ユメミグサロンパ (24社長)
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prologue1『はじめましての卒業式』
出会い


「夢見草」とは。

 

夢のように美しくも儚く散ってゆく桜

儚くも夢のように美しく愛おしい桜

散り際すら人を魅了する桜に感銘を受けた古の日本人が桜の別称として詠んだもの。

 

現実を幻実とし、たかが桜一片すら「情緒的」で「甘美」なものだと醒めない夢を見る。

 

形あるものいずれ壊れる

命あるものいずれ散る

それが世界の理であり世の道理。

 

どんなに綺麗な言葉で着飾ったとて、迎える最期は全て同じで、どんなに流麗な物語を綴ったとて、迎える結末は全て同じ。

 

本当はもう分かってるくせに。

 

さあ、夢から醒める時間だよ。

 

 

 

 

コロン、ポロン コロリ、トロン

 

心地の良い音が鼓膜を刺激する。

徐々に覚醒していく意識に引っ張られるように、自然と瞼が開いていった。

 

なんだか、随分長い夢を見ていたような…。

 

 

「…」

 

「ん?…あ!」

 

 

頭の先で何かの気配がする。

いや、何か…じゃなくて、人。

それも1人ではないらしい。

 

未だ重い頭を気力で持ち上げ、ぐらぐらと揺れる視界をどうにか落ち着かせる。

机に突っ伏して寝ていたみたい…?

 

寝惚け眼、寝惚け頭のまま辺りを見回す。

どうやらここは音楽室のようで。

今目の前にいる2人の男女は大きなピアノの前に立っていて彼女の方は朗らかな笑みを浮かべながら人差し指で鍵盤をつついていた。

 

 

『……君達は?』

 

 

そう問いかけると目の前の彼と彼女は顔を見合わせて小さく頷く。

彼女はにっこりと綺麗に笑い、彼はそっぽを向きながら不機嫌だと言わんばかりに口を尖らせた。

 

 

「そんなことより早く起きてくれません?こっちは30分も待たされてるんですよねえ」

 

 

……実際、かなり不機嫌だったらしい。

ため息をこぼして呆れたように前髪を触る彼を前に、申し訳なさから肩を落として項垂れていると彼女が2回手を叩き咳払いを1つ。

 

 

「無事に君も起きたことだしね。みんなのいる体育館まで移動したいんだけど、良いかな?」

 

『みんなって…まだ他にも人がいるの?』

 

「ええ。あなたで26人目、多分最後ですよ」

 

『26人もいるんだ…。』

 

 

欠伸をこらえ、少し伸びをしてからのそりと椅子から立ち上がったことを確認した2人はドアに向かって歩き出す。

 

 

『んあ、ま、待って待って』

 

 

置いていかれないように慌ててその後を追いかけようと体を扉の方に向け足を動かしたとき。ふと何か…誰かに?名前を呼ばれたような、記憶を触られたような気がして古臭い木目の床に踵がつくと同時にパッと後ろを振り返る。

 

窓の外に大きな桜の木が何本も立っていた。

何本も、何本も、何本も。

咲き誇った桜の木が。

 

 

 

 

体育館に行くと告げられ、後はひたすら無言。

することもなく、とりあえず目から情報を取り入れようと辺りを観察してはいるけど気まずさに押しつぶされてしまいそう…。

 

元いた部屋を出るときにドアの上に貼られた紙には「音楽室」と書かれていて、今歩いてる通路はまるで学校の廊下みたいだ。

 

度々教室のような部屋もあって、今すれ違った部屋は「理科室」と書かれている。

学校のよう…じゃなくて、本当に学校?

 

通っていた学校とはまるで違う、見知ったものも慣れ親しんだものもないこの空間の異質さに、ひやりとする何かを感じる。

 

情報を得れば得るほど分からなくなるこの奇妙な時間が、ただただ怖かった。

 

 

「不安?」

 

 

不意にそう問われ、ハッとして前を向くと2人はもう数歩先の方まで進んでいた。

どうやら無意識に歩みを止めていたらしい。

心配そうな眼がこちらに向かっている。

ごめん、と謝ろうとすると彼が表情ひとつ変えずにぱかりと口を開いた。

 

 

「そりゃあ不安にもなるでしょう、目が覚めたらこんな不気味なとこだなんて」

 

『…………』

 

「…誰だってそうなりますよ。」

 

 

そう言う彼の顔は相変わらず固いままだったけれど、仄暗い影が差したように見える。

不安なのは彼も…ということだろうか。

彼女も、まだ見ぬ人達も、きっと同様に。

 

 

「外の、この桜を。あなた達は綺麗だと思いますか?奇妙だと思いますか?」

 

『……き、綺麗、だと思う。…ます。』

 

「うん。私も、綺麗だと思うな。…ただ、君はそうは思っていないみたいだけど。」

 

『一寸の隙間も無いんだね、ほんとにさ』

 

 

窓は開かないよう細工されていて、それに一抹の不安を感じながらも桜の木を見る。

桜以外は何も見えなかった。

遠くの景色も、空の色さえも。

 

 

「桜は夢見草とも云われるそうですよ。僕は魅せられたくはないですけどね、夢なんかに。」

 

 



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自己紹介

「ここが体育館だよ!」

 

 

ドーンとそびえ立つ大きな扉。

この先からは微かに人の話し声が聞こえる。

ただでさえアンカーで、更には爆睡して30分も待たせてしまったときたもんだから

 

正直、少し緊張していた。

 

 

「早く開けてくださいよ」

 

『ああもう、はい今開けますよって…』

 

「この扉ちょっと重いから気をつけてね」

 

 

ぐ、と力を入れると重苦しい唸り声のような音を立てて扉は開いた。

その音は室内に鳴り響いてしまっていたようで中にいる子たちが一斉にこちらを見る。

 

見るからに元気そうな子から隅で怯えている子、不安そうにしている子から落ち着いている子まで、個性豊かな面々。

 

20数名の同年代と思わしき少年少女が集まっているという事実が何よりも大きく、逸る鼓動を落ち着かせてくれた。

 

 

「…君、随分遅かったね。」

 

「わあ!これがニッポンの主役は遅れてshow up!というものなのですね!」

 

「あはは!まあ、確かに登場の仕方はヒーローみたいだったかもね!」

 

 

ほっぺに寝跡さえ付いてなければ♪と腰あたりに大きなリボンをつけた彼が悪戯っぽく笑う。

ギョッとして慌てて頬を触ると確かに少しだけ窪んでいるような感触が…。

 

最初に口を開いたプリン頭の茶髪の彼は変わらない表情で見つめてくるだけだけど、日本語と英語が入り交じった喋り方をする彼女は大きな目を細めて楽しそうにしていた。

 

彼女の隣には畏まった服装の少年が佇んでいて、2人は元々知り合いみたい…?

 

 

「うふふ、ホントにおもろし…おろもしい……?です!」

 

「おもしろい、ではないでしょうか。確かに面白いやり取りではありましたね。」

 

「そう!おもしろい!思わず笑ってしまいました、very hilarious!」

 

 

こんな風にやり取りをしてみせた。

 

2人の間に流れる空気は穏やかで、緊張も不安も抱いていないようだった。

見知った人物がこれまでと変わらずそばに居てくれているからかもしれないな…。

 

コツ、コツ、コツ。

後ろから靴の鳴る音が聞こえてきて、ふと後ろを見てみると警察官のような格好をしている男の子が立っていた。

 

 

「ああ…驚かせてしまいましたか?すみません。全員が揃ったようですし、そろそろ自己紹介でもしませんかと言おうと思いまして。」

 

 

彼の言葉が聞こえていた子達が「確かに」「そうだね」と賛成の意を見せ頷いている。

 

始めは申し訳なさそうな、困ったような笑顔だった彼も周囲の反応が悪いもので無いと分かると嬉しそうな笑顔に変わり、さあ誰から始めましょうかと色違いの目を動かした。

 

トップバッターを切るのは恥ずかしいのか何なのか、先程のワイワイとした空気が嘘のように静まり返る。みんながみんなお互いの顔を見つめ様子見しているようだ。

 

 

『……、…あ、のさ!みんなのこと待たせちゃったし、ここに来るのも最後だったからさ。トップバッターでも良い…かな?』

 

 

一拍の間を置いて、優しい声。

 

 

「はい、良いですよ」

 

 

声色通りじわりと心のあたたかく染まるような顔をした、先程の警察官のような彼。

その言葉に続いて、女の子3人の声。

 

 

「ぃ、良ぃ、って思ぅ…!」

 

「うんうん!おまえ、勇気あるねー!」

 

「気負わなくていいんじゃないかなぁ、まぁ緊張はしちゃうんだろうけどぉ」

 

 

コスプレのような軍服を着ている子と、棒のような杖のような物を持っている子、やけに背の高い可愛らしい制服を着た子が首を縦に動かしながらこちらに視線を投げていた。

 

無愛想な彼と穏やかな彼女も、

 

 

「みんな優しい人達だね」

 

「また待たせてますよ、ほら」

 

 

と隣に立ってくれた。

初対面なのに空気間が妙に心地良い。

それは体育館に入ってから感じ続けている。

 

私達も先に自己紹介しちゃおうか、

ええ…それ本気で言ってます?

なんて2人の会話をBGMにして深呼吸。

 

 

『…じゃ、改めて。』

 

『皆のかなちゃんこと歌方奏瑛だよ〜。よろしくね』

 

 

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「次は私でもいいかな?」

 

「私は超高校級の作曲家の暁美奏撫です!あなたのために素敵な音色を届けるよ!」

 

 

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「…はあ、仕方ないですね」

 

「僕は超高校級のスパイ、柊夏月です。あなた達と馴れ合う気は無いです。」

 

 

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俺を挟むようにして立っていた彼女と彼、基、奏撫ちゃんと夏月くんが自己紹介を終える。

この後はどうしようかなんて考える隙も与えずに、夏月くんの隣に立つあの子が声を出した。

 

 

「ふむ、それじゃあ順番は僕から時計回りでもいいんじゃあないのだろうか!」

 

 

もちろん異論が出るはずもなく、その案は即採用されて提案者のあの子はにっこりと嬉しそうに笑った。

 

 

「はっはっは!僕は宍戸奉憧というのだよ!超高校級の幸運でね…おっとこんなところにバナナが!!!!!!!」

 

 

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「幸運だって?……それはだめだ。ああ、本当に…政府に認められるくらいの、なんて。」

 

「はじめまして、僕は幸運…いや、麻堂っていうんだ。なんて言ったら良いんだろ…あんまり近くに寄らないでね、君のことが嫌いになったから。」

 

 

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「ありゃ〜、もしかしなくてもバチバチ系?あ、僕の番かなぁ?」

 

「僕は宇留賀ユキで〜す。名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかなぁよろしくねぇ。」

 

 

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「あら!ピンキーターボですか?私日本語のお勉強はそのanimationでしたんです!」

 

「皆様初めまして。私、アンジェリーナ・ウィステリアと申します!どうぞ親しみを込めて、アンジュとお呼びください。」

 

 

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「次は私でしょうか?私はアンジェリーナ様の執事にございます。」

 

「私はラピス・ヴァイオレットと申します。どうぞお気軽にラピスとお呼びください。」

 

 

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「……………はぁ…」

 

「終夜蒼太郎。超高校級の死刑囚。」

 

 

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「ほう…死刑囚、ですか。…ああいえ、職業柄気になってしまっただけですよ?」

 

「私、超高校級の警察官、楪莎莎匁と申します。何か困ったことがありましたらどうぞ、御気軽にご相談くださいませ。」

 

 

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「はいは〜い!次私良いれすか!好きなものは晴れの日、あとは飴〜!」

 

「わたし、雨野千晴!よろしくね!」

 

 

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「……あ、俺の番ですか?…えっと好きなもの、は…甘いもの…?」

 

「…一ノ瀬です、よろしく」

 

 

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「ふん…ここが何処だか知らないけれど、私は私のすべきことをやるだけね」

 

「超高校級のボディーガード、小山壱華よ。状況把握に優れているの。よろしく頼むわね!」

 

 

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「ぁ…っ、ぁ、ぅ…す、好きな、もの!ぉ、ぉに、ぉ肉…」

 

「た、た、小鳥遊ぁるむ。く…空軍、っ、空軍、です!」

 

 

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「……好きなもの。人形。」

 

「…うさみ。超高校級の人形師。」

 

 

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「もう俺の番か。好きなもの言い合う流れか?筋肉とかスポーツが好きだな…」

 

「俺は超高校級の理学療法士、不知火流星だ!困った事があれば頼ってくれ、少しでも力になれるはずだ」

 

 

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「お客様方に笑顔のプレゼント!ちなみに俺はトランプマジックが好きだよ、もちろんお客様のこともね♪」

 

「やぁやぁ皆さん、俺は静野未依葉。マジシャンだよ♪」

 

 

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「明るい子が多くて何よりだわ。ええと…私は紅茶が好き。」

 

「わたしはレディグレイ。よろしく、ね?」

 

 

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「アタシは…ビスクドールが好きよ。あと、雨の日かしら…」

 

「アタシはオレーシャ・ホーネット…仲良くしてちょうだいね…」

 

 

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「へえ〜!あたしはね〜、機械が好き!あ、次はあたしの番?」

 

「ヤッホ〜!あたしは深作葉金!超高校級の機械技師だよ、よろしくね〜!」

 

 

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「私は歴史が好き…なんて。ふふ、それじゃあ少しだけ、お時間ちょうだいしますね」

 

「私、東雲飛鳥と言います。皆さんどうぞよろしくお願いしますね!」

 

 

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「あ〜…俺は芸能人が好き!って感じ。…推しがいる前で言うとか、マジ恥ず…」

 

「はじめまして〜、二藤まどかで〜す。女みたいな名前だけど男だから、よろしく」

 

 

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「おまえたち好きなものあっていいね〜!あーしもバンドのみんなのこと好きなんだけどさ!」

 

「あーしは世子子きる!よろしくね〜!!」

 

 

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「ええと…わたしは漫画全般が好き、かなぁ…あと、旅行とか」

 

「わたしは夢描えがき。えがきちゃんって呼んでくれたら……嬉しいかも……」

 

 

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「あ、えっと…お、俺は…お、俺…子供とか…」

 

「あの、俺っ一条、琴梨…です」

 

 

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「好きなもの…好きなもの、か…うーん…ハンバーグ…?」

 

「アッアー………えっと……星霰美織…です…ハイ……」

 

 

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幕開け

美織くんの挨拶が終わるとよろしくね、よろしく、なんて在り来りな言葉が辺りに交差する。

 

一部睨み合ってるところもあれば、一方的に嫌悪感を露わにしているところはあるけれど、ほとんどの人は上手くやっていこうとしているようだった。

 

そんなのんびりとした時間に終止符を打ったのは突如体育館に響いた誰かの声。

その声は今俺の目の前にいる25人の誰にも当てはまらない、場違いも甚だしいほどに子供じみた甲高い声。

 

その声が耳に響いたのか、少し顔を顰める奏撫ちゃん。

声の方向はステージからで、全員がその先へと視線を投げるとそこには

 

 

「注目注目、全員ただちに注目しなさあい!」

 

 

『…は、』

 

「何ですか、アレ」

 

「と、時計…?ヒト…?」

 

 

思わず声を漏らす俺と、怪訝そうに見つめる夏月くん。

口に手を当てているえがきちゃんの呟き通り、声の主の姿はまさに異形そのものだった。

 

背丈は小学校高学年くらいで、服装は入園式や卒園式で着るようなフォーマルなもの。

その肌は指の先までが仄暗く、何よりも問題なのはその頭部だった。

 

家のような形をした時計がそこにあるんだ。

しかもその針は正確に時を刻んでいる。

いや、正確ではないのかもしれない。

本来動くべき方向とは真逆の方に針が動いていく。…反時計回り、というべきか?

 

 

「えー、みなさん!本日はゴソツギョーおめでとうございまあす!」

 

「……。」

 

「はは…卒業も何も、俺ら今はじめて会ったんだけど。」

 

「ね、ねぇ…アレ、なに?誰?」

 

 

蒼太郎くんが眉を寄せ、まどかくんが呆れたように乾いた笑いをこぼす。

そして不安そうな色を目に載せ、回りをぐるりと見渡すきるちゃん。

 

流星くんと琴梨くんの「子供?」という声と、琉霞くんと飛鳥ちゃん、美織くんの困惑する声が同時に聞こえてくる。

 

 

「…大方、被り物をした悪戯好きの子供が迷い込んだんじゃないの?」

 

「ぇ……そ、そぅ、なの…かな」

 

「そうよ、でないとわけが分からないじゃない」

 

 

そんな会話をする壱華ちゃんとあるむちゃん。

 

1人の呟きはまるで水紋のようにじわじわと広がっていき、やがて大きなざわめきに変化を遂げた。

 

最早誰が何を言っているのか分からなくなるほどに各々が騒ぎ出し、不安や恐怖を滲ませ、警戒する者や怯える者、逃げ腰の者から諦めたような者まで……。

 

そのざわめきは地を這うように低く、そして圧倒的な威圧感を含ませた子供の声によって潰される。

 

 

「うるさい」

 

 

それはたった一言。たかが一言。

されど、一言。

 

 

『……!』

 

 

時が止まったのかと思うほど、誰も動かない。声を発さない。

動けなくなって、発せなくなった。

 

魔法をかけられたのではないんだからしようと思えばどれも出来る。

しよう、と思えないだけ。

 

 

「どうでもいいことでわめくの大好きなんだねえ。ボクがおめでとうって言ってんだから、ありがとうって言うのが礼儀じゃなあい?」

 

「うぷぷ…ほうら、「ありがとうございます」ってさあ。…あれれ、言えないのお?」

 

 

そうしてまた「うぷぷ」と薄気味悪い笑い声を上げて、彼(?)は楽しそうに体を揺らす。

ステージから飛び降りてひとつ、ふたつ、みっつとこちらに足を動かした。

 

後退りしようにもなぜだか足が動かない。

 

地面に縫い付けられてしまったのか、掴まれてしまったのか、やはり本当に魔法をかけられたのか。

 

その場にいる全員、ただ目を動かし、はくはくと金魚のように口を動かすしか…。

 

 

「どうしようかなあ、どうしようかなあ…ボクねえ今ちょっぴり気分悪いんだあ」

 

 

「ねえねえ誰だっけ?ボクの頭を、あまつさえ「被り物」なんて言った不届き者!」

 

 

「オマエ?オマエ?それともオマエ?オマエのような気もするし、オマエじゃない気もする!」

 

 

マシンガントークをしながら子供のように無邪気に俺の顔を覗き込んだかと思えば、すぐに次の子の元へと行く。

スキップでもし始めそうなくらい軽い足取りで、あの子は順番に俺達に恐怖を持ってきた。

 

 

ピタリ。足音も笑い声も消える。

 

 

「オマエだろ」

 

「……っ、…何よ」

 

 

あの子の向いてる先にいるのは壱華ちゃん。

嫌な予感がした。

あの子は壱華ちゃんに手を伸ばす。

 

その手を止めようと思っても体が動かない。

突き飛ばそうと思っても足が動かない。

ただ、眺めることしか出来ない。

 

 

無力。

 

 

死という不穏な言葉を吐かずとも、その存在をこれでもかというほど撒き散らして彼はあいつは、子供の手が壱華ちゃんの顔に、

 

 

「…なあんてね!うぷぷ」

 

『…は…っ、』

 

 

伸ばした手を引っ込めて再び体を揺らしながらステージに戻っていく。

壱華ちゃんは依然として冷静な様子でいたけれど、その額にはじわりと汗が滲み出ていた。

 

 

「……アンタ、何者?」

 

 

麻堂くんがそう聞くと、あの子はどこからがマイクを持ち出して仁王立ち。

 

 

「ボクはこの学園の統率者のモノクロックだよお!」

 

 

声高らかに自己紹介。

まるで、数分前の俺達の真似をしているかのように。

 

 

「モノクロック…?」

 

「モノクロとクロックをかけてるんじゃない?ほら、白黒だし頭なんて時計だし!」

 

「あの時計解体したら大人しくなるんじゃないんですかね」

 

「や、やめた方がいいかと…」

 

 

どこに耳が付いているのかは分からないけど、あの子はしっかりとレディちゃん、葉金ちゃん、夏月くん、ラピスくんの会話を聞いていたらしく

 

 

「ちょっと!ボクへの暴力は校則違反になるんだからねえ!反省文なんかじゃ到底許されないよお!!」

 

 

…マイクを通して大声を出すもんだから、思わず耳を押さえてしまう。

また機嫌を損ねてしまっただろうか、とモノクロックさんを薄目で見るとブツブツと文句は言っているけれどそんなに怒ってはいないようだ。

 

 

「あ、あの…」

 

「きちんと挙手出来て偉いねえ、オヒメサマ!なあに?質問?」

 

「はい。えっと…ひとつ、聞きたいのですけれど。此処は一体…?学園とは…?」

 

「ああ…あ〜!コホン、よおく聞いてね」

 

 

「此処は【私立刻ヶ峰学園】。そしてボクがこの学園の一番偉い人!生徒はオマエラで全員。超高校級の才能を与えられた、国に選ばれた生徒!」

 

 

私立刻ヶ峰学園

その名前にやはり聞き覚えはなかった。

他のみんなも同じなようで、顔を見合わせたり首を傾げたり…

 

 

『え?生徒、これだけ?』

 

「…………少ない。学園は、広いのに。」

 

「うぅん…僕、起きたら此処にいたからなぁ…どうやって来たんだろう?」

 

「……アタシも、目が覚めたら此処にいたわ。その前のことはよく分からない…。」

 

「多分、みんな同じ状況なんだと思うなぁ…私も気が付いたら教室だったし。」

 

「そうですね、暁美さんに同感です。しかし、全員が此処にどう来たか…いや、そもそも此処に来る前のことを覚えていないのは不可解ですね。」

 

「は!も、もしや誘拐…?しゃしゃめくんの出番…!?」

 

「誘拐なんて人聞きの悪い!オマエラはちゃあんと自分の意思で、自分の足で、此処に来たんでしょお?ボクは関係ないもん!」

 

「では、君は僕達をどうするつもりだ?盛大な登場を披露してみせたのだしこれで終わりだとは言わないだろう?」

 

「ま、まさか…お、俺食べ、食べても美味しくないよ…?」

 

「どうもしないよお。ていうか食べないし!オマエラ同士で好きに交流してこの学園の中で好きに過ごしてくれればボクは文句ありませえん!」

 

 

「まあ、"この学園から出られない"し半強制といっても過言じゃないんだけど。」

 

 

はたり。

待って、今、なんて。

「出られない」って、言った?

 

 

「ねぇ統率者さん、出られないってどういうことなのかな…?」

 

「そのままの意味!窓は割れないし開かない。いくらマジシャンのオマエでも脱出は無理だよお!」

 

「それじゃあ私達はいつまで此処で生活すれば…?」

 

「さあ?いつか出られるんじゃないかなあ。歴史に残る生活にしようねえ!」

 

 

「つまり、体のいい監禁って事か…」

 

「出られない、とか、ああもう」

 

 

琉霞くんと美織くんの悲嘆に塗れた声を最後に、俺はそこから先をよく覚えていなかった。

ただ分かったことは「俺達は学園に閉じ込められた」ということ。

 

蒼太郎くんの小さな小さな、「ふざけるな」という言葉に俺は心の中で賛同した。

 

そう、あの子は…モノクロックさんは、ふざけている。ふざけていることを当たり前のように言うから意味が分からないんだ。

 

今日から1ヶ月の自由期間。

モノクロックさんは干渉しない、と宣言した。

 

「青春をすることが仕事だ」なんてどこぞの熱血教師のような事を言って俺達の前から姿を消した。

 

残された俺達はなんとも言えない空気を感じながらも、各々集まりあって会話を交わす。

壱華ちゃんは特に、…いや、第三者の俺からはあまり言わない方がいいのかな。

 

とにかく酷く不安な気持ちのまま、俺の学園生活は幕を開けたんだ。

 

1ヶ月は何もしない。

それなら、1ヶ月を過ぎたら?

…俺達はどうなってしまうんだろう。

木目の床が笑っているような気がして、俺は目をそらすように前を向いた。

 

 

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prologue1『YES。』
希望の終わり


あれから1ヶ月。

 

俺達は驚くほどすぐに打ち解けることが出来、中にはなんと恋人にまで進展した子もチラホラと。

 

それぞれがグループのようなものを作って集まったり、特定の子を連れてあちこち探検したり…その光景はまるで本当に、ただの学校生活と何ら変わらないようなもの。

 

唯一違うところと言えば、全員が「超高校級」という点だけかな…。

自己紹介の時は名乗らなかった子達もきちんと才能を持っていたみたい。かくいう俺も実は超高校級のミュージカル俳優だったり!

 

そう、ええと…他の子の才能は例えば不運とか美化委員、ベビーシッターに少年漫画家、ビスクドール作家やハッカー、ブライダルモデルとかドラムメジャー、あとは歴史研究家だとか芸能人オタクだとかもいるみたい。

 

気象学者とか特撮ヒーローとかマジシャンとか…仲睦まじい様子の高貴な2人はプリンセスと執事なんだって。

 

自己紹介の時は聞けなかったけれど、この学園に囚われた全員が才能を持っていることは事実だった。

 

約ひと月前のあの日にモノクロックさんが言った言葉に嘘偽りはひとつもない、だからこそ俺達はモノクロックさんに対して不信感が募っていったわけなんだけれど…。今のところ平和に過ごせているのも、また事実だ。

 

そんなこんなで結局はいろんな子にあだ名を付けられるくらいには仲良くなれていて、はじめは不安だらけだったこの学園生活も、外に出られないことを除けばかなり良いものだった。

 

食料は目玉が飛び出るかと思うほど多いし(モノクロックさんによれば腐ることはないらしい)、お風呂や洗濯機もあり、更にはそれぞれのプラカードがかかった個室なんかもあって衣食住について困ることもない。

 

 

「……あるむ、着いてきて。こっち。」

 

「ぅ、ぅん!ちゅ、中夜ちゃんにつぃてく!」

 

「夢描ちゃん夢描ちゃん、美術室行こぉ」

 

「美術室?いいよ、行こう」

 

 

行動を共にしようと誘い誘われ、引き引かれで教室から出ていくうさみん、あーちゃん、ユキちゃん、えがき先生。

 

微笑ましい姿に思わず頬を緩ませてしまう。

 

そんな俺の顔を見て、どう思ったのか近くにいたまどかくんは頬を抑えて「うわ…」と声を漏らしていた。

 

数時間はゆっくりとした時間を過ごせていたんじゃないかなぁ。

 

麻堂くんの怪我の様子を見るりゅーちゃんとか、壱華ちゃんの隣に座って笑顔を浮かべているゆずくんとか…「カップル」の彼ら彼女らをただボーッと眺めるだけでも、面白いものだった。

 

廊下を見るとことくんとみおくんが話してる姿や、アンジュちゃんとラピスくんが外の桜を眺めている姿が目に入った。

 

みんなも1ヶ月の間にだいぶ落ち着いたようだ。

 

このゆっくりとした穏やかな時間をぶった切ったのは、懐かしさすら感じる在り来りなチャイムの音。

 

 

《オマエラ全員、体育館に集合しなさい》

 

 

 

 

「1ヶ月楽しかった?」

 

 

そう聞くモノクロックさんに俺達は軽く頷いてみせた。

この子は子供以上に子供っぽく、質問に対して答えを返さないと金切り声をあげて暴れ始めるんだ。これは多分全員が得た知識。

 

 

「何か用でもあったのかしら、わたしたちを呼んで…」

 

「あーし、もう少し音楽室にいたかったんだけどな〜」

 

「私も。ピアノがあるだけ、楽しみもあるもの。」

 

 

首を小さく傾げるグレちゃんにやるせない表情のまま指揮杖を振るきるちゃん。

 

その2人に同調するのは奏撫ちゃんだ。3人は同じ場所にいたのかな、さっき同時に体育館に入ってくるのを見た。

 

俺達の訝しげな視線を知ってか知らずか、ステージ上にある教壇に手をついて話を続けるモノクロックさん。

まるで校長先生のよう、とは思ったけれど、その先に続く内容はお世辞にも校長先生のようとは思えなかった。

 

 

「オマエラってさ、実際は起伏のない日常ばかりでツマラナイって思ってるでしょお?」

 

 

だからそろそろ刺激をあげるよ、だって。

 

することも、やることもないこの場所で、ただ彼ら彼女らと話をし、絆を深める生活。

 

つまらないとは思わない。俺は、きっと。

 

 

……それでも、本当に?

 

 

舞台に立つこともなければ観客を前に演じることもない、ただの学園生活。

 

今までの日常が恋しいと思わないといえば、多分、それは大きな嘘になる。

 

ほんの些細なアクシデント。それすらも今や過大なアクシデントと感じるんだろう。

 

 

「刺激、か。刺激なぁ…この場合の刺激は、あまり良い方に期待しない方が良さそうだ。」

 

「なあんか嫌な予感!流星くんが怖いこと言うからかも、それとも元よりあたしの気のせい?」

 

「いえ師匠。師匠の嫌な予感はきっと正しいです。実は、私も…。」

 

「例えばさあ。……ああ、ちょっと静かに。」

 

 

俺達で言う、口元。恐らくそこに手を寄せシー…というポーズをとる。

 

それだけで十分静かになってしまうんだから不思議だ。どうにも、逆らえない。

 

 

「そう、良い子だね。でね、例えばの話。例えば、……その前にひとつだけ質問!」

 

「オマエラ、後悔してることある?」

 

 

 



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絶望の始まり

ドキリ。不快な跳ね方をした俺の心臓は、正しい動きを忘れてしまったかのように不安定な動きを保ち続ける。

 

 

後悔だって?…いや、そんなこと、

 

 

その問いに答える人は誰もいなかった。

 

数秒、十数秒……

 

無言の時間が増えるたびに募るモノクロックさんからのあの、絶対的な威圧。

 

 

「ある」と言えばいいだけ。

 

言いたくないのなら「ない」と言えばいい。

 

でもどうしてもその一言が出せない。

 

出してしまえばきっと、もう、今度こそ逃げられなくなってしまうんだ。

 

 

「ねえ、ある?って聞いてるんだから何かしら答えるのが常識じゃないの?」

 

 

イライラという音が中に浮かび上がりそうなくらい、いかにも機嫌が悪いですみたいな態度をとるモノクロックさん。

 

もはやこの雰囲気がトラウマになっているのか、より強く怯えることくんが視界に入った。

 

それでもみんなは黙り込む。

俺はこの空気に完全に蹴落とされてしまっていたから。…他の人は?

きっと、他の人もそうだ。

 

人に言えないような後悔を抱えているとは思えない。こんなにも良い人達なんだから。

 

 

「…そんなに難しい質問じゃないと思うんだけどなあ」

 

 

ヒステリックなモノクロックさんは苛立ちを隠しもせずに教壇をトントン、と忙しなく叩く。その音をマイクが拾って静まり返った体育館に反響した。

 

短気は損気とも言うけれど、彼の場合は損すら得に変えてしまいそうで怖い。

 

教壇を一際強く叩き、モノクロックさんはそのままステージから教壇を突き落とした。

 

ドンガラガッシャンなんて可愛い音ではなく、鼓膜が張り裂けてしまいそうなほど膨れ上がった音。

 

モノクロックさんはその音よりも強く、大きく、けれど極めて静かに、控えめに。

言の葉を雨を俺達に浴びせてきた。

 

 

「後悔を消せるとしたら。誤ちを犯したあの日をやり直せるとしたら。過去に戻れるとしたら。そうしてそれを果たせるのが僅かな人数だとしたら?」

 

 

「ボクならオマエラの願いを叶えてあげられる。オマエラに渦巻く後悔という重しを退かしてあげられる。それでも、品定めはするけどねえ…だって、恩を仇で返されたら嫌だもん!」

 

 

「だからさあ、意志の強さと思いの強さをボクに見せてよ。選ばれた人間から更に選ばれた人間になるために。」

 

 

「…どうやって、見せたらいいの…?」

 

 

忍ばせたように呟くのは琴梨くん。

 

 

「ふむ、何か条件があるのだろうか」

 

 

真面目な表情で顎に手を当てているのはぶどーくん。

モノクロックさんの言葉に反応したのは意外な2人だった。

 

簡単でしょ、と鼻で笑う。

やれやり直しだの、やれ過去に戻れるだの、一見馬鹿げた話をこんな風に真面目に聞いている俺も俺で、案外やる気なのかも。

 

 

そんな考えも次の一言で打ち砕かれる羽目になるんだけれど。

 

 

「コロシアイだよお、コロシアイ。上手に仲間を欺けた人、もしくは他人の死を踏み台に最後まで生き残った人!そんな名誉ある人が1番、後悔に対する気持ちも強いと思うしねえ。」

 

「オマエラはね、持ってるでしょお?人を殺してでも無くしたい、脆くて儚くて淡い、濃厚で濃密な後悔がさあ!」

 

 

「コロシアイ」

 

 

言葉の意味を理解するより先に、

それにぶつかるように叫んだのは

 

 

「……っ、そんなの、ない」

 

「ええ、ありません」

 

 

美織くんとラピスくんだった。

正直かなり驚いた。それは、はじめて見る彼らの抵抗らしい姿だったから。

 

それ以上口を開くことは無かったけれど、彼らの言葉は酷くモノクロックさんを怒らせたようで。モノクロックさんが怒声を出すよりも早くに2人を守るように前に立ったのは、正義感の強いあの子とあの子。

 

 

「人を殺してでも無くしたい後悔なんてあるわけがないでしょう。それとも私の目の前で犯罪を犯す気ですか?いくら統率者と言えど、許しはしませんよ。」

 

「コロシアイで得られるものは名誉なんかじゃないわ!もしも誰かの命が危ぶまれるなら、あたしは命をかけて命を守る!それだけよ!」

 

 

ああ、本当に。

 

 

『かっこいいな……。』

 

 

あまりの眩しさに目を瞑ってしまう。

それが間違いだと嗤うように、重要なものは何ひとつとして見えなかったんだ。

 

 

 

 

莎莎匁視点

 

きっと私は今日で死ぬのだな、と。

 

逃げるつもりはありません。

後ろには星霰さんとラピスさん、隣には壱華さんがいるんですから。

此処を離れてしまえば、3人を守ることが出来ないんですから。

 

それでもいいのです。肉壁になれるのなら。

一般市民を庇って命を落とす、これ以上真っ当な最期はあるのでしょうか?

 

モノクロックさんは私達を逃がしはしません。殺気がもう、此処まで。

 

私は更に一歩前に出て、3人の前に立ちました。

今日で楪莎莎匁は死ぬ。

警察官として警察官らしい、警察官の望む死に方を出来るのかと思えば自ずと心も晴れやかになったような気すらします。

 

 

「ちょっ、」

 

「動かないで。…私は、壱華さんのことも守りたいんです。それがエゴだとしても、壱華さんのプライドを傷付けることになるとしても。」

 

 

私はきっと笑っていました。

これで、終わりだと。

 

 

途端に体に走る痛み。

バランスを崩して床に倒れる。

生温かい何かに触れるたび、身体は急激に冷えていくのをただぼんやりと感じていました。

 

冥土の土産に彼女を一目見ようと目を開け、霞む視界の照準をなんとか合わせて…

 

 

ああ。

 

 

 

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奏瑛視点

 

目を開けると、体を突かれぱたりと倒れ動かなくなった壱華ちゃんの姿が飛び込んできた。

 

 

『……あ、』

 

 

じわじわと広がる鮮血。

木目の隙間に入り込み、あみだくじのように伝ってその血はやがて、俺の足元で止まる。

 

 

何が、なに、何が起こって、

 

 

『ああああッ!!』

 

 

ソレを理解した瞬間ビリビリと震える空気。

 

張り裂けそうなほど鳴る喉。

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!

 

嘘だ、これは夢だ、悪い夢だ!

 

 

人が死んだ。友人が死んだ。

 

先程まで生きていた彼女が死んだ。

 

動かない。動いていない。

 

血が止まらない。流れている。

 

突き飛ばされたのか、床に手をついている彼の横で小山壱華が死んでいる!

 

 

「………有り得ない。こんなこと、なんて。」

 

「オレーシャさん、俺の後ろにいなよ。次は俺達かもしれない。」

 

「また、……勘弁してくれないかないい加減にさ。…もういいよ、不幸なことは。」

 

 

ガチガチと噛み合う歯の音すら恐怖の対象で、俺は咄嗟に自分の親指を口に入れた。

 

それでも震えは止まらなくて、頬肉や爪、指の腹の肉を次々と噛んでしまう。

 

嗚咽が出、胃からせり上がってくるものを抑えつつ、摘まれた華から目が離せなかった。

 

 

「不知火さん、小鳥遊さん。…小山さんは、もう遅いのかな。」

 

「こ、こや、ま…小山、サマ?そんな、嘘でしょう…?」

 

「死んら、ったの…?いちかちゃん、血が、たくさん、………。」

 

 

誰よりも早く動き、壱華ちゃんに真っ直ぐ駆け寄った2人は力なく静かに首を横に振る。

 

ゴロン、と力なく仰向けにされた壱華ちゃんは目を見開いたまま息絶えていた。

 

 

突き刺さる一本の棒。

 

晒され続ける血液。

 

照明に当たりてらてらと光る液体は生々しくて痛々しかった。

 

 

人の死なんて見たことがない。

 

俺は、俺達は、取り乱してしまったんだ。

 

泣き叫ぶ者、唖然とする者、腰が抜けた者

 

誰一人として笑ってる人はいないのに笑い声が止まらない、聞こえてくる!

 

モノクロックが楽しそうに笑っているから!

 

 

「絶望しろよオマエラ!始めよう、コロシアイを!そこに転がっている魂を零した器のようになりたくなければ、殺し合うしかないんだからさあ!」

 

 

『そんな事しない!!絶対にしない、コロシアイなんてしない!』

 

「こんな惨たらしいことを…壱華ちゃんが何をしたと言うの?何もしていないのに、」

 

「オマエが誰も殺さなくても、オマエラの誰かは誰かを殺す!!ボクには分かるよおだって統率者だから!」

 

 

自分でもわかってる、荒れているって。

 

それでも友人が殺されて怒らないほど俺は落ちぶれてはいない、そんなとき、熱の入った俺と奏撫ちゃんの肩を引っ張ったのは

 

 

「…落ち着いてください。殺されますよ、多分、あなたたちも。」

 

 

至って冷静な様子の夏月くんだった。

 

しかしその目には闘志の色が見えていて、彼も彼でまたモノクロックさんに対する怒りの色を滲ませているのがよく分かる。

 

……少し、落ち着けた。

 

いや嘘だ。全然落ち着いてなんかいない。

それでも先程よりはよっぽど視界が広くて。

 

 

『……絶対に、俺達はしない。コロシアイなんて絶対に。踏み躙りたくなんてない。』

 

「何も伝えないまま死した壱華ちゃんの気持ちが分からないほど、浅い友情じゃない。…そうだよね」

 

「…守りたかった奴から守られて、生き延びた楪の気持ちも、ですかね。」

 

 

ギリ、と強くモノクロックさんを見るもあの子は何も感じていないようにヘラヘラと振り向いた。

その姿に舌打ちを鳴らしたのは夏月くんか、蒼太郎くんか、はたまた両方か。

 

 

「うぷぷ。その心意気がどれくらい持つかなあ。空っぽになったコレはボクが片しておくから、オマエラもう帰っていいよお」

 

 

「……うざ」と一言だけ置き、出口へと足早に向かうのは蒼太郎くん。彼はブレない。こんな状況でも。その足音はいつもより音が多くて、…でも、それが何を意味してるのかは分からなかったけど。

 

 

「コロシアイ楽しみにしてるねえ。2週間立っても起こらなかったら、今度はオマエラの後悔をバラしちゃおうかなあ!動機があれば殺せる?それとも、今日みたいに犠牲があれば殺せるのかなあ?」

 

 

1人、1人、また1人。次に2人、3人…と、悪魔のような言葉を振り切るように体育館を後にする人数は増えていく。

 

その顔はどれも暗く、落ちていた。

 

残されたのは俺とささめくん、それとモノクロックさん。

 

 

「…オマエラって、ボクよりも本気のくせに見て見ぬふりするのが上手いよねえ。そういうとこ、バカらしくて好きだよお。」

 

 

ヒョイ、と軽く壱華ちゃんを抱えたモノクロックさんはそのままどこかに姿を消した。

 

ささめくんは未だ床に手をついたまま動かない。声も出さない。無表情でただ、壱華ちゃんから溢れ出た血を見つめている。

 

 

『………。』

 

 

なにも、かける言葉はなかった。

 

 

 

 

「さあ、欲に素直に望むのです。己の後悔のためのやり直しを。」

 

「なあんて!うぷぷ…オマエのために最高のパフォーマンスをしてみせたんだから。きっと上手くいく、期待アリだよねえ?」

 

 

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chapter0『プレ裁判』
消えたアイス


人の倒れる音、皮が裂ける音、

 

肉が抉れる音も血が飛び散る音も、

 

耳の奥、鼓膜の内側に張り付いて

 

忘れられない。

 

 

暫くはみんな大人しかった。

人ひとり死んだんだから、それが当たり前だと思う。

あのときの絶望したように青ざめたみんなの顔も忘れることはないだろう。

 

壱華ちゃんはモノクロックさんに担がれたままどこかに連れていかれて、俺達はその行方を知らない。

時の流れに身を任せて、何も生まれない虚のような日常をただ淡々と過ごしていた。

 

そんな日常に手を奮ったのは場違いに明朗快活なモノクロックさんだ。

またひとつ、俺たちに貼られた平和という名の保護フィルムがぴしりと音を立ててひび割れた気がする。

 

 

レクリエーションゲームをしてもらう、

 

 

自分勝手にそう宣言したかと思えば、誰かが何か反応を示す前に、また自分勝手に着いてこいと俺達を言葉で縛り付ける。

自由なんて名ばかりで、あの日以来、自由の中にある確かな不自由さをひしひしと感じていた。

 

 

 

 

「絆を深める?」

 

「うん、壱華ちゃんが死んでからオマエラ遠くなったでしょお?」

 

「あー…まあ、確かに…?」

 

 

ぶどーくんとモノクロックさん、まどかくんの会話を一歩後ろで聞きながら無言で歩を進めるばかり。

 

隣にいた美織くんがボソリと「アンタのせいでは?」と呟いたからチラリ、目を向けたら偶然目が合ってしまって。

 

その後すぐに「いやなんでもないです、ハイ…」と目を逸らされてしまったけど。

 

 

「__だから、困ったことあったらあーしに言ってね!絶対!」

 

「……うん。分かった。」

 

「食べたいものとか欲しいものとか、あーし全部頑張るから!」

 

「………楽しみ。ありがとう。」

 

 

「小鳥遊先輩、これ終わったらまた筋トレしたいんですけど」

 

「…ぁ、柊、くん。ぃぃ、よ…き、鍛える!」

 

「あ、だから最近トレーニングルーム行ってたんだね♪」

 

「筋トレ!いいなあ、今度触らせてくれ」

 

「ぁ、ぇ…さ、触?」

 

 

後ろからも穏やかな会話。

…良かったな、って

また少しずつ取り戻せている気がして、

 

 

「楪さん!…ああやっと追いつきました、お変わりないでしょうか…?」

 

「その節はご迷惑をおかけしたようで…この通り私は元気ですよ、ラピスさん」

 

「楪サマはお強いのですね。それがpoliceとしての在り方だとしても、無理は…禁物、です!」

 

「ふふ…はい、肝に銘じますアンジェリーナさん。」

 

 

…前を向けている気がして、

なんて、ささめくんを見ながら思うんだ。

こんなこと思うのは、おこがましいことなのかもしれないんだけどね。

 

 

「はい、トーチャク!」

 

 

一際大きいドアの前。

そこに俺達は案内された。

 

 

『あれ?ここ…』

 

「ね。ほら、上に書いてあるみたい」

 

 

奏撫ちゃんが指さす先には小綺麗に書かれた「裁判場」というプレート。

モノクロックさんが扉を開けるとそこには円形状に配置された俺達分の証言台。

 

 

「裁判官席はあれかな?でもちょっぴり変な作りだね、宇留賀ちゃん」

 

「そうだねぇ夢描ちゃん、検察官とか弁護士が立つとこ無いし〜」

 

 

「小山ちゃんの遺影まである、開幕早々嫌になるなぁ…」

 

「ほんとだ、悪趣味だなぁ」

 

 

麻堂くんの言葉を聞いた葉金ちゃんがひとつだけ置かれた遺影に近寄りに行った。

凛々しく、強かに映る写真の中の壱華ちゃんは顔の中心にばってんを付けられている。

 

 

…こんなところで、何のレクリエーションをすると言うんだろう。

 

 

奏撫視点

 

各自自分の名前が書かれた場所に着けと言われ、証言台の周りを左へ右へ。

私が自分の証言台に立つのとほぼ同じくらいで時計ちゃんは木槌を持って裁判官席へと座った。

 

くるりと輪になっているからか、ここからはみんなの顔がよく見える。

きっとどこに立っても、誰の視点であっても、よく見えるものなんだろうけど。

 

だから少し気になることがあったけど…声を出す前に木槌が鳴ったから、聞くのは後にしようかな。

 

 

「さあさ、絆を深める大切なレクリエーションゲームの時間だよお。」

 

 

赤ん坊のようにキャッキャと木槌を振る時計ちゃんを見ていると、だんだんとそれがガラガラに見えてくる。それが面白くて場違いながらに笑ってしまいそうになった。

 

…目敏いようで、目を向けられている気がしたから少し下を向いて口元を隠したんだけどね。

 

そのままちらりと隣に立つ奏瑛くんのことを見たら…やっぱり、同じことを気にしてるのか彼もあの子のことをじっと見つめてた。

 

内容はこちら!カン!

