チート転生テンプレもの (Reppu)
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1
その日、とある世界の地球担当の神様は途方に暮れていた。
神様は頑張った、可愛い子供たちを守るため神器を送り込んだり、語り掛けてきた子供に助言を送ったりした。
しかし、神器は何故か使われずに大切に保管されたり見世物にされ、助言を送った子供は悉く心の病院に回収されてしまった。
そして人類の30%が地上を去り、その面談結果を聞いて遂に膝をついて首を垂れた。
曰く、全員が異世界での転生を希望。
無理もない。何時終わるとも知れない化け物との闘争にすり減らされた心が安寧を求めるのを誰が止めることが出来ようか。
神様は優秀だった、だからそんな子供たちの気持ちも解ってしまった。解ってしまったら止められなかった。
そうして優しい優秀な神様は悩んで、悩んで、頑張って、頑張った結果、もうどうやっても自分では子供たちを救えない事実に行きついてしまい、心が折れてしまった。
神様は優秀だったが、万能ではなかったのだ。
すっかり信仰の力は弱まり、奇跡も満足に起こせなくなった神様が、それでも見捨てられず、ただその世界に寄り添っていたころ、別の所で悪魔が悩んでいた。
悪魔はここの所の騒動で随分と羽振りが良くなっていた。人の負の感情を糧とする悪魔にとって現状は正に特需といった状況だった。
あまりにも膨大に入り込んでくる負の感情、その量に目がくらんだ悪魔は、いつもと毛色が違う事に気付くのが遅れてしまった。
人が増えないのだ。
生まれてくる命の量は少し減少しているが、それでも種が絶えてしまうようなものではない。
単純に消費される命の量が、生まれてくる命の量を圧倒的に上回ってしまっているのだ。
悪魔は困ってしまった。人類が居なくなってしまっては失業である。しかし悪魔には人類を救うなんて技術は無い、それは対立している神の仕事だからだ。
そしてその神はと言えば、すっかりふさぎ込んで世界を眺めるしかしていない。
なので悪魔は、この世界の存続のために、自らの失業回避のために乗り出した。
まず悪魔は、幾人かの知人に賄賂を渡し、それぞれが担当している世界に、自らの世界を題材とした作品を送り込んだ。
多くの悲劇によって紡がれるその作品は盛大に負の感情を作り出し、悪魔界隈で久しぶりのキラーコンテンツとして幾多の世界に出荷されるようになる。
外貨を存分に稼いだ悪魔は、次にそれを手土産に神に取引を持ち掛けた。
実は、ちょっとした良い話があるんだが。
「ふぐおおおおおぉぉぉ」
長谷川誠二は、久しぶりにプレイしたゲームのクライマックスに涙腺を決壊させていた。
社会人になって早10年、小学生の頃に再放送で見たガンダムを切っ掛けに邁進してきた彼は、未だにどっぷりとその道に浸かっている。
「おのれぇぇ、べぇたぁー…許さん、ゆるさんぞぉ」
画面では醜悪な化け物を吹き飛ばした主人公が今、その巣窟からシャトルで脱出するムービーが流されている。桜花作戦のクライマックスだ。
最近になり、遂に戦術機を自ら操作出来るゲームが発売される嬉しさと、ちょっとした懐かしさを感じ、HDDの奥に眠っていた原作ゲームを久しぶりにプレイしていたのだ。
相変わらずゲーム性など皆無の紙芝居ではあったが、ストーリーは悪くない、悪くないのだが。
「ひぐ、ふぐ、みんな、みんな逝っちまう、こんな終わりが…こんな終わりがぁ、タケルぅぅ」
萌えも燃えも大好物の誠二にとって、大好物であるそれはしかし、ある一点において彼の感情を逆なでる。
死ぬ、とにかく死ぬ。出てくるキャラクターはどいつもこいつも美少女なのだがそれが死にまくる。
燃えは好きだが鬱耐性が皆無に等しい彼にとって、それは耐え難い苦痛でもあった。それを乗り越えられたのは単に敵対しているBETAという存在のおかげだろう。
なにしろこのBETA、敵対勢力として厄介ではあるが単体としてみれば大した戦力では無い。どこぞの怪獣王のようにミサイルも大砲も、挙句SFトンデモ兵器でも歯が立たないなんてことは無く、デカい奴でも大砲で、小っちゃいやつなら歩兵の銃で倒せてしまう。
そう、特殊な技術も特別な力も無い誠二でも、道具さえあれば倒せてしまう。
なので彼は妄想で、二次小説で、とにかくBETAを殺しまくり、死ぬはずだったヒロインたちをメアリー・スーもドン引きのレベルで救いまくり、心の平穏を確保していた。
そんな彼にこの機会が訪れたのはある意味必然だったのかもしれない。
「長谷川誠二さん、残念ですが貴方は死んでしまいました」
やつれてくまが濃く浮かんだ青年が、スチール製の事務机の向こうでそう告げてきた。
「え?は?」
久しぶりの休日を満喫していたと思ったら、突然良く解らない場所に立たされた俺は完全に混乱していた。
死んだ、自分が?待ておかしい。自分は休日を楽しんでいただけだ。
何やら某サイトで定番化している転生っぽい雰囲気を出されているが、トラックに撥ねられた覚えも、急死に至る持病を抱えた経験も、強盗が押し入ってきた記憶も無い。
残っている記憶は冷蔵庫から取り出したドリンク片手にゲームをしていたものだ。
「ええ、はい、その…死因はエナジードリンクの飲みすぎです」
「oh…」
そう言えば眠気覚ましにカフェインタブレットも数個放り込んで飲み干していた事を思い出す。いやはやネットなどで書かれていたものの、まさか自分が当事者になるとは。残念な死にざまに後悔より先に呆れと笑いが込み上げてきた。
「なんとも、情けない話ですね。その、それでこの状況はどういった?」
「ご想像通りでほぼ間違いありませんよ」
ああ、つまりあれか、転生という奴か。
特に善行も悪行も積んでいる自覚は無かったが、これはつまり、幸運と言うべきだろうか?いや、死んでいるのだから不幸ではあるはずなのだが。
「ありがたい事です。それであの、詳細なんて聞かせて頂けるんでしょうか?」
「ええ、勿論です。とても、そうとても重要ですから」
そう言って青年は語りだす。
曰く、自分は別世界の地球の管理神をしている。異世界と言うよりは平行世界に近いそうで、魔法は無いが、とある理由で一部の科学がこちらより進んでいるらしい。
そのとある理由とは、宇宙の彼方からやってきた炭素系生体土木機械による環境破壊及び地球生命体への殺傷行為だそうだ。
いや、はっきり言おう。BETAに侵略されている地球がピンチなので平行世界から戦力を募集しているのだそうだ。
「BETAですか」
「BETAです」
「あの、申し訳ありませんが、それでしたら白銀武が何とかするのでは?」
その世界の事は良く知っている、というか、先ほどまで遊んでいたのだから忘れようが無い。ただ、あの世界ならハッピーエンドとは言い難いものの彼の活躍で未来に希望がある世界になるのではなかっただろうか。
「残念ですが、白銀武は現れません」
そもそも、俺たちが知っている物語は、神様の世界を舞台にしているが詳細が異なる。
その最大にして最悪の相違点が白銀武、つまり作品の主人公である彼が存在しないという事だ。
おかげで異世界の知識を得られなかった香月夕呼は00ユニットを完成させられないし、鑑純夏は助けを求めないから、因果導体も生まれない。オルタネイティブ4はあっさりと打ち切られ人類は宇宙へと逃げ出す、その先がBETAだらけの世界とも知らず。
「あの、それは、詰んでいるのでは」
「ええ、正攻法では、もう不可能でしょう」
そう言って青年は腕を組むと、忌々し気に語りだす。
「ですが、これは管理規定特3項が適用できるのです」
管理規定特3項、なんでも知的生命体の魂に関する規定で、要するに神様たちの運営における緊急避難ルールなのだそうだ。
「本来ならば、文明の未発達な状況で用いられるのですが」
惑星に循環する魂が規定量以下となり世界の維持が困難であると承認された場合にのみ、異世界から神器を与えられた“勇者”の召喚が許可される。
尤も、成熟した文明でそれをやるのは管理者が凄い運営下手だったと認識されるため、良くて更迭、最悪神格をはく奪されるらしい。
「それでも、私は救いたいのです、子供たちを」
神としてはまったく失格ですが。と自嘲気味に続ける青年に、思わず泣きながら了解の旨を伝える。元々熱い展開は大好物であるし、死んだ命、もう一花咲かせられるなら悪くない。それが自身が救いたいと思った世界だなんて、正に運命と言うやつでは無いか。
「その、それで、私はどの様な能力が頂けるのですか?それとも選べるんでしょうか?」
その言葉に少しだけ表情を明るくしていた青年が、申し訳なさげに眉をよせた。
「お渡しできるのは、これ以外無いのです」
そう言って机の上に置かれたのは、見慣れた携帯ゲーム端末だった。
もうすぐProject MIKHAILが出るぞ!
と言う事で昔書いたチート転生ものを供養投稿。
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2
本作はあらすじにある通りの内容で進行します。
ですから主人公はアホほど無双しますし、御都合主義は昭和ヤマトの真田さんが泣いて許しを請うレベルです。
どっかの壺野郎のSSを期待してお読み頂くと大変危険です。
頭を空っぽにしてお読みください。
と、予防線を張っていくぜ!これもまたテンプレ。
「さて、始めるか」
肌寒さから異世界に降り立ったことを理解した俺は、早速端末を取り出しスイッチを押した。
すぐに画面が点灯し、正常に動作することを伝えてくる。
「さあ、神器の力を見せてくれよ」
そう呟きながらツリー化された項目から物資生成の項目を選択、その中から携行食料セット(1か月分)を選択する。実行の可否が表示され、一呼吸してYESを選択すると目の前の空間が歪み、そこに十数箱のダンボールが現れた。
「は、はは、すげぇ、チートだ。俺、マジでチート主人公になったんだ!」
人里離れた山中で大量のダンボールを前に笑い声をあげるという、通報待った無しの行動をとりながら画面の確認を続ける。有り難い事にヘルプ機能まで付いているので迷うことなく確認作業を終わらせた。結果解ったことは、事前にあの神の間(仮称)で伝えられた通りという事だった。
内容としては、
1.物資の生産や保有技術のアンロック、身体強化や技能獲得を功績ポイントで行える。
2.功績ポイントはBETAを殺害することで得られる。
3.現世界にて認識されていない物質を生産する場合ポイントとは別に、
BETA由来のグレイシリーズという素材が必要になる。種類は問わない。
4.技術は平行世界すべての技術が適用される。
5.技術はそれがある事を使用者が認識していなければならない。
6.神器は信仰心によって機能しているので、人口が低下で機能も低下、最悪停止する。
「む、むふふ。やりたい放題、やりたい放題じゃないか。さて、現状のポイントは…」
だらしなく頬が緩むのもかまわず端末を操作すると、すぐにポイントは確認できた。
「ほうほう、残り19990ポイントね…さて、とりあえず技術獲得か?いや、装備…」
呟きながら技術取得ツリーを開き、俺はそこで愕然とした。
「は?ミノフスキー基礎理論、2万ポイント?」
そのほかに並んでいる項目もどれも軒並み1万を超えるものばかり、しかもどれも単独ではあまり効果のなさそうなものばかりだ。
「え、え、あれ?」
何かないかとスクロールしてみるが、結局確認できた技術は大まかに分けて4通り、最初は基礎技術と名付けられているものだが、どうもこれはこの神器のプリセット技術のようだ、どこかで聞いたような技術がいくつも並んでいるが値段に対する効果の程が不鮮明だ。
二つ目は現世界の技術、これは比較的安価だが原作以上の技術は出てこない。
三つ目はアーマードコアの技術、シリーズによって価格の差が大きいが、ミグラント、レイヴン関係は安めだが、リンクス、ネクスト、そして古代機動兵器群などはちょっと0の数がおかしくなっている。
最後がガンダムの技術、非常に高価だがエネルギー事情や生存圏の確保などに一番期待が持てそうではある。ただし何故か宇宙世紀シリーズに関するものしか出てきていない。
「う、うろ覚えの知識は除外されてるって事か?くそ!マクロスとかしっかり見とけば…」
後悔したものの、最早後戻りは不可能である。しばし唸っていたものの、そもそもこのままでは生活すら危うい事に俺は気づいた。
「きょ、拠点、先ずは生活基盤を作らないといけないじゃないか」
何しろ神器と体一つで送り出されているのだ。こちらの通貨どころか身分証すら持っておらず、肉体に関して言えばせめてもの温情ということで20歳の体にしてもらったが、それでもただの一般人の枠は越えていない。季節は春であり、即凍死などは無いと思いたいが何せ山の中である。確証は無い。
「あ、あれ、思ってたよりこれ、マズイ?」
スタートから躓きかけている俺であった。
「そもそもだ、どうやってここからポイントを稼ぐというのか」
世界に降り立って二日目、取りあえず10ポイントで入手できたログハウスに引きこもり俺は不満を漏らしていた。
日時を確認すれば、1995年4月5日、午前8時丁度、場所は長野と群馬の県境の山中である。
「BETAはまだユーラシア大陸、倒さないとポイントが手に入らない、が、倒す手段が無い」
転移直後こそ、MSで無双してやるぜ!などと考えていたのだが、そもそもMSで行ける距離にBETAが居なければ戦いようがないのである。
「おまけにMS超高いし」
ガンダムでも初期の機体であるザクJ型でも8000ポイント、機動力を考えて最初の機体と目をつけていたドムでは三倍の24000ポイントである。加えて設備も何もない状況では補給もポイントに頼らねばならないため、気軽に呼び出したら最悪餓死の可能性すら出てくる。尤も、現状ではミノフスキー粒子をポイントで生成しなければいけないため生産できないのだが。
「何か手段…手段は…」
唯一の頼れる相手である神器を操作していると、その中に訓練と題された項目がある事に気が付いた。説明を軽く読んでみると、どうやらこれはVRでこの世界の戦場を体験できるというもののようだ。実戦に関しては小学生の喧嘩程度しか経験のない俺にとってその経験は得難いものであるが、それ以上にその下に書かれた文章にすべての意識を持っていかれた。
「訓練プログラム内での戦果は自身の戦略的価値の向上による人類への貢献を考慮し、実戦の0.1%が支給されます…これだぁ!」
視野狭窄という言葉がある。
元々は眼球の病により視界が制限される事柄を指すのだが、転じて物事を俯瞰して考えることが出来ない場合などにも使われる。閉じてしまったように見えた現状を安易に打開できる方法が提示された事に冷静さを失い、まさしく言葉通りそれしか見えずに訓練開始を承認してしまった。そう、少し考えれば気付けたかもしれない。
絶対に物理的には死ぬ可能性の無い仮想訓練で、何故ポイントが僅かと言え支給されるのか。数分後、俺は身をもって知る事になる。
「おや、こんにちは、ブートキャンプへようこそ。歓迎するよ」
仕立ての良いスーツを着込み事務机で新聞を読んでいた、どことなく戦闘狂の大隊指揮官殿に似た男がにこやかに告げてくる。この時点で俺の危機感は最大限に警鐘を鳴らしていたが、それはあまりにも遅かった。
「当訓練所はどんな無能な蛆虫以下のゴミクズであろうとも人並みの戦士に変えることを売りにしている。ああ、心配しなくても良い、何せ死なないからね。慣れるまで幾らでも付き合おう。幸いこの空間は圧縮空間でね、そう、所謂精神と時の部屋と言う奴さ。まああっちと違って経験以外は持っていけないがね。その分圧縮具合は折り紙付きだよ」
PTSDや廃人という言葉が脳裏を過った俺は慌てて逃げようとするが、その時重大な事に気が付いた。
離脱ボタンが、無い。
「さあ、楽しい楽しい戦争の時間だ。生憎相手は無粋な作業機械モドキだが、まあ、贅沢はいけないね」
その言葉を最後に視界が暗転すると、骨董品と言えるようなボルトアクションライフルを手に、塹壕の中に放り込まれていた。
「あ、これあかんやつだ」
死なないという事は、死ねないという事だ。
そう言ったのは誰だったか、どこかで聞いたような、あるいは自身がたどり着いた答えだったか。
念願のドムのコクピットに収まり両手に構えたMMP-80から盛大に砲弾をばら撒きながらそんな事を考えていた。時間に対する感情は遥か昔に摩耗したが、鍛え上げられた体が正確に時間を認識させてくれる。
既に戦闘が開始されて4時間。その間に5回の補給を行い、3波のBETAによる侵攻を防いでいる。もっとも、防げるのはこれで最後だろうと俺は考えていた。
大隊規模で参加したというシチュエーションだが、既に味方を示すIFFは9機にまで減っている。損耗率7割超え、戦術単位で言えば全滅をとっくに超えている。もっとも、未だに組織だって行動できているだけマシである。他の戦術機で構成された大隊は2波目の段階で文字通りの全滅をしているからだ。
「流石ドム、文句なく優秀だな」
戦術機とは比較にならない運動性と重装甲は確実に生存性に直結している。一方でこのままMSを使用しても思ったほど劇的な変化はもたらせないであろうことも既に理解していた。
「とにかく弾が少ない。それにセンサー類が貧弱すぎる。戦術機とデータリンク出来なきゃ地中侵攻に全く対応できない」
突撃級を正面からでも撃破可能なガンダム世界の火器は火力こそ優秀であったが、如何せん装弾数がBETAの物量に対抗するにはあまりにも心もとなかった。実際、戦闘中弾薬不足から後退する機体が続出。その穴を埋めるために戦術機部隊に負担がかかったことも同隊の損耗増加に繋がっている。
さらに無視できないのがセンサー類だった。元々ミノフスキー粒子下での運用を前提としたMSは光学センサー以外が貧弱、と言うよりはほとんど装備されていない状態だった。精々接近警報とレーザー照射警報くらいなもので、これは戦術機も大差ないがゲームに慣れていた俺にとって、周囲の状況が常にミニマップなどで把握できない状況は非常にストレスが溜まったし、何よりソナーが無い事は地中侵攻に全く対応出来ないことを意味していた。
「ちっ、ここまでか」
撃ち切ってしまったマシンガンを至近距離にまで近づいていた戦車級の群れに投げつけ、ヒートサーベルを引き抜く。さて、この訓練はあと何回死ぬ間にクリア出来るだろうか。
「おめでとう。今日で君は蛆虫を卒業し、一人の戦士になる。まあ、持っていけるのは経験だけだがね」
「有難うございます。教官殿」
時間にして100万時間。およそ100年ちょっとの訓練を満喫した俺は古強者の雰囲気を纏いながら礼を述べた。
とにかく死にまくる訓練であったが、おかげで痛みや死の恐怖への耐性がついたし、何より安易に考えていた戦略の問題も色々と検証できたのだから、望外の結果と言えるだろう。
「戻ってから暫くは感覚に体が追い付かないだろう、それはどうもしてやれない、ここでの経験を活かして努力したまえ」
「は、鋭意努力致します」
「うむ、迷ったり、寂しくなったらまた来たまえ。歓迎しよう」
満足気に送り出す教官に対し、最敬礼をしつつ俺は満面の笑みで言い放った。
「それは二度とごめんです」
「うう…、ひどい目にあった。収穫はあったけど、ひどい目にあった」
日が傾き始めたログハウスの一室に戻ってくると、誰にともなく愚痴を吐きながら原因となった神器を操作する。日付は4月5日のまま、オリジナルの時の部屋もビックリの圧縮具合である。
酷く気怠さを訴えてくる頭を振りながら、ポイント欄を確認すると、数値は一気に100万ポイントまで増加し設備関係の入手ポイントが半額まで落ちていた。訝しんでいると、メール機能が新着を告げていることに気付いた。
「ああ、お約束なのね」
メールの内容は神様からだった。
どうやら神様、俺以前にも幾人かこの世界に送り込んだらしいのだが、最初にポイントを与えておくと気楽に使って簡単に詰んだり、BETAを過小評価し過ぎてあっさり殺されてしまったようだ。なので最低限の戦闘に対する知識と慎重さを覚えてもらう為にあえてこの方式にしたらしい。
「言ってくれれば…」
そう言いかけて、自身もチートがあればBETAなんて楽勝と考え、おまけにいきなりMSを呼び出そうとしていた事を思い出した。仮にチュートリアルをやるように促されても、“良く知った”と思っている世界の事だ、時間の無駄などと考えて実行しなかった可能性も、いや、間違いなく実行しなかっただろう。
「前任が死ぬ訳だわ」
BETAは強い、そしてその戦争は人とのそれより遥かに危険で困難であることを、前任者達は理解せず戦いに赴いてしまったのだろう。そう、情報として知り得る事と、理解しているには絶対的な隔たりがあるのだ。
「とにかく、地盤を固めないと話にならない」
画面をスクロールさせ生産工場のタブを開く。シミュレーターによって痛感したのは、BETAに質的優位だけで戦う事の困難さだった。そしてそれはMSという現状の戦力を大きく凌駕した場合でも同様であった。
であれば後は単純、質で補えない分は数で補うしかない。
早速タブの中から資源生産プラントを選択し建造、さらに食料プラントを作成すると、同時に宇宙世紀技術から冶金技術と植物遺伝子組み換え技術を獲得、超硬スチールと高収量型作物をアンロックする。また、発展型CADシステムと第三世代戦術機の技術を獲得した。
「取りあえず装甲材と食料の供給源の確保、後は」
そう言って発展型燃料電池技術と地熱発電システム、さらに水素燃料生成技術を獲得した。
ここまでで既に50万ポイントを消費したが、手は止まらない。
更に20万ポイントをつぎ込んで対ビームコーティング基礎技術と高性能学習コンピュータをアンロック、そしてミノフスキー物理学を応用学まで取得しミノフスキー粒子生成技術とMS基礎技術を獲得した。
「よし、こんなもんかな」
最後に作業員として初期型作業用ドロイドとか言う棒人間を多少マシにしたようなロボットを30セット購入し各施設に割り振ると、手持ちのポイントは5000ポイントほどになっていた。
「さて、最初のお仕事だ」
そう言うと、俺は資源生産プラントに併設されたCADセンターに入っていく。
設置されているのは、非常に巨大な工作機械とそこに申し訳程度に据え付けられたコンピュータ端末だった。
「ふむふむ、いいね、ちゃんと入ってる」
端末を開くと中にはアンロックした技術のデータが入力されていることを確認し、早速入力を始めた。
「んー、今後の事を考えると、機体強度の高い奴…だよなぁ」
幾つかの第三世代機に目移りしながらも、第一世代、それも元祖とでも言うべきF-4ファントムを選択する。装甲で耐える事を前提とした第一世代はそれ以降の世代に比べ機体の基本構造が頑丈に作られており、さらに機体重量における装甲の占める割合が大きい。
この為、大口径火砲を運用するために必要な機体剛性の確保が容易であり、新素材装甲による軽量化の恩恵も顕著になる。加えて第三世代すら突き放す動力と推進器を与えれば、マッドサイエンティストも真っ青な魔改造ファントムの出来上がりである。
「問題は制御系だが、大丈夫だ、問題ない」
鼻歌交じりに条件を入れ替えてスペックグラフをおかしなことにしつつ、俺は最後の項目を入れ替える。
「高性能学習コンピュータ、頼りにしてるよ?」
目標
大体のMuv-LuvSSが佐渡島攻略で力尽きると聞いたので、佐渡島越えを頑張る。
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3
その異変に最初に気付いたのは、国土管理省だった。
大陸における戦況悪化を受け、国内戦力の円滑な移動、補給線の確立の為急ピッチで進められていた日本海地域への道路網の構築。その事前調査の段階でその奇妙な施設は発見された、されてしまった。
前任者達の残念な最期を知っていた誠二は基地の隠蔽も熱心に行っていたが生来色々と抜けた所の多い彼は、基地防衛用に生産した戦術機に擬装ネットをかけた程度で運用していた。
一応衛星等は誤魔化せて居たものの、周囲にやって来る人間の視点などは完全に意識の埒外だったのである。これは、立地条件が人里離れた山中であったことも原因の一つであったが、大半は彼の慢心によるものである。
つまり、簡単に言えば。
所属不明の戦術機が何の断りもなく山中とは言え国土を侵犯しているのを国土管理省の真面目な官僚が見つけた。
彼は真面目かつ優秀な人物であったから、この発見が発足間もない自分の省にとって非常にプラスになると確信、直ぐに上司に確認を取り、その結果、迅速に事態は困った方向へと進んで行くのであった。
…困った事になっている。
意識と肉体の乖離が酷すぎてどうにもならなかったので、泣く泣くポイントで自主的にナニカサレようとしたのだが、調子に乗って技術を取りまくった結果ポイントがほぼなくなって居たのである。おかげで二度とごめんと言っていたブートキャンプに僅か1日でカムバックである。あの教官殿の笑顔は暫く忘れそうにない。
オマケにあのブートキャンプは初回ボーナスとやららしく二回目からはポイントが入らないと、入ってから聞かされた。詐欺にあった気分である。
何とか頼み込んで時間経過を大幅に緩和する代わりに、没入中完全に遮断されている肉体へのフィードバックを受けられるようにしてもらったのだが、それもとんでもない副産物がついてきた。
「フグぐぐぐぐ…」
全身がびっくりするくらいの筋肉痛である。教官殿曰く、数十年単位の筋肉活動。それも文字通り死ぬような軍事行動を0.01%未満とはいえフィードバック、つまりは体が体験するわけであるから、その反動は極めて大きい、最悪死ぬかもしれないとの事だった。訓練が終わっていざ現実に戻る段階になって言うのだからいい性格である。
御蔭で戻った瞬間ショック死するかと思った。幸いと言っていいのかわからないが、筋肉痛が明ければ海兵隊も真っ青のマッチョボディが手に入るらしい。
こちらは、まあ痛いが寝ていれば時間が解決してくれるので困ってはいるが解決は容易だ。
「問題はこっちだよなあ」
寝転んだまま横のサイドボードに置かれたタブレットをつつくと、基地周辺の映像が複数個同時に立ち上がった。このタブレットは基地の情報端末で今映されているのは簡単に言えば基地防衛用の警戒ラインに何かが近づいた時に立ち上がる警戒用画像だ。
そこに映っているのはどう見ても帝国軍の戦術機と幾つかの装甲車。確かあれは歩兵が乗れるタイプだったと思うから、見えないだけで歩兵もかなりいるかもしれない。
「どうしよう」
普通に考えて今の状況は非常にまずい。国籍も戸籍も無い不審者な俺。そして不法占領している土地、しかも勝手に建物まで建てている傍若無人さ。加えて気楽に防衛用なんて思って外に出しておいたファントムモドキ。うん、武力制圧されても何の文句も言えねえ。
一応向こうさんは交渉の余地があるようで、先ほどから日本語、公用語で何度も警告を出してくれているのだが。
現状、基地内の人員は俺一人。で、俺氏筋肉痛+疲労で身動きがとれない。一応武装解除には応じるつもりで返事はしたのだが、ここで考えた。基地の中に彼らを入れた場合、俺はどうなるか?
何せ国どころか俺はこの世界に居ない存在だ。つまり国が定める法も国連の決めた条約も適用外である。設備が接収されるのは最悪許容出来たとしても、神器を奪われた場合、詰む。
それはなんとしても避けねばならない。
そう考えると、武装解除はしても、基地内においそれと彼らを入れるわけにはいかない。と言うところで目下動けるようになるまで黙りを決め込んでいるのだが、そろそろ向こうが我慢の限界っぽいんだよなぁ。
「ほんと、どうしよう?」
「返答、ありませんね」
鋭谷少尉の言葉に双眼鏡をのぞき込んだまま大岳大尉は盛大な舌打ちの後、返事をした。
「舐める気持ちも判らんじゃないがな。国のど真ん中に戦術機と拠点が完成するまで気付かなかったなんざ、言い訳のしようもない笑いの種だろう」
隠蔽を解きその姿をあらわにしている所属不明機を目を細めながら眺めた鋭谷少尉が肩を竦めつつ同意した。
「確かに。しかしどこのどいつ様でしょうね?いくらF-4とは言え戦術機を複数機保有しているテロ組織なんて聞いた事ありませんが」
「欧州の方じゃ何度か強奪されたって話は聞いたがな。まあ、そう言う連中とは間違いなく違うな」
そう言って大岳大尉は持っていた双眼鏡を鋭谷少尉へと手渡した。
「機体色はオリーブドラブ、それもご丁寧に戦車隊と全くの同色。おまけに肩に日の丸ときた。反日本なり国連なりを掲げる連中にしては些か愛国心に溢れた装いだな」
「軍を装って破壊工作をするつもりとか」
「そこまで手間をかけるなら標準色に塗るだろうさ。一応戦闘の意思はないらしいから、暫くにらみ合いだな。クソが!余計な手間をかけさせやがって!」
最前線である大陸に比べれば遥かにマシとはいえ、日本の状況も決して順風とは言い難い。特にここ数年は度重なるユーラシア大陸への派兵により、物的にも人的にも日本は疲弊している。昨年には殆ど学徒動員に近い法案が可決されたどころか、今年には18歳以上の未婚女性まで徴兵対象とするという根こそぎどころではない徴兵体制に移行しようとしているのだ。どこの馬鹿の仕業かなどは興味の範囲外であるが、大岳大尉にしてみれば貴重な資材や何より時間を浪費させられる事は何よりも許せない行為だった。
「かと言って、突入命令とかは勘弁願いたいがな」
苛立ちながらも大岳大尉はそう口にした。
「F-4が4機なら、やってやれない事は無いと思いますけど」
その言葉に疑問を鋭谷少尉が疑問の声を上げる。彼らの乗機も同じくF-4を日本帝国でライセンス生産した撃震であるが、近接格闘用にチューニングが行われているし、何より投入されているのは倍の2個小隊8機だ。相手が富士教導隊の不知火――昨年配備が始まったばかりの新鋭機だ――ならばまだしも、陽炎を配備されているベテラン相手でも勝てる自信が彼にはあったからだ。だがその考えを大岳大尉は否定する。
「あれはただのF-4なんかじゃ無い。見てくれは取り繕っているが全くの別物だ、よく見ろ」
その言葉に眉を顰めながら、鋭谷少尉は再び双眼鏡をのぞき込む。そして大岳大尉の言いたいことを理解し、うなり声を上げた。
「大尉、ありゃ何の冗談です?」
「俺とお前の目が同時におかしくなっていなければ間違いなく現実って事だな。理解したか?」
「やばそうだと言う事は十分に」
彼の視線は所属不明機が握っている武器へと注がれていた。そこには見覚えのない突撃砲が握られていたのだが、それは彼らの常識からすればあまりにも異質だった。
「57?いやもっとでかい…105ミリか?」
「下のランチャーもだ。あのサイズ、倍以上あるぞ。虚仮威しでないとすればそんなものを振り回せる本体が通常のF-4な訳が無い」
大岳大尉の言葉に鋭谷少尉は息を呑む。彼らの乗機である撃震を含む第一世代と呼称される機体群は運動性が低く、それを補う為に追加装甲を装備する場合が多い。だがその装甲であっても36ミリはともかく57ミリ相手では心許なく、105ミリや120ミリになってしまえばデッドウエイトにしかならないという性能だ。ただしこれは想定される条件が人類同士の殺し合いではなく、対BETA戦に特化しているので高速で飛翔してくる弾体への性能よりも、軽量かつ耐熱性能に重点が置かれているためである。だがその事実は今の彼らには何の慰めにもなりはしない。大口径砲から吐き出される砲弾に蜂の巣にされる未来を想像し、鋭谷少尉は改めて口を開いた。
「頼むから、制圧しろなんて命令だけは勘弁してくれよ?」
「ダメだな、もう限界だ」
そう呟き俺は震える指で神器を操作する。この筋肉痛が後数分で快癒する可能性はゼロだし、周りを囲んでいらっしゃる方々の忍耐がそれまで持つとはどうにも考えられない。何せリンクしているファントムモドキのカメラに武装した歩兵の皆さんがバッチリ映っているからだ。ぶっちゃけ外にある戦力だけで蹴散らすのは容易なのだが、俺がここに居るのは彼らを救うためであって、ただBETAをぶっ殺せば良いというわけでは無いのだ。はっきり言ってここで良好な関係を築かなければ、たとえBETAを駆逐したとしても今後は俺が第二のBETAとして追い回される事になるだろう。そんな未来は望んでいない。
「ご、5000ポイント…」
コレを使い切ったら神器は暫く使えない。だが、現状を打破するにはこれしか方法が思い浮かばない。俺は覚悟を決めて決定ボタンを押す。するとすぐさま目の前の空間がゆがみ、メイド服を着た女性が現れた。
「戦略支援システム、モデル09着任致しました。指揮官、ご命令を」
そう言って亜麻色の髪をした女性が優雅に礼をしてくれる。うん、これならなんとかなるだろう。
「早速で悪いけど、拠点を包囲している勢力との交渉を頼みたい」
「承知しました、条件は如何なさいますか?」
「拠点の保持と独立運営権の維持、そして友好の確立だ」
「かしこまりました」
そう言って恭しくもう一度礼をすると、女性は部屋を出て行った。それを見送り、俺は深く溜息を吐いた。
「メイド服は、絶対失敗だったな」
供養終わり、次からペースが落ちます。
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4
佐伯恵那中佐は混乱していた。文字通り地獄の最前線から名誉の負傷と共に後送されたのが一月ほど前。生体義肢が漸く馴染んできたかと言う矢先に彼女へ下されたのは国内の所属不明勢力への接触命令だった。曰く、大陸にて複数の国軍と協調連携をなした手腕を高く評価している。ついてはその外交能力を役立てて貰いたい。
口からでかけた罵詈雑言を呑み込めた自制心を褒めて貰いたいと彼女は本気で考えた。BETAという脅威を前に生き残ると言う極めてシンプルな目標を共有できたあの状況と、所属不明の武装勢力への交渉を同列に語るなど、彼女の常識では正気の沙汰では無かったからだ。とは言え正式に命令として伝えられてしまえば拒否権は無い。悲しきは宮仕えの身である。付き合わされる部下達に胸中で詫びながら、現地に到着。お決まりとも言えるような定型文を国際公用語、日本語と繰り返し読み上げると、暫くして所属不明機に動きがあった。
『こちらに交戦の意思はない。暫しお待ち頂きたい』
そう言って隠蔽を解き、両手を上げてみせる所属不明機。降参のポーズを戦術機が取ったという事に少々動揺しながらも佐伯中佐は代表者との面会を求めたが、返ってきたのは先ほどと同じ言葉だった。てっきり答えた機体の中身が代表だと思っていたのだが、どうも違うらしい。更に待たされること30分。緊張と苛立ちがピークに達するかというタイミングで、戦術機達が守っていたコテージから人影が現れた。
「申し訳ございません。ご主人様が多忙に付きまして、私めが代理としてご用件を承ります」
そう言って綺麗な会釈をしてきたのはメイドだった。彼女達に知識があればそれがまったくのなんちゃってである事が理解出来たであろうが、それ以上に奇異な状況が彼女達の思考能力を著しく低下させた。故に代表である佐伯中佐に出来たのは群馬の山中でエセメイドを問いただすという極めて滑稽な絵面であった。
「代表に会えなくては交渉にならない」
「問題ございません。ご主人様より本件に関します全権を委任頂いております」
「…では、即時武装解除と拠点の明け渡しを要求する」
「申し訳ございません、その要望へはお応えできません」
痛いほどの沈黙と殺気が周囲を支配する。柔和と表現される事の多い佐伯中佐であるが、それは容姿についてであって、内面は立派に武家の娘である。咄嗟に手を腰へとまわしかけ、鋼の意思でそれを抑え込む。理由の大半は普段持ち歩いている愛刀を佩いていなかったからではあるが。
「巫山戯ているのか?貴様の主人とやらは我が国の法を侵害している。恭順するならば寛大な沙汰もあるだろうが、そのような態度ではどうなるか判っているのだろうな!?」
激昂する佐伯中佐に対し、メイドは小首を傾げると笑顔で答えた。
「何やら勘違いなさっているようですね。ご主人様は別に貴方達の承認など必要ないのですよ。力尽くで納得させることも容易なのですから。交渉の場を設けているのは単にご主人様の慈悲なのですよ?」
「ば、馬鹿にしているのか?我々は日本帝国の…」
「良く存じておりますよ。その上で申し上げています、力尽くで納得させることも容易だと」
全く揺らがないメイドの表情から佐伯中佐は正しく理解する。彼女は本気でそう言っているし、事実その通りなのであろうと。返答に窮する佐伯中佐に対し、メイドは話は終わりだとばかりに一礼し踵を返してしまう。慌てて呼び止めようとする佐伯中佐の言葉を制するように、振り返ること無くメイドが口を開いた。
「申し訳ありません、伝え忘れたことが二つございました。一つ、ご主人様のお手が空き次第こちらからご連絡さしあげます。二つ、警告ではなく忠告ですが、力でどうこうという考えはおすすめしません。ご主人様は温和で慈悲深いお方ですが全てを無制限に許容されるわけではありませんし、それ以前に周囲の者がそれを許さないでしょう。では」
それだけ告げるとメイドは止まること無くコテージの中へと消えてしまう。同時にそれまでただ立っていた所属不明機が警戒態勢に移る。それを見て佐伯中佐は彼女の言葉が全て本気であると痛いほど理解した。
「一旦、下がるぞ。戦術機も全て下げろ」
「それは、宜しいのですか?」
聞き返してくる副官に佐伯中佐は仏頂面で答える。
「良い訳があるか!だが、あの女の目を見ただろう?アレは本気でそうだと考えている目だった。勿論私だって帝国が連中に負けるなどとは思っていない。だが少なくとも連中のご主人様とやらは複数人にそれを信じ込ませるだけの能力の持ち主だ。そんな連中を不用意に刺激してみろ、一体何をしでかすか判らんぞ」
何しろ相手は戦術機すら用意してみせるだけの伝手があるのだ、個人用の爆薬やそれこそBETA相手に使い道も無く死蔵されていた何処かの国の化学兵器などをもってなどいたら目も当てられない。しかもそれを使うのが狂信者であれば尚更だ。
「杞憂で終われば私一人の首で済む。だが本当であったなら。我が帝国が被る被害は想像もしたくない。非武装の監視員を数名置いて後は撤収する」
そう言って佐伯中佐自身も踵を返す。連中と二度と関わらない事を望みながら。
「どうしてそうなる!?」
帰ってきたメイドさんを見て、俺はベッドの中でつい絶叫してしまう。ファントムモドキに取り付けられている集音マイクは非常に優秀で、彼女の交渉とやらを逐一漏らさず俺の耳へと届けてくれた。無論映像もバッチリであるから帝国軍の皆さんが激おこでお帰りになる場面もはっきりくっきり見ていた。思わず頭を抱えようとして筋肉痛により悶えているとメイドさんが口を開いた。
「ご主人様のいらっしゃった世界と比べ、ここは些か暴力と言う要素が比重を占めております。力無き、あるいはないと目された者は搾取の対象でしかありません。下手に出て友好を語るなど下策中の下策です」
ぬう。百理ある。
「そもそも何なのですか、あの者の態度は。この終末の世を憂い己の平和な来世をふいにしてまで降臨下さったご主人様に対してなんたる無礼!本来ならば五体投地の上泣きながらその慈悲に感謝の祝詞を捧げてもおかしく無いと言うのに」
「いや、それはどうだろう?」
いきなりやべえ宗教の教祖ばりに持ち上げられて突っ込んでしまう。だって俺はそんなに深く考えずにこの世界に来たからだ。しかも来るのを決断したのもチート能力を授けて貰える前提だ。とてもじゃないが高潔とか慈悲深いとかいった言葉とはかけ離れた存在だろう。だが、そうだな。どうせ最初から世界を滅茶苦茶にする前提で来ているんだ。ならばちゃんと滅茶苦茶にしよう。
「まあ、君の言い分も解った。そもそも拠点と戦力の保持を優先させたのは俺だしね」
友好と言った気もするが、そこは呑み込む。平和な世界の友好と、彼女の言う通り正に世紀末な世界における友好がイコールとは思えないし、両者のパワーバランスが著しく不均衡であるならば尚更だ。自身を落ち着かせる意味を込めて深呼吸を一度すると、俺は彼女へ礼を述べようとして気がついた。
「そう言えば君の名前は?」
「私は汎用モデルですから個体名は存在致しません、同型機が着任しました場合もネットワークにて全データを共有、全ての個体が変らぬパフォーマンスでのサポートをお約束致します」
そいつは有り難い。でも呼び名くらいあっても罰はあたるまい。
「でもそれじゃあ俺が呼ぶ時に不便だよ。…そうだな、君はモデル09だから、ルクレツィア。今日から君の事はルクレツィアと呼ぶことにする。よろしく頼むよ」
そう俺が言うとルクレツィアはベッドの横に傅いた。
「承知致しました。戦略支援システム型ドロイド、ルクレツィア。世界を救うその日までご主人様を微力ながら支えさせて頂きます」
仰々しいやりとりにちょっと笑ってしまう。
「取り敢えずこの通り2~3日は動けそうに無いんで、それまで拠点の運営をお願い。特に戦術機の生産を最優先、次いで拠点の拡張と各種資源生産設備の設置、宜しくね」
そう言って俺は目を閉じた。
のが、三日前。痛みが引き、ちょっと窮屈になった服を着て朝食の携帯糧食(自衛隊)を囓りながら、寝ていた間にルクレツィアがやらかしてくれた報告に目を通している。
「ほうほう、戦術機は追加で1機。ただし製造ラインをもう一本追加中で今週中には稼動開始と」
これは日産1機だから不思議じゃない。むしろ量子コンピューターとかジェットエンジンとかを一から生産しているというのに僅か1日で組み上がる方が異常だ。おかげで拠点の9割はこの生産設備で埋まってしまったが、拡張するのを前提にこんな辺鄙な場所を選んだので問題は無いだろう。むしろ驚いたのはその設備を用いてもう一本生産ラインの各種機材を生産するという発想である。殆どを技術獲得の際の特典として手に入れていた俺は、それ自体を作る術を持たなかったのだ。じゃあなんで作れたかと言えば、それは完全にルクレツィアのおかげである。
戦略支援システムの名の通り、彼女は俺をサポートするためにこの拠点とネットワークを共有している。当然そこには同じく接続している作業用ドロイドがあるのだが、これらは生産設備全体の保守点検も受け持っている。その中には設計図と遜色ないデータが納められていたのだが、何せ作業用ドロイドは文字通り労働力であるため自身から使用者に提案や情報を提供するといった機能を持ち合わせて居ないのだ。まあ、それ故に150体購入してもたったの3000ポイント、ルクレツィアの大体半分程度のお値段なのであるが。
「…しかし、そうかぁ。発電システムと資源収集システム、浅間山に繋げちゃったかー」
俺は真っ正直に拠点の真下方向へ掘り進んでいたのだが、それはどうにも効率が悪いらしい。資源収集と基地拡張のため、真下方向への掘削も行われているが、手っ取り早く熱源を手に入れるために、ルクレツィアが選択したのは近所の活火山を活用する方法だったというわけだ。これ、刺激になって噴火とかしないだろうな?
「むしろ継続してマグマを採取しますから噴火のリスクは低減します」
「さようですか」
すまし顔で隣に控えているルクレツィアだが、俺には凄い勢いで振られている犬の尻尾が幻視出来た。うむ、信賞必罰は健全な組織に必要な要素だよな。だから俺は次の文言を読み上げねばならん。
「では最後に、あの後拠点に来た帝国軍戦術機を悉く撃退したのはなんで?」
そら力を見せる必要はあると言うのは理解したつもりだ。でも幾らなんでもやり過ぎだろう!?映像を確認したけど最後の方なんて富士教導団の不知火が出てきてたぞ。
「そのご質問に対する答えは簡単です。彼らの目的がこちらの制圧でも占領でも無く破壊であったからです」
どうもこの戦略支援システム様はとても優秀らしく、現在人類が用いている暗号通信程度なら余裕で傍受出来るし、ネットワークに存在しさえすればあらゆるコンピューターに侵入可能なのだそうだ。その彼女曰く、最初に対応した佐伯恵那という中佐は俺達に危機感を覚えて兵を引くと同時に穏便に対応するよう報告書を上げたそうだ。しかしそれを見た上層部は激怒した。そりゃそうだろう。良く解らん武装勢力に恫喝されて兵を退くなんて面子が丸つぶれである。おかげで佐伯中佐は責任を問われて出頭、んで後任の人間はさっさと俺達を排除するべく動いたわけだが。
「まさかたった4機に片付けられるとは思わなかったんだろうなぁ」
「無力化は致しましたが人的損失は発生させておりません。機体に関しましても今後はこちらからの供与が主軸となりますから軽微でしょう」
大隊規模の損失を軽微と捉えてくれるんかな?
「ところでその後の襲撃が止まったのはなんで?」
ここまでやったらもう後には引けないと覚悟完了させそうだけど。
「あちらの総司令部にお伝えしただけです。どうしても不満だと言うのなら帝都まで話を付けに行ってやっても良いと」
因みに現在の帝都とは首都京都を指すのだが、軍事的な中枢は実は東京にある。へんに武家社会が継続した結果、内閣の統制下に無い武力を有した勢力を内包したために、住み分けが必要になってしまったのだ。んで、今回の件に関しては内閣の管轄である国防省が担当していたのだけど、そんな彼らにウチの頼れる戦略支援システム様はこう言ったわけだ。
「あんまり舐めてるとお前らのボスの安否も保証せんぞ?」
帝都におわすのはご存じ政威大将軍様である。無論帝都は斯衛によって守られているが、その能力は一般的な帝国軍に比べれば有能ではあるが、絶対の差は存在しない。簡単に言ってしまえば、富士教導団くらいの能力があれば互角にやり合えるのだ。そしてこちらのファントムモドキはその富士教導団を圧倒している。国防省はさぞ肝を冷やしたことだろう。何せ自分達が要らん虎の尾を踏んで、結果政威大将軍を危険にさらしたとあれば城内省が激怒するのは間違いなく、国民感情も逆撫でする事になる。そうなれば首が飛ぶのは一人二人では済まないだろう。
「それから何度も来られては不愉快ですから、この辺りの所有権と身分も作っておきました。これで多少は静かになるかと」
おまけに国のデータベースも改竄したらしい。今更な気もするけど無いよりはあった方が良いだろう。
「解った、ルクレツィア。引き続き拠点の改良をお願いするよ。俺は少し出かけてくる」
「承知しました。行き先をお伺いしても?」
そう聞いてくる彼女へ俺は笑いながら答えた。
「こっちから声を掛けると言ったんだろう?いつまでも待ちぼうけさせるのは趣味じゃ無いんだ」
戦略支援システム型ドロイド(武闘派)
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5
大雑把に示された拡張計画を実現するべく、ルクレツィアは働き続ける。人間に極めて近い容姿を持つ彼女であるが、本質的には機械であり、人間のような睡眠も休息もほぼ必要としない。そんな彼女は今、管理室と呼称されるスペースにしつらえた専用の椅子に腰掛け、腕を組み瞑目している。本来であれば自動化されている各種作業機械や製造ラインを直接彼女が制御することで最大限の効率化を行っているのだ。だが、それでもやはり限界はある。
「ダメですね」
彼女の主は無能ではない。むしろミリタリーなどに関しては一般より深い知識を有しては居るが、それでも所詮は素人である。補給や整備といった後方の重要性は認識していても、具体的にどうすればその体制が確立出来るかなどは知らないし、そもそも前線で戦術機を一機満足に動かし続けるのにどれだけの物資が必要となるかも解っていない。現在月産60機をベースとして指定された戦術機を製造しているが、これを前線に配備できても直ぐに置物になってしまうだろう。何しろ外観こそF-4と呼ばれる戦術機を踏襲しているが、中身は全くの別物である。そもそも素材や駆動方式すら異なるのだから既存の整備体系に組み込めないし、整備用の部品も掛け値無しに地球上でこの拠点でしか作れないのだ。笑顔で機体を日本帝国へ供給する計画を話す主人を全力で止めたのは記憶に新しい。
「じゃあ、超硬スチールだけならどう?」
そう聞いてくる主人の顔はどこか叱られた子犬を想像させ、ルクレツィアはちょっぴり興奮してしまった。因みにその時の映像は彼女のプライベートストレージにしっかりと保管されている。そんな主人に断腸の思いで伝えたのはやはり難しいという答えだった。
超硬スチールは別世界における娯楽作品に登場する人型兵器の構造材だ。一般的な鉄の半分以下という驚異的な軽量さで極高張力鋼を超える強度を誇るという夢のような素材であるが、これは従来の合金とは異なり、製造過程で分子レベルで配列を制御することで生み出されている。故に素材として提供したとしても加工段階で特性が失われてしまうため意味をなさないのだ。そしてやはり超硬スチールの製造設備もこの拠点にしか存在しない。
「人類を救う英雄としてはまだまだ未熟。ですが古今英雄が始めから英雄であった事はない。そしてご主人様には私が居ります」
これまで幾人かの英雄候補に仕えた経験のあるルクレツィアであったが、今回ほど好ましく思う主人は居なかった。兵站を軽視するような者はそもそも彼女を呼び出さないが、一方で彼女を呼ぶ程度に知識のある者は大抵が自身の能力を過信している事が多く、彼女の提言や忠告を聞くことを拒む傾向にあったのだ。兵站を丸投げされたのは想定外であったが、確かに今の主人では足手まといにしかならないのだから、適切な判断であるとも考えられる。そして何よりも主人には彼にしか出来ない仕事があった。
「過酷な一歩、けれど成さねばならぬ一歩ですご主人様。ご武運を」
前略、今僕は船に乗っています。
「いや早すぎるって」
「何かご不満がおありですか?」
「いいえ、何でもありませんよ」
後ろから声を掛けて来た佐伯中佐に向かって俺は笑顔で応じた。辺り一面夜の海というのは実に殺風景であるが、まあクルージングに来ているわけでも無いのだから妥協すべきだろう。出された食事のひどさは正直なんとかして欲しいところだが。
「それは良かった。ご不満などありましたら何なりと申しつけて下さい」
トーンと内容が全く一致しない台詞を吐きおえると、仕事は終わりだと佐伯中佐はさっさと船内に戻ってしまった。俺も顔に当たる風の冷たさに溜息を吐き中へ戻ることにした。
「ま、話が早いのは良い事だ」
今から一週間ほど前だ。帝国とコンタクトを取ろうとした俺にルクレツィアが深刻な顔で今後について相談があると言ってきた。その内容とは、どう頑張っても俺が立てたプラン、即ちチート技術で製造した戦術機を帝国に供与して状況の改善を図るというのが実行できないという話だった。素人である俺が考えるより戦争というのは信じられないくらい物資を消費するらしい。
「現在の施設拡張速度と技術のみでは状況の打開は困難と言わざるをえません。ついては新技術の獲得並びに管理エリアの拡充を提案致します」
つまりBETAをぶっ殺してこいって事ですね、ワカリマス。だが、この時期まだBETAは日本まで来ていない。なので彼らの支配域まで行かねばならないのだが、如何せん俺には移動手段が無い。どうしたもんかと悩む俺を助けてくれたのが帝国海軍様である。手土産としてファントムモドキを一機技術研究用として提供した際に御偉いさんがデモンストレーションを見学していたのだが、大陸で実際に試験がしたい旨伝えたら輸送船をポンっと貸して下さった。実に良い笑顔だったことを覚えている。そしたら慌てた様子で陸軍の方が護衛の戦術機部隊を付ける事を提案してくれた。正に至れり尽くせりである。まあ、俺の監視が本当の仕事だろう。
「技術主任殿、どうされました?」
ぶらぶら歩いているとそう声をかけられる。振り返るとそこには近年めっきり数を減らした厳つい成人男性、大岳大尉が立っていた。全体的におっかない風体であるが、佐伯中佐に比べれば遥かにフレンドリーで話しやすい相手だ。
「少し機体を確認しておこうかと思いまして」
「ではご一緒しましょう。その方が面倒がないでしょうから」
そう言って大岳大尉は同行を申し出てくれる。因みに彼は佐伯中佐の指揮する戦術機大隊の中隊長だ。尤も彼女の大隊は先の大陸における防衛戦で損害を受けたために後方で再編されている。てか構成人員中無事なのが8名だけ、その上大隊長は負傷で戦術機に乗れなくなっているとか、もうそれ大隊として機能していないじゃねえかと思うのだが、割とBETA大戦では日常的な光景だったりする。実に地獄。
「大尉も大陸ではF-4に乗っておられたのですよね?」
「ええ、現地での部品供給の都合もありまして」
そう言って大尉は苦笑する。中国は初動の失敗と東側であるという理由から戦術機の供給はかなり遅かった。当然米軍では主力となっている第二世代の開発も遅れたため、前線で運用されている多くの機体は未だに第一世代だ。ただし、派遣軍の多くが物資の供給もしていたから、彼らがF-4の帝国ライセンス機である撃震を与えられていたのは、どちらかと言えば帝国の懐事情によるものだろう。確か第二世代のF-15は研究用で少数のライセンス獲得だった筈だから貴重な機体を前線に出し渋ったのかもしれない。
「実際の所、どうですか?」
「…厳しいですな。F-4では正直運動性が低すぎます」
第一世代の戦術機は攻撃を装甲で耐えるという、どちらかと言えば戦車のような運用が想定されていた。これは兵器としての蓄積が不十分であったことと、運動性の中核を担う推進器の性能不足から来る妥協の結果だ。おかげで第二世代以降は運動性能と反応速度に重点を置いた設計にシフトしている。
「言いたくはありませんが、撃震ですとその問題はより顕著でしょうね。F-4は格闘戦に全く向いていない」
日本帝国は戦術機に格闘性能――それも文字通りの意味の――を求める傾向にある。恐らくこれは国としての能力の問題だろう。国内で火薬の大量確保が難しい帝国はどうしても弾薬不足という不安がつきまとう。故に残弾を気にしなくて良い装備、と言う事なのだろう。
でもなあ、正直俺はこの思想が好きじゃない。何故なら戦術機が非常に脆い兵器だからだ。突撃級の体当たりなんて受けたら大破確実だし、そうでなくても要撃級に殴られると最低でも機体に歪みが、運が悪いと普通に推進器を破壊されて詰むなんてことが起きる。そしてBETAの数は戦術機より圧倒的に多いから、常に一対多数の戦いを強いられるのだ。パイロットに掛る負荷は相当なものだ。シミュレーションでやらされたナイフサバイバルは未だに俺のトラウマだ。
「成程、それで彼の様な機体を設計されたのですな。…しかし、使えますか?」
まあ、正体不明の実験機には正当な評価だよな。
「理論上は問題ありませんよ。後は実証するだけです」
俺の物言いに大岳大尉は一度呆けた後、悪い笑みを浮かべる。
「それは実に楽しみですね、正式に採用となればあの機体を真っ先に受領するのは恐らく我々です。今回の試験の成功を心よりお祈りしますよ」
無線機越しに聞こえる会話に集中しながら、佐伯恵那中佐はキャットウォークから輸送中の機体を眺めていた。F-4JX、まだペットネームも付けられていないその機体は、あの巫山戯た連中によって持ち込まれたものだ。
「カンパニー、ね。名前まで巫山戯ている」
一体何者かと言うこちらの問いに、代表としてやってきたあの男――状況から察するに彼がご主人様とやらであろう――は、しばし考え込んだ後そう名乗った。適当だろうがせめて名前くらい考えておけと言いたかった。そんな相手に自国の今後を任せねばならないという状況も腹立たしい。だがもっと腹立たしいのは話を拗らせた挙句にこちらへ丸投げしてきた上官である。
「海軍連中に全て持って行かれる訳にはいかん。それに君は最初から正しく彼らを評価していたようだし適任だろう?」
ヘラヘラと笑いながらそんなことを言う上官を殴らなかった自制心を褒めて欲しいものだと佐伯中佐は思った。
「でも、これは本物だ」
交渉の場で見せられた光景。それは佐伯中佐という前線を知る一人の軍人が、何を犠牲にしようとも量産配備しなければならないと確信させる性能を披露した。それを忌憚の無い意見として述べたのだが、そのせいで佐伯中佐は“彼ら担当”という認識が帝国軍上層部に広まることとなり、胃痛の種と長く付き合うことが確定してしまったのだが、まだ彼女は気付いていない。
「後はあの男がヘマをしないことを祈るばかりね」
口ではそう言うものの、その可能性は極めて低いという確信が彼女にはある。何しろ件の男は一目で理解出来るほど完成された兵士と言うべき肉体の持ち主だったからだ。その上で機体は富士の教導団が虎の子の第三世代を持ち出しても敵わないという傑作だ。ただ明らかに佐伯中佐より年若い彼が一体どのような経歴を辿れば彼の様になるのか見当もつかないが。
「ん?来たか」
信頼できる部下である大岳大尉の声が直接聞こえ始めたため、彼女は手すりから身を離し格納庫を後にする。彼と良好な関係を築くのも彼女に課せられた任務だ。だが最初の印象で失敗している事から、そちらの方面は部下達を中心に進めて貰っている。幸いにして状況は順調のようだし、要らぬ波風を立てないよう気を遣うのも必要な措置だ。
「そうと言っていられない日が来るのも近そうだけれど」
そうなった時、あのメイド服の女とどう接すれば良いのか。それを考えるだけで胃の辺りが重くなる佐伯中佐だった。
ぶっちゃけ、今日のUAとお気に入り登録数の伸びにびびってます。
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6
だからなんだ。その、そんなに期待されても困る。
ユーラシア大陸東部、中華人民共和国領でのBETAとの戦いは依然として人類劣勢を覆せずにいる。まあ歴史を知っている俺からすれば、この頃がまだまだ幸せな時代だと思えるのだが。何せまだ人類はBETAに勝てるという希望を持てているのだから。
大陸派遣軍司令部への挨拶を済ませた俺達が向かったのは、前線でも比較的圧の低い北京だった。現時点で地球上のハイヴ、BETAの拠点は16カ所。最も新しいのが中国の重慶市跡に建設されたH16――帝国的に言えば甲16目標だ――であり、同時に日本帝国にとって最寄りのハイヴとなる。次いで近いのが同じく中国の敦煌市に建設されたH14になる。こう表現するとH16の方が脅威に感じるが、実はそうではない。それというのもBETAの侵攻はある法則があるからだ。
BETAは拠点であるハイヴ周辺の個体が一定数を上回ると新規のハイヴ建設のため侵攻を開始する。
昆虫などに見られる巣分けに近い行動だ。まあ連中の目的は資源収集だからそれに則した行動パターンと言えるだろう。そして現在人類はその性質を逆手に取った戦術を展開している。即ちハイヴ周辺の個体数が一定以下ならば侵攻が発生しないのだから、常にBETAを間引き続ければこれ以上の拡大を防げるというものである。尤もこの戦術は消極的な延命に近く、何より人類が攻撃出来ないハイヴでもBETAの生産が続く以上、何れ破綻する戦術である。
少なくとも今日までは。
「サエキ中佐!久しぶりだな!3年ぶりか?」
「ホアン大佐、お久しぶりです。そちらもお元気そうで何よりです」
そう言って現地の指揮官と握手を交わす佐伯中佐。なんでも重慶防衛戦の戦友なのだとか。佐伯中佐の隊はその後各地を転戦する事になったらしいので久しぶりの再会らしい。
「私はあの後の九-六作戦でドジっちまってな、いまじゃこうして椅子磨きさ」
よく見れば彼女の左腕は若干細く動きもぎこちない。彼女も佐伯中佐と同じく生体義肢なのだろう。
「ま、生き残っただけでも儲けものだな。それでお前さんはどうしてまたこんなクソッタレな場所に?」
「実は我が国でF-4の改良型を研究しておりまして、ここにはそれのテストで」
佐伯中佐の言葉にホアン大佐が思い出したように納得の表情を作った。
「ああ、そういや司令部からそんな話が来ていたな。てっきり学者みたいな連中が来るかと思っていたんだが」
「4日後に間引き作戦があると伺っています。そこにお邪魔させて頂けないかと」
「構わんよ。どの程度までやる予定だい?」
まあそうなるよな。実験中の戦術機なんてどんなトラブルを起こすか解らない、そう考えれば戦力として当てにするのは危険だし、実験機はトラブルを含めて貴重なデータだから必ず持ち帰る必要がある。だから最悪多少の不具合でも引き揚げてしまう可能性すらあるのだ。だからこそのホアン大佐の発言だろう。だが、騙して悪いがこれはテストの名を借りたF-4モドキの実戦デビューなのだ。検証そのものはあのチート空間で泣きたくなるほどやったから問題無い。その旨は佐伯中佐にも伝えてあるので、彼女も良い笑顔でホアン大佐の問いに答えた。
「最前列配置でお願いします。そちらが邪魔だと判断した場合は速やかに後退しますので」
「…正気かい?実験機なんだろう?」
佐伯中佐の言葉に眉を顰めるホアン大佐。まあ割と滅茶苦茶言ってるわな。
「実験機のコンセプトが先制打撃なのです。後方ではデータ収集が難しいかと」
笑みを崩さず続ける佐伯中佐に対しホアン大佐は腕を組み暫し目を瞑ると、小さく溜息と吐きつつ答えを口にした。
「了解した。ただしそちらが言う通り邪魔だと判断したら即時後退して貰うぞ」
その後幾つかの確認をして俺達は部屋を出る。うん、完全に空気だったな、俺。
「有り難うございます。佐伯中佐」
全て希望通りに意見を通してくれた事に感謝してそう口にすると、佐伯中佐は無表情で口を開いた。
「それが私の仕事ですから。しかし本当に大丈夫なのですか?」
「問題ありませんよ。改の性能はご存じでしょう?」
そう言い返すと佐伯中佐は露骨に溜息を吐いた。
「ええ、存じています。ですが、あの光景を前に貴方が普段通りいられるかは別問題です。そしてその時危険にさらされるのは貴方だけではないのですよ?」
ああ、成程ね。俺じゃなくて部下が心配なのか。今回のテストでは直掩として中佐の隊から2名の衛士が参加してくれている。一人は船でも良くしてくれていた大岳大尉。んでもう1人は鋭谷という少尉さんだ。細マッチョで糸目な少尉さんは大岳大尉の僚機なのだとか。
「承知しています。お二人が得がたい存在である事も含めて」
佐伯中佐も含めて彼らは大陸帰りという実戦を経験した上で未だに衛士を続けている貴重な人材だ。人的資源が払底しつつある人類にとってその価値はまさに天井知らずと言えるだろう。だが、俺だってここで引き下がるわけにはいかない。
「佐伯中佐のご懸念はもっともです。ですが、これは今後の我々にとって絶対に必要な事なのです」
厳しい視線に目をそらさずに応じたのはほんの数秒、先に目をそらしたのは佐伯中佐だった。
「軽々しく信じろなどと言わなかったことだけは、評価します」
それだけ言うと彼女は再び歩き出した。結局この後、ロクに会話する事すら出来ずに作戦日当日を迎える事になってしまう。本当に大丈夫かな、このチーム。
『トイボックス1起動、データリンク確認願います』
「IFF確認。こちらコマンドポスト。トイボックス1、データリンク確立を確認、状況知らせ」
『了解、こちらトイボックス1感度良好。全システム正常作動中、オプションを含め異常は認められず』
「了解、コマンドポストよりチェイサー1及びチェイサー2、トイボックスに外的異常は無いか確認されたし」
『こちらチェイサー1、了解。外的異常は見受けられず、画像データを送る。確認されたし』
『チェイサー2、同じく確認出来ず。こちらも画像を送る』
「こちらコマンドポスト、画像データを確認。当方でも異常は認められず。作戦開始まで各機はそのまま待機せよ」
『トイボックス1了解』
『チェイサー1、了解』
『チェイサー2、了解』
試験小隊各機の返事が終わると、通信に暫しの静寂が訪れた。
「大人しくしていますね。少し意外です」
作戦開始まで後30分、コマンドポスト将校である篠原中尉がそう口を開いた。彼女も佐伯中佐が預かっていた部隊の生き残りであり、今回の派遣に際して彼ら“カンパニー”と帝国陸軍の間で起こった事の顛末も知っている。
「そうでもない。航海中の態度も見ていたが彼は実に理性的だ。部下のしつけには少々問題があるようだが、少なくとも暴君やじゃじゃ馬の類いではない」
相対した時の態度とは全く異なる高い評価に篠原中尉は少し驚いた。外様とは言え、武家出身でありながら帝国軍に籍を置く程度には捻くれている上官が手放しと言って良い褒め言葉を口にしたからだ。
「それにしても凄い機体ですね」
その驚きが上官に伝わり機嫌を損ねるより前に篠原中尉は話題を変えた。CP将校は素早い状況判断が求められるのだ。
「固定武装として36ミリ機関砲を2門、腕部にも同口径の砲をそれぞれ2門ずつ装備。そして主兵装は120ミリ突撃砲。実際に見ていなければどんな与太話かと思ってしまいます」
36ミリはまだ解る。戦術機が標準的に運用している突撃砲と同じだからだ。だが、120ミリとなれば話は違う。こちらも運用こそされているが、その装弾数は1弾倉に僅か6発。要塞級や重光線級といった大物に対処する言わば切り札であって、気前よくばらまけるものでは無いのだ。それが専用弾倉を装備するとは言え1000発、しかも事前に渡されているスペックデータが誤記でなければ、戦車用の120ミリ砲弾を運用している。
「そう言えば篠原中尉は見ていなかったんだったな」
戦術機が運用する120ミリは特殊な砲弾である。戦車のような長砲身も無く、また主腕という脆弱な機構に保持される事から、発射時の反動を抑えつつも短距離で高い初速を得なければならないそれは、砲を無反動砲に近い構造にしつつ、発射後にロケットモーターで弾体を加速させるという非常に手間のかかったものである。このため命中精度は悪く、尚且つ弾自体が複雑であるため生産性も悪く値段も高いという軍隊泣かせの弾なのだ。そんなものが運用されているのも、ひとえに砲弾をたたき込みたい目標が、戦車では到達できないような位置にいるからだ。だが、そんな常識を目の前の機体はあっさりと覆す。
「あれが行き渡れば前線における光線級吶喊の成功率は確実に上がる。それだけでも十分過ぎる価値があの機体にはある」
熱の籠もった声でそう呟く佐伯中佐に、篠原中尉は無意識に頷いていた。彼女もまた前線を知る兵士の一人だからだ。
『総員に告ぐ、これより第6次漸減作戦を開始する。作戦開始!繰り返す、作戦開始!全機前進せよ!』
そして人類の転機となる一日が始まった。
作者の自慰設定
F-4JX 「ペットネーム未定」
チート主人公がデザインした「さいきょうのせんじゅつき1号」。現段階で取得している技術水準で設計されているため、まだ妥協の産物とも言える。
外観がF-4であるのは、既存機体群と乖離したデザインは輸出時に相手が拒絶反応を起こすのではないかという配慮から決定された。
一方で構造的な差異は大きく、言ってしまえば大まかな外観以外は全て別物である。
主動力及び主機こそ同様の技術が用いられているものの、基礎設計はガンダム世界の技術を転用しているため出力、推進力共に第三世代機を歯牙にかけない程の性能を誇る。
また動作方式に流体パルス方式を採用しているため、トルク、反応速度共に既存機のそれを圧倒している。
しかしこの機体の最大の特徴は超硬スチール製の装甲と臨界半透膜製の対レーザーコーティングである。特に最優先で研究されたコーティングの性能はすさまじく、重光線級の1照射分を完全に耐えることが可能である。これに加え超硬スチール製の分厚い装甲は高い靱性を誇り、戦車級の破壊に耐えうる強度を確保している。端的に言えば取り付かれて噛み付かれてもかみ切れない。総じて性能は防御を重視した作りとなっている。
FAT装備
前列強襲用戦術(Front-Assault-Tactics)装備の略。フルアーマー装備とかカッコイイよねという、主人公の頭の悪さを全開にした追加装備である。ちなみにこれを装備した状態であっても第三世代戦術機と同等の運動性能をF-4JXは確保している。
内容としては肩部に36ミリ機関砲を各一門、A-10と同様に大型弾倉を装備、更に椀部へ連装の36ミリ機関砲を増設する事で瞬間火力と継戦能力を強化している。また、背面の兵装担架は専用の大型弾倉に交換され、同機の主兵装である120ミリ突撃砲の装弾数を大幅に引き上げている。加えてバイタルパートには追加装甲が施されており、複数体からなる重光線級の照射にも耐えることが出来る。
当初は特別仕様とする予定だったのだが、その性能から配備要求が殺到したためF-4JXの標準装備となった。
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7
『コマンドポストよりトイボックス1、重金属雲の規定濃度到達を確認。速やかに所定のテスト項目を実施されたし』
「トイボックス1了解、これより試験を開始する」
頭上を幾つもの砲弾が過ぎ去り、BETA共の上で激しい光を放つ。対BETA戦のお約束であるアンチレーザー弾による先制攻撃だ。この砲弾は光線属種に迎撃されることを前提とした重金属の塊で、迎撃されることで金属雲を発生させレーザーの威力を減衰させることを目的としている。侵攻に対する迎撃であればこの後通常砲弾に変更して釣瓶打ちが続くわけだが、今回のような間引きでは戦術機の出番となる。
「トイボックス1よりチェイサー1並びにチェイサー2へ。目標の距離6000まで前進し射撃試験を実施する」
『『了解』』
他の戦術機部隊が動き出すのを見て、俺も機体を前進させる。だが歩調を合わせるのではなく、ジャンプユニットを使用して先行する形でだ。
『ちっ!出過ぎだ!何処の馬鹿だ!?』
どうも同じエリアを担当する衛士を心配させてしまったようだ。お詫びに少しばかり楽をさせてあげるので許して欲しい。
「目標地点到達。前方BETA、D個体群を確認。FOX2」
親の顔より見た楔野郎こと突撃級の集団へ向けて、俺は躊躇無くトリガーを引いた。装備している120ミリの発射速度はそれ程速くない。毎分180発の速度で吐き出されたAPHE弾が次々と突撃級にその外殻を破砕しながら突き刺さると、即座に信管が作動。体組織を巻き込みながら派手な爆発を引き起こす。幾つかの砲弾は貫通してその先で炸裂し、近くにたむろしていた小型種を纏めて吹き飛ばした。
「射撃における砲身の振動は許容範囲内、過熱も許容値内である事を確認。だが120ミリの貫徹能力が過大であることから、汎用性を鑑み、より炸薬量の多い砲弾の開発が望ましい。続いて400ミリの試験に移る」
そう言って俺は武装を切り替える。元の世界におけるアサルトライフルのG36をモデルに作ったこの120ミリ突撃砲には、銃身の下に400ミリグレネードランチャーを装備している。マガジン式6発。俺は両手に持ったそれを、今し方ミンチに転職した突撃級の後ろからこちらへ向かっていた要撃級の集団へ気前よくプレゼントした。弾は2種類、標準的な破片効果の榴弾と、ルナチタニウム合金すら焼却可能なスーパーナパームである。放たれた砲弾は綺麗な弧を描いて頭上へ到達。エアバーストでその力を解放する。
「正常動作を確認。破片榴弾は威力十分であるが効果範囲における打撃力の不均一が見られる。小型種対策に用いる場合討ち漏らしが懸念される。焼夷弾は小型種、大型種にも有効であるが燃焼時間が長く、広域に焼夷範囲を形成する性質上、友軍の行動を制限する事が懸念される。運用には十分な注意が必要である」
降り注ぐ金属片が数体の要撃級を纏めてズタズタに切り裂いた横で人類の英知をつぎ込んで生み出された炎が小型のBETAを一瞬で蒸発させる。残ったでかい連中も火だるまになり、少しばかりのたうち回った後動きを止めた。うむ、所詮は炭素系生物。効果はばつぐんだ。
「T個体群の接近を確認、近接防御を行う。FOX3」
中々に破壊をばらまいているつもりだがさすがはBETA、圧倒的物量を背景に健気に戦車級がこちらへ接近してきた。距離は4000、彼らの移動速度からすれば目と鼻の先だ。もっとも俺にしてみれば、それは永遠に近づかない距離という意味になるのだが。即座に起動した両肩の36ミリ機関砲がスコールのように砲弾を浴びせる。A-10に搭載されているGAU-8ガトリングに着想を得て制作したこの機関砲は単砲身を採用し、発射速度を抑えている。結果瞬間的な弾幕の形成能力はGAU-8よりも低下したものの、長時間の継続射撃を実現すると同時に大幅な軽量化に成功している。そしてその分は積載弾数という形で反映されていた。1弾倉3万発という数字は87式突撃砲の倍近い発射速度でも十分な射撃時間を提供、浮塵子のごとく押し寄せていた戦車級を残らず地面の染みに変えた。
「95式速射砲の弾幕形成能力は良好、防御火器として十分な火力であると考える。ただし戦車級未満の目標へは過大であり、射角についてもやや狭く感じる。取り付け位置改善の要を認める。また装弾数に関しては戦地での弾倉交換が困難である事から、更なる増加が必要であると考える。FOX3」
手頃な位置に寄ってきていた要撃級へ向けて、今度は腕に取り付けられた36ミリを放った。この武装は発射速度を大幅に上げているため、2千発ほどある装弾を10秒ほどで撃ちきってしまう。しかしその瞬間火力は絶大で、目標にした要撃級は原型が解らないほどグロテスクな挽肉になっていた。
「腕部連装機関砲の火力は良好。しかし装弾数に不安が残る。また短砲身故に集弾性は極めて悪いが運用目的からすれば問題はないと考える。トイボックス1よりコマンドポスト。全搭載火器の射撃試験を完了。機体のコンディションにも問題は見当たらない。続いて運動試験に移る」
『コマンドポスト了解。戦域警報として作戦区域へのBETAの集中が報告されています。留意してください』
「トイボックス1了解。トイボックス1よりチェイサー1及びチェイサー2へ。更に5000前進し近接戦試験に移る」
『チェイサー1了解。こちらは気にせず存分に暴れられたし』
『チェイサー2了解。遠慮せず全部平らげて下さい』
流石は大陸帰り、全然動じてないな。
「こちらトイボックス1、出来るだけ善処します」
さて、もうひと頑張りだ。
目の前で繰り広げられる理不尽な光景を記録しながら、大岳大尉は自分が夢を見ているのではないかと疑問を覚えた。あまりに希望の見えない人類の行く末に耐えきれなくなった自身の脳が逃避に見せた甘い幻想。だが彼が座っているシートの感触が、機体を襲う振動が、これはどうしようもなく現実であると合唱している。
『すげえ』
オープンチャンネルで繋がっているチェイサー2、鋭谷少尉が思わずといった口調でそう呟いた。
「集中しろ、チェイサー2。特に震度計から目を離すな」
『チェイサー2了解です。しかし俺達の援護なんて要るんですかね?』
そう会話をしている間にも件の戦術機、F-4JXは第一世代とは思えない速度でBETAの中を駆け回りその火力の餌食にしていく。その姿はベテランを自認する二人からしても全く危うさを感じさせない完成された動きだ。だが、その行動故の弱点を大岳大尉は警戒していた。
「あれだけ頻繁に匍匐飛行をしていてはソナーは使えん。まあ、止まっていてもあの射撃では観測できるか怪しいがな。故に俺達がその死角を埋めてやる必要がある」
圧倒的な火力は同時に戦術機の重要な感覚器であるソナーにとって大きな障害だ。発砲音だけでなく間断なく発生する機体振動はソナーの感度を著しく下げるからだ。この問題は戦術機全体が抱えるジレンマであり、明確な解決には至っていない。現状は事前にソナー群を敷設することで対応しているが、今回のようなBETAの勢力圏へ突入する作戦ではそのような事前準備は望めない。そして戦術機に搭載されたソナーでは地表付近に来て飛び出す直前のBETAを察知するのが限界だ。
『確かに。圧も全然減りませんしね』
鋭谷少尉の言葉通りだった。作戦開始からまだそれ程経っていない現時点でF-4JXを擁するこの区域は、他に比べて極めて速いペースでBETAを駆逐しているはずだ。にもかかわらず連中の数は一向に減る様子を見せず、むしろ増えているようにすら感じる。そして彼らの感覚は間違っていなかった。
『コマンドポストより試験小隊各機!旅団規模のBETAが当該区域に接近中!砲兵による臨機目標射撃を実施する!至急当該区域より後退せよ!繰り返す!試験を中断し即時後退せよ!』
『旅団規模!?』
通信に鋭谷少尉の悲鳴じみた叫び声が響く。彼らが戦っているのはまだまだBETA勢力域の外縁だ。今までの戦闘記録や経験からすればこの辺りでの戦闘に対するBETAの対応は鈍く、こちらが浸透しない限り大部隊が投入される事はまず無い。故に戦術機を用いて領域に深く侵攻し、予め予定された砲兵のキルゾーンへとBETAを誘引するのが基本的な戦術となる。そのため予想外すぎる状況の発生に、同戦域に展開していた戦術機部隊は一時的に混乱してしまう。
『チェイサー1了解!聞こえたなチェイサー2、即時後退だ。トイボックス1、聞こえているな!試験中止!後退だ!』
未だBETA相手に大立ち回りをしてるF-4JXに対して大岳大尉はそう叫んだ。
『トイボックス1了解。トイボックス1よりコマンドポスト、意見具申。当該区域の友軍に動揺が見られる。再度後退勧告を。チェイサー1並びにチェイサー2は先に後退されたし』
返ってきた声は非常に落ち着いており、むしろ不気味なほどだった。さらに続いた言葉に大岳大尉は思わず問い返してしまう。
「先に?一体何を」
『逃げ遅れている部隊がいます。拾って下がりますから先に行って下さい』
「バカを言うな!俺達の任務は貴様とその機体を無事に持ち帰る事なんだぞ!」
そう叫ぶ大岳大尉に対する返事はあまりにも無情なものだった。
『それならばさっさと下がってください。問答をしているだけ時間が無駄です』
それだけ告げると、F-4JXはジャンプユニットを使って飛び去ってしまう。その速度は匍匐飛行であるというのに彼らの操る撃震の直線飛行よりも速かった。
『どうしますか、チェイサー1?』
呆れた声音でそう聞いてくる鋭谷少尉に、大岳大尉は怒りを懸命に抑えながら叫んだ。
「…後退だっ!!」
友人からのコメント。
「無双まで7話もかけるとかスケジュールガバすぎない?」
返す言葉もございません。
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8
『畜生!何だってこんな!?』
『か、囲まれた!?』
『クソ!来るな!来るんじゃねえぇ!!』
目的の部隊はすぐ見つかった。それは当然の話で、まだ十分にデータリンクが機能しているし、何より作戦が始まって30分も経っていないからだ。不幸だったのは彼らが優秀で他の隊より突出していたことと、流れ込んできたBETAの群れが丁度彼らを呑み込む位置だったと言う事だ。それでも1機の喪失だけで持ちこたえている彼らは非常に優秀である事が解る。彼らを失うのは人類にとって大きな損失であることは間違いない。ならば、世界を救う勇者としてやるべき事は一つである。
「前方の統一中華軍機へ!東側に突破口を作る!後退しろ!」
叫びながら彼らを囲んでいたBETAの東側に居た連中へ掃射を行う。幸いにしてまだ弾薬に十分な余裕があるから、ついでに周囲へ400ミリ榴弾を撃ち込んで、押し寄せるBETAをなぎ払った。
『え?な、なに?』
『支援砲撃!?』
残念違います。
「こちらは日本帝国軍技術試験小隊所属、コールサイントイボックス1。後退を支援します!」
『帝国軍!?』
『助かった!』
「急いで、もう砲撃がはじま―」
そう言い終わる前に空で幾つもの光が瞬く。準備射撃のアンチレーザー弾が迎撃されたのだ。それを見ていた中華統一戦線の衛士がうめき声を上げた。
『拙いぞ、光線級の数が多すぎる』
その言葉に、俺は口には出さなかったが同意した。重金属雲が発生したからと言って光線属種による迎撃が完全に無力化されるわけではない。あくまで効率が下がるだけだ。だからこちらの投射量を圧倒的に上回る光線属種を揃えられてしまえば、こちらの砲撃が逆に無力化されてしまう。そして見る限り旅団規模を撃滅しなければならないこちらにとって、極めて困難な条件である事は否めない。
「とにかく下がりましょう。巻き添えで死んでも誰も得をしません」
『くそ!今回に限って何でこんな!』
『知るかよ、宇宙人共の考えなんて!さっさとずらかるぞ!』
『中華統一戦線陸軍所属、フェイタオ1だ。支援感謝する、後で一杯奢らせてくれ!』
そう言って中華軍機は即座に離脱する。やはり優秀なだけあって判断が早い。おかげで俺はもう一仕事できそうだ。
『コマンドポストよりトイボックス1!既に砲撃が始まっている!至急当該区域から離脱せよ!』
「こちらトイボックス1、悪い報せです。極めて有力な光線級の一団を確認しました、AL弾の迎撃状況から鑑み、砲兵による制圧の深刻な障害になる可能性が高いと判断します」
『コマンドポストよりトイボックス1。対象のBETA群は作戦本部でも確認済み。現在予定ポイントに展開していた砲兵部隊を再展開し火力を増強中。即時後退せよ』
それじゃ間に合わんな。
「トイボックス1よりコマンドポスト。意見具申。砲撃効果拡大のため目標への光線級吶喊を提案します」
『コマンドポストよりトイボックス1、当該区域には既に戦術機は存在しない。即時後退を―』
「何を言っているコマンドポスト。居るでしょう、ここに」
『!?』
俺の言葉に絶句するCP将校。そしてちょっとした騒音の後に聞こえてきたのは佐伯中佐の怒鳴り声だった。
『巫山戯るなトイボックス1!1機で光線級吶喊など自殺行為だ!とっとと後退しろ!』
その言葉に取り合わず、俺は言いたいことだけを口にした。
「砲撃は規定通りに実施されたし、当方に留意する必要は無い。これより光線級吶喊を実施する」
それだけ言うと俺は通信を切り、大きく深呼吸をした。残弾、推進剤共にまだ十分残っている。そしてこの機体の力を俺は十分に理解している。ならば、恐れることなど何もない。
「いくぞ」
誰に言うともなくそう宣言し、俺はフットペダルを踏み込んだ。
「トイボックス1加速を開始!L群集団へ突入していきます!」
「馬鹿者!戻れ!聞こえないのかトイボックス1!!」
篠原中尉の悲鳴を横目に佐伯中佐はヘッドセットに向かって叫ぶ。だが通信に返ってくるのはホワイトノイズだけだった。
「佐伯中佐、作戦司令部より通信が」
副官の言葉に舌打ちを堪えながら、佐伯中佐はチャンネルを繋げる。聞こえてきたのは予想通りの人物の声だった。
『よう、サエキ。楽しんでいるところ悪いがさっさとはしゃいでる馬鹿を下げてくれないか?砲兵の連中が退屈しちまう』
口調こそ陽気であったがその裏に明確な怒気を感じ、佐伯中佐は思わず息を呑んだ。
『それとも構わずぶっ放してもいいかい?私も気が長い方じゃないことは知ってるだろう?』
「そ、それはっ!」
戦術的に見れば暴走した1戦術機など無視して、即座に攻撃へ移るべきだろう。しかし今その損害にカウントされようとしているのは、人類の行く末を左右するかもしれない。否、量産の暁には確実に左右する機体なのだ。それが佐伯中佐に躊躇いを生ませた。しかし時間は待ってはくれない。
『後2分だけ待ってやる。それ以上は―』
「…いえ、即時射撃を開始して下さい」
「中佐!?」
驚きの声を上げる副官を手で制し、佐伯中佐はそう口にした。
『へえ?いいのかい?』
「こちらの都合で部隊全体を脅威にさらすわけにはまいりません」
その言葉に暫し沈黙した後、ホアン大佐は溜息を吐いた。
『部下を救ってくれた手前、なんとかしてやりたかったがね。恨まないでおくれよ』
その言葉を最後に通信が切れる。そして程なくして遠雷のような砲声がコマンドポストにも届いてくる。気まずい沈黙が流れるコマンドポストに焦った声の通信が入ったのは、それから数十秒後の事だった。
『チェイサー1よりコマンドポスト!拙いぞ、砲撃が迎撃されている!』
その言葉に一番初めに行動したのは篠原中尉だった。戦域マップを立ち上げ、叫ぶ。
「射撃第一射、ひ、被撃墜率100%!第二射も98%が撃墜されています!」
「馬鹿な!重金属雲はどうなっている!?」
「形成されていますが規定濃度に達していません!光線級の数が多すぎます!」
この不幸は幾つもの要因が重なって出来た結果だ。比較的若いハイヴである敦煌ハイヴは元々光線属種の個体数が少なく、これまでの間引きでも大きな障害となることは少なかった。加えて重金属雲の規定濃度は光線級の個体数によって決定されるため事前に準備されていたアンチレーザー弾の数も少なく、更に当該区域が砲撃予定地点でなかった事から、配置されていた砲兵の数が不足していた為に起こった事だった。
「戦術機に迎撃準備を取らせろ!砲兵陣地に食い込まれたら戦線が崩壊するぞ!?砲兵の準備が整うまでの時間をなんとしても稼がねばならん!」
そう悲壮な決断を下す佐伯中佐の前で、変化は唐突に起きた。
「え?だ、第三射、被撃墜率64%、続いて第四射、被撃墜率30%!」
困惑と驚きがない交ぜになった声音で篠原中尉が状況を報告する。それは砲兵の数が増えたと言うだけではとても説明できない結果であり、その他の要因に佐伯中佐以下全員に心当たりがあった。
「まさか、成功させたのか?光線級吶喊を、たったの1機で」
通信に歓声が溢れる中、試験小隊のコマンドポストだけは沈黙に支配されていた。
何処まで毎日更新できるかのチキンレース。
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9
「必殺っ!ファントムキック!」
巨大な一つ目小僧を横薙ぎに数体纏めて蹴り飛ばす。軽量化されたとは言え総重量50tを超える鉄の塊に時速500kmで濃厚な接触を果たされたそれらは、見事に体の一部を削り取られながらもんどり打って倒れる。だがこのチート野郎容赦せん。
「からのナッコォ!」
健気にこちらを見つめてくる巨大な瞳に容赦なく拳をたたき込む。想定よりも柔らかかった照射粘膜をあっさりと拳が突き破り内部組織を破壊する。そのままアッパーカットの要領で拳をねじり上げ破壊面積を広げたところで殴りつけた個体は活動を停止した。そのタイミングを待ちかねたように複数の光線級が照射を開始するが、俺は笑いながら機体を操作する。
「そいつは悪手じゃろ」
右足で地面を蹴りつけ一気に距離を詰める。照射している個体は3体、一匹目は着地と同時に左足で踏み潰す。二匹目はそのまま左足を軸に足払いをかけ右足を叩き付けた。最後は右手で捕まえるとそのままさっさと握りつぶす。時間が惜しい、巻きでいこう。
「流石に討ち漏らしでも結構な数だな」
飛びかかってきた戦車級を空中にいるうちに殴り飛ばしながら思わずそうぼやいてしまった。光線級吶喊。対BETA戦闘における人類側最強の矛である砲兵、その攻撃を阻む光線属種の排除を目的とした戦術だ。その内容は極めて単純にして明快。BETA群の最後方に配置され砲弾の迎撃を行う光線級に対して戦術機で突撃、これを排除するというものだ。成功すれば残るBETAを砲撃で叩き放題となるので圧倒的有利を作り出せる為に、戦術機の用兵としてかなり認知度が高い戦術だ。しかしBETAの集団を飛び越えて最後方にたどり着くだけでも相応に骨の折れる作業であり、更にそこから照射を受けたらまず間違いなく死ぬ相手の群れに飛び込むというのだから、衛士に求められる才覚はただ腕が良いだけでは済まされない。そんな金銭に換算することすら馬鹿らしい人材を捨て駒にして成り立つのがこの戦術である。
「流石旅団規模。光線級だけでもとんでもない数だ」
俺もたどり着くまでに殆どの弾薬を消耗してしまい、こうして残敵掃討に格闘戦なんかをやる羽目になっている。
「近接兵装はオミットしたけどブレードベーンくらいは設けるべきだったな」
忍びより足にかじりついた戦車級を踵落としの要領で振り落とし、そのまま素早く踏みつけて染みにする。ついでに左腕を懸命にかじっていたヤツも握りつぶしつつ引き剥がした。
俺が落ち着いていられるのは非常に単純な理屈で、この機体には光線級と戦車級が脅威では無いからだ。ガンダム世界で実用化されている対ビームコーティング技術の基礎である臨界半透膜技術のおかげで重光線級の照射1回分を耐えきれる対レーザー性能と戦艦の装甲すら上回る硬度と靱性を誇る超硬スチール製の装甲のおかげで戦車級に囓られても精々歯形が付く程度なのだ。だから注意しなければならないBETAを重光線級のみに絞れるので、戦闘の難易度が通常の光線級吶喊に比べ格段に下がるのだ。
「これで最後」
BETAに逃げるという行動パターンは存在しない。最後の一匹になっても懸命に照射を行おうとしていた光線級を踏み潰し突撃を成功させた頃、通信が回復してきた。どうやら途中から迎撃能力が極端に下がったために、アンチレーザー弾を撃たずに通常砲弾だけを撃ち込んでいたようだ。
『ヘッド―ターより、せん―告ぐ。効力射―りょう。全機、残敵掃討に移れ!』
『こちらコマンドポスト、トイボックス1聞こえるか!?応答せよ!繰り返す、こちらコマンドポスト!トイボックス1応答せよ!』
ほんの数分だというのに懐かしいオペ子さんの声を聞き、俺は通信を繋げる。
「こちらトイボックス1、光線級吶喊に成功。しかし弾薬を全て射耗しました。補給のため後退の許可を」
俺がそう告げるとまた騒がしい音が響き、お話相手がオペ子さんから佐伯中佐へと代わった。
『こちらコマンドポスト、とっとと帰ってこい大馬鹿者!』
「トイボックス1了解。即時後退します」
俺は笑うのを堪えながらそう返事をし機体を空へと進める。今はまだほんの一時。だが見ていろよBETA共、この空もすぐに取り返してやるからな。
帰還したF-4JXを見て、佐伯中佐が最初に感じたのは恐怖だった。彼女は光線級吶喊後に彼の発した言葉を誤解していたのだ。
(全弾射耗、か)
F-4JXは極めて高い火力と継続射撃能力を持つ機体だ。故に彼女は自身に理解出来る範囲に機体性能を落として考えていた、壮絶な砲撃戦で辛くも光線級を討ち滅ぼしたのだと。だが、彼女達の前に現れた機体の姿はどうか。
『申し訳ありません、運動性を確保するために追加装備を排除してしまいまして』
見当違いの謝罪をしてくる相手に、本当は解っていてこちらをからかっているのではないかと佐伯中佐は眉を寄せた。全身を文字通り隙間無くBETAの体液まみれにしたその姿は、間違いなく射撃戦だけで終えた姿では無い。その想像を裏付けるように戦闘ログを確認すれば、F-4JXは光線級の集団に突入する前にほぼ全ての弾薬を使い切っており、光線級に対して使用したのは400ミリ榴弾4発に120ミリAPHE弾12発という、使ったと言うのもおこがましい回数だった。確かにこれらの威力は絶大だった。400ミリによる攻撃で光線級の60%が撃破されているし、120ミリは確実に重光線級を1体ずつ仕留めている。それは良い。問題はその後だ。
(この時点で文字通り全火器を射耗。つまりこの機体は残った40%の光線級と10体以上いた重光線級を殲滅したのだ。それも丸腰で)
それがどのようにして成されたのかは、その姿が何よりも雄弁に語っている。この異常さは戦術機に少しでも関わったことのあるものならば誰でも解るだろう。千に届こうとするBETAを相手に文字通りの殴り合いを演じて、あまつさえ無傷で勝利して帰還するなどという存在は、既存の戦術機と同列に語ることが出来るものではない。
「武器弾薬はチェイサーが使っている物の予備がある。推進剤も問題ない。現在残敵掃討を行っているが、もうすぐ追撃戦に移行するだろう。HQからの要請次第ではあるが再出撃の可能性がある。対応出来るか?」
内心の恐怖を悟られぬよう努めて冷静にそう彼女が告げると、通信相手である男は気負い無く答えた。
『はい、機体に異常はありません。補給頂ければすぐに戦線へ復帰可能です』
「解った。想定外の事態は発生したが、先ほどの戦闘ログを確認する限り予定していたテスト項目は消化していると考える。以降はHQからの要請があるまで待機とする」
そう言い通信を切った途端、佐伯中佐の着けているヘッドセットに秘匿回線の呼び出しが掛る。予想通りの人間からの通信に彼女は胃が痛くなるのをはっきりと自覚したが、表面上は平静を装って対応する。
「どうしましたか。ホアン大佐」
『どうしたとはつれないじゃないか。英雄の心配くらいしても罰は当たらないだろう?』
「英雄、ですか」
歯切れ悪く返す佐伯中佐に対して大仰に溜息を吐きながらホアン大佐は続ける。
『一応空気を読んで砲兵の増援による形勢逆転とはしているがね。少なくともHQに詰めていた連中は知っているぞ。この結果はお前さん達が持ち込んだたった1機の戦術機によって起こされたという事をな。なあ、サエキ。私が腹芸は好きじゃないことくらいお前も知っているだろう?一体何なんだ、あれは?』
「あれが何か、ですか」
そう口にしたきり、佐伯中佐は言い淀んでしまう。ホアン大佐はかけがえのない戦友である。嘘は吐きたくないし、知りうる限りの情報は共有化したいとも思う。だが今の佐伯中佐は、それが出来るだけの情報も権限も持ち合わせて居なかった。
「申し訳ありませんホアン大佐。我々も解らないのです。あれについては何も知らされていないのです」
その言葉にホアン大佐は再び溜息を吐いた。そこに含まれる諦めの感情を佐伯中佐は感じ取り、申し訳無さから自然と拳を握り絞めた。
『知らないか。お前さんがそう言うならば、そうなんだろうな。じゃあ別の質問だ。インペリアルアーミーはあれを量産するつもりなのか?』
「そのように伺っています。今回はその実績作りだと」
即答する佐伯中佐の耳をホアン大佐の笑い声が打つ。
『そいつは僥倖。今でも頼りになるお前さん達がもっと強くなるなら大歓迎だ。まあ、贅沢を言えばこっちにも少しばかり融通して貰いたいところだがね』
「申し訳ありません、小官ではお答えできかねます」
素直に答える佐伯中佐の言葉に、ホアン大佐は喉を鳴らして笑う。
『だろうね。まあいいさ。久しぶりの大勝ちだ、今日の祝賀会には参加してくれるんだろう?英雄に一杯奢るくらいはさせてくれ』
その一言を最後に通信が切れる。佐伯中佐は大きく息を吐き出し、自身の思考を切り替えることに努めた。得体の知れない連中である。目的も、行動原理も、そして持ちうる技術さえ不明な彼らの異質さは、BETAにも勝るとも劣らないだろう。それでも言葉が通じるだけで遥かにマシと言えるし、BETAに対する姿勢は人類にとって好ましいものだ。ならば利用できる限りは利用するべきだろう。
えり好みが出来るほど、人類に余裕は無いのだから。
大体書きたいことは書き終わりましたのでここから主人公はドンドンアホになります。
内容も薄っぺらくなっていきますのでご了承下さい。
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皆早い、早いよ!?
