サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します (Budge)
しおりを挟む

俺がウマれる前の話

牧場長の関西弁?のようななにかはジェネレーターを使用していますが違和感ありまくりだと思います、ご容赦ください・・・。


妙にはっきりと思い出せる一生分の記憶を辿り、ああ、おそらく生まれ変わったんだろうなぁと真っ暗な空間の中を漂いながら俺はぼんやりと考えていた。

 

記憶の末端にあるのは、深夜の東京、相次ぐ連勤で蓄積していた疲労、そこに突っ込んできた信号無視のトラック。誰がどう見ても、近頃流行りの小説も真っ青なテンプレ死である。

 

それなのに何故、俺はこうして思考できているのか?そう思った時一つの可能性へと至ったのだ。

 

輪廻転生という言葉をご存知だろうか。

 

大雑把に言えば人間は死んだ後、善き行いをした者は再び人やより上位の存在へ、逆に悪い行いをした者は虫や家畜といった生き物へと生まれ変わるという仏教の教えだ。

 

どこか遠くの出来事のようにも感じられる「前世」を見る限り俺は善人でもなければ悪人でもなく、平々凡々そこそこ真面目に生きてきた奴であったらしい。

 

だから、また人間かそれに近い何かに生まれ変わったのだろうと期待していたのだ。

 

 

まどろみと思考を何回も繰り返しているとある時、空間自体が大きくうねりだす。その衝撃で完全に目を覚ますと同時になるほどここは母親の胎内だったのかと納得し、俺は新たな「人生」に胸を踊らせていた。

 

なかなか外へ出られず四苦八苦する俺の両腕を掴み、外へと誘う存在によって再びこの世に生を受け。

 

脱力したまま床の上に投げ出されるまでは。

 

「よっしゃ、生まれたでー!」

 

「母親は無事か!?」

 

「あっ、タオル!」

 

え?と戸惑う俺を他所に、この世へと誘った張本人であろうおっさんたちは何やらバタバタと忙しそうだ。とりあえず体を起こそうとしてみると、むむ、なんだか手足が異様に長いぞ?

 

えーと、こういうときはひとまず落ち着くんだ。落ち着いて深呼吸をー。

 

「ぶしゅん!」

 

・・・しようとしたら、鼻と喉の奥から大量の水が逆流してきてむせた。なんなんだよ畜生。

 

そういえば生まれたにしては産声の一つも上げていない俺に対しておっさんたちはノーリアクションだななんて思っていたら、いきなり体をタオルで拭かれだした。

 

「おーし、羊水も吐いたな、大丈夫そうや。どれどれ?」

 

ふと、おっさんが片手を俺のケツから手を回して、今度は何をする気だ・・・って、あっ、そこは、やめ、あふん。

 

「おー!オスだ、立派なもんが付いとるわ!」

 

・・・この世に生まれて数分。見知らぬおっさんに大事なムスコを弄られました。ボクモウオヨメニイケナイ。というか、今生でも俺はオスなのか。ん?オス?こういうときは男とか言わないか普通?まるで動物みたいな・・・。

 

俺はハッとした。周りを見渡せば、三方を木造中心の壁に囲まれていて、その内内側を向いた一面だけが大きく開いている。その空間の天井と床の中心あたりに柵があり、床一面には母親の胎内から飛び出してきた俺を受け止めたと思わしき黄金色の藁がふっかふかに敷かれている。

 

こんな状況で生まれてくる生き物なんて、俺は一つしか知らない。

 

「この牧場期待のG1候補生やな!」

 

おっさんの眩しい笑顔の一言で確信できた。

 

 

・・・真面目に生きてきた俺は、サラブレッドに生まれ変わったみたいです。

 

 

 

 

 

XX97年。 北海道のマキバファームという小さな牧場で一頭の牝馬が出産を迎えていた。

 

「ほら、ロッチ!もっと頑張りや!」

 

昨年のセリで牧場にやってきたばかりの鹿毛の牝馬、通称ロッチ。

新しい環境に慣れきらないまま出産を迎えたせいか、なかなか仔を産み落とそうとせず、スタッフたちは困り果てていた。

 

「ちょっと様子が変かな・・・仕方ないですね、診てみます」

 

なかなか仔馬が生まれてこないと連絡を受け駆けつけた獣医が袖をまくり、意を決して牝馬の穴に手を突っ込んだ。

 

仔馬を探してしばらく中を探っていると、ようやく触れた前足がビクッと震え、生きているという事実に安堵しつつも納得したような表情を見せる。

 

「・・・ああ、これじゃあ生まれてこれないわけだね。足が中で折れちゃって(折りたたんだ状態になって)るよ」

 

「なんだって!?」

 

獣医の言葉に顔を青ざめる50代ほどの男性。牧場長の薪場(まきば)だ。しかし獣医はすぐにこの程度ならすぐに整復できる、と落ち着いた様子で言いながら手早く仔馬の位置を修正していく。

 

「はい、出来ました。これで引っ張ってみてください」

 

「わかったわ・・・お、お!?おおお!?」

 

獣医に従い、前足を引っ張ると彼の言う通り、先程までの難産が嘘のように仔馬はするすると柔らかい藁の上へと生まれ出た。

 

「よっしゃ、生まれたでー!」

 

勝利宣言をするかのように大きめの声で叫ぶ薪場。

 

「母親は無事か!?」

 

獣医が出産を終えたばかりのロッチを気遣うと、下げていた首を持ち上げた。出産が長引いて疲れているものの異常は無さそうだ。

 

「あっ、タオル!」

 

あまりにあっさりとした終幕に、呆然としていたスタッフもタオルを取りに駆け出した。

 

「それにしても立派な子やなー」

 

薪場が生まれたばかりの仔馬の近くに寄った丁度その時、ぶしゅん!と可愛らしい鳴き声とともに羊水を吐き出したその姿を見て安堵する。

 

「おーし、羊水も吐いたな、大丈夫そうや、どれどれ」

 

スタッフから受け取ったタオルで体を拭いてやりながらも、気になっているのは仔馬の性別だ。怖がらせないようそっと腹側から手を回すと、立派な男のシンボルが手に触れた。

 

「おー!オスだ、立派なもんが付いとるわ!」

 

はっきり言ってこの馬の父親は今の所この近辺の牧場で種付けできるようなクラスの馬ではなかった。4、5件探し回ってようやく1頭か2頭、見つけられるかどうかだろう。

 

まして母親のロッチも由緒正しい名牝の血を引く血統の持ち主だ。そこに名牝のクロスがあるとなれば、体質の不安よりも先に期待が勝ってしまう。

 

この馬だ!と多少の無茶をしてでもロッチを競り落とした薪場にとって、無事に生まれてきたこの仔馬は正に希望の星。

 

「この牧場期待のG1候補生やな!」

 

気づけば、口から自然とそんな言葉が零れていたのだった。




主人公が活躍する路線は恐らく他の転生馬とは被らないとは思います。それと、活動報告なんかで父親当てアンケートとかやってもいいのかな・・・?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウマが合わないのは仕方ない事だ・・・よな?

こんな自己満小説あんまり受けないだろうなー(投稿ポチー)


お気に入り25件

Σ(゚Д゚)!?
 

(つд⊂)ゴシゴシ


お 気 に 入 り 25 件


(´゚д゚`)


ウマ娘パワー、恐るべし・・・。


馬に生まれ変わっておそらく約一ヶ月?くらいだろうか。仔馬の成長というのは早いもので人間の感覚との違いに格闘している間にも身体は順調に成長。雪が溶けたことで寒さから俺の身を守っていた馬着も脱げた。

 

馬にとって死活問題になるというお通じに不具合が出ることもなく、今日も元気に走り回ったり、昼寝したりと気ままに過ごしている。人としてのプライド?生まれたその日に浣腸されて馬糞(ボロ)と一緒に捨てた。

 

生まれてから十分くらいで立ち上がってみたり、放牧地への道を一日で覚えたり、引き綱無しで勝手に帰宅したりと馬離れしたことをやってみたが気にされることはあっても怪しまれることはなかったので、割と自由にやっていこうと思ってる。

 

この前はいきなり唇をめくられて口の中を覗かれたから、なんだと思ったら歯のチェックだったらしい。もう大分揃っていて牧場の人曰くもう少し経てば青草も食べられるようになるとか。

 

歯といい、脚といい他の放牧地にいる仔馬より健康面でのチェックが多い気がするなあと思っていたんだが、この前スタッフさんの話を盗み聞くことに成功して納得した。

 

要約すると馬としての俺には、クロス・・・いや、なんちゃらブリードだっけか?とにかく速い馬を作ろうとして人間が生み出した方法の一つがかなり濃ゆーく入っているらしい。そういう馬ってのは極端に体質が弱かったり凶暴だったりするらしいが、幸いにして俺の性格や身体にはあまり影響を及ぼさなかったみたいだ。

 

それから、もう一つ報告がある。

 

放牧されている場所を見てもらうと分かるが、今ここにいるのは俺一頭だけ・・・母親はどうしたって?そう、まさに報告したいのはそこなんだよワトソンくん。

 

俺・・・育児放棄されました★

 

 

俺の母馬、通称ロッチさん。恐ろしいことに今まで何頭も産み落とした自身の仔を初乳を与えた後に放棄しているそうな・・・。とんだ不良ママである。しかも俺に関してはお乳を貰えないまま耳を後ろに倒して威嚇までされるという有り様。どうしてこうなった。お母さん、俺なんか悪い事した?

 

様々な事情で初乳を貰えなかったり、飲むまでに時間がかかったりした仔馬というのは非常に細菌に弱くなり、命を落とす確率が高くなってしまうと聞いたことがある。

 

そういう時のため、サラブレッドの生産牧場は必ず繁殖牝馬の初乳を採取して、優秀なお乳を保存しておくそうなのだが、当然俺にも緊急用のお乳が与えられた。ちなみに牧場で一番いい数字を叩き出した牝馬のものだったそうだ。貴重なものをどうもありがとうございます。その後もいろいろブスブス打たれたりしたけれどおかげですこぶる健康です。

 

まあ、中身が成人済みの人間である俺にとって母親がいなくたって精神的にはあまり影響はないんだが、なんせ身体の方は生まれたばっかりの仔馬だ。口にできるものと言ったらミルクだけ。

 

こういう時、別の牧場や業者に連絡して乳母馬を貸してもらったりするとどこかで見た記憶があるがどうやらこの牧場は金かコネか、あるいはその両方か?都合がつかず乳母馬がやってくることはなかった。

 

しかしミルクが必要であるという事実は変わらない。なんと牧場で働くスタッフさんたちが代わる代わるで一番多いときには一日1、2時間おきに、ある時は満面の笑みで、またある時は眠い目をこすりながら栄養と愛情たっぷりのミルクを作って飲ませにきてくれたのである。

 

特に深夜、馬感覚では余裕だが人間には起きているのも辛いであろう時間にミルクを持ってきてくれた時は感動を覚えたものだ。そんなスタッフの皆さんに俺ができることと言ったら完食・・・いやこの場合完飲か?と、ごちそうさまを伝えることに他ならない。

 

その甲斐あって今の俺は生後一ヶ月にしては大きめの馬体重になっているらしい。やったぜ。

 

今日も放牧地で好き勝手に走り回っていると、またスタッフの人がミルクを持ってやってきた・・・ってあの顔とこのニオイは!あの日生まれたばかりの俺にセクハラをしたおっさんじゃねーか!なんかここ数日こいつばかりミルクを持ってくるような気がするんだが気のせいだろうか。

気に入られようったってそうは行かないからな!お触りショックのインパクトが忘れたくても忘れられねぇんだよ!

 

「おーい、セキトー!飯やでー」

 

そうだ、おっさんが呼んだみたいに今の俺はセキトって呼ばれてる。なんでも毛色が他の馬より赤っぽいとかなんとかで、三国志に登場するあの馬にちなんでいるらしい。俺から見えるのは白くない前足と両方の先っぽだけが白い後ろ足と、頑張って背中がちょっとくらいなので自分では確認しようがないのが少し悔しい。

 

「おーい・・・ってどこへいくんやー!」

 

せっかくのミルクの時間だが、セクハラ野郎の元にそのまま駆け寄るのも癪なので、俺はわざとおっさんから離れるように放牧地を一周走ってやろうと思う。

 

あ、それはそうとミルクはきっちりいただきます。

ミルクイズライフライン。

 

 

 

 

「何やっとるんやアイツ・・・」

 

一ヶ月ほど前に生まれた仔馬、セキト。母馬から育児放棄されてもうたから、マキバファームのスタッフ総出でミルクを与えて育てとる。

 

ワイは馬を生産するようになって十年ほどの、業界ではまだまだ若輩者やけどセキトは今まで見てきた中で最も風変りな馬と言ってええ。特に母馬と離されようもんなら鳴き叫んで助けを呼ぶもんなんやが、セキトは全く鳴かへんかった。無駄だと分かっていたのだとしたら・・・いや、ただの馬鹿かもしれへん・・・うん、これはあんまり気にしたら駄目や。

 

今日はワイがミルクを持っていったんやが人の顔を見るなり放牧地の反対側へと逃げ出してもうた。やはり脚がよく伸びるきれいな走りをしとるなあと思うと同時にひょっとしてワイ、嫌われとる?と別の可能性に気づきかけたところでアイツが戻って来おった。

 

相変わらず赤みの強い燃えるような毛色をしとる。こんな馬、写真でも見たことあらへん。段々と産毛が抜けて毛が生え変わり始めとるがますます赤くなっとらんか?鹿毛なのか、栗毛なのか、昔は使(つこ)うとったっちゅう文字通りの赤毛なのか。

 

「ほんまええ飲みっぷりやなー」

 

まあ、その判断はもう少し育ってから登録審査の時にやってくる専門職の方々に任せるわ。哺乳瓶にしゃぶり付き、めっちゃ勢いよくミルクを飲み干していく生命力に感心しつつ、やはりロッチの育児放棄はどないもならんものなのかと思案する。

 

前の牧場から「そういうところがある」と聞いてはいたんやけど、まさか産んだばかりの我が子を威嚇するとはなぁ。悪化しとるがな。

 

他の親子の世話、そして今年の種付けもあるしで大変やけど、大切な馬を一頭でも多く競走馬として送り出せんなら少なくともワイにとって深夜の寝起きなんてのは苦痛やない。

 

しかし、馬同士の序列の決め方とか仲の深め方とかは大体母馬から教わるもんや。生まれてきた仔馬のことを思うと、母親が近くにいたほうがええんは間違いあらへん・・・そうや、そういう意味ではロッチも恵まれん馬やったな、と思い出した。

 

ロッチ、正式に言えばサクラロッチヒメはお腹の中におるときから母親のサクラスマイルの体調が安定しのうて、出産直後に初乳を与えて力尽きてしもたと聞いとる。まさかとは思うがそれが原因で子育てっちゅうのは立ち上がった仔馬に初乳を与えたらお終いだと思っとるんか?

 

幸か不幸かサクラスマイルの娘であるということは、悲劇の二冠馬サクラスターオーの妹にして、名牝スターロッチの血を引いた牝馬であるっちゅうことや。未勝利戦しか勝ってないロッチが繁殖に上がれて、しかもこんなで処分されんかったんは、偉大な曾祖母様のおかげでもあるんやろうな。

 

歴史ある血を持つ牝馬やし、前の牧場だってどうにかしたかったに間違いあらへん。しかしそれがセリに出されることになったんは、育児放棄の悪癖は全然よくならんままノーザンテーストやトニービンといった良血の娘が生まれて後継牝馬が出来たことで、諦めが付いてしもたのやろうか。

 

その判断を責める気はあらんが、大手の牧場からスターロッチの末裔が上場されると温まっとった会場の空気が育児放棄の癖があるとアナウンスされた途端一気に冷え込んでお通夜状態になったあの瞬間は今でも忘れられへん。

 

そりゃまあ十数頭、何十頭と繁殖牝馬を抱えとる牧場にとっては爆弾みたいな牝馬にしか映らんかったやろう。しかしこっちは繋養頭数一桁の弱小牧場、人手ならなんぼでも余っとる。

 

育児放棄癖や雰囲気もあって血統の価値に比べたらめっちゃ安い買い物になったとは思うんやけど、家にとってはしばらくもやし生活をせなあかんほどの冒険やったなぁ。

 

その時から最悪人の手で育てられればええと想定はしとったから、実際に育児放棄が起きたときもあまり動揺はなかったんやが・・・深夜のミルク当番でスタッフの何人かがダウンしおった。若いのに情けないで。

 

「ひひーん」

 

「おお、飲み終わったか・・・今回もスッカラカンやな、えらいなー」

 

丁度ここでミルクを飲み終わったらしいセキトが鳴いた。こいつこうやって毎回飲み終わると鳴くんやけど、もしかしてごちそうさまとでも言っとるんか?・・・んなわけあるか。相手は馬やぞ。

 

「よーし、腹一杯になったところで軽く走ってこいや」

 

「ひひん!」

 

来年以降もこういう調子になるんやったら乳母馬を用意して貰う必要があるなあ、とまるで言葉を理解してるように走り出したセキトを見ながら思うのやった。

 

さあ、そろそろ今年の種付けの相手を決めないとあかん。北海道の春はこれからや。




はい、今作の時空上もっとも改変されたポイントが出てきました。
サクラスターオー、天涯孤独を脱出。しかし妹はやさぐれる。

次回はちょっと時系列が飛びます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特に悪意のない十万馬力が放牧地を襲う!

UA1500突破!応援ありがとうございます!

このまま突き進むしかねぇ、止まるんじゃねぇぞ・・・。


あれから季節は一巡とちょっと過ぎて夏。特に大きなアクシデントもなく俺はいつの間にやら見上げていたスタッフさんの顔を少し見下ろすくらいの一歳馬になっていた。

 

生まれた年の夏の終り頃から徐々に離乳した同年代と合流し、相撲と呼ばれる群れの順位決めの儀式を知らなかった俺はそりゃあもうケチョンケチョンにやられまくった。

 

それでもある程度ルールを覚えてからは何頭かに逆転して、あまりひっくり返ることがないっぽいくらいの順位につけることが出来たようなのでおそらくこの牧場にいる限りは安泰だ。

 

そして、我ら一歳馬が放牧地ですることといったら、食事、睡眠、時々全力疾走・・・。

うん、このままじゃ競走馬になれないね!

そう思った俺はわざと群れから離れ、走り方を探っている。

 

競走馬の走り方というのは、大きく分けて2つ。陸上競技などでもおなじみ、ストライド走法とピッチ走法である。

端的に言えばストライド走法は歩幅を広くとってスピードとスタミナを持続させる走り方で、ピッチ走法は逆に歩幅を小さくすることで小回りや加速力を確保する走り方だ。

 

競走馬としての理想は、道中はピッチでコーナーを最短距離で抜け、加速しきったところで最終直線を迎え、ストライド走法でスピードを維持しながらゴールする・・・といった感じだろうか。

 

とはいえ走り方というのは体型やレースの距離、果ては位置取りひとつ取っても千差万別。

自分自身の適性がはっきりするまではどちらかに絞るのは良くないかもしれない。

 

そうなると出来る事は必然的に基礎トレーニングぐらいか。故障しないようにしっかり身体をストレッチして、200mを17秒位に調整して走る。流石に15秒ペースは放牧地では危なすぎた。

 

前にスタッフさんと俺の前足の歩幅を比べて、だいたい同じであることを確認してから放牧地を縦横に歩いてみたところ、どっちも約60歩。

 

一歩を50cmと仮定すると、50×60で3000cm、つまり約30m。

で、この放牧地はだいたい四角いから30×4で約120m、柵ギリギリを走らずとも2周すれば十分200mくらいになる計算だ。

 

普通のコースより曲がる回数も多いからコーナリングの練習にもなるし、なにより障害物や他の馬をあまり気にしなくていいメリットは大きいだろう。

 

・・・と思っていたんだけどなぁ。

 

最初の頃は何やってんだアイツみたいな目で見ていた他の馬たちが、いつの間にやら暇を持て余して興味本位で後ろを付いてくるようになり、その内ハイペースで飛ばしたり、前に行きたいと突っついてくる奴がいたりでペースが乱れたり、思ったような位置取りに付けなくなったりと随分本格的な訓練になっちまった。

 

「おい!邪魔だ!そこどけよ!」

 

「やーだよっ!セキトに聞いたんだけどたまには邪魔もしないと負けちゃうんだって!」

 

 

「えっと、曲がるときに歩幅を広げて、まっすぐ走るときに小さくするんだっけ?」

 

「逆だよ逆」

 

 

お聞きください、これが放牧地で延々と柵沿いに走るデビュー前の一歳馬たちの会話です。なんと本格的な内容でしょう。そして他にやることもないせいか全員で放牧地を爆走するトレーニングが、なんとなく続いてしまったんだよなあ。

 

そんな中で始まったのが、体力づくりの為次の日の朝まで放牧されっぱなしになる育成方法、昼夜放牧。おっさんは「今夜は晴れる予報や!昼夜放牧やるで!」とか言ってたけど、あれは一種の死亡フラグだったのかもしれない。

 

 

「お前ら・・・一体何をやったんや・・・」

 

翌朝、連絡を受けて飛んできたおっさんが放牧地の前で頭を抱えているのを、仲間たちが集まって不思議そうに見つめている。

 

まあ、その反応は当然だと思う。明るくなって大惨事の全貌がハッキリと見えた時、俺もあ然としたからな。

 

馬は夜も目が見えるじゃないかって?少なくとも俺は夜間の視界が赤外線カメラの映像みたいで色はなかったから、よく分からなかったんだよ。

 

一体何をやらかしたんだ、だって?まず俺たちが柵の側ばかり走っていたせいで元々薄くなっていた牧草が外周に沿ってドーナツ状に剥げ、土が露出。

 

そこに昨晩予報が外れて雨が降ったせいでダートコースと見間違わんばかりの状態になり、しかもお構い無しに全員で走ったから一頭残さず泥だらけになったし、土は多数の足跡でボコボコに荒れ果ててしまったいう訳。

 

最後は走っている時に足を滑らせかけて思わず中止してしまったが、そのとき無理をしなくて本当によかった、こんな状態の放牧地で全力疾走していたら遅かれ早かれ怪我をしてしまうし、土を入れるなりならすなり補修も必要だろう・・・ここまで酷くしたのは俺たちだけどな。

 

「ひひん・・・」

 

「ああ、セキト・・・ここは狭かったんやな、もっと広いところに移してやるからな・・・」

 

すみません、調子に乗りました。この大惨事の主犯は俺です。と謝っても残念ながら人間に馬の言葉は伝わらない訳でして。おっさんは生気をなくしたまま俺に引っ越しを約束してくれた。

 

結局今年の一歳馬は活動的で放牧地が狭かったと判断され、牧場で一番広い場所に移れたこと自体は結果オーライだったと思う。仲間たちもはしゃいでるしそういうことにしとこうか・・・いや、やっぱ放牧地の補修代くらいはこの脚で稼ごう。俺はそう誓った。

 

この騒動、後に各地に散らばった同世代たちが妙に上手いレース運びをすると話題になり、俺の知らないところで「放牧地ステークス事件」としてマキバファームで語り継がれていくのだが、それはまた未来の話である。

 

 

 

いくら日々心身共に成長していく一歳馬といえど、あまりに暑い日の昼間は厩舎でお休みだ。

そういう日は仲間たちもリラックスモードで、二度寝したり暇すぎて馬房でぐるぐる回りだす奴もいる。

 

「ほら、セキト、気持ちいいかい?」

 

「ぶるぅん」

 

そんな夏のある日、厩舎でくつろいでいた俺は、入念なケアを施されていた。

仲間たちと同じ削蹄だけでなくブラッシングも行われ、心地よさにまどろみながらただの健康診断とは訳が違うようだと察したものの特にその日は何もなく終わり、拍子抜けだった。

 

それから数日が経ち、油断した頃になって放牧のために厩舎を出たのかと思ったら「今日はお出かけだよー」とスタッフさんが声をかけてきた。そして引かれていく内にあれよあれよと放牧地から外れ、気がつけば馬運車の中。

 

 

やがて他の馬が乗ることもなく馬運車のエンジンがかかり、牧場の砂利道を通っている内は細かく揺れていたが、しばらくして収まった。大きな道路に出たのだろう。

 

 

落ち着いてから改めて周りを見ると、一頭で乗る馬運車というものはなんとつまらないものなのだろう。暇つぶしは時折あるちょっとした揺れと、運転席から聞こえてくるラジオくらいでそれもその内飽きて来た。ここで風景の一つくらい見えないものかと思って首を伸ばしてみたが窓が高すぎる。あれは換気用か。

 

他に首が届く位置にあるものといったら・・・おっと、これは引き綱?よし、退屈の腹いせにこれで遊んでやろう。

咥えて右に左にブラブラさせたり、引っ張ったり、軽く振り回したり。ハンドスピナーみたいに癖になるような感じで意外と楽しいぞ?

 

そんな感じで暇に耐えかねて色々としていたら、唐突にエンジンが止まった。目的地に着いたようだな。誰かが来る前に急いで口を開け、引き綱を落としたらすました表情をつくって証拠隠滅。

 

後ろの扉から入ってきたスタッフさんや、一瞬ぎょっとしたような顔をしたが、俺は何も知らねぇぞ。特に脚元に落ちてる引き綱、これは勝手に落ちたんです。

 

怪訝そうな顔をしながらもそれを拾って俺の頭絡に装着。あ、ちょっと湿ってる・・・いやなんでもないです、ハイ。

 

「はい、大丈夫でーす」

 

「おう、後ろ開けるぞー」

 

しっかりと引き綱を持ったスタッフさんの言葉で馬運車の扉がゆっくりと開く。次第に顕になっていく目的地はなにかの広場のような場所であった。慎重に馬運車から降りた後、スタッフさんに引かれて歩くが馬になってからこんな広い場所に降り立つのは初めてで、思わず物見してしまう。

 

・・・ふと。あちこち見るうちに前世の記憶の中にこの場所があったことを思いだした。恐らくこの場所、日本の牧場の中でも最も大きな力を持った馬飼グループの牧場の一つ、ウエストファームの広場だ。

 

だが果たして俺はそれをどこで見たんだっけか?動画サイト?ウェブニュース?それとも雑誌か何かか?

 

どうにも思い出せずに悶々としていると、キラキラ、ヒラヒラしたものが視界に入る。横断幕だろうか。

どうやらなにかの文字が書かれているようだが、馬の目というのは細かいものを上手く認識できないようでボヤケていてなかなか読めない。

 

「こら、セキト。行くぞ、立ち止まらないの」

 

「ぶむぅん」

 

立ち止まっていると引き手を軽く引っ張られてスタッフさんに催促された。仕方ないから文字っぽいものの形を記憶しておいて後でじっくり考えようと決めた俺は、歩きながらも可能な限りそれを脳裏に焼き付けておいた。

 

 

広場を抜けた先には厩舎が並んでいて、俺はその内の一つの馬房に入れられる。

ようやく一息ついたところで厩舎の内外から様々な鳴き声が聞こえてくる、ここには沢山の馬が集まっているんだな。

 

ん?夏で、ウエストファームの広場で、沢山の馬?

 

・・・その時、俺はあっ、と声を上げてしまった。俺は今大変な大舞台にいるんじゃないのか?そう自覚したからだ。

 

おそらくヒラヒラしていたものに書かれていたのは、「SELECT」の文字。

そしてこれほど沢山の馬を一箇所に集める目的なんて、セリ市しかない。

 

―日本競走馬協会主催、SELECT SALE(セレクトセール)

 

億超えの馬が頻発する、国内最大のセリに俺は上場されるらしい。




次回、セリ。主人公の父、判明す。
ヒントは鹿毛のG1馬。
更新は明日の22:00予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いざセリへ、俺のお値段、ハウマッチ?

もし現実のセリや規則に抵触してしまうような描写があったとしても、この小説の世界ではそういうものだと思っていただければ幸いです。

・・・お気に入りがいつの間にか100件突破したんですが。未だかつてない伸び方に正直ビビってます。


日本の競走馬の取引は、馬主が直接牧場に出向いたり、連絡を取ったりと直接的に取引を持ちかけ、売買が成立する庭先取引が八割を占めるという。

 

しかしそれは言ってしまえば牧場にとって面識のない馬主や、嫌悪している馬主との取引を断ったり、新たに馬主になった人物が個人的な理由で質のいい馬を手に入れられずそのまま競馬界を去るということも起こりうる。

 

そこで日本競走馬協会(Japan Racing Horse Association ,JRHA)はより自由で開かれた取引の実現の為、日本最大規模のセリ市を98年から開設すると発表する。

 

それがJRHAセレクトセール、現代では良質な馬と億単位の取引が当たり前のように飛び交う世界にも劣らない規模のサラブレッドのセリ市なのである。

 

 

 

「あ"ーーー・・・暇!」

 

東京のとある民家。十代後半くらいの女性が、広々としたリビングでくつろいでいたかと思えば、いきなり手足を伸ばしてそう言い放った。

 

「急にどうした、朱美(あけみ)

 

その様子を見ていた父親が女性の名を呼ぶと、彼女は不機嫌そうに呟いた。

 

「だってさー、パパのお馬さん、お母さん馬も仔馬も売っちゃって、残ってた子も全部引退しちゃったんでしょ?」

 

この親子は名字を天馬と言う。

昭和の初めから馬に携わり続け、親子二代で

オーナーブリーダーを勤め上げる中で多くの名馬と栄光を勝ち取った家筋である。

 

しかしながら平成に入ってサンデーサイレンスを初め

トニービン、ブライアンズタイムといった外国産種牡馬の台頭や種付け料の高騰、それに反比例した内国産血統の価格の下落により生産業を引退し繁殖牝馬と仔馬は売却、今年の春には現役で走っていた馬も全て引退したのだった。

 

「お馬さんが見たい!禁断症状じゃー!」

 

「はは、これは参ったな・・・」

 

幼い頃から馬に触れ続け、一ヶ月に少なくとも一度は父の愛馬の勇姿を見に競馬場を訪れる。

そんな生活をしていた彼女にとって、この数ヶ月ほど

一生の内で退屈な時間は無かっただろう。

 

話に出てくるお馬さんとは、サラブレッドのことであると父は分かっている。

かつて朱美が牧場で放牧されていた馬を見る目は、他でもなく「競走馬」に魅せられた目であった。同じ馬でも、

ポニーや乗馬では駄目なのだ。

 

どうしたものかと思案する父、実次(さねつぐ)は、テーブルの上に置かれたセリ市の案内を見つけた。そういえばまだ

馬主資格を返納していなかったな、と思い出し一つの案を思いつく。

 

「朱美、実は今年から開催されるセリ市があるんだが・・・」

 

 

 

 

XX98年、7月某日。

記念すべき第一回セレクトセールの会場に、天馬親子はいた。

 

「ふふーん♪おっ馬っさんっ♪わったしっのおっ馬っさんっ♪」

 

「こら、セリの会場で必要以上に騒ぐんじゃない」

 

上機嫌な朱美だったが、周りの人間はむしろその後ろにいる父、実次へ視線を集めていた。

 

「おい、見ろよ天馬さんだ」

 

「新しい馬を買いに来たのか?」

 

「とうとう外国血統に乗り換えるのか」

 

良質な馬の取引を目的としているというこのセールに、

一度は引退を表明した昔からの馬主が現れたことで名門復活の期待を寄せる者もいた。

 

しかし、彼らは知らない。今日の実次はただただ一個人として娘のお願いを叶えに来ただけなのだということを。

 

「パパ!本当に新しいお馬さんを買っていいのね!」

 

「ああ。ただし狙うのは二歳馬、1億以内で、一頭だけだぞ」

 

「一発勝負ってことね!おっけ、燃えてきた!」

 

父の発言を受け、張り切る朱美。

そう、実次は失効していない馬主資格を使って馬を買い、その馬を朱美に譲渡しようと考えたのだ。

 

「今日は前日展示だ。気になった馬は外に出してしっかり見せてもらえるそうだからしっかり見て回ろう」

 

「おお!相馬眼に関しては頼みましたぞ父上!」

 

テンションが上がったことで、父の発言にサムズアップする朱美。実次は苦笑いしながら「変なところがある馬だったらすぐに止めるからな」と釘を差した。

 

 

「パパ、この子は!?」

 

「足が曲がってる、走る走らん以前の問題だ」

 

「パパ!」

 

「血統はいいが、馬体のバランスが悪い」

 

「パパ」

 

「見た目はいいがそれだけだな」

 

次々と気になった馬を見る天馬親子だったが馬主として昭和を生き抜いた実次の容赦ない相馬眼に、馬を引くスタッフの顔がもれなく引きつっていく。

 

その様をみた朱美は、父親に対し、ため息を付いた。

 

「パパ、言い過ぎ。牧場の人が可哀相」

 

「朱美、私は事実を言っているだけだぞ、それにこういう職業の人間は甘やかすと後々碌なことにならないんだ」

 

「そうじゃなくて!言い方があるでしょ、言・い・か・た!」

 

「む・・・!黙っていれば父親に対してその態度はなんだ!」

 

「問題なのは私じゃなくてパパの態度でしょ!?」

 

親子喧嘩が始まりそうになったその瞬間、

 

「ひひいぃ〜ん!」

 

仲裁するように近くの馬房で一頭の馬がいなないた。

 

 

 

「うあぁ〜っ、もう、どうすればいいんだよぉ」

 

俺はセキト。元人間で現サラブレッド。

今日は生まれ故郷を離れ、セリに出るため厩舎で待機しています・・・右回りに歩きながら。

 

なんで馬房をぐるぐる回ってるのかって?

 

こうしてないと落ち着かないんだよ。

 

セリに出るって言ったろ?そのセリが、まさかの日本一のセリ、セレクトセール。そう、日本一。

 

それだけで緊張してしまうのに、生まれた牧場が無名なせいか誰も俺を見せてくれと言いに来やしない。その人の来なさたるや、さっき担当してくれてるスタッフさんがあくびをしてた。

 

慣れてる人はいいよなぁ、俺はこんな大舞台、初めてだよ。

 

ここでセリ落とされれば少なくとも2歳までは気が楽になる。けれど落とされなければ秋、秋にセリ落とされなければ冬・・・とずるずる馬主探しが続いて気になって仕方なくなってしまう。

 

こうなったら目の前を通る人を呼び込む作戦で・・・といきたいところだったが生憎ここは角部屋、つまり厩舎の一番奥。

 

厩舎の出入り口は、馬栓棒越しにはあまりに遠すぎた。

 

こうなったら脱走とか派手なパフォーマンスを、とか考えてたら、人間よりも遥かに性能が高い耳が騒がしい声を捉える。

 

これは喧嘩か?男と女、というより父親と娘って感じだ。

不穏な気配を察したのか周りの馬たちも鼻を鳴らしたり、前脚を搔いたりと落ち着かなくなってきた。

 

これはやばい、パニックになる前に早急に喧嘩を止めねば。

そう思って思いっきりいなないてやったら、さっきまで言い争っていた声はぴたりと止んだ。うむ、これでよい。

 

・・・と、おお?入り口から人が二人入ってきたぞ?

もしかしなくても、呼び込み大成功?

 

若い姉ちゃんがスタッフさんに「さっき鳴いた子は〜」とか聞いてるし、これは大チャンス。

 

すかさずもう一度鳴いて、前掻きも付けてサービスしちゃう。すると姉ちゃんは俺の存在に気がついて、笑顔を見せながら歩み寄ってきてくれる。

 

そして俺の最大の特徴に気づいた。

 

「えっ、ちょ、やば、赤い!何このお馬さん!メッチャ赤いんだけど!」

 

うん?

 

「すごいすごい!なにこの毛色、すっごい好みなんだけど!しかもおでこに炎マークっぽいのあるし!」

 

姉ちゃん、ひょっとしなくてもギャルって奴ですかい?というかおでこに炎マーク?初耳なんですが。

 

「パパ!見て見て!すごいよ!こんな赤いお馬さん見たことない!」

 

姉ちゃんが手招きすると、その・・・かなり強面な男性が馬房を覗き込んできてちょっとビクッとした。

若いときの渡○也かよ。

 

お父さん、どうも初めまして。俺はセキト、サラブレッド牡一歳です。

 

「ほう・・・なかなか立派な面をしてるじゃないか」

 

「でしょ!?それにさ、ほら!この馬のパパもすごいんだよ!」

 

なにやら二人で本のようなものの1ページを指さしている。あれが目録ってやつで、俺の情報が載ってるのか。

 

「なるほど、サクラバクシンオーか。悪くないと思うぞ」

 

おお!俺の父親、ずっと気にはなっていたんだが、やっと読み上げてくれる人が現れた!お父さん、ありがとうございます!

 

牧場の馬房の横に貼り付けられてる名札にはサクラロッチヒメの○○(数字は読めなかった)としか書かれてなくて、ずっと父名は空欄だったんだよな。

 

ここに来たら来たで「血統はお手持ちの資料でご確認ください」って感じで馬房には上場番号しか貼られてねぇし!

 

あーすっきりした・・・それにしてもバクシンオー、バクシンオーかあ。いや、がっかりしたわけじゃねぇぞ。むしろ種牡馬としてはサンデーサイレンスにも負けない「大あたり」の部類だ。

 

ここだけの話、前世の俺は大ブームを巻き起こした競走馬擬人化ゲーム、ウマ娘をやっていて、サクラバクシンオーはかなりお気に入りのキャラだった。それを考えるとむしろ大勝利とすら言いたくなる。

 

ただ、記憶に間違いがなければバクシンオー産駒ってごく一部を除いてスプリンターかそれに近い適正の馬ばっかだったような。

 

そのスプリンターっぷりたるや母父スーパークリークの馬が短距離重賞を勝ってるって言うのをどっかで見たときは衝撃を通り越して笑ってしまったっけなぁ。

 

となると俺もスプリンターってことになるのか?日本の重賞でスプリントってのは結構あるけど、G1ってなると高松宮記念とスプリンターズステークスの2つしかないよな?

 

どちらかを勝てればとりあえずいきなり処分ってことはないだろう。一先ずそれが目標かな、というかバクシンオーってとっくに亡くなってたような・・・?

 

「アンジェリカの血が濃いのが気になるな、馬体を見たい。そこのスタッフさん、すまんがちょっとこいつを外に出してみてくれないか?」

 

はい初外出決定。そうか、おっさんが言ってた「名牝のクロス」ってアンジェリカのことだったのか。そうだな、スターロッチの影に隠れがちだけど確かに名牝だ。

 

スタッフさんがわかりやすく指示を出してくれるので俺もそれに従って動いてみせる。

 

歩く、右旋回、左旋回、停止。基本的にはその4つの動きだから俺にとっては難なくこなせる・・・というかこういう類の訓練をした覚えがないんだが。よく考えなくてもおっさん、恐ろしいことしたな。

 

「うむ!バランスも悪くないし素直な馬だ。朱美、いい馬を見つけたな」

 

「えへへ、あとは1億以内で収まるのを期待するだけだねー」

 

どうやら俺はこの親子の太鼓判をもらったようだ。これで馬主に関しては大丈夫だろう・・・ん?なにやら視線を感じる?

 

どうにも落ち着かず辺りを探ってみると、遠くから当歳のセリに出る子だろう、大きめの流星が目立つ黒い仔馬が母親の陰からこちらをじっと見つめていた。視線の正体はこの子か。

 

ここは一年上の先輩として、堂々としたふるまいを見せてやろう、とビシッとポーズを決めてやった。すると純粋に目をキラキラと輝かせて・・・非常に可愛い。

 

その直後に俺は馬房に戻ることになってしまったが、正直あれは忘れられないレベルの可愛さだった。名も知らない仔馬ちゃんよ。世間は厳しいがどうにか頑張って競走馬になってくれ。

 

 

 

ーその後、セレクトセール当歳馬の部にてー。

 

 

「ねぇおかーさん、さっきとってもかっこいいひとがいた」

 

「あらそうなの、良かったわねぇ」

 

「うん、あかくてね、たくさんにんげんさんがいるのにびしーっとしててね・・・」

 

「あらあら、とってもかっこよかったのね。今からあなたもビシっとしなきゃいけないんたけど、ちゃんとできる?」

 

「うん、ボク、がんばってみる」

 

 

『続きまして上場番号○○○番、サトルチェンジの98、牡の青鹿毛。父サンデーサイレンス・・・』

 

 




というわけで主人公の父はサクラバクシンオーでした。

「最速」という言葉で察した方もいらっしゃったと思います。

第一回セレクトセールの概要を見ていて驚いたのが、バクシンオーの半弟も出品されていたんですね。

この時の〇〇の98とか落札価格を見ていると、この馬があの競走馬かと感慨深いのと同時にやはり落札価格と競走能力は関係しないんだと痛感させられます。

次回更新も翌日22:00予定、一気に命名から入厩まで駆け抜けます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名馬か駄馬か、ウマくいくかは神のみぞ知る。

UAが・・・5000・・・だと・・・。

期待されても、調べものが忙しくて何も出ないんだよぉ・・・。


『・・・東京都からお越しの天馬実次様、お買い上げありがとうございます。続きまして上場番号○○○番・・・』

 

あの親子と出会った翌日。俺がセリの会場に姿を見せた瞬間どよめきが起こった。

 

そりゃまあ登録上は普通に鹿毛だったらしいからな。それが赤い馬体で現れたら誰だって驚く。

で、お父さん、実次さんって言うのか。その人が力強く一声入れた。

 

その後物珍しさからかぽちぽちと他の人が声を上げたものの、最後は実次さんが2500万でハンマープライス。うん、安くはないんだろうけど高くもない。

 

というか一歳馬のセリがなんだか低調っぽいな。3〜4頭くらいに一頭は声もかけられないし、4連続主取りなんてのを見たときは震え上がった。

 

というかよくよく聞いていれば亡くなったり引退した筈の種牡馬の子ばっかりで、どうにもおかしいと思っていたら、突然タイムリープという言葉が浮かんで納得。

 

俺、というか同世代の連中もみんな○○の97って呼ばれてたんだよな、これはXX97年生まれの馬ってことなんだろう。

 

ちなみに俺が人間だった時の最後の記憶はXX2X年・・・うん、二十年以上昔だな!今更気にしてもしょうがないけど!

 

天下のセレクトセールと言えど、二十年も前はこんな感じだったんだなぁと思うと切ないような、進歩したと感動するような。

 

 

さて、無事に実次さんにセリ落とされた俺は牧場に帰り、相変わらず仲間と爆走している。

広くなった放牧地での走りはまた格別だ。自然とスピードが乗ってしまう。

 

けれどここで我慢するのも訓練。ぐっとこらえて15-15のペースを意識しながら駆け抜ける・・・あっ、でもスピード上げたい・・・!少しならいいか!ヒャッハー!付いてこれない奴はタイムオーバーだぁ!

 

ちなみに新しい放牧地を歩数で測量したら一辺が50mぐらいの広さだった。ひろーい!

 

でも柵沿いに走り続けるとまたおっさんと財布を泣かせかねないので、ある程度のところで反対側の角を目指して走るようにしてる。右回りと左回りの切り替えもバッチリだ。

 

 

「おーい、会いに来たよー!」

 

おや、この声はあのセリの姉ちゃんか?一度立ち止まって周りを見渡せば、放牧地の横を通る道で、大きく手を振っている。

 

「ひひーん」

 

「あっ!私のこと覚えてくれてたんだね!いい子いい子〜」

 

返事をしながら駆け寄ると、姉ちゃんは俺の頭を撫でてくれる。お、そこそこ、どう頑張っても届かない場所なんだよよく分かってるじゃん、気持ちいいな・・・。

 

「今日はあなたの名前を考えに来たの!パパに聞いたら別に三歳になるまで名前をつけちゃいけないって訳でもないって言うから!」

 

あー、そうだ。セキトって呼ばれてるけれどこれは幼名であって正式な名前じゃなかったな。

正式な名前、つまり競走馬名が決まるのは多くの場合は二歳・・・この時代だったら三歳か。まあ競走に出られる年齢になってからが一般的だ。

 

しかし規定上は血統登録証明が完了していれば馬名を登録できるらしい。俺は当歳の頃とっくに完了済みだ。つまりバッチコイ。

 

「さっき牧場長のおじさんから聞いたよ!走るのが好きなんだって?」

 

走るのが好きと言うよりは走らない馬はそもそも生きられないからなんだけどな。牧場長にはそう映ったのか。

 

「『ここだけの話、セキトの奴は前の放牧地をボコボコにしてもうてん。広くしてやったらますます爆走しとるよ』って」

 

ん?この馴染みの関西弁は・・・まさかあのおっさんか?あのおっさんが?牧場長?まじかよ。

 

「今はセキトって名前なんだね。せっかくだから残したいなあ」

 

俺としてはどんな名前になろうと全力で競技人生、馬生?を全うするつもり・・・やっぱり変な名前は勘弁してほしいや、でも馬の俺は姉ちゃんのセンスにお祈りするしかないってのがツライ。

 

「それからパパがサクラバクシンオーでしょ?あっ、バクシンと爆走って響き似てない?バクソウオー・・・うん、速そう!」

 

お?割とまともな名前に落ち着きそうだ、心配して損したな。

 

「そこにセキトをくっつけて・・・セキトバクソウオー!どうだ!」

 

「ぶるるーん」

 

おー。ええんでねえの。

いい意味で溢れ出るスプリンター臭が凄まじい。

同意の意味で鼻を鳴らす。

 

「えへへ、嫌ってわけじゃなさそうだね。それじゃあ早速帰って登録しないと!馬名は早いもの勝ちなんだ!」

 

「それから、パパの知り合いの育成牧場に空きがあるから、近いうちに移動になると思うよ!またね、セキトバクソウオー!」

 

姉ちゃんは嬉しそうに俺の頭を撫でた後、スプリンターの如き速さで車に戻っていった。

って、育成牧場?移動?

 

あー・・・。遂に来たか。薄々察してはいたよ。

 

俺が生まれたマキバファームは生産牧場って言って、繁殖牝馬を飼って仔馬を産んでもらい、その仔馬が大きくなるまで人間に慣らしながら育てる牧場なんだ。

 

それに対して姉ちゃんが言った育成牧場ってのは、その大きくなった仔馬を預かって競走馬へ育て上げる牧場。

 

基本的に生産と育成は別の牧場になるんだが、世の中には両方の機能を兼ね備えた総合牧場ってのもあるんだとか。

 

とは言っても馬自身の身体の成長も重要だし、育成を始める時期を見誤るとケガにつながったり、運が悪いと二度と競馬場の芝を踏めない身体になってしまうこともある。

 

その点俺は・・・この前の体重測定のときは大分平均をオーバーした数値を叩き出してスタッフがあんぐりしてた。俺はびっくりするほど体高が高いってわけでもないからまぁうん・・・身体は資本って言うだろ?駄目?そうですか。

 

嗚呼、グッバイマイカントリー。グッバイマイフレンズ。無病息災。みんな俺がいなくなっても達者で過ごすんだぞ。

 

 

8月某日。

セキトバクソウオー、マキバファームを立つ。

 

それから半年と少しの時が経ちー。

 

 

 

日本に東西2つあるトレーニングセンターの内、東の茨城にある美浦トレセン。育成牧場での鍛錬と、北海道からの長旅を終えた俺は・・・。

 

『うぇー・・・きっついわぁ・・・』

 

「セキタン、大丈夫?」

 

すっかりグロッキーになっていた。通りがかった年上らしき馬が『今年も新しい子が入ってきたかー』とか言ってたからこうなる馬はいるものらしい。

 

セキタンって声をかけてくれたのは馬主である姉ちゃん。朱美ちゃんって名前だってことを最近知った。

それといつの間にかこう呼ばれるようになったけどセキタン・・・石炭かな?

 

道中は渋滞に次ぐ渋滞、それとクラクション。馬の耳には鉄砲か何かにしか聞こえなくて何度飛び上がったことか。競馬場で歓声にビビる馬の気持ちがよく分かったよ。今まで大したことないと思っててすまん。

 

とは言えここはこれから数年間、場合によってはもっと長く世話になる第二の故郷だ。

気合を入れて身体をシャキッとさせ、指示されるままに引かれていけば、とある厩舎の前で立ち止まった。

 

入口の表札はまだ新しく、「太島厩舎」と書かれている。

 

ちなみに俺を引いているスタッフさんは育成牧場の方だ。トレセンに慣れていないのかあちこちキョロキョロして何かを探しているような・・・。

 

「あれ?調教師(センセイ)はどこだ」

 

「あ、あそこに人がいる!」

 

どうやら調教師の方を探しているようだ。それに対して朱美ちゃんが近くで掃除をしてる男性を見つけた。

 

「あの人ならなんか知ってるかも」

 

そう言ってから朱美ちゃんはその人に近付いて尋ねる。

 

「すみません、調教師の太島さんを探しているのですが、どこにいらっしゃるのかご存じありませんか?」

 

すると男性は掃除をしていた手を止め、やさしく微笑みながら言った。

 

「ああどうも。私が調教師の太島(たじま)(のぼる)です。」

 

・・・朱美ちゃん、馬主デビュー早々にやらかしたようだ。




ドラゴンクエスト序曲などで知られ、競馬においてもG1ファンファーレやグレードエクウスマーチなど素晴らしい楽曲を提供してくださった、すぎやまこういち氏が亡くなられました。謹んでお悔やみ申し上げます。

毎日更新が少ししんどいのと2000年前後の競馬を調べるため、 次回更新はちょっと間をおいて月曜の22:00の予定です。

・・・しかし小説って、一日の内少しでも書いてると意外と続くもんなんだなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新米馬主と、ウマに関わる人々と

UAが14000超え、お気に入りが700件・・・。

夢を、夢を見ているのか私は?

この伸びは土日ブーストだと思いますが、せっかくのこのタイミングに、作者はあえてシリアスめな話をかち合わせてしまうというお茶目機能が作動してしまいました。

でもまあ競馬である以上、こういう話は早め早めにやっておかないと、ね?

そしてついにタイトルにウマをかけられなくなった・・・(ネタ切れ)


「まさか調教師の方だったなんて・・・大変失礼しました!」

 

「まあまあ、自分の厩舎の周りを掃除している調教師なんて私くらいのものですから、そんなに気になさらないで下さい。それと天馬さん、お父様からいろいろと話は聞いてますよ」

 

美浦トレセンに来て早々に、俺を預かってくれる

太島調教師(センセイ)を厩舎スタッフと間違えるという大ポカをやらかした朱美ちゃんは、謝罪の言葉を述べながら見事なまでに深く頭を下げていた。

 

公の場にいる関係上普段のギャル口調は鳴りを潜め、今は年の割になかなか行儀の出来てる女性といった感じだ。やるじゃないか。それにしてはこっそりため息をついたりなんだか元気がない気もするけど。

 

「それと、ここで話すのも何ですから。セキトバクソウオーも長旅で疲れているでしょうし」

 

センセイはそう言って厩舎の中へどうぞと俺たちを促し、すぐに一つの馬房の馬栓棒を外してこの中にお願いします、とスタッフさんに指示を出した。

 

「はい・・・うわっとと」

 

スタッフさんの合図を待つまでもなく、俺は自ら馬房へ足を踏み入れる。今日は起きてから馬運車でずっと立ちっぱなしな上、何度も緊張したから疲れてるんだ。早く休ませろ。

 

「夜明け前から馬運車に乗ってましたからね、疲れてしまったんでしょう」

 

馬栓棒を閉めながらスタッフさんが言う。引き綱と頭絡を外してもらったらリラックスモードだ。

馬房の中を2、3周して位置を調節、それから腰を下ろして横になった。

 

「馬房に入ってすぐこれとは・・・余程疲れていたんでしょうか、それにしても噂通り見事な赤毛ですね」

 

「ええ、普段はちょっとした物事なんかにも全然動じないんですが、流石に渋滞とクラクションが堪えたみたいです。赤毛なのは生まれつきだそうですよ」

 

「なるほど、音に驚くと。これはメンコがいるかもしれないな。それにしても生まれつき、か。もし種牡馬入りしたら産駒に遺伝するのだろうか・・・」

 

俺の様子を見て、スタッフさんと太島センセイが話し合っている・・・おいちょっと待て俺の馬主はどうした。そう思って朱美ちゃんの方を向いたら、あら?何やら固まっている?どうしたんだ。

 

「えっと、メンコがどうとかって、馬がどうやってメンコで遊ぶんですか?」

 

「へ?」

 

「え?」

 

・・・いや、まさか朱美ちゃん。馬具ってものをご存知でない?