と時計ちゃんの楽しそうな声と再び響いた音。

 

…ちょっぴり、耳が痛いや。

 

 

「消えたアイスの行方を探れ!擬似学級裁判ゲーム!」

 

 

…。

 

 

「…アイス?」

 

 

一拍分の間、オレーシャちゃんが眉をひそめて復唱する。

 

 

「アホらし」

 

 

蒼太郎くんが投げやりにこの場を去ろうとして、入ってきた大きな扉に手をかけた。

 

…けど、開かなかったらしく。

 

「ここでくたばりたいのお?」なんて投げられた嫌味を跳ね除けるように彼は深いため息を吐いて自分の立ち位置へとまた戻った。

 

んふふと緩まった笑いをこぼす時計ちゃんとは対照的に引き締まった表情で声を発したのはグレイちゃん。

 

 

「…その消えたアイスっていうのはどういうことなのかしら」

 

「くふふ…あのねえ、実はボク相談されたんだ。誰かにアイス食べられちゃったんだよね〜って、」

 

「誰に?」

 

「おっ!興味があるのかな流星くん!…そりゃあ、もう決まってるじゃない。オマエの真向かいにいるでしょお?」

 

 

「アイスを食べられちゃって傷心中の、カワイソウな葉金ちゃんだよ!」

 

 

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ぴっ!と指した方向にちょうど立っていた葉金ちゃんは眉を下げて笑う。

 

 

「確かに、食べられたとは言ったけど〜…」

 

 

なるほど、と私は頷いた。

 

隣の奏瑛くんもそういうことかと呟いていたから、やっぱり同じところを見てたんだなって。

 

気になったことはそう、いつも明るい葉金ちゃんに差す影のことだった。

確か葉金ちゃんはアイスが好きだって言ってたような…それなら、食べられてしまって落ち込んじゃうのは普通なことだよね。

 

 

「それじゃあ今からルール説明するね」

 

 

だけれど本当に、こんな犯人探しみたいなことをして絆が深まるのかな…。

 

 

奏瑛視点

 

被害者、つまり葉金ちゃんのことをシロ。加害者…多分、アイスを食べちゃった人のこと、をクロ。犯行がバレちゃったクロにはオシオキが待ってるよ、とのこと。

 

モノクロックさんは全てを見知っているのだろうか、特別ヒントとしてクロは1人であることを事前に俺達に教えてくれた。

 

 

「今日の朝、キッチンのゴミ箱の中に空っぽのアイスの容器が捨てられてたの。あたしちゃんと名前書いてたのになあ〜」

 

「…じゃあ、きっと昨日のうちに食べられたんじゃないかな。」

 

 

そのまま、るかくんが昨日はあったの?と聞くと葉金ちゃんはうう〜んと考えこんでしまった。

 

 

「あの、昨日のお昼くらいならまだ確か、師匠のアイスは存命してたと思います」

 

「あ、お…えっと、俺、16時過ぎ…に、アイス見ました…」

 

「ふむ。もっと時間絞れたらアリバイも聞きやすいんですけど…16時過ぎ以降に冷凍庫見た方はいらっしゃらないんでしょうか?」

 

 

お昼くらいに見たという飛鳥ちゃんと16時過ぎに見たという琴梨くんはふるふると首を横に振る。

 

ささめくんがくるりと言葉を回して再度全体に聞くと幼くも芯の通った強い声。

 

かえるの合羽を身にまとった千晴ちゃんだった。

 

手を挙げ、正しくかえるのようにぴょこぴょこと小さく跳ねている。

 

 

「はいはーい!わたし、見たよ!」

 

 

「21時くらいらったかな…?はがねちゃんのアイシュ、ちゃあんとあったの!」

 

 

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『え!千晴ちゃん、それ本当?』

 

「うん!らからね多分、食べられちゃったの夜じゃないかなあ?」

 

「あたし、21時はもうあたしの部屋にいたから全然気付かなかったや…」

 

「21時……うむむ……」

 

ぶどーくんが眉間に皺を寄せて唸っている間にも俺達は千晴ちゃんの証言を元に、各自どこで何をしていたのか、誰といたのか、いわゆる「アリバイ」というものを証明していく。



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消えたアイス②

はじめにクロ候補から外れたのは

 

アンジュちゃんとラピスくん

 

ユキちゃんとえがき先生

 

中夜ちゃんとあるむちゃん

 

流星くんと麻堂くん

 

の、ペアで行動していたらしいこの8人。

 

特に挙動不審だったあるむちゃんは初手で疑われていたけど、中夜ちゃんが「……一緒にいた。うさみとあるむ。」と発言したことにより、無事(?)無罪が確定することになり。

 

 

『うさみんとあーちゃんは仲良いもんね』

 

「…………うん。」

 

 

それ以外は単独行動ではあったけれど、時間帯前後別の場所で目撃されていた人が殆どで…

 

例えば、

 

トレーニングルームで柊くん

 

音楽室できるちゃん

 

渡り廊下でぶどーくん

 

教室のはじっこで琴梨くん

 

階段の踊り場にまどかくん

 

…とか。

 

目撃した人も今回はアリバイあり、ということになって本当に誰にも見られず一人で過ごしていた人物は俺含め5人に絞られた。

 

るかくん

 

オレーシャちゃん

 

グレイちゃん

 

美織くん

 

…あと、俺。

 

やっぱり情報が少ないかな、なんてため息。

 

るかくんの方を盗み見るも彼は依然として変わらない態度でそこに立っていた。

疑われているかもしれない、なんて不安がっていないようで本当に大人っぽい。

 

絞れたはいいものの、議論が動くことはない。

 

身の潔白を証明しようにも証拠も、立証してくれる人もいないんだから仕方ないよね。

どうしようかって頬をかいたとき、

 

 

「おい」

 

 

無愛想な声、

蒼太郎くんだった。

 

 

「……21時過ぎ、お前食堂で何してた」

 

「終夜は誰に言ってんですか」

 

「目線の先見れば分かんだろ」

 

「分かんないから聞いてんですけど」

 

 

夏月くんとちょっとした若干喧嘩腰のやり取りを繰り返したのち、

 

 

「……はあ…本当、だる…。」

 

「そこの、ドール作家だよ。」

 

 

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と、オレーシャちゃんを指さした。

 

 

「アタシ…のこと、かしら」

 

「お前以外誰がいるんだよ似た才能の人形師か?」

 

「…………全然違う。」

 

『まあ、うさみんも人形…ドール系の才能だけど。ええ…?本当にオレーシャちゃん…なのかな、一番らしくなくない?』

 

 

首を傾げるオレーシャちゃん。

表情こそ大きく変わりはしないけれど、それは確かに「困っています」という顔だった。

 

事前に麻堂くんに「21時頃自室に入っていくのを見た」と言われていた蒼太郎くん。

各自の部屋に戻るには食堂の前を通る必要がある。だからこそ、食堂に入るオレーシャちゃんを目撃するのは特におかしくない話なんだけど…

 

 

「お前のせいでこんな面倒なこと起きてんじゃねえの」

 

「私も知りたいな。オレーシャちゃん、今の話って本当?」

 

 

威圧的な蒼太郎くんをやんわりとカバーするように、奏撫ちゃんが極めて穏やかに聞くも、小さく首を横に動かして、はくはくと口を動かすだけのオレーシャちゃん。

 

違う、行っていない 食べていない

そう言いたいのかな

 

言葉にもならないくらい追い詰められてしまっているのかと思うと、胸が痛くなる。

 

 

「せめて出てきたところを見た人がいれば…」

 

 

呟くように話す流星くん。

顎に手を置いて真剣に考えているよう。

 

 

「…でもさ!食堂が閉まるのって21時半じゃなかった?そんなギリギリにオレーシャさんが食堂に入るとは思えないんだけど♪」

 

「そうですね。私も貴方様に賛成します、オレーシャ様が人様のものを食べるとは思えませんし…。」

 

 

そんなとき、反論を繰り出したのは日頃からオレーシャちゃんと仲睦まじい様子のみいはくん。

ラピスくんもそれに同意し、オレーシャちゃんのことを庇う。

 

オレーシャちゃんではないことを立証する証拠、それか証言。その逆で、蒼太郎くんの証言を裏付ける証拠か、証言。

あと数歩、あと一歩、そんな感じ?

 

十数秒の静まりの後、唐突に動き出した。

それは今まで腕を組み、路を巡らせていたもの。

 

 

「あ……ああ!!そうだ!!21時半の少し前!!…5分くらい前の話!」

 

 

「食堂から出てくるオレーシャくんを僕はこの目でしかと見たのだよ!!!!うんうん、間違いない!!!!!!」

 

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「!宍戸サマ、それは本当…でしょうか?ええと5分前…ということは、最後に食堂に入ったのはオレーシャサマ…?」

 

 

 

じわじわ、布に染みつく水のようにオレーシャちゃんに向かう視線の数が多くなる。

 

 

「……。」

 

「ォ、…ォレーシャ、ちゃん…?」

 

 

やがて、落ち着くように息を吐き、

長いまつ毛を揺らし目を伏せた。

 

 

「…そうよ、アタシが食べちゃったの。葉金のアイス。」

 

 

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とても静かな自白。

 

 

「え!?オレーシャちゃんが食べちゃったの!?!?」

 

「…へえ、ホーネットちゃんって意外と人間らしいね。綺麗な人形だと思ってたけど。」

 

 

視線を横にすすす、と逸らしながら恥ずかしそうするオレーシャちゃんに驚く葉金ちゃん。

鼻で笑うように口元に弧を描くのは麻堂くんだった。

 

俺は葉金ちゃんと同じようにすごく驚いた表情をしていたんだと思う、意外な…そう、すごく意外な犯人だったから。

 

 

「ホーネットちゃん、ホーネットちゃん。どうして食べちゃったこと隠したりしたの〜?」

 

「…それならユキは、裁判沙汰になっても素直に言えるのかしら…アタシには無理だった。言おうとは思っていたのだけれど…。」

 

「…、…。お腹が空いたからといって、食堂に行かなきゃ良かったわ…。ちょっとだけ、我慢したら…葉金も……。」

 

「………ううーん。…おかしいなそろそろ浮き出るはずなんだけど…あ、出た!」

 

 

ぽわん、と目の前に浮かび上がったのは何の変哲もないデジタルアンケート。

空中に映し出されたその画面には数人の名前が書かれていた。

 

 

「さあオマエラ、クロだと思う人…うぷぷ、もう考えるまでもないかなあ?タッチして投票してねえ!」

 

 

葉金のアイスを食べた人物は?

 ▶オレーシャ・ホーネット

 

 

「そう、葉金ちゃんのアイスを食べたクロはオレーシャちゃんだよお!…オマエラ、はじめてにしては上出来だったんじゃないかなあ?」

 

 

と賞賛の音をあげる。

 

 

「まあ今回は自白って形になるんだけどお…………うぷぷ、あーあ、クロだってバレちゃったかあ!」

 

「アタシは受け入れるわ…どんなものでも。」

 

 

✿ クロ が 特定 されました

 オシオキ を カイシ します

 

 

「Danger!」と書かれたテープで囲われた場所に立っているオレーシャ・ホーネット。

 

一面ガラス張りの世界。

その先には歌方奏瑛率いる刻ヶ峰学園の生徒達がこちらを見つめている。

 

頭上から落ちてくるのは大きな大きな、それはもうとても大きな…当たったら一溜りもないような、巨大なタライ。

 

 

「…え、ちょっと…大きすぎじゃ、」

 

 

鳴り響いた衝突音と小さな悲鳴。

 

彼女は糸の切れた操り人形のように、ふらりと地面に倒れ込んだ。

 

 

✿ オシオキ 完了

 

 

一瞬気を失ったようだけれど、すぐに正気を取り戻したオレーシャちゃんは頭をさすりながら帰ってきた。

 

大きなたんこぶ、浮かぶ涙

無事…とは言えないけど…。

 

見た目ほど重量はさして無かったようで一安心だ。

 

 

「次にここに来るときはコロシアイが起きたとき、…多分近いうちにまた来ることになるんじゃなあい?うぷぷ!」

 

 

「実際のオシオキはこんなカワイイものじゃないからバレないよう気を付けて殺してね」

 

 

そういうとモノクロックさんは我先にと足早に裁判場を後にした。

 

 

「___葉金、本当にごめんなさい…今晩のデザートは葉金にあげるわね」

 

「いいよ!あたしもまさか裁判になるなんて思ってなかったし、アイスも綺麗な子に食べられて喜んでるよきっと!」

 

 

腰を曲げて深く頭を下げるオレーシャちゃんと手を振り歯を見せて笑う葉金ちゃん。

 

和やかな雰囲気。

 

ああ、それでも。これは確かに…

 

 

「オレーシャちゃんでもつまみ食いしちゃうんだね、なんだか親近感かも」

 

『奏撫ちゃんもつまみ食いする人?』

 

「え?んー…内緒!なんて、ふふ」

 

 

「笑って許す師匠もかっこいい…!」

 

「アー…ともあれ、平和に終わって良かった…」

 

 

絆を深めるレクリエーションゲーム

これは成功したんじゃないのかな、

個々に溢れる笑顔を見て俺も思わず笑みを浮かべた。



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chapter1『快晴アンサンブル』
日常


「やった〜!じゃああーし先に行ってるから、早く来てね!絶対だよ!!」

 

「ふふ、うん。分かった、絶対行くね」

 

 

2階の渡り廊下から聞こえる2人分の女の子の声。

 

ひょっこり顔を出して見ると軽やかな足取りで走るきるちゃんと、袖を揺らして手を振る奏撫ちゃんがそこにいた。

 

なんとなく眺めていると振り向いた奏撫ちゃんとばっちり目が合ってしまう。

 

 

「奏瑛くんも近くにいたのね、驚いちゃった」

 

『あはは…うん。たまたまだけどね、2階に来たら声が聞こえたから気になって』

 

 

『何かの約束でもしたの?…っと、これ聞いてもよかったのかな』

 

「大丈夫だよ、あのね、きるちゃんに私の演奏聴いてみたいって言われたの。だから音楽室で落ち合う約束を、ちょっと」

 

 

きるちゃんとの会話の内容を教えてくれた奏撫ちゃんは、大きな目をキラキラと輝かせては嬉しそうに声を弾ませる。

 

そうだったんだ、とつられて笑顔になっていると突然後ろから肩を引かれ、少し掠れ気味の低い声が鼓膜を揺らした。

 

足音も気配もしなかっただけに、予想外の刺激で少しだけ肩が揺れたのは…ああ、奏撫ちゃんには見られてたみたい。

 

さっきとは違う笑顔を浮かべて楽しそうにしているんだから。

 

 

『無言で後ろに立たないでよ、夏月くん。びっくりするから!』

 

「暁美は気付いてたみたいですけど」

 

「ふふ、うん。私からは夏月くんの姿見えてたから」

 

 

くすくすと笑う奏撫ちゃんと珍しく仏頂面ではない解けた表情の夏月くん。

 

そういえば、はじめて会ったときもこの2人とこの廊下を歩いたんだった。

その記憶すらなんだか懐かしい。

 

 

「でも夏月くんひとりで2階に来るなんて珍しいね、もしかして探しものでもしてた?」

 

「まあ厳密に言うならあなた達を探してましたね、1階フロアのどこにもいなかったんで」

 

『……ふーん…俺達のこと探してたんだって!』

 

「ね、聞いちゃった!夏月くんてこんな人だったのね」

 

 

安心したように綻んで彼を見る彼女。

そういえば前に夏月くんのことを「近寄り難いオーラがある」って怖がってたな、少しは緩和されたみたいで何よりだ。

 

一方で俺達の温かい目を受けた夏月くんは居心地の悪そうに目を泳がせ、なんですか、ウザいんですけど、とたじろいでいる。

 

逃げるように目線を横にずらすと一言、

「あ」と何かを思い出したらしい。

 

 

「さっきそこでアンジェリーナと会って…まあ、僕の顔見るなりすぐどっか行ったんですけど。興味深そうに聞いてましたよ、暁美の演奏会」

 

「そんな、演奏会だなんて!…でもアンジェリーナちゃんもいたんだ、話したかったなぁ…」

 

 

誘ったら来てくれるかな、と頬を赤くして悩む奏撫ちゃん。アンジュちゃんとは随分仲が良いみたいで、その国と国を越えた友情はなんだか映画を観てるよう。

 

 

「…どうせなら全員呼べば良くないですか?」

 

『うわ、名案!俺皆に声かけてくるよ、もちろん姫さんにもね』

 

「わ、そしたら私は…指慣らししておかなくちゃ。失敗したら、困るし」

 

 

先に音楽室に行くね、と俺達に手を振る奏撫ちゃんを夏月くんは呼び止める。

 

 

「どうしたの?」

 

「あー…すぐそこですし送りますよ、歌方が」

 

『俺が!?』

 

 

『夏月くんも行こうよ、せっかくなんだし』

 

「は?いや僕は」

 

『ねえ行こうよなっつん!』

 

「なっつんって呼ぶな!」

 

 

そんな俺達のやりとりを面白おかしそうに笑いながら音楽室へと向かう。

 

 

「ふふ…。ありがとう、夏月くん、奏瑛くん」

 

「……ふん。まあ、人が揃うまで練習にでも励んどいてください」

 

 

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それじゃあ、と奏撫ちゃんと別れた俺達二人は早速他のみんなを誘いに学園中を歩き回ることに。

 

擬似裁判を経てからというものの、俺達は全員で何かを楽しむことが増えた。

もちろんノリ気でない人もいたけれど…それでも参加してくれるのは、嬉しいことだと思う。

 

そういった催し事には一切の興味が無いであろう蒼太郎くんもほぼ全ての集まりに参加しているのは、アンジュちゃんやぶどーくんが時に優しく、時に強引に背中を押し腕を引っ張っているからだけど…。

 

まあ、それもまた一興だよね。

 

 

「後は…」

 

『彼処にいる…ね、ほら、1年B組の教室』

 

 

「じゃあばいばーい!」

 

「はい、また後で」

 

 

教室から飛び出し、階段に向かって跳ねるように駆けて行ったのは千晴ちゃんだった。

手を振る千晴ちゃんの笑顔の先にいたのは莎莎匁くん。

 

 

「入口で立ち止まってどうかしましたか、お二人方」

 

『ん…えっと、俺達、君を探してたんだ!用があって…そうだよね、夏月くん』

 

「はい。もうすぐ暁美が音楽室で演奏会するんでどうです?」

 

「音楽室で演奏会?」

 

 

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「まあ別に強制じゃないんで来なくてもいいんですけど」

 

『はは…夏月くん…』

 

「ふふ。相変わらずですね柊さんは」

 

「才能的にも相性悪いの目に見えてんですよ」

 

 

『どうする?』

 

「ご一緒しますよ、もちろん。ねえ柊さん」

 

 

夏月くんは馬が合わないのか心底嫌だと言う顔をしながら、渋々といった感じで了承する。

それに苦笑いしながらも、俺達は音楽室へと足を進めた。

 

 

 

 

 

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世界的に有名な曲や懐かしい童謡、アニメソングなど多々個性のあるリクエストにも素早く応えていく奏撫ちゃん。

 

流石超高校級レベルの作曲家、と言ったところだろうか。

いつか奏撫ちゃんのオリジナルも聴いてみたい、そう思いほんのり熱の篭もる心を感じていく。

 

奏撫ちゃんが全ての曲を弾き終え、鍵盤から手を離すと、左右のどちらからともなく疎らに拍手の音が聴こえてきた。

 

決して大きくはないひとつの音楽室が、大きな舞台と変化を遂げた瞬間だった。

 

いつか俺も、彼女の演奏で歌を歌い、あのステージで演技がしたいと

そんな夢も見せてくれるような

 

 

「どんなリクエストにも答えられちゃうんだ、凄いなぁ」

 

「んね!僕思わず聴き入っちゃった」

 

「ユキちゃん前傾姿勢だったもんね」

 

「ええ〜、そういう麻堂くんは背もたれ有効活用してたよねぇ」

 

 

「bravo!とても素晴らしいものを!奏撫さん、私感動しました!」

 

「散らからない桜花吹雪〜!なんてね、アンコール!って叫びたくなる気持ちも分かる気がするな♪」

 

 

椅子に座ったまま語らうユキちゃんと麻堂くん。その後ろで立ち上がって手を叩いているのはアンジュちゃんだった。

一国のお姫様というより、ただひとりの少女のようでそれがすごく微笑ましい。

 

未依葉くんはポンポンと花吹雪を生み、楽しそうにからからと笑っていて、どういう仕掛けを施しているのか、本当に散らからないらしく投げた花びらは全て空中で消えていく。

 

これでもかと言うほどスポットライトを浴びている彼女はというと、照れたように笑ってはそわそわと膝を擦り寄せ、恋する乙女であるかのように頬に色付けていた。

 

 

「こんなに褒められるなんて、照れちゃうな」

 

 

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非日常①

そうしてしばらくの間周りを見ているとふと、あることに気が付いた。

 

それは飛鳥ちゃんも同じだったようで首元のスカーフを2回触ったのち、不思議そうに眉を下げて小さく首を傾げる。

 

 

ぱちり!

 

 

目が合うと飛鳥ちゃんは小走りで俺の元へとやってきて声を潜めた。

 

 

「あの…歌方さん。なんか始まったときより数人減ってません…?あんなに素敵な演奏だったのに…」

 

『…そうなんだよねぇ…俺も同じこと思ってたよ』

 

 

皆でトイレにでも行ってるんじゃないかとおどけてみせようかと思ったそのとき、

 

 

__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の【音楽準備室】まで急いで集合してください!

 

 

それはあまりにも唐突な。

 

 

「ぃ、嫌だっ、…どうして、うぅ…っ」

 

「…やはり……」

 

「…一条さん、落ち着いて」

 

 

ドアを開けるとそこにいたのは、怯えて今にも逃げ出しそうな琴梨くんと、琴梨くんの肩にそっと手を置き牽制している琉霞くん。その手は微かに震えている。

 

そして二人の後ろには厳しい顔をしている莎莎匁くんの姿が。

 

 

その先、

 

 

 

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天の高きを知った哀れな蛙は

空の蒼さすら知らずまま

井の中で朽ち果てた と

 

 

込み上げたのは涙か、嗚咽か。

 

 

美織くん、オレーシャちゃん、中夜ちゃん…アナウンスを聞いて駆けつけ、思い思いの感情を示す。最後に慌ただしくやってきたきるちゃんの姿が見えることにはもうすっかり、視界は白く霞んでいた。

 

どれだけ俺はそこにいただろう

数十分のような、たった数分のような

誰かが呟いた「探索」という言葉で俺は思い出すように、ふと、瞬きをひとつ零す。

 

 

「お、おいレディグレイくん。本当に千晴くんは死んでしまったのか!?」

 

「…冷静に。静かにしてあげましょう?…そうね。きっと、そうかもしれない。」

 

 

遠くの方で奉憧くんとグレイちゃんの話す声が聞こえる。

すぐそばではきるちゃんの啜り泣く声が聞こえる。

 

ああ、心が折れそうだ。

俺に何が出来るのだろうか、

考えても考えても何ひとつ分からなくて

 

落ち着いた息が詰まり始める感覚。

きっと今鏡で自分の顔を見たら酷く真っ青なんだろう。

 

は、は、

 

吸うと吐くの単調な動きも今はむつかしい

はたりはたりと汗が床に滴り落ちる

 

 

「歌方さん」

 

 

肩に置かれた優しい手は

まどかくんだ

彼は言葉を選ぶように少し間を開けて、

 

 

「…一人じゃない、から。だからちゃんと、周り見て」

 

 

きゅ、と彼の手に力がこもったのが分かる。

 

怖いのも、やるせないのも、全員が同じく感じていることだと

抱え込むように時分を追い詰めようとしなくていいと、彼は懸命に伝えてようとしてくれた。

 

優しい人。

 

まどかくんのおかげで少しずつ視界が広くなり、世界はもう色褪せてはいなかった。

ありがとうの気持ちを込めてそっと彼の手に触れると、驚いたように肩を揺らして固まってしまう。

 

みるみるうちに肌に色を付けたかと思えば、半ば振り払うように離れていってしまった彼の背中を見て寂しいと感じたのは、何故だかは分からないけれど。

 

音楽準備室に残っていたのはもう数人しかいなかった。

千晴ちゃんを調べていたり、周辺を調べていたり、他の人もどこかで捜査をしていることだろう。

 

俺も、自分に出来ることをしなければ!

 

 

『と、なれば…死体を発見した人に話を聞くのが無難かな』

 

 

どれだけ放心していたのか分からない。

きっと残された時間はそう多くはないはず、急がないと。

 

琉霞くんは案外近くにいた。

ひとりで黙々と周りを調べているようだ。

 

 

『るかくん』

 

「…何?歌方さん」

 

 

手を止めてこちらを見る。

 

 

『千晴ちゃんを見つけたときのことで、聞きたいんだけど…今大丈夫?』

 

「どうぞ」

 

『ありがとう、あの…どうやって千晴ちゃんのこと見つけたのかなって。音楽室抜けてたの気付かなかったからさ』

 

「ああ。それは雨野さんがいないって楪さんが。…すごく気にしていたから俺が言ったよ、探しに行こうかって」

 

 

楪くんは真っ先に音楽準備室に向かった

 

そう言って口を閉じた琉霞くん。

しかしすぐさま口を開くと、

 

 

「音楽室を出たとき…廊下に一条さんがいたんだ。誘ったのは楪さん。…一条さんの事だから断れなかったんじゃないかな、だから俺達3人があの場にいたんだよ」

 

 

「……後は、情報になりそうなのは無い」

 

『そっか。分かった』

 

 

小さく会釈をして彼はまた捜査に戻って行った。

 

日頃から口数の少ない琉霞くんの証言、コンパクトにまとまっていて分かりやすかったな…

 

それなら次はどうしようかと悩みながら階段を登ると、現場から少し離れた場所で立ち止まっている莎莎匁くんの姿を見つける。

 

 

『ささめくん。…ちょっといい?』

 

「ええ、いいですよ。大方死体発見の話のことでしょうし。」

 

『そう、その通りだよ』

 

 

慣れているのだろう、冷静に現実を見据えてた。

その目には「絶対に真実を暴いてみせる」という闘志の色が揺れ動いていて、警察官としての彼の在るべき姿を目の当たりにしたような。

 

 

『まぁ大体るかくんから聞いたんだけど、琴梨くんを誘った理由が知りたくて』

 

「簡単な話、一条さんがひとりで音楽室の外にいたからですよ。震えていましたし、何かあったのかと思って保護も兼ねて…」

 

 

「今思うとあれは私と一ノ瀬さんに怯えていただけなのかもしれませんけどね、彼は大勢の輪の中に入るのが苦手なタイプでしょうし」

 

『千晴ちゃんがいないって気付いたのも莎莎匁くんだって聞いたよ、流石の観察眼だね』

 

「いえ、それは観察眼云々というか…でもそうですね、助けに行くとも…約束してしまいましたし、」

 

 

大した情報でなくてすみませんと頭を下げる彼に慌ててそんな事ない、と伝える。

顔を上げた莎莎匁くんは暗くて、本当にそんな事ないのになと心の内で感じてしまう。

 

さあ次は琴梨くんだと突き当たりを右に

そしてその先に毛先まで震えた彼の姿が目に入ろうかとそのとき、タイムリミットを迎えてしまった

 

 

__待ち疲れちゃったよお、そろそろ始めちゃってもいい?

 

 

__オマエラお待ちかねの【学級裁判】を!

 

 

__先日入った【裁判場】に集合してください!

 

 

ついに始まってしまう。

 

あの日モノクロックさんは「実際のオシオキはこんな可愛いものじゃない」と嘲笑った。

 

もし、これが殺人事件で

もし、クロを見つけてしまったら

……クロはどんなオシオキを受けるんだろう

 

ふるふると頭を振って気持ちを切り替える。

分からないことをいつまでも考えているほど無駄なことはない、俺は俺に出来ることを頑張るって決めたんだから。

 

壁に備え付けられたスピーカーを睨みつけ、俺はひとりで裁判場へと向かう。

 

強くならなきゃ。

支えられてばかりなんて情けがない。

支えられるように 支えになれるように

俺が強くならなきゃいけない

 

 

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非日常②

「やっと全員揃ったねえ、来なかった人がいたら死体が増えちゃうとこだったよお」

 

『…不謹慎な言葉はもういいって』

 

「あれ?奏瑛くんフキゲン?うぷぷ」

 

 

裁判場に増えた遺影。

 

千晴ちゃんもまたモノクロの世界でにこやかに生きているのだろうか、写真の中の彼女は明るい笑みを浮かべていた。

 

 

「さあ、議論しなさいオマエラ!輝かしい過去を掴み取るために!」

 

 

ぐるりと皆の顔を見回す。

あの時と違って、もう誰も分かりやすい表情なんてしていなかった。

 

 

「…シロは千晴ちゃん、現場は音楽準備室。犯行時刻はきっと演奏会が行われていた頃。第一発見者は3人…ここまで、間違いはないかしら?」

 

「無いね。ところでさ、どうして琉霞ちゃん達が一緒にいたの?アンタら3人、特別仲良いわけじゃないでしょ?」

 

 

グレイちゃんの発言に同意をし、ちらりと3人を横目で見、怪しいと疑問を口にする麻堂くん。

莎莎匁くんと琉霞くんは動揺すらしなかったけれど、問題は琴梨くんだった。

 

 

「ひ、っ…お、俺じゃな…ぁ、っ…だ、だって、」

 

 

見る人からすると彼こそがクロなのではないかと思ってしまうような…大きな動揺。

 

 

「…一条さんは楪さんに誘われただけ。俺は元々楪さんの隣にいたし…、探してみる?って言ったのは俺だし」

 

「ちなみに一条さんを誘ったのはたまたま音楽室の外で出会ったからです、この件に関しては既に歌方さんに話していますよ」

 

「そうなの?」

 

『うん、俺はそう聞いたよ。どこか間違いはある?琴梨くん』

 

 

何度も首を縦に動かす彼は必死だった。

 

 

「死因は首を圧迫されたことによる縊死、そうだよな?」

 

「イシ…?流星くん難しい言葉知ってるんだね!……ていうかさ、あたしちょっと思ったんだけど〜」

 

 

「本当に千晴ちゃんは誰かに殺されたの?」

 

 

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「え?」

 

「だって千晴ちゃんがその…死んじゃったときってあたし達奏撫ちゃんの演奏聴いてたでしょ?」

 

「…ふむ、つまり葉金くんは千晴くんが自殺をしたのではないかと…そういうことか?」

 

 

言われてみるとそうかもしれない、と奉憧くんが納得したように頷く。

 

 

「近くに椅子も倒れていたし…そうだとしたら千晴の体格じゃあ、縄を吊るすのも大変だったろうに」

 

「無理してまで死にたかった…死にたく思った理由がある、ってこと……?」

 

「俺は心理カウンセラーじゃないから詳しくは知らないけどな」

 

「そう……」

 

 

オレーシャちゃんはそれきり口を閉ざしてしまう。

 

表情には感情が浮かばない彼女

それでも態度や行動にふわりと浮き出てくるものなのだろう…きっと悲しく思っているはずで

 

…尊ぶ命を泥水に投げ捨てるようなことをする子だとは、どうしても思えないけれど。

それと同じくらい、誰かが千晴ちゃんを殺したとも思えなかった。

思いたくなかっただけなのかも。

 

そうしてこの思いは、彼も同じだった。

 

 

「少し視点を変えてみませんか?」

 

 

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「本当に自殺だったのだとしたら、少しおかしい行動を雨野さんはしているんです。」

 

「それって…どんなこと?」

 

 

「演奏会のお誘いがかかる少し前、私は彼女にこう告げられました。

 

__音楽準備室に行ってくるね

 

と。」

 

 

「えっ、じゃあつまり未依葉サンは千晴の居場所を知ってたってこと?何それ、あーしにも教えてくれたらよかったのに…」

 

「…だから雨野さんを探しに行くとき、迷わず音楽準備室に向かったんだね」

 

 

きるちゃんと琉霞くんが驚きに目を丸くしている様子が目に入る。

それと同時に、今にも彼に噛みつかんとばかりに激しく睨み付けている彼の姿も。

 

 

「場所を知ってたんならアンタにはその情報を利用して殺すことも可能なんじゃねえの?」

 

 

蒼太郎くんと莎莎匁くんが不仲なのは周知の事実だった、しかし莎莎匁くんも負けじと蒼太郎くんを冷たい目で見返すものだから少しハカハカしてしまう。

 

ああでも俺も見たこと聞いたことをきちんと証言しないと、

莎莎匁くんの無実を証明出来るものを俺は持ってる、夏月くんも同じものを持ってる!

 

 

『待って!…そのやり取りをした後の会話なら夏月くんと俺が聞いてる。そうだよね夏月くん!』

 

「はい。…ちなみに音楽室には一緒に行く羽目になりましたし、その後楪が音楽室を一人で出ていく様子も見てないです」

 

 

彼は真っ黒な目で此方をジトリと見やる。

数秒そうしたまま、やがて諦めたように深く息を吐いて投げ出すように姿勢を崩した。

 

 

「……フン。警察官はシロかよ。」

 

「シロ…ああ、警察の隠語の方?じゃあ莎莎匁くんはクロじゃないんだ!」

 

「はい、安心してくださいね深作さん」

 

「安心安心、すっごい安心!」

 

「でもそうしたら、千晴ちゃんが自殺をしたのかも怪しいわ。殺されたかもしれない、なんて考えたくないけれど……話は元に戻っちゃったわね」

 

 

グレイちゃんの言う通り、少し進んだように思われた話は元に戻ってしまった。

聞き込みで時間を使い切ってしまった分、物的証拠は何も持っていない。だから誰か、何か他に見つけてくれていたら…。

 

内心頭を抱えること15秒 その後のこと。

トン、とひとつ証言台を叩いて次にトントン、と指を躍らせた彼。

 

 

「事実は小説よりも奇なり!誰も死体を調べてなかったから俺が調べてみたんだけど…実はね、分かったことがあったんだ」

 

 

「あのお客様、どうやら絞殺じゃなくて撲殺だったみたいだよ…♪」

 

 

えがき視点

 

静野くんの証言は「他殺」を確立することこの上ないものだったと思うの。

誰も殺していないなんて一筋の光は、天地を照らすにはあまりも細すぎた。

 

 

「ちょ、ちょっと静野さん、どうしてそんな重要な情報今まで言わなかったんですか…!」

 

「言うタイミングが無かっただけ!みんな黙った今がちょうどいいと思って、本当はもっと早く言うつもりだったんだよ?」

 

「…首吊り自殺に見せかけて、実は殴り殺してたってこと?ヒエ…それ、殺意持ってないと出来ないことじゃん」

 

「う〜ん、でも雨野ちゃんと仲の悪かった子…いたかなぁ?」

 

「静野さんが雨野さんの遺体を見たとき、他に気付いた点は無かったんでしょうか?」

 

「そうね……。」

 

 

何かを考えるように間をおいた後、ホーネットちゃんは可愛らしい裾をふわりと揺らして静野くんの方を見る。

 

 

「ねえ、未依葉くん。他になにか分かったことは…あるのかしら」

 

 

「あるよ♪」

 

「あるのか!?」

 

「あ、あるんだ…」

 

 

大切な情報は遅れて開示されるのは、漫画ではよくある定番の話なんだけど。

それでも今はもう少し早めに知ってみたかったな、なんて思うのは酷い話なのかなぁ。

 

 

「えっと、撲殺痕?打撲痕?なのかな、雨野さんの頭に特徴的な痕が残ってたんだよね。それこそ見ただけで分かるくらいくっきりと」

 

 

誰かの生唾を飲み込む音が聞こえてきた。

見て分かるほど特徴的なもの、って、もしかして

音の聞こえてきた方は真隣だったはずで

 

 

「その痕、ちょうどお客様の…ソレみたいな感じだったんだけど」

 

 

わたしが思わず顔を向けた先と、静野くんの指差す先にいたのは今も大事そうにソレを抱えているあの子。

 

 

「えっ」

 

 

世子子ちゃんだった。

 

 

「…Got it.世子子サマのその大きな杖が疑わしいと言うことですね、静野サマ。」

 

「ちょっとアンジェリーナサン…!?」

 

「あ、いえ…私は疑ってはいないのです。議論がどれだけ進んでも、新しい発見があっても、アンジュには分かりません…」

 

 

強く指揮杖を握り始めた世子子ちゃんの音色は一斉に注目を浴びたことへの恐怖、一斉に疑いの目を向けられたことへの恐怖でいっぱいで。

 

わたしの視にも気が付いたらしく、絶望したように世子子ちゃんは顔を青くして俯いてしまった。

 

 

「ま、待ってよ……あーしじゃないよ…!」

 

 

そう慌てる彼女がクロとも思えない。

第一、世子子ちゃんがクロだとして、雨野ちゃんを殺すような動機が分からなかった。

お友達だったように見えていたからこそ。

 

それでも現段階で一番有力な情報であるのは、世子子ちゃんがクロかもしれないという証言ひとつ。

ちらほらと世子子ちゃんを疑うような声が聞こえてきてしまうのも無理はないのかもしれないね。

 

わたしに聞こえているんだから彼女に聞こえていないはずもなく、怯えるように俯くと声を震わせて抗議を続けていく。

 

 

「未依葉サンが嘘ついてる可能性もあるでしょ、それともこの学級裁判は先に言ったもん勝ちなの…?」

 

「そ、そぅ…じゃ、な、なぃけど…で、でも…」

 

「それにこんなに分かりやすい武器使わないし!あーしバカじゃないもん」

 

 

「逆に分かりやすい武器を使ったからこそ、死因を誤魔化そうとして首吊りさせたんじゃない…カナ…」

 

「一応武器になり得るものも一通り確認しましたが、使われた形跡はありませんでした。刃物も鈍器も、全て」

 

「世子子さんの指揮杖は調べてない…んですよね、ヴァイオレットさんは」

 

「ええそうです東雲様。彼女は肌身離さず手に持っていましたし何より、武器になるとも思いませんでしたので…」

 

 

それでもじわり、じわりと追い詰められている世子子ちゃん。

悔しそうに下唇を強く噛み震えている。

 

 

「〜〜っ、だから!あーしじゃ、」

 

 

「…あれ?きるちゃんのその指揮杖、ちょっと血みたいなの付いてない?」

 

「……っ!」

 

 

そんな時、弄ぶように麻堂くんがそう言うと僅かに肩を揺らして動揺を見せた世子子ちゃん。

ふざけないでと怒りだすと愉悦するようにニンマリと笑う。

 

 

「そもそも、あーしは千晴が準備室にいたことなんて知らなかったし!」

 

「!!……き、る…。きる」

 

 

そんなとき、泣きそうな声で今まで伏せていた顔を上げたのは卯佐美ちゃんだった。

 

 

「…………諦めて」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「………これ。きるの部屋から。………見つかった」

 

 

どこかからくしゃくしゃに丸められた紙を取り出し広げると、そっとその内容を読み上げる。

 

 

「……千晴へ。奏撫にサプライズ。…音楽室準備室。来て。………きるより。……呼び出してる」

 

「…………」

 

 

『音楽準備室か…。耳が少し聞こえずらい雨野ちゃんだもん。きっと、ピアノの音で聞き取れなかったんじゃないかな』

 

「ん〜、まず誰が演奏会を提案したの?僕は歌方くんに誘われたんだけどぉ」

 

『そっか、宇留賀ちゃんは歌方くんだったんだね。私は柊くんだった』

 

 

そうなの?と笑う宇留賀ちゃんに、思わず心を躍らせてしまう。

落ち着け、落ち着け、場違いにも程がある!