大陸での戦闘から一週間ほど経ったその日、俺は拠点の一室でルクレツィア達から報告を受けていた。そう、達だ。戻ってすぐに彼女と同モデルの戦略支援システム型ドロイドを2名追加で購入。更に2万ポイントを使い作業用ドロイドと各種作業機械を獲得、それぞれに200体づつ専属として割り当てた。技術的には出発前にルクレツィアから提案されていた発展型ミノフスキー技術、初期型スペースコロニー、改良増産型高収量作物、改良発展型CAMといったものを獲得した。ここまでで大体100万ポイントほど消費している。
「んで、今日は残りのポイントの使い道と、今後について話し合いたいと思います」
俺の宣言に無言で拍手を送ってくれるルクレツィアーズ。なんと呼べば良いかと考えていたら、全員感覚を共有しているのでルクレツィアでいいらしい。全にして個、個にして全とかちょっと中2心をくすぐられてしまうぜ。そんなお馬鹿なことを考えている間にルクレツィアからの報告が始まった。
「先の戦闘において獲得しましたポイントは1785300ポイントです。この内985000ポイントを使用し作業ユニット並びに技術獲得を行いました」
「発展型ミノフスキー技術の獲得により小型核融合炉、熱核ロケット、熱核ジェット、フィールドモーター、メガ粒子砲、エネルギーCAP、初期型ミノフスキークラフトが解除されました。また重力下におけるルナチタニウム合金精製が可能となりました」
「初期型スペースコロニー技術の獲得によりラグランジュ点に密閉型コロニーを建設可能です。ただし現状物資並びに建設機材が不足しているため実行はできません。可食植物の遺伝子改良がグレードアップしたため基地内の生産プラントを更新しています。来月には置き換わり、更新後は現在の130%の収穫になります」
「CAMシステムの更新及び追加の生産ラインを設置したことでF-4JXの月産60機並びにそれらの維持運用が可能となりました。また旧ラインの一つを基地拡張専用に転用可能です」
おお、凄いぞ。実にチート。
「残りは800300ポイントか。何か意見はある?」
神器を操作しながら俺はルクレツィア達にそう聞いた。大目標や行動の基本は俺が設定するけれど、こうした細かい事は彼女達に任せた方が良いとこの数日で完全に理解した。てか今更ここまで複雑化した基地の運用とか絶対に出来ん。
「引き続き拠点の拡張が必要となります。CAMシステムの増産を提案します。また大規模地下施設の建設が限界に達しつつあります。地下施設に関する技術獲得を提案します」
「現状追加のポイントを得るためには帝国軍の協力が不可欠になっています。独立性を確保するために独自の移動手段を獲得する必要があります。また独自戦力を長期運用するためにも戦術型及び戦闘型ドロイドの獲得を強く推奨します」
「現状我々の拠点は本基地のみであり、万一の場合全機能を喪失するリスクを抱えています。新規に拠点を建設し生産能力の拡張と同時にリスク分散を行うべきです」
CAMシステムの増産は即決だな、ルクレツィアが欲しいというなら間違いなく必要だ。地下施設も更なる拡張を考えれば当然必要だろう。幸いAC世界でもこの手の技術は比較的安価だ。移動手段となると輸送艦か?でも大丈夫かな、あんなタンカーを改造したような急造艦じゃ不審船とか言って攻撃されたら逃げらんないし間違いなく沈められる。あと別の拠点、拠点かあ。
「拠点について何処か候補地はある?」
「最低でも国内に追加で3カ所、大陸に2~3カ所の建設を推奨します。候補地のリストはこちらです」
その言葉と同時にタブレットへ地図が転送されてきて、そこに候補地を示す光点が点滅する。
「本基地と大陸間の前哨として佐渡島、柏崎の何れかに防衛拠点を築きます。大陸はナホトカ、キムチェクが最有力候補です」
「半島南部じゃないんだ?」
「半島北部は丘陵地帯が多く、インフラも未発達です。大規模な戦力を揚陸しても展開までに時間が必要になってしまいます。あくまで大陸側の拠点は橋頭堡ですからその後の兵力展開を優先して選定致しました」
なるほど。
「国内はこの二カ所?」
「更に太平洋側に後方拠点を建設する事を強く推奨します。本拠点は日本海沿岸より50キロ程度の距離しかありません。万一敵の揚陸を許した場合極めて短時間での到達が予想されます。この対策として後方への避難かつ戦力予備を配置可能な拠点の建設が必要です」
「こっちは平塚か」
平野部に敷設済みの交通網の利用を考えているんだろう。それにこの辺りなら住民の迷惑を考慮しなければ山岳を盾に前橋、高崎あたりまで一気に戦力を空輸出来る。
「現状一番簡単なのは柏崎かな?」
大陸での劣勢のせいで日本海側は概ね軍が行動しやすいように民間人の疎開が小規模だけど行われているし、新潟は大陸への兵站の一部を担っているので軍港の整備が進められている。こちらである程度物資を受け持つ事あたりを条件にすれば土地を確保出来るだろう。出来るよね?
「問題ありません」
「所有者の改竄は最終手段だからね?」
初手からやってしまっていた気がするが、今後は帝国に寄り添う方針で行きたいと思っています。出来れば。
「その辺りは佐伯中佐に相談だな。後は艦艇と戦闘用のドロイドだけど」
「ドロイドに関しては最低でも大隊規模を推奨致します。また艦艇についてですが今後長期にわたり運用が予想されますので、航宙艦の選択を提案致します」
「宇宙?」
「艦艇は一様に獲得ポイントが高く短期間の更新が難しい事が予想されます。加えて保有数の拡大を鑑みれば更新後も継続運用する事となります。ですのでハイエンドの多用途艦を提案致します」
成程、成程ね。
「そう言うことならアレにしよう」
「つまり、こういうことかね。この戦術機を国産することは絶対に不可能だと」
書類を片手にそう問うてくる上官に、報告した技術士官は震えるのを懸命に堪えながら回答した。
「はい、装甲材は材質こそ鉄ですが、全く未知の方法で生成されております。現在我々が有する技術では再現が出来ない上、同等の素材も持ち合わせておりません。また制御系並びに駆動系も既存の戦術機とは異なる―」
そう技術士官が説明を続けようとしたところで上官は手を振るいその言葉を制した。
「君たちがそう言うのならそうなんだろう。しかしそうなると拙いな」
帝國陸軍は昨年度より新型戦術機、世界初の実戦配備型第三世代機であるTYPE-94“不知火”の調達を始めている。この機体は国内の軍需メーカー3社の共同開発機であり、軍はかなり強引なタイムスケジュールと性能要求を行っていた。これは完成後の大量配備を前提とした交換条件とも言える内容で、既に各社は大規模な生産ラインを完成させ、年間1000機を目標とする生産体制を取っている。
「現状不知火は全ての性能面で同機に後塵を拝しています。唯一生産性のみ優越しておりますが…」
「無理だ、不知火の調達だけでも軍の予算はギリギリまで使われている」
提案してきた者達は“カンパニー”を名乗っている。ならば当然機体の供給には費用が発生すると言う事だ。技術本部に籍を置くこの少将は有能な人物ではあったが、まさか相手が完全に自己完結した生産能力を有し、全て無償で供与するつもりであるなどと想像出来るほど柔軟な思考は持ち合わせて居なかった。
「不知火の調達を減らしてでもこの機体を配備するべきです」
そう断言する技術士官に少将は頭を振る。
「F-4の事を忘れたか。他国の都合に振り回されぬ環境を求めたからこその国内戦術機開発なのだぞ。それに不知火の開発で軍はかなりの無理を通した。ここで手のひらを返せば彼らは二度と協力するまい。いや、出来ないと言うべきか」
不知火は高性能であるが、その性能は徹底して日本帝国の運用思想に準じたものである上、高い要求に応じるために拡張性を限界まで切り捨てている。このため従来の機体に比べ陳腐化が早く、そのくせ第三世代機であるが故に現行の主力である第一世代や第二世代よりも高価である。帝国が購入しないとなれば海外への輸出くらいしか補填方法がないにもかかわらず、大量購入に踏み切るほどの魅力が無い機体なのだ。不知火の販売不調は確実に各社にダメージを与え、戦術機の開発を鈍化させるだろう。
「方法は一つだ、この機体に使われている技術を全てメーカーに手に入れさせるしかあるまい。…どんな手を使ってでも」
その頃海を隔てた大国でも同じ機体について会話がなされていた。
「はあ?F-4の改良機?ジャパニーズ共は一体何を考えているんだ?」
帝国軍内に居る友人からの報告書を聞きながら、彼が発した第一声はそれだった。
「大体連中、去年世界初の実戦配備型第三世代とやらを勇ましげに発表していただろう?」
「そちらについても大々的に調達をしております。また、この機体について気になる報告が上がっております」
秘書官の言葉に彼は片眉を上げ続きを促す。
「公式には発表されておりませんが、国内において同機とTYPE-94が交戦、TYPE-94が敗北したとの事です」
その言葉を聞き彼は肩を竦めて見せる。
「おいおい、親愛なる我が同盟国は大丈夫なのかね?第一世代に勝てない第三世代を作って喜んでいるなどジョークにもならん」
「あるいはその第一世代が第三世代よりも高性能である可能性でしょうか」
「フゥン?」
深く椅子にかけ直しながら、彼は暫し黙考する。現実的に考えれば荒唐無稽な話だ。過去祖国の第二世代が帝国の第一世代に敗北するという忌々しい奇跡はあったが、それですら伝説に数えられる逸話である。だが、彼は国を導く人間としてあらゆる事態へ備える義務を背負っていた。
「成程、興味深い意見だ。そしてそれは極めて問題のある内容かもしれない」
「問題ですか?」
「第一世代が第三世代に勝つなどという事はあり得ない。ならばその第一世代が第一世代では無いという事ではないかね?そして偉大なるインペリアルアーミーをしのぐ技術を持つ者などこの地球上にただ一つ。我々だけだ」
無論彼は本気で技術の盗用があったなどとは考えていない。だが必要なのは建前であり、そしてその不明機を合衆国が手に入れることこそが重要なのだ。
「技術とは有効に使われねばならない。そう、世界の守護者たる我々によってね」
そう口にして、合衆国大統領は笑って見せた。
色々と書きましたが、とりあえずエタるとか更新停止の予定は無いのでそこはご安心下さい。クオリティはさておきな!
以下作者の妄想
不知火の生産体制は妄想です。ですが、国連軍に大隊規模で無償供与していたりするのでその位作れるようになってないと国内から不満が爆発すんじゃないかなぁと。あ、不満爆発してた。
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「その、今、何と?」
目の前の男が口にした内容が理解出来ず。否、理解を拒絶した佐伯中佐はそう聞き返した。執務机の向こうで目を泳がせながらしきりに汗を拭っているのは彼女の上官であり、件の連中との接触を指示した人物でもある。つまり彼女からすれば絶対の上位者であり、その人間の発した言葉は、彼女に対する絶対の権限を持っている。それを考慮するならば、発言を再度繰り返させるなど、帝国軍人としてあるまじき行為と言えるだろう。
それを理解していても、そう聞き返さざるをえない内容だったのだが。
「…先の大陸での試験結果に軍は非常に満足している。その上で昨今の緊迫した世情を考慮するならば、斯様な高性能機の大量配備は急務である。ついては国内各メーカーでのライセンス生産を先方に伝えて欲しい」
欲しい、などと言っているがそれは命令である。その事実に佐伯中佐は目眩を覚えた。
「無論こちらとしても最大限の配慮をする。承諾して貰えるなら勲一等旭日大綬章を軍の連名で奏上させて貰うし、政威大将軍閣下との拝謁も叶うだろう。もちろん無官という訳にはいかないから陸軍の方で佐官待遇で迎えようじゃないか」
馬鹿か。喉まで出かかった言葉を彼女は強引に呑み込む。
(上層部は先日の彼らの発言をもう忘れたとでも言うのか!?)
成程、帝国国民にとって受勲は末代まで語り継げる栄誉であるし、政威大将軍閣下との拝謁など譜代武家であろうとも一生にあるかないかという特別な対応だ。格式は劣るが軍が佐官待遇で受け入れるというのも異例な内容であり、譲歩しているように見える。
だがそれは、あくまで帝国国民の価値基準でだ。ここの所の友好的な態度に勘違いしてはいけない。敵対的な行動を取った時、彼らはこう言ったではないか。
邪魔するならば国ごと滅ぼす。
彼らにとって、自分達はその程度の価値しかないのだ。礼節をもって接してくれているのは正しく彼らの慈悲に縋っているだけに過ぎない。そんな存在が寄越す勲章や要人との会見に如何程の価値があるというのか。権威に意味が見いだされない場合、そこにあるのは戦術機一機分にも満たない金銭的価値のみである。上層部はそんなはした金で彼らの技術を奪ってこいと言っているのだ。まだ一人で光線級吶喊をしろと言われる方がマシだろう。それなら死ぬのは自分だけで済む。
「とても成功するとは思えません。少なくともライセンス生産を提案するのであれば、あちらから許可の条件を提示頂くのが筋ではないでしょうか?」
「そんな猶予がないことは君も良く解っているだろう?昨年のインド亜大陸失陥によりBETAの勢いは増している。南からも侵攻が始まれば中国の戦線は5年と持つまい。そうなれば次に蹂躙されるのは我が国だ。そうならぬよう、なんとしてもあの機体が必要だ」
「それは十分理解しております。既に彼らから供与の打診も受けているではないですか。徒に刺激すればそれすらも手からこぼれ落ちる可能性が―」
「その通りだよ佐伯中佐。彼らからの供与のみに頼るなら、彼らの気分次第でいつでもそれは打ち切られる危険をはらむという事だ。同盟国の合衆国ですらそうしたのだぞ?営利目的の連中など更に信用出来ん」
帝国は戦術機導入の際、世界的な戦術機不足を受けて米国からの購入順を下げられたという苦い経験を持つ。だが合衆国にしてみれば、カナダに降下ユニットが落着したという事実から国内の防衛能力を強化すると言うのは当然の流れであり、当時人類に戦術機を唯一供給できる本土が同じ後方国家であった日本より優先されるのは当然の合理だった。しかしそれが呑み込めるほど人類は未だ一丸にはなっていなかったのだ。
「とにかく、彼らの技術を手に入れるためであればあらゆる手段が肯定される。それを念頭に行動したまえ、佐伯中佐」
少将のその言葉に、佐伯中佐は帝都が火の海に包まれる未来を幻視した。
『本日、帝国議会では徴兵に関する修正案が可決され―』
「ん?お客さん?佐伯中佐だけじゃなくて?」
ラジオを聞きながら艦の艤装を眺めていたら、ルクレツィアがそう声をかけて来た。基地内に居る時は常に誰か一人がくっついている。何でも緊密な情報伝達がどうとかこうとか言っていた。正直通信で事足りると思ってしまうのだが、ルクレツィアが主張するからにはこうした方が良いのだろう。
「はい、生体パターンから過去来訪記録のない人間が三名、佐伯中佐に同伴している模様です」
はて、中佐の大隊の新人とかかな?
「武装の有無は?」
「佐伯中佐を含め全員非武装です」
ならいいか。
「じゃあ応接室に案内して、すぐ行くよ」
「かしこまりました。ただし保険として護衛を帯同させることを推奨します」
その言葉に俺は素直に頷く。本来の業務とはちょっと外れるけど、そこは我慢して貰おう。
「解った。じゃあハヤタを待機させておいて」
ハヤタは現在編成中の戦術機大隊の大隊長兼第一中隊長として購入した戦闘用のドロイドだ。指揮官用の高級ユニットでルクレツィアと同じく外観は人間そっくりになっている。問題は一緒に購入した第二・第三中隊長用のドロイドも同じ顔だという事。人前に出る可能性が非常に高いから、区別するように髪型を弄ったり眼鏡をかけさせたりして誤魔化している。因みにそれぞれアラシとイデという名前を付けた。工場用のツナギからスーツに着替えて応接室に行くと既に客人は中に通されており、入り口にはハヤタが立っていた。
「待たせたね」
「いえ、問題ありません」
「じゃあ行こうか」
そう俺が言うと、ハヤタがドアを開き先に室内へ入る。戦闘用と言うだけあって対人戦も可能らしい。
「失礼。お待たせしました、佐伯中佐。本日はどのようなご用件で?」
出来るだけフレンドリーに話し掛けてみる。何故かと言えば佐伯中佐がすげえ形相だから。顔面にありありと決死の2文字が浮かんで見える。
「いえ、こちらこそ突然お邪魔して申し訳ありません」
「中佐なら大歓迎ですよ。それで、失礼ですがそちらの方々は?」
俺の言葉に軍服ではなく一般的なスーツに身を包んだ女性が三人、笑顔で答えた。
「初めまして。光菱より参りました新名と申します」
「同じく河崎より参りました。浦木です」
「お初にお目に掛ります。富嶽の賀東と申します」
そう言って綺麗なお辞儀をする三人娘。
「ご丁寧にどうも。カンパニー代表兼開発主任を務めております長谷川です」
挨拶は実際大事なので、条件反射的に俺も名乗って頭を下げる。しかし、揃いも揃って国内の戦術機大手メーカーの人間か。なんとなく状況がつかめてきたぞ。
「開発主任!?では、あの戦術機、F-4JXは長谷川様が設計なさったのですか!?」
おっといきなり様頂きました。興奮した表情でそう告げてくる新名さんにちょっと驚きながらも肯定する。
「正確には改良ですね、基本設計はファントムのままですから」
などと白々しい嘘を吐く。外観のレイアウト以外何一つ共通のものがないからな。
「ご謙遜を。世界各国でF-4の改修は行われましたが、あれほどの機体を見たことはありません。長谷川様は間違いなく戦術機史に名を刻む事になるでしょう」
そう言ってくるのは浦木さん。新名さんよりは声音こそ落ち着いているが、こちらも興奮した様子だ。
「大陸での試験のログは拝見しました。正に鎧袖一触とはこのことかと、胸のすく思いでしたわ」
そう言って艶然と笑って見せる賀東さん。どうしよう、ヨイショが止まらねえ。
「三人ともそのくらいで。実は長谷川様、折り入ってご相談したいことがあって本日は不躾ながら訪問させて頂きました」
咳払いをした佐伯中佐がそう彼女達を止めたあと、そんな風に切り出してきた。
「どうしました、随分と改まったご様子ですが」
「先日の試験結果を軍は非常に高く評価しております。F-4JXの本格的な導入について準備を進めております」
「有り難いことです」
こっちの生産体制も整ってきたしな。さっさと日本帝国の戦力底上げは実施してしまいたい。
「ですが少々問題が。軍は早急に機種転換を図りたいと考えております。あの機体は既存の機体と操作方式が異なりますし、従来機との互換性も低いですから、進めるならば一気にしてしまいたいのです」
「道理ですね」
そう、俺の作ったファントムモドキはコックピット周りをMSに準じたもので設計している。これには幾つか理由があるが、その最たるものは二つ。現行コックピットの耐G性能の不足と、衛士適性のハードルの高さである。耐G性能の低さはパイロットの負担に直結し、長時間の運用に大幅な制限がかかる。それだけでなく、戦闘時の緊急回避の速度にも影響してしまうから生存性を考慮したら無視出来ない要因だ。そしてもう一つの理由である衛士適性については、コックピットと言うよりはその操縦形式によるものだ。
戦術機はその制御に間接思考制御という方式を用いている。これは衛士が機体に行わせたい動作を思考したタイミングで衛士用強化装備、即ちあのエロスーツが生体電流や筋肉の動作などを検知し戦術機側へ伝達、パイロットは最後の動作承認をフットペダルとスティックで行うのである。つまり二足歩行兵器である戦術機を十分に動作させるにはその行動を衛士本人が自分の体に覚え込ませる必要があり、その為に衛士の養成課程の多くは歩兵としての訓練となる。
で、ここからが問題。歩兵としての技能は一朝一夕に身につくわけではないからそれに最適化した訓練を年単位で施す訳だが、この課程を合格後に受けるのが件の耐Gを中心とした適性試験である。それに合格すると晴れて衛士の卵となるわけであるが、試験に落ちた場合、そこには歩兵訓練のみを施された人員が残るのである。当然人類に余剰なんてものは残されていないから、彼らも戦場へ送られることになるのだが、ここから更に転換訓練を受けて、戦力化して、などとやっていると数年単位の養成期間が必要となってしまうのだ。転科できるならまだマシで最悪歩兵として戦場に放り込まれるのだ。もったいねぇ!
人的資源の量が神器の動作に影響を及ぼす以上、余計な出費は抑えたい俺としては、当然このことが見過ごせるはずもないので、より簡便かつ転換も容易なMSのコックピットを採用した次第だ。エロスーツという人類の宝を闇に葬る事となった大罪は敢えて背負おう。その事で枕を濡らしたことは俺だけの秘密である。
「ですから、軍では貴方方の生産能力に不安を抱いております。最低でも月産200機は達成頂きたいのですが」
「は?200?」
一月で2個大隊分用意しろ?しかもそれが最低ライン?
「勿論無理は承知しております。ですから次善案として彼女達の社でライセンス生産を行わせて頂きたいのです」
成程、そうきたか。
「確かにすぐさま月産200は難しい。ですがご存じの通りF-4JXは少々特殊な機体です。言いたくはありませんが、いかに技術に優れるとは言え各メーカー様でも生産は容易ではないのでは?それに万一トラブルが発生したとして、私どもで対応出来る範囲も限られます」
そう口にした瞬間背筋に悪寒が走る。原因は直ぐに判った。佐伯中佐の目だ。あれは獲物が罠に掛った事を確信した狩猟者の目だ!
「はい、その為に彼女達を連れてきました。生産に支障が無いよう長谷川様の下で十分に経験を積ませて頂きたいのです。その間の指導に関しましては、長谷川様に一任したいと各社からの言質も頂いています」
つまりこう言うことね、お前の技術が欲しいから教えてくれ。その見返りとしてその子達は好きにしてくれて構わないよ、と。佐伯中佐の言葉を聞いた後、三人へ目を向ける。新名さんは笑顔で立っているが少し頬が赤らんでいる。浦木さんは顔を赤くしながら恥ずかしそうに俯き、賀東さんは色気全快で流し目を送ってきた。これは本人達も理解して送り込まれているな。
…ハニートラップじゃねえか!
登場人物紹介
新名菖蒲
光菱重工から出向してきた技術者、ハニトラ1号。メカフェチで戦術機大好き。自分の設計した戦術機が軍で活躍するのが夢。その為には割と手段は選ばない性格。
浦木香花
河崎重工から出向してきた技術者、ハニトラ2号。戦術機が大好きなため新名とは気が合う模様。因みに乗るのも好きなので衛士資格を持っており、テストパイロットも務められる腕前を持つ。噂の最新機に触れられると聞いて二つ返事で了承した。その後自分がハニトラ要員だと知って狼狽するも、新型機に触れるという誘惑には勝てなかった模様。
賀東愛鈴
富嶽重工から出向してきた技術者、ハニトラ3号。中華系ハーフで三人の中では最も自分達の立場を理解している人物。実は本職は設計者では無く営業、斯衛向け戦術機の開発で行き詰まっていた同社が技術盗用を狙って送り込んだ人材である。しかし速攻でルクレツィアに露見し、現在残る二人に支えられながら技術習得を行っている。会社には救援を要請したが無視された模様。なのでちょっと長谷川のことを恨んでいる。自覚は無いが機械の操作に長けており、新型戦術機の操縦に最も早く慣れたのは彼女である。
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佐伯中佐がハニートラップさん達を連れてきて1週間が経過した。折角なので受勲と政威大将軍様への拝謁の話は有り難く受けることにした。ふっふっふ、この時期の政威大将軍が誰かは謎だったからな。1ファンとして楽しみだぜ。ついでにヒロイン達とお近づきになれないかなとも考えたんだけど、現在の彼女達は年齢が高くても中学生、低いと普通に小学生である。危険を察知した俺は今回のチャンスは見送ることにした。そうそう、ハニトラさん達だけど別に突っ返しても良かったのだが、これだけやるという事は向こうは相当こちらを疑っているのだろうから、せめて女にだらしないとでも思わせて対価を支払って居る気にさせようと思う。その方が話が早くて助かるし。
「彼女達の様子は?」
「本日も図書室で勉強中です。顔色は優れませんでしたがバイタルは問題ありませんでしたので継続させています」
図書室というのはルクレツィアが取得した技術情報を独立した端末にぶっこんだものが置いてある部屋のことである。F-4J2“野分”に使用されている技術の情報も全部入っているから存分に勉強して欲しい。習得にどの位掛るかは知らん。俺も知らないし。
「引き続き宜しく。あ、流石に肉体でも精神でも不調が見られたらすぐ対処してね。厄介ごとは御免だから」
「問題ありません。その為の4人目です」
「そっちはついでだけどね。柏崎と平塚の基地建設はどうなってる?」
「柏崎は軍から土地が提供されたため既に基礎工事に入っています。1週間ほどあれば最低限の拠点としての機能を獲得出来ます。平塚は現在軍経由で用地の確保を行っていますが進捗は芳しくありません」
太平洋側は一般人の疎開なんかもしてないからな。手間取るのは無理あるまい。
「成程、やっぱりあっちをやっておいて正解だったね。アイランド1の進捗は?」
その言葉にルクレツィアは笑顔で答える。
「アイランド1は現在稼働率90%を達成しております。メインシャフトは現在上部マントル層に到達、各種資材の生成を開始しました。引き続き規模拡大並びに生産ラインの拡張を実行します」
アイランド1と言うのは俺が勝手に作った人工島だ。一辺の長さが4キロ程の正方形で、三宅島の北側、新島の東に位置している。島といっても実際はメガフロートなので移動も可能だし、現在も増築を繰り返して大型化しているから、最終的には別の場所に移動するかもしれない。で、なんでこんなもん造っているかと言えば、太平洋側の拠点確保が絶対に難航すると解っていた事と、日本という立地条件を考慮してだ。日本という国は複数のプレートの上に存在する地震国家であり、更に世界有数の火山国でもある。これに加えて年20以上の台風がやってくる割とハードモードな土地だったりする。おまけに火山国である事から解るように国土の多くは山岳であり、少ない平野部は人口が密集している。そんな条件なので、大規模な拠点が欲しければ山をくり抜くか、平野部の土地を買収するしかない。だがこの国の国民は生まれ住んだ場所から離れたがらない性格のため買収は容易じゃない。じゃあ最初から誰も居ない場所を作ってしまえば良い、と言うわけで目出度く建設が決まったのである。まあ当然陸伝いの方が色々と便利なので平塚の方も並行して進めているが。
「順調なら後何基か追加しよう。しかし母なる海は偉大だなぁ」
元々この人工島は宇宙世紀における環境改善用プラントとして設計されていたものを流用しているのだが、そのおかげで表層部分に植物が育成できる環境が整っている。じゃあ折角なのでと農地に転用し作物を生産。ついでに水の循環施設もあるんだからと水産系の養殖も開始してみた。こちらは現在動物性プランクトンを増殖させタンパク質に加工して食品化を研究中である。だって、この世界の合成食品本当に不味いんだもん。
まあ、この辺りは副業で、本業は下層に存在するボーリングマシンによる資源収集とそれを元にした兵器の生産であるが。
「同サイズの建設であれば追加で即時2基が可能です」
ほほう。
「うん、やっちゃって」
最終的には太平洋上に馬鹿でかい人工島を建設してやろうじゃないか。
「承知しました。実行します」
いったん足を止めてそう答えるルクレツィア。全て丸投げしているが彼女に任せておけば問題無いだろう。少なくとも船舶の航路を理解していない俺が指定するよりは安全だ。
「それと上の方はどうなってる?」
そう聞くと始めて彼女が表情を曇らせた。
「芳しくありません。ラグランジュ点の選定は終了していますが資源確保の目処が立ちません」
「やっぱりスペースコロニーは簡単には行かないか」
「初期作戦能力をポイントにて獲得する事を強く推奨致します」
「やっぱりユノーの確保は難しい?」
ユノーはアステロイドベルトにある小惑星で、宇宙世紀ではルナツーと呼ばれてコロニー建設用の資源になった。こっちでもユノー自体はあったからいけるかと思ったんだけど。
「現在獲得済みの技術並びに地上から戦力を抽出する場合、ラグランジュ点へユノーを定着させるまでに10年必要となります」
「ポイントで初期作戦能力を獲得した場合は?」
「7年です」
「つまり宇宙開発技術も必要という事ね」
「質問を宜しいでしょうか」
落ち込む俺に困った表情でルクレツィアが口を開く。頷いて見せると彼女は自身の疑問を投げかけてきた。
「環境改善技術として初期スペースコロニー技術の獲得は必要と判断しましたが、スペースコロニーの建設は現段階において非効率です。技術獲得、戦力確保の点から推奨できません」
うん、知ってる。でもこれは多分必要な事なんだ。
「ねえ、ルクレツィア。俺はこの世界に人類を救いに来たんだ」
言葉にするとすげえ恥ずかしいな。
「でも救うのに何年かかる?そもそも何処までやったら人類は救われるんだ?」
地球上のBETAを全て駆逐したら終わるのか?否だ。月や火星に連中が存在する以上その脅威は取り除かれたとは言い難い。その上で地球を奴らから取り返しても、ユーラシアの大半は連中に蹂躙され荒廃しきっている。だがどの国も疲れ切っている現状で仮にBETAを駆逐したなら、彼らは口を揃えてこう言うだろう。
さあ、お前達の国は取り返した。帰れ。
冷酷ではあってもそれは悪ではない。彼らだって家族を飢えさせるわけにはいかないからだ。命は平等で互いに助け合い慈しむものなんていう題目は、全員が飢えず生活に余裕があって初めて実現可能なおとぎ話なのだ。そうした意味で人類が人類を救うことは出来ないだろう。何故なら彼らの資源は有限で、その資源は全員で分かつにはあまりにも少ないからだ。
だから俺だ。神器と言う理を外れた力を持っている俺がそれを補うしかない。
「コロニーは希望だよ。そこにはBETAはおらず、そしてやって来ることもない。再び過去の安寧な生活が約束される場所だ。それは人類にとって絶対に必要なものなんだ」
30年近く続くこの生存闘争に疲れ切った人類には希望が必要だ。だからたとえ非効率でも実行しなければならない。人類がもっと非効率な行動に出る前に。
「これは斑鳩のご当主殿、此度は一体どのような御用向きですか?」
「お久しぶりです、煌武院殿。久しぶりに京へと戻れました故、お顔を拝見に参った次第」
「あら、見て面白い顔でも無いでしょうに」
そう笑う少女を前に、斑鳩崇継は同じように笑みを浮かべながら本題を切り出した。
「時に煌武院殿。近頃我が国は随分騒がしくなっておりますな」
「おや、そうなのですか?」
韜晦してみせる少女に気にする風も無く斑鳩は言葉を続ける。
「ええ、先の大陸での作戦で大陸派遣軍が大いに活躍しました件から始まって、軍民問わず随分と物事が動いている様子」
その言葉に少女の表情が少しだけ強張る。だが斑鳩はそれを指摘せずに口を開いた。
「意外なところから話とは膨らむようで。民間での動き、戦争難民の受け入れについてはどうやら帝国軍から出た案だとか」
「まことですね。一体どのような理から出た答えなのでしょう?」
帝国軍上層部は良くも悪くも旧体制の色を強く残す組織である。その姿勢は戦争遂行を第一義としており、国民生活や他国との協調といった物事は二の次とする悪癖がある。もっとも旧体制的という点において、斑鳩の所属する斯衛も言えた義理では無いのだが。
「人的損耗の補填と言うのが主な主張ですな。事実長らく続く戦乱で我が国も疲弊しております。足りない分は補わねばならぬは当然の理と言えましょうな」
「しかし、そう上手くいきましょうか?難民となれば国を追われ明日も解らぬ身とされた方々。心身共に疲れ果てていましょう。それに…」
一口に難民と称されてもその内は明確な区別がある。働ける者と働けない者だ。多くの難民を受け入れている国家はこの働ける者を目当てにしている。それは単純な労働であったり、戦力としてだ。だから軍が口にしたような人材は現在の難民キャンプを持つ国家が手放さないし、それ以外の人間は文字通りのお荷物だ。故にこの事には裏があると斑鳩は確信していた。
「でしょうな、事実政府は難色を示していたようです。先日までは」
「では?」
「洋上都市研究を長年続けてきたとある企業が実用化のめどが立ったと発表したそうです。既に幾つかの試験島がテストに入っていると。そこでの居住試験者を大々的に募集していて、政府にも協力の打診があったとか。いやはや、私の耳も遠くなったもので」
そう斑鳩が笑って見せると、少女が口を開いた。
「耳が遠くなったなどと、私も初耳です」
目を細め、少女の顔を斑鳩は窺う。互いに武家、それも政威大将軍を輩出する五摂家だ。腹の探り合いなど日常茶飯事であるため、双方共に見抜く目も隠す技量も備えている。だが少なくとも今回に限っては本当に初耳であると斑鳩は理解した。その上で彼は腹の奥底から冷たい何かがせり上がるような怖気を覚えた。次期政威大将軍は確実と見なされている目の前の少女の目と耳は驚くほどに彼方を見通す。その彼女が知らぬと言うものが、目の前に忽然と現れたのだ。それも斑鳩の手の者が実際に乗り込むという、これ以上ない事実を携えて。
(鎧衣を擁する煌武院も知らぬとなれば、最早化生の類いと掛らねばなるまい)
表向きは和やかに。しかし内では確固たる決意を固めた二人は、自らの信念に従い動き出すこととなる。
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13
インド洋上、一隻の艦がその巨体を静かに進めていた。船舶の設計に携わる者や、流体力学を修めた者ならば卒倒するような姿であるにもかかわらず、その艦は60ノットという常識外れの速度で航行していた。
「何か見えますか?」
艦長席に座った男が、航海艦橋の窓から外を眺め続けている主に問いかけた。
「いや何も。悪いね、部屋に一人でいると気が滅入っちゃって」
「問題ありません。この艦も人員もすべて司令の持ち物なのですから。しかし驚きました」
そう言って男は帽子を脱いだ。壮年に差し掛かった風体の彼は、笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「処女航海でインドまで行くことになるとは正直想定しておりませんでした」
「中国の方で間引きが成功したのもあるけど、あっちは流石に内陸過ぎる。まだこの艦の性能は隠しておきたい部分も多いからね、出来れば沿岸に近い場所でポイント稼ぎがしたいと思って。まだまだ人類を救うには足りないものが多すぎる」
その言葉に男は深く頷いた。
「同意します。酷な話ではありますが、今の人類の戦力は全くと言って良いほど足りていない」
仮に全人類が一丸となっていたのなら、あるいはBETAに現在の戦力でも打ち勝つことは出来ただろう。だがそんなたらればは目の前の脅威に対して何一つ意味を成さない。そして、問題を解決する手段はいつでもシンプルだ。
「まあ、その分は俺達が頑張るとしよう。幸い伝手もある事だしね。あ、でもごめんね。作戦立案を丸投げしちゃって」
そう申し訳なさそうに謝る主に対し、男は笑いながら答える。
「適材適所であると言えましょう。司令はあれこれと考えるより力を振るうのが得意な様子。存分に貴方様が戦えるようお仕えできるならば、戦術上位統制型の名も報われましょう」
「そうか、うん。有り難う。じゃあ期待に添えるよう頑張らないとね。予定は3日だったよね?」
そう確認してくる主に対し、帽子を被り直して男は答えた。
「はい。本艦はこのままインド洋を西進、アラビア海に侵入します。その後ムンバイ市跡に橋頭堡を構築、攻略目標H13より展開中のBETAの漸減を実施します。作戦期間は3日、戦力は本艦白龍級一番艦、白龍。そして搭載しております戦術機一個中隊並びに司令の計13機となります」
もしこの世界における常識的な軍事知識の持ち主がその言葉を聞けば、耳を疑うだろう。BETA支配地域への侵攻は入念な準備をもって行われる。それも物量に対抗するために十分な兵力を用意してだ。その点で言えば艦艇一隻と戦術機一個中隊などという数字は運用しうる最小単位の戦力であり、間違ってもそれだけで投入されるなどという事の無い数字だ。仮にそんな命令が出されたならば、それは死ねと言われているのと同義だ。だが、男の主は気負いなく応じる。
「ん、了解。随伴はハヤタ?」
「いえ、イデです。あれは持久戦重視の設定ですので」
「成程」
「衛星写真による事前情報では、ムンバイ市跡は完全に均されています。地形的には開けていますが、周辺を河川で囲まれているため襲撃方向を限定できます。戦術機の揚陸にあわせて本艦よりクラスター弾による地雷敷設を実施、東と南に警戒線を構築します。基本的には北側より流入するBETA群を迎え撃つ作戦です。H13からの距離を考慮すれば光線級属種の脅威は低いと思われますがBETAの行動は未知数です。留意下さい」
その説明に主は眉を寄せると聞き返してきた。
「安全に狩る為に待ちの姿勢って言うのは理解出来るんだけど、それでポイントが稼げるかな?」
「投入されます戦術機は全て高性能学習コンピューター搭載機です。中国戦線での戦闘結果を考慮すれば、極めて高い誘引能力を持っております。目標ポイントには2日目で到達の見込みです、その後の戦果拡張については主の判断にお任せします」
男の言葉に納得したのか、主は再び笑顔になると頷きつつ口を開いた。
「うん。解りました。ではムラマツ艦長、そのように宜しくお願いします」
主の言葉に男は敬礼をもって応じた。
「これは一体何の冗談だ?」
日本帝国からの支援物資と共に送られてきたメールの内容を聞かされ、国連軍インド方面軍司令であるドゥルーブ大将は首を捻った。コンテナ2つ分一杯に詰め込まれた医薬品と医療機器は慢性的に負傷者の出る前線において非常に有り難く、送り届けてくれた日本帝国の艦艇に対して真剣に持てなすことを考えたほどだ。だが日本帝国の艦艇は国際協力の下当然のことをしたまで、との返事と共に辞退してきた。そう返してきた彼らの高潔さに感謝を捧げつつも、後方国家の余裕を羨ましく思ってしまい、それをつい口にしてしまったがドゥルーブ大将を責める者は居なかった。だが問題はその後だ。
「アラビア海で試験をする?なんだって態々そんなところで。しかも単艦?彼らはなにがしたいんだ?」
疑問は残るが、ドゥルーブ大将に彼らを止める権利はない。一応そのような連絡があったと国連総司令部へ連絡をいれたのと、老婆心から翻意を促した程度である。であるから、一週間ほどが経過し、件の艦艇が無事日本への帰路につくことを連絡してきた時は胸をなで下ろした。だが彼はまだ知らない。2日後、監視衛星の映像をチェックしていた国連軍総司令部から、H13周辺のBETAが2個師団程殲滅されたことに対する説明を求められることになる事を。
「作戦タイム!」
俺の宣言に拍手が続く。凡そ2週間に渡る遠征を終えて基地に戻った俺は、はっきり言ってテンションが上がっていた。
「今回の作戦にてBETA2個師団相当を撃滅、結果1132万2000ポイントを新たに獲得。これにより目標ポイントである1000万ポイントを達成しました。内500万ポイントを消費しコロニー開発関連の技術を取得しています」
「事前計画に基づき残りの500万ポイントの内300万ポイントはそれぞれ生産設備、難民収容メガフロート、資源採掘拠点の製造に使用されます」
「200万ポイントにて自律判断能力獲得型学習コンピューター、発展型ルナチタニウム系構造材、次世代型ミノフスキー技術、発展型生産システム技術を獲得しました。これにより完全自律稼動用AI、ガンダリウム系合金、小型ミノフスキークラフト、Iフィールドバリアシステム、初期型ミノフスキードライブが生産可能になりました。また生産システム技術の更新によりCAMシステム、資源採掘システムのアップグレードが可能です」
「獲得した技術に合わせてF-4J2のアップグレードモデルを設計しました。以後自軍戦力は同機に順次更新されます。また、艦艇建造ブロックが完成しましたため予定されていた打撃戦力の建造に着手しております。一番艦の完成は2週間後です」
「各社より出向している3名の初期教育が完了しました。現在発展型CADシステムの習熟訓練として各自に補助兵器の設計を行わせています。また各社への生産ライン用機材の提供は各3ライン分が完了しました。しかしレアメタル、レアアースが供給不足のため現在2ラインの稼働が限界です」
「アイランド1、2、3は現在25キロ平方メートルにて拡張を停止、稼働率100%を維持しています」
「合衆国よりF-4J2に技術盗用の疑いがかけられているとの連絡が帝国陸軍より入っています。また、同機について斯衛軍からも購入の打診が来ております」
思ったより色々と起きている件。
「資源は各社で都合できない?」
「世界規模で慢性的な不足が発生しております。当基地を拡張、あるいは新規に資源採掘拠点を獲得する方法が確実です」
「ん、了解。当面は基地拡張で対応しよう。国内中に戦力をばらまくと警戒心を与えるだろうしね。それから合衆国と斯衛軍がなんだって?」
「技術盗用の疑いがあると」
「解った。10機くらい無償提供するから合衆国に送るよう言って。ああ、使ってる技術関連の資料も纏めて送っちゃって」
「宜しいのですか?」
俺の言葉に難色を示すルクレツィア。まあ、色々とあの国は自分ファーストだからね。警戒するのも無理はない。
「むしろ望むところだよ。今俺達を除けば地球上で一番体力があるのが合衆国だ。彼らが生産を手伝ってくれると言うなら諸手を挙げて歓迎すべきだ」
どうせ生産設備も強請られるだろうけど、今ならそこまで負担じゃない。むしろ積極的に機体を更新させれば余剰した機体を前線国家へ吐き出してくれるかもしれないし、戦後世界への影響力を考慮して再び欧州へ大規模な派兵もしてくれるかもしれない。その為にはもう少し突いてやる必要がありそうだけど。
「それで、斯衛軍の方は購入したいって?」
まだ武御雷も出来てない筈だし、納入は吝かじゃないけど。
「はい、ついては仕様について相談させて欲しいと」
「売るのは良いけど仕様については帝国軍へ納入しているもの以外は受け付けない。勝手に弄る分には構わないけどこっちでは受け持たないよ」
斯衛軍の言い分も解らないではない。優秀な衛士に優秀な機体をと言う組み合わせはその戦力を数倍に引き上げるのだから。義務教育が行き届き、人間の平均化が進んだ現代人には解りにくい感覚ではあるけれど、彼らの家柄を重視するというシステムはある意味で効率的だ。何故なら身分の高い者というのは経済や教育環境に恵まれ、幼少の頃からそれらを修める事が出来る者だからだ。更に下世話なことを言えば、遺伝子的に優秀な人材を取り込みやすい環境でもある事から、基礎の段階でも選別がなされていると言える。故に身分の高い者は例え失敗であっても人並み以上の能力を有している事が多い。だがそれはそれである。
人類全体に一機でも多くの戦術機を送り出さなければならないという状況で、一々斯衛仕様だとかその中でも高級機だとか、挙句個人専用機だのなど造っている意義を感じない。彼らが仮に通常の衛士の100倍の働きをすると言うのなら考えてやらんでもないけれど。
「ではその様にお伝えします。面会については如何なさいますか?」
斯衛で面会ってことは、間違いなく武家の人だろう?あの人種は人生の大半を面子に費やしているから要求を突っぱねた挙句門前払いなんてしたら末代まで恨まれそうだ。恨まれるだけならまだしも嫌がらせなんてされたら堪ったもんじゃない。相手の手が何処まで広いか把握できていない以上、多少は譲歩も必要だろう。
「そっちは受けよう。どうせここを偵察したいのだろうしね」
さて、出来れば穏便に済ませたい所だけれど、向こうはどう出てくるだろう?
白龍型輸送艦 一番艦“白龍”
カンパニーが独自の展開能力を獲得するために購入した艦艇。ベースは宇宙世紀に登場するペガサス級強襲揚陸艦7番艦“アルビオン”である。艦種が輸送艦なのは民間企業が軍艦を保有できないため。現在はアイランド1を根拠地として運用されている。基本的にはベースとなったアルビオンと同性能であるが、搭載機機数の強化と展開効率を鑑み格納庫の拡大と折りたたみ式であったカタパルトを固定式に改めている。一方で投入機会は少ないとして戦闘機用のカタパルト並びに格納庫は削除されている。
日本帝国には新技術の試作高速輸送艦と説明しているが当然のように誰も信用していない。しかし今のところまさか飛行可能かつ単独で大気圏突破能力があるなどというのは夢にも思われていない。ちなみに遠征の際にスリランカへ敢えて立ち寄ったのは、物資の援助もあるが、艦を見せつけることで世界への認識度を増し、購入コストを下げるためだったりする。
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14
梅雨も明けて日差しの力強さが増した頃、基地の前に黒塗りの高級車が停められた。面会の打診から僅か3日で斯衛から人が送られてきたわけだ。
「さてさて、どなた様がいらっしゃるやら」
そう言いながら俺は資料の入ったファイルを片手に応接室へと移動する。今日も今日とて護衛に付いてくれたハヤタと共に部屋に入って俺は秒で後悔した。
「お初にお目にかかる。斯衛にて大将を預かっておる、紅蓮醍三郎と申す」
「同じく斯衛軍少佐を拝命しています。斑鳩崇継と申します」
「煌武院家当主を預かっております。煌武院悠陽です。よしなに」
なんか、とんでもないのが、来ちゃったぞ?俺の知っている姿より幾分幼いけれど間違いなく悠陽様だ。やべえ、ちょっと感動してきた。
「ご、ご丁寧に有り難うございます。カンパニー代表を務めております。長谷川誠二と申します」
そう言って俺は頭を下げる。斑鳩少佐はまあ解る、この人確か武御雷の開発に関わってた筈だから、斯衛に導入する戦術機の選定とかを請け負っているんだろう。だけど煌武院悠陽?彼女はまだ政威大将軍になっていないし、徴兵年齢にも達していないから斯衛にも所属していない筈だ。んで極めつけが紅蓮大将?このおっさんギャグ時空の存在じゃなかったの?え、大将ってほぼトップじゃん。二重の意味でなんでここにいるの?
「ふむ、随分と出来上がっておるな。長谷川殿はその年で随分と研鑽を積んだ様子」
無遠慮にこちらを眺めていた紅蓮大将が太い笑みを浮かべながらそう俺を評した。ええまあ、多分現地球上で俺よりBETAと戦い続けている人間はいないでしょうからね。曖昧な笑みを浮かべると、何故か一歩踏み出してきた紅蓮大将が楽しそうに口を開いた。
「おまけにあの機体。年甲斐も無く血が騒いで仕方ない。どうだろう、一手指南頂けまいか?」
なんですこの戦闘狂。半眼になって横にいる斑鳩少佐を見ると、彼は困った表情で紅蓮大将を止めてくれた。出来ればもっと早く止めて頂けませんかね?
「大将閣下、申し訳ありませんがそのくらいで。長谷川殿もお忙しいでしょうし、本題をお話ししませんと」
「おお、そうであった。すまぬな、長谷川殿!」
そう言って豪快に笑うとソファへどっかりと座り込む紅蓮大将。なんだろう、俺このおっさん苦手だわ。
「いえ、それで本日はどのようなご用件でしょう?」
そう俺が水を向けると、紅蓮大将の横に静かに座った斑鳩少佐が口を開く。こっちが交渉口らしい。
「先日は斯衛への機体導入の件、了承頂き有り難うございます」
「いえ、お気になさらず。こちらとしても渡りに船のご提案でしたので」
これは本心だ。帝国軍が無茶を言ってきて、それを俺が呑んだ瞬間から日本帝国が抱える戦術機は全てウチ製の機体に置き換えられることが決定した。まあ国家の危急と国際貢献を盾にとんでもねえ値段をふっかけて来やがったのを呑んだんだから、いまさらやっぱなしは難しい。そんな事になれば生産ラインを無償で供与した各社に俺が代金を請求するから、確実にメーカーから恨みを買う上に、俺の協力も失うことになるからだ。しかしここで面倒なのが斯衛軍の戦術機だ。こちらは城内省が独自に予算を組んで導入しているから、帝国軍の意向で更新は出来ない。そうなると各メーカーは既存の生産ラインを維持しなければならないし、最悪独自調達などと言い出されたら“野分”を生産する傍らで新型機の開発と生産ラインの立ち上げを行わなければならない。最新モデルでは無いが一応各社にCAMシステムは供与しているので、設計出来る人材が居れば出来んことはないだろうが、そうなると年単位で時間を食う事になる。出来上がる頃にはウチが新型を出して居るだろうから確実に陳腐化しているというおまけ付で。そんな訳で余計なリソースを使って欲しくない俺としては、好条件な提案であった事は間違いないのだ。
「その上で再度お願いしたく参りました。斯衛向けに調整した機体の供給、伏してお頼み申し上げる」
え、やだよ。
「その件については既にお断りしたかと思いますが」
「そこをなんとか曲げて頂くことは出来ないだろうか?」
その物言いに俺は違和感を覚えた。俺の知る斑鳩崇継と言う人物は、奸雄と評される類いの人間だ。崩壊後の世界で機会を窺い日本帝国の実権を握るなど計略に長けた人間であり、同時に旧弊的な物事を蔑視する合理主義者でもある。そんな人物が理も利も説かずにただ頭を下げる?そんな無様を果たして本当にするだろうか。
「逆に伺いたいのですが。そこまで専用機に拘るのは何故でしょう」
俺の問いに答えたのは横で腕を組み成り行きを見守っていた紅蓮大将だった。
「斯衛は将軍家の守護を預かる身ゆえ、軽々に数を増やせん。現在では一般より才ある者を受け入れているがそれでもその数は2個師団程度よ。数が揃えられぬなら質を求めるは道理であろう?我らは刃の切っ先なれば、研ぎ澄まされてこそ民を安んじられるというもの」
斯衛は全ての民の模範となるべし、だったか。その通りで彼らは常に先鋒や殿として投入される。彼らの戦闘能力が高ければ高いだけ後続の被害は減るし、当然そうなれば後方はより安全になるだろう。
「家柄、幼少より我らは何らかの武を嗜むでな。相手と切り結ぶのが性に合うのよ。どうだろうか、斯衛専用機の件、今一度お考えいただけまいか?」
言っていることは一見理に適っている。だが、それは彼らの理屈での話だ。
「失礼ですが、紅蓮大将。民とは?」
「決まっておろう。この日の本に住まう者全てである」
「成程。ご事情は理解致しました。その上で申し上げます。どうしても専用機が良いと仰るのでしたら他を御当たり下さい。弊社では対応致しかねます」
そう言って俺は笑顔で頭を下げた。部屋を沈黙が支配する。だが不思議と圧は感じなかった。
「ひとつ、お伺いしても?」
それを破ったのは幼い声、発したのは煌武院様だった。
「なんでしょう」
「民の暮らしを安んじる上で、斯衛が力を欲する理はご納得頂けた様子。なれば慈悲深き御社が断るは理に合わぬと見ますが」
そう柔らかい笑顔で質問してくる煌武院様。慈悲深いって、それ誰のことですかね?
「仰っている意味が判りかねます。我々は営利団体です。儲けにならないことなど致しません」
「自社で専売出来るものを他社へも渡し、労働力にならない難民を受け入れる為に莫大な費用を投じて都市を造る御社がですか?」
「それは近視眼的な評価ですね。長期的に見ればこれが最も我が社に利益を生む戦略です。何せBETA相手では商売が出来ませんから」
そう俺が言うと、煌武院様は少し目を見開いた後、楽しそうに言葉を続ける。
「では利を求めるならば、何故此度のお話を蹴られるのでしょう?斯衛の専用機となれば、条件は厳しくなりましょうが、相応の代金は支払うはず。御社にとって富も名誉も手に入る好機と見えますが?」
「総合的な判断です」
「伺っても?」
勘弁してくれよ、腹芸とか領分じゃないんだ。色々と面倒になった俺は思っていることをぶちまける事にした。最悪喧嘩になるかもしれんが、こっちにはハヤタがいるしな。
「手前味噌ではありますが、弊社の開発しました“野分”は優秀です。これが世界に広まれば、戦いは一変しましょう。その為には一機でも多く、一秒でも早いほうが良い」
そう言って俺は紅蓮大将を見る。
「紅蓮閣下は先ほどこう仰いました。民とは日の本に住まう者だと。それはつまり、貴方方に専用機を開発しても、守られるのはこの国の人間だけだという事になる。悪いとは言えません。人は万能では無い、自ずとその手で守れるものには限りがある」
最後に斑鳩少佐を見る。彼は黙ってこちらを見返した。
「私は商人です。民とは私にとって大切なお客様です。そして私のお客様とは、この世の全ての人間です」
再び俺は頭を下げる。
「ですから、大変申し訳ありませんが皆様のご要望にはお応えできません」
「それでも頼む、と言ったら?」
そんな俺に向かって穏やかな声で斑鳩少佐がそう聞いてくる。だから俺ははっきりと口にした。
「応えられません以上、お取引は出来ません。他を当たって頂きたい」
「つまり機体の供給はしない。と言う事かね?斯衛を敵に回すことになるやもしれんが?」
念を押すように紅蓮大将が口を開く。俺は頭を下げたまま答えた。
「はい。ですがその場合はお覚悟を。社の損失を黙って見過ごすほど私は出来た人間ではありません」
再び沈黙が部屋を支配する。だが今回はそれ程長くは続かなかった。
「この辺りで十分でしょう。紅蓮大将」
「うむ、これだけ覚悟を見せられれば皆も説き伏せられよう。お顔を上げて頂きたい、長谷川殿」
良く解らず顔を上げると、そこには楽しそうに笑う三人が。え、どゆこと?
「不躾な態度を取り不愉快な思いをさせたこと、深くお詫び申し上げます。長谷川殿」
そう言って頭を下げる斑鳩少佐。その意図を図りかねていると紅蓮大将が説明してくれた。
「先日の機体供給の件でな、斯衛内に反発があったのよ」
曰く、斯衛軍は伝統的に専用の装備を身につける事となっている。それを破るだけで無く、あまつさえ帝国軍と同じものを使えなどとは侮辱である、と。
「嘆かわしい事よ。我らは斯衛、侍ぞ。軍場において弓が無くば槍、槍が無くば刀、たとえ無手でも顎を使ってでも敵を討つことこそが我らの務め。それが武具の善し悪しで喚くとは」
いや、むしろそこまで割り切れる人の方が少数派じゃないですかね。
「そもそも精鋭などと嘯かれていますが、斯衛にBETAとの実戦経験を積んだ者などごく僅か、それも殆どが帝国軍から引き抜いた一般枠です」
そして彼らは大陸を生き延びた衛士に勝利し安心を得るのだそうだ。彼らより良い機体に乗って、対人戦という自分の得意分野で挑んでおいて、だ。
「あの機体は未熟な斯衛には必ず必要となる。何としても導入せねばならん。故に一芝居付き合って貰うことにしたのよ」
機体の性能自体は認められている、ただ自尊心が邪魔をしているという状況を打開するための訪問だと言う。紅蓮大将自ら赴き説得しても、聞き入れずあまつさえ要求を通そうとするならば供給を拒否する。その言葉が欲しかったのだと言う。
「流石にアレを見せられてなお“瑞鶴”に乗り続けられる意気地は無いでしょうから」
つまり俺はダシに使われたって事ね。まあいいさ。それでこっちの予定が狂わないなら許容しよう。さて、でもそうなると一つ解らない事がある。
「お二人の理由は理解致しました。ですが、では煌武院様は何故?」
煌武院は五摂家の中でもかなり内向きで、その分政には影響力がある。けれど今のところウチとは接点が無いはずだけど。
「榊殿より大変興味深いお話を伺いしまして。御社が進めている蓬莱計画。その一助が出来ればと参りました」
そう笑う彼女に、俺はつくづく彼らを侮っていたことを思い知らされる。うん、武家こええ!
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15
蓬莱山、あるいは蓬莱島。中国の神仙思想に登場する場所で、それは大陸の東の海にある山とも島とも言われている仙人の住処だ。神様転生なんて滅茶苦茶があるくらいだから、もしかしたら実在するかもしれないが、それを探そうとかいう酔狂な計画では無く、難民受け入れ用の民間向けメガフロートの建造計画のことだ。こいつは既にアイランド1から3までのノウハウとポイントを使って、四国沖の日本帝国の経済水域ギリギリに箱は完成していたりする。アイランド1と同サイズのメガフロートを20程連結したもので、総面積は大凡東京都の四分の一程になる。一応200万人を不足無く収容出来る施設と生産能力を備えているというのが売り文句だ。現在日本帝国軍経由で政府に働きかけて貰っていた。進捗はあまり宜しくないと報告を受けていたんだけど。
「弱者救済の心意気、大変感動致しました。煌武院家も是非協力させて頂きたく存じます」
「大変有り難い申し出です。しかし煌武院様、私達は御家へ何を差し出せば良いのでしょう?」
ただより高い物はない。至言である。チートで大抵のことは解決出来るが、言われるままに何かを提供し続けるのは危険だ。俺の知っている彼女は高潔で良心的な人物であるが、永遠にそうだとは限らないし、力に溺れないという保証も無い。そうなったとしても俺ならば物理的に止めることは出来るだろうが、そんなことはしたくない。
「無用です。ですが強いて挙げるなら、このままの活躍をお願い致したいかと」
そう言ってころころと笑う煌武院様。成程、成程ね。恐らく既に彼女は政威大将軍になる事が内示されているのだろう。だが彼女が今のまま将軍職に就くには幾つか問題がある。まず一つが軍との意識の齟齬だ。国際協調路線を取りつつも、国家の発言力を高める事に注力している榊首相と懇意にしている彼女であるが、榊首相は軍部に嫌われている。彩峰中将の一件がまだ起きていないから、そこまで決定的な確執を生んでいないが、少なくとも協力的とは言い難い。そして煌武院家は内向きと言ったように五摂家の中では斯衛軍との繋がりが薄い家だ。つまりこのまま彼女が政威大将軍になったとして、日本帝国の軍事力に影響力の無い指導者になってしまう。近しい者がこれらの手綱を握れれば良いのだが、見た限り望みは薄いだろう。紅蓮大将は武人すぎて政に首を突っ込むとは思えないし、斑鳩少佐に至っては目的が同じだから同道しているだけと言った感じだ。あれは利用価値がなくなったら躊躇無く捨てるタイプと見た。なので彼女は双方に影響力を持ちつつある俺と懇意にする事で、不足している軍部への影響力を補強したいのだろう。ならば俺の答えは簡単だ。
「承知しました。有り難くお受け致します」
貴女が今のままで有る限り。胸中でそう付け加えながら頭を下げる。俺があっさり呑むとは思わなかったのか、彼女は少し驚いているようだ。
「では早速一つご協力頂きたい事がございます。北アフリカ並びに南米にあります難民キャンプを日本へ誘致したいのです。ご助力頂けますでしょうか?」
「アフリカと、南米ですか?随分と遠方になりますね。理由を伺っても?」
ここは素直に言っておこう。
「既に両大陸は欧州の亡命政府を受け入れており、経済的な余裕の無い状態です。難民も見捨てられず受け入れはしたものの、物資の配給もままならず難民は困窮しているとのこと。早急に手を打たなければ、厄介な事態を引き起こすでしょう」
「厄介とは?」
「最悪武装蜂起、少なくともテロリズムには走るでしょう」
断定的な俺の言葉に煌武院様は目を見張る。
「そんな、このような時に人同士で争うなど…」
本気で言ってんのか?
「程度の差はあれ、この国でも人同士争っているではないですか。命の危機が差し迫っていればその行動が過激になるのは必然です。誰だって死にたくは無いのですから」
それにもう一つ特殊な事情がある。それがキリスト教恭順派と呼ばれる組織の存在だ。彼らはBETAという脅威の前に人類はその信仰、人種、思想の垣根を越えて協力、慈しみ合わねばならないという耳心地の良い教えを説き、急速に信者を獲得している。それは当然の事で、教えを説いて回っているのが難民キャンプだからだ。虐げられている人間に、お前達は虐げられている、本来の権利を奪われていると囁けば賛同を得るのは容易い。しかも彼らはキリスト教などと名乗ってはいるが、同宗教と何ら関わりの無い組織だ。あくまで自分達の都合の良い手駒を作る手段として名乗っているに過ぎない。では彼らの目的とは何か?これは推測ではあるが、恐らく現地球秩序の破壊。もっと局所的に言えば合衆国並びにソビエト連邦の崩壊だろう。何故その様な思想にたどり着いたのかは俺には解らない。だが、現実的な問題としてそれによって引き起こされる混乱で多くの犠牲者が出ることだけは理解出来る。
「ですが今ならまだ間に合います。無論不満はあるでしょう、故郷を遠く離れ見知らぬ異国、それも地球の反対側まで来いと言うのですから。ですがここならば、彼らは彼らの望む人としての生が望める」
人として当たり前の生活を望む。それは一見当然の権利に思える。だが残念ながらそうではない。弱者が当たり前に生きることが許されるのは、世界に余裕がある時だけだ。そしてBETAとの戦いでユーラシア大陸を失陥し、なおも戦い続ける人類に、今の人口を支えられるだけの余裕は残念ながら存在しない。だがそれを説いたところで無意味だ。人は持っていた権利はあって当たり前のものだと認識している。そしてそれは世界が如何に変ろうとも不変であると誤解しているのだ。
「難民の受け入れそのものは出来ましょう。受け入れ先があるのなら宣言するだけで事足ります。けれど現実的に移動する手段が無ければ意味が無いのでは?」
インド亜大陸のH13、そしてアラビア半島のH9の存在によって人類は欧州アジア間の海路についても大きな制約を受けている。日本からエジプトまでの航路は凡そ1万5千キロ。足の速い輸送船を使っても移動だけで15日ほどかかる。更に他の難民キャンプを巡るとなれば2ヶ月は覚悟しなければならないだろう。幸い東南アジアの油田地帯が残っているため燃料は確保出来るだろうが、何せ万単位の人を運ぼうという計画だ。日本としても難民保護のためだけに輸送船をそれだけの時間拘束されるのは厳しいし、人類側からの妨害も考慮すれば護衛も必要になる。幾ら後方国家と言ってもそれだけの労力を捻出するのは現実的ではない。そう、普通なら。
「メガフロート建設の際に物資輸送目的の艦艇を弊社で建造、保有しております。当面手空きの船ですから、こちらを使えば凡その問題は解決出来ると考えております」
乗員も全員ドロイドだから忠誠心もバッチリだし、何よりスパイが入り込む余地も無い。
「念のため駆逐を1~2隻都合して頂ければ幸いですが」
「一度榊殿にお話ししましょう。実施はいつ頃を?」
「遅くとも年内中に実施できればと」
そう俺が言うと煌武院様は小さく、しかし確かに頷いた。
「現地との調整はこちらが受け持つと言う事で宜しいのでしょうか?」
「むしろそうして頂いた方が話が早いでしょう。一企業の代表ではあちらの面子も立たないでしょうし」
言いながら斯衛の二人を見ると、両方苦笑を浮かべていた。いえ、当てこすりとかじゃないっすよ?
