夢見るは孤島の虚影 (ニート予備軍)
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夢見るは孤島の虚影

 渡り鳥は夢を見る、かつての故郷を思い鳴く。


          

        ああ、またこの夢か。

 

 どこかで体験したような熱気を感じ、陽務楽郎は飛び起きた。周囲には獣と火薬、そして咽せ返るほどの濃い血の臭いが混じり合っている。そんな常人なら顔を顰め鼻を覆うような臭気を胸いっぱいに吸い込んでおきながらその顔には笑みが浮かんでいた。まるでこの臭いに満ちた樹海こそが自身のいるべき場所であるというように。

 

 

「って、落ち着いてる場合じゃねぇ。今日はどの()だ?」

 

 そう言って自身の身体を見る。目に入ったのは質素な和服に腰に差した二本の刀、そしてこの世の全てを睨み付けるような般若の面。

 

 「マジかよ幕末(祭囃子)か、遠距離攻撃が刀の投擲のみとか控えめに言って詰みでは?」

 

 刹那、首すじにチリチリとした感覚が走る。それはこの身体(アバター)に搭載された直感(システム)が自身の危機を伝えていた。腰を落としながら背後を警戒する、その瞬間二回の銃声が鳴り響き先程まで頭のあった場所を銃弾が通過して行く。

 

 「あっぶねぇ!!開始早々ゲームオーバーとか洒落にならん!!」

 

 腰の二刀を両手に持ち銃声のあった方に目を向ける。そこには顔に傷の入った金髪の幼女、サバイバル・ガンマンではμ-skyとして悪名を轟かしたかつての自分が器用に木の枝に座っていた。

 

 「おいおいどうした、あの状況で追撃しないとか舐めプか?それとも敗北がお好みだったりする?だったらそんな猿みたいに木登りで遊んでないでかかってこいよ。今なら無料で紅葉おろしにしてやるぜ?」

 

 そう言って挑発してみるが返答はない。ただ笑みを浮かべこちらを観察していた。

 

 (反応はいつも通りなしと、しかしマズイなあまりにも状況が悪すぎる)

 

 この樹海というフィールドにおいて自身の格好は致命的に適していない。和服に加え武装は二本の刀のみ。それに引き換え相手は正にホームグラウンド、樹海でも機動力を損なわない体格と体重更に武装はナイフと銃、アウェイ過ぎて涙が出そうだ。

 

 睨み合いながら互いに隙を探っている。場がとてつもない緊張感に包まれる中、先に動いたのは楽郎だった。

 

 (機動力で負けているのはもうどうしようもねぇ、なら先手を取って距離を詰める。さあナイフで迎撃か、それとも下がって銃撃か、どう来る?)

 

 だがμ-skyは動かない、ナイフと銃を構えるものの自ら動く様子は見られない。

 

 (ならこれでも喰らえ!!)

 

 楽郎は左手に持っていた刀をμ-skyに向け投げつける。

 

 (今必要なのは手数じゃない、刀は一本でこと足りる。その場所からじゃあ他の枝に飛び移るのは不可能だよなあ?なら地面に降りるしかない、そして着地した瞬間を狩る!)

 

 μ-skyは楽郎の想定通りに後ろに回転しながら刀を躱した、それを目にした楽郎は更に加速する。刀を一本投げ捨てたことによりそのスピード格段に上がっている、そしてμ-skyが着地したその瞬間

 

 (殺った!!)

 

            天誅

 

 しかしその渾身の一刀は

 

 (えぇ…)

 

首を断ち切るべく振われたその一刀はμ-skyに受け止められていた。いや正確には左手を折り曲げ盾にしていた。刀は腕に深く食い込んでいるが首を断つには至らない。姿形は幼女といえどその身体はゲームのアバター、耐久度は見た目通りではない。そしてμ-skyの右手には小型の銃が握られている、更に楽郎は今致命的なまでに隙を晒していた。

 

 (マズッ!)

 

 楽郎の判断は速かった。刀を離し腕で頭を庇いながら後ろに飛び去る、だがμ-skyが狙っていたのは頭ではなく太腿。一発の銃声の後楽郎の右太腿に銃弾が突き刺さる。

 

 最初に感じたのは熱だった。まるで火の玉が足に触れたかのようで、だが次の瞬間太腿から神経を伝い強烈な痛みが脳髄を灼いた。

 

 「がっっ!!」

 

 思わず声が漏れ、太腿に目を向けてしまう。我に帰り前を向くが時既に遅し、目の前には大振りのナイフを手に限界まで口角を上げ、狂笑を浮かべた自分(μ-sky)がいた。

 

(今回もダメか…)

 

 直後、首に先程と比べ物にならない痛みを感じながら楽郎の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 瞼の奥から朝日が差し込むのを感じて楽郎は目を覚ました。そしてそのまま先程見た夢の内容を思い起こす。

 

 「まーた負けた、これで何回だ?」

 

かれこれもう十数回楽郎はμ-skyに殺されていた。最初にこの夢を見たのはサバイバル・ガンマンのギリシャサーバーが閉鎖され、数ヶ月経った時のことだった。夢の中で目を覚ますとそこにはかつてのμサーバーと同じ光景が広がっていた、しかし自分の姿は別のゲームのアバターで一体どんな状況なのかと頭を捻っていた。すると目の前にμ-skyが現れ急に襲いかかってきたという訳だ。今思い出してみても全く意味が分からない。

