From ハムナプトラ to アベンジャーズ (注ぎグチ)
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ハムナプトラ2
第1話 どうも転生者です


 ストックなしの見切り発車です。
 作者は文才のない素人ですので、温かく見守ってください。


 暗闇が広がる遺跡内。松明が置かれ、この空間を支える何本もの石柱を浮かび上がらせている。床に積もった砂は長い時の流れを感じさせ、壁に刻まれ所々欠けた象形文字もそれを増長させる。

 多くの遺跡は地形、時には砂、時には太陽。自然的要因や人為的、はたまた超常的なものによりその発見が難しくなっていた。まるで神秘への冒涜を許さないかのような意思を感じられることも暫しある。それを呪いと呼ぶ人もいるだろう。

 少なくない人数が歴史的な発見、あるいは埋まっている宝を求め、命を散らしていった。

 

 そして、ここにもまた身に降りかかる災難を恐れずに挑むものがいた。

 

 お宝を目の前に、慎重にあたりの気配を探る。異常はない。いや、こんな場所にお宝があること事態が異常ともいえる。これに手を出すのは愚かなことかもしれない。それでも目の前にあるモノはその魅力を遺憾なく発揮している。

 一歩、また一歩。徐々に近づいていく。目の前まで来たところで止まり、もう一度あたりを観察する。

 

 ・・・・・・・・・何も起きない。

 

 息を殺し、念入りに辺りを窺う。・・・・大丈夫いける。

 

 いざ、お宝に触れる。

 

 動かした瞬間、・・・地面が崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キーーー!!」

「ひゃっはー!僕のネズミ捕りは世界一位!」

 

 木霊する悲鳴と喝采。

 哀れ、まんまとお宝(チーズ)に釣られた砂ねずみ と 自身が作った罠の出来に興奮気味な少年がそこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんにちは、アレックス・オコーネル 8歳。

 

 転生者です。

 

 両親の遺跡調査についてきて、エジプトのルクソールに来ています。

 

 かつてテーべがあったとされる場所。

 テーベはナイル川沿岸に位置し、中王国時代から新王国時代のエジプトの首都だった都市。太陽神であるアメン神信仰の総本山として栄え、古代エジプトの芸術や宗教を物語る数々の遺跡で名高い。ナイル川東岸には、エジプト最大の神殿であるカルナック神殿や副殿のルクソール神殿があり、二つの神殿は、スフィンクスを両側に配した長い参道でつながれている。一方、西岸はネクロポリス(死者の町)となっており、10年ほど前にツタンカーメン王の墓の発掘で脚光を浴びた、数十人のファラオが眠る王家の谷やラムセス2世の王妃ネフェルタリの墓で知られる王妃の谷がある。墓の内部には彩色の美しいレリーフが施されたものもあり、古代エジプトの死生観が間近に感じられる。そのほかにも、弔いの儀式が行われたハトシェプスト女王葬祭殿やメムノンの巨像、ラムセウムなど見どころが多く観光地としても有名だ。

 

 生前?前世?では、ツタンカーメン王の墓は100年近く前に発見されていたが、今生では10年前の出来事だというので驚きである。今は1933年 ヒトラーがドイツ首相に就任した年である。今後、世界は第二次世界大戦へと向かっていくことだろう。

 

 まだ6年と言えばいいのか、たったの6年しかと言えばいいのかわからないが、大戦を思うとなんとも憂鬱だ。“原作”でアレックスがアメリカの大学へ留学していたのは一種の疎開だったのだろう。

 

 

 “原作”そう原作だ。

 

 

 転生して8年間で気が付いたのだが、ここは古い映画『ハムナプトラ』の世界である可能性が高い。

 

 イギリス ロンドンにある屋敷に生まれた俺は、母から寝物語として聞かされる古代エジプト史や遺跡探索の話に興味を持ち、屋敷の本棚をあさって読みふけるような子供だった。母はそんな僕を見て喜び様々な王朝時代の逸話を語り、父はそんな母を呆れた顔で見ていた。2人の愛情を一身に受けた俺はすくすく成長していった。

 

 父 リック・オコーネルはアメリカ人、元フランス外人部隊所属、嫌いなものは動くミイラ。母 エヴリン・オコーネルはイギリス人とエジプト人のハーフ、趣味は古代エジプト史で博物館勤務 司書 兼 考古学者。そんな母のおかげで家の本棚には古代エジプト関係の本が所狭しと詰め込まれ、様々な歴史的物品が置いてある。

 

 子守唄代わりとして語られた両親の馴れ初め。

 母はカイロの博物館で働いていた頃に父と出会ったらしい。何でも伝説の死者の都『ハムナプトラ』を舞台に蘇ったミイラとドンパチした末、攫われた当時の母を救い出し、ミイラを倒して世界を救った。その後、一緒にイギリスへ渡り結婚。冒険で得た財宝を使いロンドンの郊外に屋敷を建て、俺が生まれた。

 

 うん、なんか聞いたことあるな?

 その話を聞いて思い至ったのは映画『ハムナプトラ 失われた砂漠の都』である。

 過去の世界に転生しただけかと思っていたが、両親の馴れ初めを聞いて映画の世界だとわかった。当時5歳。

 

 ハムナプトラはシリーズモノであり、1は前述のとおり両親の出会い。

 続編の『ハムナプトラ2 黄金のピラミッド』は前作から8年後。正にこの遺跡が始まりとなり、息子のアレックス・オコーネルこと僕が登場する映画だ。

 

 ハムナプトラ2はアヌビスの腕輪をきっかけとして復活するスコーピオン・キングを倒して世界を救う物語である。

 

 スコーピオン・キングとは5000年前に存在した最強と名高い戦士のことで、彼は世界を自らの手中に収めるために大きな戦争を起こす。しかし、7年間もの激しい戦いの末、スコーピオン・キング率いる軍は敗北を喫してしまう。アム・シェアーの聖なる砂漠まで逃げ延びたが、命が尽きようとしていた彼はアヌビス神へ「自らの命を助けてくれるのならば、身も魂もアヌビス神の僕になる」という誓いを立てた。その願いを聞き入れたアヌビスは自らの軍勢をスコーピオン・キングへ授けた。彼はその軍隊を率い、敵を打ち倒すことに成功する。そして約束通り、アヌビス神はスコーピオン・キングを自らの僕とした。

 

 そのスコーピオン・キングの腕輪「アヌビスの腕輪」が納められているのが今来ているこの遺跡である。

 

 

 話を現在に戻そう。

 両親の遺跡調査についてきた俺は、探検気分を味わおうと意気揚々と遺跡の奥へ行こうとし、父に止められた。何でも安全が確認できるまで、入り口でお留守番。ネズミ捕りでも作っていろとのこと。

 

「真に遺憾です」

 

「そんな言葉どこで覚えた?」

 

 っと呆れ顔で小突かれる。

 

 仕方なしにと、罠製作に取り掛かったが、作り始めるとこれはこれで楽しい。思わず熱中しすぎてしまった。何個目かのトラップでようやく砂ねずみを捕獲でき、テンションが最高潮に達したのが冒頭の俺だ。

 

 

「さて、どうなることやら」

 

 原作の流れを考えると此処に来るのもいやだった。母にごねてみたが、「じゃあ、お留守番する?」と言われた。

 アレックスがいないと危機的状況を回避できないので、僕は手のひらを返して「すっごい楽しみ!」と笑顔を両親に向けたのだった。

 

 僕にはチートなんてものは無い。目が覚めたら赤ん坊だった。どうやって死んだかもわからない。あるのは朧げな前世の知識のみ。

 命の危険があるため、原作がスタートしないのがベストだったが、8歳児に出来ることなど特に無い。大人しく流れを見て臨機応変にいくしかない。

 

 可能ならよい方向へ向けさせ、無理なら原作に沿う。家族と命大事に。

 

 これが原作を乗り切るにあたり、俺が決めた当面の行動方針だ。

 

 

 今後の展開に思考を割いていると入り口から人の気配がした。どうやら原作通り彼らが来たようだ。

身を隠すために木材とロープで組まれた足場へ上る。現れたのは三人の男だった。

 

「ノック ノック、誰かいるか?」

 

 三人が銃を手に周囲を確認し、誰もいないことを確認すると一番背の低い小太りの男が他の二人に指示を出す。

 

「ジャックとスパイヴィーは“例のモノ”を探せ。俺はオコーネルを…」

 

 そう言って銃を手にした小太りの男が奥へ進んでいく。

 残されたのは一番背の高いノッポと一番ガチムチの男、二人は広間に積まれた荷物の物色を始める。おそらく例の腕輪を探しているのだろう。

 残念ながらソレはまだ奥にある。

 

 この三人は原作で言う敵側が雇った盗賊で腕輪とオコーネル一家三人の命を狙っている。

 

 原作ではアレックスがここに残った二人にちょっかいを掛けて、追い詰められる展開があるが、わざわざ危険な状況にする必要もないので、大人しく気配を消しておく。

 

 この後の展開は、母がトラップを作動させナイル川の水が押し寄せて来る。

 袋小路へ追いやられた両親は溺れてしまいそうになる。

 先ほどの盗賊達は何も出来ずに我先にと逃げていくことになるはずだ。

 

 

ゴゴゴゴゴゴォー

 

 

 しばらくすると、遺跡全体が揺れ始める。

 今頃、両親は「戻しても、もう遅い!」「リュックに入れて!」「置いてけ!」「もう遅い!」とコントのようなことをしていることだろう。

 

 ちょっと見てみたかったなっと思っていると、

 

「スパイヴィー、ジャック! ズラかるぞ!」

 

 先ほど奥へ行った小太りの男が声を荒げながら入り口へ通じる通路へ走り去っていく。残された二人も訳が分からないながらも、今も続く揺れから異常事態だと認識し、慌てて後を追う。

 

 三人が消え、いまだに揺れが収まらない広間にひょこっと顔を出し、足場を降りる。

 

 目的の壁は…っと確認する。

 

 父の刺青と同じ瞳が入ったピラミッドに二人の王の花枠(カルトゥーシュ)が描かれた壁。アレだ。

 目的の壁を見つけた俺は、「絶対に触るな」と言われた父の荷物から“筒状のモノ”をひとつ手に取り、壁に掛け寄る。

 

 壁の隙間から水が滴って来ており、なにやら壁の向こうから水音と声のようなモノが聞こえる。どうやら、既に危機的状況らしい。

 

 ポケットから取り出したマッチを擦り、“筒状のモノ”へ火を付ける。ソレを壁の窪みへ差し入れて、急いで石柱の裏へ避難する。

 

 ………ドゴーーン!!

 

 数瞬の後、轟音とともに壁が崩れた。

 ドバシャー!!っという音と共に大量の水が広間へ流れ込む。その中には苦しそうに咳き込む両親の姿も見受けられた。

 

「ゲホッ カハッ」「オホッ ケホッ」

 

 どうやら無事なようで安心した。

 

 父が咽ながら状況を確認している。

 母が無事であることに安堵し、後ろの壁を見て、俺の顔を見て、手にあるマッチを見て、その後ろの開けられた自身のバッグを見て、もう一度俺を見る。

 なんだかとても疲れた顔をしている。

 

「ピンチの時はコレに限るよね!」

 

 褒めてええよ、パパァン。

 腰に手をやり、ちょっと誇らしげに胸を張ってみる。

 

「…はぁはぁっ 後、で、コホッ 、お話、だぞ」

 

 息を切らしながらの説教宣告に驚愕。

 何で!?原作よりも被害少なく助け出したのに!

 

 だから思わず言ってしまった。

 

「真に遺憾です」

 

 また小突かれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ハムナプトラ “死者の都” ―――

 

 

 ファラオの息子が葬られる場所であり、エジプトの財宝が封印されている伝説の場所。

かつてリックとエヴリンはここで目を覚ました古のミイラと戦った。

 

 今は全てが砂に埋もれてしまった場所には多くの人が集まっていた。

 先導する者達は赤い民族衣装に身を包み、雇った現地民に指示を出し大規模な発掘作業が行われていた。

 目的の3つ、そのの内2つは既に見つかった。

 

「“死者の書”は死者を甦らせる」

「そして“生者の書”は―――命を奪う」

 

「それは俺の仕事だな」

 

 赤い民族衣装に身を包んだ屈強な大男の黒人 ロックナーと妖艶な美女 ミラが二つの本を前に言葉を交わす。彼のしたり顔で放たれた言葉にミラは少し笑ってしまう。

 

 確かにこの大男にかかれば古代の魔道書など使わずとも、いとも簡単に人を殺める事が出来るだろう。剣や銃火器、ナイフや手裏剣に至るまで様々な武器の扱いに長けた凄腕の殺し屋。特に剣術に至っては、かのメジャイにも勝るだろう。先の発言にも納得してしまう。

 

 

 ―――もうすぐ。後は彼を見つかれば・・・。

 

 

 ここに至った経緯を思い返す。

 彼女はかつて幻覚に悩まされていた。その中で自身は古代エジプトのファラオの妃だった。しかし、自分は神官と恋に落ちてしまう。許されない恋。度重なる密会の末、ファラオに露呈してしまう。恋人と二人でファラオの命を絶つが、親衛隊 メジャイに見つかり、恋人を逃がすため、自ら残り、その命を絶った。必ず甦らすという恋人の言葉を胸に―――。

 

 自分が自分でないような感覚に自殺を考えたこともあった。日に日にやつれる自分を見て、輝かしい幻覚のソレとは大違いだと失笑していた。

 

 そんな体も心も疲れていた頃、少しでも幻覚を何とかしようと古代エジプトについて調べていた時に出会ったのが、指導者 ハフェズが率いる邪教集団だった。そこで彼女は自身がアナクスナムンの生まれ変わりであることを教えられる。あの黄金の彼女こそ自分自身であると。

 

 それからは記憶を受け入れ始めた。

 本当の自分であり、今の自分はそれを忘れているだけであると。

 ハフェズ一派に協力し、嘗ての恋人 イムホテップを甦らせることが出来れば、本当の自分を取り戻せる。

 嘗ての煌びやかで自信に満ちていた甘美な本当の自分に!

