【第三部】『こちら転生者派遣センターです。ご希望の異世界をどうぞ♪』【追放者編】 (阿弥陀乃トンマージ)
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『ケース1:Dランク異世界でのまったりとしたスローライフを希望するCランク勇者ショー=ロークの場合』
第1話(1)何かがおかしい


「……はい、こちら転生者派遣センターのアヤコ=ダテニです……」

 

「っざけんな‼ 話が違うだろうが!」

 

 俺は脳内での会話相手に思いっ切り怒鳴りつけていた。どうしてこのような状況になったのか、時を少しばかり戻すとしよう。

 

 

 

 ……おかしい、明らかにおかしい、どう考えてみてもおかしい……正直あまりにもおかしいところだらけで突っ込みが追い付かないのだが……この俺、経験豊富なCランク勇者、ショー=ロークが置かれているこの状況を出来る限り冷静に分析しようじゃないか。

 

 まず空だ……どうしてこんなにも暗い。昼という概念が無いのか、そんなはずは無い。光は黒々とした雲の隙間から、ほんの僅かではあるが、地面を照らしている。にもかかわらずだ、風が吹きすさぶわけでもない、気流の流れみたいなものは……俺にはよく分からないが、こんなにも光が照らさない、明るさに乏しい空間があるものなのか?

 

 次に建物だ、どうやら森の中で小さな集落を形成していたらしい。壁や屋根に煉瓦をふんだんに用いたさほど大きくはないがそれでもなかなか立派な家々がそこには立ち並んでいる……はずだった。しかし、その家々の姿はもはや見られない。家も店も建物という建物が軒並み破壊し尽されている。これは大嵐や地震などの天災によるものではない。明らかに何者かの手によるものである。

 

 そして、人々だ。いや、正確に言えば人ではないのかもしれない。この集落だった所に互いに身を寄せ合っているのは、尖った長い耳が特徴的な人間に似た種族、『エルフ』だ。彼らは美男美女、やせ形、色白、金髪碧眼、美しく整った長髪などの身体的特徴を持っていることが多い。この世界でもそのようだが、様子がおかしい。美形揃いではあるが、どう見ても老人と子供のエルフしかいない。残った数十人のエルフたちはこの集落で二番目に大きい建物と三番目に大きい建物に分かれて隠れてじっと息を潜めている。その二つの建物も暴威に曝されて、ほとんど壊されているのだが、地下に部屋があった為皆そこに逃げ込んだ。エルフたちは元々やせ形の体をさらにやせ細らせて、震えている。元々透き通るほど美しかったであろう白い肌もすっかり青白くなり、その整った顔立ちは恐怖で歪んでいて見る影もない。

 

「えっと……」

 

 俺は後頭部を掻きながら、出来る限りの現状把握をして、自分の現れた部屋に一旦戻ってくる。二つの地下室の更に下にある大きな地下室だ。双方の地下室と繋がっていて、どちらからでも入ることが出来る。

 

「……宜しいですかな?」

 

 フードを目深に被り、立派な白髭をたくわえた、やや腰の曲がったエルフが口を開く。その醸し出す雰囲気、周囲のエルフの敬うような態度からみても、この集落の長なのだろう。俺は答える。

 

「あ、ああ、失礼、続きをどうぞ……」

 

「貴方様は―――」

 

「『我々が召喚の儀式を行って、この地にお呼び立てしたのです。何分突然のことで戸惑われておられるでしょうが……お願いします、勇者様。どうぞ勇者様の智勇を以って我々を、この荒廃した世界をお救い下さい……』」

 

「⁉」

 

 自らの言わんとした台詞を先に俺に言われたことに長は面食らったようだ。エルフは長寿の種族だ。この長も俺なんかが想像もつかないほど長生きしているはずだ。それでもこれまでそんな経験は無かったのだろう。フードから覗く目は驚きに満ちている。俺は下の石畳に描かれた魔方陣に目をやる。

 

「ふむ、召喚されて魔方陣からスタートっていうのは何度も経験したお決まりのパターンだが……やっぱり何かがおかしいな……」

 

「あの……?」

 

「ああ、何でもない、こちらの話です」

 

 俺は首を振って、にこやかな笑顔で長に答える。物腰は柔らかく、初対面との相手との会話は丁寧に。未知なる世界で過ごす最低限のマナーのようなものだ。

 

「そ、そうですか……どうやらご自身の置かれている立場に関しては理解されているご様子ですので、単刀直入に申しあげますが―――」

 

「『この集落を脅かす悪しきモンスターを討伐して頂きたいのです』」

 

「⁉」

 

 またも自らが口にしようとした台詞を俺に先に言われて、驚いたようだ。少し俺を見つめる視線に恐れを含んだようなものを感じる。少し調子に乗ってやり過ぎたか。俺は周りを見渡しつつ話題を変える。

 

「この集落はお年寄りや子供ばかりの様ですが……青年の方々は居られないのですか?」

 

「若い者はほぼ全員男女問わず、近隣の他種族の住む町村に出稼ぎに行っております」

 

「出稼ぎ?」

 

「まあ、出稼ぎとは物の言い様で、本来の目的は世間を知り、個々の見聞を広めることですな。我々エルフはどうも浮世離れしてしまいがちですので……お金を得るのはさして重要な問題ではありません。勿論お金があるに越したことはありませんが」

 

 長は少し笑みを浮かべる。

 

「……弓矢の腕が立つ男は傭兵として戦に臨み、力自慢の男は土木建築を行い、音楽が得意な女は楽器の演奏で皆の心を癒し、魔法の心得のある女は医者の補助をして、また男女問わず働き者は農作業に精を出し、なにかと気の付く者は商人の手伝いをし、知恵のある者は教鞭を取るなど各々様々なことをして、経験を積んでおります」

 

「成程……若いエルフが出払ってしまっている所をモンスターに襲われたと……」

 

「はい……まさかこんなことになるとは、迂闊だったとしか……」

 

 長は再び暗い面持ちになる。

 

「助けは呼んだのですか?」

 

「もちろんです。ただ、近隣の町村にいると言っても、ここから歩いて一週間はかかる場所におります。馬を飛ばしても、数日はかかるでしょう。正直そこまで持つか……」

 

「皆で逃げるというのは?」

 

「足腰の弱った者が多いのです。馬も可哀想にほとんど殺されてしまいました。幸いにも二頭残っておりますが、これは最終手段です。本音を申せば、長く住み着いたこの土地を捨てるということはしたくはありません。ご先祖様に顔向けできませんので……」

 

「成程、事情は概ね理解しました」

 

 俺は頷く。長は顔を上げる。

 

「おおっ! それでは……」

 

「モンスター討伐、お引き受けしましょう。モンスターは今どこに?」

 

「ありがとうございます! 我々年寄りの魔法により聖堂の中に閉じ込めております」

 

「聖堂ですか……」

 

 俺は先程地上に少し顔を出したときに目についた、この集落で一番大きな建物の姿を思い出す。長は不甲斐ないというように首を振る。

 

「ただ我々の衰えた魔力では、後ほんの僅かな時しか、奴を閉じ込めておけません……」

 

「猶予は残されていないということですね、分かりました」

 

「おお……一切の躊躇いなく向かって下さるのですね。流石は勇者様!」



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第1話(2)エルフ同行許可(あくまでも戦力として)

「少し唐突なお願いですが……鏡などあったら貸して頂けませんか?」

 

「鏡ですか? 上の我が家にならば姿見がまだ残っているはず……誰か持ってきてくれ」

 

 持ってきてもらった姿見で、俺は()()()()()()()()を確認する。

 

(ふむ……容姿は特別良い方ではないが悪くもないな。髪色は黒が基調だが若干グリーンが入っているのか。長さはこれくらいさっぱりしていた方が良い。体付きは程よく引き締まっている。筋骨隆々だとどうしても俊敏さに欠けるきらいがあるからな)

 

「あ、あの、勇者様……?」

 

 長が不思議そうに尋ねてくる。このままでは集落の危機が間近に迫っているというのに、鏡で自分の顔や体を入念にチェックする単なるナルシストだ。俺は慌てて取り繕う。

 

「あ、ああ、ご心配なく、武具等の確認をしておりました」

 

 これは半分嘘で半分本当だ。武具や防具がしっかりしていなければどんな勇敢な勇者でも、どんなに精強な戦士でも、雑魚モンスター一匹を狩ることにすら難渋するのだから。装備は鉄の剣、錆びてはいないが、古い剣だ。軽く二、三度振ってみる。重さは感じない。手にはすぐ馴染む。悪い剣ではない。盾についても同様のことが言えた。

 

 続いて服装だ。赤色の厚手の皮で出来た鎧に身を包んでいる。パンツは白で、ブーツは黒。青いマントが背中にたなびいている。そして何故か首元に緑のマフラーが巻いてある。単におしゃれアイテムというわけでもないだろう。身に付けておくことで何らかの特殊効果が期待できるかもしれない。腰の辺りには小さな茶色の鞄がぶら下がっている。勇者に相応しいものかと思ったが、薬草等をこれの中に常備しておくといいかもしれない。

 

「勇者様……?」

 

 長の声に俺はハッとなり、彼の方に向き直る。

 

「失礼、確認終わりました」

 

「そうですか、入念に確認をされるものなのですね。長く生きておりますが、勇者様という方とこうして直にお目にかかるのは初めてでして……」

 

「戦いというのは準備の段階で八割方勝敗が決まるものです」……などと言うどこかの世界で聞きかじった言葉を、この長に偉そうに言ってもしょうがない。俺は長や周りのエルフたちを安心させるような笑顔を浮かべて告げる。

 

「何も心配はいりません。この村の平穏は私、ショー=ロークが取り戻してみせます」

 

「長様!」

 

 若く美しい女性のエルフがその輪の中に飛び込んできた。

 

「スティラか、どうしたのだ……?」

 

「わたくしが勇者様にお供することをお許しください!」

 

「な、ならぬ⁉ そなたはいよいよとなれば子供らを連れ、逃げてもらわねばならん!」

 

「そこを曲げてお願いしております!」

 

「ならぬと言ったらならぬ!」

 

 埒が明かぬと思ったかスティラと呼ばれた女は俺の方に向き直り、跪いて頭を下げる。

 

「勇者様、是非ともわたくしめをお供にお加え下さい! わたくしは……」

 

 長く綺麗な金の髪を大きな三つ編みのおさげにして前に垂らしていて、白く清潔感のあるローブを身に纏っている。慌てて駆け込んできたためか、ローブの胸元が若干はだけており、そこからのぞく豊満な胸元が俺の目に入る。その時点で俺の考えは決まった。

 

「良いでしょう。ただ危険ですから、私から極力離れないように」

 

 俺はわざとらしい咳払いをしながら彼女の同行を認めた。胸元に気をとられ、彼女の言葉を半分聞いていなかったのだが、服装や持ち物の杖から判断するに魔法使いであろう。俺たちは地下室から地上に出て、聖堂を目指す。

 

「初っ端から仲間同行のクエストとは……果たしてそこまでの相手だろうか?」

 

「え? なにかおっしゃいましたか?」

 

「いや、なんでもない、只の一人言です、気にしないでください」

 

「? ここが聖堂です」

 

 スティラが指し示した建物は成程、この集落一番の立派な建物だったのであろう。しかし、屋根や外壁の一部が無残にも壊されてしまっている。

 

「ここにモンスターが逃げ込んだのですか?」

 

「正確には迷い込んだところを長様たちの結界魔法で閉じ込めることが出来ました」

 

「その結界も破られそうだと……」

 

「ええ、そうです」

 

 俺は首を捻った。この世界の魔法技術の練度などに関してはまださっぱりだが、長たちがかけたというこの結界魔法、かなりのものなのではないだろうか。これを破ろうとしているモンスターだと? いやいや、長たちの魔力が衰えているのだろう。そうだ、そうに違いない。俺は首を左右に振り、わずかに生じた疑念を打ち消す。

 

「魔法の対象外であるわたくしたちはこの結界は自由に出入りすることが可能です……いかがなさいますか?」

 

「ふむ、そうですか……それでは正面から突っ込みます」

 

「⁉ だ、大丈夫なのですか?」

 

 スティラが驚いた顔を見せる。俺は頷いた後、小声で呟く。

 

「この段階での戦闘はあくまでもこの世界に慣れるための戦闘だ。心配することはない」

 

 俺は不安げに見つめてくるスティラに指示する。

 

「私が前衛を務めます。貴女は後衛に控えていて下さい。もしも私が傷付くようなことがあれば、迅速な回復をお願いします」

 

 スティラは杖を片手に深く頷く。もっともそのような事態は起こらないと思うが。

 

「では、行きます!」

 

 俺が勢い良く聖堂のドアを蹴破る。聖堂の奥の方に進むと、そこには身の丈が俺の倍以上もある巨大なミノタウロスが立っていて、近づいてきた俺たちに視線を向ける。

 

「お、おおっ……」

 

 その大きさに一瞬たじろいだが、なんの俺は百戦錬磨のCランク勇者だ。こんなDランク異世界のモンスター、しかも転生早々に戦うような相手だ、どうせ見かけ倒しだろう。恐るるに足りん。

 

「うおおおっ!」

 

 俺は声を上げながら勢い良く斬りかかる。だが、次の瞬間、俺の体は聖堂の外に吹っ飛んでいた。ミノタウロスの持っていた金棒で殴られたのだろうか、俺の腹は血まみれになっていた。あばら骨も何本か折れたかもしれない。うん、この感じ、間違いない。

 

「勇者様!」

 

 スティラが慌てて駆け寄ってくる。俺は息も絶え絶えながら、なんとか片手を上げて彼女を少し落ち着かせ、心の中で『ポーズ』と唱える。俺も彼女も時が止まったような状態になる。良かった、この力は使えるんだな……と安心しつつ、続いて俺は『ヘルプ』と唱える。聞き覚えのある女の声が脳内に響く。

 

「……はい、こちら転生者派遣センターのアヤコ=ダテニです……」

 

「っざけんな‼ 話が違うだろうが!」

 

 俺は脳内での会話相手に思いっ切り怒鳴りつけていた。ここで話は冒頭に戻る。



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第1話(3)一応クレーム入れてみた

「いきなり怒鳴りつけられても……何事でしょうか、ショー=ローク様?」

 

 アヤコと名乗った女がややうんざりしたような口調で俺に問う。

 

「今、俺がいるこの世界の事だ! なんだ、あのミノタウロスは⁉」

 

「ミノタウロスは牛頭人身の怪物で……」

 

「それは知っている! 俺が聞きたいのはあのデタラメな強さだ!」

 

「デタラメ?」

 

「そうだ! 最初の戦闘だぞ⁉ いきなり半殺しだ! いくらなんでも強すぎる!」

 

「ふむ……」

 

 アヤコが考え込む。何かを操作する音が聞こえてくる。恐らく俺との面談の時にも使っていたあの機械端末の出す音だろう。

 

「ひょっとしてあれか? 強制的に負ける戦闘ってやつか?」

 

「いや、それは無いと思いますが……あ~そうですか……」

 

 端末を操作する音が止まり、アヤコは自分だけ納得した様子を伺わせる。

 

「なんだ?」

 

「すみません……ショー=ローク様、貴方のご希望を今一度確認しても宜しいですか?」

 

「『Dランク異世界でのまったりとしたスローライフ』だが……?」

 

「『SSSランク異世界でののっぴきならない冒険ライフ』ではなく?」

 

「いや、全然違うだろ⁉」

 

「どうしてこうなったのでしょう?」

 

「こっちの台詞だ! さっき、血がドバっと出て、一瞬走馬灯が見えたぞ!」

 

「『異世界でのベッタリとしたスローモーション』、部分的にはご希望に沿えていますね」

 

「『まったりとしたスローライフ』だ! 『たりとしたスロー』しか合っていないじゃないか! 部分的にも程があるだろう!」

 

「まあ、少し落ち着いて下さい」

 

「これが落ち着いていられるか! 本当にどうしてこうなったんだ⁉」

 

「……面談データによりますと、『他種族が大勢いる異世界が良い』とのご希望もあったかと思いますが……」

 

「ああ、そう言ったな、やはり人間だけというのもいまいち味気が無いからな」

 

「『たまにはチート能力に恵まれたい』とも……」

 

「自慢じゃないが、俺は今までの様々な異世界での冒険をほぼほぼ、所謂チートスキル無しで乗り切ってきた。例えば……」

 

「大体の経歴は把握しておりますので、思い出話は結構です」

 

「と、とにかく、そうやってどうにかこうにかCランクまで登りつめたんだ。そろそろチートスキルまみれな異世界に転生を希望しても罰は当たらないだろう?」

 

「なおかつムフフなハーレム展開を希望すると……」

 

「そこまで直接的な言い方はしていないが、出来ることなら美女に囲まれたいというような趣旨の発言はした覚えがあるな」

 

「ふむ、そうですか……」

 

 アヤコが端末を操作する音が聞こえる。やや間が空く。

 

「どうした?」

 

「原因が分かりました」

 

「本当か⁉」

 

「ええ、『人間以外 他種族 大勢 チート ハーレム』で検索にかけたところ、一番最初に検索結果に出てきた異世界を紹介してしまったようです」

 

「なっ⁉」

 

「どうやら検索ワードに『Dランク スローライフ』というワードを入れ忘れてしまっていましたようですね……てへっ」

 

「てへっ、じゃない! そっちのミスじゃないか!」

 

「詳細の確認を怠ったそちらの落ち度もあるかと思いますが」

 

 アヤコが眼鏡をクイッと上げる音が聞こえてくる。

 

「くっ……まさか転生十何回目で、こんなことになると思わないだろう……」

 

「油断大敵というやつですね」

 

「なんでちょっと偉そうなんだよ」

 

「そのようにお感じになられたのなら申し訳ありません。ただ、ご承知のことかとは思いますが、現状こちらから転生者の方に何か出来るわけではありませんので」

 

「どうすれば良い?」

 

「まあ、一番は目標を達成することですね」

 

「無茶を言うな、初っ端のモンスターにすら歯が立たないんだぞ? 情けない話だが、この世界は俺の手には余る」

 

「であれば、目標を放棄するということになりますね」

 

「……つまり、死を選べってことか?」

 

「そうなります」

 

「痛いのも苦しいのも嫌だな」

 

「それはこちらの知ったことではありません」

 

 アヤコは冷たく言い放つ。

 

「ぐっ……」

 

「これもご承知のことかと思いますが、よほどの例外でもない限りは、一度転生した世界を途中で抜け出すことは出来ません」

 

「ううむ……」

 

「私から言えることはただ一つです」

 

「一つ?」

 

「健闘を祈ります」

 

「いや、そうは言ってもだな!」

 

「これ以上は時間外業務になりますので……失礼します」

 

「あ! ちょ、ちょっと待て! ……切りやがった」

 

 俺は途方に暮れる。ここからポーズ状態を解くと、時間は再び動き出す。俺はミノタウロスの痛烈な一撃を喰らい、腹部から大量の出血をしていた。このまま放っておけば、死に絶えるだろう。ただ、あまり受け入れたくない死に方だ。どうせならば首を刎ねられた方がまだマシだった。しかし、このままジッとしていても事態が好転する訳ではない。

 

(仕方が無いな……ポーズ解除)

 

 再び時が動き出す。俺は相当の痛みと苦しみに襲われることを覚悟した。だが、なんとも無かった。俺は不思議に思い、自らの腹部を確認する。すると……

 

「⁉ 傷が治っている⁉」

 

 先程チラッと見て、すぐに目を逸らしたのだが、俺の腹部は多量の血にまみれ、臓物も少しまろび出ているようななんともグロい状態だったはずなのだ。それが綺麗さっぱり治っている。傷跡も無い。骨折も治ったようで、そちらの痛みも全く感じない。

 

「どういうことだ……?」

 

「勇者様! 良かった……!」

 

 スティラが俺の手をか細い両手で握り締めてくる。俺は彼女に尋ねる。

 

「ひょっとして、貴女の魔法ですか?」

 

「はい、わたくしの回復魔法で治癒させて頂きました。まだまだ未熟ですが……」

 

 スティラは目に溜まった涙を拭いながら答える。出逢ったばかりの俺の命が助かったことに感激してくれているのか、良い娘だな……いや違う、そうじゃない。ほぼ即死級の傷を完璧に治癒してしまったというのか? なんてこった、彼女の方がチートじゃないか。

 

「……生意気なことを申し上げますが、勇者様が傷付いたら何度でも治して差し上げます。ですから、思いっ切り、何の遠慮も無く、モンスターと戦って下さい!」

 

 スティラは決意の固まった表情で俺に語りかけてくる。あーこれはあれだ、今一つ自分の能力に自信が持てなかった娘が覚醒のきっかけを掴むってやつだ。でも生憎、俺が自信喪失気味なんだよな……いや、気味じゃなくて、もう粉々に砕け散っているのだが。

 

「スティラさん……」

 

「は、はい?」

 

「良い眼差しだ、勇者の供に相応しい……」

 

 いや、何を言っているんだ、俺は。確かに綺麗な顔立ちをしているが。そんな言葉を掛けている場合じゃないだろう。しかし、言葉と行動が全然一致しない。俺はすくっと立ち上がると、剣を構えて叫ぶ。

 

「さあ、モンスターを討伐し、この地に平穏を取り戻しましょう!」

 

「はい‼」

 

 本当に何を言っているんだ、俺。ああ、このカッコつけたがる癖をどうにかしたい。



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第1話(4)ちょい生え

「それで、どうなさいますか?」

 

「……」

 

 スティラの問いに俺は黙り込む。真正面から突っ込んでもどうせさっきの二の舞だ。ここはやはり戦い方というものを考えなければならない。体は軽い、かなり素早く動くことが出来るはずだ。左右に揺さぶりをかけてみるのはどうだろうか。よし、やってみよう。俺は再び聖堂の中に入り、ミノタウロスに向かっていく。

 

「⁉」

 

「勇者様!」

 

 気がつくと、俺はまたもや聖堂の外に吹っ飛ばされ、倒れ込んでいる。そこをスティラの回復魔法で死の淵から生還したようだ。

 

「ぐっ……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫です、この位、なんともありません」

 

 なんともないのはスティラのお陰だろうが、と我ながら突っ込みを入れたくなるが、この世界でも見栄っ張りは治らんようだ。しかし、あのミノタウロスめ、巨躯のわりに速さも備えているときた。完全に逆を取ったと思った次の瞬間、金棒が俺の体を潰しにきた。とても嫌な音がしたのは覚えている。激しい痛みが走ったことについては忘れる。

 

「勇者様?」

 

「スティラさん、この聖堂に裏口はありますか?」

 

「え、ええ、ございます」

 

「では……」

 

 スティラが聖堂の入口に立つ。ミノタウロスがそれに気を取られる。俺は裏口からこっそりと奴に近づく。これが果たして勇者の戦い方だろうかと思わなくもなかったが、まずは相手に近づかなくては話にならない。狙い通りに奴がスティラに向かい出す。俺は助走をつけて飛び掛かる。どんなモンスターでも、首を切られるか心臓を刺されれば終わりだ。俺は前者を選ぶ。Cランク勇者の豊富な経験から得た意表を突いた攻撃を思い知れ。

 

「喰らえ! ⁉」

 

 思ったより高く飛び、ミノタウロスの首に剣を振り下ろすことは出来た。だが……硬い、硬すぎる。想定以上の首の硬さだ。剣は僅かに食い込んだ程度だ。ミノタウロスは俺の体を掴むと、地面に叩きつける。俺は何度かバウンドし、三度聖堂外に無様に転がる。

 

「勇者様!」

 

 俺はまたも、スティラの回復魔法によって息を吹き返した。数分ぶり三度目だ。

 

「ふう……」

 

 俺はやれやれと言った風に溜め息をつきながら立ち上がる。余裕ぶっている場合じゃないだろ、俺。さてどうしたものかと考えていると、スティラが口を開く。

 

「あの、重ね重ね生意気なことを申し上げるようで恐縮なのですが……」

 

「ん? なんですか?」

 

「勇者様は魔法をお使いにならないのですか?」

 

「!」

 

「ああ! すみません! 気に障ったのなら謝ります!」

 

「い、いえ……」

 

 俺は慌てて頭を下げるスティラを制しながら考え込む。そうか、なんでそんな簡単なことに思い当たらなかったんだ。勇者が魔法を使ってはいけないという決まりなど何処の世界にも無い。剣が無理なら魔法を使えば良いじゃない。俺はスティラに尋ねる。

 

「この世界の魔法は詠唱などが必要ですか?」

 

「い、いえ、必要な系統の魔法もありますが、ほとんどは必要ありません。魔力が備わっている方ならば、ただ、念じるだけで出すことが出来ます。お見受けしたところ、勇者様にも魔力を感じられます」

 

「魔力……そうですか……少し離れていて下さい」

 

「は、はい……」

 

 俺はスティラを遠ざけると、盾を背中に掛けて、空いた左の掌をパッパッと開いては閉じてみる。ふむ、そう言われると、そこはかとない魔力を感じないでもない……気がする。俺は誰もいない方向に向かって、左手を突き出して叫ぶ。

 

「はあっ! ⁉」

 

 俺は驚いた。左手を突き出した先の地面に小さい木が生えたからだ。凄いっちゃ凄いが、これでどう戦うというのだろう。俺は軽い失望と、念じるだけでいいと言われたのに「はあっ!」とか叫んじゃった己が恥ずかしくなり、両手で顔を覆ってしゃがみ込む。

 

「ゆ、勇者様……?」

 

 スティラの気を遣う声が辛い。え、木? なんで? 普通こういうのは炎を放ったり、風を巻き起こしたり、雷を落としたりするものじゃないの? なんでまた木? そんなことを考えていると、俺は先の面談でのアヤコとの会話を思い出す。長く綺麗な黒髪に眼鏡がよく似合う美人でスタイルの良い転生者派遣センター職員のアヤコ=ダテニだ。

 

 

 

「まったりスローライフということは例えば山や森の中ですか?」

 

「ああ、そうなるな」

 

「では、使用可能魔法などは如何しましょうか?」

 

「魔法か……派手なものや荒っぽいものは要らない、平和なやつが良いな」

 

「平和……と言いますと?」

 

「そうだな……例えば木を生やすとか」

 

「木を生やす……かしこまりました」

 

 

 

「あああ―――‼」

 

 俺は大声を上げてうなだれる。肝心のスローライフ云々は叶わなくて、そんな要望だけ通るのかよ、いや、俺の蒔いた種か、木だけに……ってやかましいわ。

 

「ど、どうなさいました⁉」

 

 スティラが驚きながら心配そうに俺を覗き込む。俺はあくまでも平静を装う。

 

「いえ、気合いを入れただけです」

 

 実際には奇声を発しただけだが、とにかく俺は半ば無理矢理に頭を切り替える。この木を生やす魔法を上手く活用してミノタウロスを倒す方法を考える……全然思い付かない、それはそうだろう。なにか他の方法は……。そんなことを考えていると、聖堂の壁をドンドンと叩く音がする。そろそろミノタウロスがあの中から出てきそうだ。

 

「くっ……時間がないか……」

 

「後もう少しは猶予が稼げるかと……結界魔法をもう一度強めにかけ直しましたので」

 

「ええっ⁉」

 

 俺はスティラの言葉に驚く。さっきも言ったが、この世界の魔法についてはまだ疎い。元々そこまで詳しいわけでもないが。とにかく、長たちがミノタウロスを封じ込める為に使った結界魔法、あれがそんな簡単な代物ではないと素人目にも映った。

 

「あのレベルの結界魔法をスティラさんも使えるのですか?」

 

「いえ、わたくしは回復魔法専門に修行して参りましたので……あの系統の魔法を実際に見たのは初めてです。正直見よう見まねですが」

 

 なんだそれ、一度見た魔法はすぐに自分のものに出来るとか、ますますチートじゃないか、この娘。俺は片手を顎にやって考えこむ。

 

「あ、あの、勇者様?」

 

「スティラさん、頼みがあります……」

 

 数分後、俺たちは再び揃って、聖堂の正面から中に入る。

 

「おい、化け物!」

 

 ミノタウロスが振り返り、こちらに向かって近づいてくる。俺は聖堂の中を改めて見渡す。そして、あるものを確認する。よし、あれを使おう。スティラが心配そうに問う。

 

「お考えは分かりました。しかし、どうやって?」

 

「見ていて下さい。もう少し近づけ……もう少しだ……よし! 『大地に芽生えよ!』」

 

 俺はミノタウロスがある地点まで来たのを見て左手を振りかざし叫ぶ。地面から大きな木が生える。俺はその木をてっぺんまで駆け登り、右手に持った鉄剣を振りかざす。

 

「それ!」

 

 俺は天井からぶら下がっていた太い紐を斬って、そこに繋がっていた大きなシャンデリアをミノタウロスの頭上に落下させる。

 

「⁉」

 

 予想だにしない攻撃を受け、ミノタウロスは膝を突く。俺はすぐさま奴の背中に回り、心臓の辺りを滅多刺しにする。スマートな戦い方ではないが、そんなことを言っている場合ではない。俺はミノタウロスがぐったりしたのを見て、スティラに声を掛ける。

 

「今です!」

 

「はい!」

 

 スティラが杖を振るうと、聖堂の建物がガタガタっと音を立てて崩れ、煉瓦の雨嵐がミノタウロスの体を襲い、煉瓦に埋もれて身動きが取れなくなる。

 

「グオオオオオッ!」

 

 ミノタウロスが雄叫びを上げて倒れ込む。シャンデリアに備え付けられた大量の蝋燭の火が大きな炎となってミノタウロスの巨体を一気に包み込む。

 

「『ちょい生え』! 『ちょい生え』! ……」

 

 俺は思った以上に作戦が上手くいったことに変にテンションが上がり、妙な言葉を連呼し、小さい木を生えさせては火にくべ、生えさせてはくべ、を繰り返す。火は派手に燃え上がり、ミノタウロスはしばらく苦しんでいたが、やがて完全に力尽きて動かなくなる。

 

「や、やったか……?」

 

 その後、水系統の魔法を使える年寄りのエルフたちが消火活動に当たり、火は消えた。ミノタウロスはほとんど骨だけと化していた。それを確認した長が喜びの声を上げる。

 

「おおっ、流石は勇者様じゃ! モンスターを見事倒して下さった! 今宵は宴じゃ!」

 

 いや、倒したのはスティラのお陰だ。初見でコツを掴んだ結界魔法を応用し、聖堂の建物を崩して、ミノタウロスを煉瓦に埋もれさせたのだ。膨らんでいた風船を一気に萎ませる要領だ。作戦を考えついたのは俺だが、実行に移せたのは彼女のチート魔力あってこそのものだ。俺はなんだろう……薪をくべていただけだ。何をやってんだ、俺。

 

「すみません……大事な聖堂が崩れてしまいました……」

 

「なんのなんの、幸い祭壇や祭具類はほとんど無事でした。お気になさらないで下さい」

 

 頭を下げる俺に対して長は気にするなという様に手を振る。しばらくして地下室で宴が始まった。エルフたちが集落の危機を救った英雄である俺にどんどん酒を持ってくる。いや、救ったのは主にスティラなんだが……バツが悪い俺は勧められるままに酒をあおる。

 

「……それで宜しいですかな? 勇者様」

 

「んえ? あ、は、はひ! ドーンとお任せ下さしゃい!」

 

 すっかり酒の回った俺は、長の言葉をよく聞いてもいないのに返事をする。翌日……

 

「では……どうぞお気を付けて」

 

 長たちに見送られ、俺は馬車を曳く馬に跨っている。全然聞いていなかったが、どうやら俺は冒険の旅に出るようだ。まあそれは良い、勇者だからな。それよりも気になるのは幌付きの荷台にスティラが乗っていることだ。俺は振り向いて彼女に問いかける。

 

「あ、あの……スティラさん? どうして貴方まで乗っているのです?」

 

「スティラさんだなんて……どうぞスティラとお呼び下さい。ショー様」

 

 そう言って、スティラはポッと顔を赤らめる。あれ、なにこれ、ひょっとして何かあったパターン? 泥酔していた俺には残念ながら記憶が無い。俺は天を仰ぐ。馬は進む。



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第2話(1)どうやら魔王を打倒するらしい

                  2

 

「スティラ、この世界についていくつか聞きたいのですが……」

 

 俺は馬をゆっくりと進ませながらスティラに尋ねる。

 

「? ああ、そうですね、ショー様は召喚の儀式を経て、こちらに来られた方なのですよね。不思議ですね……どうぞ、わたくしに答えられることであればお答えします」

 

「ではまず、この世界の名前は?」

 

「え? 世界の名前ですか? いきなり難しいことをお聞きになられますね……」

 

「以前私が訪れた世界にはそれぞれ名称がありました。例えば、パッローナとか……」

 

「世界は世界ではないのですか?」

 

 スティラの率直な疑問に俺もそう言われるとそうだなと思ってしまう。自己が認識している社会の全体、生物の生活する環境というものが世界だ。それ以上でもそれ以下でもない。転生者生活も長くなると、その辺の感覚が変わってくる。俺は苦笑いを浮かべる。

 

「貴女の言う通りだ、世界は世界だ……とはいえ、何か別の言い方があるのでは?」

 

「う~ん……しいて言うならば『スオカラテ』、でしょうか」

 

「スオカラテ……それはどういう意味ですか?」

 

「もうかなり古い言葉ですので意味まではちょっと……すみません……」

 

 長寿の種族であるエルフの彼女ですら分からないとは、質問を少し変えよう。

 

「この地方の名称は? 世界で言えばどの辺りなのですか?」

 

「この地方は『ランドオブメニークランズ』、略してメニークランズと呼ばれることが多いです。大陸の南方に位置する地方ですが、巨大な大河、また大きな山々によって、大陸の中央部で長年行われている政争や戦争とはほぼ無縁で過ごしてきました。大陸中央部のみならず、他の地域との交流や交易もほとんどありません。つまらない争いなどに巻き込まれる危険性は下がりますが、交流・交易などで得られる経済的恩恵や文化・文明の発展の妨げにもなっているというのが実情です」

 

 俺はスティラの説明に頷く。

 

「メニークランズというのは、つまり……」

 

「はい、人間だけでなく、多くの種族がそれぞれ自治国家のようなかたちをとっていました。もっとも国境線のようなものは時が経つにつれて、曖昧なものになっていきました。今ではこの地方多くの町村、あるいは大きな街に至るまで、多種族が共生しています」

 

「まるで理想郷のように聞こえますね」

 

「そうした話を聞きつけて、他の地方から険しい自然を乗り越えてまで、この地に流れ着く方もそれなりにいるそうですよ。『多種族共生』というのが、このメニークランズに暮らす様々な者にとって、一種の合言葉、スローガンになっていますから」

 

 スティラは少し誇らしそうに話す。

 

「ただ、それを乱す存在もいると……」

 

「そうです。流石ショー様、察しが良いですね!」

 

 スティラの素直な賛辞に俺は再び苦笑いを浮かべる。

 

「たとえば、貴女の集落を襲ったミノタウロス……」

 

「そう、あれこそが、『魔族』です。正確に言えば魔族が各地に遣わしたモンスターですね。魔族、又はそれに与するものが、このところ活動を活発化させてきているようです」

 

「魔族……ミノタウロス……手強い相手でした……」

 

「ええ、ただ、こう言ってはなんですが、何故に辺境のわたくしたちの集落にあのような強力なモンスターをわざわざ遣わしたのか……その理由が分からないのです」

 

 スティラは顎に手をやって考え込む。恐らくチート魔法使いとして覚醒しつつある彼女の存在をなんらかのかたちで感知し、始末しておこうと考えたのではないだろうか。集落が襲われたことが自分の存在に因るものだと知ったら、彼女の心は動揺してしまうかもしれない。俺はその点には触れずに話を進めていく。俺は空を指差す。

 

「この見ているだけで気分が陰鬱としてくる黒い空や雲も魔族が活動を活発化させたことに関係するのでしょうか?」

 

「ええ、そうです。ただ、これは……」

 

 スティラはなにかを言いかけて口をつぐむ。

 

「どうしました?」

 

「はっきりと確認した訳ではありません。長様たちの話を聞いてしまったのですが……」

 

「その内容は?」

 

「魔族を統べる者、魔王ザシンが数百年ぶりにこの地方に復活したのではないかと」

 

「魔王ザシン……」

 

「ええ、少し手をかざすだけで嵐が巻き起こり、数歩歩いただけで周辺は大きな地震に見舞われる……そのような言い伝えがある恐ろしい存在です」

 

「その手の伝承には大抵尾ひれがつくものですが、あのミノタウロスを見ると、あながち大袈裟なものではないのでしょうね」

 

「はい、強大な魔力を秘めていると言います。恐らく魔王だけでもこの地方はほとんど破壊し尽くせるのではないでしょうか」

 

「何とも恐ろしい……」

 

「その魔王を打倒して下さるのが、ショー様です」

 

「ふ~ん……って、ええっ⁉」

 

「ええっ⁉」

 

 驚く俺にスティラが驚く。俺は視線を彼女から逸らし、先日の酒席を思い出す。断片的な記憶ではあるが、確かに「この地方を脅かす魔王の打倒は勇者様に行って頂こう! それで宜しいですかな? 勇者様」、「んえ? あ、は、はひ! ドーンとお任せ下さしゃい!」……ろれつの回っていない口で擬音交じりに思いっ切り答えてしまっている。俺は両手で頭を抱える。

 

「シ、ショー様?」

 

 スティラが心配そうに声を掛けてくる。そうだ、俺だけじゃなく、彼女もいるじゃないか、今俺たちは所謂『パーティー』を組んでいる。俺の不安が彼女に伝播してはならない。今後の活動に支障をきたす。俺は気持ちを切り替えて、前を向く。

 

「魔王ザシンだかザシミだか知らないが、例え強大な敵であろうと打倒するのみです。今まで私はそうやって、数多の困難を乗り越え、いくつもの世界を救ってきました」

 

「おお……頼もしいお言葉です」

 

 スティラが俺に対して心からの信頼を寄せてくれているのは背中越しにもヒシヒシと伝わってくる。罪悪感が凄い。だって今の俺、虚勢を張っているだけだから。馬の手綱を握っている両手、ブルブル震えているし。それでも大口は止まらない。

 

「このまま、一気に魔王のいる城にでも乗り込みましょうか、はっはっは!」

 

「……それもありかもしれません」

 

 いやいや、全然ありじゃないでしょ、スティラ。え、マジで考えこんじゃってますけど? 俺の提案いきなり採用ですか? 流石にそれは無謀が過ぎるってもんでしょ?

 

「これも噂でしかありませんが、魔王は覚醒したばかりで、その魔力はまだ貧弱だと」

 

「魔王の城まで飛ばしますよ!」

 

 馬を走らせようとする俺をスティラが慌てて止める。

 

「お、お待ち下さい! まだ魔王の本拠もよくわかっておりません!」

 

「ふ、ふふふっ、ちょっとした冗談ですよ」

 

 俺は平静を装いながら馬の手綱を絞る。

 

「じ、冗談ですか……驚かさないで下さい……」

 

「すみません……現実的に考えると我々も戦力を増強する必要がありますね」

 

 急に真面目になった俺の言葉にスティラが戸惑う。

 

「え、ええ、そうですね……あら、あれは……?」

 

 スティラが何かを見つけたようだ。俺も視線をそちらに向ける。

 

「! 誰か倒れている⁉」

 

 俺たちは馬車を降り、倒れているものに近づく。女の子のように見えるが少し奇妙だ。

 

「この方は獣人族の娘ですね……確かこの近くに彼女らの村があったはず……」

 

 スティラの言葉に俺は納得する。確かに頭に狼の耳が生えている。

 

「大丈夫ですか⁉ しっかりして下さい!」

 

 俺はうつ伏せに倒れていた狼娘を仰向けにして抱き起こす。

 

「……う……ん」

 

 狼娘が僅かに目を開ける。俺はその目を見て語りかける。

 

「どうした? 何があったのです?」

 

「た……べ……も……の!」

 

 狼娘は俺の頭に思いっ切りかぶりついてきた。俺は分かり易く狼狽する。

 

「⁉ ちょ、ちょっと待て、食べ物じゃない! 牙を立てないで、痛いから痛いから‼」



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第2話(2)リアリストな狼娘

「……いやあ~助かったよ、腹ペコで死にそうだったんだよね~」

 

「……なんだってあんな所で倒れていたのです?」

 

 俺はスティラに治癒してもらった頭をさすりながら、俺たちの分け与えた食糧をモグモグと食べる狼娘に尋ねる。

 

「村の周辺をパトロール中に遭遇したモンスターを倒して回っていたら、思いのほか体力を消耗しちゃってね……」

 

「この辺りにもモンスターが?」

 

「むん(うん)、最近、ふぇっこう(結構)増えているみたいふぁね(だね)……」

 

「食べるか喋るかどちらかにして下さい……」

 

 俺は呆れ気味に狼娘を見つめる。黒を基調とした赤い炎のような文様が描かれた袖なしの服を着ている。胸はもちろん隠しているが、腹は出している。ちらりとへそが覗く。細身だがよく引き締まった体は健康的な美を感じさせる。指抜きの黒いグローブと黒い肘当てを着けている。パンツは膝丈くらいの長さで、上半身の服と同じデザインになっている。ブーツは一応足裏を保護しているものの、足の甲の部分は出ている。茶色く綺麗な髪の毛を後ろで短くまとめていて、顔つきはまだ若干の幼さも感じるが、整った顔立ちだ。獣人と言うが多分に人間らしさがある。この世界の獣人は皆こんな感じなのだろうか。

 

「何さ~そんなじろじろ見て~?」

 

 狼娘は悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見る。俺は慌てて取り繕う。

 

「い、いや、これは失敬。生業上、観察は欠かせないもので……」

 

「生業?」

 

 狼娘は首を傾げる。スティラが口を開く。

 

「この方はこの世界に転生されてきた勇者様なのです」

 

「! へ~転生者! 初めて見たよ~エルフは何度かあるけどね」

 

 俺は居住まいを正して、自らの名を名乗る。

 

「私はショー=ロークと言います。そしてこちらが……」

 

「スティラと申します。ここから北西にある山の出身です」

 

「そうなんだ、ボクはアパネ! 見ての通り、狼の獣人さ!」

 

 アパネと名乗った狼娘は元気よく立ち上がる。わりと小柄な体格だ。俺とスティラがほぼ同じくらいの背丈だが、それより一回りほど小さい。

 

「元気になったようですね」

 

「お陰様で! そうだ! 二人ともボクの村においでよ!」

 

「え?」

 

「ご飯のお礼にさ! 大したおもてなしも出来ないけど、せっかくだから寄っていってよ。転生者の勇者なんて、おとぎ話くらいでしか聞いたことが無いから、皆喜ぶよ~!」

 

「ふむ……では、お言葉に甘えさせてもらいましょう」

 

「ショー様? よろしいのですか?」

 

「連日荷台の上で寝ていてはやはり体に良くはありません。スティラの場合は魔力の消耗もあるでしょう。例えばベッドなどをお借り出来るなら、そこで休むべきです」

 

「ショー様がそうおっしゃるのでしたら……」

 

 スティラは納得する。彼女の集落を出発してから数日が経過したが、夜は馬車の荷台で寝ている。眠っている間は馬車全体を覆う結界魔法を張っている。スティラの魔力は恐らく相当なものであろうが、流石に毎日だと消耗するだろう。ゆっくり眠れる場所があるのならば、そこで体を休めるべきだ。ここはアパネの提案に乗ろう。

 

「よし、それじゃあ行こうか!」

 

 アパネの案内で、俺たちは馬車を彼女の村がある方角へ向けて進ませる。

 

「それにしても何で単独行動をされていたのですか?」

 

「一匹狼ってカッコいいじゃん」

 

「な、成程……」

 

 アパネのよく分からない返答にスティラは一応理解したように頷く。

 

「冗談抜きで真面目に答えると、集団で一方面をパトロールするより、個々で多方面に気を配った方が効率良いじゃんってこと」

 

「まあ、理屈は分からないでもないですが……」

 

「しかし単独行動は危険が伴うのでは?」

 

「大丈夫! ボクはこう見えても村で一番強い戦士だから!」

 

 振り返って問う俺に対し、荷台に座るアパネは胸を張って答える。お前ついさっき飢え死にしそうになっていたじゃねえかよ……と言葉には出さなかったが、顔に出ていたようだ。俺とスティラの向けるやや懐疑的な視線に気づき、アパネはふうとため息をつく。

 

「人間もエルフも疑り深いね~」

 

「疑っているというと少し語弊がありますが……!」

 

 すると突然、アパネが俺の肩をガッと掴み、互いの顔を近づけさせる。

 

「な、なんですか……!」

 

 アパネが俺の唇に人差し指を当てる。静かにしろということだ。俺は小声で尋ねる。

 

「モンスターですか?」

 

「盗賊団紛いのゴブリンが8匹だ。目の前の馬を狙うのが2匹、荷台に積んである荷物を狙うのが2匹。そして僕たちを捕えようとするのが左右の木々の上に2匹ずつ」

 

「わ、分かるのですか?」

 

 俺の間抜けな問いにアパネは小さく声を上げて笑った。

 

「勇者様ならこれくらい分からなきゃ~分からないと……」

 

「分からないと……?」

 

「『攫う価値なし』ってことで、ここでボクらとはおさらばだ。その代わり獣人とエルフは高く売れるってことで大事に丁重に扱われるよ」

 

「『多種族共生』! それがこの地方のスローガンだったはずです!」

 

 俺たちのやりとりを聞いていたようでスティラが荷台で立ち上がる。さすがエルフ、耳が良い。そんなスティラの言葉をアパネは鼻で笑う。

 

「スローガンで金も食い扶持も増えないよ」

 

「!」

 

「綺麗事だけじゃ、世の中成り立たないってこと」

 

 スティラが唇をギュッと噛み締めている。俺は転生者派遣センター職員のアヤコとのやり取りを思い出していた。

 

 

 

「多種族との交流ですが、もしAという種族とBという種族の意見が食い違ったら……」

 

「難しいことは承知しているさ。双方の意見を聞き、正しい方につく」

 

「いいえ! 分かっておりません!」

 

 アヤコはグイッと俺に顔を近づける。俺はその迫力に気圧されるまま尋ねる。

 

「で、では、どうすればいい……?」

 

「どちらの味方もしないということです」

 

 

 

 俺はゆっくりと口を開く。

 

「……どちらの考えも尊重すべきと思いますが、今はこの状況を打破することが先です」

 

「ははっ、そうだね。まあ、ここはボクに任せてよ」

 

 そう言って、アパネは馬になにやら耳打ちをする。しばらく進むと、馬が突如転び、馬車が派手に横転する。

 

「ヒャハハハっ! 餌が文字通り転がり込んできやがったぜ! 野郎どもかか……れ?」

 

 馬車の前方に身を潜めていたゴブリンが喜び勇んで飛び出してくるが、そこには既にアパネが立ちはだかっていた。

 

「何っ⁉」

 

「ハアッ‼」

 

 アパネの放った掌底がゴブリンの腹を貫通した。

 

「グハッ……」

 

 ゴブリン盗賊団のリーダーはあっけなく崩れ落ちた。アパネが周囲を見渡し凄む。

 

「こうなりたくなかったら、とっと失せな……」

 

「ヒ、ヒエエエッ!」

 

 残ったゴブリンたちが我先にと逃げ出す。アパネは両手をポンポンと叩き、倒れたゴブリンの懐をまさぐる。いくらかのお金が出てきた。

 

「結構持っていたよ、さすがリーダーっていったところだね」

 

「ま、まさか、それを持っていくおつもりですか?」

 

「? そうだよ、このまま腐らすのは勿体ないでしょ?」

 

 スティラの問いにアパネは当然だとばかりに答える。



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第2話(3)おしゃれアイテムわりと重要

 アパネの活躍によってゴブリンの襲撃を退けることが出来た俺たちは再び進み始める。荷台でスティラとアパネが向かい合って座り、話をしている。

 

「動物と会話が出来るのですね……」

 

「獣人だからね、大体の動物とは意志疎通することが出来るよ。エルフは出来ないの?」

 

「例えば鳥と会話出来る部族もいると聞いたことがありますが、少なくともわたくしの知っている範囲ではいませんね……」

 

「へ~色々あるんだね」

 

「つまりさっきは馬にわざと倒れるように指示したと……」

 

「なかなかの演技派だったね、賢い子だ」

 

 そう言ってアパネは笑う。スティラが不機嫌そうに呟く。

 

「大事な馬車なのですから、あまり無茶はさせないで下さい……」

 

「ええ~壊れてもなんか修理の魔法! とかでパパッと直せるでしょ?」

 

「そんな便利な魔法ありません!」

 

「そうなんだ、魔法のことはよくわかんないや」

 

 ハハっと笑うアパネに俺は振り返って問う。

 

「獣人族は魔法を使わないのですか?」

 

「使える部族もいるって話だけど、ボクの周りでは使っている獣人を見たことがないや。だって、ボクらにはこれとこれがあるからね」

 

 アパネは手と口を開いて見せてくる。鋭い爪と牙がきらりと光る。成程、それに先程ゴブリンとの間合いを一瞬で詰めた際に見せたあのスピード、倒れた馬車を片手であっさりと起こしたパワー、たとえ魔法が無くても十分だということか。

 

「ショー様、御者を代わりましょうか?」

 

 スティラが俺に語り掛けてくる。

 

「いや、大丈夫。もう日も暮れましたし、危ないですから」

 

「しかし、朝からずっとではありませんか」

 

「休憩は取っていますし……それに、そろそろ到着するのでしょう?」

 

「うん、もうすぐボクの村だよ」

 

 俺の問いにアパネは頷く。彼女の言った通り、すぐに建物群が見えてきた。あれが獣人族の村か。しかし、どこか様子がおかしい。灯りがほとんど灯っていない。

 

「あれは……?」

 

「!」

 

 俺と同様に異変を感じたアパネが荷台から思いっ切りジャンプする。凄い身体能力だ。彼女は地面に着地すると、その勢いのまま自らの村に駆け込む。

 

「皆! どうしたの⁉」

 

 俺たちも村の入り口付近に馬車を停めて降車し、周囲を見渡して村の様子を伺う。アパネと同じ狼の獣人たちが苦しみながらそこら中に倒れ込んでいる。

 

「こ、これは……?」

 

「おばさん! 何があったの⁉」

 

 アパネは近くに倒れていた女性に駆け寄って抱き起こす。

 

「ううっ……」

 

 女性は呻き声を上げるだけで、まともに返事をすることが出来ない。

 

「待って下さい! 触らない方が良いです!」

 

 俺の後から続いてきたスティラがアパネに声を掛ける。

 

「そんな!」

 

「スティラ! なにか分かるのですか⁉」

 

「医学に明るいわけではないのですが……見たところこの感じは感染症や伝染病の類ともまた違うような印象を受けます……」

 

 スティラが周りで倒れている何人かの獣人を覗き込んで、冷静に自分の考えを述べる。

 

「じゃあなんだって言うのさ!」

 

「落ち着いて! スティラ、どうでしょうか?」

 

 俺は苛立つアパネを宥め、スティラに改めて見解を問う。

 

「……毒系統の魔法を受けた際と似たような症状が見られますね」

 

「毒⁉」

 

「なかなか鋭いじゃないか……」

 

「! 誰だ⁉」

 

 俺たちの視線の先には茶色いローブを身に纏った、黒髪でさらに顔の下半分をマスクで隠した小柄な男が立っている。

 

「彼らには俺の術の実験台になってもらったよ……」

 

「術だと……?」

 

「貴方、その風体……蠱術者(こじゅつしゃ)ですね?」

 

「またまた察しが良いな、流石はエルフ、賢い種族だな」

 

 スティラの言葉に男がククっと小さく笑い声を上げる。俺はスティラに尋ねる。

 

「蠱術者とは一体?」

 

「蠱術……百種の虫を集め、併せて器の中に入れ、互いに喰らわせ、最後の一種に残ったものを留める。そこで生まれた毒を採取し、様々な呪いに用いる術です。彼はその術に精通した一族の人間です」

 

「人間⁉」

 

「ええ、ただその術のおぞましさから人間だけでなく他種族からも忌み嫌われています」

 

「おいおい、随分はっきりと言ってくれるな……」

 

 男は首を竦める。

 

「……なんだかよく分からないんだけどさ!」

 

 アパネがスティラの方を向いて叫ぶ。

 

「要はアイツの仕業ってことで良いんだよね⁉」

 

「え、ええ……そのようです」

 

「なら落とし前はキッチリつけさせてもらうよ!」

 

 アパネが男に猛然と飛び掛かる。

 

「おっと!」

 

「⁉ ぐっ!」

 

 男が懐から取り出した小箱を開けると、アパネがジャンプの途中で地面に落下し、鼻を抑えて悶絶する。俺は事態をよく飲み込めなかった。

 

「な、なんだ⁉」

 

「ショー様! この臭いを嗅いだり吸ったりしてはいけません!」

 

 スティラに言われた通り、俺は慌ててマフラーを使い、鼻と口元を隠す。

 

「幾度となく繰り返した蠱術の過程で育まれた毒の霧だ……風に乗って、この村やその周囲をあっという間に覆い尽くす……獣人は鼻が利くからな、それが仇となったな」

 

 男は目の前に倒れ込んでいるアパネを蹴り飛ばす。

 

「ぐっ!」

 

「ううっ……」

 

「エルフのお前も苦しそうだな、両手で隠した位じゃ、この毒霧は防ぎきれないぞ」

 

 スティラも持っていた杖を落とし、両膝を突く。なんてこった、これで満足に動けるのは俺だけか。え? 俺だけ? なんで?

 

「……? お前、人間だよな? 何故お前だけ平然と立っていられる?」

 

 男も不思議そうに首を傾げる。俺はアヤコとの会話を思い出す。

 

 

 

「初期装備の剣や盾ですが……」

 

「別にシンプルなもので良いよ」

 

 面談にすっかり飽きていた俺はアヤコの質問に適当に答える。

 

「……では、続いてアクセサリーですが……」

 

「え? 首飾りとかか? いらない、いらない!」

 

「……こちらの緑のマフラーなどはどうでしょう?」

 

「ああ、良いね、エコロジーだよ。スローライフにピッタリだ。じゃあそれで」

 

「かしこまりました。では、一応ご説明させて頂きます、このマフラーはある程度まで状態異常の魔法などを緩和させることが出来ます……って聞いていませんね」

 

 

 

「よっしゃあ!」

 

 俺は思わずガッツポーズを取ってしまう。よく聞いてなかったけど思い出したぜ。これは初めてあいつに感謝しなきゃならないな。少し癪だけど。



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第2話(4)月夜の覚醒

「ショー様……この男から解毒の方法を聞き出せるかもしれません……!」

 

「そうなのですか⁉」

 

「……マスクをしているということはこの男自身にも毒の耐性は完璧にはついていないはず。万が一の事態に備えて、解毒の手段を有している可能性は高いです」

 

「成程、分かりました!」

 

 俺は剣を構える。男は忌々しそうに尋ねてくる。

 

「ちっ……なんなんだ、お前?」

 

「……ふっ、何を隠そう私は……」

 

「……この方は貴方がたの邪な企みを砕く為にこの地に転生された勇者様です!」

 

「勇者だと?」

 

「あ、ああ……」

 

 自分でカッコ良く名乗ろうかと勿体づけてしゃべっていたら、スティラに先に全部言われてしまった俺は若干居心地が悪くなるが、すぐに気持ちを切り替える。

 

「それ!」

 

「はっ!」

 

「なっ⁉」

 

 勢いよく踏み込み、男との間合いを詰めた俺は剣を振るうが、男は懐から取り出した長目のナイフで、俺の剣をあっさりと受け止めてみせる。

 

「全く好みじゃないが……この程度の護身術は身に付けているさ……」

 

「くっ!」

 

 俺は続け様に剣を振るうが、ことごとくナイフによって受け流されてしまう。

 

「はははっ! まさか手加減してくれているのか⁉ お優しいことだな!」

 

 男は笑う。違う、俺は完全に本気だ。だが、悔しいがどうやらこのSSSランクの世界ではCランク勇者の俺の剣技など児戯に等しいようだ。近接戦闘が不得手なはずの術者にも軽くあしらわれているのだから。とはいえ、今この場で満足に動けるのは俺だけだ。嘆いている暇はない。なんとかせねば……局面を打開する為に頭を使え、俺。

 

「慈悲深い勇者様の気が変わらん内に、こっちから仕掛けさせてもらうか⁉」

 

 まずい、別の術を使うのか? この状態異常の魔法や術に有効なマフラーでも、ある程度までの限界がある。考えろ、俺の剣さばきは短調だ、何かアクセントを……これだ!

 

「蔦よ!」

 

「何⁉」

 

 俺の左手から蔦が生え、男のナイフを掠め取る。

 

「よし!」

 

「しまった!」

 

「もらった……!」

 

 俺は剣を振り下ろす。左肩から右腰辺りを狙ったが、致命傷を与えるまでには至らなかった。足元が急にふらつき、踏ん張りが効かなかったためだ。

 

「くっ……」

 

「ふふっ、ようやく毒が回ってきたか!」

 

「く、くそ、後一歩の所で……」

 

「来い! 餌の時間だ!」

 

 男が叫ぶと、村の周りの木々を薙ぎ倒して、巨大な蜘蛛が現れる。

 

「な、なんだと⁉ うわっ!」

 

 俺は蜘蛛の吐き出した糸に絡め取られ、逆さまの状態で吊るされる。男が笑う。

 

「ふはははっ! 世にも珍しい転生者の血肉だ! とくと味わえ!」

 

「ぐうっ!」

 

 蜘蛛が俺に噛み付こうと迫ってくる。駄目かと思った次の瞬間……

 

月突(げっとつ)!」

 

 いつの間にか蜘蛛の真下に潜り込んだアパネが爪を突き立てながら空高く舞い上がり、蜘蛛の頭部を豪快に貫く。アパネは近くの大木の枝に着地する。男は驚く。

 

「ば、馬鹿な⁉ 貴様は毒で動けなかったはずでは⁉」

 

「今宵は満月……」

 

「何……?」

 

「ボクら狼の獣人は、月夜になれば、よりその力を発揮することが出来る!」

 

 月の光に照らされながら、アパネは渾身のドヤ顔を見せる。

 

「ちぃ! 俺が丹精込めて育て上げた大蜘蛛をよくも……覚えていろ!」

 

 形勢不利と判断した男は走って逃げようとする。

 

「逃がすか!」

 

 木の枝から飛んだアパネは男の前に着地し、男の襟首をグイッと掴む。

 

「ひ、ひいっ!」

 

「ふん!」

 

 アパネは思い切り男の顔面を殴り、男は吹っ飛ばされて悶絶する。

 

「い、痛え……」

 

「通常の3倍の力が出るんだ、加減が難しくてね……」

 

 アパネは倒れ込む男を腕一本で強引に抱き起こす。

 

「解毒の方法を教えて、そうすれば命だけは助けてあげてもいいよ」

 

「くっ……俺の懐を見ろ」

 

 アパネは男のローブをめくる。

 

「……金色と銀色の針があるだろう? それらに解毒剤をたっぷり塗り込んである。」

 

「ふ~ん……」

 

 アパネは金色の針を手に取って眺める。

 

「それを刺せば良い……」

 

「なるほど……ね!」

 

「⁉ ぐはっ……」

 

 アパネは針を男の首筋に刺す。男はしばらくジタバタして、ぐったりと頭を垂れる。

 

「毒針でしょ、臭いで分かるっての……」

 

「い、いや、殺したら駄目でしょう⁉」

 

 蜘蛛が倒されたことで地面に落下した俺はアパネの行動を注意する。既に手遅れだが。

 

「素直に教えてくれるような奴じゃないでしょ、それとも拷問したかった?」

 

「い、いや……」

 

 とにもかくにも、解毒の方法を有しているはずというスティラの考えは俺も正しいと思ったので、男の身ぐるみを剥ぎ、持ち物を検める。

 

「……! この針! これだけは他と違う臭いがする!」

 

 アパネは何の変哲もない針を手に取る。俺はスティラに視線を向ける。

 

「臭いだけで判断するのは危険です……解毒の知識のある方を呼んでくるべきかと」

 

「そんな時間は無いよ! ボクで試す!」

 

「「⁉」」

 

 アパネは針を自らの腕に刺した。それを俺たちは唖然と見つめる。少し間を置いて、アパネは笑みを浮かべる。

 

「うん! 体が軽くなった! これが解毒の針だよ!」

 

「無茶なことを……」

 

「これを皆に刺せば良いんだね!」

 

「お待ち下さい。それだけでは恐らく量が足りません……」

 

 スティラの言葉に俺は改めて周囲を見渡す。数十人の獣人たちが苦しんでいる。俺も医学についてはさっぱりだが、量が足りないというスティラの見通しは合っているだろう。

 

「ど、どうすれば⁉」

 

「その針を貸して頂けますか?」

 

 スティラはアパネを落ち着かせつつ、針を受け取り、臭いを嗅ぐ。

 

「うん、やはり……一般的な毒消しの薬を使っていますね」

 

「では毒消しの薬があれば!」

 

「無理だよ! 薬屋は遠くの町にしかない!」

 

「個々で備蓄などは?」

 

「行商人から買ったりはしているとは思うけど、それ程の量があるとは……」

 

 アパネが悲痛な声で嘆く。スティラが呟く。

 

「毒消しはナナコの木の樹液から作られます。その木が近くにあれば……!」

 

 スティラと俺は目を見合わせる。そうか、これだ!

 

「芽生えよ!」

 

 俺が唱えると、地面に大木が生える。

 

「この木で良いのですよね?」

 

「ええ、先日道すがら見かけた木です!」

 

 スティラの言葉に俺は頷く。どうやら自分の知識や記憶にある植物を生やすことが出来るらしい。何となくだがこの魔法が分かってきたような気がする。

 

「この木の樹液を皆に飲ませれば良いの⁉」

 

「ええ、解毒さえ出来たら、後はわたくしが回復してまわります」

 

「よおし!」

 

 アパネと俺は樹液を持ってきた器に移し、皆に飲ませてまわる。飲ませた側からスティラが回復魔法をかける。獣人は元々タフな者が多いのか最低限の魔法量でほぼ回復する。

 

「やったー! 皆元気になったよ!」

 

「良かったですね!」

 

 喜ぶアパネに俺は声を掛ける。アパネは俺とスティラの手を取って、ブンブンと振る。

 

「二人ともこの村の恩人だよ! 本当にありがとう! ちょっと待ってて!」

 

 そう言って、アパネは皆に声を掛けてまわり急いで戻ってくる。

 

「感謝と歓迎の宴を開くから、村長の家に案内するよ!」

 

「は、話が早いですね⁉」

 

 戸惑いながら、俺とスティラはアパネに連れられて、村長の家に入る。しばらく間を置いて、宴が始まった。救村の英雄かつ珍しい転生者ということで、俺に対してどんどん酒が注がれていく。ほどほどにしておきたかったのだが、村人たちの振舞ってくれる酒は今まで飲んだことのないような不思議な味わいで、俺はついつい杯を重ねてしまう。

 

「ショー様、わたくしは少し疲れましたので、お先に失礼します」

 

「あ、そうでひゅか、おやしゅみなひゃい!」

 

 スティラが声を掛けてきた頃には俺はまたべろんべろんの状態だった。翌日……

 

「じゃあ皆、行ってくるよ! お土産の武勇伝、期待しててね!」

 

 アパネが荷台に乗って、見送りをしてくれる皆に対して手を振る。村が見えなくなった後、アパネは俺たちに向き直る。

 

「改めて宜しくね! ショー、スティラ!」

 

「よ、よろしくお願いします、アパネさん……」

 

「よ、よろしく、アパネさん……」

 

「嫌だな二人とも、ボクのことはアパネで良いって!」

 

 アパネは両手を腰に当てて、高らかに笑う。どういうわけか、彼女も同行することになったらしい。あの戦闘能力の高さを考えれば頼もしい限りではあるが。

 

「村の恩は昨日返したから、ボク個人の恩はこれからゆっくり返すね……」

 

 アパネはそっと俺に耳打ちする。ひょっとしてまたなんかあったパターンか、全然記憶に無い。俺はスティラの刺さるような視線に気付かない振りをして、馬を進ませる。



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第3話(1)市場で液体を売る勇者

                 3

 

「お金がない……」

 

 道端に停めた馬車の荷台で俺は頭を抱える。

 

「なんでまた勇者様の一行がそんな情けないことに……」

 

 アパネが馬に草を食べさせながら、呆れ気味にこちらを見てくる。

 

「……さあ、なんででしょうね」

 

「お金は計画的に使わないと~」

 

「何分イレギュラーな事態に見舞われましたもので……」

 

「イレギュラーな事態?」

 

 アパネは首を傾げる。黙っていたスティラが立ち上がって声を上げる。

 

「アパネ、貴女の食費ですよ!」

 

「ええっ⁉ ボクのせいなの⁉」

 

「誰々のせいとは言いたくはないのですが……貴女、いくらなんでも食べ過ぎです!」

 

「だってさ、ほら、僕って夜は力が3倍になるじゃない?」

 

「それがなにか?」

 

「その分、その後の食欲もおのずと3倍になるんだよ~OK?」

 

「成程ね~って、なんですか! そのわけの分からない理屈は!」

 

「ええっ、わりと筋は通ってない?」

 

「通っていません! 通行止めです!」

 

「ショ、ショー、スティラがまるで鬼のようだよ……」

 

 アパネが馬に隠れながら、俺に助けを求める。俺はため息をつく。

 

「無理もないでしょう……」

 

「ショー様からもなにか言って下さい!」

 

「ショ、ショー、勇者は細かいことは気にしないよね!」

 

 全然細かいことはないのだが、ここでスティラに同調し、アパネを責めたてても事態は何一つ好転しないだろう。俺はゆっくり口を開く。

 

「スティラ、そんなに大きな声を出すとそれだけでお腹が空きますよ、ここは我慢してください……アパネもそういう特殊な胃袋事情は前もって伝えていて欲しかったです」

 

「ショー様がそうおっしゃるのならば……」

 

「う、うん、悪かったよ、今度から気を付ける……」

 

 二人のトーンが落ち着いたところで、俺は考えを求める。

 

「というわけで、金策が必要です! 二人とも良い考えがあればお聞かせ下さい!」

 

 俺の言葉を受け、スティラが荷台に地図を広げ、ある一点に指を差す。

 

「今わたくしたちがいるのはこの辺り……ここから南西ほど近くに大きな町があります」

 

「ほう、大きな町ですか!」

 

 スティラの言葉に俺は頷く。スティラが言い辛そうに話を続ける。

 

「そ、そこで働き口を探してみるなどは如何でしょう……?」

 

「臨時的雇用者ですか……」

 

「ちょ、ちょっと、まさか勇者様に汗水かいて働かせるつもりなの⁉」

 

「事態が事態なのです! ここは地道に稼いでいく他ありません!」

 

「その町に何か月滞在するつもり?」

 

「半年分の路銀は確保したいですから、そうですね、三か月くらいですかね……」

 

「その間に魔族や魔物が活動をさらに活発化させたらどうするの?」

 

「それは……では、アパネはどうするおつもりなのですか?」

 

「この地域の野良モンスターを狩りまくる。ゴブリンなんかは結構金品を持っているからね。ひと月半も町の周辺をうろついていたら、それなりに貯まるんじゃないかな」

 

「……例えばその間の食事はどうするのです?」

 

「狩ったモンスターを片っ端から煮て焼いて食う! 幸い荷台には調理器具が一通り揃っているしね。なかなか良い考えじゃない?」

 

「却下です。わたくしは文明的な食事を希望します」

 

「お嬢様だな~ショーはどう思うの?」

 

 俺に話を振らないでくれと思ったが、まさか考えを述べない訳にはいかない。俺はヒートアップする両者を落ち着かせつつ、自身の意見を述べる。

 

「町の規模が正直分かりません。ここは町に入ってから考えをまとめましょう」

 

「お金はないんじゃないの?」

 

「安宿ならば数日くらいは滞在できるほどはまだ残っています」

 

「そうですね……では町に向かいましょう」

 

 俺たちは馬車を南西の大きな町に向かわせる。しばらくするとその町に着いた。かなり人通りの多い町だ。俺は感心する。

 

「これはなかなか賑わっているようですね」

 

「ええ、話に聞くよりもうんと立派な町です!」

 

 スティラが弾むような声で答える。このような規模の町に来たのは実際のところ初めてなのだろう。俺たちは町の外れにある安宿を見つけ、チェックインする。

 

「うお~久々のベッドだ~!」

 

 部屋に入り、アパネはベッドに勢いよく飛び込む。スティラが嗜める。

 

「アパネ、はしたないですよ」

 

「それでショー、これからどうするの?」

 

「そうですね……」

 

 俺は腕を組んで考え込む。思っていたよりも規模の大きい町だ、それだけ行動の選択肢も増えるというものだろう。

 

「とりあえずは観光がてら、各々この町を巡ってみましょうか。夜に集合しましょう」

 

「分かりました」

 

「オッケ~♪」

 

 三手に分かれ、俺たちは町に繰り出す。夜、部屋に戻ってきた俺は二人に尋ねる。

 

「さて……何か成果はありましたか?」

 

「ええ……」

 

「うん、まあ……」

 

 二人とも浮かない顔である。

 

「スティラ、どうかしたのですか?」

 

「ええっと……町の広場のような所で演奏をしてきたのですが……」

 

「演奏⁉」

 

「スティラ、楽器出来るの⁉」

 

 スティラが自分の荷物から竪琴を取り出して軽く音を奏でて見せる。良い音色が響く。

 

「おお、上手じゃないですか」

 

「ほんの嗜み程度です。集落ではもっと上手な方がいましたよ」

 

「成程、その演奏でお金を貰ってきたんだね⁉」

 

「そういう狙いだったのですが……生憎全く……」

 

「ええ⁉ ゼロ⁉」

 

 アパネの驚く声にスティラが悲し気に頷く。俺は首を傾げる。

 

「十分見事な演奏だと思いますけどね……」

 

「ショー様の軌跡を詩にして、合わせて歌ったのですが……」

 

「ん? 歌?」

 

「……ちょっとスティラ、一節歌ってみてくれる?」

 

 怪訝な顔をしたアパネがスティラにリクエストする。

 

「はあ……それでは……~~~☠☠☠」

 

「うおっ⁉」

 

「ス、スティラ、ストップ、ストップ!」

 

 俺とアパネは思わず両耳を塞ぐ。スティラは不思議そうな顔をする。

 

「どうかしましたか?」

 

「無自覚⁉ どうかしたもなにもないよ! 死霊でも呼び出すのかと……むぐ!」

 

「こ、この町の方々の好みには少々合わなかったのでしょう!」

 

 俺はアパネの口を抑えて、オブラートに包んだ言い方でスティラに告げる。

 

「はあ……?」

 

「ところでアパネはどうだったのですか?」

 

「! い、いや、ボクは特に……~~~♪」

 

「分かり易い誤魔化し方! 何かやらかしたのでしょう!」

 

「大丈夫! 追っ手はしっかり撒いてきたから!」

 

「追われている時点で全然大丈夫じゃないのですよ!」

 

「一体何をやったのです、アパネ!」

 

 俺とスティラの詰問に、アパネは観念して白状する。

 

「町の東端に大きな市場があったんだ、これは良いやと思って……」

 

「思って……?」

 

「町の外で狩ってきたモンスターの肉を売り捌こうとしたんだ。そうしたら、市場で許可なく商売を行うのは禁止だって、町の自警団?みたいな連中が言ってきて……」

 

「な、なんてことを……」

 

 スティラが頭を抑えてふらつく。

 

「罰金を払えって言うからさ、そんな余裕ないじゃん!」

 

「だからと言って逃げ出したら、もっと大事になるでしょう! ねえ、ショー様!」

 

「そうですよ、私はキッチリと払いました」

 

「ほら! ……って、えええっ⁉」

 

 スティラが素っ頓狂な声を上げて俺を見る。アパネが尋ねてくる。

 

「ショ、ショーは何をやらかしたの?」

 

「私は町の南端の市場で、ナナコの木の樹液を売ろうとしたところを注意されて……」

 

「樹液を売ろうとしたのですか⁉」

 

「樹液を毒消しの薬にする製法が分かりませんでしたので……あ、器は近くの道具屋で見繕って、それに移して売ろうとしましたよ? 流石に直売りというのはね……」

 

「ち、違う、違う! 問題はそこじゃないって!」

 

 アパネが手を左右に激しく振る。

 

「少ない罰金で済みましたよ、勇者ということでいくらか割引してもらいました」

 

スティラが頭を抑えながら呆れ気味に呟く。

 

「どこの世界に樹液を売ろうとして罰金を割引してもらう勇者様がいるのですか……」

 

「少なくともここにいるね、ハハッ」

 

「笑い事ではありません……」

 

「ヒィ!」

 

 スティラの低い声と鋭い眼光にアパネが怯む。スティラが俺に視線を移す。

 

「ショー様……まさかと思いますが……?」

 

「そのまさかです。ほぼスッカラカンです!」

 

「どうするのですか⁉」

 

「心配ご無用! 二人とも私についてきて下さい」

 

 俺は二人をある場所に連れていく。その場所に着いた二人は首を傾げる。

 

「ねえ、ここって……?」

 

「ショー様?」

 

「見ての通り、ギャンブル場です! 罰金どころか、路銀も稼いでみせます!」

 

 俺は満面の笑みで右手の親指をビシッと立てる。



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第3話(2)ギャンブル必勝法(実践したとは言っていない)

「その提案、却下です」

 

 スティラが俺から金が入った袋を取り上げ、そこから立ち去ろうとする。俺は慌てる。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

「待ちません! 言うに事欠いて賭け事なんて!」

 

「ここは私に任せて下さい、百倍の金額にしてみせます!」

 

「絶対に信用出来ない台詞じゃないですか!」

 

 俺の発言をスティラは一蹴する。俺は食い下がる。

 

「必ず勝ってみせます!」

 

「ギャンブルに絶対勝てるなんてあり得ません! それくらい世間知らずのわたくしでも知っています! わたくしたちエルフでも身持ちを崩した方がいらっしゃいます!」

 

「ギャンブルに溺れるエルフってなんか嫌だなあ……」

 

 アパネがボソッと呟く。俺は二人に告げる。

 

「とにかく、私の眼を見て下さい! これをいい加減なことを言う男の眼ですか⁉」

 

「……!」

 

「おおっ! 真剣な眼差しだ……!」

 

「私には多くの世界を渡り歩いてきた経験があります。そんな中で、ギャンブル必勝法を学びました! ある世界で耳にした、必勝法です!」

 

「スティラ……ここはショーの経験を信じてみても良いんじゃないかな?」

 

「……仕方ありませんね」

 

 俺の必死の懇願が実り、スティラが根負けして袋を返してくれる。

 

「ありがとう!」

 

 俺は金をギャンブル場で使われるコインと換金し、それを手にギャンブル場の中央に位置する大きなルーレット台に向かう。アパネがついてくる。少し楽しんでいるようだ。

 

「迷わずルーレット台に行ったね」

 

「アパネ、ギャンブルで勝ちたいのなら、絶対にルーレットです……」

 

「ボールが赤か黒かに入るのを当てるやつだよね。でも、シンプルだからこそ奥が深そうに思えるんだけど……?」

 

「まあ、見ていて下さい……」

 

「あ、始まるよ!」

 

 ディーラーが場に付き、ルーレット盤を回す。他の参加者たちはどんどんとベッドするが、俺は動かない。そんな俺を見て、アパネは首を傾げて尋ねてくる。

 

「あれ、賭けないの?」

 

 俺はアパネとスティラにだけ聞こえるように囁く。

 

「ここで動くのは素人です……狙うべきタイミングというのがあるのです」

 

「狙うべきタイミング……ですか?」

 

「そうです……ルーレットというものは、同じ色が三回連続でくるということはあっても、四回連続となると、その確率はグッと下がります」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ、例えば赤が三回続いたとき、そこで次に出る確率が高いのは……」

 

「黒だ!」

 

「……同じ色が三回続けて出た時が狙うべきタイミングというわけですか」

 

「そういうことです。まあ……どうなるか見てみましょう……」

 

 それから数十分後、そこには身ぐるみを剥がされ、半裸となっている俺がいた。ディーラーは憐れむような顔で俺に尋ねてくる。

 

「どうされますか……?」

 

「ば、馬鹿な……」

 

 俺はうなだれながら、アヤコとのやりとりを思い出していた。

 

 

 

「……ステータスの割り振りなどもある程度出来るようですが……如何いたしますか?」

 

「その辺は適当で構わないよ」

 

「宜しいのですか?」

 

「ああ、必要最低限の運動能力があればそれで良い」

 

「そうですか……例えば、『運』などは?」

 

「ははっ、必要ないよ、まったりスローライフの異世界で運なんかで左右されてはたまらないよ。なんだったらゼロでも良いくらいだ。そのぶんは他にまわしてくれ」

 

 

 

「あああっ―――!」

 

「ど、どうしたの、ショー⁉ 急に奇声を発して……」

 

 大声を出して頭を抱える俺をアパネが驚きながら心配そうに覗き込んでくる。俺は平静を装いつつ答える。

 

「な、なんでもありません……只の叫び声です……」

 

「叫んでいる時点で只事じゃないと思うけど……」

 

「……それで、どうされますか? 見たところ、もう賭けるものはなさそうですが?」

 

「いや、まだこれがあります!」

 

「ショ、ショー様⁉」

 

「ショー、何をやっているの! 落ち着いて!」

 

 おもむろに残り一枚のパンツを脱ごうとする俺をアパネが制止する。

 

「私は冷静です!」

 

「だったらなおのことタチが悪いよ!」

 

「キャアア!」

 

 アパネを振り切ってパンツを脱ごうとする俺を見て、周りの女性客が悲鳴を上げる。ギャンブル場内が騒然とする。やがて、駆け付けたギャンブル場の用心棒と思われる屈強な男二人が俺を取り押さえる。ディーラーが同じくその場にやってきた恰幅の良い男性に対して事情を説明する。

 

「オーナー、こちらご覧の通りの負けっぷりで……もう払うものもないようです」

 

「そうか……うん? こいつらは……? 誰か、自警団に通報してくれ!」

 

 そこから僅か数分で自警団が駆け付け、俺たち三人の人相をまじまじと確認する。

 

「……間違いありません!」

 

 自警団の一人の男がその上司らしき男に報告する。上司は頷く。

 

「よし! こいつら三人を連行し、牢屋に入れろ!」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 一体何の罪で!」

 

 俺は半裸で取り押さえられながら、抗議の声を上げる。

 

「……エルフの娘、広場で呪詛を唱え、人心を惑わそうとしたな!」

 

「じゅ、呪詛⁉」

 

「獣人の娘、東市場でモンスターの肉を無許可で販売、罰金を払わずに逃走!」

 

「うっ、やっぱバレてたか……」

 

「そして男、南市場でなんとも怪しげな液体を販売!」

 

「ば、罰金はちゃんと払いましたよ!」

 

「……それを差し引いても、この場での乱痴気騒ぎ! 貴様らをこれ以上捨て置くと町の治安が乱れる! 即刻、連れていけ!」

 

 俺たちは牢屋に放り込まれる。俺は暗い部屋で天井を仰ぐ。

 

「くっ、どうしてこんなことに……」

 

「何故、狙うべきタイミングの前にお金を賭けてしまったのですか……?」

 

「そもそも三回連続で同じ色になることが滅多にないですから、痺れを切らして……」

 

「ショー、ギャンブル向いてないよ……」

 

 スティラとアパネが揃ってため息をつく。間を置いてアパネがスティラに尋ねる。

 

「スティラ、これからどうなると思う?」

 

「アパネの未払いの罰金とギャンブルで負けた分を支払えば、釈放される可能性もあるかと思いますが……現状無理な相談ですから、このまましばらく拘留される恐れが……」

 

「そんな! 勇者様ご一行がずっとこんな所にいるわけには行かないよ!」

 

「勇者様?」

 

「うわ⁉ ビ、ビックリした!」

 

 アパネが驚く、牢屋の片隅にあるベッドの上に人が寝転がっていたのだ。その人物はゆっくりと起き上がり、こちらに向き直る。鉄格子付きの窓から月の光が射し込み、顔を照らす。丸眼鏡を掛けていて、白髪のショートボブと褐色の肌が印象的な女の子だ。

 

「ひょっとして……アンタが噂の転生者?」

 

「え、ええ、私がこの世界に転生してきた勇者です!」

 

 俺は精一杯カッコつけながら答える。パンツ一枚の半裸だが。



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第3話(3)白髪の眼鏡っ娘の提案

「まさかこんな所で出会えるとはね。パンイチとは予想外だったけど……」

 

 褐色の女の子が苦笑いを浮かべる。俺も同調する。

 

「私としても全くの予想外でした」

 

「十分避けられる事態でしたけどね……」

 

 スティラが呆れ気味に呟く。アパネが問い掛ける。

 

「キミは誰? どうして牢屋に入っているの?」

 

「アタシはルドンナ。酒場で飲んでいたら酔ったエロオヤジに絡まれてさ。ベタベタ触ってきやがってウザいから懲らしめてやろうとしたらちょっとばかりやり過ぎちゃってね……酒場の建物を半壊にしちゃったんだ」

 

「半壊⁉」

 

「そのオヤジも痴漢でしょっぴかれたけど、それはそれ、これはこれ、ってことで建造物損壊罪に問うとか言われちゃってさ……まあ、アタシが魅力的なのがいけないんだけど」

 

 そう言って、ルドンナと名乗った女の子は体をくねらせながら、ポーズを取る。本人としてはセクシーポーズのつもりなのだろうが、わりと幼めな顔立ちと小柄かつスレンダーな体格の為か、正直そこまでのセクシーさは感じられない。それでも、羽織った短めの青いローブと黒いシャツからチラリと覗く細い二の腕、黒の短パンから出ている健康的な太ももにはそれなりに目を奪われてしまう。そんな俺に対して、スティラが冷ややかな視線を送っていることに気付き、俺は慌てて話題を変える。

 

「わ、私のことを知っているようですが?」

 

「このメニークランズ各地ではぼちぼちと噂になってきているよ、転生者でしかも勇者なんてそうそうやってくるもんじゃないし。何よりこんなご時世だしね」

 

「ご時世?」

 

「流石に耳にはしているでしょ? 魔王ザシンが復活したっていう噂は」

 

「ああ、そ、それは勿論」

 

「魔族や魔物がそれに伴って動きを活発化させてきている……皆の平穏な暮らしが脅かされつつある今、この地方に住む力なきものたちは皆、勇者様の救世主としての活躍を期待しているんだよ!」

 

 ルドンナは俺をビシッと指差してくる。その期待には出来るだけ応えたいところだが、只今の俺はパンツ一丁だ。恐らくこの世界で最も無力な存在に近いだろう。とりあえず顔だけでもキリっとさせつつ、俺はゆっくりと口を開く。

 

「……大変情けないことですが、今私はこのように牢屋に囚われてしまっています。まずはここから出ないといけません」

 

「事情は聞こえていたから大体分かるよ」

 

 ルドンナは改めて苦笑いを浮かべる。

 

「じゃあ、脱獄する?」

 

 そう呟きながら、アパネが牢屋の鉄格子を軽く曲げる。スティラが驚く。

 

「アパネ、何をやっているのですか⁉」

 

「月の光を見れば力が湧いてくるんだ、これくらいの鉄格子ならなんてことないよ」

 

「そういうことではなくて! 脱獄なんてしたら、ますます面倒なことになります!」

 

「ちえっ……」

 

 アパネは鉄格子から手を離す。ルドンナはそれを見て声を上げて笑う。

 

「はははっ! 流石は獣人族だ、そんなちっこいのに力が段違いだね」

 

「はっ? どこからどう見たってボクの方が大きいでしょ⁉」

 

 アパネはムッとして、片手をかざしながらルドンナと背比べをする。正直言ってどちらも同じくらいの背丈である。ルドンナはそんなアパネを無視し、俺に向かって話す。

 

「……牢屋を出る方法ならあるよ」

 

「⁉ 本当ですか?」

 

「まあ、条件がつくんだけどね」

 

「条件ですか?」

 

「そう、モンスターの討伐だよ」

 

「討伐?」

 

 首を捻る俺たちに、ルドンナは窓の外を指差す。

 

「ここから見えるあの山にオークどもが巣のようなものを作っているらしい。基本的には山道を通るものを襲っているようだけど、時折二、三匹ほどで町の近くまで降りてきて暴れることがあるんだって。町の自警団が頑張って追い払っているんだけど、それもちょっと限界がきている……」

 

「……見た感じ、そんなに武装が整っているわけじゃなさそうだしね」

 

 アパネの言葉にルドンナが頷く。

 

「そう、幸いなことにまだ死者は出てないけど、怪我人が出始めている……」

 

「この近隣には兵力を保有する領主さまがいらっしゃったはずです。その御方のお力をお借りしてはいないのですか?」

 

 スティラの問いにルドンナが答える。

 

「当然、救援要請を再三出しているさ。こういう時の為に多額の税もその領主さまに納めているわけだからね。ただ、現在は領土を隣接する他の領主と小競り合いを起こしていてね。とてもこちらに兵を回す余裕が無いそうだ」

 

「そ、そんな……」

 

「人間同士で争っている場合じゃないでしょ……」

 

 スティラは絶句し、アパネは呆れたように呟く。俺は口を開く。

 

「つまり……そのオークどもを討伐すれば、無罪放免になるということですか?」

 

「それどころか、多額の報酬を出してくれるってさ」

 

 ルドンナは笑顔を見せる。俺は腕を組んで頷く。

 

「成程……」

 

「そんな美味しい話を聞きつけて、この町に来たんだけど、流石にアタシ一人じゃ難渋しそうでさ。さて、どうしたもんかなって考えていたんだけど……そこに勇者様ご一行が現れた。これは天啓ってやつだね、アタシは神様は都合の良いときしか信じないけど」

 

「……何が言いたいのですか?」

 

「アタシと組まないか、ってこと」

 

「ふむ……」

 

 俺はルドンナのことをじっと見つめる。武具類などは持っていない。小柄な体格をした人間の女の子だ。人並み外れた膂力があるようにも見えない。とすると、スティラと同様に魔法使いであろうか。そんなことを考えている俺に対し、ルドンナが口を開く。

 

「品定めしているところ悪いんだけど、あまり時間的余裕はないんだ」

 

「え?」

 

「言い忘れていたけど、先頃オークの方で不審な動きが確認されたようでね、どうやらそろそろ本格的に町を襲ってきそうなんだよ」

 

「⁉ 迷っている暇などないということですか……」

 

「そういうこと」

 

「分かりました、ルドンナ、貴女と手を組みましょう」

 

「ふふっ、そうこなくっちゃ♪」

 

 ルドンナはウィンクすると、鉄格子越しに人を呼び、自分たちがモンスターを討伐する旨を伝える。話はスムーズに運び、俺たちはあっさりと牢屋から出ることが出来た。

 

「とりあえず外に出られましたね……」

 

 スティラはホッとした表情を見せる。

 

「完全に自由になったわけじゃない、ここからが本番だよ」

 

 ルドンナが釘を刺す。スティラが答える。

 

「分かっています、悪しきモンスターを倒しましょう」

 

「馬車や荷物も没収されちゃっているしね……」

 

 アパネが呟く。そう、俺たちが途中で逃げ出さないように、馬車や荷物は町の自警団が預かることになった。勿論、俺たちは逃げるつもりは無い。ただ、気がかりがある。

 

「えっと……私の剣なのですが……」

 

「ああ、こちらにありますよ」

 

 スティラがローブの下に隠していた剣を差し出してくる。俺は驚く。

 

「ど、どうして……?」

 

「ショー様が賭けに夢中になっていたので、万が一の為にお預かりしていました。これまで賭けると言い出しかねませんでしたから……」

 

「あ、ありがとうございます! 助かります! ……さて、山に向かいましょう!」

 

 俺は剣を受け取って、皆に声を掛ける。剣があるのは心強い。これがあるとないとでは大違いだからだ。俺は山に向かって歩き出す。パンツ一丁のまま。



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第3話(4)理想のサイズ

「確かにこの山から禍々しい気配を感じるね」

 

 山のふもとに立ち、アパネが呟く。

 

「ええ……うおっ!」

 

 茂みから一匹のオークが飛び出してきて俺に襲い掛かってきた。俺はどうにかその攻撃を剣で受け止める。しかし、さほど大柄なオークでは無いが、その力は当然人間離れしており、俺は後方に吹っ飛ばされてしまう。

 

「ショー様!」

 

「だ、大丈夫です! アパネ!」

 

 なんとか咄嗟に受身を取った俺はアパネに指示を出す。

 

「オッケー!」

 

 俺の指示を受けると同時にアパネはジャンプして、空中からオークに飛び掛かり、オークの首を薙いだ。やはり夜の内に出発して正解だった、アパネの潜在能力を十分に発揮できるからだ。それを見ていたルドンナは口笛を鳴らし、後ろに振り返って俺たちの後を尾いてきていた自警団に告げる。

 

「これで分かったでしょ? アタシら正義の勇者様ご一行だから。逃げたりしないよ」

 

「あ、ああ……」

 

「で、どうする? 別についてきても良いんだけど、身の安全は保障しかねるね。大人しく町で報告を待っていていた方が利口だと思うけど?」

 

「そ、そうさせてもらう! すまないが頼んだぞ! 武運を祈る!」

 

「はいよ~お疲れさん」

 

 その場から慌てて去っていく自警団の連中の背中に向けてルドンナは軽く手を振る。自警団の姿が見えなくなると、ルドンナは振り返って俺たちに尋ねる。

 

「それじゃあ……逃げる?」

 

「な、何を言うのですか⁉」

 

 スティラが驚く。俺は冷静に告げる。

 

「……貴女もたった今言ったでしょう。我々は正義の勇者様ご一行です。困難に直面している方々を放っておくわけには行きません」

 

 俺はこれ以上ないほどのキリっとした顔で話す。俺たちは俺たちで資金難という困難に直面しているのだが。ルドンナは目を丸くする。

 

「模範的解答だね。冗談だよ、エルフさん、そんなに怒らないで」

 

 ルドンナがスティラに向かって両手を広げて首を竦める。

 

「……では山に入りましょうか」

 

 俺を先頭にして、俺たち四人は山を登り始める。しばらくすると、木陰から四匹のオークが飛び出してきて二匹ずつ俺たちの前後に立つ。

 

「⁉ 挟み撃ちか!」

 

「後ろは任せて!」

 

 後ろの二匹のオークを、アパネがあっという間に片付け、すぐさま反転し、もう一匹のオークに飛び掛かる。残りの一匹は俺に向かってくる。俺はなんとかオークの振り下ろした拳を躱す。なんせ俺は今ほぼ全裸である。一撃が致命傷だ。回復魔法をチートレベルで使えるスティラが居ても、回復するのは困難な状態に陥る場合がある。幸いだが、この山のオークは全く俺の手に負えないということは無さそうだ。

 

「っと!」

 

 そんなことを考えていたらオークの鋭い爪が俺の眼前に迫る。俺はこれを剣で弾く。余計なことを考えている暇は無い。一瞬の隙が文字通り命取りだ。せめて盾があれば、攻撃を防いでカウンターということも出来たが、盾も賭けに使ってしまった為、手元に無い。我ながらなんという愚かさだ。ただ嘆いていても仕方がない。

 

「シャ―!」

 

 一匹を片付けたアパネが俺に迫っていたオークを背後から爪で切り裂く。オークは倒れる。俺はほっとため息をつき、アパネに礼を言う。

 

「ありがとうございます、アパネ」

 

「別に……大したことじゃないよ」

 

 その後も山を登りながら複数のオークと遭遇するが、アパネの活躍によって、これらを退けることが出来た。なんて頼りになるんだろう。いや、仮にも勇者がそんなことを考えている場合じゃないんだが。ルドンナが感心する。

 

「狼娘ちゃん、ホント強いね~……それに比べて勇者様……」

 

 ルドンナがジト目で俺は見つめてくる。

 

「は、半裸なんですよ! 無茶を言わないで下さい!」

 

「そもそも半裸になっていることがリスクマネジメント出来ていないじゃん」

 

「げ、現状でのべストを尽くしているつもりです!」

 

「……物は言いようだよね」

 

「ぐっ……」

 

「ルドンナさん、そういう貴女はどうなのですか?」

 

 スティラがルドンナに尋ねる。確かにこれまでの戦闘で、彼女は何もしていない。文字通りただ突っ立っているだけだ。戦うわけでも、支援にまわるわけでもない。

 

「……アタシは自分で言うのもなんだけど、奥の手みたいなもんだからさ、マジでヤバい状況になったら動くよ」

 

 ルドンナは眼鏡を外し、レンズを拭きながら呑気に答える。スティラが首を傾げる。

 

「奥の手……?」

 

「まあいいじゃん、先に進もうよ、そろそろ連中の巣穴じゃない?」

 

 先に進むと、ルドンナの言葉通り、山中に大きな洞窟があった。ここがオークの奴らの根城のようなものか。俺たちは躊躇いなく奥に進む。それほど入り組んでいるわけではなく、基本的には一本道であった。光も所々射し込んでいる為に、全くの暗闇というわけではない。しばらくすると、広い空間に出る。そこにはこれまで倒してきたオークたちより一回り大きいオークがいた。スティラが驚く。

 

「な、なんて大きさ!」

 

「こいつがボス猿ならぬボスオークかな?」

 

「ボスをやっつければ、残りの連中も退散するはず!」

 

 ルドンナの言葉を受け、アパネが勢いよく飛び掛かる。

 

「グオオオッ!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 ボスオークはその巨体からは想像も出来ないほどの機敏な反応で拳を振るう。拳をモロに喰らったアパネは思いっ切り吹っ飛び、壁に叩き付けられてうなだれる。

 

「アパネ⁉」

 

「洞窟の中だから月の光は完全には届かない。それ故に力を満足に発揮出来なかったってところかな? それを差し引いても、速くて強いね……」

 

 ルドンナが冷静に戦況を分析する。俺はスティラに指示を出す。

 

「スティラ! アパネの回復を!」

 

「は、はい!」

 

「ここは私と彼女でなんとかします!」

 

「あれ、アタシも頭数に入っているの?」

 

「当然ですよ! というか、はっきり言って、今は貴女だけが頼りです! だって見て下さい、私半裸ですよ⁉」

 

「そんな半ギレ気味に言われても……」

 

 ルドンナが戸惑う。

 

「とにかく頼みますよ! 奥の手さん!」

 

「……分かったよ。じゃあ、少し奴の気を引いていて……」

 

「分かりました! よし化け物! こっちだ!」

 

 俺は飛び掛かり、剣を振るう。狙うのは首ではなく、醜く突き出た大きな腹だ。それなら最短距離で剣が届くはずだ。俺を見たボスオークの反応は何故か鈍く、剣が届いた。

 

「よし……⁉」

 

 俺の剣が無残に折れた。なんて硬い脂肪だよ……。そんなことを考えていたら、ボスオークは俺との間合いを一瞬で詰めて、俺を押し倒す。

 

「どあっ!」

 

 なんてスピードだ、全く反応出来なかった。馬乗りになられた俺は身動きが取れない。くっ、ここまでか……ん? なんだこの感触は?

 

「⁉ 舌⁉」

 

 俺は驚いた、というか引いた。ボスオークが鼻息を荒くしながら俺の体を舌で舐め回し始めたのだ。今まで味わったことのない気持ち悪い感触に全身がゾワゾワと鳥肌立つ。

 

「な、なんだ⁉」

 

「はははっ! 暗がりでイマイチ分からなかったが、そいつは雌のオークのようだね!」

 

「め、雌のオーク⁉」

 

「オークは異種に対しての性欲が強い種族だけど……半裸の勇者様を見て辛抱出来なくなったみたいだね、こりゃ傑作だ!」

 

「笑い事じゃないです……よっ! 『理想の大樹』!」

 

「⁉ ヌオオオッ!」

 

 俺は木の魔法を使って自らの股間に大樹を生やした。流石に直撃ではなかったようだが、陰部に痛撃を喰らったボスオークはのたうちまわる。少し気の毒になってしまった。

 

「い、今です!」

 

「なかなかエグいことするね……おいで! バハちゃん!」

 

「⁉」

 

 ルドンナが赤黒い肌をした巨大なドラゴンを呼び出した。幻獣バハムートだ。バハムートが吐いた炎が一瞬でボスオークの巨体を焼き尽くし、首だけが惨めに転がる。

 

「召喚は時が要る。気を引いてくれて良かった、あんな方法とは思わなかったけど……」

 

 ルドンナは笑いを堪える。俺はパンツを穿き直し、ボスオークの首を持って告げる。

 

「ま、町に戻りましょう!」

 

 ボスオークの首を手土産に町に戻った俺たちは、町の危機を救った英雄として大歓待を受けた。昼前にも関わらず、町を上げてのお祭り騒ぎだ。俺にどんどん酒が注がれる。その前にせめて服を着させて欲しいのだが。懸案事項が解決した町の皆はお構いなしだ。俺も半ばやけくそになって酒を飲む。

 

「ショー様、わたくしたちは流石に眠くなりましたので、お先に失礼します」

 

「あ、そうでひゅか、おやしゅみなひゃい!」

 

 スティラとアパネが声を掛けてきた頃には俺はまたべろんべろんだった。翌日……

 

「それじゃあ勇者様と皆様、お気を付けて!」

 

 町の人たちに見送られて、俺たちは馬車を出発させる。町の人たちの計らいで馬車の荷台を新調してもらった。広く大きいものになった。それは良いのだが……。

 

「思ったより多くの報酬を貰えたね、こりゃウハウハだ!」

 

「ねえ、なんでキミが乗っているの……?」

 

「ルドンナで良いよ、アタシもアンタたちについていくことに決めたから」

 

「「ええっ!」」

 

 スティラとアパネが驚く。どういうわけか、ルドンナも同行することになったらしい。あの召喚獣の強さを考えれば頼もしくはあるのだが。

 

「勇者様といると退屈しなさそうだしね、色々な意味で……」

 

 ルドンナは意味ありげに呟く。ひょっとしてまたまたなんかあったパターンか、全然記憶に無い。俺はスティラたちの冷たい視線に気付かない振りをして、馬を進ませる。



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第4話(1)パートタイムサモナー

                  4

 

「ふ~ん、普段は主にバハムート以外を召喚しているんだ」

 

「バハちゃんクラスを召喚となると、かなりの事態だよ。力もその分消耗するしね」

 

 馬を休ませている間、アパネとルドンナが話す横で、スティラが分厚い本を手に取る。

 

「ルドンナさん、これは? 山には持ってきていなかったですよね?」

 

「ああ、『召喚の書』だよ。召喚呪文がビッシリと書かれているんだ。でも逃亡の恐れがあるっていうから自警団に預けていたよ」

 

「ええっ⁉ とても大切な書物じゃないですか!」

 

「子供の頃から何千回、何万回と飽きる程読んでいるし、大体の召喚呪文は暗誦出来るから無くても別に問題ないよ」

 

「それでも召喚士として大事な書物なのでしょう? 自警団の人が、魔が差して売りに出したりしたら……どうするおつもりだったのですか?」

 

「はははっ、こんなのまず売り物にはならないって……見てみなよ」

 

 ルドンナが笑いながら本の適当なページを開く。スティラが覗き込む。

 

「これは古代文字……ということは判別出来ますが……」

 

「判別出来ても読めなきゃ意味ない、アタシら召喚士の一族くらいしかまともに読めないよ。解読を試みるもの好きもいるみたいだけど……」

 

「解読出来た場合は……」

 

「それでも召喚士としての才覚があって尚且つそれなりの修練を積んでなきゃ意味ないよ。素人が無理矢理召喚しようとしたらとてもじゃないけど体が保たないよ」

 

「そうですか……それでも大事なものなのでしょう?」

 

 スティラが微笑みつつ本を閉じ、ルドンナに手渡す。ルドンナは照れた様子を見せる。

 

「まあ、枕にするにはちょうど良い高さだね」

 

 本を受け取ったルドンナはそれを枕代わりにして荷台の椅子の部分に寝転ぶ。

 

「ちょっと、ルドンナ! 足伸ばさないでよ、スペース取り過ぎだよ!」

 

 抗議の声を上げるアパネにルドンナが笑顔で答える。

 

「移動中・休憩中・就寝中は契約時間外だから、アタシの好きにさせてもらうよ」

 

「契約時間外……?」

 

「そう、さっきも言ったようにアタシの召喚術は凄い力を消耗するんだよね。力っていうのは、純粋な体力や魔力のことじゃなくて、いわゆる生命力。つまり寿命を削っているようなもの。だからその分、キチっとしたギャランティーが欲しいわけ……ただ、フルタイムでアタシを雇うのは無理だってことだから、交渉の結果、戦闘を中心とした1日3時間程の契約となったわけ」

 

「そうなのですか? ショー様?」

 

「どういうことなの、ショー?」

 

 スティラとアパネが俺に視線を向けてくる。

 

「い、いや、それはつまり、そういうことです」

 

「ちゃんと契約書もあるよ、勇者ショー=ロークのサイン入りだ」

 

「ええっ!」

 

 驚くアパネに起き上がったルドンナが契約書を見せる。そう、いつの間にかご丁寧に契約書まで交わしてしまっているのだ。酔っているときに何をしているんだ俺は。

 

「……って、ボク、字はあんまり得意じゃないんだけど、スティラ、どうなの?」

 

「……確かにショー様の署名が入っています……わたくしたちは文句を言えません……」

 

「そう、そういうことだから……」

 

「だ、だけど、移動中や就寝中はキミを守る義務が無い訳だよね? ね、スティラ?」

 

「ちょっと意地悪な言い方をすればそうなりますね……」

 

「でもお優しい勇者様たちは可哀想な乙女をたった一人放っておけるはずも無く……」

 

 ルドンナは両手を胸の前に組んで、わざとらしい口調で呟く。こういう言い方をされてまさか本当に放っておけるはずも無い。俺はため息をつきながら彼女に告げる。

 

「私たち全体を危険に巻き込むような、無理・無茶な行動は慎んで下さいよ」

 

「ああ、出来る限り善処するよ」

 

「出来る限りですか……」

 

「というわけで、あらためてよろしくね、アパネ、スティラさん」

 

「う、うん、よろしく……」

 

「よろしくお願いします……」

 

 ルドンナは横になって目を閉じる。アパネは俺とスティラを連れて馬車を降りる。

 

「ホントに良いの? ショー?」

 

「契約書を交わしてしまいましたし……それに魔王の打倒に向けて、戦力は多いに越したことはありません」

 

「まあ、確かにあの召喚術は強力だけどさ……」

 

「それでも安易に契約書を交わすことは感心出来ませんね」

 

「ごもっともです、はい」

 

 俺はスティラの言葉に恐縮する。

 

「……それはもう良いとして、本当に時間限定で宜しいのですか?」

 

「余程の緊急時には働いてもらうようにはしてあります」

 

「緊急時ですか?」

 

「例えば、彼女自身が生命の危険を感じた時などですね」

 

「成程……」

 

「ただ、その分追加のギャランティーが発生します。彼女自身のミスで危険を招いた場合などはこちらの支払義務は生じませんが」

 

「パートタイムサモナーですか、聞いたことがありませんが……まあ、致し方ありませんね……アパネの言う通り、あの召喚術は大変強力かつ魅力的なものですし……」

 

 スティラがため息をつく。

 

「……『ご理解頂けたようで、なによりだよ』だって」

 

「うわ⁉ 何、妖精?」

 

 アパネが驚く。俺たちの周りに小鳥程の大きさの妖精が飛んでいたからである。妖精は話を続ける。どうやらテレパシーのようなものでルドンナの言葉を伝えているようだ。

 

「『だけど、内緒話は感心しないなあ』だって」

 

「ふむ、妖精……フェアリーも召喚出来るわけですか」

 

 スティラは腕を組んで頷く。俺たちは馬車に戻る。ルドンナは起き上がっている。俺は冷静に告げる。

 

「気を悪くしたのなら申し訳ありません」

 

「いいや、別にいいけどさ」

 

「聞き耳を立てるのは感心しないけどなあ」

 

「召喚術を除けば、非力な女の一人旅、情報が何より重要なんだよ」

 

 ルドンナはアパネに対し、悪びれずに話す。

 

「貴女をまじえて喫緊の課題について話しあいたいのですが」

 

「喫緊の課題?」

 

「そう、私の剣についてです。鎧や盾などは返して貰いましたが、こればかりは……」

 

 俺は無残に折れてしまった剣を取り出す。スティラが尋ねてくる。

 

「町にも武具屋はあったと思いますが?」

 

「勿論見に行きましたが、どれもあまりピンと来なかったもので」

 

「そ、そうですか……」

 

 俺の返答にスティラは戸惑い気味に頷く。ルドンナが笑いながら言う。

 

「木の魔法とやらで木剣でも生やせば良いんじゃないの?」

 

「それも検討しましたが、やはり丸腰という訳には参りません」

 

「検討はしたんだ……」

 

「どうするの? 次の大きな町までもうしばらくあるよ?」

 

「ちょっと待って、アパネ……うん、そうお願い」

 

「どうしたの?」

 

 ルドンナはしばらく黙った後に口を開く。

 

「……この近くの谷に腕利きのドワーフたちの里があるってさ」

 

「もしかしてあの妖精ちゃんが調べてきてくれたの?」

 

「そう、こういうお願い事もこなしてくれるってこと」

 

 ルドンナはウィンクする。

 

「ドワーフ……鍛冶技術に長けた種族ですね。そこに行けば刀剣など見つかるかも……」

 

 スティラの言葉に俺は頷き、皆に指示する。

 

「では、そのドワーフの里に向かいましょう!」



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第4話(2)ドワーフの里にて

 馬車が山道を進む。腕利きのドワーフたちの里ということで、馬どころか人が通るのも厳しく険しい場所を勝手に想像していたのだが、思っていたよりもずっとなだらかな所であった。間に大きな川を挟み、左右両側の斜面の勾配が異なる非対称な谷である。川からは二つの支流が流れ、それぞれ近隣の湖や海に流れている。この川沿いの平地や斜面の緩やかな部分にドワーフたちは住居を構えて暮らしており、谷底に近い川沿いの広い平地に市場や鍛冶場などを構えている。小柄な体格の者が多いドワーフの里で俺たちは大柄な部類に入るのだが、普段から他の種族がよく出入りしているのであろう、特に警戒されることもなく、一番栄えていそうな店が軒を連ねている市場に向かう。俺たちは市場の入り口付近で馬車を降りると、市場を散策し始める。

 

「さて……」

 

「流石に武具屋さんは沢山ありますね」

 

「護身用も兼ねてナイフでも一つ買うかな~アパネは鉤爪なんかどう?」

 

「爪は間に合っているよ。大体、鉤爪なんかあるの?」

 

「探せばあるんじゃない? じゃあさ、牙付きマスクは?」

 

「牙も間に合っているよ。ってか、なんでそんなマニアックなのばかり薦めるの!」

 

 ルドンナとアパネがああだこうだと騒いでいる横で俺は真剣な顔つきで剣を眺める。

 

「懐具合との相談にはなりますが、大事な剣です。気の済むまでゆっくりお探し下さい」

 

「ありがとうございます、スティラ、そうさせて貰います」

 

 俺は何店舗かまわってみたが、どうも心にピンとくるようなものが無かった。スティラが話し掛けてくる。

 

「如何ですか?」

 

「ああ、うん、なんといいますか、こう、今一つ決め手に欠けるというか……」

 

「川向かいにも武具屋さんは何軒かありますよ。行ってみますか? ……あら? もう店仕舞いを始めてしまっていますね……」

 

 見てみると、スティラの言う通り、各々の店が閉店の準備を始めている。気が付けばもう日暮れ時である。俺は三人に声を掛ける。

 

「宿を探すとしましょう。どうせ一泊はするつもりでしたし」

 

 俺たちは里で一番大きいと思われる宿屋にチェックインを済ませ、食事を取るために夜の町へと繰り出す。アパネとルドンナが楽しそうに話す。

 

「何を食べようかな~」

 

「ドワーフの里ならではの料理を食べたいところだね~」

 

「宿屋の方に聞きました。そこの角の酒場が安くておススメだそうです」

 

「お、ショー、流石、抜け目ないね~」

 

「……ショー様、あまり羽目を外し過ぎないで下さいね」

 

 スティラが釘を刺してくる。俺は苦笑交じりに答える。

 

「分かっています。ただ、気になることがありますので……」

 

「気になること?」

 

「それは店で話します」

 

 俺たちは店に入り、席について食事と酒を注文する。まずは酒で乾杯。アパネとルドンナが料理に舌鼓を打ちながら早くも盛り上がっているのを余所にスティラが尋ねてくる。

 

「それでショー様、気になることというのは?」

 

「……まず話の前提として、ただ美味しいお酒と料理を堪能したいだけでこの酒場に入ったというわけではありません」

 

「ほう……?」

 

「酒場というのは情報を集めるのに適した場所なのです。お酒が入れば、どんな種族でも胸襟を開きやすくなります。これはどんな世界でもほとんど共通している事象です」

 

「成程……情報を集める必要性というのが気になることに繋がるのですね?」

 

「そういうことです」

 

 俺はスティラの言葉に頷く。そしてしばらく他の客の話に耳を傾けてみる。聞こえてくるのはやれ北西の国ではコロシアムで大々的な武道大会が開催されているだとか、やれ北北東の大陸では吟遊詩人のグループが人気だとか、そういった他の地方の噂話ばかりで、俺が知りたい情報ではなかった。スティラが改めて口を開く。

 

「お望みの情報では無さそうですね……」

 

「ええ……もう少し時間が経ったら、常連客に一杯奢りがてら、話を聞いてみますか」

 

「それで何が気になったのですか?」

 

「気のせいと言われればそれまでですが……里全体に活気がないように感じられました」

 

「活気ですか……」

 

「やる気とも言いますかね。まあ、僅かな時間しか出歩いてはおりませんが」

 

「それはボクも同感~」

 

「……いまひとつバイタリティに欠ける気がするわよね」

 

 いつの間にか、アパネとルドンナも会話に加わってきた。既に二人とも酒臭い。スティラは構わずに話を続ける。

 

「店に並ぶ剣がショー様の琴線に触れなかったのもそれが関係しているのでしょうか?」

 

 俺はスティラの指摘に目を丸くする。成程、そういうこともあるのかもしれない。俺は酒を一口飲んで、頷きながら答える。

 

「ふむ……それはそうかもしれませんね。あまり大きな声では言えませんが、この地方有数の腕利きの鍛冶屋たちが作ったという割には、若干の物足りなさを感じました。こんなものではないはずでは……とね」

 

「お、言うね~ショー!」

 

「まるで歴戦の勇者様みたいね」

 

 アパネとルドンナが笑いながらからかってくる。二人とももう顔が真っ赤だ。こういう真面目な話をしている時に酔っ払いの相手をする必要は無い。無視するに限る。

 

「では、この里では剣の購入は見送りますか?」

 

「明日残りの店をまわってみてからですが、そういう選択肢もありでしょうね……」

 

「黙って聞いておれば随分と上からものを言ってくれるでござるな……」

 

「⁉」

 

 俺の真後ろの人物が立ち上がり、俺たちに振り返る。長身でスタイルが良く、その豊かな胸の膨らみに目を奪われる。なにやら不思議な衣服に身を包んでいる。他の世界で見た『キモノ』の派生のような服装である。この世界にもそれがあるのかどうかは分からないが。栗毛のポニーテールの髪型に整った美しい顔立ちをしている。ただ人間ではなくドワーフの女性のようだ。なぜそう思ったのかというと長い顎鬚が生えていたからである。ただし、オシャレに編み込んでいる。

 

「ド、ドワーフなのにデカい……」

 

「し、しかも女なのに……」

 

「アパネ! ルドンナさん!」

 

 スティラが慌てて二人を嗜める。俺は咄嗟に謝る。

 

「酔っ払いが失礼なことを……」

 

 ドワーフの女性は静かに首を振る。

 

「別にそれはいい、慣れている……ただ聞き捨てならぬのはそなたの物言いでござる」

 

「私ですか? ……生意気なことを申しました。お気に触ったのならすみません」

 

「いや、ある意味では鋭い見立てではあるのでござるが……」

 

「はあ……?」

 

 俺は首を傾げる。ドワーフの女性は顎鬚をさすりながら言う。

 

「腕の良い鍛冶屋ならば知っているでござるよ」

 

「そ、そうなのでござるか⁉」

 

「ショー、口調が移っちゃっているよ」

 

「紹介してやっても良いでござる」

 

「ほ、本当ですか⁉」

 

「まあ、条件次第でござるが……」

 

「条件?」

 

「明朝、川に掛かる一番大きな橋の上で待っているでござる」

 

 そう言って、ドワーフの女性は店を出ていった。俺たちは唖然とする。

 

「な、何だったんだ……?」

 

 気が付くと、店中の注目が集まっている。目立ちたくは無い。俺とスティラはゴネるアパネとルドンナを連れて会計を済ませようとする。店主がやや申し訳なさそうに言う。

 

「えっと、先程の者が隣のテーブルにツケといてとのことだったので……」

 

「んな⁉」

 

 俺たちは再び唖然とする。



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第4話(3)橋上の闘い

「来たようでござるな……」

 

 明朝、大橋の上でドワーフの女性が仁王立ちして、俺たちの到着を待っていた。彼女の狙いが不明瞭だ。分からない、というか、怖い。とにかく今俺たちに出来ることは昨夜(強引に)立て替えさせられた飲食代の返還を求めることだ。

 

「あの……」

 

「昨夜はゴチになりましたでござる」

 

「ああ、いえ……!」

 

 やられた。今のやりとりで奢りが成立してしまった。まんまと先手を打たれた形だ。しかし、もうそれはしょうがない。頭を切り替えよう。

 

「腕の良い鍛冶屋さんを紹介してくれるということなのですが……」

 

「左様、但し昨夜も申した通り、それには条件があるでござる」

 

「その条件とは?」

 

「そなたらは勇者の一行なのでござろう?」

 

「ええ、一応そうですが……」

 

「ならば腕に覚えがあるということ!」

 

「んん?」

 

「それがしは武芸の研鑚を積み重ねているでござる! それがしと戦って、それがしに傷を付けることが出来たら、鍛冶屋を紹介して進ぜよう!」

 

「⁉」

 

 そう言って、ドワーフの女性は構えを取る。よくよく見てみると、背中や腰に多数の武器を携えている。しかし、妙な展開になったな。そんなことを呑気に考えていたら、アパネが勢いよく飛び掛かる。

 

「売られた喧嘩は買う主義だよ!」

 

「アパネ!」

 

「ふん!」

 

「! ぐはっ……」

 

 アパネが崩れ落ちる。ドワーフの女性の手には斧が握られている。もっとも、刃ではなく、柄の部分で殴ったようである。女性は声高らかに叫ぶ。

 

「速さは流石! しかし、それも力でもってねじ伏せるのみ!」

 

「アパネのアホ! 武器持ちに近距離戦を挑んでもしょうがないでしょ!」

 

 ルドンナが叫び、何かを召喚しようとする。俺は慌てる。

 

「ルドンナ! あまり強力過ぎるのは周囲に危険が……!」

 

「分かっている! おいで、シューターフェアリーちゃんたち!」

 

 ルドンナが僅かな時間で召喚したのは四体のフェアリーである。先日見たフェアリーよりはやや大柄で、それぞれ弓矢を構えている。

 

「遠距離から攻撃すればそれで済む話でしょ!」

 

「むん!」

 

「なっ⁉」

 

 ルドンナが唖然とする。女性が素早く弓矢を放ち、瞬く間に四体のフェアリーを消滅させてしまったのである。

 

「遠距離にも問題なく対応できるでござる!」

 

「そんな……ぐっ!」

 

 ルドンナがうずくまる。女性の放った二本の矢がルドンナの両肩に当たったのだ。

 

「ルドンナ!」

 

「鏃の部分は丸めてあるでござる! 命までの心配はござらん!」

 

「スティラ! まずアパネを!」

 

「分かりました!」

 

 俺はスティラにアパネを回復させるように指示する。ルドンナを回復しても、召喚には多少の時間がかかる。この相手にその時間を与えてしまってはかえってこちらが不利になるであろうという判断からだ。

 

「そうはさせん!」

 

「! うっ……」

 

 アパネに近づこうと動き出したスティラの腹部に、女性が槍を突き立てる。槍の先は保護してあるが、痛烈な突きであることには変わりない。スティラはその場に膝を突く。

 

「スティラ!」

 

「非戦闘員には少し手荒でござったか……? 許されよ!」

 

 女性は槍を背中に納める。4対1という数的有利はあっという間に失われた。しかし、斧、弓矢、槍を使いこなすとは……この女性、本当にドワーフなのか? 確かにドワーフはどこの世界においても、比較的好戦的な性格のものが多かった記憶があるが……俺はアヤコとの会話を思い出していた。

 

 

 

「どこの世界にもそれぞれ似た種族は存在しますが、その性格や志向が全く同じものだとは考えない方が良いですね」

 

「ふむ……だが、大抵どこの世界でもエルフは美形で、ドワーフは小柄だ」

 

「イレギュラーな存在というのはどこにもいます」

 

「イレギュラーね……」

 

「見方を変えれば、馬鹿正直に型にはまる必要性はないということです」

 

「転生者としての心構えか?」

 

「あくまで私の考えです」

 

 

 

 俺は女性との距離を詰める。思ったよりも容易に懐に入ることが出来た。剣を抜く構えを見せる俺に対し、女性も腰の剣を素早く鞘から抜く。少し反りの入った変わった剣だ。恐らくだが、『カタナ』というやつであろう。そんなことが頭をよぎりながら、俺は折れた剣の柄の部分を使って、なんとかその攻撃を受け止める。女性が驚く。

 

「折れた剣⁉ どおりで殺気が感じられないと……」

 

「『木剣』!」

 

「⁉」

 

 俺は空いた左手から木を剣の形に生えさせて、女性の顔を狙った。勿論、寸止めするつもりであったが、まだ上手く魔法の制御が効かなかった為、伸びた先端が、女性の顔をわずかに掠めてしまう。それとほぼ同時に繰り出した女性の剣が俺の腹部を襲い、俺は崩れ落ちる。ただ、剣の刃先ではなく、逆さまにしてあった為、斬られたわけではなかった。

 

「ぐう……」

 

「その様な魔法を使うとは……全く虚を突かれたでござる」

 

「スティラ、自分が済んだらこちらの方の回復を先にお願いします。女性の顔に傷をつけてしまいました……」

 

「!」

 

 俺は意識を失う。やや間があって、目を覚ますと女性が立っていた。

 

「い、いや、また、随分とお強いですね……」

 

「……それがし、自分で言うのもなんだが、変わり者でござる……」

 

 それは言われなくても分かりますと言うのを俺はグッとこらえる。女性は続ける。

 

「この図体でござる……手先もドワーフにしては不器用な方……それ故かは分からぬが、幼き頃より『武器を造る』よりも『武器を扱う』ことに興味がござってな……」

 

「はあ……」

 

「それでこうして、腕の立ちそうな旅の方に勝負を挑んでいるのでござる」

 

「そうですか……お眼鏡には叶いましたか?」

 

「正直な話、腕の方は若干期待外れでござった……ただ、そなたの持つ武士道精神には大変、感銘を受けたでござる」

 

「ブ、ブシドー?」

 

 なんかよく分からないことを言い出したぞ。精神的なことか? 全く無自覚なのだが。

 

「それがしに傷を付けたのは事実……鍛冶屋を紹介して進ぜよう」

 

「あ、ありがとうございます! えっと……」

 

「それがし、モンドと申す」

 

「あ、はい、私はショー=ロークです」

 

 モンドと名乗った女性が恭しく頭を下げてきたので、俺もたどたどしく返礼する。その後、スティラがアパネたちを回復した。しかし、モンドの攻撃は強烈であった為か、まだダメージが残っているようだった。モンドは俺たちをある建物の前に連れてくる。

 

「ここが、この里一番の鍛冶屋でござる。但し、休業中でござる」

 

「ええっ⁉」



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第4話(4)山頂での討伐

「どういうことなのです!」

 

 詰め寄る俺たちを制しながら、モンドは閉じられた建物の壁の脇に空いた穴から建物の中に入る。俺たちも戸惑いつつ、その後に続く。中を見ると俺たちは驚く。

 

「これは……?」

 

「鍛冶仕事場でござる。立派でござろう。休業中も掃除だけは一日も欠かしてはいない」

 

「知ったような口ぶりね」

 

 ルドンナの言葉にモンドはフッと笑う。

 

「……なんだ、お前ら、どこから入った?」

 

 俺たちが視線をやると、ドワーフの男性が隣室から覗いている。モンドが説明する。

 

「こちら、勇者様ご一行でござる。この里一番の剣をお求めにいらっしゃいました」

 

「はん! 剣造りなんざ、もうとっくに辞めた! 他を当たってくんな!」

 

 そう言ってドワーフは仕事場に背を向けて、隣室へ戻る。モンドはため息を突く。

 

「ねえ、腕利きの鍛冶屋を紹介してくれるって言う話だったと思うけど?」

 

「ああ、そう言ったでござるな」

 

「絶賛休業中じゃん!」

 

「昨夜の酒場での話を覚えているでござるか?」

 

 モンドが俺に問い掛けて来た。昨夜……? はっきりと覚えているのはモンドの分まで立て替えさせられたことなのだが……場の空気的にそうではないのであろう。俺は記憶をフル回転させて、一つの答えに行き着いた。

 

「『この里には活気が感じられない』……そんな話をしていましたね?」

 

「そう、それでござる!」

 

 モンドが力強く俺を指差し、話し始める。

 

「里以外の者、取引業者や旅人の方々、皆、それぞれ多少の違和感は覚えつつも、勇者殿たちのようにはっきりと断言することは出来なかったでござる……」

 

「では、ショー様の見解は間違いではないと?」

 

 スティラの問いにモンドが頷き、俺たち四人の前で跪く。いや、それだけでなく、両手を床に突いて、深々と頭を下げながら言う。

 

「この里がこのような事態に陥ったのはタチの悪いモンスターの仕業なのでござる! 各々方、どうぞそのモンスター討伐に力を貸してはくれまいか!」

 

 四人の視線が一斉に俺に向く。俺の答えはシンプルそのものだ。

 

「……分かりました、モンドさん、貴女に協力しましょう!」

 

 俺たちはモンドの先導で谷のすぐ近くにある山へと向かう。木々や草花もほとんど生えていない禿山である。スティラが首を傾げる。

 

「モンスターがいるようには思えませんが……」

 

「奴は山頂にいるでござる……」

 

「山頂に……ん?」

 

 俺は道の脇にしゃがみ込む。アパネが尋ねてくる。

 

「どうしたの、ショー?」

 

「いや、水が湧いているなと……」

 

「それは允水(いんすい)でござる。この地域近辺でしか湧かない特殊な水で普通に生活用水としても使用出来るでござるが、飲むと不思議な力が湧く効果があるとも言われているでござる」

 

「不思議な力……ですか?」

 

「まあ、多少でござるがな……」

 

「珍しい水ですね、汲んでいきましょう」

 

 俺は手持ちの水筒一杯に允水を汲む。そして、皆に頭を下げ、登山を再開する。

 

「勇者様は好奇心が旺盛なことで……」

 

「長く勇者をやっていると、どうしてもそういう性分になるのですよ」

 

 ルドンナのからかいの言葉に俺は少々ムキになって反論する。道端に生えている単なる雑草だと思っても、それが意外な効果をもたらす薬草だったという経験もある。『勇者と主婦は特殊、特別、特有、限定、といった類の言葉に弱い』、俺の持論だ。どうでもいいが。そんなことを考えている内に山頂付近に着いた。山頂自体が大きく窪んでいる。

 

「これは……火口?」

 

「以前はそうだったようでござるが、もう数十年も前に火山としての活動は停止したと聞いております。代わりに数年前からこいつが居付いているのでござるが……」

 

「こいつって……ええっ⁉」

 

 火口を覗き込んだアパネが驚く。そう、火口一杯に真っ赤な液体状のスライムが溜まっていたのである。スティラが冷静に呟く。

 

「マグマのわりには、熱さなどは感じないと思いましたが……」

 

「ねえ、モンスター博士のルドンナ、こいつはなんて種族なの?」

 

「誰がモンスター博士よ、ちょっと馬鹿にしているでしょ……この大きさはメガ、いやギガスライム? 色合いから判断するにファイア系かしら? でも、大きさはともかくとして、スライムは基本、害のないモンスターのはずよ」

 

「左様。それ故、放っておいたのでござるが、少し前から困った行動を取るように……」

 

「困った行動?」

 

「ある程度溜まってくると分裂して飛び散り、火山灰のように里に降り注ぐのでござる。そして悪影響が……」

 

「悪影響?」

 

「モンスター博士殿がおっしゃったように、体に直接的な害は無いでござる。しかし、このスライムが体に付着すると、どうも活力を奪われてしまうようでござる……」

 

「なんとまた……」

 

「だから、このスライムを一刻も早くなんとかする必要があるのでござる!」

 

「よし来た! ちゃっちゃっと片付けちゃうよ~!」

 

 アパネが勢い良く飛んでスライムに殴りかかるが、スライムはその攻撃を跳ね返す。

 

「あ~れ~⁉」

 

 アパネは成す術なく空中を回転しながら舞う。ルドンナが呆れたように叫ぶ。

 

「何を遊んでんのよ、アパネ!」

 

「……ご覧の通り、打撃は無効でござる。但し……」

 

 モンドが火口に近づき、剣を振るうと、スライムが一部切り裂かれる。俺は驚く。

 

「おおっ! 凄い!」

 

「尊敬する武人から譲り受けたこの名刀光宗(みつむね)と、長年磨き上げたそれがしの剣技があれば、跳ね返されることなく攻撃を加えることは可能! しかし……」

 

 飛び散るスライムを躱しながらモンドは悔しそうに呟く。

 

「これでは根本的な解決にはならないのでござる……」

 

「ふむ……スティラ、ルドンナ……」

 

 俺は二人に耳打ちした後、モンドに声を掛ける。

 

「モンドさん、もっと思いっ切り、切り刻んじゃって下さい!」

 

「ええっ⁉」

 

「我々を信じて!」

 

「……分かり申した!」

 

 俺の真剣な目を見たモンドは一旦剣を鞘に納めて、構えを取る。

 

「奥義『無限乱舞』‼」

 

 モンドは高らかに叫び、剣を抜き放つ。彼女の剣の振りは素早く、瞬く間に巨大なスライムを細切れ状態にしてしまう。

 

「流石です!」

 

「し、しかし、飛び散ったスライムが……!」

 

「スティラ!」

 

「はい! 『バリアー』!」

 

 スティラが両手をかざして魔法を唱える。結界魔法だ。火口周辺に展開した結界が、スライムが四方八方に飛び散るのを防ぐ。次いで俺が叫ぶ。

 

「『允水多生(いんすたば)え!』」

 

 不思議な功能を持つという允水を多分に染み渡らせた木を飛び散るスライム全てに生えさせる。俺はルドンナに目配せする。ルドンナは手をかざす。

 

「来なさい、ジャックフロストちゃん!」

 

 ルドンナが少し大きめの雪だるまのような姿の妖精を召喚する。召喚された妖精は口から氷の息吹を辺り一面に吹きかける。その息吹を受けたスライムたちは俺が生やした木もろとも地面に凍り付く。火口の周りを氷の木々が囲うような恰好になった。

 

「この氷、後数十年は溶けないわ。その頃にはこのスライムも完全に滅しているでしょ」

 

「おおっ……ありがとうございますでござる! これで里が救われます!」

 

 モンドは珍しい光景にしばし目を丸くした後、俺たちに向かって礼を言う。

 

「いや、そんな……大したことはしてないよ」

 

「アンタはホントに何もしてないでしょ……」

 

 照れた様子を見せるアパネにルドンナが突っ込みを入れる。山を下りると、里が目に見えて活気を取り戻したようであった。スティラがルドンナに問う。

 

「ルドンナさん、これは……?」

 

「……親玉が機能不全に陥ったことで分裂した奴らも力を失ったんでしょ。推測だけど」

 

「! 父上~!」

 

 モンドが先程訪れた建物に走り寄る。ドワーフがモンドに声を掛ける。

 

「お、モンド! お前、どこで油売っていやがった! さっさと店を開けるぞ!」

 

「……はい!」

 

 里一番の鍛冶屋は彼女の実家だった。しばらくして、モンドが戻ってくる。

 

「勇者殿! 父が一日あれば最高の剣を造ってみせると言っておりますでござる!」

 

「い、一日で⁉ 本当ですか⁉ 是非お願いします!」

 

「併せて、里を救って下さった皆様を感謝の宴にご招待致しますでござる!」

 

 俺たちは里で一番大きい建物に連れられていき、宴に参加することになった。俺はドワーフの里ならではの料理を堪能しつつ、周りに薦められるまま酒をしこたま飲んだ。

 

「ショー様、わたくしたちは流石に疲れましたので、お先に失礼します」

 

「あ、そうでひゅか、おやしゅみなひゃいでごひゃる!」

 

 スティラたちが声を掛けてきた頃には俺はまたまたべろんべろんだった。翌日……

 

「それじゃあ勇者様と皆様、お気を付けて!」

 

 里の人たちに盛大に見送られて、俺たちは馬車を出発させる。

 

「各々方! モンドは更に大きくなって戻ってくるでござる!」

 

 モンドが荷台から手を振る。ルドンナが怪訝な顔で問う。

 

「ねえ、なんでアンタまで乗っているの……?」

 

「モンドで良いでござる、それがしも同行させてもらうことになったでござる」

 

「「「ええっ!」」」

 

 スティラたちが驚く。どういうわけか、モンドもパーティーに加入することになったらしい。あの巧みな武芸を見れば頼もしくはあるのだが。

 

「……それにしても勇者殿とは良い勝負だったでござるからな! はっはっはっ!」

 

 モンドは何か含みのある事を言って豪快に笑う。ひょっとしてまたまたまたなんかあったパターンか、全然記憶に無い。俺はスティラたちの冷ややかな視線に気付かない振りをして、馬を進ませる。



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第5話(1)ごく普通?