逸る気持ちを鎮めるために髪を触ってみたり服のシワを伸ばしてみたり。

 

そうこうしているうちに議論に満足したのか、時計さんがくすくすと笑いながら口を挟んでくる。

 

世子子ちゃんはもう反論することをやめていた。

 

 

「そろそろ投票に移行しても大丈夫そうかなあ?…うぷぷ……」

 

 

ああ、ついに来てしまった。

築き上げた信頼と絆、その全てを水に流すこの投票システム。

 

 

「待って!」

 

 

焦るように証言台に手をついて身を乗り出す暁美ちゃん。

彼女もまた、卯佐美ちゃんと同様に今にも張り裂けてしまいそうなほど悲痛な表情を浮かべている。

 

 

「待たない。さあ、待ちに待った投票の時間だよお!慎重に選ぶこと!」

 

 

ぽわん、と空に映し出された投票画面。

 

前回と違うのはこの一票に確実な重みが加わっていることだと思う。

もし、もし同票であれば…誰も投票しなければ…。

 

そんなこと時計さんが許してくれるとは思えないけどね。

 

 

超高校級の気象学者

【雨野千晴】を殺したクロは?

 ▶世子子 きる

 

 

「オマエラすごい!大正解だよお!そう、千晴ちゃん殺しのクロはきるちゃんでしたあ!」

 

 

ああ、見つけてしまった。

 

 

きる視点

 

モノクロックにまで言われちゃったらあーしはもう何をどう頑張っても逃げられないね。

 

 

「…あはっ、バレちゃったか!残念!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

それなら潔く認めてあげる。

あーしが千晴が殺したって、あーしこそがクロだって、おまえたちはこの言葉が聞きたかったんでしょう?

 

 

「ボクが説明してあげるね。まずきるちゃんは千晴ちゃんを手紙で音楽準備室へと呼び出し、ピアノの音で他の音が掻き消された千晴ちゃんを自前の指揮杖で撲殺。殺害方法と痕を隠すために首吊り自殺に偽装した」

 

「返り血、手紙、その他証拠を隠すために動いている間に死体が発見されてしまった。一番遅れて部屋に来たのは証拠隠滅してたからってわけだねえ。返り血は洗い流したみたいだけど、手紙はアナウンスに焦って処分し損ねちゃったみたい!」

 

 

全てを見ていたように事件のことを軽く話すモノクロックに少しだけ鳥肌が立った。

 

だってあーしの犯行は誰にも見られていないはずで、それこそ千晴が莎莎匁サンに余計なことを言いさえしなければ…。

 

…いや、告げ口しなくても未依葉サンに千晴を調べられたらオシマイだったかな。

相手が悪かった。そう思うことにしよう。

 

千晴の死体を真っ先に調べ始めた未依葉サンを見たときからあーしは諦めていたのかもしれない。

呆けたフリ、心ここに在らずのフリをしてずっとずっとアイツを監視してたもん。

 

それでも、何も見つけられなかったかのような顔をして離れていったから、あーしの犯行はバレなかったと思ったのにな。

 

 

「…、……。ねえ、きるちゃん。きるちゃんが私に、あの時私に、「演奏聴いてみたい」って言ったのは、…そのため、だったの?」

 

「そうだよ」

 

 

つき、ちく、と刺さっているのは視線か言葉か、人の想いか。

一番強く突き刺さっているのは願うようにあーしを見ている奏撫サンの声。

 

そりゃそうだ、あーしがやったことは紛れもなく、奏撫サンの気持ちを踏み躙る行為なんだから。

 

逃げられないと悟った人はこうも開き直ることが出来るのかと自分で自分に失望する。

 

 

「ど、どぅして?き、きるちゃ、ん。なん、なんで…?こ、殺さなく、っても…け、喧嘩、したの?」

 

 

そんな的外れなことを言うあるむに心から笑ってしまった。

これは失笑。

冷めきった裁判場に響くあーしの乾いた笑い。

 

 

『喧嘩なんてするわけないでしょ…?あーしと千晴は友達なんだもん。でもさ、何でって言われたってさ…もう殺しちゃったもんは仕方ないんだよ』

 

 

『動機なんてあってもなくても同じこと、知る権利はおまえたちに無い。どうしても知りたいなら後でモノクロックに聞きなよどうせおまえ知ってるんでしょ?』

 

「もちろんだよお!えらーい人はなんでも知ってるのだ!ゼンチゼンノウ!」

 

 

きゃらきゃらと笑うモノクロックを見ても不思議と嫌悪感は湧いてこない。

もうどうでもいいのかもしれない、あーしの野望は断たれ望んだ夢を律することも出来なくなったんだから。

 

分かるんだよ、

おまえたちのあーしを見る目が、モノクロックを見る目と同じ目になってきてるの。

あーしが独りになっていくのが嫌ってほど分かっちゃうんだよ、本当に。

 

 

「ああそうなの。友達でもアンタは構わず殺したんだ、それじゃあアンタは選択によってはおれも殺せたりするんだ」

 

『あはは、手厳しいな。少し前まで、あんなに優しい目を向けてくれたのに…』

 

 

刺すように睨んでくるまどかを正面から見た途端、どうしようもなく悲しくなって泣いてしまいそうになった。

傷付いて泣くことも千晴には出来ないのにね。

 

千晴の死体を改めて見たときに流した涙に嘘偽りなんてこれっぽっちもない。

 

友達だったんだもん、

本当に友達だと思ってたんだもん

 

だから全部全部本当の涙だった悲しかったの辛かったの!

理解しちゃったんだよ人を殺すことその残酷さの何たるかを!

 

 

『でもさあこんなあーしでも……っ、あっ』

 

 

どこからともなく伸びてきたアームが乱暴に首を掴かんでくるもんだから、思わず言葉が止まってしまう。

 

 

酷い、オレーシャのときはこんな演出なかったのに!

 

 

グイリと思いっきり後ろに引っ張られ首の皮が悲鳴を上げている。

苦しくて思わず蛙の潰れたような汚い声が漏れてしまう、失神しそうになっても衝撃がそれを許してはくれない。

 

物凄いスピードでどこかに連れて行かれるあーしの体は、その暴力的な早さに耐えきれずボールのように跳ねらされていた。

 

もう聞こえないはずだ。常人の耳には。

それでも耳の良いアイツには聞こえていますようにと必死で声を出す、紡ぐ。音を。

 

 

ごめん千晴、ごめんね

 

 

『……、…っ、……!』

 

 

✿ クロ が 特定 されました

 オシオキ を カイシ します

 

 

【動画はTwitterにて】

 

 

✿ オシオキ 完了

 

 

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奏瑛視点

 

擬似裁判のときとは違っていくら待ってもきるちゃんは帰ってこなかった。

いつものように人懐っこい笑顔で帰ってくると信じていたかった。

 

人を殺しておいて生きていられるはずがないとモノクロックさんは言う。

実際彼女がどういうオシオキを受けたのか、俺達はモニターでその全てを見せられていた。

 

人道の感じられない機械的なオシオキ。

血が飛び出ても、皮が裂けても、肉が千切れても、死を超えるまでアレは終わらないんだろう。

受けたことも無ければ、見たことも今回がはじめてだけど想像するのは容易い。

 

 

「コロシアイ生活、……そんなの起きっこないって思っていたのに…。これからも続くんですか、続けなくてはならないんですか?」

 

「そんな事ない!人を殺さなきゃいけないなんてルール、そんなルールがあった時代なんてもう昔のことでしょ飛鳥ちゃん!」

 

 

人が死ぬまでの過程を目の当たりにしてしまった俺達は萎縮してしまった。

自分の背中を優しくさする葉金ちゃんを見る飛鳥ちゃんの顔は、血の気が引いてしまっている。

 

 

「……。…終わったんだろ、俺は帰る。……馬鹿じゃねえの」

 

 

投げるように扉を開けて出ていく蒼太郎くん。

彼は変わらない、何が起きても。

 

バタン。

質素な音が場に響く。

どうしても、彼の心の音に聞こえて仕方がなかった。

 

震える人、怯える人、唖然とする人…

 

 

「友人が人を殺した」

 

「友人が友人に殺された」

 

「殺人が起きた」

 

「次は自分かもしれない」

 

 

そんな事を思ってるような背中。

 

死んだ彼女の足を持ってズルズルと引き摺るモノクロックさんの姿が映る。

きっと千晴ちゃんも回収済なんだろう、遺体は何処に連れていかれてるのか分からずじまい。

 

 

「……ずっとずっとずっと罪悪感はあるんだよ、……。」

 

 

ぽつり、ぽつり

そう呟いた奏撫ちゃんの頬には小雨が降り注いでいた。

きっとそれはきるちゃんの最後の言葉。

 

暗雲立ち込める裁判場。

雨はまだまだ止みそうにない。

 

 

1章【快晴アンサンブル】

 

 

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chapter2『奇怪的ファウル 廻る螺子は何を想う』
日常①


気が付けば膝をついていた。

 

はたりはたりと垂れる汗すら歪んで見える。

 

グラグラ、ユラユラ

不安定な視界に酔いゆっくりと目を瞑れば、

 

………………。

 

 

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「どうだろうか!」

 

 

講堂へと皆を呼び出した奉憧くんは、元から置かれていた真っ白のホワイトボードに「運動会!」と黒いペンで大きく書き出した。

 

 

「う〜ん?どしたの急に、運動会やりたいってことぉ?」

 

「ああそうだともユキくん!僕含め、最近活発的に動くことが減っただろう?」

 

「だから運動会か。体を動かすのに最適なイベントではある、でもなぁ…」

 

 

それだけの気力が俺達に残されているか分からない、と流星くんは申し訳なさそうに目を伏せる。

 

仲間思い、友達思いな奉憧くんのことだ。

きっとすごく考えて考えて考え抜いて、いくつかの候補の中から最適解とした答えが運動会だったんだろう。

 

それでも何かを楽しめるほどの余裕が無いのも確かであって、中には親しい子が…なんて子もいるわけで。

良い案だと思うにしろ、そう簡単に頷いてもいいものなのかと俺は考えてしまった。

 

そんな考えを汲み取ったのか、はたまた察したのかは分からないけれど奉憧くんは静かに笑って首を振る。

 

 

「…いや。乗り気でないのなら無理にOKしなくてもいいのだよ!他の案も考えてみるよ、気分転換は大事だから」

 

 

呼び出してすまなかった、時間を奪ってしまったねと謝りながら彼は「次の案」を見つけようと顎に手を当て、真剣な表情に。

 

刹那、えーっ!と間延びしたようなおっとりとした声が上がる。ユキちゃんだ。

 

 

「運動会やめちゃうのぉ!?」

 

 

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「あ…お、俺も。いいと思ったけど、お前のその提案」

 

 

言葉につんのめりながらも、まどかくんも肯定の意を示す。

宇流賀ユキと同意見だなんて!と小声で喜ぶまどかくんが視界の端に見えて思わず口を締めてしまう。

 

そっか、彼は芸能人が好きだから。

 

 

「運動着なんてのはあるのかしら…此処って」

 

「やるとしたら体育館になりそうだね♪」

 

「その辺も併せてモノクロックちゃんに聞いてみましょうか!」

 

 

続けざまに、オレーシャちゃんと未依葉くん、そして飛鳥ちゃんも案外肯定的な考えを見せてくる。

それを受け、当初は乗り気で無かったり、反対するように彼を見ていた子達もゆっくりと「良いかもしれない」と頷くように。

 

奉憧くんはとても、とても、嬉しそうに笑っていた。

 

 

____

 

 

…日陰に入ってひとやすみ。

 

どこからともなく現れた、毎度の如く神出鬼没なモノクロックさんがそれはそれはとても素敵な舞台を用意してくれた。

 

気が緩めば、「外に出られた」と勘違いしてしまいそうなほど、精巧に外の風景を模した箱庭。

照りつけるライトは太陽のようにギラギラと輝き、人工芝も人工土も本物のような見た目と手触り。

 

いろいろあった。たくさん笑った。

 

例えば、

 

 

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パン食い競走でオレーシャちゃんが立ち止まってもぐもぐとパンを食べようとしていたり、

 

玉入れで琉霞くんが度々向こうチームの色の玉を間違えて自チームのカゴへと投げていたり、

 

飴玉探しでえがきちゃんが口元粉だらけの場面をユキちゃんに見られてしまって恥ずかしがっていたり、

 

…くす、と思い出し笑いをしてしまう。

 

口元の緩まっただらしのない顔を見られないようにとタオルを顔に押し付けていると、遠くから拡声器越しに聞こえてきたモノクロックさんのアナウンス。

 

 

「最後の競技は徒競走!オマエラ、好きな子にアピール出来るようにきちんと準備しておくこと!」

 

「やっと最後かよ……くそ、何で俺が…」

 

 

鬼コーチも涙を流すほど鬼だったモノクロックさんをじとりと見る蒼太郎くん。彼はほとんどの競技に出されていた気がする。ぺたんとした髪が肌に張り付き、ほんの少しだけ幼くなったよう。

 

水飲み場へと向かう琉霞くんとあるむちゃんを横目で見ながら、適当な木の根元に寄りかかって座る。

目的地が同じだから一緒に向かうことにしたのかな、なんてことも考えてみたり。

 

 

「ふう…流石に少し疲れました……」

 

「最後の競技には出場なさるのですか?」

 

「いいえ。…ラピスは出場するのでしょう?私、応援してますわ!」

 

 

今日もあの二人は仲睦まじい。

日が昇り影の入ったベンチに座り、穏やかに会話を広げている。

 

俺達にとっては着慣れたジャージでも、お姫様とその執事にとっては目を見張るものらしく、撫でたり引っ張ったりしてキャッキャと何かを語っていた。

彼女達の方がよっぽど良い素材の服着てそうだけど…。

 

 

「かなくん」

 

『ん、あ、グレちゃん』

 

「随分お疲れなのね、差し入れ食べられるかしら?」

 

 

手にははちみつレモン。

部活みたいだ、なんて内心少しだけはしゃいでしまう。

差し入れにはちみつレモン、ふふ、舞台裏の楽屋で貰ったりもしてたなぁ…

 

 

「オレーシャちゃんとえがきちゃんにも手伝ってもらったの。あの子たちも配り歩いてる頃じゃないかしら、本当はもっと早くに渡すつもりだったのだけれど」

 

『あはは、休憩時間って本当すぐに過ぎるよね』

 

「そうね…あっという間だわ」

 

 

ありがとう、と受け取って早速ひとつつまんでみる。

 

はちみつの甘さとレモンの酸味が絶妙なバランスで絡み合っていてとても美味しい、かつ、味が濃すぎず薄すぎずで食べやすい。

 

 

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元々疲労回復効果があるとは聞いていただけに、これは中々…うん、心做しか元気になった。

 

 

「そろそろ始めるってさ、向こうの…人たくさんいるとこに来てくれる?」

 

『分かった。そっか、麻堂くんが最後の競技の点呼係なんだね』

 

「そ。ミスしたら何されるか分からないし、こうしてリスト見ながら声掛けてんの」

 

『あはは…まあ、ありがとね!グレちゃんもまた後で、はちみつレモン美味しかったよ!』

 

「徒競走頑張ってね、かなくん」

 

「僕も次行かなきゃなぁ。あーあ、勝手に集まってくれれば楽なのに…」

 

 

集合場所に着き、案内された位置へと立つと横には既に美織くんとラピスくんが立っていた。

ぽっかりと空いた俺の隣を見るに、まだ全員が揃ったわけではないみたい。

 

 

「あとひとり?」

 

「多分。…あでも、もうすぐじゃないかな、ほら、歌方の隣に向かってきてるみたいだから」

 

 

美織くんの指差す方向には、相変わらずマスクを身に付けている琴梨くんが。

 

 

「あ…っ、お、俺、遅れ…っ?ご、ごめんなさい…!」

 

「いいえ大丈夫ですよ、集合時間は過ぎていませんので。ね、一条様」

 

「それじゃあ一番の人は走る用意してくださあい!」



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日常②

 

 

『絶対、ことくんが1位!なんかずっと背中見てた気がするもん』

 

「いや、歌方も速かったよ。大器晩成型なの?後半どんどん早くなってくとか聞いてないんですケド…」

 

「……私から、したら…皆様大変素晴らしく速かったと…」

 

 

俺の中では1位候補の琴梨くんはと言うと、この輪に入ってはいるけれど、怯えるように俯いて震えているだけ。

 

そんな彼に声をかけたのは美織くんで、

 

 

「一条も速かったよね」

 

 

と褒めると、琴梨くんは少しだけ顔を上げた。

 

 

「あ、あり…がとう」

 

 

いつものごめんなさいではなく、ありがとうと。

それに驚いていたらまたごめんなさいと俯いてしまう。

 

なんだかとても嬉しくなって、彼に向けてにっこりと微笑んでみる。

最初は気恥しそうにもじもじとしていたのがだんだんと本気の恥ずかしさに繋がってしまったらしく、もうやめてと半泣きで懇願され、仕方ないなあ、なんて。

 

 

「ねえ、もうそろそろ男子の結果発表するから立ってくれない?」

 

 

そうして麻堂くんが促してくるまで俺達は芝生の上でキャッキャと大騒ぎ。

 

久しぶりに会話を交えて食べた遅めのお昼ご飯はいつもより美味しく感じた、ような気がする。

 

こんなに笑って一日を終えることが出来るのは、普通に生きていてもそう多くはないことだと思うから。

 

 

__閉会式の終わった頃。

 

 

夕方に差し掛かるくらいの時間帯、廊下の先からバケツをひっくり返したみたいにバシャバシャと水が大量に流れ出ている音が聞こえてきた。

 

 

「う、うわあぁっ!」

 

 

声を辿るとそこにはいつも以上に強く震えている琴梨くんが。

……蛇口からではないところから水を噴き出している水道を背景に。

 

 

『……えっ!?』

 

 

琴梨視点

 

バクバク暴れる心臓が痛くてどうしようもなくて、服の上からギュウゥと握りしめてしまう。

 

み、見られた…!!

 

「あ、」とか「その、」とか、言葉にもならない言葉を投げ出していると歌方さんはどこかに行ってしまう。

 

ああ…どうしよう、どうしよう。

でも、あれ…声が、また戻ってきてる、ような。

 

 

「あたしこういうのも一応出来るからさ!」

 

「あ、本当?葉金ちゃんに聞いてみて良かったぁ。」

 

 

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ね、ことくん!と明るい笑顔でひょっこり顔を出した歌方さん。……と、ふ、深作、さん。

つ、連れてきて…くれたのかな…。

 

 

「あ、良かった〜!ことくん、濡れてないみたいで」

 

『う…うん、…』

 

 

じゃあまたって手を振る歌方さんに軽く会釈して、水道を直す深作さんをじっと眺めてみる。

 

力強いんだね、なんて言って豪快に笑う深作さんに、声には出せないけれど、心の中で反論して。

ただ、軽く…本当に軽く。上を向いていた蛇口を下に向けようとしてちょい、と動かしただけなんだ。

 

10分かこそこらで直せたみたいで深作さんが蛇口を捻ってもさっきみたいに水が溢れ出ることはない。

すごい…一体どこを壊したのか分からないけど、きっと普通はもっと時間がかかるはずなのに。

 

そういえば、機械技師…なんだっけ?

 

作るのが好きなのかな、

出来るなら目覚まし時計作ってほしいけど……ああ、でも断られたらどうしよう。

 

でもそろそろ頑張らなくちゃ、だよね、

 

 

『あ、あの…深作さん、目覚まし時計…って、作れる…?』

 

「!!!もちろんだよ〜!何何、作ってほしいの?」

 

 

食い気味で俺の方に近づいてくる深作さんが物凄く怖くて、反射でごめんなさい!と叫びながら後ずさってしまう。

そんな自分に嫌気もさしたけど。

 

早速取り掛かってくるね、って、そう言って俺に背を向けた深作さんを慌てて呼び止めて…目を見て話すのはやっぱり無理!

そろりと視線を横にずらしながらやっとの気持ちで声を出す。

 

 

『そ、その…っ!……いろいろ、あ、ありがとう…』

 

「あははっ!大丈夫大丈夫!こちらこそありがとね〜!」

 

 

「じゃあ早速あたし、部屋に戻って作るから!…とと、そうだ、琴梨くんも来る?」

 

『あ、俺、俺は…自分の部屋に、』

 

「そっか。じゃあ琴梨くんの部屋まで送るね〜!」

 

 

俺を部屋まで送ってくれた深作さんは、お花が咲きそうなくらい大きな笑顔を浮かべて走り去って行いった。

普通、送り届けるのは男の…きっと、俺の役目なんだろうけど。それはハードルが高いし、きっと無理だ。

 

向こうで…誰だろう、誰かにも「部屋で作業してくるね!」と伝える声が聞こえてきた。

明るい人ってどうしてすごく声が大きいんだろう。

 

…そうして、いろいろ歩き回ったり、部屋に入ってみたり。

チラッと時計を見てみたら18時半。

夜ご飯の時間は18時だったはずなのに。

 

 

『や、やば……!』

 

 

パタパタと廊下を走って急ぐ。

 

臆病な俺は、遅い!なんて言われたら泣いてしまうだろうし、そもそも、探し回ったせいで時間を取られたなんて文句を言われるのが怖い。

 

途中に貼られた「廊下は走らないこと!」と書かれた張り紙が目に入る。

ごめんなさい、ごめんなさい、

俺は悪い子だから廊下を走ってしまっています…

 

ここの人達はご飯を一緒に食べたがる人が多いんだ。

いつもいつも、みんなが揃うまで誰もご飯に手をつけない。

来ない人がいるなら呼びに出るくらい。

 

あちこちにシワのついたパーカーのシワのついていない綺麗なところを握りしめながら見えない空想上の恐怖を紛らわす。

ああ、食堂が見えてきた。

 

 

安心したんだ、

 

 

ピンポン パンポン

 

 

安心してたはずだった

 

 

__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の【深作葉金の自室】まで急いで集合してください!

 

 

悪魔の放送が聞こえるまでは、

 

 

『…………は、』

 

 

プツリと途切れる音はスピーカーから聞こえてきたものか、それとも、俺の頭から聞こえてきたものか

 

ただひとつ言えるのは、

今俺の頭に浮かんだのが最後に見た深作さんの顔だということ。



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非日常①

奏瑛視点

 

放送を聞いて慌てて葉金ちゃんの部屋に向かう。

勢い余って大きな音を立てたドアにびくりと肩を揺らしたのはラピスくんの後ろに隠れるようにして立っていたアンジェリーナちゃんだった。

 

彼女はそっと目を伏せ、ゆっくりと首を横に振る。

 

辺り一面に充満している錆びたような鉄の臭い。

人から漂う異臭に思わず顔を顰めてしまう。

 

 

遅すぎた

 

 

 

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揺れる三つ編みをそばに、

 

 

「師匠……」

 

 

かくりと、膝をつけている飛鳥ちゃんは何を思ったのだろう。

 

ただただ呆然として、大きな瞳を揺らしながら一心に葉金ちゃんだけを見つめていた。

 

その背中の痛々しげなことといったら!

 

 

「…飛鳥。あまり、見ない方が……」

 

 

オレーシャちゃんがそう諭すとわずかに肩を揺らす。

視線は外さないまま。

食い入るように彼女だけを見て。

 

 

「……だ、」

 

「え?」

 

「まだ…まだ、生きているかも…」

 

「…飛鳥、貴女何を」

 

 

ゆっくりと立ち上がってひとつ、ふたつ、と確実に葉金ちゃんに向かって歩を進める彼女。

 

 

「まだ死んだって決まったわけじゃ…ないですよね?」

 

 

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そっと葉金ちゃんの手首に指を添えて目を瞑る。

冷たかったのだろう、

それでも信じたかったんだ。

無事であると 息をしていると、

 

でもそれは無情にも壊されてしまった。

 

死を確信してしまった飛鳥ちゃんは何度も何度も、何度も葉金ちゃんの名前を呼んではしゃくり上げの声を漏らしている。

 

誰も動かない中、静かにそばにより、葉金ちゃんの遺体を調べ始めたのは流星くんだった。

悪いな、と一言告げてから。

 

すぐ後に美織くんも葉金ちゃんと葉金ちゃんの部屋を調べ始める。

声を押えて泣きじゃくる飛鳥ちゃんを支えるようにして立たせたのは奏撫ちゃんだ。

 

 

「…奏瑛くん。私、飛鳥ちゃんのこと保健室に連れてくね」

 

 

こくりと頷き返すのを見届けると、そのままゆっくりと部屋から連れ出した。

私には気持ちが分かる、と、目で示しながら。

 

無造作に投げられている何かを見つけた、琴梨くん。

 

 

「…………時計だ…」

 

 

中身がむき出しの時計ともつかない、しかし短針と長針が付いている時計らしいもの。

 

触れられた拍子に道半ばで止まっていた螺子が落ち、カツンと小さな音を零して床の上をころころと廻っていく。

泣いた痕を痛々しく残した彼は黙ってそれを見つめている。

 

刃物というならきっとそこになにか手がかりがあるだろうと、キッチンへと向かった。

誰も居ずガランとしたキッチンより木霊しているのは水の滴り落ちる小さな音。

 

 

『…濡れてる……』

 

 

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「…………奏瑛」

 

 

思わず飛び出しかけた大きな声を何とか飲み込み、後ろを見ると中夜ちゃんが出入口の前にちょこんと佇んでいた。

 

そうだ、彼女は今日のご飯当番だったはず!

 

 

『ねえ、うさみん!』

 

「?」

 

『この包丁って洗ったりした?濡れてるのが気になって』

 

「………ううん。してない。………そもそも。包丁なんてなかった」

 

『…なかったの?どこにも?』

 

「……ん。…朝からない。……だから困った」

 

『ああだから今日のご飯…いやそっか。今日一日無かったのか…』

 

「………奏瑛は」

 

『うん?俺?』

 

「……奏瑛は。…クロを見つけたいの?」

 

『え?』

 

「……なんでもない」

 

 

それ以降彼女は口を開くことなく、静かにキッチンを立ち去る。

クロを見つけたいの、か。

 

……そんなの、出来ることなら見つけたくないに決まってる。

 

覆い被さるおどろおどろしい何かを振り切るように、中夜ちゃんの向かった方向とは逆の方に足を進めると、

 

 

「…………」

 

 

何かを拾い上げて乱雑にポケットに突っ込んでいる蒼太郎くんが。

一応探索はしてくれているんだろう、目についた部屋に入っては出てを繰り返していた。

 

俺もなんとなく近くにあった脱衣所に入ってみる。

洗濯カゴを見てみたり、お風呂の戸を開けてみたり。

洗濯機、乾燥機……。

 

 

『…っ、』

 

 

血?

 

 

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__待ち疲れちゃったよお、そろそろ始めちゃってもいい?

 

 

__オマエラお待ちかねの【学級裁判】を!

 

 

__先日入った【裁判場】に集合してください!

 

 

ドクドクと嫌な跳ね方をする心臓を制圧するように鳴る、この間と全く同じアナウンス。

 

誰がクロなのかは分からない。

葉金ちゃんの死は間違いなく他殺だ。

もしまたクロを見つけてしまったら、

俺達は更に仲間を失くすことになる。

 

それは、嫌だなぁ…

 

 

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非日常②

少し遅れてやってきた飛鳥ちゃんが自分の証言台へと登ったのを確認し、麻堂くんは議論を開始させる。

 

 

「…それで、深作ちゃんの死因は?流星と星霰ちゃんがじーっくり見てたよね」

 

「まあ…死因は刺殺。これは間違いない、はず」

 

「流石に服までは捲れなかったからえがきに刺傷が本物か見てもらったんだ。悪いことをしたな、女子に頼むことじゃないのは重々承知してたけど…」

 

「ううん。四の五の言ってられる状況でもなかったし…長くは見てないけど、深作ちゃんのお腹は確かに刺傷だらけだったよ」

 

 

ところで、とえがきちゃんはそのまま

 

 

「最後に深作ちゃんを見た人がいるなら教えてほしいな。時間帯、絞りたいし」

 

 

と気持ちゆっくりに発言を続けた。

 

 

「私は見てないですね、夜ご飯の時間まで部屋にいましたし」

 

「私も楪くんと同じで部屋にいたから何も分からないな、…きるちゃんのこととか、まだまだ気持ちの整理が付いてなかったのもあって」

 

「きっとそれは私、です。17時過ぎに私は師匠の部屋の前で、師匠に会いました」

 

「部屋で作業してくるね、と、私にそう伝えて…」

 

 

そこで言葉を区切る飛鳥ちゃん。

 

 

「…でもその前に師匠は他の誰かと一緒にいたと思うんです、会話している声が聞こえてきたので」

 

「…………た、多分、それ俺…です」

 

「一条が?…深作と仲良かったんですか?意外ですね」

 

「あ、ち、違っ…直してもらうものあって、う、歌方さんが、呼んでくれたから」

 

「……ふうん、歌方が?」

 

『なんか蛇口壊れちゃったみたいで、葉金ちゃんに修理してもらおうと思ってさ』

 

「……う、うぅ……ごめんなさい……」

 

「なるほど。…しかし、」

 

 

「そんな簡単に壊れてしまうほどこの学園の蛇口は弱いものなんでしょうか?」

 

 

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ギクリ!と肩を揺らしたのは琴梨くんではなく。

 

 

「……やっぱり言うべきだと思うよ、小鳥遊さん」

 

「へ、…ぁっ…ぃ、一ノ瀬くん……」

 

 

自分を真っ直ぐ見据える琉霞くんに声を掛けられ、大きく肩を揺らしてだらだらと汗を垂らすあるむちゃんだった。

 

 

「ぁ、ぁの………………」

 

 

「ほ、ほんとは。…ぅ、運動、会のとき、た、小鳥遊が……パ、パキ、って……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

上手く説明が出来ないらしいあるむちゃんに変わって、琉霞くんが説明をし始める。

そうだ。

確かこの二人、水飲み場に向かってたな?

 

 

「小鳥遊さんが水を飲もうと、下を向いてた蛇口を上に向けたんです。そこでパキンと」

 

「え、そ、それだけで壊れたんですか…?」

 

 

信じられないといったようにあんぐりと口を開けて困惑する飛鳥ちゃんを見やり、こくりと頷く彼。

 

 

「…だから多分、一条さんが更に蛇口を回したことで完全にどこかがやられちゃったんじゃないかな」

 

 

ドアノブも取ったことがある、と付け加えた琉霞くんにがっくりと肩を落として落ち込むあるむちゃん。

 

蛇口について突っ込みたいところはいろいろあるにしろ、兎も角「17時過ぎ〜18時半までの間に殺された」ということが分かり、議論はどんどん進んでいった。

 

 

「…深作の部屋、扉の前に血が垂れてたんだ。だから深作は多分、部屋を開けた瞬間誰かに刺されたんだと思う」

 

「……凶器。…キッチンの包丁。……朝からなかった」

 

「つまり、昨日のうちから…正確には、昨日の夜ご飯の後に包丁を持ち出してたってことなのかしら?」

 

「計画的犯行ということですか…世も末ですね。僕らみたいな子供が殺意を持って、人を殺すなんて」

 

「……ふん。そんなもん、元々だろ。世も末じゃなかったらガキの死刑囚なんざいねえよ」

 

「ん〜!俺、ちょっと思うんだけど!」

 

 

「死体は血塗れだったわけだし、クロにも返り血がかかってると思うんだよね…♪」

 

 

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「まあこうして見る限りみんなどこにもそれらしいものは付けてないから、洗い流したんだろうけど!」

 

「でも夕方から夜ご飯の時間までなんてそんなに時間があるわけじゃないし、服を洗ったとしたらまだぐっしょり濡れてると思うなぁ…」

 

 

返り血が付いた服を洗って、血を流して、夜ご飯の時間までに乾かすとしたら……?

乾かせるような、何か……

 

 

『あ!』

 

「奏瑛くん?」

 

『乾燥機だよ奏撫ちゃん、俺見たんだ乾燥機に血が付いてたのを!』

 

 

『どれくらいで乾くのかは分からないけど…でも、部分的に濡れてるだけならすぐに乾くと思う』

 

 

えがきちゃんがこくりと頷き、薄く笑う。

 

 

「乾燥機を使ったら、自然乾燥よりは早く乾くもんね。わたしは歌方くんの推理に賛成だな」

 

「脱衣所か……うむむ……。あ、脱衣所といえば」

 

「琴梨くん、君、そのパーカー洗濯に出したんじゃなかったのか?」

 

「……っ、は、え、何で…?」

 

「パーカーを手に持ちながら黒のタンクトップ姿で脱衣所に入ってく君を見たのだよ!でももう着てるってことはきっと乾燥機を……ん?乾燥機……?ま、まさか、君……!」

 

「待って俺じゃな…違、違う!違うよ!!」

 

「あ。でも俺も18時前に乾燥機が動いてるのは見たな、変な時間に動いてたからよく覚えてる。そこに一条がいたかは見てないけど」

 

「た、確かに、俺は脱衣所に行って…か、乾燥機、動かしたけど…」

 

 

「でもそれは蛇口が壊れたときに水被ったからで!だ、だからっ…お、俺じゃない…っ!」

 

 

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「しん、信じて…、っ二藤さん!」

 

 

必死にまどかくんに向かって自分の無実を主張する琴梨くん。

親に縋り付いて泣き喚く子供のように、

 

それまで涙を見せなかった彼の目に、再びじわりと溢れ出す水。

 

彼の言葉がどうしても嘘だとは思えなくて

欺けるほど器用でもない彼に、欺瞞だらけの証言が出来るのだろうか?

 

でもそれは、懸命に貫き通そうとした

小さな小さな虚言だった

 

 

『アドリブはもう終わりだよ。琴梨くん。…水を被ってるわけがないんだよ、あのとき、君も君の服も濡れていなかったんだから』

 

 

「……っ…」

 

「ちなみにその蛇口が壊れた時間帯は?」

 

『大体、16時過ぎくらいだったかな。』

 

「違う!!…違う、のに、」

 

「一条さん」

 

 

時間帯を聞き、しっかりと琴梨くんの目を見て彼に話しかける莎莎匁くん。

逃げ惑う視線すら逃がしはしないと、力強く捕らえていた。

 

 

 

「仕切りに「違う」と主張していますが、具体的に何が「違う」のですか?」

 

「え……?」

 

「水を被ったのが本当だとしてもそれは16時過ぎの話。しかし実際に乾燥機が動いていたのは18時だそうです。…クロでないと言えるのならこの不自然に空いた2時間を説明できるはずですよ」

 

「そ、それは、」

 

「………………」

 

 

それきり、黙ってしまった琴梨くん。

代わりに口を開いたのはモノクロックさんだった。

 

 

「いい時間だねえ、それじゃあ投票タイム!いってみよお!」

 

 

超高校級の機械技師

【深作葉金】を殺したクロは?

 ▶︎一条琴梨

 

 

「またまた正解!そう、葉金ちゃん殺しのクロは琴梨くんでしたあ!」

 

 

「……そん、な……っ」

 

 

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壊れたロボットのようにゆっくりと下を向いて沈んでいく琴梨くん。

何も言わず、瞬きもせず、たらたらと流れ落ちる涙を拭いもせず、ただ、そこにいるだけ。

 

 

「どうして琴梨は、葉金を殺したのかしら…動機が分からない」

 

 

ぴくり、と反応して顔を上げる。

 

 

「……動機?そんなの、決まってる」

 

 

「殺人の練習だよ」

 

 

思わず、息を飲む。

どういうことなんて声は出なかった。

 

 

「一条ちゃんは人を殺したかったの?…それとも、それが後悔だったのなぁ」

 

 

「…俺は、こうなる前に殺しておかなかったことを後悔してるんだ。…ずっとずっと、ずーっと、」

 

「明るい女の子にトラウマがある、から、だから深作さんを狙った。…だってあの人を殺せたら、俺は本番も成功できるでしょ…?」

 

「時計を作ってほしいって頼んで部屋に籠るように仕向けてみて、自分の部屋に包丁取りに行って、準備を整えて、部屋に向かって、…ドアを開けたあの人を刺した。倒れたから逃げないように跨って刺した。何回も何回も、死ぬまで刺した」

 

「…包丁はパーカーに包んでキッチンまで持ってったんだ。その後パーカーを抱えて、急いで手洗いして…乾燥機にかけた。……ああ、そこにも血、付いてたんだ…」

 

「………………早すぎた。アナウンスが鳴るのが、そう、俺は本当に……悪魔の放送だって!」

 

 

きっと今日までのどの日常でも、どの非日常でも、彼がここまで話したことも、自分の思いの丈を綴ったこともなかった。

後にも先にも、これが、最初で最後。

彼の大多数のうちのほんの一部の、彼の本性。

 

 

「………は、何…何ですか、それ。じゃあ師匠が、師匠を殺したのはただの練習ってことですか…?」

 

「…………」

 

「自分のトラウマに重ねて、罪も、恨みもない師匠を殺したんですか……!!」

 

 

張り裂けんばかりに声を張る飛鳥ちゃんの叫び。

少し前の彼ならば泣いていただろうけれど、いや実際先程まで泣いていたけれど、琴梨くんの瞳は今までにないほど乾いていた。

 

 

「俺が悪いの……?」

 

「っ、何を、」

 

「元はといえば、まわりの人間が悪いのに…っ、俺を苦しめて、傷付けて、悪びれもなく笑う!なのにどうして俺だけが責められなくちゃいけないんだ!」

 

 

大きく肩で息をして、やがて、再び口を開く。

もうずっと彼が何を言っているのか分からない。

 

 

「…包丁は昨日の夜持ち出した。あ、暁美さんの演奏会のとき…誰もいない学園を見て回って、場所は知ってたから」

 

「……一条さんはあのときから誰かは殺すつもりだったんだね」

 

「……あ、当たり前、でしょ。目的も、理由もなく歩き回るはずがない……!!お、俺は弱いから、殺されるんだ。だから、殺される前に殺して…っ!…、あのとき、楪さんと一ノ瀬さんに見つかったとき、…バレたかと、思ったけど…」

 

 

「…ボクが言おうと思ってたのに自分で全部言っちゃうんだから、琴梨くんてば甲斐性ないよねえ!」

 

 

そう声が聞こえてくると途端に震え、怯えだす。

彼は知っている。

俺も、知っていた。

 

これから訪れるのは「オシオキ」だと。

死ぬまで終わらない、裁きだと。

 

 

「うぷぷ…そろそろ来るよお、首輪!」

 

「嫌だ死にたくない!!!嫌だ、嫌……ヒィッ……!!!」

 

「イヤ?死にたくない?」

 

「し、死にたく、な…あっ、」

 

 

「死にたくなかったのは葉金ちゃんも一緒でしょ」

 

 

✿ クロ が 特定 されました

 オシオキ を カイシ します

 

 

【動画はTwitterにて】

 

 

✿ オシオキ 完了

 

 

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夏月視点

 

一条のオシオキが終わると、また誰も話さなくなる。

誰も動かない。

いつまでも此処に留まろうとする。

 

どれだけ待ったって、小山も、雨野も、世子子も帰ってきはしないんだ。

目を瞑って深作を思い出すと、そこにあるのはどれも笑顔ばかりのみ。

 

 

眩しかったと そう思うよ

 

 

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綺麗なことしか知らぬまま生きてきただろうと思いさえする、太陽のような笑顔。

僕達はきっとまた、光を失ってしまった。

 

後悔はいつまでも僕達に付き纏うんだろう。

ただひとつだけ、投げられた甘い甘い誘惑に乗せられて過ちを犯してしまうほど、強く、重く。

 

……スパイなんてやってる僕が言えたことじゃあ、ないですね。

 

 

2章【奇怪的ファウル 廻る螺子は何を想う】

 

 

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chapter2.5『獅子搏兎なる贈り事』
非日常


このお話は最初から

神様が決めた、神様の暇つぶしだ。

 

どれだけ進んでも、

もがいても、

足掻いても、

 

結局は手のひらの上のまま

そこから移ることはないのだ、きっと。

 

生まれた時から人生はある程度決まっていて、生まれた時から寿命もある程度決まっていると、どこかで読んだ…聞いた?見た、知ったことが、ある。

 

それが本当なら神様は

なんて惨たらしい存在なんだろう。

 

明るく、優しく、実直で、自慢だった子。

それが何よりも可愛かった。

 

そんな子でもあまりに呆気なくこの世を去るんだ。

 

見たわけじゃない

聞いたわけでも、ないんだけど

 

それでも分かっているのは

あの子は死んでしまっているという、ただひとつの事実だけ。

 

失くしたものが戻ってくるわけではないし、亡くしたものが芽吹き返すわけでもない。

 

そんなに救済措置があるほど優しい世界なんかじゃないことくらい、此処に身を置いて十数年も生きていれば自然と理解出来た。

 

それでも、本当に後悔していることを無くせるなら。

あの日に戻って、正しい道を選べるのなら。

 

……やめよう、こんな話。

その選択をしたがために命を落とした人間が既に二人もいるというのに。

 

そもそも目先の欲に駆られて大事な人を殺められるほどの度胸も、根性も、育ちきってはいないから。

 

こうして今日も一日、やるせない思いを抱えて生きていくんだ。

 

あたたかな毛布の中で小さく縮こまってみる。

衣服とシーツの擦れる音がやけに響く。

それがどうしようもなく、切なくて。

 

窓から差し込む柔らかな鈍い月明かりに照らされて、ああ独りなのだと、実感してしまう。

月の中に住むうさぎは何も知らないまま、あくせくと餅をついているんだろうか。

 

せめて、……せめて。

あの子のように淡いこの明かりだけは、

本物であってほしいよ。

 

センチメンタルな想いの果てに手を伸ばして、何もかもをひとつにしてしまうために目を瞑る。

夜空とはまた違う真っ暗な空間はやがて溶けて消えていった。

 

 

 

 

やけにスッキリした頭で毛布を勢いのままに翻すと、途端に部屋の中が明るくなったような気がした。

 

今日も快晴だ。

窓でも開けて、寝起きの体に新鮮な空気を取り込んだらどれだけ心地いいものなのか。

 

運良く開いてはくれないかとほんの少しの期待を込めて、ク、と軽く押してみるもカタリと小さく音を立てるだけで開く気配はどうにも見えない。

 

思わずため息をこぼしつつも、いつまでもこうして部屋に籠るわけにはいかないので、せっせと身支度を進めながら朝食の時間まで適当に時間を潰してみる。

 

それにしても眠い。あまりにも。

昨夜はかなり遅くまで起きていたから。

 

必死になっていたんだ、全員。

何をしても悲劇は繰り返されてしまう。

 

 

『もう7時か……』

 

 

錆の擦れる音もしない小綺麗なドアは極めて静かに閉じて行った。

少し遠くの部屋からあくびをこぼしながら出てきた美織くんを眺めながら、のんびりと食堂へ向かう。

 

 

「おはよう、奏瑛くん、夏月くん」

 

『おはよう、二人とも。…眠そうだね?』

 

「…裁判、終わった時点で深夜2時過ぎてますし」

 

 

この二人と過ごす時間にもすっかり慣れてしまった。

普段よりほんの少しだけふわふわの髪を揺らしている奏撫ちゃんに、眠そうな目でぼうっと遠くを眺めている夏月くん。

 

食堂に近付くにつれて、ちらほらと人の声。

それでもだいぶ静かになった方だ。

ただ、人が多いから廊下の先にまで響いてくるだけで。

 

変な夢を見たんだよね、なんてそんな他愛もない話をしながら、ひんやりとした取っ手に手をかけて食堂へと身を通す。

 

 

____ガチャリ

 

 

「ずばり!スクランブルエッグ!」

 

「…!正解ですわ宍戸サマ、匂いで分かるなんて!」

 

「え!?実は卵焼きと迷ったのだけど……ふふん、まあこれもある種のラッキーということだね!」

 

 

目の前で繰り広げられていたのは、朝からなんともハイテンションな二人によるちょっとしたおふざけ。

クローシュの被せられた料理を品名を当てるゲームでもしているところなのかな?