 

 

 ゴゴゴゴォ

 

 

 思考を巡らせ手いると地響きの後、背後の離れた発掘場所から悲鳴が木霊する。どうやら“ハズレ”を引いた作業員が襲われているようだ。

 古の財宝が眠っているだけあり、ここには多くの罠が仕掛けられている。それは砂に埋まってしまった後でも変わらず、死者と財宝を守っているのだ。

 

 これまでに多くの作業員が犠牲になってきたが想定内だ。そのために多めに雇っているし、足りなくなれば補充してくればいい。

 

 今回もロックナーの部下たちがすぐに鎮圧するだろう。

 

 そんなことを考えていると、また別の発掘場所から大声が聞こえる。

 

 

 ―――見つけたぞ!

 

 

 私は急いで声の上がった現場柄向かう。

 周りの作業員を掻き分け、中央に集まるハフェズとロックナーのもとへ行く。

 

 地下からは結晶化した水晶の中に入ったミイラが引き上げられていた。

 近寄り、手をかざすと不思議な感覚とともに“彼”を感じることができた。

 

 ああ、ついに見つけた。

 

 

 ―――これで、本当の私に・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの人に紛れ、引き上げられた“ソレ”を見据える者がいた。

 

「また、見つけ出すとは愚かな・・・」

 

 野次馬作業員の喧騒の中に紛れ、その男の声を聴いている者はいない。

 彼は古よりファラオとその財宝を守ってきた者 メジャイ。再び邪悪が解き放たれようとしていることに憤りを感じていた。

 

 暫くすると奴らが動き始める。

 どうやらアヌビスの腕輪を狙っているようだ。

 

「やつらの次の目的は腕輪か・・・急がねば」

 

 行き先を把握した男は静かに人の中に消え、この場を離れる。

 行き先はロンドン。古い友人に挨拶しに行こう。

 

 

 男の影は夜の砂漠に解けて消えた。

 

 

 




 次回、早めに投稿できたらいいなぁ

 意見感想お待ちしています。


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第2話 バック トゥ ザ ロンドン

感想を頂き、ありがとうございます。
あまりにも嬉し過ぎて、筆を取ってしまいました。
もう少しゆっくりと更新していくつもりでしたが、温かい励ましにモチベアップです。

完結目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。

バック・トゥ・ザ・フューチャー(シリーズ)(1985~1990)
両親のそして家族の存続の危機を救うために、ドク博士(クリストファー・ロイド)の作った自動車型タイムマシンで60年代へタイムスリップする高校生マーティ(マイケル・J・フォックス)。
SF映画のスタイルをとっているが、内容はまったくの青春映画で、しかもいろんな映画のパロディをぎっしり詰め込んで何回見ても発見があるという面白さ。後に未来編・西部劇編と呼べる続編が作られ、3部作となっている。ちなみに私は3が好き。


 車のエンジンを切り、後部座席へ振り返りながら声をかける。

 

「アレックス、車の荷物を屋敷へ運んでくれ。ママと話して来るから」

 

 イギリス ロンドンにある屋敷へ帰ってきた。屋敷に到着して早々にエヴリンは「もう一度エジプトに行く準備しなきゃ」と荷物も持たずに屋敷へ入っていった。

 使用人は明後日まで暇を与えている。運んでくれる人はいないので、アレックスにお願いする。

 

「御意~」

 

 アレックスは変な返事をして荷物をひとつずつ運んで行く。聞き分けのいい出来た息子だ。

 偶に散見するおかしな言動と母親に似て猪突猛進な所は頂けないが・・・

 

 そんなことを思いながら俺がエヴリンに追いつくと彼女から声を掛けてきた。

 

「あの腕輪は鍵なのよ!失われたアム・シェアーのオアシスへのね」

 

「エヴリン、何考えてる。駄目だぞ、帰ったばかりなのに」

 

 せっかくの我が家だ。暑くない、砂がない、毒蛇もいない。最高じゃないか。暫くはゆっくりさせて欲しいもんだ。

 具体的には半年くらい。

 

「だからいいんじゃない。荷造りできてるし」

 

「エジプトに戻る理由を一つでいいから言ってみろ」

 

 彼女と向き合い、目を見て問いかける。

 

「オアシスに行ってみたいのよ―――ダーリン。 綺麗で・・・心ときめく・・・ロマンチックな・・・オアシスへ」

 

 甘い誘惑の言葉。魅惑的な雰囲気を纏いながら、しな垂れかかってくる。子供を生んでもう8年になるのに、彼女の魅力は些かも衰えない。その甘美な誘いにオアシスのバカンスを想像する。

 

「そうだな・・・白い砂浜にヤシが茂り、冷たく澄んだ青く水。飾りに小さな傘が付いたドリンクなんかあると最高だ」

 

「素敵でしょ?」

 

 そんな最高のバカンスを愛する人と過ごせたならそれは―――

 

「素敵過ぎるぜ。―――で、落ちは?

 

「アヌビスの軍が眠っている場所なのよ」

 

「ほ~ら見ろ。君の話にはいつも落ちがあるんだ」

 

 拗ねた顔をしながら階段を上っていく彼女を追いかける。

 

「で? そのアヌビスの軍を指揮していたのがスコーピオン・キングって奴なのか?」

 

「ええ。彼は5000年に一度目覚めるの」

 

「で、そいつを倒さないと世界が滅ぼされるってんだろ?」

 

「知ってたの?」

 

「いいや、勘さ。いつもの展開だ」

 

「最後にアムシェアーに到達した遠征隊はラムセス4世が派遣した。3000年前の事よ。隊の人数は1000人」

 

「で、誰も戻らなかった」

 

「知ってたの?」

 

「勘さ。またいつもの展開だ」

 

「黄金のピラミッドの話はしたっけ?」

 

「2回」

 

 お宝の話は好きだ。

 

「アレクサンダー大王も軍を送ったの」

「そりゃすげー」

「それにシーザーも」

「結局、殺された」

「それにナポレオンも!」

 

 気の無い返事に若干声を荒げてくる。

 エヴリンは本棚に備え付けられたハシゴに登り、本を探し始める。おそらくはサソリ野郎の本でも探しているのだろう。

 

「俺たちはナポレオンより頭が良い。それに背も高いしな」

 

「その通りよ。だから私達なら見つけられる!」

 

「背が高いから? っおっと!」

 

 急に梯子から飛び降りてきた彼女を受け止め、お姫様抱っこする。

 

「ん~そういう所が好き♥」

 

 蠱惑的な囁きを間近でされ、一瞬大きく胸が高鳴る。

 

「・・・・・・無駄だよ」

 

 その魅惑を振り払い、絞り出した声は思いのほか小さかった。また、発声までの数瞬を要したせいで彼女には俺の心情が筒抜けになっているのだろう。

 その証拠に先ほどから可笑しそうニヤニヤと口を歪ませながら、見つけたの本をヒラヒラ見せてくる。とてもチャーミングだ。

 

 

 

 

 

 

 ようやく、最後の荷物をリビングに入れる。

 やばいな、肩が外れそうなんだがこの箱。8歳児にはちと厳しい重さだ。

 

「ママ~!この箱はどうする~?クッソ重いんですけど~?」

 

「汚い言葉を使わない!」

 

 二階から怒声が響く。

 

「・・・大変、重う御座います」

 

 丁寧な言葉に直したところで腕の限界が近づいてきた。とりあえずリビングの小さな丸テーブルへ箱を下ろす。

 

 リビングは大きな吹き抜けになっているため、ちらりと2階の両親を伺う。

 

 ―――うん。イチャコラに急がしそうでこちらのことはもう見ていない。

 

 箱には鍵が掛かっているが確保済みだ。右ポケットからペンダント状の鍵を取り出し、箱に押し当てる。

 

 そこで手が止まる。

 

「あれ、これ着けない方が良いか?」

 

 シナリオに忠実に行くのなら、腕輪を着けなければならない。

 しかし、これを着けてしまうと後戻りできなくなる。装着の7日後にスコーピオン・キングが復活してしまう。腕輪からは聖地 アム・シェアーへの道標が映し出されるのだ。それを辿って行くと黄金のピラミッドに行くことができる。

 

 装着者は古代エジプト語が堪能になり、伝説では幸運を運ぶとされているお得なアイテムなのだ。問題があるとすれば、装着者が7日以内に黄金のピラミッド内に入らなければ腕輪が持ち主の魂を奪ってしまうことだ。

 これは敵側しか知らない情報だったはず。そのせいか原作では夜明け直前にそのことが判明し、ピラミッド入りがギリギリになった。

 

 7日以内にピラミッドには入れれば良いが、この世界には(転生者)がいる。よく耳にする歴史の修正力がどの程度なのかわからない以上、何が影響するかわからない。

 

 そんな感じにチキっていると、

 

 カシュッ

 

 何かが外れる音がした。

 恐る恐る手元の箱を見る。

 

「音、したね?」

 

 あれ~?まだ鍵を回してないぞ~?

 まさかと思いつつ蓋を持ち上げるとすんなり開き、黄金の腕輪がこんにちは。

 

「・・・・・・・・・」

 

 これはあれかな?歴史の修正力さんが「いいから、はよ着けろやっ!」って代わりに開けといてくれたってこと?修正力さんはなかなかせっかちな様だ。

 

「・・・すんません。着けます」

 

 そうだよね。僕がこれを着けないと両親がピラミッドに行くことができなくなってしまう。

 腕輪つけない。敵が狙っている。敵側で腕輪をつける。両親がピラミッドにたどり着けない。スコーピオン・キング倒せない。世界の終わり。

 着けない訳にはいかないじゃない、コレ。

 

 その考えに至り、泣く泣く腕輪を持ち上げ、右手首に充てがう。映画ではどっちの腕に着けていたっけ?

 

 カシャッ ジュウゥ!

 

「あっつ! え?なにこれ?なにこれ!?」

 

 ただ腕輪を嵌めて道しるべの確認をするはずが、予期せぬ熱と痛みを感じる。手の甲側の手首に焼印が押されるような(押されたことないけど)痛みが走る。

 

「いっつ~~~!」

 

 熱は暫くするとなくなったが、痛みはまだジンジンと続いている。あ、涙。

 原作では腕に着けて外れなくなるだけっだたのに。

 

 痛みに腕を押さえていると、腕輪に腕が引っ張られるようにして突き出される。空中にギザの三大ピラミッドが映し出される。道標だ。空中のビジョンは空を翔けて行き、カルナック神殿が映し出される。

 

「え~、そんなことより、この痛みの説明を要求したいのですが・・・」

 

 道標のことよりも、痛みについて説明を要求する。当然の如く、その要求が認められることは無かった。

 

 しばらくするとビジョンは消え、腕輪に持ち上げられていた右腕が解放され、重力に従い自由になる。まだ痛い。

 

 

 

「アレックス。5分でいいから良い子にしていろよ」

 

「! 御意~」

 

 

 二階の父から声がかかる。思わず脊髄で返事をする。きっとジョナサン伯父さんが連れ込んだ女性の下着でも見つけたのだろう。父は返事を聞くと二階の浴室のほうへ姿を消した。

 腕を摩っていると二階から母が下りてくるのが見えた。本を見ているようでまだこちらに気がついていない。

 

「っ!」

 

 慌てて、近くにあったものを箱に入れて閉じ、鍵を遠くに投げる。

 

 パタンッポイッ

 

「アレックス?」

「なに、ママ?」

 

 シャツの袖を戻し、腕輪を隠す。

 あぶねぇ~!バレるところだった。あれ?別に隠さなくても良かったんじゃ?予測できない痛みに慌てて、原作と同じことをしてしまったが、見られても良かったのかもしれない。

 

「帰ってこれてうれしい?」

 

「うん 最高」

 

 母が開いていたページを僕に見せてくれる。

 

「スコーピオンの年よ。こういうの好きでしょ?」

 

 大好物です。何せ母の子だ。昔からこの手の本は読み漁り、母からも色々教わってきた僕はすっかりエジプトマニアだ。

 父からも銃やナイフ、体の動かし方などをごっご遊びとして教えてもらった。本物の銃は撃たせてもらえなかった。まだ早いとのこと。

 いまだ8歳の身では、銃の衝撃に耐えられるわけが無いからね。

 よく騎士ごっこで剣やナイフなどの体の動かし方を教わっている。

 

「あら?アレックス、鍵はどこ?」

 

 ドッキっとする。

 

 そうこうしていると、母が箱を開けようとしていた。

 今、箱の中を見られて腕輪の所在を問い詰められると面倒だ。ここは何かいい言い訳を考えなければ。僕にかかれば、こんなもんだ!

 

「さあ、ちょっとお手洗いにでもいってるんじゃない?」

 

 僕は脊髄で会話するのを直そうと誓った。

 

「・・・アレックス~?」

 

 母が凄みの効いた目で睨んで来る。

 

「黙秘権を行使します」

 

「あなたに黙秘権はありません」

 

 そんな!