                  5

 

「ん……」

 

 俺はズキズキと痛む頭を抑えながら体をベッドから起き上がらせる。ん? ベッド? 

 

「お目覚めのようね」

 

 声のした方に目を向けると、肩にかかるほどの艶のある綺麗な黒髪をなびかせた美人がソファーへ優雅に腰掛けていた。黒のワンピースドレスを着ている。座っていても分かるスタイルの良さと、大胆に開けた胸元から見える形の良いバストとこれまた大胆に切れ目の入ったスカートのスリットからのぞく豊かな太ももに視線ごと吸い込まれそうになるが、俺は慌てて目を逸らしながら尋ねる。

 

「あ、貴女は……?」

 

「フフッ、目が覚めたら急にうぶなボーヤみたいになるのね、昨夜とは大違い……」

 

 ゆ、昨夜? ひょっとしてまたまたまたまたなんかあったパターンか、全然記憶に無い……と言っている場合じゃない。スティラたちがいない。大体ここはどこだ? 俺は記憶を呼び起こそうとする。頭が痛む。酒を馬鹿みたいに飲んでしまったのは分かった。

 

「色々な顔を持つ男……嫌いじゃないわ」

 

 女は爪の手入れを終えると、ソファーからゆっくりと立ち上がり、椅子に座って鏡を見ながら鼻唄まじりに口紅を塗る。少なくとも今の時点ではこの女から俺に対する敵意は感じない。少々落ち着いてきた俺は再び記憶を整理する。

 

「えっと……」

 

 武芸百般に通じた異色の女ドワーフ、モンドを仲間にした俺たちは当初の目的通り、このメニークランズ地方有数の町へと向かった。数日掛けて到着したこの町の規模はスティラたちから聞いていた話よりもよっぽど大きいもので、町の周囲は厚い壁で覆われており、入口には複数人の門番が厳しく出入りをチェックしていた。俺はもはや都市と言っても差支えないレベルだなという印象を抱いた。一方ルドンナ以外の自分が生まれ育った場所以外についてあまり知らない三人はやや圧倒されたようだった。旅慣れているルドンナに手続きを任せると、順番待ちの為に多少の時間はかかったが、特に問題なく都市に入ることが出来た。既に夕暮れ時であったので、俺たちは最初に目についた宿に宿泊することにして、荷物を置き、腹ごしらえの為、近くの夜の街へ繰り出した。そしてそれなりに繁盛している店に入った。ご飯を食べ、お酒を飲んだ。うん、そこまでは思い出した。

 

「問題は……」

 

 何故こんな所で寝ているのか、ということだ。俺たちが宿泊の手続きをしたのは二階建てのごく普通の宿屋だ。一方、ここは……ホテルだろうか? 今、自分がいる階数はすぐには把握出来ないが、少なくとも二階建ての建物ではない。窓の外に目をやると、夜と朝の違いはあるとはいえ、昨日見た覚えの無い、見知らぬ風景だ。俺は首を傾げる。

 

「事情を説明して欲しい?」

 

 女が鏡越しに尋ねてくる。俺は戸惑いながら頷く。

 

「そ、それは勿論……」

 

「まず服を着たらどうかしら?」

 

 俺は今更自分の姿を確認する。一糸まとわぬ生まれたままの姿だ。

 

「どわっ⁉」

 

 俺はシーツで体を隠しながら、ベッドの周りに雑に脱ぎ捨てられていた自分の下着や服を慌てて拾い集め、順番に着ていく。女はそんな俺の滑稽な様子を鏡越しにしばらく眺めた後、笑いながら立ち上がる。

 

「ほら、勇者さん、剣や盾を忘れちゃ駄目よ?」

 

 女は壁に立て掛けてあった俺の剣と盾を指し示す。

 

「あ、ああ……すみません」

 

 服や鎧を身に付けた俺は剣と盾を手に取る。それを女は壁にもたれかかりながら、ジッと見つめる。そして、子供に言い聞かせるような口調で話す。

 

「後は忘れ物はないかしら?」

 

「え、ええ……それで私は何故こんな所に……?」

 

「う~ん……()()話すわ」

 

「はっ?」

 

「伏せて!」

 

「え⁉」

 

 俺がきょとんとした瞬間、部屋の扉と廊下側の壁が派手な爆発音とともに吹っ飛ぶ。女が俺を強引に押し倒した為、飛び散った壁の破片などはまともに当たらずに済んだ。そのように冷静に事態を分析しながらも俺の頭はかなり混乱していた。女が叫ぶ。

 

「立てる⁉ 取りあえず逃げるわよ!」

 

 女は立ち上がり、俺を引き起こす。俺は混乱しつつ部屋の状態を確認して女に問う。

 

「に、逃げるってどこへ⁉」

 

 爆発による煙がひどく、その姿はまだ見えないが、何者かが俺たちを攻撃してきているということは流石に分かった。その誰かは当然、廊下側から攻撃してきたのであろう。このまま部屋の外に出ても、狙われるだけだ。女は俺の手を引っ張りながら叫ぶ。

 

「外に決まっているでしょ!」

 

「ええっ⁉」

 

 女は床に転がっていた何かを右手で拾い、左手で俺の手を引っ張りながら、窓を開け、柵に足を掛けて、躊躇なく飛ぶ。彼女は細腕のわりにはかなり力強く、俺は引っ張られるままに、体を空中に投げだす恰好になる。

 

「うわあああっ⁉ ……ん?」

 

 一瞬の間が空いて、俺は自分の置かれた状況を確認し、驚愕する。

 

「と、飛んでいる⁉」

 

 そう、俺は女の後ろで細い箒に跨って、空を飛んでいるのだ。

 

「あら、飛ぶのは初めて?」

 

 俺の前で両足を揃えた横乗りの姿勢で箒に乗っている女が不思議そうに尋ねてくる。

 

「初めてではないですが……流石に箒というのは……」

 

「転生者さんでも珍しいのね、オーソドックスな飛行道具だと思っていたのだけど」

 

 女は微笑を浮かべる。俺は問う。

 

「勇者とか、転生者とか……私のことをご存知なのですか?」

 

「そりゃあ勿論ご存知よ、貴方、狙われているもの」

 

「え、誰に? うおっ⁉」

 

 俺たちの周りで再び爆発が起こる。後ろを振り返ってみると、黒いローブを身に纏い、フードで顔を隠した者が四人、これまた箒に跨って追いかけてくる。

 

「……あの物騒な連中に」

 

「な、何者なんですか、奴らは⁉」

 

「知りたい?」

 

「し、知りたいに決まっているでしょう!」

 

「……悪い奴らよ」

 

「も、もうちょっと具体的に!」

 

「悪い魔法使い……魔族に与する連中ね」

 

「魔族に与する⁉ ぬわっ⁉」

 

 俺たちの近くで三度爆発が起こる。女は冷静に話を続ける。

 

「魔王ザシンに復活して欲しいのは、魔族だけじゃないってことよ」

 

 その時、四度目の爆発が起きる。爆風で箒が揺れる。

 

「うおっ⁉」

 

「爆発魔法……威力ばかりで精度が悪いわね、これだから……」

 

 女はスリットの隙間からスカートの中におもむろに手を突っ込む。俺は見てはいけないと思い、顔を逸らす。なにをするつもりだろう、きっと杖かタクトの様なもので反撃の魔法を繰り出してくれるのだろう。そんな俺の予想はあっさりと裏切られた。

 

「⁉」

 

 女が取り出したのは、杖でもタクトでも無かった。他の世界で何度か見たことがある。拳銃というやつだ。この世界にもあったのか。

 

「両耳を塞いで!」

 

 女は両手に拳銃を構え、両耳を塞いだ俺の肩越しに二発ずつ発射する。撃ち抜かれた悪い魔法使いたちはあえなく落下していく。

 

「……やっぱりこっちの方が確実ね」

 

「あ、貴女は……?」

 

「私はメラヌ。ごく普通の魔女よ」

 

 メラヌと名乗った女性はそう言って銃口の煙を吹き消し、ウィンクした。



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第5話(2)『膂力』と『応用力』

「ごく普通かどうかは置いておいて……」

 

「あら? そこに引っかかる?」

 

「他の皆はどうしたのですか?」

 

 箒で宙を舞い続けながら、俺はメラヌに尋ねる。メラヌは北方を指差す。

 

「貴方たちはあの北の出入り口からこの都市に入ってきた……」

 

「え、ええ……」

 

「そして、出入り口近くの宿屋に泊まろうとした……」

 

「! 煙が!」

 

 俺は自分たちが宿泊しようとした宿屋の辺りから煙が上がっていることを見つける。

 

「今頃火事に巻き込まれていたかもね……」

 

「そ、そんな……」

 

「私たちが泊まっていたのはこの都市の南方に位置するホテル。残りの四人は二人ずつ分かれて、それぞれ西と東の宿泊施設で体を休めてもらったわ」

 

「なんの為に……?」

 

「刺客をかく乱する為よ。と言っても、一晩くらいしか誤魔化せなかったけどね」

 

「皆は無事なのですか⁉」

 

 俺はメラヌの肩をガシッと掴む。

 

「落ち着いて……なにか異常があったらこの子たちがすぐに知らせてくれるから」

 

 メラヌの周りに小さなコウモリが何匹か飛んでいる。

 

「こ、これは……?」

 

「私の使い魔のようなもの。情報収集等で役立ってくれるわ」

 

「今のところは大丈夫ということですか……」

 

「そういうこと、見るからに強そうな娘と魔法使い系の娘でペアを組んでもらったから、あまり心配は要らないと思うけど」

 

「……エルフの娘は誰と組ませました?」

 

「やたら武器を持ったノッポの娘と」

 

「ええっ⁉ エルフとドワーフを組ませたのですか⁉」

 

「えっ、あの娘ドワーフだったの? 見かけによらないわね……」

 

 俺は頭を抱える。これまでのいくつかの異世界を渡り歩いてきた経験的に、エルフとドワーフというのは仲が悪い、あるいは反りが合わないということが多かったからだ。そこまで真剣に考えてみたわけではないが、俺なりに導き出した見解としては、エルフは基本的に「森の民」であることに対してドワーフは「山の民」。つまり育ってきた環境が真逆ともいう程違う種族なのだ。現にこの数日、スティラとモンドが一対一で話している場面をまだ見ていない。大丈夫なのであろうか……。

 

                  ♢

 

 都市の東部に位置する広場の辺りで、スティラとモンドは箒で空を飛ぶ魔法使いの集団に包囲されていた。モンドは顎鬚をさすりながら呟く。

 

「ふむ……あの胡散臭い魔女殿のおっしゃっていることは真でござったか」

 

「貴方たちは何者ですか?」

 

「……それを教える必要は無い。転生者の仲間の貴様らには死んでもらう、それだけだ」

 

 魔法使いのリーダー格らしき一人が答える。モンドが苦笑する。

 

「穏やかな話ではござらんな」

 

「『フレイムボム』で始末しろ!」

 

 リーダーが号令をかける。二人の魔法使いが爆炎魔法を放つ。

 

「ふん!」

 

「何⁉」

 

 モンドの放った矢が爆炎を掻き消して二人の魔法使いを射抜く。リーダーは慌てる。

 

「なんという強弓……! 矢の届かないほどの高度を取れ! ……なっ⁉」

 

 指示通りに魔法使いたちが急上昇しようとしたが、壁のようなものに阻まれる。

 

「こ、これは……⁉」

 

「周辺一帯に結界魔法を張らせてもらいました。逃がしません」

 

 スティラが静かに呟く。リーダーは驚愕する。

 

「ば、馬鹿な……この広さを結界で覆っただと⁉ くっ、あのエルフが厄介だ、奴から先に始末しろ! 魔獣エビルベアよ! 餌の時間だ!」

 

「!」

 

 魔法の檻から解き放たれた熊のような姿をした魔獣が、一直線にスティラに襲い掛かる。巨体に似合わないその速さにスティラは少し面食らうが、すぐに杖をかざす。

 

「くっ、『キューブ……!」

 

 魔獣の周囲を取り囲むように無数の箱状のものが発生する。進路を阻まれた形となった魔獣は思わず立ち止まる。スティラは杖を横に振るう。

 

「⁉」

 

 無数の箱が魔獣を覆い隠すかのように、その体に纏わりつく。戸惑う魔獣にリーダーが苛立ちながら指示する。

 

「ふん、簡易版の結界か? ただのおもちゃだ! そんなもの振り払ってしまえ!」

 

 リーダーの言葉を受け、魔獣が腕を振りかざす。その鋭い爪が箱に接触する。その瞬間、スティラがニヤリと笑って呟く。

 

「……フレイムボム』‼」

 

「グオオオッ⁉」

 

 箱が連鎖的に大爆発を起こして、魔獣の巨体が一気に炎に包まれる。リーダーが驚く。

 

「な、なんだと……⁉ 報告では回復魔法主体の奴だったはずだ」

 

「ほう……魔法ならば一度目にしたら、自らもすぐ使えるのでござるか……俗に言う『天才』というやつでござるな」

 

「⁉ き、貴様、建物三階分の高さだぞ⁉ どうやって……」

 

 リーダーが驚く。いつの間にか、モンドが自分と同じくらいの目線にいたからである。

 

「長物は沢山持ち歩いているでござるから……」

 

「な、何⁉」

 

 よく見てみると、長い槍や弓などの柄が長い武器を、器用に縦に積み重ね、その上に立つという驚異のバランス感覚を見せていたのである。モンドは感慨深げに鼻の頭を擦る。

 

「こんなこともあろうかと修練を重ねていた甲斐があったでござる……」

 

「ど、どんなことだ―――⁉」

 

 リーダーを初め、残りの魔法使いたちは尽くモンドが振るった刀刃の餌食となった。流石に長物による即席タワーが崩れ、モンドは地上に落下する。

 

「おっと……奥義『爆風乱舞』!」

 

 モンドは地面に向かって刀を振り回す。そして発生した逆風によって、落下速度を緩和させ、地面に緩やかに降り立ち、落ちてきた長物も手際よく回収する。

 

(なんて、デタラメな戦い方……それを可能にしているのは、常識外れた『膂力』……わたくしもこれほどではなくとも、もう少し力を付ける必要がありますね。本格的に攻撃魔法を使ってみて、身体的な負担を多少感じましたから……)

 

 スティラがモンドを眺めて自らを省みる。モンドもスティラを横目で見て、感心する。

 

(魔法の才に溺れることのない謙虚な性格もさることながら、何よりも見事なのはその『応用力』! それがしの追及する武芸にも大変参考になる振る舞いでござる……)

 

 モンドは武器を回収し終えると、両手をポンポンと払い、スティラに声を掛ける。

 

「これで片付いたでござるな」

 

「朝方でもあり、通行する方も少ないので、周辺に被害が及ばなかったのは幸いでした」

 

「……教養あるエルフならではの流石の気配りでござるな。見習いたいものでござる」

 

 モンドは軽く頭を下げる。スティラは微笑む。

 

「貴女のドワーフらしく何事も貪欲に学ぼうとする姿勢はわたくしも感銘を受けます」

 

 二人は目を合わせ、笑みを浮かべる。

 

「さあ! 胡散臭い魔女殿が言っていた合流地点に急ぎましょう、スティラ殿!」

 

「ええ、モンドさん!」

 

 二人は広場から走り出す。

 

                  ♢

 

「そう、ドワーフちゃんとエルフちゃんは相手をやっつけたのね……連中の死骸は速やかに回収させて。え? 私のことを胡散臭いって? そういうことは報告しなくていいの」

 

 余計な報告する使い魔を軽く叩き、メラヌは俺の方に振り向く。

 

「心配は無用だったみたいよ、勇者さん?」

 

「も、勿論、信じていましたよ」

 

 俺は必要以上に大袈裟に頷いてみせた。



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第5話(3)『知力』と『瞬発力』

「……ということはもう一組はアパネとルドンナか……」

 

 俺の呟きにメラヌが反応する。

 

「獣人族の娘と白髪の眼鏡っ娘よね? 獣人族とわざわざ揉め事を起こしたり、面倒な問題を抱えたりって種族はなかなか思い付かないけど……」

 

「いや、白髪の娘はサモナー……召喚士です」

 

「へえ、召喚士! その娘と獣人族ってのは結構面白い組み合わせね!」

 

「面白がっている場合じゃないですよ……」

 

 弾むような声色のメラヌに対し、俺は釘を刺す。メラヌは笑って答える。

 

「まあ、マジでヤバそうな報告が入ったら援軍に向かうわよ」

 

                  ♢

 

 都市の西部に位置する市場、普段は朝市などでごった返すはずだが、悪い魔法使いたちの突然の襲撃により、パニックに陥った市場は、店主や客たちが避難して、もぬけの殻になってしまった。そこに残るはアパネとルドンナであった。立ち尽くすアパネの握り拳は小刻みに震えていた。無辜の市民を危険に晒したことに対して怒っているのだろう。ルドンナはそう理解した。

 

「ちょっと、キミたち!」

 

 箒に乗って空を飛ぶ、魔法使いたちに対してアパネがビシっと指を差す。

 

「『チキンと豆のスープ』、ひっくり返っちゃったんだけど⁉ どうしてくれるの⁉」

 

 脇に立つルドンナは思わずずっこける。アパネが問い掛ける。

 

「ど、どうしたの、ルドンナ⁉」

 

「よ、予想外の台詞が飛び出たからよ……」

 

「予想外?」

 

「食べ物をひっくり返されたことより、大事なことがあるでしょ?」

 

「大事なこと……?」

 

「ええっ……首を傾げるところ? あのいかがわしい魔女も言っていたでしょ?」

 

「そんなことより食べ物の恨みだよ!」

 

 アパネのあまりにも真っ直ぐ過ぎる言葉にルドンナはこれ以上の問答は不毛だと思い、視線を魔法使いの集団に向けて語り掛ける。

 

「……今時、箒で飛ぶベタな魔法使いにお目に掛かれるなんて、博物館で古代生物の化石でも見たような気分よ」

 

「……そのような安っぽい挑発には乗らん」

 

 隊長格らしき魔法使いが口を開く。ルドンナはため息を挟んで話を続ける。

 

「オーケー、それじゃあ、素直に質問。貴方たちは何者?」

 

「……答える必要は無い。転生者に協力する貴様らはここで始末―――」

 

「要はケンカ売りに来たってことだね!」

 

 アパネが市場の建物を利用して連続でジャンプをして、あっという間に空を飛ぶ魔法使いたちとの距離を詰め、両手を思いっ切り振り下ろす。

 

「『狼爪斬(ろうそうざん)』‼」

 

「ぐはっ!」

 

 右手と左手でそれぞれ裂かれた二人の魔法使いは力なく市場のテントの上に落下する。

 

「! くっ、距離を取れ! ジャンプにも限界がある!」

 

 隊長の指示に従い、残った魔法使いたちはそれぞれ箒を上昇させる。アパネは舌打ちをしながら地面に着地する。

 

「ち、その高さは流石に届かないな……月夜だったらな~」

 

「上は任せなさい、アンタはあっち……」

 

「あっち? ……うわっ⁉」

 

 ルドンナの指差す方を見たアパネが驚く。獅子のような姿をした魔獣が舌なめずりをしてこちらを見据えていたからである。隊長が笑う。

 

「ふはははっ! いけ! 魔獣エビルライオン!」

 

「グオオオッ!」

 

 魔獣が雄叫びを上げて市場の建物を破壊しながら突進してくる。

 

「くっ!」

 

 アパネがなんとかその突進を飛んで躱す。壁にぶつかった魔獣はゆっくりと方向を転換する。アパネがルドンナに向かって叫ぶ。

 

「ちょっと、ルドンナ! あれはボク一人では手に余るって!」

 

「獣と獣人……お似合いでしょ?」

 

「一緒にしないでよ! ―――!」

 

 アパネがなにかに気が付いた表情を浮かべる。物陰に隠れたルドンナが笑う。

 

「そう、使えるものはなんでも使いなさい……ついでに時間も稼いでくれると尚助かる」

 

「随分と無理を言うね!」

 

 突っ込んでくる魔獣に対して、アパネが市場の野菜や果物を手に取って投げつける。だが、その程度では突進は止まらない。

 

「ああもう、仕方がないな!」

 

「⁉ ブオオッ!」

 

 アパネが市場にある屋台の大きな鍋を持ち上げて派手にぶっかける。熱湯が顔に思い切りかかった格好となった魔獣の足が止まる。

 

「獅子はウサギを狩るにも全力を出すって言うけど……少し力が入り過ぎだよ?」

 

「グウウウ……」

 

「『狼爪斬(ろうそうざん)四連(よんれん)』‼」

 

「グハッ!」

 

 アパネは両手両足の鋭い爪を使って魔獣を切り裂く。

 

「狩りをするならもっと頭を使わないとね」

 

 倒れ込む魔獣を見ながら、アパネが自分の頭を指でトントンと叩く。

 

「ぐっ⁉ まさか魔獣があっさりと……遠距離から魔法を仕掛けるぞ!」

 

「そうはさせない……来なさい、シルフィちゃん!」

 

 魔法使いたちの前に女性の姿をした大きな精霊が現れる。隊長が驚く。

 

「な、シルフィードか⁉」

 

「派手にやっちゃって!」

 

「⁉」

 

 シルフィードが激しい突風を巻き起こす。魔法使いたちは成す術なく吹き飛ばされ、建物の壁や地面に叩きつけられ、動かなくなる。アパネが目を丸くする。

 

「うわっ、情け容赦ないね~」

 

「やられる前にやる……何か問題でも?」

 

「いや、全面的に同意するよ」

 

 アパネが両手をポンポンと叩いてルドンナに賛意を示しながら考えを巡らす。

 

(ルドンナの助言が無ければ、ただただ策も無く逃げまわるだけだったかも……これからは単なる狩りや格下の相手だけじゃなく、格上の存在と戦う機会も増えるかもしれない……自分で言うのもなんだけど、『知力』をもっと付けないといけないかな……)

 

 ルドンナは片目を瞑って眼鏡を拭きながら、もう片方の目でアパネを見る。

 

(猪突猛進が過ぎるきらいがあるけど、あの『瞬発力』は見習うべきかもね……。アタシの召喚はやっぱり時間がかかり過ぎる。もう少し工夫が必要になってくるわね……)

 

 ルドンナが眼鏡を拭き終わったタイミングを見計らって、アパネが声を掛ける。

 

「じゃあ、合流地点に急ごうか!」

 

「あのいかがわしい魔女をどこまで信用して良いものか分からないけど……」

 

「でも、ショーが一緒にいるんでしょ?」

 

「実質、人質にとられているようなものね、世話の焼ける勇者様だわ……」

 

 アパネとルドンナは走り出す。

 

                  ♢

 

「はっくしょん!」

 

「ちょっと、せめて向こうをむいてやってよ……」

 

 いきなりくしゃみをする俺にメラヌは迷惑そうな目を向けてくる。

 

「す、すみません……それでアパネたちは?」

 

「見事に敵を撃退したって」

 

「それは良かった。後は合流するだけですね―――⁉」

 

「くっ、攻撃⁉」

 

 突然、何者かの攻撃を受けてメラヌの箒が折れる。俺たちは地上に落下する。



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第5話(4)魔族のプリンス

「うわあっ!」

 

 俺たちは真っ逆さまに落下したが、木々の枝に引っかかり、地面との直撃は回避した。やや落ち着きを取り戻し、冷静に周囲を見てみると、どうやらここは市民憩いの公園のようだ。俺たちはなんとか地面に降りると、木々を抜けて広いところに出る。

 

「ど、どうなっているんだ……?」

 

「魔法による攻撃を受けたのよ……」

 

 俺の疑問にメラヌが簡潔に答える。ただ、それは俺もなんとなくだが察しはついた。

 

「ど、どうやって……?」

 

「飛行中は()()()()()()()()()にしか感知出来ないようにしておいたんだけどね~」

 

 メラヌは無残に折れた箒を眺めながら悲しそうに呟く。

 

「ふっ、その魔力の相当強いものがこの場にいたのが、貴様らの運の尽きだ……」

 

「誰だ⁉」

 

 視線を向けた先には青い短髪の端正な顔立ちの青年が立っていた。細身の体を覆っている鎧の色も青で統一されている。一瞬人間かと思ったが、違った。額の両端に太く短く折れ曲がった赤い角、そして背中には赤い翼が生えている。メラヌが呟く。

 

「あれは魔族ね……」

 

「魔族⁉」

 

「そう、魔族の若きプリンス、トレイルとは僕のことだ!」

 

 トレイルと名乗った男は角にかかった前髪をかき上げながら答える。

 

「聞いてもいないのに名乗ってくれたわね……」

 

「貴様らのことは全て調べがついているぞ……先日、ここから北北西にある、エルフの集落で執り行われた儀式によって召喚された転生者の勇者、ショー=ローク……」

 

「! 歴戦をくぐり抜けてきた万夫不当の勇者だと……?」

 

「いや、そこまでは言ってないわよ……」

 

 メラヌが手を顔の前で左右に振って、俺の言葉を否定する。トレイルはそんなメラヌを一瞥し、戸惑い気味に呟く。

 

「……それで貴様は誰だ?」

 

「あら、調べがついているんじゃなかったの? プリンスさん」

 

「……勇者一行がこの都市に入るまではな、貴様は急に現れた……何者だ?」

 

「女のことを知りたいのならもっとマシな聞き方を学んでくることね」

 

「ふん、まあ良い……まとめて始末するまでだ!」

 

 トレイルが剣を抜き、斬り掛かってきた。速い、俺は盾を繰り出して、何とかその斬撃を受け止める。しかし、盾に軽くヒビが入る。細い体にもかかわらず、凄い力だ。

 

「!」

 

 メラヌがトレイルに向けて銃を発射する。至近距離からの銃撃だったが、トレイルはこともなげにそれを躱してみせる。メラヌは感心したように口笛を吹く。

 

「へえ、今のを躱すなんて……やるじゃない」

 

「銃口の向きを見れば、ある程度の予想はつく。しかし、拳銃とは……この地方では相当珍しい武器を使っているな」

 

「なんだ、全くの初見ってわけじゃないのね。お姉さん、危うく自信を失いかけたわよ」

 

 メラヌがワザとらしく胸を撫で下ろす。

 

「そう言えば聞いたことがあるな。魔女の癖に魔法を使わない一族がいると……」

 

「あら、流石にその程度の情報共有はしているのね」

 

 俺はトレイルがメラヌに気を取られている隙を突いて、斬りかかる。

 

「それ!」

 

「ふん……」

 

「な、何⁉」

 

 俺の渾身の一振りをトレイルは退屈そうに剣の先端であっさりと受け止める。ピクリとも動かない。体格は同じくらいのはずなのに。

 

「報告よりは流石にマシになっているが、やはり貴様は大したことはないようだな……」

 

「くっ!」

 

 俺は後ろに飛んで、トレイルと一旦距離を取る。トレイルが首を傾げる。

 

「分からない……何故あの御方が貴様のことを気にかけるのが……」

 

「あの御方?」

 

「不確定な要素が多いのは認める。ただ、あくまで誤差の範囲内だ。放っておいてもさして問題は無いだろうに……」

 

 俺の問いを無視して、トレイルは腕を組んでなにやらブツブツと呟く。俺はその態度が妙に癪にさわり、自分で言うのもなんだが、珍しく怒り気味に斬りかかる。

 

「喰らえ!」

 

「うるさい……」

 

「どわっ⁉」

 

 トレイルが背中の翼をはためかせ、起こった突風に俺はあっさりと吹き飛ばされて、無様に転がる。メラヌが声を掛ける。

 

「考えなしに突っ込むのはリスキーよ、冷静になって」

 

 俺はまたもや転生者派遣センターでのアヤコとのやりとりを思い出した。

 

                  ♢

 

「戦闘において不確定要素が多い場合はどうされますか?」

 

「ひとまず逃げるな、それがベストだ」

 

「……」

 

「冗談だ、まずは様子を伺う」

 

「ふむ……それがベターなのかもしれませんが……」

 

「なにかあるのか?」

 

「少し質問を変えましょうか、お互いに不確定要素が多い場合は?」

 

「腹の探り合いになるな」

 

「駆け引きすらも余計になるかもしれません……」

 

「つまり先手必勝ってことか?」

 

「あくまで私の意見です……」

 

                  ♢

 

「メラヌ、少し聞きたいことが……」

 

「何かしら?」

 

 体勢を立て直した俺は小声で簡潔に問う。

 

「……そういうことは出来ますか?」

 

「……出来るわ。アドリブというのが若干不安だけど」

 

「そこはどうにか合わせて下さい!」

 

 俺は三度、トレイルに斬りかかる。トレイルはため息をつきながら剣を振るう。俺の剣はまたもあっさりと弾き返される。

 

「馬鹿の一つ覚えか……」

 

「『憩いの森』!」

 

「なに⁉」

 

 俺は魔法を唱え、先程俺たちが落下した小さな森と似た森を周囲に生えさせる。

 

「銃口の向きが分からなきゃ、回避できないでしょ⁉」

 

 メラヌが両手に構えた銃を発射する。一瞬戸惑ったトレイルだが、すぐに冷静になる。

 

「ふん、木陰に身を隠せば当たるわけが―――⁉」

 

 次の瞬間、トレイルの体に二発の銃弾が当たる。一発は鎧の腹部だったが、もう一発が、露になった右の鎖骨の部分に命中する。トレイルは端正な顔を歪め、しゃがみ込む。

 

「ば、馬鹿な……銃弾が曲がっただと?」

 

「魔力を込めたのよ。追尾魔法の効果を付与してみたわ。ただ、イマイチ精度に欠けたわね、脳天を撃ち抜くつもりだったけど……」

 

 メラヌがこちらに近づいてきながらトレイルの疑問に答える。

 

「魔法を使わない一族ではなかったのか?」

 

「イメージが勝手に一人歩きしているだけね。私の一族に綿々と伝わる主義は『使えるものは何でも使う』。古代魔法でも科学兵器でもね。私はこの子たちがお気に入りなの」

 

 そう言って、メラヌは拳銃に頬ずりする。

 

「くっ! 覚えていろ!」

 

 トレイルは翼をはためかせ、素早く上空に舞い、姿を消す。メラヌは呆れる。

 

「お手本のような捨て台詞ね……お連れの皆さんと合流しましょう、勇者さん」

 

 森を抜けると、俺たちを見つけたスティラたちが駆け寄ってきた。俺は安堵する。

 

「皆……良かった、無事だったか」



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第6話(1)領主を訪ねてみた

                  6

 

「……集まったわね、勇者さんご一行」

 

 メラヌが皆を見渡して告げる。アパネが食ってかかる。

 

「なんなの⁉ あの襲ってきた連中は? 何者なの?」

 

「アパネ、落ち着いて下さい。そもそも貴女は誰なのですか?」

 

 スティラがアパネを落ち着かせながら改めて問う。

 

「話せば長くなるから細かいことは割愛するけど……私はメラヌ、ごく普通の魔女よ」

 

「その細かいことを知りたいのですが……」

 

 俺の呟きをあっさり無視し、メラヌは俺の後ろに立っていたモンドたちに話し掛ける。

 

「魔法は碌に使わずに、この地域では珍しい拳銃で戦う胡散臭い魔女、それが私!」

 

「! む……」

 

「今時箒で空を飛ぶ化石級に古く、なおかついかがわしい魔女、それも私!」

 

「! ははっ……」

 

 罰の悪そうな顔を浮かべるモンドとルドンナの間をすり抜けて、メラヌは振り返る。

 

「……皆さん、あらためてよろしくね!」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「ショー、受け入れるの速すぎるよ! 大体ボクの質問にまだ答えていないよ!」

 

 アパネがビシっとメラヌを指差す。メラヌは笑顔から急に真面目な顔つきになる。

 

「あの悪い魔法使いたちは、魔族に与する連中……」

 

「魔族に与する……やはり目的は……?」

 

 スティラの言葉にメラヌが頷く。

 

「そう、最終目的は魔王ザシンの完全なる復活よ」

 

「魔獣とやらも派手に暴れていたけど?」

 

「人間の魔法使いには魔獣の扱いは難しい。裏で魔族の動きが活発化してきたようね」

 

 ルドンナの問いにメラヌが答える。

 

「魔族とは先程戦っておられたものでござるが?」

 

「そう、人並み外れた力に強い魔力を兼ね備えたものが多い種族ね」

 

 モンドの指摘にメラヌが頷きながら答え、話を続ける。

 

「このメニークランズは表面上とはいえ『多種族共生』を自分たちの信条に掲げてきた……おかげで、多少の小競り合いこそあるけど、この数十年はある程度の平和と均衡が保たれてきた。しかし、それを良しとしない、面白く思わない種族も数多い。魔族はそういう種族を時には言葉巧みに丸め込み、時には屈服させることによって、自らの勢力下に着々と取り込んでいる。『圧倒的なまでの力を持つ恐るべき魔王の復活』を旗印にして」

 

「そんな……」

 

 スティラが絶句する。俺が尋ねる。

 

「魔王はまだ完全には復活していないという話も聞きますが?」

 

「それも時間の問題ね……」

 

「では、どうすれば⁉」

 

 詰め寄る俺を制し、メラヌが再び話を続ける。

 

「とりあえず、皆揃ったことだし、この都市を治める領主様にご挨拶しましょう」

 

 メラヌが指し示した先には立派な城がある。この都市のちょうど中心に建っている。城の前には大きな門があり、重武装をした衛兵が十数人、警備にあたっている。メラヌは臆せず近づき、その内の一人に話しかける。簡単なやり取りをした後、俺たちは城の中に入ることを許可された。武器を預け、大きな部屋に通される。応接の間であろうか。この世界での作法が今一つ分からなかったのだが、メラヌとスティラ、そしてルドンナが片膝をついて腰を下ろし、頭を下げた為、俺やアパネも見よう見まねでそれに従った。

 

「領主様が参られます」

 

 俺たちが入る前から既にこの部屋にいた少年がよく通る声で告げる。重々しい扉が開くと、貫録のある壮年男性がしっかりとした足取りで部屋に入ってきて、数段高い位置に置かれた椅子に座る。この人物がこの辺り一帯の領主か。少し間を置いて領主が口を開く。

 

「一同、顔を上げよ」

 

 領主の威厳のある声に従い、俺たちはゆっくりと顔を上げる。豊かな髭をたくわえ、きちんと整った服装に身を包んだ男性が正面の椅子に座っている。

 

「メラヌよ、随分と久しいな」

 

「……領主様におかれましても、ご壮健で何よりでございます」

 

 領主はまずメラヌに声をかけ、メラヌも微笑をたたえつつ答える。

 

「いや、こう見えても所々、だいぶくたびれてきておるぞ、変わらぬそなたが羨ましい」

 

「はて? 最後にお目に掛かったのは、つい先日のことだったかと思いましたが……」

 

「わははは! つい先日ときたか。物は言いようだな」

 

 領主は声を上げて笑った後、真面目な顔つきになる。

 

「……諸々の報告は受けておる。魔族らが侵入したようだな」

 

「ええ……」

 

「そなたらが撃退してくれたとのこと、礼を言う」

 

「いえ、大したことではありません」

 

「魔族がその活動を活発化させてきたのは……魔王の復活が近いということだな」

 

「お察しの通りでございます」

 

「気苦労ばかりが増えるな……」

 

 領主が頬杖をついて、ため息をこぼす。メラヌが一呼吸を置いて、語りかける。

 

「その気苦労を減らしてくれるであろう者たちをお連れしました」

 

「ふむ……転生者の勇者とその一行か。それも報告は受けている」

 

「簡単にではありますが、一応紹介させて頂いても宜しいでしょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

「ありがとうございます。こちらがエルフのスティラ、回復魔法に長けております。そしてこちらが狼の獣人アパネ、近接戦闘に秀でております」

 

「……お目に掛かることが出来て光栄であります」

 

「で、であります!」

 

 恭しく頭を下げるスティラを見て、アパネも慌てて頭を下げる。

 

「……こちらが、召喚士のルドンナ、まだ若年ながらその召喚術は優れたものです。隣がドワーフのモンド、様々な武器の扱いに長じております」

 

「えっと……お目に掛かることが出来て恐悦至極に存じます」

 

「? ぞ、存じますでござる!」

 

 ルドンナとモンドも頭を下げる。

 

「そしてこちらが、転生者の勇者、ショー=ローク殿です」

 

「お目に掛かることが出来て幸甚の至りであります」

 

 紹介された俺は微笑みながら頭を下げる。領主が頷きながら呟く。

 

「なかなか個性的な顔ぶれだな……」

 

「なれど腕は確かです」

 

「そ、そんなに断言してしまって大丈夫なのですか? スティラたちの戦いぶりは実際には見ていないでしょう?」

 

 俺は慌ててメラヌに小声で尋ねる。メラヌはウィンクして答える。

 

「使い魔たちからの情報で大体のことは分かっているわ。それにこういうのはハッタリをかますのも大事なのよ」

 

「ハ、ハッタリって……」

 

「……そなたが言うのならそれはそうなのであろうな」

 

 領主の言葉に俺は驚いた。ハッタリが通じた。メラヌが畳みかける。

 

「では、魔王を本格的に討伐するための援助を賜りたく存じます」

 

「そなたには先代、いや、先々代の領主の頃から世話になっている。こちら側としても是非にと応じたいところではあるが……」

 

 領主が言葉を濁す。メラヌがやや首を傾げる。

 

「……なにか問題でも?」

 

「まずはセントラともよく相談せねばなるまい……」

 

「セントラ? 聞かない名前ですね……」

 

「ここ数年、政策決定に関して色々と助言をしてもらっている偉大な賢者だ。表には出たがらぬ性格でメニークランズ外出身ということもある、そなたが知らぬのも無理はない」

 

「ほう……?」

 

「そして、問題がもう一つ……転生者は間に合っておる」

 

「ええっ⁉」

 

 俺は思わず大声を上げてしまった。



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第6話(2)ランクとかそういうのじゃないから

「あ、し、失礼しました……」

 

 俺は頭を下げる。メラヌが尋ねる。

 

「間に合っているということは既に?」

 

「うむ、我が領内の別の町にいる神官や僧侶、また親交関係にある他の領主たちが召喚した転生者のパーティーがちょうど昨晩こちらに到着したのだ」

 

「転生者のパーティー?」

 

 俺は顔を上げる。そんなことがあり得るのか? 領主が側に控える少年に尋ねる。

 

「彼らは今どこか?」

 

「セントラ様と一の客間で歓談中でございます」

 

 少年は淀みなく答える。

 

「そうか、こちらに呼んで参れ」

 

「かしこまりました」

 

 少年が一礼し、応接の間を出る。程なくして、五人の若き男女と一人の老人が応接の間にやってきた。並ぶ場所を変えた俺たちとちょうど向かい合うような形になる。

 

「セントラ、こちらへ」

 

「はっ……」

 

 セントラと呼ばれた禿頭の老人が領主の下へ歩み寄り、何やら小声でやりとりを交わす。やりとりを終えた後、セントラは軽く一礼して、領主の側から離れる。領主は頷いた後、俺たちの方を申し訳なさそうな表情で見つめ、こう告げてくる。

 

「……メラヌ、申し訳ないがそなたらを援助することは出来ない」

 

「……大方の察しはつきますが、せめて理由をお聞かせ下さい」

 

 メラヌの淡々とした問いに対し、領主はあご鬚をさすりながら答える。

 

「ふむ、説明が無ければ納得出来ぬだろう……理由は二つ。一つは外交的理由だ」

 

「外交的理由?」

 

「先程も申したように、こちらのパーティーの中には他の領主たちが召喚した転生者もいる。そこを我が方から半ば無理を言って、貸し出してもらっているような形なのだ」

 

「借りたということですか、何故に?」

 

「転生者一人でも十分強力ではあるが、パーティーを組ませた方がより強力になるだろう……と、こちらのセントラから提案があってな」

 

「成程……」

 

 メラヌは視線を向けるとセントラは軽く頭を下げた。

 

「ここでやはり他のパーティーを援助するとなると、我らを信用してくれた他の領主たちとの関係がまずくなる恐れがある」

 

「戦力は多いに越したことはありません。双方を援助してもらうわけには?」

 

「そこでもう一つの理由、財政的な理由だ」

 

「財政的理由ですか……」

 

 領主は俯き加減に話す。

 

「見事、魔王討伐を成し遂げた暁には、ただその労をねぎらうだけではなく、それなりの褒美を取らせなければならない。世間体もあるからな。しかし、あまり大きな声では言えぬが、我が方には二つのパーティーに同等の報奨金を支払う余裕はとても無い」

 

「そうですか……」

 

「これで納得してくれたか?」

 

 メラヌは少し間を空けて答える。

 

「領主様、こちらのショー=ローク殿は富も名声も欲してはおりません」

 

「⁉」

 

「なんと⁉ まことか?」

 

 メラヌは俺の方に振り返り、軽くウィンクしてくる。広い応接の間にいる全ての者の注目が俺に集まる。ここで俺の『良い恰好しい』スキルが発動する。俺は領主に告げる。

 

「領主様、たった今メラヌ殿が申したように、私たちは富も名声も欲しくはありません」

 

「私たちと言ったな、他の者もか?」

 

「ええ、例えばこちらのスティラは自分自身の見聞を広める為、私に同行してくれました。そうですよね、スティラ?」

 

「は、はい……山奥の集落出身の為、世間知らずなところが多々ありまして……」

 

「こちらのモンドは己の武芸の研鑽が何よりの目的です。ですよね、モンド?」

 

「全くもっておっしゃる通りでござる」

 

「アパネは一族の為、武勇伝を増やすのが目的です。ね、アパネ?」

 

「え? ま、まあ、そういうことにしておくかな……」

 

「最後にルドンナ、彼女はただ好奇心を満たすのが願いです。そうでしたよね?」

 

「ちょっと待ってよ。それじゃあアタシ、単なる奇人変人じゃない……」

 

「ルドンナ」

 

「はい、はい、そうです、まったく勇者様の仰せの通りでございます」

 

 ルドンナがやけくそ気味に頷く。俺は領主の方に向き直る。

 

「お聞きの通りです。私たちは富も名声も欲しません。ただ一つ望むのは……」

 

「望むのは?」

 

「今朝の戦闘で生じた被害に対する補償です。無論、我々に対してではなく、宿屋やホテル、市場の方々への損害補償です」

 

「なんと、それだけで良いと申すか!」

 

「ええ」

 

 俺はこれ以上ないほどの笑顔で頷く。ルドンナの軽い舌打ちが聞こえたが気にしない。

 

「これはこれは、想像以上の人格者……噂などまったく当てにはなりませんな」

 

 セントラが口を開く。どんな噂が流れていたんだろう? 聞かないでおこう。

 

「ご領主様、如何でしょうか? 彼らも討伐に向かってもらうというのは?」

 

「そなたがそれを言うのか?」

 

「ええ、正直私は胸を打たれました。なんと言っても彼らのお陰で、昨夜から今朝にかけての騒動でも死傷者を0に抑えることが出来ました。実力の程は疑いようがありません」

 

 領主は腕を組んで首を捻る。

 

「とは言っても、報奨金を全く出さぬという訳にはいかぬだろう……」

 

「地方全体の危機と一領地の財政危機、天秤にかけることでしょうか?」

 

「それもそうだな……よし分かった! 両方のパーティーを援助することにしよう。詳細についてはセントラ、そなたの方で決めておいてくれ」

 

「かしこまりました……」

 

 セントラが頭を下げる。領主は応接の間を出ていく。頭を上げたセントラが告げる。

 

「では場所を移しましょう。会議の間にご案内します」

 

 俺たちはセントラに続いて、会議の間と呼ばれる部屋に移動する。各自、思い思いの座席につき、セントラからの説明を受ける。

 

「こちらのローク殿たちには急な話となりますが、三日後に魔王討伐へ出発して頂きます。それまではこの城内でお過ごし下さい。必要なものなどあれば申し出て下さい」

 

「魔王の場所に見当がついているのですか?」

 

 俺の問いにセントラが頷く。

 

「この領内の南端に位置する古代神殿……そちらに魔族やそれに与する連中が集結しつつあるという報告を受けています。実際のところは不明ですが、恐らく魔王の完全復活までもはやそれほど猶予は残されていないと考えて宜しいかと……」

 

「そうですか……」

 

 セントラは説明を続ける。

 

「この都市の南に広がる広大な森を抜けた所に、古代神殿はあります。森などに出没する下級モンスターなどは我が方の兵が片付けます。言ってみれば道中の露払いですな。その後の神殿周辺や神殿にいるであろう上級魔族のお相手を皆様にお願いしたいのです。戦い方などは一任致します。それぞれのやり方があるでしょうからな……今日の所はお疲れでしょうから、顔合わせの挨拶などは明日以降としましょう。甚だ簡単ではありますが、説明は以上とさせて頂きます」

 

 その後、俺たちは決して広くはないが狭くもない部屋にそれぞれ案内された。三日後の出発まで英気を養えということであろう。やや遅めの昼食を終えた俺は腹ごなしに城内を散策することにした。立派な中庭が目に入ったところで、背後から声を掛けられる。

 

「おい、口だけのヘボ勇者」

 

 振り返ると、銀色の甲冑に身を包んだオレンジ髪の男がニヤニヤして立っている。

 

「……なんでしょうか?」

 

「上手く取り入りやがって。手柄を横取りしようとしたって、そうはいかねえぞ」

 

「貴方も転生者なのですよね……転生者同士で揉めても致し方ありません」

 

 俺は冷静に答えるよう努める。

 

「はっきり言って、お前らの出る幕は無えぞ。手柄は俺たちのものだ」

 

「別にそれはいいです……それにしても随分と自信たっぷりな物言いですね。まるで魔王討伐を確信しているかのようだ」

 

「当たり前だろ、俺を誰だと思っている? SSランク勇者、アザマ様だぞ?」

 

「⁉」

 

「あそこで筋トレしている坊主頭のマッチョがSランク戦士のエレッツオ、ベンチに腰掛けて、これ見よがしに小難しい魔導書を読んでいる眼鏡がAAAランク僧侶のレイトゥ、柱に気怠そうにもたれかかっている女が、AAランクのビーストテイマー、獣使いのキコハだ」

 

「な……!」

 

 俺は思わず絶句してしまう。他の転生者と同じ異世界で遭遇するのはそう珍しいことではないが、俺がこれまで会ったのはBランクの遊び人が最高だ。Aランク以上を見たのは初めてだ。サインとか貰いたいくらいだ。っていうか、Aランク以上になるとそこまで細分化されるのか、全然知らなかった。アザマが俺に顔を近づけてくる。かなりのイケメンだな、良い匂いもするし、恰好も全体的にシャープでオシャレな感じだ。なんかずるい。そんなことを考えているとアザマが口を開く。

 

「顔とかはその都度変化するとして……ショー=ロークねえ……聞いたことが無えなあ、お前、ランクはいくつだ?」

 

「……cランクです」

 

「ええっ? なんつった?」

 

「か、限りなくB寄りのcランクです……」

 

「ぶつぶつ言って聞こえねえんだよ!」

 

「わ、私はその、アレですから! ランクとかそういうものに囚われてないですから!」

 

「! 急に大声出すなよ! ランクに囚われてないってなんだよ!」

 

「その……個性とか、気持ちの面を主に見てもらいたいなって思っていますから!」

 

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」

 

「……アザマ、合同鍛錬の時間……」

 

「「⁉」」

 

 いつの間にか俺たちの近くに黒いローブを着た小柄な女の子が立っていた。フードを目深に被っており、その表情は伺いしれない。女の子はスタスタと歩き去っていく。

 

「か、彼女も転生者ですか?」

 

「いや、この世界の奴だ、名前はアリン。気配を消すのが得意な変わった女だ。腕は立つから、パーティーに加えた……まあいい、お前ら、くれぐれも俺たちの邪魔をすんなよ」

 

 アザマが立ち去る。エリートぶった気に食わないやつだ、まあ実際エリートなんだが。しかし決まった時間に合同で鍛錬とか意識高いな、油断も慢心もないじゃないか。本当に俺たちの出る幕はなさそうだな……俺は頭を軽く抑える。



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第6話(3)高ランクパーティーの進撃

                  ♢

 

「どういうことなんだ⁉」

 

「ですから、その様に大声を出さなくてもちゃんと聞こえております……」

 

 俺は久方ぶりに心の中で『ポーズ』と唱え、次いで、『ヘルプ』と唱えた。つまり、わざわざ『助けて』と唱えているのだ。急を要する事態が差し迫っていることくらい容易に想像できそうなものだが、転生者派遣センターの職員、アヤコ=ダテニは小憎らしいほどにいつも通りの面倒臭そうな声色で対応してきやがった。

 

「ど、どうしてこんなことに?」

 

「ご存知だとは思いますが、転生者が同じ世界に存在するということは別にそれほど珍しいことではありません」

 

「そ、それにしてもだな! 高ランクの転生者同士でパーティーを組むなんて……」

 

「そもそもとして厳密なルールなどありません。明確なメリットがあるのであれば、高ランクの転生者同士でパーティーを組むということはこういった状況においての最適解だと思われます。なにか不都合でも?」

 

「不都合は……別にないが!」

 

 三日間の準備期間を終えて、魔王を討伐すべく城を出発した俺たちは城の南方に広がる広大な森を通過する。森の中でも、大量のモンスターが出現した。当初の予定では俺たちの援護にあたる領主の兵たちが迎撃する手筈となっていたが、あまりにも数が多い為、俺たちも戦うことになった。だが……俺たちがほとんど手を出す暇も無く、ほんの一瞬で、SSランク勇者アザマたちがモンスターの群れを蹴散らしてみせたのである。

 

「無いのですか?」

 

「ああ、このままいくと、俺たちは労せずして魔王討伐の功を得ることになる」

 

「それはそれで結構なことではありませんか」

 

「そうは言っても、このままではなんというか……」

 

「なんというか?」

 

「達成感というものが無いぞ!」

 

 アヤコが呆れたようなため息をつくのが聞こえる。

 

「……別に良いのでは?」

 

「いや、なんかこう……虚しいだろう⁉」

 

「自己の気分を充実させたいがために転生者をやっているのですか?」

 

「いや、そんな自分探しの旅みたいなテンションではないが……」

 

「リスクを避けられるのだから良いではありませんか。魔王を討伐、あるいはその復活を阻止すれば、その世界での目的は達せられるはずです。お望みの悠悠自適のスローライフを送ることも出来るはずですよ……それでは失礼致します」

 

「あ! ちょっと待て! ……また切りやがったな」

 

                  ♢

 

 俺は渋々ポーズを解く。時間が再び動き出す。数多いたモンスターも片付いた。もうすぐ森の出口だ。話に聞いていた古代神殿も見えてきた。古びてはいるが、かなりの大きさであることが分かる。アザマが振り返り、不遜な態度で領主の兵たちに伝える。

 

「お前ら、これ以上ついてきても足手まといになるだけだからこの辺で見学してな」

 

 その物言いに兵たちの一部は若干色めき立ったが、圧倒的な実力差を目の当たりにしているため、黙り込むしか出来なかった。アザマは俺たちの方に向く。

 

「お前らも尻尾を巻いて逃げ出すなら今の内だぞ」

 

「だ、誰が! 逃げたりなど致しません!」

 

 俺は即座に言い返す。自分で言うのもなんだが、威勢だけは良い。アザマは鼻で笑う。

 

「ふん、勝手にしな……行くぞ!」

 

 アザマの号令の下、彼らのパーティーが神殿に向けて勢いよく走り出す。凄いスピードだ、追いつけない。神殿に近づいたところで、上空から声がする。

 

「そこまでだ!」

 

 アザマや俺が目をやると、トレイルが翼を広げゆっくりと降り立ってきた。

 

「誰だ、てめえ?」

 

「僕は魔族の若きプリンス、トレイルだ!」

 

「あ? プリンス?」

 

「今、神殿内では魔王様復活の為の大事な儀式を行っている! 貴様らが何を企んでいるかは知らんがここから先は通さんぞ!」

 

 トレイルが剣を構える。アザマが呆れた目で見つめる。

 

「全部、自分で言ってんじゃねえか……その大事な儀式とやらを邪魔しに来たんだよ」

 

「な、なんと⁉」

 

「そんな驚くな、大体予想はつくだろうが……」

 

「う、うむむ……」

 

「大体、その大事な儀式に立ち会わずにここにいるってお前、本当に魔族のプリンスか? 自称なんじゃねえの? だとしたら大分痛い奴だな」

 

「き、貴様、僕を愚弄するか!」

 

「シンプルに馬鹿にしてんだよ……まあいいや、さっさと片付けるぞ!」

 

「メガオーク四天王! 奴らを迎え撃て!」

 

「!」

 

 トレイルの呼びかけに応じ、普通のオークよりも大きいオークが五体、その場に現れた。正直圧倒されるほどの大きさだ。トレイルが得意気に笑う。

 

「ふははっ! この巨体を前にして恐怖で声も出まい!」

 

「……呆れて声も出ねえんだよ、四天王とか言って、五体いるじゃねえか」

 

「はっ⁉」

 

「これ以上馬鹿の相手はしてらんねえ……エレッツオ!」

 

「おう!」

 

 アザマの指示に従い、Sランク戦士エレッツオがメガオークの一体の腕を掴んで宙に持ち上げ、間髪入れずに叩き付ける。メガオークは動かなくなる。

 

「レイトゥ!」

 

「裁きの雷……」

 

 AAAランク僧侶レイトゥが眼鏡を抑えながら呪文を唱えると、凄まじい雷がメガオークに落ちて、その巨体を一瞬で黒焦げにする。

 

「キコハ!」

 

「ケルベロス、餌の時間だよ……」

 

 AAランク獣使いキコハが、気怠そうに鞭を振るうと、その場に大きな双頭犬、ケルベロスが現れ、メガオークに噛み付き、その太い首を食いちぎる。

 

「なっ……」

 

 トレイルが唖然とする。アザマは欠伸をしながら告げる。

 

「まさか、こいつらが切り札だったのか? 拍子抜けもいいとこだな……」

 

「くっ、怯むな、かかれ!」

 

「グ、グオオオッ!」

 

「えっ⁉」

 

「ば、馬鹿! そっちじゃない!」

 

 なんと、残った二体のメガオークはアザマたちにようやく追いついた俺たちの方に向かってきた。アザマが腹を抱えて笑う。

 

「はははっ! こいつは傑作だ! 弱い奴らを嗅ぎ分けるのは得意らしい!」

 

「くっ!」

 

 俺たちは慌てて構えを取る。アザマが嘲笑気味に声を掛けてくる。

 

「雑魚二匹くらい譲ってやるよ、精々死なないようにな!」

 

 そう言って、アザマはトレイルに向き直る。

 

「喜べ、プリンスのてめえは俺が直々に手を下してやる!」

 

「ぬ!」

 

「死ね! ―――何⁉」

 

 トレイルに斬りかかろうとしたアザマの体が突如動かなくなる。

 

「こ、これは……? お前ら! 俺を助け……⁉」

 

 アザマの他にエレッツオら三人も動けなくなっていた。

 

「……少し焦ったぞ」

 

 トレイルが自らの方に歩み寄ってきたアリンに声を掛ける。

 

「……もっとマシなモンスターを用意すれば済むこと……」

 

 驚くアザマたちの方に振り返ったアリンはフードを取る。彼女の頭にはトレイルによく似た、太く折れ曲がった青色の角が生えていた。



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第6話(4)一難去って……

                  ♢

 

「お、おい、アリン、お前……魔族だったのか」

 

「うん、ちなみに背中には……」

 

 アリンがローブを脱ぎ捨てると、そこにはトレイルと同じような翼が生えていた。

 

「お、俺たちを騙していやがったのか⁉」

 

「魔王に用事があるって言っただけでしょ……私の簡単な罠にも気が付かないで……」

 

 アリンが片手を広げ、指を適当に動かすと、アザマたちが悲鳴を上げる。

 

「痛っ! て、てめえ、何をしやがった⁉」

 

「腕や脚を中心に細い糸を巻き付けた。高い魔力を込めているから簡単には切れないよ」

 

「ぐっ……」

 

「普通は少し引っ張った時点で手足が千切れるものなんだけど……流石は転生者のパーティー、なかなかどうしてしぶといね―――!」

 

 アリンが握り拳を作り、グッと引っ張る。エレッツオたちが大きな悲鳴を上げる。

 

「ぐはっ!」

 

「ぎゃあ!」

 

「ひいぃ!」

 

「うん、腕や脚や指が折れたね……」

 

 アリンは淡々と告げる。仲間たちの悲鳴を聞き、アザマは意を決した表情で提案する。

 

「や、止めろ! アリン! わ、分かった! 俺たちは魔王討伐から手を引く!」

 

「! ふ~ん……まあ短い間だったけど、一緒に旅した仲だしね……」

 

 アリンはわずかばかり力を緩める。アザマがやや安堵した表情を浮かべる。

 

「―――なんて言うとでも思った?」

 

「⁉」

 

「あの御方からの命令は、転生者は全て始末せよとのこと、それに従うほかない」

 

「ぐっ……」

 

「ははっ、まさか本気で解放するのかと思ったぞ」

 

 トレイルが笑って声をかける。アリンが首を静かに振る。

 

「冗談……せめてもの情け……直接手は下さないであげる……おいで、ゴーレム……」

 

 アリンとトレイルの背後から四体の巨大なゴーレムが現れ、ゆっくりとアザマたちに近づく。尚も動けない状態であるアザマたちの顔が恐怖に歪む。アリンが感情を一切感じさせない声で告げる。

 

「さようなら、結構楽しかったよ……」

 

「! うわあああ!」

 

 ゴーレムの大きな手や足の攻撃によって、アザマたちは見るも無残な形に成り果てる。

 

「……これで終わりか、あっけないものだな」

 

                  ♢

 

「待て!」

 

 俺はトレイルたちに声を掛ける。トレイルは心底興味の無さそうな表情で答える。

 

「ああ、そう言えば、まだ貴様らが残っていたか……」

 

「スティラ! 彼らの回復を!」

 

 俺はスティラにアザマたちの回復を指示する。スティラは彼らの近くに急いで駆け寄るが、悲しそうに首を左右に振る。

 

「ショー様、残念ながらこの方々はもう……」

 

「くっ……」

 

 唇を噛み締める俺をトレイルが笑う。

 

「この()()()()()()()達よりも力が劣る貴様に何が出来る?」

 

「こちらはゴーレム四体を含めて六人。そちらはエルフを加えても二人だけど?」

 

 アリンが不思議そうに首を捻る。青みがかった短髪がわずかに揺れる。

 

「……頭数ならちょうど一緒よ」

 

「メラヌさん!」

 

 俺の後ろにメラヌたち四人が駆けつける。トレイルが驚く。

 

「馬鹿な……メガオーク二体を片付けたのか?」

 

「巨体の持つ力には圧倒されたが、ルドンナ殿の召喚獣のお陰でござる」

 

「要は戦い方ってやつよ。アンタが時間を作ってくれたお陰だけど」

 

「メラヌが両眼を潰してくれたから、楽に立ち回れたよ」

 

「貴女の戦闘センスの賜物よ、狼娘ちゃん」

 

 モンドとルドンナ、アパネとメラヌが互いを讃え合う。

 

「ち、忌々しい奴らだ!」

 

「落ち着いて、トレイル、ここで始末すれば良い」

 

「それもそうだな! かかれ、ゴーレムども!」

 

 ゴーレム四体が俺たちに向かってくる。巨体が群れをなして襲ってくるとそれだけでかなりの威圧感だ。しかし、時間を長引かせているわけにはいかない。もうすぐ魔王が復活してしまうのだ。俺は自分でも驚く決断を下す。

 

「すみませんが、一人一体任せます! 魔族二人は私が! スティラは私の援護を!」

 

「わ、分かりました」

 

「オッケー!」

 

「承知!」

 

「いや、一人で一体って……冗談!」

 

「ご褒美期待しちゃうわよ、勇者さん!」

 

 全員の返答を聞き終わる前に、俺はスティラを連れて、ゴーレムたちの足下をすり抜けることに成功した。少しは俺の身体能力も成長しているのだろうか。俺はその勢いに乗ったままトレイルに斬り掛かる。

 

「喰らえ!」

 

「ちぃ!」

 

 俺の剣はトレイルの振るった剣に弾き飛ばされる。しかし、俺は諦めない、すぐさま構え直し、再び斬りかかる。トレイルが後ろに飛んでそれを躱した……かと思われたが、カンという音が響く。俺の剣が奴の鎧を掠めたのだ。イケる。数日前の実力差は感じない。不思議だ、火事場のなんとかという奴であろうか。トレイルが舌打ちする。

 

「アリン、援護しろ!」

 

「ふん、仕方が無い―――⁉」

 

「そうはさせません!」

 

 スティラがアリンと俺の間に立つ。

 

「お前、糸を杖に巻きつけたのか⁉」

 

「この杖にもそれなりの魔力が込められています。そう簡単には折れないはず……!」

 

「ぐっ……」

 

 厄介なアリンはスティラが相手をしている。俺がトレイルをなんとかすれば―――。

 

「勝機がある、と思っていないか?」

 

「何⁉」

 

「奴らを見てみろ」

 

「な⁉」

 

 トレイルの言葉を受け、視線を向けると、ゴーレムたちに苦戦を強いられる四人の姿が見える。やはり確実に各個撃破を狙うべきだったか……俺が苦々しい表情を浮かべるのを見て、トレイルが高らかに笑う。

 

「はははっ! ゴーレム共には、あの御方のお力で我々魔王軍最強を誇る『四傑』の力を宿してある。完璧にという訳ではないが、その強さはそこらのゴーレムの比ではない……貴様らには万に一つも勝ち目は無いぞ! そして貴様も僕の剣の前に屈する!」

 

「くっ……」

 

 俺はトレイルの反撃に防戦一方になる。なんとか攻撃を受けるが、このままではジリ貧だ、どうすればいい……? そこで俺は視界の端にあるものをとらえ、これだ!と思う。

 

「よそ見をするとは余裕だな!」

 

「『森々(もりもり)!』」

 

「なんだと⁉」

 

 俺は自分や皆の周辺に大きな森を生えさせる。ここに至るまで、通った広大な森の一部を模したものだ。思ったより上手く行ったので、自分でも驚いた。俺は皆に声を掛ける。

 

「地形を上手く使って下さい!」

 

「これなら体格差も気にならないよ! 『狼爪斬・四連』!」

 

「上出来じゃない! 来なさいシルフィちゃん! 吹き飛ばせ!」

 

「相手が戸惑っている内に! 奥義『爆風乱舞』!」

 

「隙を突く! 『退魔弾』!」

 

「‼」

 

 各自の攻撃がゴーレムを打ち砕くことに成功した。アリンが唖然とした顔を見せる。

 

「ば、馬鹿な……」

 

「今です! 『裁きの雷』!」

 

「しまっ―――⁉」

 

 スティラが杖を手放すと同時に、先程、賢者レイトゥが使っていた雷魔法を繰り出す。威力は本家ほどとはいかなかったが、直撃を喰らったアリンは気を失って倒れ込む。

 

「アリン! ⁉」

 

 俺がトレイルの隙を突いて、間合いを詰めて斬り掛かる。剣で防ごうとするが、俺は左手から蔦を発生させて、奴の剣を掠め取る。

 

「なに⁉」

 

「喰らえ!」

 

「ぐう! ちぃ!」

 

 剣は鎧の一部を砕いたに留まった、トレイルは翼を広げ上に飛ぶ。俺は追撃する。

 

「逃がすか! 『理想の大樹』!」

 

 俺の股間から生えた大木がトレイルを直撃する。

 

「ぐはっ……そ、そんなふざけた魔法に……」

 

 トレイルは力なく落下する。言い訳になるが、決してふざけているわけではない、他に生やすべき箇所が思いつかないだけだ。俺は周囲の状況を確認し、周りに声を掛ける。

 

「よし! 神殿内部に入り、復活の儀式を阻止しましょう!」

 

「その必要はない……」

 

「⁉」

 

 声のする方を見ると、そこには黒いマントを翻す一人の魔族が立っていた。決して大柄というわけではないものの、圧倒的なまでの存在感。俺たち全員が確信した。こいつが魔王ザシンだ。復活してしまったのか、いや、それを嘆いている暇はない。先手必勝だ。

 

「魔王ザシン! 覚悟!」

 

 俺は斬り掛かる。ザシンの反応は鈍い。イケる!と思った次の瞬間……

 

「煩わしい!」

 

 ザシンが少し力を込めただけで俺は派手に吹っ飛ばされる。ザシンが右手を挙げ、指先に大きな黒い球体を発生させる。爆炎魔法の一種であろうか。よく分からないが、あれをまともに喰らってしまったら、跡形もないということだけは直感的に分かった。

 

「消えろ……!」

 

 ザシンが右手を振り下ろす。メラヌが何かを叫んだのが一瞬視界に入るが、俺はもはやここまでかと思わず目を瞑ってしまう。



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第7話(1)まさかの遭遇

                  7

 

「く、こ、ここは……?」

 

 目が覚めた俺は砂浜にうつ伏せになって倒れていた。口の中に入った砂をペッペと吐き出しながら、俺はゆっくりと起き上がり、自身の現状を確認する。まずは自分の体だ。体には目立った外傷はみられない。激しい痛みもない。五体満足だ。

 

 続いて服装を確認する。体についた砂をパッパと落としながら、自分の服を見る。この世界に転生した際と同じ装備である。辺りを見回してみると、ドワーフの里で鋳造してもらった剣が転がっている。俺は歩み寄ってそれを拾い、鞘に納める。

 

 次は場所だ。砂浜に立っている。目の前には海が広がっている。この世界に来てからは初めてまともに海を見たので、海水浴の一つでも楽しみたいところだが、生憎そういうわけにもいかない。

 

 何故こんな所にいるのか?俺は記憶の糸を手繰り寄せるまでもなく思い出す。古代神殿の前で、復活してしまった魔王ザシンと相対したのだ。ザシンに斬り掛かるも、あっけなく弾き飛ばされ、ザシンの放った黒い球体が自分たちに向かって飛んできたところまでは覚えている。しかし、その後は?

 

「……装備が変わっていないということは、生き延びたということか?」

 

 俺は顎をさすりながら一人呟く。転生者として、最悪の結末を迎えてしまったわけでは無さそうである。だが、どうやってあの攻撃を回避したのであろうか。俺は考えられる中でもっとも可能性が高い考えをブツブツと呟く。

 

「……あの時メラヌが何かを叫んでいるのがわずかながら視界に入った。魔女である彼女が魔法を使ったのか? どんな魔法だ、転移魔法のようなものか?」

 

 俺はその場で腕を組み、頭を捻る。この世界の魔法に精通しているわけでもないので、これ以上はこのことについてあれこれ考えてみても致し方ない。とにかく九死に一生を得たのは紛れもない事実だ。そう思うと緊張がゆるんだのか、力が抜けて、俺は砂浜に腰を下ろした。正直ゆっくりしている場合でもないのだが、流石に一息つきたくなった。俺は仰向けに倒れ込み、暗い空をぼおっと眺めながら、アヤコとのやり取りを思い出す。

 

                  ♢

 

「ご承知のことかとは思いますが、よっぽどのアクシデントでもない限りは、こちら側からそれぞれの世界に干渉することは出来ません」

 

「それは何度も聞いたが……よっぽどのアクシデントというのは具体的にはなんだ?」

 

「色々とありますが、例えば体を満足に動かせなくなったり……とかですね」

 

「怪我や病気などでか?」

 

「そうなりますね」

 

「逆に言えば体が満足に動く限りは各々でなんとかしてみせろってことか」

 

「少々乱暴な言い方ですがそうです。罪を犯して牢屋に囚われても、悪徳商人に騙され奴隷扱いになっても、己の力で打破してもらいます」

 

「例えが随分と不穏だな」

 

「これでもわりとマイルドにお話ししていますが?」

 

「それでマイルドか……」

 

「……とにかく、自分の持つ力、技能、頭脳といった、持てる全てを駆使して、置かれた状況を切り抜けて下さい」

 

                   ♢

 

 そんなやり取りを思い出しながらも、一応俺は心の中で『ポーズ』と唱え、次いで『ヘルプ』と唱えてみる。だが、転生者派遣センターには繋がらない。こういうことは初めてのような気がする。なにか異常でも発生したのであろうか、それとも今現在のこの状況はいわゆる『よっぽどのアクシデント』には該当しないのか。

 

「……う~む」

 

 俺は後頭部をポリポリと掻きながら半身を起こす。生憎というか、幸いというか、体は動く。自分の力でどうにかするしかあるまい。俺は再び立ち上がって、空を見上げる。空は魔王ザシンの復活の影響か、暗雲に包まれていて、光がほとんど射さない。昼か夜かも判断出来ない。日が昇っていれば方角などが分かるのだが。まあ、例え方角が分かった所で、この世界の地理に疎いので、あまり意味もないかもしれないが。俺はため息をついて俯く。スティラが持っていた地図にもっと入念に目を通しておくべきだったか。

 

「……ならば星はどうだ?」

 

 俺は再び空を見上げる。暗雲に覆われて、星一つ見えない。もっとも、この世界の天体事情にも疎いので、場所の特定には至らない。旅の途中で、スティラが色々説明してくれていたのだが……もっとちゃんと聞いておくべきだったか。俺はまた俯く。

 

「いや、俯いてばかりはいられないな」

 

 俺は立ち上がり、周囲を見渡す。改めて考える。ここはどこだ?島なのかそれとも海岸沿いなのか?そして誰か近くにいないのか?確認するべきである。その誰かが、パーティーメンバーだったら言うことは無いのだが。俺は自分に言い聞かせる。

 

「俺が無事だったということは、他の皆も無事なはずだ、きっとそうに違いない!」

 

 とりあえず俺は海岸に背を向け、生い茂った森の中に入る。しばらくの間、砂浜にじっとしているという手もあったが、暗雲がいつ晴れるのかも分からない。とりあえず行動を起こしてみることにした。

 

「……とは言っても暗い森を進むのは悪手だったか? しかし、時間が惜しいのも事実。集落でもあれば良いのだが……」

 

 俺は不安を和らげるように、ブツブツと呟きながら森を歩く。歩きながらふと気が付く。完璧に整備されているわけではないが道がある。砂浜への通行に使っているのではないか。ということはこの先に集落か村がある可能性が高い。俺は自然と早歩きになる。この心細さを早くどうにかしたかったからだ。

 

「⁉ どわっ⁉」

 

 俺は折れた木の枝か何かを踏んだかと思った次の瞬間、木に逆さ吊りの状態になっていた。間抜けなことにトラップに引っかかったようだ。声が聞こえてくる。

 

「かかったぞ!」

 

「……って、こいつ人間じゃないか。なんでこんなところに?」

 

 俺は声のする方に首を向ける。そこには数匹の小柄なゴブリンがいた。なんてこった、奴らの仕掛けた罠に引っかかってしまったのか。ゴブリンたちは話し込む。

 

「今日は妙なのばかり引っかかるな……どうする?」

 

「とりあえず連れていこう」

 

 木から降ろされた俺に抵抗する間も与えず、ゴブリンたちは手際よく俺を縛り、運び始める。下手に刺激してはマズいと思った俺はとりあえず大人しく身を任せることにした。単純な罠に引っかかってしまった自分自身に呆れてしまったというのもあるが。

 

「ぐふっ!」

 

 しばらくして、ゴブリンの村と思われる場所に連れて来られた俺は、縛られた状態のまま、ある所に乱暴に投げ込まれた。極めて簡素な造りだが、どうやら牢屋のようだ。ゴブリンたちが話す。

 

「連れてきたは良いがどうする?」

 

「食べるのか? 人間って美味いのか?」

 

「食ったことないから分からん」

 

「じゃあ、売るのか?」

 

「よく分からんがこんな貧相な体格の男なら大して値がつかないんじゃないか?」

 

 何やら色々な意味で聞き捨てならない会話をしている。俺は今更ながら焦る。

 

「ここで話していても仕方がない。村長の判断を仰ごう」

 

 ゴブリンたちが見張りを一匹残して、その場を去る。俺はわずかではあるが落ち着きを取り戻す。冷静な奴もいるようだし、村長という偉い立場の者もいるようだ。どうやら野蛮な種族ではないらしい。だが、置かれた状況は決して芳しくはない。俺はとにかく縄をほどこうと芋虫のように体を動かしてもがくが、縄はかなりきつく縛られており、ほどくことが出来ない。これではなにかあっても咄嗟に動くことが出来ない。しかも剣や盾を取り上げられてしまっている。こんな時に何をやっているんだ俺は。

 

「くそ!」

 

 自分に苛立った俺は両足をバタバタとさせる。

 

「うるさい……」

 

 不意に女の声が聞こえる。この牢屋に他に囚われている者がいたようだ。俺は声のする方に視線を向けて驚く。

 

「お前は……アリン⁉」

 

「そうだけど……貴方誰だっけ?」

 

「⁉」



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第7話(2)魔族の実情

 アリンの予想外の返答に俺は困惑する。

 

「い、いや、戦いましたよね⁉ 貴方と私! 直接的ではなかったですけど!」

 

「そんなに大声でわめかなくても聞こえるから……」

 

「な、ならば! 私は転生者の勇者、ショー=ロークです!」

 

「転生者……? 残念だけど部分的な記憶喪失のようでね……さっぱり覚えていないわ」

 

「そ、そんな……で、ではご自分が魔族だということは?」

 

「勿論、それは覚えている。というか、このフードで覆った角やローブに隠された翼を見れば否が応でも認識するわ……」

 

「転生者の勇者、アザマたちとパーティーを組んでいたことは?」

 

「アザマ? 誰、それ?」

 

 俺は驚きながらアリンの表情をよく確認する。嘘をついているようには見えないし、何よりこの質問で俺に対して嘘をついたり、しらばっくれたりする意味が無い。部分的な記憶喪失だというのはどうやら本当のことであるらしい。俺は更に質問を変える。

 

「ど、どうしてここに?」

 

「こっちが聞きたいわ……気が付いたらこの島で、ぼんやりとした頭でフラフラとしていたら、単純な罠にかかってこの有様よ……」

 

 アリンはウンザリしたように呟く。俺は気になった点に突っ込む。

 

「島? ここがどこだか分かるのですか?」

 

「大体ね……メニークランズの南海に浮かぶ島でしょ。島名までは忘れちゃったけど、見て分かるようにゴブリンどもの縄張りよ」

 

「メニークランズ本土とは離れているのですか?」

 

「正確な距離までは分からないけど、結構離れていた記憶があるわね」

 

「そ、そうですか……」

 

 俺は落胆する。アリンが尋ねてくる。

 

「逆に聞きたいけど、なんでこんなに暗雲が立ち込めているの?」

 

「え? それも覚えていないのですか?」

 

「何? 私が関係しているの?」

 

 アリンがキョトンとした顔を浮かべる。

 

「魔王ザシンが復活したのです。まあ、それがこの暗雲とどこまで因果関係があるのかは私には分かりませんが……」

 

「なんですって⁉」

 

 急に大声を上げたアリンに俺は驚く。

 

「そ、そんなに驚くことですか? 魔王ザシンの復活は貴女たち魔族にとって悲願のようなものなのでしょう?」

 

「はっ、悲願? 冗談も休み休み言ってよ!」

 

 見張りのゴブリンがこちらに振り返ったので、俺はとにかくアリンを落ち着かせる。

 

「ちょ、ちょっと声のボリュームを落として……」

 

「……貴方がいきなりわけのわからないことを言うからでしょう?」

 

「わけのわからないことって……」

 

「だってそうじゃないの」

 

 俺は混乱しながら、自分の見てきたことをそのままアリンに伝える。

 

「と、とにかく聞いて下さい、私たちは魔王の復活を阻止するため、古代神殿へと向かいました。メニークランズの南端に位置する神殿です。そこで魔族の妨害に遭いました。魔族のプリンス、トレイルとその配下のモンスターが私たちの前に立ちはだかったのです」

 

「ああ、あいつ……自称プリンスね」

 

「自称だったのですか⁉」

 

「魔王の血縁は途絶えているはずだし……何を以ってプリンスだと思えるのかって話よ」

 

「そ、そうだったのですか……」

 

「で? そこでどうして私が絡んでくるのよ?」

 

「あ、ああ……私たちとともに魔王復活に向かった勇者アザマのパーティーに所属していた貴女が突如としてトレイル側に寝返ったのです」

 

「はあ⁉ 意味が分からないんだけど⁉」

 

「お、起こった出来事を正確に伝えているだけです……」

 

「あいつと行動をともにしていることがまずあり得ないんだけど……」

 

 アリンは首を傾げる。俺はやや間を置いて尋ねる。

 

「つまり……貴女とトレイルは志を同じくするものではないということですか?」

 

「ええ、全く真逆の考えよ。言ってみれば、あいつは魔王復活推進派で私は反対派ね」

 

「反対派なのですか! 何故に?」

 

「転生してからどれ位経ったかは知らないけど、大体このメニークランズという地方がどういう場所なのかは分かるでしょ?」

 

「ええ、多種族が概ね平和に共生していますね」

 

「そう……私たち魔族の大部分もそんなこの地方の在り方に共鳴し、この百年近くをかけて徐々に融和をはかってきたの」

 

「融和……」

 

「ところが、それを良しとしない魔族の一部が魔王ザシンの復活を画策してね……魔王ザシンは数百年前派手に暴れ回って、メニークランズを恐怖のどん底に陥れた張本人よ。そんな奴が復活なんてしたら、また魔族と他の種族の間で溝が深まってしまう……大体、平和が大いに乱れてしまう」

 

「つまり貴女は……?」

 

「その復活を阻止するべく動いていたはずなんだけどね……」

 

 アリンが再び首を傾げる。俺も考え込む。

 

「妙な話ですね……」

 

「……その転生者たちはどうなったの?」

 

「え? ああ、トレイルを後一歩まで追い詰めたのですが、残念ながら……」

 

 俺は黙って首を振る。

 

「そう、悪いことをしたわね……」

 

「話を戻しますが、貴女は……」

 

「アリンで良いわよ」

 

「あ、ああ……えっと、アリンはここ最近の記憶が無いということですね?」

 

「すっぽりと抜け落ちているような感じね」

 

「どうしてでしょうか?」

 

「それが分かったら貴方にあれこれと質問しないわよ」

 

「ですよね……」

 

 俺はため息をつく。

 

「きゃあああ!」

 

「「!」」

 

 女ゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。見張りのゴブリンも慌ててその場から走る。

 

「な、なんだ⁉」

 

「このパニックぶり……モンスターでも襲ってきたのかしらね。ここのゴブリンはお世辞にも戦闘に長けた種族ではない……ちょうど良い、脱出のチャンスだわ……!」

 

 アリンが力を込め、自身をきつく縛っていた縄を引き千切って立ち上がる。

 

「だ、脱出って、もしかして逃げるのですか⁉」

 

「? それ以外に何があるのよ?」

 

「か、彼らを助けないと! 戦闘に不向きな種族なのでしょう⁉」

 

「なんでそんなことしないといけないの? 私たち、問答無用で囚われたのよ?」

 

「困っている者は助ける! それが勇者です!」

 

「!」

 

 俺は体をもぞもぞとさせながら、見得を切る。アリンが笑う。

 

「ご立派なことを言っているけど、その状態で何が出来るというの?」

 

「『理想の大樹』!」

 

「なっ⁉」

 

 俺は股間の部分に大樹を生やし、その勢いで縄を千切る。そしてアリンに頼む。

 

「魔王打倒の志は同じはず! ここはどうか協力してもらえませんか?」

 

「ず、随分とご立派なことで……」

 

「え?」

 

「な、なんでもないわよ! こうなったら行きがけのなんとやらよ! さっさとモンスターを倒すわよ!」

 

 俺とアリンは共同戦線を組むこととなった。



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第7話(3)ゴブリン村の激闘

「ふん!」

 

 俺は生やした大樹をやや乱暴に倒して、俺たちを収容していた牢屋を壊して外に出る。

 

「さて、まずはどうする?」

 

 アリンの問いに俺は答える。

 

「まずは非戦闘員を安全な場所まで退避させつつ、私の剣と盾を回収します」

 

「暗がりと土煙でよく分からないけど、モンスターは村の南部で暴れているようね。北部にいる私たちとはちょうど真反対ね」

 

「隙を突いて逃げないで下さいね!」

 

 俺はアリンに釘を刺す。アリンはややムッとして答える。

 

「今更逃げないわよ」

 

「結構なことです」

 

「面倒だからここから魔法をぶっ放してもいい?」

 

「それは却下です」

 

「なんでよ」

 

「被害が広範囲に及びます。村の外に誘導して倒すのが望ましいです」

 

 アリンは不満気な様子で呟く。

 

「そう上手く行くかしらね? だって……」

 

「え? なんです?」

 

「なんでもない! 早く剣と盾を回収して!」

 

 俺は周囲を見回して、この村で一番大きいと思われる建物に駆け込む。

 

「む! お、お前、いつの間に牢屋を⁉」

 

 俺を捕えたゴブリンの一人が驚いた視線を向けてくる。俺は構わず問う。

 

「私の剣と盾を返して貰います!」

 

「そ、そんなこと……!」

 

「この村の危機なのですよ! 私に任せて下さい!」

 

「……貴方ならば救えると?」

 

 腰の曲がった老いたゴブリンが尋ねてくる。恐らくこの村の村長であろう。

 

「当然です! 勇者ですから!」

 

「……持ち物を返してやれ」

 

「い、いいんですか⁉ 村長!」

 

「いいから急げ!」

 

「は、はい!」

 

 村長からの指示を受けたゴブリンが走っていく。村長は俺に話す。

 

「申し訳ない……村の平和を守るため、過敏過ぎる反応を取ってしまいました……」

 

「それが最善だと判断したのなら、こちらが言うことは何もありません」

 

 俺は気にするなという風に答える。

 

「も、持ってきました!」

 

 ゴブリンから剣と盾を受け取った俺はその場にいた全員に告げる。

 

「直ちに避難を! モンスターは私が倒します!」

 

「頼みます……!」

 

 村長の懇願を背に受けた俺は建物を出て、村の南部に走る。すぐさま俺は現場にたどり着く。激しく舞う土埃も晴れて、モンスターの姿を確認することが出来た。

 

「これは⁉ 鳥か⁉」

 

 俺の目に映ったのは、大きなくちばしに一匹のゴブリンを咥えている巨大な鳥の姿であった。周囲を取り囲むゴブリンたちが小柄だということを差し引いても、かなりの大きさである。俺が到着したことに気付いたアリンが背中越しに話す。

 

「魔鳥エビルホークよ!」

 

「あ、あのゴブリンを助けないと!」

 

「迂闊に近づいたら危険よ!」

 

 俺はアリンの忠告を無視し、突っ込む。そこに鋭い足の爪が襲い掛かってきた。

 

「うおっ⁉」

 

 俺はなんとか横に転がって躱した。巨体に似合わず素早い。確かにこれでは容易に近づくことは出来ない。アリンが俺を諭すように叫ぶ。

 

「距離をとって攻撃しないと!」

 

「では、貴女の魔法をお願い出来ませんか⁉ 糸か何か使えるでしょう⁉」

 

「生憎、魔力切れが近いわ! 糸は使えない!」

 

「ええっ⁉」

 

 俺は驚いて振り返る。アリンが忌々し気に呟く。

 

「断片的にだけど思い出したわ。私、貴方の仲間のエルフに雷魔法を喰らったでしょ?」

 

「え、ええ……」

 

「あの魔法は『裁きの雷』と言って相手にダメージを負わせるだけに留まらず、その相手の持つ魔力を一定期間、制限することが出来る高等魔法よ……」

 

「そ、そんな……」

 

 スティラの奴、またとんでもない魔法を初見でマスターしたな……。などと感心している場合ではない。アリンに必要以上に頼ることが出来ないということはこの場は俺がなんとかせねばなるまい。俺は一旦周囲を見回す。ゴブリンたちが長い槍を縛蔦(ばくった)構えている。戦いに慣れていない種族というのはどうやら本当で皆どことなく構えがぎこちない。震えが止まらない者もいる。魔鳥と呼ばれるような大きな鳥と相対すれば無理もないことではあるのだが。俺はゴブリンたちに声を掛ける。

 

「皆さん! 槍をあの鳥に向かって投げつけて下さい!」

 

「「「⁉」」」

 

「早く!」

 

 俺の迫力に圧されたのか、ゴブリンたちは持っていた槍を魔鳥に向かって投げつける。皆ほとんどへっぴり腰で投げているので、当然当たるはずもなく、槍が飛ぶ方向も目茶苦茶だ。ただ、気を引いてくれればそれで十分であった。俺は魔鳥の隙を突いてその懐に潜り込むことに成功する。

 

「『登木(のぼりぎ)』!」

 

 俺は木を地面に生やし、その幹を勢いよく駆け上がって、魔鳥の喉に斬り付ける。喉は太く硬い為、切り裂くことは出来なかったが、魔鳥はくちばしを広げ、くわえていたゴブリンを落とす。標的を俺に切り替えた魔鳥はくちばしを俺に向けて広げてくる。

 

「『縛蔦(ばくった)』!」

 

 俺は蔦を生やして、魔鳥の大きなくちばしを縛る。予想外のことに混乱した魔鳥は体勢を立て直そうとしたのか飛び立とうとした為、俺は再び『縛蔦』と唱え、魔鳥の左の翼と左足を縛る。それでも、魔鳥は飛び立ったが、不安定な体勢だった為、満足な高度を取れない。俺はアリンに声を掛ける。

 

「アリン! 頼みます!」

 

「『地獄の業火』!」

 

 アリンの両手から凄まじい勢いの炎が放たれ、魔鳥は一瞬で焼き尽くされ、地上に落下する。ゴブリンたちが歓声を上げる。木から降りた俺はアリンとともに、ゴブリンたちの称賛と感謝を受ける。俺たちは村長のもとに強引に連れていかれ、改めて丁寧な謝辞を受ける。すぐにでも出発したいところであったが、どうやら現在島の周りの海は荒れており、船などを出すのは危険だという。一晩待てば、海も落ち着くだろうということで、俺たちは引き留められ、そのままなし崩し的に宴に参加することになった。俺とアリンはゴブリンたちに薦められるまま酒を大いに飲んだ。俺の隣でアリンがぶつぶつ呟く。

 

「勢いに乗せられたようなものだけど……困っている者を助けるというのも案外悪くないものね……貴方のお陰で新たな知見を得たわ。か、感謝しているんだからね……そ、そのお礼と言ってはなんだけど……や、やっぱり恥ずかしいわね」

 

「んえ? ああ! わたひにドーンとお任せ下さしゃい!」

 

 すっかり酔いの回った俺は、アリンに気前よく返事をする。翌日……

 

「では……どうぞお気を付けて」

 

 村長たちに見送られ、俺はゴブリンの村を後にする。気になるのは俺の三歩程後ろを歩くアリンの様子だ。俺は振り向いて彼女に問いかける。

 

「あ、あの……アリン? どうかしたのですか? もっと近づいても……」

 

「肩を並べて歩くだなんてとんでもない。後方はどうぞ私にお任せを……ダーリン♡」

 

 そう言って、アリンはポッと顔を赤らめる。ダ、ダーリン?ひょっとしてまたまたまたまたまたなんかあったパターンか、残念ながら全く記憶に無い。俺は天を仰ぎつつ歩く。



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第7話(4)そのいかだを漕いでゆけ

「ダーリン? 何をやっているの?」

 

 アリンが不思議そうに尋ねてくる。

 

「……貴女のその翼はまだ使えないのでしょう?」

 

「うん。魔力と関係するからね。魔力の制限がまだかかっているみたいだから……」

 

「……ということは貴女にしがみついて飛んでいくということは不可能……ならば海を越えるしかありません!」

 

「それは分かったけど、さっきから一心不乱に何の作業をやっているの?」

 

「いかだ作りです!」

 

 俺は満面の笑みで答えた。

 

「ええ……?」

 

「? いかだというのは 木材などを並べて結び合わせ、水に浮かべる物……」

 

「い、いや、それは分かるよ。でもさ……舟はゴブリンに借りれば良くなかった? 漁業も少しはやるみたいだし……」

 

「……舟を返しに来られる保証はどこにもありません」

 

「慣れている誰かに船頭についてもらうとか……」

 

「……舟旅が安全に済む保障もどこにもありません」

 

「い、いや、かといってさ……」

 

「他になにか?」

 

 座って俺の作業を眺めていたアリンが立ち上がって叫ぶ。

 

「素人が作るいかだに乗って、海に漕ぎ出す方がよっぽど危険だと思うけど⁉」

 

「危険は承知!」

 

「私は承知していないけど⁉」

 

 俺はアリンを無視し、作業を進める。悪いがこれ以上構っている暇はない。事態は一刻を争うのだ。前夜、思いっ切り酒盛りをしたが、それは都合よく忘れることにする。

 

 俺は魔法で木を数本生やし、それを剣で適当な長さに切って、ゴブリンたちから分けて貰った縄できつく縛る。やや時間が掛かったものの、なんとか完成した。正直、いかだ作りなど初めての経験だが、どうしてなかなか上手く出来たのではないだろうか。オールも二本用意し、アリンに渡す。

 

「さあ、漕ぎ出しましょう!」

 

「いくらなんでも迷いなさすぎじゃない⁉」

 

 アリンも戸惑いつつも、いかだを押し出し、二人でその上に乗って、海に漕ぎ出す。

 

「ヨ―ソロー‼」

 

「ちょっと、テンション高過ぎ!」

 

「今上げないでいつ上げるのですか!」

 

「ええっ……」

 

 俺はアリンとの明確な温度差を肌で感じながらオールを懸命に漕ぐ。

 

「海は比較的穏やかですね、これならなんとかなりそうですね……」

 

「正確な場所は分かっているの?」

 

「大体、北に向かって行けばどうにかなるそうです」

 

「ざっくりし過ぎじゃない⁉」

 

「大丈夫!」

 

「何を以って⁉」

 

「とにかく漕ぎましょう!」

 

「もう……こうなったらヤケよ!」

 

 アリンも凄まじい勢いでオールを漕ぎ出した。流石は魔族である。細い腕に似合わない力強さを発揮し、いかだは想定以上のスピードでグングンと前に進む。

 

「良いですよ! この調子なら思ったより早く着きそうです! 何処かに!」

 

「何処かって! 無計画!」

 

「言ってみれば、人生なんて地図の無い旅ですよ!」

 

「少なくとも今は絶対に要るのよ!」

 

 ああだこうだと騒ぎつつ、俺たちはいかだを進ませる。しばらく進んだ後、俺は肩で息をしながら呟く。

 

「そろそろ陸地が見えてきても……⁉」

 

「な⁉」

 

 いかだが大きく揺れたと思うと同時に、海中から巨大なタコが姿を現す。その桁違いの大きさに俺は驚愕する。

 

「お、大ダコ⁉」

 

「魔獣エビルオクトパスよ!」

 

「また魔獣とは!」

 

「魔王復活の影響で、今まで大人しくしていた各地の魔獣たちもその活動を活発化させてきているのよ! って、きゃあ⁉」

 

 アリンが魔獣の足に絡め取られる。

 

「アリン!」

 

「くっ! 魔力が戻っていたら、こんな奴!」

 

 アリンを助けなければならない。俺は剣を抜いて構える。皮膚はそれほど硬いとは思えない。一点に力を集中すれば……。

 

「『登木』! うおおお!」

 

「!」

 

 いかだの上に木を生やした俺は、その木を勢いよく駆け登り、木からジャンプして、アリンを掴んでいた魔獣の足に斬り掛かる。上手く力が乗っていたのか、太い足の先端に近い部分を切りとることが出来た。アリンがいかだに着地する。

 

「やった! ……何⁉」

 

 喜んだ次の瞬間、俺は驚く。タコの切れた足がすぐさま再生したのである。

 

「そ、そんな! ぐっ!」

 

「ダーリン!」

 

 今度は空中に無防備に浮いていた俺がタコの足に絡まれてしまう。

 

「ぐぬぬ……」

 

「あの再生速度の速さじゃ、多少切ってもキリがない……」

 

 アリンが苦々しげに呟く。タコの別の足がアリンを捕えようと迫る。

 

「くっ!」

 

「ア、アリン!」

 

「避けるだけで精一杯! どうすれば……」

 

「吹っ飛ばせば良いんじゃない……」

 

「「⁉」」

 

 誰かの声がしたと思ったと同時に、激しい銃声が鳴り響く。銃弾の雨霰を喰らった魔獣は文字通り消し飛んだ。俺は海に落下する。

 

「……跡形もなくね♪」

 

 海に落下した俺は空を見上げる。そこには箒に優雅に乗りながら、二丁拳銃を構える魔女の姿があった。俺は叫ぶ。

 

「メラヌ!」

 

「ちょっとのご無沙汰ね、勇者さん」

 

「探しに来てくれたのですか⁉」

 

 俺は泳いでいかだにしがみつきながら尋ねる。メラヌは箒の高度を下げて、俺たちに笑顔で語り掛けてくる。

 

「察しがついているかもしれないけど、転移魔法を使ったの。魔法の対象のことを追うことが出来るんだけど、島に行ってみたら姿が見えなくて、ちょっと焦ったわ」

 

「そうだったのですか……」

 

「まさか、いかだで海に漕ぎ出すとはね……」

 

 メラヌは手で顔を覆い、笑いを堪える。

 

「ちょうど良い、箒に乗せてくれますか?」

 

「ちょっと、ダーリン! 勇者でしょ⁉ 初志貫徹よ!」

 

「え?」

 

 何やらムッとした表情のアリンがオールを突き付けてくる。

 

「漕ぐわよ! 陸地まで!」

 

「ええっ!」

 

「これは意外な展開ね……でもこの箒二人乗りだし、折角だから頑張って」

 

「ええっ⁉ そ、そんな……」

 

 俺は嘆きながらも渋々オールを漕ぎ出した。



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第8話(1)方針確認

                  8

 

「つ、着いた……」

 

 へとへとに疲れ切った俺はオールを放り投げて砂浜に倒れ込む。

 

「思っていたよりも速く着いたわね」

 

「魔族が本気を出せばざっとこんなものよ」

 

 笑うメラヌにアリンは事もなげに答える。

 

「じゃあそのままでも良いから、あらためて経緯と現状を説明するわね」

 

 メラヌは箒から地上に降りて話し始める。俺は仰向けになってその話に耳を傾ける。

 

「私が転移魔法を使用して、魔王ザシンからの攻撃をなんとか回避することが出来たわ。ただ咄嗟のことだったので、細かい場所の指定までは出来なかったんだけど……」

 

「お陰で助かったのですから贅沢は言えません」

 

「そう言ってもらえると助かるわ」

 

 メラヌは俺に対して頷く。アリンが問う。

 

「なんで私まで転移したの?」

 

「我ながら柄にもなく慌てていたからね。近くにいた貴女も魔法の対象に含めちゃったのよ……まあ結果オーライだったんじゃない?」

 

「結果オーライ?」

 

 腕を組むアリンに対してメラヌはウィンクする。

 

「話を聞いた限り、貴女は魔王討伐派と考えてもいいんでしょ?」

 

「討伐派……事態がこうなってくると、まあそうなるわね」

 

「勇者さんたちに協力してくれるってことね?」

 

「他はともかく……ダーリンの力にはなってあげるわ」

 

「ダーリンねえ……?」

 

 メラヌがニヤニヤしながら俺を見てくる。俺はわざとらしく咳払いして話題を変える。

 

「皆は無事なのですね?」

 

「ええ、今のところはね」

 

「それは良かった」

 

 俺は安堵のため息をつく。もっともあの面々は俺なんかよりも遥かに生命力や戦闘力が高いのでさして心配する必要も無いと思うが。

 

「まずは合流することが最優先ね。時間はあまり残されていないのだけど」

 

「と言いますと?」

 

「あの魔王との遭遇から三日程経っているの」

 

「もう三日も経っているのですか!」

 

「ええ、魔王の復活に勢いを得た魔族の軍勢……いわば『魔王軍』はメニークランズ各地へ向けて侵攻を開始……約三分の二がその支配下に置かれたわ」

 

「み、三日で三分の二が⁉」

 

 俺は驚愕する。メラヌは両手を広げて呟く。

 

「そう……まさに破竹の勢いってやつね」

 

「各地の状況は?」

 

 アリンが冷静に尋ねる。

 

「大きな被害は現在確認されていないわ。魔王軍との圧倒的な戦力差を目の当たりにして、本格的な戦闘に入る前に各自降伏したようだから。戦闘力などを持たない一般民衆のことを考えれば賢明な判断だと言えるかもしれないわね」

 

「民衆の様子はどうなの?」

 

「魔王軍の恐怖に怯えているのが実情よ。魔王軍もあまり無理をせず、平定を優先している方針なのが不幸中の幸いと言ったところね」

 

 メラヌが淡々と答える。俺は立ち上がって問う。

 

「残りの三分の一の状況はどうなのですか?」

 

「この海岸から見れば北東、メニークランズ全体から見れば南東に位置する部分にはまだ魔王軍の手はほとんど及んでいないわ」

 

「南東というと確か……?」

 

 俯いていたアリンが顔を上げる。メラヌが頷く。

 

「そう、大きな河を挟んで、長い歴史を掛けて造り上げられた大きな二つの城塞都市、『ホミ』と『トウリツ』があるところよ」

 

「成程、そこに皆集結しているわけね」

 

「たとえ魔王軍と言え、容易には攻め落とせないわ」

 

「で、では……そのどちらかの都市に入って籠城戦ですか?」

 

 俺の問いにメラヌが首を振る。

 

「籠城戦は救援に駆け付ける軍勢やしっかりした補給線があって初めて成り立つものよ」

 

「そ、それは確かに。ですが……現状、彼我の戦力差は厳しいものがあるのでしょう?」

 

「そうね……」

 

「で、でしたら、他に打つ手は……!」

 

 俺は不意にアヤコとかわしたやり取りを思い出す。

 

                  ♢

 

「喧嘩の時、不利な状況に置かれたらどうします?」

 

「唐突に物騒なことを聞いてくるな……」

 

「是非お考えをお聞かせ下さい」

 

「逃げるというのは無しなんだろう?」

 

「そうですね」

 

「どうにかして有利な状況を作り出す」

 

