォーの力があれば個別の対応は問題ないからだ。

 千年前の魔物のリストは覚えているし、どんなモノ達が封印されているのかも知っている。その中でもオレとレインが少し手こずるのは三体。

 

 星の使徒、パムーン

 棍を極めし者、ツァオロン

 千年前の特殊個体の一体、ベルギム・E・O

 

 そして一体だけ特別なヤツ。レインでも苦戦するであろう

 

 狂戦士、デモルト

 

 オレとしては問題ないとしても、些かカイルとレインには荷が重い。レインを失うことだけはあってはならない。

 

 

 閑話休題。

 少し思考に潜りすぎたか?

 そろそろデュフォーとの昼食の場所であるホットドッグ屋の近く。

 

 今はまだいいか。あの一族の者と直接会うまでに四人で話し合えばいいのだからな。

 

 一息つき、訓練の為にレインの魔力感知以外切っていた他の魔物感知へも意識を向ける。

 

 すると面白いことに……数メートル後ろに一つ、微弱な魔力を感じた。油断していたわけではなく、唯々敵意も害意もない、澄んだ魔力反応が其処にあったのだ。

 純粋な魔力のみのその力は、意識を尖らせねば感知できない程に綺麗だった。まるで赤子のように。気付きにくいモノではあるが、気付かなかったのはオレの修行不足だな。それに……

 

―――ほう……そうか。そういえばこの戦いは年端もいかない子供でさえ参加させる戦いだったな。

 

「ガ、ガッシュ!?」

 

 思い出していたら、掛けられた声は予想外のモノ。

 

 その一言はオレの心をささくれ立たせるには十分であり。看過できるはずもない。

 

「……誰だ?」

 

 許さんと、そう決めた。

 

 こいつは間違えた。

 

 レインは光の加減があったからいいとして。

 

 こいつはなんともマヌケな間違いをした。

 

 

 

 振り返った時に、やはり小さな子供の魔物が居て……驚いているパートナーの人間が一人。

 

 

 

 なるほど、お前だな人間。許さんからな。

 

 このオレとあの愛らしいガッシュを見間違えるなど……あってはならないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人で賑わう街で青年は楽し気に。

 手の持った笛の音は美しく陽気で、街行く人々にも笑顔を与える程。

 そんな彼の前をくるくると回りながら歩く魔物が一体。テントウムシのようなその魔物は、言葉が喋れないながらもその青年に心を伝えることが出来るらしい。

 

 音楽に合わせたステップを一つ二つと踏んで、曲の終わりに決めのポーズを一つ。

 

 やりきった顔で青年を見る魔物の子に、青年は満足げに拍手を送った。

 

「うん、いいねロップス。曲の強弱や緩急に合わせた表現がすごく上手くなった」

「かう~♪」

 

 羽を広げて嬉しさを表現するその子―――ロップスと、その青年―――アポロは止まることなく進んでいく。

 

 旅の途中で寄ったオランダのとある街で、彼らはいつも通りに音を奏でて世界を感じていた。

 

「うーん。この国には“危ない感じ”はしないけれど、魔本を持ってたらいやでも魔物の子と巡り合うみたいだし油断はダメだよね」

「かうー♪」

「まだオランダの街も三つ目だし、戦うとしても出来ればもう少しゆっくりと観光してからがいいかな」

「かう! かう!」

「おいおい、ロップス。今度はそっちに行きたいのかい?」

 

 言いつつ和やかに歩く彼は、ご機嫌に歩いて行くロップスの背中をいつも通りに追う。

 気まぐれな彼のパートナーに振り回される毎日だが、それもまた彼の旅にとってのいい刺激となっているらしい。

 

 ただ……魔物の子を連れているということは、誰かが仕組んだかのような巡り合わせに遭遇することは有り得ることで……

 

「かう!?」

 

 そして彼らが訪れたこの街がとある魔物の拠点であるならば……出会いは必然と成り得ること。

 

「ん? どうしたんだ、ロップス?」

 

 驚愕で固まったロップスの背に追いついたアポロは、その視線の先を見やった。

 

 数メートル先を歩く後ろ姿に、彼らは見覚えがあった。

 

―――まさか……

 

「ガ……ガッシュ!?」

 

 日本という国で出会った一人の魔物の子の後ろ姿に、余りにもそっくりであったから。

 口から名前が零れてしまったのは仕方ない。記憶に新しい知り合いと思ったなら、声を掛けたくもなると言うモノ。

 ただ、その名を口にするということが、目の前の少年から絶対に逃げられなくなる行動であることをアポロは知る由もない。

 

「……誰だ?」

 

 振り返ったその顔を見て、アポロとロップスは息を呑む。

 

「オレとあいつを勘違いするようなマヌケは」

 

 少しの怒気を孕んだその声。

 紫電の眼光に白銀の髪。

 顔は同じであれども、纏う空気も存在感も、圧倒的に違いすぎた。

 

―――この眼……この感じ……ガッシュじゃない

 

 少ない威圧はわざと抑えられているのだとすぐにでも分かる。内に秘められる大きな力を、アポロはその特殊な勘でもってしても図りきれない。

 

 てくてくと、目の前の少年はアポロとロップスに向けて歩いてくる。

 

「か、かう……」

「ロップス」

 

 少し震えているロップスを見てアポロは庇うように腕をロップスの前に広げた。

 少年はそれを見て、ほんの僅かにだが驚いたようだった。

 

「人間、こいつは喋れるか?」

「……ロップスは言葉を話せない。意思の疎通は出来るけど」

 

 投げられた質問に少し面食らうも、アポロはその紫電から視線をそらさずに答えた。

 

「そうか、まだ幼い魔物ならば仕方ない。だが……」

 

 すっと細められた目が、殺気すらも僅かに纏ってアポロを射抜く。

 

「貴様は別だな、人間」

 

 ぐっと、少年は一歩踏み出して詰め寄ってきた。合される眼差し。

 その目から伝わる怒りをアポロは感じ取る。恐ろしいほどに純粋な怒りは、有無を言わさぬ圧力を持っていた。

 

「このオレとあいつを人違いするなどという愚かなことをしたんだ。質問に正直に答えろ。あいつに会ったのか? 貴様らはあいつを倒したのか?」

「……倒してはいない。彼らは強かった。僕らは引き分けたんだ」

 

 片目を細めた少年は、じっくりと品定めするようにアポロの瞳を覗き込む。

 

「引き分けとは? この戦いは最後の一人になるまで戦い続けるモノだ。引き分けなどあり得ないが?」

「お互いに力を出し切ったんだ。今度はもっと大きくなって再戦をと誓い合って別れた」

 

 そこまで聞いて少年は黙り込む。後に―――

 

「ふん、そうか。なるほどな……“答え”が分かりきっていたとはいえ、オレもまだまだだ」

 

 質問したというのに全て分かっていたと少年は語り。自嘲の笑いを一つした彼はそこでようやくアポロから視線を切った。

 

「ロップスとか言ったな? お前はあいつと戦ってどうだった?」

 

 しゃがんで目線を合わせ、自分より小さなロップスへと語り掛ける少年は、今度は怒気を浮かべておらず。

 穏やかさすら混ぜ込まれたその声。唐突な変化にアポロはついて行けない。

 

「かう! かうかう! かうー!」

 

 少しだけ悩んだ後、ロップスは精一杯の身振り手振りで少年へと伝えようとし始める。

 パンチの真似事をしたり、飛んでみたり、ひっくり返ってみたり……。

 その度にうんうんと頷いて聞いている少年の口元が、少しずつ笑みへと変わっていく。

 

「かうかうかう! かう!」

「ふむ……よし、ロップス。少しその思い出を見せて貰ってもいいか?」

「かう?」

「なに、敵意も害意もない。ただ知りたいだけだ。オレを信じてくれるか?」

「……かう!」

「ふ、助かる」

 

 ひらりと、少年はロップスの頭へと手をやった。優しく頭を撫でた彼は、嬉しそうに声を出す。

 何かをしようとしたことにアポロは反応出来なかった。彼の信頼する勘が、その行動に全くの危険を感じ取らなかった為に。

 

「ククク……そうかそうか。なるほどな」

 

 掌が光り、少年は目を瞑ったまま。

 何が起きているのかは先ほどの言葉から予測できる。

 

―――この子は記憶を見ることが出来るのか

 

 魔物達は特殊な能力を持っていることがある。

 それをよく知るアポロは彼の行動を見て納得した。

 

 ガッシュと瓜二つの見た目をしていて、勘違いしたことに対しての怒り。

 何よりもガッシュのことを“あいつ”とまで呼ぶのだ。関係があることは間違いなく。

 

 しばらくして掌を離した少年は、優しい……とても優しい表情を浮かべてロップスを見やった。

 

「ありがとう、ロップス。あいつと戦ったのがお前達で良かった」

「かう!!」

「いい子だ。気に入ったぞ。それになかなかやるじゃないか。その強く気高き心があればお前はこの先もっと強くなれるだろう」

 

 グッとサムズアップをするロップスに、少年は拳を向ける。

 嬉しそうにその拳を付き合わせるロップスを見て、アポロは漸くほっと一息ついた。

 

―――どうやら……すぐに戦いをしようとする子じゃないみたいだ。

 

 楽し気に笑い合う二人を見ている時間は穏やかで、まるで戦いの後に清麿達と語っていた時のようだった。

 アポロが見守っていると……くるりと振り向いた少年は、パチリと指を一つ鳴らした。

 

「オレとあいつを間違えるなどという失礼な見間違いに対しては先ほどの威圧で貸し借り相殺としよう、人間。此処からはロップスにいいモノを見せて貰った返しだ。

 名乗るのが遅れたことは許してくれ」

 

 すっと並び立つ人影。

 大人というには少し幼い顔立ちの青年が一人。

 

 白銀の本とホットドッグを持って現れた彼が少年のパートナーだとすぐに気付く。

 

「オレの名はゼオン。そしてこいつはオレのパートナーのデュフォー。

 ロップスを王にしたいのと同時に、旅をしているんだろう? 昼食でも食べながらこの国のことや、この魔物達の戦いについて情報を出そう。同席……するだろう?」

 

 

 ああ、逃げられないなと、アポロは思った。勘が告げているのだ。彼らから逃げることは出来ないし、逃がすつもりもないのだと。

 

 ただしそれは戦いの為というわけではなく……その時は分からなかったが、一重に少年の純粋な想いからだということだった。

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

旅する人との出会い。二話に分けます。

見間違えたのでお兄ちゃんおこです。

原作で声を掛けられるまで気付かなかったのはロップスの通常時の魔力放出が子供なため低かったからかなと予測からこんな感じでどうかなと。



ちなみに、アポロくんが旅人のままだと清麿くんは彼の財閥の恩恵を受けられません。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第二十話:小さくとも、幼くとも(前)

いつもありがとうございます。


 

 アポロとロップスのペアは、実はそこそこ多くの魔物と遭遇している。

 ガッシュを含めて四組。目の前のゼオンを含めれば五組目である。戦闘経験という点ではガッシュ達やブラゴ達の次くらいに戦闘経験があると言ってもいいのかもしれない。

 危険を感知できる特殊能力は魔物に対しても発動しているようで、魔物が持つ魔力の大きさを直感で感じ取れているのだろう。

 

 そんなアポロをして、目の前のガッシュによく似た魔物―――ゼオンのことを測りきることは出来なかった。

 

 昼食を楽しむ彼はロップスの隣でにこやかにホットドッグを食べていて。時折ロップスが口の端にソースを付けたりするのを拭いてやったりと世話を焼いている。

 それが嬉しいのかロップスも彼の口にポテトを運んだりとやり返したり……先ほどまでの威圧感などまるで感じさせない穏やかな姿。

 

 アポロとしてもう一つ気になるのは……目の前の青年―――デュフォーだ。

 

 優雅にコーヒーを飲みながらゼオン達のやり取りを眺めるだけで何も語らない。

 その瞳に浮かぶ感情がここまで読めない人間はアポロにとって初めてで、少しだけ不気味にすら感じた。

 こちらの視線に気づいているだろうにそれでも視線すら合わせようとしないデュフォーに対して、アポロはせめてと声を掛けてみることにした。

 

「ねぇ、デュフォー。キミたちは相当の実力者に見えるんだけど、これまでどれくらいの魔物と戦ったんだい?」

 

 ふいと、彼の視線がようやくアポロに向けられる。

 吸い込まれそうなほどに真っすぐした瞳。浮かぶ感情はやはり読めないが、少しばかり呑み込まれそうになった。

 

「……三体だな」

「へぇ、その魔物達とはすぐに戦闘を?」

「いや、どれもいきなり戦闘などはしていない。ちなみにこうしてテーブルを共にするのはお前達で三組目だ」

 

 なるほどと、アポロは思考に潜る。

 

―――ガッシュや清麿と同じで無駄な争いはしたくないタイプなのかな? それとも強者故の様子見……?

 

 直感からの確実な答えとはならないが、どことなく違うとアポロの勘が告げていた。

 力の底が見えないとはいえ、テーブルをはさんで相対するということは話し合いをしたということだ。最後の一体になるまで戦わなければならないという発言から、戦闘になれば相手に容赦しないのだろうという予測を立ててはいるが、それでも自分の思考が正解と感じられない理由が分からず首を捻る。

 戦いについて厳しい意見を言ったのにテーブルを挟んだというのもおかしな話だ。どんどんと思考の深みへと嵌るしかない。

 

 そんなアポロをじっと見つめるデュフォーは、唐突に彼の度肝を抜く言葉を投げつけた。

 

「お前、面白い力を持っているな」

「な……」

 

 デュフォーの発言にゼオンがこちらに意識を向け、ロップスも同じように視線を向けてきた。

 二対の瞳が浮かべる色からは感情が読み取れない。特に真っすぐ見つめてくるデュフォーは、恐ろしく冷たい眼をしていた。

 

「人より優れた危機回避と他者の力を感じ取れる感応能力。しかもそれは……感情すら読み取ることが出来るらしい」

 

 ぴたりと言い当ててきたデュフォーに、アポロの背筋に冷たいナニカが這ったような感覚がした。

 確信をもって告げてくるその声は、予測や予想などではないもっと別のナニカに従って告げていて、アポロはデュフォーに感じた不気味さの一端を感じ取る。

 

「ほう。ロップスの記憶にあった戦闘での回避はソレが理由か。まだ幼いロップスをサポートできるいい能力じゃないか、人間」

 

 ゼオンが感嘆の声を上げる。

 

「魔界の王を決める戦いはもう既に残り七十名を切って日が経った。日に日に激化していく戦闘と、悪意すら向けられるだろう人間界での生活の中で、お前のような力を持ったパートナーを得られたロップスは運が良かったのかもしれん」

 

 もう一度ロップスの口の周りをごしごしと拭いたゼオン。今度は彼がアポロに視線を投げかける。

 

「さて……お前達は何が聞きたい? 礼をすると言ったんだ。オレに分かる範囲であればこの戦いや魔界のことについてある程度答えよう」

「ありがとう。僕たちとしてもあんまり魔物の知り合いはいないからとても助かるよ。文字を指さして意思疎通が出来るけどロップスもまだ話せないしね」

 

 話に入るからと、入れ替わるようにデュフォーがロップスを抱き上げてその膝に乗せ始めた。

 頭を撫で始めたその手つきに満足げなロップスを横目で見ながら、アポロはゼオンに質問をぶつけ始める。

 

「まず、せっかくだしキミとガッシュの関係を聞いてもいいかい?」

「む……先にその質問から来るのか」

 

 眉根を寄せて悩む彼はため息を一つ零す。聞かれたくないと顔に出ていた。

 

「残念ながらそれをお前達には(・・・・・)答えられない……ガッシュの敵ではない、とだけは言っておこう」

 

 聞くからに怪しい答えではあったが、アポロの特殊な力でゼオンの感情が読み取れてしまった。

 其処にあった大きな悲哀の感情は、隠そうとして隠しきれるほどの大きさではない。

 

―――何か事情があるのか。ならこの質問は此処でやめた方がいい。

 

 知りたい、とは思っても深入り出来るモノではなかった。今まで感じ取ってきた中でも一番大きなその悲哀の感情が、アポロという部外者が入り込んでいい隙間はないと教えていたから。

 

 次の質問を考え始めたアポロは、幾つか聞いておきたい他の事柄を確定させる。

 

「じゃあ、そうだな……この本について、とかは何か教えてくれるかな?」

 

 魔本を翳すアポロに、ゼオンはまた難しい顔を浮かべる。

 

「……オレであってもその本について答えられることは少ない。魔物本来の力がその本に封じられているということが一つ。魔界でのオレ達は呪文を唱えて自分の持つ魔力の範囲で術を出せたが、この戦いでは人間に唱えて貰わなければ術が使えずそれも人間の心の力によって威力が左右されてしまう。

 もう一つ。魔物の子が成長すればその本に術の名が刻まれて(・・・・・・・・)新しい術が使えるようになる。ロップスの心が成長したり、能力が成長すれば自然と使える術は増えていくだろう。

 そして最後にその本で分かっていることは、この戦いの区切りに於ける案内を受信する受信機で、魔物の子同士を引き寄せる不思議な力を持ち、この戦いの為だけに特別に制作された……魔界で創られたモノではない本、ということくらいか」

 

「魔界のモノじゃない?」

 

「まあ、オレもとある人物(・・・・・)から“答え”を少し教えて貰っただけだ。確定事項ではない為、これくらいしか言えん」

 

 悔しそうに目を伏せるゼオンに、アポロは大きく一つ頷く。

 

「いや、ありがとう。新しい術がどうやって出現するか、その情報だけでも僕たちにとっては大きい。

 そうか……最初から本に術が刻まれていて読めるようになるのではなく、魔物の子の成長に対して本が応えると言ったほうが正しいのか」

「術に関しても少し教えてやろう。お前の特殊な能力なら心配ないかもしれないが、戦闘に於いて術の法則を知っていれば相手の声を聞いてその術への対処が容易になる。

 基礎呪文を主として、身体強化の“ルク”系、盾としての“ルド”系、連射の弾を打ち出す“ガンズ”、回転の力を加える“ガル”、中級ならば“ギガノ”や“テオ”などの付属詞が付き―――」

 

 術の構成を知っている範囲で語るゼオンに、アポロはメモ帳を取り出して書き出していく。

 上位の教育を受けた魔物達にとっては当然のことでも、まだ幼いロップスでは知りえなかった情報はアポロにとって宝となるのだから。

 

 王を目指すと言った以上、アポロも真剣に取り組むと決めていた。故にゼオンとの出会いは彼にとってとてもありがたいこと。

 

「―――という感じで、術に関してはこれくらいか。魔物の特性についても知っておくか? ロップスの知識量はそれほど多くないだろうし、保護者であるお前は知っておくべきだろう。個人の記憶を覗かせて貰った礼として受け取っておいてくれ」

 

 魔物の使う術、魔物の特徴、参加している魔物でも名のあるモノ達。話を広げていくゼオンは情報を並べていく。

 知っていると知らないでは明確に差が出てくる事柄は多い。

 

 特に名のある魔物の情報などは戦闘を行うかどうかを決める指標と成り得るし、己の力量以上の相手に対して逃げ切れる確率も上がるだろう。

 

「―――バリーはやはり外せない。民間の生まれの中に腕っぷし一つで名を轟かせている魔物は多いがその中でも段違いだろう。あとは最も警戒すべきは竜族の二人、神童とさえ呼ばれるアシュロンとエルザドルで―――」

「あのさ」

 

 話を聞いている中で、ふと、アポロは疑問に思ったことを口に出す。

 

「……キミは、どうなんだい?」

 

 そのまま止まったゼオンは、アポロの瞳から目を逸らさない。

 語られる名の中にゼオンは居なかった。位置としてはどうなのかと、問いたくなるのも必然。

 

「易々と他者に己の情報を与えるとでも? それもお前のような特殊な能力を持った輩に」

 

 至極当然な回答を突きつけられる。自己紹介が終わっても名前を呼ばないゼオンは、アポロに対して一種の線引きをしているらしく。

 其処にある警戒は彼の大切なナニカを護る行いのように感じた。

 

「これはロップスという客人が記憶の開示という最大限の礼を以ってオレを楽しませてくれたことに対しての返礼だ。客人に対しての礼の範囲であり、友に対する情報開示とは違うと分かっていての発言か?」

 

 踏み込むことは出来る。

 きっとガッシュが絡んでいるだろうと予測してはいる。

 聞き方によっては怒らせることになるし、戦闘になることもあるだろう。

 

 意を決して、アポロは尋ねようと口を開きかけ

 

「ゼオン、少し肩の力を抜け。騒がしくしたらロップスが起きる」

 

 ロップスを撫でていたデュフォーに止められる。

 声を挟んできたデュフォーにびっくりしてそちらを見ると、更に彼の膝ですやすやと眠るロップスに驚き、アポロは何も言えなくなった。

 何故か不機嫌になったゼオンがデュフォーに牙を剥く。

 

「なぜお前の膝の上で寝ている?」

「“答え”を出して疲労回復のツボを圧すマッサージしつつ寝かしつけたからだ」

「重いだろう? 代わってやる」

「別に構わない。起こしてしまうのも悪いだろう」

「起こしたりなんかしない。代われと言っているんだ」

「乱暴をしようとするなゼオン」

「乱暴などしていない!!」

「わがままを言うな。声も大きい。起こしたりしないと言いながらそんな声を出すなんてお前―――」

「だ・ま・れ!」

 

 静かに怒鳴るという器用なことをしながら、ゼオンはふっと姿を消した。

 

 一瞬の後には、デュフォーの膝の上でロップスを自然な体勢で抱えているゼオンがいた。

 

「これで問題ない」

「邪魔だが」

「ふん、いい気味だ」

「丁度いい機会だから身体能力向上促進のツボ圧しをしておくか。関節の可動域を柔軟に広げる為のモノは……」

「や、やめろバカモノ! なぜそんなに不機嫌なんだお前は!」

「……」

「!! ぐぅぁぁぁぁぁ……やめろぉぉぉぉぉ」

 

 わちゃわちゃと揉める二人。

 ロップスを乗せているから暴れることも出来ないゼオンと何故か意固地になってツボ圧しを始めたデュフォー。

 

「ゼオン、どうしてロップスに其処まで世話を焼こうとする?」

「ぐぅぅぅぅ……別にいいだろ……」

「……」

「ちょ、強くするなっ……うぁぁぁぁ……!」

「言わなければもっとやばいツボ(・・・・・)も行くぞ」

「や、やめ……か、カイルと同じ理由な……だけだ……くそ……」

 

 悔しそうに白状するゼオンに、納得したように頷くデュフォーが指を離した。やっとツボ圧しから解放されたゼオンは、肩で息をしつつもロップスを起こすことは無かった。

 

「ふっふふっ」

 

 そんな彼らの様子に、アポロは思わず笑ってしまう。

 

「おい、人間」

「くふっ……だってキミ……ふふっ」

「デュフォー! お前のせいで笑われたじゃないか!」

「明らかにお前がおもしろいからだろ」

「オレのどこに笑う要素があった!? お前が余計なことをしたから抗っただけだぞ! オレは被害者だ!」

「とりあえず重い。そろそろロップスを置いてどいてくれ」

「話を逸らすな!」

「声が大きい。ロップスを起こすつもりか?」

「そんなつもりはないと言っているだろう!?」

「……丁度いいからツボ圧しを―――」

「それももういい!!!」

「あっはっはっはっ!」

 

 もう我慢できないと机を叩いて笑い出したアポロを見て、更に眉を寄せて不機嫌になったゼオンは、デュフォーの膝の上でもはや何も言うまいとその笑いが収まるまで押し黙ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばし後。

 

 ごめんねと一言謝ったアポロが先ほどよりも砕けた空気で口を開く。

 

「いや、すまない。ちょっとキミたちに抱いてた印象とさっきのギャップが凄くてね」

「ふん……失礼なやつめ」

 

 ゼオンは不機嫌になりながらも、怒りをぶつけるようなことはしない。

 レインやカイルと居る時のような姿を見せてしまったことになったが、それはあくまでデュフォーが余計なことをしたからだと考えているため。

 

 デュフォーはレインやカイルと仲良くなってから、大きく感情を顔に出すことはまだないが、ゼオンをこうして困らせるようなことをするようになった。

 

 理由は単純明快にたった一つ。ゼオンが面白いから、らしい。

 

 ゼオンとしては誠に遺憾なことではあるのだが……デュフォーが少しでも多く感情を心に浮かべてくれるなら、そう思って彼はデュフォーに本気で怒れずに仕方のないやつだと許すことにしている。

 

 からかわれている姿を他人に見られるのは恥だ。

 ゼオンの高いプライドからそんな隙を晒すのは許されないことだ……ほんの少し前までは。

 

 レインやカイルという友を得て、彼らのからかいに乗っかってやったり、逆にからかってやったりすることを覚えたゼオンは、デュフォーが肩の力を抜けと言ったこともあって外でそういったからかいを受けることも是としたのだった。

 

 少しずつ、少しずつではあるがゼオン自身の心は変わってきている。それを自分自身でも自覚しているゼオンは、これがいいことなのか悪いことなのかと考えることも少なくない。

 

 

 反してデュフォーは、己の変化の全てを把握しきれてはいない。

 いつも共に居るゼオンの表情の変化が多彩になったことは、間違いなくデュフォー自身にも影響を与えている。

 

 心に灯っている火が暖かさを放つことも多くなった。ゼオンをからかっている時は素直に面白いし、レイン達がそうしている時も面白いと感じるようになった。

 今回のロップスのことにしてもそう。ゼオンがやたらと構うのでそれを逆手にとってからかえばどうなるか分かった上で行動した。

 本気で怒っていないことも分かっているし、此処までは大丈夫という線引きも理解している。

 カイルやレインと一緒でなくとも、感じるモノは同じだった。

 

 そういったやり取りをゼオンとしている時間に、面白いと感じる自分に……名前を付けるならばなんといえばいいか。

 

―――ああ、そうか。これが……“楽しい”というモノだったか。

 

 遥か昔に忘れ去られていたモノの名前を、ようやっとデュフォーは思い出す。

 

 最後に感じていたのは何時だったか。それはきっと、自分に同情していた研究員や自分が世話をしていたネズミがいた頃のこと。

 精神に与えられ続けてきた負荷と憎しみの海が、そんな些細な感情の発露さえ思い出させなくしていたのだろう。

 長い長い施設での生活で忘れ去られていたモノで、ゼオンと出会ってから名前が分からずとも感じていたモノ。

 

 あの絶望の夜。ゼオンとガッシュと共に過ごした時に感じていた温もりの一端もきっとこれだった。デュフォーはそう思う。

 

 あの時デュフォーは、確かに楽しいと感じていたのだ。

 

 ゼオンと過ごしている間に些細な言い合いをして心に浮かんでいたのも同じモノだと言える。

 

―――コレは、今まで分からなかった“答えの一つ”。

 

 すっと胸に手を当てたデュフォーは心に戻った感情の一つを大切に噛みしめた。

 

 緩んだ口元が出るようになったことを、ゼオンは当然気づいている。

 確かめて、自分で消化して、己のモノとして……変わっていくデュフォーにゼオンも嬉しくなっていた。

 

―――オレが変わったことでデュフォー(こいつ)のこんな表情が増えるなら……まあ、いいことではあるか。あまり強くない魔物との出会いで気付くことが出来るとはな。

 

 横目で見ながらも、今はまだそれを言うことはない。気にしてまで直接言ってやることでもないだろうと一人ごちる。

 

 こういった気づきを得られたのは大きい。内心でロップスとの出会いに感謝しつつ、彼はアポロに対して語り掛けた。

 目の前に居る客人との時間にもそろそろ終わりを付けねばならない。

 

「人間」

 

―――ロップスは幼くともこの戦いに同条件で参加している魔物の子の一人。ならばあの記憶での一戦で覚悟を決めたとはいえ……おせっかいだろうと、確かめてやらねばなるまい。

 

 名乗られてもアポロの名前を呼ぶことはしないゼオンはロップスの記憶を見て、どうしても許せないことが一つあった。確かめる為に彼は問いを投げる。

 

「記憶を見せて貰った中で、お前はロップスを王にするとそう言っていたな?」

「うん。清麿とガッシュとの出会いでロップスを王にする為に戦うことを決めた」

 

 強い意思を宿した目。揺るがないだろう意思の力が感じ取れるその目に対して、ゼオンは紫電の輝きを深める。

 

「何が何でもか?」

「そうだ。清麿達にだって負けない。他の魔物だって倒す。キミ達はとても大きな力を持っているけれどそれだっていつかは越えて見せる。ボクは……ロップスを王にする」

「だが……もし、高め合った後に、ガッシュと戦って負けたとしたらお前はどうする? どう思う?」

「その時は……うん、後悔はない……だろうね。負けるつもりはないけれど、ライバルと全力で戦っての結果なら、きっと受け入れられると思う」

 

 清麿とガッシュと戦った日の青い空を、アポロは思い浮かべていた。

 勝負に勝てなくともあの清々しい青空が広がっているのだろうと、彼はそう思う。

 

 少しの間。

 デュフォーがコーヒーカップを傾けてソーサーに置く音がやけに響いた。

 

「……そうか……あいつらと戦ったというのに、そんな答えを吐けるのか」

「……どういうことだい?」

「度し難い甘さだ、と言っているんだ」

 

 すっと細めた紫電に浮かんだのは……些細な失望の感情だった。

 読み取ったアポロは驚愕と僅かな怒りを浮かべるも、ゼオンはもういいというように首を振る。

 

 唐突に、ゼオン達の会話のやり取りにおいては答えを出す者(・・・・・・)を切っているデュフォーが言葉を投げた。

 

「ブラゴの時とは違ってこの先は無意味だぞ、ゼオン」

「違うなデュフォー。あの時とは違う」

「……試練(・・)として選ぶのか? それとも補助(・・)としての役割か?」

「それらも違う。後々まで残れるならどちらかになるとはいえ、これはあくまでオレの矜持の問題だろうな」

「分からんな。お前のしたいことが」

「なに、他の有力者から見ればただのお遊びだ」

 

 悪戯っぽい笑みを向けてから、ゼオンはまたアポロへと向き直る。

 

「人間。お前は勘違いをしている。大きな、とても大きな勘違いだ。ロップスを王にしたいというが、根本的に根付いている勘違いに気付かなければそんなモノは夢物語にすら成り得ない」

 

 見上げる紫電の中に浮かぶ光は、アポロの能力をしても読み取れないほど大きな感情を宿していた。

 

 自信にあふれた笑みの裏側にある、悲哀と絶望を越えて生まれた大きな願い。渇望。

 今まで出会った誰よりも力強く大きなその想いに……アポロは息を呑む。

 

「この戦いの現実というモノを教えてやろう。まやかしの自由に囚われている旅人もどきにな」

 

 二時間後に街外れの風車前まで来いと告げてゼオンは席から立ち上がる。

 眠れるロップスをアポロに渡したデュフォーは、感情の籠らない瞳をアポロに向けず(・・・)に背を向けた。

 

「ゼオンがああいったからには逃げることは出来ない。あいつの現在の魔物探知能力は本気を出せば国境すら越えるから」

 

 歩き始めたゼオンの背を追いながらの声。

 

「油断も慢心も許されない。全力で来なければお前もロップスも此処で終わりだ」

 

 立ち去り際に放ったデュフォーの一言は、アポロの心臓を一つ大きく跳ねさせた。

 

「ガッシュとそのパートナーのライバルを自称するというのなら、無様な姿は見せるなよ」

 

 答えを出す者(アンサートーカー)によってゼオンが行動に移った理由を確かめて予測し、デュフォーはアポロにそう残した。

 

 

 

 デュフォーが頭に浮かべた“問い”は二つ。

 

 問――何故、ゼオンの機嫌がロップスとの戦闘を見ただけで今までにないほどによくなったのか。 

 

 問――何故、ゼオンがロップス達二人ではなく“人間だけ”に辛辣なのか。

 

 

 答え(アンサー)は―――“戦闘時のロップスの姿も理由の一つにあるが、大きくは記憶の中の清麿という男の行動が原因”、と出たのであった。

 

 

 大まかにしか出なかった答えはゼオンの心情が絡んでいるせいだろうと分かり。

 後でその戦闘を自分も見せて貰おうと、デュフォーは小さな期待を持ってその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

戦闘まで書きたかったのですがキリが良かったので此処までで分割します。

・デュフォーくんも少しずつ変わってるという話。
・ロップスの世話を焼きたがるお兄ちゃん。
・デュフォーくんとゼオンくんは仲良し。


会ったこともないお兄ちゃんの心を揺さぶってアポロ達と戦わせるよう仕向けるなんて……清麿……なんて恐ろしいヤツなんだ……っ


これからの楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第二十一話:小さくとも、幼くとも(後)

いつもありがとうございます。

独自解釈入ります。


 

 

 

 

 

 アポロ・ジェネシスという青年は、アメリカの財閥の跡継ぎとして生まれた。

 

 聡い彼はなんでもそつなくこなせて、将来の有望さを誰も疑うことなどなかった。

 

 そんな彼は己の家を継ぐ前の最後の自由として、一定の年齢が来た時に財閥を継ぐ約束の元に世界を見て回ることにした。

 

 小さな籠のような家を出て既に数か月。世界中を回る旅は順調だった。

 

 いろいろな人と出会い、いろいろな人と語って、いろいろな文化に触れて、いろいろな感情を見てきた。

 

 そんな中で出会った旅の道連れ、ロップス。魔界の王になりたいという彼との旅は楽しかった。

 

 一人よりも二人で過ごす時間が大切になっていた。

 

 運命の出会いはもう一つ。アポロという青年の心を変えた出会いは、清麿という少年との出会い。

 

 彼らと語り、戦い、そしてアポロの心は変わった。

 

 どうでもいいと思っていたこの戦いで、ロップスを王にすると気持ちを固めたのだ。

 

 清麿の言葉に、そして清麿とガッシュの姿やロップスの戦う姿に感化されたのかもしれない。

 

 アポロの覚悟は大きい。

 

 清麿達との最後の術の打ち合いで動けなくなるほど心の力を出し切った彼の想いは、きっと大きかった。清々しい気持ちで空を見上げていた彼はその戦いで成長したのだ。

 

 

 ただ……紫電の眼光を持つ雷帝がロップスの記憶で見たのは……アポロだけではなく。

 

 

―――オレは、そのガッシュを王にしたい。口に出すのは照れくさくて嫌だが、あいつに苦しい所を助けて貰ったんだ。

 

―――あんたにはわからないことだと思うが、オレにはそのことがとてもでかいことだったんだ。

 

―――その……助けてくれたガッシュが、優しい王様になりたいと言った。だから……だからオレはガッシュを王にしたい。

 

 たかだか十四歳の少年が恩を感じたからとはいえ、他人の夢の為に過酷な戦いに参加するという。

 

―――くそ……まだだ、まだ奴を……

 

―――くそ、奴が来る! 動け……動け――――――っ!!!

 

 

 足掻き続ける少年の姿と必死の声。

 

 

 大切な弟を預けている少年のその声を聞いて、兄が何を想ったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「舐めているのか、貴様?」

 

―――当てる気がないのを見切って……顔色一つ変えず……

 

 まずは力を見ようと思って指示した攻撃は、確かに彼らの命を脅かすモノではなかった。

 一歩も動かずに、当たらないと見切っていた彼は呆れと失望を深く混ぜた声を出していた。

 

 ため息を吐いたデュフォーと、殺気すら纏うゼオン。

 

「デュフォー。お前の出る幕はない」

「術はどうする」

「別になくてもいいが……一端すら使わないのはロップスに失礼だろう。それでも最小限で十分だ」

「ああ、分かった」

 

 デュフォーが数メートル横へと避けて、バチバチと帯電し始めた掌と本の輝きに、アポロは身の危険を最大限に感じた。

 

「やる気がないのならすぐに終わるぞ」

「ザケル!」

 

 一直線に走ってくる電撃は、ガッシュが放ったモノとは威力も大きさも速さも違った。

 アポロが先に判断して動いて居なければ掠っていただろうソレが、後ろの風車を大破させ破片を降らせて来る。

 

―――ガッシュのより強くて、次の攻撃にもつながっている。でも……

 

「ボクには通用しない」

 

 ロップスを抱き上げたまま危機察知能力で破片の全てを避けていくアポロは、隙あらばとこの戦いを終わらせるべくデュフォーの本へと狙いを定める。

 

「そっちこそ舐めないでくれよ!」

「リグロン!」

 

 ロープの術がデュフォーへと延びる。

 

「はっ……それが舐めていると言っているんだ」

 

 ゼオンのたった一動作。マントをはためかせただけでロップスのロープを弾いた。

 その距離から防ぐなんてと驚愕しているアポロは、ゼオンが次の予備動作に入っていることに気付く。

 

 一瞬で接敵したゼオンを先読みして、既に回避に移っていた。

 だが、人間に出来る回避行動などたかが知れている。

 ゼオンの向ける掌からは、逃げられない。

 

「ザケル!」

「リグロン!」

 

 どうにかロップスの術で躱しても、そのロープをゼオンが掴んで今度はロップスを手繰り寄せた。

 

「き、消えろ!」

 

 咄嗟に術を消して、どうにかロップスの慣性をぎりぎりで止める。

 このままではロップスが術を直撃してしまうと、彼は声を荒げた。

 

「逃げろ! ロップス!」

 

 着地と同時に向かうが、高速移動で先回りしたゼオンがロップスの正面で掌を向けている。

 

――ダメだ、ロップスは避けられない。アレの威力は……やばい。

 

「っ……そぉぉぉぉ!」

 

 攻撃が放たれる……このまま腰に抱き着いて射線をずらせば……そう予測から考えたアポロは、その予測が一瞬で乱れたことで驚愕に目を見開く。

 

 紫電の眼光がこちらを射抜いていた。

 

「ふん……貴様はやはり、勘違いをしている」

 

 寸前で術を止めたゼオンは、アポロの突進をジャンプで避け、そのまま大地へと蹴り落とし―――

 

「がっ!!」

「たかだか少し特殊な力を持った人間如きが……調子に乗ってるんじゃねぇ」

 

 ロップスへ向けて蹴り飛ばした。

 受け止めるロップスと、受け身を取ってどうにかダメージを少なくしたアポロ。

 見上げた先に待つ雷帝は、つまらないモノだというように見つめてきていた。

 

 ゼオンが纏っている感情は、呆れと怒り。

 アポロはそう読み取ったとしても、彼の感情が何に対してなのか分からない。

 

「ロップス。お前はオレと戦うと聞いて覚悟を決めてきたか?」

 

 真剣な目で尋ねられて、ロップスは一瞬面食らう。

 ただ、すぐに決意の籠った眼差しで腕を前に、大きく頷いた。

 

「かう!」

「ふふ、愚問だったな。許せ」

 

 ゴ……とゼオンから大きな力が溢れ出る。

 もはや手加減などしないというように。

 

―――こ、攻撃が防げない。予測出来ても……その動きを止めることが出来ない。

 

 圧倒的な力の差がある相手。大きな力を持っているとは思っていても、まさかここまでとはアポロも考えていなかった。

 それもそのはず。ゼオンはデュフォーの訓練によって己の力を最小限に止める術を磨いているのだから。例えアポロに特殊な能力があったとしても、デュフォーという完全な上位互換の能力を持つ者が教えている対応策が容易に見破れるわけがない。

 身体能力、術の使い方、波状攻撃への繋ぎ、戦闘中の対応速度、行動への対処、次へとつながる策。どれもがアポロの能力の限界を超えていた。

 

―――どうすればいい。どうすれば勝てる? どうすればこの状況を切り抜けられる? 考えろ、考えろ考えろ考えろ……

 

 アポロの顔が焦りに歪む。心配そうに見上げるロップスの方を見ることもなく……ゼオンから目を離すことが出来ない。

 

「デュフォーを狙ってくれてもいいぞ。そんな隙があるのなら、だが」

 

 余裕たっぷりに告げられる声。思考を其処に向けたとしても、そんな隙を晒した瞬間にやられると勘が告げていた。

 

「どうした? 来ないのか?」

「ぐ……ロップス! 散弾だぁ!」

「かう!」

 

 バチリと大きく音を立てた雷の音とゼオンの言葉に、アポロはせめて自分から仕掛けるべきと答えを出して術を唱えた。

 

「リグロセン!」

 

 一ダースを超える数の刃物の付いたロープがゼオンを囲む。

 ロップスの操作によるこの術は、着弾しない限り何処へ逃げようと追いかけ追い詰める。

 

―――さあ、どう避ける。ザケル一つで防げるほど甘い術じゃないぞ。

 

 基礎呪文だけで防げるはずがないと、アポロは思う。

 

 そんな彼の予測を……ゼオンは軽く超えて来ることも知らずに。

 

「速度も魔力量も……レインのバーガス・アボロンに比べれば……くく、児戯だな」

 

 ゼオンという少年が、普段どれほど凶悪な術と対峙しているかをアポロは知らない。

 正しく術一つにとっても格が違う相手と毎日のように訓練をしているのだ。

 

 全力で魔力を込めて尚抜かれる可能性のある身体能力や野生の勘。

 特殊個体であるが故の圧倒的なパワーと手数。

 カイルの持つ大きな心の力とレインの特殊な潜在能力から放たれる規格外の術。

 それらを上回って戦っている王族に生まれし雷には……このレベルの術はもはや児戯。

 デュフォーはその様子を遠目に見つつ考える。

 

―――ダメだなあれ。成長し始めたレイン相手にさえ無敗のゼオンにそれは悪手だ。

 

 ゼオンは一応というように呼吸を整え、

 

「スゥゥゥゥゥゥゥゥ」

 

 大きく息を吸い込むと同時、一つ二つと迫りくる術を両の手とマントで捕らえていく。

 魔力が集められた両腕はこの程度の術で傷つくことなどありはしない。そしてマントに於いては、レインとの戦いによって潤滑な魔力移動を更に磨き上げたゼオンの防御を抜ける者など、それこそ的確に弱所を見極めるか、ディオガを越える高火力を出さなければ足り得ない。

 

 唖然と、アポロとロップスはもう言葉も出せず。

 

 捕えた刃物の数は合計十五。

 ロープを操ろうとロップスが力を込めてもびくともしなかった。

 

 にやりと笑ったゼオンが、吸い込んだ息をため息で吐き出す。投げ返してやってもよかったと言わんばかり。

 カラン、と多くの乾いた音を立てて刃物が大地に落ちた。

 

「呆けていていいのか?」

「!!」

 

 音に気を取られた一瞬の出来事。目の前に居たはずがゼオンはもう後ろに居た。

 先ほどまでの高速移動ではなく、間違いなく消えてから現れた。

 

 振り返った先。既にそこには掌を構えた彼が居る。

 

「ザケル!」

「おぉぉぉぉぉ!」

「かう!?」

 

 ロップスを庇うように抱えて横に飛んだアポロの身体を雷が僅かに掠め、

 

「庇ってる余裕があるのか?」

 

 地面を転がる先に、またゼオンが居た。

 気付くと同時に蹴り上げられた身体は自由が利かない。そのまま空中で中段の蹴りにて吹き飛ばされる。

 

 地面を転がりながら遠くに見えるのは、一人になったロップスの姿。

 

「か、かう!」

「ふふ、幼いからと言って容赦はしないぞ、ロップス」

 

 すぐにロップスを助けに行かなければとアポロは焦りに思考を逸らせる。

 

 ゼオンは楽しそうに笑みを深め、ロップスの攻撃をいなしつつ反撃を繰り返す。

 拳を合わせ、蹴りを受け止め、体当たりを弾き返す。

 小さな体から繰り出される打撃の一つもダメージを与えることはなく、代わりの反撃が数発叩き込まれた。

 

「かぁう!」

 

 それでもと、ロップスはゼオンに食らいつくように握った拳を解かない。

 

「リグロン!」

「つまらん邪魔をしやがる」

 

 唐突な術の声。ロップスはアポロの意図を汲んで一番有効だと思われる使い方でリグロンを放った。

 身体を巻き取らんと迫るロープに、つまらないと零したゼオンが両の手でその術を掴み取る。

 

 分かっていただろうに。そう言いたげな舌打ちを一つ。

 一応の膠着状態の中、眼でそう伝えるゼオンに悔しそうに顔を歪めたロップス。

 力の差があるから、リグロンを掴まれた時点でロップスに出来ることはない。

 

 ただ、ロップスの瞳に燃える闘志は陰ることはなかった。

 

「かう!」

「おぉ?」

 

 リグロンを手繰り寄せられることも計算しつつ、ロップスが弛ませたロープを垂らして……鞭の要領で大地に落ちている石をゼオンへと放った。

 

―――なるほど、考えたな。

 

 動かなければ避けられないし手繰り寄せても間に合わないタイミングの攻撃に、嬉しそうに笑った。

 幾つかを時差付きで放つロップスの攻撃は、状況から咄嗟に考え出されたモノであり、先ほどから少しだけであっても成長したモノ。

 

「やるじゃないか。しかしまだまだ甘い。四十点だな」

 

 リグロンを消せばゼオンの硬直が解けて簡単に動かれるから術は解けない。

 それを分かっていて、ゼオンはロップスのリグロンを逆に利用した。

 

 あらゆる武器の扱いに精通しているゼオンにとって、鞭のようにリグロンを使うなどお手の物。

 ロップスが引く力を計算に入れた上で、彼はリグロンを逆に操って迫りくる石つぶての全てを綺麗に叩き落とした。

 

「相手の体勢を崩すか拘束してから攻撃すべきだ。更なる追撃を見せることをしていないのも減点」

 

「ザケル!」

「かうぅぅぅ!」

 

 逆に利用され続けるとまずいからとリグロンが消された瞬間にゼオンはロップスの背後へと廻っていて、近付こうとしていたアポロとロップスの間へと割り込んで放たれたゼオンの術。

 予測出来ていても、次の行動に移るのが速すぎてアポロもロップスもついていけない。

 ザケルを片手で放ち、蹴りでアポロを転がして再び距離を開けさせた。

 

「これでまた無防備だぞ、人間」

「うぐっ」

 

 声が聴こえる前にアポロは立ち上がろうとしていた。動こうとしていたんだ。だけれども……雷帝の速度には追いつくことなどできはしない。

 

「如何にお前の未来予測のような勘が優れていようと、如何にお前が他者の心の機微を読み取る術に長けていようと――」

 

 ゼオンの小さな足が、アポロの両腕を踏みしめる。

 

「思考も反射も行動も……単純な速度で追いつけないんじゃあ意味がないよな?」

 

 本はどうにか放していない。腕に掛かる力もそこまで強くない。渾身の力を腕に込めて跳ね除けようとしても、

 

「ほら、待ってやるから早く起きろ」

「くっ……うぉおお……」

「それでも力を入れているのか?」

 

 ゼオンの足は、ピクリとも動くことはなかった。

 まるで大きな岩。あるいは数トンはあろうかという鉄の塊。

 力を込められていないから潰されていないだけで、本当なら踏みつぶされていてもおかしくないのかもしれない。

 

「ふん……人間が魔物の力に勝てるわけないだろうが」

 

 どれだけの力を込めても動かない腕が、小さな少年の足一つどかせないという現実。

 人間という種と魔物ではあまりにも力の差がありすぎる。

 

「か、かう―――!」

「復帰が早いな。だが、お前は後だ」

 

 雷撃のダメージから立ち直ったロップスが羽を広げて突進してきても、ゼオンはそちらを見もせずにマントを使ってロップスを地面へと叩きつける。押さえつけられればもう何もできない。

 今、彼が話しているのはこいつだと、その紫電が真っすぐに人間を見下ろしていた。

 

 冷ややかな輝きがアポロを射抜く。

 

「理解したか、人間。そう……お前は人間(・・)なんだ」

 

 突き刺さる言の葉は、ずっと彼のことを名前で呼ばなかった意味を明かすように。

 ゼオンはアポロを……人間、とそう呼ぶ。

 

「どんな特殊な能力を持っていようとも、どれだけ優れた肉体の強さを持っていようとも、どれだけ小賢しく頭が回ろうとも……お前達はただの人間(・・・・・)なんだ。

 オレ達のような魔物の本気の術や拳を受けて無事でいられると思っているなら、それはお前の傲慢な勘違いでしかない。

 記憶の戦闘を見て思ったんだ。お前はあまりにも……魔物という存在に対しての警戒心や危機感が薄すぎる、とな。それはデュフォーが当てたお前の持つ能力故の自信でもあったのだろうが……現実はこれだ」

 

 深く、深く色づく瞳の奥に浮かんでいるのは、怒り。

 この現状を見れば分かる。

 魔物に対して為す術もなく這いつくばっている自分は、ただ無事でいさせて貰っているだけに過ぎないのだと。

 

「いいか、人間。お前とあのガッシュのパートナー……清麿と言ったか? そいつとお前では身体を張って戦っているという姿は似ていても根本的に違う。

 あの必死さ。喰らいつく姿勢。己の非力を理解した上で極限まで計算してガッシュと自分に出来る最高のパフォーマンスをする精神力。そして……“胸に秘められた大きな想い”。

 お前はあいつらとの戦いで少しは変わったのだろう。しかしその根本的な所は、オレとの戦闘での開幕やそこかしこで見られるように、何処かしら慢心した部分がある。

 ロップスは違う。あいつはいつだってずっと本気だ。全力でオレに勝ちに来ている。負けたくないと、必死に抗っている。あの時まで、あの戦闘の最後のあの時まで……己の想いだけで戦っていたのと同じように今回も、な。

 だからこそ、オレはお前にもう一度言ってやる……」

 

 小さな少年の姿であるのに、大きな、とても大きな姿に見えた。

 

「舐めているのか、貴様?」

 

 高貴さを宿した目は己の力に絶対の自信を持ってこそ輝きを放ち。

 奥底に眠る憎悪と哀しみは、自身に膝を付くことを許さず。

 深く深く渦巻く想いは……ゼオンの心と体に無限とも思える力を沸き立たせる。

 

「ぅ……あ……」

「ふん……貴様のパートナーは、オレと戦うとなって既に覚悟を決めているのにな。オレという強大な敵を前にしても折れない心、戦いに対して積極的でない相方を持っても立ち上がったあの精神、魔界の次世代を担う誇り高き戦士になるだろう」

 

 ゼオンの目に浮かんでいた失望の意味を漸く理解した。

 想いの格(・・・・)が違う。違いすぎるのだ。

 

 清麿のと比べても。アポロ自身の戦う理由も。ロップスと己の戦いへの覚悟の差異も。敵に対しての在り方も。そしてこの魔界の王を決める戦いに対しての、想い全てが。

 

「オレは怒っている。そう……これは怒り、なのだろう。

 人間を見下しているわけではない。むしろ人間の中には凄いヤツがたくさんいると尊敬さえしている。

 最近だって、オレと歳の変わらない子供だというのに、友達の為にと理不尽に抗うような素晴らしいヤツを知った。

 だからこそ……貴様に怒っている。寂しさも、苦しさも、つらさもしょい込んで、やっと出会えたパートナーと……未だに心が本当の意味では通じあえていない。清麿という人間のような強い想いではなくとも戦う意思を持ってくれた―――それだけで嬉しいと思ってしまうような、そんな魔物の子がいて、どうして放っておけようか。そんな子のパートナーに対して怒らないでいられようか」

 

 足をどけたゼオンは、ぐいとアポロの胸元を掴んで瞳を覗き込む。

 

「貴様は雲だ。風に流されているだけ。己の意思は何処にある」

 

 自由とは程遠いと、ゼオンは言う。

 

「風はな……いつかは止まってしまうんだ」

 

 

 

―――旅をしていた。偶然出会ったロップスと共に旅をしていて楽しかった。でも……

 

 手を離されて頭を垂れるように俯いて考える。

 

―――いつかは、魔物は消えてしまうから。ボクは何処か他人事として、“どうでもいい”なんてことすら言っていた。

 

 赤い本の魔物とそのパートナーとの出会いでロップスを本当の意味で見るようになった。

 

―――あの時に清麿とガッシュを見て覚悟を決めた。決めた、と思っていた。

 

 隣を見ると、ボロボロの身体で必死にマントの拘束から抜け出そうとしているロップスが居る。瞳に浮かぶ闘志も、こちらを心配するやさしさも陰らずに。

 

―――ボクは……本当に、自分で決めたんだろうか。

 

 思い返せば、自分はロップスの行きたい方へ向かっていただけ。

 まるで己を動かしてくれる風を得た雲のように。

 

 財閥を継ぐという未来が決まっている。

 

 跡継ぎである自分には、もう残された時間は少ない。

 

 だから世界を見て回ろうと思った。

 

 残された自由を満喫する為に。

 

 レールの上を走るだけの人生になるから、そう思っていた。

 

 でも今も尚、これはレールの上から逸れてはいないと気づいてしまう。

 

―――これが……自由なんだろうか。

 

 

 

 ロップスを拘束から外し、少し離れたゼオンは大きく息をついて声を放つ。

 

「もっと必死になれ。そうすれば観えてくるモノもあるだろう」

 

 ぐっと構えたアポロの目は揺らいでいる。

 

 心配そうに見上げるロップスは、精一杯元気づけるようにと彼の手に掌を重ねた。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ落ち着いたアポロは大きく息を吸い込んだ。

 

 あの時……清麿と最大術を打ち合った時のように、もうその目には一切の慢心などなく。

 

 気合の入った目を見て、ゼオンはバサリとマントをはためかせた。

 

 再び、紫電が迸る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく戦闘を続けての評価として、少しはマシになった、と言えるだろう。

 

 特殊な能力に対しての信頼と慣れによって、こいつには油断や慢心が染み付いてしまっていたがそれも少なくなってきた。

 

 そもそも、オレという大きな力を持つ魔物と戦うことになって、何故初めから本を燃やされない為の算段を建てないのか理解出来なかった。清麿という人間を見たせいで熱量の差に疑問を持ってしまったのが大きい。

 勝てると思っていたのなら舐められているだけだ。しかしこいつには他にもある。

 もし……もしもオレが確実にこいつの本を燃やすつもりで戦いを仕掛けたのならどうなっていたのか。特殊な能力ですら読み取れない力量差に圧倒されて、呆気なく本を燃やされていただろう。

 そんな想像すら出来ないのならと考えたら……どうにも苛立ってしまったんだ。

 ロップスの記憶を見させて貰って感じた、この男への苛立ち。思わずぶつけてしまった。

 

 こいつの持つ大きな勘違いは、人間が魔物と戦えるという幻想だ。 

 先ほどまでの戦いでは、こいつはロップスを守りながら戦っていた。頑強な魔物の子が術を喰らわぬように、自分の能力で躱せるなどという思い上がりをして、だ。

 そんなモノが通じない相手が居ると教えたかったのが一つ。

 このペースでいけばもうすぐ魔物の残りは半分を切るだろう今、ロップスとガッシュの再戦の約束を叶えるのならその慢心と思い上がりを打ち砕いておかねばならない。

 

 シェリーやカイルのように、デュフォー以外の人間と交流を重ね始めているとはいえ、オレは魔物。

 

 同じ魔物であるロップスの気持ちを考えると……どうしてもこの人間が、ガッシュと清麿のように本当の意味でロップスのパートナーになっていないということがやりきれなかった。

 

 オレ達の国を背負って立つ王になる。それがこの戦いの最後の結果。

 まだ幼いロップスなら漠然とした憧憬を持っているに過ぎないかもしれない。

 

 しかし……しかしだ。

 

 小さくとも、幼くとも王を目指しているヤツなのだ。

 

 その夢を手伝うと言うのなら、大人である貴様が足りない所を補ってやらなくてどうする。

 

―――オレとガッシュに与えられたような理不尽が降りかからないとも分からないのだから。

 

 ズキリ、と胸に思い出される鋭い痛み。

 あの夜の痛みと絶望を、オレは生涯忘れることはない。

 

―――あんな思いを……他のヤツに味合わせてなどやるモノかよ。

 

 デュフォーの答えを出す者(アンサートーカー)によって手に入れた情報では、千年前の魔物達の復活の時が近いというのだから、ロップスなどはすぐにやられるかもしれない。

 幼いからと操られて、いいように使われるかもしれない。

 人間を人質に取られるかもしれない。

 何が起きるかなど分からないんだから。

 

 他人であるオレは、此処以外ではロップスに世話を焼くことはしない。出来ない。

 

 “ガッシュに近付いてはならないという制限がある上で千年前の魔物との戦いの補助をしつつガッシュ自身の成長を助ける”なんていう困難な計画がなければ味方に引き入れても良かったのだが……。

 

 オレ達の最大の目的はあくまで“バオウ”への対策だ。

 爆発の一族の企みはガッシュの成長の為にはいい経験値となるだろう。ガッシュ自身の成長なくしてオレ達の計画が成功することはない。

 心と体の成長が成されれば、嘗ての父のようにバオウに首輪をつけることが出来るかもしれないのだから。

 

 そんな計画も、こいつらを仲間に引き入れてあの心の扱いに長けた一族のモノに万が一にもバレてしまっては台無しになってしまう。

 

 少しくらいは誘導するのはいいだろう。しかしレインのようにオレ達の計画に関わらせるには力が圧倒的に足りなさすぎる。

 せめてあと三年……今のオレと同じ歳くらいまで成長出来れば……というのは無いモノねだり。

 

 この先の戦いで、もしかしたらガッシュの手助けをしてくれるかもしれない。

 そんな期待も込めて、そしてロップスが本当のパートナーを得られるように、オレは今回“遊んでやる”ことにしたんだ。

 

「ふん……もう少し歯ごたえがある相手だと思ったんだがな」

「だから言ったんだ。この戦いは無意味だと」

「偶にはお遊び(・・・)もいいモノだろう? それなりに魔物の方に見込みはあるんだ。あのバカ(・・・・)程ではないにしても」

「お前がいいならいいが」

「ククク……それにだ……おい、人間」

 

 デュフォーには悪いが、もう少し付き合ってもらおう。

 真っ直ぐに見つめてくる人間の目。大きな覚悟を宿しているが……やはり足りない。

 

「貴様、まだ勘違いしているな」

 

 ビクリと跳ねた肩。大切そうに抱える空色の本も揺れる。

 必死になってオレと戦ったことで、こいつは何がなんでも本を護る、という選択が出来るようになったのだろう。

 しかし足りない。

 

「貴様は後悔することがないと、本当にそう言えるのか?」

 

 人間に出来ることなど限られている。ガッシュ達に負けても後悔がないと言ったこいつは、まだ足りていない。

 

「“旅”の終わりを誰かに委ねるお前に……本当の覚悟があるというのなら、それを見せろ。でなければ―――」

 

 迸る雷を見せつける。

 押し付けられたような状況ではなく、お前自身の言葉を聞かせるか、行動で示せ。

 

 人間はオレの言葉に唇を噛みしめた。

 

 

「此処で貴様の旅を終わらせてやってもいいんだぞ」

 

 

 両腕で守るように抱えた本を、人間は強く抱きしめた。

 

 

「ボクは……まだ」

 

 

 ぽつりと零れた言葉。けれどもそれは少し熱っぽく。

 

「キミから見たら、足りてないのかもしれない。ロップスが居なくなったら旅を終えて跡継ぎとしての役目を果たそうなんて、確かに自分でする選択なんかじゃないよな」

 

 こちらを睨む目。覚悟によって渦巻いていた昏さではなく、輝くような意思が一つ。

 

「旅をすること自体がボクの選んだわがままだと思ってたけど……違うよね。ごめん、ロップス。ボクの方に覚悟が足りてなかったみたいだ」

「かう?」

「ははは……いいんだ。今はそれで。きっとこれから、ボクもたくさん、キミから貰う楽しい時間の幸せを、何倍にしてでも返していくから」

 

 優しく見つめる目と、暖かい手。

 やっと気づいたか、人間。これでロップスも……

 

「ありがとう。キミが優しい魔物でよかった」

「……貴様、オレの心を感じ取りやがったな?」

「さすがに、ね。ボクに向けてはまだ辛辣だけど、ロップスを思いやったキミの感情がちょっとおっきかったから」

「……ふん、ならせめて答えて示せ。お前はこの先どうする?」

 

 厄介な能力だと思う。こいつに向けてはしっかりと警戒していたのに、ロップスが少しは報われるかと思ってしまったのが失敗だった。

 

 せめて、聞かせて貰おう。こいつがどういった選択をするのかを。

 

「“ボクの旅”は……此処で終わりだ(・・・・・・・)

 

 本を開き、オレをしっかりと見据えてくる。

 本の輝きが先ほどまでとはくらべものにならないくらい大きくなっていく。

 

 こいつは自らの手で、旅を終わらせると言う。

 

 そうだ。やっと気づいたらしい。

 お前が使える“力”は……能力だけではないはずだと。

 

「ボクはもっとロップスと居たい。一緒の時間を過ごしたい。この子の夢を叶えてあげたい。それなら……ボクは全てを使わないとダメなんだ。例えそれが、ボクが逃げてきた窮屈な生活であっても」

 

 バサリとマントを投げ捨てた人間……いや、アポロ(・・・)は、何者にも立ち向かう強き目をしていた。

 

「ロップス!」

 

 大きく声を上げたアポロは、ロップスの頭に掌を置いた。

 

「王になる為の道は、きっと苦しくて辛いこともたくさんあるし、いっぱい傷つくと思う! キミがボロボロになることも、ボクがボロボロになることもあるだろう!

 大けがしたり、死にそうな目に遭うかもしれない! 彼のような強い魔物に勝つ為には、ボク達は沢山そういったことを乗り越えなきゃならない!」

「……」

「だけど……だけど一歩ずつ進んで欲しい! キミが思い描く王様になる為に! そうすればキミに足りないところがあればボクが補う! 助けて、教えて、なんとかする! キミの隣で!」

 

 その宣言と同時にアポロはロップスの頭から手を離し、拳を向けて微笑んだ。

 

「任せて、くれるかい?」

「かぁう!!!」

 

 嬉しそうに拳を合わせるロップスを見て、オレの口元も綻んだ。

 

 やっと、本当の意味でパートナーになれたのだ。

 

 デュフォーの元へと跳んで声を掛ける。

 

「……ふふ、いいモノだな。いつ見ても」

「まあ悪くないな」

 

 絆が強くなって生まれる本の輝きは美しい。

 デュフォーもオレも、魔物と人間の二人が笑顔を浮かべているこの光景が好きだ。

 

 どうだ。オレはお前に、“いい景色”を見せてやれているか?

 

 聞いたりはしない。なんとなく気恥ずかしいから。

 

 いつかは……

 

―――いつかはお前も、あんな風に笑えたらいいな。

 

 絶対に口に出しはしないけれど、お前が心の底から笑顔を浮かべてくれるよう願っているぞ。

 

 

 

 仕上げだ。ロップスとアポロに、最後の仕上げを行おう。

 

「ふん、せっかくだ。オレとお前達との実力差を見せてやる。お前達の最大術を打ち込んで来い。それとも……新しい術でも試すか?」

 

 あの輝きだ。きっと新術が出ていることだろう。

 

 ゆっくりと首を振るアポロは、ロップスと頷きあってからオレへと向かい合った。

 

「いや……ロップスがキミにぶつけたい術は今までの最大術だってさ。ボクもそうだ。此処までのボク達との決別と、新たな出発の為に」

「そうか。なら……来るがいい」

 

 通用するしないではなく、今までの全力では勝てないと理解していての決断。

 明日から新しい日々を踏み出す為の力、ということか。

 

「ディノ・リグノオン!!!!!」

 

 その術は、“十本”もの大きな鎖を以って、大地を捲りあげた。

 五つの極大な質量で押しつぶされれば、間違いなく大きなダメージを負うだろう。

 

 通常の魔物であれば、だが。

 

「ゼオン」

「……あそこだな?」

 

 避けなくてもダメージの低い攻撃ではある。

 しかし指示された其処は、きっとあいつらの術の弱所なのだろう。

 見極めが出来なかったオレはまだまだだ。デュフォーの能力によるモノとはいえ、“答え”はあるんだ。

 それを自分で見つけられないのなら……このオレも、まだまだ成長出来るということ。

 

 デュフォーが指示を出したということは、オレだけのザケル一つでは防げなかったということ。

 甘んじて受け止めよう、このオレの力不足を。

 

「ザケル」

 

 バシリと走った一つの雷撃は、ロップスの最大術の一つの軌道を変えた。

 

 それだけで相手の質量攻撃はオレ達に当たることなく、全てが大地へと沈んでしまった。

 

 

 土煙に紛れて、気配が二つ。

 まだ、というように構えているアポロとロップスは油断など微塵もなかった。

 オレ達がどんな行動に出ようと反撃出来るように。

 

 逃げることは出来ないと理解した上で、一番自分達に出来る最善を選び抜いた。

 

 だからこそ、オレだけで瞬間移動を使ってロップス達の背後へと立った。

 彼らは振り向かない。振り向けない。その隙一つで自分達が負けると理解していた。

 

 此処までだな。

 

「手土産に一つ、教えてやる。

 近いうちにお前達はこの戦いに於いて大きな敵とぶつかる。それはお前達だけで越えられる程甘いモノではなく、今回のオレのように“遊び”をしてくれる相手でもない。お前達と同じく、お前達のライバルであるあいつも困ることになるだろうな。

 オレは直接的には手を下せない理由があるから手助けはしないが、オレの知り合い(・・・・)が少しだけ手伝ってやれると思う」

「……情報、感謝するよ」

 

 振り向いた二人は、オレと真っすぐに目を合わせてきた。

 

「ボク達の負けだ」

「ぎらついた目でよく言う。これはあくまで“お遊び”。二度と起きない気まぐれだ」

 

 ゆっくりと近づいてくるデュフォーは、アポロへと一つの紙を渡す。

 

「オレ達の情報を誰にも話さないということを約束しろ。財閥関係が落ち着いたらこの会社に連絡して、“D”の紹介だと取り継ぎするといい」

「こ……これは……」

「オレが資金援助して立ち直った会社だ。旅をしていても財閥の跡継ぎの為に情報として名前くらいは聞いたことあるだろう?」

「は……はは、参ったな……あの大企業がやばい状況から立ち直ったのは知ってたけど……キミ達は本当に何者なんだ」

 

 ああ、デュフォーが資金繰りと世界中の情報を集める為にほぼほぼ乗っ取ったような会社のことか。

 アポロもそういった世界の人間だというなら、デュフォーが助力も出来るしいいことだろう。

 

 間接的ではあるがこれでガッシュの周りを強化出来た。

 こいつらもライバルとしての成長を見込めるのだから、きっといい具合に刺激しあってくれることだろう。

 

「楽しかったぞ、ロップス。そしてアポロ(・・・)

 また戦う時があればその時こそ全力で相手してやろう」

 

 手は繋がない。

 拳を差し出せば、ロップスが嬉しそうに拳を合わせてくれた。

 

「かう!!」

「次は勝つ、か? くく……楽しみにしている」

 

 それまで勝ち残ってくれ。お前のような相手ならば、オレも誇りを掛けて戦える。

 

「ありがとう、ゼオン」

「ロップスを頼んだぞ、アポロ。オレが王になるのだから、大切な魔界の民の一人を預けるわけだ」

「ふふ、そうはならないよ。だって、ロップスが勝ち残るからね」

 

 くるりと振り向く。

 デュフォーがもういいかと言いたげにオレを見ていた。

 

 マントを伸ばして包み、もう一度ロップス達に目線を送った。

 

「オレは窮屈な王になどならんぞ」

「え……?」

「一番上に立ったのなら、好きなことをすればいい。並び立つ者と助け合って好きなことをして民を救って、そうやってオレは国をよくすると決めている。

 少なくともデュフォーという協力者を得たのだから……お前の窮屈も、少しはましになるだろうさ」

 

 願わくばカイルのように……人間同士として、お前がデュフォーとナニカを繋げてくれるといいが。

 

 もう何もいわなくともいい。

 最後にロップスへと笑いかけて、瞬間移動にてその場を後にした。

 

 きっとあいつらはこれから強くなるだろう。

 少しでも多く、幸せな思い出を残していって欲しい。

 

 オレ達魔物と人間が過ごせる時間は……きっと思ったよりも少ないモノだから。

 

 

 あくびをして部屋へと入っていくデュフォーを見送ってから、オレは握った拳を見詰めた。

 

 

 オレのこの手の中に、少しずつ少しずつ、何かを増やせていっている気がして、胸の奥がまた仄かに暖かくなった。

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

ロップス生存。
原作のアポロくん、追い詰められるまでゼオンくん達には勝てないってこと分かってなかったので慢心あったのではと思いましてこんな感じに。
ゼオンくんが怒ってた理由の多くは清麿くんがかっこよかったせいです。

アポロ・ロップスペアの残存によって原作と違う流れが顕著に出てきます。
もうすぐ千年前の魔物との戦いが始まります。
原作組のバトルもそこそこ書くことになります。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第二十二話:不器用の端っこ

いつもありがとうございます。


 

 

 ティーカップを傾ける仕草は優雅さに溢れ、非の打ちどころのない美しさを持っていた。

 数度目かの遠征を終えたシェリーは一時の休息の時間をゆったりと過ごす……はずだった。

 

 まだ家を継いでいるわけではなくとも、彼女は既に家の仕事も手伝い始めていて、それを疎かにすることはない。

 ブラゴと共に行う修行や未来の為の勉強、世界での魔物の情報の捜索など毎日が分単位の過密スケジュールで過ごしている。

 

 忙しい中での紅茶を嗜む一時だけは、彼女が唯一全てを頭の隅に追いやって過ごせる優しい時間。

 ブラゴは紅茶に対して腹に入ればどれも同じのような考えを持っていた為に、共にその時間を過ごすことはなく……少しだけ、ほんの少しだけ残念に思っている。

 紅茶を楽しむこの時間を理解して貰えないので、いつも通り爺やとティータイムを楽しむしか出来ない。今回もそうなると思っていた。

 

 ただ、驚くことに今回はそのブラゴが同席している。

 不機嫌そうに眉間にしわを寄せながら椅子に座って、偶にお菓子を食べては紅茶を傾けていた。

 

 そんな隣のブラゴを横に見つつ、シェリーは対面席で爺やと話している特殊な同席者を目を丸くしながら見ていた。

 

「ふむ……今回はどうだ?」

「はい、それはもう。以前よりも格段に上達しておいでですよ、ゼオン殿。茶葉の扱いから茶器の使用、一つの所作をとっても思考錯誤しつつ日々精進されているのがよくわかります。思いやりが伝わってきますとも」

「そんなことまで見抜くか執事。さすがだな」

「ほっほっ、年期が違いますからなぁ。そういえばこの前デュフォー殿から届けて頂いた茶葉、いつもとは違った味わいがあって面白かったですが……」

「ああ、いつもの隠れた名店的なモノではない。名の知れていない職人が作ったモノではあるが、味は保証出来るだろう。オレとデュフォーも最近少し他者と茶会をする機会が増えたから新規開拓ついでだ。東南アジアのとある店の―――」

 

 紅茶トークを繰り広げているのは己の執事と、魔界の王族で強敵でもあるゼオンであった。

 一応、シェリーはゼオンがたびたびこの屋敷に訪れて爺やからティータイムについての勉強を受けているのは知っていたし、一度だけ同席したこともある。

 ゼオンはブラゴに気を使ってか、ブラゴが居ない時にしかこの屋敷に訪れない。情報交換についてもデュフォーとメールでのやり取りをしている為、ゼオンからは他愛ない話や彼の弟との思い出話以外を聞くことはなかった。

 

 そんな彼が、わざわざシェリー達が揃って居る時を見計らって訪問してきたのだ。何かあるに違いないと思ったブラゴが席に着いたのも頷ける。

 

「ほう、やはり東南アジア産でしたか」

「知っているのか?」

「私が若い頃にその辺りの地域での紛争に参加していたことがありましたからな。あの時代の数少ない嗜好品の一つで高級品でございまして、幸運なことに頂いた立場としましては思い出もひとしおというモノ。復興時に現地の人々からありがたく頂戴したことは忘れられませんよ」

「なるほどな。この茶葉は執事の元に巡り巡ってやってきた思い出の味、というわけだ」

「嬉しいこともあるモノですなぁ。数奇な運命に感謝を」

「くっくっ。そういうことか。デュフォーのやつめ。いや……そうだな。デュフォーにも礼を伝えておく」

 

 嬉しそうなゼオンの表情は、自分のパートナーへの思いやりに溢れていた。

 暖かな時間にシェリーは少し呆けそうになる。

 魔物同士が出会えば戦いしかないはずで、こんなにも穏やかな刻を過ごせるのは通常では有り得ない。

 

 互いに全うすべき目的があると語り合った間柄とはいえ……この状況が崩れることがないのはひとえにゼオンという魔物が強大な力を持っていて且つ、今は互いにぶつからないという協定あってのこと。

 

「ちっ」

 

 ブラゴが明らかに不機嫌になっているのはそのせい。

 何か話があるんだろう、情報を吐いてさっさと出ていけとでも言えばいいのに言えない。

 ゼオンは流儀や様式に拘るところがあるということや、茶会という……ブラゴが苦手とする、話術を以って情報を奪い合う戦場の練習をしていると爺やから聞いたからだった。

 デュフォーからの高度な戦闘能力向上の情報や怨敵の情報の対価として、ゼオンの勉強(・・)を邪魔しないという条件が付けたされているのだ。

 

 そも、ゼオンはこの戦いに於いて自分を磨くことに余念がない。

 それは戦いだけではなく、国の特色や暮らしを見ていることで社会を、新しく出来た友や爺やとの茶会で話術を、デュフォーの資金管理を見て経済を……本当にいろんなことを学んでいるのだ。

 元から詰め込んできた知識や帝王学などの土台の上に、自分自身でソレを体感するという本格的な実地での学習も行う。

 

 そんなゼオンに対して……ブラゴ自身、強圧的な態度を取ることは己のプライドが許さなかったのだった。

 

 どの魔物とも見据えている先が、観えているモノが違うのは……言うなれば、王族だからこその思考。

 

 ブラゴもそうだが、他の魔物は“王になるため”にこの戦いに参加していて、毎日を暮らしている。

 ただ一人、ゼオンだけが他とは違い……“王になった後のため”にこの戦いを過ごしているのだ。

 

 それが許される実力を実際に体感して、ゼオンが持つ“魔界の王としての自分に対しての貪欲さ”を評価しているからこそ、ブラゴは不機嫌になるだけに留まる。

 ブラゴの不器用さが出て、柔軟に自分も茶会をとはならないのも理由の一つかもしれないが。

 

 彼の心にいつも浮かぶ感情は……焦り。

 ブラゴはゼオンを知った。知ってしまった。その背中の遠さを知ったからこそ、彼の内心はあの時から焦りに支配されている。

 

 シェリーはそんなブラゴの焦りを理解していたし、その高い実力に見合えるよう苛烈な訓練の毎日を過ごして尚、遠くに居る雷帝の背を見据えて実力を高めてきた。

 デュフォーと知り合えたのは僥倖だったと今なら言える。

 ゼオンという特別な魔物のパートナーであるのなら、きっと求められる水準も高いだろうとメールで聞いてみたのは随分と前のこと。

 

 返ってきたメールの返事は口調的に腹の立つモノが多かったが、内容としてはシェリーにとって必要不可欠なモノばかりだった。

 例えば呼吸のこと。例えば効率的な体力回復の方法、例えば身体訓練のメニュー……あげるだけでも十はくだらない。

 ブラゴにも使えるとのことで、情報源は秘密にして教えたりもして、一段階レベルアップしたのを実感した。

 

 そうして知るのは……やはりゼオンとデュフォーというペアがあまりにも途方もない実力を持っていること。

 

 シェリーは己で分かっている。きっと今はまだ、ゾフィスの打倒という目的があるから自分はそこまで焦っていないのだと。

 

 これはシェリーにとっては悪いことだったのかもしれない。

 ブラゴがゼオンという高みを知ってしまったことによって、ブラゴ自身がゾフィスをそこまで深く見れなくなってしまったことは。

 この目の前で紅茶について楽しく語っている少年に負けているという焦りが、これからの戦いに支障を来すかもしれないのだから。

 

 不安がよぎることもある。ゼオンという少年程ではないにしても、千年前の魔物だけでなく、ゾフィスがこちらの思いもよらない力を蓄えていたなら、と。

 

 漠然とした状況をどうにかしたいと思っている現状で起きた今日のこと。これはきっと好機だと、シェリーは思った。

 

 爺やに目配せを一つ。意図を察した彼はコクリと小さく頷いた。

 

「それではゼオン殿、お嬢様もブラゴ様も一息つけたご様子。そろそろ本題に入られては……」

「ん、おお。そうだな。待たせてすまない、ブラゴ、シェリー」

「では私はこれにて」

「また頼むぞ、執事」

 

 すっと一礼をして下がる執事を目で見送ってから、シェリーはカップを皿に置く。

 

「今回はどうしたのかしら? “あいつ”について新しい情報でも?」

 

 シェリーが立てた予測としては、今回の訪問はゾフィス関係だと中りを付けている。

 口約束ではあっても互いに不干渉と言っている為、動きがあったからブラゴと自分が揃っている時に伝えにきたのでは、そう考えて。

 

「ああ、近いうちにオレはそいつらの所に“挨拶”に行く。ゾフィスに手は出さないと言ったからには、一応報告しておかねばならんだろう?」

 

 目を見開くシェリー。ブラゴも興味をひかれたというように気が強くなった。

 

「それは……居場所が分かっている、ということかしら?」

「ああ、そうだ。オレとデュフォーは既にあいつらの所在を特定している。オレ達とブラゴに捕捉されたと知ればあの臆病な一族のことだ、逃げてしまうだろう。だから時機が来て確実に叩き潰せる状況を作り次第、居場所を教える」

 

 空気が一段階冷えた。

 紫電に含まれる感情は読み取れないが、シェリーの瞳に闇が滲む。構わずにゼオンは続けた。

 

「まあ落ち着けシェリー。情報は隠さずに教えるぞ。まだ復活させてはいないようだが、奴の配下に加わるだろう千年前の魔物の数は四十弱。内の五体はディオガ級を使いこなせる魔物達だ」

「ディオガ級を?」

「そうだブラゴ。お前と同じく(・・・・・・)ディオガを使いこなせる魔物達だな。昔に見た千年前の戦いの情報と照らし合わせて見ても五体の内の二体はただディオガを持っている程度では相手にならん実力だろう」

「ちっ……お見通しとは……しかしそれはまた喰いで(・・・)がありそうだな」

 

 嬉しそうに笑うブラゴは、己の力を高める為の標的が居ることに喜ぶ。

 

「ふん、倒してきた魔物は大したことがなかったか?」

「ああ、お前と比べれば……いや、それぞれに……手こずる要素はあった」

 

 言葉が詰まって途中で言い換えたブラゴにゼオンもシェリーも少し驚く。

 あのブラゴが、負かした相手を評価したのだ。其処にどんな心境の変化や成長があったのかは、ブラゴのみが知るモノ。

 自分と同じで、出会いで成長しているのかとゼオンは思い、口をほころばせ。

 普段の寡黙な彼からは知り得なかった心の一端を知って、シェリーはどうしたらいいのか分からず。

 

「へぇ、いいじゃないか。目的の為に術と魔力操作の制限を掛けていたとはいえ、オレもこの前に大怪我をしたし、オレもお前もこの戦いで何かしらの成長をして強くなっているようだな」

 

 唐突に投げ込まれた爆弾発言。

 その言葉は、シェリーとブラゴを固まらせるには十分だった。

 

「お、お前が……」

「大怪我を???」

 

 戦ったからこそ分かるでたらめな実力を持つゼオンがそんなことを言えば、彼女達が驚かないはずがない。

 楽しそうに笑みを浮かべた彼が語りを紡いだ。

 

「クク……あいつらは強かったぞ。ブラゴなら知っているだろう? 森の外れの一族で特殊個体が出ていたことを」

「まさか……レインか?」

「そうだ。オレはあいつと戦った。マントと魔力操作の防御を抜きオレに血を流させ、瞬間移動にすらついてきて投げ飛ばし、術無しでも術ありでも肉弾戦で五分を刻み、ディオガ級を超えるオレの術すら打ち破ってきた。

 パートナーの人間にしてもそうだ。オレとそう変わらない歳だというのに魔物の術に震えながらも隣に立ち、レインと通わせた心から最適な術を幾度も繰り出し、レインの潜在能力があるとはいえ心の力によって一層強化された術を生み出す。胸に溢れる想いの力はオレでさえ感嘆を示さずにいられなかった。

 こちらが今後の為の制限ありきで戦闘遅延を行いつつ最大術を使わなかったとはいっても、オレ自身はほぼほぼ本気で戦った。戦い慣れしていない状態でそれだったのだ、如何なオレとて体内魔力が底を付けば危なかっただろう。まだまだオレ自身の身体の小ささによる体力の差が大きかっただけだとしても、デュフォーと二人で戦っていなかったとしても、だ」

 

 壮絶な戦闘であることが予測される内容が語られ、ブラゴの拳がギシリと鳴る。

 また、自分よりもレベルの違う経験を積まれたことが悔しくて。自分が敵わなかった相手に喰いついた魔物が居ることが悔しくて。

 ブラゴ自身も片手を失う程の強者や数日をかけるほど苦戦する相手と戦ってはいたのだが、ゼオンというランクが上の魔物が苦戦する程の……それこそブラゴが死の寸前まで追い込まれるであろう程の戦いはしていないことが更なる焦りを生む。

 

 そんな彼を見たゼオンは、口を引き裂いてブラゴへと紫電を向ける。

 

「戦ってみたいか? ブラゴ」

「なに……?」

「ふふ、レインのヤツは強いからな。オレの目的の為に協力してもらうことになったんだ。だから……今もこの人間界に居るぞ」

 

 挑戦的な視線を向けられて、ブラゴは目を細めた。

 沈黙が僅かに。

 

「徒党を組むタイプではないのは知っている。オレだってきっと弟と出会わずにこの戦いに参加してそんな提案を投げられればプライドが許さなかったに違いない。

 お前はお前の思い描く方法で強くなりたいはずで、他者からの助力などそれこそ気に喰わんはずだ。それも特に……オレからならばな」

「……ちっ」

 

 内心を言い当てられて、ブラゴは舌打ちを一つ。

 

「しかし……歯痒い気持ちも分かるんだ。歯ごたえのない相手と戦い、逃げるだけの者を追い立てるだけで、本当の実力を持った者と本気で戦うことをほぼしておらず他者はそういった経験を積んでいる。

 日に日に募っていく焦燥感、己の力量に対しての疑念、このままで本懐を果たせるかという己への苛立ち。ああ……そうだ。きっとお前とも同じのモノだろうな、シェリー」

 

 紫電に影が渦巻く。

 この頃はずっと胸の奥に封じ込めて出していない感情も、友でもないパートナーでもない相手ならば少しくらいは見せてもいいかと零したモノ。目の前に同じように憎悪と復讐に燃えるモノがいるからこそなのだろう。

 

 深い深い、これでもかと練り込まれて熟成された憎悪の感情の全てを表に出すことはない。ただ一端が見えるだけでもシェリー達にとっては説得力を持たせる要素となる。

 

「どうだ? あいつもオレとばかりではクセを読むことさえできてしまうから単調だろうし、お前達ならばレインのいい訓練相手にもなると見込んでの誘いだ。こちらとしてもレイン達の実力を上げられるしいい提案だと思うんだが……」

「そうね……」

 

 シェリーはその有用性を見越して少しだけ思考に潜る。

 だが……ブラゴは……

 

「断る」

 

 はっきりと、きっぱりと突き放した。

 

「……強くなるチャンスでも? こうも魔物に逃げられてばかりでは貴方も鈍ってしまうだろうけれど」

「……」

 

 シェリーの問いかけに黙した彼は、真っすぐにゼオンの紫電を見据えるのみ。

 そんな彼の気迫に、シェリーは圧されることなく同じようにゼオンを見る。

 

「……パートナーのことを考えての拒否か? それともお前の誇り故か?」

「シェリー」

 

 すっと、ゼオンの問いかけを受けて逸らされた目は、シェリーの瞳を覗き込む。

 

「お前の願いをより確実にする為ならば、こいつの提案に乗るべきなのかもしれない」

 

 重い声。ゆっくりと綴られる言葉は自分にも言い聞かせるように。

 

「だが……それではオレもお前も……“こいつの下”か、“こいつの仲間”になってしまう」

 

 断固たる意志を宿して語られる声はぶれることなく、芯を以って場に響いていた。

 

「基礎能力向上の訓練メニューへの介入程度ならば……腹立たしいことだったが許した。だが……その提案とやらを受けて、こいつにそんな“でかい借り”を作るのだけは、願い下げだ」

 

 気づいていたのかという驚きと、ブラゴの言葉に隠された不器用な心遣いをシェリーは理解する。

 

 彼はこう言っているのだ。

 

“いつか倒すべき相手から与えられた甘い餌に喰いついて、それで追いつくとどの口が言うのか”

 

“お前の秘める想いは、誰かの手を借りて叶えたいモノなのか”

 

 ゼオンと初めて会った時に語ったことを、ブラゴも忘れていない。

 己の譲れないモノとシェリーの想いを加味した上で、彼は即座に返答した、そういうこと。

 

 そんな彼の言いたい事を理解して、シェリーはふっと口元を緩めた。

 

「ふふ……ええ、そう。ゼオンくん、悪いけれど訓練というのなら(・・・・・・・・)お断りするわ」

 

 躊躇って腑抜けた思考と思われる隙を一瞬でも見せてしまった自分に恥じたシェリーは、鋭い眼光をゼオンに向けつつ告げる。

 今のままでは確かにダメだという焦りは持っていても、己の心の底で燃ゆる憎しみの炎を侮られるわけにはいかない。

 

「貴方の協力者と本気で本を燃やし合っていいというのなら、喜んで受けましょう」

 

 ゼオンからの提案を受けるのならば、ブラゴ達はブリーダーに躾けられる走狗のようなモノに成り下がってしまう。

 いくら親友を救う為に何をしてもいいとは言っても、彼女は誇りだけは失ってはならない。胸を張って親友ココの隣に立っていていいと納得できる自分でなければ、彼女は自分自身を許せない。

 強大な相手とはいえ、あくまで自分達は対等。餌につられて手を結ぶつもりはないと、彼女もきっぱりと拒絶した。

 

 瞳に浮かぶ決意と覚悟の光を見て、ゼオンは緩く吐息を零した。

 

 

「ふっ……お前達の誇りを蔑ろにするつもりはなかった。すまんな、失言だった。なかったことに……というのは些か都合が良すぎるか。その分の対価は払おう」

 

 友を得たことで少しばかり気が緩んでいたのかもしれないと、ゼオンは己を戒める。

 思い返してみてもぬるい提案だったと彼は思う。そもそもブラゴ達は同志ではなくただの協力者なのだ。共通の敵であるゾフィスを倒した後ならいざ知らず、今は互いに情報を共有しあうだけの同盟のようなモノに過ぎない。

 

「一応聞いておく。お前達はオレの目的である……“ガッシュの手助け”に協力してくれることはあるか?」

 

 なんのことはなしに告げられた彼の本懐に、シェリーとブラゴは首を振る。

 

「ないな。オレは誰かと手を組む気はない」

「ええ、邪魔をしたら貴方を敵に回すことになっても圧し潰すだけ」

 

 本気で実行するだろうという気迫が二人から溢れていた。

 当然か、と納得したゼオンが薄く笑う。

 

「それでこそブラゴとシェリー。己の道の最中で背を振り向けば強敵が居るというのも……クク、なかなかいいモノだ」

 

 余裕をもって語る彼は、実力ではなくその心を見て、己に追いついてくる敵だと彼らを見定める。

 こういった相手がいるのもいいことだと特段悔やむことなく。

 

 例えるならば彼らは他国の王。同一の目的の為には足並みを揃えようと、競い合うことも必要な相手。

 

 そも、彼は全てを味方に引き入れる気はなかった。シェリーとブラゴならば断ると、何処かでは分かっていたのだ。

 ただ甘い提案をしてしまったのは万が一の可能性を求めてみた為だ。“ガッシュの為にブラゴという強者と肩を並べて切磋琢磨しあう”……そんな“もしも”を。

 

―――オレとデュフォーが求める三体の内の一体となってくれればよかったが……難しいものだ。

 

 すぐに上手くいくわけではないからと、ゼオンも今はまだと諦める。

 

「今回のことでも貴方に受けた情報の借りは何処かで必ず返すわ。他の子が千年前の魔物の相手をしてうざったい手間を少なくしてくれる分もね」

「ふん……オレは別に全てが相手でも構わんが」

「ええそうね。本当ならあいつの計画なんて、私達で全て潰してやりたいもの」

 

 借りを作ったままにしないというのもゼオンにとっては高評価。楽しそうに二人を見るゼオンは、彼らに先ほどの分の対価を渡すことにした。

 

「なら此処からは先ほどの対価として聞いてくれ。ブラゴにとっては別に取るに足らないかもしれないが……千年前の魔物のパートナーについて」

「……あ」

 

 そうか、と声を漏らしたシェリー。失念していたと彼女の表情が曇る。

 

「当然、千年前の人間など生きているはずがない。ならばどうやって千年前の魔物を配下に加えるか……おのずと答えは出てくる」

「……子孫、ね?」

「正解だ。だがそれだけでパートナーになれるというなら選ばれた人間の家族でも本を読めるはず。それがないということは?」

 

 ギリ、と歯を噛みしめる音がした。

 大きな覚悟を宿していようとも、シェリーは思いやりの深い人間。だからこそ、気付いた答えによってまた憎悪が深く色づいた。

 

「……心の操作」

「間違いなくな。四十弱モノ人間全てが、魔物の戦いに喜んで参加するとは思えない。何よりあの一族の魔物であれば、そんなイレギュラーな要素を己の配下に加えることはないだろう」

「解せんな……たかだか魔物の子一人で四十もの人間を能力で操れるか?」

 

 腕を組んで聞いていたブラゴの言葉に、ゼオンは嬉しそうにそちらを見た。

 

「ああ、お前の言う通りだ。だからこそオレは“ソレ”も確認しに行くんだ。どうやってそいつが多くの人間を操るのか、どうやって千年前の魔物達を従えていくのか、その全てをな」

 

 二人は紫電の中の光に、昏い輝きを見る。

 

「もし、オレとデュフォーの予想が正しいのならば……細胞の一片すら残したくない程に苛立つかもしれんが、約束通りに手出しはしない。其処で得た情報の全てをお前達に教えることも約束しよう。さらにはデュフォーの“ツテ”でその人間達全てのアフターケアをすることもな」

「……アフターケアについて聞かせて貰っても?」

 

 僅かに逡巡したシェリーは、真っ直ぐにゼオンを見る。親友のその後を気にしている彼女にとってもいい情報だと考えたからだ。

 

「行方不明となっている人間の身辺情報の調査、家族の生活の保障、国際的な犯罪組織に誘拐されたという社会生活への理由づけ、“心の操作による後遺症の有無の確認とオレの記憶を奪う術による対策”、大きいところではそれくらいか」

「あなた……記憶を消せるの?」

 

 もし、と思うことがあるからシェリーは尋ねた。ゾフィスにさらわれた親友が、もしかしたら最悪の状態で帰ってくることもあるから、と。

 だがゼオンは首を振る。

 

「消せると言うか奪うというのが正しい。あくまで応急処置程度でしかないし、オレの中に眠らせるようなモノだから出来れば使いたくない。もしそういった後遺症があれば、オレが記憶を一時的に奪っておき、ゾフィスを帰らせる前に奴を従わせてこの戦いに関しての記憶をしっかりと消してやるつもりだ」

「そう、なのね」

 

 簡単にはいかないのだと、シェリーはがっくりと肩を落とす。だがすぐに覇気の籠った目でゼオンを見た。

 

「ゾフィスを従わせる役割……私達に任せて貰えないかしら?」

「ほう、なぜだ?」

「あいつを心の底から反省させないと……気が済まないのよ」

 

 力の差や権力の差、そういったモノを使えば簡単に従わせられるかもしれない。

 ゼオンであればきっとゾフィスにいう事を利かせられるのは容易だろう。

 しかしそれでは……やりきれないナニカが残る。シェリーの心の何処かに棘を残し、自分達の力で親友を救ったという結果を心の底から受け入れることは出来ないのかもしれない。

 

 少しだけ考えたゼオンは……大きく頷いた。

 

「よし、任せた。ゾフィスについては完全にお前達に委ねるとしよう。代わりと言ってはなんだが千年前の魔物のパートナーにされた人間達のケアに一枚噛んでくれ。デュフォーとオレと……最近出来た人間の有力な協力者だけでは世界中の人間のフォローは難しいんだ。千年前の魔物達の帰還やゾフィスの確実な撃破、ガッシュ達の成長など、オレ達の目的に巻き込んで救出を遅らせてしまう以上、最大限のバックアップをしておきたいんだ」

「願ってもないことよ。確実に潰す為という理由があってもその人達を巻き込んでしまうからには、せめてもの罪滅ぼしはさせて貰うわ」

 

 ゼオンにとってはガッシュの成長、シェリーにとってはゾフィスとの因縁の為、それぞれの目的の為に被害者の人生の時間を利用する。

 ゾフィスという狡猾で臆病な魔物の油断と慢心を引き出して逃がさず確実に倒す為には必要な事柄であっても、被害を受ける人間の苦悩と苦痛を思えば出来ることはしたいというのがゼオンとシェリー揃っての見解。

 

「……」

 

 二人のやりとりを見ていたブラゴは、ゼオンの瞳をじっと見ていた。

 気づいた彼が紫電を向けると……

 

「……ゾフィスは任せろ。オレ達(・・・)が必ず叩き潰して……ヤツに後悔させて見せる」

 

 呆然と。

 シェリーはブラゴの言動が信じられなくて口を開ける。そんなことを彼が言うはずがないと思っていたと顔に描いてある。

 ふいと顔を逸らしたブラゴはもはや何も言うまいと無言を貫く。

 

 くつくつと、ゼオンは笑った。

 

「ふふ、不器用な男だな」

「……」

 

 ニンゲン達のことまで考えていたシェリーとゼオン。自分は何が出来るか、と考えてブラゴはわざわざ口に出してソレを言ったのだ。

 そんな彼の新しい一面を見てシェリーは優しい笑顔を浮かべた。

 

―――ブラゴも日々変わっていっている……か。私も頑張らないと。

 

 無口で不愛想な彼の不器用ながらも優しい想いの欠片に触れたことが今回の一番の収穫かもしれないと、シェリーは嬉しくなりながら紅茶のカップを傾けるのだった。

 

 黒の不器用の端っこが知れた午後のこと。

 他者の心を操る魔物の計画が進むにつれて、他者の心を想う者達による戦いへの準備は着実に進んでいく。





読んで頂きありがとうございます。

黒とのお茶会リターン。
知らない内に進んでいく銀本組と白黒によるゾフィスくん包囲網。
心を操るとか絶対許さないお兄ちゃんによる人間達へのケア計画(提供デュフォー・アポロ・シェリー)

ゾフィスくんが逃げたりして被害が増える可能性もあるので泳がせて一気に潰す方向。ゼオンくんにビビッて逃げないようにするのが一番の課題だったり。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第二十三話:少しずつ動く世界

いつもありがとうございます。


 カタカタとキーを叩く音が部屋に響く。

 ヨーロッパと比べて赤道に近しい地域であるその国の気温は、異国の人間が慣れるのに少し時間を有する必要があるが、答えを出す者(アンサートーカー)を持っているデュフォーは呼吸法を用いて体温の調整を行ってすぐに適応していた。

 薄着のシャツ一枚でパソコンと向かい合う彼は日課として行っている部下達への指示を送りきり、今は別のことに取り掛かっている最中。

 

 

 少し彼の話をしよう。

 

 

 ゼオン以外知ることのないことだが、デュフォーはゼオンと出会ってこの数か月で世界に最も大きな影響を与えた個人である。

 世界中の権力者が彼を知っていて、同時に彼を知る事はない。“D”という個人か、あるいは“D”という集団か……それすら人間達は分からない。

 彼の持つ能力故に、足が付くことは万に一つも有り得ない。0と1で構成され、感情の介入がほぼ0に等しい、電子世界という人類が生み出した叡智の結晶の場に於いて……彼は無敵だったのだ。

 権力者たちにそっと薬と毒を手渡して、彼は世界の裏に幾つものイトを張っている。

 

 もはや“D”というキーワードは世界の権力者にとって無視できない存在となっていた。

 

 彼の顔を覚えている裏社会の人間はあの北極の地の時点で数人程度。外部に“恐ろしい怪物”の情報を漏らして利用されないように、確実な秘匿を以って一つの組織が独占して、老人にその管理から何から全てを一任していた。

 与えられる“答え”によって本物を判別し、その“答え”に恐怖した奴らが彼という存在を許容できなくなった。

 だからこそ……彼という“恐ろしい怪物”の存在が居たという情報をこの地球上から消したのは人間達だ。あまりに恐ろし過ぎる能力だからと、“存在全てを無かったことにした”のがあの北極の地での爆発である。

 生存率0%だと出ていたし、爆発の瞬間すらモニターしていた人間達は、彼が生きているという事実を信じられない。

 あの醜い老人も、その周りの人間達も生きている……が、もはや二度と表の世界に出てくることはない。

 

 彼が浮かべた“問いと答え”は以下のこと。

 

 

 Q:オレ自らが実行可能なモノで、奴らを数か月以内に捕まえたのちに意識を奪ったまま数年を生かす方法

 

 A:該当二十五件。実行可能五件。希望に適うモノ二件

 

 