 

 そう言うと母が僕の服をまさぐり始めた。

 

「もう!目を離すとすぐにイタズラするんだから」

 

 母よ、残念ながら鍵はあっちのソファーの向こうへ消えたのだ。諦めてくれ。

 

「箱の鍵を失くしたのなら、遊びは禁止よ」

 

「失くしてないけど、見つからないんだ。どっかにあるよ」

 

「なら早く探して見つけてきなさい」

 

 我ながら語彙のなさに呆れてしまう。

 面倒になってきたな。いっそのこと腕輪を見せてしまうか考えていると、

 

 

「こんばんは」

 

 

 赤い民族衣装を身に纏った黒人の大男が現れた。

 

「あなた誰?・・・何の用なの?」

 

「もちろんその箱を頂きに来た」

 

 腕輪が無いことを悟られないように箱を持って下がる。

 すると大男がこちらに気がつき、凄んでくる。

 

「こちらに寄越せ」

 

 相手側の目的を認識した母は壁際に立てかけてある美術品の剣を抜いた。

 

「出て行ってちょうだい。今すぐによ!」

 

「ねえママ、やめた方がいいんじゃない?」

 

「アレックス、下がってなさい」

 

 母はそう言うが、大男の後ろから同じ民族衣装の男たちが大勢現れた。

 

「ほらやっぱり。パパを呼ぶに一票」

 

 僕を庇いながら、じりじりと後退する。

 

「殺してでもその箱は貰うぞ」

そうはさせん

 

 大男の言葉に被せる様にして、声の主は僕らの前に躍り出た。

 

「アーデス!」

 

 この人がアーデスおじさんか。

 黒く闇に溶け込む様な服に身を包んだ男性。

 

 アーデス・ベイ。

 嘗て両親とイムホテップ復活を阻止し、砂漠の平和を守るメジャイの戦士。前作の冒険を経て父 リック達とは良き友。

 彼はハフェズ一派の陰謀にいち早く気付き、彼らの目的を知ると、オコーネルファミリーを救うためにイギリスへと渡ってきたのだ。

 

「何でここに?」

 

「説明なら後でゆっくりする」

 

 アーデスと大男が睨み合う。

 

「アーデス・ベイ。今日はいつものお仲間がいないんだな」

 

 大男が挑発的な口調で言う。

 

「ロックナー・・・」

 

 二人は初対面ではなかった。

 ハムナプトラの発掘の際にアーデス達 メジャイも指を咥えてみていた訳ではない。何度か襲撃を掛け、不届き者共を追い払おうとした。しかし、そのすべてがこの男 ロックナー率いる部隊に迎撃された。両者共に少なくない犠牲を出し、自身たちも相対していたのだ。お互いの技量は拮抗し、メジャイの中でも指折りの戦士であるアーデスでもロックナーにはその剣が届かず、追い払うことができなかった。

 

「殺せ!」

 

 ロックナーの言葉を皮切りに両陣営が剣を抜く。

 襲い来る複数の斬撃をアーデスは手にした剣で危なげなく捌いていく。

 

 襲う刃を交わし、切り捨てる。返す刃で横合いから迫った剣を受け止め、腹に一撃を叩き込む。食らった相手はたまらず、うめき声を上げながら地面へ転がる。 

 

 数人の男がエヴリンにも迫る。

 

 だが、こちらも負けていない。相手の振り下ろしを剣で受け止め、数合切り結ぶ。後ろから迫る別の敵に気が付くと目の前の敵を掴み、立ち位置を変え、衝突させる。衝撃に体制を崩してしまった男の腕が宙を泳ぐ。その隙を見逃さずに剣で相手の剣を巻き取り隣の本棚へ深々と突き刺さらせた。

 

「ママやる~!どこでそんなの習ったの!」

 

「そんなの知らないわ!」

 

 順調?に前世のファラオの娘の記憶が順応してきているようだ。母はスコーピオンの年をきっかけに前世の記憶を思い出し始めている。その記憶のおかげで腕輪も見つけることができたくらいだ。本人は覚えの無い記憶に戸惑っているようだが、現在進行形の荒事には大助かりのようだ。

 

 後ろから来た敵の体制をうまく崩し、正面の敵へぶつける。

 

 一息付いたのもつかの間、横合いから別の敵が掴みかかり、剣を落としてしまう。

 壁へ押し付けられてしまうが、すかさず金的、からの膝蹴り、からのアッパー!相手は死ぬ!

 

「今のは、パパの真似!」

 

「かっこいい~!」

 

 母に注目していたせいか、僕は後ろから近づく敵に気が付かなかった。

 後ろから来た敵は僕の腕から箱を奪い取ろうとする。

 

「あっこら、やめろ!はなせよ~!」

 

 奪われまいと必死にはこを掴む。箱の取っ手を両側で引っ張り合うような格好になってしまった。

 足を地面につんのめって踏ん張るが、大人相手にずるずると引きずられてしまう。

 

「くそっ」

 

 ふと思った。腕輪が入ってないんだから渡していいのでは?

 そう考えた俺は箱から手を離した。

 

 急に手を離された相手は大きく後ろに転がり、その顔面に重い箱が直撃して悶絶している。結果オーライ。

 

 部下の無様な様子にそれまで静観していたロックナーが動き出す。それに合わせアーデスも今の敵を片付け、相対する。

 

「箱の中身はナンだ!?」

 

「アヌビスの腕輪よ!」

 

 アーデスの問いに素早くエヴリンが答える。

 瞬間。剣と剣が激しくぶつかる。ロックナーとアーデスの激しい剣戟の応酬。

 剣を受け流すが、アーデスに先ほどまでの余裕は無い。ロックナーはその巨体に見合う怪力によって振るわれる剣でアーデスを押していく。

 体制の崩れたところに拳が放たれ、よろめく。お返しにと拳を放つがロックナーは涼しい顔で蹴りを放つ。押されている。

 

「奴等に腕輪を渡すな!腕輪を持って逃げろ!」

 

 状況の不利を悟ったのか、アーデスが叫ぶ。

 その声に箱は?と視線をリビングへ向けると敵が箱へ向かっていくところだ。

 

 僕は箱の近くの本棚に駆け寄り、それを箱のほうへ倒す。

 箱を取ろうと近づいてきた敵は倒れ来る本棚に吹き飛ばされ、地面を転がっていった。

 

 空白地帯となった箱へエブリンが近づき確保する。

 しかし、後ろから来た敵に殴り倒されてしまう。

 

 敵はそのまま母と箱を抱え、走り出してしまった。

 

「ママっ!」

 

 その敵へ追い縋るも簡単に突き飛ばされてしまう。非力な体が恨めしい!

 

「エヴリン! ぐぁっ!」

 

 アーデスの注意が一瞬、エヴリンへ移る。だが、目の前の敵はそんな隙を見逃してくれるほど甘くない。

 袈裟斬りに肩を斬られ、更にもう一撃を胸に受けてしまう。

 

 ロックナーは無様に転がるアーデスの顔、スレスレに投剣を叩き付る。

 明らかな挑発だが、アーデスは一瞬動きが止まってしまう。

 

「ふんっ」

 

 鼻で笑うと箱を持っていった部下を追うようにロックナーも屋敷を後にする。

 他の部下たちも肩を貸し合いながら撤退していく。

 

「大丈夫?アーデスおじさん」

 

「ああ。すまない、君のお母さんを追おう」

 

 アーデスへ手を貸し、起き上がらせ二人で屋敷の外へ向かう。

 すると外から銃声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エヴリーン!!」

 

 どうやら遅かったようで奴等の車は遠くへ走り去っていってしまった後のようだ。

 ロータリーにいる父へ駆け寄っていく。

 

「パパー!」

 

「アレックス!無事でよかった」

 

 父のほうも無事なようでなにより。

 

「・・・オコーネル」

 

 僕と一緒に来たアーデスが父に声を掛ける。

 

「・・・なんでお前が此処にいる!いいや、それよりも!あいつらはエヴリンを何処へ連れて行ったんだ!」

 

 アーデスへ顔を向けたかと思えば、いきなり胸倉を掴み問い詰める。

 彼もエヴリンを攫われてしまった負い目から、なるべく落ち着いた口調で語りかける。

 

「友よ・・・それはわからない。でも、こいつの所に、奥さんは必ずいる」

 

 そう言って取り出した写真の人物には見覚えがあったので、横から奪い取る。

 

「この人知ってるよ!館長だよ。大英博物館の館長」

 

「本当か!?」

 

 6歳から週1ペースで博物館に通っている。もちろん趣味ということもあるが、()()()()()のため、大英博物館の詳細な構造が知りたかったのだ。

 

「博物館に入り浸りのこの子が言うなら間違いない」

 

 攫われた母を追うために皆で車に向かい始める。

 大人の急ぎ足についていくのが大変だ。小走りで後を追っていってると、父がアーデスに問う。

 

「アーデス、君が来て、悪党共も現れたってことは、つまり・・・」

 

「そうだ。墓から奴がまた掘り出された!」

 

「おいおい、そういう事が起こらないようにするのが君の仕事だろ?」

 

 あ、ジョナサン伯父さんいたんだね。

 なんかビショビショになってるし。僕らが襲われている頃に二階でもひと悶着あったようだ。

 

「さっきの館長と一緒にいた女が何故かすべての秘密を知っていて、イムホテップも掘り当てたんだ。アヌビスの腕輪だけは、守りたかったが・・・盗られてしまった」

 

 おっとそのことか。

 

「腕輪ならご安心を」

 

 そう言って右袖を捲って見せる。装着時に受けた痛みがピリピリしているが、幾分かマシになった。

 

「それ純金かっ?」

 

 さすが伯父さん。人とは目の付けどころが違う。そういうの嫌いじゃないよ。でも今は、無視させてもらうよ。

 

「嵌めたらギザのピラミッドが見えた。それからブーンっと砂漠を越えてカルナックの神殿へ・・・」

 

「これを嵌めたことで君は世界滅亡への扉を開いた」

 

 OH...知ってた。

 

「そう力むな」

 

 流石は父だ。愛息子を庇ってくれる。

 

「お前も目を輝かすな。後でお仕置きだ」

 

 スッとこちらに向き直った父が告げる。

 流石は父だ。締める所はきっちり締めていくスタイル。解せぬ。

 

「全員、さっさと車に乗れ!」

 

 

 

 

 車が走り出す。

 

「怯えさせたかもしれない。すまない」

 

「いやぁ、この子はそういうのは大丈夫だ」

 

 それってどういう意味なのか問い詰めようとするが先にアーデスが口を開く。

 

「だが、教えておこう。あの腕輪を嵌めた以上スコーピオン・キングが目覚めるまで後、7日しかないのだ」

 

「で?どうなる」

 

「殺さなければアヌビスの軍が目覚めてしまう」

 

「それってヤバイのかい?」

 

 なし崩し的に連れて来られたジョナサン伯父さんが問いかける。状況がわかっていない為、なんとも呑気だ。

 

「世界は滅亡だよ」

 

「あ~また、そういう展開な訳ねぇ~」

 

 うんざり顔で手を振る。どうやら前作の経験から察せられて、もうこりごりなようだ。どうでもいいが、手を振るな水が飛んで来る。

 

「スコーピオン・キングを倒したものなら、アヌビスの軍を地下へ送り返せるが、その軍で人類を破滅させることもできる」

 

「スコーピオン・キングに勝てそうなのはイムホテップくらいだから掘り返した訳か・・・」

 

「その通りだ」

 

 本当に嫌になってくる。昔の人は何だって世界滅亡のおまけをミイラに付けるのが大好きなのか。未来の子孫たちのことも考えて欲しいね。

 いくら原作知識があろうと8歳にできることは驚くほど少ない。ここまでまったくっと言っていいほど、流れを変えられていない。

 頼みの知識も朧げな物ばかり。こんなことなら映画のディスクでも買って見まくってればよかった。

 

 方針は変わらない。臨機応変にできることをする。家族と命大事に。 

 

 一同、車に揺られながら、博物館へ急ぐのだった。

 

 

 




アレックスの原作知識は大きな流れは把握していますが、細かい部分については曖昧です。
30代の方が昔小さい頃に見た映画の記憶というのが一番あった表現です。

え?作者の年齢?お察しください。

ご意見感想・評価お待ちしております。


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第3話 ナイト ミュージアム

アレックス君はチートが無いので華々しい活躍はないですね。
この話から徐々に活躍の場を増やせていけたら良いなと考えています。正直、リックの方が本作の主人公みたいですよね。原作主人公の存在感恐るべし。
がんばれアレックス!空気になるな!