 

 

「というわけで、これがメンコです」

 

「へぇ・・・あっ、これをつけたまま走ってるお馬さんもいますよね」

 

「ええ。メンコは顔と耳を覆う道具ですから、音や顔に砂をかぶる・・・当たるのが苦手な馬に使うと効果がある場合があるんです」

 

太島センセイ、わざわざ本物のメンコを持ってきて朱美ちゃんにレクチャーしてる。しかもわざわざ初心者が分かるように言い直してくれてるし。どうもすみません。俺の馬主がご迷惑をおかけしてます。

 

「他にもブリンカーとかシャドーロールとか、馬具はいろいろありますけどそれは必要だと判断した時にまたお話ししますので」

 

「ありがとうございます!そっかこれメンコって言うのかぁ」

 

朱美ちゃん、メンコをいじりつつ思い切りお礼を言ってるけど、今日は厩舎見学に来た訳じゃないんだからな。疲れも少しはマシになってきたので立ち上がって肩をつついてやる。

 

「セキタン?どうしたの?」

 

「ところで天馬さん、セキトバクソウオーの今後についてなんですが・・・」

 

「あ、そうだ・・・まず、太島センセイから見て、セキタンはどんな馬ですか?」

 

どうやら太島センセイの一言で今日の本当の目的を思い出したらしい。今日朱美ちゃんが俺の入厩に付き添ってくれているのは、面談みたいなものだ。馬主さんによっては早くデビューさせたい、とか馬の成長を待って、とかいろんなスタンスがあるからな。それで朱美ちゃんはまず、太島センセイからプロの意見を聞こうというわけか。悪くないんじゃないか?

 

「パッと見ですが、父親似ですね。胴の詰まり具合とか、育成牧場での動きなんかを見せてもらいましたが、走りが前向きですし短いところのほうが良さそうです」

 

「セキタンのパパも得意だった距離ですね」

 

あら。プロのお墨付きで俺はスプリンターか。場合によってはマイルや他の距離もこなせる可能性もあるけど、そればかりは「走ってみるまでわからない」って奴だろう。

 

「ええ、それから脚元には問題ありませんし、育成牧場も本当によくやってくれたと思いますが、レースに出られるように仕上がるまでにはまだかかるかと。早くても夏の終わり頃のデビューになると思います」

 

そこまで告げてから、太島センセイは視線で朱美ちゃんの指示を仰ぐ。調教師がどれほどのベテランであっても、最終的な選択権を持つのは馬主だからだ。朱美ちゃんは困ったように言った。

 

「センセイ。私、正直なところレースとか、こういう時どういう指示を出せばいいのかよく分かっていないんです」

 

「・・・それでも、この馬の馬主はあなたです。あなたの方針がなければ、我々は動けません」

 

馬主によって、馬に対する姿勢は様々だ。家族のように大切に扱う馬主。金稼ぎの道具としか見ていない馬主。自らの権威の為に馬を走らせる馬主。それこそ十人十色ってやつだ。

 

その一つ一つに合わせて馬を使わなきゃいけない調教師ってのは実は一番大変な競馬関係者なのかもしれない。

 

しばらく困ったように悩んでいた朱美ちゃんだったが、やがて言葉を絞り出した。

 

「だったら、お願いがあります」

 

「なんでしょうか」

 

「セキタンに、無理をさせないでください」

 

おや、これはまた無難なお願い。いつもなら「ガンガンいこうね!」ぐらい言いそうなものを、今日の朱美ちゃんはやっぱりなんか変だと思っていたら、センセイもその発言の真意が気になったらしい。

 

「無理をさせるな、ですか?それはまたどうしてか理由を聞いても?」

 

「・・・この間、たまたまなんですけど中継を見ていたら、故障してしまったお馬さんがいるんです。それからなんとなく気になって調べたら、その子、予後不良って・・・」

 

「ほう、それで」

 

「・・・セキタンに、同じ目に合ってほしくないんです」

 

 

ああ、元気がないのはこの問題に直面したからか。競馬に関わる者である以上、いつかは乗り越えなければならない壁だもんな。

 

ただ、朱美ちゃん。そいつは走る(走らされる?)為に生まれてきたサラブレッドに走るなって言ってるようなもんだよ。

 

「それはその馬の馬主の方も同じだったでしょう。馬というのは生き物ですからね。レースの中で故障しながらも生きられる馬もいれば、昨日まで元気に飼い葉を食ってたのに心臓マヒで亡くなる馬もいる」

 

競馬に絶対はないっていうのは昔からある格言だが、それは馬の生き死にだって俺は同じだと思っている。あと1m横を走っていれば、とかもっと前や後ろに行っていれば、とかな。しかしそれらは競馬において禁忌とされるタラレバに他ならない。

 

「残念ながら、激しくレースをしなければならない以上不慮のアクシデントというものはどう頑張っても、予防しても、0にはならないのです。それ故無理をさせないならともかく予後不良を必ず避けるなんて事は約束できません」

 

「そう、ですよね・・・」

 

センセイの言葉にしゅんとする朱美ちゃん。

 

・・・でも。

 

「ですが、『事故』なら限りなく0に近づけることはできる・・・。それが、私達調教師と、スタッフの仕事ですから」

 

俺には、競走馬たちには調教師(センセイ)がついてるから。

 

「調教師の、仕事」

 

朱美ちゃんが言葉をオウムのように繰り返すと、センセイは静かに頷く。

 

「毎日、ボロをしてるか、下痢をしてないか。飼い葉を食べているか。調教に行っても大丈夫か。ケガをしていないか・・・そんな当たり前のことが疎かになった時に、事故は起きるんです」

 

「それでも、セキタンが、あ、安楽死になんて、なったら、私は・・・!」

 

「ひひんっ!」

 

予後不良になってしまったという馬が脳裏から離れないのか、とうとう光るものが溢れ出した朱美ちゃんの目元をそっと舐めた。

 

「セキタン・・・?」

 

「ぶふぅむん」

 

つい『大丈夫』って人語を話そうとして、馬語ですらない音を出してしまった。人である朱美ちゃんに分かる筈ないのにな。

 

・・・育成牧場にいた時、坂路で元気に走っていたと思ったら突然転がるように倒れて、そのままお陀仏してしまった同期がいた。そいつは派手な栗毛で、人にも馬にも懐っこくて、みんなから人気者の奴だった。

 

目の前でそいつの亡骸をスタッフさんたちが泣きながら仕方ない、仕方ないって言って重機で運んでいくんだ。

 

死ぬのが恐ろしくないって言ったら嘘になる、けれどそれを見てから、俺もああなるかもしれないんだって、覚悟ならとっくに出来てるんだよ。だから大丈夫。

 

例え「そうなった」としても朱美ちゃんのせいじゃないんだよって伝えたくて、俺は朱美ちゃんの頬に頭を擦る。

 

それから俺は俺・・・セキトバクソウオーであって亡くなってしまった馬じゃない。俺を見ろ、ここにいる俺はちゃんと生きてるんだぞ、と頭を離してから鼻を鳴らした。

 

「セキタン・・・あなたは走りたいんだね」

 

俺の頭を抱きしめるように両手で寄せる朱美ちゃん。

その通りと怪我しないように軽く頭を振って鳴けば、彼女は腕で涙を拭って。

 

「ありがとう」

 

すぐに笑って見せてくれた。ちょっと目元は腫れてるけどいつもの笑顔だ。そうだ、そっちの顔のほうがずっと似合ってるよ。

 

サラブレッドの宿命なんてのは一朝一夕で受け入れられるもんじゃない。時間をかけて、少しずつ受け入れていけばいいんだ。

 

「セキタン」

 

今のやり取りで吹っ切れたのか、朱美ちゃんは俺の瞳を見据えながら、呼びかけてきた。そして、真剣な顔をしながら艶々の唇を震わせてその言葉の続きを紡いだ。

 

「どうせ走るなら世界で一番速くて、強いお馬さんになろう!」

 

おうよ。俺は前掻きで朱美ちゃんに答える。

そして、その発言を聞いたセンセイが少し考えてから言葉を発した。

 

「なるほど、目指すは世界一の最速王ですか」

 

「あ、まだ一回もレースに出てないのに・・・ちょっと夢が大きすぎますよね」

 

自分の発言に顔を赤くする朱美ちゃん。でもセンセイは。

 

「いいじゃないですか。私も大きな勝負は好きなんです。まずは晩夏の新馬勝ちを目指しましょうか」

 

自信に満ちた、勝負師の目で確かにそう言った。

 

 

それから俺はある日はダート、ある日は坂路、そしてウッド、芝と美浦トレセンのコースをみっちり走り込み、ちょっとだけコズミになったり、練習がハードすぎて下痢したりしながらも順調に筋肉を纏っていった。そして、それはセンセイの想定を少しだけ上回るペースだったらしい。

 

「出走確定だ。セキト、札幌に行くぞ」

 

俺は当初の予定よりもほんの少しだけ早く、札幌の地でデビュー戦を迎えることになったのだった。

 




朱美ちゃん、メンコを知る。←New

彼女が馬主として覚悟が決まり切るのは先の話ですが、これで心構えはできました。

皆さんを安心させるために言っておきますがセキトは予後不良にはなりませんよ!

次回更新はいよいよ新馬戦、発送予定時刻は火曜の22:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

爆走!デビュー戦!

セキトバクソウオー、デビューす。

いよいよ史実から成績がずれた被害馬が出ます。

そして騎手に関してですが、せっかくIFの世界を描いているのであの人をモデルにして登場させました。


8月11日、真夏の札幌競馬場に、その赤毛の若駒はいた。

 

「よし、いいぞ!そのまま、前の二頭を抜くんだっ!」

 

札幌開催、最終追いきり。

 

260m程の短い直線に入った瞬間、鞍上が手綱をしごき、ムチを入れると、赤い馬体がぐんと沈み込んで2馬身先行する二頭に迫る。

 

『来ましたわね!』

 

方や900万クラスにも慣れ、半年振りの勝利の気配を感じさせる5歳牝馬、プリンセスカーラ。

 

『セキトくん、負けないッスよ!』

 

方や弥生賞勝ち馬サクラエイコウオーの半弟にして、海外の良血種牡馬デインヒルの血を低く2歳牡馬、サクラデインヒル。

 

2頭(ふたり)とも、よろしく頼むぜ!』

 

軽く声をかけてから、セキトバクソウオーは完全に2頭に並んだ。

 

「いくぞカーラ!」

 

「デイン、負けるなよ!」

 

その瞬間、それぞれの鞍上がムチで檄を入れた。

途端に伸びだすプリンセスカーラとついていくセキトバクソウオーに対し、サクラデインヒルは少し遅れをとる形に。

 

『ああっ、チクショウ!また置いていかれるー!』

 

『行ける!』

 

悔しそうな声を背中に聞きながら、セキトバクソウオーと鞍上はこのまま行けば先着できる、と確かな手応えを感じていた。

 

しかし。

 

「ぐっ!?」

 

『岡田さん!?』

 

突然の頭痛と共にぐわんと歪む視界。鞍上の異常を察したセキトバクソウオーは脚を緩める。

 

『わたくしの勝ちですわ!』

 

結局追いきりはプリンセスカーラが1馬身先にゴール板を駆け抜けて終わった。

 

 

 

 

 

「はぁ・・・」

 

「やっぱり頭痛は良くならないか、ジュンペー」

 

「ええ・・・ちょっとこれはどうにもならないっぽいです」

 

調教を終え、手綱をスタッフに預けた鞍上に、太島が話しかけた。

 

セキトバクソウオーに跨っていた彼は、岡田(おかだ)順平(じゅんぺい)

XX88年にデビューし、44勝を上げ新人賞を獲得すると、毎年コンスタントに40勝以上を上げ活躍し、91年にはG1、エリザベス女王杯を制している。

 

だが、93年の年が明けたばかりの頃乗っていた馬が故障し、転倒したために落馬。後続馬に頭を蹴られるもヘルメットのおかげで一命を取り留めたのだった。

 

しかしその衝撃は相当なものであり、岡田は脳震盪を起こしていた。病院の検査では脳自体に異常は無いと診断されたものの、その影響で不定期な頭痛と不眠症に悩まされるようになり彼の成績はガタ落ち。かつて天才と呼ばれた騎乗はすっかり過去のものと言えるほどに酷い状態だ。

 

落馬の後遺症に悩まされながらもなんとか毎年騎手免許を更新し、下級条件戦で入着したり、こうして追いきりなどを手伝って食いつないでいる。

 

そんな岡田の身体を太島は軽く叩いて言った。

 

「まったく、頼むよ、セキトに気に入られた男は君が初めてなんだから」

 

 

セキトバクソウオーと岡田の出会いは数週間前。岡田が他馬の調教をするためたまたま高い位置にあった手綱を取り出そうとした所、近くにいたセキトバクソウオーが突然馬房を抜け出したのだ。

 

その後何かを確かめるように岡田を間近で見つめたあと、嬉しそうに鳴いてからその胸元に頭を擦り付ける。

 

入厩してからというもの数少ない女性スタッフが対応する時と飼い葉の時以外、セキトバクソウオーの態度はそっけなく、スタッフたちもそう認識していた。

 

そんな中で岡田への態度を目撃したとあるスタッフは信じられないものを見たと太島に報告したものの、現場を見て驚嘆するまで太島はそれを信じていなかったという。

 

かの馬が初めて興味を示した男と言うことで厩舎に驚きが広がり、他の騎手の予定が埋まっていた事もあり間近に迫っていた新馬戦の騎手候補に。

 

馬主である朱美も「大丈夫です、セキタンは賢いですから誰が乗っても走ってくれるって信じてます」と持病を気にしておらず、そのまま抜擢されたという訳だ。

 

 

「不甲斐ない鞍上でごめんな」

 

久しぶりの騎乗馬の首元を優しく叩きながら、岡田はそう謝る。

 

「ぶるんる」

 

しかしセキトバクソウオーはそんなの気にしてないと言わんばかりに鼻を鳴らしたのだった。

 

 

 

 

 

ついに、新馬戦の日がやってきた。

 

新馬戦とは1度も出走したことがない馬だけが出られるレースであり、当然だが競走馬としてここまで無事に来れたという証でもある晴れの舞台だ。

 

ここを走ることで、俺も真の意味で競走馬になる。と思っている。

 

あ、でも、この時代は場合によってはもう一回出られたんだっけ?

 

『ここどこー』

 

『人間が沢山いるなぁ』

 

『ずっと同じところで飽きてきたよー』

 

一緒に出走する馬たちは凛々しさというより幼さが目立つ。パドックってのは同じ場所を歩き続けるから、飽きが来てるやつもいるな。

 

そんな感じでパドックを周回しつつリラックスしたまま人間観察をしていると、不意に声をかけられた。

 

『あの・・・よろしくお願いします』

 

声の主は「9」のゼッケンを背負った鹿毛の牝馬だ。

 

『お?君は?』

 

『アジヤタイリンと言います。厩舎の皆さんが私に期待してくれてて・・・だから今日は負けません!』

 

一体誰なんだと訪ねたら、牝馬ちゃんは素直にそう答えてくれた。それと宣戦布告か。

 

『俺はセキトバクソウオーだ、いい勝負をしようぜ!』

 

『はい!』

 

そう言ってから牝馬ちゃんはパドックの周回に戻っていった。いやー、いい子だった。アジヤタイリンちゃんか。あんなに素直なら多分2、3勝くらいは活躍できるだろう。

 

ところで俺の背中に跨がる騎手の岡田さん。顔といいあだ名といい、名前は変わっているけど恐らく「あの人」だ。

だから厩舎で見かけた時は驚いたと同時にあまりの感動で相手は野郎だって言うのに思わず胸に顔を押し付けてしまった。

 

脱走したのは・・・高い位置にある手綱を取ろうとしていただけなのを、すごく陰気な表情と長い紐状の物が見えたからって自殺しようとしたと勘違いしたのはナイショ。

ついでに馬栓棒をくぐって脱走したから、二度とできないようベニヤ板を置かれてしまったが後悔はしていない。

 

このレースに出ると知っていたファンもいたようで、パドックにかかる横断幕の中には「リメンバー・ジュンペー」や「おかえり、岡田順平」などの岡田さんの復帰を祝うものもあった。

 

それからよく俺の調教の時に跨ってくれるんだが、時折頭を押さえて辛そうにする時がある。

 

太島センセイとの会話を聞いていたら落馬の後から頭痛がどうたらとか言ってたから、恐らく後遺症かなにかなのだろう。

 

いつ痛みが出るか分からない、いつまで平静が続くか分からない。

 

そんな時限爆弾を抱えたままレースに挑むなんて危険すぎるが、よく話を聞かないまま朱美ちゃんがOKを出してしまったらしい。

 

J○Aもよく乗せるのを許可したな、と思ったが確か

俺のレースってスプリント戦だったよな。それも関係してんのかな。

 

いずれにしても、こうなってしまったらやることは一つだ。

 

岡田さんの発作が出る前に、さっととレースを駆け抜けて終わらせる、それに尽きる!

 

 

 

本馬場入場、返し馬を終えて、ぞくぞくとゲートに収まっていく我ら新馬11頭。

奇数番から先に入っていくので、「3」の番号をいただいた今日はさっさとゲートに収まらねば。

 

頼むから何も起こってくれるなよ、と思っていると、俺の思いが通じたのかほとんど全ての出走馬が暴れることなくゲートに入っていく。

 

ゲート練習もしっかりやってきた。記念すべきデビュー戦、さぁスタートだ!

ってあらっ!?足が滑って・・・!?

 

『さあ、夏真っ盛り、今年も恒例札幌の3歳新馬戦芝1200m。出走馬全11頭収まって・・・スタートしました!っとおっとぉ、3番セキトバクソウオー、少し遅れたか!』

 

「セキトっ!?しっかりしろっ!」

 

やべぇ、やっちまった。岡田さんにも突っ込まれてるじゃないか。自分がやらかしてどうする。

 

短距離レースは特にスタートと位置取りが重要なのに、よりによって出遅れなんて。

 

『先頭に立ったのはインターキャメロン。二番手にアジヤタイリン付けまして、その後ろサクラデインヒル、内にパソリブレといった体制、出遅れたセキトバクソウオーはシンガリでゴールデンスイングと並んで走っています』

 

どうする、どうするどうする。もう200mを過ぎるぞ。

 

『残り800を切って、続きますのはケイエスタイガー、少し離れてテンザンアカデミー、また少し空いてナムラヒデン』

 

混乱ばかりが頭に渦巻いて、何をしていいのかわからなくなる。

どうする、どうする?走っているから坂路の時みたいにスピードを上げたら褒めてもらえるのか?

 

ならば全力で応えねば。自然と足の回転と踏み込みが強くなって、加速せよとの命令が身体に下る。

 

しかし背中の人間が手綱を強く引っ張るせいで上手く走れない。ハミの影響を受けないようにしたら、自然と頭が天を仰いだ。

 

邪魔をするな。その手綱を緩めろ!自由に走らせろ!

 

「セキト」

 

 

誰だ、何を言ってる。

 

 

「セキト!」

 

 

俺は今、全力で走ってるんだ、邪魔をしないでくれ!

 

 

「セキト、落ち着け!」

 

 

そういえばこの声、どこかで聞いたような―。

 

 

 

「セキト!僕の声を聞いてくれ!」

 

 

 

『はっ!?』

 

 

馬の本能に呑まれそうになった俺の耳に、岡田さんの声が届く。

 

それはまるで熱々のアスファルトに水を撒いたように余計な熱を奪い、再び俺に冷静な思考を取り戻させた。

 

俺は今、何をしようとしていた?岡田さんの意志なんて完全に無視して・・・暴走しかけていた?

 

「セキト、戻ってきたね。ここから立て直すよ」

 

岡田さんの言葉を聞いて鼻から一度息を吸って、大きく吐いて。自分を見失うなんて我ながらなんと情けないことか。

 

その時右側に2本目のハロン棒が見えた。もう400、じゃない。あと600も、あるんだ!

それにさっきパドックで、自分で誓ったじゃないか。

 

『残り600、通過タイムは平均ペース、ケイアイメガウルフ、メイショウレガリアっと、ここでセキトバクソウオー外目から上がっていく、シンガリにゴールデンスイング』

 

一着でゴールして、「さっさと終わらせる」って!

 

さっきの様に全力で飛ばすのではなく、じわりじわりと少しずつギアを上げていく。さっきと違って顔もまっすぐ前を向いて、視界良好だ。

 

「セキト!?・・・いや、暴走じゃない!勝ちに行く気か!」

 

俺の手応えが岡田さんに通じたようだ。ああ、勿論だとも。発作なんてものに妨害される前に、さっさと終わらせようぜ。

 

『さあ先頭はインターキャメロン、二番手変わらずアジヤタイリンが付けています。パソリブレ少し遅れたか、サクラデインヒル追っていますが伸びない!』

 

まずは一頭、追い抜いた。

思い切り息を吸って、吐いて。もう一度吸い込んで。末脚の点火準備は完了だ。

 

『400を切りました!テンザンアカデミー上がってきた!ケイエスタイガーは伸びないか!ここでセキトバクソウオー!馬なりで外目を通っていったいった!』

 

「・・・!よし、行くぞ、セキト!」

 

ああ、行こうぜ、ジュンペー。

『振り落とされるなよ』!

 

「勿論だ!」

 

 

背中の相棒(ジュンペー)のムチが、俺の右のトモに飛んだ。

 

『先頭はアジヤタイリンに変わったか!アジヤタイリン半馬身ほどリード!パソリブレが二番手に上がった!インターキャメロン後退!テンザンアカデミーも伸びる!直線向いてあと260mしかないぞぉ!』

 

『そしてここで!外から・・・セキトバクソウオー!バクソウオーがすごい脚!』

 

最高速度に到達した俺って、こんなに速かったのか。風を切る音が耳に当たり、前をゆく馬を次々と彼方に置き去りにしていく。

なんて気持ちいいんだろう。風にでもなれそうな気分だ。

 

『アジヤタイリン粘っている!二番手パソリブレ!テンザンアカデミー、インターキャメロンなど続いているが勢いは外のセキトバクソウオーだ!』

 

このまま、先頭まで・・・!

 

『セキトバクソウオー!インターキャメロン、テンザンアカデミーを交わして、先頭はアジヤタイリン!譲らない!』

 

『絶対・・・!負けないんだからぁっ!!』

 

アジヤタイリンちゃんが、もう一度ハミをとって力強く一歩を踏み込んだ。

 

『残り100!!アジヤタイリン伸びた!先頭、アジヤタイリンで決まりか!いや!外から!もう一度伸びてくる!セキトバクソウオーだ!』

 

アジヤタイリンちゃんが必死に粘っている。けれど、負けたくないのは俺も同じだ!後悔の無いように、お互い全力で駆け抜けよ(たたかお)う!

 

『うおおおおおお!!』

 

『え、バクソウオーさん!?』

 

まさか後ろから追い上げる馬がいるとは思わなかったらしい。アジヤタイリンちゃんはうっかりこちらに気を取られて、ほんの少しだけ脚色が鈍った。

 

―その隙を、逃してやれるほど俺は優しくない。ハミをガッチリと取り、身体を沈め、脚を伸ばせるところまで伸ばして。

 

相棒の2発目のムチに応えて自然と切り替わったそのフォームは、不完全ながら俗にストライド走法と言われるそれであった。

 

『セキトバクソウオー!並んだ!いや!並ぶ間もなく抜き去った!』

 

『そんな、どうして・・・』

 

『ごめんな、アジヤちゃん。俺だって、負けたくなかったんだ』

 

驚愕と絶望の表情を浮かべるアジヤタイリンちゃん。

そして俺の脚はゴールまでもう一回、地面を蹴り飛ばして更に差を広げていた。

 

『ゴールイン!勝ったのは3番セキトバクソウオー!2着にアジヤタイリン、3着はパソリブレ!セキトバクソウオー、出遅れましたが見事な末脚、差し切り勝ちでした!札幌4レース3歳新馬、勝ったのはサクラバクシンオー産駒、セキトバクソウオーです』

 

 

 

 

 

「っしゃああ!セキト!やったぞ!一着だ!」

 

実に数年ぶりの勝利を上げた岡田は新馬戦にも関わらず歓喜の声を上げ、思い切り愛馬の首を叩いてその強さを褒めちぎった。

 

ウィナーズサークルへと歩みを進めたセキトバクソウオーの元に、太島と朱美がやって来る。

 

「セキタン、最後の方でビューンって、すごいかっこよかったよ!」

 

朱美がセキトバクソウオーを褒めると、あからさまに嬉しそうな表情をしている。

 

そして、久しぶりの勝利を掴んだ岡田には、さらなる幸運が待っていた。

 

「ジュンペー、やったな!オーナーと話し合ったんだが、お前をこいつの主戦にすると決まったぞ」

 

「そうだ、ジュンペーさん!セキタンを勝たせてくれてありがとう!病気なのにこんな風に勝てるなんてすごいよ!それから太島センセイが下手に騎手が変わるとお馬さんに良くないって言うから、これからもセキタンをお願いしますね!」

 

二人の温かい言葉と、素質あふれる馬の主戦というプレゼントに、岡田は人目も憚らず涙を流して二人の手を取った。

 

「太島さん、天馬さん・・・ありがとうございます!こいつのこの脚があれば、世界のどんな馬だって差し切れますよ!」

 

「おいおい、まだ新馬戦だぞ、その涙とセリフはG1にとっておけ」

 

苦笑する太島。その一言で関係者にちょっとした笑いが広がる。

 

そして。発汗と夏の日差しで赤毛をより一層輝かせた勝者がウィナーズサークルで光を浴びる一方で。

 

『・・・速すぎるよ・・・』

 

1馬身差。それは勝てると確信していた一頭の若い牝馬の気持ちをへし折るには、十分な程に圧倒的な差であった。 

 

 

札幌競馬場 4R 3歳新馬 芝1200 晴れ 良

 

Ⅰ セキトバクソウオー 1.12.0

Ⅱ アジヤタイリン   1.12.2 1馬身

Ⅲ パソリブレ     1.12.6 2.1/2馬身差

Ⅳ テンザンアカデミー 1.12.9 1.1/2馬身差

Ⅴ インターキャメロン 1.12.9 ハナ

 

 




今回の主な被害馬

アジヤタイリン 鹿毛 牝
父 サクラユタカオー
母 アジヤフラワー
母の父 ハビトニー

史実戦績 14戦1勝

・史実解説
史実での勝鞍は新馬戦のみ。つまりこの小説では主人公に唯一の勝利を奪われてしまった。

残りの13戦では良くて掲示板であり、4歳(3歳)5月以降は二桁着順が続く。

ラストレースは一年以上空いての2002年の4歳以上500万下だったが、競走を中止し、引退。

その後は繁殖にあがり、ハチマンダイボサツが活躍したものの特に目立つような子には恵まれなかった。

代表産駒 
ハチマンダイボサツ(父マーベラスサンデー)
 秋風S(1600万下)など5勝

ハチマンタロウ(父ニューイングランド)
 C1 C2 選抜馬(船橋)など地方7勝

次回更新は水曜 22:00予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

爆走しすぎた結果がこれだよ!

セキトバクソウオー、デビュー戦を大激走で勝利しましたが何もない筈がなく・・・。

今回は一休み回、短めな上いつも以上にフリーダムです。

札幌競馬場に本当に枠場があるかどうかは知りません。


『あ"ぁぁぁぁ痛い痛い痛い先生やめてくれぇぇぇぇ』

 

レースから数日。俺は情けない声を上げながら馬房で獣医のマッサージを受けていた。

 

「どうでしょうか?」

 

悲痛な鳴き声を聞き、少し心配そうな俺担当のベテラン厩務員、馬口(まぐち)さんの問いに帰ってきたのは、至極単純な答えだった。

 

「ひどいコズミですね、まあ3歳馬があれだけ激しいレースをしたんですから当然といえば当然ですが・・・」

 

その言葉に馬口さんは胸を撫で下ろしつつ、苦笑いしながら言った。

 

「出遅れた上に引っ掛かって、そこから突然急に折り合って加速ですからね・・・そりゃコズミぐらいなりますよ、どうにもなってなかったらバケモノです」

 

コズミとは馬の筋肉痛を指す言葉だ。大した症状ではないが油断すれば痛みを引きずってトレーニングにならないし、下手をすれば故障の原因ともなり得る。

 

そう、新馬勝ちを収めた俺だったが、その次の日から身体中の痛みに襲われ、調教や調整どころではなくなってしまったのだ。

 

それにしても勝ったには勝ったが、反省点の多いレースだった・・・。

 

まだ札幌開催は続くので競馬場の厩舎に滞在しているが、まだちょっと身体を動かそうとするとピリッと痛みが走る。これは本当に酷い。このままだと、この年代だし「アレ」をやられるかも?

 

「やはりこれは放牧しかないですかね」

 

「そうですね。それと・・・これもやっておきましょうか」

 

馬口さんと獣医が二人で頷き合っている。どうやら俺は放牧に出されるらしいが・・・獣医が念のため、とカバンからゴソゴソと取り出したのは彫刻刀のような、小刀のような刃物。それを見て俺は思わず身体が強張った。

 

うわ、出やがった。

俺がさっき「アレ」と表現したやつ。ホントの名前は笹針。

 

笹の葉に形状が似てることからその名が付いたらしいが、俺のように疲れまくった馬なんかの身体にブスっと刺すという恐ろしい使い道のためだけにある道具だ。それのどの辺りが「針」なんだよ。

 

うっ血した悪い血や溜まったガスを体の外に出すことで疲労回復を促進するらしいが西洋医学的にはなんで効果があるのかわからないし日本以外では行われない治療なんだそう・・・治療?

 

「センセイに連絡を取ったら、馬主の許可も降りたそうです」

 

まあ、心優しい朱美ちゃんは笹針なんて許可、してる!?

 

「それじゃあ枠場に行きましょうか」

 

冗談じゃねぇ!コズんだ身体にムチを打って、後ろ足で立ち上がって抵抗する。

 

『笹針だけはやめろ!いでっ、やめてくれー!』

 

「おっと!?どうしたどうした」

 

どうしたじゃないよ、馬口さん。それから朱美ちゃん!?なにさらっと許可しちゃってんの!?さてはセンセイだな!上手く言いくるめやがって!

 

というか枠場って、注射の時なんかに使うすごく左右の幅が狭くて前と後ろにしか動けなくなる場所だ!予防接種ならともかく笹針をやられるって分かっててあんな狭いところに入る馬はいないって!

 

「はいはい早く行くよー」

 

『あーーれーーー』

 

しかしコズミでいつもより力が入らないせいなのか、馬口さんの手綱さばきが上手いのか。俺はずるずると引きずられる様に外へと連れて行かれるのだった。

 

 

 

 

 

『ウソでしょ・・・』

 

それから数日後、育成牧場に放牧に出された俺の身体は笹針の傷跡こそあるものの、ある朝目覚めたらあのコズミが嘘のように綺麗サッパリ消えていた。本当に効きやがった。

 

その時開口一番に出たのが、さっきの言葉だ。笹針ってすげぇ。痛い痛いって嫌がってすみません。でも実際傷がまだちょっと痛いです。

 

太島センセイは朱美ちゃんに俺が一段落ついて元気な姿になってから事後報告しやがった。傷には驚いてたけど目を輝かせて「笹針の効果ってすごいんだ」って言ってたし、痛がる姿を見させないとは策士め・・・。

 

その後軽い運動なんかで調整してもらいながら傷が塞がるのを待ち、俺が再び美浦の地を踏んだのは、9月も中旬に入ってからの事だった。

 

 

『ようやく帰ってきたか。先月に札幌に行ったと聞いていたが随分と遅い帰厩だったな』

 

馬房に入った俺に話しかけてきたのは、左隣の馬房にいる黒っぽい馬、イーグルカフェ。ネタバレしてしまえば、正史では将来のG1馬である。

 

正史、と言ったのはこの間俺が新馬戦に勝ったように本来の勝ち馬から勝利を奪ったり着順が変わったりしてその後に影響を及ぼさないとは言えなくなって来たからだ。

 

『よぅ、帰ってきたぜ』

 

『うむ、世話係たちの話を聞いてみれば新馬戦を勝ったそうだな。それは見事であるが筋肉痛とは。赤兎の名が廃るぞ』

 

『うっせぇ、お前デビュー前のくせに』

 

『吾輩は貴様の失態を指摘しただけだ。それと吾輩の初陣となんの関係があるのかとんと分からぬ』

 

イーグルカフェはこんな風に挑発を掛けてもどこ吹く風、といった感じの奴で、この場にコーヒーか紅茶でもあったら優雅に嗜んでいそうですらある。

 

それとどこぞの文豪みたいな雰囲気で話すが、これでも俺と同年代の3歳馬らしい。ついでにアメリカ生まれ。一体その口調はどこで覚えたんだ?

 

『そのデビュー戦ってのは決まったのか?』

 

『・・・なんとも言えぬが、吾輩の鍛錬の結果次第で二月(ふたつき)ほど後になるらしい』

 

『11月か』

 

正直、人の俺が生きていた頃には遅い、と言われる時期だがこの時なら未勝利戦もわりと長めの期間が用意されていたんだっけか。

 

『がんばれよ』

 

せっかく隣同士なんだ。歴史の捻れに巻き込まれることなく勝ち上がれるといいなと思って、エールを送った。

 

『貴様如きに言われずとも、必ずや勝利をこの手に収めて見せよう・・・手とはなんぞや?

 

前半はかっこいいのに、自分でそのかっこよさを台無しにしてらぁ。そうだよな、俺たち馬の足先は固い蹄だもんな。ちょっとおかしくて吹き出したけど、お礼にその手ってものを教えてやるか。

 

『手ってのは俺たちを世話してくれる人間の前足のことだよ』

 

『む・・・!そうであったか、あの色々なものを吾輩の元に運んでくる世話係の珍妙な前足が、手か。また一つ造詣が深まった、感謝しよう』

 

『おぉ、お前が礼を言うとは』

 

『何を言うのだ。他の馬に感謝するのは基本中の基本だと母上も言っておった、同時に馬鹿にしてもいけないと』

 

イーグルカフェのお母さんは結構厳しかったのかな。すごく礼儀正しいことを言っている。

 

・・・んん?

 

今、こいつ他の馬を馬鹿にしてはいけないと言ったよな?

とするとさっきの『赤兎の名がうんたらかんたら』は、本人にバカにする意志は全く無かったということか?

 

『イーグルカフェ』

 

『何だ』

 

俺の呼びかけにイーグルカフェはぶっきらぼうに答えた。

 

『お前、これから喋るときに言い方とか口調とか気をつけないと、誤解されるぞ』

 

『何の話をしている』

 

『さっき俺に言った赤兎の名がなんとかってやつ。あれ、気をつけないとバカにしてるって思われる』

 

『ああ、あの発言か。大丈夫だ、貴様以外に赤兎を引用する気はない』

 

いや、違うそうじゃない。こいつ案外天然なのか?

これからが心配だが、俺にはどうしようもないことだと思って会話を切り上げ、水桶に口を突っ込んだ。

 

一口二口水を含んでから入口の方を見ると、電話で話しながらセンセイが歩いているのが見える。

相手は・・・朱美ちゃんか!馬耳にかかれば通話相手の声をキャッチするくらい造作もないのである。何を話しているかまではわからないけどな!

 

それでセンセイが何を話しているかと言うと。これは・・・。

 

「・・・ええ、それでセキトバクソウオーの疲労も抜けて、仕上がりも思ったよりは落ちてなかったので10月か11月の東京で一回使おうかと。」

 

おお、次のレースの話だ。そうか、俺新馬勝ちをしたからやろうと思えば重賞なんかにも出られるんだよな。

 

「それで・・・候補になるのが10月末のいちょうステークスか、11月に入ってからの京王杯3歳ステークスなんですが・・・個人的にはいちょうステークスの方に出したい気持ちが強いです」

 

いちょうステークスって確か、2X年ではサウジアラビアロイヤルカップって名前で開催されてるG3だったよな?今の時代は・・・そうか、OPか。ちょっと残念。

 

「京王杯は出走馬が・・・出られないことはないんですが3戦連続連対、あ、連対は2着までにゴールすることですね、はい。その戦績をもったエンドアピールや、芝ダート両方走って勝利しているノボジャックなど、レース経験豊富な馬が多いんです」

 

エンドアピールって馬はともかくノボジャックって確かダートのG1馬じゃねえか!芝も走ってたのか。

 

「はい・・・負担的な意味では少頭数になりそうないちょうステークスのほうがよろしいかと・・・ええ、ええ、ではそちらの方向で進めさせていただきます」

 

さあ、強敵もいそうな京王杯3歳ステークスに挑むのか、後々を考えていちょうステークスを走るのか、どっちになったのかな。センセイが電話を切った。

 

ってあっ、あー!そのままどこかへ!

マジかよ、出るレースが分からないんじゃ対策のしようもないぞ!

 

と、その時は次のレースが分からなくて焦ったんだけど、後日、馬口さんが俺に話しかけてくれた、

 

「セキト、次のレースはいちょうステークスだよ。がんばろうねー」

 

という言葉のおかげで俺の次走はいちょうステークスであると無事に判明したのであった。

 

 




ちなみに現代でも笹針治療が行われることもあるそうですが、患部などにショックウェーブ(衝撃波)を当てるショックウェーブ治療の方が疲労や故障等のケアとして一般的になりつつあります。

セキトは回復に繋がりましたが、笹針自体に効果があるかどうかは未だ議論されており、結論は出ていません。

次回更新予定は木曜22:00になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激走、いちょうステークス

UAが20.000を突破しました!皆様、この小説をお読みいただき、ありがとうございます!

今回は出世レースとも言われるいちょうステークス。
勝ち負けは果たして・・・。


ブランディスのキャラを決めたら扱いやすかったのはここだけの話。


某日 深夜、岡田順平の自宅にて。

 

「はっ、はっ・・・」

 

改装された防音製の高い壁と、騎手として己を高めるための数々の器具が持ち込まれたトレーニングルーム。

 

岡田は練習用の木馬に跨がりながら激しい呼吸を刻んでトレーニングに励んでいた。

 

「はぁ、はぁ・・・ぐぅっ!?」

 

そのまま木馬を追っていると、いつものように激しい頭痛が彼に襲いかかる。

 

いつもならここで無理をせず木馬から降りて痛みが引くのを待つのだが・・・今日は違う。

 

「ぐあぁっ!うおおおああああああ!」

 

痛みよ、お前には負けない。と鋭い眼光で前方を睨みつけ、獣のような唸り声を絞り出し、普段の岡田からは考えられないほど獰猛な表情で崩れそうになったフォームを立て直す。

 

直線をイメージして激しく木馬の首をしごく。途中で何度も木馬の後部へと飛んだムチは、馬を追うためのものか、自分への檄か。

 

「うああ・・・」

 

やがて痛みが限界に達して力尽き、ずるりと木馬から落ちると、タイマーのアラームが鳴り響いた。

 

「もう、ちょっと・・・あと、少し・・・」

 

岡田はそれを止めると、ふらふらと立ち上がり、呼吸を整え始める。

 

タイマーは1分30秒。

 

マイル戦の目安と同等の時間であった。

 

 

 

 

 

 

レース当日。東京競馬場は好天に恵まれた。

 

『しゃあっ!やるぞ!』

 

ゼッケン「2」を背負った俺はパドックを周回しながら燃えに燃えている。

 

残念ながら朱美ちゃんは今回本業・・・どうやらこの時代にはまだまだ普及しきっていなかったネット関係らしい、その都合がつかず不在。少し寂しい。

 

「はは、セキト、今日もすごいね」

 

背中には前走と変わらずジュンペーの姿がある。

「この世界」では彼は確かに生きている。調教にも来てくれるし、それに、考えたくはないけど万が一が起きてしまったらセンセイの元に至急連絡が飛んでくるはずだ。

 

それがないってのは所謂便りの無いのはいい便りってことだって分かってるんだけどさ。

 

それでも、こうやって騎乗するたびに背中にかかる重さで「生きている」って安心してしまうのは・・・仕方ないよな?

 

今日も彼の頭痛が起きる前に・・・と思ってはいるけど

いちょうステークスは1600m戦。

前走の様に無茶をやって勝てるとは思わない。

 

ここは、センセイとジュンペーのお手並み拝見と行きますか。

 

「センセイ、今日の作戦はどうしましょう」

 

「先行で行こうかと思ってる」

 

「先行、ですか?新馬では出遅れましたが」

 

恐らく新馬と同じように後ろから行こうかと考えていたらしいジュンペーが驚きの表情を見せた。

 

いや、悪かったよ、あれは脚が滑っただけなんだって。

 

「新馬をビデオで見たが、出遅れたのは足を滑らせただけだ。調教で見てる限りセキト自身はスタートが上手い方だからな」

 

流石センセイ、見事な分析である。

ちなみにジュンペーは持病持ちの関係上、とっさに馬を抑えなければならない状況になり得るゲート練習には騎乗できないらしい。

 

「分かりました。万が一出遅れた時は・・・」

 

「その時は出たなりについていって、直線で仕掛けていってくれ」

 

大丈夫、もう脚を滑らせるなんてヘマはしない。

・・・大丈夫だよな?

 

「了解です、行ってきますね」

 

ジュンペーがそう言った瞬間、パドックに「止まれ」の号令が掛かった。

 

 

 

返し馬で特にアクシデントが起こるようなこともなく、俺を含むいちょうステークス出走馬は無事にゲート裏へ集まった。

 

「セキト、ちょっと待とうね」

 

ジュンペーが俺を宥めた。

 

今回は偶数番の俺は後入れだ。1、3、5、7、9のゲートインを側から眺めていると、一頭激しくゲートを嫌う奴が。

 

そいつもやがて抵抗を諦めてゲートに入ったが・・・先に入っていた奇数番の奴らがイライラしてるのが目に見えてわかった。先入れじゃなくてマジでよかった。

 

偶数番の連中は暴れるようなこともなく、すんなりゲートに収まって体制完了・・・っと!

 

『スタートしました3歳オープン競走いちょうステークス、マイネルファイターと地方から挑戦チトセシャンハイの2頭がポーンと飛び出した』

 

ふう。今回は別に良くも悪くもない、普通のスタートって感じだ。それよりあの2頭、良いスタートを切ったな。

 

『ハナを切りましたのはマイネルファイター、その隣チトセシャンハイ、3番手にトップコマンダー、更にその後ろにセキトバクソウオー。並んで同じサクラバクシンオー産駒のブランディス』

 

『バクシンバクシン!バクシンだー!っと、これはこれは!まさかこんなところで我が兄弟と出会うとは!』

 

隣につけていた鹿毛の牡馬が、実況を聞いた瞬間俺に顔を向けて話しかけてきた。

 

『うぉっ、何だお前親父が同じなのか!?少し落ち着けよ!』

 

『何を言いますか兄弟よ!レースでありますよ!?これがバクシンせずにおれますか!バクシーン!』

 

こいつ、ゼッケンをチラ見したらブランディスと言うらしいが、なんと俺と同じサクラバクシンオーの息子のようだ。

 

なんというか、ある意味でより濃くバクシンオーの遺伝子を引いてしまった奴な気がする。後はっきり言ってバクシンバクシンうるさい。

 

『バクシンするのは勝手だが負けても知らねーぞ』

 

『ご心配には及びません、バクシンは何者にも勝るのであります!』

 

「セキト!集中!」

 

『そうだな、すまんジュンペー!』

 

こいつの中でバクシンってどういう意味になってるのやら。少しだけ心配になったがジュンペーにも注意されてしまったし、今はレースだ。ブランディスの奴を先に行かせてやる。

 

 

『・・・5番手にセキトバクソウオーがいます、続いて一番人気ゼンノエルシド、ファミリータイズ、ホッカイチャオレン、そしてシンガリにマチカネホクシン、以上9頭、軽やかに東京の芝を駆け抜けていきます』

 

ゼンノエルシド!?真っ黒な馬体と五本脚で有名なG1馬じゃないか!真っ黒い馬がいるなーとは思ってたけどゼンノエルシドかよ!しかも一番人気!

 

「セキト、駄ー目、ほら駄ー目、集中ー」

 

『あ、ああ、すまねぇ』

 

思わぬメンバーに驚いたもののまたジュンペーになだめられてしまった。残りは800m。まだまだ焦る時間じゃない。

 

『もう一度先頭から見てまいりましょう。先頭は変わらずマイネルファイター、2番手にチトセシャンハイ、3番手に3頭並んでトップコマンダー、ゼンノエルシド、ブランディス、セキトバクソウオーは少しだけ下げました』

 

『800m通過、タイムは少し早めか。7番手はファミリータイズ、続くようにホッカイチャオレン、変わらずシンガリにマチカネホクシンです』

 

少しハイペースか。まあこの位置ならばさほど影響を受けてはいないだろう。

そろそろ進路を確保しなければと横に動こうとしたら、ジュンペーの手綱にギュッと抑え込まれた。

 

まだ動くなってか。わかったよ。

 

 

体制は殆ど変わることなく、東京競馬場の3コーナー、そして4コーナーへと突入する。

 

その瞬間だった。

 

 

「わああああああああ!」

 

 

地鳴りのようにスタンドが沸き立った。

 

『!?』

 

『っ!』

 

『ひぇ!?』

 

それぞれチトセシャンハイ、トップコマンダー、マイネルファイターから驚きの声が上がる。

 

そうか、この日は天皇賞(秋)がメインだった筈だ。G1レースともなればお客さんの入りも相当のはず。

 

まだ大歓声を経験してない3歳馬にとっては、未経験の大音量だ。特に地方馬のチトセシャンハイにとってこれは堪えるだろう。

 

俺だって耳がビリビリしてる。けれど耐えられないってわけじゃない!

 

『さあ、直線に向いてまいりました、最後の追い比べだ!先頭はマイネルファイター!ブランディスは早くも手応えが怪しいぞ!?』

 

 

『バク・・・シン・・・まだ、まだで、あり、ますぅ・・・』

 

『バクシンしすぎだっての』

 

「セキト、行くよ」

 

早くもスタミナ切れを起こし脚が残っていないブランディスが下がっていくのを呆れ気味に見送って、ジュンペーが手綱をしごき出した。

 

おう、そろそろ行くか。

 

急加速するのではなく、じわじわと。

跳びを大きくするのではなく、回転速度を意識して。

 

『残り400m!ここでセキトバクソウオーが仕掛けた!先頭はマイネルファイターが粘っている、チトセシャンハイは苦しいか!トップコマンダーが交わして二番手に上がった!』

 

『クソっ、脚を使いすぎたか!』

 

後ろをちらりと見てみたが、人気のゼンノエルシドは伸びてきそうにない。後方を気にする必要は無いと先頭に立ったトップコマンダーを目指して加速すると、相手も俺を認識したのか少しだけ振り返って睨みつけてきた。

 

『勝負だ!トップコマンダー!』

 

『来たな!セキトバクソウオー!!』

 

このまま俺とこいつの一騎打ち・・・の筈が。

 

 

『ちょーっとマったー!!ミナサン、ミーのコトをワスレてるネー!!』

 

 

『誰だっ!?』

 

更に後ろから追い上げてくる、3頭目のチャレンジャーの声がした。

 

 

『さあ残り300mだ!一番人気ゼンノエルシドは後方集団でもがいている!先頭マイネルファイター、を交わしてトップコマンダーか!しかしその外セキトバクソウオーと、更に外から凄い脚でマチカネホクシンだ!』

 

そうだ。ここは東京競馬場。

 

510mの長い長い直線がある日本一を決める舞台。

 

その直線は幾多の逃げ馬、先行馬の夢を飲み込んで来た。それはつまり。

 

 

『お前・・・追い込み馬かっ!』

 

他と比べて差し、追い込みが断然有利な、瞬発力勝負の舞台なのである。

 

『そのトーリ!でもちょっとイイたいコトアリマース!』

 

マチカネホクシン、と実況された大きな星を額に抱く黒鹿毛のソイツが、並びかけてくる。

 

『トクにユー!ダレダ!とかさっきカンッゼンに!ミーのコトワスレてましたネー!?』

 

並びかけられたと同時に、マチカネホクシンが凄い剣幕で話しかけて来る。この喋り方、マル外か!?

 

『生憎前しか見てなかったもんでな!』

 

『カーッ!こうなったらナニがナンでも!サシキってやりマース!』

 

軽く挑発してやったら簡単に引っかかってこのザマだ。イーグルカフェとは全然違うな。

 

『随分2頭で盛り上がってるな!僕だって、勝ちたい気持ちは同じだ!』

 

『いいや!勝つのは・・・俺だ!』

 

トップコマンダーも負けじと叫んだ。しかしこちらも負けてはやらないぞと啖呵を切って。さあ、そろそろスパートだ!

 

「セキト!」

 

その瞬間、案の定ジュンペーのムチが飛んだ。新馬の時と同じように上体を沈め、沈め・・・沈まない!?

 

 

 

『さあ残り200!マチカネホクシンとセキトバクソウオー、トップコマンダーが並んで並んで譲らない!譲らない!凄いレースになりました!』

 

「セキト!がんばれ!」

 

ジュンペーの檄が聞こえる。懸命に伸びを大きくして、より遠くの地面を掴んで跳ぼうとするが、だんだん脚が重くなってきやがった!

 

『ハー、ハー、ナカナカ、シブトいデスネ・・・!』

 

すぐ隣のマチカネホクシンの荒い息。

 

『ふー、ふー・・・!負けて、たまるか・・・!』

 

トップコマンダーだって脚が上がっている。

 

『はぁ、はぁ、絶対、負けねぇ・・・!』

 

俺の息だってすっかり一杯になって、正直一歩がしんどい。ゴールはまだか!

 

 

 

『残り100!マチカネホクシンか!セキトバクソウオーか!トップコマンダーか!全く譲りません、三者全く譲りません!後続は届かない!』

 

視界に靄が掛かりだした。やばい、これ、死ぬ。

 

「セキト!しっかりしろ!いけ!勝てるぞ!」

 

トモにジュンペーのムチが何回も当たるのが分かる。が、とてもじゃないがもう余力はない。

 

『ヒィ、ヒィ、ま、マケ、マケま、せん』

 

マチカネホクシン。全く大したやつだよ、お前。こんな状況でも負けない、負けないってずーっと俺を睨みつけて。

 

『ぐぅ・・・!うぅ、前に、前に・・・!』

 

トップコマンダー。お前の根性、筋金入りだな。諦めずに、ただただ前を目指してる。俺も見習わないと。

 

『はぁ、はぁ、脚が・・・!』

 

死ぬ気で応えなくちゃいけないと思って、思ってるんだけどこれ以上脚を大きく振れない、伸びない、息が苦しい・・・!

 

 

 

 

 

 

 

「セキトっ!ゴールだっ!飛び込めぇっ!!」

 

 

 

『!』

 

背中から聞こえたジュンペーの声。返事は返してやれない。

 

 

ただ、その瞬間、無我夢中で。僅かに残っていた力を爆発させるように。

 

 

俺は首を、思いっきり前に突き出した。

 

 

『ゴールイン!!わかりません!全くわかりません!マチカネホクシンか!?セキトバクソウオーか!?トップコマンダーはわずかに遅れて3着か!』

 

『本日の東京7レースいちょうステークス、写真判定となります!お手持ちの勝馬投票券は確定までお捨てにならないよう・・・』

 

 

 

 

 

『はぁ、はぁ、はぁ・・・』

 

 

手綱が引かれ、スピードを落としていく。

 

何が起きた。レースはどうなった。

 

脚がフラついて倒れそうだ。

 

 

「セキト、大丈夫か」

 

ジュンペーの声だ。背中にいる。

 

ありがたい。お前がそこにいてくれるなら、俺はその命を守るために、立ち続けられるから。

 

『ハヒィ・・・メがマワッて、アワワワ・・・』

 

マチカネホクシンか。あいつもギリギリまで走っていたようだ。フラフラになりながらクールダウンのウォーキングをしている。

 

『くそっ・・・くそぉぉぉ!』

 

トップコマンダーは、悔しそうに表情を歪めている。どうやら俺たち2頭に遅れを取ったらしい。

 

ぼんやりとしたまま着順掲示板を見たら、一着と二着の間に写真の文字が点灯し、三着のところにはトップコマンダーのゼッケンと同じ数字があった。

 

四着、五着に関してはすんなりと判定が出たようで、別の数字が上がっている。

 

「セキト、お疲れ様、頑張ったね」

 

首を優しく2回叩かれた。気が抜けて思わず脚から力が抜けそうになったのを、耐える。

 

『ヘ、ヘロヘロじゃ、ないデスカ・・・そんナン、でG1ナンテ、カテ、ない、デース・・・』

 

『へっ、お前、も、似たような、もん、じゃねぇ、か』

 

ヘロヘロのバテバテな俺とマチカネホクシン。どちらかが勝者で、どちらかは敗者だ。

それでも己の勝利を信じて疑わない気持ちが、軽口の叩き合いを生んでいた。

 

その時後ろから軽快な足音が聞こえたかと思ったら、

 

『後ろから見てましたが素晴らしいバクシンでありました!』

 

とスタミナ切れを起こした筈のブランディスが元気にそう言って来たときはもう苦笑いするしかなかった。お前、その体力レースで使えよ。

 

『そりゃどうも』と返したら『次に会ったときにはバクシン勝負をしましょう!我が兄弟よ、さらばであります!』と元気に走り去っていった。いやだからレースでそうやって走れよ。というかバクシン勝負ってなんだ。

 

 

その時スタンドから歓声が上がる。着順が確定したのだろう。

 

さあ、決着の時だ。

 

掲示板に、目を向けた―。

 

 

 

 

・・・極度の疲労からか、ボヤケていてよく見えないな。

 

俺は勝ったのか?負けたのか?