 そういった“答え”を出せるから、彼は奴らに恐れられたのだ。確実に成功する方法を“答え”として導き出せる彼は、ゼオンという魔物の力を使わずに己のみでそれを達成出来た。

 ゼオンに殺したいほど憎い敵が居るように、デュフォーの心に今も渦巻く憎しみを叩きつけられるべき人間は居たのだが……せめてこの、ゼオンとの戦いが終わってから沙汰を決めようと、デュフォーはその老人達の命を“まだ握りつぶしてはいない”。

 憎悪の感情が失われたわけではなく……隣に居るゼオンが“憎悪の最終証明”をしていないなら、自分もまだ“憎悪への解答”を出さなくてもいいと漠然と決めたから、というのが大きい。

 

 更には、デュフォーがいつでも行っている世界情勢への干渉や経済への介入などは、ゼオンが後学の為にと時間を共有することが多い。英才教育を受けてきたゼオンは賢く、それでいて聡い。彼が“憎悪の解答”の為の行動を巧妙に隠したとしても、何かしらの切片やデュフォーの様子からいつか気付くだろう。

 何よりも、デュフォーはバルトロの一件でゼオンと一つの約束をしている。だから彼はゼオンにもう隠し事をしておらず、“憎悪の解答”を保留したことは知られてもいいとすら思ってゼオンにだけは観れるように情報を与えていた。

 

 それを知ってゼオンが何も言わなかったことで、ゼオンとデュフォーには“互いの憎悪の結末には不干渉”という無言の約定が出来たに等しい。

 

 ゼオンは言わない。

 デュフォーに憎しみの感情を吐き出せとは一度も言わなかった。

 初めて会った時も抱きしめるだけだった。

 老人たちに対しての計画についても詮索などせず、そうかと一言零しただけ。

 それを行って返ってきた夜、広くて十分な距離があるはずのベッドで、背中をそっと合わせてきたくらいなだけ。

 

 デュフォーも言わない。

 いつも発破をかけるのにガッシュのことは言うだけ。

 ゼオンの父への憎しみをダシにすることなど一度もない。

 

 これでいいと、デュフォーは思っている。互いに触れないその部分は、時間が経てば“答え”が変わることもあるとすら感じてしまっているから。

 

 閑話休題。

 もはやあの研究に携わっていた老人たちは表に出ることはなく。電子の世界で消去されていた彼の情報の一片でさえも、彼自身が本当の意味でデリートした。

 “D”というキーワードで彼を連想する者はもはやこの世で意思を持っていることはない。

 

 答えを出す者(アンサートーカー)という能力はばかばかしいほどに有能で、そしてあの研究施設(・・・・・・)によって思考訓練を積んでその能力をいかんなく発揮できるデュフォー自身は、まさに人間達にとって怪物と呼ぶにふさわしい。

 その気になれば世界の裏で暗躍するフィクサーにすらなれる彼が手に入れた電子機器という最高の武器によって、世界は知らぬ間に動かされていく。

 

 当然、彼一人では世界の全ては回せないから世界中に協力者はいる。彼の恐ろしい能力があれば手足を手に入れることは容易でもあった。

 そもそも裏社会とは決して明かしてはならないパンドラの箱だからこそ、全てを知り、全てに知られることのない“D”という存在が生まれた。

 

 裏社会の人間達も権力者たちも、自分達よりも上の“答え”を示す存在には逆らわない。頭のいい人間達は、こぞって“D”を受け入れた。むしろ自分達もソレになろうとすらしたのだ。

 

 当然、世界は広いのだから核心に迫ろうとした挑戦者も数人居た。デュフォー個人に辿り着けずともソレに近づいて行くモノは居た。

 しかし時間を追うごとにそれさえも、答えを出す者(アンサートーカー)という電子世界で無敵を誇る怪物の手で踊らされるしかないと気付く。

 

 何十にも張り巡らされた電子の罠と、偽情報と過去改ざんの津波に押し流されて見破ることが出来ず……解き明かそうと躍起になっている最中にそっと、その怪物から称賛と嘲笑を以って語り掛けられるのだ。

 

 『お前が賢いのならオレを追いかけ“D”となれ、お前の頭が悪いのなら永久にこの海を彷徨うがいい』

 

 次いでとばかりに並べられる個人情報と己の経歴、身辺でのあらゆる機密事項から何から何まで明かしてくる“贈り物”付きで、その怪物は挑戦者を叩き潰していく。

 

 負けないと高をくくって、敵の防御を突破して暴いてやろうとしていた自分が……実のところ既に全てを暴かれていたという恐怖。電子世界を住処としているモノ達にとっての終わりを突きつけられたその人間達は……諦観と畏怖と、圧倒的な憧憬に支配されて怪物に頭を垂れる。

 

 そうして一人、また一人と“D”となっていき、今はもう、電子世界の中で本物を見つけることは不可能だった。本物に近付こうとする偽物の量産によって、誰にも知られることなくデュフォーはゼオンのサポートを出来る環境を整えたのだ。

 

 これが現在の彼の部下であり、全てを知りつつ全てに知られない存在の“答え”。

 “D”は彼を指すモノではなくなった。憎き世界から付けられた憎悪の象徴である、世界が殺そうとした“D”という名が今や……ゼオンという魔物の少年一人を助ける為だけに蠢く世界の群体の名となっている。

 

 その目的が一つの兄弟を助ける為とは、“D”となった人間達は知らないことだろう。デュフォーだけが知っている。お前達は“D”となり、ゼオンとガッシュを救う為に彼の力の一つとなるのだということを。

 

 世界を憎んだデュフォーは、世界を利用し尽くすことを“答え”として出した。

 きっとこれは彼を突き放した世界に対する復讐の一端なのかもしれない。答えを出す者(アンサートーカー)は最適解を出すのだから、デュフォーですら気付かない無意識の憎悪を取り込んで“答え”を出したのかもしれない。

 デュフォーでさえそんな考えには至っていない為、“答え”が出ないから気付くことはなく。

 

 しかしこれこそが彼の願いの一端の発露であるというのなら……これがデュフォーの復讐だと気付いた時ゼオンはきっと、照れくさそうに笑うのだ。

 

 バカめ、と言いながら。

 世界への優しい復讐の仕方に嬉しさを覚えて。

 

 

 

 

 

 現在、そうして世界を巻き込んでいるデュフォーにとって、対処すべき大きなことは三つ。

 

 一つはゾフィスという魔物が企んでいる千年前の魔物達との戦いでの人間界への影響とガッシュが確実に生き残る為の助力システムの確立。

 

 一つはゼオン自身に掛かっている呪いの早期解呪の“答え”の現出。

 

 そしてもう一つ……バオウの暴走に対抗する為に、力のある魔物を仲間に引き入れること。

 

 

 二つ目と三つ目は順次行動を起こしていくのですぐ動けるように準備だけを進めているのに対して、一つ目は既にゼオンと共に筋道を立てているのであとは詳細を詰めていくだけとなった。

 今日の朝からもゼオンがシェリーと打ち合わせに行っていて、アポロにもまだゾフィスの企み等は伝えていないが協力関係の基礎は創り上げている。

 

 デュフォーによる“答えの選別”がなければどうなっていたか。

 その時はまだゾフィスが千年前の魔物を手駒に扱うかというのは確定ではなく、復活させられるかどうかも王族の報告に上がっていないから確実ではないとしてゾフィス自身への確認はせず、コトが起こってからでいいだろうと様子見だけに留めていたかもしれない。

 しかしそうであってもゼオンはゾフィスが確実に過去の魔物達を手駒にすると奴らの一族の性質から考えているのは同じであるし、シェリーやブラゴに話を聞いて居なければ千年前の魔物が復活した時点で関わることになっただろう。

 

 もしもの話だ。現状は違い、ゼオン達も既に直接干渉はしないと決めていても完璧な対策を整えつつある。

 千年前の魔物達が帰還できることは過去からの悲願であり……例え、魔界の王であるダウワン・ベルただ一人だけが覚えていることだとしても、魔界にとっては必要なこと。

 そしてゼオンにとっても、ガッシュの大きな経験となる敵の出現は彼の目的にとって好都合。

 であるならばと、シェリーとブラゴのコンビだけには情報共有を齎し、これからの自分達の動きを伝えることで更なる彼らの実力向上を図りつつ、ガッシュ達の戦力に対しての援軍としての役割も担わせたのだ。

 

 そこまでがデュフォーとゼオン両者の計算。

 

 実の所ゼオンはブラゴを仲間に引き込めるかもしれないと少しだけの期待を持っていたのだが……“従える”という選択肢以外ほぼゼロパーセントの答えしか出てこなかった為、デュフォーは彼らをゼオンの同志とする道筋を既に考えていなかったりするのだ。

 

 前までは出てこなかった答えの一つであり、それによって自分のナニカに変化があったのだろうとデュフォーは思うが、自分のことにそれほど興味を持たない彼は深く考えずにいる。

 

 

 カタカタと電子世界の情報を拾っていく彼は今後の動きの為の情報を蓄えていく。

 そんな中……ふっと、彼の後ろに気配が一つ現れた。カイルの屋敷の一室にて、ゼオンが瞬間移動にて帰還を果たしたのだった。

 

「帰ったぞ、デュフォー」

「上手くいったか?」

「ああ、まあまあだ」

「こっちからは一つ。アポロへの依頼はまだ人間達の救済関係の協力だけにしている。それも小さな所からの漏えいを懸念して千年前の魔物関係の情報開示はしていない。ゾフィスとの会合後、千年前の魔物が解き放たれてからになるだろう」

「予定通りか。逃げられるわけにはいかんし当然だな。ゾフィスと会うのも千年前の魔物が復活する設備を整えてからになるわけだ」

 

 作業を続けながらの会話にゼオンが扇風機の前に座った。カチリというスイッチの音と稼働音。心地よい風に銀髪が靡く。

 

「こちらも予定と変わらん。オレがゾフィスとやらと話をした後、シェリーとブラゴが動くのは過去の魔物達が復活してからになる。人間達のケアにも了承の意を示した。アポロと直接的に連絡を取り合うことはないとしても、お前と間接的な連携を取れるだけで十分だろうとのことだ。具体的な案はそのうちあちらから送られてくる。あとは、残念ながらお前の予想通り、オレ達の目的に協力することはないらしいが……」

 

 期待は薄かったから仕方ない、と続けつつゼオンは扇風機の前で機嫌よく風を浴び続ける。

 もうゾフィス関連についてはこれからの動きを決めている為、報告は最低限でいいとそれ以上聞くことはなかった。

 しばらくはカタカタという音だけが部屋に響いていた。

 

 のちに、キーボードをたたくのをやめ、椅子を軋ませて振り向いたデュフォーが尋ねた。

 

「これでお前が提案してきた残りの二体に選ぶべき有力な魔物の候補は一人減った。さて……どうする?」

「そうだな……前に語った通り、力だけを見れば候補は五体まで絞れる。ブラゴを抜けば四体。その中からとなると……」

 

 振り向いた紫電は、楽しそうに揺れている。

 

「やはり最強の種族から一体は選ぶべき……そうだろう?」

「……それはお前のわがままも含まれていないか?」

「ふふ、お前が質問に質問で返すとは珍しいな」

「オレの出すだろう“答え”を分かっていて聞いていると思ったからそう返しただけに過ぎない」

「ならお前もオレの出した答えを分かっていて返したようだな」

 

 くつくつと喉を鳴らすゼオンは、いつもより機嫌が良さそうだった。

 デュフォーはブラゴ達との茶会がきっといいモノだったのだろうと当たりをつけつつ、いつも通りに無駄な思考を避けて話を進めた。

 

「……アシュロンとエルザドル。どちらも精神性も実力も問題ないと“答え”が出ているが、お前であっても一筋縄ではいかないぞ。戦闘慣れしきっていなかったレインとは違い、本当の意味でお前とオレが全力を尽くす必要が出てくる相手だ」

 

 紫電をまっすぐに射抜く彼の瞳に余計な感情は含まれない。

 其処にあるのは唯々事実のみ。“本気”ではなく全力を尽くすべきだと。

 

「それほどか。そういえばお前にそいつらの力の具合を尋ねたことはなかったか」

「実物を見ていないことで詳細が出ないから今まで言わなかったが、レインという基準線を引けたことで“答え”の幅が広がったらしい。其処から算出すると……実力を付け始めた今のレインを超える。魔力を使った量に比例して“出力時の力の一部を喰われているお前”では、敗北の答えさえ出るほどに」

 

 きっぱりと伝えたデュフォーの言葉によって、ゼオンは興味を失くしたというように顔を背けた。

 

「そうか」

 

 短い返事には、いつもの調子がない。

 

 気づいていたのか、とはゼオンは言わなかった。自分のパートナーが持っているチートじみた能力など分かりきっていたことで、レインという協力な魔物と戦えばそういった事実が露見するのも分かっていた、と。

 

「……喰われた力は(・・・・・・)―――」

「いい、分かっている」

 

 ビシリ、と彼が声を荒げる。

 デュフォーが呆れたようなため息を一つ落として、続きは呑み込むことにした。

 

「レインとの戦いで全力を出したからこそ、その時にお前は思ったはずだ。己の今の現状はこんなモノか、と。そして同時に理解しただろう。“あの夜のアレ”が原因だと」

「……」

「オレと共に立てた毎日のメニューを消化し順調に成長したならば身体強化の上位である“禁呪”すら魔力を使っただけの肉弾戦で倒せるようになっていたはずのお前が、“魔界の頃の自分の実力とほとんどの違和感なく”レイン相手に全力で戦った、“現状の全力”がソレ……なら、竜鱗(ドラゴンスケイル)は単体では抜けない。特に伝説とまで言われているヒヒイロの鱗は絶対に」

「……だろうな」

 

 肩を竦めたゼオンをじっと見つめる。

 数瞬の沈黙。部屋には扇風機の音だけが響く。

 ゆっくりと振り返ったゼオンは、緩く笑みを携えていた。

 

「だが、それでも竜族にオレの雷が届く可能性が出ているのは、お前と共に行って来た訓練のおかげだろう? “アレに力を奪われつつも魔界の出立時と違和感なく戦える”のは……お前あってこそだ、デュフォー」

 

 自分だけの世界で生きてきた頃とは違う、信頼を置いた力強い言葉。

 自分と共に戦うパートナーに向ける感情の大きさが見て取れる彼の瞳の輝きは陰らない。

 

「人間側がアポロ並みの能力や下位魔物程度の身体能力を持っていると仮定して……エルザドルはよくて五割、アシュロンに対しての勝率は四割を切る。竜族同士として戦えばその二体はほぼ互角だが、やはりヒヒイロの鱗の分で他の魔物とは同じ要領とはいかない」

「十分だ。竜族の神童達相手にそれだけ出せるなら問題はないだろう。実際にレインと戦ってみて理解したが、レイン以上の本物の実力者相手だとするなら戦ってみなければ勝負は分からん。加えて……このオレが挑戦する側というのも楽しみだ」

 

 己に起こっているナニカであっても気にすることはないと、ゼオンはこの状況を把握しつつ楽し気に語った。

 

「……アレと繋がっているのか?」

「いいや。そういうのではない。機能不全を起こしているようなモノなだけで、魔力を使えば気付かぬように喰われて出力が減る感じだ。だが分かる。オレの魔力だ。そして向かう先があいつの所なのだから不具合は起こっていない。起こさせない」

 

 はっきり、きっぱりと告げる声。

 能力だけでは分からないような、まだまだ未知のことだからと問いかけを行ったデュフォーに答えた彼は胸に拳を当てる。

 

「ふん……“アレ”は相当にオレの魔力がお気に入りらしい。しかしこのオレが気付いた以上、好きなようにはさせん」

「ならいいが」

 

 ほっと一息。ゼオンの魔力が奪われていることについて答えと最悪の結果を出していたが、彼の言葉を聞いて安心した。

 

「それに……」

「……?」

「いや、なんでもない」

 

 言いよどんだゼオンは、ふるふると首を振った。

 

「もう一つ。術での魔力も喰われているならお前の心のエネルギーも喰われているはずだぞ」

「……そういえばそうか」

「レインとの戦いの時に何か感じるモノはあったか?」

「いいや、ない」

「そうだろう。オレを経由しているのだから……しかし気付いた以上、お前も心に留めておけ」

 

 にやりと笑ったゼオンは、デュフォーに拳を向けた。

 

「これは大切な弟を、オレとお前の二人で直接守ってやれる初めてのコトなのだからな」

 

 ハッと気付いたデュフォーは、しょうがないなと小さく吐息を吐いて立ち上がる。

 

 小さな冷蔵庫から二人で割って食べるアイスを取り出し、パキリと割って投げ渡してから近付いて……拳を合わせた。

 

「そうだな。二人で、だ」

「いつも通りに、な」

 

 嬉しそうにうんうんと頷いたゼオンと共に、デュフォーは扇風機に少しあたることにした。

 

 日常と非日常が混ざる部屋の中、一つ一つと状況は進んで、世界は動いて行く。

 

 世界を動かす二人は、互いに理解を深めて日々を重ねていく。

 

 扇風機からの風と、アイスの冷気が心地良い。

 

 そんな二人の午後のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが。

 

 この後に扇風機の首振りの向きを変えられてゼオンが声を荒げたのもいつものこと。

 





読んで頂きありがとうございます。


・デュフォーくんの能力、パソコン関係だと無敵過ぎない?
・次に仲間に入れたい魔物の話。
・ゼオンくんが少し不調な理由


デュフォーくんの能力で世界がやばい(ただしベル兄弟を幸せにする為だけに使う模様)


原作のゼオンくんよりも弱くない?って思ってた読者様方居らっしゃったと思います。はいそうです。アレのせいでファウード編より防御と攻撃の魔力出力が若干ですが落ちてます。
本気で戦うことがなかったので出力確認できず、次に向けての話し合いの為に明らかになりました。
あくまで若干の出力なのでレインが強いことは間違いないです。

術を使えば使う程に力を溜める術ってのがありましてね……つまり

Q:喰われた魔力は今後どうなるか



状況が動いて行きます。
次の話は銀本組でもレインカイルペアでも敵視点でも白黒組でもないです。



これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第二十四話:些細な気遣い

いつもありがとうございます。
少し時間が出来そうなのでぼちぼちと感想返信も再開していきますね。


 

 

「ああ、そうだね。ようやく落ち着いて動けるようになったよ」

 

 星空の下で青年は歩く。

 

「父を説得するのが一番苦労すると思ってたんだけど……まさか既に根回しされているなんて思わないじゃないか。うん……うん、そこからはトントン拍子さ」

 

 呆れと畏怖を込めたため息と苦笑。

 

「ありがとう、と言っておくよ。でもよかったのかい? 敵に塩を送るマネなんてして」

 

 相手の答えは分かりきっていても、彼はおどけた口調で続けた。

 

「後悔するよ? ボクとボクの相棒はこれから先にどんどん強くなっていくんだから」

 

 同じ答えが繰り返されても、青年は笑みを崩さず、相手の言を否定することもない。

 

 唐突に、あ……と声が漏れた。

 

「そういえばだけど、“彼の大切なモノ”にはどれくらい話していいのかな?」

 

 何を、とは相手も聞かず。

 淡々とした説明を受けつつ、青年はニッと笑った。

 

「いいのかい? 本当に? ボクの勘だと……辿り着くかもしれないよ(・・・・・・・・・・・)

 

 聞き返しても、相手からの返答は変わらなかった。

 

「……それもボクに任せる、か」

 

 唯々、相手は青年に全てを委ねた。

 

「其処に彼も居るの? ああ……そうなんだ。ははっ、相変わらずだね」

 

 少し崩れた様子で話す青年は前よりも自信に溢れていて。

 

 一つ、相手への些細な意趣返しだとして一言放り投げる。

 

お兄ちゃんは大変だ(・・・・・・・・・)

 

 沈黙だというのに、電話口からでも分かるほどの空気がひりつき。

 

 おい……と。

 静かに、とても冷たい声が耳によく響いた。先ほどまでの感情の籠らない相手とは違い、激情を冷徹の中に隠した幼い声音。

 

 これくらいの駆け引きくらい出来なければと、ただの遊び相手(・・・・)のままではいられないと青年は少年に語り掛ける。

 

「大丈夫、安心してほしい。キミたちの邪魔はしないさ。ボクがこの答えに辿り着けたのはこの前戦った魔物のおかげでちょっと魔界について詳しくなったからと、キミが“誰かさん”に向ける感情を見ていたからだよ。誰にも言うつもりはない」

 

 まだ空気は張り詰めたまま。

 

「分かってる。ここまでスムーズに動けるようになる手助けしてくれたことで恩もある。ロップスとの今があのお遊びのおかげだってことも含めて感謝してる。だから、うん……キミがキミ自身でそのコトを大切な子に伝えるまで、ボクはその秘密を守るよ」

 

 やっと弛緩した空気に、青年はほっと胸を撫で下ろした。

 

「これから起こるナニカにだって直接手出し出来ない事情があるんだろ? どんな困難なことが来るのかもデュフォーもキミも教えてくれないけれど、教えないからこそ意味があるんだろう? うん、だからこそ……一言だけ、キミに伝えておこうかな」

 

 なんだ、と不愛想に言った電話口の相手に、ゆるりと青年―――アポロは想いを流す。

 

 

 

「ガッシュ達のことは任せてほしい。キミが近くに行けない分まで、あの日から借りっぱなしの借りを少しでも返すよ」

 

 

 

 小さく零された息だけを残して電話が切れた後に、夜の道を歩きながらアポロはロップスを抱き上げて、彼が聞いていたら怒りそうな言葉を並べた。

 

 

「……余計なおせっかいなんて求めていないのは分かってるよ。だってキミは……お兄ちゃんだもんね、ゼオン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残りの魔物がついに四十名となったことをガッシュとたまたま家に来ていたティオへと伝え、考古学者の父親からの電話を切って夕食を食べ終わった頃。

 わたわたとしているガッシュとティオを横目に見ながら、高嶺清麿は椅子に座りながら思考に潜っていた。

 

―――部屋を荒らすことなく机の上に置いてあった石版だけを盗んで行くなんて……間違いなく魔物の仕業だ。

 

 部屋に置いてあった石版が何者かに盗まれた。泥棒であれば部屋は荒らされているはずだし、何より一階に自分達が居たのだから泥棒にしては余りにも計画性が無さすぎる。

 

―――魔物の戦いをする為に来て、ガッシュとティオの二人が居ることを理解して逃げていったんじゃない。不意打ちで術を仕掛けてくるわけでもなかったのなら、間違いなく石版を狙っての犯行。二人居てもあの時に二階からこちらに向けて術を打たれていたのなら……

 

 ふるり、と清麿はその可能性に気付いて震えた。

 自分達が日常生活をしているその時に二階に気付かれることなく侵入した何者かが、もしも敵意を持っていたらと考えると恐ろしかった。

 

―――オレがこの本を二階に置きっぱなしにしていたら……

 

 それは最悪の事態だろうと、清麿は息が詰まった。

 何処か自分は気が抜けていたのではないかと。

 音も気配もなく、悟られることなく侵入した敵。目の前に本があったのならまず間違いなく燃やされていたであろう。

 

 今回は偶然、手に持ったまま電話に出ていたから大丈夫だった。

 しかしいつも通りだったら、と。

 

―――四十を切った現在……今まで通りじゃダメだ。石版を奪われたのだってそう。せっかく見つけた魔界の手がかりを失くしたのはオレの責任だ。

 

 この戦いの残りと、魔物の戦いについてのヒントであろうと思われた石版を思って、清麿はぐっと眉を寄せる。

 

「……麿」

 

―――もっと気合いをいれなきゃガッシュを王にするなんて……

 

「……清麿!」

 

―――この前の魔物との森の中での戦いだって、オレの不注意が危機を作った。なんだ……全然成長してな―――

 

「きよまろぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「どわぁぁぁぁ!?」

 

 突如、耳元で叫ばれて椅子ごとひっくり返ってしまった。

 呆気に取られているティオの横、不機嫌そうなガッシュが目の前に仁王立ちしていた。

 

「ウヌゥ! 無視をするとはひどいではないか清麿!」

「あ、ああ……わるいわるい。ちょっと考え事をしてて……」

「むぅ、まあよいのだ! お客さんが来たそうだぞ! 母上が下から呼んでおった!」

「え……? こんな夜に?」

 

 思考に潜っていたことを謝罪してから伝えられた情報に首を傾げる。

 

「ふふふ、この匂いはきっと……清麿も良く知っている相手なのだぞ!」

「誰よガッシュ?」

「ティオは初めて会うことになるかの! いい者達であったし、きっとティオも友達になれるのだ!」

 

 そういえばガッシュは鼻が利いたなと思い出す。その言いぐさと上機嫌な様子を見て清麿は自分の記憶の中の相手を思い返していくが……

 

―――誰だ? 山中や水野みたいなクラスメイト、だとこんな反応はしないだろうし……ティオに紹介したくなるくらいガッシュが嬉しくなる相手……うーん。

 

 思いつかなかった。

 まあ、会ってみればいいかと内心でつぶやいて、清麿は玄関へと向かっていった。

 

 そこで待っていたのは―――

 

「やぁ、清麿」

「な……」

 

 スーツをぴっちりと着こなして爽やかに笑う青年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜遅くに突然の訪問で悪いね。明日にしようと思ったんだけどちょっと時間が足りなくて。どうしても話したいことがあったんだ」

 

 目の下に僅かに隈が出来ているアポロにお茶を出してから、清麿はコタツ机の対面へと座る。

 横にはガッシュが、そして清麿の背にティオが警戒して隠れていた。

 

「そこのお嬢さんは初めましてだね。ボクはアポロ、清麿達とこの前に戦った魔物の子のパートナーさ。よろしくね」

「え、戦ったって……」

 

 与えられた情報に驚いて清麿とガッシュを見るティオ。何かを察したように清麿がアポロに話を向けた。

 

「今日はロップスはどうしたんだ?」

「はは……うーん、ちょっと強い子と戦ってね……」

「そう、か……」

 

 意味深に顔を伏せる彼に、心中を察したと清麿が悔しそうに俯いた。居づらい沈黙に、ティオがあわあわとガッシュの隣へと向かう。ガッシュも哀しそうに眉を寄せていた。

 そんな中……

 

「かう~♪」

「おかえり、ロップス。清麿のお母さんにお礼は言ったかい?」

「かう!」

「うん、えらい!」

 

 扉を開けてふつうに入ってきたロップスを見て、清麿とガッシュはあんぐりと口を開けた。少しして立ち上がる。

 

「お、おおおお、おい!」

「ん?」

「アポロお前、さっきロップスは帰ったって……」

「そんなこと言ってないよ? 強い魔物と戦ったとは言ったけど」

「紛らわしいんだよ!」

 

 勢いよく突っ込むも、悪戯っぽく微笑まれてからかわれたことに気付く。

 

「よかったのだ!」

「かぁう?」

「この子があの人のパートナー?」

「おお、ティオ。そうなのだ。ロップスと言ってな、私達と引き分けたのだぞ!」

「へぇ~、小さいのに凄いのねあんた」

「かう!」

 

 三人は楽しそうに話し始め、ほっと息を落とした清麿は腰を下ろした。

 

「なんにしてもよかった無事で。スーツになってるしでさすがにそういうことなのかとびっくりしたよ」

 

 お茶を一口、清麿はアポロの目を見て……その、合わされた瞳の奥に力強い光を見た。

 

「うん、“ボクの旅”は終わった。此処に居るのは一財閥を纏める社長さんさ。似合っているだろう?」

 

 腕を広げて見せるアポロは、出会った時の雰囲気とは違って。

 どことなく芯の強さを持ったような印象を受けた。旅人をしていた時は己の未来に興味のなさそうだった彼が前向きに自分の家のことを語っている。其処に清麿は何かを感じた。

 

「ああ、似合ってるぜ」

 

 ニッと笑って言う少年は、己の居る場所のことを胸を張って自慢するアポロという青年を、カッコイイなと思った。

 

「ロップスを王にする……キミたちと戦ってその覚悟を決めたと思った。思っていた。でも……足りなかったなって、気付いたんだ」

 

 苦笑して紡ぐ彼は、ロップスにおいでと両腕を広げる。嬉しそうに彼の腕の中に納まるロップスに倣ってか、ガッシュとティオもアポロの話を聞こうと集まった。

 

「ボク達がこの前戦った魔物には、かすり傷一つ負わせられなかった。相手はボク達との戦いをお遊びとすら言ってた」

「な、なに?」

「ウヌゥ……そんなに、なのか?」

 

 あのアポロが、と清麿が呟く。それでは自分達も同じような結果になるのだろうかと言いかけて、飲み込む。

 そういえばと思い返せば、ブラゴにも一つも傷を負わせられなかった。今の彼らにとって別次元のような強さの相手は確実に存在する。

 

「偶然見逃してくれたけれど、本当ならあの時に燃やされていても不思議じゃなかった。さっき本が教えてくれたよね、もう残りの魔物が四十を切ったみたいだし……これからは本当に覚悟を決めていかないとだ」

「その為に……旅を終えたのか?」

 

 真剣な眼差しで問いかける清麿は、今後の為にと貪欲な光を宿していた。

 先ほどのことも、ついこの前の戦いも、残り人数の情報も、清麿にとってより一層心を引き締める為の要因となった。

 アポロの訪問は大きな糧になるだろうと、そしてガッシュを王にする為の光にもなるだろうと、そう確信して彼は問いかけている。

 

「ああ、そうだね。ボクはロップスを王にする為に、自分の財閥の力を使うことに決めた。イロイロな国を旅をすることはとても気持ちがよくて素晴らしかった。たくさんの人に出会ったし沢山のことを知れた。

 でも……ロップスと一緒に居る時間を増やすには、強くならなきゃいけない。ロップスも……ボク自身も。その為には、旅をしてるだけじゃだめだったんだ」

 

 腕の中のロップスを手であやす彼が清麿に向ける瞳は、あの時よりも研ぎ澄まされていた。

 

「逃げることも出来ない、勝つには希望が欠片もない、新しい力なんて望んでも出ることはない……敵わないって分かった時、ボクはロップスを失うことが怖くなった。必死だった。魔物と人間の違いを思い知らされて、ボクの特殊な能力なんて効かない。

 こんなのが何人も居るのなら、ボクはロップスを守り抜いて清麿達ともう一度戦うのに辿り着けないんじゃないかって心が折れそうになった」

 

 首を振った彼は、ロップスの頭を撫でた。

 

「その時に思った……守り抜く、っていうのが間違いだって。ロップスと肩を並べて戦うこと、足りない所を補い合うこと、そういった戦いに対しての意識の違いが、ロップスとボクの中にはあったんだ。

 きっと清麿とガッシュの姿を見ていたから……その場で変わることが出来たんじゃないかな。ありがとう、ガッシュ、清麿。必ずキミたちと戦う相手としてふさわしくなって見せるよ」

「オレなんか何も……いや、そこまで言ってくれるんだ。卑下するのはダメだよな……でも、なんか照れるな」

 

 真っ直ぐにほめられたことで、清麿はほんのりと顔を紅くして鼻の頭を掻いた。

 クスクスと笑うアポロと、嬉しそうに微笑むガッシュ。ティオは隣でその話を真剣に聞いていた。自分達にも生かせるように、と。強くなりたいとガッシュと一緒に特訓をしていたりと、彼女も思うところがあるのだろう。

 

「ボクが此処に来たのはそのお礼を言いに来たことが一つ。そしてもう一つは……警告を伝えに来た」

 

 此処からが本題というように、アポロは姿勢を正す。

 

「戦った魔物が教えてくれたんだ。近いうちにボク達や清麿達は大きな敵にぶつかるってさ。見逃してくれた子のような遊びなんてしてくれなくて、本気で本を燃やしに来る敵だと言っていた」

 

 強大な敵と戦ったからこそ、アポロはこの情報を重く受け止めている。

 清麿達も油断していては呆気なくやられてしまうと、そう伝えたいのだ。

 

「それは……他に情報とかはあるのか?」

「ううん。彼はそれ以上教えてはくれなかった。でも……」

 

 言葉に詰まる。

 あの時の彼の言葉を思い返して、アポロは不思議に感じたことを清麿に語る。

 

「その敵への対処に対して直接的に手を下せない理由があるから手助けはしない。でも知り合いが少しだけ手伝ってくれる……そう言ってた」

「……よく分からない魔物だな」

 

 警告をしただけならまだ分かる。気まぐれに情報を与えてくれただけで、遊びの延長線だったのだろうと思えるのだ。

 しかし手助けはしないやら、知り合いが手伝ってくれるやらと、そういった言葉を残していくのは不自然なこと。

 

 

―――なんだろ……なんか引っかかるな。

 

 明晰な頭脳を持つ清麿の思考が廻る。

 

―――そんな強いヤツがアポロと戦ってわざわざ見逃して、これから当たるだろう敵の情報を流して、自分は戦えない事情があるから手助けはしない……。

 

 くるくると思考は廻り続ける。

 

―――手助け……手助けか。その言い方からしてそいつはとりあえずアポロとロップスのことを気にかけてるってことだ。敵の情報を渡したのも親切心……いいや、それはいいように考えすぎか? アポロ達を使ってその魔物の対処をさせようとしている……とも取れるんだぞ。

 

 次々に組みあがっていく予測を客観的に積み上げれば観えてくるモノもある。

 

―――アポロとロップスを無傷で圧倒するような魔物が自分で戦わない理由はなんだ? 敵の魔物との因縁? 敵が準備しているナニカがそいつにとって弱点であるとか? それとも……その敵を倒す過程でナニカがそいつにとって不都合なことが……もう一度アポロの言ったことを思い出して……ん?

 

 ハッと息を呑んだ。

 巡らせる中で一番引っかかったモノを、清麿は拾い上げる。

 

「なぁアポロ、お前達だけじゃなくて、オレ達も敵とぶつかるってそいつが言ったのか?」

「……うん、そうだ」

 

 少し驚いた顔をしたアポロは、目を伏せて頷く。その表情は、何処か焦りを浮かべているかのよう。アポロの表情までは清麿も気付かなかった。

 

「他の魔物に対しての警告じゃなく、アポロ達とオレ達、って感じだったのか?」

「そうだね。少し話して、ボク達と清麿達が交流したことを話したのもあるけど、キミたちのコトも含んでいたかな」

 

―――そいつは……アポロ達だけじゃなくて、オレ達まで敵にぶつかるってことをアポロに教えた……? なんでだ。直接戦ったアポロ達だけならまだしも……なんでオレ達に……

 

 もやもやとすっきりとしない思考。アポロ達を遊び程度の感覚で追い詰めて、しかし危機が迫っていると情報を与えるようなちぐはぐさ。

 ブラゴ達のようにナニカを感じて見逃してくれたのだとしても、わざわざガッシュと清麿も危ないと伝える意味が分からなかった。

 

 思考に潜り始めた清麿に対して、アポロは冷や汗を浮かべる。

 

―――約束を違えないようにしないと。ごめんね、清麿。

 

 ゼオンのことをガッシュと清麿に悟らせない、というのがデュフォーとの決めごと。警告自体はゼオンが直接言ってきていたので開示してもいいとは思うも、これ以上の情報を与えるのはまずいと感じた。

 清麿の明晰な頭脳であれば……少しは曖昧にぼかしたとしても間違いなくこの情報一つで何かしらゼオンへの糸口へとたどり着くと分かってしまった。

 

 今の所はその敵の情報は送られておらず、幾人かの人間の捜索など、彼にとっては意味の分からない協力要請だけ手伝っては居る。

 後々に大きな情報をくれるという言葉を信じるならば、彼らはその大きな敵に対抗するであろう自分達に力を貸してくれるのだ。

 まだまだ発展途上のアポロとロップスはそれを失うわけにはいかず、清麿達の為にも同じく。その為には、あの二人との約束を守るのは必須。

 

 ならば、と彼は先手を一つ。

 

「清麿……」

「ん? なんだアポロ?」

「そのとても強い魔物はね……強くて、厳しくて、そしてきっと、優しい魔物だった」

 

 語る。清麿という人物の心を能力で読み取り、その人となりを少しは知っているからこそ、アポロは彼の心理を逆手に取る。

 

「その魔物はね、ボクに怒ってたんだ。ロップスの夢と本当の意味で真摯に向き合っていなかったボクのことを見抜いて、彼はロップスの為に怒ってた。

 そんな他人のことに怒れるような子がわざわざ警告をくれた……敵対してる相手が憎いとか、そういった感情は感じられなかったから、きっとその魔物はボク達への気遣いから教えてくれたんだと思う。一度だってロップスのことをバカにしたりせず、むしろ力の差はあっても対等な相手だって感じで接してて、きっとこんな戦いとかがなかったら仲良く遊んでくれたんじゃないかって思うくらい優しい眼をしてたから」

 

 まだ引っかかっている顔を浮かべている清麿を見て、もうひと押しと情報を重ねた。

 

「ただ偶然出会っただけのロップスに対して其処まで親切にしてくれたってことは、多分ボク達と清麿達だけじゃなくて、他の魔物達に対しても情報を与えたいのかもしれないね」

 

 そこまで言って漸く、ふむ、と清麿は顎に指を当てて別の思考へとシフトした。

 あの時の状況を出すことで他の魔物に対しての可能性を示せば、清麿ならば自分達が特別という思考だけには囚われないと考えた。

 ただ、まだ予想外は続く。

 

「そんな無条件で他人を助けるなんて、ガッシュみたいな変な魔物が他にも居たのね」

 

 ほっと一息をついたのも束の間。唐突に投げられた予期しない言葉。

 ティオが語った一言に、アポロはまずいと肩をびくつかせる。

 

 ティオは以前、ガッシュによって救われた過去を持つ。

 仲良くしていた魔物からの裏切りは彼女にとっての嫌な思い出だ。彼女も初めは魔物同士は出会えば必ず争わなければと思っていた一人。

 しかし本を持つモノ同士は誰であれ戦わなければならないはずなのに、その常識をあっさりと崩したガッシュと清麿に出会って彼女は変わった。

 

 優しい魔物だと言うわけではなく、ティオが直感的にガッシュみたいと感じたからそう言ったのだろう。

 アポロからの話を聞いてそう思ったのなら……ティオは本質を見抜いたのかもしれない。

 女の勘はどの世界でも鋭いらしい。

 

 清麿の思考はティオの発言も取り入れてしまうだろう。

 

 なら、きっと辿り着くのは時間の問題だ。

 

 早鐘を打つ心臓を誤魔化すように笑みを浮かべてどうにか躱そうとした時……隣から、今度は予想外の援護が来た。

 

「ウヌ! とてもいい魔物なのだな! その者は! だって手強い相手が来るからと、わたし達のことを心配して教えてくれたのだろう!?」

 

 キラキラと光る眼差しを向けるガッシュ。瞳に浮かぶのは期待と嬉しさと歓喜の色。

 

「聞いたか清麿! 強くて、優しくて、戦いのことなど気にせず誰かのことを考えて動くことの出来る、誰かを助けようという心を持っておる、強くとも威張らずに誰かの為にと手を差し伸べられる……そんな者もこの戦いにはちゃんと居た!」

 

 ぽかんと口を開ける三人の前で、腰に手を当てたガッシュは花開くような笑顔を清麿に向けた。

 

「きっとその者も、わたしと同じで“優しい王様”を目指しているに違いないのだ!」

 

 ガッシュの目指すモノが何であるのかをよく知る清麿は、琥珀の輝きを向けられて……ニッと、力強く笑った。

 

「おう、そうだな。わざわざ情報を教えてくれるようなヤツなんだ。アポロが言う通り、そいつは優しいヤツで間違いないな」

「ふふふふふ、きっとティオやウォンレイやウマゴンのように友達になれるぞ! アポロ! その者はどんな魔物であったのだ!? カマキリジョーのようなカッコイイヒーローなのか!?」

「いや、さすがにあんなカマキリみたいなヤツはいねぇだろ」

 

 期待に膨らむ感情が溢れている心を向けられて、アポロの胸が僅かに痛む。

 

「そうだなぁ……」

 

 単純に見た目を答えるわけにもいかずどう答えたものか。思案しているとロップスが嬉しそうにガッシュの前に立った。

 

「かう!」

 

 ビシリ、と拳を突き出す。

 むむむと唸りながらガッシュは首を捻った。

 

「急にどうしたのだロップス?」

「……かう」

 

 構わずに、トン、とガッシュの胸に拳を当てた。

 言葉を話せない彼の心は、アポロでさえ全ては理解できない。

 だが、その行動の意味は分かった。

 

「ははは、ロップスはガッシュとその子の“想い”が似てるって言いたいんじゃないかな?」 

「想いが……?」

「似てる……?」

 

 ティオと清麿の声に頷く。

 

「かう!」

「うん、そうだね。ボクから一つ教えるとしたら、その子はヒト型の魔物ってことぐらいだね。これ以上はその子に会った時に確かめてみたらいい。楽しみにするのも悪くないんじゃないかい?」

 

 曖昧に誤魔化してみると、少し唸ったガッシュはすぐに顔を綻ばせる。

 

「ウヌ! そうするのだ! 会うのが楽しみなのだ! のう、清麿!」

「ああ、オレもそいつがどんなヤツなのか興味が出てきた。とは言っても……強くならなきゃブラゴの時みたいに相手にすらされなさそうだけど」

「うっ……ブラゴにだって今度は負けないのだ! その為にティオとも特訓をしているのだぞ!」

「ブ、ブラゴ!? え、あんたブラゴとも戦ったの!? 聞いてないんだけど!」

「ヌ? 言わなかったかの?」

「とぉっても強い魔物なのよ!? なんで無事なのよ!」

「いや、ティオ。直接的に戦ってはいない。アポロみたいに見逃されたんだ」

 

 漸く話が別に逸れたことで、アポロは安堵しつつロップスを撫でやった。

 ありがとう、と小声で伝えれば、嬉しそうに笑い返してくれた。

 

「それは興味深いな。今度はそっちの話を教えてくれるかい?」

 

 今度は清麿とガッシュの話へと誘導して、話を聞きながらアポロは心の中でつぶやいた。

 

 

 

 

 

―――ボクがこうしてヒントを渡せば、いつか清麿とガッシュは確実にキミ達に辿り着く。それでもいいって言ってたのは……絶対に逃げ切る自信があるからっていうのと

 

 

 

 

 感情を読み取れるという特殊な能力で読み取ってしまった一人の兄の悲哀から、予測を一つ。

 

 

 

 

―――見つけてほしい、会いたいっていうゼオンの気持ちを一番に理解してるデュフォーが向けた……少しでも弟が兄のことを意識出来るようにっていう、そんな気遣い……か。

 

 

 

 思い至って。

 尚のこと彼らの邪魔は出来ないな、と。

 自分から直接ばれるようなことがないようにしないと、と。

 

 アポロは更に気を引き締めてこれからに備えることにした。

 




読んで頂きありがとうございます。

今回は原作と時期がずれたアポロとの再会を。

清麿くんなら情報を手に入れ続ければいずれ絶対にゼオンくんに辿り着きますが今回は見送り。
原作でもなぞなぞ博士やアース等の情報を持っている相手にゼオンくんの情報を尋ねたりはしなかったので、この物語でも積極的にガッシュくんの記憶関連の情報を集めようという思考には現時点ではシフトしない、という風に考えて頂けるとありがたいです。



次回、ゾフィスくん。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第二十五話:銀の張るイト

いつもありがとうございます。


△Infomation△

アンケートのご協力により、千年前の魔物編に於いて次の√が却下されます。

・月の少女共闘√(Nomal)
・華麗なるVとの勝利のメロンティータイム√(Hard)

次の√が採用されました。

・星の使徒バトル√(Very hard)


 

 ゼオン・ベルという少年には、魔界の王を決める戦いに参加するにあたって“自分の敵と定めた存在”が三つある。

 

 一つは言うまでもなく、最終目標にして最大の憎悪を持っている相手、弟と己に生まれてから地獄を味わわせ続けてきた存在……自らの父であり現魔界の王である“ダウワン・ベル”。

 

 もう一つは直接的な影響を与えられたわけではないが、己に掛けられている呪いの情報を唯一知っているであろう魔物。最愛の弟と二人で成長してこの戦いを共に乗り越えるという未来を、幸福な人間界での暮らしという希望を容易く打ち砕いた一族からの参戦者……守り人の一族の“リオウ”。

 

 そして最後の一つ。

 最愛の弟の記憶を消し、あまつさえ別の人格を植え付けて小間使いにしようなどというあまりにも卑劣にして邪悪な行いをしようとした一族からの参加者……千年前の魔物の救出を任されていた爆発の一族の子、ゾフィス。

 

 漸くだ。やっとゼオンはその三つの内一つと相対することが出来る。彼の機嫌はここ数日でも一番といっていいほどに良くとも、内心には沸々と怒りなどの感情が煮詰められているのは言うまでもない。

 面と向かって会ったら即座に消し炭にしかねない……とまでは言わないが、相応の感情を孕んだ彼の心中に理解を置いているデュフォーは、話を聞いた後に少しばかりの“八つ当たり”の可能性まであるやもと危惧していた。

 

 ただ話をするだけ。それがゼオンに許されたゾフィスとの邂逅での行動制限ではある。

 

 千年前の魔物を石版からどうやって復活させるのか。水晶に込められた記憶をどうすればガッシュへと戻せるのか。その二点を話すことが主にゼオンのすべきこと。

 

 しかし、シェリーから聞いた話を思い返せば、そしてこれから齎されるであろう人間達への仕打ちを考えれば……ゼオンがゾフィスに対してなんらかの枷を仕掛けることもあり得た。

 

 何処でゼオンに釘を刺そうかと考えているうちに答えを出す者(アンサートーカー)によって毎日の定期確認を行っていた中でゾフィス側に動きがあり、出立は明日がいいと“答え”が出てからのこと。

 他の頼み事で動いていたレインとカイルを呼び寄せて今後の動きについて打ち合わせを行いながらがベストだとして、此処で話すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちが例の魔物(・・・・)とコンタクトを取ってすぐにゼオンが迎えに来るもんだから驚いたが……そうか、ついにか」

 

 応接間の内部に置かれた円卓にて、ヒト型になっているレインは座ると同時に声を掛けた。

 何を言わずともデュフォーの方をちらりと見て直ぐに察するあたり、レインはいつ来てもいいように心構えをしていたらしい。

 

「上手くいったのか?」

「微妙なところだな。まあ、オレのことは一応知っていたみたいだから話を聞いてくれた。ただ……」

 

 言葉が濁される。続きは自分がと、カイルが口を開いた。

 

「あの子は……ボクと同じだ」

 

 俯きつつ放たれた言葉に、ゼオンとデュフォーは聞き入る。

 

「戦いが怖くて、でも大切な人は戦いに行く……やっと出会えたから離れることもイヤだ、大切な人が傷つくのもイヤだ。自分には何もできないからイヤだ。それでも、どうしたらいいか分からない。そうして日々を過ごしてる。まるであの時のボクみたいに」

 

 カイル自身とほぼ同じ境遇の相手に対しての気持ちの吐露。乗り越えたからこそ分かると、そういっていた。

 

「だから、ボクとレインの選択は……不干渉。あの子はあの子自身で決めないとダメだと思う。レインっていう大きな力が傍に居るって分かったらきっと安心してしまうし、あの子がダメになっちゃう。それにきっとそうしないと心が持たない」

 

 ふるふると首を振って告げられた報告を受けて、ゼオンは小さく吐息を漏らす。

 

「残念だ……仕方のないことだな。そもそもこの戦いの理不尽な選出方法が悪い。ほぼ大人のような子供とロップスのような年端もいかない子を戦わせるシステムそのものに問題がある。その魔物もあと数年すれば分別もついただろうに」

「はっ、違いない。パートナーの人間にしても子供から大人から老人まであるんだろ? そのおかげでカイルと出会えたとはいっても……覚悟をしてくれたっても怪我だってするし危ないんだ。思うとこはある」

「ボクもレインと出会えたのは嬉しいけれど……誰かが傷つくのも傷つけるのも本当はイヤだ」

「相変わらず優しいな、お前は」

「魔界の実力主義なとこもカイルみたいな子がもっとたくさん居てくれりゃ少しはマシになるんだがなぁ」

「ああ。その辺りも魔界の改革には必要な部分だ。未だに孤児がいる地域もあるし一族での諍いなど耐えん。教育の改革は必須だろう」

「デュフォー、ゼオンがこうして小難しい話に持ってくのカイルと居る時の変なクセになってんな。これも勉強の一環か?」

「こうやって口にすることで記憶の片隅に残る。そうすれば為政者として土地を治めているとき、ふとした時にゼオンもカイルも思い出していい案が浮かぶこともあるだろう」

「へぇ、そうなのか」

「……頑張る」

「全てを覚えようとしなくていい。聞き流しているだけでも記憶には残っている。さて話を戻すが……つまり例の魔物(・・・・)との協力関係はなしの方向でいいということだな? 秘密裏に鍛えることも?」

 

 脱線した話を戻して尋ねるとコクリと頷いたレインとカイル。

 

「うん、彼自身が変わらないとダメだから、ボク達はもう関わらない。別れを告げる時、一瞬だけあの子が寂しそうな眼をしたよ。ボク達と少しの時間でもこっちに来て訓練をしないか誘っても彼の傍にいることを選んだのはあの子だけど……きっとレインにも一緒に居てほしかったんだろうね」

「強い敵や悪い奴らが来るってことを教えた時も、助けてくれないのかって感情を向けてたな。こっちでしばらくすることがあるから関われないと言うと落ち込んでた」

 

 レイン自身も助けにいきたい気持ちを抑えて語っていたのだろうと、すぐに予測できる言い方。

 

―――ガッシュ達が他の魔物と戦っている間にパムーンとデモルトを相手にする機会が出てくるとしても、レインとカイルの戦いでは目立ちすぎる……役割上、敵の本拠地へ向かわせることは出来ない。

 

 本当ならデュフォーとゼオンは今回の千年前の魔物との戦いが本格化した場合、彼とカイルにもなんらかの策を以ってガッシュの影のサポートをしてもらう予定だったのだ。

 それも敵の持つ戦力と敵本拠地の都合上、レインの攻撃術では威力が高すぎるがそれを使わねば負ける可能性さえあると答えが出たのだ。故にゼオンとデュフォーが直接的に影でのサポートをしなければならないとして断念した。

 ただ、と続けた。

 

「せめてあいつの心が少しでも強くなれるように、想いは託しておいた」

 

 自分の胸を一つ叩いて、レインが言う。

 

「オレの分まで任せる、親友を頼んだってな」

 

 ニッと笑ってゼオンを見た。

 

「まだ戦いは怖いかもしれないけど性根の所には強い想いがあった。安心しろゼオン。目を見てきたから分かる。ガッシュのトモダチだし、あいつはきっと……やるヤツだぜ」

 

 自信を持って語る彼の声。じぃっと瞳を合わせたゼオンが緩く吐息を落とし込む。

 

「ふん、いいだろう。お前が其処まで言うなら予定は第二プランに変更することもありだ。そうなると……お前とカイルの二人が背負うモノも大きくなるが?」

 

 紫電が射抜く。圧の強さに圧されそうになるも、レインは挑戦的に思える光を宿して返した。

 

「おう。どんと来いだ。元から承知の上よ。オレ達の代わりに今回お前はガッシュのことに集中すればいい」

「ゼオン……ボクもレインも言ったはずだよ、キミの力になるって。それに乗り越えなくちゃならないのはボク達も同じだから」

 

 トモダチだからねと、二人は言う。

 

 すっと目を細めたデュフォーが、二人に向けてコクリと頷いた。

 

「分かった。いいか、ゼオン?」

 

 それぞれが語らいながらも、あくまで最終決断を下すのはゼオン。それがこの数か月で出来た彼らの在り方。

 多数の意見を纏め、一人が決する。縮小された国の在り方そのもの。

 

「ああ。では第二プランに移行する。出立から連絡を取り合うとはいっても、再び出会うのは互いに最低限の目的を達成してからとなる」

 

 宣言と共に、デュフォーが机に地図を広げた。

 ペンで丸を付けた個所は三つ。

 

 それの一つをゼオンが、残りをレインとカイルが指差した。

 

「オレとデュフォーはゾフィスとの邂逅を済ませた後、南北アメリカ大陸の各地へと拠点を作りつつその大陸に拠点を持つ魔物と交流を持ってみる。“ゾフィスとの戦いの後の為の行動”を行いつつアポロ達との連携を以ってガッシュのサポートを行う。そして……こちらの第一交渉対象は、ヒヒイロの鱗を持つ竜族の神童の一人“アシュロン”」

 

「オレとカイルはデュフォーと定期連絡を行いつつ極力魔物との戦闘を行って経験値を増やしてこっちの大陸で旅をする。話をした上で戦い、本を燃やすかは相手によって決める。戦闘を避ける相手は黒の魔物ブラゴと守り人の一族リオウ。第一優先の交渉対象は……翡翠の鱗を持つ竜族の神童の一人“エルザドル”。次点で北の荒くれ者“バリー”」

 

 第二プランにおいて、ゾフィス関連とバオウ対策、そして新たな同志集めを同時並行で進めていくことを決めている彼らは、それぞれが個別で強大な相手に挑むことになる。厳しい戦いとなることはデュフォーによって予測され、それぞれも魔界の記憶からその魔物達のことを知っているからと油断も慢心も持っていない。

 それでも自分達の実力が劣っているなどとは思っておらず……互いに口角を釣り上げた。

 

「くく、勝算はデュフォーの計算上でも五分を切っているぞ」

「どのみちいつかは戦うんだ。お前と訓練してると言ってもあのバカ強ぇ竜族と戦うならいつだろうと覚悟決めなきゃならねぇさ。お前の方こそそっちでヘマしてガッシュのこと疎かにすんじゃねぇぞ」

「誰にモノを言っている? このゼオンがデュフォーと共に戦えば誰であろうと負けることなど有り得ん。美味い土産でも買って先に待っててやるから精々上手くやって帰ってからの楽しみにしていろ」

「ぬかせ、バカ。オレ達の方が先に終わらせて待っててやるよ。どうせならお前の度肝を抜くような結果にしてやらぁ。帰って来たら模擬戦での連敗もストップさせて貰うぜ」

 

 楽し気に言い合う二人を見ながらニコニコと笑顔を浮かべるカイル。デュフォーはやれやれと首を振って呆れの吐息を落とす。

 

「勝てよレイン、カイル」

「お前らもな、ゼオン、デュフォー」

 

 拳を合わせて、いつものように。

 信頼から生まれる絆が繋がった魔物二人は綺麗に笑う。

 

 ゼオンの様子を見て、ゾフィスを前にしての感情の暴走などはないかもしれないと予測を立てたが、万一の為を考えてデュフォーは常にイトを張る。

 

―――カイルとレインの居る前で約束させれば縛りの一つにもなるだろう。

 

 此の時でいいか、と唐突に席を立った。

 

「……どうした、デュフォー?」

 

 足元に於いていた紙袋を机に置き、彼は疑問に眉を寄せるゼオンを見た。

 カイルとレインも不思議そうにその行動を見ていた。

 

「一応だがゼオン。ゾフィスとの邂逅時、お前はそいつを前にして冷静を保てるか? ここ最近の成長があっても、お前はガッシュのこととなるとアレだからな」

「……ああ、大丈夫だ」

 

 一寸だけ迷ったゼオンが、それでもと胸にある感情を抑えて言い切った。

 

―――やはり……何かしら自分でも抑えきれるか不安な部分もあるんだな。

 

 デュフォーはそのゼオン自身が抑えきれないと考えている迷いを断つ為に。止まることなく、言葉を並べていく。

 

「他者の心を操る。他人の記憶に偽りを挟み込む。他人の感情を意図的に染め上げる。貪欲にして悪辣、計算高く臆病で卑劣。そんな相手が目の前に来て……その外道さにガッシュを穢されそうになったという事実に、お前自身を抑え込むことが出来るか」

「……出来る」

 

 揺らぐ紫電を覗けば、少なくない大きな感情の渦が見て取れる。

 

 ぽつりと、デュフォーが言い放つ。

 

「少しでも迷うようではダメだ。ガッシュのことを思うのならなおさらのこと。だから……“ゼオンはゾフィスと会わせない”」

「……なんだと?」

「どういうこと?」

「……何を言ってる?」

 

 唐突にデュフォーから言われた話に三人共が付いていけない。

 今になって何故と、彼らは思う。

 

 言い方が悪かったなと頬を掻いたデュフォーは……机の上の紙袋をひっくり返した。

 

「……千年前の魔物の石版の動きや過去に人間界で起きた魔物の戦いについて等を調べていく内に、“最近Dに加入したとある人物”とシェリーからの情報をすり合わせて分かったが、ガッシュの見た目は有名でも、どうやらゼオンの見た目についてほぼ全ての魔物が知らないようだ。

 だからな、ガッシュと瓜二つのゼオンが事前に会いに行くことに問題があると答えが出た。これは答えを出す者(アンサートーカー)を使って“ゼオンがゾフィスと会った場合のガッシュへの影響”というモノを問いかけしていなかったオレのミスだ。一応、それについての解答は出している。

 ゼオンが感情を抑えられずにゾフィスへと何らかの縛りを与える可能性を回避するにはどうすれば、と問いかけたことで出た副産物の解答でもあるのだが……これが最善だと判断した」

 

 机の上に落ちたモノを見て、三者共に思考が止まる。

 

 デュフォーは構わずに言葉を続けていった。

 

「要はゾフィスにゼオンとガッシュの繋がりを感じさせないためだ。こういうモノはオレでは分からないから、シェリーに相談して見繕って貰った。仮面で隠すことでどうにかなるかとも考えていたんだが、その程度の変装でゼオン本人が出ていってしまっては、王族としての“雷のベル”の印象をガッシュに対しても繋げてしまうからこれくらい本格的な方がいいだろう」

 

 あくまで効率と対策の為だと語るデュフォーの言葉からは、決して……そう、決して冗談を言っているのではないと分かるのだ。

 だが、机の上に広がっているモノを見た三人は、肩を震わせ始める。

 

「くっ……くく」

「ふふ……ほ、ほんとにコレを……ふふっ……するの?」

 

 レインとカイルの二人の震えは、どうにか噴出さないようにとする我慢から。

 

 当然だと頷いたデュフォーは耳まで真っ赤にして震えているゼオンに向けて、無慈悲にも言い放った。

 

「ガッシュの為ならばゼオンは必ずしてくれると信じている。雷の術を使うことも抑えて己を“雷のベル”と悟らせることなく、必ずゾフィスとの邂逅を円満に終わらせてくれることだろう」

 

 

―――その言い方は……ずるいぞ、デュフォー。

 

 わなわなと震える彼の掌は布地を掴んでいて……机の上に置かれたそれらを今にも引き裂きたいと思っているのだろう。

 彼の明晰な頭脳でも、他にいい案が思い浮かばない為にデュフォーの提案を呑むしかないと気付いてしまった。

 

「これも……ガッシュのため……ガッシュのためなんだ。だから仕方ないんだ。デュフォーの答えに間違いはない。いやしかし……だが兄としてこれは……こんな姿を見られては……オレの威厳が……だ、大丈夫……絶対に姿を現さなければ……いやガッシュが窮地になった時に助けに入るとしても通常の姿では本末転倒……とはいえ、こ、この姿で助けに入ることも……」

 

 しばらくぶつぶつと呟いていた。

 漸く覚悟を決めたらしく。睨み上げてくる紫電はこれでもかと怒りと羞恥を浮かべている。

 

「い、いいだろう……けれどこれっきり……この一回きりだ」

 

 屈辱からか少しだけ涙目になりながらも同意を示したゼオンが腕を振り上げて、手に持っていたソレを机に叩きつける。

 

 もう抑えきれないというように、カイルとレインは腹を抱えて笑い出した。

 

「あはははは! 随分と可愛らしくなりそうじゃないか! ええ、ゼオン!」

「ふふふ……ご、ごめんね。でも……それを着たキミを想像したら……ごめんね」

 

 机の上には……

 

「よし。じゃあゾフィスと話している時のお前は雷帝ゼオンから指示を受けて千年前の魔物の復活を調べている魔物として動いて貰う。名は―――」

 

 

 可愛らしい女の子用の衣服と帽子やウィッグ、そしてカラーコンタクトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカのとある廃れた坑道にて、ゾフィスは自身の元に集まった石版を並べて、仮面の下で満足げに微笑んでいた。

 ビョンコというカエル型の魔物を仲間に引き入れて手足として動いてもらい、長年の研究によって開発された“ゴーレンの魔力を捜索する機材”と“魔本同士が引き合う性質”によって千年前の魔物の石版を集め終わった所である。

 次は、と己の計画に想いを馳せる。

 ビョンコと共に中間管理職として働かせる魔物を見つけ、石版の魔物達を復活させてそれらのパートナーとなる人間達を見つける作業へと移行するステージへと進んでいる。

 丁度今はその千年前の魔物達を纏める将の役割を果たす魔物をスカウトに向かわせた。

 

「一番欲しい人材としては……魔界の中でも有力な貴族達、そのうちの一人娘であるパティ嬢……彼女であれば部下や下々の者達への扱いにはある程度長けているでしょうから、私の計画には大いに役に立ってくれることでしょう」

 

 彼が一番に選んだ魔物の名はパティ。

 魔界貴族の一人娘であり、ゾフィスにとって与しやすい程度の頭脳と能力を持っている魔物であった。

 ゾフィスが単体で勝てて、彼より頭脳明晰でもない。そして何よりも“執着しているモノがある”という一点。言うなれば扱うのに丁度いい相手なのだ。

 

「落ちこぼれのガッシュ・ベルにご執心とのことですし、そういった“欲望”を持つ相手こそ従えやすい。この戦力を見せつけて勝てないことを理解させ、ガッシュの本を燃やさないという約束を取り付けてやれば協力関係にあると錯覚させ、部下であるという意識を持たせないで扱えるよう方向性も持たせられることでしょう」

 

 くつくつと喉を鳴らして石版の一つを持った。

 封じられている魔物は椅子に座ったカタチをしていた。

 

「星の使徒パムーン、ベルギム・E・O、棍の極致ツァオロン、狂戦士デモルト……過去の戦いの情報にあった千年前の筆頭候補が四体もいる。さすがに竜族の戦士は居ませんでしたが、これならば厄介なブラゴや竜族の神童達相手でも十分に勝算は出てくる」

 

 ゾフィスは己の実力を間違わない。

 磨いているのは当然のことであるが、自分より上の化け物達が居ることもしっかりと理解していて、そういった化け物達を倒して王となる為にはどうすればいいかといつでも思考を回してきていた。

 自分だけでは勝てない、と彼は計算した上で答えを出した。それは彼の一族全てが出した答えでもある。

 

 王から受けている千年前の魔物達の救済という勅命。それを利用した今回の策は一族の悲願であり、ゾフィスにとってたった一つの王への“(ロード)”。

 心理操作と心理掌握といった特殊な術を扱える自分達の一族にしか出来ない策を用いて、己は王となるのだと心を決めてこの戦いに参加している。

 

 彼は他者を信じない。

 心を操作するというその特異性を持つ彼らは、悪意という感情をいつでも傍に置いてきた。

 他者の心の醜さをよく理解しているからこそ、彼はビジネスとしての契約を他者に求め、報酬と結果で関係を築いていくのが一族として通常のこととなっている。

 王となってしまえば後はどうとでもなる。なる為にどうするか。他者を使えばいい。王からの勅命に応えた上で、それを利用すればいい。

 報酬は与えて満足させて見せよう。彼らに報酬を与える代わりに……自分には王という結果を齎して貰おう。そう、考えた。

 

 この魔界の王を決める戦いに参加することを知った時には既に、彼はこの計画を一族と共に煮詰め始めていた。

 事前情報を集めるのが戦の常であり、行動を起こすのは速ければ早いほうがいい。

 

 魔界学校に通いながら、そして研究を手伝いながら……明晰な頭脳と一族の中でも優れた心理掌握能力を持つ彼は、人間界に旅立つ頃にはこの計画を実行可能なモノとした。

 

 彼には他者の気持ちは分からない。心理を理解することは出来ていても、操ることが出来るとしても……彼は他者の気持ちは分からない。

 悪意を見て、悪意と共に過ごしてきた彼は、この戦いで王になる為ならば他者を利用することなど当然だと……竜族のような強者になれない自分ならば、何かを利用して王への道を歩むのは当たり前のことだと、そう考えている。

 更には、他者の心の醜さを引き出して突き落とすことにも愉悦を感じる彼の性根も、そういったバックボーンから生まれたことなのかもしれない。

 

 だからこそ彼は……他者を思いやり、利用することを嫌う……ココという人間と理解しあうことは出来なかった。

 

 人間とパートナーになって共に戦う今回の戦いに於いて、彼はパートナーという一番重要な要素で躓いた。

 だから彼は……己のパートナーに自分好みの悪しき性格を植え付けて、己を肯定してくれるパートナーを創り上げた。

 悪意を自らで増幅させ、悪意を好み、悪意を受け入れて、誰であれ悪を持っていて当然としている理想のパートナーを。

 

 創り上げたパートナーから向けられる肯定は……とても心地よいモノだった。

 

 臆病な彼にとって、自分を肯定してくれる存在というのは得難いモノだ。

 悪意と共に過ごしてきた彼にとって、何も心配せずとも共に居れる相手というのは初めてのモノだった。

 

 臆病だからこそ、彼は聡く、聡明である。

 しかし臆病だったから、彼は誰とも心を通わせたことなく、ビジネスの関係しか築いてきておらず……独りだった。

 

 彼は今のところ気づいていない。

 彼はその人間のパートナーとの時間をどう思っているかも気づいていない。

 自分の心にさえ気づききれない。

 

 もしかしたら……彼が幼い頃に心優しい誰かや、厳しくも優しい誰かと知り合っていれば……こうして独りで大きな計画を立てることなく、軍師のような立場として誰かと手を組み、強敵に向かい合う姿が見れたのかもしれない。

 

 現実は一つ。そんなもしもは有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 坑道に、ほんの僅かに変化があった。

 ゾフィスは……石版を持ったままで固まった。

 

「……どなたです?」

 

 焦りと困惑に支配されている心をどうにか捻じ伏せて平静を装った言の葉。

 後ろを振り向くことなく放った言は、二つの気配へと向けられていた。

 何者か、と問いつつも威圧することなく。まるで客人か何かに問うように。

 

 精一杯の見栄っ張りだったのかもしれない。本来なら攻撃されていてもおかしくない状況。しかしゾフィスのソレは……成功した。

 

「姑息な手を使おうという輩にしては……最低限は肝が据わっているらしい」

 

 すぐさまの奇襲を受けることなく。

 振り向いた其処には幼い少女と一人の青年が居た。

 白い帽子、艶のある黒髪、ふわふわとした白のマントの下には落ち着いた感じを表したスカート。首からは“獣のようなナニカの爪と牙のネックレス”。両目の翡翠がじっとゾフィスを見据えていた。

 

「王から勅命を受けし一族の者だな?」

 

 彼の質問には答えずに綴られる言葉に、少しだけ不機嫌になったゾフィスはため息を落とした。

 

「……相手に名前を聞く時はまず己から名乗るべきでは?」

「礼を払う程の相手ならばそうしよう。しかし貴様に払う礼など―――うぁ」

 

 ズビシ、と。彼女の頭に人間からチョップが落とされる。

 翡翠で恨めし気に睨んだ先、青年が代わりにと口を開いた。

 

「オレは“D”、こいつの名は……“リエム”」

 

 名乗りを受け、すっと、仮面の下でゾフィスの目が細まった。

 

「……おやおや? 人間の裏社会に蔓延しつつある“D”と呼ばれる集合体の一人ですか……それに“リエム”……そんな名の魔物はこの戦いの参加者の中にいなかったと思いますが?」

「そうだな。こいつもオレもお前も、名前を偽ってでもすべきコトがある身だ。それくらいは許すべきじゃないか、“ロード”?」

 

 記憶力も悪くないゾフィスは参加者の名を覚えていたから、彼女の名が偽名だと看破した。

 しかしカウンターで、まだ名乗っても居ない自身の偽りの名を口に出されて、情報を知られていることを理解する。

 

 どれだけの情報を相手が持っているか分からないというのは、それだけでゾフィスにとって最大限の警戒に値することだ。

 それを示して見せた相手にこれ以上追及することは封じられたと言えよう。

 

 何よりもその……人間の目。無感情に、そして無関心の極限ともいうべきなその目が……ゾフィスの心に一筋の恐れを刻んだ。

 

「まあいいでしょう。そうですね。では私もロードと名乗っておきましょう。わざわざこんな隠れた坑道まで出向いてくださった客人なのですから……お茶くらいはお出ししましょうか」

「……必要ない」

 

 翡翠の瞳を持つ少女が言う。

 目は口ほどにものを語る。それをよく知るゾフィスは合わせた瞳から感情を引き出そうとするも……先ほどのような嫌悪感を濃くした色ではなく、静かに揺蕩う波のように凪いだ心しか見えなかった。

 一瞬で切り替わった少女の性質。なるほど、とゾフィスは薄く笑う。

 

「ふふふ……先ほどの嫌悪があったということは、私の一族が魔界で貴女に何かしてしまいましたか? それとも私自身でしょうかねぇ」

「ああ、そうだ。それについては後で聞くとしよう」

 

 神経を逆なでするようにわざと撫でるような声を出すも、やはり彼女の感情はもう動かないようだった。

 

―――切り替えてしまえば精神性は揺らがない、と。厄介ですね。魔力量は……見える限りでは一般的な魔物クラスを少し超える。秘めたる力があるとすれば私と同等、というところか。“魔力の質は魔獣型に近い”ようですが……

 

 研究者であるから、彼の分析能力は高い。魔物達の研究もしてきている為、総魔力量やその魔物が持つ限界値をある程度正確に逆算したりも出来る―――彼女の隣に居る人間が策を仕掛けて居なければ、だが。

 

―――それよりも問題は二つ。一つはあのネックレス。あの魔物の周りを漂うように魔力を発している……一族か何かに伝わる貴重品の類でしょう。そしてもう一つ……あのマントとブローチ。確か王族や貴族等の一部の魔力タイプが好んで使うモノ。金銭的な大きな余裕と職人とのつながりがなければ、一介の魔物の一族程度では手に入れることも困難なはず。

 

 服装は人間界のモノでありながら、ネックレス、マントとブローチが魔界のモノだと看破した。しかもそれがどういった貴重品かも、彼は分析することが出来た。

 警戒から、彼は目の前の人物が魔界でも有力な部類だと辺りを付ける。

 

―――人物の特定は後でも出来る。なら質問をするべきか。

 

 今はいい、と思考を切り替える。

 手に持っていた石版を地面に置き、くるりと身体を彼女達に向けた。

 

「その口ぶり……つまり貴女は私に何かを聞きに来たと? とはいっても大体予想はついていますがね」

 

 自分と面識がない人物が戦い以外の目的で尋ねてくるというのなら、その理由は一つしかない。

 大仰に手を広げて見せたゾフィスは、クスクスと小さく笑って言葉を並べた。

 

「王族よりの使者、なのでしょう? 魔界の王であるダウワン・ベル様からの依頼によって私たち一族は千年に渡ってあの御方の悲願を叶えようと研究を続けてきたのですから。

 千年もの時を石となって過ごしてきた悲劇の子供達。ゴーレンという突然変異個体の放つ術にてこの戦いのシステムから外れ、魔界の王以外の全ての者に忘れられた哀しき魔物達。ええ……ええ、分かっていますとも」

 

 芝居がかった言い方をしながらゾフィスは顎に指を当てる。どうにか少しでも情報を集めようと、彼は会話を引き延ばすことにしたのだ。

 

「この者達を私達一族が復活させることは出来るのかと、貴女はそれを尋ねに来た。王からの勅命の進捗の確認、そして結果を示せと、そうおっしゃるのでしょう?」

 

 もったいぶった言い方に、目の前の少女は舌打ちを一つ落とす。

 

「ちっ……小賢しいヤツだな、お前」

 

 ビシリ、とその場の空気が変わった。

 

「茶番はいい。遅延だと分かっている。こちらの情報を引き出そうなどという浅ましい考えはやめておけ」

 

 静かに、冷たく……魔力ではない何かが溢れる。ゾフィスは翡翠の奥に違う色の輝きを幻視する。

 

「お前はただ答えればいい。こちらは“答え合わせ”をしに来たに過ぎんのだから……まあ、“雷帝”を敵に回す覚悟があるのなら好きにすればいい」

 

 魔力は変わらないのに与えられる圧は尋常ではなく。

 同時に彼女の口から零れた名を聞いてゾフィスの呼吸器がひゅっと音を立てた。彼の精神と肉体に掛かる圧はそれ以上の呼吸を禁じるほど。

 

 殺気、ではない。敵意、でもない。ただの少女が持つにはあまりにも異質なその圧力にゾフィスは膝を付きそうになった。

 格上から与えられる有無を言わさぬ重圧。大人の魔物でもないただの少女から感じるソレは、ゾフィスの経験したことのないモノ。

 

 それはまるで……強くとも覚悟を持っていない魔物が、絶対の覚悟の元に戦うただの人間の一睨みで拳を止めてしまうように。

 ゾフィスは指先一つ動かせない。

 

「……これより後、嘘と偽りの全てを禁ずる。千年の絶望を解決することこそ貴様の使命。魔界の王、ダウワン・ベルの名に於いて命じられし責務を果たせ」

 

 翡翠から目を離せない。

 キラキラと内に光る輝きは、翡翠を濃く染め上げる何かの色。

 吸い込まれそうだった。彼女の瞳と纏う空気に。

 膝を自然に付き、頭を垂れてもおかしくないと錯覚してしまう程に、彼女から感じる重圧は高貴にして圧倒的。

 

「お前達一族のことを王族は評価しているんだ。長きに渡り叛意を持たず忠誠を示してきた事実は揺るがない。安心して答えるがいい」

 

 少しだけ緩んだ圧に、やっと呼吸が出来るようになったゾフィスは肩で息をする。

 

「……わ、私達は」

 

 途切れる言葉。

 正直に言うしかないと、彼の本能が告げていた。

 

「私達一族は……今はもう消滅したゴーレンの術のあらゆる情報を王から与えられ、何千という仮説を立てた中でもより確実性のある数個の方法を行う為に機材を持ってこちらへと転移して、数か月の試行と研究の後に、千年前の魔物を石版から解放する方法を発見致しました」

 

「ふむ……なるほど。千年の時を費やして、ついに悲願を果たせたというわけか。お前達の一族のその頭脳と能力と努力、まさに称賛に値する。ご苦労だった」

 

 尊大な態度からも見て取れる気高さのある彼女の気。褒められているというのに、安心が来ることはなかった。真っ直ぐに見てくる瞳がゾフィスには恐ろしい。今すぐにでも逃げ出したいとそう思う。

 正直に話すしかなかった。戦ってはならないと、彼は思う。余りにも異質な少女と……そして、彼女の後ろにいるであろう存在が、ゾフィスにとっては恐ろしかった。

 

―――此処まで、なのか。

 

 自分の計画が王族の後継にバレている。復活させて、準備を全て整えて、現代の魔物達の全てを殲滅するという計画を立てていたというのに……その全てがこの少女が現れたことによって台無しとなる。

 王族からの使者であり、魔界の王子である雷帝と知り合いともなれば、ほぼ確実にこの情報があちらに伝わり、千年前の魔物達は復活後魔界に返されることになる。

 

 現代の魔界の王を決める戦いには千年前の魔物達は必要ない。要らない手間を増やすよりも、王の勅命を全うさせるのが最効率だと少女も雷帝も思うだろう。

 自分の企みなど看破した上で、相手は理不尽ともいえる能力を以って自分をも敗北させに来る……そうゾフィスは思った。

 

―――ちくしょう……

 

 竜族に対しての勝算すら出てきたというのにこんなあっけなく崩されるのかと、じわりと湧いている恐怖を理解しながらも、己の計画が頓挫しようとしていることに対しての憤りが湧いてきていた。

 これからという時に入った横やり。確かに本来は彼の計画などなく、魔界に返すことこそが当然のことであろうとも、ゾフィスにとっては最悪のことだ。なにせ、彼が王になる為に出来る最高で最後の策であったのだから。

 

―――どうにか……どうにか見逃させることは出来ないか……

 

 思考が巡る。彼の明晰な頭脳が幾多も案を浮かべ続けて……ふと、とある事象に気付く。

 それは生来持つ彼の悪性によってであり、そして彼自身の在り方に因る所でもあった。

 

―――そ、そうか……千年前の魔物達は……今のところオレしか戻せない。ならば……

 

「……しかしながら、まだ設備も時期も整っておらず――」

「いいか、二度目だ。これ以上はない。嘘偽りを禁ずと、そう言ったが?」

 

 しかして見透かされた心。瞳の奥から来る呆れの感情。確信を持って語られる言葉。

 此処から誤魔化そうとすることも愚かだと、彼女はそう言っている。

 ゾフィスはカタカタと歯を噛み鳴らすほどに震えた。彼に逃げ場は、無い。

 

 ため息が一つ。少女から落とされたソレにびくりと震えたゾフィス。もはやこの邂逅での力関係は決定づけられた。

 

「千年前の魔物の復活は今スグにでも出来るな?」

「……はい」

「その方法を説明しろ」

「ゴーレンという魔物の術を解くには、人間界の月の光に似た光を当てれば成されます。私達が研究していたのはゴーレンが石化を解呪する時に使う術を疑似的に作り出すフィルターであり、その光が月の光に酷似していた為、人間界に来たことで完成に至りました」

「ゴーレンの術が解けてから、再び魔物達に何かしらの後遺症はあるか?」

 

 ふと、言葉が止まる。

 ゾフィスにとって予想外の質問であり、考えていた予測はあれど確定的な答えは無いモノ。

 

「其処までは……何せ今回が初めてのことですから。私達の研究の成果としてゴーレンの術による石化物体に対しての反応は確認していても、完全な復活は未だどの魔物にも行っておりませんので分かりません。一時的な石化解除に留まることさえあり得るでしょう」

 

 事実だ。ゾフィスは問題ないとは確信していても、それが確定でないことを理解している。

 

 研究者にとって絶対や完全という思考は無い。

 進歩や進化を求める彼ら研究者にとって、そういった思考は有り得ない。万が一、億が一でも確率があるのなら、それを求めるのが研究者であるのだから。

 

「ふむ……なるほどな」

 

 しばしの沈黙。すっとその少女が自分のパートナーであろう男の方に目を向ける。

 今の今まで微動だにしなかったその男は、目を向けられたことで漸く動きを見せた。

 

 とはいっても、僅かに目を石版に走らせた程度だったが。

 同じようにそれらに目を向けた少女は、ゆるりとゾフィスへと翡翠を戻す。

 

「では此処で一体の石化を解いて貰おうか」

「な……」

 

 絶句。

 思考の空白が起こり、後に焦ったような表情を見せるも少女の翡翠に射抜かれて口が閉じる。

 

「どうせ復活させるのだろう? ならば今、一体を実験として復活させても支障はないな」

「し、しかし……」

 

 言いよどむとすぐに、グッと、その少女がゾフィスへと詰め寄ってきた。

 

「なら……もう一つの尋ね事を先に済まそう。貴様らの一族が王の依頼によって創り上げた記憶操作の水晶のことだ」

 

 目を見開く。知っていることを反応で伝えてしまった。もう逃げられない。

 

「アレに秘密裏に隠されていた効果によって貴様の部下として扱うことになるはずだった魔物が居たらしい。貴様はその情報を知っていたか?」

 

 ギクリと跳ねた肩と、怯えた瞳をその少女は見逃さなかった。

 

「そうか……そうだよなぁ」

「ひっ」

 

 一瞬。一瞬だけその少女の瞳にどす黒い感情が渦巻いたのをゾフィスは見た。

 心を操る魔物だからこそ、その感情がどれほどに大きいモノなのかを彼は理解できる。

 怒り、憎しみ、嫌悪、殺意、侮蔑……あらゆる敵意という敵意を凝縮し濃縮した感情だったが、それが一端でしかないことすら気付いてしまう。

 声に感情が籠っていないからこそ、彼女の秘める大きな感情が瞳以外に表に出て来ないことでこれ以上ない恐怖を覚えた。

 

「質問を続ける。その部下となるはずだった魔物を貴様は知っているか?」

「い、いいえ」

 

 もう戻ってしまった瞳。感情は欠片さえ読み取れない。

 探るような視線の先で、少しだけリズムをずらした足音で男が近づいてくる。

 

「……いいだろう。信じてやる。

 あの水晶は今こちらの手にある。貴様たちの一族が仕掛けたゲスな術は発動することなく“他の魔物の被害はなかった”。王の懸念は解消された。よってあの水晶は無意味と化した。ただいつ誤爆するかも分からない為、あの水晶に掛けられた術の無効化及び術の解除方法を言え」

「あ、あれに関しては私は関わっていないのですよ。なので術の解除や水晶の無効化方法は分かりません」

 

 また沈黙が場を支配する。

 今度は翡翠から感情が漏れることはなく、大きなため息だけを落とした人間の男が先に少女の前に動き出したのを見てから、彼女はやっとゾフィスから離れた。

 

「分かった。信じよう。おい“D”。まだ話が終わってないのに先に進むな」

「これ以上はいいだろう? それよりもオレにとってはこっちの方が興味深い」

「仕方ない。なら、そうだな……復活させる魔物でも選ばせて貰うか」

 

 好奇心が強いのか人間は集められた石版を見て回り始めた。

 

「おい」

 

 まだ緊張感の取れないゾフィスに向けて、少女が振り返りつつ声を掛ける。

 

「貴様の小賢しい策……“雷帝”は捨ておくそうだ」

「ど、どういうことです……?」

 

 目を見開いて尋ね返すと、鼻で笑って返事を返された。

 

「千年前の魔物達を使ってこの戦いを有利に過ごすつもりなんだろう? この戦いに参加しているのだから王になる為に策を弄するのは当然のこと。貴様の代わりにその研究成果を使ってこちらで復活させてもいいが、貴様達の一族は千年も責務を全うしてきたというのにその最後の大仕事を奪うのは余りにも酷なことだ。

 褒美の余興、と“雷帝”は言っている。残存している魔物を効率的かつ早期に片づけられるからというのもあるし、何よりも―――」

 

 ふっと笑った少女の目が、侮蔑と軽蔑を突きつける。

 

「貴様如きの策で負けるなら……どの魔物が魔界の王になっても魔界が滅びてしまうだけだからな」

 

 あまりにも屈辱的な発言にゾフィスは衝撃を受ける。

 

―――ちくしょう……

 

 もう興味はないとばかりに振り向いた少女の背を睨みつけても何もできない。

 今はまだ、彼に出来ることは何もない。敵の情報が少なく、そしてゾフィスの戦力も整っていないのだから。

 此処でこの少女を消してしまえたら……そう考えても、先ほどの圧力と、“雷帝”の脅威を計算して思いとどまらせる。

 

―――こんな……こんな屈辱を受けてオレは……しかしまだあいつも……ブラゴまでも居るというのに……

 

 立ちはだかる壁の多さと大きさを再確認して、彼の心は冷えていく。

 

―――今はまだ(・・・・)雌伏の時……必ずやその心を叩き潰して、余裕を持った顔を絶望に歪めてやる……

 

 心に宿した怒りを持って、彼は石版を選ぶ少女を無感情の瞳で見続ける。

 必ずその少女を屈服させてやると決めながら。

 

 

 

 

 

 彼自身に宿った憤りすら、星の力を宿した人型魔物の石版を手に取って頷き合う二人の計算の内だと知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。


前回のアンケートにて密かに√分岐をしていましたことを此処に報告します。
ご協力に感謝します。

ゾフィスくんのちょっとビビりな感じと、バリー戦の清麿くんみたいな“圧”を表現出来てたら嬉しいです。

ゼオンくんはガッシュくんと見た目似てるのがバレたらダメなので変装。
変装姿の参考は雷句先生の作品“どうぶつの国”で一番好きな子“リエム・ヴィーヴル”ちゃんから。

次回はゼオンくん視点での続きになります。

ガッシュ2最高過ぎてほんともう最高でほんと(語彙力)

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第二十六話:称賛と最終線と

いつもありがとうございます。


 

 まったくもって腹立たしい。

 

 どうにか感情を抑える術をデュフォーと訓練しているから抑えられたが、それでも出会った時から話している最中に何度も危うい所があった。

 自分の至らなさが情けない。

 こんな……こんな屈辱的な恰好までしてオレ達の計画を進めようと決めたのに……やはりガッシュのことを思えば自分が抑えられないことが有り得た。

 

 どうにか耐え抜いたのはデュフォーのおかげだ。やはりオレはまだまだだ。初めのチョップはまあアレだとしても、デュフォーが何度もオレに対してだけ気付くような合図を送ってくれたおかげで常に最低限は感情を抑え続けられたのだから。

 本当に頼りになる。質問をしている最中も、足音などでウソとホントをオレに教えてくれていたし、こうしてオレ達にとって一番欲しい情報を持っていそうな千年前の魔物と語る機会をしっかりと作りだしてくれた。

 計画通りに進めている安心感に心の内だけでほっとしていた。

 

 そう……今、坑道の内部の小さな小部屋の中で、ゾフィス達の創り上げた研究の最終結果が成されようとしている。

 

 オレとデュフォーが選んだ千年前の魔物は……星の使徒パムーン。

 

 過去の戦いに於いて竜族に次ぐ程の実力を持っており、心の在り方は騎士と呼ぶに相応しい清廉潔白さを持っていて、過去の魔界の事情にも詳しく“雷のベル”についての知識もある者。

 過去の戦いの情報や、デュフォーの能力での話を聞いて、オレの興味が一番向いたのがパムーンだったのだ。

 

 一応は石版に封じられたとされる時期が後半の魔物の内、他にも候補は居たのだが……魔界の有能な教育を受けたパムーンが一番の適任と見て保留とした。

 個人的には……友である月の魔物が封じられたことでその魔物を助ける為にと単身ゴーレンに向かったという、仲間想いのV字型の魔物とも話してみたいところだ。

 

 

 思考に潜る。

 

 こういう時、デュフォーの能力は便利だ。

 過去にあった戦いの情報でさえ、ほんの少し切片があれば“答え”として知り得てしまえるのだから。

 

―――心の底から有り難い。デュフォーに返しきれない恩が積み重なっていくな……。

 

 甘えているのだろうか。甘えているのだろう。

 今回のことだって一人でできなければならないことのはずなのに、デュフォーが止めてくれることを何処か当然と構えていやしないだろうか。

 結局オレがしたのはゾフィスに対して質問をしたことだけ。

 

 この筋道を決めたのはデュフォー。それに今は……他のことを任されて送り出してくれたカイルとレインも居る。

 

―――ああ……借りばかりが増えていく。本当に……

 

 腹立たしい。

 

 自分が。このちっぽけで矮小な存在が。

 

 弟一人を満足に守ることの出来なかった出来そこない(・・・・・・)の兄が。

 

 借りを返すことは出来るのだろうか。いつしか、あいつらにこの大きな借りを返せる時が来るのだろうか。

 

 そんな思考に潜っていると、デュフォーがバカにしたような顔を向けてきた。

 こいつは能力のオンオフが自在だが、今回はオレがゾフィスに対してなんらかの縛りを与えないかとオンにしているらしく、どうせそれでオレの思考の答えを出したのだろう。

 別にもう、こいつに心の中を読まれようが気にしない。そういう能力を持っただけのヤツなのだと理解すれば恐れる必要も起こる必要もない。重宝こそすれ、千差万別の魔物の国を治める王になるというのなら……この程度の能力(・・・・・・・)に色眼鏡を掛けて見ることこそ馬鹿らしいのだ。

 同じように、普通の奴らなら気味悪がるかもしれないけれど、オレが気にしないと分かっているからこいつはオレの目的の最効率の為に惜しげもなく使う。互いに理解しているから苦にならん。

 

 そうしてオレが今回のような卑下した思考をしていると……決まってこうやってバカにした顔をして見てくるのだ。

 いや、能力を使わずともこうやってバカにしてくるけれども……。

 

 次に口にする言葉は決まっている。

 

「頭が悪いな」

 

 睨んでやると、小さくため息を吐いて顔を逸らした。

 わざわざ口に出してくるのがこいつだ。

 オレが悩んだり、自分に苛立っていると、決まってこいつはそう言うんだ。

 

 最近気づいた。

 こいつのコレは、他のヤツ――特にシェリー――には理解が出来てない時にわざわざ口にして煽ることが多いけれど、オレに対しての場合はいつもガッシュ絡みやオレ自身が打ちひしがれている時に焚き付けるようにそう言う。

 

 分かっているさ。

 お前はこう言いたいんだろう?