温かい目で見守って下さい。

ナイト ミュージアム(2006)
2006年公開のアメリカ映画。日本では2007年公開。主演ベン・スティラー。
夜になると展示物が動き出す博物館で働くことになった主人公が,展示物たちと付き合っていくことで成長する話。コメディ作品でお子様から大人まで楽しめる作品です。


 屋敷から1時間ほどで大英博物館に到着した。

 車を止め、アレックスとジョナサンに車で待機するように命じ、俺とアーデスは博物館へ乗り込む準備の為に車のトランクを開けていた。

 

「どれにする?ショットガンか?」

 

 トランクの中には銃器が積んであった。

 

「いや、マシンガンを貰おう」

 

 要望の通りマシンガンとドラムマガジンを渡してやる。

 俺の方もショットガンと銃弾ベルトを身に付け、弾を装填していく。ミイラ相手には決定打に欠けるが、衝撃で吹っ飛ばすことはできる。

 

 ベルトに弾を補充していると不意にアーデスから声をかけられる

 

「もしも、私が“東から失くしたものを探しに来た”と言ったら?」

 

「・・・こう答えよう“俺は西から来た旅人 お前の探しものはこの俺だ”?」

 

 突然の問いに何だ?と思ったが、自然と口が言葉を紡いだ。

 

「その通りだ!聖なる印だ」

 

「これか?これはカイロで孤児だった時に入れた刺青だ」

 

 突然、右腕を掴まれてガキの頃に彫った刺青を指差してくる。これが何だって言うんだ。

 

「それは人類の守護者の印だ。神に仕える戦士メジャイだ。我々とは違う、真の意味でのメジャイだ」

 

 信じられないと捲くし立てるアーデス。ピラミッドに瞳、2人の王はそれを示しているんだと言う。

 

「悪いが、人違いだ」

 

 そう答え、腕を放して貰った。

 しかしアーデスの表情は興奮冷め止まぬ様子で、俺が本当にメジャイであることを疑っていない様子だった。守護者?戦士?勘弁してくれ。こちとら愛する妻と子を持つただの父親だ。

 

 呆れた様子を隠すこともなく、乱雑に上着を脱いでトランクに投げ入れると何かが転がり出てきた。

 それは木を掘って作られた、猫の像だ。

 

「バステト神の木彫りか?魔除けの呪文まで刻まれてる」

 

「ああ、さっきアレックスから渡された。お守りだってよ」

 

 大きさは手に収まる程度ながらも細かく作りこまれた像。あの子はこういった物を作るのが好きで、なかなかの出来栄えにエヴリンが屋敷中に飾っていたのを思い出した。

 

「あの子か・・・おもしろい子だな。度胸があるし、なにより賢い。そのお守りは悪霊にとって、絶大な効果を発揮する、身に着けておけ」

 

 8年前のことを思い出した。復活したばかりのイムホテップが猫に怯えて逃げ出したことがあった。

 小難しい本や(まじな)い書を読み漁っているような子だ。その意味を理解して作っているのだろう。

 

「俺には勿体無いくらいの子だよ。好奇心があり過ぎるのが玉に瑕だがな」

 

「将来が楽しみだな」

 

 くつくつと笑い、俺の考えとは真逆なことを言うアーデスの肩を叩く。

 

「さぁ、行くぞ」

 

 軽口もここまでにし、俺たちはエヴリンを救うため夜の博物館へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 夜も深まった博物館は昼の喧騒とは裏腹に独特な静けさを醸し出していた。月明かりが廊下と展示品を照らしてる。

 その中を進んでいく小さな影があった。

 

 こちらスネーク。中に入った。

 これよりミッションを開始する。オーバー。

 

 

 皆さん、こんばんは。

 さて今、夜の月明かりに照らされた博物館の廊下を進む、好奇心旺盛で古代エジプト語とその歴史に造詣の深い天才少年。両親の目鼻立ちをしっかりと受け継いだ将来イケメン間違いなしな子供は誰でしょう。

 

 そう、僕 アレックスです。

 

 父達が博物館に入っていくのを確認した僕は()()()を済ませるために一人、博物館へ侵入しました。入る時は1階のトイレの窓から侵入した。大人は通れないが小さい子供の僕なら何とかは入れる大きさだ。

 

 この時代にも監視カメラは存在する。前世では世界初の監視カメラは今年 1933年にイギリスから始まったと言われていた。しかし、現段階では大金持ちの屋敷や王室関係しか設置されていない事が調べてわかった。大英博物館にもまだ設置されていない。その内に取り付けられる事になるだろう。

 

 普段は夜間警備員が巡回しているが、館内はハフェズ一派のおかげで誰もおらず、当のハフェズ達もここから離れた倉庫で儀式をしている。

 この後、父らが乱入し、銃撃戦、爆発が起きることだろう。

 

 だからこそ、今夜“展示品が無くなる”ことがあっても連中の仕業に見せかけられるし、バレる可能性が極めて低い。

 

 そんなことを考えながら、廊下を進みアジア部門の展示ホールへ入る。

 

 僕は迷うことなく、目的のショーケースの前に来ると、躊躇なくハンマーでガラスを破った。

 

 ガシャーン!!

 

 警報は鳴らない。ハフェズ達が警報を切っている事は確認済みだ。

 

 ケースの中から拳大の“ソレ”を取り出す。

 

 

 目的達成。

 

 

 用は済んだと早足で入って来た1階のトイレへ戻る。途中の清掃用具の納まった部屋から脚立を持って行くのを忘れない。

 トイレに着いたら天井板を外し、その中に先ほどのモノを隠しておく。

 

 後日、今回の件が落ち着いた時に取りに来るのだ。

 

 脚立を戻し終えた僕は入って来たトイレの窓から再び外に出ると車で待つ伯父さんのもとへ急いだ。

 

 

 

 

 車まで戻った僕は待っていたジョナサン伯父さんに声をかける。

 

「伯父さん、ただいま」

 

「アレックス、遅かったな。どこのトイレまで行ってたんだ?」

 

 伯父さんにはトイレに行くと言っていた。嘘は言ってない。

 

「ちょっと迷っちゃってね」

 

 時間にしたら10分位だ。

 6歳の時に博物館でソレを目にし、今日の為に計画していたのだ。

 

 結果は上々。将来の為にやって損はないだろう。

 

「まあ、間に合ったならよかったよ。でも僕をあまり一人にはしないでくれよ」

 

 僕の言い訳に納得した伯父さんはそう言う。

 あまり8歳の子供を頼られても困るのだがと苦笑を返す。

 

 

 ババババッ

 

 

 そんなことを考えていると博物館の方から銃声が聞こえてきた。

 

 顔を見合わせた僕らは急いで車に乗り込む。

 

「伯父さん、エンジンをかけておいて!」

 

「分かってるよ!焦らせないでくれ!」

 

 震える手で鍵穴にキーを近づける。

 まだかまだかと助手席で見ていると急に伯父さんの動きが止まった。

 何かと思えば手に持つキーを見せてくる。それは根元から折れてしまっていた。挿せたと思ったら震えのあまり車のキーを折ってしまったようだ。

 

「どうしようか」

 

 静かな口調で問い掛ける。

 

「落ち着いてるね。僕はパニックだよ」

 

 その口調とは裏腹に内心では慌てている様だ。顔に出ている。

 

 

 ヴォアアアアアアアー

 

 

 博物館の方から何かの雄叫びが聞こえてくる。

 

 それを聞いた伯父さんはますますパニックになり、車を降りる。僕もそれに続く。

 

「どうする!?どうする!?」

 

 と問い掛けてくる。8歳の子供に聞くなよと思いながらも遠くに見えたモノを指差す。

 

 するとそれを見た伯父さんは、走っていってしまった。

 僕は此処で待っていよう。

 

 

 少しすると博物館の裏口の方が騒がしくなり、両親たちが走ってくるのが見えた。

 

「アレックス!」

 

 母が俺に抱きつき、無事を喜んでいた。よかった、無事に救出できたようだ。

 

「アレックス!ジョナサンはどうした!?」

 

 車に戻ってきた父が一人でいる僕に向かって聞いてきた。

 

 それに対し、僕は母に抱き着かれながら無言で道路の方を指差す。

 

 そこには颯爽と走ってくる真っ赤な車体。

 

「お待たせ!」

 

 目の前に止まった車体の運転席から伯父さんが顔を出す。父がたまらず問い掛ける。

 

「俺の車はどうした!?」

 

「事情があってね。悪いが代車で我慢してくれ」

 

 悪びれた様子無く言い放つ伯父さん。

 

「2階建てバスでか!?」

 

「アレックスのアイディアだ!」

 

 そして僕のことを指差してくる。

 

「まぁ、間違っちゃいないけど。原因は伯父さんだよ」

 

「シィーッ」

 

 伯父さんがこちらに向けて、黙ってろとサインする。貸しにしておくよ。

 

「もういい、バスをだせ!」

 

 走り出すバス。

 それに全員が乗り、加速していくと後ろから壁を突き破って4体のミイラが現れた。

 

 そいつ等はこちらに気が付くと直線状にあった車を破壊しながら追って来た。

 

「よせ!俺の車!」

 

 ぺシャンと大きく車体を潰し、走ってくる。

 車からは火花が散り、小さく煙も出ていた。

 

「・・・だから、ミイラは嫌いなんだよっ!」

 

 今年に買ったばかりだったのにね。

 

「パパ、ドンマイ」

 

 アーデスも声をかける。

 

「懐かしいだろ?」

 

「昔を思い出すぜ!」

 

 そう言って父は二階に上がっていった。

 

 バスは速度を上げていくが、奴らもかなりのスピードで追ってくる。

 2階に上がった父がショットガンを打つ。

 

 弾は見事にミイラの胴体に直撃するが、多少後ろに倒れるだけでお構いなしに追ってくる。

 父にも分かっているのか、打たないよりマシにと続けざまに発砲している。

 

 ミイラもただ打たれているだけでない。奴らは大きく左右に跳躍し二手に分かれて壁を走ってくる。

 

「何!?」

 

 左後方から1体のミイラが飛び掛ってくるが父が見事にショットガンで粉砕する。

 

 続けて2体目が飛び掛ってくる。銃撃を掻い潜り1階の後方へ侵入しようとする。

 

 すぐにアーデスがマシンガンを掃射する。ボトッと落ちた音がする。マガジン交換しようとしていると上半身だけになったミイラが押し入ってきた。

 思わぬ奇襲にアーデスは銃を取り落としてしまう。どうやら下半身だけが落ちていったらしい。

 ミイラは器用に手すりに掴まりながら縦横無尽に移動する。上半身のみになったが、その怪力はアーデスを安々と持ち上げ、窓に叩きつける程であった。

 

 上でもやり合っているようだ。銃声が未だに止んでいない。

 

 ふと、横を見ればもう一体のミイラが走って並走しているのが見えた。これはまずい。

 

「伯父さん!もっと飛ばせないの!?」

 

「これでもベタ踏みだよ!」

 

 再び横を見るとミイラもこちらを伺っているようだった。視線の先には運転席の伯父さん。飛びかかろうとしているようだ。

 

「ぐあっ!」

 

 後ろを見ると爪を鋭く伸ばした上半身ミイラがアーデスを襲っていた。それを見た母が、

 

「兄さん曲がって!曲がって!」

 

 母の声と同時に外のミイラが飛び掛ってくる。双方でピンチだ。

 

 しかし、飛び掛ってきたミイラは伯父さんがハンドルを切るとバスの側面にぶつかり、車体の下で磨り潰されながら後方へ消えていった。

 アーデスに襲い掛かっていたミイラも慣性で体制を崩していた。

 

 安心するのも束の間、バスの正面からは1台の車が走ってきていた。

 

「危ない!退け退け!」

 

 伯父さんが叫びながらハンドルを切る。正面はかわしたが、路上に止めてあった別の車に側面をぶつけながら走り続ける。車体が左右に揺れる。

 上からドタバタと音がする。まだ上で父が残りの1体とやり合っている。

 

 アーデスが体制を崩し追い込まれていく。

 助けないと!と方法を考えていると、車体の揺れで落ちてきた父のショットガンを母が掴んだ。

 

「アレックス、伏せてなさい!」

 

 そのまま、銃口を押し倒されたアーデスの上に乗る上半身ミイラへ向け、全弾ぶっ放す。

 

 バァーン!バァーン!バァーン! ガッシャーン!

 

 上半身ミイラは粉砕されながら後部窓ガラスを巻き込み、外へ吹っ飛んでいく。ナイス ママ。

 

「大丈夫?」

 

 母が声を掛ける。

 

「はぁ、ありがとう・・・」

 

 何とか無事なようだ。切り裂かれた左肩を抑えている。

 

 ドタッ ダダッ バタンッ

 

 上はまだ戦っているようだ。

 後方の階段から2階に向け走っていく。

 

「アレックス!待ちなさい!」

 

 車の揺れで体制を崩し、追って来れないようだ。背後から声がするが構っていられない。

 

 階段を上がり2階の車内を見ると、父がミイラに首を掴まれていた。

 

「パパ!お守りはどうしたの?」

 

「アレックス!?何で来た!?」

 

「いいから!お守り出して!」

 

 僕の声を受けて左のポケットを漁る。

 その手には僕があげたお守りが握られていた。

 

「そいつの目の前にかざして!」

 

 父は言われた通りにミイラの眼前へお守りを(かざ)す。

 

 それまで、首に掴みかかっていたミイラは目の前のバステト神を模したお守りに怯え、後ろに下がり始める。

 

「パパ!前!前!」

 

 大声で目の前に迫る壁を指差す。

 すぐに察した父はこちらに走ってきて僕の頭を抱えるようにして床に伏せた。

 

 瞬間、バスは小さなトンネルに差し掛かり、2階の上部を破壊しながら押しと通っていった。

 

 バスが過ぎ、トンネルの入り口 上側には干からびた人型が張り付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスはロンドン橋を渡った所で停車する。

 

 車体はボロボロ、2階にいたっては上半分が削り取られていた。

 父と一緒に1階へ降りる。

 

「ありがとう、アレックス。こいつはすごいな」

 

「どういたしまして」

 

 僕にお礼を言うと父は大事そうにお守りをポケットにしまい、ポンポンと頭を撫でてくる。ミイラ嫌いの父には欠かせないお守りだろう。

 

 

 降りた先にはアーデスが息を整えているところだった。父が声を掛ける。

 

「無事か、アーデス?」

 

「ああ、・・・、っ生まれて、初めてバスに乗った」

 

 それがこれか。なんとも可哀想になる。今度ロンドンに招待して観光案内でもしてあげようと思い声を掛ける。

 