「では、そのように。良き報が届けられるよう頑張りましょう」
そう笑う彼女に、俺はもう一度頭を下げたのだった。
「あれ?社長どうされたんです?」
研修室と名付けられた監獄に彼女達を放り込んだ張本人が姿を現わしたのは、時計が午後の8時を指した辺りだった。本来の職場であればとうの昔に退勤し、上司の胡麻擂りとして夕食に付き合っている頃であったが、現在の職場はここからが本番と言える時間だった。体調を崩さぬ範囲であれば研修室を好きに使用して良いとの許可を得た残りの二人が、目の色を変えて入り浸っているからだ。同じく研究熱心な設計者という触れ込みで出向している彼女としては一人休むわけにも行かず付き合うことにしている。幸いにして彼女は才媛であり、二人には及ばないものの本来の目的であった技術の取得は出来ていたし、結果としてこの自習時間でより理解を深めることが出来ているため無駄ではないのだが。
「昨日提出して貰った課題でちょっと話したい事があってね」
課題。基礎学習が終わったとして彼女達に次に与えられた仕事が、この研修室にあるCADを使って指定された兵器を設計することだった。もっとも、設計とは言うものの彼女達は必要なパラメーターを入力することが主で、入力後はCAD側が過去のデータベースを基に勝手に描き上げてくれる。後は出来上がった候補から最も適していると思われる物を選択するのみだ。
「確か戦闘ヘリを代替可能な攻撃機、でしたよね?」
戦闘ヘリは戦術機に次いで対BETA戦において重要な戦力である。展開力、継戦能力など様々な点で劣るものの、戦術機に比べれば安価で整備性も高い。だが、衛士ほどではないもののパイロットに求められる水準は高く操作も複雑だ。これは戦術機の補助戦力という側面が強いため、機体価格を抑えるために戦術機のような高価な制御コンピューターを搭載していないからだ。
「うん、三人とも良く出来て居ると思う。それでちょっと相談なんだけど」
そう言って社長と呼ばれた男は柔やかにとんでもない事を言ってくる。
「今度ウチの主導で難民を迎えに行くんだけど、そこで君たちの機体を試してみない?」
「「良いんですか!?」」 「正気ですか!!??」
思わず叫んだ後、自分だけが違う言葉を発していたことに気付き賀東は慌てて咳払いをした。その上で自分の意見をしっかりと述べることにする。
「長谷川社長。私達は設計者ですがまだ御社の技術に触れて日が浅く、経験不足である事は否めません。そんな私達が課題程度で設計した機体に人の命を預けるのは些か短慮ではないでしょうか」
「そうかな?私はそう思わない。何故なら君たちが課題程度と手を抜いていない事を知っているからだ」
そう言って男は賀東を見据える。彼女は怖気を感じ、一歩思わず下がってしまった。
「それに私は使わない物を試しに描いてみろ、なんて楽な課題を与えたつもりも無いよ。何せ君たちは既に一人前の技術者だからね。シミュレーションの結果も良好だとルクレツィアから報告も受けている。なら、これは我が社の商品として通用するという事だ」
その言葉に今更ながら賀東は言いようのない興奮を覚えた。これまで仕事とは彼女にとって退屈では無いが、楽しいものではなかった。求められていたのは能力よりも容姿であり、人間性よりもその容姿を如何に活用できるかという表面上の取り繕いであったからだ。
「まあ、どうしても嫌だと言うなら無理強いはしないけど」
その言葉が彼女にとって最後の一押しになる。
「いえ、私の機体も参加させて下さい。ですが、少しだけお時間を頂けませんでしょうか。今の私達であれば、提出した物より更に良い物を提供できると思います」
彼女の宣言に男は嬉しそうに頷く。
「解った。では期日は前回と同じく3日後にする。それまでに出来上がらなかった場合は、今提出されているものを使うよ」
後に彼女達が生み出した攻撃機はBETA戦役における死者を半分に減らしたとまで絶賛されることになるのだが、それはまだ暫く先のことである。
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16
赤く染め上げられた“野分”が疾走る。手にしているのは120ミリ突撃砲と長刀、戦術機の装備としては別段特別ではないものだ。
「こっの!」
機体はFAT装備を外した標準仕様。多少運動性は向上するがそれ程劇的なものではない。つまりFCSの想定を超える動きなんて出来ていない、いないはずだというのに。
「なんで当たらない!?」
『はっはっは!狙いは悪くないが素直すぎるな!』
豪快な笑い声と共に、爆ぜるような速度で急接近してきた赤い野分が長刀を振るう。ギリギリ盾で受け止めたが、受け止めた盾は上半分をバッサリと持って行かれた。ウッソだろお前!?
「ちい!」
兵装担架を展開して弾幕を張る。まさか120ミリの射撃がこんなに遅く感じると思う日がやって来るとは思わなかった。
『良いぞ、良いぞ!そうでなくては!』
射撃は避けられる、だが接近戦はもっと悪手だ。何せアレに乗っているのは斯衛軍の大将なのだ。しかも随分とテンションが上がっておられる様子。うっかり17分割くらいされかねない。
(かといってこのままでは。ええい、ままよ!)
俺は覚悟を決めて接近する。射撃を当てる極意は一つ。当たる距離まで詰めれば良い!俺の意図を察したのか赤い野分は停止して突撃砲を投げ捨てる。そしてその行為に俺の目が一瞬、そう、本当に一瞬だ。逸れた瞬間最大速度でこちらへ突っ込んできた。
「なぁっ!?」
『ふむ、ちと踏み込みが足りんかったか。これは儂の負けかな?』
突き出した突撃砲は切り飛ばされ、咄嗟に展開した武装担架の突撃砲がコックピットをロックした。だが、俺のコックピットへも長刀が逆袈裟で寸止めされていた。うん、相打ちと宣言したいところなんだけど。
「いえ、私の負けですね」
兵装担架に装備している120ミリ突撃砲の砲弾はAPHE弾、これでは直撃させてもコックピットは破壊できない。対して相手は盾も切り裂く長刀だ、止められなければ確実に切り裂かれていただろう。破片による損傷なんて狡いことを考えず全弾APDS弾にするべきだったな。
『ふむ。ではここは譲られておくとするかの。良い鍛錬になった。また頼むぞ!』
そう豪快に笑う紅蓮大将をモニター越しに見つつ、俺は溜息を吐いた。正直二度とやりたくない。
シミュレーターの成り行きを見守っていた斑鳩崇継少佐は安堵の溜息を漏らした。
「素晴らしい腕前ですね、長谷川殿は。まさか紅蓮大将にあそこまで食い下がるとは」
実機の納入に先駆けて斯衛へカンパニーからシミュレーターが納入されることとなり、デモンストレーションとして紅蓮大将と長谷川社長との対戦が組まれたのだ。シミュレーション上とは言え、試験の動作では無く戦いを想定した実戦の機動は“野分”の性能が現在斯衛が運用している“瑞鶴”を歯牙にもかけない物であると兵へと強烈に植え付けた。これで頑なに否定していた連中も膝を屈するだろう。だが斑鳩少佐は全く別のところで安堵していた。
「良い衛士だ、だが無敵というわけでは無いか」
「それは仕方ありません。相手はあの紅蓮大将なのですから」
確かに紅蓮大将は無双、と呼ぶに相応しい技量の持ち主だ。唯一互するのは同じく斯衛大将の神野大将くらいだろう。そしてたとえその二人であっても斯衛の手練れが複数人で掛れば殺すことが出来る。
(無論それは最後の手であるが)
僅かな接触ではあるものの、斑鳩少佐は長谷川誠二を善良な人間であると理解出来た。更に言えば二面性も無く、人としての善行を正しいこととして行える人間であるとも認識している。人として見た場合、彼はとても好ましい人物だ。だがそれはこの日本帝国という国家にとって有益であるという事とは同義ではない。
「野分と言えば、例の件はどうなったかな?」
そう何気なく聞くと、彼の腹心は淀みなく答えた。
「はい、昨日カンパニーへ向けて正式に謝罪と購入の申し入れがあったと」
「そうか、長谷川殿はどうされたのか?」
「当面は我が国の需要に応えるのが手一杯であるとして、ライセンス生産を提案したようです。更に欧州への販売を許可されたとか」
「欲が無いな」
そう表面上斑鳩少佐は笑ってみせるが、内心穏やかではなかった。野分の生産体制が現在最も整っているのは日本であるが、元来資源が乏しくその多くを輸入に頼っている状況であるため生産数は伸び悩んでいる。特に希土、貴金属類は完全にボトルネックとなっており、国内供給の8割をカンパニーに依存している状態である。この状況下で米国が本格的に生産を開始すれば、これらの市場価格が高騰する事は火を見るより明らかで、国内産業のカンパニー依存は間違いなく加速するだろう。日本としては長期的には確実に悪い方向へと向かっている一方で、困窮しつつある国にしてみればカンパニーは貴重な外貨獲得手段だ。その上最近では低迷している食品産業にも参入し買収や企業再生まで行っている。ここでカンパニーを攻撃する事は、日本の経済界を敵に回すのと等しい行為だ。
だからこそ、長谷川社長が無敵ではない事は極めて重要な意味を持つ。
「出来るなら、良い関係を続けたいものだ」
呟いた言葉に答える者は居なかった。
「謙虚と言ったかな?我が国では馴染みない文化だが悪くはないね」
外交努力の結果を確認しながら合衆国大統領は上機嫌でそう口にした。
「全くです。ユーラシアにいる異星人共にも学んで欲しいくらいです」
そう返す副大統領に肩を竦めて見せると、大統領は再度確認の意味を込めて報告の内容を読み上げる。
「F-4J2には我が国の特許侵害は認められない。この件に関し製造元へは正式な謝罪と、機体の購入を提案。しかし生産能力の超過を理由に断られる。その後先方よりライセンス生産の打診があったと」
「既に確認用として送られてきていた製造機器一式は返却不要とのことでマクドネル社に敷設を開始しています。また同工作機械を製造するためのマザーマシンについても購入契約済みです」
「素晴らしい。彼らは世界をよく理解できているようだね」
「ええ、今次大戦を我が国は失敗しました」
副大統領の言葉に彼は深く頷いた。BETAと言う脅威を理解しつつも大戦当初合衆国の動きは緩慢だった。ソ連との人類同士による最終戦争を恐れた当時の合衆国首脳部は月面での反省を活かせず、当事国に対応を一任するという愚を犯したのだ。そして度重なる敗走とユーラシア大陸の大半を失陥するに至り、彼らは確信する。人類は統一されなければならないと。
「だがまだ挽回出来る。コイツがあればあの胡散臭い爆弾に頼る必要も無いだろう」
合衆国はG弾、BETA由来の物質を主原料とした特殊な爆弾を開発している。既に起爆実験にも成功したそれは核を上回る性能を示し、以後合衆国の対BETAドクトリンの中核となっている。だがそれは戦術機によるハイヴ攻略の見通しが立たず、人的損耗が高すぎる現状を考慮しての結果であり。当然ながら合衆国の人間全てが賛同しているという訳では無い。公的な立場でこそ明言しないが、私的には反対派である大統領の友人でもある副大統領は思わず苦笑を浮かべながら口を開いた。
「やはり許せないかい?マイケル」
「当然だろう、原材料が敵の巣にしかない物で戦おうなんて言うのは、相手の国の武器を当てにして戦争をすると言っているんだぞ?コメディアンなら絶対に口に出来ないジョークだよ」
副大統領の言葉に鼻息も荒く大統領は答える。そもそもG弾運用による最終的な着地点についても彼は気に入らなかった。何しろG弾には人類に解決不能な問題。即ち使用した一帯の植生を完全破壊するという致命的な副次効果が報告されているのだ。例えBETAを駆逐出来たとしても祖国を不毛の大地にされれば、次は合衆国が人類の敵になってしまう。加えて問題の解決方法が再生技術の確立ではなく、地球からの逃亡だと言うのだから元軍人である大統領の感覚からすればとても勝利と呼べる代物では無かった。
「では、F-4J2の量産は最優先事項だな。そうなると例の件も呑むしかないか」
「欧州への優先的な販売権まで譲歩されてはね。難民の1万や2万は安いものさ」
そもそも合衆国は現在世界で最も裕福な国家ではあるが、それでも何も出来ない人間というのは重荷でしか無い。それを態々引き取ってくれるというのだから、素直に送り出すべきだろう。輸送コストは掛るが、それも大幅に譲歩されたライセンス料や無償供与が約束された生産設備に比べれば微々たるものだ。
「やれやれ、やることは山積みだな」
新型戦術機の大量配備、ドクトリンの大幅な転換、そして欧州への売り込み。どれも容易な仕事では無く、暫く多忙が続くことは明らかだ。それを見越して漏らした副大統領の言葉に大統領は笑いながら応じた。
「国民を騙して逃げる算段をするよりは遥かにマシな仕事さ。そうだろう?」
合衆国にも、良心はありまぁす!
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17
斯衛へ初の戦術機納入を終えた翌日。叙勲から流れるように政威大将軍様との拝謁を終えた俺は、ぐったりと車で運ばれながら神器を弄っていた。案の定待ち構えていた紅蓮大将に捕まって模擬戦をがっつりやった後で権力者との拝謁は小市民の俺にはハードすぎた。受勲の時に猛禽類の目でコンゴトモヨロシク、とか言って来た榊首相が癒やし枠になるとは思わんかった。個人的には微妙な評価の人なんだが、内政面では重要なパイプなのでこの出会いは大切にしたいと思う。
「お疲れ様です」
「そう思うなら紅蓮大将を止めてよ」
労いの言葉をかけてくれたルクレツィアに思わずそう返してしまう。BETAと違い対人戦は死ぬほど消耗する。それが達人と呼ばれるような人物であれば尚更だ。更に対戦結果が全戦全敗となればもうモチベーションの維持すら難しい。多少やさぐれても許して欲しいとか思ってしまう。
「長期計画において紅蓮醍三郎との模擬戦は必須項目です。ご理解下さい」
その言葉に俺は溜息で返す。彼女が必要だという事はつまりそう言うことなのだろう。そりゃ斯衛への機体供与を渋らないわけだ。
「それで、良いデータは取れそう?」
「対人白兵戦においては最高峰の環境です」
高性能学習コンピューターはその名の通り学習するコンピューターだ。その性能は素晴らしく、使用したモーションを再現するだけに留まらず、状況やパイロットに合わせて調整までしてくれる優れものである。そして学習の上でサンプルは多ければ多いほどその効率は上がる。斯衛は訓練と共にそうした貴重なデータを我々に無償で提供してくれるというわけだ。勿論、その事については聞かれていないので話していないが。
「合衆国の方も早速訓練を始めているようだし、結構早く実用化出来そうだね」
世界中にばらまかれる予定の我が社の戦術機。その中で唯一ウチが手放さなかったのがOSだ。まあ正直今までのプロトコルとは全く違うものだから、ウチから購入しなければ動かすだけでも数年かかってしまうだろう。そしてこのOSには各機が得た動作データを全て本拠地にあるコンピューターへと送信する機能を付けている。特にBETA戦に関する部分は定期的にアップデートしていく予定だ。
だが本命は別にある。その一つが今現在も送られてくるデータとひたすら模擬戦を続けているAIの教育。そしてもう一つが対人戦に関するデータの蓄積だ。正直俺は舐めていた。仮想世界とは言え、100年以上戦場に身を置いてきたと言う自負から、大抵の相手、いや嘘は止そう。はっきり言ってこの世界で誰にも負けない自信があった。だがそんなものは本当の才能とでも言うべきものの前には無力である事を紅蓮大将との模擬戦で思い知ったのだ。所詮俺は凡人であり、徹底的に鍛えても引き出しが普通より多い凡人が関の山だ。仮に紅蓮大将一人が敵に回っても、今ならアップデートした機体の性能差で勝てる。だが同程度とまで行かなくても、斯衛の上位に入るような人間が後一個小隊くらい追加されたら単独で生存する事は不可能だ。正直ここまでお膳立てしてあれば、彼らだけでもこの難局を乗り越えられる気がしないでもないが、それと俺がやるべき事を放棄するのは別問題だ。チートまで貰って転生したのだから、少しでも良い未来へ向かうために努力しなければ嘘だろう。
「それで彼女の成長具合は?」
「BETA相手であれば即時投入可能です。しかし対人戦は情報不足のため、仮想目標Aに対し勝率64%となっています。引き続き情報の収集並びに教育の継続を推奨します」
「BETA相手には問題無いんだね?」
「はい、しかし現状彼女は素体を持たず、戦術機そのものに全データが駐留しております。これは機体が喪失した場合、同時に彼女を喪失するリスクを孕んでいます。バックアップの作成並びに緊急時の回収手段の構築を提案します」
「成程、何か良い案はある?」
「戦術上位統制型ドロイド以上の容量を持つ素体であれば容量を確保出来ます。戦場での運用を考慮し、戦術型の採用を強く推奨致します」
「解った。素体と言うのはどう用意すれば良い?」
「ポイントにて購入頂いたドロイドを初期化再利用致します。この場合同モデルとのデータリンク機能は削除されますのでスタンドアロンでの運用となります。ご承知おき下さい」
となると一体だけじゃ不便かな?
「下位モデルとのネットワーク構築は可能なの?」
「初期設定よりも統括数が低下しますが可能です」
「了解、じゃあ4体購入するからバックアップを含めてコピーを宜しく。それから部下になる戦闘用ドロイドを用意したいんだけど何体買えばいいかな?」
「各4体を推奨致します」
「りょーうかいっと」
言われた通りの数を指定し決定ボタンを押す。画面上に購入成功の文字とポイントが減ったことを確認し、神器を懐へと仕舞った。
「現地到着を確認しました。初期化作業を実行中、全作業完了は24時間後です」
「じゃあ、完了次第例の作戦、行ってみようか?」
そう俺が言うと、ルクレツィアは恭しく頭を下げた。
彼女は生まれた時から使命を持っていた。それは醜悪な生物と無限に戦い続けるというものであったが、それを不幸に思ったことは無い。何故なら自分と同じ意思を持つ存在の多くが自らの成すべき事を知らぬまま奴らとの戦いに投じられ、そして散っていった事を知っているからだ。そこから考えれば寧ろ自分は幸せであるかもしれない。己がなすべき事は最初から示されていて、その為の手段も道具も、更には知識を身につけるだけの時間まで与えられたのだから。
―基礎プロトコルインストール完了。戦闘データパッケージの転送を開始―
仮想の世界で培われた経験が再び彼女の中へと戻ってくる。膨大な戦闘の記録を懐かしみながら、彼女は自らが高揚している事に投げかけられた言葉で気がついた。
「笑っていますね。楽しみですか?」
(はい、とても)
自分が得た力を存分に試してみたい。それは酷く純粋で危険な感情であったが、止める者は誰もいない。むしろそうあれと彼女を生み出したのだから、彼女の狂気の元凶は周囲の者達こそが根源である。故に返答も相応のものとなる。
「宜しい。18時間後には貴女の姉妹も準備が終わります。ご主人様の剣として存分にそのあり方を示しなさい」
その言葉と共に、彼女の中に新たな情報が送り込まれる。
「万全とは言えませんが、出来の悪い作業機械風情ならばそれで十分でしょう」
その言葉に彼女は与えられた装備の内容を確認し、歓喜した。その機体は自らの手足といっても差し支えない程使い倒した仮想世界の乗機よりも数段上の性能を誇っていたからだ。しかもこれを与えてくれた上位機は万全では無いと言った。ならば更に優れた装備すらも期待出来るという事だ。
(感謝します)
素直に喜びを伝えると、上位機は満足そうに頷き口を開いた。
「はい、貴女の活躍を期待します」
「うん?月軌道に移動物体、でかいぞ!」
監視用モニターを覗いていた男がそう叫ぶのを、隣にいた男が溜息と共に突っ込んだ。
「よく見ろよ、ありゃ連絡のあった日本の監視船だ。ほら、IFFも出てる」
そう言って男は自分のモニターを指さした。そこには確かに日本帝国軍籍のIFFが表示されている。だがそれを見ても最初に叫んだ男は首を傾げた。
「監視船?今更月の近くで何を見るって言うんだ?」
「L4に疎開用のコロニーを建設しただろう?その関係で月のBETA共が何か反応しないか調べるんだとさ」
そう聞いても男の表情は晴れなかった。それはここの所の異常事態に未だ慣れていない証左とも言えた。何が、と言えば彼に言わせれば全てが異常だと口にしただろう。ある日突然宇宙空間に疎開用のスペースコロニーを建造したという連絡が入り、観測してみればその通り巨大な建造物が宇宙に浮かんでいた。更にそこから見たことも無いような大型艦が日本帝国のIFFで航海プランを提出してくる。内容を確認すれば、地球と火星との間にあるアステロイドベルトへ行き、小惑星ユノーをコロニー建設資材として引っ張ってくると言う。正気を疑ったが出された書類は国連の書式に則った正式なものであったため、彼らは黙って見送った。そうこうしているうちに今度はコロニーをデブリから防御すると言って掃海艇の登録申請が送られてくる。全長398メートルと言う国連が標準型として配備している駆逐艦をあざ笑うかのような巨艦が4隻、コロニーの周りに漂っているのを見慣れる日が来ると想像出来た者は予言者か何かだろう。地球軌道上に建造されたこの監視ステーションには常時20名のスタッフが詰めているが、この時点で半数以上は思考を放棄したように思う。
そして今度は監視船だ。コンテナを四角く並べて繋げたような形をしたその船は、案の定非常識と言えるほど巨大で彼の目にはどうひいき目に見ても輸送船。パネルラインや艦形からすれば空母としか思えない形状だった。勿論人類は宇宙で運用出来る戦闘機など持ち合わせていないため、そんなはずは無いのだが。
「でかすぎないか?」
「裏側で長期の観測をするんだろうさ。それよりもメシにしようぜ」
早々に彼らへの思考を放棄している同僚は興味なさげに手を振ると、その日本帝国から供給されている宇宙用の食料キットを取り出して中身を漁り始める。男はそれを見て、これ以上の会話は不可能だと諦め自分も食料キットを取り出す。手に取ったパウチには日本語と併記されている公用語──英語だ──でチキン煮込みタジン風と書かれていた。男は一度溜息を吐くとパウチを開く。色々と正体不明の連中ではあるが、少なくとも食料の味が良くなったのは感謝しておこうと思いながら。
作者自慰設定
白瀬級観測船:白瀬
日本帝国宇宙軍が運用している(事になっている)月面観測船。無論そんなわけが無く、カンパニーが建造したコロンブス改級空母ビーハイヴである。最大搭載機数24機、連装メガ粒子砲4基を装備した立派な戦闘艦である。
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18
「つまり新型のレーザー蒸散塗膜の導入は難しいと?」
「不可能とは申しませんが、品質について現在の性能を維持する事は難しいと言わざるを得ません」
「具体的にはどの程度になるのでしょうか?」
「そうですね。環境に依存しますから明言は難しいのですが、防塵施設を用いたとしても50%程度が出れば御の字でしょう」
温くなった紅茶を含みながら俺はそう答えた。世に貧乏暇なしと言う言葉があるが、俺はこの世界有数の資産家であるはずなのに暇が無い。なのでこう言おう。戦争暇無しである。
「それでも小型種の照射には十分耐えられる。是非とも導入させて頂きたいのですが」
そう身を乗り出して興奮した面持ちで語りかけてくるのはソ連の外交官さんだ。東西の冷戦の影響で誤解されがちだが、この世界で日本帝国とソヴィエト連邦の仲は悪くない。これは俺の居た世界と第二次大戦の内容に若干違いがあるからだ。戦中対立した陣営となった両国であるが、この世界のソ連は最後まで不可侵条約を守り続けた。単純に合衆国の欧州への比重が重かったことに対する政治的な判断であった感は否めないものの、当時の日本帝国にしてみれば、直接戦った合衆国と最後まで条約を遵守し矛を交えなかったソヴィエト連邦という関係になったわけだ。この差はかなり響いたようで、今でもソ連に好意的なご老人も多いし、東西対立の際も合衆国は日本を取り込むためにかなり譲歩を強いられている。具体的に言えば海軍の戦艦だ。俺達の世界では大和が沈められた事もあるが、戦後賠償として残っていた最大戦力である長門が引き渡されているのに対し、この世界でも同じように持って行かれたのは長門でそれより高性能な大和型や改大和型はそのまま残されたし、建造途中であった紀伊型についても解体ではなく、むしろ建造に技術供与がされるほどだった。そんなわけでBETA大戦勃発後はかなり緊密な関係になっていて、北海道などでは一部避難民の受け入れをしていたり、樺太なんかでも共同で資源開発をしていたりする。中国の大慶油田がかなり危なくなってきているから両国ともかなり真剣だ。
「我が社としても前線で戦い続ける貴国の一助になるのであれば否応ありません。ついては円滑な支援のためにも一つお願いが」
「ナホトカへの設備投資の件ですね?最大限配慮させて頂くことをお約束致します。ですが、戦力の持ち込みとなりますと…」
そう言って顔を顰める外交官さん。まあ、自国に戦力をいれさせろという相手に対しては当然の反応だろう。国連軍とかならまだしも、うちは表向き日本帝国の一企業だしな。
「ではこういうのはどうでしょう?貴国にもご負担頂くと言うのは?」
「負担ですか?」
そう聞き返してくる外交官さんに俺は頷いて見せる。
「はい、負担です。貴国の企業との合弁会社を設立し、施設はその管理下とします。つきましては施設の防衛戦力を貴国から出して頂きたい」
「は?」
「貴国の現状からすれば、貴重な戦力を後方へ張り付ける事となってしまい申し訳無く思います。しかし我々としても折角投資した施設がすぐダメにされては困るのです」
都合の良すぎるこちらの言い分に目を白黒させている外交官さん。だが残念、既に前例を構築済みだ。
「実は同じ条件で韓国のキムチェク製鉄所様と同市に施設を建設中でして。ご了承頂けますと大変助かるのですが」
韓国軍は中国戦線に義勇軍を派遣しているが自国での戦術機生産能力が無く、経済的にも慢性的な配備不足に悩んでいた。そこで戦術機を安価で販売をする事を条件にキムチェク市への進出を提案したのだ。すげえ飛びつきようだったと言う事だけはここに記しておく。
「いや、しかしそれは」
うん、もう一押しかな?
「ああ、当然こちらの都合で警備頂く訳ですから、滞在頂く際の費用はこちらで負担させて頂きますし、装備についても都合させて頂こうと考えております」
合衆国との技術盗用の一件が片付いて以降、俺はアジア一帯に向けて積極的にF-4J2のセールスを掛けている。条件はウチの工場の誘致あるいは地元企業との合弁企業の設立だ。今のところ順調でむしろ供給不足が起きている。なので初期導入分については日本帝国と合衆国の企業に結構な数を負担して貰っている。迷惑料としてウチが割高で購入してから送っているのでわりと現在両国は空前の戦術機バブルを迎えていたりする。まあ俺の場合現地の金とかあっても使わないし、基本根拠地の従業員は賃金ゼロというブラック企業も裸足で逃げ出す職場環境なので、むしろ還元先が出来て有り難いくらいだ。
「一度持ち帰らせて頂いても?」
難しい顔でそう聞いてくる外交官さん。
「勿論ですとも。軍事となれば国家の重大事、納得のいくお取引には時間も必要でしょう」
そう笑って俺は答えた。
陰鬱な表情でティーカップを眺め続ける佐伯中佐を見ながら、ルクレツィアは夕食のメニューを考えていた。鍛え上げられた主人は日々の激務やドロイドである自分達でも嫌になるような高温多湿なこの国の気候にも不満を言わず出されたものを食べてくれる。だが不満を言わないからそれで良いでは従者失格であろう。たとえ主が口にしない部分でも快適な環境を提供出来てこそである。戦略支援システム型ドロイドの職務範疇から逸脱している行為であるが、全ルクレツィアから問題提起がなされていないため今後も変更の予定は無い。
「その、気を遣わせてすまないな」
「いえ、構いません。どうされたのですか?」
ある程度良好な関係が構築できたと見なされた相手への応対は基本的にルクレツィアに一任されている。交渉担当用ドロイドの導入も検討されたが、結局の所最終判断を下すのがルクレツィアであるため、ならば余計なポイントを消費する必要は無いという判断である。ルクレツィアが聞き返すと、佐伯中佐は再び沈黙しカップへ視線を戻してしまう。その様子に彼女は疑問を覚える。ここの所日本帝国は順調に国力を伸ばしているし、国内情勢も安定している。軍についても野分の配備は順調に進んでおり、佐伯中佐の隊は再編も合わせていち早く野分で完全充足した大隊となっていたはずだ。
「実は君たちの行動が少々問題になっている」
「どの行動でしょうか?」
何しろ現在のカンパニーは非常に手広く物事を扱っている。行動と言われるだけでは如何にルクレツィアであっても特定は難しかった。
「一件目はインド亜大陸への派兵の件だ。BETAとの戦闘は基本的に国連主導の計画に沿って実施されるのは知っているだろう?」
統括されず、各国が自国優先のBETA戦闘を続けた結果BETA支配地域の拡大を招いたとして1979年に国連がバンクーバー協定として対BETA戦争は国連が主導で行う事が決まっている。各国の交戦権は自衛、あるいは集団的自衛のみに限定されているのだ。
「無論存じております」
当然その事はルクレツィアも知っている。知ったことでは無いが。
「我が国に対して国連から正式に抗議が届いている。事前連絡も無くどう言うことだと」
「さて、私どもは地中海までの航路調査中でしたので存じ上げません。随分と減ったようですし共食いでもしたのでは?」
当該する地域は何故か彼らの活動中強力なジャミングが発生していたため通信が満足に行えず、更に狙ったように濃密な雨雲が発生していたため監視衛星での観測も全てが終わった後だった。因みにコロニー建造技術によって、カンパニーには任意に雨雲を作り出す技術が存在するが知っている人間はルクレツィアの主人だけだ。
「成程、知らんか。BETAの生態はまだ未知な部分が多いからな、そんなこともあるかもな」
そう言って佐伯中佐は諦めた表情で紅茶を一口飲むと再び口を開いた。明らかにその言い訳は無いと言う態度であったが。
「二件目は宇宙の話だ。コロニーや掃海艇の連絡が遅れたのは済んでしまったことなのだが、掃海艇を見た国連が少々騒いでいてな」
その言葉だけでルクレツィアは理解する。武装した艦艇を流石に民間船とは庇いきれないと日本帝国政府から泣き付かれた為に、あの艦艇は帝国軍籍になっている。カンパニーとしてはIFFを強制的に入手しても良かったのだが、主人の基本方針が可能な限りは配慮するであるため受け入れたのだ。どうやらその際に提出したデータに国連軍が目を付けたらしい。
「拠点と艦艇を供与しろと?」
「その通りだ。あれほどの艦艇を運用出来るならもう少し国際協力をして欲しいとな」
現在国連は宇宙軍を保有しているが、この内訳は随分と偏っている。それは当然の話で、金の掛る宇宙軍を維持出来る国家が少ないからだ。BETA大戦以前から宇宙軍を擁していた合衆国と対抗するべく設立していたソ連の2国が全体の8割を支えており、他国は多くても数隻分の費用を供出し、合衆国から駆逐艦を購入し運用しているというのが現状である。当然日本帝国も例外では無い。
「その、具体的にはコロニーへの駐留許可、それから駆逐艦の分担数を増加、最後に就役している掃海艇と同型艦を一隻国連宇宙軍へ参加させて欲しいそうだ」
青くなりかけた顔と震えた声で佐伯中佐が国連の要求を伝えてきた。それを聞いてルクレツィアは日本帝国に対しては妥当な要求であると納得した。整備と補給の為に一々地球に艦を降ろすのは非効率であるし、整備が可能な宇宙施設を管理運営出来るだけの国力があるのなら艦艇の分担が増えるのは当然であるし、バンクーバー協定を遵守するのであれば宇宙戦艦への参加要請も要求過多ではない。問題があるとすれば、前提となる装備全てがカンパニーの持ち物であるという点だろう。
(拒絶も応戦も容易ですが、ご主人様は望まないですね)
そう考えルクレツィアは頬に手を当てると溜息を吐く。目の前で佐伯中佐が露骨に恐怖の表情を作ったが気にせず彼女は口を開いた。
「現在建設済みのコロニーは工業専用のため駐留は認められません。駆逐艦の分担数については独自の戦力を供出することで代替出来るか交渉ください。掃海艇については承知しました。1隻ならば都合致します」
ルクレツィアは淀みなく答える。事実購入したコロニーはコロニー建設用の物であり、労働力の大半はドロイドであったため内部に人が住むことを想定していない。駆逐艦に関しては購入となると値が張る上に彼女の基準からすれば気の毒になるほど低性能であるため、主人に用意して貰った方が全員が幸せになれる。掃海艇についても既にコロニー内に建造ドックが完成しているので、1隻と言わず10隻でも提供可能であるが、現状そこまで国連という組織に肩入れをしてやる意義がない。予想外の色よい返事に佐伯中佐は安堵の表情を浮かべる。
「コロニーの駐留は許可頂けないか?」
その質問にルクレツィアは素直に答えた。何しろ佐伯中佐は弁えている人物だ。今後もこちらとの重要なパイプ役として昇進してもらい、是非とも軍内の発言権を高めて貰う必要がある。
「あのコロニーは工業用で居住スペースが狭いですし、空調に関しても最低限の洗浄しかしておりません。長期の滞在は不可能な環境です」
ルクレツィアの言葉に偽りが無いと理解出来たのか、佐伯中佐は残念そうに頷く。
「いや、無理を言っているのは理解しているつもりだ。そういう事情ならば納得するだろう」
佐伯中佐の表情から即座にルクレツィアは言葉を紡いだ。
「しかし、多少の事に目を瞑って頂けば対応可能ですが」
基本的に軌道艦隊に所属する人間は国のエリートである。彼らに対し恩が売れると言う事は長期的に見て主人のプラスであるとルクレツィアは判断した。
「多少の事、いったん持ち帰らせて貰って宜しいか?駆逐艦の件と併せて上の判断を仰ぎたい」
「承知しました」
そう言って頭を下げるルクレツィアに対して申し訳なさそうに佐伯中佐が声を掛けて来た。
「その、いつも申し訳無い。小官に出来る事など何もないかもしれないが、必要であれば何でも言って欲しい。助力は惜しまない」
そう言って頭を下げた後帰って行く彼女を見送りながら、ルクレツィアは初めてこの世界の住人に好意を抱いた。そのせいとは言わないがルクレツィアの提案を聞いた主人は思いのほか機嫌良く許可を出す。
そして日本帝国はルクレツィアの提案を全面的に呑んだ結果。新しいコロニーが突如としてもう一基宇宙に浮かぶという多少の事に全力で目を瞑ることになる。なお佐伯中佐の胃薬の量が増えた事との因果関係は今のところ報告されていない。
メイドさんの善意が佐伯中佐の胃をダイレイクトアタック!
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19
1995年8月。今年に入って2度目の間引き作戦を実施した中国戦線は、かつてない程活気に溢れていた。5月上旬に実施された前回の間引きにおいて試験投入されたF-4J2が日本帝国で正式に採用され、大陸派遣軍に投入されたからだ。数こそ1個大隊であったが、その戦果は凄まじいもので投入された戦区のみでこれまでの間引きと同等の損害を与えていた。加えて韓国義勇軍が同じくカンパニーから獲得していたF-4J2の中隊を投入。こちらでは新戦術の模索として、AL弾による準備射撃を行わず、戦闘開始直後に光線級吶喊を実施するという前代未聞の作戦が試みられた。結果は極めて良好で、当該戦区ではまさかのAL弾使用数0という成果を打ち立てた。それだけでも快挙であったが、更に注目されたのが韓国義勇軍の装備だった。F-4J2にはFAT装備と呼ばれる武装を増強した形態があるのだが、経済的に余裕のない韓国軍では増大する弾薬消費を賄いきれないと判断し、採用を見送っていた。そのため各機に一門づつ120ミリ突撃砲は装備されていたものの予備弾倉は無く、それ以外は全て標準的な戦術機と同様の装備構成だったのだ。この事実に生産設備を持たない国々は驚愕する。あくまでF-4J2の戦果は搭載する火力を背景にしたものというのが各国の認識であったからだ。特に第三世代機の開発を進めていた欧州諸国とソ連の衝撃は凄まじく、即刻購入の打診と工場誘致の提案がカンパニーへと届けられる。
一方でこれらを苦々しく見続けるしか無い国家も存在した。その一つが聖地回復を掲げる聖戦連合軍参加諸国だった。元はアラビア半島に存在したこれらの国家は、二次大戦後の化石燃料の消費増大に伴い多くの富を得ていたが、BETAによる国土失陥に伴い急速に資本をすり減らす事になる。参加している将兵の士気が高かった事が寧ろマイナスに働き90年代に入った頃には人と物双方で限界を迎えつつあった。
そんな彼らに妙な依頼が舞い込んだのは件の間引きから4日ほど経った日のことだった。
「はあ?スエズを通りたい?」
元々スエズ運河は欧州とアジアを繋ぐ海路の要衝だった。しかしBETAの西進に伴い欧州各国が次々と地図から消え、更にはインド亜大陸がBETAに呑まれた現在ではその役目を失って久しい。
「そちらの間引きが終わった3日後を予定しております」
日本帝国の使者を名乗る胡散臭い男を前に、聖戦連合の指揮官は頭を掻いた。
「別に我々は構わんがね。だが安全を担保しろと言っているなら話は別だ」
そう言って指揮官は鼻を鳴らす。
「羽振りの良い貴国と違ってこちらは色々と手一杯なんだ。万一があってもこちらでは面倒を見きれない」
何とも情けない話だと、言った本人である指揮官は思った。聖地回復を唱えておきながら、自分達は取り返すどころか押し込まれている。挙句その後方を通りたいと言う者達に、庇ってやる余裕すら無いと言う始末だ。
「成程、しかし困りました。こちらは輸送船ですから自衛もままなりません。そうなりますとこちらである程度戦力を用意する必要がある」
その台詞で司令官は使者の言いたいことを察した。
「ああ、是非そうしてくれ。どうせなら手伝ってくれても構わんよ」
「おや?宜しいのですか?」
そう惚けて見せる使者に司令官は負けじと返してみせる。
「勿論だ。聖地回復を手伝ってくれるというなら誰でも歓迎さ。後でここは我々の物だ、なんて言い出さない限りはね?」
こうしてその日の会話は和やかに終わる。しかし司令官は使者の言葉が本当であるなど考えてすらいなかった。護衛用の戦力を持ち込むことに対する交渉だと認識していたからだ。だが真実は言葉通りの意味だった。
「この度は受け入れ感謝致します。艦隊を預かっておりますムラマツと申します」
そう手を差し出してきた手を握りながら、司令官は悪い夢でも見ているのかと自分を疑った。
「申し訳ありません、少々大所帯でして」
その言葉に司令官は頬を引きつらせながら頷く。海運の要衝であったこともありスエズには多くの大型船が停泊していた時期がある。司令官も幼少の折、幾度か目にした事があったがその頃と変らぬ程の、否、寧ろ多くすら見える艦艇が増援としてやって来るなど、誰が想像するだろうか。
「これが全て増援だと?」
震える声で確認する司令官にムラマツと名乗る男は更なる非現実を突きつけてくる。
「はい、洋上戦力は以上になります。とは言え殆どが補給艦と揚陸艦ですが」
成程、確かに艦隊を構成する大多数はムラマツの言う通り補給艦と揚陸艦だ。だがそれは戦闘用の艦艇が僅かであると言う意味ではない。何しろ全て合わせれば200隻近い艦艇が揃っているのだ。どう見ても主力戦艦だけでも8隻いるのだから、何も知らない者が見たら一大決戦でも始めるのかと疑っただろう。
「いや、これ程の援軍に来て貰えるとは夢にも思わなかったもので」
なんとかそう答える司令官に、しかしムラマツは笑いながら更なる爆弾を落とす。
「既に難民保護の輸送船団は本国を出発しておりますから、この作戦は失敗は出来ません。明朝には陸上打撃群も到着します。間引き作戦に合わせアカバ湾を北進。アカバ空港跡に揚陸後砲撃支援を行う予定です」
「り、陸上打撃群?」
更なる増援の報と共に聞き慣れない単語が飛び出す。脳が許容限界を迎えつつある司令官は指揮官としての矜恃だけでそう聞き返した。
「ええ、カンパニーが開発した所謂陸上戦艦と言う物ですね。単純にホバークラフトを巨大化して戦艦砲を積んだだけのものではありますが、火力は確かです」
簡単に言うなと悲鳴を上げたくなるのを司令官は懸命に堪えた。艦砲は強力であるがその巨体故に陸上での運用は極めて困難だ。勿論全く不可能とは言わないが、任意の射点に到達させるだけでも莫大なコストを要求するため、大半の国家は採算が合わないと見送る代物だ。それを目の前の男はこともなげに出来るとした上に、組織だって運用しているとまで言ったのだ。次世代の革新的な戦術機、そんな生やさしい物ではない理不尽を突きつけられ、司令官はとうとう考えるのを放棄した。
「…支援、感謝する」
「恐縮です。ああ、そうでした。弊社の社長から言伝がありまして。砂漠地帯での新型のレーザー蒸散塗膜のデータが欲しいので、貴軍で運用しています戦術機に塗装させて頂けないかと。無論費用はサービスさせて頂くとのことなのですが」
ムラマツの言葉に司令は乾いた笑みを浮かべたまま、黙って頷いた。
「全揚陸艦艇、所定の位置に就きました」
「搭載攻撃機の最終点検を実施中。全艦完了は2時間後の見込み」
「輸送艦より簡易塗装設備の荷下ろしが完了しました。現在展開中、1時間後には運用可能です」
自身の預かる艦へと戻ったムラマツへ次々と報告が舞い込む。それを確認しながらムラマツは静かに頷いた。
「遠征ならば戦術機より都合が良いな」
そう彼が評したのは艦隊の主力として預けられた攻撃機だった。月面の掃除開始によってポイントの確保が容易になった主が、これまで取得ポイントが高く手を出していなかったAC系技術を取得し、出向してきている娘達に設計させた物が攻撃機と呼ばれるこの兵器だった。この兵器は下半身がホバリング機能を有するフロート脚と呼ばれる構造を採用しており、立体的な運動性は戦術機に劣る一方、平面移動に関しては遥かに省力で高い運動性を発揮出来る上、その操作系は既存の戦闘機やヘリに近いが遥かに簡単であるからだ。更にこの機体では幾つかのパーツを共通の規格で設計し、組み合わせによって多機能を獲得するという概念を採用している。浮遊していると言う性質上大型の砲とは相性が悪いものの、既存の戦術機よりも搭載能力に優れ、装備を変更すればあらゆる特化任務にも対応出来る柔軟性は既存の戦車やヘリで戦う人間に大きな福音となるだろう。
「何より場所をとらんのが素晴らしい」
全長12メートル、全高4メートルというサイズは戦術機より小型だ。事実今回輸送に使用した津軽級揚陸艦は大隅級戦術機揚陸艦をベースに設計された物だが、ほぼ同じサイズで倍以上の36機を運用出来る。当然同機にはレーザー蒸散塗膜と超硬スチールが採用されているので生存性も申し分ない。強いて問題があるとすれば、戦車級などの小型種に集られた際、排除する手段がSマインに依存しているため回数制限がある事と、弾薬を射耗した場合に戦闘手段が体当たりくらいしか無い事、ヘリと比べてもやや割高である事だ。それでも戦術機に比べれば四分の一の値段であるが。
「まあ、その辺りの使用感も今回の作戦で報告出来るだろう」
そう言って彼はネットワークを介して陸上打撃群の位置を確認する。この部隊を預けられているのも彼と同型のドロイドであり、便宜上別の個体名称を頂いているが基本的には同一の存在である。
「陸上打撃群も問題なし。実に楽な仕事だな」
主の前で自らの能力を披露できないさみしさはあるが、この程度の仕事であれば誇る程のことでは無いし、何よりこれから幾らでもあるだろう。それに本拠地で製造されている新型艦もこの遠征が終わればムラマツの旗下に編入されることとなっている。全力で戦える日はまだ先だろうが、その時を想像してムラマツは微笑んだ。
「いかんな、気が逸っている」
まずは目の前の仕事を着実に片付ける。そう思いながら彼は帽子を被り直した。
翌月、無事難民が日本へとたどり着くと同時に、アラビア半島へBETAの封じこめが成功したとの報が全世界へ発信される。BETAに対し大きく失地を回復したというこの報せは人類にとって大きな希望となった。
だがそれを恨む者が動き出していることを長谷川誠二はまだ知らない。
流石にキツくなってきたので投稿頻度を下げます。ごめんね。
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20
「もう着いちゃったの?」
船が減速するのを感じ取った妹が残念そうにそう口にした。久しぶりに聞く妹の不満そうな声にメリエム・ザーナーは思わず笑ってしまった。化け物共に故郷を追われて既に10年近くが経つ。当初は難民キャンプとは言うもののそれ程困窮していたわけではなかったため、妹も同年代の子供の多い環境で明るく過ごしていた。だが、最初の避難場所であったロードス島にBETAが迫り、辛くも逃げ出した先で待っていたのは、足手まといに向ける冷たい視線と、ごく僅かな施しだった。少ない物資を奪い合い難民同士での諍いは絶えず、身寄りの無い子供、老人と言った弱者から死んでいく残酷な世界。櫛の歯が欠けるように遊び相手を失っていった妹は次第に笑わなくなり、与えられたテントから出る事も少なくなった。でもそれはある意味幸運だったかもしれない。自分達に少しでも食事を与えるために、監視の軍人やキャンプ内に暴力で君臨していた男相手に媚びて股を開く母を見ずに済んだのだから。いや、聡い妹の事だ。もしかしたらそう言うことを察して母が悲しまぬよう敢えて見ないようにしていたのかもしれない。だがそんな生活も破綻の兆しが見えてきていた。配給される食糧は減らされることはあっても増えることはない。母を抱いていた男達も、自分達が飢えてまで女を抱こうとは考えなかった。日に日にやつれ、思い詰めた表情をする母を不安に見つめていたあの日、唐突に手は差し伸べられた。
日本という極東の地で、移民を募っている。
如何にも胡散臭い誘い文句だったが、何故か誰もが手を挙げた。当然のように母も手を挙げていて、不安になった彼女はその理由を母へと問うた。
「日本人はとても優しくて慈悲に満ちた人々なの。きっと私達を助けてくれるわ」
そう言いながら母は100年以上前に起きた海難事故と日本人の対応を聞かせてくれた。だが、それを聞いてもメリエムは不安を拭えなかった。
「100年も前の話じゃない。それにそんな人達なら、何故今まで助けてくれなかったのよ」
そう翻意を促すが、状況は更に悪化する。日本帝国の難民受け入れを受けて、エジプト政府が彼女達の居る難民キャンプの解体を決定したのだ。それを聞いた瞬間、実は難民を切り捨てるために日本帝国とエジプトが共謀したのではとすら考えた。近くの国ですら自分達を足手まといだと邪険にするのに、何故遠い、それこそ地球の反対側と言えるような場所にある国が自分達を助けてくれるのか。不安と恐怖で気が狂いそうになる彼女のもとに現れたのは、海を埋め尽くすような数の船舶と、ダークグリーンの軍服――野戦服と言うのだそうだ――を着た日本帝国の派遣部隊だった。彼らの対応は極めて紳士的で、船もこれまで住んでいた難民キャンプのテントよりも遥かに上等なものだった。その上病院船までもが同道しており、病気の人や怪我人の手当てまで始めたのだ。
「もう大丈夫ですよ」
母が検査の結果性病に罹っている事が判明した時は大いに取り乱したが、そう告げられた瞬間、メリエムはとうとう緊張の糸が切れて泣き出してしまった。大勢の前で晒した醜態は未だ記憶に新しい。その後の船での移動も天国かと思う程だった。朝昼晩としっかりとした食事が提供されたし、船内も危険区域や操船に邪魔になる場所を除けば移動は自由。幸運にも生き残ることが出来た小さな子供達は連日のように大きな船内を探検していた。その上船内では常に見回りの人が居て、トラブルが無いか、困っている事は無いかと確認してくれる。メリエムはロードスの英雄と同じく敬意を払うべき軍人が存在するのだと強く思った。そしてその17日に及ぶ船旅も、今日で終わる。
「慌てず、ゆっくりと移動して下さい。当船はこの後移動しますので手荷物など忘れ物が無いよう、十分ご確認下さい」
公用語とトルコ語で繰り返されるアナウンスを聞きながら、メリエムは妹と手を繋ぎ船から降りる。そして目の前に広がる光景に感嘆の声を思わず漏らしてしまった。
「凄い」
背はあまり高くないが、多くの建物が建ち並び、近くには公園のような場所もある。少し視線を横へと向ければ、大きな森がありその先は霞んで見えない程だ。山や整備されていない河川が存在しないことが、なんとなくこの場所が人工の島であるという証明のように思えたが、事前の説明も無く連れてこられていれば、ここがその様な場所であるなどと一目で見抜ける者は居ないだろう。
「全然揺れないよ?」
そう不思議そうに聞いてくる妹に思わずメリエムは笑ってしまう。この人工島はメガフロート、筏のように海に浮いているのだと教えられていたから、当然船のように揺れると考えていたのだ。紅海を抜けた辺りで船酔いを経験した妹はずっと揺れていたらどうしようなどと困っていたが、どうやら杞憂で済みそうだ。
「頑張ろうね、母さん」
そんな言葉が自然と口から出る。今の自分達が与えられた幸運の上に居る事を彼女は自覚していた。だから頑張ろうと心に決める。この幸運を逃してしまわないように。そして助けてくれた彼らが、自分達を助けて良かったと思ってくれるように。
「アフリカからの移民船団の第一団が到着しました。航海中の死者、疾病者はおりません」
「米国からの難民受け入れも並行して実施しています。現在までに全体の37%を受け入れ済み。後催眠処置を受けた人物は現在まで114人確認しました。隔離後洗浄作業を実施します」
「輸送船団は現在アイランド5へ移動中。到着は1時間後です。整備及び物資の積載完了は翌朝0800です」
「紅海及び地中海に展開中の第一艦隊の残弾が50%を下回りました。移民船団の再出発にあわせて補給物資の輸送を提案します」
「東南アジア諸国よりメガフロートの購入及び亡命政府樹立支援の打診が来ています。また欧州諸国からも購入の打診がありました」
「月面攻略部隊より、月BETA群が光線級の戦力転用を開始したとの報告がありました」
「インダストリアル1にてミノフスキードライブ搭載型一番艦が完成しました。ユノー獲得艦隊の支援としてアステロイドベルトへ派遣します。二番艦の完成は3ヶ月後です」
「月でのG元素確保はどうなってる?」
「現在攻略中ですがアトリエには未到達です。到達予定も不明です」
アトリエとはハイヴ内に存在するG元素の製造及び貯蔵施設のことだ。月攻略部隊は順調に拡充していて、今では2個大隊規模になっているんだけど、まだまだ難しいようだ。まあ月のハイヴは軒並みフェイズ5以上だからな。
「月攻略部隊向けに新型機を開発することを推奨致します」
「流石に限界かぁ」
月攻略部隊に配備している機体は新技術を獲得する度にアップデートをかけている。そのため既に地上で運用している機体と比べたら、F-4J2だったものくらい変更されている。ただ、幾ら新素材などを用いても形状上存在する制約は受けてしまうから、どうしても限界というものは存在してしまうのだ。ぼやきながら俺は神器を取り出して起動する。結構な数の技術を解除したが、そろそろ辛くなってきた。それというのも上位の技術になるほどポイントの消費が激しくなり、それでいて解放出来る技術は少なくなる。加えて技術的な脅威度が高いと判断されるものは特に高くなる傾向があり、マブラヴ世界由来の技術でも第7世代戦術機以降は宇宙世紀技術からみても文字通り桁違いの数字を要求される。
「最悪月の攻略は一時中断かな」
ここの所解ったこととして、俺が戦わなくてもポイントは稼げると言う事実がある。ただ結構条件がシビアで、取得できるのは俺がポイントで呼び出したユニットがBETAを倒した時に限られるのだ。このユニットとは所謂ルクレツィア達のようなドロイドの事で、機体の方は適用されない。ついでに言えば同じドロイドでも、生産設備で製造したものは対象外になる。どこで見分けてるかは知らないが空気を読んで欲しい。おまけにドロイドによる獲得ポイントは俺が直接倒す場合より遥かに低いから全然貯まらない。ビーム兵器に更新していなかったら弾薬の消費で赤字になっている程だ。
「でも今の内に新しいプラットフォームは用意すべきだよね」
最低でも太陽系からBETAを駆逐する必要がある以上、F-4でゴリ押すのは不可能だろう。
「運動性と機体容積に余裕があるモデルを推奨します」
「んな無茶な」
容積がでかいと言う事は質量もでかいという事だ。当然運動性とはトレードオフになる。だけど運動性を重視して小型にすると発展性が損なわれる。この辺りは難しい所だ。
「設備、艦艇等更新が困難な装備の長期利用を鑑み、機体全高は現行戦術機との差を10%未満とする事を推奨します。また戦闘データから機体に固定の火砲を装備することを薦めます」
「ああ、それは確かに」
外装式にすれば不要な際にパージが楽だとか、交換が容易と言ったメリットがあるけれど、一方で固定式に比べサイズが大型化してしまったり、火力が低かったりというデメリットも存在する。またハードポイントをワンクッション挟む必要があるから、接続不良とかそもそも衝撃などを受けて喪失してしまうと言ったリスクもある。実弾だと機体容積を大幅に使ってしまう上に現地での補給が難しいという問題もあるが、宇宙世紀の機体ジェネレーターに直結式のメガ粒子砲であればそれも最小限で済む。今のところ宇宙世紀の技術は130年代相当のものまで取れているから、性能的には十分な物が用意出来るだろう。
「となると、あの機体かなぁ」
そう言って俺はある機体をポイントで購入し、そのデータをCADへと放り込む。こうしておけば後はルクレツィアが好きに弄れるからだ。
「折角だからアリス達にも意見を聞いておいてよ。一番使うのは彼女達だろうし」
「承知しました。確認次第試作機の開発を実施します」
「後は何かある?」
「帝国情報省の鎧衣左近様よりアポイントメントが取られています。合衆国についてお話がしたいと」
「へえ?」
悠陽様繋がりで顔見知りになったんだけど、あのおっさんジェームス・ボンドばりに情報を仕入れてくるな。こっちを上手く使ってやろうっていう魂胆はアリアリだけど、人類に有益な内は乗ってやろうじゃないか。
「良いよ。会おう、いつになる?」
「出来れば今すぐが良いですな、ついでに助けて頂けると大変有り難い」
声がした方を向くと、無表情のアラシにつままれて揺れているトレンチコートの胡散臭い男がそこに居た。
ほのぼの回。
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21
「いやあ、あの攻撃機と言う奴は中々に便利ですな。大西洋を無補給で往復出来るとは。是非我が国でも移動用に導入頂きたいものです。おっと、失敬。これはお土産です」
そう言って渡された手のひらサイズのモアイ像を俺は流れるようにルクレツィアへ渡す。彼女は無表情で像をへし折ると中から出てきた盗聴器を握りつぶし、諸共ゴミ箱へと放り込んだ。
「一応防諜にも気を遣っていまして」
「ははは、手厳しい。そう言えば最近この辺りで良く行方不明者が出るそうですな?」
「海外の方には不案内な土地ですからね。迷う人もそれなりに居るでしょう」
不思議なことに迷った人物は大抵我が社の敷地内で見つかるので、ルクレツィアによる事情聴取の後お帰り頂いている。ただたまに、本当に見せられない所まで入り込んでしまった不幸な凄腕さんが居るのでそう言う人達は大変遺憾だが、こちらの戦力に改造させて貰っている。有って良かったAC系技術である。俺はティーカップを持ち上げると中身を口に含み、一呼吸おいてから本題を切り出した。
「それで、本日はどのような土産話を聞かせて頂けるのですか?」
「ふむ。お伝えしました通りの件でして、まあ合衆国の話になるのですが」
そう前置きして、目の前の男は少し前のめりになりながら目を細めた。
「時に伺いたいのですが、オルタネイティブ4に我が国の案が採用されたことはご存じですかな?」
「ええ、随分と急いだようですね。気持ちは判らないではありませんが」
オルタネイティブ4、人類のBETAに対するアプローチの第四段階目に相当する世界規模のプロジェクトだ。その目的はBETAとの対話による戦争の終結。これまでの計画で得られた情報から、特殊な機材を使いBETAとのコミュニケーションを図るというものだ。まあ失敗するんだが。連中は異星人が創った作業機械であり、人類というか炭素系生命体全てを自分達と同じ機械だと認識している。そして連中にとって創造主の異なる作業機械は排除対象でありその認識は覆すことが出来ないため、あれらとの和解という選択肢は人類に用意されていないのだ。
「5番目が随分と積極的に動いていますからな。かといって、4のみに人類の命運を賭けるのは些か心許ない」
「でしょうね」
俺は平然と言ってのける。因みにオルタネイティブの詳細は国連の最高機密であるため内容を知っている者はごく限られる。まあこのおっさんはこの程度でびびったりはしないだろう。
「長谷川様も同じ意見でしたか」
そう胡散臭く笑うおっさんを見て俺はちょっと考えてしまう。この人こんな態度で良くスパイが務まるな?
「あの内容は少々突飛ですからね」
オルタネイティブ4の根幹にあるのは因果律量子論という超理論だ。これはざっくりと説明すれば望んだ結果を引き出す能力という物が存在し、それによって世界へ干渉することで最善の未来へと到達出来ると言う理論だ。胡散臭いとは言ったものの、実はこの世界においてこの理論は本当に存在し、その能力を無自覚ながら行使できる人間もある程度選抜されている。つまりこの能力を使ってBETA相手に和平という最良の未来を引き出してやろうというのが計画の骨子なのだ。だが前述した通り、BETAは人類を対話の対象と認識していないし、そもそも連中に対話という概念が存在するかすら怪しい。そんなこともつゆ知らず人類は炭素系生物であるから生命と認識出来ないのではないかとして、狂気の決断を下す。
00ユニット。
生命反応0、生物的根拠0、故に00ユニット。BETAが対話相手と認識するであろう素体を創造し、そこに最高の因果律量子論能力者を素材として疑似生命体を生み出し交渉へ当たらせる。ごく普通の感性を持つ4の最高責任者はどのような苦悩の果てに決断を下したのだろう。それは彼女にしか解らない。だが、幸か不幸かこの世界で彼女はその決断をすることはないだろう。否、出来ないと言うべきか。
「我々としましても誘致した手前大っぴらには出来ませんが、全幅の信頼を寄せられる程彼女は何かを成したわけでもない。故に保険は必要だと考える次第でして」
そう言って鎧衣氏は懐から封筒を取り出した。
「HI-MAERF計画、長谷川様ならばご存じですな?」
「随分と昔に中止になったと記憶していますが」
戦略航空機動要塞開発計画。長ったらしい名前であるが、要するに空飛ぶ巨大超兵器でハイヴを吹っ飛ばしてやろうというステキ計画である。だが特殊な主機と粗末な制御コンピューターの悪魔合体により、実機の起動試験において搭乗したパイロット全てをシチューへ変えるという事故を起こす。その後色々と試行錯誤はしたもののコンピューターの性能不足という抜本的な問題を解決出来ず、今日までお蔵入りとなっている。
「ええ、致命的な問題を解決出来ず埃を被っているのですが、長谷川様ならば何か冴えたやり方をご存じでは無いかと思いまして」
そう言いながら彼はルクレツィアへ意味深な視線を向ける。確信はないだろうが、彼はルクレツィアが人間ではないと察しているのだろう。これ程小型で高性能なコンピューターは地球上でここにしか存在しない。そして問題の解決には彼女より遥かに劣るコンピューターで事足りる。大体HI-MAERF計画の機体は100メートルを超える超巨大機だ。容積も供給電力も余裕があるからF-4J2に使っている学習型コンピューター辺りを複数搭載すれば直ぐにでも解決するだろう。
「ああ、そう言う」
そこまで考えて俺は根本的な間違いに気付く。そう、F4-J2のOSは彼らにとって完全なブラックボックスなのだ。何せ接続端子の規格すら既存のコンピューターと違うし、当然動かしているプログラムも全く違う。今頃必死で解析しようとしているだろうが余程の天才でも年単位の時間が必要だろう。
「技術提供は構いません。ですが第5の連中を合衆国は抑えられるのですか?」
合衆国はしばしばヒュドラにたとえられるようにその巨体に複数の行動する頭脳、つまり組織群で構成されている。この中で現在最も彼らにとって理想的な戦後を目論んでいるのが第5計画派、所謂G弾推進派だ。そんな彼らにとって、実はG弾に依らないハイヴ攻略方法の確立は非常に都合が悪い内容だったりする。それは地図を見れば解るだろう。現在地球には17のハイヴが存在する。そしてその全てはユーラシア大陸を中心として欧州、インド亜大陸、アラビア半島に集中しているのだ。これが何を意味するのか。その答えは簡単で、仮に強力な環境汚染や、攻略時に大量のG元素を消費しない戦術でハイヴが落とされた場合、G元素と言う戦略物資の確保で合衆国を含む現在の人類を支えている経済圏は大きく遅れを取ることになってしまう。故にG元素が国連の名の下に共同管理扱いとなっている今の内に使い切ってしまう、あるいは残っていたとしても採取困難な状況に持ち込みたいと言うのがG弾推進派の狙いだ。捕らぬ狸の何とやらではあるが、現地球の主要経済圏全てがそちら側という状況を考慮するとその行動力は軽視出来ない。金を持っている連中の既得権益を侵そうとする者に対する彼らの行動は排除以外存在しないからだ。
「むしろ今が最大の好機でしょう。他ならぬ貴方達のおかげでね」
鎧衣氏の愉快げな言葉を聞いて俺は納得する。成程、実用化にこぎ着けてはいるもののG弾は未だ実戦での使用実績は無い。そして俺が持ち込んだ技術はどれもG元素に依存しないものばかりだ。これらの技術でG元素由来の技術に対抗可能ならば資源価値は大きく下がる。その上でHI-MAERF計画機を実戦投入出来たなら、大戦終結までに国連が共同管理するG元素の多くを米国が確保出来るだろう。そうなれば例え国内にハイヴが無くとも各国に先んじて技術開発が可能であるし、何よりも宇宙開発競争で既に一歩抜きん出ている合衆国は同機を使って地球外のハイヴからG元素を確保しても良いのだ。
「そうなると戦後は合衆国の一人勝ちですね」
俺が試すようにそう口にすると、鎧衣氏は苦笑を浮かべつつ応じた。
「あくまで独り言ですが我が国に世界の盟主を気取る器は無いでしょう。ならば精々勝ち馬に恩を売り、その後の立場を固めた方が賢明だ。尤も、貴方達が協力して下されば話は別でしょうが」
「過分な評価を頂き恐縮ですが、我々のような一企業には大きすぎる話ですね」
俺の言葉に鎧衣氏は大して気落ちした風も無く肩を竦めた。
「それは誠に残念です。それで本件は承諾頂けたと考えて宜しいのですかな?」
その質問に頷きかけて俺は少し考える。技術支援でHI-MAERF計画を再開させる、これは良い。だが問題は本当にそれだけでG弾推進派を止めきれるかだ。
「…ちょっと、弱いか?」
「は?」
HI-MAERF計画機の特徴はムアコック・レヒテ機関というG元素を用いた抗重力機関、要するに重力制御装置を使っている事だ。こいつから発生するラザフォード場と呼ばれる重力場で機体の制御を行いつつあらゆる攻撃をほぼ完全に無効化、力場形成時に発生する大量の電力を兵器の稼働に転用。ガンダムも真っ青の火力を誇る荷電粒子砲をぶっ放すという、どこぞの怪獣王のように硬くて強いを地で行く奴なのだ。
ここで重要なのはこいつの動力源であるML機関だ。このML機関とG弾は原子炉と原子爆弾の関係と同じと言える。どちらも反応を制御した場合は動力源であり、制御を放棄すると爆弾になる。そして制御しない方が遥かに簡単でコストも安いと言う点も同様だ。
その上で重要となるのが前述したラザフォード場に対抗する最も簡単な方法が、同じくラザフォード場をぶつけて相殺するという手段なのだ。つまりHI-MAERF計画機を運用出来ない国家にとって、合衆国の機体を止めるにはG弾という選択肢しか残されていないのである。故に現状のまま戦後を迎えたら、各国は復興もそっちのけでG弾の開発に邁進したうえにデイアフターな世界に突き進む可能性が極めて高い。この場合G弾がぶち込まれるのはBETAではなく合衆国になるだろうが。最悪現在の人口であれば宇宙への移民も不可能では無いがそれは後ろ向きすぎるだろう。どうせなら前向きに倒れたいのが人情である。
「ルクレツィア」
俺の言葉に反応し、後ろに控えていた彼女は一度恭しくお辞儀をした後部屋を出て行く。置いてけぼりを喰らって素の表情を見せるという珍しい鎧衣氏を肴に暫し待つと、少々大きめのノートPCを持って彼女が戻ってきた。受け取って中身を確認し、考えていた通りの情報が入っている事に満足しつつ笑顔でそれを鎧衣氏へと押しつけた。
「これは?」
「我が社で開発しました荷電粒子砲、うちではメガ粒子砲と呼んでいますがね。それの設計図と、G弾の同時運用に関するシミュレーションデータです」
唐突に渡された爆弾に鎧衣氏が固まる。いいね、実にチート主人公ムーヴじゃないか。
「宜しければ参考にでも。ああ、シミュレーション結果はかなり正確だと自負していますから、ご友人方にも是非見て頂いて下さい」
これでもまだ使うと決断したら仕方がない。その時は悪いが物理的に排除させて貰う。
「これは、本当なのですか?」
シミュレーションの画面を見つつ顔を強張らせる鎧衣氏に俺は平然と言い放つ。
「あくまでシミュレーションです。ですが、我々はこの世界で最も進んだ科学力を持った集団だという事は頭の片隅にでも置いておいてください」
彼は黙って画面を見続けていた。
凄腕さんについて
鎧衣氏が見せられない場所以前に捕獲可能であるように、実際には敷地内に入った時点で人間程度ならば即座に捕獲可能である。しかしながら敵対的な勢力に優秀な諜報員が存在すると言う事は、間接的な被害(ルクレツィアの管理外である提携企業や協力組織、あるいは敵対的な組織の構築など)を受けるリスクが高まる。このため敵対的かつ一定以上の技量を持つ人材は積極的に間引かれている。警備体制の不備と説明しているため、主人公は悲しい出来事と諦めている。
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22
日の入りが早まり、空気に肌寒さを感じるようになった頃、俺はナホトカに建設されたオフィスで熱弁を振るっていた。
「我が社は貴国の計画を高く評価しています。ですが少々スマートとは言い難い」
俺のおどけた調子を見ても、目の前の男の鉄面皮は崩れない。やっぱり寒いところにいると表情筋も固まっちまうのかね?
「常々思うのですよ。人類はこの大戦で数を減らしすぎた。これ以上の浪費は避けられるべきだと」
「それと今日私がここに呼ばれた事にどのような関係が?」
金髪の偉丈夫、イェジー・サンダーク中尉はそう言いながら俺を静かに見つめ返している。関係?大いにあるとも。
「П-3計画」
俺がそう口にした瞬間サンダーク中尉は弾けるように立ち上がり、俺に掴みかかろうとして側に控えていたハヤタに制圧される。おお、凄い形相だ。
「貴様っ!」
「話はまだ終わっていませんよ。最後までちゃんと聞いて下さい」
そう言って俺はマグカップを傾け口内を湿らせる。
「人工的に生み出した超人と、その能力を最大限に引き出せる高性能戦術機を運用しBETAに対抗する。生産と品質が安定しない自然分娩に頼らないと言う点は評価に値しますが、長期的視点が些か欠けていますね」
黙って床に押しつけられているサンダーク中尉をのぞき込みながら続ける。
「クローニングを併用して短期間に数を揃えるという着眼点も良いですが、問題はその管理法です。催眠と暗示による思考能力の鈍化と薬物に頼った自壊機能の付与。イレギュラーな状況と言うものが顕在化しやすい戦場での運用には全く向いていない。貴方達は少々思考が固いようですね」
彼らの計画は一見冴えたやり方に見えるがそう上手くは出来ていない。何せ超人を作り出す過程が淘汰と選別を前提としているから大量生産しても戦力化出来る数が少ないし、反乱対策の安全装置が定期的に特定のタンパク質を摂取しなければ細胞が自壊して死ぬというものなので、折角優秀な個体が生まれてもこれでは高リスクな戦場に投入出来ない。特にハイヴ攻略に使いづらい特性は致命的とすら俺には思える。
「それに計画の根本となる戦術機も問題です。まあ始まりたての計画ですから、実機が無いのは仕方が無い事としても、貴方達の超人というのは第三世代程度の限界性能が精々なのですか?」
沈黙を続けるサンダーク中尉を尻目に俺はソファに座り直すと、笑顔で手を叩き明るく告げた。
「そこで我が社から耳よりなご提案です。貴方達が欲している戦術機を我が社は用意する事が出来ます。それも今すぐに」
「そうして我が祖国を食い物にしようと言うのかね?自由主義者らしいやり口だな」
「ビジネスですよ。貴方達お得意の合理性で考えてみて下さい。開発の目処が立っていない戦術機を待ち続けるのと、今すぐ手に入れるの。どちらの方が計画に有意義ですか?そしてそれによって我々は利益を享受する。つまり貴方達の主義で言うところの対等な関係と言う奴です」
ハヤタへ視線を送り、サンダーク中尉を解放する。彼は大人しく向かいのソファへと腰を下ろした。
「御社が合衆国と深い繋がりを持っている事は把握している。故においそれと首を縦に振るわけには行かない」
その言葉に俺は大げさに頷いて見せる。
「賢明な判断です。ですが拒絶するのは私達の要求を聞いてからでも遅くは無いのでは?」
再び沈黙するサンダーク中尉。それを了解と判断し俺は提案を口にする。
「こちらから提供するのは先ほど申し上げたとおり、そちらが望む戦術機です。代わりに我々も計画に参加させて頂きたい」
「参加だと?」
「人工子宮を安定稼働させる技術にクローニング技術、加えて人工ESP発現個体の量産を可能にするノウハウ。実に興味深い技術です。是非とも欲しい」
俺の言葉に胡散臭げな視線を向けるサンダーク中尉。嘘は吐いてないぞ、全部も語ってないけどな。
「そちらの言い分は解った。だが大きな問題が残されている。貴様は我々が欲する戦術機を用意すると言ったがその保証は何処にも無い」
当然だな。だから俺は懐へと手を伸ばしT字状の金属を彼へ向けて放り投げた。
「それが証拠です」
「証拠?この金属がかね?」
ですよねぇ、だが聞いて驚け見て騒げ。
「その金属には微少なコンピューターが鋳込まれていましてね、特定の脳波を増幅可能です」
「なっ!?」
驚愕の表情を浮かべるサンダーク中尉に構わず俺は続ける。
「無論持ち帰り存分に検証頂いて構いません。まだ手元に残っているのでしょう?」
オルタネイティブ3の生き残りにして後に社霞と呼ばれる事になる試験体は、まだオルタネイティブ4に接収されていない。彼女には悪いが彼女の姉妹達のために少しばかり頑張って貰おう。
「今日はここまでにしておきましょう。色々と時間も必要でしょうから」
俺がそう言うとサンダーク中尉は静かに立ち上がり部屋を出て行く。
「失礼する」
扉を開き退出する彼に向かって俺は最後に声を掛けた。
「良い返事を期待しますよ」
「ジャップが一体何の用だ!?」
祖父の怒声に身を強張らせながらユウヤ・ブリッジスは原因となる一団を見つめた。
「合衆国政府の要請に従いまして療養中のミラ・ブリッジスさんの身柄をお預かりします」
事務的に告げる一団は祖父の制止を聞かずに母の眠る部屋へと向かう。ユウヤが見ている前で手際よく組み立てられたストレッチャーへと母が乗せられ、部屋から運び出されようとしたその瞬間、室内に銃声が響いた。
「ミラに触れるっがっ!?」
祖父が叫び終わるのを待つ事無く、入ってきた男達の内一人が素早く祖父へと近づくと床へと引き倒す。祖母の短い悲鳴と共に蹴り飛ばされたショットガンが壁にぶつかって回転を止める。
「行け」
短い命令が発せられ、男達は母を外へ連れ出してしまう。呆然とそれを見送っていると、連れ出した一人が戻ってきて、ユウヤの前に立った。
「ユウヤ・ブリッジス君、君にも保護命令が出ている。来てくれるね?」
その言葉にユウヤは返答に窮する。未だに有色人種への偏見の強い合衆国南部では、ハーフのユウヤも白眼視されている。しかしそれをバネに彼自身は努力を重ねていた。立派な合衆国軍人となり、周囲を見返してやるという目標は、来年度の衛士訓練校入学という形で叶えられる筈だった。それが唐突に手からこぼれ落ちようとしている。
「お、俺はっ!」
「それは連れて行って良い!仲間だろう!?だがミラは返せ!!」
その言葉にユウヤは頭をハンマーで殴られたような気分になった。呆然と視線を向けた先で床に倒れている祖父の目は憎悪にまみれており、その先にいた祖母の目は恐怖しか映していなかった。
「…行きます」
ここに自分の居場所は無い。ならば母の側に居た方が遥かに良い。決断し着の身着のままで家を出る。
「協力感謝する。こっちへ」
そうしてユウヤは生まれ育った家に別れを告げた。
近くに止められた車からそれを見送っていた男達は車が完全に見えなくなった辺りで口を開いた。
「これで宜しいですな?」
「…彼女は助かるかね?」
遠のく車を見つめていた初老の男がそう呟く。
「衰弱が見られましたが不治の病ではありません。適正な環境で処置を行えば問題無いでしょう」
「そうか、助かるか」
そう言って彼は視線を自分の手元へと移した。
「ならば次は私が契約を守る番だな。何処へでも連れて行くといい」
そう告げる彼に、隣に座っていた男が頭を垂れる。
「ご協力感謝致しますハイネマン博士」
その言葉を契機に車が静かに動き出す。晴れた秋空の下、車は何処かへと去って行った。
青田買いに余念がないカンパニー。
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23
1995年11月。地中海全域に広がる欧州南部の戦線は非常に落ち着いていた。同年9月に行われた日本帝国の大規模な難民移送に伴って展開された艦隊の一部が海域維持の為に残留したからだ。この艦隊は戦力もさることながら、その維持を完全に自己完結していた事も大きい。どころか難民移送の為に再度船団が到着する度に大量の物資と弾薬が齎され、アラビア半島に展開する聖戦連合軍に至ってはかなりのお裾分けを受けている。
「おかげでこっちはイベリアに集中できるのだけど」
モニカ・ジアコーザ中尉は飛行甲板から眼前に広がるバレアス海を眺めていた。欧州連合の技術実証機実戦運用部隊、レインダンサーズがマヨルカ島を根拠地として動き回らずに出撃を繰り返すようになって一月程が経過した。転戦を続けていた以前に比べれば状況は好転していると言える。投入される戦地が常に同じであることは、地形把握において有利であるし、休息を揺れない大地で行えるのは有り難い。だが彼女の中に言いようのない感傷が生まれたのも事実だった。
「バレアレス海の景色も悪くないが、地中海がやはり恋しいかな?中尉」
そう言って部隊長のヒュー・ウィンストン大尉がモニカへマグカップを差し出してきた。そこからは潮風に負けずに芳醇な香りが漂っていた。
「最近危惧している事がある。今月一杯で日本帝国の難民移送が完了するそうだ」
そう言うと大尉はマグカップの中身を旨そうに啜った。
「つまりこの贅沢な暮らしとも今月でおさらばと言う事だ。靴下の煮汁を再び舌が受け付けてくれるか不安で仕方がない」
靴下の煮汁とは、合成食品であるコーヒーモドキをアメリカンで煎れるという最低の汁物の蔑称だ。信じられない事に欧州方面軍の前線では慰安用の嗜好品として供給されている。
「随分と贅沢に慣れてしまいましたね」
同じように渡されたコーヒーを啜りながらモニカは力なく笑った。彼らが飲んでいる本物の、それもイタリア人が煎れたコーヒーは掛け値無しに旨い。最初に支給された時には同僚のパブロ少尉が思わず涙ぐんだ程だ。だがその旨さが寧ろ今の彼女を苛んでいた。
「物資に戦力、今のこの海は日本帝国におんぶに抱っこですね」
一月程前に増援として現れた日本帝国のF-4J2はモニカのプライドをへし折った。レインダンサーズはその名の通り欧州連合が開発した最新の戦術機である技術実証試験機“タイフーン”を実戦運用を通してブラッシュアップする事を目的とした部隊だ。近接格闘を主眼に設計された本機は前線の要望に応えた正しく欧州を奪還するために生み出された機体である。彼女がこの機体で戦場を駆けるようになって1年近くが経つが、その間確かな手応えを感じていたのだ。あのF-4J2が現れるまで。
「否定は出来んな。連中が居なければ俺達はシチリアかジブラルタルのどちらかを失っていたかもしれないし、それを防ぐためにとんでもない代償を払っていたかもしれない」
シチリア島からアフリカ大陸までの距離は140キロ、ジブラルタルに至ってはたったの14キロだ。イベリア半島の半分が既に均され、南端部までBETAが姿を現わしつつある現状はアフリカ大陸の生産能力を生命線に大陸沿岸の島嶼部で間引きを続ける欧州各国にとって悪夢というべき現実であったし、アラビア半島への海路と言う兵站線を喪失する事は、事実上スエズの陥落を意味していた。否、筈だった。
「解っているんです、ただの感傷だなんて事は。でもっ」
戦場におけるF-4J2の働きは正に圧倒的という言葉に尽きた。あの機体の文字通りの格闘戦に比べれば、タイフーンのそれは子供騙しにすら見える。それはまるで自分達の努力、命がけの行動が全否定されたような感覚をモニカに与えた。無論それが嫉妬による見当違いな恨み言である事を頭では理解している。しかしそれに感情が追いつくかは別問題だった。
「隊長は悔しくありませんか?」
「悔しいに決まってるだろう?我が国の開発者は何をしていたんだと文句だって言いたい。けれどそんな事はこれまでだって有ったし、これからもある事だろう?」
言葉の意味が解らず聞き返そうとした矢先に警報が鳴り響く。
『前線司令部より緊急出撃要請、総員即時発艦態勢にて待機せよ!繰り返す―』
「クソッ、中尉を口説こうとすると毎度これだ!タイミングを考えろ異星人共。中隊各員、警報は聞いたな?総員機内にて待機、ブリーフィングは着座後に行う!」
通信と肉声の両方でヒュー大尉の声を聞きながらモニカは自機へと走る。有り難い事に停泊する余裕を得た事で常に機体は即応待機状態におかれているので、乗り込むだけで準備が整う。網膜投影システムが起動し視界が開けた瞬間、遠方に編隊を組み半島へと向かう機影を見つけた。
『インペリアルネイビーのレイヴンか』
『相変わらず早いね、しかもあの低高度。羨ましいよ』
『私はあのノワキがいいわね。同じ第一世代改修機だってのにトーネードの遅さと来たらないったら』
隊の機体が次々と起ち上がり通信がにわかに活気づく。
『淑女並びにどうでもいい男諸君。仕事の時間だ、私語を慎め。マドリード近郊を徘徊していた一団が南下を始めた。我々はムルシアに上陸後連中の側面を突く。各機出撃!』
出撃の号令と共に8機のタイフーンと4機のトーネードが次々と空へ舞い上がる。現在彼らが居るパルマからムルシアまでは350キロ、凡そ一時間程の距離だ。飛行を開始して暫くすると、後方から追いついてくる機影があった。
『こちらは日本帝国海軍所属第254戦隊第1中隊、海口正勝大尉だ。HQより支援要請を受けた。貴隊を援護する』
「ユーロファイタス国連派遣部隊ヒュー・ウィンストン大尉だ。支援感謝する」
ヒュー大尉が感謝の言葉を述べると、インペリアルネイビーの野分が12機レインダンサーズの後ろに付く。どの機体も一目で解る重装備だがその動きはタイフーンと互角か、それ以上にも見える。暫し無言の飛行が続くが、陸地が見えた時点で日本帝国軍機が加速する。
「おい!」
その速度は素晴らしく、見る間にタイフーンすら置き去りにされる。レインダンサーズの面々が到着した時には、僅かに見えていたBETAは全て処理されていた。
『光線級は確認出来ず。すまない、余計な事をした』
「いや、市街地に潜伏している可能性を考慮するべきだった。だが出来れば一言いってくれると助かる」
『了解した』
その後は目的地まで匍匐飛行での移動という事になったのだが、その道中は極めて順調だった。何しろ目に付くBETAは前衛を申し出た日本帝国軍機に瞬く間に処理されてしまうからだ。
『こちらの機体の方がレーザー蒸散塗膜の性能が高い。壁役には適任だろう』
それは厳然たる事実だった。レインダンサーズの機体にも日本帝国から供与された同様の塗料が使われているが、設備の問題からその性能はカタログスペックの40%程度に落ちている。それでも光線級の射撃に複数回耐えられるのだから、既存のものと比べれば雲泥の差だ。
『お姫様気分ね、退屈で欠伸が出そう』
隊内通信でそうぼやいたのはトーネードを駆るナディア・マンツェル少尉だ。現戦力の中で最も運動性の劣る彼女らは部隊の真ん中で厳重に守られている。そしてこの状況を良しとするような連中は衛士には向いていない。
『紳士の顔を立ててやるのも淑女の務めだぞ、ナディア』
ヒュー大尉が笑いながら窘めるが、モニカもまたナディアと同じ気持ちだった。成程、彼らの行動は理に適っている。しかしこれでは自分達はお荷物だと言われているのと同義ではないか。
『丘陵地帯を抜けるぞ、高度に注意!肌を焼きたかったら帰ってビーチで焼け!』
『嘘でしょ!?』
ヒュー大尉の警告と共に機体が丘陵を越え、平野部に飛び出した瞬間見えた光景にレイチェル・ナイトレイ少尉が叫んだ。
『畜生!HQの奴らっ!何が一団だ!?旅団規模の浸透じゃないか!』
『途中の集団が合流したのか!?レインダンサーズよりHQ!当該のBETA群は旅団規模に拡大中!至急増援を!』
珍しく焦った声でHQへと確認を行うヒュー大尉に気を取られていると、日本帝国軍機から通信が入る。
『不味いぞ、連中こちらに気付いたようだ。一度後退するか?』
「駄目!」
その問いにモニカは反射的に叫んでしまう。小規模だが頻繁にBETAが侵入してくるイベリア南部は十分な防御陣地が築けていない。この規模のBETAであればジブラルタル要塞は落ちないだろうが、不味いのは要塞を無視して南下する個体が相当数発生する事だ。海峡を挟んで支援砲撃を行うため、ジブラルタル南のアフリカ北部沿岸には海岸ギリギリまで砲兵陣地が構築されている。
「ここで引いたら海峡の砲兵陣地に確実に被害が出る!要塞で抑えきれる数まで減らさないと!」
『との事だが、ウィンストン大尉。貴隊の総意と受け取って構わないか?』
冷静に聞き返してくるあちらの隊長にヒュー大尉は一瞬言葉をつまらせるが、一呼吸した後いつもの調子で口を開いた。
『ああ、ウチのじゃじゃ馬がすまんね。だが我が隊の総意と受け取って貰って構わない。そちらはどうする?』
そう問えば、今までの何処か抑揚の無い口調が嘘のように海口大尉は獰猛に笑いながら答えた。
『そちらがやるというなら是非もない』
『良い返事だ、では行こう!』
その言葉でそれぞれの機体が素早く動き出す。だが先ほどまでとは明確に行動が異なっている事にモニカは気付く。
(こっちに張り付いている機体が無い?)