 アヤコはため息をつく。

 

「その、『どうにかして』の部分を聞きたいのです……」

 

 俺は腕を組んで考え込み、やや間を空けてから答える。

 

「……何を以って不利なのかにもよるが、数的に不利ならば、少数でも勝てる策を練る。戦意的に不利ならば、相手の戦意を挫く」

 

「ふむ、まあ良しとしましょう。参考になりました」

 

「参考って何だ?」

 

「こちらの話です……」

 

                  ♢

 

「少数精鋭で魔王を討つ……!」

 

 俺の言葉にメラヌは頷く。

 

「そう、そういうこと」

 

「そんなことが可能なの?」

 

 アリンが首を傾げる。メラヌが説明する。

 

「二つの城塞都市を陥落させるべく、各地の魔王軍の主力部隊も集結しつつある。この二つの都市の北方にある高山に位置する古城『カダヒ』を中心にね。逆に考えれば、これが魔王軍を瓦解させる最大にしておそらく最後の機会!」

 

「魔王の復活で意気が上がる軍勢……魔王を討てば、その意気は一気に萎むと……」

 

「そんなに上手くいくかしらね?」

 

「やってみる価値はあると思うわよ」

 

 尚も首を傾げるアリンにメラヌが微笑む。アリンが尋ねる。

 

「で、少数精鋭っていうのは?」

 

「こちらの勇者さんのナ二……もとい、名の下に集まった彼女らの力が必要だわ」

 

「私とダーリンの邪魔されたくないんだけど……仕方がないわね。どうすればいい?」

 

「私の使い魔が案内してくれるから、それに従って頂戴」

 

「馬車が無いので移動が面倒ですね……」

 

「私の魔力も大分戻ってきたわ、飛んで行けるわよ」

 

 アリンが掌をパッパとしながら俺に告げる。

 

「それは頼もしい!」

 

「他の女のところに向かうってのがいまいち気に食わないけど……」

 

 アリンはブツブツ言いながら背中の翼をバサッと広げる。

 

「それじゃあよろしくね」

 

「メラヌは行かないのですか?」

 

「ちょっと調べることがね……後で合流するわ」

 

「はあ……?」

 

「じゃあ、飛ばすわよ、ダーリン!」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! うおおおっ⁉」

 

 急に勢いよく飛び立ったアリンの足に掴まり、俺は不恰好ながら空高く舞い上がった。

 

 



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第8話(2)武闘派、突っ込む

                  ♢

 

 メニークランズの南東部にある二つの大きな城塞都市、その内、東に位置する『ホミ』の近郊で魔王軍とそれに反抗する勢力、『諸侯同盟』の軍勢による本格的な衝突が始まる。同盟軍は当初、魔王軍の攻撃をよく跳ね返していたが、次第に魔王軍が優勢となる。魔王軍の主力中の主力、『四傑』の率いる部隊が続々と戦線に集結してきたためである。

 

「見事に戦況が逆転したでござるな」

 

 戦場を幅広く見渡せる小高い丘の上に立つ大柄な女ドワーフのモンドが、丁寧に編み込んだ顎髭をさすりながら呟く。

 

「このままだと魔王軍に突破されちゃうね」

 

 その横でしゃがみ込んで頬杖をつきながら、狼の血を引く獣人族の娘アパネが冷静に語る。しゃべる度に、獣耳と尻尾がピクピクと動く。

 

「魔王軍は魔法を使ったり、空を飛んだりと実に多彩な戦いぶり、槍や弓が主な武装の同盟軍ではなかなか厳しいでござるな」

 

「あのドーン!と撃つやつは使わないの?」

 

「……大砲のことでござるか?」

 

「そうそう、それそれ。ホミの城壁に備え付けられたやつ」

 

「大砲などはこのメニークランズにはまだそれほど数がないのでござる。前線に運んでくるのも大変でござるし、使用方法に習熟した者も少ないので……」

 

「それは宝の持ち腐れだね~」

 

 アパネはため息をつきながら立ち上がる。

 

「魔王殿もせめて後一年、復活を待ってくれればなんとかなったのでござるが……」

 

「いやいや、そういうわけにもいかないでしょ」

 

 モンドの言葉にアパネは苦笑する。

 

「左様、そういうわけにもいかないのでござる」

 

「ボクらが今出来ることをやるしかないってことだね」

 

「……アパネ殿はどのようにお考えか?」

 

「簡単だよ、こういうのはとにかく偉そうなやつをぶっ倒す!」

 

 アパネは広げた左の掌に右の拳を打ち付ける。

 

「ふむ……大将格を倒せば、相手全体の士気も下がり、何より指揮系統に混乱が生じる。このような不利な戦況を覆すにはそのような大胆な一手を打つことが有効になってくるかもしれないでござるな……」

 

 モンドはふむふむと頷く。アパネは両手を広げて、首を振る。

 

「あんな大軍をいちいち相手にしていられないよ、モンドみたいに『ラッキー温泉』を目指すって物好きじゃないんだから」

 

「……もしかして『一騎当千』のことでござるか?」

 

「そうそう、それそれ」

 

「全然違うでござろう……」

 

「とにかく、一人で大軍を相手にするなんて体力と時間の無駄だし、只の無謀だよ。どうせ最後は力尽きて討たれるのがオチなんだから」

 

「ふむ……」

 

「戦での豪胆さと狩りでの小賢しさ……この場合、ボクなら後者を選択するね。語り継がれる程の活躍をしたって、あえなく命を落としちゃったら意味がないもの」

 

「小賢しさでござるか……」

 

「気に入らないなら、効率の良さと言い換えてもいいよ」

 

「効率……」

 

 モンドは腕を組む。アパネは戦場を指し示す・

 

「お気に召さないなら、どうぞ突っ込んだら? 止めはしないよ」

 

「いやいや、一騎当千という言葉の響きには憧れておりますが、それだけで命を危険に晒すほどのロマンチストではござらんよ」

 

「賢明な判断でなによりだよ。もっともモンドなら案外なんとかなりそうだけど……」

 

 アパネは笑みを浮かべる。モンドが尋ねる。

 

「では、どのように狩るでござるか?」

 

「そうだね……」

 

 アパネがあらためて戦場を眺め、狙いを定める。

 

「魔王軍の真ん中に展開するあの二つの部隊、あれらが恐らく魔王軍の主力と見ていい」

 

「同感でござる。あの二隊が到着してから戦況が魔王軍優勢に傾いたでござるからな」

 

「そう、あの二隊の頭を潰す。出来ればほぼ同じタイミングで」

 

「同じタイミングで?」

 

「相手に時間を与えてしまうと、立て直す余裕が生まれてしまう。突き崩すのなら一気にやるのがベストだよ」

 

「成程……」

 

 モンドがまじまじとアパネを見つめる。アパネが戸惑う。

 

「な、なにさ?」

 

「いや、感心しておるのでござる。思いの外、知性を働かせているので……」

 

「……一応聞くけど、どんなイメージを持っていたの?」

 

「脳筋一辺倒のオオカミ娘」

 

「もうちょっとオブラートに包んでよ!」

 

「認識をわずかながら改めるでござるよ」

 

「それでもわずかなの……まあそんなことはいいや、それじゃあ奥の部隊はボク、手前の部隊はモンドに任せるよ」

 

「御意。ただ……」

 

「何?」

 

「ここから奥の部隊に向かうには少々難儀するのでは?」

 

「当然、ショートカットするよ」

 

「ショートカット?」

 

 モンドが首を傾げると、アパネはモンドの持ち物から矢を一本取り出して、紐を使って腕に結び付ける。モンドが目を丸くする。

 

「な、何を⁉」

 

「これでボクの体ごと射飛ばしてくれる?」

 

「む、無理難題をおっしゃる……」

 

「相手の意表を突きたいんだ、お願い」

 

「やるだけやってみますか……」

 

 モンドはアパネを軽々と持ち上げると、矢ごと弓の弦につがえる。そして、思いっ切り弦を引き、矢をパッと離す。小柄とはいえ、そこまで軽くはないはずのアパネの体は矢とともに、戦場の真ん中目掛けて勢いよく飛んで行く。次の瞬間、アパネは魔王軍の中央付近に文字通り飛来する。

 

「な、なんだ⁉ 敵か、どこから来た⁉」

 

「い、いきなり上から降って来たぞ!」

 

「そ、そんな馬鹿な!」

 

 全く予期せぬ伏兵の登場に魔王軍は明らかに動揺した。

 

「少しズレたけど、まあ上々かな……流石の強弓だね!」

 

 アパネは矢を素早く解き、視線を上げる。

 

「どうなることかと思ったが、想像以上に上手くいったでござるな……。さて、それがしは手前の部隊を片付けるか!」

 

 成果を確認したモンドは数多の武器を背負い、丘の崖を一目散に駆け下り、剣を振るいながら、魔王軍に対して派手に斬り込む。突然軍勢の横っ腹を殴りつけられたようなかたちになった魔王軍は混乱に陥る。

 

「ま、また伏兵だ!」

 

「落ち着け! 一騎ずつだ、落ち着いて対処しろ!」

 

 魔王の軍勢は体勢を立て直そうと動く。アパネが舌打ちする。

 

「ちぃ……出来る限り時間を与えたくはないんだけど……」

 

「アパネ! モンド!」

 

「そ、その声はショー! 無事だったんだ……ね?」

 

「もう、ダーリン、変なところ触らないでよ、ここじゃ恥ずかしいって♡」

 

「す、すみません、落ちそうなものですから必死で……」

 

 アパネが顔を上げると、アリンと空中でイチャつく転生者の勇者、ショー=ロークの姿があった。アパネはこれ以上ないくらいに顔をしかめた。

 

                  ♢



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第8話(3)股間がバーニング

「着いたわ!」

 

「ぐえっ!」

 

 アリンが地上に降り立つと、彼女に掴まっていた俺はバランスを崩し、地面に間抜けな声を上げながら派手に転がった。

 

「大丈夫、ダーリン?」

 

「ぐっ……⁉」

 

 俺は顔を上げると驚いた。俺の周囲が二本足で立つトカゲの獣人、いわゆるリザードマンの集団だったからだ。この好戦的な種族は魔王軍に属しているようだ。リザードマンの兵士たちが俺を見て、訝しげに言葉をかわす。

 

「なんだこの人間……?」

 

「少なくとも友軍ではないだろう」

 

「それもそうだな」

 

「目障りだ、始末しろ」

 

 周りにいる全員が持っていた槍を構える。このままでは容赦のない滅多刺しだ。俺は慌てて起き上がり、その場を離れようとするが、間に合わない。

 

「死ね―――⁉ ぐはあっ⁉」

 

 俺の周囲にいたリザードマンが文字通り一蹴された。アパネが強烈な飛び蹴りをかましたのである。俺はアパネに声を掛ける。

 

「アパネ!」

 

「……」

 

 アパネが怪訝な顔で俺を見つめてくる。

 

「ど、どうしたのです?」

 

「……その女、何?」

 

「え? おわっ⁉」

 

 俺は驚く、アリンが俺と腕を組んで、頬ずりをしてきていたからである。

 

「そいつ、もしかしなくても、こないだ戦った魔族の女だよね? ショー、いつの間に魔王軍に鞍替えしたの?」

 

「そ、そんな馬鹿なことあるわけないでしょう!」

 

「その割には随分と親し気なようだけど……?」

 

 アリンが面倒臭そうにアパネに答える。

 

「魔族の皆が皆、同じ思想だとでも思っているの? 流石は獣人、おめでたい頭ね」

 

「は? 喧嘩売ってる?」

 

「……なによ、文句ある?」

 

 アパネがアリンを睨み付ける。アリンも負けじと睨み返す。

 

「く、詳しい事情は後で説明します! 簡単に言えば、今はお互い仲間だと考えてもらって間違いありません!」

 

 俺は慌てて二人を仲裁する。アパネは首を傾げる。

 

「詳しい事情ねえ……」

 

「くっ、かかれ!」

 

 しばらく様子を伺っていたリザードマンの兵士たちが襲いかかってくる。

 

「『狼爪斬・四連』!」

 

「ひぎゃああ!」

 

 アパネが両手両脚を使って、リザードマンたちを鋭く切り裂く。リザードマンたちは叫び声を上げて倒れ込む。

 

「ふん……」

 

 アリンが煩わしそうに両手を上げて交差させる。襲いかかろうとしたリザードマンたちの体の動きが止まる。

 

「⁉ う、動かねえ……?」

 

「『炎糸(えんし)』!」

 

「ぐぎゃああ!」

 

 アリンが広げていた掌を閉じると周囲に糸状の炎が発生し、リザードマンたちの体が燃え上がる。リザードマンたちは悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。一瞬で周りに糸を巡らせていたようである。アパネはアリンに告げる。

 

「詳しいことは雑魚を片付けてから聞こうか」

 

「そう……精々、雑魚にやられないでね」

 

 向かい合っていたアパネとアリンはそれぞれ踵を返し、リザードマンの兵士たちの群れに突っ込んでいく。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 

 完全に二人に出遅れてしまった俺はとりあえずより近くのアリンの後についていくことにする。リザードマンの兵士たちも一人一人精強さを漂わせているが、アリンはそれをものともぜずに退けていく。しかし、流石に多勢に無勢か、俺たちは気が付くと、二重三重に包囲されてしまう。アリンの糸を警戒してか、距離を取っている。

 

「糸を使うのには気付いたか、只の雑魚じゃないわね……」

 

 アリンが感心する。背中合わせになった俺は問う。

 

「ど、どうします⁉」

 

「……いちいち相手するのは面倒だわ。ダーリン、アレを……」

 

 アリンが俺に耳打ちしてくる。俺は耳を疑う。

 

「えっ⁉」

 

「お願いね、後は適当に合わせるから」

 

「て、適当って……え~い、『理想の大樹』‼」

 

 俺は股間に大木を生えさせる。

 

「な、なんだ⁉ 股間に大木を生やしたぞ⁉」

 

「わ、分からん! 一体、何が狙いだ⁉」

 

 リザードマンたちが困惑する。そりゃそうだ、この場にいる誰よりも俺自身が戸惑っているのだから。アリンが笑って囁く。

 

「『地獄の業火』……」

 

「⁉ 火が木に⁉」

 

 アリンが放った炎が大木の先端に着火し、あっという間に燃え広がる。

 

「さあ、ダーリン! 思いっ切り振り回しちゃって!」

 

「う、うおおお!」

 

 俺は言われるがままに燃える股間の大木を振り回す。意表を突かれたリザードマンたちは木に薙ぎ倒され、かろうじて躱した者たちの体にも火が燃え移る。

 

「あぎゃああ!」

 

 戦場は阿鼻叫喚の騒ぎとなる。かくいう俺も一緒になって騒いだ。もうすぐ炎が大木を燃やし尽くし、俺の股間ごとバーニングさせようとしているのだ。これで騒がないでいつ騒ぐというのか。

 

「ぬおわあああっ!」

 

「ダーリン、そこに小川が流れているわよ」

 

 アリンが自身の長い爪を眺めながら、俺にボソッと伝える。

 

「そ、それを早く言って下さい!」

 

 俺はアリンの言う小川を確認し、自分でも驚くほどの速さでそこに駆け込み、股間を水に浸けて、股間の大火災をなんとか消火し、安堵のため息をこぼす。なんだこの状況は。

 

「とりあえず、この辺は片付いたわね」

 

 アリンがゆっくりと俺に歩み寄ってくる。

 

「はあ、はあ……」

 

「落ち着いた?」

 

「な、なんとか……」

 

「それは良かったわ」

 

「……そうだ、アパネは⁉ ―――⁉」

 

 呼吸を整えた俺はアパネの方に視線をやり、驚いた。ほとんどのリザードマンを蹴散らしていたが、一人のリザードマンの前に傷だらけの姿で膝を突いていたからである。

 

「あらら……随分と手こずっているようね。まあ、無理もないかしら」

 

「あ、あのリザードマンは⁉ アパネがあんなに苦戦を強いられるなんて……まさか奴が魔王軍の『四傑』ですか⁉」

 

「……残念ながら、あいつは四傑の一人の……片腕みたいなものよ」

 

「か、片腕であの強さ……⁉」

 

 アリンの言葉に俺は驚愕する。



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第8話(4)常識外れの行動

「アパネ!」

 

「待って、ダーリン」

 

 アパネの近くに駆け付けようとした俺をアリンが呼び止める。

 

「何ですか⁉」

 

「あれを見て……」

 

「⁉」

 

 アリンが顎をしゃくった方を見てみると、モンドが大きな槌を構えた分厚い鎧を着こんだオークの前に膝を突いていた。

 

「あの女ドワーフも結構苦戦しているわ」

 

「ま、まさか、あのオークも⁉」

 

「あいつも四傑の一人の……側近みたいなものね」

 

「側近であの強さ……」

 

 俺は絶句する。アリンは冷静に語る。

 

「どちらの戦況にもすぐ対応出来るように、しばらくここで様子を見ていましょう」

 

                  ♢

 

「ふん……先程までの威勢はどうした、オオカミ娘?」

 

 長い槍を構えたリザードマンが体中傷だらけのアパネを嘲笑う。

 

「くっ……」

 

「大方、この不利な戦況を一気に覆すために、主力部隊の主将である儂、ワナームの首を狙ってきたのであろう?」

 

 ワナームと名乗ったリザードマンがわざとらしく自分の首をトントンと叩いてみせる。アパネは肩の傷を抑えながら無言でそれを見つめる。

 

「……」

 

「その狙い自体は決して悪くない。但し、相手が悪かったな……儂は魔王ザシン様に仕える四傑が一人、ドルフ様の片腕! 貴様如きにこの槍をかいくぐれるはずもない!」

 

 ワナームは長い槍をくるくると器用に回して、アパネに切っ先を向ける。アパネはその様子を見つめながら考える。

 

(あの槍だ……ただでさえリーチがある上に、まるで手足の様に自由に動く……あの槍を躱して、懐に入るのは至難の業だ)

 

 アパネはゆっくりと立ち上がる。ワナームは感心したような声を上げる。

 

「ほう、その傷でまた立つか、なかなかどうしてタフだな……もっとも膝を突いたままの方が楽だったかもしれんぞ?」

 

(考えろ……)

 

 アパネは軽く頭を掻きむしる。

 

「見たところ、まだ若い娘だな……しかし貴様は多くの同胞を手にかけた。戦だ、いちいち恨み言は言わん……ただ、楽に死ねるとは思うなよ」

 

 ワナームの言葉に周囲のリザードマンの兵士たちが歓声を上げる。周りの騒ぎをよそにアパネは自分でも驚くほど集中していた。

 

(主将格を狙うという考えは悪くはなかった……ボクの頭も使い様だ……次はどうする? あの速く鋭い槍をどう躱す?)

 

「ふん、恐怖で動けんか。ならばこちらから仕掛けるぞ!」

 

 ワナームが突っ込んでくる。アパネが瞬時に考えを巡らす。

 

(躱せないなら―――!)

 

「な、なんだと⁉」

 

 ワナームは驚いた。心の臓を狙った槍の切っ先をアパネが両の掌を広げて受け止めたのである。槍は掌を貫き、血が滴る。アパネは痛みに顔を歪めながら呟く。

 

「ね、狙いが正確だったから、受け止めやすかったよ……」

 

「ば、馬鹿な!」

 

 ワナームは槍を抜こうとするも、慌てていて上手く行かない。アパネはニヤっと笑う。

 

「この槍が邪魔だった……こうして封じてしまえば良い」

 

「き、貴様の手も使えまい!」

 

「足があるよ! 『血爪斬(けっそうざん)』!」

 

「がはっ! ち、血の刃を飛ばしただと⁉」

 

 右腕に攻撃を喰らったワナームは槍を手放してしまう。

 

「今だ!」

 

「し、しまった!」

 

 アパネは槍を奪うと、それを引き抜き、一気にワナームの懐に入り込んで飛び掛かる。

 

「『狼爪斬・四連』!」

 

「ぐはっ! ザシン様、ドルフ様、申し訳ありません……」

 

 ワナームは仰向けに倒れ込んだ。

 

「ザシンとドルフにはボクから伝えておくよ……って聞こえてないか」

 

 肩で息をしながらアパネは淡々と告げる。その一方……

 

「フフフ、武芸に長じた女ドワーフとはな、珍しいモノを見たわい、ただオデの相手ではなかったようだな……」

 

「ぐっ……」

 

 膝を突くモンドを見ながら、オークは下卑な口調で話す。

 

「オデは魔王ザシン様に仕える四傑が一人、ヴルフェ様の側近! ドエイだで!」

 

「!」

 

「ブハハハッ! 驚いて声も出まい!」

 

 ドエイと名乗ったオークにモンドはゆっくりと立ち上がりながら答える。

 

「……言葉使いに長けたオークとは、随分と珍しいモノを見たと思ったのでござる」

 

「ブヒッ⁉ お、おのれ、良い体付きをしているからオデの妾にでもしてやろうかと思ったのに……気が変わった! 叩き潰してくれる!」

 

 ドエイが大槌を振りかぶって迫る。モンドは考える。

 

(単純な力比べとなればあの大槌には到底勝てぬ。先程、刀は危うく折られかけ、斧ではあっさり押し負けた……それならば!)

 

「フン!」

 

 ドエイが大槌を振り下ろす。モンドはすんでのところでそれを躱す。地面は粉々に砕け、土塊となって飛び散る。モンドはすぐさま反応する。

 

「これだ! 『豪打乱舞』!」

 

「ブハッ⁉」

 

 モンドは背中に背負った数ある武器から棍棒を取り出し、飛び交う土塊を叩いて弾き飛ばす。土塊は凄まじい勢いで、次々とドエイの体に命中した。予期せぬ攻撃にドエイは思わず体勢を崩す。モンドが迫る。

 

「隙有り!」

 

「⁉」

 

 モンドは刀を抜き、一刀のもとにドエイの太い首を刎ねた。モンドはゴロゴロと転がるドエイの頭を掴んで、高々と掲げる。

 

「敵将ドエイ、討ち取ったり!」

 

「う、うわあああ!」

 

 オークの軍勢は主将格を失ったことであっという間に統率を失い、我先にと逃げ出していった。モンドはホッとため息をつき、小声で呟く。

 

「これ以上の戦闘は厳しかったでござる……大人しく退いてくれて良かった」

 

                   ♢

 

「す、凄い……」

 

「手助けは不要だったみたいね」

 

 リザードマンとオークの部隊が主将を失い、退却を始める。主力を務める部隊の突然の瓦解に、魔王軍全体が混乱に陥る。これで戦況は逆転だ。同盟軍が盛り返し始める。

 

「こうも上手く行くとは……」

 

「戦はそれ自体が生き物みたいなものだからね。常識には当てはまらない時もあるわ」

 

「な、成程……」

 

「むしろその常識外れの行動にボクは興味があるな~」

 

「それがしも同意でござる……」

 

「えっ⁉ アパネ、モンド、いつの間に……って、うわっ!」

 

 俺は驚いた。プスプスと煙を立てている俺の股間辺りをアリンが優しくさすっているのである。俺はアパネたちの冷たい視線を受けながら、アリンの手をどかせようとした。アリンも何故か抵抗してくる。戦場のど真ん中で何をやっているんだろうか……。



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第9話(1)予期せぬ知らせ

                  9

 

                  ♢

 

「ご無沙汰しております。なにか変わったことがありましたか?」

 

 心の中で『ヘルプ』を唱えると、数日振りに転生者派遣センターに繋がった。センターの担当者、アヤコが相も変わらず面倒臭そうなテンションで俺に尋ねる。

 

「やっと繋がったな……何故この数日繋がらなかった? なにか混乱していたのか?」

 

「その理由も多少ありますが、主に私が有休をとっていたからですね」

 

「はっ⁉ 有休⁉」

 

「ええ、有給休暇です」

 

「え……」

 

 俺は予想外の答えに言葉を失う。

 

「有給休暇とは一定期間勤続した労働者に対して、心身の疲労を回復しゆとりある生活を保障するために付与される休暇のことで……」

 

「い、いやその仕組みはなんとなくだが知っている。つまり……休みを取っていたから、俺からの連絡に出られなかったということか?」

 

「まあ、そうなりますね」

 

「ふざけんな!」

 

「……だからそんなに怒鳴らないで下さい」

 

 アヤコはウンザリしたように答える。

 

「怒鳴りたくもなるだろう! こっちはどれほど大変だったか……! 百歩譲って休みを取るのは良い。それより引き継ぎとかしていなかったのか?」

 

「面倒そうな方の相手は誰も担当したがらないので……」

 

「え、何だって?」

 

「いえ、なんでもありません。こちらのミスです。大変申し訳ありませんでした。今後はこのようなことが無い様に細心の注意を払って参りますので、今後も当センターのご利用をよろしくお願い申し上げます」

 

 アヤコは事務的に謝罪の弁を早口でまくしたてた。

 

「そもそも、細心の注意以前の問題だろう……」

 

「ご無事だったのですから良かったじゃないですか。それよりも未来の話をしましょう」

 

「未来の話ね……」

 

 俺はため息をつく。やや間を置いて、アヤコが口を開く。

 

「成程……確認したところ、困難な状況は相変わらずといったところですね」

 

「何度も同じようなことを言って我ながら情けないが、この世界は俺の手に余る」

 

「またまたご謙遜を」

 

「謙遜なんかしている余裕は全く無い」

 

「こちらの想定を超える奮闘ぶりではありませんか。正直期待以上だという評判ですよ。SSランク勇者の方が率いるパーティーは脱落したというのに」

 

「……ちなみに想定したのはどの辺りだ?」

 

「初めの集落でダメだろうなと思っていました」

 

「それは期待していないのと同じじゃないか」

 

「それよりもなにか他に問い合わせされたいことがあるのではないですか?」

 

「例えば今後、魔法系のスキルを新たに習得することとかは出来るのか?」

 

「出来ませんね」

 

「即答⁉」

 

「ショー様のジョブは勇者ですから、習得出来る魔法系スキルは一種のみです」

 

「つまり……この木系統魔法でなんとかしろと?」

 

「ご不満があるのですか?」

 

「戦闘には不向きだ、今更な話だが」

 

「使い様だと思いますが……例えば、今までどのように使ってこられたのですか?」

 

「そちらで確認はしていないのか?」

 

「全てを把握しているわけではありませんので、出来れば今後のデータの参考にしたいので、簡単にご説明頂きたいです」

 

「まず、剣の形に木を生やすことが出来るな」

 

「ほう、良いじゃありませんか」

 

「蔦を生やして、相手の持ち物を取ったり、手足を縛ったり出来る」

 

「なかなか実用的じゃありませんか。その他には?」

 

「股間に大木を生やせる」

 

「ぶっ‼」

 

 アヤコが噴き出した様な音が聞こえる。

 

「……今、笑っただろう?」

 

「わ、笑っていません……ち、ちなみに、なぜ股間なのですか?」

 

「そこが適当だと思ったからだ」

 

「ぶはっ‼」

 

「笑ったな?」

 

「……笑っていません」

 

「……まあいい。大まかな傾向としては俺が目にしたことのある、あるいは記憶にある樹木を生やすことが出来るようだ。但し、この世界に存在しない樹木は生やせないようだ」

 

「そこまで分かっているのならば結構ではありませんか。同じことを申しますが、結局使い様です……すみません、他に問い合わせがあるようですので……戦乙女さんからね」

 

「あ、ちょっと待て……くそっ、切りやがったな……」

 

 俺は仕方なくポーズ状態を解除した。

 

                  ♢

 

「ダーリン♡ もうすぐトウリツに着くよ」

 

 アリンが俺に対して声を掛けてくる。今、俺はアリンの体に巻き付けたロープにぶら下がって空を飛んでいる。やはり勇者が女の体にしがみついて飛ぶのは色々な意味で問題があると判断したためだ。我ながら賢明な判断だと思う。もっともアパネからの強硬な主張も考慮したのだが。

 

「思ったより速いな」

 

「大体、数十分くらいね。歩いたりしたら強行軍でも半日はかかるけど」

 

 ホミ近郊で魔王軍を退けた俺たちは、一旦ホミに入った。傷だらけのアパネと疲労が蓄積していたモンドは救護施設で休ませることにした。その施設にも治癒の魔法に長けたものが何人かいたが、スティラほどではなく、回復には半日以上かかるということだった。今の俺たちには半日も惜しい。ひとまず俺とアリンが先行する形を取った。ちなみにアリンが俺たちと行動を共にすることに関しては、モンドはあっさりと「委細、承知した!」と理解を示してくれたが、アパネの説得にはやや手間取った。曰く、「ショーも裏切られてしまうかもしれないよ?」とのことだ。その疑念も無理は無いが。俺はアリンのことは信頼出来ると確信していると力強く断言した。よって、最終的には了承してくれた。大分渋々といった様子ではあったが。

 

「メラヌの話では、アパネらと同じ様に、スティラとルドンナもお互い近くの場所に転移しているようだが……」

 

「同盟軍に参加してくれていれば、色々と探す手間が省けるわね」

 

「もう少し情報が欲しいな……って⁉」

 

 俺の鼻先をコウモリが飛んでいった。コウモリはアリンの方に近寄る。

 

「噂をすればなんとやら……情報が届いたよ」

 

「メラヌの使い魔か、なんと言っている?」

 

「!」

 

 アリンの顔が険しくなる。

 

「どうした?」

 

「いや、これは不確定な情報だから……今、ダーリンの耳に入れる必要は無いよ。それで? もう一つの情報は?」

 

 アリンが使い魔に尋ねる。使い魔の答えを聞いて、アリンは目を丸くする。

 

「何かあったのか?」

 

「これも良くない知らせね……」

 

「良くない知らせ?」

 

「そう、防衛線が突破されて、トウリツに魔王軍の侵入を許し、都市の一部を占拠されてしまったそうよ」

 

「なっ⁉」

 

 俺は驚愕した。



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第9話(2)勇者、とりあえず降り立つ

「ダーリン、とりあえずこの辺りで一旦降りるね」

 

 困惑する俺の様子を察してくれたのか、アリンがある山の中腹にゆっくりと降下した。ここから完璧にではないがトウリツの都市をある程度見下ろすことの出来る場所である。

 

「占拠されたということは……」

 

 俺は目を凝らす。都市のいくつかの場所から煙が立っている。規模の大小に関わらず、この巨大な城塞都市のまさに内部で戦闘が行われたということであろう。

 

「へ~は~そう、成程ね、じゃあ、またなにか分かったら連絡頂戴~」

 

 アリンがそう言って手を振ると、メラヌの使い魔がまたパタパタと空を舞っていく。俺はアリンに近寄って尋ねる。

 

「また何か追加の情報ですか?」

 

「うん、あのね……」

 

 アリンの歯切れが悪い。嫌な予感しかしない。しかし、聞かないわけにもいかない。

 

「アリン、教えて下さい」

 

「『悪い知らせ』と『もっと悪い知らせ』があるんだけど……」

 

「ふむふむ……ってえええっ⁉」

 

 俺は驚きの表情をアリンに向ける。こういうのは大体、『良い知らせ』と『悪い知らせ』がある……とか言うものじゃないのか? どちらも悪い知らせなんて、今初めて聞いたような気がする。アリンが沈んだ表情のままで尋ねてくる。

 

「ダーリン、どっちを聞きたい?」

 

「……『悪い知らせ』の方を」

 

 俺は俯きながら聞く。

 

「そっちね……魔王軍迎撃の為に、トウリツを出発した諸侯同盟軍、通称『同盟軍』の軍勢なんだけど、その主力部隊が戦線に到着する前に防衛線をことごとく魔王軍に突破されちゃったんだってさ」

 

「……本意ではないにしろ、それなら都市近郊で激突するのでは?」

 

 俺の問いにアリンは頷きながら、話を続ける。

 

「そう、そこまではさっきの第一報でも大体伝えた話……ところが、同盟軍は魔王軍をまんまと素通りさせてしまい、トウリツへの侵入を易々と許してしまったって」

 

「そんな! どうして⁉ ……まさか四傑の⁉」

 

「ええ、恐らくは四傑の一人の……懐刀の仕業ね」

 

 アリンの言葉に俺は頭を抑える。四傑自身が出陣してきていないというのに、ここまで苦戦を強いられるのか。四傑自らが出てきたら一体どうなってしまうのか……。頭が痛くなってきた。俺はなんとか言葉を絞り出す。

 

「同盟軍は防衛戦を主体に考えていたはずなのに、都市の奪還戦をせねばならなくなったということですか……」

 

「幸いにも城郭都市の全てを掌握されたわけではないようね。あくまで一区画よ。まあ、結構な広さではあるけれども……それにまだ都市の中に同盟軍の主力部隊も半分は残っているわ。当初の想定からは大分狂っちゃったでしょうけど、同盟軍は挟撃を行うという選択肢も出てきたわ」

 

「それは少し『良い知らせ』かもしれませんね……」

 

「そうかもね」

 

 俺は小さく笑みを浮かべた。アリンもそれに同調した。俺はしばらく間を置いて、意を決してアリンに問う。

 

「……それで! 『もっと悪い知らせ』とはなんですか⁉」

 

「ああ……」

 

 アリンが遠い目をする。

 

「教えて下さい!」

 

「ダーリンと行動を共にしていたあのエルフと、人間の召喚士?」

 

「スティラとルドンナですか⁉ あの二人がどうしたのですか⁉」

 

「同盟軍の主力として活躍中だってさ……」

 

「え……?」

 

「……」

 

 一瞬の沈黙の後、俺は叫ぶ。

 

「それは『良い知らせ』じゃないですか!」

 

「ええっ⁉」

 

「こっちがええっ⁉ ですよ!」

 

 俺に怒鳴りつけられたようなかたちになったアリンはシュンとしながら呟く。

 

「だってさ……あのエルフには強烈な雷魔法喰らってるし……」

 

「あの場は致し方ないでしょう。水に流して下さい」

 

 俺はアリンを諭すように優しく語りかける。

 

「……召喚士は魔族を酷使に近い使役をしている奴もいるから基本的には好きじゃない」

 

「ルドンナはそういうことはしない方ですよ」

 

 多分だけどな。とにかく、ここでアリンにスネられてしまっては困るのだ。

 

「アリン、きっと、スティラもルドンナも貴女と気が合うと思いますよ。大丈夫、上手くやっていけますって」

 

「気が合っちゃったらそれはそれで困るんだよね……」

 

 アリンは両膝を抱え込むように座り、顎を膝の上に置き、横目で俺を見る。

 

「え?」

 

 俺のすっとぼけた返事にアリンは深いため息をつきながらも立ち上がる。

 

「はあ……まあいいや、トウリツ奪還に行きますか。ロープにしっかり掴まって!」

 

「は、はい!」

 

 俺とアリンはトウリツ方面に飛び立った。

 

                  ♢

 

「ルドンナさん! 何をしているのですか⁉」

 

「ん~? 魂の休息中」

 

「要はサボりじゃないですか!」

 

「そうとも言うね~」

 

 城塞都市『トウリツ』に八つある大きな城門の一つ北東の門を攻略すべく、同盟軍が急遽設営したテントの中で、白髪で褐色が特徴的な凄腕召喚士ルドンナは優雅にハンモックを持ち込んで休息していた。回復魔法に長けているだけでなく、魔法全体のセンスに秀でている(ただし、ほぼ無自覚)女エルフ、スティラはそんな彼女を叱り付ける。

 

「皆さん、必死に魔王軍と戦っているのですよ!」

 

「それはもちろん、わかっているよ……スティラさん、この部隊の目的は?」

 

 いきなりの質問に面食らったスティラだが、すぐ答える。

 

「この城門を突破し、中に入り込んだ魔王軍を友軍とともに追い払うことです!」

 

「そうだね、ただ、あの城門、北東の門には()()()()がいる……」

 

 ルドンナはテントの外側を指差す。

 

「確かに驚異です! しかし、貴女の強力な召喚術があれば打倒することは可能です!」

 

「簡単に言ってくれるね……」

 

「貴女のことを信じているからこそです!」

 

「おおっ……なんという真っ直ぐな眼差し……」

 

 スティラの意志の籠った強い視線にルドンナは一瞬たじろぐが、首を振る。

 

「前にも似たようなことを言ったと思うから分かっているはずだよ。強力な召喚術というのは連発することは出来ない。だからこうして力を蓄える必要があるんだよ」

 

「では、連中すべてを追い払うことも!」

 

「いや、流石にすべては無理だね~」

 

「そ、そんな!」

 

 ルドンナはハンモックから降りて、テントの幕を上げて、戦場を見つめる。

 

「……アタシが狙っているのはあの主将格。アイツさえ倒せば、後は烏合の衆だ」

 

「そのために力を溜めていると? ただ、あそこまで近づけますか?」

 

「そこなんだよね~問題は。誰かが気を引いてくれれば良いんだけど……」

 

「誰かが……!」

 

 その時テントの上空から大きな声がした。

 

「ちょ、ちょっと、アリン! 降り方が雑! どわあああっ!」

 

 ロープで引き摺られたショーがテントに滑り込む。スティラは驚き、ルドンナは笑う。

 

「シ、ショー様⁉」

 

「適任者が来たね」

 

                  ♢



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第9話(3)進撃の変な奴

「ぐっ……」

 

「ショー様、ご無事だったのですね!」

 

「! あ、ああ、スティラ」

 

 俺はロープを解きながら立ち上がり、笑顔で駆け寄ってくるスティラに答える。引き摺られたことによる激しい摩擦熱で頬を少しばかり火傷したが、何事もないように振舞う。

 

「ホミの方はどうなっているのでしょうか? 情報が錯綜していて……」

 

「アパネとモンドの活躍もあって、魔王軍を退却させることが出来ました」

 

「私らの活躍もあったよね~」

 

 アリンがテントに姿を現す。スティラが怪訝な表情になる。

 

「貴女は……!」

 

「どうも。その節はお世話になったわね」

 

「えっと、詳細は後で説明するとして、彼女、アリンも共に戦ってくれることになりました」

 

「ダーリンの為に戦うからよろしく~」

 

 アリンが俺と腕を組んでくる。スティラが露骨に顔をしかめる。

 

「ダ、ダーリン⁉」

 

「魔族の娘も手中に収めるとは……勇者様は手当たり次第だね~」

 

 ルドンナが笑いながら話しかけてくる。俺はルドンナを嗜める。

 

「ルドンナ、人聞きの悪いことは言わないで下さい」

 

「え、事実じゃないの?」

 

 俺はアリンを引き離し、話題を変える。

 

「スティラ、戦況はどうなっています?」

 

「え、ええ……現在北東の門を攻略しようとしていますが、苦戦しております。城壁付近に陣取っているあの部隊が厄介で……」

 

「あの部隊?」

 

「ええ、ここからも見えます」

 

 俺はテントを出て、スティラが指し示す方向を見て驚く。一つ目型の巨人が何体も城壁付近に立っていたのである。

 

「きょ、巨人⁉」

 

「ええ、巨人族です。争いごとを好まない心優しい種族もいるのですが、粗暴な彼らは魔王の傘下に入ることを選択したようですね」

 

「な、成程……確かにあれは厄介そうですね」

 

「中でも厄介なのは、あの一番奥に立っている巨人です」

 

「額に角が生えている……他とは違うようですね、主将格でしょうか?」

 

「恐らくそうでしょう。他の巨人とは戦闘力が段違いですから」

 

「アリン、まさか奴は『四傑』ですか?」

 

 俺はアリンに尋ねる。アリンは首を振る。

 

「残念ながら……言ってみれば右腕的な存在ってところね」

 

「右腕的な存在ですか……」

 

 肩を落とす俺に対して、ルドンナが声をかけてくる。

 

「落ち込んでいる暇はないわよ。あの主将格を倒さなければならないのだから。早くしないと被害が拡大する一方だわ」

 

「ルドンナさん、休んでいたじゃないですか……」

 

「だから力を蓄えているって言ったでしょ」

 

 スティラの指摘にルドンナは反論する。俺はルドンナに問う。

 

「ほ、本当に倒せるのですか? あの巨人を……あんな高い城壁の三分の二くらいの大きさがありますよ」

 

「全ては無理だけど……あの主将格だけならなんとかなるわ」

 

「大した自信ね。勝算はあるの? 巨人がうじゃうじゃいるわよ」

 

 アリンの問いにルドンナは微笑を浮かべて答える。

 

「誰かが奴らの気を引いて、時間を稼いでくれればね……」

 

「誰か?」

 

 ルドンナが俺の肩にポンと手を置く。

 

「というわけでよろしくね、勇者様♪」

 

 嫌な予感が的中した俺は天を仰ぐ。

 

「だ、大丈夫ですよ、ショー様、わたくしたちもフォローしますから!」

 

「スティラ殿! スティラ殿はこちらか!」

 

 そこに同盟軍の兵士が駆け込んできた。スティラが答える。

 

「は、はい! ど、どうかしましたか⁉」

 

「実は長年使われてなかった地下通路を利用し、都市内部への潜入に成功したのですが、通路の出入り口付近に強力な敵がおり、前に進めないのです! スティラ殿には大至急回復魔法による支援をお願いしたいのです!」

 

「え、ええ……?」

 

 スティラは困惑する。俺はキリッとした顔つきでスティラに告げる。

 

「行ってあげて下さい、スティラ。こちらは大丈夫です」

 

「は、はあ……」

 

「アリン、貴女にはスティラの護衛をお願いします」

 

「ええ? まあ、ダーリンの頼みなら仕方が無いなあ」

 

「……では、失礼します。ご武運を!」

 

 スティラとアリンは兵士と共に地下通路に向かった。ルドンナが呟く。

 

「魔族の娘は残ってもらった方が良かったんじゃない?」

 

「スティラの身の安全を確保することも大事です。恐らく、敵の別の主力部隊と相対することになるのでしょうから」

 

「まあ、それも一理あるわね……スティラさんの回復魔法が無いとこちらの戦力は半減するのと同じようなものだものね」

 

 ルドンナは納得する。俺は城壁の方を眺めながらルドンナに尋ねる。

 

「……巨人の群れをかいくぐって、貴女を主将格に近づけさせれば良いのですね? ただ、主将格を倒せば、それで済むのでしょうか?」

 

「ざっと見たところ、主将格のあの一本角が色々と指示を飛ばしているわ。司令塔を失えば、付け入る隙は十分出来るはずよ」

 

「そうですか……」

 

「アイツらの注意を引き付ける方法はある?」

 

「ぶっつけ本番にはなりますが……考えていた方法はあります」

 

「そう、ならそれで行きましょう」

 

 ルドンナは城壁に向かってさっさと歩き出す。俺は慌てる。

 

「どんな方法か聞かないんですか⁉」

 

「その時のお楽しみってやつでしょ?」

 

「お楽しみって……」

 

 俺たちは城壁付近まで近づいた。巨人たちに同盟軍は苦戦している。ルドンナが呟く。

 

「それじゃあ、お願いね」

 

「どれ位時間を稼げば良いのですか?」

 

「五分稼いでくれれば十分よ」

 

「分かりました……」

 

 俺は巨人たちに駆け寄る。わざと剣の鞘をカチャカチャと鳴らす。すると、何体かの巨人が俺に気付く。巨人族を見かけたことが無いわけではないが、流石にこれくらいの数を前にすると緊張感が違う。とはいえ、ここまで来たらやるしかない。俺は覚悟を決めて突っ込む。

 

「『理想の大樹・上昇気流』!」

 

「⁉」

 

 俺は尻の穴に大木を生やす。その反動で俺はあっという間に巨人たちの首の高さ辺りまで到達した。巨人たちがその大きな目を丸くした。俺はその勢いのまま斬り掛かる。

 

「喰らえ!」

 

「グワアッ!」

 

 俺は巨人の顔に斬り付けた。目を狙ったが外してしまった。巨人がその大きな手を使って、俺をはたきおとそうとする。俺は尻を巨人に向ける。

 

「『理想の大樹・発射』!」

 

「ヌオオッ!」

 

 俺は屁をこく要領で、大木を尻から発射した。自分でも何を言っているのか分からないが、他に言葉に表しようがないので仕方がない。俺の尻から放たれた大木は巨人の足の甲に突き刺さる。巨人がたまらず悲鳴を上げる。俺は発射の反動を利用して他の巨人に斬り掛かる。他の巨人たちが俺に群がってくる。俺はすかさず叫ぶ。

 

「『理想の大樹・大回転』!」

 

 俺は再び尻に大木を生やし、それを空中で振り回す。巨人たちは容易には近づけなくなる。俺は発射と大回転を駆使し、空中を飛び回って、巨人たちを翻弄する。

 

「馬鹿どもが! 何をやっている!」

 

 激しい怒号が鳴り響く。見てみると、一本角の生えた主将格の巨人が怒りの表情を浮かべてこちらに向かってきている。俺は叫ぶ。

 

「貴様が四傑の右腕か⁉」

 

「如何にも!」

 

「私は転生者の勇者、ショー=ロークだ! 貴様の名は?」

 

 俺は尻に大木を生やしながら丁寧に名乗る。

 

「魔王ザシン様に仕える四傑が一人、ブライ様の右腕! イラトとはこの俺のことだ!」

 

 相手もこんなわけの分からない姿の俺に律儀に答えてくれた。何だか申し訳ない。

 

「イラト! 貴様の相手は私ではない!」

 

「なんだと⁉」

 

 イラトが気付いた時には、近くにいたルドンナが詠唱を終えていた。

 

「出番よ、お願い! メガバハちゃん!」

 

 ルドンナは赤黒い肌をした幻獣バハムートを召喚する。以前見た個体よりさらに一回り大きい。成程、メガバハムート、略してメガバハちゃんというわけか。

 

「しまった⁉」

 

「焼き尽くせ!」

 

「ゴオオオッ‼」

 

「グハッ⁉」

 

 ルドンナの号令を受け、メガバハムートが巨大な炎を吐く。イラトの巨体が一瞬で炎に包まれる。完全には燃やし尽くせなかったが、イラトは黒焦げ状態になった。

 

「つ、つまらぬものに気をとられている内に……」

 

 そう言ってイラトは倒れ込む。つまらぬもので悪かったな。ルドンナが叫ぶ。

 

「さあ、次にこうなりたい奴は⁉」

 

 ルドンナの叫び声に合わせて、メガバハムートがギロリと睨みをきかせる。残った巨人たちは震え上がり、我先にと退却する。巨人たちがすっかり見えなくなったところで、メガバハムートは消え、ルドンナは倒れ込みそうになる。近くにいた俺が慌てて支える。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「大分消耗しちゃった……またちょっと休ませてもらうわ。勇者様はスティラさんたちを助けに行ってあげて……あの変な術ならひとっ飛びでしょ?」

 

 変な術とはっきり言われると恥ずかしくなる。とにかく俺は頷き、ルドンナの介抱を他の兵士に頼み、城門に向かって走る。



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第9話(4)咄嗟のアドリブ

 開門された城門から中に入ったが、中は既に乱戦状態となっていた。俺は地下通路の出入り口を探す。恐らくは城壁に近いところだろうと目星を付けて、壁に沿って移動する。

 

 そうしているとわりとあっさりと見つかった。厳密に言うと、地下通路の出入り口ではなく、スティラたちがいると思われる場所である。何故ならば周囲を含めてその空間のみ、同盟軍が押され気味だったからだ。ここに魔王軍の残りの主力部隊がいる。そう確信した俺は剣を構えて突っ込んでいく。

 

「スティラ! アリン! ⁉」

 

 そこで俺が目にしたのは、魔族の兵士たちに囲まれ、体に傷を負ったアリンとその後ろに困惑気味に立つスティラの姿であった。

 

「ああ、ダーリン……」

 

「ショー様……」

 

「これは……どういう状況です⁉」

 

「下手に動かない方が良いよ!」

 

「え? ぐっ⁉」

 

 一歩を踏み出した俺は、膝に切り傷を負う。刃物で切られたような傷だ。

 

「ショー様!」

 

「な、何もないはずなのに……!」

 

 戸惑う俺にアリンが説明する。

 

「……自身を透明にする魔法の使い手よ」

 

「……まさか四傑の⁉」

 

「ええ、四傑の一人の……懐刀の仕業よ」

 

「防衛線を素通りしたというのも?」

 

「この魔法を使ったんでしょうね。まさかここまで広範囲に影響を及ぼせる程とは思わなかったけどね……」

 

 アリンが忌々し気に呟く。

 

「裏切り者は死ね!」

 

「邪魔!」

 

「グヘッ!」

 

 アリンは自らに斬りかかってきた魔族の兵士を爪で切り裂き、吐き捨てる。

 

「裏切りも何も、そもそも貴方達に与した覚えがないから……」

 

「ふむ、同族相手に冷たいものだな……」

 

 何もない空間から黒いローブに身を包み、剣を片手に持った魔族の男が現れる。

 

「いきなり殺しにくる奴らに言われたくはないわね」

 

「アリン、こいつが⁉」

 

「ええ、そうよ」

 

 魔族の男がこちらに視線を向ける。

 

「こいつ呼ばわりとはご挨拶だな……何者だ?」

 

「転生者の勇者、ショー=ロークだ」

 

「貴様が勇者? あまり強そうには見えないな……」

 

「ちょっと、ダーリンに向かって本当のこと言わないでくれる⁉」

 

「ええっ⁉」

 

 フォローや忖度一切無しの発言に俺も魔族の男も驚く。

 

「ほ、本当のことなのか……」

 

「……た、ただ! 貴様らがこの世界を混沌の闇に包みこもうとするのならばそうはさせない! 勇気だけなら誰にも負けません!」

 

「ふん、どんなに虚勢を張ったところで足が震えているぞ……まあいい、礼儀としてこちらも名を名乗ろうか、私は魔王ザシン様に仕える四傑が一人、エーディ様の懐刀、ガダーだ」

 

 ガダーはそう言って剣を構える。剣を構えただけでも、只者ではない強者特有のオーラを漂わせている。はっきりとした実力差を感じ、足だけでなく剣を持った手も震える。

 

「ダーリン落ち着いて! あの巨人の部隊も透明にすることでかなりの魔力を消費している! 今は透明に出来る範囲も持続時間もかなり限られるはず!」

 

 アリンは冷静な分析を俺に伝え、落ち着きを与えてくれようとしている。

 

「わ、分かりました!」

 

「かと言って、実力差はどうにもならん!」

 

「くっ⁉」

 

「な⁉」

 

「こ、これは⁉」

 

 ガダーが俺に斬りかかろうとしたが、寸前でその動きが止まる。ガダーがアリンを睨む。

 

「貴様の糸か! 小癪な真似をしてくれる!」

 

「余裕ぶって姿を現してくれて助かったわ! 腕を捩り斬るわよ!」

 

「なんの!」

 

「きゃあ!」

 

 ガダーが右腕を強引に振り上げる。その力強さに逆にアリンが引っ張られて、その場に転倒してしまう。

 

「鍛え方が違う……このまま城壁にでも叩きつけてやろうか?」

 

「ぐっ!」

 

「そ、そのまま、堪えていて下さい!」

 

「え⁉」

 

「スティラ⁉」

 

「『裁きの雷』!」

 

「ちぃっ⁉」

 

 スティラが杖を掲げると、大きな雷がガダーの近くに落下する。激しい土煙が舞う。

 

「や、やったか……⁉」

 

 土煙が晴れると、右腕を失ったガダーの姿があった。ガダーは苦々しい顔を浮かべる。

 

「お、おのれ……!」

 

「直撃を躱したのね……しぶとい!」

 

「非戦闘員と思って油断した……エルフの女、貴様から始末する!」

 

 ガダーは左腕で剣を拾い、スティラに向かって飛び掛かる。

 

「くっ!」

 

「無駄だ!」

 

「なっ⁉」

 

 ガダーの姿が見えなくなる。アリンが叫ぶ。

 

「直撃じゃないから裁きの雷でも魔力を制限出来ていない!」

 

「ど、どこから仕掛けてくるか分かりません!」

 

 スティラが戸惑いの声を上げると同時に俺は叫ぶ。

 

「! 『理想の大樹・癒し』!」

 

「ダーリン! 股間に大木生やしている場合じゃないわ!」

 

「い、いや、あの木はもしかして⁉」

 

 スティラが気付く。俺は剣を振るって自ら生やした大木の表面を削る。樹液が勢い良く噴き出し、辺りに派手に撒き散る。

 

「何⁉」

 

 透明になっていたガダーに樹液が付着する。奴の場所が分かった。俺は叫ぶ。

 

「スティラ!」

 

「ええ! 『地獄の業火』!」

 

「グハアッ!」

 

 スティラの放った火の魔法を喰らい、ガダーは炎に包まれ、その場に崩れ落ちる。

 

「ガダー様がやられた! て、撤退だ!」

 

 魔族の兵士たちが逃げていく。周囲を見渡してみると、他の戦闘箇所でも同盟軍が優勢に立ち、魔王の軍勢はそれぞれ退却行動に入った。ホッと胸を撫で下ろす俺にアリンが近づく。

 

「まさか樹液をぶっかけるとはね……その発想は無かったわ」

 

「咄嗟に出たアドリブです」

 

「予定通りの行動じゃこっちが困るわよ」

 

「と、とりあえずは我々の勝ちで良いですかね―――⁉」

 

「ダーリン⁉」

 

「ショー様⁉」

 

「ガダーの仇は取らせてもらおう……」

 

 俺は背後から胸部を貫かれる。薄れていく意識の中、なんとか振り返ってみると、黒い髪をなびかせ、冷徹な表情を浮かべた男が俺に刃を突き立てていた。



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第10話(1)唐突な温泉

                  10

 

「ぐっ……」

 

「ショー様!」

 

 俺が目を開けると、心配そうに俺のことを見つめるスティラたちの姿があった。

 

「ここは……?」

 

「トウリツ内の救護施設よ」

 

 俺の問いにルドンナが答える。確かにベッドの上に寝ている。そこで俺は大事なことをハッと思い出し、半身をガバっと起き上がらせる。

 

「あ、あいつは⁉」

 

「ショ、ショー! 急に起きると傷にさわるよ!」

 

「もっとも、流石はスティラ殿の回復魔法、もうほとんど完治しているでござるな」

 

「アパネ、モンド……二人もこっちに来ていたのですか。それで……」

 

「ダーリンを刺した奴なら、魔女が追い払ってくれたわよ」

 

 俺はアリンが顎をしゃくった先に目をやると、窓際にメラヌが立っていた。

 

「メラヌ……」

 

「正直危ないところだったわ、命拾いしたわね、勇者さん」

 

 メラヌが微笑を浮かべる一方、スティラとアリンが沈んだ表情になる。

 

「わたくしたちは何も出来ませんでした。あまりにも一瞬の出来事で……」

 

「悔しいけど、全くついていけなかった。あれが『四傑』の一角……噂以上だった……」

 

「四傑⁉ 私を刺したのは、四傑だったのですか⁉」

 

 俺はアリンに問う。黙り込むアリンの代わりにメラヌが答える。

 

「そう……四傑の一角、エーディよ」

 

「あれが四傑……気配にすら気が付かなかった……」

 

「まだこの段階では四傑は動かないと踏んでいたんだけど、私の見立てが甘かったのと、あいつの気まぐれな性格を計算に入れていなかったわね」

 

「まるで知ったような口ぶりね?」

 

「まあ、ちょっとした因縁がね……」

 

 ルドンナの問いに対してメラヌは口を濁す。

 

「……私はどれ位眠っていたのですか?」

 

「およそ半日ほどです」

 

 俺の疑問にスティラが答える。

 

「そうですか……思った程時間は経っていないのですね」

 

「ボクはホミから随分飛ばしてきたけどね」

 

「アパネ殿の健脚についていくのはかなり大変でござった……」

 

「獣人のスピードにそれほど遅れを取らなかった時点でアンタも規格外よ……」

 

 不甲斐ないとばかりに頭を掻くモンドをルドンナが冷ややかに見つめる。

 

「戦況はどうなっていますか?」

 

「ホミ、トウリツの両都市、あるいはその周辺地域から魔王軍を押し返すことに成功しました。撃退したというと言い過ぎかもしれませんが……退却させることは出来ました」

 

 スティラが少し微笑みながら説明してくれる。俺は顎に手をやって呟く。

 

「退却というと……?」

 

「二つの都市の北の高山にある古の巨城『カダヒ』を中心とした地域に集結しているわ」

 

 俺の呟きにメラヌが答える。アリンが立ち上がる。

 

「ならば今度はこっちが攻める番ね!」

 

「へへっ! 気が合うね! ボクもちょうどそう思っていたところだよ!」

 

「腕が鳴るでござるな!」

 

 アリンの言葉にアパネとモンドが同調する。

 

「……血気盛んなのは結構なんだけど、事はそう簡単には行かないわ」

 

 メラヌが諭すように話す。アリンが不満を口にする。

 

「なによ、この間は『これが魔王軍を瓦解させる最大にしておそらく最後の機会!』とかなんとか言っていたじゃないの」

 

「……事情が変わったの、主に二つの理由で」

 

「二つの理由?」

 

俺は首を傾げる。メラヌは俺のベッドに腰を下ろし、真剣な顔つきになって説明する。

 

「一つ目は同盟軍の反攻体勢が十分に整ってないこと、怪我人が多く出たことで、各々の部隊を再編成する必要があるわ。もちろん、カダヒ城を攻めるにあたっての作戦の立案を初めとした諸々の準備もね。これらはどんなに早くても一週間はかかるわね」

 

「一週間ですか……再び魔王軍が攻めてくるのでは?」

 

「使い魔ちゃんたちに調べさせているけど、魔王軍も四傑の腹心的存在を一気に四人も失った影響はかなり大きいみたいよ。また侵攻作戦を企図しているようなのは確かだけど、一週間程の猶予はあるとみていいわ」

 

「ふむ……ではもう一つの理由は?」

 

「魔王軍は四傑を中心に本腰を入れてくるでしょう。先の防衛戦において同盟軍もそれなりの強さを示したけど、正直言って分が悪い……そうなってくると、鍵を握る……キーパーソンズは貴方たち、勇者さんご一行よ。あ、一応私も含めてね」

 

「! 私たちが鍵を握る……」

 

 俺たちの表情に一気に緊張が走る。そんな俺たちを見てメラヌは笑顔を浮かべる。

 

「……と、いたずらに緊張ばかりさせちゃってもしょうがないわよね、ここは一旦、リラックスしましょう。じゃあ、温泉へレッツゴ~!」

 

「「「ええっ⁉」」」

 

 驚く俺たちを余所に、メラヌはポンと手を叩いて転移魔法を発動させる。

 

「……というわけで、温泉でゆっくりしましょう~」

 

「いや、ここどこなのさ⁉ 流れでなんとなく皆温泉入っちゃっているけど!」

 

「アパネちゃん、細かいことは気にしない、気にしない♪」

 

「細かくはないと思いますが……」

 

「スティラちゃんも難しく考えないで、いいお湯でしょ?」

 

「え、ええ、それは否定しませんが……」

 

「かなり精度の高い転移魔法ね……ここまでピンポイントで転移するとは」

 

「前は慌てていたからね、まあ、おかげさまでアリンちゃんともお近づきになれたけど」

 

「湯加減も良いし……なにより絶景でござるよ、ルドンナ殿」

 

「……何も見えないわ」

 

「ルドンナちゃん、眼鏡外したら?」

 

「確かにいいお湯だね~でもさ、のんびりしてて良いの?」

 

「アパネの言う通りです。魔王軍がこちらの想定より早く動き出したら……」

 

「使い魔たちから逐一報告が入るようにしてあるわ」

 

「成程、何かあったらすぐに戻れるってわけね……駄目だ、眼鏡拭いてもすぐ曇る……」

 

「しかし、魔女殿、真の狙いはなんでござろうか?」

 

「狙い? 単純に裸の付き合いで親睦を深めようって寸法よ」

 

「……またまた、そんなわけがないでござろう」

 

「モンドちゃん、武人の勘冴え渡り過ぎ……実は皆に取り組んで貰いたいことがあるわ」

 

「ボクたちに取り組んでもらいたいこと?」

 

「詳しくは後で説明するわ。今はこのメニークランズ屈指の名湯を堪能しましょう」

 

「そういえば、ダーリンはどこ?」

 

「そっちの岩陰にいるわよ。ねえ、勇者さんもこっちにいらっしゃいな」

 

「い、いや、そういうわけには!」

 

「ショ、ショー様⁉ そんな所にいらっしゃったのですか⁉」

 

「だ、大丈夫です! こちらからは湯気で何も見えませんから!」

 

「別に見えても良いんだけどね~」

 

「メ、メラヌさん! からかわないで下さい!」

 

「はははっ、面白い反応ね、勇者さん」

 

「面白がらないで下さいよ、全く……ん? 桶? 酒?」

 

「ああ、桶酒が流れてしまった、どなたか知らんが取ってくれぬか?」

 

「あ、ああ、はい、どうぞ―――⁉」

 

「⁉ な、なんだ、貴様⁉ 男⁉ どこから忍び込んだ⁉」

 

「ええっ⁉」

 

「……なんかダーリンが揉めてるわよ?」

 

「ああ、ここは男子禁制の女ハーフリングの島だからね、そりゃあ男を見たら大騒ぎね」

 

「「「「「えええっ⁉」」」」」



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第10話(2)掟破りには死を

 気が付くと、俺は腰に手ぬぐいを巻いているものの、ほぼ全裸のまま、磔状態にされてしまった。温泉でメラヌの言っていた言葉が少し聞こえたが、どうやらここは島のようである。しかも男子禁制の。禁制ということはある行為を禁ずることだ。つまり『男はこの島に立ち入り禁止!』という解釈で概ね間違ってはいないだろう。

 

 その禁を俺は破ってしまったのだ。例え知らなかったこととはいえ、許されることとは思えない。それはこの島の島民たちが俺に向ける敵意むき出しの視線を感じれば、否が応でも理解する。もっとも中には見慣れない男の姿に対する、好奇の入り混じったような視線も感じるのだが。

 

 改めて確認してみるとこの島はハーフリングという種族の縄張りである。しかも性別的に女しかいないようだ。そもそもハーフリングという種族は一般的には、身長が人間の半分ほどである点を除くと、人間によく似た種族だとされている。俺も他の世界で何度か見かけたことがある。はっきり言ってしまえば小柄な体格の種族だ。

 

 俺も温泉で半裸だったとはいえ、その気になれば、俺を抑え込もうとする彼女らを逆に跳ね除けることも可能だったはずだ。というか当然試みようとした。だが、結果として、俺は呆気なく抑え込まれた。この世界では俺は良い様に言っても、力も速さもあくまで『平凡』な男に過ぎないという残酷すぎる現実を今更ながら容赦なく突き付けられてしまっている。俺は只々、そんな自分の現状を情けなく思い、うなだれることしか出来なかった。

 

「スビナエ様よ!」

 

 歓声が上がり、磔になった俺の前に群がっていた女たちの列が左右に離れていく。一人のハーフリングが通る道を開ける為だ。この種族の中では比較的大柄な体格、それでも人間に比べると、小さな女の子くらい身長の女が俺の前に立つ。黒い髪で髪型はハーフアップだ。両耳のオシャレな耳飾りも印象的である。明るい色の長袖シャツとパンツを着ている。それほど厚手のものではなく、動きやすさを重視したような服装である。

 

「……」

 

 スビナエと呼ばれた女は俺を黙って見つめている。俺も黙って見つめ返す。顔立ちは凛としているが、まだ若い印象も受ける。ハーフリングは人間同様、老いがはっきりしやすい種族だ。実際若いのだろう。ただ、この女は若くして、この島の長であるような雰囲気を醸し出している。周囲の者たちの強い尊敬の念がこもった眼差しからもそれはうかがえる。

 

「皆の者……」

 

 スビナエが右手をすっと上げる。やや騒がしかったハーフリングたちがこの仕草を見て一斉に黙った。周囲を沈黙が支配する。スビナエは満足そうに頷くと、言葉をつなぐ。

 

「諸君らも知っての通り、この島は男子禁制である。数百年の長きに渡る掟だ。それをこの人間の男は破った。近年では二例目のことだ。前回の者はとり逃がしてしまったが、今回は皆の協力もあり、この者をこうして無事に取り押さえることが出来た。感謝する」

 

「……二例目?」

 

 俺は小声で呟く。次の瞬間、スビナエは衝撃的な言葉を発する。

 

「掟を破ったことは許しがたい。この者を処刑する!」

 

「んなっ⁉」

 

「我が島の守り神であらせられるメガアリゲーター様! どうぞお召し上がり下さい!」

 

「‼」

 

 スビナエの言葉に応じ、磔台の近くにある沼地から巨大なワニが姿を現した。ワニはその鋭い眼で俺を確認する。ちょっと待て、問答無用で食われるのか、俺は急いで心の中で『ポーズ』と『ヘルプ』と唱える。やや間があって、アヤコの声が聞こえる。

 

「ランチ中だったのに……はい、なんでしょうか?」

 

「呑気に飯を食っている場合か! 緊急事態だ!」

 

「緊急事態でもないのにいちいち呼び出されたら困りますよ……」

 

 アヤコは相変わらず面倒臭そうな声で話す。

 

「こっちの状況は確認出来るか⁉」

 

「ちょっと待って下さい……半裸ですね。アレですか? 『勇者として鍛え上げた俺の肉体を見てくれ』ということですか? セクハラですよ?」

 

「注目するところが違う! ワニ! ワニ!」

 

「……わあ、おっきなワニさん……ああ、アレですか? 『こいつもデカいが俺のアリゲーターもなかなかのものだぜ』ってことが言いたいのですか? セクハラですよ?」

 

「何を言っているんだ、お前は!」

 

「私、ランチを邪魔されるのが一番嫌いなのですよ」

 

「それは謝る! いや、なんで謝るのか分からないが謝る! とにかく俺の状態だ!」

 

「……磔にされていますね」

 

「そうだ! 手足をきつく縛られていて、自由をすっかり奪われてしまっている! これはいわゆるよっぽどのアクシデントってやつじゃないか⁉」

 

「……つまり、助けろと?」

 

「そうだ!」

 

「勇者らしさゼロじゃないですか……」

 

「し、しかしだな! 味方の気まぐれな転移魔法で知らない島の温泉に転移させられたかと思ったら、いきなり現地民に拘束されたんだぞ! どうにもならんだろう⁉」

 

「まず、お味方に場所についてちゃんと確認するとか、自分は温泉には入らないという選択肢もあったのでは? 恰好から察するにしっかり温泉エンジョイしていますよね?」

 

「い、いや、俺だけ入らないとか言ったら、『空気読めない奴』ってなるだろ⁉」

 

「その程度の同調圧力に屈する勇者なんて、果たして勇者なのでしょうか?」

 

「と、とにかく想定外の連続だったんだ! ここは何らかの救済措置を頼めないか⁉」

 

「う~ん……まだ自力でギリギリなんとか行けるでしょう!」

 

「なっ⁉」

 

「ご健闘を祈ります。今度はせめて服を着て連絡して下さいね」

 

「ちょ! ちょ待っ! ……切りやがった」

 

 正直ダメ元で頼んでみたのだが、案の定ダメだった。まあ、仕方が無い、ここは自力でなんとかするしかあるまい。実は考えはいくつか浮かんではいる。ただし、この巨大ワニはこの島の守り神というではないか。仮にワニに傷を付けるようなことがあっては、島民たちの気持ちをかえって逆撫でする恐れがある。何かないか?考えを巡らせる俺の脳裏にアヤコの最後の言葉がよぎる。

 

(……一か八か、やってみるか。ポーズ解除!)

 

 ポーズ状態が解除され、時間が再び動き出す。巨大ワニが俺にゆっくりと迫ってくる。俺は力一杯叫ぶ。

 

「『一人大森林』!」

 

「⁉」

 

 俺は木の魔法を使い、体中の毛穴という毛穴から、植物を生やす。大きな木、綺麗な花など様々だ。俺の体は植物にすっぽりと覆われた。予想外のことにワニがたじろぐ気配がしたのを感じ、俺は畳みかける。

 

「俺は森だ! 森の精だ! 俺を食っても美味くないぞ! やめとけ!」

 

「グ、グルル……」

 

 ワニが後ずさりし、沼に戻って行く音が聞こえた。

 

「た、助かった……」

 

 俺は安堵のため息をこぼす。一方、島民たちからは動揺する声が聞かれる。

 

「皆の者うろたえるな!」

 

 スビナエが皆に声を掛ける。

 

「この者が禁を破ったのは事実……神が裁かぬのなら、我らが裁くだけのこと!」

 

「うえっ⁉」

 

「火をかけろ!」

 

 ちょっと待った、そうくるか。さてどうする俺、動こうにも植物が絡みあって更に動き辛くなってしまっている。何をやっているんだ俺は。しばらくすると、松明に火が灯った気配がする。マズい、本当に燃やす気だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 冷静に話し合おう!」 

 

「問答無用! 燃やしてしまえ―――⁉」

 

「あ~はいはい、面白かったけど、その辺で勘弁してあげて」

 

 メラヌの声が上空から聞こえてくる。全身植物まみれの俺は心底ホッとする。



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第10話(3)三癖くらいある連中

「……メラヌ、貴様の知り合いならばさっさと言え」

 

「いや~ごめんね、スビナエちゃん。ちょっと楽しそうだったから様子を見てたのよ」

 

 場所を立派な屋敷の庭に移し、スビナエとメラヌがティータイムを楽しんでいる。どうやら二人は顔見知りのようである。

 

「前から言おうと思っていたが……先代、いや、先々代から我が島の民にとって大恩ある貴様とはいえ……こうも簡単に出入りされては困るのだ」

 

「それもごめんなさい。一刻も早く、この島の温泉に浸かりたかったのよ~」

 

「易々と警戒網を突破される警備の者の面子というものも考えてやれ」

 

「あ~分かった、以後気を付けるわ」

 

「それで?」

 

「ん?」

 

「しらばっくれるな、本題を言え、まさか本気で湯治に来たわけではあるまい」

 

「……やっぱ、バレた?」

 

「貴様一人ならばともかくとして、何やら一癖も二癖もありそうな連中を引き連れてきているのだ。なにかあると考えるのが普通だろう」

 

 スビナエが淡々と話す。

 

「うわ~広いお屋敷だね! 走り回れるよ!」

 

「走り回るな! 子供か!」

 

「この立派な太い柱……剣の打ち込み稽古にピッタリでござるな。どれ……」

 

「どれ、じゃない! 外でやりなさいよ!」

 

 自由奔放に振舞うアパネとモンドをルドンナが嗜める。

 

「『地獄の業火』!」

 

「あ、熱い!」

 

「す、すみません、ショー様!」

 

 悲鳴を上げる俺に対してスティラが慌てて謝る。俺の体中に生えた植物を魔法で燃やそうとしてくれているのだ。傍らで見ていたアリンが呆れる。

 

「何をやってんのよ……」

 

「なかなか火の加減が難しくて……」

 

「火系統でも、もっと簡易な魔法使えばそれで済む話でしょ?」

 

「わたくし、火系統の魔法はこれしか知らなくて……」

 

「なんで下位や中位の魔法をすっ飛ばして、上位魔法を習得しちゃってんのよ……ひょっとしなくてもアンタって天才?」

 

「いえ、わたくしなどまだまだです。『地獄の業火』も先のトウリツでの戦いで、アリンさんが使われていたのを見様見真似でやってみただけですから」

 

「悪気のない嫌味かい……まあ良いわ、私の糸でこまめに切っていくわ。細かい所は下位の火系統魔法で燃やすから、それを見て覚えて。二人でやった方が早いから」

 

「承知しました」

 

 アリンとスティラが手際よく、俺の体に生い茂った植物を処分してくれる。おかげでほんの十数分ほどで、俺は綺麗な半裸に戻った。

 

「はい、終わったわよ。ダーリン、服ね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 アリンが俺の服を魔法で浮かせて渡してくれる。受け取った俺はすぐに服を着る。そんな様子を眺めて、メラヌが笑いながら言う。

 

「確かに一癖も二癖も……下手すれば三癖くらいある顔ぶれね」

 

 スビナエがティーカップを置き、腕を組んで口を開く。

 

「その筆頭が貴様なのだが……」

 

「え? 私も頭数に入っているの? 心外だわ」

 

 メラヌが唇を尖らせる。スビナエがため息をつく。

 

「恩人だからな……一応、話だけは聞いてやる。さっさと話せ」

 

「分かったわ。皆、ちょっと集まって頂戴」

 

 集まった俺たちは二人と同じテーブルに着く。スビナエがメラヌに向かって尋ねる。

 

「それで?」

 

「単刀直入に言うけど、私たちは魔王軍と戦っていて……」

 

「断る」

 

「早っ!」

 

 スビナエの即答に俺は驚く。

 

「なんでよ、つれないわね~」

 

「貴様も知っているだろう、我らはこの島の外で起こっている事象に関しては基本的に不干渉……。それが数百年続いている伝統的な考えだ。言い換えれば自衛の策だな」

 

「自衛の策?」

 

 アパネが首を傾げる。スビナエが呟く。

 

「島外に必要以上に関わると、争いごとに巻き込まれる可能性が高い……」

 

「成程、メニークランズ自体も大陸中央部には不干渉だものね。賢いやり方かもね」

 

 ルドンナが眼鏡を拭きながら頷く。アリンが声を上げる。

 

「今現在、この島の外で何が起こっているのか分かっているの⁉」

 

「魔王ザシンが復活し、魔王の軍勢が各地に侵攻しているのだろう。流石にそれくらいの情報は仕入れている」

 

「ならばどうして⁉ メニークランズの危機なのですよ⁉」

 

 今度はスティラが声を上げる。スビナエは冷静に答える。

 

「島民を危険に及ぼす可能性がある。下手に動いてリスクを増やしたくはない」

 

「魔王軍が侵攻してきたら如何するおつもりか?」

 

「資源の乏しいこの島に兵力を割いてわざわざ攻めてくる可能性は極めて低い」

 

 モンドの問いにスビナエは淡々と答える。

 

「で、でも、可能性はゼロという訳ではないですよね?」

 

「……無論、この島に害をもたらすというのなら全力で排除する」

 

 スビナエは口を挟んだ俺をギロッと睨み付ける。その鋭い眼光に俺は萎縮する。アリンが堪らず噴き出す。

 

「ハ、ハーフリングのアンタたちが魔王の軍勢に敵うとでも?」

 

「口の利き方に気を付けろ、小娘……」

 

「こ、こむっ……! ア、アンタの方が小さいでしょ!」

 

 アリンが椅子を蹴って立ち上がる。スビナエが今度はアリンを睨む。

 

「背丈の話ではないとニュアンスで分からんのか? 魔族も程度が知れるな」

 

「な、なんですって⁉」

 

「あ~ちょっと、ちょっと、落ち着いて、主にアリンちゃん」

 

 メラヌが両手を広げて、場を落ち着かせる。

 

「……ふん!」

 

 アリンが椅子を直して座る。メラヌが両手をポンッと叩く。

 

「分かった、頼み方を変えるわ」

 

「……聞こうか」

 

 スビナエが視線をメラヌに戻す。

 

「私の見立てでは、魔王軍が再び動き出すまで、後六日は猶予があると思っているの……その六日間でこの一癖も二癖もある愉快な子たちを鍛えてあげて欲しいの」

 

「⁉」

 

 メラヌの言葉に俺たち全員が驚く。アパネが声を上げる。

 

「鍛えてあげてって……こう言っちゃなんだけど、ボクより強いの⁉」

 

「アパネちゃんだけじゃなく、他の五人より強いわ」

 

「それはなかなか興味深いでござるな……」

 

 モンドが愉快そうに顎鬚をさする。スビナエがやや間を空けて答える。

 

「……その提案も却下だ、貴様がやれば良いことだろう」

 

「私は教え方が下手でね~なんだかんだ面倒見の良い貴女が適任だと思うの」

 

「面倒見の良い? 島をまとめる者として当然の振る舞いをしているだけだ」

 

 スビナエが首を左右に振る。今度はメラヌがやや間を空けてから口を開く。

 

「そう言えば、今思い出したんだけど、貴女が小さかった頃……」

 

「?」

 

「私の悪戯話を真に受けて、怖くて夜にお手洗いに行けなかったのよね。それで……」

 

「やるからには徹底的に鍛え上げるぞ」

 

「変わり身早っ⁉」

 

 俺は三度驚いた。



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第10話(4)とりあえず温泉に入れ

「さて……まずは魔法に長けたエルフ相手だな、名前は……スティラと言ったか」

 

 海岸沿いでスティラとスビナエが向かい合う。

 

「あ、あの……わたくしは回復魔法専門で、攻撃魔法はまだまだ不得手なのです……」

 

「それもメラヌから聞いている……」

 

 スビナエがスティラと少し距離を取る。

 

「あ、あの……?」

 

「不得手でもある程度は習得しているのだろう? 遠慮はいらん、攻撃してくるといい」

 

「! よ、よろしいのですか?」

 

「ああ、いつでも構わん。本気で来い」

 

「『裁きの雷』!」

 

「!」

 

 雷が落ちたが、スビナエは難なく躱す。驚いたスティラだが、すぐに次の魔法を放つ。

 

「『地獄の業火』!」

 

「‼」

 

「! くっ、また躱された! どこに―――⁉」

 

 スティラの胸の手前にナイフが突き立てられる。ナイフを構えているのはスビナエだ。

 

「どんなに回復魔法に長けていても、心の臓を一突きされれば厳しいだろう……」

 

「ま、参りました……」

 

 スビナエはナイフをしまいながら告げる。

 

「攻撃の時に若干だが『力み』を感じるな」

 

「『力み』……ですか?」

 

「そうだ、それによりいつ攻撃がくるか、本能的に勘の鋭い奴には察知されてしまう」

 

「ど、どうすれば良いのでしょう?」

 

「回復魔法を使う時と同じようにリラックスした状態で攻撃魔法を使えば良い」

 

「リラックスですか?」

 

「そうだ、魔法センスは言うことない……まあ、後は堅苦しく考えず、『温泉に入れ』」

 

                  ♢

 

「次はお前か、オオカミ娘のアパネ……」

 

「よろしく! ……ん? なにやってんの?」

 

 スビナエが小石を拾い集めている。

 

「三個……これくらいあれば十分か」

 

「……まさかと思うけど、その小石でボクと戦うつもり?」

 

「そのまさかだ、いつでも良いぞ、かかって来い」

 

「⁉ 舐めるな!」

 

 アパネが猛然と飛びかかる。

 

「ふん……」

 

「ぐっ⁉ がっ⁉ ごはっ⁉」

 

 スビナエが右手の指で左の掌に並べた小石を順に弾き飛ばす。銃弾のように鋭く飛んだそれらがアパネに尽く命中する。アパネは崩れ落ちる。

 

「まさか全弾命中とはな……近距離戦を意識するのは間違っていない。しかし、距離を詰められなければ意味がない」

 

「ぐっ……ど、どうすれば……?」

 

 うつ伏せから仰向けになったアパネはスビナエに問う。

 

「ただ速く動くだけではなく緩急を意識してみろ、更に直線的な動きだけでなく曲線的な動きもイメージしろ。後は高く飛ぶことだけでは芸がない。これは別に馬鹿にしているわけではないが、獣らしく地を這うように低く飛んでみるのも良いのではないか」

 

「う~ん、一気に色々言われても分からないよ~!」

 

 アパネは頭をくしゃくしゃとかきむしる。

 

「そうだな、貴様は感覚派だろうからな……まあ、後は難しく考えず、『温泉に入れ』」

 

                  ♢

 

「さて、お次は召喚士か、ルドンナと言ったか」

 

 広い平原でスビナエとルドンナが距離を取って対峙する。

 

「あの~降参したいんだけど?」

 

 ルドンナが手を挙げる。スビナエがガクッとなる。

 

「な、なんだ、どうした?」

 

「アタシの召喚魔法は詠唱に時間がかかるの。こういうサシの勝負には向いていないわ」

 

「ああ、そんなことか。三分待ってやる」

 

「はい?」

 

「三分で呼び出せる中で一番強い召喚獣を出してみろ」

 

 そう言って、スビナエが近くの大岩に腰を下ろす。

 

「―――! どうなっても知らないわよ!」

 

「……」

 

「行け、バハちゃん! 炎を吐け!」

 

「ガハ―――⁉」

 

 バハムートの口に大岩が挟まり、火炎放射が出来なくなる。ルドンナが驚く。

 

「小柄な体で大岩を軽々と投げた⁉」

 

「火事は流石に困るからな」

 

 スビナエがルドンナの背後に回り込む。

 

「⁉ しまっ―――た……」

 

 腹部に当て身を喰らい、ルドンナはしゃがみ込む。スビナエが淡々と告げる。

 

「時間を計っていたが、二分三十五秒だったぞ、なかなか速いじゃないか。欲を言えば後十五秒くらいは縮めたいところだがな」

 

「む、無茶を言うわね……」

 

「貴様は賢そうだからな、色々と対策を練っているのだろう。召喚魔法については私から言うことはなにもない……読み込んではいるようだが、もう一度読んでみたらどうだ?」

 

 スビナエは本をルドンナに差し出す。

 

「し、召喚の書⁉ いつの間に⁉」

 

「先人の知恵というのは馬鹿に出来んぞ……まあ、後は固く考えず、『温泉に入れ』」

 

                  ♢

 

「そして、ドワーフのモンド、だったか。貴様に教えることなど無さそうだが……」

 

「そう言わずにご教授をお願いするでござるよ」

 

「私も武器を……まあ、素手でいいだろう」

 

「ほう、素手で……お手並み拝見! ⁉」

 

 モンドが勢いよく剣で斬りかかるが、スビナエは刃を両手で挟んで防ぐ。

 

「力強いな……そらっ!」

 

「むう⁉」

 

 スビナエが両手を捻ると、モンドの体がくるっと反転し、逆さまになって転ぶ。

 

「長引くとこちらが不利だ、すぐに終わらせる」

 

「なんの! む、どこだ⁉」

 

 モンドが体勢をすぐさま立て直すが、スビナエの姿が見えない。

 

「上だ……」

 

「のわっ⁉」

 

 スビナエの手刀が首筋に入り、モンドは崩れ落ちる。

 

「気絶させるつもりだったが、タフだな……力強さと速さは言うことなし。強いて言うのならば、太刀筋が素直過ぎるな、もう少し狡猾さを覚えても良いかもしれん」

 

「狡猾さでござるか……それがしにはなかなか難しいでござるな~」

 

「戦いには狡猾さというのも必要だ……まあ、後はせせこましく考えず、『温泉に入れ』」

 

                  ♢

 

「続いては魔族のご登場か……名前はアリンだったか」

 

 山の中でスビナエとアリンが対面する。

 

「ふん……いつでもどうぞ、かかってらっしゃい」

 

「? ならばお言葉に甘えて―――!」

 

 スビナエが飛び掛かる。アリンがニヤっと笑う。

 

「引っかかったわね! ……って、石⁉ 重っ!」

 

 糸を仕掛けていたアリンだったが、引っかかったのは大きな石であった。

 

「魔族相手に無警戒で突っ込むバカはいない……それ!」

 

「おわっ⁉」

 

 スビナエが大石を思い切り上に蹴り飛ばす。近くの大木の枝にぐるぐると巻き付いて、アリンの体がそのまま持ち上がる。

 

「魔族というのは元々戦闘向きの種族だ、貴様も御多分に漏れずな。教えることは特ににない……まあ、あえて言うなら相手をみくびらないことだ、油断大敵というやつだな」

 

「ま、まだ終わっていないわよ!」

 

「本気で戦ったら、自然が壊れる……まあ、後はとげとげしく考えず、『温泉に入れ』」

 

                  ♢

 

「さて、最後はお前か、転生者の勇者、ショー=ローク……」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「ば、馬鹿な……⁉」

 

「え?」

 

「構えに力みがない! 動きも一見だらしがない様に見せて隙が無い! な、何を考えているのかまるで読めない! こ、これが転生者の勇者か……」

 

「あ、あの……」

 

「参った! 私の負けだ!」

 

「え、ええっ⁉」

 

「その境地に達するまで、様々な窮地を突破してきたのであろう! 是非その武勇伝を聞かせてくれ! そうだ! 『温泉に入ろう!』 酒を酌み交わそう! こっちだ!」

 

「ちょ、ちょっと! 行ってしまった……これはあれか、互いの実力差があり過ぎて一周回って勝手に勘違いしてしまったのかな……。まあ、温泉に入るか……」

 

                  ♢

 

「しゃあ飲め、勇者よ! 酒はみゃだみゃだ一杯あるぞ!」

 

「あ、ああ、ひかしひょんとに美味しいお酒ですね、どんどん飲んでしまいましゅ!」

 

「大分盛り上がっているようね」

 

「おお、メラヌか! きしゃまも飲め!」

 

「じゃあ、一杯だけ……実はね、例のあいつが魔王軍に協力しているらしいのよ」

 

「にゃんだと⁉ しょれは捨て置けんな! 私が成敗してくれるわ!」

 

「良かった、来てくれるのね。言質は取ったから……勇者さん、お先に失礼するわね」

 

「あ、そうでひゅか、おやしゅみなひゃい!」

 

                  ♢

 

「それじゃあ……予定より一日早いけど、トウリツに戻るとしましょうか。それとスビナエちゃんも一緒に来てくれることになったわ、心強いわね」

 

「ど、どうしてこうなったのだ、勇者!」

 

「わ、私に言われても!」

 

「そして、なんで貴様を見ると気恥ずかしいのだ! なんかあったパターンか⁉」

 

「だから私に言われても!」

 

「はいはい、それじゃあ、転移するわよ~いざ決戦へ♪」



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第11話(1)勇者、震い立つ

                  11

 

 俺たちはメラヌの転移魔法であっという間に建物の中に転移した。

 

「ここは?」

 

「トウリツの市内の私たちに割り当てられた仮宿舎よ」

 

 俺の問いにメラヌが答える。スティラが窓の外を見て呟く。

 

「なんだか物々しい雰囲気ですね……」

 

「決戦前夜ってところだからね~段々と部隊も出発し始めているわ」

 

 メラヌが軽い調子で話す。スビナエが尋ねる。

 

「予定を一日繰り上げたということは……魔王軍に動きがあったということだな」

 

「察しが良いわね。そう、向こうの先発隊がそろそろ進軍を開始したそうよ」

 

「そうなると、互いの城の中間地点辺りで会敵、という感じかしら?」

 

 ルドンナの言葉にメラヌが首を振る。

 

「同盟軍はその考えだけど、私たちは違うわ」

 

「違うってどういうことよ?」

 

 アリンが腕を組んで問う。

 

「向こうの城のすぐ近くに転移し、一気呵成に魔王を打倒する……」

 

「軍勢を転移するってこと⁉」

 

「流石に千人、万人単位を同時に転移させることは出来ないわ」

 

 メラヌが苦笑する。俺はハッと気づいて呟く。

 

「私たちってつまり……」

 

「ええ、今ここにいる八人だけで攻め入るわ」

 

「ええっ⁉」

 

「……ちょっと無謀なんじゃない?」

 

 ルドンナが椅子に腰かけて呟く。

 

「それがそうでもないのよ、使い魔の報告によれば、さっきも言ったように、相手の軍勢はどんどんと動き始めていて、城の近辺の警備は大分手薄になっているそうよ」

 

「大分ね……」

 

「そう、あくまで大分だけどね。でも、好機であることには変わりないわ」

 

 メラヌがグッと握り拳をつくる。スビナエが口を開く。

 

「いつ仕掛ける?」

 

「今からすぐよ」

 

「ええっ⁉ 今からですか?」

 

「そうよ、勇者さん、思い立ったらなんとやらよ」

 

「そ、そうは言っても……」

 

「奇襲をかける方が勝機を見出せそうでござるな」

 

「ボクも賛成~。早く行こうよ」

 

 モンドとアパネが早くも乗り気になる。アリンがため息をつく。

 

「……向こうの隙を突くのは良いけど……いくらなんでも急な話ね……」

 

「あ、お手洗いの時間くらいは取るわよ」

 

「それは結構よ。ただ、もうちょっと確認することがあるんじゃないの?」

 

 アリンの言葉にメラヌはポンと両手を叩く。

 

「そうだ、これを渡すのを忘れていたわ」

 

 メラヌは指を鳴らすと、その場に数枚の紙が現れ、俺たちの手元に配られる。

 

「これは……地図ですか?」

 

「そうよ、カダヒ城近辺の地図と城の見取り図、簡易的なものだけどね」

 

「こ、これをどこから手に入れたのですか?」

 

「トウリツの城の書庫を調べてみたら見つかったわ。それで人数分の写しも用意したの」

 

 スティラの質問にメラヌは答える。スビナエが呟く。

 

「用意のいいことだな……」

 

「そうでしょ? こう見えてやることはちゃんとやってるのよ、私」

 

「それで? 地図を配って、はいおしまい、というわけではないだろう。段取りは?」

 

「せっかちねえ……まあいいわ、見取り図を見て頂戴」

 

「……大きな城門が東西南北に一つずつ、全部で四つあるでござるな」

 

「そう、この四つの城門を同時に攻略するわ」

 

「同時に? どうやってやるの?」

 

 アパネが首を捻る。

 

「この八人を二人ずつの四組に分けるのよ」

 

「戦力の分散は愚策じゃない?」

 

 アリンが懐疑的な声を上げる。メラヌが右手の人差し指を立てて左右に振る。

 

「八人でも、一緒に転移したらすぐに相手に察知される恐れがあるわ。それでは奇襲の意味が無くなってしまう……戦力の分散がリスクを抱えるというのは重々承知しているつもりよ。ただ、この作戦の肝はスピード……リスクと肝を天秤にかけた結果、これがベストとは言わないまでもベターであると判断したわ」

 

「成程……しかも同時ってことは……それぞれの門を四傑が守備しているってことね?」

 

 ルドンナが眼鏡のつるを触りながら尋ねる。メラヌが満足そうに頷く。

 

「鋭いわね。それぞれの城門に四傑が各々控えているわ」

 

「ただでさえ手強い四傑……それが手を組まれたりしたら厄介だから、同じタイミングで襲撃し、各個撃破するということね」

 

「アリンちゃんも冴えているわね。ただ勿論、これは理想上の話よ。戦況次第ではこちら側が合流するという展開もあり得るわ。使い魔を用意しているから、その辺の連絡は密に取るようにしましょう。連携をスムーズに取れるようにね」

 

 そう言って、メラヌはウィンクする。俺は心の中で『ポーズ』、『ヘルプ』と唱える。

 

                  ♢

 

「……なんでしょうか」

 

 相変わらず面倒臭そうな声でアヤコが答える。

 

「いよいよ大詰めといったところだからな。一応報告しておこうかと思ってな」

 

「もしかして遺言ですか?」

 

「縁起でもないことを言うな」

 

「冗談ですよ……こちらでも確認しました。魔王の居城に乗り込むのですね」

 

「あ、ああ……」

 

「敵地に乗り込むというのに覇気が感じられませんね?」

 

 アヤコが不思議そうに尋ねてくる。

 

「やっぱり分かるか」

 

「いつも以上に頼りない声色なので」

 

「いつも頼りないと思っていたのか」

 

「そこは別に良いじゃないですか」

 

「良くない」

 

「つまらない揚げ足を取ってきますね。大した用事でないなら、もう切りますよ?」

 

「……不安なんだ」

 

「……不安、ですか」

 

「ああ、何度も言うが、Cランク勇者の俺にはこのSSSランクの世界は手に余る……それでも仲間たちに恵まれ、どうにかこうにか生き残ってきた……しかし、次の相手は魔王とその配下たちだ。しかもその配下には先日あっさりと殺されかけた。正直言って勝てるイメージが少しも湧かない……」

 

「ショー=ローク!」

 

「⁉」

 

 突然、アヤコが大きな声を上げた為に、俺はビクッとする。

 

「貴方は何者です? 魔法使いですか? それとも盗賊ですか?」

 

「ち、違う、俺は勇者だ!」

 

「ならば自信を持って下さい。ランクがなんだというのですか、高ランクなら楽に勝てる保証などどこにもありません」

 

「そうか……」

 

「ランクの高低イコール転生者の優劣、などという単純な話ではありません。むしろそんな高低差なんか覆してみせて下さい。それでこそ勇者だと思いませんか?」

 

「……ああ! やってやる! 俺が……俺こそが勇者だ!」

 

「ふふっ、その意気ですよ。それではそろそろ定時なので失礼します」

 

 最後の一言は余計な気もしたが、俺は大いに震い立ち、『ポーズ』を解除する。

 

                  ♢

 

「それじゃあ、各自転移してもらうわよ……スビナエちゃん、何かある?」

 

「貴様らが連日呑気に浸かっていた温泉だが……実は各々の能力を高める功能がある!」

 

「ええっ⁉ 本当ですか⁉」

 

「ああ、併せて修行も各自みっちりと行った。貴様らは強い! 負けることなどない!」

 

「おおっ!」

 

 俺たちは気勢を上げる。メラヌが片手を掲げる。

 

「士気も十二分に高まったところで……まずは東門組! 頼むわよ!」

 

「‼」

 

 俺は目を開けると、カダヒ城の東門近くに転移していた。

 

「転移はひとまず成功か……」

 

「! 怪しいやつがいるぞ、ぶっ殺せ!」

 

「どわっ⁉」

 

 俺を発見した武装したオークの群れが殺到してくる。どこが警備が手薄なんだ。

 

「むん!」

 

「グギャアア!」

 

 俺と同じく東門に転移したモンドが刀を一閃し、オークの群れを薙ぎ払う。

 

「勇者殿、露払いはそれがしが務めます、さっさとこの東門を突破しましょう!」

 

「ああ!」

 

「ふん、威勢の良いことだな……」

 

「誰だ⁉」

 

 俺たちの前に巨大な斧を構えた鎧を着こんだオークが立っている。

 

「オラは魔王ザシン様に仕える四傑が一人、ヴルフェ様の補佐! シアだど! 女!」

 

 シアと名乗ったオークがモンドを指差す。

 

「はて、何か用でござるかな?」

 

「ドエイを殺ったのは貴様だな! オラの大事な兄弟分をよくも! ぶっ殺してやる!」

 

「ご指名とあれば受けて立つ―――⁉」

 

 俺はモンドとシアの前に進み出る。

 

「試したいことがあります。ここは私に任せて下さい」

 

「しょ、承知しました」

 

「……『理想の大樹・双樹』!」

 

 俺は勢いよくシアに突っ込む。シアは露骨に戸惑う。

 

「た、大木を股間と尻に二本生やした⁉ な、何をやっているんだ、コイツ⁉」

 

「『理想の大樹・旋風』!」

 

 俺は体を思いっ切り回転させる。二本の大木の直撃を続け様に喰らい、シアの太い首はあっけなく吹き飛んだ。俺の勝ちだ。四傑の補佐相手にも十分戦える。俺なりに修業を積んだ成果が早速出た。俺は腰に生やした二本の大木を撫でながら自信を深める。



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第11話(2)決戦、幕開け

                  ♢

 

 カダヒ城の南門付近で、多数の魔族の兵士が二人の女を包囲する。魔族は真剣な顔つきの者も居れば、下卑た笑みを浮かべている者もいる。

 

「ふっへっへ……良い女どもじゃねえか……こいつらを好きにしていいのか?」

 

「まずは捕えることを考えろ、無理なようならば始末しろとのご命令だ」

 

「つまり……好きにして良いってことだよな!」

 

 一人の兵士が包囲の輪から飛び出し、二人の女の内の一人、スティラに向かい飛び掛かる。

 

「ま、待て! 勝手なことをするな!」

 

「辛抱たまらん! エルフの女! 俺の慰み者に―――」

 

「なっ⁉」

 

 銃声とともに、鼻息荒い魔族は側頭部を撃ち抜かれ、即死した。二人の女のもう一人、メラヌは銃口から出る煙をフッと吹いて笑う。

 

「生憎だけど、わざわざお花を売りにきたんじゃないの―――喧嘩を売りに来たのよ‼」

 

「⁉」

 

 メラヌが両手に拳銃を構え、叫んだと同時に発射する。二人を囲んでいた兵士たちは銃弾の雨霰を受けるかたちとなり、パニック状態に陥る。魔族の主力部隊の一員なれど、このメニークランズではまだそれほど流通していない未知の武器による攻撃である。混乱するのも無理はない。先程から真剣な顔を崩さない一人の兵士が冷静さを保ちつつ、指示を飛ばす。

 

「各自、障壁魔法を展開しろ! 銃弾はまっすぐにしか飛ばん!」

 

 冷静なリーダー格と思われる兵士の指示で落ち着きを取り戻した兵士たちは透明な紫色をした四角い楯状のものを次々と発生させる。銃弾はその透明な盾を貫くことが出来ず、地面にポトポトと落ちる。リーダーはそれを確認し、満足気に頷く。メラヌは銃撃を止める。

 

「……」

 

「どうだ! これ以上は撃っても無駄弾だぞ、それとも弾切れまで続けるか?」

 

「ふ~ん……」

 

 メラヌが再び銃に弾を込め、両腕の二丁拳銃を構える。リーダーが指示する。

 

「引き続き、障壁を展開し、包囲網を狭めろ! 弾切れのタイミングで拘束魔法発動だ!」

 

「了解―――⁉」

 

「なっ―――⁉」

 

 兵士たちが銃弾を受けて倒れていく。リーダーは信じられないといった表情を見せる。

 

「ど、どういうことだ⁉」

 

 ぐるりと一回りしながら、包囲していた兵士をあらかた片付けたメラヌはリーダーに向かってウィンクして、こう告げる。

 

「銃弾に『回避』、そして『貫通』魔法の効果をそれぞれ付与したわ。つまり、その程度の障壁はいくら張っても無駄よ」

 

「なっ……」

 

「『貫通』効果付きの銃弾は一発で三、四人は斃せる……銃弾の良い節約になったわ」

 

「くっ、皆飛べ!」

 

 残っていた兵士たちは翼を広げ、各々上空に舞う。メラヌはそれを見て呟く。

 

「ふ~ん……射程距離外に出るということ……」

 

「よし! 距離を取ったら魔法で一斉攻撃だ!」

 

「スティラちゃん、よく見ていなさい! 『切り裂きの烈風』!」

 

「ぐわっ⁉」

 

 メラヌが放った強風が兵士たちを鋭く切り裂いた。翼をもがれた兵士たちは落下する。

 

「大体片付いたかしらね……あら?」

 

 メラヌとスティラの前に一人の魔族の女が現れる。

 

「エルフの女……ガダーの仇、取らせてもらう……」

 

「あ、貴女は⁉」

 

「私は魔王ザシン様に仕える四傑が一人、エーディ様の扶翼、ラサラだ。これ以上の余計な言葉は不要……『凍てつく吹雪』!」

 

 ラサラと名乗った女が激しい吹雪を放つ。

 

「『地獄の業火』……」

 

「な、なに⁉」

 

 ラサラは驚く。スティラの放った火が吹雪を燃やし尽くしたのだ。

 

「『裁きの雷』……」

 

 スティラは間髪入れず、雷を放つ。ラサラはすんでのところで躱す。

 

「くっ! 威力も速さも話に聞いていたより桁が違う⁉」

 

「『切り裂きの烈風』……」

 

「⁉ ぐっ……ば、馬鹿な……雷と火しか使えないはずでは……」

 

 スティラの放った強風によって、体を切り裂かれたラサラはその場に崩れ落ちる。

 

「……ふう」

 

 スティラは安堵のため息をつく。

 

(スビナエちゃんの言っていた力みが取れて、攻撃魔法を回復魔法と同様に扱える様になってきたわね……ほぼ無詠唱に近いから回避のタイミングがとりづらいし、何よりもあの威力……まったく、末恐ろしい魔法センスね)

 

 メラヌは内心舌を巻く。

 

                  ♢

 

 一方、カダヒ城の西門付近では、巨人の兵たちに、二人の女が襲撃されていた。

 

「随分と統率の取れた動きを取るじゃない! 厄介ね!」

 

 アリンが舌打ちする。

 

「……来なさい、ビッグジャックフロストちゃん!」

 

 ルドンナが大きめの雪だるまのような姿の妖精を召喚する。召喚された妖精は口から氷の息吹を辺り一面に吹きかける。息吹が当たった地面はあっという間に凍り付く。

 

「ぬおっ!」

 

 凍った地面に足を滑らせ、何人かの巨人たちは思い切り頭を打ち付け、動かなくなる。

 

「これで少しは大人しくなるでしょ!」

 

「初っ端からデカいの召喚したわね! それで保つの?」

 

「出し惜しみして勝てるような相手じゃないでしょ?」

 

「確かに!」

 

 ルドンナの言葉にアリンが笑う。

 

「アリン!」

 

「⁉ ア、アンタ、生きていたの⁉」

 

 声のした方に目をやってアリンは驚く。魔族のトレイルが立っていたからである。

 

「黙れ! 裏切り者め! 僕が粛清してやる!」

 

「そもそも仲間になった覚えが無いのよ! 私はザシンの復活には反対だった!」

 

「ザシン『様』だ! 愚か者!」

 

 トレイルが剣を構える。その傍らに立つ巨人がトレイルを宥める。

 

「ト、トレイル殿! 今、貴殿は我らの部隊に暫定的に所属する身! 勝手は困る!」

 

「煩い! 奴は僕が始末する!」

 

 トレイルがアリンに向かって斬り掛かる。翼を使っての器用な低空飛行で、凍った地面をものともせず、アリンに接近する。アリンは右手をかざす。

 

「ちぃっ!」

 

「無駄だ!」

 

「なっ⁉ 硬い糸を斬った⁉」

 

「貴様のやり口は分かっている! 近づけばそれで終いだ!」

 

「……そうね、お終いね」

 

 アリンが不敵に笑う。トレイルが異変に気付いたが遅かった。

 

「何⁉ しまった、誘われたのか―――⁉」

 

拳糸(けんし)!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 硬い糸を左手にぐるぐると巻き付けたアリンが拳を振るう。腹部に強烈な一撃を喰らったトレイルは派手に吹っ飛び、近くの崖から落下した。アリンは内心苦笑する。

 

(魔族は己の強大な力を過信しがちな傾向がある……自分が反面教師になるとはね)

 

                  ♢

 

 さらに一方、カダヒ城の北門付近では、群がるリザードマンの兵士たちを、二人の女が散々に蹴散らしていた。兵士が戸惑う。

 

「くっ、な、なんだこいつら、強いぞ⁉」

 

「君らが弱すぎ! ボクたちの相手じゃないよ!」

 

「アパネ! 油断するな!」

 

「はいはい!」

 

「はいは一回だ!」

 

 軽口を叩くアパネをスビナエが嗜める。兵士が後方に声を掛ける。

 

「お、おのれ! せ、先生! お願いします!」

 

「……ったく、しょうがねえなあ!」

 

「⁉」

 

「ほう、躱したか、やるねえ!」

 

 白い上下の服に身を包んだ金髪の大柄な男が後方から高く飛び、強烈なかかと落としを繰り出すが、スビナエはこれを躱しながら男を睨む。

 

「情報通り北門にいたか、心遣い感謝するぞ……メラヌ」

 

「え、なんか、すげー睨まれてんすけど、俺、何かやった?」

 

「忘れたとは言わせんぞ!」

 

「悪いな、心当たりが多すぎてね」

 

「スビナエの正拳突きがあっさり躱された⁉ ボクも苦労したのに……」

 

 アパネが驚く。スビナエは蹴りを繰り出す。

 

「ならば、思い出させてやる、ドップ!」

 

「へえ、俺の名前を知っているとは……それなりの因縁があるってことかな?」

 

 スビナエの鋭い蹴りだったが、ドップと呼ばれた男はこれも躱す。

 

「男子禁制の我が島を土足で踏み荒らし、財宝も盗みおって!」

 

「ああ! あの島のお姉さんか、やっと思い出したぜ」

 

「財宝を返せ!」

 

「嫌だね、あれは俺の大事な思い出の一つだ、大体今ここには無いしな」

 

「ならば、場所を吐かせるまで! 『ダブル』!」

 

「でっかくなった⁉」

 

 スビナエの体が倍ほどの大きさになった為、アパネは驚く。

 

「喰らえ! 『真・正拳突き』!」

 

「がはっ!」

 

 スビナエの拳がドップの鳩尾を打つ。ドップは体を折り曲げ苦悶の表情を浮かべる。

 

「とどめだ! ⁉」

 

 スビナエの追撃をドップは高く飛んで躱し、城門に着地して、笑顔で語る。

 

「こりゃ分が悪いわ、俺はここらで退散するぜ、後よろしく~」

 

「なっ⁉ せ、先生⁉」

 

 ドップは姿を消す。残された兵士たちは困惑する。スビナエは内心闘志を燃やす。

 

(ドップめ……次こそは仕留める……)

                 



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第11話(3)月夜に吠える

「行くぞ、アパネ」

 

「あ、あいつのことは良いの?」

 

「逃げ足が異常に速いからな、追っても無駄だろう。それよりも門の突破を優先する」

 

 スビナエが城門を指差す。その先に立っているリザードマンの兵士たちは動揺する。

 

「くっ……ど、どうする?」

 

「どうするってやるしかないだろう!」

 

 兵士たちがお互いを奮い立たせて武器を構える。アパネが頭を掻く。

 

「な~んか、こっちが悪者みたいだね?」

 

「何者でも構わん、さっさと行くぞ―――⁉」

 

「な、何、この圧力は⁉」

 

 今度はスビナエとアパネが動揺する。対面する兵士たちの後方から尋常でない圧力を感じたからである。そして、兵士たちもまた怯えたような声を上げながら、左右に避ける。

 

「ド、ドルフ様!」

 

「出て来たか……」

 

「あれが四傑の一角、ドルフ……」

 

 スビナエたちの前に重厚な鎧に身を包み、黒い竜の顔にやや長身の人間くらいの体格の男が立つ。背中には黒い翼と尻尾が生えている。それを見てスビナエが呟く。

 

「ドルフのやつは竜人族だったのか……」

 

「竜人族、話には聞いたことあるけど、ボク初めて見たよ……」

 

 ドルフと呼ばれた男はスビナエとアパネを見て、低い声で呟く。

 

「先程、私に報告に参った者……前へ」

 

「は、はい!」

 

 一人のリザードマンがドルフの傍らに進み出る。

 

「先程の報告では、ハーフリングと獣人が暴れているとのことだったが?」

 

「は、はい……」

 

「そのハーフリングが見当たらないようだが?」

 

 ドルフがスビナエたちを指差す。スビナエは体を倍の大きさにする術『ダブル』を使って、現在は平均的な人間の女性程の体格になっている。

 

「い、いや、これは……!」

 

「つまり貴様は私に虚偽の報告を行ったということだな?」

 

「い、いえ! けっして、そのようなつもりは―――⁉」

 

「万死に値する……」

 

 ドルフは自分より大柄なリザードマンの頭を掴み、軽々と持ち上げると、握り潰した。

 

「な、なんて握力! 爪が長い以外は並みの人間と同じくらいの大きさの手なのに……」

 

 アパネが驚嘆する。ドルフは手に付いた血を払い、呟く。

 

「ドップはどうした?」

 

 その問いかけに一人の兵士が怯えながら口を開く。

 

「に、逃げました……」

 

「逃げただと? あの御方の推挙を容れて、わざわざ軍勢に加えてやったというのに……まあいい、もとより大して当てにはしておらん……賊徒二匹など私一人で十分だ」

 

「! やってみろ!」

 

 スビナエが一瞬でドルフとの距離を詰め、先程ドップを悶絶させた正拳突きを放つ。

 

「ふん……」

 

「な、何⁉」

 

 速く重い一撃だったが、ドルフは片手で難なく掴んでみせる。

 

「……これが本気か?」

 

「! ぐうっ!」

 

 スビナエは掴まれた右手を引き抜いた後、苦痛に顔を歪めながら右手を抑える。

 

「腕ごともぎ取るつもりだったが、丈夫だな……骨は粉々に砕けたはず、もう使えまい」

 

「まだ左手がある!」

 

 スビナエは左手で殴りかかろうとする。

 

「……」

 

 ドルフが退屈そうにその拳を受け止めようとする。すると、スビナエがニヤリと笑い、その場でジャンプする。

 

「アパネ!」

 

「狼爪斬!」

 

「むうっ⁉」

 

 スビナエが飛び上がったその下の僅かな隙間をくぐり、アパネがドルフの膝の辺りを爪でひっかく。思わぬ一撃を喰らったドルフは体勢を崩す。スビナエが声を上げる。

 

「よく飛び込んできた! 畳みかけるぞ!」

 

「オッケー!」

 

「小癪な!」

 

「ぐっ⁉」

 

「うわっ⁉」

 

 ドルフが右手を振り下ろすと、長く鋭い爪がアパネたちの体を切り裂く。それだけではなく、衝撃波のようなものも発生し、二人はそれによって後方に吹っ飛ばされる。

 

「……わざとらしく大袈裟な挙動で意識を上に集中させ、下半身を狙ってきたか……まさかあそこまで低いところから飛び込んでくるとはな……正直、まったく意表を突かれた。但し、二度目は無いぞ……」

 

「……アパネ、立てるか?」

 

 起き上がったスビナエがアパネに声をかける。アパネも傷を抑えながら半身を起こす。

 

「な、なんとかね……」

 

「よし、もう一度同じ様に行くぞ」

 

「ええっ⁉ そ、それは流石に馬鹿の一つ覚えってやつじゃ……」

 

()()()()だ……」

 

「え? ……!」

 

「続け!」

 

 スビナエが再び飛び掛かる。今度は鋭い蹴りを繰り出す。スピードに乗った良い蹴りだったが、ドルフはそれをあっさりと受け止め、淡々と呟く。

 

「二度目は無いと言っただろう……⁉」

 

「……時間切れだ」

 

 スビナエの体が元の小柄な体に戻った。その肩を踏み台代わりにして、アパネが飛び掛かり、ドルフの顔を爪で切り裂く。

 

「ぐおっ!」

 

 ドルフがスビナエの足を離し、顔を抑える。右目から血が流れる。スビナエが笑う。

 

「二度目……あったな」

 

「よし! 続け様に……」

 

「うっとうしい!」

 

「ぬおっ!」

 

「ぎゃあ!」

 

 ドルフは尻尾を豪快に振り上げ、アパネたちを弾き飛ばす。アパネは派手に転がりながらも咄嗟に受身を取り、体勢を立て直す。

 

「かあ~効いた~でも、攻撃は届く! やれるはず! だよね?」

 

 アパネは近くに仰向けに転がるスビナエに同意を求める。

 

「盛り上がっているところに水を差すようで恐縮だが、悪い知らせがある……」

 

「え? 何?」

 

「さっきまで使っていた『ダブル』だが、使用後はその反動で、極端に動きが鈍くなる」

 

「ええっ⁉」

 

「とはいえ、有効な戦い方だ、残念ながらこの様な切羽詰まった状態の頭では他には思いつかん。二度あることは三度ある。また、私に続けて仕掛けろ」

 

「う、うん……」

 

 起き上がったスビナエは、思い出したようにアパネに告げる。

 

「そうだな……いざとなったら空を見上げろ」

 

「え?」

 

「行くぞ!」

 

 三度スビナエが飛び掛かるがその動きは明らかに鈍くなっている。ドルフは嘲笑する。

 

「その速さでは距離を詰めることさえ出来んぞ……なに⁉」

 

 ドルフが驚く。スビナエがあっさりと距離を詰めることに成功したからだ。

 

「油断したな!」

 

「傷付いた右目の方を死角として攻めて来るか! 卑怯な真似を!」

 

「卑怯上等! こちとら賊徒なもので!」

 

 ドルフに迷いが生じる。ハーフリングが右目の方から攻撃して来るのは分かった。しかし、狼の獣人はどこから来る? 一瞬の勝負である、迷っている暇はない。ドルフは口を広げ、大きな声で咆哮する。辺りが大きく揺れる。その地震によって相手が体勢を崩したことに気付いたドルフが口を大きく開き、周囲に向かって火炎を吐き出す。

 

「『修羅の炎』‼」

 

「ぬおおおっ」

 

 落ち着きを取り戻したドルフが周囲を見渡してみると、炎を体に浴びたスビナエが苦しんでいる姿がある。だが、なにかがおかしい……そう、狼の獣人の姿が見えないのだ。

 

「どこだ⁉」

 

「今宵は満月……」

 

「何だと……⁉」

 

「ボクら狼の獣人は、月夜になれば、よりその力を発揮することが出来る!」

 

「獣人如きが竜人に敵うとでも!」

 

 ドルフは尻尾を器用に使い、自分に飛び掛かってきたアパネの両足を縛り上げる。それでもなお、振り上げてきた両手を自身の両手でがっしりと掴む。

 

「ぐぅっ!」

 

「手足が使えまい! 後は貴様も火だるまにするだけだ!」

 

 ドルフは大きな口を開く。アパネはその下にすかさず潜り込み、ドルフの下あごに向かって強烈な頭突きをかます。

 

「ぬおおっ! な、なんという馬鹿力……はっ⁉」

 

 ドルフはアパネが彼の首筋に迫っていることに気が付く。

 

「ま、まさか……」

 

「そのまさかだよ! 『狼牙斬(ろうがざん)』!」

 

「うぎゃああああ!」

 

 アパネがその鋭い牙でドルフの首筋を噛み千切る。首筋から鮮血が勢いよくほとばしって、ドルフは倒れ込んだ。アパネは周囲に聞こえるように大声で告げる。

 

「魔王ザシンに仕える四傑が一人、ドルフ、討ち取ったり‼」

 

 周囲に明らかな動揺が走った。皆、持ち場を離れて逃げていく。スビナエが叫ぶ。

 

「城門が開いた! 走れ、アパネ! 私も下位の回復魔法くらいなら使える! 気休め程度だがな! とにかく回復次第すぐ追い付く。貴様は早く城内に入れ!」

 

 アパネは頷き、城に向かって走り出す。

 

                  ♢



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第11話(4)巨獣総進撃

「統率が取れているというのもかえってやりやすいかもね!」

 

 アリンが糸を駆使して、迫りくる巨人の兵士たちの体や足を引っ張り、互いに衝突させたり、派手に転倒させたりしている。

 

「陣形を組んでいることがありがたいわ! 狙いがしぼりやすい!」

 

 ルドンナも巨人たちとの戦い方に、ある程度の手ごたえを掴んだようである。

 

「召喚士、アタシとアンタの相性も意外といいんじゃない?」

 