「今度は観光で乗ろうね」

 

「・・・ああ」

 

 ほんの少しの間。バスに乗るのは懲り懲りなのかもしれない。少し笑ってしまった。

 

 運転席では伯父さんが呆然とした様子で、ハンドルを握り締めたままだった。

 

「伯父さん、もう終わったからハンドルから手を離していいよ」

 

「あ、ああ・・・」

 

 未だ心ここに在らずといった風だが、声を掛けておく。

 

「最高の運転だったよ」

 

 そう言って僕が突き出した拳を暫し見つめて、弱々しく拳を返してくれた。うん、満足。

 

 

「・・・貴方が居なかったら死んでた」

 

「司書ってのは、皆こうなのか?」

 

 運転席のすぐ後ろでは両親がイチャコラしていた。ラブ空間に呆れた僕は当てられないように後方へ非難する。

 

「もぉー、家に帰ってからにしてよねぇ。我が親ながらまったく・・・」

 

 バスの最後尾まで来ると階段下から壊れた2階を見遣る。うわすげっ。

 綺麗さっぱり無くなった屋根に感心していると背後から太い腕が伸びてきて体が引っ張られる。

 

 ガシッ

 

「うお!おい、放せ!」

 

 顔を腕の人物に向けると屋敷を襲ってきたロックナーが僕を軽々と持ち上げ、車に押し込まれてしまった。

 

「アレックス!」

 

 父が気付き、慌てて追いかけてくる。

 

 僕らが居たのとは反対側へ車が走って行く。

 

 ロンドン橋から警報が鳴った。跳ね橋が上がるときの警報音だ。

 

 車が真ん中を過ぎると徐々に橋が上がってしまう。

 

 追いかけて来ていた父の姿が後ろの窓からで見えなくなってしまった。

 

 僕は見事、攫われたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ!」

 

 上がりきってしまった跳ね橋の前で悪態を付く。奴らは反対側へ走り去ってしまい、アレックスが攫われた。

 

「リック!」

 

 エヴリンが駆け寄ってくる。その体を抱きとめる。

 

「・・・すまない。アレックスを連れ去られてしまった」

 

 あいつらはどこへ向かう?馬鹿正直に博物館へ戻ってるとは思えない。愛する息子だ。このままでいられるか!考えろ考えるんだリック。

 思考を巡らせているとアーデスが近づいてきた。

 

「友よ。・・・息子さんなら大丈夫だ。あの腕輪をしていれば危害は加えられない」

 

「! アレックスが腕輪をしてるの?」

 

 エヴリンが驚きに声を上げる。

 

「嵌めた時にギザのピラミッドやカルナックの神殿を見たそうだ」

 

 腕輪の話の時にはエヴリンが攫われていたから、説明する。アーデスが言葉を続ける。

 

「カルナック神殿に着けば腕輪が次の目的地を示すはずだ」

 

「っじゃあ、カルナックに先に着かないと何の手掛かりも無くなってしまうわ!」

 

 確認するようにエヴリンがこちらを見てくる。見つめ返す余裕無く、思考を走らせる。

 大急ぎでエジプトに飛ぶ。早くとも明日のだ。問題はエジプトでの移動手段。何か無いか、やつ等よりも早い移動手段・・・

 

「という事は・・・魔法の絨毯がいるな・・・」

 

 頭に思い浮かべたのは、エジプトで観光客相手に飛行機を飛ばしている古い知り合いだ。

 

 確か会社名は―――魔法の絨毯航空、だったか。

 

 急いで屋敷に戻り、エジプト行きの準備をしなければ。

 そんなに時間も掛からないだろう、既に荷造りはできているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――― 大英博物館 ―――

 

 

 

「・・・そうか、わかった」

 

 腕輪が手に入った連絡を受け、私は復活したイムホテップへ向き直り、(こうべ)を垂れる。

 

『イムホテップ様、腕輪を確保しました』

 

 その口からは古代エジプト語が発せられる。目の前のミイラの姿をした主に伝えるにはこの言語で無ければならない。

 その言葉を受けた彼はミラへ向き直り、告げる。

 

『アム・シェアーへ出発するぞ。 スコーピオン・キングに引導を渡すのだ』

 

『そして彼の軍隊で世界を支配するのね、私たち二人で・・・』

 

 目を輝かせるミラに対しイムホテップも頷き返している。

 

 ハフェズには懸念があった。

 屋敷で会った男。オコーネルと間違えて尋問していた男は“オシリスの笏”を持っていた。あれがまだ向こう側の手にあるとすれば奪う方がいいだろうか。伝説上ではスコーピオン・キングを倒す武器として描かれていた。復活した主なら武器が無くとも倒せるだろうが・・・ そこまで考え、お声をかける。

 

『主よ、大事の話が。奴らはオシリスの笏を持っております』

 

 それに主は一瞬考え、

 

『案ずるな。アム・シェアーへ着く頃には我が力は完全に復活していることだろう。そうなれば、笏など必要ない』

 

 そう言うと徐にミラへ顔を近づけていった。

 一瞬、ミラが近づくミイラの顔に戸惑うが、ハッとしたかと思うとその口付けを受け入れた。どうやら、主が何かしらの術で姿を変えて見せているようだ。

 

 我々は二人を残し、退室する。

 

「すぐにここを出る。準備しろ」

 

 部下に指示を出す。

 この騒ぎに警察が来るのも時間の問題だ。すぐにエジプトへ向かうため、準備しなければ。

 

 ―――もうすぐだ。我が主が最強の軍を手に入れるのは。そして私は主と供に世界を征服する!

 

 その野望の為に今はエジプトへ急がなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、タブロイド紙 デイリーミラーにて

 

 先週に起きた大英博物館での爆発は倉庫にある薬品が爆発したものだとわかりました。それだけでなく、現場には多くの弾痕が残されており、激しい銃撃戦があったと警察が述べております。同晩には爆発音とおびただしい銃声が響いていたと周辺住民から情報がありました。また、アジア部門展示ホールでは“シャングリラの眼”と呼ばれる宝石が盗まれており、銃撃は侵入した窃盗犯によるものだと思われます。

 

 また事件から行方の分からなくなっている博物館館長 ハフェズ氏が事件に関係している可能性が高く、盗まれた宝石と一緒に警察が行方を追っています。

 

 なお、同日に発生した二階建てバス盗難事件についても関係性を調査しているとのことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




映画の中でも曖昧な設定があり、それを想像と考察で補填するのがちょっと楽しい。

■独自解釈■
メジャイの独自解釈ですが、
本来の意味では神に選ばれし戦士で、古代エジプトではファラオとエジプトの財宝を守護する者達だと考えます。
映画でアーデス達 メジャイ十二部族もメジャイを名乗っていますが、彼らはかつてのメジャイの子孫たちであり、前作に登場した秘密組織“マギ”はメジャイの使命の為に外部の協力者を取り込んで組織したものであると解釈しています。マギにはメジャイ以外の構成員もいるということです。前作の館長とか。

シャングリラの瞳はお分かりになる方もいるでしょう。映画では1940年に中国から持ち出されたことになっていましたが、本作では1930年とし、大英博物館に展示されていたことにします。

何か不明な点がありましたら感想でお聞きください。
作中や前書き、後書きまたは返信でお答えさせていただきます。

次話は1週間後に投稿予定です。

ご意見・感想・評価をいただけると作者のタイピングが加速します。


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第4話 エジプトエクスプレス

日刊ランキング入りだと!?
思わず牛乳を吹きかけました。

多くの皆様に見ていただけていることに感謝します。
温かく見守ってください。


 照り付ける日光がチリチリと肌を焼く感触に懐かしさを覚えることはない。

 つい、二日程前まで此処にいたのだ。

 

 また、エジプトに帰ってきた。

 

 辺りでは人が忙しなく行き交い、列車が排気の音を発している。

 

 僕 アレックスはロンドンで攫われて今はエジプトのカイロの鉄道駅に来ています。

 次の目的地がカルナック神殿なので、列車で移動するようだ。

 

 エジプト鉄道会社(日本で言うJR)は1833年のオスマン帝国の属州時代から始まり、路線をエジプト全土に向けて広げていた。1851年にはエジプト初の標準軌鉄道を造るため、イギリスの土木技術者に協力を仰いだりし、時代が進むにつれてエジプトの近代化と鉄道開発の推進は同時に進んでいった。

 昔はナイル川に橋を架けるのも一苦労でナイル川を越える手段は船のみだった。それは鉄道も同じで、鉄道を24メートルの鉄道輸送船に乗せてナイル川を越えていたりしたのだ。しかし、1858年5月15日にサウジアラビアの皇太子を乗せた特別列車が船から転落したために皇太子は溺死した。そのため、エジプト鉄道は鉄道輸送船を500メートルの架道橋に置き換えた。失敗は成功の母とはよく言ったものだ。

 カイロから一番近いインババ橋は今年の1933年に改築を終えたばかりの真新しい橋だ。これにより人の流れや交通の便が飛躍的に伸びている。

 

 驚きなのは1933年現在で21世紀初頭の路線図と遜色ないくらいに鉄道網が敷かれていることだ。元々、土地の大半が砂漠のため、人の住む場所への路線拡大は現在までにほぼ終わってしまっている。

 残されたのはナイルデルタ(ナイル川三角州地帯のこと)内の細かい路線や将来的な地下鉄くらいだろう。

 

 カイロからルクソールまで約12時間。列車の旅と洒落込むようだ。

 

 

「荷物を積み込め。すぐに出発するぞ」

 

 これからの片道一週間の砂漠の旅だ。往復二週間分を想定しているのだろう。食料は人数も相俟ってかなりの量になっている。ロックナーの指示に部下達が次々に列車へ物資を積み込んでいく。

 

 それをぼけーっと眺めているとロックナーに抱えられる。

 

「お前はこっちだ」

 

 僕は大人しく俵の様に肩に担がれる。

 お姫様抱っことまでは言わないが、モノ扱いはやめて欲しい。自分で歩くから降ろして欲しい旨を伝えるが無視される。解せぬ。

 

 そのまま運ばれていった列車内はとても豪華で上流階級の人用に装飾されている。こいつら、変な赤い衣装でお揃いな癖に金は持っているようだ。

 そんなことを考えていると車内には先客がいるようだった。

 

 既に乗り込んでいたハフェズが綺麗なお姉さんに死者の書を渡している。

 

「死者の書だ」

 

 僕の声に気が付いた二人がこちらを向く。

 ハフェズの目は僕の腕輪に、お姉さんは僕のことを面白そうに見ていた。

 

「あらまぁ、なんてお利口な子なの」

 

 そう言うとお姉さんがこちらに近づいてくる。

 

「今頃、ママは心配してるでしょうね。ママに会いたければ良い子にしてなさい」

 

 頭を撫でて来る。何とも妖艶な雰囲気を纏ったお姉さんだ。

 

「そうしたところで僕に何か良い事がありますか?ママの為にもしたことないのに」

 

 暴れる気は更々無いが、聞いてみる。

 

「そりゃ、ママはあなたのベッドに毒蛇を入れたりしないものね」

 

 綺麗な花には棘がある。とんでもねぇ事を言う美女。

 そうして、徐に僕の頬へ顔を近づけてくる。

 

「チュッ・・・でも、私はするわよ」

 

 頬に口付け。

 キス。

 チュウ。

 ちゅう。

 

 

「お姉さん。この後よければ僕とナイル川を眺めながらお茶でもいかがでしょうか?今後の私たちのことについて語り合いたいのですが?」

 

「フフ。時間があったらね」

 

「是非」

 

 うお~!エキゾチックな美女最高!

 パパママごめんなさい。助けに来るのはもう少し後でお願いします。

 

「ミラ、悪ふざけもその辺にしておけ。主が子供に会いたがっている」

 

 おい、爺!邪魔をするな!あんな干物は放っておけ!僕はそれよりもミラお姉さまとお話していたいんだ!

 ロックナー!お前も男なら僕の気持ちがわかるはずだ。その手を離せ!

 

 抵抗も虚しく、ロックナーによって隣の車両へ引き摺られて行く。

 

 ああ!?ミラお姉さま~!

 

 

 

 

 

 隣の車両に入る。

 辺りにはエジプトの調度品で装飾されていた。この車両の主のために施されているのだろう。

 

「進め」

 

 前に押し出された。そこには黒いマスクをした男が立っていた。

 そいつは振り返り、こちらに対して皺枯れた声を発する。

 

『私の話す言葉がわかるな?これから言う事をよく聞け・・・子供よ、お前は選ばれたのだ。私をアム・シェアーへ連れて行け」

 

 男が話し始めた言葉は間違いなく古代エジプト語だった。しかし、最初は意味を考えながら聞いていたそれが次第にすんなりと頭の中に入り込み理解できる。

 アヌビスの腕輪のおかげで古代エジプト語がわかるようになっているようだ。

 

 腕輪のお得な効果に感心しながら答える。

 

「連れて行く。でも条件を飲んで貰う」

 

 少し、挑発的に告げる。

 

「フハハハ、お前は強い子だな。あの父の子だけある。だが良いことを教えてやろう」

 

 そうして男が僕に手を向けると自然と腕輪をした方の手が持ち上がる。

 念動力の様なものかな。

 

「この腕輪には力があるが呪いも掛かっている。時の砂は既に落ち始めた。時間は少ない。条件など出せる状況かな?」

 

 砂時計をひっくり返し、砂を落としながら語りかけてくる。演出を大切にするところは嫌いじゃない。

 

「ああ、その話なら聞いたよ。僕が腕輪をはめてから七日後にスコーピオン・キングが目覚めるんでしょ」

 

「これも聞いたか?その七日目、日が昇る前にピラミッドの中に入らねばお前の命は腕輪に吸い取られるのだ」

 

 したりっと男は言うが僕はあっさりと答える。

 

「うん。知ってた。その上での条件だ」

 

「ほう・・・言ってみろ」

 

 感心したような声色だ。

 

「アンタ達は幻のピラミッドに行きたい。僕はピラミッドに行って腕輪を外したい。要求は2つ。なに、簡単なことさ。僕は逃げないし大人しくアンタ達に協力する代わりに捕虜としてではなく、客人として扱ってもらいたい」

 

「どうやってそれを信じる。そう言って逃げ出したらどうするのだ?」

 

 尤もだ。監視の目を緩めて逃げ出す可能性はある。しかし、

 

「結局、ピラミッドに行かないと僕は死んでしまうのに?そんな事して間に合わなかったら意味ないでしょ」

 

 両親が後を追ってきてくれているだろうが、逃げ出したところで合流は難しいだろう。原作通りに非協力的に物事を進めてもピラミッドに入るのがギリギリになるだけだ。

 協力的にした所で早く着く事はあっても、遅れることは無いだろう。

 

 え、追って来てくれてるよねパパァン?