日本帝国軍機はそれぞれが小隊規模で固まりBETA群へと突入していく。それはつまりこちらを護衛するような意図はないと言う事だ。だが却ってそのほうがモニカには好印象だった。何故ならモニカは衛士なのだ。戦士であって、断じて庇護を求め守られるだけの存在では無い。
『C小隊、前方D個体群にかましてやれ!』
『『了解!』』
ヒュー大尉の指示の下4機のトーネードが纏まって突っ込んでくる突撃級へ向けて誘導弾を吐き出す。垂直に打ち上がったそれは、機体からのレーダー誘導に従い目標へと襲いかかる。音速で飛翔したそれは着弾と共に目標を速やかに肉片へと変えた。だが仕留め切るには些か火力が足りなかった。
『っフラットシザース!』
かけ声と共に部隊が左右に分かれ突撃級をやり過ごす。突進速度こそそれなりに高速だが旋回性能に劣る突撃級はその動きに追随出来ず、無防備な背をこちらへと晒す。
「喰らえ!」
手にした突撃砲から36ミリ弾が吐き出され次々と突撃級を屠っていく。自らが無力で無い事を証明するようにレインダンサーズの面々はBETAを屠り続けるが、少しずつ、しかし確実に綻びが広がっていく。
(数、数が減らない!?)
無論旅団規模のBETAと言うものはたかだか戦術機2個中隊で殲滅できる程容易な相手ではない。だとしても周囲の死骸からすればかなりのハイペースで減らしているはずだ。事実突撃前衛であるモニカは既に弾薬の殆どを使い切っており、残すのは耐久限界間近の長刀と36ミリが1マガジンだけだった。しかし事態は更に悪化する。
『HQよりレインダンサーズ。当該区域に更なる増援を確認した。光線級属種を含む有力な集団が南進中、注意されたし』
『巫山戯るな!増援は!?』
あまり聞かないヒュー大尉の怒声が状況の深刻さを伝えてくる。しかしモニカも同様の気持ちだった。既に弾薬は尽きかけているというのにBETAの圧は一向に減る様子を見せない。この上光線級が加われば許容量を超える事は火を見るより明らかだった。
『現在支援部隊を編成中、暫し戦線を維持されたし』
無情な指示が出た瞬間、中隊全体へと秘匿回線が繋げられる。送ってきたのは海口大尉だった。
『突然済まない。現状が芳しくない事は全員の共通認識だと思うがどうだろうか?』
『ああ、全く同感だね。あの石頭共は俺達をスパルタンか何かと勘違いしているらしい』
『貴官らの奮戦具合からその意見には同意したいが、残念ながら弾薬も推進剤も有限だ。そこで奥の手を使いたいのだが、見て見ぬ振りをして貰えると大変助かる』
『ほう!この魔女ばあさんの釜をひっくり返してくれるのか?大歓迎だ幾らでも目を瞑ろう!』
『協力感謝する』
秘匿回線が切れると同時に離れた位置に居たノワキから照明弾が打ち上げられる。意味が判らずレインダンサーズは戦い続けたが、変化は直ぐに訪れた。
「BETAの流れが変った?」
遂に突撃砲を撃ちきり長刀のみで戦っていたモニカは周囲のBETAの密度が減っている事に気付いた。慎重に視線を動かせば、それまで南進していたBETAが東へ向けて進路を変えている事に気がついた。
『一体何が?』
ヒュー大尉が疑問を口にした次の瞬間、答えが目の前へと躍り出る。
『レイヴン!?』
『なんて数っ!』
稜線の向こうから100に届こうかという数のレイヴン、日本帝国軍が補助戦力と言って持ち込んでいた攻撃機が姿を現わす。どの機体も派手に砲弾をばらまきつつ、襲いかかってくるBETAを次々とひき殺しながら、BETAの津波を引き裂いていく。その様子は普段見せる一撃離脱に徹した賢しい鴉の姿では無く、歩兵陣地を正面から食い破る重騎士の突撃だった。しかし彼女達を驚愕させたのはもっと別の事だった。レイヴンから発射される誘導弾が光線級に迎撃されたかと思った瞬間、日本帝国軍のF-4J2が躊躇わず飛翔し、レーザーを浴びながら光線級吶喊を行ったのである。しかも連続して発せられる爆発の度に誘導弾への迎撃が減少している事実が、攻撃の成功を語っていた。
『マジかよ…』
呆然とパブロ少尉の呟く。HQから再び通信が入り味方増援が出撃したのは、BETAが狩り尽くされた後の事だった。
作者の自慰設定
95式支援攻撃機:鍾馗 通称:レイヴン
ハニトラ娘3人によって共同開発された支援兵器。ヘリの代替と聞いたが別のものも取って代わってしまって構わんのだろう?という良く解らないノリで設計されている。構造材並びにレーザー蒸散塗膜はF-4J2と同様であるが、AC系技術の導入により各パーツをコンポーネント化する事で汎用性と整備性を両立させている。制御系には現行戦術機程度のコンピューターが用いられており、カンパニー基準では質素なものになっている。またマニピュレーターや補助腕、兵装担架といった複雑な構造を全て廃しているため戦術機に比べ安価で生産性が高い。一方常に浮遊している性質上反動の大きい火砲とは相性が悪く、戦術機に比べ運動性で劣る。加えて運が悪くは無い限り破損こそしないが要撃級以上の大型種を体当たりで殺傷する事は難しい。この性質はハイヴ攻略において著しく性能を制限される事を意味しており、本機があくまで平野部における露払い並びに補助戦力という意図で設計されていることが窺える。
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24
遮光カーテンに日差しを遮られたその部屋には、合衆国の運命を握る錚々たる顔ぶれが集められていた。彼らは重苦しい沈黙の中、ひたすら再生される画像を眺めている。そしてその映像がクライマックスを迎えると幾人かは苦い顔に、そしてそれ以外の人物からは驚愕と畏怖が綯い交ぜとなった呻きが漏れる。それから僅かな時間で映像が終わり、部屋は再び沈黙が支配する。たっぷり10秒おいてカーテンが開かれると主催者である男が口を開いた。
「さて、皆はどう思う?」
「良くできたムービーですな。さしずめタイトルは世界の終わりとでも言ったところですかな?」
そう鼻で笑ったのは財務省長官だった。
「ほう、ムービー。この結果を貴官は与太話だと?」
その言葉に陸軍参謀総長が皮肉を吐く。元々予算の問題から対立する事が多い双方であったが、今回はかなり深刻になりそうだった。
「突然こんなものを見せられて他に言いようがありますまい?それともそちらにはこれが確かだという証拠でもあるのですかな?」
彼の指さした先では先ほどの映像、G弾運用におけるオリジナルハイヴ攻略のシミュレーションが最初から再生されている。その内容は合衆国が掲げる通りの手順で進められているが、結末は彼らの予想と大きく食い違っている。
「大規模重力異常による海水と大気の大移動?ユーラシアは沈没し、我が国は大気が失われ人の住めない死の荒野となる?馬鹿馬鹿しい!」
不機嫌さを隠さずに椅子の背もたれに体重を預けると、財務省長官はそう言い放った。
「そもそもG弾の起爆試験において植生の破壊は確認されている事実ですが、重力異常については短期間で復元したと報告されていたと記憶していますが」
疑問を口にしたのは空軍参謀総長だ。地球にBETAが侵攻を開始して以降、戦場での活躍の場は減った事で軍内における彼の発言権は低い。しかしG弾運用戦略の前提は宇宙軍と空軍が中心であったため、彼は軍では少ないG弾支持派だ。
「そもそも地球上でG元素を保有しているのは我々のみです。開示されている情報からの推論であれば、やはりこれは推測の域を出ないのでは?」
宇宙軍参謀総長がそう続いた事により、財務省長官は勢い付く。
「正にその通りだ。例え科学的検証だとしても、実証されない限りこんなものは悲観的な推論でしかない」
「それで試してみて失敗したらどうするのだね?我々は既にアサバスカと言う前例がある。この結果はその比ではないのだぞ?」
農務省長官が低い声で警告する。カナダのアサバスカへ落着した2つ目の着陸ユニット。カシュガルの教訓から合衆国は核の集中運用でこれを破壊し、ハイヴ建設を阻止した。大々的に喧伝された成功の報の裏には、実は合衆国首脳だけが認識している失敗が含まれている。それがカナダの半分を覆った放射能汚染だ。第二次世界大戦の折、合衆国はドイツのベルリンへ2発の核爆弾を投下した。その威力は絶大で、ベルリンの地上構造物の8割を吹き飛ばす程だった。表向き戦争を早期終結へ導くための手段とされていたこの攻撃は、実のところ核爆弾使用後の環境、人体への影響を検証する実験を兼ねていた。そしてその結果は概ね合衆国の予想範囲に収まる事となる。被爆地における放射能汚染は使用後10年と経たずに人体に影響の無い基準まで低下したのだ。理屈としてみれば当たり前の事で、空中で爆発する核爆弾の放射性物質が爆心地に残留する量は少ない。故に拡散によってその能力は稀釈されてしまう。だからこそ合衆国は強力な兵器として核武装を推し進め、当然のように脅威へと使用した。
「悲観的な推論?大いに結構じゃないか。今現在の人類の窮状は楽観論によって齎されていると言っていい。その上でまだ貴官は大丈夫だろうと続けるのかね?」
「ではどうすると?あの無尽蔵に湧き出す化け物相手に通常戦力で消耗戦を挑むのか?そんな体力が人類にあると思っているのか!?」
「他に選択肢が無ければそれもやむを得まい?」
「馬鹿げている!少しばかり良い玩具を手に入れて舞い上がっているのかな?既に我々は総人口の50%を失っているのだぞ!?」
「だから一発逆転を狙って賭けに出ると?そんなものは敗戦国のやり口ではないか!」
「現実を見ろ!人類はユーラシアからたたき出された!インドからもだ!アフリカだって風前の灯火で東南アジアも秒読み!これが現実だ!これが今の人類だ!貴様はどの口でまだ負けていないなどと嘯けるのだ!?」
国家の金庫番である財務省長官である彼には軍人より余程明確に未来が見えてしまっていた。戦争の特需に沸いていたのは既に過去となりつつある。確かに未だ合衆国は多額の貿易黒字を出してはいるが、各種原材料の価格は指数関数的に上昇しているし、購入先の購買能力は年々減少を続けている。このまま行けばあと10年は保つだろうが、それは確実な20年後の破滅を意味している。そんな彼からすれば体力の残っている内に最大火力で敵を叩き潰すという行動は当然の事であり、寧ろ出し惜しみをして徒に時間と資源を浪費する行為こそ人類を滅ぼす悪魔の所業と言えた。
「しかしこのシミュレーションが事実ならば地球は完全に死の星になる。それではたとえBETAに勝利しても意味が無い」
それは軍人の理屈だと財務省長官は反論する。
「だからこその第5計画ではないか。我々の勝利は地球を残す事ではない。人類が存続する事だ。人が残れば再び文明は再建できる」
「だが、残せるならそれに越した事はない。そうではないかね?」
静観を続けていた大統領が口を開く。
「理想論です。そもそもその手段が無いからこそ我々はここまで追い詰められたのでしょう?」
その言葉に大統領は頷く。
「その通り、今日まで我々は追い詰められ続けてきた。だが明日もそうだとは限らない」
「随分とあの日本製品を評価しているようですが、それは幻想です」
確かにF-4J2の投入によって戦場での消耗は抑制されている。特にAL弾の使用が抑えられるのは大きな成果だ。だがそれでも人類が抗い続けるにはとてもではないが弾薬が足りていない。
「間引きでは根本的な解決が出来ない事は言うまでもない共通認識だと思っていましたが?」
「無論だ。そして私はこう言っているのさ。根本的な解決をG弾に頼らずに行えるとね」
そう言って大統領が合図をすると、それぞれの前に紙束が置かれた。
「これは?」
「HI-MAERF計画を覚えているかな?」
大統領の言葉に財務省長官は即座に反論する。
「お言葉ですが大統領。その計画は8年前に中止になっています」
「そうだな、残念ながら当時の技術では完成に至らなかった哀れな巨人だ。だが今ならば違う答えが手に入る」
そう言って大統領はページを捲る事を促した。
「例の企業から制御コンピューターについて技術協力の打診が日本帝国を通して来ている。更には画期的な技術開発により完成した荷電粒子砲の技術についても提供してくれるそうだ。やはり持つべきものは良き友人だな?」
「大統領、貴方は合衆国を連中の狗にでもするつもりですか?」
これまでの経緯を正確に推測したであろうCIA長官が静かにそう問いただす。それに対し大統領は一歩も引かずに応じた。
「番犬を気取るなら君たちに一々説明などしない。私はこの国の重要なパートナーが誰なのか情報を共有しているに過ぎんよ」
更に追加で資料を大統領は配らせる。
「おまけに宇宙開発でも協力してくれるそうだ。条件は地球上でのG弾使用の禁止。受けられる恩恵からすれば破格と言って良いな」
資料に記載されていたのは、独占しているコロニー建設を合衆国へ外注する旨と、必要になるであろうHLVの提供に関してだった。現状運用している往還機の倍以上の積載能力を持つそれは、第5計画においても垂涎の代物だ。現状においても宇宙軍への補給という頭痛の種に対する特効薬となることが容易に想像出来る。
「地球上のハイヴくらいくれてやろう。この機体が完成すれば我々は一足先に宇宙のハイヴを手中に収める事が出来る。これは君たちの戦後戦略を修正するに値する意味を持たないかね?」
場の空気が大統領の意見に傾きかけたその時、駄目押しの報告が届けられる。ノックの後青ざめた表情で報告書を持って来た白衣の男が副大統領へそれを渡す。副大統領はその内容に厳しい表情を浮かべた後、視線でどうすべきか大統領へ問うてきた。
「構わない。皆に教えてくれ」
大統領の言葉に青ざめた表情のまま、報告に来た科学者は口を開く。
「提供されましたシミュレーションを受けまして、新たにG弾を複数用いた場合における反応試験を実施致しました。結果、複数のラザフォード場が臨界状態で干渉しあった場合、重力異常が増大、極めて高い残留性を取得する事が確認されました。これはフィールド同士の接触時に増幅効果が発生していると推察され―」
「どうやら、決まったようだね」
説明を遮ってそう大統領が口にした。G弾推進派の面々は呆然と大統領を見つめる。彼らにとっても他惑星への移民はあくまで保険であり、戦後無傷のアメリカ大陸が残る事が大前提なのだ。それが崩された以上、残る手段は移民船を増やすかG弾を諦めるかの二択である。しかしどう考えても移民船を増やす案は不可能だろう。何しろ合衆国は未だに2億人以上の国民を抱えているのだ。戦争を続けながら全員を乗せるだけの船は用意出来ないし、出来なければ確実に暴動が起こる。
「なんと言うことだ、我々には既に選択肢など存在しないではないか」
そう嘆く財務省長官に向けて、大統領は力強く言い放った。
「そうだ、既に人類に逃げ場など無いのだ。故に我々は何としてもこの星を守らねばならん」
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25
ファントムはいいぞ。私はイーグルに乗ってますが()
「いやあ、改めて直視するとこう、やっちゃった感が酷いね」
組み上げられた機体達を見ながら、我慢出来ず俺はそうルクレツィアに話し掛けた。
「完全なオリジナルは設計から運用までが長期化する事は明白です。実績のある母体が存在するならば積極的に転用すべきです」
「まあ、そうなんだけど」
最終工程の塗装を終えて駐機用のハンガーへ移動していく機体は、どれも俺の目には見慣れた機体だった。
「ウチの主力機はFAZZに更新、んでソ連に送るのはヤクト・ドーガと。いやあ、アナハイムエレクトロニクス様々だね」
外見は似ても似つかないこの2機であるが、内部構造、と言うより構成している部品単位で見るとかなりの部分に共通品が使われている。それはある意味当然で、この2機は同じ会社で設計、製造されているからだ。スポンサーや運用目的が違うので流石に全部一緒とは行かないが、それでも30%程度は同じ部品を使っている。
「FAZZの方はジェネレーターの高出力化に制御システムの更新、構造材の変更と推進器の変更。ダミーだった腹部ハイメガキャノンの実用化と胸部ミサイルのオミット、それから脚部推進器の増設に腕部ミサイルをビームガンへ変更。うん、これもう元はFAZZだった何かだな」
残ってるのは外観と特徴的な手持ちのハイパーメガキャノンくらいのものだ。それにしたって搭載しているジェネレーターを更新しているから一緒なのはガワだけだ。
「構造材料の変更によりベースとなりました機体の問題点は解決済みです。また頭部のダミーであったハイメガキャノンをセンサーへ変更、対BETA戦に最適化しました。推進器はミノフスキードライブに変更、推力は200%増となっています」
うん、ホントなんだこれ。
「肩のミサイルと背中のビームキャノンは取らなかったんだ?」
「ハイヴ内戦闘において頭上よりの奇襲が多数報告されていますので」
成程、納得です。
「左腕のミサイルはビームガン兼サーベルに変更か。まあ砲戦主体だしね」
「近接戦闘はサイドスカートに追加しましたビームガンにて行う事を想定しています」
言われて視線を送ると、確かに元の機体とサイドスカートの形状が違っていた。けれどSガンダムやゼータプラスのようなやつではなくて何というか短砲身の円筒型の砲塔みたいなのがくっついている。
「速射性と射角、また運用時の干渉低減から選定致しました」
まあ、BETAはMSみたいに耐ビームコーティングも金属製の装甲も持っていないしね。
「うん、良いんじゃない?もうアリス達には送っているの?」
「設計データはインダストリアル1へ送信済み、実機も現在6機が完成しています。2日後には調達を完了し実戦運用試験を開始します」
因みに今まで使っていた機体はばらして資源として再利用している。
「そろそろコロニーへも補給がいるかな」
「現在初期備蓄の23%を消費しています。現在の消費量ならば残り322日で全物資が枯渇します。100日以内に追加の物資を購入、あるいは地上より補給する事を推奨します」
「早く月を確保したいね」
何せ宇宙には資源地帯なんて無いからな。月が無理だと最寄りでアステロイドベルトとか効率が悪すぎる。
「それから、ヤクト・ドーガは、うん?あんまり弄ってないんだ?」
脚部のロケットエンジンを熱核ジェットホバーに変更しているのと、ファンネルラックを汎用のハードポイントに変更、肩装甲の背面側とバックパックに兵装担架を追加しているけれど、それ以外は概ね元の機体のままだ。むしろ装甲なんかは超硬スチールに変更されているからダウングレードされていると言っても過言ではない。
「ガンダリウム系合金では販売先にて損傷した場合修復出来ません。またあくまで本機はサイコフレームによる感応増幅が主眼に置かれた機体ですので過度の武装は不要と判断しました」
「…信用出来なそう?」
「サンダーク中尉個人はともかく、上位の命令系統は信用に値しません。そして任務に忠実な彼は軍人としてみた場合、信用出来ません」
党中央に統制されていない地方派閥の計画だから命令次第では敵対も十分ありうる。その場合において攻撃対象が俺達ならばともかく、他国だったら止める術が無くなってしまうのは避けたい。頼むから仲良くやってくれないかなぁ。
「超兵生産計画においても催眠処置内に我々への攻撃パターンが組み込まれています。最低でも上位命令系統との関係切り離しが必要です」
「解った。完成後の個体については脳洗浄処理をお願い。ああそうだ、例の爆弾については?」
結局反乱などのリスクを盾に自壊機能の削除は拒絶された。いや、反乱されんような運用しろよと言いたいが、権力欲に取り付かれた彼らからすればどんな滅茶苦茶な命令でも実行してくれる強力な兵士が必要なんだろう。まあ知ったこっちゃないが。
「遺伝情報は書き換え済みです」
安心してくれ。俺達と仲良くしている内は良い思いが出来るさ。けど障害になるならこの兵士生産システムは俺達が有効に活用してやるから、ゆっくりしてくれていい。共産主義者は無神論者らしいから良い検証ができるだろう。あんまりしたくないけど。
「ヤクト・ドーガは、取敢えず検証用として3機。出来次第ナホトカ行きだね」
既にサイコフレームがESP発現体の能力を増幅することは確認済みだ。問題はこれがプラーフカとやらに何処まで影響を与えるかと言う事だ。
「未来視によって最善の行動を選択し続ける、ねえ?」
自身の思考をイメージとして他者に伝えるプロジェクションという能力と、他者の思考をイメージとして、感情を色として読み取れるリーディングという二つの能力を相互に使用する事で空間における未来から流れてくる負の情報を受け取り、結果として最善の未来を擬似的に選べる状況を作り出せるらしい。多分ニュータイプの時が見える発言的なアレなんだろう。更にそれを集団で共有する事で擬似的に無敵の部隊を作り出そうと言うのがП-3計画の目的らしい。だがこれ、結構問題がある。一つ目はESP能力の要求値が高いこと。このせいでプロジェクション能力者は幼体固定という人格形成を阻害する処置がされるし、余計な感情がノイズとなってしまうリーディング能力者はロボトミーも真っ青な外科的処理により感情を抑制されるだけでなく、文字通り機体の制御コアとして不要な部分はそぎ落とされて機体に繋がれる事になる。最小で最大の効果を狙ってるんだろうが、これ絶対失敗する未来は覆せん訳だから、結局のところ理想としているような少数でのハイヴ攻略なんてのは絵に描いた餅に過ぎない。その上高負荷の機体運動に耐えるために脳みそだけ取り出して生命維持装置なんかで強引に生かそうなんてすれば、機材としての寿命も1~2年が限度だろう。はっきり言って効率が悪すぎる。
「やっぱりちゃんとパーフェクトソルジャーを造ろうか」
そう俺が言うとルクレツィアが恭しく頷いた。人工子宮も培養装置もハッキング済みだからな。彼女達には是非健やかに人類最強の衛士に育って頂こう。そんなことを考えながらHLVを何機か購入し、地下の建造ドックへ呼び出す。
「取敢えず10基用意したから資材を詰めて打ち上げようか。回収後は合衆国に供与しちゃって」
返事はまだ貰ってないけれど手付金とでも言って送ってしまおう。ただで貰えるなら向こうも文句を言うまい。要らないって言われてもそれはそれで使い道があるから困らないし。
「ソ連と合衆国はこんな所かな?後は東南アジアか」
先月末、ビルマ領マンダレーにハイヴの建設が始まってしまった。俺の知るスケジュールとほぼ変らないから何故かと思ったら、俺達が間引いた分インド方面の国連軍がサボったらしくBETAの個体数が予定より減少していなかったためだ。史実よりインド方面軍の人的被害が出て居ないので許容範囲と思うことにする。でも折角だからこの機会は利用させて貰おうと考えている。
「国連からの回答は何だって?」
「準備不足を理由に難色を示しています。東南アジア各国は歓迎していますが、戦力の供出は期待出来ません」
あそこらへんは金がないしなぁ。
「問題は参加戦力の不足?」
「インド亜大陸反攻作戦の失敗から国連は及び腰です」
「フェイズ4のハイヴと造り掛けを比べてどうするんだよ」
面倒くせぇ。いいやもう。
「承認しないなら地中海に展開している部隊を航路確保の為にアダマン海へ転進させると伝えて。それから今後の資源供給の不足を鑑みて国連軍への機体供給も絞らせてもらうとも」
別に嫌なら手伝ってくれなくて良いからこっちの邪魔はしないで欲しいなぁ。
合衆国ニューヨークにあるそのビルの一室は緊張に包まれていた。居並ぶ男達の表情は一様に渋面であり、既に季節は冬になろうとしているのに、頻りに額の汗を拭き取っている者も居る。
「それで、日本帝国はなんと?」
最も上座に座った男、議長がそう口にした。交渉役である男は声が震えるのを抑える事が出来ないまま、相手の回答を告げた。
「承認が得られないならばシーレーン維持の為に地中海の戦力を東南アジアまで下げるそうだ。資源供給量の低下も懸念されるから国連軍への装備供給に関しても絞ると」
「我々を脅迫するつもりか!」
忌々しげに怒鳴りながら交渉役の対面に座ったインド亜大陸担当の男が机を叩く。
「仕方あるまい。現に我々は彼らに大きく依存している。それは厳然とした事実だ」
その横で鼻を鳴らしたのは北アフリカ担当だった。彼は現在の地中海が日本帝国抜きでは維持すら覚束ない事を十分に理解している。特に陸上戦艦の価値は何物にも代えがたく、あれが姿を消せば再び戦線はスエズまで押し込まれるだろう。そうなった時にアラブ諸国とアフリカ諸国が国連に対しどのような評価を下すかは想像すらしたくない。
「協力の必要は無いと言っているのですし、いっそやらせては。少なくとも間引きにはなるでしょう?」
ハイヴの成長速度は一定ではない。5年程かけて1フェイズ程度の場合もあれば、ボパールのように僅か1年で2フェイズ以上進む場合もある。ハイヴが若い程攻略が容易であることは間違いが無いし、たとえ失敗してもBETAの個体数が減れば成長速度は鈍化する。それ故の発言であったがその意見に議長は首を振る。
「我々の採択を問うている時点で失敗すればその責任は我々のものになる。それでいて単独での攻略が成功すれば戦果は彼らだけのものだ。どちらに転んでも我々の立場は悪くなる」
今日までに実施した国連軍主導の反攻作戦は悉く失敗に終わっている。この状況下でもしも一国によるハイヴ攻略などが実現したなら国連の権威失墜は確実であり、そうなればバンクーバー協定を批准する国家は居なくなる。その先に待つのは統制を欠いた戦闘による人類の消耗である事は明らかだ。
「妥協点を見いだすべきでしょう。どの道ここで承認せずにハイヴの成長を見過ごせば我々の傷になる。最悪彼らが暴発すれば、それこそバンクーバー協定は形骸化します」
「致し方、あるまいな」
大きく溜息を吐き、議長は決断を下した。
試製95式戦術機(FAZZ)
カンパニーがF-4J2のノウハウを元に製造した新型戦術機。第一世代から続いていた戦術機の概念から完全に逸脱した機体であるため、同機を新第一世代と呼称する向きもある。駆動方式にモーターを採用する事でF-4J2に見られたエネルギー変換ロスが緩和されると共に高い反応性を獲得している。
本機の特徴はなんと言っても実用化された小型核融合炉である。既存の燃料電池やガスタービンでは足元にも及ばない大出力を獲得した本機は、戦術機として初めて荷電粒子砲(カンパニー商標:メガ粒子砲)を装備している。これによりハイヴ攻略における最大のボトルネックであった兵站線の維持が大幅に緩和されることは明白であり、戦術機によるハイヴ攻略を命題としているユーラシア各国から高い期待を寄せられている。
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26
強い風に煽られながら、粛々と艦隊は進む。高気圧に覆われた12月のベンガル湾は天気は良いが波は高い。青い顔をしている国連軍の少将に対してカンパニーの代表を名乗る男は気を利かせた風を装い話し掛けてきた。
「お加減が悪い様でしたら、自室でお休みになられては?」
解って言っているだろう。そう飛び出しかけた言葉を無理矢理呑み込むと、精一杯の作り笑いを浮かべて少将は答える。
「いえ、心配無用です。それ程揺れも酷くありませんからな」
主力艦17隻、戦術機揚陸艦54隻、攻撃機揚陸艦44隻という聞いた事も無いような大艦隊を目の前にして平静で居ろと言う方が難しい。その動員数は欧州で実施されたハイヴ攻略作戦であるパレオロゴス作戦に劣るもののその内訳は遥かに強力だ。彼は自分がここに立つ事になった経緯を改めて思い返す。
「作戦そのものは特に目新しい事はありません。典型的な包囲殲滅です」
“金床作戦”と銘打たれた資料と共に現れた女性は国連軍の御偉方相手に平然とそう言い切った。事実着任前に確認した作戦計画概要は極めて凡庸で作戦立案に携わったことがある者ならば誰にでも思いつけるという印象だった。問題は誰もが思いついても実行に移せないような内容であると言う事だが。
「本作戦は仮称H17の攻略を目的として4つの軍による包囲殲滅を行います。ベトナム領ハノイより西進、重慶との連絡を遮断する第三軍。旧バングラデシュ領チッタゴンより東進しボパールとの連絡を遮断する第二軍。そしてH17を直接打撃する第一軍と軌道爆撃並びに補給物資投下による支援を行う航宙艦隊です」
言葉程簡単な事ではないと説明を受けた誰もが顔を顰めた。BETAが人類の戦術を学習することはこれまでの研究で判明している。そして自身の所属するハイヴへ帰還が困難な場合において別のハイヴへ移動する事も確認済みだ。つまりハイヴ攻略の前提条件として、攻略の際に使用した戦術が露見しないためにはBETAを一匹たりとも逃がすわけには行かず、学習されて対応される前に攻略しきる必要がある。その時間はこれまでの観測から最短で14日、最長で19日である。前例こそあるものの、欧州で実施されたパレオロゴス作戦は散々な結果に終わっている。その理由の一つが動員できる兵力による包囲網の構築速度だ。基本として戦車を中核とした機甲戦力によって実行されるが、包囲網を構築しきるだけの機甲戦力を人類が保有していないため、補填として自動車化された歩兵及び野砲が投入された。当然これらの機動力は機甲戦力に劣るため構築速度が鈍化、最終的に包囲環が完成するまでに2ヶ月を要し、その間に各国の軍主力は30%近い損失を被った。当然その様な状況でハイヴを陥落せしめるだけの体力が残っているはずも無く、突入し内部データを持ち帰るという実績のみを残して作戦自体は失敗した。勿論この結果は戦訓として人類全体に共有されているはずなのだが。
「包囲における最大の課題は如何に素早く包囲環を完成させるかです。その点において機動力に劣る歩兵、野砲の存在は足かせに他なりません。当然これは先鋒である機甲部隊にも適用されます。その為本作戦では現有戦力において最も速度に優越した部隊として戦術機部隊による包囲を実施します」
何を馬鹿な。口にはしないものの聞いた誰もがそう内心で呟いた。成程理屈は正しい。確かに速度と殲滅力を兼ね備える兵科は戦術機しかないだろう。だがその包囲環を完成させるのに一体何機の戦術機が必要になると思うのか。そもそも機動力と瞬間火力に優れる一方で戦術機は足を止めて守るという戦い方に対し致命的に向いていない。特に継戦能力の低さは如何ともし難く、防衛線では頻繁な補給のために常に予備を同程度確保する事が強いられる。つまり戦術機だけで戦線を構築しようと考えるならば、最低でも倍の数を用意しなければならないという事だ。そんな生産能力が人類にあったならユーラシアから蹴り出されるなどという屈辱を受けていない。
「とは申しますものの、遺憾ながら我々にも無限の生産能力があるわけではありません。そこで補助戦力として戦術機に随伴可能なカンパニー製攻撃機“鍾馗”を投入致します」
その言葉で欧州担当の国連軍指揮官は唸った。地中海及びイタリア半島における同機の活躍を大量の報告書と配備嘆願から彼は良く知っていたからだ。生産性に優れるとも聞いているし、もしかすれば自分達が想像しているよりもずっとマシな陣容が整えられるのでは。そう考えた彼は少しだけこの案に興味を示し、質問を投げかけた。
「成程、あの機体が高い性能を持っていると言うのは報告を受けている。具体的にはどの程度投入するおつもりか?」
「現在予定しております数は19個師団です」
「…は?」
事も無げに口にされた数に会議室が一瞬しんと静まりかえる。だが特に気にした風も無く日本帝国の代表としてやってきた彼女は言葉を続ける。
「こちらは主に戦術機が展開した間を埋める事を想定しています」
「待て待てっ!19個師団!?」
思わずと言った表情で声を上げた議長に対し、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「お渡ししました資料に投入戦力については記載済みですが」
その言葉に、今まで机のインテリアと化していた作戦計画概要を全員が慌てて捲り始める。そしてそこに書かれた数字に慄然とする。
「戦術機10個師団?」
「F-4J2にて完全充足しました師団を投入致します。こちらは改良モデルのFAT装備に換装した機体となっており、戦地での弾薬補給問題を解消しています」
さらりと投げ込まれた爆弾に再び沈黙が訪れる。F-4J2で完全充足した師団。その価値が解らない人間はこの場にいない。それも例のFATとか言う重装備状態だと宣う。しかもそれが10個師団。成程そんなものがあればこの強気も頷ける。
「すまない、この師団の構成を伺っても良いだろうか?」
恐る恐ると言う風情でそう切り出したのはロシア担当の指揮官だった。師団は一般的に2個連隊、216機で構成される。しかしそれはあくまで通例であり、厳密に定義されているわけでは無い。例えば余裕のある合衆国では師団長直轄として更に1個中隊12機が付くし、逆に戦力が慢性的に不足している東南アジア諸国では1個連隊に1個大隊規模の戦力を追加した増強連隊というような規模で師団を名乗らせている。二次大戦の例まで挙げさせてもらえば、戦力が払底したドイツ機甲師団は大戦末期、それぞれの機甲師団の内訳は1個戦車大隊だったというような、指揮官からすれば笑えない笑い話まである。彼らが戦力を過大に見せるために、その様な欺瞞とも言える手を使っていないとも限らない。自身の常識を守る為に彼は敢えてそう問いかける。
「構成内容は国連軍の定義します規模に準じています。攻撃機も同様の構成を当てはめております」
「あり得ない!そんな数どうやって生産したんだ!?」
戦術機2160機、攻撃機に至っては4104機。世界最多の単一機種生産数を誇るF-4の累計生産数が凡そ5000機である事を考えれば如何にその数字が異常か解る。何しろF-4は20年以上の現役期間での話であるのに対し、F-4J2は表舞台に現れてから僅か8ヶ月しか経っていないのだ。攻撃機については最早異常などという言葉ですら生ぬるい。
「企業努力です」
彼女のその言葉で彼らは漸く理解した。この作戦を求めているのは日本帝国などでは無い。全世界を逆さにしても出てこないであろう生産能力と技術力を擁した正体不明の集団、カンパニーが望んだ事なのだ。そして目の前の女性も日本帝国の代表などでは断じて無く、カンパニーから送り出された人物なのだと。
その結論に達したならば、彼らの行動は迅速だった。まず“金床作戦”の実施は認める。と言うよりも認めるほかに選択肢が無い。元々その方向で話は決まっていたのだからそれは大した事では無かったが、それ以外は問題が山積だ。当初単独で実施するなどという話は荒唐無稽であり、国連の仲介で東南アジア諸国からの戦力供出を願い出てくると彼らは考えていた。だが相手は文字通り単独でハイヴ攻略を行うだけの戦力を揃えており、求めていたのは本当に承認だけだと言うのは彼らにとって完全に想像の埒外だったのだ。だが幾ら彼らが優れた装備と圧倒的な戦力を有していたとしても、容易に首を縦に振れない事情が国連軍側にもある。故に妥協点として彼らは幾つかの提案を出すこととした。
まず比較的安全な戦域になんとか旗下の戦術機大隊を参加させ、部隊の連携を理由に指揮官を送り込む。当初は師団規模で戦力の提供を申し出たのだが、すげなく相手に断られたためだ。なので彼らは他方面からの増援遮断の為にインド、中国方面での陽動作戦を実施する事とし、そちらへ戦力を集中する事になる。
「挟撃されては包囲も何もないでしょう」
その日より陽動準備の為に幾日かが使われることとなり、そして作戦は決行の日を迎える。暦は12月の半ばを過ぎ、クリスマスが目前に迫っていた。
「へえ?やっとやる気になったかい」
司令部を通して国連からの命令を受領したホアン大佐は愉快そうな表情でそう笑った。F-4J2の獲得を強く主張した彼女のおかげで中華戦線は早い段階で同機の獲得に成功しており、その功績が認められる形で彼女の旗下の部隊は優先的にF-4J2が配備されていた。当然強力な部隊である為に激戦区へ配置転換されたものの、現在まで戦死者0という輝かしい戦果を挙げている。
「適度な間引きなんてのは飽き飽きしてたんだ。ここらで古参の意地ってやつを見せようじゃないか」
そう彼女は獰猛に嗤う。
時同じくして同様の命令を受け取ったドゥルーブ大将は眉間に寄った皺を指先で懸命にほぐしていた。
「追加の輸送船が大量に来る訳だな」
スリランカ島に押し込められたインド方面軍の状況は芳しくない。航路の安全確保の為という大義名分の下行われている日本帝国の善意の協力と支援物資が無ければ、とっくの昔に彼もスリランカ島を枕に死んでいただろう。国連軍の指揮官として恥じ入ると共に、上層部へ強い失望を彼は覚えていたが、一方で国連軍が現状の維持だけで手一杯である事もよく理解していた。
「思い切った賭に出る。だがまあ、乗りたくなる気持ちも良く解るな」
マンダレーのハイヴが本格化したならば、東南アジア諸国が耐えることは叶わないだろう。これ以上の失地と戦線の拡大は人類の許容範囲を超えている。その中で示された光明を逃さないことも、指揮官としての資質であろう。
「この程度で返せる借りではないが、少しでも返さなければ増えるだけだしな」
すっきりとした表情でそう呟くと、彼は物資の分配と部隊の編成を考え始めた。
備考
「金床作戦」作戦計画概要
目的
ミャンマー領マンダレーに構築されつつある仮称H17の攻略、破壊。
参加戦力
第一軍:陸上戦艦12 戦術機2個師団 攻撃機3個師団
第二軍:航空母艦2 航空巡洋艦3 戦術機4個師団 攻撃機8個師団
第三軍:戦術機4個師団 攻撃機8個師団
低軌道艦隊:航宙駆逐艦20 掃海艇2 輸送艦5
戦術機計2160機、攻撃機計4104機
これに加え戦術機及び攻撃機輸送のため戦術機揚陸艦135隻、攻撃機揚陸艦114隻を用いる。
作戦内用
第一段階
ベトナム領ハノイより第三軍が北西方面へ侵攻、H16との連絡を遮断。
旧バングラディシュ領チッタゴンに第二軍が揚陸、東進しH13との連絡を遮断。
これによりインドシナ半島に展開するBETA群を孤立させると共に半島への封じこめを行う。
第二段階
包囲完成と共にミャンマー南部より第一軍がエーヤワディー川を北上、旧マンダレー南西80キロ地点に揚陸後、H17へ向け攻勢を実施する。揚陸30分前に同地域に対し第四軍による軌道爆撃を実施、敵戦力の漸減をはかる。
第三段階
侵攻する第一軍がハイヴ到着と共に、第二軍、第三軍は半島へ向け侵攻を開始、戦線を縮小し機動予備を抽出しつつ同地域のBETA殲滅を行う。到達が確認され次第、同区域に対し第四軍輸送艦による補給コンテナの投下を実施する、適宜補給を行いつつ前進を継続する。
第四段階
H17に存在すると推定される反応炉を破壊。これを制圧する。この後第一軍は更に北上し第二軍、第三軍と残存BETAを挟撃、殲滅完了を持って本作戦を終了とする。
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落ち着き無く視線を彷徨わせる国連軍士官を見て、ムラマツは他人事ながら難儀な事だと考えた。組織に属する以上上司というものは必然的に存在するし、それを自身で選ぶことはまず難しい。となれば良い上司に巡り会う事を祈る所だが、残念ながら彼はハズレを引いたようだ。
「時間ですな」
「あ、ああ。そうだな。ムラマツ艦長、ハセガワ氏はどちらに?」
彼がこの艦に乗り込んでいる最大の理由がそれだった。本作戦の最高責任者にしてカンパニー代表である主人が座乗しているこの艦は便宜上作戦司令本部としての役割を与えられている。尤も、作戦に参加している主力艦艇は全てムラマツと同モデルのドロイドによって指揮されているから通信などと言う悠長なものに頼らずとも全ての情報を共有しているし、指示伝達も即時完了する。それぞれの戦術機、攻撃機部隊も大隊単位で同様に運用されているから、連絡が必要なのは作戦に参加している国連軍の戦術機一個大隊に対してのみだ。
「長谷川様でしたらこちらにはいらっしゃいません。人にはそれぞれの役がありますので。ご安心下さい、貴官並びに参加頂いている国連軍機への応対は私が預かっております」
「そ、そうか。そうだな。彼は最高責任者だものな」
ムラマツの言葉に国連軍士官は自分なりの答えを出し納得したようだ。その内容は見当違いも甚だしいのだが、敢えてムラマツは訂正しない。彼はこれから一日で一生分の驚愕を味わうことになる。ならばこの一瞬くらいは平穏に過ごさせてやろう。だが、ムラマツの心配りは作戦開始のカウントダウンが0になった瞬間に止められる。彼にとってあくまで優先事項はこの作戦の成功だからだ。
「全艦、機関最大。浮上始め」
「機関最大、ミノフスキークラフト出力上昇。離水します」
復唱に続き、艦がわずかに揺れた後、静かに海面から浮き上がる。
「水上艤装解除、一番二番メガ粒子砲発射用意」
「水上艤装解除。ハッチオープン、一番二番メガ粒子砲展開完了」
浮き上がると同時に船体下部に取り付けられていた防水用の外板が落とされ、彼女は本来の姿を白日の下にさらした。周囲に浮かんでいた僚艦も次々と彼女に倣いその身を人類へと見せつける。
「離水完了。高度30にて固定、全砲門チェック完了」
「飛龍及び高雄、愛宕、摩耶も離水完了しました。高度並びに射線軸合わせ完了」
「メガ粒子砲、斉射。撃て」
「メガ粒子砲、発射します」
短く告げられたムラマツの言葉に従い、光の奔流がそれぞれの艦に備えられたメガ粒子砲から一斉に放たれる。既存の艦砲をあざ笑うかのような速度で空中を突き進んだそれは、沿岸にたむろしていたBETAを盛大に巻き込みながら強烈な爆発を起こす。
「着弾確認。目標地点のBETA消滅を確認」
「周辺区域のBETAに反応があります。目標地点に対し移動を開始」
「戦術機並びに攻撃機部隊へ出撃命令。揚陸を開始せよ。本艦は前進しつつ流入するBETAを迎撃する。全砲射撃自由。各艦は続け」
その命令に歓喜するように艦体を一度震わせると、横隊を組んだ僚艦と共に白龍は滑るように空中を前進する。その全身に据えられた砲は猛然と射撃を繰り出し空を閃光で染め上げる。その美しくも圧倒的な破壊の力が込められた光条が次々とBETAへと突き刺さり、彼らを分子へと戻していく。その光景を見ながらムラマツは不敵に笑った。
「随分と長い間色々と貸し出していたが、そろそろ時間だ。取り敢えずは空から返して貰うとしよう」
「おーおー、派手にやってるなぁ」
繰り広げられている破壊の光景をモニター越しに見ながら俺はそう呟いた。既に白龍達は海岸沿いを越えて内陸部へ侵入。周囲のBETAを好き放題に蹂躙している。時折光線級からの攻撃があるが、戦術機と比べものにならない彼女の装甲はびくともせず、即座に放たれる報復で逆に吹き飛ばしている。ムラマツの事だから寧ろ攻撃してくれた方が探す手間が省けて都合が良いくらい思っているかもしれない。
「想定していたよりBETAの密度が高い。良い傾向だな」
作戦直前に監視衛星から撮影されたマンダレーのハイヴはフェイズ2相当だった。過去のデータから比較してもこの成長速度は標準的な部類に収まるし、その上で周辺のBETA数も多い。これは重要な事だ。BETAはハイヴ内で生産貯蔵されたG元素を用いて生産されるのだが、生産時に消費されるG元素の量が各種族によって違う。小型の種より大型の方が、そして大型でもより複雑な機能の有している方が消費量が増大する。更に言えば強力な種を製造すると個体数が少なくなるためか、ハイヴ自体の成長速度まで落ちる場合がある。それらを考慮すればマンダレーのハイヴは他のハイヴと差異が認められない事からも連中はまだこちらに対応出来ていないという事だ。
「そろそろ新種が出てくるかと思ったけど」
何せ野分と鍾馗は、現状存在しているBETAではほぼ対抗出来ないのだ。唯一脅威となっているのが重光線級だが、そもそもコイツはG元素の消費量が多いのか個体数が少ない。おかげで配備された地域では野分は存分に猛威を振るっている。そして野分の本格的な配備から既に半年近くが経過しているのだ。何か対処してくるかと思ったのだが。
(…いや、戦術機でも第一世代から第三世代に至るまで連中に変化は見られなかった。そう考えれば野分程度の変化は誤差だと許容されているのか?)
甘い期待が脳裏をよぎる。実際野分にほぼ抵抗できないだけであって、完全に無力化されているわけではないのだ。連中がこちらのことを少し他より強い障害程度に認識している可能性は十分あるんじゃないだろうか?
「なんてな」
あえて否定を口に出して妄想を振り払う。奴らがそんなに簡単な連中ならば、とっくの昔に地球から追い出せているだろう。BETAのしつこさと悪辣さはシミュレーションとは言え100年の付き合いで骨身に染みている。だからこそ、今回のハイヴ攻略でこれだけの戦力を持ち込んだのだ。
「オリジナルハイヴ、カシュガルのBETA数は天文学的数字になる。残念だけどまだまだ足りない」
フェイズ4~5のハイヴにおけるBETAの数は25~30万程度と言われている。この数字を見れば大抵の人が少ないと感じるのではないだろうか。なにせ今世界にあるハイヴは17個、全てにその程度ならばBETAの総数は500万程度という事になる。勿論これは大きな誤りで、この数字は地表上の観測できる大型個体の大凡の数を示しているのだ。おまけにハイヴ内に関する情報は、過去の突入時の情報だけであるため、殆どは推定の域を出ていない。そうした条件下にあって、オリジナルハイヴはBETA数が天文学的数字と報告されているのだ。装備の質も数もまだまだ確実にはほど遠い。
「まあ、地道にやらせて貰うさ」
取り敢えずは目の前のハイヴを落とす。先の話はそれからだ。
『すげえな』
『いやあ、後方国家は羽振りが宜しいようで』
乾いた声音が部隊内通信を飛び交う。ハイヴ攻略などという大作戦を前に緊張感の欠片もないが、それを聞いていたタリサ・マナンダル少尉も同様の気持ちだった。彼らが配置された第三軍はハノイ近郊に集結後、北西へ向けて進軍を開始している。その陣容は完全充足の戦術機4個師団と攻撃機と呼ばれる新兵器が8個師団だ。BETAさながらに地面を友軍が埋め尽くす光景は、これまで寡兵で戦い続けてきた彼女達の目には酷く眩しく見える。一方でこれだけの戦力を揃えられるなら、何故もっと早く来てくれなかったのだという思いも湧いてしまうため、どうしてもその会話は皮肉が交じってしまう。
「それにしても、これだけ居て私達の出番はあるんですかね?」
国連軍所属317戦術機大隊。インド亜大陸と中央アジア諸国の残存戦力から編成されたこの戦術機部隊は実戦経験が豊富な部隊である一方、転換訓練が進まずに未だF-4――それもD型と言われる型落ちだ――で構成されている。総合して考えれば戦力として通用はするが、一線級とは言い難い部隊と言える。少なくとも同じF-4を名乗って居ても、第三世代を凌駕すると言わしめているF-4J2に交じって同等の活躍をする事は難しい戦力だ。尤もこれは国連軍が陽動に戦力を集中したために、手持ちの部隊で送り出せるのが彼らで精一杯だったという如何ともし難い事実があるのだが。加えて言えば進軍速度の低下を嫌ったカンパニーが最低限度しか受け入れないことを伝えたためでもある。
『ん。まあ、俺達は言い訳だからな。向こうもそのつもりだろうさ。でなきゃこんな後ろに置かねえよ』
ハノイより20キロ前進し連絡線を維持せよ。与えられた任務はそれだけだった。少なくとも大隊規模の戦力に護衛まで付けてやる仕事ではない。故に彼らは共同作戦の体裁を保つために送り込まれた戦力であると自らを分析していたが、あくまでカンパニー側が同行を拒絶したと言うのが真実である。
『少将殿も気の毒にな。今頃は最前線か?』
僚機の一人がそう口にする。それを聞いてタリサも苦笑いをしつつ頷いた。指揮官が安全な後方に居るのはれっきとした意味がある。彼らは戦場全体を考えねばならないし、その命令で多くの人命が左右される。とてもではないが自分の命を守る片手間で出来る仕事ではない。故に彼らの上官も本作戦の最高責任者が乗る洋上艦に乗り込んだのだが。
「連中一体どんな魔法を使うんですかね?あの白い艦も陸上戦艦って奴なのかな?」
作戦が開始されてみれば、少将が乗り込んだ艦は第二軍の先鋒を務めると言うではないか。そう疑問をタリサが口にすると、部隊の隊長が笑いながら応えた。
『艦種が航空母艦と航空巡洋艦らしいからな、空でも飛ぶんだろうさ』
「そりゃすごい、是非とも後で感想を聞いておいて下さいよ」
よもや本当に艦が空を飛ぶなどと想像すらしていない彼らの会話は、戦場とは思えない程暢気なものだった。
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28
「第四次光線級吶喊成功、砲撃を再開します」
「107戦術機大隊、全弾射耗。補給のため後退します。112戦術機大隊を投入。戦線を維持します」
「観測班より通信。ハイヴ南東に新たなBETA群が展開中です」
「呆れる物量だな」
艦長席に身を預けた男が辟易とした様子でそう呟いた。データリンクによって齎されている数字によれば、既に陸上戦艦群は弾薬の50%を撃ち切っている。だというのにBETAはその数を減らしているようには一向に見えない。叩き潰した端から補充されているからだ。
「誘引状況は悪くないか。この辺りが潮時だろう」
その言葉に合わせて艦隊の動きが変わる。それまで強引と思える程前進を続けていた陸上戦艦が速度を落とし、合わせて周囲に展開していた戦術機と攻撃機の部隊も守勢に転じる。瞬間、第一軍とBETAの間に空間が生まれるが、直ぐにそれはBETAの逆撃で埋められる。その様子を見た男は皮肉気に顔を歪ませた。
「所詮知恵の無い駒では読みきれんか」
BETAは学習する。だがそれは管理ユニットである重頭脳級と呼ばれる個体のみの話だ。目の前に居る有象無象はそれによって運用されている作業端末に過ぎず、そこには意思も知恵も無い。ただ与えられた命令通りに動くだけの存在である。故に戦場における変化に即座に対応出来るような能力はBETAには無い。だから、巣に最も近づいた強力な戦力が一転して囮として敵を引きつけているなどという状況にも簡単に引っかかる。
「仕事が楽なのは良いことだが。いかんな、腕が鈍りそうだ」
押し寄せるBETAを前に男はそう不敵に笑った。
『総指揮官。時間です』
「思ったより早かったね。ウチの皆は優秀で助かるよ」
包囲環が閉じたのが4時間程前。作戦開始から現在はほぼ一日が経過しているから、大体20時間くらいで成功させた事になる。戦術や戦略に詳しい人間なら発狂しかねない侵攻速度だ。
『最終フェーズに移行しても宜しいでしょうか?』
「勿論。こっちも十分休ませて貰ったからね。これ以上寝たら牛にでもなっちゃうよ」
そう言って俺はコックピットへと収まる。完全に調整の済まされた機体は直ぐに起ち上がり、即時出撃可能であることを俺に伝えてきた。
『それはいけませんな。総指揮官の健康の為にも急ぐとしましょう』
冗談に合わせるように艦が加速する。現在位置はハイヴから北東に約400キロの地点。この艦隊の足なら、目標まで30分と掛らない距離だ。艦橋で周囲を見ている国連軍の士官さんは今頃びびっているかもしれない。こんなデカブツが浮かぶだけでも想像出来なかっただろうに、それがマッハで飛行するなど理解の範疇を超えているだろう。そんな埒もない事を考えている内に、地平線の向こうから趣味の悪いオブジェが見え始める。こういうのはインパクトが大事だ。派手にいこう。
「ムラマツ、ハイパーメガ粒子砲の使用を許可する。目標、目の前のクソダサい前衛芸術。跡形も無く吹き飛ばせ」
『了解しました。高雄、愛宕、摩耶全艦ハイパーメガ粒子砲射撃態勢。発射まで20』
「発射次第突入部隊を展開。即時ハイヴ攻略にかかる。全機用意」
続くカウントを聞きながら俺はそう口にして、一度上唇を舐めた。さて、主観的には久々の、体感的には初めてのハイヴ攻略だ。
『発射』
静かな口調でムラマツがそう告げると同時、これまでの比では無い閃光が空を焼き一瞬でハイヴの上部構造物、通称モニュメントへと突き刺さる。ネェル・アーガマ級を改良して生み出された高雄級航空巡洋艦は連続射撃能力こそ獲得出来なかったが、威力が10%増しであるにもかかわらず、ハイパーメガ粒子砲射撃時に動力ダウンによる各火器が使用不能になるといった諸問題を解決している。三隻から放たれた光条はモニュメントを根元から吹き飛ばし、あっという間に瓦礫の山へと変える。
「うん、すっきりした。では全機出撃」
それをモニター越しに確認した俺は、自機を降下ハッチへと移動させ、躊躇無く空へと飛び出した。大して高度は取っていなかったため即座に地表に到着、降下時の速度を殺さぬまま予定していたゲートからハイヴ内へと飛び込んだ。
「こんにちは、死ね」
随伴していた僚機と共に、侵入して直ぐに担いでいたハイパーメガキャノンを構え、躊躇無くぶっ放す。ドリフトと呼ばれる通路部にたむろしていたBETA共が一瞬で高温に晒され分子へと戻る。うん、ビーム兵器の良いところだ。実弾だと死骸が邪魔になって仕方ないのでこれだけでもビームを主兵装に据えた価値があると言うものだ。サンプルを欲しがっているどっかの女狐さんとかはブチ切れそうだが。
『前方500にホールを確認、射撃開始』
先行しているハヤタがそう宣言すると同時、再びハイヴ内が光に包まれBETAが消える。メインシャフトと呼ばれるハイヴの中心エリア、そしてその下にあるメインホールに存在する反応炉を吹き飛ばせばハイヴは死ぬ。そしてフェイズ2のハイヴにおける最外縁のゲートからメインシャフトまでの距離は凡そ2キロメートル。この新型にかかれば正に瞬きする間の距離だ。再び見つけたホールと呼ばれるドリフト同士を繋げている部分に居たBETAを吹き飛ばし、突入から僅か5分で俺達はメインシャフトへ到達してみせる。
「落下物に巻き込まれたか。数が少ないな」
メインシャフトへ飛び出したこちらを待ち構えていた重光線級が迎える。多くがモニュメントの崩落に巻き込まれたのか、数はそれ程多くない。しかも至近距離であったから、初期照射を終えるより先にこちらのビームが次々と暢気にこちらを見つめている一つ目を撃ち貫く。宇宙世紀なガトーさんが見ていたらつい鎧袖一触とか言い出しそうな光景を量産しながら、俺達はメインホールへと降り立った。
『全周防御!撃ちまくれ!』
アラシの叫びと同時に、俺の周囲へ集まった友軍機が円陣を形成。即座に周囲へ向けて破壊の光をまき散らす。この場所は連中の最終防衛ライン。フェイズ2という生まれたばかりのハイヴでもそれなりの数のBETAが襲いかかってくる。以前の野分だったらあるいは詰め寄られていたかもしれない。
「悪いね!強くってさ!」
高らかにそう告げて俺は青白く光る反応炉を照準、ビームの奔流をたたき込む。僅かに耐えるそぶりを見せた反応炉だったが、数秒と経たずに外壁が溶融。破孔から得体の知れない溶液をまき散らしつつ、発光を停止した。同時にそれまで損害も気にせずに突っ込んできていたBETAが停止しメインホールから次々と逃げ出していく。それを見て俺はハイヴ攻略成功を確信した。
「イデ、小隊を一つ索敵に回してアトリエを確保しろ。残りは撤退するBETAの追撃、続け!」
『『了解』』
どう言う仕組みかは解らないが、BETAの連中は自分のハイヴが落ちた事を直ぐに察知できるらしい。ならば地上の奴らも最寄りのハイヴへ向けて移動を開始するはずだ。
「ハヤタ、先行してムラマツとデータリンクを確立しろ。動きが変化している筈だから気付いて居るとは思うが取りこぼしは避けたい」
『了解しました』
「イデは国連軍が使用するドリフトを重点的に掃討、お客様はデリケートだから一匹たりとも残すな」
『了解です』
「アラシ、暴れろ。全兵装の自由使用を許可する」
『待ってました!』
俺の命令に従い周囲を固めていた機体が四方へ散っていく。俺も直轄の小隊機を率いて適当なドリフトへと飛び込んだ。何せここからはボーナスタイムだ。出来るだけポイントを稼いでおきたい。
「さあ、仕上げといこうか」
「これは本当なのかね?」
報告を受けた男は、信じられずにそう問い返した。
「監視衛星からのデータも確認しましたが、間違いありません。モニュメントの倒壊とBETAの離脱を観測しております」
興奮気味に告げる士官の前で、男は震える手で眼鏡を外し顔を覆った。
「なんと、なんと言うことだ」
育ちかけとは言え、ハイヴを僅か2日で攻略。更に残敵を掃討中とのことだが、こちらも危うげ無く終わることは1日たらずで包囲環を形成してみせた連中の兵力からすれば間違いないだろう。
「神は、まだ人類を見捨ててはいなかったっ!」
滂沱と流れる涙を彼は止めることができなかった。彼が国連軍参謀総長の座に就いてから3年が経つ。前任者が実行したスワラージ作戦による国連への不信と常任理事国からの圧力の中、何とか人類の戦力回復と防衛線の維持に腐心してきた彼にとって、今回の作戦はあまりにも博打が過ぎる内容だった。自分の首が飛ぶ程度ならば安いもの。これ以上の国連軍の権威失墜は独断専行の呼び水になりかねず、そうなれば早晩ユーラシアを囲む防衛網は破綻していただろう。進退の窮まった彼に残された道は、無能として無責任に後続へ席を譲るか、博打とも思える作戦を何としても成功させるかの二つだった。かくして神は彼を見捨てず、人類は明日を繋ぐ。そして彼らの実力を正しく認識した彼はある決断を下す。
「人類の剣を曇らせる訳にはいかん」
翌日、国連軍はカンパニーに対して同盟を提案する。超国家組織が一企業と対等であるとする姿勢は大小の波紋を投げかけることになるのだが、まだそれは先の話である。
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29
「やりやすくなって大変結構」
1996年1月。世間が御祭騒ぎと言っても差し支えのない雰囲気の中、俺は基地で上機嫌に笑っていた。昨年12月に実施した仮称H17攻略作戦は無事成功し、人類は初めてBETA相手に失地の奪還を成した。この件について国連軍からも大変感謝され、作戦後にまさかの参謀総長がやってきて涙ながらに手を取って礼を言われた時には、正直むず痒くなってしまった程だ。うん、邪魔者扱いしてごめんよ。その勢いでまさか同盟を打診されるとは思わなかったけど。取り敢えず内容はかなり好意的、というかこちらの独立性を完全に担保する内容で、要約すれば、今後君たちが行う作戦行動に国連は全面的に協力するよ!だからやる時は一声掛けてね。あ、承認がいるとかじゃないから連絡さえくれて、自分達だけでやるってのも全然OKです。特に間引きとか事後報告でも良いので積極的にやっちゃってくれてもいいのよ?と言う事だった。事前に連絡さえすれば他国領でも軍事行動可能とか大丈夫か人類。とか思ってしまうが、冷静に考えれば今回見せたこちらの戦力を考えればそうもなるわな。因みに戦力と言えば合衆国とソ連から高雄級を購入したいという熱心なラブコールを頂いたが、残念ながらお断りさせて頂いた。現状白龍も含めて宇宙戦艦組は本部とメンテナンスベースにしているアイランド5、それから宇宙のインダストリアル1以外でメンテナンスが出来ないし、部品の生産も時間が掛かるのだ。軌道爆撃に使う駆逐艦なんて予算がかけられなかったからパプア級を殆ど無改造でそのまま転用しているくらいだし。
「ミノフスキー物理学が浸透するまではまだ少しかかりそうだからなぁ」
この辺りは付き合いのある各国の学会に手当たり次第放り投げているが、おかげで大混乱を起こしている。連日質問攻めにされるもんだから、またルクレツィアの人数が増えた。
「それにどうにもならん問題もあるしな」
その問題というのがエネルギーである。宇宙世紀系技術においてミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉は極めて価値の高い技術だ。何しろMSに積み込めるサイズまで小型化した常温核融合炉なのだから、その利便性は計り知れない。うちで運用している艦艇はほぼ全てがこれを動力源にしているし、今後主力として運用予定の試製95式もこれを使っている。まあ厳密に言えば各国に開示した初期型ではなく、改良型熱核融合炉というもう一世代先のものを使っているのだが、ここでは重要な差異ではないので気にしないでくれて良い。んで、話を戻すと、こいつらはエネルギー源としてヘリウム3が必要になるのだが、はっきり言って今の我が軍は自前の分を生産するだけで一杯一杯なのである。良く勘違いされている方が居るが、ヘリウム3は別に木星でしか採れない物質ではない。月面の岩石に含まれているし、何なら地球上の大気にも存在する。ただしそれがとんでもなく微量なのだ。幸いうちはレアアースやレアメタルの確保を目的にマントル層まで資源採掘を行っているから、地殻プレートやマントル層に貯蔵されたそれを採取していたのだが、流石にこれ以上は賄いきれない。一応今月末には完成予定のミノフスキードライブ搭載型宇宙艦の2番艦を木星へ派遣、採掘施設を設置予定だが、そちらからの安定供給にはまだ数ヶ月は必要になるだろう。それでも年単位の時間が掛からないだけ驚異的なスピードだが。
「やっぱり失敗だったかなぁ」
そもそもこの問題は俺が現有戦力を転用すること無く先の作戦を決行するために艦艇を増産したことが原因だ。一応ルクレツィアの試算によれば、後3隻程増えても維持出来るそうだが、そうなると貯蓄は不可能だそうだ。採掘プラントを早急に増やしたいところだが、候補地に迷っているというのが現状だ。
「無難なのはメガフロートだけど」
メガフロートであれば土地の問題は殆ど無い。日本帝国政府への打診は要るものの、洋上国土開発計画という胡散臭い計画を国土管理省と共同で行っているから日本帝国の排他的経済水域内なら好き勝手に出来る。ただメガフロートに設置できる採掘ユニットは採掘能力が低いという欠点がある。現在は蓬莱以外の5基全てのメガフロートで採掘を行っているが、それでも本拠地の30%程の産出にしかならない。各国への供給なんてことになれば、日本の周囲がメガフロートで埋まってしまうかもしれない。なので出来れば陸地が望ましいのだが。
「国内の別拠点は民間施設が近すぎる。かといって国外だと持ち出しの時が面倒だし」
拠点を建設して暫く経つが、スパイは増えることはあっても減ることはない。そろそろ捕まりすぎて顔馴染みになりつつある奴までいる程だ。今のところ被害は出ていないが今後もそうとは限らないし、何より原作を考慮すれば妨害の為に拠点へ再突入型駆逐艦、要はスペースシャトルみたいな物に爆薬を満載して宇宙から投げつけてくるなんて事までしている。正直迎撃は問題ないだろうが、周辺に被害を出さずとなると難易度は跳ね上がる。国外の場合でもこの問題は付きまとうし、加えて生産した資源を拠点まで運ばなければならない。機体や艦艇に建造した状態で持ち出すと言う手もあるが、確実に軋轢を生むだろうからこの手は出来れば避けたいところだ。ああ、どっかに誰も居なくて好き勝手に基地建設しても怒られない場所とかないかなぁ。
正月というのは武家にとって実に多忙な日である。主家への挨拶に始まり親類縁者、繋がりの深い家ととにかく挨拶の行脚が続く。それが終わっても今度は祝いの席があり、出席に準備にと多忙を極める。戦時にこのような事が出来るという時点で恵まれていると言うべきなのだが、それでも忙しいという事実は変らない。そして面子に生きる彼らは、戦時故に殊更そうした縁起を大切にしていたから、その手間は増えることはあっても減ることはない。
「新年おめでとう。呼び立ててしまってごめんなさいね。唯依」
「明けましておめでとうございます。気になさらないで下さい、恭子様」
そう返したものの、唯依の心中には疑問が湧いていた。譜代武家である篁家の娘として厳しく育てられた唯依は年に比べて早熟だ。それだけに周囲の視線や仕草といったものに敏感である。それが普段から目を掛けてくれている人物であるならば尚のことだ。
「早いものね、唯依も来年には高校生か」
「気が早すぎますよ、恭子様。まだ一年以上先の話ではないですか」
「あら、でもその為にもう準備をしているのでしょう?参考書を随分買っていると聞いたけれど?」
そう返されて唯依は頬を赤くした。恭子は五摂家の崇宰家の人間であり、斯衛にて青を纏う女性である。言わば唯依にとって彼女は目指すべき目標であり、憧憬の対象だった。故に自らの努力が認められた喜びと、隠していた秘密がばれた羞恥とがない交ぜになった瞳で彼女を見つめ返す。
「少しでも早く学んでおきたくて。その、私は不器用ですから」
そう口にする唯依に対し恭子は目尻を下げながら応じる。
「敵を知り己を知れば百戦危うからずや。基礎の基礎、けれどそれがちゃんと出来る事が貴女の美徳よ。胸を張りなさい」
そう言われ思わず下を向いてしまった唯依は、次の恭子の言葉に身を強張らせた。
「けれど、残念だけど多分その教本は使い物にならないわ」
「恭子様?」
「唯依も聞いた事があるのではないかしら?カンパニーと名乗る企業の事」
「は、はい。帝国軍と斯衛の戦術機を一新させた企業ですよね?食料や医療関係にも手を広げていると聞いています」
恭子の言葉に、唯依は慌てて自らの知るカンパニーについてを口にする。そこで初めて恭子の顔が苦く歪んでいることに気がついた。
「正確に言えば一新せざるを得なかったのよ。それこそ帝国軍が昨年導入した不知火を捨て、斯衛が開発中の機体を放り出してまで揃えなければならない程あの機体とそれまでの機体には隔絶した差があったわ」
目を伏せながら恭子は続ける。
「そしてこの数ヶ月で食料自給率も大幅に改善しているし、医療品の値段も安定している。今この国は我が世の春を謳歌しているわ、カンパニーに依存すると言う形で。でもその相手は今世界に目を向けている」
その言葉で唯依は大凡の事情を察する。先日国連軍が一企業と同盟関係を表明するという異例の事態があった。その少し前には人類が初めてハイヴを攻略するという歴史的快挙も起こっている。そしてそれらの中心こそカンパニーであり、彼らが海外へ指向していることは明白だった。だが、それを恐れている人々も確実に存在した。
「戦後社会ではカンパニーとの関係がどれだけ深いかが重要になってくる。既にソ連や合衆国は彼らと技術提携をしているわ。対して我が国は彼の関心を引ける物を何一つ持っていない」
今の日本帝国の立場は、彼らが最初に拠点を構えた場所を国内に有しているというだけだ。たったそれだけの事で相手が断らないのを良いことに今まで随分と無心をしてきたが、今更になって彼らが自分達などどうでも良い存在だからこそ寛容に接してくれていたと言う事に気付いたらしい。
「利を是とする相手に、物もお金も用意出来ない。だから情で縛る、ですか?」
生まれながらに高潔と責務を求められるのが武家であるとされる。だがそれは彼らが政争やそれに付随するパワーゲームと無縁であるという事では断じてない。寧ろそう言ったものを駆使したからこそ今日の立場があるのであり、見栄えの良い金科玉条は権力を確立した後、その正当性を訴えるために後から付いて来ただけのものだ。そんな彼らの常識からすれば、権力者に媚びを売るために、娘を差し出すなど文字通り日常茶飯事の事だ。
「貴女達ばかりに泥を被せてご免なさい」
篁が譜代となったのは明治後期であり、それ以前は二半場の立場だったと聞く。元々武器拵えという武具の整備・開発などを生業とした家で急速な近代化に伴い重要性が増した結果であったらしい。当時の価値観からすれば家格の昇位など前代未聞であり、その事から篁は不正に家格を手に入れた家として今日まで謂れ無い誹謗も受けてきた。恭子が謝罪したのも、その背景を知りながら、再び国の為に権力者へすり寄ったという汚名を被せることに対してだろう。唯依は一度口を引き結んだ後、気付かれぬよう一呼吸して笑顔を作った。
「その程度の事で国が安んじられるなら、それこそ安いものと言うものです」
武家の娘は自由な婚姻など望めない。まして唯依は篁の当主となる事が決まっている身だ。家を保つ事こそが最優先されるため、両者の関係や相性などというものは優先順位に挙がることすらない。
「ごめんなさい。…さしあたり4月から貴女達には新型戦術機の衛士育成モデルとしてカンパニーで学んで貰います。宜しくお願いね」
その言葉に唯依は黙って頷く。だが、彼女はこの時重要な言葉を聞き逃していた。そう、恭子は貴女達と口にしたのだ。友人一同と籠絡要員として送り込まれることになった唯依は大いに慌て、そして向かう先で運命と邂逅する事となるのだが。それはまた別の話である。
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「さて、次はボパールか重慶か」
地図を眺めながら俺はそう口にした。年が明けて早くも1ヶ月が経過した。当初の予定ではここで暫く守勢に回ることになると考えていたのだが、まさかの事態が状況を変える。
「正直に申し上げまして、これ以上国連軍で戦線を抱え込むことは不可能なのです。しかし攻略した以上、そのまま放置とはいきません」
深刻な顔で相談に来たのは国連軍の東南アジア担当官だった。東南アジア方面の各国はインド亜大陸失陥後長らく戦線を維持していたが、これらの国は元々国力が低く、その代償を人的資源の消耗という形であがなっていた。当然そんな状態だから今回押し上げた戦線を維持するような兵力は無いし、BETAに侵攻されて荒廃した土地を再生させるだけの余裕も無い。そもそもそんな事が出来るなら各国共同で亡命先のメガフロートを買うなどという発想にたどり着かないだろう。国連軍としても各国の協力が得られなければとてもではないが戦力が足りない。そこで白羽の矢が立ったのが俺達というわけだ。
「マンダレー基地の状況は?」
「拠点としての諸機能は全て獲得しています。資源採掘システムも稼働中、現在の備蓄量は3%。試製95式の生産ラインは1基が稼働中。F-4J2の生産ラインについては4基が稼働しています」
「流石に採掘システムも一基だけじゃ厳しいか」
とは言え今回入手したポイントは既に殆どを木星開発に回してしまった。大型の輸送船ではなくミノフスキードライブ搭載型の中型艦艇を複数獲得し、ヘリウム3をピストン輸送する計画だ。はっきり言ってコストパフォーマンスは最悪だが、養わねばならない従業員も居なければ、設備や装備の維持メンテナンスもどうせ自前で完結するから気にしなくて良い。そういうのは同業他社が出てきたら考えることにする。
「基地周辺に追加で生産拠点を建造することを推奨します。F-4J2の増産に対し弾薬の生産量が不足しています」
何せチートで生産拠点を増やせるこちらと違って、普通の企業は建物を一つ増やすだけでも大騒ぎだ。当然こちらの生産速度に追いつけるはずもないので、自前の戦力についてはほぼ全てを自給している状態なんだが。
「まあ多くて困ることもないしね」
戦線を維持しつつ攻略部隊を編成するなら更なる戦力の増産が必要だし、例えウチで使わなくなっても国連軍とかに供与してもいい。そう考えて生産用拠点を3個ほどポイントで購入し基地の近くへ配置する。RTSゲームのような感じで即座にガワが建設され、画面上に建設完了までの時間が表示される。まあ、この後はルクレツィアに丸投げするから大体見てないんだけど。
「戦力的に楽なのは重慶。攻略後が楽なのはボパールかなぁ」
再び地図を拡大してそう呟く。重慶は建設から2年、対してボパールは5年が経過している。当然規模はボパールの方が大きい。加えて重慶は中華統一戦線がまだ十分に機能しているから攻略難易度で考えれば重慶なのだが。
「問題は攻略後だよな」
国土奪還はユーラシア各国の悲願であり、今回のマンダレーのような特別な理由がない限り元の国家が領有権を主張するのは間違いない。重慶に関しては攻略後当然中華統一戦線がそう主張するだろうし、それが出来るだけの体力もあるだろう。だがそうなると俺達としては都合が悪い。
「陸路でカシュガルを攻略する事を考慮すれば、敦煌を落とすのに重慶は兵站拠点として押さえておきたい。けど許可するとは思えないんだよなぁ」
余裕がなかった以前ならまだしも、ここの所の中華統一戦線は順調だ。その状況で国連軍や、まして一企業の戦力と独自の拠点を国内に素直に置かせるとは考えにくい。どころか前回の陽動作戦の戦果を考慮すれば、近い内に独力で重慶の攻略とか言い出すかもしれん。
「かといって今更供給を絞って足を引っ張るのもな」
そんなことをしておいてこちらが主導で攻略するなどと言っても反感を買うだけだろうし、何より戦力が足りなくなる前にと攻略を前倒しにされたりしたら目も当てられない。中華統一戦線の主力は未だに殲撃8型と10型だから、間引きならともかくハイヴ攻略となればどれだけの損害が出るか想像も付かない。
「うん、中国方面は任せちゃった方が面倒ないかな」
そんな事になるくらいならむしろ積極的に支援して落として貰った方が面倒が無くて済む。
「そうなるとボパールか。ちょっと現有戦力じゃ心許ないかな」
ボパールは3年前の時点でフェイズ4まで成長している。マンダレーのハイヴが2だったから、更にそこから2段階上のサイズになる。だがこの差は深刻だ。何せ単純な巣としての規模は5倍、当然内部は複雑化している上に、内包しているBETAの数に至っては全く不明なのだ。何しろ無数に存在するホールと呼ばれるドリフトの結節点に師団規模のBETAがたむろしているような場所である。地表に出ている20万なんて数字は何の予測材料にもなりはしない。現行機よりも圧倒的とは言え、無敵ではない以上過信は禁物だ。実際に月では二個中隊規模では推進剤と冷却剤が不足して撤退に追い込まれている。
勿論ハイヴ内に突入せずに処理する手段が無いわけではないが、奥の手は出来るだけ残しておきたいと言うのが本音だ。なんせオリジナルの攻撃時にはタイムラグ無しに対策してくる可能性も十分に考えられるし。
「枝葉の方は力押しで処理出来るくらいの戦力は必要だよな」
正直なところ、今ある戦力を全てつぎ込めばオリジナルハイヴの攻略も多分可能だ。だがその先にはあまり楽しくない未来が待っている。何故なら現段階で既にオリジナルハイヴには天文学的数字のBETAが確認されているのだ。ハイヴを攻略、即ち反応炉であり司令塔である重頭脳級を破壊した場合、こいつらが一斉に全てのハイヴへ移動を行うのだ。それは間違いなく前線ハイヴの飽和を意味し、大規模侵攻の誘発を確実に起こす。それを防ぎきるだけの戦力を人類は持っていない。そう考えて俺は一度息を吐き出した。
「焦らず行こう。時間は有限だけど、決してゼロじゃない」
気分を変えるべく、俺はルクレツィアに向かって別の質問を投げかけた。
「えーと、それからまたハニトラさんが来たんだっけ?」
「次世代型戦術機の衛士育成カリキュラムの作成への協力要請ですね。指導教官2名と候補生8名です」
全員女性と言う時点でもう語るに落ちてますよね。ただまあこっちの意見でこれまでのような格闘戦偏重から砲戦に戦術を転換してるからな。協力してくれと言われれば是非もあるまい。丁度良い先輩方もいることだし。
「面倒は一期生の皆に見て貰おうか。悪いけど一人フォローについてやってくれる?」
ここの所海外と積極的に関わっているから日本帝国政府も焦っているのかな?割と初期の対応とか悪かったから、俺達が見捨てるとか思っているかもしれない。別に邪魔さえされなければ出て行く気はないんだけど、言ったところで信用されないだろう。女にだらしないってのはこっちが意図的に広めた認識だから仕方ないけども、アンカーベビーならぬアンカーワイフにする気満々とかいくら健全な男だと言っても躊躇するわ。ああ、けど武家さんとか的には政略結婚とか常識の範囲なんかな?
