目隠し召喚 (かくうの)
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能力開発を受け始めて数ヶ月ほど経過したある日のこと、こんな文字が突然視界に現れたのを覚えている。
まだ幼かった僕はこれが何を意味しているか知らず、文字が邪魔だったので、反射的に「はい」を選んだ。すると、文字は消えたのでその時は喜んでゲームを再開した気がする。
これは何年何月何日の出来事かは覚えていないが、日曜日だったのは確かである。
その日もいつも通りの時間に寝たが、そこで奇妙な夢を見た。
夢の中で、僕は自動販売機の前に立っていた。
自動販売機には1袋だけ7枚入りのカードパックが売られていて700円と書かれていた。
何か分からないものに700円は払えないなと感じて、僕はその場を立ち去ろうとしたが、自動販売機が勝手に動き、カードパックを落とした。
気になってそれを拾い、開封してみた。カードは確かに7枚であり、半角カタカナで文字だけ書かれていた。
イラストも効果説明もフレーバーテキストもないのかと思い、何か面白いものを期待していた僕は落胆した。
目が覚めると僕は7枚のカードを握っていた。
夢の中で見たものと同じカードだった。
何となく手に持っていたカードを使おうと思った。
カードに書かれていた文字は『ソレトベンザカバー』。
声に出して読んでみると、カードが消え、同時にバサリと音がして布団にU字型のモコモコしたものが落ちてきた。
何が起きたか一瞬分からなかったが、直後にそれを理解した僕は跳ねとんで喜んだ。
僕と同じく能力開発を受けていた周りの子供たちが、火を出したり、風を吹かせたりするのを羨ましく見ていたので、僕も今日からその仲間入りだと思ったからだ。
僕は先ほどの出来事が間違いでは無かったことを確かめるように、再度カードを使った。
『タンサンヌキコーラ』と書かれたカードが消え、コーラが出てきた。
ハイテンションだった僕は、賞味期限だけ確かめてそれを一気飲みした。炭酸が抜けたそのコーラは、不味くて最高の味だった。
それから親を呼び、便座カバーと空のペットボトルを見せながら能力の発現を話し、3枚目の『ネットギワニブラックホールガ』を使おうとしたが使えなかった。4枚目の『エルプサイコングルゥ』も5枚目の『キョウハカゼガサワガシイナ』も使えたのに何の効果も出ず、僕は戸惑った。さらに、6枚目の『トウットウッヘアー』で体が勝手に動き出してバランスを崩し、転んだ。
親はそんな僕を抱き締めて、「空、無理しなくていいんだよ」と言った。当時は意味が分からなくて7枚目の『アレレオカシイナー』という気持ちで一杯だったが、今思うと能力が発現していなかった僕が、嘘をついていたと思ったのだろう。能力は発動せず、見せているのは意味不明な動きとその辺の店で買えるものだったから。
信じてもらえたのは翌週の月曜日、また新たなカードが手に入り、親の目の前で『オジサンノキンノタマ』を出してからだった。
そのあとすぐに能力開発の時間割りが変わり、僕は忙しくなった。便座カバーやペットボトルはほかの人にも見えるのにカードだけは誰にも見えなかった。
また、日曜夜に機械に繋げられて寝たが、夢の方も何も分からなかった。ただ、日曜日に徹夜すると月曜日のうとうとしたときに同じような白昼夢を見ることと、所持金が口座も含めて700円未満ならその週はカードを買えないことが分かった。
少しずつ僕の能力について分かったことは増えていった。発動条件があるカードも混ざっていることや相乗効果を持つ組み合わせもある。同じカードを複数持てたり、カードは使用するまで自分の体から離れず捨てることも出来ないとも分かった。
次の能力開発で、僕はレベル1から一気にレベル3に認定された。しかし、その時の僕にレベルアップを喜ぶ余裕はなかった。実家である手札家に帰れず、親とは会えなくなった上、能力開発という名目で、身体の欠損こそ伴わないものの高温、低温、飢餓などの様々な極限状態を経験させられたからだ。
それでも能力開発は難航した。手掛かりは十数文字の半角カタカナのみであり、研究者たちは文字とカード効果から傾向を見出だそうとした。
しかし、文字とあまりにかけ離れた効果だったり、同じ文字なのに違う効果の時もあったりと不規則であり、効果不明のまま消えてしまうカードも多く、データを集めようにも1週間に7枚という制約も厳しかった。
また、一部のカードには武術の流派や技のようなものも書かれていたが、そんな流派は検索しても創作としてすら出てこなかった。なんだよ『キョトウリュウ』とか『ハキ』って。僕が考えた技でも無いため、使ってみないと分からないのだ。使ってもよく分からない時もあるけど。
僕の能力を一言で言えば、夢で購入したカードを使って何かを出すというものである。しかし、それでは大雑把過ぎて研究するには不便なので、便宜上、研究者たちはカード効果を2種類に分類した。
・召喚(出現率2%)/具現化(48%)
・憑依(2%)/能力借用(48%)
一つ目は文字通りものを出す。意思を持ち動くものを召喚、そうでないものを具現化という名称で区別している。
『シノノノタバネ』を召喚時に研究者の情報端末を奪われ、研究所内のセキュリティを解除、さらにネット回線から様々な場所をハックされかけるとんでもない事態になったように召喚は僕の能力で最も危険である。この事件により僕の能力名は「