 

それを教えてくれたのは、他ならぬマチカネホクシンだった。

 

 

 

「ジュンペー、セキトバクソウオーは強いな」

 

『やられましタ・・・ツギはマケまセーン』

 

こちらに近づいてきたと思ったら、リベンジを誓ってくるマチカネホクシン。

その鞍上とジュンペーが、がっちり握手を交わした。

 

あれ、これって。もしかして。

 

そして、ようやくピントが合った俺の目に映った着順掲示板に上がったのは、2、そしてハナの文字。

 

俺の脇腹の数字も、2。これは・・・。

 

 

『・・・よっしゃあああああ!』

 

勝った!俺の勝ちだ!

 

『やった、ぜっととと』

 

「セキト!?そっか、すごい叩き合いだったからな・・・厩舎に帰ったらゆっくり休もうね。でもその前にもうちょっとだけ踏ん張ってくれよ」

 

よろめいた俺の首筋をぽんぽんと叩いてしっかり手綱を持ち、大外側へオレを寄せていくジュンペー。

 

そっか、俺にはもう一つ仕事があったな。

 

 

ウィナーズサークルで、勝利の証である口取り写真をカメラに焼き付けるっていう、大切な仕事が。

 

もし次にここに立つときには、肩にレイをかけられたらいいな、なんてそんなことを思いながら、俺はセンセイと、ジュンペーと、記念撮影を無事に終えた。

 

かくして俺は新馬からいちょうステークスと、無敗のままオープンクラスへと駆け上がったのだった。

 

 

 

・・・後にこのレースの出走馬からG1馬と重賞馬が多く現れたことから、伝説のレースと言われるようになるのだが、それを知る者は、まだいない。

 

 

 

東京7R いちょうステークス(OP)晴れ 良

 

Ⅰ セキトバクソウオー 1.35.6

Ⅱ マチカネホクシン  1.35.6 ハナ

Ⅲ トップコマンダー  1.35.6 アタマ

Ⅳ [地]チトセシャンハイ 1.35.9 1.3/4

Ⅴ マイネルファイター 1.36.0 クビ

 

 

 




※ただのオープン競走です。

テンションを抑えて書くはずだったのに、どうしてこうなった。

・今回の主な被害馬

マチカネホクシン 黒鹿毛 牡

父 Runaway Gloom
母 Hula Colony
母の父 Cherokee Colony

・史実戦績 40戦2勝

・史実解説
日本では珍しいRunaway Groom産駒のマル外。
3歳の9月にデビュー戦を快勝し、札幌3歳ステークス
13着を挟んで出走したいちょうステークスが最後の勝利となった。本小説では・・・セキト、再びのラスト勝利キラー。

その後も東京スポーツ杯3歳ステークス3着や朝日杯3歳ステークス3着など安定して馬券に絡んでいたが2000年のオーロカップ2着を最後に馬券圏外の惨敗が続く。

2003年になって1600万下の船橋ステークスで久しぶりの2着に入ると、中京競馬場50周年記念競走(1600万下)から3戦連続で3着に入る。

復調かと思われたが、10月の桂川ステークス(1600万下)2着を最後に馬券に絡むことなく引退した。

2勝馬ではあるものの獲得賞金は1億4000万円を突破。

引退後は乗馬になったとの報告がネット掲示板にある。



次回更新は金曜22:00予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激走の反動?なにそれおいしいの?

お気に入りが1000件行きそうな件。もう驚かないぞ。

体調不良が続いてましたがなんとか間に合いました。

ちょっとクオリティが落ちてます。


いちょうステークスの激闘から一週間と少し。

 

レース後、あれだけヘロヘロになっていたのが嘘のように俺は急激に回復し、センセイを驚かせた。

 

「新馬の後はあれだけバテてたのに・・・どういうことだ、消耗が激しいタイプじゃないのか?」

 

調教で追われて体質が強くなったとか、そこまで身体に負担がかかっていなかったのではとか色々考察していたけど、センセイごめんなさい、俺にもよく分かりません。

 

まあ、とにかく思ったよりもダメージが少なかった俺は、美浦のコースを駆けていた。

 

体力強化の為でもあり、新馬戦で使えた脚がいちょうステークスで使えなかった理由を探すためでもある。

 

今日は、ジュンペーが思い当たる節があるというので、試しに二本目のウッドチップを右回りで走っているところだ。

 

『・・・やっぱり、なんか走りやすいんだよなぁ』

 

何故だろうか、一本目の左回りよりもより脚が進み、心地よく走れている。

 

「セキト、いくよ」

 

『おう!』

 

背中のジュンペーからの合図で、疑問を振り払ってぐん、と加速する。

間違いなく新馬で走った時の最後の方と同じ感覚だ。

 

「さあ、行けっ!」

 

『いいのか!?・・・よっしゃあ!気持ちいいぜー!』

 

「やっぱりそうか!」

 

全力でいけ!というサインのムチが入った瞬間、俺の脚は最高速に到達する。その瞬間ジュンペーが何かに気づいたようだったが、スピードに酔いしれた俺は特に気にすることもなく、ゴール地点のハロン棒を駆け抜けた。

 

『いやぁ、なんだか今日の調教は非常に有意義だった気がするぞ』

 

終始気持ちよく走り抜けることができた俺は絶好調。

全身から蒸気機関車のように湯気を立ち上らせ、胸を張って歩く。

 

早朝のきりりと引き締まるような気温の低さが気持ちいい。

 

ん?向こう側から誰か走ってくる・・・太島センセイ!?血相を変えて、更にストップウォッチを掲げて。大慌てで走ってきている。なんだなんだ。

 

「じ、ジュンペー、なんだこのタイムは、本当にセキトがこのタイムを出したのか!?」

 

センセイはストップウォッチをジュンペーに見せながらそう尋ねた。

 

「ええ、間違いなくセキトのタイムです。ストップウォッチの故障じゃありませんよ、さっき何回も動かしましたが、正確でした」

 

ん?俺のタイムがどうした?というかジュンペー、なんか笑ってないか?

 

「なんてことだ・・・こんなタイムを出されちゃ、朝日杯、意識してしまうじゃないか」

 

朝日杯、って・・・朝日杯フューチュリティステークス!?あ、この時代は朝日杯3歳ステークスか。ってそういうことじゃなくて!

 

「タイムだけなら古馬並み、ですね」

 

ああ、ジュンペーが笑ってたのはそういうことか、って古馬並み!?3歳の俺が!?そう思ってセンセイのストップウォッチを見ると。

 

『あんじゃこりゃあ!?』

 

何も言わなければ古馬が出したとしか思えないような、驚異的なタイムが刻まれていた。

 

 

「脚元は・・・なんともありませんね」

 

馬房に戻ると、馬口さんが俺の脚をチェックしてくれた。今日もシステムオールグリーン。異常なし。

 

「それじゃあ、私はもう一頭上がってくるやつがいるんで」

 

馬口さんはそのまま次の担当馬のところへと向かうらしい。いってらっしゃーい。

 

 

「ジュンペー、あのタイムはなんだ、どうやって出したんだ」

 

一旦落ち着いたところで、センセイがジュンペーにあのバケモノ級のタイムの話を持ちだした。

 

「センセイ、まずは落ち着いてください」

 

珍しく興奮したようにまくし立てるセンセイを制するジュンペー。いや、マジで俺あれどうやって出したの。教えてジュンペー。

 

「あ、ああ」

 

センセイも自分が冷静さを失っていたと気がついたのか、いつの間にか普段の調子に戻っていた。

 

「まずは結論から言いますね、セキトは・・・右利きです」

 

「右利き」

 

センセイがジュンペーの言葉を繰り返す。

右利き?確かにさっきの俺は右の前足を先に出して走っていたな。

 

「それに対して、この間のいちょうステークス。スパートをかけようとした時には回りのせいでしょう、左手前で走っていたんです」

 

「驚異的な末脚を見せた新馬戦は右回りの札幌だったな・・・」

 

センセイの考察に頷くジュンペー。

 

「はい、おそらくそこです。セキトは右回りの競馬場なら、とんでもない脚を発揮できるんだと思います」

 

そうか、手前か!

手前とは馬が走るときに左右の前脚のどちらが先に地面につくかってことだ。

 

左脚が先に付けば左手前、右脚が先に付けば右手前ってな。重心の関係で左回りなら左手前、右回りなら右手前で走らないと外へと吹っ飛んでってしまうんだ。

 

ところでどこかで見たデータだったんだが、馬は訓練次第で左右どちらの手前でも走れるようになるが、調教前の馬を調べたら牡馬は左手前、牝馬は右手前が得意な馬が多かったらしい。

 

つまり右手前が得意な牡馬である俺は、少数派ってことだ。

 

いや、スプリンターで左手前が得意であっても高松宮記念くらいしかでかいレースが無ぇな!?それよりは右手前が得意で良かった。

 

 

「ますます朝日杯を意識してしまうじゃないか」

 

「意識しちゃってもいいと思います、十分勝負になりますよ!」

 

センセイの言葉を肯定するジュンペー。全ては馬主である朱美ちゃんの判断次第だが・・・多分OKだろうなぁ。

 

センセイは朱美ちゃんに電話をかけた。

 

「どうも、調教師の太島です・・・あっ、天馬さんですか」

 

どうやら無事繋がったらしい。電話の向こうから朱美ちゃんの元気な声がする。そういえば短期放牧に出されたとき以来、2ヶ月ほど会ってないんだよな。

 

また会いたいな、なんて思っていると、世間話を終えてセンセイが本題に入ろうとしているところだった。

 

「ええ、それでですね・・・右回りでセキトバクソウオーの持ち味を活かせる大舞台、朝日杯に出走したいのですが・・・どうでしょうか」

 

「えっ?いちょうステークスを見てたらマイルは長いんじゃないかって?それはそうなんですが・・・今日の調教で素晴らしいタイムを叩き出したんですよ」

 

おや?なにやら長引いてるな。

 

「ええ、それはもう、古馬並みのタイムでして、私個人の考えなのですが・・・朝日杯でも通用する、と考えてまして」

 

朱美ちゃんが珍しくゴネてるのか?センセイが朝日杯にかける熱意を語っている。

 

「はい、はい・・・そうですか!ありがとうございます!絶好の仕上げで応えさせていただきます!」

 

おお、流石策士太島昇。見事朱美ちゃんを説き伏せたようだ。

 

電話を切ったセンセイは、なんだか疲れたような様子で肩を落とした。

 

「はぁ、よかった。天馬さん、どんどん競馬の知識を身に付けてきてるじゃないか・・・京王杯はどうかとか福島じゃ駄目なのかとか、親父さんがそうだったとは言え、本当に馬主になったばかりなのか?」

 

まあ朱美ちゃん、自分が馬主になったばかりではあるけど、馬主の父親は長い間見てきたっぽいからなぁ。そりゃちょっと勉強したらローテーションとか適正距離とかの概念は覚えるよな。

 

そんな感じで朱美ちゃんの学習能力に感心しつつ、センセイが今日の調教を終えたジュンペーを俺の馬房の前に呼び出して朝日杯出走の意向が固まったことを伝えると。

 

「よしっ!センセイ、出るからには勝ちにいきましょう!」

 

軽くガッツポーズをしつつ、嬉しそうにそう言った。

 

「当たり前だ。セキトもこれまで以上慎重かつ厳しく仕上げていくから、覚悟しておけよ」

 

センセイもG1となると、そこにかける想いや闘志を隠しきれていない・・・え、厳しくって、またカイバ減るの?やだなぁ。

 

 

 

かくして3歳牡馬の大一番、朝日杯3歳ステークスに向けて本格的に身体をつくることになった俺は、コースをウッドチップから坂路に移し何本も駆け上がる。

 

「こら!セキト!もうおしまいだよ!休むのも仕事!」

 

時にジュンペーに手綱を強く引かれるほどの本数を駆け抜け。

 

 

「こいつは平地とほとんど変わらん感じで坂路を上がってくな」

 

センセイからお褒め?の言葉をいただくほどのパワーを身に付け。

 

 

「セキターン!G1頑張ろーねー!」

 

「ひひひひーん!」

 

「うわぁっ!?天馬さんの声でスピードが!?セキト、落ち着けー!」

 

坂路コースの途中でたまたま調教を見に来た朱美ちゃんにうっかり声をかけられりなんてした時には嬉しくて自己ベストが一秒縮んだりした。

 

 

そうやってあっという間に一ヶ月とちょっとが過ぎて。

 

「完全に仕上がりましたね」

 

「ああ、仕上がったな」

 

ジュンペーとセンセイが言うとおり、赤い馬体は燃え上がるようにピカピカに仕上がっている。

 

今日は馬運車に乗り込んで決戦の地、中山競馬場に向かう日だ。

 

そして、俺と同じ馬運車で同じ地に向かう奴がもう一頭。

 

未だ2戦未勝利のイーグルカフェだ。

 

『前の2戦は不覚をとってしまったが、此度こそ勝利という王冠を手にするのだ』という本人の言葉通り今度こそ、という闘争心が溢れ出ているのが見て分かる。

 

今回は朝日杯の前日、土曜日の未勝利戦に出るんだそうで、せっかくなら一緒に運んでしまおうと俺と同じ馬運車に相乗りになったようだ。

 

鉄製の昇降口を踏み込んで、馬運車の一角に収まると、イーグルカフェが珍しく驚いたような表情を見せた。

 

『貴様、本当にセキトバクソウオーか?気迫も、表情も、まるで別馬だ。何があったのだ』

 

そう言われても自分じゃよく分からない。だからこう答えておいた。

 

『G1ってのは皆こうなるんだよ』

 

『そうか・・・早く追いつきたいものだな』

 

イーグルカフェの声は決意と、ほんの少しの寂しさを含んでいるようだった。

 

 

朝日杯まで、あと、数日。

 

俺たちの決意や思いを覆い隠すように、馬運車の扉が閉められた。




次回、G1。

アンケートにご協力いただけたら幸いです。

次回更新は月曜22:00を予定しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

師走、朝日杯3歳ステークス(前編)

特殊タグを使いまくったら編集中の本文がまるでプログラムか何かのようになりました。
そして今回は初G1、前編になります。

弾き出されてしまう馬はくじアプリで決めました、ホントですよ?


日が落ちるのもすっかり早くなった暮れの中山競馬場。

 

朝日杯を翌日に控えた俺は、レースに出る馬たちが寝泊まりする場所である滞在厩舎にいた。

 

『そろそろかな』

 

かすかに聞こえる歓声や人馬の行き来を見守りつつ、一足先にレースに出ていったアイツの帰りもそろそろかと耳をぴくんと動かした。

 

 

『・・・戻ったぞ』

 

しばらく待っていると、お目当ての馬が黒っぽい馬体が汗でギラギラと輝きを放ちながら厩務員に引かれて帰ってくる。心なしか馬房を出ていく前より自信にあふれているような。

 

『おー、おかえりイーグルカフェ。で、どうだったよ』

 

イーグルカフェが出走していたのは未勝利戦。メインではないしあまり注目が集まる競走でもないが、それでもここを勝たねば何も始まらない。

 

『無論、王冠を手に入れた。この程度の走り、吾輩には容易いことだ。何故今までこれが出来ずにいたのか今となってはむしろ不思議で仕方ない』

 

・・・どうやら勝ったようだ。正史通りとはいえ、隣人が無事勝ち上がったことに胸を撫で下ろす。

 

『おめでとう、イーグルカフェ』

 

『祝言、感謝する。しかし世話係の話を聞けば吾輩はさらなる王冠を目指し走らねばならぬそうだ。これも、サラブレッドなる生き物に生まれた宿命か』

 

『そうだな、また勝たなきゃいけないけど、まずはしっかり休めよ。俺もよくジュンペーに言われるんだ。休憩もトレーニングの一つだって』

 

『それは貴様が暴走列車の如く走るからであろう。吾輩はそんなことはせぬぞ』

 

『暴走列車って・・・俺そんな酷い?』

 

『うむ』

 

『おぅ・・・』

 

たったの一言でだいぶダメージ与えてくるよな、コイツ。まあそれはそれとして。

 

『セキト、吾輩も走ったのだ。勝たねば承知せぬぞ』

 

『・・・ああ』

 

もう、後には退けないな。

 

 

 

XX99年 12月12日 中山競馬場

 

初めての大舞台に向けて仕上げられた3歳の精鋭16頭が、威風堂々とパドックを行進している。勿論俺も含めて、だ。

 

『ひぇぇ・・・なんだよこの人の数・・・』

 

『耳が、耳が落ち着かないぃぃ』

 

今までとは比較にならない人の数、そしてざわめきの大きさに驚いたり、飲まれたりしているようではG1馬になどなれはしないだろう。あの2頭はレースでは気にしなくて良さそうだな。

 

俺?ワクワクしてる。これが武者震いってやつか?むしろ誰か隣で俺を引いてる馬口さんをほぐしてやってくれ。ベテランなのにG1で馬を引いた経験はないのか。緊張し過ぎで顔は能面みたいに固まってるし、歩き方はロボットみたいだ。

 

それとさっきセンセイが小天狗って呼ばれる騎手の待機所に行くのが見えたから、ジュンペーと作戦の相談をしに行ったんだろう。

 

『止まーーーれーーーー!』

 

パドックに響く止まれの号令と共に、歩みを止める。馬口さんだけ歩こうとしてたから逆に俺が引っ張って止めてやったら少し笑い声が聞こえた。

 

それから待機所を見ていると、中から16人の騎手がわらわらと現れる。

 

そこにジュンペーの顔を見つけて安心すると同時に、着ている勝負服を見つめた。これまでは朱美ちゃんの不手際で斜めにストライプが入った服色未登録用の勝負服だったが、今日からは違う。

 

黒の地色に桃色の元禄。袖も黒地に、白の山形二本線。

 

紛れもない朱美ちゃんだけの勝負服だ。なかなか決まってるじゃないか。

 

前に勝負服の申請をするときに「パパが黒地の勝負服にしなさい、赤地は絶対ダメって言ってたけどどうしてだろうなー」って言っていたのを思い出した。なるほど、「黒字」は良くて「赤字」は駄目か。流石実次さん。

 

それに元禄なのはよく似ている市松模様の「事業拡大、子孫繁栄」にあやかったんだろう・・・これ朱美ちゃんが考えたの、実質袖の柄と色くらいだな!?

 

それから改めてジュンペーを見やって、『今日も頼むぜ』と意識を込めて鼻を鳴らす。

 

俺と目を合わせると、ニコリと微笑んでからジュンペーは左側から俺の背によじ登った。すぐに鐙に足をかけて首筋を2回軽く叩いてきたので、耳をぴくんとさせて返事代わりとした。ジュンペーの早い鼓動が少し穏やかになる。

 

 

白い毛並みの先導馬が導く隊列に付いて一旦中山の地下馬道の陰に身を潜め、蹄の音を高く鳴らして進めばその先に光が見えてくる。再び地上へと浮上した俺はダートを横切って緑に燃える戦場へと足を踏み入れる。

 

ふと空を見上げると、厚い灰色の雲が一面を覆っていた。今日は曇りだ。

 

 

「行くよ、セキト」

 

『ああ。相棒』

 

「セキト!行ってらっしゃい!」

 

一息入れて。ひときわ強い芝の匂いを一杯に吸い込み、ジュンペーのサインを脇腹に受け取った俺は馬口さんの引き手から解放されると、第4コーナーに向けて走り出した。

 

 

 

 

 

第51回朝日杯3歳ステークス (G1)

 

① エンドアピール     波止場   54kg

② セキトバクソウオー   岡田    54kg

③ マチカネホクシン    谷     54kg

④ マイネルコンドル    水戸    54kg

⑤ サクラデインヒル    真中    54kg

⑥ ファミリータイズ    ジョーンズ 54kg

⑦ トップコマンダー    梅原    54kg

⑧ グラスベンチャー    多村    54kg

⑨ レジェンドハンター   竜胆    54kg

⑩ エイシンプレストン   幸長    54kg

⑪ エイシンコジーン    萩川    54kg

⑫ ダンツキャスト     雪見    54kg

⑬ ショウナンラルク    大田    54kg

⑭ ラガーレグルス     加藤    54kg

⑮ ファイターナカヤマ   立川    54kg

⑯ ノボジャック      丘本    54kg

 

 

『今日は生憎の空模様、しかし今日のこの大舞台に挑む人馬の闘志の炎は、例え雨が降ったとて消せぬことでしょう、第51回朝日杯3歳ステークス、(わたくし)黍原(きびはら)が出走馬を紹介して参りましょう。コンディションは良馬場です』

 

 

『絶対負けない・・・!』

 

「力は足りないかもしれんが、乗る以上は勝ちに行く!」

 

『米国生まれのマル外ホース。人気はありませんが背中にいるのはおなじみヒットマン!皆様お忘れなきようご注意ください!最内1枠1番勝利に向かって全力!エンドアピール、鞍上は波止場(はとば)(きよし)!』

 

 

『さあ、準備万端だ、いつでも行けるぜ』

 

「すごい手応えだ、やる気が伝わって来る・・・!」

 

『2戦2勝、メンバー唯一無敗の実績引っさげて!赤い馬体がG1の舞台で燃え上がる!父に初タイトルをもたらすか!?セキトバクソウオーと岡田順平!』

 

 

『キョウこそ、ゼンインぶっこヌきデース!!』

 

「気合ノリがいいな、これはひょっとするぞ!」

 

『札幌3歳ステークス惨敗から、追い込み安定2着3着!クラシック戦線の北極星目指して、今日こそは!アメリカからの流れ星、マチカネホクシン!手綱を取るのは

(たに)(ゆずる)!』

 

 

『はわわわ・・・走る、走る・・・!』

 

「落ち着いていこうぜ、ゆっくり、ゆっくりだ」

 

『凱旋門に挑んだ神の鷹はターフを飛び去りました、その栄光を追わんと翼を広げる若武者は、マイネルコンドルと水戸(みと)勇斗(ゆうと)!』

 

 

『セキトくん、すごい気合っすね・・・こっちも負ける気、無いっすけど!』

 

「手応えがいいな、いけるんじゃないか?」

 

『超良血の父が日本に残した貴重な産駒、大舞台で満開の時を迎えるのか!?サクラデインヒルと真中(まなか)敏晴(としはる)!』

 

 

『こ、ここここで、ぼ、ぼぼぼぼくだってやれるって、しょ、証明するんだだだだだ』

 

「ヘイボーイ!クールダウン!クールダウンネ!」

 

『新馬以来の勝ち星目指し、しっかり手綱を引き締めて!みなさん今日も行ってきます!ファミリータイズとビジネスパートナーに選ばれたのは、去年の覇者

ミゲル・ジョーンズ!』

 

 

『オレだって実力はあるんだ!やってやる!』

 

「トップ、リラックスだぞ」

 

『デビュー以来、5戦全てで掲示板。安定した走りで目指すは優勝と言う名のミッションコンプリート!トップコマンダー!操縦桿は梅原(うめはら)健雄(たけお)に託された!』

 

 

『人がたくさんいて怖いよー!』

 

「ベンチャー、大丈夫大丈夫」

 

『前走500万下を勝ち上がって、これが初の重賞大舞台。さあここからがスタートラインだ、グラスベンチャーと多村(たむら)敏晴(としはる)

 

 

『せっかくここまできたんだ、地元のファンにでっかい手土産を持って帰らな!』

 

「行くで!レジェンド!」

 

『笠松から怪物再び、中央の猛者を倒して伝説になるのは俺だ!地方からの刺客レジェンドハンター!鞍上は

竜胆(りんどう)勝利(かつとし)!』

 

 

『落ち着いて・・・差す!』

 

「落ち着いてるな、これなら実力発揮できそうだ」

 

『新馬勝利からわずか一月足らず、抽選突破で大舞台に挑む!未知のマル外エイシンプレストン!手綱をとるのは前走と同じく幸長(ゆきなが)福一(ふくかず)!』

 

 

『なんか僕注目されてない?』

 

「ソワソワしてるが、まあ大丈夫だろう」

 

『芦毛の馬体にコジーン産駒、去年の覇者と同じ条件、そして舞台は整った。2戦1勝エイシンコジーン!鞍上は萩川(はぎかわ)由伸(よしのぶ)!』

 

 

『油断してると先頭から押し切ってやるもんね!』

 

「折り合いもつくしこれなら・・・!」

 

『京王杯の悔しさ胸に、前走500万下逃げ切り勝利!今日も堂々逃げ宣言、主役の座に躍り出んとするのはダンツキャストと雪見(ゆきみ)公明(こうめい)!』

 

 

Haste makes waste(急いては事を仕損じる). Don't rush, be careful(焦らず、慎重に・・・)

 

「よく分からないんだよなこいつは・・・分かってるのは、実力十分って事だ!」

 

『連勝の勢いそのままに、G1に挑むマル外がここにも一頭!ショウナンラルクと大田(おおた)豊吉(とよきち)!』

 

 

『お、音怖い・・・!でも、走らなきゃ・・・!』

 

「ラガー、頑張ろうね」

 

『漆黒の馬体に輝きと闘志を秘めて。勝って父にタイトルを!サクラチトセオーの仔ラガーレグルスと加藤(かとう)天光(てんこう)!』

 

 

『うおおお!レースだ!走るぜコノヤロー!』

 

「おっとっと、まだだ、まだだからなー」

 

『福島3歳ステークスを制したチャンプよ、その闘争心をこの大舞台でも見せてくれ!マル外ファイターナカヤマと立川(たてかわ)広典(ひろのり)!』

 

 

『今日は芝か、まぁ僕には関係、ないけど!』

 

「やるぞ、ジャック!」

 

『芝もダートも関係ない。ひたすら己の道を突き進み証明するだけ!G1レースを占領せよ!我が道を行くノボジャックと、名手丘本(おかもと)雪緒(ゆきお)!』

 

 

『・・・以上16頭、朝日杯に挑むチャレンジャーを紹介いたしました。中山第11レース朝日杯3歳ステークス、発送時刻が迫っています―』

 

 

 




1番苦労したのは騎手の捩りネームな件。
ご本人様は登場させてはいけないので仕方ない。

今回の主な被害馬その1

シアトルフレーム 黒鹿毛 牡

父 ポリッシュネイビー
母 シアトルフェアー

・被害ポイント
朝日杯出走→除外

・史実解説

1999年、新馬戦でデビューすると共に勝利。
ラベンダー賞(4着)、函館3歳ステークス(6着)を挟んでアイビーステークスを勝利した。
その後京王杯3歳ステークスに出走したが11着に敗れ、本番の朝日杯3歳ステークスでも大差のシンガリ負けに終わる。

4歳以降の勝鞍は1600万下の大原ステークスのみで、最後は地方に移籍したものの勝ち星を積み上げることはなかった。

引退後は乗馬になったという情報がネット掲示板にある。


(追記)
大変失礼いたしました。次回更新は水曜の22:00予定となります。
更新日の書き忘れ、誠に申し訳ございませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

師走、朝日杯3歳ステークス(後編)

レース展開を邪魔しないよう、今回は前書きは短めです。
ファンファーレに関しては変に擬音を付けるとペラくなってしまう気がしたのでこれでいきます。改善案があったらぜひ教えて下さい。
それとマンハッタンカフェ、爆死しました。


3歳馬の頂点を決する大一番、朝日杯。返し馬を終えた出走馬16頭たちは、すぐそこまで迫った発走の時に備えてゲートの裏で輪を描くように競馬場のスタッフ達に引かれていた。

 

落ち着いている馬、首を上下に振る馬、行動は様々であるが皆これからレース・・・己の全てを出し尽くさねばならぬ全力疾走の時間が始まるのだと察している。

 

 

「イージー、リラ~ックス、リラ~ックス・・・ハァ、コレハダメカナァ」

 

6番のゼッケンを背負ったファミリータイズはひどくイレ込んでいる。鞍上のミゲルは出走までに少しでも落ち着かせようと首を撫でたり、軽く歩かせたりしているもののあまり効果は無いようだ。

 

 

「レジェンド・・・いける、これはいけるで」

 

反対に無駄に動くこともなく堂々としているのは、9番を背負うことになった笠松所属の地方馬、一番人気のレジェンドハンター。最初は落ち着かない様子ではあったものの、レースの時が迫るにつれ冷静になったのだ。

 

 

「セキト、気合はバッチリだね・・・痛っ・・・?ああ、なんでもないよ、大丈夫」

 

我らがセキトバクソウオーも、鞍上と共に静かに闘志を燃やしているが、その鞍上の様子を心配している。本人の言葉でまた輪乗りに集中し始めたが、やはり相棒の異変を気にしているようだ。

 

 

鞍上たちが出走各馬の最後のチェックとケアに追われる中、ゲート脇にヘッドセットを付けた男性の姿があった。競馬番組のレポートのため現地を訪れた右野(うの)(いつき)アナウンサーである。

 

そのインカムに競馬場の中の実況席から黍原(きびはら)の声が届く。

 

『1コーナーのポケット、スタート地点には右野アナウンサーがいます。右野さーん』

 

『はい、えー、3歳ですけれどもすべての馬が、つややかで、仕上がってるなぁ、と。立派な馬体をしていると思います。一番人気のレジェンドハンターはちょっとソワソワしてましたが2、3分前に落ち着きました』

 

打ち合わせ通り、輪乗り中の出走馬について主観で述べていく。

 

『そして11番、エイシンコジーンが芦毛ながらすごくいい馬体をしているなと感じましたね』

 

『なるほどねぇ〜』

 

『はい』

 

黍原との他愛のないやり取りの最中、スターターが台へと上がり、馬の横顔をモチーフにしたロゴのカゴが持ち上がると同時に赤旗が高く振られる。

 

『さぁ今スターターがスタート台に着きました。XX99年、グレード1のファンファーレも、ラスト3週のカウントダウンです!』

 

ウィナーズサークルの中で出番を待っていた楽団が、待ってましたとばかりに息を吸い込み、高らかにファンファーレを吹き上げだした。

 

♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜

 

♪♪♪♪〜♪♪♪♪〜

 

♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪ 

 

♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜〜〜

 

♪♪♪♪〜

 

 

 

 

「わああああああああああ!!」

 

 

『ファンファーレと、大勢のお客さんの大歓声が、空に吸い込まれていきました。ゲート入りが始まっています』

 

ゲートにエンドアピール、マチカネホクシン、サクラデインヒル、と奇数番の馬たちが収まり、偶数番のセキトバクソウオーから順に収まっていく・・・その最中だった。

 

競馬場に大きなどよめきが広がった。

 

 

「おっと!」

 

『おぉーっと!?10番エイシンプレストン幸長福一、馬を降りていますけども・・・ちょっとゲートインの際に?』

 

エイシンプレストンがゲートを嫌い、急停止したせいで騎乗している幸長ジョッキーが馬から振り落とされてしまったのだ。

 

「こら、プレストン。ゲートに入らないと」

 

幸い振り落とされたと言っても足から着地できる姿勢であり、怪我も無かったのですぐさまエイシンプレストンの背に戻る。

 

『え、えー。幸長ジョッキー、エイシンプレストンに・・・乗りましたね、大丈夫そうです』

 

『ええ、大丈夫ですね』

 

その様に安堵する黍原と右野。エイシンプレストンが渋々といった様子でゲートに収まると、引き続きダンツキャストが誘導されていく。

 

『さぁまだまだキャリアの浅い馬たちです。それが収まりました。これは引っ張っていく馬、多そうですけどねー』

 

黍原の展開予想に、実況席の解説者が応じる。

 

『ん〜・・・他が行かなければレジェンドハンターが行くと思うんですけども、ダンツキャストもいますしねぇ。まー、ちょっと・・・早くなりそうかなって気もしますねぇ』

 

『最後にファイターナカヤマ収まりました』

 

そして、解説の間に15番ファイターナカヤマがゲートに収まったことで全16頭の枠入りが終わった。

間もなく異常なしと判断され、後はボタン一つで火蓋が切られるだけ。

 

 

スターターの指が、開放ボタンにかかる。

 

 

『ぜってぇ負けねぇ!』

 

 

『どんなにネバってモ、ゴールマエでヌイテやりマース!』

 

 

『笠松に・・・G1のトロフィーを持って帰るんだ!』

 

 

『やれるだけ・・・やってやる!』

 

 

各々の思いを燃やして、1600m先のゴールを目指して。

 

ーゲートが、開かれた。

 

 

『世紀末のクラシックG1神話の扉が!今開かれました!!』

 

 

 

 

 

『っしゃあ!』

 

「よしっ、良いスタートだよ!」

 

やったぜ。俺、3回目の出走にして遂にロケットスタート成功。いやー、調教で何回もやらされた甲斐があったわ。

 

って、感傷に浸る間もなく、俺よりも先に走ってるやつがいる!?

 

しかもガンガン飛ばしてるし、もう3から4馬身は開いてる・・・これは大逃げか!?厄介な奴だ!

 

『第51回朝日杯!先行争い注目です。さぁダンツキャストがもう行っている!ダンツキャスト飛ばして飛ばしてハナを切っていった!二番手には好スタートを決めたセキトバクソウオー』

 

えっと、大逃げ馬はどう対処すればいいんだったか・・・ん?足音が一頭、やたら近いぞ?

 

『3番手にはピタリとくっつくようにレジェンドハンター、前は3頭の体制です』

 

『考え中のところをごめんね、君を目標にさせてもらうよ!』

 

『ウェ!?』

 

竜胆(りんどう)さん!?」

 

「悪いな岡田とやら!これがオレとレジェンドで出した勝利への作戦や!」

 

前は大逃げ、それから俺のすぐ後ろに白いメンコの黒い馬、レジェンドハンターっていうのか!そいつが張り付いていてやり辛いったら無い!足を緩めれば前が楽になり、速度を上げたら自分が消耗してしまうし、レジェンドハンターの思うツボだろう。

 

やべぇ、これがG1、そう簡単には勝たせてもらえねぇってことか!

 

『その後ろ、4馬身から5馬身差開いた、4番手にサクラデインヒル、インコースにエンドアピールがいます。その外通ってファイターナカヤマ、そしてここに、中団にラガーレグルス。その隣に8番のグラスベンチャーが付けた。その外にノボジャック、インを通ってトップコマンダー』

 

どうやら俺たちから離された中団の頭数が一番多いらしい。後ろを振り返ろうにもレジェンドハンターが邪魔で、何も見えない!

 

「セキト・・・!?」

 

ジュンペーが心配そうに声をかけてくる。ああ、大丈夫だって、お前には無理させたくないんだ。

 

久しぶりのG1のせいだろう。さっきジュンペーが跨ったとき、いつもと雰囲気が少し違うように感じた。

それが悪い予感で無ければいいんだが。

 

『マイネルコンドル、札幌のチャンピオンが続いています!黄色い帽子にエイシンの勝負服、エイシン・・・プレストンが行っています、内側に芦毛の馬体、エイシンコジーン、ショウナンラルクが続く。そして6番のファミリータイズ・・・縦長の展開になりました!!』

 

早くも俺たち先頭集団3頭は、第3コーナーに差し掛かっていた。コーナーを利用して僅かに後ろが見えたが、ちょっと開きすぎだろ!それにこの感じは・・・まずい、脚を使いすぎたか!?

 

 

このままだと・・・タレ(バテ)る。

 

 

 

『さぁ12番のダンツキャストが引っ張る展開の中!3番手から、単独の二番手に上がろうかというレジェンドハンターです!』

 

「岡田ァ!ひょっとして、そいつマイルは持たへんとちゃいますか!?福島に行っとけば良かったかもしれんなぁ!」

 

『どうやら君に、マイルは長かったみたいだね。このレース、もらった!』

 

大得意の右回りのコーナーで、スピードは落ちていないはずなのに後ろにいたレジェンドハンターが軽々と俺を抜き去っていく。くそ!ここは一緒に上がって・・・。

 

「セキト、焦るな!コーナーを抜けたら仕掛けるよ!・・・っ?」

 

『・・・ジュンペー、分かった!』

 

悪あがきかもしれないが、ジュンペーの言葉に従い、直線に向けて少しでもと脚を溜める。でもジュンペー、ちょっと変じゃなかったか?

 

一方でレジェンドハンターは先頭を走るダンツキャストって奴にグングンと迫り、どうやらここから押し切りを狙うようだ。

 

 

『前の方の流れはかなり早いのか!レジェンドが動いていく!竜胆勝利が今!単独2番手から先頭に迫る!』

 

そろそろ後ろの奴らも仕掛けてくる頃だろう。

 

『さぁ後方からはラガーです、ラガーレグルスもこの前の轍は踏まずと4番手位まで上がってきている!』

 

直線を向いた。ここからが真の勝負だ。いくぞ・・・!?

 

「セキト、行くぞ・・・ぐっ!?」

 

『ジュンペー!?』

 

ジュンペーがヘルメット越しに頭を押さえたのが音で分かる。これは、まさか!?

 

 

『第4コーナーのカーブから直線向いて!さぁ早くもレジェンド先頭、レジェンド先頭!その後ろからオレンジの帽子ラガーレグルスも来ているぞ!』

 

『ジュンペー、どうしたジュンペー!?』

 

「くっ、うう!セキ、ト!大、丈夫!だ!行け!ゴールまで、どんなに、スピードが出て、も!しがみついて、やる、から!」

 

『・・・クソっ!』

 

やばい!ジュンペーの発作が出た!一秒でも早くレースを終わらせなければ、そう思ってストライド走法を繰り出そうとして、止めた。

 

今俺が全力疾走したら、ジュンペーはどうなる?

本当にゴールまでしがみつければいいが、もし手を離してしまったら?

 

 

・・・サラブレッドがスパートを掛けているときのスピードというのは、時速約60km。自動車に匹敵する。

瞬間的にはもっとスピードが出ている馬もいるらしいが、どちらにせよジュンペーは自動車にシートベルト無しで乗っているも同然だ。

 

「セキ、ト。どうした。ほら、早く・・・スパート、だ」

 

続々と後続に抜かれながら悩んでいると、ジュンペーが震えながら力なくムチを俺の視界に伸ばし、そのままムチを力なくターフへと落とした。

 

『う、うぁ』

 

なんだこれは。俺はどうするのが正解なんだ。

 

『ああああ・・・』

 

センセイ、朱美ちゃん、おっさん。・・・ジュンペー。教えてくれよ。

 

『うわあああああああああ!!』

 

誰か、俺に・・・教えてくれよ。頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

「ホクシン!行けえええええ!!」

 

『さっきドーチューでイチドもヨバレナカッタデース!このイカリ、ハラサデオクベキカー!』

 

『残り100を切った!マチカネホクシン!マチカネホクシン突っ込んできた!』

 

 

「レジェンドォォォォ!!行ってまえぇぇぇ!!」

 

『笠松の仲間に!ピッカピカのトロフィー見せたるんやあああああ!!』

 

『先頭レジェンドハンター!レジェンド粘る!地方馬の悲願達成まであと少しだ!』

 

 

「・・・っ、プレストンッ!!」

 

『・・・差し切るっ!!』

 

『内を通ってエイシンプレストン伸びてきた!!エイシンプレストン!』

 

 

『プレストンかレジェンドか!レジェンドかプレストンか!?プレストンか!プレストンだ!エイシンプレストン内からかわしたかわしたかわしたー!かわした所がゴール板ー!』

 

「そんな・・・オレとレジェンドが差し切られるやなんて・・・」

 

『・・・そ、そんな・・・』

 

「プレストン・・・っ!やったよ!僕達が勝ったんだ!」

 

『・・・や、やった、の?』

 

 

 

 

 

遥か前の方で決着が付いたのが見えたが、そんなの、どうだっていい!

 

 

 

ジュンペーが、ジュンペーが死んじまう!!

 

 

 

 

『3着はマチカネホクシン・・・っと、何だ!?5、6番手の当たりから・・・セキトバクソウオー!?すごい勢いだ!?』

 

 

 

『あああああああああああああああ!!』

 

 

 

『うわ!?』

 

 

誰かが驚くような声がした気がするが、それよりも早く。早く速く疾くはやくハヤク!!もっと!もっと!!

 

 

「な、速い!!」

 

 

『うああああああああああああああああ!?』

 

 

どけ!どけ!どけ!どいつもこいつもどけ!ジュンペーがヤバイんだ!!

 

 

 

 

 

『セキトバクソウオー、エンドアピールをかわして4着でゴールインです・・・っと止まらない!?セキトバクソウオー止まらない!ゴール板を過ぎてもセキトバクソウオー、スピードを落としません!爆走しています!スタンドからどよめき!』

 

 

 

『どけ』

 

『ヒッ!?イ、イッツソー、ク、クレイジー・・・』

 

「ホクシン、大丈夫か?驚いたな・・・マイルまでの馬だと思ったんだが・・・あっ、ジュンペーさん!?」

 

 

 

『どけ』

 

『うっ!?・・・なんだ、さっきの馬じゃないか、それにしては雰囲気が全然違ったけど』

 

「レジェンド、大丈夫か?何やあいつは、危ないやつやな・・・っと、岡田の奴!?」

 

 

「っ、アイツ、なにをやってるんだ!?」

 

『セキトバクソウオー、大丈夫でしょうか・・・っと、スタンドの方から太島調教師が現れました。馬場に入って・・・これは・・・』

 

 

 

「セキトオオオオオぉぉ!」

 

 

「ヒン!?」

 

センセイの声が聞こえた。どこだ。後ろか!!

 

 

センセイ、マジでファインプレーだ!おかげでちょっとだけ冷静になったぜ!

 

 

ジュンペーを落とさないよう身を翻し、センセイの方に向かう・・・重さの掛かり方が違う。ジュンペー、気絶してるな。首にもたれ掛かるような体勢になってうまいこと引っかかってくれたらしい。ケツの方に倒れなくてよかった。

 

『おっと、セキトバクソウオー、ここで反対側、直線の方へ駆けて行って・・・ああ、今捕まりました。場内からは拍手が起こります』

 

 

「セキト!一体どうしたんだ?」

 

「ぶひぃんっ、ぶるるぉん、ぶふぉおおんっ!」

 

ジュンペーの異常をセンセイに伝えなくてはと、焦りから普段は出さないような声が次々と俺から発せられる。

 

首を回し、頭をジュンペーにこすりつけて、必死でセンセイにジュンペーの異常を訴えた。

 

「セキト?ジュンペーがどうか・・・ジュンペー!?おい、しっかりしろ!おい!ジュンペー!!救急車!救急車だ!」

 

よかった、伝わった!センセイが大声で救急車を呼んだからか、キツイサイレンを鳴らすことなく白い車体が直ぐにやって来た。

 

 

『セキトバクソウオー、調教師の声を聞いたからかどうやら落ち着いたようです・・・っと?これは・・・ああっ、セキトバクソウオーの鞍上、岡田順平!どうやら馬上で意識を失っているようです!』

 

 

実況の声に、スタンドから悲鳴が上がった。

 

 

『ジュンペー、しっかりしろ、大丈夫か』

 

救急隊とセンセイの協力で俺の背中から引き降ろされたジュンペーは、救急隊員さん曰く呼吸も脈拍も正常だが、やはり意識を失っていた。

 

「万が一があるといけないので、病院に搬送します」

 

「分かった」

 

救急隊の皆さんはぐったりしたままのジュンペーをストレッチャーに乗せて救急車に積み込むと、今度こそうるさいサイレンを掻き鳴らしながら病院に向かって走り出す。

 

 

『ジュンペー・・・』

 

「・・・いくぞ、セキト」

 

それを見送っていると、センセイが俺の手綱を握った。そうだな・・・次のレースがある。俺は帰らないと。

 

そう思って一歩を踏み出そうとした瞬間。

 

『あっ?』

 

急に全身の力が抜けた。腹や頭がターフに叩きつけられる。

 

「セキト!?」

 

センセイの声がする。ごめんなさい、ジュンペーに続いて俺までぶっ倒れて。

 

でも今はちょーっと寝かせて下さい。マジしんどいんです。もう無理っす。

 

 

「セキト、どうしたんだ、セキト!」

 

 

 

 

おやすみなさい。

 

 

 




はい、ジュンペーは失神、セキトは大暴走の末倒れるという恐らく現地観戦者にとってトラウマ級の朝日杯となりました。というわけで朝日杯の被害馬第2弾は影が薄くなってしまったこの馬で。後半は史実ネタバレ満載です。活躍しすぎてもはやおまけが本編。

今回の主な被害馬2号

・エイシンプレストン 鹿毛 牡

父 Green Dancer
母 Warranty Applied
母父 Monteverdi
 
・被害ポイント
史実通り優勝したが、新聞に載ったのはジュンペー



次回更新は金曜22:00予定です。

ー※以下史実ネタバレ注意※ー







・史実戦績
32戦10勝
朝日杯3歳ステークス(G1)
クイーンエリザベス2世ステークス(G1)
など

・史実解説
11月頭にデビューし2着になると、半月後に出走した二回目の新馬戦で一着。
そこから朝日杯に挑むと、先行するレジェンドハンターをゴール寸前で捉え、1着。G1馬となる。

年明けのきさらぎ賞は9着に沈んだが続くアーリントンカップ、ニュージーランドトロフィー4歳ステークスと連勝。その後骨折が判明し休養に入る。
復帰初戦は秋のスワンステークス。ほぼ最後方からレースを進めて上がり最速の末脚を繰り出したが6着。
マイルチャンピオンシップに出走したものの5着となり、4歳シーズンを終える。

年が明けて2001年、年齢は据え置かれた4歳のまま、京都金杯に出走したが15着に沈む。ダートを試すため根岸ステークスにも出たが12着、前の馬から6馬身差離される散々な結果だった。
その後中山記念、ダービー卿チャレンジトロフィー、京王杯スプリングカップ、安田記念と出走した後オープンの米子ステークスで1年2ヶ月ぶりに勝利。
続く北九州記念で1年3ヶ月ぶりに重賞制覇。
関屋記念3着を挟んで毎日王冠は接戦を制して1着。マイルチャンピオンシップもゼンノエルシドから僅差の2着と健闘した。
年末は香港マイルに出走、6番人気の評価を覆して優勝し海外G1馬となる。

5歳初戦は中山記念。60kgのハンデを背負って出走し5着。
次走はアグネスデジタルと共に再び香港の地を踏み、クイーンエリザベス2世ステークスに出走すると、優勝すると同時に日本馬ワンツーを決めた。
この翌年もこのレースで勝利し連覇を達成したが、それ以外に勝利を上げることはなく引退。種牡馬入りした。

しかし産駒の中から重賞勝ち馬が出ることはなく、2019年、引退馬助成の対象となったことから種牡馬を引退し、余生を過ごしている。

・主な産駒
ケンブリッジエル 牡(母セイントセーラ) 67戦4勝
 シルクロードステークス3着


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

師走、ジュンペーの決断

ここまで特定の人物を掘り下げたことってないからしっかりできてるか不安だあ・・・。


頬を撫でる冷たい風。

 

一面の銀世界。

 

放牧地にぽつんと佇む俺、セキトバクソウオー。

 

 

サラブレッド牡3歳・・・なのもあと少し。朝日杯の後に倒れたけれど、別に死んでないよ?

 

ここは笹針の時もお世話になった関東の育成牧場だ。

 

 

あの朝日杯の後。馬運車に運び込まれた俺は意識のないまま獣医の診断を受けたらしい。

 

それで、肝心の診断結果は。

 

 

「先生、セキトは助かるんですか!?」

 

「うーん・・・これは・・・」

 

「これは!?」

 

「ただ眠ってるだけですね」

 

極度の疲労による睡眠。その結果を聞いた瞬間センセイは思い切りずっこけたらしい。

 

正に泥のように眠った俺はそのまま眠り続け、翌日の昼くらいに目を覚ますとあとはもういつも通り。カイバだって完食。強いていえば新馬戦以来のコズミがピキピキと辛かったくらいだな!