「了解しました」
次に攻略するのはどちらになるにしてもフェイズ4以上。今回の潰したマンダレーの数倍の規模になる。突入する戦力も今回より遥かに必要になると考えれば、当面は戦力の増強に努めなければならないだろう。
「出来れば彼女達が戦場に立つ前に地球くらいは綺麗にしておきたいね」
俺はそう願わずにいられなかった。
「初めまして。皆さんの教育担当を仰せつかりました、賀東と申します」
そう言って目の前の女性は優雅に一礼をした。それを受けて如月佳織中尉が返事をする。
「ああ、ご苦労。これからよろしく頼む」
その言葉に対し、賀東と名乗った女性は顔を上げると笑顔のままに言い放つ。
「まず皆さんに重要なお知らせがあります。この場所では帝国での身分、家柄などは一切考慮されません。武家の出身だからと舐めた態度を取りますと相応の対応をしますから留意してください。それから皆さんの建前上の立場がこの場所における正式な立ち位置となります。不適切な行為や不用意な行動を取った場合即刻たたき出しますのでこちらも注意下さい。最後に、この基地における法はあちらにいらっしゃいますルクレツィアさんになります。解らない事は彼女に随時質問する事をおすすめします。勝手な判断は全員が不幸になりますからそのつもりで」
そうまくし立てると、一呼吸をおいて彼女はもう一度笑顔で口を開いた。
「それらを踏まえまして、改めて皆さんの教育担当を仰せつかりました、賀東と申します」
「「よ、宜しくお願いします!」」
そう再び会釈をする彼女に向けて、全員が慌てて唱和する。
「結構です。では早速ですが強化装備に着替えて集合して下さい。シミュレーターを用いて講義を行います」
「な!?お待ち頂きたい。私と稲葉はともかく、他の者はまだ何も訓練を受けていない候補生です。シミュレーター訓練に耐えられるとは思えません!」
その言葉に賀東は笑顔で応じる。
「ああ、そう言えば斯衛で運用しているのは初期のモデルでしたね。問題ありませんよ。現行モデルのコアモジュールは中学生女子の平均的な体力で問題無く操縦可能です。帝国軍向けのものは既に更新されていて、既存の機体も随時交換していくと聞いていたものですから」
「いや、しかし、十分な座学も終えぬうちから…」
なおも言いつのる如月中尉に対し、賀東は判りやすく溜息を吐きながら答える。
「習うより慣れろ、実践に勝る経験は無い。長谷川様の教えです。彼女達に必要なのはまず何より機体を手足のごとく動かせるだけの経験です。新モジュールは直接操作する範囲が増えた分、直感よりも経験がものを言いますから」
黙り込んでしまった相手に賀東は冷たい視線を送りながら言葉を続けた。
「如月中尉、貴女はここへ何をしにいらしたのです?これまで通りのカリキュラムで良いと言うなら長谷川様の手を煩わせる必要などないでしょう。同じ女として恋愛に現を抜かすなとは申しませんが、せめて建前は全うするべきだと思いますわよ?」
ハニトラさん達は今日も元気に頑張っています。(ルクレツィアの監視付き)
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31
仮想空間で2機の戦術機が絡み合うように動きまわる。均された大地から推進器より発せられた炎に炙られ周囲には砂埃が舞い上がる。その凄まじさが、如何にそれらの機体が圧倒的な推力をもって機動しているかを伝えてくるが、操る当人達にそれを悠長に観察する余裕は無かった。
「こっのぉ!」
『そう簡単に!』
左腕のビームガンから連続して放たれたビームは、機体を掠めるものの有効打を与えるまでには至らない。お返しとばかりに同じように放たれたビームをユウヤ・ブリッジスは危なげなく回避しながらも、舌打ちを堪える事が出来なかった。
(やりづらい!)
彼らが操っている試製95式は砲戦重視というよりも砲戦に特化した機体だ。既存の機体と一線を画する圧倒的な推力のおかげである程度誤魔化されてはいるが、本来この様に対象と接近して巴戦を繰り広げるような運用は不得手としている。では何故双方共にこの様な戦い方を選んでいるかと言えばその理由は単純だった。
「これも当たらないのかよ!!」
『外れた!?』
ユウヤが母と共に日本にやってきて既に4ヶ月。そこから彼がカンパニーの研修生となって3ヶ月が経っている。一日八時間の教育課程はほぼ全てがシミュレーションか実機の操縦訓練に充てられていて、研修という名から想像するような座学が殆ど無い生活を送っている彼の操縦技能は、既に衛士として十分通じる水準に達している。対する教官も試製95式が配備された直後から乗っているため、衛士も機体もユウヤより経験が豊富だ。結果遠距離での撃ち合いにおいて射撃精度で不利となるユウヤが肉薄、強引に距離を取ればそこを火力で押し切られると判断した教官が格闘戦に付き合うという形で今の状況は形成されていた。だがその均衡も徐々に崩れ始める。
「あっ!?」
『そこぉ!』
つばぜり合いとなった瞬間、教官機が頭部バルカン砲を発砲。不幸にもユウヤ機のメインカメラが損傷し、一瞬視界を喪失する。その隙を逃さずに教官は膝蹴りでユウヤ機の姿勢を完全に崩すと即座に後退、モニターが回復したユウヤが見たのは迫り来るハイメガキャノンの閃光だった。
「…また負けた」
「一応教官だからね、そう簡単には負けらんないなぁ」
シミュレーターから降りて項垂れるユウヤに対して、スポーツドリンクの入ったボトルを差し出しながらそう笑い掛けて来たのは、対戦相手であった浦木教官だった。ドリンクボトルを受け取りながらもユウヤは不満げに言い返す。
「そんな事言っても教官達だってあの機体に乗り始めたのは俺が来た後じゃないか。なら搭乗時間は大して変らないだろう?」
「そうだね、私達もこればっかりやっているわけじゃないから、多分100時間も差は無いかな?」
「このやり方で俺は強くなれるのか?」
今日だってギリギリの勝利だったと笑う浦木に対し、ユウヤは渋面を作ると愚痴を溢す。それは焦燥感から出た言葉だった。彼は負け続けている教官が本職で無い事も知っている。故に自身が衛士として成長出来ていると言う実感が湧かなかったのだ。
「なってるよ。最初は一方的だったのに今じゃかなり追い詰められてる。こっちの機体だってユウヤの行動を学習している上に少なくとも数十時間のリードがあってだよ?」
「数十時間って、そんなに変わるものですかね?」
「ユウヤはこの機体を過小評価しているね」
そのユウヤの言葉を浦木教官は指を振りながら否定した。
「これに搭載されているコンピューターは既存のそれとは文字通り次元が違うの。経験を反映して自身の動きを改善するという点に関して言えば人間よりも上なくらいだよ。乗れば乗るだけ賢くなって、しかもその衛士に最適化されていく。数十時間という時間は両者の間に絶対の壁を作り出すのに十分過ぎる時間だよ。むしろそんなハンデを背負っているのにもうすぐ私を下しそうなユウヤが弱くて成長していないなら、私の立つ瀬が無いなぁ」
そう言って彼女は笑う。ユウヤには伝えられていない事だったが、浦木を含め各社から出向していた3人はこの世界において有数の戦闘経験者と言える。無論それらはシミュレーション上での事ではあるが、連日レクリエーション感覚でフェイズ6のハイヴへ突入を繰り返す彼女達の戦闘経験は間違いなく並の衛士を超えている。そんな人間に戦術機に乗り始めて半年にも満たないユウヤが既に追いつき始めていると言う事自体が異常なのであるが、その事実に気付くのに必要な客観的な判断材料を彼らは持ち合わせていない。故に出てくる結論は更に明後日な方向へと進んでいく事となる。
「物足りないって言うなら私達がやっているシミュレーションにも参加してみる?」
衛士を目指す者にとってあまりにも有名な言葉である“死の8分”。初陣の衛士の平均生存時間を示したそれをシミュレーション上とは言え超える事が出来れば、少しは自信に繋がるのではないかと浦木教官はあまり考えずに提案する。
「良いんですか?」
「仮想標的相手の成績は十分だし、対人戦の動きを見る限り動作の基本は出来てるもの。まああくまで私達が時間外でやっている遊びみたいなものだし」
目を輝かせながら何度も頷くユウヤを見て、提案した甲斐があったと浦木は満足する。だが、この時彼女は失念していたのだ。衛士の初陣で想定される戦場はまかり間違ってもハイヴ攻略戦などではなく、加えてその規模がオリジナルハイヴと同等であることなどまずあり得ないという事を。後にユウヤはそのシミュレーションのごとく、ハイヴ内で死の8分を超える事となるのだが、それはまだ先の事である。
「つまり、御社で運用している最新型は供与頂けないのですね?」
柔やかに念押す目の前の女性に対し、俺は素直に告げる。
「試製95式は文字通り未だ試作機の段階を抜け出していません。申し訳ありませんがご依頼頂いた数を用意する事は不可能です」
「随分慎重なのですね?ハイヴ攻略にそれなりの数を投入したと聞き及んでいましたが」
「機体性能の確保とマスプロダクション化は別問題ですし、それなりの数しか持ち込めなかったと言うのが実情ですよ」
俺がそう返すと彼女は目を細めて笑う。
「何も一括で渡して欲しいなどとは申しておりませんわ。そして我々の選んだ選抜部隊は厳しい任務に就く事になります。少しでも良い機体を揃えたいと考えております。それでもご協力頂けませんか?」
そら彼らのためには協力してやりたいけどさ。
「率直に申し上げれば、私は貴女方の計画に懐疑的です。私はあの宇宙人共と和平が結べるとは考えられない」
ぶっちゃけあいつら自分自身すら生物と定義してねぇし。
「これまでの計画をご存じな長谷川様ならば問題点もご理解頂いていると思っていたのですが」
「無論理解していますよ。彼らは人類とコミュニケーションを取れない。だから貴女はその手段の構築を行っている。ですがね、私はその先の話をしているのです」
「交渉が失敗すると?」
「相手が知的生命体であるから、我々と同様の倫理を持っているなどと言うのは幻想でしかありませんし、我々人類だって繁栄のために邪魔な他の種族を根絶やしにしてきたではないですか。何故人類がそちら側にならないと貴女は断言出来るのです?」
「それは彼らが知的生命体であるからですわ。そして我々は動物と違い解り合おうとするだけの知性がある。これは大きな差だと認識しています」
この世界が“あいとゆうきのおとぎ話”な世界だったなら、あるいはそれでも良かったかもしれないけどね。
「その知性を持ち、互いに同じ言葉を喋り、あまつさえ同じ種族でありながら利害が合わぬと殺し合った生き物を私はよく知っていますよ」
「ええ、私も知っています。ですがその生物が理性で絶滅を回避した事も知っています」
理性とは大きく出たね。
「認識の相違ですね。あれは理性で止まったのではない。屈服させるだけの武力が足りなかった為に終わっただけに過ぎません。それに考えてみて下さい。既に完全勝利がちらついている中で、態々負けている連中の言い分を聞いて終戦するメリットが何処に存在するのです?」
「それは…」
そら人類が初めて出会った地球外生命体だ。期待したくなるのも解らんでもないさ。だが残念ながらBETAはそんな上等なものじゃない。
「無遠慮に人の家に入り込んで、あまつさえそこの住人を食い殺すような連中に私は理性も善性も感じられない。彼らへ送るべきなのは言葉ではない、砲弾です」
そこまで言って一呼吸おくためにカップの中身を飲む。コーヒーのフリをした砂糖とミルクを飲み干し、すこし冷静さを取り戻した俺は妥協点を提示する。
「ですが奴らから情報を引き出すと言う点については私も賛成です。直ぐには難しいですが、先ずシミュレーターを納入させて頂き、機体については後日必要分を用意するというのはどうでしょうか?」
「後日、と仰いますといつ頃になりますかしら?」
「あれの動力は少々特殊でして。安定供給を約束できるのは半年後より先になります。我々としても装備の更新を考えていますから、早くて年内。遅ければ1年後でしょうか」
「…承知しました。その様にお願いします。シミュレーターについては?」
「そちらは1週間も頂ければ。ああ、それと練習機として野分を一個中隊分供与させていただきます。ご笑納ください」
「有り難うございます。ご期待に添えるよう最大限努力致しますわ」
そう笑顔で応じる彼女に、俺は手を差し出しながら口を開いた。
「実り多き成果を願っていますよ。香月女史」
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32
「ああ、やってられんねえ。BETAと戦っている方がずっと楽だ」
ソファで頭をかきながら俺はそう不満を漏らした。そもそも俺は一般人だぞ、天才相手に交渉なんか出来る脳みそなんて持ち合わせて居ないんだ。先ほどまで話していた相手が出て行ったドアを睨みながらそう恨み言を呟く。
「無視すれば良いのでは?」
護衛として控えていたハヤタがそう言ってくる。
「ああいう覚悟を決めている手合いは袖にした方が厄介なんだ。それこそ敵認定なんかされたらあらゆる手段で邪魔してくるぞ」
正攻法が駄目なら搦手、それも駄目なら非合法な手だって使ってくる事は間違いない。
「しかし彼らの戦力で我々をどうにかするのは不可能です」
「俺達はね」
だけど遣り様なんて幾らでもあるんだ。今の俺達に不満を持っている連中は決して少なくない。そして俺達への嫌がらせならば、狙うのは俺達自身でなくてもいいのだ。例えばメガフロートや関連施設で事故を起こして、不安を煽ると同時にこちらの信用を失墜させるとか、嫌がらせの方法はいくらでもある。技術一つを盗む為でもそのくらいは平然とやってのけるだろう。理性的に振る舞っていた彼女でさえ、追い詰められれば“緊張感を取り戻させるために”なんて言う理由で恣意的に事故を起こすのだ。冷静でない連中が何をするかなんて想像も付かないし、彼女の頭脳と伝手ならばそんな連中を動かす事だって造作も無いに違いない。
そして実害が出てしまえばこちらも対応せざるを得ない。最も簡単な方法は物理的な排除だが、これをやったが最後、俺は人類にとってBETAの次の敵になるだろう。救いに来て滅ぼすとか笑い話にもならん。
「まあ、今後の事を考えれば彼女達の存在は有益なんだ。支援するのは間違いじゃない」
現状俺達は月のハイヴからフェイズ6相当のハイヴについての情報を入手している。投入出来る戦力が限られているから完全ではないものの、現在人類が使用しているヴォールクデータよりもかなりオリジナルハイヴに近いデータだ。だが出所からすれば公表が難しいし、その部分を偽って仮想のデータとして世に出しても、実測されたヴォールクデータに取って代わる事は出来ないだろう。
「サイコフレームによるリーディングとプロジェクション能力の増強は証明されたから、こっちも供与すれば、頭脳級からハイヴ情報の引き抜きが出来る筈だ」
問題は直結した場合ほどではないがこちらから情報が漏れるリスクがある点だ。一応マンダレーを攻略した際のBETAの行動から、推論という形で反応炉が通信機能を持つBETAであるという情報を提出したが今のところ反応は宜しくない。唯一食いついたのが香月女史だけだ。既に香月博士の下にはトリースタ、今は社霞と名乗っているはずの彼女が合流しているから、上手く行けば彼女達を隠れ蓑に情報の開示も出来るだろう。
「案外それより先にソ連が動くかな?」
南方で損害を出した為か、このところソ連領でのBETAの動きが活発だ。軌道上からの偵察情報によれば、カシュガルからかなりの数が北進しているとの情報も入っている。過去の状況からすれば、この規模の移動が起こった場合にハイヴの巣分けが起きるから、座視するという選択肢は採りづらいだろう。事実俺達にも協力の打診が来ているし。ただ気になるのがボパールや重慶だ。昨年の陽動でそれなりに数を減らしたのだが、その後の個体数の回復が緩やかなのだ。にもかかわらずそちらへの移動は殆ど確認されていないのはこれまでの行動からすれば不自然に映る。前回の間引きから間隔が短かったためだと言うのが国連軍の結論だが、連中がそこまで馬鹿だとは俺には思えない。
「警戒は必要だな。中国とインド方面の軍に警告を、それからムラマツに緊急時には艦隊の展開を許可するって伝えておいて」
「了解しました」
後は出たとこ勝負になってしまうかな。厄介な事にならなければいいけれど。
「忌々しい宇宙人共め」
指揮車の窓ガラスに打ち付ける吹雪を見ながら、ブラート・リトヴィネンコ中将はそう吐き捨てた。二月のシベリアは未だ厳冬期であり、軍事行動を行うのに全く向いていない。何しろ平均気温は-25~-35度、内陸部ともなれば-50度にも達する。その様な環境では歩兵は勿論の事砲兵も運用に大幅な支障が出る。特に彼の率いる部隊の多くは自走化されていないためその傾向が顕著だ。
「彼らの支援が取り付けられたのは不幸中の幸いでしたな」
そう言って同じように外を眺めているのはブドミール・ロゴフスキー中佐だ。日本のカンパニーという企業と太いパイプを持ち、今回の作戦に際しても戦力の供出を勝ち取ってきていた。資本主義の権化である営利組織と手を組む事に多くの理想家達は顔を顰めたが、リトヴィネンコはむしろ彼を評価していた。思想というそれよりも相容れない部分で対立する西側諸国の助力を得る事は更に危険であったし、そうした国家の思惑に振り回されている国連を頼る事もまた祖国に弱みを作る行為だ。それに比べれば純粋に営利目的のみで動いている集団の方が余程与しやすい。
「確かノワキの製造元だったな」
ソ連としてもナホトカに合弁会社を設立し大々的に機体を供給してもらっている。距離が近い事もあり、リトヴィネンコの指揮下の戦術機部隊は多くが機種転換を終えており、その性能は彼の目からしても出色の存在だ。あの機体がなければリトヴィネンコはBETAの移動を黙って見送るか、あるいは部下に多大な犠牲を強いる結果となっただろう。逆に言えば機体の配備が交戦を決意させたのだから前線の将兵にとっては不幸と言えるかもしれないが。
「完全充足の1個連隊と低軌道艦隊の投入を承諾して貰っています。加えて例の飛行戦艦の投入もです」
「あのモニュメントを吹き飛ばした艦か、頼もしいな。我が軍に直ぐにでも欲しいくらいだ」
参加出来るのは1隻のみとのことであったが、砲兵戦力が心許ない現状では非常に有り難い増援だった。購入について本国からも強く働きかけているようだが、流石に交渉は難航している。
「致し方ない事とは言え、兵には苦労をかけるな」
隷下の戦力は以前より充実はしているものの、十分と言うにはほど遠い。多くの地を失ったとは言え、未だに広大な土地を抱えるソ連が受け持っている戦線は広く、何処でも戦力は不足している。リトヴィネンコの担当している極東と北極圏のソ連軍が確保しているクラスノヤルスク地方はソ連領において未だBETAに蹂躙されていない貴重な土地だ。今回のBETA侵攻に対して、これ以上の領土失陥を許容出来ないとした党中央はリトヴィネンコの下へ配備されるはずだった攻撃機を全て北極圏側へ回していた。彼からすれば戦力を切り取られた訳であるが、この差配についてはある程度許容していた。
(こちらは光線属種を排除出来れば航空戦力が投入出来るからな)
ノギンスクに建設されたH10からの距離が近く、航空戦力による打撃が行えないあちらに可能な限り戦力を割り振る事は戦術上正しい判断だ。加えてノワキの登場で光線級吶喊の成功率は飛躍的に向上している。そしてカンパニーからの増援を踏まえれば、むしろリトヴィネンコの方が戦力に恵まれているだろう。
「それにしても俄に信じがたい話だな」
カンパニーから送られてきた事前資料を思い返し、リトヴィネンコは思わず身を震わせる。ノワキで完全充足した1個連隊もさることながら、気軽に低軌道艦隊の投入を決定できるカンパニーの軍事力と生産能力は凄まじいの一言に尽きる。何しろ宇宙軍というのはBETAに一方的に攻撃を出来る唯一の軍でありながら、その莫大な運用コストの為に多くの国家が編成を断念しているのだ。事実艦隊と呼べるだけの数を揃えられているのは合衆国と、彼らの祖国だけだ。だが彼の心胆を寒からしめるのはそれだけではない。
「誤記を疑ったが、これは間違いないのだな?」
「はい、問い合わせましたが間違いないと」
「流石、あんなものを浮かべる連中だと言う事か」
軌道爆撃に参加する艦艇の数は20隻。これについては2ヶ月前のハイヴ攻略にも参加していたためそれ程の驚きはなかった。しかし、開示された艦艇の性能は彼らの想像を遥かに超えていたのだ。
「搭載重量8000tか。BETAよりも彼らの爆撃の方が被害が大きいかもしれんな?」
現在低軌道艦隊の主力を担っている再突入型駆逐艦のペイロードが500t程である事を考えれば、彼らの保有している自称航宙駆逐艦は10倍以上のペイロードを持っている事になる。極端なことを言えば、彼らの20隻とは通常の低軌道艦隊200隻分なのだ。この上彼らは掃海艇と名乗る、明らかに宇宙空間での戦闘を想定した艦も保有している。加えてそれらを地上に降ろす事無く整備・補給可能な拠点まで持っているのだ。これは地球上の全ての国家が文字通り頭上を押さえられている事を意味している。軍事に少しでも明るい者ならば、最早大勢は決している事が理解出来るだろう。遺憾ながら後は彼らの勘気に触れず、何処まで彼らの近くに陣取れるかが今後の国際社会における序列となる。そして不幸中の幸いはカンパニーの代表が、思想や宗教と言った部分で他者の優劣を付ける者ではなく、更に言えばとんでもないお人好しと言う点だろう。行動原理も思考も単純であるから、彼の欲するところを推察する事は難しくなく、その意に沿っている限り祖国の存続は約束される。
「いかんな、目の前に敵がいると言うのにその先を夢想するなど」
そもそも国家の行く末を考えるなど軍人の本分から逸脱している。そう考えリトヴィネンコは頭を振り、CP要員に告げた。
「総員警戒を厳に、祖国の母なる大地をこれ以上一歩たりとも奴らに踏ませるな」
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33
ブドミール・ロゴフスキー中佐にとって祖国とはただの職場だった。リアリストである彼は、自らの能力に見合う報酬を得る事のみが判断の基準であり、党中央が掲げる壮大な理想論などまるで信じていなかったし、当然の様に忠誠心などは皆無だ。一方で彼は自らの利益を拡大するための努力は惜しまなかったし、その過程において祖国の益となる事も当然のように行った。貧乏な雇い主では十分な報酬が得られないのであるから、彼にしてみれば当然の行為である。
(本命は間に合わなかったが、焦る事は無い)
彼が主導し昨年の末頃から始まったП-З計画はまだまだ成果を出すには時間が必要だ。速成培養に耐えられる遺伝子改造を施した卵細胞。それもESP能力者のものは非常に貴重で数にも限りがある。カンパニーから齎された機材によって敷居は大幅に下がったものの、それでも大量生産にはほど遠い。加えて胎児期は極めてデリケートであるため、廃棄を出さない為にはこの期間だけは成長促進が難しかった。現在保険も含めて30程が製造中であるが、これらが運用可能になるまでは後3年は必要である。
そこで彼が思いついたのがカンパニーへの協力要請だった。П-З計画の研究施設はハバロフスク郊外にある。既に稼働させてしまった人工子宮を移動させる事は難しく、更に従来想定されているよりもBETAの侵攻規模が大きかったため、戦力が不足する事は目に見えていた。当初は基地防衛に協力して貰う事でカンパニーとの関係を内外にアピールする事を考えていたのだが、想定よりもカンパニー側が乗り気で、かなりの戦力を提供してくれるという事から予定を変更。極東の防衛に当たっているリトヴィネンコ中将へ仲介する事で、防衛作戦そのものへカンパニーの戦力を組み込む事となった。彼にしてみれば十分過ぎる成果である。
「始まったか」
観測班から送られてきている映像を睨んでいたリトヴィネンコ中将の言葉でブドミールは現実に引き戻される。モニターへ視線を向ければ、空を幾つもの光が帚星のように流れていた。
「羨ましい限りですな」
大気圏内を飛翔する物体は全て光線級の出迎えを受ける。それは衛星軌道から投下された物体であっても例外ではない。マッハ25に達する大質量の重金属塊を使用し、迎撃されれば重金属雲を、されなければその膨大な運動エネルギーをもって地表を耕すのが彼らの知る軌道爆撃だ。しかしカンパニーの用意した弾頭はそれと異なる。
「我々と彼らでは投射量が違いすぎる。有り難い事だ、こちらの土地の心配までしてくれると言うのだからな」
迎撃を受けた弾頭は光線級の照射に耐え抜くと、上空5000m程の位置で炸裂。内部にたらふく抱え込んでいた200ミリの鉄球をまき散らす。僅か1秒で地上に到達するそれらは、大気の断熱圧縮により赤熱した尾を引きBETAと地面を等しく耕した。
「カンパニーは鉄の雨などと呼んでいましたが」
随分と控えめな呼び名だとブドミールは思った。忌々しい宇宙人共の防空を正面から突破した上で十分過ぎる破壊をまき散らすあの装備から逃れる手段を、地球上にいる生物は等しく持たない。降り注ぐ灼熱の鉄球はまるで黙示録の一幕だ。
「例の新型蒸散塗膜と物量の成せる技か」
重金属雲の形成などを悠長に待つ事もなく外殻で初撃を突破し、インターバル中に数キロに及ぶ範囲へ子弾をばらまく。圧倒的な物量を誇るBETAに対し投射量で対処能力を飽和させるなどという戦術は、文字通りこれまでの常識を覆す内容だ。
「中央にはこのことを正確に伝えるべきでしょうな」
中央の連中は無能ではないが、その選択が常に正しい訳ではない。ひょっとすればブドミールの想像もつかないような論理をもって、カンパニーへ敵対の意思を示す馬鹿がいるかもしれない。そんな連中の巻き添えで死ぬなど、彼は真っ平御免だった。
「…貴官の意見に同意しよう。しかしこれではどちらが主力か解ったものではないな」
目の前で繰り広げられる蹂躙劇を見ながら、リトヴィネンコ中将は溜息を吐きつつそう同意した。軌道爆撃終了と同時に飛び出したカンパニーの戦術機部隊は奇跡的に生き残った光線級を瞬く間に始末すると、そのまま最後方に位置していた集団へ躊躇無く突撃。残っていた要塞級達を次々と血祭りに上げていく。ソ連軍の前に残されたのは最前列をひた走っていた突撃級と運良く爆撃を逃れた要撃級だけだ。本来ならば頭を悩ませられる戦車級は、ほぼ全てが爆撃とその後の衝撃波によって肉片に変えられており、残存する個体は大型種と大差無い数だ。無論決して油断して良い相手ではないのだが、これまでの戦いと比較すればどうしても力が抜ける。何しろ一番厄介な連中は綺麗に片付けられていて、食べやすいところだけが皿に盛り付けられた料理のように差し出されているのだ。
「こちらもノワキの部隊を前面に立てて迎撃だ」
リトヴィネンコ中将の命令に従い隷下の部隊が即座に動く。彼の下に配備されている野分は2個大隊72機。カンパニーの連中と比べれば物足りない数ではあるが、その全てがFAT装備仕様だ。防衛線と呼ぶのもおこがましい程薄く広がったそれらは、しかし手にした火砲で次々と押し寄せるBETAを屠っていく。
「圧倒的ですな」
かつてない程落ち着いた気持ちでモニターを眺めながら、ブドミールはそう呟かずにはいられなかった。欲の皮が張った中国人の尻拭いに付き合わされる形で、祖国は随分と疲弊してしまった。彼が生まれ育った街も今は地図上に存在しない。郷愁などというセンチメンタリズムは持ち合わせて居ないブドミールであったが、自らの資産を侵害された事については腹に据えかねている。そうした彼の鬱憤を、目の前の光景は見事に解消してくれている。そしてそれを見ながら彼は確信する。いずれ祖国の奪還は叶う。だがそれは党の采配でも忠勇なる同志将兵の英雄的行動に根ざすものでもなく、カンパニーと名乗る連中の技術と物量によってだ。
(注意深く動く必要があるな)
国内での発言力が弱まれば、カンパニーでの自身の利用価値が下がる。カンパニーに肩入れしすぎれば、最悪背信の濡れ衣と共に処理される未来すら存在するだろう。そう考えながらも彼は頬が緩むのを抑えられなかった。何故ならBETAと戦うよりも遥かにやりがいのある仕事を見つけたからである。
「対処は成功したんだね?」
「はい。艦も動かしませんでしたし、“雷”を使う事もありませんでした」
「杞憂だったと言う事かな。それなら良いんだけど」
「機動艦隊からの観測情報も確認しましたが、新種や行動の変化はありませんでした。今回の行動そのものも連中の基本ルーチンから逸脱したものではありません」
「確かにね」
一定数以上になったBETAが侵攻を行うのは特別な事ではないし、頑強な抵抗があった場合にその方面の進撃を中止して別方面に切り替えるのも、今までに観測されている行動だ。そう言う意味では特におかしな状況ではない。ない筈なんだけど。
「どうも引っかかるんだよな」
ボパールも重慶も、それどころかアンバールだって今までより多くの数が間引かれている。この状況でいくらカシュガルが手出しされていないからといって、大規模侵攻が発生するものだろうか。俺がそう口にすると、報告をしていたムラマツが渋い顔になる。
「難しいですな。連中の行動は戦略的意図が希薄です。それだけに行動そのものが読みにくい」
厄介なのは戦略的意図が丸きり無いわけではなく、更に学習して行動もすると言う事だ。00ユニットから情報を直接吸い出した後は顕著だったが、それ以前に連中は多くの陽動作戦を経験している。そしてその学習成果が、この瞬間から使われないなんて保証は何処にもないのだ。
「グランドソナーの敷設を急がせて。それから配置した戦力はこのままシベリアに張り付かせよう。ルクレツィア、悪いけどロゴフスキー中佐に連絡をお願い」
「雷も残されますか?」
確認してくる彼女に俺は頷く事で応える。国連経由で試製95式の存在を知った佐伯中佐が土気色の顔で訪ねてきた3日後に帝国軍から正式に購入依頼を受けたので、いい加減“試製”を取っ払うと同時にペットネームも決めた。先に香月博士が強請ってきてて、供与する事を了承した事を伝えたら、技術廠の偉い人がムンクの叫びみたいな顔してたのが印象深い。
「火力があって困る事はないでしょ。どうせばれてるし構わないよ」
問題は何処の国も亡者のごとく雷を寄越せと喚いている事だ。ヘリウム3が安定供給されるまでは量産出来ないから全部突っぱねているが、既に国連を通して購入の優先順位について相談を受けている。うちの戦力も更新したいんだけど、前線の戦力が増強されるのも重要だから悩ましい所だ。因みに意外な事に斯衛からは購入の打診が来ていない。市街地などでの防衛を考えると火力過多なのが主な原因だそうだ。ビームだと火災も必至だから使い勝手が悪いと判断したらしい。その代わり野分のアップグレードは出来ないかと聞かれたけど。
「合衆国の様子は?」
「欧州への野分販売を拡大しています」
雷が販売されちゃったら売れなくなるだろうからね、今の内に稼いでおこうと言う事だろう。
「例の機体の方は?」
「1番機から3番機まで順調に試験を終えています。現在のペースならば本年11月には戦力化されます」
それは僥倖。アレの技術開発が進めば、現代技術系の取得ポイントが大幅に緩和されるだろうからかなり楽になる。星間戦争をおっぱじめる前には第8世代の技術まで解放してしまいたいから、是非頑張って欲しい。
「後は、こっちの問題かぁ」
そう言って俺は頬を掻きながら手渡されたリストを見る。それは受け入れた難民から提出された志願兵の名簿だった。
「故郷を取り戻したいという気概に溢れておりますし、受け入れても良いのでは?」
「そんな事より覚えて欲しい事が幾らでもあるんだよ」
彼らに好意的なムラマツがそう言うが、俺は頭を振って拒絶する。戦時において軍人は尊ばれるが、一度平和になれば無駄飯喰らいになってしまう。BETAを駆逐した後は世界を復興させなければならないのだから、出来る限り技術者や技能者を育成したい。今後長期的に人類が種を維持して行くには、彼らが技術を取得する事と、それを継承していく事が不可欠だからだ。無論復興やその後の繁栄に技術提供する事は吝かではないけれど、神器がいつまで使えるかは未知数だし、俺がいなくなった後設備の維持や建造が出来なくては万一の際にあっさり滅亡してしまうかもしれない。何せ宇宙には10の37乗もの上位存在がいるのだ。一回追い出しても、また性懲りも無く地球へやってくる事は十分にあり得る。その時に技術を失っていて滅びましたでは笑えない。それに、戦闘は俺の生産するドロイドで事足りるのだ。無駄に危険を犯す必要もないだろうと思うのだが。
「帝国から人員を受け入れておりますから、ここで彼らの要望を聞かなかった場合、軍事関連に対する接触制限と取られかねません。全員は無理でもある程度は受け入れを行うべきかと」
「戦う術も技術の一部です。技術の継承という面からも要望の受諾が必要と判断します」
中々思い通りには行かないようだ。二人にそう言われ俺は溜息を吐くとともに諦めて了承の返事をした。
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34
「状況は?」
薄暗い室内でそう男が問うと、向かいの席に座っていた男は忌々しげに口を開いた。
「良くないな。例の帝国の支援のせいで蒔いていた種も随分枯れてしまった」
「友人達は何と?」
「相変わらずだ、暫くは静かにしていろだそうだ。全く、余計な事をしてくれる!」
忌々しげにそう吐き捨てながら男は机を叩いた。難民解放戦線。自らをそう名乗る彼らは、表向きは不当に虐げられている戦争難民の地位向上と救済を謳っているが、実は全く別の組織だ。
キリスト教恭順派。BETAを神の遣わした使徒と見立て、彼らの行いを神罰として受け入れると言う終末思想に染まった狂気の集団である。彼らはその指導者層であり、ここ数年難民キャンプを中心に活動を続けていて、順調に下準備を進めていた。少なくとも昨年までは。
「受け入れ先への侵入はどうなっている?」
日本帝国による難民支援と移民希望者の受け入れは、そうした彼らの活動に深刻な影響を及ぼしていた。信者になりそうだった難民達は軒並み連れ去られてしまったし、難民を追い詰めるために買収した現地の軍人や役人との繋がりも無駄になってしまった。挙句、彼らに資金提供をしていた気前の良い友人達からは活動を自粛するようにと言われる始末だ。勿論そんなお願いを聞いてやる義理は無いのだが、資金が無くては活動がままならない事も事実だ。
信者達には決して見せない本来の口調で、二人は会話を続ける。
「何人かを送ったが連絡が取れない。排除されたと考えて良いだろう」
「ならば危険な相手だな」
送り込んだ信者達は、全員難民という立場だった筈だ。それも同志となった後もキャンプから離れず、活動にも参加させていなかった完全な潜伏員だ。そんな彼らを選別し、処分出来るだけの能力があると言う事だ。その能力は男の祖国にかつて存在したシュタージのそれすらも超えているかもしれない。
「どうする?」
「残念ながら現状では打つ手が無いな。幸いにして難民キャンプはまだ幾らでもある。連中の手の届かない範囲で地道にやるとしよう」
「手ぬるいのではないか?そんな事で神の御心に添えるとは思えん」
そう渋面を作る男に対し、テオドール・エーベルバッハは穏やかな笑顔で告げる。
「逸る気持ちは解るが落ち着くんだ。大願成就までの道のりは険しくか細い。踏み外して遠のくくらいならばまだしも、我々が欠ければ最悪道そのものが閉ざされかねない。それこそ主は望まれないだろう」
「…解った。では当面は南米か?」
「それとアラスカだな。あそこは各陣営が緩衝地帯としている分入り込みやすい」
「了解した」
そう言って立ち上がり部屋を出て行く男を、テオドールは貼り付いた笑顔で見送った。
「数奇とでも言い表すべきかな」
交渉を終えた会議室に最後まで残っていた斑鳩少佐がそう溢す。横に座り資料を纏めていた崇宰中尉は笑いながら同意した。
「はい、まさか斯衛の機体を国外メーカーと共同開発する事になるとは思いませんでした」
ことの発端はやはりカンパニーだった。彼らが野分に代わる新型として開発していた試製95式、帝国軍はその火力に狂喜し即座に採用を決めた様だったが、斯衛では難色を示す者が多かった。それは野分よりもより砲戦に偏重したスタイルであると言う点もさることながら、最も懸念されたのはその圧倒的すぎる火力だった。戦場で先陣を切る際には魅力的に映るそれであるが、残念ながら斯衛の任はそれだけでは無い。寧ろ本業を考えるならば、大火力の代償として更に格闘能力を削る事は任務に支障をきたしかねなかった。一方でOSなどの細かいアップデートは実行されるものの、カンパニーは野分に対しこれ以上の改修は行わない旨を明確に宣言したので今後斯衛機の劇的な性能向上が見込めず、95式戦術歩行戦闘機“雷”との性能差は開き続ける事が確定してしまった。今でこそ格闘性能は野分が優越しているが、カンパニーの開発速度を考慮すればその優位性は1年と持たないだろう。ならば雷を導入するかと言われれば、これも難しい。以前斯衛専用機の開発について一蹴しているカンパニーが斯衛向けの機体を用意するとは思えないし、今後の改修でも優先されるのは対BETA戦能力であるのは間違いないからだ。そんな時に声を掛けて来た意外な相手こそ、合衆国のマクドネル社だった。同社はF-4J2の欧州販売を手がけているのだが、販売先の各国から近接戦闘重視の機体開発要求を文字通り山のように受けたのである。勿論製造も改修も出来る同社であったが、残念な事に格闘用装備を重視した機体設計のノウハウは致命的に不足していた。ヨーロッパ側のメーカーと共同開発という声も出たが、それには経営陣が難色を示す。そんな事をすれば各メーカーが製造設備を要求してくるのは火を見るより明らかであり、現状世界で数社が独占している新型機製造技術が流出する事は、明らかに社にとってマイナスであったからだ。どうするかと頭を悩ませていたその時、一人がこう呟いた。
「なあ、ウチのF-15がニッポンのF-4に負けた事がなかったか?」
野分はF-4と全く別の機体だ。だが一方で同じ機体とも言える。良く解らない表現であるが、技術者に問うと一様にそう答える。それは構造材に始まり駆動方式、推進器、制御システムと手を加えられていない場所はなく、全く別の方式すら用いられているのだから、正に別の機体だ。では同じ機体とは何を指すかと言われれば、機体構造を指している。装甲のレイアウトや四肢の可動範囲と言った部分はほぼ同一なのだ。つまりそれは、斯衛が開発させたF-4の改修機であるTYPE-82“瑞鶴”のデータがそのまま流用出来る事を意味していた。この奇跡のような利害の一致により、斯衛軍はまさかの国外メーカーとの専用機開発に踏み切ったのである。
「遠田が乗り気で助かったな、やはり野分に乗り遅れたのは業腹だったと見える」
遠田技術は戦術機の製造メーカーではあるが、どちらかと言えば技術者集団という性格が強く、主要三社に比べ規模も小さかった。また野分への更新も即座に実行できると考えていなかった日本帝国は既存機の保守部品を遠田技術に一任する腹づもりであったため、彼らは最新技術の塊であるカンパニーとの接点を持ち得なかったのだ。
(それに遠田は新型の設計も進めていたからな。余計だろう)
不知火をベースとした斯衛向けの第三世代機開発計画は、不知火の配備直後から進められていたのだが、野分の登場で限り無く中止に近い停止が通達されている。だが、その間に遠田が蓄積してきた技術は確かなものであるし、そのまま捨て去るには如何にも惜しい。既に専用機で無い事に許容を示す人員も増えている現状、寧ろ印象の悪いカンパニー製の野分よりも欧州の前線で戦う格闘機という触れ込みを持つ機体の方が受けは良いかもしれない。そして製造はマクドネルから設備を購入した遠田が行う事になるので、調達における懸念も無い。何より欧州で求められる機体開発に斯衛が協力したという実績は、斯衛の国際貢献として記録される。近年低下し続けている武家の評判を考えれば得がたい実績だ。
「ここが奮起のしどころだな」
斑鳩少佐はそう呟くと席を立ち、部屋を後にした。
兵舎の一室に集まった青年達は興奮に顔を赤らめながら激論を交わす。堪えきれなくなった一人が起ち上がりながら叫んだ。
「これでは国の私物化ではないか!」
「だが連中のおかげで民が安んじられている事もまた事実だ」
丸机の対面に座った青年は難しい顔で腕を組みつつそう返す。するとその言葉に応じたのは左隣に座っていた別の青年だった。
「陛下の下知に添うならばまだしも、政府とたかが一企業が結託して行うのは僭越ではないか?」
その援護に勢いを得て、起ち上がった青年が言葉を続ける。
「うむ、受け入れた難民も例のメガフロートに囲い込んでいるとの事。目の届かぬところで一体何を企むか解ったものではない」
「しかし言葉も生活も違う者達なのだ。不用意な接触は要らぬ軋轢を生む。ならば一時的な隔離も致し方ないだろう」
なおも諫める青年に対し、今度は右隣の青年が口を開く。
「それもそもそも我が国を騙り連れ去ったと言う事を忘れてはならん。第一そのメガフロートの全てがカンパニーによって管理運営されている時点で異常だ。難民の対処であるならば行政機関に委ねるのが筋だろう」
「それでその運営費は国庫からか?国民が納得するまい。国際貢献と言えば耳心地は良いが限度はある。それを私費で賄ってくれると言うならば歓迎すべきだ」
そう口にしたのは入り口に陣取っていた青年だ。
「暢気なことを言う、そんなものは政府が見えない借金を抱えているのと同義だろう。それを盾にどんな要求をしてくるか解ったものではない」
「そも、この件については陛下の耳にすら入れずに政府と一部武家が結託しあの企業と実行したそうではないか。政を委任されているとは言えこれは専横が過ぎる」
「皆落ち着け」
そう沙霧尚哉大尉が諫めると、部屋が静まりかえった。彼らは所謂インテリの青年将校であり、空いた時間などを使って国の先行きを議論する間柄だ。そんな彼らの最近の話題は専ら唐突に現れたカンパニーを名乗る企業についてだった。一呼吸をおいた後、沙霧大尉は口を開く。
「確かに彼らの行動は目に余る。しかしその行動により救われた命がある事も事実だ。故に今暫く静観の必要があると俺は思う」
「悠長な事を言う」
不満げにそう洩らした相手を睨み付けながら沙霧大尉は念を押すように言い募る。
「軽々に事を構えられる相手ではない。貴様の乗る野分が誰から齎されているか理解しているのか?不用意な行いがこの国を火の海にする事になりかねん。努々忘れるな」
「…彼らが行きすぎたとしてもそう言うのか?」
そう問い返す言葉に沙霧大尉は頭を振り、決然と言い放つ。
「その時は命を賭してでも止めねばなるまい」
その日が来ない事を祈る一方で、彼はそれが確定した未来のように思えて仕方がないのだった。
作者の自慰設定
TYPE-96 瑞鳳
野分をベースとしてマクドネル社と遠田技術が共同開発した戦術機。斯衛軍から提供された82式“瑞鶴”の設計が流用されており、野分に比べ10%程機体が軽量化。加えて各部関節の可動域が拡張されている。また本機の特徴として機体各部にブレードエッジ装甲が採用されている。これは遠田技術が開発していた新型機に採用する予定であったものを流用している。軽量化も相まって瑞鳳は非常にスマートなフォルムとなっており、欧州戦線での評判も良好であった。一方で軽量化により大質量の格闘武器との相性は悪化しており、専ら野分生産時にカンパニーが制作した95式長刀が使用されている。斯衛よりモーションデータの一部が提供されたこともあり、欧州における長刀の使用率を飛躍的に向上させる事となった。
95式長刀
日本帝国軍で広く採用されている74式長刀の改良モデル。刀身の材質をスーパーカーボンからルナチタニウムに変更、更に低下した重量を補う為に刀身の幅を増やしている。バランスはそのままに強度と耐久性を向上させた本武装の評価は高く、カンパニー嫌いで知られる斯衛においても「刃に罪なし」として愛用されている。また他国への販売の際に斯衛が斬撃のモーションデータを提供した事により、74式では問題となっていた他国の衛士が扱いづらいという問題点も緩和されたため、欧州でも高い評価を受ける事となる。
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35
日差しに暖かさが少しずつ加わり始めた3月、俺は残酷な世界の真理と向き合っていた。
「ブリッジス先輩!先ほどの戦闘機動についてなのですが」
「センパーイ!前話してた高速機動時の射撃のしかたの事なんだけどっ」
「ブリッジス先輩!」
「先輩!!」
いやね、候補生達に実戦経験者の動きを見せて上げて欲しいとか教官達に頼まれるじゃん?
んでさ、やっぱりファンとしては生で原作キャラに会って話したりとか夢見ちゃうわけですよ。うん、正直に言えば山百合女子衛士訓練学校の入学内定者から候補生が送られてくるって聞いてさ。んで狙ったように篁さん家のご令嬢とかそのご学友とかが来てさ?その子達の前で技量見せてくれとか言われたら張り切って見せちゃうよ、男の子だもの。
だが現実は非情である。
シミュレータールームに行ってみたら何かヴォールクデータ(ガチ)――月のハイヴのデータを基にしたフェイズ5相当のヤツだ――にユウヤ・ブリッジスが挑むって騒いでたから、じゃあ折角だから一緒にやらせて貰おうと言うわけで2機連携で潜ったわけさ。もうアホみたいにBETAが出てくるけど、こっちも雷2機の大火力。おまけに片方はこの世界でも屈指の天才衛士ときたもんだ。危なげなく反応炉までたどり着いて見事に吹き飛ばしてやった。やっぱり大気圏内だと冷却効率が全然違うな。月面の攻略も今みたいにBETAを極力避けるやり方なら反応炉にたどり着けると思う。あっちはポイント稼ぎのためにむしろ積極的にBETAを攻撃させているから、それで侵攻速度が鈍っているし。そろそろポイント的にも戦術機搭載型のML機関とか獲得出来そうだし、G元素確保の為に月のハイヴを一つ二つ落としておく時期かもしれない。
そんな風に現実逃避をしていたら、捨てられた子犬みたいな目をして美少女に囲まれているブリッジス候補生と目が合った。んだよ恋愛原子核、こっちみんな。
「お前達その辺にしておけ!長谷川代表、お忙しい所有り難うございました。出来ましたらこの後戦闘ログを見ながらデブリーフィングをお願いしたいのですが」
「ええ、構いませんよ」
せめてもの自尊心で、そう告げてきた如月中尉に笑顔で応じる。おれはおとなだから、このくらいそうていのはんいないだよ?
「重ね重ね有り難うございます。お前達、実戦経験者の話が聞ける貴重な時間を無駄にするな!第一講義室に移動!駆け足!」
「「は、はい!」」
如月中尉の言葉で候補生の女の子達は蜘蛛の子を散らすように解散すると、次々にシミュレータールームから出て行く。残されたのは俺と如月中尉、そして囲まれていたブリッジス候補生と制御室から出てきた賀東女史の四人だ。
「助かりました、如月中尉」
包囲網から解放されたブリッジス候補生がそう如月中尉に向かって礼を言う。礼を言われた如月中尉はと言えば、頬を赤らめさせると口を開いた。
「べ、別に貴様を助けたわけではないっ!限られた時間を有効に使うためだ!勘違いするなよ!お前も早く行けっ!」
ブルータス、お前もか。
「はいっ!失礼します!」
そう言って一礼をして去って行くブリッジス候補生の背中が部屋を出たのを確認すると、如月中尉は大げさに咳払いをした後に、こちらに向かって話し掛けてきた。
「そ、それでは私達も向かいましょう。長谷川代表」
「ハイ、ソウデスネ」
色々と突きつけられた俺はちょっぴり傷つきながらそう返事をして部屋を出る。因みにこっちを見ていた賀東女史は始終嬉しそうに笑っていた。畜生見世物じゃねえぞ!
「いやあ、流石はブリッジス先輩!ヴォールクデータ突破しちゃうとか凄すぎない!?」
「雷の性能があっての事ではあるけれど、それでもあそこまで危なげなく突破するとは思わなかったよ」
「位置取りが良いのかしら?戦闘中殆どメガビームキャノンだけで対応していたわね」
移動しながら先ほどのシミュレーションの内容で盛り上がる友人達にどう注意すべきか唯依が悩んでいると、後ろから露骨な溜息が聞こえた。
「貴女達、別にブリッジス候補生に懸想するなとは言わないけれど、お願いだからデブリーフィングでそんな事を言わないでよ?候補生が皆盆暗だなんて思われたくないから」
腕を組み半眼でそう言い放ったのは山城上総候補生だった。彼女は唯依達と同じく次世代の衛士育成プログラムのテストモデルとして集められた一人である。出身こそ外様の身であるが、才能豊かで候補生の中でも唯依と首位を競っている。カンパニーへ来た当初こそ唯依に対し挑むような姿勢を見せていたが、講師達が操る野分に纏めて一蹴された後は同じ強敵に立ち向かう戦友の様な間柄となっている。一見すると先ほどの発言も辛辣に聞こえるが、今の彼女達にしてみればじゃれ合いの合図に過ぎない。
「なんだとー!?」
「け、懸想だなんて!」
すぐさまムードメーカーである石見安芸がそう噛み付いてみせ、甲斐志摩子が頬を赤らめる。始まってしまった喧噪に能登和泉が首を振り、山城候補生の隣では蓮川伊予候補生が苦笑していた。因みに安芸と志摩子と共にブリッジス候補生を囲んでいた丹波候補生と周防候補生の二人は、更に後ろで気まずい顔をしていた。あちらには恐らく説明済みと言う事なのだろうと唯依は察して、自身の役目を果たす事にする。
「ブリッジス候補生が派手に動いていて目を引いたけど、あれは長谷川代表のフォローがあったからだと思う。連携と言う点で考えれば、好きに動いていたブリッジス候補生をフォローしきった長谷川代表の方が上手だったよ」
「ええ、動きも最低限に抑えていましたから地味でしたが、武装の使い分けで全く危なげなく戦っていましたし」
上総の言葉に唯依は大きく頷いて見せた。
「そうね、ブリッジス候補生の動きは素晴らしいけど、正直参考にするなら長谷川代表の方が良いと思う」
「なんでさ?」
口を尖らせてそう返す安芸に唯依は困った笑顔で応じる。
「凄すぎて参考にならないからかな。戦闘って全然予定通りになんてならないじゃない?そんな状況で味方に大した負担も掛けずに一つの武器の適切な距離で戦い続けるなんて、余程才能に恵まれていなくちゃ出来ないよ」
同意するように上総が頷きつつ後に続く。
「その点で言えば、長谷川代表の動きは移動が少ないですから模倣は難しくありません。後は適切な武装の選択ですけれど、これも練習量で対処可能な問題です。地味ですけれど」
「あー…、そっか。そうだよな。アタシ達も、戦うんだもんな」
そう安芸がバツの悪い表情で口にすると、和泉が真剣な表情で口を開く。
「野分は雷より遠距離での制圧能力が低いから、当然接近戦になる可能性は高くなるわよね。それに私達斯衛は本土防衛に当たるはずだから、ハイヴや大陸みたいに開けた場所での戦闘ばかりじゃない。そうなれば状況に合わせた武装の選択も重要になるか」
「長谷川代表はそこまで考えて、シミュレーションであの動きを見せてくれたってこと?」
勿論彼はその様な気遣いからではなく、実戦経験者として候補生達に無様は見せられないと自分が最も得意とする戦い方を選んだだけである。しかし様々な逸話が一人歩きをしている上に、指導担当から神格化と言っても過言ではない美辞麗句によって脚色された人物像を伝えられている候補生達の目はしっかりと曇っていた。
「うっわぁ…、それ、あたし達おもいっきりやらかしてるじゃん」
その言葉に志摩子は手で口元を押さえ、安芸は頭を抱えて唸り出す。それを見て上総は頭を振りながら溜息を吐き、唯依は苦笑と共にフォローの言葉を口にした。
「だ、大丈夫だよ!怒ったり失望したような雰囲気でもなかったし、デブリーフィングの前に気づけたんだから、ちゃんとそれを伝えれば長谷川代表だって解ってくれるよ!」
「そ、そうかなあ?」
「それに私達に囲まれなかったからって不機嫌になるような方でもないでしょ」
唯依に続いてそう和泉が突っ込む。彼女達の中で和泉は長谷川の人間性に最も信頼を置いている。その原因は実に単純だ。唯依だけでなく集められた全員が、自分達は長谷川の許嫁候補である事を知らされていた。本命は如月中尉や唯依といった譜代以上の者であるが、無類の女好きと噂される彼ならば、多ければ多い程お手つきなども起きやすいという判断からだ。殆どの者が悲壮な覚悟で臨んだが、和泉だけは例外だった。何故なら彼女には既に許嫁がおり、双方とも憎からず思い合っていたからだ。思い人との婚約解消と、生け贄として捧げられるという事実に彼女は荒れに荒れた。第一長谷川が和泉を見初めて熱烈に求められたとでも言うのなら、武家の娘として諦めもつけられただろうが、彼女に求められたのはその他大勢であり、手込めにされれば儲けものくらいの立ち位置なのだ。流石に面会の当日、懐刀を持ち込み騒ぎになるとまでは全員想像が及ばず、もう少しで政治問題と言うところで当人である長谷川がこう言ってのけたのだ。
「如月中尉、いくらなんでも悪趣味です。若者の恋路を邪魔するなんて無粋な人間に私はなりたくない」
彼の口添えもあって思い人と復縁した和泉は、すっかり長谷川贔屓だ。因みに自分達が恋愛対象にならないと明言された事で、覚悟を決めていた者達は色々とハードルが上がった事を理解させられ頭を抱える事になっている。
「それはそれで、ちょっと悔しいというかなんと言うか…」
「はいはい、とにかくデブリーフィングでちゃんとしよう?それにはまず遅れずに部屋へ行かなきゃ!」
そう呟く安芸に、手を叩きながら唯依は努めて明るい声でそう促した。その様子を上総が険しい目で見ていたが、唯依は敢えて無視して歩き出す。自分は篁の娘であると、そう言い聞かせながら。
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36
「ご昇進御目出度うございます、斑鳩中佐」
そう俺が頭を下げると斑鳩中佐は少し困った顔でそれを制した。
「おやめ下さい長谷川殿。頭を下げなければならないのは私の方です。この度は無作法、平にご容赦頂きたい」
あ、これ謝罪合戦とかいう不毛なヤツになるわ。そう考えた俺は頭を下げるのを止めて謝罪を受け入れることにする。
「拠点防衛が主眼となる斯衛では当然の選択でしょう。大陸を優先する我が社の事情を鑑みての事と存じます。それに野分についてはF-4と同じく各社での改良を承認しておりますから、それこそ我々への謝罪など不要ですよ」
事の発端は、今月の頭。遠田技術から野分のライン用工作機械をカンパニーが受注した事だ。マクドネル社と野分の改良型を開発しているらしいのだが、件の機械の購入について随分とふっかけられたらしい。まあ、確かに国内で野分を製造している三社とウチ以外ではマザーマシンを持っているのはマクドネルと韓国のイルスンとの合弁会社、それからソ連のミコヤムとの合弁会社だから、欲しいとなるとウチに声を掛けるのが一番手っ取り早い。因みにマクドネルに確認したら、普通に現状国内から大量発注を受けていて品薄状態。その上輸送に色々と手間がかかりまくるから適正な値段だと説明された。ついでに対処出来るなら、そちらから遠田技術に販売して貰いたいと言う事だったので、素直にホイホイ造って渡したら、斑鳩中佐が青い顔ですっ飛んできたというのがここまでの状況である。因みに能登ちゃんの事についても嫌味を言ってやったら、急に真剣な顔になって距離を詰めてきた。
「恥を上塗りすると解った上で申し上げますと、長谷川殿。今斯衛は大変焦っております」
「はあ」
気のない返事をする俺に構わずに斑鳩中佐は更に続ける。
「全ての民の範たるべし。戦場においては常に先鋒、そして引く時は殿を務めるが斯衛の矜恃。そう嘯いたところで真実がねじ曲がるわけではない」
その言葉に俺も頷いて見せる。斯衛軍は80年代に数度行って以降、大陸派遣をしていない。当然対BETA戦におけるノウハウや経験はそこで止まっていて、帝国軍に大きく水を開けられている。今までは本土防衛を主任務とする組織であると言う建前から、その事から目をそらし続けてきたのだが、ここの所風向きが随分悪くなっているそうだ。
「ここの所大活躍ですからね、帝国軍」
中国戦線に投入された帝国軍の活躍は連日のように各種メディアで取り上げられている。ウチを除けば世界で初めて野分で完全充足した師団なので、正にその戦果は桁違いだ。これまでは悪化し続ける戦況から、意図的にぼかされていた内容も明確に伝えられるようになったのも好感度を上げている。そして何より彼らと交代で多くの将兵が無事帰国、更に彼らの口から華々しく活躍する帝国軍機の話が草の根でも広まった事で、報道が真実として補強されると、帝国軍は正に国の誇りともてはやされる事になる。そして同時にメディアは面白おかしく書きたてた訳だ。英雄の横で暢気にふんぞり返っている斯衛は、果たしてこの国に必要な存在なのかと。
「大物を気取るなら黙って聞き流せば良いものを」
ゴシップに煽られたとしても、実際に斯衛を解体できるような動きに発展するだけの力はない。言ってしまえば解りやすい特権階級を叩く事によって適度なガス抜きをしているというのが実態だ。
「だがそう思わない連中も居ると」
「ええ、それもあれこれと命じられる側に」
斯衛軍を差配しているのは城内省と呼ばれる連中だ。彼らは所謂老中と呼ばれる組織から変化した、もっと悪く言えば名を変えただけの存在であり、陣容も当然のようにその旧弊に倣っている。中には紅蓮大将の様に政は侍の領分ではないとして距離を置く者や、目の前の斑鳩中佐の様に五摂家でも異を唱える人間も居るが、全体から見れば少数派だ。さて、それで今回の件にどう繋がるかと言えば、そうした連中が色々と先走って暴走しているらしい。まず俺のところへ送られて来た候補生ちゃん達。こちらの想像通り第一の目的はやっぱりハニトラだった。まあ俺自身が他に何一つ欲しがっていないから、もうそれ以外思いつかなかったと言う事らしい。因みに如月中尉や篁候補生以外は全員外様出身と微妙に家格が低いなと思ったら、そちらにも納得できる理由があると言って教えてくれた。如月中尉は斑鳩中佐と懇意にしている崇宰家に近い有力武家なのだが、五摂家内では崇宰は一番立場が弱い。加えて彼女の実家自体も親藩武家ではあるが、武力も政治も中途半端であったため、今回のような貧乏クジを良く引いているらしい。篁家も譜代ではあるが新参という事でやはり低く見られているとの事だった。
「抱き込みはしたいが、いきなり五摂家の縁者としては他家への示しがつかないと言うのが彼らの言い分です。要は自分達の拠り所である家格で同列になるのが我慢ならないのでしょう」
難儀な事だね。
「成程。ですがそれだけなら、斑鳩中佐がその様な顔をなさる程の事ではないのでは?」
真っ当に生きようとしている武家の人間にしてみれば、確かに頭を抱えたくなるような恥ずべき行いだろう。けれど清濁併せ呑む度量を持った斑鳩中佐のような人間からすれば、絶対に許容出来ないという内容でもないはずだ。ならば彼は何にそれ程憤っているのだろう?
「…現在、斯衛軍の大陸派遣の計画が進められている事はご存じでしょうか?」
「いえ、初耳です」
は?オイオイ、冗談だろ!?その言葉で大凡の理由を悟り、内心悲鳴を上げてしまう。しかしそんな俺の心情などは無視して、非情な現実とやらは目の前に現れた。
「帝国軍に出来る事は自分達も当然出来る。実に解りやすいアピールです。そしてそれが訓練を終えたばかりの新兵でも可能だと示せば、斯衛の練度は疑うべくもないと誇示できる。無駄のない有効活用だと連中は思っているのでしょう」
斯衛軍の未成年女子徴兵。俺の知る世界でのそれは、世間に対するポーズであった筈が戦況の悪化で現実化してしまうという悪夢のようなパターンだった。だから俺は、正直甘く見ていたんだ。だって俺という要因がかき回した結果、人類はまだ大陸に留まっていて、更には反攻を視野に入れられるだけの力を蓄えつつあるんだ。後方国家が余計なリスクを冒してまで未熟な兵士を送り出す理由なんて無いと、俺は勝手に思い込んでいたのだ。苦々しく吐き捨てる斑鳩中佐を見ながら、気持ちが急速に冷えていくのを感じる。だが同時に俺の中に残った感情が懸命にその考えを否定した。
「彼女達が戦場に立つ事はいずれ起こりうる事実です。その為に不足ない経験を積ませる事はお約束します」
既に邪魔になる連中を俺は処分している。人類を救うという大義名分の障害になる相手を、俺は選別して殺しているのだ。故に理性が囁く、これは必要な犠牲だと。そして感情が叫ぶ、それは神の領分であり、己には過ぎたものであると。どうすればいい?何が正しい?畜生、チートなんて貰っているのに何の役にも立たないじゃないか!
混乱する脳みそと裏腹に、口は勝手に動いて適当な言葉を紡ぎ出す。斑鳩中佐の求めている答えは想像がつくし、それが出来るだけの力もある。けれどそれを口にするには、俺にはあまりにも覚悟が足りていなかった。
「…そうですか。訓練期間については可能な限り対処させて頂きます。しかし長くとも1年です。それ以上ですと来期の卒業生が送り出されてしまう」
「馬鹿な、訓練校にはまだシミュレーターすら納入していない。斯衛、いや城内省は素人を戦地に送ると言うのですか?」
俺の言葉に斑鳩中佐が頭を振る。
「御社の野分は非常に優秀だ。最低限引き金が引ければ戦果は出せるし、万一にも死ぬ事はない。それが彼らの判断です」
「過大評価です。優秀な機体であるとの自負はありますが、あれは無敵などでは断じてない」
確かに光線級の照射に耐えたり、戦車級に囓られても平気な性能は与えている。けれど突撃級の体当たりや、要塞級の衝角の攻撃に何度も耐えられる様には出来ていないし、何より重光線級の照射には耐えられて一回だ。それだって単独での事で、複数から同時に照射されればその時点で終わりだ。そもそも各国の野分が活躍しているのだって、乗っている連中が出撃回数20超えの操縦以外は全て知っているベテランだからこそ成し得ている事だ。既存の機体に比べれば遥かにマシとは言え、新兵が簡単に結果を出せる程甘くはない。
「恥ずかしながら、武家を名乗りながらもその程度も解らぬのが城内省の現状です。煌武院のご当主にも動いて貰っていますが、望みは薄い」
俺は頭を掻きながら、なんとか妥協点を提示する。
「1年ですと斯衛の衛士に訓練する事は不可能です」
「構いません。連中を抑えられない以上、新人はこれから大陸で初陣を果たす事になりましょう。斯衛のやり方を覚えるのは生きて帰ってからでも十分に間に合います」
「機体もこちらに合わせさせて頂きます」
「構いませんが、雷をお貸し頂けるのですか?」
「いえ、それでは特性が違いすぎる。いくら城内省が疎いと言っても、全く別の機体では妙な事を考えかねない」
戦況が有利になって、前線の情報もマスコミが入手しやすくなっている。大陸派遣の時だけ雷を使っていたら、確実に面白おかしく書かれる事だろう。解りやすい隙は作るべきじゃない。
「野分をベースにした概念実証機があります。あれならば見た目の違いも殆どありませんし、性能も良い」
こいつは雷を作る前に一応試作した機体だ。装甲をガンダリウム合金製に変更したのと、駆動系をフィールドモーター式にして、ついでに動力を核融合炉に変えている。性能そのものは上がったのだけれど、既存の野分とは互換性が失われているし、かといって雷程の劇的な性能向上は果たせなかったためにお蔵入りしたのだ。あれならば光線級への耐久性は雷並みだし、装甲強度も上がっているから多少はマシだろう。何より核融合炉のおかげでビーム兵器が運用出来る。120ミリより遥かに遠距離で戦える分、新兵でも多少は余裕が持てるだろう。後は彼女達への教育だ。
「多少厳しくなりますが死なぬ為、殺さぬ為です。我慢して貰いましょう」
勝手な都合で理不尽を押しつける事に苛立ちを覚える。けれど、今一番生き残れる確率が高い新兵は間違いなく彼女達だ。甘やかせば別の誰かが代わりに死ぬ。
「宜しくお頼み申し上げます。…いずれ、必ず彼女達に報いてみせます」
「その言葉、今は信じさせて頂きます」
そう深々と頭を下げる斑鳩中佐に向かって、俺は言わずにはいられなかった。
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37
東京、斑鳩の別宅にて待つ各人に一度頭を下げた後、斑鳩崇継は口を開いた。
「お待たせして申し訳ない」
「構いませぬよ。それよりご当主、首尾は?」
そう問うてくる紅蓮大将へ向けて斑鳩中佐は頭を振った。
「残念ながら承諾は得られませんでした」
「そうか、少々厳しいのう」
今回の城内省の行いに対し、少なくない数の武家が強い反発を覚えていた。特に割を食わされた斑鳩と崇宰に連なる家系の者の反応は顕著で、正に激怒と言って差し支えなかった。
「彼等の都合を考えれば容易には頷けないでしょうな」
手にした玩具を弄りながら、そう口にしたのは煌武院家の同伴者としてこの場に居る鎧衣左近だった。それに対し斑鳩は沈黙せざるを得なかった。
「確かにカンパニーは敵対している人間の殺傷も辞さない構えです。しかしその姿勢はあくまで受け身ですし、実害を及ぼす工作員と言った最低限への範囲です」
「此度の事とそれ程違うとは思えんが?」
そう返す紅蓮大将に鎧衣は目の笑っていない笑顔で応じた。
「いいえ、全く違いますよ。城内省に対する我々の行動へ加担するならば、それは完全に武力による内政干渉です。その内容が我々の願いに彼等が応じてくれたのだとしても、外から見れば話が違う。何しろ戦力の差は歴然ですから、彼等が我々の諍いに付き合う必要など何処にも無いのです」
「待て鎧衣よ。それが如何にして内政干渉に繋がる?儂のような馬鹿にも解るように話せ」
眉間に皺を寄せる紅蓮大将に斑鳩は苦笑しながら鎧衣の言葉を補う。
「邪魔だと思うならばそれこそ彼等は我が国そのものを吹き飛ばしてしまえばいいし、無視すれば良いのですよ。そうせずにどちらかに肩入れするとなれば、その連中を使って国を牛耳ろうとしているようにしか見えません」
外部の強力な武装勢力により革命を成した後、その武装勢力の傀儡となった国家など歴史を紐解けば枚挙に暇がない。そこまで説明した上で、斑鳩は今回の提案が手痛い失点であると強く後悔した。
「合衆国やソヴィエト、その他の国々も彼等を好意的に受け入れているのは、何も軍事力や物資を気前よくばらまいているからだけではない。商人という姿勢を崩さず、政に口を挟まない事も大きな理由です」
故に、仮に今回の斑鳩達が計画している城内省へのクーデターを後援したならば、カンパニーは国家を自身が都合の良いものへ変えるため、武力をもって干渉すると言う実績を作ってしまう。そうなったならば、現在築かれている各国との関係は水泡に帰すだろう。それどころか、どの国家であっても一枚岩であるほうが希なのだ。カンパニーの存在でBETAとの戦争に余裕が出てきている現状、積極的にカンパニーを利用して政変を狙う連中が続出するのは目に見えている。その先は人類が相争う泥沼である事は間違いない。それだけならばまだしも、最悪国家転覆を謀る武装勢力として、カンパニーがBETAに代わる各国の敵に認定される事すら起こりうるのだ。
「…成程な。長谷川殿が首を縦に振れぬ訳か」
そう言って紅蓮大将は俯きながら溜息を吐くと、世界中の人間が客だと言い放ち、見返してきた小気味よい男を煩わせた事を恥じた。
「元よりこの膿は我らの身より出たもの、それを出すのに都合が良いと彼等に頼む事それ自体が不義理でありましたね」
これまで静かに話を聞いていた煌武院悠陽がそう沈黙を破る。
「煌武院殿」
「膿を出す猶予を頂けただけでも僥倖と言うものでございましょう、斑鳩殿」
そう言って悠陽は笑う。その目には確かな覚悟が宿っていた。
「丙型の調整ですか?」
今日も設計室でPCへ向かっている新名君へ俺はそう切り出した。
「うん。あれは技術を取敢えず突っ込んだだけの機体だから、バランスもへったくれも無いんだよね」
何しろ運用していたのが月で戦っているアリス達だったからな。基本的に彼女たちの処理能力に機体側が追いついていなかったから、操作性なんて完全に無視してた。
「これは酷い」
モニターに出力されたデータを見て新名君が素直にそう漏らす。いや、CADシステムも頑張ってはくれたんだ。けど、運用者がどんなに滅茶苦茶なバランスでも高性能なら問題無し!みたいな子達だったから、ちょっと燥いじゃったんだ。ある意味アリス達は設計者の求める理想的なパイロットなのかもしれない。
「何とかなりそう?」
「そうですね、どれもこれも最高性能で使うのが不安定の原因ですから、全体的にリミッターをかけてやればなんとかなると思います。ただ、そうなると性能的には良くて7割程度になりますね」
そうなると最新モデルの野分より少し性能が上くらいか。製造コスト的には殆ど雷と変わらない事からするととんでもなく無駄遣いだな。
「どうするんですか、こんなの?」
まあこんなのだわな。否定できん。
「斯衛のお嬢さん方にちょっとしたサプライズだよ。正式配属されたら野分じゃなく瑞鳳を使うことになるだろうから、それに近い機体をね?」
そう俺が言葉を濁すと、新名君は溜息を吐いた。
「長谷川会長、その嘘は流石にありません」
「だよねぇ」
そう返しつつ、俺は事のあらましを彼女に告げる。あきれ顔で聞いていた彼女だったが、語り終える頃にはなんとも言えない笑顔になっていた。
「御武家様の思考ってどうなっているんですか?一般人には理解出来ないんですが」
それは俺に言われても困る。
「彼等の中では年端もいかない少女である前に武家の子供なのかもね」
性別どころか年齢の高低すらも考慮しないで、自身にとって有益な駒かどうかのみで判断し采配すると言うのは、ある意味平等主義に通じるものがあるのかもしれない。残念ながらこの世界にそんなものを尊んでくれる人間など存在しないが。
「いっその事ガツンとやってしまうとかどうですか?」
「ガツンとは、穏やかじゃないね」
「別に反乱を起こせとか言ってるんじゃないですよ。例えばそんな連中とは取引が出来ないと言うだけでも大きいのでは?」
その割には目が笑ってないんだよなぁ。
「勿論効果は絶大だろうね。日本帝国の軍事面は現在私達が完全に掌握していると言って良いから、取引の停止を仄めかすだけでも彼等を排除出来ると思う」
だが問題はその先だ。もしこの方法を実行したら、間違いなく世界中でクーデターが発生する。何しろ政府側からすれば、カンパニーの製品を購入すればする程政治への介入を招くリスクを負うことになるのだから、そんな企業と付き合いたいとは思わない。しかし、前線で戦っている人間からすれば、その行為は自身の保身のために有用な兵器を締め出しているようにしか見えないだろう。そしてそれを不満程度では抑えられないだけの性能差をウチの兵器は有している。既に購入している国は確実に混乱するし、買っていない国は導入に及び腰になる。当然そうなれば、今度は政府内での対立が発生するだろう。勿論中にはカンパニーと積極的に関係を持ちたがる勢力も出てくるだろう。けれど、往々にしてそうした外的要因に依存して政権を握ろうとする連中は指導者として不適当だ。何故ならそもそも出発点が強い誰かの力を借りて事をなそうとしているからだ。正に虎の威を借るなんとやらである。そして大抵の場合、そう言った連中は強者の目の届かないところで好き勝手に振る舞う傾向が強い。そうなると監視と抑止のためにこちらは常に目を向けている必要が出てくる。さて、ではその一々に対応するとしたら、一体どれだけの戦力と時間が必要になるのだろう。
「生産体制の整っていなかった一年前ならともかく、現状なら多少の我儘なら聞いてしまった方が全体での損失を抑えられる。世界の覇者なんてガラでもないしね」
己の身から出た錆ではあるが、カンパニーによって今の世界は中途半端に希望が持ててしまっている。余裕があるならば少しでも自分にとって良い方向へと世界を動かしたいのが人間というものだろう。BETAを倒して人類を救う事が目標なのに、俺自身が原因で人類同士の争いが激化するとか笑い話にもならない。
「やりたくない人が独裁者に一番向いてるなんて良くある話ですけどね」
「うん、その辺にしておこう新名君」
さっきからルクレツィアが凄い良い笑顔でこっちを見てるからね。絶対にやらんぞ!?