 

 そんなくだらないことに頭を使っていないで先を見ろ、と。

 自分を卑下しているのならより高みを目指そうと切り替えろ、と。

 

 まったく……そういうところが余計に借りを作られていると感じるのだ。

 こいつが焚き付けてくれるからオレは早くに切り替えられる。

 とは言っても、口に出してやるのは腹が立つので別の話題を振ることにした。

 

「ふん……まあいい。それよりゾフィスは何やら手間取っているようだな」

 

 石版を渡してしばらく。準備をするからと奥へと消えてからもう数十分経っていた。

 投げかけた言葉にデュフォーはじっと奥を見やってから

 

「一応は何か怪しい動きをしているわけではないな。失敗は許されないからと全てを確認しているみたいだ」

「ほー、思いの他まじめなようで安心したぞ」

「さすがにあいつにとっての敵の情報が分からない内は余計なことはしないらしい。“雷帝”の二つ名が大きいんだろう。お前のことも警戒していることから、あいつは少なくとも二人の厄介な敵が相手だと誤認しているし、“その首飾り”によって魔力偽装も出来ているから下手な手出しはしてこないだろう。作戦はとりあえず成功だ」

 

 なるほど、と一人ごちる。

 確かに軍の魔物達と訓練をしていたから、オレの力量がどれくらいかは伝わっていたのだろう。

 女装は遺憾なことではあるが効果があったのなら呑み込んでやる。

 

「此処までしたのだから何も効果がなかったらさすがのオレでもキレていたぞ」

 

 またデュフォーを睨むと同時、ちゃらり、と首飾りが音を立てて揺れる。デュフォーの瞳が首飾りを追った。

 

「……ソレを使う時はまだ来ないな」

「分からんぞ? パムーンが石版の封印から解かれて暴れるようなら使う可能性もあるのではないか?」

「いいや、パムーンは素の力だけならお前よりも劣る。パートナーが居ない状態ならお前一人で十分だろう。だが、くれぐれもマントは使うなよ?」

「ならいいか、マントについては気を付ける。せっかくレインにも協力してもらっていることだしな」

 

 一応というように言って来たデュフォー。

 この“レインによって創られた首飾り”のおかげで身体周辺の魔力を誤魔化せるから瞬間移動等はどうにか隠ぺいできても、マントを使ってしまうと効果範囲を外れるのでオレの魔力がバレてしまうのだ。

 

 ベルの雷が少しでもバレてしまえば警戒心の強いゾフィスのこと、此処はヤツのホームであるのだから魔力パターンを記録されてガッシュの雷との波長の類似点などから関連性を暴いてしまうことだろう。

 そのくらいはオレでも考えつくし警戒する。敵の情報を知ることこそが戦いに於いての一番真っ先にするべきことであるのだから。

 

 故に、オレはレインに協力して貰って一つの策を講じている。

 首元でちゃらりと鳴るこの牙と爪の首飾りは……気恥ずかしいことだが、あいつとオレの二人で創り上げた“ガッシュの為の絆”だ。

 初めての試みが上手くいって嬉しい限り。デュフォーとカイルの協力あって出来上がったコレは俺達の自信作であり、必ずや、ガッシュの為に役に立ってくれることだろう。

 

 そうこう考えている内に準備が整ったらしい。

 コツ、コツと靴音を立てて坑道の奥から歩いてくるゾフィスは、仮面から見える瞳を怪しく輝かせてオレ達に笑った。

 

「準備が出来ましたよ、お二方。どうぞ、奥へとお進みください」

 

 少しの屈辱と、そして自らの手腕に対する自信をしっかりと持った声音。

 では、貴様達の研究の成果をしっかりとこの眼に見せて貰おうか。

 

 罠の危険性はないと、デュフォーが無言の中にオレにだけ分かる合図を指の動きだけで示して伝えてくる。

 コクリと頷いただけのオレを見て踵を返したゾフィスに続いて、オレ達は二人で奥へと歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 坑道の地面にぽつりと置かれた石版の上にはいくつものスポットライト。

 

「上にあるのは私達が考案したゴーレンの術を疑似的に生み出すフィルターを付けたライトです。月の光という答えに行きつくまでに五百年、正体の解明に二百年、適切な数値の判定にも二百年、そしてこのフィルターを創り上げるのに実に百年の時間を要しました。

 本来、月の光は太陽の光を反射して生まれるモノですが、その太陽の光は月の光を反射した時にだけ特殊な波長を持つことが確認されています。私達は仮にブルーツ波と名付けました。

 そのブルーツ波は月の大小に関わらず満ち欠けによってのみ大きさが変わるのですが……満月の時のみ、1700万ゼノという単位を超えるブルーツ波が生み出されます。我らが魔界の月でも同様に。私達は満月のブルーツ波によってのみ、ゴーレンの術によってつくられた石屑に僅かばかりの変化が現れることを研究の末に発見し、このブルーツ波こそが突破口だと確信しました。

 計算と試行錯誤を繰り返した私達一族は千年かけて……漸く、ゴーレンの石化解除術と同等レベルのブルーツ波の数値を試算することに成功します。ゴーレンの石化を解除する術はその満月を遥かに超えるブルーツ波を生み出すことではありますが……多すぎた場合に石版を壊して魔物を殺してしまっては大変です。そういった最悪の事態も想定した上で、的確にして適切な数値を測りきることは必須でしたからね。なにせ……魔物の子供達の命が、掛かっておりましたから」

 

 つらつらと説明される中で、ゾフィスの声にはいくつも感情が浮かぶ。

 

 一介の研究者としての純粋な熱意や、己達の研究が如何に細やかで大変なモノであったか。

 単一個体であり既に消滅した魔物の術の解析から、試行錯誤を繰り返しての原因の究明、現物がない状態での手探りの情報解析に調査……まさに血の滲むような研究であっただろう。

 

 ゴーレンを消滅させなければこうはならなかった……と、単純に言えることではない。

 なにせ……曲がりなりにも魔界の王となりし男が、魔界の脅威と認めて消滅させた個体なのだ。しかも一人では勝利できなかったとまで聞いている。それがどれほど危険なことか分からないゾフィスではなく、サンプルが少ないことには一つも文句は言わなかったようだ。

 

 これこそがこの一族の長所。

 腹に一物を抱えているとはいえ、なんとも優秀な一族であることは間違いない。

 

 最後に付けたされた魔物の命という単語が少しばかり軽く聞こえるのも、研究者という立場にあれば少しは仕方ないことなのかもしれない。

 こいつらは命を普通には見れない。見てはならない。研究者という性質上、こいつらが見るのは多種多様な魔物を“識る”ことが必須なのだから。

 

 

――ある意味で、そういった意識というのは……生物の命を数として判定を下さなければならないという点に於いてだけは……王と同質、なのかもな。

 

 

 非情にもならなければ政事は回せない。オレの学んできた帝王学に於いてもそれは同じく。

 切り捨てることも必要だと頭では理解しているさ。最も、救える者を全て救う選択を見捨てることなど絶対にしないが。

 

「そして試験結果に於いては、一度石化を解いた状態から元に戻ることはありませんでした。ただそれはまず大前提としてサンプルとして渡されたゴーレンの術が掛かった物体が低級術であったことと、この石版になっている魔物達に掛けられたのがディオガ級であることの違いを無視してこそ出てくる結果です。

 魔物の術が等級によって威力が変わるように、ゴーレンの術も等級によって効果が変わることも考慮せねばならない。何が起こるか分からない現状、復活させたとしても石に戻る可能性すらありますし……ゴーレン自身の術でないのですから……最悪の場合……復活が不完全に終わる、もしくは復活してすぐに死に至る、ということも可能性の一つでしょう」

 

 真剣な光の宿る目は、これが真実であり己に出来る予測の限りだと伝えていた。

 こんなことでウソを言っても仕方ない。何より研究者という性質から、こいつは研究報告でウソはつかないだろう。

 

「可能な限り被験者達のリスクを減らすように最大限の研究を行って来たのが今回です。人間界に来るのも千年に一度とくれば……失敗は許されない」

 

 つーっとヤツの顎に汗が伝った。

 緊張しているのだろう。それもそうだ。ヤツらの千年の集大成を一身に背負っているのだからな。

 両肩に圧し掛かる重荷はとてつもなく大きいはず。

 

「例えば……」

 

 声を出すと、ゾフィスはビクリと跳ねた。

 

「石版にされている魔物の意識はどうなっているんだろうな?」

 

 質問を投げれば、ゾフィスはすっと目を細めて小さく息を吐いた。

 

「分かりません。そればかりは私も試験的に一体を復活させてから聞き込みを行うつもりでしたから」

 

 ウソはないらしい。デュフォーの合図で分かった。やはり情報を集めることを前提としているようだ。十全を整えてから魔物達の掌握に移るつもりだったのだろう。

 

「もし、魔物達が今現在も意識があるというのなら、この会話も聞いているに違いありません。そうかもしくは……音は聞こえず、僅かな感覚だけが残っているのかもしれません。それかやはり、意識が闇へと落ちていることも。復活させてみなければわからないですね」

 

 少しの焦りが見えることから、奴は其処を少し失念していたのだろう。

 石版の前で何かしらの語りをしたことがあるのかもしれない。

 

「そうか。なら……離れておけ」

「え……?」

 

 すっとヤツと石版の前に出て背を見せると、困惑の声が落とされた。

 

「千年間も意識があったまま放置されていたとするならば、だ。その理不尽に、その苦痛に、その絶望に……彼らは復活してすぐに暴れることもあり得るだろう。時間が止まったままならば……目の前のゴーレンに攻撃をしようとするかもしれん。

 だからこそ、壁くらいにはなってやろうというのだ」

「あ、ありがとう……ございます?」

 

 まだ困惑しているのか疑問で返すゾフィスは、少しだけ離れたようで数歩下がった気配がした。

 術による攻撃がないのならば大丈夫だと思うが……何せ千年前の上級な戦士だ。油断はしてはならない。

 

「さて、お前達の努力の結晶……見せて貰おう」

「ええ、お納めください。では……行きますよ」

 

 バサリとマントを揺らして声を送ると、ゾフィスは返事と共にパチリと指を鳴らした。

 

「ライト!」

 

 音声か、はたまた魔力での認識か……それだけで点灯した多くのスポットライトに照らされた石版から、めきめきと音を立てて一体の魔物が這い出てくる。

 星を司る色。カタチを取り戻していく毎に溢れてくる強大な魔力。

 

 地に足を付けると同時……そいつは吠えた。

 

「ぐ……あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 宙を仰ぎ、喉が潰れてもいいというように大きな声を上げて叫んでいた。

 

「あああああああああああああっ……ぐっ、くぅううう!!!!!」

 

 次第に……次第にそいつの目から涙が零れ始める。

 

「あぁ……ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 頭を抱えて、苦しそうに眉を寄せて、そいつは地に膝を付き頭を垂れる。

 

 その声は……聞いていて心が抉られるような哀しい声だった。

 その声は……耳を抜けて苦しみを運んでくるような重い声だった。

 その声は……胸の内に穴をあけてしまうような……寂しい淋しい声だった。

 

 オレは息が止まった。

 その声に、心が震えてしまった。

 

 千年という時間は彼らをどれほど悲しませたことだろうか。

 千年という時間は彼らをどれほど苦しませたことだろうか。

 千年という莫大な時間の孤独は……彼らにどれほどの寂寞の絶望を与えたことだろうか。

 

 哀しいという想いが、苦しいという想いが、寂しいという想いが……彼の絶望が胸に突き刺さってしまう。

 

 ギラリ、とそいつはオレを睨んだ。

 それだけでオレの脳髄に、カチリと音が鳴った気がした。思考訓練の賜物から、意識が切り替わる。

 

 ふっと消えたそいつの身体。

 瞬間――バギリ、と大きな音を立ててオレは拳を受け止めた。

 

「……ふん」

 

 ギシギシと歯を鳴らすそいつと瞳を合わせると……その奥底にある感情に気付く。

 

――これは……恐怖か。

 

 怒りかと思ったが違った。こいつは恐れている。

 息荒く、そいつはオレを睨みつけてくるが感情は誤魔化しきれていない。

 ただ間違いなくこの力、オレでなければ受け止められなかっただろう。

 

「貴様は……“誰”だっ」

「落ち着け、パムーン」

「何故オレの名前を知っているっ!」

 

 呼びかけても今度は怒気を突きつけられる。

 混乱しているのではない。理性と知性がある瞳。

 現状を理解していないのはあるが……違うなこいつのコレは。

 

――ならこうするしかないか。

 

「……ダウワン・ベルからの言伝がある。落ち着いて話をするのなら伝えよう」

「なにっ」

 

 驚愕に目を見開いたパムーンは、拳に力を込めながらも漸く思考を巡らせ始めた。

 

 そっと耳元に口を寄せて呟く。

 

「お前、オレの本当の魔力に気付いているな? さすがは星の使徒。復活させたのは後ろの魔物だが……ヤツに気付かれない場所で語ろう」

「……いいだろう」

 

 さすがは上級の魔物。理解力も思考力も段違いだ。

 今のやり取りだけで状況をある程度理解したらしい。

 

 そうしてパムーンは……すっと、頭を下げた。

 

「すまない。混乱していた。そして……オレを石の呪縛から解き放ってくれてありがとう」

 

 オレとゾフィスに、彼は頭を下げていた。

 

「いいのですよ。長きに渡る呪縛……本当にご無事で何より。何処か身体におかしな所や異変を感じる所はありませんか?」

 

 研究者としての声音で語るゾフィスは、いたわるというよりも確認といった感じだった。

 それでもその声の真摯さは確実で、パムーンは己の身体を見回しつつ動かしてから、ふっと口元を緩めた。

 

「ありがとう。どうにか良好なようだ」

「二、三の質問をしたいのですが構いませんか? 質問の内容は少し貴方の心に負担を掛けるかもしれませんが……」

「ああ、構わない。呪縛から解放してくれた恩人だ。答えられることは答えるさ」

「ありがとうございます。では……石化時から今までの記憶はありますか?」

 

 ビクリと震える身体。そして引き攣る頬。

 瞳が恐怖に濁ったのを、ゾフィスもオレも見逃さなかった。

 

「……漠然とした感覚だけはあった。視覚も聴覚もぼんやりとはしていたからはっきりとは……。雨や風を受けていたり、冷たい土、雪、石の中……波の感覚……人の声」

 

 それでも答えてくるパムーンは、やはりというかまじめで律儀な男。

 

「一番印象に残っているのは最近のことだ。記憶に新しいからな。変な人間に触られて変な声を出されたり、氷河に浸けられ、熱湯を掛けられ、粉を掛けられ、魚でビタンビタンとビンタされ……何時間もあらゆる、あらゆる意味がわからない変なことをされて……きゅっきゅと、顔と身体に何かを……何かをっ!!! くそぉっ!」

 

 わなわなと震え始めたパムーンは、怒りと屈辱からかダンダンと大地を叩いて悔しがり始めた。

 

――子供の悪戯にしては悪質でわけがわからん。誰だそんなことをこいつにしたのは。イカレてるのか? とても人間の所業とは思えん。動けない時にそんなことをされたらオレでも屈辱で怒る。

 

「……っ」

 

 隣で、デュフォーが震え始めた。わけがわからん。しかも何かを堪えているようだ。

 あれだ……オレがカツオブシを食べているのを見ている時と同じ目をしてる。これは……その人物の行動を答えとして出したな? そしてその答えに面白いと思っている。そういうこと。

 

「そ、それはとても……その……とても恐ろしい目に、あったのですね……」

 

 どう反応していいかわからずにゾフィスすら困惑しているが。

 同情の眼差しも送っている。パムーンは悔しがることに必死で気付いていない。

 

「あ、あの……次の質問いいでしょうか?」

「……スゥーっ……ああ、いいだろう」

 

 どうにか抑え込んだパムーンが取り繕う表情で立ち上がりつつ頷き腕を組む。もうキリッとした顔をしても遅いと思うぞ。

 なんだろう。少しイメージと違う、かもしれない。もっとこう、カッコイイ凛とした騎士な男をイメージしていたんだがな。ちょっと親しみやすさがあるじゃないか。

 まあいい。

 

「復活する前後で私達の存在には気づき、復活させて貰えるということを理解していましたか?」

「ふむ……漠然とした感覚だったからな、誰やらが話しているとは感じていたが、その内容まではあまり聞こえていない。ただ……先ほども言った通り、大声で何かを叫んだりすればある程度聞こえたりはするかもしれないな」

 

 その解答は、ゾフィスが他の魔物を復活させる上で重要な情報となるだろう。

 つまり事前に復活させることを知らせることが出来るということなのだ。先ほどのように突然襲われでもしたらゾフィスも不可測の事態となってしまうだろうし、当然の質問だろう。

 安全確保の方法を考えているのだろう、ゾフィスも顎に手をやって思考に潜っていた。

 すぐに頷いたヤツは、最後ににやりと笑ってこんな質問を投げた。

 

「では最後に……貴方の心にあるのは……怒り?」

 

 しん、とその場が鎮まる。

 くつくつと、パムーンは笑い始める。

 

「くくっ、はははっ! ああ……それは……」

 

 ゴッと、パムーンの身体から魔力が溢れだした。

 

「当然だろう? 不甲斐ないオレ自身と、こんな絶望を味合わせたゴーレン及びに戦いの管理者と、そして……千年も、放置されたという事実に!!! 怒りを覚えないで!!! いられるものか!!」

 

 ゾフィスが息を呑む魔力量。レインの本気と同等かそれ以上だなこれは。凄まじいの一言に尽きる。

 しかしすっと、魔力が収まった。

 

「なんてのは、オレは思わない。己の力量不足を悔やみこそすれ、他に当たるのはオレの信念に反する」

 

 誇り高き星の使徒は、はっきりと、きっぱりとそう言った。

 ただ言いながらも、その心の奥底に眠る恐怖をオレとゾフィスは気づいてしまった。

 千年という長きに渡る絶望の時間は、この誇り高き魔物の心に最悪の傷跡を残してしまったようだ。

 

「ただし、怒りをもっている魔物が大半だろう。オレみたいなのは稀有な例だ。千年も閉じ込められていた絶望と苦しみ、そして鬱憤を発散したい。そう、多くのモノは思っているはずだ。何せ……本当に苦しかったからな」

「なるほどなるほど。参考になりました」

 

 カタカタと手が震えるパムーンを見ながらにこやかに言うゾフィスは、己の計画が上手くいきそうだというようなことを考えているのだろう。

 止めないと言ったからには釘をさすこともしない。

 

 “ゾフィスに直接は”

 

「ロード、少しパムーンを借りて行くぞ」

「そう来ると思っていましたよ。どうぞどうぞ。どのみちバレるのでしょうから下手に監視等も付けませんが……警戒するのでしたら外ででも構いません。ただし……事後の経過観察も必要な為、彼を貴方のお供に連れていくのだけはご容赦を」

「分かっている」

 

 どうやらヤツも此処までは呑み込んだようだ。きっとオレが打つ手に対しての対策も講じてくるのだろう。

 すっと身体を寄せて、ヤツと最後に目を合わせる。今後の為に、そしてシェリーとの約束と、デュフォーの能力による把握の為の語りを一つ。

 

「よくやった。千年の長きに渡り、お前達一族の働きに王も魔界の魔物全ても感謝することだろう。その功績は魔界にて大きく評価される偉大なモノであり、語り継がれるに足りる素晴らしい行いである。一族だけではなく、貴様自身の能力も分析力、状況把握、リスク管理、工程進行、決断力、行動力、忍耐力、どれもが素晴らしいモノだ」

「あ……ありがとう、ございます」

 

 少し面食らったゾフィスの目に、純粋な歓喜の色が浮かんでいた。

 そう、こいつの研究は正当に評価されるべき成果なのだから、ちゃんと伝えることはしなければならない。

 

「願わくば……本気でぶつかりあえる好敵手として戦いたいが……策を弄すのも王となるモノの嗜み。どうやってこいつらを説得し、こいつら本来の力を使うのかは知らんが……お前が成す策の全てを受けて立ってやろう」

 

 人間や魔物の心を操るなんていう、心の底から気に喰わないことをするヤツだが。王になろうという気概と、その能力は評価しよう。

 この語りと、それに対しての反応によってデュフォーの能力に“答え”が出る。

 一瞬だけ目が泳ぎ、ライトと石版とデュフォーを見た。

 

 月の光。ゾフィスの性格。石版の魔物からの情報、そしてオレからの語りへの反応。これだけの情報が出てくると答えを出す者(アンサートーカー)の答えが増えることになる。

 

 とんとん、とデュフォーが指で合図を送ってきた。どうやら出たようだな。

 

 

 人は変わるモノだ。オレだって変われたんだ。こいつもきっと、この戦いで何かを得ることになるのかもな。それがいい変化であることを願ってもいいかもしれない。

 

 

 だがもし……もし、こいつがオレの怒りの最終線を踏み抜いて来ることがあるのなら。

 

 

――ブラゴとシェリーの後で、オレからもじっくりしっかりと“教育”させて貰おうか。

 

 

 

 

 

 マントを翻して歩き出すと、パムーンとデュフォーがオレの後ろをついてくる。

 

 さて、オレに出来るイトをもう一つだけ張ってみようか。




読んで頂きありがとうございます。


ゾフィスくんいらんことしなかったら凄いことしてるよねって話。
月の光はドラゴンボールの設定が面白くて好きなので用いさせて貰いました。

パムーン……カッコイイはずなのに清麿くんのせいでちょっと可哀想なことに。

次はパムーンとのタイマンでお話と他のペアを少し。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第二十七話:千年の代償

いつもありがとうございます。

少なめですが区切りたくなったので区切らせてください。


 

 

 

 

 坑道を抜けてしばらくの場所。

 念には念を入れてゾフィスから大きく距離をとって離れたところで、漸くゼオンは足を止めた。

 無言でついてきていたパムーンは苛立っていることなく、振り向いたゼオンと瞳が合わさると腕を組んで少し覚悟を決めた表情へと変わる。

 

「“D”。どの程度こいつに説明する必要がある?」

「どの程度、という匙加減が難しいな。ヤツの状況やこれからの計画の予測など、明かしていい“答え”の関係上、オレが話そう」

 

 目の前で為される会話に少し眉を寄せるも、千年後の人間界に復活したばかりで情報が足りないからとパムーンは話の続きを待った。

 

「さて……どこから話すか。とりあえず、先ほどの魔物はゾフィスという。心を操る爆発の術の一族の末裔……といえばオレとこいつが此処まで警戒してお前と話すことになった理由は理解出来るな?」

 

 聞いてすぐにすっと細くなった眼差しがデュフォーに向けられ、納得だというようにパムーンが頷いた。

 

「そういうことか。心を覗き、心を操り、心を作れる……なるほど、確かにあの一族ならオレ達千年前の魔物のパートナーの準備もできて、最悪の場合は心に介入することで従わせられることも出来るから此処まで警戒しているわけだな」

「お前ほどの高き心を持つモノであっても、油断をすればどうなるか分かるだろう?」

 

 ゼオンから語り掛けられてピクリと反応したパムーンは、目を閉じて顔を歪めた。

 

「……よく、分かっているさ。油断したからこそ今のオレが居るんだ」

 

 過去。甘さという油断によって石版に封じられることになったから今がある。

 己の失態を千年の間石の中で見据えてきたことを思い返した彼は、どうにか気持ちを落ち着かせたようで、真っすぐにゼオンを見詰めた。

 

「それで? わざわざ変装までしているお前にとっては、此処で正体をオレに話してしまうことは記憶を覗かれるリスクを考えるとしたくはないんじゃないか?」

 

 真剣な眼差しで問いかけるパムーンの言葉は正しい。

 彼の言うように、もしもゾフィスに彼の正体がバレてしまっては手を打ったことは水の泡となってしまうのだ。ガッシュのレベルアップを狙っているのならば、出来るだけリスクは減らしておきたいというのがゼオンとデュフォーの考えである。

 

 だが……

 

「構わない。ゾフィスという魔物が使う記憶操作の術はとても繊細で緻密な術だ。記憶を覗くことはパムーン自身が了承して身体を完全に許す必要があって、本人が許可しない状況なら寝ている時くらいでなければ不可能だろう。その点で言えば、個人の実力がゾフィスを凌駕しているパムーンであればそんな隙を晒すこともない」

 

 語りを行ったのはデュフォー。ゾフィスの能力を完全に詠み切っている人間という特異な存在に、パムーンは驚愕の表情で彼を見た。

 そのままデュフォーの言葉は止まらない。

 

「別人格を入れたり暗示で操ることにしてもそうだ。それこそオレとこいつが以前対処した水晶、ゾフィスの一族が創り上げた……“記憶そのモノを封印した上で隙間に別人格を植え付ける”くらいしなければ出来ない。あの水晶にゾフィスが関わっていないのなら、記憶封印と人格移植のシステム構築を同時にして従えるのは時間的にも必要素材的にもほぼ不可能。千年前の魔物達の掌握、そしてそいつらの術の力を従える為にパートナーとなる人間の捜索と調整……それら全てを行いつつ己の都合のいいように操れる人格を作成して己を超える存在にインストールして使役するには試行回数も足りなくなる上、理不尽な服従を強いることを恐れた他の魔物達の暴走等まで考えなければならないから、ゾフィス自身のキャパシティを超えるだろう。

 まだ正確な“答え”は出ないが……そもそも四十もの人間を都合のいいように掌握するシステムの管理を一人でしつつ過去の魔物達の管理運営も同時並行で行うんだから、あいつが担う負担は計り知れない。そういった背景がある上、オレ達が話すのがパムーンだからこそ、オレ達は正体を明かしてこちらの情報を大きく話しても問題ないんだ」

「だ、そうだ。ならこの忌々しい変装ももう解いてもいいな?」

「……この後に他のペアと少し会う予定があるから今脱いでもまた着ることになるがいいか?」

「な……おい、聞いてないぞ!」

「まあこの後の話は置いておいて」

「おい! 無視するな!」

「……」

「ため息を落とすな! そろそろ怒るぞ!」

「今はパムーンと話しているから待て」

「ぐ……後で覚えておけ……」

 

 どうにか自分のプライドを傷つけ続けている変装を解除しようとした所に爆弾発言を落とされて怒るゼオンを抑えて、デュフォーはパムーンに再び向き合う。

 

「そちらはゾフィスの能力に警戒さえしてくれたら十分だ。今の説明内容の通りに、オレ達はゾフィス側が打ってくるであろう手をある程度予測している。数十に及ぶパターンで対策をシミュレートしているから、何も気にせず安心して話を聞いてくれていい」

「……驚いた」

 

 ほうと感嘆のため息を落としつつパムーンが口を開く。

 

「奴らは昔から賢い一族だが、どうやらお前は軽くそれの上を行く知将らしい。その口ぶりならオレから情報が洩れることも対策出来ると見た」

「……」

 

 無言で表情を変えないデュフォーの様子に、ニッと歯を見せて笑った。

 

「優しいヤツだな。オレのプライドなど気にしなくていいのに。敵が誰であれ、油断の如何があろうと、不可測が起きることはあるんだ」

「……侮られた、とは思わないのか?」

 

 ゼオンが横から尋ねるとパムーンは笑みを深くした。

 

「侮るなんて……やっと思い出したくらいだぞ。ふふ……千年……千年だ。石になってどれくらいの時間を過ごしたことか」

 

 穏やかながらも瞳の中に浮かぶ恐怖の感情。震える指先をどうにか抑えようとしても、パムーンの震えは止まらない。

 ゼオンはハッと息を呑んだ。

 

「考えるのを放棄したこともあった。意識を微睡の中に揺蕩わせている間だけが安らぎだった。眠っているのか、そうでないのかも分からないぼんやりとしているだけの時間。自然と一体化して溶け込んでいるような時間が安らぎとなってしまった。慣れてくると自分という存在の境界があやふやになって来て、“オレという個”が曖昧になってくるんだ」

 

 哀しい光が瞳に浮かぶ。

 

「数年の孤独と、数年の人間に晒される時間の繰り返し。外の状況が分かれば思考を巡らせることが出来て、そうしてオレは数年置きに個を取り戻すんだ。きっと己を失わないようにする呪いでもかかっているのか……石にされている間は、オレは発狂など出来なかった」

 

 すっと目を細めたデュフォーを見て、きっと能力を使ったのだろうとゼオンは理解する。

 

「分かるか? 狂うこともできず、動くこともできず、何もすることがなく、唯々好きなようにされて、唯々流れる時を見続けるだけの世界を」

 

 その瞳に渦巻く絶望の深さを、ゼオンは初めて知る。

 ぐるぐると渦巻く昏い彼の感情に……ゼオンはごくりと生唾を呑み込んだ。

 

「石から解放されて……感情ってモノを急速に取り戻した。ゴーレンの術はそういう術だったんだろう。封印される前の感情を解除した途端に正常に戻す……千年の石の拷問の記憶を……より鮮明に、残酷なカタチで記憶に刻みつけるような……そんな術、だ」

 

 ぎゅっと、彼は自分の両腕で自身を抱きしめる。

 カタカタと噛みあわされる歯は、取り戻した感情によって石であった時の記憶を恐怖として刻まれた証左。

 

 震える手が、ゼオンに向かう。

 

 ぎゅっと、彼の服を掴んだ。

 

 其処でパムーンは……復活した時のように、その瞳から涙を零す。

 

「なぁ、ベルからの言伝があるんだろう? 教えてくれ……魔界は、どうなっている? 千年という時で、何が変わったんだ? オレに……帰る場所はあるのか? 父は……母は……どうなっている? オレの家はあるのか? オレ達の一族の村は? オレの通っていた学校は? オレの大好きだった場所は?」

 

 縋るような眼と、希うような声音。

 

「父と母は誇らしげにオレを送り出してくれたんだ。必ず王になるという約束は果たせなかったけれど、せめて……せめて一目だけでも会えないか? ははは……いや、分かっている……分かっているけれど、昨日のことのように思い出せるこの記憶を、オレはどうすればいい? いつでも心を癒してくれた母の暖かい料理も、誇らしげな父の微笑みも……オレには……もう……」

 

 ずるりと彼の身体が崩れ落ちる。決して手は離さずに、彼は祈りに似た形でゼオンに縋った。

 

「そう、そうだ……誰もいない……誰もいない、んだよな、もう。オレは……っ。オレを……オレを覚えている誰かは……本当に魔界で……待っていて……くれるのか……?」

 

 嗚咽と共に、彼はゼオンを見詰めた。

 滂沱の涙を流しながら、彼は泣き笑いの表情でゼオンに縋る。

 

「なぁ……」

 

 ゼオンは動かない。いや、動けない。パムーンの声が、向けられた瞳が、心があまりにも哀しかったから。

 

「っ!」

 

 溢れ出る感情が何かを、デュフォーは能力で知る。

 強い感情を知りたいと、ふと思い至ってしまったが故に、デュフォーは……己の好奇心を悔いた。

 

『淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい淋しい』

 

 千年もの間に凝縮された寂寞の感情を、デュフォーの能力が“答え”として脳髄に叩きつけてくる。

 まるで思考全てが塗りつぶされるような初めての感覚に、デュフォーは片手で頭を押さえて顔を逸らす。

 

 狂えないという地獄。濃縮された感情の渦は忌むべき術によって無理やりに抑え込まれていただけで、氷塊が徐々に溶け出すようにパムーンという魔物の心の奥底から溢れている。

 

――これは……オレが過ごしてきたモノとは別の……地獄だ。

 

 時間の経過という最も残酷な拷問を受けた者の末路。世界に取り残された存在の寂寥。孤独という牢獄で壊れず過ごしてきたことで溜められた呪いにも似た泥濘。

 識ってしまった“答え”によって、デュフォーはゼオンへと頷いた。

 瞳の奥に輝くデュフォーの感情に、ゼオンは分かったと無言で返事を送る。

 

 少しでも楽にしてやってくれと、そう伝えていた。

 

「うぅ……あぁ……オレは……みんな……もういない……もう、会えない……」

 

 大地に両手をついて、頭を抱えて蹲ってしまったパムーンを見詰めながら、ゼオンはバサリとマントで己を包んだ。

 そうしてマントが元に戻ると……いつものゼオンが其処に居た。

 

 

――どれほどの絶望だろう。

 

――千年だぞ。

 

――オレなら……

 

――オレなら……千年もガッシュに会えないなんて、無理だ。

 

――いやそもそも……二度と会えない……のか……

 

 そう。既に彼の知り合いは居ないのだ。

 彼を知るものは魔界にはいない。

 

――悠久の孤独を乗り越えて待っているのがこの仕打ち……

 

 もはや別世界となった故郷で、彼は生きていかなければならない。

 

 ギシリ、とゼオンは歯を噛み鳴らす。

 

「パムーン」

 

 名を呼ぶと、彼は顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃになった彼と目線を合わせるように、ゼオンは膝をついた。

 目を見開いた彼は、ゼオンの顔に誰かの面影を重ねていたようで。

 

「お、お前は……雷のベル……?」

 

 あらわになった正体が、千年前の好敵手を思い起こさせる。

 いつかは戦う相手だと気に留めていた魔物。雷のベル一族の一人を。

 

「父は……魔界の王であるダウワン・ベルはまだ生きている。お前達を……千年待っていた」

「……っ!」

 

 その言葉に、彼の目からまた涙がぽろぽろと溢れだした。

 

「千年前の戦いの勝者は我が父、ダウワン・ベル。そして父は千年の間ずっと……お前達を救うことを諦めていなかった」

「……ほ、本当か?」

「ああ、だからオレが此処に居る。オレこそがお前達への言伝そのモノだ。王のメッセンジャーとしての役割。だからオレ達が真っ先にお前達を救えるか見に来た。オレの名はゼオン。ゼオン・ベル。魔界の王が嫡子であり、父の戦友であるお前達を迎える任を与えられし者だ」

「で、でも……オレ達はずっと……千年も……待ったんだ……どうして……魔界の王様になったはずなのに……助けに来て……くれなかったんだ……」

 

 ぽろりと出てしまった弾劾の言の葉に、ゼオンは唇を噛んだ。

 

 寂しかったんだと、苦しかったんだと、つらかったんだと……感情が伝わって来る。

 

 誇り高き星の使徒であってもまだ子供。歳もそう変わらないはずなのだ。父と母を失ってしまった哀しみと、ひとりぼっちであるという孤独の苦しみを受け止めるべきだと、ゼオンの心が叫んでいた。

 

 胸が締め付けられる。まるであの……森の中でガッシュと初めて出会った時のように。

 

 どうすればいいと考える前に、ゼオンの小さな体は動いていた。

 

「……」

「……っ」

 

 首に回した腕にぎゅうと力を込めた。

 石の冷たさに慣れた心を、少しでも暖められるようにと。

 

「……助けるから。オレがちゃんと……魔界でお前達を助けるから」

 

 はらりと伝った涙が、合された頬に当たる。

 

「辛かったよなぁ……苦しかったよなぁ……寂しかった、よなぁ……すまない……助けてやれなくて……待たせて……ごめんな……」

 

 分からなかった。だけど自然と言葉が溢れてきた。

 最愛の弟に語り掛けるように、地獄に待たせた存在を救えるように。

 

「う……うぅ……うぅううううううううううううう!!」

 

 もう言葉にならず、パムーンはゼオンの胸に縋りついた。

 子供のように泣き続けるパムーンをぎゅうと抱きしめながら、ゼオンは己の罪深さを知る。

 

 

 彼らの心を知りながら……ゼオンはガッシュと魔界を救う為に彼らを利用しなければならない。

 

 

 ギシギシと軋む心には、目の前の少年の泣き顔と、最愛の弟の泣き顔がフラッシュバックして映される。

 

 

――安らかに還してやればいいというのに……オレは……

 

 

 ふるふると首を振るデュフォーだけが、真実を伝える。

 

 それではダメなのだ、と。

 

 魔界へ帰っても滅亡したら終わりだろう、と。

 

 一時の感情でお前は未来を壊すのか、と。

 

――失った時は戻せない。なら……これからの未来を示すことこそ……オレの役目だと、お前はそう言うんだな、デュフォー。

 

 理解はしていた。でも、感情が追い付いてこない。

 ああ、と吐息を落とした。涙によってか、苦悩によってか、熱の籠った吐息だった。

 

「すまない……」

 

 もう一度呟いた謝罪に、彼の涙もまた伝って来た。

 

 また一つ……ゼオンは覚悟を高めていく。

 

 自分が必ず王になって……この悲劇の子供達が笑って過ごせる幸せな世界を作るのだと。




読んで頂きありがとうございます。


短いですがご容赦を。

原作のパムーンが恐怖するのも仕方ないと思うんです。

この物語のゼオンくんはガッシュくんに早期に出会った影響で少し涙もろいです。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第二十八話:なぞかけと空色

遅くなってすみません。
コロナに掛かったり出張が長引いたりなどなどでごたごたしておりました。


 

 アメリカのとある街。其処から数キロ離れた遺跡への林道にて、アポロとロップスは周囲を警戒しながら歩いていた。

 歩いているのは彼らだけではなく、大きなシルクハットを被った老紳士と、人形のような子供の魔物が並んでいた。

 

 

 

 

 清麿と今後のコトについて話し合った後、自身の仕事をどうにか調整して彼らとの時間も作れないかと四苦八苦していた時のことだ。

 アポロ達の元に一組のペアが訪問してきた。

 ナゾナゾ博士と自己紹介した老紳士と、キッドという魔物の子。

 

 少しふざけた態度でアポロを試す老紳士に対して初めは不信感を持っていたモノの、アポロは彼が零した内容に食いつかざるを得なかった。

 

『ふははは! 私はナゾナゾ博士! なんでも知ってる不思議な博士さ! この魔物の戦いのことも、この本に隠された謎のことも、そして……キミが財閥を継ぎつつ、“D”の端末の一人として動き初めていることも、ね』

 

 威圧感と余裕。輝きを放つ本を見て、アポロはその老紳士がただ者ではないことを理解する。

 “D”の名が出たことでアポロの頭によぎったのは自分の行く道を変えた“彼ら”のこと。この老紳士が何を知っているのか、否、どこまで知っているのかを聞き出す必要があると考えた。

 

 アポロはあの二人に恩を感じているし、彼らの秘密を時が来るまで誰かに悟らせないことを決めている。

 もしあの弟想いの兄の不都合になるというのなら、この目の前の老紳士とそのパートナーを此処で倒しておかなければとそう思った。

 

『……貴方は何処まで知っている?』

『ふふ……私はナゾナゾ博士、なんでも知ってる不思議な博士さ。この戦いは結局一人しか勝ち残れない。だから……聞きたいというのなら、相応の力を示してみてはどうかね?』

 

 力づくで聞き出せと、老紳士はそう言った。

 そうして場所を変えて始まった戦いは、両者にとってこれまでで一番激しく、そして厳しい戦いとなったのだった。

 

 戦いの後。

 互いに情報を交換しあったナゾナゾ博士とアポロは、こうして共に“悪しき敵”の対処の為にと動くことにしたのだった。

 

 

 

 歩みを進めながら、アポロはナゾナゾ博士に語り掛けた。

 

「……“D”の情報によるとこの先の遺跡が新たな拠点らしいですが、ボク達が近づいても警戒されないでしょうか?」

「ウム、感知能力の高い魔物だと聞いておる。ならばまだ大きく近づくことは出来んだろう。しかしこうして道中を知っておけば千年前の魔物達の軍勢を確認する時に役立つ。事前のこうした調査も必要なことじゃな」

「なるほど……確かにそうですね」

「他の魔物に見つかった場合の逃走経路の確認、遺跡までの最善の道の選定、万が一の時の戦闘地形の予測。準備するにこしたことはない」

 

 真剣な表情で語るナゾナゾ博士に頷いたアポロは、納得といった様子で辺りに更なる注意を払って歩いて行くことを決める。

 

「ありがとうございます、Drナゾナゾ。ボクだけではこういった準備はきっと出来なかったでしょう」

「ふっ、ワシとしても助かっておるぞ。よもやこんな心強い仲間が早くに出来るとは思わなんだのでな」

 

 表情を緩めた博士と、それを見て嬉しそうに笑うキッド。

 

「ありがとうアポロ! ロップス! ボクからもお礼を言うよ!」

「かうー!」

「気にするな、だってさ。うん、こちらこそお礼を言いたいくらいさ。この強敵の情報は“D”から貰ってたけど、やっぱりボク達も手が足りなかったからね」

 

 仲良さそうに肩を組みあうロップスとキッドを見つつ、アポロはにっこりと笑いかける。

 

「“D”の情報無しに千年前の魔物の情報に辿り着き、ましてや彼の端末として“D”から更に情報を手に入れていたなんて……Drナゾナゾは凄いな、キッド」

「そうさ! 博士は凄いんだ!」

 

 パートナーを褒められて更に嬉しそうに表情を綻ばせるキッド。ロップスは不満げにアポロを見る。

 そう、ナゾナゾ博士はこの戦いに参加するにあたり、以前の戦いである千年前の情報をなるべく多く集めていた。それが出来る立場と、情報網を持っていたが故に。

 そうして見つかったのが不思議な石版であり、これが千年前の戦いで忘れられた魔物達であると予測と情報から推察し……間違いなくコレを使って勝とうとする魔物が居ると考えたのだ。

 多くの人間と太い繋がりを持つナゾナゾ博士は、こうして辿り着いた“答え”により的確に対処しようと……世界の裏に突如現れた不可思議な存在――“D”に接触したのだった。

 

 博士は本物の“D”に既に辿り着いている。

 己の知恵と、ありとあらゆる人脈を使って辿り着いたその存在を思い出して……博士は身震いを一つ。

 

「いや、キミの方こそ……あの青年、本物の“D”と直接連絡が取れる存在が居るとは思いもしなかった。ワシでさえ呼び出されなければ会うことすら叶わんかったじゃろう。それにあの少女(・・・・)からの話でもキミとロップスくんのことは認めていたようだからのう」

 

 たらりと一筋の汗を頬に垂らして博士は言う。

 邂逅を思い出すだけでも緊迫感が甦る。いつものおふざけなど一つも通じない、そして……能力にしても、情報にしても、知識にしても、魔物の戦いに対しての在り方にしても……全てにおいて博士は現状では彼らに勝てないと理解した、してしまった。

 

 不思議な光を内包する翡翠の瞳の少女と、氷のように冷たい眼差しを持った銀髪の青年。

 間違いなく魔物達の中でも格が違う存在であり、何時かは越えねばならない最大の壁だろう。

 そんな彼らと繋がりを持つというアポロは、博士にとっても驚愕しか出ない存在であるのだった。

 

 今度はロップスが自慢げに胸を張った。キラキラと輝く眼差しを向けるキッドは、博士が評価するアポロにも尊敬を向ける。

 苦笑を一つ。アポロは言葉を零す。

 

「運が良かっただけ、ですよ」

「……ま、そういうことにしておこうかの」

 

 にやりと不敵に笑った博士はそれ以上聞かない。

 アポロは“D”と少女についての情報を博士には明かせないと明言しており、仲間としての協力関係を結ぶとしても共有できない機密事項だと伝えてきていた。踏み込むというのなら、此処で博士達と刺し違えてもいいというよう程に大きな……とてもその歳の青年が放つべきではない気迫を交えて。

 

 きっとその情報を知ればアポロ達はその二人と敵対することになる。それが博士の予測。

 博士はアポロと戦ったからこそ、彼が放った気迫の理由を知った。お互いが全力を以って戦うことになったからこそ、互いに全てを理解出来たのだ。

 

 ロップスという“大切な友達”との時間を失わないように。それがアポロの想い。

 

 同じように、アポロも博士の想いを感じ取った。

 

 故に彼らは協力関係を結び、こうして共通の敵への対策をすることにしたのだ。

 

 根が善人な二人と二体であるから、仲良くなるのにそう時間はかからない。

 それにアポロも博士から学ぶことは多いとして、自身の経験を更に高めることとなり有意義な時間を過ごしているようだ。

 

「彼らは直接力を貸してはくれないけど知り合いの魔物が助力してくれると教えてくれました。ボクの方でも清麿達に声を掛けてあるので、できればDrナゾナゾには彼らを中心に少しきっかけづくりをしていただけると助かります」

「ガッシュくんや清麿くんの他にも仲間が居ると?」

「……ティオという少女の魔物はガッシュの友達だと言ってましたね。清麿やガッシュならきっと他にも仲良くなった魔物やパートナーが居ると思います」

 

 ほう、と興味を表して唸った博士は、嬉しそうにキッドを見た。

 

「そうか……そうか、希望は……あるのじゃな」

「やったね博士!」

 

 不安だったのだろう。

 戦い合うしかないという現実を理解しながら自分達だけで強大な敵の事実を知り、少しずつ暗闇の中を進むように打開策を探してきたのだ。

 自分達に匹敵する力を持ったアポロや清麿を得て、更にまだ増える……それを聞いて嬉しくないはずがない。

 

「ワシらは他にも力を貸してくれそうな強い魔物も探してみるとしよう。どうじゃ? 清麿くんの周りは……アポロくんが説得してくれんか?」

 

 一つ提案をしてきた博士に、ふるふると彼は首を振った。

 

「Drナゾナゾ。ボクとロップスではきっと清麿の知り合いということから話し合いにしかならないでしょう。貴方のように彼らを上手く焚き付けて成長させるなんてことは、とてもじゃないがボクには出来ない。

 それに、貴方自身も顔を見せる必要があるはず。この先で強大な敵と戦うというのなら、貴方自身の信頼も勝ち取っておくべきだ。Drナゾナゾという不思議で頼りになる年長者の人が居てくれるという安心感は、きっとこの戦いで大きな、とても大きな心の支えとなりますから。それはボクでは出来ない役割で、ボクにはボクの……きっと大きな役割がある」

 

 そう言ったアポロはウインクをしてからロップスを肩に乗せる。

 

「あと、まだ言ってませんでしたが最近“D”から伝えられた任務がありまして……多分、ボクはそれに専念することになると思います。ボクは彼に“借り”があるので」

「なにっ」

 

 驚嘆した博士に真剣な眼差しを送り、大きく息をついてから彼は語る。

 

「千年前の魔物が戦うのに必要なモノはなんでしょうか。ロップス達現代の魔物と同じように戦うというのなら、どうしても必要なモノがあるはずだ。貴方も気付いているでしょう?」

「……ああ、そうじゃったな」

 

 当然だと頷いた博士の目が鋭くなる。

 

「パートナーの人間達の調査。それがボクに与えられた任務です。人間が全員この戦いに賛同的でないことは当然……ならきっと」

 

 苦い顔をしたアポロの言葉の先を、博士が続けた。

 

「……無理やりに戦わせられる者達は必ず居る、そういうこと、か」

「“D”との連携が取れるのは現状でボクだけですから……すみません」

「いや、いいのじゃ。“彼ら”も言っておった。出来る限りのことはする、と」

 

 天を仰いだ博士は、クイとシルクハットの鍔を上げる。

 

「……」

 

 流れる雲が空を掛ける。

 天に浮かぶ日輪に雲がかかりそうだった。

 

 とある日の、博士にとって大きな分岐となる邂逅を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

  

 アメリカのとある州、比較的治安のいい街のとある病院にて、一人の老紳士が椅子に腰掛けて手を組んでいた。

 その老紳士の肩には少しばかり変わった人形のような子供が一人。

 

 見る人が見れば一目で分かる。その小さな子供は魔物の子。魔界の王様を決める戦いに参加した百人の内一人。

 

 疑問だらけのように頭にクエスチョンを浮かべていた魔物の子―――キッドは、待ちくたびれたからか老紳士―――ナゾナゾ博士に尋ねた。

 

「ねぇ、博士? どうして博士の探してた人は待ち合わせを病院にしたんだろうね?」

 

 ナゾナゾ博士と呼ばれた老紳士は、その問いに一寸だけ逡巡するも、内心の冷や汗を感じ取られないようにニコリと笑って答えた。

 

「それはね、キッド。彼が私と同じくらい頭がよくて、なんでも知ってる不思議な人だからさ」

「? それでどうして病院に?」

「……大きな傷を、治す所だからだろうね」

 

 いつものようにはっきりと答えず、そして深くも語らない老紳士の言葉に首を捻りながら、あまり聞いてはいけないのかなと思ったキッドはまた足をぶらぶらさせて待つことにした。

 

 膝に置いて組んでいる手が僅かに震えていた。

 冷や汗がついに頬を伝う老紳士は、悟られないようにハンカチを出してソレを拭う。

 

――私は……“とんでもない怪物”に関わろうとしているのかもしれない。

 

 携帯端末を取り出した彼は、もう一度その画面に表示される内容に目を通す。

 自分が関わったモノのとてつもなさをはっきりと表すその文章に、大きく喉を鳴らしながら。          

 

 

 

『差出人:

 “D”

 本文:

 情報の詮索は十分だろう? お前が得た情報は此れから起こる魔物達の戦いの一つの分岐点、個人だけで関わるには過ぎた問題だ。

 数十年を無為に生きてきた老人がやる気になっているのは結構だが、掻き回そうと言うのなら容赦はしない。

 Dの端末としての指令は、お前にはもう必要無いだろう。

 ×月△日、○○病院にパートナーと共に来るがいい。そう……お前には縁の深い病院だ』

 

 

 

 最後に並べられる文字列は、彼のトラウマを抉り、彼を確実に引き付けるモノ。

 

 

 

『もう一度大切なモノを己の手で失うことにならないよう、逃げないことを推奨する。

 魔界の未来も、人間界の未来も、全てはお前の返答次第で……こちらの指先一つなのだから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナゾナゾ博士と魔物の少年に呼ばれる老紳士は、過去は偉大な医者であった。

 彼は世界にも名が轟く偉大な医者であり、世界中の人々の多くを病魔から救った。

 

 しかして己の孫を己の腕で救えなかった彼は、医術の道を閉ざして一人、余生を古城にて知識を吸収するだけの人間として過ごしていた。

 ただただ膨大な書物を読んで知識を集めるだけの存在。

 後の彼は己のことをこう呼ぶ。

 

 何もしていない人、と。

 

 ただ知識を溜めるだけのモノと化した彼の元を、数奇な運命によって一人の魔物の少年が訪れた。

 

 それが彼の隣に今いるキッドであり、彼を古城での無為な時間から連れ出した運命そのもの。

 

 キッドという少年に恩義を感じていること、そしてその無為な時間を知っているのは彼本人しかおらず、他者が知ることなどないはずだった。

 

 だというのに……たった一つのメールによって“答え”が明かされた。

 

「いいかい、キッド。この部屋に入ったら、何が起こるかは私にも分からん。相手から呼び出されたとはいっても罠の可能性もある。決して……油断してはならん」

「うん、わかった博士」

 

 キィ、と扉を開けて呼び出された部屋に入りつつも、本をいつでも開ける状態にして警戒していた。

 例え病院のような他の人間がたくさんいる場所であっても、そんなことおかまいなしに攻撃をしてくる魔物というのが存在すると知っていたからだ。

 キッドも同じように、並々ならぬ博士の空気を感じ取って最大限に警戒をして部屋へと踏み入った。

 

 目に飛び込んできたのは、院長室のようなその部屋で、年若い青年が背を向けて椅子に座っている姿。

 机の横に並んでいる少女は目を瞑り、こちらを見ようともしなかった。

 

「よく来た、Drナゾナゾ」

 

 ぴたりと今使っているハンドルネームを言ってくる声は、青年と少年の狭間のような声音。

 警戒を解かない博士は、そのまま次の言葉を待った。

 

 くるりと回った椅子。立ち上がった青年は、片手を広げて挨拶の言葉を一つ。

 

「初めまして、オレが“D”だ」

 

 すとんと、博士の胸にその言の葉が落ちる。

 青年の纏う空気と受ける感覚、そして言葉を受けて……納得したのだ。

 博士が長い年月を重ねて、知識を蓄え続けて、そして生に対する達観というある種の境地に達したからこそ気付けたのかもしれない。

 

 目の前の青年こそが、電子世界に蠢く怪物……そのモノである、と。

 

 凡そ人非ざる彼の空気に呑まれそうになりながらも、ぐっと堪えた博士は彼へと相対する。

 ちらりと少女に目を向けると、やはり魔物と思われる少女が動く気配はなく。

 

「“D”の行動の根幹は魔物との戦いに焦点を合わせている、という核心に迫ったのはお前が初めてだ。医者として国家から信頼があり、強化人間達のケアをして、社会の闇も光も見てきただけはあるな、Dr(ドクター)

 

 青年が部屋の中央のソファへと移動し、座れというように手で促した。

 本は院長机の上に置きっぱなしだが、青年には隙が一つもない。

 キッドと並んで座り、本を横ですぐに動かせるように置いた博士は、青年から目を離さずに口を開く。

 

「何が……目的かな?」

 

 相応の覚悟を持った瞳で、博士は青年へと言い放つ。

 

 この場所、この病院は博士にとって大切な存在を失った場所。それを引き合いに出してきてこちらを呼んだのだから、相応しい答えをと彼は求めた。

 

 博士は別に、ソレを引き合いに出されても怒りに震えることはない。

 何故ならば既に過去のことで、そして己の中で長い時間をかけて消化してきた問題だからだ。

 誰かに挑発に使われて怒りに支配されるほど、博士は青くない。

 

 相手は世界の影を操るに等しい怪物だ。相対出来たことすら奇跡だと博士も理解していた。

 

「……医者として救って来た人脈を頼り、あらゆる情報網で得た千年前の出来事の切片からの予測と分析。あとは今まで戦った魔物達からの情報と考察。それがお前の保持しているこの魔物達の戦いに於ける情報の全てだな?」

「な……」

「その魔物……キッドは幼い。まだ未就学児だから魔界の教育も完璧とは言えない。ならお前が代わりに分析と考察を繰り返して確定情報を積み上げていくしかない。

 単刀直入に言うとオレがお前に有用性を感じたのは一つ。たった一人で千年前の魔物の戦いの考察から、過去の魔物達を何者かが復活させてこの戦いに投入すると予測した点だ」

 

 ゾクリ、と博士の背筋に寒気が走った。

 全てを見通すかのような彼の瞳こそ、今は何よりも恐ろしい。

 すっと差し出された紙きれには、博士の来歴から今の今までの行動まで、博士の心を恐怖に染め上げるように分かりやすく書き綴られていた。

 

――か、怪物。これが……本物の“D”。

 

 逃げることも出来ないのだと理解する。自分は今まさに俎板の鯉。関わった時点で調理場へと上げられていて、目の前の存在からは逃げられないのだ。

 

 いつもなら、そういつもなら少しはおちゃらけて道化を演じて間を引き出すことも出来た。

 それもこの病院に呼ばれたことで出来ることではなくなった。

 マジェスティック12という能力者集団に助力を頼むことも人目に着くから出来ず、病院関係者に己の存在がバレないようにするので精一杯。

 

 何が出来た、と考えても……全てはもう遅すぎたのだと分かってしまう。

 

 冷や汗を垂らしながら思考を巡らせると、ふと、隣のキッドが見上げてくる。

 心配そうな彼の目に観られれば……博士は、不敵な笑みを取り戻すことが出来た。

 

 大丈夫と、それだけで伝えられる。例え“空元気”だとしてもだ。

 まだ話は終わってない。相手は怪物だとしても……まだ、敵ではないのだから。

 

「私に、何をさせたいのかね?」

 

 力強く見据えるその瞳は、キッドの為に逃げ延びて見せるという意思を宿して。

 空気が変わった部屋の中、は……と、少女が吐息を落とし込む。

 

「特になにも。オレ達から望むことはないな」

 

 一瞬、博士は何を言われたのか分からなかった。

 目の前の青年の空虚な瞳には感情が薄く、博士とキッドの存在にあまり興味を向けていない。

 

「少し、いいか?」

 

 とす、と来客用のソファに腰を下ろした少女。楽しそうに、嬉しそうに笑みを浮かべる魔物の少女は、少年のような声を紡いでいく。

 

「お前が千年前の魔物のことを調べ、わざわざ危険を冒してまで“D”に関わってきたのは、現在の魔物達の……いや、パートナーの魔物の脅威を少しでも減らそうとしたから……で間違いないな?」

「ウム。大方、合っている」

 

 ウソをついても仕方ないからと頷くと、だろうなと笑った少女はキッドを見やった。

 

「強大な敵が現れるかもしれない。己達だけでは打倒出来るか分からない。ならば先に、何よりも先に情報と動きを……なるほど、正しい教育だ。情報を得ることこそ戦で最もすべきこと。敵の戦力や数、目的の把握と……同盟に成り得る存在の明確化。この魔界の王を決める戦いの中、戦うだけが全てじゃないという答えは出すのが難しいというのに……不明瞭な戦いの中で一つ一つと組み立て始めたお前は、これ以上ないほどに王としての教育を施している」

 

 感嘆を漏らす彼女は、優しい声を出す。

 

「キッドとやら、いい人間がパートナーになったじゃないか。今まで出会った中でも一番だと思うぞ」

「ほ、ほんとう!?」

「ああ、本当だとも」

「へへ……そりゃあ、博士は凄いからね! なんだって知ってるんだ!」

 

 慈しみさえ浮かぶ柔らかい表情を見て、博士はほっと胸を撫で下ろす。

 どうやら悪い魔物ではないようだ。そう結論付けた。

 

 ビシリと指を立てた少女。

 

「お前が予測した通り、これから千年前の魔物達が復活する。そいつらは千年もの間置き去りにされていた哀しき魔物達だ。だからといって同情からの加減などしてはならない。奴らの内に秘める負の感情は計り知れず、その怒りや恨みの矛先をお前達に向けてくることだろう」

 

 吸い込まれそうな翡翠の瞳。まるで千年前の魔物を見てきたかのような少女の発言に聞き入る。

 

「そいつらを配下に置いている魔物の情報はこちらからは出さない。お前達がその存在と戦うと決めている以上、“とある魔物”に行きつきそいつらから話を聞くことになるのは確定だろうからな。その方がいいだろう」

「……キミたちはイロイロと知っている。しかし情報は出さない。それが何故かは……」

「教えない。教える義理がない」

「じゃが、そんな大規模な戦力が動くというのならキミたちも……それにキミたちも協力してくれたら……っ」

 

 そこまで言って、博士の言葉が止まる。

 

 “D”は変わりない。

 ただその少女の纏う空気が……凍った。

 

「攻めてこないさ、ヤツは。それに本当は、そう(・・)してやりたいがな」

 

 無表情の中に押し殺された感情を博士は読み取れなかった。

 感情のうねりによって少女の大きな力の一端が漏れ出たことと、少女が敵に対して何かを抱えていることと、理由があることだけが理解できる。

 

 少女を見てため息を一つ落とした“D”が立ち上がる。

 

 すっと差し出されたメモには、とある財閥の名前と住所。

 

「“D”の深くに辿り着いた報酬だ。此処に行き、アポロという人物と話をすればお前達にとって大きな助けとなるだろう」

 

 顔を上げた少女は、キッドと博士を交互に見てから“D”の後を続けた。

 

「そいつらならきっといい力となる。まだまだ足りない所は多いが、十分に骨のあるコンビだからな」

 

 少しだけ嬉しそうに表情をほころばせた少女は、もう語るつもりがないようで立ち上がって窓の外を見始める。

 

「……脅して呼びつけて悪かったな。メールで言った通り、Dの端末としてはもう働かなくていい」

 

 対して“D”は博士の目をまっすぐに見つめて謝罪を一つ。

 続きは、ナゾナゾ博士にとっては思ってもみなかった言葉だった。

 

 

 

「お前達へのこれ以上の協力は出来ないが、オレ達もオレ達で出来るだけのことはする。

 

 そして……あいつの代わりに礼を言う。ありがとう、Drナゾナゾ」

 

 

 何に対しての感謝かは分からなかった。

 

 ただ、差し出されて握った掌は熱く、“D”の青年の瞳の奥には暖かい輝きが観えた気がした。

 

 背中しか見えない少女が小さく鳴らした音は、優しい感情から零れた音だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

アポロ達と博士達が共闘するようです。
時系列はナゾナゾ博士が清麿達と戦った後。

ナゾナゾ博士どうやって千年前の魔物のこと調べて回ってたの、というのを補完。
この物語では“D”が裏社会に居ますが原作通りにそれ関係なく答えを出して対策を練ってたのでナゾナゾ博士はとても凄い

次は原作の時系列を鑑みて多分この時じゃないと会えない魔物とゼオンくんが出会います。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第二十九話:緋色との相対

いつもありがとうございます。


 

 常夏の島、ハワイ。

 人間達がこぞって旅行に来ることで有名なアメリカの島。

 ゼオンがとある目的の為に訪れたこの島で、デュフォーは借りたコテージにてPCを操作しながらのんびりと過ごしていた。

 

 アポロとシェリー、そして世界中の“D”の端末から情報を集め、行方不明者への対処をしていくのが現在の彼のやるべきこと。

 

 デュフォーの持つ答えを出す者(アンサートーカー)を使えば被害者が誰であるかは分かる。

 しかしどんな便利な能力にも負荷はかかる。

 いくらその反則級の能力を安定させているとあっても、デュフォーという一個人はただの人間。

 特殊な思考訓練や薬物投与、手術による思考能力の拡張などを受けていたとしても、一人の人間が処理しきれる範囲というモノがある。

 

 デュフォーとてそれが分かっている為、普段からオンオフを切り替えたり、必要最低限しか問いを投げなかったりと使用に注意を払っているのだ。

 

 行方不明者への対応に思考を割き、普段の世界全体の情報処理に加えて、苦手とする人間の心情への“答え”の入手などを追加するとなると負担が大きい。

 故に彼はアポロとシェリーの二人に対して、行方不明者の三分の一ずつの対処を割り振って対処することにした。

 

 二人に渡した被害者への対応は全て任せる。そうすることでデュフォー自身の負担は格段に減り、更には“D”の端末達の働きによって被害者への対応のマニュアル化も進みつつあった。

 

 

 

 現在、千年前の魔物達の復活は既に為されている。

 被害者が出た、ということはロード・ゾフィスが動き出したということに他ならない。

 そも、千年前の魔物のパートナーを見つける為には本が必要不可欠だ。本が人間と引き合うからこそ誰がパートナーか分かるのだから。

 世界中の監視カメラによって既に敵の情報は割れている。背中に大量の本を背負ったカエルが映っているのだから割り出すのは簡単だった。

 

 復活させた飛行能力を持つ魔物によって国をまたぎ、本が引き合う性質とゾフィスからの情報によって適正を持つ人間達が発見されていくわけだ。

 

 ゼオンは此処でもゾフィスのことを評価していた。

 数倍から十数倍に渡る子孫の情報を集め、的確に迅速に適合者候補を集めさせ、魔物達と引き合わせた上で己の能力により心の波長を合わせる。

 何よりも速さを優先し、世界を巡る為の魔物を選んでもいたのだろう。飛行型の魔物に最優先でパートナーを見つけて事に及んでいたのだ。

 行っていることが悪事とはいっても間違いなくゾフィスの頭脳や能力の高さを示している。

 

 評価しているとはいってもやはりその行いに不快感を感じているようで、ゼオンは被害者たちへの対応の進捗を必ずデュフォーと確認し続けている。

 

―――これが目的の為に最高の効率を出せるが、どうしてもあいつには我慢ならないんだろう。

 

 千年前の魔物達、そして被害者の人間達の情報を聞くたびに苛立ちを隠そうともしないゼオンの様子を思い出して、小さく吐息を落とし込む。

 カタカタとキーボードを鳴らしながら廻る思考は止まらない。

 

 そんなデュフォーの前に、コトリとアイスコーヒーが一つ置かれた。

 

 椅子を引き、対面に座った人物に目を向けたデュフォーは……すっと目を細めるだけ。

 

 不敵な笑みと、飄々とした態度。長い脚を組んで座った長髪を逆立てた男。

 

「仕事仕事って頭働かせてばっかりだと息が詰まるってもんじゃあありませんか。せっかくこんな立派な家を借りてんなら、仕事のことなんざ忘れてぱーっと遊ぶのもアリだと思いますがね」

 

 勝手に作って勝手に飲んでいる男は、まるで此処が自分の家だとでもいうようなくつろぎ方をしていた。

 手を止めたデュフォーはじっとアイスコーヒーを見詰めてから、ソレを手に取った。

 

 “答え”では毒などは入れられていない。ただのコーヒー。込められた感情は……“何もない”。

 

 ただ其処にコーヒーがあったから作っただけ。

 飲みたかったから作っただけ。

 労いなどではなく、ただ自分がそうしたかったから作っただけ。

 

 前にゼオンが言っていたことのような。それが能力で得た“答え”。

 目の前の男が、コレを用意した“答え”だった。

 

「遊ぶことはないが、コレは頂こう」

「くっくっ、デュフォーの兄さんもなかなか面白ぇや」

「何がだ?」

「いやなに、警戒しながらも変に素直なとこがね。ダンナが居ない時間のいい暇つぶしになりそうだ」

 

 からからと笑う男に対して、デュフォーはため息を落としてからコーヒーを傾ける。

 冷えた飲み物が喉を通る感覚が心地いい。どこか頭も冴えてくるような、そんな気がした。

 

 汗をかいたコップを机に置けば、対面の男は同じようにコーヒーで喉を潤す。

 

「それにしても……ただ者じゃねぇってのは会ってすぐにわかりましたが、まさかダンナの言ってた“雷帝”のパートナーとは。しかもその雷帝サマ抜きで話をしたいと来た……くっくっ……」

「懐にしまってある魔力共有されたその鱗で“竜族の神童”を呼び出していればあいつと一緒に話していたところだ。そうならなかったから今がある。それだけだ」

「そこが面白ぇ。まるであっしがダンナを呼ばないと分かってたみたいなあんたの判断がね。相当な経験をしてるのか、それとも他のナニカか」

「……」

「あー失礼。探るつもりじゃぁなかったんです。ただの独り言。あっしはこの通り、面白ぇことやスリルを求めるだけの“何もない”人間なんでね、つい目の前の面白ぇことに考えを馳せちまう」

 

 自然体のように見えて隙のない男の態度に、デュフォーもゼオンとしてきた訓練から警戒は解かず。

 その様子も理解しているのか、男はまた喉を鳴らして笑う。

 

「そんなに気張らなくてもあっしは何もしやしませんよ。ただね、生憎とスリルを求め続けたおかげでこういうのクセになっちまってるんで、その辺はご容赦を……それで?」

 

 脚を組み替え、またコーヒーで喉を潤した男が問いを投げた。

 

「ダンナのいる場所にはあっし達みたいな人間には行けませんし、ダンナくらい強い魔物と組んでる面白そうなあんたの誘いなら喜んで受けましょう。“竜族の神童”とまで呼ばれるダンナのパートナー、しがない人間リーン・ヴィズに何を聞きたいんで?」

 

 大仰な身振りで言うリーンを見ながら、デュフォーは能力で得た“答え”から問いを投げた。

 ずっと飄々としていたリーンの表情を、彼の問いは崩すことになる。

 

 

「……縛りの無い状態のゼオンを除いて一番の優勝候補であるお前達が敗走した時のコトを。そしてアシュロンが“この星に喧嘩を売るレベルの修行”に至った理由を……バオウと同じく魔界を滅亡に至らせる脅威、“クリア・ノート”の全てを聞かせて貰おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球上で一番活発な活火山であるキラウエア火山。

 熱風は肌を焼き、呼吸すら困難であろうこの場所の上空にて、ゼオンはマグマを見下ろしていた。

 ぐつぐつと煮えたぎるマグマはこの星の生命そのものの証と言えよう。まるで血潮だ。そのうねりに、その熱さに、その蠢きに……ゼオンは途方もない力強さと大きさを感じた。

 

 比べて自分を見る。

 魔力の操作とマントの力で此処に居られるだけで、ただ其処に在る熱量だけでも体力を消費させられている。

 

 星の生命に比べて、なんと己のちっぽけなことか。

 

 そんな感想さえ出てしまうようなこの場所に彼が来たのは、何もマグマを見に来たわけではない。

 

 ハワイに着いてからデュフォーと別行動となり、魔物には自分が、パートナーにはデュフォーがというように役割分担をして向かって来た。

 

「初めまして、とでも挨拶をしておこうか」

 

 唐突に投げかけた言葉。

 星の圧倒的なパワーに圧されている中で、感知能力を最大に引き上げれば……確かに此処に魔力の反応があった。

 わざと魔力を最小限にしているらしいソレはマグマの中から感じられる。自分に同じことが出来るかと言われれば否。ゼオンはヒト型の魔物であり、魔力防御を上げたとしても大自然の、それも星の血潮の中に飛び込んで無傷でいられる程の頑丈さは持ち合わせていない。

 

 こんなバカげたことが出来る魔物など、きっと二体だけ。

 しかしその内の一体も持って数分という所だろう。それ以上は焼け焦げ、溶かされ、星に呑まれることが間違いない。

 

 故に、ソレは誰か答えが出る。

 

 

「気付いているんだろう? お前程の魔物がオレの接近に気付かないはずがない」

 

 再度声を放ってもマグマが煮えたぎるだけ。

 

 魔物の中で唯一、星の血潮に耐えられるモノ。この星の血液に包まれても耐えきれるモノ。星に抱かれて死ぬことなく、“星とは異なる炎”を身の内側に宿すモノ。

 

 ニィと、ゼオンの口の端が吊り上がる。相手の強大さは予想外だった。あまりにも途方もないバカげた行い。星に喧嘩を売るような修行をしているそいつに敬意と畏怖を感じた。

 

 故に、普段から押さえつけている己の魔力を、人間界に来てから、あのレインとの戦いの時でさえ全てを出さなかった魔力を彼は……この場所で全開にした。

 

 それはまるで……雷雲を今にも呼び寄せるような魔力だった。火山灰によって曇った空を更に暗くするような、そんな大きな魔力。

 人間が入ってこれない火山のど真ん中という特殊な場所で、ゼオンは掌を空に向ける。

 にやりと不敵に笑った彼の口元は更に引き裂かれ、見据えるマグマが多くの泡を浮かべ始めたのを見て目を細める。

 

「お前にとって、今のオレでは話すらするに値しないか? 実力が不満だというなら……オレとデュフォーの力を少しだけ見せよう」

 

 遠く離れていても、デュフォーだけはゼオンの意図を察して呪文を唱えられる。

 だからこそ、こんな特別な芸当が出来る。

 

 今から行うのは、己の素の魔力と、デュフォーからの心の力の供給を持った……“正真正銘の全力全開”。

 

 他の魔物が使うことの出来ない己の魔力を乗せた術のやり方。デュフォーと訓練してきたからこそ出来た……雷の本質への理解を以ってして。

 

 

 ゼオンは知っている。

 ゼオンは理解している。

 ゼオンはずっと研鑽を積んできた。

 そしてゼオンのパートナーは……全てに答えを出せるから。

 

 だから、彼は己の力の源である雷というモノがなんであるか、そして電荷を引き上げる為に……物質の素たる電子というモノが何か、その概念を理解し、感じ取り、掌握し、己の全てを持って研ぎ澄ます方法を導き出した。

 

 例えばいつの日か重力の力を持つ魔物が星の自転を肩代わりして己の術を引き上げるように。

 例えば目の前の真なるブレスを引継ぎし魔物が星の生命に潜りこんで己を磨き上げているように。

 

 ゼオンというベル家の才児は、雷という現象……そして物質を構成する極小の存在にまでたどり着こうとしていた。

 

 出会ってからこれまで、ゼオンとデュフォーは強くなることを怠ったことはない。

 あの夜を越えてから、彼ら二人は救えないという可能性をゼロにする為にひた走ってきたのだから。

 そうしながらも、まだ術の極限には到達していなくとも……ゼオンとデュフォーは、“一”をずっと鍛え上げている。

 

―――まだ実践では使えんが、“こいつ”に力を示すには上出来だろう。

 

「括目せよ」

 

 言い放つ言の葉を。己が超えるべき壁だと判断した存在に対して投げた。

 小さな頃より研鑽し続けてきた始まりにして全ての“一”。

 

 第一の術が……轟音と共に(そら)へと炸裂する。

 

「「ザケルっ」」

 

 他の扱う第一の術とは、間違いなく桁が違う。

 己の魔力によって電荷を増幅し、引き合わせ、空間に雷の道を作り出す。雷雲の中のような環境を疑似的に己の魔力で創り上げ、ゼオンの術に上乗せされる。

 ただでさえ強いゼオンのザケルが、彼によって創り上げられた電荷を喰らい、ディオガをも凌ぐ威力の雷となっていた。

 駆けのぼる紫電の雷は灰の雲を帯電させ、更に伝達され増幅された雷がキラウエア火山のそこかしこへと降り注ぎ始めた。

 

 幾本もの雷は、自然界では決して発生しない紫電の輝き。

 刺激を受けた火山から、また噴火が起こった。世界有数のホットスポットであるこの火山から、火の川が流れだしていく。

 

 同時にマグマ溜まりの中から、ゆっくり、ゆっくりと出て来た存在が居た。

 

 緋色の鱗を持ったその存在は、大きな羽を広げて彼を睨みつけた。

 

「■■■■■■―――っ!!!」

 

 瞬間、大気が爆ぜる。

 音の爆発はその存在の雄たけびにより。

 視線の先のゼオンを、確かな敵として見据えていた。

 

 本気を出さなければならない相手だとその存在……竜族の神童、アシュロンは認めたのだった。

 

 

 ただ……ゼオンは目を見開く。相手の姿を見てしまったことで驚愕に支配された。

 事前にデュフォーから情報は与えられていない。

 万全の状態の強敵が居るとばかり思っていた。そうだと信じ切っていた。

 

 なぜ、アシュロン程に強い魔物がこれほど過酷な修行をしているのか。

 なぜ、この戦いのことを深く理解しているであろう竜族のモノが、パートナーの人間を置いてまで魔物本来の力を高めようとしているのか。

 

 伝説に聞くヒヒイロの鱗が抉られた大きな胸の傷から、何があったのかを悟らされる。

 深く、重い、誇り高き竜族の子の声は……ゼオンの胸へとよく響いた。

 

 

「雷帝ゼオン。お前は……魔界が好きか?」

 

 

 吹き荒ぶ熱風よりも、その言葉とその声が……ゼオンの胸に特別な風を吹き込む。

 

 魔界を背負う二人の邂逅は、星の血潮が流れる場所で成された。

 

 

 城の中と愛する弟しか世界を知らない雷の子。

 空を駆け大人にさえ縛られずに生きて来た竜の子。

 

 

 紫電の瞳を持つ小さな少年は

 

 

 たった一つの大切である弟の……笑顔と泣き顔を思い出しながら言葉に詰まった。

 彼にはそれしかなかったから……竜の子の問いに答えを紡ぐことは出来なかった。




読んで頂きありがとうございます。


エルザドルとバリーの戦闘時には既にアシュロンはエルザドルを越えていた、という情報。よってアシュロンは千年魔物編の時期にクリアに敗北していると考え、この物語ではそういうことにします。

ゼオンくんは
魔界が好きか?

って聞かれてもすぐには答えられないと思うんです。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第三十話:飄々と銀に吹く

いつもありがとうございます。


 

 何処から話したもんですかねぇ。

 そんな気の抜けた言葉から始まった語り。

 

 リーンとアシュロンの出会いは街の路地裏で。

 やんちゃしていたリーンに人型に化けたアシュロンが声を掛けた所から彼らの戦いは始まった。

 ドラゴンという空想上の生き物の存在、魔界の王を決める為の千年に一度の戦い、魔物という人間よりも遥かに強い生物のこと。それらをリーンは初めは信じていなかった。

 話をしながら街から出て、そうしてやってきた森の中。人化の術を解いたアシュロンの真の姿を前に、リーンは驚き、焦りながらもアシュロンの話を信じるしかなくなった。

 そうこうしている内にやっていた初戦闘は……思いのほか強い相手であり、アシュロンのことを知っている魔物だったという。勝ったとはいっても傷を負って己のことを語るリーンに向けて、アシュロンは夢を語った。

 

 こういうのもいいか、と腹を括ったリーン。そしてパートナーとして認め、夢を預けることを躊躇わなかったアシュロン。

 修行と些細な戦闘を繰り返す毎日の中で……魔物の数が四十を切ってすぐに、最悪の敵と出会ったのだという。

 

「そいつはね、本当に唐突にあっし達の前に現れました。ダンナが竜の姿でくつろげるようにって隠れ家にしていた遺跡に、ダンナの感知すら掻い潜って、どっからともなく来たんスよ。

 成人もしてないそこいらのガキの顔で、ひょろっちい身体にうっすい肉、人間だったなら大したことないだろうって思うそんな見た目でした。でもね、出会った瞬間に分かっちまった。ああ、こいつはやべぇって。やべぇヤツだって」

 

 真剣な表情になったリーンの目に宿る鋭い輝きが、その時の記憶を思い出しながら冷静に分析しているのだと分かる。

 

「そいつは自分のことをこういいやした。“滅亡の子、クリア。魔界を滅ぼすことが、自分の役目だ”ってね」

 

 同時に、情報を得たことでデュフォーは能力(アンサートーカー)を使う。“答え”を出せる彼の力は、クリア・ノートという魔物の情報を引き出そうと試みた。

 頭に浮かぶ姿。リーンの言った通りに、その魔物の見た目は人間そのモノだった。

 

 問―――クリア・ノートの持つ術の特性。

 答―――消滅の力。術、身体、はたまた存在そのものを消滅させる。

 

 問―――ゼオンと比較した魔物としての身体能力や特殊能力。

 答―――耐久力・ゼオンの二倍、マント使用ならばほぼ同じ。格闘術・ゼオンと同格。速度・ゼオンと同格。物理攻撃力・レインとゼオンの中間。魔力量・ゼオンの約二倍。瞬間移動・無し。戦術対応力・ゼオンと同格。感知能力・地球の六割。自己回復能力・高。???時・ゼオンの■倍。????時・ゼオンの■倍。

 

 問―――滅亡の子と自身を呼ぶ理由。

 答―――魔界の自浄作用によって歪められた突然変異の異端な個体。魔物を滅ぼすことで魔界を■■■■させ、より■■な■■を作り■■して、次に与えられる■■からの■の試練に■する為に生まれた、または魔界という次元の■■■ー■■。どちらにしても魔物を滅ぼすことこそが与えられた存在理由である。

 

 問―――クリア・ノートとゼオンが和解することは可能か。

 答―――否。クリア・ノートには自身を含めて全ての存在に対する“愛”が存在しないため、他者の生存と生命そのものが理解できない。使命以外に対しての喜怒哀楽は存在せず、魔物の滅亡の為にしか動くことのないシステムと同義である。よってクリアとは和解できることはない。

 

 次々に並べられていく問いと答え。

 問いと答えを処理しながら、リーンの続く話を聞いて行く。

 

「この魔界の王を決める戦い。最後の十体になった時に王になった時のとある特権が明かされるそうじゃないっスか。ダンナは古の王族の竜の一族だから知ってましたし、あんたんとこのパートナーも事前に知ってんでしょ」

 

 小さなため息は何を思ってか。

 

「……自分の好き勝手に魔界で生きる魔物を魂ごと消滅させていい権利。個人でも、一族でも、種族でも……なんでも王サマの意思一つで消せちまうなんていう……おっそろしい話だ」

 

 憂いと憐憫と呆れと恐怖を含むリーンの瞳が揺れる。

 

「そんでもってクリアは……その特権で魔界の魔物全てを消す……って言ってたっスね」

「……」

 

―――だろうな。

 

 デュフォーは目を瞑り一人ごちる。

 

―――滅亡を使命として生まれた個体にとって、その特権はこれ以上ないほどに効率的に自分の使命を果たせるモノだ。王やその部下達や強力な魔物達と戦わずして消滅させられるならその方がいい。間違いなく魔界を滅亡へと向かわせられるだろう。

 

「おや、驚かないんスね? 名前を知ってた所といい、まさかあんた達はクリアの目的を知っていたとか?」

 

 警戒と敵意。クリアの仲間なのではないか、そう疑っている言葉。

 リーンの真っすぐ見つめてくる瞳から目を逸らさず、デュフォーはなんでもないことのように答えを返す。

 

「滅亡の子と自称するのだから当然の帰結だろう。クリアの仲間であるというのなら、パートナーと離れてお前がこの街に一人でいる内に消している」

「いやぁ、分からないッスね。クリア自身があんた達とあっし達が戦わないように言い聞かせているだけかもしれない。まだ赤子のパートナーの成長を待ってるんですから、ダンナの成長具合を確かめに強い魔物を寄越したって線もあるでしょう?」

 

 疑いを解かないリーンに向けて、デュフォーはため息を吐いて目を細める。

 

「くだらないな」

「……何がです?」

「そもそも王族のゼオンが誰かの下に従うと思うのか? 竜族の神童さえも知見している雷帝が、魔界でも指折りの強者であるあいつが誰かの小間使いになどなるはずがない。アシュロンのパートナーであるお前なら分かるはずだ」

 

 じっと見つめてくる目、真偽を図ろうとする目。

 リーンはしばらくした後で、くつくつと喉を鳴らして肩を竦めた。

 

「あー、確かにそうだ。くっくっ……ダンナも誰かの下に着くとか絶対にしない。すいませんね、舐めてました」

「構わない。クリアについての情報を求めたのはオレだ。お前の方もオレを試しただけで、別に本当に敵だとは思っていなかったのは分かっている」

「其処までお見通しですかい? ははっ、デュフォーの兄さんはやっぱ面白ぇな」

 

 また軽い感じに戻ったリーン。

 きっとこうして家に招いた時点で敵ではないと当たりを付けていたのかもしれない。

 予想以上に頭の回転と適応力の高い彼の評価を更に上げた。

 

 どこまで話していいか、どこまで信じていいか、どこまで協力していいか。それらを計算して導き出すにはリーンのことを把握しておくのは必須なことだ。

 デュフォーにとっても強者との繋がりは欲しい。

 クリア・ノートという必ず倒さなければならない敵が出て来たのは、“バオウ”という魔界の脅威をどうにかしようとしているデュフォーとゼオンにとって更なる負担となる。どちらもゼオンの望みの為には排除すべき要素であるならば、デュフォーは彼の望みを叶える為に自分に出来る全てを賭ける。

 頭の中で筋道を立てていく。差し当たって一番重要な要素を能力によって算出すると……

 

 

 問―――現在のゼオンがクリアに勝てる確率。

 

 答―――ゼオンがクリアと相対した場合の勝率は……

 

 

「あんたのパートナーの雷帝ってのがどれだけ出来るのかはダンナに聞いた限りでしか知りません。ただ、この戦いで自分と一、二を争う強さだろうってダンナが言ってたっスから相当なもんなんでしょう。なのに……」

 

 一つ指を立てて、彼はデュフォーに告げる。

 

「クリアはその上を軽く行ってた。あっしの予想なんですがね……クリアはもしかして、魔界の王族、それも王様の嫡子そのもんであるあんたのパートナーですら情報を持っていなかった本物のイレギュラーで、あんた達はそういうのがこの戦いで出現する可能性ってのをおぼろげにですが知っていた……そうでしょ?」

 

 ぴたりと言い当てた考察。リーンの素の頭の良さを理解し、デュフォーは“問い”を能力(アンサートーカー)に投げ続けるのを辞める。

 ここまで予測してくるのなら、互いに語り合って筋道を立てるのがいいと判断したのだ。

 

「ああ、そうだ。ゼオンの覚えていた魔物リストの名簿から、出自や実力が不明瞭な魔物の名をリストアップし、ゼオンの受けた王族の知識に無い不確定要素となる可能性のモノが二体居た。そして電子世界に埋もれた世界の情報から拾ったデータの中に、お前達が拠点としていた街に出現したクリア・ノートを見つけ、そいつが一番の不確定要素であると判断した」

 

 ウソをつくコツは、本当のことを混ぜることだ。

 ゼオンがどうこういうのはウソで、アシュロンの拠点にクリアが現れた映像を見たのは本当。

 千年前の魔物達が動き始め、ガッシュの成長という目的の為に動いている現状で、デュフォーはゼオンにそちらに集中してほしいと考えてゴーレンのような突然変異個体の魔物の出現確率等の情報は明かしていない。

 

 デュフォーの持つ答えを出す者(アンサートーカー)はゼオンの望みを叶える為に使われているので、彼がゼオンの障害となるモノを見極めようと問いを投げれば、必然として答えは出てしまう。

 ただし、巧妙に隠されたクリアの実力は、魔界からこちらに来てから……アシュロンが敗走するまでデュフォーの答えには出て来なかったので伝えようがなかった。出現するだろうと確率を出していても、クリアともう一体が突然変異だという情報は、魔界で何か大きな出来事を起こしていない限りは答えとして出て来なかった。

 

 段階を踏んで思考を誘導し、ゼオンが成長出来るようにしていくようにプランを進めていても……こうやってイレギュラーは必ず起こってしまうモノ。今回の動きは本来のデュフォーの計画にはなかったのだった。

 アシュロンという現状で一番ゼオンにとっての障害となるだろう魔物の子が敗走したことは、“答え”を新たに弾き出しデュフォーの計画を曲げるほどに大きい出来事。能力で知ったデュフォーは、イレギュラーが起きたのだといち早く理解して、わざわざ計画を曲げてまでアシュロンとリーンからクリアの情報を聞き出すことにしたのだ。

 

 相変わらず使い勝手の悪い能力だと、デュフォーは思う。

 知らないことは問えない。問いが出来なければ求める答えは出ない。魔界にとっての脅威として認識されていなかったから事前にクリアが突然変異の個体だと情報が出て来なくて、アシュロンという強大な存在の敗走がなければイレギュラーについて問わず、クリアともう一体の突然変異個体には辿り着かなかった。 

 リーンから聞いたことでクリアの能力までやっとたどり着けたのだ。

 

 もう一体の突然変異の個体については……とりあえずは最低限だけを出して、後で整理することにして思考を投げる。

 

「あんなのが、もう一体いるってんですかい?」

「いや、実力的には多分クリアの方が圧倒的に高い。もう一体はきっとただの突然変異だ。ゼオンの親しくしている魔物にレインという特殊個体が居るが、そいつと似たようなモノだろう。竜族の神童に比べれば劣る」

「そいつの情報まで持ってるとはね……」

「いろいろと情報に詳しいんでな。お前の出身から来歴も出せるが?」

「ははっ、い、いいっすわ。遠慮しておきます。自分のこたぁ自分がよく分かってるッスから」

 

 若干の引き気味の声。ズズっと残っていたコーヒーを啜ったリーンは彼の言葉を疑うことはなく。

 その前で、唐突にデュフォーは本を取り出し……何事かと椅子から飛び上がって身構えたリーンに背を向けた。

 

「ザケルッ」

 

 本の光はあった。術の効果は現れない。

 遠くの空で、雷鳴が轟いた。

 

 ぴたりと背中に突きつけられた手刀。リーンの手がデュフォーの背中の筋肉の隙間を狙うように添えられている。纏う空気が一段階冷えた。これはブラフ、ではない。

 突然術を唱えたのだから、リーンからすれば当然の対応だろう。

 

「……今のに対しての説明は?」

「オレはゼオンの特殊な能力によってあちらの状況が見られるようになっている。アシュロンが姿を見せないからあいつ自身の実力を見せられるように第一の術を唱えた。それだけのことだ」

「な、なんて反則な……じゃああんたらは離れててもラグ無しで正確に戦えるってことじゃないスか」

 

 通常のパートナーからすれば、傍で自分が弱点になるよりも離れて正確に戦えるのならそうしたいのは当然だ。

 デュフォーは手を上げて本を投げ、これ以上の術を使う意思はないと示して見せる。

 

「ソレだけで勝てるほどこの戦いは甘くない。そもそも視覚共有や感覚を共有したとして、人間の視力や反応では魔物のスペックに追いつけない。お前は音速と近しい速度で飛ぶアシュロンの視界で正確にタイミングを計れると思うか?」

「……なるほど、確かに」

「人間側が俯瞰的に戦闘を見るからこそ正確に判断できることの方が多いだろう。今回のようなことは本物の戦闘中では不意打ちや威嚇もしくは圧倒的な格下相手にしか使えない。現地でパートナーと共に戦わなければ、ほんの些細な“ズレ”が敗北に繋がる。人間側の自力一つで勝負が決してしまうこともあるだろう」

「……そう、スね」

 

 経験があるのか、リーンは苦い顔で目を切り手を下ろす。

 

 窓へと歩いて行った彼は、そのまま外を見つめた。雷鳴の方角を見れば、火山の噴煙が上がっている。

 其処に居るだろう気高き竜のことを、彼は信じるだけ。

 

「このままクリアの術やら戦闘のことやら話してもいいですけどね。あんたはクリアの情報を聞いて、ダンナと雷帝を引き合わせて……どうしようって思ってるんスか?」

 

 デュフォーの目的が分からずに、そしてアシュロンがどういった対応をするのかも分からずに、リーンはとりあえずと尋ねた。

 白銀の本を拾い上げ、てくてくとリーンの隣まで来たデュフォーはソレをリーンへと押し付けた。

 

 自分のパートナーの勝敗を決する大切な本。それを彼はいとも簡単に渡したのだった。

 あまりにも異常な行動と、先ほどまでのまるで“答えを知っている”かのような対応の数々も相まって……ついにリーンの心に彼への恐怖が沸き立つ。

 

 見つめてくる瞳に飲み込まれそう。

 その奥底に在る一筋の光の意味を、リーンは知らない。

 

「……互いに魔界の滅亡を防ごうとしているペア同士だ。今度はこちらの情報を話そう。オレ達とお前達が直面している脅威は別物だが、共有してこそ今後のことを決められる」

 

 真に迫る彼の気迫に、リーンは僅かに圧される。

 アシュロンと同じ、大きなナニカを背負っている目。

 それならばと、リーンはふっと息をついて肩を竦める。

 

「はぁ……なんたってこんな次から次へと……ま、デュフォーの兄さんの相棒が戦う気がないなら、きっとダンナも話が長くなるでしょうし……せっかくなんであっし達もじっくり腰を据えて話すことにしますか」

 

 机の上のコップを二つ手に取った。

 

「どんなに優秀な頭を持ってたってね、相棒と二人だけで世界を一つ背負うってのは疲れるもんでしょ」

 

 気楽で、気軽な声が胸を梳く。

 

「コーヒーのおかわり、いりますかい?」

 

 ウインクをした彼の笑顔は、もう警戒が解けていた。

 白銀の本は机の上に。其処に重ねられた朱色の本。

 意味するところは、“答え”を出さずとも分かる。

 

「……いただこう」

 

 デュフォーの返した一言は、不思議と穏やかさを含んでいた。

 

 いつだって胸の内にあった切迫した大きな感じ。それがふわりと、少しだけ、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

 




読んで頂きありがとうございます。

ゼオンくん達の方の様子も一緒に上げるつもりだったのですが人間側二人の方だけにしたかったので分けます。

世界を背負う的な意味で対等な人間が出て来たという。

クリアのステータス一部開示。私の考察でこんな感じに致しました。
皆さんの知っての通り“今のクリア”に対してなのでアンサートーカーでは少し正しい答えが出ません。
ゼオンくんのステータスですが、今回の単純なクリアとの比較ステータスとは別に『デュフォーくんとの完全連携時』という特殊ステータスがあるのですがそちらは……ご想像にお任せします。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。



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第三十一話:夢と理想を知って

いつもありがとうございます。


 

 

 アシュロンと出会ってから数刻。

 火山でずっと居るわけにもいかず、移動した場所は海岸線が見える山の頂上。大きな崖に隣り合って座れば心地良い風が頬を撫でていく。

 

―――なぜ、オレはあの質問に答えられなかった。

 

 アシュロンから問いかけられた一つの質問が、今も頭と胸に落ち込んで離れない。

 

『魔界が好きか』

 

 たったそれだけのこと。

 子供でも答えられる質問だ。

 しかしゼオンは、肯定も否定もすることなく、ただ反射的に答えようとして思考が留まってしまった。

 

―――オレは……あの時どう答えようとしたんだろうか。

 

―――オレは……どういった返答をするのが正解だったのだろうか。

 

 知識として知っている程度の魔界の民の生活。争いがあり、貧富の差もあり、孤児も居て、必ずしも幸福ばかりではない世界だと理解している。

 自分が必ず魔界を良くすると覚悟を決めてはいて、デュフォーのおかげでどうやって改善していくかを既に考え始めてもいる。

 過去に在ったという魔界に訪れた危機の数々。王族のみに伝聞されているそれらが再び訪れても、乗り越える為に命を賭けるのも惜しまないとさえ考えている。

 

 そして……最愛の弟が生きる魔界で、共に幸せを創り上げていこうと……訓練のボロボロの毎日を過ごしながら毎夜の如く期待と夢に見ていた。

 

 しかし、しかしだ。

 ゼオンは理解出来ないのだ。

 魔界という世界に対して『好き』という感情を持つことが出来ない。

 

 ゼオンは魔界で物心ついた時から訓練と教育しか受けていない―――だから彼は子供同士で鬼ごっこをすることもかくれんぼをすることも、虫取りや魚取りをして遊ぶということをしたことが無い。

 

 ゼオンは魔界で大人たちに囲まれていても敬われることか訓練で叩きのめされることしかしてきていない―――だから彼は大人に頭を撫でて貰うことも純粋に凄いと褒めて貰うことも、手を繋いで散歩をすることも遊園地に連れていって貰うことも全くなかった。

 

 ゼオンは魔界で知らない誰かと笑顔を交わしあったことはない―――だから彼は其処で暮らす誰かと挨拶をし合ったり手伝いをしてお礼を言われたり、街で人々がどんな話をしてどんな生き方をしてどんなことを望んで生きているのかが全く分からない。

 

 

 ゼオンが魔界のことを思い出そうとしても……他の魔物では到底耐えられないような辛く苦しい訓練と厳しい教育の日々が積み重なっている。

 たった一つ。弟との大切な出会いを除いて。

 

 否……彼はもう、訓練のことは思い出というよりも経験としての記憶にしか感じていない。

 彼にとっての魔界の思い出とは……たった一つの温もりだけなのだろう。

 思考を回す内に、いや、回してすぐに、彼は自分が苦しみを受けていたなどという過去を切って捨てた。

 苦しくなんてなかった。辛くなんてなかった。どうでもいい。そう……ゼオンにとって、その程度のこと(・・・・・・・)はどうでもよくなってしまったのだった。

 

 ずぅっと、彼は考えている。

 魔界が好きか、とその言葉が頭で渦を巻く。

 知識と写真でしか知らない魔界の人々のことを思い出すと、ふっと、彼の頭にはボロボロの姿で学校に通う弟を思い出されてしまう。

 

 じわり、と彼の魔力がその度に揺らいでいた。不安定な今、弟との出会いを思い出す度に彼の魔力は安定を失う。

 

―――大切な弟を……ガッシュをあんな風(・・・・)にしたのは魔界の民だ。オレが治めるべき無辜の民。守り、導くべき存在のはずの民達だ。

 

 王族の責務として、叩き込まれた帝王の教育として、人間界での勉強を経て、ゼオンは民を第一に守るべきだと答えを出している。

 しかしゼオン・ベルというただ一人の兄としては……最愛の弟を虐げる種など許せるはずもない。牢獄に叩き込むだけでも生易しい。命を絶つのすら救いだろう。封印している“バルギルド”の使用さえ吝かではない程にどす黒い感情が湧き上がる。

 

 ゆらゆらと感じ取れる曖昧な魔力反応が伝えるのは迷い。

 質問への返答に戸惑った瞬間に、アシュロンはその迷いを見抜いた。

 

 そんな状態のゼオン相手だからこそ、アシュロンは戦うという選択を取らずに海と空が見える此処へと連れて来た。

 黙って考え込んでいるゼオンに対してアシュロンは何も言わず、ただ空と海を眺めるだけ。悪に染まったモノなら迷うことなど無いと理解していた。ゼオンが迷っているというのなら、クリアのような純粋悪でなく、野望に染まっているわけでもなく、魔界の将来について真剣に考えようとしている王候補だと分かったのだ。

 人の姿に戻るつもりはないらしい。緋色の竜はただ坐して時を待つのみ。

 

 日輪がゆっくりと傾きを示し始めようかという頃に、漸くゼオンが声を出す。

 

「……お前から見て魔界はどうなんだ」

 

 質問に質問で返すのは礼儀に反する。

 しかし答えが見つからなかったと言外に伝えてでも、ゼオンはアシュロンに尋ねることを選んだ。

 

 俯いたままのゼオンの表情は分からない。

 アシュロンは横目でその姿を見てから、小さく鼻を鳴らして自分のことを語り始める。

 

「……生まれてから担ぎ上げられて育てられた。この身に纏う自慢の鱗は、竜族にとっては憧憬と羨望の的だったからな。この先に来る王を決める戦いを勝ち抜く星の元に生まれたんだと竜族みんなから祝福されたらしい。

 ガキの頃からいろんなことを叩き込まれた。長老直属の精鋭からの教育と訓練。過去の栄光と戦いの情報。竜族の先代の王の力。竜族の誇りと悲願。雷のベルに王座を奪われてからの屈辱の日々とかいろいろとな。

 だけど……オレもガキだったから、力がついて敵うヤツがいなくなってからはそんな窮屈な期待塗れの時間にウンザリして里を飛び出した。大人たちの言いなりになるなんてくだらねぇ、そもそもオレより弱い大人の言う事をなんで聞かなきゃなんねぇんだってな」

 

 遠い眼をして懐かしむ彼は、自嘲気味に笑う。

 

「あの時は……楽しかったなぁ。好きな時に寝て、好きな時に喰って、気に喰わねぇヤツはぶっ飛ばして、いい奴らとは肩を組んで、困ってるヤツは助けて、つまんねぇことしてるヤツはとっちめてよ」

 

 細かくは語らない。

 ただ魔界のそこかしこを飛び回って遊んでいた自分のことを語る。

 

「一番はアレだな。小人族っていうそんな強くない一族が居るんだが、そいつらが困ってた所を助けたら自慢のビールを奢ってくれたんだ。そいつぁもう美味くてなぁ……」

 

 嬉しそうな表情と声。ゼオンには無い経験だ。受けた感情が何かを、ゼオンにはまだ理解出来ない。

 

「樽を一杯飲んでから……こいつらはよわっちぃのにこんなすげぇもんを作れるのかってショックを受けた。魔界で一番のビールで、魔界貴族から王族まで愛飲してるらしい自慢のビールなんだって胸を張る小人族たちを見ちまったら……自分の好き勝手で里を飛び出したオレっていう存在がすげぇ小さく感じた」

 

 一呼吸。空をまた見上げてアシュロンは続ける。

 

「そっから一年くらいかなぁ。小人族がどうやってそんな美味いもんを作ってるのか知りたくなってな。無理を言って手伝いをさせて貰ったんだ。

 そりゃもう大変だった。朝早くから起きて麦の世話して、害虫とか天気とか雑草と戦って、毎日毎日せっせと汗水流してよ……すげぇんだ。身体がでけぇオレのままじゃ出来ないから人型にどうにかなって手伝ったけど、慣れてないオレなんかじゃ不格好にしか手伝えなかった」

 

 キラキラと光る目に映るのは、きっと尊敬という感情。

 

「それなのにあいつらと来たら、ちょっと手伝っただけで、下手すりゃ邪魔しただろうっていうのに助かったって言いやがるんだ。まあ、野犬とか動物とかからは畑を護ったけどよ……あいつらに比べりゃ大したことなかったんだ」

 

 ゼオンはじっと聞き入る。

 

「一年たって、自分が手伝って育てた麦とかで初めてビールを飲んだ。もうな……気付かないうちに涙が出るくらい……美味かったんだ。そいつらと酌み交わした酒の味は、きっと生涯忘れらんないだろう」

「……」

「助けてくれたから一番美味しいビールが出来た、だってよ。そん時にオレは思ったのさ。ああ……こうすりゃいいのか……って」

 

 ゼオンへと視線を移して、アシュロンは紫電を覗き込む。

 

「オレの夢はその時に決まった。みんなが仲良く出来る魔界を作ろう。オレ達ドラゴン、ヒト型、動物型、植物型、その他も全て……みんな仲良しの魔界だ。

 力持ちが弱いヤツを助けて、賢いヤツがその知恵を他のみんなに教えて助けてやる。いろんな種族が助け合う、差別のない魔界だ」

 

 歴史と種族同士の確執を深く知るゼオンは、アシュロンの答えを頭に取り込む。

 ニンゲン同士でさえ争いが絶えないのに、種族が多すぎる魔界でその夢はひどく困難な道。

 

 無理だ、と口に出してしまうのは簡単なこと。

 

 けれども、アシュロンの真っ直ぐな瞳に射抜かれていると、ゼオンは不思議と無理だと思うことはなく。

 

 ただ一つ、ゼオンにとって、彼の夢を聞いて心に引っかかったモノを問いかけたくなった。

 

「……憎しみはどうする」

 

 ぽつりと零れた声に、すっとアシュロンの目が細まる。

 

「虐げられたモノは? 捨てられたモノは? 傷つけられたモノは? 苦しめられたモノは?

 貧困や飢餓に喘ぐモノ、理不尽にさらされ自由なきモノ、大切なモノを傷つけられたモノ、憎悪と復讐心を心に秘める魔物達に……その原因となった相手と仲良くしろと、そういうのか?」

 

 ゼオンの紫電の奥底。

 彼の根幹とも呼べる激情の炎をアシュロンは見抜く。

 

 強大な魔力を持つ雷帝には、その小さく幼い身の内、まだ育ち切っていない心の奥底に封じ込められているどす黒い感情があるのだ。

 

 彼にとって譲れない想い。この戦いの始まりの時。魔界から人間界に来るその時に決めたこと。

 魔界の誰よりも深く昏い憎悪が渦を巻く。

 

「もし、お前が友となった小人族の村を理不尽に壊されたらどうする?

 もし、お前の大切な友人が理不尽に虐げられ尊厳を破壊されたらどうする?」

 

 ギシリ、とゼオンが歯を噛み鳴らす。

 

「答えろアシュロン。お前にとってどうしても大切なナニカが……誰かによって失われたらどうするんだっ」

 

 それはまるで、自分自身にも問いかけているような声だった。

 

 デュフォー以外に対して押し殺していた感情が初めて溢れ出た。

 

―――それは、有り得ないんだ

 

 アシュロンの夢を聞いて、ゼオンはどうしても許せなかったのだ。

 

―――捨てて、苦しめて、虐げて、傷つけて、孤独にして。そんなガッシュのことを素知らぬ顔で腕に抱く王など……許せるはずがあるものかっ

 

 許せない。許せるはずがない。

 倒すと決めた。償わせると決めた。殺すと……決めたのだ。

 例え心優しいガッシュが許してしまったとしても、ゼオンは絶対に己の父を許せない。

 

 根深く心の奥底まで染み込んでしまっているゼオンの憎悪の感情は、ガッシュという大切を救う為に全てを賭けているから誰にも見えないだけで、本来なら彼の善性全てを捻じ曲げてしまう程に昏いモノなのだ。

 涙さえ溢れそうになるのを堪えて、ゼオンは目の前で理想を語る竜を睨む。

 

 アシュロンはじっとその小さな子供を見詰めた。

 アシュロンにとって、感情を露わにしたゼオンは年相応の子供に見える。

 

 必死で大切な宝物を護ろうとしている幼子。失いたくないと泣き叫ぶのを我慢している少年。

 多様な経験を積んできたからこそ、少年の必死な質問は自問の裏返しであると気付いてゼオンの本質を見抜けてしまった。

 

 夢を否定せず、しかし許せない線引きがあるのだと睨みつけてくる少年の奥底。

 紫電の奥深くにある憎悪の感情の中には……怒りと、悲哀と、絶望と……けれども優しい灯が見える。

 

『大切なナニカが失われたらどうする』

 

 そうやって夢と理想に対して怒りを向けることが出来るのならば……目の前の少年には絶対に護りたいナニカがあるということ。

 

 誰かの為に怒れて、何かの為に戦えて、己よりも他のモノの平穏を勝ちとらんとする……優しき王としての、アシュロンの目指す王と同義の根幹があるということ。

 

 フッと、彼は笑みをこぼす。

 

「……さぁな。まだオレには分かんねぇ。もしかしたらその時にならなきゃ分からねぇかもしれねぇ」

 

 瞳を逸らすことはなく。

 

「きっと大切なナニカの為に怒るし泣くし苦しむだろう。殺したいほど憎むかもしれねぇ、理性を失って暴れたくなるかもしれねぇ。

 けど……」

 

 ぎゅっと拳を握って胸に当てるアシュロンは、男くさく歯を見せる。

 

「そうならない為に……みんなで助け合えるように……してぇんだわ」

 

 その言の葉に呆然と、ゼオンはアシュロンを見詰めた。

 

「オレは強くてもただの一体の竜だ。この両手から零れちまうもんはある。だから―――」

 

 彼の言葉はまさに、ゼオンがこの人間界に来てから求めていたことと同じ。

 最初からゼオンとデュフォーは二人だけでは無理だと思って動いていたから、彼の言葉の意味がよく分かってしまう。

 

「今までは無理でも、これからは出来るようにしたい。いや……オレは魔界の王になって、そういう魔界を作るんだ。オレは……たっくさんの魔物達が一緒に暮らす魔界のことが大好きだから」

 

 ぐっと、ゼオンの眉が寄る。渦を巻く感情を抑えるように、顔を俯ける。

 ギリと噛みしめた歯は、“今まで”のことを思って。

 

 頭では分かる。

 でも心では呑み込み切れない。

 

 また言葉に詰まってしまったゼオンを見て、アシュロンは優しく笑った。

 

「オレの夢は語った。けどお前の夢は“まだ”聞かない。お前もよ、きっといろいろと厄介なことに巻き込まれてるって分かるぜ」

 

 そっと背中に添える大きな掌。

 次に続いた言葉で、ゼオンは全ての思考が停止した。

 

「“バオウ”だろ。お前の大切を奪おうとしてるナニカ(・・・)ってのは」

 

 しん、と風が止む。

 

 何故……と言葉さえも出て来なかった。

 

「オレが聞いてたこの戦いでの最大の壁は二つ。一つは、守り人の一族が準備してる……“術を奪う魔界の脅威”が再侵攻してきた時の為に術無しでそれらに対抗するための兵器・魔導巨兵ファウード。

 そしてもう一つが……魔界の王が前回の戦いで生み出した……既存の術カテゴリから外れた術、他を喰らう性質によって人間界も魔界も食い散らかす可能性を孕む最強の術……バオウ・ザケルガ」

 

 淡々と語られる二つの脅威に、ゼオンは俯いたままで声も出せなかった。

 

「プライドばっかりたけぇ竜族にとってはな、他の一族が使う竜を模した術が最強ってのは我慢ならないらしい。だから……その術については耳にタコが出来るくらい聞いてきたし、今それが何処(・・)に居るのかも知ってる」

 

 反射的に顔を上げたゼオンの目には、敵意が一つ。

 バレバレだと呆れの吐息を零したアシュロンは首を振った。

 

「持ってるヤツが悪しき心を持ってるなら先に排除したいとこだが―――」

 

 唐突にゼオンの気配が其処から消えた。

 当然のようにアシュロンは気づいているが、動くつもりはないらしく。

 

 首の付け根。竜族に対して最も触れてはならないモノ……“逆さ鱗”に掌を翳して、ゼオンはアシュロンの肩の上で紫電の瞳を輝かせた。

 

「オレの弟は……ガッシュは悪などではない。欠片でもそう思われるのは不愉快だ。認識を改めろ」

 

 誤解されることすら許せないのだと、ゼオンは言う。

 過去を思い出し、そして大きな夢と理想を知ってぐちゃぐちゃになった心でも、弟への想いだけはブレることがないらしい。

 ただ、少し早計だったようだが。

 

「お前みたいなのが必死になるんだ。そりゃそうだろう。最後まで聞け」

「……」

 

 そう言われて早とちりをしたと気付いたゼオンは、ばつの悪い顔で瞬間移動をしてまたアシュロンの隣へと戻った。

 

「……“バオウ”についてはきっとお前がどうにかするんだろ? オレにとっても魔界の脅威は困ることだから力を貸したいとこだが……ファウードと“バオウ”以外にもやばい脅威が見つかっちまったんだ」

「……なに?」

 

 すっと思考が冷えていく。

 今は先ほどまでの話は置いておいていいのだと、ゼオンはデュフォーと過ごしてきた思考訓練によって思考を切り替えた。

 脅威とは、即ちガッシュに対しても脅威に他ならない。故に瞬時に冷静にもなれる。

 

 そういえばと思い出したのは憎き相手からの言葉。そして過去の戦いの記録。

 

 魔界を滅ぼしかねない突然変異個体が現れることがあるという事前情報。千年前はゴーレンだった……ならば現在は……?