「あまり認めたくないけど同意かも」

 

「いや、認めたくないって、なによ!」

 

 段々と余裕が出て来たのか、アリンとルドンナは軽口を叩きあいながら、巨人の兵士たちを自由きままに翻弄する。業を煮やした巨人の一人が荒っぽい行動に出るも、それも二人にとっては想定内のことであり、実に冷静に対応する。

 

「おっと! その大きな足で踏み潰そうとした? でもね、こちらにとっては格好のカウンターチャンスでしかないのよ」

 

 アリンが両手から放つ糸が巨人の足に絡み、足が前に振り上げられる。

 

「ウオオオ⁉」

 

「……結構高く上がるわね。ここまで上がるということは……」

 

「―――⁉」

 

 アリンが糸をスパッと切る。糸により思い切り振り上がった巨人の足はふりこの原理の要領で、自分の後方に振り上がる。

 

「オワアア⁉」

 

 巨人の後ろ足が、後方にいた別の巨人にクリーンヒットする。予期せぬ攻撃を受けた別の巨人は倒れる。

 

「同士討ちを狙うという作戦、上手く行っているわね」

 

「今のところはね……!」

 

 ルドンナの言葉にアリンが頷いたところで戦況に変化が起こる。巨人たちも固まった陣形が不利になるということに気付き、距離を取って散開しようとする。アリンが叫ぶ。

 

「離れられると厄介よ! こちらが囲まれやすくなるからね!」

 

「分かっている! 来なさい、シューターフェアリーちゃんたち!」

 

 ルドンナはやや大柄な弓矢を装備したフェアリーを四体召喚する。フェアリーたちはそれぞれ弓矢を構えながら飛んでいる。アパネが首を傾げる。

 

「どうするつもり?」

 

「まあ、見てなさい……斉射!」

 

 ルドンナの号令により、フェアリーたちが放った矢は、巨人たちの足に刺さる。

 

「当たったのは良いけど、それくらいじゃ大したダメージにならないわよ!」

 

「ここからよ!」

 

「ムウ⁉」 

 

 巨人たちの足に放たれた矢の先から透明な液体が広がる。その液体はあっという間に広がり固まった。それによって、巨人たちが足をとられ、動けなくなる。アリンは驚く。

 

「こ、これはどういうこと⁉」

 

「矢の先に『粘着』魔法の効果を付与してみたわ。魔女さんからの薦めだけど、まさかここまで上手く行くとはね……」

 

「よし、その調子で他の部隊も足止めさせて! 引っかかった獲物の仕上げはアタシがどんどんやるから!」

 

「分かった!」

 

 アリンの言葉にルドンナが頷く。

 

「⁉」

 

「喰らいなさい、『地獄の業火』!」

 

 翼を使って浮き上がったアリンが、地面に足が粘着して、満足に動けなくなっている巨人の兵士たちに向かって大きな炎を放つ。巨人たちは成す術もなく、その炎に包まれる。同じ調子で、いくつかの部隊を無力化していく。

 

「良い感じね―――⁉」

 

 ルドンナの周囲にシューターフェアリー四体がすごい勢いで落下してきて、地面に激突し、消滅する。ルドンナが視線を上に向けると、そこには周りの巨人よりも頭一つ多い巨人が立っていた。

 

「ブライ様だ!」

 

「おおっ、ブライ様!」

 

 周りの巨人たちが歓声を上げる。

 

「あれが四傑のブライ……!」

 

 ルドンナがブライと呼ばれた巨人をマジマジと見つめる。額に生える角は一つだが、目は二つある。ブライはその双眸でルドンナとアリンを見据え、口を開く。

 

「同胞が世話になったな……だが、我はそう簡単にはいかんぞ‼」

 

「‼」

 

 ブライが咆哮しただけで、大きな振動が起こる。ルドンナは身構える。

 

「な、なんて迫力……」

 

「気圧されたら駄目よ! 先手必勝!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 アリンがすぐさま空中を飛んで、ブライの正面に回り、魔法を放とうとする。

 

「『地獄の……」

 

「五月蠅いわ!」

 

「―――⁉ ぐはっ……」

 

 ブライがその手に持っていた岩の棒のような武器で、アリンをまるで虫を叩き落とすかのように殴りつける。アリンは凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。

 

「だ、大丈夫! ……なわけはないわよね」

 

 ルドンナがアリンの落下した先に目をやるが、すぐにその目を背ける。あの強烈な一撃を喰らってしまっては無事で済むはずがない。だが、少し間が空いて声がする。

 

「……ぐっ、巨岩をくり抜いた棍棒とか、スケールデカすぎでしょ……」

 

「ええっ⁉ 生きてた⁉」

 

 ルドンナが驚きの声を上げる。

 

「と、当然、魔族の生命力、あんまりナメないでくれる?」

 

 アリンがガクガクと震えながら立ち上がる。

 

「す、凄いボロボロだけど⁉」

 

「咄嗟に障壁魔法を三重くらい張ったんだけどね……破壊力半端ないわ」

 

 一度は立ち上がったアリンだったが、すぐに膝を突いてしまう。それを見たブライは視線をルドンナへ向ける。

 

「さて、これで丸裸も同然になったぞ、召喚士よ……」

 

「な、なにを!」

 

「召喚魔法というのは高度なものであればあるほど時間を要する……魔族の女が時間を稼ぎ、その間に詠唱していたのであろうが、その手はもはや通じんぞ」

 

「ご、ご明察……!」

 

「ほう、強がりの一つでも言うかと思ったが」

 

「強がって、ホントに強くなったら誰も苦労しないのよ!」

 

 ルドンナはアリンに駆け寄り、耳打ちする。ブライが右手に持つ岩の棒を振り上げる。

 

「何の相談か知らんが、二人まとめて叩き潰す!」

 

「そうはいかない! 来なさい! ジャイアントフェアリーちゃん!」

 

 ブライほどではないが、かなり巨大な妖精がその場に現れる。ブライはやや戸惑う。

 

「既に詠唱を終えていたか! これほど大きな妖精は見たことがない! 見事だ!」

 

「お褒めに預かり光栄よ!」

 

「だが、力比べで我に敵うものか!」

 

「その自信を打ち砕いてやるわ!」

 

「ふん! ―――な、何!」

 

「……!」

 

 ブライの振り下ろした岩の棒をジャイアントフェアリーが拳で受け止めたのである。

 

「こ、これは糸か⁉」

 

 ブライの言った通り、フェアリーの右手には糸がこれでもかとグルグル巻きつけられていた。アリンがありったけの力を振り絞り、強い硬度を誇る糸を出していたのだ。

 

「……‼」

 

「ぐはあっ!」

 

 フェアリーが力を込め、岩の棒を砕き、そのままブライの顔を殴りつけた。ブライは尻もちをつく。ルドンナは拳を強く握りしめる。

 

「よっしゃ!」

 

「くっ、我に膝を突かせるとは……」

 

「尻でしょ、さらっと誤魔化すな!」

 

「本気で行くぞ!」

 

 ブライが立ち上がり、素手でフェアリーを殴る。フェアリーも負けじと殴り返す。数度殴り合った末、ついにフェアリーが膝から崩れ落ちる。ルドンナが叫ぶ。

 

「ジャイフェちゃん!」

 

「どうだ、我の勝ちだ!」

 

 勝ち誇るブライに対し、悲しげな顔を見せていたルドンナがすぐさま笑みを浮かべる。

 

「……前哨戦はね。来なさい! メガバハちゃん!」

 

「何だと⁉」

 

 ルドンナがメガバハムートを召喚する。ブライは驚く。

 

「ば、馬鹿な⁉ こんな短時間で、大型召喚獣を立て続けに⁉」

 

「二重詠唱よ! 同じ意味の呪文は省略しても問題ないのよ!」

 

「ま、まさか!」

 

「焼き尽くせ!」

 

 メガバハムートが吐いた炎がブライの巨体を包みこむ。

 

「……ガハッ」

 

 黒焦げになったブライがうつ伏せに倒れ込む。その衝撃で城門も開く。まさかのブライの敗北に混乱に陥った周囲の巨人たちがその場から逃げ惑う。ルドンナは膝をつく。

 

「勝手に退散してくれて助かるわ……正直限界一歩手前……」

 

「二重詠唱なんてことが出来たのね……」

 

 アリンが声をかける。ルドンナが呆れ気味に答える。

 

「召喚の書の『召喚こぼれ話』ってコラムにさり気なく記してあったのよ、そんなの普通真面目に読まないっての……」

 

「召喚の書、案外ノリ軽いわね……」

 

「城内に入って、皆と合流しないと……スティラさんに回復してもらわなきゃ……トランスポートフェアリーちゃんたち、来なさい……」

 

 ルドンナが四体のやや大きめなフェアリーを召喚する。

 

「私とあの娘を城内まで運んで頂戴……あ、私より重いだろうから三体で彼女を運んで、私は一体で良いから……」

 

「ちょっと! 何勝手に重いとか言ってんのよ! 結構だわ、一人で飛べる!」

 

 アリンが立ち上がって、フラフラしながらも城内に向かって飛んで行く。

 

「ふふっ、全く大した生命力ね……」

 

 ルドンナも城内へと運ばれて行く。



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第12話(1)デッドオアアライブ

                  12

 

                  ♢

 

 城の南門で群がる魔族の兵士たちを圧倒するメラヌと実力者ラサラを退けたスティラが並んで立つ。スティラが肩で息をしているのを見てメラヌは考える。

 

(随分と体力の消耗が激しいみたいね……ポテンシャルはあるけど、体の方がなかなか保たないか……あまり無理はさせられないわね)

 

 スティラはメラヌからの視線に気付く。

 

「ど、どうかされましたか?」

 

「スティラちゃん、少し休んでいなさい……残りは私が片付けるわ」

 

 メラヌはゆっくりと前に進み出る。魔族の兵士たちが尻込みする。

 

「くっ……お、おい、退くな、お前ら!」

 

「し、しかし……あの強さは手が付けられません!」

 

「奴を呼べ!」

 

「はっ!」

 

 魔族の兵士たちが慌ただしく動き出す。メラヌはため息をつく。

 

「う~ん、往生際が悪いわね、何ごとも諦めが肝心よ?」

 

「う、うるさい、観念するのは貴様の方だ!」

 

「ん?」

 

 その時、城門の内側から巨大な蝶が現れて、メラヌの斜め上の辺りまでやってくる。

 

「な、なんて大きな蝶!」

 

 スティラが驚く。メラヌは呑気に呟く。

 

「魔虫エビルバタフライね……結構綺麗な羽をしているわね」

 

「メ、メラヌさん⁉」

 

「家に飾りたくならない?」

 

「い、いや、そんなことは?」

 

「昆虫採集とかしなかった?」

 

「流石に大きすぎます! って、余所見しないで!」

 

 スティラが叫ぶ。魔虫がメラヌに狙いを定める。

 

「……」

 

 メラヌは視線をスティラに向けながら、二丁拳銃を魔虫に向けて発射する。

 

「!」

 

「! へえ……」

 

 魔虫はその大きな羽をはためかせて、強風を起こし、メラヌが放った二発の銃弾の方向を強引に捻じ曲げた。強い風に吹き飛ばされそうになりながら、スティラが声を上げる。

 

「そ、そんなことが……!」

 

「色々と規格外ね……」

 

 メラヌが首を傾げる。スティラが心配そうに声をかける。

 

「だ、大丈夫ですか⁉」

 

「ま、やりようはあるわよ」

 

 メラヌは自らの近くに浮かぶ箒を出現させる。

 

「ほ、箒が現れた⁉」

 

「転移魔法の応用よ、こんなことも出来るの、余り大きいものは転移させられないけど」

 

 メラヌはスティラに向かってウィンクしながら、箒に乗り、上空に急浮上する。

 

「お空はあなたたちだけのお庭じゃないのよ!」

 

 メラヌが銃弾を発射したのを見て、魔虫が再びその大きな羽をはためかせて風を起こし、銃弾の方向を変える。下でそれを見ていたスティラが叫ぶ。

 

「ま、また! 銃が通用しないなんて!」

 

「まだよ!」

 

「え⁉」

 

「『箒弾』!」

 

「⁉」

 

 メラヌは箒から飛ぶ。すると箒は急加速し、魔虫に向けて突っ込む。予想外のことに魔虫も反応することが出来ず、箒によってその巨体を貫かれる。箒は急旋回して、メラヌの真下に潜り込み、メラヌは何事も無かったかのように箒に腰掛ける。

 

「良い子ね」

 

 メラヌは箒を撫でて呟く。スティラが唖然とする。

 

「ほ、箒にそんなことをさせるとは……」

 

「『意志』と『突撃』の魔法効果を付与させたのよ」

 

「『意志』の魔法……物などに意志を持たせる魔法、書物で読んだことがありますが、実際に目にするのは初めてです。尚且つそのようなかたちで用いるとは……」

 

「何事も工夫一つよ」

 

 メラヌはゆっくりと空を旋回しながらスティラの言葉に答える。

 

「……拳銃狂いが偉そうに魔法の講義か」

 

「おっと⁉」

 

 箒が真っ二つに斬られる。すんでのところで躱したメラヌは地面に着地する。

 

「エーディ様!」

 

「エーディ様が来て下さったぞ!」

 

 周囲の魔族が声を上げる。スティラが目を見開く。

 

「あ、あの男は四傑の……!」

 

「あ~あ、お気に入りの箒を……こんなスパッと斬ったら直らないじゃないの」

 

 メラヌは地面に無残に転がった箒を拾い上げ、唇を尖らせる。エーディと呼ばれた男は刀を構えながら淡々と答える。

 

「抜かせ、大して愛着もないくせに……」

 

「ふん、貴方に何が分かるのよ」

 

 メラヌが腕を組んで、頬を膨らませる。エーディが黒髪をかき上げながら、その端正な顔を一切崩さずに話す。

 

「その妙に若ぶった喋り方も止めたらどうだ? いい加減痛々しいぞ」

 

「魔族どもを従えて、戦争ごっこをしている奴に言われたくないわよ」

 

「ごっこではない、これは戦争だ……」

 

「目的は何よ? わざわざ魔王を復活させる狙いは?」

 

「……このメニークランズを守るためだ」

 

「は? 冗談を言っているの?」

 

「冗談ではない。お前も含め、この地方の連中は外のことにあまりに無関心過ぎる。現在、大陸中央で大きな動きがある。近々大戦に発展するだろうと予想される。この地方も全くの無関係ではいられない」

 

「……それが魔王復活とどう関わってくるの?」

 

「『多種族共生』などと温いスローガンを掲げていては駄目だということだ。より強大な力を持って一つにまとまらなければ、あっという間に他国に呑み込まれるぞ」

 

「防衛の為なら反対勢力を暴力でねじ伏せても良いというの?」

 

「……大義の為だ」

 

「はっ、大義? 相変わらずガキっぽいわね、それともボケてきたのかしら?」

 

「あ、あの~?」

 

 スティラがおずおずと手を上げる。

 

「何? スティラちゃん」

 

「お二人はお知り合いなのですか?」

 

 メラヌとエーディは一度目を合わせて、スティラの方を向いて口を揃えて答える。

 

「初対面よ(だ)」

 

「い、いや、明らかに知り合いですよね⁉ 今の答えも息ピッタリでしたよ⁉ というか、先のトウリツの戦いでも顔を合わせているじゃないですか!」

 

「まあ、そんなことはどうでもいいわ……これ以上暴走はさせない!」

 

「!」

 

 メラヌが銃を二発発射する。だが、エーディが刀を一閃し、銃弾は地面に落ちる。

 

「じゅ、銃弾を斬った⁉」

 

「……やるじゃないの」

 

「造作もないことだ」

 

 エーディが刀を構え直す。スティラがそれをじっと見つめる。

 

「モンドさんと似たような剣ですね……」

 

「ここから遠く離れた北東の地で作られる『カタナ』というやつね。私の一族が拳銃狂いなら、隣村のあいつの一族は刀剣狂いってところね。どちらも魔法使いの癖に魔法を使いたがらない変わり者の一族で有名だったわ」

 

「……やっぱりお知り合いじゃないですか」

 

「……昔のことはあまり覚えてないわ」

 

 スティラの突っ込みにメラヌは言葉を濁す。しばらく黙っていたエーディが口を開く。

 

「……俺を止めたければ、殺す気で来い」

 

「そうね……次で仕留めるわ」

 

「よ、よろしいのですか⁉ 昔なじみの方なのでしょう⁉」

 

「スティラちゃん、思い出して……あいつは勇者さんを殺しかけたのよ」

 

「⁉ そ、それは……」

 

「一応の話し合いを試みてみたけど、ご覧の通りの平行線……もはやどちらが生きるか死ぬかの話よ。それにここで止めなければ勇者さんたちが危ないわ」

 

 スティラはしばらくメラヌの眼を見つめて、意を決したように頷く。

 

「分かりました、お手伝いします」

 

「心強いわ、ただあの刀をどうするかなんだけど……」

 

「それでしたら……」

 

 スティラが小声で囁く。メラヌが目を丸くする。

 

「……成程ね、やってみましょう」

 

 メラヌはウィンクし、銃口をエーディに向ける。スティラが杖を構える。

 

「『裁きの雷』!」

 

 スティラが雷を落とすが、エーディがあっさり躱す。

 

「大した魔力だが、それ故感知しやすい!」

 

「狙い通りよ!」

 

 エーディが避けた方向にメラヌが銃弾を発射する。

 

「甘い! ―――⁉」

 

 銃弾にすぐさま反応したエーディだったが、振った刀は銃弾を斬ることなく、虚空を斬った。ほんの一瞬の間を置いて、二発の銃弾がエーディの体を貫く。

 

「がはっ! な、なんだと……?」

 

「銃弾に『意志』の魔法を付与したの、一時停止させて、あなたの刀を振らせてから突っ込ませた……まんまと意表を突けたようね」

 

「ふ、ふん……地獄で待っているぞ……」

 

 エーディが前のめりに倒れる。メラヌが静かに呟く。

 

「お互い普通に地獄に行けると思っているの? 本当におめでたいわね……」

 

「メラヌさん……」

 

「さあ、行きましょう。貴方たち、命が惜しければ消えなさい。あ、門は開けて頂戴ね」

 

 メラヌは残った魔族の兵士たちを威圧しながら、城内に向かって歩き出した。



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第12話(2)勝負は一瞬で

                  ♢

 

「『理想の大樹・旋風』!」

 

「グギャアア!」

 

 俺は先程編み出したばかりの技を駆使して群がるオークを勢い良く薙ぎ払う。オークたちの叫び声が激しくこだまする。

 

「モンド、露払いは私が務めます、さっさとこの東門を突破しましょう!」

 

「御意!」

 

 俺はすっかり調子に乗っていた。

 

「ふん……!」

 

「どわぁ⁉」

 

 突き進む俺の進軍が強い衝撃によって止まる。衝撃を起こした主は俺たちの前に立ちはだかる巨大な金棒を持ったオーガという種族だ。大柄な体格を如何にも重そうな鎧で包み、額には二本の長い角が生えている。

 

「だ、誰だ⁉」

 

「ヴルフェ様!」

 

「ヴルフェ様が御出陣だ!」

 

「おおおっ!」

 

 周囲のオークたちが次々と雄叫びを上げる。

 

「あれがヴルフェ……!」

 

「四傑の一角でござるな」

 

 戸惑う俺の傍らでモンドが冷静に呟く。

 

「ドエイだけでなくシアまで殺りやがったか……そろそろ俺様のお仕置きが必要だな?」

 

 ヴルフェと呼ばれたオーガは顎をさすりながら金棒を肩に担ぐ。

 

「くっ……」

 

 俺ははっきりと怯んでしまう。ヴルフェが明らかに強者特有のオーラをこれでもかとばかりに放っていたからである。

 

「さてと……どちらから始末してやろうかね?」

 

「ふむ……ん? 勇者殿⁉」

 

 俺はモンドとヴルフェの間に進み出る。

 

「モンド、ここは私に任せて下さい」

 

「し、しかし……!」

 

 モンドは露骨に心配そうな声を上げる。当然だ、俺の体が震えているからである。しかし、ここで引いてしまっては駄目だ。俺は自らを奮い立たせるように大声を上げる。

 

「お願いします!」

 

「わ、分かりました。お、お気を付けて……」

 

「ありがとうございます……『理想の大樹・旋風』!」

 

 俺は体を思いっ切り回転させて突っ込む。自分でも慣れてきたのか、今までよりも速いスピードが出せている。俺はあっという間にヴルフェを視界に捉える。鎧は堅そうであるため、狙いは当然奴の首だ。俺のスピードに奴はついてこられないように見える。もらった、この戦いは俺の勝ちだ。四傑の補佐どころか、四傑相手にだって十分に戦えるじゃないか。そのようなことを考えた次の瞬間……

 

「うぜえ!」

 

「ぬおわっ⁉」

 

 ヴルフェが金棒を一振りし、俺の腰に生やした二本の大木があっけなく折られ、俺自身は豪快に吹っ飛ばされ、近くの城門の壁に打ち付けられる。

 

「ゆ、勇者殿! ご無事か⁉」

 

「な、なんとか……」

 

 俺は倒れ込みながら答える。大木が俺の身を守ってくれた。

 

「勇者? 珍妙な術を使うから、てっきり奇術師かなにかかと思ったぜ」

 

 ヴルフェが嘲笑を浮かべる。なんとか言い返してやりたかったが、我ながら珍妙な術というのを完全には否定できないので押し黙る。

 

「ここは拙者が!」

 

 モンドが前に出る。弓を四発ほど、素早く放つ。

 

「鋭くかつ剛弓! 避けるのが大変……ならば、打ち返すまで!」

 

「なっ⁉」

 

 ヴルフェが金棒を振り回し、鋭く飛んできた矢を金棒で打ち返したのである。打ち返された矢はそのまま一直線にモンドに向かって飛んできた。モンドは四発中二発を躱したが、残りの二本がモンドの左肩と、右腿に突き刺さった。俺も驚いた。

 

「ば、馬鹿な! 矢をそのまま打ち返すなんて……」

 

「ぐううっ!」

 

 モンドはすぐさま、肩などに刺さった矢を抜き、投げ捨てる。

 

「ならば、これは⁉」

 

 モンドは長い槍を突き付ける。槍の突きは速かったが、ヴルフェは難なく躱し、金棒を槍の長い柄に打ち付ける。槍は折れ曲がり、地面に刺さる。

 

「リーチ差をなんとかしたかったみたいだが、こんな細長い槍では無理だぜ!」

 

「くっ……」

 

「どうした、まさかもうネタ切れか?」

 

「ぐぬっ……」

 

「それじゃあ、そろそろこっちからいくぜ!」

 

 マズい、このままではモンドがやられてしまう。少しでも時間を稼がなくてはならない。俺は苦し紛れの攻撃に出る。

 

「……『理想の大樹・旋風』!」

 

「だからうぜえっての!」

 

 ヴルフェの金棒を再度喰らい、俺の体は地面に叩き付けられ、根元から折れた二つの大木が、無残に地面に転がる。それを見るやいなやモンドが走り出す。但し、ヴルフェの方ではなく。折れた大木の方に向かってである。

 

「モ、モンド、どうしたのです⁉」

 

 俺は彼女の行動を理解出来なかった。モンドは左手に斧、右手に棍棒を握っている。

 

「『伐採乱舞』! 『豪打乱舞』! 合わせ技でござる!」

 

「!」

 

 俺は驚いた。戦場に転がる大木をモンドが右手の斧で伐採し、伐った木片、大小様々な大きさのものを左手で持った棍棒で片っ端から打ち飛ばしたのだ。木片がヴルフェの方に向かっていくつも飛んで行く。

 

「はっ! 目くらましのつもりか⁉」

 

 飛んでくる無数の木片を、ヴルフェが金棒で全て弾き返す。

 

「まあ……そんなところでござる!」

 

「何⁉」

 

 ヴルフェの足下に転がった俺の体の上に、残った一本の大木が弾む。モンドが投げこんだものである。俺は戸惑う。

 

「こ、これは⁉」

 

「今でござる!」

 

 モンドが自らの手前に弾んだ木の上に飛び乗って思い切り踏み付ける、てこの原理で、俺の体が支点となり、モンドが踏んだ場所が力点となり、反対側の木の先端が作用点となって、上に跳ねあがった木がヴルフェの顎を思い切り打ち付ける。

 

「ぐおっ⁉」

 

 強烈なアッパーカットを喰らったようなかたちとなったヴルフェの体がふらつく。脳天が激しく揺れているのだろう。そこにモンドが斬りかかる。

 

「『退魔一閃』!」

 

 一瞬の内に、モンドがヴルフェの脇をすり抜ける。後方で刀を鞘に納めた瞬間、ヴルフェの首から血がドバっと噴き出る。

 

「くっ、や、やりやがったな……」

 

「悔しいがお互いの実力差は明白でござった。少々狡い手でもなんでも、なりふり構わず使わせてもらったでござる。真の勝負はいずれまたどこかで……」

 

「ふん、どこかでな……」

 

 ヴルフェがフッと笑みを浮かべてその場に倒れ込む。頼みの綱を失ったオークの兵士たちは狂乱状態になり、我先にと逃げ出していく。モンドが俺に乗っていた大木を拾い上げると、それを城門に思い切りぶつける。門が開き、モンドが声をかける。

 

「勇者殿、城内に参りましょう!」

 

 俺とモンドは城内に侵入する。メラヌから渡された見取り図の通りに進み、スムーズに城の奥まで入り込むことが出来た。警備の兵も僅かに残ってはいたが、まさかここまで敵の俺たちが来るとは思わなかったのか、ほとんどが逃げ出し、勇敢にも立ち向かってきた僅かな兵士もモンドの刀の錆となった。

 

「見取り図によると、ここが玉座の間か……」

 

 俺たちはこの城で一番大きい部屋の前に立つ。

 

「ショー様! モンドさんもご無事で!」

 

 そこにスティラとメラヌが駆け付ける。

 

「ダーリン♡ 良かった、無事だったのね!」

 

 アリンと、大き目の四体の妖精に運ばれたルドンナが姿を現す。

 

「ショー、皆も無事だったんだね!」

 

 アパネも勢いよく駆け込んできた。俺はアパネに問う。

 

「アパネ、スビナエは?」

 

「追いつくから先に行けって! きっと大丈夫なはずだよ!」

 

「まあ、スビナエちゃんなら、そう簡単にはくたばらないでしょう……スティラちゃん、悪いけど皆の回復をよろしくね」

 

 スティラの回復魔法により、あっという間に怪我が治り、溜まっていた疲労が取れた。

 

「お疲れさん、スティラちゃんの分は私がやってあげるわ」

 

「あ、ありがとうございます、メラヌさん」

 

「さてと……勇者さん、準備はいいかしら?」

 

 メラヌが俺に問う。俺は皆を見渡して各々に声をかける。

 

「スティラ、皆の回復は頼みます」

 

「は、はい!」

 

「アパネ、先陣は任せました」

 

「任されたよ!」

 

「ルドンナ、超強力な召喚獣を一つ、お願いします」

 

「人使いが荒いわね~まあ、良いけど」

 

「モンド、頼りにさせてもらいます」

 

「期待には結果で応えるでござる」

 

「アリン、魔族の懸念材料を片付けましょう」

 

「簡単に言ってくれるけどね……ここまで来たらやるだけだけど」

 

「メラヌ、参りましょう」

 

「気合いも準備も万端ってところね……それじゃああらためて号令よろしく」

 

「皆、これが最後の戦いです! 全てを終わらせましょう!」

 

「「「おおっ‼」」」

 

 俺たちは玉座の間に突入する。



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第12話(3)魔王との最終決戦

「!」

 

 中に入ると、広い部屋の奥にある玉座に魔王ザシンが悠然と腰を掛けていた。

 

「ほう、ここまでくるとは……」

 

 ザシンは低い声で呟く。しかし、その声は威圧感に溢れ、広い部屋にも十分に響き渡る。

 

「あの四傑を退けたということか……少しは楽しめそうだな」

 

 ザシンは玉座からゆっくりと立ち上がり、数歩前へと歩み出る。黒いマントを翻し、重厚な鎧に身を包み、額には魔族の象徴とも言える太く短く折れ曲がった角が生えている。角の色は禍々しい黒である。

 

「悪いけど、あっという間に終わらせるよ!」

 

 アパネが地を這うような前傾姿勢で積極果敢に飛び込んでいく。

 

「ふん……」

 

「なっ⁉」

 

 アパネが爪で斬りかかるが、ザシンが左手を一閃すると、アパネの体は部屋の壁に激突する。アパネはなんとか半身を起こすが、ガクッと頭を垂れる。

 

「アパネ!」

 

「い、今、アパネさんに触りましたか?」

 

「いや、風圧のみで吹き飛ばしたでござるな……」

 

 スティラの問いにモンドが冷静に答える。

 

「向こう見ずに突っ込み過ぎよ!」

 

 アリンが進み出る。ザシンが目を細める。

 

「魔族の娘が魔王である私に刃向うか……」

 

「何百年前の話をしているのよ! アンタを王だと認めた覚えはないわ!」

 

 アリンが身構える。俺が慌てて声をかける。

 

「アリン、注意して下さい!」

 

「分かっているわ! 何もお利口ぶって、サシで臨むことは無いのよ! 召喚士!」

 

「それを言ったら、意味が無いけどね……!」

 

 ルドンナも前に進み出る。それと同時にアリンが飛び込む。

 

「ふん……」

 

 ザシンが右手をかざした瞬間、アリンが方向を転換し、真横に飛ぶ。

 

「むっ……」

 

「かかったわね!」

 

 アリンが糸を使った模様だ。ザシンの動きが止まる。

 

「今よ、召喚士! 準備は出来てる⁉」

 

「詠唱済みよ……来なさい! メガバハちゃん! ビッグジャックちゃん!」

 

 ルドンナが両手をかかげると、巨大な竜、メガバハムートと、大きな雪だるまの妖精、ビッグジャックフロストが現れた。

 

「その炎で奴の半身を焼き尽くし、またその氷でもう半身を凍てつかせろ!」

 

 ルドンナが命じると、バハムートとジャックフロストがそれぞれ口を開き、凄まじい勢いの火炎と吹雪を同時に吐き出した。

 

「甘いわ!」

 

「⁉」

 

 ザシンが叫ぶと、とてつもない風が吹き荒れ、火炎と吹雪ごと、さらに二体の巨大な召喚獣も消し飛ばしてしまった。

 

「そ、そんな……叫び声だけで⁉」

 

「ば、馬鹿な……ありえない……」

 

 ルドンナとアリンが呆然とする。

 

「ふん!」

 

「きゃあ!」

 

「どわっ⁉」

 

 ザシンが右腕を乱暴に横に振ると、糸を持っていたアリンが逆に投げ飛ばされ、ルドンナとぶつかり、二人一緒になって吹き飛んで城壁にぶつかる。

 

「ルドンナ! アリン!」

 

 二人は俺の呼びかけに少し反応したが、倒れ込んだままである。

 

「一人、二人同時、それでも駄目だったらお次は四人一斉にかしらね……」

 

 メラヌがそう呟きながら前に出る。モンドも前に出て、俺に声をかける。

 

「勇者殿、指示をお願いするでござる」

 

 俺はやや躊躇いながらも指示を出す。

 

「……私がどうにか奴の注意を引きますので、メラヌが遠距離から攻撃を。隙をみて、モンドは奴の懐に飛び込んで下さい。スティラは後方に控えつつ、好機があれば攻撃魔法での一撃を狙って下さい」

 

「わ、分かりました」

 

 スティラが緊張気味に返事をし、メラヌとモンドは黙って頷いた。俺は掛け声を発して、飛び出して行く。

 

「行きます!『理想の大樹・双樹』!」

 

「! ショ、ショー様……⁉」

 

「こ、これはまた珍妙な……」

 

 俺は股間と尻に一本ずつ大木を生やす。初見のスティラとメラヌは戸惑っているようだが、そんなことを気にしている場合ではない。

 

「『理想の大樹・旋風』!」

 

 俺は体を思いっ切り回転させて突っ込む。自分で言うのもなんだが、俺はどうやらここにきて、この技を完璧にものにしたようだ。少し複雑な気分だが。先程よりも速いスピードが出せている。俺はザシンとの距離をあっという間に詰める。目的はあくまでザシンの注意を引くことであったが、これならば俺が奴の首を獲ることも可能ではないだろうか。流石に無理か……いや、いける、もらった!俺は短い間にそんな自問自答をしつつ突進する。ザシンの反応は鈍いように思える。何故なら俺の方を全く見ていないからだ。目で追えていないのだ。やった、俺の勝ちだ!四傑どころか、魔王相手にだって立派に戦えるじゃないか。そんなことを色々と考えていた次の瞬間……

 

「……くだらん」

 

「ぬおわっ⁉」

 

 ザシンが右の人差し指を斜め上に向ける。突然の強風を受けた俺は成すすべもないまま、突進の方向を半ば強制的に変えさせられ、ザシンの斜め後方の壁に思い切り突っ込む。

 

「ショ、ショー様! 大丈夫ですか⁉」

 

「な、なんとか……」

 

 大木がクッションとなってくれた為、衝撃はわずかではあるが緩和された。俺は片手を挙げてスティラの呼びかけに応える。

 

「これも想定の内よ!」

 

 間髪入れず、メラヌが突っ込む。想定出来ていたのなら止めて欲しかった。

 

「魔法使いか……」

 

「ところがどっこい!」

 

 メラヌは二丁拳銃を発射する。

 

「何?」

 

 ザシンはやや驚いた様子を見せる。メラヌはニヤリと笑って声を上げる。

 

「これは数百年前には無かったでしょう!」

 

「……」

 

 ザシンが右手を突き出すと、二発の銃弾が空中で止まる。メラヌが驚く。

 

「な、なんですって⁉」

 

「強い『殺意』を感じた……動きを感知するのは容易だ……」

 

「くっ……」

 

「金具で弾いているのか? ……こんなところか」

 

「ぐっ⁉」

 

 ザシンが空中で止まった銃弾を指でパチンと弾く。二発の弾丸がメラヌの肩や膝に当たる。メラヌは苦痛に顔を歪めて、その場に屈み込む。ザシンが笑う。

 

「ある意味面白い魔法であったな……!」

 

「きええい!」

 

 モンドが後方に回り込み、刀で斬りかかる。

 

「ふむ……」

 

「なっ……⁉」

 

 モンドが渾身の一振りを放つものの、ザシンは振り向きざまに左手の指二本で刃の先を挟み込むようにして受け止める。

 

「カタナか……これはまた珍しいものを使っているな」

 

「ぐっ、う、動かん……」

 

「ふん!」

 

「どわっ⁉」

 

 ザシンが左手を振り上げると、モンドの体が刀ごと反転し、地面に転がる。

 

「こんなものか……」

 

「ごはぁ!」

 

 ザシンが右足でモンドを蹴り飛ばす。モンドの体も城壁にぶつかる。モンドは何とか刀を杖代わりにして立ち上がろうとするが、バランスを失って倒れ込む。

 

「残るは貴様か、エルフ……」

 

 スティラはやや後ずさりするが、意を決して立ち止まり、杖を構えてザシンを睨み付ける。

 

「『地獄の業火』! 『切り裂きの烈風』!」

 

「なに⁉」

 

 ザシンはやや驚く。スティラが立て続けに強力な火と風の魔法を放ったからだ。

 

「『裁きの雷』!」

 

 スティラはすぐ雷を放つ。上から雷、左右から火と風と、三方向から同時にザシンを襲う。

 

「ぬっ!」

 

「これは躱せないはず!」

 

「躱さねば済むこと!」

 

「⁉」

 

 ザシンが右手を挙げ、指先に大きな黒い球体を生じさせる。以前見た爆炎魔法の一種であろうか。ザシンが球体を浮かび上がらせる。

 

「消えろ……! 『漆黒の闇』!」

 

 球体が消えたもの、スティラの放った魔法も全て消え失せてしまった。

 

「そ、そんな……」

 

 スティラが膝をつく。魔力の大量消費に伴い、体力も相当消耗したのだろう。

 

「まあ、所詮はこんなところか、ちょっとした退屈しのぎにはなったが」

 

 ザシンが玉座から俺たちを見下ろして淡々と呟く。

 

「どうだろうか、貴様らはここで殺すには惜しい。私の配下にならぬか? 見たところ多くの種族が顔を揃えている。『多種族共生』とやらを信条に掲げている今のメニークランズにとってはまさしくうってつけのものたちではないか。そうだ、それが良い、違うか?」

 

「じょ、冗談も休み休み言え!」

 

 俺は斜め後ろからザシンに声をかける。ザシンは心底退屈そうに振り返る。

 

「そもそも貴様は頭数に入っていないぞ。期待外れの転生者の勇者殿……」

 

「! 『憩いの森』!」

 

「⁉」

 

 俺は玉座の間に全く似合わない森を発生させる。少し俺の右手の甲が緑色に発光したような気がしたが、今は気にしている場合ではない。俺は皆に声をかける。

 

「皆さん、森の中に模様と形状が特徴的な太い木が何本かあります。その木を削ると、白い樹液が飛び出してきます。その樹液は回復薬の原液として使われています。それを飲んで下さい。直接飲んでも問題はないです。それである程度は体力が戻るはず!」

 

「戻ったよー!」

 

「速いな⁉」

 

 アパネの言葉に俺も驚いた。

 

「誰でも良いから、あのステンドグラスをぶっ壊して!」

 

 アパネは玉座の真上にある立派なステンドグラスを壊すよう指示し、メラヌが従う。

 

「!」

 

 メラヌの発射した銃弾により、ステンドグラスが割れ、月の光が差し込む。

 

「そう、今宵は満月……ボクら狼の獣人は、月夜になれば、よりその力を発揮出来る!」

 

「ぐっ、いつの間に!」

 

 木々の隙間から玉座の方を見ると、アパネがザシンに取り付いた。

 

「『狼牙斬』!」

 

「ぐはっ……!」

 

 ザシンは首に噛み付いたアパネを振り払うが、まさしく首の皮一枚が繋がっているに過ぎない状態になる。続いてメラヌの転移魔法により、ザシンの近くにピンポイントで現れたモンドとルドンナが畳み掛ける。

 

「『退魔一閃』!」

 

「メガバハちゃん、『焼き尽くせ』!」

 

「ぐおっ!」

 

 モンドの刀でザシンの左腕は飛び、メガバハムートの炎で右腕は黒焦げになった。

 

「どんどんいくわよ、アリンちゃん!」

 

 メラヌが転移魔法で自らとアリンをザシンの近くに転移させる。

 

「召喚士、ジャンフェちゃんのおっきい拳借りるわよ、『拳糸』!」

 

「『退魔弾・連弾』!」

 

 硬度ある糸を巻き付けたジャイアントフェアリーの巨大な拳によって、ザシンの左脚は潰れ、メラヌの連続射撃を喰らった右脚は立つこともままならない姿になった。

 

「とどめはお願いね!」

 

 メラヌによって転移させられた俺とスティラが玉座の前で倒れ込むザシンに近づく。

 

「『裁きの雷』!」

 

 スティラの放った雷が容赦なくザシンの頭に直撃し、ザシンはほとんど動かなくなった。後は俺だ、残った心の臓を突けば、魔王の息の根は完全に止まる。俺は心臓に向かって剣を突き立てようとしたその時……

 

「やれやれ、魔王よ、こんなところで死んでしまうとは情けない」

 

「お、お前は⁉」

 

 いつのまにか、玉座の後ろに大賢者セントラが立っていたのである。驚く俺を尻目にセントラが杖をかざして呪文を唱える。

 

「し、しまった!」

 

 俺はセントラを阻止しようとしたが、時既に遅く、セントラの杖の先から放たれた黒い光がザシンの体を包み込み、強い光を放った。

 

「……こ、これは⁉」

 

 俺は唖然とした、巨大な二足歩行の竜がそこには立っていたからである。

 

「これが魔王ザシンの真の姿だ」

 

「お、お前は一体……?」

 

「いちいち説明するより見てもらった方が早いな……」

 

 すると、セントラの禿頭から太く短く折れ曲がった白い角が生える。

 

「ま、魔族だったのか⁉」

 

「そうだ……貴様らなかなかしぶとかったが、それも最後! ここが貴様らの墓場だ!」

 

「なにを! って、う、うわあああ!」

 

「ショー様! ……ザシンに飲み込まれてしまった……!」



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第12話(4)死闘の末に……

                  ♢

 

「こ、この! ショーを返せ!」

 

 アパネがザシンに飛び掛かるが、ザシンがその巨体を翻し、尻尾でアパネを叩き付ける。

 

「ぐわっ!」

 

「アパネ殿!」

 

 モンドがアパネを抱きかかえ、ザシンと距離を取る。

 

「姿が見えないとは思ったけど、ここで出てくるとはね……」

 

 メラヌがセントラを睨み付ける。

 

「ふっ、色々と嗅ぎ回っていたようだな。ただ、気が付くのが少しばかり遅かったがな」

 

 セントラが嘲笑を浮かべる。アリンが震えながら、声を上げる。

 

「魔女から聞いてはいたけど……アンタが私を操っていたのね!」

 

「ふふっ、貴様は思いの外よくやってくれたぞ……転生者どもは厄介だからな」

 

「くっ……!」

 

 アリンが唇を噛み締める。代わりにメラヌが話す。

 

「転生者たちにパーティーを組むように仕向けたのはまとめて始末するためね?」

 

「そうだ、概ね思惑通りに事は進んでいたのだが……トレイルめがしくじったのと、謎多き魔女である貴様の存在が予想外であったわ」

 

「ミステリアスさは魔女のたしなみだからね」

 

「軽口叩いている場合じゃないでしょ……」

 

 ルドンナがメラヌを嗜める。セントラが笑みを浮かべながら呟く。

 

「とにもかくにもこれでほぼ全ての懸念材料は片付いた……」

 

「懸念材料? 転生者の方のことですか?」

 

 スティラの問いにセントラは頷く。

 

「そうだ、転生者というものはたった一人でも、その世界の均衡を崩しかねないほどの危険な存在だ……今、ショー=ロークも始末した。強さこそ無かったが、不確定要素が最も大きい転生者だったからな……これで私の計画を邪魔するものは誰もいない」

 

「まるで勝ったような口ぶりね!」

 

 アリンが叫ぶ。セントラが嘲笑する。

 

「ようなではない、勝ったのだ」

 

「まだ私たちが残っているわ!」

 

「ガアッ‼」

 

「きゃあ!」

 

 セントラに飛び掛かろうとしたアリンだったが、ザシンの大きく広げた翼によって、弾き飛ばされてしまう。セントラが玉座に腰掛けて静かに呟く。

 

「行け、魔王……いや、魔獣ザシンよ、まずはこやつらを始末するのだ……」

 

「グオオオオッ‼」

 

 ザシンが咆哮する。その雄叫びに玉座の間どころか、城ごと大きく揺れる。

 

「さて……どうする?」

 

 メラヌの問いかけにモンドが答える。

 

「ここで退くというわけには参らんでござる! ルドンナ殿!」

 

「なによ⁉」

 

「以前話した方法をお願いするでござる!」

 

「ああ、あれね! もう詠唱済みよ! 来なさい、シルフィちゃん!」

 

 ルドンナが風の妖精、シルフィードを召喚する。

 

「強風を吹かせなさい!」

 

 ルドンナの命を受け、シルフィードは強い風を発生させる。モンドがその風の勢いに身を任せて、ザシンに向けて突っ込む。モンドはザシンの懐に入り込む。

 

「よし! もらっ―――⁉」

 

 刀を振り下ろそうとしたモンドだったが、それよりも素早く、ザシンの鋭い爪がモンドを襲い、その体をズタズタに切り裂く。

 

「むう!」

 

 モンドは致命傷こそなんとか避けたものの、地面に力なく落下する。

 

「モンド! ぐう⁉」

 

 モンドを心配するあまり、やや中途半端な立ち位置を取ってしまったルドンナがザシンの繰り出した尻尾に巻き取られ、上に持ち上げられながら締め付けられる。

 

「ルドンナちゃん! 良い子だからその尻尾を離しなさい!」

 

 そう言って、メラヌが拳銃を二発発射させる。ザシンはメラヌの方に顔を向けて口を開くと、そこから二つの火の玉が飛び出し、銃弾を燃やす。

 

「ぬうっ⁉」

 

 メラヌは残った火の玉を喰らう。なんとか直撃を躱したものの、後方に飛ばされる。

 

「メラヌさん! ―――⁉」

 

 僅かに目を離したスティラをザシンが軽く飛び上がり、その大きな足で踏みつける。

 

「がはっ……」

 

 直前に障壁魔法を二重三重に張ったスティラだったが、その障壁ごと踏み潰されてしまう。これもまたなんとか致命傷は免れたものの、身動きがとれずに血を吐く。

 

「ふはははっ! 良いぞ、ザシンよ! その調子で目障りなものたちを片付けてしまえ!」

 

 セントラが玉座に座りながら、高笑いする。

 

「くっ……ここまでなの?」

 

 スティラが悔し気に呟く。自らの身に燃えついた火を消したメラヌがハッと顔を上げる。

 

「待って、様子がおかしい……」

 

 その言葉通り、ザシンの動きが止まる。セントラが怪訝そうな顔つきになる。

 

「? どうしたザシンよ?」

 

 次の瞬間、場を沈黙が支配する。僅かにザシンの体内から何かが聞こえてくる。

 

「……! ……生え! ……ちょい生え!」

 

「……! こ、この声は⁉」

 

 スティラが目を見開いた瞬間、ザシンの体が内側から緑色に光る。

 

「どんと生え‼」

 

「グオアアアッ⁉」

 

 ザシンの腹部辺りを大きな木が突き破り、ショーがその姿を現した。

 

「ショ、ショー様!」

 

                  ♢

 

「どわっ! ……た、助かった!」

 

 俺は地面に転がりながら、胸を撫で下ろす。

 

「僅かながらだけど魔力は感知出来たから、もしかしてとは思ったけど、本当に生きていたとは……よく抜け出せたわね」

 

 近くに歩み寄ってきたメラヌに俺は答える。

 

「い、いや、正直訳も分からず……ただ、丸飲みされたのが幸いだったのか、手足が動いたので、後は無我夢中で……」

 

「成程……しぶといわね」

 

「最後まで諦めないことが肝心です、勇者ですから!」

 

「ふふっ、勉強になったわ……」

 

 メラヌが微笑む。

 

「グオオ……」

 

 腹部を俺に貫かれたザシンは苦し気にふらつく。尻尾に締め付けられていたルドンナも、踏み付けられていたスティラもなんとか離れることが出来た。

 

「そ、その程度の傷で狼狽えるな、ザシン!」

 

 玉座から立ち上がったセントラが杖を掲げる。メラヌが叫ぶ。

 

「マズい! 回復させるつもりよ!」

 

「私の野望は誰にも挫けん! ―――⁉」

 

「―――挫いたぞ」

 

 ハーフリングの女性が繰り出した蹴りによって、セントラの杖がポキッと折れる。

 

「スビナエさん!」

 

「悪いな勇者、遅くなった!」

 

 スビナエは軽やかに着地する。セントラは戸惑う。

 

「だ、誰だ、貴様⁉」

 

「それはこっちの台詞だ! ドップはどこに行った⁉」

 

「し、知らぬ!」

 

「ならば吐かせるまで!」

 

 スビナエが拳を振り上げる。セントラが両手を胸の前で組む。

 

「ふん!」

 

「どわっ⁉」

 

 セントラが力を込めると、風が巻き起こり、スビナエは玉座から吹っ飛ばされる。

 

「次から次へと、全く目障りな連中だ! こうなったら私自ら引導を渡してやろう!」

 

 セントラの周囲に紫色の妖しい光が発生する。何か強力な魔法を放つ気である。

 

「マ、マズい! ―――スティラ⁉」

 

 スティラの方を振り向くと、スティラが黒い大きな球体を発生させている。

 

「見よう見まねですが……! 『漆黒の闇』!」

 

「⁉ そ、そんな馬鹿な―――⁉」

 

 スティラが放った黒い球体が玉座の間の壁ごと吹き飛ばした。セントラの姿はない。

 

「や、やったのか? ⁉」

 

 ザシンが暴れ出す。その時、俺の右手の甲に緑色の紋章が浮かび上がる。

 

「こ、これは⁉ ―――!」

 

 考えるよりも先に勝手に体が動いた俺はザシンの前に進み、叫ぶ。

 

「封印の大樹よ! 根付け‼」

 

 今までより一際大きな大樹が地面から生え、ザシンの巨体を丸ごと飲み込んだ。

 

「き、木に封じ込めた? そんなことが……」

 

 メラヌが信じられないと言った顔を浮かべる。

 

「お、終わったのですか?」

 

 スティラの問いに木の様子を確認したメラヌが首を振る。

 

「残念ながら……この木だけでは不十分よ。この玉座の間だけでなく、この城、またその周辺に何重にもわたって強力な結界を張らないと……それに……」

 

「それに?」

 

 俺が首を傾げると、メラヌは躊躇いがちに口を開く。

 

「……見張りの様な存在を置かないといけないわね」

 

「見張りですか……」

 

「ええ、なにかあった時にザシンの暴走を抑え込むことが出来る存在よ……」

 

「その役目……俺たちが引き受けよう」

 

「「「⁉」」」

 

 俺たちは意外な者たちの登場に驚く。

 

                  ♢

 

「……しかし、都市の一等地にも屋敷を貰えたのに、随分と謙虚なことね、勇者さん」

 

 メラヌの言葉に俺は馬車を走らせながら笑う。

 

「元々、喧騒から離れて暮らしたかったのです」

 

「かと言って、廃村に住むなんて……」

 

「住めば都と言うでしょう」

 

「大体、畑なんか耕せるの?」

 

「多少の心得はあります。勿論、近隣の農村に指導を仰ぎにいくつもりですが」

 

 そうこうしている内に、馬車が目的地に着いた。

 

「ふむ……ここからカダヒ城がよく見えるわね」

 

「警戒の意味もあります。一応、甦った四傑の皆さんを信用していますが」

 

「魔王の復活に貢献した者たちに魔王を見張らせるとはね……」

 

「彼らの呼びかけによって、その配下たちの投降もスムーズにいきました」

 

「毒を以て毒を制すね……それにしてもドップは何を企んでいるのやら……」

 

 メラヌは腕を組んで首を傾げる。

 

「四傑の復活はその……ドップというものの仕業なのですか?」

 

「ええ、念の為に残していた使い魔からの情報を総合するとね」

 

「四傑の皆さんはまるで憑き物が落ちたようです」

 

「ドップが魔力など力の大半を奪ったようだからね……」

 

「そんなことが出来るのですか?」

 

「出来るみたいね。お陰で四傑はあの城に幾重も張った結界から出られないけど」

 

「そうですか……ああ、この家です」

 

 俺は廃村の中でもっとも大きな建物を指差す。

 

「へえ、思ったよりも立派ね」

 

「代々の村長さんが暮らしていた家だそうですから」

 

 俺たちは家の中に入り、色々と見て回る。

 

「……どうやらここが一番広い部屋のようね」

 

「じゃあ、ここがボクとショーの部屋だね!」

 

「はあ⁉ 私とダーリンの愛の巣よ! アンタは物置でも使いなさい!」

 

 アパネの言葉にアリンが噛み付く。睨み合う二人をスティラが仲裁する。

 

「まあまあ、ここは間を取って、わたくしとショー様が住むということで……」

 

「なんの間でござるか……しかし、庭も広いでござるな、鍛錬にはもってこいでござる」

 

 モンドが窓から庭を見て呟く。俺は恐る恐る尋ねる。

 

「あ、あの、皆さん……ひょっとしてこの家に住むつもりですか?」

 

 皆が俺を見て揃ってこくりと頷く。俺は仰天する。

 

「えええっ⁉」

 

「何を今更……大体、時間外労働の分の給金、まだ払ってもらってないんだからね」

 

 ルドンナが契約書を俺に突き付ける。た、確かに全然パートタイムでは無かったが。

 

「ス、スビナエさんまで! 島に戻らなくて良いのですか⁉」

 

「心配無用だ。緊急事態などそうそう起こらん。メラヌに頼めばすぐに戻れるしな」

 

 スビナエがメラヌを指差し、メラヌは俺に向かってウィンクする。

 

「城の見張りも必要だしね、私もそろそろ新しい拠点が欲しいと思っていたの」

 

「は、はははっ……」

 

 俺のまったりとしたスローライフが……。俺は精一杯の笑顔を浮かべた。

 

                  ♢

 

「……というわけだ、全く参ったよ……ん? 聞いているのか?」

 

 俺は転生者派遣センターのアヤコに連絡を取る。報告の為だ。

 

「……聞こえていますよ、のろけ話」

 

「ど、どこがのろけ話なんだ?」

 

「自覚なしとは……七人も侍らせて良いご身分ですね。お相手は日替りですか?」

 

「? 意味が分からんな……まあ、たまに皆で温泉などには行っているが」

 

「温泉⁉ 私が汗水垂らして働いているというのに⁉」

 

「い、いや、お前呑気に有給取っていただろうが!」

 

「紋章は⁉」

 

「え? あ、ああ、右手の甲に緑色の紋章が浮かんできたのだが……」

 

「それは結構! では、私は忙しいので! 次の方、どうぞ!」

 

「あ、ちょ、ちょっと待て!」

 

 アヤコは会話を打ち切る。俺と話す時とはまるで違う声色で話す声が僅かに聞こえる。

 

「こちら転生者派遣センターです。ご希望の異世界をどうぞ♪」

 

                  ~ケース1 完~



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今後役に立つかもしれないキャラクター事典(第一部)

一部の主要人物まとめです。

未読の方はご注意下さい。


今後役に立つかもしれないキャラクター事典(第一部)

 

 

 

ショー=ローク……転生者派遣センターからの転生者として、『スオカラテ』の一地方『メニークランズ』に召喚される。Cランク勇者としては正直手に余るほどの高ランクの世界を『植物を生やす魔法』という極めてニッチな魔法で切り抜けていく。剣術の腕などは人並みだが、どうやらその他に人並み外れた部分があるようだ。大の酒好きでよく記憶を無くす。夢はまったりとしたスローライフを送ること。

 

 

 

スティラ……エルフ。魔法能力に長けており、一度目にした魔法ならはどんなに高度なものでもすぐに実践することの出来る天才肌(ただし自覚なし)。パーティーの回復役を担う。音楽が趣味の一つで常にハープを持ち歩いている。

 

 

 

アパネ……狼の獣人の娘。身のこなしの軽さを活かした鋭い体術を駆使して敵と戦うパーティーの切り込み隊長。月夜になるとただでさえ強力な力が格段に跳ね上がる。動物と会話することも出来る。よくパーティーの馬車を曳く馬と秘密の会話をしているようだ。

 

 

 

ルドンナ……世界的にも数少ないハイレベルな召喚術を受け継いでいる眼鏡っ娘。召喚術は力の消耗が激しい為、ショーとはパートタイムでの契約を交わしている。祖母から譲り受けた魔導書を古臭いと言いながらもなんだかんだ大切に持ち歩いている。

 

 

 

モンド……長身で、武器を作るより扱うことに長けたなにかと常識外れの女ドワーフ。「~ござる」など、妙な言葉遣いや長いあご髭も特徴的である。大量の武器を持ち歩いている。圧倒的な攻撃力を有しており、魔法が使えないような事態では非常に重宝する。

 

 

 

メラヌ……年齢不詳の美しき魔女。様々なところに顔が利く。箒に乗って移動するという非常にクラシカルな反面、まだメニークランズではさほど流通していない拳銃で戦うことを好む。もちろん魔力も水準以上で、中でも味方を転移させる魔法を頻繁に用いる。

 

 

 

アリン……魔族の娘。細く硬い糸を使った術で相手の動きを封じ込める戦い方を得意としている。当然のことではあるが魔力もかなり高く、強烈無比な魔法をいくつも放つことが出来る。背中に生えている翼を使って空を飛んでの戦闘もこなせる。

 

 

 

スビナエ……男子禁制であるハーフリングの島の長。子供のような小さい体型をしているが、恐るべき程の膂力を誇る。基本は徒手空拳で戦う。パーティーの修行相手を務め、彼女たちのポテンシャルを引き出すことに大いに貢献した。



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『ケース2:フラグをガンガンへし折りまくって、ハッピーエンドを目指す悪役令嬢志望のティエラの場合』
第1話(1)予想外のブーイング


                  1

 

 わたくしは空を見上げています。雲一つない、まっさらな青空です。どこまでも透き通るような綺麗な色の青さ。このまま眺めていると、体がふわっと浮き上がり、空の青にそのまま溶け込んでいってしまうのではないかと思ったほどです。

 

 ここでわたくしはふと我に返ります。今、わたくしが置かれている状況についてです。奇妙な点が二つあります。まず一つは、『何故にわたくしは屋外で仰向けに倒れ込んでいるのかしら』。そしてもう一つは、『何故にわたくしは鼻血を一筋垂れ流しているのかしら』ということです。

 

 わたくしもウブなネンネの転生者ではありません。それなりに実戦(?)経験をこなしております。そんなわたくしの今までの経験に照らし合わせてみても、『鼻血を垂らして、仰向けに倒れ込む』という変わった経験はこれまでにしたことがありません。

 

 しばらく(時間にして数秒ほどでしたが)呆然とした後、倒れ込んだまま自分の二つの眼をキョロキョロと動かしてみます。どうやら豪華な宮廷の屋内ではないようです。そこかしこに砂埃の舞う屋外の施設です。周りにいるのは転んだわたくしを心配そうに見つめたり、優しく手を差し伸べて下さる貴族などいわゆる上流階級の方々ではなく、無様に倒れ込んだわたくしを嘲笑したり、暴言のようなものを吐きかけてくる方々のようです。

 

 なんとなくですが段々と分かってきました。実際は分かっていないのですが分かってきました。わたくしは半身を起こして、前方に目をやります。そこに立っていたのは、綺麗にまとめた髪を髪飾りで飾り、華奢な体を華美なドレスに包んだご婦人ではなく、茶色いカーリーヘアを無造作にボサボサにした、屈強な肉体をタンクトップとスパッツに包んだ大女さんです。その大女さんはわたくしを見下しながら不遜な笑みを浮かべ、右手で拳を作り、左の掌をバンバンと叩いています。

 

 あ~はいはい、本当に分かってきました。分かりたくはないけど分かってきました。わたくしは豪華なダンスパーティーで他の参加者の方とぶつかって転倒したわけではない、この大女さんに派手に殴り飛ばされたのでしょう。状況はまだ漠然とではあるが理解しました。しかし何故に?わたくしは先日の面談でのアヤコさんとの会話を思い出してみます。長く綺麗な黒髪に眼鏡がよくお似合いの美人でスタイルの良い転生者派遣センター職員のアヤコ=ダテニさんとのやりとりです。

 

                  ♢

 

「ティエラ様ですね……ご希望の異世界はありますか?」

 

 その問いにわたくしはたっぷりと間を空けてから答えます。

 

「……わたくし、『悪役令嬢』を志望します!」

 

「……え?」

 

「え?」

 

 聞き返されるとは思っていなかったわたくしは分かりやすく狼狽えました。

 

「あ、悪役ですか……?」

 

「は、はい。ご存知ありませんの? 悪役令嬢として転生し、自身に降りかかる様々な破滅の運命を回避し、なんやかんやあって、その転生者としては最良の結果にたどりつく……と、まあ至極簡単に説明すればこんなところですわ」

 

「いや、失礼、確かに最近多いですね、そういう方。ただ……」

 

「ただ?」

 

「ご自分から志望される方は極めて珍しいですね」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ、ご令嬢では駄目なのですか?」

 

「ああ、それはもう飽きました」

 

「あ、飽きた?」

 

 わたくしの言葉にアヤコさんが驚きます。

 

「ええ、平凡なモブ令嬢から始まり、人の良い友人ポジションの令嬢、儚げな雰囲気を身に纏う深窓の令嬢など、令嬢という令嬢は片っ端からこなしてきました」

 

「そ、そうですか……」

 

「ですからここら辺で、令嬢界の花形、強く気高い悪役令嬢として転生したいのです!」

 

「令嬢界というのが初耳ですが……」

 

 尚も戸惑い気味のアヤコさんにわたくしは問いかけます。

 

「それで? そういうのはございませんか?」

 

「し、少々、お待ち下さい」

 

 アヤコさんはご自身に前にある機械端末を操作されます。しばらくして、彼女が情報を提示してきました。

 

「……例えば、こういう異世界は如何でしょう?」

 

「ほう、なかなか興味深いですわね……」

 

 わたくしは情報にざっと目を通してから、こう告げます。

 

「この異世界にしますわ」

 

「ええ⁉ よ、よろしいのですか?」

 

「? なにか問題でも?」

 

「い、いえ、随分とあっさり決められるのですね……」

 

「即断即決! 生き馬の目を抜く令嬢界では熟考を重ねている暇などありませんわ!」

 

「どこの界隈なのですか……」

 

「とにかく、それで進めて下さいますか?」

 

「……かしこまりました」

 

 アヤコさんは端末を手際良く操作します。

 

                  ♢

 

 そのようなやりとりをかわしたことを思い出しながら、あらためてじっくりと周りを見渡してみます。どうやら今わたくしはまるい形をした建物にいるようです。天井はありません。それ故、青空がはっきりと見えるのでしょう。建物の中央に設置された石で出来た舞台の上にわたくしは立っています。その舞台を取り囲むように、大勢の方々が座席に座っていらっしゃいます。

 

「う~ん……」

 

 わたくしは首を傾げます。令嬢界では熟考を重ねている暇などはありませんが、思慮深く行動する必要があります。わたくしは今一度、まわりを見回しながら、周囲から聞こえる声に耳を傾けます。その中で一際、大きな声が聞こえてきます。そちらに目をやると、男性が棒のようなものを片手に叫んでいらっしゃいます。どういう仕組みか、声を大きく響かせる為の道具を用いられているようです。わたくしはその叫び声に集中します。

 

「――おおっと! 悪名高きガー二家の令嬢! ティエラ! このコロシアムにぎっしりと詰め掛けた観客の期待をまたも裏切るというのか! 珍しくダウンしたかと思えば、すぐに立ち上がり、余裕たっぷりに観客席を見渡しています! なんとまあ憎らしいパフォーマンスでしょうか!」

 

「えっ⁉」

 

 わたくしは戸惑います。コロシアム? ダウン? パフォーマンス? 今一つ耳慣れない言葉が耳に入ってきました。これは一体全体どういう状況なのでしょうか。わたくしは一呼吸置いて今度は周囲の方々の声に耳を傾けてみます。

 

「ちっ! 立ちやがった! あいつの負けに賭けているのによ!」

 

「しぶとい女だぜ! 貴族の地位にしがみつこうとした奴の親父によく似ている!」

 

「だから腹立つんだ! さっさと無様に這いつくばりやがれ!」

 

「いや、這いつくばるだけじゃ足りねえ! リングの上は治外法権! 不慮の事故だって起こり得る!」

 

「へへっ! そうだ! いっそのこと殺しちまえ!」

 

「おおっ! 殺せ!」

 

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 

「おおっと! 観客席から過激なコールが飛び出しているぞ!」

 

「⁉」

 

 その表情から大体の察しは付いていましたが、どうやらわたくしにははっきりとした敵意が向けられています。どういうわけかこのコロシアムに詰め掛けた大勢の方々から相当な恨みを買っているようです。これはいわゆる一つのブーイングというやつでしょうか。断片的ではありますが、情報を整理してみると、皆が皆わたくしの負けを望んでいる……悪名高きガー二家の令嬢……なるほど、なるほど……って、ちょっと待って下さいます⁉ 

 

「悪役令嬢ってそういうことですの⁉」

 

 わたくしは愕然としてしまいます。



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第1話(2)なんか出た

「ふん!」

 

「⁉」

 

 カーリーヘアの大女さんが愕然としているわたくしに迫ってきます。大柄な体に似合わぬ素早い動きを見せ、ほとんど一瞬でわたくしとの距離を詰めてしまいました。その体格は間近で見ると圧倒させられます。何をお食べになったらこれほど大きくなられるのでしょうか。大女さんはその丸太のような太い右腕を振り上げ、わたくしに力一杯殴りかかってこようとしてきます。え、ちょっと待って、これってひょっとして……わたくしが殴られるってことですか?

 

「その綺麗なお顔をボコボコにしてやるよ!」

 

「!」

 

「なっ⁉」

 

 大女さんが驚いていらっしゃいます。わたくしも驚きました。大女さんの繰り出してきた唸りを上げるようなパンチをわたくしが軽やかにかわしたのですから。大女さんはバランスを崩しかけながら、なんとか踏み留まり、キッとわたくしを睨みつけてきます。

 

「くっ、相変わらずちょこざいな……」

 

(相変わらず? ちょこざい?)

 

「その細身の癖に出る所はちゃんと出ているボディに風穴を空けてやる!」

 

「おっと!」

 

「ちぃっ!」

 

 今度は大女さんの放った強烈なキックを横に飛んで回避しました。どうにかまた避けることが出来て、わたくしはホッとします。

 

「ふう……」

 

「な、何故だ! どうして避けられる⁉」

 

 大女さんが悔しそうに頭をわしゃわしゃと掻きむしります。

 

(それはまあ、顔とかボディとかわざわざおっしゃるから、予測しやすいですし……!)

 

 わたくしは尚も置かれている状況に戸惑いながらもそのように感じた自分に驚きます。そうです、分かりました。この世界でのわたくしは綺麗な顔立ちで同性の方も羨むほどスタイルをしている! ……ということではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということです。わたくしは大女さんと再び距離を取れたことを幸いに、自分の姿を確認してみます。上半身は茶色のシャツ、下半身は黒いズボンと脛の部分に白いゲートルを巻き、薄茶色のブーツを履いています。なんだか、殿方が運動の際にお召しになるような服装です。動きやすさを重視したのでしょうか。

 

「うおおおっ!」

 

 大女さんが、雄叫びを上げながら、殴りかかってきました。動きは変わらずに俊敏ですが、幾分落ち着いた今のわたくしの目でなんとか追いかけることが出来ます。とはいえ、何故にこのような状況に陥っているのかと嘆きたくもなりました。本来ならば、華やかなパーティーで優雅にダンスを踊っているはずですのに……。しかし、わたくしは即座に首を振り、その思いを打ち消します。

 

(なんのこれしき! 舞踏会が武道会に変わっただけのことですわ!)

 

「おらおらぁ!」

 

(試してみますか!)

 

「ぬっ⁉」

 

 大女さんは激しい連続攻撃を繰り出してきましたが、わたくしはそれらをことごとくかわしてみせます。

 

(やった!)

 

 思った通りです。ダンスの基本である円を描くような動きをしてみたところ、彼女のパンチやキックを回避することが出来ました。これまで培ってきた令嬢経験が活きた形です。華やかな社交場でのダンスパーティーもある意味戦場だと言えるでしょう。大勢のペアがひしめくダンスフロアは広いようで狭く、他の方に接触するなどの粗相をしないように細やかな神経を使うのです。ただ、ここで新たな問題が生じてきました。大女さんが悔しそうに叫びます。

 

「ちっ……だが、逃げまわるだけでは勝てんぞ!」

 

 そうです。相手を倒さなくてはなりません。曲が終わればダンスも終わりますが、この場ではそういうわけにもいかないのです。ですが、どうすれば良いのでしょうか。わたくしは必死に頭を回転させます。こういう時は過去の経験、もしくは先人の知恵を借りるのが一番です。わたくしはそこである記憶に思い当たり、またしてもぶっつけ本番ですが、試してみることにします。

 

(脇をしめて……えぐりこむように打つべし!)

 

「ぐおっ⁉」

 

(や、やった! やりましたわ!)

 

 わたくしの放ったパンチが大女さんの顔に当たりました。大女さんは戸惑いの表情を浮かべています。これは好機です。一気に畳み掛けたいところです。

 

(左足を斜め前に踏みだして……重心を前に乗せ、右腕を振り、その反動を利用して……腰を回転させながら右足を伸ばし、力強く蹴る!)

 

「ぬおっ⁉」

 

(あ、当たった!)

 

 今度はキックが大女さんの腹部に当たりました。

 

「調子に乗るなよ!」

 

「⁉」

 

 大女さんが勢いを取り戻し、鋭いパンチを繰り出してきました。左右にかわせないと判断したわたくしは咄嗟に後ろに飛び、顔面に飛んできたパンチを両手で受け止めます。ですが、受け止め切れずに吹っ飛ばされたような形になって、倒れ込んでしまいました。

 

「どうだ!」

 

「ぐっ……」

 

 わたくしはなんとか受身を取って、ダメージを軽減しました。この世界のわたくしはどうしてなかなか戦いのセンスに長けているようです。ただ、そうやって呑気に自分で自分に感心している場合ではありません。

 

(パンチもキックも当たったのに倒せなかった……やはり体格差? わたくしの一撃が軽いのですわ……この差を覆すような決定打が欲しい……)

 

 わたくしはゆっくりと立ち上がり、再び考えを巡らせます。それを見て、大女さんがこちらに聞こえるくらいの舌打ちをなされます。

 

「しぶといな……次で決める!」

 

 ちょっ、ちょっと待って下さい。まだ考えがまとまっていません。わたくしはバックステップやサイドステップを織り交ぜて、彼女からなんとか距離を取ろうと逃げまわります。ですが、それも限界です。いつの間にか、わたくしはリングサイド際に追い込まれてしまいました。大女さんがニヤリと笑います。

 

「ふふふっ……良いんだぞ? リングアウトを選んでも?」

 

 なんとなく察しはついていましたが、やはりこのリングから落ちると、わたくしの負けということになるようです。それも悪くはないかと一瞬思いましたが、すぐに考え直します。何故ならばこの世界でのわたくしが置かれている状況がまだ完全には掴めていないからです。ここで敗北を喫するということが果たしてどんな意味を持つのか、それが分かりません。それならば選ぶ答えは一つです。

 

(この勝負に……勝ってみせますわ!)

 

「今度こそとどめだ!」

 

 大女さんが突っ込んできます。どうするの、わたくし? 頭をフル回転させた結果、ある記憶を思い起こします。

 

(下……右斜め下……右……パンチ!)

 

「⁉ どおぁっ!」

 

「⁉ な、なんか出ましたわ⁉」

 

 わたくしは大いに驚きました。記憶を頼りに動いてみたところ、右手から茶色い光の衝撃波が飛び出したのです。それを喰らった大女さんは後方に吹き飛び、仰向けに倒れ込み動かなくなりました。観客席で一際大きな声で喚いている男性が興奮気味に叫びます。

 

「おおっと、挑戦者ラレヤ、動かない! 今レフェリーが駆け寄り様子を伺います……おっと、レフェリーが両手を交差した! 試合終了! 勝者はティエラ=ガーニです‼」

 

 男性の宣告に対し、会場からは様々な反応が見られました。しかし、それについていちいち確認する余裕は今のわたくしにはありません。

 

「か、勝った……? はあ……」

 

 張りつめていた緊張の糸が途切れたわたくしはその場に力なく崩れ落ちます。



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第1話(3)ジャージ姿の御令嬢

「うっ……」

 

 わたくしが目を覚ますと、そこはそれなりに広い部屋にあるベッドの上でした。

 

「おおっ、良かった、お目覚めですか! お嬢様!」

 

 ベッドの脇に目をやると、そこには初老の白髪頭の男性が立っていました。

 

「あ、貴方は……?」

 

 わたくしの問いにその初老の男性は分かりやすくうろたえました。

 

「な、なんと! このじいやの事をお忘れになってしまったのですか⁉」

 

「えっと……」

 

「執事長、お嬢様は目覚めたばかりなのですから、もう少しお静かに……」

 

 反対方向に目をやると、メイド服を着た女性が立っていました。

 

「そ、そうは言ってもだな! 長年お仕えした私のことを忘れてしまうなど……やはりもう一度専門医に診てもらうべきか……」

 

「あ~その、恐らく、一時的な記憶の混乱だと思いますわ。しばらくすれば思い出すはずです、きっと」

 

 わたくしは頭を軽く抑えながら、そのように取り繕う。勿論、これは口から出た出まかせです。転生者のわたくしはこの初老の男性も冷静なメイドの女性のことも存じ上げないのですから。ただ、お医者さまに診てもらったところで、なにも意味はないだろうと判断し、そのようなことを口にしました。

 

「さ、左様でございますか?」

 

「ええ」

 

「……しかし、お嬢様、このじいや一生のお願いです、もうあのような危険で野蛮な格闘大会に出るなどお止めになってください」

 

 格闘大会? ああ、あのコロシアムでの行われていたもののことでしょうか。どうやら、この執事長の反対を振り切って、この世界のわたくしはあの場に出ていったようです。かなり、いや、相当なお転婆です。

 

「……」

 

 わたくしは沈黙を選びました。これまで幾度となく令嬢としての転生経験はあるのですが、そのほとんどが幼少時代からのスタートでした。そこでそれぞれの世界の貴族令嬢としての正しい所作や教養を身に付け、華々しい社交界へデビュー……というのが常でした。まさか、大の字になって鼻血を垂らしてのスタートなど経験したことがありません。情報を引き出す為にも、ここはしばらく黙っておくことにしました。

 

「……ですが執事長、お嬢様が格闘大会に出場することで、このガーニ家は完全なる没落を避けることが出来ました」

 

「メアリよ、その引き換えとしてまるで見世物のような扱いを受けているのだぞ。お前は心が痛まないというのか?」

 

 執事長がメイドさんを嗜めます。このメイドさんはメアリと言うようです。

 

「……とはいえ、お嬢様が連戦連勝を重ねることによって、多額のファイトマネーを得られました。昨日の勝利で百連勝目、特別ボーナスも出て、当面は生活の心配もしなくてもよくなりました。現在、当家の家計は、お嬢様の双肩にかかっているのです」

 

「そ、そうは言ってもだな……」

 

「ならば、執事長が代わりに出場なされますか?」

 

「い、いや、無茶を言うな!」

 

「冗談です。私たちに出来ることはただお嬢様をお支えすることです……」

 

「ぬう……」

 

 重苦しい雰囲気が部屋を包んだため、わたくしは大きな声でこう言いました。

 

「一眠りして大分調子が戻ってきましたわ。ちょっと屋敷内を散歩でも致しましょうか」

 

「かしこまりました」

 

 メアリがわたくしに向かって恭しく礼をする。

 

「……執事長」

 

「な、なんだ?」

 

「お嬢様の御召し替えです。外に出て頂きますか?」

 

「あ、ああ、これは失礼」

 

 執事長が慌てて部屋を出ていきました。わたくしはベッドからゆっくりと立ち上がり、部屋の隅にあるそれなりに大きいクローゼットに向かいました。先回りしたメアリがクローゼットを開きます。

 

「こ、これは……」

 

 わたくしは驚きました。クローゼットの中には華美なドレスがぎっしり……というわけではなく、数着の見慣れない服が下がっているだけでした。戸惑っているわたくしの様子を見て、メアリが口を開きます。

 

「ご主人様……お父上さまが失脚なされ、当家は財政的にも困窮したため、お嬢様の御判断でドレス類は数着を残し、ほとんど売り払いました」

 

「わたくしの判断で……」

 

「ええ、そうです」

 

「こ、この変わった服は?」

 

「他国で流行っている『ジャージ』というものです。近くの市場で安価で販売しておりましたので、何点か購入なされました。私は着たことがありませんが、動きやすいということで、最近はもっぱらそちらをお召しになられています」

 

「ああ、そう、そういえばそうでしたわね」

 

 わたくしは尚も戸惑いながら、そのジャージの中から一着を選び、着替えました。わたくしは部屋を出ると、執事長が寄ってきました。

 

「ほ、本当に大丈夫なのですか?」

 

「ええ、それよりじいや、聞きたいことがあるのですが」

 

「な、なんでございましょうか?」

 

「この世界には魔法というものが存在しますか?」

 

 じいやはややきょとんとした後、わたくしの問いに答えます。

 

「ええ、それは……そ、そういえば昨日の試合で……」

 

「そうです、ちょっと調べたいことがあるのですが……」

 

「か、かしこまりました、では、こちらへ……」

 

 じいやの案内でわたくしは書斎に着きました。広い部屋に大きな本棚がいくつも並んでいますが、その中身はほとんど空です。

 

「蔵書の類はほとんど売り払ってしまいました……」

 

「そう、魔法に関する書物はありますか?」

 

「……こちらかと思います」

 

 じいやが一冊の厚い本を棚から取り出してわたくしに手渡します。

 

「これは……なんと書いてあるのですか?」

 

 まず題名が読めません。じいやも首を捻ります。

 

「古代文字で記してあるので、私にもさっぱり……」

 

「古代文字? 何故そんなものがここに?」

 

「亡き奥方様、お母上様が読んでおられました」

 

「母上が?」

 

「ええ、お母上様は魔法の心得がございましたので……」

 

「ふむ……」

 

 わたくしは本をパラパラとめくってみます。当然の如く読めませんが、中から一枚の紙がパサッと床に落ちます。じいやがそれを拾います。

 

「これは……お嬢様の字ですね」

 

「わたくしの?」

 

 紙を受け取って、見てみます。その紙に書いてある字の半分は読んで理解することが出来ました。メアリが呟きます。

 

「近頃はそちらの本とにらめっこされていることが多かったです」

 

「ほう……?」

 

 わたくしはなんとなくですが理解しました。この紙は恐らく、古代文字を翻訳するために作成した文字の対照表なのでしょう。わたくしはどうやらこの古代文字で記された書物の解読を試みていたようです。わたくしはあるページに折り目がついてあることに気付いて、そのページを開きます。

 

「こ、これは……」

 

 わたくしは驚きました。昨日の試合でわたくしが放ったあの謎の衝撃波を図解入りで示してあったのです。わたくしはそのページに紙を挟み、本を閉じて、近くにあった机の上に置きました。

 

「じいや」

 

「は、はい……」

 

「お庭に出たいのですが……」

 

「こ、こちらです……」

 

 じいやの案内で外に出ます。思ったよりも広い庭が広がっていました。

 

「没落寸前のわりには、広い土地ですわね」

 

「……これでも元の六分の一ほどです。屋敷とその周辺は売り払わなくて済みましたが」

 

「そうなのですか……」

 

「仕えていたものにも大勢暇を出しました。十分の一しか残っておりません」

 

 じいやは悲し気に呟きます。

 

「そう……大体理解してきましたわ」

 

「え?」

 

「いえ、こちらの話です」

 

「お嬢様、本当に大丈夫でございますか? やはりもう少しお休みになった方が……」

 

「大丈夫です。少し一人にさせて下さる?」

 

「そ、それは……」

 

「心配はいりません。すぐに戻りますから」

 

「そ、そうですか……」

 

 じいやとメアリが屋敷の中に戻りました。わたくしは顎に手を当てて考えます。

 

(どうやらこの世界のわたくしには亡き母親譲りの魔法の素養があるようですわね……正直言って、訳も分からない状態ですが、その魔法を本格的に習得しておいて損はないでしょう)

 

 そのようなことを考えながら、わたくしは昨日の試合と先程見た本の図解を思い出して、その動きを再現してみることにしました。幸いにして動きやすい服装です。わたくしは簡単な準備運動をした後、早速やってみることにしました。

 

(えっと、確か……下……右斜め下……右……そしてパンチ!)

 

「はっ!」

 

 右手を突き出してみましたが、何も出ません。代わりに顔から火が出ました。いい歳をした娘が珍妙な服装で屋敷の庭先で何をしているのでしょうか。それでも、もう一度やってみることにしました。しかし、結果は同じでした。わたくしは首を傾げます。

 

「う~ん、何が足りないのかしら?」

 

「ふむ……腰の入りが甘いの」

 

「きゃっ⁉」

 

「ぐえっ⁉」

 

 不意にお尻の辺りを触られたわたくしは驚いて、振り返り様に強烈なひじ打ちをかましました。その一撃を喰らった禿頭の御老人が仰向けに倒れ込みます。



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第1話(4)フラグ、へし折る

「ふふっ、なかなかのエルボーじゃな……」

 

「あ、貴方、どちらさまですか⁉」

 

 老人はゆっくりと立ち上がられます。男性にしてはやや小柄で、肌の色は浅黒く、ちょび髭を生やして、白いローブを羽織っておられます。

 

「儂はハサンという」

 

「そうですか……誰かいませんか!」

 

 わたくしは周囲に大声で呼びかけます。

 

「ちょ、ちょっと待てい! 何をしておる⁉」

 

「人を呼ぼうと思いまして」

 

「わ、儂は決して怪しいものではない!」

 

「怪しい以外のなにものでもないでしょう。いきなり女の背後に立つなんて……誰か!」

 

「ま、待て! あの技について知りたくはないか?」

 

「!」

 

 わたくしの反応を見てハサンさんはニヤリと笑います。

 

「やはりな……無自覚で出したのであろう、昨日の試合は驚いたぞい」

 

「あの技は魔法なのですか?」

 

「そこには気付いていたか、そう、土系統の魔法を応用した技じゃな」

 

「土系統の魔法?」

 

 わたくしは首を傾げます。

 

「ん? お主まさか、魔法のことをよく分かっておらんのか?」

 

「き、昨日の試合で少し頭を打った影響か、やや記憶が混濁しておりまして……良かったらこの世界について教えて下さいませんか? 何か思い出せるかもしれません」

 

「……そうか、それは難儀じゃな。この世界、スオカラテには古より魔法が存在する。ただこの国、ムルサファ首長国連邦には、余り使い手がおらんがな」

 

「何故ですか?」

 

「地理的な条件が多分に影響しておる。この国は西方に広がる海を除けば、その他三方に広い砂漠が広がっておるからな、いわゆる魔法使いの者達がさほど移住してこなかった」

 

「成程……」

 

「もっとも、この世界全体が他国・他地域間の交流というものが極端に少ないがな。よって、それぞれの地域が独自の文化を形成しておる」

 

「ふむ……」

 

 わたくしはハサンさんの話にいちいち頷きます。

 

「そろそろ思い出したか? わざわざ歴史・地理の授業をしに来た訳ではないんじゃが」

 

「では、何をしにいらっしゃったのですか? 昨日の試合もご覧になったようですが」

 

「そうだ、繰り返しになるが、お主の技に驚いてな」

 

「そうですか、ただ残念ですが再現は出来ませんよ。お引き取りを」

 

「使い方を習得したいのであろう、違うか?」

 

「⁉」

 

 わたくしの驚いた表情を見て、ハサンさんは再びニヤリと笑います。

 

「今後もファイターとして、コロシアムに立つのであろう?」

 

「……分かりませんが、どうやらそういうことになるようですね」

 

「ならば、あの技をコンスタントに出せるようにならねばいかんな。百連勝もしたファイターはもっと上のレベルの相手と戦わされる可能性が高いからな」

 

「もっと上のレベル……」

 

「そうじゃ、これまでは天性のセンスでなんとかなってきただろうが、これから先はそうもいかん。それこそ不慮の事故が起こる危険性が高まる」

 

 わたくしはゴクリと唾を飲み込む。

 

「どうすればよろしいのですか?」

 

「知識として魔法の基本体系を理解することは勿論じゃが……土いじりをせい」

 

「はい?」

 

「こんな広い庭があるんじゃ、家庭菜園でも始めたらどうじゃ?」

 

「そ、それが技となんの関係があるのですか?」

 

「土系統の魔法じゃからな、まず土と仲良くする必要がある」

 

「は、はあ……」

 

「技のモーションだけをただ真似ても仕方がない。儂に言えるのはこれだけじゃ。今日のところはこれでお暇するかの……」

 

「ちょ、ちょっと待って……!」

 

 その時、突風が吹き、わたくしは思わず目を瞑ります。目を開くと、ハサンさんの姿は既にそこにはありませんでした。

 

「な、なんでしたの……?」

 

 しばらく呆気にとられていたわたくしでしたが、何故かハサンさんの言葉を実践してみようという気持ちになりました。次の日メアリに頼み、近くの市場から手袋と長靴を買ってきてもらいました。家庭菜園の作業に使うためです。農具類は物置に置いてありました。家が大きな農家だったというメアリに教えてもらい、見様見真似ですが、庭の土を耕し始めました。じいやには止められましたが、無視しました。

 

(……ふむ、これはどうしてなかなか、体全体を使った良いトレーニングになっているのではないでしょうか? 土と仲良くするというのはつまり、基礎体力をつけろということなのかしら?)

 

 わたくしはしばらく農作業に勤しみました。試合の話はそれからありませんでした。メアリの話によると、相手がなかなか見つからないのではないかということでした。わたくしはこれ幸いと農作業という名のトレーニングに没頭しました。昼間は農作業、夜は魔法に関する書物の解読に充てました。この世界のわたくしは、なかなか理解力があり、解読もわりと進みました。それでも完全読破まではまだ大分時間がかかりそうですが……。

 

(さて、今日も菜園作りに励むとしますか……)

 

「こ、困ります!」

 

 珍しくメアリの慌てた声が聞こえてきます。何事かと思っていると、庭に整った赤髪の端正な顔立ちをした長身の青年が現れます。

 

「はははっ、貴族の令嬢が農作業とは、噂は本当だったようだな」

 

「……どなた?」

 

「おいおい、まさか俺を知らねえのか?」

 

「ええ、全く」

 

「なっ……!」

 

 赤髪の青年はわたくしの冷淡な反応に面食らったようです。ですが、本当に知らないのですから、こればかりは致し方ありません。

 

「まずは名乗るのが礼儀ではなくて? もっとも、家主の許可も得ずに勝手に上がり込んでくる失礼な方に何を言っても無駄なことかもしれませんが」

 

「お、俺はルッカ=ムビラン、名門ムビラン家の三男だ!」

 

「!」

 

「へっ、やっと分かったか」

 

「ムビラン家?」

 

 首を傾げるわたくしにルッカと名乗った青年は驚きます。

 

「し、知らねえのか……?」

 

「お、お嬢様!」

 

 メアリが慌ててわたくしの方に駆け寄り、耳打ちしてきます。

 

「ムビラン家とはこのムルサファ首長国連邦きっての名門貴族でございます!」

 

「⁉ 貴族!」

 

「そういうことだ!」

 

「!」

 

 ルッカさんはずかずかとわたくしに近づき、わたくしの顎に手を添えて軽くクイッと引き、顔を自分に向けて甘い声で囁いてきます。

 

「噂でしか聞いたことが無かったが、器量は悪くねえな……どうだ、俺のグホッ⁉」

 

 気が付くと、わたくしはルッカさんのみぞおちに強烈なひじ打ちをかましていました。

 

「お、お嬢様⁉ な、何を⁉」

 

「こ、こういう場合、イケメン……顔立ちが綺麗な方とのフラグはなるべくへし折っておくに限りますから、つい……」

 

「何をおっしゃっているのですか⁉」

 

「へへっ、お、おもしれー女……」

 

 ルッカさんは笑みを浮かべ、体を折り曲げながら崩れ落ちました。



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第2話(1)顎にカウンター

                  2

 

 コロシアムで大の字になった状態で目覚めてからなにかとバタバタしていたわたくしでしたが、ようやく落ち着きを取り戻し、屋敷の自室で椅子に座り、心の中で『ポーズ』と唱えました。時が止まったような状態になります。この力のことをすっかり忘れていたなと思いつつ、続いてわたくしは『ヘルプ』と唱えます。すると、聞き覚えのある女性の声が脳内に響いてきます。

 

「……はい、こちら転生者派遣センターのアヤコ=ダテニです……」

 

「……これはどういうことなのですか?」

 

「思ったより冷静なテンションですね、ティエラ様……」

 

「怒鳴りつけた方がよろしかったかしら?」

 

「それは間に合っています……」

 

 間に合っているとはどういうことだろうと思いながら、わたくしは尋ねます。

 

「何故にして、悪役令嬢志望のはずのわたくしがコロシアムで古の闘士の真似事のようなことをしているのでしょうか?」

 

「ふむ……」

 

 アヤコさんが考え込みます。何かをカタカタと操作する音が聞こえてきます。恐らくわたくしとの面談の時にも使っていたあの機械端末の発する音でしょう。

 

「もしかして……これは夢でしたとかそういうことかしら?」

 

「いや、それは無いですね……あ~そうですか……」

 

 端末を操作する音が止まり、アヤコさんは御自分だけ納得した様子を伺わせます。

 

「なんですか?」

 

「すみません……ティエラ様、貴女のご希望を今一度確認しても宜しいですか?」

 

「『令嬢界の花形、悪役令嬢』ですが……?」

 

「『格闘界の徒花、悪役ファイター』ではなく?」

 

「いや、全然違うでしょう⁉ 徒花って!」

 

「どうしてこのようなことに……?」

 

「こちらが聞きたいです! ここ数日農作業ばかりしておりますのよ!」

 

「『異世界でのまったりとスローライフ』とのご希望もございませんでしたか?」

 

「そんなこと一言も言っておりません!」

 

「少し落ち着いて下さい」

 

「これが落ち着いていられますか! 本当にどうしてこうなったのですか⁉」

 

「ふむ、なるほど……」

 

 アヤコさんが端末を操作する音が聞こえてきます。わたくしが重ねて尋ねます。

 

「どうしました?」

 

「原因が判明しました」

 

「本当ですか⁉」

 

「ええ、『悪役令嬢』で検索にかけねばならないところ、『悪役 令嬢』と間にスペースを入れて検索してしまったようです」

 

「なっ⁉」

 

「さらに検索ワードに『死闘必至! ルール無用のバトルロイヤル』というワードを付け加えてしまいました……ふふっ」

 

「ふふっ、じゃないですわ! なんですの⁉ その妙な煽り文句は⁉」

 

「ティエラ様は面談の際に『自身に降りかかる様々な破滅の運命を回避し、なんやかんやあって~』ということをおっしゃっていました」

 

「あ、ああ、そんなことも申しましたかしらね……」

 

「その様々な破滅の運命というのを私なりに解釈し……」

 

「な、何故勝手に独自の解釈を加えているのですか⁉」

 

「……いいかな♪って思いまして……」

 

「よくありませんわ! どうしてくれるのですか⁉」

 

「転生先の確認はして頂きました。決められたのはティエラ様ご本人の意思です」

 

 アヤコさんが眼鏡をクイッと上げる音が聞こえてきます。

 

「くっ……それは確かにそうですけれども……まさか何回も経験している転生でこのようなことになると思わないでしょう……」

 

「一寸先は闇というやつですね」

 

「何故ちょっと他人事なのですか?」

 

「そのようにお受け取りになられたのなら申し訳ありません。ただ、ご承知のことかとは思いますが、現状こちらから転生者の方に何か出来るわけではありません」

 

「どうすれば良いのですか?」

 

「とりあえずはその世界での目標を達成することですね」

 

「目標を達成と言われましても……わたくし今まで華やかな社交界でオホホウフフと優雅に過ごしてきたのですよ? そんな女がこんな血で血を洗うような殺伐とした社会でやっていけるわけがありませんわ……」

 

「であれば、目標を放棄するということになりますね。その場合は転生経験豊富なティエラ様はご承知のことかと思いますが」

 

「……死を選べってことですの?」

 

「ええ、そうなります」

 

「それは嫌ですわね」

 

「ならば目標を達成する他ありません」

 

「目標とは……」

 

「それは御自分で見い出して下さい」

 

「はあ……」

 

「これもご承知のことかと思いますが、よほどの例外でもない限りは、一度転生した世界を途中で抜け出すということは出来ません」

 

「むう……」

 

「私から言えることは一つだけです」

 

「え?」

 

「御健闘を祈ります」

 

「いや! お祈りされてもですね!」

 

「これ以上は時間外業務になりますので……失礼します」

 

「あ! ちょ、ちょっとお待ちになって! ……切れましたわ」

 

 わたくしはため息を大きくつきます。ここからポーズ状態を解除すると、時間は再び動き出します。農作業は思いのほかやりがいがあって、大変ではありますが楽しくもあります。ですが、その作業の先にコロシアムでの戦いが待っているかと思うと、憂鬱な気分になります。しかし、このままジッとしていても事態が好転する訳ではありません。

 

(仕方がありませんわね……ポーズ解除)

 

 時間が動き出します。ドアをノックする音が聞こえます。

 

「……はい?」

 

「お嬢様、ルッカ様がお見えです」

 

「またですか、もうこれで十日連続ですよ……」

 

「お帰り頂きますか?」

 

 メアリがドア越しに尋ねてきます。

 

「いいえ……応対しましょう」

 

 わたくしはしぶしぶと庭に出ます。

 

「来たな! 今日こそは勝つぜ! 行くぞ! グハッ……」

 

 わたくしは殴りかかってきたルッカさんの攻撃を素早く躱し、顎の先にパンチを入れます。ルッカさんはしばらくフラついて、その場に倒れ込みます。顎に衝撃を加えると、脳が揺れて、脳震とうを起こし、どんな強者でも立っているのが困難になるそうです。なんでわたくしはこんな令嬢としては何の役にも立たない無駄知識を蓄えているのでしょうか……。そして、このルッカさんです。何故にこうして毎日わたくしに挑みにきているのでしょう。殿方の闘争心に火を付けてしまったのでしょうか?エルボーをみぞおちにかますのがむしろフラグになってしまうとは……。

 

「お手数ですが客間に運んで下さる? しばらくお休みになったらお帰り頂いて……」

 

 メアリとルッカさんの従者たちがルッカさんを運んでいきます。

 

「はあ……」

 

「ふむ……格闘センスに一層磨きがかかっておるな……」

 

「⁉」

 

「どわっ⁉」

 

 わたくしは背後に立ったハサンさんを反射的に殴り倒してしまいました。



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第2話(2)酒場でドタバタ

「す、すみません! でも、いきなり背後に立つのはお願いですから止めて下さい!」

 

「……ほほほっ、強烈な裏拳だったぞ」

 

 ハサンさんはゆっくりと立ち上がられます。

 

「……なにか御用でしょうか?」

 

「儂の言いつけをしっかり守って、土と仲良くしておるようじゃな」

 

「まあ、他にやることもありませんから……」

 

「しかし、見ておったが、先程のカウンターもなかなかじゃったな」

 

「イケメンの……整ったお顔立ちの殿方特有のシャープな顎は狙いやすいですから……」

 

「ふむ、それにしてもあそこまで見事にカウンターは合わせられん、やはりお主は並外れた格闘センスをもっておる」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 私は冗談めかしてわざと恭しく礼をします。全然嬉しくない褒め言葉ですが。

 

「他にやることが無いと言ったが、実は色々やっておるんじゃろ?」

 

「……別に隠したわけでもありませんが、部屋では筋力トレーニング、庭を使ってランニングは毎日欠かさずやっております」

 

「ほう、では筋力も体力も十分……そろそろ次のステップに入っても良い頃合いじゃな」

 

「次のステップ?」

 

 首を捻るわたくしに対し、ハサンさんは構えを取ります。

 

「儂と同じ動きをしてみせよ」

 

「は、はあ……?」

 

 それから何度か、ハサンさんの動きを真似て動いてみました。

 

「よし、その動きを体に染み込ませておけ」

 

「こ、これは何かの技ですか?」

 

「儂がわざわざ怪しい踊りを授けにきたと思ったか?」

 

「だって、ハサンさん思い切り怪しいですから……」

 

「心外じゃな、とにかく後五十回ほど今の動きを繰り返せ」

 

「ご、五十回ですか……」

 

「きっとお主の役に立つであろう」

 

「わ、分かりました……」

 

 ハサンさんに言われたようにわたくしは教わった動きを繰り返しました。何故だか分かりませんが、ハサンさんの言葉には妙な説得力があります。

 

「ふむ……なかなかどうして華麗なフォームじゃな。しかもそれがほとんど崩れないのは実に大したものじゃ」

 

「ダンスのステップを一つ覚えるのと一緒です。反復練習はさほど苦ではありません」

 

「はっはっはっ! 成程、ダンスか。ご令嬢さまは一日にしてならずじゃな」

 

 ハサンさんは納得がいったように頷いて、高らかに笑い声を上げられます。

 

「……五十回、終わりました」

 

「それを毎日続けることじゃ。日々の努力は裏切らんからな、まあ、お主はその辺りはしっかりと理解をしておるようじゃがな。それでは失礼するかの……ああ、これをやろう」

 

 ハサンさんは一枚の紙を差し出してきました。

 

「これは?」

 

「この近くにある酒場の優待割引券じゃ。あまり根を詰め過ぎるのも良くないからの。たまには息抜きもした方が良いぞ」

 

「そうですか」

 

「対象は三名までじゃぞ。誰か友人でも誘って行くとよい」

 

「友人……」

 

「ではまた会おう!」

 

「!」

 

 突風が吹き、わたくしは目を瞑ります。目を開けると、ハサンさんの姿は既にそこにはありませんでした。

 

「……普通に去れないのかしら?」

 

 わたくしは呆れながら、ハサンさんから受け取った酒場の優待割引券を見つめます。

 

「友人と言われましてもねえ……」

 

「お、お嬢様!」

 

 メアリの声に振り返ると、そこにはルッカさんの姿がありました。

 

「さっきは不覚を取ったが、まだ負けちゃいねえ! もう一度行くぞ!」

 

「ちょうど良かった!」

 

 わたくしはルッカさんの顔の前で優待券をピラピラとさせます。

 

「な、なんだ……⁉」

 

「お二人とも一緒に飲みに行きましょう!」

 

「は、はあっ⁉」

 

 その後、わたくしとルッカさんとメアリは屋敷近くの酒場に向かいました。

 

「さあ、じゃんじゃん食べて飲みましょう!」

 

「それにしても優待割引券なんてよくお持ちでしたね」

 

「えっと……そよ風に乗って飛んできましたわ」

 

「そんなことあります⁉」

 

「そ、そういえばルッカさん、誘っておいてなんですけど、頭の方は大丈夫ですか? あまり無理はなさらないで下さいね」

 

 何故かハサンさんのことを知られたくないと思ったわたくしは話題を変えます。

 

「……そっちのテーブルで飲んでいる従者二人の内、一人が医学の心得がある。奴に診てもらった。心配はいらねえさ」

 

 そう言って、ルッカさんはグイッとお酒を飲みます。

 

「へへへっ、おいおい~こんなところにいい女が二人いるじゃねえか~」

 

「本当だ、こりゃ今日はついているな~」

 

 わたくしたちのテーブルにタチの悪い酔っ払いが二人寄ってきました。いい女二人とはわたくしとメアリのことでしょうか。自室の鏡で確認しましたが、この世界でのわたくしは贔屓目に見てもそれなりに顔立ちが整っています。その点に関しては満足しています。

 

「おい、姉ちゃんたち、こっちで酌しろや」

 

「きゃあっ!」

 

 二人の酔っ払いがそれぞれメアリの腕とわたくしの腕を強引に引っ張ります。

 

「!」

 

 わたくしとルッカさんが男たちの腕を払いのけます。

 

「おいおい、なんだぁ、その態度は……?」

 

「汚い手で触らないで下さる?」

 

「酒臭えんだよ、近寄るんじゃねえ」

 

「ああ⁉ てめえら、良い度胸しているじゃねえか!」

 

「色男もてめえも気に入らねえなぁ……表出ろや!」

 

 店の外に出て、酔っ払い二人にわたくしとルッカさんが対峙します。

 

「若造どもに社会の厳しさってもんを教えてやるよ!」

 

「うおおっ!」

 

「せいっ!」

 

「おりゃ!」

 

「ぐおっ!」

 

「ぬわっ!」

 

 酔っ払い二人も素早い動きを見せましたが、わたくしとルッカさんはそれを上回り、二人を一撃で叩きのめしました。二人は苦しそうに呻きながら地面に転がります。

 

「ルッカさん、実は強かったのですね……」

 

「じ、実はってなんだ! まあ、お前に比べれば弱っちかったよ、飲み直そうぜ……」

 

 店に戻ると、わたくしたちのテーブルに白色の長髪を後ろでまとめたハンサムな青年が座っていて、ポンポンと両手を叩きながらわたくしたちを出迎えます。

 

「大したもんだね、あの二人もこの辺の闘技場なら負け知らずのファイターなのにさ」

 

「どちらさまですか? どいて下さる?」

 

「お二人さんの腕を見込んで頼みがあるんだけど……」

 

「お断りします」

 

「おやおや、つれないねえ、少しくらい話を聞いてくれよ、元フィアンセのよしみでさ」

 

「は、はあっ⁉」

 

「なんだと⁉」

 

 わたくしとルッカさんは思わずそのハンサムな青年の顔を凝視します。



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第2話(3)元フィアンセの頼み事

「も、元フィアンセ……?」

 

 わたくしはメアリの顔を見ます。なんとメアリも戸惑っているようで、わたくしは更に困惑してしまいます。

 

「まあ、とりあえず二人とも座りなよ」

 

 青年に促されて、わたくしとルッカさんは席に座ります。

 

「た、大変失礼なのですが、ど、どなたさまですか?」

 

「本当に知らなかったの? 傷付くな~」

 

 青年はわざとらしく肩を落とす。

 

「聞いてんだからさっさと名前を名乗れよ」

 

 ルッカさんが何故か苛立った様子を見せます。

 

「俺はシルヴァン=アフダルさ」

 

「! アフダル家の……どこかで見た面だと思ったが……」

 

「ムビラン家のルッカ君、お互い子供の頃にパーティーなどで何度かお目に掛かったことはあるけど、こうしてお話をするのは初めてだね」

 

「アフダル家?」

 

 わたくしはメアリに小声で尋ねます。メアリが慌てて教えてくれます。

 

「そ、それもお忘れに? この国の有力貴族です!」

 

「ほう、有力貴族……」

 

 有力貴族の家の方と婚約していたというのにどうしてわたくしどころかメアリも知らない様子なのでしょうか。疑問に思っているとシルヴァンさんが説明して下さいました。

 

「まあ、親同士で勝手に決めていたことみたいだからね~。公に発表する前に、そちらのお父上が失脚されてしまったので、この話は無かったことになったのだけど」

 

「掌を返したのかよ、ダセえな」

 

 ルッカさんが鼻で笑います。

 

「う~ん、そうは言うけどさ、国を大きく揺るがすような汚職を行っていた家とは関わりを持ちたくないっていうのは当然といえば当然じゃない?」

 

「お、汚職⁉」

 

 わたくしは思わず立ち上がります。

 

「これは申し訳ない。君は何も知らなかっただろうからね。そんな人の前でベラベラと……配慮が足りなかったね」

 

「……汚職とは一体、父上は何を……」

 

 わたくしは椅子に座りながら呟きます。

 

「まあ、国の要職にありながら、横領や収賄など……諸々ね」

 

 わたくしはメアリに改めて視線をやります。メアリは俯いてしまっています。どうやらシルヴァンさんのおっしゃっていることは本当のことのようです。

 

「そ、そんな……」

 

「そこからの君の立ち振る舞いには驚かされたよ。貴族としての地位を実質返上することを表明し、コロシアムで戦うファイターとなる道を選択したのだから。民衆が抱く不満の矛先や野次馬精神を自分に向けさせることによって世論を動かし、お父上を死罪から免れさせることに成功した。ある意味見事なイメージ戦略だとでも言えば良いのかな」

 

「うう……」

 

 メアリが顔を覆ってすすり泣いています。ルッカさんがたまらず口を開きます。

 

「わざわざそんな話をしにきやがったのか? 酒がマズくなる、とっとと失せろ」

 

「いやいや、本当に申し訳ない。話を本題に戻そうか。頼みがあると言っただろう?」

 

「頼み?」

 

「そう、この街を西に抜けた先に小高い山があるだろう?」

 

「ああ、あるな」

 

「それがどうかしたのですか?」

 

「この国の物資輸送は西側の港湾から運ばれる物資が大半を占めている、ということは皆もよく理解しているはずだ」

 

 メアリとルッカさんが頷かれています。わたくしも転生してまだ日が浅いのですが、このムスタファ首長国連邦の地図というものはなんとなく頭に入れておいています。

 

「メインのルートではないが、あの小高い山もこの辺りの街に物資を売りに来るため、商人たちがいつも使っているルートだ。そのルートにタチの悪い山賊が居着いてしまっているようでね。そこを通った商人たちは身ぐるみをほとんど剥がれるか、もしくはそのルートを通ること自体を諦めてしまっている」

 

「ふむ……?」

 

「それで? どうしろってんだ?」

 

 わたくしとルッカさんが揃って向ける懐疑的な視線に対し、シルヴァンさんはポンと両手を叩いて、こうおっしゃります。

 

「俺たち三人で山賊を退治しようということだよ♪」

 

「ええっ⁉」

 

「山賊を倒したってなったら、お家の名誉回復につながるのじゃないかと思うけど……」

 

「そう言われると、なんだかそんな気がしてきましたわ……」

 

「いえいえ、お嬢様! それはあまりにも危険ですよ! 山賊と戦うなんて!」

 

「それはそうだな……」

 

「ルッカ様も止めて下さい!」

 

「まあ、オレが付いて行けば安心だがな!」

 

「はい?」

 

 ルッカさんの返答にメアリは理解出来ないという顔を見せます。

 

「ちょうど退屈していたところだ……腕が鳴るぜ!」

 

「そうこなくっちゃ」

 

 ルッカさんの言葉にシルヴァンさんは満足そうに頷きます。メアリが声を上げます。

 

「いやいや! お二人も大切な御身ではありませんか!」

 

「まあ、名の知れた貴族の子と言えど、比較的気軽な次男三男の身分だからね」

 

「そ、それでも! 御家の評判に関わることでは⁉」

 

「んなもん関係ねえよ……」

 

 メアリの発言をルッカさんが一蹴します。

 

「か、関係ないとは……」

 

「そもそも山賊如きに負けねえよ……お前らも家の連中には黙っていろよ」

 

 ルッカさんが近くに座る従者さんたちを睨みます。従者さんたちは諦めたように頷かれます。この程度のことには慣れているようです。

 

「し、しかし、軍隊や警察などに任せることでは⁉」

 

「知っているとは思うが、ここの首長国は只今隣国との緊張状態が高まってきていてね……まあ、一線は超えないとは思うが、軍隊はその為に出動していて、こちらに兵は割けないようなんだ。警察はそれぞれ受け持ちの街区の治安を守るので精一杯だからね」

 

「そ、そんな……」

 

「まあまあ、かよわい庶民の心の平穏を守るのも貴族の大事な務めってね。さて……」

 

 シルヴァンさんがメアリに向かってウィンクし、席を立ちます。わたくしが尋ねます。

 

「さて、とは……?」

 

「善は急げだよ。今から山賊の所に行く」

 

「い、今からですか⁉」

 

「ああ、斥候を放って、場所は掴んである。今の時間帯なら連中も油断しているだろう」

 

「さ、流石に急な話だな……」

 

「ビビったかい?」

 

「誰がだ! 良いぜ、さっさとケリをつけようじゃねえか!」

 

「……参りましょう」

 

「お、お嬢様!」

 

「メアリ、無理は致しません。マズいようならすぐに引き返します」

 

 わたくしは会計を済ませ、店を出ます。何故でしょう、恐怖や不安よりも正義感の方が勝っているようです。

 

「……昔から一度言い出したら聞かない方ですからね……お二方、お嬢様のことをくれぐれもお願いします。危ないようでしたら引き下がって下さい」

 

 わたくしの説得を諦めたメアリはルッカさんとシルヴァンさんにお願いします。

 

「任せといてよ、なんだったら君のプライベートのことも……」

 

「さっさと行くぞ、『元』フィアンセ」

 

「おいおい、置いていかないでくれよ」

 

 シルヴァンさんが肩をすくめながら、わたくしとルッカさんの後に続きます。



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第2話(4)山賊退治

「……あそこに見えるのが山賊さんたちの根城にしている洞窟ですか?」

 

「ああ、報告によると間違いないよ」

 

 物陰に身をひそめながら問いかけるわたくしに対し、シルヴァンさんが頷きます。

 

「成程……隠していやがるが、わずかに灯りが点いているな。騒ぎ声も聞こえてくる」

 

「恐らく酒盛りでもしているのだろうね」

 

 ルッカさんの言葉にシルヴァンさんは同調します。

 

「人数はどれくらいだ?」

 

「はっきりとは分からないけど、全員で十五人くらいのようだね」

 

「なら、一人頭五人倒せば余裕だな」

 

「簡単におっしゃいますね……」

 

「隙を突けば楽勝だろ」

 

 ルッカさんは事もなげに言ってのけます。

 

「そうは言っても……!」

 

「行くぜぇ!」

 

 ルッカさんが突っ込んでいきます。まさしく隙を突いた形となって、いきなり見張りに立っていた山賊さんを二人とも殴り飛ばしました。

 

「な、なんだ⁉」

 

 山賊さんたちが戸惑う声が聞こえてきます。

 

「殴り込みだ!」

 

「なっ……!」

 

「馬鹿、先走り過ぎだ!」

 

 わたくしとシルヴァンさんが慌てて続きます。

 

「ちぃ!」

 

「!」

 

 ガタイの良い山賊さんが勢いよく殴りかかってきますが、わたくしは落ち着いてその攻撃を躱します。お酒が入っているためか、少し足元がふらついているようです。わたくしはそれを見て、冷静さを持つことが出来ました。

 

「はっ!」

 

「ぐはっ!」

 

 わたくしの放ったパンチが山賊さんの顎を正確に捉えます。山賊さんは倒れ込みます。

 

(イケる!)

 

 自信を得たわたくしは次の相手に向かいます。

 

「どおっ!」

 

「⁉」

 

 ルッカさんが倒れます。

 

「どこの誰だか知らんが、あんまり調子に乗るなよ、ガキが!」

 

「くっ……」

 

「オラッ……!」

 

 倒れたルッカさんを蹴ろうとした山賊さんが崩れ落ちます。そこにはシルヴァンさんが立っていました。

 

「シルヴァンさん!」

 

「相手の方が多いのだから、囲まれやすい! その辺をもうちょっと考えなきゃ!」

 

「う、うるせえ!」

 

 ルッカさんは素早く立ち上がり、シルヴァンさんの背中に背をピタリとつけます。

 

「へえ……背中を預けてくれるとは……信頼してくれているってことかな?」

 

「違えよ! 視界を限定する為だ! こうすれば、360度見る必要無えだろ!」

 

「ほお……意外と頭が回るんだね……」

 

「馬鹿にすんな!」

 

 シルヴァンさんとルッカさんが言い合いを始めます。

 

「色男どもが、余裕ぶってんじゃねえぞ!」

 

「そらっ!」

 

「うおりゃ!」

 

「ぶはっ!」

 

 シルヴァンさんとルッカさんが襲いかかってきた山賊さんたちを返り討ちにします。

 

「色男ども? 一人しか見当たらないようだけど……?」

 

「いちいちうるせえんだよ!」

 

 二人は言い合いを再開します。わたくしは思わず二人を諌めます。

 

「お二人とも! 言い合いをしている場合ではありません!」

 

「女! そういうてめえもよそ見してんじゃねえ!」

 

「ふん!」

 

「どわっ!」

 

 わたくしも向かってきた山賊さんを退けます。ほとんどの山賊さんを倒しました。

 

「……ふう、あらかた片付きましたか……」

 

「ば、馬鹿な……な、何者だ、てめえら!」

 

 山賊さんの頭目らしき方が叫びます。

 

「悪党に名乗る名は無えよ」

 

 ルッカさんが吐き捨てます。シルヴァンさんが尋ねます。

 

「頭目さんかな? そろそろ降参した方が良いと思うよ?」

 

「くそっ! お、おい、てめえの出番だ! なんとかしろ!」

 

 頭目さんが呼びかけると、奥の方からひと際大きな男性が姿を現します。

 

「お、大きいね……」

 

「へっ! どうせ見掛けだけだろ!」

 

「むん!」

 

「どわあっ!」

 

「おわっ!」

 

 大男さんに殴り掛かったルッカさんですが、殴り返されて、吹っ飛ばされ、シルヴァンさんとぶつかり、倒れ込みます。大男さんはわたくしの方に向き直ります。

 

「マ、マズい! 恐らく用心棒だ! ここはひとまず撤退しよう!」

 

 シルヴァンさんが叫びます。しかし、わたくしは敢えて一歩進みます。

 

(ハサンさんに教わったあの動き……試してみるのは今です!)

 

「……」

 

 大男さんがゆっくりと向かってきます。わたくしは教わった動きを再現します。

 

(下、斜め下、前、そして拳を地面に!)