3分という召喚制限時間と被召喚者があまりやる気がなかったおかげで未遂になったが、研究所を物理的にも社会的にも殺されかねないため、人物名が疑われるカードは使用禁止となった。カード出現率は低く、2ヶ月に1回出るかどうかなのであまり数は貯まっていない。
具現化は、今のところ被りが多くてあまり種類がない。現状、一番価値のあるものが『オジサンノキンノタマ』であり、調べても特殊な物質が含まれるわけでもなかったので研究に力は入れられていない。いくつか危険なものも有るが、文字からして明らかに危険すぎて見なかったことにした。『チキュウハカイバクダン』とか『ティーウイルス』とか。だから、僕にとっては炭酸抜きコーラが飲めることがメリットだ。店で買った方が炭酸が入っていて美味しいから、要するにメリットはない。
二つ目は、自分に何かを宿らせる。残念ながら、僕のカードは僕にしか効果を与えられないようだが、研究者たちは習熟すれば他人へも能力を付与出来るかもしれないと期待している。
そうでなくてもカードを繰り返し利用出来るか、能力借用時間が永続するようになれば、学園都市の有名な研究テーマであった多重能力者の手掛かりになるため、こちらも期待されている。
分割されている理由は、一つ目と同じである。
意思ある存在を自分に憑依させることで僕の体は乗っ取られる。明らかに人物名ではないカードでも発現する可能性があるため、初見のカード使用時、僕は必ず拘束されるようになった。憑依させた存在は僕の肉体に縛られているため、ある程度有効な策のようだ。
憑依の制限時間は3分から5分程度である。
能力借用は不完全な憑依とも言える。憑依より効果は落ちるが、10分間だけほかの能力を使えるようになる面白い力だ。
ふわふわ浮けたり壁をすり抜けられたりと使っていて楽しいものが多い。『アタタタタタタタタ』のように後日、筋肉痛に悩まされることも多いが。
この能力使用時には独特の感覚を覚える。感覚的なものなので説明が難しいが、無理に言葉にするなら能力借用先であろう何かとの繋がりが感じられる。
その繋がりでは出力が制限され、かつ1本のみということも感じられる。さらに僕の演算力ではそれすら制御出来ないことも多い。繋がりを感じている間、借用している能力に合わせた耐久性を得ることにリソースを費やしてもいる。憑依より効果が落ちると言っているのはこれらのためである。
もっとも、研究者たちは繋がりなどただの思い込みで、普段の演算能力以上の出力が出たとしても、それは僕が能力の暴走を恐れて無意識に抑制している枷が外れたに過ぎないと結論した。
しかし、たとえ劣化コピーであろうとその本質が危険なことにかわりはないことを僕も研究者も軽視してしまった。だから、それはいつか起こる必然の出来事だった。
レベル3に認定されてしばらくたったある日、いつもと同じく憑依か能力借用か分からないカード『カメハメハ』を使った時、拳大の火の玉のようなものが出現した。
僕は、カードの種類を能力借用と報告し、研究者は目視によってレベル3相当の発火能力として記録した後、僕にそれを消すように言った。しかし、僕はその火の玉を制御出来ず、地面に触れないようにするのが精一杯だった。
僕の異変に気付いた研究者が火の玉のエネルギーを測定しようとして、青ざめた。
「TNT換算で……13兆……14兆……ばかな、まだ上がるだと?」
研究者がそう呟いた途端、計測器が壊れた。
そこからは騒然となった。
「なんというエネルギー密度だ。研究したいが……」
「早く消せ!」
「絶対に地面に触れさせるな。地球が割れる」
そんなことを言われても制御出来ないものは出来ない。
少しずつ地面に落ちそうになっていくのを懸命に押しとどめているのだ。
「テレポーターを呼べ」
「無理だ。たとえレベル5のテレポーターが居たとしてもあんなエネルギーをテレポート出来るとは思えない」
「下手したら、あれテレポートさせるより地球をテレポートさせた方がエネルギー使わないよね」
「無茶言うな」
研究者たちは揉めていたが、誰かが思い付いた。
「カードを使え」
僕は手持ちのカードを思い出した。召喚は危険で使えず具現化も使えるものはなさそうだ。憑依/能力借用と推測されるカードは研究でほとんど使っているから実質的に残っているカードは3枚。
『ヤッタカ』
『カッタナガハハ』
『セイナルバリアミラーフォース』
すべて初見のカードだったが、迷うまでもなく一択だった。
地面に触れる寸前で無理矢理挟み込んだため、斜めになったバリアによって火の玉は実験室の分厚い金属壁を紙か何かのように突き破り、第7学区の方へと唸りをあげながら斜め上に飛んで行った。
「よくやった。エネルギーの塊みたいなものだったから重力の影響は受けないだろう……タブン」
「そ、そうだな。これで一安心だ」
「それにしてもこんな威力出せるなんて、これじゃレベル5どころか都市伝説であるレベル6と言っても過言ではないな……ハハハ」
「け、計器の故障だ。そうに違いない」
研究者は惑星崩壊の危機は去ったとほっとした。僕も『ヤッタカ』と『カッタナガハハ』を使いながら一息ついた。
何故か伝わってくる爆発音や振動、その後に鳴り響くサイレンなど色々な問題から目を反らしながら。
その夜、研究所は廃墟となり、僕は脅迫と勧誘を受け、多額の借金と仕事、そして民足満という新しい名前を手に入れた。
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