 

 ゼオンはずっと、自分かガッシュが“バオウ”に呑み込まれてそう(・・)なるかもしれないと危惧していた。

 

 だが、事態は予測よりも悪い。なにせ……“バオウ”だけではなくなったのだから。

 

「そいつの名前はクリア、クリア・ノート。王の特権で魔界の魔物全てを消すことを目的にしてる……最悪のクソ野郎だ」

 

 アシュロンの目は、ゼオンに真実だけを伝えている。

 彼の胸の傷こそがその証明。

 

―――魔界の魔物全てを……消す、だと?

 

 バオウと同等に対処すべき存在だと悟り、ゼオンの頭脳が高速で演算をし始める。

 

 同時に、アシュロンの質問がもう一度響いた気がした。

 

“魔界のことが好きか”

 

―――今は……答えられない。しかしレインも、ロップスも、ブラゴも、バルトロも、ガッシュとの未来には必要だ。ガッシュが笑顔で居る為に一人たりとも滅ぼさせるわけにはいかん。

 

 いつも、いつでもゼオンの芯はたった一つ。

 最愛の弟の為ならばと、彼は全てを切り替えて雷帝に足る自分へと完全に切り替えた。

 

「詳しく教えてくれ……いや、お前の記憶を見せてくれないか?」

「……閲覧の術か。いいだろう、お前が持つ“バオウ”の情報と交換だ。バオウやファウードがクリアに利用されたら最悪だからな」

 

 コクリと互いに頷けば、両者ともに脅威に相対する覚悟を持つモノとして通じ合う。

 争っている場合ではない。一人では乗り越えられないモノがあると知っている二人だからこそ、示し合わせたように情報交換を成せるのだ。

 

 

―――こいつの心にでっけぇ憎しみはある。でもその憎しみは……ホントは愛情から来る優しいもんだ。一人じゃ大切なもんを守れないことも知ってる。誰かを幸せにしたいって思ってる。そんでもって魔界を一緒に救ってくれと頼めるくらい信頼できるパートナーが居る。だからこいつは……雷帝ゼオンは信頼していい。

 

 小さな少年はその背中に世界を背負っている。

 

 生まれた世界が好きかも分からない少年は、大切なモノに笑っていてほしいからとその世界を救おうとする。

 

 そんな少年を、竜の子は信じることにした。

 

 

 

 

 

 

 ゼオンは気付いていない。

 

 

 アシュロンの信頼を勝ち取れたのは、己の心を話せたからだということに。

 

 己の心を話せたのは……人間界で出会いを繰り返してきたからだということに。

 

 魔界に帰ってからの将来の絵図に、ガッシュだけでなくその子達も含まれていることも。

 

 出会った魔物達をガッシュとの将来に含めていることも……いや、居て当然と含め始めていることも。

 

 それが“魔界が好き”という感情の芽生えに必要なことなのだと、彼が理解するのはまだ先らしい。

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。


憎しみはどうする問題。
孤児多いし憎しみの連鎖とか結構ありそうなのでアシュロンの夢ってめちゃくちゃ難しいのではないかと思うんです。

ファウードについてはガッシュ2を読んでて思ったことを少し開示しました。アレって術奪われた場合の対抗策として在ったもんなんじゃない?ってことで。

お兄ちゃんはこれから自分の夢と理想について考えていくことになります。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第三十二話:星の瞬く華麗なる空の下で

いつもありがとうございます。

独自解釈等入ります。


 

 千年前の魔物達は全て復活し、既に“リエム”という魔物にバレている場所から拠点を移して数か月。

 ゾフィスは復活した魔物達と特殊な能力によって視覚を同調させ、飛行能力を持つ魔物たちを分散しつつ世界中からパートナーとなる人間達を集めていた。

 六十億を超える人間達の中からたった四十人弱を見つけ出すのは不可能に近いが、魔本の魔物と人間を引き合わせる特性を利用してどうにか探し出すことには成功していた。それさえ成功させてしまえば後はゾフィスの能力によって過去の魔物達の実用化が可能となるのだ。

 

 千年前の魔物の復活と運用というのは、ゾフィスという多岐に渡る特殊能力を備えた魔物だからこそ成り立たせられたと言えよう。

 部下として迎えているビョンコというカエル型の魔物と、パティという人型の魔物は確かに優秀ではある。しかしながらゾフィスの一族の膨大なる事前準備と彼自身が綿密に立てた計画がなければ復活は出来ず、更にはたかだか数か月で魔物達全てを戦える状態に持っていくことなど不可能だった。

 

 パムーンは一番初めに復活した魔物としてゾフィスと一番長く過ごしているが、だからこそゾフィスがこの計画にどれほどの時間をかけて熱量を注いできたのか理解出来た。

 

 やり方は気に喰わない。

 しかし王になろうとする狡猾なる執念は一目置くべきとまで思った。何せ、パムーン自身がそういった絡め手によって敗北を喫したのだ。

 四十弱もの魔物達を配下にし、人間達を操るマインドコントロール。心の底から軽蔑するやり方だ。強制的な支配を行うのは暴君の在り方だろう。王になる為に其処までしなければならないという決意だけ……その一点だけは一目置くことにした。

 

 当然だが、パムーンはゾフィスに対してそのやり方は気に喰わないと伝えることはした。救って貰った恩があるからと出来る限り穏やかに、しかしてそれは外道に過ぎないかと。

 

 そんなパムーンに、ゾフィスはやはりというか狡猾に一つのイトを仕掛けた。

 

『やはり看過できませんか。それとも“彼女”の存在があるからこそご意見を? まあ、どうであれ、貴方が私の敵と繋がっていても構いません。既にお見せした通り、私は貴方がたを石に戻す術を持っていますが……他の過去の魔物の本を燃やそうとしない限り、どんな事をしようと貴方に対してだけは決してソレを使わないとお約束しましょう。加えて、“彼女”からの報酬も約束されているでしょうけれど、私が王となるのに協力してくださった暁には、あの方と同等以上の報酬を支払うことも約束致しましょうか。地位であれ、街であれ、財であれ……ね?』

 

 貴方にとっても、悪い話ではないと思いますが?

 

 意地の悪い笑みを浮かべて告げられた誘いはそう締めくくられた。

 千年前の魔物達全てが見ている前で行われた鬼畜の所業……復活した魔物を石に戻すという出来事の後に、ゾフィスはパムーンにそう言ったのだ。

 

 石に戻されて再び復活した魔物達は勿論のこと、それを見ていた全ての魔物達は恐怖に震える身体を抑えながら……パムーンに異常な視線を送っていた。

 

 怨嗟、と呼ぶべきだろう。なぜあいつだけがという悪感情が多く彼に向かい来て、それに突き刺されたパムーンは心の底から震えた。

 ゾフィスの狙いはきっと、パムーンを孤立させること。不信を宿らせて疑心暗鬼の渦に巻き込むこと。同じ境遇に置かれていたはずの魔物達に……格差という憎しみの種を植え付けること。

 

 協力してゾフィスからの恐怖に抗おう―――そんな提案一つさえ疑心の種が芽吹いた心には響かなくなってしまう。

 

 パムーンが既に外部の魔物と繋がっている可能性を表に出し、その上で二重スパイになるのも好きにしろと泳がせる。

 これにより、ゾフィスの忠実な僕であるか、はたまた叛意を持ちし解放の剣となるかという希望と絶望の選択の余地さえ生み出し、彼が協力していなくとも彼に近付く魔物達はゾフィスにとって危険分子とマークされることになる。反旗を翻そうとした魔物をあぶりだす為の見せ札の役割さえ持たされたわけだ。

 魔物同士で牽制しあう狡猾な手はパムーンを利用したモノだけではない。幾重にも張られたことで逃げられなくなる。その中でもパムーンに対して仕掛けられたこのイトは特別だった。

 ゾフィスはパムーンの実力を認めているし、その力を欲している。だからこそ……精神的に追い詰めることで彼を手に入れようとしているのだ。

 

 本当ならお互いに語り合ったりして交流出来たはずだ。パムーンが出会った“魔界からのメッセンジャー”のことを教えられれば、きっと心を救える魔物も居たはずだ。

 だというのに……心優しい魔物も、誇り高い魔物も、誰しもが救われないことになってしまった。パムーンだけでは救えない状況にされてしまった。

 

 あの時の……全員が復活してゾフィスによって開かれた初めての全体会合を思い返すだけでパムーンも手が震える。

 

 あろうことかゾフィスは……その場で逆らった魔物の後に、三体の強力な魔物を徐々に石化させて見せるという演出をわざわざ行った。

 誰もが知っている強力な魔物ですら逆らえない。あの“狂戦士デモルト”でさえ一瞬で行動不能にした石化の呪いは、千年前の魔物達の脳髄に恐怖と絶望を染み込ませるには十分だった。

 どの魔物であっても、もう石になど戻りたくないのだ。あの虚無の時間を再び繰り返すくらいなら自害したいとすら思う程に。

 

 パムーンにとって幸いなことはたった一つ。

 “雷のベル”とそのパートナーがそれらを予測していたこと。

 

『ゴーレンの術が千年も継続するバグのような術であったのだから、再度石に戻される可能性も否めない。爆発の一族が報復の危険性を無視してまでお前達を従えることはないだろう。

 必ず己の野望への服従を強制させる手を打ってくる。再び同じ術を掛けることは不可能だと“答え”が出ていても、石から復活させられるのだから石に戻せるナニカもあるやもしれん。“答えが無い”のではなく“出ない”なら、未来のことはまだ分からん。だから……』

 

 その時向けられた紫電の瞳が、他の魔物達と違いパムーンだけが心に安堵を持てる希望の光となった。

 

『無理はするな。敵になってもいい。従えと言われたなら従ってもいい。苦しいなら向かって来い。オレとデュフォーが全員、必ず救い上げる』

 

 敵になっても必ず救うという言葉が、どれほど有り難かっただろうか。

 他の魔物達も、ゾフィスも、現在の魔物達も……全てが敵。パムーンの心を削りきって従えようという思惑がゾフィスにあったとしても、あの紫電の眼差しを思えば気高く立っていられる。

 自分が壊れない為の最終の線引きをベルの継承者は与えてくれた。逃げ道を作ってくれた。もし心が壊れそうな時は、悪に屈してもいいという選択肢を与えてくれた。

 

 故に、そんな紫電の眼差しを受けたから、彼は恐怖に震えようとも誇りを失わない。

 

 屈してなるものかという不屈の心を取り戻せた。耐えきって見せるという忍耐を思い出した。

 

 与えられた温もりがある。

 己よりも幼い魔物の子がくれた温もりと、誇り高き紫電の瞳が彼の心を震わせる。

 無力な己を無様だと自嘲することはあれど、周りの魔物達の恐怖に落ち込んだ瞳を見る度に……彼の善性が訴えかける。

 

―――同胞達を恐怖から救えと……オレの魂が叫びやがる。

 

 千年前の魔物達は自分と同じ同胞だ。同じ絶望を共有できる同志であり、“生きた時間”を同調出来るたった数十の同胞なのだ。

 

 自分の救われた心は、同じように彼らを救いたいと叫んでいた。

 

 

 

 

 

 だからこそ、彼は現状がもどかしく、常にゾフィスを監視して現状の打破を画策することしか出来ないことに苛立ちを覚える。

 

 ゾフィスはパムーンに対して何もしない。同じ部屋で自分のすることを探られていようと気にもしないし声も掛けない。

 常にゾフィスの傍に一体の魔物―――ツァオロンが居ることで手出しも出来ないと知っているからだ。

 

 静かに佇むその魔物は、最上位の魔物であるパムーンも容易に戦える相手ではない。

 

 “棍の極致”とまで言われる彼の一族に伝わる武術は、術の力を使わずとも脅威であり、英才教育を受けているとはいってもパムーン単体では喰らい付けたとしても相打ちどまり。

 

 デモルトレベルのバカげたスペックがなければ一対一で敵対出来ないと言わしめる武、そんな魔物が護衛に居ることでゾフィスは安全に自分の時間を過ごせている。

 そも、ゾフィスがパムーンの叛意を計算に入れていないはずがなく、それを計算に入れた上で配下に置くことを良しとしたのだから対策は万全であるのは当たり前なのだ。

 

 瞑目して壁に背を預けているツァオロンにはいつも隙がない。

 彼ほどの魔物が何故ゾフィスに素直に与しているのか……その答えを既に、パムーンは知っている。

 

 千年前の魔物達のパートナーはほぼ全てがゾフィスによって意思を奪われて従っているのだが、ツァオロンのパートナーともう一人だけは意思を奪われておらず、その男がパムーンに語ったのだ。

 

 曰く、ツァオロンもその男も、強者との戦いを求めていると。

 曰く、ゾフィスの護衛をしているのは取り引きの結果だと。

 

 曰く……ツァオロンが一番に求めているのは、全てを賭けて“死合い”が出来る相手である、と。

 

 千年前の魔物同士が全力で争うことを禁止されている為、ツァオロンはデモルトやパムーンと戦うことは出来ない。

 棍の強化など、術を使ってこそ彼の全力が発揮される為、パートナーと組むしか全力を出す方法はない。

 だから、ツァオロンはゾフィスを護ることで、いの一番に強者と戦う権利を得たということ。

 

 確かにゾフィスの傍に居れば情報には事欠かない。現在の魔物達の情報も得ることが出来るだろう。自分の目で見て耳で聞いて魔力を感じて相手を選ぶことも出来る。

 

 だからツァオロンは、パムーンが敵だろうと味方だろうとどうでもいいと、そういうことらしい。

 常にゾフィスの傍に居るから語ることもできず、本心を聞くことはない。

 しかしそれが真実なのだろうと、パムーンは思う。

 

 善でもなく悪でもない。

 彼にあるのは闘争への欲求のみ。

 

 一つだけ……パムーンはツァオロンのパートナーに問うた。

 

『ツァオロンは恐怖に縛られてはいないのか』

 

 それだけを。

 

 酷く傲慢な顔で笑ったその男は、ツァオロンの代弁者として語った。

 

『そりゃゾフィスに逆らうのは無理だろうが、他と戦うのは別だろ。お前はオレ達みたいな飢狼の想いを分かっちゃいねぇ』

 

 そう言って握られたその人間の拳は、己だけで高めて来た力の象徴だった。

 

『てめぇには分かんねぇよ、あいつとオレの共有してるこの“楽”への渇きは』

 

 通り過ぎざまにドシリと当てられた傷だらけの拳は、パムーンの抱く義の心とは違うナニカを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、もやもやするから私のところに来たと」

 

 ゾフィスの拠点である遺跡の中、誰しもの目から逃れることは出来ないパムーンではあるが、唯一ただ一体の魔物の前だけでは魔物達の負の視線にさらされることなく過ごせる現状が出来上がっていた。

 

 その魔物は育ちも生まれも能力も……性格も“姿かたち”も特殊な男だった。

 

 吹き抜けた壁から空に煌めく星を見ながら、とがった足先を揃えて両の手をぴっちりと伸ばしているその魔物は、振り向くことなく、体勢を変えることなくパムーンの話を聞いていた。

 

 その魔物にはあまり他の魔物達は近づかない。以前から知り合いであったという“月の魔物”だけがよく行動を共にしているが、よほどのことが無い限りはその魔物に近付く者達は居ないのだ。

 

 それは何故か。

 

「ふん……何かと思えば……そんなしょうもないこと(・・・・・・・・)で華麗なるVのパワァを高める夜のルーティンを邪魔しに来たのか」

 

 一重に……変だからである。

 

 その魔物の名はビクトリーム。

 発言も行動も他者の理解の範疇を越えている少し変わった魔物だった。

 

「……いや、スマナイ」

「ハハハッ! さすがの星の使徒も孤独には勝てんか! やーいぼっち! ちっちちっち、ぼっち! ぼっちぼちぃ!」

 

 べろべろばぁと舌を出して振り返っておちょくってくるビクトリームの姿に、パムーンのこめかみに青筋が浮かぶ。

 しかもVの姿勢のままで最近覚えた歌のリズムに乗って、ゆらゆらとやじろべーのように揺れながらの挑発であるから余計に腹が立つ。

 

 ただ、パムーンはどうにか耐えた。

 

「ぼっ、ち♪ ぼっちぼち♪ キ・ミ・ぼ・っ・ち♪ 誰と言葉も交わさずに♪ いつも一人で廊下メシ♪」

「ぐっ……」

 

 構わず上機嫌にぼっちの歌を歌い始めるビクトリーム。

 とある歌を替え歌にして、しかも心に刺さるように歌ってくる彼に対してパムーンは大きくダメージを受ける。

 

 準備された昼食を食べる時も、他の魔物達はわいわいと誰かしらと食事をしているのに、パムーンはいつも食堂ではなく廊下で寂しく食べているのだ。

 ビクトリームは“月の魔物”と食事を共にしている。他の魔物達もゾフィスに言われたチームを組んで皆で食べている。ツァオロンは護衛の為にゾフィスと。デモルトでさえ、摂取量の問題で身体の大きな魔物達と外で食事を取っているのだ。

 

「い、いや……オレだってランスと……食べているし……」

「ベリィィィシット! ぶわぁかめ! 我が本の使い手モヒカン・エースもレイラの供のアルベールと一緒に卓を囲んでおるわ!」

「だ、だから、それでも! オレは一人じゃないだろうが!」

「フフフ、いいのかぁ? 甘くてジューシーとろけるベリーメロンをレイラに分けて貰ったりもしてるんだぞぉ? ランスは自分から分けてくれるのかぁ? んん~?」

「そ、それは……」

「もちろん私もレイラの好きなブルーベリーシェイクなんかと交換しているがぁ? んん~? もしや……分け合いっこをすることもないとか?」

「お……おぉぉ……」

「美味いぞぉ? 誰かから貰った好物ってやつはなぁ、ククク」

「う、くぅぅぅぅ」

 

 がっくりと項垂れる。床を力無く叩いた拳には無力さが滲み出ていた。

 しばし沈黙が続く。

 静寂の夜に風の音だけが流れた。

 

「気は紛れたか?」

 

 ふん、と小さく鼻を鳴らしたビクトリームは、再び星空に向けてVを主張し始める。

 

「喜ぶがいい。可哀想なボッチの使徒パムーンくぅんにはぁ……心優しき華麗なるビクトリーム様が話し相手くらいにはなってやろうではないか。幸い此処にはうっとうしい目もないことだから存分に孤独でないことに安堵すればいい」

 

 そんな彼の発言に、パムーンはぽかんと口を開けてそのVの背中を見るだけ。

 

「ツァオロンやデモルトやベルギムは力が強いからな。石化への恐怖など乗り越えてしまえるんだろう。もちろん、この私も既に乗り越えてはいるがぁ……アレをもう一度となるとやはり……身体が強張ってしまう。それは奴らもきっと同じだ」

 

 誰にともなく語る言の葉。

 

「だが、あの三体と私は少なくともお前のことなど気にしていない。それだけは理解しておけ!」

 

 ビシリ、と振り向きポーズを決めて指差したビクトリームは、細めた目でパムーンを睨む。

 

「裏切者……なんて声など無視しておけ。“ディオガ”すら満足に扱えん木っ端共の言葉など聞くに堪えんわ。例えお前がゾフィス配下の監視役だろうと、そんなモノは私にはどうでもいい」

 

 それは絶対の自信から来る声で、あの力への渇望を宿す人間にも含まれていたモノに似ていた。

 

「自分の力の強さを理解していれば、お前がどうだろうと少しの制限を看過してでもしたいように過ごすのは変わらない。それに……もっと“面白いモノ”があるだろうに」

 

 そうして笑ったビクトリームの顔は、パムーンが見たこともないナニカを含んでいて。

 

「せっかく冷たい石から戻れたというのに。怖い顔、哀しい顔、苦しい顔、つらい顔をしているだけでお前は満足か?」

 

 続く言葉は、思ってもみないもの。

 

「何より……また出会えた(・・・・・・)。大切な友ではないけれど、私はモヒカン・エースと過ごせることを嬉しいと思っている。レイラだってアルベールにずっと語り掛けるくらいにあの時の時間(・・・・・・)を取り戻したいと思っている。そうさ……私達はまた、“共に立つ者達”と出会えた」

 

 呆然と、パムーンは言葉を失った。

 

「怒りんぼうのデモルトや幼いベルギムは知らないが……少なくともツァオロンは人間のコトを気に入っているだろう。少しだけあいつが羨ましいぜ。何せ、本当の意味であいつと肩を並べてくれるパートナーがいるんだから」

 

 千年前の記憶。風化する程の時間が経っても覚えているあの時の時間。

 懐かしむような顔でビクトリームは上を向いた。

 

「知っているか? いや、知らんだろうなぁ。お前が封印されてからの話だから。私はな……残りの魔物が少なくなってからあのゴーレンにたった一組で挑んで、もう少しという所まで追い詰めたんだぞ?」

 

 自慢げに語る彼は誇らしげに胸を張りつつまたVの体勢に戻る。

 

「艶やかな黒髪を踊らせて、上等な着物を泥に塗れさせ、端正な顔にキズがついても……シキブは私と共にアレと戦ってくれたよ。大切な友がやられたから力を貸してくれと言った時……任せろと言ってくれたあの笑顔を、私は忘れることはない。

 半日を掛けた戦闘で互いにボロボロになっても、私とシキブは諦めなかった。勝つだけじゃダメだ。勝って屈服させて友を元に戻させなければダメだったんだ。それを理解していたゴーレンはわざと本を危険な位置に置いたりと……それはもう、難しい戦いだった。

 最後の最後で、シキブに託した。ゴーレンに勝てるヤツに情報を、と。私の石はほっておけ、レイラが石化から戻れるよう後のことは頼んだと。泣きながらシキブは何度もうなずいていた。あいつは……最高のパートナーだったよ」

 

 千年前の戦いも後半に差し掛かっていたその頃を思い描いて、パムーンはごくりと生唾を呑み込んだ。

 

「モヒカン・エースはそんなシキブの血縁なんだぞ? また、巡り合えた。また、私達は戦える。また、心と心で繋がれる。本は心の力を使うんだ……いつかはモヒカン・エースにも私の心が届いてシキブと過ごしたような時間を共有できるかもしれないだろう? そんなことが、私はとても嬉しい」

 

 微笑みと、心からの歓喜の声。

 ビクトリームという魔物の本質が何なのかをパムーンは知る。

 

 彼はただ、友と過ごす時間が嬉しいのだ。

 千年の孤独の絶望に落ちても胸に残っている友との美しい思い出がある彼にとって、復活してパートナーの子孫と共に過ごせる時間は嬉しいこと。

 例え意思を消されているとしても、そんなことは関係ないとビクトリームは考えているらしい。

 いつか、いつかはあの頃のように。きっとそうなれる。否……必ずそうなるのだという意思を感じた。

 

 パムーンとて、己のパートナーと絆を育んできた。

 だからビクトリームの言いたいことは理解出来たし、その気持ちもよく分かった。分かってしまった。

 

―――今を楽しむ……か。

 

 少しだけ、ツァオロンの心も理解出来たかもしれない。

 “共に戦う楽しみ”も“己の全力を出す楽しみ”も、ツァオロンはどちらも覚えているだろうから。模擬戦での連携を思い出せば理解がより追いついてくる。

 過去のこと、先のこと、いろいろと不安も苦痛も絶望もある。ただ、ビクトリームとツァオロンは“今”を全力で楽しもうとしている。

 

―――オレもランスと語り合うことが出来るのなら……それはどれだけ……

 

 善性と誇りがあるから、パムーンは魔物達や人間達のことを考えて動くことを止める事はない。

 ゾフィスによる制約があるから自由には動けない。

 他の魔物達の目もあるから、出来ることは限られている。

 

 きっと待っていたら雷のベルの計画通りに魔物達は救われるだろう。

 きっとこのまま過ごしているだけで彼らは無事に魔界へ帰ることが出来るのだろう。

 

―――恐怖から解放するだけじゃなくて、他にも……

 

 だが、救いを待つだけなど……彼は満足しない。もう出来ない。

 ヘンテコな魔物が気付かせてしまった事柄は、些細な変化を星の子に与えた。

 

「……なら、オレもお前達も、もっと楽しめるようにできたら―――」

 

 小さく零したその声がビクトリームに聞こえたかは分からない。

 

 星の子は夜空の下。

 

 迷いに揺れていた瞳の奥に光を宿す。

 

 たまには付き合ってみるかと、彼は両の手を上げて隣の魔物と同じ姿勢を取ってみた。

 

 ヘンテコな姿でヘンテコなこだわりを持つ魔物は……いつでも勝利を掲げて両手を広げている。

 

 ニッと笑ったそいつの笑みは、きっと友達に向ける表情と同じモノだった。

 

 

 

 

 

 そんな彼ら二人を遠くで羨ましそうに見つめる小さな女の子の魔物が一人。

 

 小走りで駆けだした小さな足。

 

 きれいな黒髪に二本の角。

 

 恐れを振り切って踏み出した一歩は彼女にとってとても大きい。

 

 月と星が華麗なるVの絆によって繋がるまで、あと―――。




読んで頂きありがとうございます。

ゾフィスくんによるパムーンくん掌握計画。
ツァオロンは千年前の魔物組の中だったら一番恵まれていたのでは?ということから少し掘り下げれたらと思う次第。
華麗なるビクトリーム様のお歌はチチをもげのリズムで再生ください。
ゴーレンとビクトリームの一騎打ちとか最高にカッコイイ戦いしてたと思うんです。

ちなみにゼオンくんひいてはパムーンくんの行動によって千年前の魔物戦の難易度が上がります。原作通りにはなりません。
ゾフィスくんも原作よりも幾つか手を増やすことになります。


雷句誠先生の個展行けそうなので楽しみです。先生の原画などを目に焼き付けてこの物語にも生かせるようにインスピレーションを受けて来ようと思います。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第三十三話:竜の向かう空は高く

あけましておめでとうございます。

更新滞っていてすみません。

今回は少ないですが、再開していきます。


 

「ダンナ、これでよかったんで?」

 

 山の中腹にて瞑想をしているアシュロンへの問いかけ。

 人型へと変化している彼は片目だけを開けてパートナーであるリーンへと声を返す。

 

「ああ、これでいい。ゼオン(・・・)と連携を取れるのはいいことだが、オレはオレでしなければならないことがある」

 

 数日前に分かれた雷帝のペアを思い出せば、アシュロンの口元に自然と笑みが浮かんだ。

 信頼が見える瞳は穏やかの中にやさしさを含み。

 

「あれが雷帝ゼオン、ベル一族で最高の才を持って生まれた雷の申し子……か」

 

 所々焦げた鱗を撫で、残存する魔力を感じ取る。

 

「凄かったッスね。ダンナが自分と争うに足る相手だって言った理由がわかりやした。それにデュフォーの兄さんの方も」

「……答えを出す者(アンサートーカー)。戦闘においても、そして戦闘以外においても、あまりに厄介な力だな。後々に敵になると思うと……滾るというモノ」

 

 ゼオンとデュフォー二人が合わさった強大な力であっても、自分は負けることはないとアシュロンは思う。

 未だに成長途中の彼らを見て劣るとは思わない理由が彼にはあった。

 

「身体の不調があるってのに、とっておきの隠し玉……覚えたての“シン”まで見せちまって、よっぽどあの二人のことが気に入ったんスねぇ」

「あいつらが全力で来いと言ったんだ。出し惜しみをする方が無礼だろう。この身体が千切れるかどうかの瀬戸際だったが使っておく価値はあった。デュフォーのヤツが教えてくれた魔力循環の適応化のおかげだな。とはいえ、俺達が“ディオガの上”を互いに出し合って互角だったとしても……クリアはそれを遥かに超えて来るんだ。見せておいたことであちらも得るモノがあったはず」

「うーん……まあ、こっちもダンナがおっきな収穫を得たみたいですし、あっしもデュフォーの兄さんから効果的な心の力のコントロールの鍛錬法も教えてもらいましたからヨシってとこか」

「“この傷を完治させる方法”も知れた。“竜族の真なる極みへと至る方法”も知れた。何より……“本気を出して、これから成長しても敗北を予感させられる二人目”を知れた。フフフ……」

 

 グッと握られた大きな拳を見れば、まだつい数日前のゼオンとの“本気の戦闘”での痺れを思い出す。

 

「あんなちっこい身体でダンナと殴り合ってたのもそうですが、ダンナを押し返して来た時なんかさすがにひやひやしましたぜ?」

「ふん、クリアの体術に近しい水準で戦える相手などそうそういないから……随分とためになった。クリアを入れてこれで三人目……世界は広いな」

 

 悩みも迷いも切り替えて戦う少年の紫電の眼差しは、アシュロンの内に眠る竜としての本質を呼び覚ますに足りる相手であった。

 そしてそのパートナーのデュフォー……人間と呼ぶにはあまりにも外れた能力を持つ青年が雷帝に付いていることで、アシュロンとリーンは得難い本物の好敵手を得ることが出来たと言えよう。

 

「ゼオンが選んだ選択をオレは取ることが出来なかった。しかし……オレにもそれを与えてくれた。まだ遅くはない」

「……ふふ、そうっスね。確かに」

 

 誰かと高め合うことはもうないと思っていた。

 この戦いは本来、他の魔物は敵でしかないはずで。

 だからこそ己の親友であるエルザドルにさえクリアのことをまだ相談できずにいた。助けてくれと、その一言を真っ先に頼るべき相手に伝えればよかったのに戸惑ってしまった。

 

 “バオウ”という魔界の脅威をどうにかする為に仲間を集めている……ゼオンはそう言っていた。

 

 それはアシュロンには踏み出せなかった一歩。アシュロンは自分一人でクリアに対抗できるよう訓練を積むことから初めて、その一歩を先送りにした。

 デュフォーという反則的な存在が答えを示したのだとしても、己の実力を理解しているプライドの高い王族のモノが仲間を作ることなど、通常は有り得ない。

 

 この戦いでは周り全てが敵、徒党を組むのは弱者の証。そも、誰であれ背中を晒すことには抵抗があるのは当然のこと。一時的な共闘をするにしても、そもそもの信頼関係が構築されていた場合だとて容易には手を組めないモノだ。

 魔界の為にと、アシュロンは心の底から灯がともっていた。それでも、親友に対しても手を繋いでくれとすぐさま頼みに行くことは出来なかった。

 

 それを彼は……紫電の雷帝はゼロからはじめた。

 実力はあっても誰と関わりを持っているわけでもない少年が。

 

 たった一人の弟を救う為だけに早々にその一歩を踏み出している。

 

 そして、ゼオンはこうも言った。

 エルザドルの所にはゼオン自身の友が向かっていると。お前の親友は必ず仲間になるはずだから、竜族二人でオレとあのバカの前に立ちはだかって見せろ、と。

 

 既に彼は、アシュロンの先を行っているのだ。

 

 協力者を見つけ出し、友となり、己の目的を果たす為に協力して行動を開始し……全幅の信頼から友の成果を疑っていない。

 

 くくっ、とアシュロンの喉が鳴る。横でリーンが不思議そうに首を捻った。

 拳にはまだ雷の魔力が残っていた。じんじんと芯に響くような熱さをすら持ったその魔力の残滓を、彼は嬉しそうに己の魔力で抑え込む。

 

「オレも、バカだなぁ……きっとエルザドルのヤツにバレたらぶん殴られらぁ。なんですぐに頼んないんだ、オレは親友じゃなかったのか、自分が強いと思ってつけあがるなバカ野郎ってな。あいつのことだから……ベロベロに酔った時においおい泣いて絡んできやがるんだぜ」

「くっくっ、そうでしょうねぇ。親友ってんならその拳を受けなきゃならんスわ。そりゃあダンナが悪い」

「あいつの拳、いてぇんだ。ま、腑抜けたオレにとっての気付けには丁度いいか」

「クリアを倒した後で、ゼオンくんとデュフォーの兄さんと戦う前くらいに殴ってもらうのが良さそうッスね」

 

 互いに喉を鳴らして笑い合う。

 二人の心は穏やかだ。強大な敵の情報を自分達だけで知り、それを打倒出来るのは自分達の使命だとして張り詰めていた彼らにとって、こうして心の余裕を持てるのは随分と久しぶりのこと。

 油断も楽観もしていないが、余裕が出来るということは一番ベストな状態を作り出せるということである。

 明晰な頭脳を持つリーンも、自分とアシュロンの状態がベストに近付いたことにすっと肩が軽くなって軽口の調子も取り戻してきていた。

 

「あとは……ゼオンくんの心の成長に期待ッスかね?」

 

 更には、他人のことを気にかけることも。

 

「……あいつの心にこの戦いでの迷いはあった。だが弟のこととなると迷いなど欠片もなかった。あの拳にあるのは、あの手が掴みたいと思っているモノは……今はまだ、一つなんだろう」

「そいつぁ……そうでしょうね。修行も、勉強も、何もかもを血のつながった弟と暮らす幸せの為にってしてきたんですから」

 

 空を見上げつつ吐息を溶かし込んだリーンは、情報収集の為に見たゼオンの過去を思い出す。

 

「魔物ってやつはあんなちっこい内からあんな目に合うもんなんです?」

「あいつのアレは異常だが……“バオウ”のせいだろうな。あの術に容易に取り込まれないように鍛える目的もあったはずだ」

「それにしてもやりすぎでしょうに」

「……正直、王の考えは分からん。だが、竜の王族に伝わる魔界の歴史、千年の間に起こる魔界の危機を知れば、最強の王を育て上げることに躍起になるのも仕方ないのかもしれん」

「……そんなにッスか?」

「ああ。オレも知識でしか知らないが、オレ達魔物全員の術が使えなくなる、なんていう最悪の戦いもあったらしい。そんな状況でクリアと相対しろとなったら……どうなると思う?」

 

 頬が引き攣ったリーンが力無く笑う。

 

「無理とは言いたくないッスけどそりゃ厳しいや」

「だろう? だからこそ、最強の王とならせるようにゼオンを鍛えたのかもしれん。今だから思うが竜族も一緒かもしれん。オレに対しての期待から過度な教育を施してきたのも魔界を背負うという責を思えばあり得る。理解はしたくないが、未来を託す為に幼子にあれほど辛くするほどの狂気は……裏返せば絶望を知っていることの証左に足りうる」

「術が奪われても戦えるように……ですかい。人間界とは違うって分かってても、ダンナやゼオンくんみたいな子供に責任と期待を無理やり背負わせるってのはどうもいけすかねぇなぁ」

 

 一人の大人として、彼は大きなため息と気持ちを零す。

 

「ま、そういうのも変えたいってのがダンナの夢なんでしょう?」

「ふ……分かってるじゃないか」

「あんたのでっけぇ夢は応援してますから。ゼオンくんもダンナみてぇに心の成長してくれたらいいけど」

「ああ……そうだな」

 

 遠く。

 魔力を隠して他の場所へと向かった彼らの進んだ空を見上げ――

 

「其処は約束した次の戦闘で見極めよう。オレとゼオンの成長を見せつければ、クリアへの行動制限にも繋がるだろうしな。エルザドルとあいつらの事後報告も聞かせて貰えばいい」

「ダンナの親友ってのに会うの楽しみッス。さて、こっちはこっちでやることは変わりませんが……やってやりますか」

 

 自分達に出来ることをと、別の心の面でゼオンの一歩先を行く二人も進みだす。

 

 

 

――大切な絆を繋ぎなおすオレと、迷いの晴れるお前。どちらの想いが強いのか……さっさとクリアを倒して確かめてみたいモノだな。

 

 

 

 不安も重圧も軽減された大いなる竜は、翼を広げて空へ舞い上がる。

 

 きっと、昔よりも少し高いところへと。

 




読んで頂きありがとうございます。

リーンとアシュロンのゼオンくん評価。

お互いの目的の擦り合わせと今後の方針は決定しています。

次からはゼオンくんの話に戻ります。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第三十四話:近くに居るモノ

いつもありがとうございます。
少し短いですがご容赦を。


 

 日本のとある場所。

 激しい戦いが終わり、敵の情報を知った少年は吠える。

 

「くそおっ!」

 

 大地に打ち付けられる拳。怒りの感情は大きい。

 

「ロードめ! よくもこんな惨いことを!

 心を操るだと? 平気で関係ない人達を戦いに巻き込むだと!?」

 

 その少年とパートナーの魔物にとってはあまりにも許せない敵の行い。

 

「正体を現しやがれ……千年前の魔物に戦わせてないで姿を現しやがれ! 必ずぶっ倒してやる! その顔おもいっきりぶん殴ってやる!」

 

 被害に遭った人間達には記憶がない。攫われてから今までの記憶が全てなく、自分が何をしていたかもわからないのだ。

 自分の知らない場所に、自分の知らない間に、自分の大切なモノもほったらかしにして、他者の目的の為に利用された人間達。

 

 清麿達を心配する老人は自分が魔物と共にその傷をつけたのだと分からない。

 スーツを着た紳士は娘の誕生日プレゼントを渡すことさえ出来なかった。

 

 人の心を操るとは、他者の人生の時間を好きに使うということ。その人格も、生活も、きっと命さえも、何もかもを無視して。

 

 ティオとそのパートナーである恵も、清麿とガッシュのように怒りに震えていた。

 

 ナゾナゾ博士との出会いによって成長し、こうして清麿達二人の力になることが出来たとはいえ……彼女達二人が被害にあった人間達に出来ることは少ない。

 やるせない気持ちを敵への怒りに。四人の心は一つだった。

 

 

 

 そんな時に―――空が光ったのを清麿達は気付かない。気付けない。

 

 

 

 魔物達の戦いに於いて最も有効な戦い方は何か。

 答えは意識外からの攻撃。

 気付かれることなく放たれた一撃が本を掠めることでもあれば、それ即ち敗北に直結する。

 

 故に、清麿と恵は……例え敵が逃げたとしても警戒を怠ってはならなかった。

 空に逃げた敵は清麿とガッシュ、そして恵とティオを捕捉している。

 敵の魔物の救援が来たというのなら、他にも伏兵が居てもおかしくはない。

 

 残忍で狡猾な魔物が敵である。当然のこと、使えるモノは全て使ってくる。

 

――善性を持つ人間であるならば……被害者を放っておくことなど出来ない。敵が逃げ、人間達の正気が戻ればそれを救おうとするのは当然のこと。

 

 遠く―――遺跡の中。ビョンコの目を通してその戦闘を見ていたロードは口を引き裂いて嗤っていた。

 

――この戦いに参加しているもう一人の雷のベル。大したことのない落ちこぼれであっても不確定要素は早期に消すべきでしょう。故に……ここで……

 

 今回、パティとビョンコはペアで動かしていた。

 あくまで彼女がガッシュ本人に意趣返しをしたいからと言うから一人で行かせただけであって、ガッシュを消せなかったのなら予備プランに移行するだけ。

 パティは怒るだろう。彼女自身が部下となる千年前の魔物を引き連れて絶望を味わわせてからガッシュの本を燃やしたいはずなのだから。

 

 しかしロードにとってそれは些末事。

 

 雷帝が手を出してこないとしても、万が一……億が一にも繋がりがあったなら……考えるだけでも嫌になるのだ。

 ベル一族同士でつながられるくらいならば早めに消すべきと、彼はそう考えた。

 

 もし……ゾフィスがリエムという雷帝の使いの少女と出会っていなければ此処まではしなかっただろう。

 ゾフィスの心の奥底に……あの翡翠の奥にある怪しい紫の輝きが刻まれていなければ……。

 

 

 遥か上空から打たれたのはギガノ・ビレイドだけでなく、その場に居る魔物達のあらゆる中級呪文をありったけ。

 

 降り注ぐ術を喰らえば、人間達はただでは済まない。

 

 ガッシュも、ティオも、清麿も恵も優しすぎた。傷ついた、傷つけた人間達へと意識を持っていきすぎる程に。 

 

「き、清麿っ! 恵! ティオ! 上だっ!!!」

 

 勘か、はたまた成長途中の才能故か……ガッシュは上空からの攻撃に気付くことが出来た。

 しかしもう遅い。声を出した時に顔を上げても、ガッシュだけでは迎撃の術を出せない。

 

 無関係の人間の有効的な使い方を……ゾフィスは間違えなかった。

 始まりからシェリーに迷いなくラドムを打ったゾフィスが、用済みの人間達の安否に頓着することなどなかった。

 

 悪意が、襲う。

 

「うそ……」

「くっ……そぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 見上げただけでは術を唱えるのに足りない。バオウ・ザケルガは打てない。上空からの攻撃にラシルドは使えない。ラウザルクでは防げない。ザケルガでは相殺などとてもできない。

 セウシルでは全員を護れない。マ・セシルドでは余波まで防ぎきれない。何より傷ついた人間達に肩を貸している恵は……術を唱えられない。

 

――チェック・メイト、です。

 

 清麿が戦闘中に行った台詞を真似て、ゾフィスが笑みを深めた。

 

 咄嗟に本を守りつつスーツの人に覆いかぶさる清麿とガッシュ。ティオも恵と老人を守るように伏せさせ。

 

 同時に。

 

「―――“オルダ・リグロン”」

 

 少し離れた場所から聞こえた……聞いたことのある声。

 

 轟音と、爆発。

 

 上空で起こった術の爆発は、清麿達を傷つけることはない。

 

 幾重に張り巡らされたロープが術の威力を吸収・分散させ、他のロープで清麿達を引っ張って余波の届かない所まで運んだ。

 

 合計で八本のロープは計算されたように張られた上、それぞれの動きで術を完璧に防御しきった。

 

「お……おぉ」

「この……術は……」

「すごい……」

「……よかった」

 

 バサリとスーツのジャケットをはためかせて歩いてくる青年を見て、清麿達の顔が綻んだ。

 

 恵とティオだけではなかった。その事実に、清麿の目からまた涙が出てくる。

 

――オレ達には……たくさん、仲間が居る……

 

 青年は優しい笑顔を浮かべて、肩で誇らしげに胸を張る小さな魔物を乗せつつ清麿達に言った。

 

 

「大丈夫だよ。ボク達も居る」

 

 

 見上げた空の色は、太陽をよく移す綺麗で澄んだ色だった。

 

 ガッシュの胸に、太陽のような大きな温もりが灯った。

 

 彼が仲間の存在をより大きく感じた昼下がり。

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じっとたき火を見詰めて考える小さな姿は此処数日でもう見慣れた。

 日中もトレーニングと見分を広める為の街の散策において言葉を投げてくることなく、“問い”というカタチで必要な“答え”を求めて来ることもない。

 

 あちらに行く。こちらに行く。

 

 国と地域はデュフォーが決めているとはいっても、その後はただ短く意思を発するだけで行動の効率を求めることはなかった。

 デュフォーはそれを止めないし、好きなようにすればいいと思っている。

 

 ゾフィスとガッシュ達の衝突まではナゾナゾ博士やシェリー、アポロに流れを任せ、リーン・アシュロンという強力なペアと共に修行を続けるという筋道も答えを出す者(アンサートーカー)は出していたが、ゼオンの目的の為ではなく、“ゼオンの成長を助ける”にはどうすればいいかと問いを投げた結果こうなっていた。

 

 彼らの現在の位置はアメリカ南部。

 世界中にゼオンの瞬間移動の為の拠点を作るという目的もあり、世界中の人間達の生活を見せて見聞を広げる意味合いもあって二人は南下していた。

 

 ただ……デュフォーの狙いはもう一つ。

 能力によってゼオンの成長と答えを求めたから……その小さな少年が必要としているモノがもう一つ其処にあったのだった。

 

 

 ぱちぱちと火花が跳ねる。

 焚き火を見詰めると心が落ち着くという。揺らめく炎にそういった効果があることをデュフォーはよく知っていた。

 

 揺らめく火を見て、心を静めて、頭の中を整理する。きっとこの少年もそうしている。長い時間と大きな出会いがなければ解けない問題を解くために。

 しゅんしゅんと鍋が噴きこぼれているが、味の変化を最適とする為にじっくりと時間を掛けて待ってから蓋を開ける。

 深堀の皿に茹でた腸詰を入れてゼオンへと渡しながら、デュフォーは漸く言葉を投げた。

 

「明日には新しい街へとたどり着く」

「ああ」

「小さくて素朴な街だが、少しいった所に大きな野生生物保護区があるから観光においての発展具合もなかなかだ」

「ああ」

 

 生返事をするゼオンに対して何も思うことはない。

 自分の分の腸詰を皿に盛った彼は次にパンを取り出してゼオンの皿に乗せた。

 

「そして……その街には今、一体の魔物が居る」

 

 ぴたり、とパンへと伸ばしていたゼオンの手が止まる。

 

「数体の魔物と交戦したことはあるらしいから戦闘経験は少しだけあるようだ。持っている力はギガノ程度。成長の具合から見てもうすぐディオガに達するだろうなといった所だろう。パートナーの人間の仕事の都合で丁度この国に来ている」

「……」

「人間の方は其処まで身体能力は高くないが、いい目を持っているし判断力も良さそうだ。魔物の術とも相性がいい。まあ、お前の敵ではないが」

 

 説明だけを並べて淡泊に情報を伝える彼はいつも通り。

 ゼオンは何事もなかったかのようにパンに手を伸ばす……ではなく、彼にその紫電の瞳を向けた。

 

「デュフォー……オレは……」

「戦うつもりはない、か?」

 

 迷いの渦巻く紫電からの答えは分かっていたと、デュフォーは目を合わせることなく伝える。

 

「ああ、しばらくは……一人で考えたい」

 

 目をまた炎に戻したゼオンは言う。

 アシュロンとの出会いで出来上がった迷いを晴らすまでは戦闘を行うつもりはないという。

 デュフォーはそう読み取る。

 

「戦えとは言わない。戦闘はしなくても話してみるだけでいい。人間の世界を見て回ることで学んでいるのは分かっているが、お前はもっと魔界のことも知るべきだ」

「……魔界のことなど知っている……どれだけオレが城で勉学に時間を費やしてきたことか」

 

 軽い拒絶の感情。苛立ちを含んだソレは、まるで母親に宿題を急かされる子供のよう。

 

――これは……アシュロンの内面の大きさに少し打ちのめされている、か。

 

 子供によくあることで、一人で何かを成し遂げたいという我が出る瞬間。それが今、ゼオンに起きていた。

 なまじ自分でなんでも出来た彼にとって、アシュロンという先を行く魔物との出会いはそれほど衝撃だったということ。

 心という一点に於いて、ゼオンは答えを出せなかった自分が嫌で仕方ないのだ。

 

 デュフォーは考える。

 此処で無理にでも踏み込むことがゼオンの成長に繋がるのか、はたまた引き下がって時間が解決するのを待つのが最適解なのか……。

 答えを出す者(アンサートーカー)は両方を指し示す。どちらにしてもゼオンの成長は成されると示していた。

 

――本当に使い勝手の悪い能力だ。”心の成長の到達点”が設定されていないからゼオンが右に進むでも左に進むでも“答え”になってしまう。

 

 デュフォー本人がゼオンの心の行きつく先を理解出来ないから、その能力では“最適解”を導き出すことが出来ない。

 

 思考を切り替え、小さくため息を吐いて彼は言う。

 

「……ゾフィス達、いや……千年前の魔物達はもう復活が終わっている。いつガッシュ達に対して行動を起こしてもおかしくない状態だ」

「博士とアポロの状況は?」

「博士の方はシェリー・ブラゴペアともうすぐ接触、被害者の人間達のケアの準備が整い次第ゾフィスの本拠地への攻撃日程を調整していく感じになるだろう。

 アポロの方も同じように準備中だな。こちらはガッシュ達の仲間が間に合わない場合を想定して日本で活動しているようだ。あくまでガッシュ達には内密に」

「……最悪の事態には?」

「ならない。オレ達や竜族、ブラゴのような強い魔物の襲撃に備えてパムーンレベルの魔物をゾフィスは動かさないから、アポロ・ロップスペアがガッシュを確実に守りきれる。追い詰められることがあろうと、ガッシュのパートナーである清麿の頭脳とガッシュ達の繋がり、アポロの能力、そしてナゾナゾ博士達の事前準備により敗北は皆無だ」

「……そうか」

 

 ならいいと、ゼオンはやっとパンに腸詰を挟んでいく。

 同じようにホットドックを作ったデュフォーはカバンから取り出したケチャップとマスタードを付けた。

 一齧り。

 ほんのりと甘みと辛みが混ざり合う。呑み込んで視線を落とせば黙々と食べる少年はまた炎を見詰めている。

 

「ゼオン、美味いか?」

「……まあまあだな」

「そうか」

「ああ、そうだ」

 

 なんてことはない会話。

 沈黙は苦ではない。

 

 それでいいとデュフォーも思っているし、ゼオンもこれでいいと思っている。

 

 だけれども。

 

 少しだけ、デュフォーの心にもやが掛かって。

 

 だからだろう。

 

 ふと、彼はゼオンの頭に掌を置いた。

 

「……最後は一人で答えを出せばいい。けれど、こうやってお前と食べるメシの方が美味いように、一人だけで答えを出さなくてもいいんじゃないか」

 

 くしくしと柔らかい銀髪を撫でやって、すぐに撫でるのをやめたデュフォーはまたパンを齧る。

 そのまま無言でお互いにパンを食べて、そうして食事が終わる。

 

 ゼオンは、大きく息を付く。目を瞑ったのは数瞬。思考はすぐにまとまった。

 紫電の中にある悩みは消えていないが、不敵さが僅かに戻っていた。

 

 にやりと笑った彼は……デュフォーの胸に拳を当てる。

 

「ふん……忠告を聞くのも王の務めだ。会ってやろう……近くに居るらしい魔物とやらに」

 

 少しだけ戻ったらしい彼の調子に、デュフォーは小さく息をついて頷いた。

 

「ああ、じゃあ情報を言おう。近くに居る魔物の術は宝石を―――」

 

 心のもやは取れていた。

 

 柔らかくなったデュフォーの空気を感じてか、ゼオンも頬を緩めて今度は炎を見るでなく目を合わせたまま。

 

 彼らの会話は続いて行く。

 

 

 旅の合間の夜のこと。

 

 なんてことはない食事の一幕。

 

 

 遠い地で弟と少年は仲間の存在を大きく心に刻み。

 

 迷いに悩む兄と青年はパートナーの存在をより大きく感じ。

 

 

 

 一つ、一つと彼らは歩みを進めていく。




読んで頂きありがとうございます。

ゼオンくんの行動の結果ゾフィスくんが本気。
こんな感じでチェックメイト返ししてきそうだなと思いました。

ガッシュくんと清麿くんは仲間、ゼオンくんとデュフォーくんはパートナーの存在をそれぞれ大きく意識した話です。
ゼオンくんは迷いの答えを出す為にこれからとある魔物と出会います。
あの子です。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第三十五話:白銀と宝石と

いつもありがとうございます。


 

 魔界の王を決める戦いにおいて、戦いが始まるその時まで平穏無事に日常を過ごせる魔物が全てではない。

 例えばガッシュの友人であるティオなどは、ガッシュ達と出会うまでは心の休まることのない日々を過ごしていた。

 仲の良かった魔物に着け狙われる毎日、いつ他の魔物に狙われるかも分からない。

 そんな状態であれば精神はすり減らされていくのは当然、まだ子供であれば尚のコト。

 早期にガッシュと出会い、頼れる仲間という存在を得られたティオはまさに恵まれていた。

 

 逆に、だ。

 彼女のように仲間を得られなかった子供はどうなるのだろう?

 

 自分よりも強い魔物が戦いに来るのが常ならば、早々に脱落していくのが自然ではある。

 だがしかし、強い魔物が来たとて跳ね除けられるような能力を秘めていたというのなら、はたまたそういった荒事の環境で育っていた実績を他の魔物達が知らなかったというのなら。

 きっとその魔物達は強くなっていくことだろう。

 

 人間のパートナーだけが信じられる、そんな“不可思議な孤独”に精神の成長をどこか歪められながら。

 

 

 

 

 

 

 

「あんた達……魔物とそのパートナーだね」

 

 街の中。静かなカフェで昼食を取っている時のこと。

 警戒を最大限に高めて問いかけてくる少女と、帽子をかぶった中性的な麗人がデュフォーとゼオンのテーブルへと近づいてきて放った言葉がそれであった。

 

 デュフォーもゼオンも彼女らの動きには気づいていたが、別段気にする必要もなかった為に優雅に昼餉を楽しんでいたのだ。

 いつでも会いに行けるし、いつでも話が出来た。街の散策と近場の保護区域の観光が終わってからでもいいだろう、そんなデュフォーの提案に従って起こったのが此度のこと。

 相手が警戒しているのは分かっていたから、どれくらいで存在に気付けるかと身に纏う魔力を徐々に上げていって試していた。

 

 逃げるもよし、戦いに来るもよし、それ以外でも別によし。

 

 必要だと言われたとて、ゼオンは彼女という魔物のことをさほど重要視していなかったから、相手の出方でこれからを決めることにしたのだ。

 デュフォーもそれを是として、そして今がある。

 ゼオンの後ろを取っている彼女とそのパートナー。

 デュフォーからはよく見えるが、魔物の背後を取れば確かに術などはすぐには使えない。

 

 昼時の過ぎた人の少ないカフェであるから人間達を巻き込むこともあまりなく、優位に立っているのはまさに彼女達であろう。

 

――相手がオレ達じゃなければ、だが。

 

 声を掛けられてぴたりと止まっているゼオンは、頼んだホットドックを手に取った所だった。

 少し不機嫌に寄せられたその眉を見て、デュフォーは小さく苦いため息を吐き落とす。

 組んでいた脚を組み替え、視線だけで食べていていいと伝えれば、ゼオンはそのままホットドックを口へと運び始めた。

 彼女達の警戒は更に増しても、魔物が皿にある料理を食べ始めただけという事態に困惑の空気が混じる。

 

「その通りだ。宝石の魔物とそのパートナー」

「なっ」

 

 答えた声は平坦。

 自分達の術の情報を唱えた声につられてデュフォーの瞳を見た彼女達は……息を呑む。

 

 その冷たい目は、彼女達を“敵”として全く見ていなかった。

 路傍の石を見るような粗雑さ。無関心さ。

 ぞっとするようなそんな目を、彼女もそのパートナーも今まで見たことは無かった。

 

――なに、こいつ?

 

 何処まで情報を持っているのか、自分達を知っているならどうしてこの街に来たのか……いろいろな疑問が頭に浮かんでは消えていく。

 緊張と警戒から固まってしまった二人に対して、ホットドックを一つ食べ終えたゼオンがようやっと口を開く。

 

「座ったらどうだ?」

 

 クイと指を差された先にある椅子とデュフォーを交互に見る。

 銀髪の小さな魔物は振り向くこともしない。

 動かない彼女達に向けて、小さく鼻を鳴らしてから彼は不機嫌そうに言った。

 

「机を囲んでまずは自己紹介からだ。オレもデュフォーもまだ戦うつもりはない」

 

 そんな彼の言葉に、彼女――チェリッシュは目を見開いて驚愕に支配された。

 今まではどんな魔物とも顔を合わせればすぐに戦いへと発展していたから。戦いの中でしか言葉を交わすことなどなかったから。周りは全て敵なのだから……先に話をするなんていう選択など取るはずもなかったから。

 

 肩越しに、銀髪の小さな魔物の紫電の瞳がチェリッシュを見た。

 

 彼の瞳の真っ直ぐさは、今まで人間界で出会ったどの魔物とも違って……それでいて、どこか見知った―――“自分のよく知る子”と似た輝きを宿していた。

 

 チェリッシュは心の中で安堵に似たため息を落とす。

 相手が小さな子供であることも、きっと彼女の荒んだ心に響いた理由。

 初めて話が出来る魔物と出会えた。それでも……警戒は最低限解かずに席へと進む。

 

 デュフォーは静かにゼオンの隣へと席を移し、相対するように彼女達は席へと着いた。

 

 待っていたのは白銀の魔物。

 

 紫電で真っすぐに射抜いてくる瞳と彼の纏う空気に、チェリッシュは驚きと納得を浮かべる。

 

 意地を張ったような挑戦的な瞳。誰にも屈しないと感じさせる自信あふれる気骨。そして……真っすぐにナニカを見据えている純粋さ。

 

 本当に“彼女と共に並んでいた子”と似ていたから。

 

 更にはゼオンが魔力と威圧を極力抑えているというのもあって、彼女にとっては年相応の子供に見えてしまった。

 よってすんなりと、チェリッシュは僅かに気を抜けた。

 

「非礼を詫びるわ。それと、ごはん時にごめんね、坊や(・・)

 

 口を突いて出てしまった言葉。見た目の幼さからチェリッシュは言ってしまっただけ。

 目の前のゼオンは驚きと困惑と羞恥と僅かな怒りから複雑な表情へと変わった。

 それが面白くて……デュフォーは口元を抑えて横を向く。

 

「おい、デュフォー」

「……なんだ、坊や?」

「きさまぁ!! やはり面白いとおもいやがったなぁ!?」

 

 笑われて怒るゼオンの不機嫌な顔も、チェリッシュにとっては近くに居た魔物の子が子供扱いするなと癇癪を起していた空気と同じに感じられて自然と笑みが浮かんでくる。

 

――バカね、私。こんな子を後ろから襲うような真似して……。

 

 同時に、“小さな子”へと敵意を向けていた自分を恥じる。

 

 和やかな空気にほっと胸を撫で下ろしたチェリッシュのパートナーは、そんな彼女の肩をそっと叩く。

 

「私達もお昼にしようか」

「ええ、そうね。ご一緒してもいい?」

 

 やいのやいのと騒いでいたゼオンと受け流していたデュフォーへと提案すると、二人は揃って彼女達を見る。

 

 恥ずかしくなったらしいゼオンは、ちっと舌打ちを一つしてからおとなしく椅子に座りなおした。

 それもまた坊やと呼ばれるに相応な子供らしい仕草なのだが、とはデュフォーも言わない。

 

「……いいだろう。それと……オレはゼオン。ゼオン・ベルだ。坊やなどと二度と呼ぶな」

「いいだろう坊やで」

「よくないっ!」

 

 デュフォーのからかいに即座に歯を剥いて唸る。そんな彼の様子が可笑しくて、チェリッシュはつい噴き出してしまった。

 

「ごめんごめんっ! もう笑わないから……ね?」

 

 ジトリと睨んでくるゼオンにどうにか繕って言う彼女は、子供を言い聞かせるような話し方になっていることに気付かない。

 そんな彼女の対応がどこかむず痒くて、ゼオンはまた舌打ちをして今度はそっぽを向いた。これ以上デュフォーにからかわれるのは御免だというように。

 

――ああ、いいな。

 

 デュフォーが心の中でつぶやく。

 気張っていたイトが解けたか、そう思って。

 そんなデュフォーのゼオンに向ける穏やかな表情は、先ほどまでのチェリッシュ達に向けていたモノとは別物。変化を見て取ったチェリッシュも彼女のパートナーも穏やかに笑った。

 

 日常的な穏やかな時間が、

 ゆるり……と、彼女達の心に余裕を与える。

 

 人間界に来てからの警戒と緊張が解けた彼女は、美しい髪を風に揺らせて二人へと芯のある声を渡した。

 

「初めまして、私はチェリッシュ。話が出来る魔物と出会えてとてもうれしいわ。こっちはニコル。私のパートナーよ」

「先ほどは失礼した。よろしく頼む」 

 

 気にしなくていいと言ったデュフォーとゼオンは、警戒を更に解けるようにと甘いモノとコーヒーを注文していく。

 それに倣って彼女達も注文を重ねていった。

 

 

 なるほど……と、能力から新たに知り得た情報にデュフォーは心の中で一人ごちた。

 

――捨てられた孤児達の育ての親。孤児達に希望の光を与え続けた少女。絶望に抗い、魔界の最底辺で曇らず光り輝いてきた宝石……か。

 

 チェリッシュの魔界での情報は、まさにゼオンにとって一番必要なモノだった。

 ゼオンの迷いを晴らすのにこれほどまでにふさわしい存在はなく、そして……

 

――母の愛を知らないゼオンにとって……扱いに最も困る魔物というわけだ。

 

 子供達の親代わりをしてきた彼女だからこそ、ゼオンに対して大きな変化を齎せるのだと確信する。

 

 また拗ねたようにそっぽを向いているゼオンを置いて、今度はデュフォーが彼女達へと口を開いた。

 

「オレはデュフォー。そしてこいつはさっきも言っていたがゼオンだ。少し怒りっぽいところがあるが普段はしっかりしているんだ。仲良くしてやってくれ」

 

 また食って掛かりそうになるゼオンは、デュフォーの意味ありげな目配せに口を噤む。

 必要なことだから、そう言われた気がした。

 

 ベルの名をもう一度強調しなかった点を見て、何が狙いかを彼は悟った。

 

 ただのゼオンとして、チェリッシュと話せ、と。

 

――いいだろう。それがガッシュの為に必要なことならば。

 

 プライドの高い彼であれ、大切なモノの為には何も厭わない。

 童にするようなむず痒い対応も呑み込んでやろうと心に決めて……ゼオンは小さく吐息をつく。

 

「よろしく頼む、チェリッシュ、ニコル」

 

 

 ただの休日のような、そんな昼時のこと。

 

 ゆったりとした時間が流れるカフェで、箱庭で育った雷の子は新しい出会いを重ね。

 

 宝石の少女は、“意地っ張りで力任せでバカみたいに真っすぐな子”を思い出して……“不可思議な孤独”が晴れ渡る。

 

 

 

――嗚呼、テッドは……元気にしてるかな。バカばっかりやってパートナーに迷惑かけてないかな。

 

 馬鹿にすんじゃねぇ、と拗ねたように怒られるだろうなと思いながら少女は苦笑しつつ、

 

――この子に聞いてみよう。テッドのことも。もしかしたら……

 

 似たような輝きを持つ目の前の子なら、そんな期待を込めて。

 

 自分も相手も、絶対に味方で、絶対に裏切らないと確信している少年のことを少しでも知っていたらいいなと、彼女は淡い希望を胸に抱きながら四人でのランチを始めた。

 

 




読んで頂きありがとうございます。


チェリッシュ・ニコルとの邂逅。

チェリッシュの今後の行動に新たなパターンとして“テッドを探す”が追加されます。ニコル・チェリッシュペアはゼオンくん・デュフォーくんと知り合いになりました。ゼオンくんはリオウを探してます。

ニッコリ


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第三十六話:未だ定まらずとも

いつもありがとうございます。


 

 

 

 呼吸は小さく浅く。

 誰にも気取られることのないように儚く薄く。

 スコープを覗く瞳は鋭く獲物を見据え、殺気や敵意すら出さずに頭を静かに冷やしていく。

 

 ぴたり……と止めた呼吸。照準は決してぶれず、確実に獲物を狙えば。

 銃声と共に放たれた弾丸はまるで定まっていたかのように目的の場所へと向かい行く。

 

 見事に、一発の銃弾は右足の太ももを掠めた。

 非道な略奪者は蹲る。べしゃりと膝をついた先は血だまりの中。

 辺りに散らばる動物たちの死骸は無残に残酷に。撃ち抜かれたモノが欲望をもって奪った命たちはもう還らない。

 

 希少動物の特殊な部位は高値で売れる。例えば虎の毛皮であったり象の牙であったり。

 鳥獣保護区に於いての敵は人間。金と欲望に目が眩んだ薄汚い人間達である。

 

 撃たれた一人の叫びによって仲間達が駆けつけてくる。

 

 レンジャーの仕事は保護や保全。

 銃の扱いにしても、外来動物の駆除などの目的の為に覚えているのであって、本来は密猟者を駆除する為ではない。

 

 そも……多勢の密猟者を見つけた時に個人で対応するのは無理なこと。

 いかにニコルという人物が優秀で正義感に強い人物であっても、である。

 

 ただ……今回は少し特殊な状況だった。

 いつもなら密猟者の存在を察知した時に機関へと報告して対応を待つだけの所を、とある人物の助言によって今回の作戦へと移ったのだ。

 

 銃撃を行ったのはニコル……ではなく、銀髪の青年だった。

 

「ほう……この距離をよく当てるモノだ、デュフォー。最小限の傷で足手まといを一人作れば警戒と保護の数人も釣れる」

「怪我人を抱えての防衛ほど厄介なモノはないからな。戦争に於いても殺すよりも怪我をさせる方が有効なことは多い」

「残りはどうだ?」

「作業終わりの連絡がなければ運搬トラックの運転手は来ない。警戒要員も離れた所にあと三人程度だ」

「レンジャーを警戒して目立たないようにと取っていたヤツらの行動は普段なら正しいが、“襲撃される側”になった場合は逃走の困難さから悪手となるか」

 

 銀髪の青年と紫電の瞳の少年は銃のスコープと双眼鏡をのぞきながら互いに語り合う。

 銃の扱い方のプロであるニコルをもってして、デュフォーと呼ばれる青年の技量に驚愕しかない。

 彼の瞳も、彼の所作も、彼の息一つでさえ、まるで精密な機械のように相手への心情を映していない理想的なモノ。余計な感情を排し、余計な力みもなく、余分な呼吸もない……狙撃の理想像だった。

 

 決して密猟者達に聞かれることのない声量での会話に、覗いて居た双眼鏡から目を離したニコルは、そんなデュフォーの冷たさに震えそうになる身体を抑えて、小さく息を付いてから二人をジトっと見つめた。

 

「……本当に上手くいくのか?」

 

 不安の混じった目。

 ニコルはカバンに入れていた本を出してそう言う。

 

 感情を映さないデュフォーの瞳が、ニコルの目をまっすぐに穿った。

 

「お前のパートナーを信じろ」

 

 短い言葉に込められているのは信頼か、信用か。

 ニコルにとって分かるのは、デュフォーは決して自分のパートナーの力を疑わないだろうという確信。

 

「……信じているさ」

 

 自分が一番“彼女”を信じていると理解しているから、ニコルは苦笑と共に本を開く。

 なら大丈夫だというように、デュフォーはもうニコルの方を見ることはない。

 

 すっと上げられた指と、同じように上げられる小さな手。

 

 遠く……ニコルの目に映らずとも姿を認識出来たのは、しっかりと狙いを定めているニコルのパートナーの魔物――チェリッシュ。

 

「ゼオン……3、2、1、GO」

 

 ひらりと、ゼオンの手が指示する通りにマントの一部が空へと放たれる。

 伸縮自在のそのマントは、ゼオンとデュフォー以外にその用途を知れるモノはおらず。

 

 マントが繊維で出来ているのだから、“ほつれさせる”ことも可能ということ。

 創意工夫を凝らせば万能と成り得る魔法のマントは……答えを出す者(アンサートーカー)という反則的な能力によっていくらでも強化されていく。

 

 つながった糸が魔力を伝え、本来なら千切れればそのままのマントが空でカタチを変えていく。

 大きく大きく、より広く、と。太陽の光を遮断するほどに広がったマントは、ゼオンという雷の子の魔力が通っているからか、人間達の扱う電波を妨害する効果を持っていた。

 

 銃撃で混乱した後であっても、昼時に光を遮られれば人間達の意識がそちらへと向かうのは必至。

 

 ならばあとは……ニコルとチェリッシュが仕事を完遂するのみ。

 

「ガレ・コファル!!」

 

 それぞれの指から放たれた宝石の結晶達は人間達へと向かい……彼らを無力化することに成功する。

 

 ほっと一息ついたニコルと、当然だといつも通りなデュフォーとゼオン。

 ふっと姿を消したゼオンは、チェリッシュの元へと瞬間移動しつつマントを伸ばす。

 絶妙な力加減で打たれた宝石の術で人間達は動けないでいるが、反撃をしてくる可能性はある。

 

 初めから自分が出ていれば一瞬で片付く事案であっても、ゼオンはチェリッシュとニコルがことを治めることを選んだのだ。

 視覚も聴覚も奪うようにマントで拘束し無力化。これで一件落着としていいだろう。

 満足したように頷いたゼオンが労いの言葉でも掛けようとチェリッシュに顔を向けると、浮かない顔をした彼女が居た。

 

「どうした?」

「ちょっとね……」

 

 血だまりの中、屈んで見やる先にあるのは動物たちの亡骸。

 光を失った瞳で虚空を見詰める生物達のその姿にチェリッシュは何を思うか。

 

「“ゼオンの坊や”はどう思う?」

 

 未だに正体も実力も明かしていないから、坊やを付けて呼んで来るチェリッシュにはもう慣れた。

 

 ピクリとも動かない動物たちの亡骸を見回せば、鉄錆びた血の匂いが強くなった気がした。

 

 ゼオンは考える

 

――どう思う、か。それは人間達に対してか? それとも動物たちに対してか?

 

 非道な行いをした人間達はこれから罰されるだろう。

 しかし失われた命が戻ることはもうない。

 

 密猟者を捕まえる前に義憤に燃えていたチェリッシュとニコルの心を、ゼオンは何処か客観的に観てしまっていた。

 悪いことをしたモノは罰されて当然だとは思った。故に彼は手伝い、こうして結果が残った。

 

 何故、と彼は思う。

 

――チェリッシュやニコルのように憤怒を持って人間達を見れなかったのはどうしてだろう。

 

 許せないことだと怒り、必ず止めると決意し、そしてどうすれば止められるかと試行錯誤したのは彼女達だ。

 ゼオンやデュフォーはそれを手伝っただけ。

 当事者でないのは自分達も同じなはずなのに、止めるのは当然だと考えて行動したとしても彼女達のように感情を伴って動けなかっただろうと確信している。

 

――被害に遭っていたのが動物だからか? それならば蹂躙されていたのが人間だったなら……それでも変わりない。では……魔物ならば……知り合いなら……

 

 他ならばどうか……まで考えて、ゼオンは小さく吐息を落とす。

 

 深い思考に潜っていきそうになった。

 “心が動く相手”まで行きついた時点で、自分の気持ちが沈んでしまったことに気付いた。

 そうしてもう一度動物たちを見ると……きゅうと、胸が締まった。

 

 頭を切り替えて彼は答えを返す。

 

「……オレは……そうだな。人間達に相応の罪を償わせるべきだと、そう思う」

 

 素直に、ただそれだけを述べた。

 動けなかった心を偽ってまで、動物たちに対して“かわいそう”という言葉を吐くことが彼には出来ずに。

 

 

 王になる為の教育を詰め込んで無理やり成長させたかのようなゼオンの心は、その年齢の子供のように直情的になることが弟のこと以外ではほぼ無い。

 冷めた目で、メリットとデメリットを見比べて、利害を判断して、理想的な結果を求めることを最善としてしまう。

 

 人間界に来てすぐの頃の彼であれば、であるが。

 今はきっと……そう、少しだけ違った。

 

 その切なく締まった胸に引きずられて、彼の表情が変わっていたから。

 

 じっとゼオンを見詰めてくるチェリッシュの目。

 きゅっと、彼女の眉が寄った。

 

「哀しい?」

 

 鈴の音のような声で紡がれる言葉が耳に流れる。

 言われて、ゼオンは自分の口がきゅっと結ばれていることに気付く。

 

 そんな顔をしていたのかと、自分でも驚いた。

 

 チェリッシュはゼオンの方へと近づいて、彼の隣で屈んで死に絶えた動物を見る。

 

 小さな動物の子供の目が、虚ろに空を見上げていた。

 そっと彼女がその瞼を下ろしてやって、動物が空を見上げることはなくなった。

 

 せめてもの手向けの行動がゼオンの心に波紋を齎す。

 

 焦燥のような、不安のような、苛立ちのような、そんな気持ちがどんどんと胸に沸いてきた。

 初めからあったモノが大きくなっていったような。

 不快なその気持ちは……後悔と呼ぶべきだった。

 

――オレなら救えたんじゃないか。

 

 ゼオンにとって、生命活動に必要のない生き物の生死に触れるというのはこれが初めてのこと。

 守らなければ、救わなければ、助けなければ……そんな“想い”が浮かんでくる。

 

――手の届くモノを救えなくて、弟に……ガッシュに誇れるオレだと言えるのか?

 

 

「……」

 

 チェリッシュは何も言わず、くしくしとゼオンの髪を撫でやる。

 孤児たちが初めてのことを経験する姿を彼女は多く見て来たから、ゼオンが何かを感じ取ろうとしているのだと悟って彼自身に任せる。

 

 ほんの少しの時間だけ、ゼオンは動物たちへと祈るように目を瞑って頭を下げた。

 その行動になんの意味があるのかは、彼だけしか知らない。

 

 デュフォーと共に過ごすだけでは気付かない一つ。

 そんなゼオンを見やりながら、デュフォーは昔のことを思い出す。

 

 ずっと昔に、実験漬けの毎日の中で大切にしていたネズミのことを。

 

 憎しみに沈み込んでしまっている記憶の一つ。デュフォーの心を憎しみに染めて能力の開発を行う為にと理不尽に奪われた小さなイノチ。

 あの時の激情は……きっとニコルやチェリッシュが抱いていたモノと同じはず。

 凍ってしまったデュフォーの感情の僅かな一つを、ゼオンが瞑目している姿を見て思い出したのだ。

 すっと目を細めた彼にとっても思うことはあるらしく、ゼオンに並んで彼も目を瞑る。

 

 四人で奪われた命達に黙祷を捧げた午後のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 滞在して十日ほどになる。

 チェリッシュやニコルと共に過ごしている日々は悪くない。

 

 アシュロンと模擬戦をしてからずっと力を隠している中で、オレの魔力を追いかけて来たようなヤツはまだおらず、チェリッシュ達が狙われることもない。一応はレインと作った首飾りで魔力偽装はしているがな。

 件のクリアであればオレとアシュロンが手を組んだことには気づいただろうが、二体が近くで連携を取れる今の状況で仕掛けて来ることはあるまい。

 他の魔物にしても、観察くらいはしても手は出してこないだろう。デュフォーであればそれも気付いてくれるし、オレの感知の修行になる。

 

 密猟者達の引き渡し他の組織等とのつながりなどの調査の為にと彼女達はしばらくこの街に滞在することになった為、オレとデュフォーもそれまではと一緒にいることにしたのだ。

 ガッシュ達が動きを見せればこちらも動くつもりだが、大きな敵を相手取る為にと万全の準備をしているのだろう。ナゾナゾ博士やブラゴの方ももうすぐ準備が整うと言っていたからそれまではオレもチェリッシュから新しいことを吸収させてもらっている。

 

 一つは大所帯での共同生活だ。

 魔界で孤児の面倒を見ていたというチェリッシュは、ニコルと共に話を付けて宿泊の対価として街の孤児院での手伝いをし始めた。

 デュフォーの提案でオレ達も手伝うことになったのだが、年上から年下まで十数人の子供と職員が暮らす施設での生活はなんとも目まぐるしいことこの上ない。

 

 魔界では訓練以外をほどんど一人で、人間界に来てからはデュフォーとずっと過ごしていたから……集団で生活するというのはどうにも慣れない。

 

 オレより年上の子供が余所者が気に喰わないと突っかかって来て、それを片手でひっくり返してやったのを見たオレより年下の子達が毎日のように遊んでとせがんで来るようになって、突っかかってきたヤツもカツオブシチップスを分けてやったらオレに特訓に付き合えと言ってくる始末だ。

 とりあえず構えと奴らは集まってくるから、日中にオレ個人の時間があまりにも取れない。そのせいで夜中に修行もしているため、厳しい訓練の日々と同じくらい睡眠時間が少なくなっているのはあまりよくないことなんだが……まあ、其処はデュフォーのツボ圧しなどのおかげで助かっている。

 

 そんなオレを見て、チェリッシュとニコルは何故かニコニコしていた。

 ガキ共に集られて忙しなく日々を過ごしているオレが滑稽か? と問いそうになったが、デュフォーがやけに真剣な目で気にするなと言って来たから言わない事にした。

 いつもならバカにして来るはずの奴が真剣だったから……これも必要なことなのだろう。

 

 孤児院で過ごして今は七日目。

 いつもの通り朝は他の子どもより早めに起きて朝食の準備をチェリッシュやニコルとした。今日のデュフォーの当番は夜だ。

 食事が終われば片づけを子供達と共にして勉強。とはいえ、オレに学ぶことなどもうないので、教える側というなんとも変なことになっているが。

 昼前からニコルはデュフォーを連れてレンジャーの仕事に向かった。能力のことは話していなくとも、デュフォーならニコルにとっての最善を導き出していいようにするだろう。

 勉強は街にある学校と同じように行われ、合間の休憩時間には外で遊ぶことが多い。遊べと集ってくる奴らを適当にいなしながら過ごすのもこれで五日目になるか。今日は砂の城を作るつもりらしい。

 

 城作りと勉強をして昼。

 昼食はチェリッシュが軽食を作っていた。

 皆で食べる食事はこれで六日目になるが……まあ、そこそこだ。オレの分を奪おうとしてくるバカからはデザートを奪っておく。

 

 昼下がりに勉強も終わり、小さいやつらを昼寝の時間で寝かしつけ、バカに少しの特訓を付けてもう夕方。昼寝をしていた奴らが起きてきてまた遊べとせがまれる。

 

 チェリッシュも加わって今日はドッジボールとやらをすることになった。

 魔物のオレとチェリッシュはある程度力を抑えてするしかない。

 体格差も力の差もあるが……そういうやつらはなんだかんだ小さい奴らに華を持たせる為に手を抜いているので、オレ達も同じということだ。

 

 そうして夜。

 

 ニコルとデュフォーが帰って来て、四人で夕食の準備を始める。

 前までなら職員たちがいつもしていることなのだが、孤児の経営というのは大変なことが多く心休まることも少ないからとデュフォーが話を付け、オレ達が滞在している間に彼らは交代で休暇を取ることにして出勤している者の仕事も最低限にしたらしい。

 ニコルの国際的なレンジャーの身分と、デュフォーの力がなければそんな上手く話しは進まなかったことだろう。交渉としてはどちらも得をしているからいいことではあるか。

 

 そうして皆で食卓を囲む。

 今日はビーフシチューになった。鍋物は大人数で食事をするのに効率的で便利だからいいな。同じモノを食べているというのも子供達にとっては嬉しいらしい。

 

 口の端を汚しているヤツを布巾で拭って、お代わりを要求するヤツにはよそって、今日の話を口々にしてくるヤツらに相槌を打って……。

 視界の端で口論をしている奴らが居たが、チェリッシュが互いの頭にげんこつを落として黙らせていた。

 曰く、食事時は喧嘩するなと。メシを食ってから外でやれと。気迫が違う。いや……食い物の大切さをいやという程分かっているからこそのあの怒りか。

 

 チェリッシュはこえぇなと、ちょっかいばかり掛けてくるバカが小さくオレに囁いてくる。あいつは耳がいいから聞かれているぞと言ってやると、冷や汗を流し驚愕に顔を歪ませながらビビッていた。まるで般若のお面のような形相をしたチェリッシュがバカの方へと向けば、バカは全力でシチューを掻き込んで逃げ出した。

 

 後で言っておいてやると言えば、チェリッシュは任せたよとオレにかえして子供達の世話に戻る。

 チェリッシュは誰に対しても平等だった。

 この七日ほど、オレの知見を広げる為に彼女のことを見て来た。

 

 叱る、という事柄を知った。

 怒る、とは違うのだ。相手のことを思って、相手の気持ちを汲みつつに行われること。

 

 代わりばんこに風呂に入れて、子供達を寝かしつけ、ようやっと一日が終わったオレは食堂に入った。

 夜に訓練をするオレと、夜に世界の情勢を動かすデュフォーはまだ眠らない。その為に一杯のコーヒーで一区切りをつけるのがここ数日の日課となっており、今日はデュフォーがコーヒーを淹れる番。

 

 ゆったりと椅子に腰掛けるデュフォーは、オレが来るのが分かっていたようでちょうどオレの分を注いでいた。

 二人だけ……だと思った。いつもならそうだった。しかし今日は違った。

 

「いらっしゃい。遅くまでご苦労さま」

「よく頑張るな、キミは」

 

 穏やかな声が二つ。二人が此処に居るとは思わなかった。

 

「ああ、お互いに。お前達もお疲れさま、だな」

 

 労いを一つ。

 クスクスと笑うチェリッシュは、未だにオレのことを子供として見ているからか、むず痒い対応をしてくる。

 ため息は小さく。何か意味があってこの席に着いたのだろうから、今は不問としてやろう。

 音を立てずに椅子に座れば、デュフォーも同じように席に着いた。

 

「何か話があるのか?」

 

 く……と一口コーヒーを飲む。

 

 質問に対して、コクリと頷いたのはニコルだった。

 

「ああ。昼にデュフォーには伝えたんだが、改めてキミにも礼を言っておきたくてね」

 

 言いながら、ニコルは今までオレ達の前で一度も外したことのない帽子を……すっと外す。

 するりと落ちた絹のような長い髪。

 オレは驚くことなく、“彼女”の瞳をじっと見るだけ。

 

「隠していたわけじゃないけど、私は女なんだ。女の二人旅は何かと危ないから」

「ふん。別にお前の性別がなんであろうとお前はお前だろう」

「ふふ、そうだな」

 

 気付いていたがとは答えない。当然だと答えてやると苦笑を零した彼女が続ける。

 

「保護区の協力のことももちろんだけど、チェリッシュのことについても礼を言う。キミ達と出会えたから、敵と戦ってばかりだった私もチェリッシュも随分と落ち着くことが出来た。ありがとう」

「なんだ、そんなことか?」

 

 拍子抜けな答えに眉を寄せて二人を見る。

 しかし、彼女達にとっては違うようだ。

 

「いいえ、大きなことよ、ゼオンの坊や。周り全部が敵で、いつ誰に狙われるか分からない、頼れる者も居ない状況だと思ってたから……こうやって笑って生活が出来たのなんて魔界以来だもの」

 

 コクリと紅茶で唇を潤したチェリッシュが続ける。

 

「ニコルにも大きな負担を掛けていたわ。魔物との戦いに巻き込んで迷惑かけてばかりだった私が、やっとニコルの為に役に立つことも出来た」

「密猟者達の件か。まあ、オレもデュフォーには世話を掛けてばかりだからその気持ちは分からんでもない」

 

 パートナーに恩を返したいという気持ちは分かる。

 オレとて、デュフォーにいつも助けられているからな。

 

「だからね、助けられた分、何かあなた達の手伝いも何か出来ないかなって思ったのよ」

「そんなモノは不要だ」

 

 ばっさりと言い切ると、だと思ったとばかりにチェリッシュはため息を吐く。

 

「そう言うわよね、ゼオンの坊やなら」

「ああ、そう言うぞ、坊やだからな」

「またそうやってお前はゼオンをからかって……」

 

 コーヒーを楽しみながら同意を示すデュフォーの発言に怒りそうになるが、ニコルがデュフォーを少し咎めてくれたから睨むだけで済ませる。

 

「しかし、キミ達はこれから多くの敵と戦うんだろう?」

 

 続けたニコルの言葉に、今度は睨むではなく咎めの視線をデュフォーへと送った。

 デュフォーは何も言わない。自分で意図を読んでみろというように。

 

 いいだろう。それについてはオレもこの数日で考えていたんだ。

 チェリッシュ達を仲間に入れるかどうか、戦力として扱うかどうか、オレ達の目的に巻き込むかどうかを。

 

「デュフォーから聞いたんだな?」

「千年前の魔物達が復活して現代の魔物達を襲っていると聞いている」

「それに主犯の魔物は人間を操って無理やり戦わせているんだってね? そんな下劣で卑怯なヤツ、魔界の王にさせるわけにはいかない」

 

 真剣に語り掛けてくる瞳からは正義感が溢れている。

 

「キミとデュフォーは幾人かの魔物と結託して千年前の魔物達を魔界に返す計画を進めているんだろう?」

「ああ、そうだ」

「だったら……私とニコルもその手伝いをさせて。一組でも多くの力があれば、犠牲になる人間も魔物も少なく出来るだろうし」

 

 全ては言っていないということか。

 あくまでも目の前の敵――ゾフィスだけ。

 

――魔界と人間界を破壊しつくす脅威であるバオウ、そして守り人の一族の計画であるファウード、最後に最悪の魔物であるクリア……この三つに関して話していないというのなら、オレの考えとデュフォーの思考は同じだ。

 

 ならやはり……

 

「それに……放っておけないのよ。あなたみたいな子のこと」

 

 少しだけ、思考に空白が差した。

 弱いから、と言っているわけではない。そんな浅はかなことではなく、彼女が言いたいのは心のこと。

 見つめてくるチェリッシュの瞳には、あまり見たことのない感情。

 オレはこの瞳を向けられたことが……ある。

 

 こういう時にどう返せばいいのかは、今なら分かる気がする。

 

「……ありがとう」

 

 チェリッシュの向けてくれる感情は心配。

 ガッシュが魔界でオレに出会った時に向けてくれたモノと同じ。

 相手を思いやればこそ出てくる感情で、オレが今まで少ない数の対象にしか向けられなかったモノだ。

 思いやりがるから心配するし叱ることも出来る。動物たちへの理不尽に怒ることも出来るしパートナーを大切にも思える。

 オレはその範囲が狭くて、広げる方法が分からない。

 でも真っ直ぐに思いやりを向けられるというのは……心地いいモノだな。

 

 前までなら、心配を侮辱と取っただろう。

 

 今のオレがどんな顔をしているかは分からない。真っ直ぐにチェリッシュの瞳を見詰めて、オレは答えを返していく。

 

「しかし不要だ」

「でもっ」

「心配してくれてありがとう。だがオレとデュフォーの計画にはお前達の協力はなくてもいい。そもそも……」

 

 後は引き継ぐというように、デュフォーがオレの後を繋いだ。

 

「ゼオンはその戦いに参加できない理由があるんだ。これについてはゼオンよりオレから説明しよう」

 

 いいか、というような態度にコクリと頷く。

 オレの対応はデュフォーが言葉を継ぐ程に何か変化があったらしい。

 なら、あとはデュフォーに任せよう。ただ……オレはこの選択をすぐに後悔した。

 

「こいつを見てくれ」

 

 そう言って取り出された端末には……オレの頭を真っ白にする写真が写されていた。

 

「この子の名前はガッシュ。見たら分かると思うが……ゼオンの弟だ」

 

 画面いっぱいに映っている写真には、ピースサインで笑うアポロとロップス、そして楽しそうに食卓を囲んでいるガッシュと清麿が居た。

 

「写真を撮っているのがオレ達の知り合いなんだが、ゼオンは少し理由があってガッシュに近付くことが出来ない」

「え……」

「弟なのにか?」

 

 話し始めた三人を置いて、オレはデュフォーが机に置いた端末をすぐに取り上げた。

 

 まじまじと、穴があくほどに画面を見詰めた。

 画面の中で美味しそうに魚を頬張って笑うガッシュ。久しぶりに見た弟の姿に唇が震えた。

 

「魔界での魔物同士の関係性にはいろいろあるのは分かるだろうチェリッシュ。例え同じ一族だったとしてもだ」

「……何か深い事情があるのね」

「ゼオンが望んでいることではない、というのは言える。というか見た通りだ」

「あっ」

「なるほど……」

 

 チラリと三人がオレを見ているようだがそんなモノはどうでもいい。

 戻る、のボタンを押す。そうすると違う写真が映し出された。

 

 作戦会議をしているガッシュ達。机を囲んで真剣に話し合っているその姿が誇らしい。

 我が弟は巨悪相手であろうと戦うことを決め、勇敢にも知恵を振り絞って己達の力で打倒しようというのだ。

 

「込み入った事情から、ゼオンはガッシュに自分が兄であるということを明かせないし関わることも出来ない。つまり……」

「そのガッシュっていう子が千年前の魔物を操ってるゲス野郎を倒しに行くから……ってことかい?」

「そうだ」

「本当に出来ることは何もないのか?」

「無い。だからこそ、オレとゼオンは知り合いに任せて影からのサポートに徹することにしている」

 

 次を押す。

 なんということだろうか。

 ガッシュとロップス、そしてシュナイダーと思われる馬型の魔物が同じベッドで寝ているではないか。

 穏やかな寝顔は、きっと友と共に夢を見ることが出来ての幸せからに違いない。指が震える。

 どうしてだ……どうしてオレは……この写真を眺めるしか出来ない。

 写真をなぞる指先はガッシュの頬を撫でているはずなのに、なにも温もりをくれない。

 

「……ガッシュ」

 

 次へを押してぽつりと零れた言葉。

 ガッシュと清麿の写真を見て、無意味な言葉が出た。

 満面の笑顔。何かを伝えたいというような二人の表情。

 送られた写真に付随のメールの文面にはこう書かれていた。

 

『親愛なるDへ。心強い味方がキミ達に感謝を伝えたいと言うからメールを送る。

 ナゾナゾ博士の他にボク達をサポートしている存在が居ることが清麿に突き止められた。

 シェリーともう一人いると言えば驚いていたけど、何かお礼がしたいというから二人の笑顔の写真を撮らせてくれと言っておいた。

 “ありがとうなのだ。共に頑張ろうぞ”……だってさ』

 

 ああ、ああ。

 お前ならそう言うだろうな。

 

 喉の奥が熱くて、目がしらも熱くて、胸が苦しくなってしまった。

 

 次へ、を押してももうなかった。

 どうしてだ。

 もっとお前を見せてくれ。もっとお前の元気な姿が見たいんだ。

 

「こうなるから見せたくはなかったんだがな……」

「……バカものめ。なぜ、もっと早くに見せなかった」

 

 声が震えてしまう。

 

「届いたのは昨日の夜中だ。子供達にお前が目を腫らしているのを見せるわけにはいかないだろ?」

「……」

 

 嗚咽が漏れそうになるのを堪える。その通りだ。ガキ共の前でオレが無様を晒してなどなるものか。

 たまらず、というように立とうとするチェリッシュを手で制した。

 

「心配はありがたいが……写真とはいえ、弟の前だ。オレは兄でいたい」

 

 きっとお前は抱きしめてくれるんだろう。その母性でもって、オレの心を癒してくれるかもしれない。

 子供達にするように、きっと魔界でお前が孤児たちを癒してきたように……。

 しかしそんな無様をオレは許せない。譲れない意地だ。

 そんなオレの頭にデュフォーがポンと掌を置く。

 

「正体すら明かせない。それを心に留めておいてくれ。もし……お前達が万が一ガッシュと出会うことがあっても、ゼオンのことは口外しないと約束して欲しい」

「……分かったわ」

「約束しよう」

 

 一つ、二つと大きく呼吸をしていく。

 心を落ち着かせる呼吸法を学んできた。それでも抑えるのに苦労する大きな感情の渦がある。

 

 目から雫が零れるのは阻止出来て、声が震えることもどうにかなさそうだ。

 

「落ち着いたか」

「……後で写真はプリントアウトしておけ」

「額縁へ飾るのはダメだ」

「バカめ。アルバムを作るんだ。今のガッシュの姿を保存しておけるのは今しかないんだぞ? アポロには定期的に写真を送らせろ」

「……まあ、それくらいならいいか」

「保存用と観賞用は最低でも必要として……あとは高性能のカメラと……そうか……動画という手も……?」

「前言撤回だ。アルバムは一つだけ許す。動画はお前が入れ込んでしまう可能性を危惧して禁止だ」

「貴様ぁ……」

 

 無慈悲な制限に沸々と怒りが沸いてくる。

 デュフォーはことの重大さを理解していない。ガッシュの今がどれほどの宝なのかお前は分からないのか?