 

その後なんやかんやまた倒れられては困ると放牧になった俺は、春に備えてゆっくりさせてもらってる。今回は馬体の成長を促す目的もあるらしい。

 

そうそう。ジュンペーのことなんだけど、アイツもその日の夜には目を覚ましたそうだ。

本当によかった、また一緒にレースに出るのが楽しみだ。

 

『はぁー・・・ジュンペーが無事で良かったよ』

 

ジュンペーの無事が確認できたのにほっとし過ぎて、俺は銀世界だという事も忘れて地面に座ろうとした。

 

『ん・・・ちべたぁいっ!!?』

 

そして、雪が冷たくて飛び上がった。

 

 

 

 

 

その頃、とある病院では。

 

病室のベッドで上半身を起こした岡田と、その側で椅子に座った太島が向かい合って話をしていた。

 

 

「センセイ、セキトは・・・」

 

「大丈夫だ、今は放牧に出ている」

 

岡田はほっと胸を撫で下ろした後、暗い顔で言う。

 

「落馬の後遺症としか言えないそうです。検査しても特に異常はないって・・・」

 

「ああ」

 

岡田の言葉に頷く太島。

 

「医者は完治するかどうかは分からないけれど、投薬治療がある・・・けど、治療に時間が必要だって・・・!」

 

一時的にしろ引退するにしろ、騎手の仕事を辞めて治療に専念しなさいという医者からの通告。それを受けた岡田は、非常に揺れていた。

 

「ジュンペー、お前はどうしたいんだ」

 

渋る岡田に、太島はそう尋ねる。

 

「・・・セキトとG1、取りたいです。けれど今の僕じゃ、ただの足手まといだ!」

 

岡田はそう吐き捨てるように言った。すると。

 

「そうか、じゃあ乗り代わりだな」

 

太島はそう言って代わりは誰がいいかと思案し始めた。

 

「!?」

 

「何を驚いてるんだ。自分から足手まといと言い出す騎手より、結果が出る騎手に変えるのは調教師として当然だ、事情を話せば天馬さんも分かってくれるだろう」

 

「僕は」

 

太島の発言に衝撃を受け、しかし大舞台であんな醜態を晒しただけでなく、頭痛に振り回されて跨っていた馬の能力を引き出すことすらできなかったのは紛れもない自分であるという事実は動かせない。

 

抱えた思いが胸につかえ、岡田自身の言葉を奪う。

 

「その気持ちが本心なんだろう?かまわん、どうせ誰も聞いてないんだ」

 

岡田のその様を見た太島は、そっとほほえみながら言った。

 

「・・・! 僕は、僕は・・・!」

 

拳を握りしめ、思いの丈を懸命に絞り出す岡田。

太島は急かすことなく、じっと、ずっと、岡田自身の言葉が紡がれるのを待った。

 

「セキトから、降りたくない・・・」

 

やがて、岡田の口からぽつりと一つ紡がれた言葉はそのまま糸となって思いを引きずり出したのだった。

 

 

 

 

 

「今更なんですけど・・・本当にセキトの背にいるのは僕で良かったんですか?太島センセイなら丘本さんとか、もっとすごい方とも繋がりがあるのに」

 

思いの果て、最後に紡がれたのはネガティブな言葉であり、それを聞いた太島は大きく息を吐く。

 

「そういうことじゃないんだがな・・・」

 

「へ?」

 

「まあ聞いてくれ、ある冴えないホースマンの昔話だ」

 

そんな岡田を見かねて、太島は話を始めた。

 

 

 

「オレには親父が二人いる。生みの親父と、もうひとりは、馬主の親父さんだ」

 

プライベートな場で気を使う必要もないせいか、太島の一人称は普段の粗野なものになっている。

 

「・・・はい」

 

太島の言葉に頷く岡田。

 

「生みの親父にはまあ随分と迷惑をかけたよ。チビの時から馬に触れ合ってたもんだからいつの間にか自然と騎手を目指しててな。それで身長を伸ばしたくなくて、タンスの中で眠ったり、足が大きくならないよう包帯で縛ったり、色々とやった」

 

「め、滅茶苦茶ですね・・・」

 

岡田はちょっと引いたように答えたが、太島は飄々とした態度で返した。

 

「ああ。滅茶苦茶だ。今でこそそう思うが、それだけ昔のオレは必死だったんだろう」

 

「必死・・・」

 

岡田は考えていた。果たして落馬後の自分の騎乗は、かつて一つ一つの勝利に飢え、燃えていた頃のように「必死」であったのだろうか。

 

「それで、馬主の親父さんにはもっと迷惑をかけた」

 

「えっ!?」

 

「馬主の親父さんはオレがまだ騎手、それもアンちゃんだった時代、面倒を見てくれたセンセイの所で出会ったんだ」

 

「センセイのセンセイ、ですか」

 

「ああ。そこにその時一頭だけ馬を預けていたのが馬主の親父だ」

 

「サクラ」の冠で知られるそのオーナーは、外国人であった。しかし日本に少しでも馴染めるようにと日本人に馴染み深い桜の名を会社に付け、そこから馬の冠名としたと言う。生前重用していた太島に迷惑がかかるなら日本に帰化すると言い切ったことも有名であった。

 

「親父は自分の馬をほとんどオレに託してくれたんだ。イワイ、ショウリ、ユタカオー・・・みんないい馬だった。乗ってたのがオレじゃなかったらもっと勝っていたかもしれないくらいにな」

 

「そんなのタラレバですよ」

 

「そうかもしれん、ただ、その頃のオレは調子に乗って、取り返しのつかないバカをやった」

 

岡田のセリフに軽く笑った後、太島は真面目な顔になって言った。

 

「今でも後悔している・・・オレは、親父を裏切って別の馬主さんに付いたんだ。そして、その時乗っていた親父の馬の主戦を降りたんだが・・・その馬が、サクラスターオーだ」

 

「サクラスターオーってあの二冠馬の!?」

 

「そうだ。それからしばらくして親父と復縁できたが、その時にはスターオーはいなくなっていた。せめて子供には乗りたかったが・・・仕方ないな」

 

懐かしむような、惜しむような、そんな表情を太島は見せる。

 

「そんな・・・」

 

「タラレバっていったのはお前だぞ。それからも親父はチヨノオーやホクトオー、チトセオーと沢山のサクラ軍団の手綱を任せてくれた」

 

岡田の発言を揶揄りつつも、太島は更に続けた。

 

「それから数年が経って・・・親父が亡くなった。その時、スプリンターズステークスで乗ることになった馬が、バクシンオーだったんだ」

 

「セキトの父親ですね」

 

「ああ。あの時はもう必死も必死だった。何としても勝つんだ、親父に勝利を届けるんだってな。結果は勿論並み居る強豪を抑えて1着だ」

 

「それから騎手を引退して、調教師になって、バクシンオーとスターオーの妹の仔がウチにやってくるって聞いたときはどんな運命の巡り合わせだと思ったよ」

 

「それが、セキトバクソウオー・・・」

 

セキトは父のサクラバクシンオーのみならず、父父ユタカオー、父母ハゴロモ、母ロッチヒメ、母父ショウリ、そして母母スマイルと6頭もサクラと名のついた馬の血を引いている。

 

太島にとっては何が何でもG1を取らせたい馬であると言っても過言ではないだろう。

 

「そうだ。それがもしかしたら重賞を、下手をすればG1を取れるかもしれない力を見せてくれたんだ。こっちとしても自然に力が入る」

 

「そんな大事な馬を、僕は走らせることができなかったんですよ・・・!」

 

「岡田、そんなに気負うな。セキトが死んだわけでも無いし、人は誰かに迷惑をかけなきゃ成長できな・・・聞いてないな」

 

昔話を終えた太島は、今度は後悔で俯く岡田を見ながら語り始める。

 

 

「確か調教師になったばかりの頃だったな。西に遠征した時に、馬に乗れない騎手がいるって聞いたのは」

 

太島の言葉に岡田がピクリと反応した。

 

「しかもそれがアンちゃんだとかじゃなく、G1を取ったこともある奴だって聞いて驚いたもんだよ、一体どうしたんだって。落馬だと知って納得したが」

 

「・・・僕のことですよね?」

 

わざと「誰か」に聞かせるようにセリフを選んだ太島を、岡田は軽く睨む。

 

「さあな?でだ。その時オレは思い出したんだ。誰の言葉だったか『調教師ってのは馬だけじゃなく、人も育てなきゃならない』って言葉を」

 

「人、も?」

 

岡田が意外そうな顔をしたのが面白かったのか、太島は「くく」と少し笑ってから続けた。

 

「ああ。馬ばかりに集中するのも悪くないが、騎手だって、助手だって・・・厩務員だってそうだ。極論ではあるが皆が皆、一人の優秀な人材に集中して、他の奴に同じことができないからって何も教えなかったらどうなるか分かるか、ジュンペー」

 

「・・・!その人が引退した時に・・・!」

 

その事態を想像した岡田の表情に、太島は力強く頷いた。

 

「そうだ。そうならないためにも、常に人も馬も育てるのが調教師という仕事なんだとオレは思っている」

 

太島の信念は理解したが、同時に岡田は一つの疑問を投げかけた。それは今までずっと疑問に思いながら、答えが恐ろしくて聞けていなかったこと。

 

「そ、そうだとして・・・なんで僕だったんですか?僕みたいな手綱もろくに握れなかった、騎手として終わる寸前だった僕を、その、拾って、くれたんですか?他に新人だっていたのに」

 

これから先、いくらでも伸びる可能性を秘めた新人では無く

何故落馬の後遺症でボロボロになった自分だったのか。

 

「・・・恩返し、のつもりかもしれんな」

 

「恩、返し?」

 

ぽかんとした表情になる岡田。太島は空を見る。

 

そして目を閉じれば、あの日。関西の競馬場で大差のシンガリに敗れた岡田に話しかけた時を思い出す。

 

検量室の片隅で捨てられた人形のようになっていた一人の男を見て、なぜだか声をかけられずにはいなかった。

 

 

『おい、そこの年食った元アンちゃん。家に来い』 

 

『え、へっ、僕・・・ですか!?』

 

『アンタ以外に誰がいるんだ。オレは太島昇。美浦で調教師をやってる、開業したばかりで人が足りないんだ』

 

『太島さん・・・調教師!?』

 

『ああ。家に来たら、攻め馬はやらせてやるし、朝昼晩、3食塩むすびぐらいは出してやれる。で、どうする』

 

『え、えっと。僕、馬に乗ると体が震えて頭痛が起きるんですけど・・・』

 

『なんだ、優柔不断だな。オレが聞いてるのは来るのか、来ないのかだ。今ここで、すぐに。ハッキリさせるんだ』

 

『あ・・・い、行きます!行かせてもらいます!僕は岡田順平です!よろしくお願いします!』

 

 

もうだいぶ前になるんだよな。と思い起こしながらも目を開けて、岡田を見やった。その時と比べたら、今の顔は随分と生き生きしている。

 

まさか、西の騎手であったことを知らずに誘ったために所属変更させることになっていたと知ったときは流石に悪いことをしたと思ったものだが、やはり間違いではなかったと太島は頷いた。

 

「大変なものを抱えた手の掛かる奴を立派にして、世話を焼かせた親父たちに報いたいのかもしれない。と今思ったんだ」

 

「今ですか!?」

 

岡田はその発言に、柄にもなく思わずツッコミを入れてしまう。

 

「今だな。というか今までなんでお前を拾ったかなんて考えたこともなかった」

 

「考えたことも!?」

 

「あの時ピンと来たんだよ。拾うなら、こいつだって」

 

「そんな、犬か猫みたいな」

 

ああ。なんてことだ。数年間ずっと悩んでいた自分が情けなくなってきた、と呆れたように肩を落とす岡田に、太島は額を掻く。

 

「しょうがないだろ、本当にピンと来たんだ。何が起きてもお前は手放さない。それに」

 

そのまま椅子から立ち上がり、窓を開けながら言い放つ。

 

 

「一度終わったって思われた奴が復活した方が、面白いだろう?」

 

 

「復活・・・復活か」

 

その言葉を聞いて岡田は何かハッとしたようだった。太島もそんな岡田を見て頷く。闇を吹き消す様に心と頬に冷たい、すっきりした風が吹き抜けていった。

 

「待ってるぞ、ジュンペー。オレ以上に、セキトだって待ってる」

 

「セキトが・・・」

 

「一緒にG1、取りたいんだろう?」

 

「はい」

 

太島の問に、岡田はまっすぐに答えた。

 

「だったら尚更だ。今からなら、4歳は無理でも古馬になってからなら間に合うかもしれん」

 

「センセイ!それは・・・」

 

「大丈夫だ。いない間に除名したり、急かすなんてことはしない。ただ、ひたすらに待つ。もしお前が戻ってこなくても、引退のその時までな」

 

太島の眼差しはまっすぐに岡田を見据えていた。

嘘はつかない。そう宣言するような強さのそれを見た岡田は、深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます!」

 

「その間、セキトは乗り替わりだな。もしかしたらお前が戻ってくる前に引退するかもしれんが」

 

「間に合わせるように・・・いや、間に合わせてみせます!!」

 

「よし!よく言った!」

 

力強い言葉を聞いた太島は、右手で岡田の背中をばしんと叩いた。

 

「行って来い、ジュンペー。そして、必ずセキトのところに帰ってこい」

 

「はい!」

 

岡田の瞳は、太島が病室を訪れた時の影は跡形もなく消え去り、新たな目標を見つけたことで輝いていた。

 

自らを蝕む病を打ち払って、100%の力で赤き駿馬と直線を駆け抜ける。そんな目標が。

 

 

迷いは、もう無い。

 

 

 

 

 

そして、約2ヶ月後。

 

『ジュンペー、あれ?ジュンペー!どこだー?』

 

「ああ、ジュンペーを探してるのか。残念だが・・・彼は少なくとも半年は帰ってこないぞ」

 

『ふぁ!?』

 

4歳になり帰厩し、調教に赴こうとしたセキトに告げられたのは、突然の宣告だった。

 




ジュンペー、しばしの別れ。果たして乗り代わりは誰になるのか。

次回更新は月曜日22:00予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 若き馬主と掲示板

ゲリラ的2話更新!ですが、これは掲示板形式の練習に書いたおまけのような短めの話です。思いつきなのでクオリティも低め。
本編は一つ前の投稿になります。
この当時はこんな感じの書き込みではなかったと把握しておりますが、こっちの方が書きやすいので勘弁してください。


某日、深夜。

 

「うーん、終わっ・・・たぁーー!」

 

もうじき年の瀬という時勢ながら働く人が足りないといわれ、オフィスのデスクで今日の仕事を終えた朱美は思い切り背を伸ばした。もちろん会社には賃金の増額を取り付け済みである。

 

父親の資産で馬主にはなったが、それを頼りにされては困るとセキト関係以外の金は自分で稼げというのが実次の方針で、朱美自身が実力で入ったのがこの会社であった。

 

「ふぅ、今日もハードでしたなっと。あっ、そうだ」

 

書類の作成に使った資料やペン、メモ帳などを片付ける傍ら、ふと最近出来たというインターネットの匿名掲示板に、競馬の話題を扱うものがあると同僚に教えてもらったのを思い出した。

 

「ちょいと見てみますか・・・お、これこれ♪」

 

カタカタ、カチカチと職場のパソコンを拝借し、操作して教えられた通りのサイトを見つけると、迷わずダブルクリック。

 

その中でも興味を引くタイトルがあった。

 

「今年の朝日杯を語るスレ・・・?セキタンも出てたよね」

 

 

 

 

 

【みんなの】今年の朝日杯を語るスレ【トラウマ】

 

147:名無しの勝負師 ID:HWMzaJVMU

しかし今年の朝日杯は酷かったな。いやレース自体はよかったんだけども。

 

155:名無しの勝負師 ID:GSAIop2qr

>>147

ワイ、仕事で中継見れなかったんだけど何かあったん?

 

163:名無しの勝負師 ID:jzhXiFIm5

>>155

ジュンペーが救急搬送されて乗ってたセキトバクソウオーもぶっ倒れた

 

164:名無しの勝負師 ID:uw77CU5Su

それマ?

 

166:名無しの勝負師 ID:A/KIl25zp

マジも大マジ。次の日のスポーツ新聞は大騒ぎだったぞ

 

183:名無しの勝負師 ID:U3T+W7YkL

で、ジュンペーは無事なんか?

 

199:名無しの勝負師 ID:ONnUlDHSu

分からん。競馬界のこういう情報はなかなか表にでてこないからな

 

219:名無しの勝負師 ID:a/b9n97UT

そうなんだよな、競馬界って閉鎖的なのがホント駄目

 

228:名無しの勝負師 ID:0grcLOTbX

あの馬しばらく見ないなーって思ったら予後ってるか故障かのどっちかだと思ってる

 

246:名無しの勝負師 ID:sysoQMFWG

>>246

地方に行ってたってこともあるで

 

250:名無しの勝負師 ID:ze53FLEcT

地方っていうと2着のレジェンドハンターもどっかの地方馬なんだっけか

 

260:名無しの勝負師 ID:JUS4EgMX9

笠松な。オグリと同じところ

 

261:名無しの勝負師 ID:0aTAaWgrW

はえー。オグリと同郷なんか。そりゃ応援にも力が入っちゃうわな

 

263:名無しの勝負師 ID:Awb/VQdIt

ライデンリーダー「チラッ」

 

266:名無しの勝負師 ID:53Z1KuXqL

あなたは子育てに戻って、どうぞ

 

270:名無しの勝負師 ID:XKOE5D6Wj

それよりもオレは岡田騎手の安否が気になるな。全く情報が出回らないから心配だ・・・それからセキトバクソウオーも

 

280:名無しの勝負師 ID:9Ub+6ahQ0

ソースがないまま死亡説なんかも出始めてるしな

 

286:名無しの勝負師 ID:BoasQvjJp

>>280

えっ、あれデマだったん?

 

291:名無しの勝負師 ID:O0hJHNV6L

デマだよ、公式からそういうお知らせは一切出てない

 

 

 

 

 

「死亡説って・・・ジュンペーさん生きてるのになぁ」

 

馬主である朱美の元には、朝日杯の数日後には岡田が意識を取り戻し、セキトバクソウオーの体調も問題ないという連絡が届いていた。

 

改めて一般人と競馬関係者のネットワークの差を思い知った形だが、せめて岡田のことに関しては安心させてあげなければと掲示板に書き込むことに。

 

「えーと、『皆さんはじめまして、セキトバクソウオーの馬主です。岡田騎手は意識を取り戻し、無事であるとの連絡を頂いてます』、と」

 

 

 

 

299:名無しの勝負師 ID:ZlP26gYTf

皆さんはじめまして、セキトバクソウオーの馬主です。岡田騎手は意識を取り戻し、無事であるとの連絡を頂いてます

 

 

300:名無しの勝負師 ID:b8NxpOPLu

嘘乙

 

301:名無しの勝負師 ID:1vuonEuaT

>>299

嘘乙

 

302:名無しの勝負師 ID:bQqTt2uLH

>>299

ソースは?

 

 

 

 

 

 

「ひえぇ、ソッコーで嘘つき判定された!?一応本物なんだけどなー」

 

朱美はなるほど、と思った。

顔が見えないインターネット上のやり取りである以上、誰かがイタズラで広めた情報が真実として広まり、真実が偽物として消えていってしまうこともある。

 

これでは競馬関係者が本当の情報を書き込んだとしても埋もれてしまう可能性は高い。

 

「うーん、何か・・・本物の競馬関係者だって証明しながら情報提供する方法は・・・そうだ!」

 

ピコンと頭の上に豆電球が浮かぶが如く、妙案を閃いた朱美はちゃっかり会社のパソコンから掲示板の履歴を削除し、自宅へと急いだ。 

 

 

 

「パパ!ただいま!」

 

「おぉ、朱美、帰ったか・・・っていきなりパソコンに向かってどうした!?仕事の持ち帰りか!?」

 

「ううん、違うよ」

 

帰ってくるなりほぼインテリアと化していた自宅のパソコンを立ち上げた愛娘の姿に驚く実次。

朱美はそんな父親を見ることもなく、着席してパソコンを操作しながら言った。 

 

「あたし分かったんだ、一般の人と競馬に関わってる人じゃ、色んな情報のやりとりのスピードが全然違う」

 

「それはそうだろう」

 

それが当たり前であるといった反応をする実次。それに対し朱美はこう返す。

 

「今日ね、匿名の掲示板を見てきたんだ。セキタンやジュンペーさんのこと、一般の人は全然知らなかった。それだけならまだいいんだけど・・・ジュンペーさん、死んじゃったんじゃないかって噂が広がってたの」

 

「ぬ!?少し姿を見ないから死んだだと、それは少し酷いな」

 

「でしょ?」

 

実次も掲示板の内容について聞かされると少しばかり眉をひそめた。

 

「だからね、あたし決めたの」

 

朱美は一旦椅子から立ち上がり、そう前置いてから言う。

 

「競馬関係者が直接情報提供してくれる掲示板を作る!」

 

「競馬関係者が・・・直接・・・?それは厳しいんじゃないか」

 

実次はその言葉を否定こそしなかったが、難しいことである、と言い切った。

 

「ええ、どうしてさ!?」

 

「・・・あまり言いたくはないが、競馬関係者は自分のところの馬に関する情報は出したがらないだろう。今まで築き上げてきた信頼や、名声の関係でな」

 

「うぅ、そんなぁ」

 

朱美のパソコンを操作する手が止まる。

 

その様子をみた実次は、慌ててフォローするように付け足し始めた。

 

「だが、馬主自身が自分の馬の情報を公開するか否かは自由だ」

 

「馬主自身が、って・・・あ!」

 

朱美に電流走る。

そうだ、自分の馬なら、セキトバクソウオーに関することならば。

 

その情報をどこまで晒すかは、完全に自分の自由である。

 

 

「そっか、そっかあ・・・!」

 

それに気づいた朱美は、にぃーっ、とイタズラを思いついたような顔をしてから、言った。

 

「まず、あたしが・・・馬主自身が自分の馬の事を紹介する!それからそれが普通のことになるよう流れを作っちゃえばいいんだ!」

 

「うむ、理想は高いに越したことはない。だがそれは茨の道だぞ。大丈夫なのか」

 

娘の思惑を聞いていた実次は頷きながらも、それは容易ではないと警告する。

 

「大丈夫!こんなのパパっと紹介を作って、パパっと・・・」

 

不意に、朱美の動きが止まった。

 

「どうした、朱美」

 

それを不審に思った実次に問いただされると、朱美はギギギと音がしそうなほどぎこちない動きで振り返り、尋ねる。

 

「パソコンのサイトって、どう作るの・・・!?」

 

「・・・まずは、そこからだな・・・」

 

 

後日、本屋でパソコン関係の本を買った朱美であったが。

 

「ひえー!2進数はまだ何となくわかったけど16進数って何!?ソースコードって何ー!?」

 

 

その野望は、前途多難のようである。




流石にこれ以上朱美ちゃんの出番がないとまずいと思ったので、朱美ちゃんの話を書きました。
こういう閑話って書いたほうが良いのかな?

次回更新予定は月曜22:00予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

快走 クリスタルカップ

菊花賞のタイトルホルダーの勝ち方がセイウンスカイとほぼ同じと聞いて驚きしかない。騎手も得意分野が遺伝したりするのかなぁ。


冬の気配が去るのはまだまだ先な2月下旬。

 

俺は、あるレジェンドを背に坂路コースを駆けていた。

 

「ほぉ、いちょうステークスで当たったときからいい馬だと思っていたが・・・」

 

彼の名は丘本(おかもと)雪緒(ゆきお)。この世界における、あの2000勝ジョッキーにして七冠馬の戦友である。

 

『これは・・・これは・・・!』

 

初めて助手さんやジュンペー以外を背に乗せた俺だが、正直やばい。

 

『ひゃっほーう!!走りやすーい!』

 

「っ!なんて手応えだ!これが4歳か!?」

 

なにこれ走りやすい!脚は軽く弾み、蹄は力強く大地を蹴りつけ、首はこれでもかと沈んで推進力を生み出す。

 

悔しいけど、正直言ってジュンペーの時より身体が軽い。これがレジェンドの騎乗技術か!気ん持ちいぃー!!

 

 

 

 

「・・・ベストタイムですね。流石丘本さん」

 

坂路を登りきって、クールダウンの最中にセンセイが時計を知らせに来た。いい汗かいたぜ。

 

「いやあいい馬だね、この馬。このまま僕が乗ってればすぐにG1が取れると思うよ」

 

そう言うレジェンドの目には、隙あらば主なき鞍の上に跨ってやろうという魂胆が見えた。おお、怖い怖い。

 

「残念ですが、こいつの主戦はあくまでジュンペーです、馬主さんもそういうことで納得してますので」

 

センセイが少し申し訳無さそうに言うと、丘本さんは

「はは、ジョークだよ」と軽く笑った。いや、あの目は半分本気だったよね?

 

 

・・・ジュンペーは、俺が帰ってきたときには既に厩舎からいなくなっていた。

 

ショックだったけど、話を聞けば後遺症の克服の為に治療に集中するからとの事で、そういう事ならば行ってらっしゃいと言う他ないだろう。

 

期間も未定で、朱美ちゃんに説明するセンセイの口から少なくとも4歳の間は騎乗できないと聞いて本気なんだな、と悟った。

 

俺は男の決断を邪魔する気は無ぇ。

 

とは言え寂しいのは事実だし、数日間はついうっかり癖でジュンペーを探してしまったり、声が聞けなくてなんか調子が狂ったり・・・馬生初の熱発まで経験しちまった。

 

馬の本能に引っ張られていたのかもしれないが、人一人いなくなるだけでこんなになるなんて。成長したと思っていたけど全然、まだまだだったな。

 

俺も、身体だけでなく心の方を成長させないといけない。彼の人は生きているのだ。次に会う時には心も身体も立派な古馬になってやる。さらばジュンペー、また会う日まで。

 

 

 

 

「残念だなぁ。だったら次のレースでこの馬の弱点なんかも探らせてもらうとしようかな」

 

思慮にふけっていた俺は、丘本さんの発した冗談で現実に戻ってきた。

 

「・・・お手柔らかにお願いします」

 

そうそう、その丘本さんなんだけど、俺の次走での騎乗が内定している。とは言っても今回は同厩のサクラデインヒルが熱発してたまたま乗り馬がいなくなったからだ。

 

なにしろ丘本さんはレジェンド。重賞レースどころかG1にだって引く手数多なのである。レースが終わったら丘本さんは俺の背を去るだろう。

 

そして、肝心の俺の次走はクリスタルカップ。

あの「今週の クリスタルカップに 登録しています」のクリスタルカップだ。なんの事だって?分かる人には分かる。レース自体はこの時期としては貴重な短距離の重賞だ。

 

因みにリアルのクリスタルカップはディープインパクトが三冠を達成した2005年を最後に廃止されている。寂しいね。

 

センセイと丘本さんがそれは困りますよと談笑していると、目の前から見慣れた顔が歩いてくる。

 

『む、セキトではないか』

 

『よ、イーグルカフェ』

 

こいつ、年明けの京成杯で2着に入ったかと思ったら、2月の頭の共同通信杯で一着になりやがった。

 

中距離と短距離の番組数の違いとは言え、俺より遅くデビューした奴に重賞制覇を先に越されて複雑な気分だ。

 

『吾輩の次のレースはニュージーランド・・・なんたらというさらなる等級の競走だそうだ、セキト、貴様も重賞とやらを勝って早く追いついてくるがいい』

 

『言われなくても次のレースこそ勝ってやるよ、それからニュージーランドトロフィー4歳ステークスな』

 

『そうか、そうだったな、どうにも重賞という競走は名前が長ったらしいものが多くて覚え辛い』

 

イーグルカフェの奴、重賞馬になったからってちょっと得意になってる。歩き方とか特にゴキゲンだからな。俺には分かる。

 

それから熱で朦朧としてるサクラデインヒルがぶっちゃけてたんだよ。朝日杯の時ぶっ倒れた俺が運ばれてきて、一番ヒンヒン言って心配していたのはお前だって。

 

『・・・心配してくれてありがとな』

 

『なにか言ったか?』

 

『いや、なーんにも?』

 

馬耳でも拾えるかどうかくらいの小声で、こっそりお礼を言っておいた。

 

さあ、俺もクリスタルカップを勝って、重賞ウィナーになるぞ!イーグルカフェに置いていかれたままじゃいられねぇからな!

 

 

 

 

『好天に恵まれました中山競馬場、本日のメインレース、クリスタルカップのパドックです』

 

・・・という訳でやってまいりましたクリスタルカップ、中山芝1200m、G3。今日は朱美ちゃんの都合もついて、馬主席まで観戦に来てるそうな。

 

それから俺、なんと1番人気です。でも朝日杯のことが不安視されているのか2番人気の馬とはあんまりオッズが離れてない感じ。

 

その2番人気の子らしき牝馬が『今日はあなたが一番人気ですのね、ですが(わたくし)実力主義ですの、本当に強いのはどちらかしら?』なんて話しかけてきたんだけど、流星とか真っ黒な毛色とか『いやあ、美人だなあ』なんて感想しか無くて、それが思わず口に出ていたらしい。

 

『なっ、こ、ここは戦場でしてよ!?こんなところで私を口説こうだなんて・・・はっ、これも作戦の内!?』

 

いやいや、そんなつもりは毛頭無かったんだが。周りの奴らはヒューヒューなんて言って捲し立ててくるし。

 

とにかく2番人気の牝馬ちゃん・・・スイートオーキッドちゃんか。その子には強烈な揺さぶりになったようだ。

 

それからようやっと馬の目でパドックのモニターを見るコツを掴めてきた。さっき俺が1番人気って気づけたのもこのおかげ。

 

出走表はこんな感じだな。

 

①   (外)キンシストーン    56kg

②   (外)ラヴィエベル     54kg

③   (父)ツルマルアラシ    55kg

④   (外)アグネスデジタル   56kg

⑤   (外)エイシンデントン   55kg

⑥   (外)スイートオーキッド  53kg

⑦   (外)バーニングウッド   53kg

⑧   (外)トーヨーアリダー   55kg

⑨   (父)セキトバクソウオー  56kg

⑩   (父)パソリブレ      55kg

⑪   (外)クリストワイニング  55kg

⑫(父)(市)ダンツキャスト    55kg

⑬      タヤスアストレア   53kg

⑭   (外)ファイターナカヤマ  55kg

⑮      プラントタイヨオー  55kg

⑯   (父)ラブイズウイナー   55kg

 

 

って、マル外多いなおい!?しかも変態超神(覚醒前)いるし!?

4番のゼッケンを付けた馬をパッと見たら一見普通の栗毛馬だったけど、これが来年の秋にはオペラオーを差し切るんだからなあ。流石変態。

 

『えー、今年のクリスタルカップはまさにマル外とマル父の決戦といった様相となりました。マル父の5頭は3頭が、えー、サクラバクシンオー産駒、2頭がニホンピロウイナー産駒となっております』

 

え、マジ?スプリンターの血、恐るべし。

 

 

 

結局そのまま何事も無く返し馬、ゲート入り前の輪乗りと進んで。スイートオーキッドちゃんはまだ何やらブツブツ言っていた。黒くて分かりづらいけどちょっと顔が赤いような?

 

やがてスターター台から旗が振られ、G1よりも軽い調子のファンファーレが場内のスピーカーから流れ出す。

 

 

♪ー♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

♪ー♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

♪ー♪ー♪ー

 

♪ ♪♪♪♪ ♪♪♪ーー

 

 

「行くよ」

 

『あっ、ハイ』

 

そうこうしていると首筋に丘本さんの手が触れる感覚がした。いつの間にかゲート入りが俺の順番になっていたらしい。

 

 

「さあ、君の力、見せてもらうよ」

 

『がってん承知!』

 

ゲートに収まって、体制完了。

 

 

・・・今だっ!

 

『っし!』

 

「よし!」

 

ゲートが開いた瞬間、足を蹴り出して前に出た。

・・・よっしゃ、今日もロケスタ成功!

 

『第14回クリスタルカップ、全馬スタート致しました、好スタートはセキトバクソウオー、それを交わして飛び出して行きましたのはバーニングウッド、さらにダンツキャスト』

 

あっ!あの大逃げ野郎!また逃げるつもりか!今度は逃がさねぇぞ!

 

「! 大丈夫、大丈夫、焦らずに行けば、君の脚なら差しきれる」

 

・・・本当か?まあ、レジェンドの丘本さんがそう言うならここは引き下がりましょうかね。俺は位置を少し下げて1番の馬の隣に並ぶ。

 

というかよくよく見たら、先頭の二頭(ふたり)、お互い先頭を譲る気は無さそうだ。

 

『何よアンタ!ハナを切るのはアタシよ!』

 

『君こそ誰!?僕がペースを握るんだもんね!』

 

あーあ、ありゃどっちも潰れるぞ。バカコンビ結成かな?

 

「よし、落ち着いたね。本当に賢い馬だ」

 

一方俺は冷静さを取り戻したことで、丘本さんが感心していた。そりゃまあ中身は(元)人間だからな。

 

『3番手にいますのはキンシストーン、並ぶようにしてセキトバクソウオー、その後ろクリストワイニング』

 

俺の隣りにいる額にちょろっとした星がある奴と、後ろの栗毛の奴は初めて見る。キンシストーンに、クリストワイニングか。

 

『それにツルマルアラシが続く、並んでトーヨーアリダーとタヤスアストレア、ラヴィエベル、ここにいました、2番人気スイートオーキッド』

 

スイートオーキッドちゃんは中団。3、4コーナー当たりから差してくるつもりなのか?

 

『アグネスデジタル、エイシンデントン、ファイターナカヤマがいて、パソリブレ、ラブイズウイナー、シンガリにプラントタイヨオーです』

 

そして覚醒前の変態超神はその後ろ、と。

ペースは・・・早いな。でも不思議なことに朝日杯に比べると、全然疲れてる感じがしねぇ!

 

そのまま3コーナーへ突っ込んでいく。

 

『残り600を切った!ハイペース、ハイペースで流れております、前につけた馬は大丈夫か!?』

 

 

『ここは行かせてもらうよ』

 

4コーナーに差し掛かろうかという辺りで隣りにいたキンシストーンがスーッと上がっていく。

さあ丘本さん、どうする?

 

「(ここは・・・スイートオーキッドが来るまで我慢だな)」

 

持ったまましごかれる事の無い手綱がその答えだ。

はいよ、まだ我慢しますよっと。

 

『そろそろ行かないと負けちゃいそうだ』

 

そのまま後ろからツルマルアラシも上がってきて俺を抜いていった。丘本さんの指示は・・・まだだ。ちょっと脚がウズウズしてきた。

 

『第4コーナー回って、先頭はキンシストーン!2番手バーニングウッド、続いてダンツキャスト!クリストワイニングはムチが入っているが伸びないか!?』

 

『むー、りー・・・』

 

早くもクリストワイニングがバテているようだ。後ろの奴ら、どうか逆噴射に気をつけてくれ。

 

『はぁー、はぁー、なんてこと、するのよ、アンタのせいで!脚が、残ってないじゃない!』

 

『し、知らないよ!君が勝手についてきたせいで、ぼ、僕もバテちゃった、じゃ、ないかあー・・・』

 

あ、バカコンビも潰れた。なんとか粘ってはいるけど伸びることもなさそうだな。

 

そんな風に周りを見る余裕すら残していた俺の耳に、勢いの違う足音が聞こえた。

 

『これは・・・来たな!』

 

その足音の持ち主が、背後まで迫ってきていた。

 

『400を切って、ここで!スイートオーキッドがぐぐぐーっと!先頭と差を詰めてきた!!』

 

 

『スイートオーキッドちゃん!』

 

視界の隅に、漆黒の馬体が見えた。牝馬(女の子)でこの末脚。成程、一目置かれる訳だ。

 

『勝負ですわ!お覚悟はよろしくて!?』

 

『ああ、君との戦いに備えて、たっぷり脚を残しておいたぜ!』

 

スイートオーキッドちゃんは自慢の末脚を遺憾なく発揮して、じりじりと並んで来る。丘本さんは手綱を持ったまま。

 

『何を言っていますの!?あんなハイペースで先行していたあなたに脚が残っているわけ・・・』

 

「今だ、行くぞ!」

 

完全に抜かれそうになったタイミングで、彼女の言葉を遮って丘本さんのムチが俺のトモに飛んだ。

丘本さん、ごめん、今日は試したいことがあるんだ!

 

今日は、ストライドで仕掛けず全ての脚の蹴りが加速に直結する体制に。トリガーを引かれた銃から飛び出す弾丸の如く、俺はスパートをかけた。

 

いつもより地面を蹴る回数が多い・・・まずは、第一段階成功!一つ一つの蹴りを意識して、俺の走りはトップスピードへと急上昇していく。

 

「これは・・・ピッチ走法!?」

 

『ッ!・・・い、く、ぜおりゃあああああーーー!!』

 

『なッ!?』

 

さあ、残すは直線300m。

親父の・・・いや、俺の名前通りに、爆走してやる!

 

『残り300!先頭はキンシストーンだ!2番手ツルマルアラシ!しかしスイートオーキッドと、セキトバクソウオー並んで上がって、ここで丘本のムチが入る!後ろからはアグネスデジタル伸びてきた!』

 

『はああああぁっ!』

 

後ろからアグネスデジタルの気迫を感じる。が、まだ身体がそれに伴っていないのか一定以上の距離から近づいてくる気配はない。

 

 

『セキトバクソウオーとスイートオーキッド、並んだままツルマルアラシ、そしてキンシストーンを交わしてトップ争い!』

 

『負け、ませんわあああああ!』

 

スイートオーキッドちゃんがハミをガツンと噛んで、もう一度伸びてくる。

 

『この、負ける、かあああああ!!』

 

こっちも負けじと、走り方をスピードを乗せるためのピッチから、スピードを維持するためのストライドへと・・・切り替わった!やったぜ!

 

調教でもまだ成功率そんなに高くないんだよなこれ!具体的には・・・体感2割くらい?低すぎィ!

 

「ストライド走法に変わった!?」

 

『何なんですのそれは!?』

 

いきなり俺の走り方が変わったことで、丘本さんもスイートオーキッドちゃんも驚いている。

 

一頭の馬が複数の走法を使い分けるなんてのは、記録が残っている限りセクレタリアトくらいなものだろう。

俺は人の頭があるからこそ出来たのであって、はっきり言ってズルをしているに等しいと思う。

 

しかしそれは唯一の武器にもなりうると言うこと。

ジュンペーが帰ってくるその日まで、更に強くなるために。

 

かつて1歳だった頃の俺が思ったことを、実行に移すことにした。

 

『ピッチ走法で加速』し、『ストライド走法でそれを維持』する。名付けて二段ロケット作戦!

もう、走り方の適性とか関係ねぇ、何としても身につけてやる!

 

今日の成功はたまたまだし、そもそものストライドの幅が普通にスパートした時より狭いように感じる。

けれど、これを自由自在に扱えるようになれば。俺は、更に速くなれる!

 

『そ、そんなの・・・あんまり、ですわ・・・』

 

「オーキッド!」

 

ゴール手前で、スイートオーキッドちゃんの脚が鈍った。どうした、俺はまだまだ行けるぜ?

 

このレース、貰った!

 

『オラアアアアアアアアア!!』

 

「そうだ!行け!」

 

丘本さんからダメ押しの一発。

 

『スイートオーキッド苦しいか!セキトバクソウオー抜け出した!セキトバクソウオーだ!セキトバクソウオーで決まったか!セキトバクソウオー!ゴールイン!』

 

俺は、スイートオーキッドちゃんを1馬身置き去りにして、そのままゴールを突き抜けた。

 

 

『1着セキトバクソウオー、2着に1馬身差スイートオーキッド。以下キンシストーン、アグネスデジタルと続いています、勝ち時計は・・・』

 

やった、やったぞ。このレースはG3だが、立派な重賞競走である。

つまり俺は、俺が、重賞馬。ステークスウィナーだ。

 

 

 

「やったな・・・全くすごい馬だよ、君は」

 

『へへ、どうもー』

 

スピードを緩めながら丘本さんが首筋をポンポンと叩いて褒めてくれる。

 

けれど、初めての重賞勝利に浮かれていた俺はその手が微かに震えていた事に気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

「(何だこの馬は、馬体を見る限り本格化前なのにこの脚、そして変化する走り・・・古馬になったら一体どうなってしまうんだ)」

 

名手丘本の震え、その正体はセキトバクソウオーの馬体が未熟であることを見抜いた上で、将来の姿を想起した時に生まれた畏怖と期待であった。

 

「(スプリンターズステークス、高松宮記念・・・いや、そこにすら収まらないか?)」

 

今日は一番人気であったが、正直2着か3着になれればいいと思っていたのだ。それが未熟な状態で、完成したレースをした相手に完勝してしまった。

 

重賞の常連どころか、G1だって。本格化の暁には、手がつけられない可能性すらある。

 

「セキタン、お疲れ様ー!今日もかっこよかったよー!」

 

「ひひぃん」

 

今は無邪気な様子で馬主に甘えているが、しかし中身は怪物そのものじゃないかと丘本は思った。

 

彼の父親であるサクラバクシンオーも走りに前向きすぎて制御が利き辛い馬だったと聞いているが、こいつは違う。あくまでも冷静にレースを運び、直線で業火の如く燃えたぎる。まるで、レースとは何かを分かっているような馬。

 

「(セキトバクソウオー・・・こいつは、父親を超えるかもしれない)」

 

赤地に金文字の優勝レイを肩にかけ、どこか誇らしげに口取り写真に写るセキトバクソウオーとその関係者とは裏腹に、丘本の表情は一応笑顔ではあったがどこか引きつっていた。

 




セキト、初重賞制覇。
だんだんバケモノじみてきましたが、転生馬なのでこのくらいは、ね?

次回更新予定は水曜22:00です。
ひょっとしたら掲示板ものの番外編になるかも?

・今回の主な被害馬

・スイートオーキッド 牝 青毛

父 Gone West
母 Kenbu
母父 Kenmare

・被害ポイント
クリスタルカップ優勝→クリスタルカップ2着

・史実戦績
14戦3勝

・史実解説
1999年10月、東京の芝1600の新馬戦でデビューし3着。
その月末にダート1400の未勝利戦に出走するも2着。
11月に入り再びダート1200に出走して初勝利を飾った。

12月の黒松賞(500万下)に出走し2着に入ると、2週間おきのハイペースで500万下に2回出走し共に2着。
1ヶ月間隔を開けたきんせんか賞(500万下)で勝利を上げてオープン入りを果たした。

そのままの勢いでクリスタルカップに出走するとここでも1着となり重賞ウイナーとなったが、以降は6戦して勝利を上げられず、翌年10月の京洛ステークス(1600万下)12着を最後に引退した。

その後は繁殖牝馬となり7頭の仔を残したが、今のところ子孫から大物は出ていない。

・代表産駒
ヘイアンレジェンド 牡 96戦11勝(中央21戦2勝)
 主な勝鞍 サラ系3歳上500万下

   


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

快走、そしてその反動

セキト、再び治療?を受ける(約7ヶ月ぶり2回目)。




重賞制覇。それは一握りの競走馬にのみ許された勝利の美酒であり、更なる戦いの幕開けを知らせる出来事でもある。

 

のだが、めでたく重賞勝ち馬となった俺は今、それどころじゃなかった。

 

『ぐぅううう・・・痛い、んだけどなんか違うような・・・なんだこれは・・・』

 

クリスタルカップのレース後、美浦に帰ってきたはいいんだが、問題はその数日後の今日。俺は謎の脚の痛みに襲われていた。

 

『コズミ・・・じゃあないよなぁ』

 

なんというか、筋肉の痛みじゃない。足の中心、骨?なのかな、そこがギシギシギリギリと軋むように痛いって言えば分かるだろうか。

 

「セキト?どうしたんだい?」

 

『馬口さん、なんか脚が痛てぇんだよ』

 

「ハ行してる・・・脚かな?ちょっとセンセイを呼んでこないと」

 

調教の為に一旦は馬房を出た俺だったが、馬口さんがすぐさま異変に気づいてくれて、俺を馬房に戻してからセンセイを呼びに行った。

 

「どうしたんだ」

 

「なんだかセキトが脚を気にしているみたいでして・・・一応獣医に見せたほうがいいかと」

 

「ちょっと歩かせてもらっていいか?・・・ふぅむ、確かに痛がってるな」

 

やってきたセンセイも、俺の歩き方のぎこちなさが気になったようだ。

 

「獣医には連絡を入れておくからそのまま連れて行ってくれ」

 

「わかりました」

 

センセイの判断でそのまま医者送りになった俺は、トレセンの中にある診察施設の前で順番を待つことに。

 

『検査なんて数年ぶりだな・・・』

 

あーやべ、人間の時の定期検診を思い出してなんか緊張してきた。

 

 

「次の馬は・・・っと、あっ、セキトバクソウオー!この間はおめでとうございます」

 

『おぉ!?』

 

やがて施設の中からひょっこり顔を出したのは、あれ!?女性の獣医さんだ、珍しいな。

 

「これはどうも。(もり)さん、こいつがどうにも脚を痛がってるようでして・・・」

 

森さんっていうのか。小柄でメガネが似合ってて、中々かわいい人だな。

 

「ええ、さっき太島センセイから連絡がありました。レース後の、今日からこの症状が出たんですよね?」

 

「そうです、レースの翌日にコズミが出たことはありますけど、数日経ってから、しかも脚をいたがるなんていうのは初めてですよ」

 

そういえば馬になって此の方、脚を痛めたことなんてなかったなと思い出す。インブリード?だっけ、血が濃い割には頑丈なんだよな、俺。

 

「そうですか・・・恐らく軽症だとは思いますが、念の為にレントゲンも撮っときますね」

 

「よろしくお願いします」

 

おー、馬になって初のレントゲンだ。一応写るのは文字通り馬の骨だよな?ほんのちょっとだけ心配だ。

 

診察室に入った俺の鼻に、つんとした薬品のニオイが刺さる。うわ、これは慣れてない奴は辛いだろうな。

 

「まず触診から行きまーす・・・ほい、ほい、おっ、ここ、とか、腫れてます、ね」

 

『痛っ!?』

 

「うわっ!?」

 

森さんは俺の脚をあちこち触りながら呟いている。流石に痛いところを触られたときはビクッとして脚を上げてしまったが、森さんは「ごめんねー、痛かったねー」とフォローもお手の物。

 

「・・・はい、大体分かったんでレントゲン行きますね、そこの機械の前に立たせてください」

 

指示された機械は、白くてバカでかい。なんか人用の奴と似てるなーと思ったけどレントゲンはレントゲンなんだから構造の弄りようは無いか。

 

「はーい、じっとしてー・・・いい子ー、もう一枚行くよー」

 

なんか小児科を受診してるような気分になってきた。人基準の一説では馬の知能は5歳前後って言われてるらしいから間違いではないのかもしれないが。

 

ピピッ、と一昔前のデジカメみたいな音と共に、まずは左右から一枚ずつ、続いて前から一枚、ついでに後ろからも一枚。

 

それを4つの脚全部で行うんだから大変だ。俺だからスムーズに終わったが、これを普通の馬でやろうとしたら・・・うん、森さん、マジお疲れ様。

 

 

「はい、終了です、お疲れ様ー」

 

いやいや、こちらこそありがとうございましたと頭を下げたら、「んん?この子ひょっとして、言葉分かってる・・・?」と訝しまれた。

 

あ、やばい。かわいいってのは撤回するわ。この目は実験動物を見る目だ。興味の対象となったら最後なやつ。

 

「森さーん、次の馬が来ました」

 

「あ、はいはーい」

 

ぎょっとしたものの、次の馬が来たらしく森さんはその対応で入り口の方に歩いていった。お陰で俺は難を逃れ胸を撫で下ろす。うん、あの人がなんでハードな職業である獣医をやれてるのか分かった気がする。

 

「セキト、お疲れ様」

 

『あ、馬口さん、それくれんの?・・・うめー』

 

俺は馬口さんから診察中大人しくしていたご褒美にリンゴを貰ってもぐもぐ。甘くて美味い。ニンジン以上じゃないかこれ?

それはさておき・・・俺の脚、重症じゃないといいな。

 

 

その数時間後、厩舎でリラックスタイムを満喫していた俺だったが、診断結果が届いたとの馬口さんの声が。早速耳を立ててセンセイとの話を盗み聞きだ。

 

 

「・・・というわけで骨自体に異常はないが、両前脚の管骨前面に炎症と見られる腫脹の所見が見られる・・・骨膜炎でしょうということです」

 

「つまるところ・・・ソエということか」

 

あー。成程。ソエか!道理で痛い訳だ!

 

確か完全に骨格が出来上がる前の馬に強い負担がかかると発症してしまうダビ○タなんかでもおなじみの故障だったはず。

 

まあその某ゲームでも最悪数ヶ月間厩舎で放って置けば大体治るように、さほど気にするようなもんじゃない。

 

それと、ソエを引き起こした原因なら心当たりがありまくりだ。ほぼ間違いなくこの間ラストスパートに使った二段ロケット走法の弊害だろう。

 

うーん、やっぱりまだ得られるメリットよりダメージの方が大きいか。多用は厳禁だな。

 

とは言えちゃんと治療すれば大方簡単に治る疾病であるし、痛いのも少しの間我慢すれば・・・ってあれ?センセイ?どこに電話をしてらっしゃるんですか?ショウラク治療?って何ですか?

 

「夏になる前にもう一回くらいは使っておきたいからな・・・こいつの回復力なら2ヶ月もあれば十分だろう」

 

回復力?治療なのにセンセイの口から回復力ってワードが出てくるって、その時点で嫌な予感が。

 

 

「どうも。筋井(すじい)です」

 

しばらくして、何故か枠場に入れられた状態で待機していた俺の耳に入ったのはそんなどこかで聞いたようなセリフに似たような声。

 

顔を上げて誰が来たのか確認したら、あの札幌で出会った笹針の獣医だった。

 

ちょっと待て。なんでお前がここにいる。

 

「お久しぶりです、太島センセイ」

 

「どうも、しばらくぶりです。いやあ、札幌の時は幸運でしたよ。まさか馬の治療の名手である筋井さんの連絡先を頂けるなんて」

 

「いえいえ、あの時はたまたま他の馬の治療に呼ばれていて、そこに丁度新馬を勝った馬の状態が悪いと聞いていてもたってもいられなくて・・・」

 

名手だかなんだか知らないがそれからまたあの忌まわしきカバンをゴソゴソと弄って・・・え?何ですかそれは、新手のダウジングマシン?

 

「今日は焼烙治療とのことで、このコテを使っていきます」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

コテ?って確かお菓子なんかに焼き印を入れる道具だったような?焼き印、焼き、焼きゴテ・・・ハッ!?

 

何をされるのか気がついた俺はその場から逃げ出そうとしたものの、そうだ、既に枠場の中にいたんだった!

 

「すぐに終わるからね」

 

治療の最中、手綱をがっちりホールドした馬口さんの顔は俺にとって悪魔にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

「うん、大分良くなってきたね」

 

それから1ヶ月はプールだったりウッドコースを軽く走ったりで体重を増やしすぎない事に努め、全力で走れないことに苛立つこともあったが脚のためだ。仕方ない。

 

幸いにもその甲斐あって両前脚に生成された人工ミステリーサークルは大分縮んでいた。そして、何故か痛みも随分と引いた。

 

いや効果があるからこそ治療として残ってるとは聞くけど、本当になんで効くんだろうなあ・・・。

 

この分ならまた近い内にレースに出られるんじゃないか?と思っていたら太島センセイが朱美ちゃんと出走レースについて話し合っているのが聞こえた。仕事が早いな。

 

 

「ええ、選択肢は2つあると思います。一つはG1である東京のNHKマイルカップ。距離は若干不安ですが・・・朝日杯で4着に突っ込んでますし、実力を発揮できれば可能性はあるかと」

 

朝日杯・・・そういえばジュンペーの治療は進んでいるのだろうか。

馬の身である俺には残念ながらそういった情報は入りづらく、なんだか切なくなってきた。

 

「2つ目は、京都のオープン戦、葵ステークスです。こちらは出走馬のレベルはそこまで気にする必要はありませんが・・・斤量が少し重いかな、と。どちらも病み上がりにはきついレースですが・・・」

 

っと、あんまり湿っぽいのも良くないよな。

センセイの話に意識を戻そう。

NHKマイルカップか葵ステークスなぁ。

 

どっちに出るにしたって朱美ちゃん次第だけど、朝日杯がどう映ったかによるかな。

傍目には暴走とも取れるわけだし。

 

「・・・そうですか、はい、わかりました。ではセキトは脚元も良くなって思い切り追えるので本番に向けて仕上げます。はい、はい。ええ、それはもう勝ちに行きましょう!」

 

センセイは電話を切ると、続けて誰かに電話をかけた。

 

「もしもし、丘本さんですか。ええ、こんどのNHKマイルカップなんですが、馬主さんに意向を確認したらイーグルカフェとセキトバクソウオーが出走するつもりらしくて。ええ。どちらに乗るのか決めていただきたくて・・・そうですか。はい、分かりました」

 

センセイの口ぶりからして、俺はNHKマイルカップに出るのか。通話の相手は丘本さんだ。イーグルカフェにとっては新馬の時から乗り続けてる主戦らしいから、今回かち合ってしまった以上俺かイーグルカフェか選ばなきゃいけないんだな。

 

『今度こそ勝利を収め、大衆に我が存在を知らしめるのだ』

 

そのイーグルカフェは、珍しく気合を表に出して燃えに燃えていた。その原因は恐らく俺が休んでる間に出走したニュージーランドトロフィーだろう。

 

前走の共同通信杯を勝っての出走だっただけに期待も大きかったのだが・・・直線でのびあぐねて着外だったそうだ。

 

因みに勝ち馬はエイシンプレストン。流石3歳チャンプといった所だろうか。奴も次走はNHKマイルカップと発表している。

 

自信を付けてきた所でこの結果だけにショックも凄まじかったようで数日は見てらんないくらいにしょげていたが、ある日『吾輩は自惚れていたようだ』と吹っ切れてからはいい顔になった。

 

馬主がNHKマイルカップ出走を俺より先に表明しており、イーグルカフェ自身もG1制覇に向け鍛錬に励んでいる。っと、センセイの電話が終わったようだな。

 

「ふー・・・まずはセキトに乗れる騎手を探さないとな」

 

丘本さん、どうやらイーグルカフェを選んだみたいだ。まあ今回はイーグルカフェが先約だったみたいだし致し方無し。それに対して俺はまた鞍上変更かぁ。今度は誰が俺に乗るのやら。

 

『ふむ。どうやら我が乗り手は吾輩を選んだらしいな。鬼に金棒だ』

 

イーグルカフェがドヤ顔に近い表情で言ってきた。この野郎。選ばれたのは鷹でしたってか。あ、鷹はホークだった。

 

『ああ。背中の人間は変わるが負ける気はないぞ』

 

『望むところだ』

 

なるべくなら上手い人がいいな、なんて思いながら俺は2回目のG1に向けて、隣のライバルに啖呵を切りつつ気持ちを燃やしていた。

 




次走、NHKマイルカップ! 

更新は金曜の22:00予定ですが、作者がバッドコンディションの「風邪気味」を獲得したので更新無いかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

騎手(やね)がいないなんてやーねー

ここで速報です。本日はNHKマイルカップ前編をお届けする予定でしたが、作者が騎手の問題を何ら解決していない事に気づいたため予定を変更し、急遽鞍上確保編をお送りいたします。しかも投稿間近になって文の改善案を思いついたため、投稿時間も遅れてしまいました。

タイトルに付きましても、全くの思いつきであり他に良いものが浮かばなかったためにこのようなダジャレになってしまったことを深くお詫び申し上げます。

それから作者の風邪気味の症状は無事解消いたしました。

以上ニュース速報でした。


【エアシャカール】クラシック世代総合スレpart7【チアズグレイス】

 

329:名無しの勝負師 ID:thgWvSWQH

ところでお前ら、今年の馬券の調子はどうよ

 

334:名無しの勝負師 ID:yN5IT05cw

チアズグレイスとマヤノメイビーのお陰でほくほくになったけどラガーレグルスのせいで真冬に逆戻りや

 

338:名無しの勝負師 ID:ZwcIlu68k

ラガーレグルスはなぁ・・・元々ああいうところがある馬だったってインタビューに答えてたけど酷かったな

 

342:名無しの勝負師 ID:JSBMWPMHp

ラガーレグルス、ダービー一週間前にゲート再審査だってよ

 

345:名無しの勝負師 ID:XzDpMOyr4

あー、やっぱり再試験か。あれは酷かった、まさかスタートすらしないとは

 

350:名無しの勝負師 ID:ioBgbMRlY

ラガーレグルスが出ない!出ません!

 

352:名無しの勝負師 ID:t1sHF++YH

俺はリーヴァとエアシャカの馬単買ってたんだけど、馬連にしとけば当たってたなぁ

 

356:名無しの勝負師 ID:WjyvDFXZ8

それはそうとそろそろマイルカップだけどお前らの予想はどんな感じ?