 

「⁉」

 

「ええっ⁉ なにかまた凄いのが出ましたわ!」

 

 わたくしは驚きます。拳を地面に叩きつけると、衝撃波が発生し、その衝撃波に乗って、砕けた土がいくつもの土塊となって、大男さんの大きな体にぶつかります。大男さんは仰向けに倒れ、動かなくなります。

 

「な⁉ こいつまでやられるとは……逃げるぞ!」

 

「はっ、しまった!」

 

「がはっ!」

 

 わたくしたちの隙を突いて、頭目さんが逃げ出しますが、何者かによって、吹き飛ばされ、わたくしたちの近くに転がります。視線を向けると、ローブを纏い、フードで顔を隠した人物がそこに立っていました。

 

「あ、あなたは……?」

 

「……」

 

「⁉ ちょ、ちょっと待って! ぐっ!」

 

 ローブの人物は無言のまま、足早にその場を立ち去りました。わたくしは引き留めようとしましたが、バランスを崩して膝を突きます。どうやら慣れない技を使って、思ったよりも消耗してしまったようです。

 

「大丈夫かい?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 やや間を置いて、シルヴァンさんがわたくしの手を取って、引き起こしてくれました。

 

「顔も知らない元フィアンセだったけど、俄然君に興味が湧いてきたよぉっと⁉」

 

「あ、す、すみません……またやってしまいましたわ」

 

 どうやらシルヴァンさんはわたくしの頭をポンポンとしようして下さったみたいですが、イケメンとのフラグを危険信号と反射的に捉えてしまうわたくしはシルヴァンさんのお腹に強烈なパンチをお見舞いしてしまいました。 



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第3話(1)相談ヒートアップ

「お嬢様……」

 

 部屋のドアをノックして、メアリの声がします。わたくしはため息をついてから、ややウンザリしたようにメアリに尋ねます。

 

「……今日はどちら?」

 

「……御二方ともいらっしゃっています」

 

「はあっ⁉」

 

「……ルッカ=ムビラン様、シルヴァン=アフダル様、ご両名が揃ってお越しです」

 

「……そうですか」

 

 わたくしは力なく返事をして、部屋にある鏡台の前で軽く頭を抱えます。そして、心の中で『ポーズ』と唱え、続けて『ヘルプ』と唱えます。

 

                  ♢

 

「はい、こちら転生者派遣センターのアヤコ=ダテニです。なにかお困りですか?」

 

「わたくし、大変困っております」

 

「差支えない範囲で理由をお聞かせ下さい」

 

「ええと、なんと言えばよろしいでしょうか……」

 

「なにか異常でも?」

 

「異常と言えば、なにからなにまで異常なことだらけなのですが……」

 

「……そういう場合はその世界にとってはほとんど平常通りで、転生者ご自身が異常だと考える方が自然ですね」

 

「淡々と酷いことをおっしゃいますね」

 

「そんなつもりは無かったのですが、お気に触ったのなら申し訳ありません」

 

 アヤコさんは機械端末をカタカタと操作しながら謝ってきます。

 

「まあ、それはいいとして……困っていることですが……」

 

「伺いましょう」

 

「イケメン二人に懐かれて困っております」

 

「……は?」

 

 端末を操作する音がピタッと止まり、アヤコさんは聞き返してきます。わたくしはよく聞こえなかったのかと思い、言い直します。

 

「ですから、二人のイケメン男性がですね……」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 

「ああ、イケメンというのは、容姿端麗な男性のことを指す俗語です」

 

「そ、それは分かります」

 

「そうですか」

 

「私が聞きたいのは後半部分です」

 

「え?」

 

「懐かれて……とおっしゃいましたね」

 

「ええ」

 

「それはどういうことでしょうか?」

 

「毎日、どちらかが屋敷に押しかけてくるのです」

 

「ほ、ほう……」

 

「今日に至っては二人揃ってですよ!」

 

「ふ、ふむ……」

 

 アヤコさんはしばらく沈黙なさります。やや間が空いたので、わたくしは通信が切れたのかと思い、声をかけます。

 

「もしもし?」

 

「え、えっとですね……ティエラ様、よろしいでしょうか?」

 

「なにか?」

 

「業務上、多くの異世界に携わる者が、これまた多くの異世界を体験されてきた方に対し、こういったことを申し上げるのもなんなのですが……」

 

「はあ……」

 

「それはどちらかと言えば嬉しい悲鳴を上げるべき事態なのでは?」

 

「何故?」

 

「な、何故って……」

 

 わたくしの言葉にアヤコさんは戸惑われます。

 

「お考えをもっと詳しくお聞かせ下さい」

 

「い、一般論としてですよ?」

 

「数多の異世界があるというのに、一般論というのもいささかナンセンスでは?」

 

「そ、それは重々承知しています! ただ、往々にして、複数の容姿端麗な男性に言い寄られて困惑するというのは、少々理解に苦しみます」

 

「ご理解頂けませんか……」

 

「むしろ贅沢な悩みだなと……」

 

「……二人ともこの国では有力貴族の御子息だそうです」

 

「羨ましい限りですよ!」

 

「そうですか?」

 

「変わって欲しいくらいです! こっちは毎度毎度外れの合コンばっかりなんですよ!」

 

「す、少し落ち着いて下さい」

 

 わたくしはアヤコさんを宥めます。こちらが酒場でタチの悪い酔っ払いに絡まれたり、山賊退治をしている時に合コンとか行っていらっしゃるのね……と思わないでもなかったのですが、ここは黙っておきます。

 

「……失礼しました。取り乱してしまいました」

 

「アヤコさん……貴女は令嬢界のことを少し知らないようですね……」

 

「少しというか、『令嬢界』という言葉に全く耳馴染みが無いのですが……」

 

 アヤコさんが何やら小声で呟かれましたが、気にせずに話を進めます。

 

「この令嬢界で悪役令嬢を極める為に最大の障害となってくるのが、『イケメンとのフラグをうっかり立ててしまうこと』なのです」

 

「それはむしろ良いことではないのですか?」

 

「ダメです!」

 

「ダ、ダメですか?」

 

「もうすっっっごい……ダメダメです!」

 

「そんなに⁉」

 

「いいですか? 『イケメンとのフラグはなるべくへし折っておくに限るべし』! 先人の遺してくれた偉大な言葉です!」

 

「初耳ですよ!」

 

「大体において、爽やかイケメンと良い雰囲気になったり、ちょい悪イケメンとお近づきになったりして……やがてハッピーエンドに……って、世の中そんな旨い話がそうそう転がっているわけがないのですよ! どうせ全部バットエンドへの壮大な前フリです!」

 

「か、必ずしもそうとは限らないのでは⁉」

 

「いーえ、限りますね!」

 

「そ、それでどうされたいのですか⁉」

 

「ですからそれを相談しているのです! まったく意図せぬ、予期せぬかたちでフラグが立ってしまっているこの現状! この世界ではわたくしが今まで培ってきた方法論が一切通用しないので困っているのです!」

 

「わ、私から言えることは……」

 

「言えることは⁉」

 

「ご健闘を祈ります」

 

「貴女そればかりじゃないですか! あ、切れた! ……仕方ありませんね」

 

                  ♢

 

 ポーズ状態を解除すると、時間が動き出します。

 

「……お嬢様? いかがいたしましょうか?」

 

「ああ、そうですね……」

 

「やはりここはお二人で殴り合って頂いて、敗者には潔く去って頂くのが一番でしょうか? それが良いような気がしてきました。そうしましょう」

 

「ちょ、ちょっと待って! お二人とも客間にお通しして!」

 

 わたくしは慌ててメアリの暴走する思考を制止します。

 

(はあ……二人揃っているところに行くなんて、またフラグを立ててしまいそうな気がしまいますが、まさかお会いしないわけにもいきませんし……)

 

 わたくしはため息をつきながら来客応対用のジャージに着替え、部屋を出ました。



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第3話(2)惹きつけて&かき立ててしまった

「……なんでてめえが来ているんだよ?」

 

「……それはこちらの台詞だよ」

 

「オレはあいつに用事があるんだよ」

 

「それは奇遇だね、俺も彼女に用事があるのさ」

 

「へっ、どうせ大した用事でもねえだろ」

 

「それは君が決めることじゃないね」

 

「ちっ、いちいち癪に障る野郎だな」

 

「それもお互い様だよ」

 

「ああん?」

 

「……お待たせ致しました」

 

 わたくしが客間に入っていくと、ルッカさんがシルヴァンさんを強烈ににらみつけているところでした。シルヴァンさんがわたくしを見て、笑顔を浮かべます。

 

「やあ、大丈夫、全然待っていないよ」

 

「それは良かった」

 

「……おい、なんでこいつと同じ部屋に通したんだよ?」

 

 ルッカさんが視線をわたくしに向けて尋ねてきます。

 

「生憎、適当な客間がなかったもので……」

 

「敷地はともかくとして、屋敷自体は売却しないで済んだんだろう? 部屋数はそれなりのようだが……」

 

「それが掃除など手入れをする人手が足りませんので……さすがに埃っぽい部屋にお通しするわけには参りません」

 

「そんなの気にしないで案内してくれれば良いのに、彼をさ」

 

「おいおい! むしろそっちが行けよ!」

 

「ああ、失礼、癪に障ったかい?」

 

「そういう物言いがよお!」

 

「……ゴホン!」

 

 お二人は睨み合い、今にも取っ組みあいを始めそうな雰囲気でしたので、わたくしはわざと大きく咳ばらいを入れると、お二人はこちらに向き直りました。

 

「おっと、これは失礼」

 

「ちっ……」

 

「まあ……お二人に御一緒の部屋に入ってもらったのは別の理由もあります」

 

「別の理由だあ?」

 

「ええ、件の山賊さん退治から数日が経過しましたが、お二人は入れ替わり立ち替わり、こちらにいらっしゃっています」

 

「そ、そうだったのかよ⁉」

 

「ええ、しかも用件は大体同じです」

 

「同じだと?」

 

「はい、何故かわたくしと戦うことをご所望の様で……」

 

「て、てめえもかよ⁉」

 

 ルッカさんが視線をシルヴァンさんに向けます。

 

「……」

 

 シルヴァンさんは黙っています。わたくしは話を続けます。

 

「この際ですからお尋ねしようと思いまして。何故にわたくしに挑んでくるのですか? そうですね、まずはルッカさんからお聞かせ下さい」

 

「それは……惹きつけられたからだよ」

 

「惹きつけられた?」

 

「ああ、このオレに顎をクイっとされて、腹にひじ打ちをかましてくる女なんて生まれて初めてだったからな」

 

「ま、まあ……それはそうでしょうね……」

 

 わたくしは視線を逸らします。

 

「しかも初対面でだぜ?」

 

「初対面で顎をクイっと? 距離の詰め方がガサツだねえ……」

 

「うるせえな、頭をポンポンとした奴に言われたくねえんだよ」

 

「残念ながらそれは未遂に終わったよ」

 

「見ていたから分かっているよ、ざまあねえぜ、抜け駆けしようとするからだ」

 

 シルヴァンさんはルッカさんを無視して、こちらに話しかけてきます。

 

「見事なボディーブローをもらったよ……あんなのは初めての経験だった……」

 

「は、ははは……」

 

 わたくしはまた別の方向に視線を逸らします。

 

「なんと言えば良いのだろうか……興味をさらにかき立てられたんだよね」

 

「そ、そうですか……」

 

 わたくしはテーブルに両肘をつき、軽く頭を抱えてしまいます。フラグをへし折ったつもりが、また違うフラグを立てることに繋がってしまうとは……正直言って、その発想はありませんでした。シルヴァンさんが心配そうに尋ねてきます。

 

「大丈夫かい?」

 

「え、ええ、大丈夫です。軽くめまいがしただけですから」

 

「疑問は解けたのかよ?」

 

「おかげさまで……ただ、申し訳ありません。本日のところはお引き取り下さい」

 

「な、なんでだよ⁉」

 

「お二人のお相手を務めている時間がありません。これでも一応やることがあるので」

 

「そういうことなら致し方ない。今日のところは失礼しよう」

 

「ちっ、仕方ねえなあ……」

 

 シルヴァンさんとルッカさんをお見送りし、わたくしは作業用兼トレーニング用のジャージに着替え、庭に出て農作業に勤しみます。作業が一段落すると、わたくしは先日の山賊さんの用心棒さんを倒した時の動きを再現してみます。

 

「まさか、土を砕けるとは……これを上手く応用すれば、他人数を同時に相手にする際に役立つのでは……?」

 

「ふむ、それも悪くない着眼点じゃが」

 

「きゃあ!」

 

「どおっ⁉」

 

 わたくしは背後に立ったハサンさんに反射的に回し蹴りをかましてしまいました。

 

「す、すみません! で、でも、本当にお願いですから背後に立つのは止めて下さい!」

 

「……ほほほっ、見事な回し蹴りだったぞ」

 

 ハサンさんはゆっくりと立ち上がられます。

 

「……なにか御用でしょうか?」

 

「やはり並外れた格闘センスをもっておる……また次の段階に入っても良い頃じゃな」

 

「次の段階?」

 

 首を捻るわたくしに対し、ハサンさんは構えを取ります。

 

「ほれ、儂と同じ動きをしてみせよ」

 

「は、はあ……」

 

 それから何度か、ハサンさんの動きを真似て動いてみました。

 

「よし、例の如く、その動きを体に染み込ませておけ」

 

「また一日五十回ですか……」

 

「そうじゃ、きっとお主の役に立つであろう」

 

「わ、分かりました……」

 

「それでは失礼する……!」

 

「⁉ また強い風とともに……普通に去れないのかしら? まあ、忘れない内に五十回やっておきますか」

 

「お嬢様……な、何をやっているのですか?」

 

 ハサンさんに教わった妙な動きを繰り返しているわたくしを見て、庭に来たメアリは怪訝そうな表情を浮かべました。

 

「あ、ああ、これは……そう! ダンスのステップ練習です!」

 

「み、見慣れないダンスですね……ですが、ちょうど良かったかもしれません」

 

「ちょうど良かった?」

 

 わたくしは首を捻ります。メアリは笑顔になります。

 

「ええ、お嬢様へパーティーへの招待状が届きました」

 

「パ、パーティーですか?」

 

 わたくしは久々に聞いたその単語に目を丸くしました。



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第3話(3)どっこい頭部ががら空きじゃい

「ええ、イフテラム家からのご招待です」

 

「イフテラム家?」

 

 わたくしの問いにメアリは少しガクッとなります。

 

「そ、それまでお忘れに?」

 

「え、ええ……」

 

「やはりもう一度お医者さまに診て頂いた方が……」

 

「そ、それには及びません、そのイフテラム家というのはどちらさまだったかしら?」

 

「……今現在、この地域の有力な貴族の一つです」

 

「そうですか……」

 

「ご令嬢のリリアン様とは仲の良い御学友であらせられましたが、それまでお忘れに?」

 

 メアリが怪訝そうな顔で見つめてきます。

 

「あ、ああ、そういえばそうでしたわね」

 

「当家やお嬢様の事情が変わっても、こうして変わらずにお付き合い頂けるとは……非常にありがたいことですね」

 

「え、ええ……そうですね……」

 

 わたくしは考えこみます。有力貴族の娘、リリアン……わたくしとは仲の良い学友だったという……その『仲の良い』というフレーズが少しひっかかります。

 

「お嬢様?」

 

「は、はい?」

 

「もちろん招待をお受けになるということでよろしいですか?」

 

「え、ええ……参加致しましょう」

 

「それでは、諸々の手配はしておきます。当日お召しになるドレスはお嬢様ご自身でお選び下さいますようお願いします」

 

 メアリはそう言って、招待状をわたくしに渡し、屋敷に戻ります。わたくしは招待状を手に考えを巡らします。

 

(こういったお誘いを断って屋敷に引きこもるのも、今後を考えるとマズいような気がします……そのリリアンというお嬢さんを含め、何人かの方にご挨拶だけして、さっさとお暇すれば、余計なフラグは立たないでしょう……)

 

「うん、そうと決まればドレス選びですわ」

 

 わたくしも屋敷へと戻ります。もっともわざわざ選ぶほどドレスは数が残っていないのですが。そこから数日後……。

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 じいやに送り出され、わたくしはメアリとともに馬車に乗って、イフテラム家へと向かいます。ドレスはベージュ色のものを選びました。小一時間ほど馬車に揺られ、わたくしたちはイフテラム家の屋敷に到着しました。

 

「ようこそ♪ お久しぶりですね、ティエラさん、来て下さってうれしいです」

 

 白い清楚なドレスに身を包んだ黒髪の女性がわたくしのもとに歩み寄ってきました。

 

「……イフテラム家のご令嬢、リリアン様です」

 

 メアリがわたくしにそっと教えてくれます。わたくしは慌てて挨拶します。

 

「リリアンさん、本日はお招きいただきありがとうございます」

 

「あら……?」

 

 リリアンさんはきょとんとした顔をされます。

 

「な、なにか……?」

 

「いえ、わたくしのことはいつもなんと言いますか……尊大かつ傲岸不遜な態度でリリアン!とお呼びになっていたのに……」

 

 いや、尊大かつ傲岸不遜な態度って……どうやら以前までのわたくしはナチュラルに悪役令嬢の素質を秘めていたようです。というかそんな女とたいへん仲の良かったのですか、この方は。どうやら聖女属性のようです。

 

「あ、ああ、それは……今は互いの立場も違うことですから……」

 

「そんな寂しいことをおっしゃらないで下さい。ティエラさんとわたくしの仲ではありませんか。どうぞお変わりなく」

 

 リリアンさんはわたくしの両手を取り、強く握り締め、目を見つめながら語り掛けてきます。わたくしは若干戸惑いながら答えます。

 

「あ、ありがとう、リ、リリアン!」

 

 わたくしの答えにリリアンは満足そうに笑みを浮かべて頷きます。

 

「本日の主役の一人なのですからどうぞ楽しんでいって下さい」

 

 リリアンは綺麗な長い黒髪を翻しながら、その場を去っていきました。わたくしは強烈な既視感に襲われました。学友だったというのだから当然といえば当然なのですが、なにかそれとは違う感覚というか……。って、主役?

 

「……シルヴァン=アフダル殿、ルッカ=ムビラン殿、そして、ティエラ=ガー二嬢、この地域を悩ませていた山賊どもを見事撃退して下さった三名です。今一度盛大な拍手をお願いいたします」

 

 屋敷のホールに詰め掛けた人々から拍手と称賛を送られ、壇上に上がったわたくしは戸惑いつつ、それに応えながら、傍らに立つルッカさんに小声で尋ねます。

 

「これはどういうことですの? 家の者にばれると色々と面倒だから、口外しないようにと話したではありませんか」

 

「俺も分かんねえよ」

 

「すまない……俺が話してしまった」

 

 わたくしのもう一方隣に立っていたシルヴァンさんが申し訳なさそうに口を開きます。

 

「お前かよ!」

 

「いや、話したのはほんの数十人だけなんだが……」

 

「ほんのの桁が違うだろ! どうしてくれんだよ!」

 

「まあ、適当にあしらってくれ」

 

 わたくしは壇上から降りた後、話しかけてくる皆様に対し、それなりに丁寧に対応した後、中庭に出て、壁にもたれかかり、ため息をこぼしました。

 

「ふう……」

 

「お疲れのようだね」

 

 わたくしに対し、きっちりとセットした金色の短髪で丸眼鏡が印象的な男性が話しかけてきます。わたくしが首を捻ります。

 

「えっと……?」

 

「おいおい、まさか忘れてしまったのかい? 確かに最近は会っていなかったけど」

 

 男性は苦笑を浮かべられます。目鼻立ちの整った品の良いお顔立ちで、大柄でよく引き締まった体をなさっています。

 

「も、申し訳ありません……何分、このような場にお邪魔するのも久々ですので……」

 

「ふむ……近頃は色々あっただろうからね、それも無理も無い話か……」

 

 男性は顎に手をやって呟きます。

 

「重ね重ね申し訳ありません。よろしければお名前を……」

 

「僕はエイス=サタア。子供の頃からよく会っていたのだけどね」

 

「あ、ああ、サタア家の……」

 

 メアリから事前に聞いていました。サタア家はガー二家とは縁戚関係を結んでいたこともあるほどの近しい貴族だったと。

 

「思い出してくれたかな? 昔は良く勉強も見てあげたのだけどね。まあ、家庭教師の真似ごとのようなものだけど」

 

「そ、そのようなこともありましたわね……」

 

「山賊退治のことは驚いたよ、昔からお転婆ではあったけどね」

 

「ははっ……それはお騒がせしました……⁉」

 

 お話もそこそこにして、その場をそれとなく去ろうとしたわたくしの顔の横の壁にエイスさんはドンと右手をつきます。

 

「君が格闘大会に出ているというのも不安なんだ……」

 

「エ、エイスさん……?」

 

「家庭教師と生徒ではなく……僕と家庭を築かっぶぅ⁉」

 

 やってしまいました……がら空きの顎にアッパーカットを喰らわしてしまいました。突如現れたイケメンの壁ドンなんて危険信号でしかありませんもの……そりゃあアッパーの一つや二つも出てしまいます。ただ、その後が問題です。わたくしは崩れ落ちそうになるエイスさんの体を支え、近くにいた使用人の方に声をかけ、介抱をお願いします。勿論、わたくしの拳が原因であるということは黙っておきました。エイスさんが運ばれるのを確認してわたくしはその場を離れ、中庭の中央にあるベンチに腰掛けます。

 

「はぁ……」

 

「兄貴と何を話していたの?」

 

「きゃっ⁉」

 

 エイスさんとよく似たお顔立ちの少年が声をかけてきました。

 

「ああ、いきなりでびっくりさせちゃったね、ごめんごめん」

 

 少年はそう言って笑います。エイスさんに似ています。髪の毛も綺麗ですが少しボサッとしていて、体もやや小柄です。わたくしよりも小さいかもしれません。

 

「えっと、貴方は……?」

 

「ええ、もしかしてオレのこと忘れちゃったの、ティエラ姉ちゃん?」

 

「ね、姉ちゃん?」

 

「そうだよ、ブリッツ=サタアだよ! よく遊んでくれたじゃん」

 

「あ、ああ、ブリッツ……」

 

 どうやらこのブリッツという少年はエイスさんの弟で、わたくしのことを姉のように慕ってくれていたようです。ブリッツはわたくしの隣に座ると、肩に頭を乗せてきました。

 

「へへっ」

 

「⁉」

 

「子供のころはよくこうやって姉ちゃんの肩で寝ちゃったんだよね」

 

「そ、そうだったかしらね……」

 

「そう、それで気が付いたら……いつも姉ちゃんの膝まくらでぇふぉ⁉」

 

 またやってしまいました……ブリッツの側頭部に膝蹴りをかましてしまったのです。無邪気な笑顔の少年を膝まくらしてあげるのも悪くはないのですが、わたくしの膝と無防備な側頭部が悪いのです。突然現れた美少年との過剰なスキンシップなんて、破滅への道しるべでしかないのですからこれも致し方ありません。わたくしは自分にそう言い聞かせて、ブリッツの介抱をお願いし、その場から離れます。

 

「メアリ、そろそろお暇しましょう」

 

「よろしいのですか?」

 

「よろしいのです」

 

 サタア兄弟が目覚めたら騒ぎになるかもしれません。無意識的に加減はしたつもりですから、大事には至らないはずですが……あまり目立ってしまってはまた変なフラグを立ててしまうことになります。足早に去ろうとするわたくしにリリアンが声を掛けてきます。

 

「ティエラさん、もうお帰りですか?」

 

「え、ええ、今日はお招きありがとう、リリアン」

 

「テ、ティエラさん!」

 

「なにか?」

 

「いいえ、なんでもありません……」

 

「? それではごきげんよう」

 

 わたくしはドレスの裾を持ち上げて、リリアンに礼をして、屋敷を後にしました。



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第3話(4)決意

「……お嬢様」

 

 翌朝、朝食後のお茶をのんびりと飲んでいるとメアリが声をかけてきました。

 

「なにかしら?」

 

「お客様です」

 

 メアリは困ったような顔つきをしています。

 

「……またルッカさんとシルヴァンさんが同時に押しかけてきたのかしら?」

 

「いいえ」

 

「あら、違うの?」

 

「そのお二人に加え、サタア家のエイス様とブリッツ様がお越しです」

 

「ぶほぁっ!」

 

 わたくしは思わず、口に含んでいたお茶を噴き出しました。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫ではないわね……」

 

 わたくしとメアリは布巾を使って、噴きこぼしたお茶を拭き取りながら話を続けます。

 

「それで、いかがいたしましょうか?」

 

「……はあ」

 

 わたくしは軽く頭を抑えます。フラグをへし折ったつもりが、また新たなフラグを立ててしまったようです。しかも二本です。

 

「お、お嬢様!」

 

 じいやが駆け込んできました。

 

「どうしたの?」

 

「客人同士で乱闘が始まりました!」

 

「ええっ⁉」

 

 わたくしは驚いて立ち上がります。

 

「とりあえず皆さんを玄関までお通ししたのですが、何事かお話しされている内に、庭で闘おうという流れに……」

 

「どうしてそんなことになるのよ!」

 

 わたくしは庭に急ぎます。

 

「ぐっ……」

 

「ば、馬鹿な……」

 

「大したことないね、兄貴」

 

「確かに……少々拍子抜けだな」

 

「こ、これは……⁉」

 

 わたくしは庭に出て、また驚きました。そこにはブリッツの前で倒れ込むルッカさんとエイスさんの前で膝をつくシルヴァンさんの姿があったからです。

 

「おっ、ティエラ姉ちゃん~」

 

「ど、どういう状況ですか、これは?」

 

「別に……絡んできたから相手をして差し上げただけだよ」

 

 わたくしの問いに、エイスさんが丸眼鏡を拭きながらお答えになります。

 

「もしかしてですが……ご兄弟が訪ねて来られたのは……?」

 

「オレ、姉ちゃんから膝蹴りを喰らって……ぱっちりと目覚めちゃったんだよね」

 

「目覚めちゃったのですか……」

 

「君から見事なアッパーカットをもらって、はっきりと悟ってしまってね」

 

「悟ってしまいましたか……」

 

「お、お前……色んな男に手出し過ぎなんだよ……」

 

「ル、ルッカさん! 誤解を招く言い方は止めて下さい!」

 

 じいやとメアリの冷たい視線を背中に感じながら、わたくしはルッカさんを咎めます。

 

「サタア家のガキ……まだ決着はついていねえぞ……」

 

 ルッカさんはわたくしを無視して、立ち上がります。

 

「眼鏡は外したままの方が良いと思うよ……これから本気出すからさ」

 

 シルヴァンさんもエイスさんに語りかけながら立ち上がります。

 

「あれ? まだやる気なの?」

 

「勝負はついたと思うが……」

 

「うるせえ! これからだ!」

 

「行くぞ!」

 

「「⁉」」

 

 ルッカさんとシルヴァンさんは果敢に殴りかかりますが、サタア家兄弟に返り討ちにあってしまい、再び崩れ落ちます。

 

「まあ、さっきよりはマシだったけどね~」

 

「バ、バカな……」

 

「素養は感じるが、活かしきれていないな……魔法の力を込めないと……」

 

「ま、魔法の力だと……?」

 

「……さて、邪魔ものはいなくなったところで……」

 

「待て、ブリッツ」

 

「え?」

 

「まだ一人邪魔ものがいる……」

 

「? ……ああ、悪いけど兄貴、少し眠っていてよ」

 

「生意気なことを言う弟には、兄としてお灸を据えてやらないとな」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

「そうだ、待ちやがれ!」

 

「まだ決着はついていないよ!」

 

「ルッカさん⁉ シルヴァンさん⁉」

 

「ち、しぶといな……」

 

「面倒だ、三人まとめて相手してやる……」

 

「だ、だからちょっと待って下さい!」

 

「「「「おおおおっ‼」」」」

 

 わたくしの叫ぶ声をまったく無視して、四人の殿方は自分たちだけで勝手に盛り上がり、互いに殴りかかろうとします。わたくしも堪忍袋の緒が切れました。

 

「待てと言っているでしょう‼」

 

「「「「⁉」」」」

 

 次の瞬間、わたくしは驚きました。わたくしの周りで四人が倒れ込んでいたからです。

 

「お、お嬢様! 大丈夫でございますか⁉」

 

「え、ええ……」

 

 わたくしは戸惑いながらも、駆け寄ってきたじいやに答えます。

 

「こ、これはお嬢様が倒されたのですか……?」

 

「ど、どうやらそのようですね……正直無我夢中で……」

 

 わたくしは自分の手足を見つめながらメアリの問いに答えます。

 

「い、いかがいたしましょうか?」

 

「客間でお休み頂いて、その後は……今日のところはお引き取りをお願いして」

 

「かしこまりました」

 

 じいやと四人についてきた従者の方々が手際よく、四人を屋敷に運びました。わりとタフな方々ですから、余計な心配は要らないでしょう。元はと言えば人の庭で勝手に乱闘を始める人たちが悪いのですから。庭に一人残ったわたくしは腕組みをして呟きます。

 

「ハサンさんに教わった動きがまたも役に立ちました……」

 

「ふっふっふ……見事な、どわぁ⁉」

 

 わたくしは拳をハサンさんの顔の前に突き出しました。

 

「……そろそろ来る頃だと思いましたわ」

 

「う、うむ……勘も冴え渡っているようじゃな、結構、結構」

 

 ハサンさんはうんうんと頷かれます。

 

「勝手にご満足されても困るのですが……」

 

「儂の教えた動きもものにしておる……これで多対一の戦いも問題はないな」

 

「話を進めないで下さいます? 多対一ってなんのことですか?」

 

「おぬし、この大会に出るが良い」

 

 ハサンさんは一枚の紙切れを差し出してきました。わたくしはそれを受け取ります。

 

「……『レボリューション・チャンピオンシップ』?」

 

「このムスタファ首長国連邦の歴史上、最大規模の格闘大会になる……書いてある通り、優勝した者たちにはなんでも叶う」

 

「なんでも?」

 

「そうじゃ、富や名声や地位でも思うがままじゃ」

 

「お断りします」

 

 わたくしは紙を突き返します。ハサンさんが首を捻ります。

 

「はて? 悪い話ではないと思うのじゃが?」

 

「十分に悪い話ですよ。こんなおいしいエサをぶらさげられたら、どんな猛者……いや、猛獣が集うか……わたくしの手には余ります」

 

「強者相手にその腕を試してみたいという気持ちはないか?」

 

「生憎ですがまっっったくございません」

 

 わたくしは両手を大袈裟に広げてみせます。

 

「! ……ふむ、まあそう言わずに一日じっくりと考えてみるがいい」

 

「考えは変わりませんよ」

 

「明日、また来るぞ」

 

「だから! っ! また消えた……だから、こういう類のもので血沸き肉躍るのは殿方だけですわ……ん?」

 

 わたくしが屋敷に戻ろうとすると、物陰にローブを纏い、フードで顔をすっぽりと隠した人物が隠れるように立っていました。

 

「……」

 

「あ、貴方は先日の山賊さん退治の時の⁉」

 

 ローブ姿の人物は低い声で呟きます。

 

「……父君が残した書物……書斎の一番端の棚の三段目の左から五冊目を見て……」

 

「ど、どういうことですの⁉」

 

「そこに答えがある……」

 

「ちょ、ちょっと待って! ! 消えた……」

 

 わたくしが物陰を覗くと、ローブ姿の人物は既にいなくなっていました。

 

(なぜあの方は書斎のことを……?)

 

 その後、わたくしはローブ姿の人物が言っていた通りの場所に置いてあった書物に目を通してみました。そこでわたくしは衝撃を受けました。

 

「こ、これは……⁉」

 

 翌日、庭に立っているわたくしにハサンさんが声をかけてきました。

 

「……さて、考えは変わったかの?」

 

「……なんでも手に入るとおっしゃいましたね?」

 

「ああ、言った」

 

「それは……元々あったものを取り返すということも可能なわけですね?」

 

「ふむ……そういうことになるな」

 

「分かりました。『レボリューション・チャンピオンシップ』、参加致します!」

 

 わたくしはハサンさんの目を見据えて、高らかに宣言しました。



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第4話(1)少しお節介

                  4

 

「じいやは反対でございます!」

 

「……もう決めたことです」

 

 リビングで珍しく声を荒げるじいやに対して内心少し驚きながらも、わたくしはあくまで平静を装って答えました。

 

「な、なぜせめて一言ご相談下さらなかったのですか?」

 

「言えばどうせ反対するでしょう」

 

「そ、それは……このムスタファ首長国連邦全土から参加者が集うという大規模な格闘大会! お嬢様がいくらこの地域のコロシアムで負け知らずとは言っても……」

 

「……かなり厳しい戦いが予想されるでしょうね」

 

「そ、そこまでお分かりなのであれば、今からでも出場辞退を!」

 

「辞退は致しません」

 

「な、なぜ……?」

 

「……執事長の心配ももっともだと思います」

 

「お、おお、メアリよ! お前からも言ってやってくれ!」

 

「富や名声や地位でも思うがまま……そんな文言に惹かれたのでございますか?」

 

「……」

 

「確かに当家の現在の財政はお嬢様の稼ぎ出す多額のファイトマネー頼みです。もしもこの大会を制することが出来たのならば、信じられない程多額の賞金を獲得できることでしょう。数か月どころか、数十年は生活の心配がいらなくなるかもしれません!」

 

「お、おお……」

 

 じいやが驚きの声を上げます。

 

「しかし、私も反対です! まだ噂話の段階ですが、この大会、『レボリューション・チャンピオンシップ』とやらには、この国の腕自慢だけでなく、他国の荒くれ者たちも多数参戦すると言われております。粗野で乱暴な人たち、いや、獣の群れにお嬢様を放り投げるようなことなど到底出来ません!」

 

「そ、そうですぞ!」

 

「この地域の大会でも十分稼げるではありませんか! 無理する必要などありません!」

 

 わたくしはバッと立ち上がり、メアリとじいやの方に振り返って答えます。

 

「お金の問題ではないのです!」

 

「な、なんですと⁉」

 

「それはどういうことなのですか⁉」

 

「今は貴方たちにも話せません。勿論、貴方たちのことは信頼しています。それでも事は慎重を期さなければなりませんから」

 

「わ、わかりません!」

 

「全て終わってからお話しします。約束します」

 

 わたくしは部屋を出ていこうとします。メアリがなおも食い下がります。

 

「ひゃ、百歩譲って、大会参加を我々が許したとして……あの大会要項はちゃんとご覧になったのですか?」

 

「ええ、大会運営組織から取り寄せてね。もちろん熟読しましたわ」

 

「ムスタファ首長国連邦首都クーゲカのメインコロシアムで行われる決勝大会の前に、各地の会場、全部で十の会場で予選が行われると!」

 

「知っております」

 

 わたくしは興奮気味のメアリを落ち着かせるように冷静に答えます。

 

「その予選方式が100人近くの参加者による『バトルロイヤル』だと!」

 

「約半日、旧市街地や古戦場跡、今は使われていない古びたコロシアムなどに箱詰めになり、夜明けとともに立っていられた者、約5~10人が決勝大会への参加権利を得ると……しっかり頭に入っていますよ」

 

 わたくしは右の人差し指で自分の側頭部をトントンと叩きます。

 

「や、やはりどう考えても危険過ぎます!」

 

「危険は承知の上です」

 

「で、では……!」

 

「予選は今から約ひと月後……トレーニングの負荷を増やさなければなりませんね」

 

「お、お嬢様……!」

 

 わたくしは庭に出て、ルーティンワークになった農作業を終えると、ハサンさんから教わった動きや、書物から得た知識を実践してみます。

 

「……偶然の産物などではなく、コンスタントにああいった技を放てるようにならなければ……予選すら勝ち抜けることも出来ないでしょう」

 

「ふむ……若干腰の入りが甘いのでは……ぐふっ⁉」

 

「……ハサンさん、どさくさまぎれにお尻を触ろうとするのをやめて下さいますか? そろそろ出るところに出ますわよ?」

 

 わたくしは例の如く自らの背後に立ったハサンさんの腹部にひじ打ちをかましました。ハサンさんは悶絶し、その場にうずくまります。

 

「じょ、冗談じゃ……」

 

「そういうのは冗談で済むものではありません……」

 

「い、いや、まことにもって申し訳ない! 悪ノリが過ぎたわ! ご、ごめんなさい!」

 

 わたくしはふうっとため息をつきます。

 

「……何か御用ですか?」

 

「……大会の形式が正式に発表になったな」

 

「ええ、きちんと把握していますわよ」

 

「それは結構……ただ、少しばかり気にかかることがあってな……」

 

「気にかかること?」

 

「予選を突破した場合じゃ。本戦のことはどう考えておる?」

 

「ふむ……それは確かにどうすべきかと思案しておりましたが……」

 

「なんじゃ、決めておらんのか?」

 

 ハサンさんが驚いた顔で見つめてきます。

 

「まずは予選をどう勝ち抜くかということで頭が一杯というか……」

 

「まあそれも致し方ないが……予選も一人で戦い抜くには限界があるぞ」

 

「それはそうなのですよね……」

 

「そういうことであろうと思って、少しお節介を焼かせてもらったぞ」

 

「お節介?」

 

 わたくしは首を捻ります。

 

「それは直に分かる。それよりも後一か月、今やっておったように基礎をおろそかにせず、ひたすら反復練習を繰り返すことこそ肝要じゃ」

 

「他に方法を知らないというのもありますが……これで大丈夫なのでしょうか?」

 

「不安になるのも無理はない。ただ、そんなときこそ己を信じるのじゃ。積み重ねた努力というものは決して裏切らないからの」

 

「己を信じる……努力は裏切らない……」

 

 わたくしは自分に言い聞かせるように呟きます。

 

「それでは、今日のところはこれで失礼するかの……」

 

「! ま、また強風とともに……たまには普通にお帰り頂きたいものですわ」

 

「お、お嬢様!」

 

「どうしました、メアリ」

 

「ルッカ様とシルヴァン様がお見えになっていますが、いかが致しましょう?」

 

「庭にお通しして」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

「構いません」

 

 トレーニングに集中したいところですが、ここでお二人と手合わせ出来るならば、それも悪くはないなと思ったからです。今は少しでも経験を積みたいところです。

 

「おっ、いたな! 俺らも出るぜ! 『イリュージョン・バストウエストヒップ』!」

 

「はい?」

 

「『レボリューション・チャンピオンシップ』だ、何ひとつ合っていないぞ……」

 

「リューとョンとップは合ってるだろうが!」

 

「そういうのは合っているとは言わない……」

 

「とにかくだ! 大会に参加するぜ、よろしくな!」

 

「よろしくお願いするよ」

 

「ええっ⁉」

 

 わたくしは驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げてしまいました。 



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第4話(2)旅は道連れ

「なんだよ、そんなに驚くことか?」

 

「サプライズのつもりは無かったのだけどね」

 

「い、いや、お二人には、出るメリットが何一つ無いような気がするのですが……」

 

「水臭いことを言うなよ!」

 

「同感だね」

 

「し、しかし、噂は聞いているとは思いますが、国中だけでなく、国外からも相当な猛者が集まってくるとの噂なのですよ」

 

「そんなもん望むところだぜ!」

 

「腕が鳴るってやつだよ」

 

 二人揃って前のめりなルッカさんとシルヴァンさんの態度に、わたくしは戸惑います。

 

「仮に揃って予選に参加したとしてもかなりの危険が伴います……」

 

「それも承知しているさ」

 

「ご、ご承知なのですね」

 

「でもよ、惚れ、ひ、惹かれたからしょうがねえんだよ……」

 

 ああ、そうだ、惹きつけてしまったのでしたわ……。

 

「俺も惚れ、いや、心の奥底に眠る熱い部分が掻き立てられちゃったからね!」

 

 あ、ああ~そうですね、掻き立てちゃったのですよね~。

 

 わたくしは既にやや諦めムードでしたが、このまま引き下がれません。没落貴族のわたくしと違い、お二人は未来ある有力貴族の身、こんなところで、御身に傷がつくことをするべきではないのです。わたくしは説得を試みます。少し痛いところを突いてみました。

 

「……」

 

「おい、なんか言いたいことがありそうだな」

 

「御二方、先日、こちらの庭でサタア兄弟に子供扱いされておりましたよね?」

 

「ああ、正直、手も足も出なかったね」

 

「……予選ではあのサタア兄弟を上回るほどの実力者が集まってくるとか……たいへん申し上げにくいのですが、あの兄弟に歯が立たなかったお二人では、想像以上に厳しい戦いが待ち構えているはずです! ここは参加辞退を選ぶのが賢明かと思います」

 

「「……」」

 

 お二人が黙り込みます。少し、いや、かなり意地悪な言い方でしたが、わたくしの率直な思いが伝わったのだと思います。

 

「この数日……枕元に……変なおっさんが立っていてよ」

 

「右に同じ! まったく同じ体験をしたよ」

 

「は、はあ……」

 

 わたくしは嫌な予感がします。

 

「そのおっちゃんが夢か現かよく分からねえが、動きを指導してくれてな、家にある魔法書も初めてまともに読んでみたぜ」

 

「ああ、俺もまったく同じような体験をして、家の書庫にある古びた魔法書を久々に引っ張り出してきたのさ」

 

「そして、あらためて動きをとってみたところ……は~」

 

「教わった動きと書に記してある図面を参考に動いてみたところ……お~」

 

「「せい‼」」

 

「⁉」

 

 ルッカさんの拳からは火の玉が飛び出し、シルヴァンさんの拳からは複雑に絡みあった長い木の枝が生えてきました。ルッカさんは満面の笑みで振り返ります。

 

「どうだ! 俺らも魔法を使えるようになったぜ!」

 

「まったく、自分の才能が恐ろしいよ」

 

「こ、これは……」

 

「単純な拳や蹴りにとどまらず、こういう技を使える今の俺らならば、予選大会なんて、恐るるに足らずだぜ!」

 

「この生える木々で絡みとれば、素早く動く相手を封じ込めることが出来る! 予選大会では敵はいないだろう!」

 

「……あまり調子に乗らないで下さい!」

 

 気が付くと、わたくしは叫んでいました。お二人は驚いてこちらを見つめてきます。

 

「いや、あの、これはよ……」

 

「ははっ、調子に乗っちゃっていたかな?」

 

「い、いえ、あのですね、お二人が以前までのお二人とは違うということはよく分かりました。予選へ参加するとの熱い思いはもはやわたくしには止められません! ただ、油断大敵とはよく言ったものです。こんなときこそ基礎を大事にしていきましょう」

 

「基礎だと?」

 

「ええ、後一か月、今までやっていたように、あるいはおろそかにしがちだった基礎の動きをおさらいし、ひたすら反復練習を繰り返すことこそ肝要です」

 

「それで大丈夫なのかい?」

 

「不安になるのも無理はありません。ただ、そんなときこそ己を信じるのです。積み重ねた努力というものは決して自らを裏切りませんから」

 

「己を信じる……」

 

「努力は裏切らない……」

 

「実はわたくしの枕元にもスケベ、いや、怪しげ、いいや、徳の高そうなヒゲの御方が何度もお立ちになられたことがあるのです! その方から教わった動きをお二人にもお教えしましょう、多対一の戦いによく適した技です! これさえマスターすれば、四方八方から相手が飛び出してくると思われるバトルロイヤルも優位に立ち回ることが出来ます!」

 

「そ、それは凄げえ!」

 

「是非、お教え願いたいね!」

 

 ルッカさんたちも目を輝かせます。

 

「では、参りますよ! せ~の!」

 

「「「そいや‼」」」

 

 時の流れはあっという間で、早くもひと月経ち、大会前日になりました。わたくしは出発の為の荷物を整えて、門の先まで歩いていきました。

 

「お嬢様、馬車が参りました」

 

「ん? あ、あれは?」

 

「よおっ! 俺の馬車に乗りな」

 

「ルッカさん⁉」

 

「どうせ行先は一緒なんだ、遠慮すんなって……んん⁉」

 

「助かりましたね、執事長」

 

「ああ、うちの経済状況ではこれほどの大きさの馬車は用意できなかったからな」

 

「な、なんで、執事長とメイドまで乗ってくるんだ⁉」

 

「付き添いにくると聞かないもので」

 

 わたくしは多少申し訳なさそうに頭を下げます。ルッカさんはやや愕然とされます。

 

「おいおい、約一時間の楽しい馬車旅になるはずが……」

 

「カードゲームでもするかい?」

 

「なっ⁉ お、お前! いつの間に!」

 

 奥の座席からシルヴァンさんが顔を出します。

 

「帰りはウチが馬車を出すからさ、それで勘弁してくれよ」

 

「ったく、しょうがねえなあ! ん?」

 

「どうした?」

 

「あれ? イフテラム家の馬車じゃねえか? なんでこんなところに?」

 

 わたくしが窓の外を覗くと、こちら側に向かってくる馬車から、一人の女性が降りてきてこちらに向かって歩いてきました。わたくしも馬車を降りて、慌てて駆け寄ります。

 

「リリアン!」

 

「良かった、ギリギリ間に合いました……ティエラさん、今回の大会に出場するのはどうかお考え直し下さい!」

 

「……わたくしの身を案じてくれているのですね、ありがとう。ですが、考えは変わりません。わたくしはこの大会をなんとしても勝ち抜かなければならないのです!」

 

「……止めても無駄なのですね……分かりました、ご武運をお祈りしております」

 

 リリアンはわたくしの両手をギュッと握り締めてきました。

 

「ありがとう、リリアン」

 

 わたくしは再び馬車に乗り、出発しました。振り向くと、リリアンが見送ってくれています。手からはリリアンの香水の匂いがわずかにしました。令嬢らしく香水をつけて、優雅にパーティーに参列する日々を取り戻すため、わたくしは予選会場に向かいます。



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第4話(3)レボリューション・チャンピオンシップ予選開幕

                  ♢

 

 わたくしはルッカさんの家の馬車に揺られながら、心の中で『ポーズ』と唱え、続けて『ヘルプ』と唱えました。聞き覚えのある女性の声が脳内に聞こえてきます。

 

「はい、こちら転生者派遣センターのアヤコ=ダテニです。なにかお困りですか?」

 

「ティエラです。少し相談したいことがありまして……」

 

「……伺いましょう」

 

「ええと、これはどのように相談すればよろしいのでしょうか……?」

 

「要約した内容でも構いませんよ?」

 

「要約ですか……この国、ムスタファ首長国連邦の国中のみならず、国外から猛者が集う格闘大会に出場することになったのですが……」

 

「え、ええと……」

 

「大会名は『レボリューション・チャンピオンシップ』です」

 

「は、はあ……」

 

「大会名が長すぎるので、『RVO』と略すか、『レボチャン』と略すか、で意見は二分しておりまして……」

 

「ちょ、ちょっとお待ち下さい」

 

「ちなみに『RVO』派は男性陣で、理由はカッコいいからだそうです」

 

「あ、あの……」

 

「わたくしとメイドのメアリが『レボチャン』派です。だって、そちらの方がかわいらしくありませんか?」

 

「そういうお話はどうでもよくてですね……」

 

「いやいや、案外大事なことですよ」

 

「はあ……」

 

 アヤコさんは聞こえるようにため息をこぼします。

 

「そこまで露骨にため息をつかなくても……」

 

「失礼しました……えっと、ティエラ様は悪役令嬢志望だったかと思うのですが?」

 

「ええ、そうです」

 

「……『レボリューション・チャンピオンシップ』……確認しましたが、何故にそんな大会に出ることになったのですか?」

 

「なんというか……その場の雰囲気に流された感も否めませんね」

 

「転生者の方は何事にも泰然と構えていてもらえないと……そんな場の流れで国内外の猛者が集う格闘大会に出ていく悪役令嬢など聞いたことがありません」

 

「わたくしも初耳です」

 

「何故にどこか他人事なのですか……」

 

 先程に比べるとやや抑えめですが、アヤコさんはまたため息をこぼします。

 

「理由もあるといえばあるのです」

 

「ほう? お聞かせ願いますか」

 

「う~ん、現時点ではお話し出来ません」

 

「それならば相談に乗りようがありません」

 

 アヤコさんが少し呆れ気味の声色でお答えになられます。

 

「……思い出しましたけど、そもそもといえばですよ? なんでしたかしら、検索? ワード? とやらに『死闘必至! ルール無用のバトルロイヤル』とかなんとかつけくわえたのは貴女ですよね?」

 

「ギクッ」

 

「いや、ギクッって口に出されても……ということは貴女のとった行動が全ての原因とまでは言いませんが、なんらかの関係があるのではないですか?」

 

「……タラー」

 

「今どき汗の流れる擬音を口にする人と会うとは思いませんでした」

 

「……ご指摘は謙虚に受け止め、次に活かしていきたいと思います」

 

「次はどうでもいいのですよ! 大事なのは今でしょう!」

 

「と、とにかくですね……その大会に出るということが、いわゆる目標達成に近づくのではないでしょうか?」

 

「……まあ、わたくしもそんな気がしてはいましたが……」

 

「ならば話は簡単ですね……優勝を目指して頑張って下さい」

 

「そんなことを気軽におっしゃいますけどね……」

 

「ご健闘をお祈りしております……」

 

「あ! ちょっと待って……切れましたわ……ポーズ解除」

 

                  ♢

 

「……お嬢様、間もなく会場到着です。ほら、見えてきましたよ」

 

「そうですか」

 

 メアリの言葉を受け、わたくしは窓の外を見ます。古びた街が見えてきました。

 

「かつては居住区域として機能していましたが、ここの首長の方針により、大規模な移転が行われ、今現在は関係役人などを除くと誰も住んでおりません」

 

「なるほど、いわゆるゴーストタウンというやつですか……」

 

 馬車が停まり、わたくしたちは降車しました。街の入り口付近の大きな建物には人の出入りが活発でした。ここで大会参加への受付を行っており、わたくしたち三人は参加手続きを済ませると、それぞれ別の、窓を布で覆われた馬車に乗せられ、街のとある場所まで連れていかれ、そこで降りるように促されました。

 

(なるほど……今現在自分が街のどの辺りにいるのかというのは、分からないようにしてあるのですね……)

 

「もう間もなくで予選開始だ……時間になったら花火を上げる、それが合図だ」

 

 馬車に乗っていた男性がぶっきらぼうに告げて去っていきます。

 

「さて……もはや猛獣の檻の中というわけですね……」

 

「ふむ……わりと落ち着いているようじゃな」

 

「⁉」

 

 わたくしが驚いて振り向くと、そこにはハサンさんが立っておられました。

 

「接近に気が付かぬとは……開始前だからといって気を抜き過ぎではないか?」

 

「ま、まさか、貴方もこの大会に参加なさるのですか?」

 

「いやいや、流石に老骨には堪えるわい。そなたにこれを渡すのを忘れていてな」

 

ハサンさんが紙を手渡してきます。

 

「こ、これは……?」

 

「今は見なくても良い。窮地に陥ったらきっとそなたの役に立つであろう」

 

「そ、そうですか……」

 

「では、健闘を祈っておるぞ」

 

 例の如く強風が吹き、ハサンさんの姿はそこにはもうありませんでした。

 

「なんの紙かしら? ……!」

 

 花火が上がります。予選開始です。わたくしはとにかくまず身を隠す場所を探します。

 

(建物の中を移動しながら、一人でいる相手を急襲していく……少々卑怯な気もしますが、馬鹿正直に道を歩いていたら、それこそ四方八方から襲い掛かられてしまって不利に陥りますわ……! とにかく必要以上に目立たないように……!)

 

「へっ、男みたいな服を着ているかと思ったら女か! 悪いが容赦しねえぜ!」

 

「ぐっ!」

 

 建物内で遭遇した男にいきなり殴り飛ばされ、わたくしは路上に倒れ込みます。

 

「まずはてめえが脱落だ!」

 

「待て、そいつは俺の獲物だ!」

 

「弱そうな奴から潰す!」

 

「うおおおっ!」

 

(! いきなり四方を囲まれてしまった! どうする⁉ はっ、紙を!)

 

 立ち上がったわたくしはハサンさんから渡された紙に目を通します。そこには……。

 

“衝撃波を放つ技は『土制覇(どっせいわ)』、地面を砕く技は『怒土百々(どどどど)』、多対一の際に繰り出す技は『土墾慕(どっこんぼ)』……というネーミングはどうじゃろうか?”

 

「は、はあっ⁉」

 

「よそ見している場合かよ!」

 

「~~『怒土百々』‼」

 

「ぐはっ!」

 

 わたくしは怒りに任せて地面を砕き、土塊を四方に飛ばして襲いくる敵を倒しました。



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第4話(4)出場者、出揃う

(……怒っている暇はありませんわ。冷静さを欠いたらその時点で負けです)

 

 わたくしは呼吸を整えるとともに考えをまとめます。

 

(参加人数ははっきりとは教えてもらいませんでしたが、当初の噂通り100人程とのこと……。この予選会場を勝ち抜けるのは最大で10人くらい……。今、4人倒しましたが、さすがに後90人を1人で倒すのはあまりにも無謀……。ならば……)

 

 わたくしは物陰に身を隠して、簡単ではありますが、方針を決めます。

 

(ルッカさんかシルヴァンさん……欲を言えば、二人と合流し、三人一組で行動した方が利口……決勝大会の試合方式を踏まえてもきっとそうするべきなのでしょう……)

 

「考えはまとまったか?」

 

 声が聞こえた方を見ると、建物の屋根の上に、ローブを身に纏い、フードで顔を隠した人物が立っておられました。

 

「あ、あなたは!」

 

 その人物は屋根からジャンプし、わたくしと対面する位置に降り立ちました。こうして近くで見てみると、わたくしと同じくらいの背丈で大柄というわけではないようです。

 

「この戦いに挑む資格があるかどうか、確かめてやる……」

 

 ローブの方は構えを取られました。わたくしは戸惑います。

 

「なっ⁉ た、確かみる⁉ い、いや、確かめる⁉」

 

「来ないのなら、こちらからいくぞ……!」

 

「!」

 

 ローブの方が鋭いパンチを繰り出してこられました。わたくしはそのパンチをすんでのところで躱します。拳が建物の壁にヒビを入れます。

 

「ほう……よく躱したな」

 

「せい!」

 

「おっと!」

 

 わたくしが繰り出したキックをローブの方はひらりと躱し、わたくしと距離を取ります。わたくしも壁際から道の中央へ進み出て、あらためてローブの方と向かい合います。

 

「……貴方も参加者でしたのね……」

 

「そうだ……」

 

「わたくしに参加するように促しておいて、何故邪魔をするのですか?」

 

「こちらにはこちらの目的がある……それだけのことだ」

 

「目的?」

 

「教える義理は無いな!」

 

「くっ!」

 

 ローブの方は一瞬でわたくしとの間合いを詰め、攻撃を繰り出してきます。わたくしはバックステップを駆使して、それを躱します。

 

「やるな……ならばこれはどうだ? 『水龍』!」

 

「ぐっ⁉」

 

 ローブの方が前方に突き出した両手から、まるでドラゴンのような形状の水の奔流が襲い掛かってきました。わたくしは咄嗟に防御しますが、その勢いには抗え切れず、後方に倒れ込んでしまいます。

 

(こ、これは……⁉)

 

「水系統の魔法と武術を組み合わせた……決勝大会はこういうレベルのやつが大勢出てくるぞ? 今の内に逃げた方が賢明じゃないか?」

 

「⁉ こちらにも退けない理由があるのです!」

 

 わたくしはすぐさま立ち上がり、構えを取ります。

 

「『土制覇』!」

 

「その技は知っている! だが、所詮その程度の練度では……」

 

「『……二連』!」

 

「なんだと⁉」

 

 わたくしは間髪入れず、土制覇を二発立て続けに出しました。ぶっつけ本番に近かったのですが、訓練の成果が出ました。ローブの方は防ぎきれず、膝をつきます。

 

「恨みはありませんが、倒させてもらいます!」

 

「ちっ!」

 

「はっ⁉」

 

 追い打ちをかけようとしたところ、ローブの方は近くの建物の上に飛び移られました。

 

「……いつぞやの山賊退治のときよりも、相当腕を上げているのは分かった……決着は決勝大会でつけるとしよう……幸運を祈る」

 

 そうおっしゃって、ローブの方は姿を消しました。

 

「幸運……? !」

 

「ふっ、見たことあるぜ、北西のコロシアムで連勝を続けている元貴族の嬢ちゃんだ」

 

「ああ、俺も聞いたことがある。客の期待を裏切りまくっている女だろう」

 

「ここで潰しちまおうぜ!」

 

「おおっ!」

 

(また囲まれてしまいましたわ! 四人! いや、それ以上⁉ 流石に一人では……⁉)

 

「『雷震』!」

 

「⁉」

 

「「ぐええっ!」」

 

 地面一帯に雷が走り、わたくしに襲い掛かろうとした人たちがバタバタと倒れます。

 

「あ、貴方は⁉」

 

「良かった、間に合った♪」

 

 わたくしの隣に立って、ニコッと微笑むのは、ブリッツ=サタアでした。

 

「あ、貴方も大会に?」

 

「うん」

 

「ど、どうして?」

 

「はっきりと目覚めちゃったからね~」

 

「そ、そうですか……なんというかとんでもないことに巻き込んでしまって……」

 

「気にしないでよ、オレ、結構強いからさ」

 

「こ、このガキ!」

 

 周囲の人たちの中でもっとも大柄な人が飛び掛かってきます。

 

「『雷電脚』!」

 

「ぐはっ!」

 

 ブリッツの繰り出したキックが大柄な人を吹き飛ばしました。倒れて痺れています。

 

「で、電撃を帯びているキック?」

 

「ご明察♪ オレは雷系統の魔法と武術を組み合わせているんだよ」

 

「そうなのですか……」

 

「というわけで姉ちゃんはオレが守るから安心しな!」

 

「イチャついてんじゃねえぞ!」

 

「はっ⁉」

 

 まだ周囲に残っていた人たちがわたくしたちに襲い掛かってきます。 

 

「『氷結』……!」

 

「! エ、エイスさん!」

 

 眼鏡の蔓を抑えながら、エイスさんが片手を振りかざすと、周囲の人々はあっという間に凍りついてしまいました。

 

「油断し過ぎだぞ、ブリッツ……」

 

「エイスさん、貴方も大会に?」

 

「ああ、なんていっても、はっきりと悟ってしまったからね」

 

「そ、そうですか……氷系統の魔法ですか、皆さん凍ってしまいましたが……」

 

「しばらくしたら溶けるよ、もっともその頃には予選は終わっているけどね……」

 

「いたぞ、眼鏡の野郎だ!」

 

「くそが! 仲間の借りは返す!」

 

「……おいおい兄貴、だいぶ仕留め損なっているじゃん」

 

「……ちっ、ちょっと多いな」

 

 エイスさんの後を追いかけてきた集団は今倒した人数よりもさらに多い人数です。

 

「おらあっ!」

 

「はっ!」

 

「! ルッカさん! シルヴァンさん!」

 

 左右からルッカさんとシルヴァンさんが集団をはさみうちにします。

 

「おおっ、無事だったか! 俺が来たからにはもう大丈夫だぜ!」

 

「フォローする身にもなりなよ!」

 

 ルッカさんたちは集団を次々と蹴散らしていきます。エイスさんは感心します。

 

「へえ、粗削りだが、きちんと魔法を使えている……変われば変わるものだね」

 

「……そこまで! 当会場の予選は終了とする!」

 

 しばらくすると、男性の叫び声が聞こえてきました。

 

「お、終わりですの……?」

 

「96人の戦闘不能を確認! よって当会場の勝ち抜きは6人とする!」

 

「やったよ、姉ちゃん、決勝だ!」

 

「ちょっと待てや、どさくさまぎれに抱き付こうとするんじゃねえ!」

 

「さてと、問題はここからだ……」

 

「奇遇だね、アフダル君、僕も同じことを考えていたよ」

 

「問題?」

 

 わたくしはシルヴァンさんとエイスさんの言葉に首を傾げます。

 

「約半月後に行われる決勝大会……三人一組のチームを組む必要がある……」

 

「あ、ああ、そういえばそうでしたわね……」

 

「そこでだ、ティエラ、君は誰と組んで参加する?」

 

「え、ええと……」

 

「当然、オレと兄貴だよね? 連携面ならバッチリだよ!」

 

「どこがだよ! てんでバラバラに戦っていたじゃねえか!」

 

「その気になれば合わせられるよ」

 

「その気になればだろうが! 俺とこいつの方が息は合っていると思うぜ」

 

 ルッカさんがシルヴァンさんを指し示します。シルヴァンさんは渋々同意します。

 

「まあ、山賊退治の実績もあるしね……」

 

「ナンセンスな言い争いをしているね……大会要項をちゃんと読んだのかい?」

 

「ああん?」

 

 ため息まじりに呟くエイスさんをルッカさんが睨みつけます。

 

「決勝もバトルロイヤル方式ではあるが、四チームが対戦し、各チーム一人ずつリングに上がるんだ。連携面がどうとかは関係がない。つまり……」

 

「つ、つまり……?」

 

「今、君が誰を選ぶかだよ、ティエラ」

 

「え、ええと……」

 

「……お嬢様、新聞にレボチャンの参加チームが出揃ったと記事が出ています!」

 

 予選から数日後、メアリがリビングに新聞を持って駆け込んできました。

 

「! 見せて頂戴!」

 

 そこには派手な見出しとともに出場チームの写真が載っていました。

 

“東方からの求道者! 三国一の腕自慢!”

 

「み、見るからに強そうな人ね……」

 

“人間どもに告ぐ! 亜人の力を思い知れ!”

 

「わたし、獣人の方を初めて見ました……」

 

“落第生の逆襲! 北東からやってきた女番長!”

 

「ら、落第生……?」

 

“見た目はロリッ娘、頭脳は天才! 近所の孫!”

 

「き、近所の孫? どういう意味でしょうか?」

 

“失地回復の時は今! 南西の孤島から帰ってきた剛腕!”

 

「た、たくましい身体をしている男性ね……」

 

“家出姉弟漂流記! 南東からの冒険者!”

 

「ど、どうして家出してこの大会に? どういう経緯でしょう?」

 

“賞金稼ぎ兄弟が殴り込み! 首を洗って待っていろ!”

 

「しょ、賞金稼ぎって実在するのですね……」

 

“龍と獅子と鳳凰を見たことがあるか? 東よりの来訪者!”

 

「この服装は東の大国のものですね……」

 

“サムライの剣技に震えろ! 常識外の剣士、見参!”

 

「は、刃物ってありなのですか、この大会⁉」

 

“美しさは罪! そこから目を逸らすのは大罪!”

 

「ど、同性から見ても美しい人たちですね……」

 

“東方からの刺客! クノイチ三姉妹の狙いは財宝!”

 

「財宝狙いって公言してしまっていますわ……」

 

“北北東の科学大国から参戦! 曰はく、科学よりも魔法が優れている!”

 

「隣に写っているメイドさん、機械人形っぽいですが……」

 

“死神たちが下界に降臨! 人間どもよ、戯れに遊んでやる!”

 

「ああ、そういうお年頃なのですね……」

 

“とにかく暴れたい! 掘って、斬って、爆ぜる!”

 

「ユ、ユニークな髪型とは裏腹に物騒な方たちですね……」

 

 わたくしとメアリは交互に率直な感想を述べ合いました。

 

「さて……」

 

「あ、お嬢様たちですよ!」

 

“悪役令嬢の復讐劇! はみ出し貴族と臨む決戦!”

 

「こ、ここで悪役令嬢ですか……ルッカさんとシルヴァンさんも散々な言われよう……」

 

「お、お嬢様、こちらを!」

 

“謎の覆面! VIPサタア兄弟を引き連れ参戦!”

 

「⁉ フードの方⁉ それにブリッツとエイスさん⁉」

 

 思わぬ組み合わせにわたくしは唖然としました。



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第5話(1)レボリューション・チャンピオンシップ決勝開幕

                  5

 

「さあ! いよいよ始まります! 『レボリューション・チャンピオンシップ』決勝! このクーゲカのコロシアムに詰め掛けた大観衆のボルテージも最高潮であります!」

 

「うおおおおっ!」

 

 拡声器と呼ばれる道具を使って叫ぶ男性――実況アナウンサーと呼ばれる方だそうです――に呼応し、観衆の皆さんが怒号のようなうなり声を上げられます。コロシアムが激しく揺れるのをわたくしはリングに通じる通路で感じます。

 

「あらためて、試合形式を確認します! 1チーム1人ずつリングに上がり、4人で行うバトルロイヤルに臨みます! リングアウトや戦闘不能状態に陥った場合や目潰しや急所を狙った攻撃を行った場合などは負けとみなします! 4人の内、最後まで勝ち残っていた選手に3ポイント、次いで2ポイント、1ポイント、0ポイントとなります。計3試合行い、合計ポイントで争います! 1回戦、準決勝は上位2チームが勝ち残れます!」

 

「ごたくはいいから早く始めろ!」

 

「そうだ、そうだ!」

 

「お、おっと、観客の方々は早くもヒートアップしております! えっと……あ、準備出来た? ご、ごほん、それでは皆様お待ちかね! 『レボリューション・チャンピオンシップ』決勝、1回戦Aブロック先鋒戦、選手の入場です‼」

 

「おおおおおっ!」

 

「まずは北口ゲートから入場は、チーム『三国一』、はるか東方にあるという島国からやってきた強さを追いかける求道者、コウだ! リポーターのマールさん、お願いします」

 

「はい、こちらマールです……。コウ選手、意気込みをお願いします……」

 

「い、いや、特にないな……」

 

 リポーターと呼ばれる黒髪の女性からの問いに、ボロボロな服装をした男性が戸惑いながら答えます。顔つきなどから判断するに、確かに東方から来た方のようです。

 

「この大会に参加した目的は? やはり富や名声ですか?」

 

「ちょ、直接的だな⁉ じ、自分はただ純粋に強さを追い求めているだけだ!」

 

「ほう……チームメイトの方に聞いてみましょうか? 実際どうなのでしょうか?」

 

「……カッコつけているけど、ただの食い逃げ犯よ、コイツは!」

 

 深いスリットの入ったドレスを着た女性が大声を上げます。男性が慌てます。

 

「ひ、人聞きの悪いことを言うな! 出世払いだと言っているだろう!」

 

「そんなの待っていられないわよ!」

 

「と、とにかく……勝つ以外にない!」

 

 コウと呼ばれた男性は精悍な顔つきに戻り、力強く宣言されました。

 

「では、次は東口ゲートから入場の、チーム『バウンティハンター』、賞金稼ぎとして名高い、コスタ兄弟の兄、ダビドだ! リポーターのシャクさん、お願いします」

 

「はい! こちらシャクです! ダビド選手、意気込みの程ををお願いします!」

 

「……そんなことより、君の青い髪、とっても素敵だね……」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「この後空いてる? どうだい、食事でも? ギャンブルで大勝ちして、金はあるんだ」

 

「え、えっと……ある意味やる気は十分なようで……お、お返しします!」

 

 金髪に中折れ帽子を斜めに被った男性に迫られ、真面目そうな女性は困惑しています。

 

「つ、続いて、南口ゲートから入場は、チーム『ボイジャー』、屈強な海の男、グラハムだ! リポーターのヌーブさん、よろしくお願いします」

 

「は、はい! こ、こちらヌーブです! グ、グラハム選手、意気込みを!」

 

「……」

 

 見るからに屈強な肉体をした大柄で褐色の男性は目を閉じて黙り込んでおられます。これには赤髪の女性が戸惑ってしまいます。

 

「あ、あの? な、なにか一言お願い出来ないでしょうか……?」

 

「……乗りかかった舟だ、やるからには負けない……」

 

「じ、自信ありのコメント頂きました! お、お返しします!」

 

「最後に、西口ゲートから入場は、チーム『悪役令嬢』、あの悪名高いガー二家の令嬢、ティエラ=ガー二がこの首都のコロシアムに堂々と殴り込みだ! リポーターのフルカさん、お願いします!」

 

「はい~こちらフルカ~。ティエラちゃん、意気込み適当によろしく~」

 

「わ、わたくしだけ扱いが雑じゃありませんか⁉」

 

「そんなことないって~」

 

 白髪の女性が気怠そうにわたくしに拡声器を向けてきます。

 

「と、とにかく、わたくしは優勝しか見えていません!」

 

「おっ! 大胆な発言だね~」

 

「ふざけんな!」

 

「お前なんか負けちまえ!」

 

 観客席から罵声が聞こえてきます。

 

「ある意味、人気ナンバーワンだね~」

 

「……気にしておりません」

 

「クールだね~じゃあ、お返ししま~す」

 

「さあ、四人がリングに上がりました……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

(色々なパターンが想定出来ますが、わたくしが御三方側だったら、まず考えるのは!)

 

「女を倒すのは気が進まんが……」

 

「かわいいお姉さん、悪いけど先に退場してもらうぜ♪」

 

「……悪く思うなよ」

 

(まあ、そうなりますわね!)

 

 三人の男性がわたくしに向かってきました。

 

(リングは結構広いですが、三人相手には逃げきれない! ここは!)

 

「コウ、ダビド、グラハムの三人がまずはティエラ潰しに動いたぞ! おっと、ティエラがなにやら構えを取ったぞ!」

 

「土墾慕!」

 

「⁉ おおっと、ティエラ、目にも止まらぬ速さで技を繰り出した!」

 

(多対一用のこの試合形式にもっとも適している技! 手応えはあった……⁉)

 

 わたくしは目を疑いました。三人が無傷でその場に立っていたからです。

 

「そ、そんな……⁉」

 

「悪くない連撃だったが、少し軽いな……」

 

「!」

 

 いつの間にか、わたくしの近くにコウさんが立っていました。わたくしより一回り大きいコウさんがわたくしよりも体勢を低くされます。

 

「腹を狙うぞ! しっかり防げ!」

 

「わ、わざわざ予告⁉ 舐めないで下さる⁉ っぐお⁉」

 

 わたくしは咄嗟に腹部のガードを固めます。しかし、コウさんの放った拳はわたくしのガードをものともしない威力でした。わたくしは後方に吹っ飛ばされてしまいます。

 

「この『青天拳』はそう簡単に防げるものではない……」

 

「ぐっ……」

 

 かろうじて受け身を取ったわたくしは、なんとか立ち上がります。

 

「おいおい、女の子相手にマジになり過ぎだろう?」

 

「覚悟を持った相手に手を抜くのはかえって失礼というものだ……」

 

「あ~そういう価値観? おたく、俺とは合わないね~。えっと、ティエラちゃんだっけ? 悪いことは言わないからギブアップしなよ」

 

 ダビドさんは帽子を抑えながら、わたくしに提案をしてこられます。

 

「お、お断りします!」

 

「しょうがねえなあ……ちょっとビビらすか、『ストレート』!」

 

「なっ! ト、トランプのカードが鋭利な刃物の様に……⁉」

 

 投じられた5枚のカードがわたくしの手足の服を切り裂きます。

 

(距離を取らないと! はっ⁉)

 

「生きていれば、同じくらいか……『サイクロンラリアット』!」

 

「ぐはっ!」

 

 グラハムさんが繰り出した技を喰らい、わたくしはあっけなくリング外に吹き飛ばされてしまいました。審判さんが告げます。

 

「ティエラ、敗北! 0ポイント!」

 

「ま、負けた……⁉」

 

 リングの下で大の字になりながら、わたくしは愕然としてしまいました。



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第5話(2)熱戦⁉Aブロック

「ふん……次はお前だ!」

 

「おっと、ティエラを叩き落としたグラハム、次の標的はコウだ!」

 

 呆然としているわたくしの耳に、実況の方の声が聞こえてきます。

 

「『風雲拳』!」

 

「どおっ⁉」

 

「おおっと、コウの右腕からなにやら衝撃波のようなものが飛び出したぞ! それを喰らったグラハムの巨体が倒れた! 審判が駆け寄る!」

 

「完全に気を失っている! グラハム、敗北! 1ポイント!」

 

「へえ……今のは魔法かい?」

 

「魔法? 違う、俺が長年の修業の末に編み出した技だ。自分より巨体な相手とわざわざ組み合うのは不利だからな」

 

「修業で編み出せんのかよ……そんな相手と接近戦はごめんだな、『フラッシュ』!」

 

「ダビド、コウに向かって五枚のカードを投じた! 放物線を描いて飛んで行くぞ!」

 

「はあっ!」

 

「カ、カードが勢いを失って落ちた⁉ な、何をしやがった……?」

 

「気合いを発して、カードを弾いただけだ」

 

「き、気合いって……」

 

「今度はこっちから行くぞ!」

 

「ま、待った、待った! 審判! 降参するぜ! 俺の負けだ!」

 

「! ダ、ダビド、敗北! 2ポイント! よって、コウ、勝利! 3ポイント!」

 

「せ、先鋒戦は意外な決着! 勝者はチーム『三国一』のコウだ!」

 

 実況さんの驚きに満ちたアナウンスが響き、会場がどよめきに包まれます。立ち上がったわたくしの近くで、コウさんとダビドさんが会話をかわしていました。

 

「何故逃げる? 相当出来るはずだろうに……」

 

「分の悪い賭けはしない主義だ……上位2チームが上がれる。無茶する段階じゃない」

 

「そういう考え方もあるのか……」

 

「まあ、アンタにはおすすめしないよ……」

 

「さあ、続いて中堅戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「はい……チーム『三国一』のリーファさん……幸先良いスタートとなりました……」

 

 拡声器を向けられた黒髪を2本のおさげにまとめた女性は笑みを浮かべて答えます。

 

「アホが良い仕事をしたわね。次も3ポイント取って、さっさと勝ち抜きを決めるわ」

 

「リーファさんはご実家がお国では有名な食堂だとか……」

 

「あら、宣伝していいの? ちょっと遠いけど、味は世界一よ、店名は……」

 

「すみません……スポンサーの関係でそれ以上はNGです……」

 

「じゃあなんで聞いたのよ⁉」

 

「こちら、東口ゲートです。チーム『バウンティハンター』のエドアルドさん、意気込みの程をお願い出来ますでしょうか? それとダビドさんの判断についても」

 

 拡声器を向けられた黒いスーツ姿の整った短い頭髪の男性はため息交じりで答えます。

 

「どうせ、卸したての白いスーツを汚したくないからっていう考えでしょう……まあ、兄の尻拭いはいつものことです……3ポイントを取って、優位に立ちたいと思います」

 

「お、お兄様と違って、チャラついていないですね……」

 

「よく言われます。恐らく兄は橋の下で拾われた子なんでしょうね」

 

「真顔で冗談言うのやめろ! 結構傷付くんだからな!」

 

 エドアルドさんの後方から、ダビドさんの声が聞こえてきて、会場に笑いが起きます。

 

「こ、こちらは南口ゲートです! チーム『ボイジャー』のケビンさん! か、かわいいですね……じゃ、じゃなくて、意気込みをお願いします!」

 

 拡声器を向けられたのは茶髪で小柄な少年です。リポーターの方がおっしゃったように、かわいらしい顔立ちをしておられます。

 

「……おれ、かわいいって言われるのが、嫌いなんだ!」

 

「す、すみません!」

 

「あ、いや、怒っているわけじゃないよ……強い男になりたくて家を飛び出したんだ!」

 

「ケ、ケビンさんのお国では、旅行のことを家出と言うんですか?」

 

「な、なんでそうなるんだよ!」

 

「お、お姉さんがご一緒だから……ご家族同伴の家出って聞いたことないなって……」

 

「か、勝手についてきたんだよ! その話はもう良いだろ!」

 

 ケビンさんはプイッと顔を逸らします。その仕草に「かわいい~」と歓声が飛びます。

 

「は~い、西口ゲートで~す。チーム『悪役令嬢』のルッカ……ムビラン⁉ マジ⁉ 有力貴族じゃん! お兄さん、合コンしない⁉」

 

「な、なんだよ、合コンって?」

 

「おお~知らないのもますます貴族っぽいね~良いじゃん、良いじゃん♪ 合コンってのはね~複数の男女でお酒を飲んだり、食事をしてワイワイ楽しむことだよ~」

 

「……なんの為にそんなことするんだ? 本当に楽しいか?」

 

「そりゃあ……ねえ? フィーリングが合えば、もっと楽しいことをするとかさ~」

 

「なっ⁉ は、破廉恥だな! 嫁入り前の女がそんなこと考えるなよ!」

 

「あらら、見た目と裏腹に結構お堅いね~」

 

「俺には心に決めた女がいるんだよ! ……って何を言わせんだよ!」

 

「勝手に言ったんじゃん……まあ、いいや、お返ししま~す」

 

「あ、ありがとうございました……さあ、中堅戦に臨む4人がリングに上がりました……今、審判が開始の合図を出しました!」

 

「女に手を上げる主義はねえ! エドアルドとやら、てめえを潰す!」

 

 ルッカさんが殴りかかります。わたくし何度も手を上げられた気がするのですが。

 

「ふっ……」

 

「ぐはっ⁉」

 

「おっと、ルッカが倒れ込んだぞ! 何かがリングに転がっている! あ、あれは……コイン⁉ なんとエドアルド、コインを弾いて攻撃した⁉」 

 

「子供の頃、コインを投げて悪党を懲らしめる奴の話を聞いてね。独学で習得したのさ」

 

 エドアルドさんが髪をかき上げます。リーファさんが声をかけます。

 

「色男さん、それ、わたしにもやってみてよ」

 

「女性を痛めつけるのはあまり気が進まないけど……まあ、連続で3ポイント取られるわけにもいかないしね……!」

 

「はっ! ……大したことないわね……」

 

「け、蹴りの風圧でコインを落としただと? そ、そんな芸当が……」

 

「小銭が多いお客様って、正直困るのよね」

 

 リーファさんがふっと笑います。

 

「隙有り!」

 

「せいっ! ……坊や、筋は悪くないけど、蹴りで私に勝とうなんて五年早いわね」

 

「ぐっ……」

 

 リーファさんに蹴り掛かったケビン君でしたが、あえなく返り討ちにあってしまいました。ケビン君は蹴られた箇所を抑えて悶絶します。すると意外な事態に発展しました。

 

「ケビン君かわいそう!」

 

「おさげ女! ちょっと美人だからって何やっても良いと思っているの⁉」

 

「おおっと、女性客からリーファへ大ブーイングだ!」

 

「ええっ……向かってくる相手を倒しただけでしょう?」

 

「BOO! BOO!」

 

「ブーイングが鳴り止まない!」

 

「な、なんだか、凄い罪悪感! こ、こんなの耐えられないわ!」

 

「リーファがリングを駆け下りた! 自らリングアウトを選択!」

 

「リーファ、敗北! 0ポイント!」

 

 ケビン君が痛みをこらえて立ち上がります。

 

「少年! 悪いけど、コインの餌食になってもらうよ!」

 

「……ねえ、そのコインって何なの?」

 

「はっ? 君、コイン知らないの?」

 

「見たことも聞いたこともない」

 

「……君、もしかしてパパがお金持ちだったりする?」

 

「国ではマスカット財閥を経営しているけど……ってパパ、お、親父は関係ないだろ!」

 

「マスカット財閥……聞いたことあるな、貸しを作っておいて損はないか」

 

「何をぶつぶつ言っているんだよ!」

 

「ぐあっ! ……さっきのキックの衝撃がこちらに……審判、ギブアップだ」

 

「エドアルド、敗北! 1ポイント!」

 

「え? な、何? おれが勝ったの? な、なんか気が抜けちゃった……」

 

「おっと、ケビン、再び倒れた! 審判が駆け寄る!」

 

「……ケビン、敗北! 2ポイント! よって、ルッカ、勝利! 3ポイント!」

 

「え? なにがどうしたんだ……?」

 

 ルッカさんが間抜けな顔をして起き上がりました。完全に気を失っていたわけではないので、審判も敗北宣告はしなかったようです。

 

「ちゅ、中堅戦も意外な決着! 勝者はチーム『悪役令嬢』のルッカだ!」

 

「お、俺が勝ったのか⁉ や、やったぜ!」

 

「BOOOOO‼」

 

「おおっと、先程よりも凄まじいブーイングがルッカに対して降り注ぎます!」

 

「そ、そんなこと言われても! 俺だってわけがわからねえのに!」

 

 ルッカさんは涙目になりながらリングを降りてきました。

 

「さあ、残るは大将戦です! 各チーム3ポイントで横一線の状態! 次に勝ち残ったチームが準決勝に残ります! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「はい……チーム『三国一』のアドラさん、占い師をされているそうですが、占いの結果はどうでしょうか……?」

 

 褐色の肌をした眼鏡の小柄な女性は大きな水晶玉を手にして、呟きます。

 

「『何事もやってみなくちゃわからない、やれば出来る!』とのお告げが出ております」

 

「……ず、随分ざっくりとしたお告げですね」

 

「……まさか貴女、お告げを疑うのですか?」

 

「い、いえ、そんなことはありません……次、お願いします」

 

「東口です。チーム『バウンティハンター』のモニカさん、意気込みをお願いします」

 

「う~ん、よく分からないね~」

 

 日に焼けた肌をした、長身でグラマラスな女性が微笑みながら答えます。

 

「コスタ兄弟の戦いぶりについては?」

 

「う~ん、あんなものじゃないの? よく知らないけどさ」

 

「ご存知ないのですか?」

 

「知り合ったのつい最近だからさ、まあ、あの兄弟といると結構楽しいから、勝つよ!」

 

「こちらは南口ゲートです! チーム『ボイジャー』のソフィアさん! お、お綺麗ですね……じゃ、じゃなくて、意気込みをお願いします!」

 

 拡声器を向けられたのは長い茶髪のおしとやかな女性でなかなかの美人さんです。

 

「ふふっ♪ 精一杯頑張ります」

 

「は~い、西口ゲートで~す。チーム『悪役令嬢』のシルヴァン……アフダル⁉ マジ⁉ また有力貴族じゃん! お兄さん、合コンしない⁉」

 

「せっかくのお誘いだが、心に決めた相手がいるのでね」

 

「あ、そうすか……お返ししま~す」

 

「あ、ありがとうございました……さあ、大将戦に臨む4人がリングに上がりました……今、審判が開始の合図を出しました!」

 

「俺以外女か……やりづらいな……悪く思わないでくれよ!」

 

 シルヴァンさんはそう呟いて小柄なアドラさんに飛び掛かろうとします。

 

「……」

 

「おおっと! アドラ! 水晶玉をかざしたぞ!」

 

「! まさか、なにか召喚するとかか⁉」

 

「ふん!」

 

「ぐほっ⁉」

 

「ああっと! アドラ! 水晶玉でシルヴァンを殴った⁉」

 

「しょ、商売道具じゃないのかよ!」

 

「これは雰囲気づくりの小道具……」

 

「ぶ、物理的にくるとは! 予想外過ぎる!」

 

「おらおらぁ!」

 

「「⁉」」

 

「よくもわたしのかわいいかわいい弟ちゃんに蹴りを喰らわせてくれたな! 後、単に寝ていただけの癖して、ポイント掠め取りやがって!」

 

 試合前の雰囲気とはうってかわって殺気立っているソフィアさんに二人が戸惑います。

 

「それをやったのはリーファ……」

 

「寝ていたのは赤毛の馬鹿だ!」

 

「連帯責任じゃ! お前らまとめてぶっ潰す!」

 

「『ハリケーンキック』!」

 

「「「⁉」」」

 

「うおっと! モニカ、長い脚を一閃! 三人をまとめてリングごと吹き飛ばした!」

 

「いい具合にまとまってくれたから当てやすかったよ、お疲れさん♪」

 

「な、なんという破壊力だ! 審判の判定は!」

 

「ソフィア、アドラ、シルヴァン敗北! それぞれ0ポイント、1ポイント、2ポイント! もろに攻撃を喰らったソフィアは気絶している上にリングアウト! アドラはリングアウト! シルヴァンは気を失ったが、リングには残ったためにポイントの配分は以上の通り! よって、モニカ勝利! 3ポイント!」

 

「……ということは、Aブロック勝者はチーム『バウンティハンター』と『悪役令嬢』に決定! 2チームが準決勝に進出!」

 

 どうやら次に進めるようです。ですが、まったく勝った気がしません。わたくしは普通に負け、ルッカさんは度重なるブーイングにメンタルが折れ、シルヴァンさんも気絶しています。これでどうして喜べるというのでしょうか……。



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第5話(3)パワーにはパワー

                  ♢

 

「……という体たらくでして……」

 

「モ、モニタリングさせてい、頂きましたので……お。おおよそは把握しています」

 

 Aブロックの試合終了後、コロシアムの大会関係者席に案内されたわたくしたちは席について一息つきました。わたくしは『ポーズ』、『ヘルプ』と唱え、転生者派遣センターのアヤコさんに相談を試みました。

 

「……ちょっと笑っていませんか?」

 

「い、いいえ、決してそのようなことは……」

 

「……この決勝のレベルの高さは想定以上です。どうしたものでしょうか?」

 

「そうは言っても、始まってしまったわけですからね……」

 

「今更ジタバタしても仕方がないと?」

 

「それでも打てる手はあると思います」

 

「打てる手ですか?」

 

「そうです、例えば出場の順番を変えてみるとか……ルールに目を通してみましたが、順番変更をしてはいけないということは書かれていません」

 

「ふむ……」

 

「とにもかくにも勝ち残ることが出来ました。これから他のブロックを見て、どのような選手が出てくるのかを確認出来るのは大きなメリットです」

 

「確かに……」

 

「相手が順番を変えてくるということは勿論あるとは思いますが、多少のシミュレーションが出来ると考えれば良いのではないでしょうか?」

 

「成程……」

 

「……うん? 遊劇隊の方で動きがあった?」

 

「なんですか?」

 

「すみません、こちらの話です。それではご健闘を祈ります」

 

 アヤコさんは通信をお切りになりました。

 

                   ♢

 

「順番を変えるか……意外と相談してみるものですね」

 

 ポーズ状態を解除したわたくしはボソッと呟きました。

 

「? お嬢様、いかがなさいましたか?」

 

 隣に座るメアリが尋ねてきます。じいやとともにこのコロシアムに来てくれました。

 

「ああ、いえ、なんでもありません。独り言です」

 

「そうですか……あ、そろそろ始まるようですよ」

 

 わたくしが目をやると、実況の方が叫びます。

 

「それでは皆様お待ちかね! 『レボリューション・チャンピオンシップ』決勝、1回戦Bブロック先鋒戦、選手の入場です‼」

 

「おおおおおっ!」

 

「まずは北口ゲートから入場は、チーム『人間上等』、南方からやってきた獣人、シバだ! リポーターのマールさん、お願いします」

 

「はい、こちらマールです……。シバ選手、意気込みをお願いします……」

 

「あ? 意気込みだあ? へっ、くだらねえ……」

 

 リポーターさんの問いに、ライオンの顔に人間の体をした男性が吐き捨てる様に答えます。わたくしも初めて見ましたが、この世界にはこういう種族の方がいるようです。

 

「この大会に参加した目的は? 富や名声ですか?」

 

「あん? そんなの答える義理あんのかよ⁉」

 

「……出来ればお願いします……」

 

「……ふん! 人間どもに種族の差っていうのを見せつけてやるためだよ!」

 

「……ありがとうございます。お返しします……」

 

「ビ、ビビらねえのか、お前……?」

 

「では、次は東口ゲートから入場の、チーム『剛腕』、バーサーカーとして悪名高い、ガルシアだ! リポーターのシャクさん、お願いします」

 

「はい! こちらシャクです! ガルシア選手、意気込みの程ををお願いします!」

 

「……ああん?」

 

「意気込みをお願いします!」

 

「雇い主の旦那が好きな様に暴れて良いと言った……暴れ尽くすだけだ……!」

 

「え、えっと……とにかくやる気は十分なようで……お、お返しします!」

 

 傷だらけの大柄な男性に凄まれ、リポーターさんは怖がりながらも仕事をこなします。

 

「つ、続いて、南口ゲートから入場は、チーム『美女』、南方のミステリアスな姫君、パトラだ! リポーターのヌーブさん、よろしくお願いします」

 

「は、はい! こ、こちらヌーブです! パ、パトラ選手、意気込みを!」

 

「……退屈しのぎになれば良いのだけどね……」

 

 少し浅黒い肌に美貌を備え、華美なドレスに身を包んだ女性は整った黒いショートボブの髪を優雅にかき上げながらお答えになります。

 

「た、退屈しのぎですか……?」

 

「……まあね、城や館にこもっているのにも飽きたのよ……そうしたらこの国で面白そうなことを始めているじゃない? ちょっと優勝しちゃおうかな♪って思ってね」

 

「じ、自信たっぷりなコメントを頂きました! お、お返しします!」

 

 パトラさんのコメントに会場もどよめきます。

 

「最後に、西口ゲートから入場は、チーム『近所の孫』、記憶喪失の軍人、ウィリアンの登場だ! リポーターのフルカさん、お願いします!」

 

「はい~こちらフルカ~。ウィリアン選手、意気込み適当によろしく~」

 

「が、頑張ります……」

 

「……お兄さん、結構イケメンだね~」

 

「イケメン? あ、ああ、褒めて頂いているのですか? ありがとうございます」

 

 短くまとまった黒髪で軍服を着た痩身の男性が戸惑いがちにコメントされます。

 

「彼女とかいるの~?」

 

「い、いえ、生憎記憶喪失なもので……その辺については……」

 

「え~記憶取り戻すまでの間、彼女に立候補しちゃおうかな~」

 

「あ、貴女のような美人にそう言って頂けて嬉しいのですが、軍服を着ている以上、自分は現在なんらかの任務中だと思われますので、そういう関係を持つわけには参りません」

 

「うまくかわされちゃったな~ま、いいや、お返ししま~す」

 

「さあ、4人がリングに上がりました……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「へっ! 大口を叩いた女! まずはてめえから血祭りに上げてやる!」

 

 シバさんが鼻息荒く、リングの中央に進み出ます。

 

「貴方の方が大きい口をしているじゃないの、子猫ちゃん?」

 

「ライオンだ! 噛み殺してやる!」

 

「はっ!」

 

 シバさんがパトラさんに飛び掛かろうとしたところ、パトラさんが布のようなものを鞭のようにしならせ、シバさんに叩きつけます。

 

「ぐっ⁉ な、なんだ、⁉ おい、審判! なにか鉄製の武器を持ち込んでいやがるぞ! 反則じゃねえか⁉」

 

「噛み殺すのも反則でしょう……」

 

「う、うるせえ!」

 

「試合前に確認してもらっているわ。なんの変哲もないただの布よ」

 

「そ、そんな硬い布があるか!」

 

「わたくしが触れるものは何でも妙に硬くなってしまうのよ、美女の悲しい性ね……」

 

「くっ、ふざけやがって! 布ごと噛み砕いてやる!」

 

「ご自慢の牙が耐えられるかしら!」

 

「どおっ!」

 

「おおっと、パトラが鞭のように振るう布にシバが近づけないぞ!」

 

「……!」

 

「なっ⁉」

 

「ふん!」

 

「⁉」

 

「ああっと、ガルシア! パトラの振るう布を片手で掴み、砕いた!」

 

「……覚悟しろ!」

 

「ああ……降参しますわ 美女というものは諦めも肝心ですから……」

 

「パトラ、敗北! 0ポイント!」

 

「パトラがリングを降りた! 残りは3人の争いだ!」

 

「ちっ……」

 

 ガルシアさんがシバさんに視線を向けます。わたくしはメアリに問います。

 

「あの方、悪名高いと言いますが、一体どんな悪行をされたのですか?」

 

「……詳しくは知りませんが、大勢の方に怪我を負わせたとか……」

 

「獰猛な獣を多数殺したってのも聞いたことあるな」

 

 わたくしの逆隣に座っていたルッカさんが呟きます。

 

「街をいくつも吹き飛ばしたこともあるそうだよ」

 

 ルッカさんの隣に座るシルヴァンさんも口を開きます。

 

「お、思った以上のバーサーカーぶりですわね……」

 

「さあ、ガルシアがゆっくりとシバに歩み寄る!」

 

「悪名高いって言っても人間の中での話だろう! 世界は広いってことを教えてやる!」

 

「……」

 

「なっ! zzz……」

 

「おあーっと、ガルシア! シバの懐に入り込んだと思ったら、頭を優しく撫でて、あっという間に寝付かせてしまったぞ!」

 

「シバ、敗北! 1ポイント!」

 

「な、なんて優しい撫で方!」

 

「ひょ、ひょっとして、動物好きなのか……?」

 

「意外と良い奴なのかもしれないね……」

 

「いやいや、お三方とも、掌返すのが早すぎでしょう! ⁉」

 

「シバを寝かしつけたガルシア! ウィリアンの元に向かう!」

 

 わたくしが見たところ、お二人の体格差は歴然としています。軍人らしいですが、細身のウィリアンさんに勝ち目はないものかと思われました。しかし……。

 

「ガルシア、敗北! 2ポイント! ウィリアン勝利! 3ポイント!」

 

「な、なんと! 体格差で劣るウィリアン、一瞬の早業でガルシアを組み伏せてしまった! 細身とは思えぬパワー! Bブロック先鋒戦はチーム『近所の孫』が勝利! ……さあ、続いては中堅戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「はい……チーム『人間上等』のアルフォンさん……厳しいスタートとなりました……」

 

「シバの野郎め、まったく、情けない……まあ、あれが獣人の限界だろうな、俺様が鳥人の凄さって奴を見せつけてやるよ」

 

 鷹の頭に人間の体、背中に大きな翼を備えた男性が自信満々にコメントされます。

 

「えっと……チーム『剛腕』のフランソワさん? い、意気込みをお願い出来ますか?」

 

「ウホッ……?」

 

「ゴ、ゴリラ⁉」

 

 わたくしを含め、会場中が驚きに包まれます。



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第5話(4)乱戦⁉Bブロック

「え、ええと……」

 

「ウホウホウッホ……」

 

「あ、あの……」

 

「争いは好まないが、愛の為に戦う覚悟だ、と言っている」

 

 男性の声がゴリラさんの後方から聞こえます。リポーターさんが驚きます。

 

「わ、分かるんですか⁉」

 

「ああ、フランソワと私は通じ合っているからな」

 

「そ、そうですか……つ、次、お願いします」

 

「こ、こちらは南口ゲートです! チーム『美女』のユファンさん! お、お美しいですね……じゃ、じゃなくて、意気込みをお願いします!」

 

 拡声器を向けられたのは綺麗な長い黒髪に金色の髪飾りをつけた女性です。リポーターの方がおっしゃったように、エキゾチックな美しい顔立ちをしておられます。お召しになっているものもかなり立派で、それだけで身分の高い方だということが窺えます。

 

「わらわは常に一番であった……このような大会でも負けることなど毛頭考えられん!」

 

「す、凄い自信ですね! パ、パトラさんは残念な結果でしたが……」

 

「この混沌とした世界で数少ない友人じゃ。わらわが取り返せば良いだけのこと……」

 

「は~い、西口ゲートで~す。チーム『近所の孫』のジェーン選手……意気込みどうぞ」

 

「そうですね、頑張ります」

 

 栗毛の長い髪をなびかせた大人しそうな女性が冷静に答えます。

 

「ジェーンちゃんって医学生だってね? ぶっちゃけ戦えるの?」

 

「人体の急所についても熟知しているつもりです。そこを突けば勝てます」

 

「ゴリラいるけど」

 

「……最善を尽くします」

 

「お返ししま~す」

 

「あ、ありがとうございました……さあ、中堅戦に臨む4人?がリングに上がりました……今、審判が開始の合図を出しました!」

 

「ガチでケモノが出てきてんじゃねえよ! まるで俺がスベったみてえじゃねえか!」

 

「おおっと、アルフォンが猛スピードでゴリ……フランソワに迫る!」

 

「ウホッ!」

 

「ちいっ! 意外と素早い反応しやがるな! それなら!」

 

「⁉」

 

「アルフォンが翼を広げ、空を舞った!」

 

「どうだ! これなら手が出せねえだろ!」

 

「……ウホッ!」

 

「なに⁉」

 

「ウホホッ!」

 

「ぐっ!」

 

「フランソワ! 自分の足元のリングを粉々に砕いて、その破片を上空のアルフォンに向かって投げつけはじめたぞ!」

 

「あ、危ねえ! ちっ! 頭回るじゃねえか! ならば!」

 

「!」

 

「アルフォン、急降下して、フランソワを掴んで再び上昇した!」

 

「ウホッ! ウホッ!」

 

「慌てんな! そんなに降りたきゃ降ろしてやるよ!」

 

「ウホッ⁉」

 

「アルフォン、フランソワを勢いよく振り落とした! フランソワ、リング外へ!」

 

「フランソワ、敗北! 0ポイント!」

 

「厄介なのは片付いた……さて、残りはどう料理してやろうかな……文字通り制空権は握った……俺の優位は変わらない……⁉」

 

 突然、アルフォンさんがリング外に墜落するように落ちました。

 

「アルフォン、敗北! 1ポイント!」

 

「くっ……こ、これは吹き矢?」

 

「なかなか狙いが定めにくかったが、ゴリラを抱えているとき、動きがやや鈍ったのでな……上手く命中してくれたわ」

 

 ユファンさんがアルフォンさんの方に近寄り、声をかけます。

 

「な、何をしやがった?」

 

「矢の先端に即効性のある毒を少々……無論、致死量にははるかに及ばない……やや痺れて体の自由がしばらく利かなくなるだけじゃ、心配するな」

 

「じょ、上流階級の癖して、えげつない戦い方を……」

 

「この場合、手段は問題ではない……それを誰が行うのかが問題なのじゃ……わらわがこういった戦い方を選択したとき、それが美しい戦い方となる」

 

「アルフォンが脱落した! さあ、残りは2人だ!」

 

「……見るからに市井の学生といった風情をしておるの。さっさと終わらせてやる!」

 

「ユファンが吹き矢を連発する!」

 

「くっ!」

 

「⁉ な、なに⁉ 矢は当たっているはずじゃ! 何故にそんなに動ける!」

 

「秘密はこれですよ!」

 

「そ、それは注射器か⁉」

 

「矢が当たったと同時に解毒剤を注射しています! だから問題ありません!」

 

「そ、そんな馬鹿な! 大体注射器を持ち歩いているなど!」

 

「医学を志すものならば、四六時中、肌身離さず持ち歩くマストアイテムです!」

 

「そ、そういうものなのか⁉」

 

「そういうものなのです! さあ、距離は詰めましたよ! お覚悟を!」

 

「ぐっ! し、しまった! ……なんてな」

 

「なに⁉ !」

 

 ジェーンさんが崩れ落ちます。ユファンさんが笑みを浮かべます。

 

「遅行性の睡眠薬を混ぜておいた……しばらく眠るがよい……」

 

「ジェーン、敗北! 2ポイント! ユファン勝利! 3ポイント!」

 

「おおっと! 決着が着きました! 中堅戦はチーム『美女』の勝利! ……さあ、残るは大将戦です! 全チームに勝ち抜きの可能性が残っています! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「はい……チーム『人間上等』のニサさん、少々苦しい戦いが続いていますが……?」

 

 口元が鮫のように鋭い形をしていて、上半身に入れ墨をびっしりといれた男性は吐き捨てるように呟きます。

 

「獣人も鳥人も情けねえな……魚人が凄さを見せてやるよ……」

 

「東口です。チーム『剛腕』のラティウスさん、意気込みをお願いします」

 

「ふふっ、勝つだけだよ。私はいつだってそうやってきた」

 

 大柄で筋骨隆々とした男性は自信たっぷりに答えます。

 

「……差支えなければ、ゴリ……フランソワさんとの関係は?」

 

「とても大事な関係さ、かけがえのないね」

 

「そ、それは、例えばご夫婦のようなものと解釈しても?」

 

「どのように捉えてもらっても構わないよ」

 

「こちらは南口です! チーム『美女』のオコマチさん! 意気込みをお願いします!」

 

 拡声器を向けられたのは長く綺麗な黒髪に変わった服装をした女性です。この方もまた絶世の美人さんです。

 

「いくさまえ 心波打つ 異国にて」

 

「は、はい?」

 

「勝ち負けは 時の運にて 騒がずに」

 

「あ、な、なるほど……次、お願いします」

 

「は~い、西口で~す。チーム『近所の孫』のシャーロット選手……意気込みどうぞ」

 

「ふふふっ! 勝って一位抜けを決めるわよ!」

 

 拡声器を向けられた前後に庇がついた帽子を被り、丈の長いコートに、ケープを合わせたデザインの外套を羽織った、金髪で小柄な女の子が高らかに宣言しました。

 

「シャーロットちゃん、ちっこいけど戦えるの?」

 

「戦えるわよ! 子供扱いしないでくれる! 立派なレディーなのよ!」

 

「レディーねえ……お返ししま~す」

 

「あ、ありがとうございました……さあ、大将戦に臨む4人がリングに上がりました……今、審判が開始の合図を出しました!」

 

「魚人が陸の上で戦えるのかしら?」

 

「なめんなよ、ガキが!」

 

「おっと! ニサがシャーロットに襲いかかる!」

 

「せい!」

 

「なっ⁉」

 

「ニサがリングの上に転がったぞ!」

 

「私はバリツを習得しているのよ! あんまりナメないでよね!」

 

 シャーロットちゃんが胸を張ります。バリツがなんなのかはよく分かりませんが、それなりの体術の使い手の様です。

 

「ほう! お嬢ちゃん、大したものだね、確かに立派なレディーだ」

 

「お褒めに預かり光栄だわ、ラティウス=カウィー卿、でも貴方には及ばない」

 

「うん?」

 

「裸一貫でこの国にやってきて、一代で財を成し、貴族にまで上りつめた……しかし、その成功を妬んだ者の讒言によって島流しの刑に処され、なんやかんやあって、フランソワと結ばれた……」

 

「大した推理力だね……」

 

「簡単なプロファイリングよ……」

 

 なんやかんやあっての部分が一番大事なのではないかとわたくしは思いましたが、空気を読んで黙っておくことにしました。

 

「流石はかの有名な名探偵のお孫さんといったところかな?」

 

「正確に言えば、名探偵の近所の茶飲み友達の孫よ」

 

「近所の孫ってそういうことですの⁉ さっきから大事な部分省略し過ぎ!」

 

 わたくしは思わず声を出してしまいました。

 

「……孫だかなんだか知らねえが! これならどうだ!」

 

「おおっと、これは! ニサが両手から大量の水を出したぞ!」

 

「ええっ⁉」

 

 わたくしは驚きの声を上げます。

 

「リングがすっぽりと沈んでしまった! コロシアムの中に小さな海が出来た!」

 

「こうなりゃリングアウトも関係ねえ! 俺の得意なフィールドで勝負だ!」

 

「ちょ、ちょっと待って! 私泳げないのよ! ギブアップ!」

 

「シャーロット、敗北! 0ポイント!」

 

「ふふっ、あの妙な服を着た女も沈んでいることだろう……何っ!」

 

「こ、これはどういうことだ⁉ オコマチが空に浮かんでいる⁉」

 

「言の葉に 力を込めて 成せる業」

 

「ふざけんなよ!」

 

「ニサが物凄いスピードでオコマチに迫る!」

 

「この歯で食いちぎってやるぜ!」

 

「うず潮よ 鮫を飲み込み 空放て」

 

「ぐおっ!」

 

「ニサが海面から上に放たれた!」

 

「バカな! 海で俺が遅れをとっているだと⁉」

 

「荒波よ 空舞う鮫を 狙い撃て」

 

「どはっ!」

 

「水の奔流がニサの体に当たった!」

 

「クソが! ……妙な術を使いやがって! おらあ!」

 

「!」

 

 オコマチさんが手に持っている筆と紙がニサさんの放った水流によって、濡れてしまいました。すると、オコマチさんが海に落ちます。

 

「油断した 一寸先には 落とし穴」

 

「紙に文字を書いて攻撃してやがったのか……」

 

「我もまた かなづちの為 降参す」

 

「オコマチ、敗北! 1ポイント!」

 

「ふっ、後はマッチョなおっさんか、あのガタイだ、とっくに沈んでいるかもな……⁉」

 

「ふふっ、捕まえたぞ!」

 

「ラティウスがニサを羽交い絞めにしたぞ!」

 

「か、海中で俺を捕えるだと⁉」

 

「泳ぎは鍛えに鍛えたんだ、流刑地での生活でね!」

 

「ぐうっ……」

 

「技は完全に極まっている! 潔くギブアップしたまえ!」

 

「だ、誰が人間なんかに降参するかよ……」

 

「強情だな!」

 

「うるせえ! ……」

 

「落ちたか……審判!」

 

「ニサ、敗北! 2ポイント! ラティウス勝利! 3ポイント!」

 

「……ということは、Bブロック勝者はチーム『剛腕』と『近所の孫』に決定! 2チームが準決勝に進出! ともに5ポイントの為、順位は後ほど抽選で決めます!」

 

 Bブロックが終わり、リングから排水作業が急ピッチで進められています。準決勝はチーム『剛腕』かチーム『近所の孫』のどちらかと必ず当たります。前者はバーサーカーとゴリラさんと魚人を海で仕留める文字通りの剛腕……。後者はバーサーカーを一瞬で沈めた軍人さんと注射器を振り回す医学生と謎の武術バリツの使い手……。

 

「どちらとも戦いたくありませんわ……」

 

 わたくしは排水作業を眺めながら正直な思いを呟きます。



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第6話(1)世にも珍しい

                  6

 

「それでは皆様お待ちかね! 『レボリューション・チャンピオンシップ』決勝、1回戦Cブロック先鋒戦、選手の入場です‼」

 

「おおおおおっ!」

 

「まずは北口ゲートから入場は、チーム『武士と戦士と騎士』、遥か東方の島国からやってきたサムライ、モンジュウロウだ! リポーターのマールさん、お願いします」

 

「はい、こちらマールです……。モンジュウロウ選手、意気込みをお願いします……」

 

「剣の道に終わりなし……この大会で腕を試させて頂く!」

 

 リポーターさんの問いに、不思議なヘアスタイルをした男性が力強く答えます。わたくしも初めて見ましたが、メアリが言うには“チョンマゲ”という髪型だそうです。

 

「刀は大丈夫なのですか?」

 

「街の鍛冶屋で購入した模造刀に変えてある……わずかな時であれ、侍の魂とも言える刀を手放すのは気が進まないが、決まり事には従うまでだ……」

 

「……ご協力ありがとうございます。お返しします……」

 

「では、次は東口ゲートから入場の、チーム『天界』、自称死神、ウェスだ! リポーターのシャクさん、お願いします」

 

「はい! こちらシャクです! ウェス選手、意気込みの程ををお願いします!」

 

「ちょっと待て、自称とはなんだ! 我はれっきとした死神だ!」

 

 リポーターさんに拡声器を向けられた赤髪の少女は不満気に叫びます。

 

「あ~そういうお年頃なのですね……」

 

「お主……信じていないだろう? この翼を見ろ!」

 

 ウェスさんは背中の黒い翼をリポーターさんに見せます。翼がピクピクと動きます。

 

「へ~よく出来た衣装ですね……お返しします!」

 

「つ、続いて、南口ゲートから入場は、チーム『狐の目』、東方の妖艶なクノイチ、フジだ! リポーターのヌーブさん、よろしくお願いします」

 

「は、はい! こ、こちらヌーブです! フ、フジ選手、意気込みを!」

 

「……ふふっ、緊張している? 貴女、かわいいわね……」

 

 クノイチとは女のニンジャを指すそうで、彼女はニンジャ特有の装束を身につけていますが、豊満な肉体を備えており、装束がはちきれそうになっているので、同性としても正直目のやり場に困ってしまいます。フジと呼ばれた女性は長く少しウェーブのかかった黒い髪を妖しげにかき上げながら、リポーターさんの頬をつんつんとされます。

 

「あ、ありがとうございます……そ、それで意気込みをお願い出来ますか?」

 

「……もうバレちゃったけど、私たちの狙いはこの国に眠る財宝なの。まあ、盗みに入っても良いんだけど、この大会の優勝者にはなんでも望むものが与えられるっていうから、じゃあ、優勝しちゃおう♪って思っているわ……」

 

「ど、堂々の優勝宣言を頂きました! お、お返しします!」

 

 フジさんのコメントに会場もどよめきます。というか盗むつもりだったのですか。

 

「最後に、西口ゲートから入場は、チーム『赤点』、北東にある有名学園の落第生にして女番長、アナスタシアの登場だ! リポーターのフルカさん、お願いします!」

 

「はい~こちらフルカ~。アナスタシア選手、意気込みを適当によろしく~」

 

「って、なんだよ! チーム『赤点』とか落第生とかよお……」

 

 長い銀髪に強気そうな眼差しをした女性は不満を露にします。

 

「……そのように申告があったんだって~チームメイトさんから」

 

「なに~? ったく、アーニャのやつめ、勝手なことを……まあ、任せるってアタシが言っちまったからな……」

 

「落第しちゃったの~?」

 

「正確に言えば保留状態だ……追試で合格点取る代わりにこの大会で優勝すれば、考え直してくれるらしい……正直な話、追試は厳しそうだからな……」

 

「ふ~ん、女番長なら、かえって箔が付くって感じだけどね~」

 

「アタシもそう考えたんだが、母ちゃんがうるさくてよ……うぜえって思うときもあるけど、やっぱりこの世でたった一人の肉親だからな……悲しませたくはねえからよ……」

 

「……綺麗な顔してるけど、彼氏とかいるの~?」

 

「い、いや、気になる野郎はいるけどよ……って、なんだその質問⁉」

 

「なんか結構喋ってくれるから流れで聞いてみた」

 

「プ、プライベートなことは答えねえ!」

 

「ちぇ、まあいいや、お返ししま~す」

 

「さあ、4人がリングに上がりました……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「ふん、人間ども……“炎の死神”である我が戯れに遊んでやる……!」

 

「ウェスが自分の身の丈以上に長い鎌を構えたぞ!」

 

「し、審判! あれ、アリなのか⁉」

 

 アナスタシアさんが抗議します。

 

「心配するな、銀髪……これは“魂を狩る”鎌だ、無闇矢鱈に傷を付けるものではない……」

 

「訳分からねえこと言ってんじゃねえぞ! そろそろそういうのは卒業しな!」

 

「おっと!」

 

「なに⁉」

 

「アナスタシア、良い踏み込みを見せたが、ウェスが空を飛んで躱したぞ!」

 

「そ、その翼、マジモンだったのかよ!」

 

「だからさっきからそう言っておるだろう! まあ良い、落第生、貴様から始末してやる!」

 

「⁉」

 

「なっ!」

 

 ウェスさんがアナスタシアさんとの距離をあっという間に詰め、彼女に向かって鎌を振りましたが、その間に入ったモンジュウロウさんがその攻撃を受け止めました。

 

「鎌使いとは興味深い! 拙者がお相手仕る! ふん! せい!」

 

「ちぃ!」

 

「モンジュウロウ、鎌を弾いて、すぐさま反撃を操り出しましたが、ウェスも後方に飛んでそれを躱しました!」

 

「貴様如きの剣士なぞ、幾度となく相手してきたわ!」

 

「まだ若いのに……なかなか壮絶な人生を……」

 

「だから! 我は死神! 貴様らとは生きた年月が違う! 喰らえ!」

 

「うおっ!」

 

「おおっと! ウェスの鎌から炎が噴き出たぞ!」

 

「ふふっ! どうだ! 容易には近づけまい!」

 

「ふむ……ならば……」

 

「なんだ……?」

 

「モンジュウロウ、刀をもう一本取り出したぞ!」

 

「ふん! なにかと思えば二刀流か! 芸のないことだ!」

 

「違う……」

 

「なんだと⁉」

 

「モンジュウロウ、刀をもう二本取り出し、裸足になった両足の指の間に挟んだぞ!」

 

「世にも珍しい、四刀流の剣技を喰らえ!」

 

「ば、馬鹿な! 太刀筋が読めん! ぐはっ!」

 

「峰打ちだ、勘弁なされよ……」

 

「ウェス、敗北! 0ポイント!」

 

「ふふふっ、お見事ね、お兄さん。殿方ってやっぱり強くなくっちゃね……」

 

「む……そなたは……」

 

 フジさんが拍手をしながら、モンジュウロウさんに歩み寄りますが、モンジュウロウさんはしかめ面をして距離を取ります。

 

「あら、どうして離れるの? 見たところ同胞でしょう? 仲良くしましょうよ」

 

「くのいちと仲良くして得したことなどない……」

 

「あら? 損したことあるの? ならばもっと警戒するべきだったわね……」

 

「ぬ⁉」

 

「おっと! モンジュウロウが膝をついてうなだれたぞ!」

 

「さてと……最後は貴女ね……」

 

 フジさんが視線を向けると……アナスタシアさんが鼻をつまんで立っていました。

 

「サムライのおっちゃんに何嗅がせやがった?」

 

「へえ? そこに気が付くとは……意外と頭が回るようね……。良いわ、教えて上げる。これは“幻惑香”というものを嗅がせたのよ。これを嗅ぐと、どんなに屈強な者でもしばらくはまともに動くことすら出来なくなるの」

 

「ふ~ん、オバサンの加齢臭隠しも兼ねてんのか?」

 

「! 生意気な小娘が! ……ぐはっ!」

 

 フジさんが目にも止まらぬ速さで迫りましたが、アナスタシアさんの強烈なボディーブローがフジさんの腹に突き刺さりました。

 

「ニンジャってのはとにかく素早いってのは聞いたことがある……ただ、素直に間合いに入ってくれればこっちのもんだぜ……」

 

「……わ、私としたことが、安い挑発に引っかかって……」

 

 フジさんが崩れ落ちました。

 

「フジ、敗北! 1ポイント!」

 

「ん? 1ポイント? ……まさか!」

 

「……ふう」

 

「サムライのおっちゃん⁉ 立ち上がったのか⁉ あの香を嗅いでどうやって……⁉」

 

 モンジュウロウさんの両膝に刀が刺さっていました。

 

「あの程度の術にかかるとは……拙者もまだまだ未熟!」

 

「い、痛みで強引に目覚めたのかよ……」

 

「隙有り!」

 

「! しまっ……」

 

 わずか一瞬の交錯でアナスタシアさんは倒れ込みます。

 

「アナスタシア、敗北! 2ポイント! モンジュウロウ勝利! 3ポイント!」

 

「モンジュウロウ! 迫力に圧されたアナスタシアの隙を見逃さず、強烈な一撃! これがサムライの実力か! Cブロック先鋒戦はチーム『武士と戦士と騎士』が勝利! ……さあ、続いては中堅戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「はい……チーム『武士と戦士と騎士』のウヌカルさん、モンジュウロウさんの戦いぶりについて一言お願い出来ますか……」

 

「……サムライとか言って、恰好つけているが、案外どスケベだぞ、あいつ……」

 

 独特な民族衣装に身を包んだ小柄で藍色の髪の女性が冷めた口調でお話しされます。

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、武者修行とか言って世界中を回って、泣かせた女は星の数ほどいる」

 

「……本当ですか?」

 

「ああ、ずっとではないが、しばらく一緒に旅しているから、よく知っている……」

 

「……では、何故に貴女はそのような男性と旅をしているのですか?」

 

「……お告げがあったからな」

 

「お告げですか?」

 

「ああ、我が一族ではお告げは絶対のものだからな……まあ、良くも悪くも、奴と一緒にいると退屈はしないが」

 

「……その肩に乗っているかわいらしい動物はなんでしょう?」

 

 リポーターさんがウヌカルさんの右肩にちょこんと乗っているリスのような小さい動物を指し示します。

 

「これはテュロンだ」

 

「リスですか?」

 

「テュロンはテュロンだとしか言い様が無いな……どうやら私の故郷近くにしか生息していないみたいだな」

 

「その子もリングに上がるのですか?」

 

「ああ、大事な相棒だからな。一応申請はしてあるぞ、問題はないはずだ」

 

「そうですか……次、お願いします」

 

「はい! チーム『天界』のセーヴィさん! 0ポイントとかなり厳しいスタートとなってしまいましたが……」

 

「あの子がやらかすのは想定内です……」

 

「想定内ですか」

 

「ええ……」

 