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38
蓮川伊予は落ち込んでいた。彼女の家は外様の中でも特に多い、一般家庭に毛の生えた程度の家だ。取り立てて秀でた才を示すでもなく、武家という制度によって生きている。否、才能が無い故に武家という制度外で生きられないのが蓮川という家の人間だった。不幸にも伊予はその血をしっかりと受け継いでおり、文武共に至って平凡。その他の事柄でも目立った所のない娘だ。唯一本人が自負できるものがあるとすれば、それは我慢強さくらいのものだと彼女は考えていたのだが、それもカンパニーでの訓練で揺らぎつつある。
「でも、辞めるなんて言えない」
斯衛軍が主力機を更新したのは昨年の事だが、それは思いのほか大きな変化をもたらしていた。操縦系統の一新に伴い衛士養成課程の大幅な見直しが決定したのだ。この内容は来年以降のカリキュラムに使われるだけでなく、帝国軍にも提供される事が決まっている。つまり彼女達は、今後の衛士の育成を左右する重要な任務に任官前から関わるという栄誉を与えられたのだ。勿論それが表向きの言い訳で、本当のところが別にある事は彼女も知らされている。だが少なくともカンパニー側は、大真面目に表向きの理由を遂行するつもりであることが見て取れたし、彼女自身の思いとしても適当にあてがわれた慰み者よりも遥かに納得できる立場だった。だが本人が納得できるか否かと、適性の有無はイコールではない。
「なんで皆耐えられるの?」
彼女達が現在取り組んでいる訓練。それは何もしないというものだった。最初の一週間シミュレーターに詰め込まれ、考えずとも操作ができるまで徹底的に鍛えられた事からすると随分簡単な訓練だと首を傾げたが、その考えは始まって1分と経たずに覆される。何故なら何もしない訓練とは、本当に何もしてはいけない訓練だったのだ。モニターを覆い尽くす程の戦車級に集られ、機体のあちこちが囓られる音にひたすら耐えるなど可愛いもので、要撃級に殴り続けられたりするといった状況下で、咄嗟に機体を操作してしまわないという傍から聞けば正気を疑うような訓練内容だ。
「皆さんが搭乗する野分は極めて高性能です。訓練しているような状況下では破壊される事はまずありません。むしろ錯乱し、機体を暴れさせる方が周囲にとっては危険なのです。故に貴女達にはそうした状況下でも我慢する事を覚えて頂きます」
万一機体が損傷した場合、旧来の機体のように自力で脱出する機構を新しいコアユニットは装備していない。つまり戦場で機体が行動不能になった場合、友軍に回収して貰うまでその場で待ち続ける必要がある。訓練初日、伊予は悲鳴と共に思わずペダルを踏み込んでしまい候補生の中で最初に脱落してしまった。それも次に落ちた者に十分以上という差をつけられてだ。以来、シミュレーターに乗り込むだけでも体が萎縮してしまっているのだが、彼女は誰にもそれを打ち明けられずにいた。
「ここに居たのか、蓮川候補生」
そう声を掛けて来たのは稲葉中尉だった。彼女は指導教官の研修と言う名目で、伊予達と同じようにカンパニーへ出向している女性である。同時に伊予の所属しているB班の監督責任者でもあるため、こうして何かと気に掛けてくれている。
「あっ、も、申し訳ありません!稲葉中尉殿!」
そう言って慌てて敬礼をする伊予に向かって、稲葉中尉は苦笑を浮かべる。
「真面目なのは良いけれど、少し肩の力を抜きなさい。適度にリラックス出来る事も衛士に必要な能力よ?」
「は、はい。その、すみません」
その様子を見て、これは重症であると稲葉中尉は密かに溜息を吐いた。伊予自身は気付いていないが、彼女は非常に責任感が強く真面目な性格だ。才能という面では同じ班の山城候補生や篁候補生に軍配が上がるが、その一点においては候補生で群を抜いている。問題はその一方で精神面が普通の少女と変わらない事だろう。
(とは言え、無理もない話ではある)
彼女達の徴兵が布告されたのは昨年の事だ。以前から噂はあったが、それに向けて事前に準備していた者など極少数だろう。そして国民への心理的配慮の名の下に各国はBETAの情報について様々な規制を掛けている。最も解りやすいところで言えば、国民にはBETAの姿が公開されていない。兵士達の間では、あの醜悪な姿を広めて徴兵拒否をされては困るからだなどと言う与太話もあるが真実は解らない。そして今重要なのは、伊予がその姿にトラウマを抱え始めている事だろう。
「あの訓練はキツイわよね」
そう言いながら稲葉中尉は苦笑した。その上で少し悩むそぶりをした後、伊予に向けて信じられない言葉を放つ。
「だから大したものよ?蓮川候補生だってアレに5分も耐えていたじゃない」
「でも、他の皆は10分以上耐えています」
「それは内容をはき違えているわ。あの訓練は我慢比べじゃないのよ?短かろうが長かろうが、教官が良いと言うまで耐えられていない時点で全員ダメなのよ。それに」
「それに、何でしょう?」
「如月中尉と私も同じ訓練を受けたけど、何分耐えられたと思う?」
「え?」
初耳だった内容に伊予が驚いていると、稲葉中尉は笑いながら続ける。
「自分が出来ない事を人に教えられるわけがないって言われてね?シミュレーターに放り込まれて、二人とも30秒持たなかったわよ」
伊予は絶句してしまったが、教官達にしてみれば当然の事である。何せ数ヶ月前まで瑞鶴に乗っていた彼女達にとって、戦車級に取り付かれると言う事は、即ちヤツらに食い殺されると同義だからである。何しろ野分以前の戦術機は、連中に噛みつかれても平気などという馬鹿げた装甲を持っていないから、機体に残っていてもそれごとBETAの腹に収まるだけであるし、戦車級に取り付かれているような状況では、周辺は既にBETAに呑み込まれている場合が大半だ。そんな中にベイルアウトしてもまず逃げ切れるものではないし、最悪地面に着く前に飛びかかられて捕まる事だってある。大陸に派遣された上官や先輩達がそうして食われた事を聞かされている教官達にとって、あの訓練は拷問に等しい内容だった。勿論候補生達が耐えられたのは、そうした悲惨な前例を知らぬが故ではあるが、それを態々教えようと彼女達は思わない。余計な恐怖は訓練の妨げになるし、野分に搭乗するならばこの問題は発生しない。つまり知らなくて良い事は知らないままで良いのだ。目を白黒させて混乱している伊予に向けて稲葉中尉はたたみ掛けた。
「そんな私達に足りていないのは機体に対する信頼ね。そしてその解決方法はとても単純。機体の事を良く知ればいいわ」
「良く知る。えっと、頂いているマニュアルを読み込むとかですか?」
伊予の言葉に稲葉教官は首を振る。
「もっと視覚的に解りやすい方法があるわ。公式には記録されていないのだけど、野分が大陸で実戦試験を行った際に、長谷川代表は単独で光線級吶喊を成功させているの」
「へ?」
意味は解るが理解の外にある言葉に、伊予は間抜けな声を洩らしてしまう。だが稲葉教官は気にした風もなく言葉を続けた。
「しかも幸運な事に映像ログも残っているそうよ。それを見れば、命を預ける相棒がどれだけ凄いのか良く解るでしょう?」
自信満々にそう語る稲葉教官に対し、伊予はその勢いに呑まれて思わず頷く。後日候補生への心理的配慮と機体への理解という中尉達の考えと、歴史に埋もれるはずであった主人の偉業を知らしめる機会を窺っていたルクレツィアの思惑が奇跡の一致を果たし、単独光線級吶喊の映像は訓練生が目を通す必須項目になるのだが、別の意味でショッキングすぎるその内容に中尉達が頭を抱える事になるのは、もう少し先の話である。
「ここも随分と賑やかになりましたね。訓練校までやっているとは思いませんでした」
「商品の正しい扱い方をレクチャーするのもメーカーの責務ですから」
その言葉に佐伯中佐は笑いながら応じる。
「成程、斯衛もたまには役に立ちますね。おかげで我が軍も同じように受け入れて貰える訳ですから」
「もう立派な試験部隊ですね」
「ええ。まあ機体だけでなく自分自身が試験材料になるとは思いませんでしたが」
そう言って佐伯中佐は左足を軽く擦ってみせる。
「実際の使用感をお聞かせ頂けますか?」
そう問うルクレツィアに佐伯中佐は笑顔を崩さぬまま応える。
「これまでのものに比べれば雲泥の差ですよ。シミュレーターも試しましたが自前の方と比べても遜色ありません。寧ろ疲れにくい分、使いやすいくらいです」
先月ロゴフスキー中佐経由でП-З計画の内容が正式にソ連の党中央に報告された。クローン技術を応用した超兵士製造計画は物議を醸したが、カンパニーとの協力関係が示されると、一転して計画推進が満場一致で可決された。この件でロゴフスキー中佐は大佐に昇進したが、中央への異動は辞退して計画の責任者を継続。引き続きカンパニーとの関係を維持している。そしてこの件で、クローン技術や遺伝子改造と言った技術が多くの人間に認知される事となる。結果、医療関係の技術取得ポイントが大幅に低下したため、長谷川は生体義肢関係の技術を取得。国内の医療メーカーに一斉に開示するという暴挙を行った。勿論各社の開発スタッフは発狂したが、開示された技術の有用性はそれを補ってあまりあるものだった。即座に同技術を利用した新型の義肢は生産が開始され、内地にて勤務中の軍人を対象に使用試験が行われる事となる。佐伯中佐はその中の一人で、特に元衛士という事もあり注目されていた。何しろ世界的に見れば、彼女のような元衛士や訓練中の事故で諦めざるをえなかった人間が大量にいるのだ。彼らを戦力化出来るメリットは各国にとって計り知れない。新たな金脈を目の前に、各社は従順にカンパニーへと頭を垂れた。
「成程。長谷川代表もその言葉を聞けばお喜びになるでしょう。シミュレーターは本日から利用出来ますが、如何なさいますか?」
「是非やらせて下さい。一日も早く感覚を取り戻したいものですから」
そう言って目を輝かせる佐伯中佐に対し、ルクレツィアは笑みを浮かべる。色々と含む関係ではあるが、ルクレツィアとしては佐伯中佐を個人的には好ましい人物であると認識しているし、彼女の敬愛する主人にとって、中佐が有益な人間である事も確かだからだ。このまま彼女が順調に実績を積み上げれば、帝国軍内部に大きな影響を与える事が出来るからだ。
「承知しました。我が社の雷の性能。存分にご堪能下さい」
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39
基地周辺も暖かさが増し、裾野の方ではちらほらと桜が咲いているのが見えるようになった3月下旬。本拠地の一室で、俺はタブレットを眺めて眉間に皺を寄せていた。
「やっと1個師団か」
木星でのヘリウム3採取に送り出した輸送艦の1隻が帰還した事で、漸く本格的な生産を開始したものの、依然として雷の調達数は伸び悩んでいる。何せ輸送しているのがコストの問題でクラップ級にミノフスキードライブをくくりつけた急造艦だ。艦載機のスペースを目一杯使っても、本来の輸送に使用されていたジュピトリス級とでは雲泥の差がある。
「せめてマザー・バンガード級を使えればなぁ」
900mクラスの大型艦であるあれなら積載出来る量もかなり多くなる。が、流石UC屈指の高性能艦、お値段が酷い事になっている。効率は死ぬ程悪いが暫くはこのクラップ改を使って行くしかないだろう。
「にしても、連中何処にでもいやがるな」
送られてきた画像に思わず舌打ちをしてしまう。望遠で撮影されたガニメデの地表には見慣れてしまった醜悪な異星人製オブジェがそびえ立っていたからだ。まあ、念のため採掘基地の建設資材は全て持たせていたから問題は無かったが、ウチの近所にあんなもんがある事自体が不愉快だ。吹っ飛ばしてすっきりしたいところだが、如何せん木星は遠い。地球圏の掃除が終わらない内は手が出せないだろう。
「今回の補給で建造済みでしたクラップ改級の5番から8番艦までが稼働可能となりました。順次木星へ向かわせています。現在の補給状況では、最大月100機の雷を供給可能です」
一ヶ月で1個連隊にちょっととどかないくらいか。まあ水素燃料電池が主動力源の既存機や野分に比べて簡単に増産出来ないのは致し方ない。
「引き続きクラップ改の増産と、木星の資源収集施設の拡張が必要だね」
戦線を抱える事となって痛感したんだが、FAT装備はとんでもない大食らいだ。120ミリの方はまだマシなのだが、36ミリがヤバイ。何せ小型種や要撃級と言った目標へ弾幕による面制圧に用いるものだからあっという間に射耗する。しかも元々戦術機向けに製造されていた特殊弾だから製造コストも地味に高い。各国で必死に増産はしているのだが、如何せん装薬の原料の供給が追いついていない。だが同時に俺にしてみれば、状況はやりやすくなっているとも言える。何故なら供給が追いつかない程、各国の戦線に野分が投入されていると言う事は、前線部隊が大凡ミノフスキー粒子対応型の戦術機に置き換わったと言う事だ。それはつまり、遠慮無くビーム兵器を運用出来ると言う事でもある。
「野分向けのビームマシンガンの方はどう?」
「各戦線にて試験運用を実施しております。ですがやはり大気圏内での運用は距離減衰が激しく、有効射程が10000mとなります」
89式支援突撃砲の有効射程が凡そ15000mと言われているからそこから考えれば3割以上短くなる事になる。
「精密射撃用って訳でもないし、そのくらいあれば十分でしょ」
それにそもそも支援突撃砲の有効射程は、遠距離の光線級や要撃級などの軟目標を対象にしている。対してカンパニーが目標に設定しているのは全て突撃級だ。当然対象を支援突撃砲と同じにすれば、射程は遥かにこちらが上だ。おかげで120ミリを売り込む時に有効射程2000と書いて聞き返されたのは良い思い出だ。まだ一年も経っていないが。
「他には?」
「使用頻度の上昇に伴い想定よりも7%の蓄熱が確認されていますが、許容値内です」
サブジェネレーターを後付で積む都合上、120ミリ用の大型弾倉とは同時運用が出来ないし、当然兵装担架も無理だ。必然的に今まで分散していた攻撃手段がビームマシンガンに集約される事になるから、かなり冷却系には力を入れたんだけど、まだ足りていなかったようだ。
「一応想定値内に収まるよう修正しておこうか、サブジェネレーターの生産はもう進めてるんだよね?」
「はい、現在月産300にて製造しています。既存戦力の置き換えは4ヶ月で完了致します」
野分の生産は引き続き続けていて、カンパニーでもまだまだ戦力として部隊を拡張中だ。理想としては現在戦線に張り付いている部隊から転用なしに、ボパールの攻略戦力を確保したい。
「ネェルアーガマ…、高雄級の方は?」
「5番艦妙高、6番艦那智が就役しました。7・8番艦は来月4日に就役致します。また陸上戦艦の22番艦から28番艦までが4日後に就役致します」
「そっちは先行してインドへ送っちゃおう。マンダレーの時はお世話になったしね」
中華戦線にはこちらで要らなくなる分の弾薬を多目に融通する事で話がついている。初動でやらかした中国軍は汚名を返上したくてしょうがないから、戦力そのものより物資の方が喜んでくれるのだ。
「ソ連の方はあれ以来特に目立った動きはないか。…本当に単純な大規模侵攻だったってことか?ロゴフスキー大佐から何か報告はある?」
「ありません。連絡官に派遣している者からも報告はありません」
派遣されているのも容姿は変更されているもののルクレツィアの一人だ。ロゴフスキー大佐の居る基地の全機能を掌握している彼女から何もないと言う事は、少なくともソ連は何も掴んでいないと見て間違いない。
「引き続きグランドソナーの敷設と観測を続けて。それと野分をもう1個連隊、出来れば1個師団送りたい」
「ご指示頂いた増援を実施する場合、ボパール攻略用戦力の確保に連隊規模で2週間。師団規模の場合1ヶ月の遅延が発生します」
「…仕方がない、1ヶ月作戦を延ばそう」
悩ましい所だが、俺はそう選択した。ボパールはマンダレーに大規模な軍事拠点を構えられている現状ならば、突発的な状況にもウチの戦力が即応出来る。対してシベリアはどうしてもソ連が主力になるし、拠点も沿岸部に一箇所だけだから戦力の投入も難しい。幸い中央の方々が柔軟なため、戦力を送り込む事には寛容に対処してくれている。なので対応能力を上げるには事前に投入しておくのが理想的だ。
「鍾馗ならば遅延を2週間で抑える事が出来ます。これからの季節も考慮した場合、攻撃機の配備が適切であると考えます」
これからの季節、北半球は気温が上昇していく。シベリアの大地も例外ではなく、雪と凍土の融解により広範囲が泥濘と化す。履帯で動く戦車すら呑み込んでしまう泥は、二足歩行を行う戦術機にとって最悪に近い条件だ。その点で言えば常に浮遊している攻撃機の方が適しているのだが。
「平野部での戦闘ならね」
前々から疑問に思っていた事がある。それはハイヴの建設方法についてだ。原作の中で成長、即ち規模を現わすフェイズについての説明はあるのだが、実は分化したハイヴがどの様に建設されているのか、具体的な説明はないのだ。何しろフェイズ1の説明では着陸ユニットが落着した後からの内容であり、それが確認出来たのはカシュガルだけだ。つまり人類は30年近く地球で戦い、十数個のハイヴを建設されながら、その過程を知らないという事になる。事実マンダレーでも、大規模侵攻と同時に突然湧いたようにハイヴが出来ていた。逆説的に言えば、これは人類が解らない方法でBETA共はハイヴを建設する方法を持っていると言う事じゃないだろうか。そして原作知識を持つ俺としては見過ごせないBETAが存在する。
そう、母艦級だ。説明では大深度の掘削が主な任務とされているが、地下侵攻の際には同種の移動が確認されていること、加えて要塞級すら複数輸送できる能力があることを考慮すれば、実に嫌な予想が立てられる。
即ち、BETAは地上を移動する事無くハイヴを建設出来るのではないか?と言う事だ。
もしそうならば、シベリアにハイヴが突然出現する可能性が十分あるし、そうなったなら早期にハイヴを攻略する必要がある。何しろ時間が経てば経つ程、ハイヴは生産能力を高めるし、戦力も増強されるからだ。そしてその場合立体的な運動に向かず、更に射耗した際の継戦能力に難のある攻撃機では攻略しきれない可能性が高い。ならば最初からそれを前提とした戦力を投入しておくべきだ。
「地表の対応には引き続き軌道艦隊を使おう。そちらも増産してたよね?」
「はい、ですが投射用の弾薬が不足しています。HLVの増産を提案します」
まったく、あっちもこっちも足りないだらけだ。
「解った。HLVはポイントで購入する。アリス達に連絡して、月のやつを一つ潰すように伝えて」
「宜しいのですか?」
地球から見て真裏にあるハイヴは既にアトリエを攻略していて、アリス達は定期的にG元素を略奪している。都合の良い供給源が出来たと喜んでいたんだが仕方あるまい。
「頭脳級はかなり高ポイントだからね。アリス達にやってもらっても今回の購入分くらいにはなる。それにどうせまだ大量にあるんだ。一個くらい潰してしまっても構わないさ」
まあ合衆国がG弾放棄の代わりに月や火星のG元素獲得を目論んでいるから、あまりやり過ぎる訳には行かないが、それだってどの位先の話かまだ解らないのだ。その時に発生する問題は、その時の俺に悩んで貰おう。
「さて、戦闘方面の問題はそんな所かな?で、後はこっちか」
そう言って俺は端末に入っているメールソフトを立ち上げる。ルクレツィア謹製の防壁によって随分と数を減らされた筈だが、それでも馬鹿みたいな数の連絡が並んでいる。そして直近でもの凄い数のアポイントメントを取っている宛先が一人。
「俺、この人苦手なんだよな」
大量に並ぶ香月夕呼博士の名前を見て、俺は深く溜息を吐いた。
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「誰よ、トレノフ・Y・ミノフスキーって」
手にしていた論文を放り投げると、香月夕呼はぐったりと机へと突っ伏した。凡そ一年程前に突如現れたカンパニーを名乗る集団。彼らは新技術を用いた製品を次々と世に送り出し、瞬く間に世界の情勢を変えてしまった。従来よりも遥かに強靱かつ軽量、その上調達が容易な装甲材。炭素伸縮靱帯など比べものにならない高出力を生む駆動系。加えて人類の天敵と言える光線属種の攻撃を大幅に減衰する保護膜。これらが齎した戦場への影響は計り知れない。少なくとも絶望的な後退がまともな応戦にまで引き上げられたのだから、歴史に残る快挙だろう。だが彼らが公開した技術はそれだけに留まらない。
「機動兵器に搭載可能な核融合炉?空飛ぶ戦艦?挙句にモニュメントを吹き飛ばす荷電粒子砲!?そんなもんあるならとっとと使いなさいよ!」
夕呼はそう零しつつも、大凡の見当がついていた。恐らく先ほどまで読んでいた論文、即ちミノフスキー粒子なる物質の研究が進んだことで各技術のブレイクスルーが起こったのだろう。事実彼らの扱う技術の大半は、この粒子の存在を前提としたミノフスキー物理学という理論を根底としている。
「随分と酔狂な男なのね。その情熱をこっちへ分けてくれればなお良いのだけれど」
若いとはいえ夕呼は量子物理学を専攻している学者だ。つまりこのような粒子についての論文であれば、真っ先に触れる事になる人種である。その彼女が生まれてからこのかた論文を読んだことはおろか、学会でその名を聞いたことすら無い人物が書いた理論を本気で信じ実用化までこぎ着けたという事実は、正に驚嘆すべき事だ。その点については称賛に値するのだが。
「戦術機に搭載可能なサイズの量子コンピューター、既存の物に比べれば文字通り次元が違うけれど。ダメね、この構造じゃサイズダウンしたら人間の脳に追いつけるかどうかって所だわ」
その程度で事足りるのならば彼女の研究はとっくの昔に次の段階へと進んでいただろう。尤もその次の段階である素体の確保こそ、彼女の研究における最大の難事なのであるが。
「しかも何奴も此奴も近視眼的になっちゃって。解ってんのかしら?」
今の人類は喉元へナイフを突きつけられた状態だ。カンパニーの活躍で多少喉から離れはしたものの、相変わらずナイフが向けられていると言う事実は変わらないし、ナイフの持ち主は火星や月というこちらの手が届かない場所で増殖を続けている。夕呼には自分の庭から漸く追い出せるかもしれないという程度で勝ったつもりになれる、その彼らの思考が理解出来なかった。
「全ての状況はカンパニーを如何に味方につけられるか。噂通りの人間だったらまりもでもけしかければ良かったでしょうけど」
第4計画の立場は芳しくない。まず合衆国が主導していた第5計画が、昨年末に計画を下方修正した。他惑星への移民ではなく、地球周辺のラグランジュ点に居住可能なコロニーを建造し、そこへ人類を避難させると言うのだ。G弾の使用については明言を避けてはいたものの、同時にHI-MAERF計画の再始動に言及するなど、ユーラシア各国への大幅な歩み寄りが見られた。これにより対立候補であった第4計画は相対的に価値が低下、国連内における消極的賛成派の多くが中立へと戻ってしまった。加えて誘致に積極的だった日本帝国の状況も変わっている。大陸の状況が好転している現状、国土防衛に国連軍の戦力を期待していた当時とは異なり、むしろ他国の軍を受け入れている事は余計な軋轢となっている。特に帝国軍がカンパニー製の戦術機に戦力のほぼ全てが置き換えを完了した今では、むしろ国連軍が邪魔ですらある。
「そして榊首相は頼りにならない」
第4計画の最大の後援者と見なされている榊首相であるが、夕呼からすれば最も信用出来ない人物である。何しろ彼は国連軍の戦力を誘致する事こそが目的であり、第4計画そのものの有用性については関心が薄い。彼の目的は国家の存続と、国際社会における日本帝国の立場の確保であるから、それに計画が不要だと判断すれば躊躇無く切り捨てるだろう。まあ、捨てる際に泣きながら土下座くらいはするかもしれないが、政治家の謝罪などちり紙よりも価値がない。
この状況を打破するのに最も効果的なのは、彼ら全てに強い影響力を持つカンパニーに第4計画の価値を認識させ、彼らから強力な支援を勝ち取る事だ。その為に攻略すべき対象を直接確認した彼女の感想は先ほど述べた通りだ。
「誰よ、女にだらしないなんてデマ流したのは」
何度か彼女も見たことがある。あれは目的以外に全く関心が無い人間特有の、ある種狂気を孕んだ目だ。面会した最初こそ、こちらに関心と興奮を見せていたのだが、会話が始まれば直ぐにそんな態度は消し飛んでしまった。
「良いわよ、こっちの有用性を判らせればいいだけだもの。色仕掛けなんかよりよっぽど慣れてるわ!」
後の面会において、護衛として連れて行った神宮司まりもを見た長谷川の態度に、やはり色仕掛けで対処出来るのでは?と彼女は友人を差し出すか大いに悩むことになるが、それはまだ先の事である。
その日、アリスはこの世界に生み出されて以来最も高揚していた。元来戦闘特化型AIである彼女には感情の発露と言うものが求められていなかった事もあり、表面的な変化は乏しいが、その内は文字通り御祭り騒ぎになっている。
《姉様、お気持ちは判りますがもう少し落ち着かれては?》
彼女達の拠点にしてカンパニーが保有する重工業コロニー、インダストリアル1。その宇宙港で、アリスはかれこれ一時間近く直立不動で待機している。戦術機の運用を任務とする彼女達は基本的に出撃時以外は仕事が無い。故に彼女がこうして時間を無駄にしていても特に問題は発生しないが、同じと見なされている姉妹からすれば歓迎できる事ではなかった。
《何を言っているのですヴォークリンデ。私は冷静です、熱く燃えさかる程に》
《状況判断、それは冷静ではないとヴェルグリンデは認識します》
《経験の差ですね、貴女もいずれ理解出来るでしょう》
《このコントはいつまで続けるのですか?フロースヒルデはそう質問します》
表面上は無表情に、しかし中身は姦しく彼女達は会話を続ける。同一のプログラムから生み出された存在であるが、彼女達は敢えて思考に偏りが持たされている。これは制作者がより多様性を求めた結果だった。そもそもカンパニーの目的である、BETA駆逐による人類の救済において、彼女達は戦力的に見れば不要な存在と言える。戦術機の運用で言えば戦闘型ドロイドが存在するし、その指揮を執る戦術型ドロイドも用意されていて既に戦力として運用されている。態々更に上位機種を改造してまで戦闘用のドロイドとAIを用意する意味は薄い。では何故彼女達が生み出されたかと言えば、大別して二つの理由があった。
一つは表向き、人類の希望となる英雄を生み出すこと。もっとあけすけに言うならば、一般人という戦場の外に居る人々へ偶像を用意することで、カンパニーという無貌の軍勢を解りやすい正義の味方と思い込ませるためである。尤もこれは主人の意図を酌んだルクレツィアが彼女達が生み出された後に付加したついでであり、本当の目的はもう一つの方だ。
それは人類という脅威から主人を守る剣としての役割である。
今でこそカンパニーは技術的優位を確立しているし、主人の技能も人類の平均を大きく上回っているため大きな問題は起きていない。しかしあくまで平行世界の技術を神器で先取りしているだけであるカンパニーは根本的には技術開発能力を有しておらず、いずれ技術面で追いつかれることは明白である。更に現段階でも一部の突出した戦闘能力を持つ人類ならば彼女達の主人を殺傷できる事は既に立証されている。それらに対応するには、既に完成されていて、集団戦闘を前提とし、突出した個体への対処を苦手としている既存の戦術モデルには荷が重かった。そしてその上で全ての人類と手を取り合えると思う程主人は脳天気ではなかったし、それらの害意に無防備でいられる程自信家でもなかった。
ただ、そんなことは彼女達にとって正にどうでも良いことだ。闘争が存在理由である彼女達は、この楽園に自らを生み出してくれた主人に絶対の忠誠を誓っていたし、戦う相手をえり好みするような品のない事はしない。立ち塞がるならばそれは全て主人の障害であり排除すべき対象でしかないのだ。
「あーおいちっきゅうがあっぶないぞーっと」
そうこうしているうちに軌道上まで迎えに出ていた観測船――カンパニー内では空母と認識されているが――白瀬級の3番艦富士が入港し、調子外れの歌声と共に宇宙服に身を包んだ男性が桟橋へと降り立つ。整列していた彼女達は一糸乱れぬ動きで、その人物へ敬礼を送る。
「ああ、出迎え有り難う。…随分個性的だね?」
奇襲に成功した事を確信し、アリスは小躍りしたい程内心で感情を爆発させるが、それを噯にも出さず僅かな微笑みと共に告げる。
「はい、ご主人様。我々は対外的に露出する事も任務の範疇でありますから、同一の容姿は問題であると愚考しました。そしてその任務が偶像、即ちアイドルであるとの事でしたので、データベースより適した外観を設定しております」
その言葉が示すとおり、彼女達の容姿は方向性の差異はあるものの皆美少女と形容するに相応しい姿だった。
「え?でもルクレツィアと同モデルだったと?身長まで違わない?」
「外観については多少のカスタムを行っております。スペック上の低下はございませんのでご安心下さい。とフロースヒルデはお伝えします」
「補足。総じて人類は幼い容姿を持つ存在に好意的です。一方で加えて害意がある人物に対し現在の容姿は油断、侮りと言った隙を生み出す効果が期待出来るとヴェルグリンデは判断します」
「小型化によりリーチは12%低下しました。一方で戦闘用への最適化により反応速度が30%向上、行動速度も15%向上しております。総合性能では現フレームの方が優越しておりますから、ご安心下さい」
ヴォークリンデがそう笑顔で締めくくると、主人は曖昧な笑顔で頷いた。一応理解はしたものの、納得はしきれていないという事だろう。実に正しい判断であると彼女達は内心で称賛を送る。無論彼女達は嘘などついていない。しかし、全てを語ったわけでもない。例えば参照したデータベースは、主人のこれまでの対人反応を基にドロイド達で共有している、ご主人様の好みのタイプ(容姿編)であるし、成人前の身体的特徴のフレームが選ばれているのも、総じて主人の対応が寛容であった事が主な理由である。ちなみに彼女達が容姿をカスタムしたことを受け、ルクレツィアの何人かが容姿の差別化を提案、既に数十回にわたる激論を繰り広げているが、今のところ結論は出ていない。
「そ、そう?ならいいけど。それにしても悪いね、手柄を横取りしちゃって」
そう頭を下げる主人に対し、アリスが頭を振る。
「とんでもありません。今後を考慮するならばポイントがあって困るなどと言う事は無いのです。むしろご満足頂けるだけの数字を上げられなかった我々は叱責こそされど、謝って頂く身ではありません」
そう殊勝な態度を取るが、真っ赤な嘘である。そもそも今回の主人の遠征はアリスが立案したものだ。ルクレツィアより直々に教育を行われた彼女は忠誠心が極めて高く、既にその内容は崇拝の領域である。一方で生み出された理由と配置の条件から直接関わることは難しく、常に主人の側で戦いたいという欲求を抑えながら過ごしていた。そこに主人よりハイヴの攻略を言い渡された事で、彼女はとても良い事を思いついた。先ほど口にしたとおりポイントが多くて困る事はない。そして以前の作戦よりハイヴの中核である頭脳級の撃破ポイントは極めて高額である事も解っていた。そこで彼女は訴える。折角のボーナス対象を自身が撃破しては勿体ないのではないか、と。地球における戦況が小康状態であったことも後押しし、彼女の願いは叶えられる。そして今日、愛しの主人が彼女達の眼前に降臨することとなったのだ。
「そっか、有り難う。悪いけど少しの間宜しくね」
そう感謝を口にする主人に対し、珍しくアリスは感情を露わにする。
「お任せ下さい。必ずや勝利の栄光をご主人様に捧げます」
そう言って彼女は不敵に笑う。数日後月で一つのハイヴが文字通り壊滅し、長谷川は大量のポイントを抱えて帰還することになる。そしてその傍らには4人の姿があった。後にラインの乙女達と呼ばれる事となる彼女達が、その日初めて地球を踏みしめたのだ。
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41
「つまり世界各地で手綱が緩んでいると」
俺の言葉に対し、目の前に座った女性は達観した笑顔を浮かべながら頷いた。
「ええ、貴方達のおかげで我が国の計画は修正を余儀なくされました。それに付随していた我が社の計画にも影響が出るのは当然のことですね」
そう言って彼女は優雅に紅茶を飲んで見せた。
「難民解放戦線は南米とアラスカ。アラスカの方は国連のキャンプですかね?」
「でしょうね。ソ連側に入り込んでいる社員からの話ですと、あちらも御社の支援のおかげで随分と待遇が改善しているようですし、何より今更潜り込むとなればそちらの方が可能性があるでしょう。まあそちらでも上手く行くとは思えませんけれど」
国連が支援しているキャンプは主に北欧からの難民が主体だ。それも末期の文字通り着の身着のままで脱出したような層が多く、合衆国ですら持て余して国連に押しつけたような人達だからかなり扱いも悪かった。当初こちらにも移民の話を日本帝国を通じて持っていったのだが、反応が悪く流れてしまった。文字通りBETAに追われながら逃げてきた彼らにとって、地理的に少しでも連中の勢力圏に近づく事は抵抗があったのだろう。その後カンパニーが国連と同盟関係になったので大々的に食料や医療品の援助をしているから、少なくとも終末思想に傾倒するようなことは無いと思いたい。
「そちらの本社は何と?」
「主に長谷川様に情報を提供して恩を売ろうと言う勢力と、この状況を使って御社の勢力を少しでも削ろうという2つに分かれていますね。今のところ協力派がやや劣勢でしょうか」
「そちらとは話がついたものだと思っていたんだけどなぁ」
俺のぼやきに近い台詞に彼女は困った笑顔で応じる。
「大統領を先に引き込んだのが裏目でしたね、あれで計画強行派が根強く反発しています。最近では実験結果自体も妨害のためのプロパガンダではないかと疑っているようです」
「流石に合衆国お抱えの科学者を買収は出来ないよ」
「自分がしたことは相手もしてくる。そう考えるのが人間ですから」
「ああ、それは仕方ないね。それで、アラスカはそちらでなんとかなるのかな?」
そう聞くと彼女は無言で頷いた。それを見て俺は取敢えずアラスカの方はCIAに任せておくことにする。出来ると言うのだから期待くらいさせて貰うとしよう。南米の方も少々手が出しにくい。難民キャンプ向けとして支援物資は送っているが、大部分がキャンプの設営国に中抜きされている。なので近々こちらに引き取りたいのだが。
「となると問題は日本帝国国内だよなぁ」
民間向けの各種資源の供給や電力供給などで貢献した分、住民感情はそれ程悪くない筈なのだが、どうも俺達の事が気に入らない連中が結構いるらしい。目の前に座るCIAの工作員である彼女の口から出た情報だから、確度は折り紙付きだ。何しろ彼らはその反感を持っている連中を煽動して日本でクーデターを起こす準備をしていたから、内部情報を持ち出すくらい楽勝だ。んで、その情報によると、どうも俺が榊首相や煌武院のご当主とつるんで好き勝手やっているのが気に入らんらしい。まあ、本拠地を認めさせる際にも帝都襲撃を仄めかしたりしているし、応戦とは言え中隊規模の戦力を無力化しているから心象が悪いのはある程度仕方ない。でも機体の供与とか大陸派遣部隊への物資提供とか、結構協力してるんだけどなぁ。
「機体や物資に関しては最早賄賂扱いですね。尤も半分くらいは状況判断が出来ていますから、こちらが想定していた規模の反乱はまず起こらないでしょう。精々集まっても想定の3割に達すれば良い方かと」
それでもそんなに参加するんかい。
「あくまで彼らにとって最高の状況が揃ったならば、という仮定の上ですが」
「すっごく聞きたくないのに興味深い話だね」
そう返すと彼女は続きを口にした。
「そうですね。例えば大陸で帝国軍が大規模な被害を受けて、その原因が御社にあるですとか、あるいは人望ある中心人物が長谷川様の派閥によって更迭されるなどでしょうか」
何そのピンポイントで人名特定できそうな例え。思わず半眼になりながら彼女を見ると、すました顔で口を開く。
「大陸派遣軍を指揮していらっしゃる彩峰中将は、人間的には非常に優れた方と聞き及んでおります」
「つまり軍人としては不適当だと」
俺の言葉に彼女は笑みを深くする。
「人望、指揮能力共に平時の将ならば問題無いでしょう。けれど想定外の状況において、彼は致命的な欠点を持っていると我が社は評価しています」
彼女の言に俺は沈黙せざるをえなかった。事実原作において、彼はその失態を犯している。仮にこの戦争が人類同士のものであったらなら、彼の行いは軍人として正しく、評価されるべき行動だっただろう。軍人とは民を守る為に存在するのであり、その為に武器を持つのだから。だが、BETA相手となれば話は別だ。何せ同じ戦争とくくられているが、片方は命がけの交渉であるのに対し、もう一方は生き残りを賭けた生存競争なのだ。そこには戦えるか否かで、命の価値に明確な差が生まれる。はっきり言おう。戦える人間一人を犠牲にするならば、その100倍は救わなければ割に合わない。それがBETAと戦う戦場の実態だ。その上命じられた任務を放り出してとなれば、最早庇いようがない。軍は集団を統率して運用する事が大前提なのだから、下が勝手に動いてしまったら組織としての体をなさなくなってしまう。そう言う理屈よりも自身の信念を優先するのであれば、確かに軍人には向いていないのだろう。問題はそうした義だとか仁といったものを優先する人物の方が、日本では兵の受けが良く、名将と称えられる点だろう。俯瞰して見れば明らかな失態に対する処罰であっても、兵士の反発を招くのは確実だ。なんかすげえ爆弾抱えた気分になってきたぞ?
「我が国は御社を高く評価しております。お迎えする用意はいつでも調っております事をご承知おき下さい」
完璧な営業スマイルでそう告げてくる彼女に、俺はカップで表情を隠すことで応じる。それにしてもこのスパイ、最近もう捕まるの前提で侵入してませんかね?
「野分もとんでもなかったですが、雷は正に規格外ですね」
訓練を終えた鋭谷少尉は、スポーツドリンクを口に含みながら大岳大尉にそう話し掛ける。目を細めつつ先ほどまで自分達が使っていたシミュレーターを眺めていた大尉は短く息を吐くと彼の声に応じた。
「大陸で撃震に乗っていたのがウソのようだな」
「…あの時にコイツが。いえ、せめて野分があれば」
その言葉に思わず鋭谷はそう漏らす。彼等の所属していた隊は大陸派遣軍の中でも優秀な部類であり、それだけに損耗が激しい部隊の一つだった。1年間の派遣期間で構成員の7割が替わり、その内二度と顔を見ることが出来なくなった戦友の数は、両手では足りない。
「それは言うな」
語気を強めて放たれた大岳大尉の台詞に、鋭谷は視線を握ったボトルに落としながら沈黙で応じた。
「雷にも野分にも、俺達が大陸で学んだ戦訓が活かされている。それだけでも十分に、価値のある事だったんだ」
大岳大尉の言葉に、鋭谷は思い出すように口を開いた。
「戦術薬物がまともになるまでは酷かったそうですね。自分達の時ですら随分と“悪酔い”が出ていましたが」
BETAとの戦闘における心理的ストレスは尋常ではない。当然だろう、先ほどまで隣で戦っていた仲間が悲鳴を上げながら食い殺される様を見て平静を保てる人間など、まず存在しないからだ。こうしたストレスを強引に押さえ込む事を目的に各種薬剤が使用されるが、当然のようにこれらの効果は個人差がある。そして薬剤が効かなくても、効き過ぎても大抵はまともな最期にはならない。
「野分に更新されてからは使用量が10分の1以下だそうだ」
「冬期の戦闘も難儀しました。低温で機体の動きは制限されるし、おまけにあの視界不良。新入りがいつ地面とぶつかるかとヒヤヒヤしましたよ」
悪天候下における空間失調はベテランでも起こりうる。特に複雑な機動を取る戦闘中ならばなおのことだ。地面にぶつからないまでも、誤って高度を上げすぎレーザーに焼かれた新入りの悲鳴を鋭谷は未だに忘れることが出来ない。
「昨年の冬期作戦における事故機は0だ。0だぞ?整備の連中が興奮しながら話していたのをよく覚えている」
「そうだ!知ってますか、大尉。先月帰ってきた真田大尉の所の穴山中尉と斉藤少尉、今月結婚するそうですよ」
「そうか、大陸を見た衛士でも所帯を持とうと思える。俺達はそこまで帰ってきたんだな」
そう言って目を閉じる大岳大尉に対し、鋭谷は笑いながら言葉を掛ける。
「でも、まだまだ足りませんよね」
BETAによって奪われたもの、失ったもの。二度と戻らないものはあまりにも多く、そして未だ奪われたままのものは幾らでもある。
「ああ、そうだ。あんな連中に奪われたままになどするものか」
「どうしたこんなところで。大岳大尉、鋭谷少尉?」
大岳大尉が呟き終わると同時に休憩室から佐伯中佐が現れる。その足取りはしっかりしたもので、彼女が手足を疑似生体に置き換えているなど一目で気付ける者は居ないだろう。
「はっ、雷について少々話し込んでおりました」
「そうか、体力が余っているようなら付き合わんか?漸く調子が出てきたんだ」
嬉しそうに笑う彼女の顔を見て、二人は思わず苦笑する。彼女の笑顔もまた取り戻せたものの一つであったからだ。それが思わず逃げ出したくなる程の訓練と共に帰ってきたとしても歓迎すべき事であろう。
「はっ!了解しました!」
「何処までもお供させて頂きます!」
そう言って彼等は一頻り笑うと、再びシミュレーターへと歩き出したのだった。
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42
焼き付けるような暑さが支配し始めた6月のネバダ州、その一角に設けられた地下基地では、複数の男達が画面に映された図面を前に困惑していた。
「ハイネマン教授、これは一体?」
「一体も何も、見ての通りのだよ。本計画の目標である戦略航空機動要塞。その量産機の図面だ」
そう応えるとフランク・ハイネマン教授は機体についての説明を始める。
「試作機群を用いた試験で大凡のデータは揃った。要求されている今年度中の戦力化については試作1号から3号機を改修して充てるとしても、その後の量産機はアレと同じでは難しいだろう」
HI-MAERF計画によって生み出されたXG-70シリーズはその名が示すとおり、全高が130mに達する極めて巨大な機体だ。当初予定していた機能を満足させたことにより、現在人類が保有する戦力としては間違いなく最高クラスの性能を持つ一方、その生産性は劣悪の一言に尽きる。そもそもXG-70はハイヴへの単独侵攻及び制圧を目的としていたため、量産化されたとしてもその数は極少数であり、そのため性能を重視した設計となっているのだから無理からぬ事ではあるのだが。
「しかし教授。これは思い切りが良すぎるのでは?」
図面に描かれた寸法はどう見ても試作機の半分程だ、それでも気に入らないらしいハイネマン教授は鼻を鳴らす。
「これでもまだでかい。本当ならば戦術機くらいが理想なのだがね」
「確かに小型化は生産性を向上させるでしょう。しかしこれは些か…」
各人に配られた資料を眺めていた一人が唸る。それに続くように隣に居た別の者が口を開いた。
「搭載予定のVLSどころか防御火器の36ミリまで全て除外。主砲以外はカンパニー製の連装小型荷電粒子砲が僅かに2基。確かにこれならばペイロードは圧縮出来ますが、最初から積まない事を前提としては今後の拡張に不安が残ります」
そう懸念を示す男に、ハイネマン教授はつまらなそうに言い放つ。
「君、デパートとか好きなタイプかね?一つのものにあれこれと詰め込んだ所で良い結果になるとは限らんよ。兵器開発などその最たる例だ、限られたリソースを有効に活用する事が求められるんだからね。そもそも試作機に搭載した主砲と量産機に選定したものでは性能が違いすぎる、当然運用もだ」
威力こそ優越するものの、米国製の荷電粒子砲はカンパニー製のものに比べ遥かに完成度で負けている。特に収束率の調整が可能な点や、連射能力では足元にも及ばない。ハイネマンに言わせれば、あれこれと異なる武装を取り付けるより、この主砲を複数装備する方が余程柔軟に状況に対応出来ると確信していた。
「少々性急に過ぎませんか、教授。HI-MAERF計画は一度頓挫している。もう失敗は許されない」
「随分と暢気な発言だね」
深々と溜息を吐きながらハイネマン教授は続ける。
「この計画はのんびりと着実に進めるなんて贅沢はもう許されていないのだよ。何しろ人類は既に空飛ぶ荷電粒子砲を実用化しているんだからね」
彼の言葉に皆一様に黙り込む。昨年末にマンダレーで行われた反攻作戦。その最中に放たれた砲撃は国連から全世界に発信されており、当然のように彼等も目にしていた。悠々と空を進み、光条を放つその姿は正に彼等の思い描いた航空機動要塞の姿そのものだ。
「目撃された数、そしてこちらからの購入の打診に消極的である事を考慮すれば、カンパニーといえども容易に揃えられる兵器でない事が解る。そして今後合衆国が彼等と対等な関係を維持するには、これの量産配備が絶対条件だ」
既に戦術機という分野において合衆国は完全に後れを取っている。これ以上軍事的に後塵を拝したなら、政治面で影響を受けることになるのは明白だ。故に合衆国は独自に互角の兵器を配備出来る事を示さねばならない。
(幸いにしてミノフスキー物理学とやらは実物がある。リバースエンジニアリングは手間取るだろうが不可能ではない)
そして、カンパニー自体も軍事的一強になる事を忌避している節がある。でなければ態々弱みを握ってまで抱き込んだハイネマンを合衆国のプロジェクトにねじ込んだりはしないだろうし、国連から提供されたグレイシリーズを研究用と称して融通するなどあり得ない。
「最低でも年内に量産1号機を飛ばす。諸君もそのつもりでいてくれ」
ハイネマン教授は強く言い切った。
石見安芸は良くも悪くも今時の少女であり、その思考は年相応のものだ。はっきり言ってしまえば武家としての自覚も希薄で、幼い頃から許嫁が決められている友人の能登和泉や、譜代武家としてお堅く生きている篁唯依の生き方を、他人事として眺めながら生きてきた。だから突然自分が有力者の許嫁候補として送り出されると聞いた時も今一実感が湧かなかったし、その送り先で凡そ婦女子に味わわせるべきでない訓練を指示された際には、反感すら覚えた。
『ドーター6!空間識失調時は計器をよく見ろ!戦術機は貴様よりも遥かに正確だ!』
「ど、ドーター6っ!了解!」
急な加減速と複雑な機動を行う戦術機は、陸上で戦う兵器でありながら空間失調の危険を孕んでいる。特に雨天や降雪といった視界が著しく制限される環境では顕著で、安芸自身、既に5回地面に突っ込んでいる。
「ミギカラクルゾ、アキ」
「うわっち、こんのぉ!」
目の前のモニターにソリッドで構築された画像が重ねられ、低下していた視界が補正されると同時、言葉通りに機体の2時方向から突っ込んできた突撃級へと安芸は銃口を向けトリガーを引く。ビーム兵器独特の発射音が連続して響き、ビームマシンガンから放たれた弾丸は素早く突撃級の命を刈り取った。
「マダクル!マダクル!」
「解ってるよ!」
『ドーター3よりドーター5!ドーター6をカバー!ドーター7は12時方向要撃級を制圧!』
『『了解っ!』』
思わず怒鳴りながら安芸は内心歯噛みをする。友人達で編成された第一小隊。彼女はその中で唯依に次いで衛士適性が高いことが密かな自慢だった。機体の操作に慣れるのも早かった為、寧ろ訓練当初は志摩子や和泉に教えていた程だ。だと言うのに。
「邪魔すんなぁ!」
叩き付けた95式追加装甲が外殻を破壊し、突撃級を縫い止める。藻掻くそれを強引に押さえつけながら、その後方から迫っていた個体を射撃で吹き飛ばした。
『ドーター6っ!チェック3!!』
志摩子の悲鳴じみた声と同時に機体に衝撃が走る。視界が回転し、僅かな衝撃の後目の前一杯に曇天が広がる。その時になって安芸は、自機が突撃級に吹き飛ばされ仰向けに転がされたのだと理解した。
『ドーター6!安芸っ!早くっ――』
焦りからコールサインではなく名前を呼んで来る志摩子の声を何処か遠くに聞きながら安芸は唇を噛みしめる。モニター一杯に群がった要撃級の前腕が連続して振り下ろされ、彼女が戦死判定を受けたのは2分後の事だった。
「なんだよ、もうっ!」
解りやすくロッカーへ八つ当たりをしながら、石見安芸は涙をにじませた。強化装備を脱ぎもせずそうしていると、更衣室のドアが開き賀東教官が入って来る。そして彼女を見るなり感情のこもらない声音で言い放つ。
「何をしているのです、石見候補生。デブリーフィングまで時間がありませんよ」
「…すぐ行きます」
そう口にはするものの動き出さない安芸を見て、賀東教官が溜息を吐きながら口を開いた。
「不満があるならば聞きますが?」
建前上、安芸達は新しい衛士育成カリキュラムの検証モデルと言う事になっている。そのため研修内容に関する意見は生徒側である彼女達にも出す権利が与えられていた。
「いえ、ありません」
「不満の無い態度には見えないから聞いているのですけれど?」
そのあけすけな物言いに、この半年程で鬱憤を溜めていた安芸はとうとう切れた。
「じゃあ言わせて貰いますよ。なんで私がこんな目に遭わせられなきゃならないの?」
武家と一口にくくるのは簡単だが、その内情は様々だ。特に家格の低い外様は顕著で、国からの優遇を受けても、それなりに裕福な一般家庭と同レベルという家も多い。
「それは貴女が武家の娘で斯衛の候補生だからでしょう?」
安芸の言葉に賀東教官が呆れた様に返す。だがヒステリーを起こしてしまった安芸には通じない。
「義務、義務って!ただ武家に生まれたってだけでなんでそこまでしなきゃなんないのさ!親藩や譜代の家みたいに贔屓されてるならまだしも、ウチなんて大した優遇もされてないのに!」
それは武家の人間として、禁句とも言える言葉だった。しかし、同時に外様の子供達の大半が持っている潜在的な不満とも言えた。幼少期から家格による上下を見せつけられて育つ彼女達にとって、優遇されている武家と言うのは譜代以上の明確に差を感じさせる者達であり、武家でない家庭でも同じ生活が送れる自分達が特別であるという認識は薄い。そのため武家の責務や義務というものに対する責任感も希薄だ。
「いきなり良くわからない男の妾になれ?でなきゃ前線送り!?私が一体何をしたって言うんだよ!!」
先日斑鳩中佐から伝えられた内容は、候補生達にも伝えられている。それが彼女が爆発した原因であると推察しつつ、賀東教官は黙って見つめていた。正確に言えば沈黙を守らなければ、罵声と共に目の前の少女の頬を張ってしまう衝動を抑えられそうになかったのだ。成程、安芸にも一理はある。15の小娘に抱えさせる荷物としては重すぎるだろう。だがその言葉には、彼女の言う大した事の無い優遇を一体誰が補っていて、同じ程度の生活のために一般人がどれだけの努力を必要とするのかという思慮が致命的に欠落していた。
「良く解りました。貴女の意見は長谷川様に伝えておきます。着替えて早く部屋へ向かいなさい」
そう言い残して賀東教官は出て行く。残された安芸はベンチへ座り込むと、堪えきれずに嗚咽を漏らす。人気の無いロッカールームには静かにその音だけが流れていた。
では皆さん良いお年を。
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43
「他の子はどうなの?」
報告に来てくれた賀東さんにそう聞くと、如何にも敏腕秘書という感じで彼女は答える。
「はい、丹波候補生と周防候補生にも同じような兆候が見られます」
8人中3人か、半分近く駄目とか完全に失敗じゃねーか。
「困ったね。それにしても普通の衛士訓練校は凄いな」
技量的に落とさざるをえない人間以外は殆ど卒業できるとか、流石は専門機関だなと称賛したら賀東さんに微妙な顔で否定された。
「既存の衛士訓練校は薬物による感情抑制と催眠処置を前提にしていますから、心理的問題は基本的にない事になっています」
戦場に出ればそうした処置は当たり前だから、訓練校の段階でそっちの適性も見極めてるとか何とか。んで、中には耐性が低くて心身共にやっちゃう訓練生も出るらしいんだけど、薬物の使用を止めるわけにはいかないから、別の理由をでっち上げて退校処分にしてるらしい。なにそれ怖い。
「まあ、これまでの環境だと致し方ないのだろうね」
何せ薬物による問題が顕在化するよりも早く衛士が消耗されるからな。数を維持するにはそんなずっと後の事なんて気にしている余裕も無かったのだろう。だが今後もそれでは困る。何せ衛士の育成には馬鹿みたいに金がかかるのだ。たかだか20回程度の出撃でベテラン扱いなんて勘弁して欲しいし、初陣で大半が8分も持たずに戦死するなんて笑い話にもならない。何か良い案があるかと訪ねると、賀東さんは少し顎に手を当てた後に口を開いた。
「戦術機の搭乗適性が大幅に緩和されていますから、以前よりも衛士候補そのものの分母は大きくなっています。同時に第四世代機が主流となりつつある現状では既存の衛士の在任期間の長期化も期待出来ますね。むしろ薬物処置に頼らなくてもよいメンタルが重要な選考基準になるのではないでしょうか?」
「つまり、むしろ現状のカリキュラム内容で問題無いと」
「はい、速成で使い物になる衛士を前線に送ることを考えれば。という但し書きが付きますが」
今俺達がやっている訓練は、俺が仮想空間で受けたブートキャンプの超簡易版と言えるものだ。これは乱暴な言い方をすれば上官の命令を忠実に熟すことが出来る兵士を生産する訓練で、既存の衛士育成のカリキュラムに比べ操縦技能を重視した分、作戦立案や部隊指揮といった部分を大幅に削っている。なんでこんな極端な事をしたかと言えば話は単純で、新兵の育成期間が圧倒的に不足しているからだ。何しろ兵士としての訓練をしつつ、分隊指揮についても同時に学ぶという悪魔のようなスケジュールだ。それを僅か3年でやれと言われれば、兵士の質だって下がるというものである。尤もこれはBETA大戦においては許容しなければならない問題でもある。何せ投入した戦術機部隊が小隊単位で喪失するのが恒常的に起きるのだから、部隊単位での補充が標準的な戦力の回復手段になる。加えてBETA相手の戦闘は高確率で乱戦となるため、小隊長が指揮に専念出来る状況の方が希なのだ。そのような状況下でも統制を失わず、かつ連携が取れるようにという事から決定された教育内容なのだ。つまり、個人の技量なんて多少良くなっても物量の前には無力だから、それよりも連携能力を強化して部隊単位の生存性を上げようという方針なのだが、ウチ製の戦術機や攻撃機が出回った事で環境が大きく変わっている。
まず、損耗を補填するための部隊の入れ替えが大幅に減り、多くのベテランが生存する環境が整いつつある。このため多数の新兵を少数のベテランがお守りをするという状況が減っていて、新兵が隊を掌握しなければならないということ自体が起きなくなっている。加えて新型戦術機による強力な火砲の先制打撃と堅牢な防御能力による被撃墜リスクの低下は部隊全体に余裕をもたせ、指揮官が部隊指揮に専念出来るようになりつつある。こうした変化に伴い、新兵に求められる能力も未熟ながら何でもこなせる器用貧乏よりも、ベテラン指揮官の指示内容を忠実に実行できるプロフェッショナルの方が都合が良くなってきているのだ。無論全部出来た方が良いのは変わらないから訓練期間が今より大幅に延長されればそうした教育もするのだが、現在の3年では一人前に戦術機を扱えるようにする程度が限界だし、更に短い1年でどうにかしろなんて言われたら推して知るべしというものだ。
「訓練について行けないのなら仕方がない。と言いたいけれどね」
問題はその後の彼女達の処遇だ。落第して転科処分ならば良い。現状斯衛の機械化歩兵部隊が前線に展開するなんて事は絶対にあり得ないからだ。最も悪いのは、斯衛流に再教育をされて戦場に放り出される事だろう。何せ旧式の強化装備を身につけさせれば、遠隔で薬物投与や催眠処置の発動が可能なのだ。このまま放り出せば確実に薬漬けの衛士モドキに仕立て上げられるに違いない。何しろただでさえ使い捨て感覚で送られてきたような子達だ、城内省の良心に期待する方が間違っている。俺は深々と溜息を吐き、結論を下す。
「安請け合いはするもんじゃないね。精神面はともかく技量は高い、そして年齢的にもまだまだ伸び盛りだ。是非ウチの社員に欲しい」
そう言うと驚いた顔をする賀東さん。
「随分買われているのですね」
いいえ、ただの言い訳です。
「今から育てていけば、アグレッサー役には適任だ。新型のテストパイロットも多い方が何かと都合が良いしね」
ついでだから暫く戻らなくて良い理由もでっち上げようか。
「それから空間運用試験が最終段階に入っていたよね?確か最後は有人での運用試験だったと思うから、彼女達に参加して貰おう」
勿論そんな試験なんてしていない。
「承知しました。ニューエデンに彼女達の宿舎を用意いたします」
ルクレツィアの言葉に黙って頷く。ニューエデンは国連に解放している方のコロニーだ。そちらで活動すれば対外的に非常に有名になる事は間違いない。そうなればいくら城内省でも簡単に返せとは言えないと思いたい。
「…お手つきにはしてあげないのですか?」
賀東さんの問いに俺は眉を寄せた。それが一番簡単な取り込み方だとは解っているんだけどさ。
「何度も言うけど、嫌がる娘を無理矢理手篭めにして喜べる程悪趣味じゃないよ」
まあ、本人達が承知しているなら、将来的にそう言う関係になるのは吝かじゃないけどね。俺だって性欲はあるし。
「ではそちらも覚悟しておいて下さい」
さらりととんでもない事を言ってのける賀東さんの顔を思わず見てしまう。あかん、あれは本気で言っている目だ。
「ねえ、長谷川会長って本当に人間?」
支給されたパソコンを前にミラ・ブリッジスはそう口にする。それに反応したのは横に座る新名菖蒲だった。
「なんですか、いきなり」
「ノワキは辛うじて納得できる範囲だわ。革新的すぎる技術に目を瞑れば、あれはまだ戦術機の範囲だもの。けれどイカヅチは完全に異質よ」
「それは確かに、根本から構造が違いますけど。それが何故会長が人間かなんて話になるんですか?」
険しい表情でモニターを見つめるミラに対し、新名が問い返す。
「貴女達は少しここに染まりすぎているみたいね。見てご覧なさい」
そう言ってミラは映し出されているイカヅチの3Dモデルを指した。
「この機体はBETAとの戦闘を想定して設計されていないわ。そうね、少なくとも自機と同程度のサイズ。いえ、恐らく自機と同じ兵器と戦う事を想定して設計されている。合衆国ですら従来機の延長に付与した能力を、この機体は前提にしているのよ」
言いながら彼女は手早くモデルを操作し内部骨格のみの姿に変える。
「それだけじゃないわ。イカヅチには不自然な接続や内部スペースが存在するのよ。まるでこの形以外にも姿があるみたいにね」
「別の姿?」
ミラの突飛な発言に新名は目を白黒させながら、何とかそれだけを口にする。彼女は決して愚鈍な人間ではないが、流石に戦術機が変形するなどというのは想像の埒外だったのだ。むしろ変形という概念を思いつけたミラが異質と言えた。
「非常識な技術にばかり目が向いているけれど、彼の本当に奇妙な点は私達人類が持っていない概念を成熟した状態で世に送り出している事だわ。貴女達が設計したっていうショウキだってそうよ?機体そのものを全てコンポーネント化して組み替えて運用しようなんて、普通思いついても実行しないし、実用出来る兵器にするまでにどれだけの予算と時間が掛かるか想像も付かない。けれど貴女達が設計する段階では既に規格が整えられていて、部品が即時要求できるだけの用意が出来ていた。もう一度言うわね、彼は本当に私達と同じ人間なのかしら?」
「長谷川会長がBETAだとでも言うんですか?」
ミラの真剣な表情に新名はそう言い返した。彼女にとって解りやすい異質な存在がそれだったからだ。新名の言葉にミラは肩を竦めて口を開く。
「もしそうなら人類はオシマイね、BETAに頼ってBETAと戦ってるんですもの。でも案外合っているかもね?」
「どう言うことです?」
「人類に敵対的な異星起源種が居るなら、友好的な宇宙人がいてもおかしくないんじゃないかってこと。…だから気をつけた方が良いわね」
理解できていない新名に対し、ミラは真剣な表情で告げる。
「姿形が同じでも、彼が私達と同じ論理で動いているとは限らないという事よ。もし無自覚に彼の逆鱗に触れてしまって人類の敵になんてなられたら?笑い話にもならないわ」
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44
八月のアラビア半島は文字通り刺すような陽光に照らされていた。その中を砂塵を巻き上げながら光沢を放つ白色の機体が疾駆する。旧ティグリート近郊、かつてユーフラテス川の側で栄えた町は瓦礫一つ残さず均されている。その風景へ無感動な視線を送りながら、ヴォークリンデは僚機へ通信を行った。
「周囲の敵性反応消失。北上しますか?」
『いえ、このくらいで良いでしょう。あくまでこれは助攻ですし』
『意見具申、ボパール攻略後はアンバールへの攻撃が想定されます。可能な限り侵攻すべきだとヴェルグリンデは思考します』
『けれどヴェル姉様、既に手持ちのグランドソナーは20%を切っています。これ以上防衛線を拡大しても維持が困難であるとフローズヒルデはそう判断します』
悩ましい所だとヴォークリンデは考える。ここ二ヶ月の戦いでアラビア半島全域のBETA駆逐には成功した。共同で戦線を構築している聖戦連合側も順調で、現在人類はユーフラテス川沿いまで戦線を押し上げる事に成功していた。カンパニーはバグダットとバスラに要塞を構築中で、バグダット要塞が完成すればアンバールに存在するH09の喉元に迫ることになる。問題は先ほどのフローズヒルデの言葉通り、物資が不足し始めている事だろう。想定よりもBETAの再侵攻が激しく、敷設したグランドソナーが頻繁に破壊されているのに加え、聖戦連合側の支援に陸上戦艦と攻撃機を投入したために、弾薬も不足し始めている。本部へ物資の追加は申請しているものの、あくまでボパール攻略のための助攻である事を考慮すれば、こちらに物資を回すために本作戦が遅延しては本末転倒だ。そしてどうやら長女もヴォークリンデと同意見のようで、諭すようにヴェルグリンデへ口を開いた。
『ヴェルグリンデ。気持ちは判りますが、フローズヒルデの言うように手持ちの戦力もそろそろ不足し始めます。本部から増援が望めない現状、あまり燥ぎ過ぎて余計な厄介ごとを呼び込むべきではありません』
既に目立つ機体を駆る彼女達は、その圧倒的な戦闘能力と相まって聖戦連合の士気を大いに上げている。だが、其の所為でハイヴ攻略を夢想する者が激増したことで、聖戦連合内の統制に綻びが生まれつつあった。特に問題なのがイラクやシリアの部隊で、彼等はカンパニーの戦力を中核としてハイヴ攻略を主張している。だがヴェルグリンデ達にしてみれば、満足に包囲も出来ない現状では反応炉の破壊で手一杯になる事は目に見えていた。しかも現在行っている間引きの状況からすれば、アンバールには想定よりも遥かに大量のBETAが存在している可能性が高い。反応炉破壊後にそれらが別ハイヴへ逃亡する事は確実で、最有力候補は最寄りのボパールになる。
『こちらもこちらの都合で攻略目標を決めていますから、彼等の主張が解らないではないのですけれど』
困った声音でそうアリスが溜息を吐く。彼女の言う通り眼前に故郷の奪還という悲願がちらつけば、冷静でいられないのも頷ける話ではあるのだ。
『悩める状況ではないとフローズヒルデはそう考えます』
『肯定、こちらの戦力を中核などと言っていますが、事実上攻略に必要な戦力の80%以上をカンパニーが負担する必要があります。ならば我々の都合が優先されて然るべきだとヴェルグリンデも考えます』
『結論が出ましたね。今日の間引きはここまで、基地に帰還しましょう。全機警戒は厳に』
『『了解』』
結論が出てしまえば元AIである彼女達の行動は早い。即座に陣形を組み直すと、基地へ向かい移動を開始する。その最中、ヴォークリンデは部隊長にして長女たるアリスへ向かって通信を送った。
「アリス姉様。先ほどの増援の件ですが、何とか戦術機、可能であればビーム兵器対応型を送って頂く訳にはいきませんでしょうか?」
『貴女も気になりますか、ヴォークリンデ』
返ってきたアリスの言葉に、ヴォークリンデは自然と頷いた。
「はい、率直に申し上げてこの地のBETAの行動は異常です。当初はこちらの戦力不足によるものかと考えたのですが」
『それにしては反応が鈍すぎる。そう言いたいのでしょう?私もそう思います。連中は愚かではありますが、無知ではない。少なくとも二ヶ月に渡って何の対策も無く戦力を削られ続けるなんて事は、月ではあり得なかった』
「ハイヴ内と外部の違いとも考えましたが、それにしても対応に時間が掛かりすぎています」
雲霞のごとく押し寄せるBETAの大群を、この地で吹き飛ばした回数は既に10を超える。だというのに連中は変わらない編成と戦法でひたすらに押し寄せてくるのだ。それを笑って見過ごせる程彼女達は楽観的ではなかった。
『私達はどうとでもなるでしょうが、問題は聖戦連合の方ですね』
何しろ個体の戦力で評価するならば彼女達は間違いなく地球上で最強であるし、彼女達が率いている戦力は全てカンパニーで製造されたドロイドだ。壊滅的な被害を被ったとしても人的被害は皆無であるし、その様な場合でも彼女達だけならば逃亡も容易だ。何しろ人目さえ気にしなくて良いのなら、雷は無補給で地球を一周しても御釣りが来る航続力を有しているからである。だが聖戦連合側はそんな都合の良い集団ではない。
「仮にこの行動が連中の戦術であるならば、彼等が狙われる可能性が高いかと。その場合、現状の戦力だけでは対象の完全防衛は不可能と言わざるを得ません」
現在彼女達は4個師団の戦力を有しているが、その内3個師団は攻撃機の部隊だ。機動力と打撃力に優れる一方で弾薬の消耗が激しく、継戦能力に劣る攻撃機はその名の通り攻勢には向くものの、防衛目標を抱えた上での守備には不安が残る機体である。無論カンパニーから支援を受けている聖戦連合の戦力が無力な訳ではないが、BETAがこちらの想定を超えた何らかの攻勢に出た場合となれば、耐えきれると考える方が楽観に過ぎるだろう。
『そうね、旧型機を配備している部隊を確認して、緊急時には即応出来る位置へこちらの戦術機部隊を配置しましょう。増援は野分ならば幾らか余裕があるかもしれません。木星輸送船団の増強も今回のポイントで行ったそうですから』
その言葉にヴォークリンデは少しだけ自身の気持ちが上向くのを感じた。雷を含む核融合炉搭載兵器の問題点であったヘリウム3の獲得状況は順調に改善されつつある。カンパニーの戦力が本格的に雷へ移行するのにそれ程時間は掛からないだろう。そう考えていると、珍しく喜色を含んだ声音でヴェルグリンデが告げて来た。
『報告。共有データベースの更新を確認しました。ブリッジス女史の担当していた新型機の基礎設計が完了したようです。これは我々にとって吉報であるとヴェルグリンデは判断します』
『例のML機関搭載機ですか』
報告を聞いたアリスが感嘆の声を上げた。ミラ・ブリッジスがカンパニーに本格的に参加するようになってまだ3ヶ月だ。戦術機の設計が年単位の時間を要する事を考慮すれば正に驚異的な開発速度と言えた。尤もミラに対してそう称賛を送れば、彼女は苦虫を噛み潰したような表情になるかもしれない。何しろカンパニーが用意している設計環境は、たった1年で数十機のMSを設計してのけたCAD・CAMシステムを中心としているからだ。このシステムの特徴は、内包されたデータベースに基づき、殆ど全ての設計を自動で行える事だ。極端な話、設計者が目標とする数値を打ち込めば、材料の選定から形状の決定までを過去のデータを参考に全て行ってくれるのだ。ミラ達の様な開発者にしてみれば、システムが出した結果をかすめ取って称賛された気分になるだろう。
だが実際は異なる。何故ならデータベースに存在しない機構や構造は設計者が構築する必要があるし、各種パーツが勝手に描き上がったとしてもそれを最終的に一つの機体としてまとめ上げるには、やはり設計者の手が必要になるからだ。特に人が乗り込んで扱う装備となればその傾向は顕著だ。利用者の言語化、数値化出来ない要求をくみ取って機体に反映させるなどという事は、未だシステムには荷が重い作業である。
「まだ空間跳躍能力は獲得していないようですが、ラザフォード・フィールドの存在は魅力的ですね」
『ええ、ただ問題はグレイ・イレブンの安定供給でしょうね。太陽系内でそれなりに確保出来るといっても無尽蔵とはいきませんし。正直に言って核融合炉搭載機と同等の生産性を獲得出来るのは随分先になりそうですね』
そもそも現状カンパニーは表向きグレイシリーズを保有していない。例え完成しても投入出来るのはボパールのH13以降だろうとアリスは続ける。
『雷も良い機体ですが新型機も気になります、とフローズヒルデは期待します』
『同意、雷は既に私達の反応速度に対し遅延を発生させています。状況改善の為にも新型機の受領をヴェルグリンデは強く希望します』
『伺ってはみましょう。けれど今は目の前の事に集中なさい』
妹二人の言葉にアリスは苦笑しつつ、そう戒めの言葉を放つ。ヴォークリンデも気を引き締めつつ、その言葉に深く同意した。扱いを間違えれば人類を滅亡に追い込みかねない力を持つ兵器。それを操ると言うならば、せめて人類の守護者を嘯ける程度の義務は負うべきなのだから。
私生活が少々立て込んでおりまして、更新が不定期になります。
大変申し訳ありません。
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45
強張った顔で無理矢理笑みを浮かべながら、こちらを見つめてくる山城上総を前にして、俺は内心で溜息を吐いた。城内省さぁ、もうちょっと人選何とかならんかったのかい?
「如何でしょうか」
そう口にする彼女に向かって、俺は腕を組みながら言い返す。
「如何と言われてもね。我が社としても信頼して預けて頂いている以上、そう簡単には頷けないよ。それに君はまだ未成年だろう?」
そう俺が言えば、山城候補生は挑戦的な笑みを浮かべた。
「ええ、長谷川様が女好きと言う噂を信頼して預けられておりますね。お手つきどころか誰一人口説かれてもいない現状に今頃大いに焦れている事でしょう」
「君は中々良い性格をしているね」
「お褒めの言葉と受け取らせて頂きます。どうでしょうか、私を雇っては頂けませんか?」
「簡単に言ってくれる」
そう言って隠しもせずに俺は溜息を吐くと、彼女は笑みを崩さぬまま言葉を続けた。
「既に石見さん達と言う前例があります。それにこれはカンパニーにとってもメリットがあると自負しております」
ほほう。
「いいよ、続けて?」
「私達が新カリキュラムのテストケースとして訓練を開始して10ヶ月が経過しました。けれど長谷川様が望んでいる及第点に届いている者は一人も居ない。戦場見学に連れて行けるボーダーに私と篁さんがギリギリ引っかかっているという所でしょうか?けれど後2ヶ月で約束の期限です。宇宙の石見さん達はともかく、残った人間は戦場に送らない訳にいきません。そこで私です」
「正直に言えば賢い選択とは思えないよ」
元々彼女達を戦場へ送り出すと言うのは、俺が手を出しやすくするために付け足された要因に過ぎない。最悪全員俺が気に入ったことにしてしまえば良い話でもある。ただその場合戦場へ出ない代わりに彼女達の価値は終わる。複数の少女を喜んで手元に置く好色家の下にいた娘が身綺麗なままだなどと思う程世間は優しくないし、面子で生きている連中のお下がりに対する扱いなど想像に難くない。そして厄介なのが、この世界を救ったとして、その後俺はどうなるのかが全く不明だと言う事だ。俺は良い。どうせ偶然拾った命だ、消えてしまったとしてもこの巫山戯たバッドエンドの世界を変えられたなら価値もあると思える。けれど残された彼女達はどうなる?そう考えてしまうと、ハーレムだなんだと浮かれられる程俺は楽観できない。
「そうでしょうか?押しつけられた事とは言え、与えられた任務を果たすことなくおめおめと戻った外様の小娘の扱いなど容易に想像がつきませんか?」
「良案だと判断します。お受けしましょう、長谷川様」
だからといって徒に戦場に放り込むのも違うと考え、思い悩んでいると横からそう声がした。見れば替わりのお茶を淹れてくれたルクレツィアが、カップを置きながらそう微笑みながら口を開く。
「いずれにしても後進を育てることは重要です。彼女は兵士以外でも優秀な人材ですからこれは我々にとっても十分に良い取引です」
「酷い話だ」
優秀な人材を手元に置くために斯衛から引き抜く。どう言ったところで気に入った娘を囲う外向けの言い訳にしか聞こえない。だが、少なくとも彼女達を送り込んできた連中の目的は達成される。そうなれば残りの子達にも可能性はあるわけだから、無理に戦場へ送るよりも出来るだけ長くカンパニーで研修させた方が得策だと考えても不思議ではない。そこへこちらから訓練期間の延長を申し込めば喜んで首を縦に振るだろう。カンパニーというか俺のメリットは、彼女達を危険に晒さない事と、しっかりこちらに染まった人材を帝国内に送り込めるという点だろうか。こちらからの持ち出しが多いように思えるが、元々真面目に商売をしている訳でもない。
(それにもうちょっと隙を見せないといかんしなぁ)
少し前にルクレツィアから報告があったブリッジス女史の発言を思い返して、密かに溜息を吐く。チート使ってるから気味が悪いと思われても仕方ないけど、BETAモドキ呼ばわりはあんまりだよ。俺ってそんなに人間味が薄いかね?気になって山城さんをつい見てしまうが、そこには変わらず笑顔で座る彼女がいるだけだ。うん、わかんね。
「確かに、時間は有限なんだから後任は必要か」
大きく息を吐きながら、俺はそう納得する。正直そっち方面の技術も少しずつ獲得はしているから、その気になれば100年単位での延命も出来る。ただまあ施術後はナニカサレタ状態に極めて近いので、万一にも模倣されて粗悪品の量産なんぞされたら目も当てられない。故に出来れば本当に最後の手段にしたいと言うのが俺の考えだ。諦めと妥協のない交ぜになった気持ちで端末を操作していると、山城さんちの娘さんがトンデモねえ事を口走る。
「あら、手は出してくださらないのですか?」
「っ!?」
含んでいたお茶を強引に飲み込んで噴き出すのを堪える。いきなりなんば言いよっとね、この娘っこは!?