 

アンジェリーナちゃんが料理を持っているとどの料理でも高級料理に見えてしまうんだから感心してしまう。

一般人の食事じゃほぼ使わない、クローシュ、なんてものもあるみたいだ。この学園は。

 

見守るように一歩後ろに佇んでいたけれど、やっぱりお姫様に配膳はさせられないのか、お手伝いという名目で半ば奪い取るように手際よく完成された朝ごはんをテーブルに並べていくのはラピスくん。

 

その傍らで今日は良い日になるかもしれない!と喜ぶ奉憧くんはラピスくんが置いたある一品のある部分を目に入れるや否や、途端に顔をきゅっと顰めてしまう。

 

 

「僕はにんじんNGなのだよ!!!」

 

 

……そんな言葉を叫びながら。

 

なるほど、奉憧くんはにんじんが嫌いらしい。

自己肯定感が強く何事にも全力投球な彼でも、好ましくないものはあるんだと思うと途端に親近感が湧いて出る。

 

 

「今日はまだ誰も死んでないみたいだね」

 

「幸運くん。言い方ってものがあるでしょう?」

 

「なあにLadyちゃん、僕は全員いるねって言いたかっただけだよ」

 

「…そう。それなら今日は幸運くんにいただきますの声掛けしてもらおうかしら」

 

 

嫌そうにえーっ、と顔を顰める麻堂くんに有無を言わさぬように微笑んで席に座るよう声を掛けるグレイちゃん。

 

 

「……強いな…」

 

 

そう漏らす流星くんの呟きに、内心大きく頷く。

母は強しとは言うけれど。

儚げな容姿とは裏腹に、地に足をつけしっかりと立っているような、凛々しさがある。彼女は。

 

さっと朝ごはんの時間を終わらせて、いつも通り各々が適当な場所で適当に時間を過ごしだす。

こういうとき何かイベントがあればいいのに、なんて思うけれど…そういうときに限って嫌なことが起こる。

 

今日も、ほら。

 

頭の上から響き渡る単調なリズム。

その音を聞いてヒヤリとした何かが体の内側に駆けていくのを感じてしまった。

 

 

怯え。

 

 

「っ…ま、また…なの?も、もぅ嫌…」

 

「………あるむ。………」

 

 

耳を押えて蹲るあるむちゃんの隣でそっと寄り添う中夜ちゃん、その近くで、

 

 

「…全員で朝食をとったすぐ後、ですか…」

 

 

険しい顔でスピーカーを見る莎莎匁くんも。

 

 

__全員、【コンピューター室】に集まりなさあい!

 

 

身構えていたような内容ではない、

ただのお知らせ。

 

……トラウマになっちゃったかな、この音。

 

そうしてコンピューター室に行ってみると、中央に仁王立ちしていたモノクロックさんとぱっちり目が合った。

いや、彼は目があるのかどうかも分からないけど…

 

なんとなくドキリとしてしまう。

気まずさから思わず斜め前に視線をずらすと、ガラス窓のついた棚をしげしげと眺めているまどかくんとえがきちゃんがそこにいた。

 

 

「何かの書類…?かな、沢山あるね」

 

「ラベルになんか書いて……数字?1、2、3

……げ、20以上あんの?このファイル」

 

「鍵がかかってるから開けれないみたい。こういうとき、ピッキング身に付けてたら役立てたかも」

 

「それで用事は何なのかしら…アタシこれからビスクドール作ろうと思ってたのだけれど」

 

「そんなに時間はかからないから大丈夫だよお」

 

 

そう言うとモノクロックさんは、何やら大きめのダンボールを押し運び、パカリと開けたかと思えばその中の数個を手に持った。

 

 

「ディスク?」

 

「うん、これ人数分あるんだあ。もちろん、飛鳥ちゃんの分もちゃあんとあるからねえ!」

 

「……わ、私の分も?」

 

「そろそろマンネリ化しそうでしょう?」

 

 

反射してところどころが七色に光る薄い円盤。

その光がいやに眩しくて、ぼやけていて、形容しがたい不快感が身を襲う。

 

 

「誰がどんな後悔を抱えているのか、後悔した瞬間の映像…つまり、オマエラの過去がここに入ってるってこと!…試しに一つ見てみる?そうだなあ、きるちゃんのとか、千晴ちゃんのとか!」

 

 

ディスクをセットし、降りてきたスクリーンのリモコンに手を伸ばす彼を制したのはラピスくんだった。

ふるふると首を横に振り、止めろ、と言葉にせず目で訴えている。

 

 

「……いいえ、貴方の言葉を疑ってはいないので。きっと言葉通りなんでしょう、どう、その映像を撮ったのかは分かりませんが」

 

「うぷぷ…ボクなあんでも知ってるもん!これランダムで配ったら、奪い合いが始まってくれるのかなあ」

 

 

誰にでも知られたくないことはあるもんね、なんておどけてみせるモノクロックさんは実に子供のように無邪気ではあったけれど、やろうとしている行為は子供だなんてものではなかった。

 

……バレるのか?俺の、抱えているものも。

知ってしまうんだろうか、

もし、俺の手に回ってきたのが

親しい彼らの…言いたくないような、過去だったら。

 

 

「早い話、動機配布か。………………面倒事ばっか増やしやがって」

 

「うんうん!どうしても自分の映像は見られたくなくて、奪い合いの果て……それか、口封じで…なんてこと、十分有り得るもんね♪」

 

 

そんな会話が聞こえてきて

グラリと視界が揺れたのを感じた。

 

 

思わず床に膝を付けてしまう。

 

 

立っていられなかった

 

 

目が、脳が、揺れている

 

 

焦点が合わない、合わせ、られない

 

 

それほどまでに大きく、強く、衝撃が

 

 

……………………………違う

 

 

俺じゃない

 

揺れているのは、

 

 

『……っ、地震だ!!』

 

 

地鳴りのような音が遅れて聞こえ、モノクロックさんが困惑したように立ち止まったのが見える。

 

危機感のままに机の下に身を隠し、ひとまずの安全を確保した。……と同時に、

 

大きな落下音と、小さな、衝突音。

 

棚から何か落ちたんだろうか、と、混濁した音の方向に目を向ける。

 

脳裏に過る、棚を眺めていたまどかくんとえがきちゃんの姿。

 

………僅かながらに認識出来たものは、薄紅色の…

 

 

 

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衝撃を吸収するように、薄く跳ね、やがてピクリとも動かなくなってしまった彼の姿。

 

 

_____

 

 

揺れた瞬間、見えてしまったのだよ。

棚の上に置いてあった重そうなダンボール箱が、ぐらりと、傾いたのがね。

 

先にはまどかくんとえがきくんがいた。

運が良かった、気付くことが出来て

アレが当たればきっと一溜りもないだろうから。

 

精一杯両腕を伸ばして、二人を突き放す。

張り上げられることに慣れた僕の声は、こういうときに限って、一言も発せられない。

 

響く地鳴りの音よりも、奏瑛くんの地震を報せる声よりも、ずっとずっと早くに僕は動いていた。

ああ、もうすぐ僕の頭には中身の詰まったダンボール箱が直撃するんだろう、なんてどこか達観しながら。

 

指の先に二人の服が触れたとききっと安心していた。

今死ぬのは、僕だけだと。

これまで僕を守ってくれた僕の幸運は、今、僕を犠牲にして彼らを守ってくれたから。

 

明るく、優しく、実直で、自慢の僕の妹。

世界で一番可愛いとさえ思えた、僕の妹。

あの子が目の前に見えるような気がして、

 

水門のように広がる鈍痛、首の折れる音、頭部から流れる血の匂いも遠ざかっていく。

代わりにどんどん近くなってくる君は、ああ。

 

僕が僕でなかったら、もっと永く生きれたはずだったのに。

 

 

_____

 

 

「…っ、宍戸くん!」

 

「…待って、宇留賀さん。まだ揺れてる、今行ったら君も…怪我するかもしれない」

 

「で、でも…だって、宍戸くん、血が…!」

 

 

今にも駆け出して行きそうなほど、腰を浮かせているユキちゃんを静かに押さえている琉霞くん。

彼はいつでも冷静だ。…でも、その目は動揺に満ちている。

 

 

「……っは、…し、宍戸?おい、」

 

「起き、てる…よね?い、意識あるよね…?」

 

 

動揺しているのは、彼の指の先で倒れ込むように床についているあの二人も一緒だ。

揺れがおさまった頃、一斉に奉憧くんの元へと駆け寄り、彼の意識の有無を確かめる。

 

…脈を見ていた美織くんが、悔しそうに口元を歪めた。言わずとも、それが何を意味するのか…分からないほど、もう、初心ではない。

 

 

「…宍戸は、もう生きていないよ」

 

 

そう呟くと彼はそっと腕から指を離す。

喪失感というのはこの事か。

 

ぐいぐいと人の波を掻き分けて、最前列で奉憧くんをじっと見つめているモノクロックさん。

何を思っているのかは分からない。

けれど、…やっぱり想定外だったみたいで。

 

 

「ああああ!こんなのボクは求めてない!!酷い、酷いよ…幸運のクセに!!つまらない事故で死ぬだなんて!」

 

 

叫んで、地団駄を踏むその姿はままでただを捏ねる子供そのものだ。

 

 

「解散!!!もう、早く帰って!ボクはこの粗末な死体を処理しなきゃならないんだからあ!!」

 

 

矢継ぎ早にそう告げて、奉憧くんをヒョイと持ち上げるとモノクロックさんはパタパタとどこかへ消えていった。

 

残された、俺達。残された、奉憧くんの生きた印。

 

ビビットピンクに輝くその証拠は、酸素に触れて色褪せていった。

 

 

2.5章【獅子搏兎なる贈り事】

 

 

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chapter3『甘い果実に宵知れて。』
日常


奉憧くんが不慮の事故で亡くなってから数時間。

再び鳴らされたアナウンスにより、俺達は体育館へと招集された。

 

 

「今度は何をさせる気?」

 

 

ただ静かに、壇上にいる彼を見つめて「もううんざりだ」と言いたげに口を強く結び直した。

そんな琉霞くんに爪先を向けることのないまま、

 

 

「まあ、まあ!ただの仕切り直し。ケジメつけて、仲良くしようよお」

 

 

不気味なほど、穏やかにそう返してくる。

 

数時間前までは酷く憤慨していた様子だったのにも、関わらずだ。

奉憧くんの最期の勇姿を蔑み、あまつさえ「粗末な死体」だと罵倒した、モノクロックさん。

 

 

「はあ…………」

 

 

重苦しいものを取っ払うように深くため息を吐く人物。

今までの記憶からして、蒼太郎くんかな…なんて思いながらその声を辿るとそれは意外な人物で。

 

 

「…もう、何も疑いたくないのに……」

 

「…そうだねぇ」

 

 

悲しげに目を伏せ、そんな呟きを一粒零すえがきちゃん。

彼女の隣に寄り添うようにユキちゃんがいるのは、もうすっかり見慣れた光景だった。

 

仲良しだ何だなんて思ってはいたけれど、ただ仲良しなのではなく、きっと二人はそれだけじゃなくって……なんて、そんな想像だってしてしまう。

 

しかし、いつでもどこでも、モノクロックさんが絡むとロクな目に遭わない。

自身が向けているモノクロックさんへの気持ちが霞みがかって来ている気さえする、…きっとそれは俺だけの話じゃない。と、思ってたけど。

 

 

「ふふ…」

 

 

ただ一人、この場において笑みを浮かべていた。

大きな掌で覆っていることにも関わらず、思わず声を漏らしてしまうほどには極めて、愉しそうに。

 

 

「……は、気色悪」

 

 

これも聞き慣れたような彼の言葉。

ただひとつ見慣れない点をあげるのならそれは彼の。蒼太郎くんの瞳が、激しく非難するように彼を捕らえていること。

 

くすくす、くすくす

愉快だ!と言わんばかりに目元に弧を描き、含み笑う。

 

 

「……だって!…ああ、ダメだ。抑えられそうにないね、この高揚した気分をさ」

 

『一体、君に何があったの?何か面白いことでも起きたのかな…』

 

 

そう聞くと彼はゆっくりとこちらを見る。

どろり、とろり、見たこともないほどに幸せに蕩けた視線がかち合い、表しようのない不思議な感覚が身を走った。

 

 

「アレほど神様に愛された人はいなかった。のに、死んだ!しかも僕よりも早く。人の手の混じらない要因で!」

 

 

それが嬉しくて、おかしくて、面白くて仕方がないんだと麻堂くんは続けて口にした。

 

 

「…………ああ、そうかよ」

 

「ゆ、幸運くん…」

 

 

掛けようとする奏撫ちゃんの姿も、声も、見ようとせずただひたすら彼への思いの丈を綴る麻堂くん。

 

 

「運が悪かったね、幸運児」

 

 

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…一頻り嗤ったのち、彼に話し掛けるように、そう床に向かって吐き捨てた。

そんな彼に今まで黙っていたまどかくんが掴みかからんとばかりに手を伸ばすと、

 

 

「だからさあ!!!…仲良くしようねって、言ってんでしょお?」

 

 

張り上げられた声に思わずビクリと肩を揺らしてしまうも、それに目を留めることなく。

先程の穏やかさはどこへやら、一転して不機嫌そうに手元をざわつかせていた。

 

空気が再び、重苦しいものに切り替わるのを肌に感じるんだ。

 

この雰囲気のモノクロックさんは、何をしでかすのか想像に足りる。…ようで、足らないから怖い。

もしかしたら、彼の意に反してしまった幸運くんやまどかくんになにかし始めるんじゃ…?

 

…と思えば再び、穏やかに

「喧嘩はダメだよお」なんて笑うんだ。

 

今の彼はなんだかおかしい。

情緒がまるで安定していない。

 

 

「奉憧くんの件で随分癇癪を起こしていた、と思ったけれど…分からないわ、貴方のことが」

 

「仕切り直しって言ってたしきっとさっきのアレのことじゃないかな?なんか結局、有耶無耶になっちゃったしさ♪」

 

 

彼の指す「アレ」はきっとディスクのこと。

俺達の後悔していること、基、俺達の過去の出来事が記録されているあの薄い円盤のことだ。

 

 

「まさかまた、誰かの中身を勝手に見ると…そのようなことを言うつもりなのですか」

 

「飛鳥さん…。…いくらモノクロックサマと言えど、人様の心の中を不躾に踏み荒らす行為に同意は出来ませんわ」

 

 

飛鳥ちゃんとアンジュちゃんの言葉は聞こえていないのか否か、さほど気にする素振りも見せずにいそいそと人数分、…から数枚抜き出した数だけ目の前に並べ始めるモノクロックさん。

抜かれたあのディスクはきっと……。

 

ひとつ、またひとつと丁寧にその形を魅せるついでに、なんてことない独り言を口に刻みながら。

 

 

「そんな事を言ってみたって、気にはなるでしょう。誰がどんな経験をしてきていて それを踏まえた上でどう後悔を感じているのか」

 

 

「少しずつ、少しずつ、片鱗を指先に感じている生徒だっているんでしょう。あの経験さえ無ければもっと良く生きられた、あの経験さえ無ければこんなに苦しまずに生きられた…」

 

 

「焚べることのない思いを日々の浮き出る笑顔の影に潜ませているんでしょう。そしてそれは、」

 

 

「真っ先に散り切れたあの子も同じことなのでしょう」

 

 

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「ね!オマエもそう思うでしょお?」

 

 

オマエも、と投げかけられた彼が強く手を握る様が見えた。

壱華ちゃんに守られる形で助かっている彼のその心は、並大抵のことなんかでは到底分かりはしないんだろう。

 

数分後、自分の手元に来てしまった誰のものかも分からないディスクをただ、壊れてしまわないようにと優しく包むことしか出来なかった。

 

 

「見るも見ないも自由だよお、ただ見た方がスッキリするかもねえ!ボクなりに頑張って作ったものだから壊さないように大切にしてねえ」

 

 

その言葉を最後に一旦場が治まり、これで今日は解散かな、と出口の方へと向き直そうと髪を揺らす。

 

 

「……ぇっ」

 

 

そのか細い一言が耳に入った瞬間、どうしてか後ろを向いてはいけないような気になってしまって。

反射的に動こうとしていた自分の足を留まらせ、声の主を目先で探す。探して、捜して、

 

 

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非日常①

 

 

「ええ、もう大丈夫。ごめんなさいね、騒がせてしまったかしら…」

 

「ううん。レディグレイちゃんが謝ることなんて、なんにもないよ」

 

 

あの後、力のある流星くんにおぶられる形ですぐさま保健室へと運ばれたグレイちゃん。

えがきちゃんが慣れた手つきで手当をしてくれたからなんとか、命だけは救われたけれど。

 

ただ負傷箇所を動かすと、やっぱり痛みも伴ってしまうのか、グレイちゃんは何度か我慢するように顔を強ばらせていた。

 

 

「…………レディグレイ。……髪…」

 

 

うわ言のように呟く中夜ちゃんにふるふると首を横に振って、気にしないでと返す。

彼女の整ったポニーテールは槍に千切られ、俺が試行錯誤を繰り返しながら切り揃えたと言えど形を崩してしまった。

 

 

「服、汚してしまったわね」

 

「え?ああ、全然気にしてないから大丈夫だ!」

 

 

自分の事よりも相手の事を気にするグレイちゃんの為人は利点なんだと思う。思いやる心は誰にでもあるものじゃないから…。

それでも今くらいは、自分の事を考えてほしいだなんて思ってしまうのは酷いことなんだろうか。

 

床に散らばった白銀の髪を手で掬うユキちゃんは、やがて僕がやるねとそれをホウキで履き始める。

手伝うよ!と未依葉くんが申し出てもそれはやんわりと断られてしまったようだ。

 

 

「きっとあの子は、わたしを殺す気だったんじゃないかしら。…許してなんてなかったんだわ、最初から。そのつもりで…わたし達を呼んだのね」

 

 

目を伏せてそう言う彼女に、そうだね、ともそんなことない、とも返せず、ただただ黙る他なかった。

 

 

「…このディスク、別に馬鹿素直に所持しなくてもいいんじゃね〜の?」

 

 

静かに机上にそれを放置したのはまどかくんだった。

もう触れない、と示すように、もう囚われない、と自分から離すように。

 

 

「誰の手にも渡ってなかったら何の脅威にもならないし、燃やして消せば円満解決だろ」

 

「燃やす…君は本気でそう言ってるの?」

 

 

…そう返す琉霞くんの表情を見るに同意は出来ないみたいだ。

何かを恐れるようにただひたすら、曇らせるばかり。

 

 

「……覚えてる?さっき、モノクロックは壊さないように、って言ってたこと。頑張って作ったものらしいよ、…どうやってかは分からないけど」

 

 

「もし今燃やして…棄てて、それでそれが、いつかモノクロックにバレたとき、」

 

 

「俺達がどうなるか…考えなくても、もう分かってるんじゃないの」

 

 

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他人事だとは思えないその重い言葉に、まどかくんも言葉を詰まらせた。

 

 

「まあ、タダでは済まないかもしれませんね。軽くで済めばいいですがそうでなかった場合は…」

 

「グレイみたいに傷付けられるか、壱華みたいに殺されるか…の二択だろうな」

 

「僕達の勝手な行動はお気に召さないみたいですし。…使い勝手の良い駒にでもしたいんですかね」

 

 

火種になりそうなものも見当たらない、そもそも燃やせそうな場所もない…夏月くんと流星くんの冷静な言葉により不安は更に伝染するばかり。

 

 

「それではこうするのはどうでしょう?」

 

「……楪サマには何かお考えがあるのですか?」

 

「まどかさんの案には賛成です。しかし一ノ瀬さんの意見もよく分かります。焼却処分には同意しかねますが…」

 

 

「ディスクを回収し、隠す。見るも見ないも私達次第と仰っていましたし、最悪バレたとしても何の問題もありません。見ない選択をしただけ、壊してはいませんので」

 

 

ただ隠すだけじゃ些か不安が残る、とのことで隠し場所と隠したディスクは俺達男子が二人一組の交代制で管理することになった。

体育館倉庫の奥に隠し、鍵をかける。そして朝昼晩の三回に分けて中を見て様子を見る…。

 

女子は危ないからこの見張り番にはあえて入れていない。

あるむちゃんやユキちゃんは乗り気で協力を申し出てくれたけれど。

 

今日の当番は俺とラピスくんだ。

ジャンケンで負けたから。

それぞれ回収して、人数分あることを確認する。

 

 

『じゃあ行こっか!』

 

 

こくりと頷きが返ってきたのを見て、並んで保健室から出る。

安心するほど暖かな空気に包まれていた部屋から一点、自然な空気が流れ込む廊下は少し冷えていた。

 

ふるり、と微かに身震いするとそれに気が付いたラピスくんが優しく笑って反応してくれる。

 

 

「この後温かい飲み物でもお作りしましょうか」

 

『本当?じゃあ、お茶会しよう!一緒にケーキ食べたり話したりしてさ』

 

「ええ、是非!ふふ…楽しみが出来ましたね」

 

 

朗らかに笑うラピスくん。

優しい心を持つことの、それがどんなに尊いことなのか。きっと白黒の彼には分かり兼ねるものなんだろう。

 

 

「…歌方様にもやり直したいことはありましょう。そしてそれは、私も同じです」

 

『何の巡り合わせか分からないけどね。…それで、どうしてか本気でやり直せると思っちゃうんだ。俺も、みんなも』

 

「……ええ、本当に」

 

 

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驚きに蠢く目の玉二つ。

忙しなく動く舌でさえ、今は煩わしいと思ってしまう。

 

 

『っ…、だ、…誰か……!』

 

 

呼ばないと。呼ばないと、いけないのは

頭では分かっているのに!

 

 

『誰か…』

 

「ん〜?あれ君?そこで何、し て……」

 

 

目の前、目の、すぐ先には二人が倒れている。

二人分の体があるんだ、

 

 

どうして?

 

 

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_____毒林檎でも口にしたのか

 

彼の傍に眠るように横たわっているのはアンジェリーナ・ウィステリアだった。

 

その白く柔らかだった頬に確かに流れた、涙の形。

 

 

「……っ、…僕、皆のこと呼んでくる」

 

 

そう言うと瞬く間に部屋を飛び出していったユキちゃん。…その背中を眺めることもせず、俺ははじめて目の当たりにした人の死に動揺していた。

 

これまでも、死は見てきてはいる。

けどそれはどれもこれも、アナウンスが流れたあとの話であって。覚悟も、準備も何も無く…少し前まで生きていた二人の、生々しい姿をこんな形で!

 

数分も経たないうちにバタバタと廊下が騒がしくなる。

女の子数人の声が聞こえてきたかと思えば、

 

 

「っ二人が!…亡くなってるって本当なの…?」

 

「………奏撫。……あっ」

 

「あ、暁美さん…!」

 

 

__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の【会議室】まで急いで集合してください!

 

 

その姿を目にしたと同時に、アナウンスが耳を過ぎる。

 

落ち着かせようと肩に触れようとしていた中夜ちゃんと飛鳥ちゃんを振り切るように、奏撫ちゃんはただ一直線に倒れている二人の元へと駆け寄った。

 

泣きさえせずとも、酷く気をやっているのは一目瞭然だ。

こんな事を考えている俺は意外と冷静なのだとかそういうのではなく、きっと目の前から逃げているだけ。

 

やがて、認めるように力なく項垂れるとそのまま立ち上がって部屋を出ようとしていた。

咄嗟に夏月くんが手を掴んで行き先を問うと、ただ、ピアノを弾きにいくだけだと。落ち着かせるために、と。

 

それを止める理由なんて無い夏月くんはどこか不安げな顔のまま手を離す。やや覚束無い足取りで出ていった奏撫ちゃんを追いかけようと飛鳥ちゃんが動いた。

 

 

「私、暁美さんについて行きます!…だから、柊さん達はどうか捜査を…」

 

「……分かりました。東雲に任せましょう」

 

 

そうだ、捜査があるんだ。…そう思った俺は二人の倒れている部屋を調べようと見て回る。

 

いつもなら別の部屋に手掛かりが残ってないか、部屋を出て探してみるんだけど。…今回は、他の部屋には何も残っていない気がして。

 

ラピスくんの遺体は綺麗だった。

アンジュちゃんの遺体も酷く、綺麗だ。

 

ラピスくんの遺体をえがきちゃんが調べていて、アンジュちゃんの遺体は美織くんが調べているらしい。

二人ともしゃがんで、死因を追求しているようだ。…なんて、俺はいつも周りのことばかり。

 

 

「…う〜ん…あれ…?何か口に…ん?これ…」

 

「…………ん…、……?…!」

 

 

ふと、彼が目を見開いて勢いよく立ち上がった。

 

 

「…………そんな…!!」

 

「み、美織、くん…?ど、どぅし、」

 

「っ、…あ、小鳥遊…俺ヤバいこと気付いたかも、」

 

 

何に気が付いたのかは分からないけれど、顔を青くさせてあるむちゃんに向き合った美織くんは「何に、」とかけられた質問に間を開けて答えてくれた。

部屋に残っていた人はみんな、彼を見ている。

 

 

「…よく、見て。そう、…動いているんだ。小さくだけど、肩が。アンジェリーナは息をしてる、まだ生きてるんだよ!」

 

 

「…本当だ!お客様はまだ…なら、保健室に連れていこうよ。ここに放置するより、的確じゃない?」

 

「そうね…アタシは未依葉くんの意見に賛成だわ。なんとかなれば…ヴァイオレットをこうしたクロを、知っているかもしれないし」

 

 

分かった。と頷いた彼は、流星くんとあるむちゃんを指名して、この二人と一緒に保健室に行くと言う。

美織くんは考え無しに行動するような子じゃないのはもう十分に理解している、から。きっと、意味があるんだ。

 

 

「え…俺も?」

 

「うん。…なんとなく、処置に慣れてそうだから。小鳥遊も軍人だし、素人よりはそういうの分かるでしょ?」

 

「ぇ、ぁ、…ぅ、ぅん。でも、げ、原因…」

 

「原因はコレだろ、どう見ても。プリンセスと執事の間に落ちてた明らかな毒瓶。…………ま、はた迷惑な話だな」

 

 

カツ、と静かに床に立てられたそれは誰が見ても「毒」

だと分かるような、少し中が濡れている空き瓶。

巻かれた黒いラベルには白色のドクロマークが付いていて下には小さくDanger!と。

 

中身の抜かれた毒の瓶がここにあること、それが何を意味するのか…つまるところ、俺も蒼太郎くんと同じことを思っていたんだ。

信じたくは、ないけど…。

 

 

「ほ、ほけ、んしつに…解毒、薬、ぁった…!気が、す、するから!ぃ…ぃくよっ…!」

 

「…いや、本当に力が強いんだなぁ」

 

「……ん。……あるむだから」

 

 

アンジュちゃんをお姫様抱っこして保健室へと走っていったあるむちゃんとその後ろを追いかけるように出ていく流星くんと美織くん。

 

彼女が未だ生きようと必死に追い縋っていた事が良い事だったのか悪い事だったのかは、分からない。

けど。…目を覚まして、また俺達の前に現れてくれたらいいなと、思うよ。

 

その後の捜査で見つかったものは無かった。

 



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非日常②

 

 

「暁美。もう、良いのかよ」

 

「…うん、って言ったら嘘になっちゃうかも。でも…大丈夫。大丈夫だから、気にしないでまどかくん」

 

「それ。大丈夫じゃない人が言う言葉よ、暁美。…抱えて良いことは無いわ。なんて、月並みかしらね」

 

「…今日は何にも見つけられなかったねぇ、あの瓶以外は。ウィステリアちゃん、まだ起きてないけど…裁判、大丈夫かなぁ」

 

「もうやるしかないんじゃないかな、それでも。お客様何を見知っているのかはさておいてさ」

 

 

「在る真実はひとつだけ!手品でも増えない、特別なものだからね」

 

 

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「さて…アンジェリーナさんがこの裁判に参加するまで何を話しましょうか。証拠らしいものはたったひとつ、しかもそれは皆さん周知のものですし」

 

 

莎莎匁くんのその言葉に二つの驚きの声があがる。

それは、あの瞬間部屋にいなかった奏撫ちゃんと飛鳥ちゃんのものだった。

 

 

「どういうこと…ですか?ウィステリアさんが参加って…彼女、」

 

「そうだよぉ星霰くんが気付いたの!不知火くんと小鳥遊ちゃんが解毒薬を見つけてくれたみたいだから、ウィステリアちゃんの起き待ち〜」

 

「……そっ、…か、アンジュちゃん…生きてるんだ」

 

 

口元に手をやって目を伏せる奏撫ちゃん。その目にはじんわりと優しい涙が滲み出ていて。

 

 

「…話は戻るけど、毒の瓶らしいもの以外に証拠になりそうなものは、見つからなかったのよね?考えたくはないけれど…やっぱり、心中しようとしたんじゃないかしら」

 

「あは、僕もLadyちゃんと同意見だよ。まぁ、失敗しちゃったみたいだけど…不運だったよねぇ」

 

「そうですか?俺はアンジェリーナがラピスを殺したんだと思ってますけど。クロ候補から外れるためにわざと倒れていたって線もありますよね」

 

「……そうならその作戦は成功だな。現に何人か、あのプリンセスはクロじゃないって思ってるだろ」

 

 

心中した、殺した、とそんなことばかりが飛び交うこの裁判場はいつにも増して異質な空間に思えてしまう。

結局は机上の空論でしかなくて、真実は今手元にあるものだけじゃあ到底見つけれはしない。

 

 

……。

 

 

「ぁ、そ、そぅ…ぃぇば。…な、無かった、よ…瓶、ぇ…ぇっと…ふたつ!…た、たぶん…」

 

 

すぐさま言葉を返したのは彼だった。

 

 

「…おかしいですね、先程全員で行ったとき戸棚に空きは無かったはずですけど…?一つは毒瓶だとして、二つも無かったのですか?」

 

 

細かなところもしっかりと把握しているのは、流石は超高校級の警察官といったところか。

 

その時はさほど気にとめなかったのか、曖昧な記憶に苦渋の表情を浮かべるあるむちゃん。

彼女と共に保健室へと向かった二人のうちの、一人である彼が真剣な表情で顎に手を添える。

 

 

「…何かを持って保健室から出てくるラピスを、見た。そうだ、今思うと確かあれは…毒の瓶だった、ような」

 

 

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………息を、のんでしまった。

 

流星くんの記憶が正しければ、ラピスくんが持ち出したことになる。部屋に転がっていた、ものを。

 

殺されたわけでも、姫さんとの心中を望んだわけでも、ないんじゃないか。

 

彼が望んでいたのは、自らの死そのものだったのではないか。

 

ふと、俺が見た最後のラピスくんの表情が目の裏に浮かぶ。ああ、そうだ。そうだった。

 

優しい心を持つ彼が、はじめて、あんなに悲しい笑顔をしたというのは

 

 

『…自殺、だったんじゃ、ないか』

 

 

「…い〜んじゃね〜の?おれさんせ〜」

 

 

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そうだとすると、どうしてあの場に彼女が倒れていたのかが分からない。

巻き込まれたのか、どうなのか。何が起きて、こうなってしまったのか。その全てが

 

…だからこそ、アンジュちゃんの目覚めを待つしかなくて。ただ黙って待つことも、この終わりのない討論に参加し続けることも、意味なんて無いんだ。きっと。

 

 

…………。

 

 

「……っラピス!……っ、……ああ…っ!」



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非日常③

まどか視点

 

息を切らしながら、その艶やかな長い髪を散らして裁判場に駆け込んで来たのは今話題の渦中にいるウィステリア、その本人だ。

 

開幕早々、口をついだのは親しいあいつの名前。

おれらが此処にいること。それが何を意味してるのか、分からないわけではなかっただろうに。

この場に姿がないことで、決定的になった。

 

顔色は悪く、つつけば倒れそうなくらいには覚束無い足取りでふらふらと自分の証言台を目指すその姿はとてもじゃないが見ていられるものじゃない。

 

 

「!………もう。……大丈夫?」

 

 

卯佐美の滲んだ声に頷いた。

気軽に声を出せるほど楽な状況じゃないのかもしれない。

それでも目だけは確りと何かを真っ直ぐ捉えていて、おれが口を出せるような隙はどこにもなかった。

 

 

「…姫さん、君が無理してるのは俺にでも分かるんだよ」

 

 

歌方奏瑛の歪んだ顔に笑った。

困ったように眉を下げて、寂しいものを押し殺すように。

 

やっとの思いで自分の立つべき場所へ足をつけたウィステリアは、依然として凛とした表情を保ち続けている。

 

振り絞るように出した声は決して大きくはない、むしろ静かで、少しの雑音にかき消されてしまいそうなそうな程掠れ、か細く繊細な琴のような声。

 

おれが生涯をかけてでも推し続けていくであろうあの俳優くんや、あの代役ちゃんとは全く違う。

 

はず、なのに。照明に当てられたウィステリアはスポットライトを浴びているように照り輝いていて、堂々としたその姿勢は重ねてしまうものがあった。

 

 

「……皆様に多大なる御迷惑をおかけしてしまったこと、本当に申し訳なく思っています。起きた頃には誰も、いませんでしたから…私は酷く焦りました」

 

 

取り込みにくくなってしまった空気を大きく、ゆっくり、ゆっくりと吸って囀る。

裁判が何も進んでいなくて安心したとも、あいつは口にしていたな…。

 

 

「こんなに直球に聞くのは心苦しいけれど…ヴァイオレットのことは、アンジェリーナが殺したのかしら…?」

 

「……それとも。………二人で死のうとしたの?……」

 

「ラピスさんの自殺、なんて話もあるけど…。…本当のことを知ってるのは、ウィステリアさんだけだよ」

 

 

ホーネットが口を開くたび、卯佐美が手織るたび、一ノ瀬が見抜くたび、

 

 

「…………。」

 

 

ひとつずつ、思い出しているんだ。

花の咲いていた笑顔はどこへと消えるか、枯れていく。

 

 

『どっちかは合ってんのか、どっちも間違ってんのか。…答えてくれねぇと先に進めないんだよ』

 

「…そう、ですね。いずれその二択のどちらかを選ばなければならないというのなら、」

 

 

「最後だけは不正解。………これが私の握る、真実ですわ」

 

 

……………はぁ?

 

 

奏瑛視点

 

「どっ…どぅ、ぃぅ…?」

 

「心中しようとしたけど運良くアンジュだけが生き延びたってことか…?」

 

「え、でも何でそれが、ラピスを殺したことに繋がる…」

 

 

あるむちゃんと流星くんの疑問には答える素振りを見せなかったアンジュちゃん。「ラピス」という単語を口にした美織くんの疑問に、静かに口を開いた。

長いまつ毛を、震わせて。

 

 

「…聞けば、きっと理解出来ましょう」

 

_____

 

 

もう長いこと、疲れていたのです

この身も、この心も。

それは小山サマの死から始まったことではありませんでした。

遡れば、ニッポンに連れてこられたあの日に辿り着くのですから。

 

…私の国と、この国は冷戦状態。

私は所謂人質のようにニッポンに送り込まれました。

知らない土地で、知らない言語に囲まれた私が頼れるのは、同じ国から来てずっと一緒にいたラピスだけ…。

 

限界だと思ったのです、私自身のことを。

……………つい、死にたいと、口にしてしまった。

 

 

[…いけません、アンジュさん。その気持ちだけは芽吹かせられないものです]

 

 

無論ラピスは否定しました。

単なる私情だけではありません。あの人はバカじゃあ、ありませんから。

きっと、私の背負うもの全てを含め、引き止めたのです。

 

 

「…ウィステリアさんは、一国の姫、ですもんね」

 

 

ええそうですわ、東雲サマ。

それでもラピスは最終的に、了承してくださいました。

話し合った結果が皆様知っての通りの毒だったというわけです。

 

…毒薬を取りに行ってくれました。

その瓶を手にしたとき、少し、気持ちが揺らいでしまったのかもしれません…しかし!今更、辞めようとも、思えなかったのです。

 

 

「……?…待ってください。分かりません、どうしてそこで…ラピスが死ぬことに繋がるんです?死にたがってたのは、話を聞く限りあなたじゃないですか」

 

 

そうですね。それでも提案した心中を受け入れたのはラピス自身。私が勝手に決めた事じゃありません…何時いかなる時も共に在ったからこそ、最期の時まで私の傍にいようとしてくれたんだと、思うことにしています。

 

………この気持ちは、貴方に分かりますか?柊サマ。

 

話が逸れてしまいましたね。

私達はお互いに毒を飲ませ合いました。

ラピスが私に、私がラピスに。口移しで注がれた毒には唾液も、きっと愛も、混じっていたと…。

 

…それなのに!どうしてあの人だけが死に、私が生きているのでしょう…?

 

もう、疲れました。本当に…疲れたのです、全てに。

 

 

奏瑛視点

 

 

「だからもう…終わらせてください。

どうか。もう、楽にさせて…。

心中さえ、阻まれた私は…」

 

 

苦しそうに、証言台に凭れ掛かるように懇願するその姿はただの一人の、女の子で。

……………だから、…………

 

 

「その音色は違うかも…っ」

 

 

それは、ただ一粒の涙。

 

 

「…確かに、ラピスくんは毒薬をアンジェリーナちゃんに渡したのかもしれない…けど!愛情があったからこそ、ラピスくんは…ラピスくんだけが、亡くなったんじゃないかなぁ…っ」

 

「…っ、は、ぁ?何、言ってるんですか?ラピスは頷いてくれました!死にたいと言った私の提案した心中にだって…!」

 

 

「それはどうなの?」

 

 

それは、ただ一本の芽。

 

 

「ラピスは、元から…アンタを死なせないつもりで動いてたんだと思うよ。アンタが死ぬことを受け入れてなんて無い、心中する気も無かったんだ」

 

 

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「……なに、それ。あの人がワタシに嘘をついたと?…今!そんな頭の悪い冗談に笑ってられるほど、」

 

 

「…わ、わたしだって言うときは言うからね…!」

 

 

それは、ただ一筋の線!

 

 

「あのね、小鳥遊ちゃんが「瓶は二つ無かった」って言ってたんだ。だから…ヴァイオレットくんが毒薬と一緒に解毒薬も持っていったんだよ。ウィステリアちゃん、あなたを生かすために!」

 

 

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もう一つの空の瓶がラピスくんの服から出てきていた、といいそっと取り出されたのはドクロの上にばってんがつけられたラベルの瓶。

それを見た流星くんとあるむちゃんがポツリと解毒薬だと呟いていたような気がした。

 

 

「解毒の瓶、あの部屋にあったんだね。もっと早くに言ってくれれば…」

 

「…予想は出来ても確実にソレとは分からなかったんじゃないかしら、もしかしたら私物の可能性もあったわけだし…」

 

 

アンジュちゃんはとうとう言葉を失う。

目を大きく見開き、震え、やがて…絶望したように、立ち竦んだ。

 

何かが終わって、しまった。

 

 

超高校級の執事

【ラピス・ヴァイオレット】を殺したクロは?