 リポーターさんに拡声器を向けられた白髪の小柄な女性が淡々と答えます。

 

「では、意気込みをお願いします!」

 

「死神の不始末は魔女が片付けます……」

 

「ああ、そういうのがお友達の間で流行っているのですね……」

 

「……貴女、もしかしてまだ信じていないのかしら?」

 

「仲が良くて羨ましいです!」

 

「わたくしの白い翼をご覧なさい」

 

「次、お願いします!」

 

「だからよくご覧なさいよ!」

 

 セーヴィさんが背中の翼をパタパタとはためかせますが、リポーターさんはそれには全く目もくれません。

 

「は~い、西口ゲートで~す。チーム『赤点』のフレデリック選手……意気込みをどうぞってあれ? 眼鏡のあなたは次の出番じゃないの?」

 

「ちょっとお待ち下さい……」

 

 グレーの長い髪で眼鏡をかけた真面目そうな女性が小瓶を取り出します。

 

「なにそれ?」

 

「少し離れて下さい……」

 

「え? ……はい」

 

「出でよ……」

 

 小瓶から煙がもくもくと立ち込めたかと思うと、巨人の男性が姿を現しました。

 

「きょ、巨人⁉」

 

 わたくしを含め、会場中が再び驚きに包まれます。



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第6話(2)激戦⁉Cブロック

「きょじんさ~ん、意気込みお願い出来ますか?」

 

「ああ?」

 

 リポーターさんが果敢にこの巨人さんに対してコメントを求めます。

 

「フレデリックという名前がある……」

 

「じゃあ、フレちゃん」

 

「フ、フレちゃん⁉」

 

「どうしてこのチームに?」

 

「“タイマン”で負けたからな……」

 

「へっ?」

 

「一族の戦士として、“タイマン”に負けたものは勝ったものに服従しなければならない……そんなわけで、やつらについて行っているというわけだ」

 

「ふ~ん、目的とかあるの?」

 

「現状からの解放だな。優勝すれば思うがままなんだろ?」

 

「そうみたいだね~」

 

「ならば勝つだけだ……見識を広げると言う意味でもあいつらとの旅も悪くはないがな」

 

「なるほどね、お返ししま~す」

 

「あ、ありがとうございました……? ああ、失礼、お一人飛ばしていました。南口ゲートのリポートをお願いします!」

 

「こ、こちらは南口ゲートです! チーム『狐の目』のタカ選手! り、凛とされていますね……じゃ、じゃなくて、意気込みをお願いします!」

 

 拡声器を向けられたのは綺麗な長い黒髪をポニーテールでまとめた女性です。リポーターの方がおっしゃったように、凛とした目鼻立ちをしておられますが、口元だけ赤いスカーフでお隠しになられています。

 

「忍びは多くを語らないもの……全力で勝ちにいく」

 

「自信たっぷりなコメントを頂きました! お返しします……」

 

「あ、ありがとうございました……さあ、中堅戦に臨む四人がリングに上がりました……今、審判が開始の合図を出しました!」

 

「ふん! タイマンでなくても構わん! 踏み潰されたくないやつはとっとと俺の近くから離れろ! もっとも逃げる場所があるかな?」

 

「おおっと! フレデリック、巨体を生かして、次々とリングを踏み壊していく! このままだと、皆、リングアウトになってしまうぞ!」

 

「……仕方ありませんわね」

 

「ええっ⁉ セーヴィ、拳銃を構えたぞ! 場内がどよめきます」

 

 わたくしも驚きます。このムスタファ首長国連邦にもそれなりに流通するようになってきた武器とはいえ、この格闘大会で使用していいものなのでしょうか。

 

「やかましいわね……よろしいですか? これはあなたたちの考えるような命をただ奪うものではないのですよ。“魂を射抜く”銃なのです、お分かり?」

 

「セーヴィのよく分からない説明にコロシアムにいるほぼ全員が首を傾げているぞ!」

 

「もう! なんで分からないのですか⁉ “氷の魔女”であるわたくしが懇切丁寧にご説明して差し上げているのに!」

 

「ごたくは結構だぜ、魔女さん! 踏み潰されたくなかったら降参を選びな!」

 

「フレデリックがセーヴィに向かって、その大きな右足を振り上げる!」

 

「論より証拠ですわね!」

 

「セーヴィが飛んだ!」

 

「これでも喰らってお休みなさい!」

 

「! ……?」

 

「おっと、フレデリック、宙を舞ったセーヴィの銃撃を喰らったが、ピンピンしているぞ! これはどうしたことか!」

 

「わたくしの氷の弾丸が北国育ちのあの巨人さんには大して効果がなかったということ⁉ まさかの相性最悪の相手⁉」

 

「よく分からねえが、何発も撃たれたんだ! 少し痛い目を見てもらうぞ!」

 

「!」

 

「フレデリックが右の掌を広げ振りかぶった! 宙を舞うセービィを叩き落とす気か!」

 

「テュロン!」

 

「キュイ!」

 

「おおっと、ウヌカル、指笛を鳴らしたかと思うと、あの肩に乗っていた小動物がオオカミほどの大きさになったぞ! これはどういうことだ⁉ そして、今度はウヌカルの方がその動物の背中に飛び乗った!」

 

「デカブツ! こっちを潰してみろ!」

 

 ウヌカルさんがフレデリックさんを挑発します。

 

「何? 足元をちょこまかと……うっとおしい! 望み通りお前らから潰してやるよ!」

 

「はっ!」

 

「おらっ!」

 

「甘い!」

 

「このチビ! ……はっ⁉」

 

「……ようやく気づいたか」

 

 ウヌカルさんはでたらめに逃げ回っていたわけではなく、縄を使ってフレデリックさんの太い両足を結んでしまったのです。

 

「バ、バランスが保てん! う、うおお!」

 

 フレデリックさんの巨体がリング外に倒れ込みます。

 

「フレデリック、敗北! 0ポイント!」

 

「次はお前だ! 自称魔女!」

 

「だから本物ですから! 貴女、お告げがどうとか言っていましたわね?」

 

「言っていたな、それがなにか?」

 

「よろしいのですか? 天界に属するわたくしに弓ひくような真似をして……」

 

「む! それは確かにそうだが……バレなきゃ問題ないだろう!」

 

「なっ⁉」

 

「行くぞ、テュロン!」

 

「キュイイ‼」

 

「ウヌカルの相棒、テュロン、高い跳躍力を見せて、セーヴィに迫る!」

 

「少し、お痛が必要ですわね!」

 

「ぐっ⁉」

 

「キュ⁉」

 

「おおっと、ウヌカルとテュロン、セーヴィに届かず、落下していく!」

 

「各々の心の臓を凍らせて頂きました……魂を射抜くとは、こういうことも出来ます。さて、そのまま落下したら大怪我ですわね……」

 

「おっと、地面に雪の絨毯のようなものがしかれ、ウヌカルたちは激突を免れた!」

 

「ウヌカル、敗北! 1ポイント!」

 

「心の臓ですが、間もなく動き出すので、ご心配なく……って聞こえてないですわよね」

 

「……心優しい魔女殿もいたものだ……」

 

「ん? そういえば、貴女がまだ残っていたわね……さっさと終わらせてあげる!」

 

「セービィが銃を乱射! しかし、タカには一発も当たらない!」

 

「そ、そんな馬鹿な! 何故躱せるの⁉ こ、これがニンジャの超スピード……⁉」

 

「そんな大したものではない……目線や銃口の向きなどでおおよその発射方向は推測出来る……それに従って動いているまでだ」

 

「! い、いつの間に背後に! ぐはっ!」

 

「セービィ、タカの手刀一発で倒れ込んだ!」

 

「セービィ、敗北! 2ポイント! タカ勝利! 3ポイント!」

 

「タカ! 洗練された忍術の動きで氷の魔女を圧倒! これがニンジャの実力か! Cブロック中堅戦はチーム『狐の目』が勝利! ……さあ、続いては大将戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「はい……チーム『武士と戦士と騎士』のセリーヌ選手、現在やや優位ですが……」

 

「……優位に立っているからと言って、油断はしない……」

 

 銀色の重々しい甲冑に身を包んだブロンドヘアーの女性が真っ直ぐな眼差しと落ち着いた口調でお話しされます。

 

「セリーヌ選手は大陸中央騎士団の所属だったそうですが、何故この大会に?」

 

「栄えある御前試合であのサムライに敗れ、私のエリートとしての地位は失墜した……」

 

「……そうなのですか? どうしてそんな因縁の相手と行動を共に?」

 

「借りを返す為だ……勝利をしなければ私は祖国には戻れない……」

 

「そうですか。てっきりモンジュウロウさんに好意を持っているのかと……」

 

「な、なんでそうなる!」

 

「違いますか?」

 

「だ、誰があんな寝相の悪い男など!」

 

「……では、この大会に臨む意気込みをお願い出来ますか」

 

「……今、言ったように私には戦うべき理由がある。悪いが負けられない」

 

「そうですか……次、お願いします」

 

「はい! チーム『天界』のアズさん! 現在最下位タイですが……」

 

「まあ、まだ挽回可能っしょ!」

 

「あ、明るいですね」

 

「まあね、それがウチの取り柄みたいなもんだし!」

 

 リポーターさんに拡声器を向けられた金髪の小柄な女性が明るく答えます。

 

「では、意気込みをお願いします!」

 

「死神と魔女の仇は悪魔が取るよ!」

 

「……お友達の間で流行っているのですね、分かります……」

 

「あれ? まさかまだ信じていない系? ウケるんだけど!」

 

「本当に仲が良くて羨ましいです!」

 

「まあね……ウチらカルテットはズッ友だし! あ……」

 

「カルテット? お一方足りないようですが……」

 

「う、うん……」

 

 アズさんは悲しそうに背中の翼をはためかせます。

 

「こ、これは大変失礼しました! 次、お願いします!」

 

「こ、こちらは南口ゲートです! チーム『狐の目』のナスビ選手!」

 

「ナツコです!」

 

「え? でも登録ではナスビと……」

 

「そんな珍妙な名前ではありません! 私はナツコです!」

 

「ナ、ナスは美味しいと思いますが……」

 

「そんな問題ではないです! ……縁起が良いからと言って、食べ物の名前など……」

 

 黒髪でショートカットの女性が、ぶつぶつと呟きます。

 

「い、意気込みをお願いします!」

 

「なんで忍びなのに目立っちゃっているのか分かりませんが……勝ちにいきます!」

 

「ち、力強いコメントを頂きました! 次、お願いします」

 

「は~い、西口ゲートで~す。チーム『赤点』のアンナ選手……意気込みをどうぞ」

 

「頑張ります……」

 

「見るからに真面目そうだけど、なんで女番長と一緒にいるの?」

 

「ナーシャ……アナスタシアとは子供の頃からのくされ縁ですから……学園からお目付け役を仰せつかったというのもありますが……」

 

「ふ~ん、意気込みお願い出来る?」

 

「現状、かなり厳しいですが……やれるだけのことはやってみます!」

 

「おお、静かだけど気合い十分みたいだね~それじゃあ、お返ししま~す」

 

「あ、ありがとうございました……さあ、大将戦に臨む4人がリングに上がりました……今、審判が開始の合図を出しました!」

 

「じゃあ、行くわよ!」

 

「おっと、ナスビが長い柄の武器を持ちだしたぞ!」

 

「私はフジ姉のように怪しげな術は使えないし、タカ姉のように優れた体術の持ち主でもないの! そもそも忍者なんてやる気なかったし! ……まあ、それはともかくとして、わりと自信のあるこれを使わせてもらうわよ!」

 

「グレイブか……そちらの国ではナギナタとか言うのであったな」

 

 セリーヌさんがゆっくりと進み出ます。

 

「博識ね! あ、安心して! 切っ先は丸くしてあるから命の心配はないわ!」

 

「心遣い痛み入る……だが、無用なことだ、その切っ先が私に届くことはないからな」

 

「! 言ってくれるじゃないの!」

 

「ナスビが鋭い踏み込みで突きを数度繰り出すが、セリーヌ、それを躱してみせる!」

 

「そ、そんな⁉」

 

「悪くない攻撃だが、相手が悪かったな……!」

 

「ならば! なに⁉」

 

「それも読んでいる……こちらから仕掛ける!」

 

「ぐはっ……」

 

 セリーヌさんの放った一撃でナスビさんが崩れ落ちました。

 

「このサーベルも模造のものに変えてある……心配するな」

 

「な、なんで私の攻撃をことごとく躱せたの……」

 

「……軌道が素直過ぎるな。甲冑部分を避けて、あらわになった頭部を狙ってくるのは読めていた。喉とすねを狙ってくる流派だということも知っていたからな……」

 

「さ、流石はエリート女騎士ね……」

 

「ナスビ、敗北! 0ポイント!」

 

「さっさと終わらせる! 次は貴様だ!」

 

「おおっと! マジビビった!」

 

 セリーヌさんの攻撃をアズさんはヒョイと後方に飛んで躱します。

 

「その翼はやはりまやかしではないか……やるな悪魔め」

 

「あ、ちなみにウチは“光の悪魔”って呼ばれているから♪」

 

「どうでもいい情報だな……天界の連中が何故に下界に降りてきた?」

 

「この大会で活躍すれば、いなくなったあの子にも届くと思って……」

 

 アズさんが遠くを見つめます。

 

「そうか、カルテットとか言っていたな……亡き友に勝利を捧げるのか……くっ」

 

「あれ? まさか泣いている系?」

 

「その手の話にはどうも涙腺が弱くてな……」

 

「……言っておくけど、生きてるよ?」

 

「は?」

 

「だって“闇の天使”だよ? そんな簡単に死ぬわけないじゃん♪」

 

「い、いなくなったとか言っていたじゃないか!」

 

「うん、方向性の違いで脱退したの」

 

 同じような方向性にしか見えませんが、わたくしはまたも黙っておくことにしました。

 

「お、おのれ! 涙を返せ!」

 

「いやそんなん知らんし!」

 

「ぐはっ⁉ こ、これは雷……?」

 

「光は光でも雷光なんだよね……その鎧はよく通電しそうだね!」

 

「当たらなければ良いだけのこと!」

 

「す、素早い! ただ近づかせないよ!」

 

「ちぃ! 雷の柱で防壁を! これでは容易に近づけん!」

 

「盛り上がっているところ大変申し訳ありませんが……」

 

「「なっ⁉」」

 

 アンナさんが眼鏡の縁を触りながら、片手の小瓶をかざして何やら呪文を唱えます。

 

「まさか、巨人を封印した魔法か⁉」

 

「マジで⁉ やばっ⁉」

 

「……流石に対応策を持っているようですね」

 

「当たり前だ、危険な魔法使いとも幾度となく戦ってきた!」

 

「概ね右に同じだし!」

 

「ならば、その逆です」

 

「「⁉」」

 

 アンナさんの小瓶から凄まじい衝撃波が飛び出しました。アズさんはリング外に吹っ飛ばされ、セリーヌさんはガクッと膝を突きました。

 

「封印魔法の応用形です。封印に使う膨大なエネルギーを解き放ちました……」

 

「が、学生の身分でそのようなことを……お、恐るべし……がはっ」

 

「アズ、セリーヌ敗北! 1ポイントと2ポイント!  アンナ勝利、3ポイント!」

 

「……ということは、Cブロック勝者はチーム『武士と戦士と騎士』と『赤点』に決定! 2チームが準決勝に進出です!」

 

 会場が大いに沸き立ちます。



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第6話(3)人は見かけによらない(例外もある)

「それでは皆様お待ちかね! 『レボリューション・チャンピオンシップ』決勝、1回戦Dブロック先鋒戦、選手の入場です‼」

 

「おおおおおっ!」

 

「まずは北口ゲートから入場は、チーム『龍と虎と鳳凰』、遥か東方の大国からやってきた、ウンガンだ! リポーターのマールさん、お願いします」

 

「はい、こちらマールです……。ウンガン選手、意気込みをお願いします……」

 

「ほほほっ……オデは勝つだけだで」

 

 リポーターさんの問いに、短髪でまだ少年と言ってもいいほどのあどけなさを残しながら、やたら恰幅の良い青年が自信たっぷりに答えます。

 

「ウンガン選手は大丈夫なのですか?」

 

「なにがだで?」

 

「東の大国の大商人の息子さんでいらっしゃるとか……今回のこの大会への参戦は周囲の方はご承知なのですか?」

 

「息子って言っても末っ子だでな……まあ、ある意味これも商機だで……」

 

「商機ですか?」

 

「そう、この大会で目立てば、この国の人たちに名が知られる良い機会になる。商売を始める上で重要なことこの上ないだで」

 

「成程……それと申し上げにくいのですが……」

 

「なんだで……?」

 

「その体格で戦えるのでしょうか?」

 

 あらためて拡声器を向けられたその方は良く言えば恰幅の良い、悪く言えばだらしない体つきをしています。はっきり言ってしまうとかなりお太りになっています。これで速さのある相手と渡り合えるのでしょうか?他人事ながら不安になります。

 

「ほほほっ……この体格が合理的なんだで」

 

 ウンガンさんは太っちょ扱いされたことに怒るでもなく、笑顔で答えます。

 

「……ご協力ありがとうございます。お返しします……」

 

「では、次は東口ゲートから入場の、チーム『魔法>科学』、目下売り出し中の魔法使いマイク!……のメイド、ヴァレンティナだ! リポーターのシャクさん、お願いします」

 

「はい! こちらシャクです! ヴァレンティナ選手、意気込みをお願いします!」

 

「……」

 

「ヴァレンティナ選手?」

 

「……質問を把握……もっとも無難な、この場が丸く収まる回答パターンを検索……」

 

「なにか計算を行っているようですね……」

 

 リポーターの方も何故か小声になります。ヴァレンティナさんが口を開きます。

 

「検索結果終了……」

 

「お、ではお答えをお聞かせ願いますか?」

 

「先鋒と中堅の我々は適当な科学でお茶を濁し、大将のマイクお坊ちゃまが華麗なる魔法を披露し、会場中の度肝を抜く! と、そういう魂胆です」

 

 リポーターさんに拡声器を向けられた髪色がエメラルドグリーンの女性が淡々と答えます。その後方でなにやら不満気に叫ぶ声が聞こえてきます。

 

「? なにか聞こえてきましたね?」

 

「ご主人様……マイクお坊ちゃまのヒステリーでしょう。特に問題はありません」

 

「チーム名は『魔法>科学』とありますが、マイクさんは北北東の大企業の御曹司だというお話を聞きましたが、これは本当ですか?」

 

「本当です……かくいう私もその企業で製造されたメイド型ロボットです」

 

「ええっ⁉ ロボットなのですか? まるで本当の人間のような……」

 

「極めて人間に近い行動を取るようにと設定されています」

 

「す、すごい科学力ですね……」

 

「ありがとうございます……アルバートエレクトロニクス、ご贔屓下さい」

 

 ヴァレンティナさんがきちんと姿勢を正して、一礼しました。

 

「続いて、南口ゲートから入場は、チーム『怒髪天』、リーゼントが印象的な美女! ワンダだ! リポーターのヌーブさん、よろしくお願いします」

 

「は、はい! こ、こちらヌーブです! ワ、ワンダ選手、意気込みを!」

 

「ハハハッ! とにかく暴れまくりマース!」

 

 ワンダと呼ばれた女性は金髪の大きく先端の尖ったリーゼントを触りながら、テンション高く宣言されます。

 

「あ、暴れまくられるのはちょっと困るんですが……お、お返しします!」

 

「最後に、西口ゲートから入場は、チーム『覆面と兄弟』、この国きっての有力貴族サタア家の実力派兄弟の兄、エイスの登場だ! リポーターのフルカさん、お願いします!」

 

「はい~こちらフルカ~。エイス選手、意気込みとか別に良いから合コンしない~?」

 

「……興味深いお誘いですが、すみません、先約があるもので……」

 

 エイスさんはご自分の左胸を触ります。

 

「え~さっきの貴族くんたちといい、誰なの~心を奪っているのは~?」

 

「ふふっ、それは内緒にしておきましょうか」

 

「三人とも同じ娘狙いでしょ~?」

 

「何故そう思うのですか?」

 

「女の勘かな~」

 

「ふふっ、残念ながら違いますよ」

 

「嘘でしょ?」

 

「え?」

 

「眼鏡をかけた男性ってね、嘘をつくとき、必ずと言っていいほど眼鏡の蔓を触るの。それも利き腕とは反対の腕で。心の動揺を抑える為にね」

 

「……まさか、心理学に精通しておられるとは……人は見かけによりませんね……」

 

「嘘だよ」

 

「……え?」

 

「適当に言ってみただけ~そっか~貴族のイケメン三青年は同じ娘にご執心か~誰だろうね~そんな羨ましい娘は~?」

 

 わたくしはなんとなく俯きます。

 

「い、意気込みですが、目標は優勝です……こんな所で躓いてはいられませんよ……」

 

「お、誤魔化した、ま、いいや、お返ししま~す」

 

「さあ、4人がリングに上がりました……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「さっさと終わらせます! 『氷原一帯』!」

 

「な、なんと、エイスが両手を交差させた瞬間、リング全体が凍ってしまったぞ!」

 

「氷の魔法を組み合わせた格闘術……あの予選からたったひと月でここまで練度を向上させてくるなんて……」

 

 わたくしは感嘆してしまいます。エイスさんはフッと笑みを浮かべられます。

 

「皆凍ってしまい、戦闘不能でしょう……審判さん、コールをお願いします」

 

「コールって、早々に降参するつもりか~?」

 

「⁉」

 

「おおっと~これはウンガンがフェニックスの姿に変化したぞ⁉」

 

「フェニックス……こちらの地域ではそう呼ぶのか~」

 

「こ、これは……」

 

「おでの国では鳳凰と呼ぶんだ~」

 

「炎を纏った鳥⁉」

 

「ほほほっ、このくらいの氷なら溶かせるのもわけないだで~」

 

 ウンガンさんは人の姿に戻ってリングに着地します。

 

「くっ……まあ、1対1ならば!」

 

「ハハハッ、男二人で勝手に盛り上がらないでクダサーイ!」

 

「なっ⁉」

 

「おおっと、氷を砕いて、ワンダが飛び出してきたぞ!」

 

 ワンダさんのリーゼントが高速で回転しています。エイスさんが驚きます。

 

「な、なにごとですか⁉」

 

「ワタシの生まれ育った土地は髪の毛がある意味で凶器と化すちょっと変わった体質人間の集まりなのデース!」

 

「ちょ、ちょっとどころではないでしょう!」

 

「これくらいの氷塊ならば、このドリルリーゼントで砕くのもわけないデース!」

 

「くっ……いいでしょう。三つ巴、望むところです」

 

「……温度コントロール、正常に機能を確認……温度上昇、開始」

 

「ま、まさか……」

 

「……体外に付着した氷の融解を確認」

 

「ああっと、氷が溶けて、ヴァレンティナがその姿を現したぞ!」

 

「くっ……まさか尽く、氷を破られるとは! いいでしょう、かかってきなさい!」

 

「アルバートエレクトロニクス……オデの国でも知られている大企業なんだな。もし取引を結べるのなら、親父も喜ぶだで~」

 

「……私の一存では決められません……私はメイドですから」

 

「そこをなんとか口を利いてもらえんかね~」

 

「当社は今や世界的な大企業です。お取引する相手方にもそれなりの格を求めます……」

 

「ほう、つまり……」

 

「たとえば、ここで私を倒せるのなら、ご推薦させて頂くのもやぶさかではありません」

 

「ほほほっ、分かりやすくて良いな~」

 

「ぼ、僕を無視しないでもらおうか⁉」

 

 叫ぶエイスさんをよそに、ウンガンさんとヴァレンティナさんがそれぞれ構えをとって対峙します。

 

「!」

 

「ヴァレンティナが恐るべきスピードでウンガンとの間合いを一瞬で詰めた!」

 

「……想定通り、その肥満体では高速戦闘には対応出来ない……⁉」

 

「ん~なんかしただか?」

 

「パンチがめり込んだのに、ダメージを与えた感触を得られない⁉」

 

「だから、この体格は極めて合理的なんだで~」

 

「⁉」

 

「おっと、ヴァレンティナ、弾かれた! リングの端まで吹っ飛ばされる! ウンガン、またもフェニックスに変化し、追い打ちをかける!」

 

「凍らせるのが無理なら、燃やすのはどうだ~」

 

「! 防御態勢に移行!」

 

「『鳳凰火炎拳』!」

 

「! 耐久度を超える温度上昇を感知……エンジンモーターの早期冷却の必要性を確認……スリープモードに移行します」

 

 一瞬炎に包まれたヴァレンティナさんがリング外に倒れ込みます。

 

「ヴァレンティナ、敗北! 0ポイント!」

 

「あら、壊れたかな……いんや、どうやら大丈夫そうだで~ん?」

 

 ヴァレンティナさんを心配そうに覗き込むウンガンさんの背後に、エイスさんとワンダさんが迫ります。

 

「本当に人は見かけによらないね! 君をまず倒す!」

 

「ドリルでその肉塊を掘削してやりマース!」

 

「二対一は流石に分が悪いだで……一気に決める! 『鳳凰炎舞』!」

 

「ぐおっ!」

 

「ワオ!」

 

「ウンガンが翼と化した腕を一振り! 炎が巻き上がり、エイスが吹っ飛んだぞ!」

 

「な、なんという火力……僕の氷魔法で対抗しきれない……」

 

 エイスさんがリング外に倒れ込みます。

 

「エイス、敗北! 1ポイント!」

 

「ん? もう一人はどこだで? ……下か⁉」

 

「さっきみたいにドリルで穴を掘ってかわしたデース! 『ドリルヘッドバット』!」

 

「ぬおっ⁉」

 

 ワンダさんの頭突きを喰らったウンガンさんはリング外にふらふらと倒れ込みます。

 

「ウンガン、敗北! 2ポイント! ワンダ勝利! 3ポイント!」

 

「ハハハッ、頭はどんな達人でもなかなか鍛えらえないデース!」

 

「ワンダ! ボディへの攻撃を警戒したウンガンの虚を突いて、強烈なヘッドバット! Dブロック先鋒戦はチーム『怒髪天』が勝利! ……さあ、続いては中堅戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「はい……チーム『龍と虎と鳳凰』のゲンシン選手、2番手となりましたが……」

 

「やることは変わりないっス! 勝つだけっスね!」

 

 痩身かつ長身で、スキンヘッドでぎょろっとした目が特徴的なゲンシンさんはあっけらかんとした様子で答えます。

 

「ゲンシン選手は東の大国の高名なお寺で修業されていたとか……」

 

「なかなかの情報網っスね! 修行があまりにもキツいんで、抜け出したっス!」

 

「そうなのですか……」

 

「ガキの頃からの悪友のソウリュウに誘われて、ウンガンとともにここまで来たっス!」

 

「成程……意気込みをお願い出来ますか」

 

「優勝すれば、なんでも望みは叶うんスよね? 立派な経典の一つでも持って帰れば、寺に戻れるかな? やっぱ財宝の方が話早いっスかね? ……まあ、優勝するっス!」

 

「なかなかに邪な考えをお持ちのようで……次、お願いします」

 

「はい! チーム『魔法>科学』のレイ選手! 0ポイントとかなり厳しいスタートとなってしまいましたが……ってレイ選手は……どちらに?」

 

「……」

 

 全身銀色の姿をした物体が自らを指し示します。リポーターさんが恐る恐る尋ねます。

 

「あ、あなたがレイ選手ですか……? 変わったお姿をしていらっしゃいますね?」

 

「トウゼンダ……ウチュウジンダカラナ」

 

「う、宇宙人⁉」

 

 わたくしを含め、会場中がみたび驚きに包まれます。



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第6話(4)混戦⁉Dブロック

「う、宇宙人が何故ここに……?」

 

「シリタイノカ?」

 

「ま、まあ、それは……」

 

「コノホシノ“マホウ”トイウモノニキョウミヲモッタ……」

 

「そうなんですか……」

 

「イジョウダ……」

 

「え⁉ それだけ⁉」

 

「フマンカ?」

 

「い、いや、不満というか……ま、まあ、次、お願いします!」

 

「は、はい! チーム『怒髪天』のゴメス選手、意気込みをお願いします」

 

「ヒャハハ! とにかく暴れまくるぜ!」

 

 特徴的なヘアスタイル――メアリに聞いたところ、モヒカンと言うそうです――をされた男性が甲高い声で宣言されました。リポーターさんは明らかに困惑しています。

 

「だ、だから暴れまくられたら困るのですが……つ、次、お願いします」

 

「は~い、チーム『覆面と兄弟』のブリッツ=サタア選手、お兄さん残念だったね~」

 

「へっ、オレは兄貴と同じ轍は踏まないよ」

 

「お、頼もしい感じだね~やっぱり兄弟揃ってイケメンだね~」

 

「あ、ありがとう……」

 

「合コンに誘いたいところだけど、お酒は早いか……お食事なんかどう?」

 

「悪いけど……」

 

「はいはい、みなまで言わなくていいよ……どうせ心に決めた人がいるって言うんでしょ? 誰なんだろうな~その罪作りな女は? まあ、いいや、お返ししま~す」

 

「あ、ありがとうございました……さあ、中堅戦に臨む4人がリングに上がりました……今、審判が開始の合図を出しました!」

 

「おらおら! 行くぜ! まずは坊主! てめえだ!」

 

 ゴメスさんがゲンシンさんに飛びかかります。

 

「せいや!」

 

「ぐほっ⁉」

 

「ゴメス、ラッシュを仕掛けるも、ゲンシンに的確なカウンターを喰らってしまった!」

 

「ば、馬鹿な……!」

 

「こっちは国で一番の寺で修行してきたっス! そんな力任せの攻撃喰らわないっス!」

 

「モ、モンクってやつか……確かに素手は無謀だな……ならば、これで行くぜ!」

 

「なっ⁉」

 

「こ、これは! ゴメス、頭のモヒカンを外したぞ! と、思ってきたらまたモヒカンが生えてきたぞ! それも外した! また生えた! そして両手にモヒカンを構えたぞ!」

 

「ど、どういう仕組みなんスか? その髪の毛は……?」

 

「さあな、知らねえけど、ガキの頃からこういうもんなんだよ! そしてこのモヒカンはこうやって使うんだよ!」

 

「ぐっ!」

 

「な、なんと、ゴメス、モヒカンを短剣のように扱っている!」

 

「只の短剣じゃないっス! 独特の形状をしているから、軌道が予測出来ないっス!」

 

 ゴメスさんの剣にゲンシンさんが防戦一方になります。

 

「へへッ、このままじゃ切り刻んじまうぜ~? 降参した方が良いんじゃねえか~?」

 

「その心配には及ばないっス! 『炎上虎舞』!」

 

「どわっ⁉」

 

「おっと! ゲンシンの放った攻撃がゴメスを吹き飛ばした!」

 

「なっ……炎を纏った虎……⁉」

 

「そう、ウンガンは鳳凰、そしてオイラは虎の力を借りることが出来るっス!」

 

「そ、そんなもん反則じゃねえか!」

 

「モヒカン短剣やドリルリーゼントもなかなかだと思う……っスよ!」

 

「しまっ! ……間合いに入られた……!」

 

「『虎牙炎拳』!」

 

 ゲンシンさんの上下同時に放った拳がゴメスさんの顎を砕き、ゴメスさんは倒れます。

 

「ゴメス、敗北! 0ポイント!」

 

「こんなところで手こずっている場合じゃないんだよ! 『稲妻波濤』!」

 

「おおっと、ブリッツが一度飛び上がってかかとで力強くリングを踏み付けたところ、稲妻の波がリング上を四方八方と駆け抜けた! これは躱せないか!」

 

「へっ……何っ⁉」

 

「おおっ! ゲンシンが立ち上がったぞ」

 

「ば、馬鹿な! 感電したはず!」

 

「このおっさんの便利な髪をお借りしたっス! この短剣を避雷針代わりにしたっス!」

 

「そんな馬鹿な! ……もう一人は……いない⁉」

 

「え⁉」

 

 ブリッツとゲンシンさんは慌てて周囲を見回します。やや間があって、レイさんがその姿を現します。ブリッツが驚きます。

 

「なっ⁉ と、透明になっただと⁉」

 

「チョットシタ“カガク”ダ、キニスルナ……」

 

「気にするだろ! 何が『魔法>科学』だよ! よっぽど超科学じゃねえか! まずはてめえから片付ける! 喰らえ! 『雷迅脚』!」

 

 ブリッツの繰り出した蹴りがレイさんに当たったかのように見えました。

 

「得体のしれない相手っスからね、助太刀させてもらうっス! 『炎爪脚』!」

 

「ゲンシンも虎と化してレイに迫る!」

 

 ゲンシンさんの繰り出した攻撃もレイさんに当たったように見えました。

 

「くっ、手応えがあったはずなのに……」

 

「倒れないっスね~」

 

「オンナニヨウシャノナイレンチュウダ……オシオキヲシナケレバナ」

 

「なっ!」

 

「お、女⁉」

 

「『カウンターバースト!』」

 

「ぐはっ……オ、オレの雷撃を跳ね返しただと……?」

 

「ブリッツ、敗北! 1ポイント!」

 

「炎を返してきた……体内に溜め込んでいたんスか? それもう魔法じゃないスか……」

 

「ゲンシン、敗北! 2ポイント! レイ勝利、3ポイント!」

 

「レイ! 魔法を超越した超科学で対戦相手を圧倒! これが宇宙人の持つ力か! Dブロック中堅戦はチーム『魔法>科学』が勝利! ……さあ、続いては大将戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「はい……チーム『龍と虎と鳳凰』、ソウリュウ選手! 意気込みをお願いします……」

 

「特にない……ただ勝つだけだ」

 

 リポーターさんの問いに、長い黒髪を後ろで一つしばりにした男性が淡々と答えます。

 

「ソウリュウ選手は大丈夫なのですか?」

 

「……なにがだ」

 

「東の大国のやんごとなき御身分であらせられるとか……今回のこの大会への参戦。お国の方々はご承知なのですか?」

 

「な、何を言っているのか分からんな……余はただの平凡な旅行者に過ぎん……多少武術の覚えがある故に参加しただけのことだ……」

 

「平凡な旅行者がお召しにならない立派な服かと思いますが……」

 

 これについてはわたくしや他の方々も同意見で、コロシアム内に妙な空気が流れます。

 

「ぶ、武術で優れた成績を修めたものに与えられる衣服だ、他意はない!」

 

「……申し上げにくいのですが……」

 

「なんだ……?」

 

「かなり体格で不利な戦いを強いられる恐れがありますが……」

 

 あらためて拡声器を向けられたその方は口調こそある程度大人びていますが、どこからどう見ても少年のような体つきにしか見えません。袖や裾が余りまくっていて、裾など引き摺ってしまっています。これで体格に優る相手と渡り合えるのでしょうか?他人事ながらとっても不安です。

 

「つまらんことを聞くな、体格差など大した問題ではない……」

 

 ソウリュウさんは子供扱いされたことに怒るでもなく、淡々と答えます。

 

「失礼しました、次、お願いします」

 

「はい、チーム『魔法>科学』のマイク選手! 意気込みをお願いします!」

 

「はい! 魔法の素晴らしさを皆さんに知ってもらいたいです!」

 

 拡声器を向けられた、紺色のローブに身を包み、とんがり帽子を被った、いかにも魔法使いでございますという出で立ちの青年が爽やかに答えます。

 

「魔法の素晴らしさですか……ただ、お国は科学が大変発達していると聞きますが?」

 

「科学のことを全て頭ごなしに否定するわけではありません。ですが、それに依存し過ぎるのは危険だと考えています。その点、魔法という概念は、このスオカラテという世界において、古より民に寄り添ってきました。僕……私は今一度魔法というものを見直す必要があると思います。そもそもにおいて……」

 

「時間の関係もありますので、次、お願いします!」

 

「は、はい、チーム『怒髪天』のディーディー選手、意気込みをお願いします」

 

「HAHAHA! ブラザーもシスターもド派手に暴れまくっていたね! 俺も負けずにフィーバーするぜ!」

 

「フ、フィーバーですか……?」

 

 黒い大きなアフロヘアの褐色でマッチョな男性のあまりのハイテンションぶりにリポーターさんは若干引き気味になります。

 

「ああ、俺も暴れまくるぜ、YEAH‼」

 

「で、ですから、暴れまくられると困るのですが……次、お願いします」

 

「は~い、チーム『覆面と兄弟』の匿名希望選手? 意気込みをお願い出来ます?」

 

 ローブを纏い、フードで頭部を覆った人物は覆面で顔を完全に隠しています。

 

「……」

 

「あれ~無言?」

 

「……」

 

「このままだとチーム敗退しちゃうけど、その辺どう?」

 

「勝つだけだ……」

 

「お、しゃべってくれた。それでも正体不明だな~まあ、いいか、お返ししま~す」

 

「ありがとうございました……さあ、大将戦に臨む4人がリングに上がりました……今、審判が開始の合図を出しました!」

 

「魔法の素晴らしさ、身を以って知って頂きます! 『氷雨』! 『炎波』!」

 

「マイクが杖を掲げ、リングに氷の雨を降らせ、炎の波を発生させたぞ!」

 

「この魔法の組み合わせ! 躱しようがないでしょう!」

 

「『ボンバーラッシュ』‼」

 

「⁉」

 

「おおっと! ディーディー、自分のアフロをおもむろにむしり取り、小さなアフロを次々と弾いて爆発させたぞ! マイクの発生させた氷と炎を無効化させた!」

 

「俺のアフロは無限に生えては派手に爆発するぜ! まさに取り扱い注意の危険な男ってわけさ! HAHAHA!」

 

「そ、そんな……」

 

「ヘイ! ブラザー! しけた面すんなよ! フィーバーしていこうぜ!」

 

「どわっ⁉」

 

 アフロ爆弾を喰らったマイクさんはリング外に吹っ飛びました。

 

「マイク、敗北! 0ポイント!」

 

「YEAH! どんどん盛り上がっていくぜ!」

 

「……やかましい奴だな、余が片付けてやろう……」

 

「ソウリュウが構えを取ったぞ!」

 

「HAHAHA! チビちゃんに俺の爆弾フルコースが躱せるのかい?」

 

「躱す必要などない……喰らえば良いだけのことだ」

 

「ホワッツ⁉」

 

「ああっと、ソウリュウ、ドラゴンの姿になり、リング上に溢れるアフロ爆弾を片っ端から平らげてしまったぞ!」

 

「龍のことをドラゴンと言うのか……地域によって呼び名は様々なのだな……」

 

 ソウリュウさんはドラゴンから人間の姿に戻ります。

 

「ぐっ……」

 

「手品……いや、頭品は終わりか? ならば消えろ、『龍王烈火拳』‼」

 

「OH⁉」

 

 ディーディーさんはソウリュウさんの拳から放たれた赤いドラゴンのような形状をした衝撃波によってリング外に吹き飛ばされました。

 

「ディーディー、敗北! 1ポイント!」

 

「次は覆面、貴様だ!」

 

「……」

 

「返事はなしか……気に食わんやつだ、一気に決めるぞ、『龍王烈火拳』‼」

 

「『水龍』!」

 

「なっ⁉」

 

「おあっと! リング上の中央で匿名希望が放った青いドラゴンとソウリュウが放った赤いドラゴンが激しくぶつかり合っているぞ!」

 

「ぐっ! み、水の龍だと⁉」

 

「……!」

 

「どわっ!」

 

「ソウリュウの赤いドラゴンが吹き飛ばされた!」

 

「余が負けるとは……水と炎、相性が悪かったとはいえ、消し飛ばすとは……貴様、並みの戦士ではないな……」

 

「……」

 

「ふっ、褒めているのだ、礼の一つくらい言え……」

 

 ソウリュウさんはうつ伏せに倒れこみました。

 

「ソウリュウ、敗北! 2ポイント! 匿名希望勝利! 3ポイント!」

 

「……ということは、Dブロック勝者はチーム『龍と虎と鳳凰』、『覆面と兄弟』に決定! 2チームが準決勝に進出です! 準決勝は明日です! 更なる熱戦をご期待下さい‼」

 

 実況の方の興奮気味なアナウンスに釣られ、会場が大いに沸きます。そうした喧騒をよそにわたくしは静かに目を閉じ、『ポーズ』、『ヘルプ』と唱えます。

 

                  ♢

 

「どうされました?」

 

「……ご覧になっていましたか?」

 

 わたくしはアヤコさんに尋ねます。

 

「ああ、すみません、生憎ランチの後のティータイムと重なってしまって……」

 

「いや、なにを優雅にお茶なんかを飲んでおりますの⁉」

 

「仕事にはメリハリというものが大事ですから……」

 

「ま、まあ、それはそうですわね。失礼しました」

 

「ところで、ご相談はなんでしょうか?」

 

「明日、準決勝が行われます」

 

「それは承知しています。Aブロック2位で臨むのですよね?」

 

「ええ、Bブロックの1位、Cブロックの2位、Dブロックの1位と対戦することになっています。Bブロックの1位に関してはこの後抽選で決めるようですが、現在、対戦することが決まっている相手が、怪力を誇る巨人、その巨人を倒した女番長と封印した、恐らくは魔法学校のエリート学生、さらに、ドラゴンやタイガーやフェニックスの姿に変化出来る、またその力を借りて戦う常識外れの方々なのです……」

 

「なかなかに個性的な顔ぶれですね」

 

「一言で片づけないで下さい」

 

「すみません、立て込んでおりまして……ああ、あの先生からまた相談が……」

 

「ちょ、ちょっと待って! ど、どうすればよろしいでしょうか⁉」

 

「……そういう時は己に言い聞かせるのです」

 

「言い聞かせる?」

 

「そうですね、例えば……『わたくし、なんだかスッゴいワクワクしますわ!』とか」

 

「は、はあ……」

 

「それでは失礼します」

 

「あ、切れた……『ポーズ解除』」

 

                  ♢

 

「全然ワクワクする要素が無いのですが……」

 

 わたくしはため息交じりに呟きます。



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第7話(1)準決勝Aブロック先鋒戦

                  7

 

「さあ! いよいよ始まります! 『レボリューション・チャンピオンシップ』準決勝! このクーゲカのコロシアムに詰め掛けた大観衆のボルテージも最高潮であります!」

 

「うおおおおっ!」

 

 実況アナウンサーさんの叫びに呼応し、観衆の皆さんが怒号のようなうなり声を上げられます。コロシアムが激しく揺れるのをわたくしはスタンドで感じます。

 

「あらためて、試合形式を確認します! 1チーム1人ずつリングに上がり、4人で行うバトルロイヤルに臨みます! リングアウトや戦闘不能状態に陥った場合や目潰しや急所を狙った攻撃を行った場合などは負けとみなします! 4人の内、最後まで勝ち残っていた選手に3ポイント、次いで2ポイント、1ポイント、0ポイントとなります。計3試合行い、合計ポイントで争います! 準決勝は上位2チームが勝ち残れます!」

 

「んなこたあいいから早く始めろ!」

 

「おお、そうだ、そうだ!」

 

「お、おっと、観客の方々は早くもヒートアップしております! えっと……あ、準備出来た? ご、ごほん、それでは皆様お待ちかね! 『レボリューション・チャンピオンシップ』準決勝、Aブロック先鋒戦、選手の入場です‼」

 

「おおおおおっ!」

 

「まずは北口ゲートから入場は、1回戦Aブロックを一位で通過したチーム『バウンティハンター』、賞金稼ぎとして名高いコスタ兄弟とつい最近知り合ったという長身美女、モニカだ! リポーターのマールさん、お願いします」

 

「はい、こちらマールです……。モニカ選手、意気込みをお願いします……」

 

「まあ、特にないね~さくっと勝つよ~」

 

 リポーターさんからの問いに、日に焼けた肌をした、長身かつグラマラスな女性が微笑みながらあっけらかんと答えます。

 

「今回は大将ではなく先鋒なのですね?」

 

「チームに勢いを与える狙いみたいだよ? 細かいことは分からないけどさ」

 

「そうですか……次、お願いします」

 

「では、次は東口ゲートから入場の、1回戦Bブロックを、抽選の結果二位で通過したチーム『近所の孫』、名探偵の近所の茶飲み友達の孫、シャーロットのルームメイト、医学生のジェーンだ! リポーターのシャクさん、お願いします」

 

「はい! こちらシャクです! ジェーン選手、意気込みの程をお願いします!」

 

「……全力を尽くします」

 

「先鋒ということですが!」

 

「シャーロットの気まぐれ……天才的な推理だそうです。特に意味はありません」

 

 リポーターさんのテンションとは対照的に栗毛の長い髪の女性が冷静に答えます。リポーターさんは戸惑い気味にリポートします。

 

「そ、そうですか………お、お返しします!」

 

「続いて、南口ゲートから入場は、1回戦Cブロックを一位で通過したチーム『武士と戦士と騎士』、不思議な生き物を連れた謎めいた女性ウヌカルだ! リポーターのヌーブさん、よろしくお願いします」

 

「は、はい! こ、こちらヌーブです! ウ、ウヌカル選手、意気込みを!」

 

「……まあ、勝つだけだ」

 

 独特な民族衣装に身を包んだ藍色の髪の女性が冷めた口調でお話しされます。

 

「せ、先鋒に変わった意味は?」

 

「特にないな……」

 

「あ、あの? もうちょっとなにかお願い出来ないでしょうか……?」

 

「そう言われてもな……こういう場には慣れていない、テュロン、なにか言ってやれ」

 

 ウヌカルさんは自身の右肩にちょこんと乗ったリスのような生き物に促します。

 

「キュイ?」

 

「……だそうだ」

 

「じ、自信たっぷりの可愛らしいコメント頂きました! お、お返しします!」

 

「最後に、西口ゲートから入場は、1回戦Dブロックを二位で通過したチーム『覆面と兄弟』、この国きっての有力貴族サタア家の実力派兄弟の兄、エイスの登場だ! リポーターのフルカさん、お願いします!」

 

「はい~こちらフルカ~。エイス選手、やっぱり合コンしない~?」

 

「……せっかくのお誘いですが、お断りさせて頂きます」

 

「う~ん、ガード堅いな~。そういや、昨日と同じく先鋒なんだね~」

 

 白髪の女性が気怠そうにエイスさんに尋ねます。

 

「そういやって……これがベストだというチーム全体の判断です」

 

「なるほどね~じゃあ、お返ししま~す」

 

「さあ、四人がリングに上がろうとしています……解説は昨日惜しくも敗退したチーム『三国一』のコウさんにお願いしています。コウさん、この先鋒戦、どう見ますか?」

 

「注目はやはりあのモニカだな……」

 

「グラマラスですよね~」

 

「ああ、思わず目を奪われる……って、そこではない!」

 

 コウさんが否定します。わたくしをはじめ会場中の女性から冷めた視線が注がれます。

 

「違うんですか? では注目すべきポイントは?」

 

「あの長い脚から繰り出される強烈な蹴りだ……威力、圧力、速力、どれをとっても防ぐのは容易ではないだろう……」

 

「なるほど。おっと四人がリングに上がった……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「ほっ!」

 

「!」

 

「よっ!」

 

「⁉」

 

「おっと、モニカが左右に大きくステップする! 攻撃の機会を伺っているのか!」

 

「いや、この動きは誘いだ! 東のジェーンと西のエイスが位置を動かされた!」

 

 コウさんの言葉通り、モニカさんの大きなサイドステップを警戒し、ジェーンさんとエイスさんが南寄りに動きます。それを見てモニカさんが笑います。

 

「良い感じに固まってくれたね……『ハリケーンキック』!」

 

「「「⁉」」」

 

「モニカ、長い脚を一閃! 三人をまとめてリングごと吹き飛ばした! ん⁉」

 

「なに?」

 

 モニカさんの繰り出したキックは凄まじい勢いでしたが、三人は吹き飛ばされず、リング上に残っています。

 

「ふふっ、初撃を耐えれば……」

 

「エイス、なんと氷魔法で自身の脚と周囲の地面を凍らせた!」

 

「キュイ……」

 

「テュロン、よく耐えた、良い子だ」

 

「ウヌカル、巨大化したテュロンが爪と歯をリングに立てて踏ん張り、それにしがみついてなんとか凌いだ!」

 

「……こういうときの為の注射器です」

 

「ジェーン、注射器をリングに突き刺して耐えた!」

 

 三者三様の形でモニカさんの強烈なキックに耐えました。絶対に注射器はそういうときの為の物ではないと思いますが。

 

「やはり厄介なのはあの女か……テュロン!」

 

「!」

 

「おっと! ウヌカル! モニカとの距離を一瞬で詰めた!」

 

「行け!」

 

「ぬおっ⁉」

 

「ウヌカル、テュロンを突っ込ませた! 豪快な体当たりを喰らったモニカ、リングアウト! テュロンもリング外ですが……ウヌカルはリングに残った!」

 

「モニカ、敗北! 0ポイント!」

 

「本命のモニカが最初にリングアウトだ! いかがでしょう、コウさん?」

 

「う~む、これは予想外だな……」

 

 コウさんは腕を組んでうなります。

 

「さて……」

 

 ジェーンさんがエイスさんにゆっくりと近づきます。エイスさんは肩をすくめます。

 

「ちょっと待ってくれないかな? 下半身がすっかり凍ってしまって動かないんだよ」

 

「ならば、ズボンをお脱ぎになれば良いのでは?」

 

「いやいや、そういう訳にはいかない……でしょ!」

 

「エイスが腕を振った! 氷魔法か!」

 

「甘いですね……」

 

「なっ、腕が……⁉ どういうことだ?」

 

 エイスさんの上半身もほとんど凍ってしまいました。

 

「答えはこれです」

 

 ジェーンさんは足元の氷に突き刺した注射器を指差します。

 

「そ、それは……?」

 

「魔力を一時的に増大させる薬を投与しました。貴方の場合、ご自分の思っている以上の氷が発生することになりました。実験段階でしたが、ある程度上手くいきましたね」

 

「くっ……」

 

「さて、お顔以外は満足に動けない状態ですが……どうしますか?」

 

「……降参だ!」

 

 エイスさんが忌々しそうに叫びます。それを受けて審判さんが宣告されます。

 

「エイス、敗北! 1ポイント!」

 

「お次は貴女です……」

 

 ジェーンさんがウヌカルさんの方に向き直ります。ウヌカルさんが笑います。

 

「医学を用いて戦うとは、なかなかに面白い奴だな」

 

「鋭い動きの可愛らしい相棒さんはリングアウト……貴女に勝ち目はありません」

 

「ふん!」

 

「なっ⁉」

 

 一瞬の間に、ウヌカルさんがジェーンさんとの距離を詰め、左手でジェーンさんの両腕を抑え込み、右手に構えた短刀をジェーンさんの首筋に突きつけました。

 

「テュロンに色々と仕込んだのは私だぞ? あまり戦士を舐めないことだ」

 

「むう……」

 

「この短剣は模造剣だが、叩けばそれなりに痛いぞ……腕も抑えた、自慢の注射器とやらは取り出せんだろう……勝負はついたと思うが?」

 

「……参りました」

 

 ジェーンさんが頭を垂れます。審判さんが宣告されます。

 

「ジェーン、敗北! 2ポイント! よって、ウヌカル、勝利! 3ポイント!」

 

「せ、先鋒戦は一瞬の決着! 勝者はチーム『武士と戦士と騎士』のウヌカルだ! コ、コウさん、どうでしたでしょうか?」

 

「あのテュロンとやら無しでは厳しいかと思ったが、素早い動き出しだった。小柄だが膂力もある。戦士ウヌカル、実に興味深い……一度手合せ願いたいものだ」

 

 コウさんが感嘆とした声を上げます。



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第7話(2)準決勝Aブロック中堅戦

「さあ、続いて中堅戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「チーム『バウンティハンター』、エドアルド選手、意気込みをお願いします……」

 

「まさかモニカが0ポイントとは驚きましたね。まあ、取り返しに行くだけですよ」

 

「ありがとうございます……次、お願いします」

 

「はい! チーム『近所の孫』、シャーロット選手、意気込みの程をお願いします!」

 

「ジェーンの頑張りを無駄にはしないわ! 3ポイント取って優位に立つわよ!」

 

「ありがとうございます! 次、お願いします!」

 

「は、はい! チーム『武士と戦士と騎士』、セ、セリーヌ選手、意気込みを!」

 

「ウヌカルが見事な戦いぶりだった……私もそれに続きたい」

 

「れ、冷静なコメントを頂きました! つ、次、お願いします!」

 

「はい~チーム『覆面と兄弟』、ブリッツ選手、やっぱりお食事しない~?」

 

「……悪いけど、今それどころじゃないんだ。兄貴の分を取り返さないと……!」

 

「集中している顔も凛々しいね~じゃあ、お返ししま~す」

 

「さあ、四人がリングに上がろうとしています……解説は昨日惜しくも敗退したチーム『ボイジャー』のソフィアさんとチーム『美女』のオコマチさんにお願いしています。まずはソフィアさん、この中堅戦、どう見ますか?」

 

「はい、注目はやはりあのブリッツ選手ですね」

 

「見事な体術と雷魔法のコンビネーションですよね」

 

「そこももちろん大事ですが、なんといってもあの若干のあどけなさを残したところが堪りませんね! 少年から青年に変わっていく貴重な過程!」

 

「あ、あの……」

 

 実況の方がはっきりと困惑しています。わたくしをはじめ会場中の人たちも同様に戸惑っていますが、ソフィアさんは構わず話し続けます。

 

「今もこうして大人への階段を上っておられる! その一瞬一瞬が見逃せませんね!」

 

「あ、ありがとうございます……オコマチさんはいかがでしょうか?」

 

「勝敗は 時の運にて 言葉なし」

 

「は、はい?」

 

「今はただ 名勝負こそ 期待する」

 

「は、はあ……また独特な……」

 

 実況の方が戸惑っています。こう言ってはなんですが、人選ミスではないでしょうか。

 

「あ、始まりますよ!」

 

「お、おっと四人がリングに上がった……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「まず一番強そうな奴を倒す!」

 

「⁉」

 

「ブリッツがセリーヌに迫る!」

 

「喰らえ!」

 

「甘い!」

 

「ちっ!」

 

 ブリッツの放った鋭い蹴りをセリーヌさんはあっさりと躱します。重そうな鎧を身に付けているのに軽快な動きです。流石は名うての騎士と言ったところです。

 

「はあっ!」

 

「ぬおっ!」

 

 セリーヌさんの振るったサーベルをまともに喰らい、ブリッツは仰向けに倒れ込みます。セリーヌさんが追い打ちをかけようとします。

 

「とどめだ!」

 

「ぐっ……」

 

「⁉」

 

「おっと、どうしたセリーヌ⁉ サーベルを振り上げたまま動きを止めたぞ⁉」

 

「隙有り! 『雷迅脚』!」

 

「ぐはっ!」

 

「セリーヌ、ブリッツの電撃を帯びた蹴りをまともに喰らってしまった!」

 

 セリーヌさんはふらふらとしながらリングアウトしてしまいます。

 

「セリーヌ、敗北! 0ポイント!」

 

「こ、故郷の弟を思い出してしまった……私もまだまだだな……」

 

 セリーヌさんはそう言って気を失われます。

 

「その気持ち、痛いほど良く分かります! 分かりますよ!」

 

「ソ、ソフィアさん、落ち着いて下さい……」

 

 実況の方がヒートアップするソフィアさんを宥めます。ブリッツは頭を掻きます。

 

「こ、子供扱いしないでくれよ!」

 

「そう言ってムキになる内はまだ子供よ!」

 

「うおっ⁉」

 

「おっと! シャーロットがブリッツに襲い掛かる!」

 

「くっ!」

 

 シャーロットさんの素早い攻撃にブリッツが圧倒されます。

 

「ふふっ、バリツの神髄をその身にとくと味わいなさい!」

 

「ちっ、女の子相手はやりにくいぜ!」

 

「し、失礼な! アンタよりも大人よ! 立派なレディーよ!」

 

 ブリッツの言葉にシャーロットさんはムッとされます。ムキになっている内はまだ子供なのではないでしょうか。

 

「シャーロット、連撃のスピードを上げる! ブリッツ、防御しきれないか!」

 

「くっ……」

 

「そろそろ終わらせるわよ! ⁉」

 

「なっ⁉」

 

「あーっと! シャーロットが崩れ落ちた! 審判が駆け寄る!」

 

「……シャーロット、敗北! 1ポイント!」

 

「ん? これは……コインか⁉」

 

 ブリッツが視線を向けると、エドアルドさんはコインを片手に肩を竦めます。

 

「運命は表裏一体……レディーに当たったのは申し訳ない……」

 

「シャーロット! 優勢に試合を進めるも、エドアルドのコインの餌食となった!」

 

「勇ましさ 裏目に出るも 定めかな」

 

 オコマチさんが独特のリズムで呟かれます。

 

「ちっ、水を差しやがって!」

 

「むしろ助けてやったんだが……感謝してくれよ、坊や」

 

 エドアルドさんがわざとらしく両手を広げます。

 

「何を!」

 

 ブリッツがエドアルドさんに向かって飛びかかります。

 

「これくらいの挑発で怒っているのか? まだまだ子供だな!」

 

「がはっ⁉」

 

 ブリッツが倒れ込みます。

 

「ブリッツ倒れたぞ、何が起こったのか⁉」

 

「丸きもの 鋭く体 うちのめし」

 

「え? ……あっと、ブリッツの周囲に多くのコインが転がっている! エドアルド、ほんの一瞬で、あれだけのコインを同時に放ったのか! まさしく達人技!」

 

 実況の方が驚いて興奮されていますが、わたくしはむしろエドアルドさんの早業よりも、オコマチさんがちゃんと解説をされたことに驚きました。

 

「ぐっ……」

 

「レディーたちの攻撃でよっぽどダメージを喰らったのか、動きがやや鈍かったかな、そのおかげで助かったよ」

 

「ち、ちくしょう……」

 

 ブリッツの首がガクッとなります。どうやら気を失ってしまったようです。

 

「ブリッツ、敗北! 2ポイント! よって、エドアルド、勝利! 3ポイント!」

 

「中堅戦もまた一瞬の決着! 勝者はチーム『バウンティハンター』のエドアルドだ! か、解説のお二人、いかがでしたでしょうか?」

 

「敗北も 明日の勝利に 繋がりし」

 

「そう、敗北が少年をまた大きく成長させるのです! 貴女、良いことおっしゃいますね! この後、お酒でも飲みに行きませんか!」

 

「……おのこ好き ここまでくると 苦笑い」

 

 オコマチさんが苦笑されています。試合よりソフィアさんの暴走が印象に残りました。



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第7話(3)展開予想

「これで4チームとも、3ポイントで横一線だな」

 

 わたくしの二つ隣の席に座るシルヴァンさんが呟きます。

 

「え? そうか……あ、マジだ」

 

 わたくしとシルヴァンさんの間に座るルッカさんもポイントを指折り数え納得します。

 

「どのチームが勝ち上がるでしょうか?」

 

 メアリがわたくしに尋ねてきます。

 

「そうですね、どうなるでしょうか……」

 

「すでにエース格のモニカ嬢を出してしまったチーム『バウンティハンター』は厳しそうだな、しかも彼女が0ポイントだったのも厳しい」

 

 シルヴァンさんがご自身の考えを述べます。ルッカさんがそれに反応します。

 

「あの白スーツのダビドって奴のカードさばきはなかなかだと思うけどな」

 

「わたくしも体感しましたが、あのカードは見えないです……しかも鋭利な刃物のような鋭さと石が当たったかのような重さを兼ね備えています」

 

「そういや1回戦で当たったんだったな」

 

「貴重な体験談だね。確かに考えてみれば1回戦では底を見せていなかった。コウとは戦わずに自らリングを降りたからね。なんというか……そういう勝負勘がある男が勝利にこだわったらどうなるかは分からないところがある」

 

 シルヴァンさんはこくこくと頷きます。

 

「厳しいつったら、チーム『覆面と兄弟』だろう。あの覆面、水の魔法をそれなりに使えるみてえだが、一人はともかく、二人を倒せるとは思えねえぜ」

 

「ああ、そう言われるとそうですね、皆勝ち抜くためには、自分以外の誰か二人を倒さないといけないのですね」

 

 ルッカさんの言葉にわたくしは頷きます。

 

「誰かが潰し合ってくれれば楽になるが……それは皆考えることだろうな。案外、その辺りの駆け引きが上手そうなのはダビドか、これは『バウンティハンター』の勝ち抜けもありえそうだな」

 

「おいおい、さっきと言っていることが変わっているじゃねえかよ」

 

「検討しているんだよ、考える材料が増えれば、導き出す結果も自ずと変わってくる」

 

 ルッカさんの茶々もシルヴァンさんは冷静にあしらいます。

 

「潰し合わせるとなると誰と誰でしょうか?」

 

「それはチーム『武士と戦士と騎士』のモンジュウロウとチーム『近所の孫』のウィリアンだろうね。1回戦全体を見回しても、この二名はかなりの実力者なんじゃないかな」

 

 わたくしの問いにシルヴァンさんが答えます。

 

「俺は剣術に関してはは少しかじったくらいだが、四刀流ってのはかなり無茶苦茶だよな、今まで見たことも聞いたこともねえよ」

 

 ルッカさんが笑います。

 

「それについては同感だ。あの太刀筋に対応するのは困難だろう。正面切って戦うのは出来る限り避けたいね」

 

 シルヴァンさんも笑みを浮かべます。

 

「しかし、ダビドさんが上手くそこをウィリアンさんとの激突に誘導していく……という流れでしょうか?」

 

「まあ、そうなるだろうね」

 

 わたくしの問いかけにシルヴァンさんが頷きます。

 

「あのウィリアンさんという方、1回戦ではあの凶暴かつ極悪非道なガルシアさんを抑え込んでおられました。細身なのに凄いなと思いました」

 

「ガルシアさんへの印象最悪ですね、メアリ……。それはともかく、確かに一瞬の早業でしたね、あれはどういう体術なのでしょう?」

 

「軍人とかなんとか言ってなかったか?」

 

「そうらしいね、どうやら気の毒なことに記憶喪失らしいけど。俺も詳しくはないが、軍隊格闘術の一種じゃないかな」

 

「どこの軍隊だよ?」

 

「だからそこまでは分からないよ。ただ、実力の底を見せていないという点では、彼もまたそのような印象を受けるね」

 

 シルヴァンさんは淡々と話します。ルッカさんが腕を組んで呟きます。

 

「待てよ、そうなると……段々覆面の奴も怪しくなってきたな」

 

「考えを変えるのかい?」

 

「よくよく考えてみたら不気味な存在だと思わねえか?」

 

「不気味というか怪しいとは思っているよ。よくよく考えなくても」

 

「何か奥の手を残しているということですか?」

 

 わたくしはルッカさんに尋ねます。ルッカさんは首を傾げながら答えます。

 

「いや、それはどうか分からねえけど……あのいけ好かねえサタア兄弟の奴らが二試合連続で大将に据えているんだ、何かあるんじゃねえか?」

 

「いけ好かねえって……」

 

 わたくしは苦笑します。シルヴァンさんが顎に手をやって呟きます。

 

「……確かにサタア兄弟が大将を譲っているのは少し気になるね。チームとしての戦略もあるのかもしれないけど」

 

「あいつらに戦略なんて御大層なもんねえだろう」

 

「君にそんなことを言われるのは、彼らにとっても心外だろうな……」

 

「あんだと?」

 

「け、喧嘩はやめて下さいよ……」

 

 わたくしはルッカさんを宥めます。シルヴァンさんがため息交じりに呟きます。

 

「……とにかく言えるのは、あの兄弟以上の魔法の使い手だってことだろう」

 

 わたくしは心の中で『ポーズ』と唱え、続けて『ヘルプ』と唱えます。

 

                  ♢

 

「どう思われます?」

 

「いや、私は予想屋のおじさんではないのですが……」

 

 アヤコさんが戸惑っておられます。

 

「参考までに意見を伺いたいのです」

 

「……格闘技に精通しているわけではないので」

 

「思いつきでも構いません」

 

「……純粋な戦闘力だけ見るならば、モンジュウロウさんとウィリアンさんが優位なのではないでしょうか……ですが……」

 

「ですが?」

 

「ここまでのこの大会を見る限り、実力者がそのまま勝っているわけではありません。互いの相性や戦いの流れというものもあるでしょう」

 

「互いの相性、戦いの流れ……」

 

 わたくしはアヤコさんの言葉を反芻します。

 

「よって、残りのお二人にも十分勝機はあるでしょう。そんなことよりいいのですか?」

 

「何がですか?」

 

 わたくしの問いかけにアヤコさんはため息をついてから答えます。

 

「……観戦するのは結構ですが、大事なのはこの後の皆さん自身の戦いのことですよ。対策などは立てなくていいのですか?」

 

「まあ、対策を全く立てていないわけではないのですが……正直、わたくしたちに戦略などあってないようなものですからね」

 

「そんな調子で大丈夫なのですか?」

 

「後は野となれ山となれです」

 

「ひ、開き直っていますね……まあ、かえってその方が良いかもしれませんが」

 

「ありがとうございます」

 

「別に褒めてはいませんが」

 

「お話が出来て、少し気分が楽になりました」

 

「それは何よりです。御健闘を祈っております……すみませんがそろそろ失礼します」

 

                  ♢

 

「……」

 

「……お嬢様?」

 

「はい?」

 

「そろそろ大将戦が始まりますよ」

 

「ああ、そのようですね」

 

 わたくしはリングに注目します。



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第7話(4)準決勝Aブロック大将戦

「さあ、続いて大将戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「チーム『バウンティハンター』、ダビド選手、意気込みをお願いします……」

 

「頼れる弟が3ポイント取ってくれた。この流れに乗りたいところだね」

 

「ありがとうございます……次、お願いします」

 

「はい! チーム『近所の孫』、ウィリアン選手、意気込みの程をお願いします!」

 

「……自分は己に課せられたミッションを遂行するのみです」

 

「ありがとうございます! 次、お願いします!」

 

「は、はい! チーム『武士と戦士と騎士』、モ、モンジュウロウ選手、意気込みを!」

 

「……多くは語るまい、勝つだけだ」

 

「し、渋いコメントを頂きました! つ、次、お願いします!」

 

「はい~チーム『覆面と兄弟』、匿名希望選手、ぶっちゃけ今どんな感じ~?」

 

「……勝利しか頭に無い」

 

「おっ、静かな気合いがひしひしと伝わってくるね~じゃあ、お返ししま~す」

 

「さあ、四人がリングに上がろうとしています……解説は昨日惜しくも敗退したチーム『人間上等』のシバさんにお願いしています。シバさん、この大将戦、どう見ますか?」

 

「……なんで俺がこんなことしなきゃならねえんだよ!」

 

「まあまあ、そう言わずに……昨日の試合ではなかなか伝わらなかった獣人の方の魅力をこの会場の皆さんに伝えると思って……」

 

「ちっ、しょうがねえなあ……」

 

 実況の方が立ち上がったシバさんを宥めます。シバさんは席に座ります。遠回しに馬鹿にしているような気がするのはわたくしだけでしょうか。

 

「では、改めて……注目選手などはいらっしゃいますか?」

 

「まあ、そりゃああのサムライだろうと言いたいが、あのウィリアンって奴もなかなか侮れないと思うぜ。昨日同じリングの上に立ってそれは感じた……」

 

「なるほど……四人がリングに上がります……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「そらっ!」

 

「!」

 

「おっと! ダビドが最初に仕掛けた! 投じたカードは鋭かったが、匿名希望、これを難なく躱してみせる!」

 

「……それくらい躱してもらわなきゃ困る……それっ!」

 

「むっ!」

 

「ダビド、間髪入れず、ウィリアンに向かってカードを投げつけるが、これもウィリアンが簡単に回避する! ダビド、勝負を焦っているのか⁉」

 

「いや、狙い通りだ……」

 

「えっ⁉ シバさん、どういうことでしょうか?」

 

「見てみろよ」

 

「! こ、これは、匿名希望とウィリアンがかなり接近している! 激突は必至!」

 

「あの白スーツ、上手く誘導しやがった……」

 

「はっ!」

 

「くっ!」

 

 匿名希望さんが近距離で水の魔法を放ちますが、ウィリアンさんがこれを躱します。お互いが少し距離を取って対峙します。

 

「そのまま潰し合ってくれ! さてと!」

 

「ぬっ!」

 

「『ストレート』!」

 

「甘い!」

 

「ダビド、モンジュウロウに向かって5枚のカードを投じたが、モンジュウロウ、これを刀で斬り捨てる! これは意外な展開だ!」

 

「あえてサムライに勝負に行きやがったか……へっ、嫌いじゃねえぜ」

 

 シバさんが腕を組んで笑みを浮かべます。

 

「……確かに少々意外でござったな……」

 

「もっと小ズルく立ち回ると思ったかい? それもアリっちゃアリなんだが、決勝のことを考えると、アンタらにはここで消えてもらいたいと思ってね!」

 

「その勝負受けて立つ!」

 

「喰らいな! 『ストレートフラッシュ』!」

 

「むっ⁉ 真っ直ぐな軌道と放物線が混じって……ぐぅ!」

 

「ダビドのカードを躱しきれず、モンジュウロウ、片膝をつく!」

 

「へっ、格好つけて一本の刀で戦っている場合じゃないだろう! 四刀流で戦った方が身のためだと思うぜ!」

 

「……御忠告痛み入る」

 

「モンジュウロウが四本の刀を構えたぞ!」

 

 これが見たかったとばかりに会場も盛り上がります。

 

「そうこなくっちゃな……行くぜ! 『ロイヤルストレートフラッシュ』!」

 

「! 先ほどよりも格段に速さと威力が上がっている!」

 

「しかもカードは5枚だ、四本の刀でどう防ぐ……って⁉」

 

 ダビドさんだけでなく、会場中が驚きました。モンジュウロウさんが五本目の刀を口に加えて、ダビドさんの投じた五枚のカードを切り捨てたのです。

 

「……」

 

「そ、そんなバカな……五刀流だと?」

 

「ふぉんとうるーとふあっきりだんでんしたおもえはない……」

 

「えっ、何だって⁉ フガフガしてて、何言っているか分かんねえよ!」

 

「ふきはり!」

 

「がはっ⁉」

 

「おおっと! モンジュウロウ、一瞬の隙を突いて、ダビドを倒した!」

 

「ダビド、敗北! 0ポイント!」

 

「……五本目も用いたのは久々でござる。世界はやはり広い……さて……むっ」

 

「ああっと、ウィリアンが鋭い出足で匿名希望の両手両足を抑え込んだ!」

 

 ウィリアンさんが匿名希望さんのマウントを取る形になります。

 

「距離ばかり取ると、水の魔法が厄介ですからね。こうして両手両足を抑えたら、魔法も使えないはずでしょう!」

 

「……だ」

 

「えっ、なんですか? 降参ですか? って⁉」

 

「⁉」

 

 再び会場中が驚きました。匿名希望さんが顔を近づけたウィリアンさんに口づけをしたのです。覆面越しとは言え、大胆というか、意味の分からない行為に何人かの女性客からは悲鳴が上がります。

 

「ぐっ⁉ うおお……」

 

「ウィリアン、突然苦しみ出し、リングアウトした! おっと、水を吐いている⁉」

 

「口移しで水を大量に流し込みやがったんだ……なかなかエグいことしやがるな」

 

 シバさんが顔をしかめます。

 

「出来れば使いたくはない技だったが致し方ない……」

 

 匿名希望さんがゆっくりと立ち上がり小声で何やら呟きます。

 

「ウィリアン、敗北! 1ポイント!」

 

「……ということはこの時点で、準決勝Aブロックの勝者はチーム『武士と戦士と騎士』、『覆面と兄弟』に決定! 2チームが決勝に進出です!」

 

 実況の方が興奮気味にアナウンスし、会場が大いに沸きます。モンジュウロウさんが匿名希望さんに近寄り、何やら言葉をかけています。

 

「そのような魔法の使い方があるとは……なかなか常識外れでござるな」

 

「刀を口にくわえる奴にだけは言われたくはない……」

 

「はっはっは! それもそうでござるな! 決勝でお手合わせ願いたいものです、それではお先に失礼仕る!」

 

 豪快な笑い声を上げ、モンジュウロウさんは悠然とリングから降ります。

 

「……」

 

 それとは対照的に匿名希望さんは静かにリングを降ります。

 

「さあ、続いては準決勝Bブロックです! 明日の決勝に進む残りの2チームは果たしてどのチームになるのか! 皆様、開始までしばらくお待ちください!」

 

「さて、わたくしたちの出番ですか……」

 

 わたくしは立ち上がり、ルッカさんたちとともに控室に向かいます。



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第8話(1)戦略を練った結果

                  8

 

「お、チーム、『覆面とアホ兄弟』じゃねーか」

 

「アホって言うな!」

 

 控室につながる通路でチーム『覆面と兄弟』の皆さんとすれ違います。煽るルッカさんに対し、ブリッツが噛み付きます。

 

「決勝進出おめでとう」

 

「どうもありがとう」

 

 シルヴァンさんの祝福の言葉にエイスさんがお礼を言います。

 

「決勝で待っていろよ、いつぞやの借りを返してやるからよ」

 

「勇ましいのは大変結構だが……勝算はあるのかな?」

 

 ルッカさんに対し、エイスさんが尋ねます。

 

「ああん?」

 

「……巨人やバーサーカー、ドラゴンなどの力を借りることの出来るような人たちとの相手はいささか荷が重いのではないのかな?」

 

「なんだと?」

 

「やめろ、ここで熱くなるな……ご心配下さってありがたいんだが、勝算はもちろんあるよ」

 

「ほう……?」

 

 シルヴァンさんの言葉にエイスさんが笑みを浮かべます。

 

「いくつかある勝利へのプランからどれを選ぶか迷っているところさ」

 

「それは興味深いね……」

 

「強がりじゃねーの?」

 

「まあ、それは見てからのお楽しみさ」

 

 ブリッツに対し、シルヴァンさんがウィンクします。

 

「へえ、面白そうじゃん」

 

「お手並み拝見といこうか……」

 

「なんでちょっと上から目線なんだよ」

 

「実際上だからだよ」

 

「なにを……このガキ……」

 

「だからやめろって……」

 

 シルヴァンさんが呆れ気味にルッカさんを宥めます。

 

「まあ、とにかく……健闘を祈っているよ」

 

「それはどうも」

 

 エイスさんたちがその場を去ります。お互いチームの最後方にいた覆面の匿名希望さんとわたくしがすれ違います。

 

「……!」

 

 わたくしがはっとして振り返りますが、匿名希望さんはすでに遠くへ行っていました。

 

「控室へ向かおう」

 

「え、ええ……」

 

「どうかしたのかよ?」

 

「い、いえ、なんでもありません。参りましょう」

 

 ルッカさんの問いにわたくしは答えます。きっと気のせいでしょう。わたくしは首を左右に振って、二人の後に続きます。

 

「さて、出場順だが……どうする?」

 

 控室に入るなり、シルヴァンさんがわたくしたちに問いかけます。

 

「1回戦と反対にしようぜ。俺は中堅のままでな」

 

「ということは……俺が先鋒かい?」

 

「ああ、そうだ」

 

「その心は?」

 

 シルヴァンさんがルッカさんに尋ねます。

 

「恐らくだがチーム『赤点』は例の巨人を大将戦に回して、あのアナスタシアという女を先鋒に持ってくるはずだ」

 

「アナスタシア嬢を先鋒というのは1回戦と同じだが、巨人を大将戦に持ってくるというのはどういう読みだ?」

 

「初戦で勢いをつけたいだろうが、その目論見が外れた場合の保険だ。あんな奴が後ろに控えているというだけで、他のチームへの心理的圧迫は半端ない」

 

「ふむ、なるほど……」

 

わたくしはルッカさんの説明に頷きます。シルヴァンさんが首を傾げながら尋ねます。

 

「それで俺が先鋒とどう結びつく?」

 

「まあ聞け、他のチーム……まずチーム『剛腕』だが、ここは1回戦と同様、同じ順番で来ると思う。つまり先鋒はあのバーサーカー、ガルシアだな」

 

「何故同じ順番だと思うのですか?」

 

 わたくしがルッカさんに問います。

 

「あのチームのリーダー、ラティウスは商売人、経営者としても剛腕だったが、慎重な一面も併せ持っていたと聞く……ここで順番をいじってくることはしないはずだ」

 

「なるほど……」

 

 わたくしはまたも頷きます。

 

「最後にチーム『龍と虎と鳳凰』だが、ここも1回戦と同様の順番で臨んでくるはずだ。つまり先鋒はあの太っちょ、ウンガンとかいう奴だな」

 

「何故そうお思いになるのです?」

 

 わたくしが再びルッカさんに問います。

 

「あのチーム……表向きは友人の集まりと言っているが、リーダーのソウリュウと他の二人には明確な身分差がある。ソウリュウを立てる意味でも順番は変わらないだろう」

 

「身分差ですか……」

 

「ソウリュウってのは、あの大仰な服装から判断するに東方の大国の王侯貴族の者なんだろう。ただ、豪商の子やそれなりの寺院の僧なら、ガキのころからの付き合いが続いていても不思議はねえ。だが、それはそれとして、上下のケジメはきっちりつけるって話だ」

 

「おお……」

 

 わたくしはルッカさんの淀みない説明に頷きます。シルヴァンさんが口を開きます。

 

「それで俺が先鋒だという理由は?」

 

「アナスタシアは実力者だが、頭に血がのぼりやすそうだ、うまく挑発すれば、こっちのペースに巻き込めるはずだ。得意だろう、挑発?」

 

「こういう形で女性を挑発するのは気が進まないが……他の二人は?」

 

「ガルシアはやべー相手だが、それをうまいことウンガンとぶつければ良い。どうなるか分からないが、恐らくガルシアが勝つと見ている。漁夫の利を狙え、得意だろう?」

 

「人をなんだと思っているんだ……まあ、弱ったところを狙うのも立派な戦略だな……」

 

「どうだ?」

 

「いいだろう、提案に乗るとしよう。それで構わないね?」

 

「ええ!」

 

 シルヴァンさんの問いにわたくしは力強く頷きます。

 

                  ♢

 

「さっきの今ですみません!」

 

「……何事でしょうか? そろそろスイーツを食べようと思っていたのですが……」

 

 アヤコさんは若干面倒そうにわたくしに答えます。

 

「わたくしたちも戦略を練りました!」

 

「そんな、はじめてのお使いがうまくいきましたみたいなテンションで言われても……」

 

「これはわたくしたちにとっては大きな進歩ですよ! その喜びを伝えたくて!」

 

「……それは良かったですね ただ……」

 

「ただ? なんでしょうか?」

 

「いえ……ご健闘をお祈りしております。失礼します」

 

                  ♢

 

 アヤコさんの言葉が若干気になりましたが、気を取り直して、わたくしは声援を送ります。

 

「シルヴァンさん、頑張って下さい! ……あら?」

 

 周囲を見ると、アンナさんに封印を解かれた巨人さん、フレデリックさん、ラティウスさんと熱い抱擁を交わして歩きはじめるゴリラさんもといフランソワさん、軽い足取りで歩いているゲンシンさん、三者の様子が目に入ります。ルッカさんが苦笑を浮かべます。

 

「こ、これは……」

 

「全て外れだ! 逆に凄いね!」

 

 シルヴァンさんはルッカさんに文句を言いながらリングに向かいます。



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第8話(2)準決勝Bブロック先鋒戦

「さあ! それでは皆様お待ちかね! 『レボリューション・チャンピオンシップ』準決勝、Bブロック先鋒戦、選手の入場です‼」

 

「おおおおおっ!」

 

「まずは北口ゲートから入場は、1回戦Aブロックを二位で通過したチーム『悪役令嬢』、アフダル家のご令息、シルヴァンだ! リポーターのマールさん、お願いします」

 

「はい、こちらマールです……。シルヴァン選手、意気込みをお願いします……」

 

「ま、まあ、勝つだけだよ……」

 

 リポーターさんからの問いかけに、シルヴァンさんは思惑がすっかり外れた心の動揺を隠しながら冷静に答えます。

 

「今回は大将ではなく先鋒なのですね?」

 

「ま、まあ、数ある勝利へのプランから最善手を選んだ結果さ」

 

「そうですか……次、お願いします」

 

「では、次は東口ゲートから入場の、1回戦Bブロックを、抽選の結果一位で通過したチーム『剛腕』、ラティウスと深いつながりを持つ、フランソワだ! リポーターのシャクさん、お願いします」

 

「はい! こちらシャクです! フランソワ選手、意気込みの程ををお願いします!」

 

「ウホ!」

 

「えっと……」

 

「余計な言葉は不要! ただただ勝つのみだ! と言っている」

 

 後方からラティウスさんの声が聞こえてきます。

 

「ええっ⁉ 発音の短さのわりにセンテンス長くないですか⁉」

 

「そう言っているのだからしょうがないだろう」

 

「そ、そうですか……先鋒ということですが!」

 

「ウホウホウッホ、ウホホ、ウッホッホ……」

 

「特に意識はない、そうだ」

 

「こ、今度は短い……そ、そうですか………お、お返しします!」

 

「続いて、南口ゲートから入場は、1回戦Cブロックを二位で通過したチーム『赤点』、北方からきた巨人フレデリックだ! リポーターのヌーブさん、よろしくお願いします」

 

「は、はい! こ、こちらヌーブです! フ、フレデリック選手、意気込みを!」

 

「……1回戦では不甲斐ないところを見せてしまったからな。種族としての誇りもある、汚名返上したいところだな」

 

 筋骨隆々の肉体を布で包んだ金髪の男性が自信満々の口調でお話しされます。

 

「せ、先鋒に変わった意味は?」

 

「さあな……相も変わらず封印されていたからな」

 

「チ、チームとしてのお考えでしょうか……?」

 

「アナスタシアは案外頭が回るが、奴の考えではないだろう……アンナの考えだろうな」

 

「で、では、改めてこの準決勝、いかがでしょうか!」

 

「もはや油断もない……誰も俺を止められん!」

 

 フレデリックさんが叫ぶと、周りが振動します。

 

「は、迫力たっぷりの勇ましいコメントを頂きました! お、お返しします!」

 

「最後に、西口ゲートから入場は、1回戦Dブロックを一位で通過したチーム『龍と虎と鳳凰』、東方の高名な寺院の修行僧、ゲンシンの登場だ! それではリポーターのフルカさん、お願いします!」

 

「はい~こちらフルカ~。ゲンシン選手、調子はどう~?」

 

「悪くはないっスよ!」

 

「今日は先鋒なんだね~」

 

「特に意味はないっスけどね! ソウリュウの気分の問題っス!」

 

「なるほどね~じゃあ、お返ししま~す」

 

「さあ、四人がリングに上がろうとしています……解説は昨日惜しくも敗退したチーム『天界』のセーヴィさんにお願いしています。セーヴィさん、先鋒戦、どう見ますか?」

 

「注目はやはりあの巨人、フレデリックですね……」

 

「マッチョな肉体ですよね~」

 

「ええ、惚れ惚れとしてしまいます……って、そこではありません!」

 

 セーヴィさんが慌てて否定します。会場中から困惑の視線が注がれます。

 

「あ、違うんですか? では注目すべきポイントは?」

 

「ご、ご本人もおっしゃったように1回戦は本領を発揮出来たとは言い難いです。今回は油断もないとのこと……そうなるとその進撃を止めるのは容易くはないでしょう……」

 

「なるほど。おっと四人がリングに上がった……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「さあ! 手加減はしないぜ! 怪我したくないならリングアウトを選びな!」

 

「フレデリック、吼えた! リングだけでなく、会場が文字通り揺れます!」

 

「……出来ればそうしたいのだけどね!」

 

「む!」

 

「おっと! シルヴァンが果敢に向かっていくぞ! ジャンプした!」

 

 シルヴァンさんがフレデリックさんに向かって飛びかかります。

 

「ははっ! その度胸は買うぞ、色男!」

 

「ついでにこれも貰ってくれよ! 『蔦生える』!」

 

「ぬおっ⁉」

 

「おおっと⁉ シルヴァンの両手から生えた無数の木の蔦がフレデリックの巨体のありとあらゆるところに絡みつく⁉」

 

「植物系統の魔法ですわね……ここまでの練度とは……」

 

 セーヴィさんが感心したように呟きます。

 

「ぐおっ⁉ な、なんのこれしき……」

 

「取ろうとすると、それだけ余計に絡みつくよ!」

 

「うぐっ!」

 

「首が締まったな! ……くっ、落ちろ!」

 

「……!」

 

「フレデリック、落ちたぞ! リングの外に倒れ込む!」

 

「これは番狂わせですわね……」

 

「フレデリック、敗北! 0ポイント!」

 

「ウホッ!」

 

「あっと! シルヴァンにフランソワが襲いかかる!」

 

「連戦はしんどいが……『森盛り』!」

 

「シルヴァン! リング上に小規模の森を発生させた!」

 

「抜け出すのはなかなか厄介だよ! って⁉」

 

「ホッ!」

 

「このような小細工……森の賢者相手に無駄なことだ! と、言っているぞ!」

 

 ラティウスさんが叫びます。ホッ!としか言ってないと思うのですが。

 

「ウホッ!」

 

「ぐはっ!」

 

「……シルヴァン、敗北! 1ポイント!」

 

「シルヴァン、フランソワのパワーに屈した!」

 

「巨人相手に力を使いすぎましたわね……もっと練度の高い魔法を出せればあるいは……」

 

 セーヴィさんが冷静に解説します。実況の方が不思議そうに彼女を見つめます。

 

「……魔法にお詳しいのですか?」

 

「そりゃあ魔女ですから」

 

「またまた御冗談を」

 

「だから冗談じゃありませんわよ! なんで誰も……ん⁉」

 

「『炎上鼓舞』!」

 

「ウッホ⁉」

 

「炎はやっぱり苦手みたいっスね! 隙有りっスよ! 喰らえ、『虎牙炎拳』!」

 

 フランソワさんの懐に素早く入り込んだゲンシンさんが上下同時に放った鋭い拳がフランソワさんの顎に当たり、フランソワさんは倒れ込みます。審判が宣告します

 

「フランソワ、敗北! 2ポイント! よって、ゲンシン、勝利! 3ポイント!」

 

「せ、先鋒戦は電光石火の決着! 勝者はチーム『龍と虎と鳳凰』のゲンシンだ! セ、セーヴィさん、どうでしたでしょうか?」

 

「炎の虎の力や魔法があるとはいえ、巨人や力が上の種族に臆さずに立ち向かうとは……人間の強さの本質とはその勇敢さにあるのかもしれませんわね……」

 

 セーヴィさんが感嘆の声を上げます。



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第8話(3)準決勝Bブロック中堅戦

「さあ、続いて中堅戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「チーム『悪役令嬢』、ルッカ選手、意気込みをお願いします……」

 

「と、とにかく3ポイントを取りに行くだけだぜ!」

 

「ありがとうございます……次、お願いします」

 

「はい! チーム『剛腕』、ガルシア選手、意気込みの程をお願いします!」

 

「ふん、好き勝手に暴れるだけだ……」

 

「ありがとうございます! 次、お願いします!」

 

「は、はい! チーム『赤点』、ア、アンナ選手、意気込みを!」

 

「ベストを尽くします……」

 

「と、とても冷静なコメントを頂きました! つ、次、お願いします!」

 

「はい~チーム『龍と虎と鳳凰』、ウンガン選手、今どんな感じ~?」

 

「ゲンシンが3ポイント取ってくれただで、この流れをつなぎたいね~」

 

「なるほどね~じゃあ、お返ししま~す」

 

「さあ、四人がリングに上がろうとしています……解説は昨日惜しくも敗退したチーム『狐の目』のタカさんにお願いしています。タカさん、よろしくお願いします」

 

「……よろしく」

 

「この中堅戦、どう見ますか?」

 

「……予想が難しいな」

 

「ちゅ、注目選手などはいらっしゃいますか?」

 

「……ガルシアの捲土重来を期待する」

 

「け、けんど? ちょ、ちょうらい?」

 

 実況の方が固まってしまいます。わりと今回も解説者の人選ミスだと思います。

 

「……はじまるぞ」

 

「お、おっと四人がリングに上がった……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「おらあっ!」

 

「!」

 

「あっと、いきなりルッカがウンガンに仕掛けに行ったぞ!」

 

「3ポイント取られたら、勝ち抜け決定だからな! そうはさせねえぜ! 『火蹴』!」

 

 ルッカさんが火を纏った蹴りを操り出します。

 

「ふん!」

 

「おあっ⁉ 熱っ⁉」

 

「ウンガンが拳を振り上げると、ルッカが転がった! これはどういうことか⁉」

 

「鳳凰の炎で火の魔法を相殺したか……」

 

 タカさんが小声で呟きます。

 

「ふ~ん……今のを熱いくらいで済ませられるとは……なかなかの火の使い手だで……さて、今度はこっちから仕掛けさせてもらおうかな……」

 

 ウンガンさんが倒れ込むルッカさんに歩み寄ります。

 

「ぐっ……」

 

「おい、太っちょ! 俺が相手だ!」

 

「む!」

 

「おっと! 今度はガルシアが仕掛けるぞ!」

 

「炎とこの肉の防壁を破れるかな~」

 

 ウンガンさんがご自分のお腹をポンと叩くと、炎がその周囲に吹き上がります。炎のバリアが張られたような状態になります。そして、ガルシアさんに向き直ります。

 

「おらおらっ!」

 

「ぐほっ⁉」

 

「ガルシアの猛ラッシュ! ウンガン、たまらず崩れ落ちる!」

 

「ば、馬鹿な……燃え盛る炎に躊躇なく手足を突っ込んでくるなんて……」

 

「燃やされるなんて日常茶飯事だったからな……その程度どうってことはねえ」

 

「な、なるほど、噂に違わぬなかなかのバーサーカーぶり……これは余裕をかましている場合ではないようだで……」

 

「ウンガン、なんとか立ち上がったぞ!」

 

「ふん、案外タフだな……だが、これで終わりだ!」

 

「くっ!」

 

「ん?」

 

「ウンガン、鳳凰の姿に変わったぞ!」

 

「それを待っていました……」

 

「⁉ しまっ……」

 

「な、なんと! ウンガンが消えた!」

 

「なるほどな……」

 

 タカさんが一人頷かれます。実況の方が声を上げます。

 

「お一人で納得してないで、解説して下さいよ!」

 

「……巨人を封じ込めた封印魔法を使ったのだろう」

 

「そ、そうなると勝敗はどうなるんですか……?」

 

「それは知らん。そちらの方が把握しているのではないか?」

 

「そ、それは……あ、あっと! ガルシアがアンナに襲いかかる!」

 

「水を差してくれたな! 女だからって容赦はしねえぞ!」

 

「まあ、そうでしょうね」

 

 アンナさんが小瓶の口をガルシアさんに向けます。ガルシアさんが立ち止まります。

 

「む! 俺も封印しようってか? 出来るものならやってみな!」

 

「私は別にチンピラコレクターではありませんので……」

 

「チ、チンピラだと⁉」

 

「失礼、珍品の言い間違いでした」

 

「同じことだ!」

 

 ガルシアさんがアンナさんに接近します。

 

「そこまで接近してくれると助かります……!」

 

「むっ⁉」

 

 アンナさんの小瓶から凄まじい熱風が吹き出しました。ウンガンさんはリング外に転がり、熱風をもろに喰らったガルシアさんはうつ伏せに倒れ込みました。タカさんが頷きます。

 

「ふむ、そう来たか……」

 

「いや、だから! 解説をして下さいよ!」

 

「……あれも封印魔法とやらの応用形だろう。捕えた鳳凰を一気に解放したのだ」

 

 実況の方に促され、タカさんは淡々と解説します。

 

「思った以上の熱風でしたね……大変参考になりました」

 

 アンナさんが冷静に呟きます。審判が宣告します。

 

「ウンガン、敗北! 0ポイント! ガルシア、敗北! 1ポイント!」

 

「さあ、リング上にはアンナとルッカが残ったぞ!」

 

「そらっ!」

 

「!」

 

 ルッカさんの攻撃をアンナさんが躱します。ルッカさんが笑います。

 

「避けやがったか……最低限の体術の心得はあるみてえだな……ただ、今のは加減してやったんだ! 次の攻撃は躱せねえぞ! さっさと降参した方が身のためだぜ!」

 

「……お気遣いなく、やりようはいくらでもあるので」

 

「後悔すんなよ!」

 

「……」

 

「なっ⁉」

 

 ルッカさんだけでなく、会場中が驚きました。アンナさんの姿がリング上から忽然と消えたのです。タカさんがいち早くなにかを察します。

 

「なるほどな……」

 

「はっ!」

 

「がはっ!」

 

 アンナさんが残っていた小瓶から勢いよく飛び出し、ルッカさんの鳩尾に拳を入れます。思わぬ攻撃を喰らったルッカさんは力なく倒れ込みまず。

 

「ルッカ、敗北! 2ポイント! よって、アンナ、勝利! 3ポイント」

 

「ちゅ、中堅戦は衝撃の決着! 勝者はチーム『赤点』のアンナだ! タ、タカさん、どうでしたでしょうか?」

 

「まさか自らを封印するとはな……知識だけに囚われない柔軟な思考……正直恐れ入った」

 

 タカさんが心底感心したように呟きます。



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第8話(4)準決勝Bブロック大将戦

「さあ、続いて大将戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「チーム『悪役令嬢』、ティエラ選手、意気込みをお願いします……」

 

「今は4チーム横一線で3ポイント! 2ポイント以上を確実に取ります!」

 

「……冷静な現状判断ありがとうございます……次、お願いします」

 

「はい! チーム『剛腕』、ラティウス選手、意気込みの程をお願いします!」

 

「フランソワもガルシアも苦戦を強いられた。ままならないのが人生だ。私が取り返す」

 

「ありがとうございます! 次、お願いします!」

 

「は、はい! チーム『赤点』、ア、アナスタシア選手、意気込みを!」

 

「アンナが望みをつないでくれた。この流れを無駄にするつもりはないぜ!」

 

「と、とても熱いコメントを頂きました! つ、次、お願いします!」

 

「はい~チーム『龍と虎と鳳凰』、ソウリュウ選手、今どんな感じ~?」

 

「要は3ポイント取ればいいのだろう、分かりやすくて助かる」

 

「落ち着いてるね~じゃあ、お返ししま~す」

 

「さあ四人がリングに上がろうとしています……解説は昨日惜しくも敗退したチーム『魔法>科学』のヴァレンティナさんとチーム『怒髪天』のディーディーさんにお願いしています。まずはヴァレンティナさん、この大将戦、どう見ますか?」

 

「4チームとも3ポイントで横一線です。つまり自分より最低でも二人は蹴落とさなければなりません。どのタイミングで誰が誰に仕掛けるのかが注目ポイントですね……」

 

「なるほど、例えば誰が仕掛けるでしょうか?」

 

「各々の性格なども踏まえると、アナスタシア選手あたりがかき回すのかと……ラティウス選手やソウリュウ選手などはじっくり様子を見て行きそうですね」

 

「ふむ……ティエラ選手はいかがでしょうか?」

 

「正直1回戦ではほとんど何も出来ていませんでした……その反省をどのように活かすのか……果敢に攻めるか、慎重に様子を伺うのか……案外キーパーソンかもしれません」

 

「ありがとうございます……ディーディーさんはいかがでしょうか?」

 

「HAHAHA! これだけ多くのギャラリーが注目しているんだ! とにかくド派手なフィーバーを期待するぜ!」

 

「フ、フィーバーですか……?」

 

 ディーディーさんのハイテンションぶりに実況の方は若干引き気味になります。

 

「ああ、俺もここで暴れまくるぜ、YEAH‼」

 

「い、いや、ここで暴れられると困るのですが……」

 

「始まるようですよ……」

 

「お、おっと四人がリングに上がった……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「別に恨みはねえが、消えてもらうぜ!」

 

「⁉」

 

「アナスタシアがティエラに迫る!」

 

「おらっ!」

 

「くっ!」

 

 わたくしはなんとかアナスタシアさんの繰り出したパンチを躱します。

 

「へえ……ただのお嬢様ではねえみてえだな、これはどうかな?」

 

「むっ⁉」

 

「アナスタシアが猛然とラッシュを仕掛ける!」

 

「ちっ⁉ 当たらねえ⁉」

 

 わたくしは冷静にアナスタシアさんの連続攻撃を躱します。意外と言ったら失礼かもしれませんが、わりと規則正しいリズムで攻撃されてくるので、予測しやすいのです。しかし、このままジリ貧です。わたくしは後方に跳んで、あえて距離を取って反撃します。

 

「『土制覇』!」

 

「『気合』!」

 

「はっ⁉」

 

 わたくしは驚きました。わたくしの放った土魔法の衝撃波をアナスタシアさんが直立不動で受け止めたのです。アナスタシアさんが語りはじめます。

 

「アタシはここから北東にある国の名門魔法学園の学生でな……落第生扱いだけどよ」

 

「は、はあ……」

 

「魔法に関する知識はさっぱりだが、ある程度の耐性はついた!」

 

「だ、だからと言って気合でどうにかなるものですか⁉」

 

「なっちまったもんはしょうがねえだろう!」

 

「アナスタシアのこの言葉! いかがでしょうか、ヴァレンティナさん?」

 

「極めて非科学的ですね……まあ、そもそも魔法を科学に当てはめて論じるのがナンセンスですが……彼女は元々魔法に耐性のある特異体質なのかもしれません」

 

「HAHAHA! 良いノリしてるぜ、銀髪の彼女! そう! 世の中ってのは案外ノリでなんとかなっちまうもんなのさ!」

 

 ディーデイーさんの上機嫌な言葉が耳に入ってきますが、わたくしとしてはそれどころではありません。魔法が通用しないのであれば、戦い方を練り直さなければなりません。

 

「考える隙は与えねえ!」

 

「しまった⁉」

 

 アナスタシアさんがわたくしの懐に入ってきます。わたくしはガードしようとします。

 

「……まとめてケリをつけよう、『龍王烈火拳』‼」

 

「「⁉」」

 

 ソウリュウさんの拳から放たれた赤いドラゴンのような形状をした衝撃波がわたくしとアナスタシアさんを襲います。

 

「『怒土百々』!」

 

 わたくしは地面を砕き、跳ね上がったいくつかの土塊で衝撃波をなんとか凌ぎます。

 

「何⁉」

 

「えっ⁉」

 

 技を繰り出したソウリュウさんもわたくしも驚きます。アナスタシアさんが腕組みをしたまま、ソウリュウさんの攻撃を耐えてみせたのです。

 

「……『根性』!」

 

「わ、技を出したみたいに言うな! 単なるやせ我慢だろう! 次こそ決める!」

 

「ソウリュウがドラゴンと化して、アナスタシアとティエラに迫る!」

 

「未来ある若人たちがこれ以上潰し合うのは忍びない……『剛拳』!」

 

「「「⁉」」」

 

「おおっと、沈黙を保っていたラティウスがその剛腕を一振り! 凄まじい衝撃波が発生! リングの半分を覆い尽くす!」

 

「HAHAHA! まったくクレイジーなおっさんだぜ!」

 

「ど、どうなった……? 煙が晴れていく……おっと⁉ アナスタシアとソウリュウがリング外に! ティエラがかろうじてリング上に残っている! こ、これは一体?」

 

「記録した映像を巻き戻して確認します……」

 

「え、そ、そんな事が出来るんですか?」

 

「……確認終了しました。ラティウス選手の一撃をほとんど無防備だったアナスタシア選手と、警戒薄だったソウリュウ選手がまともに喰らってしまい、リング外に吹き飛ばされました。一方、寸前で気付いたティエラ選手は土系統の魔法を繰り出して、バリアのようなものを発生させ、衝撃を幾分緩和することに成功した模様です」

 

「そ、そうですか……」

 

「HAHAHA! まさかそんな便利な機能があるだなんて、お姉ちゃんを一家に一人は欲しいところだね!」

 

「ご注文はアルバートエレクトロニクスまでお願いします。やや値が張りますが……」

 

「HAHAHA! 褒めてもディスカウントされないか! 参ったね、これは!」

 

「ディーディーさん、ちょっと黙っていて下さい! 審判が駆け寄るぞ!」

 

「アナスタシア、ソウリュウ、敗北! よって、ラティウス、ティエラ、勝利!」

 

「審判の宣告が出ました! ……ということはこの時点で、準決勝Bブロックの勝者はチーム『剛腕』、『悪役令嬢』に決定! この2チームが明日の決勝に進出です!」

 

 実況の方が興奮気味にアナウンスし、会場が大いに沸きたちます。ラティウスさんがわたくしに話しかけてきます。

 

「ガーニ家の御令嬢がここまでやるとは正直驚きだ」

 

「むしろ卿の剛力に驚かされました……」

 

「はっはっは、流人生活で少々鍛え過ぎたかな? 明日もよろしく」

 

「お、お手柔らかにお願いしますわ……」

 

 ラティウスさんが去った後、力果てたわたくしはリングに寝転がりました。



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第9話(1)決勝先鋒戦

                  9

 

「さあ! いよいよ始まります! 『レボリューション・チャンピオンシップ』決勝! このクーゲカのコロシアムに詰め掛けた大観衆のボルテージも最高潮であります!」

 

「うおおおおっ!」

 

 実況の方の叫びに呼応し、観衆の皆さんが獣のようなうなり声を上げられます。コロシアムが激しく揺れるのをわたくしは控室で感じます。

 

「あらためてですが試合の形式を確認します! 1チーム1人ずつがリングに上がり、4人で行うバトルロイヤルに臨みます! リングアウトや戦闘不能状態に陥った場合や目潰しや急所を狙った攻撃を行った場合などは負けとみなします! 4人の内、最後まで勝ち残っていた選手に3ポイント、次いで2ポイント、1ポイント、0ポイントという配分になります。計3試合行い、合計ポイントで争います! 合計ポイントが一番多いチームが優勝です。優勝チームには、本日ご来場頂いております大会主催者のイフテラム卿からの優勝トロフィーの授与と……」

 

「だから、んなこたあいいから早く始めろ!」

 

「おお、そうだ、そうだ!」

 

「お、おっと、観客の方々は早くもヒートアップしております! えっと……あ、準備出来た? ご、ごほん、それでは皆様お待ちかね! 『レボリューション・チャンピオンシップ』決勝、先鋒戦、選手の入場です‼」

 

「おおおおおっ!」

 

「まずは北口ゲートから入場は、チーム『悪役令嬢』、名門貴族のムビラン家の者でありながら、何故か悪名高いガーニ家のティエラと行動を共にしているルッカだ! リポーターのマールさん、お願いします」

 

「はい、こちらマールです……。ルッカ選手、意気込みをお願いします……」

 

「少し引っかかるアナウンスだったが……まあいい」

 

「今回は先鋒なのですね?」

 

「チームに勢いを与える……それは俺にしか出来ねえからな」

 

「そうですか……次、お願いします」

 

「では、次は東口ゲートから入場のチーム『剛腕』、森の賢者、フランソワだ! リポーターのシャクさん、お願いします」

 

「はい! こちらシャクです! フランソワ選手、意気込みの程をお願いします!」

 

「……ウホウッホウホ……」

 

「やることは変わらない、全力を尽くすのみ、だそうだ」

 

 フランソワさんの側に立つラティウスさんが代わりに話します。

 

「今回は先鋒ということですが!」

 

「ウホウホッ!」

 

「自ら志願した、大事な決勝の初戦だからチームに勢いをもたらしたい、だぞうだ」

 

「ほ、本当にそんな長い言葉を……? お、お返しします!」

 

「続いて、南口ゲートから入場は、チーム『武士と戦士と騎士』、不思議な生き物テュロンを連れた女戦士ウヌカルだ! リポーターのヌーブさん、よろしくお願いします」

 

「は、はい! こ、こちらヌーブです! ウ、ウヌカル選手、意気込みを!」

 

「……まあ、とにかく勝つだけだ」

 

「こ、今回も先鋒ですね?」

 

「そうだな。特に意味はないが、強いて言うなら勢いづけたいところだな」

 

「テ、テュロンちゃんの人気が上がっています。一言お願い出来ないでしょうか……?」

 

「? 意外なことを言うな……おい、テュロン」

 

 ウヌカルさんは自身の右肩にちょこんと乗っているテュロンに促します。

 

「キュイ?」

 

「……これでいいか?」

 

「あ、愛嬌たっぷりの可愛らしいコメント頂きました! お、お返しします!」

 

「最後に、西口ゲートから入場は、チーム『覆面と兄弟』、この国有数の有力貴族サタア家の実力派兄弟の弟、ブリッツの登場だ! リポーターのフルカさん、お願いします!」

 

「はい~こちらフルカ~。ブリッツちゃん、調子はどんな感じ~?」

 

「ちゃ、ちゃんって⁉ ……良い感じだよ」

 

「今日は先鋒なんだね~」

 

「兄貴が先鋒だといまいち勢いがつかないからね……順番を変えてみたよ」

 

「なるほどね~それじゃあ、お返ししま~す」

 

「さあ、四人がリングに上がろうとしています……解説は昨日惜しくも敗退したチーム『バウンティハンター』のダビドさんにお願いしています。ダビドさん、この先鋒戦はどうご覧になりますか?」

 

「各々のコメントにもあったように勢いをつけたいところだからな……誰が最初に、誰に対してどのように仕掛けるかが注目だな」

 

「……」

 

「なんだよ? 人の顔をじっと見て」

 

「……いや、意外とまともなコメントをされるなって思いまして」

 

「普通だろ、これまでの解説者の人選がおかしいんだよ」

 

 それはダビドさんの言う通りだと思います。

 

「おっと、四人がリングに上がった……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「仕掛けるぞ……テュロン!」

 

「キュイ!」

 

「ウヌカルとテュロンのコンビが出足鋭く、フランソワに襲いかかる!」

 

「ウッホ!」

 

「はっ!」

 

「キュイイ!」

 

「テュロンが巨大化し、フランソワに噛み付く! ウヌカルは上に飛んだ!」

 

「大猩猩……こうして間近で見るのは初めてだが、生き物なら頭が弱点だろう!」

 

「ウホホ!」

 

「ぬっ⁉」

 

「あっと! フランソワ、テュロンを叩き伏せると、もう片方の腕でウヌカルを迎撃する!」

 

「ちいっ! 流石にこの程度の揺さぶりは通用せんか……テュロン!」

 

「キュ、キュイ!」

 

 ウヌカルさんの呼びかけにテュロンが即座に声を上げます。

 

「大丈夫そうだな……一旦、体勢を立て直し……⁉」

 

「おらあっ!」

 

「そら!」

 

「ルッカがテュロンに、ブリッツがウヌカルに襲いかかる!」

 

「なっ!」

 

「お前ら主従が分かれるところを狙っていたぜ!」

 

「くっ、まずはこちらを潰しにきたか……」

 

「そういうこと! 女の子相手にあまり気が進まないけど!」

 

「半人前が余計な気を遣わなくて良い!」

 

「⁉ 言ったな! 喰らえ、『雷迅脚』!」

 

「はっ!」

 

 ブリッツの左脚での鋭い蹴りをウヌカルさんは短刀で難なくさばきます。

 

「行くぜ! うおっ⁉」

 

「キュイイイ!」

 

「し、しまった⁉」

 

「おおっと! ルッカが足を滑らせて転んだ隙にテュロンがルッカを抑えつけたぞ!」

 

「キュイ! キュイ!」

 

「……なんてな、すばっしっこいから、逆に引き付けさせてもらったぜ……」

 

「キュイ⁉」

 

「俺は本来、動物愛護主義者なんだが……悪く思うなよ……『火殴』!」

 

「キュイイー⁉」

 

 ルッカさんの振るった火の拳が腹部に突き刺さり、テュロンは悲鳴を上げます。

 

「テュロン⁉」

 

「隙有り! 『雷電脚』!」

 

「がはっ! さ、さきほどとは違う技だと……?」

 

「生憎半人前なもので、まだ上手く使い分け出来ないんだよね」

 

「ぐぅ……」

 

 ウヌカルさんがうつ伏せに倒れ込みます。審判が駆け寄ります。

 

「ウヌカル、敗北! 0ポイント!」

 

「こ、これは思わぬ展開ですね、ダビドさん!」

 

「ウヌカルちゃんにとっては早く動き過ぎたのが仇になったか……」

 

 起き上がったルッカさんがブリッツに話しかけます。

 

「さて、次はてめえとの因縁だが……」

 

「因縁……? ああ、もしかして俺にボコボコにされたこと?」

 

「生意気な……てめえはここで倒してやる。だが……」

 

「「その前に!」」

 

「ホッ⁉」

 

「ああっと! ルッカとブリッツが同時にフランソワに飛びかかる!」

 

「恨みはねえが!」

 

「先に消えてもらうよ!」

 

「ウホホホッ!」

 

「なんだ⁉」

 

 フランソワさんがおもむろに足元の地面を砕き、土塊がいくつも飛び上がります。

 

「こ、これは、フランソワ! 土塊を防御に利用した!」

 

「いや、それだけじゃねえ!」

 

 ダビドさんが叫んだ次の瞬間、フランソワさんが土塊を足場代わりに使って器用に飛び移りながら、ブリッツに接近します。ブリッツは面喰らいます。

 

「なっ⁉」

 

「ウホー!」

 

「ぐはっ!」

 

「フランソワ、左腕一閃! ブリッツがリング外に吹き飛ばされた!」

 

「ブリッツ、敗北! 1ポイント!」

 

「ウ、ウッホホホー!」

 

「何⁉ がはっ⁉」

 

「ルッカ、仰向けに倒れこんだぞ! 何があった⁉」

 

「ゴリ……ラティウス卿の奥方が目にも止まらぬ速さで複数の土塊を殴り飛ばし、赤髪の兄ちゃんに当てたんだ……身体能力の高さだけでなく、器用さも併せ持っているな……」

 

 ダビドさんが冷静に解説します。審判が宣告します。

 

「ルッカ、敗北! 2ポイント! よって、フランソワ、勝利! 3ポイント!」

 

「せ、先鋒戦は驚愕の決着! 勝者はチーム『剛腕』のフランソワだ! ダ、ダビドさん、いかがでしたでしょうか?」

 

「まさに剛腕炸裂だったな……正直相手にしなくて助かったぜ……」

 

 ダビドさんがそう言って胸を撫で下ろします。



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第9話(2)決勝中堅戦

「さあ、続いて中堅戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「チーム『悪役令嬢』、シルヴァン選手、意気込みをお願いします……」

 

「……とにかく3ポイントを取りに行くだけだよ」

 

「ありがとうございます……次、お願いします」

 

「はい! チーム『剛腕』、ガルシア選手、意気込みの程をお願いします!」

 

「ふん、好きなように暴れるだけだ……」

 

「ありがとうございます! 次、お願いします!」

 

「は、はい! チーム『武士と戦士と騎士』、セ、セリーヌ選手、意気込みを!」

 

「3ポイントを狙いにいく……」

 

「と、とても堅実なコメントを頂きました! つ、次、お願いします!」

 

「はい~チーム『覆面と兄弟』、エイスっち、今どんな感じ~?」

 

「エイスっちって……3ポイントを取りにいきます」

 

「なるほどね~じゃあ、お返ししま~す」

 

「さあ、四人がリングに上がろうとしています……解説は昨日惜しくも敗退したチーム『近所の孫』のシャーロットさんにお願いしています。シャーロットさん、どうぞよろしくお願いします」

 

「よろしく!」

 

「この中堅戦ですが、どう見ますか?」

 

「ガルシアに3ポイント取られたら終わっちゃうわ! まずは潰しに行くでしょ!」

 

「た、確かに……」

 

「ふふん、至極簡単な推理よ!」

 

「ということは、3対1という状況もあり得るわけですね」

 

「そうね! ルール的には何の問題もないし! 逆にガルシアがそれをどう潜り抜けるのかが注目ポイントね!」

 

「な、なるほど……いやはや、お嬢さんなのにしっかりしていますね……」

 

「だから! 私は立派なレディーよ!」

 

 実況の方に対して、シャーロットさんが文句を言います。ですが、その様子はやはりお転婆なお嬢様に見えます。

 

「おっと、四人がリングに上がった……審判が今、開始の合図を出しました!」

 

「バレバレだけど……勝たれたら試合が終わっちゃうしね! 『蔦生える』!」

 

「うぐっ!」

 

「シルヴァンが蔦を生やして、ガルシアの体を縛り付ける!」

 

「速やかにご退場頂きます! 『氷突』!」

 

「そこにエイスが氷を棒状にしたものを生やして突っ込む!」

 

「特に打ち合わせてはいないだろうけど、自然な連携プレーね!」

 

 シャーロットさんが感心します。エイスさんが声を上げます。

 

「先端部分は丸くしてありますから、そこまで痛くはないはずです!」

 

「ふん!」

 

「なっ!」

 

「あっと! ガルシアの腹部を狙ったエイスの氷の棒が粉々に!」

 

「腹筋で氷を砕いたわ!」

 

「甘いな……突き刺すくらいの気持ちで来い! おらあっ!」

 

「ぐはっ!」

 

 ガルシアさんの頭突きがエイスさんの肩に炸裂し、エイスさんが倒れ込みます。

 

「ちっ! これはあまり使いたくないんだけど!」

 

「おおっと! シルヴァンの蔦がガルシアの首にも巻き付こうとする!」

 

「昨日の準決勝みたいに締め落とす気ね!」

 

「させるかよ!」

 

「はっ⁉」

 

「ガ、ガルシア! 蔦を噛み千切った!」

 

「や、野生的ね……」

 

「おらあっ!」

 

「どあっ⁉」

 

 ガルシアさんが蔦を振り回し、シルヴァンさんは投げ飛ばされます。

 

「ふん……複数でかかってくるとは、坊っちゃんどもにしては思い切った方だが、詰めが甘いな……どこかお行儀の良さを捨てきれていねえ……」

 

 ガルシアさんは首を回して、首の骨をポキポキと鳴らします。

 

「……」

 

「セリーヌがガルシアにゆっくりと歩み寄ります!」

 

「……坊っちゃんどもに合わせて、同時に斬りかかってくれば良かったのによ。大陸中央騎士団所属だったんなら、それくらい容易いことだろう?」

 