 

「どう?多少の自由を認めるだけだ。面倒な手間が省けてアンタも部下達も楽だし、僕も快適に過ごせる。お互い良い事尽くめだ」

 

 相手にデメリットと呼べる物はほぼ無い。この条件を飲むメリットの方が圧倒的に大きい。

 

「・・・いいだろう。やることは変わらんのだ。条件を飲んでやる。だが・・・」

 

 そう言って、徐に男はマスクを取り外す。

 

「逃げ出せば・・・無事では済まさんぞ」

 

 そこには皺くちゃなミイラの顔があった。

 

 うん。知っててもキモイな。脅しとして見せて来たのだろうが、こちとらミイラなんか博物館で見慣れてる。

 

「お前なんか僕のパパに敵うもんか」

 

「フン。それはどうかな・・・おい、ハフェズを呼んで来い」

 

 交渉成立。

 イムホテップは僕の後ろに声を掛けるが、当のロックナーはポカーンと口を開けている。

 

 ああ、そうかロックナーには僕らの会話が古代エジプト語に聞こえているのか。僕自身も自然と口から言葉が出るから気付かなかった。腕輪様々だな。

 

「おじさん、ハフェズを連れて来いってさ」

 

「あ、ああ」

 

 ロックナーは古代エジプト語を話す僕に驚いているのか、ミイラの顔を見ても驚かない僕に驚いているのか、どっちなんだろう。

 いずれにせよ、僕に対し驚いていることだけは確かなようだ。

 

 

 「小僧、もう1つの要求は何だ?」

 

 要求のもう1つ? それは・・・

 

 

「暇な時でいいから、話し相手になってよ」

 

 古代エジプトを知る生き?証人だ。この機会を逃すのなら母の子をやってられない。

 

 

 その後、ハフェズを交えて無事に交渉成立し、監視にロックナーが就く事になったが扱いはハフェズ達幹部同様に扱われるようになった。

 

 これで旅の間は快適に過ごせることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 汽車が発車して直ぐの頃、三日くらい前にスコーピオン・キングの遺跡で見かけた3人組がイムホテップの部屋に入った後、ぷるんぷるんのモチ肌イムイムがミラお姉さまと一緒にこちらの車両へやって来た。

 どうやらあの3人は美味しく頂かれてしまった様だ。南無。

 イムイムは完全復活していた。ミイラの見た目からは想像できない劇的ビフォーアフター。

 

 

 

 しばらく、食事を楽しんだ二人はまた前の車両へ戻って行ってしまった。

 

 ナニか?ナニしているんか!?

 

 ふざけやがって!リア充氏ね。と思いながら憤慨。

 

 

「もう着く?」

 

「まだだ」

 

 

 僕はその憤りをロックナーで遊ぶ事で発散していた。

 まだ着かないのを承知でこの質問を繰り返している。

 

 

「もう着く?」

 

「まだだ」

 

「もう着く?」

 

「まだだ!」

 

「もう着く?」

 

「まだだ!!」

 

 数十回と繰り返した頃だろうか。

 

 遂にロックナーがキレた。

 

 ナイフを抜いてテーブルに置いていた僕の手目掛けて振り下ろす。

 ナイフは指と指の間に見事突き刺さり、僕の手は無事。

 

「ロックナー、やるねぇ。ドンピシャだよ!」

 

 その腕前に賞賛の声を掛ける。

 

「・・・狙ったんじゃない。は・ず・し・た・の!」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 えー、突き刺すつもりだったのかよ。そんな事したら客人扱いって話が違ってくるじゃないか。

 

 ハフェズも僕と同じような顔で見ているじゃないか。こいつ無いわーって。

 

 そんな事を考えながら、変な汗をかいた手のひらを拭っていると・・・

 

「・・・お前はこの状況で怖くないのか?」

 

 そんなことをロックナーが問い掛けてくる。

 どういう意味なのかは僕でもわかる。

 

「まぁ、怖くは無いかな。四六時中、見張られてるのとトイレに大男が着いてくること以外は比較的快適だよ」

 

 僕の答えに呆れたような感心したような視線を向けてくる。

 

「僕からも聞いて良い?」

 

「何だ?」

 

 質問に答えたので、こちらも思っている事を聞く事にした。

 

「ロックナーは何でこんな奴らと一緒にいるの?」

 

 世界征服。そんな大それた事を考えるハフェズに何故従っているのか。聞いてみたかったんだ。

 

「・・・俺は孤児で食い物を盗んだのがバレて殺されそうになったんだ」

 

 あれまぁ、教えてくれるんか。

 シカトされてお終いかと思った。教えてくれるのだから大人しく聞く。

 

「そんな時にハフェズさんに命を救われた」

 

「じゃあ、恩返しってこと?」

 

「ああ」

 

 ふーん。

 

「イムイムが世界征服する過程、またはその後はどうなると思う?」

 

「?どういうことだ」

 

 簡単なことだ。たくさんの人が死ぬだろう。その中で運よく生き残った子供がロックナーと同じように孤児になり盗みを働くだろう。世界は混沌と化し、間接的に人々は命を落とすことになる。そこに秩序は無く、弱い者が強い物に搾取される世界。

 アンデットは生きる者を憎むものだ。決して相容れる存在ではない。その憎しみは全ての命を刈り取るまで消えることは無いだろう。

 

 理性でそれを抑えられたとしても、長くは持たない。永遠ともいえる命は精神を擦り切らし、やがては世界を飲み込む。

 

 よくある展開だ。

 

 そんな事を言ってやれば、ロックナーは驚いた顔をして黙ってしまった。

 まぁ、僕の言ってることがその通りにならないかも知れないが、自分がどんなことに加担しているのか、その可能性を考えているようだ。

 

 

 話し相手が黙ってしまったので、どう暇を潰すか考えていると数時間ぶりにミラお姉さまが車両に入ってきた。

 興味があったので、ミラお姉さまにも聞いてみることにする。

 

 ハフェズ?どうせ世界の半分は私の物だとか何とかの理由でしょ。バカに興味なし。

 

「お姉さんは何でこいつ等と一緒にいるの?」

 

 僕の問いの答えは簡単な物だった。

 

 曰く、前世の記憶について悩んでた時にハフェズにあったこと。

 曰く、自分はアナクスナムンの生まれ変わりであること。

 曰く、前世の自分が如何に美しく輝いていたかということ。

 

 そこまで聞いて疑問に思ったことを問いかける。

 

「お姉さんはイムイムが好きなの?」

 

「え?」

 

 問いの答えは戸惑いだった。

 

 愛してる。

 

 そんな当たり前の答えが出てこない。

 二人は3000年前から続く恋を成就させようとしているはずだ。

 

 しかし、先ほどの説明で彼女の口からは彼のことが一度も出てこなかった。

 

「・・・」

 

 その沈黙に僕は納得していた。

 

 映画の最後のシーンを思い浮かべながら再度問う。

 

 

「お姉さんはイムイムが好きなの?それとも禁断の恋をしている自分に恋してるの?」

 

「・・・」

 

 その問いに答えは返って来なかった。

 

 

 ―――イムホテップも報われんなぁ。

 

 

 答えは一向に返ってこない。

 

 僕は眠くなってきたので、空いてる席に寝転ぶ。

 ハフェズに着いたら起こしてと伝えておく。

 

 ミラお姉さまには早めに話ができてよかった。

 

 カルナックに着いた晩、イムホテップは冥界からアナクスナムンの魂をミラへ宿らせる。全ての記憶を思い出すのだ。

 

 その後の()()はどのような存在になっているかわからない。元からあったミラの魂はどうなるのか。

 

 

 

 後、2時間は眠れるな。そう思いながら僕は瞼を閉じた。

 

 

 後に残されたのは心に陰りを残した二人。

 

 しばらく動けないでいた。

 

 

 

 まぁ、僕のせいなんですが・・・

 

 ケケケッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リック!あったわ!」

 

 ロンドンでアレックスを攫われてから三日。私達はアレックスの残す手掛かりを追ってルクソールのカルナック神殿からフィラエ神殿に来ていた。

 

 エジプト南部、アスワン近郊にあるヌビア遺跡。中心となるのがイシス女神を祀るイシス神殿で、現存する神殿はプトレマイオス朝時代に建設されその後ローマ時代にわたって増築が行われてきたものである。4世紀末にテオドシウス1世が、帝国内の全ての古代神殿を閉鎖しようとしたとき、フィラエ神殿は抵抗を続け、453年に条約が締結された。周辺地域の宗教的自由が保証され、条約が約100年間守られた場所だ。

 

 私の声にリック達が集まってくる。

 アレックスの上着の下に隠されていたのは砂で作られた精巧な4体の像。壁に彫られたような像はいすに座っているようであり、その半分が下半身を砂に埋もれさせ、無駄な再現率であった。

 

 あの子は捕まりながら、こんな精巧な代物をどうやって作っているのか。我が息子ながら手先の器用さに呆れる。分かりやすくて助かるのも事実だが。

 

「アブシンベル大神殿だわ」

 

 エジプト南部、スーダンとの国境近くにあるヌビア遺跡。

 その1つ、砂岩でできた岩山を掘り進める形で作られた大神殿と小神殿からなる岩窟神殿。建造主は新王国時代第19王朝の王、ラムセス2世。セティ1世の息子だ。

 大神殿は太陽神ラーを、小神殿は女神ハトホルを祭神としており、小神殿は王妃ネフェルタリのために建造されたものでもある。

 

 建設後、長い年月の内に砂に埋もれていたが、1813年にスイスの東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトによって小壁の一部が発見され、1817年にブルクハルトの知人であったイタリア人探検家ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルツォーニによって出入り口が発掘された場所だ。

 

 現在、発見されている遺跡で助かった。

 

「よし。えらいぞアレックス!」

 

 アレックスが手掛かりを残してくれるおかげで、何とか追い縋ることができている。一刻も早く追いつかなければ。

 

 急ぎ飛行船に戻ってアブシンベル大神殿へ向かわないと。

 

 私達はイジーの飛行船で移動していた。

 

 リックの旧友 イジー。

 エジプトで空輸会社を運営しており、リックには過去に散々振り回されたために彼が訪問した際には悲鳴を上げて会社の門の鍵をかけた程であった。飛行機を「(リックみたいに)騒々しい乗り物」と称し、追跡には飛行船を運用している。アレックス救出を急ぐリックに頼まれ、彼の持っていた()()()を条件にアム・シェアーへと連れて行ってくれることになったのだ。

 

「イジー、次はアブシンベル大神殿だ」

 

「あいよ。仰せのままに」

 

 早くあの子を助け出さないと。

 そう考えるが、不安なこともある。エジプトに着いてから活発に前世の記憶が呼び起こされるのだ。

 

 昨晩は特に酷かった。

 前世の記憶として父 セティ1世がイムホテップとアナクスナムンによって殺害される幻覚を見た際には動転し、飛行船から落ちそうになったのをリックに助けられた。

 

 アーデスに言われたことが頭にこびり付いている。

 「君はセティ1世の娘 ネフェルティティの生まれ変わり。友よ、君は神々の戦士。息子はアム・シェアーへの案内人。全てが繋がっている」と。

 

 夫のリックは偶然だといった。しかし、私はアーデスに同意だ。全てが3000年前から決まっていたことなら、私達で止めないと。

 

「アレックスが心配かい?」

 

 思考の海から引き上げられる。後ろからリックが声を掛けてきた。

 

「あれだけ精巧な手掛かりが残せてるのだもの、あの子は危害を加えられてないわ」

 

「じゃあ、昨晩のことかい?あの・・・前世の記憶とか」

 

「ええ。貴方は偶然だと言っていたけど・・・「運命と偶然の違いはごく僅か」・・・アーデスの言葉よ」

 

「運命だろうが、偶然だろうが俺が君たちを守るよ」

 

「・・・ええ」

 

 夫の言葉が何よりも心強い。

 今はアレックスを助けることだけを考えよう。

 

 

 

 ・・・アレックス。必ずママ達が迎えに行くから待っていなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 




映画では描かれなかったロックナーやミラの心情を少しでも表現できていたら良いなと思い、書きました。

次話も早めに投稿したいと思っています。

ご意見・感想・指摘等ありましたらよろしくお願いいたします。
温かく見守ってください。


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第5話 地元の皆様、こんばんわ

難産で変更しました。

久々の投稿です。
恥ずかしながら、戻ってきました。
今後の更新は不定期になってしまいますが長い目で見守ってください。

それでは5話どうぞ。


「みなさん、こんばんは。

 男と女に悩みは付き物。パーソナリティ アッレクス・オコーネルです。

 このラジオは、カップルの悩みを解決するため、みなさんからのお便りがドシドシ送られてくるラジオ番組で・・・」

 