 ▶︎アンジェリーナ・ウィステリア

 

 

「おお〜!正解だよお、ラピスくんを殺したクロは異国のオヒメサマ!アンジュちゃんでしたあ!今回はサービス回だったかもねえ」

 

「…………」

 

 

ぱちぱち、と思ってもないことをさも思っているかのように手を叩いて褒めてみせる。

褒められることは嫌いじゃあないけれど、こんなにも褒められて喜べないものはなかった。

 

 

「でも、無理心中を強いたわけでもないのに…それに合意の上だったのよね?毒もシロ本人が持ってきたんだから、」

 

「あのねえグレイちゃん!…これは立派な事件!立派な殺人!…なんだよお」

 

 

「方法さえ違えばラピスくんの自殺ってことになったけどお…うぷぷ!飲ませ合った、って言ったもんねえ?」

 

「…そっか。確かに合意の上で、お客様自身で準備をしていたけど…実際に毒を飲ませたのはアンジェリーナさんだから」

 

 

毒をお互いに飲ませた結果、ラピスくんの狙い通りとはいえアンジュちゃんが生き延びてしまった。

生き延びたってことは、ラピスくんを殺したことになってしまうわけで…そんなこと、あんまりなんじゃないか!

 

けれど…俺達がこうしてモノクロックさんと交わすことすら、もう、どうでもいいみたいで。

ただ静かに証言台を降り、自らモノクロックさんに近付き、首を差し出す。

 

彼も分かっていたみたいで、手ずからその細く白い首にアームを付けてあげていた。

 

 

「…ワタシ、日本が嫌い。戦争を始めようとする日本人も、戦争が始まることを知らない日本人も、皆、皆嫌い」

 

 

「でも、…………楽しかったです。ここに来て、ワタシ、初めて、お友達が出来ました」

 

 

「……………………でも、ごめんなさい。貴方達のこと、恨みます。この命が終わるまで。じゃないと、ワタシの国民は、報われないもの」

 

 

✿ クロ が 特定 されました

 オシオキ を カイシ します

 

 

 

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✿ オシオキ 完了

 

 

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あまりにも後味の悪い、妙に棘付く苦い味。

国を背負うこと、国の事情を知ること、それがどれほどのものなのか。

……何も、分かってあげられなかった。

 

まだ未来ある少年少女が手にするにはあまりにも余るものを、大人のように振舞って必死に抱えてきたんだろう。

 

現実を騙り、理想を語ることしか許されなかった生活の果てに待っていたものこそが、俺達のよく知る、世間の知る人ぞ知る、アンジェリーナ・ウィステリアその姿。

 

 

「…ま。ある意味自殺だったのかもね、ラピスちゃんはさ。そのせいで生かしたかったお姫様はクロとしてオシオキされちゃったわけだけど」

 

「……悲しい事件、だねぇ。…。」

 

 

ぽつぽつと、裁判場から人が消えていく。

俺もそれに続いて…

 

…あれ、今日はまだ出ていかないのかな。

 

…まあ、いいか。

 

…皆は凄いな。捜査で証拠を拾って、推理して。

俺は…どうなんだろう。出来てるのかな。

 

嫌なことに取り憑かれる前に、悪い夢に魘される前に、俺は急ぎ足で自分の部屋へと戻った。

 

 

_____

 

 

「……………何が、起きてる?」

 

 

3章【甘い果実に宵知れて。】

 

 

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chapter3.5『スーパーウルトラアルティメット転生!』
日常


どれだけ嫌なことが起こっても、

目を逸らすことばかりの毎日でも、

時間は止まってはくれない。

 

目が覚めた頃にはまだ朝ぼらけの空だったのに、ぼんやりとしていたらあっという間に朝食の時間になってしまっていた。

 

余計なことは何もせず、食堂へと向かう。

どこからか流れ込む小鳥の囀りを耳にし、また一人と消えていった自分の友人の顔を思い出しながら。

 

 

「!……ぉ、ぉは、よぅ!…ほ、ほらっ」

 

「お…おはよう。…ございます、……あのさ、」

 

 

目的の場所に入ると妙にもじもじとしているまどかくんと、そんな彼を応援するように手をグーにしているあるむちゃんが目の前に。

 

困惑からこぼれる笑みを拾いつつ、どうしたの?なんて聞くとまどかくんは少しだけ目を大きくして後ずさる。何か小さな声でごにょごにょと呟いているけど、聞き取れはしなかった。

 

 

「朝ご飯、一緒に…食べませんか…?」

 

 

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その表情に思わず、こちらも僅かに顔が温まる。

 

まどかくんと俺の顔を交互に見ていたあるむちゃんは、俺が頷いたのを確認すると良かったね、と嬉しそうに笑って中夜ちゃんの元へぱたぱたと走り去っていった。

 

まどかくんも、先に席へと向かっていく。

 

 

「……朝から良いものを見させてもらいましたね、青春はやはり眩しいものです」

 

「二藤、ずっと言い淀んでましたし…ほら、とっとと向こうに座ってください」

 

「今朝はオムレツみたいだよ!席は空けてあるからみんなで食べよっか」

 

 

何であなたが隣に、と嫌がる夏月くんを半笑いであしらいつつ、席に座る莎莎匁くん。

相変わらずこの二人は犬猿の仲らしい。

 

ちら、と奏撫ちゃんを見ると片手を振ってここは任せて行ってあげて、と笑う。

お礼を告げ、背を向けると二人を窘める彼女の声が聞こえてきた。本当に、なんて良い子なんだろう…。

 

 

『ごめんね、お待たせ!』

 

 

俺を迎えてくれたのは、まるでうらうらとした春のような笑顔。

 

 

 

 

手を振ると、小さくだけれど、振り返してくれる彼を見ながら俺は長い一日の始まりを感じていた。

 

才能柄か、マネージャーのように俺の身の回りを整えてくれたり、スケジュールを管理してくれるまどかくんには頭が上がらない。

 

…もし、彼がいなくなるようなことが起きたら、俺は一体どうするんだろう?

 

答えのない問題のような、そんなことを悶々と考えつつ廊下を歩いていると、

 

 

「お前らだけで何とかしろよ……めんどくせ…」

 

「動いてないか、無くなってないか、見ればいいだけだから。…早く行って、早く終わらせよ」

 

 

会話ともつかないような短い言葉を数度繰り返し、恐らく体育館倉庫へと向かう蒼太郎くんと琉霞くんが。

 

文句を言いながらも決められたことには従うその姿が少しだけ、意外だと思ってしまったけれど。

 

思えば彼はいつも、反抗的な態度は取るにしろ超えてはいけないラインのようなものを超えることはしていない気がする。

 

…と、今日はここで暇を潰そうかな。

 

カラカラ、と小さく音を立てて横に擦れるドア。

 

沢山の画材や人形、スケッチブックの転がるこの部屋は美術室だ。

中を覗くと数人の見知った顔がそこにいて、各々が何やら楽しそうに時間を過ごしていた。

 

 

「ねぇねぇ夢描ちゃん、この子も夢描ちゃんの漫画に出てくるキャラクター?」

 

「うん、そうだよ宇留賀ちゃん。この子はね悪役で…、…わ、危ない。これ以上はネタバレになっちゃう」

 

「……そのデザイン。………良いね」

 

「アタシの可愛いお人形さんのための新しいお洋服だもの…これが終わったら被服室に行きましょう、中夜ちゃん」

 

 

あちらこちらから囁かれる、そんな微笑ましい会話に思わず口元を緩ませながら俺も揃えられた椅子に腰をかける。

 

奇遇だね、とか、珍しいね、とか、彼女達から自分に向けられた言葉の数々に返事をしながら、目の前に置かれていたスケッチブックのひとつを手に取って…

 

何回か使用された形跡のあるソレの、白紙のページを見つけるためにペラペラとめくってみると何個か気になるものが目に入った。

 

誰かの落書きなんだろうか、まるで、

 

 

「わぁ!それ、お客様が描いたやつ?これとか似てる!まるで俺達みたいな…ね♪」

 

『うわっ!……え、ど、どこから?』

 

「あはは!魔法使いらしく瞬間移動…なーんて!はじめっから此処にいたのに、気付かなかったの?」

 

 

くすくす、と笑ったマジシャンの彼は、驚かせてごめんね、なんて言って白い煙の中から生まれた小さな花を俺にくれる。

 

落ち着かせつつ、改めて手に持っているスケッチブックに視線を落とす。

…うん、やっぱりこれはきっと俺達の姿。

 

可愛らしい絵で描かれたその光景は、きっと過ごしてきた日常のどこかのシーンなんだろう。

みんなが笑っていて、平和で、幸せそうで…

 

 

_______……、……?

 

 

思わず、隣に座った未依葉くんを見てしまう。

そうしたら、彼も少しだけ困惑した表情で俺の方を見ていて。

 

違和感があるのはきっと確実なんだ。

確実、なんだけど。

その違和感がなんなのかは、俺達には分からなかった。

 

無理矢理ページを進めて、真っ白な紙にひたすら覚えてる限りの台本を書き起こす。

 

この台詞はこう言おう、この動きはこうしよう……いつ出られるか分からないけれど、そもそも出られるかが分からないけれど、次の公演の事を考えるだけで不思議と落ち着くものだった。

 

たまに未依葉くんに演技を見てもらいながら、夕食の時間が近付くまで…自分なりに前を向けるように、美術室を借りながら貴重な時間を過ごしていた過ごせていたと思う。

 

 

 

 

もうずっと迷っていた

 

長いこと、泥沼を掻き分けて進んでいた

 

 

__ピチャン、ピチャン

 

 

水も滴るなんとやら、とは言うけれど

 

それが酷く耳障りで

 

半開きになっていた蛇口を力のままに締めた

 

…少しだけ、あの日のように壊れてしまわないかが不安になったけれど。

直せる子はもう、いないから。

 

憧れを手に入れるために

夢を現実にするために、

 

君たちはどんなことをするんだろう

 

君たちはどう動くんだろう、

 

君たちは何を選ぶ?

 

……全てを間違いだとは、思わない

 

寄り道も、回り道も、きっとどれも必要な道だから

 

 

でも!

 

 

このままだと、いつまでも同じことの繰り返しだ

 

同じ道の繰り返しになるだけ

 

いい加減、終わりにしたい

 

終わりにさせたい、って、ずっと思っていた気がする

 

ねえ、これは君たちと過ごしてきたから、強くなっちゃった思いなんだよ。

 

根底にあるものは本当は関係ないのかもしれないけど…それでも、この行為の意味には、確かに君たちがいる。

 

思い返せば今日はなんだか全員の振る舞いが違ったような。なんだか、初日を思い出すようで…

 

前を向いたのか、前を向くことにしたのか、前を向いていると思うことにしたのかは分からない。

 

でも、少しでも。誰かがいなくなるたび暗くなるよりも、

 

 

_______ずっとずっと、ずっと良い

 

 

だから、決めた。

 

自分の手に握られているのは、こっそり保健室から借りてきた鋏。

 

よく切れそうなそれをゆっくりと首にあてがった。

 

金属特有のひんやりとした温度は手から音から空気から、この雰囲気も相まって、余計に刺激として感じ取ってしまう。

 

…もう長いこと。

 

不思議と肩の力は抜けて、代わりにだんだんと手に力がこもっていくのがよく分かる。

 

首にあてがっていた鋏を勢いよく動かしてみた。

 

半ば他人事のように「ああ、垂れてるな」なんて思いながらついじっくりと眺めてしまう

 

ばたばたと垂れ落ちて、

 

ふと、鏡の中の自分と目が合う。

 

 

笑っているの?

 

………そっか

 

 

だらりと投げ出された手から、鋏が滑り落ちていった

 

 

 

 

同日同時刻、灯りの無い暗い廊下の先に影。

夜時間はとっくに過ぎているのに出歩くとは、なんて不良な生徒なんだろう。

 

 

「……………本当に?」

 

「………本当だよ」

 

 

ぼそぼそと、まるで周りに聞かれては困るかのような声色と声量で、話を進めていく複数の影。

 

 

「…………分かった」

 

 

やがて、ひとつの影が真剣な面持ちで頷いてみせる。

その様子を見た影もまた、頷いた。

 

別れ際にああ待って、と制止の声。

 

 

「まだ、秘密にしてね」

 

「…………いつまで?」

 

「…いいよって、言うまで」

 

 

再び理解と約束を示し、今度こそ影はそれぞれの方向へとばらけ散る。

 

……洗面所の灯り、そこから漏れる音にははじめから気付いていたのにも関わらず、共に居た■■に伝えなかった■■は■■■■■■■■■■■■■■■。

 

その口元には、薄ら笑み。

 

 

_____

 

 

「えっ…」

 

「い、一体何が…まさか、夜の間に何かあったんですか?」

 

 

朝一番、食堂に入るや否や聞こえてきたのは驚きに満ちた美織くんと飛鳥ちゃんの声。

 

なんとなく周りを見てみると、ほとんどの子が信じられないものを見たような顔でただ一人に注目している。

 

そしてそれは俺も同じく、目に飛び込んできた瞬間声も出なかった。世界が世界なら、きっと両の目はとうに飛び出ていただろう。

 

 

「……ね、似合ってる?」

 

 

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リボンからネクタイに、スカートからズボンに…だけではなく、そもそも彼女は制服じゃなくてジャージをその身に付けていた。

 

鋏を持つその手にはグローブが付いていて、何より一番目立つ変化はその髪型。

 

彼女、ユキちゃんは長い髪から一転し、下手したら俺よりも短い髪になっていたんだ。

…しかも、たった一晩で!

 

驚く皆の視線を他所に、当の本人は気がやられた?なんて心の声をそのまま口から漏らす美織くんに笑っていた。

 

 

「似合ってるけど、でもまさかそこまで変わるなんて。…随分思いきったことをしたねユキちゃん」

 

「幸運も切ってもらったらどうだ?ほらこの辺とか…」

 

「いや、遠慮しておくよ…」

 

「で、でもどうして?あなた、なんで急に…」

 

「……あのね、君には酷な話かもしれないんだけどぉ、」

 

 

少しだけ早く、予期せぬ出来事によって髪が短くなってしまったグレイちゃんに向き合うと、ユキちゃんは静かに口を開く。

 

 

「…変わるなら今しかないって、思っちゃったんだ。グレイちゃんの髪が短くなっちゃったのを見てからどうしようもなく…」

 

 

ふと、あの時のユキちゃんが思い出される。

グレイちゃんの白銀の髪を掬い、片付け始めた彼女の姿……。

 

 

「僕が前を向いて希望を持つためにもこの勇気は必要だった。正直、全然怖いけどねぇ…、…それでも僕は自分でこの道を選んだんだ」

 

「一度は死んだよ、僕は。…けど、生き返ったの」

 

 

前を向いて、明日を見て、

その目には確かな光が

強い輝きが宿っていて、

 

 

「笑いたいなら笑え!特撮ヒーロー宇留賀ユキは、茨の道でも負けないんだから!」

 

「宇留賀ちゃん……」

 

「…って、いつか絶対に言ってみせるよ」

 

 

じわじわと追い立てる絶望に決して負けない

 

そんな希望を、見出した。

 

 

【宇留賀ユキの見た目が変わりました】

 

 

3.5章【スーパーウルトラアルティメット転生!】

 

 

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chapter4『歓迎を裁つ事気付かず』
日常編①


「…えっと…ごめんね、もう一度聞いてもいいかな」

 

「き・も・だ・め・し!…奏撫ちゃん、もしかして肝試しって知らないのお?」

 

 

それは知ってるけど、と困ったように眉を寄せている彼女と似た表情を、俺は浮かべているんだと思う。

それもそのはず、なんだって彼は急にそんな頓珍漢な事を言い出したんだろう…

 

兎にも角にも、肝試しがしたい!と騒ぎ始めたモノクロックを宥めるべく、俺達は頷いてみる。

飴と鞭が極端な彼に子供特有の愛らしさなんてどこへやら、今となって残るのは恐怖だけだった。

 

 

「…正直化け物よりきみの方が寒心に耐えない相手な気がするけどなぁ…」

 

「あはは、あの子こっち見てるからそれ以上は言わない方がいいかもよぉ不知火くん」

 

 

今夜行われるらしい「肝試し」に参加することとなってしまって、これまで起きたことを考えると若干の憂鬱さは残るけれど…

 

それでも俺は歳相応の男子高校生。…の自覚は、ある。

今夜のことを考えると、心做しか胸が踊るような、浮き足立つような…。憂鬱さの裏にそんな気持ちを感じるのも、きっとなんだかんだ楽しみだと思っているからなんだろう。

 

とく、とく、と弾む鼓動の音。

ちく、たく、と時を刻む単調な音。

意識せずとも聞こえるくらいには、やけに大きく響いているような気がした。

 

 

 

 

夜となり、運動会の時に用いた箱庭に足を踏み入れる。

肝試し用に作り直されたこの庭はあの日無かった茂みや木々も至る所に置かれていて、夢でも見てるんじゃ、と思うくらい同じ場所とは思えなかった。

 

 

「相変わらず、外そっくりに出来ているみたいね…」

 

「ぅ、ぅん…そぅ、だね……」

 

「聞こえてくる梟の鳴き声とか鴉の鳴き声とかすっごいリアルだよね♪」

 

「……で、モノクロックはまだ来てねぇの?」

 

「あ、確かに…時計さんいないね。う〜ん、いつもはわたし達よりも早く来てるのに」

 

 

まどかくんとえがきちゃんのその言葉を聞いて、そこではじめて彼がこの場にいないことを知る。

目だけで軽く周りを見ても姿は無く、確かにモノクロックはまだ此処にいないみたいだ。

 

 

「その事なんだけど…俺、さっきモノクロックから紙もらってるんだ」

 

『え?るかくん、モノクロックと会ったの?』

 

「ここに入る直前くらいにね。一番最後だったみたいだし、丁度良かったんじゃないかな」

 

「え〜?怪しいなぁ…それってさぁ二人きりだったって事でしょ?」

 

 

何か怪しいことでもしてたんじゃないの?

そんなことを言って笑う麻堂くんは探るように琉霞くんを眺めている。最も、琉霞くん本人は麻堂くんに一瞥を投げるだけでそれ以上は反応しなかったけれど。

 

 

「…なんでもいいんで、その渡された紙を早く見せてもらってもいいですか?」

 

「そうね、夏月くんに賛成。何が書いてるのか気になるもの」

 

「………………うさみも。きになる。」

 

 

こくりと頷くと、そっとその紙をひっくり返して何やら文字の書いてある面を俺達に向ける。

 

なんだろ……。

 

 

 

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「…つまり、脅かし役で待ってるから準備は自分達でやりなさいということなんでしょうか…?」

 

「そう……だと、思うよ。…えっ、こういうの、くじ引きとかでペア決めるとかじゃ…?」

 

「全員参加と記されていますが、何処へ行くつもりで?終夜さん」

 

「………………アホくさ、何処いてもいいだろ」

 

 

そうして誰と回るか、順番はどうするか…案外さっくりと決まったので一先ずは安心した。

勝手に進んでいいのか、一度準備が終わった旨を伝えるべきか考えあぐねていると…

 

 

__準備も出来たみたいだしそろそろ始めまあす!一番目の人達、どうぞ!他のオマエラは順番が来たらアナウンスで呼ぶから良い子で待っててねえ!

 

 

「…あの時計の顔面のどっから見てるんだか…大方、分かりにくいところに監視カメラでもあるんでしょうけど」

 

「はは…まあでも肝試しって新鮮だし、顰めっ面はやめて楽しんでもいいと思うぞ、夏月もさ」

 

「…ま、何も無いといいけどさぁ。わかんないか、何せ超高校級レベルの不運の僕がいるし」

 

「もーっ!麻堂くんってばネガティブだなぁ、何も起きないよぉ僕ことうるゆきが全部吹っ飛ばしちゃうんだから!」

 

 

各々がわいわいと過ごす中、入口に向かって歩いていく2人を見つけた。

なるほど、最初のペアはあそこなんだな…?

 

帰ってきたらどんな感じだったか聞いてみてもいいかもしれない。

そんなことを思いながらこっそりとお見送りをして、俺も自分のペアの元へと歩いていった。

 

 

 

 

NO視点

 

ザクザクと野草を踏みしめる音が響く中、男はおもむろに振り返ると、女の方へと近付いていく。

 

 

「あはは!オレーシャさん大丈夫?」

 

「……ええ、大丈夫よ」

 

 

オレーシャと呼ばれた女はやや俯きがちに頷くと、それきり黙り込んでしまう。

その様子を見た男…未依葉は小さく考える素振りを見せ、更に距離を詰めようとオレーシャに歩み寄る。

 

真隣に並び直すとその白い手をそっと手を取り、柔く繋いで暗闇へと突き進む。当のオレーシャはというと瞬きの速度を落として、繋がれた手をただ無言で眺めている。

 

その表情に薄い笑みが宿るのが見えた未依葉もまた、ゆるく結ばれた手元にじんわりと力を込めた。

 

 

「あ、オレーシャさん。もしかしたらあの物陰からお化け来るかもだし、怖かったら目瞑ってていいよ♪」

 

「そう、しようかしら…」

 

 

未依葉の己を気遣った言葉を聞き、やや安堵に息をつきながら目を瞑…

 

ろうとした瞬間、オレーシャのすぐ横から何かが飛び出した!

 

 

「きゃ……!な、なに……」

 

「んーっと…ああ、なんだ。ただのカエルみたいだよ!」

 

「……そう…。未依葉くんは、あんまり驚かないのね」

 

「あはは、軽い脅かしには強いだけだよ♪」

 

 

げこげこと喉を鳴らすカエルはどうやら生きている本物の命。

なんとなく片手に乗せてみたはいいものの、驚いた拍子に潰して殺してしまいかねないかもしれないと、そっと茂みへと放すとカエルはぴょこぴょこ跳ねながらまたどこかへ散歩をしに行った。

 

カエルの向かう先にふわりと翻る緑色の何かは、人なのか、ただの葉なのか。

二人の記憶に浮かぶのは、たどたどしい発音で笑う明るい女の子の姿だったことだろう。

 

不意に、ぼとりと何かが落ちてきた。

 

 

「……わっ!!」

 

「っ!……あ…」

 

 

どう動いているのか、未依葉の目の前でガクガクと地面の上でのたうち回る抱き抱えるくらいの大きさのリアルな人形。

上を見ると闇夜が広がるばかりで、吊るせそうなものはった。

 

はじめて驚きらしい驚きを見せた未依葉がオレーシャの様子を伺うと、予想していた反応とは真逆にどこか喜ぶように人形に視線を集中させているオレーシャが横にいる。

 

 

「いけない、可愛いお人形ちゃんが汚れてしまうわ。綺麗にしてあげないと…あら?…これ、電池で動いてるわけじゃないのね…」

 

「え、この子電池入ってないの?…どういう仕掛けで動いてたんだろ…後で統率者さんに聞いてみようかな」

 

 

オレーシャが手に持つと同時に人形はゆるりと項垂れ、ぴくりとも動かなくなる。

多少の疑念は湧きつつも、彼女はそれを気にもとめずに自分のハンカチーフの上にそっと座らせてあげていた。

 

本当は自分の部屋に持ち帰って世話したい気持ちでいっぱいなのを我慢し、オレーシャは繋いだ未依葉の手を再度視認すると、人形から離れる。

 

その後も幾度となく襲い来る恐怖に笑いつつ、驚きつつ、着実に出口へと歩を進めていった。

 

 

……たまに、驚かしたりもしながらね♪

 

 

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未依葉・オレーシャ CLEAR!

 

 

 

 

__二番目の人達、どうぞ!

 

 

そのアナウンスを聞いて移動を始めたのは3人だった。

一人は手を引き、一人は手を引かれ、一人はわくわくと期待しているような顔つきで進んでいく。

 

 

「ぁぅ、ぅぅ…ゆ、ゆっ、くり…ぃ、行こぅ…よ」

 

「何?小鳥遊もしかして、ビビってんの?」

 

「……大丈夫。うさみ。守る。」

 

 

これでもかというほど体を揺らして先へと進むのを拒むあるむを軽く笑い飛ばしつつ、歩幅は合わせている美織。あるむの反対隣には握り拳を控えめに掲げる中夜の姿がいた。

 

風の音や虫の声だけでなく、自分達が歩く度に鳴る草木葉の潰れる音にすら怯えている様子のあるむを見かねたのか、やがて美織は率先して前を歩くように。

 

それでもたまの悪戯はかかせないのか、時折こっそり後ろに回って中夜の肩を叩いたり、わっ!と声を出して驚かせようとしたりはしている様子だ。

 

 

 

ギ____ギギ キ ギギギ……

 

 

「ひ…っ、な、なに、やだやだっ」

 

 

耳障りなその音はどんどんと大きくなり、恐怖で振り返ることの出来ないあるむには今にも自分が飲まれてしまうのでは、と思うほどすぐ後ろから聞こえている。

 

 

「…あ〜…大丈夫だよ、なんか、ラジコンロボットみたいなやつ。よくあるよね、こういうのって…」

 

「…………大きい。よく出来てる。」

 

 

一方で恐怖に強いのか、中夜と美織は平然とした様子で自分らの後ろを着いてきていた大きいロボットをつんつんとつついたり、まじまじと眺めている。

 

あまりにも取り乱さないその様子にこの二人こそが化け物なんじゃないのかと思い始めながらも、二人の冷静な雰囲気に自然と冷静さを取り戻しつつあるらしい。

 

深呼吸をして落ち着こうとするあるむを見ながら、真後ろに佇むラジコンロボットのことを考える中夜の脳裏には、機械が大好きだという女の子の姿がいた。

 

 

「……出口。もうすぐ。…がんばろう。」

 

「ここ来るまでもわりとギミック沢山あったし、これ片付け大変そー」

 

「はや、早く…か、帰ろ、ぅ、早く…」

 

 

ぱきぱきと小枝の折れる音にも慣れた頃、ぼんやりとした灯りが見えてきて、一同はほっと一息をつく。

 

 

「あー、終わった終わった。小鳥遊ずっとビビってたね」

 

「ほ、ほし、星霰くんも!ぉど…脅かし、てき…きたから!」

 

「…………ふふ」

 

 

グチャリ

 

 

どこかで聞いたことのあるような、無いような、肉の潰れる音が突如響いて3人の目の前に生白い腕が落ちてくる。

 

 

「〜〜〜〜!!!!」

 

「…………!!!」

 

 

ぼんやりと映し出されるその腕、その腕の切り口から肉混じりに溢れ出る鮮血に先程までは余裕そうにしていた二人も硬直する。

 

腕よりもそんな二人に驚きながら、落下物に目を落としたあるむはとあることに気が付くと、腕を思い切り掴んで二人の目の前に突き付ける。

 

 

「……こ、これ…ジャムパンだよ!に、匂ぃ…とか、ぁ…ぁと、手触り…とか……」

 

 

…………。

 

 

「………………」

 

「バカジャネーノッ」

 

 

ドッと冷や汗を垂らす中夜と途端に早口で小学生の負け惜しみのようなことを口走る美織に、あるむは首を傾げていた。

 

 

中夜・あるむ・美織 CLEAR!

 

 

 

 

__三番目の人達、どうぞ!

 

 

「あ…私達、ですね」

 

「そうね、行きましょうか」

 

 

余裕とはまた違う、しかし冷静な様子を崩すことなく、ゆるりと微笑みを浮かべて暗がりへと足を運ぶ二人の女。

 

きっちり結われたお下げ髪を揺らすのは飛鳥。

髪先を肩に触れさせているのはレディ。

極めて穏やかな雰囲気に包まれながら、軽い世間話に花を咲かせる。

 

 

「飛鳥ちゃん、大丈夫?」

 

「はい!大丈夫ですよ、グレイさん。寧ろちょっぴり楽しみかも…」

 

 

二人が通り過ぎた瞬間、後方でカタリと音がする。

何か軽い物が石ころの上に落ちたのだろうか。

楽しみだ、と言うその言葉通りに飛鳥は迫るギミックに驚くことよりも興味を示しているようだった。

 

音の出処を探して草むらを掻き分けている飛鳥を見つつ、レディもしゃがんで草むらを触ってみる。

そうすると、代わり映えのない仄暗い灰色の中に一粒だけ、月明かりに反射して異様に輝く物が。

 

 

「あら?これ…石の中に女の人の横顔が…?」

 

「わあ、綺麗なカメオですね…!実は宝石なんですよ、それ!」

 

「そうなの?…それじゃあ宝石言葉、なんてものもあるのかしら」

 

「ええ!愛や富を象徴していると言われていて、身に付けていると愛のパワーが高まるとのことらしく…!」

 

 

二人で見るには小さすぎるそれを観察していると、ふと、グレイは先程見た人の横顔が僅かに此方を向いていることに気が付く。

 

囚われた眠り姫がその眠りから起きるように。

蝕まれた白雪姫が毒林檎を吐き出すように。

閉じられていた目は開かれ、確かにグレイと飛鳥を見つめていた。

 

 

「!…ねえ、さっきと顔が違うわ。わたしが見たのはもっと…造形っぽかったもの。」

 

「……そのようですね。そっか…まるで生きているみたいな…でも、どうやって?」

 

 

………動くことのない、動かしようのない、ものを、どうやって動かしているんだろう?

 

好奇心と探究心はそれなりに持ち合わせているであろう飛鳥は、そこまで考えてカメオを手放すことにした。

単なる恐怖や諦観では無い。ただ、調べるための一時放棄…言うならば戦略的撤退というものだ。

 

驚かせ役__モノクロックは非常につまらなそうにその様子を眺めていた。

可愛いものからかなり本気の驚き恐怖を用意しても「あら」で終わってしまう。驚かないのだ。

 

 

_______ああ、退屈!

 

 

これならどうだと最後の最後に大トリを仕掛けてやる。

のんびりと駄弁りながら歩くその無防備な背中に向かって勢いよく誰かが走り寄ってくる定番のホラー要素。

 

案の定女は振り向き、やや駆け足で先を急ぐ。

上手く行ったとほくそ笑むも、歩いたり止まったり駆けたりするその不調なリズムにすぐに不信感を抱いた。

 

 

「すごい…!なんて完璧な音の距離…!」

 

「あら、こわいわね」

 

 

一人は目を輝かせ、一人は怖がるふりをするように穏やかに笑う。

仕掛け人はこりゃダメだと肩を落とし、このまま出口に辿り着きそうな二人を黙って眺めることにした。

 

 

飛鳥・レディ CLEAR!

 

 

 

 

__四番目の人達、どうぞ!

 

 

ごく自然な流れで手を引き立ち上がる女。

力のついた自分の手とは違い細く柔く、控えめにペンだこのようなものが出来た手を密かに味わいながら、怖くない?大丈夫?等と気遣いを投げかける。

 

ヒュウ、と口笛を吹いて何やら野次を飛ばしているまどかに一言、二言と触れてやり、二人の世界の入口へと立った。

 

 

「あれぇ夢描ちゃん、それなぁに?メモ帳?」

 

「あっ、うん…!ちょっとでも漫画のネタになりそうなものあったらメモしておきたくて…」

 

 

はにかむえがきの愛らしさを再確認した女、基、ユキもどこから何の仕掛けが来るんだろうと左右前後を確かめてみる。

…ふと、何の気なしにそちらに意識を向けてみると、えがきがユキの頭部に集中していた。

 

 

「長い髪もすごく似合ってたから勿体ないけど…短い髪も似合うね…!」

 

 

面と向かって言うのはきっとこれがはじめてなんだろう。

言った本人はともかく、言われた本人もぱちくりと目を瞬かせ、じわじわと嬉しさに頬に色を付けていく。

 

 

「ど、どっちの宇留賀ちゃんも好き…だなぁ、なんて…可愛いも格好良いもあるって感じ…!」

 

「あ…ありがとねぇ夢描ちゃ〜ん!!夢描ちゃんに似合うって言われるとすごく自信が出るんだぁ、魔法みたい!」

 

 

きゃあきゃあと黄色い声が響く超平和的空間。

そんな空間に空気を読まずに入り込むのは仕掛け人の用意した肝試し用トラップ。

 

足元にピンと張られた細い紐に気付くことなく踏み付けてしまった瞬間、二人の剥き出しの項にヌメリとした冷たい粘着質の塊が何度も触れる。

 

可愛らしい声から一点、ぎゃあ!と叫ぶような声に変わりユキは思わず勢いのままにえがきに抱きついて…いや、しがみついてしまった。

 

 

「う、宇留賀ちゃんっ…?」

 

「わあああっ!ご、ごめんねぇつい!あっ…これただのこんにゃくだ…」

 

 

我に返るとすぐさまえがきから離れ、体勢を整えるユキ。

若干の物寂しさを感じつつ、えがきは抱きしめられた際に顔に押し当てられたユキの胸部の柔らかさが頭から離れてくれず、暫く顔を赤らめたままだった。

 

と、お化けも身を引くほど少女漫画的ラブパワーを存分に発揮したところで二人の足元を得体の知れない何かが通り抜ける。

無論気配に敏感になっているユキが気付かないわけもなく、大袈裟なほど反応を示して足元を見た。

 

そこに佇んでいたのは猫なのか兎なのか分からない、気味の悪い生物。その顔こそ見られないとは言えど、ゆらゆらと揺れ、キリキリだかビリビリだか上手く聞き取れない音を発している。

 

 

「ギャーー!何あれ!?もしかしてお化けぇぇ!?」

 

「わ、ぁっ!…あっ!ユ、宇留賀ちゃん、この子見てどう思った…!?その気持ち、漫画に使えそう…!」

 

 

飛び跳ねてえがきにしがみつくユキにメモ帳片手にインタビューをする最早職人魂のえがき。

気がつくとアレは音もなく二人の視界から消えていた。

…残された二人がそれに気が付くのはもう少し後。

 

 

「もう行こうよぉこんなガチなんて聞いてないんだけど!!」

 

「あっ待って、あと少しだけ…」

 

 

ただいつもよりも確実に縮まった距離にどちらからともなく、ラッキー、なんて声が聞こえたり聞こえなかったり。

 

 

ユキ・えがき CLEAR!

 



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日常編②

__五番目の人達、どうぞ!

 

 

待っていましたと言うようにはじめから二人並んで道なりに沿って歩いていく。

周りの生徒は何か珍しいものを見たかのような顔をして見送っているようだ。

 

元より仲の良かった間柄だったにしろ、これまでよりも更に親密度の上がったような…お互いを見るお互いの目や雰囲気が、どことなく違いを醸し出す。

 

 

「じゃあ、行こっか…まどか」

 

「ん…懐中電灯はおれが持ちますよ、…かなさん」

 

 

奏瑛をかなさんと呼び、まどかをまどかと呼ぶ姿は慣れているものではなく、ぎこちなさは残りつつも満足そうにしていた。

 

奏瑛の耳に何かの音が入り込む。

 

 

「…ね、まどか。何か…聞こえない?」

 

「え?…ああ、確かに。なんだこれ?聞いたことはあるけどいろんな音が混ざってて分かんねえな…」

 

 

その音は前に進むにつれて大きく響くようになり、どうやら音の正体は先に進めば分かるらしい。

手招きされているような感覚に陥りながらも二人は他愛のない話を挟みつつ、出処を探ることにした。

 

やがて叢の中に置かれた茶深い四角形を見つける。

 

 

「あ!オルゴールから流れてたみたいだね、随分年季の入った物だけど…凄いなぁ、まだ音が流れるなんて」

 

「きっと誰かにとても大切にされてたんでしょうね。ほら、ここ…掠れてて読めませんけど名前書いた跡みたいなのがありますし」

 

 

どこ?と奏瑛がオルゴールを持ち上げると、ガチャガチャガチャガチャ!!!ガンガンガンガン!!と突如不協和音を掻き鳴らし、音もなく壊れてしまった。

 

驚いたまどかは思わず懐中電灯を地面に落とす。

拾うまでの間、お互いの姿が視認出来ないほどの暗闇が確かに存在していたわけだが、そんな少しの間でこんなことが起きるとは誰が予想できただろうか?

 

 

「…うわぁっ!な、なになに…どうなってんの、これ!さっきまでは無かったよね…?気配も音もしなかったんだけど…!?」

 

「……。…、かなさん怖かったらおれ、前に行きますよ。推しを守ってこそオタクだし」

 

 

二人とオルゴールを囲むように大量に投げ出されているのはマーチングバンドの人形。どれもご丁寧に首やら足やら腕やらがない、人形好きの人が見たらある意味発狂物の趣味の悪い嗜好品。

 

体を強ばらせ固まりながら進む奏瑛とは違い、まどかは涼しい顔をして奏瑛を気遣っている。

しかしまどかも怖くないわけではないのだ。その証拠に先程から反応がワンテンポ遅れたり、会話に少々のタイムラグが生じている模様。

 

その後もなんとか恐怖をやり過ごし、肝も冷えたところでもう少し出口だ、ちら、と後ろを振り返ると、

 

 

「わーっ!ちょっとこれ後ろ着いてきてるんだけど!…えっもしかして本物の怪奇現象…?」

 

「…いや、仮に本物だとしても、ほら、向こうには物理的に強そうな人いるからきっと大丈夫、多分…」

 

「目が泳いでるよまどかく…まどか!…走ろう!うん!」

 

「……ですね、よし…っ、ああ、そこデカめの石があるので躓かないように気を付けてください!」

 

 

ぞろぞろと着いていったのか、はたまた、紐で引き摺られて来たのか、至る所が欠損しているマーチングバンドの人形達が初々しい二人を見送る。

 

その更に向こう側に、五体満足に笑っているマーチングバンドの格好をした…………………。

 

 

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奏瑛・まどか CLEAR!

 

 

 

 

__六番目の人達、どうぞ!

 

 

あからさまに嫌がる男をなんとか宥め、入口へと連れていく男。

怖いわけではなく、単純に面倒だから嫌がっているのだということも分かっていて尚、そうしているんだからタチが悪い。

 

 

「ほーら、行くぞ。大丈夫だ、きっとすぐ終わるから…」

 

「はぁ…仕方ないね。こういうのも不運故なのかな、つくづくツイてない」

 

 

ため息混じりに了承した様子の幸運を見て、流星は安堵の息をつく。

イレギュラーなイベントに何か違う幸運が見れるのかもしれないという淡い期待を抱きながら、流星は幸運の背を押し、中に入っていった。

 

 

「うわっ、何の音だ…?」

 

「何かの声を逆再生にしたんじゃないかなぁ」

 

 

「んー…あ。そこ、仕掛け役いるよ流星。ああ違うそこじゃなくて…右の方の草むらね」

 

「お。…って、何してるんだきみらは…。それにしてもよく見てるな、ドンピシャだったぞ」

 

 

期待を裏切り続ける幸運だが、流星はそんな事微塵も気にせず、むしろ至って冷静な幸運にいつも通りだと安心感すら抱きつつある。

 

一方で、流石の観察眼を持つ幸運にいとも簡単に居場所をバラされてしまい、ムードもクソも無くなってしまった奏瑛とまどかは複雑そうな表情で草むらの中からひょっこり顔を出した。

 

どうやら、自分達の番が終わった後に仕掛け役に回ってみたらしい。有りなのかは置いといて、仲睦まじげで良いんじゃないだろうか。

 

と、そこまで進み、流星はある事を思い出す。

すっかりバックグラウンドミュージックとなってしまってはいたものの、先程から微かに赤ん坊の泣き声が木霊しているのだ。

 

 

「そう言えば、今更なんだけどどっかから子供の泣き声しないか?えーん、えーんってやつ」

 

「するけどどうせ録音なんじゃないのかなぁ?在り来りだしさ。それより、流星____」

 

 

ちょん、と幸運が流星の服の裾を摘んだ瞬間だった。

流星は一本だけ伸びた草に手が触れてしまい、小さく、しかし深く指先を傷付けてしまう。

 

滲むビビットカラーを目にした途端、幸運はサッと顔色を変えて流星から距離を取ろうと二歩、三歩と後ろへ後ずさる。

 

気にする間もなく元通りとなり、先へ進もうと促してくる幸運は違和感の何者でもなく、流星は道中何度も彼に質問を投げかけた。

その答えが返ってくることはなかったけれど。

 

 

「…待てって!もしかして、俺がさっき草で指切ったのを気にしてるのか?あんなの、ただの偶然だって!」

 

「……分かんないじゃん、もしかしたら僕のせいかもしれない」

 

 

ひとつ、ぽそりとか細く返ってきた言葉といえば、そんな自分を危惧するかのような、寂しい言葉。

 

 

「アンタが傷付くのは……嫌みたいだから。どうしようもなく、」

 

 

「……大切な人を、これからも僕の不運に付き合わせるのは……とても、見るに堪えないし…」

 

 

赤ん坊の咽び泣く声が響く中、珍しくしおらしい様子の幸運が酷く愛おしいもののように見える。

 

控えめに背中に顔を埋める彼を後ろ手で撫でたいのを抑え、どうにか安心させようと言葉を選びながら足を動かしていると、あっという間に出口へとたどり着いてしまった。

 

 

「あ…。幸運、ほら、出口みたいだ」

 

 

何が、あったっけ。

肝試しという名目なのに全く怖くなかったな、なんて思いながら灯りの漏れる広場に顔を出した。

 

何処へ行っても、どれだけ進んでも、赤ん坊の泣き声が一定の距離を保っていることには気付かなかった。

 

ゴールしたというのに未だ反響し聞こえ続けていることさえ。

 

 

幸運・流星 CLEAR!

