ゴールの向こう側に (宮瀬賢一郎)
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たぶん走らないかな
「まさー、部活行くぞ」
「よし、行くかぁ」
放課後のチャイムと共に呼び掛けられ、おもむろに立ち上がった。
俺は都内の高校1年の河野勝。よく「まさ」と呼ばれる。小学3年から野球を始めて今まで続けている。高校球児なら誰しもが夢見るのは甲子園だが、残念ながらうちの野球部は甲子園とは縁遠い存在だ。というのも高校が力を入れているのが部活動ではなく、勉強だからである。うちの高校は大半が難関といわれる大学に進学する進学校だ。部活はというと文化系はいくつか全国大会に出場するが、運動部は数年に一度ほどだ。
「今日から新体制だな」
「キャプテン誰になんだろ」
「志村さんとか?」
「あー、ありそう」
空がどこまでも青く、夏の暑さが真っ盛りの中、同じクラスで同じ野球部の佐竹次郎と部室へ向かう。
つい一昨日、うちの野球部は県予選で敗退した。3年のある先輩は涙を流し、ある先輩は晴れやかな表情でグラウンド去っていった。俺も3年になってああなるのかなと哀愁にも似た感情を抱いた。先輩はこれから受験勉強に切り替えてそれぞれの進路を目指す。今まで一つの目標に向かってやったのに別々の道を歩むのも少し悲しい。
「…以上、明日から新体制での活動頑張ろう」
監督が切り上げると、帰る者もいれば残る者もいた。
「やっぱキャプテンは志村さんだったな」
「お前の予想ドンピシャだったな」
「じゃあジュースおごってよ」
「いや、なんでだよ」
なんて他愛ない会話をしていると見覚えのある顔が見えた。
「おー、勝じゃん」
「亮太かよ」
「おいおい、なんだその言い方は」
「で、なんか用事でもあるのか」
「あー、まあ、そんなとこかな」
「じゃ、先帰ってるわ」
「マジすまん、お疲れー」
次郎に別れを告げて、改めてそいつに顔を向けた。
「お前さ、長距離得意だったよな」
「なんだよ、いきなり」
話しかけてきたのは神田亮太。小学校のころからの友達だ。こいつは野球部ではなく、陸上部だ。あまり陸上に詳しくないが、走るフォームがとても綺麗なのが印象に残っている。聞いた話によると中学で全国大会にも出ているらしい。陸上が強いところならいくらでもあるのに強くもないここを選んだのはよくわからない。
「ま、普通よりも速いって感じかな」
「実はさ、うち駅伝に出たくてさ」
「長距離って人数足りてるのか?」
「いや、1人足りないんだよね」
「まさか俺に出ろとかいわないよな?」
「え、お前エスパー?」
どうやら本当らしい。
「掛け持ちとかできねえよ」
「本番だけ出てもらえればいいからさぁ」
「それはそれで失礼だろ」
「こっちとしては襷を繋げないほうがイヤかな」
「まあ、行けたら行くわ」
「いやそれ絶対こないやつ!!」
ツッコミうるせえな。踵を返して家に帰ろうとしたとき、
「ほんとーに頼む!!」
亮太の懇願を背中で聞いてシャツを扇ぎながら帰った。
その夜は亮太の言葉が離れなかった。正直やってみたい気持ちはある。でも俺が走ってアクシデントがあったら、とかよそ者が走っても、とかネガティブなことばかり浮かぶ。あー、よくないわこれ。冷静に考えて俺がやってるのは野球だし、勉強もやんなきゃだし、時間ないな。やっぱ断るか、いや断りずれえなぁ。とりあえず断る口実考えないとな。とりあえず宿題して寝よう。結局宿題が終わり眠りにつく頃には時計の短針が頂上に向かおうとしていた。
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走っちゃうのか
朝になった。俺はきまって6時半のアラームで起きている。夏ということで空はすっかり明るくなり、飽きるくらい澄み渡っていた。母の作った朝食をテレビをなんとなく見ながら食べ、身支度を整えて学校に向かう。
「今日もあちいな」
誰にも届かない独りごとをつぶやく。自転車に乗ってすぐに汗が出てきてまあ不快なことったらない。着替えを余分に持ってこなきゃいけないからこれもめんどい。いつも春か秋だったらいいのにと地球の理では絶対あり得ないことを思う。
しばらく自転車を漕いでいると白い校舎が見えた。よく先人はこの校舎のことを「城」といっていたがその通りであるような、言い過ぎであるようなものだ。いちおう都内では割と新しいほうではあるが。
ふと昨日の亮太とのやり取りを思い出した。うわー、どうやって断ろ?脳みそをここぞとばかりに回転させる。これくらいの回転で数学のテストを乗り越えたいものだまったく。
「いいこと思いついちゃった」
彼の誘いを断る方法を。寸法はこうだ。
監督である加藤先生に駅伝に出ていいかを確認する。するとおそらく、
「新人戦も近いしなかなか大変じゃないか」
と言うはず。これでパーフェクト。
「先生も厳しいんじゃないかって言ってたからごめんな」
って方程式が完成する。Q.E.D.こうしちゃいられないな。さっさと確認に行くかぁ!
「失礼します。1年3組の河野勝です。加藤先生に用があってきました」
「うい、どうした」
低い声で応えたのが加藤先生だ。
「実は陸上部のほうから駅伝に出ないかとさそわれていまして~」
「あー、陸上の藤原先生からその話聞いてたぞ」
「え」
「スタミナ強化にいいんじゃないか。駅伝の本番は特に練習試合も組んでないからやってみれば?」
いや、いやいや。聞いてないよそれ。なにそれ。ガチで終わったわコレ。断れないパターンきちゃったねえ。
「陸上部からも是非お願いしたいな」
あ~、藤原先生もいっちゃうのそれ。反則だよ?この場面で登場するのは。
「わかりました…。やります…」
このようにして駅伝に出ることになってしまいましたとさ。
肩を落として教室に向かっていると亮太にばったりと会った。いや、会ってしまったというほうが正しいか。
「昨日の件さ、考えてくれた?」
「さっき話ついちゃったよ」
「マジで!?」
「よろしくお願いします」
少し不満げに挨拶をしたが、当の本人はというと満足げに笑みを浮かべて、
「マジでありがてえ!絶対後悔させないから!」
なんか眩しいセリフ吐いてるんだが。キモ。朝に食ったトーストがそのまんま出てくるわ。…でも嬉しそうだから悪い気はしないわな。どうせならいい感じで走ってもっと感謝されてやろうかな。
「とりあえず走ってくれればOKだから!」
なんだコイツ。俺のポテンシャル舐めてるな。いいでしょう、やってやるわ。フランス革命が平民から発生したように、俺が土下座されるくらいの結果を出してやるわ。本番まで震えて待っとけゴラ。
これをきっかけに俺のスイッチが完全に入ったのであった。負けずが高じるよくない癖がでちゃいました。
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