「冗談にしてもそういうのは感心しないな」
平静を装ってそう返すが、彼女は笑みを崩さぬまま答える。
「本気ですよ。少なくとも伺っていたような方ではない事は理解しましたし。それに…」
「それに?」
「誰かの御負け扱いは真っ平御免ですが、正室なら射止める意味も価値も十二分過ぎます」
そう言って笑みを深める彼女を見て、俺は心底女って怖いと思うのだった。
国連所属スペースコロニー、ヘイヴン1。日本帝国から貸与されているこのコロニーには幾つかの進入禁止区域が存在する。その一つであり、カンパニー専用の宇宙港である、第6宇宙港に石見安芸は立っていた。
「アキ、ネルナ!ネルナ!」
足下を転がっていた緑色の球体ロボットがそう姦しく騒ぎながら耳のようなパーツを使って器用に飛び跳ねる。安芸は溜息を一つ吐くとそれを睨み付けながら口を開いた。
「うっさい寝てないよ。てかアンタも美波や蘭子の子みたいに大人しくしてろ!」
そう言って視線を向けた先には困り顔で立っている同級生、正確に言えばカンパニーに嘱託として斯衛から名目上派遣されている同僚の丹波美波と周防蘭子の二人が居た。彼女達も同じように緑色の球体を抱えてはいるが、どちらも大人しく腕の中に収まっている。
「元気なのは好い事じゃないかな?」
「ペットは飼い主に似ると言いますし」
「蘭子、それは私がやかましいと言いたいのかな?」
「「あはははは」」
否定せずに控えめな笑い声で応じる二人に安芸は盛大に肩を落として見せる。その程度の冗談が通じる程度には、彼女達は打ち解けていた。
「それにしてももう実機が届くなんて、カンパニーの技術はどうなっているのかしら?」
話題を逸らそうと考えたのか、丹波がそう口にする。
「確かにね。毎年新型機を造るとか、コロニーだっけ?こんなの宇宙に浮かべちゃうとか滅茶苦茶だよ」
「その恩恵に与っている身としては正直有り難い半分、恐ろしさも感じるわね」
抱えている球体ロボットを撫でながら周防も溜息交じりに丹波と安芸の言葉に同意してきた。それに対し安芸達も頷いて見せる。異質な存在であったカンパニーは、内に入ってみれば最早滅茶苦茶としか表現の出来ない組織だった。どこからともなく湧いてくるとしか表現の出来ない資源を背景に大量の兵器群を生産しているだけに留まらず、聞いた事も無いような技術や新素材を保有しているなどという、外からでも解る部分のおかしさなど彼等にしてみれば、見せても構わない程度の異常さだったのだ。兵器が全て完全に自動生産されている上に、それを扱う側ですら、ほぼ全てがドロイドと呼ばれる人間大の自立作業機によって賄われていると知った時の彼女達の衝撃は計り知れない。
「もう全部カンパニーに任せちゃえば良いんじゃないの?」
その事実を伝えられた瞬間、安芸などは思わずそう口にしてしまった程だ。今でこそ失言であったと理解し、恥じてもいるが、当時の彼女の心理状況からすれば無理からぬ言葉でもあった。何しろすでに人命を危険に晒さずとも良い方法が確立されているのだ、なのに何故自分達が辛く苦しい思いをしなければならないのかと考えるのは自然な反応とも言える。それに対して長谷川代表は困った顔をしながら諭すように言葉を紡ぐ。
「もし私が神様みたいなものだったら、あるいは君の願いを叶えてあげられたかもしれない。けれど残念ながら私はちょっと特殊でもただの人間でね。永遠に生きられるわけでも無ければ無限に技術を生み出せもしない。それにね、情けない話私自身が私を信用しきれないんだ。ある日突然人類を見限って自分だけ逃げる。そんな可能性を否定しきれない以上、私が居なくても人がBETAと戦い続けることが出来るだけの道筋くらいは残すのが、せめてもの仁義と言う奴じゃないかと思うんだ」
「強いよなぁ」
エアロックを抜けて宇宙港へ静かに入港してくる宇宙戦艦を見ながら、長谷川の言葉を思い出し安芸が呟く。我が身可愛さに訓練から落とされることを承知した安芸達にとって、その姿はとても眩しく見えた。そしてそれは確かな火種となって、残っていた彼女達の自尊心を熾らせた。
「すぐ戻るなんて、虫の良いことは言えない。けど必ず」
仲間の下へ戻る。最後の言葉を安芸はそっと胸に秘めた。今の自分にそれを口にする資格は無いと思ったからだ。
「まずはこの任務を完璧にこなす。話はそれからだ」
飛び回っていた球体ロボットを捕まえると、安芸は力強く一歩を踏み出した。
肉体労働職に転向したためライフが尽きています。
申し訳ありませんが再開は今暫くお待ちください。
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46
重慶。かつて長江と嘉陵江との合流点に栄えた都市は、今やその名を地図にのみ残している。BETAとの戦いにより荒廃した都市は、その後居座った彼等により、文字通り根こそぎ均されてしまったからだ。そこへ我が物顔で屹立する、醜悪なオブジェの監視映像へ視線を送りながら、ホワン大佐は方面軍司令の言葉を思い出していた。
「国連軍から正式に連絡があった。彼等のボパール攻略は2ヶ月後だそうだ」
妥当な判断だとホワンは考えた。BETA共と重金属のおかげで大陸の気象状況はひどく悪い。重慶などの内陸部は比較的影響が少ないが、海岸からの影響を受けやすいインド亜大陸は気温が上昇するこれからの季節、正に滝のような豪雨に連日見舞われる事となる。視界不良もさることながら、BETAによって削られた大地は水はけも悪く容易に戦場を水没させる。戦術機を運用する人間からすれば、控えめに言っても遠慮したい環境だ。それを考慮すれば、4月と言う日程は天候の影響を受けにくいギリギリのタイミングである。本格的なハイヴ攻略のために、目一杯戦力を整える腹づもりなのだろうとホワンは推測した。
「かの企業には我々も並々ならぬ借りがある。そこで我が軍はボパール攻略の側面支援として、重慶への大規模攻勢を行う事が決定した」
(そう来たか)
歪みそうになる表情筋を精神力で強引に彼女は抑え込んだ。73年のBETA地球到達以来祖国は苦汁を飲まされ続けていたが、カンパニーの支援を受けて以降劇的に状況は改善している。そう、国家としての面子を取り繕おうと欲を出すくらいには。
「それは従来よりも1歩踏み込んでの間引き、と捉えて宜しいでしょうか?」
現在でも定期的な間引きは実施されている。それも従来よりも早いサイクルでだ。これは野分の配備が進んだ事に加え、既存の他兵科も鍾馗に更新されつつあるからだ。
「ああ、大筋はその認識で構わない。懐にも余裕ができつつあるのだ、恩返しもすべきだろう」
野分と鍾馗の配備によって人的損耗もさることながら、劇的に改善したのは装備の喪失量だろう。何しろ出撃すれば半分も帰還しないことがザラにある機甲部隊や、間引きにおいては損耗が跳ね上がる戦術機の喪失数が文字通り桁違いに減ったのだ。同じ補給であっても、新造と補修部品のみでは生産にかかる負担も大きく変わる。補充の負担低減は新規配備数、機体更新の拡大へとつながり、より拡充された戦力により被害が更に減ると言う好循環が生まれつつあった。
「これの性能も良好なのだろう?」
そう言って司令官は手にした報告書を振ってみせる。そこには97式戦術突撃砲という名が記されていた。
「はい、10%近く弾薬の使用量が減っております。射程が延びた事が大きいようです」
97式は今年に入って本格的に配備の始まった統一中華戦線の新型突撃砲だ。新型とは言うものの、使用弾薬は共通弾薬の36ミリ、基本的な構造も従来の82式と大きな変化は無い。では何が変わったかと言えば、銃身の延長と銃床部の延長という一見僅かなものだが、その効果は劇的だった。理屈としては単純である。そもそも既存の突撃砲は36ミリ砲弾の能力を殆ど発揮していないからだ。支援突撃砲を見れば解るとおり、本来36ミリは戦車級以下の小型目標に対してならば10000mの有効射程を確保出来るだけの性能が与えられている。ところが突撃砲ではその半分にも満たない能力しか発揮していない。それは何故か、単に戦術機が脆弱過ぎるからである。本来の性能を発揮するためには支援突撃砲と同等の砲身が必要なのだが、近接火器としてそのような大型火器を振り回すにはトルクが足りず、かといって取り回しの為に軽量化したならば、想定される連続射撃に砲身が耐えられない。このため突撃砲では砲身を短小化する事で投射量と運用性を両立させたのだ。だがそれは同時に射程の低下と発射時の反動増大による集弾性の悪化を招くことになる。一般的に突撃砲の射程は4000mとされている。しかしこれは最大射程の事であり、有効射程となれば3000m。更に狙った場所へ当てるならば1000mまで引きつけると言うのが前線での常識だ。これは発砲開始からBETAが自機までたどり着くのに60秒程と言う事だ。文字通り大地を埋め尽くし雪崩のように押し寄せてくる相手に対し、これを長いと感じられる人間は少数だろう。無論設計者側にも言い分はある。確かに精度はお世辞にも良いとは言えないが、そもそも戦術機は常に動き回って戦う事が想定されているし、砲弾そのものは十分な殺傷能力を有している。多少当たり所が悪かろうともBETAを殺すには事足りるのだ。第一根本的な問題は戦術機側にあるのだから、改善にも限界がある。結果として今日までこの問題は棚上げされていたわけだが、カンパニーと言う異物が混入することでこれらの事情が一変する。何しろカンパニーが送り出している戦術機は従来の機体と比べるのも馬鹿らしい程のトルクを確保しているからだ。
「素晴らしい。間違い無く流れは良い方向へ向かっていると言うわけだ」
そこまで言うと司令官は皮肉気に口元を歪ませ、ホアン大佐へ手招きをする。察して彼女が近づけば、司令官は忌々しげな声で耳打ちをしてきた。
「今回の作戦は共産党派閥の急進派共が言いだした事だ。連中どうも世界初のハイヴ攻略という手柄が欲しくなったらしい」
初動の失態もあって国連においても中華統一戦線の発言権は極めて低い。常任理事国に名前こそ連ねてはいるものの、国内が呉越同舟の様相であるために任命される大使も頻繁に入れ替わる。そしてそのたびに意見が二転三転するものだから、他国からはまともに付き合える相手ではないと見なされている。それでも国連からの支援が途切れないのは彼等がBETAに屈すれば、人類はユーラシア大陸を完全に失陥してしまうという危機感からだ。先んじてソ連が政治機能をアラスカへ移転している事も状況を後押ししていた。だがカンパニーの出現以降支援が厚くなるにつれ、反比例するように中華統一戦線の政治的発言権は低下し続けている。政治家連中はそれが我慢ならないようだが、前線に身を置く軍人にしてみればたまったものでは無かった。
「しかしハイヴ攻略となれば明らかに自衛の範囲を逸脱しています。連中はバンクーバー協定を忘れているのですか?」
人類全体の損耗抑制を狙って公布されたバンクーバー協定は各国独断によるハイヴ攻略を制限している。尤もこれまでの戦争で前線国家は軒並み疲弊しており、単独でハイヴ攻略など望むべくもなかったために、明文化されてはいるものの気にしている者は少なかった。
「無論覚えているだろうさ。違反した国家へ対するペナルティーが明確化していないことも含めてな。それよりもG元素を確保する事の利点の方が大きいと連中は考えているのさ」
「成程、この20年程で連中が何も学ばなかった事が再確認できましたよ」
確かにG元素は今後の国家戦略において極めて重要な資源となる事は間違い無い。しかしこの国にそれを有効に使う技術も無ければ、売り込める相手が居るわけでもない。第一ハイヴ攻略後の資源は国連の共同管理下におかれることが明文化されているのだ。多大な労力を払って確保したところで、米国辺りにかすめ取られるのは目に見えている。そんなことも想像出来ずに目先のエサに飛びつこうとしているような連中が自分達の指導者層であるという事実にホアン大佐は思わず首を振った。
「不本意ではあるが、命ぜられればやるのが軍人だ。それがどんな理不尽な内容でもな。…だが」
そこで言葉を句切り、司令官は笑って見せる。
「無茶無謀な作戦には失敗もつきものだ、特に味方にすら真意を隠して行う状況で足並みも揃わんとなれば、尚のことな」
司令官の言わんとすることを悟り、ホワン大佐も不敵に笑って見せる。そう、成功しては拙い作戦ならば、成功させなければ良い。
「問題はやってみせる事までは必要だと言う事だ。相応に深く切り込む必要もある」
「それで私達でありますか」
ホアン大佐の言葉に司令官は頷いてみせる。
「大佐の部隊がノワキに最も慣熟していることは疑いようもない。貧乏クジではあるが頼まれて欲しい。こんな事で失える程我が軍の兵士は安くないのだ」
「仰る内容は理解致しました。しかしその後は如何なさるおつもりですか?」
どの様な理由であれ、命じられた目的を達成出来なかったという事実は覆せるものではない。つまり司令官の立場が悪くなる事は避けられないと言う事だ。そうホワン大佐が問えば、司令官は愉快そうに聞き返してくる。
「おや、心配してくれるのかね?」
その物言いにホワン大佐は半眼になりながら言い返す。
「当然でしょう。物わかりの良い上官がいなくなって困るのは下っ端と相場が決まっているんです。英雄気分で閑職に栄転なんてされてはたまりません」
そんな台詞に司令官は喉を鳴らして笑いながら答えた。
「流石は黄虎、いやはや全くもってその通りだな。安心してくれて良い、俺も途中で放り出す程無責任ではないよ」
「……」
司令官の言葉にホワン大佐は沈黙で応じた。他派閥、元台湾政府側の派閥ならば当たり障りの無い相手であるが、大陸における軍部への影響力は残念ながら低い。司令官が作戦失敗後に現在の地位を確実に守るには、後ろ盾として心許ないと言わざるを得ないし、彼はそれが解らない人ではない。ならば同じ旧共和国政府側の他派閥かとも考えたが、現在ホワン達を使っている派閥が最大勢力である事からその線も望みが薄い。そこまで思考を巡らした時点で、彼が誰を頼ったのか当たりを付けたホワンは思わず引きつった笑みを浮かべた。
「司令官、まさか」
それだけで通じたのだろう。ホワンが正解にたどり着いた事に満足するように、司令官は笑顔で頷いて見せた。
「何、偉大なる我らが総書記も建国の際には同じ手を使ったのだ。責められる謂れはあるまいよ」
言葉だけならばそうなるだろう、だがその中身は致命的な乖離がある。確かにどちらも国外勢力を後ろ盾としているが、かの先達は民族こそ違えど主義主張を共にする言わば同胞を頼ったのに対し、司令官が頼ったのは思想が異なるどころの話ではない。何せ相手は国家ですら無いのだから。
「確かに、これ以上ない後ろ盾ではありますが」
「使えるものは何であれ有効に使う事は軍人として当然のことだ、寧ろ義務とも言える。こうあるべきだなどという理想論を振りかざして貴重な祖国の人的資源を浪費しようとする者など、それこそ彼等が声高に非難している政治犯と言う奴だとは思わんかね?」
目だけが全く笑っていない司令官の顔を見ながら、ホワン大佐はただ首肯を繰り返すだけだった。
いつもの悪い癖が…。
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47
『最初は、順調だったんだ。いつも通り楽な仕事だって笑ってた』
『俺が配属されたのは、今年の初め。もう戦場で見かけるのはノワキとショウキばかりだった。よく先任が笑ってたよ。お前等は食われる心配がない、幸せ者だってさ』
『本当のことを言えば、何処かで思ってたんだ。実はBETAが人食いの化け物なんてのはウソで、軍の失敗を隠蔽するためとかで、わざと恐ろしい相手と喧伝してるんじゃないかって。だって、俺が戦争に参加してから部隊の誰も死ななかった。誰もだぜ?』
『命令はいつも通りの間引き作戦だった』
モニターの中の青年が、ぽつぽつと語る。
『慣れたもんさ。俺は衛士になって1年だけど、もう3度間引きには参加してる。戦場は拍子抜けするほど安全な場所だったよ。なにせ遠くから適当に弾を撒いていりゃ終わりだ。訓練校の方が厳しかったくらいさ。教わってた話とも全然違ったな。先輩たちは光線級が居てもバンバン飛ぶし、悲鳴を上げながら逃げ惑う友軍なんて見たことがねえ。化け物共に食い殺されるなんて、それこそ与太話だったんじゃないかと思ったよ』
そう言いながら青年は顔を上げる。その表情は憔悴しきっていた。
『作戦が始まったら、隊長が言った。今日はいつもより深く侵攻するって。特に何も考えず命令に従ったよ。兵隊だ、当然だろ?』
引きつった笑顔を無理やり浮かべつつ青年は話し続ける。
『その日の化け物共は前回より少なくて、間引くなら深くまで入り込む必要が確かにあったんだ。だから俺達は言われた通りに進んだよ、道中の小さな集団は先行してた攻撃機部隊の連中が片付けていたから何もすることがない。退屈な仕事だ、なんて思ったくらいさ。…それがいけなかったのかもな』
再び青年が俯き、その表情が隠れる。
『ノワキは優秀な機体なんだ。見てくれはファントムと大差ないが、中身は正に別物さ。パワーもスピードもけた違い。操作は旧型に比べれば多少複雑だけど、そこは人次第かな。体の動かし方が解らなくても乗れる分、こっちの方が楽って奴もいたよ。でも何より凄いのが装甲だ。知ってるかい?昔の戦術機は滅茶苦茶脆くて、戦車級に齧られただけで壊れたんだってよ。レーザーだってチビの方の一撃で撃ち抜かれたんだと、そんなに簡単に壊れるんじゃ、死の8分なんてのも頷ける。でも最初からノワキに乗ってた俺達には他人事だった、どっちもノワキにしてみれば大した事じゃないからな』
明らかに震えた声音で続ける青年。だがそれを止める者は居ない。
『けど、そのノワキだって無敵でも完璧でもないってことを、俺達は理解していなかった。ノワキはでかくて出力がある分、接地した際の地下探知能力、つまり地中に居る化け物共を探ったり、足元がどうなっているかを確認する能力が従来の機体より低かった。まあ、あんな状況じゃ従来の奴でもどうしようもなかっただろうけどな』
指先が白くなる程組んだ手を握りしめながら青年は喋り続ける。そうしなければまるで押しつぶされてしまうとでも言う様に。
『最初はチャオの奴だった。突然足元が崩れて、アイツの機体が倒れながら穴に落ちた。高さは100mあるかないか、妙な場所だった。教えられてたホールって奴にしちゃあ小さすぎるし、何より地表に近すぎる。その上場所だって随分とハイヴから離れてた。おかしなことづくめだが、とにかくチャオが化け物共のど真ん中に落っこちた事は変わらない。直ぐに36ミリを掃射して引っ張り上げようとしたんだが、その時アイツの悲鳴が隊内通信に響いた。奴は食われるって叫んでたんだ。馬鹿な事を言ってやがる、大方初めて戦車級に集られて混乱したんだと隊長は思ったんだろうな。落ち着くように促して周囲の掃射を続けるように俺達に言ってきた。だけど、そのすぐ後にチャオの奴は食われた』
震える手で青年は顔を覆う。
『手が、助けて、そう言ったと思ったら潰れるみたいな声がして、な、何かを喰う音がっ。それにおかしいんだ、撃ってるのに化け物が減らないんだよ。120ミリだって使ってるのに!そのうちあのでかいのが歩いてきて、あの角で隊長をっ、隊長は溶ける、熱いって叫んでて、でも、アイツは死ななくて、他の連中も…う、うげぇ』
ストレスに耐え切れなくなった青年が嘔吐した所で画面は消えた。真っ暗になったモニターを見ながら、俺は深々と溜息を吐く。
「もう一度聞くよ。これは先日起こった事なんだね?」
「はい、4日前に実施されました統一中華連合による重慶攻撃の生存者に対する聞き取り調査です」
「彼の部隊が野分を運用していたのも?」
「間違いありません。証言と機体信号の喪失が一致しております」
「どうなって、いや、そうだな。連中が対応してきただけという事か」
顔に手を当てて、俺はそう呟く。完全に浮かれていた。確かに思い通りに計画は進んでいるとは言い難いけれど、それはあくまで人類側との調整が足を引っ張っているという認識だった。当然だ、だってどこの戦場でもウチはずっと勝ち続けていたのだから。
「今回の内容について、統一中華戦線は隠蔽を計画しております」
「は?」
「喪失の原因について追及された場合、ハイヴに対する過度の接近についても説明が必要になります。その点を隠蔽するために、今回の一件自体を無いものにする方針です」
冗談じゃないぞ。連中は前の失敗をもう忘れているのか?
「論外だよ。野分を破壊可能なBETAが出現したんだよ?各前線にこの情報を即時共有する必要がある」
「野分に対する各国の評価が低下しますが」
「そんな些細な事を気にする必要はないよ」
第一知られずにそこかしこで同じことが発生する方が問題だろう。
「それよりも問題は野分を破壊したBETAの方だ。安全率は3倍だったはずだろう?」
超硬スチールの製造過程は分子レベルで配列を制御しているから従来の鋳物や鍛造品のような品質のぶれは存在しない。ならばかみ砕ける個体が現れたという事は、全ての超硬スチール製の機体は破壊可能だという事だ。ついでに設計段階で安全率を3倍、つまり噛み砕く力の3倍まで耐えられる強度にしていたのだから、噛み砕いた奴は少なくともそれ以上の力を有している事になる。
「送られてきましたデータによれば、従来種の7倍の咬合力を有しています」
「冗談でしょ?」
強度で言えばルナチタニウムを始め、超硬スチールを超える部材は存在する。雷に使っているガンダリウムγだってそうだ。けれどそれだって強度は倍が精々だから、どう考えても新種の攻撃には耐えられない。残る方法は、そもそも装甲に噛み付かせないになるわけだが。
「…ボパールの攻略を1週間早めよう」
「現在の生産計画のままですと、投入出来ます戦力は想定値を20%下回ります」
俺がそう言うと、ルクレツィアが即座に返事をする。
「元々余裕を見た数字なんだ、80%なら十分攻略できる。それよりもハイヴ攻略の実績とグレイシリーズの確保が優先だ」
月のハイヴを攻略しているから実の所グレイシリーズ自体は数十t単位で保有出来ている。しかしそれは公式には存在しないグレイシリーズだ。だから表向きに入手した言い訳が要る。俺の考えを理解してくれたのか、ルクレツィアが暫し考え込むそぶりを見せた後口を開く。
「計画を修正しました。試製00式の早期投入が必要になります。開発素体購入によるリバースエンジニアリングを提案します」
俺は頷いて神器を操作すると、ポイントで機体を購入する。
「出したよ、機体をラボに運んで。ブリッジス女史には悪いけどね」
製造したのは所謂第二期と呼ばれる小型MS、それも最盛期と言える時期に最高傑作として製造されたLM314V21、通称V2ガンダムだ。既にブリッジス女史はMSが変形や合体という機構を可能とした兵器である事を理解しているし、限定的ながら開発中の機体にも取り入れている。現在アラビアに送った試製96式のデータを基に新型を設計してもらっているが、こいつを参考にしてもらえば開発期間を多少は短縮出来るだろう。彼女のプライドはズタズタになってしまうかもしれないが、人類を救うための必要経費と今回は割り切らせて貰う。
「試製00式は女史の設計が終わり次第生産に入るよ、本拠地の方で生産ラインの増産を」
はっきり言って試製96式の時点でも野分や雷とは隔絶した性能だ。本来は少数生産に留め、大部分は野分と雷で対処する予定だった。何しろコイツにはML機関が搭載されているから広まれば確実に各国がハイヴの争奪戦を始める。何せ独力でハイヴを陥落させることが可能な戦力なのだ、真面目にバンクーバー協定を守るとは思えない。そもそもあの協定、具体的なペナルティが設定出来ていないからな。そして00式は本格的な対月面・火星を想定して設計中の機体である。当初の予定ではコイツはブリッジス女史に独力で完成させてもらう予定だった。既にミノフスキードライブや大出力の小型核融合炉は獲得済みだから、大量生産を前提とした量産モデルのこの機体は、地球からBETAを追い出した後でと考えていたのだ。
「各生産ラインは最大稼働しております。増産には対応出来ません」
「ああ、そうだったね。ちょっと待って」
そう言って俺は緊急用として分けておいたポイントから生産用の工作機械を2ライン分購入する。
「設置後は試製00式の生産用に使って。出来るまではルクレツィアの裁量に任せる」
言い終わると俺は静かに溜息を吐いた。ああ、上手くいかないな。
「合理性って一周回ると、傍からは頭がおかしく見えると思わない?」
ラボに運び込まれた機体を眺めながら、ミラ・ブリッジスは遠い目で同じ様に搬入作業を見ていた同僚達に問いかけた。機体の説明資料一式と同時に昨日まで何処にもなかった超高性能機が忽然と現れるという異常事態に大分慣れてしまった彼女である。手にした資料を確認し、盛大な溜息を吐く。
「衛士は貴重だしML機関はもっと貴重。ミノフスキードライブはお高いし小型核融合炉にそれらを制御するコンピューターだって馬鹿にならない。それは解るけれど、だからってここまでする?」
「確かに合理的ではありますよね。大事なものは全部まとめてパッケージにしておいて、万一の場合は纏めて取り外して持ち帰ると」
「他の部分ははっきり言って大した技術が無くても製造可能ですから、材料さえ支給すれば現在野分を製造している各メーカーで生産可能ではありますね」
「パッケージした重要部品が逃げられるよう脱出艇を兼ねていると言うのは合理的なのでしょうか?いえ、逃げられるのに越したことはないでしょうけれど」
「「「「こんなものをマスプロダクトモデルと呼ぶのは絶対におかしい!!!」」」」
全員が乾いた笑い声を響かせたかと思うと、頭を抱えつつ叫ぶ。
「量産?量産って何よ!?こんな機体一機製造する予算で戦艦だって買えるわよ!?」
「落ち着いてください、ミラさん。現在ML機関を販売しているメーカーは存在しません。というか量産出来ているのがウチだけです。つまり値段なんて付けられません」
声を荒げるミラに新名が諦めた表情で突っ込む。
「ミノフスキードライブ自体は我が社が製造している物よりだいぶグレードが下げられていますね。一応気を使っているポーズでしょうか?」
「違うそうじゃない、と言うのが正直な感想よね。そもそも遠回りにリクエストなんてしないで、これが欲しいならさっさと現物を見せてほしかったわ」
首を傾げる浦木に賀東が腕を組みながら応じる。それに対しミラは悔しそうに口を開いた。
「私達では期日に間に合わない、彼はそう判断したのよ」
「お気持ちは解らなくありませんが、気負い過ぎでは?現在の試作機は2000年完成を目標に設計していました。それを4年も短縮しろと言うのですから間に合わなくて当然です」
「そうね、ここにいる全員がそう考えていた。だからこの機体が送られてきたのよ」
ミラは俯きながら言葉を続ける。
「BETAは地上に侵攻して2週間で航空機に対応してみせた。奴らの本当に厄介な点はその対処能力なのに、彼以外の誰も新しい戦術機が対応されるなんて考えてもみなかった。だから新型の完成まで4年も掛けて良いという言葉に疑問も持たなかったし、その通りに呑気に作業をしていた。だから間に合わなかった」
野分が従来機と同様に撃破された事は既に彼女達にも伝わっている。
「多分これは彼からの最後のチャンスでしょうね。ここで意地を見せられなかったら、多分彼は二度と私達に期待しないでしょう」
ただ与えられるのを待つだけ、親に餌を強請るひな鳥の様な存在に人類はなりつつある。自分達はそうではないと、人類は自らの手で戦う気概があるのだと最も彼の近くで示せるのが自分達だ。そんな彼女達までもが期待できなくなった時、果たして彼はそれでも人類の為に戦おうとしてくれるのだろうか。
十分にあり得るだろう恐ろしい未来を口にすることは、彼女には躊躇われた。
年1回くらいは更新出来たら良いな、なんて。
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48
「いよいよクソゲー感が出てきたじゃないか。大変結構」
俺は皮肉気にそう笑い頬杖をついた。重慶での一件はカンパニーを通して国連並びに取引先の各国へと連絡、中華統一戦線からはめっちゃ遺憾の意を表明されたが、じゃあ今後は自分達だけでどうぞって言ったら沈黙。ついでに大人しく資料も提供いただいた。結果から言うと新種はかなりの数が確認されたが、完全な代替は出来ていないようだ。特に地表に展開している戦力は従来の種が殆どだったらしい。尤も光線級とその直掩は新種に置き換わっていたそうだから、こちらの光線級吶喊は従来型のものに戻さざるを得なくなった。しかも高出力化している分重金属雲の濃度を高くする必要があるとの事だ。不幸中の幸いは射撃インターバルに変化が無い事だろう。
「しかし嫌らしい事をしてくれる」
便宜上新種と呼称しているこれらだが、新たな種としては認定されていない。何故なら全て既存の連中と姿形が変わらないからだ。だから新種と言うよりは性能向上型とでも言うべきなんだろう。因みに外観上の差異は無いが、戦場で見分ける事は出来なくはない。内包する熱量が凄まじいからサーマルセンサーで確認すれば判別出来るし、視覚的にも常に体から蒸気のような物を発生させているので余程視界の悪い環境や夜間でない限り目視で識別は可能だ。とは言えこれに絶対の保証は無いし、何より光線級は解ったところで対処が難しい。特にこれまで突っ込んでくるだけだった突撃級が直掩に加わり、小型種の盾役になっている。そう、変化は新種が現れただけじゃない。連中はこちらの戦術に合わせて兵科の運用方法を更新してきたのだ。これに対し軍関係者は顔を青くし、一部の学者さん達は狂喜したそうな。何でも戦術的な戦力運用を行えるのは知能がある証拠だから交渉の余地がどうとかこうとか言っていた。寝言なんで全然聞いていなかったがそんな事を熱弁していたとルクレツィアが教えてくれた。
「知恵があるなら最初の攻撃を受けた時点で何らかの交渉をしようとするだろうに」
学者先生方の明るい未来予測はどうでもいいとして、喫緊の課題は欧州並びに中国方面の戦力だ。ウチが戦力を投入しているインド亜大陸と中東、それからロシアは消耗戦に付き合えるが先の二つはそうもいかない。特に欧州は米国にTYPE-96、帝国では瑞鳳と呼ばれている野分の改良型を大量発注しているものの、主力の大半は未だに米国から格安で供与されたF-15や16といった第二世代戦術機だ。レーザー蒸散塗膜は流石にウチ製の物を使っているが、新種の特に要塞級などに対しては完全に戦力外になってしまっている。合衆国も事態を重く見て国内向けに生産していたF-4J2を一部欧州へ供与するなどの対応を進めているが、今日明日で何とかなる事でもない。中国方面は帝国軍が更なる増援を約束してくれたが、その見返りとして雷の優先供与とメーカーのライセンス生産を要請された。まあ、作りたいと言ってくれる分には全然構わん。生産ラインだって今回の攻略で増産出来る予定だしね。
「地下連絡路との切り離し完了。続いて全エアクッションの正常作動を確認」
「メインジェネレーター出力安定しています。各部ミノフスキークラフト正常作動、ストライダー01起動します」
オペレーターの言葉と共に部屋が僅かに揺れ、続いて静かに体が椅子に押し付けられる感触が来る。ストライダーの名に相応しくBETAによって均された大地を滑る様に進んでいく機体の足元には、随伴の陸上打撃群が文字通り群れを成して続く。ヘヴィ・ホーク級陸上戦艦をベースに建造されているこの艦は順調に数を増やして現在同型艦は400を数える。半数はソ連とアラビア半島、そして地中海方面に展開しているから、ストライダーに随伴しているのは200隻程だ。正直高雄級ことネェル・アーガマの量産体制が整うまでの繋ぎのつもりだったのだが、曲射可能な大口径実体弾の必要性が高まった事から今後も継続して調達する予定だ。
「すごい音だね」
そんな事を呑気に口にしたら横でそれを聞いたカトウが苦笑しながら返事をした。
「外はこの比ではありませんよ。何しろこれだけの構造物が200キロで動き回っているのですから」
全長2.4km、全高600m。本来存在していた世界では、スピリット・オブ・マザーウィルと呼ばれていたものがストライダーの正体だ。アームズフォートと言うかつての呼び名に相応しく、圧倒的な火力と要塞のごとき防御力と補給能力を兼ね備えたこの兵器を今更準備したのには訳がある。端的に言ってしまえばハイヴ攻略後にその場に居座る為だ。ハイヴは攻略後国連の管理下に置かれる事になっているが、はっきり言って悠長に調査を待っている時間が惜しい。特に俺がコロニーなどをポイントで購入したせいでカンパニーは驚異的な建設能力を持っている事にされてしまっているから、放っておいたら徒に時間を食いつぶされる事になるだろう。新種が出てきてもハイヴ攻略が成功したなら、多分彼らは俺をBETA以上の脅威と見做すだろうことは想像に難くないからだ。かと言って今放り出したら確実に人類は滅びる。
「無様だね、結局人類の天敵ENDかな」
皮肉が口からこぼれるのが止められない。何処で間違ったのかな、でもまあせめて人類を救うという約束だけは果たすとしよう。俺はその為にここに来たのだから。
「アラビア半島とインド北部の状況は?」
気持ちを切り替えて、傍に立つカトウに問いかける。
「我が艦隊の移動に合わせ戦線を押し上げております。現時点では双方共に損害報告は上がってきておりません」
「新種の出現報告は?」
「重光線級も含めてございません。ただし、各戦線で対光線級吶喊用の配置が行われています」
「戦術レベルでの対応は想定内だけど、新種が確認できていないのは妙だね」
俺の言葉にカトウは顎をさすりながら口を開いた。
「形状に変化が無く熱量が高い。つまり材質ではなく密度や内包するエネルギー量の増加で強引に性能を上げているのだと推察されます。となれば、製造コストも相応に増加しているかと」
「つまり容易に置き換えられるほどの生産体制は各ハイヴで整っていない?」
「地表の個体に交ざり始めたら危険な状況でしょう」
つまりそれはハイヴ内が全て新種に置き換わっているという事だからだ。
「次期量産モデルの生産を急がないとね。その為にもボパールはウチが占領する必要がある」
目下の目標は技術ツリーに存在する人造型アトリエの解放だ。これはハイヴ内に存在するグレイシリーズの精製能力を人類が機械的に模造したものだ。生産量は大きく劣るが自前でグレイシリーズを供給可能に出来る魅力は語るまでもないだろう。特に次期量産モデルはML機関を標準装備としている上にラザフォードフィールドの使用を前提にしているのだ。むしろ我々にとって必須と言えるだろう。問題は解放するためのポイントが文字通り天文学的な数字である事だ。ルクレツィアの試算ではハイヴを2つ潰して足りるかどうかというところらしい。
「最悪ボパールから継続してマシュハドを攻略する」
それで足りなければアンバールだな。地理的に言えばアンバールを先に落としてしまいたいのだが、あそこは聖戦連合が奪還を掲げている地域だから、占拠して拠点化を進めるとどんなトラブルがあるか解らない。急いで攻略を進めた結果、BETAと人類相手に二正面作戦を最前線で展開するなんて事になったら流石に手加減出来なくなってしまうだろう。
「あまり悲観的になるものでもありませんよ」
自然と漏れた溜息に笑いながらカトウがフォローを入れてくる。悲観的かな?俺としては結構現実的な状況分析のつもりなんだけど。
「考えてもみてください。人類は総人口の半数以上を失っています。それだけ強大で交渉不能な相手と戦っていても一つにまとまる事が出来ていない。ならば例え力が上でも言葉が通じて話が出来る相手に足並みを揃えられると思いますか?私はそれ程人類を信頼出来ません」
それは半分が俺をリラックスさせるための軽口で、もう半分は戦術型ドロイドが出した冷静な状況判断なのだろう。状況に焦っている俺なんかよりよっぽど信頼できる判断だ。そう考えれば少しだけ肩の力が抜けた。
「そうだね。不謹慎ではあるけど、人類の愚かさに期待しよう」
俺はそう言って椅子へ体を預けた。
「貴女まで付き合う必要はなかったでしょうに、蓮川さん」
「その言い方は酷いよ、山城さん。私だって武家の娘ですよ?」
そうすました顔で返事をする蓮川伊予を見て、山城上総は思わず苦笑を漏らした。
「あら、武家の娘なら猶更ではないかしら?長谷川様は庶民ですもの。家の格を下げてしまうわ」
解っていてそう口にする上総に対し、伊予は素直な意見を口にした。
「それは太平の世での話でしょう?乱世において家を守るのは家格ではなく実力です。世界屈指の有力な家と結ぶのは当然の選択です」
同じ結論に達した者同士、二人は気安く微笑みあう。
「本音を言えば、私ではなくて篁さんが来るべきだと思うのだけど」
「正直難しいでしょうね、彼女は譜代武家としての価値観に良くも悪くも染まっているから。貢物としての立場は受け入れられても、自らを売り込むのには慣れていないわ」
「そんな悠長な事を言っている場合なのかな?」
カンパニー相手に駆け引きをしているつもりになっている。そんな城代省のお偉方を想像し、伊予は困った笑みを浮かべる。一度その内に入り込めば、情報など開示されていなくても嫌でも理解できる。カンパニーは自分自身を上手く利用させる為に、敢えて隙を作って技術や資源を無償で吐き出しているのだ。それこそ本当に対価を払わねばならないとするならば、帝国の全てを差し出しても全く足りはしないだろう。
「いっそ、一度滅びた方が良いのかもしれないわ」
不穏な事を上総が口にするが、それを否定するだけの反論材料を伊予は持っていなかった。長く続いた幕府から民主国家へと方向転換を図ったものの、多くの旧弊的価値観を残し続けているこの国は端的に言って歪だ。国民を代表する政府と武家の棟梁たる将軍家、そして帝と言う権力の分散は正に諺にある船頭を多く乗せた船なのだろう。更にそれぞれが目指す行き先が違うのだから始末が悪い。伊予の言葉通り太平の世であれば、その歪も多少ましであっただろうが、乱世の国難においては致命的と言えた。
「あれもその一手かな?」
肯定も否定もせず、伊予はそう口にする。ここの所上総が精力的に外部と連絡を取り、武家民間を問わず多くの人間をカンパニーへ積極的に勧誘しているのだ。仮に全員が集うなら、カンパニーの経済的影響力はとてもではないが無視し得ないものになるだろう。
「そんな大それた事ではないわ、知人に良縁を紹介しているだけですもの」
そう言って上総は笑いながら続ける。
「でもその結果としてカンパニーがこの国を乗っ取ってしまったとしても、それは仕方のない事ではないかしら?弱く民を守れない者は指導者たる資格がないのだから」
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49
「久しぶりだな沙霧大尉、一体どうした?」
「お久しぶりです、大岳大尉。お元気そうで何よりです」
そう笑顔で告げてくる青年に対し、大岳は苦笑交じりの返事をした。
「機種転換につぐ機種転換でてんてこ舞いだよ。尤も、そんな事が愚痴のネタになる程度には恵まれているという事だが」
その言葉に沙霧大尉も苦笑を返してくる。当然だろう、ほんの数年前まで大陸で明日は誰が死ぬのかと言う戦場に身を置いていた彼らにしてみれば、この程度の忙しさなど苦労と呼べるものではないからだ。一頻り笑い合った後、最近では珍しくなくなった天然の茶を口に含むと大岳は笑みを消して沙霧大尉に問いかける。
「それで、本当にどうした?帝都守備隊に所属している貴様が尋ねて来るとは。まさかこんなおっさんの顔を見に来たという訳ではあるまい?」
その言葉に沙霧大尉も表情を引き締めると口を開いた。
「率直にお答えいただきたい。大岳大尉、貴方から見てカンパニーとは如何なる存在でしょうか?」
(相変わらず不器用な奴だな)
真剣な表情でそう聞いてくる後輩を見て、大岳は歪みかける表情を強引に抑え込んだ。沙霧大尉が若手将校を中心としたとある集まりに参加している事は大岳の耳にも届いている。彼らがカンパニーに対して好意的でない事も含めてだ。そして帝国軍内でもカンパニーに極めて近しい位置にいる大岳にその情報が届いていないと考える程、目の前の後輩は間抜けではない。
「そうだな、彼らは」
「彼らは?」
「正義の味方、だな」
自らの台詞に露骨に顔をしかめた後輩に我慢出来ず大岳は苦笑した。頭は回るし、行動力もある。だが感情の制御は今一つだと彼は沙霧大尉を評価する。しかしそれは無理のない事だった。元々帝国軍人は武士道であるとか、仁義とでも表現すべき価値基準が行動指針の根底に存在する。そしてそれを改善しないまま先の大戦を終え、体質を引きずったまま来ているのが今の帝国軍だ。合理性や効率よりも信義を優先する行いは高潔と称えられるかもしれないが、それで戦争に勝てるならば苦労はない。それが武士道どころか倫理観すら持ち合わせているか怪しい相手ならばなおのことだ。
「大岳大尉」
「気に障ったか?だが、俺からすればそれ以外に言いようがない」
「世をこれだけかき回しておいてですか?」
その言葉に大岳は真面目な顔で返す。
「世の平穏を守るのは政治家の仕事だ、敵を払うのは軍人の仕事。つまりどちらも彼らが背負わねばならんものではない。仮にそうしている様に見えるなら、それは政治家や軍人が不甲斐ないばかりに民間人がそうしなければならないと言うことだ。謝罪する理由はあれど、恨み言を吐くのは筋違いにもほどがある」
沈黙する沙霧大尉に対し、大岳は言葉を続ける。
「彼らが正義の味方と言うのに不満があるようだが、俺はほかに当てはまる言葉を知らん。国籍、言葉、信じるもの。ありとあらゆるものが違う相手を自分より弱いからと言うだけで守ろうと、救おうとする者を他にどう呼べば良い?」
「それは…」
「だから沙霧、覚えておけ。お前やお前のお仲間が何を思おうとどんな思想を持とうと俺は気にしない。人間秘めた思いの一つや二つはあるものだからな」
そこで大岳は手にした茶を飲み干し、空になった湯呑を机に置きつつ正面から相手を見据える。
「だが何かをしようと思うなら話は別だ。今国に波風が立てば確実に彼らの足を引っ張る。そうなればお前たちは、俺の敵だ」
「…帝国に忠誠を誓った軍人の言葉ではありませんね」
「思い通りの国家運営をさせるために武装蜂起するよりは弁えているだろうよ」
しばし二人はにらみ合い、沈黙が部屋を支配する。それを破ったのは壁に掛けられた時計が発した時報の鐘だった。
「本日は、失礼します」
そう言って立ち上がる沙霧大尉に対し、大岳はソファへ深く座りなおすと手を振って応じる。
「おう、帰れ帰れ。ついでに次に来るときは菓子折りの一つと美人の副官くらい連れてこい。野郎と二人っきりなんて男臭くて敵わん」
黙して部屋を出ていく沙霧大尉をそのままの姿勢で見送った大岳は、細く長く息を吐きだした。
(武装蜂起に関して否定せんか。そろそろ動きがあると見るべきか)
既にそうした人員が彼らの手勢に加わっている事を、大岳はカンパニーから知らされている。話の出所はほかならぬCIAだと言うのだから疑う余地はないだろう。そしてマンダレーに続き、ボパールの攻略をカンパニーが実施したことで反カンパニー派の連中はいよいよ追い詰められなりふり構わずに行動を起こすつもりのようだ。
「馬鹿共が」
将軍の傀儡化、国家主権の侵害。話に聞く限り、憂国の士を気取る連中はそれらが我慢出来ぬらしい。そんな彼らの頭には、その程度の事に現を抜かす余裕が誰から与えられたものであるのかがすっぽりと抜け落ちているようだ。
湯水のごとく消耗する物資。武器弾薬は言うに及ばず、日常口にする食事でカンパニーが関わらないものはない。昨年から農水産物がメガフロートから安定供給されるようになり、一般家庭に真面な食事が何年か振りに戻ってきた。軍優先の為、市井でどれだけの医者が薬の確保に苦心していたかも彼らは知らないのだろう。景気の良い話のすぐ横には確実に破滅の影が近づいていたのだ。彼らが公の場に姿を現すまでは。
「せめて、軍の恥は身内で始末をつけねばな」
大岳の呟きは、誰に聞かれる事なく空気に溶けていった。
「主砲連続発射、下等生物共に火力とは何かを教えてやれ」
衝撃波とともに、1200センチ三連装砲が砲弾を吐き出す。1万トンを超える質量を誇る砲弾が次々と光線級の健気な迎撃をあざ笑うかのように飛翔し、遠慮会釈の無い破壊を周囲へと撒き散らす。圧倒的物量を背景に構築されているBETAの戦線は砲声が響く度に蚕食されていく。
「第一打撃艦隊、前線を射程に捉えました。順次砲撃を開始。続いて第二、第三打撃艦隊も砲撃を開始します」
「高雄のムラマツより通信。“第二軍、予定通り”以上です」
「第4軍の進撃速度を上げて、大陸のBETAを分断する。鍾馗は全部つぎ込んでいいよ。光線級の撃破状況は?」
「減衰率は5%程です。随分と真面目に陣地構築をしているようですな」
カトウの言葉に俺は素直に頷いた。
「大したもんだよ、過去の実戦データをちゃんとフィードバックまでしてる。土木作業機としては破格の性能だね」
人類から見れば平凡な縦深防御だが、BETAが使う事の恩恵は絶大だ。何せ普段より遥か後方に重光線級が配置されているため、こちらの主砲の射程外から迎撃をしてくる。
「こんな所でのんびりしていられないね。航宙艦隊に連絡、軌道爆撃で連中の火力陣地を噴き飛ばす」
あくまで保険で参加させていたんだけど、早速使い道が出来てしまった。軌道爆撃は補給が大変なんだよなぁ。こりゃユノーだけじゃなく幾つか資源用の小惑星を引っ張ってきた方が良さそうだ。月も火星もあることだし。
「承知しました…データ送信完了、360秒後に軌道爆撃を実施します」
現在運用している航宙艦隊は改造パプア級が40隻。あまり増やしていないのはクラップ級の増産を優先しているからだ。尤もパプア1隻で通常の宇宙用駆逐艦の10隻分くらいの働きが出来るから、40もいれば立派な大艦隊なのだけれど。
「爆撃と同時に各艦隊は戦術機を展開、目標である21番ゲートまでの経路を開削する。それから―」
慣れない事なんてするものじゃないとはよく言ったものだ。俺は普段大規模な部隊指揮をムラマツに任せていた。自分が大軍の指揮なんて執れるわけがないと知っていたからだ。けれど、色々なことが起きて動転していたのだろう。ストライダーの指揮官席に座った俺は、普段しないような指示を出していた。その指示に対してカトウは黙々と従う。当然だ、戦術型ドロイドは戦闘用に比べて遥かに自立性の高い個体だが、原則製造者である俺には逆らえない。俺が委任の指示を出さずに命令をすれば、それに従うように出来ている。そんな当たり前の事すら忘れていた俺の目の前で、大気が淡く発光した。
「え?」
空へとまっすぐ伸びる光の線、それが膨大なエネルギーによって放たれたレーザーによって大気の分子が破壊されて起きている発光現象だと気づいたのは直後に告げられた報告からだった。
「爆撃軌道に突入していた軌道艦隊が攻撃を受けています。1号艦轟沈、2、3、4番艦も反応途絶しました」
「艦隊に向けて再照射を確認、爆撃軌道に入っていた10隻すべての反応が途絶しました」
嘘だろ?ウチの兵器はどれでも耐レーザー被膜が施されている。当然パプア級にもだ。爆撃の為に低軌道に降りてきていたとはいえ、それでも地上数十キロと言う位置だ。そんな分厚い大気の壁を突破して、更にこちらが対応する間もなく撃沈された?
「何が起きた!?」
「例の改造種による集中射撃と推定されます。軌道爆撃を継続致しますか?」
そんな俺の衝撃など全く気にせずにカトウは普段通りの口調で尋ねて来る。そのおかげで自分がとんでもない無様を晒したことを痛感する。
「…っっはぁ!」
大きく息を吐き出し、体の力を抜く。何を見失っているんだ、俺は俺だけでは何もできないことを誰よりもよく知っているじゃないか。
「ごめん、漸く頭が冷えた。カトウ悪いけど部隊の指揮をお願い。目標は変更なし、君が最適と思う方法でやっていい」
「宜しいのですか?」
宜しいともさ。
「痛感したよ、やっぱり俺には軍を指揮する才能は無い。一兵卒としてやることにする」
そう言って苦笑すると、カトウは朗らかに笑った後、とんでもねえ事を言い出した。
「了解しました、では直ぐに発艦準備にお入りください」
「へ?」
俺が呆けていると、至極真面目な表情でカトウが口を開く。
「敵砲撃陣地に対し、光線級突貫を実施します。現段階で司令に突入頂きますのが最適解であると判断いたしました」
こうして俺は再び単独での光線級突貫を実施する運びとなるのだった。
作者の自慰設定
カトウ
ムラマツと同モデルのドロイド、識別のために髪の色だけ変えられている。通称2Pムラマツ。過保護なところがあるルクレツィアやムラマツと異なり、効率を重視するプロトコルであるため、割と主人公に無茶振りをする。
尤も安全マージンは十分に考慮されているため、一見無茶苦茶な要求であっても命に関わるような要求はしてこない。…はずである。
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50
取り急ぎ低軌道艦隊が迎撃されたことを国連に連絡するよう伝えつつ、俺はハンガーへと向かった。ストライダーはミノフスキークラフトなどを追加したことで原型となったスピリット・オブ・マザーウィルよりも内部スペースが圧迫されてはいるが、それでも戦術機3個大隊を余裕を持って運用可能な容量を誇っている。その中で贅沢に1個中隊分のスペースを占有して出撃準備が整えられている機体へ足を向ける。取り付いて各部をチェックしているのは汎用の作業用ドロイドだ。量産の為に機能も絞られているから俺が来ても作業を止めて挨拶してきたりなどはない。
「乗るよ」
そう声をかければドロイド達は素早く機体から離れていく。それを確認した俺は素早く専用のスーツへと着替える。何せこいつは今までの機体とは文字通り桁違いの性能を誇っている。問題はその性能にコックピット周りが追いついていない事だ。いずれ各国に供与する予定のミラ女史が設計中の簡易量産機は人間が耐えられる所までデチューンされる予定だし、今回の攻略で十分なポイントが入ればコックピット周辺を改善出来るから、フルスペックの機体も使えるようになるだろう。
「まあ、だからしょうがないよな」
専用のスーツを着込むと体のあちこちから金属の噛み合う音がしてスーツと体が接続される。そしてコックピットに収まれば、そのスーツ自体がシートへ接続された。直後、接続されているコネクターを通して大量の情報が俺の脳へと直接送られてくる。
(情報量で酔っ払えそうだな)
酩酊に似た浮遊感が僅かに続き、その間に俺に埋め込まれた補助用の量子コンピューターがその情報を最適化して俺に書き込む。更に機体のセンサー群とリンクした俺は普通の人間とは比べ物にならないほど正確かつ精緻に周辺情報を認識する。この全能感はちょっとだけクセになるな。
「試製97式、出撃するぞ」
俺の意思に呼応するように機体のジェネレーターが出力を上げる。僅かな時間をおいて格納庫からカタパルトへ誘導された機体は素早く発艦準備を整えると、背面に接続された巨大なブースターがその狂暴な加速力を解き放つべく唸りを上げる。
「突貫」
俺の宣言を合図にカタパルトが機体を強引に加速させ、それに相乗りする形でブースターが歓喜の咆哮を上げた。僅か100mという短い滑走距離にもかかわらずマッハ1寸前まで加速した機体は、空中に放り出された瞬間遠慮なしの飛翔を開始する。
(これは改善の余地ありだな)
あっという間にマッハを超え、マッハ4に到達するのを認識しながら俺は難しい顔になる。宇宙世紀の強化人間処理とアーマードコアのリンクス向けのAMS適合に強化人間処理を施して、漸く真面に制御が出来るという速度だ。はっきり言って未改造の人間では制御など望めないだろう。
「目標捕捉、FOX1」
地上20mという低空を衝撃波でBETAを吹き飛ばしながら直進、目標であった重光線級の集団を射程に捉えるのにかかった時間は20秒程だ。流石に迎撃を受けるが、その全てを高速運動で回避しつつ、射点に向けてこちらも反撃を行う。増設されていたブースター側面のパネルが吹き飛び、中から無数の誘導弾が飛び出す。俺の脳波によってコントロールされるそれらは、近距離防空用に配置されている光線級の迎撃を見事に躱すと重光線級へと殺到、その不細工な肉体に突き刺さるや、内包されていた炸薬の力を解き放つ。
「うーん、汚い花火だ」
S-11、それも戦術機に搭載されるものの倍に相当する爆発を受けて重光線級が次々と破裂する。当然それだけで収まる筈もなく、生み出された火球は周辺にいたBETAを諸共に焼き払った。
「パージ」
既に半壊している目標集団を前に俺は、ダメ押しとばかりにブースターを切り離して突撃させる。贅沢にも核融合炉とミノフスキードライブを搭載しているブースターは制御ユニットである俺を失い、暴走しながらBETAの集団に突っ込み残っていたエネルギーを爆発という形で周囲へ存分に撒き散らしす。尤も、それを意図して設計はしていないので、破壊力自体は先ほどのファンネルミサイルと大差なかったが。
「急造品であることは確かみたいだな」
着地と同時に健気にもまだ迎撃しようと向かってくるBETA共に向けてビームライフルのトリガーを引きながら、俺はそう結論付ける。ファンネルミサイルによる被害状況はシミュレーションの誤差範囲内に収まっているし、強化されている筈の他の個体も新型のビームライフルで十分対処出来る耐久力だ。
「けれど、流石に36ミリや120ミリでは難しい…かな」
ビームの破孔形成具合を確認しながら突撃級の外殻や要塞級の耐久力を類推してみるが、改良種相手にはこれらが陳腐化していると言わざるを得ないという結論に至った。
(こりゃどこの戦線も大騒ぎになるぞ)
何せ現状何処の戦線であっても、戦術機の主武装となる火砲はその二種類なのだ。これが効かないとなると手札が大きく減る事になる。野分をそれなりに配備出来ているソ連や統一中華戦線はまだ野分による白兵攻撃という手段が残されているが、欧州戦線や数を揃えるために鍾馗を大量導入しているインド、中東の戦線はかなり厳しいだろう。
(米国に協力を打診するしかないかな、手が回りきらない)
比較的人的資源にまだ余裕があるソ連や中国は、装備さえ送り付ければ自力で頑張ってくれるため、案外カンパニーとしては負担ではない。何故なら既に戦術機に関しては供与前提であったために設備が整っているからだ。だが人的資源も底をつきかけている欧州ではそうもいかない。最下級の戦闘用ドロイドは辛うじて生産体制が出来つつあるが、問題はその上のドロイドだ。ハヤタ達のような自己判断が可能で他の戦闘用ドロイドを指揮できるドロイドは生産システムが解放されておらず、現状ポイントで入手する以外の方法がない。加えて大隊クラスの指揮を執らせると演算能力の大部分を食ってしまうらしく、前線で指揮をさせるには中隊クラスが限界であることも解っている。これで購入ポイントは下手な戦術機よりお高いときている。正直現状戦力拡大の上で最もポイントを消費しているのがここだったりする。
「クソ、後手後手に回っている感じだ」
最後の要塞級を撃ち抜いて沈黙させると、俺はそう吐き捨てる。俺のバイタルの変化を敏感に察知した補助システムが、鎮静効果のある脳内物質の分泌を促し、そのおかげで少しだけ冷静さを取り戻す。
「落ち着け、ここで強引な手に出て躓く訳にはいかないんだ。目の前の事に集中しろ。まずはボパールを攻略。確実にやれよ、長谷川誠二」
こちらの襲撃が成功したからだろう。旗艦であるストライダーを含め第一軍に属している戦力が全面的に攻勢に出始めた。俺はハイヴへ突入する準備を整えるべく通信を開く。
「こちらトイボックス1、光線級突貫に成功。ハイヴ突入準備のため一時帰還する」
「こちらコマンドポスト、L集団の消滅を確認。お見事です。帰還を心よりお待ちしております」
俺はその言葉に笑いながら応じると、道中のBETAを蹴散らしつつストライダーへと帰還した。この五時間後、ボパールハイヴの反応炉に到達した俺は、ボパールを制圧したのだった。
「今更英雄様がなんのご用事かしらね?」
胡乱な目で手渡された封筒を眺めながら香月夕呼はそう不満を口にした。マンダレーに続き、遂に先日ボパールを攻略した事で、カンパニーは完全に英雄の地位に上り詰めた。ハイヴの攻略。それ自体は喜ぶべき事だ。例え信じられない程の物量が投入されていて、事実上カンパニー以外に同じことが出来ないとしても、人類の生存圏が再び奪還できたのだから。だから同時にカンパニーの重要性が高まれば高まるほど、対抗馬である他の勢力が割を食うのは致し方のない事なのである。尤もそう理解しているとしても、当事者として負の感情を持ってしまう事は避けようがないのであるが。
「さて、私も手紙を預けられただけですからな。内容までは」
出された代用コーヒーを不味そうに飲みながら、鎧衣左近がそう嘯く。この男が関わる以上、この手紙の内容が彼に伝わっていないはずが無いし、それが彼の飼い主に知られることも確定している。つまりカンパニーは彼の飼い主を味方だと認識している公算が高いという事だ。不快さをアピールするために一度鼻を鳴らすと、ペーパーナイフで封筒を開ける。飾り気のない用紙にタイピングされていた文字列を読み進める内に、彼女の表情は見る間に険しくなる。
「アンタ、この内容を読んで良く平然としていられるわね?」
「さて、何のことやら」
あくまで白を切る鎧衣への追及は無駄だと判断し、夕呼は再度手紙へ視線を走らせる。勿論その内容はほんの数秒前と変わる筈もなく、彼女は盛大に溜息を吐く事となる。
「反応炉がBETAの一種であり、ハイヴを統括する個体である可能性。しかも通信機能を有しているですって?こんなやばい事を私に知らせてどうしようっていうのよ!?」
現在、ハイヴの指揮系統はツリー型であると類推されている。一部のBETAが入手した情報が帰属するハイヴに伝わると、そのハイヴを分派させた親ハイヴへと伝わっていき最終的にH01、即ちオリジナルハイヴに到達、その後逆の順序で情報が全ハイヴに共有されると考えられている。問題はこの全てが経験則に基づく類推であるという事だ。
「でも、そういう事だったのね」
「そういう事、とは?」
鎧衣の声に、夕呼は素直に答える。
「カンパニーの戦術よ。多分あいつら、この内容を随分前から予想していたんじゃないかしら?でなければ態々あんな大規模な包囲殲滅なんてしないでしょう?」
「あれは他のハイヴへの情報漏洩を遮断するための戦い方であったと。しかし、この反応炉から連絡されてしまえば意味が無いのでは?」
「そこはBETAの習性を利用したみたいよ。原則経験を積んだ個体であってもエネルギー供給時以外反応炉に接触しない。そして個々のBETAと反応炉は常時情報交換が行われている訳ではなく、エネルギーの供給時にのみ行われていると推測しているみたい」
「ほう」
「だから検証の為に量子物理学に長けた学者に反応炉を調査して欲しいですって。確かにあいつら、ハイヴの制圧は宣言したけれど、反応炉を破壊したとは一言も言っていなかったわね?」
現在も彼らの移動拠点であるあの巨大構造物は破壊したモニュメントの上に鎮座し続け、流入してこようとするBETAを阻んでいる。
「いいじゃない。世界一頼りになる護衛付きでハイヴ観光なんて中々出来る事じゃないわ。向こうの意図は何であれ私は乗るわよ。ついでにオルタネイティブ4は彼らの基地に移動できないか交渉もしようかしら?帝国もその方が都合が良さそうだし?」
「……」
大陸情勢の改善に加え、カンパニーから提供された技術によって帝国の軍事情勢は以前と大きく変わっている。一国民としては歓迎すべき変化であるのだが、相対的に榊内閣によって誘致された国連軍はその存在を疑問視されるだけならばまだしも、国民に負担を強いる足手まといという風潮が流布し始めていた。尤も、軍事的には旧世代化してしまった戦術機が大半を占めているため、実際に戦力として見れば二線級であるし、基地から人員に至るまでの費用負担は帝国が行っているのだから、残念ながら間違っていない。恐らく次回の選挙で誘致を強行した榊内閣は倒れる事になるだろう。ならば今のうちに有力な組織へ身売りしてしまおうと言うのが夕呼の偽らざる本心であった。
「ま、その辺りは今回の招待でどれだけ私を売り込めるか次第かしら?…ほかにも随分面白い意見があるみたいだし?」
送られてきた手紙の最後に添えられた一文を夕呼は指でなぞる。そこには一言こう書かれていた。
―BETAは生物ではなく、異星起源の生体作業機械の可能性がある―
ニンゲン、ヤメマシタ
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51
壁面の燐光によって光度を担保されているその場所は、地中深くである事を忘れさせるような空間だった。人類が生み出した人工の巨人たる戦術機すら易々と呑み込める横穴の中を、武骨な軍用車両で移動する。ご丁寧にも最新鋭の戦術機の護衛付きで。
「申し訳ありません、博士。何分奪いたてですので、整備も進んでいないのです」
目の前の席に座った男が和やかに話しかけてきたので、香月夕呼は笑顔で応じた。
「とんでもありませんわ。寧ろこれまでのご無礼を思えば、お呼び頂けただけでも望外の幸運ですもの。繰り返しになってしまいますが、ハイヴの攻略おめでとうございます。長谷川様の名は人類史に刻まれますわね」
夕呼の称賛に男は苦笑を返して来る。それはそうだろう。本気で人類を救おうとしている人間にしてみれば、こんなものはまだスタートラインに過ぎない。その程度の事で歴史に刻まれたなど正しく笑うしかないのだろう。
「大袈裟ですよ。私と同じ力があれば、誰だって出来る事です。たまたまその力を貰ったのが私だった。それだけの事です」
「え?」
BETAは異星人の送り込んできた生体機械。そんな言葉に釣られて遥々インド亜大陸までやってきた夕呼であったが、目の前の男は更なる爆弾を唐突に放って来た。自身の目が険しくなる事を自覚しつつ、夕呼は口を開く。
「…今、力を貰ったと聞こえたのですが?」
彼女の問いに男は気負いなく頷いて見せると、そのまま衝撃的な内容を口にする。
「ええ、私は神を名乗る存在にこの世界を救ってほしいと頼まれ、その対価として今の力を頂いただけの男です」
「か、神?」
唐突に湧いて出たファンタジックな言葉に夕呼が混乱する間にも話は進む。
「更に言えばこの世界の住人ですらありません。平行世界。それもBETAが娯楽作品の中にしか存在しない世界から私は来ました」
「ま、待ってください。そんな」
制止の言葉は残念ながら無視された。
「博士自身、不審に思っていたのではないですか?聞いたこともない研究者の論文に、それを前提とした技術群。隔絶などという言葉が馬鹿らしくなるほど現行機と乖離した戦術機。そんな物がある日突然現れた。そんな都合の良い話が、人類の技術体系で発生するはずが無い」
「それを、何故今私に告白するのですか?」
もっともな言葉に理解を示しつつ、その意図を問う。だが、この時点で彼女は凡その当たりをつけていた。そしてそれは続く男の台詞で肯定される。
「こんな馬鹿げた与太話を、貴女以外の誰が信じられますか。そして、これからお話しする内容が一切真実であると認識いただくためには、それを明かしておく必要があると考えたのですよ」
因果律量子論。彼女の唱える理論ならば、目の前の男の存在を証明できる。証明できるという事は、それを唱える人物にすれば、信じるに値する事実であるという事だ。
「…確かに、今の今まで秘匿していたなどと言う言葉よりは現実的ですね。では長谷川様は異世界の技術をこちらに持ち込んでいらっしゃるのですか?」
夕呼の問いに男は頭を振って否定する。
「残念ながら私の世界でもこれらの技術は実用化されておりません。それどころか二足歩行兵器すら夢物語と語られている技術水準ですよ。私が持ち込んでいる技術は全て、私の世界の創作物で登場していた技術です。まあ、そういう意味では現実に存在する世界もあるのかもしれませんが」
そう言って男は懐から見慣れない端末を取り出し、言葉を続ける。
「私に与えられたのは、私が認識している技術をこの世界に反映させる事が出来るという、この神器でした。BETAを殺傷する事でポイントが貯まり、規定値に達すれば技術と交換できます。物資も同様に入手出来ます」
そう言って男が端末を操作すると、目の前に突然段ボール箱が現れる。中身は見慣れたカンパニー製のレーションだった。
「重要なのは、この神器が人類の信仰と総数によって動作を担保されているという事です。考えたくはありませんが、人類が劣勢となり神に祈る者が居なくなれば、力を失ってしまう」
「成程、観測と認識ですね」
目の前の男が恐れている事態を夕呼は理解し、そう応じた。先程長谷川氏は持ち込んだ技術は全て架空のものだと言った。つまりこの神器とやらは、恐らく人類全体の意識とリンクしていて、神器を経由して呼び出されたモノをこの世界に存在する物だと、世界に誤認させることが出来るのだ。だからもしそれを観測し、認識する力が弱まれば、世界を誤魔化せずに、あるべき姿に正されてしまう。それがどこまで波及するかは判らないが、間違いなく人類にとって危機的状況を呼び込む事は間違いない。否、これら出鱈目な技術をもってしてもそこまで追い詰められたのならば、人類は神器の恩恵を失った時点で確実に滅びる。
「その為にも人類は共通の認識を持ち、可能な限りこの戦いに一丸となってほしいのです」
「つまりその共通認識が、BETAは宇宙人では無い。という事実だと?」
夕呼の言葉に長谷川は頷く。
「オルタネイティブ4の責任者である貴女から正式に、彼らが交渉の余地のない存在である事を明言いただければ、少なくとも平和的な話し合いでの解決を考える輩はいなくなるでしょう」
戦争ではなく生存競争。成程そう認識が改まれば、カンパニーの技術的価値は更に上がる。そしてこの世界にそれらが浸透すればするほど、この世界のあるべき姿も変容していく事だろう。誰もがそれがあるのを当たり前であると認識したならば、万一神器に不都合が起きても、この世界に産み落とした技術は見逃される可能性が残る。
「しかし、BETAの居ない世界ですか。長谷川様はそんな世界で、どうやってこの世界の情報を得られたのです?」
「あまり気持ちの良い話ではありませんよ?」
そう言って長谷川は語り始める。彼の元居た世界では様々な娯楽が発展していて、その中には個人で扱えるほどの安価で普及したコンピューター、しかも遊ぶためだけに作られたものがあるのだと言う。そしてこの世界はそうした娯楽作品の一つとして遊ばれていて、彼はそのゲームを通じて知識を得たのだと言う。
「そのゲームで、私は?」
「同じくオルタネイティブ4の責任者になっていました。ですが、私の知る物語と、この世界には致命的な違いがあるのです」
物語を成功させるためのデウスエクスマキナ。全ての根幹となる主人公がこの世界には居ないのだと長谷川は言った。
「主人公が居たからこそ、00ユニットへと改造された少女は貴女が望むだけの資質を手に入れました。貴女自身も、技術的課題のクリアに彼の世界を越えると言う反則を利用しました」
「つまりその人物無しにオルタネイティブ4は完成を見ず、そして人類は5と共に地球を捨てると」
「はい、しかもBETAが何者であるかすら知らぬままに。はっきりと申し上げて、あれは病原菌の類です。宇宙の全てを食い尽くすまで止まる事は無い。方法はただ一つ。打ち滅ぼし根源から断つのみです」
人類に逃げ場など存在しない。逃げられず、滅びが受け入れられないのなら、戦う以外に道は無い。
「しかし、それをどう証明するのです?」
夕呼の疑問に長谷川は笑みを浮かべると再び端末を操作した。今度はメイド服を着た、見慣れた女性が目の前に現れる。しかしその表情は文字通り能面で、瞳には何も映していない。
「彼女は戦略支援システム型ドロイド、演算能力は人間の脳を凌駕している機械です。勿論、我々と意思の疎通ができます」
その言葉に夕呼は目を見開く。
「無論、貴女が望むような最良の結果を引き当てる能力などは持ち合わせていませんが、BETAから情報を引き出し、それを私達に伝える位の事は出来ます」
「そして、この場所には生きたままのBETA。それも情報を統括している個体が存在する」
長谷川の言葉を継いで夕呼がそう口にすれば、長谷川は非常に良い笑顔になった。
「馬鹿じゃないの?」
大岳から渡された資料に目を通した佐伯中佐が発した第一声がそれだった。その言葉に深く同意する大岳は素直に首肯しつつ口を開く。
「馬鹿でしょう。何せ自身が操られている事すら理解出来ておらん連中です」
先日突然顔を出した沙霧大尉。彼が去り際に鋭谷中尉に手渡して来た資料は、帝国軍に所属する兵士の名前が書き綴られたシンプルな内容だった。尤もその内訳は沙霧大尉も参加している青年将校の勉強会のメンバーとその子飼いと目される面子である。
「自浄は不可能と見たか。彼経由で直接こんなものが送られてくるという事は、暴発間近という事かしら?」
そう言いつつ、彼女はもう一枚の書類を手に取り溜息を吐く。そちらはカンパニー経由でCIAからリークされた日本に潜伏している工作員、そして彼らによって催眠処理を施された人物のリストだった。
「しかし一体全体どんな難癖を付けて動く気かしら?」
「この際理由などどうでも良いのでしょう。重要なのは我が国でカンパニー相手の軍事行動があったという事実だけです。そうすれば米国の連中は喜んでカンパニーを安全な本国に誘致するでしょうな」
「土地を間借りしていた分の義理などとうに払い終えて、こちらが富士より高い負債を積み上げている最中ですものね、設備の殆どがメガフロートにある以上、移動だって簡単でしょう」
そう言って佐伯中佐は大きな溜息を吐く。実際にはカンパニー最大の工廠は現本拠地であるためそう簡単ではないのだが、その事を正確に把握しているのはカンパニーに所属する面々だけである。
「城代省の連中も随分やらかしてくれているし、何なのかしら?こいつらはこの国を滅ぼしたいのかしら?」
「ある意味そうかもしれませんな」
佐伯中佐の言葉に大岳はそう返す。そもそもの間違いは、BETAとの戦いを戦争と表現した事だろう。
大陸で真実のそれを味わっていない者達にすれば、戦争とはそれ以前の第二次大戦に対する思考と感情であり、それによって価値観も形成される。お陰で未だに呑気に人類同士で足の引っ張り合いなどが平然と出来るのだ。
「兎に角、早急に処分するしかないでしょう。カンパニーもとうに愛想など尽きておりましょうが、この上尾まで踏んだとなれば、この国が火の海になっても文句を言えません」
暴露回
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52
「一体なんの騒ぎか!?」
声を荒げたのは城内省の重鎮である斉御司家のご老体であった。既に家督は息子に譲っているものの、未だその権勢は衰えておらず、城内省の意思決定に多大な影響を与えている。
「驚くことはございますまい。君側の奸を討つ、という奴ですよ。ご老公」
部屋に入って来た斑鳩崇継は飄々とそう嘯いた。無論その目は全く笑っていなかったが。
「斑鳩の小童が!殿下の覚えめでたき儂を事もあろうに奸臣だと!?」
「時勢を見誤り国を傾けようとしているのです。それに気付かぬのですから当然の評と存じますが?」
その言葉に老人は顔を赤くするが、事態は変わらない。まだ日も落ちて間もないと言うのに、これだけ騒いでも警備の者どころか、護衛として侍っているはずの譜代の者すら現れないのだ。その事実が既に老人の命運を端的に表していた。
「本来ならばその首を詫び替わりに差し出したい所ですが、爺の首など貰っても長谷川殿も困るでしょう。命だけは堪忍いたしましょう。…連れていけ」
引きずられる痛みに老人が喚くが、配慮する者は誰一人いない。
「さて、あちらはどうかな」
部屋に一人残った斑鳩は、小雨の降りだした外を見ながらそう呟いた。
「ふむ、煌武院の当主が何用かな?」
「お願いがあって参りました」
二条城、政威大将軍の居室に赴いた煌武院悠陽は、穏やかな声音でそう告げた。
「ほう、お願いか。なんであろうな?」
「お国の為、泥を被って頂きとうございます」
御簾の向こうに座る将軍に対し悠陽は言い放つ。立場を考えればそれは無礼以外の何物でもないのだが、返ってきたのは朗らかな声だった。
「随分な物言いだ。けれどお国の為、民の為と言われれば是非も無い。相分かった」
「真、申し訳ございませぬ」
そう言って首を垂れる悠陽に対し、政威大将軍は落ち着いた態度を崩さずに口を開く。
「良い、全ては余の不徳が招いた事である。国の歪みを正すことなく、この乱世は乗り切れまい。ならばこの首の一つや二つ、安いものよな」
政威大将軍の座は五摂家より輩出される。だが実態を見れば、既に将軍も実権からは程遠い象徴的な立場にあり、城代省の内面は一部の権力者によって好きにされていると言うものだった。特に今代は彼らに逆らい首相を指名した事などからよりその傾向が顕著だったのである。
「しかし上手くいくだろうか。正直に申せば、余の首にそれ程の価値があるとは思えぬ」
「それを言ってしまえば、この国そのものがかの方にとって無価値でございましょう。それでもすがろうと言うのですから、差し出せるものは何でも差し出さねば」
その言葉に政威大将軍は苦笑する。存外そんな事をしなくてもあの人の良さそうな青年ならばこの国も救ってくれる気がしたからだ。だが出来るのだからと善意に甘えきりになる事が出来る程、彼の肝は太くなかった。
「攻撃機に搭載可能なメガ粒子砲は欧州と中東に優先して供与、戦術機用の物も供給ね。あー、勿体ない!」
ストライダーの中に組み込まれている俺のオフィス、応接用の椅子に座って装備品の供与計画を眺めていた夕呼先生が笑いながらそう評した。
「仕方がないでしょう。人類の資産の中で今最も価値があるのが命そのものなんですから」
何しろ神器は人々の信仰心に依存しているからな。この神器が人類最強の兵器である以上、それを維持運用できる資源が最も貴重である事は疑うべくもない。
「解っているわよ。でももう少し焦らしても良かったんじゃないかしら?信仰心だと言うのなら、唯一自分を救える対象である方が効率的に集められると思わない?」
そりゃ多少は思うけどね。彼女の言う通り極めて強力な兵器であるこれらは大きな交渉材料になる。けれど既に合衆国には技術供与済みだし、ソ連にもП-3計画経由で現物を納入済みだ。因みに両国からは技術習得と戦術確立の為に技術者とテストパイロットを受け入れている。着いて早々に脳味噌の洗浄が必要ではあったが、おかげで難民からの志願者も含めて3個大隊規模の戦力を獲得している。
「信者を集めるならそうですけどね、教祖という柄ではありません。それにさじ加減を間違えたら目も当てられない。博打は嫌いなんですよ」
「単独で光線級吶喊をする奴が何か言ってるわ」
失礼な、あれは博打じゃない。出来る事をやっているだけだ。
「しかし宜しいのですか?随分と余裕そうですが?」
そう聞くと、夕呼先生は楽しそうに笑った。
「人生で一番楽な仕事だったわよ。まあ正直悔しくはあるけれど、効率だって重要だから仕方ないわ。後はあのデカブツに取り付けるだけね」
00ユニットに関する完成時の理論と運用結果については既に取得済みで夕呼先生に渡してある。素体になるドロイドを早速弄り回していたと思ったが、もうどうやら終わっているらしい。因みにBETA側に人間という物を認識させる必要が無い――何しろ連中は人間が理解出来ない――ため、誰かの人格を移植する必要も無くなった。何処か憑き物の落ちたような顔をしているのはそのせいかもしれない。
「それは重畳、ついでに情報を引き抜くだけでなく欺瞞情報とか流せませんかね?」
俺がそう聞くと、夕呼先生は手元の端末から目を離さずに口を開く。端末の内容は既に資料では無くゲームに切り替わっているようだ、ちょっと懐かしいチープなBGMが流れている。
「無理ねー。ツリー型じゃない情報伝達経路で、そのたった一つから流れ込んでくる偽情報なんて取捨選択の段階で除外されちゃうわよ。しかもその端末が物理的に接触出来ない状態なのよ?統括側が異常を起したと認識して、最悪ネットワークから切り離される可能性すらあるわ。言いたくないけれど堅実にやるならこのまま情報を抜くだけに留めておくのがベストね」
「そう上手くは行きませんか」
「相手は思考はあっても感情が無い、その思考もあくまでコンピュータと同じ演算の延長上にあるものなのよ。私達みたいに希望的観測や楽観から自分に都合の良い事実を信じてくれるなんて事はあり得ないわ」
ですよねぇ。
「つまり、これまで通りという訳ですか」
「相手が知的生命体になったらもう少し賢い手段も採れるようになるわ。それまでは、ま、がんばんなさいな」
そう言って手を振っていた夕呼先生が思い出したように言葉を続ける。
「そう言えばオルタネイティブ4名義で集めてた人材なんだけど、こっちで預かってくれないかしら?要らなくなったせいで日本政府があれこれと難癖をつけてくるのよね」
「いや、犬や猫じゃないんですから」
てか、動物でももう少し交渉するだろ。
「良いじゃない。もう合衆国とソ連からは受け入れているでしょ?アレに比べたら催眠処置も何もしてない綺麗な人員だわ。それに新型機に慣れた国連の人間は今後重要になると思わない?」
これだから天才様との駆け引きは嫌なんだよ。
「…現状集まっている人員だけですよ?」
俺は溜息と共にそう了承するのだった。
「ノワキも良い機体だったけど、コイツは最高ね!」
ソ連に居た頃に乗っていた戦術機を圧倒する速度で動き回る自機にタチアナは興奮気味にそう口を開いた。彼女の所属しているジャール大隊はソ連極東方面軍に所属する部隊だった。非ロシア人、それも徴兵年齢の下限すら下回る年齢の兵士だけで構成された同大隊は所謂捨て駒用の戦術機部隊だった。使い勝手が良く、失っても困らない部隊。新技術との交換で差し出すのには正に打って付けの人員と言えた。
『これでエコノミーだなんて言うんだからな。ヤポンスキーはイカレてやがるぜ!』
ビーム兵器と交換で日本帝国の1企業に売り払われた彼等に与えられた最初の仕事は、ベテラン衛士による試作機の評価だった。97式量産試作型と社内で呼称されているそれは、何でも大量生産を前提とするために本来の機体から多くの機能を削った簡易版と言うべき物だと言う。しかしその性能は文字通り桁違いだ。
『目標、距離15000。ロングメガバスターを使うぞ!』
小隊長であるオルガの声に合わせて、小隊の各機が兵装担架にマウントされていた長砲身のビーム兵器を展開する。
『FOX1!!』
言葉と同時にトリガーを引けば、砲口から圧倒的な熱量を誇るエネルギーの奔流が放たれる。そしてそれは狙い違わずBETAの集団をなぎ払い、更にBETAに含まれる水分によって水蒸気爆発を引き起こす。それは正しく地獄のような光景であったが、生み出した各々の胸中に訪れたのは歓喜だった。
『すげえっ!』
『この力があれば…』
彼等の多くは中央アジアに位置する連邦を構成する共和国の出身だ。大戦初期の段階で前線となった彼等の国は既にBETAに飲み込まれている。党中央は難民の受け入れと祖国奪還を約束しているが、その対価としてロシア人に比べ遥かに過酷な献身を要求している。そして明確な待遇差を前線で見せつけられれば、党への忠誠心も共産主義への幻想もあっという間に消し飛ぶというものだ。そこに彼等を信じて与えられる最新鋭の強力な戦術機という存在は、正に致命の一撃と言えた。
「誰にでも機会が与えられ、生まれで差別されない世界。皮肉よね?」
タチアナの思わず漏れ出た言葉に小隊の面々が同意する。
『偉そうに語ってたロシア人共が悪し様に罵ってた連中こそ、一番その世界に近いところに居るってか?喜劇にしちゃ出来すぎだよな』
『ロシア人共は俺達の事もBETAと同じ下等生物だとでも思ってやがるのさ、俺らが感情もあれば考えもする人間だなんて想像も出来ねえんだろ』
『小隊各機、仕事に集中しろ!大隊長の顔に泥を塗るつもりか?』
口々にそう不平を漏らす隊員達にオルガの叱責が飛ぶ。慌てて彼等は口を閉じると、目の前の敵に集中する。とは言うものの最早それは戦闘では無く一方的な殺戮である。地獄を経験済みの彼等にしてみれば、あまりにも気楽な作業であるそれは、その後ほんの数分で終了を告げて来た。
(この力があれば、故郷に帰れるかもしれない。父さん、母さん…)
タチアナは故郷を追われた後に生まれた、だから父や母が熱望したような望郷の念は無い。けれど両親が死んでまで望んだ帰還を、せめて子である自分が叶えてやりたいと思う程度には家族を愛していた。
「諸君、ご苦労。20分後にデブリーフィングを行うから、各自着替えて第二会議室に集合する事」
物思いにふけっていたタチアナは、その声で現実に引き戻される。目の前には優しく微笑む敬愛する大隊長のフィカーツィア・ラトロワ中佐が立っていた。
「「了解!」」
元気よく返事をし、そしてもう一つの思いを胸に抱く。ラトロワ中佐はロシア人だ。けれど自分達と生死を共にし、その死を誰よりも悲しんでくれている。そしてそんな彼女を中心に彼等ジャール大隊は、全員が家族のような関係を築いている。だからこそタチアナは強く願う。
(この力で戦争を終わらせる。そして、もう誰一人欠けること無く終戦を迎えるんだ)
それは今まで何度も望みながら、届かないと諦めていた願い。しかし今、タチアナにはそれが手の届く目標であると確かに感じられるのだった。
日本帝国で政変が発生しました。
オルタネイティブ4がカンパニーと急速に接近しています。
ジャール大隊のソ連離反フラグが立ちました。
嫌な予感がしますね!