 

371:名無しの勝負師 ID:FMUCHSGgO

やっぱプレストンっしょ、実績がダンチ

 

378:名無しの勝負師 ID:5uDyzLwwG

今回は食い下がってきたレジェンドハンターもいないしプレストン一択でいい感じかな

 

392:名無しの勝負師 ID:al84iV0bB

そうか?自分的には末脚が切れるマチカネホクシンとかイーグルカフェもいい感じだと思うが

 

396:名無しの勝負師 ID:dAwTABE1y

イーグルwwwカフェwwwまぐれでG3勝っただけの馬乙wwwマチカネホクシンもOPすら勝てない雑魚www

エイシンプレストンしか勝ちませんなぁwww

 

399:名無しの勝負師 ID:UiGjrCKF3

言うてマチカネホクシンは朝日杯3着なんだよなぁ

 

407:名無しの勝負師 ID:n1OmdvqB/

うーん、末脚って言うとエイシンプレストンもそういうタイプの馬だし、やっぱり一強か?

 

418:名無しの勝負師 ID:r17VfI5cj

お前ら、大変だぞ

>>horse/news/00002310

 

422:名無しの勝負師 ID:laTaaSp/T

何だ何だ

 

427:名無しの勝負師 ID:8X0KlKLsM

>>418

エイシンプレストン・・・骨折だと・・・!?

 

429:名無しの勝負師 ID:4rnCIyQ9I

>>418

何故か見れないんだが

 

432:名無しの勝負師 ID:i01etwUHT

>>429

そういう時はパソコンの電源入れ直すと直るかも。

それでも見れんかった時用にまとめとくわ

・エイシンプレストン骨折

 

・幸いにも軽度の骨折で年内には復帰できそう

 

・とりあえず放牧して治療に専念する

 

441:名無しの勝負師 ID:jcKyDVP6U

>>432

㌧クス。しかし骨折かぁ。年内復帰ならまだいいけど

 

445:名無しの勝負師 ID:zMmE8Hrha

>>396

プレストンしか勝たんニキ息してる?

 

478:名無しの勝負師 ID:bd/9oEnF0

今年のマイルカップ・・・これは、荒れるで

 

 

 

 

 

 

エイシンプレストン、骨折により休養。

 

その一報は瞬く間にトレセン中に広がって至るところでその話が聞けるぐらいには騒動を起こし、数日が過ぎてようやく収まりを見せた。

 

そして、丘本さんがイーグルカフェと共にNHKマイルカップに挑むことが正式に発表されると・・・なーんか、俺に乗せてくれって騎手が増えてきたんだよな。

 

どうにも丘本さんがインタビューで「ルドルフ並の賢さがある」とか言ったらしくて、その言葉に釣られたジョッキーたちが若手から中年のおっさんまで、よりどりみどりの目白押しだ。

 

けどどいつもこいつもなかなか重賞に出られるだけのお手馬がいないのも納得できてしまうような奴ばかりでセンセイも渋い顔。

 

『はぁ、どっかそのへんに優秀なジョッキーは落ちてませんかねぇ』

 

今日も鞍上が決まらないまま助手を背中にウッドコースを歩きながらため息をついたが、馬の体じゃただの鼻息になっちまう。

 

結局調教をこなしはしたものの、いまいちピリッとしない無難な走りで終わってしまった。

 

「・・・イマイチ気合が入ってないな」

 

ストップウォッチを見つめるセンセイの眉間が、梅干しのようだ。

 

「申し訳ありません、思い当たる節が無い訳では無いんですが・・・」

 

「思い当たる節?何だ?」

 

「はい、恐らくなんですが・・・今までレースが近づくと、セキトには騎乗予定の騎手が跨ってましたが、今回はそれが決まらないせいで私が乗ってますよね・・・悔しいですが、それが原因のような気がします」

 

助手さん、悔しそうに手綱を握りしめた。

うん、大変申し訳ないんだけど原因はその通りだと思う。

 

まず調教の姿勢が違うんだよ。騎手の方はレースに向けて手応えや癖を確かめるために割と本気で追ったりしてくれるんだけど、助手さんたちは「故障させない」ことを念頭に置いてるんだろう。ムチなんか一杯の指示がなければほとんど使わないし、追い方が優しい。

 

何事も無く馬をレースに送り出すのがお仕事なんだから助手さんたちの調教が優しくなるのは仕方ない事だし正しいんだと思う。だけど、なんというか・・・それが俺にとっては物足りない。一応断っておくがマゾではないぞ、本気で走りたいだけだ。

 

厩舎に戻ってからも誰が乗るんだろうなとぼーっとしたまま。どこか上の空でいるとセンセイが「このままだと回避するしか無いぞ」って困ってたけど、騎手がいないんじゃなー、仕方ないよなー?

 

と、せっかく高めた気合が霧散しそうになっていたその時。馬耳が聞いたことのない声を捉えた。

 

「ああ、なんてことだ、メインレースに騎乗馬がいないなんて・・・ぼくも落ちたなあ」

 

厩舎の前を、一人のおっさんが寂しそうに歩いていた・・・ん?メインレース?騎乗馬?おっさん、騎手なの!?

 

「メインレースに」ってことは少なくとも何鞍かは依頼されてるって事だよな?

 

その呟きが独り言であったせいかセンセイはおっさんの存在に全く気づいていないし、おっさんもこっちに気づいてない・・・この機を逃してたまるか!

 

『おい、そこのおっさん!こっちにこーい!』

 

「セキト!?」

 

「ふぁ!?びっくりしたな・・・」

 

呼びかけは大きな嘶きになった。反応を示したおっさんの方に全力で首を伸ばし、必死に前掻きをする。

 

「なんだ、あの人が気になるのか・・・って、おい、あれはまさか!」

 

おっさんを見たセンセイの表情が驚愕に染まった。

え?あれ?もしかして当たり引いた?

 

獅童(しどう)!」

 

「え、あ、太島さん!」

 

「久しぶりだな、早速だがお前まだ現役だったよな?ちょっと助けてくれ」

 

センセイはおっさんの肩にぽんと手を置いた。獅童さん、か。なにやらセンセイとは面識がありそうだけど。

 

「助けてくれって、何があったんですか」

 

「ああ、それはな、ここにいるコイツ・・・セキトバクソウオーの鞍上が決まらないんだよ」

 

センセイが俺をちらりと見やりながら言う。その言葉に今度は獅童さんが驚愕の表情を浮かべた。

 

「セキトバクソウオー!?あの丘本さんがべた褒めしたっていう・・・」

 

「いや、あれは正直丘本さんの手向けもあったと思う」

 

「成程・・・流石丘本さん」

 

いや、本当に成程。ああやっておけば自分がいなくなっても鞍上がすぐに見つかるだろうって魂胆か。

 

まさか他の鞍上で勝てなかったら巡り巡って自分の懐に収めたりしようとしないよな・・・?

 

うーん、あんな目をしてた位だ、やりかねんってのが恐ろしい。

 

「で、だ。今度のNHKマイルカップ。空いてるか?」

 

「・・・正直言うと、空いてます。ですが自分で言うのもなんですが落ち目のぼくでいいんでしょうか」

 

獅童さんはしょぼくれながら言った。落ち目?いやいや。少なくともセンセイは無条件で信頼しているみたいだし、恐らく問題なのは人脈であってこの人自身の腕じゃないはず・・・多分。

 

「獅童、こいつはな、落馬して数年間勝ってなかった騎手を乗せて2回も勝ったんだ。オレを出し抜いてG1を勝ったこともあるお前が何を言っても言い訳にしかならん」

 

ああ、G1ジョッキーなのか。って本当に落ちてたよ優秀なジョッキー!?

 

「じゃあ、本当に・・・乗っていいんですか!?セキトバクソウオーに!?」

 

獅童さんの顔が、今度は子供のように輝き出した。老けてみたり若返ってみたり忙しい人だな。

 

「ああ、だがその前に、コイツに気合を入れてやってくれ」

 

「え?」

 

流石センセイ、俺もちょっと物足りなかったんだ。

 

 

 

 

 

ぼくは獅童宏彰(ひろあき)。ここ数年ははっきり言って落ち目の騎手だ。

 

昔所属していた厩舎のセンセイの意向であまり他の厩舎の馬には乗ってこなかったんだけど・・・それがよくなかったのかもしれない。

 

騎乗依頼を受けたくても人脈がない。人脈がなければ馬の情報も入ってこないし、結果乗せてもらえるのは勝てるかどうかも怪しいような馬になってしまう。

 

それでもなんとか数鞍への騎乗を取り付け、これで来週もなんとか生活できると思いつつも、メインレースへの未練を呟いていたら、とある厩舎の前で大きな馬の嘶きに驚いてしまった。

 

するとそこから現れたのは、今は引退して調教師になっているけど、昔はぼくと同じG1レースで争うこともあった先輩、太島昇さんその人だった。

 

しかもそのままメインレースに出る馬の鞍上が決まっていないので乗ってくれないかと言われ、その馬がまさかの前走で重賞を勝って、あの丘本騎手がべた褒めしたセキトバクソウオー。

 

ぼくなんかで良いのかと本気で遠慮したが、太島さんは「落馬した騎手で勝てたんだからお前が勝てないなんて言わせない」と押し付けるような形で騎乗依頼をしてきた。

 

そして本番での騎乗が決まると今度は調教をつけてくれだそうだ。

 

どうやらこの馬は調教助手を乗せて走っても、気合が抜けてしまうらしい。乗り味を確かめるついでに気合をつけてくれとの注文を受けた。

 

今は調教コースが開かれているギリギリの時間。

 

急いでコースに向かわなくちゃと背中に跨がって鐙に足を通した途端、セキトバクソウオーはゆっくりと歩きだした。

 

「え、あ、ちょっと」

 

「獅童、止めなくていい、大丈夫だ。」

 

「えっ、ま、まあ太島さんがそう言うなら・・・」

 

大丈夫だと言われても、何が大丈夫なのか。全く見当が付かないままニヤついた太島さんに付き添われつつ馬上で揺られること数分。

 

「えぇ・・・」

 

全く迷うことなく、セキトバクソウオーはウッドコースへと足を踏み入れた。

まさか調教コースの位置はともかく、これから調教であるという事まで分かっていたのか。賢い馬というのは本当らしい。

 

「それじゃあ行って来い、直線は一杯に追ってくれれば後の注文はない」

 

「わかりました。それじゃあ・・・行くぞっ!」

 

引き綱を外しながら太島さんが出した指示はゴール前一杯。十分に離れたのを確認してから拍車でゴーサインを出す・・・早い!

 

なんて反応の速さだ。これならスタートダッシュだけでなく、わざとタイミングをずらして後ろにつけたり、先行争いを避けることもできるかもしれない。

 

そんな風に考えていたのだけれど、それはまだまだ驚きのほんの序の口でしかなかった。

 

カーブに差し掛かった瞬間、足元から伝わる走りのリズムが、全くの別物に変わった。

 

「ピッチ走法!?」

 

先程までストライド走法に近い走り方をしていたはずのセキトバクソウオーが、コーナリングに適した走り方であるピッチ走法を繰り出した、なんの指示もしていないのに、だ。

 

しかもコーナーを抜けると多少苦戦していたがまたストライド走法へと切り替わり、スピードを乗せ始めた・・・まさか、この馬は状況に合わせて走り方を変えているのか!?

 

「なんて馬だ・・・!」

 

ぼくは今の所、ただ乗っているだけだ。それでいて伝わってくる手応えは、まるで冷静に指示を待ち、発射の時を待つミサイルか何かの様。

 

段々と口元がつり上がっていくのを抑えられなかった。本当に、なんて奴だよこいつは。

 

「さぁ、そろそろいこうか」

 

君が非常にひたむきで、走るのが好きで、とてつもなく賢いのはよく分かった。では、どれほどの脚を使えるのか?小手調べと行こう。

 

最後の直線が迫ってきた。再びピッチ走法でコーナーを抜けて、多少ぎこちないながらもストライド走法に変わったその時を狙って、ムチを入れた。

 

 

「・・・これはッ!?」

 

その瞬間、セキトバクソウオーの上体が沈んだ。

後ろ脚の蹴りも、後ろに畳まれた耳も、これでもかと伸びる前脚も。なんだこれは!本当に4歳馬なのか!?

 

惜しむべくは、恐らくそのポテンシャルが、まだ100%に至っていないであろうということ。ストライド走法の切り替えが上手く行かないあたりなんか、その最たる例だろう。

 

でも、それをなんとかするのがぼく達騎手の仕事に他ならない。

 

「はは!いいね!バクソウオー!君となら・・・G1、勝てそうな気がするよ!」

 

ゴールした時には、ぼくはもうこいつの、赤い怪物(セキトバクソウオー)の虜になっていた。

 

 

 

「太島さん!いい馬じゃないですか!伸びもいいし、コーナーで走り方も変わって・・・」

 

「獅童、ちょっと待て」

 

装鞍所でセキトバクソウオーの背から降りたぼくは、太島さんに興奮を伝えようとして、制止された。

 

「いい馬だろう?だからこそ大事な馬だ。その手綱を任せるからには・・・NHKマイルカップ、頼んだぞ」

 

太島さんは期待と情熱のこもった目で、見つめてくる。

 

「・・・はい!」

 

その視線に、ぼくは出来得る限り最高の返事で、応えたのだった。




次回更新は月曜日の22:00予定です。
今度こそNHKマイルカップをお送りいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

力走、NHKマイルカップ(前編)

エフフォーリア、3歳にして天皇賞を勝利するとは。相手が弱いわけでもないし、やはりダービーはツキが無かっただけだったんですね。それと直線、授業参観モードのノリさんがw

今回も除外する馬は収得賞金とくじ引きで決めましたが、ミスターサウスポーが除外となった結果、セキトが縁のあるライバルにサンドイッチされるという奇跡が発生しました。

馬柱の構造も変えましたが、スマホ故にパソコン版を表示したらえらいこっちゃに・・・。


雲一つない爽やかな快晴の空が広がる初夏の気配が漂い始めた東京競馬場。

 

NHKマイルカップ、まだ外国産馬達にダービーの門が固く閉ざされていたこの時代においてはマル外ダービーとも呼ばれ、将来を拓く意味でも重要なレースであった。

 

そんな4歳マイル王の座を射止めるべく集ったのは、若きスピード自慢たち18頭と、その背にまたがる騎手たち。

 

1分30秒のドラマが、また今年も始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

第5回 NHKマイルカップ(G1)

 

 

XX00年 5月7日

芝1600m 東京 晴れ 馬場状態 

 

枠 番号 馬       名    性齢鞍 上斤量

1  1 (外)ファイターナカヤマ 牡4萩 川 57

   2    トッププロテクター 牡4 原  57

   (外)トーヨーデヘア   牡4前 頭 57

    (外)アグネスデジタル  牡4波止場 57

   (外)ノボジャック    牡4秋 川 57

       マイネルブライアン 牡4南 雲 57

   (外)スイートオーキッド 牝4縦 川 55

    (父)ハセノバクシンオー 牡4多 村 57

      プラントタイヨオー 牡4谷 総 57

   10 (外)マチカネホクシン  牡4谷 譲 57

  11 (父)セキトバクソウオー 牡4獅 童 57

   12 (外)イーグルカフェ   牡4丘 本 57

  13    ユウマ       牡4江 戸 57

   14 (外)ラヴィエベル    牝4小 野 55

   15 (外)ダイワカーソン   牡4蛇 井 57

  16 (外)マルターズスパーブ 牝4肥 畑 55

   17 (外)ネオポリス     牡4紀 伊 57

   18    ピサノガルボ    牡4大 田 57

 

 

 

 

 

よう。どこの誰が聞いてるかは知らないが、セキトバクソウオーだ。只今満員の東京競馬場で、絶賛パドック周回中である。

 

今日のレースは2走ぶりで2回目のG1、NHKマイルカップ。朝日杯の時と比べるとパドックの人の数とざわめきがスゲェな、流石東京と感心していたら客席の一箇所からまばゆい光が放たれた。うおっ、眩しっ!

 

じゃなくて、そこのお客さんパドックで、というか馬を撮る時にフラッシュは厳禁ですよ!誰か教えてやってくれ!

 

「ちっ、あの野郎シメてやろうか」

 

『ちょわー!?』

 

『うわぁ!何かピカッとしたぁ!』

 

それを見てセンセイはこっそり舌打ちしてるし、周りの馬は今のは何だ!?と混乱しかけていたから『大丈夫だー!今のはただの光で何でもないぞー!』と大声を出したら次第に騒ぎも収まっていった。

 

ふう。大事なレースの前にこんな事で出走取消なんてなったら俺も寝覚めが悪いからな。なんとか落ち着いて良かった。

 

さてと、仕切り直して。問題だった俺のコンディションは、獅童さんが騎乗が決まってからの2週間しっかりと乗ってくれたお陰で惚けていたのが嘘のように気合十分。

 

何も起きなければ力を出しきれる。そう確信できる程だ。踏み込む脚の一歩一歩がしっかりと地面を捉え、自然と首がアーチを描く。

 

今日は相変わらずロボット歩きの馬口さんだけじゃなく、センセイも並んでの2人引きだ。自信の表れと万が一に備えてだろう。まあ、俺は暴れたりしないけどな!

 

そういえば、と俺の後ろを歩く馬に目を向けた。

イーグルカフェ。馬房は隣同士、僚馬にして今日はライバルの一頭である。

 

初めて出会ってからそろそろ一年経つのだが、レースの時の姿は何気に初めてだ。

黒っぽい毛色に黄色と黒いタスキのメンコが似合っててカッコいいじゃねぇかよ畜生。

 

『調子はどうだ?』と声をかけたら

『悪くはない・・・が、貴様も少しは集中したらどうなのだ』

とツッコまれてしまった。ごもっとも。

 

他に気になる馬と言ったら、目の前を歩いているマチカネホクシンだな。

奴とやり合うのはこれで3回目だ。あいつの戦い方は良く分かってる。

 

後方待機策からのラストスパート。あの着実に伸びて上位に食い込んでくる末脚は間違いなくG1クラスだろう。

 

まあ、そのマチカネホクシンなんだが、なぜかこちらをチラチラと見ながらちょっと怯えているようにも見えるんだよな。俺、何かしたっけ?

 

後の馬は・・・スイートオーキッドちゃんに、トッププロテクターと、アグネスデジタル、それからノボジャックと走ったことがある位で、後の馬はよく分かんねぇ。

 

強いて言えば8番の馬が『うぉぉぉぉ!芝でも!バクシンだぁぁ!』と騒いでいて、恐らく俺と同じサクラバクシンオー産駒なのだろうと言うことくらいだ。

 

ブランディスといいコイツといい、バクシンオー産駒ってこんなのしかいないのか?同じ血を引く者として何だかため息が出るやら、情けないやら・・・。

 

そうやって周りをそこそこ気にしながらも歩き続けていると、「止まれ」の号令がかかった。

 

お、馬口さん、今日は自分で止まった。と思ったらセンセイが俺の引き手を持ちながらさり気なく馬口さんも引っ張って止めてる!?

 

す、すげぇもんを見た気がするぞ。

 

 

 

 

 

「よいしょっ・・・と!バクソウオー、頑張ろうな」

 

「獅童、今日の展開はどう見る」

 

小天狗から出てきた獅童さんが俺の背によじ登ると、センセイがそう尋ねた。

 

「そうですね、どちらかというと強い馬がみんな後ろから行く馬ですから、一発を狙う馬が前に集中して早くなるかもしれません」

 

成程。確かにマチカネホクシンにスイートオーキッドちゃんに、イーグルカフェも差した方が強そうとか聞いたな。そんな有力馬達の隙を突こうとするなら・・・獅童さんの言うとおりだろう。

 

「そうだな。ならば今日は後ろから行ってみて欲しい。こいつの脚が本物なのかどうか、確かめるのにいい機会だ」

 

「分かりました」

 

お、今日のプランは差しか追い込みみたいだ。半ば事故だった新馬の時以来だな。

その時以降俺は先行してるから、ひょっとしたら他の馬にとっては思わぬ不意打ちになるかもしれない。

 

再び列が動き出し、地下馬道へとつながる暗闇へと歩みを進めていく。

 

「さぁ、行こうか」

 

獅童さんの呼びかけに俺は鼻を鳴らして応え、歩みを進めた。

 

 

 

『相変わらず音がよく響くなぁ』

 

『セキトバクソウオー』

 

自らの足音が響き渡るのを聞きながら地下馬道を進んでいると、突然後ろのイーグルカフェが呟くように呼びかけてきた。

 

『なんだ・・・っ!?』

 

その声に振り返ると同時、俺は思わず一瞬身体を強張らせてしまう。

 

『貴様には負けぬ。全力でかかってこい』

 

イーグルカフェの用件は、宣戦布告だった。普段の冷静な態度の下に秘めた情熱と闘争心を惜しげもなく溢れさせ、瞳を爛々と輝かせるその姿は、紛れもなくG1の栄冠を狙う「(イーグル)」。

 

その様に気圧された俺は本当にこんなのに勝てるのか?と今まで感じ得なかった迷いと、恐怖が胸に湧き出した・・・恐怖?

 

恐れているのか?俺が?イーグルカフェを?

 

『ああ』とか『そうだな』とか、思わず歯切れの悪い言葉を適当に発しているとイーグルカフェは段々と渋い顔になっていく。すまない、頼むからそんな顔しないでくれ。

 

脚は動かないし、どうしたらいいのか分からなくなりそうになった時だった。

 

「バクソウオー、大丈夫」

 

俺の不安が伝わったのか、獅童さんが俺に触れた。ジュンペーと違って随分長い間馬に乗っているゴツゴツした手だ。

 

「調教通り、のびのび走ってくれればいい。君は強いんだよ」

 

囁くように紡がれた言葉と力強く首を撫でる手が、優しく動く度に俺の不安を小川の水の様にさらっていって、無駄な力が抜けていく。

 

 

・・・よし、大丈夫だ。ありがとう、獅童さん。

 

そうだ、俺はこれからほんの一握りの馬にしか許されないG1という大舞台を走るんじゃないか。堂々としたイーグルカフェを見習え、元人間の俺がビビってどうする!

 

首を振るって気合を入れ直してから、しっかりと彼の馬に顔を向け・・・敢えて目線を合わせてから宣言する。

 

『イーグルカフェ。すまねえ、正直ビビってたわ。今の俺がどこまでやれるか分からねぇけどよ。出るからにはG1、狙ってやる』

 

『ふむ、お手並み拝見だな』

 

いつもの調子に戻った俺を見て、イーグルカフェはどこか嬉しそうだった。そうだ、俺が自分でライバルって言うくらいなんだ、全力でぶつかるのが礼儀だよな!

 

その時、スタンドが大きく湧いたのが分かった。最初の1頭目がターフに姿を現したのだろう。

 

 

『お互い悔いなく走ろうぜ』

 

『勿論だ』

 

 

最後に一声だけかけ合って。

 

地下馬道を更に進めば光の向こうから、少しずつお客さんの歓声が大きくなってきた。

 

さあ、本馬場入場だ。

 

 

 

 

 

 

『皐月の空が、鮮やかなブルーに晴れ渡りましたここ東京競馬場。今日は私淡島(あわしま)克也(かつや)がG1、NHKマイルカップの本馬場入場と実況をお伝えしましょう!』

 

 

 

『なんか最近勝てねえな!諦めた訳じゃねぇけどな、コノヤロー!』

 

「正直厳しいが・・・やれるだけやってやろうじゃないか、ファイター!」

 

『3歳以来、勝ち星なくとも心は死なず!G1のリングに舞台は整った!チャレンジャーよ、燃え上がれ!ファイターナカヤマと、萩川(はぎかわ) 由伸(よしのぶ)!』

 

 

『今度こそ・・・!』

 

「チャンスは十分、ここは冷静に、冷静に」

 

『マイル以下なら7戦2勝、4連対!超合金の身体に堅実な走りでビッグタイトルを狙います、トッププロテクターと(はら) 良馬(りょうま)!』

 

 

『折角ダディが来てるんだ!かっこ悪いところは見せらんないね!』

 

「今日は親父に良いとこ見せてやろうじゃないか!」

 

『外国生まれの留学生が、トップ目指して猛進します、北の大地で父も見守っているぞ!デヒア産駒トーヨーデヘアと前頭(まえどう) 浩希(こうき)!』

 

 

『ひえぇ、強そうな(ひと)がいっぱいだぁ・・・』

 

「ビビるな、デジタル。お前はG1馬になれる器だ」

 

『ここまで9戦、ただ1戦を除いて掲示板を外していません、鞍上に導かれ真の実力を解き放つのか!アグネスデジタルと波止場(はとば) (きよし)!』

 

 

『僕、芝はひょっとしてキツイかもしれないけど、出る以上は・・・!』

 

「折角のチャンスだ、逃してたまるか!」

 

『年が明けての初勝利はダートでした。鞍上は乗り代わりましたが、実力は変わりません、ノボジャックと秋川(あきかわ) 典隆(のりたか)!』

 

 

『あれっ今日はこっちで走るの?ちょっと滑るなあ』

 

「初芝は・・・ちょっと厳しいか。だが、やってやる」

 

『デビューから3戦3勝、無敗の進軍はブライアンズタイムから新たな怪物誕生の兆し!マイネルブライアンと南雲(なぐも) 陽二(ようじ)!』

 

 

『今日こそは勝って、我が一族に花を添えますのよ!』

 

「おおっ、いい気合だねー」

 

『前走こそ不覚を取りましたが、それでもこの馬の差し脚の鋭さは一級品といっていいでしょう!可憐な黒い稲妻の走りに乞うご期待!スイートオーキッドど立川(たてかわ) 広典(ひろのり)!』

 

 

『バクシンっ・・・圧倒的バクシンっ・・・』

 

「あっちばかり注目されているが、こっちだってバクシンオーの子だ!」

 

『バクソウオーばかり注目されていますが、ここにもサクラバクシンオーの豊かなスピードを受け継いだ一頭がいます、ハセノバクシンオーと多村(たむら) 一成(かずなり)、大舞台で芝初挑戦です』

 

 

『オレがG1獲って、厩舎を照らすんや!』

 

「しっかり仕上がってる、なんとか応えたいなぁ」

 

『人気はありませんが、この馬だって堅実派!忘れた頃に馬群の中より太陽は昇る!プラントタイヨオーと(たに) 総司郎(そうしろう)!』

 

 

『タニサン、あんなヤツより、ミーのホウがミリョクテキってオシエテあげマース!』

 

「ふぅ、なんとかG1に出られたぞ」

 

『プレストン回避で天才騎手とまさかの再会、またとないチャンスをものにできるか!マチカネホクシンと、大本命ジョッキー、(たに) (ゆずる)!』

 

 

『イーグルカフェには負けらんねぇな!』

 

「よし、よしいい調子だね、手応えも抜群だ」

 

「メンバー最多タイの3勝馬です、クリスタルカップ制覇の勢いに乗って!セキトバクソウオーと獅童(しどう) 宏彰(ひろあき)!」

 

 

『ライバル不在だと!?馬鹿を言うな、吾輩のライバルはセキトバクソウオーである!』

 

「今日の気合は凄まじいな、これなら・・・!」

 

『ライバル不在の大舞台、新馬からの主戦が背中にいるという事実が、この馬にとってどれほど心強いでしょう!イーグルカフェと丘本(おかもと) 雪緒(ゆきお)!』

 

 

『ひっさびさのレースだっ!思いっきり走れるぞー!』

 

「こら、落ち着け、おーい」

 

『昨年の新潟3歳ステークス以来の出走となります、まずはおかえりなさい。そしてようこそG1の大舞台へ!ユウマと江戸(えど) (あきら)!』

 

 

『し、正直勝てるとは思えませんが、精一杯走らせていただきます!』

 

「いくよ、一発を狙ってこう!」

 

『競走馬にとっての美しい人生とは、限りない喜びとは。それはG1を勝つことに他なりません、鞍上大野(おおの) 小次郎(こじろう)と共に、G1の星になる!ラヴィエベルです!』

 

 

『脚も治った、調子もいい、ここはかのテイオーさんばりの快走を狙っていきますか!』

 

「カーソン、調子いいのか。でもまずは無事に回れれば、だな。」

 

『前走久々のレースは実力を出しきれませんでした。今度こそはと東の都にゴールドラッシュを夢見て。ダイワカーソンと蛇井(へびい) 政史(まさし)!』

 

 

『ココハメニモノミセテヤリマショウ!』

 

「いいぞ!桜の無念、ここで晴らそう!」

 

『マル外故に、重賞馬でありながら桜の門は閉ざされました。牡馬を交えたこの舞台、才能開いた乙女の征く道は、花か茨か!マルターズスパーブと、肥畑(ひばた) 冨安(とみやす)!』

 

 

『これがG1・・・燃えてきた!』

 

「これなら実力を出せそうだ!」

 

『年明けデビューの新顔なれど、実力十分一発あるぞ!G1タイトルに手錠をかけろ!ネオポリスと紀伊(きい) 拓美(ひろみ)!』

 

 

『G1、二回目だしもう平気だよっ』

 

「落ち着いてるなぁ、スタートさえ決まればまずまずやれるかな?」

 

『メンバー唯一、皐月の舞台を走った馬です。その経験は、きっとこのレースで生きてくる!ピサノガルボと大田(おおた) 豊吉(とよきち)!』

 

 

『・・・以上18頭、今年も快速自慢が集いましたNHKマイルカップ、発走時刻が迫っています・・・』




ほれ、ア○シマやぞ(爆)
次回更新は水曜22:00、NHKマイルカップ後編をお送りする予定です。


今回の被害馬

・ミスターサウスポー 牡 芦毛

父 マジックマイルズ
母 プリティージャナー
母父 ゼダーン 

・被害ポイント
NHKマイルカップ4着→除外

・史実戦績
53戦6勝
主な勝鞍 舞妓特別(900万下)

・史実解説

芝にダートに平地に障害、様々な条件で使われ6年間で53戦を走り抜いた。実は名前に反して左回りでは未勝利である。

中央で49戦を走った後、2005年に金沢に移籍し連勝、しかし3戦目で2着の後4戦目で4着に敗れると脚を傷めたことが判明し、そのまま引退してしまった。
ネット掲示板を見ると、引退直後に有志の方に引き取られたようだが、近況は不明である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

力走、NHKマイルカップ(後編)

元になったレースのゴール直後のア○シマさんの珍実況、参考にする為に聞きに行って吹いたのは自分だけではないと信じたい。

そしてこの小説で過去一長い話になった件。

運命のマイル戦、スタート。


発走地点のゲートの裏から少し離れたところに、今日も競馬番組の現地レポーターである右野アナウンサーの姿があった。

 

「よし、いつでもいけます」

 

インカムの調子も良好。各馬の様子を見ながら後は中継を待つだけといった姿勢の中、ADからついに指示が飛ぶ。

 

「中継来ます!5、4、3・・・」

 

スタッフの声がお茶の間に響くなんていう事故を避けるためカウントダウンは残り3秒まで。口だけを動かすADとカメラを見つめ、右野アナは大きく息を吸った。

 

『それでは現地の右野アナウンサーに話を聞いてみましょう、右野さーん』

 

インカムに響くのは実況席の淡島アナウンサーの声だ。

 

「はい、五月晴れの青空が眩しいゲート裏です、ここ数日の好天で・・・ちょっと暑いくらいかもしれません」

 

『ええ、各馬がゲート裏で周回していると思うのですが・・・右野さんから見て調子良さそうだな、とか何か気になるって馬はいますかね』

 

そのセリフに、右野アナの目がゲート入りを始めた出走馬たちを改めてぐるりと見やった。

 

「えーと、特に・・・イーグル、カフェ、ですかね。気合を表に出していて非常に良いと思います。それからさっき返し馬のときにマイネルブライアンが少しのめってましたね」

 

話している途中でスターターがスタート台に乗り込むのに気づいた右野アナは少し早口で喋り、急いで切り上げる。

 

『はい、ありがとうございます!そしてG1競走NHKマイルカップ、いよいよファンファーレです!』

 

淡島アナも急いでファンファーレが鳴る事を電波越しに全国へと伝えた時、スタート台が高く上がり赤い旗が振られた。

 

 

♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜

 

 

 

♪♪♪♪〜♪♪♪♪〜

 

 

 

♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪ 

 

 

 

♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜〜〜

 

 

 

♪♪♪♪〜

 

 

「ウオオオオオオァァァァァ!!」

 

 

『ひぃえぁっ!?』

 

「あ!こらっ、大丈夫だ、落ち着け!」

 

『嫌ー!大きい音嫌ー!』

 

演奏の直後に上がる大歓声は、スタンドを震わせんばかり。時にファンファーレその物と並んで競走馬のリズムを乱してしまう。今日はその洗礼を受けた一頭が、大きく首を振り出してしまった。

 

「あっと!?ユウマが?ファンファーレに驚いてしまいましたかね、大きく首を振っています」

 

『久々ですからね、無理もないでしょう。さあそして、1番人気マチカネホクシンは落ち着いています』

 

右野アナの声に返事をしてから、一番人気の状況を伝える淡島アナ。

 

 

パドックで怯えていたはずのマチカネホクシンは、すっかり落ち着きを取り戻していた。

 

あれは昨年末の朝日杯。無事にゴールして減速している最中に、後ろから恐ろしい形相とスピードで自分をぶち抜いていった馬がいた。

 

『(アレは、ホントにオソロシかったデス・・・デモ・・・)』

 

奴こそ、セキトバクソウオー。今日も前の時のように恐ろしい雰囲気をまとっているのではと危惧していたのだが、いざ出てきてみればそいつはすっかりいつも通りだった。

 

拍子抜けしたが、それでもいつあの恐ろしい状態になるか分からないと警戒は怠れない。

そうやって警戒して、警戒して・・・気がついた。

 

『よくよくカンガエたら、アイツがミーにナニカしてくるハズナイデース!』

 

「いい落ち着きぶりだ。いつものレースが出来れば・・・行ける!」

 

件のライバルはレース中に噛んだり蹴ったりなんてしてこない。前のレースでも『どけ』とは言われたが避けていったのは向こうじゃないか。そう思い出したマチカネホクシンは、怯えを振り払ったのだ。

 

『タニサンのウワキアイテもイナイこのレース、ミーがモライマース!』

 

マチカネホクシン自身は、エイシンプレストンよりも自分が秀でている、と自慢の脚で谷騎手に証明しようとしていた。

 

「行くよ、ホクシン」

 

北極星(北辰)の名の通り額に輝きを頂く黒馬が、静かに発走の時を待つ。

 

 

 

『2番人気、イーグルカフェもいい雰囲気のままここまできています』

 

『(今まで、何度悔しい思いをしてきたのだろうか)』

 

イーグルカフェは少し立ち止まって空を見上げ、今までの道のりを思い返していた。

 

アメリカで生まれ、母と別れてから単身異国の地へ海を渡ったかと思えば、競走馬としての厳しい日々が始まった。

 

勝てると思っていたところからの連敗。如何に自分が甘いと思い知らされ、勝ちたいとどれほど努力をしてきただろう。

 

そしてようやく掴んだ未勝利戦、更にG3の輝き。しかしそれも前走で粉々に打ち砕かれ。

 

『前走の悔しさ、ここで全てぶつけてやろう』

 

あの日、前を走っていた赤と黒のメンコのライバルはいない。それが余計にイーグルカフェの闘争心に油を注ぐ。

 

「さあ、イーグル。君の力を見せてやろうじゃないか」

 

荒鷲は、ゲートの中で翼を繕い、爪を研いでいた。

 

 

 

『3番人気セキトバクソウオー。マイルでの実績は朝日杯4着のみですが、十分優勝を狙っていける仕上がりです』

 

『(G1・・・G1、かあ)』

 

セキトバクソウオーは人の時はテレビ越しでしか見たことのなかった東京の芝生を、今まさに踏みしめているのだと改めて実感していた。

 

『やっぱり朝日杯の時とは、全然ちげぇな』

 

スタンドの盛り上がりも、見える景色も。そして何より、ライバル達の仕上がりや伝わってくる気迫も。

「これがG1だ」と言わんばかりの重圧が、目に見えない重さを増していく一方。それでも。

 

『そんなものに押しつぶされてたまるか、ってんだよ』

 

減らず口を叩いてから、目を閉じれば思い返されるのは牧場で待つ牧場長のおっさん。今はどこで何をしているのか分からない仲間たち。

 

それから朱美ちゃん、太島センセイ・・・そしてジュンペー。

 

「バクソウオー、ゲートだよ」

 

勿論背中にいる獅童さんも。その手綱に促されたセキトは、抵抗することなくゲートに入っていった。

 

『G1、獲ってやる』

 

赤い駿馬が、鞍上と共に額と心の炎を激しく燃やす。

 

 

 

『最後に大外18番、ピサノガルボがゲートに向かって、まもなく全馬ゲート入りが・・・完了しました』

 

やがて18頭、それぞれの馬と人が、それぞれの思いを抱いて。その全てがゲートに収まると、淡島アナも一呼吸おいてからレースの実況に移った。

 

『さぁ出でよ勇者たち。第5回NHKマイルカップ・・・スタートしました!』

 

「よしいけっ!」

 

ゲートが開かれたその瞬間、セキトバクソウオーはわざと、ほんの少しだけ他馬より遅れてゲートを出た。

 

 

 

 

 

『っと、これでいいんだよな?』

 

獅童さんのタイミングに従って、俺はゲートの開放からちょっとだけ遅れてスタートを切った。

 

そのまま加速しつつも先団には追いつかない位置・・・7、8番手くらいかな?に付いた。少しゴチャ付いてるけど走りづらいって事もないかな。

 

『揃ったスタートに・・・おっとセキトバクソウオーやや遅れたか、今日は後ろからになりそうだぞ?』

 

「えっ!?セキトバクソウオーがいない!?」

 

「後ろからだと!?」

 

実況の声で、前を行く馬の背から驚いたように何人かが振り返った。よしよし、後方待機策が思ったよりも刺さったようだ。遅れたんじゃなくてわざとですよ。

 

『その他は揃ったいいスタートでした!さあここから先行争い、ユウマです、ユウマがいきました』

 

『やったあ!レースだ!走るのたーのしー!』

 

「ユウマ!そうだ!行け、行け!」

 

先頭はユウマってやつが1馬身ほど離して気持ちよさそうに逃げている。

流石にここに出られるような奴だし、かかって自滅なんてしてくれそうにないな!

 

『その後ろから白い帽子が2頭、トッププロテクターとファイターナカヤマです』

 

トッププロテクターもファイターナカヤマもユウマを逃さず、かつ後ろに追いつかれないペースでと逃げに近い走りをしている。俺としてはその作戦が一番疲れるんだけどな。

 

その後ろに芦毛の馬体が見える。あれはカタコトがチャーミングなマルターズスパーブちゃんか。あれ?その後ろに真っ黒なスイートオーキッドちゃんがいる、今日は先行策か。

 

『マルターズスパーブも早めの競馬にもっていくのか、さぁスイートオーキッドの青い帽子が見えます、立川広典は早め4番から3番手』

 

「もう少し前にいたほうがいいかな・・・」

 

『今日こそ、今日こそ私が頂きに辿り着くのですわ!』

 

スイートオーキッドちゃんの騎手さんが手綱をしごくのが見えた、って、えぇ!?もっと前に行くのか!?大丈夫!?

 

『外ネオポリス、真ん中に青い帽子が上がっていくスイートオーキッド、外に回ってオレンジの帽子がダイワカーソンです』

 

『全員とっ捕まえて、ボクが勝つんだ!』

 

『あら、どうぞご勝手に。勝つのは私でしてよ!』

 

『お二人さん・・・どうぞ潰し合ってくれ、そうなればオレの勝ち筋が広がるってもんさ!』

 

うーん・・・この辺の連中は本当に良くわからない。特にネオポリスなんて人間の時に聞いたこともない名前だし、こうなったらレースから無視だ無視!

 

『少し離れてファイターナカヤマ下がっている、後はセキトバクソウオー今日は後ろから、ラヴィエベルがここにいます、真ん中を突いてはアグネスデジタルと波止場清、そしてその後ろトーヨーデヘア前頭浩希がいます、その外を行っているハセノバクシンオー、更にマイネルブライアンです、鞍上南雲G1初挑戦』

 

ん?馬群が詰まってきている。そろそろ位置取りを変えないとやばくないか・・・って周りを囲まれてて動けねぇじゃねーか!やられた!包囲網だ!

 

『ようやく気づいたね・・・!僕みたいに弱い馬でも、集まってこうすればまともに戦える!』

 

アグネスデジタル!?お前が主犯か!

 

「くっ!行き場が・・・!」

 

『獅童さん、なんとかしようぜ!』

 

『行かせないよ!』

 

馬群の隙間を縫おうとした瞬間、前にいた一頭が空かさず進路を塞いできた。

 

『トーヨーデヘア!?何するんだよ!』

 

『何って君を勝たせない作戦だよ!』

 

そうやって俺が馬群の中でもがいている一方、アイツはその影響が及ばない外を走っていた。

 

『成程。この位置ならば、セキトの様にはならないであろう』

 

「セキトバクソウオー・・・すまないけど、今日は僕達が勝たせてもらう!」

 

その馬は、イーグルカフェ。はやる気持ちを抑え、翼を広げる瞬間を、鞍上の指示を今か今かと待っていた。

 

『外にイーグルカフェがいました、あとプラントタイヨオーがいてノボジャック。マチカネホクシン谷譲はこの位置です!』

 

「お前の脚ならここからでも、外からでも届くはずだ!」

 

『!タニサン!?もうイクんデスネ!?オーケー!マチカネホクシン、イキマース!』

 

実況に呼ばれるやいなや、マチカネホクシンは鞍上にぐいぐいと押され加速していく。馬群を嫌ったんだろう、そのまま外へと持ち出しているから大外で全頭差し切るつもりのようだ。

 

『さあもう先頭は3、4コーナの中間に差し掛かった、さぁ何が来てもおかしくないぞ〜・・・前は3頭!』

 

ああっ、もう直線じゃないか!馬群を捌かないと、と思ったらトーヨーデヘアがするすると最内をあがっていく・・・あそこだ!

 

「バクソウオー!あそこに!」

 

『おう!』

 

『あっ!しまった!』

 

内を走っていたトッププロテクターに塞がれてしまう前に俺もその場所を突いて馬群の脱出には成功した・・・のだが。

 

『いくぜ、ってあれっ?あらっ!?』

 

勝負どころなのに、なぜか走法を変えられない!?

 

「バクソウオー!いつものアレはまだか!?」

 

俺の手応えが変わらないせいだろう。獅童さんが少し慌てたように声をかけてきた。

 

ハイペースで引っ張られる内に脚を使っていたのか?それとも左回りのせい?

 

もしかして・・・俺にマイルって。

 

 

『いやいや、まだその判断は早いよな!ふん!あ、よし!』

 

「よし、切り替わった!行くよ!」

 

力ずくで走り方をピッチに切り替え、獅童さんの手綱さばきもあって無駄なく東京の第4コーナーを回っていく。やっぱり左回りだとぎこちないな。

 

『よっ、また来たぜ!』

 

『君のその走り方、聞いてはいたけどほんとに変態じみてるな!』

 

『そりゃどうも!』

 

そのままインを走るトーヨーデヘアの更に内側に、身体をねじこむ。変態とは心外な。それは後ろのアグネスデジタルのためにあるような言葉だ。

 

ラチのスレスレを通り、身体の傾きが戻ると俺の目に映ったのは、果てしなく続いてると錯覚すら起こしそうなほど真っ直ぐな緑の一本道。

 

さあ、泣いても笑っても、ここからが最後の直線だ!

 

『ここでセキトバクソウオーがインを上がって、8枠の2頭もじりじり、ネオポリス、真ん中マルターズスパーブ、そしてユウマ、最内トッププロテクターの白い帽子、早くも原の手が動いている!』

 

「行けぇ!トップ!」

 

『今度は逃さないぞ、セキトバクソウオー!』

 

後ろからトッププロテクターが吼えた。

 

 

「無茶はさせたくないけど、負けたくもないね!」

 

『セッカクココマデキタンデス!ヒキサガルワケニハイキマセーン!』

 

その隣のマルターズスパーブちゃんも負けじと叫んだ。

 

『さぁ黄色い帽子、マチカネホクシンは後ろから3頭目!どこから切れ味を発揮するんだ!?』

 

「ホクシン!走れぇぇぇ!」

 

『エンジン、ゼンカイ!!デェース!!』

 

更に、大外のマチカネホクシンの声が聞こえた。あの末脚は警戒しなければ!

 

『何が来てもおかしくないぞ!さぁその才能を解き放てー!!』

 

実況に合わせる様に、俺の脚もストライドに切り替わる―

 

『・・・あっ!?』

 

「バクソウオー!どうした!?」

 

筈だった。残り300mを切ったその時、俺の身体ががくんと揺れる。あれ?おかしいな。脚の運びはストライドでも、ピッチですらなく。バラバラに崩壊して、隣りにいたはずのトーヨーデヘアが遠くに離れていく。

 

そして、視界の隅から、俺の代わりと言わんばかりに外から一組の人馬が恐ろしい勢いで上がっていくのが見えた。

 

 

「イーグル!飛べぇぇぇぇ!」

 

『・・・参るっ!』

 

それは、今レース最大のライバルとしていたイーグルカフェと、名手丘本雪緒に他ならなかった。

 

『な、ナンテスエアシ・・・』

 

なんつー脚だ。あのマチカネホクシンが置いていかれるじゃねぇか。

 

負けられねぇと思って脚を伸ばそうとしても、バタバタと空回りする脚の回転が更に崩れただけ。

 

『お先に失礼しますわ!』

 

後ろにいたはずのスイートオーキッドちゃんの真っ黒な馬体が先に行くのが見えた。それだけじゃなく、次々と他の馬体も俺の前へと去っていく。

 

何で置いていかれてるんだ。俺。いつもの伸びは?走り方は?一体どうしたってんだよ。

 

「これは・・・ちょっとダメか」

 

ふと、背中の獅童さんから諦めたような声が聞こえた。

 

ああ・・・そういうことかよ。後200mも残してるってのに、あれ程アンタはG1に飢えているのに。そんなに簡単に諦めが付くような姿になってるのかよ、俺は。

 

乗ってるアンタがそうなんだ。センセイだって、朱美ちゃんだって。もう早々に諦めて次のレースに気が移っていることだろう。

 

なんだかそれが悔しくて。そんなに力も残っていないのに、俺だけが往生際悪く諦めきれなくて。強くハミを噛んだらなぜだか視界が滲んで。

 

目から、何かがこぼれ落ちていった。

 

 

 

『坂を登るっ!!』

 

『あと少し・・・!もう少しだ!』

 

競馬場に響く少しばかり暑苦しい人間の男の声を背に、我が相棒の愛の鞭を身体に受けた吾輩は正に鷲の如く直線を飛んでいた。

 

『全くの横一線!スイートオーキッド!トーヨーデヘア!・・・イーグルカフェッ!』

 

阿呆が。ようやく吾輩の名を呼んだか。赤き僚馬を含め、とっくに多くの馬を抜き去っていたというのに。

 

しかし赤兎馬とは千里・・・よくは分からぬが途轍もなく長い道のりを一日で駆ける馬を指すというのだから、アレは赤兎馬ではなかったのだろう。

 

セキトなどという高尚な名はあいつには勿体ない。今日からはバクソウオーと呼んでやろう。

 

「全部!差し切れえぇぇぇぇ!」

 

『承知した!』

 

相棒が珍しく声を荒らげた。それだけ強き思いのこもった叫びであるのだろう。ならば、吾輩もそれに相応しく全身全霊で応えなければならぬ!

 

『外からイーグルカフェッ!マチカネ!マチカネ!イーグルカフェ!トーヨーデヘア!イーグルカフェ!内からトーヨーデヘア!トーヨーデヘア!』

 

『これで、僕もG1馬に・・・』

 

「おい!来てる!外から一頭来てるぞ!デヘア!おい!」

 

先頭を駆けるトーヨーデヘアという名の輩は、既に勝った気でいるようで、騎手が注意を促しているというのに全く気がついていない。

 

よろしい。ならば吾輩が油断大敵という言葉を我が身を持って教えてやろう。我々競走馬にとって基礎中の基礎であるその言葉を頭に焼き付ける絶好の機会である。

 

『トーーヨーデヘアッ!外からイーグルカフェ!』

 

 

『そこの馬よ!一つ助言をしよう!自分に酔うのはゴールを駆けてからにするのだ!』

 

『へっ!?』

 

彼の目が吾輩を捉えたのは、既にゴール板なる吾輩らの蹄に似た青い構造物を過ぎた後だった。

 

 

 

 

 

『並んだ並んだ並んだ並んで!ヴッ!?・・・全く並んで入線!3番手マチカネホクシン!これは分からない!全くわかりません!!最内トーヨーデヘア前頭浩希か!?それとも外からイーグルカフェ丘本か!?勝ち時計1.33.5と上がっています!』

 

イーグルカフェとトーヨーデヘアが並んだところで、ゴールを駆け抜けていった。

 

史実通りならイーグルカフェが勝っているのだろうが、それ自体は既に俺にとってはどうでもいいことだった。

 

『負けた・・・』

 

そう、負けた。俺はレースに負けたのだ。

 

しかも今まで4着までには来ていたというのに、今日は掲示板すら外すというひどい有様だ。

 

『くそ・・・くそぉーーっ!!』

 

「バクソウオー・・・」

 

何度嘶いても、結果は変わらない。分かりきってはいたが抱いた思いを抑えきれず、目からとめどなく溢れる雫は一つ残らずターフに吸い込まれていった。

 

 

 

『はぁ、はぁ・・・』

 

「ちょっとは落ち着いたかい?・・・帰ろうか」

 

『ああ、獅童さん、すまねぇな・・・』

 

レースが終われば敗者は去るのみ。しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した俺はクールダウンが終わった後、さっさと引き上げて待機所に入る。

 

そこに書かれた「8」という数字に、改めて敗北という結果を真正面から受け止めることになった。

 

「まあ、そんなに気にするな。お前には次がある」

 

獅童さんの手でゼッケンが外され、首をうんと軽く叩かれる。完走おめでとうって意味だろう。みっともなく泣き喚いたせいかなんだかいつも以上に疲れた。ぼーっとしながら出入り口を見つめていると。

 

 

『クソ・・・!あと少しだったのに!悔しいけど、あいつの言う通りだ』

 

トーヨーデヘアが上がってきて、2着の枠に入る。やはり軍配が上がったのはイーグルカフェだったか。

 

その後様子を見に来たセンセイも獅童さんと一言二言「長かったな」「長すぎました」と会話を交わすと、お疲れと俺の首をポンポンと撫でるように触れて早々にイーグルカフェが入るのであろう1着の枠へ行ってしまった。

 

あれ?なんだろう。この感情は・・・寂しい?

 

 

一方勝ち馬であるイーグルカフェがウイニングランを終えて引き上げてくると、センセイと丘本さんが満面の笑みでガッチリ握手を交わした。

 

そして、休憩もそこそこに枠から出されると、そのまま来た道を引き返していく。

 

『む、まだ何かあるのか』と本人はちょっと不満そうだったが渋々外に出ていった。ウィナーズサークルへ向かったのだろう。

 

『勝ちましたイーグルカフェ、父はガルチ、母はネットダンサー、母父はヌレイエフ・・・』

 

 

実況がイーグルカフェの紹介をしているのが耳に入ってくる。俺だっていつか、あそこに立つ。そう固く心に誓うのに、ちらりと見えたあいつの誇らしげな姿は十分だった。

 

 

 

『G1を勝つとは、ここまで気持ちのいいものなのか!』

 

そこからしばらくして帰ってきた奴は、NHKマイルカップの優勝レイを肩に掛けて、嬉しそうに歩いていた。

 

『よう、おめでとう』

 

なかなか疲れが抜けず、待機所に留まっていた俺がそう声をかけると、イーグルカフェから出たのは逆に俺を心配するような声。

 

『祝言、感謝する。しかしセキ・・・バクソウオーよ。貴様一体どうしたのだ。直線はまるで走りを覚えたばかりの仔馬の様だったではないか』 

 

馬基準だとそう映るのか。酷いもんだ。言い訳をしようとして、それもなんか違う気がしたから観念して正直に話すことにした。後わざわざ呼び方を変えたのも気になるし。

 

『・・・長すぎたんだよ、俺に1600は。それからなんだよ、いきなり名前を下の方で呼んだりなんかして』

 

『ふむ、やはりそう言う馬もいるのか。呼び名を変えたのは、千里を駆けるという赤兎の名は貴様には高尚過ぎるからだ』

 

『はは、確かにそうだな』

 

言われて納得。たかだか1600mでバテてるようじゃ、本物の赤兎馬には及ばんわな。

 

でもよ。もしもレースの距離がそれ以下だったら。その時は。

 

『イーグルカフェ、もしもだ。もしも俺とお前が、1600以下のレースでまた戦う事があったら・・・その時は、センセイがいるのは俺の隣だ』

 

『ほう、言うではないか。では、またの機会を楽しみにするとしよう』

 

まあ、そうは言ってもイーグルカフェは中距離寄りのマイラーだ。実を言うと1600以下のレースに出た回数なんて、片手で数えられるくらいしかない。

 

それでも負けっぱなしなんて許さねえってプライドが燃えてるんだよ。この辺り、俺も馬としてはバクシンオーの血をしっかり引いてるんだなってなんだか面白くなってきた。

 

『ああ、その時は・・・負けない』

 

 

かくして、俺のNHKマイルカップは結果だけ見れば過去最悪にして、後々から見てもキャリア最低の結果に終わった。

 

しかし、ここで得た悔しさは大きな燃料となり、俺の中で燃える炎はますます熱く、赤く。燃え上がっていくのだった。




セキト、マイルに散る。

次回更新予定は本編は金曜の22:00予定になります。
おそらくこの後ちょっと未来の掲示板回が更新されます。



・今回の被害馬
 特になし

・被害ポイント
 ミスターサウスポー不在により一部競走馬(スイートオーキッド〜ハセノバクシンオー)の着順が繰り上がり


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【閑話】ちょっと未来の掲示板【架空産駒ネタバレあり】

今回の閑話は、ちょっとだけ未来の競馬板を覗く話です。

架空産駒とかこんなもんでいいのかしら?気晴らしなので文字数少なめです。


【オルフェーヴル】今年のクラシック世代を語るスレpart6【エリンコート】

 

23:名無しの勝負師 ID:a+B7ElATk

いやあ今年のクラシックは面白いな、牡馬はオルフェが三冠達成しそうだし、牝馬はNHKマイルカップを勝ったチロリアンランプがいるし

 

29:名無しの勝負師 ID:+1IsDJKu3

オルフェーヴルはよく話題に上がるから知ってるけどチロリアンランプって?