 毎度お馴染み歴史豆知識だが、現時点でラジオ放送はそれなりに普及している。

 ラジオが世界に初めて登場したのは1900年で、カナダの電気技術者レジナルド・フェッセンデンが、距離約1マイルでの、音声の送受信に成功した。1906年12月24日にアメリカのペンシルベニア州でクリスマスの挨拶をラジオ放送した。それ以降、世界各地で実験、試験的なラジオ放送が行なわれた。アメリカでは1920年11月2日に世界初の公共放送を行なったと言われている。最初の放送は、アメリカ大統領選挙の開票結果で、ハーディングの当選を伝えた。

 イギリス初のラジオ放送は1922年2月、イタリア出身の発明家グリエルモ・マルコーニが設立したスタジオから行なわれました。

 ちなみに日本は1925年(大正14年)3月22日午前9時30分に、社団法人東京放送局(現NHK東京放送局)によって発信されました。東京・芝浦の東京高等工芸学校内に設けた仮設スタジオからの第一声が、「アー、アー、聞こえますか」だった。

 

 そんな感じでラジオというものは多くの人に認知され、様々な番組も放送されている。

 

「コメンテーターはロックナーとハフェズ。ゲストにイムイムをお呼びしてお送りいたします」

 

 もちろん本当に放送している訳ではない。そういったテイで進めている。

 

 急に呼ばれたかと思えば、なにやらしゃべり始めた僕をロックナーが訝しげに見つめてくる。

 そんな目で見られても僕はめげない。

 

 なぜ、こんなことしているのか。

 時間は少し戻り、日が暮れて野営で夕食を済ませた頃に遡る。

 

 

 

 

 

 

 日中はラクダの背に乗り、ゆらゆら揺られながら砂漠を進んで行でいた。移動中は暇なものだ。

 エジプトの景色は僕にとって、見慣れたもので目新しいものは無い。

 ラクダの上でハフェズから借りた(強奪した)本を読み、夕食後はロックナーとボードゲームで遊んでいた。

 

「・・・おい」

 

「なに?」

 

「リバーシというのはこうなるものなのか?」

 

 盤面は黒一色。もちろん僕が黒だ。

 

「雑魚w」

 

「貴様っ!」

 

 初心者狩りしてしまったので、途中から鬼ごっこになった。

 それ以降、二度とリバーシしてくれることが無くなった。

 

 暇つぶし相手がヘソを曲げてしまったので、新しい相手(おもちゃ)を探していると、微妙な距離感のイムホテップとミラがいた。

 

「・・・」

「・・・」

 

 同じ焚き火に当たりながら、何か話すでもなく、初々しい恋人のソレという雰囲気でもない。

 イムホテップの方は何度か声をかけているが、ミラの方が心此処に在らずという感じだ。

 

 そんな2人の空気が気になるのか、ハフェズが岩陰から2人のことを心配そうに見守っている。

 

 なんだこの構図。

 

 しばらくする空気に耐えかねたミラが自身の天幕へと入っていってしまう。

 イムホテップは捨てられた子犬のような顔をしてその後姿を目で追う。

 そして岩陰でアワアワするハフェズ。

 

 本当になんだこの構図。

 

 世界征服を企てる一団がなに青春ラブコメみたいなことしているのだか、呆れてしまう。

 そんなことを考えながら焚き火に近づいていく。

 

 

「こんばんは」

 

「・・・お前か、今日は話をする気分じゃない」

 

 イムホテップに声を掛け、焚き火を挟んで向かいに座る。

 アム・シェアーへの旅の中、暇なときに古代エジプトのことをいろいろ話し合った。

 

 彼は自身の時代のこと、僕はその後の時代のことなどを話し、それなりに友好を深めていた。

 

 今の姿はとてもじゃないがスーパー砂漠パワーを身に宿した不死身のミイラとは誰も信じないだろう。

 なんだかとても居た堪れない。

 

「はぁー・・・」

 

「・・・」

 

 気まずい。

 

 

 

 

「・・・野郎ども、集合!」

 

 

 僕はあまりの空気に話を聞いてやろうと考え、ロックナーとハフェズを召集した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は現在に戻る。

 訳もわからず集められたロックナーとハフェズ。

 

 

「・・・早速、行きましょう。

 ラジオネーム イムホテップさんから頂きました。」

 

「本名ではないか、それ」

 

 ハフェズ!シャラップ!

 

「皆さん、こんばんは。はい、こんばんは。

 最近、彼女を冥界から蘇らせたんですが、どこか余所余所しいです。生前はもっと距離が近かったはずなのですが、そばにいるとどこか居心地悪そうにしています。どうすればいいでしょうか?」

 

 遠距離恋愛中の彼女に久しぶりに会ったけど、どこかそっけない感じ?

 

「浮気ですね」

 

「おい」

 

 ロックナーにツッコまれる。

 

「そ、そうなのか!?」

 

 冗談だ。落ち着け。

 

「そもそも術は成功しているの?アナクスナムンの魂は呼び戻したんでしょ?」

 

「・・・」

 

 最初の目的地であるカルナック神殿に着いた晩になにやら儀式をしていたのは知っているので聞いてみる。

 

 イムホテップは数瞬、考えた後に口を開く。

 

 反魂の術の際に前世の記憶を強く呼び覚まし、ミラの意識を奥底に止め、アナクスナムンの意識が表層に出やすいようにしたと。

 しかし、思いのほかミラとアナクスナムンの同調率が高く維持できずにミラ魂が色濃く残ったという。

 

「・・・アナクスナムンの魂はその身に宿した。成功だ。間違いない。おそらく、二人の魂が交わったことで記憶の混乱があるのだろう。・・・しばらくすれば以前の彼女に戻るはずだ」

 

 アナクスナムンを前世とするミラは最高の寄り代であるはずだ。

 彼女はアナクスナムンとしての記憶を受け入れていたはずだ。同調が弱まってしまったのは自身の在り方に疑問が生じてしまったからなのでは?

 

 

 僕のせいですか?

 

 

 僕があの時、ミラに声を掛けたことを知るハフェズはこちらを見てくる。

 おい、そんな目で見るなバレるだろ!慌ててフォローする。

 

「今の彼女のはミラでもあり、アナクスナムンでもあると。・・・考えてみなよ。3000年前の恋愛感と現代の恋愛感が同じなわけないじゃない?それに戸惑ってるんじゃないかな?」

 

「・・・そうなのかな」

 

 情けない声を出すな。

 

「コメンテーターのロックナーさん。どう思われますか?」

 

「俺に振るのか。・・・そうだな。男女のことはわからんが、これからどう接して行くかが大事なんじゃないか?」

 

「ハフェズは?」

 

「私も同意見だ。此処で距離を置いてもいいことは無い。深追いしない程度に普段どおり接するのがいいのではないでしょうか。それに主がアヌビスの軍を手に入れれば彼女の心も自ずとこちらに向いてくるのでは?」

 

「なるほど・・・」

 

 二人の言葉にイムホテップが頷く。

 

 おっと、ハフェズがなにやらイムホテップの思考を誘導しようとしている。

 ハフェズの言葉に反論するため、イムホテップへ問いかける。

 

 

「イムイムはさ、本当に世界征服がしたいの?」

 

「なぜそんなことを聞く?」

 

「だって、ちょっとうまくいってないとはいえ彼女を蘇らせる願いは叶ったわけじゃん。このまま二人でどこか静かに暮らせばいいんじゃない?」

 

「それは・・・」

 

 二人は禁断の恋に落ち、それが露呈した為、ファラオを殺した。

 自らの命と引き換えに恋人を逃がしたアナクスナムンを蘇らせることが彼の目的だったはずだ。

 

「イムイムはホムダイの代償に何かに引っ張られているんじゃないの?」

 

 その言葉に反応したのは二人。

 イムホテップとロックナーだった。

 

 ロックナーは以前に僕が話した内容を思い出しているのだろう。

 少し不安げにイムホテップの顔を見つめている。

 

「・・・」

 

 イムホテップは完全に僕の意見を否定できないのか黙ってしまう。

 

「主よ。恐れることはありません。主自身の為にも彼女の安全の為にもアヌビスの軍は必要です」

 

「・・・そうだな」

 

 ハフェズめ。

 ここで食い下がってもしょうがない。

 イムホテップは既に心を決めたようだ。

 

 簡単にはながれを変えられないようだ。

 

 

 

 その日はそのまま解散し、各々就寝となった。

 

 翌日には青ナイル川へ到着した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 リック達は飛行船で川の流れる渓谷を進んでいた。

 

 

「これは青ナイル川だ。もうエジプトは出ただろう」

 

 

 青ナイル川は、スーダンを流れる川でエジプトの暮らしに不可欠である。青ナイルは、スーダンの首都ハルツームで白ナイル川と合流し、その後はナイル川としてエジプトを流れアレキサンドリアで地中海に注ぐ。長さこそ白ナイル川より短いが、エジプトに流れ着く水の56%は青ナイル川に由来する。 スーダンにおいても青ナイル川は重要な資源であり、スーダン国内の電力の80%はロセイレスダムとセンナ―ルダムの2つのダムで賄われている。これによって、高品質な綿花のほか小麦や飼料作物の産地であるゲジラ平原の灌漑などが行われている。

 

 

「古代にはこの辺りは先王朝の土地だったの。アム・シェアーのオアシスもこのあたりのはず」

 

「必ずアレックスを見つける。目印を追えばきっと見つかるさ」

 

「ええ、そうね…」

 

 着実に近づいている。

 焦りは禁物。わかっているが逸る気持ちを抑えるのは難しい。

 

 

 

 …ヒュウ~ ッ…バッ……

 

 不意に風の音に紛れて何かが砕けるような音が聞こえ始めた。

 

「…」

「…」

「…」

 

 リック以外の仲間も不穏な気配を感じ始める。

 

 

 

 船の後ろから冷たい矢のような疾風が吹き抜けた。

 

 

 ゴオォォッザッパァーン!!

 

「大変だ~!」 

 

 次の瞬間、狭い渓谷の間を音が猛烈な速さで迫りくる。轟音と共に青い巨大な壁のようなものが押し寄せてくる———。

 

 イジーが叫ぶがそんなこと全員がわかっている。

 これは自然現象じゃありえない!そんなことを考えていると迫りくる水壁に顔のようなものが揺らめき、目が合う。

 

 ニチャア

 

 笑った。

 

 あの野郎!

 砂以外も動かせんのか!?心の中で悪態をつきながらどうすべきか考え、飛行船を操舵しているイジーへ指示を飛ばす。

 

「イジー!右へ周れ!面舵!面舵だ!」

 

「ッ!」

 

 ブースターを点火し、加速する。

 

 

「キャッ!」

 

 急な加速に倒れそうになるエヴリンの体を支え、船体に摑まる。

 

 水の壁が追ってくる。

 飛行船は枝分かれした右の渓谷へ猛スピードで突入する。

 

 追ってきた水壁は岩壁に打ち付けられ勢いが弱まりながらも追い縋ってくる。

 

 

 バシャー!

 

 

 水を被りながらも飛行船を上昇させていく。

 

 何とか高度を上げ、水壁の範囲から逃れる。

 

 

「聞いてないぞ、こんなの!」

 

 そんなこと、こっちが言いたい。

 

「おい…見ろよ!」

 

 ジョナサンの声にみんなが船の先を見る。

 

 渓谷の先に広がっていたのは繁茂する熱帯林。外周には円形に岩壁が立ち並びその中に森が広がっていた。

 

 望遠鏡を覗き込めば、熱帯林の中央にピラミッドが見える。

 

 ピラミッドの頂点が太陽光を反射し、光っている。おそらく伝説の通りなら、巨大な宝石が鎮座しているはずだ。

 

 

「アム・シェアーだ…」

 

「ああ、そのようだ…」

 

 

 オォォォォォォッザッパァーン!!