 

 そんなオレたちを見て、チェリッシュとニコルが噴き出す。

 

「ふふっ」

「ふ……そうか、ゼオンはそういう子なんだな」

「弟くんの為……そういうことだったのね」

「どうりで、小さい子達が甘えるわけだ」

「ええ、お兄ちゃんな所が分かっちゃうんでしょう」

 

 何かとチビ達がくっついてくる理由を、チェリッシュ達は漸く理解したというように頷き合っている。

 確かに小さい頃のガッシュと遊んでいたらこんな感じだっただろうかなどと考えていたが……。

 少しばかり気恥ずかしくなって顔を逸らす。

 

「“坊や”じゃなかったんだね」

 

 クイと帽子を整えたチェリッシュは、オレへと言葉を投げかける。

 

「男の子が自分で守るって決めたんなら、放っておけないなんて言うのは余計なことってもんだ」

 

 ランタンに照らされた髪がキラキラと光っていた。

 

「あんたは守りたいモノをしっかりと分かってる一人前の男の子だ。理不尽にさらされた子達に哀しむ心も持ってるいいヤツで、面倒見のいいアニキなんだろう」

 

 ニッと歯を見せて笑う彼女は、もうオレのことを子供扱いなどしていない。

 守るべきモノに対してではなく対等なモノへと向ける表情。

 

「“ゼオン”……あんたの戦いを私は邪魔しない。それでいいかい?」

 

 芯を持つ彼女の心は、きっと誰にも砕けないダイヤモンドの輝きを持っている。

 言葉だけじゃ無粋と思い、オレは彼女に拳を向けてみた。

 

 同じように拳を向けて、コツリと合わさって想いが交わされる。

 

 笑みを向ければ、彼女はクスクスと悪戯っぽく笑った。

 

「それでいい」

「助けてほしい時は言いな。同じメシを食った仲だからね」

「そっちこそ、何か必要なことがあれば手伝おう。魔界の暮らしを聞かせてくれた対価もある」

「うーん、昔話をしただけなんだけどね……あ」

 

 思い出したというように手を叩いた。

 

「じゃあ、“テッド”っていう私の家族に出会ったら伝言を頼める?」

「いいぞ。ガッシュのことを黙っててもらう代わりにもなる」

 

 共に並び立っていた家族のことは聞いている。オレは伝えることも出来ないけれど、チェリッシュの想いはそいつに伝えておこう。

 

「“チェリッシュが探してる。私は敵じゃない”って」

 

 ああ、と心で嘆息が出た。

 その言葉は、とてもいい。

 オレもガッシュにそう言えたならどれだけいいだろうか。けれど……オレにはオレの戦いがある。

 

「承った。必ず伝えよう」

「出会ったら、でいいからね。探すこともしなくていい。どうせバカばっかりやってる世話の掛かる子だから私が探す」

「ふっ、分かっている。それだけ強固な絆があるのなら、きっとお前とテッドは必然的に出会うだろう」

 

 よほどの信頼があると見える。

 オレもその魔物と会ってみたくなった。

 

――出来ればガッシュと二人で、チェリッシュとテッドとこうして机を囲んでみたいモノだ。

 

 目に入った端末には、ガッシュが仲間達と食卓を囲んでいる写真が見えた。それが現実に此処に在ったならどれほど尊く、素晴らしい光景だろうか。

 この大きな机に四人だけでは寂しいなと、そんな感覚が沸いてしまった。

 数日の間、声が堪えることのなかった食堂で、たった四人で良いだろうか。

 

 否、だ。

 

――出来ることなら……この数日間の子供達との時間のように、魔界でチェリッシュとその家族達、オレが出会った魔物達とも……ガッシュと一緒に過ごしてみたい。

 

 此処での数日間が楽しかったから。オレの初めての経験が山ほどあって、その楽しい時間が出会った魔物達の周りにあるというのなら。

 

 それを守るのも、オレがこの先にするべき……いいや、“したいこと”……か。

 

 すっと、心に引っかかっていた何かが抜けた気がした。

 アシュロンの問いかけの“答え”の一端が……きっと見えた。

 

 コーヒーを呷って、一息。

 

「チェリッシュは……魔界が好きか?」

「なんだい、突然に」

 

 苦笑を零した彼女は、キラキラと光る瞳で答えた。

 

「辛いこともあるけれど、私は坊や達と暮らす魔界が好きだよ。だから王になって……親のいない私達でも幸せになれる国にしてやんのさ」

 

 そうか、と声が出た。ゼオンは、と聞かれた。

 

 オレの“答え”の一端は――

 

「好きになる魔界を作る……予定だ」

「ええ……なぁにそれ」

「まだこれでいいんだ。きっとな」

 

 そう、まだ決めなくていい。

 

――何せ……オレが好きな魔界だけじゃなくて、ガッシュやお前達の好きになる魔界にしなければならないのだから。

 

 他の魔物や人間達と楽しそうに食事をしているガッシュの写真は一つの理想。

 オレも、もしかしたらこの食堂でこんな顔をしていたんだろうか。

 

 それならいいなと、そんなことを思った。

 

 

 

 考えに耽っていると、ふと、デュフォーがオレへと合図を送る。

 

 唐突な、本当に唐突な出来事。

 魔物が来たと、そう伝えていた。

 

 

 

 

「チェリッシュ、ニコル。話は此処までだ」

 

 立ち上がっていうデュフォーに、二人は不審に眉を顰める。

 

「せっかくだ……オレの実力を少しだけ見せてやろう。客人が来たようだからな」




読んで頂きありがとうございます。

ガッシュ2モ・ポルクやばいですね。
チェリッシュとニコルペア、いい感じに描けていたらいいですが難しいですね。

孤児院の子供達の面倒を見るゼオンくんは描いていて楽しいですね。

アポロくんから送られて来るのはメシテロならぬガッシュくんテロになります。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第三十七話:“少女”が嗤う

いつもありがとうございます。

今回オリ術出ます。


 

 千年前の魔物達は如何にして現代の魔物達を見つけているのか。

 一つはゾフィスの事前調査による魔物達の位置情報の把握。千年前の魔物達のパートナーを集める為に世界中に脚を広げていた為、そのついでとして現代の魔物達の中でも警戒心の弱いモノ達は所在地がばれてしまっているのだ。

 そしてもう一つ。これが一番の方法であるが、感知タイプの魔物による魔力探索である。

 

 ゾフィス自身も勘の鋭い魔物であり、研究者の一族であることからそういった魔力の操作には長けている方なことから、千年前の魔物達と情報共有をしつつ連携を取れば鋭敏な感覚を持つ魔物達の力を十全に生かせるというモノだ。

 ゾフィスは参加している魔物を把握している為、一族に蓄えられた膨大なデータから魔力のパターンすらある程度情報として持っているのも大きい。

 

 そういったことから、千年前の魔物達は現代の魔物を容易に見つけることが出来て、しかも奇襲や不意打ちも簡単に出来る。

 たかだか一体の魔物を追い詰めるにしてもゾフィスの策は幾重にも張り巡らされている為、逃げるという選択肢すら与えられないことがほとんどである。

 

 清麿とガッシュが逃げ出せたのはティオとロップスのペアが居たという不可測の事態から。

 そして南極でキャンチョメが救われたのもナゾナゾ博士が間に合ったから。

 彼らとは違い、数体の魔物達は多勢の魔物の襲撃によって為す術もなくやられている。

 複数の魔物を使って一体の魔物を確実に消しに行く方策は手堅く狡猾にして強い方法だ。

 とはいえ……その方法も圧倒的な力を持つ魔物にはまだ通用していない。

 

 例を挙げればブラゴとシェリーのペア。

 千年前の魔物達の状態が整って幾分か後に数体が派遣されたのだが……結果は大敗だった。

 ゾフィスの見積りであれば手傷くらいはつけられるだろうと思っていたのに、ブラゴとシェリーはその派遣された数体を、たった一組で全て返り討ちにしてしまった。

 派遣した千年前の魔物の半数が魔界に返されるという最悪に近しい結果は大敗というべき事態だろう。

 

 当然、ゾフィスは焦りを覚えた。

 正直な話、舐めていたのだ。彼は実力者たちの力を舐めていた。

 事前評価においての上級魔物の中でそこそこであると評しているブラゴでこれならば、竜族の神童や雷帝を討つなどどれほどの戦力を割かなければならないのか考えられたモノではない。

 

 出来るのなら彼は拠点に残している強力な魔物達は使いたくない。

 ビクトリームという魔物の力は強くともクセが強すぎる為に除外するとして……他の四体の魔物に関しては自分達の拠点の防衛に当てておきたいというのが本音である。

 千年前の魔物達、そしてそのパートナーの人間達の管理は容易なことではなく、人間達のマインドコントロール装置は軽々しく移動させられるモノではないのが大きい。

 ゾフィスも実力者ではある。並みの魔物であればそれこそゾフィス単体で軽々と倒せるほどに彼は強い。

 だが、四体の千年前の魔物はゾフィスの実力を越えているのだ。戦いの事前準備を張り巡らせればゾフィスでも勝てるには勝てるが……単純な魔物としてのカタログスペックでは間違いなく劣っていると言わざるを得なかった。

 そんな彼ら、そして千年前の魔物達全ての行動を縛れるのはマインドコントロール装置があってこそ。

 装置を壊されることなどがもし万が一にでもあってしまえば……そう考えただけでもぞっとする。

 

 デモルトの圧倒的な暴力を、ツァオロンの研ぎ澄まされた武力を、パムーンの周りを引き付ける心力を、ベルギム・E・Oの発展途上な無垢なる力を……自由にすることがどれほど恐ろしいのかゾフィスは理解していた。

 

 最終的には竜族の神童達と戦うことになるだろう。その時は……彼ら四体に頼らざるを得ない。

 どのタイミングで彼らを使うようにするのかはゾフィスのさじ加減次第だ。都合のいいことに、ブラゴとシェリーは確実に現在の拠点に攻めてくると確信しているため、拠点の防衛力の確認として迎え撃つことを是とし、強力な四体の力をしっかりと見極めることが出来る。

 更には、ガッシュ・ベルとその周りの魔物達も此処までたどり着くだろうと予測できる。通常の魔物の防衛力や戦闘データを取れるのも大きいだろう。

 

 ならば他にはと、彼は考えた。余裕はないが、手は打てるなら多く打っておくべきだと彼は思ったのだ。

 そんな折、アメリカ大陸南部にある遺跡の中で彼はつい先日に大きな衝撃を受けた。

 

 距離はかなり離れているはずなのに感じた危機感。感知型の魔物だけでなく……実力の高い四体それぞれが気付くほどの大きな力。

 遠くハワイの地にて感じた二体の魔物の戦闘の魔力を、ゾフィス達は感じ取ったのだ。

 半日にも及んだその魔力のぶつかり合いは四体の魔物に大きな刺激を与えることとなった。

 デモルトが狂喜し、ツァオロンの闘気が溢れかえり、パムーンの魔力が膨れ上がった。ベルギムはびっくりした拍子におやつのケーキを落として泣いていた。

 

 デモルトが言った……『クソだりぃトカゲとクソうぜぇチビが戦ってやがる』と、今にも飛び出して参加しそうなくらいとても嬉しそうに。

 ツァオロンが言った……『ベルと竜族は……まだ戦ったことがなかったな』と、いつでも戦う準備は出来ていると言わんばかりに。

 

 

 そしてパムーンは何も言わなかった。唯々、その魔力を遠くに感じて嬉しそうに笑い、己は此処に居るといわんばかりに魔力を見せつけたのだ。

 

 ある程度の自由を約束しているパムーンの不可解な行動と、自分にコンタクトを取ってきた“リエム”という少女の言って来た言葉。それらがゾフィスに不安の影を落とし込む。

 

 雷帝の魔力はゾフィスにとって遥かに想定外の大きさだった。ゾフィスのしていることを小賢しい策と言ってくるのは当然と受け止めざるを得ない。

 よって、今回の魔力を感じたことによって、ゾフィスが余裕を持って対処できる限界を超えた。

 

 そこでゾフィスは一度だけ危険な賭けに出ることにした。

 

 

 

 それが……今の状況。

 

 

 

 派遣した千年前の魔物は七体。

 率いているのはビョンコではなくパティであった。

 

 パティが連れる千年前の魔物の目を通して、ゾフィスは相対している相手を見やる。

 

 動向は追っていたつもりだったが魔力隠蔽が上手でかき消されていた。

 雷帝と竜族の神童がぶつかった後にアメリカのとある街で魔力が捕捉出来た為、彼は準備を整えて其処に配下達を派遣したのだ。

 

 満天の夜空の下、見えるのは二体の魔物と二体の人間。

 

 美しい髪を流した魔物は情報として知っている。チェリッシュいう孤児出身の魔物であり、ゾフィスにとっては取るに足らない相手。

 問題は……もう一体。

 

 黒髪に翡翠の瞳。小さな体躯は幼子のそれなのに、纏う空気はやはり気品に溢れている。

 

「なぁに? ロードのやつ、こんな女の子相手にこれだけの魔物を集めて連れていかせたってわけ?」

 

 パティの声は聞こえている。

 彼女からはゾフィスのことが臆病者に見えていることだろう。何せパティはその“少女”の内に秘められている魔力の深さを知らず、“彼女”が雷帝の使いだと知らないのだから。

 

「いいや……あいつの判断は正しい。間違いなく……な」

「な、何よ? いつもは挨拶も返さないのに急に喋って」

「もう一人は分からないが、アレはお前の戦えるレベルじゃないぞ」

 

 言われて不機嫌になるパティは、その魔物の真剣な表情に圧される。

 連れられてきた七体の千年前の魔物達の中に、ゾフィスは“彼”を入れていた。

 

「久しいな……“リエム”」

「ああ、そうだなパムーン」

「えっ、知り合い?」

「お前がロードと手を組む前に一度な。魔界の王からオレたちへ向けて伝言を届けに来ていたんだ」

「へ、へぇ、そうなのね……」

 

 驚いたパティへと説明をしながら彼はランスという彼のパートナーへと指示を一つ。

 取り出されたのは一つの“石”。

 

 リエムと言う少女とそのパートナーはその“石”を鋭く見定めた。

 

 魔力の籠ったその“石”は、ジジジという音と共に一つの映像を映し出す。

 遠く遺跡の中から、ゾフィスの特殊な技術によって遠隔での通信を可能としていた。

 

『お久しぶりですね、リエムさん』

「……ロードか」

『おやおや、驚かないのですね?』

「魔力水晶に映像を投影する技術はお前らが創り上げたモノだ。魔界で普及している装置がなかろうと貴様の魔力技術があれば立体を持ち相互の意思疎通を可能にすることなど造作もないだろうに」

『ふふ、よくお分かりでいらっしゃる』

 

 くだらないとばかりに吐息を落とした“彼女”の魔力は、石を経由して計ってみても前の時と変わらない。

 

 疑り深いゾフィスはリエムについて幾つも仮説を立てている。

 リエムという魔物の存在をゾフィスは知らない。

 気付かれないように拠点に侵入出来るほどの実力者の存在をゾフィスが認識していないわけがない。

 

――リエムという魔物は、実力者が擬態している姿に他ならない。

 

 強力な魔獣型の魔物は人型に化けることが出来る為、その線で行けば数体にまで絞れる。

 “少女”というのが気がかりだが、偽りの性別を申告していたのやもとすら考えていた。

 

 事実。ゾフィスが直接感知したリエムの魔力は魔獣型のモノ。

 今も尚変わらぬその魔力は……ゾフィスの認識を変えることがなく、真実を遠ざけていた。

 

『そうそう、貴女に再び出会えたのならば聞きたかったことがあったのですよ』

「なんだ?」

『……つい先日、雷帝と竜族が私の感知できる範囲で激しく争っていたようですが貴女は何かご存じで?』

 

 話を変えての質問にリエムはじっとゾフィスを見た。

 翡翠の奥の怪しい光はぶれることなく。一寸だけ、映像越しであってもゾフィスは冷めた空気を感じた。

 

 向けられるのは、軽蔑と嘲笑。

 

「クク……貴様の望んでいる結果にはなっていないぞ。漁夫の利を得ようと企むのは結構だが、貴様の自慢の雑兵をいくら集めてもあのレベルの魔物は倒せん」

 

 嘲りの声はゾフィスの心を見抜いて。

 どちらかが敗北していればいい、あわよくばどちらもが深手を負ってくれれば、そんな淡い期待は彼女の一言で露と消えた。

 

「まあ、其処のパムーンを出すのなら少しは変わるだろうが」

 

 楽し気な声に、当然だとばかりにパムーンが微笑む。

 

「だからこそ此処に連れて来たのだろう? 雷帝の情報を探りつつ、不確定要素であるこちらの実力を図る為に」

 

 すっと目を細めたリエムは、ゾフィスを冷たく見下した。

 ゾフィスは何も言わない。敵意と殺気を持った目で彼女を睨むだけ。

 嘲られても、バカにされても、ゾフィスは思考を回すことを辞めない。

 

 その姿勢をリエムは評価した上で……ゾフィスの本質を見抜いて嗤った。

 

「お前、怖いんだろう」

 

 ピクリ、とゾフィスの表情が動く。

 

「雷帝の……ベルの雷を恐れたな? 直接言葉を交わしに行く度胸もなく、勝負を仕掛けに行く力もなく、だからお前は此処に来た。だからお前はオレの魔力を探し回って来た。だから危険を承知の上でオレを試しに来た」

 

 楽しそうに、嬉しそうにリエムは話す。

 その様子に、その笑みに、パティはぞっとしながら一歩も動けなくなった。

 自分よりも幼く見えるその魔物が、どれだけ危険なのかを感じ取った。

 

 ただ……パティはその少女から目を離せなくもなった。

 少女の顔が誰かに似ていたから、ということにはまだ彼女は気付けなかった。

 

「だから……お前はオレを使ってパムーンの力の試金石とし、千年前の実力者たちの力が現代の最上位の魔物達に通用するのかを見極めることにした。違うか?」

 

 言い当てられて、ゾフィスはギシリと歯を噛みしめた。

 

 雷帝の魔力を、ゾフィスは間違いなく恐れた。

 疑問も持ってしまった。はたして千年前の魔物を従えているだけで本当に勝てるのかと。

 

 アシュロンとゼオンの魔力を感知してしまっては、もう彼がその魔力を忘れることは出来ない。

 “とある魔物への恐怖”と同じかそれ以上に、彼は圧倒的な魔力に圧されてしまった。

 狡猾である彼の奥底に眠る臆病の本質を言い当てられてしまえば、彼は感情をより深くむき出しにする。

 

「な、なんなの、パムーン?」

「概ねあいつの言葉の通りだろうな。というかお前は感じなかったのか? あれほどの魔力の戦闘を」

「えっえっ……どういうこと?」

「仮にもお前は魔界貴族だろうに……雷と竜の争いくらい感知できると思ったが……」

「と、当然! 分かっていたわ! あれでしょあれ! おやつのケーキを食べてた時になんか変な感じがした日でしょ! ベルギムが泣いてたあの日!」

「……まあいいか」

 

 後ろで話し合っている二人を置いて、無表情に変わったゾフィスがリエムに痛いほどの殺気を突き刺す。

 まだリエムの語りは続く。

 

「この時期が都合がよかった。いや、この時機でなければならなかった。竜族の神童と雷帝が消耗している今この時に、リエムという雷帝の勢力の魔物一体だけでも消し、千年前の魔物達の実力を図ってより確実で強固な策を。もちろん雷帝に補足されても逃げられる算段を掛けつつ、な……そんなところだろう」

 

 さもつまらないというように肩を落として映像だけのゾフィスへと歩み寄り。

 

「恐い怖いと震えているのが透けて見えるなぁ? せっかくの頭脳を臆病に振り切るとはな。己を磨くことを選べば少しはマシになるだろうに……お人形遊び(・・・・・)はそんなに楽しいか、ゾフィス(・・・・)?」

 

 あえて本当の名前を告げ、挑発とばかりに下から見下して(・・・・・・・)瞳を覗き込む。

 ギシリ、とゾフィスが歯を噛み鳴らした。

 

『此処までコケにされたのは初めてですよ……ええ、ええ。たかだか魔獣型の魔物如きが……調子に乗ってんじぇねぇぞ!』

 

 丁寧な言葉遣いをかなぐり捨てて声を荒げた彼が手を上げれば、六体の千年前の魔物達がリエムとデュフォーを取り囲む。

 ゆっくりとゾフィスを映している石を拾い上げたパムーンはパティを乱雑に担いで宙へと浮き始めた。

 

「な、何するのよ!」

「巻き込まれない為だ。きっと怪我どころではすまないことになる」

「あんたがそう言うのなら……わ、分かったわ。でも肩に担ぐのはやめなさい!」

 

 言われて星をくっつけ、別個でパティを浮かせてリエムを見やる。

 

「オレにも新しい事情が出来たから今回はこいつに手を貸すことになった。こいつらを倒せばオレと戦うことになるが……お前の力を見せてみろ」

「ククク、せめて一対一で、ということか。お前は優しいな」

 

 パムーンの言葉に、どうということはないと楽し気にリエムは笑う。

 

「……許せ」

「オレの言葉は前にも言った。お前がどんな状況であろうと、何を考えていようとそれは今も……変わりない」

 

 悲哀の混じるパムーンの声にも、リエムはなんら動じることなく彼へと答えを返す。

 

 リエムは胸元で月の光に当てられて輝く首飾りをきゅっと握りしめ……大切そうにそれを首から外し両手に握りなおした。

 

「チェリッシュ」

「大丈夫、手出しはしないよ。私も自衛くらいはするさ」

 

 そちらを見ずに声を掛けられて、少し離れた所に居たチェリッシュは分かっているとばかりに返事を返した。

 しかし、口を引き裂いたリエムはばっさりと彼女の驕りを斬り捨てる。

 

「バカが。学びの為に瞬きすらするな……と、そう言うつもりだったんだ」

「なにを――」

 

 チェリッシュが何かを言い終わる前にバサリと広げられたマント。

 マントのはためきだけで取り囲んでいた六体が警戒して後ずさった。

 

「やるぞ、デュフォー。お試しにはこいつらは少々力不足だが、パムーンなら手頃な相手だ」

「分かった。こちらもお前が話している間に準備が出来た。いつでもいける、と言っていた(・・・・・)

「よし。では……見せつけてやろうか。オレ達の力(・・・・・)を」

 

 空に浮かぶゾフィスの映像を見上げて、リエムはにやりと笑い。

 デュフォーはぼそりとナニカを呟いてから、こめかみ付近をトントンと叩いてリズムを刻み始めた。

 

 心の力を込めてデュフォーの持つ銀の本が眩く光る。

 ちゃらりと片手で垂らした爪の首飾りが淡く光る。

 

 空いた片手を空へ。

 苛立ちと殺気を向けている敵へ向けて、指をクイと曲げて煽りを一つ。

 

 かかって来い、と。

 

『やれぇ!』

 

 

 ゾフィスの声と同時に、複数の術が放たれる。

 

 ビームと、石弾と、茨の鞭と、鉄塊と、エネルギー弾と、氷塊がそれぞれに。

 

 小さく響くその声を聴いたのは、リエムとデュフォー。そして……遠く離れた地に居る、彼らの友。

 

 

 人間の叡智により、二つの声が重なった。

 

 

 

『「バドス・ディオル・アボロウク」』

 

 

 

 瞬間、空間が悲鳴を上げ。

 

 六つの術の悲鳴と共に、白銀のマントが揺れる。

 

 蒼白く輝く爪の煌めきが、月明りによく映えた。

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

攻めて来た魔物はゾフィスくん達でした。

首飾りは当然ですが“彼の爪”です。
三節の術になります。

原作との乖離が出始めます。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第三十八話:蒼き爪に煌めく白雷

いつもありがとうございます。
皆さんが読んでくださってとても励みになります。


 

 

 

 淡く蒼に光る爪が両腕に巻き付くように展開され、黒い三角錐の角のような結晶が小さな体躯に追随しながら二つ、宙でくるくると舞う。

 術を唱えて爆発的に溢れた魔力は並みの魔物では圧倒されるしかなく……ただの腕の一振りだけで、放たれた六つの術を全て“大気ごと削り上げて”しまった。

 

 ガチリ、と装備された爪に嵌った黒の結晶が怪しく光れば、まるで待っていたと言わんばかりにその結晶から白銀の魔力が漏れ始める。

 混ざり合う魔力は一体で出せる力では有り得ないモノ。しかして発動した術はたった一つである、そう誤認しているからこそ、その場に居る誰しもが目の前の魔物の魔力なのだと思い込む。

 

 

 暴虐の魔獣は此処に、雷を纏いて敵を屠らんとす。

 

 

 震えあがる魔物達の前で、満足そうに結晶を撫でた魔物が……は、と小さく息をつき

 

 それを合図に、一斉に状況が動き出した。

 

 

 瞬きをするな、と言われたチェリッシュは意識を最大限に尖らせて目の前の光景を見ていた。

 その余りに圧倒的な力に、チェリッシュは言葉を失くすしかなく。

 

 

 両腕に装備された爪は彼の肘程の長さがあり、宿している大きな魔力だけで敵から撃たれる全ての攻撃を消し飛ばしていた。

 六体もの魔物からの攻撃は一つも当たらず、肉弾戦を仕掛けられても一つも掠らせもせず。

 傷一つ、否、汚れ一つつくことなく戦う姿を見れば、その力量がどれほど高いのか分かるというモノ。

 

 貫通力のある速い攻撃が放たれた。腕を軽く振るうだけで霧散してしまった。敵の魔力の残滓は回転と雷に喰われたように跡形もない。

 

 いやらしくも彼を捕縛しようと蔓が幾重も迫ってきた。こともなげに全てを切り裂いて塵にしてしまった。大地に残る爪痕は乱雑で、焼け焦げた跡さえ残って。

 

 質量を持ったギガノ級の術が前後から時間差をもって放たれた。爪を使う必要もないとばかりに、どちらも蹴り上げて空の星にしてしまった。肉体強化ではないはずなのに、単体の力だけで吹き飛ばしてしまったのだ。

 

 二体のコンビネーションでの体術を仕掛けられた。彼はわざわざ大きな爪で相手を傷つけすぎないように(・・・・・・・・・・)しながら全て避け、どちらもの頭を同時に掴んで大地へと引き倒し、二体共に爪に纏った雷を入れて意識を刈り取ってしまった。

 

 消えた、と思えば距離を取った魔物の後ろに居て、ギガノすら吹き飛ばす蹴りの連撃を叩き込んでいき、三十を超える攻撃を加えた後に先ほど引き倒した魔物に重ねてしまった。

 

 そうと思えば宙を飛んでいた妖精のような魔物の後ろに跳び、急いで放ったビームの方向を無理やり他の魔物の方へと変えさせ、途切れたのを見て笑って他の魔物が焦って撃ったギガノ級の術へと投げ捨てた。

 ギガノを受けた妖精型の魔物が大地に落ちる……前に蹴りを叩き込んで頭を掴んだ。バチバチと光る白銀の雷にビクビクと痙攣した魔物は、先ほど積み重ねた魔物の方へと蹴り飛ばされる。

 

 

「ふん……やはりか」

 

 

 つまらなそうに呟いて、最後に残った魔物へと歩いて行く。

 

「う、うそでしょ……? 千年前の魔物達はみんな頑丈なはずなのに。な、なんであんな簡単に動けなくなっているのよ!」

 

 宙に浮かぶ少女の魔物が怯えた声を出した。

 その隣では、悔しそうに、そして憎々しげに歯噛みする敵がいる。

 感嘆の表情で腕を組んでいる星の魔物は嬉しそうで、武者震いをする身体を抑えているようにも見える。

 

『ば、バカな、こ、こんなことが……しかもこの魔力……ベルの雷と森の魔獣の混成魔力だと!? そんな、そんなことがあってたまるかっ』

 

 信じたくないと首を振っても目の前で起こっていることこそが真実。

 

 最後の一体は肉体強化を唱えるも、素の状態の彼に一つも攻撃を当てられず。

 

 また一つ、大きな肉体強化を唱えた。先ほどよりも強い術のはずなのに、やはり攻撃は一つも当たらない。

 

 業を煮やしたその魔物は、至近距離で最大の術を使った。使うしかなかった。

 

「そんな術で埃を撒き散らされるのはごめんだ」

 

 ガギリ、と嫌な音が響く。バチバチと雷光が煌めく。術の始点を爪で押さえつけた彼はそのまま……敵の最大術が完全に発現する前、否、溢れてくる術のエネルギー全てを削って焼いて行く。

 

 最後にやはり蹴り飛ばせば、

 そうしてすぐに……六体の魔物の山が出来た。

 

 全てが白目を剥いて気絶していて、再び彼の姿が掻き消える。

 瞬く間に鳴った六つのうめき声と、大地に倒れる音。

 その一瞬で魔物の本の持ち主六人を気絶させたのだとすぐにわかった。

 

「なるほどな」

 

 六つの本は別に拾う必要もないとばかりにそのまま。

 

「魔物同士が攻撃し合えないように人間側に縛りをかけてあるのか。更には意思もない。最低限の抵抗しか出来ないし魔物が倒れたら指示さえ送られず思考能力のない単純行動しか出来ない。なら……本当にただのお人形というわけだ。これでオレ達(・・・)を倒そうなどとは本当に――」

 

 ゆっくりと魔物の山へと歩いて行った彼は……ゼオンは不敵な笑みを浮かべて腰掛けた。

 尊大に、優雅に脚を組む。

 ばさりとひらめいたマントと蒼く輝く爪に白銀の雷が薄く走る。

 

 その姿はさながら、玉座に腰かける王のよう。

 

「――あくびが出るぜ」

 

 この程度かと言わんばかりの態度。

 チェリッシュが同じことをしろと言われても出来るわけもない。

 バカげた実力だった。コレとこの先で戦うことになるのかと思うとぞっとする程に。

 

 坊やなどと……本来は呼ぶことすらできるはずの無い存在だった。

 

 敵が来るから変装をすると言って少女の姿になったことには笑ってしまったが、敵であるゾフィスとの会話を聞いていてチェリッシュはそこまでする理由に予測がついてしまった。

 

 雷帝―――それがゼオンの正体。

 

 人型なのに魔獣型の魔力を纏っているのはとある理由の為。大切そうに首から掛けていた首飾りが友達のモノであるのは教えて貰っている。それを使うことで敵からの詮索を偽装しているということ。

 そして戦いを見ていても、“ゼオンが決して友の爪で相手を傷つけることなく、唯々己の肉体と雷だけで傷を付けていた”のもその理由に含まれる。

 思い返せば理解が深まる。

 ベルの名は王家の象徴なのだ。学の無い自分でも、ダウワン・ベルという魔物が魔界の王であることくらいは知っている。

 

 初めの自己紹介の時に一度だけ名乗ったその名。弟だと言っていた子にもついているその名。

 王族であることを孤児である自分に悟らせないようにと考えてのことだったのだろうと彼女はやっと理解した。

 

 きっと王族であると知れば、チェリッシュは此処まで深くゼオンのことを知ろうとは思えなかった。

 きっと笑い合うことも、一緒にご飯を作ることも、同じ料理を食べることも、子供達と遊ぶことも、同じ屋根の下で寝ることもなかっただろう。

 

 そしてきっと……雷帝ゼオン・ベルではなく、“ゼオン”という年相応の子供の顔をちゃんと見ることもできなかったのだろう。

 

 そうなれば弟を思う兄の心を知れたこともなかったのだろう。

 

 彼の圧倒的な実力の前に震えそうになった心は、彼の想いを知るが故に落ち着いて行く。

 

 兄で居たいと言った彼の瞳を思い出す。

 

――あんたがどれだけ強くても、あんたがどんな立場のヤツだって……私は――

 

 チェリッシュは、片方の拳を握った。

 

 そうしてゼオンに向けて、グッとサムズアップをして見せた。

 

 恐怖などない。畏れなどない。同じ食卓を囲んだ仲間として、チェリッシュとして、彼女からゼオンにこれからも同じように接するぞという意思表示を。

 

 チラリと視線を向けてすぐに逸らした彼の心はどうだろうか。チェリッシュはしょうがないなと苦笑を漏らす。

 彼女の行動が嬉しくて、少し頬が緩んでしまいそうになったとは、デュフォー以外気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランス!!」

「ファルセーゼ・バーロン!」

 

 

 

 このまま戦闘が終わると思った所で、最後の一人となった千年前の魔物が術を使う。

 

 あたり一面に散らばる星。

 何の術なのかと思えば、大量の星を生み出すだけのモノなようだった。

 

 しかし、それが何を意味するのかをデュフォーとゼオンは聡く気付く。

 ヒュンヒュンと音を立てて回転し始めたソレは夜空で自由自在に動き始める。

 

 目を細めたゼオンは小さく息をついて……にやりと笑った。

 

「“オレ達の力”を見て尚、向かってくるか」

「ふふ……“そんな羨ましい力”を見せられるとな。オレも見せてやらなければと思ったまでだ」

 

 パムーンの発言から瞳を覗くと、其処には羨望が確かにあった。

 ゼオンの使った力が何なのかを彼は読み解いたのだ。

 

――雷のベルとしての力ではなく……友と創り上げた証だということに気付くとは、さすがはパムーンか。

 

 そう、ゼオンが纏った爪はレインの術によるモノ。

“バドス・ディオル・アボロウク”という術の……“副次的な効果”を利用してゾフィスを欺く為の策と成していたのだ。

 

 人間が創り上げた叡智……通信機器があれば、遠く離れた場所に居ても術の発動媒体を介して発動する術があったのだ。

 レインの爪は魔力媒体として一番のモノであり、彼が魔力を込めていればその残滓だけでゾフィスを欺くことも可能なほど。

 そして術を使えば……それが剥がれた爪にすら効果のあるモノであったなら……現地に居ないレインの術を、ゼオンが使うことも可能であった。

 

 本来のその術はレインにとって肉体強化の上位術。

 軽くとも頑強で魔力を通しやすい爪と牙を鎧として纏い、自在にカタチを操ることの出来る爪の武器を使って戦う術なのだ。

 

 今ゼオンが使っている鉤爪型、中距離用の突撃槍型、力で叩き割ることを目的とした大剣型、広範囲を守りつつ突撃も出来る盾型、回転を加えて更に削りを強化出来るドリル型などなど多彩にある。

 複数の爪を組み上げて創り上げる武器によってさまざまな戦況に対応出来る、まさに万能の強化術であろう。

 

 魔物の術とは、魔物の種族によって決まっているスキルツリーとは別に、それぞれの個体が内に秘める願いによっても形作られる。

 レインの願いは……唯々、友の為。“己の力で傷つける”ではなく……“己の全てで戦い、護る”ことを望んだ。

 

 故に発現した上位の肉体強化術。己が傷つくことすら厭わない彼だけの術。ゼオンと出会ったからこそ現れた術だった。

 

 デュフォーによるツボ圧しと助言によって、レインもあの時より強化された。ただでさえ強いレインが武器の扱い方を覚え、野生と理性の両方で戦えるように磨き上げられつつある。だからこそ、ゼオンの模擬戦の相手が務まっているのだ。

 

 

 ゼオンが使っているのはレインの術本来の鎧はなく、武器も一回り小さいモノである。 

 あくまで副次的効果にすぎないから術の効力は本家に比べればかなり劣る。ただ……ゼオンもレインもこの使い方は気に入っており、現在の内心は二人共が高揚していたりする。

 

――弟を助ける為に一緒に戦える力……いいモノだな、これは。

 

 術者本人だけでなく他者すら扱える術というのは珍しい。

 レインとゼオンはその術を二人で使えると知った時、同じ願いを持つからこその力なのだと笑いあった。

 

 そんな二人の絆を見抜いたパムーンの慧眼を評価し、ゼオンは上機嫌に語る。

 

「ゾフィスのお人形遊びに付き合っているままでいいのか? 如何に貴様が千年前の優勝候補であろうと、この戦いは魔物だけで戦える程甘くはないぞ。ましてや、オレ達が相手だ」

 

 あくまでレインとの力ではなく、パートナーとの術なのだという体を見せて。

 チラリとゾフィスを見てからパムーンは苦笑を零した。

 

「……こいつも分かっているだろうさ。だからこそ、オレを連れてお前に会いに来たのだから」

 

 ゾフィスの狙いがなんであるかを知るパムーンはそれ以上語らず。

 ひゅんひゅんと星が唸りを上げる。

 回転の速度が増し始めた。

 

『……勝てますか?』

「“術一つに縛られている”ならば勝算はある。しかし他の術を多用してくるとなれば……本気を出せなければオレであっても時間稼ぎのジリ貧がせいぜいだろう。上位の魔物同士の戦いというのはそういうモノだ」

『なるほど……では』

 

 焦りをどうにか抑え込んで、ゾフィスは目を細めた。

 

『貴方の力、見せて頂きます。その如何によっては“彼ら”の望みも叶えましょう』

「言質は取ったぞ」

『約束は守りますとも。そうでなければ他の魔物にも示しが尽きませんからね』

「ふん……どうだかな」

 

 宙で行われる会話を一言一句逃さず聞きつつも、デュフォーはぼそりとマイクへと語り掛けた。

 

「カイル、レイン。此処からはオレの指示通りに頼む」

『分かったよ! 絶対に勝つって分かってるから!』

『任せろ。ゼオンと散々練習したからな。実践でも必ずうまくいくさ』

 

 声を聴きながら、デュフォーの思考が廻る。

 

――パムーンとゾフィスの取引の“答え”は……人間達の意識の解放……なるほどな。月の魔物と変なカタチの魔物の願いを叶えてやろうとしているわけか。つまりは……

 

 “友の為”。

 

 それが答えを出す者(アンサートーカー)で得た答えだった。

 

 そこまで出してから漸く、後で深く考えようと意識を切り替え始める。

 

 ゆっくりと降りていくパムーンが大地に立った。

 並んだ人間――ランスの目に生気は無い。

 ゼオンも魔物の山から下りてデュフォーに並ぶ。

 

「本当はよくないことなんだろうが、少しだけ……ワクワクしている」

 

 ぽつりと呟いたパムーンは何処かすっきりしたような表情。

 

「千年だ。千年ぶりに……」

 

 コキコキと首を回してから、彼は右手を前に構えを取った。

 

「本気を出せるんだからな!」

 

 溢れる魔力はゼオンの纏うモノを遥かに超えて。

 爪を構えたゼオンも、黒の結晶に吸収させる雷の魔力の出力を上げた。

 

「行くぞ!」

「来い」

 

 ひゅんひゅんと回転していた星たちの動きが一斉に止まり、規則正しいフォーメーションへと瞬時に変わった。

 

「ファルガ!」

 

 高速の光線が数多。たかだか下級の術なのに、その数は十を超える。

 たった一つの術にしては有り得ない出力がゼオンの元へと襲い来る。

 

 呼吸を一つ。

 静かな吐息が落ちれば、ゼオンはその高速の光線を軽く舞うように避けていく。

 

 当然とばかりに笑い、パムーンは叫ぶ。

 

「避けていいんだな!」

 

 本気と言ったからには、彼は全てを賭けてこの戦いに臨んでいた。

 生ぬるいことなどしない。魔物の戦いに於けるセオリーを……そう、本の担い手である人間をも彼は狙っていたのだ。

 ただし、

 

「当然だ。オレの自慢のパートナーを舐めるな」

 

 バカにしたように笑ったゼオンは、光線を潜りきってパムーンをかく乱してから、ランスへと駆けた。

 奇しくも考えることは同じ。出来上がる結果は……

 

「ファシルド!」

「……」

 

 ランスは盾の術によってゼオンの攻撃を防ぎ、デュフォーは迫る光線を最小限の動きだけで避けきった。

 

「“ランサー”!!!」

 

 デュフォーの声と同時、ゼオンはパムーンへと迫っていた。

 爪が形を変える……その姿は、凶悪な槍へと。

 

「そっちこそ……オレを舐めるなよ!」

「オルゴ・ファルゼルク!」

 

 瞬時に動いていた星のいくつかがパムーンの身体へと纏わりつき、彼の肉体を強化した。

 ガギリと音を立てた星と槍。

 しかして、ガリガリと槍の穂先の魔力が星を削っている。

 

 にやりと笑ったゼオンに呼応するように黒の結晶がひと際大きく輝いた。

 

 白銀の雷が穂先へと流れ、槍を防いでいる星へと流れ込む。

 

――このままでは幾つか壊される。

 

 それを察知して、パムーンはゼオンへと拳を振り上げる……が、ふっと瞬間移動によって回避した。

 バサリとマントが揺れる。

 

「ファルガ!」

 

 回避先へと放たれる幾本もの光線。逃げ道を防ぐように今度はレーザーのように放出を続けられていた。

 

「“セイバー”!!!」

 

 しかしそれも、変化した武器によって防がれる。

 大剣は光線を弾き、剣の腹で受けたまま星の一つに近付き……バシッと大地へとはたき落とした。

 

「ふっ!」

 

 そのままの振り下ろしにより一つ星が砕け散った。

 大地に出来るクレーターは、大剣の振り下ろしの威力を物語る。

 

 更に追撃は続く。土煙の中から飛び出したゼオンと、星を身体に纏ったパムーンが激突する。

 薙ぎ払いも、袈裟斬りも、切り上げも、パムーンは上手くいなしていく。

 

 弾き合い、距離が出来た時には星は並べられていた。

 

「デーム・ファルガ!」

「浅いな! パムーン!」

 

 格子のようにビームが迫る中、星の整列を剣で崩して結界を解き、瞬時にパムーンへと肉薄する。

 自由に星を回転させて追撃することも出来たが、肉薄されては使えない。ゼオンの判断が早かった。

 

「肉体強化と通常の術を同時に使えるとは珍しい。星の加護の力か?」

「一族の修練の成果だ。長い年月をかけて鍛えて来たからこそ、星の意思が宿り、十全に星の力を引き出せる」

「ふふ……まだこの程度ではないわけだ」

「お前こそ出し惜しみをしていいのか?」

 

 互いに強化をして互角。言葉を交わしながらの目まぐるしい応酬の度に光が散る。

 

「“クロウ”!!!」

 

 デュフォーの声を受けて再び爪に戻った武器で連撃を繰り出すも、パムーンには通じない。

 数十回もの攻撃のあと、拳と蹴りがぶつかり合い、二人の距離が離れた所で膠着するかに思えた。

 

「ラララァアアァイ!!!」 

 

 オルゴ・ファルゼルクで身体についていた星を操り、ゼオンへと鞭のような攻撃を仕掛ける。

 術の性質を瞬時に判断した彼は、武器で迎え撃とうとした……が、それはブラフ。

 

 星の鞭はゼオンに当たる前に軌道を変え、デュフォーへと向かっていく。

 

――己で操るモノだからこそ人間側を捉えられると踏んだか。

 

 思考が廻る。

 

 マントで防ぐか――否、粘着性の鞭をわざわざ受ける方が悪手。

 爪で弾くか――否、途中で分離する可能性を考慮するとそれもまた悪手。

 ならばデュフォーの元に向かうか――

 

 そこまで一瞬で至って、ゼオンはあえて右手を構えた。

 

――思考をリンクさせろ。考察を一致せよ。己の頭脳の“レベル”を上げろ。

 

 共に過ごし、鍛えて来たからこそ出来ることを。相方が選ぶ“答え”にこそたどり着けと。

 

 信じている。それだけが心を染め上げる。

 

「“セット”!!!」

 

 頼れる相方の目は、迷わずにゼオンを見ている。変形した武器がゼオンの右腕に全て集った。

 奇しくもその掛け声は、彼の大切な宝物に、そのパートナーが掛ける声と同じだった。

 

 肘に黒の結晶が二つ付き、右肩は衝撃から守られるように防護され、右手は拳に全てを賭けるように……。

 

 ぞわり、とパムーンは嫌な気配を感じ取る。

 人間などに構っている場合ではないのだと。

 

 瞬時に判断出来たのは正しい。星を多く集めたのも正しい。防御に全てを当てたのも、やはり正しかった。

 

「“ブリット”!!!」

「クエア・ファシルド!」

 

 爆音と雷光が轟く。

 音速かと見紛うほどの速度で放たれた一撃は、パムーンが十にも張った障壁と星を穿ち抜いて行く。

 

 ガラスの割れるような音が幾重も重なってすぐ……

 

「ごはぁっ!」

 

 深く、パムーンの腹へと拳が刺さった。

 そのまま吹き飛ばされるも、大地から足は離さず、パムーンは倒れない。

 

 レインの術を使っての奥の手。衝撃を音速の拳と共に叩き込む必殺の一撃。

 肘の結晶にため込まれた雷の魔力を暴発させ打ち込まれる拳の絶技は、ゼオンの身体能力と戦闘センスがなければ身体が引きちぎれてもおかしくないモノ。

 術を扱う本人のレインでさえ、この技だけは未だに本気では使えないという反則的なモノ。

 上位の盾の術を使って尚も砕けた星の数がその威力を物語っている。

 

 しかし、衝撃をある程度吸収してもダメージを受けたパムーンは、口の端から血を流しながらもゼオンへと指を差した。

 その目は、まだ戦う意思を失っていない。

 

「……捕まえたぞ」

「なにっ」

 

 攻撃を受けながらも、ダメージを受けることも承知の上で行われた行動。

 ゼオンの足を大地へと縫いつける二つの星があった。

 

「座標移動は無駄だ。星に含まれる魔力は座標到達地点をずらす。両足とお別れしたくなければ使わないことだ……集中!」

 

 ゼオンの瞬間移動さえ、上位の魔物であるパムーンは看破していた。

 大きく息をついたパムーンはビシリと星をクロスさせて揃えた。

 

「喰らうがいい! 我が星の力を!」

「エクセレス・ファルガ!」

 

 動けない状態で使われる敵の強い術。

 間違いなくパムーンは強敵に相応しい。

 このままでは術が直撃するのは間違いない。

 これほど強力な術を受けてしまえば、変装も、レインとの共同の術も、全ての化けの皮が剥がれてしまうだろう。

 

 だが……ゼオンは笑った。

 

「其処か……やっと、オレにも“見えた”ぞ」

 

 自分達の都合で力を縛っているとはいえ、極限状態に置かれるからこそ、ゼオンはまた一つ階段を上る。

 翡翠の奥、紫電の瞳がパムーンの術を捉えていた。

 

 ゆるりと構えた右手。

 また、武器が変わる。

 

「“ドリル”!!!」

 

 最適解に力を添えるのは信頼する相方と頼りになる友の術。

 立ち塞がる理不尽の壁も、邪魔な術も、全てを穿ち、削り抜けと彼らは言う。

 

 ゼオンには見えた。

 デュフォーの見ているモノの一つが、その時確かに見えたのだ。

 

「“弱所”は……其処だ」

 

 迫るエクセレス・ファルガに怯むことなく、ゼオンは嬉しそうに“四人の力”を構えて……突き出した。

 

 

 極大の光線は大地をも焼き付ける。

 

 しかしてその小さな体躯を焼くこと叶わず。

 

 術が終わった先では……首飾りに戻った爪を握りながら彼が少しだけ焦げ付いたマントをなびかせて笑う。

 

 

 

 

 

「クク……まだやるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

「化け物……」

 

 パティから見てその少女はまさしく規格外。

 たった一つの術と体術だけで傷も汚れも一つもなく千年前の魔物達を圧倒し、あまつさえ、千年前の魔物達の中でも最上位の実力者のパムーンとたった一つの術で渡りあっているのだ。心の奥底には、その実力が刻み込まれてしまう。

 

「どうするんだ、ゾフィス。オレはまだまだ戦えるが……“ランスがこのままの状態だと”結局待つのは敗走だぞ。あの本の輝きを見ろ。単純に出力負けをしている」

 

 己の実力ならばこのまま戦えると自負する星の子パムーンは、口の端から垂れた血を拭いながら言う。

 勝てないとは言わないまでも、本来の実力を出そうにもパートナーの状態が今のままでは無理だと言っていた。

 デュフォーの本の輝きは衰えることなく、パムーンのパートナーであるランスの本の輝きは消えてはいないが最初から今まで常に一定だった。

 

 ゾフィスはわなわなと震えている。彼は己の傍に置いてある机の上、二つの水晶(・・・・・)をチラリと見やった。

 あっても同程度だと思っていた少女の魔物が、まさか千年前の魔物複数でも傷一つ与えられない程強いとは思わなかった。ましてやパムーンとのあれほどの戦闘を見せつけられては……。

 溢れた魔力はゾフィスを軽く凌ぐモノで、体術は魔物同士で模擬戦をしていたツァオロンに勝るとも劣らない。星の使徒と一つの術で戦い切っているのもまずありえないモノだった。

 

 少女を敗北させるという目的を果たせず、術の情報も一つしか得られず、千年前の魔物を六体も倒された。何の成果も得られず、これでは道化ではないか。

 

――此処でパムーンに命じて試作のアレを……いえ、それでも勝算が薄すぎる賭けにしかならない。やはり最適解は……

 

 悔しさと屈辱で頭が茹りそうに成りながらも、彼は一つの判断を下す。

 

『……撤退します』

「ふん。尻尾を巻いて逃げるのか、お似合いだな」

 

 ゼオンがまた挑発を投げるが、ゾフィスは憎悪を籠った視線を向けるだけで言葉を返すことは無かった。

 

「パムーンと最後まで戦えなかったのは残念だが仕方ない。まあ、面白い情報が幾つか分かったからよしとしよう。それに……」

 

 言いながら彼は少し離れた所に居たデュフォーの横に並ぶ。

 パムーンはもはや戦う必要はないとランスを宙に浮かし、パティの横に並んだ。

 

「今日のオレは気分がいいからな。こいつらは返してやる」

『な……なんだと』

「……そうか」

 

 さすがに倒された魔物たちはそのまま魔界に返されると思っていたゾフィスは驚愕を禁じえなかった。

 パムーンが複雑な表情をしたのを確認してから、ゼオンは言葉を紡いだ。

 

「タダとは言わない。貸し一つだ、ゾフィス。今日の襲撃の分も含めて……貴様がイヤがるタイミングで貴様の策の邪魔をしてやろう。約束したからには雷帝が直接危害を加えることはないが、オレが貴様の張り巡らせている策をぶち壊す一助をしてやろう。趣味の悪いお人形遊びをこれだけ盛大にやっているんだ……きっと……敵も多いことだろうしな、ククク」

 

 悪辣な笑みを浮かべ、まるでおもちゃを見つけた子供のように笑った。

 続けて彼は……ゾフィスが予想だにしない一言を投げやった。

 

「逃げられると思うなよ。貴様の胸糞悪いお人形遊びは……オレとブラゴ、そして他の魔物達が必ず終わらせてやる」

 

『ヒッ……』

 

「何処へ逃げようと、何を企もうと、だ。せいぜい足掻いてみせろ」

 

 カタカタと歯を鳴らして震え始めたゾフィスは、自分が恐怖する魔物とゼオンが知り合いなことに更に恐怖を重ねた。

 彼は唇を噛みしめてからパムーンへと指示を出す。

 

『絶対に後悔させてやる』

「違うな……後悔するのは、貴様だ」

『ぐ……帰ってきなさい、パムーン、パティ! 戦闘データは十分です!』

 

 パムーンの星で気絶した魔物と人間達を浮かせられる。

 そうして立ち去ろうとしたその時、ゼオンは思い出したようにふっとその場から消えた。

 

 現れたのは、パティの目の前。

 

「な、なななな……」

 

 パティは恐怖と焦りで言葉がしどろもどろになる。

 透けるような白い肌。翡翠の奥の怪しい輝き。その顔立ちが誰かさんに似ていたのも理由かもしれない。

 ゼオンはパティと目を合わせ、真剣な顔で彼女へと語り掛けた。

 

「魔界の貴族が誇りを忘れて悪事に手を染めているとはな……貴様は何故、ゾフィスとつるんでいるんだ」

 

 純粋な疑問をぶつける彼は、パティという少女の立場を思って問いかける。

 魔界貴族の跡継ぎであるならば、相応の教養を身に着けて育たなければならないモノ。現状と未来を憂いての問いにパティはむっと顔を顰めた。

 

「別にどうだっていいでしょ?」

「いいや、答えて貰う。何故だ」

 

 有無を言わさぬ圧力。実力を見ていることもあってか、たじろいだ彼女は歯を噛みしめてから紡いだ。

 

「……見返してやりたいから」

「ほう」

 

 きゅっとドレスを握ったパティは、力強い瞳でゼオンの目を見た。

 続きが紡がれたら、誰かにとっての地獄の窯の蓋を開けることになるとは露知らず。

 

「私のことを忘れた恋人を……あんなに濃密な時間を過ごして愛し合っていたのに私の存在すら忘れやがったガッシュ・ベルのあんちくしょーを、ぎったんぎったんのけっちょんけっちょんにして、絶対に後悔させてやらないと気が済まないからよ!」

 

 あ、と声を漏らしたのはチェリッシュとニコル。

 まずい、と声を漏らしたのはデュフォーだった。

 

 能面のように無表情となったゼオンは、まるで塵を見るような視線をパティに向けた。

 

 デュフォーとチェリッシュとニコルが動こうとした。

 しかして……ゼオンは静かに目を閉じて、心を落ち着かせる。

 

 今は敵の目の前。ゾフィスの目と耳があるこの場所で迂闊な発言は出来ない。

 本当なら全てを正せるようにパティを拘束している所を、ゼオンは我慢した。

 

 彼は弟の過去のことは分からない。まだまだ弟の過去を知れていない。この少女が本当のことを言っているのかも分からない。

 一つだけ分かるのは……どういった想いであれ、弟のことを想っていた魔物が此処にも居たこと。

 

 故に彼は、目を開けて彼女に最後にこんな言葉を掛けた。

 静かな怒りを携えた目は、パティをまた怯ませた。

 

「……今のお前のその姿は、その行いは、想い人に誇れるか? その為に流れる涙を理解しているか?」

 

 少女の心に少しでも波紋を残せるよう。

 パティはハッとしたようにゼオンの瞳を覗き込む。

 

 あの時、襲撃した時に怒っていたガッシュが被って見えたから。

 

 ふっと消えた彼は、またデュフォーの隣へと戻る。

 

「また会おうパムーン。今度オレと会う時は全てが終わる時だ」

「ふ……またな」

 

 もう話すことは無いとばかりに背を向けたゼオン。

 ゾフィスの映像はいつも間にか消えていて、そうして彼らは空へと消えていった。

 

 

 唐突な襲撃は、誰一人として消えることなく幕を閉じる。

 

 ゾフィスの心には焦燥と恐れを。パティの心には迷いの波紋を。

 

 パムーンには己の力の証明と希望を見せた。

 

 

 

 

 長い夜がもうすぐ終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くしゃりと、ゼオンの頭をデュフォーの手が撫でる。

 

「……今日は疲れたが、最後に一つだけ仕事が残っている」

「ああ」

「まだすることがあるのかい?」

「今日はもう休んだらどうだ」

 

 心配するチェリッシュとニコルを見たデュフォーは、マントを翻して早着替えをしたゼオンの隣で語った。

 

「襲撃はあいつらだったが……それとは別に“観測していた魔物”が居る」

「もう逃げたようだが魔力を消しても無駄だ」

「オレとゼオンからは……逃げられない」

 

 ばさりとはためかせたマントに乗ったデュフォー。小さく吐息を零したゼオン。

 月がもうすぐ大地へと眠る。

 

「ゾフィスが動いた以上、明日でお前達とも別れになる。チビ達との最後の時間を楽しめるようにお前達はしっかり休んでおくがいい」

「朝には戻る」

 

 そう言って消えた二人。

 ぽかんと口を開けた彼女達は、既に通常の唯我独尊な彼らに戻っていることに対して盛大なため息を吐いてから、孤児院へと帰っていった。




読んで頂きありがとうございます。

レインのオリ術はこんな感じで如何でしょうか。
本体が使う場合は鎧+武器+黒結晶。
黒結晶は友達の力になりてぇっていうレインの想いから生まれた装備型の魔力吸収結晶です。友が込めた魔力だけを纏えます。つまり竜の友達が増えたら……
バレットではなく“ブリット”なのは作者の趣味です。

パムーンくん描いてて思うんですが強すぎる。なんで星全部から術が出て、複数の術を同時に使えるんだ。しかも人間の心の力がちゃんと籠ってない状態でアレ。


やられたらやり返すの精神のため、お兄ちゃんの介入が確定しました。
逃げられるとは思わないことだゾフィスくん。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第三十九話:絡むイトにて星は見えず

いつもありがとうございます。
遅くなりすみません。今回は少なめ。


 

 南アメリカ、デボロ遺跡。

 出払っていた魔物達が帰還してすぐ、ゾフィスはパティに労いを一つしてからパムーンだけを自室へと呼んだ。

 

 中央の机の上に並べられた二つの水晶の横に、ランスが機械的な動作でもう一つ水晶をそっと置く。

 

「映像越しには見させて貰いましたが……さすが千年前の王候補筆頭の一人と言える戦いでした。戦闘の経験値、素のフィジカルの高さ、判断能力、術の理解度と応用力、どれをとってもそれこそ竜族に比肩する程でしょう。

 しかし、そんな貴方でさえあれほど追い込まれますか」

 

 ゾフィスは彼の実力を間違わない。

 千年前の魔物について、操っている人間を通じて術の全てを開示させている為、彼がリエムとの戦いで見せたモノが実力の全てではないと理解している。

 身体能力についても模擬戦を通じて把握しており、デモルトに勝るとも劣らない実力者であると考えているパムーンが追い詰められたことを重く受け止めていた。

 

 机の上で怪しく光る水晶を一瞥したパムーンは、静かに告げた。

 

「……約束通り、ランスの意識を開放しろ」

 

 ゾフィスとパムーンの間に制約は無い。

 彼の存在は千年前の魔物達にとってある意味での見せしめであり、ある意味での不和の種であり、ある意味での希望。

 彼の自由を認めることでこそ、ゾフィスと千年前の魔物の立場が恐怖だけで支配されないモノの証明となっていて、怒りと憎悪の矛先がゾフィスだけに向くことを防いでも居る。

 

 石に戻ることへの恐怖は千年前の魔物達に共通しているから、それを受けることのないパムーンは嫉みと妬みの視線を常に受けている。

 きっと千年前の魔物達の中でも力無い魔物は言う。何故助けてくれない。自由ならば何故オレ達を助けないのだと。

 正義を翳すモノや、清き心を持つ実力者に対して望まれるのはいつだって理不尽な救済だ。己を弱者とし、他者が救ってくれることを待ち、救ってくれなければ敵意を持つ。

 

 そういった心をこそゾフィスは支配・誘導し、魔物達全員の心を縛る鎖と成せる。ゾフィスにとってのパムーンとは、裏切りや叛意のリスクを鑑みてもメリットの方がより大きい存在なのだ。

 

 パムーンは間違わない。どれだけ嫉まれようが恨まれようが、彼は己の誇りと義を間違うことはない。ゾフィスに利用されることも理解の上。

 本当の意味で抗うというのなら、絶対に必要なモノがあると彼は知った。

 

 彼の隣で意思なく立っている人間の存在こそ……ゾフィスという巨悪を討ち滅ぼす為の最重要ピースである、と。

 

 パムーン並びに千年前の魔物達の本当の自由とは、パートナーの人間の解放なくして成り得ないと彼は考えた。

 ついえた夢の為ではなく、“人間界に来て得るはずだったモノ”を彼と彼の少ない仲間は欲し、失った千年の時間を満たそうとしているのだ。

 

 それさえあれば無敵で敵なしだとVの魔物は高らかに笑った。

 それさえあれば恐怖など微塵も感じることはないと月の魔物は胸を張った。

 彼は……それさえあれば、二度と卑劣な悪には屈しないと拳を握った。

 

 ゾフィスへの協力はあくまでもランスの心の救出の為。人間達の意識解放の先駆けの一環、雌伏の時ということ。

 

 まず第一にランスを開放する為として、リエムと呼ばれる強敵と戦うことが交換条件。倒せるとは彼も言わず、ゾフィスもそこまでは追及しなかった。

 今後も条件を呑みつつ他の人間を徐々に解放し、そうしてゾフィスを追い詰めていくのが彼の考えたゾフィス打倒までの道。

 

 机の上に並ぶ怪しい水晶はゾフィスが準備した人間達の心を解放する為の道具であり、試作として渡されたランスの持っていたモノは別の人間で効果を確認済みである。

 ベルギムのパートナーであるダリアの意識を戻し(あまり行動や叫び声は変わらなかった)、リエムと戦えばこれをランスに使うとゾフィスは言ったのだ。

 

 ニッコリと笑ったゾフィスは、音もなく移動してパムーンの目の前へと立つ。

 

「ええ、約束通りにしますとも。リエムとあなたの戦闘データが回収できましたし、現代の魔物達でさえ私の事前予測を上回ると知れた。竜族と王族を打倒するには貴方たち千年前の魔物が本気で戦うことが必須なご様子。ですが……」

 

 ゆっくりと、一つずつ指を立てていく。

 

「一つ。あのリエムという魔物だけは確実に貴方が相対し打倒する。

 一つ。ランスが術を唱えられるのは私の敵との戦闘行動に対して(・・・・・・・・・・・・・)だけという制約を掛ける。

 一つ。ランスの意識が解放されるのは彼が水晶を持っている間だけ。

 一つ。結託して反逆を企てた場合、彼の身に何が起こるか……。

 これらがランスの意識を自由にするに於いての条件……所謂縛りです。当然、飲み込んで頂けますね?」

 

 悪しき笑みを浮かべたゾフィスからの条件にも、パムーンは表情を動かさずに言葉を投げる。

 

「人質とでも言うつもりか」

「ふふふ、縛りを付けても貴方ならば何かしら仕掛けてくるでしょう?」

「……」

「あくまで“貴方の自由”は約束通りに保証しますよ。裏切りも内通もお好きにしてください。ランスの行動を縛ることについては、私も好きにする、というだけです」

 

 小さくため息を吐いたパムーンはランスを見る。

 人質のようなこの状況に、彼は苦い思い出をフラッシュバックしてしまう。

 千年の石の時間は、彼が敵の策略に嵌ったからだ。それも人質を使うという今と同じ状況に。

 

 それでも、と彼は呑み込む。

 

――ランスの意識を救う方が優先すべきだろう。何を迷うことがある。

 

 ビシリと彼は指を立てた。

 

「オレからも一つ条件がある」

「ふむ、お聞きしましょう」

 

 力強い眼差しは何を伝えるか。

 

「現代の魔物を一体脱落させる毎に、千年前の魔物のパートナーの意識を最低でも一人解放しろ」

 

 その言葉に、ゾフィスは少し面食らったような顔をしてから笑った。

 

「くく……いいですね。なるほどなるほど……その取引、お受け致します。貴方が積極的に働いてくれるならば、私にとって不都合などありませんからねぇ」

 

 言いながら水晶を手に取った。

 

「レイラとビクトリームについては個人個人に条件を与えています。それでもその条件を出してくるとは……ふふふ、仲がいいのはいいことです」

「ちっ……お見通しか」

「その程度であればね。ですが……まあ、ビクトリームについてはもう達成済みです。試験的に試すには複雑な術構成のレイラではなく単純に魔力の高い彼の方がいい」

「なに?」

 

 突然与えられた情報に、パムーンは少しの焦りを浮かべた。

 

「リエムだけでなく、強力な魔物が此処に向かってきています。他にも羽虫が何匹か向かってきているようですが……特筆すべき魔物はやはりブラゴとリエムの二体。どちらも侮れないとなれば、パートナーが万全の状態でのビクトリームの本気を確認するのが必要だと判断したまでです」

「そういうことか。お前が最も警戒している敵が来るわけだ」

「……ええ、そうですとも。ココの因縁の相手でもあります。他の魔物をぶつけて消耗させるつもりだとしても、万が一を考えておくことにしました」

「あいつの望みが一つ叶うのか……そうか」

 

 目を瞑った彼は嬉しそうに頷く。

 友となった魔物の……人間と共にまた戦いたいという願いが叶うことに嬉しくなった。

 

「ですので、貴方もリエムの打倒の為に調整をしっかりしておいてくださいね」

「ああ、分かっている。しかし、ランスが拒めばそれまでだ」

「いいえ、それは有り得ません」

 

 きっぱりと言い切ったゾフィスに疑問の視線を向けるも、楽し気に、厭らしくゾフィスは言う。

 

「ランスは貴方と同じく正義感が強い。だからこそ、意識を奪っているのです。貴方が語るというのなら必ず貴方に協力するでしょう」

 

 当然、とばかりに語られて、パムーンはギシリと歯を噛んだ。

 

「おお怖い。その殺意も敵意も、リエムや現代の魔物に向けてくれることを願いますよ。ランス……ついてきなさい。貴方の意識を戻しましょう」

 

 また音もなく移動するゾフィスの後にランスが続いて行く。

 その背を見送ってから、パムーンは大きくため息を吐いた。

 

「……ランスと共に戦えるとしても、これでいいのか。石に戻る恐怖がある以上、ゾフィスを屈服させてその不安を解消するしか術がない」

 

 一人言を呟きながら、部屋の隅でこちらを警戒しつつも壁にもたれて黙祷していたツァオロンへと近づいて行く。

 

「なぁ、ツァオロン。お前は……やはり協力してくれないか」

 

 全てを聞いていただろうと伝えても、片目を開いただけの相手は首を振って否を示す。

 

「お前の言い分は分かるがゾフィスを裏切るつもりはない。骨のあるヤツが此処へと向かっている。それだけで十分だ」

「だが……ゾフィスを倒せば――」

「確かに本気のお前とも戦えるしデモルトとも殺り合える。それでもオレはお前の話には乗らない」

 

 何故だ……と小さく零す。

 やっと両目を開いたツァオロンが呆れと共に吐き出した。

 

「骨のある現代の魔物と戦うことが楽しみというのが一番。それとは別に一つ……お前は最初からゾフィスの敵だからいい。だが、オレは違う」

 

 その目には、今まで以上に真剣な光が宿っていた。

 

「裏切るヤツの末路は大抵が碌なことにならないと相場が決まっている。ゾフィスを恐れているわけではなく、自分の矜持の問題ということだ」

 

 ドシリ、とパムーンの胸へと拳が押し付けられた。

 

「オレの武は善悪を選ばない。オレは信念を曲げることはない。武の頂を目指しているオレが、裏切りなんていう些末事に加担してどうする」

 

 他者の心など知ったことかと彼は言う。

 

「唯々、全てを蹴散らす。それが出来ずして何が魔界の王だ。助けてくれるなどという希望なんてあいつらに持たせるな。助けなど来ないことを、オレ達はよく知っているはずだ」

 

 その瞳の奥に、昏い光が灯っているのをパムーンは見た。

 

「千年の絶望、そしてそれ以上の絶望すらも跳ね除けられる……王を超える存在に、オレはなるんだ。オレは……“ベルのヤツとは違う”」

 

 闘志だけではなく、其処には確かに憎しみがあった。

 石への恐怖に縛られているのではなく、千年の間に煮詰められた憎悪の感情が誰かへと向いていた。

 

 パムーンはそれ以上何も言えなかった。

 

 なぜなら……彼もあの時にゼオンへと心の内を零してしまったから。

 

“どうして魔界の王様になったのに助けに来てくれなかったのか”

 

 千年前の魔物達が持つ当たり前の感情を突きつけられてしまっては、もうパムーンに出来ることは何もなかった。

 

 

 ゾフィスの高笑いが聴こえた気がした。

 魔界の情報を教え、千年前の魔物達の思考はもう縛られているのだ。

 

 レイラとビクトリームとパムーンの三人を孤立させる策でもあり、裏切るかを試されてもいる。

 

 幾重にも張られた罠を掻い潜るには……もう、銀の二人に頼るしかない。

 

 部屋を出たパムーンは、悔しさから拳を壁に打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共に過ごせる最後の日だと、そう唐突に告げたのは昼のこと。

 オレもデュフォーも少しの疲れからその時間まで寝ていたのでチビ達に伝えるのが遅くなってしまった。

 

 チェリッシュもニコルも伝えていなかったのは、きっとオレ達が直接言うべきだと考えたのだろう。

 

 一言でいえば大変だった。

 

 チビ共が泣き喚くわ離れないわマントに潜りこむわの大騒ぎだ。

 いや、無理に離すことは出来たんだが……許せとしか言わず、したいようにさせることにしたんだ。

 しかし思いのほかチビ共のわがままはすぐに収束した。

 

 オレにいつも突っかかって来ていたヤツが、なんとチビ共を言いくるめたのだ。

 

 この中で一番強い自分が止めてやる。それでも止められなかったら見送ってやれ、と。

 

 なんともまぁ……バカなヤツだ。

 

 おやつの時間に、その勝負は行われた。

 人間の子供なぞに送れを取るオレではないし、勝負は一瞬でつく。

 

 本当なら、一瞬のはずだった。

 

 でもどうしても……そいつの潤んだ瞳にたじろいでしまった。

 攻撃は喰らわなかった。

 前より少しはマシになった動きで向かって来たあいつに、オレはわざわざ、拳を受け止めてやってから……いつも通りに引き倒した。

 

 倒れた先で、目に腕を当てて悔しがるあいつの声は震えていた。

 

 勝負はお預けだぞ。次は絶対に負けないからな。

 

 そんな言葉にオレは何も返せなかった。

 

 哀しがるチビ共は、オレと一緒の絵を描くと言い始めて皆で大きな紙に描くことになった。

 夜までかかったその絵はどうにか完成することが出来、すぐにチェリッシュとニコルとデュフォーが用意してくれた夕食を皆で食べた。

 

 最後の夜だからと、皆で風呂に入り、皆で大部屋で寝ることになった。

 

 寝相が悪いチビ達にもみくちゃにされて眠れるわけはなく……夜半過ぎにオレとデュフォーは静かに其処を抜け出した。

 

 

 

 

 

 施設の外。

 夜空の下で歩き出そうとすると後ろから声が掛かった。

 

「せめてお別れくらい言わせてやればいいものを」

「まったくだね。朝にあの子達を宥める側の気持ちも考えてほしいんだけど」

 

 愚痴を言う二人に振り返って、大きなため息を吐き落とす。

 

「チェリッシュ、ニコル、世話になった」

「行くんだね」

「ああ」

 

 短くいうと、チェリッシュがオレの方へと近づいてくる。

 すっと出された拳に、オレは拳を合わせた。

 

「あんたなら何があっても大丈夫、そうだろ?」

「ふん、当然。オレとデュフォーは無敵だからな」

 

 どんなことが起ころうと、オレとデュフォーなら乗り越えられる。

 眩しい笑みを浮かべたチェリッシュと優しい笑みを浮かべたニコルが、それぞれオレとデュフォーを一度ずつ抱きしめた。

 

 そういったことをされたことがなかったオレ達は、突然のことに面食らってしまった。

 デュフォーも不思議そうな顔をしていた。

 

「頑張っておいで!」

「何かあれば連絡してくれ」

 

 温もりがじわりと残る身体。ふっと笑みを落として、オレはデュフォーの脚を叩いて彼女達に背を向ける。

 気恥ずかしさがあったが、満足感もあった。デュフォーもきっと同じだろう。その表情を見ればわかる。

 

 マントを巻いて、瞬間移動の準備に入る。

 デュフォーはもう一度振り返ってから……

 

「……またな」

 

 自分から、そう言った。

 

「また会おう」

 

 オレも重ねて、そうしてオレ達は彼女達と別れた。

 

 新しい温もりが、オレ達の心に継ぎ足された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾフィスの居る遺跡から近しい街の一つ。オレとデュフォーはその街に作った拠点の部屋に無事着地した。

 

 着いてすぐにコーヒーを淹れ、二人でベッドへと腰かける。

 

「……いい奴らだったな」

「ああ」

「子供達のことは……」

「すべてが終わってから、ニコルともう一度訪れると約束した」

 

 その全てが何かを、デュフォーもオレも分かっている。

 だからそれ以上言わないし問いかけない。

 ならいい。それでいい。

 

 オレはもうあいつらには会えないから、デュフォーがなんとかしてくれるだろう。

 今生の別れなど、教えてやらない方がいいんだ。

 

 少しだけしんみりした空気になったからか、デュフォーは話題を変えるように端末を取り出した。

 

 其処に映し出されていたのは新たなガッシュの写真。

 

 アポロ達と共にアメリカへの日程調整をしていたらしく、もうすぐこちらへ着くらしい。

 

 端末をもってじっくりと弟の姿を堪能する。

 

 チェリッシュ、ニコル、ガキ共との別れの寂しさも……ガッシュの笑顔が癒してくれる。

 なのに……少しだけ、寂しい気持ちは残ってしまう。

 

――ああ、これが別れか。ガッシュとの引き裂かれるような別れではなく……もっと違う……

 

 初めての経験をじっくりと消化する。

 オレにとって新しい体験で、新しい出会い。きっとこれを乗り越えることが必要なことなのだ。

 

 そんなコーヒーを飲むことも忘れて浸っていたオレへと、デュフォーは唐突に爆弾を落としてきた。

 

 オレの寂しい気持ちも吹き飛ばす、それはとても忌々しい言葉だった。

 

 もしかしたら……デュフォーも同じ気持ちだったのかもしれない。

 寂しい気持ちを紛らわす為に無理やりにそれを今切り出してきた。

 

 なら、少しは許してやろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガッシュ達とゾフィス勢力の戦いだが……オレが単体であいつらの傍についてサポートすることにした。通信と写真は端末に送ってやる。お前は遺跡の上空で待機しておけ。しっかりとオレとガッシュで撮った写真も送ってやるから安心してくれ」

 

 

 

 いや……やはり許せん。

 

 




読んで頂きありがとうございます。

ゾフィス編のプロットをしっかりと組んでいまして更新遅れがちになります。



ゾフィスくんとパムーンくんのお話
理由のある憎しみがダウワンさんに向かうっ
ビクトリーム様が本気を出すようです。

デュフォーくんとガッシュくんのツーショット写真によって脳を破壊されるお兄ちゃんになりそうです。


次回から千年魔物編の本番。ガッシュくん達の視点が多くなります。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第四十話:入り口での邂逅

いつもありがとうございます。


 デボロ遺跡の遥か上空。

 ガッシュ達の到着の時刻に合わせて座標へと瞬間移動したゼオンは、遺跡を睨みつけながら腕を組んでいた。

 

 その姿は、万が一のことを想定して“リエム”に化けており、何処からどう見ても少女である。

 

「ピポパパパパ、まさかあの雷帝ゼオンが女装とは……ピピピ」

 

 嘲るように電子音のような声が隣から上がり、彼はビキビキとこめかみに青筋を立てていく。

 

「ピパパパッ、この画像は後々の為に永久保存するピヨ。さあ、これを魔界中にばらまかれたくなかったら私のいう事を――」

 

 小型のロボットのおもちゃのような見た目の魔物が嬉しそうにカシャリと音を立てて写真を保存する。

 魔物自体が持つ特殊能力だろう。機械型の魔物の厄介な能力を思い出したゼオンは、舌打ちを一つして、

 

「おい」

「ピッ」

 

 ガシリと頭を掴んだ。

 だらだらとロボなのに冷や汗を流すその魔物は、これから自分が何を受けるかを理解した。してしまった。

 

 バチバチと掌から上がる白い雷は、術を使わなくても放出されるモノ。

 

 この戦いでの魔物の術は、待機状態で何かしらの魔力を纏うモノもある。

 ゼオンはデュフォーとの訓練によってその待機状態を任意で起こせるようになっており、出力は微々たるものだが雷を纏えるのだ。

 

 そして同時に、彼は雷という現象の何たるかの理解を深めている。

 己の魔力で電子を誘導してやれば……雷の出力を上げることなど容易い。

 術として認識されず、雷の魔物の持つ能力として確立されてしまったゼオンだけの力。

 

「ノォォォォォッ!」

「調子に乗るなよコーラルQ。お前の成すべきことを忘れたか」

 

 出力低めのスタンガンを当てられているような攻撃に涙を流しながら叫ぶコーラルQと呼ばれた魔物。

 先日の戦いを観測していた魔物であり、ゼオンが負かした魔物であった。

 

「ノォォォォォッ! ビッボババババババbbbbbbbbb」

 

 叫んでいるのも構わずにゼオンは雷を緩めない。

 

「“バルギルド”でないだけありがたく思え。デュフォーがお前の有用性に気付いたから魔界へと還していないだけで、本来なら此処にお前は居ないんだぞ」

 

 ふっと雷が止む。

 これ以上はコーラルQの能力に支障を来すと思った故のこと。

 

「オレの写真を撮って強請ることがお前の役割か?」

「ポピピ……写真を撮ることじゃない、です」

 

 紫電が覗き込む。

 

「言え。デュフォーとオレに与えられたお前の役割は?」

「ガッシュとその仲間達の戦いを……中継すること、です」

「ならさっき撮った写真は必要ないな? 消せ」

「パパポペ……ピ」

「よし。オレのこの姿は仕方なくしていることだ。勘違いするな。今後、このことに触れたら……コロス」

 

 物凄い圧力を放って威圧してくるゼオンに、コーラルQはガタガタと震えながら無言で頷く。

 

「では……やれ」

「ピッポッパ……グラブ!」

 

 体内に仕込んでいるらしい通信機で、コーラルQは地上にいるパートナーへと声を送る。

 すぐに変化は起こった。

 術の声は聞こえずとも、コーラルQが突然光出したのだ。

 

 ガキン、ゴキンと二度の変化を経て……途中の変形からは全く別のカタチへと姿を変えた。

 

 クルクルと廻る頭のアンテナ。腹部にモニター。両肩にスピーカー。

 機械型の魔物特有の変形能力にて、コーラルQは遠くの情報をより正確に受信できる姿へと為った。

 元々体内にあるアンテナでずば抜けた感知能力を持っている彼だが、術を使うことによって自分は危険をあまり冒さずに情報を調査できるのだ。

 ゾフィスのような勘の鋭い魔物の感知をも潜り抜けて千年前の魔物達の情報すら集めることに成功していた彼は、まさにデュフォーとゼオンにとってほしい能力を持っていた。

 

 答えを出す者(アンサートーカー)でその能力を知ったデュフォーは、コーラルQを従えることをゼオンに提案した。

 パムーンが敵となり、千年前の魔物の戦力が上がると“答え”が出たことで、デュフォーはガッシュ達のサポートをすることに決めた。

 本来ならばデュフォーも遺跡の外部から見守り、必要ならばブラゴとシェリーに助言しつつ誘導をしてガッシュ達を助けるつもりだったのだが……新たに出た“答え”がそれを許さなかった。

 

 デュフォーが“答え”を出したガッシュ達の戦力は、補助能力を抜きとすれば上から――ロップス、キッド、ガッシュ、ウォンレイ、シュナイダー、キャンチョメ、ティオの順であり、アポロとロップスが居ればブラゴ到着までは大丈夫だと計算されていた。

 しかし先日の戦いで千年前の魔物の能力がどれだけ上がるか判明し、アポロとロップスをデュフォーが直接補助する形が一番ベストだと“答え”が変わった。

 

 王により掛けられた呪いがある限り、ゼオンはガッシュに近付くと術が使えず満足に身体も動かせない。

 何より、呪いによりゼオンが弱ってしまえば……ガッシュの中に眠る“バオウ”がどういった反応をするのか未知数だった。

 

 デュフォーだけならば問題はない。

 ガッシュの成長という面に於いても、行き過ぎたアドバイスをすることもない。

 ツボを圧すことも考えたが、ゾフィスとの決戦前に彼らの“慣れ”を乱すことこそ敗因に繋がることと、“バオウ”の暴走という不確定要素を危険視してやめた。

 

 答えを出す者(アンサートーカー)でも答えの出ない未知数な“バオウ”という特殊なチカラを起こしてしまわないことがゼオン達にとっての最優先事項。

 

 よって、デュフォーに出来ることはあくまでもサポートのみ。

 ゼオンがこの戦いで関わるには、ブラゴが到着してガッシュ達とゾフィスを引き離してからになるだろう。

 どの敵と戦わせるか、どうやって勝たせるか、どうやってブラゴ到着まで時間を分配するか、そしてどうやって……“ゼオンという最強の駒を使う”か。

 

 コーラルQの通信能力は其処で役に立つ。

 遺跡内部の敵の移動、位置把握、戦力の高さまで分かるのだ。戦場の目と耳全てをそろえられる。

 戦いに於いて、情報こそが何よりの宝だ。

 そうしてゼオンがその情報を通信機器でデュフォーへと伝えれば……無理に能力を使い続けなくとも、デュフォーは盤上を操るプレイヤーとなれるのだ。

 

 コーラルQを従えたことで、自分が直接ではなくとも想定していた以上の状態でガッシュを助けられる。

 そのことに、ゼオンの心は少し弾んでいた。

 

「いい術だ。有能だな」

「ピピ……当然だ。コーラルQは偉大なロボットだぞ」

「くく、そうだな」

 

 モニターに映し出されたのは、デュフォーから見た視点。音も拾えている。

 満足げに頷いたゼオンはコーラルQへと語り掛ける。

 

「“ファウード”と“クリア”の捜索が上手くいったならば、お前もオレと来い」

 

 突然の勧誘。

 目をぱちくりさせたコーラルQが紫電を見詰めた。

 有能な補助能力、そしてある程度の戦闘力を持つコーラルQを、ゼオンは引き入れることにしたらしい。

 

「……魔獣レインと雷帝のタッグ、アシュロンとも協定を結んだと言っていたな。“ファウード”と“クリア・ノート”、私でも捕捉していない情報だったが……レインとアシュロンのような大きい戦力を集めているのに、なぜ私が必要なんだ」

「お前の能力が必要だからだ」

「何をバカな……索敵や魔力感知ならばもうすぐ私に追いつくだろうに」

「そんなこと程度じゃない。オレが欲しいと言った。つべこべ言わずにオレと来い」

 

 説得するとか、頼み込むとかではなく、ゼオンはただ自分について来いと語る。

 その目はモニターに映されたガッシュを見ていた。

 

 喜色を浮かべる紫電の眼光は、コーラルQの知らないやさしさを映して。

 だから、魔界の情報を多く知っている彼は、一つの真実に気付く。

 

「ピポポパ……そういうことか」

「お前の術は……いい術だ」

 

 素直にほめられて、コーラルQは悪い気がしない。

 ゼオンのその言葉が、コーラルQの気づきへの答えだった。

 

「“クリア・ノート”については眉唾モノだが、“ファウード”は間違いなく魔界の危機。調べるのには協力してやろう」

「……」

「だが、仲間になるとかそういうのはお断りするピヨ。この戦いは結局残るのは一人。この前は負けたとしても、今はお前に協力していたとしても、私は必ず王になる」

 

 真っ直ぐに伝えてくる。

 

「すぐに本を燃やさなかったことは礼を言うぞ、雷帝。しかし……王になりたい気持ちに、ウソはつけない」

「そうだな……許せ」

「ピッポッパ、構わん。“ファウード”と“クリア・ノート”の調査までは交換条件。それ以外は契約通りに好きにする。ただ……」

 

 言いながら、ジーッとコーラルQの口から一枚の写真が出てくる。

 

 今映っているガッシュの写真。しかも、一番きれいに笑顔が映っているモノだった。

 

「これくらいのサービスは定期的にしてやってもいいピヨ」

 

 写真を受け取り、紫電を輝かせたゼオンはふっと優しい吐息を漏らす。

 

 こういう繋がりもいいかと、立ち位置を決める。

 

 その後はガッシュ達の動向を見ながら時間が進んでいく。

 敵ではあるが、今はそうではない不思議な関係のまま。

 

 

 

「……お前が言っていた変形合体ロボ。魔界に帰ったらできる可能性がある」

「プピッ!? kwsk」

「オレが倒した魔物に一体、物体を思い通りに操る魔物が居て――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遺跡に辿り着いた清麿たちは、其処でフォルゴレ・キャンチョメペアと再会したことで共に再会の喜びを分かち合っていた。

 

「君がナゾナゾ博士の言っていたキャンチョメとイタリアの英雄、パルコ・フォルゴレだね。初めまして、ボクはアポロ。こっちはボクの相棒のロップスだ」

「よろしく頼む。今回の作戦での拠点提供、感謝するよ。休める場所があるってだけでありがたい」

「よろしくな、アポロ、ロップス。キミ、小さいのにすっごく強いって博士から聞いてるぜ」

「かう~♪」

 

 互いに初対面の為に挨拶を交わすアポロ達。

 共にナゾナゾ博士と関わっているからか面識はなくとも認識の共有は出来ていた。

 

 皆の紹介が終わったところで、フォルゴレの後ろから一人の人物が現れる。

 

 ラフな格好をした気怠そうな青年は、あくびを一つしてから軽く手を上げた。

 その青年の登場に、誰よりも驚いたのはアポロだった。

 

「久しぶりだな、アポロ」

 

 忘れるはずもない。アポロの行く道を変えた人物なのだから。

 驚愕で言葉も発せない彼の状況を理解してか、彼は全員を見回して……キャンチョメへと視線を向ける。

 

「さっき遺跡の入り口で出会ったんだ。心細かったけど面白い話をたくさんして気を紛らわせてくれたんだぜ。アポロは知り合いだったんだね」

「あ、ああ……前に少しね」

 

 人間が一人でゾフィスの拠点に居ることを不自然に感じた清麿は、少しの警戒をもってデュフォーを見ていた。

 その様子からは隙が無い。アポロの知り合いとは言っても、彼はアポロの戸惑った反応から逆に気を引き締めた。

 

 ただ、警戒はすぐに杞憂に変わる。

 

「かうぅ~!」

「……元気そうだな、ロップス」

「かう!」

「強くなったのは見て分かる。頑張っているようで何よりだ」

「かう?」

「残念だがあいつは此処には来ていない。あいつはあいつですることがある」

 

 嬉しそうに手を広げて飛んで行ったロップスが、優しく受け止められ、抱き上げられたのだ。

 よじよじと彼が肘をまげて上げた腕に立り、ふんすと胸を張っている。

 ロップスと自然に会話している彼は、軽く撫でつけたあとでアポロへとロップスを渡して他の者達の方へと向き直った。

 

 彼の纏う空気に、彼の持つ不思議な威圧感に、清麿と恵は少し呑まれる。

 

「オレはデュフォー。アポロ達と以前に戦ったことがある者だ。魔物の方は少し用事があるから此処には来られないが、敵の情報や遺跡の内部構造に関しては他の誰よりも把握している」

 

 デュフォーからの説明に目を見開いた清麿達。アポロは急いで付け足した。

 

「彼のことは信用していいよ。ボクに情報を教えてくれたのも、ボクやナゾナゾ博士、そしてシェリーと一緒に連れ去られた人達の家族のケアを一緒にしているから。というより……ゾフィスの狙いを見極めて真っ先に準備を始めてくれていたのが彼なんだ」

「な……」

「あんたが……」

 

 呆然と、全員が衝撃を受ける。

 アポロはそのまま清麿に語る。

 

「彼がボクとロップスの戦った強い魔物のパートナーだ。悪い魔物じゃないし、彼も悪い人じゃない。そう警戒しなくても大丈夫」

「いや、お前の警戒は正しい」

 

 順を追って説明しようとしたのに対して、デュフォーの方から清麿へと切り込んだ。

 

「敵や遺跡内部の情報を知っているのならスパイの可能性もある。強大な敵との戦いの前から不確定要素に気を付けるのは大切なことだ。誰かが指揮をとらなければならない今の状況だからこそ、お前のようなことができるヤツが居るのは勝利する為に必ず必要だろう」

 

 歩み寄り、視線がはっきりと合わされる。

 

「つまり、お前がこのグループのリーダーだ。お前の決定がこのグループの決定となる。きっとお前の仲間達は信頼を置いている。オレもそれにオレの力を預けよう」

 

 集団には率いるモノが必ず必要で、デュフォーはそれが清麿だと示す。

 うやむやにしたままの有象無象ではなく、一個小隊としての自覚を促したのだ。

 明晰な頭脳からデュフォーの狙いを理解した清麿は、自分との隔絶した状況誘導の力の違いを感じて身震いを一つ。

 

 少しの恐怖を。しかし清麿は呑まれず、一つだけ言葉を返した。

 

「これだけ聞かせてくれ。あんたとパートナーは……どうして俺たちに正体も明かさずに隠れていたんだ?」

 

 きっと誰かが聴いたであろうことを。

 先手を打って仕掛けたその心は、一番初めのど真ん中ストレート。清麿の真っ直ぐさが出ている問い。

 

 サポートしてくれていたのは知っていて、せめてとお礼に写真を送っていた。

 情報を出してくれない相手に不信感を抱くのは無理もない。清麿とガッシュは手伝ってくれていることに感謝でいっぱいだったが、他のモノがどうかは分からない。

 その相手が急に出てきたのだから、この質問はしなければならないモノ。

 

 悩む……ことなくデュフォーは短く語った。

 すっと手に持った端末を表示しつつ、耳に着けていたイヤホンを取りながら。

 

 イヤホンからは何やら喚く声のようなモノが流れていたが、デュフォーは無視して清麿へと端末を見せた。

 

「強いチカラを持つと厄介事も多いしゾフィスの他にも敵は居る。そのせいであまり姿を知られたくないんだ。だが……この前の写真の礼だ。お前とその子にだけ見せてやる。あと、オレのパートナーは少し照れ屋なのもある」

「っ!」

 

 のぞき見したアポロがどうにか噴き出すのを堪えて顔を背け、ずるいと不足を示すティオ達を置いて。

 清麿と横に居たガッシュは端末を覗き込んだ。

 

 透き通るような肌。艶やかな黒髪と怪しさを宿す翡翠の瞳。怒った横顔。急いで隠そうとして失敗している手。

 愛らしい少女の魔物が其処に居る。

 

 清麿は何処か見知ったような顔とは思ったが、それを違和感と思わせないようにデュフォーは写真をすぐにしまい込む。

 

「ウヌゥ、おぬしとその子がわたし達を手伝ってくれていたのだな!」

「そうだ」

「名前はなんというのだ? ちゃんと名前を呼んでお礼をしたくてのぅ」

 

 ガッシュからの問いに、デュフォーは初めて悩んだ。

 

 このやり取りが通信されていることをデュフォーは知っている。

 この問いへの答えで誰かさんが傷つくことも理解していた。

 

 

 泣きそうな顔で見ているんだろう。

 今にも飛んできたいと思っているんだろう。

 本当は自分で伝えたいと思っているはずだ。

 偽りの名など、絶対に呼ばれたくない相手だろうから。

 

 

 故に。

 

 

「あいつは気位も高いから、オレ達二人とお前達が会した時に初めて名乗るだろう。その時に、直接呼んで……その心を伝えるといい、“ガッシュ”」

 

 優しい、優しい声音だった。

 デュフォーの口から出た音に、清麿も戸惑う程。

 

 こてんと首を捻ったガッシュは、デュフォーの顔を見て、

 

「……おぬし……わたしと何処かであったことがあるか?」

 

 その心のままに、疑問を投げた。

 いきなりの不意打ちでも、デュフォーは動じず。

 もしかしたらと考えていたパターンの一つだったから、彼はガッシュへと答えを返した。

 

「いいや、“初めまして”だ」

 

 ふいと、デュフォーの心に風が吹き抜ける。

 別に大丈夫だろうと思っていたのに。

 存外、自分で放ったその言葉に、デュフォー自身も寂しさが吹き抜けてしまった。

 想定していない心の動き。ガッシュの頭を撫でそうになる手を押さえつけて、その手を清麿へと差し出し視線を移す。

 

「今回オレのパートナーは“最も厄介なモノ”への対処の為に参戦出来ないが、オレが必ずお前達の力になると約束しよう」

 

 清麿はじっとデュフォーの目を見た。

 透き通って、純粋な目だった。

 悪意など欠片もなく、無機質に思えるも奥にあるのは確かな決意の炎。

 

 デュフォーは謎の人物だが、そういえばナゾナゾ博士も大概だったなと思い直す。 

 

「疑ってすまなかった、デュフォー。よろしく頼む。アポロからのメールで知ってると思うけどオレは高嶺清麿。こいつはパートナーのガッシュ」

「よろしくなのだ! デュフォー!」

 

 清麿の警戒は完全に消えた。助けてくれていた相手で、心強い味方を得たのだと胸を弾ませる。 

 

「よろしく……清麿、ガッシュ」

 

 握られた手。信頼を込めてデュフォーも握り返す。

 

 唐突に、清麿とデュフォーの結ばれた手を、満面の笑みを浮かべたガッシュの両手が包み込んだ。

 

 本来であれば繋がれなかった手と手が、此処に繋がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くの上空で紫電の雷光が光った気もしたし、

 ポケットに突っ込んだイヤホンからは血の涙を流しているような絶叫が聞こえた気がした。

 

 追い打ちをかけるように、デュフォーはアポロに言ってガッシュと清麿との写真を撮ってそれをとある端末へと送信したのだった。

 

 

 せめて、自分のこんなからかいで、彼の哀しい気持ちが少しでも紛れるようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「直接は手伝えないんじゃなかったのかい?」

「事情が変わった」

「清麿達には?」

「言えない」

「ボク達には?」

「言えない」

「……で、何をさせたいのかな?」

 

 アポロは、しょうがないなと肩を竦めた。

 

「その都度に言うが……あいつのことがバレないようにだけは徹底して頼む」

「うん。分かった。女装までしてるもんね」

「お前……笑ったのもこの会話もあいつは聞いてるぞ」

「!」

「……後で覚えておけよ、とのことだ」

「あー……あはは」

「とりあえず、直近の課題はお前とロップスに対処して貰わなければならない魔物、ビクト――」

 




読んで頂きありがとうございます。

コーラルQの登場。
ザグルゼムのことも知ってたので、戦いの映像も見れる術とか能力があったのではないかということでこんな感じに。

デュフォーくんが戦闘のオペレーターになります。
映像と音声をリアルタイムできるのはいいことだけれども、ゼオンくんの精神がマッハでやばいという罠。

次はエントランスでの戦闘から。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第四十一話:液晶越しの弟

いつもありがとうございます。


 

 デュフォーは清麿という人間のことを高く評価している。もちろんゼオンもだが、デュフォーの評価はゼオンのソレとは一線を画す。

 答えを出す者(アンサートーカー)の発現と過度の実験によって脳のレベルが上がっているデュフォーまでとはいかなくとも近しい思考能力を持ち、“バオウによって能力の制限が掛かっている”ガッシュを下級術だけで勝ちへと導き、どれほどに過酷な戦いであろうと己の欲ではなく他者の願いと救済の為にその身すら賭けて飛び込んでいく。

 実際に情報を聞き、イギリスの時に“答え”を出した上で……今、更にデュフォーは清麿という人間の評価を数段階上げた。

 

 綿密な遺跡の図面ですら自分で創り上げ、敵の配置や自分達の戦闘行動をどうやって行うかのシミュレーションを幾つも立てた上で此処に来ている。

 歩きながら図面を広げて説明をする彼に、遺跡の詳細情報を追加で与えてはいるがほぼほぼ手を入れることはなく、清麿の出した“答え”に答え合わせをするカタチで助力を続けていく。

 

 並列思考を組み立てながら、デュフォーは思う。

 

――これがガッシュのパートナー、高嶺清麿……か。

 

 ゼオンの最愛の弟を護っているのがどんな人間なのか。それを知りたかったのはゼオンだけではなく彼も同じであった。

 能力の高さも、心の強さも、他者を思いやる暖かな部分も、全てがデュフォーの考えていたモノよりも上。

 答えを出す者(アンサートーカー)だけで得た情報でなく、己の頭で精査し、実際に語って感じたことで、清麿という人間を深く把握できた。

 

 そこで、より正確になった人物評価を頭に入れて、デュフォーは清麿へと一つ質問を投げ渡すことにした。

 

「ナゾナゾ博士からキャンチョメに渡された情報……魔物達を回復させるナニカを突き止めることが“今日”するべき目標か?」

「っ! どうしてそう思う、デュフォー?」

 

 自分の考えていたことと同じことを言われて、皆へと意識が行き渡るように清麿が会話を繋げた。

 

「それがある限り、一日で此処を完全に攻略するにはこちらの戦力が少なく、相手の戦力がどれだけなのか不明瞭だからだ」

「ウヌゥ? 悪いことをしている魔物を倒し、操られている人達を助けに来たのではないのか?」

「いや、それについては間違いないんだガッシュ。だけどデュフォーが言う通り、オレ達は今日、全てを攻略するのが目標じゃない」

 

 ガッシュからの素朴な疑問に清麿が答えた。

 そのまま頷いたデュフォーを見てから続けていく。

 

「威力偵察といって、古来から戦争では敵の戦力や出方を伺う為に、初めに軽く敵と戦うことがよくある。戦いは情報を持っているのと持っていないのでは勝敗に天と地ほどの差が出るから、まずはお互いの情報を確認し、より確実な勝利を得ようとするんだ」

 

 かいつまんで説明する清麿は全員に飲み込ませるようにと言葉を選んでいく。

 

「例えばティオ」

「ふぇっ?」

「ガッシュと戦うのと、ロップスと戦うのと、どっちが戦いやすい?」

「それは……ガッシュ、ね。ガッシュは一緒に修行もしてるし、どんな術を使ってくるのか知ってる。でもロップスが本気で戦ってるところは見たことがないし、軽い術の紹介だけでどんな強い術を使ってくるのかも全く分からないわ」

 

 分かりやすく、術の分かっているガッシュと術が不明なロップスを例えに上げれば、ティオはなるほどと言った様子で頷いた。

 まだ出会って日が浅いから、事前の打ち合わせで軽い説明を受けているとはいえ、ロップスがどれほどの実力を備えているのかティオには分からない。

 

「そうだ。つまり、オレ達の目的を達成させるにはまだまだ敵の情報が少なすぎる。ナゾナゾ博士が言うように、此処に敵を回復させるナニカがあるっていうならオレ達はそれの正体を突き止めて作戦を立て直さなきゃならない。キャンチョメが持ってきてくれた情報はオレ達が日本で立てた計画を崩してもいいくらい重要なんだ。先に侵入して後で博士達と合流するプランよりもその方がいい」

 

 アポロや恵たちと共に日本で立てていた計画では、遺跡内部という空間的に限定された状況を利用し、隠れて休みつつ長期戦を行って立ち回る予定だった。

 しかし敵が回復を早める何かを持っているのなら話は変わる。

 

 テレビゲームにある宿屋のようなモノを敵だけ持っている状態で戦うことが、どれだけ最悪なことかを清麿は間違わない。

 

 更に……デュフォーが彼らにとって悪い情報を付け足す。

 

「戦力についてだがオレのパートナーからの情報も伝えよう。この世界に取り残されていた千年前の魔物には、ブラゴと同等かそれ以上の力を持つ魔物が五体いる。そしてそいつらもこの遺跡に居るだろう」

「な……」

「うそだろ……」

「そんな……」

 

 戦う前に不安にさせることをふつうなら言うべきではない。士気も下がるし不安や焦燥によって心の力も鈍るだろう。

 それでも伝えたのは、

 

「もう一度、自分達の覚悟を確かめておくことだ。リタイアしてもいい。逃げ出してもいい。戻ってもいい。その選択肢もお前達は持っている」

 

 全員に視線を向け、デュフォーはキャンチョメを長く見て、そして最後にウマゴンをじっと見つめた。

 清麿はそれだけで何を言いたいかが分かった。

 

――キャンチョメだけじゃない。デュフォーはウマゴンの心も見抜いてるんだ。

 

 いつも臆病なキャンチョメだけでなく、ウマゴンの心の事情さえ理解しているのかと、清麿は驚愕に支配された。

 長く一緒に居た自分だから、ウマゴンが戦いに対してどういった想いを抱いているのか理解できた。

 だがデュフォーは今初めて出会っただけ。そっと、清麿はアポロへと視線を移し……そういえばと思い至る。

 

――もしかしたらデュフォーはアポロと似たような不思議なチカラを持っているのか。

 

 以前に戦ったアポロは他者の心情を読み取ったり、危機を回避したりする不思議なチカラを持っていた。

 清麿に見られていると気付いたアポロが微笑みながら頷いたことで、その予測は確信に変わる。

 

「メ……メル……」

「……」

 

 静かにウマゴンへとしゃがんだデュフォーは、小さな声でそっと耳打ちを一つ。

 

(レインからの伝言だ。親友を任せたぜ、と言っていた)

 

 ビシリと固まったウマゴンの頭をくしゃりと撫でて、他の皆に見られないように俯かせた。

 

 魔界でのガッシュの友達は二人。レインとウマゴンだけ。

 ガッシュがウマゴンに対してよく話していた大きな魔物――“もう一人の友達”からの言伝は、ウマゴンの心に一筋の棘を植え付ける。

 

 心の苦悶を理解しながら、デュフォーはウマゴンに言葉をつづけた。

 

(オレからも頼む。ガッシュが危ない時は力になってやってくれ。お前の力こそ、必ず必要になる)

 

「メッ……!?」

 

 驚きと戸惑い。

 いろいろな感情が孕んだ瞳で見上げたウマゴンは、ずっと感情の感じられなかったデュフォーの目から、大きな感情を感じ取る。

 

 少しの間だったが、確かに感じた感情をウマゴンは見抜く。

 長い間、ずっと共に居て感じて来た暖かなモノと似ていた。

 

 ウマゴンの僅かな変化を感じたらしいデュフォーは次に、

 

「キャンチョメ。お前はとても素晴らしいチカラを持っているな。清麿……地図を」

 

 キャンチョメへと言葉をかける。

 地図の一言で、デュフォーが何をしようとしているか理解した清麿はバサリと皆に見えるように地図を広げた。

 

「現在の時刻ならばここと……ここに、敵が配置されている。勘の鋭い魔物からの確かな情報だ。この遺跡に居る敵の配置はほぼ変わらない。清麿ならばこの遺跡での戦いに於いてある程度の作戦を立てているはずだがどうだ」

「ああ……恵さんやアポロ達と組んで戦うつもりだったけれど……キャンチョメが居てくれるおかげで戦略の幅が大きく広がる。この配置なら、キャンチョメの術で勝率はグッと上がることだろう」

「えぇっ!? ボ、ボクかい!?」

「そうだ。オレ達にはお前の力が必要だ、キャンチョメ」

 

 驚くのも無理はない。

 いつも自分が非力な足手まといだと己で認識してしまっているキャンチョメからすれば、ガッシュを常に勝利に導いてきている清麿からの言葉はすぐに信じられるモノではない。

 

「ナゾナゾ博士も言っていたんじゃないか? お前が必要だと」

 

 自然と追い打ちをかけるように紡がれたデュフォーの言葉に、キャンチョメはハッとする。

 彼が此処に来たのは、自分が必要とされて嬉しかったからだ。

 故に清麿とデュフォーの言葉は、彼の心にあるちっぽけだった勇気を大きく広げていく。

 表情の変わったキャンチョメを見て、優しく笑った清麿は作戦を語っていった。

 

「いいかみんな。魔物が複数いる場合、誰か一体の魔物が仲間を呼びに行ったらオレ達は終わりだ。デュフォーのくれる情報の通りなら、初めに接触する魔物は二体。そこで誰かがこの大きな部屋へと魔物二体をおびき寄せなければならない」

「え……う……もしか、して……?」

「ああ、そのおびき寄せる役目がキャンチョメだ」

「えふっ、うぶふぅぅぅぅ」

 

 泣き崩れる彼を見て、清麿は少しもんにょりと表情が落ち込む。だめかもしれない、と。

 

「だだだ、大丈夫だ、私も居るから!」

「ふぉ、フォルゴレぇ……」

 

 ガタガタと震えながらの二人に、やはりダメかもと清麿は口をすぼませる。

 

「お前は……まだ自分の隠された力の凄さを理解していない」

 

 トンと肩に手を置いて、デュフォーは言う。

 不思議と心が落ち着いたキャンチョメは彼の言葉に聞き入った。

 

「ナゾナゾ博士からお前の力は聞いているが、化ける力とは……敵にとって最も厄介で、味方にとっては強力な武器となる。ブラゴ程に強い魔物でさえ、お前の力の前には敗北することもあるくらいにな」

「……ほんとに?」

「ああ、本当だ。そして清麿の頭脳と無敵のフォルゴレの力が加われば……まさに最強だ」

 

 ほわぁ、と目を輝かせ始めたキャンチョメ。その様子から、清麿はデュフォーの人心掌握術を学んでいく。

 味方を鼓舞することはリーダーの務め。うまい具合に清麿へとバトンタッチされた会話は、そのまま清麿の作戦への信頼度を上げる要因にもなる。

 

 清麿は思う。

 

――オレだけじゃなくて第三者からの言葉があればそれは確信へとより近づける。デュフォーは……オレの考えすら全部計算して話しているのか。

 

 凄まじい……否、恐ろしい、と。

 

 横で見ていたアポロも、デュフォーが会話の流れの全てを操っていることに気付いてたらりと冷や汗を一つ流していた。

 

「最強……かぁ……」

「やってくれるか、キャンチョメ?」

「まま、まあ、作戦だけ聞いてみるよ」

「ありがとう……じゃあ作戦を説明する」

 

 つらつらと綴られていく作戦に、キャンチョメも初めは涙目だった。しかし自分にしか出来ないと知るや、彼は勇気を奮い立たせて皆へと胸を叩いて示す。

 必ずやり遂げて見せるという彼の顔は、友と救いを待つ人達の為に覚悟を決めた表情だった。

 

 

 

 心理誘導と掌握はデュフォーにとって造作の無いことだが……デュフォーが共に居ることの真の利点を、清麿がまだ理解することはない。

 目の前の敵の対処の他に、大きな敵に対しての策を行い始めていることを知るまで、あともう少し。

 

 

 

 

 

 作戦も決まり、遺跡の内部を歩きながら、デュフォーはこそりと一人にだけ話しかける。

 

「お前の危機察知能力を理由に別行動を取らせることに不満はあるか?」

 

 相手の能力から、清麿へと別の作戦を指示したことに対してどう思うかを問いかける。

 問われた相手は緩く笑った。

 

「ふふ、ないよ。これも必要なこと、なんだろう?」

「かう~」

 

 なんでもないと示すアポロとロップスは、デュフォーに全てを任せているように信頼を向けて。

 

「……テラスの二階上に“例の魔物”が待機している。そいつとの戦闘が今日の最大の山場となる」

「キミのこの遺跡に入る前の口ぶりからすると“ディオガ”を超える術を操る魔物、ってことだよね。ああ、“ディオガ”についてはどれくらいの威力か知ってるよ。前に戦った相手が使って来たから。ガッシュ達だと確かにそんな魔物相手じゃきついだろうね」

 

 自分達の戦闘経験に基づいて語る。

 

「今のガッシュ達だと……そうだな……相手がよほど変な行動をしたり油断してない限り何人かは負けてしまう可能性が高いかな。“ディオガ”を使えるってことはそれだけ基礎能力や魔物本来の能力が高いってことだし、魔物自体が成長している証拠でもある」

「その通りだ。千年前の魔物達は人間が操られていることで戦闘というくくりで見ればお前達よりも制約が多く、術の発動や戦闘行動一つにしても隙が出来る……が、そいつは――」

 

 すっと目を細めたアポロが、デュフォーの語りの続きを繋げた。

 

「――人間が……操られていない。そういうことだね」

 

 頷きを見てため息が落とされた。

 

「……ボクがすることはなんだい?」

「清麿達も含めて全員で戦うことが前提だが、お前とロップスが主軸として戦闘を組み立てることになるだろう」

「その場で合せることは?」

 

 その質問に対して、デュフォーはぴたりと指を立てて言う。

 

「“お前達が”合せるんじゃない。“お前達に”あいつらが合せるんだ。そうでなければ全員が無事でいることは不可能だ」

「それほどか……」

「大前提として……お前とロップスにもオレの指示を聞いて貰うことになる」

 

 顎に指をあてて考えるアポロと、不安そうに首を傾げるロップス。

 ひょいとロップスを抱き上げたデュフォーは肩に彼を乗せる。

 

「あいつらの力になりたいか?」

「……かう」

「絶対に負けたくないか?」

「かうっ」

「なら……お前にオレの本当の力を貸そう」

「かう~♪」

「傷つくことも、危険に陥ることもあるし、ぎりぎりの戦いをさせてしまうかもしれない。それでも……必ず全員を生き残らせて見せる。信じてくれるか?」

「かうっ!!」

「もちろんだよ、デュフォー」

 

 力強く頷く二人。ふっと吐息が漏れたことをデュフォーは自分では気付かず。

 次いで静かにアポロへと説明を始める。

 

「オレの持つ能力はお前の持つ勘の鋭さの上位互換と考えろ。先ほどの計画通りに、ガッシュ達が初めに遭遇する二体の魔物の対処に追われている間、お前とロップスは付近の魔物の索敵と一掃。その時にオレの指示を聞くことの理由が理解できるだろう。そして、“ビクトリーム”との戦闘になると思われるテラスでの事前準備として―――」

 

 

 

 敵との遭遇はもうすぐに。

 デュフォーの心に油断はなく、慢心もない。

 

 “答え”を求め続けて模索するのは……ガッシュの周りの全員が生き残る最上の結末。

 

 あの時に無意味だと断じたアポロとロップスの存在が、自分にとって大きく頼りになる存在となっていることに理解を置く。

 

 “答え”を求める力では、ガッシュ達全員を駒として考えた動かし方を簡単に導き出せて、最小限の犠牲で最大限の成果を手に入れることは容易だ。

 しかして彼が“答え”として求め続けているモノは……それよりもはるかに困難な道であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コーラルQのモニターを食い入るように見つめているゼオンは、苛立ちに支配されていた。

 

「ちっ……デュフォーのヤツ、何をやっている。キャンチョメとかいう魔物を上手く焚き付けて戦闘に対しての恐怖心を軽減させたはいいが、清麿やガッシュにお前が指示をすればそんな魔物二体程度すぐに倒せるだろうに」

 

 其処には千年前の魔物との戦闘の開始が映し出されていて、舌打ちや膝を叩いたりとどうにかその戦闘に飛び出したいのを必死に抑えていた。

 

 ガッシュと清麿が戦いに突入する様子を見せられれば、過保護なゼオンにとっては拷問にも等しい。

 今まではガッシュが他の魔物の攻撃で傷つくところなどロップスの記憶くらいでしか見たことがなかった。

 こうして映像であるとはいえ目にしてしまうと、居てもたってもいられなくのは彼にとって仕方ないことだろう。

 

「少しは落ち着いて観るピヨ」

「うるさい。言われなくとも」

 

 呆れ声でコーラルQに言われて、ゼオンはすっと心を平静へと沈めていく。

 

――あの場にはデュフォーが居る。オレはいつでもあの場所へ飛べる。ガッシュの成長と雄姿を見る事は兄として誇るべきこと。弟の成長の邪魔をするなど兄としては落第。ガッシュを信じてやらずして何が兄か。

 

 デュフォーとの心の訓練……という名の自己暗示の練習。弟離れをするには自分に強く言い聞かすことでどうにか耐えることができるのだ。

 

“ゼオン・ベル、お前はガッシュを陰で支える最高の兄で在れ”

 

 そんな自己暗示の一言は、幼い子供心に芯を持たせるには十分なモノ。

 ヒーローとは違う、けれども最高にカッコイイ存在を思い描けば、ゼオンはソレを完璧にこなすことが出来るだろう。

 切り替わった彼は俯瞰的で客観的な視点で戦闘を確認し始める。

 

 冷えた頭が状況を見つつモニターに映る人物たちの評価を下す。

 

「清麿とやらは前評判通りの頭脳か。ティオという魔物は……守りの一族だな。あの術の具合ならパートナーの絆も上々だろう。シュナイダーは変化の魔物を助けに行った。さて……戦闘は……」

 

 セウシルでキャンチョメ達を通路に逃がした後、魔物二体からの攻撃が始まった。

 低級上位の術二つに破られたセウシル。瞬時に動いていた清麿とガッシュが敵魔物の片方に詰めていた。

 放たれたザケルガを見て……ゼオンは眉根を寄せる。

 

「……ザケルガの出力が……低すぎる」

 

 初めて見たガッシュの雷に、ゼオンは疑問を感じた。

 コーラルQも同じだったようで首を傾げていた。

 

「雷帝の弟とは思えない。落ちこぼれとはいえ、ベル一族でも最上位の血を引いてるなら基礎能力があの程度なわけがないはず……プピッ」

「人間に問題が? いや……心の力はいわばブーストのようなモノ。本気で放つなら術が強まることこそあれ、戦闘中にあんな低レベルな出力で放たれるはずがない」

 

 落ちこぼれの一言にコーラルQの脛を蹴ったゼオンは、今はいいと思考を戦闘に向けなおす。

 

 二度のザケルガで魔物を引き離し、人間から本を奪おうとしてもう一体の魔物によって阻まれた。

 

 惜しいなと思った後、千年前の魔物が声を荒げた。

 その様子に清麿達は固まっている。千年前の魔物自体も操られていると思っていたようで、その勘違いにゼオンはまた舌打ちを一つ。

 

「おい、デュフォー……それくらいは説明しておけ」

『清麿の頭脳と対応力、そしてガッシュの心の動きを見極める為に必要なことだ』

「……それならいい。ガッシュの術の出力が低いことに関しては――」

『今は置いておけ。それよりも……コーラルQの受信側の音量を上げてガッシュの声をよく拾っておいた方がよさそうだぞ』

 

 インカムのスイッチを入れて声を掛けると、恵の隣で状況を見ていたデュフォーから返答が帰ってくる。

 必要なことならばと呑み込み、他の指示にも従うことにした。

 

「音量を上げろ」

「ピッポッパ、了解だ。スピーカー、アップ」

 

 脇腹にあったメーターが上げられ、より鮮明に聞こえるようになったその場の音に耳を澄ます。

 

「あっ! が、ガッシュッ!」

『心配するな』

「清麿ォ! あの程度の術くらい術の名称から予測して避けさせろバカ者めぇ!」

『いや、あの不意打ちかつ連打術に対して致命傷を割けているのは清麿が相当に優秀な証拠だが……』

「ぐぬぬ……デュフォーならば避けている!」

『オレと比べてやるな。ほら、会話に集中しろ』

 

 ちょうど、敵魔物のガンジャス・ネシルガによって被弾した後。

 清麿の油断に対して声を荒げ、デュフォーによってどうにか落ち着きを取り戻す。

 まだまだゼオンは理想の兄像には程遠いようだとデュフォーは遠くでため息を落としていた。

 

 その間にもモニター内で会話は続いている。

 

『戦いを無理強い? 笑わせるな! オレ達はヤツのおかげで暴れられるんだぜ! 確かにクソうざってぇルールはあるが……少なくともオレはヤツに感謝してるぜ!!