 この夢を見ているといつも楽郎の身体は今までプレイしたゲームのアバターになっていた。巨人を操るヤカン頭や災害に立ち向かう農家、一番酷かったのはアイスクリームだ。戦うどころか溶けて消えてしまった時は困惑を超えて爆笑してしまった。

 

 「しかし全敗ってのはおかしいだろ。今回はともかく理想的な動きができた時もギリギリで競り負けるとか。てかなんで痛覚まで再現してんだよ、俺の夢なんだから全力で俺に忖度しろっての」

 

 そう未だに楽郎は夢の中のμ-skyに勝利できないでいた。自身のプレイヤースキルや経験は磨き続けている。しかしμ-skyの技量はかつてのまま、本来なら全敗どころか連勝していてもおかしくないはずなのだ。

 

 「夢だからって訳でもないんだよなあ。なんつーかなんか足りない?」

 

 どれだけ考えても納得のいく答えが出せない、数分程考えて楽郎は思考を放棄した。なぜなら自分にはそんなよくわからない夢のことより考えねばいけないことがあったからだ。

 

 「リアルじゃテスト、ゲームじゃゴルドゥニーネのEXシナリオとやること多いなー」

 

 そんなことを呟きながらベッドから起き上がり、朝の支度を始めていく。そんなたわいもない日常を過ごし、そしてその日が訪れた。

                

 

 

 

 『ひぃ……! 最低! 鬼! 悪魔! ゲームだからって最低限のモラルもないの!?』

 

 最低最悪のタイミングで横槍を入れてきやがったクソッタレなPKの言葉を思い起こす。自分から手を出しておいて反撃されたら逆ギレ?あまりに理不尽で不条理、思わず思考が止まり身体が硬直した。ああ、だが同時に()()()()()、あの夢の中で感じていた足りない何かの正体を。

 

 熱気を、異臭を感じる。いつもならその瞬間飛び起きていた楽郎は今日はゆっくりと身体を起こし、そして自分の姿を確認する。

 

 「そういえば、この夢でこの身体(μ-sky)は初めてか」

 

そこにあったのはμ-skyの姿、ゲーム(鯖癌)をプレイしていた時より遥かに身体が馴染むのを感じる。すると突然目の前にもう一人の自分が現れた、だが慌てずにゆっくりと目を向ける。すると、

 

 『おはようさん、ようやく()()()()()()()?』

 

 初めてμ-skyは言葉を発した、今までどんなに問いかけても言葉どころか声すら出さなかったくせに。だが楽郎は、さして気にした様子もなく返答した。

 

 「すまねぇな、だが安心してくれ。待たせた分は今から耳揃えてキッチリ返すからよ」

 

『そいつは楽しみだ、じゃあ早速やろうか』

 

 瞬間同じタイミングで走り出す、金色の髪をたなびかせ疾走する姿はまるで二つの流星のようで。

 

 (身体が軽い、どこまでもイケる気がする。ただ自覚するだけでこうも違うものかよ)

 

そう楽郎はただ思い出しただけだった、かつての自分はどこまでも()()だったことを。楽しむために、常識も倫理観も邪魔なもの全て削ぎ落とし、敵を殺し尽くした。理不尽も不条理もあの時間を楽しむためのスパイスだった。だがそんな最高の時間も長くは続かなかった。サーバーか閉鎖され、孤島を離れて自覚した。あれは()だ、蕩けるほどに甘いが取り返しのつかないところまで自身の身体と精神を蝕んだ猛毒だと。時が経ち楽郎は成長した、その過程で孤島で培った魂は無意識のうちに錆び付いていく。だが、今はもうそんなことはどうでもいい。

 

 (楽しいなあ、やっぱりゲーム(殺し合い)は楽しい)

 

 二人の幼な子が楽しそうに笑っている。無邪気な笑顔で、お互いの血を浴びながら。今は何も考えず、ただ自由にやりたいように。

 無我夢中で遊んでいたら気づけば自分()の足元に自分(過去)が転がっていた。楽郎は銃を構えながら問いかける。

 

「結局この夢ってなんだったんだ?」

 

『さぁな、お前が知らないのに俺が知るかよ』

 

それもそうかと苦笑するとμ-sky(過去の俺)は続ける。

 

『ただ、()()()()()だけじゃねぇか?あの場所が』

 

 それを聞いて、楽郎の中でストンと腑に落ちた気がした。と同時に笑いが込み上げてくる。

 

 「なるほどね、つまり俺は文字通り孤島を()()()()ってわけか」

 

楽郎はひとしきり笑った後、μ-skyにお礼を言う。

 

 「ありがとさん。まあなんだ、機会があればまた遊ぼうぜ」

 

μ-skyは何も言わない、ただ楽しそうに笑っていた。

 

 「じゃあ、()()()

そう言って楽郎は銃の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 階段を降りてリビングに向かう、リビングのソファには妹の留美が座っていた。

 

「あれ、お兄ちゃんどうしたの?昨日珍しく機嫌悪そうだったのに今日はすごい機嫌いいじゃん」

 

「別に、ただいい夢を見ただけだよ」

 

 

 

 

 

 

 一匹の渡り鳥(ミグラント)故郷(孤島)を思い鳴いている。だがその翼は力強く、眼差しに迷いはない。どこまでもどこまでも、飛んでいく。何にも縛られることなくひたすら自由にどこまでも。

 



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