 

41:名無しの勝負師 ID:SVcT7wiAC

>>29

父セキトバクソウオー母スイートオーキッドの牝馬。ここまで5戦して桜花賞とNHKマイルカップを勝ってる

 

42:名無しの勝負師 ID:7NqyRczqs

セキトバクソウオー産駒か、サンクス

 

53:名無しの勝負師 ID:TFia03zZQ

8日前にバクシンオーが亡くなってて、息子であるグランプリボスも出てたんだけど、まさかの孫が勝つという

 

61:名無しの勝負師 ID:bIks5K9Tp

2着もバクソウオー産駒だったしな

 

73:名無しの勝負師 ID:pF4huQB6/

いやホント、バクソウオー産駒って牝馬は走るのに牡馬はうーんだからな。そろそろ後継を出してほしいところだが

 

82:名無しの勝負師 ID:8hjzGw0Me

チロリアンランプの次走は安田記念だそうな

 

90:名無しの勝負師 ID:WFRtlDhXu

安田だと!?また凄いところに行ったな、休養かと思ってたわ

 

95:名無しの勝負師 ID:qUQ6q9YwN

安田にはバクソウオーの息子と娘が他もいるし、どこまで通用するか楽しみだな

 

104:名無しの勝負師 ID:NQX1Dh+1O

そういえば安田記念はここ数年、ずっとバクソウオー産駒が勝ってるんだよなぁ

 

115:名無しの勝負師 ID:n7WCwbNIU

>>104

マ?

 

123:名無しの勝負師 ID:HUC2OdW7Y

マジ。

07年からずっと産駒が連覇してる。

 

124:名無しの勝負師 ID:Rm4MbAMuE

しかし全員牝馬という・・・。

 

139:名無しの勝負師 ID:3ApHrZN6h

一頭くらいタマがついていれば今頃・・・。

 

150:名無しの勝負師 ID:BadzURnsu

ま、まあおまいら、バクソウオーの正妻が今年は牡馬を産んだらしいから、期待しようじゃないか

 

161:名無しの勝負師 ID:0hS1C1Tu+

おっ、今年は牡馬だったのか、三年後が楽しみだな

 

173:名無しの勝負師 ID:/FFzx6+qT

正妻って・・・なんで正妻なんだ?バクソウオーは他の牝馬にも種付けしてるだろ?

 

180:名無しの勝負師 ID:IR/jdcKEk

正妻って呼ばれてる牝馬がバクソウオー以外との種付けを拒んだから

 

188:名無しの勝負師 ID:s6CLMc2ds

ファッ!?

 

191:名無しの勝負師 ID:1w1dOMkLx

ええ・・・。

 

200:名無しの勝負師 ID:hjmrZQUUv

マジだぞ、そのへんの話がこのサイトに乗ってるから一度見てみろ

umauma/yomoyama.corum/0100

 

211:名無しの勝負師 ID:6YjzcvDuS

マジかよ・・・

 

213:名無しの勝負師 ID:UtZ/QgFSd

バクソウオーの匂いがついた目隠しを着けたのに扱いの差で偽物と見抜いて蹴り上げるとかやべえ

 

220:名無しの勝負師 ID:v5OH+VMfP

その一方でバクソウオー本人だと大人しく種付けされるんだからな、そりゃもう種付けしてもらうしかないわな・・・。

 

224:名無しの勝負師 ID:k8XmZAUvr

唯一の例外がバクソウオーが体調不良に見舞われた08年の種付け。渋りに渋った末にマンハッタンカフェに根気強くアプローチされて受け入れたらしい。その翌年に牝馬を産んでて今年デビュー予定

 

236:名無しの勝負師 ID:yzqorV17a

馬名決まってる?

 

243:名無しの勝負師 ID:BOi2keKmZ

ブラックベルベット。マンカフェにクリソツな青鹿毛だそう。

 

256:名無しの勝負師 ID:8j1oSAJGS

ライスシャワーの近親でマンハッタンカフェ産駒とか期待しちゃうわ

 

267:名無しの勝負師 ID:wjSnaZnuc

誰か・・・バクソウオーの初年度産駒で今の所唯一牡馬でG1獲ってるレッドモンスターの話を出して・・・。

 

281:名無しの勝負師 ID:5dp1kQsmJ

レッドモンスターなぁ、母父オグリからG1馬が出るとは思わんかったわ

 

287:名無しの勝負師 ID:wS23PnYaR

言うて正妻も実はメジロマックイーン産駒なんやで

 

299:名無しの勝負師 ID:O7+dS4m+6

ほんとバクソウオー好き好き正妻ウーマンじゃなかったらステゴも付けたかっただろうなあ

 

304:名無しの勝負師 ID:i9zmDMDhe

その正妻なんだが、バクソウオーとの繁殖実績が恐ろしいんだよ。下手したらステゴを付けるよりも。

 

314:名無しの勝負師 ID:U5Qg0h1Zw

は?

 

326:名無しの勝負師 ID:wVaQOaos+

第一子ゴールドレース 07生 牝 父セキトバクソウオー

12戦6勝 桜花賞、阪神JF、現役

第二子ナイトオブファイア 08生 牡 父セキトバクソウオー

6戦3勝 NHKマイルカップ2着 アーリントンカップ 現役

第三子ブラックベルベット 09生 牝 父マンハッタンカフェ

デビュー前 

第四子馬名未登録 10生 牝 父セキトバクソウオー

第五子馬名未登録 11生 牡 父セキトバクソウオー

な?

 

332:名無しの勝負師 ID:nJEXmzlbD

初仔が牝馬クラシックの主役張って、二番子も重賞馬とか繁殖能力スゴスギィ!?

 

338:名無しの勝負師 ID:QZtKepJ2f

・・・これは噂なんだが、驚くべきことにブラックベルベットに追いつける同期の馬がいないらしい

 

345:名無しの勝負師 ID:thNVkYNHZ

最強牝馬キターー!

 

355:名無しの勝負師 ID:2wFImgmdB

いやいやデビュー前の前評判ほどアテにならんもんはないからな?w

363:名無しの勝負師 ID:H5deKN1Ek

いや、おまいら・・・見落としてるかもしれんが、真に恐ろしいのは馬主の相馬眼だから

 

368:名無しの勝負師 ID:pAD++W9rw

あー、最初の馬がセキトバクソウオーなんだっけか

 

377:名無しの勝負師 ID:2SYNL6XjT

そうそう

 

363:名無しの勝負師 ID:BekLBkWhF

おい、そろそろバクソウオー産駒の話をしたいなら別スレに行ってくれよ

 

364:名無しの勝負師 ID:3QX4iOEB2

それもそうだな、ちょっと立ててくるわ

 

371:名無しの勝負師 ID:3QX4iOEB2

ほらよ

>>【正妻】セキトバクソウオー産駒を語るスレ【大勝利】

 

381:名無しの勝負師 ID:qOvw8s0rT

スレ立て乙

 

387:名無しの勝負師 ID:3qJ2Ujv9l

正妻大勝利www

 

 




作者の自己満にお付き合いいただきましてありがとうございます。

本編更新は金曜の22:00予定となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

力走するって、こういうことだよな?

・・・おや?セキトの様子が・・・!?

デッデッデッデッ(ry

おめでとう!セキトバクソウオーはセキトブチギレオーに進化した!(テンテンテーン、テテテテテテテーン)

な話、始まります。

そういえば連載一ヶ月、達成してました。


超満員のスタンド、湧き上がる大歓声。

 

今、俺はジュンペーを背に、G1レースの直線を駆けている。今日のコースは右回り、初G1勝利も十分あるぞ!

 

「さぁ、行けっ!セキトっ!」

 

放たれたムチが左のトモに当たり、俺は上体を沈めて全力でスパートをかけた。

 

速く、速く。どこまでも駆け抜けていけそうな高揚感と爽快感に包まれながら、俺はゴール目指して走る。

 

これなら、今日の走りならば!ジュンペーとの夢が叶う!そう興奮していた俺だったが。その内、何かがおかしいことに気づいた。

 

『ゴールは、どこだ・・・!?』

 

そうだ、ゴール板が、無い。

 

どこまでも、どこまでも。走っても走っても。果てしなく真っ直ぐな直線しか、ここには存在しない。

 

『どういうことだ・・・ぐぅ!?』

 

それに気がついた瞬間、さっきまでの開放感が嘘のように身体の動きが鈍くなる。

 

『お先!』

 

『遅い遅い!』

 

『やっぱキミには長かったね』

 

息が上がって、滲む視界の中で何頭もの馬の影が俺を抜き去って行って。

 

やがて、先頭を走っていた影がいつの間にか現れたゴールを過ぎた後に立ち止まって、こっちに振り返った。黄色地に黒タスキ、どこかで見たようなメンコを着けている。

 

そして。

 

『お前は、只の馬だ』

 

そう聞こえた瞬間、急に後ろに現れた馬の巨影が、俺を踏み潰した。

 

 

 

 

 

『うわあああああああ!?』

 

 

 

『おい、どうしたんだよセキト!』

 

『はぁ、はぁ・・・ゆ、夢か』

 

 

近くの馬房から俺を心配する声がする・・・そうだ。NHKマイルカップから、もう一週間が過ぎたんだ。

 

『夢?すごい声を出したからなんだと思ったら、お前、うなされてたのか?』

 

『ああ、酷い夢だったよ』

 

俺を気遣ってくれる僚馬にそう答えると何を思ったのか僚馬は食べすぎると悪い夢を見やすいらしいぞとか根も葉も無いようなことを言ってきた。

 

『忠告サンキューな』

 

もう一度寝直そうかとも思ったが、厩舎の入り口が開く音が聞こえた。ああ、もう調教の時間なのか。

 

 

獅童さんが無理をしなかったのが効いたのか俺は案外疲れることなく厩舎に帰ることができ、もう調教を再開している、のだが。

 

NHKマイルカップの直線の光景が、あの日から夢に出てくるんだよ。しかもさっきみたいに悪夢にアレンジされまくってて最悪なやつが。

 

それを見る度飛び起きて、荒い呼吸を整えながら意識がはっきりすると、悔しさが湧き上がる。そしてその感情が俺を坂路へと誘うのだ。

 

 

『うおおおおおお!』

 

「こら!そんなに飛ばしちゃ駄目!」

 

『獅童さん、すまん!でもこうでもしないと強くなれねぇんだよ!』

 

「頼むから!バクソウオー!スピード落として!オーバーペースだよ!」

 

ジュンペーが戻ってくるまでの間の、正式な主戦に決まった獅童さんが手綱を強く引っ張る感覚が伝わってくる。

 

だが残念だったな!と言わんばかりに、俺はお構い無しで坂路を爆走中。心臓が荒れ狂うように拍動しているがこのくらいなんてこと無い。

 

「ああ・・・またオーバーペースのまま登りきっちゃったよ・・・」

 

やがて坂を登り切り、息を整えながらゆっくりとクールダウンするための緩やかな道を下っていくが、すでに俺の意識は次の登坂へと向いている。

 

『はぁ、はぁ・・・よし、次だ』

 

「ちょっと、バクソウオー」

 

そうやってまた坂路の始まりへと行こうとしたところで獅童さんにちょんちょんと手綱を引かれた。む、これは獅童さんが俺に仕込んだ調教終了の合図。正直もうちょいやらせて欲しいが・・・。

 

「これでもう今日は3本目じゃないか!これ以上やったら君の心臓が潰れちゃうよ!」

 

『えっ、もうそんなにやってたのか、痛っ?』

 

俺自身はそんなに走った感覚はないんだが。そう思ってはいても、確かに脚には問題ないレベルの微かな痛みが走っていてこのままだと大変なことになっていたかもしれない。獅童さんの冷静な判断に感謝しつつ俺は坂路コースを後にする。

 

 

「ただいまーっ、と、アイツはいないんだったな」

 

厩舎に戻ってきても、隣の馬房のG1馬(イーグルカフェ)はいない。レース後にセンセイが馬主さんと話し合った結果、そのまま東京に滞在して安田記念に出ることになったらしい。

 

『次も勝って、優勝の証を増やす』とか浮かれたように言っていたけど、調子に乗りすぎだ。確か史実は・・・うん、またアイツの鼻っ柱が木っ端微塵だな。

 

右隣の馬房は最近新馬が入厩することが決まったらしいが仕上がりが遅れているのかまだ空きっぱなし。どんな奴が来るのやら。 

 

お向かいさんの馬は放牧だ。昼間の内は人間がいて賑やかだからいいけれど、これが夜になるとしんと静まり返って意外と心細くなってしまう。

 

ひょっとしたらこの心細さが悪夢の原因なのかもしれないと思いつつ、逆にその静けさが反省するのにはいい時間になるのではと閃いた。

 

よし。ここは一つ反省会でもしてみようか。

 

・・・その反省会の結果大変なことになってしまったのだが、この時の俺はそんなこと知るわけがなかった。

 

 

 

 

セキトが己を見つめ直そうとするその一方、厩舎の人々はそのセキトのことで頭を悩ませていた。

 

「獅童、セキトがおかしいというのは本当か」

 

太島の問に、獅童はゆっくりと頷いてから話しだした。

 

「はい、レースの後から・・・元々調教も真面目に走る馬だったんですが、ちょっと今日の坂路での走りは、まるで何かに追い立てられてるようでした」

 

その言葉を聞いてふむ、と一息ついてから太島は考察を述べた。

 

「追い立てられる、か。この間のNHKマイルカップが堪えたかもしれん。それにアイツは負けず嫌いだ、負けたくない、と無茶をしてるんだろう」

 

「そうだと思います。バクソウオー、レースでも完全に脚は上がってるのにハミはガッチリと噛んでましたから・・・」

 

「マスコミにこんな写真を撮られたくらいだ。余程悔しかったんだな」

 

獅童がセキトは最後まで諦めてはいなかったと伝えると、太島は懐から1枚の写真を取り出した。

 

「あっ、これ・・・」

 

それは、NHKマイルカップのゴール直後、涙を流すセキトバクソウオーの姿を捉えたもの。

 

「かつて、皇帝と呼ばれたシンボリルドルフも、秋の天皇賞でギャロップダイナに敗れた際、涙を流したというからな」

 

「あのルドルフも泣いたんですね・・・」

 

「ああ、本当に悔し涙かは分からないが、そうだと信じている人は多い」

 

獅童のセリフに同意してから、太島は言った。

 

「アイツは賢い馬だ。恐らく、レースに勝つまで気持ちが収まることはないだろう・・・このままだと調教にも支障が出かねない。来月、もう一度使うぞ」

 

「来月ですか」

 

驚いたような表情を浮かべる獅童。順当ならセキトは立直しを図るためにも放牧に出されると思っていたからだ。

 

「中日スポーツ賞4歳ステークス。1200mだし、今のセキトには色々と丁度いいだろう」

 

太島はガス抜きとして次のレースを使うと獅童に告げた。

 

 

 

そして迎えたレースの日。

 

分厚い雲に覆われた空の下、中京のパドックに姿を現したセキトは前走から−14kgと大幅に馬体を減らし、その心の内で未だ収まらない怒りを燃やしていた。

 

『あんなんで・・・何がG1馬だよ・・・』

 

その対象は、自分。あの日の反省会の末に至った答えは、己の未熟さ。周りの馬に被害が及ばないよう、今すぐにでも滅茶苦茶に暴れてしまいたい本能を必死に抑えている。

 

「バクソウオー・・・」

 

愛馬のあまりの姿に言葉を失う獅童。思わず見つめたセキトの目の中に、炎がギラギラと揺らめいたような気がした。

 

「セキト、お前・・・やはり怒っているのか」

 

太島も、体重については自分が至らなかったと反省しつつ、ふと向けられたその目を見てやはりセキトはただの馬ではないと実感する。

 

「おいおい、あれは酷いな」

 

「アバラが浮いてガリガリじゃねぇか」

 

客席からセキトと陣営にむけてヤジが飛ぶ。NHKマイルカップの敗戦もあいまったその結果、重賞馬にしては評価は低く6番人気。

 

そうやって今日はだめだと先入観に捕らわれていた観客は、スタートから約50秒後、信じられない光景を目にすることになる。

 

 

『中日スポーツ賞4歳ステークス!直線を向いた!マッチレース!今年は2頭のマッチレースになりました!』

 

中京の300mしかない直線に、逃げた2頭の馬が馬体を合わせたまま突入してきた。

 

『ぐぅぅ・・・早く落ちろ!』

 

『僅かに先頭を行くのはユーワファルコンか!』

  

 

13番人気、鹿毛の牡馬ユーワファルコン。

 

 

『落ちねぇよ。千二なら尚更な』

 

『並んで差のない二番手に、セキトバクソウオーだ!』

 

そして、ユーワファルコンにピッタリと張り付くように走る6番人気セキトバクソウオー。

 

後続集団を3馬身突き放したまま、2頭ともまだ脚には余裕がある。

 

「このまま行けば、大荒れになるぞ」

 

ざわめき出した中京競馬場で、誰かがそう呟いた。

 

 

『(正直俺は、自分が許せねぇし、恥ずかしい)』

 

セキトは、走りながら怒ってはいるが同時に段々と冷静にもなっている。

 

ほろ苦い敗戦。その要因を考え、結局自分もかつてのイーグルカフェと同じように、重賞を勝てたのだから次も勝てるだろうとあぐらをかいていたのだと気がついた。

 

その結果がNHKマイルカップ。掲示板に乗れなかったどころか、着外の8着。

 

勿論太島が言っていた様に距離が長いのも敗北の一因ではある。だがそれ以前に、自分は本気で勝とうと努力していただろうか?

 

答えは、否だった。

 

今までは持ち合わせた才能と、運で勝っていただけだ。

自分の努力なんて、まだまだこれっぽっちも勝利に貢献などしていない。

 

そう結論づけたセキトが歯を食いしばって強く馬房の床を踏みつけると、皆が寝静まった夜更けの厩舎に、鈍い蹄の音が響き渡った。

 

幸いにも挫石にはならずに済んだ。

 

 

それからセキトは、ほぼ毎日の様に坂路を激しく駆け上がり続けた。身体を鍛えたかったのでは無く、やりきれない気持ちをどこかで発散したかったのだ。

 

そうやって赤い馬体が幾度となく全速力で坂路を駆け上がる姿はまるで火の玉のようでもあり、或いは暴走した機関車のようでもあり。

 

その甲斐あってか今日のレースまでにはいくらか冷静さを取り戻すことができた。飼い葉が喉を通らなかったのもあって体重は犠牲になったが、レースでそこまで強い相手はいないと聞いてセキト自身はむしろ丁度いいとすら思った。

 

格下相手と言うなら、更に走法チェンジも無しだ。ストライド走法だけで勝ってやる、と今日はコーナーをピッチで走っていない。

 

マイナス(ガレ気味)マイナス(左回り)マイナス(走法縛り)。マイナス要素の三連単なんて上等じゃないか、とようやく怒りを闘志に変えて。

 

『本当に強い(ヤツ)ってのは、こういう時に勝てる奴のことを指すんだよ!』 

 

改めて確認するように叫んでから、ハミを取って加速する。細くなった馬体にスパートは少々堪えたが、この状況でこのレースを落とすようではG1馬になんてなれやしないだろう。

 

 

「やっぱり、君は勝ちたいのか」

 

そんなセキトの手応えをダイレクトに受けた獅童は馬上で呟いた。

NHKマイルカップの時とは比べ物にならないアバラの浮いた馬体を見て、今日は回ってくるだけにしようと決めていた・・・レースが始まるまでは。

 

スタートしても追わずに、馬なりで。そうやって馬に負担がかからないようにした筈なのに、セキトはゲートを出ると先頭を走るユーワファルコンにすーっと並びかけ、その体勢を変えずに走り続けて直線でも全く退かない。

 

全く指示していないのにこの動き、この走り。間違いなくこいつはとんでもなく負けず嫌いで、自分自身でレースを勝とうとしている。

 

「ふふ、まったく、このままじゃぼくはただのお荷物じゃないか、そうだな・・・」

 

確信した獅童は思わず笑ってしまった後、緩めていた手綱をしっかりと握りしめ、少しでも彼の助けになればと扱きだす。

 

「いけーっ!やってやれーっ!!」

 

そう強く言い放つと、セキトの目がちらりとこちらを見やって、『ありがとう』と言っているような、そんな気がした。

 

 

『残り100!ユーワファルコンわずかに先頭か!?並んでセキトバクソウオー!セキトバクソウオーが抜けた!』

 

『くぅ・・・ここまで、か・・・!』

 

残り100mを過ぎて、ずっと馬体を併せていたユーワファルコンが、遂に力尽きる。

 

『悪ぃな、先に行かせてもらうぜ!』

 

勝利を目前にしながら下がっていくライバルにそう声をかけると、セキトはそのままゴール板をめがけて走り続ける。

 

『っはぁ、はぁ!やっぱり、ガリガリだと、この距離でもしんどいけど、よ!』

 

『くっ!アイツ、だって、バテてる、筈なのに!』

 

最後は痩せ細った身体故、やはり脚が上がった。それでも前半で後方に付けた差が生き、先にバテたユーワファルコンは勿論、3番手以下も届きそうにない。

 

 

『・・・ったぜおらあああぁぁぁ!』

 

『セキトバクソウオー、1馬身差つけてゴールイン!2着はユーワファルコン。勝ち時計は1分8秒7と出ています、6番人気と13番人気で決まった中日スポーツ賞4歳ステークス、馬連の配当が大変なことになっております!』

 

セキトは、ゴール板をどの馬よりも先に駆け抜けた。

 

 

『やった!やった・・・!』

 

レースで乱れた息を整える。痩せた身体で、左回りの中京で、完全には力を出せない状態で。重賞を勝ったのだ。

 

そしてセキトは今、それによって自信と誇りを確かに取り戻した。

 

「バクソウオー。気は、済んだかい」 

 

獅童が愛馬の首を叩き、労いながら声をかける。ここ数日は呼びかけに対して全く反応を示さなかったが、今、彼を優しく見つめるセキトの目に怒りはもう無い。

 

『獅童さん・・・迷惑をかけてすまなかったな』

 

「うん、もういつも通りだね」

 

『おう』

 

呼びかけに対して、鼻を鳴らして応える赤き勝者に獅童はほっと胸を撫で下ろした。そう、これだ、いつものセキトバクソウオーだ。

 

 

これにて、重賞2勝目。

 

しかしその横顔にあったのは喜びではなく、なにかをやり遂げたような、スッキリとした表情。

 

彼の中から嵐は去り、凪の様に穏やかな澄んだ瞳が、雲を割って空から覗く陽の光を映し。

 

セキトはもう二度と、あの悪夢を見ることはなかった。

 

 

 

 

 

『うごぉ・・・またか・・・力が入らねぇ』

 

その数日後。やはり痩せた馬体でレースを激走したダメージは想像以上に大きく、セキトは最早無視できない程にガレてしまっていた。おまけにまたまたコズミ。

 

太島はそんな、生まれたばかりという訳でもないのにプルプルと震えるセキトを見ながら頭に手を当てて首を横に振ってため息を付いた。

 

「どうしてこうなる・・・」

 

『センセイ、ごめんなさい、無理しました・・・でも笹針は勘弁してぇ』

 

前に休養と称して笹針を打たれ、一ヶ月でスピード復帰させられたこともあったセキトはまたあの痛い思いをしなければならないのかと恐れていた。

 

しかし、意外にも続く太島の言葉は今のセキトにとって正に天国行きのチケットだった。

 

「まあいい、どうせレースが終わったらしっかり放牧に出すつもりだったからな。少し長旅になるが平気だろう」

 

『た、ただの放牧!?助かった!』

 

思わず力が抜けて、へなへなとその場に座ってしまうと、何かあったのかと何人も厩務員が集まってしまって恥ずかしい思いをしたセキトなのであった。

 




現実の季節とは真反対の夏休み編、開幕。
次回更新は月曜22:00予定です。

・今回の主な被害馬

ユーワファルコン 牡 鹿毛

父スターオブコジーン
母ロンバーデル
母父Lombardi

・被害ポイント
中日スポーツ賞4歳ステークス
優勝→2着

・史実戦績
26戦5勝
主な勝鞍
中日スポーツ賞4歳ステークス(G3)

・史実解説
スターオブコジーン譲りの、抜群のスピードを受け継いだスプリンター。デビューから3戦目で初勝利を上げると、一度8着を挟んで500万下も勝利する。
6戦目で中日スポーツ賞4歳ステークスに出走すると、逃げ切って勝利。重賞ウイナーとなる。

しかしその後はCBC賞3着を最後に重賞で入着する事はなくなり、1600万下の新潟日報賞と、OPの福島民友カップの2勝を重ねただけに終わり、03年の霜月ステークスを最後に引退した。

引退後はスピード能力を買われて種牡馬となったが産駒数も少なく、競走馬となったのは5頭だけである。

2010年、心臓麻痺のため死亡。遺された産駒の中から笠松で8勝を上げたインボッカアルーポが現れた。

・代表産駒
インボッカアルーポ 牡(母フィールドアリダー)
 中央2戦0勝 地方(笠松)61戦8勝
主な勝鞍 サラ系B11・C3組


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【夏休み編Ⅰ】夏だ!放牧だ!新たな出会いだ!?

夏休み編一本目。

入厩時とはちがってほのぼのテイストを目指しましたが、抜けきらないシリアス要素。

どうしたらあんなハイテンションが書けるのか。


『うーん、気持ちいいなぁ・・・』

 

サラブレッド、セキトバクソウオー。只今北海道で里帰り中にして、絶賛休養中である。 

 

時折遥か上空から飛行機が通過する音が聞こえるが、それ以外は実に穏やかな時が流れていて、おかげで俺は随分とゆっくりさせてもらっている。

 

放牧地で横になったり、砂浴び・・・実質土浴びをしたり、食っちゃ寝してても怒られないとか最高か。草を千切って食べながら顔を上げると、真っ青な空と地面から湧き出しているかのような入道雲が見えた。

 

今頃本州を襲っているであろう暑さは欠片もなく、実に快適だ。本当にこの時代の夏の北海道は馬にとっていい休養になっていたのだと改めて実感している。

 

現代では休養と言っても北海道に連れて行ったら逆に酷暑に晒されるからな。施設の整った育成牧場やらトレセンやらに預けられて過ごすのが一般的だ。ある意味これは貴重な経験だろう。

 

ただ、走り回りすぎると休養にならないという理由で、俺が放牧されているのはパドックと呼ばれる小さな放牧地。

 

特に俺はガレまくった状態で牧場に帰ってきたから、おっさんたちを酷く驚かせてしまったんだよな。お騒がせしてどうもすみません。

 

おっさんってのは勿論あの牧場長のおっさんである。2年ぶりに会った感想としては、頭の海岸線が下がっていってるなぁという感じ。

 

さて、大自然パワーでリラックス&リフレッシュできているのはいいのだが、ここ数日になって困ったことが一つ・・・ある意味嬉しいことでもあるんだが。

 

まず、道を挟んだ俺の隣の放牧地は親子の馬が放牧されていて、今年生まれた仔馬たちがじゃれ合ったりしていて実に可愛らしい。

 

幾らでも眺めてられるんだが、あんまり長い時間見ていると、神経質なマダム達が「不審者よー!」なんて叫んで警戒度MAXになってくれちゃったりするから思う存分って訳には行かないのが辛いところ。

 

でも問題ってのはそこじゃない。今日もそろそろ、この時間になると・・・あ、来た来た。

 

親子たちが放牧されている放牧地の奥の方から、一頭だけ群れを離れて黒鹿毛っぽい仔馬ちゃんが柵に近づいてくる。

 

『お兄ちゃん、こんにちは!』

 

にこりと笑ってから座ったかと思えばいきなり文字通り地面に真横になって、がりがりと器用に蹄で引っ掻いて柵をくぐり抜けた。

 

『うんしょ、うんしょ・・・えへへ、今日もあそびに来ちゃった』

 

初めて見たときはびっくりしたが、慣れた手付き(脚付き?)で何回もやってくれるもんだからすっかり見慣れて、そういうもんだと思ってしまっている俺がいる。

 

『おじゃましまーす!』

 

こうやって俺の放牧地に入ってくるのがこの子の日課らしい。もしかしなくても脱走癖が身に付いてしまってるって事なんだろうけど、まあ、この脱出方法だったらその内出来なくなるだろうから大目に見てやるか。

 

『よう、いらっしゃい』

 

『んぅ、だいすきー』

 

快く迎えてあげれば、仔馬ちゃんはピトリと俺に寄り添った。何この、尊いって言うんだっけ?そういう類の生き物。もう可愛さが天井を突き抜けて宇宙に届きそう。

 

それにしてもパドックにいるのが俺でよかったな。他の馬だったらこうはいかなかったぞ。見ず知らずの男馬にここまで甘えてくるなんてお母さんはどうしたんだと聞いたら、

 

「おっぱいはくれるんだけど、あんまりお話はしてくれないのー」

 

との事で、多分放任主義なんだろう。まあ、ちゃんとミルクをあげてるだけ俺の母親より偉いのは確かだ。

 

さっきも尊さに呑まれかけたが正直この仔馬ちゃん、無茶苦茶かわいい。まだ幼い言葉使いとか仕草もそうなんだけど、くりっくりのお目々に、ぴこぴこしてる大きめの耳。それと・・・。

 

『! けほっ、けほっ!』

 

『おっと。大丈夫か?』

 

『うん!ぜんぜんだいじょうぶ!』

 

時折こうやって咳き込んだり、くしゃみをしたりしてるから心配だ。身体も小さくて、それが余計に可憐さをプラスしているんだが、あまり体質も強くないのかもしれない。

 

咳とかは風邪かなにかだと信じたいが、馬にとっては風邪ってだけでも一歩間違えると命取りなんだよな。

 

『・・・!ほら!こんなにはしれるんだもん!だいじょうぶ、でしょ?』

 

俺の心配そうな視線に気づいたのか、仔馬ちゃんがパドックの外周を走り出した。おいおい、狭かろうに。

 

2周、3周と繰り返す内に仔馬ちゃんは楽しくなってしまったらしい。ますますスピードを上げて、走れるってことを楽しんでいるようだ。

 

そういえば俺は生まれながらに前世の・・・人間の記憶を持っていたから生まれた時点で競走馬になるとも分かっていたし、身体を鍛える為に走ることはあっても純粋に走ることそのものを楽しむってのは無かったなあ。

 

イタズラとかもあまりしなかったし、自主帰宅やら馴致の異常なスピードやら、関係者からしたら俺は余程可愛げのない仔馬だったに違いない。

 

『ふふ!たのしい・・・!』

 

『走るのはいいけど、あんまり無茶して転ぶなよ』

 

『わかったー』

 

そんな感じで仔馬ちゃんの保護者役をしながら、二人っきりの時間を過ごしていると。

 

「おーい、セキトー!お前の大切な嬢ちゃんが来たでー!」

 

「セキターン!久しぶりー!夏休みはどうー!?」

 

おっさんが朱美ちゃんを連れて歩いてきた。

朱美ちゃん、本当に久しぶりだな。NHKマイルカップの時以来か。

 

『ぴぃ!?しらない人がきた!?』

 

『おっ』

 

見知らぬ人に怯え、俺の腹の下に潜り込む仔馬ちゃん。俺にとっては見慣れた大切な人であっても、仔馬ちゃんにとっては何をしてくるかわからない未知の存在だからな。この反応は仕方ない。

 

『あー、そうか、お前は初対面だもんな。大丈夫だ、あの人は俺の馬主さんだ』

 

『ばぬしさん?』

 

朱美ちゃんはマジで良い人だし、少しでもその不安を和らげられたらいいなと思ってそう言ったら、首を傾げながら聞き返してきた・・・か、かわいい。

 

『ああ、俺の大事な人なんだ』

 

『お兄ちゃんの、だいじな人・・・?』

 

『あの人はなにも嫌なことはしてこないってこと』

 

『ほんと!?だったらだいじょうぶ、だね!』

 

俺の言葉を聞いて、仔馬ちゃんは嬉しそうにぴょんと跳ねて飛び出した。その姿を見つけたおっさんが驚いた表情を見せた後、慌てて駆け寄ってくる。

 

 

「あっ!こら!コイツ!また脱走したんか!」

 

『いやー』

 

そのまま素早く仔馬ちゃんを確保し、頭絡を掴んだ。仔馬ちゃんも嫌とは言っているものの本気で暴れている様子は無いし、本当に嫌というわけでは無いのだろう。

 

「えっ!薪場さん、その子は!?まさか、セキタンが・・・!?」

 

いやいやいやいや、朱美ちゃん!?何言ってんの!?断じて違うから!近所の子なの!というか俺牡馬(オス)だよ!?馬だよ!?単性生殖なんて出来ないから!

 

「そんなんあるか!コイツはジャスミンポイントの・・・分かりやすく言えば、ライスシャワーの近親にあたる仔馬や!」

 

ほら、おっさんも自慢の関西弁でツッコミを入れて・・・ん?ライスシャワー?あの、最後のステイヤーとか、黒い刺客とか言われてるあの?

 

「あ、そっか!そうだよね、セキタンは男の子だもんね」

 

ようやく朱美ちゃんも落ち着きを取り戻してくれたようだ。まったく、そうだよ。

 

 

 

『おねーさん、ほんとになにもしてこないね・・・あっ、きもちいー』

 

「うーん、久しぶりに仔馬撫でた・・・それにしてもかわいい子ですね」

 

「これでなんにも問題がなかったら、胸を張ってセリに出せたんやけどな」

 

それからしばらく経って落ち着いてきた頃に、朱美ちゃんが興味津々といった様子で近づいてきた仔馬ちゃんを撫でる。この子、ライスシャワーの近親だったか。それでいておっさんが言うには何か懸念材料もあると。

 

 

「なにか、問題があるんですか?」

 

「いやなぁコイツ、これでも大分ようなってきたんやけどな、生まれたばかりの時に生きるか死ぬかって騒ぎになったくらい体質が弱いねん、下手に移動させてまた体調が悪くなられても困るんや」

 

「体質、ですか・・・それはまた難しいですね・・・」

 

仔馬ちゃんの抱えた問題ってのは、やっぱり体質か。これは朱美ちゃんが言うように、一朝一夕には行かない非常に難しい問題である。

 

食が細い、疲れが溜まりやすいとかならば、根本の原因さえどうにかできれば生きていくことは出来るが・・・競走馬となると、不可能ではないが難しい。

 

『なにをおはなししてるの?あそんでよー』

 

当の仔馬ちゃんは二人の会話が自分の将来に関わる重要な話とは露知らず、無邪気にかまってくれと催促してきた。

 

『はいはい、まったく』

 

『あ、お兄ちゃん、そこかゆかったの、ありがとー』

 

要望通りに首筋を毛づくろいしてあげれば、丁度いいポイントに当たって気持ちよかったのか鼻をめくりあげて喜んでいる。

 

「あ、セキタン。この子と仲良しなんだね」

 

『ああ、こいつが押し掛けてきたんだけどな』

 

朱美ちゃんが俺と仔馬ちゃんのグルーミングを見て言った。すると、おっさんが俺の鼻筋を撫でながらそれに続く。

 

「サラブレッドで、しかも現役の牡馬がこうやって年下の面倒を見るんは珍しいで。セキト、やっぱお前は普通の馬やないな」

 

「あ、そういえばお父さんの牧場でこういう馬って見たことないかも・・・」

 

その言葉を聞いたおっさんが冗談を言った。

 

「この様子なら、この後ぱったり活躍できなくなったとしても仔馬の幼稚園の先生としてとしてやっていけるで、将来安泰やな」

 

確かに一理あるな。けど今の俺の目標はG1制覇。歩みを止めてなるものか。朱美ちゃんも気持ちは同じのようで、

 

「もう!セキタンはもっと走るんですから!」

 

ってちょっと怒ってた。

 

「お、おぉ・・・すまん」

 

「もー・・・ところでこの仔、ライスシャワーの近親って言ってましたけど・・・」

 

二人の話題は俺から仔馬ちゃんへと移る。

 

「あぁ、コイツはジャスミンポイントの00。親父はメジロマックイーンで、今は黒鹿毛に見えるが、芦毛の牝馬や」

 

おや、芦毛ちゃんなのか!生まれたばかりの時は他の毛色とほとんど見分けがつかないと聞いてはいたけど、うーん?目を凝らしてみても今は白い毛なんて殆ど無いな。

 

『お兄ちゃん?わたしをじーっと見て、どうしたの?』

 

仔馬ちゃんが俺の行動を不思議がって尋ねてきた。

 

『いや、君が芦毛、大きくなったら白くなるっていうから本当かなって』

 

『え!わたし、しろくなるの!?となりのおへやの(ひと)みたいに!?』

 

いや、君の隣の部屋のお馬さんとか知らんから。比較のしようがないよ。

 

「それで、さっきも言ったようにこいつは体質がアカン。牧場の事を考えたら、本当やったら潰さなあかんのやけどほら・・・マックイーンの仔って牝馬の方がよう走るやろ?それからライスシャワーの姪っ子ともなれば、処分するのも勿体ない気がしてなあ」

 

「え!処分って・・・殺しちゃうんですか!?」

 

おっさんのセリフに戦慄する朱美ちゃん。おっさんはその反応で相手が馬主になってあまり経っていないことを思いだしたのか、「仕方ないことなんや」と説明を始めた。

 

「申し訳ないんやが、こういう馬ってのは大概ただの金食い虫や。治療をしたら助かるとか、餌を変えたら食うとかならまだええ。やけど、生まれつきってのはどうしようもあらへんのや。タチの悪いことに外に出てくるまで分からんしな」

 

「可哀想ですけど、牧場だってタダじゃないですもんね・・・あ」

 

過酷な運命を背負っているなどまだ理解できるはずもない無邪気な仔馬の姿に、悲哀を覚える朱美ちゃん。しかし間もなく何かを思いついたのか、声を上げた。

 

「薪場さん、確認したいんですけど、この子を処分しなきゃいけない理由って、馬主さんが見つからないからですよね?」

 

「そうやけど・・・」

 

「だったら、馬主さんがいれば、この子は生きられるんですね?」

 

朱美ちゃんが真剣な目をしておっさんに迫る。

 

「せやけど・・・もし何かあった場合、馬鹿にならん費用がその馬主さんに行くことになるで」

 

「うん・・・それでもいいや。薪場さん!」

 

「な、なんや?」

 

覚悟を決めたように頷く朱美ちゃん。その勢いのままに迫られたおっさんは思わず一歩引いたが、それも構わずに朱美ちゃんは言った。

 

「私、この子買います!」

 

「はっ!?・・・ええんか!?将来走れるかどうかすらわからん馬やぞ!?」

 

驚きのあまり一瞬フリーズしつつ、帰ってきたおっさんが本当にいいのかと尋ねていた。でも朱美ちゃんはもう決めたから、と言わんばかりに譲らない。

 

「いいんです、この子を助けたいだけですから。お金ならセキタンが稼いでくれたのがありますし!」

 

「な、なら・・・ええんやけど・・・」

 

呆然としたままのおっさんと、にこにこしている朱美ちゃんの表情が対照的である。そういえば俺の稼いだ賞金で朱美ちゃんに入った分ってどのくらいになってるんだ?

 

えーと・・・あれがこうで・・・既に9000万くらい!?たしか買われた時が2500万+税だから多少税金やらなんやらで持っていかれてたとしても朱美ちゃん、超黒字だな!

 

これなら俺がもうちょっと頑張った時点で仔馬ちゃん一頭くらいなら養うこともできるだろう。

いや、G1制覇って目標は変わらないけどな!

 

「それじゃあ、このくらいの金額で・・・」

 

「・・・交渉成立や、嬢ちゃん、こいつを頼んだで」

 

そうこうしてる内に交渉がまとまったらしく、ガッチリと握手を交わす二人。おう、良かったな仔馬ちゃん。これでお前も俺のファミリーだ、ウェルカム・トゥ・ザ朱美一家。

 

『なにがおきてるのー?』

 

『たった今、君は俺の家族になったのさ』

 

『かぞく?』

 

相手は仔馬だ。難しいことを言ってもわからないだろうと分かりやすく解釈して説明したら、どういう訳か仔馬ちゃんは目を輝かせだした。

 

『じゃあ、お兄ちゃん、ほんとのお兄ちゃんになったんだ!』

 

『あ、ああ』

 

あー。そういうことか。俺の発言を合わせたら、確かにそういうことになっちゃうな。仔馬ちゃんは更に、それでね、と続きを話し始めた。

 

『あのね、前におかあさんが言ってたの』

 

『何だ?』

 

『もし、この(ひと)にだったらお嫁さんに行ってもいいって思ったら、こうよびなさいって』

 

そして、仔馬ちゃんの口から放たれた言葉は、完全に予想外かつ仔馬ちゃんの容姿も相まって圧倒的で、絶大なる破壊力を誇るものだった。

 

 

『お兄さま!』

 

 

『・・・ぐふっ』

 

『おにいちゃ、お兄さまー!?だいじょうぶー!?』

 

純度100%のお兄様、は今の俺には劇薬過ぎた。

尊さのあまりパタンと横に倒れ悶えていると、状況がよく分かっていない仔馬ちゃんの追いお兄様が。

 

もう効果は超抜群だ。

 

「セキタン!?」

 

「セキト!どうしたんやー!」

 

『お兄さまー!』

 

『ミ゜』

 

 

記憶が、飛んだ。

 

 

しばらくして起き上がると仔馬ちゃんは母馬の元に戻されたのかいなくなっていたし、後日俺は獣医によって精密検査を受けたが勿論まったく異常は無し。

 

一体何なんだと首をかしげる獣医さんとおっさんに、ちょっとだけ申し訳なくなったのだった。

 

 

 

 

 

その日の晩。昼夜放牧中の一歳馬の放牧地にて。

 

 

『なあ、アンタ見ない顔だな、新入りか?』

 

群れから離れたとある一歳馬が、隣で草を食む見慣れぬ馬に声をかけた。

 

しかし、返事はない。

 

『・・・?なんだよ、なんか言えって・・・ヒィ!?』

 

一歳馬をよく見る為か、「そいつ」は顔を上げる。ぼんやりとした輪郭が、月明かりに照らされていた。

 

しかしその顔には目がない。

 

見間違いではなかった。馬は暗闇でも視界を確保出来るし、月明かりがあれば相手の顔や姿くらいなら、はっきりと認識出来るのだ。

 

そのはずなのに、見えない。それどころかよく見れば向こうの景色が透けて見えている。

 

一歳馬から続く言葉が無かったせいか、「そいつ」は再び首を地面に伸ばし、草を食み出した。

 

そんなよく分からないものが自分と同じ放牧地にいる光景を目の当たりにしてしまった不幸な一歳馬は。

 

『うあ、あ、あは、ははっ・・・』

 

恐怖のあまり笑いながら一歩、二歩後ずさると。

 

 

『で、で、で・・・!出たあああああああ!?』

 

 

踵を返して、一目散に仲間の元へと逃げていったのだった。

 




今年のBCも、多くの日本馬が遠征し、全馬無事に完走、内2頭がBC馬の栄光を掴みました。

特にBCディスタフのマルシュロレーヌは地方ダートでの実績しかない状態、最低人気からの大金星です。この勝利によって多くの競走馬の可能性が広がること、そして種牡馬オルフェーヴルのさらなる活躍を祈っています。

次回更新は水曜、22:00予定になります。
幽霊騒動、勃発。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【夏休み編Ⅱ】お彼岸Mid Night

夏休み編二本目。

今回は怖くないホラー・・・いや、オカルト回?

なんというか、動物には人には見えないものが見える的なアレや、田舎に帰省したら祖父母の幻と出会った的なアレを目指して書いております。別名ご都合主義。

いやホント、セキトの先生になれるような近親馬がいて良かったぁ。


どうも。相変わらず休養中のセキトバクソウオーだ。

 

朱美ちゃんが仔馬ちゃんを買ってからはだいたい半月くらい。登録審査は終わってるから名前を考えるんだって張り切っていた。

 

最近の話題と言うと、牧場の馬たちの間でにわかに噂になっていることがある。

 

それは「夜の放牧地に見慣れない半透明の馬が現れる」っていうもの。どっかの学校の怪談かよ。

 

馬鹿らしいと思う反面、何頭もその馬を見たという奴がいてまったく気にならないと言うのも嘘になる。

 

おっさんも「なんか最近二歳馬の元気があらへんなぁ」なんて言ってるし、なにか起きているのかも知れない。

 

 

『・・・よいしょ!お兄さま、おはよう!』

 

『くっ・・・なあ、最近幽霊の話があるらしいんだ、君は何か知らないかい?』

 

あれほど怒られたっていうのに、相変わらず俺のいるパドックに侵入してくる仔馬ちゃん。彼女に噂の幽霊馬の事を聞いてみると。 

 

『ゆーれいさん?わたしはお家にかえるから見たことないけど、1つ上のお兄ちゃんお姉ちゃんがゆーれいがでたー!っていってるのはきいたよー』

 

とのことだ。うん、まだ1歳馬(この時代だと2歳だけど、紛らわしいから1歳馬で!)たちのイタズラの可能性も捨てきれないが、何かしら「出る」のは間違いなさそうだ。

 

『なるほど、そのお兄ちゃんお姉ちゃんがどんな感じだったか、分かるか?』

 

『うんとね、えっと・・・たぶん、ほんとにこわがってた。ぜんぜん楽しそうじゃなかったし』

 

これでイタズラの線も消えたな。だったら、俺がその幽霊とやらの正体、確かめてやるしかねえ。

 

『そうか、ありがとな』

 

貴重な情報を提供してくれた仔馬ちゃんを、口先で撫でる。

 

『えへへ、お兄さまがよろこんでくれるなら、よかった』

 

『ぐふぅっ』

 

相変わらず破壊力の高い呼び方だ。俺は何回目かも分からぬ旅立ちをしそうになる意識を、必死に肉体に押し留めた。

 

 

 

 

 

『さて、と』

 

その日の夜。上手く話が伝わってなかったのか、それともそんな事しないと思われたのか。とにかくトレセンと違って、牧場で俺が使っている馬房の前にベニヤ板のような障害物は無い。

 

つまりここをこうしてこうやってやれば・・・。

 

『よっと、大成功!』

 

外れた馬栓棒がカランカランと派手に音を立てた。それで目を覚ましたり、なんだなんだと騒ぎ立てる奴もいる。

 

勿論このままではおっさんたちに騒ぎが伝わって強制収監一直線。そうなっては困るので『すまん、俺だ!』と声をかけて謝っていけば、

 

『どうやって出たんだよ!?』

 

とか

 

『またお前か・・・』

 

という感じに驚嘆だったり呆れの声とともに段々と騒ぎは収まっていった。

そのまま通路をのし歩き、最後の難関、厩舎のドアの前へと立つ。

 

施錠自体は馬房の入り口なんかにも使われてる単純構造の鍵がいらないタイプだったから、簡単に外してやった。

不用心・・・というかこれも時代ってやつか。ましてや馬が解錠するなんて夢にも思ってないだろうしな。

 

『さて、と・・・ふんぬぬぬ!』

 

後は力一杯ドアに体重をかけながらスライドさせるだけなのだが、これがまた馬の身体だとキツイ!ぴったりと閉まった取っ掛かりに馬の口は引っかからないし、手が使えないってだけでここまで苦労するんだからホント人の手って素晴らしい進化の成功例だと思う。

 

『はー、はー・・・せー、の!』

 

何回トライしたかは覚えてないが体重と横向きにかかる力によって重い扉が動き、遂に俺が通れそうなくらいの幅が出来た。

 

『ふー・・・!やったぜ!』

 

一息ついてから、悠々と屋外へ繰り出していく。

 

1歳の時以来、久しぶりの夜の牧場だ。

夏にも関わらずきんと冷えた空気に、ふと空を見上げれば数え切れないくらいの星々が輝いていた。

 

『すっげえ・・・』

 

東京や茨城では中々お目にかかれないその輝きに、しばし目を奪われる。そういえば1歳の頃は走ることばかりに夢中で、あまりこうやってゆっくりと空を見上げたりなんてしなかった。

 

『っと!幽霊幽霊!』

 

しかし今日の本命は幽霊探査。仔馬ちゃんが言っていた様に1歳馬が怯えていた、というなら出現ポイントはあの思い出深い広い放牧地だろうか?

 

そう目星をつけて懐かしい道をパカパカと進んでいると。

 

 

『ひえええぇ幽霊だあああ!』

 

『出たあああああ!?』

 

やはり件の放牧地から、1歳馬たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

『出やがったか!』

 

あの怯えっぷり、1歳馬たちがパニックで怪我をしてしまうかもしれない!彼らを落ち着かせるため、俺は目的地に急ぐ。

 

スプリンターの脚にかかればこのくらいの距離、あっという間だ。

 

『お前ら!どうしたんだ!』

 

『ゆ、ゆゆ、ゆーれい・・・!』

 

『オジサン助けてー!』

 

俺の声に反応して、柵越しに助けを求める1歳馬たち。オジサンって・・・俺まだ4歳なんだけどな。

 

って、それはともかく本当に幽霊がいやがるのか!なんとかして中に侵入しなくては。

 

柵を飛越(踏み切ってジャンプぅ!)するか?いやいや、それだと失敗したときのリスクが恐ろしすぎる。

ここは安全策をとってちゃんと出入り口から、だ!