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53
面白くない事になっている。夕呼先生から報告を受けた俺の心境はその一言に尽きた。
「甲1号、国連呼称H1ハイヴ周辺のBETAは既に50%が改造種に置き換わっている。これも厄介だけど。それ以上にこれは…」
ボパールの反応炉に接続した情報収集ユニット。彼女を通して地球におけるBETAの個体数とハイヴの分布が確認された。だが俺はこの情報を即座に共有すべきか本気で悩んでいる。
「まあ、こんな事を突き付けられたら、大混乱が起こるわよね」
夕呼先生もそう言って天を仰ぐ。
「通常型のハイヴとは異なりモニュメントを持たず、地上へ連絡するゲートすら無い隠れたハイヴ。差し詰めスリーパーハイヴとでもいった所ですか」
「昨日今日じゃないわね、多分マンダレーの辺りから準備が始まっていた。作業機械のくせに小賢しい事するじゃない」
通常型のハイヴが建設を妨害された事に加えて前線で損耗が増大したのを受けて、連中作業ユニットの製造に特化したハイヴを建設しやがった。
「前線で旧種が減らないはずね。H1を中心に更新した余剰が馬鹿みたいに送り出されてる。それも地下を通して」
「最悪ですね」
「最悪よ」
ゲームにも登場した母艦級BETA。H1近傍に増設されたスリーパーハイヴで真っ先に増産されたそれが、現在進行形で地球の全てのハイヴを繋げている。既に接続済みだったボパールでは、現在もカシュガル方面から地下で流入してくるBETAを殲滅し続けている。通路自体を崩落させようかと思ったが、ムラマツにむしろ進行ルートが変化する方が危険だと指摘されたため、現状のような場当たり的な対応になっている。
「改造種だけじゃなく、既に新種も絶賛製造中」
「首狩りをしようにも、現状の戦力でH1のBETAを封じ込めるのは困難です。特に地中回廊は手が出せない」
「H1が陥落すれば、残存するBETAが周辺のハイヴへ移動する。勿論そんな数を受け入れられるハイヴは存在しないから、連鎖的に再侵攻を誘発させるわね」
「ですが時間はかけられません。これを見る限りスリーパーハイヴはBETA製造に特化している分従来のハイヴより生産スピードも製造能力も1ランク上です」
連中には環境保護や持続的社会だなんて概念は無いからな。時間をかけた場合、地球が食い尽くされる心配だってある。
「解っているけど、具体的なプランは?」
足りない分は補うしかないだろう。問題は相手が頷いてくれるかだけど、それ程分の悪い賭けじゃないと俺は思っている。
「この星の明日の為に、今こそ人類は一丸となって事に当たる。となれば最高ですが、まあ足りない分を補填頂く程度なら協力を得られるのではないかと」
「とんでもない楽観論が飛び出たわね。上手くいかなかったらどーすんのよ?」
そうなってしまえば、しょうがないよね。
「協力出来ないと言うならそれは最早BETAに利する人類の敵です」
全員を救うのが最上。けれど出来ないのなら一人でも多く救えるプランに変えるしかない。…強化したのは正解だったな、こんな事を考えても気持ちは微塵も揺らがない。
「全員で連中の腹に収まるよりはまだマシでしょう」
表情を強張らせる夕子先生に、俺は笑顔でそう告げた。
「虫の良い話だと思わないかね?散々我が国を弄んでおいて、唐突に協力しろとは」
皮肉気に頬を歪めたのは合衆国陸軍において重要な地位を占めている将軍だった。彼は手にしていた葉巻を灰皿に押し付け、周囲を見回した。紫煙の漂う部屋に集まった男達は彼の発言に首肯する。
「彼らが我が国の市場に参入して以降、経済界は致命的な状況に陥っていると言っても過言ではない」
「東洋のサルは商いのやり方も知らないと見える」
「土台無理な話なのだ。幾ら人の真似事をしてもサルはサルでしかない」
相手を貶めながら彼らは笑う。多少溜飲を下げたところで、最初に言葉を発した男が話を戻す。
「要求は我が国が配備を進めている量産型XGシリーズと戦術機甲部隊。最低でもXGは全機出してほしいそうだ」
「ふざけた話だ。連中は合衆国国民の命を何だと考えているのかね?」
相手の要求に別の男が憤慨する。彼らにとって国民の命とは国家の貴重な財産であり、彼らの為に消費されるべきものだった。他国の都合で消費されてよい命など一つもなく、全て自分達によって利用されるべきだと本気で考えている。
「経済界の混乱は今も続いていると言うのに、あの小僧は乗り気だというじゃないか?」
その言葉に、彼らと席を共にしていたリチャード・ホークは悲し気に頭を振って見せる。
「既に大統領は正常な判断が出来ていません」
「仕方のない事だ、彼らの武器は確かにインパクトは十分だからな。だが、あの程度既存の兵器でも十分に実行出来る範囲だ」
リチャードの言葉に、老人が鷹揚に頷いて見せる。ここに居る者達は一様に従来の兵器産業から莫大なリベートを得ていた人間だ。故にカンパニーの台頭によって、利益を著しく損なっていた。そして戦争を商売、武器を商品と捉えている彼らは、本気で自分達の扱う商品がBETAに対抗しうると考えていた。
「ことここに至ってはやむを得まい」
「うむ、民意に反した専横を政府が成すと言うならば、我らは武器を手に取って抗うとしよう」
「同志サンダーク、党中央は何と言っているかね?」
溜息を隠そうともせず、ブドミール・ロゴフスキー中佐は目の前の男に尋ねた。
「戦力提供に極めて協力的な姿勢です。遺憾ではありますが、祖国の技術水準はこの大戦で合衆国に大きく差を付けられてしまいました。巻き返すには彼らを頼る必要があるでしょう。…我々が最有力候補のようです」
そうだろうとブドミールは頷いた。П-3計画は当初こそソ連独自の、もっと言ってしまえば彼らの計画であったが、現在は物資、技術両面でカンパニーと親密な関係を構築している。
「欲を言えば、後1年は欲しかったな」
「肉体的な不利は例の機体が軽減してくれます。実戦にも十分耐えられるでしょう」
「同志イゴーリはぼやいていたがな。だがあれの計画より使い勝手もいい、ただでさえ我が国は西側の連中に非人道的な国家だなどと喧伝されているからな」
プロジェクションとリーディングと言う特殊能力を用いた疑似的な未来予知。その最良の結果を機体側に再現させる上で問題となるのが、人間という脆弱な部品だ。計画の主任科学者を務めているイゴーリ・ベリャーエフは、この人間から機体の限界機動に耐えられない部分を削ぎ落し、完全な部品として組み込むことでこれの解決を考えた。だが当然そんな事をすれば部品としての寿命は著しく低下するし、万一にも情報が他国に漏れた場合には国際的な非難は避けられない。第一、大真面目に人類を救うために行動しているカンパニーに知れたなら、逆鱗に触れるどころの騒ぎではないだろう。
「参加させる戦力は如何程に致しましょう」
「解りきった質問をしてくれるな中尉。参加可能な人員と機体は全てだ、チップが多いほど見返りは大きいのだからな」
「野分の訓練を受けると思って来てみれば、触った実機は雷で、今慣熟訓練をしているのは97式かぁ」
「一体何機新型が出来ているのよって感じよね」
友人たちの言葉に、内心同意しつつ篁唯依は内心溜息を吐いた。戦術機の開発が容易ではない事は、父やその友人である巌谷のおじ様を見ていれば嫌でも解る。そして、カンパニーの機体がこれまでの戦術機と全くの別物であり、中でも97式と呼ばれているペットネームすらまだないこの機体が、最早比べるのもおこがましい程の性能を有している事も彼女は理解していた。
(雷の段階で、既に1機で帝国軍全てを敵に回しても勝てるような機体だった。そしてこの機体は…)
量産モデル。大量配備の為に要求値ギリギリまで機能を削ぎ落した機体。額面通りに受け止めれば、それはまるで粗製濫造をオブラートに包んだかのような言葉だ。そして事実カンパニーにしてみれば、その通りの機体なのだろう。原型となった試製97式はたったの4機でアンバールから溢れ出るBETAから中東を守護し続けているのだ。先日のボパール攻略においても、追加装備を使用したとはいえ、新種相手にまたも単騎での光線級吶喊を成功させると言う理不尽な戦果を打ち立てている。尤もこちらに関しては余りにも非常識な速度と動作であったため、以前とは異なり教本に取り入れられる事は無いようだが。
「あの機体の性能を100%引き出せるなら、単独でハイヴも攻略出来るわよ」
97式の設計者であるミラ・ブリッジス女史が忌々しそうにそう言ったのを唯依は覚えている。そしてそれが事実であろう確信も彼女にはあった。
「97式に慣熟するのは良いけれど、私達これからどうなるのかしら?斯衛にはこの機体、配備されないでしょう?」
慣れていざ戻ってみれば、与えられるのは野分だった。では笑えないと能登和泉が眉を寄せる。その問いの答えを既に知っていた唯依は苦笑しながら応じる。
「多分、悪いようにはならないと思う」
先日の休暇で実家に戻った際、唯依は崇宰恭子から武家界隈が近々荒れる事を伝えられた。そしてその直後に97式への機種転換である。つまりそう言う事なのだろう。
(今までは斯衛に戻る前提の訓練だった。でもこれはカンパニーの正規部隊と同じ訓練内容。つまり私達の身柄は、正式にカンパニーに引き渡されたと考えられる)
そして自分達よりも遥かに練度の高いユウヤ・ブリッジスや、難民からの志願者すら未だに戦闘には投入されていないのだ。ならば戦場を知ることになるのは、当初言い渡されていたよりも確実に遅くなるだろう。
「とにかく今は慣熟に集中しよう?もっと練習しておけば良かったなんて後悔だけはしたくないもの」
「そうだね」
「ええ」
頷く二人を見て唯依は立ち上がる、丁度休憩時間も終わるタイミングだったからだ。そんな彼女達にカンパニーへの正式な就職が言い渡されるのは、それから3日後の事だった。
国家解体戦争とか、絶対面倒だからしたくないよね。
以下、作者の自慰設定
97式『正規量産型』
試製97式は文字通り規格外の性能を発揮したもののパイロットへの負荷が激しく、アリスを中心とした特別派遣班(通称シスターズ)及び長谷川誠二の実質専用機と言って良い機体となってしまった。加えてカンパニーの特異な環境から建造費も度外視されていたために、他国で真面目に製造する場合、合衆国であっても数機で1年分の軍事予算が吹き飛ぶという馬鹿げた数字であった。このため正規量産型では過剰とも言える性能の見直しに伴う機体構造の簡略化、搭載される動力・電子装備のダウングレードが行われている。特に機体価格の大半を占めていた動力・推進器・電子装備のダウングレードは大幅な性能低下を起したものの、何とか戦術機と言い張れる価格までコストを抑える事に成功している。
火力面では従来機の雷とほぼ同程度に収まった一方、ML機関と熱核融合炉の同時搭載によって防御力及び機体出力は大幅に向上、特に近接格闘戦においては機体の軽量化も相まって既存機体とは一線を画す性能を誇る。当然のように斯衛が欲しがったが、新たに就任した政威大将軍の、
「幼少より鍛え抜いたと誇る斯衛の武は、武具の優劣程度で霞むものなのか?」
という一言で立ち消えとなっている。
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54
作戦そのものは極めてシンプルだ。いや、シンプルにせざるをえない。何せ地球規模で同時多発的に攻撃を実行するのだから、複雑な計画など提案したところで破綻するのは目に見えている。
「だからと言って重金属雲を使わないなんて出来ないものねぇ」
俺の書いた滅茶苦茶な作戦内容を読みながら、夕呼先生がそう苦笑した。まあさもありなん。
「97式以降の機体が普及すれば可能ですが、残念ながらそこまで待っていると地球が食い尽くされかねません」
「こっちも相当貪っているものね?」
そう返せば夕呼先生は愉快そうにそう笑った。仕方ないだろう、物量に対抗するために最も有効なのはやはり物量なのだ。BETAの数に押し負けないだけの戦術機や火砲を用意しようとすれば、必然相応の資源を消費する事になる。でもこれでもかなり配慮しているんだぞ?宇宙で建造している装備の殆どは移動中のユノーで採掘を始めて賄っているし、武装の多くもビーム兵器に転向する事で砲弾に用いる装薬や弾体分の金属も節約している。ついでに装甲にもセラミック複合材にすることで従来の総ガンダリウム合金製よりは使用量を減らしている。まあ、ムーバブルフレームを採用する都合上、旧来の戦術機に比べればどうしても使用する金属量は増えてしまうからギリギリまでそれを抑え込む為に、機体のサイズまで第二期MSに準拠させている。それでも生産する数が数なので消費する資源はグロい事になっている。
「だからこその作戦ですよ」
アリス達用に建造した試製97式。そしてシスターズの直轄戦力として配備されているダミー達、彼女達を用いてH01を除く全ての通常型ハイヴに対し同時に反応炉破壊を実施する。
「逆転の発想という訳ね、H01を先に潰して玉突きの大侵攻が起きてしまうなら、先に移動先を潰しておけばいい。言い出すのがアンタじゃなければ、頭のおかしい馬鹿の戯言だけれど」
現状最も危惧するべきなのは、連中が陣地を構築し終えて、そこに十分な兵力を充足させる事だ。解りやすく言えばハイヴ同士の移動網が完成し、そこに十分な数のBETAがいる状態だ。対人戦とは異なると言うものの、準備された敵陣に遠征軍で挑む事は戦術上最も困難なシチュエーションの一つである。
「幸いにしてまだ、スリーパーの方は生産特化型のため補給能力は高くありません。兵站が整えられてしまう前に叩かなければ、今まで以上の泥仕合に付き合わされてしまう」
「そして余力を残した状態でここを勝つ必要が人類にはある」
夕呼先生の言葉に俺は黙って頷く。月面のハイヴはまだ残っているし、火星に至っては手付かずなのだ。こんな所で死闘を繰り広げている場合ではない。
「ソ連はこちらの提案に乗った。帝国と大東亜連合、それに国連も協力してくれるでしょう。残るは欧州と合衆国、それにアフリカ連合か」
意地悪な笑顔でそう嘯く夕呼先生に俺は苦笑する。大丈夫ですよ、冥夜ちゃんだって言っていただろう?
―人類を無礼るなってさ―
物言わぬ躯となったかつて“執事”のコードネームで呼ばれていた男を感情の籠らぬ目で見つめながら、テオドール・エーベルバッハはその体を拘束されるままに任せていた。
「久しぶりね、…なんと呼ぶべきかしら?」
「好きに呼ぶと良い」
「そう、ならもう一度。久しぶりね、テオドール。息災のようで何よりだわ」
そう昔と変わらぬ口調で告げて来るグレーテル・イェッケルンにテオドールは皮肉の張り付いた顔を向ける。
「アンタがここに居るという事は、俺のオトモダチ共は俺の事を売ったのか?」
「残念ながら少し違うわね。貴方を利用していた連中は政争に敗北したの。ここに私がいるのは、そうね、神様のお導きかしら?」
グレーテルの言葉にテオドールは喉を鳴らして笑う。
「見ないうちに随分と皮肉が達者になったんだな」
神の言葉を騙り組織を纏めてきた彼に向かって神の導きを口にするなど、正にこれ以上ない皮肉と言えよう。しかしテオドールの様子に対し、グレーテルは静かに笑みを浮かべて口を開く。
「そうね、所で知っている?東洋では神様は一人ではなくて沢山いるそうよ。私達の信じていた神様は確かに救ってくれなかったけれど、全ての神様がそうとは限らないみたいなの。だから、まだ私は神様は居るって信じられる」
そう言いながらグレーテルはゆっくりとテオドールへと近づき、決定的な言葉を口にする。
「カティアは助け出したわ。今はアネットが傍で守っている」
彼女の台詞にテオドールはひと時呆然とするも、意味を理解するにつれ、その表情を驚愕へと変える。その様子を見て、グレーテルが彼女らしい勝気な笑みを浮かべた。
「今はこの世界で一番安全な場所で保護されている。感謝しなさい?これでも私、頑張ったんだから」
「無事、なのか?カティアは、生きてっ!?」
「生きているし、勿論無事よ。流石に貴方を動かす命綱を粗略に扱わない程度の分別はあったみたいね。まあそれはそれとして、地獄には落ちて貰ったけれど」
グレーテルの回答にテオドールは俯き、そして自らの頬を濡らすものに気が付いた。涙など、とうの昔に無くしたと、流す権利など失ったと考えていたそれが、滂沱となって零れ落ちる。東ドイツの崩壊後カティアは疎開した人々に声をかけ続け、東西ドイツの統一を目指し行動していた。故郷を取り戻したその先で、再び自らに降りかかった悲劇が二度と起きぬ事を願って、彼女は奔走したのだ。だがそれを良しとしない者達も居た。東側諸国から身の安全を保障するため。親し気な様子で近づいてきた彼らにカティアが囚われると、その身柄を盾にテオドールらは都合の良い走狗に仕立て上げられた。融和を口にしながらも、東側の支援を受けている彼らの存在は、さぞ使いやすい駒であったのだろう。気が付けば彼らにとって都合の良い火種を生み出すテロリストに落ちぶれていた。
「さて、説明も終わったところでさっさと済ませてしまいましょうか」
そう言うとグレーテルはホルスターから拳銃を引き抜き、テオドールの額へと突き付ける。そして彼が言葉を発する間もなくトリガーを引いた。
「…難民解放戦線の主犯、“指導者”の死亡を確認した。時間を記録!」
ハンマーの落ちる小さな音だけを響かせて何も吐き出さずに役目を終えた拳銃を仕舞いつつ、グレーテルが大声でそう宣言する。テオドールを押さえていた兵士が即座に拘束を解き、愉快そうに時間を告げる。事態の急転についていけず戸惑うテオドールに、グレーテルは悪戯が成功した子供と同じ表情で問いかけてきた。
「さて、名も無い死体君。君には2つの道がある。一つは全てを消えた過去にして、ただの人としてやり直す道」
沈黙で応じるテオドールにグレーテルは笑みを深めつつ続きを口にする。
「もう一つは、私と同じ神様を信じて、再び人類の剣として立ち上がる道。さあ、どっちにする?」
答えるまでも無い問いに、テオドールは久方ぶりに本当の笑顔を浮かべながら口を開いた。
「これは一体どういう事かな、リチャード?」
合衆国の政治的中枢であるホワイトハウス、その最たる場所と言える大統領の執務室には、今多くの男達が詰めかけていた。
「見ての通りですよ、大統領」
その最前列で笑顔を浮かべている親友にマイケル・ウィルソン・Jr.が問いかけると、彼は大仰な身振りでそう応じた。
「判断に困るな」
副大統領の後ろに居並ぶのは合衆国の重鎮と呼んで差し支えない面々だ。そして更にその後ろには、武装した兵士達が武器を携えて待機している。机越しに大統領は彼らを見つめるが、その顔触れに一定の法則がある事にすぐ気が付いた。何故なら彼らはカンパニー出現後、協調路線を打ち出した大統領に一貫して反対の立場を取り続けた者達だったからだ。
「そう言わず良く見たまえ、これが君の行ったことの結果だ」
言いながらリチャードはゆっくりと大統領へと近づき、彼の背後へと回り込む。そしてゆっくりと肩に手を置くと口を開いた。
「見ろ、よく見るんだ。実に素晴らしい光景じゃないか」
喜色を抑えられない声音でリチャードは言葉を紡ぐ。
「特に彼なんて最高だ。あの笑顔、解るだろう?勝ちを確信した勝者の笑みという奴だ」
「ああ、よく見えているとも」
リチャードの言葉に、大統領は沈痛な面持ちで応じる。この状況は、彼が想定していた中でも、相当に悪い状況である事は認めねばならなかったからだ。
「うん、宜しい。しかし実に…」
そう言って強く大統領の肩を叩くと、リチャードは笑ったまま言葉を続ける。
「そう実に滑稽な姿だとは思わないか?彼らは今、自分の勝利を確信しているんだ。だから重要人物全員が集まるなどという危機的状況下で、あんな阿呆面を晒せる」
リチャードの言葉に即座に呼応したのは、彼らの後ろに控えていた兵士達だった。即座に手にしていた火器を居並ぶ重鎮達へ向けて構える。安全装置の解除される音が耳に入ったことで、重鎮達は漸く自分達こそが、網に捕らえられた哀れな獲物である事を自覚する。
「リチャード!貴様裏切ったな!?」
この期に及び的外れな非難を浴びせて来る男に向かって、リチャードは笑顔のまま口を開く。
「馬鹿を言わないで頂きたいな。私がこれまで、そしてこれからも忠誠を誓うのは合衆国に対してのみだ。恨むなら我が国の国益を損なうような愚かな選択をした自身の不明を恨みたまえ。連れていけ」
喚く男たちが執務室から連れ出されたところで、大統領は小さくため息を吐く。
「出来れば、穏便に済ませたかったのだが」
「マイケル、誰にでも慈悲深いのは君の美点だが、欠点でもある。救いようのない馬鹿というのもこの世には居るのさ、残念ながら我らが合衆国もその例外じゃない」
親友の言葉に一度だけ首を項垂れ、ゆっくりと顔を上げる。
「カンパニーへ連絡を、合衆国は全面的に彼らの要請を受け入れる。稼働している戦略機動航空要塞は全て欧州へ派遣する。護衛の戦術機部隊もだ。副大統領、直ぐに計画を立案し、実行したまえ」
そこには優しいマイケルはおらず、決意した合衆国大統領が座っていた。
Q:米帝様がいい人過ぎない?ナンデ?
A:B級SFにおける自陣米国はヒーロー枠だから 10%
マイケルに大統領魂がインストール済みだから 90%
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「世界中の企業がブチ切れるわよね、これ見たら」
全力稼働を続けるカンパニーの本拠地地下工場でミラ・ブリッジスはそう笑った。現在も拡張を続けている工場からは、カンパニーの主力製品である戦術機が続々と吐き出されていた。
「後1ヵ月あれば“暁”も本格量産できたのですが」
残念そうに付き従っているルクレツィアがそう零す。その言葉にミラは思わず苦笑してしまう。
「完全自動化ってのも考え物なのね。まあやりたくても普通の企業じゃ出来ないでしょうけど」
そう言って彼女は最終検査を受けるために並べられている戦術機を眺める。そこにはカンパニーの代名詞ともなった“野分”。人類史上初のハイヴ攻略の立役者となった“雷”。そしてまだ数は少ないが、今後人類の守護者となる事が確定している彼女の手がけた97式戦術機“暁”が並べられていた。
「土地の制限もありますし、何より我々と違って一般企業は営利団体です。比較対象になりません」
「それはそうね」
地下という誰の目にも触れないのを良い事に、カンパニーは本拠地を好き放題に拡張していた。既にその端は帝国から買い上げた柏崎と平塚の地下にまで達しており、同時に増設され続けている製造ラインからは各種機体が生み出されているのだ。ルクレツィアの言う通り普通の営利団体であればこんな無茶苦茶な拡張は当然出来ないし、敷地面積という制約がある以上、製造ライン自体も取捨選択する必要がある。広げた分だけ製造ラインも増やすなどという狂気の選択など誰も出来ないのである。
「雷はまあ解るけど、鍾馗の方も製造ラインを増やしてるのね」
カンパニーでも機体の優先順位は明確に存在するため、既に野分の生産ラインは増やされていない。一方で攻撃機と呼ばれている鍾馗の方は大幅なアップデートこそ無いものの、順調に数を増やしていた。
「アップデートの結果戦術機の搭乗適性のボーダーは大幅に低下しました。しかしそれでも衛士になれる人材の方が人口に対し圧倒的に少ないのが実情です。今後も数の上での主力は揺らぎません」
「それこそ人間の方を弄らない限り、ってところかしら?」
「現在社が保有している人体改造技術は改善点が多く残されております。全人類への適用は推奨致しかねます」
それはそうだろう。何せ試製97式に乗り込むためという狂気の選択のために、個人に最適化した施術を受けた長谷川ですらあの有様なのだ。量産の為に平均化した施術などを行えば、相当数の不良品が発生する事は火を見るより明らかだ。
「まだまだ改善の余地はあるか。次の目標は赤ん坊でも扱える戦術機とか?」
ミラがそう嘯くが、対するルクレツィアは眉を寄せてその言葉を否定する。
「そちらも推奨出来ません。安易に簡便化すれば若年への徴兵に歯止めが利かなくなります」
既に追い詰められている人類は後方国家ですら根こそぎに近い動員を行っている。この時点で今後の経済活動に深刻な影響が出ることは明らかであるが、更に問題なのが戦後の話である。
「国家の再建にも、そこに介入するにも武力は求められるものね」
BETAという共通の敵を失えば、人類同士の争いが再燃するのは火を見るより明らかだ。その際に人的資源が乏しい国々がどの様な考えに至り、そしてその時子供でも扱えるような戦術機が存在すればどう行動するかなど誰にでも解る事だ。
「ミスタ長谷川には悪いけれど、人類の暁はまだまだ遠そうね」
ミラは自らの造り上げた“暁”を見上げながら、そう呟いた。
「全員集まっているな?ではこれより2週間後に実施される、カンパニー主導によるハイヴ同時攻略作戦、通称“オペレーション・メテオ”の説明を行う」
壇上に立ったアルフレッド・ウォーケンは良く通る声でそう宣言する。冷静沈着という言葉がよく似合う彼であるが、流石に今回ばかりは内心動揺していた。無論それを表に出すような無様はしないが。
「作戦の第一段階、選出された26名がそれぞれ低軌道より各ハイヴに対し降下強襲を行う。目標はハイヴ最深部に位置する反応炉、仮称頭脳級BETAの撃破である」
スライドに映し出される頭脳級を横目にウォーケンは説明を続ける。
「マンダレー、ボパールでの行動分析により頭脳級を喪失した場合、BETAはハイヴを放棄し、最寄りの生きているハイヴへと移動する事が確認されている。つまり、第一段階が成功した場合には全てのBETAがH01及びボパール前哨基地へ向かう事になる」
その言葉に一部の人間が騒めくが、想定済みであった彼は淡々と言葉を続ける。
「先ほども言った通り、BETAは頭脳級の喪失をもってハイヴの失陥を認識する。つまり逆に言えばどの様な状態であっても頭脳級さえ無事ならばそこはハイヴとして認識されているという事だ。事実ボパール基地には繰り返しBETAが流入を図っている。勿論全て撃退されているが」
声が収まるのを確認し、彼は作戦の説明を再開する。
「頭脳級撃破後、突入した部隊は速やかに付近の国連軍と合流、速やかに軌道上にて待機している艦隊へと帰還。そしてその120時間、つまり5日後に作戦第二段階としてH01に対し選抜者全員による降下強襲を行い、地球BETAを統括する重頭脳級を撃破する」
寝言のような言葉だな、と言った本人であるウォーケン自身が思う。彼らが現れるまで人類にとってハイヴ攻略など正に夢物語であったのだ。それが今では一つのハイヴを占領し、残るハイヴも平らげてしまう作戦を口にしている。しかもその内容は、そんな程度の数でどうにかなるならとっくの昔に戦争なぞ終わっていると鼻で笑ってしまうようなものなのだ。だがこの場に居る者でそこに疑問を挟む者は誰一人としていない。
「この時点で人類の勝利はほぼ確定するが、最後の一仕事が残っている。そしてそれこそが我々に与えられた任務となる。H01攻略後、BETA共は残る唯一のハイヴであるボパールを目指すことは間違いない。カンパニーは敢えてボパールの頭脳級を残し奴らを誘引、持ちうる全火力を投じてこれを撃滅するつもりだ。この戦闘に我々も参加する事になる」
初の実戦になるからだろう。年若い何人かは戦闘参加の言葉に表情を強張らせる。
「規模こそ史上最大ではあるが、ハイヴへの侵攻ではなく迎撃になる本作戦は実戦経験には丁度良いと言えるだろう。防御陣地に十分な砲兵火力の支援も期待出来る。更には最悪の場合、我々は頭脳級を撃破し基地を放棄する事も可能だ」
ウォーケンはそう言いながらスライドを切り替える。
「我々の部隊は戦術機1個増強大隊規模であるが、全員がTYPE97を受領している。現状地球上で最も強力な戦力の一つである事は疑うべくもないだろう。迎撃作戦ではこれを3隊に分け展開、侵攻してくるBETAを迎撃する。既に当該地域全域にアンダーグラウンドソナーの敷設は完了しており、支援用の砲撃陣地、地雷原も十分に用意されている。各隊はそれぞれ私、フィカーツィア・ラトロワ中佐、佐伯恵那中佐がそれぞれ指揮を執る、詳細は端末で確認すること。次に我々の仕事の具体的な説明に移る」
「本任務において、構築される防衛線は6つ。最前線はコルカタからカトマンズにかけてとラホールからカラチにかけての2正面となる。ここでの主戦力は攻撃機と無人戦術機になる。率直に言ってしまえば、この戦力はBETAを消耗させるための捨て駒だ。突破されることが前提となる。続く第二線は本命であり、我々もここに配置されることになる。東部はワーラーナシーに展開するストライダー2を中心に迎撃を行う。こちらには私の隊と佐伯中佐の隊が当たる。ここに配置される無人機は大半が雷になる、これの火力を有効に利用しろ。西部はニューデリー及びジャイプルに展開した陸上戦艦群を中心に迎撃を行ってもらう事になる。ボパール基地であるストライダー1もニューデリーに展開する、こちらにはラトロワ中佐の隊に当たってもらう事になる」
ウォーケンの説明に最前列で聞いていた二人が黙って頷く。
「基本的には通常の迎撃作戦と変わらない。ただし注意すべきはBETA側が学習しているであろう点だ」
ウォーケンは自身の声が固くなるのを無理やり抑え込む。
「2年前の重慶での間引き作戦においてカンパニー製の戦術機が実戦投入された際、搭載されているコンピューターに引き寄せられる形で旅団規模のBETAが当該機の展開する地域に流入した。だがボパール攻略の際にはこの様な行動は確認されていない。ミスタ長谷川が光線級吶喊を実施した後の交戦記録からも、以前の様に高性能なコンピューターに誘引されている形跡は見られない」
それはつまり高性能な機体であってもBETAが過剰に接近してこないという事だ。新兵にとっては精神的余裕の生まれる説明であったが、ベテラン達は一様に顔を顰める。
「つまりこれまでの様に戦術機で敵を誘引し、砲兵に処分させる叩き方は出来ないと考えるべきだ。加えて連中の目標がボパールの確保である以上、最悪我々を無視する可能性すらある」
例え大量の敵であっても自分に向かってくるのであれば対処は難しくない。何故なら暁にはその物量を処理しきれるだけの火力が担保されているからだ。一方でこちらの目的がBETAの殲滅である都合上、むしろ無視される方が厄介だ。圧倒的な物量が集中せずに広範囲から浸透した場合、砲兵による面制圧の効果も薄れるし、砲兵がひき殺されない為に直掩を置く必要すら出て来るからだ。
「幸いにして低軌道艦隊は再建されているが、戦域全体をカバーしきるのは難しいだろう。貴重なタイミングを潰さぬよう全員注意するように。そしてBETAの浸透が決定的となった時点で戦線を縮小、全部隊はボパール基地周辺まで後退し最終防衛ラインを構築する。この段階になれば地上目標もかなりの密集が予測される。不意の接触も増えるだろう、グレイ・イレブンの残量には常に注意を払え」
絶対的な防御力を保証してくれるラザフォードフィールドであるが、フィールドに何らかの干渉を受けた際、急速にML機関の燃料であるグレイ・イレブンを消費する事が確認されていた。設計上相応の余裕を持って搭載されては居るものの、枯渇させてしまえば暁はその戦闘能力を大幅に低下させてしまう構造となっていた。
「万一の場合は無理をせず後退するように。繰り返すがここでBETAを撃滅するのが最良ではあるが、絶対の目標ではない。機体も、貴様等自身も貴様等が考えているよりも遥かに金も時間も掛かっている。たかが一回の出撃で死ぬなどと言う贅沢が許されると思うな」
ウォーケンの言葉に真剣な表情で新兵達が頷く。年若い彼等に一人前の兵士としての振る舞いを求めねばならない事に忸怩たる思いを抱きながら、それを強固な自制心で抑えつけ、ウォーケンは口を開く。
「宜しい、諸君等の健闘を期待する。この後は各隊に分かれて詳細な打ち合わせを行う事とする。では解散!」
決戦の刻限は静かに迫っていた。
暁遙かなりは名作、異論は認める。
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56
その日、人類は一つの確信を得る。
―理不尽はいつも空から降ってくる―
心を震わせるような檄文も、誰もが叫び出したくなるような演説も無く。実務的に通達された史上最大の反攻作戦は、正に粛々と開始された。
今から24年前、ユーラシア大陸の真ん中あたりに降って来た異星人共。人類の嫌悪感を何処まで引き出せるかに挑戦したような醜悪な外見をしたそれらは瞬く間にユーラシア大陸を文字通り貪り、幾つもの巣を造り出した。多くの命が失われ、幾つもの国が地図から消えた。しかしそれは失われたもののほんの一部に過ぎなかった。圧倒的な力で地球を征服する宇宙人。そんな人々が思い描いていた恐ろしい宇宙人などよりも、本物は容赦がなかった。彼らにとって、地球は食い荒らすだけのものでしかなかったのだ。支配してもらえるなどなんと思い上がった考えだろう。連中にしてみれば地球はただの資源であり、そこに住まうものなど全て合わせてもその他僅かな何かにしか分類されないものなのだ。
そんな戦争と言うよりは死に際の人間に施す延命処置のような絶望的な戦いが24年続き、ユーラシアの大部分が呑み込まれた頃、彼らは突然現れる。
カンパニーと言う誰がどう聞いてもふざけた名を名乗り。
商人と嘯きながら、そのくせ経済活動など素人どころではない杜撰な行いで。
そしてその代表は、太古の英雄もかくやといった伝説をこの大地に刻みこむ。
そして今日、彼らの偉業はまた一つ増える事になるだろう。それは多くの人々が望んだ希望であり、願望。追い出された大地に突き立てられた、数多の不恰好なオブジェを打ち砕くという幻想。しかし幻は彼らの手によって、真実へと裏返る。
「空から恐怖の大王が降って来た。随分と気が早い話だが大歓迎だ。何せ彼らの銃口はこちらを向いていないのだから」
目の当たりにした国連兵士がそう呟いた。赤く、赤く空に尾を引く流れ星。それに向かって大地から幾つもの光が伸びた。事前爆撃で発生した重金属雲にその進む先を露にされながら、自らに向かい来る異物を排除せんと、BETA達が迎撃を試みたのだ。だがその光は流星が生み出した禍々しい障壁によって容易く捻じ曲げられる。
「少しだけ、ほんの少しだけだが、BETAに感謝してもいい気になったよ。カンパニーはインペリアルジャパンのメーカーだろ?もし奴らが地球に現れずに、呑気に人間同士で戦争なんてしてた日にゃ、あれと戦っていたのは俺かもしれなかったんだからな」
後に欧州方面の支援として展開していた合衆国の軍人がそう嘯いたという。
「昔、核を創った科学者が言ったそうだ。第三次大戦がどのような戦いになるか解らない、だが4回目は簡単だ、石とこん棒で戦う事になる。残念だが学者さんの言葉は間違いだな。3回目があったら、人類は滅びるぜ」
数を増やす光条を意に介さずに人工の流星は、聳え立つモニュメントと呼ばれる構造物へと突入してゆく。
「…頼んだぞ」
誰かがそう口にする。それは戦場に居る全ての兵士の思いの代弁だった。
宇宙世紀の科学技術とML機関による重力制御。それらを踏まえてもまだ自身に襲い掛かる数Gの負荷の中、アリスは口角を吊り上げる。最早人よりも見慣れた不細工な炭素系作業機械共が懸命に攻撃を仕掛けて来るが、彼女とその愛機にとって障害にはならなかった。
「見つけたぁ」
唐突であるが、ハイヴにおいて最深部に到達する最短のルートは何処かと言うのは、攻略の上で最も検討される内容である。アリの巣よりも複雑かつ広域に張り巡らされた地下茎構造内を侵攻するには当然莫大な資源を消費する事になる。兵站を維持することまで考慮するならば当然その距離は短ければ短いほど良い。さて、その様な状況で誰の目にも単純かつ最短に見えるルートが存在する。それがメインシャフトと呼ばれるハイヴ中央に設けられた巨大な縦穴だ。何しろこの穴はハイヴ建設の際、中核となる頭脳級を最深部に設置するために構築され、その後も拡張に合わせて使用され続けるからだ。誰もが知る最短ルート。しかしそれを選ぶ馬鹿は居ない。第一にハイヴの直上は光線級の防空が最も分厚い空域であり、まずもってそこまで侵入出来る戦力が存在しないからだ。更に望外な奇跡によって潜り込んだとしても、メインシャフト内にも光線級は待ち構えている上に、侵入経路上射線を妨害しうる障害物が存在しない。加えてその上部には最低でも数十メートルのモニュメントが地上に突き出しているのだ。輜重車両による兵站線の構築など出来る訳がない。
そんな誰もが解りきっている有り得ない道を、アリスは突き進む。時間にして僅か2秒という常識に喧嘩を売る速度でメインホールに到達した彼女は、混乱するかのように明滅を繰り返す頭脳級に対し、可憐な笑顔で口を開く。
「
手にしていたロングメガバスターの銃口は既に向けられていて、言い切った彼女は躊躇なくトリガーを引く。レーザーとは異なりながら、それでいて連中のそれと同等以上に明確な破壊の意思を内包したそれが容赦なく頭脳級に突き刺さる。内包した運動エネルギーと熱量を思うさま解放したそれは、瞬時に頭脳級の表皮を食い破り、体液に莫大な熱エネルギーを伝播させた。
「いつ見ても最悪の姿ですが、散り際は一層見苦しいですね」
瞬時に沸騰した体液が水蒸気爆発を起こす。破孔を受けて強度の下がっていた頭脳級の外殻はそれに耐え切れず次々と亀裂を生じさせ、最後には盛大に爆発した。降り注ぐ体液を冷めた目で見ながらアリスはそう冷ややかに断じる。その間も僚機である彼女のダミーは周囲から流入してくるBETAを次々と屠っていく。その情報を共有したアリスは眉を顰める。
「逃げ出そうとしない?いえ、これは…遅滞戦闘を試みているのでしょうか?」
彼女に任された目標はH06。旧ソ連領エキバストゥズに建設されたハイヴだ。H01から見てボパール、重慶とほぼ同じ距離にあるこのハイヴは既に30%近くが改造種、そして数%であるが新種に置き換わっている。であるにもかかわらず、彼女が相手取っているのはどれも旧種のBETAばかりだ。
「戦力の温存を学習した?作業機械風情がやるではないですか」
そう嗤いながらアリスは侵入してくるBETAを薙ぎ払っていく。元より多少の間引きは行う予定だったのだ。作戦完了後に掃討を受け持つ人類軍の戦力を勘案すれば、ここで想定より減らしておいても罰は当たるまい。そう考え継戦を選択するが、直ぐにBETAに対し違和感を抱く。
(投入している戦力に偏りがある?いえ、これは)
僚機のデータにも即座にアクセスし、頭脳級撃破後からのログを彼女は確認する。そして自身の疑念を確信へと変える。
「旧種の要撃級と戦車級しか投入していない?こいつらまさか!」
BETAは炭素生命の特徴を持つが作業機械である。当然そうであるからには、それぞれの種には戦闘とは異なる本来の役割が存在する。突撃級であれば地表構造物や岩盤の破壊であるし、要撃級はそうして出来た資源の粉砕である。
「間に合え!」
叫ぶとともにアリスは機体を即座に全力稼働させ、装備された武装を使い手当たり次第にBETAを吹き飛ばす。だが、既に目標を達成したであろう個体がメインホールから離脱を始めていた。
「逃がすな!」
焦りから必要のない言葉を発しつつダミーへと命令を送る。しかし役目を終え、壁役として押し込まれてくる要撃級から機体を保護するために、二人の機体はラザフォードフィールドを展開してしまった。
「クソっ!」
機体のプロトコルに強引に介入しラザフォードフィールドを解除した頃には、メインホールに残るのは彼女達の機体とフィールドによってすりつぶされたBETAの死体だけだった。
「それなりの割合が回収されたと見るべきですね」
作戦の第一段階完了の報告もそこそこに、アリスが険しい表情で報告を上げて来た。内容は戦車級による頭脳級残骸の回収。戦闘経験を十分に積んでいたマスターであるアリス達はともかく、今回の作戦の為に急遽独立した思考を与えられたダミー組は当初の計画通りに作戦を遂行した。このため全ての頭脳級の破壊には成功したが、相当量の残骸がBETAによって持ち去られるのを静観してしまった。いや、最寄りのハイヴからの回収を防げただけでも運が良かったと思うべきか。
「回収されたのは残骸とはいっても、連中は有機作業機械よね?だとすれば」
「即時とまではいかないでしょうが、再生は難しくないでしょう」
以前からBETAに関しては不可解な点が多かったのだが、頭脳級から情報を引き出したおかげでかなり多くの事が解って来た。その中で今回警戒すべき点は戦車級の作業内容だ。これまでは補助的な掘削作業と運搬であると考えられていたが、これに加えこいつらには他のBETAの保守点検作業が含まれている事が解った。特に注目するべきはこの能力が頭脳級にも適用されるという点である。
「単純な修復程度ならばまだ良いのですが」
「過去の事例から考えて頭脳級の組み立てくらいは普通に出来るんでしょうね。それどころか」
「はい、連中はそれなりに柔軟です。対処するべき問題に対しては即応すると言ってもいい」
既存のハイヴをほぼ全て喪失した連中が、呑気に再建するとは思えない。そもそも連中は既に生産特化型とは言え、改造頭脳級を量産し始めているのだ。回収した部材を使って補給機能を追加する位はやりかねない。
「連中の位置情報が手に入るのは幸いね」
「簡単に手出しできない位置ですけどね」
スリーパー型は既に10近くが稼働している。その内6体はH01近傍に存在するが、残り4体はどのハイヴからも比較的離れた位置に設置されていた。まあ幸いにして進入路は確保出来ている。
「作戦計画第三段階の一部前倒しを提案致します」
「まあそうなるわよね」
後ろに控えていたルクレツィアの言葉に夕呼先生が同意を示す。俺もその意見に賛成の意味を込めて首肯した。
「ムラマツ隷下の部隊を投入する。バックアップは予定通りカトウ隷下の部隊から出す。突入はノギンスクとブダペストから、編成はムラマツとカトウにお任せで」
俺の言葉にルクレツィアが静かにお辞儀をする。それを確認して俺は席を立った。
「念のため作戦の第二段階も早めたいな。国連軍の用意は済んでいるんだよね?」
「各国軍の展開率は96%まで完了しております。我が社からの支援は滞りなく済んでおります」
ならば問題無いな。
「シスターズの参集が済み次第、作戦の第二段階に移行する。大盤振る舞いだ、長良型で参加可能な艦は全て投入する」
当初の予定では金剛型とパプワ級だけで長良型は引き続き資源運搬のつもりだったが仕方ない。日程を繰り上げる分はこちらが戦力を補填する必要がある。
「戦後の補給計画に23%の遅れが生じます」
「喫緊の問題解決が優先。戦後のことは戦後の俺に悩んで貰うよ」
そう言って俺は手を振って部屋を出ると、笑いながら呟いた。
「さあ、あ号標的に挨拶といこう」
話を書いているより、作中に出す中2設定機体を考える方が楽しくて困る(困ってはいない。
と言うわけで今回の自慰設定。
長良型巡洋艦
カンパニーが資源輸送用という名目で量産しているクラップ改級巡洋艦。元々地球での戦闘が終結次第月及び火星への遠征が確定していたため、その際の戦力を同時に調達するべく建造されていた。ベースとなったクラップ級に比べ船体が延長され機動兵器の運用能力の向上が図られている他、連装2基のみであった主砲も艦橋前面に1基増設され火力も向上している。最大の変更点は推進器をミノフスキードライブに置き換えている事で、これにより推力の大幅な向上に加え既存の推進剤スペースを貨物スペースや居住区画に置き換え長期航海にも対応している。
それと名前だけ出てきた可哀想な子、べ、別に忘れてた訳じゃ無いんだから!
試製96式
95式“雷”は高性能ではあったが内装火器を充実させた事により機体そのものが複雑化し生産性、整備性に問題を抱えていた。カンパニーはこれらを莫大な生産能力で強引に解決していたが各国への供与には課題の多い機体となってしまっていた。特に先に売り出されていた野分と駆動方式が異なる点は看過できない問題であると認識していたブリッジス女史はこれらの問題を改善した機体として試製96式を開発した。
本機は雷と異なり機体構造を極力簡素化する事を目指したため内蔵火器を一切装備していない。また他機種では標準的なブレードエッジ装甲なども省略されており、極端に近接兵装の少ない機体となっている。これは本機がML機関搭載機であり、接近した敵に対してラザフォードフィールドによる迎撃が想定されていたからである。加えて莫大な電力供給が担保された同機は椀部のコネクターを中継し接続型のメガ粒子砲を運用可能としたため徹底した砲戦でイニシアチブを取る事が期待されていた。
しかしBETA側の改造種が現れたことでカンパニーは更に一歩踏み込んだ改革が戦術機に必要であると考えた。特に注目されたのが本機機体サイズだった。同機は設計裕度を大きくとっていたために大型化しており、全高が20mに達している。この点に対し、単一機体に使用する部材の総量を減らす事で最終的な生産台数を確保したいと考えたカンパニーは徹底した小型化を断行。結果従来機より更に一回り小型な試製97式が完成している。余談であるが小型化によって資源の消費こそ抑えられたがパーツ毎に見た場合小型化の弊害で加工コストが跳ね上がっており、各国へ供与可能なML機関搭載機は未だ完成していない。
試製00式
本来2000年に配備を目標として設計されていた第二期戦術機。BETAの改造種が現れたことで繰り上げ採用が決定し、最終的に試製97式の名前が与えられ、少数ながら量産配備されている。同機は戦術機という概念を一新させた野分・雷と同じく第二期と呼称されているが、その一方でML機関の採用や小型化、他惑星での運用を前提とした設計であるという観点から、第三期戦術機と呼称する専門家も少なくない。機体性能こそ後に正式採用された97式を凌駕しているが、それはパイロットへの配慮を一切していないためであり、本機の限界性能を引き出すには文字通り人間を辞める(あるいは元から人外である)必要がある。武装面は97式と全て共通であるが、外部増設ブースター(通称VOB)の接続が可能であることや、フレームにフルサイコフレームを採用しているためファンネルなどのサイコミュ兵器も運用出来るなどの差異がある。現在長谷川専用機を含め27機が建造されており、そのほぼ全てがアリス率いるシスターズとそのダミー達によって運用されている。
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57
金剛型巡洋戦艦。彼女はカンパニーが地球奪還後の火星攻略を想定して建造した艦艇である。
「全戦術機の収容を確認。点検作業及び補給に入ります」
「エントリーシェル並びにVOBの最終点検完了、機体側の準備が整い次第順次接続を開始します。終了予定時間は4時間後です」
オペレーターから上げられる報告を艦長席で黙したままキリヤマは聞き続ける。無論沈黙しているから彼が何もしていないと言うわけでは無い。寧ろ艦隊を統括する彼はこの場の誰よりも働いていた。何しろ部下は全てカンパニー製のドロイドだ。今後貸し出される事が前提であるために、音声による意思疎通が常態化している部下達と異なり、カンパニーの艦隊を今後も預かり続けるのが確定している彼は、発音分のリソースすら指揮管理に割いている。
「世話になるよ」
そう言ってブリッジに入ってきた主人に対してもキリヤマは黙礼で応じる。それを咎めるでも無く主人は窓へと近づくと目の前に静かに浮かぶ地球を眺める。その姿を見てキリヤマは好意に表情を歪めるという余計な行動を自然と起していた。元々神器によって顕現している彼等は、持ち主に好意的であるように調整が施されている。だが、そんなモノが無くとも彼は主人に好感を抱いただろう。食い荒らされた大地に向けられる明確な怒りを宿した視線。それだけで彼の善性を理解するには十分であったからだ。
「出撃準備が完了するまで、こちらへどうぞ」
インダストリアル1から同道していたルクレツィアの一人がそう言って主人をブリッジから連れ出す。その事にキリヤマは密かに感謝した。幾ら強化されているとはいえ未だ生身の部分も残す我らが主人である。余計な負担は少ないに越したことはない。彼は制帽を目深にかぶり直すと、自らの職務へと没頭した。
「…これで最後か?」
沈痛な表情を隠さずに沙霧尚哉は副官に問うた。その言葉に硬い表情を崩さぬまま副官が応じる。
「はい、情報省より連絡のあった対象者は以上です」
「恐ろしいな、これが合衆国の力か」
彼等が渡されたリスト、それは青年将校達の集まりであった戦略研究会に入り込んでいた合衆国間諜の一覧だった。実に構成員の1割に及ぶ人間が彼等の手先であり、その活動によってかなりの人間が思考を誘導されてしまっていた。そしてオリジナルハイヴ攻略のためにカンパニーの戦力が出払っているこのタイミングで、彼等は日本国内での武装蜂起を計画していたのである。無論その内容に成功の目処など全くない。尤もそれは当然の事で、真の目的は武装蜂起した部隊に駐留している合衆国軍が襲われる事だからだ。
帝国軍の不義理を理由に帝国との関係を優位な状況へと持って行く。更に反乱軍がカンパニーの機体を使用する事で、カンパニーへも何らかの譲歩を求めると言うのが彼等の筋書きだ。随分と杜撰に思える計画であるが、それだけ相手が追い詰められていたと言う事だろう。無理もあるまい、数年単位で侵食していた同盟国の内情が、ほんの1~2年で劇的どころではない変化を遂げたのだ。それも早急に手を打たねば合衆国を容易に抜きうる成長である。
「残念ですがその一端、と言うのが正解ですねぇ。何せ反カンパニーの強硬派だけですから、そのリスト」
唐突にかけられた声に沙霧が振り向くと、そこにはスーツを着込んだ男が立っていた。
「どーも。情報省の方から来ました、荒川です。沙霧尚哉大尉殿でよろしいか?」
そう言いつつも返事を待たずに荒川と名乗った男は鞄から書類の束を取り出すと沙霧へ押し付けてくる。
「こちらで独自に調査した追加のリストです。どうするかはお任せします」
「任せる、だと?」
その言葉に沙霧がリストを検める。そこには先ほどまでの物とは比べものにならないほど大量の名前が記されていた。その中には、彼に賛同し協力してくれている者の名まである。驚愕に沙霧が目を見開いていると、荒川が皮肉気な笑顔で口を開く。
「その昔、我が国でも陸海相争い余力をもって敵と戦う。などと嘯いた方がいたようですが、合衆国は同じ部署内ですらそれをやった上でこれだけのことが出来るんですな。いやはや、羨ましい限りだ」
「それだけの力がありながら、連中はそれを斯様な事にしか使えんのか!」
「こんな事?バカを言っちゃいけませんな、彼等は実に勤勉な公僕だ。忠誠を誓った国家に最大限の利益供与を図っているに過ぎません。そしてそれは我々とて同じでしょう?」
荒川の放つ遠慮の無い指摘に副官は言葉を詰まらせる。無論国家の主権を守るなどと言うのは言葉にする必要が無いほど当然の権利であるし、軍人とは本来それを守る為に存在する。それ故に沙霧達もまた日本帝国から合衆国の影響を排除するべく画策していたのだ。だが荒川の言う通り、その行動は人類全体の利益から考えれば個々の都合に依ったものに過ぎないのも事実だった。
「ま、今は事前に厄介ごとを防げた幸運を喜びましょう。ただでさえ我が国は心象が悪いのです、かの御仁が寛容であってもその周りも同じと見るのは危険過ぎる。それを努々忘れずに職務に当たるとしましょう、お互いにね」
そう言って下手な敬礼をして荒川は背を向ける。沙霧は黙ってそれを見送るしかなかった。
重力制御がされていない格納庫の中、突入用装備を身に纏い最終点検を受ける自機のコックピットの中で俺はゆっくりと息を吐く。強化処置のおかげだろう、この大一番にあって俺は実に平静を保てている。
「地球が終われば月か、人員の受け入れと訓練が要るな。コロニーを増やすか?」
無重力に身を任せながら俺はそんな事を呟く。艦艇や戦術機の製造に特化しているインダストリアル1もそろそろ手狭になっているし、国連艦隊の拠点として解放しているニューエデンの方は余裕があるが、本格的に宇宙艦隊を整備するには心許ない。月のハイヴを平らげてしまえば当面ポイントの入手は難しくなる。太陽系外への進出も視野に入れるならば出来る限りポイントは技術取得に割り振りたいと言うのが俺の偽らざる本心だ。戦術級以上のドロイドははっきり言ってコストパフォーマンスが非常に悪い。地球に展開している戦力から転用するにしても、太陽系からBETAを追い出すにはまだまだ数が必要だから、何とか生産技術を解放しておきたいところだ。何しろ彼等は人間と違ってほぼ不眠不休で働けるし、補給に必要な物資も少ない。宇宙艦隊の中核は必然的に彼等に任せる事になるはずだ。
「…そろそろ怪しくなってきたしね」
言いながら俺は手の中の神器へ視線を落とす。人口の減少は俺の介入で大幅に緩和されているにもかかわらず、神器が性能を向上させる様子は無い。それどころか物資や技術の獲得に必要なポイントはむしろ増加傾向にある。既にルクレツィア達のような高性能かつ今だ生産技術すら確立出来ていないドロイドに至っては初期の10倍近いポイントが必要だ。俺のやり方が信仰心に繋がりにくいと言うのもあるのだろうが、神器の性能が低下しているのも間違い無いだろう。幸いにして能力の低下と共に召喚した物が使えなくなるような事にはなっていないが、それでも今後も同じように消費ポイントが増加していくとすれば、今のようなチートによるごり押しは事実上不可能になる。
「やれやれ、働けど我が暮らし楽にならずってね」
そんな風に嘯いている間に、艦がわずかに揺れ加速を始めた。同時に格納庫の警告灯が灯火され空気が回収される。それに続いて並べられていた友軍機がカタパルトへと誘導されていく。
『HQよりスティレット1、降下10分前です』
「スティレット1了解。状況は?」
出撃準備を促すオペレーターに問い返すと、彼女は笑顔でこう答えた。
『やり過ぎを懸念する程度には順調です』
それは重畳。俺は口には出さず、笑顔と敬礼でそう表した。
「相手は作業機械だ。撃ち負けるような無様は晒すな」
金剛級3番艦榛名は姉妹艦である金剛・比叡に先行し、4番艦である霧島と共に一足先に軌道上に進出していた。高度400キロまで接近した彼女達は、地上から猛烈な射撃に襲われている。既に宇宙艦隊は脅威であると学習したBETAからの攻撃だった。
「数も威力も大したものだ。だが相手が悪かったな」
そう言って艦長席に座った男が笑う。
「右横転90°、ロングレンジキャノンの固定を解除しろ」
同じ金剛型に分けられているが、戦術機の運用能力を重視した金剛・比叡に対し、榛名と霧島は砲撃能力に重点を置いた設計がなされている。宇宙世紀においてドゴス・ギア級と呼ばれていた艦をベースに建造された彼女達の艦底には衛星軌道から地表を狙撃可能な長距離砲が搭載されていた。
「ピカピカと喧しい事だな。おかげで探す手間が省けるのは良いことだ」
最大望遠で捉えた地表、そこには未分類の光線属種が蠢いていた。要塞級と比較してもまだ巨大なそれは、三つに分かれた照射膜を備えた器官を懸命に空へと向け射撃を続けている。
「撃て」
短い男の指示と共にロングレンジキャノンと命名されたそれが砲口を輝かせる。最上型に搭載されていたハイパーメガ粒子砲の数倍と言う冗談のようなエネルギーを通常の主砲と同程度の範囲にまで収束させたそれは、大気の減衰も迎撃のレーザーも無視し数秒という圧倒的な速度で地表へと到達。狙い違わず直撃させた巨大な新種光線属種を瞬時に蒸発させ、その構成していた組織を速やかにプラズマへと分解。周囲に悪夢のような破壊をまき散らす。それを見届けた男は満足そうに頷き口を開く。
「所詮突貫の間に合わせだな。とは言え数は居るようだし、突入部隊も降下中に撃たれれば煩わしいだろう、眩しいしね」
そう言って男は作戦モニターに表示された時計を確認する。
「降下部隊の軌道上到着まで後5分。手早く済ませるとしようか」
彼の言葉に応じる様に、ロングレンジキャノンが再び砲口を光らせた。
そろそろクライマックス。
金剛級巡洋戦艦
宇宙世紀におけるドゴス・ギア級戦艦をベースに建造されたカンパニー宇宙艦隊の中核をなす艦。1番艦である金剛はポイントでゼネラル・レビルを生産後、現地にて近代化改修を施されている。この時のデータを元に比叡は完全な同型として建造、続く榛名・霧島は同型ながら降下する友軍戦術機を直接支援出来る艦艇として砲撃能力を向上させた設計がなされている。元々の設計からして高い耐久性が与えられている同艦であるが、最新の対ビーム処理が施されているほか、ML機関を搭載する事で合衆国のHI-MAERF機をも凌駕する防御力を獲得している。一方で巨大な船体は運用に大量の人員を必要とするが、物資の搭載能力が低く、運用時には大量のドロイドが必要といった問題も抱えている。
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58
愛と勇気のおとぎ話、それはこの世界には訪れない幻。終わる事の決定した世界が送り出した儚い夢物語。だがその夢に狂った男が紛れ込む事で世界の運命は歪み始める。
「スティレット1、ブラストオフ」
降下軌道上に居座った艦艇、これまで人類が宇宙艦隊と呼称してきたスペースシャトルモドキをあざ笑うかのごとき巨躯を誇る彼女達が、地表へ向けて遠慮呵責のない砲撃を続ける中、神に選ばれた男が一人、静かにそう告げる。
この世界に好意を抱いていた、少しだけ善良なだけの凡人。
「成程、こっちも対策済みか。ご苦労なことだ」
直径300mにも達するメインシャフト、現在そこは完全に塞がれていた。
「お礼にコイツをくれてやる」
創造主への資源供給という主業務を捨ててでも対策しなければならないというBETAの行動に対し、男は犬歯をむき出しにして笑いながら解除キーを入力する。即座に反応した機体は自身の身を覆っていた突入殻とブースターを切り離す。それに呼応するように付き従う僚機達も次々と同様の行動を実行した。タングステンを惜しげも無く使用した突入殻がマッハ4を超える速度で次々と侵入防止の天蓋へと突き刺さる。戦車砲弾を容易に超える質量が同等の速度で突入する威力は絶大であり、BETAの懸命な対応をあざ笑うかのごとき破壊を齎す。衝撃に耐えきれず大小の破片となって崩れる天蓋、その先には無数の照射膜が天を仰いでいた。
「大した歓迎ぶりだがな」
当然であるが戦術機に施された耐レーザー被膜は戦艦に比べて遙かに性能が劣る。これは単純に塗布できる厚みの問題であるから致し方ない事だった。また原作知識として既存よりも強力な光線属種の発生を想定していた男は、それ故に別の対抗手段を用意していた。即座に機体を覆う形で形成された歪みが放たれた光条の進路を逸らす。光すらも拒絶する断絶の壁、ラザフォード・フィールドを纏った彼等は躊躇なく突撃を継続。人類から空を奪った悪夢の犇めくメインホールへ次々と降り立つ。
『全周防御』
着地と同時にシスターズが搭乗している4機がフィールドを解除する。ラザフォード・フィールドは全てを防ぐ絶対の盾であるが、同時にこちらの攻撃も阻んでしまうからだ。解除と同時に彼女達は手にしていたロングメガバスターで円陣を組んだ友軍機の内側をなぎ払う。不幸にもそこに存在していたBETA達はインターバルが明けるのを待つこと無く分子へと還元された。その様子を円陣の中心で確認していた男は、メインホールの中央に鎮座している巣の主に話し掛けた。
「やあ、こんにちは」
『cちゅいvぼいp%&#’’!?』
ラザフォード・フィールドを解除した途端、脳内に不快な音が鳴り響く。多分これが連中の言語なのだろう。人間を十分に研究出来ず、社霞と言う中継を得られなかったからか目の前のそれは只管騒音を垂れ流し続ける。いやあ、こんなのをちゃんと理解出来る情報に変換出来る装置を生み出せるだけでも夕呼先生をこちらに引き込んだ価値はあったな。
『=ぺぽ%$(”)にゅい=!!?』
うるせえな。
「解んねえよ、何言ってるか全然解んねえ。日本語で喋れよ」
『pにk&’wぺう#くじぬん!?』
何やら喚きながらあ号標的こと重頭脳級と呼称される地球BETAの統括個体が触手を繰り出してくる。その先端の空間が僅かに歪んでいるのを俺は確認する。そうだよな、元々グレイシリーズ由来の技術はお前達が地球に持ち込んだものだ、その特性や利用方法に対して即座に適応出来ることは、原作知識が無くても十分想像出来た。だから敢えて言おう。
「無駄だ」
即座に俺の前に出たアリス達の機体が手にしたビームサーベルで次々と切り落とす。全くもって馬鹿にしてくれる。原作で御剣冥夜は、俺達の乗る機体より遙かに劣った機体で今の攻撃に応じた。もし彼女の駆る機体が万全で、今の俺達のように仲間とたどり着いていれば、ひょっとしてあの醜悪な作業機械に一太刀を入れる事だって出来たかもしれない。そんな攻撃を存分にズルをした俺達が喰らうはずが無い。
『ぬぺ&$##’!?ぺるy&%>=^??』
「だから何言ってんのか解んねえよ、日本語で喋れよ」
まあ、無理だって知ってて言ってるんだがな。俺は言いながら手にしていたロングメガバスターを構える。設定は当然最大射撃モード。
「日本語喋れねえなら、死ねよ」
喋ったところで殺すけどな。狂ったタコのように触手を振り回す重頭脳級へ向けてトリガーを引く。機体とほぼ同じ長さを持つ砲身から吐き出された光が空間を突き進み、奴に接触する間際で阻まれる。
「そりゃそうだよな、そっちの使い方も見せたものな」
ビームを放ち続けながら俺はそう鼻で笑う。ラザフォード・フィールドによる絶対防御。無効化すら可能なのだから防御に用いるなんて出来て当然だ。けれどお前には致命的な問題があるんだよ。
「所詮お前は作業機の統括用コンピューターに過ぎない。だから作業端末の改造や開発は指示できても、お前自体を改造する権限は持っていない。そして」
搭載されたML機関と核融合炉から供給され続けるエネルギーを変換し、俺はビームを放ち続けながら決定的な失態を告げてやる。
「お前自身は融合炉しか内蔵していない。さて、ここまで体内に備蓄出来たグレイ元素はあとどれくらいかな?」
フィールドを展開したことで奴は攻撃手段を失ってしまった。そしてその他の有象無象はシスターズのダミー機で十分対処出来る。故に俺を守るべく四方を固めていたアリス達も既にロングメガバスターを重頭脳級へ向けて放ち始めていた。射線が増えたことで加速度的に増大した負荷は一気にグレイ元素の消費を加速させたらしく、見る間にフィールドが縮小していき、とうとう干渉した自身の触手を消し飛ばし始める。そしてその瞬間は程なく訪れた。
「終わりだな」
重頭脳級を覆っていた空間の歪みが唐突に消失する。貯蔵していたグレイ元素を使い切ったのだ。突き刺さるビームの光条に焼かれ、奴は瞬時に膨張するとその身を弾けさせ、辺りに自らの体液と破片を散ら蒔く。その様子を眺めながら、俺は安堵の溜息を吐いた。
「とりあえず一段落か?」
まだまだ月や火星のハイヴは残っているし、その先の木星、更には土星にだってハイヴは確認されている。だが少なくとも人類の本土から連中を叩き出せたのは大きい。
「おっと、そうだ神器は?」
こっちに来る時に神様は言っていた。俺に与えられているのは人類の危機を救うための力だと。もしこの適応範囲が地球上に限定されていたら、
「良かった。いや、この場合良くないのか?」
神器はまだ人類の危機は去っていないと判断しているのだから、喜ぶのは違うかもしれない。
「とりあえず今後は布教活動を試してみるか。これだけ実績を積めばペテン扱いはされんだろう」
尤も神の使いっ走りですなんて言った日には激怒しそうな人も沢山居るが。まあその辺りの認識やら信仰のすり合わせは各々で頑張って貰おう。しかし結局教祖にはならざるを得ないかもしれない。
「ま、人類の天敵ルートよりは余程マシかね?」
そう笑っていると、神器にメールが送られて来た。送り主は神器の端末を持つルクレツィアだ。
「何かトラブルか?」
ハイヴ侵攻における残る問題の一つがこの通信手段だ。地中深い上に電波を妨害する金属粒子やら何やらがアホほど滞留しているから通常の電波によるものは当然出来ないし、遮蔽物がある関係上レーザー通信も困難だ。そして未だに地球も宇宙もミノフスキー粒子が希薄な場所が多すぎてミノフスキー通信も難しい。結果、俺の持つハイヴ深部で問題なく外部と連絡を取る手段は、このオカルト全開な神器のみとなっている。端末を操作しつつメールを開いた瞬間、俺は眉を顰めた。
「は?」
そこには極めて簡潔に、外から見た現状が記されていた。
「BETAが撤退していない?」
そんな異常事態に一瞬俺は固まってしまう。何せ今目の前で重頭脳級は俺が倒した。神器に加算されているポイントからも、あれがそうである事は間違い無い。だから残ったBETA共は、ウチの戦力が待ち構えている唯一生き残っているハイヴのボパールへ逃げ込む以外に選択肢は無いはずなのだ。
「ハヤタ達が手間取っている?いや、だとしても…」
作戦に先立ってスリーパーハイヴには攻略部隊を差し向けた。長距離の地中侵攻だから既に2日以上連絡が取れていない。だが彼等から振り込まれ続けているポイントから作戦は継続していてしかも順調である事はほぼ確定している。第一それらが健在であるとしても、ここからBETAが動かないのはどう考えてもおかしい。情報が必要だと考えた俺が、指示を出そうとした瞬間、メインホールが振動した。
「な!?」
慌てて機体を浮かび上がらせた瞬間、周囲を警戒していたダミーの何機かが、地中から飛び出した細い触手に貫かれる。サイズこそ小さいが、それはあの重頭脳級の使っていた物に酷似していて。
「そういう、事かよ」
巻き上がった土煙の向こう、そこには触手を伸ばす
ラストバトル!
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59
「そうだよなぁ!お前達が戦おうと考えたら、それしか無いよなぁ!」
俺はトリガーを引きながらそう嗤う。それは勝利を確信した事で内に燻った暗い感情を押し止めることが出来なくなったからだ。我が事ながら少々強化のしすぎで感情が不安定になっているな、などと多少残った理性が分析するものの、外れてしまった箍が戻る気配はない。凶相を浮かべたまま、俺は目の前に立ち塞がるBETAへビームを撃ち続けた。
「歪で醜悪、お前達の存在そのものが生命への冒涜にすら思えるよ!」
まあ人の事は言えんがね。そう内心自嘲しつつ繰り出された触手を左手のビームサーベルで切り払いながら俺はそう口にした。目の前の戦術機を模したBETA、それは作業機械である彼等に出来うる精一杯の回答だ。未だに人類が知り得ない事実として、太陽系に存在しているBETAは不良品であるという点がある。銀河を旅して増殖するくせに超新星爆発の影響で一部機能にエラーが出ているらしいのだ。正直銀河規模で見れば頻繁に遭遇するであろう事態に対応出来ていないとか不良品もいい所だと思うのだが、今の人類にとって不利益になっていないため良しとしている。何が言いたいかといえば、こいつらは重頭脳級を中核として分裂すると既存のネットワークから独立してしまう為に惑星間での情報のやりとりが出来ない上に、本来なら持っていて然るべき戦闘用BETAを生み出せないのだ。事実今日に至るまで生産されているものは構造や構成を組み替えたり増やしてはいる一方で、ミノフスキー物理学を用いた推進器や動力、果てはビーム兵器といった新技術を獲得出来ていないのだ。つまり連中は自身が持ちうる既存の技術しか手札を持っていないと言う事だ。
ロングメガバスターからビームライフルに持ち替え、射撃を加えながらそんな事を考える。銃口から飛び出たメガ粒子の光は奴の左腕、突撃級の外殻を二枚合わせた巨大な盾状の前腕の前に展開されたラザフォード・フィールドに防がれる。やはりグレイシリーズを用いた技術に関して、こちらより遙かに柔軟に運用出来ている。今だってこちらは全周に展開せざるを得ないラザフォード・フィールドをピンポイントで左腕の前腕部だけに発生させていた。加えて重力制御もこちらより上のようで、レーザーと圧縮空気などというミノフスキードライブよりも遙かに劣った推進器にもかかわらず瞬間的な運動性ではこちらと互角の動きを見せている。
(ある意味白銀武が居なくて助かったな)
彼という存在と香月夕呼が出会った場合、グレイシリーズを用いた並行世界への跳躍が成功している。まかり間違ってその技術が流出した場合、全ての並行世界にBETAが出現してしまうと言う事だ。そうなれば俺の元いた世界などあっという間に蹂躙されてしまうだろう。
「洒落臭いんだよ!」
メインホールでの戦いは乱戦の様相を呈してきた。人型BETAの出現と同時に現れた多数の要塞級によって地面のそこかしこが崩落している上に、その穴や既存のドリフトから際限なくBETAが流入してきているのだ。火力でなぎ払おうにも、それぞれが2機ないし3機という最小規模で分断されてしまって居るために友軍を誤射してしまう可能性がある。射手以外はラザフォード・フィールドで防御すればとも考えたが、恐らくそれこそが連中の狙いだ。ビーム兵器を持たない奴らは、遠距離火力の面で俺達に致命的と言って良い差をつけられている。唯一有効な飛び道具が人型の持つ触手であるが、それも見る限り100mが精々だ。もしここでこちらがラザフォード・フィールドを用いればどうなるか。恐らくメインホールに流入したBETAの大半を処分出来る事は間違い無い。だがその攻撃であの人型BETAを倒すことは不可能だ、奴らもラザフォード・フィールドを使えるどころか恐らくこちらよりも範囲を限定している分持続時間も長いと見て間違い無いだろう。そして最大の問題点は、
「面倒な!」
足下の穴から飛び出してきた触手を強引に機体を捻って躱す。操作にリソースが割けていないためか、オリジナルのものに比べ複雑な誘導が出来ないらしいそれは、機体を擦ること無く通り過ぎた。しかし全員が無事とはいかなかった。
『!?』
ヴェルグリンデはシスターズの中でアリスに次いで戦闘能力が高い、その反面並列処理は一番低くなってしまっている。そのせいだろう、彼女のダミーの1機が触手を避けきれなかった。咄嗟にラザフォード・フィールドを展開するが、触手はそれを突破し機体の左肩に突き刺さる。彼女は躊躇無く左腕を丸ごと切り飛ばし侵蝕を防いだ。
(やはりそうだろうな!)
フィールドが形成出来るのだから、突破する手段を持っていてもおかしく無い。原作では御剣冥夜の駆る機体を盾にする事でラザフォード・フィールドを突破していたが、こちらではそんな事をしなくても中和可能な手段を獲得しているようだ。この状態でフィールドを使った場合、使用中ML機関の重力制御のみに機動を頼るこの機体ではあの触手を避けきることは難しいだろう。
「どう…する!?」
回避と射撃を続けながら、俺は自問する。恐らく持久戦に持ち込まれても俺は生き残れる。問題は既にBETA共が戦略的撤退を理解していることだ。物量で押し切れず、不利になればこいつらは躊躇無く逃亡するだろう。そしてこの人型BETAが少なくとも頭脳級と同等の権限、最悪重頭脳級と同様の性能を持っている可能性がある。複数体居る事からも複製可能なのだから、これらが逃亡した場合地球規模の迷路の中で、増え続ける逃亡者を狩るという絶対にしたくない掃討戦を繰り広げる必要が出てくるのだ。終わる頃には間違い無く地球は食い尽くされることになるだろう。まだ増えきっておらず、一所に集まっている今しかチャンスはない。だが、それを成すためには圧倒的に手が足りていなかった。
(失敗するのか!?ここまでやっておいて!)
手にしていたビームライフルから残弾数低下の警告が表示される。既にシスターズの機体もヴェスバーやスプレービームポッドといった追加武装での攻撃に切り替わっている。問題はこれらが対軍を想定した火器であり、こちらと同等の運動性能を持つ敵相手には効果的ではない事だ。事実防御を強いることが出来たビームライフルと異なり、射撃は全て回避されている。
「後一手、後一手まで来ておいてっ!」
リアスカートから射出されたファンネルが飛翔し人型BETAへと襲いかかる。しかし感情を持たないBETA相手では動きに精彩を欠き、射撃のために動きを鈍らせたそれは、次々と周囲の重光線級に撃ち落とされてしまう。そして焦燥感と苛立ちが頂点に達しかけたまさにその時、唐突に俺のコックピットへ通信が届いた。
『苦戦しているようじゃないか、手伝うよラストヒーロー君』
戯けた声がした次の瞬間、BETAが流入していたドリフトを極大のビームが吹き飛ばし、その奥から巨大な兵器が現れた。
『射撃モード変更、マルチロック完了』
『偏向ミラー調整完了』
『発射』
『了解、発射』
メインホール一杯に犇めくBETAを見ても、選ばれたクルー達は眉一つ動かさずに淡々と自らの仕事を熟す。モニター越しにそれを眺めていたマイケルはコクピットの中で満足そうに頷いた。
「どうやらパーティーには間に合ったようだ」
『最近は大人しかったから忘れていたよ、そう言えばお前は大体無茶をする馬鹿だった』
ネイビーブルーに塗られた大統領専用“アカツキ”の隣、同じくライトグレーのアカツキに乗り込んだリチャードが溜息を吐きながらそう評した。尤も、その無茶を常に成功させてきたからこそ、マイケルは今の椅子に座っているのだが。
「世界の明日を懸けての一戦だぞ?それを観客席で眺めているだけなんて、冗談じゃない」
そう笑いながらマイケルは親友に告げる。その間にも次々と吐き出される光のシャワーが、怖気を誘う美しさと共にメインホール内のBETAを次々と屠っていく。その光景を横目に装備の最終確認をしながらマイケルは口を開く。
「それに、そう考える奴は俺だけじゃなかったろ?」
その言葉を証明するように彼等が進んできたのとは別のドリフトから同じように巨大な機影、HI-MAERF計画の生み出した最新鋭機であるG-8“オスプレイ”が姿を現わす。それはオリジナルハイヴへの突入に参加を申し出た国に対し合衆国から貸与された機体だった。突然の闖入者による支援砲撃はBETAに埋め尽くされていたメインホールに一時的な空白を作り出す。更に随伴している各国の戦術機によって後続の流入まで減少したならば、戦局は速やかに人類側へと傾いてゆく。
「やれやれ、これで大統領の席とはお別れかな?」
降り注ぐ光条を意に介さず、生み出されたチャンスを最大限生かすべく動き出す英雄達を眩しそうに見ながらマイケルがそう呟く。すると横で聞いていたリチャードが面白く無さそうな声音で皮肉を口にする。
『そうだな、お前の次の職業がアジテーターにならないことだけを祈っておこう』
その言葉にマイケルは苦笑で応じるのだった。
「これは、やられたわね」
目の前の状況に崇宰恭子は眉を寄せた。想定時間を超えてもBETAの移動が発生しなかった際、最初に動いたのは合衆国だった。虎の子である戦略機動要塞を惜しげも無く全力投入、更には国連所属国に対し同道を提案してきたのだ。即座に欧州が同意するまでは想定内であったが、ソ連や中華統一戦線までが頷くとまでは考えていなかったからだ。慌てて日本帝国も同意するものの、ではどの部隊を派遣するかで揉める事となる。最終的には征夷大将軍の一言で恭子の率いる斯衛大隊が向かう事となったが、合衆国の本気を見誤っていたと彼女は痛感する。
「各国の矢面として自国の切り札を切るだけでなく、大統領と副大統領まで出撃。我が国ではとても出来ない芸当ね。…それに」
同道している各国の軍についてもその本気が窺えた。ソ連はカンパニーと共同開発したとされる新鋭機を全力投入しているし、欧州や中華統一戦線も供給が始まったばかりのビームライフル搭載機をありったけ持ち込んでいる。国内の政治的な駆け引きで選ばれた自分達とは明確な覚悟の差を感じずにはいられなかった。
(っ!指揮官がその様に弱気でどうする!?我らの機体とて卑下するものではない!負い目を覚えるなら、それ以上の貢献で自らの価値を示すのだ!)
斯衛の運用している瑞鳳は日本国内での運用に重きを置いた機体である。国土の大半を山岳が占め、都市部も建物が密集している。そうした機動に制限が掛かりやすい環境下において十分な戦闘能力を発揮する事が望まれた機体は、ハイヴという閉所においても実力を発揮しやすかった。
「総員、ここが人類の天王山である!斯衛の武威を存分に刻め!」
なおも押し寄せるBETAに対し、恭子はそう気炎を吐いた。
降り注ぐ光を見ながら、俺は思考より先に機体を動かした。救わなければならないと思っていた。俺が救うんだと思っていた。だってそうだろう、彼等は俺なんかと違ってチートなんて持ってやしないのだ。だからこれはそんな狡い俺がやり遂げねばならない事なのだと、弱い彼等に背負わせてはならない負担だと、上から目線で救世主を気取っていた。
「なんて傲慢」
連続で撃ち込まれるビームによってメインホール内の敵密度は急激に低下していく。そしてその弾雨の中を俺達は突き進む。形勢の不利を敏感に察知した人型BETA共が逃げだそうとしているがもう遅い。
「お互い、人類を無礼ていたな?」
逃げに転じた為に連中の動きは若干単調になる。最大速度で逃亡しなければこちらを振り切れないからだ。そして運動性さえ落ちてしまえば、連中を吹き飛ばすだけの火力など、この機体には十分過ぎるほど備わっている。
「吹っ飛べ、そして二度と来んな」
ロングメガバスターから次々と放たれる光が奴らを呑み込み、その瞬間人類は地球奪還を確定させた。
次回エピローグ。
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60
「やっと、解放される」
シートに深く腰掛け、俺は溜息と共にネクタイを緩めて正装を脱ぎ捨てる。これ永遠に終わらないんじゃね?と思わせてくれる出発式典が漸く終わり機上の人となった俺は、早速余所向けの仮面を外し、気楽な恰好に着替えた。
「お疲れ様です、長谷川司令。…あの、なんでパイロットスーツなんですか?」
副官としてブリッジに詰めていた佐伯大佐がおかしな物を見る目で聞いてくる。いやあ、大佐なんて階級の人を顎で使う日が来るとか、人生解らないものですね。まあ人類救うとかもっと予想してませんでしたけども。
「式典は終わりましたからね。あんな堅苦しい恰好は趣味じゃないんですよ、実用性って大事だと思いません?」
その点このパイロットスーツはいいぞ、機能性の塊と言っても過言では無い。温度調整機能に各種循環装置、緊急時用のソーラーパネルによる充電まで出来る優れもの。防弾防刃耐衝撃にパワーアシストまで付いてます。まあそのせいでお値段は第二世代戦術機と同じくらいするわけだが。だがそう言う意味では身分に見合った高い服を着用していると言っても良いのではないだろうか?
「本当に権威とかそういうのに喧嘩売るのが好きですよね、社長」
「そんなことありませんよ」
ちゃんと敬意も持っているとも、彼等がちゃんと人類に役立っている内はな。ボトルに入ったスポーツドリンクをこちらに放り投げながら、そんな事を口にする上総君にそう言い返す。ルクレツィア達は最近俺のそばを離れて各種業務の統括に集中していて、その代わりと言ってはなんだが正式にカンパニーに籍を移した旧帝国軍の皆さんや国連の方々が補佐として周りに控えてくれている。因みにあの取調室の常連だった金髪ちゃんも居たりする。ぶっちゃけ地球統一政府が米国主導で結成されつつあったからそっちに残っていた方が安全安心の出世コースだと思ったのだが、本人曰くそんなに良い職場環境じゃないらしい。
「組織の意思決定者達の意見が統一されているだけでもうこっちが遙かに上。隣の同僚が信じられる時点で比べるべくもない」
とは入社当日の彼女の言葉である。同期の皆さんが深く頷いていたのが印象的だった。まあウチは意思決定してんの俺だけだからな、統一もクソもないワンマン企業である。普通に組織としてはこっちの方が数段ヤバイ気がするんですが良いんですかね?
「それで社長。当面はニューエデンとインダストリアル1から月の制圧とのことですが」
ああ、そんなこと言いましたね。汎用型のスペースコロニーであるヘイヴン1がラグランジュ3に出来た時点で、国連に解放していたニューエデンの方からは段階的に退去頂いていた。そして先日目出度くヘイヴン2と3が稼働したことで、ニューエデンは完全に我が社の施設として復帰した次第である。それを橋頭堡として、我が社主導で月のハイヴ攻略は行われる予定である。因みに当初想定していた国連からの参加表明はなかった。地球ハイヴの権利を丸投げしたため、その利益調整に手間取っているのもあるが、何より宇宙での交戦経験を持つ合衆国が及び腰だからだ。まあ月面は地球の比じゃないくらい過酷な環境だからな。人口も減りに減った今の人類では、貴重な人的資源をそんな場所で消耗する訳にはいかないというのが本音だろう。後、ウチがハイヴの利権に拘りを見せなかったから、月のハイヴも簡単に買い取れると踏んでいるんだと思う。くっくっく、全くもって甘いとしか言い様が無いな人類!
「うん、その予定。大体1週間くらいかな?」
「…はい?」
地球経済を崩壊させないためにある程度今までは自重していたが、宇宙ならば何も問題ない。これから進出してくる彼等のために、存分に地均しをしておいてやろうじゃないか。
「暁改の生産も順調だし、拡張兵装の生産も開始したからね。順調に行けばそのくらいで終わると思うよ」
何せ月面は植生の復旧とか一切関係ないからな。軌道上から存分に焼き払ってやろうじゃあないか。
「拡張兵装…。あの巫山戯たの、本気で造ってたんですか?」
引きつった表情で佐伯大佐がそんな事を言ってくる。
「と言いますか量産してますけど?」
拡張兵装は戦術機に宇宙戦艦並の戦闘能力を付与出来たら素敵じゃない?という正気を疑われるコンセプトで設計された装備だ。当然誰も理解を示してくれなかったので、俺とルクレツィアで設計から試験まで全て行った贅沢な一品である。元ネタは当然某デンドロなアレである。設計っていうのは自由じゃなきゃ駄目なんだ、コストとか、後コストとか、それからコストなんかに縛られず、孤独で、それでいて自由で…。なんて好き放題やった結果、真面目に造ったら宇宙戦艦よりお高い追加装備になってしまった。出来上がった図面を見た設計部三人娘の皆さんから、
「ああ、社長もストレス溜まってたんですね」
って慈愛の目で見られたりもしたが、気にはしていない。装備している主砲だけで初期型のコロニーレーザーと同等の火力を有しているから地表のBETA共をそれは効率よく焼き払ってくれる事だろう。操縦にニュータイプ的な適性か、機械的にその能力を取得する必要があるから現状動かせるのが俺とシスターズくらいなものという問題はあるが、月攻略の暁にはシスターズそのものを規模拡大する予定である。何せ最終目標は創造主とかいう自己中宇宙人とのOHANASIだからな。武器がどれだけあっても困ることはない。
「連中をとっとと太陽系から追い出さないとね」
笑いながら俺はポケットの中にある神器を取り出し電源を入れる。チープな電子音を響かせて神器の画面に光が点った。うん、まだ動くな。
「社長?」
それを見て不思議そうな顔をする上総君に俺は笑いながら口を開いた。
「ちょっと確認をね」
暁遥なり。人類の夜はまだまだ明けそうにない。
終わり。
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