 

 

 

 

__七番目の人達、どうぞ!

 

 

「あ。私達の番みたいだよ、行こう?」

 

「…………………」

 

 

差し出された細くしなやかな手に見向きもせず、ペアを置いていきさっさと入っていってしまうその男は蒼太郎だ。

 

置いていかれてしまった女は奏撫。

なろう、組もう、と声をかけあったわけではなく、ただ自然とペアになってしまっただけなのだが、奏撫は蒼太郎とも仲良くなれるチャンスだと気合いを入れその後を追う。

 

 

「わっ…びっくりしたぁ…風で葉っぱが落ちてきただけだったのね」

 

「どんくさ、そんなんでいちいちビビってんなよ」

 

 

怯えすぎず、怯えなさすぎず。そんな絶妙なバランスでリアクションをする奏撫とは違い蒼太郎は何が起きても我関せずと先を進んでいく。

 

小走りで奏撫が追いかけるのがこの二人の肝試しの形となってしまったわけで…彼女も彼女でギミックに反応することよりも見失わないようにすることで精一杯だった。

 

 

「!……え、あ、やばいっ…かも…」

 

「………………おい、何…」

 

 

足元への注意を疎かにしてしまい、つい、何か固いものに足を取られて転げそうになってしまう。

運も悪く、何かの驚き要素も出てくる地点だったようでこのままだと奏撫はどこかを怪我するだろう…

 

蒼太郎も足を止め眉を顰めている。

…すると、突然突風が吹き、奏撫は何故か転ぶことなくその場に立っていた。

いくら突風といえど人を支えるほどの力はないのにも関わらず!

 

 

「…?あ、あれ?私…蒼太郎くん、私の事助けてくれたの?」

 

「は?此処から動いてないのは見て分かんだろ」

 

「だよね…?うーん………」

 

 

もしかして守ってくれたのかな、なんて、そんな才能を持つ一人の女の子のことを想うと不思議と恐怖は感じず、ほわほわと温まる心があることを実感する。

 

ほわほわ、ほわほわ、ふわふわ……そんな心意気を表すのにぴったりな薄ぼんやりとした柔らかな明かりが目に付いた。

 

ついでに、その明かりの少し上に浮き出ている能面の顔も。

 

ついビクリと肩を揺らしてしまい、奏撫と蒼太郎の肩が僅かに触れる。

あからさまに顰める蒼太郎の顔に反射的に謝った後、奏撫は蒼太郎にこう聞いた。

 

 

「怖くないの?」

 

「あ?」

 

 

軽く奏撫を見ると、

 

 

「怖くねえ。怖いと感じることすらねえよ」

 

 

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その声に他意がある音は聞こえたが、それ以上は聞くことなく、ただそっか。と頷くことにした。

 

怖いと感じることすら無い、と断言した蒼太郎のその堂々たる態度に多少感化されたのか、奏撫もあまり恐怖に怯えることは無くなったように思う。

肝試しに対しても、蒼太郎に対しても。

 

 

「…………。…、……。…何笑ってんだよ」

 

 

ニコニコと笑みを浮かべる奏撫に薄気味悪さを感じたのか、その無表情を少し崩し、睨みとも顰めともまた違う表情を浮かべる蒼太郎。

 

しゃんとしなさいよなんて、どこからか呆れた声が奏撫の耳を掠めるも、鼓膜の奥に響くことは無かった。

 

 

奏撫・蒼太郎 CLEAR!

 

 

 

 

__八番目の人達、どうぞ!

 

 

最後の三人はもう既に森の中にいた。

カラスやフクロウの鳴く声や風の吹く音、草葉の擦れる音が木霊する中、三人は世間話を交えて進む。

 

 

「いやぁ、此処が箱庭でなければ貴方のその細い手首に手錠でも掛けているんですけどね」

 

「あなたから誘ってきたくせによく言う…性格悪いですよ。そう思いますよね?一ノ瀬も」

 

「え?うん…?とりあえず、喧嘩はしないで」

 

 

啀み合う(片方はにこやかだが)二人を交互に見つめ、困ったように頬を掻く琉霞と、依然として不仲全開な莎莎匁と夏月。

 

警察官といえど無様に怖がるんでしょうね、と煽る夏月の言葉ににこりと笑い、

 

 

「ふふ、お言葉ですが私はこんな状況でも全然大丈夫ですよ。寧ろ楽しいので」

 

 

と煽り返す。

琉霞はその姿を見て凄いな、と思ったことだろう。

口から流石だ…と呟きを漏らしながら。

 

ザクザクと踏み潰すリズムは一切のズレがなく、これまでもいくつかは驚き要素が施されていたのにも関わらず三人はほとんど動じることなく受け流す。

…と、その時。

 

 

ガサガサッ!

 

 

盛大に登場したのは先程から身を潜めていた奏瑛とまどか。

仕掛け役になっていたといった流星のあの言葉は嘘ではなかったんだと莎莎匁はぼんやりと思い出す。

 

 

「!」

 

「ぅっ…!」

 

 

見知った顔とは言え、唐突な出来事だったからか驚き慣れていない琉霞の思考と体は一瞬固まってしまう。

そして夏月もまた、ビクついたかと思えばびたりと固まってしまった。

 

 

「あぁ、いたんですね。まぁそういうこともあるでしょう」

 

 

莎莎匁だけが至極冷静に佇んでいる。

奏瑛達はというと、久しぶりにきちんと驚いた様子を見せてくれる人が来たと喜び、満足したようだった。

 

我に返り恥ずかしそうに目を伏せる夏月を見つけ、声をかけようと莎莎匁が一歩踏み出すと。

 

 

_______ガチャンッ

 

 

何故だか周りに投げ捨てられていたティーカップが一度浮き、そして全てが莎莎匁の足元で砕け散る。

 

 

「あ…っぶな、あなたよく生きていましたね」

 

「楪さん、大丈夫?」

 

「…え?今、なんか…え?」

 

 

どう考えても人の手なしに物が浮くのはおかしい。

割れたティーカップの上を手で仰いでみても、吊り糸らしき感触はどうにも味わえなかった。

…と、いうことは?

 

 

「す、凄い…初めて見ました…!怪奇現象!」

 

「……一ノ瀬、先行ってましょう」

 

 

キラキラと目を輝かせてどうしてか感動している様子の莎莎匁。そんな彼に琉霞と夏月は心配をして損した、と言いたげに一度ため息をつくと、破片を踏まないよう気をつけながら前へ出る。

 

 

「うわ……っ!!!??」

 

 

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ブン、と気色の悪い独特の羽鳴らしをしながら夏月の顔面に迫るのは比較的大きな体の虫。

虫が嫌いだという夏月は驚き、二人を置いて走って逃げてしまった。

 

 

「ひ、柊さん…走って行っちゃったね。飛んできた虫…?に驚いちゃったのかな」

 

「まぁ…こういうのが苦手な方もいるでしょうね。世間話でもしながら追いかけますか」

 

「うん…今のは、モノクロックが用意した仕掛けじゃ無い気もするけど…」

 

 

ぺちゃくちゃと何やら話をしながら二人は、暗闇に溶けてしまった夏月を探すべく肝試しコースの中をさまよった。

 

 

夏月・琉霞・莎莎匁 CLEAR!

 

 

 

 

「あぁ、怖かったけど楽しかったねぇ夢描ちゃん」

 

「ね!こういうのも、新鮮で良かったかも…」

 

「…さ、3秒ルール…だよ、星霰くん…ジャムパン…」

 

「いやダメだから。3秒か分かんないじゃん」

 

「……そこじゃないと思う」

 

「なんていうかさ、彼らも参加してたのかなって思うよね♪」

 

「…そうね。アタシもそう思うわ、だって、話を聞くに彼ららしいものばかりだったもの」

 

「そういえばわたしと飛鳥ちゃんが見たカメオの女性も…」

 

「そう…ですね?…そうですね!今思うと、似てる気がします!」

 

 

肝試しを経て、各々が各々らしく楽しめたようで俺は安心した。やっぱり、こういう時間はある方が気持ち的にも余裕が出てくるものだから。

 

 

「オマエラお疲れ様!いいもの見せてもらっちゃったあ、アオハルだねえ!今日はこれで解散だよお、また明日、会おうね!」

 

 

モノクロックがそう言うと、俺達は箱庭を後にする。

心做しか弾んだ声で手を振るモノクロックにいつものような感情は感じず、たまには良いこともするんだな、なんて見直してみたりね。

 

 

_____



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非日常①

中夜視点

 

いっぱい歩いて、いっぱい話して、いっぱい動いて……楽しさとちょっぴりの疲れと怖さが残る体は、体力が切れて倒れるように自分の部屋のベットへと倒れ込む。

 

未依葉達が話していた内容を、うさみは聞いてしまった。

 

……やっぱり、うさみ達のときのラジコンロボットはそういうことだったのかな……。

 

楽しんでくれてたらいいな、楽しめてたのかな、なんて考えながら目を瞑ると、あっという間に夢の中。

 

このまま、起きたくない…。

 

 

__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の【被服室】まで急いで集合してください!

 

 

そんなアナウンスに反射的に飛び起きて部屋を飛び出てしまう。

……そんな。だって、早すぎる…みんなだってまだ、…まだ、うさみは何も起きない、夢を見ていたかったのに。

 

 

__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の____

 

 

ぱたぱたと急ぎ足で発見場所の被服室へと向かう。

そこにいたのは荒れ果てた末の、かつては綺麗だった……

 

 

……。…………。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「な、なん…え?なんで…?そんな…」

 

 

……狼狽える奏瑛の声が酷く頭にこびりつく。

ガンガンと容赦なく頭を打ち鳴らすその言葉はうさみには、重すぎて。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「な…夏月くん…?嘘、そんな…どうして…」

 

「……まさかもう、殺人が起きるなんて…」

 

 

奏撫の声も、莎莎匁の声も、ぼわぼわと反響を繰り返すだけで、上手く聞き取れない。

 

……泣きそうなのを堪えて、うさみは、廊下に出る。

気が付いたあるむや美織、琉霞が追いかけてくれているのは分かるけれど、何度体感しても人が死んだことを理解する瞬間は後味の悪いもの。

 

慣れられないのもあるし、きっと、慣れたくないのもある。……もし、あるむを失ったら、うさみはどうするんだろう。

 

ふと、不自然に半開きになったドアが目に入る。

気にしなければいいものを、気が動転しているのか、つい中を覗いてしまった。

 

 

「……は?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

そんな声が思わず漏れる。

だって、だって、だって……だって!

追いついた三人も中を見て騒然とする。いや、正しくは漠然だったかもしれないけれど…そんなこと、もう分からない。

 

 

__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の【会議室】まで急いで集合してください!

 

 

「ぇ、ぇ…?なん…どぅして?ね、ねぇ…」

 

「…俺にも、分からない…。けど、あんまり見ない方がいいよ、小鳥遊さん」

 

「み、皆ーーーっ!来てーーー!!!…っ、何が、どうなってんの…」

 

 

分からない。分からない。分からない。

どうして?どうして、どうして……

複数の走る音を最後に、うさみは、床に膝をついて…そこから……。

 

 

最後まで目に入ったのは、

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

別室で一人静かに息絶えた、まどかの、姿。

 

 

 

 

俺達が部屋に入ると同時に、倒れてしまった中夜ちゃんの姿が目に入る。

ギョッとしているのもつかの間、直ぐに俺も、何が起きたのか理解して、理解して、理解して………

 

彼のその姿を見て、自分が泣いているんだと気が付くまで、そう時間はかからなかった。

だって彼がぼやけて、なぜだか目頭も熱くなって、どうしようもなくなったんだから。

 

 

失ってしまった。ついに。失われてしまった。

 

 

ずっとずっと、ここに来てからずーっと俺を支えてくれた夏月くんも、ここに来てから増えた俺の大切な人だったまどかくんも、もう、生きてはいない。

 

それがどうしようもなく辛くて、受け入れたくない現実で!

……奏撫ちゃんがしきりに何かを言ってるけれど、前を向くことなんて、もう、出来ないんじゃないかって。

 

 

「…それでおしまいなんですか、歌方さん。貴方は呆気なく諦めてしまうんですか、全てのことを」

 

 

誰だ、と、顔をゆるゆると上げると、俺の前には莎莎匁くんが立っていた。

 

 

「ショックなのも分かります。絶望的なのも分かります。…しかし、私は貴方にはまだ立っていて欲しい…前を向いて、進んでほしい。…今まで積み上げてきたものを此処で、やめてしまってもいいんですか?」

 

 

その言葉は、俺に重くのしかかるもので。

どうして俺ばかりこんな重荷を背負わせられているんだろう、とか、奮い立たせられるんだろう、とか、思うことはいっぱいだったけれど。

 

何よりも、誰よりも、気にかけてくれるということ

俺なんかに希望を見出してくれていること

それが、それが、嬉しくて。

 

 

『…奏撫ちゃん、』

 

「…なぁに、奏瑛くん」

 

『……まだ、頑張ってみてもいいのかな、俺も』

 

「いい。…ダメなんて、言わない。もしも誰かがダメって言うなら、君の代わりに私が怒るから」

 

 

いつだって皆が俺を支えてくれていた。

まだこんなところで折れるわけにはいかないんだ。

 

涙を拭って前を向くと、皆の顔が良く見える。

都合のいいように捉えてもいいのなら、安心、とか、安堵、とか、とにかくそんな感じの顔ばかりのような気がして。…隣に立つ奏撫ちゃんがこくりと頷いた。

 

……これは君が持っててよ。

なんて、生きていたら受け取ってくれるか分からないけど。そっとヘアピンを髪から外してその柔らかい彼の髪に添える。

 

もう捜査に移っている莎莎匁くんだけれど、一番最初に俺を励ましてくれたのは莎莎匁くんだから。

ありがとうってその背中に言ったら、少しだけ振り向いて、どういたしましてって笑うんだ。

 

彼のように俺を支えようとしてくれてるのかなって思って、まだ俺は一人じゃないんだって実感して、どうしようもなく、安心してしまった。

 

 

【相棒交代】

柊 夏月 → 楪 莎莎匁

 

 

 

 

今回はシロが三人もいる、ということでまず遺体周りの捜査を優先し、これ以上見つからないところまで進んだらその他部屋の捜査に入ろう、ということで話がまとまった。

 

俺は未依葉くんと美織くんと一緒に飛鳥ちゃんの遺体を調べ始める。

 

 

「抵抗した感じはない…かな」

 

「うん。すやすや寝てるみたいに死んでるし…穏やかだね」

 

 

飛鳥ちゃんの遺体は酷く綺麗で、眠るように死んでいる。

彼女は一人だけ別の死に方だったようで、彼らとは違って血はどこからも出ておらず、ただその細い首に痛々しく締め跡が残されているだけだった。

 

死因が違うのには理由があるのだろうか、

思案していると、ふと二人が夏月くんの遺体の方に手を伸ばしているのが見えた。

 

 

「この刺傷は本物みたいだよ。服捲っちゃって悪いけど…見ないことには確証が得られないし、ごめんね東雲さん」

 

「でも傷跡は異様に細いし、包丁とか果物ナイフとかで刺されたわけじゃなさそう…?ねえ、後で厨房行って刃物類確認しない?」

 

 

…どうやら、刺傷の確認をしているみたいだ。

細い、となると…

 

 

『一応鋏も見ておきたいな。ほら、ユキちゃんが髪切ったとき使ってたやつとかもかなり鋭利だったし…』

 

 

そうだね、と二人が頷いたことを確認して俺達は立ち上がる。

同じく夏月くんの遺体を調べていた麻堂くん、流星くん、グレイちゃんも立ち上がり、どこかへ移動するところみたいだ。

 

邪魔しちゃったかな…途中で割り込んじゃったみたいだし

 

 

「ああ、いや俺達は図書室に行くところなんだ。ちょっと気になることもあるしな…」

 

「……葉っぱの次は紙で手切らないようにしてよ、流星」

 

「あなた達は凶器を探しに行くのよね?ついでに保健室に寄って、中夜ちゃんのこと見てきてほしいわ」

 

 

「…もう限界だったんじゃないかしら。まだ、たった17歳の女の子なんだもの…」

 

「そうだな。…同じ歳の俺だって、嫌気がさす。ま、とにかくそういうことだから!行こう。幸運、グレイ」

 

 

部屋を出る前に一応念の為に被服室を調べてみたけれど、針も糸切り鋏も凶器になりそうな程の殺傷能力は無さそうだ。

裁縫箱の中も抜き取られたものは無く、使われた形跡が残った糸がそこに置かれているだけだった。

 

…最後に、本当に最後に。

まどかくんのいる会議室を覗き込むと、捜査しているらしいユキちゃんとえがきちゃんがいたのが見える。

 

人数も少なくなってきたこともあって、今まであまり触れてこなかった遺体にも触れなくてはならないのが今の現状。

それでも二人は真剣な面持ちでまどかくんやまどかくんの周りを必死に調べてるようだ。

 

…俺も、もっと頑張らなくては!

 

 

_____

 

 

刃物というなら此処だろう、と厨房に来てみたはいいものの、どれも夕食以降に持ち出された様子も使われた様子もなく、きちんと整列しているだけの包丁達。

 

血を洗い流したにしても一切の湿りも見せず、琴梨くんのときのように濡れ滴ることもなかった。

…厨房から刃物は持ち出していないってこと?

 

 

「鋏、確か保健室にあるしちょうどいいんじゃない?」

 

「あーね、うん。じゃあ、行ってみる?」

 

 

保健室の扉を開けると、既にそこにはあるむちゃん、オレーシャちゃん、琉霞くんが座っていた。

寝ている中夜ちゃんを囲んでいて、きっとみんなお見舞いに来ていたんだろうなと推測してみる。

 

 

「!未依葉くん…!どうしたの?どこか怪我でもしたのかしら…?」

 

「ああ…良かったね。丁度今、卯佐美さん目を覚ましたところだったから…ほら、小鳥遊さんもこっちに来なよ」

 

「ちゅ、やちゃんっ!…も、もぅ、平気?大丈、夫?ど、どっか痛ぃ…?」

 

「……あ、るむ…」

 

 

震えながら彼女に抱き着くあるむちゃんは酷く心配していたようで、中夜ちゃんはその大きな目を見開いて驚いていた。

 

駆け寄ってきたオレーシャちゃんと一言二言会話をすると、未依葉くんはそのままオレーシャちゃんを連れて…というか、オレーシャちゃんが着いてきて、目的のものを探し始める。

 

 

「び、吃驚、したぁ!ぅぅ…無理しな、しなぃで…に、二度と!ぜっ…たぃ!」

 

「…卯佐美さん、苦しそうだから…ほら、深呼吸、深呼吸。…ね?大丈夫、落ち着こう」

 

「未依葉くん…?鋏なんて見て…あ、もしかしてそれが今回の凶器…だったりするのかしらね」

 

「…でも、ほんの少しだけ、髪の毛がついてる。…きっと掃除しきれなかったユキちゃんのものじゃないかな?」

 

『う、うわっ!?…か、奏撫ちゃん!』

 

「ふふ…驚かせちゃったね。これで何回目だろう…中から話し声が聞こえたから、つい入ってきちゃった」

 

 

口元に手をやって上品に笑う奏撫ちゃんは、もちろん中夜ちゃんのことも気になって、と目尻を下げる。

 

奏撫ちゃんの言う通り、刃の先には二本ほど綺麗な黒毛が残っている。

仮にこれを使って人を殺したとするなら血どころかこんなに短い毛なんてついているはずがないんじゃないか?

 

包丁、果物ナイフときて鋏も凶器候補から外れたとなるといよいよ本当にお手上げ状態。

何か見落としてるものがある…?

…でもそれがなんなのか、皆目見当もつかないんだ。

 

 

プツ、

 

 

__待ち疲れちゃったよお、そろそろ始めちゃってもいい?

 

 

__オマエラお待ちかねの【学級裁判】を!

 

 

__【裁判場】に集合してください!

 

 

「……うさみ。何も、してない」

 

「倒れていたんだし、仕方ないでしょう。中夜ちゃんは悪くないわ…」

 

「そ、捜査は…小鳥遊達が頑張った!…から、大丈夫…!」

 

「………。…うん。……ごめんね。迷惑かけた」

 

 

捜査している中呑気に寝てしまっていた、と落ち込む中夜ちゃんをじっと見つめる琉霞くん。

言葉が見つからなかったようで、すぐに床に目を落としてしまったけれど。

 

 

「……裁判場、行こう。歌方さんも…みんなも、卯佐美さんも。…進むしか、ないんだから」

 

 

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非日常②

「ねぇアンタってさ、捜査してた?なーんか、見なかった気がするんだけどなぁ」

 

「……は?どうでもいいだろ、お前の見える範囲で捜査しろとでも命令する気か?」

 

「あは、怖い。別にそんなんじゃないけど。捜査してたなら素直にそう言えばいいのにね」

 

 

にんまり笑う麻堂くんは何か証拠でも見つけたのか、いつにもなく上機嫌なようだ。

一方で蒼太郎くんは変わらず不機嫌そうに舌打ちをしているけれど…。

 

 

「ん〜っと!そもそも今回三人が殺されたわけでしょぉ、モノクロック的にはそれOKなの?」

 

「ああ、それね。言い忘れてたんだけどさあ…」

 

 

ユキちゃんの疑問に軽く反応をすると、高貴な椅子から飛び降りて俺達を包むように大きく腕を広げる。

 

 

「一度に殺せる人数は二人まで!ま、今回は許してあげるけどお…今後はそのままオシオキだから気を付けてねえ」

 

 

知らなかった情報にどこからともなく動揺する声が漏れる。

人数制限があるのはきっと、皆殺しになることは避けたいからなんだろう。そのENDを彼はきっとつまらないと評価するだろうし。

 

ちょこんと椅子に座り直したモノクロックを見たえがきちゃんは、一つ小さくため息をつくと、議論を進めようと口を開く。

 

 

「えっと…まず、三人の死因は一緒ってことでいいのかな?刃物で刺されて失血死、なんだけれど」

 

「相違なければそういうことだよねぇ…二藤ちゃん苦しそうだったなぁ、目も閉じてなかった」

 

「うん…。…東雲ちゃんと柊くんはどうだった?」

 

「夏月は大体一緒だったぞ」

 

「うんうん、刺傷も確認したけどあれは本物だったし刺殺でいいんじゃないかな♪」

 

「でも東雲は違うんだ。刺殺じゃなくて、絞殺なんだと思う…いつも首に巻いてたスカーフを使われたのかなって。刺された跡は無かったと思うけど…」

 

 

どこか不安げにしてる美織くんを支えるべく、そうだね、と頷いてみると不意にオレーシャちゃんが思い出したように声をあげる。

 

 

「そういえば…保健室からひとつだけ薬が無くなっていたの。…これって、今回の事件に何か関係あるのかしら?」

 

 

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「…ああ。それ多分、睡眠薬の戸棚だと思うよ。俺も気になったから…確認はしておいたんだ」

 

「うーん!一ノ瀬くんの証言が本物だとして…消えた睡眠薬ってかなり怪しいんじゃない?むむ…全員眠らせてから殺したってことぉ?」

 

「研究家はともかく、スパイとオタクはどう見ても眠らされたとは思えない顔してただろ」

 

「ふむ…今回の殺人においてその睡眠薬を使ったとするなら東雲さんに、が妥当ですが…でもどうしてクロは他二人には使わなかったんでしょうか」

 

「不自然だよね…クロが個人的に東雲ちゃんに思い入れがあった、とかなら分かるんだけど…」

 

 

無くなった睡眠薬。

莎莎匁くんの言う通り、使ったとするなら一人だけ安らかな死に顔だった飛鳥ちゃんに使ったって考えるのが普通だけど…。

 

そうしたらどうして、夏月くんもまどかくんもあんなに苦しそうな顔をして死んだんだろう。

どうして、飛鳥ちゃんだけ…?

 

 

「……単純に、研究家を殺してるとこをスパイとオタクに見られたから口封じで殺したんだろ。だからあの二人は刺殺なんじゃねえの?」

 

 

蒼太郎くんがそう言うと、グレイちゃんがゆるりと首を縦に振り、

 

 

「ええ、わたしもそうだと考えるわ。おそろいね」

 

 

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と、蒼太郎くんの意見に同意する。

 

そっか。口封じなら、手間暇かける余裕なんてとてもじゃないけど生まれないから…。

 

 

「それじゃあ、次は凶器について話そっか。私は、厨房にある包丁とかナイフとかだと思うんだけど…」

 

『ううん。クロが使った凶器はそれじゃないと思うよ、奏撫ちゃん。多分、包丁もナイフも夕飯以降は誰も使ってない』

 

「そっか…そういえば、未依葉くん達は刺傷まで確認したんだっけ。そこからなにか分かることってあったりした?」

 

「ああ!そういえば、お客様の刺傷はかなり細かったんだよね。何ヶ所か刺されたみたいだけどそのどれもが浅いみたいで…だから、鋏を使ったんだと思うよ。もちろん保健室にある鋏は調べてみたけど、あれは今回は関係ないみたい」

 

「そう…となると、あとは被服室にある糸切り鋏とか裁ち鋏とか…になるのかしら」

 

「うんうん、そうだと思うよぉ。…ってことは、才能的にオレーシャちゃんか中夜ちゃんってことになったりするのかなぁ」

 

 

ユキちゃんがそう呟き、ちら、と二人を交互に見る。

オレーシャちゃんも中夜ちゃんも、反論したげな表情でユキちゃんを見ていた。

 

裁ち鋏か…。

あれ、でも被服室に裁ち鋏なんてもの、あったか?

 

 

「待て、中夜がクロは不自然じゃないか…?だってそれって自分で殺しておいて倒れたってことになるだろ?」

 

「まあ普通は有り得ないですね。……なんだか、こんなに呆気なく分かるものとは思いませんが」

 

「つまりクロはオレーシャさんということになるんでしょうか」

 

 

疑いがオレーシャちゃんに向いているのが肌で分かる。

お前が三人も殺したのか、と言いたげな雰囲気が、オレーシャちゃんを追い込んでいくんだ、

 

見かねた未依葉くんが口を挟むより早く、えがきちゃんが彼女を守った。証言という、とても強いシールドで。

 

 

「待って!それは…ちょっと違うと思うんだ。オレーシャちゃんはクロじゃないの!だって、アナウンスが鳴ったときわたしと一緒に居たんだから…!」

 

「…………どうなんだよ、ドール作家」

 

「……ええ。そうよ。肝試しでネタを閃いたからって頼まれて…だからアタシ、モデルになってたの。えがきの描く漫画のね…ユキがどうのって言って大っぴらにはしたくなかったみたいだけれど」

 

 

オレーシャちゃんの目線の先には、きっとヤキモチを妬いてしまったんであろうユキちゃんがじとりとえがきちゃんを見つめていた。

 

そんな事は露知らず、えがきちゃんは誤魔化すように咳払いをするととにかく!と話を進めた。

まあ、つまりオレーシャちゃんにはアリバイがあるってことだよね…。

 

クロ候補もいなくなってしまった今、本当の本当に詰んでしまったように思える。

凶器も見つからず、謎も謎のままで…一体これからどうしたらいいんだろうか。

 

 

「ねぇ…夜中さ、アンタと東雲ちゃんが一緒にいたとこたまたま見ちゃったんだけど、あのとき何してたの?」

 

 

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「…………………」

 

「あれ、聞こえてないのかなぁ。それとも自分じゃないって思ってる?…アンタに言ってるんだよ、人形師の卯佐美ちゃん」

 

「……。…………なにもしてない。ただ会っただけ」

 

「…っ…中夜ちゃ、んが…クロなわけなぃ…っ、て、適当、言わなぃでよ…っ!」

 

 

あるむちゃんが中夜ちゃんを守ろうと麻堂くんにたてつき、吠える。

中夜ちゃんは少しだけ冷や汗を流して受け答えをしているのがここからでもよく見える。

 

その様子は、少し焦りがあるように見えて。

 

 

「……動機。動機ない。……だからうさみは…」

 

「…そうだよな。中夜には三人を殺す動機がない。…仲が悪いとか喧嘩をしたとかっていうのも、ないだろうし。幸運の言うことを否定するわけじゃないけど…」

 

「動機があろうがなかろうがそんなのどうだっていいんだよ。証拠だってお前の部屋から出てきてる。…いちいち言い逃れすんな、面倒くせえな」

 

 

蒼太郎くんは血がべっとりと付いた大きな裁ち鋏を俺達の前に提示した。

その鋏を見た瞬間、中夜ちゃんは顔を青くして唖然としていたからきっとこれは中夜ちゃんの持ち物で間違いないだろう。

 

 

「…ああ、なるほど。終夜さんは皆さんの個室を調べていたんですね。道理で見かけなかったわけです」

 

「…その鋏、中夜ちゃんの部屋から出てきたってことは…やっぱりそういうこと…になるの?」

 

「…でもっ!そんなの…ちゅ、中夜ちゃんの部屋入った、終夜くんが偽装したかもしれなぃ…じゃん!」

 

「その可能性も無くは無い…ね。推理漫画でもよくあるし。…わたし達が捜査してない場所だから、嘘ついてても分かりっこない…」

 

 

そうすると、彼女はふるふる…と首を横に振って、

 

 

「夏月くんの遺体の傍に1222、と数字が残されていたことは覚えているかしら。…調べてみても意味が分からなかったけど、今、分かった気がするわ」

 

「1222、とは12月22日の事…つまり冬至ね。…図書室で調べたときに知ったの。知ってたかしら?「中夜」って、冬至の異称らしいのよ」

 

「…頭の良い柊くんが遺しそうなメッセージ…状況的にも、偶然にしては出来すぎてると思うなぁ」

 

「つまり柊ちゃんは最後の力を振り絞って、卯佐美ちゃんがクロってことを教えてくれたわけだね。…で、アンタはどうするの?チェックメイトだと思うけど」

 

 

夏月くんの遺体の傍にあったダイイングメッセージも紐解かれ、中夜ちゃんは黙り込んで俯いてしまった。

あるむちゃんはそんな様子を見て、顔を青くして言葉を失う。

 

 

「ふわあ…今日の裁判は静かだねえ。そろそろ投票に移行しても大丈夫そうかなあ?」

 

 

欠伸を漏らしながら木槌片手にゆらゆら揺れているモノクロックは俺達の言葉に耳も傾けず強引に裁判を進行していく。

 

 

超高校級の歴史研究家 【東雲飛鳥】

超高校級のスパイ 【柊夏月】

超高校級の芸能人オタク 【二藤まどか】

を殺したクロは?

 ▶︎卯佐美中夜

 

 

「大大大正解!そう、今回のクロは中夜ちゃんでしたあ!か弱い見た目に反して武力的だねえ!」

 

 

「……………そうだよ。うさみがクロ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「…聞かせてくれる?お客様がどうして殺人なんてことしたのか…さ」

 

『俺も、知りたい。こうしたわけにはなにか理由があるんでしょ…?』

 

 

何か吹っ切れたように、中夜ちゃんは教えてくれた。

東雲ちゃんを殺した理由…夏月くんを殺した理由を。

 

 

「…肝試しが終わった後。うさみ…すぐ行動した。………飛鳥を呼び出して眠らせた。苦しめたくなかった。…首を絞めてたら夏月に見られて……それ、で…」

 

 

「……蒼太郎のそれ。…形見。持ってたその裁ち鋏で夏月を刺した。抵抗されて、引っ掻かれて…。……ほら、これ。証拠。」

 

 

そう言って袖を上げると、中夜ちゃんの白い腕には痛々しく真新しいような引っ掻き傷があった。

血が出たにもかかわらず、手当はしなかったんだろう。

衣服に擦れて血が伸びて固まってしまっていた。

 

 

「どう殺したのかは分かったけど…どうして、殺したんだ?」

 

「そうね…アタシも知りたい。何かしら、動機、あるんじゃないの?」

 

 

そこから、中夜ちゃんの語った動機は、少し夢見がちで…それでいて、酷く純粋なものだった。

少しの穢れもなく、ただひたすらに信じているような…。

 

 

「……だって。死ねばやり直せるって。今まで死んだ人も…死んだら、生まれ変わって、幸せに人生をやり直すことが出来るって」

 

 

「…………肝試しにも参加するって。きっと楽しんでくれるって。…………でも本当に。そうだった…でしょ?……未依葉達も。…もしかしたらいたのかなって…言ってた、よね」

 

 

「……………うさみ。あのディスク見ちゃったから。…飛鳥…苦しんでた。……だから楽にさせてあげたかった。もう苦しんでほしくなかった。………幸せになってほしかったから」

 

 

「……うさみは悪くないって。…オレーシャ。言って、くれた…。うさみ。悪いことをしたのかな…。…奏瑛を苦しめてた。……ごめん、なさい。…ごめんなさい、ごめんなさい…」

 

 

俺に向かって何度もごめんなさいと呟いて、必死に罪の意識に耐え続けようとする中夜ちゃん。

それはその体で支え切るにはずっとずっと重くて、大きいものなんだ。

 

死体を見た瞬間の俺の姿に重なって、ああ、きっと俺もあんな感じに見えていたんだろうと、場違いにも程があるほど客観的に見据えてしまう。

 

 

「そっか…。ねえ、卯佐美ちゃん。今の言い方だと、まるで誰かに「死ねばやり直せる」とか「生まれ変わって幸せにやり直してる」とか言われたみたいだけど…それって誰かに言われたものなの?」

 

 

えがきちゃんのその質問にぴたりと止まると、何度も何度も何度も何度も、ぶんぶんと首を振って否定する。

「言えない」と。

…その行動は、誰かに言われたと確信させるには事足りるものだった。

 

 

「では、東雲さんと柊さんを殺したことは分かりましたが…二藤さんはどうなんです?二藤さんについては言及されなかったように思えますが」

 

「そうだね。ねえ、卯佐美さん。二藤さんのことはどうして何も言わないの?」

 

「……う、さみ。……うさみっ、うさみは。……まどかを……っ?」

 

 

何かを言おうとして、中夜ちゃんは途端に首をガクンと下に提げてしまった。

驚いて身を乗り出した瞬間、中夜ちゃんの首をアームが掴んでいたことを知る。

 

そう。クロとされた人間がオシオキに向かうときに付けられる、人を人のように扱わない、あのアームが。

…どうしてモノクロックは何も言わずに中夜ちゃんのオシオキを実行しようとするんだ。

 

 

「待っ…ま、待ってよ!!…中夜ちゃん、ぃ、今何か…ねぇ!連れてぃかなぃで!なんでっ…今まで、クロの言葉…聞いてくれてたのに…!」

 

「うぷぷ…なんのことお?クロは特定されたし今まで通りオシオキに向かうだけ!さあ、レッツゴー!」

 

 

「ていうかあ、今まで死んできた子が未練もなく冥土を満喫してるって思い込めるなんて、とんだシアワセモノだねえ」

 

 

「そんなわけないでしょお、ぜーんぶボクの作った仕掛けだったのに!」

 

 

……モノクロックのその言葉に衝撃を受けた中夜ちゃんは、みるみるうちに力を無くして成されるままにアームに引き摺られていく。

 

 

「……ぜっ、……全部。……嘘…?」

 

 

「……あ。うさ、うさみ。…うさみは。……っ、まどかころした、……!」

 

 

中夜ちゃんの声は、遥か彼方に消えて聞き取れなかった。

耳の良い奏撫ちゃんもきっとそう。

 

オシオキ場所へ連れていかれる際中夜ちゃんはずっと誰かを見ていたような気がするけど、ガクガクと不安定に揺れるその目では誰を見ているのかが分からない。

 

俺を見ていたような気もするし、あるむちゃんを見ていたような気もするし、全然別の人を見ていたような気も…。

 

 

✿ クロ が 特定 されました

 オシオキ を カイシ します

 

 

 

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✿ オシオキ 完了

 

 

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「おい。今の裁判どういうことだよ。…本当に人形師が三人も殺したのか?」

 

「時計ちゃん…今のは私も、不自然だなって思うの。第三者がいるような、そんな予感が…」

 

 

裁判終わり、蒼太郎くんと奏撫ちゃんがモノクロックの元へと行き今回の裁判の不審点をあげていた。

しかし当のモノクロックは聞いているのかいないのか、悠長に口笛なんか吹いていて。

 

しかし、今回の裁判は極めて異例だ。

おかしい。おかしい。……そもそも、マジックの種明かしをするように毎回クロの反抗手口を説明する彼が、今回に限っては何も言わずに終わろうとしている。

 

 

「ありゃ…ダメだね全く聞いてないよぉモノクロックてば。都合悪いのかなぁ、あはは…」

 

「まあ、分かりやすくていいんじゃないかな…。今回は、謎が多かったしね…教えてよ、モノクロック」

 

「……あのねえ。もし仮に別のヒトがまどかくんを殺したんだとしても、どの道オシオキされるのは中夜ちゃんだったよお。同時に殺人が起きたとき、最初にヒトを殺した方が優先されるからさあ?…知ってたんじゃないのお?」

 

「知らない、俺シラナイ。そんなこと…というか重要なこと言わなすぎでは…?なんでそんな常識ですけどみたいな感じで…」

 

「常識でしょお!…っていうかあ、いいのお?オマエラ、気付いてないみたいだけどお…」

 

 

「中夜ちゃんの殺人に手を貸したヒトがいるとしたら、ソレはオマエラの中にいるってこと!…うぷぷ…愉快犯なのかなあ?絶望的なことをするヒトもいるもんだねえ」

 

 

「いいのお?いいのお?そんなことを証明したいのお?友情!努力!絶望!それこそがオマエラの求める代名詞なのにさあ!すぐに仲間を疑うことがクセになってんだねえ!」

 

 

うぷぷぷ、と笑う声が反響する裁判場。

……疲れきった俺の頭は最早、何も考えられなくなって。

 

 

ただ幸せだったあの瞬間を、幾度も思い返してしまうだけだった。

 

 

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4章【歓迎を裁つ事気付かず】

 

 

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chapter4.5『犯された原罪』
非日常


「……ああ、この状況はちょうどいいかな」

 

 

ぽつり。独り言のようにか細く呟くと、彼は此方を振り向いて寂しそうに笑った。

 

 

 

 

「ちょうどいいって…どうしたのぉ、麻堂くん」

 

「…………幸運?」

 

 

僕を親友だと言うおかしな女の子、僕を好きだと言うおかしな男の子と出会ったせいで、今までの僕のゴミみたいな人生は少しだけ贅沢なものになったような気がする。

 

ずっと、ずっと、諦めていたけれど。

…こんなにもなって、未だ大切なものが出来るだなんてきっと神様も予想してなかったでしょ?

 

 

『ね。流星…裁判前に渡したもの、まだ持ってる?』

 

「……ああ、持ってる。…けど、君、今何をしようとしてるんだ」

 

 

流星がポケットからソレを覗かせたのを見て、捨ててはなかったんだって少しだけ安心した。

捨てる時間が無かっただけかもしれないけれど。

 

分かるでしょ、あのときも言ったんだからって笑って、ポケットに手を入れると静野ちゃんが少しだけ真剣な顔をして止めてきた。

 

 

「…たまたま聞こえてたけど、もししようとしているなら辞めた方がいいよ。少なくとも、彼は望んでいないだろうから」

 

「未依葉くんは…何か、知ってるのね。…貴方が聞いたことってきっと、嫌なことなんだわ」

 

 

超高校級のマジシャンなんて名乗っておいて、一番消してほしい僕の才能は消してくれなかったのに。…こういうときだけ、触れようとするのはずるくない?

 

 

『ねぇ…思ったことなんだけど、才能が不幸ってなんだろうねぇ…。僕が一体全体何をしたって言うんだい?』

 

 

半ば自虐的に笑うと、暁美ちゃんが苦しそうに僕のことを見ていることに気が付いた。

やだなぁ、同情なのかなぁ…同じじゃないのに寄り添おうとするの、本当に嫌だなぁ

 

 

「きっと何もしてない!幸運くんは…何もしてないよ。だから、そんなに辛そうな顔は…」

 

『そう。そうだよ、暁美ちゃん。何もしてない、なのに生まれたときから定められた才能。酷いよねぇ…本当に』

 

 

一度溢れた言葉は止まらない。

涙でも出ればもっと感傷的になれたんだろうけど、生憎僕の涙はいつの頃からか流れなくなった。

 

ボロボロと剥がれていく。

今までなんとか形を保っていた、僕の心も、僕の本音も。肝試しになんて参加しなければよかった…そのせいで、予定が早まったんだ。

…決意したのは僕自身の意思だけどさ。

 

 

『…そんなの……』

 

「……そんなの…なんですか?…私を目の前にして、貴方の思い通りにはさせたくありませんよ」

 

 

楪ちゃんが何かを言って構えてる。

どうでもいいよ、そんな正義感なんて…。

結局、僕達は他人なんだから。…僕が何をしたって、それがアンタの何かに影響するわけでもないだろうに。

 

 

『…そんなの…世界が、神様が、僕に死ねって言ってるようなものじゃないか………』

 

 

シン、と静まり返ってしまった。

誰かひとりくらい、なんか言ってくれればいいのに。

 

思い返せば、僕の人生は波乱万丈だった。

 

産まれる前から呼吸が止まってしまった僕は帝王切開で生まれてきた。

なんとか息を吹き返して今を生きてはいるけれど、それが幸運だったとはとてもじゃないけど思えない。

 

僕の名前が「幸運」なのは、そんな奇跡みたいな産まれ方をしたからかもね。母親からすれば、ラッキーだったんだから。

 

そんな母親も、母親どころか父親も、小学校低学年の頃に死んじゃったけれど。

連れていかれた孤児院でも幸せなんて掴めなかった。

 

内蔵の一部を売買されたせいであっという間に身体中が傷跡縫い跡でいっぱい。

頭に鉄骨が落ちて丸2年植物状態だったこともあった。

僕の髪はみるみるうちに白くなったけれど、誤魔化すように染めてみたりもした。

 

不運だらけで不幸だらけで、なんのために生きているのかもなんのために生かされているのかも分からない。

ううん。わかる方がおかしいよね。残念なことに僕は僕の人生に希望を見い出せるほど頭は悪くないから。

 

だからこそ宍戸奉憧が憎かった。大嫌いだった。

 

超高校級の幸運だなんて平和な才能を貰って幸せに生きてきたんだろう、何の苦しみも知らずに生きてきたんだろう。

 

アンタの幸運の犠牲になるのはいつだって僕みたいな不運な人間だっていうのに気付かずに今までのうのうと暮らしていたんだろう!

 

…そんな男も、偶然の事故で呆気なく死んだけど。

不運な僕よりも不運だったあの瞬間確かに僕は気分が高揚した。心地よかった、夢のようで。

 

 

「ぁ、ぁど…麻堂くん…?」

 

「麻堂くん、死なない…よね、死のうとしてないよね…?」

 

 

ああいけない。自分からはじめたんだから、責任を持たなくちゃ。…なんて、思ってもないことを思うのはこれで何度目なんだろうね?