 千年もの間動きもできず、魔界に帰ることもできなかったうっぷんを……こんな最高の形で晴らすことが出来る! しかもヤツの力のおかげで人間はオレ達の言うことに逆らわねぇ!』

 

 敵の魔物の言葉と、その語る表情にゼオンの顔が僅かに曇る。

 

『そうさ、こいつらは心の力のバッテリーよ! こんなに都合のいいのはねぇぜ!

 さあ、くだらねぇこと言ってないで戦いやがれ! 軟弱な現在の魔王候補どもが!!』

 

 その魔物の顔にあるのは恐怖と悲哀と、絶望。

 怒りと嘲りのそぶりで隠してはいるが……ゼオンは気付けてしまった。

 

 そして続く言葉に、ゼオンはぎゅうと胸を抑えた。

 

『かかって来い!! オレ達は自分の意思で戦ってる!! そうさ!! 千年も……待ってたんだから!!』

 

 待ってたという一言が、泣きそうなくらいに悲痛だった。

 

『王様になったヤツだって、迎えになど来てくれなかったんだ……』

 

 コーラルQの術の無駄に高性能なマイクが拾ったのは、ぼそりと零された千年前の魔物の本音。

 ゾフィスに次いで当事者に近しい立場のゼオンは、彼らの言葉がより深く刺さる。刺さってしまう。

 

 悠久の孤独は魔物の心を歪めている。

 きっとこの魔物も元はいいヤツだったのかもしれない。

 ゼオンはそんなことを思った。

 

 何故なら、その魔物はガッシュに八つ当たりのようなそぶりを見せていても、一度も直接的な憎しみをぶつけようとしていないのだから。

 

『清麿……私も、千年も石に閉じ込められたら……あんなひどいことを平気で言えるようになるのかの?』

 

 ぽつりと零された言葉に、ゼオンはハッとした表情に変わる。

 

『さあな、オレ達には想像できないものだと思う。オレがガキの頃は、半日押し入れに入れられただけでおかしくなりそうだった』

『ウヌ……かわいそうだ、あの者……早く戦いから解放してあげようぞ!!』

 

 清麿とガッシュの会話。ガッシュの目に溜まった涙。震えるような二人の感情を見て、ゼオンの胸が跳ねる。

 ああ、と感情が高鳴った。

 

「部外者の綺麗事だな」

「うるさいぞコーラルQ」

「ノオゥッ!」

 

 無粋な一言にがっつりと力を込めて脛を蹴ったゼオンは、ニッコリと笑ってガッシュを見る。

 

(そうだ……それがお前だったな。ガッシュ)

 

 弟のやさしさが変わっていないことを確認できて頬が緩んでしまう。

 ニッコニコであった。それはもう、今までで一番な程に。

 デュフォーはゼオンの様子が見れなくてもそんな顔をしてるんだろうと小さく息を付く。

 

『よし、ガッシュ。ならあの呪文で行く。お前の好きなようにやれ』

『ウヌ!』

 

 そこで唐突に、デュフォーから声が届いた。

 

『ガッシュはどうやら敵の魔物に術での攻撃をしないつもりのようだぞ』

「……それがあいつのしたいことか?」

『あの魔物の悲痛な心を感じたんだろう。どうする?』

 

 ラウザルクが使われて始まった戦闘。ガッシュの様子や清麿の心を見て、もはやわたわたと慌てることを辞めたゼオンはデュフォーとの会話にも意識を半分割き始める。

 わざわざ提案してきたのなら、デュフォーが出した“答え”を知らなければならない。

 

「どうするもこうするも……あいつが決めたのなら好きにやらせろ。“お前が敵の魔物の不意を突いて人間達から本を奪うことなど容易い”としてもだ」

『いや、そっちじゃない。“バオウ”を使う状況にさせるかどうか、だ』

 

 ガッシュの無茶に対して、と思っていた。しかし違ったらしい。

 言われて、ゼオンはコーラルQを見た。

 ゼオンの紫電に睨まれたコーラルQは、耳の部分を手で塞いで自分は聞いていない、知らないというアピールをし始める。

 後で必ずコーラルQには約束させておこうと決めたゼオンはデュフォーへと返答を始める。

 

「暴走の確率は?」

『ゼロとは出ているが一応、更に上空へと待機場所を移しておくといい。ザケルガの出力具合から見ても、“お前が奪われている魔力”は封印された方へと蓄積されているだけで放出はされていないようだしな』

「……“バオウ”の発動によって共鳴しないか?」

『お前が“ジャウロ”以上を其処で発動させたら反応がありそうではあるが、それでも完全な解放とはならないと出ている。あっても共鳴効果で内部の魔力が出現し、“バオウ”が一度強化される程度だ』

「“バオウ”の目標がオレへと変わるケースは?」

『無い。“オレ達の隠し玉の一つ”とはわけが違う。安心していい』

「なら、現状の“バオウ”を確認しておいてくれ、デュフォー。それも目的の一つだ」

『そうしよう。直接実物を見ることで“答え”の幅もきっと広がる』

 

 ゼオンとデュフォーの一番の懸念であり目的。ガッシュの中に封印されている術の話。

 

 そう……。

 デュフォーが同行した理由の一つは……万全に万全を期した状態で、暴走など絶対に起こさせない状況で、デュフォーの答えを出す者(アンサートーカー)によって“バオウ”の情報を取得すること。

 

 更に高度を上げていくゼオンは、モニターを見つつコーラルQへと声を投げた。

 

「父の最強術くらいは知っているな?」

「ピピピ……バオウ・ザケルガ。ガッシュも同じ名の術を持っているとは思っていたが、まさか……」

「そうだ。継承タイプの術だ。ベル家の秘匿を知ったからには、お前がそれを口外することは出来ないぞ」

「なるほど。お前達の境遇も、現在の状況も……これである程度深く予測を立てることが出来たピヨ」

 

 ピッポッパと繰り返すコーラルQは、ジジーッと二枚の紙を口から吐き出してゼオンに渡す。

 

「その術に関することに関わらない契約書だ。さすがにそんな“危ない事案”に私は関わりたくないピヨ。ファウードとクリア以外の契約の追加は拒否する」

 

 名前の欄へとコーラルQが指印を捺して、ゼオンへと促した。自分はこれ以上厄介事に首を突っ込みたくないと言わんばかりの速さだった。

 文へと素早く目を通したゼオンは不備がないのを確認して、差し出してきたインクを付けて指印を捺し、一枚をコーラルQへと返す。

 

「賢い選択だ」

「高性能なロボットなので」

「……っ」

「ノオォウッ!!」

 

 ドヤ顔をして威張るコーラルQの脛をまた蹴ってモニターへと意識を戻す。

 

 

 其処からのゼオンは、ことある毎に言葉を零していた。

 

「そこだっ……違う! そうじゃない!」

 

 ガッシュが敵へと攻撃をせずに本を狙う戦い方をしているから、

 

「今だ。まずは転かせ! ああっ」

 

 ハラハラとしながらも先ほどのように焦りすぎることなく、

 

「おい清麿ォ! 違うだろうがァ! デュフォーならばもっとギリギリで引き付けて――」

 

 ただしパートナーには辛辣に、

 

「さすがガッシュだ! いいカバーだぞ。伸びしろのあるいい動きだ」

 

 弟にはひたすらに甘く、

 

「盾の術はそうじゃない! もっと効果的なタイミングでガッシュと清麿に合わせろ!」

 

 やはり他の魔物には厳しく、

 

「よーし! いいぞガッシュ! さすがはオレの弟だ! どうだコーラルQ! オレの弟はこんなにも――」

 

 そんな時間が過ぎていった。

 

 コーラルQはその横で、自分を倒した強者の姿をジト目で見つつ、

 

(録画しとこ。魔界に帰ったら目の前でガッシュに見せてこいつに仕返ししてやるピヨ。ピピピピピ)

 

 懲りずにその様子を録画してゼオンへのささやかな復讐を画策していた。

 女装しつつ白熱したエールを弟へと送るその姿は、きっと魔界に帰った時に彼を赤面させるだろうと予測しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テラスの更に二階上。

 待機している部屋にいる魔物は三体。

 

 おもちゃの車を使って遊んでいる“レイラ”。瞑想をしている“ダルモス”。そして……なぜかクルクルと廻りながらVを主張し続けている一人。

 

「今日はいつにもまして変ね。何をしているの? 一緒に遊びましょ?」

「うっとうしいから止まれ」

 

 二体から声を掛けられて、にやりと笑いながら彼は言う。

 

「ファーッハッハッハッ! ブァカめ! お前達にはわたーしの華麗なるVの高鳴りが分からねぇようだなァ!」

 

 尖った足先だからか、回転はキレイにその場だけで行われ、一部の隙も無いほどにVが廻っていた。

 其処に、一人の人間が櫛で主張の激しい髪を整えながら近づいて行く。

 

 

「くくく……許してやれよ二人共。あいつの張り裂ける程のビートが高鳴っちまってんのはいつものコトだろぉ?」

「モヒカン・エーーーーィィィス!」

「おうよ、相棒! アァァァァユゥゥゥゥレディィィィ???」

「レェェェーーーッツ……」

「「ダァァァンスィン!!!」」

 

 ピタリと止まった彼と、決めポーズをした男。

 男は両手の指をVの形にして、彼はいつも通りに美しきポーズで。

 

 そんな二人に、ダルモスは関わってられないと視線を切った。

 逆にレイラは……目を輝かせて二人の傍へと寄っていこうとした。

 

「アル? 私達も一緒に……」

 

 しかし自分のパートナーの腕を引いても動いてくれないことを知って、その場に座り込む。

 せめて手拍子くらいはと、彼女はパートナーの手を自分で持った。

 

「……今日のおやつはなんだ?」

「おいおい知ってんだろ?」

「その名を呼んでほしいのさぁ」

「その名を呼んでみたいのかぁ?」

「知っていてもォ?」

「分かっていてもォ?」

「「声に出したい、愛しいアイツゥ!!」」

 

 ミュージックスタートの声と共に、男が端末を操作して再生ボタンを押した。

 合わせてパチリと指が一つなれば、軽快なミュージックがその場に鳴り響く。

 

 パチパチと拍手を送るレイラは嬉しそうにその催しを見学しはじめる。

 

「「キャッチ・マイ・ハーーーーーート!!!」」

 

「ベリィ!!!」

 

 

 ズンチャカズンチャカと曲が鳴る。

 

 楽しそうに踊りと歌を披露する二人は心の底から楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 ただ。

 

 この遺跡に居る誰よりも、千年前の戦いを長く生き残った魔物である彼は、一人気付いていた。

 もうすぐこの遺跡に嵐が来ると。千年前の戦いで研ぎ澄まされた感覚が、この遺跡で起こっている全てを把握させてるのだから。

 

 今はせめてと、彼は新しいパートナーとの時間を過ごしている。

 

 この遺跡で、ゾフィスに次ぐ感知能力を持つ魔物。

 単身で後半のゴーレンとあと一歩の所まで戦い抜いた唯一の魔物。

 ふざけた見た目でアホだが……この遺跡でも最高レベルに強い魔物。

 

 その名は――ビクトリームという。

 

 




読んで頂きありがとうございます。

開幕はV様じゃないですごめんなさい。
ガッシュくんの戦いを観戦するゼオンくんは必要だったのです。
久しぶりのお兄ちゃん成分なため。

なんかもう私自身も我慢がアレでダメだったので最後にV様が待ちきれずに出ました。
この物語のモヒカンエースはこんな感じです。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第四十二話:華麗なるその名

いつもありがとうございます。


 

『エグドリス・ネシルガ!!』

 

 ガッシュの行動や戦いに業を煮やした敵から大きな術が放たれる。

 画面上に見える術の威力はギガノを超える。

 

(ガッシュのラウザルクでは受けきれん術だ……さあ、見せてみろ……あいつの術を)

 

 当然、大きくなった本の輝きを見れば清麿がどの術を放とうとしているかは理解出来た。

 翡翠のコンタクトの上からでも分かるくらいに渦巻く憎悪の彩りが、コーラルQをガタガタと震わせる。

 一つの情報さえ見逃さないというゼオンの鬼気迫る様子から、彼は何も口を出すことなく。

 

『バオウ・ザケルガァ!!!』

 

 遂に打ち出されたその術。

 ゼオンとデュフォーが警戒に警戒を重ねて準備してきた不安要素。

 最愛の弟と自分を引き離す最低な存在。

 世界をも滅ぼすとされる最悪の術。

 

 それはあまりにも……あまりにも……

 

「……これが?」

 

 ガギリ、と歯が噛み鳴らされる。

 

「この……術が?」

 

 バチバチと、術を放つ待機状態として白銀の雷を身体全体に帯び始めた。

 

「こんな……こんな術が……オレ達を……?」

 

 その術は……ゼオンとデュフォーの予測を超えて、遥かに拙いモノだった。

 

 今、ゼオンの怒りは計り知れないほどに大きい。

 デュフォーはマイク越しに伝わるその声を聴き、冷静な頭を保ちつつ語り掛けた。

 

「……封印状態でギガノを超える程度。ガッシュへの浸食は無し。清麿には……心の力と体力の莫大な吸収か。なるほどな」

 

 ギシギシと鳴らされる歯噛みを宥めるように言葉を並べていく。

 敵の術と相殺した所で清麿が倒れ込みかけ、それをすぐに支えたデュフォーが声を掛けた。

 

「その術を使うといつもそうなるのか?」

『……ああ、何故だが他の術とこいつは使い勝手が違うみたいで……』

 

 イヤホンから聞こえるデュフォーの声と画面から聞こえる清麿の声。

 ゼオンは心を落ち着かせるように息を整えていく。

 

『ギガノ・ディオデルク!!!』

『なっ!? もう一体の方の最大呪文!?』

『ハハハッ! これでオレ達の勝ちだ!』

 

 直後、もう一体の魔物がギガノの術を放ち、清麿が焦りから声を上げた。

 

「大丈夫だ。既にこの戦いは……終わっている」

『私の盾を、そうそう甘くみないでよ!!』

 

 デュフォーの言葉と同時、清麿達の前で手を翳したティオ。

 

『マ・セシルド!!!』

 

 突進系の術であったため、盾にぶつかった魔物は大きなダメージを負った。

 

『そう……最大級の術でも防げるように心の力を溜めておいたのよ。そしてあなた達は大技の連続で私の動きを見落とした』

 

 そうして驚愕に支配されている魔物の後ろで、ティオのパートナーの恵が人間達の本を奪って立っている。

 

『これで、決まった』

『ウヌ!』

 

 清麿とガッシュの力強い言葉の通りに、彼らの勝ちが確定した。

 

 

 目を細めて、ゼオンはじっと清麿の持つ赤い本を見つめている。

 その視線に含まれる憎悪は、今でもまだ煮詰められ続ける深く昏い色。

 唐突に、画面の中のデュフォーから合図が一つ。

 一つに視線を向けていても全体を見る訓練はしていたから、ゼオンはその指示通りに手を空へと向ける。

 

 此処はゾフィスの感知の聴かない遥か上空。なればこそ……試せるのなら試すべきだと。

 

「……バオウ・“ザケルガ”……といったか。あれがお前達の現時点での最高術。なるほど」

 

 ぼそりと零された言葉は、心の出力を最小限に抑えたモノ。ガッシュと同じ術を持つからこそ違和感なく唱えられた術の名。

 本が光りもしない程に小さな力の放出により。ゼオンの魔力を吸い取って育っていくザケルが空へと打ちあがる。

 

 同時、パシリ……とガッシュの髪に隠れた角に一瞬だけ白銀が光ったのを、デュフォーが見逃すことはなかった。

 幸いなことにガッシュに変化はなく、清麿にも害はない。

 すっと霧散したように白銀の雷が消え、それが何処へ行ったかをデュフォーは“答え”として出す。

 

「……立てるか?」

『わ、わるい……』

 

 肩を貸して清麿を立たせる途中……デュフォー自身も身体の違和感に気付く。

 

(これは……)

 

 彼は赤い本に触れないように細心の注意を払いつつ、普段よりも少しだけ“重い”自分の身体で清麿を支えた。

 

『あれ……? いつもより……力が入る……?』

「……疲労軽減のツボを圧している。あまり無茶はするなよ」

『そんなこともできるのか。ありがとう』

 

 これほどすぐに効果が出るモノではないがな、と心の中で呟きながら。

 

(“バオウ”は……やはりオレ達の力も求めているらしい)

 

 デュフォーの様子と違和感に、ずっと共に過ごしてきたゼオンだけは気付く。

 カメラ越しに視線が合わされば、何がいいたいのかも理解出来た。

 天を仰いだゼオンは……あまりにも大きな感情を漸く落ち着けて、自分が絶対に対処しなければならない敵を再認識する。

 

「あの術はあの程度……ではない。アレは……虎視眈々と今も尚、半分に分かたれたヤツの雷の力を取り戻そうとこちらを狙っている。そういうことか」

 

 それはあまりにも強大で、やはり自分達は間違っていなかった、そう確信した。

 

「アーアー、拒否。ノーセンキュー、ワタシハ・キイテナーイ」

「……ふん。どのみちお前如きの手に負える術ではない」

「プププ、あの程度のガッシュの実力にこの超絶有能ロボの私が負けることなどないが???」

「っ!」

「ノォォォウッ!」

 

 今までで一番強い蹴りを喰らって涙目なコーラルQを無視して、ゼオンはまた画面へと集中する。

 本に火をつけられた千年前の魔物達と会話をしている彼らを見た。

 

 内容はいくつか。

 戦いを楽しんでいる魔物がいること。互いに術をもって本を燃やし合うことは出来ないこと。心を支配されている人間たちが本を燃やされることを防ぐようインプットされていること。

 そしてゾフィスの掛けた千年前の魔物達への縛り。千年前の魔物達が石に戻されることを恐れているということ。

 

『まだ完全に石の封印が解けたわけじゃないのか!?』

『分からねぇ。だが、石に戻りかけたヤツを見たことがある。それが頭から離れねぇのさ』

『ならっ、此処を本拠地とする理由は!? この城にお前達が毎回帰ってくるのは何故なんだ!?』

『……まだ、石の封印から逃げられてねぇんだ。そうだなぁ……あの月の光があるからオレ達は帰ってくる。この遺跡にあるあの石が放つ光を浴びたら力が湧く……あの光があれば、オレ達は石に戻らないでいられるんじゃないかって思ってる』

『月の光? 石……力が湧く?』

 

 まだ消えるまでに猶予がある。他の質問もと考えた清麿が声を掛けようとして、デュフォーが清麿を優しく膝を付かせて支えを外した。そのままデュフォーは魔物達へと近づいて行く。

 魔物のパートナーも居ないただの人間を不思議そうに見る魔物は……すぐに驚愕に支配されることとなった。

 

 デュフォーは、すっと、二体の魔物の耳にイヤホンを差し込んだ。

 

 話すのは当然、彼である。

 

「―――、そして―――――。魔界に帰った時は、城へ行って軍の中将のラジンというモノを頼るといい」

 

 愕然と、二体の魔物の息が詰まった。

 千年前の魔物達以外に呼ばれることのない名前を呼ばれたのだから当然。

 

「現在の魔界の王がどういった対応をするか知らないが、ラジン中将ならばお前達を悪いようにはしないだろう」

『お、お前は……誰だっ!』

 

 焦り気味に声を上げた魔物へと、彼は静かに声を紡ぐ。

 

「……パムーンと繋がっているモノだ」

『パムーンと……? じゃあ、お前が……?』

「ああ。魔界の王からの遣いであり、千年前の魔物へのメッセンジャー」

『なんでてめぇはゾフィスを放置してる?』

「敵がゾフィスだけなわけないだろう。オレには他にもやるべきことがあるからだ。ゴーレンのような凶悪な魔物は……現代にも居るんだ」

『はっ……そうかよ』

 

 弾劾の言葉を突きつけられても、ゼオンは己の選択をもう後悔しない。例えどれほどに痛む胸があっても。

 苛立ちを吐き捨てる声を宥めるようにゼオンは話題を戻す。

 

「オレが直接関われずとも、選択がどうであれ、優しいパムーンはお前達を救おうとしていたはずだが」

『そう、なのか……』

「ゾフィスの狡猾が邪魔をしたようだな。一番最初に復活したパムーンは、同じ苦しみを味わったお前達の心も救いたいと吐露していたぞ」

『ああ、だからパムーンのヤツはオレらに待ってろって……ならわりぃことをしたかもな』

「魔界に帰ったら少しくらい話してやれ。パムーンはアレで抱え込むタイプのようだから……と、時間がないか」

 

 すっとさらに薄くなった魔物を見て、ゼオンが最後の話を伝える。

 

「王は、お前達を救う為に千年かけた。それだけは覚えておくといい」

『……助けにきて、くれなかったくせに』

 

 絞り出すように言われたその声には、やはり少しの憎悪が宿っていて。

 ゾフィスが何かしらの思考誘導をしたか、はたまた千年前の魔物達の共通認識としてそういった感情を抱いているのかは分からず。

 ただ、似た感情を持つ者として、ゼオンはふっと吐息を漏らして続ける。

 

「ああ、そうだ。あいつが何故助けにいかなかったのかは知らんが、救いにいかなかったのは事実だろう。怒りを呑み込めとは言わん。ただ、あいつがお前達を救いたいと願ったから“今”がある。その上で、事情なんか知るかと思うのなら」

 

 にやりと、ゼオンは口を歪める。

 

「オレが王となり帰る前に、お前達千年前の魔物みんなで先にあいつをボコボコにしておいてくれ」

 

 正しく、二体の魔物の思考は空白となった。

 まさかそんなことを言われるとは思わなかったから。

 

『……くっ』

 

 喉が鳴る。

 

『あはははははっ! そりゃいい!!』

 

 楽し気に笑う人型の魔物と、ぐつぐつと喉を鳴らして震える竜のような魔物。

 突然笑い出した二体に、清麿達はぽかんと口を開けるしかない。

 

「オレの分は残しておけよ。悪感情を抱いてるのがお前達だけとは思ってくれるな」

『くっ、くくく……ああ、分かったよ。ふふ……おもしれぇヤツだな』

「オレからは以上だ」

『おまえ、名前は?』

「……今は名乗れん。魔界に帰ったら必ずお前達全員に会いに行く。その時にちゃんと顔を見て名乗らせてくれ」

『ふっ、リョーカイ。パムーンに……よろしく言っておいてくれよ』

「いいだろう。またな(・・・)

 

 語りを終えて、再会の言葉を二体へ。

 満足した笑みを浮かべる魔物達の耳からデュフォーがイヤホンを取り外し、あと少しで身体が消えるという所になった。

 

『あばよ、ちっこいの。お前のパンチ、結構効いたぜ』

『ウ、ウヌ』

『負けんじゃねぇぞ』

『負けぬ! 約束する!』

 

 そうして消えようかという時に、二体の魔物は示し合わせるように頷き合う。

 竜の魔物は尻尾を動かし、ヒト型の魔物はふらりと立ち上がって歩き始めた。

 

 竜の尻尾が向かったのは野球のユニフォームに身を包んだ今のパートナーの人間。

 人型の魔物が向かったのは、倒れて動かない人間だった。

 

 男の背をするりと撫でた尻尾が静かに消え行く。

 ポンと頭へと手を置いた魔物は……小さく声を掛けた。

 

『悪かったな、人間。少しの間だけど、オレと戦ってくれてありがとよ』

 

 消え入ると同時に、震える声がその場に落ちた。

 

『ああ……名前、聞いときゃよかったなぁ』

 

 

 その寂し気な声が、清麿やガッシュ、他の皆の胸を打つ。

 

『デュフォー、いろいろと聞きたいことがあるが……』

「今日を無事に乗り越えたら話そう。今は……フォルゴレ達も無事に帰って来たようだ」

『……分かった』

 

 疑問も疑念も、今は呑み込む。まだ清麿はデュフォーのことを信じ切ることはしない。それでいいと、デュフォーも頷く。

 画面上でデュフォーが清麿に不信を向けられている中、ゼオンは空の上で瞑目して首を振った。

 

 そのまま、画面の中の倒れていた人間達が目を覚ます。

 

 暗闇の中で苦しんでいたという人間達の話。

 助けてくれてありがとうと、その言葉が皆に伝わる。

 救えたという事柄に、恵やキャンチョメは涙を流して喜ぶ。

 

 きっと、あの魔物の最後の言葉を人間達は覚えていない。

 

「……」

「全部が上手くいくことなんて無い。ただ……人間界での悔いは残したくないな、とは思ったピヨ」

「……」

 

 珍しくふつうの言葉を出したコーラルQの言葉に、思うところがあったらしいゼオンは小さく吐息を落とす。

 

 小さく、イヤホンに声が響く。

 

「魔界を救え。それがオレ達に出来ることだ。お前は間違っていないさ」

 

 誰よりも頼りになるパートナーの声が聞こえる。

 胸にするりと落ちた彼の言葉に、ゼオンの瞳は輝きを失わない。

 

 ガッシュと清麿、他の魔物達の成長が見て取れる。これが正解なのだと信じて走るしかない。

 

 真実を知り、“本当は自分達だけでゾフィスによる被害者の全てを救えた”としても……。

 

 先ほどに見た雷の龍の悪食を知った上で対処できるのは、この世界でゼオンとデュフォーだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定通り開けたテラスにて休息を取り始めた清麿達。

 地下水を引き込んだ水道のおかげで落ち着いて休めているらしいが、ガッシュ達魔物組は騒いでいる。

 

「わぁーーー! 首絞めティオだァ!!!」

「ヌグゥ、ふ、フハァァァっ」

『ガッシュ!! ガーーーッシュ! おいデュフォー! やめさせろォ! なんて握力なんだあの女! オレのガッシュを放せェ!』

 

 ゼオンがイヤホンで何やら騒いでいたが、大きな怪我になるわけでもなし、子供同士の戯れに直接の保護者でもない自分が介入するのは無粋だとチェリッシュ達との数日間で学んでいるためデュフォーは関与しないことにした。

 

「あんた達少しは身体を休めなさい!!」

 

 案の定、恵が的確な突っ込みをして止まり、清麿は何故かブリッジをしているフォルゴレと話していた。

 

 デュフォーはテラスの外を見ながら……大きな力が階段を下りてくることを知る。

 

「そういえば……アポロはまだかしら?」

「別行動で他のルートからの魔物が来るのを防いでもらってたけど、もしかしたら戦闘になってるのかも」

 

 今回の作戦に於いて、エントランス付近の魔物二体とキャンチョメ達が対処した一体と戦うこととは別に、他の魔物の参入を防ぐためにロップスとアポロには遺跡の通路を限定するように動いて貰っていたのだ。

 

 清麿も恵もアポロ達の実力を知っているから、ある程度の安心感をもって話しているが、それでも合流が遅いことで心配が膨らむのは仕方のないこと。

 

「大丈夫だ。アポロとロップスは無事だ。あちらの戦闘はつつがなく終わっている。他通路に対してブービートラップの設置などを終えてから来るため少し遅れているようだ」

 

 静かに伝えるデュフォーに視線が集まった。

 

「なるほど、確かにロップスの能力ならそういうこともできるのか」

「どういうことだい清麿?」

「ロップスの能力はロープを作り出して操る術。壁を脆くして置いたり、ロープが残るようになってるならいろいろな罠を作っておくことは出来るはずだ。キャンチョメの術みたいに多様性がある」

「へぇ、ロップスもボクくらいすごいんだね!」

 

 ロップスの能力を知らないキャンチョメから疑問が飛び、答えた清麿はデュフォーを真剣な眼差しで見つめた。

 

「デュフォー、その情報は……そのイヤホンからか?」

 

 ずっと耳に着けているイヤホンを指さして。先ほどの戦闘の終わりを見ていれば突きつけられる当然の答え。

 

「そうだ。オレのパートナーと協力者の魔物により、通信先でオレのパートナーがオレ達の現状を第三者視点で映像として把握し、情報共有をしている」

「……どうして言ってくれなかったんだ?」

 

 それを先に言ってくれれば作戦も違うモノが立てられるだろう、清麿はそう考える。

 不信感という種を出来る限り取り払いたいと考えての言葉に、デュフォーは小さくため息を吐いて答えた。

 

 “ヤツ”が来てしまったから。

 

「それも今日を乗り切ってからだ。どうやらアポロの到着よりも先に――」

 

「「ビクトリィィィィィ――ム!!!!!」」

 

 誰もがデュフォーに集中していたから、皆はテラスの出口でのその声を耳に出来た。

 テンションが振り切っているような二つの声。絶対に無視されることのない自信をもって為された名乗りがテラスに響く。

 

 世紀末に出てきそうな服装のモヒカン頭の人間と、ヘンテコなVの形をした魔物がポーズを決めて立っていた。

 

「ヤツと戦うことになりそうだから」

 

 振り向いた全員の背中に刺さったデュフォーの言葉。

 アポロはまだ来ない。

 

 全員の視線を受けてニッコリと嬉しそうに笑ったVの魔物は、カッカッと尖った足先を鳴らして歩いてくる。

 

「フハハハハハ! よぉく来たなぁ、軟弱な現代の魔物たちよ。まずは下の階の魔物達を打倒したことを褒めてやろう」

 

 ぱちぱちと拍手をした彼とモヒカンの男。

 そうして立ち止まり、ババッと彼らはまたポーズと取る。

 パチリ! と指を鳴らせば、何故か音楽が鳴り始めた。

 ズンチャカズンチャ、ズンチャカズンチャとリズムが響く。

 

「おやつの時間まであと少しぃ」

「愛しいあいつはまだ遠いぃ」

「レイラといつものティータイムぅ」

「無言はいけねぇアルベールぅ」

「友の笑顔が欲しいからぁ」

「戦うことだってしちゃうのさぁ」

「見せつけちまうぜオレ達のぉ」

「歌って踊って華麗なショータイム!」

 

 くるりくるりと楽し気に。彼らのショーは続く。

 手拍子をするガッシュとキャンチョメ、清麿と恵とフォルゴレは戸惑いから動けない。

 

「清麿」

 

 ぼそりと、デュフォーが清麿へと指示を出す。

 踊りが最高潮に達した時点で、相手の魔物も人間もテンションが振り切っていた。

 

「さあぶち上げていこうぜお前達ぃ! 千年ぶりの戦いだぁ!」

「おいおい待てよ相棒! 戦う前にやることあるだろ!」

「言っていいのかぁ?」

「言ってやりゃいいのさぁ」

 

 ズダッと動きを止めた魔物がVのポーズで固まった。

 何故か止まった音楽に、注目は全てその魔物が持っていく。

 何が始まるのかと皆が意識を集中させて、

 

「よぉくきけぇい! 我が相棒、モヒカンエースとぉ! 私こそがぁ! 華麗なる! ビク――」

「ザケル!!!!!」

 

 名乗りの途中で、雷が飛んだ。 

 

「ブルァアアアアア!」

 

 隙だらけの魔物に放たれた攻撃。ガッシュはまさにビクトリームに注視していたから攻撃を指示する必要もなく。

 デュフォーの指示により行われたその攻撃に、全員が唖然とした。

 打った清麿でさえ、自分が本当に撃ってよかったのかと戸惑いさえしていた。

 

 倒れて動かない魔物に対して、デュフォーが声を出す。

 

「清麿、もう一度だ」

「え、あ……ほ、ホントに?」

「もう一度だ」

「あ、ああ……ザケル!!!!」

「ブルァァアアアア!!!!」

 

 非情にも打たれたザケルが魔物を襲う。

 あまりにも卑劣で悪辣な行いに、清麿は少し相手に同情してしまう。

 

「あ、相棒ぉぉぉおおおおおお!」

「グハァ……モヒカンエースよ……私はもうダメだ……せめて魔界に種を……」

「しっかりしろぉ! 愛しいあいつがお前を待ってんだ! もうすぐおやつの時間だろぉ!」

「はっ!!!」

 

 茶番のようなやり取りをしていたが、瞬時に飛び起きた魔物がまたポーズを取り直す。

 

「貴様らぁ! 名乗りの最中に攻撃を加えるとは何事だぁ!」

「そうだぜ! ヒーローやボスが必殺技を溜めてる時、変身中や名乗ってる間は攻撃しちゃダメだってガキの頃に学ばなかったのか!!」

「スマン……隙だらけだったから……」

 

 ぷんすかと怒る二人に、どこか悪いことをした気分になっている清麿達。

 やれやれと首を振るデュフォーは、もう一度だと言いたかったがやめた。

 

「まったく……熱が冷めちまった」

「いいじゃねぇか。それでお前の輝きが陰るわけじゃねぇぜ」

「ふっふっふ、お前がそう言うのなら!」

「ああ! 思い知らせてやれ!」

 

 再びのVのポーズを決めた魔物が、大きく息を吸い込んだ。

 

「軟弱で卑劣な現代の魔物たちよぉ! よぉく聞けぇい! 我が頼れる相棒モヒカンエースとぉ! 私こそが! 華麗なる――」

 

 今度は、ドカァン、と。

 名乗りの最中に外で大きな音が鳴った。それによって魔物の名乗りは全く聞こえなかった。

 

「え、なんて?」

 

 プルプルと震える魔物は、また邪魔されたことでがっくりと膝を付いた。

 今回は外的要因による邪魔だったので責めることもできず、モヒカンエースはどうしたらいいかとおろおろしてしまっていた。

 なんだか可哀想になってしまった清麿が、おそるおそると声を掛ける。

 

「ごめんな、もう一度名乗ってくれるか?」

 

 魔物はその声を受けても顔を上げられなかった。

 見かねたガッシュ達も声を掛ける。

 

「いやー、華麗な魔物さんの名乗りが聴きたいなぁ!」

「またカッコイイポーズも決めてほしいよ!」

 

 とフォルゴレとキャンチョメが。

 

「そう! て、敵とはいえ名前は知っておきたいわね!」

「ええ! ま、魔界で出会うかもしれないし!」

 

 と恵とティオが。

 

「きっとカッコイイ名前なんだろうなぁ! あー、気になるなぁ!」

「ウヌゥ! 元気を出すのだ! お主の名乗りを皆も待ち望んでおるぞ!」

 

 ガッシュと清麿が締めくくる。

 

「お……お前ら……」

「此処まで言われちゃ黙ってられない、よな?」

 

 ポンと肩に手を置いて言うモヒカンエースに、魔物はニッコリと笑って立ち上がる。

 

 そうして取ったVのポーズは、美しく輝いて見えた。

 ついにその魔物の名が明らかにされる、

 

「そんなに聴きたいのなら教えてやろう! 私こそがぁ! 華麗なる――」

 

「アレの名はビクトリームだ」

 

 途中で、ビシリ、と空気が凍った。

 誰もが、誰しもがどうしてそんなことをという顔でデュフォーを見る。

 

 Vの体勢のまま固まってしまった魔物は、ホロリと一筋の涙を流した。

 

「お、おいデュフォー……なんで」

「そうだよ、ひどいじゃないか!」

「ま、まあ確かに名乗りを聞く必要なんてないけど」

「デュフォーよ! さすがにダメだと思う!」

 

 口々に声を出す皆。

 一ミリも空気を読まずに声を上げたデュフォーは、真剣な眼差しを緩めることはない。

 

 この場の空気は、彼が意図して作ったモノ。

 到着が遅れるからと敵の魔物が使ってくれる時間に付き合っていただけで、“準備が整った”からこそ敵の名乗りを無視した。

 全ては……“この魔物を倒す為に”。

 

「やれ……ロップス」

「かぁう!!!」

 

 テラスに出ていたデュフォーだけがソレを見ていたのだ。

 先ほどの爆発音が何かの“答え”を、全員が思い知る。

 

 デュフォーの背後から飛び出したロップスから伸びるロープが、八つもの岩の塊を付けて宙を舞う。

 敵が呆気に取られている今こそが、一番の攻撃の機会。ロップスもアポロも間違わない。

 

 一つ、二つ、三つと敵の魔物が居た場所へと突き刺さっていく。

 

 土埃が舞うその場から、ガッシュ達は一所へとまとまって避難していた。

 

 デュフォーの隣に並んだアポロは、ロップスを肩に乗せて警戒を解くことはない。

 アポロを上を行く力を持つデュフォーが不意打ちすら厭わないと指示したのなら、敵は“この程度”で終わるはずがないのだから。

 

 ガラリと瓦礫を除けてその魔物が立ち上がる。

 

「卑劣な上に卑怯者だとはなぁ……? 無事か、モヒカンエース」

「当然よ。なんたってあんたの相棒だからな」

「ふっふっふ、さすがはシキブの子孫だけある。いいガッツだ」

 

 少しダメージを受けながらも問題なさそうな敵の様子に、デュフォーがその場に響く声を投げた。

 

「心して掛かれ。あいつの名はビクトリーム」

「そうだとも……私の名はビクトリーム」

 

 今度こそはと、彼はVを作る。

 

「華麗なるビクトリーム様だ! 言ってみろぉ!」

「か、華麗なる、ビクトリーム様?」

 

 ビシリと指を突きつけたビクトリームは、怒気を溢れさせて叫んだ。

 

「てめぇらを冥途に送る名前だァ!! よぉく覚えておくんだなァ!」

 

 Vの顔が光る。

 込められた心の力は莫大。あまりに大きなその輝きは、低級の術だとしてもかなりの威力を持つだろう。

 

「ローップス!」

「かう!」

 

 声と同時、術が放たれる。

 

「マグルガァ!」

「リグロン!」

 

 速度の速い光線が清麿達へと向かい、ロップスのロープが皆をそれぞれ引き寄せる。

 清麿達の居た場所の奥、壁に刻まれるのはVの爪痕。

 

「おお……美しき我が攻撃の爪痕。華麗なるビクトリーム様の勝利を暗示するVの爪痕よぉ」

「イカしてるぜぇ、相棒……だが!」

「おうともよ」

 

 バッと飛び出してきたロープを蹴りで弾いて、決して油断はせずにまた構えを取った。

 

「ベリーーーッシット!!! まぁた不意打ちとは情けない! まあいい!」

 

 ぎらりと輝いた目が、最も大きな魔力を持つロップスを睨んだ。

 

「敵は元より四組。本気を出さねば勝てぬ相手よ。例え奴らが……」

 

 ニィィと口を歪めて笑う。

 

「先ほどの戦いで心の力を消耗し、満足に術を使えないとしても……ね。油断も慢心もない私達に、君たちははたして勝てるかな?」

 

 瞬間、本から溢れだす魔力。モヒカンエースの持つ本の放つ大きな光は、今まで彼らが見て来た誰よりも大きなモノだった。

 

 その時に、ぽつりと零された言葉が場に響く。

 

「ビクトリーム。千年前の魔物の中でブラゴと同等かそれ以上の力を持つ魔物だ。つまりお前達は……」

 

 すっと構えをとったアポロとロップスに続くように、全員が戦闘へと意識を引っ張っていく。

 

「こいつを倒せなければ、この遺跡の戦いで勝利し人間達を開放するなど……あり得ない」

 

 

 重くのしかかる現実。

 デュフォーの言葉は全員の意識を尖らせていく。

 

 

 

 

 遥か上空。モニターを見るゼオンは己の感知をもってビクトリームの魔力を感じた。

 

 パムーンと並ぶその魔力に、ガッシュ達の生き延びる術は少ない。

 

「さあ、あれからどれだけの成長を遂げたのか、お手並み拝見と行こうか、ロップス」

 

 ゼオンは疑わない。

 先ほどまでの戦いではなく、此れはデュフォーが導いたシナリオだから。

 

「清麿、よく見ておけよ。オレのパートナーが作る戦場がどんなものかを知るといい。それをよく学び、ガッシュを助ける力と成せ」

 

 ずっと厳しく言葉を出していたのは期待の裏返し。大切な弟を預けるパートナーだから、デュフォーと同じほどの頂にたってくれと願いを込めて言葉を紡いだ。

 

 

 デュフォーが戦闘で意識をこちらに割きすぎないように、ゼオンは戦闘が始まる直前の今、言葉を送った。

 

「……任せるぞ、デュフォー」

「ああ、こいつは……必要だからな」

 

 

 ふんと小さく息を吐いた彼は、腕を組んでモニターに意識を尖らせ。

 

 間もなく、華麗なるVとの戦闘の火蓋が切って落とされた。

 




読んで頂きありがとうございます。

王様にダイレクトアタックしようぜ、っていう約束。
千年前の魔物と人間の関係をこの物語では少し掘り下げたいと思ってます。

そしてV様の登場は原作とは違い気付いて貰うカタチで。
清麿くん達はモヒカンエースが喋ってることについて、登場から自己紹介の流れとかV様のインパクトとかに動揺していて気付いてません。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第四十三話:先を行く背

遅くなって申し訳ありません。



 

 高嶺清麿という人間にとって、これまでの魔界の王を決める戦いは苦難の連続であったと言える。

 出会って来た敵は全て強敵だった。氷の魔物も、樹木を操る魔物も、素早い魔物も大地を操る魔物も……。

 その中でも、飛び抜けて強いと思ったのは二体。

 

 重力を操る「ブラゴ」。そして戦闘になったが奇跡的に“見逃してもらえた”「バリー」。この二体である。

 

 ブラゴとはしっかりと戦ったわけではない。しかし感じた強さはバリーと戦ったことによって理解した。今まで出会った中でバリーとブラゴだけが別格だと感じたのだ。

 

 故にこの遺跡に入りデュフォーから説明を受けて焦りと不安を大きくした。

 あの時、彼はこう考えた。

 

――バリーやブラゴみたいなのが、五体も居る。

 

 ガッシュと清麿にとって、バリーという魔物との戦闘は苦い思い出だ。

 自分達の信念を貫き通して戦ったはいいが、結果は完膚なきまでの敗北ただ一つ。術は当たれども大して効果はなく、パートナーの人間はバリーを成長させることのみに意識を割いて戦っていた。

 切迫した戦いではなく、片手間の試合。

 自分達の実力が明確に低いと理解させられた一戦であった。

 

 その後、千年前の魔物の襲撃によって現在があるわけだが、ガッシュの地道な努力を陰ながら知っている上で清麿は大きく疑問に感じていることがある。

 

“仲間の魔物達と数体集まったとして、そのレベルと真正面から戦ってもいいのだろうか”と。

 

 操られて理不尽にさらされている人間が居るから助けたい。ガッシュの想いも、自分の想いも同じだ。

 しかし冷静な頭脳は皮肉なことに、敵との実力差を冷ややかに計算して答えを出してしまう。

 

――ティオとキャンチョメ、そしてロップスとガッシュが力を合わせればきっと倒すことは出来る。いや、倒してみせる。

 

 清麿は誰よりも冷静でなければならない。

 

――だけど……深手を負わず、誰も失わずに勝利するとなると遺跡内部の地図や魔物の配置から考えると残された時間は……

 

 しかし彼は、冷酷になることは出来なかった。

 

――絶対に……全員で今日を生き残る。

 

 心に決めて、清麿は敵を見据えた。

 

 デュフォーから知らされた大きな情報の通りだというのなら、目の前の愉快な魔物は強敵なのだ。

 

 まずは敵の動きを見てから――そう考えて、ポンと肩に置かれた手によって思考が途切れた。

 

「緊張してるかい?」

「あ……アポロ……」

 

 いつの間にかテラスの入り口から近寄ってきていたアポロが清麿に声を掛けつつ微笑んでいた。

 同時、ロップスはゆるりと飛び立ってデュフォーの肩の上へ飛んで行った。

 

「ふふっ、ボクもだよ。あいつはどうやら強いみたいだからね」

「……分かるのか?」

「ああ。今までに出会った中でも大きな力を感じる」

「やっぱりか」

 

 アポロの不思議な力でも感じるならと、清麿は眉根を寄せる。

 小さく吐息を吐いたアポロが不思議そうに言葉を投げた。

 

「少し焦ってるのかな? キミらしくないね」

「どういうことだ?」

 

 意外な言葉に聞き返すと、くっと彼は視線の先をVの魔物ではなく、人間の方へと向けた。

 

「おかしいとは思わないか? あいつを見て」

「あいつを……?」

 

 奇抜なファッションをした人間。額に数字の一を描いた世紀末の暴徒のような男。

 明らかに見た目からおかし過ぎるのだが……アポロが言いたいのはそういうことではない。彼がこんな所でそんなことを言うわけがないとは清麿とて分かっている。

 

「かーっ。相棒よぉ、お相手さんはちっとばかしビビっちまってるらしい」

「ほぉう? やはりこの私の華麗さにやられちまったと?」

「そりゃそうだ。なんたってあんたは……」

「「華麗なる……ビクトリーム!!!」」

 

 沈黙していた空間に耐えきれなくなったのかその人間はVの魔物へと小粋な言葉を投げて楽し気に笑っている。Vの魔物もそれに乗り気で返していた。

 

――人間も魔物も何から何までおかしいが……え……あっ

 

 少しだけ、思考が晴れた。

 魔物ばかりに気を向けていた。それこそが間違いだったと彼は気付いた。

 

 驚愕に目を見開いた清麿はアポロへと顔を向けると、ニッコリと笑みを返してきた。

 

「あ、あんた!」

「あん?」

 

 急ぎ、大きく声を張った清麿はVの魔物……ではなく、モヒカンの人間へと言葉を投げた。

 

「さっきからその魔物と喋ってるけど意識があるのか!?」

 

 その一言に、ガッシュやティオもキャンチョメも、恵もフォルゴレも表情を変えた。

 

 楽し気に魔物と喋っている人間。

 そう、明らかに他の千年前の魔物のパートナーと違い、彼だけは自然体で声を出して動いている。間違いなく自意識があって自立した思考をもっているのならば、意識があることに他ならない。

 

 一瞬きょとんとしたモヒカン・エースと呼ばれていた人間が……ニィッと口を歪めた次の瞬間――本が大きく光った。

 

「マグルガァ!!!!」

「っ!!」

 

 唐突に放たれた攻撃は、清麿達の質問と同時にゆらりと動いていたデュフォーとその肩に乗っているロップスを狙われて放たれる。

 まるで来ることが分かっていたように避けた彼らではあったが……まだ敵の攻撃は続いていた。

 敵の術は、心の力の放出を続けている限り途切れないタイプの術。そのまま敵の魔物が方向を変えたことで、清麿達の方へと攻撃が向かった。

 

「くっ!」

 

 ヴィィィィィと異様な音を立てて壁を抉っていくビームをそれぞれがどうにか散らばりながら避ける。

 アポロと共に避けた清麿は、転がりながら体制を整えてモヒカン・エースへと向き直った。一度立て直すことにしたのか、デュフォーはフォルゴレと恵の方へと合流した。

 

「あの兄ちゃん、不意打ちでも避けるかぁ。リズムが合わねぇな」

「なかなかに骨のある相手ということか。私の名乗りを邪魔する無粋な輩のクセにな! ベリィィィィィィシィットゥ!!」

「ハッハ!! 他のやつらにしても肩慣らしには丁度いいってことかぁ! んでぇ……?」

 

 会話を終え、コキコキと首をストレッチしながら清麿へと向き直ったモヒカン・エース。

 

「意識はあるのか、だったよなぁ?」

 

 ぐっぐっと屈伸をして、肩を伸ばす動きを続けて、最後にぐるんと肩を一つ回してから……胸ポケットから取り出した櫛でモヒカンを整えながら笑う。

 

「ああ。あるぜ。ちゃぁんとオレはオレを意識してる。こいつは華麗で素敵でクールな相棒ビクトリーム。そんでオレは、モヒカン・エース!」

 

 斜めに決める脚、ビシリと前へと突き出した腕。親指とから中指までの三つを清麿へ向けたそのポーズに、いつの間にかビクトリームもポーズを合わせていた。

 いちいち行動の主張が激しい敵に、突っ込みたくなる衝動を抑えつつ清麿は質問を再び投げる。

 

「じゃああんたは、他の人間達と違って心を操られていないんだな!?」

「ああ、そうだ。オレはオレ。ハートが疼くままに此処にいる」

 

 胸に立てた親指。にやりと笑う顔。しかし悪意のようなモノはあまり見えなかった。

 

「な、なんで――」

「“なんで他の人間達を助けないのか”“なんで悪人に手を貸しているのか”“なんでこの戦いに参加しようとしてるのか”……だろ?」

「っ!!」

 

 言葉を遮ったモヒカン・エースは、清麿の疑問に思う所の三つを先取りして紡ぐ。

 

「シキブのように人の心情と文脈を読むのが得意か」

 

 ぽつりと零したビクトリームの言葉を拾ったのはデュフォーだけ。意識が清麿へと向かっているその間に、彼は恵とフォルゴレへとそっとナニカを手渡した。

 

「ご先祖様にはありがとうだな。ま、兄ちゃん。オレは別に答えてもいいんだけど、ロードの野郎とめんどくさい取り決めをしてるんでな……」

「一つだけ……聞かせてくれっ、あんたは、操られている人達を見て何も思わなかったのか!?」

 

 何か制約を課せられているのか、人質か、はたまた他の何かか。モヒカン・エースの言葉に予測を幾つも立てながら清麿は一番聞きたいことを尋ねた。

 そんな彼に、少しだけ目を瞑ったモヒカン・エースは……楽し気に笑った。

 

「そりゃぁ思うぜ。アルベールのヤツがレイラみたいにノリよくダンスしてくれるのはいつになるんだってな」

「アルベール……? レイラ……?」

「ふん。そのあたりにしておけい! 私の準備はいつでもいいぞ、モヒカン・エースよ」

「おう。んじゃあ、さっさとやあぁってやるか!」

 

 ビシリ、とビクトリームがVの体勢を取り始める。同時に、彼の本から大きな光が溢れ出た。

 

「兄ちゃん。あんた甘いな。そっちの目つきの悪い兄ちゃんを見習えよ。聞きたけりゃ……力ずくで頼むぜ!」

「分離せよ! 我が美しき頭部よ!」

「ハッハー!! いかしてるぜ相棒ぉ!」

荘厳回転(グロリアスレヴォリューション)! 3・6・0(スリーシックスオー)!! 加速(アクセル)加速(アクセル)加速(アクセル)加速(アクセル)加速(アクセル)!!」

 

 空中に浮いたビクトリームの頭は、ぐるぐると勢いをつけて回転しはじめた。

 

「くっ……戦わなきゃ、ダメか! それにアレは……っ。アポロ!!」

「うん、やばいねアレは」

「みんな! 恵さんの元へ!」

「ロップス! 彼を信じろ(・・・・・)!」

 

 バッと本を抱えた清麿は、敵の動きから次を予測してガッシュ達に指示を出して恵とティオの元へと駆け、アポロはロップスへと一つだけ言葉を投げた。

 全員が恵とティオの元へと集まった。

 

「マグルガァァァァァ!!!」

 

 直後に放たれた敵の術は、360度全ての方向へと攻撃を放つとんでもないモノで。

 術自体の威力が大きく、部屋の壁は次々に大きく破損していく。

 全方位への攻撃に対してティオと恵はデュフォーの指示通り(・・・・)に一つの術を使った。

 

「セウシル!」

 

 すっぽりと覆うバリアは薄い。

 心の力の減っている恵でどれほど持つか分からないが、それでも全員を護れるようにと心の力を込めていく。

 

「フハハハハ! なんとも貧相なバリアよぉ! パムーンやツァオロンのバリア程ではないのならぁ……やれぇい! モヒカン・エース!」

「おうよ!」

 

 更に大きくなる心の力。本の光に呼応してマグルガの威力が増した。

 

「く……もってよ……」

「時間の問題だな! この部屋の崩壊と共に貴様らも消えていくだろう!」

 

 次々に壊れる壁。

 

「部屋の壁、大破!」

 

 外の光の見えるテラスも。

 

「テラス、粉砕!」

 

 そしてマグルガのビームはビクトリームの身体へと

 

「我が身体……ダァァァァンスィン!」

「HEY!!!」

 

 くるりくるりと、モヒカン・エースがビームを躱せるように誘って踊る。

 ディスコさながら。ビクトリームの頭部はさながらミラーボールのよう。二人は踊る。

 モヒカン・エースが目となり誘導し、ビクトリームの身体が魔物の力で回避を容易にする。

 

「ナイトパーティにゃまだ早いがよ。止まったままでいいのかい? そんなビートじゃオレたちのダンスにゃついてこれねぇぜ」

 

 ふざけ散らかした敵の動きは、変に息が合っていてまるで隙が無い。

 千年前の魔物と無理やり連れて来られただけのパートナーでは決して出来ない連携は、へんてこなのに強く……そして美しい。

 

 ビキビキとセウシルにヒビが広がっていく。

 

「も、もう……限界……」

「まずい! セウシルが破れるっ」

 

「フハハハハ! 所詮はその程度。どうしたぁ? 貴様らは何かをしたいのではないのかぁ? フフフ、まあ、やはり我らの敵では――」

 

 もうダメだと思った。

 そこで唐突に、一人の声が上がる。

 

「そうだな。さすがは千年前に最終盤まで生き残っただけはある」

「なにっ!?」

「リグロン!!」

 

 バリアが壊れる寸前、身体と踊るモヒカン・エースのすぐ傍にいつの間にか来ていたデュフォーが本へと手を伸ばしていた。

 同時攻撃としてアポロの声により、デュフォーの肩に乗るロップスがリグロンを放つ。

 

 ロープを出して意のままに操る術。リグロンとはそれだけの術だ。

 しかしてその術は……使い手によって幾万の可能性を開けさせる術。

 攻撃も、拘束も、防御も、設置も、誘導も、移動も……想像し創造することで無限の可能性を引き出せるロップスの基礎呪文。

 

 そしてデュフォーはそれの使い方を……絶対に間違わない。

 

「術を止めて躱せぇ! モヒカン・エースぅ!!!」

 

 モヒカン・エースは相手の術も意識した上で咄嗟に本を庇った。指示をしたビクトリームの判断は正しい。しかしながらそれ即ち、ダンスが途切れる(・・・・・・・・)

 リグロンが拾い上げたのはビクトリームの身体。絡めとられた身体は何故かVの体勢に縛りあげられている。

 

「ま、まさかぁっ」

 

 目を見開いたビクトリームは、途切れる寸前のマグルガの光の先を見た。

 其処に縛られたまま持って行かれた自分の身体は……鍛え上げたるVの威光を示すしか出来ない。

 

――う、美しい……はっ!

 

 ビクトリームがそう考えたのも束の間。

 

「我が身体、撃沈!!」

 

 わざわざ声に出して報告するのはモヒカン・エースとの連携の為かは分からない。

 

「ブルァアアアア!!!!」

「相棒ぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 身体は縛っていたリグロンが燃やされて拘束が解けて地面へと。

 頭部もひゅーっと音を立てて、着地は出来ずそのままビターンとフロアへと堕ちた。

 

 ティオのセウシルは半球体。デュフォーは事前に恵たちに指示を出し、自分とロップスだけがセウシルに包まれないようにしていたのだった。

 ビクトリームの攻撃は全方位攻撃とはいっても遮蔽物があれば途切れる直線の光線であるため、届かない場所はセウシルの外側にもあった。

 更に、デュフォーはビクトリームの頭部の高度から見えにくい位置を割り出し、派手な破壊に乗じて見えないように移動。

 踊りだしたモヒカンエースはビクトリームの身体がマグルガに当たらないように集中しているため気付くことは出来ず、そうして……相手の攻撃に対しての“最適解”を出し続けられるデュフォーは、油断しきっているビクトリーム達に攻撃を当てられる必中の距離へと至ったのだった。

 

「くっ、ぬかったわ……しかしモヒカン・エースが無事で何よりだ! 合体して体勢を整え――」

「……まだ終わっていない」

「かう!!」

「なっ」

 

 デュフォーの声と元気なロップスの声。そう、デュフォーがたった一つの攻撃で終わるはずがない。

 ロップスも事前にゼオンと戦っており、今までアポロと修行をしていたのだからその意識が高まっている。

 そのまま大地に垂らされていたリグロンがうねった。

 

「合わせろ、相棒! マグル・ヨーヨー!」

「ちっくしょうがぁぁぁぁ!」

 

 リグロンに合わせるように使われた術によって、ビクトリームの腕が伸びた。

 クルクルと回転する腕の先で鞭のようにしなるリグロンをいなしていく。

 

 しなる腕も、ヨーヨーのような先端も二人には当たらない。

 冷徹に観察するデュフォーの目は戦場の全てを見極める。

 

「2、4、7の順で縛れ、ロップス」

「かうっ」

「次、投石。3、2、8……9」

「かうぅ……かう!」

「ポイント5。6、6、3」

「かぁう!」

 

 呪文のように数字を並べるデュフォーに、ロップスはその指示に従ってリグロンを操っていく。

 

 ずっとアポロと練習してきた術の使い方。感覚で危機を察知するアポロの能力は言葉で合わせるのは難しい。だから、ロップスへと端的に伝わるように数字だけ。しかして彼らは研鑽を積み、その連携をひたすらに高めてきた。

 それをデュフォーは……視たのも初めてだというのに軽々と完璧にこなしている。

 

 アポロの頬を冷や汗が伝っていた。

 

――まいったな……これがキミの力の一端なんだね。 

 

 前の戦闘では本当の実力を欠片も出していなかったのだと思い知らされる。

 自分の理想形がそこにあるのだ。否が応でも分からされてしまう。

 

 全員がその戦いに見入っていた。

 

「清麿……」

「フォルゴレ? どうした?」

「デュフォーからの指示を預かってる」

「え……な、何を……」

 

 唐突に言われた言葉に、清麿は混乱を。そしてアポロは戦慄を。

 

「合図が来たら、ザケルガを放てと言っていた」

「……」

 

 ロップスのリグロンによって敵の攻撃も避けつつ動くその背を見る。軽々とやってのけていたデュフォーと、清麿は目が合った。

 少し振られた首から、まだだと伝えられた気がした。

 

「そして私とキャンチョメにも指示が来ている。ガッシュと清麿のザケルガの後だ。詳細は……」

 

 見せられた紙きれに掛かれた指示は少ない。

 だが、効果的なのは見て取れた。否、これ以上ない……清麿の求める最適解だった。

 

「……これを、デュフォーが?」

 

 清麿は息を呑み、震えた。

 戦場の全てを操るその姿に、思考に、計算に、頭脳に、胆力に。

 

 まるで未来予知のような戦場の掌握の仕方。

 自分の魔物ではない魔物を操り、最低限の出力で最大限に生かしていく。

 

 合図は……ゆるりと構えられる、デュフォーの手。

 

 デュフォーはガッシュと清麿のやり取りを見ていた。

 術の出し方も、合図も、全てを。

 

 それが清麿とガッシュ二人の信頼の証であることを理解した上で。

 だから彼は……手を伸ばし、指を二本構えた。

 

 清麿はその合図を見ながら……同じく手を伸ばし、指を二本構えた。

 

 ああ、いいな……まさか同じ言葉を使ってるとは……と。

 心の中を満たす不思議な暖かさを感じながら。

 自分達も動きまで真似をしてみようか、いや、きっとあいつのことだから必要ないというだろうな……と。

 そんなことを考えながらのデュフォーは、清麿と声を重ねた。

 

「「セット!」」

 

 リグロンによって跳ね上げられたビクトリームの頭部に向けて二人は構えていた。

 

 ガッシュはいつも通りにそちらを向き。

 ゼオンは“敵”の反応を見る実験も兼ねての為、空の上で上空方向へと手を伸ばし。

 

 同時に、術が放たれる。

 

「「ザケルガ!!」」

 

 

 黄金と、デュフォーしか気づかない程度の少しだけ白銀が混ざった雷が、美しく華麗なVの頭部に――直撃した。

 

 

 この戦いは魔物の強さだけが全てではない。

 

 その背があまりにも遠くにあると、清麿は理解する。

 

 油断なく敵を見たままのデュフォーの背を見て、彼はぎゅっと拳を握りしめた。

 





読んで頂きありがとうございます。

モチベーションが少し下がってしまっており、執筆できませんでした。

また再開していきますので、お付き合いくだされば幸いです。

モヒカンエースとV様はいつも楽しそう。
デュフォーくんによるリグロン講座。
二人で“セット”。

次はあのやべぇ術です。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第四十四話:絡み合うコンビネーション

いつもありがとうございます。


 

 これ以上ないタイミングで合された術は、デュフォーの狙い通りに敵の頭部を弾き飛ばした。

 

「ブルァアアアアアアアア!!!」

「相棒ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 一寸の隙をついの差し込みに誤差はほぼない。

 デュフォーは清麿の反応速度すら計算に入れて合図を送っていたのだ。

 

「ロップス。分かるな?」

「かうっ」

 

 ザケルガの土煙に紛れて移動しているデュフォーとロップス。小さく声を掛けられて頷いた小さな戦士は、彼の思惑をしっかりと読み取っていた。

 展開され続けているリグロンはアポロの心の力によるもの。

 術を常に使い続けることは大きな精神力と心の力を必要とする。

 

――そろそろアポロにも息継ぎが必要だが……いや、まだ行けるか。

 

 他人の鍛錬の具合も、その力の限界も、彼の能力に掛かれば看破は容易い。

 アポロがどれくらい術を扱えてどれだけ術を打てるかすら答えとして出せるのだから。

 

「拘束。展開。3・5・8」

「かうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

 伸びていくリグロンの長さは清麿が以前に見たことのあるモノの比ではない。

 吹き飛ばされた頭部をキャッチしようと張り巡らされたロープの先には、雁字搦めにされた体がVの体勢を取らされていた。

 

「くぅう、このままではぁっ! モヒカン・エース!」

「任せろ相棒っ! マグーー」

「それは悪手だ」

 

 術を唱えて頭部を移動させようとした敵だったが、それもデュフォーの指示一つで封じられる。

 術が出る先には必ずビクトリームの身体が動き、絶対にマグルガが当たるように仕向けられたのだ。

 

 ギシリ、と歯を噛んだビクトリームは大きな声で叫ぶ。

 

「ハァーッハッハ! この程度でぇ!! やられる我らではない!」

「ああ! ならよぉ……いくぜ、相棒!」

「!」

 

 大きく光った本が、敵の術の大きさを知らせる。

 ピクリと反応したデュフォーが、即座にロップスへと指で指示を出した。

 

「荘・厳・廻・転!」

 

 ギュルルルルと激しく回転し始めた頭部がロープに向かう。

 高速で回転する物体に紐状のモノが触れればどうなるか。固定されている状態でないのならば、紐状のモノはその物体に絡みつく、絡んでしまう。

 ロップスの体重は軽い。少なくともビクトリームの頭部よりも軽いだろう。より重い物体に回転の力が加わっているのならば、術と繋がっているロップスが引き寄せられるのは必至。

 

 術の特性上、リグロンは片方だけ切ることは出来ない。だが……

 

 ロープが絡めとられるその直前、バツン、と音がしてリグロンが途中で切れた。

 

 操っているのが幼い子供の魔物と侮るなかれ、敗北を経験したロップスはアポロという天才と訓練を積んできた。

 術というモノの本質をゼオンやデュフォーからも聞いていて、彼らと戦ったことも経験となっている。

 ならば……術一つを磨き上げ、リグロンを掴まれた場合の対処も鍛えているのが当然のこと。

 

 しかして……相手は歴戦の魔物。千年前の魔物でも最上位に位置するであろう敵であった。

 

「バァカめ!」

「ガル・マグルガ!」

 

 ロープにて巻き込めれば最良、次点で狙っていたのはロープが消えることを呼んでの追撃。

 石畳に弾かれたビクトリームの頭部は、マグルガのエネルギーを纏って回転しつつ飛来する。

 途中で千切れたロープでは長さが足りない。かといってもう一方を緩めてはせっかく捕まえた身体を逃がすことになる。相手の速度が上がったため、身体をぶつけてダメージを与えるには少し遠すぎる。

 だがしかし、それすらも計算の内だと銀髪の青年は涼しい顔で指示を続けていた。

 

「引け」

 

 くい、と引かれた手。

 ビクトリームの身体を繋いでいるロープだけではない。

 敵の身体を引き寄せると同時、千切れた短いロープが引いたのは……

 

「かうぅぅぅ!」

 

 ロップス自身とデュフォーだった。

 短くとも回避に使えばいい。柔軟性を高めて弾けるように跳んだ二人は、空中から位置関係を把握にかかる。

 デュフォーは自身の能力で全て理解できるがロップスは違う。より精度の高い動きを成すには術を打つ魔物自身の状況把握はあった方がいい。

 清麿達の位置、アポロとの距離、敵の動きの予測。全てを把握して二人は示し合わせる。

 

「……予定通りだ。この後のことも理解したな? なら、天井で反転。解放でいい。到着地点は――」

 

 頷いたロップスは短いリグロンで天井を叩き、すぐにデュフォーがアポロに指示を出して術を消させた。

 

「こしゃくな奴らめぇ! このビクトリーム様を……華麗なるVのパワァを……舐めるでないわァ!!!!」

 

 頭部と身体が激突するその瞬間。叫んだビクトリームは驚くべきことに、己の頭部の向かう先を身体のVの線を使って変えた。

 術の効果を少し受けていたが、彼の頑丈な身体に与えられたダメージは少ない。

 

「なにぃっ!? くっ、ガッシュ!」

「ウヌゥ!」

「恵っ!」

「はいっ!」

 

 ガル・マグルガの向かう先は、清麿とアポロの場所。

 驚愕の声をあげた清麿は急いで手を構え、ティオ達も防御できるように整えた。

 

 ガッシュにはラシルドが、ティオにはマ・セシルドがある。受け止めることは出来るのだ。

 ただ、その前に出された手と、着地したロップスとデュフォーがそれを止める。

 

「ロップス。“ガンジャス・リグノオン”」

 

 アポロの声は静かに響く。

 大地に向けられたロップスの掌からズルズルと延びる鉄の鎖たち。

 

「ダンスが得意なんだろう? じゃあ、もう少し踊りを見せてよ」

 

 ビクトリームの攻撃が衝突まであと少しという所で、大地から出てきた鎖によって弾かれた。

 

「ブルッァァア!」

「うおぁっ!?」

 

 先端に錨を付けた太く力強い鎖達がビクトリームの頭部を弾く。何本かはモヒカン・エースとビクトリームの身体を狙って動いていた。

 ビクトリームは弾かれながらもモヒカン・エースに攻撃を当てないように身体を遠隔でしっかりと操作してステップで避け始めた。

 

「次はぼくの番だね」

「ああ、行け。くれぐれも打たせる場所は気を付けろ(・・・・・・・・・・・・)

 

 言われてニコリとデュフォーに笑いかけたアポロは、デュフォーが伸ばした拳にコツンと拳を合わせてから戦闘へと踊りだした。

 

 既に作戦の終着点は情報として行き渡っている。

 ソレに辿り着くには彼ら自身が対処していくしかない。

 

 呆然と、清麿は駆けていくアポロとデュフォーを交互に見た。

 

――すげぇ。

 

 心の中での呟きは、二人の青年への賞賛と憧憬。

 互いに息の合ったコンビネーションで勝利への歩みを進めていく様子は、自分が思い描いている戦闘の在り方を示している。

 

 恵達とコンビネーションでの戦闘もしてきたから分かる。自分が行って来たモノの理想を客観的に観ることが出来て、清麿は改めてその大切さを心に刻む。

 

 それに……少しだけ、彼は心が軽くなった。

 清麿という少年は、皆から頼られるリーダーシップを発揮すると言ってもまだ中学生。

 重荷を背負うには若すぎる。

 

 フォルゴレは確かに頼れる年上の同性ではあるが、デュフォーのように計算と理合いで戦闘を組み立てるタイプではない。

 

 彼にとって、初めての経験なのだ。

 己よりも明晰な頭脳を持ち、己よりも速い計算を組み立て、己よりも上位の答えを出すことの出来る存在と出会うのは。

 

 父が近くに居ない一人っ子の彼は、追うべき背中を見つけたのは初めてのこと。

 

 

 涼しい顔でイヤホンを軽く叩いたデュフォーは、清麿達にわざと聞こえるように声を流す。

 

「作戦はプランBで行く。お前は試したいなら試せ(・・・・・・・・)。ああ……そうだな。さすがに簡単に拘束することは出来なかったが、ビクトリームと戦えるんだ。ロップスとアポロは此処にいる誰よりも強い」

 

 チラリと清麿や恵、それぞれの魔物達に目を向けて、歯噛みした彼らを見てから続けた

 

「だが、あいつらだけでは出来ないこともある。敵がまだ見せていない手札もある。そしてこの戦いの勝利条件はただ相手を倒すことじゃない」

 

 その一言に、清麿達も、ガッシュ達も気を引き締める。

 実力は理解した。自分達はまだ足りない。しかし、それでもなさねばならないことがあるのだ。

 トン……と一つ叩いてイヤホンのマイクを切ったデュフォーは、清麿達に向き直った。

 

「プランは頭に入れたか?」

「ああ、他の魔物が来るっていう時間制限がある以上、確かにそれが一番の方法だ」

「ええ……悔しいけど」

「それでいい。二人はまだ術を使えるな?」

「一度くらいはバオウを打てるはずだ」

「強い盾の術を一つか、サイフォジオ……回復の術を一つは行けるわ」

「よし。フォルゴレは予定通りそのままでいい。ロップスとアポロが引き付けているが、この部屋の崩壊を考えるとロップスの強い術は打てず、ビクトリームの耐久は抜ききれない。ガッシュ、ティオ、必ずお前達の力が必要になるだろう」

「ウヌ!」

「わかったわ!」

 

 最後に、デュフォーはウマゴンの傍にしゃがみこんだ。

 

「メ、メル……?」

「ロップスはこの戦いに参加している魔物の中で一番年下だ」

「メ!?」

「よく見ておくといい。レインより強いオレのパートナーに対しても臆さず立ち向かった勇敢な戦士の姿を」

 

 震えつつも戦闘を見守るウマゴンの姿に、清麿はデュフォーがウマゴンに何をしようとしているのか予測を立て始める。

 プランを見て、敵を知り、今日を生き残る為に一番必要なピースは何か。それを考えれば自ずと答えは出てくる。

 

 ウマゴンが担う役割があるのなら、自分もすべきことを。

 

 立ち上がり、ふぅ、と一息ついたデュフォーを見てから言葉を掛ける。

 

「……“使う”かな? それとも“戻る”かな?」

「“使う方”だろう」

「それを引き出すのが最優先事項ってことだ。持ち運び出来て相手が戦闘中にも使えるモノなら……利用できる」

 

 清麿の言葉を聞いて、無表情だが、僅かに興味をもった色を浮かべてデュフォーは続けた。

 

「仕掛けるつもりか?」

「ロップスとアポロの心の力も限界がある。注意を引く的は多い方がいい」

「……敵の術が“最悪の方向”だった場合は?」

「防御の術を見せている以上、分散した複数の相手の中でわざわざ盾持ちを狙う確率は低い。角度を付けて射線をずらせる場合も考えれば恵さん達は其処へ行かせたい」

 

 ほう、と嘆息が聞こえた。

 イヤホンの向こう側でゼオンが感嘆を漏らす。

 

「ティオ達が守り、オレ達が囮になり、ロップス達が“奪う”……どうかな?」

 

 燃える瞳で言う清麿。デュフォーは唯、言葉を返した。

 

「やはりお前は頭がいいな、清麿」

「……あんたに言われると褒められてる気がしないよ、デュフォー」

 

 清麿が苦笑を一つ。

 先ほどまでの有り得ない光景を見て、あらゆる張り巡らされた意図を知って、そして遠くを行く背中を見て、そんな彼に褒められて清麿は少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

 オレの弟のパートナーならやってみせろ、とイヤホンの向こうから声が聞こえる。どうせ腕組みしながら見てるんだろうなとデュフォーは思う。

 しかしそんなゼオンの嬉しそうな声に、無意識に、誰にも気づかれない程度に少しだけ頬を緩めた。

 

「それで行こう。お前の思うようにやれ。バオウを使った後のことは心配しなくていい」

「ありがとう。恵さん、ティオ、キャンチョメ達を頼む。試したいことがあるんだ」

「任せて!」

「ええ!」

「行くぞ! ガッシュ!」

「ウヌ!」

 

 

 

 飛び交うマグルガの光線。それを弾く鎖やロープの盾。

 先ほどのデュフォーのように指示を出しながら戦うロップスとアポロは、ビクトリームの攻撃を皆へ向かわないように集中していた。

 徐々にではあるが、マグルガが掠っているようでロップスとアポロにダメージが見られる。

 対してビクトリームは攻撃を受けているはずなのに動きが衰えるそぶりがない。

 

 アポロとロップスが戦う場所へと歩みを進めた清麿とガッシュは、ビクトリームとモヒカン・エースへと対峙する。

 

 ビクトリーム達に挟撃を仕掛ける位置取り。攻撃が一度止み、術が全て消える。

 

 ククッと、敵が喉を鳴らした。

 

「二対一。術の使用回数が減っているだろうとはいえ休んで少しは回復したかァ」

「相棒……まずは数を減らそう。いくら相棒が強くてもこいつら一つ一つの力は中々だ。それにあの兄ちゃん……他の魔物ともまたあんな動きされたら厄介すぎる」

「それもそうだ。適度に休憩されては奴らの心の力も回復していく」

「一体ずつ潰していきゃあいつかは終わる」

「くくく、ならば魅せてやろう! 我が偉大なるVの力!」

「おやつの時間に間に合わせなきゃレイラのヤツに取られちゃうしなぁ!」

 

 ビシィィィ! とポーズを決めた二人は、挟撃なことにも意を介さずに、しかし隙を見せずに笑い合う。

 

「アポロ、ロップス! こっちはそっちの動きに出来る限り合わせる!」

「共にビクトリームを倒そうぞ!」

「ふふ、いいねぇ。清麿とガッシュと初めての共闘だ。嬉しいな、ロップス」

「かうっ!」

 

 気合いを入れなおしたロップスが誇らし気に笑う。こうして肩を並べて共闘できることが嬉しいらしい。

 

「アポロ! “光を掴もう!”」

 

 わざわざ言葉にされたモノ。力強く声を上げた声の内容は何かを伝えようとしているのだと分かる。

 清麿が構えを変えて……いつもセットと言いながら掲げている指の形の先には……デュフォーが居た。

 

――なるほど、そういうことか。

 

 聡く、アポロはその意味を理解する。

 敵にばれないように伝えられたその意味は……清麿達が今日の目的としている第一目標。

 デュフォーが言ったのなら、“其処に在る”ということだ。

 

 

 静かになったその場。

 緊張に空気が張り詰める中、崩壊した壁の一つがガラリと床に落ち――同時に、彼らは動き出す。

 

 

「ラウザルク!」

「ゴウ・リグロセン!」

 

 アポロとの連携が取りやすいようにガッシュには身体強化を。

 行動制限を与えやすいようにアポロは手数を選択。

 対して、

 

「マグル・ヨーヨー!」

 

 あくまで先ほどまでに使っていた術を唱えたモヒカン・エース。

 ただし、ビクトリームはそれまでのように動くことはなく……ビシリ、とVの体勢をキープしたまま。

 

「その術はもう見た! こっちはさっきよりも数が多くリグロンよりも強い術だ! 対処しきれるか!」

「ガッシュ! 隙間を縫って接近戦を仕掛けるぞ! オレの声をよく聴いて動け!」

 

 自在に動くビクトリームの攻撃とロップスの鎖がぶつかりあう。

 ガッシュはその隙間を縫って近づきにかかる。

 清麿はアポロと敵の攻撃を外から俯瞰しガッシュへと指示を出す。

 

「フン、舐めるんじゃねぇぜ。相棒、あの雷のちびっこだけは頼む。鎖が何本来ようと気合いでリズムを刻んでやらぁ。あんたの“V”は崩させねぇ」

「ハァーッハッハ! なんのことはない! 任せておけい!」

 

 一段と大きく光り輝き始めたモヒカン・エースの本は、マグル・ヨーヨーの強度を更に上げる。ロップスの術を弾けるほどに強く。

 それでも対処できない鎖の数ではあるが、持ち前のセンスで攻撃を避けるモヒカン・エースは、僅かに被弾しながらも準備を進めていた。

 

 マグル・ヨーヨーはビクトリームの両腕をヨーヨーのように変化させて自在に操る術だ。

 敵の本体は不思議と動かない。それならと清麿はガッシュに指示を出す。

 

「人間の方を! ロップスの攻撃に合わせて行け!」

「ロップス。ガッシュに当たらないようになんて考えなくていい。彼らが合わせてくれる。全力で行くよ」

 

 モヒカン・エースから本を奪えば最善。だからこそ清麿はそう指示はじめるが……ビクトリームの腕の動きは鋭さを増していた。

 

「今でも思い出すゥ……ヤツを倒す為にどれだけシキブと特訓したことかぁ」

 

 ビクトリームは、マグル・ヨーヨーでガッシュを牽制し続ける。

 ゴウ・リグロセンの一つが当たろうと、彼は体勢を崩すことはない。

 

 鎖の術とマグル・ヨーヨーの隙間を掻い潜るのはラウザルクによって強化されているガッシュにとっても至難の業。

 それでも隙間を見つけて近づくも……ビクトリームの腕は鉄壁の如くモヒカン・エースを守り抜く。

 

「怒りのパワーを右腕に!!」

「チャーグル!!!」

 

 声と共に光を灯したビクトリームの右腕。マグル・ヨーヨーでロップスの攻撃を弾き返し、ガッシュをアッパーで吹き飛ばした時にビクトリームがVを刻み、彼の右腕の一部が光を灯す。

 

――な、なんだ? 右腕が光った。

 

「レイラの“あの術”に比べれば……厄介ではあるがこの私には届きえない」

 

 ビクトリームの攻撃が一つ、二つとロップスの術を叩き落としていく。先端が壊れた鎖から消えていく。

 

「我が強さを右肩に!!」

「チャーグル!!!」

 

 再びビクトリームの身体がVを刻んだ瞬間に、今度は肩の玉が光を灯した。

 

――今度は右肩の玉が!? まずい。アレが何かは分からんが、とにかくやばいことをしようとしてるのは分かる……っ

 

「ガッシュ! 何かやばい! 人間じゃなく魔物を! 右だ!」

 

 指示が変わる。瞬時に反応したガッシュも危険を感じたのか意図を理解する。

 

「伏せろ! 前! 左!」

 

 徐々に近づいて行くガッシュとビクトリームの距離。しかしロップスの手数が減ったことで意識を割く余裕が出来たのか、それ以上近づけない。

 

――くそっ。術を同時に使うだと? そんなことが可能なのか。あれは……多分、想像通りなら……それにそろそろガッシュも立て直させないと……

 

 ラウザルク中はガッシュは術を使えない。同時に術を使う相手を見たことはない。

 しかし目の前で使えているのなら意識を切り替えるべき。

 

「ふん……華麗なる私が泥に塗れてでも欲したモノの美しさは、千年経っても色褪せん」

 

 ギュルルルとつま先で器用に回転したビクトリーム。

 唐突な動きに合わせられたのはアポロのみ。

 大きく伸ばしたマグル・ヨーヨーが清麿へと迫る。

 

「フヌッ!」

「ほぉう? 掴むか小僧」

「清麿はやらせぬ!」

 

 途中でガッシュが止めたことで清麿への攻撃は止まった。

 ただし、伸ばされた腕を抑えて硬直しても、ビクトリームの表情の余裕は崩れない。

 

「すまないガッシュ……でもダメだ! 術の時間がもうない!」

 

 そこで……時間が切れる。フシュと音を立てラウザルクが終わり、ビクトリームはにやりと笑った。

 

「人間は気付いていたか。小僧、その意気やよし! しかし実力が足りぬわ!」

「グワァ!」

 

 吹き飛ばされたガッシュを清麿が受け止める。

 距離を取らされた彼らは、すぐに立ち上がるも――

 

「我が美しさを股間の紳士に!!」

「チャーグル!!!」

 

 声と共に股間が光る。荘厳に、堂々と、誇り高くガッと光った……瞬間……

 

「ワァァァァァァ!!」

「!?」

 

 石がビクトリームに飛来する。

 幾つかは叩き落とせたが、ロップスの攻撃が邪魔をしていくつかは通ってしまった。

 

「うわぉっ! ウワァァァオ!!」

 

 ガンッ、ガガガンッとぶつかる石の数々。小さくはない石がビクトリームの股間の紳士にダメージを与えていく。

 

「誰だぁぁぁぁ!?」

「ウワァァァァァァ!!」

 

 手持無沙汰となっていたティオが集めた瓦礫を投擲していた。自分に出来ることはないかと考えた末のこと。相手の変な行動によって狙いは変わったが、それが功を奏したようだ。

 

――効果はあるか。

 

 面白そうだとばかりにデュフォーも違う方向から投げ始める。

 何かを閃いたというように……アポロも石を拾った。

 

「や、やめっ! やめろーーーー! うわーーーーーーお!!」

「相棒! やめろてめぇら! 相棒の紳士をいじめるな!」

「両手を上げて主張してるのが悪いんじゃないかい?」

 

 皆が石を投げる。弾くことに必死になるビクトリームはわずかに涙目だ。

 アポロが声と共に投げ、ロップスが鎖で弾いて当てた。

 

「うわおっ! こ、これしきで我が華麗なるVを崩せると思うなぁ! うわおっ」

「手で隠せばいいじゃないか!」

「それができねぇから言ってんだよぉ! なんてひでぇ攻撃なんだ! あの痛みを分からねぇのか! それでも男か!?」

「女よ!」

「ああ……そ、そうだな、お前さんはよ……」

 

 当然とばかりに投げ続けるティオ。アポロもデュフォーも石を投げるのはやめなかった。

 

「私の紳士をいじめるなァ――――!!」

 

 怒りが爆発したとばかりにマグル・ヨーヨーを長く伸ばす。

 ティオへ向かった攻撃はロップスが最後の一つの鎖で弾き落とした。

 デュフォーへ向かった腕は……

 

「ザケルガ!」

 

 清麿の機転によって弾かれる。

 

「くそ……頭に来たぜ……」

「なんてひでぇんだあいつら。だが、まだだぜ相棒。クールに行け。直線に並んでなくてもフルパワーなら最低二体は巻き込めるだろ?」

「……いいだろう! 続けるぞ、モヒカン・エース!」

「おうよ!」

「鎖の魔物もそろそろ心の力が尽きるだろうしなぁ! 此処が好機!」

 

 バッとVの体勢に戻ったビクトリーム。

 

――バレてるか。さすがにデュフォーが言うだけはあって強いね、彼。

 

 指摘通りに、アポロは心の力が尽きかけていた。

 甘くはないと理解して、敵の次の動きに合わせようとした。

 

 じっと、清麿が見ていた。何かを伝えようとするその視線。口の動きは……

 

――清麿。やるんだね、今、ここで。

 

 意図を理解したアポロはグッと力を籠める。

 心を落ち着かせ、少しでも強度の高い術を打てるようにと。

 いつも常備しているメモ帳を取り出す。さらさらと何かを書き込んだ彼は、さっき拾った手頃な石に巻いておいた。

 

 

「華麗なるビクトリーム!」

 

 

 声が上がった。

 清麿が上げた声は、自信と気迫に満ちている。強い意思と覚悟を宿したその声が相手の興味を大きく引く。

 

「さっきは不意打ちとかして悪かった! あんたが美しくて強いのはよくわかった! だけど、オレ達より強いようには見えないな!」

 

 マグル・ヨーヨー一つ打ち破れない相手からの挑発。

 ビクトリームは鼻で笑った。

 

「……実力が足りん貴様らが叩くには大きな言葉だぞォ、人間」

「いいや、違うね。だってオレ達はまだ、最大術を見せていないんだから!」

「ふん、肉体強化一つ満足に扱えない小僧の最大術など、大したことあるまい」

 

 少し乗ってきたビクトリームに、清麿は腕を組んで大げさに言う。

 

「ほー、華麗なるビクトリーム様ともあろうお方なら、オレ達の術を見ても尚、まだその光を溜める謎の術を続けられるってわけだ?」

「当たり前だ! 私は強くゥ! 美しくゥ! 華麗なるビクトリーム様だからなぁ! フハハハハハハ!!」

 

 高笑いを始めたビクトリームを見て、にやりと笑った清麿は腕を上げてビクトリームへと照準を合わせた。

 

――心の力を溜めていくバオウ・ザケルガ。あいつがバオウ・ザケルガを言葉の通りに受けてくれたら、倒すことは出来なくても少しはダメージを与えられるかもしれない。デュフォーやアポロ、ロップスの姿を見て熱い気持ちが滾ってる今なら……

 

 自信を持たねば術は強く打てない。だから清麿は心を強く持ち言い聞かせる。

 

――あいつが焦って反撃してくれるなら、アポロとロップスが隙をついてオレ達の狙いを達成してくれる。そしてうまくいくのならデュフォーの計画通りに……

 

 視界の端でコクリと頷いたデュフォーを横目に見て、清麿は覚悟を決める。

 

「なら、受けて確かめてみろ……っ! ガーーーッシュ! 行けるな!!!」

「ウヌ! 行くぞ清麿!!!」

 