「……いくらルール上問題ないと言っても、試合でそういった行動をとるのは私のプライドが許さない……モンスター討伐ではないのだからな」

 

「はっ! くだらねえプライドだな! サシで俺に勝てるとでも⁉」

 

「ガルシアがセリーヌに猛然と襲いかかる!」

 

「はっ!」

 

「うおっ……!」

 

 ガルシアさんとセリーヌさんが交錯し、ガルシアさんがうつ伏せに倒れ込みます。

 

「な、なにが起こったのでしょうか?」

 

「すれ違い様に複数の急所をサーベルで的確に突いたのよ……あのスピードでそれを行うなんて……流石は大陸中央騎士団ね……」

 

 シャーロットさんが唸ります。サーベルを構え直し、セリーヌさんが呟きます。

 

「突進力などは並のモンスターを遥かに凌駕しているが、動きの工夫が並のモンスターより遥かに劣るな……と言っても聞こえていないか……審判、宣告を」

 

「ガルシア、敗北! 0ポイント!」

 

「『蔦生える』!」

 

「むっ⁉」

 

「ああっと! シルヴァン、蔦を伸ばし、セリーヌからサーベルを取り上げた!」

 

「流石の剣さばきだが、剣が無ければどうにもならないだろう!」

 

「確かに少し困るな……あくまでも少しだがな!」

 

「のあっ!」

 

 セリーヌさんが物凄い力で蔦を引っ張り、シルヴァンさんを自らの近くまで半ば強引に引き寄せます。

 

「そもそも鍛え方が違うのだ!」

 

「どはっ……!」

 

「セ、セリーヌの強烈なパンチがシルヴァンの腹部へ入った! シ、シルヴァンはその場に力なく崩れ落ちます! 審判が駆け寄る!」

 

「シルヴァン、敗北! 1ポイント!」

 

「ふむ……」

 

 セリーヌさんが遠くに落ちたサーベルを拾いにスタスタと歩き出します。

 

「隙有り! 『氷剣』!」

 

「⁉」

 

「おあっと! エイスが剣状の氷を発生させ、セリーヌに背後から斬りかかる!」

 

「覚悟! ⁉」

 

「ふ、ふん……」

 

 エイスさんだけでなく、会場中が驚きます。セリーヌさんが素手でエイスさんの氷の剣を受け止めたからです。

 

「そ、そんな……」

 

「『シラハドリ』だ、『ムトウドリ』とも言うのだったか? モンジュウロウに教わったのがここで役に立ったな……はっ!」

 

「ぐおっ⁉」

 

 セリーヌさんの鋭いキックが決まり、エイスさんが倒れ込みます。

 

「背後から声をかけるとは……ガルシアの言う通り、少しお行儀が良過ぎだな……」

 

「エイス、敗北! 2ポイント! よって、セリーヌ勝利! 3ポイント!」

 

「ちゅ、中堅戦は怒涛の決着! 勝者はチーム『武士と戦士と騎士』のセリーヌだ! シャ、シャーロットさん、どうでしたでしょうか?」

 

「冷静な戦いぶりが光ったわね……剣なしでも強いとは……流石の一言ね」

 

 シャーロットさんが腕を組んで深々と頷きます。



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第9話(3)決勝大将戦開始

「お疲れ様でした」

 

 わたくしは控室に戻ってきたシルヴァンさんを労います。

 

「面目ない、準決勝に続いて1ポイントとは……」

 

「いえ、ガルシアさんに3ポイント奪われなかっただけ上々です」

 

「そう言ってもらえると助かるよ……うっ」

 

 シルヴァンさんがお腹のあたりを抑えます。

 

「早く医務室へ」

 

「いや、その前に……大将戦についての考えを聞きたい……一体どのような作戦を考えているんだい?」

 

「それは……まあ、流れに任せてというか……」

 

「それはどうかと思うよ」

 

「同感だ」

 

 シルヴァンさんがわたくしの曖昧な返答を切って捨て、ルッカさんも同調します。

 

「で、では、どうすれば? もちろんわたくしなりに分析してみましたが、大将戦のメンバーの中でわたくしが一段も二段も格が落ちます」

 

「……現状ポイントは4チームとも3ポイントで横一線だ。つまり焦ってポイントを取りに行く必要はないってことだ」

 

「ふむ……」

 

 シルヴァンさんの言葉にわたくしは頷きます。ルッカさんが口を開きます。

 

「まずは様子見が最善手だと思うぜ、不用意に動いた方が負ける」

 

「や、やはり、そうでしょうか?」

 

「見たところサムライもそこまで積極的に行く方じゃねえ、剛腕のおっさんもドンと構えるタイプだ、動きが読めねえのがあの覆面だが……まあ、リスクは冒さないんじゃねえか?」

 

「なるほど……」

 

 わたくしはルッカさんの分析に頷きます。シルヴァンさんが再び口を開きます。

 

「あの覆面が鍵を握ってくるだろうね。まずあの選手に注意を払った方が良いと思うよ」

 

「う~ん、謎が多い選手なのですよね……ここまで見てきて水系統の魔法の使い手だということくらいしか分かりません」

 

「その魔法もほぼ一種類しか使っていねえしな」

 

 ルッカさんが肩を竦めます。シルヴァンさんが腕を組んで呟きます。

 

「一番底が知れない選手だということか……それでもあのサムライの剣技やラティアス卿の剛腕を凌駕するものを持っているとまでは思えないけども」

 

「……」

 

 わたくしは心の中で『ポーズ』と唱え、続けて『ヘルプ』と唱えました。聞き覚えのある女性の声が脳内に聞こえてきます。

 

                  ♢

 

「はい、こちら転生者派遣センターのアヤコ=ダテニです。なにかお困りですか?」

 

「ティエラです。度々すみません、ご相談したいことがありまして……」

 

「大将戦の作戦ですか?」

 

「す、凄い! よく分かりましたね」

 

「大体の予想はつきます……」

 

「どうすればいいでしょうか?」

 

「私は格闘技の専門家ではありませんので……」

 

「わたくし、今、迷っているのです」

 

「聞いていませんね、こちらの話」

 

「当初はなんとなくその場の流れで戦おうという作戦を立てていたのですが……」

 

「それはまた……作戦と呼ぶのもおこがましいお考えですね」

 

 アヤコさんが呆れたように呟きます。

 

「そうですか?」

 

「そうですよ、実質ノープランみたいなものじゃないですか」

 

「作戦が無いのが作戦! みたいな……」

 

「正気の沙汰とは思えません」

 

「き、厳しいことをおっしゃいますね」

 

「真面目にお話を伺っている証です」

 

「チームのお二人からは反対されまして……お二人は揃って、慎重策をとるべきだと……」

 

「賢明なお考えだと思います」

 

「アヤコさんはどうお考えですか?」

 

「そうですね……下手に動くと、もしかすると、三人と順番に戦うことになりかねません。それこそ、その場の流れでね」

 

「三人と順に……」

 

「全員を倒さなければ優勝は出来ないわけですから。しかし、その場合、とても体力が持つとは思えませんね」

 

「そうですよね……」

 

「ですが、結局のところは……」

 

「え?」

 

「ティエラ様がどうされたいかということだと思います。迷ったのならご自身の直感に従うのが良いかと。その世界で多少なりとも経験を積まれてこられたわけですし」

 

「それは……」

 

「私から言えるのはこれくらいですね……すみません、他の相談者の方が待っておられますので、この辺で失礼します。ご健闘をお祈りしています」

 

「あ、ありがとうございます……『ポーズ解除』」

 

                  ♢

 

「おい、大丈夫かよ? いきなりボーっとして?」

 

「あ、ああ、ルッカさん、大丈夫です。シルヴァンさんは?」

 

「医務室に行ったよ。あそこからでも試合は見られるからな」

 

「そうですか、あ、そろそろ時間ですね、それでは行って参ります」

 

 わたくしはリングに向かいます。

 

「さあ、いよいよ大将戦です! 各リポーターさん! 選手の意気込みをお願いします!」

 

「チーム『悪役令嬢』、ティエラ選手、意気込みをお願いします……」

 

「……ここまで来たら優勝あるのみです!」

 

「……元気の良いお言葉ありがとうございます……次、お願いします」

 

「はい! チーム『剛腕』、ラティウス選手、意気込みの程をお願いします!」

 

「幾多の苦難を乗り越えここまで来た……後は栄光を取り戻すだけだ」

 

「ありがとうございます! 次、お願いします!」

 

「は、はい! チーム『武士と戦士と騎士』、モ、モンジュウロウ選手、意気込みを!」

 

「相手にとって不足無し……全力で臨む!」

 

「と、とても力強いコメントを頂きました! つ、次、お願いします!」

 

「はい~チーム『覆面と兄弟』、匿名希望選手、今どんな感じ~?」

 

「……いい感じだ」

 

「おっ、ちょっとノリ合わせてくれたね~じゃあ、お返ししま~す」

 

「さあ四人がリングに上がろうとしています……解説は昨日惜しくも敗退したチーム『赤点』のアンナさんとチーム『龍と虎と鳳凰』のソウリュウさんにお願いしています。まずはアンナさん、この大将戦、どう見ますか?」

 

「そうですね……恐らく慎重な立ち上がりになるでしょうね」

 

「慎重ですか?」

 

「ええ、これが最後の試合ですから、少しのミスが敗北に直結するわけです。よって大胆な策は取りにくいのではないかと」

 

「なるほど……ソウリュウさんはいかがでしょうか?」

 

「概ね同意見だ。まずは我慢比べになるだろうな……」

 

「そうですか……ううっ」

 

「ど、どうした、急に泣き出して?」

 

「い、いや、決勝は皆さんまともな解説をして下さってありがたいなと……」

 

「泣くほど辛かったのか……」

 

「色々とお疲れ様です。ハンカチをどうぞ」

 

「どうも……四人がリングに上がった! 審判が開始の合図を出しました!」

 

「はっ!」

 

「「「!」」」

 

「お、おっと! ティエラがいきなり動いたぞ!」



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第9話(4)決勝大将戦決着

「それっ!」

 

「ぐおっ⁉」

 

「ティエラの繰り出したキックがラティウスの顔面をとらえた!」

 

 手応えもとい足応えはありました。しかし、ラティウスさんはニヤッと笑います。

 

「なかなか鋭いキックだ……意表を突かれて反応出来なかったよ」

 

「効いていませんか⁉」

 

 わたくしは冗談めかして尋ねます。ラティウスさんも律儀に答えてくれます。

 

「少しばかり軽いな! ふん!」

 

「うおっ!」

 

「ラティウスが剛腕を一閃! ティエラが堪らず吹き飛ばされる!」

 

「いや、これは……」

 

「ああ……」

 

「ど、どうかしましたか、解説のお二方⁉」

 

「わざと吹き飛ばされたようです」

 

「わざと?」

 

「そうだ、反動を利用してな……」

 

「反動を利用して……! ティエラ、今度はモンジュウロウに襲いかかる!」

 

「ほう! これは予想外! かかってくるか!」

 

「『怒土百々』!」

 

「むう⁉」

 

 模造品とはいえ、剣を持っている方とまともに戦うつもりは毛頭ありません。わたくしはモンジュウロウさんの手前に着地し、それと同時に技を繰り出します。拳を地面に叩きつけると、衝撃波が発生し、その衝撃波に乗って、砕けた土がいくつもの土塊となって、モンジュウロウさんの方に向かっていきます。

 

「どうです⁉」

 

「少々効いたでござる……四つの刀が無ければ!」

 

 モンジュウロウさんは既に両手両足に一本ずつ刀を構えており、わたくしが飛ばした土塊はほとんど切り捨てられていました。

 

「おっと、モンジュウロウの四刀流が早くも飛び出したぞ!」

 

 実況を受け、観客の皆さんは大盛り上がりです。モンジュウロウさんは苦笑されます。

 

「ふっ、まるで曲芸師のような扱いでござるな……」

 

「実際、お見事な剣さばきだと思いますよ」

 

「お褒めに預かり光栄……です! むっ⁉」

 

 わたくしはモンジュウロウさんの振るう剣を後ろに飛んでなんとか躱すと、その勢いのまま反転し、匿名希望さんに向かって技を放ちます。

 

「『土制覇』!」

 

「くっ! 『水龍』!」

 

 匿名希望さんの放った水のドラゴンがわたくしの放った土の衝撃波を打ち消します。

 

「こ、これは予想外の展開! ティエラが試合をかき回している! い、如何でしょうか、解説のお二方⁉」

 

「ティエラ選手、思いの外健闘されていますが……」

 

「飛ばしすぎだな」

 

「飛ばしすぎとは⁉」

 

「それぞれにもよりますが、大体の場合において魔法を使うことは、イコール体力の消耗です。あの調子ではすぐに息切れしてしまうのではないでしょうか?」

 

「……いや、狙い通りなのかもしれんぞ」

 

「……どういうことですか?」

 

「リングをよく見てみろ」

 

「え? ! こ、これは⁉」

 

「えっと、つまり……どういうことでしょうか⁉ こちらにも分かるように解説をお願いしたいのですが! お二方⁉」

 

「誘ったのだ」

 

「ええ、まんまと……」

 

「誘った……ああっとこれは⁉ リング中央に位置するティエラに他の三選手が全く同時に襲いかかろうとしている!」

 

「誘導、タイミングもろもろ完璧です」

 

「ああ、ここで強烈な技を放てば思うつぼだな……」

 

「……『土墾慕』‼」

 

「「「⁉」」」

 

 これは多対一を想定した技です。土を思い切り叩き割ることによって、衝撃波と大きい土塊を四方八方に飛ばすことが出来るとっておきのものです。攻撃を喰らった御三方がそれぞれ膝を突かれています。

 

「ま、まさかここまでとは……」

 

「今出来るありったけの魔力をつぎこみました」

 

「くっ……やられた……」

 

 匿名希望さんが崩れ落ちます。

 

「さ、先ほど見せた技よりもより攻撃に特化した技でござるな……」

 

「そうですね、多対一を想定して編み出した技ですから」

 

「しっかりと対策を取られていたのでござるな……参った!」

 

 モンジュウロウさんが寝転がります。

 

「ちゅ、中央へ誘導したのは偶然でなくもしかして……」

 

「ダンスのステップを応用しました。わたくしにとっては馴染み深い足さばきなので」

 

「ははは! コロシアムをダンスパーティー会場にしてしまったのか……恐れ入った!」

 

 ラティウスさんが倒れ込みます。審判が三人の様子を伺います。

 

「……ラティウス、モンジュウロウ、匿名希望、敗北! よって、ティエラ、勝利!」

 

「決勝戦は驚天動地の決着! チーム『悪役令嬢』のティエラが勝利という大番狂わせ‼見三日間に渡って行われた『レボリューション・チャンピオンシップ』決勝大会! 優勝チームはチーム『悪役令嬢』だ!」

 

「うおおおおお⁉」

 

 会場中に興奮と驚きが入り混じり、なんとも言えない雰囲気になります。晴れの大会に『悪役』のわたくしが優勝してしまったのだから無理もありません。混乱がなおも続くなか、優勝チームを表彰するセレモニーが行われ、わたくしたちはそれに参加します。セレモニーがひと段落すると、実況の方がリングに上がり、わたくしに拡声器を向けてきます。

 

「……そ、それでは優勝チームへのインタビューを行いたいと思います! チーム『悪役令嬢』のリーダー、ティエラ選手! 今のお気持ちはいかがでしょう」

 

「……とても嬉しいです」

 

「そ、そのわりには笑顔が見られませんが……」

 

「ふざけんな!」

 

「悪役が! 空気を読めよ!」

 

「! ははは……い、一部ヒートアップされているお客様もいるようですが……」

 

 実況の方が苦笑いを浮かべられます。

 

「それは別に……そんなことよりも大事なことがありますから」

 

「だ、大事なことですか? あ、そうですね、この大会には優勝者にはなんでも叶うという謳い文句がありました。富や名声や地位でも思うがままだそうです――実際は限度というものがあるかと思いますが――何をお望みになられますか?」

 

「わたくし自身の富や名声などはどうでもよろしいのです」

 

「え? な、ならば一体何を望まれるのですか? あっ!」

 

 わたくしは拡声器を奪い、リング上に設置された表彰ステージから下りながら叫びます。

 

「わたくしの望みは只一つ、父の名誉回復です! それは即ち父にまんまと濡れ衣を着せた真の犯人を明らかにすること!」

 

 会場がざわつきます。わたくしは構わず話を続けます。

 

「国を大きく揺るがすような汚職を行っていた者、それは貴方です! イフテラム卿!」

 

「⁉」

 

 貴賓席からトロフィーの授与の為にリングに下りてきていた、禿頭で左右両端を上にはねあげた八字型の口ひげをした小柄な男性、イフテラム卿に注目が集まります。

 

「な、なにを根拠にそのようなことを!」

 

「ここに証拠があります!」

 

 わたくしは書斎から持ち出した書物を掲げます。

 

「そ、それは⁉」

 

「父が手に入れた汚職行為のやりとりをまとめたものです。偽造された書類や記録などを一冊の本にカモフラージュしていました」

 

「そ、それは……」

 

「これを一目でもご覧頂ければ、誰が汚職事件の真犯人なのかがはっきりとお分かりになるかと思います!」

 

「失礼……」

 

 黒ずくめの服に身を包んだご老人が近寄ってきます。この方は司法卿、この国の司法を司る方でこの決勝戦を観戦に招かれた来賓の一人です。

 

「……どうぞ」

 

 わたくしは本を渡します。司法卿はそれに少し目を通すと、はっとした顔になり、禿頭の男性に向き直ります。

 

「イフテラム卿! 卿はなんということを!」

 

「で、出鱈目だ! でっち上げに過ぎない!」

 

「ふむ……では、他の者にも見てもらいましょう」

 

「や、やめ……!」

 

 司法卿は他の皆さんにもその本を見せて回ります。皆、この国の要人ばかりです。本をご覧になった方々は一様に驚き、イフテラム卿を睨みつけます。

 

「なにか釈明することがあるというのならば、しかるべき場所でお聞きしましょう。誰か! イフテラム卿をお連れしろ!」

 

 ご老人が叫ぶと、複数の兵士の方がリングに上がります。イフテラム卿が叫びます。

 

「何故だ⁉ 関係する書類はほとんど始末したと思っていたのに……どうしてその本の存在を突き止められた⁉ ガーニのやつは今……」

 

「ええ、獄中で病に臥せっております。信頼していた貴方に裏切られたことがショックでね。どうやらやや失語症の症状も出てしまっているようですね」

 

 わたくしが淡々と呟きます。

 

「そうだ、とてもまともに面会など出来る状況ではなかったはず! 大体娘の貴様が面会など行えば、その時点で私の耳に入るだろう! それをいつの間に⁉ どうやって⁉」

 

「それは……」

 

「わたくしが潜入し、ガーニ卿から筆談で本の存在をお教えいただきました」

 

「お、お前は⁉」

 

 イフテラム卿だけでなく、会場中が驚きました。匿名希望さんがその覆面を外すと、イフテラム卿の娘であるリリアンが現れたからです。

 

「それをティエラさんにお教えしました。ティエラさんが父君の名誉回復の為に、この大会を利用するであろうことは想定内でした。流石に優勝までは予想がつきませんでしたが」

 

 リリアンはそう言って笑います。イフテラム卿が戸惑います。

 

「な、何故お前がそのような恰好をしてまで……」

 

「汚職などあってはならないことです! この国を愛するものとして、それを糾弾するためにリングに上がりました!」

 

 そう言って、リリアンはイフテラム卿を指差します。卿はその場にへたり込みます。

 

「ああ……」

 

「さあ、大人しくお縄につきなさい!」

 

「ふふふ……」

 

「なにがおかしいのです?」

 

「いや、品行方正な人物になるようにと育てたことが仇になるとはな……」

 

「自らの人生を省みるなら、それもまたしかるべき場所でどうぞ……」

 

 リリアンが冷たい声色で告げます。司法卿が兵士の方々に促します。

 

「連れていけ」

 

「はっ……」

 

「ただ! 少し遅かったな!」

 

 イフテラム卿が叫びます。リリアンが首を傾げます。

 

「なんですって?」

 

「私がただ単に私腹を肥やすため、ガーニの奴を失脚させたと思っているのか⁉」

 

「違うというのですか?」

 

「違う! 金はあくまでもついでだ! 私が欲しかったのはその地位! ガーニの地位、工部卿! この国の国土開発を司る地位だ!」

 

「工部卿……」

 

「そう、開発の名目でこの国を隅々まで調べられる! そして、遂に見つけたのだ! 金や地位どころではなく、この国ごと手に入れられるパワーをな!」

 

「なっ⁉」

 

「国ごと手に入れられるパワー……?」

 

「この大会の成功をその狼煙にしようと思ったのだがな……予定が狂ってしまった……だが、まあいいだろう! いでよ、四戦士!」

 

「⁉」

 

 四つの影がリングに現れ、イフテラム卿を囲みます。イフテラム卿がゆっくりと立ち上がってリング上やスタンドを見回しながら話を続けます。

 

「餌に釣られて世界中から名うての猛者がよく集まってくれた……もちろん、ただで返すつもりはない……貴様たちの持つ膨大なエネルギーは私の見つけたパワーを強化する為の礎となるのだ。光栄に思うがいい。四戦士ども、やってしまえ!」

 

「!」

 

 四つの影が動き出します。その内の一つを見て、わたくしは驚きます。

 

「ハ、ハサンさん⁉」



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第10話(1)四戦士との争い

                  10

 

「!」

 

 空飛ぶ絨毯に乗った褐色の少年がチーム『武士と戦士と騎士』の三人に迫る。イフテラム卿が叫ぶ。

 

「行け! ジリーパ!」

 

「恨みはないけど……倒させてもらうよ♪」

 

「空飛ぶ絨毯! 魔法使いか! 先手必勝!」

 

「おっと!」

 

 セリーヌが斬りかかるが、ジリーパと呼ばれた少年は絨毯を浮かせ、この攻撃を躱す。

 

「くっ!」

 

「ふふっ! 良い剣さばきだけど届かなきゃ意味ないよね?」

 

「……届いたぞ」

 

「はっ⁉」

 

 テュロンに跨ったウヌカルが絨毯と同じ高さに達する。

 

「テュロン!」

 

「キュイ!」

 

「どわっ⁉」

 

 テュロンがジリーパに噛み付こうとする。それをはねのけようとしてバランスを崩したジリーパは地上に落下する。対照的に軽やかに地上に着地したウヌカルは持っていた短刀で絨毯を突き刺す。

 

「……これで貴様は空を飛べないな?」

 

「覚悟!」

 

「もう一度だ! テュロン!」

 

 セリーヌとテュロンがジリーパに襲いかかる。

 

「しゃあないな……♪~」

 

 ジリーパが笛を取り出してそれを吹き始める。

 

「⁉」

 

「キュイ⁉」

 

「こ、これは……⁉」

 

 セリーヌとテュロン、そしてウヌカルが体勢を崩す。

 

「ぐっ……か、体が痺れる……? こ、これはなんだ、セリーヌ?」

 

「お、恐らくは麻痺の魔法使い……あの笛の音を聞いたことによって、その魔法にかかってしまったと思われる……」

 

「~♪ ……さて、これくらいで良いかな? 自分で言うのもなんだけど、俺、状態異常の魔法を使わせれば、ちょっとしたものだからさ。力を吸収させてもらうよ」

 

「お、おのれ……」

 

「……ウヌカル、借りるぞ」

 

「モ、モンジュウロウ……?」

 

「ふん!」

 

 モンジュウロウが落ちていたウヌカルの短刀を拾い、自らの手の甲に思い切り突き刺す。ジリーパさんが目を丸くする。

 

「なっ⁉」

 

「ふむ……これで元通りに動けるでござる!」

 

「い、痛みで無理矢理麻痺状態から抜け出した⁉ む、無茶苦茶な!」

 

「こちらに言わせれば、魔法の方が無茶苦茶でござる。それに対抗するためには、こちらも無茶苦茶な手段を講じなくてはならぬ……無茶苦茶なことは百も承知でござるが……」

 

「む、無茶苦茶を連呼するな! こっちの頭が無茶苦茶になる!」

 

「隙あり!」

 

「がはっ……」

 

 モンジュウロウが振るった刀を喰らい、ジリーパが倒れ込みます。

 

「峰打ちだ。許されよ、少年」

 

 モンジュウロウが刀を鞘に納めて呟きます。

 

                  ♢

 

「!」

 

 禿頭で豊かな顎ひげを生やした老人が軽快な足取りでチーム『剛腕』の三人に接近する。イフテラム卿が声を上げる。

 

「タルカス! やってしまえ!」

 

「若造たちよ……恨みはないが……眠ってもらうぞ……」

 

「若造だと⁉ ジジイ、誰に向かって言ってやがる!」

 

 ガルシアがムッとする。タルカスと呼ばれた老人が笑う。

 

「かっかっか! 気に障ったか? この老いぼれから見れば、十分若いからのう……」

 

「まあ、それはいい……後、何て言った? 『眠ってもらう』だと? どういう意味だ?」

 

「良い子はおネンネする時間ということじゃよ」

 

「喧嘩売ってんのか……良い度胸だ……な!」

 

 ガルシアがタルカスに向かって拳を振り下ろします。

 

「ほっ!」

 

「なっ⁉」

 

 ガルシアの攻撃をタルカスが躱す。

 

「ふむ、なかなかの拳じゃな……」

 

 タルカスが顎ひげをさすりながら呟きます。

 

「面白え……今度は手加減しねえぞ、ジジイ……」

 

 ガルシアが両手の指をポキポキと鳴らしながら、タルカスに歩み寄る。

 

「おっ、かかってくるかね?」

 

「あの世に逝っても恨むなよ! ⁉」

 

「……」

 

 タルカスに勢いよく殴りかかろうとしたガルシアだったが、タルカスが右手をそっとかざすと、強い力で地面に押さえつけられたようになってしまう。

 

「がはっ⁉ こ、これは魔法か⁉」

 

「……長年の修行で編み出した超能力じゃ。伊達に歳をとってはおらんということじゃ」

 

「ウホッ!」

 

 フランソワがタルカスに飛びかかろうとする。

 

「お嬢さんの熱烈なスキンシップはこの老体にはちと応える……そら!」

 

「ウホッ⁉」

 

 タルカスが左手をかざすと、フランソワの巨体がふわっと浮かび上がり、しばらく空中をぐるぐると浮遊したかと思うと、地面に叩き付けられる。

 

「少し手荒だったかの、すまんな……」

 

「ジ、ジジイ!」

 

「む、こっちは手温かったか……ほれ!」

 

「ぐはっ……!」

 

 タルカスが右手を下ろすと、ガルシアの体が地面にめり込み、ガルシアは黙る。

 

「大人しくなったか……まあ、タフそうじゃからの、くたばってはおらんだろう」

 

「なるほど……重力を自在に操る超能力か……」

 

 ラティウスがゆっくりと前に歩み出る。

 

「お主も力自慢のようだが、ワシの前では力など無意味じゃぞ……」

 

「これならどうかな!」

 

 ラティウスが地面の破片を拾い、タルカスの右腕にぶつける。

 

「ぐっ⁉」

 

「もらった!」

 

 ラティウスがタルカスの懐に入る。タルカスは左手をかざす。

 

「なんの! 何⁉」

 

 ラティウスがタルカスの顎ひげを引っ張りながら浮かび上がる。

 

「思った通りだ、右手で重力を増し、左手で重力を減らすからくりだな!」

 

「は、離せ! 長年丹念に手入れしてきたひげが千切れる!」

 

「お望みとあらば!」

 

「ぐおっ⁉」

 

 ラティウスが手を離すと、そのまま落下し、タルカスを殴りつける形になる。剛腕をもろに喰らったタルカスは動かなくなる。ラティウスが呟く。

 

「ひげを気にするあまり重力操作を怠りましたな。集中を欠いた時点で負けです……」



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第10話(2)四戦士との戦い

                  ♢

 

「!」

 

 マッシブな肉体をした男がチーム『覆面と兄弟』の三人に詰め寄る。イフテラム卿が叫ぶ。

 

「コマンダー・ペンギン、任せたぞ!」

 

「卿の娘さんと有力貴族の兄弟か……あいにく手加減などが出来ない性質でね。少々痛い目をみてもらうよ……」

 

「なにがなんだか分からないけど、やる気なら相手になるぜ! 『雷電脚』!」

 

 ブリッツが先手を取って、男にキックを喰らわせる。

 

「痛っ⁉」

 

「へっ! 自分が痛い目みてんじゃん! ん⁉」

 

「ん……?」

 

 コマンダー・ペンギンと呼ばれた男性は顔の半分をマスクで覆っており、口元しか見えないが、ブリッツのキックを無防備に喰らったわりには平気そうである。

 

「ら、『雷迅脚』!」

 

「うおっと⁉」

 

 またもブリッツのキックが決まるが、コマンダー・ペンギンは少し体をのけ反らせただけで、これも平気そうである。ブリッツが首を傾げる。

 

「き、効いてないのか?」

 

「いいや、効いているぞ。なかなかのキックだな、少年」

 

「そうじゃなくて! 電撃を帯びたキックだぞ⁉ 痺れないのかよ!」

 

「電撃……もしかして魔法か?」

 

「ああ! 俺は雷系統の魔法を使える!」

 

「そう言われると……少しビリッときたような……」

 

「そう言われると⁉」

 

「魔法ってものは、存在しないと思えばその者にとってはないものとなる!」

 

「い、いや、そうはならないだろう!」

 

「要はハートの問題だよ、少年!」

 

 コマンダー・ペンギンが自分の左胸を指して、ニヤッと笑う。

 

「い、意味が分からん!」

 

「その内に分かるさ! ふん!」

 

「ぐはっ!」

 

 コマンダー・ペンギンの強烈なビンタが炸裂し、ブリッツが吹き飛ばされる。

 

「ブリッツ!」

 

 エイスが声を上げる。コマンダー・ペンギンがエイスの方に向き直る。

 

「さて……お次は君かな?」

 

「くっ、『氷結』!」

 

 エイスが片手を振りかざすが、コマンダー・ペンギンの肉体は凍り付かない。

 

「うん? ちょっと涼しかったかな?」

 

 コマンダー・ペンギンが首を傾げながら、エイスに近づく。

 

「そ、そんな! 魔法が通じないなんて⁉ どはっ!」

 

 コマンダー・ペンギンの強烈なビンタを喰らい、エイスが吹き飛ばされる。

 

「通じないわけでもないのだが……鍛錬で案外どうにかなるものだよ」

 

「ならないだろう⁉」

 

「はっ!」

 

「のおっ⁉」

 

「え⁉」

 

 コマンダー・ペンギンとエイスが驚く。リリアンがコマンダー・ペンギンに突如抱き付いたからである。リリアンが叫ぶ。

 

「エイスさん! 下半身だけ凍らせて!」

 

「あ、ああ!」

 

「ぐっ⁉」

 

 リリアンとエイスの体が半分凍り付く。リリアンが間髪入れず叫ぶ。

 

「ブリッツ! わたくしたちを目がけて雷を落として!」

 

「え、ええ……?」

 

「早く!」

 

「ど、どうなっても知らないよ!」

 

「うぎゃあ⁉」

 

 ブリッツが雷を落とすと、コマンダー・ペンギンが叫び声を上げて倒れ込む。

 

「う、上手く行った……」

 

 氷が砕け、リリアンが膝をつく。エイスが尋ねる。

 

「ど、どういうことだい?」

 

「わたくしには魔法が通じるのですから、わたくしと密着していれば、意識がわたくしに向き、凍って動けなくなります」

 

「わ、分かったような分からないような……しかし、雷はどういう理屈だい?」

 

「避雷針と同じ理屈です。より高い方に雷が落ちるということ……これもわたくしが抱き付いたことにより、わたくしに意識を集中してしまい、無防備になったのでしょう」

 

「な、なるほど……しかし、自らに向かって雷を落とせとはなかなか無茶なことを……」

 

「ある程度のリスクを冒さないと勝てない相手だと判断しました」

 

 リリアンがため息をついて寝転がる。

 

                  ♢

 

「!」

 

 ハサンがチーム『悪役令嬢』の三人との距離を詰める。イフテラム卿が声を上げる。

 

「ハサン! その忌々しいガーニの娘は徹底的に痛めつけろ!」

 

「……」

 

「ハサンさん、どうして……?」

 

「ふん!」

 

「危ねえ!」

 

 ハサンがティエラに襲いかかるが、ルッカが間に入り、攻撃を受け止める。

 

「む!」

 

「その風体……枕元のおっちゃんだよな? 味方みたいなもんだと勝手に思っていたが、どうやら思い違いみたいだったな……『火殴(かおう)』!」

 

「はっ!」

 

 ルッカの渾身の拳をハサンは簡単に受け流す。

 

「ちっ! 『火蹴(かしゅう)』!」

 

「それっ!」

 

「ぐっ……ぐはっ!」

 

 ハサンも鋭い蹴りを繰り出し、ルッカの蹴りを吹き飛ばす。さらにハサンはその勢いでルッカに蹴りをくわえる。蹴りを喰らったルッカは倒れる。

 

「『蔦生える』!」

 

「ん!」

 

 シルヴァンが蔦を生やし、ハサンに巻き付ける。

 

「まずはその動きを封じる!」

 

「ほおっ!」

 

「なっ!」

 

 ハサンが突風を巻き起こした為、蔦が引き千切れる。

 

「そらっ!」

 

「がはっ! ……か、風魔法の使い手か……」

 

 ハサンは一瞬でシルヴァンとの間合いを詰め、シルヴァンに拳を喰らわせる。シルヴァンは成す術なく崩れ落ちる。

 

「ふう……」

 

 ハサンはティエラに向き直る。ティエラは戸惑いながらも身構える。

 

「どういうつもりか分かりませんが、向かってくるのなら仕方ありません……」

 

「……!」

 

「速い! 『怒土百々』!」

 

 ティエラが地面を砕き、土塊をいくつも浮かび上がらせる。

 

「むん!」

 

 ハサンが風を吹かせ、土塊を吹き飛ばす。

 

「まあ、そうなりますわよね!」

 

「⁉」

 

 ティエラがハサンとぎりぎりまで接近する。

 

「迎えうつまでです! 『土制覇』!」

 

「ぬおっ⁉」

 

 至近距離から衝撃波を喰らったハサンは仰向けに倒れ込む。

 

「まさに風のような素早さ……カウンターを合わせる要領でなんとかなりましたわ……」

 

「むっ……儂は何を……?」

 

「ハサンさん!」

 

「! そ、そうか、四戦士として操られてしまったか。己を律していたつもりだったが……」

 

「正気に戻ったのですね」

 

「うむ、だが……()()は我々の比ではないぞ」

 

「奴ら?」

 

「各自もう少し技を練らなければならん……さらに倍の数で挑まんと苦戦は必至じゃ……」

 

「倍の数……三人ではなく六人?」

 

「そ、そうじゃ……ごふっ!」

 

「ハ、ハサンさん!」

 

「ど、どうやらここまでのようじゃ……」

 

「ハ、ハサンさん! !」

 

「どおっ⁉」

 

 屈み込んだティエラの尻を触ろうとしたハサンの腹にティエラは拳を喰らわせる。

 

「……どうやら心配はなさそうですわね」

 

「ば、馬鹿な……四戦士が全員敗れただと⁉」

 

「父上、貴方の企みは破れましたよ……」

 

 リリアンがイフテラム卿に淡々と告げる。

 

「ま、まだだ!」

 

「⁉ こ、これは!」

 

 激しい地響きがしたと思うと、コロシアムからも見えるくらいの大きな八本の塔が街を包囲するように出現する。イフテラム卿が笑う。

 

「四戦士を倒したくらいで調子に乗るな! あの八本の塔さえ抑えていればこの国の掌握は成ったも同然! さらに塔を守る『八闘士』には貴様らとて敵わん! さらばだ!」

 

「⁉」

 

 強風が吹いたかと思うと、イフテラム卿の姿は既に無かった。

 

「八本の塔……八闘士……」

 

 ティエラが塔を見上げながら呟く。



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第10話(3)決戦前夜の風景

「……ハサンさんが意識を取り戻されたので、色々と伺ったお話によると……あの八本の塔は人々の生命力をわずかずつではありますが吸い取るようですね」

 

「生命力を吸い取る?」

 

 ムスタファ首長国連邦の首都クーゲカのメインコロシアムにほど近い病院にいるわたくしは病室から出てきたリリアンに尋ねます。

 

「この国に住む人々から力を奪っているのですか……」

 

「何の為にそんなことを?」

 

 エイスさんにブリッツが尋ねます。エイスさんが首を傾げます。

 

「さあな……ただ、力を蓄えるためだけではないだろうな……」

 

「力を放出するということかい?」

 

 シルヴァンさんがリリアンに問いかけます。

 

「……ハサンさんも塔の詳細な仕組みについてまでは存じ上げないようですが、あの八本の塔は都市防衛兼迎撃用の兵器みたいなものだそうです。今おっしゃられたように、溜め込んだ力を何らかの力で放出するということも考えられますね。しかも……」

 

「しかも?」

 

 わたくしが首を傾げます。

 

「あの八本の塔は包囲した土地ごと移動出来るらしいのです」

 

「ええっ⁉」

 

「ではこのクーゲカの街ごと移動出来るってわけだ」

 

 シルヴァンさんの言葉にリリアンが頷きます。

 

「そうです。地上を移動する戦艦、要塞として活用することも可能なようです。もっとも、それなりの力を要するので、時間はかかるだろうというのが、ハサンさんの見立てです」

 

「じゃあその間に住民や滞在者を避難させれば良いんじゃない?」

 

 ブリッツが考えを述べ、それについてリリアンが答えます。

 

「軍の懲戒部隊が確認したそうですが、八本の塔が見えない線のようなもので繋がっていて円形になっています。結界魔法なのか、その円の外には出ることが出来ないようです」

 

「ええっ⁉ 閉じ込められたってこと⁉」

 

「首都を包囲し、そこの住民の生命力を奪える……首都を丸ごと人質にとったようなものですね。イフテラム卿が『国ごと手に入れられる』と言ったのはそういうことですか」

 

 エイスさんが眼鏡を抑えながら呟きます。ルッカさんがリリアンに対し口を開きます。

 

「よく分からねえけど、とにかくあの八本の塔をなんとかしなきゃマズいってことだな?」

 

「概ね当たりです。ただ、それぞれの塔は八闘士という強者が守っているようです。その者達を倒さないと、塔を制圧出来ません。しかも出来れば同時に倒さないとならないそうです」

 

「あの四戦士よりも強いという八闘士を同時にですか……どうすれば……」

 

「……ちょうど良い連中がこの街にはいるじゃねえか」

 

 頭を抱えるわたくしの横でルッカさんがニヤっと笑います。

 

                  ♢

 

「聞いた、コウ? 塔を攻略してくれって話……」

 

「ああ、聞いた……」

 

 コウは宿舎の中庭で稽古をしながら、ベンチに座るリーファの問いかけに応える。

 

「私たちにそこまでする義理はないんじゃないかしら?」

 

「無事成功の暁には協力者に対してかなりの報酬を支払うとのことです……」

 

 リーファの隣に座るアドラが呟く。リーファが大袈裟に両手を広げる。

 

「命には代えられないわ、私は遠慮したいわね……⁉」

 

「……邪魔するぞ」

 

 ソウリュウたちが入ってきた為、リーファは慌てて跪く。ソウリュウが首を捻る。

 

「なんだ? 余は極普通の旅行者だ、そのようにかしこまることはない」

 

「普通の方が余とか言わないでしょ……」

 

 リーファが俯きながら小声で呟く。ソウリュウがコウに尋ねる。

 

「コウとやら……貴様は塔の攻略に赴くのか?」

 

「強者と戦える機会はそうはないからな……そちらは?」

 

「塔の仕組みに興味がある……この国に恩を売っておいても損はあるまい……」

 

「えっ! 行くの⁉」

 

 リーファが顔を上げて露骨に嫌そうな顔をする。コウが呟く。

 

「無理強いはしないぞ」

 

「食事代未払いのアンタから目を離すわけには行かないでしょ。気が進まないけど」

 

「お店の宣伝になると思えばいいだで。商機は意外な所に転がっているものさ~」

 

 ウンガンが笑う。ゲンシンが長身を屈めてアドラに尋ねる。

 

「えっと……アドラちゃんだったっスか? 占いではどう出てるっスかね?」

 

「お知りになりたかったらお代をお願い致します……」

 

「有料っスか? しっかりしているっスね……」

 

 手を差し出すアドラにゲンシンは苦笑する。

 

                  ♢

 

「あら? じゃあお兄さんたちは塔に行かないの?」

 

 とあるホテルのバーラウンジでコスタ兄弟の間に座ったフジが尋ねる。

 

「分の悪い賭けはしない主義でね……」

 

 ダビドが肩を竦めながら答える。タカが呟く。

 

「賞金稼ぎとしての血が騒がないのか?」

 

「その前に鼻が利く……こいつはヤバいってな」

 

 ダビドは笑いながら自らの鼻をこする。エドアルドが口を開く。

 

「……情報を十分に集め、諸々の条件が整った時に仕事をします。今回は不確定要素が多い」

 

「ふむ……理には適っているな」

 

 タカがエドアルドの補足に納得する。ダビドが笑う。

 

「ヤバいことはこの国の連中に任せて、お姉さんたちと楽しく飲みたいのさ」

 

「楽しく飲むのも良いけど……もっと良いお酒じゃないとね……」

 

「お、それだとちょっと懐が寂しいな……待ってな、地下のカジノで稼いでくるぜ」

 

「ギャンブルがお好きなの? ……塔を無事攻略した暁には、私たちと一夜を共に出来るっていうのはどうかしら?」

 

「⁉」

 

「ね、姉さん⁉」

 

 タカとナスビが揃って驚く。ダビドがだらしない笑みを浮かべる。

 

「美人三姉妹と一夜を過ごす……男の夢だな……エドアルド、塔の情報を集めるぞ!」

 

「やれやれ……まあ、報酬も出るというし、悪くはないか……」

 

 コスタ兄弟が揃って席を立つ。タカが怒りを抑えてフジに問う。

 

「姉上……! どういうおつもりですか?」

 

「使える手駒は多い方が良いでしょう? 財宝は無理そうだからせめて報酬をね……」

 

「顔は悪くないけど、品性が……弟さんはまだしも……よくあの兄弟と一緒にいますね」

 

「ん? まあ、端から見てると結構楽しいものだよ」

 

 ナスビの問いにモニカは酒を飲みながら笑う。

 

                  ♢

 

「だから! 私はちょっと遅めの優雅なアフタヌーンティーを楽しもうとしているの!」

 

「そんなことは良いから、頼む! 俺にバリツを教えてくれ!」

 

 とあるホテルのカフェテラスでケビンがシャーロットを追いかけ回す。

 

「フフフ……な、仲が良さそうで微笑ましいですわね……」

 

「ソフィアさん、カップの持ち手、砕いちゃっていますよ」

 

 ジェーンが冷静に告げる。シャーロットが声を上げる。

 

「あ~もう、仕方がないわね! いいわ、どこからでもかかってきなさい!」

 

「よし! どわっ⁉」

 

「甘いわね!」

 

「! おい、小娘! 可愛い弟ちゃんに何をしとるんじゃ!」

 

 シャーロットがケビンを投げ飛ばしたことに激昂し、ソフィアが席から飛び立つ。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ああいう気性の方は私の専門外ですね……ウィリアンさん、ホテルから追い出される前にさっさと食事を済ませた方が良いですよ」

 

「ふっ……あのような活発な子であったな……」

 

 グラハムが目を細めてシャーロットを見つめる。ウィリアンが首を傾げる。

 

「であった? 過去形ですか?」

 

「俺の家族は五年前、とある事故で亡くなった……」

 

「す、すみません! とんだ無礼を!」

 

「いや、いい、気にするな……」

 

「……あの姉弟とはどういうお知り合いなのですか?」

 

 食事がひと段落したジェーンがグラハムに尋ねる。

 

「『隣の島まで舟を出してくれ』と札束を渡してきてな。危なっかしくて放っておけないまま、この遠い砂漠の国まできた……家族を守れなかった分、あの二人は守ってみせる……」

 

「あの姉君なら大概のことは大丈夫そうだと思いますけどね……」

 

 ジェーンはカフェテラスで場違いな大立ち回りを演じるソフィアを見て呟く。

 

                  ♢

 

「がははっ! 美味い酒だ!」

 

「おおっ、フレディ! 巨人らしく豪快な飲みっぷりだな、気に入ったぜ!」

 

 コロシアム近くの原っぱでフレデリックとガルシアが酒を酌み交わす。もっともフレデリックはグラスではなく、酒樽をそのまま飲み干している。フレデリックは声を上げる。

 

「こんなんじゃ足りん! もっと持ってこい!」

 

「ウホウホ……」

 

 フランソワが両肩に酒樽を何本も抱えてくる。ラティウスが礼を言う。

 

「すまない、フランソワ。フレデリック、追加の酒が来たぞ」

 

「しかし、旦那よ……酒代は大丈夫なのかよ?」

 

「流罪になる前に財産の一部を信頼出来る友人に預けていた。ちゃんと残しておいてくれたよ、やはり持つべきものは友だな。ガルシア、君へのギャランティーも心配しないでくれ」

 

 ラティウスは酒を飲みながら嬉しそうに呟く。ガルシアが笑う。

 

「ふははっ! そうか、それなら遠慮なく飲めるな!」

 

「とはいえ、ほどほどにしてくれよ、塔攻略は明日なのだからな」

 

「明日⁉ それはまた随分と急な話だな」

 

「やはり聞いてなかったな……ハサンなる者が言うには、時間が経過するほど、向こうに有利になるそうだ。よって早期決着を狙う……そういえばアンナ、君たちも参加するのか?」

 

「このままここに閉じ込められている訳には参りませんから……」

 

「ふへへ~アーニャ~」

 

 アナスタシアがアンナに抱き付く。アンナが驚く。

 

「ナ、ナーシャ⁉ お、お酒臭い……ラティウス卿! 未成年に酒を飲ませるとは!」

 

「い、いや、断じてそのような非紳士的なことはしていないぞ!」

 

「え? ではまさか……臭いを嗅いだだけで酔ってしまったの? あ!」

 

「母ちゃん!」

 

「ウホッ⁉ ……ウホホホ」

 

 おもむろに抱き付いてきたアナスタシアに初めは驚いたフランソワだが、優しく抱きしめる。アナスタシアは安心したように眠りにつく。



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第10話(4)決戦前夜の光景

                  ♢

 

「なんだこりゃあ……外にいたと思ったら、いつの間に豪華な宮殿内に……幻覚か?」

 

 アルフォンが驚いて周囲を見回す。ヴァレンティナが淡々と説明する。

 

「我がアルバートエレクトロニクス一押しの新商品、『どこでも宮殿気分!』です……テント感覚でお使い出来る、疑似的空間発生装置です」

 

「どうぞ自分の家だと思ってくつろいで下さい」

 

 バスローブ姿のマイクが亜人三人に声をかける。ニサが呆れたように尋ねる。

 

「おい、魔法使いの坊っちゃんよ、『科学に依存し過ぎるのは危険』とか言ってなかったか?」

 

「今はプライベートの時間ですから。便利な物は使わないと」

 

「なんだよ、プライベートって……」

 

「せっかくだからお言葉に甘えるか……おお、この椅子座り心地いいな。ん? どうした?」

 

 アルフォンは憮然とした態度で突っ立っているシバに声をかける。

 

「……俺は人間どもと馴れ合うつもりはねえ……」

 

「ご心配なく、私はロボットです」

 

「そ、そういう問題じゃ……」

 

「ワタシハウチュウジンダ、イワユル“ニンゲン”ニハガイトウシナイ……」

 

「だからそういうことじゃ……ええい! 面倒な連中だな、お前ら!」

 

 シバが頭を抱える。マイクが尋ねる。

 

「皆さんも明日の塔攻略に赴くのでしょう? 英気を養っておくことは重要です。一緒に食事でもいかがでしょうか? 色々とお話を伺いたいのです」

 

「お話だあ?」

 

「ええ、何分世間知らずなもので……良い意味で『常識外れ』の皆さんに興味があるのです」

 

「ミギニオナジダ……」

 

「私もデータを収集させて頂ければ大変ありがたいです」

 

「お前らの方がよっぽど『常識外れ』だろうが!」

 

 疑似宮殿にシバの叫び声が響く。

 

                  ♢

 

「……三人とも友人なのか。我らと同じだな」

 

「ええ……気を許せる数少ない友人よ」

 

 ウェスの言葉にパトラが頷く。セーヴィが尋ねる。

 

「御三方とも見るからにバラバラなご出身かと思われますが、どこでお知り合いに?」

 

「『世界美女倶楽部』のパーティーで意気投合したのよ」

 

「そ、そのような倶楽部があるのですね……下界もなかなか奥が深いですわね」

 

「下界だ、天界だとか言っているが、下々ではそういうごっこ遊びが流行っているのか?」

 

「し、下々⁉」

 

 ユファンの言葉にセーヴィが愕然とする。

 

「アハハ! ごっこ遊びだって! ウケる~」

 

「笑い事ではないぞ! アズ! これは由々しき事態だ!」

 

「ほう? どの辺が由々しいのじゃ?」

 

 ユファンがニヤニヤしながらウェスに尋ねる。

 

「我々の天界の者としての威厳がまったく伝わってないことだ」

 

「……威厳を示すなんて簡単なことよ」

 

「ほ、本当か⁉」

 

 パトラの発言にウェスが食い付く。

 

「例えばここの食事代……代わりに払ってくれるとかね」

 

 パトラがテーブルに山積みになった空の食器を指差す。ちなみにここはムスタファ首長国連邦一番の高級ホテルのレストランである。アズが驚く。

 

「え? 奢ってくれるんじゃないの⁉ ウチら手持ちないよ⁉」

 

「旺盛な 食欲まさに 天を衝く」

 

「一句詠んでいる場合か、オコマチ……まあいい、ここはわらわらが支払おう」

 

「「「あ、ありがとう!」」」

 

「威厳もなにもあったものじゃないわね……」

 

 揃って頭を下げるウェスたちを見て、パトラが呆れる。

 

                  ♢

 

「ふむ……珍しい武器だな」

 

「そりゃあ元々は髪の毛だからな」

 

 ゴメスのモヒカン剣をモンジュウロウは手に取ってマジマジと見つめる。

 

「しかし、なんとも不思議な体質だな、髪の毛が武器になるとは……」

 

「そういうおっさんも不思議な髪型しているけどな」

 

「お、おっさん⁉」

 

「でも、なかなかファンキーで良いと思うぜ」

 

「ふぁ、ふぁんきー……? よく分からんが褒めてくれているのか?」

 

「当たり前だろう。もっと自信持ちな!」

 

「別に自信は失っていないが……ちょんまげが褒められるとはな」

 

 モンジュウロウは戸惑い気味だが満更でもなさそうに自らの頭をさする。

 

「テュロン、とってもカワイイデース!」

 

 ワンダは自らの肩にちょこんと乗ったテュロンを撫でる。

 

「テュロンがこんなに懐くのは珍しいな、貴女を気に入ったようだ」

 

 ウヌカルが笑顔を浮かべる。

 

「テュロンは何が好物なんデスカ? やっぱり木の実とかデスカ?」

 

「がっつり肉食だな、牛や豚を主に好む」

 

「オ、オウ……それは聞かない方が良かったデース……」

 

「ヘイ! セリーヌちゃん! もっと腰を振って!」

 

「そ、そんなはしたない真似が出来るか!」

 

 セリーヌがディーディーの言葉に顔を赤くする。

 

「殻を破りたいと言ったのはユーだろう? ならば恥じらいなんか捨てちゃいなよ!」

 

「くっ……こうか⁉ これで私も騎士として一段階上に行けるのか⁉」

 

「HAHAHA! それは知らないよ、そもそも俺はナイトじゃないしね!」

 

「なっ⁉ 貴様に相談した私が愚かだった!」

 

 セリーヌは酒の勢いでよく分からない悩み事を話してしまったことを後悔した。

 

                  ♢

 

「おらっ!」

 

「よっと!」

 

 ルッカのパンチをブリッツが躱す。

 

「ちっ、すばしっこい奴だな!」

 

「そっちがいちいち大振り過ぎるんだよ、モーションでバレバレだよ?」

 

「この方が勢いつくんだよ! 当たればデカいぜ!」

 

「当たればの話でしょ……」

 

 ルッカの言葉にブリッツが呆れる。

 

「蔦を生やすのも悪くはないですが……もっとバリエーションがあっても良いのでは?」

 

「無くはないんだが……正直精度がね……」

 

 エイスの提案に対し、シルヴァンが首を左右に振る。

 

「……それでは自信のある蔦と組み合わせて使ってみるというのは?」

 

「……なるほど、幅が広がるかもしれないな……参考になったよ、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 シルヴァンのお礼に対しエイスは笑顔を見せる。

 

「とりあえず喧嘩はしていないみたいね……」

 

 二組の様子を見て、ティエラは胸を撫で下ろす。

 

「お子さんたちの面倒を見ないといけないとは、気苦労が絶えませんね」

 

 リリアンが歩み寄る。ティエラが苦笑する。

 

「お子さんって……」

 

「余談ですが……わたくしの覆面が外れたとき、それほど驚かれていませんでしたね?」

 

「控室ですれ違った時、香水の匂いでピンときました。覚えのある匂いだなと」

 

「ああ、なるほど……鋭いですね」

 

「予選などで戦っている時はとてもそんな余裕ありませんでしたけどね」

 

「ふむ……明日に備えて、手合わせをお願いできますか?」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 リリアンとティエラはお互いに構えて向き合う。

 

                 ♢

 

 わたくしは心の中で『ポーズ』、『ヘルプ』と唱えます。

 

「……なんでしょうか」

 

 やや面倒臭そうな声でアヤコさんが答えます。

 

「最後の局面といったところですから、一応報告しておこうと思いまして」

 

「……こちらでも確認しました。ふむ、国の危機を救う為、塔に乗り込むと……」

 

「はい……」

 

「敵地に乗り込もうというのに覇気がないですね?」

 

 アヤコさんが不思議そうに尋ねてくる。

 

「そうですか?」

 

「ええ、いつもの根拠のない自信が感じられませんので」

 

「ちょっと待って下さい。それじゃあわたくし、ちょっと痛い人みたいじゃないですか」

 

「自覚無かったのですか?」

 

「え?」

 

 妙な間が空きます。

 

「ともかく……報告は承りました。もう切ってもよろしいですか?」

 

「……不安な気持ちで一杯なのです」

 

「……不安ですか?」

 

「ええ、悪役令嬢として転生し、自身に降りかかる様々な破滅の運命、所謂フラグを回避し、なんやかんやあって、転生者としては最良の結果にたどりつく……そんなことを申し上げましたが、まさかリアルに命の危機を感じながら日々を過ごすことになるとは予想だにしておりませんでした……それでもどうにかこうにかして最良の結果、所謂ハッピーエンドに近づくことが出来たと思います。しかし、最後の最後にまさか国一つの命運を賭けた戦いに臨むことになるとは……単なる悪役令嬢志望の女にはいささか荷が重すぎます……」

 

「ティエラ=ガーニ!」

 

「⁉」

 

 突然、アヤコさんが大きな声を上げた為に、わたくしは驚きます。

 

「貴女の悪役令嬢への熱い思いはそんな吹けば消える程度のものだったのですか?」

 

「そ、そんなことはありません!」

 

「ならば自信を持って下さい。貴女は初めにこうもおっしゃいました。『強く気高い悪役令嬢として転生したい』と……。強く気高い悪役令嬢ならば己の拳で以て破滅への運命に抗ってみせてください。フラグなど所詮ただの旗です。へし折ってしまえばよろしいのです」

 

「そうですね……ええ! やってやりますわ! わたくしこそが悪役令嬢ですわ!」

 

「ふふっ、その意気ですよ。それではそろそろ定時なので失礼します」

 

 最後の一言は余計な気もしましたが、わたくしは奮い立ち、『ポーズ』を解除します。そして塔攻略への日を迎えました。



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第11話(1)本日のラッキーサモン

                  11

 

「さて、塔攻略だな……俺たちはこの北西の塔担当か……」

 

 コウが拳を握りしめながら呟く。

 

「三人より六人はいた方が良いってのは分かるが、なんだってこの組み合わせなんだ?」

 

 アナスタシアがアンナに問う。現在この場所には『三国一』と『赤点』の二チーム、計六人がいる。アンナが眼鏡を触りながら答える。

 

「ハサンさんから八闘士の情報は全てではありませんが得ることが出来ました……その情報をもとに相性が良さそうなチームを割り振った結果です」

 

「なるほどね……まあ、アタシらの場合、そいつがいるからどこでもいけそうだけどな」

 

 アナスタシアがアンナの持つ小瓶を指差す。アンナは頷く。

 

「もちろん、試してみます……!」

 

 アンナは小瓶からフレデリックを解放する。フレデリックは笑う。

 

「ふん、この塔をぶっ壊せば良いのだろう?」

 

「おう、いっちょド派手に頼むわ」

 

「おらあ! なっ⁉」

 

 フレデリックの振るった拳は塔に傷一つ付けることが出来ない。アンナが呟く。

 

「強力な障壁魔法を張っている……外から壊すのは無理なようですね。戻って下さい」

 

「どおっ!」

 

 アンナは小瓶の中にフレデリックを戻して、皆に告げる。

 

「やはり当初の想定通り、中に入って攻略するしかないようです」

 

「うむ……」

 

 コウが深々と頷く。

 

「よっしゃ! 暴れ回ってやるぜ!」

 

 五人(と一人)が塔の内部に入ろうとする。

 

「お~っと、『三国一』と『赤点』の二チームが塔に入るみたいだね~頑張って~」

 

 白髪の女性が拡声器を使って、その様子を伝える。リーファが首を傾げて呟く。

 

「あの娘は確か……フルカとかいうリポーターね。なんでこんなところに?」

 

「彼女たちには各自の状況を伝える役割を担ってもらっています。他の塔の応援に向かったり、逆に応援を要請するような事態も想定されますので」

 

 リーファの問いにアンナが答える。リーファが呟く。

 

「結構危険な役割なのに……」

 

「彼女たちにとっては国の危機ですから、自ら志願されたそうです」

 

「見かけによらずなかなかの愛国心の持ち主のようで……」

 

 リーファが感心する。アナスタシアが塔の扉を思い切り蹴破る。

 

「よし! 突入だ! ん⁉」

 

 アナスタシアは驚く。塔の中には人の形をした黒い影がいくつも蠢いていたからである。

 

「人の生命力を吸い取ったことによって出来上がった影……塔の警備兵のようなものですね。特に名称などは無いようですが……仮に『ブラックシャドウ』とも呼びましょうか」

 

「ブ、ブラックシャドウって……」

 

 リーファが思わず吹き出す。アドラが呟く。

 

「頭が切れる方なのに……ネーミングのセンスはいまひとつの様ですね……」

 

「! ……」

 

 アンナが無言でアナスタシアの胸に顔を埋める。アナスタシアが声を上げる。

 

「お、お前ら、そういうこと言うな! アーニャはその辺気にしているんだからよ!」

 

「わ、悪かったわよ!」

 

「申し訳ありません……」

 

「……アンナ、この影たちは倒して構わないんだな?」

 

「……はい、問題ありません」

 

 コウの問いに、気を取り直したアンナがズレた眼鏡を直しながら答える。

 

「数が多い! 一気に片付ける! 『風雲拳』!」

 

「!」

 

 コウの振るった右腕から放たれた衝撃波が黒い影たちを吹き飛ばす。影は霧消する。

 

「よし! 上の階層に向かうぞ!」

 

「……げっ! さっきより影が多いわよ!」

 

 リーファが叫ぶ。アナスタシアがアンナに問う。

 

「もうフレディを解放しちまった方が良いんじゃねえか⁉」

 

「下手に塔が崩れたら我々も危険ですから……」

 

「囲まれたわよ!」

 

 リーファの言葉通り、多数の黒い影が彼らを包囲する。

 

「突破するぞ! 『風雲拳』!」

 

「たくっ! 『千客万来脚』!」

 

 リーファが物凄い速さで蹴りを繰り出し、群がる影を撃破する。

 

「……『投擲』!」

 

 アドラが水晶玉を思いっきり投げつける。アナスタシアが驚く。

 

「しょ、商売に必要な小道具なんじゃなかったのか⁉」

 

「スペアは幾らでもあります……問題はないです」

 

「そ、そういうものなのかよ……! アーニャ!」

 

 アンナの周りに影が群がる。アンナは小瓶をかざし呟く。

 

「お願いします……」

 

「⁉」

 

 小瓶からフレデリックの大きな手だけ出てきて、影を薙ぎ払う。リーファが戸惑う。

 

「そ、そういう部分的な解放もありなのね……」

 

「……上に向かいましょう」

 

 アンナに促され、皆は進む。いくつかの階層を経て、多くの影を撃退すると、大きな空間の階層にたどり着く。リーファが呟く。

 

「……ここが最上層かしら?」

 

「……まさかここまで来るとはね」

 

「誰だ⁉ ……ウサギ?」

 

 コウは驚く。ウサギの顔にマスクを被った全身タイツ姿の獣人が立っていたからである。

 

「私の名は『マスクド・コネホ』……かつてはある地域の興行レスリングで活躍していたのだけど、今は古の八闘士の一人に名を連ねているわ」

 

「かつては? 今は古の? 貴女の言っている意味がよく分かりませんが……」

 

「高額なギャラで引き抜かれたのよ。前任者が別の所に移籍しちゃったんだってさ」

 

「そ、そういうものなのですか、八闘士って……」

 

 コネホの答えにアンナが戸惑う。コネホが笑いながら話す。

 

「この塔の番人ってのは意外と退屈でね……だから貴方たちが来てくれて嬉しいわ」

 

「こっちは嬉しがっている場合ではありません……この広さなら……お願いします!」

 

「おおっ⁉」

 

 アンナがフレデリックを解放する。コネホが驚く。

 

「ふん、八闘士とか大層なことを言ってウサギの獣人か! すぐに終わらせてやる!」

 

 フレデリックが拳を振るう。

 

「ふんぬ!」

 

「なっ⁉」

 

 フレデリックは驚く。普通の人間の大きさくらいのコネホがフレデリックの拳を真正面から受け止めたからである。

 

「巨人相手はあまり経験がないけども……そらっ!」

 

「なに⁉ お、俺を持ち上げただと⁉」

 

 コネホがフレデリックの後方に素早く回り込み、左脚を持ち上げる。

 

「大分変則だけど……『レッグロックスープレックス』!」

 

「がはっ⁉」

 

 コネホがフレデリックの巨体を持ち上げて、後方に倒れ込みながら、フレデリックを地面に叩き付ける。フレデリックは気を失う。

 

「さてと……次はどいつだい? ……そこの二人かな!」

 

「なっ⁉」

 

 コネホは一瞬でアンナとリーファとの距離を詰める。

 

「ちっ!」

 

「良い蹴りだけど当たらないね!」

 

 リーファの繰り出した蹴りの連撃をコネホは事もなげに躱してみせる。

 

「これならばどうです⁉」

 

「うおっ⁉」

 

 アンナが小瓶の口をコネホに向ける。封印魔法の応用形である、封印エネルギーの逆放射である。コネホは壁に向かって吹っ飛ぶ。リーファが叫ぶ。

 

「壁にぶつかる!」

 

「そう簡単には行かないよ!」

 

「なっ⁉」

 

 コネホは体を反転させ、壁を蹴って、その反動を利用して再びアンナたちに迫る。

 

「ロープアクションの要領よ! 『ラリアット』!」

 

「「!」」

 

「ぐっ!」

 

 リーファとアンナがコネホの攻撃で吹っ飛ばされ、壁にぶつかりそうになるが、周り込んだコウが二人の体を受け止める。

 

「女を守るなんて色男だね~♪」

 

 コネホが口笛を鳴らす。アナスタシアが悔しそうに呟く。

 

「パワーもスピードも桁違いだ……これが八闘士! どうすれば……」

 

「……」

 

 アドラが前に進み出て水晶玉を取り出す。アナスタシアが慌てる。

 

「い、いや、玉投げつけるだけじゃ意味ねえって!」

 

「『召喚』……!」

 

「はっ⁉」

 

 アドラの掲げた水晶玉から頭が七つある巨大な蛇が飛び出し、コネホに絡みつき、その動きを封じる。アドラが呟く。

 

「本日の『ラッキーサモン』はナーガでしたか……ツイていますね」

 

「ちょ、ちょっと待て! お前、その水晶玉、雰囲気作りじゃなかったのかよ⁉」

 

「本来はこういう使い方ですよ……言ってなかっただけです。それよりも好機では?」

 

「あ、ああ……コウのおっさん!」

 

「お、おっさんだと⁉ 俺はまだ……」

 

「どうでもいい! アタシに向けて衝撃波を放ってくれ!」

 

「む……『風雲拳』!」

 

 ジャンプしたアナスタシアの背中に衝撃波が当たる。

 

「この勢いを利用して突っ込む! 喰らえ!」

 

「がはっ⁉」

 

 アナスタシアの強烈な蹴りが炸裂し、コネホは地上に落下して、動かなくなる。

 

「はあ、はあ……やってやったぜ……」

 

 地上に降りたアナスタシアは座り込みんで笑みを浮かべる。



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第11話(2)珍しさが渋滞

「さて、西の塔は私たちが攻略担当ですね。張り切っていきましょう!」

 

 マイクが『魔法>科学』と『近所の孫』の二チームの五人に声をかける。

 

「強力な障壁魔法を塔の周囲に感知……外部からの破壊工作は難しいと思われます」

 

 塔を見たヴァレンティナが報告する。レイが反応する。

 

「バリアノヨウナモノヲテンカイシテイルノカ、キョウミブカイナ……」

 

「あんたたちの方がよっぽど興味深いけどね……」

 

 シャーロットが小声で呟く。

 

「塔か……うっ!」

 

 塔を見上げたウィリアンが頭を抑える。ジェーンが声をかける。

 

「ウィリアンさん、大丈夫ですか?」

 

「え、ええ、少し頭痛がしただけです……すみません……」

 

「それでは、塔の中に入りましょう!」

 

「おお~っと、今ちょうど『魔法>科学』と『近所の孫』の二チームが塔に入るところに間に合ったよ~頑張ってね~」

 

「リポーターのフルカさん……他の塔への情報中継を担ってくれています」

 

「各自がそれぞれに出来ることをこなしているのね……」

 

 ヴァレンティナの言葉にシャーロットが頷く。

 

「突入します!」

 

 ウィリアンを先頭に六人が塔の内部に入る。

 

「む⁉ 黒い影……?」

 

 塔の内部には黒い影が多数蠢いている。マイクが杖を構えながら首を傾げる。

 

「人の生命力を吸収したことによって出来上がった影……ハサン氏の情報によると、この塔の警備兵のようなものだそうです」

 

 ヴァレンティナが情報を伝える。シャーロットが尋ねる。

 

「倒しても問題ないのよね?」

 

「ええ、問題ないとのことです」

 

「よし! このシャーロットのバリツを喰らいなさい!」

 

 シャーロットが影の群れに突っ込んでいく。ジェーンが慌てる。

 

「シャ、シャーロット!」

 

「自分が援護します!」

 

 ウィリアンがその後に続き、巧みな体術を駆使して影を撃退していく。

 

「はっ! ……動き方から判断するに、軍隊格闘術だと思われますが、該当する軍隊がありません……どこか秘密部隊の所属でしょうか……」

 

「フン! ……キオクソウシツダトイウガ、カラダハウゴキヲワスレテイナイヨウダナ……ヒジョウニキニナルソンザイダ」

 

「味方の詮索よりまずは敵の撃退を優先して下さい!」

 

 今にも分析を始めそうなヴァレンティナとレイに対し、ジェーンが声を上げる。

 

「影にはこれです。『栄光』!」

 

「!」

 

 マイクが杖をかざすと、先端から眩い光が放たれ、影の群れが霧消する。

 

「この階層は片付きましたね! 上の階層に向かいましょう!」

 

 いくつかの階層を経て、多くの影を撃波すると、一番上の階層にたどり着く。

 

「どうやらここが最上階層のようね……」

 

 シャーロットが呟く。

 

「へえ……ここまでたどり着くとはな」

 

「だ、誰⁉」

 

 奥の方から虫の顔をした人型の生物が歩いてくる。

 

「む、虫⁉」

 

「ク、クワガタだ!」

 

 マイクが少年のように目をキラキラとさせて声を上げる。シャーロットが呆れる。

 

「なんでちょっと嬉しそうなのよ……」

 

「それも無理もないでしょう! あの立派な顎を見て下さい!」

 

「え? あれは二本の角じゃないの?」

 

「それはカブトムシですよ!」

 

「知らないわよ! だからなんでテンション上がっているのよ⁉」

 

「あれを見て心が躍る人はこの世に沢山いますよ!」

 

「ソウナノカ?」

 

「人によります……私は当てはまりませんが」

 

 レイの質問にジェーンが若干顔をしかめながら答える。シャーロットが問いかける。

 

「まあ、それはいいわ。貴方、何者なの?」

 

「俺の名はリュカヌ。そっちのとんがり帽子の言う通りクワガタの虫人だ」

 

「ちゅ、虫人?」

 

「獣人とか鳥人とか、魚人とかいるだろう? あれの虫版だよ」

 

 リュカヌと名乗った者はざっくりと説明する。シャーロットが顎に手を当てる。

 

「そういう種族もいるのね……初めて知ったわ」

 

「極めて稀少な種族だそうです」

 

 ヴァレンティナが呟く。シャーロットが尋ねる。

 

「そんなレアな御方が何故ここに?」

 

「俺ら虫人は人間どもに熱狂的に好かれたり、その一方で徹底的に嫌われたりと、色々あってね……その中間が無いんだよ、ちょうどいいっていう状態がさ……」

 

「……つまりは平穏が欲しいと?」

 

 シャーロットをリュカヌが指差す。

 

「なかなか鋭いね、嬢ちゃん。そういうことだ、俺は種の保存の為にも一族にとって平穏な世界、居場所を望んでいる……この塔で番人として働けば、そんな世界を作り上げることも可能だって趣旨の求人情報を偶然見かけてね」

 

「ちょっと待って、求人情報⁉」

 

「連絡してみたら面接があって……」

 

「面接⁉ 誰と⁉」

 

「結果……古の八闘士の一人に選ばれたってわけさ」

 

「八闘士ってそういうものなの⁉」

 

 リュカヌの説明にシャーロットが只々困惑する。

 

「というわけで、別に恨みはないんだが……この塔を守るのが俺の大事な仕事なんでね……容赦なく叩き潰させてもらうぜ!」

 

「む⁉」

 

「まずは厄介な魔法使いからだ!」

 

 リュカヌが一瞬でマイクとの距離を詰め、腹部に拳を放つ。

 

「がはっ……!」

 

「へえ、体を捻って、急所への直撃を避けたか。意外と格闘センスもあるんだな」

 

「さ、最低限の護身術は習得しております……」

 

「所詮最低限だろう? 次で終いだ! む!」

 

 ヴァレンティナとレイがリュカヌとマイクの間に割って入る。

 

「マイクお坊ちゃまをお守りします。データの少ない珍しい相手ですが……レイさん、援護をお願いします。『フィンガーミサイル』!」

 

「チュウジントハタシカニメズラシイナ……『アイビーム』!」

 

 ヴァレンティナが右手の指からミサイルを発射し、レイが目からビームを放つ。

 

「危なっ!」

 

 リュカヌが背中の羽をはためかせ、ミサイルとビームをすんでのところで躱す。

 

「! ヒコウシタカ、マスマスメズラシイ……」

 

「うるせえな! お前らの方がよっぽど珍しいだろうが!」

 

「⁉」

 

「おらあっ!」

 

 地上に降り立ったリュカヌは両手でヴァレンティナとレイをそれぞれ掴み、マイクに向かって勢いよく投げつける。

 

「ぐわっ!」

 

 二人と派手にぶつかったマイクは倒れ込む。

 

「ふん! 半分片付いたな! 次はどいつだ!」

 

「私が相手よ! バリツを存分に味わいなさい!」

 

 シャーロットがリュカヌに果敢に挑む。

 

「バリツは知らねえが、なかなかの体さばきだ! だが……甘いな!」

 

「ぐっ……!」

 

 シャーロットの体にリュカヌのカウンターパンチが決まり、シャーロットが倒れる。

 

「シャーロット!」

 

「心配すんな、手加減はしてやった……しばらくは起きれねえだろうがな……」

 

「くっ……」

 

 ジェーンが苦い表情を浮かべる。その隣でウィリアンが呟く。

 

「思い出した……」

 

「え⁉」

 

「自分に課せられたミッションは虫人の調査! その圧倒的な力を研究すれば、我が軍の戦力増強に繋がる! 研究サンプルとして確保させてもらう! うおおっ!」

 

 ウィリアンが鋭い出足でリュカヌの懐に入り、腹部にパンチを放つ。

 

「ぐほっ⁉」

 

「もらった!」

 

「調子に乗るな!」

 

「むっ⁉」

 

 リュカヌが大きな顎を開き、ウィリアンを挟み込む。

 

「研究サンプルとか抜かしやがったな! 痛みつけるだけにしといてやろうと思ったが、気が変わった! てめえはここで始末する!」

 

「ぬ、ぬおおおっ!」

 

「なっ⁉ 顎を押し返しているだと⁉ 細身の癖になんて力だ!」

 

「ウィリアンさん、そのまま抑えていて下さい!」

 

 ジェーンが叫ぶ。リュカヌがジェーンを一瞥し、笑う。

 

「はっ、やめとけよ、栗毛の嬢ちゃん! 人間の女の力なんてたかが知れてる!」

 

「……こういう便利な物があります」

 

 ジェーンが注射器を掲げる。リュカヌが戸惑う。

 

「そ、そんな物、どうするつもりだ!」

 

「こうするのです!」

 

 ジェーンは自らの右腕に注射を打つ。すると、右腕が大きく膨れ上がる。

 

「⁉ バ、バカな⁉」

 

「はあっ! 『パンチ』!」

 

「がはっ……!」

 

 パンチを腹部に受けたリュカヌは崩れ落ちる。ウィリアンも力尽きたように倒れ込む。

 

(……た、倒せた。そ、それにしてもウィリアンさん……潜入調査が主な部隊所属となるとシャーロットが追っている例の事件に何か関係が……? まあ、今は休みましょう……)

 

 ジェーンは首を静かに左右に振ってその場に座り込む。



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第11話(3)常識外れ

「俺らはこの南西の塔担当か……エドアルド?」

 

「既に確認されている情報によると、塔の周囲に強い障壁魔法がかかっていて、外部からの破壊は難しいということだね」

 

「っていうことは内部から攻略するしかないってことだな……」

 

 ダビドが後頭部を掻く。ディーデイーが叫ぶ。

 

「HAHAHA! とにかく暴れ回れば良いんだろ? お安い御用さ!」

 

「俺らを阻むなんて誰にも出来ないぜ!」

 

「派手にやってやりマース!」

 

「OH! 全く頼もしい限りだぜ、ブラザー&シスター!」

 

 ゴメスとワンダの言葉にディーデイーが頷く。ダビドが呆れ気味に呟く。

 

「……なんでこいつらと一緒なんだ?」

 

「それぞれの塔を守る八闘士との相性を見て割り振ったらしいよ」

 

「相性ねえ……」

 

「ははっ、面白い連中だから良いんじゃない?」

 

「モニカ、お前さんもお気楽だなあ……」

 

「まあ、今更文句を言ってもしょうがない、塔に入ろう」

 

「あ! い、今、『バウンティハンター』と『怒髪天』の二チームが塔の内部に入っていきます! が、頑張って下さい!」

 

「あの赤髪の娘は確か……?」

 

「ヌーブっていうリポーターだね、彼女たちは各地点の情報中継役を担っている」

 

「そりゃあご苦労なことだな……終わったら飲みにでも行きたいねえ……」

 

「兄さん、今は塔のことに集中してくれよ」

 

「分かっているよ」

 

「それ!」

 

 モニカが塔の扉を豪快に蹴飛ばす。内部には黒い人影が多数ひしめいている。

 

「ワット⁉ なんだいコイツらは⁉」

 

 ディーデイーが首を傾げる。エドアルドが冷静に説明する。

 

「なんでも人の生命力を吸収したことによって出来上がった影……ハサンという男の情報によると、この塔の警備兵のようなものだそうだ」

 

「倒しても問題ナッシングかい? 黒スーツのブラザー⁉」

 

「ブラザーって……ああ、問題はないそうだ」

 

「YEAH! パーティーの始まりだ!」

 

 エドアルドの言葉を受け、ディーデイーたちが影の群れに突っ込んでいく。

 

「切り刻んでやるぜ!」

 

「突き進みマース!」

 

「!」

 

 ディーディーがアフロ爆弾を巻き散らし、ゴメスがモヒカン剣を乱舞させ、ワンダのドリルリーゼントが炸裂する。三人の猛進を受けて、影の群れは次々と霧消していく。

 

「おいおい! 剣はまだしも、爆弾とドリルはもうちょっと加減しろよ!」

 

「建物自体が崩れて生き埋めになるぞ!」

 

 ダビドとエドアルドが慌てる。

 

「『ハリケーンキック』!」

 

「どおっ⁉」

 

 モニカが長い脚を一閃すると、塔の厚い壁にヒビが入るほどの強風が吹き、影が消える。

 

「だ、だからモニカ! お前も少しは自重しろ!」

 

「え~? なかなか難しいことを言うね~」

 

 ダビドの言葉にモニカは唇を尖らせる。

 

「ま、まあとにかく、この階は片付いたみたいだ、上に向かおう」

 

エドアルドが皆を階段へと促す。六人が階段を上っていく。そして、いくつかの階層を経て、多くの影を撃波すると、一番上の階層までたどり着く。ダビドが呟く。

 

「どうやらここが最上階みたいだな……」

 

「……妙だな? 最上階には八闘士が番人のようにいるという情報だったが……?」

 

 エドアルドが首を傾げる。ディーデイーが大声で笑う。

 

「HAHAHA! 俺たちに恐れをなして尻尾を巻いて逃げたんじゃないか⁉」

 

「……尻尾はない」

 

「うん? 今声がしなかったか?」

 

 ダビドが周囲を見回す。ゴメスが部屋の中央にある物を見つけ、近づく。

 

「なんだこりゃ? 石板か?」

 

「尻尾はないが手足はあるぞ!」

 

「どわっ⁉」

 

 部屋の中央にあった赤茶色をした長方形の石板から手足が生え、ゴメスに殴りかかる。ゴメスはなんとかこれを躱す。ディーディーが問う。

 

「ユーは何者だい⁉」

 

「石板の青年、その名もアクエスだ!」

 

「OK、分かった! 良いファイトにしよう!」

 

「ちょっと待て! 理解が早すぎんだよ! なんだよ、石版の青年って⁉」

 

 ダビドが叫ぶ。エドアルドが冷静に尋ねる。

 

「君がこの塔を守る八闘士かい?」

 

「ああ、そうだ」

 

「気を悪くしたら申し訳ないんだが……君は一体何なんだい?」

 

「石板の青年……としか答えようがないな、気が付いたら存在していたからな」

 

「石板が意志を持ったのか? まあ、それは良いとして、青年なのかい?」

 

「……少なくとも少年少女ではないからな」

 

「そ、そうか……何故八闘士に?」

 

「あるところで朽ち果てようとしていた俺をピカピカに磨き上げてくれて、そして、『良い角をしているな、うちに来ないか?』と勧誘してくれて……」

 

「誰がだよ⁉」

 

 ダビドが思わず口を挟む。

 

「恩は返さなくてはならないと思い……古の八闘士に名を連ねることになったんだ」

 

「古感があんまり感じられないが……」

 

「まあ、俺のことはどうでもいいだろう、ここまで来たなら倒すまでだ!」

 

 そう言って、アクエスが構えを取る。ゴメスが斬りかかる。

 

「ふん、むしろ良い的だぜ!」

 

「はっ!」

 

「のわっ⁉」

 

 アクエスの形が長方形から正方形に変わり、ゴメスの剣を躱してみせる。ダビドが驚く。

 

「そ、そんなことが⁉」

 

「おらっ!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 アクエスがすかさず反撃し、ゴメスを倒す。ディーディーが叫ぶ。

 

「やるじゃないの! 爆弾を喰らえ!」

 

「ふん!」

 

「OH⁉」

 

 ディーディーが投じた爆弾をアクエスが長方形に戻った自身の体を使って豪快に打ち返す。ディーディーが自身の爆弾で派手に爆発する。ダビドが再び驚く。

 

「そ、そんなことが出来るのかよ⁉」

 

「ははっ! 面白いね! 『スーパーハリケーンキック』!」

 

「うおっ!」

 

 モニカが脚を鋭く振ると、凄まじく強い風が吹き、アクエスの体が浮き上がって、壁に向かって飛んで行く。モニカが笑う。

 

「壁にぶつかって終わりだね!」

 

「そうはいくか!」

 

「なっ⁉」

 

 アクエスが自身の体を上手く風に乗せて、まるでブーメランのように戻ってきて、モニカに迫っていき、体の形状をひし形に変化させる。

 

「『ひし形突き』!」

 

「ぬっ!」

 

 アクエスの尖った角がモニカの体に刺さり、モニカは苦しそうにうずくまる。

 

「どうだ!」

 

「ならばワタシのドリルで砕くまでデース!」

 

 ワンダがリーゼントドリルを高速で回転させ、アクエスに突っ込んでいく。

 

「ド、ドリル⁉ それは困るな」

 

「もらったデース!」

 

「これでどうだ!」

 

「ん⁉」

 

 ワンダが崩れ落ちる。ダビドが三度驚く。

 

「な、なんだ、何をしやがった⁉」

 

「石板を自ら指でなぞったようだったが……?」

 

 エドアルドが冷静に呟く。アクエスが胸を張る。

 

「ふふん! この石板には古代文字で様々な呪文が刻まれているのだ! ちなみに古代文字なので俺にもなんて書いてあるのかはさっぱり分からん!」

 

「そんなことで威張るなよ!」

 

「いずれにせよ、お前らに勝ち目は無い!」

 

「ちっ、常識はずれの連中の常識が通じねえとは……!」

 

 ダビドが舌打ちする。アクエスがゆっくりとダビドたちに歩み寄る。

 

「さて、そろそろ終わらせてもらうぞ……」

 

「くっ……」

 

「エ、エドアルド……」

 

「モ、モニカ! その体で無理に動こうとするな!」

 

「石板の右から三列目、上から八段目の字と、左から四列目、下から七段目の字を狙え……」

 

「! わ、分かった!」

 

 エドアルドはモニカの指示に従い、コインをアクエスの体に向かって投げつける。

 

「⁉ な、なんだ⁉ 体が動かん!」

 

「今、コインが当たった文字……それは動きを止める呪文だよ……」

 

「な、何だと⁉」

 

「ダビド!」

 

「ああ! 喰らえ! 『ロイヤルストレートフラッシュ』!」

 

「がはっ⁉」

 

 ダビドの投じた五枚のカードがアクエスの手足と体の中央に当たり、アクエスは倒れる。

 

「へっ……倒せたか? エドアルド、こいつはどれくらいの賞金になるかね?」

 

「さあね、大体どこに持ち込めば良いのやら……それにしてもモニカ、なんで古代文字が読めたんだ? 君は一体……」

 

「ふふっ……」

 

 エドアルドの問いに対し、モニカはただ笑うのみであった。



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第11話(4)亜人の意地

「僕……俺たちはこの南の塔担当だね……張り切っていこう!」

 

「ガキが何一丁前に仕切ってんだよ……」

 

「ひっ……」

 

 シバに睨み付けられ、ケビンが思わずソフィアの影に隠れる。

 

「……躾のなっていない猫ちゃんですわね……」

 

「誰が猫だ! どこからどう見てもライオンだろうが!」

 

「やめろ……」

 

 ソフィアの後ろからグラハムが睨みをきかせる。

 

「シバ、落ち着け」

 

「ちっ……」

 

 ニサがシバを宥める。空からアルフォンが降りてくる。ニサが尋ねる。

 

「どうだった?」

 

「上の階層も障壁魔法でしっかり覆われているな……情報通り、正面突破しかなさそうだ」

 

 アルフォンが肩を竦める。シバが歩き出す。

 

「ふん、分かりやすくて良いじゃねえか」

 

「あ! い、今、『ボイジャー』と『人間上等』の二チームが塔の内部に入っていこうとしていくところに間に合いました! が、頑張って下さい!」

 

「あの女の人は確か……?」

 

「ヌーブさんというリポーターさんね、彼女たちは各塔の情報中継役を担っているわ」

 

 ケビンの問いにソフィアが答える。

 

「危険な役割だが……彼女たちにとっては国の存亡に関わる事態だからな」

 

 グラハムが淡々と話す。シバが呟く。

 

「この国が無くなったら、俺たちにとっても都合が悪いからな……」

 

「ほう? どういうことだ?」

 

「なんでもねえよ……行くぞ!」

 

 グラハムの問いには答えず、シバが扉を破る。塔の内部は黒い人影が多数ひしめいている。

 

「な、なんだ⁉」

 

 ケビンが驚く。ソフィアが冷静に説明する。

 

「人の生命力を吸収したことによって出来上がった影……ハサンさんという方の情報によると、この塔の警備兵のようなものだそうよ」

 

「倒しても問題はないという話だったな、ソフィア?」

 

「ええ、グラハムさん。ケビン、私の後ろに隠れていて」

 

「よっしゃあ! 暴れまくってやるぜ!」

 

 シバたちが影の群れに突っ込んでいく。

 

「遅いぜ! 空を飛ぶまでもねえ!」

 

「これくらいの相手なら陸の上でも問題ねえ!」

 

 獣人シバの拳、鳥人アルフォンの爪、魚人ニサの牙が黒い影たちを蹂躙する。

 

「す、凄い……」

 

 シバたちの戦いぶりを見て、ケビンが感嘆とする。ソフィアが呟く。

 

「大会ではほとんど良いところが無かったから、その鬱憤が溜まっていたのでしょうね」

 

「「「おおい⁉」」」

 

 三人がソフィアを睨み付けるが、ソフィアは全く意に介さない。

 

「ふん! ……こちらも片付いたぞ」

 

 グラハムが両手をパンパンと払う。ソフィアが頷く。

 

「それでは上の階に向かいましょう」

 

 ソフィアが皆を階段へと促して、六人が階段を上っていく。そして、いくつかの階層を経て、多数の影を撃波し、一番上の階層までたどり着く。ケビンが呟く。

 

「こ、ここが最上階みたいだね……」

 

「ふん、ここまでたどり着くとはな……一応褒めてやるか」

 

「誰だ⁉」

 

 部屋の奥から黄土色の皮膚のトカゲの様な顔をした二足歩行の生物が現れる。

 

「誰だとはご挨拶だな……」

 

「トカゲの爬虫類人か?」

 

「トカゲだと? 俺は恐竜人族のコッキューだ、下位互換と間違えるな」

 

「きょ、恐竜人族だと⁉」

 

「ほう、絶滅したかと思っていたが……」

 

 シバが驚き、アルフォンが顎に手をやって呟く。コッキューが笑う。

 

「お前らの物差しで測るなよ……俺たちが簡単に絶滅してたまるか」

 

「な、なんだって八闘士に?」

 

「種族の優秀さを示すことが出来るって話がきてな……面白そうだと思ってよ」

 

 ニサの問いにコッキューが答える。ソフィアが重ねて問う。

 

「話がきたって……誰からですか?」

 

「俺が会ったのは『古の八闘士専門のスカウトマン』だな」

 

「ス、スカウトマン?」

 

「もらった名刺にはそう書いてあったぜ」

 

「め、名刺? どういうものなのですか、八闘士とは?」

 

「細かいことはどうでもいいだろう……そら、かかってこいよ。軽く叩き潰してやる」

 

 コッキューは長い爪が伸びた手の指をクイクイっと折り曲げる。

 

「軽くだと⁉ ナメんなよ!」

 

 シバが勢いよく飛びかかる。

 

「遅えよ!」

 

「がはっ⁉」

 

 シバがコッキューの拳によって叩きつけられる。すかさずニサが背後から迫る。

 

「隙有り!」

 

「甘えよ!」

 

「どはっ⁉」

 

 コッキューは長い尻尾を器用に使い、ニサの体を弾き飛ばす。

 

「空からならどうだ!」

 

「こういうことも……出来るぜ!」

 

「のわっ⁉」

 

 コッキューが地面を思いきり踏み付け、割れた床を蹴り飛ばして、アルフォンの体にぶつける。思わぬ攻撃を喰らったアルフォンは地上に落下する。

 

「ふん、大したことはねえな……」

 

「く、くそ! 俺が相手だ!」

 

「ケビン⁉」

 

 ケビンがソフィアの制止を振り切って無謀にも突っ込む。コッキューがため息をつく。

 

「おいおい、弱いものいじめをさせてくれるなよ……!」

 

「ぐわっ⁉」

 

 コッキューが地面の小石を拾い、指で軽くはじく。鋭い弾丸のように飛んだ小石が、ケビンの額に当たり、ケビンはうずくまる。ソフィアが激昂する。

 

「! このトカゲ! かわいい弟ちゃんに何をしてくれとんのじゃ!」

 

「うおっ⁉」

 

 ソフィアの鋭い蹴りがコッキューの顔面を捉える。コッキューはのけ反る。

 

「もう一丁じゃ!」

 

「ふん!」

 

「なっ⁉」

 

 ソフィアが続け様に蹴りを繰り出すが、コッキューが防御する。

 

「人間如きが舐めた真似を……痛い目みてもらうぜ!」

 

「むう!」

 

「グ、グラハムさん!」

 

 コッキューが腕を振るい爪でソフィアを引き裂こうとしたが、グラハムが間に割って入り、背中でその攻撃を受ける。

 

「お、お前たち姉弟は俺が守る……」

 

「ちっ、面倒だ、獣人ども同様、お前らも黙らせてやる!」

 

「がおっ!」

 

「む⁉」

 

 立ち上がったシバが爪を振るい、コッキューの体に傷を付ける。シバが笑う。

 

「はっ、黙った覚えは無えぞ?」

 

「しぶといな……てめえらがなんで人間どもに肩入れする?」

 

「上から目線の奴が気に食わねえだけだよ!」

 

「うざってえな!」

 

「がはっ!」

 

 飛びかかったシバをコッキューは殴り飛ばす。

 

「……たかがライオンの獣人が、かつてこの地上を征服した種族の血を引く俺に勝てるわけがねえだろうが……!」

 

「地上ね……これならどうよ!」

 

「ああ⁉」

 

 ニサが両手から大量の水を出し、辺り一面が海のようになる。

 

「そらっ!」

 

「ぐっ! は、離れろ!」

 

 水に足を取られ、思うように動けないコッキューの膝にニサが噛み付き、動きを封じる。

 

「急な流れだが……俺なら乗りこなせる!」

 

 コッキューが砕いた床の破片を舟代わりにして、グラハムが手でこぎ、コッキューに接近する。その破片に乗ったソフィアが三度鋭い蹴りを繰り出す。

 

「舐めるな!」

 

 コッキューが腕でガードする。ソフィアがふっと笑う。

 

「舐めているのはそちらでしょ?」

 

「なんだと⁉ はっ⁉」

 

 コッキューが視線を上に向けると、アルフォンに体を掴まれたケビンが迫る。

 

「やったれ! ガキ!」

 

「うおおおっ!」

 

 アルフォンの急加速に乗ったケビンのキックが炸裂し、コッキューは派手に吹き飛ばされ、塔の壁にめり込む。塔に空いた穴から水が勢いよく漏れ出す。

 

「た、倒した……」

 

 水が引いた地面に降りたケビンは力が抜けたようにへたり込む。ソフィアが駆け寄る。

 

「ああ、ケビン! 大丈夫だった⁉」

 

「どあっ! お姉ちゃ……姉さん、抱き付かないでよ、恥ずかしい!」

 

 ケビンの言葉を無視し、ソフィアはケビンの頭を撫でる。グラハムがシバに尋ねる。

 

「この国が無くなったら都合が悪いと言っていたな、どういう意味だ?」

 

「……鳥獣や魚介類の密猟・密漁について訴えるつもりだったからな、訴える場所が無くなっちまったら話にならない……人間どもとはあくまでも対等でなくちゃならない」

 

「ふむ……意外と考えているのだな」

 

「うるせえな、意外とか言うんじゃねえよ……」

 

 シバは苦笑を浮かべながら地面に寝転がる。



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第12話(1)美女対オジサン

                  12

 

「この南東の塔は我らの担当ということですが……」

 

「ちょっと、タカ、硬いわね~」

 

「堅い? 塔の守りがですか?」

 

「そうじゃなくて! 気持ちが硬いのよ! もうちょっとリ~ラックスして臨みなさい」

 

「リ~ラックスですか……?」

 

 姉のフジの言葉にタカは困惑する。

 

「フジ姉! そんな言い方したって、タカ姉を変に混乱させるだけだから! いつも通りでいてくれればそれでいいのよ」

 

「ナスビ……それじゃ面白くないのよ」

 

「面白い面白くないの問題じゃないの……ってか、私の名前はナツコだから!」

 

「え~まだ父上のつけてくれた縁起の良い名前気に入ってないの~?」

 

「気に入るわけないでしょ⁉ よりにもよってナスビって!」

 

 三姉妹の末妹のナスビが唇をぷいっと尖らせる。

 

「……こほん、お話はお済みかしら?」

 

 パトラが尋ねる。ナスビが頭を下げる。

 

「し、失礼しました!」

 

「三姉妹 集えばまさに かしましい」

 

「呑気に句を詠んでおる場合か……どうやら正面から入っていくしかないようじゃな?」

 

 オコマチのマイペースぶりに呆れながら、ユファンがナスビに問いかける。

 

「そ、そうです! 塔全体を強力な障壁魔法で覆っているようですので!」

 

「面倒だけど仕方ないわね、正面の扉から行きましょう」

 

 パトラが呟くとタカが口を開く。

 

「恐れながら……御三方が危険を冒すことはないのではないかと……」

 

「塔を制圧せんと、この街から出ることも叶わぬ。良い街じゃが長期滞在の予定はない」

 

 ユファンが答える。オコマチも独特な口調で答える。

 

「気遣いは 無用の儀にて いざ参る」

 

「……失礼しました。それでは参りましょう、タカ」

 

 フジが頷くとタカが先導し、塔に近づく。

 

「あ! 『美女』と『狐の目』の二チームが塔に入ろうとしています! 頑張って下さい!」

 

「あの元気の良い青髪の娘は……」

 

「リポーターのシャクさんですね、彼女たちは各地の情報伝達を行ってくれています」

 

「それはご苦労なことだ……攻略が成功した暁には褒美を取らせてやらねばな」

 

 ナスビの説明にユファンが頷く。

 

「参ります! ⁉」

 

 タカが扉を蹴破ると、塔の中には多くの黒い人影が蠢いている。パトラが首を傾げる。

 

「この方々は?」

 

「人の生命力を吸収したことによって出来上がった影……ハサンさんの情報によれば、この塔の警備兵のようなものだそうです」

 

 ナスビが説明する。オコマチが尋ねる。

 

「打倒して 問題はなき 相手かな」

 

「ええ、問題はありません!」

 

「突然に 影も吹き飛ぶ 強風か」

 

「!」

 

 オコマチが句を詠むと、強風が吹きすさび、多くの影が消し飛ぶ。ナスビが感嘆とする。

 

「す、凄い……」

 

「こちらも片付いた……」

 

 ナスビが視線を向けると、タカが苦無を片手に呟く。

 

「は、速い……流石タカ姉……」

 

「この階層は大丈夫そうですね……上に向かいましょう」

 

 フジが他の五人を階段へと促して、皆で階段を上っていく。そして、いくつかの階層を経て、多くの影を撃波し、一番上の階層までたどり着く。ナスビが呟く。

 

「こ、ここが最上階層かしら……?」

 

「へえ、よく来たな……」

 

「⁉」

 

 部屋の奥から迷彩色の服に身を包んだ、無精ひげを生やした中年男性がゆっくりと現れる。男性は茶色の短髪の頭を片手で撫でている。タカが呟く。

 

「人間……?」

 

「いや、随分な言い様だな。他に何に見える?」

 

 男性は苦笑する。ユファンが笑う。

 

「どんな魑魅魍魎がいるかと身構えておったからのう」

 

「ある意味で 期待外れと がくりとす」

 

「いやいや、勝手にがっくりしないでくれよ!」

 

 オコマチの句に男性が声を上げる。フジが尋ねる。

 

「お兄さんがこの塔の番人……八闘士ってことかしら?」

 

「ああ、そうだ。名前はスミスだ」

 

「モンスターの類を想像していたから……確かに拍子抜けね」

 

「それはそれは……ご期待に沿えなくて……こんな冴えないオジサンで申し訳ないね」

 

「あら? 大人の色気って感じで素敵よ?」

 

「え? そ、そうかい?」

 

「御三方もそうは思いませんか?」

 

「年齢に合った渋みを感じるわね」

 

「その辺の若造とはやはり違うな」

 

「年輪を 重ねて出づる いぶし銀」

 

 フジの問いに美女の三人が肯定的な意見を述べる。

 

「い、いや、お姉さんたちみたいな美人さんたちに言われると照れちゃうな~」

 

 スミスが鼻の下を伸ばす。フジが提案する。

 

「つまらない争いなんてやめちゃって、塔を下りて、皆でお酒でもどうかしら?」

 

「悪くないアイデアだね……って! 生憎そういう訳にはいかないんだよ!」

 

 スミスが頭を左右にぶんぶんと振る。フジが苦笑する。

 

「あら残念。せっかく平和的な解決かと思ったのに」

 

「仕事だからね、この塔を守るのは」

 

「仕事だと? 使命などではないのか?」

 

 ユファンの言葉にスミスは笑いながら首を振る。

 

「そんな大仰なことではないよ。あくまでも俺は雇われただけだから」

 

「雇われたですって?」

 

 パトラが首を傾げる。スミスが大袈裟に両手を広げながら頷く。

 

「俺は世界中の戦場などを渡り歩く傭兵だからね。だが、最近良い仕事場が無くてね……」

 

 肩を落とすスミスに対し、ナスビが戸惑う。

 

「だ、だからと言って八闘士ですか?」

 

「恥ずかしい話だが結構な金が入用でね……そこにエージェントを介してこの話が舞い込んできたから……そりゃあなるよね? 古の八闘士」

 

「い、いや、なるよねって言われても!」

 

「まあいいわ、さっさとお終いにする!」

 

「おっと!」

 

「!」

 

 パトラが硬化した布を投げつける。スミスは驚きながらもそれを躱し、銃を撃って、布を砕く。ナスビが驚く。

 

「じゅ、銃⁉」

 

「俺の商売道具はこれだ……卑怯だとか言ってくれるなよ? 今みたいに訳の分からん攻撃をしてくる相手が多い世の中なんだから」

 

「飛び道具ならば! ぐっ⁉」

 

「うっ!」

 

 毒の吹き矢を放とうとしたユファンと側にいたパトラが倒れ込む。

 

「お嬢様かと思ったら吹き矢とは……油断ならないね。あ、さっきの銃とは別の銃を使ったよ、命の心配はないが、しばらくは起き上がれないだろうね」

 

「名うての傭兵ってわけね……むしろ興味が湧いてきたわ」

 

 フジがゆっくりと歩み寄る。スミスが銃口を向ける。

 

「それ以上近づいたら容赦なく撃つぜ」

 

「やれるものならやってご覧なさい!」

 

「ふん! 何⁉」

 

 フジが距離を詰める。迎撃しようとしたスミスが体勢を崩す。フジが笑う。

 

「“幻惑香”を嗅いだわね! これを嗅ぐと、しばらくは動くことすら……なっ⁉」

 

 フジが崩れ落ちる。スミスが銃を撃ったからである。

 

「危なかったぜ……」

 

「ど、どうして……⁉」

 

 フジは目を疑う。スミスが両方の鼻の穴に銃弾を詰め、香を嗅がないようにしたのである。

 

「クノイチと戦うのは初めてに近いが……女アサシンには若いころ痛い目にあったんでね……奇策には奇策で対抗させてもらったよ」

 

「姉上! おのれ! ふざけた真似を!」

 

「! 速い!」

 

 タカが一瞬でスミスの懐に入り、苦無を振るう。

 

「覚悟! がはっ⁉」

 

 スミスの拳がカウンターパンチとなってタカの腹部に入る。タカがうずくまる。

 

「接近戦は不得手だと思ったかい? 残念、キャリアが違う……」

 

「タカ姉!」

 

「おっと動くなよ、当たったら痛いぜ?」

 

「くっ!」

 

 ナスビが薙刀を構えるが、スミスがすかさず銃を向ける。ナスビは固まってしまう。

 

「姉とかなんとか……そうか、東方で暗躍するクノイチ三姉妹の噂は聞いたことがあるな、まさかこんな美人揃いとはね。出来れば違う形で会いたかったよ……」

 

「……」

 

 オコマチがゆっくりと前に進み出る。スミスが戸惑いながらも銃口を向ける。

 

「その服はキモノ……だったか? 戦いづらそうだな、言った通り容赦しないぜ!」

 

 スミスが銃を撃つ。オコマチが呟く。

 

「鉛玉 とんぼ返りで 持ち主に」

 

「ぐはっ⁉ バ、バカな、銃弾がターンしただと……ぐっ!」

 

 スミスの撃った銃弾がスミス自身の体に当たり、スミスは悶絶する。オコマチが告げる。

 

「勝利への これ以上ない 好機かな」

 

「! はあ!」

 

 飛び込んだナスビの薙刀がスミスを捉え、スミスは倒れ込む。

 

「どわっ! 養育費を稼かなきゃならないのに……」

 

「た、倒せた……」

 

 ナスビが肩で息をしながら呟く。



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第12話(2)尻に力を込める

「この東の塔は我々が担当ということだな」

 

 塔を見上げながら、ラティウスは腕を組んで呟く。

 

「ウホウホウホ?」

 

「フランソワ? う~ん、確かにそれも面白いかもしれないな。がっはっはっは!」

 

 ラティウスはフランソワの肩に手を置き、豪快な笑い声を上げる。

 

「ラティウス=カウィー卿! そちらで勝手に盛り上がってもらっては困る!」

 

 セリーヌが頭を片手で抑えながら注意する。ラティウスは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「い、いやいやこれは申し訳ない……」

 

「フランソワ嬢からなにか提案があったのならば検討したいのだが……」

 

「ああ、塔攻略が一段落したら二人の新居はタワー型でも良いのではないかという話だよ」

 

「は?」

 

 セリーヌが固まる。ラティウスが口を開く。

 

「つまり作戦には一切関係が無い!」

 

「関係のあることを話して頂きたい!」

 

「分かった! 以後気をつけよう!」

 

「……全く、話の分かる方だと思っていたのに……む? ウヌカルか、どうだった?」

 

 ウヌカルはテュロンをちょこんと肩に乗せて戻ってくる。

 

「大きくなったテュロンで一気に塔の外壁を駆け上がろうとしたが……無理だった」

 

「やはり周囲には強力な障壁魔法を張り巡らせているのか……」

 

「作戦というほどのものでは無いかもしれんが……」

 

「奇遇だな、サムライ、俺にも一つ考えがあってよ……」

 

 モンジュウロウとガルシアがほぼ同時に喋り出す。セリーヌは渋い表情を浮かべる。

 

「……一応ご両人のお考えを聞こうか」

 

「塔ごと斬ってみるというのはどうだろう?」

 

「塔ごと倒してみるっていうのはどうだ?」

 

 二人の答えにセリーヌは両手で頭を抱えてしゃがみ込む。モンジュウロウが心配する。

 

「どうした、セリーヌ? 頭でも痛いのか?」

 

「~~お陰さまでな!」

 

 セリーヌが勢いよく立ち上がり、モンジュウロウが困惑する。

 

「げ、元気そうだな……」

 

「塔の周囲からの攻撃はなかなか困難だ、他の地点からの情報通り、正面突破しかないな」

 

 ラティウスが話をまとめ、セリーヌはそれに頷き賛同する。ウヌカルとフランソワが呟く。

 

「では塔に向かうとするか」

 

「ウホッ!」

 

「おおっと⁉ 『剛腕』、『武士と戦士と騎士』の二チームが塔に入るところに間に合いました! 皆さんどうぞお気をつけて!」

 

「なんだ、あのやかましい青髪の姉ちゃんは?」

 

「聞いてなかったのか? 彼女はシャクさん。リポーターの四人がああして各地の情報伝達役を担っていてくれるのだよ。頭の下がる思いだ」

 

「そういえばそんなことも言っていたか……」

 

 ラティウスの説明にガルシアは納得する。ウヌカルが叫ぶ。

 

「突入するぞ! む! こいつらは⁉」

 

 塔の内部に入るとウヌカルが驚く。内部は黒い人影が多数ひしめいていたからである。」

 

「人の生命力を吸収したことによって出来上がった影……ハサン氏の情報によると、この塔の警備兵のようなものだそうだ」

 

 セリーヌが冷静に説明する。モンジュウロウが問う。

 

「セリーヌ、こやつら、斬っても構わぬのだな?」

 

「ああ、派手にやってくれ」

 

「はっ!」

 

 モンジュウロウが剣を振るうと、斬られた影は次々と霧消していく。

 

「おらあっ!」

 

「ウホホホッ!」

 

 ガルシアとフランソワもたくましい腕を振るい、影を消し飛ばしていく。

 

「……この階層は大丈夫だな、上に向かおう」

 

 セリーヌが他の五人を促して、皆で階段を上っていく。そして、いくつかの階層を経て、多数の影を撃波し、一番上の階層までたどり着く。ウヌカルが呟く。

 

「ここが……最上階層か?」

 

「ほお……私のところに来てくれたか、歓迎するよ」

 

「誰だ⁉」

 

 ウヌカルが短刀を構える。部屋の奥から、大分傷んではいるが、それなりに立派な装飾が施された甲冑を身に付けた骨だけの騎士が現れる。セリーヌが驚く。

 

「が、骸骨⁉」

 

「こう言っては失礼に当たることは承知しているのだが……貴殿は死んでいるのか?」

 

「ふむ……自分でもよく分からないのが正直なところかな。骨が鎧を纏っているという奇妙な状況であることは自覚しているが、こうして立って歩くことが出来ているのだからね」

 

 ラティウスの問いに骸骨騎士は首を傾げる。モンジュウロウが口を開く。

 

「其方、名はなんと申す?」

 

「スプリトだ、記憶なんてものはほぼ抜け落ちているが、それだけは忘れていない」

 

「スプリト殿……我らは塔を制圧しなくてはならない。その為には……」

 

「古の八闘士である私を倒す必要があるのだろう?」

 

「! やはり其方が古の八闘士……」

 

「ははっ、どうやらそうなってしまったらしい」

 

 スプリトが右手に持った剣を見つめ、顎をカタカタと鳴らして笑う。ウヌカルが首を捻る。

 

「そうなってしまったらしい?」

 

「もう何十年前か、はたまた何百年前か……前任者の八闘士は私が打倒した」

 

「なんと……!」

 

 ラティウスが驚きの声を上げる。

 

「微かな記憶を辿れば、何人か仲間もいたかな……その仲間も一人二人と失って、気付いたら私一人でなんとかその闘士を倒した……その際に呪いでもかけられたか、それとも私自身が妄執にでも囚われたのか、以来この姿で塔の番人のようなことをしている」

 

「むう……」

 

 モンジュウロウが黙り込む。

 

「まあ、君たちには関係ない……戦おうじゃないか、退屈しのぎになってくれるかな?」

 

「あん⁉ なめんなよ! ……ぐはっ!」

 

 ガルシアが猛然と突っ込むがスプリトが持ち出した槍で腹部を突かれ、うずくまる。

 

「野生的なタイプか、容易に接近させてはならない。間合いを詰められる前にこの槍で……刃が欠けている、これではただの棒だな。とはいえ、急所は突けたはずだ」

 

 スプリトが槍の柄を撫でながら、自嘲気味に笑う。フランソワが飛び込む。

 

「ウホホホッ!」

 

「野生的というか……野生そのものだな、ゴリラという動物か、力には力だ!」

 

「ウホ! ……ウホッ!」

 

 スプリトが床に転がっていた棍棒を拾い、フランソワの脳天を思い切り叩く。強烈な一撃を喰らい、フランソワは倒れ込む。ラティウスが激昂する。

 

「フランソワ! おのれ!」

 

「ぐっ! 図体のわりに素早いな! おっと!」

 

「なっ⁉」

 

 ラティウスがスプリトの懐に入り、その剛腕を振るう。鋭いパンチだったが、スプリトは背中に背負っていた盾で防いでみせる。スプリトが反撃に出る。

 

「はっ!」

 

「がはっ……!」

 

 スプリトの拳が顎に入り、ラティウスは崩れ落ちる。スプリトが冷静に呟く。

 

「速度、威力、さらに鬼気迫るものが感じられた……それ故、反応しやすくもあったがね」

 

「隙あり!」

 

 セリーヌが鋭い出足でスプリトに迫る。

 

「踏み込みが甘い!」

 

「ぐわっ⁉」

 

「良い鎧だ、壊すのが勿体ないほどだな……」

 

 スプリトは腰に下げていた斧を思い切り振るい、セリーヌの鎧にヒビが入るほどの一撃を浴びせる。堪らずバランスを崩したセリーヌは仰向けに倒れ込む。

 

「テュロン!」

 

「キュイ!」

 

 ウヌカルは巨大化したテュロンに跨って、上に舞い上がる。

 

「それっ!」

 

「キュイイ⁉」

 

 スプリトは慌てず騒がず、弓を構え、素早く射る。矢がテュロンの脚を正確に貫き、テュロンはあえなく落下する。受け身を取ったウヌカルはテュロンに声をかける。

 

「テュロン! 大丈夫か⁉」

 

「少し可哀想だが、機動力を封じさせてもらった……君も少し大人しくしてもらおう!」

 

「ふんぬっ!」

 

「モ、モンジュウロウ!」

 

 ウヌカルの方に向けて放たれた矢をモンジュウロウが刀で斬る。スプリトが感心する。

 

「ほう……カタナか? 東方にいるサムライという戦士か……」

 

「実力者をことごとく退けるとは……相手にとって不足はない!」

 

「ふむ、かかってくるか!」

 

 スプリトが腰に下げた鞘から剣を取り出す。モンジュウロウが斬りかかる。

 

「はああっ!」

 

「剣筋は悪くないが、まだ甘いな!」

 

「ちっ! ならば!」

 

 モンジュウロウが裸足になり、両足の指にも刀を持たせる。

 

「む! 二刀どころか四刀か! 面白いな!」

 

 スプリトが世にも珍しい四刀流にも難なく対応してみせる。

 

「ひゃらばきょれだ!」

 

「は、半裸に⁉ 骨だけの私が言うのもなんだが、血迷ったか⁉」

 

 モンジュウロウが褌姿になり、口に刀を加える。

 

「ひょうきだ!」

 

「刀が一本増えたところで! はあ! がはっ!」

 

 スプリトが剣を下から上に薙ぐと、モンジュウロウは受け止め切れず、後方に倒れ込んだかと思われたが、もう一本の刀がスプリトを斬った。モンジュウロウは一回転して着地する。

 

「ひょ、ひょうだ!」

 

「バ、バカな……カタナをもう一本尻に挟んでいただと……」

 

 スプリトが倒れ込む。ウヌカルとセリーヌが覗き込む。

 

「テュロンを見ても全く動じないとは……同胞か? いや、まさかな……」

 

「この鎧は古いものだが騎士団に支給されるものによく似ているな、もしや……」

 

 二人は半裸のモンジュウロウをなるべく見ないようにして、考えを巡らす。



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第12話(3)奥義を使わないわけにはいかない

「この北東の塔が俺らの担当っスね!」

 

「近くで見ると大きな塔だで~」

 

「なんか宝物とかないっスかね?」

 

「少しでも持ち帰れたらいい商売が出来そうだで」

 

「よ~し、いっちょやったるか!」

 

 ウンガンと言葉をかわし、ゲンシンが気勢を上げる。ソウリュウが呆れる。

 

「お前らは金の話ばかりだな……」

 

「ソウリュウはお金の大事さを分かってないだで」

 

「そうそう、稼げるときに稼いでおかないと!」

 

「商人はいいとして、坊主がそのようなことを言い出すとは世も末だな……」

 

 ソウリュウが苦笑する。

 

「とにかく早く行こうっス!」

 

「分かったから少し落ち着け……来たか」

 

「お待たせいたしましたわ」

 

 セーヴィが上空から降りてくる。ソウリュウが声をかける。

 

「斥候、ご苦労だったな。褒めてつかわす」

 

「は⁉ 天界から降り立った“氷の魔女”を捕まえて、その上から目線の物言い……」

 

「天界だかなんだか知らんが……一応労ってやっただろう」

 

「労って……や、やった?」

 

 セーヴィが唖然とする。ウェスが尋ねる。

 

「ひとまずそれはいい……どうだった?」

 

「……情報の通り、塔全体が障壁魔法に覆われていますわ。外からの破壊は難しいですわね」

 

「あちゃ~楽は出来ないか~」

 

 アズが苦笑する。ウンガンがソウリュウに確認する。

 

「ソウリュウ、やはり……」

 

「うむ、予定通り正面から突破だな……」

 

「よし! “光の悪魔”が派手に暴れるよ~」

 

「この“炎の死神”が通った先には草木一本残らん……」

 

 アズとウェスの背中を見てゲンシンが笑う。

 

「いや~悪魔とか死神とか、俺らもああいう時代があったっスね~」

 

「ふっ、子供の頃の話だろう……」

 

 ゲンシンとソウリュウの会話にセーヴィが割って入る。

 

「貴方がたも信じておりませんの? わたくしたちはれっきとした天界から来た者ですわ」

 

「ならばこんなところで遊んでいないで、さっさと天界に帰ればいいのではないか?」

 

 ソウリュウが上を指差す。セーヴィが肩を竦める。

 

「それが出来ないからこうしてわざわざ塔攻略に赴いているのです」

 