 

小鳥遊ちゃんと歌方ちゃんの不安そうな顔が本当に面白くて、ついうっかり、笑ってしまった。

もう少しだけ、話してあげてもいいかなぁ…。

 

 

『僕の髪の毛、本当は綺麗なストレートだったんだよ。本当に自慢だったんだ…黒髪でさ』

 

 

『痩せ細って傷だらけで荒れていて、こんなにも惨めな僕の体。…どうして、こうなっちゃうんだろうねぇ』

 

 

だから、だから、だから。

 

 

『あははっ』

 

 

「っ!…ちょっと、貴方それわたしが貸した…!」

 

『あんな嘘信じちゃうなんて、Ladyちゃんは随分平和な世界だけを見て生きてきたのかなぁ』

 

 

適当なことを言ったらあの子が簡単に貸してくれた綺麗なナイフを首にぴたりと当てる。

どうしよう。どうしよう。今、ここで、終わらせられるんだ!他の何者でもない僕自身の手で!

 

最後に。一目だけ、先生…いや、流星。流星を、見た。

流星は真っ青になって胸元を抑えているみたい。

僕がそうさせてしまっているんだ、やっぱり僕は、何をしても良い子にはなれないんだね…。

 

でもアンタのためでもあるんだ。

僕はアンタに幸せに生きていてほしいから。

僕なんかの不運のせいで幸せになれないのは、もう見ていたくないんだ。

 

 

『…あの日も言ったけどね、流星。アンタを僕の不運に付き合わせるのは見るに堪えない。…とても。とても、だよ』

 

 

勢いよく首に当てていたナイフを引いた。

確実に、絶対に頸動脈が切れるほど、すごく力を入れて。

 

血管がぶちぶちと切れて血が飛び出ていった。

 

 

『あぁ……僕は…なんて…幸福なんだ…』

 

 

僕は非力だから、上手く首を掻っ切れなくて。

ブチュブチュ、ブチ、グチュ

なんて耳にするには生々しい音が響いて何も聞こえない。

 

不思議と痛みは来ない。

ただじんわりと、熱が伝わるだけ。

 

まるで、羊水に包まれた赤ん坊に戻ったようで。

 

ゆらゆら揺られて、揺れて、そのまま、堕ちていくのが分かる。堕ろされているのを感じる。

 

ああ、それと。

 

僕は見ていたよ

 

あの子が見ていた アンタのこと

 

 

『ア゙……ッ、はは……っ』

 

 

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そうして僕の世界は暗転。幕を閉じて、舞台が終わった。

 

これはそう。

世界一神様に愛されなかった、可哀想な少年のおはなし。

 

 

 

 

呆然とするしか、なかった。

大きく痙攣を起こしていたのも、やがては尽き、呼吸音さえ滞る。

 

薄皮一枚何とか繋がっているだけのその首は、倒れた際の衝撃によって首のすわっていない赤子のように小さくぷらぷらと揺れていた。

 

さらさらと流れていく麻堂くんの血液は麻堂くんをも染め上げていき、床を伝って俺の足先まで辿り着いた。

 

 

「……アンタなんでしょ、か。…麻堂さんは、何を知ってたのかな」

 

「…………。……おい、理学療法士。この不運に何か貰ったんだろ」

 

 

麻堂くんから1ミリも目をずらさずに考え込む琉霞くんの傍らで、蒼太郎くんが流星くんに話しかける。

 

は、と我に返ったんだろう。

動揺しながらも、流星くんはポケットに手を入れ、彼に貰ったという1枚の紙切れを取り出した。

 

 

「…「ありがとう」、か。…そういうことほど、声にして伝えなくちゃいけないんじゃないの。…死人に口なし、だけど。せめて、麻堂が悔いなく逝けたのなら……」

 

 

たった一言だけ。

小さく、ありがとうと書かれたその紙には、よく見なくても分かるほど何度も書き直した跡があった。

 

 

4.5章【犯された原罪】

 

 

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chapter5『星花で飾るスノーグローブ』
日常①


手元の小さな画面に現れたのは天真爛漫な明るい女の子。

 

からからと笑うその笑顔はとうの昔のものだった。

 

 

【やったやった!あははっ!】

 

 

これを彼らが見たらどう思うんだろうか。

この笑顔を削ぎ落としたのは此処にいる全員なのに。

 

ただでさえ桜の散り様を儚げで美しいと評するほど能天気な国だ。例え目に見えて動いたり話したりはしなくとも桜だって生きている。命があった。命が絶たれたその瞬間にいちいち感動を覚えるようなバカな国!

 

ぷつ、と途切れる音が聞こえて手元の画面に意識を戻す。先程の女の子が今度は画面に向かって笑っていた。

 

 

【…あーしは世子子きる!よろしくね〜!!】

 

 

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ぷつ、

 

 

【やくそくらよ!】

 

【…わたし、雨野千晴!よろしくね!】

 

 

ぷつ、

 

 

【泣き虫な男はだ、だめだよね…】

 

【…あのっ、俺っ一条、琴梨…です】

 

 

ぷつ、

 

 

ひたすらに流れていく24人分の動画。

それはいつから保存されていたのか。

誰が保存していたのか。

 

きっと自分ではないんだろう。

いつの間にかここにあった。

しかし、それでも。そうだとしても、

 

ただ何も言わずに___はそれを眺めていた。

目を、口を、月のように歪ませて。

 

 

流星視点

 

寂しい、寂しくない、で表すとするなら寂しいが答えなんだろう。

でも寂しさよりも勝るのは息苦しさだった。

 

安心して息が出来ていたのは幸運がいたからだ。

ストレートな物言いにはいつだってヒヤヒヤしていたし、時として注意だってしてきた。

それでも、その真っ直ぐな言葉に助けられていたのも事実で。

 

目の前に倒れているのは血塗れのまま動かない幸運。

今まで見たどの顔よりも幸せそうで、満ちていて!

…なんて、今まで何人もの友人が死んできているのに、自分の大切な人が死んだ途端これだから…。

 

俺は存外、酷い男だった。

 

ぼんやりと、ただその血溜まりを眺めているだけだったから気が付くのが遅れてしまった。

幸運の遺体が無くなってること。

幸運の遺体をモノクロックが引き摺っていること。

 

何とか繋がっていた首が、床に擦れ続けたことによりぷちりと切れてしまう。一寸の間、胴体と首が離れた状態を見てしまった。

 

そんな様子に嘔吐く人もいるし見てられないと顔を背ける人だってるのに、アレはああいけないと独り言を呟きながら頭を持ち、尚も足を引き続ける。

 

怖い。怖い。モノクロックが怖い。

本当に子供か?

干渉してはいけない生き物だ、これ以上は。

 

ああでも、でも……。

 

 

『待ってくれ!…どこに連れていくんだ?今まで連れていかれた人はどうなったんだ?』

 

「え?なあに、急に…まだヒミツ!壱華ちゃん達も、もちろん幸運くんも、いるべき場所に戻ってるだけだよお」

 

 

分かってはいた。

聞いたところで素直に教えてくれるわけがないと。

でもだからといってああそうですかと引きたくなかった。はじめて俺は、モノクロック相手に食い下がることをしたと思う。

 

 

『頼むモノクロック。どうせ最後になるなら、せめて、丁寧に埋葬してやりたい。後で掘り返してもいい!だから今はまだ、幸運を連れていかないでくれ…』

 

 

自分より頭何個分も低い相手に頭を下げる。

ぱちり、と幸運と目が合う。

何度見てもその顔は、幸せそうだった。

 

 

「……仕方ないなあ!ヘンなコトしないでよお、終わったらちゃあんと回収するからね!」

 

『!ありがとう、じゃあ…少しだけ、もう少しだけ一緒にいよう、幸運……』

 

 

モノクロックは持っていた幸運の足から乱雑に手を離し、頭を抱えて少し離れた壁際にしゃがみこむ。

その近くに立っていたユキが話しかけたような声が聞こえてきた。

 

その後の会話は知らない。

少しの時間を貰って、幸運を弔っていたから。

 

 

「幸運。……幸運、俺、……………なんて、……んだ。…本当に…どうして、俺は…」

 

 

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日常②

奏瑛視点

 

流星くんが麻堂くんを抱き抱えて他の部屋に移動したすぐ後のことだ。

ユキちゃんがねぇねぇとモノクロックに話しかけていた。

 

 

「さっき死体の回収場所はまだヒミツって言ってたけどぉ、それっていつかは教えてくれる〜ってことでいいの?」

 

「う〜ん、気分だったらねえ。オマエラって案外図太いんだもん」

 

「図太いとか、えぇ、アンタがそれ言う?一応人並みの神経して生きてきたとは思ってるんだケド…」

 

「あはは…多分、時計さんの言う図太い、は違う意味なんじゃないかなぁ…?」

 

「美織くんの思う意味でも、えがきちゃんの思う意味でも、嫌味には変わりないと思うわ」

 

 

そうでしょ?と答え合わせのようにグレイちゃんがモノクロックに聞くと、モノクロックは大きく頷いて仁王立ち。

 

 

「図太い!図太いよお、だっておかしいでしょうまだ13人も生きてる!ボクの予定ではもう8人くらいの予定でさあ…」

 

 

その態度と言葉に思わずため息をついてしまった。

たまに一味違う優しさに触れることあれ、やはり彼は彼でその何者にも変わりないんだ。

奏撫ちゃんもこめかみの辺りを軽く抑えながら呟く。

 

 

「…あのね、私達からしたらもう13人も死んじゃってるんだよ…?それなのに、時計ちゃんはまだ満足してないの?」

 

 

それに言葉を返すことなかれ、もちろんだ、と言いたげに裁判場を出て、廊下に備えられた窓を見る。

何も変わらない大きな大きな桜の木がそこらに立っていた。

 

……でも、こんなに生えていただろうか?

 

 

「…歌方さん、暁美さん。皆さんも。そろそろ、休んだ方が良いかと…私が此処で待ってますし、皆さんはどうかご自愛ください。…知識はあっても治療技術は兼ね備えてませんので倒れられては困りますから」

 

『そんな!ささめくん一人に任せられないよ、俺も残る!…ダメ?ダメって言っても、残るけど…』

 

「んじゃ俺は二人に任せて先に休んでようかな。あ、一緒に行く?オレーシャさん」

 

「……ええ。お部屋の前までお見送りさせてほしいわ、未依葉くん」

 

 

お先に♪と手を振って裁判場から出ていこうとする未依葉くんはどこか顔色が悪くて。

心配から思わずその細い腕を掴んでしまう。

 

 

「…奏瑛?未依葉くんがなにかしたのかしら…?」

 

『あ、いや…ただ、冷や汗かいてるみたいだったから具合悪いのかなって思って』

 

「え〜?そうかな、そう見える?」

 

 

やっぱりそうだ。いつもの笑顔じゃなくて今の笑顔は、なんていうか…こう、無理をしてる感じ。

 

 

「……。…はは。…実は、あーゆー死体はあんまり好きじゃなくてね……だからあんまり、見ていたくないんだ。………ごめんね」

 

「…ううん。謝らないで、未依葉くん。無理していつも明るくいる必要は無いんだもの…おやすみ、また明日ね」

 

 

奏撫ちゃんが優しい微笑みを浮かべると、少し安心出来たのか未依葉くんの肩から力が抜ける。

おやすみ、と返して彼は今度こそ裁判場から出ていった。

 

 

いつもなら後ろをついていくオレーシャちゃんも、今ばかりは彼の横について移動する。

見世物じゃないとでも言うように自身の体で未依葉くんを上手いこと隠しているあたり、本当に彼の事が好きなのだろう。

 

彼らが出ていくのと同時に、少し後ろからこそこそ話をするような声量で話してる声が聞こえてくる。

 

 

「小鳥遊さん、大丈夫?」

 

「……ぅん。」

 

「…大丈夫じゃないみたいだけど。…そっか、…小鳥遊さんも、無理しない方がいいよ」

 

「ぅ、ん。……ぃ、一ノ瀬くん…も、……」

 

「………うん、お互い様にね」

 

 

それきり、会話は終わったのだろう。

肩を並べて裁判場を後にした。

 

出て行きざまに琉霞くんが何かを呟くと、あるむちゃんは一度肩をびくりと揺らして顔を抑える。

きっと、泣いてるんだろう。…そう思うと、はじめてちゃんと泣いているところを見たな、なんて。

 

そうして遂に、残ったのは俺と莎莎匁くんの二人だけ。

厳密に言うならモノクロックもいるんだけど、今は俺達と会話をする気がないのか、離れた場所で座ってる。

 

少しも動かないその様子がまるで壊れた時計仕掛けの人形みたいで、ちょっとだけ背中に冷たいものが流れたけれど。よく見ると呼吸するように小さく体が上下していたから、きっとただ黙ってるだけなんだろう。

 

 

「そういえば…歌方さん。二藤さんとはその…お付き合い、されていたんでしょうか?肝試しの際どこか距離が変わったような気がしまして」

 

『…ううん、付き合ってなかったよ。でも…あはは、情けない話なんだけど。俺、きっとまどかくんのこと好きだった…、…って、今更ね』

 

「失ってから気付く恋だとしても、ちっとも情けなくなんてないですよ。とはいえ辛いことを聞いてしまいましたね、すみません」

 

『あ、気にしないで!不躾だけど失った、って点ではゆずくんも一緒だし…むしろ、俺は君の方が心配だなぁ』

 

 

そうですか?なんて言ってくすくすと笑う彼は出会った頃から大きく変わることはない。それでもふとしたときに思い出してしまうのは、一番最初の悲劇の上の、莎莎匁くんの顔だった。

 

感情が追いつかず、どんな表情を浮かべればいいのか分からないといったあの……完全な無でもない、複雑で、悲しそうな顔をした莎莎匁くんのことが忘れられない。

 

もし、心配させまいと我慢してるなら。

もし、警察官として在ろうとしてるなら。

 

他の誰でもなく、俺が支えてあげたい。

 

……まどかくん。俺はね、君とならもっと頑張れる気がしたんだ。この絶望的な状況から君と一緒に奇跡的に出ることが出来たとして、その先もずっと隣で君の頑張りと俺の結末を見てみたかった。

 

 

『本当は少しだけ、もう挫けたいって思うところもあるんだ。でも皆が俺を支えてくれてる。それがどんなに嬉しいことか、凄いことか、有難い事にもうとっくに分かってるから…だから、俺は前を向くことを辞めたくないんだ。もちろん気張り過ぎない程度で!』

 

 

『ねえ、ゆずくん。君もあんまり頑張りすぎないでね。君ばかりが頑張る必要なんてどこにもない、警察官としていなくたっていい。…せめて、此処では楽に息ができるように…俺の、大切な友達なんだから』

 

 

そういうと、莎莎匁くんは驚いたように目を見開いて固まった。かける言葉を探してるのか、口元だけが小さく動いているのが分かる。

 

ふ、と気の抜けた笑顔。

 

 

「貴方という人は本当に…なんて、希望だ。…もしも、本当にやり直せるとして。それでも私は貴方が紡ぎ、繋いだ然るべき未来の方を見てみたい。……今、此処にいる方々をすくっている貴方のお傍でね」

 

 

くすくす、さっきと同じ笑い方だけど。

眉と目尻を下げて安心したように笑う、ただの少年の莎莎匁くんがそこにいた。

 

俺達は顔を見合わせて笑う。

いつのまにか戻ってきていた流星くんが困惑したように此方を見ていて、いつのまにか隣に立っていたモノクロックが麻堂くんを抱えてる。

 

自室へと並んで戻りながら何の気なしにちょっとだけ覗き見た流星くんの顔は、スッキリしていた。

 

 

 



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日常③

琉霞視点

 

息が詰まるような感覚。

あまり見慣れない光景がそこに広がっていた。

 

 

「〜〜〜っ、ほ、星霰くん、もぅやめて…」

 

 

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「ほら、ほら。どうなの?俺は見たんだからね、小鳥遊が……」

 

 

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顔を真っ赤にして縮こまっている小鳥遊さんと、そんな小鳥遊さんを揶揄うようにしてちょろちょろと周りを彷徨いている星霰さん。

 

胸の奥あたりがあまり気持ちが良くないけれど、どうしてだか分からない。水でも飲めばマシになるか?

それにしても、何の話をしていてそんなに表情を変えているんだろう。見たことがない顔だ。

 

 

「あぁっ、一ノ瀬くんナイスタイミング!僕達、君に聞きたいことあるんだけどぉ」

 

『…?俺に聞きたいことって、なに?』

 

「星霰くんが興味深いこと言ってたの。ねね、一ノ瀬くんと小鳥遊ちゃんって…」

 

 

夢描さんは口元に手を添え、俺の耳元まで寄せる。

付き合ってるの?なんて、予想もしていないことを聞かれて少しだけ呆気に取られてしまった。

せいぜい仲良いの、くらいだと思っていたから。

 

違うよそういうのは何もないよって答えれば深読みするように俺と小鳥遊さんを交互に見る。女の子が恋愛話が好きというのは、どの時代においても本当らしい。

 

ふと、視線を感じて後ろを振り返ると、一瞬だけ小鳥遊さんと目が合う。すぐ逸らされたけど。

 

 

「…ねぇ夢描ちゃん、ほんとになんもないのかなぁ」

 

「いやこれは…ある、立派にあるよ宇留賀ちゃん」

 

 

…よく分からないな。

自分のモヤモヤも、目の前で何か納得してる二人ともも。

俺からしたら、これで付き合ってないという宇留賀さん達の方がよっぽど噂になりそうだと思うけど。

 

 

「………………本当、やってらんね」

 

「でも最近は慣れてきたんじゃないかな、蒼太郎くんも。ほら、だんだん一緒にいる時間、増えてきたでしょ?」

 

「は?…超高校級共揃って脳内花畑かよ」

 

 

毒つく終夜さん、あくまで穏やかに貫く暁美さん…。

なんだか今日は一段と明るい気がする。

少し前の日常だった時間を過ごしてるようで心地いい。

 

 

「………ってことでさ、教えてくれない?一ノ瀬。昨日のこと」

 

「ふふ…なんだか微笑ましいわね。わたしも気になるわ、琉霞くん。美織くんてば、ずっとその話をあるむちゃんにしているんだもの」

 

 

昨日…?昨日、何かあったっけ。

小鳥遊さん関係で何かあったとすれば、夜に少しだけ話をしたくらいだけど。…放っておくのは酷い気がして、口下手ながらに励まそうと思って。

 

それを伝えれば、星霰さんはそれだけ?と言う。

宇留賀さんも、夢描さんも、レディさんも、何かを期待したような目を向けてくるけれど…逆にそれ以上に何をやることがあると言うんだ。

 

でも、元気が出たみたいでよかった。

口下手な俺の言葉で安心してくれたなら…それで、満足かもしれない。

 

 

奏瑛視点

 

「うおっ、なんだきみ達ここにいたのか!廊下を歩いてても奏瑛とオレーシャ、未依葉しかいなかったから探してたんだよ」

 

 

ガチャ、と音を立てて入ってきたのは流星くん。

 

なんだか頭髪に違和感があると思ったら、頭頂部の山藍で染めたような灰色がかった青緑が伸びている。

染めてたんだな、と思いながら地毛?と聞くと少し間を置いてからそうだと頷かれた。

 

続けて未依葉くんとオレーシャちゃんも顔を覗かせる。

 

 

「あれ本当だ、お客様方勢揃いだね?元気そうでよかった!」

 

「…もしかして、何か集まる約束とかしてたかしら…?アタシ、聞いてなかったけれど」

 

 

…元気そうな様子で、よかった。

 

 

「ただの偶然だよ、人って不安になると無意識に話し声が聞こえるところに集まっちゃうのかもしれないね」

 

 

奏撫ちゃんがふるふると否定をすると、三人は安心したように息をついていた。どうやらよほどの思いで探していたらしい。

 

 

「あ…グレイ!このあと時間あるか?ほら、きみが言ってた…」

 

「いつでも大丈夫よ、流星くん。あなたの都合のいいときに始めてくれてかまわないわ」

 

 

ジ、と彼らのやり取りを見つめる蒼太郎くん。

なにか気になるのだろうか、逆にその視線が気になったのか、グレイちゃんが丁寧に教えてくれた。

 

 

「なんてことないの。ただ、わたしが…ほら、腕を負傷しちゃったでしょう。そのリハビリについて相談したかっただけよ」

 

「そうそう!やっと才能を生かせると思ったし、何より約束をしてたからなぁ。尚更いないことに焦って…まあ、いたから良いんだけど」

 

「別に誰も聞いてねえよ、アンタらの約束事なんて」

 

「…そう?てっきり気になってるのかと思ってたけれど…思い違いだったかしら?」

 

 

うざ、なんて吐き捨ててそれきり目を瞑る蒼太郎くん。

でも納得はしたんだろう、流星くんとグレイちゃんが会話を続けてても、もう気にする事はなかった。

 

翌朝。

 

 

__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の【多目的室】まで急いで集合してください!

 

 

__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の____

 

 

鳴り響く何度目かの聞き慣れたアナウンス。

 

普段はモーニングコールがてら一日の始まりを教える内容のものなのに、今日は違う。

 

感じ慣れない、次は誰がという焦燥。

寝癖もそのままに走る。ドアを押し開け、壁に当たった扉の角が鈍い音を立てた。

 

自室の部屋が晒されようと最早どうでも良かった。

それより、それよりもだ。それよりも気掛かりなことがあって、

 

 

死体発見アナウンスが二回、鳴った。

 

 

思い浮かぶのは前回のこと。

中夜ちゃんが三人殺したとき、死体発見アナウンスは三回鳴った。一人見つかる度に一回鳴るのだと認識を改めた記憶は真新しい。

 

だからつまり 見つかったのは二人の死体

 

 

「ぁ……ああっ……」

 

 

ひと足早く現場についていたえがきちゃんが口元に手を当て、後退りながら嘔吐く。

走り込んだ勢いでそのまま部屋の中を覗くと

 

 

_____狭い部屋に酷く籠った、血臭

 

 

 



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非日常①

きっときっと、きっとね罰が当たってしまった

だって一番大切な人の一番大切な日を

見届けられなかったんだから

 

誰も悪くない

でもこのままじゃ誰も救えないの

 

夢は夢であるように叶えられなかったものの叶えた先の未来なんて捏造でしかない、想像でしかない

所詮は再現、もう分かってたの知ってたの

 

痛い、痛い…頭が、割れていく。

ああ、ごめんなさい、でもお願いもう逃げさせて、…虚空の中耐え続けたことの意味なんて、なかったのかもしれない

 

無数にある幸せの象徴を演出するわたしが、たった二人の幸せだけを思い描いて生きていたから…神様もきっと、怒ってしまったのね

 

わたしにやり直せる権利は、渡されなかった

 

 

 

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覚悟して、受け入れてはいた。

 

コロシアイで助かることはあまり考えなかった。

 

ただいずれは訪れる死を、たった今まで。

 

感じたことといえばやっと虚勢から逃げられる、ただそれだけ。

 

自殺なんて出来やしない。そんな度胸は生憎無い。

それでも口先だけの虚勢は留まることを知らなくて、ただただ、誰かが終わらせてくれるのを願っていた。

 

死こそ絶対の救済、なんてよく出来た言葉だ。

 

グチャグチャと、頭の中が響く。

響いてるだけで実際は音なんて何も無いのかもしれない。

 

そんな事を考えていたら、いや、もしかしたら思うよりも早く…俺は一人静かに呼吸を止めた。

 

俺、後悔していることなんて、ないんだ。

本当に…どうして、俺はこんな所で、こんな事に巻き込まれてしまったんだろう。

 

俺の方こそ、不運だったな

 

 

 

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……きっと、以前よりは素早く捜査に切り替えることが出来ているんだと思う。それはきっと良いことなんかじゃないんだけど。

 

凭れ掛かるようにして冷たく項垂れているグレイちゃんにそっと触れ、彼女が息絶えていることを確認する。

傷付いたあの日よりも遥かに量のある血液が流れ出ているから、止血してみたところでもう遅いんだ。

 

 

「レディさんの服、乱れちゃってるみたいだね?クロに殺されそうになって抵抗したのかな」

 

「これ…ねぇ未依葉くん。これ、何かしら…」

 

 

俺と一緒にグレイちゃんの遺体を調べていたオレーシャさんが、未依葉くんの名前を呼びながら彼女の傍らに添えられた血文字を指さす。

 

彼と一緒に指の先を見ると、グレイちゃんが残したんであろう何かの文字が書かれていた。

 

 

「6…?それとも、9かしら」

 

「う〜ん…何の事かさっぱりだね。数字にも意味があるって言うし、博識なレディさんだからそれを伝えようとしてるのかも」

 

 

未依葉くんはどうやら図書室に向かってみるようだ。

6、それか9の意味が分かればいいんだけど…

そもそも、数字かも分からないんだけどね。

 

グレイちゃんの頭の少し上には血の塊が。

少し頭を傾けて、グレイちゃんの後頭部を触ってみるとかすかに血に濡れたような感触がした。

 

どうやら、クロと揉み合って…それか、クロに抵抗して、此処に頭をぶつけてしまったらしい。

打ちどころが悪かったんだろう、グレイちゃんは苦しそうにも悔しそうにも痛そうにも見える表情のままだった。

 

そのまま椅子に座ったまま息絶えている流星くんの方へと向かう。

 

近付いて分かったことに、俺は驚きに小さく声を上げてしまう。

素人ながらにも死因は別だと瞬時に察する。

 

首に刺したような跡があり、血液の中に何か…異物のようなものが浮遊物として点々と混ざっていた。

 

 

「っ…ち、小さぃので、さ、刺した…?のかな…首、か、かん…貫通、してない、し…」

 

「うん…それか、首から差し込んで中の何かを傷付けたか…って言ってもさ、普通に生きてたらまず思いつかないし非現実的だよねそんなの」

 

「あ…ううん、あのね星霰くん。思いつくことはなくても、そのやり方を知る方法ならあるかも」

 

 

心配そうに見つめるユキちゃんの横からひょっこりと顔を出すと、えがきちゃんは人差し指を立てながら教えてくれた。

 

 

「アナウンス鳴る前に漫画の資料探しに図書室に行ってみたらね、漫画が置いてあったの。で、その中の…何巻だったかな、10巻か11巻に首から棒状の凶器を刺し入れて脳を素早く掻き回して殺す…って描写があったよ!」

 

「え!?グロ!ていうか夢描ちゃん、チラ見だったのによく覚えてたねぇ」

 

 

ナイス記憶力だと褒めるユキちゃんにはにかんだえがきちゃんはだから、とそのまま続ける。

 

 

「クロももしかしたらそれを参考にしたのかも…どうしてかは分からないんだけどね」

 

 

図書室には確か未依葉くんとオレーシャちゃんも向かったはず。しかし二人はとっくに部屋を出ているため、俺もその漫画を見に図書室へ向かうことにした。

 

 

「あ!確認しに行くの?その漫画…えっと、■■って言うんだけど、1巻と2巻はわたしが借りてるからその分空いちゃってると思う」

 

『うん、分かった。ありがと、えがき先生!』

 

 

……部屋を出て直後、真後ろから声をかけられる。

 

 

「おい、お前…」

 

 

蒼太郎くんだった。

 

何処に行くと聞かれたから素直に図書室を捜査しに、と答えると彼は少し黙って自分もついて行くと俺の斜め後ろに立った。

 

急な事にさすがに動揺を隠せず、平常でいようと思いいつも通り話しかけた声は震えている。

これまでの彼を見ていても集団行動はおろか、特殊な場面を除いて自ら話しかけることはなかったから。

 

 

「………死刑囚相手に緊張してんなよ。ああ、それとも俺が死刑囚だからか?犯罪者が背後取ってんだもんな。……期待してるとこ残念だろうけど安心すれば?別にアンタにいちいち興味なんて持たない」

 

 

自傷気味に笑うような声で皮肉を垂れる蒼太郎くん。

違う、そういうわけじゃない、それを伝えたところで睨みつけられるだけだろう。

 

図書室に向かうまでの間、酷く気まずい無言の時間が流れる。

わけもわからず体が緊張し始めて、不意に此処に来た当初のことを思い出す。そういえば始まりのあの日もこんな気持ちだったな、なんて。

 

無限ループでもしてるんじゃないかと思うほど長く感じた廊下がようやく終わりを見せた。

図書室の灯りが漏れ出しているのが分かってホッとするのと同時に蒼太郎くんから再度声をかけられる。

 

 

「別に超高校級共が揃ってどうなろうと知ったこっちゃねえよ。ただお前のお人好しもそこまで言ったら悪意そのものだな。今じゃなくたって身を滅ぼす、お前のせいで絶対に」

 

 

…その言葉の意味が、はじめは分からなくて。

何を言われたんだろう、どんなことを伝えたかったんだろう。…噛み砕いて飲み込むうちに、ああ嫌味を言われているんだと。

 

俺のせいで、絶対に。

そう言った蒼太郎くんの目は射殺すほど鋭いものかと思ったけれど、そこまでの強靭さは持ってなく、むしろただぼんやりと眺めるように曖昧な目だった。

 

ほとんど無意識の行動だったんだと思う。

 

多分、あの言葉にそっか、とかうん、とかとにかくそんな感じの返事をして図書室に入ったんだ。

俺達が一緒にいるのを見た未依葉くんがちょっと驚いてたのだけははっきりと覚えている。

 

 

『どうだった?数字の意味分かった…?』

 

「残念だけど収穫無し!数字の意味が乗ってる本なら見つけたんだけどね」

 

「6のページも9のページも、特にそれらしいものは無かったわ。だから…もう帰ろうと思っていたのだけど」

 

「でもお客様方もここに来たってことは別のものを探しに来たってことでしょ?俺達を迎えに来てくれたわけでも無さそうだし!」

 

「探すなら早く探せよ、時間が惜しい」

 

「あら……いつの間に仲良くなったのかしら?」

 

 

ふざけてんのかとオレーシャちゃんをじとりと見る蒼太郎くんだけど、オレーシャちゃんは気にも止めていないのか、本棚の薄いホコリを指でなぞっていた。

 

えがきちゃんの言っていた漫画は…ああ、もしかしてこれかな。

 

一箇所にぽつんと置かれた漫画コーナー。

少女漫画や童話絵本、ファンタジーな内容の中に1シリーズだけグロテスクな内容のものが入っていた。

 

題名は…うん、■■!これで間違いない。

 

彼女が言うには10巻か11巻だと言っていたけれど…どうしてか10巻までしか置かれていないみたいだ。

1、2巻も無いけれど、さっきえがきちゃんが借りたと言っていたから、今は気にしなくていいだろう。

 

次の漫画との間にある不自然は一冊分の空白が、あるはずの11巻の存在を匂わせていた。

えがきちゃんの話では、彼女は死体発見アナウンスが鳴る直前まで此処にいた。だから、きっとあるはずなのに…

 

 

と、そのとき。

 

 

__待ち疲れちゃったよお、そろそろ始めちゃってもいい?

 

 

__オマエラお待ちかねの【学級裁判】を!

 

 

__【裁判場】に集合してください!

 

 

…ああ、まただ。

捜査をもう少ししたい、という時に限って流れるお決まりのアナウンスにくらくらと目眩がする。

 

あと何回、繰り返せばいい?

この、悲劇を。

 

 

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非日常②

「始まってしまいましたね、またしても殺人は」

 

「そう…だね。時間は限られているし、まず、二人の死因から話していかない?」

 

 

奏撫ちゃんが裁判を進行しているのを見て、琉霞くんが頷きながら口を開く。

 

 

「確か、レディさんは頭をぶつけたことによる失血死…だったよね?」

 

「ええ。LadyGreyの上に大きく血がついていたし、打ちどころが悪かったんじゃないかしらね」

 

「理学療法士も同じなのかよ」

 

「ううん、不知火はまた別。なんて言えばいいんだろアレって…」

 

「し、不知火くんはね、こ、こう…く、首!首から、脳みそぐ、ぐちゃ、ぐちゃ…って…」

 

「うぅ〜、小鳥遊ちゃんの説明、生々しすぎるよ…脳損傷、ってやつなんじゃないかなぁ」

 

「脳損傷…なんだか、レディさんの殺し方に比べて不知火さんの殺し方は酷いね」

 

「そうだね、でも…なんだか、穏やかに見えた気がするの。…私の気のせいなのかな?」

 

「いや、不知火は確かに穏やかだったよ。対して、レディグレイは穏やかじゃなかったから…多分、不知火は受け入れたんじゃないの?」

 

「不知火さんは背丈の大きい人ですから、男性であってもあの方法で殺害するのは難しいでしょうけど…彼直々の協力の元でなら、不可能ではありませんね」

 

 

確か、流星くんは192cmだったはず。

俺とでさえ16cmも差があるんだから、俺よりも大きい…それこそ、普通ならユキちゃんや蒼太郎くんを疑うんだろう。

 

でも流星くん自身が殺害を受け入れ、クロに協力してわざと殺させたなら誰であったも犯行は可能になる。だって流星くんがしゃがみさえしてくれれば、どれだけ背の小さい人にも殺せてしまう。いやそうなればきっと背なんて関係なくなるんじゃないか?

 

 

「で、でも、れでぃちゃんは?れ、れでぃ、ちゃ…ぃ、痛そ、だったよ?」

 

「確かに!そもそもグレイちゃんと不知火くんで殺し方が違うのも気になるよねぇ…」

 

「レディさんの髪も衣服もすごく乱れてたから、きっと沢山抵抗したんだと思う」

 

「あ、そういえばね、グレイちゃんの遺体のすぐ傍にダイイングメッセージ残ってたんだけど…みんな、見てる?」

 

「確か6、それか9とも見れる一文字のものでしたね。…申しわけないですが、私はあの文字に意味を見出すことが出来ませんでしたね」

 

「6…9…ええ、なんだろう。誰かの誕生日とか?なわけないか、これから死ぬってのに…」

 

「ねぇねぇ静野くんとホーネットちゃん!数字の意味のこと調べに行ってたよね、なにか分かったりした?」

 

 

ユキちゃんのその問いかけに、未依葉くんとオレーシャちゃんは揃って首を横に振る。

数字に込められた意味は分かってもグレイちゃんが込めた意味までは分からかなかったって。

 

ちょっぴりだけガッカリした様子のユキちゃんをちら、と見ながらえがきちゃんは首を傾げた。

 

 

「そんなに、じっくり見たわけじゃないんだけどね」

 

 

「そもそもあの文字って数字…なのかな?」

 

 

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「ぅ、じゃ、じゃぁ…ぇがきちゃんは、ぁ、なんて見ぇ、見ぇた?す、数字…じゃなく、って」

 

「う、うーん…なんとなく、アルファベットのb…に見えるなあって」

 

「b?…bでも、分からないね。レディさんは一体何のことを表したんだろう…?」

 

「分からないついでで申し訳ないんだけれど、流星くんの殺害方法はかなり…酷いものだったでしょう?それって、簡単に思いつくものなのかな」

 

「あ!それ、それねぇ図書室にある漫画を参考にしたんじゃない?って夢描ちゃんが言ってたよぉ」

 

「………は?漫画?ああ、だから俳優はあの場所を……」

 

「漫画…へぇ、図書室にそんなものも置いてあったんですね。それはどなたかが確認されたんでしょうか?」

 

『あ、うん。俺と…あと、蒼太郎くんと未依葉くん、オレーシャちゃんで見に行ったよ』

 

 

本当は未依葉くんとオレーシャちゃんはほとんど合流に近かったし、蒼太郎くんがなんで着いてきたのは今でも分からないけど。

 

 

「でも、■■の11巻は無かったの。…きっと誰かが借りてるのね」

 

「え?でも夢描ちゃんと僕、最後まで図書室いたけどぉ…誰も借りになんて来なかった、よねぇ」

 

「……そうなの?夢描と宇留賀がいたときは11巻あった?」

 

 

美織くんがそう聞いて、ユキちゃんとえがきちゃんがうん、と頷くと美織くんとあるむちゃんは困惑したように顔を見合わせている。

 

 

「ぁ、ぇと…ぇ?ほ、星霰く、ん…ど、どぅ、どぅぃぅこと…?な、の?」

 

「…多分、ソウイウコトなんじゃないの?だってほら、あの二人、アナウンス鳴る直前まで居たって言ってたし…」

 

 

あのさ、と美織くんは声を出す。

 

 

「俺と小鳥遊、捜査中に見つけてんだよね。その11巻、…………オレーシャの部屋にあったん、だけど?」

 

 

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驚いて、パッとオレーシャちゃんの方を見るとオレーシャちゃんもまた目を丸くして驚いていた。

 

 

「…え、オレーシャちゃん…の部屋で見つけたの?それって、本当?美織くん、あるむちゃん」

 

「ぅ、ぅん…み、みんなの部屋、見て…め、めぼし、ぃの…そ、それ?くらぃだっ、たよ」

 

「でもオレーシャさんがクロなら、bの意味も分かる気がする。君ってビスクドール作家…でしょ?ビスクドールのbだったんじゃないの…?」

 

「…今の話、本当?オレーシャさん。違うなら、ちゃんと違うって言わなきゃ」

 

 

オレーシャちゃんは黙り込む。

ぐるぐると瞳を回らせ、ただ困惑しているようだった。

 

その姿はプレ裁判の時のようであり、前回疑われたときのようであり……今回も、また嵌められたんじゃないか?

 

そう思って、聞こうと思ったら。

 

 

「墓穴掘ったんじゃねえの?ドール作家」

 

「…?どういうことですか、墓穴とは…今までのオレーシャさんの発言になにかおかしなところがあったと?」

 

「フン、警察ともあろう人間が情けねえな。教えてやろうか?そもそもな、タイトルを知ってんのは別として…」

 

 

「そこの俳優が探してたのが■■の11巻だって、なんでお前がそれを知ってんの?」

 

 

「だ、って…アタシ、図書室に一緒にいたじゃない。奏瑛が11巻を探してたって、それくらい分かるわよ」

 

『あれ?俺、それオレーシャちゃんに言ってたっけ…?』

 

「ううん。歌方さん、そんなこと言ってなかったし俺は今この裁判ではじめて知ったよ。漫画を探してるんだろうな〜ってのは分かったけど…」

 

「でも、あのときなかったのは11巻だけだったでしょう」

 

「えっ違うよぉ1巻と2巻もないよ、だって夢描ちゃんが借りてったんだもん!しかも何巻〜とか話してるとき、もうホーネットちゃん先に図書室行ってて聞いてなかったはずじゃない?」

 

 

話せば話すほど、騙りが剥がれていくようで。

それが分かったのか、オレーシャちゃんはそれ以上口を開くことを止めた。

 

 

「…だんまり、ですね。そうですか…ですが決めつけるわけには行きません。他に証拠や手掛かりはありますか?あるのなら、それを見てからクロを決めてみても遅くはないでしょう」

 

 

「…。……グレイちゃんのね、手を見たらかなりはっきりと何かの跡が残ってたの。時間が経っても消えないくらい…。多分、何かを強く掴んだときに普段身につけてるオペラグローブのシワが食いこんじゃったんだと思う」

 

 

「でもグレイちゃんが死んでいた場所付近に、グレイちゃんが咄嗟に掴めそうなものはなかった。…だから、グレイちゃんはきっとクロの…例えば腕とかを掴んで抵抗したんじゃないかな?ね、オレーシャちゃん。…腕、見せてもらえる?」

 

 

「……。…………ぃゃょ」

 

「ォ、ォレーシャ…ちゃん、…ど、どぅして?…み、見せて?クロ、じゃ…なぃなら……」

 

「…ねえオレーシャさん。知らないなら、教えるね。この状況での拒否は、ただ自分の首を絞めるだけ」

 

 

「あの場で夢描さん達の会話を聞いてなければ関係してるとも思わない漫画の、しかも探している巻数を知ってたり…何も無いなら見せられるはずの腕を見せようとしない。誰も、君をクロじゃないなんて思うわけがないよ」

 

 

「ねぇ…クロは君なんでしょ?超高校級のビスクドール作家のオレーシャさん」

 

 

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シン、とした空間に響く木槌。

 

 

「そろそろ投票に移行しても大丈夫そうかなあ?…うぷぷ……さあ、マホウの力でクロを決めよう!」

 

 

超高校級の理学療法士 【不知火流星】

超高校級のブライダルモデル 【LadyGrey】

を殺したクロは?

 ▶︎オレーシャ・ホーネット

 

 

「だ〜〜〜〜〜〜い!正解!素晴らしいねえ凄いねえ、ここまで全問正解だよお才能あるねえ!」

 

 

「…そうね、アタシがクロよ」

 

 

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非日常③

_____

 

 

随分と分かりやすくどうして?…なんて、聞きたそうな顔をするのね。

どうせアタシの負けなんだし、教えてあげようかしら。

 

まずね、アタシは流星を狙った。

適当に「力仕事を手伝ってほしい」って言ったら二つ返事で簡単に引き入れてくれたわ…拍子抜けだった。

多少は警戒されると思っていたもの…。

 

そうして作業中にしゃがんだところを殺そうとしたのよ。…失敗したの、タイミング良く避けられて…アタシが、流星を殺そうとしたことが流星にバレてしまった。

 

でもねそこで誰か人を呼べばいいものを、流星はアタシに殺されてくれるかのように振舞った。

憎みも恨みもしない…むしろ、…そう言われたら、その厚意を踏みにじるわけにはいかないでしょう?

 

……死ぬ間際、「ありがとう」って言われたわ。

アタシは別に流星の為に動いたわけじゃなかったのに。

 

ああでもそうね。…なんとなく、覚えてた漫画の通りに殺したのは…情けだったのかもしれない。きっと苦しむことなく、直ぐに死ねたでしょうから。

 

そうして、少しの余韻に浸っていたら。

きっと約束場所に現れない流星を探しに来たのね。Greyが多目的室に入ってきたの。貴方たちだってこれがどういう意味か分からないほど、もう無知じゃないものね。

 

見られたのよ。殺害現場。

見られたから、殺したの。

だってアタシバラされるわけにはいかなかった…。

 

でもGreyは別に死にたがってたわけじゃない。

むしろ、生きたかったんじゃないかしら?