 

口を使って通路から放牧地をつなぐ柵を塞いでいるパイプを抜き取り、中に入ってからそれを戻して2本目、直接放牧地に繋がるパイプを抜く。

 

1歳馬たちが集団脱走、なんてなったらおっさんたちの信頼は木端微塵だし、第一それはそれで怪我に繋がってしまうからな。

 

そして放牧地に侵入すれば、すっかり怯えきった1歳馬たちが俺の周りに集まってきた。

 

 

『にーさん、助けてくれよう』

 

『アイツ、最近毎日出てくるんだ』

 

『おうおう、とにかく落ち着け。その幽霊ってのはどこにいるんだ』

 

泣きじゃくるそいつらをなだめつつも、幽霊がいるという場所を聞きたいのだがなかなか上手く行かない。と。

 

『っ!?来たな!』

 

そうこうしているうちにどうやら向こうの方からおいでなすったようだ。耳がピクリと反応する。蹄の音がしないのに耳が動いたのは気配を感じた時の反射的なもの。

 

相変わらず暗視カメラの様な視界だが、その一部がボヤケていてこの世ならざる者がそこに「いる」と分かる。

 

長い4つの脚と力強い首、ピンとたった耳・・・うん、確かに馬の幽霊だな。

 

奴さんはどうやら俺に興味があるらしく、ゆっくりとこちらに歩みを進めてくる。

 

『ひゃああこっちきたあああ!』

 

『嫌ー!』

 

『もうダメだ・・・!おしまいだぁ・・・!』

 

1歳馬たちは逃げ出してしまったが、あいつらを守るためにも俺は逃げるわけにはいかねぇ。逆に一歩を踏み出し啖呵を切る。

 

『俺はセキトバクソウオー!!幽霊野郎!お前は何者だ!』

 

『・・・!?』

 

幽霊馬の動きが、止まった。

 

そして周りをきょろきょろと見回すような動きをした後、微かにだが『おお、我としたことが』と声がしたような気が。

 

瞬間。びゅう、と風が吹く。

 

『うっ!?』

 

なんて風だ、あまりの強さに目を閉じるしかなかった。

 

 

 

『・・・お初にお目にかかる。我はサクラシンゲキ。桜の名を持つ一派のサラブレッド也』

 

『!?』

 

聞き慣れぬ声に目を見開くとさっきまで幽霊が立っていた場所には額と鼻筋に小さな星がある立派な黒鹿毛の馬がいた。

 

そして、今なんと名乗った?サクラシンゲキ、だと。そんなバカな。確かもうこの時代には。

 

『既に三途の川を渡った身ではあるが、今は彼岸が近い時期故、こうして黄泉の国から現世への外出が許されたのだ』

 

なるほど、彼岸か・・・。地獄の釜の蓋が開いたりご先祖様の魂が帰ってくるだの言われているが、あの世から帰ってくるのは人間だけじゃないってことなのか。

 

『そうか。ところでアンタはなんでここにいるんだ?ここで生まれたって訳でもないだろう』

 

幽霊の正体が分かったところで、今度はその目的を尋ねる。

 

『強いて言えば・・・旅、だな。強者を求めておる』

 

『強者を求める旅・・・?』

 

俺が聞き返すと、サクラシンゲキはゆっくりと頷いてから答えてくれた。

 

『我は、千六以下のレースなら3着以下になったことはない。しかし時代がそれを許さなかったのだ』

 

彼が走った80年代の競馬は、中長距離こそが至高にして王道であり、その他の路線はおまけのような扱いであった。

 

そんな時代においてサクラシンゲキは優れたスプリンター、あるいはマイラーとしての可能性を見せながらも、それを発揮できる大舞台が殆どなかったのだ。

 

『だが、今の世はスプリンターズステークスがある。そして、高松宮記念がある。そこで思ったのだ。そのレースを勝てるような馬と我では、どちらが速いのかと』

 

そして時代が進むと、サクラシンゲキの実の弟、サクラユタカオーが絶対的なスピードで秋の天皇賞を制し、その息子であるサクラバクシンオーの更に昇華されたスピードによって、遂にスプリンターたちの道が拓かれた。

 

そうしてやっと整備されたスプリント路線を、今、俺が駆け抜けている・・・改めて考えると、俺はスプリントに革命を起こした血を引いてるんだよな。

 

『残念ながらここは強者が集うのではなく新たな命が息吹く場所であったが、休むには丁度良かったから邪魔していたのだ。2歳の者たちを驚かせてしまったのは本当に申し訳なかった』

 

成程、サクラシンゲキの目的はスタッドの名馬たちと競走することか。だがよ、シンゲキさん。死んで耄碌しちまったのかあんた重要なことを忘れてるよ。

 

『あの・・・お言葉かもしれんが、今の時間放牧されているのは1、いや2歳馬だけだと思うぞ』

 

『!?』

 

俺の言葉に衝撃を受けたような顔をするサクラシンゲキ。いや、これそんなに驚くこと?

 

『ぬぅ・・・!ぬかったか!このサクラシンゲキ、一生の不覚』

 

その一生、とっくに終わってるんだけどな。とにかく人間だったら地面に手を付いていそうなくらいの落ち込みっぷりは、何だかちょっと見てて不憫になってきた。

 

『・・・シンゲキさん、だったらよ』

 

『む?』

 

名馬たちの代わりがどれほど務まるかは分からないけど。

 

『俺もスプリンターなんだ。勝負しようぜ』

 

俺は名馬に一騎打ちを申し込む。

すると、その言葉が耳に入った瞬間先程までのテンションが嘘のように復活したサクラシンゲキが嬉しそうに言ってきた

 

『ほう・・・我とスピードで勝負しようということか、若造!』

 

『ああ』

 

俺は頷いた。幽霊とは言え昔の、とっくに天へと登ったはずの馬とこうして喋れるし走れるなんて・・・素晴らしいチャンスじゃないか!

 

『どれほど付いてこられるか楽しみだな』

 

サクラシンゲキが、手加減はしてやらんといわんばかりの笑みでこちらを見る。

 

その目を見た瞬間、背筋がゾッとした。

 

これが日の丸特攻隊なんて呼ばれ、第一回ジャパンカップのペースを翻弄した名馬の迫力か。

 

それなのに、その慄きすらすぐに興奮が飲み込んで、ああもう。なんてワクワクするんだ。今すぐにでも走りたいと脚が疼いて疼いて仕方ない。

 

『俺、これでも結構速いんだぜ?』

 

『抜かせ。お主はまだ若駒ではないか。全盛期の身体に戻った我に追いつける訳が無かろう』

 

『さあ、それはどうかな?』

 

正直、勝てるとは思ってないさ。それでも本能が、俺の身体に流れるサラブレッドとして300年を生き抜いてきた血が。この馬よりも速く在れ、と決闘を望んでいる。

 

『では・・・お主は現役馬だから、あまり無理をしてもいけないだろう。そこの柵からスタートして、三周したところがゴールでどうだ』

 

約600m、3ハロンといった所か。俺たちスプリンターには丁度いいくらいだろう。

 

『おう、それでいいぜ』

 

『ふむ、スタート役が要るな。誰か!そこの2歳の者!』

 

レースの条件に同意すると、サクラシンゲキが遠巻きに見守っていた一歳馬の群れにを呼びかけた。

 

一歳馬たちははびくんっ!と跳ねてざわついていたが、やがて観念したように一頭の鹿毛馬がゆっくりと歩いてくる。

 

『その、えーと、何スか・・・』

 

『今から我とこの若造でレースをする。お主にはスタートの合図を頼みたい』

 

恐る恐る要件を尋ねる一歳馬くん。サクラシンゲキはそれを咎めることもなく、堂々とスターター役を頼んだ。

 

『ああ、そういうことッスか・・・ふぅ、了解ッス。お二人ともスタート位置にどうぞッス』

 

大した用事でもなく、気が抜けたのか大分リラックスした様子になった一歳馬くんはスタート地点に向かう俺たちについてきて、邪魔にならない位置に立つ。

 

『それじゃあバクソウオーさん、準備は良いッスね?』

 

『おうよ!』

 

俺は準備万端、今すぐ駆け出したいくらいだ。

 

 

『それから、サクラシンゲキさん?準備出来てるッスか?』

 

『うむ、問題はない』

 

サクラシンゲキも油断はしていない、といった様子でスタートの時を待つ。

 

 

『じゃあ行くッスよ・・・!用意・・・!』

 

一歳馬くんの声で、二人同時に身構える。

 

『ドン!ってはっや!?』

 

そしてスタートと共に2つの風が、瞬く間に放牧地を3周駆け抜けたのだった。

 

 

 

 

 

『あー!チクショー!負けた!完敗だぁ!』

 

『やはりこうなったな』

 

・・・結果は、サクラシンゲキの3馬身差勝ち。負けは負けだが、相手は全盛期のレジェンド。放牧地と言うこともあってむしろ引き離されなかった方だろう。

 

それにしてもお手本のように見事なストライド走法だった。俺のストライドの完成形も、あれに近しい感じになるのだろうか。

 

『うむ、久方ぶりに楽しいレースであった。ところでお主、2つの走り方を使い分けているようだな。心底驚いたぞ。片方は我と似ているようだが・・・』

 

サクラシンゲキも満足気で、そのまま俺の走り方について興味を持ってくれた。というか走りながら俺の観察とは余裕だな。

 

ひょっとして俺が4歳だから全力で走ってなかったのか?それならちょっとショックだわ。質問に対しては素直に答えよう。

 

『ああ、俺の親父がサクラバクシンオーって言うんだけど・・・』

 

そう言った瞬間、サクラシンゲキが目を見開いた。実は彼から見たら俺は弟の孫だ。ついでに妹の孫でもある訳だが・・・黙っといたほうが色々ややこしくなくていいだろう。

 

『なんと!?バクシンオーの事なら聞いたことがあるぞ!その子という事は、お主、弟の孫であったか!それならば走りが似ているのも納得だ』

 

一人で納得しているサクラシンゲキ。しかし言っているように血統の力ってのは侮れんもので、クロフネとその子供達みたいに走り方だって遺伝することもある。血の繋がりが近いなら尚更だ。

 

『よし、これも何かの縁。お主が一歩でも栄光に近づけるように、我の走りの秘訣を教えよう!』

 

あれ?シンゲキさん?血の繋がりがあるってわかった途端なんか親戚のおじさんムーブになってない?

 

それから俺は何故か一歳馬たち共々ストライド走法の何たるかを仕込まれることになったのだが・・・。

 

 

『違う!背中の使い方がなっとらん!』

 

『ひいぃ!』

 

 

悲報。サクラシンゲキおじさん、鬼教官だった。

 

 

『もっと!もっとだ!脚を伸ばすのだ!』

 

『折れるぅぅぅぅ!』

 

 

『お主!首も加速に使えることを知らんのか!?』

 

『ひょええええ!!』

 

 

指導を望んだ一歳馬たち、そして俺の口と身体から上がる悲鳴アンド悲鳴、そして悲鳴。俺って身体が柔らかいと思ってたけど全然だったわ。それと比べてサクラシンゲキのは何だよアレ。ゴ○ゴ○の実かよ。

 

 

 

 

 

『ふむ、若造。大分良くなったではないか』

 

『あざす・・・』

 

結局一晩中みっちりと走り回らされて、クッタクタだったがその甲斐あって彼の中の及第点には届いたようだ。

 

『次はよりスピードを維持する体勢についてだが』

 

『まだやるのかよ!?』

 

『当たり前だ。理想の走りというのは一筋縄には・・・む?』

 

サクラシンゲキが満足するまで無限に続くかと思われた特訓だったが、山の向こうの空が白みだしたその時、サクラシンゲキがそれを見て『時間だな』と呟いた。

 

『シンゲキさん?』

 

『・・・すまんな。朝と昼はこの世にいる者の時間。そして我はこの世を去った身故、夜にしか姿を現せぬ決まりだ。それから・・・今日で我はここを旅立つ』

 

『え?何言ってるの?』

 

『旅立つ?』

 

わざとなのか素なのか、一歳馬には分かりづらい言葉を並べて語るサクラシンゲキ。あー、つまりだ。要約すると。

 

『・・・お別れってことか』

 

『えぇ!?』

 

『そんなぁ!』

 

『せっかくお話できたのにー!』

 

俺の言葉に、一歳馬たちから口々に別れを惜しむ声が上がる。

 

その様子をみたサクラシンゲキは、ハハハ、と豪快に笑ってから言った。

 

『心配せぬともお主らがいずれ命尽きた時、再びあの世で会えようぞ。それよりも今を大事にするのだ。死後、思いが弱い者の魂は消えてしまうのだ』

 

いよいよ顔を出し始めた朝日に照らされ、透けたサクラシンゲキの黒鹿毛の身体が尻尾の端から金色に変わって、そこから細かい粒が光へと散って溶けていく。

 

『うえーん!』

 

『わ、わ゛がり゛ま゛じだぁ゛・・・』

 

感極まった一歳馬たちの嘶きが響いた。

 

 

『サクラシンゲキさん・・・ありがとうございました!』

 

『うむ、若造。達者でな』

 

俺も朝日を見つめ、背を向けた彼の馬が完全に還ってしまう前に感謝の言葉を述べる。

 

『ん?何か忘れて・・・おぉ、そうだそうだ』

 

その時ふと、何かを思い出したようにサクラシンゲキが振り向きながら言った。

 

『若造、いや、セキトバクソウオーよ。お主は今は小さな双葉であろうが、いずれ大樹へと成長する器と我は見た』

 

『い、いきなり何を・・・!?』

 

預言めいた言葉の後、光に包まれてどんどん小さくなっていくサクラシンゲキは真っ直ぐ俺を見据えながら続ける。

 

『大樹へと育ったお主と・・・再び相見えるのを楽しみにしておるぞ!』

 

『・・・!次は負けないぜ!』

 

『その時もまた我が勝つがな・・・!』

 

 

 

再びの勝利宣言。その声を最後に、サクラシンゲキの姿は塵も残さず、完全に消えてしまった。

 

・・・いや、早速次の宿を探して駆け出したのかもしれない。それに例え姿が見えていたとしてもあのスピードだ。今の俺たちに彼を追うことはできないだろう。

 

吹き抜けた風に、夏の終りの気配が混ざりだしている。もう少ししたら俺は入厩だ、それは賑やかな「秋」競馬の始まり。

 

そう、これはきっと真夏の北海道が見せた一夜の幻。でも。

 

『さて、感覚を忘れない内にもうひとっ走りするかな!』

 

 

ずっと忘れられない、夢のような、確かな思い出だ。

 

 

 

 

 

『ところで・・・バクソウオーさん、馬房に戻んなくていいんスか?』

 

『あ゛っ』

 

一歳馬くんの言葉で慌てて馬房に戻ろうとした俺だったが、その道中で丁度収牧に来たおっさんと見事出くわし、牧場でもベニヤ板で馬房に監禁されることが決まったのだった。

 




こうしてその血と思いは、受け継がれていく。

次回更新は金曜22:00予定です。

調べてみると、1800m以下でのサクラシンゲキの万能性が凄すぎる。現代並に番組が整っていたらどうなっていたのやら・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰厩したらカフェが2頭になっていた

いよいよウマ娘ユーザーが待っていたであろうあの馬の登場です。
性格面に関してはウィキを見つつ脚色すると、こんな感じかなー、と。


8月上旬。おっさんとセンセイによって、十分に休養出来たと判断された俺は、馬運車に揺られて夏真っ盛りの美浦トレセンへと舞い戻ってきた。

 

真夏と言えどこの時代の関東地方の平均気温は約28℃ぐらいらしい。30℃を超える日が無いわけではないが現代のヒートアイランド現象を経験し、その酷暑を想像していた俺にとっては全然なんともなかったから拍子抜けした。

 

しかし周りの馬はそうもいかないみたいだ。条件戦突破を目指して走り続けている奴や、デビューに向けて鍛錬する新馬の中には馬の夏バテである夏負けの症状に陥っている奴もいる。

 

こんなに涼しいのにバテるものなのかと、それが俺にとっては不思議で仕方なかった。

 

「セキト、よく戻ってきた・・・これは放牧して正解だったな。馬体も戻ったし、ようやく身体が出来てきた」

 

「この一ヶ月でまた随分と成長したねぇ」

 

馬運車から降りた俺を、センセイと馬口さんが迎えてくれた。成長したってことはだんだんキ甲に高さが出てきたってことか。けどセンセイの口ぶりから察するにピークにはまだまだっぽい。

 

 

馬口さんに引かれながら厩舎に向かう中でふと思った。俺のピークっていつになるんだろうな?バクシンオー産駒って早めに仕上がるイメージなんだが俺にその特徴は出てないみたいだし。

 

もっとも、スプリンターとして成長が遅めなのは損ではないんだけれど・・・うぅ、力はあるのにそれを出し切れないのがもどかしい。

 

っと、馬房に入る前にあいつに挨拶しないとな。久しぶりだし。

 

『よう、帰ったぜ』

 

『おお、よくぞ帰還した、バクソウオー』

 

俺の声を聞いたイーグルカフェが、馬房から顔を出して出迎えてくれた。

 

こいつはNHKマイルカップの後、馬主の意向で安田記念に出走した筈だ。史実通りなら古馬の壁に跳ね返され、7番人気とそこまで人気がなかった上海外からの使者に手も足も出ず13着に大敗したんだったな。

 

『どうだ、イーグルカフェ。頭は冷えたか?』

 

そう鎌をかけてみると。

 

『うむ・・・いささか吾輩は調子に乗りすぎていたようだ』

 

馬房に入る俺に語る内容はまた勝利に向かってひたすら努力すべきだな、とすっかりいつも通りだった。あ、これ負けたんだな。

 

勝ち負けを察した俺に、イーグルカフェが少しバツの悪そうな顔をしたが、すぐに持ち直して話題を変えてきた。

 

『それから、空いていた貴様の隣だが・・・ついに入厩してきたぞ、しばらく落ち着かなかった様であるし新馬のようだな』

 

『ホントか!?』

 

その指摘で、俺は空いていた筈の右の馬房に別の馬の気配があることに気づいた。

 

『頼むぞー、気性とか荒くない、とっつきやすい奴で・・・!』

 

何しろどんな馬が、とかどういう癖がある、とかはセンセイからも馬口さんからも全く聞き取れないままだったのだ、祈るような気持ちで呟く。

 

すると、それを聞いたイーグルカフェが困ったような顔で言ってきた。

 

『バクソウオー。その、何だ。そこにいる者は悪い者ではない。のだが・・・』

 

『のだが・・・?』

 

イーグルカフェはそれきり黙ってしまった。言い方が引っかかるが、首を傾げつつもあまり気にしないほうが先入観なく接することが出来るであろうと俺は踏む。

 

新馬には俺から声をかけることにしよう。当たって砕けろだ。

 

右側に首を向け、中を覗き込んだんだが、ありゃ、姿が見えないぞ。隅の方にいるのだろうか?

 

挨拶でもして、早速ご対面と行くか。

 

『よう、そこの新馬さん、よく来たな!』

 

『ひぇっ!?』

 

意を決して、勢いよく声をかけてみると驚いたような声の後にガサガサと音がして、にゅっと出てきた頭は馬体もタテガミも黒一色。更にその額から鼻梁にかけ、流星が走っていた。

 

『(か、かっけぇ・・・!)』

 

なんというか、海外製の高級車的なかっこよさがある。真っ先に思い浮かんだのはベ○ツ。いや、馬だからフェ○ーリか?とにかく男でも惚れてしまいそうなルックスに息を呑む。

 

端的に言えばイケメン。そんな新馬くん?ちゃん?の返答を待っていると。

 

『な、なんですか・・・ボク、その、他の馬とあんまり関わりたくないんです・・・』

 

困ったような表情、そして控えめな声・・・この感じは牡馬か。あんまり乗り気ではなさそうなその態度に、ひょっとして声のかけ方を間違えてしまったかなと思ったその瞬間。

 

『ん・・・あれ?え?』

 

新馬くんの方から急に俺を凝視してきた。先程とは180度違うその反応に俺は少しばかり恐怖を覚え、思わず身を引きつらせる。

 

『な、なんだ、どうした』

 

あくまで先輩として振る舞おうとして、そう声を発すると。

 

『あの時の(ひと)だ!』

 

『へ?』

 

新馬くん?あの時、と言われましても。どの時だったか。悩む俺を、新馬くんは更に捲し立ててきた。

 

『ほら、覚えてないですか!?2年前のセリ!』

 

2年前のセリ?あの時って言ったら周りは知らん馬だらけで、朱美ちゃんと出会った後にじっと俺を見てきた仔馬ちゃんが気になったくらいで・・・って、おい、ちょっと待て。

 

この流星、黒い毛並み。そういえば見覚えがあるぞ。

 

おい、これはひょっとして。まさか・・・。

 

『・・・嘘だろ!?あの時の仔馬ちゃん!?』

 

『ハイッ!そうです、あの時の仔馬です!』

 

なんてこった!この真っ黒なイケメンホースがあの時の仔馬ちゃんだと!なんとまあ立派になりやがって!

 

『マジかよ、すっかり立派になったな!』

 

『バクソウオー、知り合いなのか?』

 

会話が盛り上がりだしたのが気になったのかイーグルカフェが顔を出してきた。

 

『ああ。2年前のセリでちょっとな』

 

『ふむ。セリか。吾輩もそれでこの地に渡ったものだ』

 

そういえばイーグルカフェもアメリカ生まれで日本人馬主が競り落としたから日本に来たんだったな。

北海道から茨城に来るのだって大変なのに、海を渡るとなれば・・・その負担は考えたくもねぇや。

 

『あの・・・先輩?』

 

『先輩!?』

 

イーグルカフェと話していると、今度は新馬くんが声をかけてきた、ってせ、先輩!?

 

『あっ、ダメでした!?だったら別の呼び方を・・・』

 

新馬くん、すまない。拒否の意味じゃなく漫画やアニメの世界でしか聞いたことがないような憧れの呼び名に、感動を覚えただけだから!

 

『いやいやいや、大丈夫!寧ろ全然オーケーだから、な?』

 

『よかった、嫌じゃなかったんですね』

 

俺が好意的な態度を見せると、ホッとした新馬くんはそのまま自己紹介を始めた。

 

『えっと、ボク、マンハッタンカフェと言います。その・・・先輩のお名前は』

 

『俺はセキトバクソウオーだ』

 

『バクソウオー先輩・・・!』

 

名前を聞いただけで目を輝かせる新馬くん、もといマンハッタンカフェ・・・マンハッタンカフェ!?

 

おいおい、マンハッタンカフェって言ったら勝ち上がりは遅れたが菊花賞と有馬記念、そして春の天皇賞を制して更に種牡馬としても実績をあげたスーパーホースじゃねえか!

 

気づけば史実G1馬にサンドイッチされた正史に存在しないサラブレッドの俺。あれ、なんだか急にプレッシャーが凄い。

 

『デビューはまだまだ先になりそうなんですけど・・・これからよろしくお願いします』

 

『おう。頑張ろうな』

 

丁寧に挨拶してくれるマンハッタンカフェ。

落ち着いているのはいいんだが、どうにもさっきの言動とか、他馬に対してあまり慣れてないのか?

 

まあ、それに関してはセンセイの仕事の一環だ。どうにかしてくれるだろうと信じて俺は俺自身の調整に打ち込むとしよう。

 

それでも、もしセンセイがマンハッタンカフェの調教やらなんやらを手伝ってほしいというのならその時は全力で応える所存である。

 

 

こうして新しい仲間も迎えて、秋競馬に対しての気持ちが昂ぶってきた俺の次走は・・・セントウルステークスだそうだ。

 

ちょっと入厩から出走までの期間が短すぎないかとも思ったが、むしろこの放牧で俺の馬体重が思ったよりも増えてなかったらしい・・・多分仔馬ちゃんと、サクラシンゲキのせいだな。思い返せばそこまで草食ってないし。

 

無理をしない程度に追って、センセイの計算では3週間もあれば俺はしっかり仕上がるだろう、とのこと。

 

 

『まったく、休養した後に気合い入れんのはそんなに簡単じゃないんだけどな!』

 

「よし、行くよ」

 

獅童さんを背に、レースに向けて入厩後一本目の坂路をストライド走法で力強く駆け上がる。

 

牧場で仕込まれた偉大な大伯父さんの走り。今までの独学によるなんちゃってではなくしっかりとしたストライド走法になったお陰か、スイスイと登って・・・ほら、あっという間に登りきってやったぞ。

 

『一丁あがりっと!』

 

「あれっ、もう駆け上がったのか!?なんだか速かったような・・・?」

 

すると獅童さんがあれっというような顔をして、呟いた。

 

「ひょっとして身体の使い方が上手くなってる?やっぱり放牧って大事だなぁ。これなら次のレースも差しで行けるかも・・・」

 

獅童さんは放牧による成長だと思っているようだな。一応、間違いではない。なんたって放牧期間中に(幽霊に扱かれて)成長した訳だからな。

 

 

それから俺はセンセイの言うとおり「無理をしない」程度に追われて、順調に仕上がり。

 

その一方で、マンハッタンカフェに関しては、調教すればするほど、課題が山の様に見つかったらしい。

 

まず、坂路で緩く追ったら身体が出来ていなかったようで体調を崩した。じゃあそれまではウッドコースで、と走らせたら隣を通過していっただけの他馬にビビってまるで集中していない。ブリンカーも殆ど効果なし。

 

そんな調教とも言えない調教が数日に渡って続いたせいだろうか。

 

 

先輩(ぜんばい)ぃぃ〜!ボク、やっばりダメな(うば)でずぅ〜!!』

 

とうとうある日の晩、マンハッタンカフェは俺に泣きついてきた。

 

『マンハッタンカフェ!?どうしたんだ!?』

 

俺はそれに驚きながらもとりあえず聞く姿勢を取る、マンハッタンカフェは涙が収まらないまま、話を続けた。

 

(はじ)っただけでお腹壊ずじ!今日(ぎょう)(どなり)を通っだだげの(ひど)に!ビッグリじで!全然練習(れんじゅう)にならないじ!』

 

ははあ、こいつ、泣き虫か。まだまだ調教も始まったばかりの新馬だもんな。泣く、喚くなんて位は入厩から間もない新馬としては、当たり前だと思う。

 

『あ゛あ゛ーー!ぐやじいいぃ!』

 

『おっ?』

 

なんだよこいつ。すごいじゃないか。もう悔しいって思えるなんてな。

 

悔しい!ってのは時にエネルギーに化けうる感情だ。まあ、そのエネルギーを貯め過ぎて大爆発した結果無事では済まなかった例、というのも幾つもあるが・・・。

 

少なくとも俺が見てきた新馬が泣く理由ってのは、ホームシックだとか、調教が厳しすぎるといった激変した環境を嘆くものが殆どだった。

 

『なあ、マンハッタンカフェ』

 

『ひぐっ、なんでずがぁ』

 

呼びかけに返ってきたのは相変わらずすすり泣くような声。マンハッタンカフェの感情はまだ収まらないらしい。

 

『お前はすごいよ。最初っからそれが悔しいって分かってるんだから』

 

『ふぇ・・・?』

 

 

俺が入厩したばっかりで、初めての併せ馬をした時の話をしよう。ウッドコースを走って、先行する相手をもう少しで捉えられると言うところでゴールが来てしまった。

 

その時心に吹き出した感情の正体が掴めなくて、俺も今のマンハッタンカフェみたいにちょっと荒れたんだ。

 

しばらくしてその感情は、すっかり忘れていた『悔しい』という思いだとようやく気づいたのだが、同時に人間としては悔しいという感情が死んでいた事に気づいて更に悔しくなったんだよな。

 

 

『悔しい、はエネルギーなんだ』

 

『エネ、ルギー?』

 

隣の馬房から、不思議そうな声色が返ってくる。

 

『ああ。悔しいってのは、次は負けたくない、失敗したくないってことだろ?だから、次はそうなってたまるかって努力できるし、努力するから強くも上手くもなれる』

 

更に言えば、それでも及ばなかった時に折れるのか、また悔しいと努力出来るかは・・・ソイツ次第だ。

 

『えっと・・・悔しい、は強くなれる?ってことですか?』

 

『そういうこと。ま、適度に休まないと行き着く先は故障(パンク)だけどな・・・ってうぉ!?』

 

言い切った俺だったが、いつの間にか馬房から顔を出していたマンハッタンカフェの顔が目の前にあって驚いてしまった。し、締まらねぇ!

 

けれどそのマンハッタンカフェは、俺に対して目を輝かせていた。

 

『先輩・・・カッコいい・・・!』

 

『えぇ・・・』

 

ここまで話しておいて、抱いた感想はそれかい!?まあなんにしても、なんとか元気になったようで良かったよ。

 

『落ち着いたか?』

 

『はい、話を聞いてもらったら、大分スッキリしました!ありがとうございます!』

 

俺の問いかけに元気よく応えてくれるマンハッタンカフェ。うん、大丈夫そうだな。そう判断して俺はおやすみの挨拶をする。

 

『それじゃ、おやすみ』

 

『おやすみなさい!』

 

 

馬房に引っ込み、目を閉じながら俺は思った。願わくば、早くマンハッタンカフェの努力が実りますように。

 

 

 

 

 

翌朝。ウッドコース。既に多くの馬が調教を終え、立ち去ったその場所で漆黒の馬体が躍動する。

 

『悔しいは!強くなれるってことなんだ!どうだぁ!』

 

 

セキトの言葉を胸に、マンハッタンカフェは力強くコースを駆け抜けた。心配だった故に太島と担当の厩務員がコース脇から見守っていたが、他に馬がいなかったのもあって今日はしっかりと集中出来ていたようだ。

 

「他の馬がいない時間を狙っただけあって、やっとまともに走りましたね」

 

その様を見た厩務員が、安堵の声を出した。彼らだってただマンハッタンカフェが戸惑うのを見ているばかりではない。敢えて時間をずらし、馬が少ないこの時間帯を狙ったのだ。

 

「ああ。しかしだ、タイムを見てみろ。これが、初めてまともに走った時計だぞ」

 

隣の太島が手に持っていたストップウォッチを厩務員に見せる。

 

「・・・!これって!?」

 

それを見て驚く厩務員に、太島は頷いてから告げた。

 

「何もなければ、こいつはダービーに出れる馬だ」

 

マンハッタンカフェの終い1ハロンのタイムは、まだ微かにではあるが、確かにこの馬は並の馬ではないとの気配を漂わせていた。

 




高くそびえる摩天楼も、最初は何もない更地である。
誰かが材料を積み上げて初めて摩天楼となるのだ。

なんてね。

という訳でこの小説のマンハッタンカフェは、色々考えた結果半分チケゾーと化しました。
我ながらどうしてこうなった。

次回更新は月曜22:00予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奔走、セントウルステークス

ツイッターでウマ娘を検索したらヘドバンカフェが出てきてしばらくツボに入ってました。


9月に入ったばかりの某日。

 

「セキト、行こうか」

 

馬口さんに引き手を付けられた俺はセントウルステークスに出走する為、今正に馬運車に乗り込もうとしている。

 

『走る走らないは貴様の勝手だが、怪我だけはしないでもらいたい』

 

『先輩!いってらっしゃーい!』

 

イーグルカフェとマンハッタンカフェ、それぞれが激励の言葉をかけてくれた。

 

『おう、行ってくるぜ』

 

それに軽く応えてからすっかり慣れた馬運車に乗り込んだ。センセイ曰く今日は今までと違って滞在競馬で臨むとのこと。その為レースから一週間程早く阪神競馬場まで向かう。

 

そうまでしてセントウルステークスに挑む理由は主に2つ。一つは初の関西遠征で馬体が減ってしまわないかを危惧して。

 

そしてもう一つは、セントウルステークスが俺にとって初めての古馬混合戦であることだ。

 

日本の競馬では、4(3)歳の秋に入った辺りから馬齢限定戦が無くなっていき、年上と混じってのレースへと切り替わっていく。

 

4歳の間は実力差を考慮してハンデとも言える斤量差が重賞レースなら大体2kg程あるのだが、1kg=1馬身とは言われているもののレース経験が豊富な古馬相手だとそれすら焼け石に水ってことも十分ありえるのが怖いところ。

 

ちなみに欧州の方だとなんと2歳にして古馬と走れるG1レースがあるそうだ。しかも10kg以上ハンデがあるとは言え勝った2歳馬がいるっていう。それが一頭だけじゃないっていう辺りさすが欧州、何もかもが無茶苦茶だよ。

 

とにかくセントウルステークスはこれまでとはまるで異なった条件のレースになる。センセイは俺に少しでも阪神の芝や空気に慣れてほしいと滞在競馬を選択したのだろう。

 

その期待に応えるべく、俺はなるべく早く阪神競馬場の雰囲気に慣れようと決めたのだった。

 

 

 

はてさて、今日の阪神競馬場は晴れの天候、コンディションは良馬場。セントウルステークスの日がやってきた。

 

肝心の滞在競馬の効果はと言うと・・・正直言ってかなり助かった。

 

だってメンバーが凄まじすぎるんだもん。ライバル同士も多かったみたいで滞在厩舎がプレッシャーを掛け合う修羅の国状態になってたし。

 

馬体減り自体はそんなでもなかったが直前輸送でレースに出てたら間違いなくメンタルブレイクしてた。

 

『・・・はぁ』

 

それにしても、なあ。パドックの掲示板に映る馬柱を見る度、ため息が出てしまう。

 

 

①(外)テネシーガール   牝4

➁   サイキョウサンデー 牡5

③   ビハインドザマスク 牝5

④(外)スギノハヤカゼ   牡8

⑤   サンライズアトラス 牡7

⑥(地)ジョーディシラオキ 牝4

⑦(外)ゲイリーイグリット 牝6

⑧   ニシオセーラム   牝5

⑨(外)ロードアヘッド   牡7

⑩(外)ワシントンカラー  牡7

⑪(外)マイネルラヴ    牡6

⑫   ブレイクタイム   牡4

⑬(父)コンメンダトーレ  牡7

⑭(外)ブラックホーク   牡7

⑮(父)ダイタクヤマト   牡7

⑯(父)セキトバクソウオー 牡4

 

 

ご覧くださいこのメンバー。こいつら相手にちゃっかり阪神1200の大外枠とか、なにこれ新手のイジメ?背中で16の数字が虚しく揺れている。

 

それに流石何回もG1に出走して勝ち負けを繰り返している古馬たちだ。G3だっていうのに威圧感というか・・・俺たち若駒とは何かが違って近寄りがたい感じなんだよな。

 

他の4歳の連中はその雰囲気に震え上がってしまっているし、そいつらは俺から見たら今日は無事に回ってこれるといいなって感じ。

 

そして自然と古馬たちの目は放たれた圧にこうやって周りを見れるくらい平然と耐えている俺に向いてくる訳でして。

 

さっきから何も言われはしないけどチラチラ、ジロジロと見られてるなーって感覚がある。だけどどの馬からかはちょっと良く分からないな。もしかしたら複数頭かも。

 

『・・・やり辛いなぁ』

 

「バクソウオー、今日も頑張ろうね」

 

『ああ』

 

休養明けのせいなのか、視線のせいなのか少々プレッシャーを感じながらも俺は背中に獅童さんを乗せ、本馬場へと向かうのだった。

 

 

 

『ほっ、ほっ、はっ・・・んー、やっぱ何か違うよなぁ』

 

返し馬の最中、俺はこの阪神競馬場に違和感を覚えていた。

 

『阪神、なんだけどなぁ』

 

俺の知ってる阪神と何か違うような、そうじゃないような。

 

「あれ、バクソウオー?動きが・・・休養明けのせいかなぁ」

 

『おっと!』

 

「おおっと、そうでもないか」

 

ふと獅童さんの声が聞こえて、俺は我に返る。いかんいかん!いくら休養明けで、気になることがあって、やり辛い雰囲気だからって本気で走らなくていいなんてレースは無いのだ。

 

競馬場への違和感は後回し。やがて準備運動を終えてゲート裏までやってきたが・・・。

 

うお、やばい。思わず一瞬立ち止まる。

 

古馬の皆さん?これはG3ですよ、なのに何故そんなに殺気立ってるんですか?

 

 

『次のスプリンターズステークスで注目されるのはアタシよ!』

 

G1馬を含む歴戦の牡馬たちに啖呵を切り重賞初制覇を狙うビハインドザマスク。

 

 

『何を言う、このレースは私の復活の舞台となるのだ』

 

最近の重賞勝ちは無いが、気持ちも体もまだまだ衰えてなどいないG1馬ブラックホーク。

 

 

『ふたりともやめなよ、勝つのはボクなんだから』

 

かつてマイル王タイキシャトルとも戦った快速の古豪、スギノハヤカゼ。

 

 

『勝手に言ってろ・・・あー適当に手ぇ抜いてさっさと帰るか

 

もはや勝ち負けに興味などなさそうなスプリンターズステークスの覇者マイネルラヴ。

 

最後の1名を除いて有力馬たちはスプリンターズステークスに弾みをつけようと勝つ気で来ている。

 

そのバチバチのにらみ合いが、G1の異様さに近い空気を作り出していた。

 

勿論俺だってわざわざ負ける気なんて(ゼロ)である。

言い争っているメンバーを横目に、先にゲートインを済ませた。

 

 

「さぁバクソウオー、君の脚で古馬たちに挑戦状を叩きつけようか」

 

 

獅童さんの呟きに、耳がぴくんと揺れた。

 

 

 

『本日好天に恵まれました阪神競馬場、皆様おまたせしました、本日のメインレース、G3セントウルステークスです・・・スタートしましたっ!』

 

 

『んっ!』

 

ゲートが開いた瞬間、ヒバラに感じた衝撃のまま俺はポーンと飛び出した。そのまま加速すればハナを取れる勢いだったが、獅童さんがぐっと手綱を抑えたのが伝わってくる。

 

成程、この抑えっぷりは差しですか。了解。

 

『あなたが行かないならあたしが・・・!』

 

そんな俺を焦ったように栗毛の1番ゼッケンの馬、テネシーガールちゃんが交わしていった。

 

彼女に続くようにしてジョーディシラオキちゃん、あと牡馬が一頭俺の前に出ていく。

 

『ポンと出たのはセキトバクソウオーですが鞍上は抑える構え、代わりにテネシーガールが交わしていきました、続いてジョーディシラオキ、ロードアヘッドも前に出ていく』

 

『セキトバクソウオー、獅童はまだ下げる、3番手に上がりましたのはダイタクヤマト、スギノハヤカゼ、ワシントンカラー』

 

古馬たちがぐんぐんと後ろに下がる俺を見ているのを感じながら、獅童さんが手綱を緩めるのを待つ。

 

「いた!」

 

『おっ』

 

そんな時に耳に飛び込んできた彼の声とともに手綱が緩む。ピタリと減速を止めた俺の右隣に、誰かがいる。

 

『あら坊や。ピッタリとくっついちゃって、アタシをマークする気かしら?』

 

その馬は2番人気にして今夏最大の上がり馬、ビハインドザマスク。

 

喋り口はからかっているようにも聞こえるが、その目は俺をしっかりと睨みつけてきていて本気モードだ。

 

そんなビハインドザマスクには俺からも軽口をプレゼントしてやろう。

 

『お、これはキレイなおねーさん、どうもはじめまして』

 

『あはは!面白い子ね!けれどナンパはアタシに勝ってからにしなさいな!』

 

笑い声を上げたかと思ったらすぐに真面目な顔になって、レースに集中している。揺さぶりは効かなさそうだな。

 

『じゃあおねーさん!もし俺が勝ったらどうするよ!?』

 

『そうねえ、その時は・・・』

 

俺の呼びかけに種付けされてもいいかもね、なんて言い残し、ビハインドザマスクは少しずつ位置取りを上げていく。

 

『ワシントンカラーの後ろに付けましたマイネルラヴ、ブレイクタイム、更にニシオセーラムと、並ぶようにしてブラックホーク、コンメンダトーレ。ビハインドザマスクが上がっていくか!』

 

『獅童さん!』

 

「まだ我慢だ」

 

首を下げ、ハミを噛んでついて行かなくていいのかと尋ねたが獅童さんはまだその時ではないと手綱を持ったまま。

 

『はいよっ・・・あ!』

 

それに素直に従って丁度第三コーナーに突入する・・・と、ここで俺はようやく返し馬の時に感じた違和感の正体に気がついた。

 

『無い!コースが!無いんだ!』

 

俺の知っている阪神競馬場は、内回りと外回り、2つのコースを持っていた。しかしこの時代の阪神は現代では内回りと呼ばれるコース部分しか無いのである!

 

外回りコースが伸び、仮柵が置かれているであろう様を想像していた俺は、第3コーナーの先に何も無いことを確認して酷く驚いたのと同時に、滅茶苦茶スッキリした。

 

『コースが無い?お前何を言ってるんだ』

 

『あ、どうもすいません、未来の話っすから』

 

『未来・・・?』

 

隣を走っていたブラックホークが怪訝そうに言っていたが気にしない。話しても分かんないだろうし。それにしても、あー!本当スカッとしたわ!引っかかりが取れた分、集中力もマシマシだ。

 

『セキトバクソウオーが上がっていくぞ!サンライズアトラス、サイキョウサンデー、シンガリにゲイリーイグリットという体勢で600mを通過!前半タイムは・・・33.3秒!速い!前の馬は持つのか!?』

 

「バクソウオー!」

 

獅童さんが手綱を扱き出した。今日は大外発走故に馬群が密集していて、これじゃコーナーの内側を回ることは出来ないな。

 

それでもピッチ走法を駆使して加速し、これ以上のロスが出ないようにコーナーをぴったりと回っていく。真夏の指導のおかげかより身体のバランスが整ったらしく切り替えも以前よりスムーズだ。

 

『な、速い!』

 

『へへ、お先!ビハインドザマスクは・・・あそこか!』

 

コーナーワークだけで何頭かの馬を抜いたが、俺の最大目標は、ビハインドザマスクだ。既に先頭集団に食らいつこうかという勢いでスパートに入っており、追いつくのは至難の業だろう。

 

 

・・・それが並の脚しか使えない馬なら、な。

 

 

「よし、行くぞ!」

 

直線に入り、獅童さんがムチを構えた。

 

『おう、来い!』

 

 

実を言うとこの時、俺はちゃんとしたストライド走法というものを舐めていた。

 

以前から俺が使っていたなんちゃってストライドと何が違うのだと。

 

足を伸ばすだけでなく、背も、首も使えという中々無茶な注文を受けて及第点には届いた、と言えば聞こえはいいが正直言うとなんとか形にしただけの付け焼き刃的な走り方だ。

 

だからビハインドザマスクには走りと言うよりも根性で追いついてやると、そう思っていたのだが。

 

『ふぁっ!?』

 

「なんだ、この走り方は・・・!?」

 

ムチが入った瞬間、ストライド走法にスイッチした俺の身体は、自分でも驚くくらいに弾けた。

 

 

 

 

 

『直線に入った!逃げ馬3頭は沈んだ沈んだ!先頭集団入れ替わって前を行くのはスギノハヤカゼ!二番手はマイネルラヴ!その後ニシオセーラムも伸びてきたが!更にその後ろから!ビハインドザマスク!』

 

『みんなまとめて、差し切っちゃうわよ!』

 

セントウルステークス、最終直線。ビハインドザマスクの脚は恐ろしく切れた。

 

『ビハインドザマスク!恐ろしい脚だ!ニシオセーラムを、マイネルラヴを!スギノハヤカゼも交わした!』

 

『やっぱり無理でしたぁー!』

 

『ケッ!アマのくせに脚は一級品かよ!』

 

『そ、そんな・・・やっぱりボクは・・・』

 

古馬になってようやく本格化した彼女のスピードは並々ならぬもので、前を行くG1馬を圧倒的な加速で交わし去り後はゴールまで駆けるだけ。

 

「ビー!やったぞ!これは貰った!」

 

『やったわ!これでアタシも重賞ウイナーに・・・』

 

しかし、勝利を確信したこの人馬に不運が襲いかかった。

 

『先頭ビハインドザマスク!ビハインドザマスクだ!上がり馬だ・・・っと!?後方から物凄い脚で一頭、あれは・・・』

 

唯一の誤算、それはこのレースに未知の怪物が潜んでいたという事。

 

夢見る淑女の、重賞制覇を食らわんとする赤い怪物。

 

 

『4歳馬!セキトバクソウオーだっ!!』

 

 

その名は、セキトバクソウオー。

 

『残り100mを切ってセキトバクソウオーっ!!何という脚!何という脚!!捉えるか!ビハインドザマスクか!セキトバクソウオーか!』

 

『おねーさんっ!追いついてやったぜっ!』

 

『なッ!さっきの坊や!?なによその走り方!』

 

一歩が空を飛んでいるかのように大きく、全力で駆動する後ろ脚が加速しきったそのスピードの維持を支え、怪物の進撃に手を貸している。

 

『親戚のおじさん仕込みのストライドさ!』

 

セキトはそう答えるとビハインドザマスクに並び、引き離しにかかるが彼女にだって重賞制覇の夢が掛かっている。

 

『あ、あなたみたいな坊やに負けるもんですか!!』

 

古馬のプライド、そして一介の競走馬として。このレースだけは譲れないと牙から逃れる様にもう一伸び。

 

『譲、ら、ねええええ!!』

 

『ああ・・・ッ!』

 

しかしそれもここまでだった。いきなりガクンと落ちるスピード。両目を釣り上げ、額に炎を燃えたぎらせた怪物がその隙を見逃す筈もなく、熱い鼻息を吐き出しながらビハインドザマスクの鼻面の先へと頭を伸ばし、容赦なく抜き去った。

 

仁川名物の最後の坂が、怪物に微笑んだのだ。

 

 

『セキトバクソウオーだーっ!!やりました!セキトバクソウオーです!並み居る古馬を蹴散らしてセントウルステークスを制しました!アタマ差・・・でしょうか、2着にはビハインドザマスク』

 

 

 

 

 

『はぁ、はぁ・・・!!』

 

ゴール板が後ろに流れていくのを見て、俺はスピードを落としていく。

 

よし、勝った・・・!というか、勝っちまった・・・!

 

ビハインドザマスクに、マイネルラヴに、スギノハヤカゼに・・・とにかくこの時代の一線級を張っていたスプリンター連中に、俺が土を付けたんだ。

 

しかしシンゲキおじさんよ。とんでもない走り方を仕込んでくれたものである。ほぼ完璧なレース運びだった古馬を力尽くで捉えてしまった。

 

どこのブロードアピールだってくらいにキレキレだったが、これは正しいフォームと俺のスピードが組み合わさってとんでもない事になったんだな。

 

ただしなんちゃっての頃からそうだったがノーリスクとは行かないみたいだ。少し無理をしたストライドの反動かなんだが脚がビリビリして感覚がおかしい。

 

うーん・・・痛いって訳では無いしきっとその内治るだろう。

 

 

 

『そんな・・・アタシが負けるなんて・・・』

 

ゴール前で競り負かしたビハインドザマスクが、レース前の態度はどこへ行ったのか近くで項垂れていた。

 

『その、ビハインドザマスク・・・さん?』

 

恐る恐る声をかけると、彼女は涙を溜めた目でなにか言いたそうにこちらをキッと睨んだが・・・すぐにため息を付き、顔を反らしてから言う。

 

『もう。勝ったのはアンタでしょ、負けたアタシに遠慮なんてしなくていいの。ほら、さっさとウィナーズサークルにでも行きなさいな』

 

『は、はい』

 

「そろそろ行こうか」

 

獅童さんに促されてもいるしその言葉に従ってくるりと後ろを向いて、ウィナーズサークルのある方に向かってクールダウンをしながら軽く走る。

 

後ろから彼女のすすり泣く様な声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。そういうことにした。

 

 

 

表彰式、口取り、馬体検査・・・勝者の儀式の諸々を終えて滞在厩舎に戻ってくると、朝までの喧騒は嘘のように静まり返り、皆、次のレースへと気持ちを切り替えようとしているようだった。

 

俺だって、今日は一線級の古馬相手に勝ったのだ。きっと次はスプリンターズステークスだろう。その時もいい走りで勝てればな、と思いながら静かに馬房に入ろうとしたその時。

 

 

 

 

『痛ッ・・・!?』

 

 

 

踏み込んだ右の前脚が、ズキン、と強く痛んだ。

 

 

コズミでも、ソエでもない痛み。なんじゃこりゃ。

 

我慢できないことはないが、気にしないこともできないような。

 

「セキト?」

 

そんな俺の異変に、長く付き合ってくれてる馬口さんが気づかない訳がない。

 

念の為、ともう一度行われた馬体検査にて獣医が「怪しいところがある」と言って右前脚のレントゲンを撮ると。 

 

「ああ・・・これは・・・欠片が飛んでますね」

 

 

トウ骨、剥離骨折。骨片除去手術を含んで全治3から4ヶ月。

 

 

『ウソでしょおおおお!?』

 

その診断結果に頭を抱えるセンセイ、天を仰ぐ馬口さん。俺だって叫んだ。古馬相手のG1でも勝負になるかもしれないと思った矢先にこれだよ!

 

こうして復帰早々俺は再び牧場送り。ほんとごめんよ、イーグルカフェ、マンハッタンカフェ。

 

まだ未完成の身体で、完成された走りを繰り出した代償は、とてつもなく大きかったのであった。

 

とほほ・・・。

 




もう一話セキト視点を挟んでから、復帰するまでの時系列まで他馬視点の話を執筆予定です。故障に関してはこうでもしないととある馬との辻褄が合わないんだ・・・セキト、済まぬ!

今回の被害馬

・ビハインドザマスク 牝 鹿毛
父 ホワイトマズル
母 ヴァインゴールド
母父 Mr. Prospector

・被害ポイント
セントウルステークス優勝→2着

・史実戦績
23戦10勝
主な勝鞍 セントウルステークス、スワンステークス、京都牝馬ステークス

・史実解説
デビューは遅く、現表記3歳の7月末の未勝利戦でデビュー勝ち。続く500万下でも勝利を収める。

続く勝利は年が明けての5月、京都で行われた祇園特別。そこから飛騨ステークス2着を挟んでストークステークス、北九州短距離ステークス、小倉日経オープンと三連勝。続くセントウルステークスでは一線級の相手を後方一気で差し切って初重賞制覇。

本番のスプリンターズステークスは11着に敗れ、その後2戦連続で二桁着順に大敗するが、都大路ステークスで復活。
その後は安田記念5着、スワンステークス勝利などの実績を納め、2002年の京都牝馬ステークス一着を最後に引退した。

直子に大成した馬はいなかったが、第一子アメーリアが産んだサンライズソアが平安ステークス、名古屋大賞典を制し重賞ウイナーになっている。

・代表産駒
アメーリア (父スペシャルウィーク)
8戦2勝
主な勝鞍 なし
サンライズソアの母。

マスクトヒーロー(父ハーツクライ)
13戦7勝 門別2戦2勝
主な勝鞍 師走ステークス


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奔走、それぞれの年末

この時代の競走馬のリハビリの情報が無くて大変でした。

深夜作業していたら一回間違えて投稿してしまうし・・・眠気を押して作業なんてするもんじゃないですね。

皆様も誤爆投稿にはお気をつけ下さい。

それとレース映像が2000年以前の物が少なく2001年以降が多く残っているのってなにかあったんでしょうかね。


天高く馬肥ゆる秋。

 

現代においては秋の穏やかな気候を指す言葉だが、本来は秋になると敵の馬が肥えて力を付ける時期だから攻撃に気をつけろという意味だったらしい。

 

その言葉通り今の世も秋はサラブレッド、特に4歳馬にとっては充実の時を迎える季節。

 

・・・の筈なのにそれを丸々骨折療養で棒に振ったおバカが俺、セキトバクソウオーです。現在は運動制限付きでパドックにて放牧中。

 

セントウルステークス後に骨折が発覚した俺は競馬場から直接育成牧場へと運び込まれ、休養の後に手術を受けた。

 

生まれ故郷は故障した身には遠すぎるし、育成牧場の方が人も設備も揃っているとのことでこちらになったそうだ。

 

まあ骨折と言っても不幸中の幸いで剥離骨折、骨の一部が砕けて欠片が飛んでしまうという軽い骨折だったから手術も関節鏡を入れてそれを取り出すという小規模なやつで済んだ。場所も良かった(?)みたいで比較的短時間で無事終了。

 

びっくりしたのは馬ってこのくらいの手術なら立ったまま部分麻酔でやるんだな。俺はこれが治療だって分かってるから注射も手術も大人しく受けられたけど。

 

処置をしてくれた先生たちが「毎回こういう馬なら楽なんですけどね」と俺の首を何回も叩いてべた褒めしていたから普段は相当苦労してらっしゃるんだろうなぁ・・・。

 

で、その方々によると骨が人を乗せて走れる位に回復するのに大体3、4ヶ月、それから身体を作り直して順調であれば一年以内にはまた復帰できるとのことだった。

 

しかし、今回の骨折の原因は間違いなく完成した・・・いや故障してしまったくらいだし俺にとっては完全だけど不完全なストライド走法だ。

 

あの力尽くで古馬をなぎ倒してしまえるくらいの加速は捨て難いが、その度にこうなってちゃ埒が明かないし、またこんな目に合うなんてまっぴら御免である。

 

『今回は剥離骨折で済んだが、次は・・・ごくり』

 

右脚に巻かれた痛々しい包帯を見て、頭によぎった嫌な想像を首を振ってかき消す。いやいや、覚悟自体は出来ているけどそうならないための対策をこの頭で練るんだろうが。

 

 

骨が治るまでの間、無理のない範疇でストレッチでもするか?それとも今は危険極まりないこの走り方を俺に合うようカスタマイズしていくのか。

 

どっちがより俺にとって良い結果をもたらすのかと草を食みながら悩んでいるが、答えはまだ出ない。

 

悩み続けていると、代わりにふとジュンペーの顔が浮かんできた。今年の初めから落馬の後遺症の治療に専念するため俺の背を降りたきりで、最後に顔を見たのは朝日杯の時。

痛みで意識を失った苦しげな顔だった。

 

忙しく過ごしている時はそんな風に思い返す暇も無かったけれど、こんな事になるなんてな。今や仲良く療養仲間だ・・・なんて冗談すら浮かぶ。

 

今主戦として俺の背に乗っている獅童さんも、クリスタルカップで一回だけ手綱を取った丘本さんもとても馬に優しい人だ。

 

でも俺にとっては相棒って言ったら、ジュンペー一択。そんな彼と半年以上会えていないのが、寂しい。もうじき一年になる。

 

・・・本当に、何をしているのかなぁ。

 

 

『はっ、いかんいかん』

 

ストライド走法の改良について考えていたはずなのに、いつの間にか頭の中身はジュンペーの事へとシフトしていた。

 

彼に、立派な古馬になると誓っておいてコレである。こうなったら色々考えて寂しいのを誤魔化してやる。まずはストライド走法についてのおさらいだ。

 

ストライド走法は、脚のストライド(歩幅)を大きく取ることで、回転数が遅くなりスピードの維持が期待できる走り方。

 

しかしその分地面を強く蹴り込むため脚へのダメージは大きくなり・・・下手を打つと怪我をする。今の俺みたいにな。

 

この脚への負担をどうにかできればいいのだが、負担がかからないよう力を抑えればストライドが狭まり、スピードの維持というメリットを失ってしまう。

 

『んー・・・スピードが維持できないってことは、減速してるってことだよな・・・』

 

ならばその減速をカバーできれば良いのでは?その悩みに応えるのがもう一つの走り方であるピッチ走法。

 

こちらは逆に脚の回転数を上げること・・・つまり小さなストライドを素早く繰り出すことで小回りや加速力を確保できるってのは前に話したよな?