「こちらでは『龍と虎と鳳凰』、『天界』の二チームが塔に入ろうとしています。健闘をお祈りしております……」

 

「あの黒髪美人は確か……リポーターのマールさんだったかな?」

 

「ええ、各地への情報伝達の役割を担って下さるそうですわ」

 

 ウンガンの疑問にセーヴィが答える。ソウリュウが呟く。

 

「それもまた、ご苦労な話だな……」

 

「よし行くぞ! 我に続け!」

 

「オッケー、ウェスちん、皆もテンション上げて行こう~♪」

 

「調子が狂うな……」

 

 アズの気楽な雰囲気にソウリュウは軽く頭を抑える。ウェスが扉を破る。

 

「それ! む⁉」

 

 塔の内部に入るとウェスが驚く。内部は黒い影が多数蠢いていたからである。

 

「人の生命力を吸収したことによって出来上がった黒い人影……ハサンなる方からの情報によると、この塔の警備兵のようなものだそうですわ」

 

 セーヴィが冷静に説明する。ウェスが問う。

 

「セーヴィ、こやつらは倒しても構わぬのだな?」

 

「どうぞ、好き放題暴れて下さいな」

 

「はあっ!」

 

 ウェスが鎌を振るうと、斬られた影は次々と霧消していく。

 

「そーれ!」

 

「!」

 

 アズが両手を振りかざすと雷光が周囲に迸る。セーヴィが慌てて声を上げる。

 

「ア、アズ! 好き放題と言っても限度があります! もっと周りを見て下さい!」

 

「へへっ、メンゴメンゴ」

 

「全く……」

 

 セーヴィが頭を抱える横でウンガンとゲンシンも次々と影を消し飛ばしていく。

 

「……ふむ、この階層は片付いたな、上に向かうとしよう」

 

 ソウリュウが他の五人を促して、六人で階段を上っていく。そして、いくつかの階層を経て、幾多の影を撃波し、一番上の階層までたどり着く。ゲンシンが呟く。

 

「ここが最上階かな? 誰もいないみたいっスけど……うん?」

 

 ゲンシンが部屋の中央にある黄金色に輝くランプを見つける。ソウリュウが呟く。

 

「金色のランプ? 嫌な予感が……」

 

「おお~お宝発見っス! はるばる西の国まで来たかいがあったっスね~」

 

 ゲンシンが駆け寄り、ランプを手に取る。

 

「……ごしごしっとこすって頂戴……レッツ、ゴシゴシ!」

 

「おおっ! どこからともなく声が! これはもしかして天のお告げって奴っスか?」

 

「ま、待て! ゲンシン!」

 

 ソウリュウの制止も聞かず、ゲンシンはランプをゴシゴシこすってしまう。

 

「ふははは! ご苦労さん!」

 

「どわっ⁉」

 

 ランプから巨体で褐色の女性が出現し、ゲンシンを殴り飛ばす。ウェスが叫ぶ。

 

「だ、誰だ⁉」

 

「アタシは“ランプの魔女”ディオンヌさ!」

 

「魔女だと言っているぞ、知り合いか?」

 

「いいえ! あの禍々しいオーラ、きっと魔界の者でしょう……」

 

「天界だ魔界だとなにやら忙しいな……」

 

 セーヴィの答えにソウリュウは軽く額を抑える。ウェスが呟く。

 

「まさか魔界の者とこんな場所で相見えるとはな……」

 

「う~ん? 気に食わない気配だね~? 天界の連中かい?」

 

 ディオンヌが周りを見回し、ウェスたちを確認する。セーヴィが尋ねる。

 

「何故貴女がここに?」

 

「ふん、魔界の暮らしにも飽きてね……こっちの世界にちょっと遊びに来たんだよ……そうしたら『古の八闘士』って良い遊び場があるって聞いてね……」

 

「ちょっと待て! 遊び感覚か⁉」

 

 驚くソウリュウをよそに、セーヴィが質問を続ける。

 

「それがどうしてまたランプの中に?」

 

「せっかく塔の番人として立ちはだかるんだ……ただ待ち構えて、『よく来たね』ではいまひとつ演出が弱いって話になってね……アタシもそれはもっともだと思って……」

 

「演出が弱いって誰の意見だ⁉」

 

 ソウリュウが声を上げる。セーヴィが頷く。

 

「まあ、気持ちは分からないでもないですわね……どうもこの世界の者たちは我々と接しても驚き具合が足りないように思いますから」

 

「変なところで共感するな!」

 

 ソウリュウが叫ぶ。ディオンヌが再び口を開く。

 

「ところがランプに入ってみたは良いが、出られなくなってしまってね……いや~参ったよ、自分の魔力で自分を封印してしまったんだから……ぶははは!」

 

「馬鹿なのか⁉」

 

 高笑いするディオンヌにソウリュウが戸惑う。

 

「まあ、こうして出られたんだ。仕事をしようかね……」

 

「喰らえ!」

 

「ふん! 『魔力脚』!」

 

「がはっ⁉」

 

 ウェスが飛び上がって鎌を鋭く振るうが、ディオンヌがそれよりも速く蹴りを操り出し、ウェスを壁に向かって吹き飛ばす。アズが叫ぶ。

 

「ウェスちん! 仇は取るよ!」

 

「か、勝手に殺すな……」

 

「雷光をお見舞いしてあげる! えっ⁉」

 

「無駄口叩く前にさっさと出せば良かったんだよ! 『魔力拳』!」

 

「ぐっ⁉」

 

 ディオンヌが素早く間合いを詰め、アズを地面に叩き付ける。セーヴィが呟く。

 

「圧倒的な魔力……を帯びた拳と蹴り……脅威ですわ」

 

「それは魔力の意味があるのか⁉」

 

 ソウリュウが首を傾げる。セーヴィが銃を構え、即座に撃つ。

 

「氷の弾丸で動きを封じますわ! なっ⁉」

 

 セーヴィは唖然とする。数発放った弾丸がディオンヌの手前で燃え尽きたからである。

 

「こっちは地獄の業火を幾度となく浴びてきているんだ、体内に溜まったそれを放出すれば、そんな氷の欠片なんてわけないね……」

 

「くっ……まさかの相性最悪な相手が二度続くとは……」

 

 セーヴィが悔しさに唇を噛む。ウンガンが突如走り出す。

 

「は! ひょっとしたら、ひょっとするだで!」

 

「ウンガン⁉」

 

 ウンガンが落ちていたランプを拾い、ディオンヌに向けて蓋を開ける。

 

「どわっ⁉」

 

 強い衝撃波がランプから噴き出し、それを受けたディオンヌの巨体のバランスが崩れる。

 

「思った通りだで! かなりの魔力がランプに残っていた!」

 

「やるな! ウンガン!」

 

「『商機』と『勝機』は逃すなって親父にはよく言われていただで!」

 

「良い教えだ! 一気に決めるぞ! ウンガン! ゲンシン! お前らの火をよこせ!」

 

「ちょ、ちょっとお待ちを! 貴方たちは皆、火属性でしょう⁉ 相手には通じませんわ!」

 

「余の野望の火、地獄の業火ごときで覆い尽くせるか!」

 

「おでの願望の火も同じだで! 世界一の商人になるんだで!」

 

「俺の欲望の火も一緒っス! 大金稼いで女の子と死ぬまで豪遊したいっス!」

 

「一人邪な望みを持つ者がいませんこと⁉」

 

「この奥義を使わないわけにはいかない『龍虎鳳凰拳』!」

 

「がはあっ!」

 

 ソウリュウたちの合体攻撃を喰らい、ディオンヌは倒れ込み、ソウリュウたちも倒れる。

 

「業火すらものともせぬ龍と虎と鳳凰の合体技……下界でこんな技を見られるとは……」

 

 セーヴィは感嘆としながら、仲良く並んで倒れるソウリュウたちを見つめる。



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第12話(4)乱闘の末に……

「俺たちはこの北の塔担当か……」

 

 ルッカさんが塔を見上げて呟きます。エイスさんが眼鏡の蔓を触りながら口を開きます。

 

「各地点からの情報によると、障壁魔法で覆われており、外からの破壊は困難だそうですね」

 

「じゃあ正面突破しかないってことだね、分かりやすくていいや」

 

「ふっ、頼もしいね……」

 

 ブリッツの言葉にシルヴァンさんが笑います。リリアンがわたくしに語りかけてきます。

 

「ティエラさん、準備はよろしいでしょうか?」

 

「ええ、大丈夫です」

 

 ルッカさんが声をかけます。

 

「よっしゃ、行くか! ビビッてねえよな、お前ら?」

 

「そういう自分はどうなのさ、なんだか震えていない?」

 

「こりゃあ武者震いってやつだ!」

 

「震えているのは認めるんだ……」

 

「やめろブリッツ、無駄口を叩くな……モチベーションの上げ方は人それぞれだ……」

 

「おっ、なかなか上手いフォローをするもんだね」

 

 エイスさんの呟きにシルヴァンさんは笑みを浮かべます。

 

「おっと……ちょうど今、『悪役令嬢』、『覆面と兄弟』の二チームが塔に入っていくところに間に合いました……頑張って下さい……」

 

 リポーターのマールさんが拡声器でわたくしたちの行動を実況しています。

 

「彼女たちも各地の情報伝達を担ってくれている……」

 

「期待には応えたいところですね」

 

 シルヴァンさんの言葉にエイスさんが頷きます。

 

「応援されていますよ、悪役令嬢さん」

 

「あなたもね、覆面さん」

 

 リリアンの冗談めかした言葉にわたくしも冗談で答えます。

 

「おっしゃあ! 突入だ! む⁉」

 

 ルッカさんが扉を蹴破り、塔に入ると、内部には多くの黒い人影がひしめいています。

 

「人の生命力を吸収したことによって出来上がった黒い影たち……ハサンさんからの情報によると、この塔の警備兵のようなものだそうです」

 

 リリアンが冷静に説明します。ブリッツが問います。

 

「リリアン姉ちゃん、倒しても良いんだよね?」

 

「ええ、問題ありません」

 

「よし! 『稲妻波濤』!」

 

 ブリッツが一度飛び上がってかかとで力強く地面を踏み付けると、稲妻の波が地面を四方八方と駆け抜けます。それを喰らった影は霧消していきます。

 

「おらあ! 『火殴』!」

 

「それ! 『枝伸ばす』!」

 

「はっ! 『氷突』!」

 

 ルッカさん、シルヴァンさん、エイスさんもそれぞれ技を繰り出し、影を吹き飛ばします。

 

「……ふむ、この階層は片付きましたね、上の階層に向かうとしましょう」

 

 リリアンがわたくしたちを促して、六人で階段を上っていきます。そして、いくつかの階層を経て、数多の影を撃波し、一番上の階層にまでたどり着いてルッカさんが呟きます。

 

「ここが最上階か?」

 

「こ、ここまで来たぞ⁉」

 

「!」

 

 わたくしたちは声のした方に目をやると、狼狽するイフテラム卿の姿がありました。

 

「父上……」

 

「ど、どうするのだ! カシム⁉」

 

「そう慌てるな……」

 

 カシムと呼ばれたやや小柄な黒いローブを羽織ったご老人はゆっくりとこちらに向かって歩いてこられます。

 

「え⁉」

 

 そのご老人の顔を見てわたくしたちは驚きます。肌の色は浅黒く、ちょび髭を生やしており、ハサンさんに瓜二つだったからです。

 

「どうした? 私の顔に何かついているか?」

 

「ハ、ハサンさん……?」

 

「ああ、あれは私の双子の兄だ」

 

「ふ、双子……?」

 

「そういえば四戦士を退けたのだったな……だが連中は所詮八闘士にもなれない程程の器……私たちとは格が違う。特に古の八闘士筆頭の私、カシムとはな」

 

「八闘士筆頭⁉」

 

「ふっ、恐れ入ったか?」

 

「他の八闘士を存じ上げませんので、いまひとつピンときませんが……」

 

「……」

 

 場に静寂が流れます。リリアンが慌てて小声で囁いてきます。

 

「ティ、ティエラさん、そこは一応驚かないと……」

 

「しかし、比較対象がありませんので……」

 

「振りだけでも構いませんから」

 

「そうですか……な、なんですって! あの七人を凌駕する力を⁉」

 

「わざとらしい台詞はいらん!」

 

 カシムさんが声を荒げます。無駄に怒らせてしまったようです。

 

「カ、カシム……」

 

「卿は下がっておられよ……すぐに片付ける」

 

「あ、ああ……」

 

 カシムさんの言葉に従い、イフテラム卿は後方に下がります。ルッカさんが口を開きます。

 

「すぐに片付けるだと? 言ってくれんじゃねえか……六対一だぞ?」

 

「六十人でも六百人でも貴様ら程度では同じことだ」

 

「面白え! 喰らえ! 『火殴』!」

 

 ルッカさんがカシムさんに殴りかかります。

 

「ふん……!」

 

「どわっ⁉」

 

 カシムさんが手をかざすと風が吹き、ルッカさんが体勢を崩してしまいます。

 

「そのような大振りな技が当たるとでも思っているのか?」

 

「ちっ、『火蹴……』」

 

 ルッカさんが今度は左足を大きく振り上げます。カシムさんがため息をつきます。

 

「馬鹿の一つ覚えか……」

 

「『……夏』!」

 

「む⁉」

 

 ルッカさんが左足で蹴ると見せかけて、小さなモーションから右足の連撃を放ちます。意外な攻撃を喰らい、今度はカシムさんが体勢を崩します。ブリッツが叫びます。

 

「ナイスだ、赤髪兄ちゃん! 行くぜ! 『雷迅雷電双脚』!」

 

「ぐっ⁉」

 

 勢いよく飛び込んだブリッツが右脚と左脚を素早く交互に振ります。どちらの脚もカシムさんの体に当たり、カシムさんがよろめきます。ルッカさんが声を上げます。

 

「よっしゃあ! とどめだ!」

 

「調子に乗るな! 『旋風』!」

 

「のわっ⁉」

 

「うわっ⁉」

 

 カシムさんが腕を強く振るうと先ほどよりも強い風が吹き、ルッカさんとブリッツの体が浮き上がり、地面に激しく叩き付けられます。

 

「『蔦生える』!」

 

「ぬ⁉」

 

 シルヴァンさんが生やした蔦がカシムさんの両腕に絡みつき、その動きを封じます。

 

「今だ! 眼鏡のお兄さん!」

 

「『氷突』!」

 

 エイスさんが氷の尖った棒を発生させ、カシムさんに向かって突っ込みます。

 

「小賢しい! 『大嵐』!」

 

「おわっ⁉」

 

「ぐわっ⁉」

 

 カシムさんが右脚を振り上げると、大きな風が吹き、エイスさんが飛ばされ、シルヴァンさんの体に激突し、二人とも倒れ込みます。カシムさんが切れた蔦を取って呟きます。

 

「その程度の連携でどうにかなると思ったのか?」

 

「よ、四人があっという間に……」

 

「思ったよりはやる様だったが、流石に年季が違うというものだ……さて、残るはご令嬢二人か……大人しく退いてはくれないか?」

 

「そ、そういう訳には参りません!」

 

「ふう……仕方がないな、少し痛い目を見てもらうしかないか……」

 

 わたくしの言葉にカシムさんは構えを取ります。リリアンが声を上げます。

 

「ハサンさんと同じ風魔法と武術を組み合わせた攻撃をしてきます! 気を付けて!」

 

「あんな出来の悪い兄と一緒にされては困るな……」

 

「なっ⁉ くっ!」

 

 カシムさんが一瞬でリリアンの懐に入ります。リリアンが反射的に拳を振るいます。

 

「遅いな!」

 

「がはっ……!」

 

 カシムさんの拳がリリアンの腹部に入り、リリアンがうずくまってしまいます。

 

「くっ、『土制覇』!」

 

「ほう、そういう技か……『竜巻』!」

 

「なっ⁉」

 

 カシムさんが頭を振ると小規模ですが竜巻が発生し、わたくしの放った衝撃波を打ち消してしまいます。竜巻はそのまま、わたくしの方に向かってきます。

 

「躱せまい!」

 

「『怒土百々』!」

 

 わたくしは地面を砕き、土塊をいくつか浮かび上がらせて竜巻に当てて、竜巻の進行方向を逸らします。カシムさんが笑います。

 

「ほう、まさかそのような防ぎ方をするとは……竜巻が小規模過ぎたかな? しかし、大きな竜巻を起こすにはそれだけ頭を大きく振るわないとならない。髪のセットが乱れるので嫌なのだがな……」

 

 カシムさんは余裕たっぷりに頭を撫でてみせます。イフテラム卿が叫びます。

 

「カシム! さっさと終わらせろ! リリアンはともかく、そいつは始末しても構わん!」

 

「……ご要望とあらばいよいよ仕方が無いか、どこまで本心なのかは分からんが……」

 

 カシムさんが再び構えを取ります。わたくしも集中を高めます。

 

「……!」

 

「はっ!」

 

「おおっと⁉」

 

 カシムさんが一瞬で間合いを詰めてきて、わたくしの首元に手刀を放ってきましたが、紙一重のところで躱すことが出来ました。カシムさんが少し驚きます。

 

「躱した⁉ まぐれか!」

 

「殺気を感じたのです!」

 

「気配を察しただと⁉ たかが令嬢にそんな芸当が出来るわけないだろう!」

 

「たかが令嬢ではなく、『悪役令嬢』ですわ! ごめんあそばせ!」

 

 わたくしは勢いよくお辞儀をしてカシムさんの顔に頭突きをかまします。

 

「ぐはっ⁉」

 

 カシムさんが鼻を抑えて後ずさりします。その隙にわたくしは乱れた呼吸を整えます。

 

「はあ……はあ……」

 

「ぐっ、鼻が折れた……」

 

 フラグどころかとうとうご老人の鼻の骨まで折ってしまいました。罪悪感に囚われそうになりますが、今はそんなことを考えている場合ではありません。

 

「お覚悟!」

 

「ちっ! 『威風』!」

 

「むう!」

 

 わたくしが飛びかかろうとしたところ、カシムさんが腕を左右に強く振り、いくつもの風を巻き起こします。わたくしとカシムさんの間に風の壁が出来上がります。

 

「これで近づけまい!」

 

「くっ……」

 

 確かにこれでは迂闊に近づくと風に巻き込まれてしまいます。まさに今数少ない勝機が訪れていることをなんとなく察しているわたくしですが、逡巡してしまいます。

 

「ティエラさん!」

 

「リリアン⁉」

 

 わたくしが振り返ると、リリアンが立ち上がっていました。リリアンが構えます。

 

「その風の防壁を破るには昨夜わたくしとの手合わせで見せたあの技しかありません!」

 

「え⁉ あ、あれは技というか、偶然の産物というか……」

 

「参ります!」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「待ちません! 『水龍』!」

 

 リリアンがわたくしに向かって水の衝撃波を放ちます。カシムさんが驚きます。

 

「み、味方に技を⁉ どういうつもりだ⁉」

 

「こういうつもりですわ!」

 

 わたくしはリリアンの放った水流の勢いに身を任せ、風の壁に突っ込み、突き破ります。

 

「な、何だと⁉」

 

「土は水で固くなるもの! 日々の畑仕事で得た知識ですわ!」

 

「嘘を吐け! 偶然の産物とか言っていただろう⁉」

 

「あーあー! 聞こえませんわ! 『土制覇』!」

 

「ぐおおっ⁉」

 

 壁を破り、カシムさんとの間合いを一瞬で詰めたわたくしはほぼ零距離で『土制覇』を放ちます。カシムさんは吹き飛び、後方にいたイフテラム卿と激突し、倒れ込みます。

 

「や、やった……?」

 

「おのれ……」

 

「え⁉」

 

 イフテラム卿の体から大きな黒い人影が飛び出します。影は重々しい声で話します。

 

「計画成就まで後少しであったのに……よくも邪魔をしてくれたな……ガーニ家の娘め……貴様がここまでやるとは想定外だ。貴様、何者だ?」

 

 何者ってそれはこちらの台詞の様な気もしますが、わたくしははっきりと答えます。

 

「わたくしはガーニ家のご令嬢の姿をお借りした……何の変哲もない平凡な悪役令嬢志望の転生者、ティエラですわ!」

 

「て、転生者だと⁉」

 

 影の方が激しく動揺されます。

 

「あ、あの……悪役令嬢の方は……」

 

「それは大したものではない!」

 

 あ、そうなのですか……わたくしは少し黙り込んでしまいます。

 

「……え、えっと……」

 

「転生者がこの地方に現れるとは大きな誤算であった!」

 

「それは申し訳ありませんね……わたくしもこちらに伺うつもりはなかったのですが……」

 

「計画を練り直さなければならない! この場は逃げる!」

 

「ティエラさん!」

 

 リリアンの言葉にわたくしはようやくハッとします。この巨大な影をこのまま逃してしまってはマズい、そんな気分がします。わたくしとリリアンが技を繰り出します。

 

「『土制覇』!」

 

「『水龍』!」

 

「しつこいわ! 現在、大陸の中央部で大きな動きがある。近々大戦に発展するだろうと予想される。このムスタファ首長国連邦も全くの無関係ではいられない……その為に」

 

「その為に八本の塔を使って力を蓄える必要があると? 住民に犠牲を強いて? そんな手段はあまりにも強引過ぎます! この国を愛する者の一人としてその計画は絶対に阻止してみせます! って、ティエラさん⁉」

 

「え! なっ⁉ こ、これは⁉ ―――!」

 

 その時わたくしの右手の甲に茶色の紋章が浮かび上がります。考えるよりも先に勝手に体が動いたわたくしは黒い巨大な影の前に進み、叫びます。

 

「『真・土制覇』‼」

 

 今までより一際大きな衝撃波が発生し、巨大な人影を半分ほど吹き飛ばしました。

 

「くっ……いずれ見ておれよ!」

 

 黒の影が姿を消すと、気を失って倒れるカシムさんとイフテラム卿の姿が残っています。

 

「どうやら完全には倒せなかったようですわね……」

 

「とはいえ、黒幕を暴くことが出来たことをまずは喜びましょう」

 

「イフテラム卿は?」

 

「憑き物が落ちたような表情をしていらっしゃいます。恐らく近頃の暴走もあの黒い影に操られて……とは言っても、罪が赦されるわけではありませんが……」

 

「……拡声器の声が聞こえてきますわ……皆さん、各塔の攻略に成功したそうですわ!」

 

 わたくしの言葉にリリアンは安堵の表情を浮かべます。

 

「良かった……ムスタファの平穏はひとまず守られました……」

 

                  ♢

 

 祝いの祝宴もそこそこにラティウスが話を切り出す。

 

「……正気に戻ったハサンら四戦士が責任を持って、塔の半分は管理するというのだ」

 

「それは結構なことだな」

 

 ラティウスの言葉にソウリュウは頷く。ラティウスが苦笑する。

 

「まるっきり興味が無さそうだね」

 

「興味を持ったら巻き込まれる。大方、残りの塔の管理者にならないかという話だろう」

 

「す、するどいね」

 

「他国の者に頼るな、貴様らで人選を進めればいいだろう、あのガルシアとやらはどうだ?」

 

「いや、彼は私のボディーガードを務めてもらうことになっている……坊主の彼は?」

 

 ラティウスはフランソワに羽交い絞めにされるゲンシンを指し示す。

 

「確かに奴は国には戻りづらい事情があるが……」

 

「塔の管理者と言っても自由は利く。申請してもらえば副業を行ったり、旅行も可能だ」

 

「じ、自由過ぎないか?」

 

「……俺が管理者になろう。塔の雰囲気が気に入った。あの塔で己を見つめ直したい」

 

「ちょ、ちょっと待ってよコウ! 食い逃げ代は⁉」

 

 リーファがコウに食ってかかる。コウがにべもなく答える。

 

「この国からの報酬で十分なはずだ……お前との旅もここまでだな」

 

「~~! 決めた! この国に支店をオープンするわ! アドラの占いも吉だったし!」

 

「な、なんでそうなる⁉」

 

「アンタも私の作った料理を食べたくなったら塔から下りてきなさいよ」

 

「へへっ、食材の輸入や仕入れに関しては、当家にお任せ頂けないでしょうか?」

 

「ウンガン……商魂たくましい奴だな」

 

 ソウリュウがリーファに対し揉み手をするウンガンに半分呆れながら感心する。

 

                  ♢

 

「八戦士は首都クーゲカの地下牢で厳重に拘束されているってさ。超法規的措置で娑婆に出るっていう噂もあるみたいだけど、他を当たった方が賢明だね」

 

「ちっ、珍しい賞金首だと思ったのによ……やっぱり他の地域に行くか……」

 

 ムスタファ首長国連邦西方にある港でエドアルドの報告を受けたダビドは頭を抱える。

 

 

 

「そういや居ねえな。ったく、どこで油売ってやがるんだ……? あ! おい!」

 

 ダビドはすれ違う女性の肩をガシッと掴む。女性は微笑む。

 

「へえ、この精度の変装に気付くとは流石ね……」

 

「あまりからかうなよ、フジ姉ちゃん。俺は怒っているんだからな……」

 

「あら? 何か怒らせるようなことしたかしら?」

 

 フジは首を傾げる。ダビドは声を荒げる。

 

「何が塔攻略の暁には一夜を共に出来るだ、男の純情を弄びやがって!」

 

「だからタカもナスビも一緒に一晩過ごしたじゃない? 嘘はついていないわ」

 

「ふざけんな、何が悲しくていい歳の男女が一晩トランプ三昧なんだよ。何か術使ったな?」

 

「さあね……でも結構白熱したから良いじゃない、七並べ……あ、これモニカさんからね」

 

 フジは手紙を差し出すと、あっという間にその場の喧騒にまぎれる。

 

「あ! モニカから? ……なんて書いてんだ? おい、エドアルド……何してんだ?」

 

「いや、マスカット財閥の次期当主とそのお姉様と保護者の方へ改めてご挨拶をね……」

 

 エドアルドが指し示した先にはソフィアの余りにも多すぎる荷物を持ってやるケビンとその二人を暖かく見守るグラハムの姿がある。

 

「ああ、今後の為にも顔つなぎは重要か……しかし、家出ってレベルの荷物じゃねえだろう、あの姉弟……って、そうじゃなくて! モニカが解読不可能な手紙残して消えちまった!」

 

「解読不可能? どれどれ……これは古代文字? これは確かに読めないな……あ! 読めそうな人がいたよ……申し訳ない、この手紙の内容分かるかな?」

 

 エドアルドは人ごみをかき分け、ウヌカルに手紙を渡す。ウヌカルは首を傾げながら読む。

 

「大体だが……『塔の管理者になる。楽しかった、近くに来たら遊びに来てね』だそうだ」

 

「あ、ありがとう。だってさ、どうする? 兄さん」

 

「……まあいい! 船に乗るぞ!」

 

「わ、分かった。どの船にする? コインを投げて決めるかい?」

 

「いや、パトラちゃん、ユファンちゃん、オコマチちゃんたちが乗ったあの豪華客船だ!」

 

 ダビドたちは船の方に足早に向かう。ウヌカルは肩に乗るテュロンを撫でながら呟く。

 

「慌ただしい奴らだな……モンジュウロウ、次はどこに行く?」

 

「昨夜セリーヌから聞いたのだが、南東の地方に行こうかと……師匠と同じ名前を冠した武芸自慢の風変わりなドワーフがいるそうだ、是非手合わせしてみたいでござる」

 

 モンジュウロウは無精ひげの生えた顎を撫でながら不敵に笑う。

 

                  ♢

 

「さて……ここでお別れか、フレディ」

 

 ムズタファ首長国連邦の北東の宿場町でアナスタシアはフレデリックを見上げて告げる。

 

「無茶を聞いてもらってすまんな。主従関係だというのに」

 

「大会も終わったんだ、もうそういうのは無しだ。後は自由にしてくれ」

 

「しかし、塔の管理者になるとは随分と思い切りましたね」

 

 アンナは眼鏡の縁を触りながら呟く。

 

「待遇も良い、ここの酒も気に入った。飽きたら帰る。巨人の寿命は長い、気楽にやるさ」

 

「そろそろ出発の時間なので……ありがとうございました、フレデリックさん」

 

「おう、元気でなアンナ。アナスタシアも落第回避しろよ。無理そうだけど」

 

「うるせえ、じゃあな……」

 

 アナスタシアは挨拶もそこそこに踵を返し、スタスタと歩き出す。アンナが顔を覗き込む。

 

「ナーシャ、泣いているの?」

 

「な、泣いてにゃんかぬえよ!」

 

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でアナスタシアは強がる。

 

「HAHAHA! キュートな顔が台無しだぜ! レッドポイントガール!」

 

 ディーデイーがハンカチを差し出してくる。アナスタシアが礼を言う。

 

「す、すまねえ……って、なんでアンタがここにいんだよ!」

 

「俺も同じ馬車に乗るんでね、ブラザーもシスターも一緒だ。フィーバーして行こうぜ!」

 

 サムズアップするディーデイーの脇からゴメスとワンダも顔を出す。

 

「俺らは国境付近までだが……やかましい旅になりそうだぜ」

 

 いつの間にかアナスタシアの隣にいたシバが呆れ気味に呟き、ニサが頷く。

 

「ア、アンタらも北東方面に行くのか? 何の為に?」

 

「偉いさんとの会議の前にあの辺の密猟の実態調査だ。アルフォンは飛んで先行している」

 

「い、意外と真面目なんだな……」

 

 アナスタシアが感心する。待ち構えていたシャーロットが声をかける。

 

「……私たちも同乗させてもらうわ」

 

「なんでだよ? 事件かなんか追っているんじゃなかったのか?」

 

「その事件の関係者が北東の国に潜伏しているという情報を得たわ。怪しいと思ってね」

 

「……まず怪しいのはあの色男じゃねえの?」

 

 アナスタシアは離れた所でジェーンと話すウィリアンを見て小声で呟く。アンナが制す。

 

「ナーシャ、それ以上いけない……着いた、これが乗らせてもらうアルバートエレクトロニクス社製の『メタルホースライナー』よ、ロボット馬が通常の三倍の速さで走るそうよ」

 

 銀色の馬をチェックしたヴァレンティナとレイの報告に頷いたマイクが馬車に乗り込む。

 

「思いっ切り科学に依存しているじゃねえか、あの坊っちゃん……」

 

 アナスタシアは呆れながら風変わりな馬車に歩み寄る。

 

                  ♢

 

「リリアン様が塔の管理者に名乗りを上げるとは驚きました……」

 

 メアリが屋敷の庭で畑仕事をするわたくしに語りかけてきます。

 

「……御父君、イフテラム卿の引き起こした騒乱の責任を取ってでしょう……まあ、比較的自由は利くそうですし、イフテラム卿も何者かに操られていたということで、思ったよりは軽い刑で済んだこともあって、本人はあまり悲観しておりませんでしたが」

 

「……当家の地位復権、ご主人様の名誉回復は喜ばしいことです」

 

「お体の具合も良くなってきていますしね……それにしてもじいや?」

 

「はい? なんでしょうか?」

 

「これはどういうことかしら?」

 

 わたくしは屋敷の周囲を指差します。立派な屋敷が東西南北に建てられ始めています。

 

「い、いや、てっきりお嬢様からの許可が出たのかと思いましたが……」

 

「そんなもの出しておりませんよ!」

 

「ええっ⁉」

 

「ええっ⁉じゃなくて! んん⁉」

 

「ルッカ=ムビラン、まさかこうして近くに住むほど惹きつけられちまうとはな……」

 

「シルヴァン=アフダル、心をかき立てられてしまったよ、君という存在に……」

 

「ブリッツ=サタア、目覚めちゃったんだよね~恋に……」

 

「エイス=サタア、ようやく真実の愛とは何かを悟りました……」

 

「また一波乱も二波乱もありそうな……」

 

 花束を手に歩み寄ってくる四人の美男に囲まれたわたくしはジャージ姿で天を仰ぎます。

 

                  ♢

 

「……というわけです、全く参りましたよ……ん? 聞いていますか?」

 

 わたくしは転生者派遣センターのアヤコさんに連絡を取ります。報告の為です。

 

「……聞こえていますよ、自慢話……まさか有力貴族の子息四人も侍らせるなんて……」

 

「侍らせる? そうですね、これではハッピーエンドではなく、ハーレムエンドです……思っていたものと大分違います……」

 

「いや、結果オーライでしょう! こっちは外れ合コンばかりなのに! 羨ましい!」

 

「お、落ち着いて……そういえばこっちが大変な時に合コンに行かれていたのですね……」

 

「紋章は⁉」

 

「え? あ、ああ、右手の甲に茶色の紋章が浮かんできましたが……」

 

「それは結構! では、私は忙しいので! 次の方、どうぞ!」

 

「あ、ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 アヤコさんは会話を打ち切ります。まるで違う声色で話す声が僅かに聞こえます。

 

「こちら転生者派遣センターです。ご希望の異世界をどうぞ♪」

 

                  ~ケース2 完~



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『ケース3:パーティーを追放後チート魔法に目覚め無双、ハーレムを送りたい魔法使いユメナムの場合』
第1話(1)まずは追放してくれ、話はそれからだ


                  1

 

「突然なんだが、ユメナム……」

 

 船の上で、イケメン勇者が言い辛そうに口を開く。僕は内心、(キター‼)と思ってほくそ笑む。いや、まだだ、まだ笑うな、僕……。僕は何ごともないように問う。

 

「どうしたんだい、藪から棒に?」

 

「彼女たち2人とも話し合ったんだが……」

 

 うんうん、女騎士と女格闘家のあの2人ね。2人とも君と良い仲だよね。昨夜はお楽しみでしたか? って、そうじゃなくて……。

 

「なんだい、僕だけまた蚊帳の外かい?」

 

 僕はわざとらしく両手を広げてみせる。勇者は少し顔を伏せる。

 

「すまない、君には聞かせにくい話だったもので……」

 

 ほうほう、僕には聞かせたくない話ですか、これはいよいよ……。僕は重ねて問う。

 

「いったいなんだっていうんだい?」

 

「このパーティーにおける君の仕事ぶりなんだが……正直、魔法使いとしての君は……戦力にならない」

 

「なっ……」

 

 ここはショックを受けている振りだ。

 

「回復魔法に長けているという話で、君をこのパーティーに誘ったが……これまでのいくつかのダンジョン探索で、俺たちは君の回復にほとんど頼らなかった」

 

 うん、君ら強いからね、かすり傷すら負わなかったよね。結構強力なモンスターたちを相手していたのにも関わらず。あれはちょっと引いたよ、なんなの? 主人公補正でもかかっている? 半端ないって、勇者半端ないって。

 

「……」

 

「かといって、攻撃魔法の方も援護にすらならなかった……」

 

 いや、君らも魔法の心得あるんだもん。しかも無詠唱で放つし。こっちは詠唱にクソほど時間がかかるのに。気がついたら戦闘終わっているし。あの虚しさったらないよ。

 

「っ……」

 

「戦闘面だけじゃないんだ、問題は」

 

「え?」

 

「普段の君の振る舞いに関して、女性陣からクレームが出てね……」

 

「ふ、普段の振る舞い?」

 

「ああ、時々チラチラとイヤらしい視線で見てくるのが嫌なんだって……」

 

 それはまあ、そうですね。でもね、ビキニアーマーやこれでもかとスリットの入ったミニスカートでうろつく彼女さんたちサイドにも問題があると思うんですよ、僕は。見るでしょ、それは。チラ見どころかガン見したったわ。おっと、何か答えないと……。

 

「そ、それは誤解もあると思うけど……」

 

「それ以前に……」

 

「それ以前に?」

 

「生理的に無理だそうだ」

 

「なっ……⁉」

 

 あ、全然ショック受けてないですよ、僕にショック受けさせたら大したもんですよ……嘘です、かなり傷つきました……。しかし、いよいよこれは……。

 

「……というわけで、検討に検討を重ねた結果……」

 

 きた! さあ、勇者様、次の言葉をどうぞ!

 

「ま、待って……」

 

「魔法使いユメナム、君のパーティー追放を見送る!」

 

「やった! ……え?」

 

「え?」

 

 しばし、沈黙が流れる。僕は問い返す。

 

「……今なんつった?」

 

「え? だ、だから、君のパーティー追放を見送るって……」

 

「どうしてだよおおお‼」

 

「⁉」

 

「なんでだよ! そこは追放の流れだろ、どう考えても!」

 

「い、いや、一時はその方向でまとまりかけたんだが……」

 

「まとまれよ!」

 

「! お、俺が彼女たちに言ったんだ。『あいつはそんなに悪い奴じゃないよ』って……」

 

「イケメンの気遣い要らねえんだよ! 心までイケメンか!」

 

「イケメン? と、とにかく、君が抜けると、男1人女2人となってバランス悪いし……」

 

「むしろ好都合だろう⁉ 毎晩毎晩てめえの部屋でお楽しみの癖によお!」

 

「お、お楽しみってなんだい?」

 

「僕が聞きたいね⁉ 〇〇とか✕✕とかしてたんだろう、どうせ⁉」

 

「そ、そんな、破廉恥なことはしてないよ! 朝までカードゲームに興じていたんだ!」

 

「そんな言い訳信じるか!」

 

「ほ、本当だよ!」

 

「仮に本当だったらそれこそ傷つくわ! 呼べよ! なんだ? 『悪いな、ユメナム、このカードゲームは3人用なんだ』ってか⁉」

 

「そ、そういうわけじゃないけど……」

 

「はあ、はあ……まあいい、生理的に無理なんだろう? 僕はパーティーに居ない方が……」

 

「いや、心配ない!」

 

「ああん?」

 

「その辺は我慢すればギリ大丈夫だそうだ」

 

「我慢ってなんだよ! めちゃくちゃ気まずいわ!」

 

「まあ、君にも色々気を使ってもらうことになるが……」

 

「いや、なんでそうなるんだよ⁉ 大体、戦力として物足りないんだろう⁉」

 

「お、落ち着いてくれ、さっき俺は『魔法使いとしての君は』と言っただろう?」

 

「ああ……」

 

「魔法使いとしては駄目でも、別の役割を担ってくれれば良い!」

 

「別の役割ってなんだよ!」

 

「えっと……ムードメーカーとか」

 

「どこの世界に、(この人生理的に無理だわ……)って思われるムードメーカーがいんだよ! ムードブレイカーだろう⁉」

 

「ムードブレイカー……なんか響きがカッコ良いね」

 

「やかましいわ! いいから追放しろオラァァァ!」

 

 僕はイケメン勇者の首根っこを思い切り掴む。

 

「く、苦しい……は、離してくれ……」

 

「離してほしけりゃ、『ユメナム、君を追放する』って言え!」

 

「い、言えないよ、そんな酷いこととても……」

 

「酷くない! むしろ追放してくれ!」

 

「くっ……ユ、ユメナム、君を追放する……」

 

「よっしゃあ‼」

 

 僕は雄叫びを上げながら勇者の首から手を離し、船体脇に結ばれている小舟の縄をほどいて海に浮かべる。勇者が戸惑う。

 

「な、なにをしているんだ⁉」

 

「追放されたからな! 一人寂しく、小舟で海へと漕ぎ出すさ! なんてったって追放されたもんな! あ~辛いわ、追放されんの辛いわ~」

 

「ま、待て!」

 

「待たん! あばよ!」

 

 僕は小舟で海へと漕ぎ出す。ふふっ、多少強引だが、上手くいった……。これこそ僕の狙っていたこと、『パーティーを追放されたら、チート魔法に目覚めたんだが』だ! そのチート魔法を使って無双し、やがて夢のハーレムライフを……おっと! 巨大ダコが現れたな! 急な気もするが、チート魔法を喰らえ! 僕は両手を前に突き出す。

 

「……」

 

 水が両手の指先からピョロピョロと出るのみであった。

 

「ええっ⁉」

 

 僕はあまりのショボさに愕然とする。



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第1話(2)チーズ牛丼は好きだけれども

「フシュルルル……」

 

 巨大タコの長い足が小舟に絡みついてくる。このままではあっさりと転覆だ。どうする⁉ ちょっとしたパニック状態に陥りそうになった僕はなんとか平静さを保ち、心の中で『ポーズ』と唱えた。時が止まったかのような不思議な状態になる。この力のことをすっかり忘れていたなと思いつつ、続いて僕は『ヘルプ』と唱える。すると、聞き覚えのある女性の声が脳内に響いてくる。

 

「……はい、こちら転生者派遣センターのアヤコ=ダテニです……」

 

「これはどういうことなんだ⁉」

 

「いきなり大声を出されても……何事でしょうか、ユメナム様?」

 

 アヤコさんと名乗った女性が少々うんざりしたような口調で僕に問う。

 

「今、僕がいるこの世界の事だ! なんだ、チョロチョロとした水は⁉」

 

「チョロチョロとした水?」

 

「両手を突き出したら、指先から水がチョロチョロとしか出なかったぞ!」

 

「宴会芸には良さそうですね」

 

「ふざけている場合か! パーティー追放後、いきなり巨大ダコと戦闘! 無理ゲーだ!」

 

「ふむ……」

 

 アヤコさんが考え込む。何かを操作する音が聞こえてくる。恐らく僕との面談の時にも使っていたあの機械端末の出す音だろう。

 

「これはひょっとしてあれかな? いわゆる負けイベントってやつ?」

 

「いや、それは無いと思いますが……あ~なるほど……そうですか……」

 

 端末を操作する音が止まり、アヤコさんは自分だけが納得した様子を伺わせる。

 

「なんだよ?」

 

「すみません……ユメナム様、貴方のご希望を今一度確認しても宜しいですか?」

 

「『パーティーを追放されてからチート魔法に目覚めて無双、モテモテハーレムライフを送りたい』だけど……?」

 

「『パーティーを追放されてからチーズ牛丼食べてそう、エモエモハーレムライフに切り替えていく』ではなく?」

 

「いや、全然違うじゃん⁉」

 

「どうしてこうなったのでしょう?」

 

「こっちの台詞だ! もう巨大ダコはそこまで迫っているんだぞ! 絶体絶命だ!」

 

「まあ、少し落ち着いて下さい」

 

「これが落ち着いていられるか! 本当にどうしてこうなったんだよ⁉」

 

 アヤコが端末を操作する音が聞こえる。やや間が空く。

 

「……原因が分かりました」

 

「本当か⁉」

 

「ええ、『パーティー 追放 チート 魔法 無双  モテモテ ハーレムライフ』で検索にかけようとしたところ、『パーティー 追放 チーズ牛丼食べてそう エモエモ ハーレムライフ』と検索してしまったようです」

 

「なっ⁉」

 

「どうやら検索ワードの『チート 魔法 無双 』というワードを、間違って『チーズ牛丼食べてそう』と入力してしまったようですね……てへっ」

 

「てへっ、じゃない! そ、それは完全にそっちのミスじゃないか!」

 

「詳細の確認を怠ったそちらの落ち度もあるかと思いますが」

 

 アヤコさんが眼鏡をクイッと上げる音が聞こえてくる。

 

「くっ……キーワードをキーセンテンスに変えるなんてことすると思わないだろう……大体なんだよ、チーズ牛丼食べてそうって?」

 

「ユメナム様の外見的イメージからです。ネトゲでヒーラーとかもやってそうですよね」

 

「偏見が酷いな! ……まあ、当たらずも遠からずだが……こんなことになるなんて……」

 

 僕は頭を抱える。

 

「まさに油断大敵というやつですね」

 

「なんでちょっと偉そうなの?」

 

「そのようにお感じになられたのならば申し訳ありません。ただ、ご承知のことかとは思いますが、現状こちらから転生者の方に何か出来るというわけではありませんので」

 

「どうすれば良いんだ?」

 

「一番は目標を達成することですね」

 

「無茶を言わないでくれ、巨大ダコに対して、チョロチョロと水を出すしか出来ないんだぞ? ここで誰もが驚くチート魔法に目覚めるって流れじゃないのか?」

 

「なんでもそう都合よく物事が運んだら、誰も苦労しません」

 

「そ、それはそうかもしれないけど……! これでどうしろっていうんだ⁉」

 

「なんでも考えよう、使いようだと思いますが」

 

「考えようってなんだよ⁉」

 

「それはご自分でお考え下さい」

 

「そ、そんな無茶な……」

 

「であれば、目標を放棄するということになりますが」

 

「……死を選べってことか?」

 

「そうなりますね」

 

「痛いのも苦しいのも嫌だよ」

 

「そんなことはこちらの知ったことではありません」

 

 アヤコさんは冷たく言い放つ。

 

「ぐっ……」

 

「これもご承知のことかと思いますが、よほどの例外でもない限りは、一度転生した世界を途中で抜け出すことは出来ませんので」

 

「ううむ……」

 

「私から言えることはただ一つです」

 

「え?」

 

「ご健闘を祈ります」

 

「いや、そうは言ってもだね!」

 

「これ以上は時間外業務になりますので……失礼します」

 

「あ! ちょ、ちょっと待て! ……マジかよ、切りやがった」

 

 僕は途方に暮れる。ここからポーズ状態を解くと、時間は再び動き出す。大海原に浮かぶ小舟で、一人きりで巨大ダコと相対しなければならない。普段使っている魔法は詠唱にとてつもない時間がかかる。唱えているうちに舟は破壊されるだろう。しかし、この水をチョロチョロと出す魔法?は無詠唱、つまりノータイムで放てるようだが、如何せん宴会芸の域を出ていない。大体、海の生物に多少水をかけたところで……。だが、このままジッとしていても事態が好転する訳ではない。僕は深いため息をついた後、心の中で唱える。

 

(しょうがないな……ポーズ解除)

 

「フシュルルル!」

 

「だあ~! 舟が壊される……!」

 

 小舟はあわれ、真ん中から真っ二つになり、船首の部分にしがみついた僕は、海面に対してほぼ直角の位置になる。このままだと海の藻屑だ。どうすれば⁉

 

「フシュル‼」

 

「うわあ~! こっちに触手伸ばしてきた~! ⁉」

 

「はっ!」

 

 そこに紅色の変わった服装を着た、ポニーテールの女性が妙な剣を持って巨大ダコに斬りかかっていった。女性が剣を横に薙ぐと、巨大ダコの大きな体は真っ二つになった。

 

「どええっ⁉ ごぼごぼごぼ……」

 

 驚きのあまり、手を船首から離してしまった僕は海に落ちる。自慢じゃないが泳ぎは不得意だ。ただでさえ混乱しているのに、まともに泳げるはずもない。ああ、このままジ・エンドってやつか……。何の為の転生だったのか……。そんなことを考えていると……。

 

「はっ⁉」

 

「良かった。気が付いたか」

 

 呼吸を整えて、周りを見回すと、なにやら船尾に機械のようなものがついた小舟の上で僕は寝ており、船首の部分で先ほどのポニーテールの女性が剣の手入れをしている。ポニーテールの女性は艶のある綺麗な黒髪で、顔立ちも凛々しい。細い切れ長の目が印象的だ。

 

「た、助けてくれたのですか? って、なんだ? 尻の辺りが痛いな……」

 

「私は泳ぎが不得手な故、これで釣ってみたら釣れた」

 

「ええっ⁉」

 

 女性が立てかけてある釣り竿を指し示す。わ、わりと適当な救出方法……!



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第1話(3)ギルドは何処に消えた?

「なにはともあれ無事で良かったな」

 

「あ、ありがとうございました……」

 

 僕はとりあえず礼を言う。お尻がちょっと痛いけどね。

 

「礼には及ばん」

 

「……はあ」

 

「……」

 

 ポニテの女性は手入れを終えた剣を鞘に納めると、静かに目を閉じる。いやいや、沈黙が耐え難いんですが⁉ な、なにか話題は⁉

 

「こ、この機械?はなんでしょうか?」

 

 僕は船尾についている黒いものを指差す。女性は片目を開けて答える。

 

「モーターだ。知らんのか?」

 

「モ、モーター? ここから風を出しているのですか?」

 

「まあ、そんなようなものだ……」

 

「す、凄いスピードが出ていますね、この船……」

 

「……お前さん、どこから来たのだ?」

 

「え? 中央大陸です。と言っても、辺境の方ですが……」

 

「何故こちらに?」

 

「僕が加わっていたパーティーが、この地方のダンジョンを攻略することになって……」

 

「加わっていた?」

 

「ああ、はい。追放されちゃいまして……」

 

「それは災難だったな。いつ頃追放されたんだ?」

 

「えっと、ついさっきです……」

 

「ついさっき⁉」

 

 女性が両目を開く。そりゃあ驚くだろうな。しかし、感情の起伏が少ない人かと思ったら、どうやらそうでもないようだな。

 

「そうなんですよ。大海原で独りぼっちのところを巨大ダコに遭遇しちゃって」

 

「私が駆けつけて良かったな、なかなか運が良い」

 

 女性が微かに笑みを浮かべる。

 

「お陰で助かりました。しかし、凄い切れ味の剣ですね。見たことがありませんが」

 

「剣とも言うが、刀とも言う」

 

「カタナ?」

 

「ああ、私にとっては魂のようなものだ」

 

 武器が魂? ひょっとしてあれか、根っからの戦闘民族か? あまり刺激しない方が良いかもしれん。しかし、情報は出来る限り引き出しておきたい。質問を続けよう。

 

「失礼ですが、お召し物も変わったものですね?」

 

「これは着物だ」

 

「キモノ? それはこの地方では一般的なのですか?」

 

「いいや、私の生まれはここから北東の方にあるちっぽけな島国だ」

 

「はあ……」

 

「故あってこの地へと流れ着いた。この地方は他所からの流れ者が多い」

 

「そうなのですか……」

 

 故っていうのが気になるが、それは聞いたらダメだというくらいの判断は僕にもつく。

 

「お前さんのその恰好……ローブか?」

 

「ああ、はい、そうです」

 

 僕は水色のローブを指でつまんでみせる。

 

「ひょっとして……魔法使いというやつか?」

 

「ええ、ひょっとしなくてもそうです」

 

「ほう、実物は初めて見たかもしれん……」

 

 女性は自らの顎をさする。魔法使いを初めて見たってマジかよ? この地方って相当な田舎だったりするのか? もう少し調べておくべきだったかもしれない。行先など、全てあのイケメン勇者に任せきりだったからな……。

 

「この地方では魔法があまり盛んではなかったりするのですか?」

 

「そういう言い方も出来るかもしれんな。知っているとは思うが、この世界……『スオカラテ』は各地方間の交流が極めて乏しい。その為、その地方では当たり前のことが他所の地方では通用しないことが多々あるのだ」

 

「ふむ……」

 

「まあ、そんな話は良いか。そろそろ目的地に着くのだが……どうする?」

 

「え?」

 

「流れで連れてきてしまったが、良かったのか?」

 

「え、えっと……」

 

「都合が悪いようなら、さっきのところまで戻るか?」

 

「い、いやいやいや! これもなにかの縁です。僕も上陸します」

 

 大海原の真ん中に戻されてどうしろって言うんだ。この人、もしかして天然か? ……落ち着いて顔を見てみると美人だな……。

 

「私の顔になにか付いているか?」

 

「い、いえ! 上陸先には町がありますか?」

 

「ああ、それなりの規模の町があるぞ」

 

「そうですか、それは良かった」

 

「あてがあるのか?」

 

「ええ、まあ」

 

「……着いたぞ」

 

「ありがとうございます。この御恩は一生忘れません!」

 

 船を降りた僕は大仰に頭を下げる。女性は苦笑する。

 

「大げさだな。この町には不案内だろう。良かったら目当ての場所まで連れていくぞ?」

 

「そ、そうですか? それではお言葉に甘えて……」

 

 全く知らない土地だ。土地勘のある者についていくのがお利口だろう。

 

「で? どこに行きたい?」

 

「『ギルド』に向かいたいのですが……」

 

「ギルド?」

 

「はい、正確には『冒険者ギルド』でしょうか、呼び名は各地方で様々だと思いますが」

 

「うむ……そこはどういう場所だ? いかがわしい店か?」

 

「ち、違いますよ!」

 

 何を言い出すんだ、この人は。そういうお店は後で個人的にリサーチしておくつもりだ。などということは黙って、ギルドについて簡単に説明する。

 

「ギルドというのは団体組織ですね。そこに登録しておくと、色々とクエストを受けることが出来るのです」

 

「クエスト?」

 

「クエストとは……依頼ですかね。『珍しい薬草を集めて欲しい』とか、『あのダンジョンのモンスターを討伐して欲しい』とか、そういった依頼がギルドには多数寄せられるのです」

 

「ああ、そういう場所なら心当たりがあるな、案内しよう」

 

「本当ですか、ありがとうございます」

 

 女性の後について町を歩く。大声が飛び交っている。なかなか賑やかな町だ。

 

「……ここだ」

 

「ああ、ありがとうございます……って、ええっ⁉」

 

 僕は愕然とする。看板には『ギルド』と書いてあるが、問題はその看板がボロボロになっていることだ。看板のかかっている建物も壁がひび割れ、窓が割れている。こ、これは……。

 

「……この地域、『ラグーア諸島』は人や亜人の無法者どもによる縄張り争いが激しくてな。あまりの治安の悪さにモンスターもほとんど寄り付かん。よって、ギルドとやらもあまり意味をなさない地域というわけだ」

 

「そ、そんな……」

 

「殺っちまえ!」

 

「ぶっ殺せ!」

 

 よくよく耳を凝らすと、怒声がそこかしこに飛び交っている。なにやら火薬のようなものが弾ける音も……。と、とんでもない場所に来てしまった……。

 

「うわあ! また『ギャング・イハタゲ』が暴れている⁉」

 

「! 出動だ!」

 

「ええっ⁉」

 

 女性が走り出す。僕は戸惑いながらもついていく。こんな物騒な場所で一人は嫌だもの。



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第1話(4)何事も考えよう、使いよう

「へへっ! 命が惜しけりゃ、金と女を差し出しな!」

 

「ひ、ひぃ……」

 

「待て!」

 

 女性とともに駆け付けると、モヒカン頭に独特なタトゥーを入れ、至る所にトゲトゲがついた服を着た集団が、ある建物を半壊状態に追い込んでいた。察するに商店かなにかだろうか。モヒカン頭のいかつい風貌をした男たちが、一斉に女性に視線を向ける。

 

「なんだあ、てめえは……?」

 

「貴様らごときに名乗る名などない、成敗してくれる……」

 

 女性が刀を鞘から抜いて構える。

 

「へっ、やれるもんならやってみな!」

 

 男たちが数人、女性に勢いよく殴りかかってくる。

 

「はっ!」

 

「がはっ!」

 

「せい!」

 

「ぐはっ!」

 

「えい!」

 

「どはっ!」

 

「……所詮はこんなものか……」

 

 女性があっという間に男たちを叩き伏せてしまう。

 

「ぐ、ぐう……」

 

「い、生きている?」

 

「峰打ちというやつだ。刃と反対の部分で叩いた」

 

 女性が刃の反対側を指でなぞる。今の一瞬の交錯でそんな器用なことを……この人、いわゆる『達人』ってやつか? 僕が感心していると、残ったモヒカン頭が声を上げる。

 

「ち、ちくしょう! 調子に乗るなよ!」

 

「待ちやがれ!」

 

「リ、リーダー!」

 

「この女、あの目障りな連中の中でも噂の『剣術小町』ってやつだ……」

 

「! こ、こいつが……!」

 

 剣術子持ち? まだ若いようだが……。

 

「ふ、ふん、そのように持て囃して、油断させようとしても無駄だぞ……」

 

「か、顔が思いっきりにやけている!」

 

 女性がまんざらでもなさそうな表情を浮かべ、小刻みに揺れている。よく分からんが、どうやら褒め言葉だったようだ。しかし、心理戦に弱そうだな、この人……。大丈夫か?

 

「バラバラに仕掛けるな! まとまってかかれ!」

 

「……ふん!」

 

「ごはっ!」

 

 リーダー格の男の指示に従い、男たちが固まって殴りかかるが、女性は冷静にそれをいなしてみせる。僕の心配は杞憂だったようだ。

 

「ちっ!」

 

「!」

 

 リーダー格の男が懐から黒い物を取り出す。あ、あれは、拳銃⁉ ひょっとして、さっきから聞こえていた火薬の弾けるような音ってこれのことか? てっきりお祭りでも行われているのかと思った……。っていうか、この地域には結構出回っているのか? 主に活動していた中央大陸(ただし辺境)ではほとんど見かけなかったな……。

 

「……」

 

「ふん、ビビって声も出ねえか? そのキレイなお顔に風穴開けてやるぜ!」

 

「はあっ!」

 

「⁉ なっ⁉ 銃弾を……斬っただと?」

 

「銃口の向きなどから、ある程度の弾道は予測出来る……これくらい造作もないことだ」

 

「バ、バケモノか!」

 

「バ、バケモノ……剣術小町から随分と格下げされたな……」

 

 女性ががっくりと肩を落とす。

 

「リ、リーダー! ずらかりますか⁉」

 

「ば、馬鹿野郎! たった一人の女に蹴散らされましたなんて上に報告出来るか! ……! お、おい! 車の荷台に“アレ”があっただろう⁉ アレを使うぞ!」

 

「ア、アレですか⁉ 良いんですか⁉ 上の許可もなく……」

 

「緊急事態だ! そうも言っていられねえだろう! いいから早く持ってこい!」

 

「は、はい!」

 

「?」

 

 女性が首を傾げる。やや間が空いて、モヒカン集団の下っ端数人が、重そうな鎧のようなものを持ってくる。リーダー格の男が笑みを浮かべて叫ぶ。

 

「よし、装着だ!」

 

「むっ⁉」

 

 鎧が独りでに動き出して、男の顔と身体を包む。なにやらゴツゴツとした鎧だ。男が笑う。

 

「はっはっは! これで形勢逆転だ!」

 

「鎧で防備を固めるのは悪くない判断だが……攻めなければ勝てんぞ?」

 

「ふふふっ、ならば攻めてみるがいい!」

 

「後悔するなよ……!」

 

「むん!」

 

「なに⁉」

 

 女性が斬りかかるが、男が腕を突き出し、刀を受け止める。その反応速度もさることながら、驚いたのがその硬さだ。女性の刀がポッキリと折れてしまったのである。

 

「喰らえ!」

 

「ぐおっ⁉」

 

 男の繰り出したパンチが、女性の鳩尾を突く。まともに喰らってしまった女性は後方に派手に吹っ飛ばされてしまう。男が得意げにポーズを取る。

 

「ふははっ! 見たか! この『パワードスーツ』さえあれば、正義の味方気取りの貴様らなんぞ恐れるに足りんわ!」

 

「パ、パワードスーツ……?」

 

「う、噂では聞いていたが、『ギャング・イハタゲ』め、本格的に導入したのか……」

 

「だ、大丈夫ですか⁉」

 

 片膝立ちになった女性に声をかける。女性は腹を抑えて苦笑を浮かべる。

 

「……あのスーツとやらは、着用した者の能力を格段に引き上げるという。かなりの攻撃力だな、あばら骨が何本かいってしまった……」

 

「ち、血が……⁉」

 

 女性の口から一筋の血が流れる。女性がそれを指で拭って笑う。

 

「顔でなくて良かったな……」

 

 なんか軽口を叩いているけど、余裕ぶっている場合じゃないだろう。僕は提案する。

 

「ここは撤退しましょう!」

 

「却下だ」

 

「そ、そんな⁉」

 

「悪を駆逐して、正義を示すのが私たちの役目……!」

 

「私たち?」

 

「奴らをこのまま野放しには出来ん……」

 

 女性がゆっくりと立ち上がる。僕は声を上げる。

 

「その身体では無理ですよ! カタナも折れてしまったではないですか!」

 

「刀は魂だと言っただろう?」

 

「え?」

 

「魂は折れることはない!」

 

「‼」

 

 女性がパワードスーツを着た男に飛びかかる。男が笑う。

 

「はん! そんな身体で何が出来る! なっ⁉」

 

「はああっ!」

 

「むう!」

 

 女性が巧みに相手の懐に潜り込み、刀の根元と柄の部分で半ば強引に殴りつけるが、男の顔面も硬く、傷を付けるまでには至らない。女性が苦い表情になる。

 

「ぐっ……」

 

「ふん、悪あがきを!」

 

「ぬはっ!」

 

 強烈なキックを脇腹に喰らい、女性が地面に転がる。女性はなおも立ち上がろうとする。

 

「しぶといな、そろそろケリをつけるか……」

 

 男が女性の下に歩み寄る。マズいぞ、どうすれば? 攻撃魔法で援護するか? ダメだ、詠唱に時間がかかり過ぎる! 回復魔法は? 同じく時間がかかるし、今の彼女を回復したところで、どうにかなるものでもない! 待てよ……魔法?

 

「くっ……!」

 

「ん?」

 

 僕は女性と男の間に割って入り、両手を前に突き出す。水が両手の指先からピョロピョロと出る。我ながらショボい……これではどうにも……いや! これに懸けるしかない!

 

「うおおおおっ!」

 

 両手の指先から大量の水が噴き出す。男がそれを見て笑う。

 

「なんだ? 宴会芸の練習ならよそでやれ、小僧」

 

 なんでも考えよう、使いようだとアヤコさんも言っていた! 考えろ! この水で何が出来る⁉ いや、己が水と化す……⁉ ん⁉ これか!

 

「! なんだ⁉」

 

 次の瞬間、不思議なことが起こった。僕の身体が剣のように変化したのだ。女性が戸惑う。

 

「み、水色の剣?」

 

「僕を使って下さい!」

 

「! そ、その声は、魔法使いか⁉ どうなっている⁉」

 

「分かりませんが、水と一体化しようと念じてみたらこうなりました!」

 

「わ、わけが分からんが……」

 

「いいから早く!」

 

「くっ! 使わせてもらうぞ!」

 

 女性が剣となった僕の柄の部分をガシッと掴む。

 

「あっ……」

 

 思わぬ刺激に僕は吐息を漏らす。女性が困惑する。

 

「な、なんだ、その声は⁉」

 

「いや、ちょっと気持ち良いっていうか、びっくりしたっていうか……」

 

「な、なにか嫌な感じだな……」

 

「あ、相手が迫ってきています!」

 

「ちぃ!」

 

「ふ、ふん! そんなおもちゃで何が出来る!」

 

「おもちゃも使いようだ……『斬撃』!」

 

「うおおっ⁉」

 

 女性が剣(僕)を振るい、男のパワードスーツを破壊する。僕は声を上げる。

 

「や、やった!」

 

「ふむ、どうしてなかなか……かなりの切れ味だな……これは……って、ええっ⁉」

 

「やりましたね!」

 

「う、うわあっ⁉」

 

「ぎゃん!」

 

 僕は思い切り投げ飛ばされる。女性が手を拭う。

 

「くっ……」

 

「きゅ、急に投げ飛ばすなんて、どういうつもりですか⁉」

 

「こ、こっちの台詞だ! な、なんだその破廉恥な恰好は!」

 

「え? おわっ⁉」

 

 僕は自分の状態を見て驚いた。一糸まとわぬ姿だったからである。

 

「は、早く服を着ろ!」

 

 女性が近くに落ちていたローブを拾い、僕に向かって投げつける。

 

「に、逃げろ!」

 

 残っていたスキンヘッドの男たちが逃げ出す。女性が舌打ちする。

 

「ちっ……まあ、今回はスーツの残骸を持ち帰れば良しとするか……」

 

「水を操るというか、自身を水のように様々な形状に変化させることが出来るのか? 確かに考えよう、使いようによっては強力な魔法かもしれないな……魔法なのか?」

 

「おい、魔法使い」

 

「……あ、はい。何ですか?」

 

「行く当てが無いのであれば、私たちのところにでもこないか?」

 

「え? い、良いんですか?」

 

「その奇妙奇天烈な魔法……色々と使いようがありそうだ。手袋が必須のようだが……」

 

 後始末を終え、僕は女性の後をついていき、大きな街の中心地にある特徴的な建物に着く。

 

「こ、ここは……『スタジオ&シアター』?」

 

「ああ、ここで私たちが上演した芝居や撮影したドラマが機器を使ってラグーア諸島全域に向かって放送されている。そうやって人々に娯楽を提供するとともに、先ほどのように悪を駆逐している。つまり私たちはこの地域の人々の身と心の安寧を同時に守っているのだ」

 

「芝居……⁉ ドラマ……⁉」

 

「私は『活劇』を得意とする女優、ムツミだ……そういえば、名前はなんという?」

 

「え? ユ、ユメナムです……」

 

「ユメナム、ようこそ、『夢の遊撃隊(ドリームキャスト)』へ!」

 

「ええっ⁉」

 

 突然のことに僕は唖然とする。



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第2話(1)魅力的な女性たちとの顔合わせ

                  2

 

「おい、新入り! 公演のチラシはどうなっている⁉」

 

「え、えっと……」

 

「えっとじゃ分かんねえよ!」

 

 そんなに怒鳴らくても良いだろう。僕は気持ちが折れそうになりながらも答える。

 

「明後日の昼前には業者から届きます」

 

「お、おう……」

 

「新人さん、あそこの建物のオーナーから撮影許可下りたの⁉」

 

「あ~えっと……」

 

「えっとじゃ分かんないわよ!」

 

 なんでどいつもこいつも怒鳴ってくるんだ? 僕は落ち着き払って答える。

 

「オーナーさんがバカンス中ですので、一両日中に戻り次第、折り返しの連絡を下さいます」

 

「ふ、ふ~ん……」

 

「休憩入りま~す」

 

 僕は颯爽と喧噪を抜けていく。僕の背中に声が聞こえてくる。

 

「今度の新入り、どうしてなかなか使えるじゃねえか?」

 

「物腰柔らかいから営業もスムーズに運ぶのよね~」

 

 ………まあ、褒めてくれているのは分かる、嬉しくないと言えば嘘になる……だが!

 

「新人に振る仕事の分量じゃないんだよ! 大体今更先輩の仕事を見て覚えろって、それ引き継ぎって言わねえから! 押しつけだから! 後、全員、男女問わず、言動が荒っぽいのよ! 本当にこの地域の人々に娯楽を提供しよう、楽しませようっていう意識あるの⁉ 『スタジオ&シアター』に勤務している自覚あるの⁉ そもそもとして僕! なにここの下働きみたいになっちゃってんの⁉ そりゃあ行く当てもないとは行ったけどさ! 職業に貴賤は無いと思っているよ? でも、勇者のパーティーを追放された魔法使いが劇団?の下働き? 今のとこ事務作業中心だけど、これから大道具や小道具を作れとか言われるんじゃないの⁉ 勘弁してくれ、手先は超絶不器用なんだよ!」

 

「……魔法で作れないのか?」

 

「そんな便利なかつ都合の良い魔法は習得してない! って、ええ⁉」

 

 僕は驚く。僕の後ろにムツミさんが立っていたからである。ムツミさんは笑う。

 

「そんなに驚くことか?」

 

「い、いや、驚きますよ」

 

「驚いたのはこっちだ、ユメナム、そんな矢継ぎ早に喋れたのだな」

 

「え?」

 

 喋れたっていうか、ここ数日のストレスをただ単にぶちまけただけっていうか……。

 

「まあいい、伯母上……もとい、支配人が呼んでいる。一緒に来てくれ」

 

「は、はい……」

 

 僕とムツミさんはこのスタジオ&シアターの中でも2番目に立派な部屋の前に立つ。ちなみに1番目は貴賓室だ。来賓をもてなす為の部屋だとか。もっとも使われたことはほぼないらしいが。ムツミさんがノックする。

 

「ムツミです、新入りを連れて参りました」

 

「入りなさい」

 

「失礼します」

 

「し、失礼します……」

 

 ムツミさんに続いて、部屋に入ると、小柄な老婦人が迎えてくれた。髪はすっかり白いが、目鼻立ちは整っており、体勢もしゃきっとしている。顔つきや着ているキモノから判断するに、このラグーア諸島出身ではないようで、ムツミさんとはなんらかの縁戚関係のようであるが、特にその辺りを深堀りするつもりはない。名前がワカコだということだけは知っているが、それ以上知るつもりはないし知る必要もないだろう。ワカコさん、もとい支配人は優しく微笑んで、僕に語りかけてくる。

 

「お仕事は慣れましたか?」

 

「え、ええ、まだまだ学ぶことは多いですが!」

 

「楽しんでいますか?」

 

「そ、それはもちろん!」

 

「それは良かった……申し訳ありませんね。何分、急な入隊だったもので、しかるべき役職を用意することが出来なくて……」

 

 支配人が申し訳なさそうな顔になる。僕は大げさに両手を振る。

 

「い、いいえ! 行く当てもない僕を拾ってくださったのですから、これ以上は望みません」

 

「そうですか……?」

 

「ええ!」

 

 嘘です。こっちはモテモテハーレムライフを夢見て、わざわざ心に傷を負ってまで、パーティーを追放されてきたんだ。劇団なんだか、演劇ユニットなんだかよく分からないところの下働きで終わるつもりはない。幸い、この支配人さんは話が通じそうだ。この地域の権力者の方々とも顔見知りだったりするんじゃないか。その権力者のお抱え魔法使いにでもなれば、僕にも明るい未来が開けるはずだ。

 

「……先日のムツミからの貴方についての報告、承りました」

 

「は、はあ……」

 

 僕についての報告? なんだろうか?

 

「あなた、えっと、お名前は……」

 

「ユメナムです」

 

「そう、ユメナムさん。あなたに紹介したい人たちがいます」

 

「え?」

 

「皆さん、入ってちょうだい」

 

 支配人室の隣の部屋から四人の魅力的な女性が入ってきた。

 

「こ、こちらは……?」

 

「皆さん、自己紹介なさい」

 

「アタシ、アギよ、よろしくね~」

 

 お団子頭を左右に二つ作った小柄な女の子がこちらに向かって手を振ってくれる。ムツミさんたちとはまた違った服を着ているが、あの服には少し見覚えがある。ここから北方にある大国出身の者がよく着ている服装であろう。もっとも、アギと名乗った女の子には袖も裾も長すぎるようだが。

 

「わたくし、ラジェネと申しますわ。わたくしの下で下働き出来ることを光栄に思いなさい! お~ほっほっほ!」

 

 金髪のロングヘアーと褐色の肌が特徴的な女性が高笑いを上げる。貴族令嬢ってやつか? ここまでベタな人は僕の転生経験においても初めて見たかもしれない。価値は分からんが、高そうなドレスを身にまとっている。

 

「えっと……ボクはエルティです。よろしく」

 

 青みがかった髪を短すぎず長すぎず、綺麗にまとめた中性的な人物が僕に挨拶し、握手までしてくれた。女の子の体に触れた経験は少ないのだが、この華奢な感じ、この子も女の子だ。半袖にハーフパンツと少年のような恰好をしているが、それがよく似合っている。

 

「ノインだ、よろしく……」

 

 ミディアムロングの銀髪をなびかせた眼鏡をかけた長身の女性が小さいがよく通る声で挨拶してくれた。どこの国までかは分からないが、軍服チックな服を着こなしている。

 

「では、あなたも挨拶を……」

 

 支配人から促がされ、僕も挨拶をする。

 

「先日からこちらでお世話になっています。ユメナムです。よろしくお願いします」

 

「ムツミの報告書は各自目を通してくれたと思うけど、今後はユメナムさんを『夢の遊撃隊』の正式隊員に迎え入れようと思っております」

 

「「「「「‼」」」」」

 

 支配人が皆に説明する。え? 正式隊員? どういうこと? ムツミさんも含めてみんなの顔色が変わったんだけど……。ラジェネさんが手を上げる。

 

「支配人、よろしくて?」

 

「どうぞ」

 

「本当にこちらの見るからに凡人が役に立つんですの?」

 

 ラジェネさんが僕を一瞥し、ムツミさんに視線を向ける。ムツミさんが頷く。

 

「……私が保証する」

 

「はっ、貴女はまずご自身の演技力をどうにかなさいな」

 

「!」

 

 部屋に少しピリッとした空気が流れる。

 

 



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第2話(2)ギスギスなやり取り

「……どういう意味だ?」

 

 ムツミさんが静かに問う。

 

「そのままの意味ですわ」

 

「なんだと?」

 

「まあまあ、仲良くしようよ~」

 

「アギさん、貴女もよ」

 

「おお、言ってくれるじゃん……」

 

「ムツミさんも貴女も多少アクションはこなせるというのは認めますが、肝心のお芝居が全然なっていませんわ」

 

 エルティさんが口を開く。

 

「ム、ムツミさんの『活劇』は評判が良いですよ」

 

「それはあくまでもチャンバラごっこ込みの評価でしょう? 台詞まわしなどはとても見られたものではありませんわ」

 

「チャンバラごっこだと? 私のこれまでの研鑽を馬鹿にするのか?」

 

 ムツミさんが刀の鞘に手をかける。いや、ここで抜く気かよ。

 

「喜んでいるのはお子様が中心でしょう? それをごっこと呼ばずになんと呼ぶのです?」

 

 ラジェネさんが小首を傾げる。この人、全然ビビっていないな……。

 

「じゃあ、ラジェネはアタシのことも小馬鹿にしているんだ?」

 

「貴女のお芝居もどうも大げさですわよね……オーバー過ぎるのですわ。まあ、可愛気で誤魔化せるうちは良いでしょうけど、そんなに長くは続かないでしょうね……」

 

「ふ~ん、言ってくれるね……」

 

 アギさんの笑顔が引きつっている。このラジェネさん、大分煽る人だなあ……。

 

「……ムツミやアギ中心でも、お客は入るし、視聴率は取れている……何よりも数字がそれを証明している」

 

「ノ、ノインさん! そ、そうですよね!」

 

「ただ、それに質が伴っているかというと、甚だ疑問符が付くが……」

 

「ええ……」

 

 ノインさんの言葉にエルティさんが頭を抱える。ラジェネさんが笑う。

 

「ほら、隊で随一の分析家さんもこのようにおっしゃっていますわ」

 

「へえ~お得意のデータって奴?」

 

「データは嘘をつかないからな……」

 

 アギさんに迫られるが、ノインさんは動じず、眼鏡の縁を触る。

 

「データよりも大事なものがあるんだよ」

 

「ほう、それはなんだ?」

 

 アギさんは自分の胸をドンと叩く。

 

「ハートだよ!」

 

「聞いた私が馬鹿だった……」

 

 ノインさんが呆れる。

 

「それが理解出来ないから、常連客から『芝居が硬い』とか言われるんだよ」

 

「!」

 

「あれではより多くのお客さんの支持を受けるのは到底無理だろうね」

 

「評論家連中から評価されている……分かるやつが分かれば良い……」

 

「さすが、ノインさんは良いことをおっしゃいますわ」

 

「貴様の自己満足な芝居とは一緒にされては困るが……」

 

「なっ⁉」

 

 ノインさんの言葉にラジェネさんの顔色が変わる。ムツミさんが口を開く。

 

「まあ、私やアギ中心の方が支持を得ているのは間違いないな」

 

「ムツミと一緒にされると、アタシも迷惑なんだけど」

 

「んなっ⁉」

 

 アギさんの物言いにムツミさんが面喰らう。エルティさんが苦笑する。

 

「まあまあ、皆さん、それぞれの良さがあるということで……」

 

「う~ん……」

 

「ム、ムツミさん?」

 

「エルティの場合はね~」

 

「ア、アギさん?」

 

「ビジュアルなどには文句はありませんが……」

 

「え、えっと……ラジェネさん?」

 

「貴様はまず極度のあがり症をなんとかしろ。あれではお話にならん」

 

「ノ、ノインさん⁉」

 

「うむ」

 

「まったく」

 

「おっしゃる通りですわ」

 

 ムツミさんたちがノインさんの言葉に揃って頷く。エルティさんが愕然とする。

 

「なっ⁉ そ、そこだけ意見を一致させないで下さいよ……!」

 

 エルティさんが涙目になる。い、今更だが、この人たちすごいギスギスしているなあ……。

 

「……相変わらず仲が良さそうで結構です」

 

 支配人が口を開く。エルティさんが抗議する。

 

「い、いや、支配人! 今のはいわゆる『イジり』の範疇を超えていたと思うのですが⁉」

 

「半分皮肉です。それに、貴女の課題であることには違いないでしょう」

 

「で、ですが!」

 

「静かになさい……」

 

 支配人の眼が一瞬鋭くなり、低い声が部屋に響く。

 

「は、はい……」

 

 エルティさんをはじめ、全員が黙る。支配人は柔和な笑顔に戻る。

 

「話は戻りますが、ラジェネさん?」

 

「は、はい!」

 

「ユメナムさんの入隊に納得がいかないということですね?」

 

「え、ええ、そうですわ」

 

「どうしたら納得して頂きますか?」

 

「そ、そうですね。隊員にふさわしい資質を示していただかないと……」

 

「それは強さということかしら?」

 

「それも大事ですわね」

 

「ユメナムさんはこの地方では珍しい魔法使いでいらっしゃるわ」

 

 勇者のパーティーを (自主的に) 追放された魔法使いですけどね。

 

「失礼ですがお名前を存じ上げませんわ」

 

「高名かどうかが全てではありません」

 

「……魔法使いと言っても、ピンキリでしょう」

 

 ノインさんが口を開く。正におっしゃる通りでございます。

 

「どんな魔法が使えるの?」

 

「か、回復魔法が専門ですね。あ、後は攻撃魔法が少々……」

 

 アギさんが問いかけてきたので、僕はキョドりながら答える。

 

「他には?」

 

「手の指先から水をチョロチョロと出せます……」

 

「ぶっ! し、失礼……」

 

 僕の答えにエルティさんが噴き出す。そりゃあそうだよな。ムツミさんが口を開く。

 

「……報告書に書いただろう。使いようによっては十分戦える……はずだ」

 

「はずだって、貴女も半信半疑ではありませんか」

 

 いや、フォローしてくれんじゃないのかよ。支配人がラジェネさんに語りかける。

 

「戦いに関しては確認する機会を待ちましょう。それでよろしいですね?」

 

「それはいいとして……このドリームキャストはこの荒んだラグーア諸島にエンターテインメントを提供する集団でもあります。支配人にわざわざ言うことでもありませんが……」

 

「いえ、おっしゃりたいことは分かります……そうですね、予定を変更し、今度の劇はムツミを主演に据えましょう。相手役はユメナムさんに」

 

「「「「「‼」」」」」

 

「その劇が成功したら、ユメナムさんが入隊、失敗したら、ムツミともども除隊というのはいかがでしょうか? ラジェネさん」

 

「……面白いではありませんか」

 

 え、なんだかエラいことになってない?



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第2話(3)演じないこと

「ちょ、ちょっと! ムツミさんまで除隊というのは厳しくないですか⁉」

 

 エルティさんが声を上げる。うん、僕もそう思う。支配人は笑顔を浮かべたまま答える。

 

「……これをきっかけに役者として殻を破って欲しい……そう考えてのことです」

 

 親心ってやつかな? いや、それにしても厳しくないか?

 

「……望むところです」

 

 ムツミさんが口を開く。望んじゃったよ……。ラジェネさんが笑う。

 

「ふふっ、ムツミさん、その言葉に二言はありませんわね⁉」

 

「無論だ」

 

「いいの~? そんなこと言っちゃって……」

 

「ああ」

 

 アギさんの言葉にムツミさんが頷く。

 

「お手並み拝見といこうか……」

 

 ノインさんがポツリと呟く。

 

「……とりあえず、今日のところは解散です。ご苦労様でした」

 

 支配人が告げると、皆が部屋を出ていく。僕とムツミさんだけが残る。

 

「……」

 

「はい、ユメナムさん」

 

 支配人が本を渡してくる。僕は首を傾げる。

 

「こ、これは?」

 

「台本です。相手役の男性が貴方です」

 

「ほ、本当に、僕も出るんですか⁉」

 

「まあ、成り行き上ですが、そうなっちゃいました」

 

「な、なっちゃいましたって……」

 

 結構出たとこ勝負だな、この人……。

 

「台詞など確認をお願いしますね」

 

「い、いや、僕は芝居に関して、全くの素人ですよ?」

 

「誰でも最初は初めてです」

 

「そ、それはそうかもしれませんが……」

 

「私からは一言だけ……」

 

「え?」

 

「頑張ってください」

 

「ええ?」

 

 そう言って、支配人は部屋を後にしてしまった。本当に一言だけとは……。

 

「……とりあえず稽古場に案内しよう」

 

「は、はい……」

 

 ムツミさんに続いて、僕は部屋を出る。

 

                  ♢

 

「……なるほど、夢の遊撃隊とはお芝居もする集団だったのですね……」

 

「ああ」

 

 僕は心の中で『ポーズ』と唱え、アヤコさんと通信をしている。

 

「なかなか興味深いですね」

 

「まさか、転生して、劇をすることになるとはね……」

 

「異世界は数あれど、そういうケースはかなり珍しいです。転生というのもどうしてなかなか奥が深いですね」

 

「なんだか他人事だね」

 

「それはまあ、他人ですからね」

 

「おいおい……」

 

 アヤコさんの冷淡とも思える対応に僕は頭を抱える。

 

「……それでどうなのですか?」

 

「え?」

 

「お芝居の出来ですよ」

 

「大体想像がつくだろう? 同業者から台詞まわしがなってないと言われている役者と役者でもない、演技の『え』の字も知らない勇者パーティーを追放された魔法使いが演じる会話劇だよ? まともなものが出来ると思うかい?」

 

「到底思えませんね」

 

「そうだろう? はあ……」

 

 僕はため息をつく。

 

「相手役……主演の方はどうなのですか?」

 

「かなり苛立っているようだね」

 

「ほう……」

 

「僕の不出来よりも、自分の不甲斐なさに腹が立っているようだけど」

 

「真面目な方なのですね」

 

「そうだね」

 

「会話劇とおっしゃいましたが、ユメナムさんはどのような役柄なのでしょうか?」

 

「……うだつのあがらない男だよ、仕事も上手くいかず、恋人である主役からも愛想を尽かされそうになっている情けないやつだ」

 

「……」

 

「まったく、どう演じてみればいいものか……」

 

「……素人意見ですが、演じなければ良いのではないのですか?」

 

「え? どういうことだい?」

 

「そのままのユメナムさんを表現すれば良いのではないでしょうか」

 

「そのままって……」

 

「私から言えるのは、それだけです。それでは定時ですので……」

 

「あ、ちょっと待って……通信を切ったな」

 

 そのままの僕を出す……そういうアプローチもありなのか?

 

                 ♢

 

「……私が言うのもなんだが、大分良くなってきたな」

 

 ある日の稽古場で、ムツミさんが話かけてきた。

 

「え、そ、そうですか?」

 

「ああ、なんというか……こちらも台詞を言いやすい」

 

「それは良かったです」

 

「しかし、どういうことだ? まったくの素人だったものがこうも変わるか?」

 

「演じることをやめたんです」

 

「やめた?」

 

「もちろん、台詞や話の流れなど、最低限の情報は頭に入れてはいますが、余計な力を込めないようにしたというか……」

 

「力を込めない……リラックスした状態か」

 

「まあ、そんな感じですかね」

 

「……ふむ、参考になった」

 

 ムツミさんがその場から離れる。それからしばらくして、公開リハーサルの日がやってきて、僕たちは芝居に臨んだ。一通り終えると、支配人が拍手してくれた。

 

「演出家から順調だとは聞いていましたが、良い出来ですね」

 

「よ、良かったと思います」

 

 客席で見ていたエルティさんが遠慮気味に口を開く。 アギさんが同意する。

 

「そうだね。二人とも自然な感じだったよ」

 

「大根役者とど素人のはずでしたのに……一体どういうことですの?」

 

 ラジェネさんがぶつぶつと呟く。もっとも声がよく通るので、ステージ上にも丸聞こえなのだが。ムツミさんが苦笑する。

 

「聞こえているぞ、ラジェネ……何故、芝居の質が上がったのか知りたいか?」

 

「……ご教授願いたいですわね」

 

「ユメナムは演じようと思っていない。何故なら素のままで、この役になりきれるからだ」

 

「⁉」

 

「なるほど、それは盲点だった……」

 

 驚くラジェネさんの横でノインさんが頷く。うん? 素のままでなりきれる? それって僕がうだつの上がらない男だってことか? な、なんか複雑……。

 

「とにかく、この調子なら本番も心配ないですね……!」

 

 ベルが鳴り響く。何事だと思っていると、ムツミさんが僕の方を見て叫ぶ。

 

「ユメナム、出動だ! 次はお前さんの強さを見せつけるぞ!」



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第2話(4)良いも悪いも

「ここか……!」

 

 僕らは街の郊外までやってくる。

 

「ヒャッハー!」

 

 モヒカン頭の集団が悪さを働いている。『ギャング・イハタゲ』とかいう連中だ。

 

「ふむ、通報通りだな、あの程度ならば我々二人だけでも問題はない……」

 

 ムツミさんがゆっくりと前に進み出る。

 

「ム、ムツミさん!」

 

「なんだ?」

 

「い、いや、刀がまだ出来上がっていないんじゃないですか⁉」

 

「ああ、新しいのがまだ時間がかかるそうだからな」

 

 ムツミさんが両手をパッパッと広げたり閉じたりする。

 

「だ、大丈夫なんですか⁉」

 

「まあ、問題はない……!」

 

「ぐえっ⁉」

 

「⁉」

 

 ムツミさんが素早い足取りでモヒカン頭との距離を詰め、みぞおちに拳を入れる。

 

「て、てめえ!」

 

「はっ!」

 

「どはっ!」

 

 殴りかかってきた男をムツミさんは軽々と投げ飛ばす。自分より大きい体格なのに……。

 

「……この通り、刀を使えないときの為、体術の類は体得してある」

 

 ムツミさんが両手を広げる。

 

「す、凄い……」

 

「お、おい! 『夢の遊撃隊』の奴が来やがったぞ!」

 

「慌てるな、飛んで火に入るなんとやらだ……」

 

「そ、それもそうだな……」

 

 モヒカン頭たちが下卑た笑いを浮かべる。ムツミさんが少し首を傾げる。

 

「……気に入らんな、なんだその余裕は?」

 

「それはこれがあるからだよ!」

 

「!」

 

「あ、あれは!」

 

 男たちが次々と鎧のような者を装着する。鎧ではなくて、パワードスーツとか言ったか。

 

「まさか! 雑兵たちにまで出回っているのか⁉」

 

「へへっ!」

 

「しまっ……」

 

「遅いぜ!」

 

「がはっ!」

 

 懐に入られたムツミさんが腹部にキックを喰らう。

 

「おらあっ!」

 

 もう一人のパワードスーツがパンチを振るう。ムツミさんは顔面への直撃を避けたが、肩にパンチを喰らってしまう。ムツミさんは肩を抑えて膝をつく。

 

「……くっ」

 

「へへっ……雑兵にやられる気分はどうだい?」

 

「手も足も出ねえって感じだな、やっぱり凄いぜ、このスーツはよ……」

 

「おいおい、面白そうなことやっているじゃねえか」

 

「俺らも混ぜろよ」

 

 スーツを着た男たちが続々と集まってくる。

 

「って、この女、ムツミとかいう奴じゃねえか!」

 

「ああ、だが見ろ、このスーツがありゃあ敵じゃねえ、かわいいもんよ」

 

 男たちは膝をつくムツミさんを見下ろす。

 

「へっ、正義の味方気取りが、ざまあねえなあ」

 

「この女のせいで兄弟たちがどんどんとブタ箱にぶち込まれたんだ」

 

「そのお礼はちゃんとしなくちゃな、いたぶってやろうぜ」

 

「ああ、いたぶった後にぶち込んでやるぜ」

 

「良いねえ、色んな意味で兄弟の絆が増すな」

 

「がっはっは!」

 

「ま、待て!」

 

「あ~ん?」

 

「ぼ、僕が相手だ!」

 

 ムツミさんとギャングの間に僕が割って入る。颯爽と……というイメージだったが、足ががくがくと震えてしまい、いまいちかっこがつかない。これでも凶悪かつ巨大なモンスターを相手にしてきたことは何度かあるのだが……あのパワードスーツというのが、未知なる力なので怖い。人の力を格段に引き上げる鎧? どう戦えば良いんだ?

 

「……なんだこいつ?」

 

「おい、男もイケるってやついるか?」

 

「……この面ならお断りだ」

 

「だってよ!」

 

 男が拳で僕を殴り飛ばす。いや、手の甲ではね退けたと言った方が正しいか。僕は派手に吹っ飛ばされ、近くの建物の壁に突っ込む……はずだった。僕は動かずにその場に立っていた。僕は殴られたはずの頬を抑える。

 

「あ、あれ……い、痛くない?」

 

「! な、なんだと⁉」

 

 男たちが驚く。ムツミさんが笑う。

 

「はっはっは!」

 

「!」

 

「水のかたまりならば、殴っても蹴ってもほとんど意味がないからな……」

 

「な、何を言っていやがる!」

 

「なに、独り言だ……ユメナム!」

 

「は、はい!」

 

 ゆっくりと立ち上がったムツミさんが手袋をはめて、僕に声をかけてくる。

 

「反撃開始だ!」

 

「はい!」

 

 僕はローブを脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる。

 

「な、なんだ⁉」

 

 男たちがたじろぐ。そりゃあそうだろう。ムツミさんが叫ぶ。

 

「剣と化せ!」

 

「了解!」

 

「なっ⁉」

 

「はあっ!」

 

 水の剣と化した僕を掴み、ムツミさんが男たちに斬りかかる。

 

「ぐはっ……」

 

「ば、馬鹿な……」

 

 スーツを砕かれた男たちが信じられないといった表情で、次々と崩れ落ちる。

 

「ふむ……やはり見事な斬れ味だな。どうしてだ?」

 

「強く念じると硬さなどが増すみたいですね」

 

 剣の状態のまま、僕は答える。ムツミさんが首を捻る。

 

「それだけか?」

 

「使い手の技量も関係するのかもしれません」

 

「ふっ……お世辞はいい」

 

 お世辞みたいになっちゃったが、そういうことも当然関係してくると思うんだよな。まあ、全ては推測でしかないのだけど……。

 

「ひっ、兄貴たちがやられた!」

 

「て、撤退だ!」

 

「逃がさん!」

 

 ムツミさんが剣(僕)を振るい、逃げようとした男たちも残らず叩き伏せた。スーツが砕けた男たちがその場の至るところに転がる。

 

「や、やりましたね!」

 

「ああ、制圧完了か……」

 

「雑兵如きで良い気になられては困るな……」

 

「! 貴様は……」

 

 そこに銀髪で鳥のトサカのような髪型をした黒ずくめの男が現れる。

 

「この光宗とも遊んでくれないか?」

 

 男が鞘から長い刀を引き抜く。僕が尋ねる。

 

「光宗っていう奴ですか?」

 

「いや、それは刀の名前だ。奴の名前はテレス……ギャング・イハタゲの用心棒というか、幹部のようなものだな」

 

「テレス……」

 

「ムツミ嬢……喋る剣を用いるとは、以前見かけたときとは違うようだな」

 

「気分が変わってな……はあっ!」

 

「ふん!」

 

 ムツミさんが勢いよく斬りかかるが、テレスは事も無げに受け止める。

 

「なっ⁉」

 

「こんなものか? 拍子抜けだな……!」

 

 テレスが刀を振るう、目にも止まらぬ速さの攻撃をムツミさんが喰らい、後退する。

 

「くっ、捌き切れなかった。これほどまでとは……」

 

「私が出るまでも無かったようだな……さっさと終わらせる!」

 

「ムツミさん! 剣を思いっきり振って下さい!」

 

「! わ、分かった!」

 

「! 目、目に何かが……水か⁉」

 

 ムツミさんが僕を振るうと、何かが飛び出し、テレスの目に入り、テレスがたじろぐ。何が入ったのだろうか。水滴だ、そういうことにしておこう。僕は間髪入れず叫ぶ。

 

「ムツミさん! 今です!」

 

「色んな意味で汚い気がするが……そうも言ってられんか!」

 

「ちぃっ!」

 

「ぬっ⁉」

 

 テレスが手を握ると、僕に痛みが走り、次の瞬間、大量の電気が流れ、痺れる。ムツミさんは膝をついてしまう。テレスが掌を広げて呟く。掌から水が流れる。

 

「……なるほど、私の場合は『電撃』が使えるというわけか」

 

「! ま、まさか、僕を使ったのか⁉ ど、どうやって⁉」

 

「ユメナムとやら……我々に協力する研究者が言うに、睾丸が貴様の妙な力の源だという」

 

「な、何を言っているんだ⁉」

 

「わ、私にも分からん! ……くっ、これはなかなか力を消耗するようだ。ここは退く……」

 

 テレスがその場から離れる。早くも研究対象になっているのか……。っていうか、相手にも僕は使えるのか。良いも悪いもタ〇キン次第ってわけか。何を言っているんだ、僕は。



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第3話(1)お玉袋の押し付け合い

                  3

 

「……そのような戦闘でした」

 

「報告ありがとう、ムツミ。さて……なにか質問がある人は?」

 

 会議室で支配人が皆を見渡して告げる。

 

「……よろしいですか?」

 

「どうぞ、ノインさん」

 

「推測の域を出ませんが……」

 

「構いません」

 

 ノインさんは小さく咳払いをしてから話し出す。

 

「……テレスは何もない空間を掴んだという話ですが……恐らく水のかたまりを掴んだのではないでしょうか?」

 

「ふむ……」

 

「水のかたまり?」

 

 支配人は顎に手を当て、ムツミさんは首を傾げる。

 

「実際に確認していないのでなんとも言えませんが……ユメナム氏が体を水にするのがどの程度のものなのかが分かりません」

 

「程度とは?」

 

「精度とも言い換えられましょうか。全身全てが水と化して、そっくりそのまま動けるわけではないのではないでしょうか?」

 

「水滴を飛ばして、テレスを後退させたそうね?」

 

「は、はい……」

 

 支配人の問いに僕が頷く。ノインさんが続ける。

 

「その時に付着したものか、あるいはその辺りに浮かんでいたものかが分かりませんが、テレスはそれを掴んで電撃を発生させたのではないでしょうか?」

 

「なるほどね……」

 

 支配人が頷く。エルティさんがおずおずと手を挙げる。

 

「す、すみません……」

 

「どうぞ、エルティさん」

 

「どんな者でも、ユメナム殿を武器として使えるということでしょうか?」

 

「どうかしら、ノインさん?」

 

「どんな者でもとまでは言い切れんが……ある程度武器を使いこなせる者ならば可能なのではないだろうか」

 

「そ、そうですか……」

 

「あるいは……」

 

「あるいは?」

 

「想像力がある者だな」

 

「そ、想像力?」

 

「そうだ、ムツミは――一度見たとは言え――カタナをイメージした。対してユメナム氏がそれに応え、そういうことになった」

 

「ああ……」

 

「これも推測だが、使い手側にも技量なりなんなりが求められるのだろう……」

 

「な、なるほど……」

 

 エルティさんがうんうんと頷く。

 

「でもさ……」

 

「アギ、発言の際は挙手しろ……」

 

 ノインさんが口を開いたアギさんをたしなめる。

 

「面倒くさいな~はい、支配人」

 

「どうぞ、アギさん」

 

「テレスが使えた理由は?」

 

「武器としてイメージしたのであろう」

 

「何故、そこまで分かっているの?」

 

「言っただろう、協力する研究者の言葉に従ったようだ」

 

 ムツミさんが口をはさむ。

 

「ここまでギャング・イハタゲとの戦闘では、一度しか見せていないのに?」

 

「その一度で分析したのだろう……」

 

「そんなことが出来るの?」

 

「テレスは出来たな」

 

「相当優秀な研究者ね、そいつ」

 

「ふふっ、分析家としてのお株を奪われてしまいましたわね」

 

 ラジェネさんが笑みを浮かべながら、ノインさんに話しかける。

 

「……」

 

「失礼、挙手が先でしたわね……」

 

「同じことを言うな、時間の無駄だ」

 

「あらら……」

 

 ノインさんの言葉にラジェネさんが苦笑する。支配人が口を開く。

 

「……その研究者はやはり相当優秀なようね」

 

「ええ、パワードスーツも開発したわけですから……科学的にかなり進んでいる知識と技術を有しているのは間違いありません」

 

「や、やはり、北方の大企業の関係者ではないでしょうか?」

 

「ええ、その線でもう少し詳しく調べてみましょう、なにか尻尾が掴めるかもしれません」

 

 エルティさんの言葉に支配人が頷く。

 

「あるいは……」

 

「あるいは?」

 

 ノインさんに向かって、支配人が首を傾げる。

 

「魔法にかなり精通している者なのかもしれません」

 

「それもありえますね。一度で、ユメナムさんの魔法をある程度看破したわけですから……」

 

「ええ、これも推測の域を出ませんが……」

 

「……はい」

 

「どうぞ、ラジェネさん」

 

「……ノインさん、貴女、さっきから口を開けば推測ばかりではありませんか。お得意の分析は一体どうなされたの?」

 

「む……」

 

「さっさとこちらを分析なり分解なさったら?」

 

 ラジェネさんが僕を指し示す。ぶ、分解は嫌だな……。

 

「時間がない。色々と忙しいんだ……」

 

「隊の戦力増強に繋がることですのよ? なによりも最優先すべきではなくて?」

 

 ラジェネさんがノインさんを見つめる。

 

「……そんなに興味関心があるのなら、貴様に先を譲ろう……」

 

「なっ!」

 

「なに、遠慮することはない」

 

「い、いや……だって……」

 

 ラジェネさんが目を逸らす。

 

「だって?」

 

「そ、その……つまりこちらのお玉袋を触るということでしょう?」

 

 お玉袋って。丁寧に言えば良いってもんじゃないと思うが。ムツミさんが提案する。

 

「私みたいに手袋をつければいい」

 

「ムツミさん、わたくしは貴女みたいに簡単に割り切れませんの! そ、そりゃあ、殿方のそういう部分に興味が無いと言えば、嘘になってしまいますが……!」

 

「……貴様は早口で何を言っているんだ?」

 

 ノインさんが呆れたような視線をラジェネさんに向ける。

 

「と、とにかく遠慮しますわ! アギさん、貴女がどうぞ!」

 

「ええ、アタシもちょっと……」

 

「じゃ、じゃあ、ボクが……なんちゃって」

 

「ああ、それがいいね」

 

「名案ですわ」

 

「適任だな」

 

「だ、だから、なんでそういう時だけピタッと意見が合うんですか⁉」

 

 会議室にエルティさんの声が響く。



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第3話(2)平穏を守りたい

                 ♢

 

「……まったく、参ってしまったよ……」

 

「……」

 

「……あれ? どうかしたのかい?」

 

 僕は心の中で『ポーズ』と唱え、アヤコさんと通信をしている。

 

「……セクハラです」

 

「えっ⁉」

 

「出るとこ出てもよろしいでしょうか?」

 

「ええっ⁉」

 

「それでは……」

 

 アヤコさんが通信を切ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

「いいえ、待ちません」

 

「そこを待ってくれ!」

 

「……なんですか?」

 

「なんですかはこちらの台詞だよ。いきなりどうしたんだい?」

 

「それこそこちらの台詞です。おもむろに通信を繋いできたかと思えば、いきなりセクハラトークをかましてくるとは……」

 

「な、なにがセクハラなんだい?」

 

 僕は戸惑う。

 

「自覚がないとは……」

 

「い、いや! なにもそんなことは言っていないはずだ!」

 

「よく言いますね……やれ、二言目には睾丸だなんだと……」

 

「あ、ああ……」

 

「お玉袋ってなんですか?」

 

「それは僕も気になっている……」

 

「とにかく、今のご時世、女性に対してその様な発言を繰り返すとは……」

 

「い、いや、それは違うんだ……」

 

「ほう、なにが違うのですか? 弁明があるのならば伺いましょう。ちなみにこの通信は録音されていますから。そんなことは言ってないなどという類の逃げは出来ませんよ?」

 

「えっと、弁明というか……話の流れ的に避けては通れないんだよ」

 

「睾丸というワードが避けて通れないってどんな話ですか」

 

「それは……確かに珍妙な話ではあるけど……」

 

「はい、またセクハラ」

 

「ええっ?」

 

「“ちん”みょうとは……まったく油断も隙もありませんね……」

 

「そ、それは違うだろう!」

 

 僕は思わず声を上げる。

 

「違う?」

 

「ああ、ノーカウントだ。とりあえずもう一度落ち着いて聞いてくれ」

 

「はあ……」

 

「僕はどうやら全身を水状に出来る魔法を習得したようだ」

 

「ふむ……」

 

「自分で、もしくは、他人が念じた武器に形状を変化させることが出来る」

 

「なるほど……」

 

「ここまではいいよね?」

 

 僕はアヤコさんに確認する。

 

「チートスキルではなく、チート魔法に目覚めたということですね」

 

「チートかどうかはちょっと分からないが、それなりに特殊ではあるね」

 

「……それで? どうして睾丸うんぬんになるのですか?」

 

「ああ、この魔法を発動すると、僕は全裸になってしまうんだ」

 

「露出趣味ですか」

 

「違う、そうじゃない」

 

「何が違うのですか」

 

「その……ちょうど睾丸あたりに力を込められると、形状が変化するようなんだ……」

 

「何を言っているのですか?」

 

「事実をありのままに言っているだけだよ。その為、敵に睾丸を掴まれると、敵の武器になってしまうんだ……」

 

「う~ん……」

 

「とりあえず、睾丸が何らかのきっかけになっているのだろうという推測がドリームキャストの会議ではなされた」

 

「……何の推測ですか」

 

 アヤコさんが困惑気味に反応する。

 

「まあ、僕も正直よく分からないんだが……とにかく、この推測が正しいかどうかを立証する為に、僕を武器として各隊員が使ってみようという話になってね……」

 

「ほう……」

 

「ところがだ……」

 

「ところが?」

 

「睾丸を触りたくないから隊員たちで僕の押し付け合いが始まってしまってね……それで参ったという話だよ」

 

「……なんか逆にちょっと嬉しそうじゃないですか?」

 

「え? い、いや、そんなことは決してないけど……」

 

「まあ、事情はなんとなく分かりましたが……こちらではどうすることも出来ません」

 

「そ、そうだよね……」

 

「とりあえず清潔にしておくしかないのではないでしょうか」

 

「それはそうだね」

 

「後は……なにかで覆うとか」

 

「覆う……なるほど、その手があったか」

 

「冗談で言ったのですが……すみません、他の方からも通信が入っていますので……」

 

「あ、ああ、ありがどう」

 

 通信を終えた僕はポーズ状態を解除する。

 

                  ♢

 

「あ、いたいた……」

 

 アギさんが僕を見つけて近寄ってくる。

 

「どうかしましたか?」

 

「パトロールに行こうか」

 

「パトロール?」

 

「うん、アタシについてきて」

 

「は、はい……」

 

 すたすたと歩くアギさんに僕は慌ててついていく。

 

「……やあみんな、元気そうだね! え? あれ見てくれたんだ。面白かった? そうか、次も期待していてよ♪」

 

 街を歩いていると、老若男女問わず様々な人たちから声を沢山かけられるが、アギさんはそれらに対して丁寧ににこやかに対応する。

 

「人気者ですね」

 

「いや~それほどでもあるよ」

 

 あるのかい。僕は気を取り直して感じたことを告げる。

 

「アギさんが街の皆さんに元気を与えているんですね……」

 

「逆だよ、アタシが皆に元気をもらっている。だから皆の平穏を守りたいんだ……」

 

「そうですか……」

 

「……さてと、この辺で良いかな……」

 

 アギさんが街の広場で立ち止まる。僕は首を捻る。

 

「はい?」

 

「支配人から君のことを武器として使ってみろって言われたんだけどさ。なんだか気が進まなくてね。それで思ったんだけど、君自身が戦闘力を高めれば良いんじゃないかって気付いてさ。さあ、稽古をつけてあげるよ……」

 

「はい⁉」

 

 アギさんが構えを取る。皆の平穏を守りたいとかなんとか言ってなかったか?



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第3話(3)伸び代しかない

「来ないならこっちから行くよ!」

 

「うええっ⁉」

 

「はいっ!」

 

「がはっ!」

 

「えいっ!」

 

「ぐはっ!」

 

「せいっ!」

 

「ごはっ!」

 

 アギさんの繰り出す鋭い突きを立て続けに食らい、僕はたまらず崩れ落ちる。

 

「あらら……ことごとくクリーンヒット……」

 

「むぐう……」

 

「ちょっとは避けるなり防いだりしなよ~」

 

「む、無茶を言わないで下さい……こちとらかよわい魔法使いですよ?」

 

「かよわいって」

 

「接近戦なんて無理ですよ……」

 

「強くなってもらわないと困るんだよ」

 

「例の変化する魔法があるから大丈夫ですよ……」

 

「とはいってもさ……」

 

 アギさんがしゃがんで、こちらを覗き込んでくる。

 

「え?」

 

「ある程度基礎となる戦闘力は高めておかないと駄目なんじゃない?」

 

「む……」

 

「違うかな?」

 

 アギさんが首を傾げる。

 

「ま、まあ、理屈としては分からないでもないですが……」

 

「でしょ?」

 

 アギさんが屈託のない笑顔を浮かべる。

 

「う、う~ん……」

 

「それじゃあ、ほら立って立って」

 

「は、はい……」

 

 僕はなんとか立ち上がる。アギさんが少し距離を取って向き直る。

 

「それじゃあ行くよ~」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

「うん?」

 

「やっぱり無理なものは無理ですよ……」

 

「弱音を吐かないの」

 

「し、しかしですね……」

 

「手加減してあげるからさ」

 

「……本当ですか?」

 

「マジマジ、大体の実力は分かったからさ」

 

「はあ……」

 

「良いね?」

 

「は、はい……!」

 

「ほいっ!」

 

「どはっ!」

 

「ていっ!」

 

「ぶはっ!」

 

 アギさんの切れ味ある蹴りを食らい、僕はまたもや崩れ落ちる。

 

「あらら……またもや……手加減したんだけどな~」

 

「蹴りじゃないですか! 足加減して下さい!」

 

「足加減って……」

 

 僕の意味不明な発言にアギさんは戸惑う。

 

「下半身を狙うなんて聞いてないです!」

 

「素直に言う馬鹿はいないでしょ」

 

「そ、それは確かにそうですが……」

 

「まあいいや、立てるでしょ?」

 

「え? ま、まだ続けるんですか……?」

 

「そりゃあねえ」

 

「い、いつまでやるおつもりですか?」

 

「それなりにモノになるまでかな~」

 

「そ、そんなの無理ですって!」

 

「ううん、無理じゃないよ」

 

 アギさんが首を左右に振る。

 

「で、ですが……この体たらくですよ?」

 

「逆に言えば……」

 

「逆に?」

 

「伸び代があるよ♪」

 

「物は言いような気が……」

 

「さあ、続けるよ♪」

 

「くっ……」

 

 僕はどうにかこうにか立ち上がる。もはや結構ボロボロなんだが……。

 

「……」

 

「はあっ!」

 

「うん!」

 

「たあっ!」

 

「ふん!」

 

「やあっ!」

 

「むん!」

 

「……はあ、はあ……」

 

「うん、なかなか良くなってきたよ」

 

 肩で息をする僕に対し、アギさんが笑顔で声をかけてくる。

 

「ほ、本当ですか……?」

 

「マジだよ」

 

「でも、一度も攻撃を当てられませんでした……」

 

「そりゃあ、アタシは結構な達人だし」

 

 アギさんが首をすくめる。

 

「きゃあ!」

 

「なっ!」

 

 悲鳴の上がった方に視線を向けると、ギャング・イハタゲの連中が暴れていた。

 

「あいつら……」

 

「アギさん! 街の平穏を守るときです!」

 

「ああ……おい、お前ら!」

 

「ああん?」

 

「この魔法使い、ユメナムちゃんが相手だ!」

 

 アギさんが僕を指し示す。

 

「ええっ⁉ 僕が行くんですか⁉」

 

「見た感じちょうどいい相手だよ」

 

「そ、そんな……」

 

「魔法使いだあ? そんなひ弱な野郎に何が出来る!」

 

「さあ、功夫の成果を見せるときだよ!」

 

「くっ!」

 

「!」

 

「‼」

 

「⁉」

 

 僕は向かってきたギャング三人を簡単にのしてしまった。

 

「えっ……この短時間で強くなっている……?」

 

「こういうのは案外コツを掴めば早いもんなんだって♪」

 

 アギさんが僕を見てウインクする。



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第3話(4)逆境に打ち勝つ

「くっ……やられただと⁉」

 

「パワードスーツ隊が行くぞ!」

 

 パワードスーツを着た男が三人迫ってくる。

 

「よっしゃ! 続けて行こうか!」

 

「い、いやいや! さすがに無理ですよ!」

 

 僕はアギさんの声に反発する。アギさんは首筋を抑えながら前に出る。

 

「しゃあないなあ……」

 

「え? アギさん、危ないですよ⁉」

 

「大丈夫、大丈夫……!」

 

「むっ!」

 

「そらそら!」

 

「がはっ!」

 

「ぐはっ‼」

 

「ごはっ⁉」

 

 飛びかかったアギさんが素早く攻撃を繰り出すと、パワードスーツの男たちは倒れる。

 

「す、すごい……! どうやったんですか⁉」

 

「功夫が成せる業だよ……」

 

「あ、そういうのはいいですから」

 

 僕は手を左右に振る、アギさんは唇を尖らせる。

 

「む……そこは素直に『功夫すごい!』って言うとこでしょ」

 

「そこまで純粋じゃないです」

 

「ああ、汚れちゃったんだね……」

 

「そういう言い方やめてください」

 

「……やりますね。さすがはドリームキャストの一員……」

 

「!」

 

 スキンヘッドでガタイの良いスーツ姿の男性が現れる。

 

「パワードスーツの装甲が薄いところを的確に狙った攻撃……お見事です……」

 

「……誰ですか?」

 

 僕はアギさんに尋ねる。

 

「エゲン……ギャング・イハタゲの幹部のようなものだよ」

 

「幹部……」

 

「部下たちが世話になりました……借りは返させて頂きます」

 

 エゲンが袖まくりをする。

 

「はっ、武器やパワードスーツもなしでアタシに勝てると思っているの?」

 

「ちょうど良いハンデです……」

 

「言ってくれるじゃないの!」

 

「‼」

 

 アギさんが一瞬でエゲンの斜め上のところまで飛ぶ。

 

「遅い!」

 

「ふん!」

 

「ぎゃあ!」

 

 アギさんが鋭い蹴りをエゲンの頭部にお見舞いしたが、地面に転がったのはアギさんの方だった。アギさんは右足の甲を抑える。エゲンはそんなアギさんを見下ろしながら、自らのスキンヘッドを撫でながら、淡々と呟く。

 

「貴女とこうして戦うのはほぼ初めてでしたか……私の頭は岩を砕くほど固いのです……」

 

「ぐっ……」

 

「足の甲が砕けたのでは? ご自慢のスピードも活かせませんね……」

 

「ま、まだ、片足が残っているよ……ちょうど良いハンデだ……」

 

「ふん……減らず口を……!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 エゲンが思い切りアギさんを蹴とばす。アギさんが僕の方まで転がってくる。

 

「ア、アギさん⁉」

 

「だ、大丈夫、ガードはしたよ……」

 

 アギさんは起き上がる。それでも声は苦しそうだ。

 

「受け身も取りましたか……さすがの格闘センスですね……さっさと終わらせます」

 

 エゲンがこちらに向かって悠然と歩いてくる。アギさんが舌打ちする。

 

「ちいっ……」

 

「アギさん! 僕を使って下さい!」

 

「ええっ⁉」

 

「あのデリケートな部分は持ってきた手ぬぐいで覆いますから!」

 

 僕は懐から取り出した手ぬぐいを広げて見せる。

 

「そ、それはこの際どうでも良いんだけど……問題はそこじゃないよ」

 

「え?」

 

「アタシは武器の類はからっきしなんだよね……」

 

「! そ、それなら、こういうのはどうです?」

 

 僕はアギさんに耳打ちする。アギさんは驚く。

 

「そ、そんなこと出来るの?」

 

「多分!」

 

「た、多分って……まあやるしかないか!」

 

「はい!」

 

 僕はローブを脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる。大事な部分だけ手ぬぐいで隠してあるが。エゲンが戸惑う。

 

「な、なんだ……?」

 

「グローブとブーツと化せ!」

 

「了解!」

 

「なっ⁉」

 

「はあっ!」

 

 水のグローブとブーツと化した僕を両手両足に装着したアギさんがエゲンに攻撃する。

 

「ぐはっ……ば、馬鹿な……」

 

「強烈な『打撃』ですね!」

 

「ああ、良い感じだよ!」

 

「テレスたちが言っていたのはこれか……」

 

「その石頭を砕く!」

 

「調子に乗らないで頂きたい!」

 

 エゲンがアギさんの右腕を掴む。

 

「しまっ……!」

 

「手ぬぐいを巻いたのは失策でしたね! 睾丸の場所が丸わかりです!」

 

 エゲンがそう叫ぶと、大きなハンマーが出現する。エゲンはそれを掴み、振りかぶる。

 

「アギさん、回避を!」

 

「遅いですよ!」

 

「ぐわっ⁉」

 

 エゲンが振り回したハンマーがアギさんに当たり、アギさんが吹っ飛ぶ。エゲンが掌を広げて呟く。掌から水が流れ落ちる。

 

「……なるほど、私の場合は『衝撃』が使えるというわけですか……ぐっ⁉」

 

 エゲンが左脇腹を抑える。アギさんが半身を起こして笑う。

 

「ふふっ、カウンターが見事に決まったね……さすがアタシ」

 

「ま、まさか痛めた右足で蹴りを繰り出すとは……ここは退かせてもらいます」

 

 エゲンはその場から撤退する。倒れていたものは身柄を拘束された。その後……。

 

「……お疲れさまでした」

 

 劇を終えたアギさんに僕は声をかける。

 

「ああ、お疲れ~♪」

 

「アギさんの『喜劇』、評判以上でした! なんというか、人の心の機微というものをすごく上手に捉えているというか……」

 

「ふふっ、いつもよく観察しているからね……」

 

「! パトロールはそういう意味で行っていたんですね……」

 

「まあ、皆と触れあうのが好きなのが一番なんだけどね。それより、ユメナムちゃん、君の根性もなかなかだよね。アタシ、気に入っちゃったよ。これからもよろしくね♪」

 

 アギさんがウインクしてくる。どうやら認めてもらったようだ。



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