 パラパラ、パラパラとページを捲る。

 全員のタイミングを合わせる為に大仰に。

 

 コォォォォと光が強まっていく赤い本は、今までにない光を持つ。

 その光を見て、目を細めたビクトリームの顔からは笑みが消えた。

 

 背中のバッグの隙間を触り、人知れず準備したデュフォーがぼそりと呟くと……赤い本に僅かに白銀の輝きが混ざった。

 

 照準を合わせる手はいつも通りに。

 

 バチバチとガッシュの身体が雷を帯びていく。髪に隠れた角から……白銀の色が漏れ出した。

 

 本の光が極大に達した時……その術は放たれた。

 

  

 

 

「バオウ・ザケルガァ――――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現れたバオウ・ザケルガを見て、デュフォーは驚きに目を見開く。

 バチバチと帯電するその姿は、下の階で出ていたバオウよりも大きく術の威力が増しているだろうことは分かる。

 ただ、同じ姿であるのに何処か違う雰囲気を纏っていた。

 

――これは……

 

 デュフォーには分かる。このバオウは先ほどのモノとは違うと。

 “答え”を求めた。

 その術が喰らった想いの中に、いつもとは別のモノが混じっていることを知る。

 

――清麿に、オレが僅かなきっかけを与えたからか

 

 魔物の術は魔物の成長によって強くなるが、人間の込める想いでも威力を増す。

 人間と魔物の想いが大きく重なれば重なるほどにより強く引き出されるが……今回は清麿の想いが強かったらしい。

 

 答えを出す者(アンサートーカー)は告げる。

 求められたのは渇望。強くなりたいという純粋な想い。清麿が込めたその想いは、奇しくもデュフォーのパートナーの根幹を為す想いと重なっている。

 

 故に……

 

――オレが近くに居ることも相まって、ゼオンの雷をいつもより多く引き出したな。

 

 脚にいつもより力を入れなければならない。

 眠気のような気怠さが身体にへばりついているのが分かった。

 

 己の体力も持っていかれたのだ。それを把握した瞬間、バオウが一瞬だけ意識をデュフォーに向けた気がした。

 

 “答え”が出る。明確な“答え”で伝えられる。

 

――この術は、やはり意思を持っている。

 

 “まだ早い(・・・・)”……バオウが向けた意識はそういう意味をもっていたと“答え”が出た。

 

 力を込めて、気怠さを押しのけて、デュフォーは清麿へと近づいて行くことにした。

 どさりと音が一つ。倒れたのだろう。

 

「ビクトリーム!! この術を受けてみろ!!」

 

 地面へ倒れ伏しても、それでも叫ぶ声は力強く。決して逃がさないという意思を込めて。

 

「行けぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

「バオオオオオオオォォォォォォオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

 清麿の叫びと共に、大きく咆哮を上げたバオウ・ザケルガが動き出す。

 

 ビクトリームは静かに短く息を整えて、相棒へと声を掛けた。

 

「……モヒカン・エース、アレはダメだ」

「ああ、やべぇな」

 

 は、と小さく息を付いたモヒカン・エースもいう。

 

「私は多分耐えられる。だが、中途半端とはいえ噂に聞いていた“ベルの雷”が相手ではお前と本を護ることは出来ん。打ち砕くしかあるまい」

「構わないぜ。心の力を使いきっちまってもいいよな?」

「いいぞ。半分に全てを込めろ。あの程度、フルパワーでなくともそれで貫ける。全力をあえて使わなければ他の奴らにも絶望を与えられるだろう。倒れた本の持ち主もろとも倒すとしよう」

「……倒しちまうのか? せっかくパムーンやレイラのたす――」

「万が一にも逃げられてツァオロンやデモルトの憎しみと怒りがあの小僧に向かうよりはいい。今の内に還してやらなければ」

「そうかい。相変わらず優しいな、相棒よぉ!」

 

 本の光が高まっていく。

 モヒカン・エースの本の光は、先ほどの清麿をも超える程に高まっていった。

 

 不敵な笑みを浮かべて、ビクトリームは笑いだす。

 

「フッハハハハハハ! これほどとはなぁ!! いいだろう! 貴様らの術、私の力を使うに値する!! 真正面から勝負してやろう!」

「受けるんじゃねぇのかよ!」

「それほどまでに強いと認めてやったのだ! 喜べぇい! さあ、行くぞモヒカン・エース!!」

「おう相棒! やぁぁぁぁってやるぜ!!」

 

 笑顔を浮かべた魔物と本の持ち主は、負けることなど考えない。

 

 轟と光が溢れ。

 

 輝くビクトリームの半身から、極大の術が放たれた。

 

「チャーグル・イミスドン!!!!」

 

 Vの半身から放たれた極光は、バオウ・ザケルガが当たる寸前に放たれた。

 

 硬直の一秒目。

 バオウの牙から雷撃が炸裂する。それでも極光は止まらない。

 

 硬直の二秒目。

 バオウがその術を噛み砕こうを力を強めた。それでも極光は砕けない。

 

 硬直の三秒目。

 金色と白銀の光を煌めかせ、重機で岩を無理やり削るような音を響かせた後に……バオウ・ザケルガは霧散した。

 

「な……バオウが……打ち負けた……?」

 

 デュフォーに担がれながら、清麿はその光景を見た。

 死角になってビクトリームからは見えない位置で、清麿は驚愕に支配される。

 

 普段よりも強いはずだった。敵の術は半分にも満たない状態だった。

 それなのに負けたということは……

 

――けどまだ、“オレ達”は負けちゃいないっ

 

 けれども、目指している勝利は其処ではない……そう強く言い聞かせて、ガチリと歯を噛む。

 

 ガッシュはロップスのロープが密かに回収しているのが見えた。

 自分とガッシュは敵の攻撃を避けられた。

 敵の攻撃を自分達に向けさせたことで、アポロやロップス、恵やティオ、他の皆にも攻撃は行くことはない。

 

 突き抜けていく極光は、壁をぶち抜いて外へと消えていった。

 攻撃の爪痕は大きい。直撃していたら本も燃え、吹き飛んでいたことだろう。

 

「ハァーッハッハッハ! 今のが最大呪文か!? 私の術の半分の威力にもかなっていないぞ! よくそれであれだけの大口を叩けたモノだなぁ!! 本と共に消し飛んで声も出ないか!」

 

 もくもくと上がる土煙に向けて声を出すビクトリームはご機嫌な様子。

 しかし……その術でこれほどの土煙が上がることはないと、彼は気付かない。

 

「……っ。相棒! 下だ!」

 

 気を抜いていなかったモヒカン・エースがようやく気付いた時には……少し遅い。

 

「なっこれは……ロープがっ」

「かかったね。これで……チェックだよ」

 

 アポロの声と共に、ロップスの攻撃が彼らを襲い行く。

 どうにか避けつつも術無しで回避し続けるビクトリーム達。

 

 バオウ・ザケルガに意識が向いている間にロープを伸ばし、術の最中に土埃で視界を奪って清麿とガッシュの動向を隠し、敵の術が終わったと同時に攻撃に転じる。

 清麿とアポロのコンビネーションはまだ続いていたのだ。

 

「小賢しい! だがやはり初級呪文しか唱えられていない! 心の力がもうない証拠だ!」

「それは君たちも一緒だろ? ぼくたちとの戦いでの術の連発と、あんな大きい術にも心の力を割いてたんだから」

「ふふふ、残念だったなぁ! 私達には“アレ”がある!」

「アレ……ってなにかな。まさかっ」

 

 アポロが驚愕の表情で聞き返すと、ビクトリームとモヒカン・エースは勝ち誇ったように笑った。

 

 華麗なステップで避けながらモヒカン・エースがごそごそと懐から取り出したのは、一つの瓶。

 

 輝く石が二つ入ったその瓶を見て、デュフォーは目を細め、清麿は影でにやりと笑う。

 

「月の石! これさえあればぁ! 我が相棒、モヒカン・エースの心の力も元通りよぉ!!!」

 

 きゅっと蓋のコルクを外して一つ取り出し、モヒカン・エースは胸にそれを当てる。

 徐々に、徐々に彼の本に光が戻っていく。

 

「万全か! 我が相棒!」

「おうともよ、オレの相棒!」

「さあ、こいつらを片付けて、愛しいおやつタイムと行こうではないか!」

「数体倒したとなりゃアルベールのヤツも開放してくれるだろうしな! 愉快なダンスタイムの始まりだ!」

「フゥハハハハ!! これで貴様らにはもはや勝機はなぁい!!! 私達の勝ち――」

 

 そこまで語らせて……

 

「そうか。そういう仕組みで使うのか」

「わざわざ使い方まで教えてくれてありがとうよ」

「言っただろう? チェックだって」

 

 天井から六本(・・)ものリグロンが下りてきて彼らを縛り上げる。

 

「なっ」

「なにぃ!!!」

 

 一つのリグロンがすぐに瓶を奪うと、蓋をしっかりと閉めてアポロへと渡された。

 

「ば、バカな!? 貴様にはもう心の力など無いはず!」

「ずっと準備していたのはアポロだけじゃないわ!」

 

 手を前に翳していたティオと恵が、少し離れた所で声を上げる。

 

「私達の術には心の力を回復させるモノがある! アポロがバオウ・ザケルガが出たのを見て投げて来た指示をくれたから、すぐに回復の術を打ったのよ!」

 

 そう、ティオの投擲で閃いたことは、術のタイミングの指示。

 心の力の余裕を計算した彼は、ティオが持つサイフォジオという術によって心の力を回復して貰うよう助けを求めたのだった。

 

 

「最後の最後にキミたちを騙せるように調整はしてたんだけど、さすがにキミたちの相手だとリグロン一つくらいしか唱えられないくらいに追い込まれてね。ティオと恵が居て助かった。

 これはリグロンじゃなくてオルダ・リグロン。二本じゃなくて八本のロープを自在に操る術さ」

 

 下のロープはブラフ。本命は下に意識を割いて上から奇襲を仕掛けること。壁に這わされた残りの六つは、心の力がない状態でリグロンに対処しているビクトリーム達では気付くのは難しい。

 清麿の狙いは敵の回復の方法を知ること。それが戦闘中にも使えるかの確認と、使えるのならばその使い方も知るべきと判断したから使わせた。

 その為のバオウ・ザケルガであり、その為の囮行動であった。

 ぎりぎりだが、全員の力を合わせることでなんとか繋がったのだ。

 

 デュフォー・アポロ・清麿という明晰な頭脳を持つ三人が創り上げた即興のコンビネーションと仲間の力。

 そうして敵が持つ大きなアドバンテージの情報を奪い取ったのだ。

 

 ギリギリと悔しそうに歯噛みするビクトリームと、あちゃーといった顔で落ち込むモヒカン・エース。

 

 漸く拘束出来たのだからと、デュフォーに肩を貸して貰いながら、清麿がモヒカン・エースとビクトリームへと声を掛ける。

 

「あんた言ったよな、力づくで頼むぜって。あんたはもう動けない。こっちにも心の力の回復道具は出来た。暴れてもすぐに本を燃やせる状況にもなった。さあ……答えて貰うぞ」

 

 じ……とモヒカン・エースを見詰める清麿。

 その瞳にある純粋さと熱意を見て……は、と彼は息を吐き出した。

 

「……やっぱ甘いぜ、兄ちゃん」

「っ!」

「ロープでぐるぐる巻きにされてても……オレは相棒の本を燃やさせはしねぇ」

 

 ぎゅっと胸の中に抱え込んだ本は清麿達にも見えない。絶対に守ると、奇襲があった瞬間に彼は咄嗟にその本を抱え込んだのだ。

 次第に高まっていく光に、迎撃の体勢を取れるように僅かに全員が距離を置く。

 

 質問に答えさせようとして口を自由にしていたのがまずかった。それはアポロのミスである。

 く、と苦い顔をした彼は……上手く行きすぎはしないかと諦め――

 

「ロップス! プランB!」

「かうっ」

 

 モヒカン・エースが術を唱えるよりも早く、指示を出す。

 ロープが拘束した二人を振り回し始めた。

 

「このまま壁に叩きつけてやれっ!」

 

 そう声を上げたアポロは、チラリとデュフォーを見た。

 彼は、一瞬だけアポロに目を合せた後に、ロップスの頭をくしゃりと撫でてから垂れているロープの一つを掴む。

 

「また夜に会おう」

 

 唐突に声を出したデュフォーが……後ろから清麿の頭に、ぽんと手を置いた。

 

「よくやった。さすがはガッシュのパートナーだ。此処からはオレとオレのパートナーに任せろ」

 

 背後からかかる声は、優しく、暖かい。

 

「夜にって約束、忘れるなよ」

「ああ」

 

 デュフォーが短く返事をした時に、ロップスはビクトリームとモヒカン・エースを勢いよく壁に向けて放った。

 

「フハハハハ! わざわざ拘束を解くとはバカな奴らよォ! これしきのこと、私の術があればっ!」

「ああ! 行くぜ相棒! “ビクトリ”――」

 

 もう壁とぶつかるという寸前で術を唱えようとして……ボフ、と音がした。

 

 彼らが向かった先は壁ではなく

 

「へへへ……」

 

 小さく笑うアヒル口の魔物が見せていた、幻。

 

「「な、なにぃぃぃーーーーーー!?」」

 

 術と壁を使って反転しようとしていた彼らは、その始動を崩される。

 壁があったと思われた場所は、マグルガで壊していたテラスがあった所。外へと繋がる空間を、キャンチョメが術で擬態してずっと隠していたのだ。

 全てはこの為。

 デュフォーは初めから、ビクトリームを魔界へただで返すつもりなどなかった。

 

 当然のことだ。

 彼らの目的の為には情報が必要で、千年前の戦いを最も長く経験したであろうビクトリームを逃がすわけがない。

 

「月の石は置いとくよ。逃げ切るのに使ってくれ。じゃあ、夜に」

「かうっ!」

「ああ、分かった!」

「ウヌ!」

 

 ロップスとアポロがロープを使って、デュフォーと共にビクトリーム達を追い、またロープを巻き付けた。

 

「フォルゴレェェェ! 行くよぉぉぉぉ!!」

「ああ、了解だキャンチョメ! さぁ来い!!」

 

 合図と共に、下に降りていたフォルゴレに向けてキャンチョメが飛び降りる。其処には一つの装置があった。

 

 それはこの戦いが始まる前にアポロとロップスが昇ってきた場所にある。

 デュフォーは既に、ゼオンにとって最も必要な情報を得る為に準備していたのだ。この遺跡に入る前から(・・・・・・・・・・)

 

 キャンチョメが飛び降りた先にはロープの網。それにより、梃子の原理を利用して一つの物体が打ちあがる。

 アポロとロップスによって作られたそれは……金網。

 

 それと同じタイミングで、ふよふよ、ふよふよと空からナニカが下りてくる。

 丸く、そして輝いているソレを見て……清麿はどこか既視感を覚えた。

 

――あれは……ジケルドに似てる……?

 

 ビクトリームとモヒカン・エースに近付くソレは、急速にしぼんで静かに消えた。

 二人の身体が光を帯びる。

 そして――

 

「これはっ――ヌゥオォォォォォォ!?」

「!? うあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 打ち上げられた金網が張り付き、後に、彼らは信じられない速度で空へと消えていった。

 

 叫びを残して、あっけなく消えていった強敵。

 

 全員が外を見続ける。

 

 一秒経っても、十秒経っても、何も起こることはなかった。

 

 しんと静まり返った其処で、どさりと清麿はへたりこむ。

 

「き、清麿っ!?」

 

 倒れ込まないようにガッシュがそれを支えて、恵とティオが近づいて行く。

 

 

「うわぁぁぁぁぁん! ひどいじゃないかデュフォーのヤツぅぅぅ! あんな怖い攻撃が来るかもしれないとか聞いてないよぉ!」

 

 仕掛けられてあったロープを上ってきたフォルゴレの背中に乗ったキャンチョメの泣き声を聞きながら。

 

 ようやっと、彼は大きく息を吐き出した。

 

 

「みんな……帰る前に少しだけ、休もうか……」




読んで頂きがりがとうございます。

ビクトリームとの戦いはこれにて。
有用な情報源をゼオンくん達は逃がしません。
ガッシュくんや清麿達の成長を促しつつ必要なモノを手に入れる様子を描けていたら嬉しいです。

この物語のV様、まだ“本気”じゃないです。


次はゼオンくんとV様の話。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第四十五話:千年前からの願い

いつもありがとうございます。


 

 モニター越しで誰にも聞こえることのないよう静かに。

 落ち着き払った顔で呪文を唱えたあいつの考えはすぐにわかった。

 

 ベル家の厄事――“バオウ”に対して、強めの術を同時に唱えた場合の影響を見ること。

 

『ジオルグ・マ・ジケルド』

 

 日々の訓練で覚えた新たな術の一つ。

 オレが覚えることのなかったスキルツリー、電磁力を操るジケルド関連のモノ。

 

 基本的にオレの術は、戦いをオレ個人で完結させようとしてきた傾向が強い影響もあってか即時効果もしくはオレ個人に対しての影響が強いモノばかりを覚えて来た。

 例外はラシルドとザグルゼム。それらはあまり使うことがないから伸びることはなかったのだが……レインとの訓練を続けていく内に新たな可能性を手に入れていたらしい。

 

 ジケルドは凶悪な電磁力を相手に持たせる術。金属物質の多い人間界に於いて、電磁力を持たせるジケルドは戦術の幅を広げることになる。

 デュフォーの戦術指揮に組み込まれればその効果は何百倍にも膨れ上がるが、それが戦況をひっくり返すほどに通用するのはあくまで中位程度の魔物まで。

 

 金属の単純攻撃程度では魔力を通したレインの毛皮は抜けないし、アシュロンは言わずもがな、エルザドルの鱗も抜けないだろう。

 魔力性の電磁力は時間を追うごとに減っていくから永続の効果はなく、ブラゴやバリーのようにフィジカルの強い魔物ならば対処してのけるだろうし、そういったオレの想定しているレベルの仮想敵が相手の場合はあくまで不意打ちの域を出ない。

 

 上位の魔物になればなるほどに、敵の術に対して己の磨いてきた術で対抗できる。

 アシュロンやレインとの模擬戦で、どれほどオレの術を相殺されたかは言うまでもない。

 

 ただ、この術は少し面白い効果を持った術だ。

 レインのやつが他者に影響を与える術などを覚えたのが少し腹立たしく感じていたのだろう。

 この術は、上手く使えばレインとの連携にも役立つモノなのだ。

 

 

 両の手から出たジケルドの光球は、ふわりふわりとオレの意思通りに動く。

 決してその動きは速くない。しかして瞬間移動を持つオレならばこの術を当てるのは造作もないことだ。

 

「何をしているピヨ?」

「まあ見ていろ」

 

 コーラルQに短く答えて、ぶちりと千切ったマントへと光球の一つをぶつけた。

 モニターにはバオウが映し出され、その身に宿す黄金の雷の中に、オレの白銀が混ざっている。

 

 どうやらこのレベルの術を同時発動すれば、バオウ自体へとオレの魔力が多く渡され、今まで溜めた雷の力を放出し始めるらしい。

 距離は関係なさそうだ。デュフォーが厳しい表情をしているところを見ると、何かを読み取ったな?

 オレの身体に変化はない。デュフォーは……今の所は分からんか。術の発動を切らない以上、暴走の危険はないのだろう。

 後々にすり合わせをしなければ。

 

 下へ。下へとオレはもう一つの光球を向かわせる。

 同じように、くるりと丸めたマントも魔力操作をして下へと降下させていった。

 

「アレをお前にぶつけて使っても良かったが、モニターを映す仕事をやめさせるわけにはいかんからな」

 

 冗談めかして言うと、ブルリと身体を震わせたコーラルQが憎らし気に口を歪める。

 

「あの術……この身体がジリジリする感じで分かったぞ。つくづくこの先でお前と戦うのが嫌になるピヨ」

「ククク、さすがにわかるか。お前にとっては天敵のような術だ。磁力の付与と相互誘導を併発させれば……術による変形すら邪魔出来る可能性があるものなぁ? 変形合体ロボが楽しみだな?」

「はやく誰かに負けてしまえっ! ペッペッ!」

「他人頼りとは情けないやつめ」

「うるさいピヨ! プププ! 貴様の恥ずかしいその女装姿をピヨ麿の家のパソコンに送りつけてやってもいいんだz――ノォウ!!!」

 

 ガツンとまた脛を蹴っておく。少しは学習しろ。

 

 オレのこの術は電磁力を付与するモノなのだが、その性質をこちらで任意に決めることが出来る。

 引き合うか反発しあうかはオレとデュフォーの制御次第。ただし、その性質を発動中に変える為にはデュフォーの心の力を込めて変換するか、オレ自らが対象に触れなければならず、さらにはオレ自身に付与することは出来ない。

 だからこそマントを千切って付与したわけだ。

 

 例えば一つをレインに付与し、もう一方をオレのマントに付与すれば……戦闘中の高速での連携攻撃も可能となる。

 敵に付与することが出来れば磁力による行動阻害での援護も出来て、術で強化されたレインの一撃に対して圧倒的な好機を生み出すことも出来るだろう。

 

 あまり補助的に術を使うことは好みではないが……あいつと共に合わせるというのなら、まあ、悪くはない。

 それにだ。

 

 ガッシュもジケルドを覚えているというのだから、ゆくゆくはオレとガッシュ二人での連携も可能になるということ。

 

――ああ。それはいい。それはとてもいいことだ。

 

 視線を戻すとモニターの中のバオウがビクトリームの術によって打ち破られた。

 清麿の狙いはゾフィス達が行っている回復を見破ること。多くの消費の後にあのクラスの術を使ったのなら、そろそろ回復が必要になるはずだ。

 

 案の定というべきか、狙い通りにビクトリームは回復を選択した。

 あれは……

 

「石か?」

「……システム・サーチモード……ふむ……」

 

 コーラルQが部屋の中の端末で調べているようだ。

 心の力を回復する、というのと先ほどガッシュ達が戦っていた魔物の言葉から推察するに、あの石の小さな光だけが敵の回復の全てではないだろう。

 

「……高密度のブルーツ波を検出。特殊な魔力も混ぜ込まれているピヨ。あとは……魔力を伝搬させやすい波形も。ゾフィスの準備していた千年前の魔物を復活させる装置の副産物では?」

「あの時使っていたのはライトだった……月の光と言っていたからには、この人間界で月の光を溜め込んだ石を活用したということか」

「ゴーレンの術を破るくらいなら魔力増幅の効果もある。魔物にとって大きな効力を発揮するというあの欠片の本体がもっと大きいのなら、ゾフィスの使う心を操作する術も相当なモノになるはずピヨ」

 

 チラリと、モニターをデュフォーが見た。

 理解したかとこちらに問いかけるような目。

 オレに対してもあいつは思考訓練を積ませる為に、敢えて答えを出す者(アンサートーカー)で教えて来なかったのだと理解する。

 

 情報の一つ一つから推理していくことも経験。

 清麿と同じ立場として、この状況からどうやってこの遺跡を攻略するか……そんな考察をして、状況打開能力を磨いていけるというモノ。

 

「終わったみたいだな」

 

 モニターを見るとビクトリームとそのパートナーが拘束された。

 これで戦闘が終わるとコーラルQは考えたらしい……が、それは甘い。

 

 清麿が人間に話しかけている。

 ゾフィスに従う理由や、己が悪事に加担しているということを理解しての理由を。

 しかし、やはりというべきか、あの人間はまだ諦めていない。

 

 当然だ。

 現代に蘇った千年前の魔物達の中で、最も長く生き残ったビクトリームが認めるパートナーが此処で終わるはずがない。

 

「いや、終わらん。だからこそデュフォーは術を唱えた。だからこそオレは術を用意した」

 

 指先で操るのは二つの光球。一つはテラスのあった場所へゆっくりと降りていくように。もう一つはマントにいつでもぶつけられるように。

 

 引き合うにはまだ早い。

 

 ビクトリームが変化の魔物が化けている壁に向けて投げられた。変化が解け、驚愕しているビクトリームが外へと投げ出される。

 声が上がれば、金網が打ち上げられた。

 

 タイミングは完璧。

 光球から、ビクトリームとそのパートナーに磁力が付与された。同じくオレのマントへと磁力の付与が完了する。

 

 付与した磁力は引き合う力。

 この不意打ちにはさしものビクトリームでも対処しきることは出来まい。

 

 金網が巻き付き、同時にオレのマントへとビクトリーム達が引っ張られる。

 

「ふふ……カツオを釣るよりは容易いな」

 

 海でデュフォーと共にカツオを釣りあげたことを思い出す。

 相手が拘束され、オレの意思でマントの切れ端を動かせる分、激しく動き回るカツオのヤツよりは簡単だ。

 

 術の効果で重さを感じることもなく、強力な磁力に任せるだけでいい。

 

 ロップスのロープによってアポロとデュフォーもついてきているから……足場も用意しておくか?

 

 いや……此処では魔力の動きを感知されたらオレとデュフォーのプランに支障が出るか。

 

「……やっぱりイヤな術ピヨ」

 

 迫ってくる奴らから己の苦手な磁力を感じてコーラルQが吐き捨てる。

 あいつらが此処に来るまであと十秒。

 

「少し場所を代える。何かあったら渡しておいた無線機で連絡しろ」

「プピ? なんでピヨ?」

「ゾフィスのヤツにお前の存在がばれるやもしれん。ビクトリームかパートナーに細工をされていたら面倒だ」

 

 なるほどと手を打ったコーラルQを見つつ、オレはあいつらを迎えるようにマントを広げた。

 

 どうせゾフィスのことだ。ビクトリームの戦いを遠距離で見ていることだろう。あいつの一族は視覚共有や記憶の覗き見くらいは当然出来る。

 ビクトリームとオレの話も……対策はしなければならない。

 

 高速で飛来する奴らを瞬間移動させるのは少し骨が折れるが出来ないこともない。

 

 コーラルQはブースターを吹かせてその場から離れ始め、オレはそれが見えないように奴らを広げたマントに迎え入れる。

 

 場所は遠くなくていい。

 ゾフィスの感知が出来ない程度であれば。

 

「Brrrrrrrrrrrrrrr」

 

 変な声が近づいてくる。

 風圧でビクトリームの叫びがおかしなことになっているようだ。

 

「ブルルルルルルルルァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 先に飛んできたマントの切れ端をマントで受け止める。

 術の効果は既になく、ビクトリーム達は慣性の法則で跳んでいるに過ぎない。

 ばふっと音がして、ビクトリームとその相方が包まれた。

 

「初めまして……ってのは後にするか。よくやった、デュフォー」

 

 伸ばしたマントでデュフォーとアポロ、ロップスを優しく包み……

 

 デュフォーが、口の動きだけで“観ている”と伝えた。

 

「覗き見とはお互いにいい趣味だなロード? だが残念だったな。座標転移で切れたパスを繋ぎなおすには直接術式を掛けなおす他ないのだろう? これで貴様は一手、後手に回る。せいぜい震えて策を練り直すがいい」

 

 わざとらしく声を上げてやれば、きっとあいつは苛立ちのままにパスを切ることだろう。

 

 少しの満足感を得て、次の手を考えながら、オレは瞬間移動を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し離れた森の中。

 

 漸くのご対面だ。

 ゾフィスとビクトリームの視覚と聴覚の共有が切れたことはデュフォーによって確認済み。

 

 アポロとロップス、オレとデュフォーに囲まれた二人は自然体で佇んでいた。

 

 オレの前には鎖の解けたビクトリーム。その横にモヒカン・エースと呼ばれる人間。

 じっとこちらを見やる両者は、デュフォーの隣に立つオレを睨む。

 

「ベルの子か。先ほどの小僧といい……なるほどあの泣き虫(・・・・・)によく似ている」

 

 真っ直ぐに、単純に、ビクトリームはそう言った。

 監視下かどうかわからない状態なのに、このオレに対してこんな発言をするということは、ゾフィスによる覗き見も盗み聞きも無いと確信しての発言だろう。

 

 変装しているオレのことをこいつは間違えないらしい。

 ガッシュとオレは瓜二つだから仕方ないことか。それともオレの雷の力を感じ取ったのか。

 

 とはいえ、面白い発言だな、それは。

 

「さすがはビクトリーム。オレの正体を見破るか。それに父のことも知っているとは」

「当然だ。貴様の隠しきれていない魔力の大きさも当然だが、ロードが私達にあの泣き虫ベル(・・・・・)が王になったと伝えてきたからな。膨大な魔力と強大な雷の力を持つクセに、誰かに追いかけられてすぐ泣いていたあの泣き虫の顔を知らぬ魔物はおらん」

 

 くつくつと笑うビクトリームは、千年も前のことであるのについ最近のことであるかのように言う。

 

 泣き虫、か。あの非情で非道で鉄面皮の父親にそんな時代があったとは思えないが……。真実なのだろう。こうして千年前の魔物が直に言うほどなのだ。

 

「まあ……あのベルの子が私の目の前に立っているということは、約束をちゃんと果たしてくれたようで安心したというものよ」

 

 随分と迎えが遅くはなったようだが、と言い切ってビクトリームが大きく息を付いた。

 攻撃するつもりはなく、オレが危害を加えるとも思っていないらしい。

 

 約束、と呟いたアポロの声に反応して、ビクトリームが語りだす。

 

「復活した魔物達を見てきた限り、ゴーレンに封じられたのは私が最後だ。あの時、石に封じられる前に私は私のパートナー……シキブに一つ伝言を頼んだ。ゴーレンを倒し、王となって私の友達を助けてくれと。

 伝えるべき魔物は数々の強敵を友との絆で乗り越えて倒し続けていると噂の雷のベル。一人では泣き虫のベルであろうと、友との絆を繋いだのなら……きっとゴーレンにも勝てると私は信じた。そういった希望を託しただけの一方的に押し付けた約束をあのベルは果たしてくれたわけだ。あれほど強大になったゴーレンを倒したのなら、やはり友との力は大きかったか。

 私もレイラと共に戦っていれば……きっと違った結果になっていただろうからなぁ」

 

 後悔とは違う。

 少しのくやしさが滲んだ声に、ビクトリームが思うのはどんなことか。

 

「レイラ、という魔物がお前の友か?」

「ああ、そうだ。なんだかんだ行動を共にすることが多かった程度の腐れ縁とでもあいつは思っているかもしれんが、私は友達だと思っている。あとは……パムーンもだな。フフフ、あいつとは夜に華麗なるVを示し合わせた仲よ」

 

 ニッコリと笑うビクトリームの顔は満たされていた。

 

――こいつのこの顔は……レインがガッシュやカイルの話をしている時によく浮かべていたモノと同じだ。

 

 友との時間が好きだと、その顔が物語っている。

 信頼と、情と、絆。心の深い部分でつながっているからこそ浮かべるモノ。

 

 後にビクトリームは、真剣な眼差しとなってオレを見る。

 

「パムーンから聞いている。貴様がベルの子で“泣き虫ベル”からのメッセンジャーだな? なら……一つ聞かせて貰おう」

 

 敵意は無い。

 ただの純粋な質問をしたいらしい。コクリと頷くと、ビクトリームは静かな落ち着いた声で紡いだ。

 

「もしもパムーンの目論見が上手くいって、千年前の魔物達の中で私のように人間と再び絆を繋ぐことの出来る魔物が現れたのなら……その魔物達に対してこの人間界で、少しだけ時間をくれることは可能か?

 私達は……千年耐えた。私はシキブやモヒカンエースとの輝かしく美しき思い出が出来たからいいとしても、他の魔物達はきっと違う。この人間界で過ごした時間が苦しみの千年だけというのは……少し、哀しい」

 

 ぐ、と唇を噛んだのはモヒカンエース。

 悲痛な面持ちのその男は、よほどビクトリームのことが気に入っているのだろう、無言ながらに思いやりの感情が溢れていた。

 

「……パムーンの望みはそれか」

 

 あいつがしたいことは千年前の魔物達の心の解放。ゾフィスの支配からの解放だけでなく、同じ絶望を味わった他の魔物と共に、この人間界で新しい思い出を創り上げてから魔界へと帰還すること。

 恐怖と絶望によって荒れ果ててしまった人間界での思い出を、少しだけでもビクトリームのように満足する思い出を重ねておきたいということ。

 

「あいつはバカモノだ。ロードの策によって孤立させられ、他者と繋がりを持つことも出来ず、一人きりで何が出来るかを考え続けて自責だけを募らせるような……そんな愚か者よぉ。自分と同じ苦しみと絶望を味わった魔物達を救いたいなどと、あいつ程の力があればそれこそ他の魔物達のほとんどを支配出来たというのに、それもせず希望を捨てられなかった。そうして、望みもしない取引きの果てに、まずはモヒカン・エースの心を取り戻した」

 

 不利を承知の上で隷属したか。はたまた他の何かか。

 悪の手先になろうとも救いたいとは、本当に度し難く、そして

 

――それはなんとも……優しいことだ。

 

「オレからも頼むぜ、お嬢ちゃん。暗く落ち込んでるダチの笑顔の為に何か出来ないかって頑張るパムーンや相棒を見てるとよ……つれぇんだ」

 

 モヒカン・エースがすっと膝を付いてオレに目を合せてくる。

 

「相棒がバカやってご機嫌を取ってるけど根本的な寂しさはきっと埋められてねぇ。オレの意識が戻ってからは尚更寂しそうな顔をするようになりやがった。千年ってのがどんだけ長い時間なのかはわからねぇし想像も出来ねぇが、相棒がダチの為に何かしてぇって気持ちは分かる。

 上手く行くなら人間達を救うことにも繋がるはずだ。あんたらはきっとロードを倒す為に来てるはずだ。相棒とレイラなら、あのデモルトやヴァイルのおっさんも止めて見せる。だからよ……頼む」

 

 頭を下げたモヒカン・エースのモヒカンが揺れて地面に垂れる。

 

「今度こそ相棒に……ダチを救わせてやってくれぇっ」

 

 震える声。

 感受性の強い奴なのかはたまたビクトリームの過去やレイラという魔物にそれほど心を動かされたのか、モヒカン・エースという男の言葉は真に迫るモノ。

 

 確かにレイラという魔物の命は戻った。

 しかしビクトリームは、心を救い出すことはまだできていないと考えている。

 千年前に救えなかった友を今度こそ救う為に……か。

 

 こいつらはこいつらなりにゾフィス達を倒す算段を立てているのだろう。

 デュフォーを見ると、オレに任せるというように何も語らず。

 

「私の持ち得る情報は渡そう。戦うことを強制されていたのなら私を容赦なく魔界に返してくれても構わない。だがレイラとパムーンだけは、救ってやって欲しい。

 ベルの子よぉ。返答や如何に」

 

 さながら父へと望みを託した時のように。

 ビクトリームはオレに願いを託す。

 

 それほどまでにこいつは友が大切で、パートナーの人間も心優しく同じ望みを重ねている。

 

 なら、オレの返答は一つ。

 

 

「千年前の本が残っていること自体がイレギュラーだ。しかし既にダウワン・ベルという王が決定している以上、お前達が生き残ろうと何が起こるわけでもない。お前達の戦いは千年前に終わっている。だから……」

 

 淡々と紡ぐ。ただし、視線を外すことはしない。

 オレから言えるのはこれだけ。

 

「好きにしろ。お前達の好きな時まで、気が済むまで人間界で過ごせばいい。千年の絶望が完全に癒えることはなくとも、貴様の新しいパートナーがそうであるように、新しい絆を繋ぐことで得られる充足もあるだろう。

 あまり、見くびるなよ。オレはお前程度なら魔界に還さずとも封殺出来る。せいぜい仲良しの魔物同士で人間界の観光を楽しむがいい。ああ……この時代の人間も……きっと悪くないからな」

 

 厳しく、厳格に、こいつら千年前の魔物達にすぐさま帰れということは出来る。

 だが、したくない。せめて少しでも、この人間界でこいつらの心が救われてほしいと思ったんだ。

 オレにはデュフォーというパートナーが、レインにはカイル、ロップスにはアポロ、ガッシュには清麿が。戦い以外の時での暖かい時間がどんなモノかをオレ達は知っているし、沢山の大きなモノを貰っている。

 千年前の魔物達もパートナーとそんな関係を築いて、戦いとは別の時間を過ごせるのなら、それはきっと楽しい時間になることだろう。

 

 ビクトリームとモヒカン・エースが繋ぐ新しい絆を見ていると、オレはそう思った。

 

「かうぅ♪ かう!」

 

 声を出したロップスは、ビクトリームへと手を差し出した。

 ぽかんと表情を呆けさせたビクトリームは分からないらしい。

 

「ふふ、そうだね。ロップスはね、じゃあボクと一緒に少し旅行をしようよって言ってるんだ。これでもボクとロップスは世界中を旅していたから、キミたちが人間界で過ごす助けが出来ると思うよ?」

「かう!」

 

 手をもう一度振る。

 少しだけ迷ったビクトリームは、その小さな手を握った。

 

「ロップスと言ったか。お前は中々に強かった」

「かうぅ! かうっ! かうっ!」

「今度は負けないってさ。ボクも今度は負けないよ、モヒカン・エース」

「……へへ、オレと相棒は負けねぇよ」

 

 握手を交わす両者は、先ほどまで戦っていた相手とは思えないくらい穏やかに。

 

 千年の時を超えても繋がれるモノがあるのだと、その光景に胸が暖かくなった。

 

 不意に肩に手を置かれる。

 ゼオン、と。口の動きだけでデュフォーがオレに声を掛けた。

 

――保険を掛けろ。

 

 トントンと、デュフォーは二回頭を叩いてオレに指示を出す。

 

 一息。

 大きく息を吐いて空を仰ぐ。

 

「それがオレに出来ることか?」

「最悪のパターンまで想定しろ。ゾフィスは確実に焦っている」

「……パムーンは?」

「“答え”によると、敵ではあるがあいつの心に変わりはない」

「なら、ゾフィスの狙いはパムーンでほぼ決まりだ」

 

 ち、と舌打ちをするとデュフォーがくしゃりとオレの頭を撫でやった。

 

「救うモノが増えたが、行けるな?」

「言われずとも。オレを誰だと思っている」

 

 目の前で手を繋ぐVの魔物も、今は遺跡の中で堪えているだろう星の子も、そしてこいつらの友も。

 まとめて救えばいい。

 

「魔界の王となるこのオレが、臣下となるものの願いを叶えずしてどうする」

 

 あの男はその時に救えなかった。

 あの男は自分達だけでは叶えられなかった。

 あの男はオレ達千年後の魔物に託すしか出来なかった。

 

 ならばオレは……

 

――今、この時にこいつらを救うことが出来れば、あの男を一つ越えることが出来よう。

 

 それだけじゃない。

 パムーンもビクトリームも、レイラという魔物も……友を想う心を持つ魔物達ならば、間違いなくガッシュと仲良くなってくれることだろう。

 モニターでビクトリームのダンスに乗りたがってそわそわしていたガッシュの様子は見ていた。きっとガッシュは愛らしく踊ってくれるに違いないし、そういうガッシュと仲良くなろうとするだろう。

 

 一つ、一つとあいつの宝物を増やすことが出来る。

 

――その為ならば、オレはなんだってしてやるさ。

 

 

「するのは遺跡に送り返す最後でいい。まずは“バオウ”と“ダウワン・ベル”について聞いておけ」

「分かっている。おい、ビクトリーム」

 

 

 あまり時間はないからな。

 オレが声を掛ければ、ビクトリームがこちらを向く。

 

 あくまでもこいつを連れ出したのは最も重要な案件を聞き出す為のこと。

 千年前を長く戦い抜いたこいつならば……絶対に重要な情報は持っている。

 

 “泣き虫ベル”と呼ばれていた頃のあの男のこと。

 そして最強の術、バオウ・ザケルガについて。

 

 知っている全てのことを話して貰うぞ。

 

 

「貴様の望みは聞いた。次はオレが聴かせて貰う。我が父、ダウワン・ベル。そしてヤツが創り上げた最強の術バオウ・ザケルガについて、知っていることを教えろ」

 

 

 そう言うと、にやりと笑ったビクトリームは、即座にVの体勢になって答えた。

 

 

「いいだろう! メロンの種とシキブの恥ずかしい妄想本の完結版を手に入れる算段も立ったことだ。なんでも話してやろうではないかぁ」

 

 

 




読んで頂きがりがとうございます。

この物語のゼオンくんのオリ術。
「ジオルグ・マ・ジケルド」
操作系の“オル”を織り交ぜてます。語呂が良く感じたのでこんな術名に。
ジケルドの上位なのでぶっ壊れ術です。ゼオンくん自身に磁力を付けられたらもっとやばいことになりますがさすがにナシ。


V様とモヒカン・エースは友達想いなお話。
パムーンが対価を払ってモヒカン・エースが解放されてます。
此処からゼオンくん達には個別にパムーンとV様の心残りを晴らすクエストが開始されます。
元パートナーの書いた小説は読みたいよな(ニッコリ)

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第四十六話:戦いの前夜に

いつもありがとうございます。


 

 てくてくと歩く。

 決して急ぐことのない足取りでの歩みは、とっぷりと沈んだ夜によく映えた。

 星と月が照らす歩道で、片方の手をポケットに入れてあくびをしながらゆっくりと。

 

 ゼオンは街の外れにてコーラルQと共に遺跡内部の監視と情報収集をしており、此処にはいない。

 コーラルQの送り込む超小型の情報収集端末は攻撃こそ出来ないが、多数の魔物が入り乱れる遺跡内部に於いては自然に紛れ込むことが出来る為、ゾフィス達の動きや作戦の詳細を余すことなく聞き取ることが出来るようだった。

 

 ただ、ゾフィス本人の私室と月の石本体のある部屋は別らしく、特殊な魔力装置によって魔力干渉が外部から出来ず、コーラルQの術により生み出された端末は忍び込めなかったとのこと。

 

 それでも十分すぎる情報を得られると確信したので、デュフォーは一人、清麿やガッシュとの約束を果たす為にと宿に向かっているのだった。

 

 いい夜だ、と思いながら歩くこと十数分。

 宿の前で見上げるとテラスにて一人で星空を眺める清麿が居た。

 

 すぐにデュフォーの存在に気付いた清麿はハッとした表情に代わり、慌てた様子で部屋に戻っていった。

 誰かを起こして来るか、はたまた一人で此処まで来るか。

 

 アポロはビクトリームとの話の途中で清麿達に合流させており、デュフォーが手ずからに調合した疲労回復や休息を促進する薬などを渡しておいた。

 今は夜半過ぎ。薬を信じて使ってくれているなら皆は寝静まっている頃だろう。

 

 デュフォーは夜に必ず、と言ったがあくまで何時かは指定していない。

 不信感を与えることも厭わずに時間を遅くしたのには理由がある。

 

 息を切らして下りて来た清麿は……ナゾナゾ博士を連れてきていた。

 

――ちょうど清麿に話しかけようとしていたDr.ナゾナゾだけか。それならいいだろう。

 

「デュフォー!! 無事だったか!!」

 

 アポロが戻る時に、ビクトリームと戦闘を再開したと伝えてくれと指示していたから清麿から心配の言葉が飛んでくる。

 ビクトリームの強さを見た清麿であれば、苦戦していたり激しい戦闘の後だから来るのが厳しくなったのではないかと予測するのは当然。

 埃や汚れを付けた服を着たデュフォーが歩いて来ればそうなる。

 

 一応本を持ってきたことで負けていないことをアピールするのも忘れずに。

 

 ただ、隣にいるナゾナゾ博士だけは冷や汗を浮かべてこちらを見ていた。

 

「大丈夫だ。いろいろと相手の魔物の事情も聴くことが出来たが、他のことに対する手間がかかってこんな時間になった。許せ」

「!! いいよ、無事ならそれでいい! すまない、結局あんたとあんたのパートナーの魔物に頼ることになって――」

「問題ない。オレ達もオレ達の目的の為に必要なことだっただけだ。お前達が仲間を誰も失わなかったのなら最善の選択だろう?」

 

 肩を叩きながら元気な様子を示せば、清麿は漸くほっとした表情に変わった。

 次にナゾナゾ博士に向き直り語りだす。

 

「久しぶりだな、Dr.ナゾナゾ」

「……うむ。まさかキミが直接手助けをしてくれるとは思ってもみなかったぞ。こうして実際に見るまで半信半疑だったほどじゃ」

「こっちも事情が変わったんでな。アポロやシェリーが居れば大抵の相手に対応できるとはいえ、少々厄介なことになった」

「清麿くんから聞いておる。まさか意識を持ったまま協力しているパートナーがおったとは……」

 

 難しい顔に変わった清麿とナゾナゾ博士。

 夜遅くまで続いた明日の作戦会議は終わっている。ビクトリーム並の戦力があと四体居るという事実を込みで、どうにか、か細い勝機をつかみ取る為の策を練ったのだろうということがその表情から分かる。

 

「デュフォーと別れた後、違う魔物との戦闘になってさ。其処に一緒に来ていたレイラという魔物から聞いたんだ。

 千年前の魔物の中にも自分達が良くないことをしていると分かっている魔物は居るって。無理やり人間を巻き込んで戦うのはダメなことだってその子は気付いてた。それでその子がオレ達を逃がしてくれて、今その子は一人でゾフィスに対して情報の攪乱をしてくれてる」

 

 概ねそうなるだろうと思っていた結果を聞いて、“答え”から外れていないことを確認。

 

「ビクトリームは……どうなった? その……レイラって子と友達だって言ってたから……」

 

 引き受けてもらったという負い目もあるだろう。清麿は言葉に詰まりながらも言った。

 

「あいつは遺跡へと戻した。レイラという魔物の言う通りに、千年前の魔物達の中にもゾフィスに反抗的な魔物は居る。ビクトリームが戦っている理由も聞いた。あいつも友達の為に戦う魔物の一人だ」

「なんとっ」

「そ、そうなのか! ならっ」

「お前達の予想の通り、ビクトリームはレイラと同じく敵ではない」

 

 ほっと大きな息を吐いたのも束の間、デュフォーは、だが、と続けた。

 

「味方にもならない。正しくはなれない、というべきか」

「それは、どういうことじゃ……?」

「……」

「ビクトリームとモヒカン・エースはゾフィスと取引きをしていた。現代の魔物を一定数倒すことでレイラのパートナーの意識を戻すという取引きだ。ただし、意識を戻しても制限と制約を付けて配下として共に戦うのが条件。それ以上細かく聞くことが出来なかったが、レイラと共に配下に加わる条件は別の魔物に対する足枷の役割が大きいだろう」

 

 淡々と語られる内容に、二人は思考を回す。

 

「千年前の魔物の中に一体、ビクトリームを超える強力な力を持ちながらも正義の心をもったヤツが居る。ゾフィスがビクトリームとレイラへ掛ける制限と制約はそいつの自由を縛る鎖だ」

 

 驚愕に目を見開いた二人に向けて、デュフォーは指を一つ立てた。

 

「そいつは仲間を見捨てられない。

 そいつは他の魔物達を自由にしてやりたい。

 そいつは新しく出来た友達を救いたくて仕方ない。

 その魔物の名前はパムーンという」

 

 一拍の間。何かを言おうとした清麿だったが、一瞬の逡巡をして真剣な面持ちに変わった。

 

「ナゾナゾ博士」

「……何かね?」

「あんたはなんでも知ってる不思議な博士だ」

「……そうだよ。私はなんでも知ってるナゾナゾ博士だ」

「じゃあ……あんたとデュフォー、どっちが魔物や魔界、この戦いについて物知りなんだ?」

 

 言葉は紡がれない。

 シルクハットで目元を隠したナゾナゾ博士の行動こそが答えだった。

 

「……夜に説明してくれるって約束、覚えてるよなデュフォー。あんたはなんで其処までいろいろなことを知ってる? ナゾナゾ博士はオレ達の一歩や二歩先で情報を掴んで動いてくれてるのは分かるし理解出来るけど……あんたは博士とはわけが違う」

 

 疑念も疑問もある。

 

「敵の情報を知りすぎていることもそう、敵の拠点の動きに完璧な対応を組み立てていたこともそう、オレ達がどんな術を使ってどんな連携をするかも全て理解していたのもそう、そしてゾフィスの企みをいち早くに気付いて動いていたことも……」

 

 異常すぎる、と。最後まで言葉を流すことなく。

 

 聞いてくるだろうとは分かっていたから、デュフォーはなんでもないことのように頭を掻いた。

 

「ゾフィスが何故、千年前の魔物を蘇らせることが出来たのか……ソレを突き詰めて考えることはしなかったんだな」

「それは……王になる為に――」

「じゃあなぜ、千年前に石版の魔物達と親交のあった他の魔物達はそいつらをその時に復活させなかった? ゾフィスが人間界に来てこの数か月という短時間で出来たなら、千年前の魔物達も死にもの狂いで解決策を練って石版の封印を解いているはずだろう?」

「……」

「“答え”は一つ。王になった魔物でさえ、魔界の王という圧倒的な力を得たとしても、出来なかったんだ」

 

 虚を突いた質問により、二人はすぐに思考を回していく。

 

「誰も解くことが出来ない術に縛られ、戦いが終わっても取り残された魔物達。魔物達にも親は居るし友達だっている。本当なら戻ってくるはずの子供達が戻らず、戻すこともできず、そんな中でも王となって魔界を治めなければならなかったのが魔界の王だ。

 子を失った親はその王をどう思う?

 子を還してくれない王を、親はどう思う?

 千年前に王となった魔物は……それをどう考えたと思う?」

 

 あ、と声を漏らしたのは清麿。ナゾナゾ博士は苦く歯を噛みしめる。

 

 それは誰も気付くことのない千年前の出来事。

 

 其処にはどれほどの悲哀が溢れ、其処にはどれほどの悪感情が渦巻き、其処にはどれほど大きな弾劾の声が上がったことだろう。

 

「千年。千年だ。膨大な時間を掛けて準備をし、もう一度人間界と関わりが持てる王を決める戦いの機会に合わせて、万全の準備を整えた。幾千幾万という試行錯誤の果てにゴーレンという魔物が掛けたイカレた術を解明し、復活の方法を見つけ……そうして、一人の魔物にその結末を託した」

 

 顔を青褪めさせた二人は、特に孫の命を己の手で失ったナゾナゾ博士は顔色がみるみる悪くなっていった。

 

「ゾフィスは千年前の魔物達を救う為の研究をしていた一族の魔物。そしてオレのパートナーは……魔界の王からその研究の成果を見届けることを課せられた魔物だ。

 千年前の魔物達が一人残らず復活出来るように、間違っても壊されたり利用されたりしないように、ゾフィスとオレのパートナーにしか石版の情報は教えられなかった。

 千年……それがどれほどの年月かは奴らと王にしかわからない」

 

 その答えに、ふるふると震えた手でナゾナゾ博士が顔を覆う。

 

「魔界に帰っても、あの子達に居場所は……あるのかね?」

 

 苦しそうに紡いだ声に、デュフォーは無機質な答えを返した。

 

「ない。石版の魔物以外で千年前から現在も生きているのは魔界の王だけだと言っていた。家もなく、途絶えた一族も居て、昔の友や家族は誰一人いない。魔物達の境遇は、千年前の人間が現代にやって来て暮らせと言われるようなモノだ」

「なんという……あまりにも……あまりにもそれは……」

 

 声なき声が消え行く。

 清麿は、其処で気付く。

 

「あの時、イヤホンを当てて帰る魔物達に声を掛けていたのは……そういうことか」

「寄る辺なき魔物の子達が帰っても迷わないように。魔界の王が何かしらの対策をしているかもしれないが、こちらからも打てる手は打っておくべきだからな。

 お前達が“人間達”を救う為にと力を合わせて集まったように、オレ達は“千年前の魔物達”を救う為に計画を立てて進めてきたというわけだ」

 

 清麿は漸く、腑に落ちたといった表情で吐息を落とす。

 清麿達が見ていたのは人間達。しかし遺跡で戦ったことで魔物達の心の中も知れた。

 初めから魔物達の置かれた状況も何もかもを理解している魔物が居て、それを救おうとしていたというのなら……デュフォーの動きは、間違いなくそういった動きだと理解出来たのだ。

 

「魔界側の状況……戦った魔物の子供の感情もあの時になるまで分からなかったし、其処までは考えられなかったなぁ」

「確かにそういった情報を先んじて手に入れておったのなら私達よりも何歩も先を進んでいることも納得じゃな」

 

 ふいと視線を切りつつ言う博士は、デュフォー本人の異常性は敢えて話題に出さず。

 しかし、裏社会を操る“D”としての恐ろしい能力の使い道がパートナーの魔物に対しての助力だったのだと理解を置き、少し彼のことを知れたことで大きな安堵も得た。

 

 冷たい眼差しの奥に、一筋の暖かさを宿す。そんなデュフォーの瞳としっかりと視線を結んだ清麿は、手に持っていた石を掌に乗せてデュフォーへと差し出す。

 

「明日の作戦、オレ達は月の石本体の破壊を目指して動く。一つのチームとして動きながら上を目指し、攪乱されても必ず二組になるようにして戦っていくつもりだ……デュフォーならそれくらい予想してるんじゃないか?」

「操られている人間達を解放すれば千年前の魔物達の戦力はほぼ無くなる。ビクトリーム以上の魔物や複数の魔物に対しては個別に対処できないから生存率を上げる為に二組以上で動く、お前達にはそれがベストだろう」

 

 当然とばかりに言葉を並べれば、清麿は大きく頷いて先をつづけた。

 

「アポロに頼んでインカムも揃えて貰った。これで別れても互いの状況が分かるし――」

「残念だが、人間の通信機器は明日は使えない」

「え――」

「今日が不意打ちだったから成功しただけで、明日は本腰を入れて防衛しに来る。現代の地球の技術力も把握していることはゾフィスの頭脳を考えればほぼ確実、電波妨害を起こして通信による情報交換の阻止は間違いなく行うだろう。

 お前達が威力偵察をしたように、ゾフィスもお前達の実力を測っていたということだ」

 

 顎に手を当てたナゾナゾ博士がすぐさま返した。

 

「つまり……わざと見逃した、とそういうことじゃな?」

「ビクトリーム程の魔物との戦闘をゾフィスが気付かないはずがない。内部の魔物による報告を差し止めていても、遺跡外部を巡回している魔物だっている。オレ達が通信を使えたのならば相手も使えるということを忘れてはならない」

「……対策は必ずしてくるかな? 相手にとっても通信での情報交換は重要じゃないか?」

「相手は人間の意思を奪っている。情報を用いた戦闘状況の整理は魔物だけでするのと人間が担当するのとでは動きの質が変わってしまう。相手の方が正確に情報のやり取りを出来ることを許すような魔物じゃない」

「……敵の方の利が高く大きくなるというならばゼロにしてしまおう、と?」

「そうだ。ゾフィスの性格、思考、そういったモノを加味しても通信規制を行ってくることは間違いない。あいつは己が有利な状況で立ち回りたいタイプだろう。オレのパートナーに釘を刺されているからそれも恐れて余計にな」

 

 デュフォーの口ぶりに、清麿とナゾナゾ博士は驚きに表情を染めた。

 

「ゾフィスを知ってるのか!?」

「ああ、一番最初の魔物の復活に立ち会った。王からの伝言を伝え、ゾフィスの一族がしてきた仕事の成果を確かめ、千年前の魔物達が確実に生還出来る確証を得る為に直接会うのは当然のことだ」

 

 当たり前だと、デュフォーは自然に言い放つ。

 

――甘いな、清麿。その甘さには、少し現実を教えることも必要か。

 

 冷たい目には、先ほどまでの僅かな暖かさはなく。

 

「お前達はこう思っているな?

 その時には既に沢山の人間がひどい目に遭うことを予測していたんじゃないのか。

 ゾフィスを止めることは出来たんじゃないのか。

 監視を付けていればこんなことにはならなかったんじゃないのか……と」

 

 凍てつく目からは、一切の感情が排斥されている。

 

 デュフォーの放つ圧力は、今まで感じたことのないようなナニカ。

 心の中の疑問を言い当てられて二人は何も言えない。

 

「いいことを教えてやる」

 

 ぽつりと落とされた。

 一拍を置いて、デュフォーが冷たい現実を投げ入れる。

 

「ゾフィスの計画はこれでまだ第一段階だ。千年前の魔物という手駒が揃い、駒の実力を把握しているだけ。あいつの一族は千年の記録を持っているから、“魔界を滅ぼす二つの脅威”の存在も把握している。

 第二段階はその内の一つを手中に収める為に動く。お前達が遺跡に来たのを迎え撃つことにしたのはいわばその為の前哨戦、そしてパムーンやビクトリームという強力な魔物を完全に支配下に置く為の機会にし、オレのパートナーやブラゴなどの強力な魔物を倒す力を得る為の足掛かりにすぎない」

 

 デュフォーが求めた問いに、“答え”は出ていた。

 

 雷帝ゼオンが介入した時点でゾフィスにはもう後に引けない理由が出来た。

 アシュロンとの戦闘の魔力に怯えただけではなく、一族の情報にある“バオウ”の存在も対策せねばならなくなった。

 竜族と王族が潰し合ってくれるのならばいい。出来れば自分のことを知られている雷帝に消えてくれと彼は願った。

 しかしそれが臨めない可能性があるのなら、更なる力を求めるのは当然のこと。

 

 ゾフィスは研究者の一族であり、王にも近しい立場であった。

 だからこそ、彼は今回の戦いに於いてもう一つ大きな計画を進めている一族の情報を持っていた。

 

 デュフォーは其処までは言わない。

 今はまだ、その時ではないのだ。

 

「オレ達がゾフィスを止めていないのは……オレ達ではなく、お前達とブラゴがゾフィスを止めることでこそ、“この次”に繋がると思っているからだ。

 ガッシュ、ロップス、ティオ、キャンチョメ、ウマゴン、キッド。そしてここにきているウォンレイ。それぞれが苦難を乗り越えることで大きな力を得ることになる。

 人間達の被害を良しとしたことを非難するのならしてくれていい。必要な犠牲を強いた非情な心の持ち主だと嫌悪してくれて構わない」

 

 思い浮かべるのはゼオンの表情。

 石版の魔物達を救えないと悲しんでいる彼の心を想えば、デュフォーの心にも影が落ちる。

 

 それでも、と覚悟を決めているのがゼオンだから。

 デュフォーも同じ気持ちで清麿達へと言い切ることにした。

 

「“魔界と人間界を滅ぼすほどの脅威”が育ちつつある。それを防ぐ為に動いているのがオレ達だ。贖罪や懺悔で地に伏すよりも、怨嗟と憎悪を向けられても歩み進むことを選んだ」

 

――全ては、“あの夜に失われた温もり”の為に。

 

 続きの言葉を呑み込み、ふいと、デュフォーは拳を上げる。

 それはいつもゼオンがするモノ。レインや認めた相手に対して行う一つの仕草。

 

 トン、と清麿の胸に拳を当てた。

 

「“オレ達の敵”は、“お前達とでなければ倒せない”。ゾフィスの野望を砕け、清麿。そして全員で強くなれ。お前達の力がオレ達には必要だ。明日も、そしてこの先も」

 

 真っ直ぐに射抜いてくる瞳の奥には、覚悟の炎が燃えている。

 

 先ほどまでの凍てつきとは全く違う、静かで……そして想いに溢れた炎があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 去っていく銀の背を見送って、その場に取り残された清麿とナゾナゾ博士。

 

 しばらく、ほんの数分の無言の後に清麿が大きく息を吐き出した。

 

「……なぁ、ナゾナゾ博士」

「なにかね?」

「デュフォーは……あんたと同じことを、敵を使ってしようとしてるんだな」

「……そうじゃな」

 

 前に会った時は感情と心の奥底が見えなかった。

 今回はその心の内と思考の断片を語ってくれた。

 

 ナゾナゾ博士はデュフォーについての見識を広げる。

 

 

 胸に拳を当てて、清麿はじっと心を覗き込むような表情をしていた。

 

「全部は教えてくれなかったけど、教えて貰ってばかりじゃダメだよな」

 

 トン、と胸をその拳で叩く。

 

 受け取った熱が一つ。

 必要だ、とあれほど真っすぐに言われて灯った熱が一つ。

 

 パチン。頬を叩く音が響き、清麿は気合いを一つ入れた。

 

「ありがとな、博士。心配して様子を見にきてくれたんだろ? デュフォーと会うのに一緒に来てくれて助かったよ」

「フフ……彼が苦手か?」

「いや……その……一人だと緊張しちゃって、あんな風に深くまで聞けなかったと思うんだ」

「それを言うなら私もじゃ。彼と初めて会った時などシェリー嬢と同じくらい恐ろしい空気じゃったからな。清麿くんが居てくれて彼のことや魔界のことが多く理解出来た」

「ならよかった」

「ま、少し苦手なのはあるけれどな?」

「……オレも今は、な」

 

 互いに笑い合って頷き合う。

 

「いつか、キミと彼は腹を割って話せるじゃろう。私にはそう見えたよ。彼は……どことなくキミに似ておる」

「オレに、デュフォーが?」

 

 ないないと首を振る清麿。苦笑を落とした博士は彼の背をポンと叩く。

 

「さあ、もう寝なさい。皆で立てた明日の作戦は過酷じゃぞ。レイラという子や人間達を助ける為には体力を蓄えねばならん」

「ああ、そうだな。もう寝るよ」

 

 背を押されたまま、清麿は建物に向けて歩き出す。

 

 ふと、足を止めた彼が振り返った。

 

「博士。明日が終わったら、キッドと一緒にウチにまた遊びに来てくれよ。ガッシュも遊び相手が欲しいだろうし……」

 

 ぽりぽりと頬を掻いて、彼は恥ずかしそうに言う。

 

「強くなる為には……なんでも知ってる不思議な博士に、オレも習うことがあると思うから、さ」

 

 

 それだけ! と子供っぽく言った彼は、返答も聞かずに建物へと入っていった。

 

 その背を見送りながらナゾナゾ博士は優しく笑う。

 

 

 

「ああ……そうじゃな。キッドと私で……共に……」

 

 

 

 空に浮かぶ三日月だけが、その約束を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遺跡の中、ゾフィスの研究室の近くの部屋。

 夕暮れ時に遺跡の外で大きな魔力を感じたことで、探索に出て帰還した所である。

 

 探索の結果は見ての通り。

 ボロボロになったVをかたどった魔物と、自慢のモヒカンがひしゃげてしまったモヒカン・エースと呼ばれる人間。

 天井に空いた穴の隙間から漏れてくる月の光で傷ついた身体を癒しつつ、ビクトリームがパキパキと間接を鳴らして伸びをする。

 パムーンはビクトリームが魔界へ還らなかったことにほっとしていた。

 

「しかし驚いたぞビクトリーム。大きな魔力を感じたと思って其処に行けばお前の最強術が飛んでくるんだからな」

「ふん、それほどまでに敵が強かったのよォ。貴様が来たと気付いて去っていったが、アレは二対一でも勝てたか分からんなァ」

「だな。肉体強化だけでアレだ。相棒が奥の手を出さなきゃやばかったぜ」

「レイラかパムーンのどちらかがおればもう一つの術も出せたが……それでもせいぜい引き分けだ。あの人間が動き出してから明らかに動きが変わった。パートナーでもない虫の小僧と厄介な連携をしていた所を見ても、あの人間が魔物の力を十全に引き上げているのだろう」

「それほどの魔物と人間か。もしや……黒髪の少女のような見た目をしていたか?」

 

 腕組みをしながら問うと、モヒカン・エースが頷く。

 

「ああ。リエムって名乗ってたぜ。敵の網に捕まってからぶっ飛ばされて、“ちょっと気を失ってたところに相棒が攻撃を受けてすぐに戦闘”に突入した。

 電気みたいなバチバチした何かを受けてオレも相棒も目が覚めたんだ」

「寝ていた私達が悪いが、本を燃やさなかったのは私達の実力を見るためだろう。我らの戦力を確認しにきて、増援が来たから引いたといった所か」

 

 彼らの話を聞き、パムーンは首を捻る。

 

――どういうことだ? ベルの一族なのだからパートナーの意識のあるこいつには話をしていてもいいはずだが……。

 

 件の人物と出会えたのなら違う流れになると思っていたのに、パムーンの予測とは違う結果に終わっている。

 考えても答えは出ない。

 

「そういえば……去り際に不思議なことを言っていたな」

「ああ、あれか。なんなんだろうな?」

 

 ふと、二人が言葉を零して思考を会話に戻す。

 

「なんて言っていたんだ?」

「確か……」

「“借りたモノは必ず返しに行く”……だったか」

「やられちまった借りを作ったのはこっちだけどな!」

「フハハ! 次に出会った時はこの私の美しく華麗なるパワァで勝利のVを刻んでくれるわ!」

 

 ますます謎が深まる答えだと思うが、いつもの調子を取り戻したビクトリームに苦笑を一つ。

 

「私とレイラとパムーンが揃えば竜族にだって負けんからな! さあ、パムーンよ! 今から夜空の星に向けてVの鍛錬へと赴くぞ!」

「ふふふ、またか? 初めてした時はレイラも混ざってきたよな。あいつだけ置いてけぼりだと後が怖いぞ?」

 

 ビクトリームと打ち解けた初めての夜のことを思い出して、パムーンはやれやれと首を振る。

 そうして部屋を出て行こうとした時に、

 

「……? 貴様とVを刻むのは初めてのはずだがァ……」

「え……何を――」

 

 後ろから掛かった声に呆然として、

 

 

 

「やめてぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!!!

 イヤァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 

 

 

 突如、隣の部屋から女の子の絶叫が鳴り響く。

 

 その声に覚えのあるパムーンとビクトリームは、跳ねるように部屋を出て隣へと駆けこむ。

 

 其処で見た光景は……あまりにも悍ましいモノだった。

 

「おや? 来てしまったのですね? お二方」

 

 にやりと笑ったゾフィスが手を翳している相手は、彼らの友である月の少女の魔物、レイラ。

 

 パキパキと音を立て彼女の手足が石へと変わっていっていた。

 

「やめてっ! やめてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 いやいやと首を振ることしか出来ない彼女は、叫ぶだけで恐怖により暴れることもできず。

 瞬時に動こうとしたパムーンをツァオロンが、ビクトリームを他の四体の魔物が抑え込んだ。モヒカン・エースは一体の魔物に拘束されてしまった。

 

「ゾフィス!!! 貴様ぁ!!!」

「レイラッ! ヌゥゥゥウウウウウウウウ!」

 

 引き倒された状態で叫んでも、魔物達は強化の術を唱えていてびくともしない。

 

 にやにやと厭らしい笑いを浮かべたままゾフィスが言う。

 

「ビクトリームは月の石の部屋へと連れて行きなさい。今日の戦闘の記憶を見せて貰い……王家の使者との接触が本当に戦闘だけだったかを記憶から調べさせて貰います」

「ゲロッパ! 了解ゲロ、ロードゾフィス!」

 

 まとめ役の魔物のビョンコが返事をして、ビクトリームが連れていかれる。

 

「レイラァ!」

「いやっ、助けて! ビクトリーム! パムーン!」

 

 滂沱の涙を見ながら手を伸ばしても、ビクトリームの手は届かなかった。

 閉められた扉は無慈悲に。

 

「お静かに、レイラ、パムーン。そうでなければ、私がさじ加減を間違えて完全に石へと戻してしまうかもしれません」

「ヒッ」

 

 ビクリと大きく震え、小さく、浅く、彼女は呼吸をするだけになる。

 その間も恐怖で涙が止まらない。

 見つめる先のパムーンは、助けを求められているその視線に心が引き裂かれてしまいそうだった。

 

 ぎりぎりと歯ぎしりと音を鳴らしゾフィスを睨んでも、薄ら笑いが途切れることはない。

 

「……離せ、ツァオロン」

「動くなパムーン。今はゾフィスの話を聞け」

 

 恐怖の汗を流しているのはツァオロンも同じ。

 如何に強い魔物であろうと、やはり千年の石の呪縛を間近に見ると心が恐怖に染まるのは抑えられないらしく。

 しかして、術の強化でどうにかパムーンを抑えることに成功していた。

 術を唱えている玄宗は一人、行われている非道な出来事を見ることなく背を向けていた。

 

「そうそう。パムーンのパートナーですが、無事に意識を取り戻す約束は果たしました。此処からは契約通り貴方のご自由に……と言いたいところですが、貴方たちが求めた“賞品”がどうやらおいた(・・・)をしたようでしてね。

 せっかく一網打尽に出来そうだった敵をわざと逃がし、共に戦う仲間であるはずの魔物を見殺しにし、あまつさえこちらの情報を教えてしまったそうなのですよ」

 

 紡がれる説明にも、パムーンの心は動かない。

 敵意と殺気を込めてゾフィスを睨むだけ。

 

 ふん、と小さく鼻を鳴らしたゾフィスが指を鳴らす。

 

 瞬間、パキパキとレイラの身体に石が広がっていく。

 

「イヤッ、いやだっ! 助けて! 助けてっ、パムーン! アルベール!」

「やめろォォ! ゾフィィィィス!!!!」

「ゴウ・エルド」

 

 首元まで石化が進み、恐怖でレイラの心は支配されていく。

 弱い術のままでは動かれると察した玄宗がさらに術を唱えて、パムーンの拘束は強化された。

 

 スーッと近づいてきたゾフィスが、しゃがみこんでパムーンの瞳を覗き込む。

 

「魔界軍でも軍規を乱したモノは処罰が待っています。裏切りと情報漏洩の利敵行為など、通常は死罪です。それを再びの石化だけに留めてあげようというのですから感謝してほしいモノですね」

 

 三日月のように割いて嗤う口。

 わなわなと震えるパムーンは怒鳴りつけてやりたいのをどうにか堪える。

 

「何が……望みだ……ゾフィス……」

 

 怒りでどうにかなりそうになりながら言葉を紡ぐ。

 

「おやおや、私は貴方には自由を約束しているのですよ? ビクトリームやレイラのパートナーの解放も、あくまで貴方が提案してきたことではないですか?

 それではまるで私が貴方を脅しているようでしょう? 心外ですねぇ」

 

 首を横に振りながら言うゾフィスは愉悦に顔を歪めていた。

 

「リエムという王族の使者の情報はビクトリームから得られるでしょう。ゴーレンと最後に戦った魔物であるビクトリームとの接触が戦闘だけで終わるはずがありませんからね。なので……私が貴方からあの魔物の情報を得ようとすることはもうないんです。

 ツァオロン、喋れないようにしておいてください」

 

 指を目の前で振って、また笑う。

 すっと立ち上がったゾフィスは、またレイラへと近づいて行った。翳された手が、薄く光る。

 

「ヒッ、や、やめてっ! アルベールッ! アルベール助けて! 怖いの! 石に戻りたくない! もう一人になりたくないのっ! まだ、貴方と、おしゃべりもしてないのにっ! アルベール!!!」

 

 パムーンも動けないと分かってしまったから、レイラは傍に立っているアルベールへと助けを求めた。

 無表情で感情の宿らない人形のような彼は、名前を呼ばれてレイラの方を向くけれど何もしない。否、出来ない。

 助けてと言われても、彼は困ったように眉を寄せることしか出来なかった。

 

「お願いっ! アルベール――」

「とりあえずうるさい口は閉じてしまいましょう」

 

 石化が口まで進み、目と耳だけがレイラに許された感覚となった。

 涙は止まらない。悲鳴はあがらないが、その表情だけで何を求めているか分かる。

 

 どれほどの恐怖だろうか。

 どれほどの絶望だろうか。

 

 それが分かってしまうからこそ、パムーンの怒りが募っていく。

 

 ゾフィスは、呆れたように吐き捨てた。

 

「希望など見せるから。だから絶望がより深くなってしまうんです。パムーンが行って来たことは貴女の失態一つで無駄になりました。失意の底で反省しなさい、レイラ。もし、救われることがあるのなら、その救ってくれた相手の言うことは今度こそちゃんと聞くことですね」

 

 ぱちり、と。再び指が鳴らされる。

 涙を流す彼女の顔を、パムーンは最後まで視界から外すことは無く。

 バキバキと、石化が進む音がした。

 

「――――――――っ!」

 

 声なき声を上げるパムーンから魔力が溢れる。

 

 すっと音もなく近寄ったゾフィスは、懐から一つの機械を取り出して彼の首に当てた。

 意識を断たれたパムーンは力なく崩れ落ちる。

 

 静かになったその部屋で、全てを見ていたモヒカン・エースの怒りに満ちた鼻息が大きく響いていた。

 

 けっ、と。玄宗が嫌なモノを見たと声を短く吐き出す。

 

 仕事は終わったとばかりに、恐怖で流れた冷や汗を拭いながらツァオロンが玄宗の横に並ぶ。

 

「何か言いたいことでも?」

 

 短く告げたゾフィスの声に、喋れるようにされたモヒカン・エースが声を上げた。

 ただし、相手はゾフィスではなく。

 

 

「お前は……お前はそのままでいいのかよっ!! アルベール!!!」

 

 

 怒りの声は、きっと何かを動かした。

 

 パタリ、パタリと落ちはじめた涙の雫と。

 

 大切な宝物を扱うように抱きかかえたその腕。

 

 今更おせぇよ、このバカ野郎が……そう言いながら、モヒカン・エースは泣き崩れる。

 

 

 

 

 

 

 一人の少女は、目を開くことはなかった。

 

 

 

 

 にやりと笑ったゾフィスだけが、ゆるりと声を部屋に響かせる。

 

 

 

「フフフ、王族の使者を倒して貰うのにパムーンを縛り付けられればと思いましたが……これはもっと面白いことが出来そうですね」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~蛇足~ 知らなくとも、届けたくて

 

 

 

 

 

 日が明けるにはまだしばらく。

 

 誰に気付かれることもなく忍び込んだ一つの部屋。

 

 渡した薬の効果もあって朝まで誰も起きることはないだろう。

 

 触れることは許されない。

 

 起こすことは許されない。

 

 抱きしめることも、頭を撫でることも、何もかもが許されない。

 

 ほんの少しなら大丈夫だろうと、“答え”が出たから。

 

 呪いの痛苦を和らげて貰いながら愛しい弟の前に来た。

 

 どれほど願っただろう。

 

 強くなったな、とか

 

 元気にしているようだな、とか

 

 そっちでの暮らしは楽しいか、とか

 

 そんなことを話したいのに。

 

 こんなにも近いのに、すぐ傍にいるのに、何も出来ないことが苦しくて仕方ない。

 

 

 わがままを言った。

 

 どうしても

 

 どうしても

 

 知らなくても

 

 聞こえなくても

 

 届けたかったから。

 

 

 

 

 愛する弟の耳元に、静かに言の葉を置いておく。

 

 

「がんばれ……ガッシュ……」

 

 

 それだけを、届けておいた。




読んで頂きありがとうございます。


清麿くんとデュフォーくんとナゾナゾ博士の会話。
この先の戦いの示唆と少しの情報開示をデュフォーくんが行いました。


後半はゾフィスくんです。作者はパムーンのように怒りを募らせながら書いてました。
最後のは蛇足です。どうしても書きたいシーンだったので。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第四十七話:まだ時ではなく、じき時は来たる

いつもありがとうございます。


 

 遺跡から遠く離れた森の中。

 コーラルQからの情報では、遺跡付近に電波妨害が生じていて通信機器は使えないとのこと。

 あいつの術での映像にも若干のノイズが掛かり、音声の伝達などは行えずこちらから連絡を取る手段もない為、昨日のように情報を交換しながら状況を見守ることはできないらしい。

 デュフォーは今日もガッシュ達のサポートとして同行している。あいつの答えを出す者(アンサートーカー)頼りになってしまうが、いざという時はオレが渡した緊急用の情報伝達手段を用いて合図を送り、オレが突入する手はずとなった。

 瞬間移動や記憶封印の他にも、特殊な魔力での術を覚えていたのが役にたった。

 

 現在、“待ち人”と少し会話をする為にこうして遺跡から離れた位置に来ている。魔力感知をしたところ、戦闘になっているのが読み取れたので合流に少し時間が掛かるだろう。

 

 “待ち人”に比べて敵の魔力の大きさはそこまで大きくない。アレならウォーミングアップ程度にしかならんか。

 遺跡までの道に何体も魔物が配置されているのは知っている。わざわざ教えてやる義理もなく、“待ち人”からしたら教えられること自体に腹を立てるのが分かりきっているから朝も何も連絡せずに居た。

 

 遠くで大きな魔力が溢れた。数か月前に戦った時より遥かに洗練された魔力の波動は、オレやアシュロンには届かなくともかなり大きなモノだ。

 間違いなく、待ち人――ブラゴとシェリーがやってきたのだ。

 魔力の流れから、感情の乱れは感じられない。

 少しの高揚があるか? ブラゴも強者との戦いに心を躍らせているらしい。

 

 デュフォーも特段あいつらには情報を渡すこともないと言っていたから、自力で辿りつくことに意味がある。

 

 オレとデュフォーの見立て上、これからの戦いの為には、ゾフィスとの戦闘によるブラゴとシェリーの成長は絶対だ。

 

 記憶を見て、そして実際にアシュロンと戦って分かった。

 

 “クリア・ノート”はどんな手段を用いてでも倒さなければならない“最大の敵”だ。

 オレ一人で倒せるなどと驕り高ぶるつもりはない。デュフォーの能力があれば絶対に勝てると楽観視することもない。

 

 あのアシュロンが一方的にやられるのだ。その事実がある限り、呪いが解けてバオウからのデバフの無くなったオレですら勝利は難しいと思われる。オレの隣にデュフォーが居てやっと勝ちに手が届く程度。

 敢えて勝ちの目を見るのなら、今の万全でないアシュロンと今の制限されたオレが組み、死を覚悟して戦って五分。だからこそ、“クリア・ノート”はオレとアシュロンの同盟に対しても動くことが無いのだとデュフォーからは言われているが。

 

 それほどの相手だと、アシュロンの記憶を見てオレとデュフォーは確信している。

 

 デュフォーという最高の切り札がこちらにあるから敵がどの程度の情報を持っているのかわかり、即座に対応できるようアシュロンとつかず離れずの距離を取っていることが“利いて”いる。

 今は互いに駒を進めて陣形を完成させるよう動いている状態といえよう。

 こちらは駒を集め、あちらは環境を整える。

 こちらは持ち駒の強化を図り、あちらは十全に力を振るう為の準備を進めている。

 

 お互いが目的のための脅威だと思っているからこそ、必滅出来る準備期間として動いている……というのがデュフォーの出した“答え”。

 

 クリアについての情報開示をすることは得策ではない、とも言っていた。

 何故ならば、あいつはいつでもこちらの同志の魔物を数体くらいは消せる手段を持っているらしく、ガッシュ達の成長に力を注ぎたいこちらにとって、先んじて消される可能性があるからだ。

 

 ガッシュが近くに居る時に遭遇しては本気で戦うことなど出来ないからこそ、クリアに先手を打って攻勢を仕掛けることはせず、今はオレの周りとガッシュの周りの強化に専念しなければならない。

 

 デュフォーが清麿を焚き付け続けているのも……オレとガッシュにとって最大の問題を解決する為に必要というのも大きな理由の一つ。

 

 ブラゴとシェリーの重要性は此処から。

 オレとアシュロンが定期で情報交換をするという状況的な睨みを利かせ、さらにこうして連携を深く取ってクリアを牽制している間に、ブラゴとシェリーには強くなってもらわねばならない。

 あいつの潜在能力は高く、術の多様性も広く、そして何より“心が強い”。

 

 レイン、アシュロン、エルザドル……あとはこの戦いが終わり次第勧誘に向かう“荒くれ者”を同志に引き込めたとしても、ガッシュの中に居るアレをどうにかするにはもう一つ保険を掛ける必要がある。

 

 ブラゴは同志にはならない。だからこそ、“貸し”を返しに来る。

 この戦いで少しでも関わることがあれば、以前に出会ったと言っていたガッシュと清麿にとってもいい成長の為の目標となることだろう。

 

 さらに言えば、クリアからの奇襲に長い時間を耐えることが出来る実力者というのも大きい。

 オレの大陸間移動とアシュロンの高速飛行を組み合わせることが出来れば、この星の全てに駆け付けられるのだから。

 

 

 閑話休題。

 

 

 時間にまだ余裕があるのなら……あっちにも連絡しておくか。

 遺跡付近の強力な電波妨害だけで、此処はそこまで強くない。

 

 懐から取り出したのはボロボロになった爪の首飾り。予備はもうなく、あいつらの場所が分かってもマーキング地点ではないから取りに行くことも出来ないし、あいつらも自分達の役割の為に動いている真っ最中だ。

 万が一の時の為に取り置きしておいた予備をビクトリーム相手に使い潰すことになったのが誤算。しかしこれでより深くゾフィスのヤツにオレの術だという印象を与えられたことだろう。

 

 小さなため息が出た。

 

 取り出した端末の液晶を操作してビデオ通話をオン。数コール。

 時差の関係で今あちらは夜。

 この時間ならばあいつは自主トレーニングをしているやもしれんが……。

 

『おう、やっと連絡してきたか』

 

 問題なく出た相手――レイン。パチパチと焚き火の音が聴こえる。声は小さく、きっとカイルが近くで寝ているのだ。

 

 レインとカイルは現在、アシュロンとは別の竜族の神童、エルザドルに会いに行っているところ。

 森の中に居るらしい相手を自力で探して見つけ出すのもカイルやレイン自身の成長の為だとして、デュフォーの力を使うことは無かった。

 

 オレがチェリッシュの所で力を使った時と、昨日のビクトリームとの戦いの時に協力して貰っているのでこちらの状況は知っている。

 

「カイルは寝たか?」

『昨日、協力したのがこっちでは朝方だったからな、さすがに疲れが出たんだろう。今日はゆっくり休めと言って寝かせた。何かあったら起こすように強く言われてるが』

「……心配性だな」

『そりゃあそうだろう。オレ達の力を使って戦ったような魔物が他にも何体も居るんだろ? いくらバカつえぇお前とデュフォーとは言ってもさすがに心配くらいする』

 

 オレも、カイルも。

 そう言ったレインの声にウソはない。

 心から言っているのが分かって少し胸が暖かくなる。

 

 昔のオレならそんな発言をされれば見くびられたと思って不機嫌になったかもしれん。

 今はまあ……

 

「ふ……一応の感謝くらいは言っておいてやる」

『お前ってやつはよぉ、ほんとに』

 

 礼の言葉くらいは返していいと思えるようになった。

 カイル相手ならば素直に口にしてもいいが、レイン相手ならこれくらいでいい。

 苦笑を零している様子からも、いつものやり取りのままだと思ってくれているのだ。

 

 このまま緩く会話を続けようかと思うも、遠くの方でそこそこの魔力反応が消えたことが感知されたので切り替える。

 

「時間が限られているから報告は短く行くぞ。こちらはつつがなく進んでいる。デュフォーの立てた作戦通りに、ゾフィスとの戦闘はブラゴ達に、人間達を縛っている月の石の破壊はガッシュ達に任せることで動き始めた。

 ブラゴ達にはこれから合流し次第、移動しながら状況だけを伝え、あいつらには好きに動いて貰う。千年前の魔物の実力者の内、三体(・・)はガッシュ達が対応することになるだろう。

 オレはコーラルQという魔物のモニターを見ながら上空で待機。敵の策に雁字搦めにされているであろうパムーン、ビクトリーム、レイラのどれかの状況が最悪に傾いていると分かり次第、“リエム”として接近する」

 

 つらつらと並べた流れに、じっとレインは聞き入っていた。

 ガッシュ達には強力な魔物との戦闘経験を積ませる。敗北の心配は大いにあるが、此処で過保護を出してはあいつらは成長しない。籠の中で育てられる鳥ではなく、千尋の谷の底から這いあがる獅子になって貰う。万が一の為にデュフォーが傍に居る。あいつには負担を掛けるが……あいつにしか出来ないことで任せるしかない。

 ブラゴは遺跡近辺の魔物の掃討をしつつゾフィス本人を目指すだろう。シェリーの望みがある限り下手な策や連携は不要。復讐と救済はシェリー自身の手で成し遂げられなければならないからオレも邪魔はしない。

 そして最後……オレの動きだが……

 

『ゼオンお前……呪いはどうすんだ……?』

 

 当然の疑問がレインから投げられる。オレに掛けられている呪いは、ガッシュとの距離が近づけば近づく程に強くなる。

 遺跡内部に侵入した時点で魔力操作が不安定になり、近づくごとに意識が薄れていくことだろう。

 厳しい眼差しはこちらを咎めているよう。事実、少しの怒気を孕んでいた。

 

 画面の前に首飾りを持っていき、きゅっと握る。

 

「……死ぬ気で耐える。デュフォーの元まで」

 

 幸いなことに、デュフォーの特殊な力があればガッシュの傍でも意識を失わずに済む。

 あんな姿を再び他人に晒すのは自死したくなる程に嫌だが。ガッシュならばまだ……いや、やはり嫌だ。

 本当に、本当に嫌なんだが……こればかりは他に手がないのだ。

 

「あくまでどうしようもない場合のことだ。パムーンやビクトリームがいい方向に動いてくれているのならばオレが介入する必要はない。それが最善で最高の展開だろう。

 しかし最悪を想定し、この三体全員がゾフィスの魔の手に堕ちてガッシュ達に危害を加えるというのなら、奴らのパワーバランスの関係上、オレが出ざるを得ない」

『実力が制限されるお前が行ってどうなる?』

「デュフォーの元に辿り着くことが最優先となる。そうすれば魔力を安定させることは出来るから、ガッシュとよほど距離が近くなければ瞬間移動でパムーンやビクトリームを遺跡の外に誘導することは出来る。短距離ならば一度、いや、二度の瞬間移動なら成功させる」

 

 強めの座標固定を遺跡の外に設置してあるため、国レベルの移動でなければ失敗は無い。

 問題はガッシュとの距離のみ。

 

『……ガッシュをそんな簡単に離れさせられるか? お前が苦しんでたらあいつがどう感じるかなんて――』

「言うなレイン。そんなことは」

 

――分かりきっている。

 

 あの優しい弟が目の前で苦しんでいる魔物に対してどんな行動に出るかなど聞くまでもないだろうに。

 だからこそ言ってやる。お前は友だから、この感情が分からんのだ。

 

「オレは兄だぞ。あいつの前で無様に苦しんでいる姿など晒さない」

 

 ビシリと言ってやると、呆気に取られたレインが眉を寄せて不安そうにオレを見詰める。

 またデュフォーに抱き上げられている姿を見られるだろうが、もう二度目だからソレはいい。必要ならば許容してやる。

 しかし、それでもオレは兄だ。間抜けな姿を見せても、無様な姿だけは見せてやるものかよ。

 

 少しだけの間。

 後に、レインが短く呆れの吐息を落とす。

 

『その女装は晒すことになるけどな』

「お、お前っ! 考えないようにしていたことを言うなっ!」

 

 唐突に嫌な事実を突っ込んできたレインは続ける。

 

『おうおう、ガッシュはデュフォーに抱き上げられた可愛らしい“リエムお嬢ちゃん”を見ちまうのか』

「やめろバカ者! 想像させるんじゃない!」

 

 目の前にガッシュと清麿が居てそんな姿を晒していると思うと……羞恥の思いで顔から火が出そうだ。

 

『記憶が戻ったらお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんって呼ばれちまうかもしれねぇんだなぁ』

「うぐぅっ!」

 

 レインの獣の爪の如きその言の葉は、どんな術よりもオレの心に爪痕を残す。

 

(ゼオンお兄ちゃんはお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだったのか!? ウヌゥ、じゃあこれからはゼオンお姉ちゃんって呼ぶのだ!)

 

 鮮明に映し出された脳内のガッシュが太陽のような笑顔でオレに言う。

 違うんだ。

 違うんだガッシュ。オレは兄なんだ。姉じゃないんだ。頼む……違うんだ……。

 

 放心状態になりかける程の衝撃がオレの脳髄と心に走る。

 

(ゼオンお姉ちゃん)

 

 やめてくれガッシュ……その呼び方はオレに効く……。

 兄なんだ。お兄ちゃんと呼んでくれ。

 

(? 人間界では女の子だったのに? じゃあお兄ちゃんなら、なんで女の子の恰好をして女の子として振る舞っていたのだ?)

 

 事実は消せないとばかりに脳内のガッシュが純粋な瞳でオレを責める。

 やめてくれガッシュ……その事実はオレに効く……。

 

(コーラルQという魔物からも写真を貰ったのだ! 楽しそうにおめかしをしてモニターを見てるやつ!)

 

 お前だけは許さんぞコーラルQ。変形の途中でブリやカツオを挟み込んで魚臭いロボットにして猫の前に連れて行って毛だらけにしてやるからな。

 

 ああ、ああ。物的証拠も揃ってしまってはもう事実が消せない。オレはもう……お姉ちゃんになるしか……

 

 

 思考が脳内のガッシュで埋め尽くされそうになっている時に、レインは笑った。

 

『はっはっは! 冗談だ。ショック受けすぎだろお前……クク……』

 

 膝を突きそうになった時の言葉に、オレは画面を思いっきり睨みつけてやった。

 誤魔化すように頬を掻きながらのレインに、歯を剥きだしにして吠えた。

 

「……絶対に許さん。いいか、必ず……必ずだ! ガッシュには既にデュフォーが写真を見せているからこの姿が知られて手遅れとはいっても、貴様も弁明を手伝え!」

『ああ、分かった分かった』

「いいや! 分かっていない!! いいか! オレはガッシュの兄だ! 兄! お兄ちゃんだ! 決して! 絶対に! お姉ちゃんなどでは!! ない!!!」

『分かってるよ、この兄バカめ。約束するから落ち着け』

 

 どうどうと、あやすように言い聞かせようと言葉を紡がれて、睨みつけながらもどうにか我慢してやることにする。

 

 また、ブラゴの魔力が近づいた。

 こほんと咳払いを一つして、オレは無理やり話を切り替える。

 

「……近いうちにお前の方も結果を出せるんだろうな?」

『問題ねぇな。隠してても隠しきれないプレッシャーがすぐそこに感じられてる。明日か明後日には目標の一体――エルザドルに接近出来るだろうよ。

 あっちもオレとカイルの存在には気が付いてるんだろうが……隠れるつもりはねぇらしい。今日一日、そのでっけぇ気配が動くことは無かった。きっとオレ達と戦うことに決めたんだろ』

 

 真剣な面持ちで語るレインは、どうやら既に覚悟を決めているらしい。

 対クリア・ノートの為に模擬戦のみとなったアシュロンとは違い、エルザドルと戦うということはすなわち本気の本の燃やし合いをするということだ。

 

 アシュロンから情報を聞いている限り、エルザドルは打ち負かすことでしか分かり合えない可能性が高い。

 そも、アシュロンにしても、クリアという共通の敵から敗走していなければ同盟を結ぶことなどなかっただろうから、ソレに出会ってもいないエルザドルとは戦うことでしかオレ達の目的は果たせない。

 

「厳しい戦いになるぞ」

 

 竜族の実力を肌で感じたからこそ言える。

 如何な特殊個体のレインであろうと、アシュロンと肩を並べていたエルザドルの相手は一筋縄ではいくまい。

 

 は、とレインが挑戦的な笑みをオレに向けた。

 

『だろうな。でもよ、カイルは少し緊張するだろうけど、オレは其処まで気を張ってねぇんだわ』

 

 首を捻って疑問を示したら、レインはにっこりと笑った。

 

『だってお前とデュフォーのコンビより強ぇ相手なんていねぇだろ? なら、心配することは何もねぇや』

 

 からからと楽し気に。

 濃密な戦闘訓練と模擬戦を積んできたからこそ出た感想。

 その言葉は、オレの口元も上げさせるには十分なモノ。

 

「一度も勝てないヤツがよく言う。そんな大言はせめてアシュロンのようにオレにジガディラスを使わせてから言え」

『オレ達だってお前らと別れてからのままじゃないんだ。あの時のお前ら相手なら……勝てるぜ、きっと』

「ほう、そいつは楽しみだ。その鍛錬の成果とやらは、エルザドルという証人を連れて帰ることで証明して貰うことにしよう」

『クックック、ああ、そうだな。任せとけよ。それに面白れぇことに……いや、これは帰ってからでもいいか』

 

 いつもの煽り合いの会話に軽口で返して、最後に歯切れの悪いことを言ってレインは頭を振る。

 

 言わないというのなら聞かずにいよう。

 レインが面白いというのだから、きっと何かいいモノを持ち帰ってくれるのだろう。

 

 また、遠くで一つの魔力反応が消えた。

 どうやらあと残すは一つ。

 ブラゴとシェリーの接近が思ったよりも速い。そろそろレインとの会話を切るべきか。

 

「……そろそろ時間のようだ。オレ達はオレ達のすべきことを終わらせて来る。状況によっては少し無茶をすることになるが、カイルには心配するなと伝えておいてくれ」

『おう。お前の兄バカは止めても止まらねぇのは知ってるから、オレの親友を助ける為に気張ってこい。こっちもやることを終わらせてくる。デュフォーにもよろしく言っておいてくれよ。土産も持って帰るから楽しみにしとけ』

 

 じゃあな、と言って手を振るレインに名残惜しさを感じつつ、オレはどうにか通話を終わらせた。

 

 まったくあいつは……と吐息を落としつつも、オレの口角は上がっている。

 この胸の高揚はいつものことだ。

 

 認めているさ。

 オレはあいつとの会話を楽しんでいる。

 これが友人との会話、というモノだと知った。

 

 ガッシュも他の魔物達と楽しそうに会話をしていた。オレがレインと話しているのも、そういう風に見えるのだろうか?