 

 

「また来た!摑まってろ!」

 

 しつこい!またもや水壁が迫ってくる。

 飛行船は再びブーストにより加速していく。

 

 ゴォォォォォォップスッ…プスッゥ カタカタカタッ

 

 しかし、長続きしない。

 燃料切れか、はたまた故障か。渓谷を抜け切る前に飛行船の加速は止まってしまった。

 

「こいつはやばい…摑まれー!」

 

 俺たちは水壁に飲み込まれ地面へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 時は流れ、川でイムイムのびっくり人間ショーを見せられた後、ハフェズ一行はアム・シェアーの熱帯林へとたどり着いていた。

 

 おそらく両親は無事であろう。ここまで大きく道筋から外れる行動をとっていないからよほどのことがない限り、原作通りに生き延びているはずだ。

 

 それを示すように、アーデスおじさんの(ホルス)がロックナーにより狙撃されていた。

 

 あれは墜落現場から高台へ移動している証拠だ。

 

 撃たれたホルスには悪いが、両親の無事に胸を撫で降ろしたのはハフェズ達には悟られていないはずだ。

 

 

 今は中央のピラミッドを目指して夜の熱帯林を進んでいる。

 

「見てよロックナー。あのピラミッドは黄金でできてるらしいけど。全部で幾ら位になると思う?」

 

「知るか」

 

 熱帯林は険しく、僕では草木に埋もれてしまうのでロックナーに肩車してもらいながら進んでいる。

 なんやかんやで、藪に悪戦苦闘していた僕を何も言わずに担いでくれる当たり、好感度は悪くないようだ。

 

 道中、ずっと遊んでたしね。

 

 

「主よ、もう小僧は必要ありません。殺しますか?」

 

 それに比べてこのハフェズのおっさんよ。

 何が殺しますかだ(怒

 

 そんなに帽子にサソリ入れたのが気に入らなかったのだろうか。

 

 毒の弱い奴だから頭が腫れるくらいで済んだろうが。

 

「まだ腕輪が必要だ。ピラミッドでアヌビスの軍を解き放つ鍵となる」

 

「腕輪は鍵でもあると?」

 

 不機嫌そうにおっさんが俺を見る。べぇー。

 

「それまでは生かしておけ」

 

「…はい」

 

 一瞬悔しそうにするも、目的地に着けば殺してよいと判断したのかこちらを嘲笑い進みだした。

 

「あんにゃろう」

 

 どうやら僕の努力の賜物か知らないが、客人扱いのため、ピラミッドまでは命は大丈夫なようだ。

 

 この旅ももうすぐ終わりである。

 

「…」

 

 黙々と進むロックナー。

 

「ねぇ、ロックナー」

 

「なんだ?」

 

 初めに比べれば態度がだいぶ柔らかくなったな。

 

「短い旅だったけど、楽しかったよ。」

 

「…あぁ」

 

 最初は被害者と誘拐犯だったが、この旅を通して僕はロックナーにお世話されっぱなしだった。

 

 肩車という高い視点であたりを見渡していた時、遠くの茂みから何かが動いて揺れているのが見えた。

 

 その揺れは一つではない。身を捩りながら辺りを見渡す。

 四方八方から徐々にこの隊列に近づいてこようとしている。

 

「おい、あまり動くな「ロックナー、なんか来る」っ!」

 

 その言葉と共に湿気を含んだ生ぬるい風が吹き抜ける。

 

「なんだ?」

 

 ハフェズも気が付いたようだ。

 

「油断するな!広がれ!」

 

 ロックナーが指示を出し、隊列が広がる。

 

 

 どうやら、お越しになったようだ。

 

 

 ギャアアアアーーーーー!

 

 

 地元民の方々(小っちゃなミイラ)が…

 

 

 

 

 

 

 

 あちらこちらから響く絶叫。

 

 部隊は次から次へと襲い掛かってくる小っちゃなミイラ達に襲われる。

 

 応戦しようにも大人の肩近くまで伸びた草木に隠れ素早く動く地元の方たちには、銃では狙いが付かない。

 

 無闇に発砲し、けん制しようとするが、吹き矢で針山のような顔になって倒れていく部隊。

 

 ウワアアァァー!ギャアアアァーー!

 

 部隊のものが次々と殺されてゆく。

 

 隊列などあったものではない。

 

 陣形は崩れ、敵味方入乱れ混乱状態。

 

 

 ――アレックス~!!

 

 

「! パパァ~!」

 

 

 そんな中、パパの声が聞こえてきた。

 遂に追いついたらしい。

 肩車のおかげで隊列の左側、遠くの方から駆けてくるパパとアーデスおじさんが見えた。

 

 どうしたものか、周りには地元の方々がいらっしゃって下手に動けない。

 しかも、現在ロックナーに肩車されている。

 

 あれ?合流できなくね?

 

 数瞬考えていると、地面にポイッされた。

 

「…好きにしろ」

 

「どうして?」

 

 ここでロックナーに開放されるとは思わなかった。

 

「ガキは嫌いだ。だが・・・ガキを抱いて泣く親を見るのはもっと嫌いだ」

 

 

 唖然とする僕に対しロックナーはアーデスの方へ突っ込んでいった。

 

 ポカーンっとしていたら横合いから衝撃を受け横へ飛ばされる。

 

 地元民にやられた人が倒れてきて吹っ飛ばされたらしい。

 

 ッァシシシャアアァァァァー!

 

 地元民と目が合った。

 

 正確には目があるであろう場所にはぽっかりと黒い穴が開いていて目は無かったのだが。

 

 急いで立ち上がり走り出す。

 

「パパァン!へるぷみーーーーー!グエッ」

 

 必死に走っていると急に横ベクトルが掛かり、変な声が出た。

 

「ッパパ!」

 

「ようやく追いついた。口閉じてろ!舌噛むぞ!」

 

 どうやら無事に拾ってもらえたらしい。

 肩に後ろ向きに担がれながら、周りの様子を確認する。

 

 イムホテップとアナクスナムンはなんかハンドパワー的なので大丈夫そう。

 

 ハフェズは部下を盾にしながら逃げて行ってる。クズ。

 

 ロックナーはアーデスとの決着を着けようとしているようだ。

 お互いの剣を激しくぶつけ合っている。

 

 少し悲しい気持ちになるが、浸っている時間はない。

 

 部隊は壊滅状態。散り散りになっている。

 生き残りで背中合わせに応戦しているようだが時間の問題だろう。

 

 

 猛ダッシュで離脱する僕たちにも地元の方々が迫ってきている。

 

「パパ!後ろ後ろ!」

 

 その声に振り向きながらショットガンを放っていく。

 

 バァンッ! バァンッ! バァンッ!

 

 飛びかかってきたミイラを次々に撃ち落とした。

 向き直り再び走り出す。

 

「弾込め!」

 

 パパがショットガンを渡してくる。

 それを慌てずに受け取り、肩掛けのシェルベルトを(まさぐ)り、弾を込めていく。

 屋敷で銃の手入れを手伝っていた甲斐があったな。

 

「あいよっ!弾込め一丁!」

 

 リロードした銃を返す。

 

 再び振り返り発砲。

 

 バァンッ! バァンッ! バァンッ!

 

 そしてダッシュ!ひとまず追ってきていた地元民は片付いた。

 

「アレックス!」

 

 ママとジョナサン叔父さんと合流。

 

「ママ!」

 

 強く強く抱きしめられる。――ああ、よかった っと安堵の声が聞こえる。

 久しいぶりに感じる母の愛に胸が温かくなる。

 いい年した精神年齢なのに涙が出そうだ。

 

 そんな感傷に浸っている後ろで、息の上がっているパパと叔父さんがなんか言ってる。

 

 

――何だいあのちっこいミイラどもは!?

――地元民さ

――本当か?

――ああ、気にすることは無い

 

 

 とんでもない地元民もいたもんだ。

 

 とりあえず、当面の問題解決をしないと。

 

「パパ、ママ、早くピラミッドに行ってこの腕輪外さないと『ああ、外さなくったっていいよ。似合ってるし』」

 

 叔父さんシャラップ。最後まで聞け。

 

「似合う似合わないの問題じゃなくって! 付けてから7日の日の出前にピラミッド入らないと僕は死ぬんだって!今日だよ!」

 

「それ本当なの!?」

 

 ママが驚いている。

 装着してから7日なのか、付けた日を1日目とするのか知らんが、早い方なら今日の日の出が対象のはず。

 

 

 ―――ギャワgyワgyワgyワアアァァアア

 

 

 地元民が追い付いてきたようだ。

 草木を揺らしながら迫ってくる。考えてる暇はない。

 

「よぉし、行こう!」

 

「気にするなって、言ってたじゃないか!?」

 

 ジョナサン叔父さんがなんか言ってるけど、僕達はピラミッドへ向けて走り出す。

 

 ものすごい数が追ってくる。

 

 パパに手を引かれながら必死に目を凝らす。

 少し先に崖に掛かった倒木のようなシルエットが見える。

 

「パパ、あそこ!」

 

 暗い森の中であらかじめ知っていたからわかるが、この暗さでは下手したら崖に落ちることだってあり得そうだ。

 そんなことを考えながら倒木を渡りきる。

 

「待ってくれ!」

 

 いつの間にかはぐれていた叔父さんが合流。どうせコントのようなことをしていたのだろう。

 

 叔父さんが倒木を渡るのを確認しながら、パパにマッチを渡す。

 手に持った≪筒状のモノ≫から延びる線に火をつける。

 

「何するんだ!?」

 

 その様子を見ながら倒木を渡り切った叔父さんがパパに尋ねる。

 

「ピンチの時はコイツに限るよ!」

 

 そう言ってダイナマイトを投げる。

 

 倒木を渡ろうとしていた地元民がそれをキャッチ。

 そのまま倒木の真ん中に来たところで大爆発。

 

 ドッゴーーーーォォン!

 

 倒木は砕け、それを渡っていた地元民共々谷の底へ落ちていった。

 その様子を見届けるのもいいが、原作と同じでそこまで余裕がない。

 

「リック、空が…」

 

 一息つく暇もなく、空が白んできた。

 

「ママ達はここにいて!嫌な予感がするんだ!」

「ちょっと、アレックス!どういうこと?」

 

 説明したいが時間がない。

 

「ああもう。とにかくここにいて!日の出になってからピラミッドにきて!パパ、早く行こう!」

「っ!行くぞぉ!」

 

「リック!?アレックス!?」

 

 ピラミッドに向けて再び走り出す。

 

「急げ!朝日が昇る!」

 

 パパに手を引かれ必死に走る。

 これ間に合いますか!?

 ここで死ぬのは勘弁願いたい。

 

 !? 空が明るくなって行くに連れ、腕輪をしている部分が痛くなってきた。

 

「パパ!腕輪が痛い!」

 

「ッ!パパが連れて行ってやる!」

 

 そういうとパパが僕を担いだ。

 

 ものすごい速さで走っていく。

 後ろを走っていたママたちとの距離がぐんぐん離れていく。

 

 ピラミッド前の広場に入った。その直後、太陽が顔を覗かせ始めた。

 

 日の光がぐんぐんと僕らを追ってくる。

 

 もう少し、あと少し。

 

 光と夜の境界がすぐ後ろまで迫りくる。

 

 もうすぐそこだ!間に合え!まずい追いつかれる!

 

「パパ!」

 

 その声に反応し、パパが地面を思いっきり蹴り、ダイブする。

 

 それはほぼ同時だったろうか。何とかピラミッドの中に滑り込むことに成功する。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、、まったく、、、パパに、、なるって、のは、、大変だ、、はぁ、はぁ、、、」

 

 息も絶え絶えにそう言って地面に手足を投げ出すパパは端的に言って最高に格好良かった。

 

「だね。でも、パパは最高だよ!」

 

「はぁ、はぁ、、さんきゅ、、」

 

 

 カシャッ

 

 

 アヌビスの腕輪が外れて地面に落ちる。

 

 その瞬間、ハッ!っとなり入口へ視線を飛ばす。

 入口のその向こう。日の光に照らされた広場には母とジョナサンがこちらを見て安堵している。

 

 

 時間はない。

 

 

 すぐに走り出す。

 

 ちょうど、母が走り寄る僕を両手を広げて待つ。

 

 そのすぐ後ろの森から2つの影が二人に迫る。

 

 

 来てしまった。

 

 さらに近づく影。僕は叫ぶ。

 

「ママ!後ろ!」

 

「ッ!?」

 

 アナクスナムンが短剣で襲い掛かる。

 母はそれを受け止めるが広場に並ぶ石像の台座に押しつけられてしまう。

 

 気が付いたジョナサンが止めに入ろうとするが、イムホテップに殴り飛ばされる。

 

 父が起き上がり駆け出す。

 

「エヴリン!」

 

 距離が遠い。

 

「死になさい」

 

 アナクスナムンが両手に力を込めていく。

 

「あ、あ、、」

 

 やめてくれ。

 声が掠れる。全力疾走で声がうまく出ない。

 

 父が僕の後を追う。

 

 間に合わない。

 

 短剣がその切っ先を徐々に近づけてゆく。

 

 時の流れがゆっくりに感じる。

 

 

 

 そして、そこに飛び込んだ僕は、3人共もみくちゃになって倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・っ!・・・っ!・・・アレックス!」

 

 父が僕を呼ぶ声に気が付く。

 

 声の方を見ようとするが、瞼が異様に重い。

 

 手足がしびれた様に力が入らない。

 

「・・・ゴフッ」

 

「喋るな!あっ・・ああっ!どうすれば!?」

 

 父のぬくもりは感じられるが、声が遠くに聞こえる。

 

 おなかがアツい。

 

 やっとの思いで瞼を開けた先に短剣が深々と刺さった、僕のおなか。

 

「・・・間に合った」

 

 飛び込んだ瞬間に見えたのはアナクスナムンの驚いた顔だった。

 

「どうしてっ!?」

 

「わが身を盾にするとは・・・アナクスナムン!行くぞ!」

 

「けけけっ・・・母からの・・無償の愛が・・・一方通行なわけ・・ないだろう」

 

 イムホテップとアナクスナムンの声が遠ざかっていく。

 

 ぼやける視界で遠ざかる二人の目を見ながらニヤリと笑ってやる。ざまぁ。

 

 

「アレックス!」

 

 母が僕に手を伸ばしてくる。

 

 よかった。助けることができた。

 本来、母のおなかに刺さるはずの短剣は僕のおなかにINしてしまったけど。

 

 伸ばされるその手を僕は握り、

 

「・・あ・・・らー・・ょ」

 

 あ、やべ。声が出なくなってやがる。

 

 伝えないといけないことがあったのに言葉にできない。

 

 体が寒さを感じ始める。

 

 両親が必死に呼びかけてくるが、それに返事する余裕がない。

 

 視界がぼやけて光が広がっていく。

 

 

 

 光に飲み込まれ、

 

 

 そして、

 

 

 

 僕は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




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