生きようとしていたからこそリハビリについて知ろうとしていたんだと思うわ。

 

当然だけれど抵抗されて…そうね、奏撫の言う通り。…ほら、アタシの腕…白いから痣も見やすいでしょう。Greyの手の形なのよ、一体、あの体のどこからそんな力を出したのか…

 

痛みのあまり、だったか…それとも殺意のあまり、だったか…突き飛ばしたら鈍い音を立てて、Greyは死んだわ。

 

……これが、アタシが二人を殺した方法とその流れ。

何かわからないことはあるかしら?

 

 

_____

 

 

「…まず、ですが。二人も殺したことに対して罪悪感はありますか?」

 

 

厳しい顔をしてオレーシャちゃんを問い詰める莎莎匁くんに、思わず生唾を飲んでしまう。

それほど今の場は冷たく下がっていた。

 

 

「いいえ?だって二人までなら殺したって構わないのよね、モノクロック」

 

「うん!そうだよお、ちゃ〜んとボクの話を聞いてた証拠だねえ、えらいえらい!」

 

 

貴方の大嫌いな"ルール違反"では無いもの、とせせら笑ったオレーシャちゃんはそのまま首を傾げる。

 

 

「大体、殺人の目撃者を生かしておく馬鹿がどこにいるのよ」

 

 

そんな、あまりにも…残酷な言葉の裏でいつものように佇むオレーシャちゃんに、はじめての恐怖を感じて。

何も言えなくなってしまって、ただ、手元に視線を落とすことしか出来なかった。

 

 

「えっ…とぉ、それじゃあ、動機は?動機、きっと何かはあるんだよね?」

 

「レディさんを殺したことは偶然にしても…不知火さんを狙ったことには理由があるはずだよ」

 

 

考えるようにして、オレーシャちゃんは口を開く。

 

 

「…アタシの可愛い可愛いお人形ちゃんを、助けてあげるため。動機はきっとこれね。…流星を狙った理由なんて無いわ、誰でもよかったの。都合が良かったのが、流星だっただけ」

 

 

「アタシが一目惚れしたお人形ちゃんはね、家事で焼けて失くなっちゃった。もう一度会いたい…もう一度触れたい…それこそ目に入れても痛くないほど可愛かったんだもの、…アタシの後悔は誰よりも強いのよ!」

 

 

「貴方たちと生き残って、なんて…そんな悠長にしてられないの、次はアタシが殺されるかもしれない…そんなの嫌!アタシは早く此処を出て早くやり直すって決めていた、だって待ってられなかった…」

 

 

「…親しい子達と大好きな人形を天秤にかけたとき、遥かに大好きな人形の方が重かったわ。ならとっとと誰かを殺して人数を減らして少しでもアタシがやり直せるように!…上手く行けば、バレなければ、このままやり直せるはずたったから!」

 

 

「後悔のために人を殺した。やり直すために人を殺した。自分のために人を殺した。ええそうねこれが全てかもしれない。でもこれってそんなにおかしい事かしら?だって今までもずっとそうだったじゃない!」

 

 

言葉を区切り、肩で息をする。

聞いたことの無い声量で叫ぶオレーシャちゃんは、その白い顔を真っ赤にして俺達を睨みつけた。

 

そんな彼女に返事をしたのは、美織くんだ。

 

 

「…おかしい事だよ、どう考えても。人を人が殺す理由におかしくない事なんてあるわけない!……俺、は。お前は誰も殺さないと思ってた。…お前にだけは誰も殺してほしくはなかった…!」

 

 

オレーシャちゃんは静かに美織くんに目を向けて、そして………

 

一気に、豹変した。

 

 

「うる……っさいなぁ!!!関係ないでしょ…!?アタシが誰も殺さない…?殺してほしくなかった…?そんなこと押し付けんな、勝手に分かった気にならないでよ!!!」

 

 

「大好きなお人形ちゃんのためにアタシは動いただけ、人間以外の物が恋愛対象なのってそんなにおかしい事なの!?そうやってアタシの否定してばっかで楽しいのかよ!!!」

 

 

「アタシはただ…お人形ちゃんが大好きで、大好きで、大好きで、たった数ヶ月一緒にいた貴方たちよりもずっと大切だっただけ…」

 

 

「会ってちょっとしか経ってない貴方たちとこのままチャンスが来るのを待つくらいなら、人生を狂わせてくれたお人形ちゃん達を取り戻すチャンスを自分で作ろうと思っただけよ!!行動もできない意気地無しに説教されたくないわ!!!!」

 

 

ふぅふぅと興奮して荒い息を繰り返す。

ギリ、と音が鳴るほど強く証言台を握る彼女はまさに鬼の形相で、ビスクドールのように綺麗な表情は一変して般若の面のように恐ろしかった。

 

 

「…ぁ、…ォ、ォレーシャ、ちゃん…?な、なに…こわ、ぃよ…?ぉ、落ち、落ち着ぃて…!」

 

「っ…ホーネットちゃんっ!…もう、分かったから…もうこれ以上はやめて!」

 

『…ねえ、オレーシャちゃん。みぃはくんのことは?…ずっと、着いていくくらい…好きだったんじゃないの…?人間以外の物が恋愛対象だとしても、…人間のみぃはくんのことは、…ことだけでも、大好きだったんじゃないの?』

 

 

俺の言葉を聞いたのか、吠え続けていたものを止ませ、必死に落ち着こうとぐちゃぐちゃの頭を整理しているようだった。

 

悔しそうに唇を噛む。

誰よりもやり直すことを望んでいたんだろう、やり直したいと願っていたんだろう。

…俺達が暴いたせいで、その夢は断ち切られたんだから。

 

何分か経った頃、オレーシャちゃんはすっかりいつもの表情に戻っていた。

アームに引きずられて服を汚したくないと言って、自分の足でオシオキ場へ向かうようなことを言っていた気がする。

 

……歩きながら、聞いていた。

 

 

「…ごめんね未依葉くん。アタシ諦めきれなかったの…でも貴方なら、いつもみたいに笑って許してくれるでしょう…?」

 

「………オレーシャさん」

 

「どんなオレーシャさんも好きだったけど、今のオレーシャさんのことは俺…すごく嫌いだよ」

 

 

「君という人間は最悪すぎる。不快極まりないね」

 

 

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「……………」

 

 

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「そう」

 

 

✿ クロ が 特定 されました

 オシオキ を カイシ します

 

 

 

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✿ オシオキ 完了

 

 

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遂に、半数以下になってしまった。

あまりにも減りすぎた生きている人間と、あまりにも増えすぎた死した遺影。

 

ここに入ってくる度、何人がいなくなってしまったのかが嫌でも分かってしまって…だから、これ以上は何も起こってほしくない。

 

 

「うぷぷ…さらなる絶望がオマエラを襲うよお!これは未来予知!うぷぷ…うぷぷぷ…」

 

 

そんなことを言って出ていったモノクロックを誰も見ようともしなかったから、手で押さえた口元が、小さく歪んでいた人がいたことを誰も知ることは無かった。

 

 

5章【星花で飾るスノーグローブ】

 

 

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chapter6『フィナーレを夢見る役者達』
日常①


未依葉視点

 

 

「あれ?今日の当番は奏撫ちゃんだけ?…あ、おはよう!」

 

「おはよう、奏瑛くん。彼処で未依葉くんが手伝ってくれてるから実質二人でお当番してる…かな?」

 

 

そんな会話が聞こえてきて戸棚の影から朝の挨拶をしたら、彼ってばうわ!なんて言って驚いたみたいだった。

 

ひょっこり顔を出した俺が思ったより近くにいてびっくり仰天!…そんなところかな?

 

 

『10人分のご飯を一人で準備しようとしてたもん、流石に見過ごせないよ。俺としても、友人としても…ね♪』

 

 

暁美さんは俺を見て歯痒そうに笑い、歌方さんは洗い物は任せて、と腕捲りをしながら流し台の前に立った。

 

水を吸い少し重量の増したスポンジを手に取り、泡を含ませて……と、ぼんやり眺めながら直近の出来事について思いを馳せる。

もちろん、ちゃんと手伝いながらだよ?

 

彼女のことは嫌いじゃなかった。

むしろ好意的に思っていたんだと思う、今でも気を抜くとつい、後ろを見て名前を呼びそうになるくらいには。

 

自分でも肯定すると思っていたし、受け入れられると感じていたし、許せるもんだとどこか達観していた。実際理由が違えば、きっと俺はこのどれかを実行していただろう。

 

たった独り、君の小さな心で耐え続けるには重すぎただけだった。けれど、……ダメだよ、オレーシャさん。それはダメだった、…。

 

魔法使いは神じゃない。全部を守れるほど有能でもない。失ってほしくないものまで、これでもかというほどボロボロとこの手からこぼれ落ちていく。

 

それでも未だ掬い上げることの出来た君から手を離し、下へと落としたことは紛れもない俺の意思、ではあったけど

 

今世は魔法使いだった。

だから、

 

 

『……そうだ、来世は神になって…お客様方を守るのもいいかもね』

 

 

独りにならないように、なんて出された声は思ったよりか細くて、か弱くて、普段より少しだけ上擦った音は宙に溶け込んでいく。

 

そんな不透明な俺の声に歌方さんは首を傾げていたようだから、なんでもないよとだけ返して取り皿を手に食堂へと移動する。

 

へらり、そんな適当な笑顔じゃあ騙されないことは知っていたけれど。

 

すれ違いざま、囁かれたもの。

 

 

「…来世も、その次も、その次も。世界が止まるまで…君は独りじゃないからね」

 

 

……流石、耳の良い暁美さん。

不透明じゃなくて透明だったなら、君にも聞こえることはなかったのかな。

 

優しい言葉を丁寧に噛み砕いて飲み込むと、小さく鼻の奥が痛んだような…、……気がした。

 



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日常②

奏瑛視点

 

出来上がった料理を持って食堂に行くと、俺が通ったときよりも賑わいが増していた。

 

 

「ぁ……ぉ、ぉは、よ!…ぅ、…ぇと、星霰くん、ぃ、一ノ瀬くん」

「…おはよう、小鳥遊さん」

 

「おはよ小鳥遊、小鳥遊は朝食の準備お手伝いしなくていいの?」

 

「………ぃ、今、ぁの……行こぅとしてた!」

 

「おや、おはようございます宇留賀さん」

 

「おはよぉ楪くん!…あ、終夜くんと夢描ちゃんもおはよ〜う!」

 

「ふふ…おはよう、宇留賀ちゃん、歌方くん、終夜くん」

 

「朝からうるさい、………はぁ…」

 

 

そんな各々の日常に消えていくやり取りを見聞きしてくす、と思わず笑みが溢れてしまう。

 

お菓子を買ってもらえるまで強請り続ける子供のような諦めの悪さと、負けを認めることを知らないペテン師のような底意地の悪さ。

 

笑顔こそは最大の憩いであって、笑顔こそが最高の希望なんだろう。……そうだといいな

 

___数十分後

 

 

「いやぁ今日も美味しかったねぇ、特にゆで卵!僕のリクエスト聞いてくれてありがと!」

 

「ふふ、どういたしまして。そう言ってもらえるのは嬉しいな」

 

「…ああ、やっぱり無理ですねこれ。そもそも木工用ボンドではたかが知れてますし」

 

「深作さんの部屋に陶器用のボンドとか…無いかな、さすがに。あれば助かるけど…」

 

「……ウワ、小鳥遊ってばまた綺麗に壊したんだ。もうある意味器用なんじゃないの?」

 

「……?…楪くん達は、何をしてるんだろう?」

 

『あーちゃんのマグカップの取っ手、取れちゃったみたいで…直すのに四苦八苦してるみたい』

 

 

朝食を終え、腹休めに少しばかり食堂でそのまま皆で駄弁り続けることにした。

 

えがきちゃんと話す今も視界の隅にずっと小さく縮こまってしまったあるむちゃんがいて、彼女には悪いけれどそれが少し面白い。

 

ふふふ、と溢れる笑みをなんとか抑えようとすると自然と頬に熱が篭ってしまう。

…ふと、えがきちゃんの顔を見ると彼女も同様に少し顔を赤らめていた。

 

……え?なんで?

 

そしてそれは、いつも周りをよく見ている琉霞くんも目にしていたようで。

 

 

「……ねえ、夢描さん、熱あるんじゃないかな。気分良くなさそうじゃない…?」

 

 

「……うう〜…」

 

 

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熱、と聞いた俺はパッとえがきちゃんに向き直る……よりも早く、奏撫ちゃんの元から飛んできたユキちゃんがえがきちゃんのおでこに手を当てた。

 

 

「……あっっっつ!ちょっとちょっと、具合悪いなら無理しちゃだめでしょぉ!」

 

「ち、知恵熱以外の熱は久しぶりだな……わたし、熱あったの…?」

 

 

目を丸くして伏せるえがきちゃんは、冷たくて心地よかったのかそのまま一度だけユキちゃんの手に擦り寄って椅子に座る。

 

負けないくらい赤くなったユキちゃんだけれど、すぐに冷静になったようで冷えピタ取ってくる!と保健室に走って向かっていった。

 

 

「…あれ?お客様もなんか顔赤くない?」

 

「あ、マジ…いや、マジじゃん。……って、マフラーで顔隠すとか、かえってあからさまデスヨ…」

 

 

「…………あ?」

 

 

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何見てんだ、…そう毒づくのはもう慣れたもので、はいはいなんて受け流すこともできるくらいには一緒にいるけれど。

 

 

「っ、おい……触るな!やめろ気色悪い!」

 

「そんな事言ったって、熱があるなら安静にしてなきゃ。…ね、蒼太郎くん、おでこ出して?」

 

「風邪…でしょうか?終夜さんは分かりませんが、夢描さんはかなり熱が高いようです」

 

「で、でも…ふた、ふ、2人も?急…だよ…?」

 

『うん、よく考えたら今まで誰も体調崩さなかったのは正直、奇跡というか…疲労とかかもね』

 

 

……ただの熱か、風邪か、あるいは。

そんな不安と心配が場を支配して……。

 

 

「お〜!バッチリ効いてるみたいだねえ」

 

 

蒼太郎視点

 

ガンガンと響くモノクロックの声が聞こえてきて、漸くこの体の異様な不調の原因を悟った。

 

身体に篭もる熱を放出するために首元のマフラーを外そうとしても、いざ首元を開けるとほんの少しの風でさえ総毛立つほど気分が悪くなるから結局元の格好に戻ってしまう。

 

…クソ、クソ、クソ、なんだって急に…本当に余計な真似しかしねぇのか

 

重心がどこかも分からず、果てには無駄な正義感に溢れた俳優に介抱される始末。

最も悪いと書いて最悪とはこの事だ、きっと、絶対。

 

 

「うぷぷ……蒼太郎くんも人の子だねえ、おかげでボクは満足したよお!えがきちゃんもとっても苦しそうだもん!」

 

 

うざい、うるさい、ムカつく

ヘラヘラしてるその態度にも、どうせ偽善のくせに心配そうな顔してる超高校級共にも!

 

そう言葉にするのも面倒で、罵詈雑言の類のものは全て舌打ちの中に混じって消えていく。

 

 

「…もしかして、時計ちゃんがえがきちゃんと蒼太郎くんに何かしたの…?」

 

「流石に、やり過ぎだよ…。お客様方の体調不良はちゃんと治るんだよね?モノクロックさん」

 

 

「ん?ん〜、そうだなあ…あっ、タイチョウフリョウ…なんて、そんなに簡単なコトじゃなかったりして!」

 

 

パッと指を振るモノクロックに、思わずは?と声を出してしまう。俺が驚いたのに気を良くしたのか、鼻歌まで歌い始める。

 

 

「ボクねとっても暇だったの。夢とか後悔とか私怨とか…そればっかりで、まるで死んでるみたいだよねえ。ボクもーっと生きていたいもん!」

 

「だから思ったんだ、絶望エキス配合スペシャルプレゼントサプライズ…つまり、モノクロック印の「ウイルス」を蔓延させよう!……ってね!」

 

 

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そんな、と死にそうな声が後ろから聞こえる。

目だけを向けると高熱で火照っているまま顔面蒼白になっている漫画家が。

 

…いや、これは、俺も他人事なんかじゃ終われない。

 

 

「待って、ねえそれは…命に関わるものなの?」

 

 

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「全員感染して死んじゃうかも!ウイルス感染は馬鹿にできないよお、どの時代もいつの日も…怖いなら、オクスリ飲めば治るんじゃなあい?」

 

 

相変わらず人の神経を逆撫でする態度と絶対に思ってもない声色で上辺だけの応援をして、モノクロックは出ていった。

 

巫山戯て、喚いて、隠して、

お得意の手法だな…お前と……。

ただの刺激欲しさなら他がある、敢えてウイルスを選んだのには理由があるはずだ。

 

狙ったのか、無差別なのか、何のための戯れなのか……それを知ったところで俺は何もしないのには、結局のところ変わりない。

 

っ、とに…面倒くせーんだよ、全部

 

奏瑛視点

 

無理矢理自室に帰ろうとする蒼太郎くんを此方も無理矢理押さえつけ、えがきちゃんと共に一先ず保健室に連行する。

 

もし悪化してそのまま…となったら困るということで見張り兼看病組と薬を探す組に別れて行動することにした。

 

 

「誰も俺まで見てくれとは頼んでない、離せよ鬱陶しい」

 

「いやそうは言うけど、アンタ自分が何度熱あるのか分かってんの?」

 

「ユ、ユキちゃん…は、ぃ、ぃかなぃ…?ぇ、ぇがきちゃ、見る?」

 

「んーん。薬探しに行く」

 

「宇留賀ちゃん……ごめんね、ありがとう」

 

「…よし、それではとりあえず1時間、探索に出ましょうか。ペアで行くか個人で行くかはおまかせします、…で、良いですよね?」

 

『うん!早く見つけて、治してあげなきゃだし…俺頑張るよ』

 

 

保健室に残って二人を見てくれるのは

奏撫ちゃん、琉霞くん、未依葉くん。

薬を探すのが、俺、莎莎匁くん、ユキちゃん、あるむちゃん、美織くんだ。

 

あるむちゃんは誰かと探したかったらしかったけれどユキちゃんに断られてしまっていて、見かねた莎莎匁くんが誘っているのを見た。

 

 

『よし、じゃあ手分けして薬を探そう!1時間後に保健室に集合ね』

 



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日常③

___1時間後

 

結論から言うと、どこを見てもそれらしいものは無かった。

 

約束の1時間になり、保健室の前に戻ると美織くん達はもう既に集まっていて少し慌てて合流する。

 

 

「薬なんて無かったんだけどぉ!ほんとこれどこにあるのぉ…?うぅ〜……」

 

「あとどこ見てない?多分、俺達ほとんど探したと思うんだけど」

 

「閉鎖されてる部屋に隠すことは流石にしないでしょうし…単純に見落としですかね」

 

「でも…見落とし、だなんて…!ぅぅ…ぉ、ぉ師さ……」

 

 

誰も見つけられなかったらしく、捜索は絶望的だろうか…と少しショックを受けていると、ガラリと音を立てて目の前の扉が開く。

 

 

「わっ!吃驚した、お客様方戻ってたんだね…お疲れ様!」

 

『う、うん……もしかしてみぃはくんも薬探しに?』

 

「まぁ、まぁ中に入ってよ。新しい情報が手に入ってるからさ♪」

 

 

やけにニコニコしている未依葉くんに首を傾げながら、中に入る。

二人の様子は…と目を向けると、…驚いた!なんと、1時間前よりずっと元気そうにしているんだから!

 

 

「おかえりなさい、待ってたよ…良い知らせがあるんだ。…って、もう静野さんに聞いたかな」

 

「いいえまだ何も…ところで、夢描さんも終夜さんも回復してるようですが?」

 

 

二つの体温計を手に、嬉しそうに笑っている奏撫ちゃんがくるりと振り返る。

 

 

「実はね、さっき時計ちゃんが来たの!実はウイルスじゃなくてただの発熱剤で、しかももう治ってるって」

 

「発熱エピソードも看病シーンもフィクションだけで十分だよ…!でもお遊びだなんて!」

 

「人騒がせなんだよ、はぁ……兎に角もう良いだろ、軟禁紛いのことされて気分悪いんだよ」

 

 

…保健室に残っていた人達は、そう言ってニコニコしていたりウンザリそうにしていたけど俺達はにわかには信じ難くて…。

 

 

『…でも、どうして?元はと言えばモノクロックが言ったのに』

 

「油断させておいて本当に死んじゃう…とかだったら、最低だよぉモノクロック…」

 

「私達もそう言ったの。そうしたら時計ちゃん、「怖いなら解熱剤を飲めばいい」…って」

 

「まだ薬は飲んでないよ、本当に熱が下がってたし…本人的にもなんともないみたいだから」

 

 

なんだそれ!……と叫びたくなるのを抑え、無理矢理納得したようにそうかと頷いた。

俺達は振り回されただけ…か?

 

モノクロックは暇だと言っていた。

だから、彼の暇を満たすために嘘をついて俺達で遊んだんだ。…そして、きっとそれに飽きたんだろう。

 

 

「な、なん…だ、良かったぁ…!」

 

「でもまだ信じれないからさ、何か違和感あったらすぐに教えて。…絶対だよ、夢描、終夜」

 

 

そうして、二人が(一人は渋々)頷いたのを見て美織くんは漸く安心したように微笑んだ。

俺もまた、安堵に胸を撫で下ろす。

 

時計を見るともうすぐ昼食の時間だった。

 

お昼を食べたら、美織くんと一緒に体育館倉庫に行かなきゃな。

美織くんも俺も、じゃんけんに負けちゃったから…。この見回りの回数は俺がダントツで多いだろう。

 

 

(それにしても…今日のモノクロックは、なんだかいつもと違ったような。今までの遊びは俺達も楽しめるものだったけど…)

 

 

_____

 

 

 

ぱたぱたと廊下を走って、目当てのあの人を探す。

 

念には念をと解熱剤を探しに行ってから、帰って来ないから……。

 

 

(……あ!)

 

 

なんだ、ただ話をしてただけじゃないか。

 

……すっかり怯えるようになってしまった

 

コツ、と一歩前へと踏み出して

 

 

「■■、…………え?」

 

 

_____

 

 

 

ただ、ただ、ひとつだけをずっと追い求めて

 

一度は閉じた自分の人生

再び開いた二度目の人生

 

…心が痛い、苦しい

距離を置いた 置かされたとも、言う

 

そうして…ずっと、今まで、会うことすら…無くなってしまった

 

忘れられなかった

だから、閉じた扉をまた開けるようなことをしたんだ

 

さあ、見て

 

ここに いたことを

 

………また、友として…師として逢いたかった、

 

それだけだったのに

 

 

__死体が発見されました!繰り返します、死体が発見されました!死体発見現場の【西階段】まで急いで集合してください!

 

 

どうして、君が

 

どうして、

 

 

「____……」

 

 

 

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非日常①

奏撫視点

 

…あのね、

 

どうしよう 何も、考えられないの

 

 

「…暁美ちゃん……、…捜査するから、ごめんね。ちょっぴりだけ、そばにいさせて」

 

「よりによって……はは、本当に身を滅ぼしたとか」

 

「今は一人にさせた方がいいんじゃないかな…向こうの方を見てみよう、小鳥遊」

 

「ぁ…ぅ、ん。…ぅん、星霰くん」

 

「僕は階段調べようかな〜…おわ、血がべったりだ」

 

「ん〜、歌方さんは階段から落ちたとか…誰かに落とされたとか、そういう死因なのかもしれないね」

 

 

みんなが捜査をしてる。

この後の裁判を進めるために、

そう、そうだよね私もずっとそうしてきてて…

 

 

「暁美さん、大丈夫ですか?」

 

『…莎莎匁くん、…ね、私…どうしたらいいのかな…どうすれば、いいと思う?』

 

 

聞いて、すぐにしまったって思っちゃった。

すごく困った顔をしていたから

 

 

「…、…歌方さんの思いを引き継ぐ意思があるのであれば、歩くしかないです。泣いて立ち止まっていてもどうにもならない、少なくともこの世界では…」

 

 

「前へ、前へと、…歌方さんはそうして、生きていくことを決めていましたよ。そして私は彼の繋いだ未来を見たいと言いました、…暁美さん、貴女はこの先をどうしたいですか?」

 

 

真っ直ぐ射抜かれて、私はふと考える。

 

足元に目をやると、自信なさげに閉じられた侘しい自分のつま先が目に入って……

 

 

私は、どうしたい?

 

 

私は…………

 

 

『…君の見た景色、聴いた音…全てを知ることは辛いけれど、全てを知らないまま逃げる方がもっと辛いよね。…君にとっても、私にとっても』

 

 

私は!

 

 

『私は、私の音色で未来を奏でたいから…だから、』

 

 

『____まだ、戦うよ』

 

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そう言いきって莎莎匁くんを真っ直ぐ見つめ返す。

彼もまた、迷わず私を見てくれた。

 

弱いかもしれないし、情けないかもしれないし、頼りないかもしれない…でもそれを理由にして、真実から目を背けたくない。

 

 

「…暁美さんは、大丈夫そうだね。君は…大丈夫?泣きそうな顔してるけど」

 

「…うん…大丈夫だよ、わたしは。ただ、歌方くんは死なないって思ってたから…かも」

 

 

僅かな情報でも見逃さないよう、今まで以上に神経をすり減らして捜査に励んだ。

 

階段、遺体…だけじゃ、手がかりが少ないから手当り次第に部屋を調べてみたり。

 

もう少し捜査の心得を学んでおけばよかった…そんなことも思える程度には、私の心には再び火が宿っていて…

 

そして、

 

 

__待ち疲れちゃったよお、そろそろ始めちゃってもいい?

 

 

__オマエラお待ちかねの【学級裁判】を!

 

 

__【裁判場】に集合してください!

 

 

「ッチ、何度聞いてもムカつく」

 

「モノクロックさんが呼んでますし、行きましょうか。…少しだけ待っててくださいね、歌方さん」

 

「やっぱり随分人が減ったよね…一体、統率者さんはどこまでやり続けるつもりなんだろう?」

 

「本当にねぇ…本当、出来るなら皆が元気だった頃に戻りたいよ」

 

 

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非日常②

遂に、私の左右は遺影になってしまった。

奏瑛くん…夏月くん…二人とも、私にとってはかけがえのない大切な人。

 

見ててね、私の勇姿を。…なんて、自分で言うことじゃないか。

 

 

「時間は無限じゃない。死因が、アリバイが、…ほら、とっとと話せよ」

 

「…終夜さんから切り出すなんて、珍しいね。何かあったりしたのかな」

 

「うるさい、いいから早くしろ」

 

 

「ええっと…歌方くんの死因は、転落死だと思う…!静野くんたちも言ってたけれど、落ちたか落とされたか…じゃないかな」

 

「故意だったら咄嗟の事だったのかもね、何があったのかは、まだ分からないけど…♪」

 

 

奏瑛くんは階段の下で倒れてた。

だから、死因は転落死で確定してもいいんじゃないかな…。

それ以外の死因は、彼の遺体からは考えられなかったもの。

 

落ちたか、落とされたか。

 

 

「ぁ…ぁのねっ!…そ、のこと…な、なんだけど…」

 

 

「ぅた、歌方くん、ね。落とされ、たと思ぅ…。ぅ、受け、身無しで…落ち、落ちるのは、ぉかしぃ…よ、きっと…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

びくびくと震えているけど、その音は確固たる自信を秘めているようで…あるむちゃんは、自分なりに真剣にこの事件について推理しようとしているみたいだった。

 

もし、私が足を滑らせちゃって階段から落ちそうになったらどうするかな。……うん、多分、慌てて手摺を掴むだろうなあ…

 

 

『確かに、何の抵抗も無しに落ちるのはおかしいかも。奏瑛くんって運動神経は悪くなかった気がするもの』

 

「咄嗟に突き飛ばしたり故意に突き飛ばしたりするんであれば、この学園の階段でも死亡させることは可能です。事故であれば条件があるのでそう簡単には死なない…と、以前見聞きしたことがありますね」

 

「そっか…じゃあ、やっぱり突き落として殺したってことになるのかな。次は時間帯だね、最後に歌方くんと会ってた人って…誰だろ?」

 

「星霰さんだった気がする。君、歌方さんと一緒に体育館倉庫に見回りに行ってたよね」

 

「え?あ、うん…でも、何も変わってなかったから歌方と一緒にすぐ帰ったよ。その後のことは知らない、俺も一人でいたし…」

 

「そっかぁ…でも、アリバイがないなら星霰くんには犯行が可能って事になっちゃうよね〜」

 

 

じと、と疑うような目を向けるユキちゃんに美織くんは慌てて有り得ない、と言葉を返す。

 

 

「それなら宇留賀はどうなの?ていうか、宇留賀に限らず全員が何してたか気になるけど」

 

「僕?僕は……」

 

 

「宇留賀ちゃんはずっとわたしと食堂にいたよ。ほら、わたしウイルスに感染しちゃってたし…宇留賀ちゃん、あの後も心配してそばにいてくれたの」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

本当?と聞くと、ユキちゃんはコクリと頷いた。

二人は仲が良かった印象があるから、友達があんな目に遭ってたら私でもそばにいようとするかも。

 

 

「んん…と、それじゃあお客様はお昼過ぎまでは生きてたってことでいいのかな?」

 

「死体発見が八つ時でしたし、そういうことになるかと。昼食後、何者かに殺されたんでしょう」

 

 

…証拠は、それ以上出てこなくて。

かろうじて突き止められたのがこの事件は他殺であることだけ。

 

後頭部からの血が、階段の角に付着していて…でも、その他のめぼしいものは何も見つけられなかった。

 

 

『ね、誰か…なんでもいいよ、何かおかしいところとか違和感があるところとか、無かった?』

 

 

皆が顔を見合わせている。

 

 

「多分、突発的な事だからほとんど証拠なんてないんだと思う。その身ひとつでの殺人だろうから…」

 

「ん、ん…小鳥遊も、そぅ思ぅ…だ、誰か、見て…見てたり、しなぃの…?な、なんて…」

 

「さぁ…その可能性は望み薄ですね。違和感…と言いますか、不可解なのはやはりモノクロックのばらまいたウイルスですけど」

 

 

裁判官席に座ってゆらゆらしていた時計ちゃんは、莎莎匁くんのその言葉を聞いて動きを止める。

まだ言ってるの、とうんざりして。

 

 

「そもそも、わざわざ発熱剤を利用してウイルスなんて偽ったこと自体違和感ありありなんだよ。……もう一度聞くが、アレは何の為だった」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「……もう!理由なんてどうでもいいでしょお、どうせ後で分かるんだからさあ」

 

 

ぷんぷんと効果音が出そうなくらい、可愛く地団駄を踏んだ時計ちゃんはそれきり干渉しなくなってしまった。

 

ウイルス、…なぜだか、今回のことと無関係とは思えなくて…それがすごく怖いけれど、今は目の前の謎を優先しなきゃ。

 

 

「あ!…そうだ、ウイルスと言えば宇留賀さん、解熱剤見つけられた?」

 

『解熱剤?あ、ユキちゃん、あの後もお薬探してくれていたんだね』

 

 

でも、なんだろう。

小さなノイズが鼓膜をくすぐって、

…違和感が、ある。

 

 

「いや、…でもそれおかしくないですか?だって、それだと先程の夢描さんの証言と矛盾しますよ」

 

『……確かに…』

 

「ふうん……ね、どういうこと?夢描」

 

 

莎莎匁くんの指摘に美織くんが髪をふわりと揺らしてえがきちゃんを見る。

その目を見たえがきちゃんはびくりと肩を揺らして、そして言葉に詰まった。

 

ドキ、ドキ、と変な音を立てる心臓が少し苦しいけれど、私も必死にえがきちゃんに聞くの。

 

 

『…一緒に、いなかったんだよね?本当は』

 

 

でも、えがきちゃんは何度も何度も首を横に振って、否定する。

 

 

「……いたよ、いたの、…わたしはっ、」

 

 

「アウトだよそのマジック♪」

 

 

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…そして、その否定を否定するのは未依葉くんだった。

彼はにっこりと笑って手を広げる。

 

 

「やっぱり道化は向いてないんじゃないかな♪…いつまで庇うつもり?俺が水を取りに食堂に寄ったとき、夢描さんは一人だったよね」

 

 

「それとも…宇留賀さんを利用してまでアリバイ、作りたかったの?」

 

 

えがきちゃんはその大きな目を揺らして、酷く動揺する。

音が、聞こえて

困惑する音、怯える音、……

 

 

「ねえ、夢描ちゃんをいじめないでよ」

 

 

ほんの少しの、どろどろとした音

 



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非日常③

あるむ視点

 

今までのユキちゃんとは違って、すごく静かで…すごく、怒ってるように見えたの。

 

違うの、聞いて、と慌てるえがきちゃんに優しく笑って、また何も無い、表情に戻る。

 

 

「ごめんね、もういいんだ。夢描ちゃんを苦しめるくらいなら、…僕は、諦めよう」

 

 

すとんと、何かを手放したみたいに悲しそうに笑って、下を向いて、…ゆっくり、また前を見た。

 

 

「…夢描ちゃんに見られちゃったんだよね。…視界に一瞬、君がいたの。でも夢描ちゃんは優しいから言わないでいてくれたんだ」

 

「それじゃあ宇留賀さんが…歌方さんのことを殺したって、そういうことになるよ」

 

 

小鳥遊は、分からなかった。

…どうしてユキちゃんが、歌方くんを殺すことになったのか…どうしてえがきちゃんが、それを庇うのか。

 

 

「うん。……もう、大丈夫だよ、ごめんね」

 

 

僕のことはいいから、本当のことを言ってほしいなってユキちゃんが優しい顔で言うの。

 

 

「一緒にいたのは、嘘じゃない…!でも、…途中で解熱剤を探しに行って…それで、帰ってこなくて……でも、でも、…」

 

 

「…………ほ、んとはね。宇留賀ちゃんを探しに行った時、…宇留賀ちゃんが、歌方くんを突き落とすの、見ちゃった……っ」

 

 

とても、苦しい決定的な証拠。

 

大人しく項垂れたユキちゃんを見て、モノクロックさんがあのうるさい木の音を立て始める。

ああ、そうか。投票が、ある…から。

 

 

「ん〜…ぷぷ、とっとと投票の時間にするよお!オマエラ、覚悟は出来た?」

 

 

超高校級のミュージカル俳優

【歌方奏瑛】を殺したクロは?

 ▶︎宇留賀ユキ

 

 

「まあ今回はクロが隠す気無かったからねえ…もういいか、はいセーカイ!すごいなあオマエラ」

 

 

がたん!……そんな、大きな音がして

 

 

「正解、…なんて、やっぱりきっと何かの間違い……嘘って、言ってよ宇留賀ちゃん…!」

 

 

えがきちゃんが、泣きながらユキちゃんに必死に訴えかける。手を伸ばして、届くように……でも。

 

 

「そう、…僕がクロです、だから…早く、僕をオシオキしてください」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ユキちゃんは、決してその手を取ろうとはしないの。

 

…小鳥遊、だったら。

お師さんに手を伸ばされたら、絶対取るのにな。

 

毎回クロの首を引っ掴んで引き摺る輪っかのようなものを怖がってるのか、ユキちゃんはぎゅっと目を瞑って震えていた。

 

でも…ソレは、来る気配がなくて。

 

 

「…お前の意志なんてどうでもいい、モノクロックの都合でオシオキに進む。死にてえなら動機の一つや二つ言ってから死ね」

 

「はぁ…終夜さん、どうして貴方はいつも……いや、やめましょう。宇留賀さん、お聞かせください。どうして歌方さんを殺害したのか…」

 

 

……ひとつ、ゆっくりと息を吐いて。

観念したみたいに口を開くの。

 

 

_____

 

 

 

はじまりのこと。その道中。そして、終わりを。

…フィナーレを迎えたのは、誰のおかげだったと思う?

 

 

歌方くんって、今までずーっと僕達の支えになってくれてたよね。

光だと、思ってた。それが…どうしようもなく。

 

 

でもあの瞬間、僕は目の前の人を見て、殺さなきゃって思ったの。

全てを終わらせるために…生きていちゃ、終わらないって、確信した。

 

 

蓋をしてあったものが飛び出すみたいに…一気に流れ出たそれに、きっと僕は正気を保てない。

 

 

悪だ。

 

 

彼は絶対的な悪だった。

 

 

悪は、倒さなければならない。

 

 

だって僕はヒーローなんだもん…。

 

 

一度重なったらもうダメだったの、僕は、勢いのままに歌方くんを突き飛ばして…そして、歌方くんは何度も小さく悲鳴をあげて、動かなくなった。

 

 

たくさんの怨恨と、ほんの少しの殺意。

 

 

…………なのに、

 

 

どうして…君を、…………

 

 

……僕は

 

 

ただ、全てを無駄にしただけ?

 

 

後悔ばかりだな、僕の人生は。

 

 

…あの日も…もっとよく考えていたら、僕は今もっと自由に、僕らしく生きていたのに。

 

 

_____

 

 

 

奏撫視点

 

 

「ねえ、ユキちゃん。オマエが奏瑛くんを殺したワケを教えてあげようか?」

 

 

くすくす、くすくす……やがて、ユキちゃんは頷いてもいないのに時計ちゃんは語り出す。

 

 

「ボクがはじめに言った言葉を覚えてる?」

 

 

「絶望エキス配合スペシャルプレゼントサプライズ……つまり、ユキちゃんもウイルスに感染してたってこと!」

 

 

「それも、オマエラとはぜーんぜん違う…お遊びなんかじゃない、ボクが本当に蔓延させたかった本気のウイルスさ!」

 

 

「ぇっ…!?」

 

「は…ちょっと何それ、な、…っねえ、宇留賀!宇留賀はそれ、知ってたの…?」

 

 

ユキちゃんは大きく目を見開いて、ぶんぶんと首を振る。

縦じゃなくて、横だから…否定、知らない、ということ。

 

 

「…な、んの。なにの、ウイルスなの…?…答えてよ、時計さん…!」

 

 

「その名も絶望病!…それもなんと、捨てられた記憶を思い出しちゃう絶望病だよお!」

 

 

ここに来て、知らない不穏な単語。

ユキちゃんは顔を歪めて頭を抑えてる……痛むのか、泣きそうな顔で時計ちゃんを見つめて。

 

 

「思い出す……ね。つまりそこのヒーロー気取りのヒーローはある意味、お前の思惑通りに俳優を殺したことになる」

 

 

「絶望病による絶望のための絶望的犯行!たまたま、奏瑛くんの何か悪〜い記憶について思い出しちゃったことがあるんじゃないかなあ?」

 

 

絶望病、だなんて。

悪い記憶…って、なに?奏瑛くんは恨まれるようなことはしてなかった、なのに、……ユキちゃんは、何を思い出したの…?

 

ユキちゃんは誰よりも前を向いて、一番先に行動で示した子で、そして今までもずっと私達のために……

 

 

そんな子が、絶望していたって!

 

 

「…っ、違う!僕は自分の意思で殺したんだ、そんな病気になんてかかってない!」

 

「その殺意は本当にオマエ自身のモノって言えるの?どうせ思い出さなかったら殺せもしないくせにさあ!」

 

 

じわじわと、這い寄る恐怖を突っ撥ねるように。すぐ足元にまで伸びた蔦を引きちぎるように。

 

連れていかれまい、と。

希望でいたいと、足掻くように。

 

 

「違う違う違う、全然違う…っ!」

 

 

「僕は絶望なんかに負けない!僕は…自分の意思で人を殺した、」

 

 

「僕は悪を倒しただけの、」

 

 

「正義のヒーローだ……っ」

 

 

そう、叫んで………………

 

 

「それは違うでしょお?」

 

 

お願い、

 

 

「絶望に負け悪に屈し、過去に囚われ人を殺した愚かな殺人者……それが、オマエ!」

 

 

やめて

 

 

「履き違えてんなよ、特撮ヒーロー」

 

 

想いを どうして踏み躙るの

 

 

✿ クロ が 特定 されました

 オシオキ を カイシ します

 

【動画はTwitterにて】

 

✿ オシオキ 完了

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

裁判が終わって、泣く彼女を見守って、……そして、眠って。…早く朝になれよ、って無理矢理眠って……

 

そして、人の声と足音で目が覚める。

 

見知った友人の声ときゃらきゃらとした高音が混じっていて、ああ誰かがモノクロックと話しているんだな、と。

 

 

……いや待って、なんでこんな夜中に?

 

 

キイ、と小さく音を立てるドアに焦りを抱きつつ、どうかバレませんようにと声を辿る。

 

 

声が、大きくなって 光が少し見えて

 

 

「_______……、あ?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

部屋にいたのは、モノクロックと小鳥遊と静野、…部屋の隅に、暁美。

 

 

「ボクがたまたま監視カメラでオマエラを見てたから良かったけどさあ?…そうじゃなかったら、自殺如きで裁判開く羽目になったよお」

 

 

ため息をついて、あいつを指さすモノクロック。

静野と小鳥遊は目を見開いて黙っていて、暁美は悔しそうに唇を噛んでいる。

 

その、中心で

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

……楪が、死んでいた。

 

 

「…寝てるヒトには、朝のアナウンスでお知らせするからオマエラはもう寝ていいよお?」

 

「……やだ!…たか、小鳥遊!こ、ここぃる……だめ…?」

 

 

イヤイヤと首を振ってその場にしゃがんで我儘を言う小鳥遊に、モノクロックは首を傾げて。

……放っておけはしないから、そんな小鳥遊の隣に俺もそっとしゃがみこむ。

 

 

「……ま、いいけどさあ。でも回収はするよお?空っぽの部屋にいても、意味ないんじゃない?」

 

 

いつだったか、小鳥遊の慕ってる人によく似てると話してくれたことがある。

だからきっと、ケジメを付けたいんだ。…小鳥遊も。

 

ズルズルと引き摺られる音が遠のき、やがて聞こえなくなった。

 

 

6章【フィナーレを夢見る役者達】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 



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