 

 そうだといいな。

 いつかは、この会話の中にガッシュ達も入ってくれると、嬉しい。

 

 

「ただしコーラルQ、お前はダメだが」

『なんのことピヨ!?』

 

 唐突に声を掛けてやれば、耳元に掛けた通信用の分離体から混乱の声が聞こえてくる。答えは返さない。

 後で必ず隠し撮りが残っていないか確認しなければな。それが済んで潔白が証明されたなら、仕方ないから輪に加えてやってもいい。

 

 

 直後、ズシリ、と遠くで重い音がした。

 

 空中にすぐさま移動して音のした方角を見やると、森が一部更地になっている。

 ジトリとした視線が一対。

 

 どうやらご到着のようだ。オレが此処に居る意味を、あいつらならば気づくだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛らしい衣服に身を包んだ少年を、シェリーはよく知っている。

 

 そも、彼が着ている衣服はシェリーが見立ててゼオンに渡したモノである。

 なるべく本人だと気付かぬよう雰囲気が柔らかくなるように、その中でも気品と静けさを併せた優雅さを持たせ、帽子をかぶせることで愛くるしさを引き立たせることも忘れず。

 

 更には、貴族の女児がどういった動きを教育されてきたかを教えることで、もともとの性別を少しでも感じさせないような工夫もするよう促した。

 

 

 シェリーは森の中で自分達を待っていた彼を見て……似合っている、と自分の見立てが間違っていなかったことに大きく頷いた。

 

――黙っていれば貴族のお嬢様ね。これで女の子に似せた言葉遣いでもしてくれたらよかったのだけれど。

 

 口にすれば間違いなく怒るであろうから言わない。

 ブラゴの方はゼオンのその姿には一切突っ込むつもりがないらしく、不機嫌な空気をありありと叩きつけつつ口を開いた。

 

「何の用だ、ゼオン」

「なかなかの早さでの到着だな。内包された魔力も見違えたぞ」

「お前と無駄話をするつもりはない」

「そう言うな。せっかくだ、少し休憩がてらに話でも聞いていけ」

「断る。やっと骨のある戦いが出来るんだ。お前のお節介をこれ以上受けてたまるか」

「ふふ、まるで飢えた獣。まあ、分からんでもない。お前達に向かっていった千年前の魔物達もそこそこ強かったとは思うが……今のお前では相手にならんだろう」

 

 舌打ちをしながら避けようとした所を、ゼオンはブラゴの前に立ちふさがり、下からその瞳を覗き込む。

 

「シェリーに協力しているのならオレの話は聞いておくといい。内部の魔物達でお前達の露払いをすると言っても、状況を知っているのと知らないのとでは不可測の事態への対処が遅れることになるぞ」

 

 ゾフィス討伐に向けての進撃は余裕をもって出来ているが、彼がこうして途中で確かな情報をくれるというのなら受け取っておくべき。

 腹立たしげにもう一度舌打ちをしたブラゴは、数歩横に逸れたあと、木に縁りかかって腕を組んだ。

 

 我慢を強いていることに少しの申し訳なさを感じつつも、己の渇望の為だと気持ちを切り替える。

 

「いいわ、聞きましょう。そちらが把握している内部の魔物達の情報を教えなさい」

 

 あくまでも対等。シェリーは自分達の立ち位置をそう示す。

 ニッと笑ったゼオンはシェリーへと小さく手招きをした。

 

「頭を下げてオレの掌を額に当てろ。口頭での説明よりもこの方が理解しやすい」

 

 ブラゴから、少しの威圧が流れる。

 何をするのだろうと疑問に思ったシェリーは、言われるままにして……

 

「目を瞑れ」

「……っ」

「オレの記憶を映像として見せているだけだ。お前の境遇からこういう行いに嫌悪するのは分かるが呑み込め。正確な情報こそがお前の求めるモノだろう」

 

 脳内に送られてくる自分のモノではない映像。

 親友が洗脳されたことから嫌悪が湧き上がるも、シェリーはゼオンの言葉に歯を噛みしめて耐えた。

 

「お前達が気に留めておくべき敵は五体。ビクトリーム、パムーン、ツァオロン、ベルギム・E・O、デモルトだ。それらはオレとガッシュ達で片づける予定だが、万一の可能性が出てきている。

 千年前の魔物達の中には、意識を奪われていないパートナーと組む魔物が居るからだ」

 

 それぞれの魔物が映ったモニターの映像を見せられながらの説明に頷く。

 

「ビクトリームとパムーン、ツァオロンは確定。ベルギムは不明。デモルトはおそらくだが人間が操られてはいないとデュフォーが仮説を立てている」

「それは何故?」

「ゾフィスにとって最も重要な装置である月の石、それは多くの人間をマインドコントロールの支配下に置く為のモノだ。それを護る為に配置されている最後の砦がデモルトだからだ」

「一番重要なモノを護るのに万全を期している、ということね?」

「そうだ。此処までの情報から、月の石破壊を目的としているガッシュ達がデモルトと相対するのは必定。ありえない話ではあるが、ガッシュ達がデモルトを取り逃がした時だけお前達はデモルトと見えることになるだろう」

 

 一つの映像がふっと消える。

 

「次にベルギム。こいつはディオガを使える魔物で千年前の特殊な個体だ。まだ歳も幼い為、保護者の役割として人間の意識を戻していることはあるかもしれないな。とはいっても……」

「……アイスクリームを嬉しそうに食べているわね」

「……まあ、ゾフィスもこいつと組んで戦おうとは思わんだろう。現れても魔力を見る限りブラゴの敵ではないか」

 

 子供っぽくアイスを頬張っていたベルギムの映像も消えた。

 連携を取ることも難しそうだなと考えつつ、次にピックアップされた魔物の映像を見る。

 

「ツァオロンはゾフィスの護衛を担当していたヤツだ。本の持ち主自体も武術をしているようで、事前情報からはツァオロンと模擬戦をする程の体術を扱う人間のようだ」

「人間も動ける、というのは確かに強みね」

「お前やデュフォーと同じくな。人間同士で相対するのは勧めない。ブラゴと特訓を積んだお前であろうと、付け焼刃で本職に挑むのは愚か者のすることだ」

「あら……別に私は人間に勝つことが目的じゃないもの。こういうペアとの戦い方なんて……いくらでもある」

 

 事前にこの相手の情報を知れたことはシェリーにとって大きい。

 人間も戦えるというのなら、戦略の組み立て方ががらりと変わってくるからだ。

 

「ならいい。ゾフィスが護衛として用いていたのもそういった点があるんだろう。体術と肉体強化を主体で戦う魔物は連携が取りやすく、人間が被弾する確率も少ないのなら後方で引きこもりたいあいつにとって最も頼りになる」

「……なら、こいつらが一番私達の邪魔をしてくる確率が高いってことね」

「ああ、よほどのコトがない限りはこいつを護衛に置いたままの可能性が高い。オレという不安要素への対抗策として遺跡内部に配置していなければ、だが」

「あの卑怯者がそんなことするかしら?」

「……それは次に紹介する魔物二体次第だ」

 

 映像がまた一つ消えて、最後は二体ともがピックアップされる。

 

「星の使徒パムーン。千年前の魔物の中でこいつが一番初めに開放され、そしてオレと面識が出来たヤツだ。そのせいでこいつは他の魔物と馴染めずに孤立し、ゾフィスが魔物達を纏めるいい材料とされていた」

「心理誘導、あいつのやりそうなことだわ」

「ああ。ビクトリームは他の魔物に縛られずにパムーンと仲良くなった魔物。そして問題は……もう一体」

 

 二体の映像に重なるように、一体の女の子の魔物が映像に現れる。

 

「こいつはレイラという月の力を持つ魔物だ。どうやらビクトリームとパムーンはこいつのパートナーの人間の意識を開放したかったらしくてな……現代の魔物を一定数倒すことで解放するという取引をしていたようだ。

 しかしそれが昨日失敗に終わり、ゾフィスの作業室へと連れていかれた。パムーンとビクトリームが何やら騒動を起こしたようだったが、ゾフィスの作業室は魔力妨害によって観測できずに詳細は分からなかった。

 パムーンはデモルトと同等かそれ以上の力を持っている千年前の優勝候補だった。ゾフィスはその力と忠誠を欲し、屈服させようとしていたから……何が行われて今どういった状況なのかは大方予想がつく」

 

 不快げに顔を歪めて説明したゼオン。

 シェリーの声も、すっと冷たく凍った。

 

「ええ、ええ。あのゲスならそういった方法を取るでしょう」

「そういうことだ。だから……パムーンとビクトリームがどういった配置のされかたと使われ方をするかによってツァオロンの配置も変わる。ゾフィス側も突入してきた魔物がどういった奴らなのかを見極めて配置してくる。今どういった状況なのかはもうしばらくしたら明らかになるだろう。

 パムーンの現状はオレが原因と言っていい。だからこいつとビクトリーム、そしてレイラの問題に関してはオレとデュフォーが直接対応する」

 

 そうして手を放されて、目を開けたシェリーはゼオンの瞳をまっすぐに射抜いた。

 

「一つ言っておくけれど……私達の目の前にそれらが現れても当然消すわよ」

 

 邪魔をするなら何であっても排除する。

 ずっと前から言っていたこと。釘をさす意味でも口に出せば、ゼオンは笑うことなく真剣な面持ちで言う。

 

「逆だ。オレとデュフォーがそいつらを救うと決めたんだぞ。その時は巻き添えでゾフィスが消えてしまう前に連れ出すんだな」

 

 翡翠のカラーコンタクトの奥。紫電の輝きを幻視する。

 冗談の類ではないゼオンの言の葉にもシェリーは引かず、見つめ合うこと数瞬。

 

 視線を切ったシェリーはブラゴの元へと歩み寄る。

 

「わざわざ弟くんのことに掛かりきらずにこんな場所で待っていた理由はそれなわけね。いいでしょう。パムーン、ビクトリーム、レイラの三体に対しての対応は少しくらい頭に留めておいてあげる。情報はそれだけ?」

「ああ。ガッシュ達の詳細などお前らは興味ないだろう?」

「そうね。貴方を含めて誰が消えようと、ゾフィスに手を出さない限りはどうでもいいわ」

 

 背中越しの声。返しは淡々と。

 

 彼の強さは知っている。

 シェリーとしては、自分達の目的を理解した上で譲歩をしてくれているのも分かっている。

 まだその程度だと言われているような気がしたからこそ、少しのピリピリとした返しをしてしまった。

 己の不甲斐なさに苛立ちが募る。

 

 ブラゴも思うところがあったのか、ゼオンに視線を向けていた。

 

 何かを口に出すかと思えば、ブラゴは何も言わずに目を伏せた。

 

「シェリー、話が終わったなら行くぞ」

 

 彼女と合されたブラゴの目には憤怒と苛立ちが燃えている。

 感情に乗せて何かを口に出すことが安っぽく感じた彼は、今は敵わない小さな雷帝を見返すその時まで口を噤むことにしたのだろう。

 

「分かった。じゃあね、ゼオンくん。いい情報をありがとう」

 

 そんなブラゴの想いを感じ取り、つい、とドレスの裾を摘まんで一礼をして……

 

「いえ、そういえば今は違ったかしら?」

 

 思い出したというように一言。

 

「私が選んだモノではあるけれど……その姿、とても似合っているわよ。リエムちゃん(・・・・・・)

 

 少しだけ意地悪したくなったから、プライドの高い彼に向けて意趣返しの言の葉を投げやった。

 ひくり、と口の端を上げて引き攣った彼の顔を見て少しだけすっきりとしたシェリーは、ニッコリと笑ってゼオンの横を通り過ぎる。

 

 

 

 振り返ることも止まることも此処からはしない。

 

 シェリーとブラゴは、遠くに見える遺跡に向けて……彼女にとって最も憎き宿敵の元へと駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐに見えなくなった背中。

 

 置き土産の言葉に激昂することをどうにか堪えたゼオンは、コーラルQへと話しかける。

 

「……現状は?」

 

「遺跡内部の魔物を蹴散らしながら頂上へと向かっているピヨ。とはいっても、配置されているのは雑魚ばかり。ブラゴとお前への対策で特別な魔物以外の強い奴らは上階に待機させてる。

 デモルトは月の石の部屋。ベルギムは上階南の部屋。ビクトリームとレイラは昨日ゾフィスに連れられた作業部屋からずっと出てきていない。内部には入れないから情報は相変わらず無いぞ」

 

「……パムーンとツァオロンは?」

 

「パムーンはさっきゾフィスから指示を受けて動き始めた。階段上部の部屋だ。ツァオロンは……上階北の部屋に移動中」

 

 ほう、と一つ。

 

「動かしてきたんだな。ゾフィスと行動を共にするとばかり思ったが……」

 

「ゾフィスも何か準備をしてるみたいピヨ。パートナーを連れて階段付近で状況を確認中。あー……これは」

 

「なんだ?」

 

「ガッシュ達を階段の場所で一網打尽にするつもりピヨね。パートナーと話してたぞ」

 

「その程度ならデュフォーが状況を好転させるだろう。ガッシュ達が強くなる為にも強者との戦闘は必須だからな」

 

「あ、もう一つ」

 

 デュフォーのプラン通りに進みつつある中で、最後にコーラルQが付け加える。

 

「“あの銀髪の人間だけは階段の所で殺します。パートナーの危機に魔物が来ないわけがありませんからね。そうでしょう……リエムさん?”と私の端末に目を向けて言っているが?」

 

 目を丸くしてから、少しだけの間を開けて、くつくつと喉を鳴らす。

 

 こちらからあいつに言葉を伝えられないのが残念だと零してから、ゼオンは言った。

 

 

 

 

「お前の言っていた通り……どうやら面白いことになりそうだな、デュフォー」




読んで頂きありがとうございます。

遺跡の外での出来事。

レインとの連絡、ブラゴ・シェリーへの情報提供、内部の状況確認。
ある意味兄の立場のピンチ。
ゾフィスくんは何やら策があるようです。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第四十八話:崩れた盤

いつもありがとうございます。


 

 遺跡の中を皆で一丸となって突破。

 昨夜に清麿達の立てた作戦は狭い通路がほとんどの限定された空間ではこの上なく効果的なモノ。

 

 主な司令塔となるのは清麿。

 補佐の役割をするのはナゾナゾ博士とデュフォー。

 清麿とナゾナゾ博士は全体を見ながら。恵、フォルゴレ、リィエン、サンビームの四人に対して要所で指示を出して魔物達に対応していく。

 デュフォーはアポロに対して主に指示をしつつ、清麿とナゾナゾ博士が攻勢に転じている時の指示役を代わりに。

 

 敵との戦闘を最小限としつつ迷路のような遺跡の内部を進んでいくには、清麿が創り上げた地図は大きく役立った。

 不明瞭だった敵の回復効果を看破し、魔物達の置かれている状況を把握し、そうしてやっと決行するに至れる作戦により、彼らは心の力の消費を抑えて進撃していく。

 

 ティオは敵の攻撃を逸らし、受け止め、仲間全てを護れる万能の盾役として。

 キャンチョメは敵の目を騙して戦闘なく戦闘を失くせる優秀な伏兵として。

 ウマゴンは敵の出鼻を挫き、攪乱と陽動を熟しつつも奇襲を仕掛けられる先駆けとして。

 ウォンレイは自前の術と体術によりどんな敵相手でも効果の残せるアタッカーとして。

 キッドは高火力と多彩な術、そしてナゾナゾ博士の指示によって皆を支える中衛として。

 ロップスは変幻自在の術効果によって万事に対応し、不意打ちなどから皆の後背を護りきる後衛として。

 

 そしてガッシュは……

 

――大きな意思の炎と優しき想いにより皆を牽引し、決して折れることのない心を清麿と重ねて状況を切り拓いていく万能アタッカーとして、か。

 

 全体を見ながらデュフォーは思考する。

 

――ゼオン程に攻撃系統の術が充実しておらず、バオウの封印によって術自体の威力も下げられている。それでも戦局を代えられるのは清麿の力とその心の強さが大きいか。

 

 此処にいる魔物の全員が優しい心を持っているのはデュフォーも理解している。

 その中でもガッシュが抜きん出て強く優しい心を持っているのだ。

 

 イギリスの森で出会った時からそれは感じていた。

 ただ……心の芯にその芽が出ていようと、それを成長させることが出来たのは別の事象あってのこと。

 

 隣で戦うパートナーの存在と数々の出会いこそが、魔物を成長させていく。

 

 いくつもの戦い、そして出会いと別れを乗り越えてきたのだと、“答え”が出る。

 淡泊な回答だけでは表せない大きな経験の数々があったのだろうと予想出来る。

 

 肩を並べる友であり、背中を任せる戦友であり、そして己を支えてくれる家族のようで……。

 

 言葉を交わさずに通じ合う素晴らしいコンビネーションを見せる清麿とガッシュの背中を見て、デュフォーは少しだけ頬を緩めた。

 

――いい出会いが出来てよかったな、ガッシュ。

 

 記憶を失ったガッシュのことを案じていたのは他ならぬゼオンだ。

 誰かもわからないモノから無差別に攻撃され、自分が何者かもわからないまま戦い続ける地獄。

 しかしどうか。今の彼らを見て分かる。二人で力を合わせてあらゆる苦難を乗り越えんとするその姿は、まさしく……“誰か”と被るのだ。

 

 性格や実力、生い立ちや抱える想いの違いはあれど、認め合ったパートナーと共に戦う彼はきっと……

 

――ああ、間違いなくガッシュはお前の弟だ、ゼオン。本当にいいコンビだ。

 

 ハイタッチをした二人が見えた。

 じく、と心に感情が滲む。

 

 その時少しだけ、デュフォーは羨ましく感じた。

 喜び、哀しみ、苦悩、怒り……多くの感情をガッシュと共有して共に成長していく清麿という少年に僅かな羨望を抱いたのだ。

 

 デュフォーはまだ感情が薄い。

 ゼオンと過ごしている日々によって少しずつだが感情を取り戻していっているが、清麿のようにガッシュと感情の共有をするようなことが出来るわけではない。

 

 笑い合う二人に結ばれた絆が、とても眩しく感じた。

 レインやロップス達が絆を結びなおしてきた時に、いいな、と感じていた底に在ったモノはきっとコレだ。

 デュフォーは思う。

 

――そうか……オレは……

 

 ふるりと頭を振る。

 

 横で見ていたアポロがデュフォーの感情の動きを感じ取って心配そうに見ていた。

 

「……彼とも一緒に戦えたらよかったのにね」

「今回の戦いで敵の動きに大きく関与できるのは一度だけだ」

 

 少し迷ってからアポロが口にした言葉に対して、デュフォーは是を返すのも否を返すこともせず。

 アポロが何を言いたいのかは分かっていたが敢えて話を変えることにした。

 

「この後の清麿達の戦闘状況はパターンEになる」

 

 夜に答えを出す者(・・・・・・)を駆使して立てた計画を頭に浮かべ、清麿達が考えた作戦内容に重ねて言う。彼は現在の敵と味方の状態を読み取って返答を行う。

 

 自分達が快進撃をしている。そう思ってしかるべきのいい状態が続く進軍により、皆の頭の中には少しの余裕が生まれている。

 余裕と油断は紙一重。いい状態のままが続けばいいが、敵が策を弄してくることなど当然。そこで、清麿達は最悪のパターンまで考えていた。

 

 彼らの作戦を補強する意味でもこの後のことに対して敵の状態を把握しデュフォーの出した“答え”は、彼らが考えていた五つのパターンの中でも最悪のEになると出た。

 

――問、月の石の間へとたどり着く為にパターンEを回避する方法。

 

(答、数体の魔物の犠牲により可)

 

 すぐさま却下。出た答えを否決した。

 

――問、パターンEに陥った場合、敗北の可能性が出る進路は? 複数ならば最も勝率の低いグループは?

 

(答、三組全て。最も敗北の可能性が高いグループは最前を進む清麿が選ぶ通路。勝率は10パーセント)

 

――問、アポロ・ロップスペアを清麿グループに割り当てた場合の全体の勝率。

 

(答、清麿グループ:45パーセント。恵グループ:40パーセント。キッドグループ:50パーセント)

 

 並べ立てた問いの答え全てを思考に取り込む。

 

「……それを清麿達に伝えても?」

 

 その最中に目を細めたアポロが問えば、

 

「いや、いい。肉弾戦により傷つきやすいウォンレイにはティオが、変幻自在の術を扱うキャンチョメにはナゾナゾ博士と共に火力を出せるキッドが、ガッシュには高速戦闘での補助が出来るウマゴンが組むと決まっているだろう?

 オレによって情報を知られているとゾフィスに悟らせては厄介な魔物達を複数当てて来る可能性が出てくる。この先の一本道に恐怖しながら進んではこちらの方が情報を多く得ていることがバレてしまう。敵の行動から不可測を失くす為には下手な演技をさせるわけにはいかない」

 

 敵を騙すにはまず味方から。

 デュフォーはそう言って首を横に振った。

 

「それは……うん……」

 

 危険を事前に知らせることがいいことばかりではないと言っている。

 呑み込むことは難しいが……アポロは苦い顔をしながらも頷いた。

 

「お前達はガッシュ達の補佐に付け。先陣を切るガッシュとウマゴンのペアが行く道こそ、最も過酷なモノになるだろう」

「分かった。キミがそう言うのなら従おう」

 

 走りながら言うデュフォーに是を示せば、肩に乗っていたロップスがデュフォーの肩へと飛び移った。

 

「かうぅ?」

 

 不安そうに声を出したロップスがいいたいことをデュフォーは読み取る。

 長い付き合いだから、アポロもその意味を理解した。

 ハッとした顔になって彼は尋ねる。

 

「キミはどうするんだい?」

 

 ただ一人パートナーの居ない彼は、パターンEであってもアポロと共に行動する予定であった。

 しかし違うのではないかとロップスは予想したのだ。

 

 その予想が正しかったのだとアポロとロップスは彼の反応から確信した。

 声を上げそうになった所をすっと手で制されて、ロップスは優しく抱き上げられ、アポロへと返される。

 

 少しの間をあけてデュフォーが返した答えは――

 

「心配しないでいい。オレ達の協力者の魔物とそのパートナーに貸しを作ってあるから、それを使って面白いことをするつもりだ」

 

 返されたのは意味不明なモノ。

 しかして、デュフォーの心があまり動かないのは知っているアポロではあるが、彼の心に喜色が滲んでいることを読み取った。

 笑いはしないが、まるで悪戯を仕込んでいる子供のようだった。

 

 

「よく見ておくといい。ゾフィスの度肝を抜いてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数多の戦闘の末、遺跡の深部へと辿り着いた清麿達の目の前に現れたのはとてつもなく長い階段。

 幅は二メートル程。両端は断崖。下は見えない程の暗闇。

 

 ゆっくり、ゆっくりと彼らは足を進め始める。

 

「ウム、ここまでは順調にこれたな」

「ええ、チームワークの勝利よ!」

 

 安堵した声が聞こえてくる。

 階段の恐ろしさに震えながらも、フォルゴレ達もどうにか上り始めたようだ。

 

――確かに上手く行ったが……上手く行きすぎている気がする。

 

 チラリ、と清麿はデュフォーとアポロを確認した。

 不思議な力を持つ彼らなら、何か気付くことがあるのではないかと思って。

 

 最後尾にてひらひらとアポロが清麿に手を振る。

 デュフォーはいつも通りの読めない表情で断崖の向こうにある幾つかの通路を見比べていた。

 

――魔物の追撃は無い。追いかけて来られたら厄介だったけど、進む時に道を塞いだことが利いたみたいだな。問題はあの通路達……デュフォーが警戒してるのはそこからの奇襲にか?

 

 例えば空を飛ぶ魔物。例えば遠距離射撃の術を持つ魔物。

 此処でそういった魔物に襲われては危険だと清麿も分かっていた。

 だが、上階へと続く道は此処しかない。自分達の目的を達成するには避けられぬ道だった。

 

「清麿ぉ、こんな道しかないのかい??」

 

 ガクガクと震えながらキャンチョメが言う。

 

「ああ、城は王様の住む所だからな。この遺跡では、王族など……選ばれた人達以外は、たやすく通れない仕掛けになってたんだろう」

 

 説明を並べた時に、ふっと、デュフォーが息を吐いた。呆れのような……そんな吐息を。

 

「そのとおり……キミたちが通っていい道ではないのです」

 

 しとり、と湿り気を帯びたような嫌な声がした。

 嘲笑うようなその声の方へと顔を向けると……宙に浮く魔物の子が一人。

 

「何!?」

 

 音はなく、気配もなく現れたそいつに対しての驚愕の声が上がる。

 

「貴様は!?」

 

 にやりと意地悪い笑みを浮かべたまま、その魔物は己が何者かを語り始める。

 

「私はゾフィス。この城の……千年前の魔物を支配する者」

 

――こいつが!?

 

 敵の総大将自らの登場に清麿は少しの驚きに口を閉ざす。

 

「あなた方の動きは見させて貰いました。他の場所からの侵入者が居ない所を見ると……どうやら他に遺跡内部へと侵入した仲間は居ないようですね」

 

 情報は筒抜けであると口にするゾフィスは、それを教えようともはや不利は起こり得ないと確信を持って。

 

――見られてた!? オレ達に必要以上に魔物が集まらなかったのも……全ては他に仲間がいないかを見極める為……全てはヤツの思惑通り……

 

 やばい、と。清麿は瞬時に悟る。

 覚悟はしていた。

 遺跡の見取り図を作成し皆で作戦を立てた時から、此処で戦闘になることが一番の難所だと見定めてもいた。

 作戦は幾重にも立ててある。大量の魔物に追いすがられることも、上部の魔物に挟み撃ちされることも、そうしてこの階段を……壊される可能性も。

 しかしこうして危機的状況に実際に陥ると、それが本当に上手くいくかどうかの不安が胸に沸いてしまう。

 

 それでもと、清麿は不安を押しのける。

 どうすれば生き残れるか、どうすれば此処を突破できるか、どうすれば目的を達成できるかに思考が集約されていく。

 

――“答え”を弾き出せ! 何個も、何十個でも、何百個でも! 何が起ころうと思考を止めるな! 大切な仲間達を護る為に出来るのは、それだけだろう、高嶺清麿!

 

 清麿の脳内では瞬時に数多の生存パターンが駆け巡り始めた。

 

 すっと、ゾフィスが行動に移った。身構えたのは一瞬。

 ポケットに手を入れたままで、のんびりと一人が声を上げた。

 

「久しいな、ゾフィス」

 

 上げようとしていたゾフィスの手がぴたりと止まる。

 階段を上る全員を見回した時、視界の端に留めて置きつつも決して目を合せなかった相手からの声により、返答せざるを得なくなった。

 

「フフフ……あの方が居ないのならば語ることなど何もないと思っていましたが……まさかそちらからお声が掛かるとは。ええ、お久しぶりですね、メッセンジャーのパートナーさん」

 

 嘲笑を浮かべつつも、ゾフィスの空気が僅かに変わった。

 デュフォーが言葉を投げて広がる波紋はいつだって突然だ。清麿はそのやり取りを聞き逃すまいと意識を尖らせる。

 

「一度だけの干渉と言ったのは確かにあの方の方ですがね……まさか人間のあなただけで助力を行うとは思いませんでしたよ?」

「ああ、そうだな。あいつが直接お前の邪魔をするのは一度だけだ」

「おやおや、ならこれはどういうことですかねぇ?」

「“オレが”こいつらの助力をしないとも、あいつが陰でこいつらのサポートをしないとも言っていない」

「あの方は、私の配下であるビクトリームと戦闘しているではありませんか?」

「“直接的なお前に対する邪魔”はしていない。甦った魔物達のうち、千年前の戦いで最も長く生き残った魔物と戦いたいとあいつが言った、それだけだ。だからお前の元に返してやっただろう?」

「……小狡い屁理屈を」

「お前、面白いな。お前が他人に狡いなんて言葉を使うのか」

 

 ビシ、と空気が張り詰める。

 確かにそうだなと、其処に居る全員がデュフォーの言葉に対して思った。

 

 頬を引くつかせたゾフィスに対してデュフォーが言葉を続けて投げる。

 

「面白いが、頭は悪いな。お前がオレの前にこうして姿を見せている間に……あいつが誰と打ち合わせをしていると思う?」

 

 しん、と静まり返る場。

 歯を噛みしめる音が少し響いた。ゾフィスから聞こえたその音に、デュフォーはため息を吐き落とす。

 

「自分達に物量があると考えて全てに対して消耗戦を選択したんだろう? パムーンと他の二体を近くに配置してあるのは不可測の事態への対処だろうが、お前が警戒しているあのペアに主戦力をぶつけなかったのは悪手だ。

 あまりあいつらを舐めない方がいい」

 

 あのペア、という言葉で清麿の頭に浮かんだのはブラゴとシェリーの姿。

 ナゾナゾ博士の話の通りに、此処でゾフィスと戦う為に向かってきているのだと少しの安堵が生まれた。

 

「……舐めてなど、いませんとも」

「そうか。なら、お前の戦略的な計算が足りていないだけだな」

 

 ビシ、と空気が割れるような音がした気がした。

 ゾフィスの怒りにガソリンをぶち込むようなデュフォーの発言はまだ続く。

 

「他人の心を単純に操ることは出来ても、格下の魔物達が起こす不可測の事態が起きるだけで盤面を操ることは出来なくなる。その程度がお前の軍略家としての限界だ」

「……」

「感情が無い駒と恐怖で縛られた駒しか操れない軍師は、ただ盤上の遊戯をしているに過ぎない。人間の戦争は大抵が冷たい計算の上で起こるモノだが、戦争の中には得てして大きな感情のうねりによる不可測が付いて回る。そういうモノを起こすのはいつだってこういった優しい奴らだ」

 

 清麿の背中と、ガッシュの頭をポンと優しく叩いた。

 

「大きな想いが戦いを動かす。魔物の力は、想いの力によって強く大きくなるんだ。それをあまり舐めない方がいい」

「ふ……フフフ、逆もまた然りでしょうに? その想いとやらが弱った時、人間も魔物も脆弱に膝を付くのです」

 

 自信をもって語るゾフィスの言葉に清麿達は言い返そうとするもデュフォーが背中を叩いたことで留まる。

 

「恐怖に支配され、その恐怖から逃れんとする死兵が道を切り開くこともまたある。感情の無い駒でこそ創り上げられる理想の盤面も存在する。貴方如きには分からないのでしょう」

 

 言い返された論に、デュフォーは鼻を小さく鳴らした。

 

「理想の盤面か。お前にソレが作れると思っているわけだな」

「ええ。そうですとも。今この状況も当然に……私の計算通りなのです」

「今からお前が起こすことも、その後の状況も、お前の掌からは出ないと、そう言うんだな?」

「……何がいいたい?」

 

 わざと区切って煽るように確認するデュフォーに向けて、苛立ちを浮かべて尋ねた。

 

 そんなゾフィスに向けて、デュフォーはぴたりと指先を向けた。

 

「断言してやろう」

 

 わなわなと震えているゾフィスに向けて言い放つ。

 

「この戦いの最後で、お前はお前自身が軽視した“想いの力”に負けることになる。そして今からお前は、オレの描いて来た絵図の通りに……間抜けな顔を晒すんだ」

 

 

 

 ぶちり、と怒りの尾が切れた音が聴こえた気がした。

 

 

 憤怒の表情へと変貌したゾフィスが、掌を階段へと向けて大きく怒鳴った。

 

「ほざけぇ!!! 惰弱な人間風情がぁ!!!」

「ラドム!」

 

 

 声は同時。

 爆発の術が階段へと放たれた。

 

 デュフォーが長々と話していたことで警戒と覚悟を決めていた全員が、次の作戦の為にと行動を開始する。

 

 崩れていく階段は、奈落の底を思わせる暗闇に向かい落ちる。

 

 リィエンを背中に乗せたウォンレイがティオと恵を担いで一つの通路へと飛び移り。

 グライダーへと変化したキャンチョメがナゾナゾ博士とキッド、フォルゴレを連れて別の通路へと向かい。

 ゴウ・シュドルクで強化されたウマゴンがサンビームと清麿。ガッシュを運んで最上部の通路へと走りだす。

 

 そしてアポロとロップスは……

 

「リグロン!!」

「何が起こるか分からないけど! それまではキミを護るよ、デュフォー!」

 

 ロープでデュフォーを掴んで、彼の策が発動するまで待とうとした。

 しかし、

 

「ロンド・ラドム!」

「なっ」

 

 宙を這い寄る爆発の鞭が、ロップスのロープを吹き飛ばした。

 

「させるわけがないでしょう? ビクトリームの記憶を見た限り、貴方たちがこの男と連携を取るのも、一番の障害であるのもわかっていました。この男さえ殺せば……メッセンジャーもしばらくは無力になる」

「デュフォー!!」

「いいのですか? まだ術は……続いていますよっ!」

「かうっ!?」

 

 ゾフィスの操るロンド・ラドムがアポロ達へと向かい行く。

 それ即ち、デュフォーが階段と共に闇へと堕ちていくことに他ならない。

 

 空中で始まった戦闘。にやりとゾフィスは勝ち誇る。

 

「おやおや! あれだけ大口をたたいておいてそれですか! さあ! 無様にパートナーを呼んでは如何です! そうなったとしても私の掌の上なわけですが!」

 

 大きな声で、堕ちていくデュフォーへと声を投げた。優越感に浸って引き裂かれた口を見ながら、デュフォーは変わらない表情のままで闇へと向かう。

 

 通路へと辿り着いた全員が、コトを理解して叫びをあげる。

 

「デュフォー! デュフォ―――!!!」

「ふふふ、叫んでも無駄です。万が一の為に下にはパティとビョンコ、そして奈落の途中にも複数の魔物を控えさせてますからね。あの男は絶対に逃がしません」

「くそぉっ! くそぉぉぉぉぉ!」

「清麿! ラウザルクを! 私が助けに行くのだ!」

「ダメだ……今からではとても……」

「ウヌゥ……おぬし、なんてことを……絶対に、絶対に許さぬぞ!」

「いい表情ですねぇ。シェリーを絶望させる前の前菜に丁度いいお顔ですよ、フフフフフ」

 

 にやにやと嗤うゾフィス。

 皆が一様に怒りを向けるも闇の底へと消えたデュフォーは戻ってこない。

 

 あっさりと一人の仲間が命の危機に瀕している。

 何が悪かった。誰が悪かった。そんなことを考えることなどしてはならない。

 打開策をと考えた時に、空中で体勢を整え始めたアポロから声が上がる。

 

「ボク達が行くっ! 先に行っててくれ! 必ず助けて来るから!」

「バカですかあなた達は。この私がむざむざと行かせるとお思いで?」

「くっ……そこを……どけぇ!」

「弱い人間風情が魔物のパートナー無しに私にたてつくからこうなるんです……よっ」

 

 目の前へと立ちはだかり、ひゅんひゅんと空中を自在に移動したゾフィスが、デュフォーを追おうとして戦闘への意識を集中しきれていないロップスとアポロの背後へと辿り着く。

 

「ラドム!」

「あなた達も仲良く此処で落ちるといい!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁ!」

「かうぅぅ!」

 

 吹き飛ばされる先は清麿達の方向ではあれど、通路からは十数メートル下の位置。

 力無く下を見て、彼は己の勘が告げる何かを感じ取る。

 

 自分よりも圧倒的に優れた実力を持つ彼がこんなあっさりとやられるか……否。

 彼とあの恐ろしくも優しい魔物が組んでいるのに、今の状況で自分達が焦る必要があるか……否。

 

 彼とあの魔物なら、窮地になる前に当然のように勝利を手にする次の手に移っている。

 彼とあの魔物なら、ゾフィスのような敵に無様を晒すことなどない。

 

 そして彼とあの魔物なら……弟の前で敗北を見せるような、かっこ悪い姿など決して見せることなどない。

 

 故に、と。

 

 其処で漸く意識を切り替えた。

 

「ロップス!」

「か、かう」

「彼は、大丈夫だ! 絶対に!」

「かう!!」

「じゃあボク達のすることは、一つだ!」

「かうぅ!」

「リグロン!」

 

 ロープは一つの通路へと向かう。

 その意図を理解した清麿とガッシュは、二人を迎え入れる為に手を広げた。

 

「合流などさせませんよ」

 

 追撃を放とうと、ゾフィスが掌を向ける。

 アポロとロップスの実力を知ったゾフィスは、例えその通路の先に最優の千年前の魔物が待機していようとも、此処で敵の戦力の大きな一つを削り精神的に追い詰める選択肢を取ることにした。

 

「一組だけでもここで消えて貰いましょう、あの男のように」

「……あの男とは誰のことだ」

 

 アポロ達だけでもここで落としてしまおうとしたゾフィスの思惑は、後ろからの不可測の声によって潰えることとなる。

 

 な、と口にする声が幾つか。

 ゾフィスの勝ち誇った笑みが凍り付いている。

 

 勢いよく振り向いた先で……デュフォーが何かの上に立っていた。

 

「あ……あれは……」

「なんじゃ?」

「さ、魚?」

「あれってガッシュがよく食べてるやつじゃない……?」

「なんでブリなんだ……」

「う、ウヌゥ?」

 

 

 全員が困惑の言葉を並べる。

 それもそのはず。

 ゾフィスの後ろにいるデュフォーは、尻尾から何かをジェットのように噴射させて浮いているブリに乗って現れたのだから。

 

 パシャリ、とデュフォーが手に持った何かの端末でシャッターを切った。

 

「どうした。笑え、謀士気取り。笑いが引き攣ってるぞ? お前の用意した盤面なんだろう?」

 

 ボボボと少し間抜けな音を出すブリの上、デュフォーがじっくりとゾフィスを見下す。

 

「ブリじゃダメだったか? マグロの方が好みだったか? 本当はあいつの好物のカツオが良かったんだが、オレが乗れるように改造させるのが精いっぱいだったんだ。すまないな」

 

 いやいやと突っ込みたい衝動を抑えて清麿はコトの成り行きを見守る。

 ガッシュが少し羨ましそうにデュフォーを見ていた。きっと、いや絶対にアレに乗りたいと思っているのが見て取れる。

 

「次はどうなるんだ? オレがブリに乗って現れる。お前の次の行動は? その次はどうなる? 言ってみろ」

 

 ハリーハリーと急かすように言葉を並べて行けば、ゾフィスの顔がみるみるうちに怒りへと染まっていく。

 

「渋い面だな。どうした、笑えよ軍師様。好みの展開じゃなかったか。お前が用意したはずなのに」

「ぐぎ、き、貴様……」

 

 また、パシャリとデュフォーがシャッターを切った。

 

「どうやら、オレの描いて来た絵図の通りになったようだ。お前は無様な間抜け面を全員に晒している。ブリ一匹に盤面を崩された気分はどうだ」

 

 我慢の限界だと、ゾフィスが掌を上げた。

 同時、デュフォーはポケットの中からリモコンのようなモノを取り出してレバーを引く。

 

「死ねぇ! クソ人間がァ!」

「ロンド・ラドム!」

 

 爆発の鞭を出して確実に攻撃を当てようと考えたゾフィスに対して、リモコンを操作してその鞭の動き全てを華麗に避けていくデュフォー。

 

 あまりにも可笑しくなってしまったその場に、全員がぽかんと口を開けるしかない。

 

「清麿、加勢を……っ。今ならゾフィスを叩けるかもしれない」

「お、おう。そうだな!」

 

 敵の総大将が此処にいるのだ。この好機を逃す手はない。

 アポロの言葉に気を取り直した清麿と、他の皆も本を開いて行く。

 

 その直後、ぞくり、と。

 アポロの背筋に嫌な予感が走った。

 

「邪魔なぞ、させるかぁ!」

「ディガン・テオラドム!」

 

 大きな三つの爆炎がゾフィスからそれぞれの通路へと放たれる。

 

「この術を受けて生き残れるか! 生き残れても進んだ先で絶望するがいい! そうして最後にこの人間の死体の前で、仲良くてめぇらもいたぶってやる!」

 

 受け止めても弾いても通路は崩れてしまう威力の術を前に、清麿達の選択肢は一つしかなくなった。

 

 術の奥。ブリに乗って宙を駆けるデュフォーと目が合った気がした。

 

 口の動きは、一言だけ。

 

 行け、と。それだけ。

 

 最後に見えた彼は、ガッシュに向けて今まで清麿達に見せたことのないような柔らかな表情を浮かべ。

 

 サンビームとウマゴンに捕まえられて退避したガッシュと清麿は、崩れた通路の瓦礫を少しの間、眺めることしか出来なかった。

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。


使えるモノはブリでも使うデュフォー。
ゾフィスくんわからせその一。

此処からデュフォーは別行動になります。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第四十九話:先延ばしの答え重ねて

遅くなり申し訳ありません。
パソコンの復旧が出来ましたので投稿を再開します。


 

 その少女――パティの目の前に広がる光景はまさしく悪夢と言ってよかった。

 

 彼女も、隣にいるビョンコも、すぐそこで繰り広げられている出来事に震えることしか出来ない。

 

 ゾフィスからの指示は一つ。

 侵入してきているリエムのパートナーを確実に殺すこと。

 

 遺跡の王室へと続く階段の遥か下に位置するこの場所は、罪人や侵入者を処刑した後に処理する場所でもあり、地上と比べても地下に位置している。

 

 先のパムーンとリエムの戦闘を見ていたゾフィスは、彼女が座標移動を使える魔物であると知った。

 この場所であれば地上とは違うので座標の指定は難しく、さらには月の石の欠片を定位置に設置することで魔力阻害の役割を果たす空間を創り上げていた。

 

 デュフォーが本当のピンチだと察して呼べば、彼女はすぐにでも来るだろう。だからこそそれが出来ないよう、当然の準備をゾフィスは怠らなかったのだ。

 

 通常の魔物の規格であればゾフィスの目論見は成功していた。抜け目なく見積もりに余裕を持たせ“あの時に見たリエムという魔物の魔力量の倍程度”であれば対処できたはずだった。

 パティもビョンコもその説明を聞いて安心を得たし、千年前の魔物達をいとも容易く倒していたあの魔物がこれないのならばとこの汚れ仕事を引き受けた。

 

「ば、化け物ゲロ……」

 

 ぽつりと零された声。

 カタカタと震える二人の目の前では、屈強な千年前の魔物達が全て倒れていた。

 

 それが起こったのはついさっきのことだ。

 

 

 

 

 

 魔物リエムのパートナーが落ちてくる時を今か今かと待ち構えていた時分に、大きな轟音が鳴り響いた。

 ゾフィスが侵入者たちに攻撃した音だとすぐに身構えるも、落ちて来たのはターゲットの人間ではない別の存在。

 穴の中でも一番上で待機していた魔物が上から落ちて来たのだった。

 くぐもった声で呻く魔物に近付く間もなく、そこからは次々に上から順に待機していた魔物達が降ってくる。

 数は七体。

 それぞれが動けない程のダメージを受けて蹲って、遅れて白い布に包まれた何かが落ちて来た。

 

 開いた中からは戸惑ったままの人間が七人。千年前の魔物達のパートナーであった。

 

 白い布はそのまま屋根のように広がっていき視界を塞ぐ。僅かに雷の魔力を帯電していた。

 

 異常事態の中に最後にひらりと降り立った少女の魔物は、ゾフィスの見立てであれば此処に来ることが出来ないはずの存在。

 パティとビョンコを一瞥した彼女は、ふんと小さく鼻を鳴らしてからにやりと笑った。

 

「ゾフィスのヤツに伝えておけ。貴様程度が準備する魔力阻害障壁はこのオレの魔力の前には紙切れに等しいとな」

 

 轟、と。

 彼女の身から魔力が溢れる。

 

 パティとビョンコが見たこともないような大きな魔力の奔流に、二人は息をすることすら出来なくなった。

 

 興味をなくしたように振り返った彼女は、立ち上がりつつあった千年前の魔物達へと向き直る。

 

「オレこそが“貴様らを救わなかった”魔界の王、ダウワン・ベルからの使者である。

 怒り、憎しみ、妬み、嫉み、苦しみ、絶望……貴様らの持っているありとあらゆる負の感情をオレにぶつけて来い。貴様らの境遇には同情するが、ゾフィスに与して行っている悪事は好きじゃない。

 負の感情を持つから悪事を行っているというのなら、貴様らが溜めて来たその感情は余りにもくだらないモノだと唾棄し、侮蔑する。

 だからオレは貴様らが宿す千年の絶望を……一分で踏み越えてやる」

 

 

 其処から怒りに猛った千年前の魔物の咆哮から戦いが始まった。

 

 僅かな時間。

 たった一分という縛りを設けた彼女の言葉に、やってみせろと彼らが吠えた。

 

 ギガノ級の術が同時に放たれた。前のように避けるのか、術の発動していない状態でどう対処するのかと息を呑む。

 しかし少女はビョンコもパティも予想だにしない行動を起こした。

 

 ぶつかる。そう思った一瞬のこと。たった一度、マントをはためかせた。

 

 ただそれだけ。

 

 たったそれだけの所作で、千年前の魔物達の術は全て……弾かれてしまった。

 

 あんぐりと口を開けたのは二人だけではない。呆けた魔物の一体は、まるで瞬間移動したように接近した少女に為す術なく頭を掴まれた。

 

「どうした。魔界の王の……あの男の術はこんな埃を巻き上げるだけの術ではなかったぞ。貴様らの千年の怒りはこの程度か? こんな弱い術では魔界に戻ってもあの男にキズ一つ付けられんが?」

 

 ぶんと放り投げ、わざと怒らせるような言葉を投げる。

 また怒気を膨らませた千年前の魔物達が術を放つも、ただの一度だけマントを翻す動きで弾く。

 上位の術で肉体強化をした魔物が二体、少女へと接近するもマントが少し動いてその動きを捕まえる。

 地面に引き倒して、彼女は二体の重ねられた腕の上に足を乗せる。

 

「威力は上がったがこのマントすら抜けないようだ。肉体強化も……オレの足すらどけられないらしい。二度も全力を尽くせる機会をやったんだ。貴様らの底は知れた」

 

 言葉の後、鈍い音が鳴る。

 遅れて上がるのは悲鳴。痛々しい声は何かが壊された証左。

 

 まるで容赦もなく、慈悲もなく、少女は肉体強化の術で強くなっている魔物二体の腕を蹴り折ったのだ。

 あらぬ方向に曲がった腕を掴み、捩じりあげ、彼女は二体の魔物と目を合わせる。

 

「オレはオレの大切なモノが暮らすであろう未来の魔界に於いて、悪事を行うモノは許さん。弱者を虐げ、操るような下衆は必ず報いを受けさせてやる。

 非道で結構。オレの往く道の先にある笑顔の為ならば」

 

 そう言い切った直後に蹴りを叩き込んで吹き飛ばした。

 攻撃を喰らった二体は完全にのびてしまった。

 

 焦りと恐怖の混ざった顔をした他の魔物達は、術を放とうと構えるももうそこには少女は居なかった。

 

 一、二、三と……気付かれることなく移動した彼女は残る全員をマントで包み、その場所の中央へと貼り付ける。

 

 マントに込められた魔力は多少の術ではびくともしない。

 使い方によってディオガ級の術ですら防ぐ彼女のマントは、その場にいる魔物の誰も止められるモノではないのだった。

 術を使おうとした人間達もついでとばかりに拘束し、口をマントで覆って端へと追いやった。

 

「そろそろだ。その魔力量と操作技量があるのなら死にはせんだろう。頑丈な身体に生まれたことを喜べ。だが……少しは痛いと思うぞ」

 

 もがいても足掻いても彼らが拘束から出ることは出来ず。

 一分だ……という声と共に大きな音が上で鳴った。

 

「今、ゾフィスが階段を落とした。オレ達魔物にとってたかだか石とはいっても、あの高さから落ちてくる質量だ。相応のダメージになるだろう」

 

 小さな悲鳴が複数。

 あと数秒で石の塊がいくつも落ちてくる。逃げようと必死になっても動くことが出来ない。

 その恐怖こそが彼女の狙い。

 

「貫通はしないようマントの魔力防御を操作して守ってやる。ディオガ級の術を喰らうよりは痛くない。オレやオレの友の全力の拳を喰らうよりはマシさ」

 

 にやりと笑いつつ言う彼女に、それぞれの魔物達がぞっとした。

 背を向けてその場からパティとビョンコの方に向かい歩き出す。そうして……轟音を立てて階段の残骸が降り注ぐ。

 

 悠々と歩いてくる彼女の後ろ、土埃が収まった頃には千年前の魔物達は立つことも出来なかった。

 

 化け物、と零したビョンコに向かって彼女は言う。

 

 

 

「クク……オレには貴様らの方がよほど怪物に見えるけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パティという少女にとって、魔界で生まれた時からずっと世界は自分の為にあって当然なモノだった。

 蝶よ花よと育てられ、欲しいモノはいくらでも手に入り、争いとは無縁の箱庭の中で暮らしてきた彼女はまさしくお姫様であったのだろう。

 

 そんな彼女の前に現れた運命の人は、プライベートエリアで誰に憚れることなく魚を捕まえて食べていた逞しい少年。

 

 野性味の溢れるその姿、勇敢な目、キレイな髪。

 

 ガッシュ・ベルと出会ってしまった。

 

 その時のガッシュは兄と出会い、生きる気力を取り戻し、友を手に入れ、気力に溢れる時である。

 

 必ず迎えに来ると言った兄の言葉を信じて、充実の日々を過ごしていた彼は、きっととても眩しく見えたことだろう。

 まさしく文字通り一目惚れをした彼女は、いくつもガッシュにアプローチをした。見えない所で手を振って、垂れ幕で挨拶をして、大道芸で想いをアピールした。

 そしてプレゼントを受け取ってもらった日、これが恋の実りだと彼女は思ったのだ。

 魔界の王を決める戦いで人間界での再会はきっとロマンチックになる。敵同士でも、自分が負けてもいいと思う程に焦がれてしまった。

 

 そんな彼女に待っていたのは、恋人――だと勘違いしている相手に覚えられていないという衝撃。

 

 まだまだ幼い心を持つ彼女には、初めて外で出会ったとても素敵な人に忘れられたことはとても耐えがたい裏切りだった。

 加えて、箱庭で大切に大切に育てられてきたお姫様な彼女は、世界が自分の思い通りになると思っていたから……わがままで世間知らずな彼女には悪の道に外れることも選択肢に入ってしまった。

 

 貴金属を盗んだり、甘いモノを盗んだりと、自分の欲しいモノが手に入って当然だと思っていたことからも、彼女が善悪の区別を付けられないただの子供と分かる。

 

 魔界貴族それぞれによって教育の質は違うが、彼女の家はパティに対して甘すぎた。

 

 せめて道を外れないように教育していれば……ガッシュから避けられることもなく、少しは近づけたかもしれない。ガッシュと恋仲になるような、そんな思い通りになる道筋が出来たかもしれない。

 

 ガッシュのことを子供ながらに愛している彼女の想いが、再度伝えられる機会を得られたかもしれない。

 

 

 彼女はきっとこれから、世界は決して思い通りにならないことを理解する。

 

 

 もっとも、

 

 

 ガッシュ・ベルのことを世界で一番愛している兄をどうにかしない限り、誰であろうとガッシュを思い通りに出来るわけがないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 呆れたように、ゼオンはため息をつく。

 畏れも、恐怖も見て取れる。今すぐ逃げ出したいと目が語っていた。

 

 震えて逃げられない二人を前に、ゼオンはぴたりと立ち止まった。

 

「デュフォーが下りてくるまでもう少しかかるから、少し話をしようか」

 

 翡翠の瞳の奥に揺れる紫電は、視えていなくとも威圧を含んで届けられる。

 カタカタと震えるパティは声も出せないようだった。

 

「おい、ビョンコとか言ったか? 千年前の魔物達を連れて上の階へ戻り始めろ。魔界貴族の末裔であるこいつとは一対一で話さねばならんからお前は邪魔だ」

「ゲ、ゲゲゲ、ゲロッパ……」

「なんだ? ああ、燃やしてやってもよかったが少しくらいは意識の戻った人間と話す時間を設けさせてやりたいから今は見逃してやる。改心しないなら後でオレかもう一人が燃やすだけだ。どのみち今日が終わればゾフィスの野望は全て潰えるのだから」

 

 取るに足らないことだと言い放ってもう行けと手を払う。

 急ぎ、千年前の魔物達をどうにか立たせて誘導していくビョンコをもう視ずに、パティのパートナーである人間――ウルルに話しかけた。

 

「人間。お前も邪魔だが、こいつのパートナーだからな。安心しろ。今すぐにこいつを魔界に還したりはしない」

「……」

 

 警戒は本を護ろうとしたことで分かった。

 それ以上近づくことはせず、ゼオンはビョンコ達が近くから去ったのを見計らって……マントをバサリとはためかせた。

 

 正体をばらすことは簡単だ。

 王族であり、ガッシュの兄である自分の存在を明かしてやれば、パティという少女はすぐにでもゾフィス陣営から離れることだろう。

 

――しかして、否。

 

 それでは意味がないと、ゼオンは感じていた。

 自分達がしている行いがどういったものかを理解しなければ、目の前の少女はこれから先、大人の貴族になるにあたって心に悪の芽を育ててしまう。

 

 道を踏み外したのなら自分で正さなければならない。

 悪の芽が芽生えたのなら己の手で刈り取らねばならない。

 

 心から反省し懺悔を刻むことがなければ……権力という猛毒にいとも容易く堕ちてしまうことだろう。

 

 目の前にいるのはただの子供ではないのだ。

 ゼオンにとって、そしてガッシュにとって、将来必ず関わらなければならない相手であり、武ではなく知に於いての部下としなければならない存在。

 

 故にゼオンはビョンコを追いやり彼女だけに言葉を掛けることにしたのだ。

 ガタガタと震えて俯く彼女の肩を、ガシリと掴む。

 ビクリと跳ねた身体と顔。合された目は前の夜と同じく。

 

「まだお前はゾフィスなんぞに手を貸しているのか。いい加減、目を覚ましたらどうだ?」

 

 僅かな怒りを含む声音。力で脅しても意味がないことは分かっているが、ゼオンも少しは感情が抑えられないらしい。

 

「将来、お前は魔界貴族として人を使う立場になる。だから魔物達を操る指揮官として戦うのは他者を扱う経験にはなるだろう。だがな……」

 

 すっと細まった目。

 

「誰かを泣かせて、傷つけて、狂わせて……そうまでして手に入れたいモノは、本当にお前の望むモノなのか?」

 

 真摯な眼差しがパティの瞳を射抜く。

 震えは止まったらしい。思考が纏まらないままで、彼女はゼオンの言葉を聞いて行く。

 

「お前の望む未来のお前は、お前が傷つけたモノの血と涙の上に立っているモノでいいのか?」

 

 まるで言い聞かせるように紡ぐゼオンは、最も愛する者と最も憎い者を脳裏に浮かべて僅かに眉を顰める。

 

 続けようとした言葉は、自分にも突き刺さる刃だと知って尚、彼は紡いだ。

 

 

「民は、子供達は、友達は、家族は……そして、己の心を焦がし尽くす程に愛する存在は……そんな自分の姿を見て、綺麗に笑ってくれるか?」

 

 

 

 今はいい。

 

 

 そうして先延ばしにし続ける彼の心は。

 

 

 昏くて黒い、深淵のような憎悪を抑え続ける彼の心は。

 

 

 まだ“答え”を出せるはずもなく、

 

 

 目の前の少女と似たように、愛しい一人の少年のコトにだけ心を焦がすしか出来ないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かになった穴の底に、シュゴーと少し間抜けな音を立ててゼオンのパートナーが下りてくる。

 

 まるでサーフィンの如くブリを乗りこなす彼は、自分の掌をじっと見つめ続ける少年の隣に降り立った。

 

 ふいと顔を上げたゼオンは、デュフォーとブリを見比べて……小さく笑った。

 

 

「ふふ……お前がそんなふざけた策を使うとは思わなかったぞ、デュフォー」

 

「一番効果的だから使っただけだ。ゾフィスへの挑発にこれ以上の手はない」

 

「あいつの怒り狂った顔を見れなかったのは残念だ」

 

「そういうだろうと思って写真も撮ってきたぞ? ほら」

 

「やるな、デュフォー。クク……よく撮れているじゃないか」

 

 端末を受け取ってゾフィスの表情を楽しんでいるゼオンは、どことなく元気のない様子。

 デュフォーは感じ取っていたが、“答え”を出すまでもなく、ただいつも通りに声を掛け続ける。

 

「ブリだからなのか、ガッシュにも受けは良かった。グラブとコーラルQがこれで何を企んでいたかは、まああの反応を見ればわかるな」

「先に見せてしまえば使いにくくなるし、それでも使うなら清麿のヤツが対処するだろう。それより、予備は作れないのか?」

「必要なら作れるが……欲しいのか?」

 

 写真をやめ、端末の操作をしてブリジェットを飛ばし始めるゼオンに言う。

 

「別に……いや」

 

 言いよどみ、言葉を止めたゼオンはブリジェットを自分の元へと戻して、抱きかかえてからデュフォーへと向き直った。

 

「いつか、ガッシュや他の奴らと一緒に……遊べるかもしれんだろうからな」

 

 欲しいとは言わずに、ゼオンは少し哀しそうに笑って答えを返した。

 

 デュフォーはくしゃりと彼の頭を撫でやる。

 

 

 最後にそっと、彼は言の葉を落とした。

 

 

 

「そうだな。皆で手を繋いで、遊べるように」




読んで頂きありがとうございます。

PCがバグった為、復旧待ちをしておりました。

ガッシュ2のブラゴくんこれから楽しみですね

あけましておめでとうございます。
これからもこの物語を楽しんで頂けたら幸いです。


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第五十話:理解を得た渇望

いつもありがとうございます。


 

 その魔物は現代に蘇ってからずっと耐えてきた。

 

 じくじくと苛む己の弱さへの憎悪が、千年の月日でより深く熟成されたにも関わらず、周りの魔物のように暴れることも許されない日々。

 己のプライドを踏み躙られるような命令であっても聞かざるを得ない程の石化の恐怖に怯えながら、不快な出来事に目を瞑り続ける毎日。

 心に宿す善性から折れることの出来なかった強い魔物を横目で見ながら、己は何をしているかと増えていく問いかけを無視した時間は数多く。

 

 何もかもに苛立ちが募っていく。

 

 唯一の救いは……自分の新しいパートナーとなった人間が、己と同じように強さをこそ追い求める存在であったことか。

 

 本当は戦うつもりはなかった。

 その人間も、あくまで深くは関わらずに向かってくる敵とだけ戦う予定だったらしい。

 

 しかしその魔物とその人間は、とある日を境に互いの関係に変化が起きた。

 大きな力を持つにも関わらず善性の心によって身動きが取れなくなっている一体の魔物を近くで見ていて、大きな舌打ちをした人間。

 横で聞いていたその魔物は、人間に問いかけた。

 

――何を苛立つ。

 

――別に。

 

――……フ。

 

――なんで笑った?

 

――さあ、なんでだろうな。

 

――変な野郎だぜ。

 

 顔も見合わせずに交わされた少ない言葉のやり取り。

 他の魔物に無碍にされている星の魔物を見ながら、また舌打ちを一つと、小さな笑いが一つ。

 

――バカにしてんのか?

 

――いや……そうじゃない。

 

 ギシリ、と握られた根が音を立てた。

 すっと目を細めた人間は、その魔物が何を感じていたかを理解する。

 

――いらついてんか、お前。

 

 声はなく。それが答えらしい。

 

 は、と小さく笑った男は、ぐるりと肩を一周させた。

 

――お前はアレより強いのか?

 

 率直な疑問をぶつけられた魔物が人間を睨む。

 最優と呼ばれるほどの万能性を誇る星の魔物と戦う姿を想像して、自分が負けるとは思わないが勝てるとも言い切れない。

 

――分からない。

 

 苦い顔で言う魔物に、男はカカカと渇きを含んだ笑いを漏らした。

 

――なら……少し付き合えよ。てめぇに勝ってオレがあいつに挑む。

 

 瞳の奥には、渇望とも呼ぶべき欲があった。

 

――あいつに勝ったら次はデモルトだ。神話やおとぎ話じゃねぇこの時代でバケモン退治が出来るなんてオレはツイてる。

 

 男の欲は止まらない。

 誰よりも強く、もっと強くという欲が抑えられないのだ。

 

――あんまり人間を舐めるんじゃねぇ。魔界ではどうか知らねぇが、こっちの世界では大昔からバケモン達は絶対に最後は負けていく。

 

 握られた拳を、男は滾るまま見せつける。

 

――バケモンを倒すのはいつだって……人間だ。

 

 

 

 

 

 そこから、暇つぶしに何度も男と魔物は手合わせをした。

 魔物と人間ではそもそものスペックが違うにも関わらず、男は嬉々として挑んできた。

 

 単純な肉体のみの戦いで敗北を突きつけられたのは初めてのことだった。

 

 そも、魔物の実力に人間が敵うこと自体が異常なのだ。

 

 男の蹴りは足先を掠めるだけで切り傷を残す程鋭く。

 男の武術は魔物が納めている武術にすら対応して見せ。

 男の拳は魔物の極めた棍の一撃に匹敵するくらいに研ぎ澄まされていた。

 

 本当は……男と魔物はこうして武を合わせることは無かったのだろう。

 本当は……男と魔物は互いに利害関係が一致しているだけの浅い関係で終わっていたのかもしれない。

 本当は……男と魔物は自分達の内に秘める欲の大きさを本当の意味で知ることなど無かったのではないか。

 

 復活してから少ない日数の中でも、交わした言葉は少なくとも、男と魔物は武の極みを目指す存在として……浅からぬ想いを重ねてきた。

 

 

 男の名は玄宗。

 魔物の名はツァオロン。

 

 

 一人と一体は溜まりに溜まった強さへの欲を漸く発散させられると高揚していた。

 しかして、目の前に現れた二組の魔物は……彼らの欲を満たすには少し足りなかった。

 

 接見から初手の攻防は、にらみ合いになってはつまらないと言い放ったツァオロンがまず仕掛けたことから始まった。

 

「エルド!」

 

 棍の強化をする基礎呪文から始まり、軽い棍術によって連続攻撃を繰り出した。

 ぎりぎりで受け流して避け続ける敵の魔物――ウォンレイを観察し、実力の程を図っていく。

 体術の心得があることににやりと笑い、棍の速度を上げていく。

 

「受け流しだけで耐えられる程……甘かねぇぜ!」

「レルド!」

 

 耐えきれないと判断したうウォンレイのパートナーリィエンの声でバリアが出来た。

 突き出された棍がウォンレイの身体に当たることはないが、正面から受けた衝撃のままに軽く飛ばされる。

 

 その隙にと……リィエンが玄宗の方へと駆けていた。

 

 感心したというように笑うツァオロンは……何も言わない。

 ただ真っすぐにウォンレイを見ていた。

 

「リィエンっ! 気を付けるんだ!」

 

 ツァオロンが焦らない様子に異様さを感じたウォンレイが声を上げた。

 分かっていると頷きながら、リィエンが玄宗へと飛びかかった。

 攻撃は上段の蹴り。

 

 大きな音を立てつつも、蹴りはしっかりと衝撃を殺されて玄宗に受け止められ……リィエンはすぐに数歩の距離を取った。

 

「やっぱり……操られていないあるっ」

 

 予想は当たっていたかと、リィエンやウォンレイ、ティオと恵が焦りを表情に浮かべた。

 意識を失っていない人間の存在は先のビクトリーム戦で確認済みなのだ。

 

 リィエンのことは見ずに、腕全体へと流した衝撃をじっくりと味わいながら玄宗は次の攻撃を待った。

 次にリィエンが行った連続攻撃も、一つ一つを丁寧に受けながら実力を知っていく。

 

 ジトリ……と睨みつけるような視線とリィエンの目が合わさった。

 まるでその程度かと呆れたような目。

 

 拳法での連続攻撃の攻防に於いて、実力伯仲であればあるほど相殺が繰り返されることはままある。

 それはさながら美しい舞のように、終わりの見えない舞踊が繰り広げられるのだ。

 

 しかしながら片方の実力が足りていない場合、少しばかりのズレに差し込まれる最善手によって全てが台無しになる。

 

 合わせることは出来る。同じ実力に合わせて戦ってやる(・・・・・)ことなど朝飯前。

 そんなことは望んでいないのが玄宗という男だ。

 

 飢えを満たす為の戦いなのだから、遠慮する必要などない。

 

「功夫が足りていないな、お前」

「がっ!!」

「リィエンっ」

 

 中国拳法の高等技術の一つを用いて、リィエンよりも上であることを叩き込む。

 

――手は抜かねぇ。甘ちゃんだろうと武闘家だっていうなら相応の覚悟はしてんだろ?

 

 吹き飛ばした先への追撃は“崩拳”を選ぶ。

 体勢の崩れたリィエンへと向かおうとするウォンレイの前にツァオロンが立ちはだかる。

 俊足の三歩にて距離を詰め、最後の一歩によって玄宗の一撃が放たれる。

 もう、間に合わない。

 

「どぉぉぉぉぉ!!」

「セウシルッ!」

 

 気迫と共に放たれた拳は、間一髪の所でティオの術によって阻まれた。

 セウシルにビシリと入ったヒビは、玄宗の拳の威力を物語っていた。

 

「リィエンッ」

「すまない……ある……」

 

 見下ろす玄宗はため息を一つ。

 武闘家であるリィエンに対しての格付けは終わった。拳を合わせれば実力の違いなど分かってしまうのだから。

 

「フン……やはり魔物の術は強ぇな。オレの拳を受け止めても割れねぇとは」

「ヒビを入れただけでもお前の異常さが出ている。そう易々と術が破られたらオレ達魔物の立つ瀬がないだろう」

「まあな。だが……やはり人間じゃ相手になんねぇ。どうする、ツァオロン?」

「……どうする、とは?」

 

 ひらりと背を向けて会話をし始めた二人は、相手のことなど気にも留めず。

 唐突に打ち切られた戦闘と砕けた二人の様子に、ウォンレイ達は呆然と見るだけしか出来ない。

 

「二人で戦うか、オレ一人が行くか、お前一人が行くか……だ。オススメはオレ一人で行くことだな」

「なっ……」

 

 玄宗が放った不遜な物言いに、ウォンレイ達に衝撃が走る。

 

 チラリと彼らを横目で見たツァオロンは、大きなため息を吐いてからにやりと笑った。

 

「お前だけだと負けるぞ。術には自慢の拳でも勝てないのが分かったよな?」

「もう少しだっただろうが。“崩拳”でダメなら他にも手はあんだ。舐めんなクソガキ」

「ふふふ、オレならエルド一つで壊せる」

「いいや無理だな。オレの拳と打ち合ってるエルド如きじゃ無理無理。一つギアを上げてやっとだろ」

「……またオレの力を分からせてやろうか?」

「武術のみじゃ一回も勝ててねぇお前が? ハッ、笑わせる」

「ふざけろ。朝はゾフィスに呼び出されなければオレの勝ちだった。もうお前の動きには慣れた」

「バカが、アレはフェイクだ。あのままならカウンターでてめぇの負けだった」

 

 チッと大きな舌打ちをしあった二人の距離が近づく。

 一触即発な雰囲気に、ウォンレイ達は完全に置いてけぼりを喰らっていた。

 

(今なら攻撃してもよくない?)

(そうよね、二人で言い合いしてるならその内に)

(ダメある。ああ見えて二人とも隙が全く無いあるよ)

(ああ、私達が動けばすぐにでも戦闘を再開してくるだろう)

 

 下手に刺激しない方がいいと、続ける。

 

 ぐるりと首を回した二人は振り返り、小さく鼻を鳴らした。

 

「なら……こいつらをちゃちゃっと片づけて続きするかぁ?」

「それでいいが……少し試したい」

「あん?」

 

 ふ、と小さく笑ったツァオロンが棍をウォンレイへと突きつけた。

 

「こいつはそこそこ強い。お前程じゃないが武の動きを少しは出来るようだ。後ろの女共もバリアが壊されても少ししか動じなかった所を見るに、なかなかいい術を持ってるんだろう」

「ホウ、それで?」

「オレにやらせろ、玄宗。術のサポートだけしてくれ」

「けっ、術無しで行けるって言えねぇのかお前」

「魔本のせいで預けているだけであって、術もオレ自身の力なんだ。お前はアレら相手に武術無しで舐めた戦いをしろと言われて納得できるか?」

 

 ついと目を細めてツァオロンを見た玄宗は、目線を斜め上へとやって一瞬だけ考えた。そして――

 

「そりゃあ悪かった。お前が積んできた功夫だったか。ソレがこの本に奪われてんのなら協力してやるよ」

「理解したならいい」

「術アリじゃオレも“まだ”勝ててねぇからな」

「魔物と人間の差だ。打ちひしがれろ。お前じゃ“竜”を倒せん」

「はん、言ってろガキ。人間を舐めるな」

 

 バシリとツァオロンの背中を叩いてから後ろへと下がっていく玄宗は、つまらなさそうにウォンレイ達を見た。

 

「そういうことだから喜べお前ら。オレは手を出さない。勝機が出来てよかったなぁ?」

 

 ツァオロンだけなら負け筋があると言ってのけ、のんびりと本を開く。その姿に、その二人の様子に……ウォンレイもリィエンも、ティオも恵も焦燥を覚えた。

 

 険悪であれど背き合っていない。

 いがみ合っているが嫌い合っていない。

 其処に見えた二人の繋がりは、歪であれども認め合っているモノだったから。

 

「なぜ、あなた達はゾフィスに従っているんだ。その強さでゾフィスを倒すことも出来るだろうに」

 

 疑問を紡いだのはウォンレイ。

 ただ真っすぐに、強い魔物と強い人間がゾフィスの行っている悪事に手を貸している理由を知りたくて。

 

 ククッと喉を鳴らした玄宗が応える。

 

「オレは強い奴と戦いてぇだけだ。人間相手じゃもう満足できなくなっちまったんでな」

「しかしっ……それなら悪事に手を貸さずとも!」

「興味ねぇんだ。オレはお前ら――魔物っていう強ぇバケモンを見つけちまった。

 面白ぇと思ったね。ゾフィスを手伝えばバケモンを倒せる機会が持てるってんなら、胸糞悪くても少しくらいは我慢してやるってもんだ」 

 

 自分の語りは終わったと玄宗が口を噤むと、ツァオロンが言葉を流した。

 

「お前は……どことなくアイツに似ていてムカつく」

「……アイツ?」

「その正義ぶっているところも、甘ったれた言葉も……何より何かを守ろうと戦うその心が気に入らない」

 

 根を構え、歯を見せて苛立ちを示すツァオロンから……闘気が滲む。

 

「あなたの答えを聞いていない……どうしてあなたはゾフィスに従う?」

「答える義理は無い。いや……」

 

 にやりと笑い、言い放つ。

 

「気に入らない、いけ好かない、叩き潰してやりたくなった……お前相手に戦う理由はそれくらいで十分だ」

「そんな理由で――」

 

「千年!!!」

 

 大きな声を出したツァオロンに、玄宗以外の全員の肩が跳ねる。

 

「千年の牢獄に閉じ込められたモノの心など貴様には分かるまい!!!

 弱い己のせいで負け! 恥辱に耐えて千年も経った!! 漸くあいつとも戦えると思えばあのカスのせいで余計な邪魔が入る始末!

 悪だ善だなどと! 純粋な戦いに於いてそんなモノは不純物だ!

 戦いに於いて足手まといに縛られることを良しとする……貴様のような甘ちゃんを見ると反吐が出る!!!」

 

 棍の先を突きつけて、震える声で叫んだ。

 

「オレは! オレ達は!! 魔界の王から見放された魔物達だ!!! 助けに来て貰えなかった“要らない子”だ!!!

 魔界の王が選んだ次の王候補がお前らのような甘ちゃんだというのなら尚のこと……オレはお前らを叩き潰してやる!!!」

 

 感情をあまり表に出さないツァオロンの大きな激昂に、珍しいモノを見たと玄宗は楽しげに笑った。

 憎しみの感情が渦を巻く。魔界の王への憎悪という絶対に避けることの出来ない感情が膨らまされていた。

 千年前の魔物達には既に種が蒔かれていたのだ。パムーンを孤立させる為に蒔かれたその種は、時間を追うごとに成長して実っていった。

 

 魔界の王への憎しみは成長すれば何に変わるか。当然……嫡子である雷帝へと向けられるであろう。

 憎しみは大きな力となる。千年熟成された憎悪をもう一段階引き上げる。既に冷静であるはずのツァオロンを呑み込む程に大きく育っていた。

 

「そういうことだ。無駄なおしゃべりはそろそろヤメにして……やろうぜ?」

 

 感情が力になることを玄宗はよく知っている。

 今回は仕方ないから譲ってやるかと、“本の担い手”としての役割へと頭を切り替えた。

 

――危なくなったら手伝ってやる、なんてこと言うのも無粋か。

 

 言葉はもうかけずに、本を構える。

 

「ゾフィスなど関係ない。オレと戦え。現代の腑抜けた甘ったれども」

「避けられないか……」

 

 ズシリ、と踏みしめられた一歩で互いに構えを取りなおす。

 

「名乗れ。オレの名はツァオロン」

「……ウォンレイだ」

 

 名乗りと同時に同じように並ぼうとしたティオに向けて、ツァオロンは静かに言葉を放った。

 

「後ろに居ろ、女。足手まといに出来ることはこいつのサポートだけだぞ。だからお前の名乗りなどいらない」

「なっ」

「訂正して貰おう……この子は頼りになる仲間だ。決して足手まといなどではない」

 

 優しくも憤りの混ざる声を向けたウォンレイを鼻で笑う。

 

「仲間……ふん、いいだろう。女、名前は?」

「……ティオよ」

「せいぜい証明して見せろ。お前が足手まといでないことをな」

 

 身体から噴き出す闘気は、ツァオロンの身体を何倍にも大きく見せる。

 呼吸を整え、気合いを一つ。

 

「ハァァァァァァ!!」

「オォォォォォォ!!」

「ゴウ・バウレン!」

「ゴウ・エルド!」

 

 大きな衝撃と共に戦いが再開される。

 

 楽し気に、獰猛に、ツァオロンは笑った。

 

「やっと全力で戦えるッ! 行くぞォ、玄宗!!!」

「オウ、楽しめツァオロン」

 

 抑えられた渇望は解き放たれた。

 

 ウォンレイの優しい心には、先ほどのツァオロンの悲痛な叫びが突き刺さっている。

 一筋縄ではいかない相手だ。引くことは出来ないだろう。逃げることなど出来ようはずもない。

 

――後ろには……傷つけてはならない人が居る。

 

 覚悟を、と。ウォンレイは胸に意思の炎を燃やす。

 

 甘ったれだと言われても、それでも守りたいのだと彼は想う。

 

 両の腕を広げた彼の背は、いつだって後ろのモノに希望を見せ続ける。

 

 

 

 

 いつもいつだって誰かを守りたいと希う小さな少女は、その背の大きさをこの戦いで知ることになるだろう。

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

ツァオロンはこの物語において、ゼオンくんとパムーンの動きによって運命が大きく変わった魔物です。
玄宗との相互理解によってウォンレイ・ティオとの戦いが変化します。

ちなみにデモルトがバカみたいに強いのを知ってるのですが、アレに勝つのがこの物語での玄宗の今の目標です。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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第五十一話:守りを貫く姿に

いつもありがとうございます。


 

 人間と魔物は違う生物である。

 意思疎通も出来るし触れ合うこともできて、感情を持っているという点でも同じ。

 

 例えどれだけ心が通い合っていようとも……遺伝子レベルの違いがある。

 その事実がある限り、例えどれだけ大きな想いがあっても超えられない壁が存在する。

 

 ウォンレイとリィエンは過去、ガッシュによって助けられたことがあった。

 魔物であるからと親から仲を引き裂かれ、ウォンレイ自身もそれでいいと心に蓋をして想いを断ち切ろうとした。

 

 しかしてリィエンの想いは止まらず……ガッシュと清麿の助けもあって二人は晴れて想いを通じ合わせることが出来たのだ。

 

 今は田舎で畑仕事をしながら二人で仲良く暮らしていたのだが、清麿達に助けが必要だと聞いて駆け参じた次第。

 

 穏やかな日々がずっと続けばいいと願っていても、魔物であるウォンレイは王を決める戦いという運命から抗えない。

 リィエンとの穏やかな暮らしが続けば続く程に、いつかは魔界へ帰らなければならない事実に打ちひしがれる。

 

 ずっとリィエンを幸せに出来たら、どれほどいいことだろうか。

 それが出来ないと知っている彼の苦悩はどれほど大きいだろうか。

 このままではダメだと自分から言わなければならなかったリィエンの心は、どれだけ悲痛に引き裂かれただろうか。

 

 故に、彼は覚悟を心に打ちたてた。

 

――守る王という、私の目指すその姿を……リィエンの心に焼き付けておけるように。

 

 決して引くことのない彼は……皆を守る為に両の手を広げる。

 しかしてその背には逃げ傷はつかない。

 彼が敵に背を向けることなどないのだから……。

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 棍による攻撃の範囲は、当然のことだが拳よりも数倍広い。

 一点に集中される威力は高く、速度が加わることでソレは何倍にも増す。

 

 ツァオロンは少し驚いていた。

 

 ゴウ・エルドと術の出力が同じであったことで互いに弾き合ったこともあるが、棍が最も威力を持つ距離を避けてしっかりと懐に踏み込んできたのだ。

 武人であっても長物相手に踏み込むというのは生半可な覚悟で出来ることではなく、己が傷つくことも厭わないか、よほどの実力が伴っていなければなり得ない。

 

 ニィと歯を見せて笑うツァオロンは片手で突きを続けつつ体勢を整え、同じようにこちらを睨んでいるウォンレイに向けて次の動作へと移った。

 

「ガンズ・エルド!」

「ガンズ・バウレン!」

 

 距離を取れば有利。それを理解して撃たれた相手の術はエネルギーを拳に乗せるモノ。

 ガンズの効果で速度と連射性が上がっているのだが、それも互角に打ち合えた。

 

――なるほど……拳の方が動作が早いところを“互角”か。

 

 ウォンレイもそれに気づいて少しの焦りを見せていた。

 

 棍を引いて出す動作よりも拳の方が速いはずなのだ。それなのに互角ということは……ツァオロンの方に余裕があり、速度も出せているということ。

 僅かな差、しかして決定的な実力差。ツァオロンが積んできた功夫が勝った証左に他ならない。

 

 バチン、と大きな音を上げて打ち合いが強制的に終わらせられる。

 弾いたのはツァオロンの方。

 

 膠着しては面白くないと、棍を旋回させて拳に沿わせたのだ。

 互いの術のエネルギーだけが相殺され、棍だけがウォンレイの腕を滑って行く。

 

「っ!!」

「シッ!!!」

 

 棍術の基本は突き、そして回転を加えた打撃である。

 突き出しつつあった右手をそのままに身体を支点とし、回転して逆方向へと棍を展開。ウォンレイにとって、棍と触れ合っていた腕とは逆から急に攻撃が来たカタチとなる。防御をしようと腕を引きかけた硬直を狙われて、上体を逸らして避けようと歯を食いしばる。

 

 それもまた……ツァオロンにとっては読み筋。

 

「ハッ!!」

「ぐっ!!!」

 

 支点は崩れていない。敵が体勢を崩したのならそれが好機。回転を続けて、そのまま振り上げるカタチで棍を回せばウォンレイに一撃が当たる。

 変幻自在の棍の動きによってどんな状況にも対応できる。術だけでないからこそ、ツァオロンは1000年前の優勝候補として挙げられていたのだ。

 

「エルド!」

「セウシル!」

 

 すかさず棍の攻撃力を術で底上げされ、そのまま連撃が行われることが予測された。

 しかしながら唱えられた横槍――セウシルによってウォンレイの身体はすっぽりと覆われ、ツァオロンの棍はセウシルと打つだけとなる。

 

「フン……」

 

 にやりと笑いながら鼻を鳴らす。まるで気にしていないと。

 ガガガガガ、と。工事の機械のような音を立てながらツァオロンは棍でセウシルへと攻撃を叩き込み始める。

 

「う、うそ……」

 

 ティオから漏れた驚愕が宙に滲む。

 立ち上がったウォンレイが見たのは……一点へと集中された棍の攻撃が、セウシルにヒビを入れ砕き始めた所だった。

 

 エルドは初級の術。それならばセウシルで防御すれば防げるはずなのだ。

 いつもならそうだった。ギガノ級であっても防げるように心の力はいつも以上に込めている。間違いなくウォンレイを守ると強く意識して撃ったセウシルだ。

 

「心を細くせよ、雨垂れのみが石を穿つ……ってか」

 

 玄宗が楽し気に言葉を紡ぐ。

 

 幾重もの水滴が、いつか石に穴を空ける。そんな例えの心持を表す言葉。

 武人であるツァオロンの集中力ははかるまでもなく、その心は今研ぎ澄まされている。

 玄宗が拳でヒビを入れたバリアならば、自分はエルドで破壊してみせるという、パートナーに対しての意地を見せた行動。

 

 玄宗に出来て己に出来ないなどと……そんなことはツァオロンのプライドが許さなかった。

 

 ガラスの割れるような音が響いてセウシルが砕け散る。

 そのまま……ツァオロンの棍はウォンレイに襲い行く。

 

「ゴウ・バウレン!!」

 

 迎え撃つことを選択したウォンレイに、リィエンが強化術を唱える。

 バウレンは腕を強化し、ゴウ・バウレンはより強化しつつエネルギーを乗せるのだ。エルドであれば対応できる。ギアをもう一つ上げられたとて対処できるだろう。

 しかし……。

 

「“アラドム・ゴウエルド”!!!」

 

 棍の先へとエネルギーが集まる。先ほどまでとは違う呪文に、ウォンレイが目を見開く。

 棍の強化は行われている。その禍々しいエネルギー量は先ほどの比ではない。

 

――これは、まずい……っ。

 

 どんな効果があるのか、どんな威力があるのか。

 魔物同士の戦いでは術の予測も必須。ウォンレイはツァオロンの術の効果を見切れなかった。

 

 せめて、と。ウォンレイは渾身の力で棍へ突きを放った。

 拡散するタイプの術であれば後ろを守る為に防御に移るところだが、それは棍にだけ込められた術。

 ならばと、攻撃こそ最大の防御になると信じて彼は攻勢に出た。

 

 瞬間――爆発が起こる。

 

「ぐぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

 大きな爆炎を伴った攻撃は、ウォンレイを壁の端まで吹き飛ばす。

 

「ウォンレイ!!」

 

 突きの動作のままウォンレイの飛ばされた先を見るツァオロンは、油断なく構えを解かず。

 

「クックッ、新しいのが読めるからと使ってみたら……爆発しやがった」

「オレの溜め込んだ鬱憤が溢れ出たのかもな。だが、あのカスのように爆発の術というのが気に喰わない」

「あー、使うのやめとくか」

「そうしろ。逆にイラつく」

 

 新術と、敵はそう言った。

 

「せ、千年前の魔物が、新しい術を覚えるの?」

 

 顔を青褪めさせた恵とティオ。

 信じがたいことではあるが敵は新しい術さえ覚えるという。

 じわじわと絶望が深く染まる。

 

 煙の晴れた先、ウォンレイが血を流しながら立っていた。

 

「お……オォォォオオオッ!」

「……っ。レドルクッ!」

 

 ギラリとツァオロン達を睨みつけたウォンレイは、気合いと共に吠えた。

 呼応するようにリィエンが脚への強化術を唱える。

 

「エルド!」

「シッ!」

 

 速度で翻弄出来るようにとステップを刻むウォンレイに対しても、鍛え抜かれた眼によってツァオロンは攻撃へと対応する。

 棍を上手く使っていなすツァオロンは、数度の受け流しと共に言葉を投げ渡す。

 

「ダメージが残っているようだな。動きが鈍っているぞ」

「……それがどうした」

「バウレンッ!」

 

 術の乗った拳を棍の動きだけで逸らした。わざとツァオロンが組みあうように体勢を持って行ってにらみ合う。

 

「貴様の力はそんなモノで限界か? オレはまだ全力すら出していないというのに。この程度なら……次で終わらせてやるぞ、ウォンレイッ」

 

 食い足りないと、彼は言う。溜めに溜めた渇望が満たされるにはお前では足りないと言い放つ。

 言葉と共に弾き飛ばし、ツァオロンは棍を大きく構えた。飛ばされながらも体勢を崩さなかったウォンレイは掌を獰猛な獣の爪に見立てて構えを取った。

 

 玄宗の持つ本が極大の光を湛えた。来る、とリィエンもウォンレイも感じ取った。

 

 唱える術は互いに最大のモノだと理解を置く。引ける状況ではなく、避けられる状態でもない。

 

 ツァオロンは真正面から叩き潰すことを選び……玄宗は己と似たような心に満足げに笑った。

 

「ラオウ・ディバウレン!!!」

「ザオウ・ギルエルド!!!」

 

 ウォンレイから放たれた大きな虎は、その爪を以って目の前の敵を引き裂かんとし。

 

 ツァオロンから放たれた海の怪物は、その刃を以って敵を蹂躙せんと突き進む。

 

 硬直は数秒。込められた心の力は確かに大きい。

 

「く……お願いある……もう少しだから……ウォンレイ……」

 

 ツァオロン達の放った術の強大さを理解してリィエンから漏れた言葉。

 大きなダメージを負ったウォンレイは、気力だけで術を支えている。飛びそうになる意識を保ちながらも、心に打ちたてた覚悟の柱によって目の前の敵を睨みつけて叫ぶ。

 限界を超えて力を出さねば勝てぬ相手だから、ウォンレイは限界のその先を絞り出す。

 

「オォォォォォオオオオオオ!!!」

 

 だけれども、故に……ツァオロンは……

 

「ハハッ! ハハハハハハハ!!!」

 

 楽し気に、満足そうに、子供のように笑い始める。

 同時に術の力が増していく。

 

 千年の渇望は深く渦巻き続けた。

 理解を同じくするパートナーを得たことでソレは昇華した。

 倒したい好敵手への苛立ちが……その魔物に未来を望ませた。

 

 難敵こそが必要で。

 強敵こそが愛おしい。

 

 武を極めようと道を進む者達が必ず得て来た心。そして千年の暗闇を晴らしてくれる光。

 立ちふさがる壁を超えることこそが、彼に未来を見せてくれるのだ。

 

「共に越えるぞ!!!!! ザオウ!!!!」

 

 術と共に突き進むことを決めたツァオロンは、棍と共に跳び込む。

 ウォンレイの術を真正面から打ち破ることを決めて纏ったエネルギーは計り知れず、数秒の後に圧し始めた。

 

 ガリガリと嫌な音を出し始めた術の先端が……数秒の後にラオウ・ディバウレンの爪を突き破る。

 

「ハハハハハッ! 食い破れェッ!!!!!」

 

 そのまま術の顔へと突進して……バシュウと大きな音を立ててラオウ・ディバウレンは打ち破られた。

 

「な……ラオウ・ディバウレンが……」

「負けた……!?」

 

 ウォンレイとリィエンの驚愕する声。宙に居るツァオロンは天井を蹴って向きを変えた。

 ツァオロンの術は続いている。怪我の差もあり、力の差があった。例え心では負けていなくとも……力量の差を埋めるには足りなかった。

 

「いい術だったッ! 戦えたことに感謝するぞ、ウォンレイ!」

 

 突進はボロボロのウォンレイに向けて。手を抜くことなどツァオロンはしない。

 リィエンを守るように手を広げたウォンレイを見て、ツァオロンはさらに笑う。

 

「折れずに立ちふさがるか! 理解は出来ないが敬意を抱くぞ、その曲げない心意気に!! さらばだ!!!」

 

 威力の弱まった術でも、きっと本を燃やせてしまうだろう。

 

 目を瞑ることなく迫りくる術を見据えるウォンレイは……ふ、と小さく笑った。

 

「マ・セシルド!!!」

 

 大きなその盾は、ザオウ・ギルエルドの角の先端から消滅させていく。

 

 心の力を最大限にまで高めているティオと恵の二人が、ウォンレイとリィエンの前に躍り出たのだ。

 

「これ以上、好きにはさせないんだからッ!!」

「邪魔をするな女ァ!!!」

 

 ウォンレイとリィエンを必ず守ると叫ぶティオと、ウォンレイとの決着に水を差されたツァオロンの怒りの声が混じる。

 

 マ・セシルドは威力が弱まった敵の術を受けながらヒビが入り始める。これほどなのかと驚愕しつつ、恵はさらに心の力を込めて盾の補強に力を注いだ。

 阻まれたザオウ・ギルエルドは……ツァオロンの苛立ちに呼応するように口を大きく開けた。

 

 噛みついたのは消滅の効果を持つ中心部でなく、外の枠。

 重機による工事のような音を立てて、マ・セシルドを消そうとツァオロンの術がさらに出力を上げた。

 

「必ず、護るんだからッ!!! あたしは!!! あたしたちは!!! あんたたちなんかに!!! 負けないッ!!!」

 

 悲痛に思える程の叫びに、ツァオロンがすっと目を細める。

 

 それは苛立ちとは違い、少しだけの穏やかさを持っていた。

 

「玄宗――ッ!!」

「あいよ……“フェイ・エルド”」

 

 不意に消えた大きな術。

 続いて唱えられたのは新しい術。

 棍を回して飛び、盾を越えたツァオロンがティオの前へと来て……そのまま棍で恵共々弾き飛ばした。

 

「キャァッ!!!!」

「ふん……やるな、女。少しは認めてやろう」

 

 称賛を送りつつ、ボロボロながらも飛ばされた二人を受け止めたウォンレイを見てにやりと笑う。

 

「大丈夫か?」

「ええ……でもごめん、助けに入るのが遅れて」

「いいんだ。助かったよ二人共。キミたちが居なければ負けていた」

「……っ」

 

 もっと自分達に出来たことがなかったのかと思うティオと恵に向けて、ウォンレイは優しい笑みを浮かべて言う。

 

 ぐ……と唇を噛んだ恵が涙目になりながらティオの方を向いた。

 

「ティオ……すぐに回復をっ」

「うん! お願い、恵!」

「全力で……ウォンレイを助けるの。もっと、もっと……強くっ」

 

 本が再び大きな光を放ち始める。

 救いたいという願い。傷ついたものを思いやる優しい心が溢れる。

 そんな彼女達の行いには、ツァオロンは何も邪魔する気がないらしく。

 

「待ってやるのか?」

「対処できなかったあいつらが悪いとはいっても、こんな簡単に決着がついたら拍子抜けだ」

「カカッ、出来ること全部やらせて勝つつもりだな、お前?」

「この程度で負けるならオレはパムーンにもデモルトにも勝てない。敵は強ければ強い方がいい、お前好みだろう?」

「いいねぇ。そいつは好きだ。大好きだ。ならオレも……負けねぇように手伝ってやんよ」

「月の石で心の力を回復しておけ。まだあいつらは何かしてくる、絶対に」

「ああ、オレもそう思うぜ。ズルくせぇがお前の全力が出せなくなっちゃつまんねぇだろうからな」

 

 魔本をより上手く使うには人間の想いが重要だ。

 それを理解している玄宗に……油断も慢心も無い。

 

 武を極めるとは、心を鍛え抜いた証である。

 

 来る日も来る日も修行に明け暮れ、身体に掛かる膨大な負荷を耐え抜き、弱気に膝を付きそうになる度に奮い立ち、堕落に沈むことなく邁進してきた。

 

 ツァオロンの術が負けるということは、玄宗の積み上げてきた功夫が否定されると同時に、玄宗の渇望が弱いということに他ならない。

 そんなモノは認められない。玄宗は絶対に許さない。

 

 故に大きく。より大きくと本が光を放ち始めた。

 

「サイフォジオ!!」

 

 ティオと恵から術が放たれる。リィエンとウォンレイが受けるその術の効果は心と身体の回復。

 くるくると羽が廻って瞬く間にウォンレイの傷が回復していった。

 

 なるほどなと呟いたツァオロンは嬉しさに口を釣り上げる。

 

「いい……いいな、お前ら。肉弾戦では役に立ちそうにないが、やはり足手まといではないらしい」

「……第二ラウンドといこう、ツァオロン」

「くっくっくっ、お前が絶望に頭を垂れるまで、何度でも潰してやるぞ……ウォンレイ!!」

 

 ズシリと、また互いに構えを取った。

 

「私が頭を下げることなどないさ……私の後ろには、傷つけてはならない人がいるのだから!!」

 

 声と同時に動き出した二人に、また強化の術が唱えられる。

 

 二度目の衝突は実力が明らかになったからこそさらに激しく。

 

 満足するまで繰り返されるであろう戦闘を予測して、玄宗は一人、心の中で呟いた。

 

 

 

――もったいねぇな……オレにとっても新しいおもちゃが出来そうだってのによ。

 

 

 契約があるから、仕方のないことだと首を振る。

 

 

――この後のコト(・・・・・・)が無けりゃこいつらと此処で存分に打ち合えたってのに……うざってぇ。

 

 

 せめて、と。

 苛立つ気持ちを本に込めつつ、ツァオロンの戦いがより面白くなるようにと願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かに、静かに。

 一歩一歩と少女の姿をした彼が歩いて行く。

 

 ゼオンの歩みは普段と比べて遥かに遅い。冷や汗を浮かべ、息も僅かに乱れ、青褪めた顔からその不調の大きさが伺えた。

 

 額に薄く光る呪いの刻印が伝えているのは、最愛の弟がかなり近くに存在しているということ。

 

 最下層から階段を進めば進む程ひどくなっていった呪いの症状により、多くの体力を消費させられてしまった彼に、デュフォーはため息をついて言葉を掛けた。

 

「少し休むか」

「いい。このくらい……ちょうど慣れてきた所だ……」

 

 片手で額を抑えながら言う。

 強がりだと“答え”が出てもデュフォーは助けることは無い。

 

 デュフォーにツボを圧して貰えば忌まわしい呪いの効果は軽減できる。

 座標移動も出来るだろう。デュフォーを背負うカタチで移動も出来るかもしれない。

 

 万全を期すならばそうすべきだが、しかしゼオンはそうしなかった。

 

 出来なかった……というのが正しい。

 

「この忌々しい呪いに対して、“最高の答えを見つける為”には、呪いの苦痛を受けるオレの変化を……見届けてこそ、そう言ったのは……お前だ」

「……」

 

 呪いの効果を無視して無理やりの座標移動を行い遺跡内部に突入したゼオンと、一度か二度ならば座標移動も出来ると“答え”を出していたデュフォーにとってイレギュラーな事態が起きた。

 

 ゾフィスが張っていた罠は確かにゼオンにとって難なく突破出来たのだが……座標移動を封じるための魔力干渉罠の効果が呪いの魔力阻害に反応し、ゼオンが受ける呪いの苦痛を引き上げてしまったのだ。

 

 最下層ならばガッシュとの距離が離れていたからそこまでは出ていなかった。

 しかし階段を上がるにつれて前よりも明らかに異常を放ち始めた呪いに対して“答え”を出したのが今の現状。

 

 ゼオンが受けたイレギュラーな呪いの反応。そしてそれを見てデュフォーが得た“答え”によって、呪いの解析は一気に進んだ。

 

 答えを出す者(アンサートーカー)は多くの情報を取り入れれば取り入れる程に“答え”の精度や質を望むように変化させることがある。

 

 ゼオンに掛かっている呪いへの最も適切な対処法も、呪いが齎している効果や呪いが何によって干渉されることがあるかをより深く知れば、新たな“答え”として提示されることもあるのだ。

 

 

 ゾフィスが狙ったわけでは決してないのは分かりきっているが、今回はある意味で運が悪く、ある意味で運が良かったと言えよう。

 

 

 故にゼオンは呪いによる痛苦を自らすすんで受けることを是とし、遺跡の外に出て進むでなく己の脚で目的への道を進むことを選んだ。

 

 

 歩みは遅いが、それでも進む。

 今やっと到達した地点こそガッシュが居る場所と同階層。呪いの効果が一番きつくなり始める場所である。

 

 歯を噛みしめて耐えるゼオンの肩を……そっと、デュフォーが引き寄せた。

 

「此処まででいい。これ以上は無理しなくていい。“答え”は……出た」

 

 求めていたモノは得たとデュフォーが言う。

 真っ青な顔をしながらも、多くの冷や汗を浮かべて荒い息を吐きながらも、ゼオンは笑った。

 

「……出来るんだな?」

「ああ、これで“時間制とはいえお前が望む結果が出せるようになる”」

「必要なモノは?」

「魔力防御に掛けては最強の竜が居て、魔力伝達に関しては順応性の高い毛皮を持つお前の友達が居るから準備出来るだろう」

 

 ぐ、とデュフォーがゼオンのツボを圧す。

 抱きかかえるように膝の上に乗せて、前にしていたように座らせた。

 

 荒くなっていた呼吸が少しずつ、少しずつ落ち着いて行く。

 

「一番の課題がこんなことで達成されるとは思わなかったな」

「ガッシュに近付く機会が少ないこともあったが、呪いの異常反応が見れたのは大きい。それに呪いの“副次効果”も答えとして出た。コレは単純にお前の邪魔だけをしているわけじゃないらしい」

「……なんだと?」

 

 唐突な情報に声をささくれ立てたゼオンは振り返ろうとしたが今は体勢を変えることは出来ず。

 小さく呻いてから、抱きかかえられたままで彼は続きを聞く。

 

「お前とガッシュが双子だからこそこの呪いは意味を持つ。まだ“その時”にならなければ不明瞭なことは多いが、オレが必ず有効活用してやるから安心しろ」

 

 魔力の乱れが落ち着いて、思考が明瞭に回りだす。

 デュフォーがそれ以上語らないなら今はまだ本腰を入れて話すことではないのだろう。

 何に集中して思考を回すべきかを配慮しているのだとゼオンは理解する。

 

「……後で話せ」

「ああ。落ち着いたか」

「おかげ様でな。ガッシュ達はどうだ?」

 

 小まめな現状把握は戦場での必須事項。盤面がどう動いているかを知れるデュフォーが居るからこそ、ではあるが。

 

「パムーンと交戦を開始した。Drナゾナゾ達はベルギム、ウォンレイ達はツァオロンと交戦中だ」

「戦況は?」

「三つとも圧されている」

「……」

 

 少しだけ思考し、ゼオンはふるふると首を振る。

 

「助けに行ってはならない。そうだろう?」

「ガッシュに関してだけ最悪の場合は遠距離から術での援護をするが基本は不干渉でいく。他の魔物達も自分達で乗り越えられなければこの先での成長は見込めないからな。付け焼刃でツボ圧しや呼吸法を教えるよりも、今のあいつらがその場で乗り越えることを願うしかない」

「ならオレ達はやはり別行動か」

「ああ……ガッシュ達が上手くやってくれたとしても、こればかりはオレ達がどうにかするしかない」

「……今は何処に?」

「ゾフィスが最終調整をしているようだ。マインドコントロール装置の近く、デモルトを部屋の付近で護衛に回している」

 

 その情報に、ゼオンは大きく舌打ちをついた。

 

「よりにもよってか」

「今の呪いに冒されているお前の状態でデモルトとゾフィス、そして残りの奴らを相手にするには少し分が悪い」

「分かっている。オレ以外の魔物達の心と思考能力の成長の為にもマインドコントロール装置を壊すのはガッシュ達。そう決めた以上はデモルトとも戦えない」

 

 遺跡に対してゼオンが極大の術を放てば装置は壊せる。それをしない理由があるから彼らはしない。出来ない。

 

「ブラゴとシェリーは?」

「現状は遺跡の外で数体の魔物と戦闘中だな。あいつらが来るのはもう少し掛かるだろう」

「そうか……出来ることは?」

「優先して行くべき場所はゾフィスの研究室。答えを出す者(アンサートーカー)で答えが出るといっても、より多くの答えを出せるようにするにはオレの思考の幅も広げておきたい」

「分かった」

 

 ならばやることは決まったと、デュフォーのカバンの中をごそごそと漁りだしたゼオンは中からあるモノを取り出す。

 

 ブリと、コントローラーだった。

 

「お前はオレのツボを圧しておけ。時間が惜しいからこれで行くぞ」

「……」

 

 キュイーンと音を出して起動したブリジェットがエンジンを暖め始める。

 少しだけ目が輝いているような顔のゼオンに、デュフォーはジトりと目を向けた。

 

「別にお前が操縦しなくてもオート操作も出来るしコーラルQに遠隔操作させることも出来るが」

「うるさい。即時対応するにはこれが一番だ」

 

 もう何を言っても無駄だと、デュフォーには答えが出ている。

 

「さあ、乗れ」

 

 暖機の終わったブリを指さしゼオンが笑う。

 

 仕方ないなとため息を吐いたデュフォーは、全ての状況に答えを出しながらゼオンの言う通りに従った。

 

 

 

 

 

 出て来た答えに焦ることなく。

 

 ゼオンに負担を掛けないように、少しだけ情報を閉ざした。

 

 

(Drナゾナゾの本に……そうか……)

 

 

 望みを優先して何を手放すかを、デュフォーはゼオンに伝えなかった。

 

 

 

 

 全てを知れることが、少しだけ苦しかった。

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。


ツァオロンにもいくつか術の追加。
アラドム・ゴウエルドは原作でのあの人の術のエルド版です。
ツァオロンとウォンレイの戦闘が上手くかけてたらよいのですが……

ゾフィスくん、実はいい仕事をしていたけれどもデュフォーくんが居るので……。


ガッシュ2で博士が出てきましたね。とても楽しみです。
これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。


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