 

けれどそれはストライドの強みそのものを捨てるということに他ならない。

 

ストライドを生かせばピッチが消え、ピッチを生かせばストライドが消える。そんな相互関係にある2つの走り。

 

堂々巡りを繰り返した挙げ句答えが出ないことに苛ついた俺は、ヤケクソ気味に秋の高い空に叫んだ。

 

『あー!もう!ストライドもピッチも、両方一気に走れたら最強だろうなぁー!!』

 

その自分の一言でピンときた。

 

『あっ』

 

一頭、おったわ。実質ストライドとピッチを同時に繰り出してるバケモノ。

 

『でもなー・・・あいつ、正真正銘100年に一度くらいの天才だからなぁ。俺に真似できるか・・・』

 

そのバケモノとは、近代日本競馬の結晶とまで言われた、二頭目の無敗の三冠馬。

 

そう。

 

ディープインパクトである。

 

 

とあるデータによると、ディープインパクトは優れた心肺と、柔らかい身体が合わさった結果他馬には到底真似できない走りになっていたそう。

 

具体的に言えば、『平均よりも歩幅が大きく、それでいて脚の回転が他馬より速い』という感じ。

 

うん、訳わかんねー。というかそりゃあんなに速い訳ですわ。

 

とにかくその、ストライドピッチとでもいうべきその走りを真似できれば、大きなメリットになるのでは?と思った俺だが、いきなり無理をしてこれ以上身体を痛めるとまずいので最初は小耳に挟んだある噂を試すことに。

 

それは極度に身体の柔らかい馬ってのは、大人になっても後ろ脚で耳の付け根を掻けるというものだ。

 

という訳で俺も後ろ脚耳かきに挑戦!

 

 

『ふっ!この、よっ!はぁ!』

 

ここか?ここか?と左右の後ろ脚を持ち上げ、耳の後ろを掻こうとしたものの。

 

 

『いや、マジ無理・・・なんで掻ける馬がいんの・・・』

 

見事撃沈。疲れて地面に横たわりながらやっぱバケモノはバケモノだと痛感した。というか寧ろやばいくらい脚が上がらなかったんだけど。何?やっぱ俺って体固いの?ひょっとして故障したのってこれも一因?

 

思わぬ弱点を発見したところで、じゃあこの柔軟性ってどうやったら改善するんだ、と思考する。

 

そういえば人間だった頃、柔軟運動ってのがあったな。健康のためとか言ってちょっと囓って、結局三日坊主で辞めてしまったけれど、微かに、なんとなーく覚えてる内容は柔らかくしたいところに少しずつ負荷をかけていく、だったかな?

 

じゃあ運動を・・・って俺骨折してるんだった。あんまり無茶はできないと思いつつ、無理をしない程度になにか体を動かせれば暇つぶしにもなるだろう。

 

考えた末に思いついたのは、その場で脚を高く持ち上げる動き。イメージは陸上のモモ上げや、馬術の馬だ。

 

『よっ、ほっ・・・おぉ、これならいけるな』

 

これならば患部にダメージが行きづらいだろう。

そうやって脚を気遣いながら、放牧地で軽く運動したり、少しでも痛みや違和感を感じたときは休んだりしながら過ごし、年末。

 

 

少しの異常も見逃さないと言わんばかりに慎重に俺の脚に触れていく獣医の先生・・・顔を見たらなんといつぞやの筋井さんだ。ほんとこの人どこにでも現れるな。

 

「だいぶ良さそうですね、これなら調教を始めても大丈夫でしょう」

 

その一言に、固唾を飲んで見守っていた俺もスタッフさんもほっと胸を撫で下ろした。ようやく次の段階に進める。

 

 

右脚をガードしていた包帯が外され、いよいよ放牧地に放たれると、今まで治療の為に抑え込んでいた馬の本能が爆発した。

 

『いよっ・・・しゃああああ!ようやく走れるぜー!』

 

「うわ!っと、セキト!あんまりはしゃぐな!」

 

そうは言われましても。ようやく包帯が外れたのと通常の放牧地に放たれたことが嬉しくて、俺は放牧地を駆け回り、後ろ脚で立ち上がったり、尻っ跳ねをしたりしながらと思う存分久しぶりの自由を楽しんだ。

 

『はぁ、はぁ・・・』

 

そうやって遊んでいたら息が上がって来たな。うん、やっぱ体力も筋肉も落ちてる。しかも今の俺は飼い葉をたらふく食ってプラス何kgかも分からないし、このままレースに出たら1000mすら怪しいかもしれん。

 

でも、毎日欠かさず行っていた柔軟運動もどきは着実に役割を果たしてくれたらしい。脚の運びが前よりも楽になった感じがする。

 

これほどまでとは・・・ストレッチ、本格的に日課に取り入れようかな。

 

 

それからトラックコースを駆け抜けている時なんか、昔お世話になったスタッフさんに「なんだか前より脚の動かし方が上手になってる」なんて言葉を頂いたし、これは復帰早々勝利もあり得るか?

 

なんてソラを使ってたら背中の人から見せムチ。いやいや、すみません。油断せずに体力づくりに励みますよ。

 

ぐっ、と首と体に力を込めたらムチは視界の端へと引っ込んでいった。走りに集中した事に満足してくれたようだ。

 

このままいけば、春くらいには厩舎に戻れるらしい。地域特有の冷え込む寒さの中、俺は再びターフに舞い戻るべく体力と身体づくりに励む。

 

それに最強の走法・・・仮称をディープ走りとしよう。俺は諦めたわけじゃないからな。いつか、んーと。少なくとも現役中には!身につけてやろうとこっそり誓うのだった。

 

 

 

 

 

「これは・・・かえって良かったかもしれん」

 

所変わって美浦トレセン。太島は引退や出走、入退厩等管理馬の諸々の手続きに追われながらも事務所に届いた封筒の中身を見て、口角を上げた。

 

「おぉい!馬口!お前の担当馬の近況が届いたぞ」

 

「センセイ、本当ですか!」

 

「ああ、これを見てみろ」

 

丁度担当馬のケアを終え、その場を通りかかった馬口を見かけて呼びつけると、封筒から取り出した数枚の中身を渡す。

 

そこには、育成牧場で身体づくりに励むセキトの立ち写真が。そしてもう一枚、スタッフからの手紙が添えられていた。

 

「『秋頃に入厩、手術を行ったセキトバクソウオーですが、回復が思ったより早く、リハビリも順調そのものです。このまま行けば春頃には帰厩できると思います』ですか・・・クラシックまでには会えそうですね」

 

「そうだな、それから立ち姿の方も見てみろ」

 

「はい・・・うわっ、これは!」

 

「遂にだな」

 

セキトの立ち姿は、明らかに以前と比べてキ甲が出てきていた。纏う雰囲気も幼いものから年相応の堂々たるものへと変化しつつあり、関係者からすればいよいよといった感じだ。

 

「夏と比べて腹が気になるが・・・まあそこは絞ればいいだけの話だからな。それよりも本格化していない今までの成績の方が驚きだ」

 

3歳の春にセキトが初めて入厩してきた時、太島が最初に抱いた印象は毛色が赤いなあ、というのと良くなるまでには時間がかかりそう、という事の2つだった。

 

それが新馬を勝ち、オープンを勝ち。

 

さすがにG1にこそ縁がなかったが重賞を3つも獲り。

 

それで本格化していないというのなら一体これからどうなってしまうのか。

 

「十中八九、セキトは来年中にピークを迎える」

 

「センセイ?」

 

太島は独り言を言うように呟いてから、馬口の肩に手を置いた。

 

「馬口。あいつにとって、来年は重要な年になる。お前の経験が生きる時だ・・・セキトを、頼んだぞ」

 

「はい!」

 

太島からの厚い信頼に応えるように、馬口は新人顔負けの、希望に満ちた返事をしたのだった。

 

 

 

 

 

さらに場所を移り、朱美の家にて。

 

「やーっと思いついたー!」

 

こたつの中で歓喜の声を上げ、何やら書類に書いていく朱美。

 

ちなみに実次は外出中である。

 

朱美が無心で向かう紙には、馬名登録申請証の文字と登録番号、そしてジャスミンポイントのXX00の名が。

 

「ふっふっふ、朱美さんから仔馬ちゃんに名前のプレゼントなのだ」

 

丁度時期が近いこともあって、クリスマスに書類を出そうと考えていたのだ。間に合って良かったと笑みを浮かべる。

 

と、そこに郵便のバイクのエンジン音が。

 

「あ、はいはーい!いまーす!」

 

朱美はそのまま玄関に出ると、一通の封筒を受け取った。

 

「えーと、わあ、セキタンの写真だ!」

 

それは太島の元に届いたのと同様の封筒。同時期に出された二通目が、朱美に届いたのだ。

 

「へぇー、セキタン、頑張ってるなぁ・・・」

 

手紙を読み、春頃には復帰できそうと知った朱美は安堵のため息を付きながら、写真をしげしげと見つめる。

 

「来年こそ、短い距離のG1に出れるといいね」

 

その言葉は、自分ではなくセキトの為を思って放たれたもの。

 

かつて父親が幼かった自分を思い、そして今も競走馬の真実を覆い隠している事を朱美は知っている。

 

その表情や、いなくなった馬が戻ってこなかったという事実があるからこそ活躍しなかった、出来なくなった馬の末路を朱美はなんとなくではあるが察した。

 

そして父は言った。特に牡馬はそれが厳しいと。

多くの馬が挫折する中、セキトにはせっかくここまで来たのだから是非ともG1を獲って、自分に何かが起きたとしても天寿まで生き延びて欲しいと言うのが朱美の本音だった。

 

「セキタンはあんなに速いんだもん。きっと勝てるよね・・・」

 

驚異的な末脚で、愛馬が大舞台を先頭で駆け抜ける。そんな夢を描きながら朱美は愛おしそうに写真のセキトの頭を撫でたのだった。

 




次回更新は金曜日の22:00予定です。

番外編の予定ですが、アンケートの結果次第で何を書くか決めようと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【掲示板】年末のスレ民たち

予定通りに番外編、一番人気の掲示板回です。
セキトへの反応と言うよりも00年の競馬への反応みたいになっちゃったのはご愛嬌ということで。


【さらば】XX00年の競馬を語るスレ【二十世紀】

 

48:名無しの勝負師 ID:FgOQn9d51

テイエムオペラオーの無双、これに尽きる

 

51:名無しの勝負師 ID:q6CwTrHKW

世 紀 末 覇 王

 

56:名無しの勝負師 ID:S2mv7Xqah

ハ ナ 差 圧 勝

 

68:名無しの勝負師 ID:NDbUcSYHk

年頭のスペの引退は寂しかったが、種牡馬として良い子を出してほしいもんだ

 

82:名無しの勝負師 ID:UupoHyrL/

スペの種付け頭数ってどんなもんよ、父サンデーって増えてきてるから厳しくないか

 

92:名無しの勝負師 ID:2SJkLxDCK

147頭だってよ

 

101:名無しの勝負師 ID:QXBIIvmmY

100頭超えって・・・すごいし人気があるのは良いけど身体は大丈夫なんか

 

103:名無しの勝負師 ID:VOeiDRw/Y

その時のための馬飼SS

 

110:名無しの勝負師 ID:oNN+X04qt

エルコンドルパサーも楽しみ。産駒には是非凱旋門賞を獲ってほしい

 

114:名無しの勝負師 ID:9jNJybN36

そういえばウンスは現役続行なんだな

 

121:名無しの勝負師 ID:Bo6aR9wUj

春天、阪神大賞典あたりで復活狙いと見た

 

133:名無しの勝負師 ID:rdfIQaocC

軽い骨折ならともかくああいう屈腱炎になった馬で、復活したやつって見たことないな・・・

 

146:名無しの勝負師 ID:Scgg4t5oS

なおここまで高松宮記念でG1初制覇を飾ったングへの話題無し

 

154:名無しの勝負師 ID:1ZH5Rn9At

そういえば4歳の方はどうだったよ

 

159:名無しの勝負師 ID:ePZ+EZ8cX

エア釈迦が二冠達成。けどオペラオーに惨敗してるし・・・

 

166:名無しの勝負師 ID:dOAOPtzhD

今年のダービー馬も古馬相手には良いとこなかったな

 

175:名無しの勝負師 ID:0JirQarpg

イーグルカフェとアドマイヤボスがちょっと頑張った

 

183:名無しの勝負師 ID:jw5Qg5/TX

マイルCSのアグネスデジタルにはビビったわ。まさか13番人気馬がレコード勝利とは

 

189:名無しの勝負師 ID:l3u1kyoAk

短距離っていうと個人的に残念だったのがセキトバクソウオーの故障。セントウルステークスで強い勝ち方をしただけに尚更

 

193:名無しの勝負師 ID:FUf7+IUwz

本番のスプリンターズステークスで勝ったのがそこで着外だったダイタクヤマトだもんなぁ

 

204:名無しの勝負師 ID:kOttnkhXW

ヘリオス産駒のG1制覇は嬉しかったけど、出来ればバクソウオーもいて欲しかった

 

205:名無しの勝負師 ID:ZDKpbbEft

バクソウオー「くそう!」

 

218:名無しの勝負師 ID:u0I1AO8Z5

は?

 

230:名無しの勝負師 ID:LUNV+L9tb

は?

 

236:名無しの勝負師 ID:qRCDRlATS

くそうw

 

239:名無しの勝負師 ID:wCRiIiVnK

え、何、ングへとかウンスのノリでクソウ?

 

249:名無しの勝負師 ID:YovFXHHfO

ないわー

 

250:名無しの勝負師 ID:6r5iwCHcK

個人的にはありだと思いました(小並感)

 

265:名無しの勝負師 ID:WaKL0JK6b

そういや来年から馬齢表記が変わるってほんと?

 

276:名無しの勝負師 ID:vmyA/VwLc

ホント。今まで生まれた年に一歳、次の年に二歳って言ってたのを、これからは0歳、次の年が一歳って言うようになる

 

279:名無しの勝負師 ID:5eyD08uUw

現役の馬どうすんだよw

 

281:名無しの勝負師 ID:5SvOiRQSS

既に走ってる&生まれてる馬は全員年齢据え置き。

 

291:名無しの勝負師 ID:MV/KBFPZY

ほへぇー

 

297:名無しの勝負師 ID:NwmLVZRlJ

・・・ん?ちょっと待て。4歳クラシックを3歳クラシックって言うようになるってことだよな?

 

299:名無しの勝負師 ID:YZGBQ60gS

それで合ってる

 

312:名無しの勝負師 ID:QlS+OH3u4

おk

 

318:名無しの勝負師 ID:babNgNVZT

だったらさ、中日スポーツ杯とか、レース名矛盾してね?

 

321:名無しの勝負師 ID:SowyDYIdO

それに関してもレース名が変更されることが発表されてる。

指摘した中日スポーツ杯は来年からファルコンステークスって名前になるってさ

 

335:名無しの勝負師 ID:BHhlc7C5w

他はどうなん?

 

342:名無しの勝負師 ID:YEA+wSPO9

朝日杯3歳ステークス → 朝日杯フューチュリティステークス(フューチュリティは未来・将来の意)

阪神3歳牝馬ステークス → 阪神ジュベナイルフィリーズ(ジュベナイルは仔馬、フィリーは牝馬)

報知杯4歳牝馬特別 → 報知杯フィリーズレビュー

サンケイスポーツ賞4歳牝馬特別 → サンケイスポーツ賞フローラステークス

中日スポーツ賞4歳ステークス → 中日スポーツ賞ファルコンステークス

共同通信杯4歳ステークス → 共同通信杯

ニュージーランドトロフィー4歳ステークス → ニュージーランドトロフィー

 

だってよ

 

346:名無しの勝負師 ID:l+qtkZ1PN

長文レス乙

 

360:名無しの勝負師 ID:YEA+wSPO9

旧3歳 新2歳重賞

函館3歳ステークス → 函館2歳ステークス

新潟3歳ステークス → 新潟2歳ステークス

小倉3歳ステークス → 小倉2歳ステークス

福島3歳ステークス → 福島2歳ステークス

札幌3歳ステークス → 札幌2歳ステークス

京都3歳ステークス → 京都2歳ステークス

中京3歳ステークス → 中京2歳ステークス

デイリー杯3歳ステークス → デイリー杯2歳ステークス

京王杯3歳ステークス → 京王杯2歳ステークス

東京スポーツ杯3歳ステークス → 東京スポーツ杯2歳ステークス

ラジオたんぱ杯3歳ステークス → ラジオたんぱ杯2歳ステークス

 

こっちも貼っとく

 

375:名無しの勝負師 ID:1/OwWg0CC

3歳の方は大体2歳になるだけなのね

 

377:名無しの勝負師 ID:v7qWvS5yR

しかしなんでまたわざわざ変えたんだ?今のままでいいのに

 

381:名無しの勝負師 ID:5f+m3Zsjb

90年代に入ってバブルが崩壊するまでの間、たくさん外国産馬が入ってきただろ?その時に日本と海外で年齢の数え方が違って混乱を招く恐れがあるから、だそうだ

 

388:名無しの勝負師 ID:Egk7mO5Ks

ひょっとして国際化を狙ってる?

 

403:名無しの勝負師 ID:me7fGigx/

タイキシャトルもシーキングザパールも海外G1獲ったし、エルも凱旋門2着だからな、世界に劣らないってアピールをしたいってのはあると思う

 

406:名無しの勝負師 ID:sI1Nc0WgY

速報:ステゴおじさん現役続行

 

415:名無しの勝負師 ID:eci6NhnRC

まだ走んのかステゴw

 

424:名無しの勝負師 ID:pFl07TSMT

起床さえどうにかなれば・・・

 

432:名無しの勝負師 ID:XW1csu3ao

寝起きの悪い馬になっとるw

 

445:名無しの勝負師 ID:2sjwX0hw2

それどこのゴールドシチーだw

 

454:名無しの勝負師 ID:56dzKuyF4

も一つ速報、セキトバクソウオー春に復帰だそうだ

http:sekitan/news.com

 

462:名無しの勝負師 ID:l3u1kyoAk

おー、よかった

 

474:名無しの勝負師 ID:z2jUEpTEH

まじでセントウルステークスの末脚は戦慄だったからな

 

478:名無しの勝負師 ID:VoWM/rxxq

ちょっと、気がついたらあと数分でXX01年じゃないですか

 

490:名無しの勝負師 ID:HfOMKJbHH

というか>>454の手作り感あふれるサイトはなんなんだw走れ!セキタン!ってw

 

505:名無しの勝負師 ID:aR3CZzEkg

馬主が自分で作ったセキトバクソウオー専用ニュースサイトだってよ、セキタンってのは馬主のセキトバクソウオーの呼び方だそうな

 

520:名無しの勝負師 ID:/LWGpX/I3

馬主がか、珍しいな。ちゃんと出走レース予定とか故障したことも書かれてる

 

535:名無しの勝負師 ID:eN6uuV0iD

馬主が自ら所有馬の情報を発信する、これからのスタンダードかもしれん。

 

541:名無しの勝負師 ID:NhvSrRlu5

年明けまであと30秒!

 

547:名無しの勝負師 ID:kj6EMB1hh

15、14、13、12、13、14・・・

 

551:名無しの勝負師 ID:y7ZFWK12M

増やすなw

 

559:名無しの勝負師 ID:nsrL0vvSC

年明けたぞー!あけおめー!

 

560:名無しの勝負師 ID:DOjP0Ymx+

あけおめ!

 

566:名無しの勝負師 ID:7lxOMOAVf

あけましておめでトウショウボーイ

 

570:名無しの勝負師 ID:cwj1P5sUW

あけましておめテンポイント

 

582:名無しの勝負師 ID:EfFbw4D9b

今年もよろしグリーングラス!

 

591:名無しの勝負師 ID:hlbvM8MK0

皆様、新年あけましておめでとうございます

 

610:名無しの勝負師 ID:zn4QrKEJQ

さあXX01年巳年、今年はどんなドラマが見られるかな

 

619:名無しの勝負師 ID:Az021d4ml

どの馬も蛇のように長く、しぶとく活躍してほしいもんだな

 

632:名無しの勝負師 ID:iyz6A5HFP

今年産駒がデビューする種牡馬って何がいたっけ

 

638:名無しの勝負師 ID:tfqSEqU1p

んーと、サクラローレルとかエイシンワシントンとかかな

 

648:名無しの勝負師 ID:+YFDqoy6E

牝馬ならファビラスラフインなんかも初子がいるみたいだ

 

658:名無しの勝負師 ID:pyDYKg1E9

新年早々愚痴で悪いが今の世の中どこを見てもサンデー、サンデー、サンデーで面白くないな

 

669:名無しの勝負師 ID:o4l21JH3K

そんなあなたに短距離路線

 

670:名無しの勝負師 ID:Pc90TZnCB

なぜかサンデー産駒って短距離とダートであんまり勝てないんだよな、サンデー自身はダート馬なのに不思議な話だ

 

680:名無しの勝負師 ID:99x7HXylO

言っとくけどアメリカのダートと日本のダートは全然違うからな?

 

693:名無しの勝負師 ID:pEW4tmHvW

短距離路線で面白そうなのって何が居るよ

 

696:名無しの勝負師 ID:uUk27ZeeQ

G1制覇したダイタクヤマト、復活を狙うブラックホーク、それと4歳、これからは3歳な?で古馬を撃破したセキトバクソウオーあたりかな

 

701:名無しの勝負師 ID:icFJUohgd

㌧クス

 

714:名無しの勝負師 ID:YjRLw1uoF

まあとにかく血統が偏ってて面白くないって奴は短距離とかマイルに目を向けたら楽しめると思うぞ

 

726:名無しの勝負師 ID:zLlA+nEd8

トウカイテイオーもオグリキャップもどうしちゃったのよ

 

741:名無しの勝負師 ID:Wns7MfSua

テイオーはともかくオグリは病気で生殖能力と牝馬の質が落ちたって話

 

756:名無しの勝負師 ID:BZLVr80Js

病気っていっても草も水も飲み込めない中でエグい出血があったらしくて、生きてるだけ奇跡よ

 

769:名無しの勝負師 ID:2nN0vFIbY

病気っていうと蹄葉炎?って言う奴はどうにかならないのか、俺の大好きな馬の命を奪った憎き奴なんだが

 

777:名無しの勝負師 ID:Y4ELWjKLs

無理。現状では進行を抑えることは出来ても一度発症したらもう治らない

 

784:名無しの勝負師 ID:9g+5iItwl

そうなのか・・・

 

785:名無しの勝負師 ID:8k2D2NUDE

新年早々暗い話題はやめようぜ?なっ?

 

800:名無しの勝負師 ID:hzrRIvcly

そうだな、じゃあクラシックで期待できそうな馬の話でもするか

 

815:名無しの勝負師 ID:aU3P8wNS1

やっぱタキオンだろなあ

 

817:名無しの勝負師 ID:TzVlQhLyp

ラジオたんぱ賞な。2着のジャングルポケットもかなりやれそうな感じだった

 

832:名無しの勝負師 ID:Wvd5B3+mq

芦毛好きな俺は敢えて3着のクロフネを推すぜ!

 

833:名無しの勝負師 ID:2lePW5W7m

ダービー馬の全弟ってだけでも期待大なのに、誰だったか関係者が弟はもっとすごいとか言ってたからな

 

846:名無しの勝負師 ID:c8dA9PDSd

アドマイヤドン「俺もダービー馬の弟で、G1馬なんだが」

 

860:名無しの勝負師 ID:+/JcOAIx6

ベガもすごいよな、G1馬2頭を違う種牡馬で出して

 

874:名無しの勝負師 ID:IyNocWLe3

これはエアグルーヴにも期待がかかる

 

877:名無しの勝負師 ID:dzOiFV0QV

そういえばエアグルの初子もアドマイヤの人が落としたんだよな

 

878:名無しの勝負師 ID:03X5ogpcS

父サンデーサイレンス×母エアグルーヴとかこれ以上ない配合だよな

 

885:名無しの勝負師 ID:KQC3B0D1E

そういやどっかの牧場にライスシャワーの妹とマックイーンの子がいるとか聞いたんだけど・・・

 

891:名無しの勝負師 ID:dSu0OcXD8

マジか。気になる

 

899:名無しの勝負師 ID:GFqNTEuDo

ライスシャワー血統にマックイーンとかそれステイヤー確定やん

 

907:名無しの勝負師 ID:6PRgvyFUs

個人牧場の馬ならデビューまでほぼ情報は出てこないと思ったほうがいい

 

914:名無しの勝負師 ID:f1JVV74jj

そうか、ありがとう

 

915:名無しの勝負師 ID:hNtONCuzS

おい、これそのメジロマックイーン×ライスシャワー血統の馬じゃないか?

http:sekitan/news.com

 

921:名無しの勝負師 ID:4DT9yesfp

バクソウオーの馬主が買ったのかよww

 

933:名無しの勝負師 ID:/ECCxQ5Qa

セキタンの馬主ww

 

946:名無しの勝負師 ID:hB5xdq35o

馬名を決めちゃいました?そんなこと出来るのか?

 

955:名無しの勝負師 ID:Dm2mcTzga

出来る。血統登録さえ済ませておけば血統名って形で漢字なんかも使える。ヘンテコな名前でセリでアピールする生産者さんもいるくらいだし

 

970:名無しの勝負師 ID:UmVVJrPz2

幼名で有名なのはメジロ牧場だな

 

973:名無しの勝負師 ID:bHcKb0YO8

体質が弱いのか、アカン

 

975:名無しの勝負師 ID:c2svOjykv

まあ走ったら奇跡ってレベルの馬だな

 

976:名無しの勝負師 ID:OPJb16BiF

父の仕上がりの遅さと、叔父の脚を受け継いでしまったか・・・

 

980:名無しの勝負師 ID:oiB4fKSwi

寧ろなんで買ったってレベルの馬じゃないか

 

986:名無しの勝負師 ID:BTeXOWmlx

いや、分からんぞ、ここから見違えるように成長する馬もいる

 

987:名無しの勝負師 ID:qbMgG+HHg

仔馬ちゃん、もといジャスミンポイントの00、オスマンサスの幸運を祈る

 

993:名無しの勝負師 ID:ATr+DF9Gk

走るといいな

 

1001:名無し ID:

このスレッドの書き込みは1000に到達したので、もう書き込めません、別のスレを立ててください

 

 

 

 




次回更新予定は月曜の22:00になります。
仔馬ちゃんこと、無事馬名が決まったオスマンサスの花嫁修業(と言う名の成長日記)を投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【閑話】仔馬ちゃん、初めての昼夜放牧

オスマンサスちゃん主役の番外編です。

あれ、花嫁修業・・・どこいった?


皆さん、どうも初めまして!

 

あれ?もしかしてお久しぶり、になるのかな?私はジャスミンポイントの、じゃなくって、馬主のお姉さんから、素敵な名前を付けてもらったんだった。

 

私の名前は、オスマンサス。今はお母さんと離れて、同い年の子と一緒に放牧にでています。

 

他の子や偶にキツネさん、タヌキさんもいるから寂しくはないけど・・・やっぱり夜はちょっと怖いかな。だからお日さまがバイバイしそうな時に、頭が半分くらいツルツルしてるおじさんがお家に帰ろうってお迎えに来てくれるとすごくホッとする。

 

あ、そうだ!お兄様っていうのはね、セキトバクソウオーお兄様のこと!赤くて、大きくて、とっても優しい、自慢のお兄様!

 

よく分からないけれど、私と馬主のお姉さんが出会った日から、お兄様と私は家族になったんだって。だから私もお兄様の家族になりたいなって思って、そう呼ぶことにしたの。

 

夏の間、お兄様は私と遊んでくれたんだけど、ある日白くて大きな低い声で唸る生き物の中に入っていったから、私、お兄様が食べられちゃったって泣いちゃった。

 

でも、お母さんに聞いたら『あれは食べられたわけじゃないわよ』って教えてくれたんだ!それでね、よかった、お兄様は無事なんだってすごく安心したの。

 

お母さんもあの生き物の中に入ってここに来たし、私も大きくなったら入らなきゃいけないんだって。『慣れれば怖くないし楽チンよ』って言ってたけれど、私はまだちょっと怖いかな・・・。

 

 

それからお兄様から聞いてはいたけれど、お母さんとお別れになっちゃった。しばらく寂しくて泣いちゃったけれど、それがいけなかったのかなぁ。一緒になった男の子たちから追いかけられたの。

 

私はなんにもしてないよ?だけど向こうの子たちは私が逃げるのが面白いみたい。あんなに追いかけられたら疲れちゃうよ。でも男の子たちに近づかなければいいって分かったから最近は大丈夫!

 

後はね・・・あっ!ツルツルおじさんが来た!この人は生まれたときから私をずっと気にしてくれてるの!他にも何人かお兄さんがいて・・・みんなのご飯を持ってきてくれたみたい。

 

おじさんたちは草の上にご飯を撒いて、なるべく皆が食べられるようにしてくれるの。どうしても力が強い子とか、いばりん坊な子がたくさん食べちゃうんだよね。

 

駆け寄ってきた皆が、ご飯を美味しそうに頬張ってる。そろそろお日さまが沈むから、いつも通り私はお家に帰る時間かなぁ・・・って、あれ?

 

『おじさん!私まだここだよ!ねぇ!』

 

私はお家に帰ろうってツルツルおじさんに近づいたんだけど・・・おじさん、頑張るんやでって私のお鼻を撫でたかと思ったらそのまま帰っちゃった。

 

『おじさーん・・・行っちゃった・・・』

 

私は呆然としたけど、置いていかれちゃったことに気がついて顔も耳も下向きにしょぼんとしちゃう。

 

 

『あらー?チビさん?今日は私達と一緒かな?』

 

そんな私に話しかけてくれたのは、私よりちょっと大きい茶色いお馬さん。私と違ってまだちゃんとした名前はないけれど、ツルツルおじさんや皆は、ローズちゃんって呼んでるの。

 

それとおんなじで、私も馬主のお姉さんに名前をつけてもらう前はチビちゃんって呼ばれてた・・・名前が付いたって言っても皆私のことはチビちゃんのままなんだよね。

 

『ローズちゃん・・・一緒って、皆はお家に帰らないの?』

 

私はてっきり皆も夜になったらお家に帰るんだって思ってたんだけど、違うのかな?

 

『うん、私達はねー、しばらく前からお日さまがバイバイして、またおはようって出てくるまでお家に帰ってないよー』

 

『えっ!?それって・・・夜になってもお家に帰れないってこと!?』

 

『そだよ?』

 

ローズちゃんから聞いた衝撃的な情報に、体がこわばっちゃう。

朝になるまで帰れないって・・・それって、怖ーい夜も、ここにいなきゃいけないってことだよね・・・?

 

『は、はわわわ・・・怖いよ・・・』

 

『おチビさん、おチビさーん?あらら、固まっちゃった』

 

夜ってクマさんとかシカさんも出てくるし、時々怪我をしちゃうお馬さんもいるって聞いたのに、おじさんはそんなとこに私や皆を置いて行っちゃったの?ちょっとショック。

 

『おじさん・・・信じてたのに酷いよ・・・』

 

『あー、これは・・・ほら、おチビさん。とにかくご飯食べよ?・・・もう殆ど無いけどさ』

 

涙がこぼれちゃった私に、ローズちゃんがそう言ってくれる。振り向くとあんなにあった筈のご飯は食いしん坊の子たちがほとんど食べちゃって、ちょっとだけ残ったご飯を皆で一粒一粒拾ってる。

 

『うん・・・』

 

あ、今ご飯なら脚元に沢山あるじゃないかって思ったでしょ?確かにこの草もご飯なんだけど、でもおじさんが持ってきてくれるつぶつぶのご飯の方がずっと美味しいから人気なんだよ。

 

とぼとぼとご飯の場所に行くと、あれ、今日はチビも一緒か、とか今日は帰らないんだねーって珍しいものを見る感じで言われちゃった。

 

確かに夜もお家に帰らないなんて今日が初めてだから、やめて欲しくても何も言い返せないや。

 

 

美味しいご飯は、ほんのちょっとだけ食べれた。

 

 

 

 

完全にお日さまが山の下にさよならして、いよいよ寒くて、怖い夜がやってくる。

 

赤くなっていた空が青くなって、それから黒くなって。怖くて思わず目を瞑った。きっと開けていたところで何にも見えないから。

 

『おチビさーん、大丈夫だよー』

 

何にも見えない・・・?

 

『なに、ローズちゃ・・・あれ?お目々が見えてる?』

 

ローズちゃんの声で、恐る恐る目を開けると、あれれ、びっくり。お日さまがある時とほとんど変わらないや。

 

『そっか、おチビさん、夜は初めてだから知らなかったんだね。私達の目はね、夜もバッチリ見えるようになってるんだよ』

 

『へぇ!そうなんだ!』

 

ローズちゃんがそう教えてくれた。

 

『それから、夜にしか見えないものもあるよ』

 

『夜にしか?』

 

『上を見てご覧』

 

『上?』

 

言われた通りに上を見ると、そこにはキラキラ光る小さな粒がいっぱい!なんてキレイなんだろう。

 

『キラキラしてる・・・!あれはなあに?』

 

『星、って言うんだよ。あのキラキラの一つ一つは星が燃えている光なんだって』

 

『ほし、かあ・・・』

 

ローズちゃんは、本当に色々なことを知ってる。

まるで大人みたい。

 

そんなことを思いながら空を眺めていたら、キラキラの中から一つの光が、スーッと地面に向かって落ちていった。

 

『あっ!ほしが落ちちゃった!』

 

私が思わずそう言うと、ローズちゃんが面白そうに笑いながらまた一つ教えてくれる。

 

『あはは!おチビさん。面白いねぇ。あれは流れ星っていうんだよ』

 

『流れぼし?』

 

『そう。星から砕けた欠片が、私達の住んでるところに落ちてきて、燃えてなくなってしまうときに放つ光だよ』

 

もえる?なくなる?・・・せっかくキレイなのに、ほしさんは、いなくなっちゃうの?

 

『ほしさん、いなくなっちゃうの?』

 

『そういう決まりなんだ』

 

『そうなんだ・・・』

 

ローズちゃんが教えてくれたんだからホントのことなんだろうけど、なんだか悲しくなってまたしょぼんとしちゃう。

 

『おおっと、おチビさん。流れ星ってね、実は目に見えないくらい小さいんだよ』

 

『そうなの?』

 

うつむいたままの私に、ローズちゃんがまたお話をしてくれる。

 

『うん。そんな誰もわからないような小さな欠片が、思わず見惚れるくらいに強い光を放つんだよ、すごいと思わない?』

 

『うん、すごい!』

 

『だよねぇ。おチビさんもお星さまみたいに輝けるようになるといいね』

 

おほしさまみたいに?それって私の体が光るってこと?想像してみたけどちょっと眩しいだけだと思うな。

 

うんうん、と頷いてからローズちゃんは私の為、ってとっても難しい課題を出してきた。

 

『それからね、おチビさん。私以外にも友達を作らないとだめだよ』

 

私には、ローズちゃん以外に仲のいい子がいない。だからローズちゃん以外の友達もいた方がいいよってことなんだろうけど・・・。

 

『私だって、いつまでも一緒って訳にはいかないからね』

 

『そうなの!?』

 

『そりゃそうだよ。私はしばらく離れるから、自分の力で頑張るように!』

 

『うー・・・』

 

そうは言われても・・・。私、友達の作り方なんてわからないし・・・。

困ってウロウロしている内に、いつの間にかローズちゃんともはぐれていて。

 

『あれっ!?ローズちゃん!?どこ!どこにいるのー!?』

 

呼びかけても返事は帰ってこない。

 

それどころか・・・。

 

 

『おっ!?チビスケじゃねーの!今日は家に引っ込んで無かったんだな!』

 

『ぴゃあ!?』

 

私に声をかけてきたのは、あの追いかけてくる男の子だった。後ろに友達・・・?見たことのない子も連れていて、なんだか笑っている。

 

『なー!追いかけると面白い奴ってこいつ?』

 

『なんかちびっこくて弱そーだな!』

 

お友達の子はこんな感じのことを言ってる。これ、まさか一緒に私を追いかける気なの!?

 

あの男の子一頭だけならどうにかなってたけど・・・これじゃあ逃げることも出来ないかな・・・?

 

3頭掛かりで、じりじりと私との距離を詰めてくる。

 

『ほら!早く走れって!ほらほら!』

 

『早く追いかけっこしよーぜー!』

 

『弱いなら弱いなりにオレたちを楽しませろよー!』

 

一歩後ろに下がれば、あの子たちも一歩詰めてきて。気づけば私は放牧地の端っこに追い詰められてた。

 

『や・・・や・・・!』

 

なんだか急にとっても寒くなって、脚が震えて、何も考えられなくなって・・・。

 

『嫌ー!!』

 

気がついたら、私は全速力で走り出していた。

 

『よっしゃ来た!』

 

『追いついてお尻齧っちゃうぞ!』

 

お尻をかじる!?そんなことされたくないよ!

でも私って、みんなと比べて走るの遅いんだよね・・・。

 

だからあの男の子たちに捕まるのも時間の問題?ってことなの。また悲しい気持ちにならなきゃいけないのかなって思ったら、目から涙が溢れてきた。

 

走っても、走っても、走っても。あの子たちは私を追いかけてくるんだから、逃げても意味なんてないのかな。

 

それでも前を向かないと、誰かにぶつかっちゃうかもしれないから。痛いのは誰だって嫌だから頑張って目を開ける。

 

『あれ?』

 

せっかく目を開けたのに、私の周りには誰もいなくて、広々とした場所が広がってた。走ってる内に群れから離れちゃったのかな?私、このままだとあの男の子達にお尻をかじられちゃう。

 

そう思ってまた泣きそうになったとき、隅っこの方にさっきローズちゃんから教えてもらった「ほし」にそっくりなキラキラする何かが見えた。

 

そういえば、ローズちゃんは『流れぼしは誰もわからないくらい小さいのに、強い光を』ーって。

 

そのキラキラした光が、私に勇気をくれた。

 

泣くのはここでお終い。代わりに息を思い切り吸い込んで。

 

 

『誰か!誰か助けて!追いかけられてるの!!』

 

このままずっと追いかけられるなんて、本当に嫌だから助けてって夢中で叫んでた。

 

すると、キラキラしたものがビュン、とすごい速さでこっちに動いてきて。

 

まるで流れぼし。

 

 

 

『ちょっと、あなた達?男子同士で遊ぶのは構いませんけれど、その子・・・嫌がってるではありませんの』

 

キラキラを見送ったら、聞いたことのない声がする。

 

びっくりして立ち止まっちゃった。そのまま後ろを見たら、知らない女の子が私と男の子たちの間に立っていた。

 

あの子、私を男の子たちから守ってくれてるの?

 

『げっ』

 

『おう、なんだよお前は。俺たちはソイツと遊んでるだけだよ』

 

『おい、止めろって』

 

その子を見た男の子たち、二頭はなんだか怖がってる感じだけど、一頭はそのまま女の子に向かっていく。

 

『止めろってなんだよ、ちょっとたてがみや尻尾が目立つくらいの、たかが牝馬だろ?』

 

『あら、でしたらこれはどう、かしら!』

 

『ぶぇっ!?』

 

えっ!?怖がっていない男の子に近づいたと思ったら、後ろ脚でその子を蹴飛ばしちゃった!?

 

『きゃあっ!?』

 

私はもう、びっくりして変な声が出ちゃう。

 

『な、なんだよ。牝馬のくせに・・・』

 

あ、蹴られた男の子はそこまで痛がってないから本気で蹴ってないね・・・ちょっと安心。

 

『バカ!この馬はな、数か月前に俺たち牡馬全員をノした、キンさんだぞ!お前も一撃KOされたの覚えてないのか!?』

 

『うぇ!?あのキンさん!?』

 

『ああそうだよ!どうもすみませんっした!』

 

『た、退却ー!』

 

あれ?なんだかよく分からないけれど・・・男の子たちが、逃げていく?

あの女の子、強いんだなぁ・・・。

 

 

『さて、と。お怪我はありませんこと?』

 

その女の子が、何でもなさげに私に話しかけてきたから、更にびっくり。

 

『え、う、うん!大丈夫!』

 

『良かったですわ。まったく、あの男子たちにも困ったものですわね・・・あなたも嫌なら嫌と一撃かましておやりなさい』

 

『えーと、その・・・ごめんなさい?』

 

いちげき?って、さっきのキックのことかな?あれをやったら男の子たちが追いかけないでくれるなら、私、がんばる。

 

『はぁ、こういう時は謝るのではなく、お礼を言うものでしてよ?』

 

『じゃあありがとう?』

 

『その・・・あなた、少し変わってますわね』

 

キラキラの子が困ったようにそう言ってきた。変わってるって言われても。なにか変なのかなぁ・・・でも私は私だもん。

 

・・・あ、そうだ!

 

ローズちゃんの課題を思い出した私は、思い切ってその子に話しかけた。

 

『ね、ねぇ!君はなんていう名前なの?』

 

(わたくし)の名前、ですか?世話を焼いて下さるおじ様たちからはキン、と呼ばれておりますけども』

 

キンちゃんって言うんだ。しっかり見るとたてがみとしっぽがキラキラ、お日さまの色をしててとってもキレイ!さっきのはキンちゃんだったんだね。

 

『私はチビ、じゃなかった。オスマンサスっていうの!キンちゃん、よかったらさっきのすごいキックと・・・その喋り方、教えて!』

 

『えっ!?喋り方も・・・?べ、別に構いませんけど・・・』

 

やった、おねがいできた!それに大人の女性は、喋り方にも気を使うって、お母さんが前に言ってたの。

 

キンちゃんの喋り方、お姫様みたいですごく可愛くてかっこいいから、もし出来るようになったら・・・お母さんも喜んでくれるよね?

 

『えへへ、ありがとう!』

 

私がキンちゃんにお礼を言ったとき、遠くの山から光が見えた。

 

『わあ、何?眩しい・・・!』

 

『朝、ですわね。太陽が登ってきたのですわ』

 

『朝・・・?じゃあ、おはようだね、キンちゃん』

 

『あら、そうですわね。おはようございます、オスマンサスさん・・・ふふっ』

 

『えへへっ』

 

ただ朝のおはようを言い合っただけなのに、なんだかとっても楽しくて。おじさんがお迎えに来るまで、私はずっとキンちゃんとお話ししてた。

 

そのことを、お家でお隣どうしのローズちゃんに伝えたらとっても喜んでくれたの。

 

その時に知ったんだけれど、この朝は特別な朝で、お日さまをハツヒノデ、一日だけガンタン?っていうんだって。

 

私達はハツヒノデがのぼると年をとるって言うから、私は二頭目のお友達ができたその日に一歳のお姉さんになったんだね。

 

もうちょっとで、一回目の本当のお誕生日がやってくる。これからもお兄様の家族になれるよう、頑張るよ!

 

あれ?そういえばキックって、お嫁さんに必要だっけ・・・?

 

・・・まあ、いっか!

 

 

 

 

数日後。

 

飼い葉をやるついでに放牧地の様子を見に来た薪場は、いつぶりかに頭を抱えた。

 

「一人ぼっちやったキンとチビが仲良くしとるのはええんやけど・・・なんで大人しい筈のチビが、キンと同じ様に尻っ跳ねしとるんや」

 

そこにはイタズラで追いかけてこようとする牡馬を後ろ蹴りで撃退し、尾花栗毛の牝馬の元へと駆けたかと思えば仲良く顔を寄せる、ちょっぴり白い毛が増え、たくましくなったオスマンサスの姿があったのだった。

 




次回更新は水曜22:00予定です。

オスマンサス、痴漢撃退キック習得。
自衛は大事。

書くこともないので軽く設定をば。

・ローズちゃん
実は小柄な大人の馬で、リードホース。
身体が小さすぎて競走馬になれなかった。

・キンちゃん
尾花栗毛の女の子。
痴漢撃退キック、言葉使いの師匠。
サッカーボーイ産駒。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出走、オーシャンステークス

セキト、久々の出走。道中はすっ飛ばしましたがオープンレースですから、このくらいでいいですよね?

それから、最近になって筆者の住んでいる地域が急に冷え込んでまいりました。皆さまに見守ってもらっている以上、出走取り消しとならないよう健康管理に努めていく所存です。


XX01年。新世紀が始まるこの年に、日本競馬界は大きな変革の時を迎えた。

 

馬齢の数え方、そして、制限付きながらも外国産馬へのダービー出走枠の開放。

 

古馬も新馬も全頭仲良く年齢が据え置かれ、しかしルールは前の年から変わったことも多く、ちょっとした混乱を招きつつも1月5日の金杯からいつも通りの競馬がまた始まり、徐々に落ち着いて。

 

そんな中、半年の沈黙を破ったセキトバクソウオーが、

再び始動する。

 

 

 

 

2月、獣医からのGOサインを受けて乗り運動である程度身体を絞った俺は、トレセンではなく直接中山競馬場へと入厩した。お目当てのレースは3月初頭のオープン特別、オーシャンステークス。

 

骨折から復帰して3ヶ月、入厩から1ヶ月での出走は正直短い気もするが、いきなり重賞というのも怖く、かといって1200から1400の手頃なレースとなるとこれしかなかったらしい。

 

現代では高松宮記念のステップとして知られるG3のレースだが、この時代はまだただのオープンだったんだな。

 

出走に向けての最終調整は順調そのもの。何事もなく準備を進めていたんだが、レース一週間くらい前になって隣の馬房にマンハッタンカフェが入ってきたときには心底驚いた。

 

それは向こうも同じだったようで、久しぶり、と声をかけたら。

 

『えっ?この声・・・まさか、先輩!?』

 

輸送の疲れもあるだろうに、マンハッタンカフェは俺の声を聞いた瞬間に勢いよく立ち上がって、馬房から顔を出してきた。

 

『よう、生きてたぜ』

 

こっちも顔を出し、ふざけ半分でそう返してやれば。

 

『せ・・・ぜ、先輩(ぜんぱい)ぃぃぃぃ!』

 

感激のあまり泣き出すマンハッタンカフェ。おいおい。レースも近いのになにやってるんだ、と突っ込んだら。

 

『だっで!・・・いぎでる!!』

 

と、涙を飛ばしながら言い放つ。なんだかどこぞの少年漫画じみたセリフだな。

 

・・・ん?生きてる?なんか引っかかるな。と思ったらすぐにマンハッタンカフェが種明かししてくれた。

 

『イーグルカフェ先輩が!バクゾウオー先輩がここまで帰っでご()()んで!重症、下手じだら、死んでるっで・・・』

 

おい、あいつ、しばらく会ってないと思ったら何を仕込んでるんだ。俺はこの通りピンピンしてるぞ。

 

『大丈夫、確かに骨は折れたけどさ、欠片が飛んだだけだ』

 

『ホント・・・でずがぁ?』

 

『ああ、だからこうして、生きてるだろ?』

 

マンハッタンカフェを安心させるため、首を伸ばしてグルーミングしてやる。そこで初めて幽霊とかそういうものじゃないと確信できたのか、ようやくすすり泣く声が止むのが分かった。

 

 

『先輩・・・良かっだあ・・・』

 

一先ず落ち着いた所で、俺がいない間厩舎で何があったのかを色々聞き出したりしながら、その日はおしゃべりに費やしたのだった。

 

マンハッタンカフェはデビュー戦こそ負けてしまったが、2回目の新馬戦を無事に勝ち上がり弥生賞に出るそうだ。

 

ん?マンハッタンカフェと同世代の弥生賞の勝ち馬って・・・。

 

あっ。

 

・・・マンハッタンカフェ。強く生きろ。

 

 

 

 

 

さて、オーシャンステークス当日。今も昔も高松宮の舞台に向けての最終便や叩き台であるこのレースのパドックを、立て直しを図る俺は周回している。見上げた空は生憎の曇天だ。

 

『んー・・・この感じ、この雑音。久しぶりだなぁ』

 

前走セントウルステークスからは実に半年ぶり。久々のせいかやっぱりどこか気が抜けてて、俺は周りを見渡しながらゆったりと歩みを進める。

 

なんとなく足取りにも力が入らない。いや、これからレースだってのは分かってるんだけど、身体がフワフワしてる感じって言うのかな?とにかく今日は全力全開100%!ってのは無理そうだな。

 

どこを向いても目に入るのはお客さんと、パドックのフェンスにかかる各々が応援したい人馬の名前が描かれた色とりどりの横断幕。

 

俺は何となくそれが気になって、順々に見やる途中で自分の名が描かれたものを見つけた。

 

『おっ!横断幕発見!こうしてみると、俺も随分と人気になったもんだな』

 

馬に生まれ変わって早4年。

重賞も勝ち、充実一途。今の所人間のときよりもいい人、いや馬生とさえ言えるんじゃないか?

 

ふと、電光掲示板に目を向ければ半年ぶりだというのに俺が一番人気だ。

他に強い馬がいないと見られているということなんだろうが・・・それでも骨折明けの自分が一番人気でいいのかとは思った。

 

出走メンバーは俺を含めて15頭。

主に目につくのは・・・ユーワファルコンと、ロードアヘッド、ラヴィエベルちゃんが一緒に走ったことがあるってくらいかな。

 

やっぱりグレードのないオープン競走だけあって、びっくりするほど強い!って馬はいないな。油断はしちゃいけないが、骨折で能力が落ちていなければ、十分勝てそうだ。

 

正直手を抜いたほうがいいのか迷っている。せっかく復帰したのに、すぐまた故障して引退、なんてこの世界ではよく聞く話だ。

 

・・・うん、まず気楽に走ってみて、駄目そうなら全力。これで行こう。

 

 

「とまーれーー!」

 

しばらく歩き続けていると、パドックに止まれの号令が響き渡った。小天狗から飛び出して、俺に駆け寄ってくるのは昨年と変わらず獅童さんだ。

 

そのまま俺の背中に、っと、おっとっと?

獅童さんが俺に乗るのを失敗しただと。珍しいこともあるもんだ。

 

「・・・ぃしょっ、と。ふう、今日も頑張ろうね、バクソウオー」

 

『獅童さん、大丈夫か?』

 

彼が背中に乗ったのをしっかり確認して、歩き出す。なんか乗り辛そうにしてたけど、獅童さん、年ですかね?

 

心配になって見つめていたら、大丈夫だよ、と首を撫でてくれた。問題なし、ってことか。

 

『・・・よし!』

 

さて、それはさておき集中集中。これからレースなんだからな。鼻をブルルッと鳴らして気合を入れる。

 

「うん、休養明けだけど問題なさそうだね。じゃあ、行こうか」

 

獅童さんがそれを見て首をポンと軽く叩いた。

 

よし、ここは軽くやってやりましょうかね。

 

 

 

 

 

パドックで騎乗命令が出て小天狗から出た時、半年ぶりにぼくの目に映ったバクソウオーは、なんだか最後に見たときよりも大きく見えた。

 

最初は気合が入っていたり、調子が上がってきているからそう見えるのかな、なんて思っていたけれど。

 

彼の背中に跨がろうとした瞬間、それが気のせいじゃなかったことに気づく。

 

「んしょっ・・・あれっ」

 

鐙に足をかけ、体全体を持ち上げて。半年前のバクソウオーにだったらきちんと乗れていたはずの高さなのに、足が向こう側に届かない。

 

仕方がないからさっきよりも強めに地面を蹴って、それでようやく鞍の上へと収まることができた。

 

ふう、と安堵の息をつく。

 

「・・・ん?」

 

バクソウオーがこちらに振り向いたかと思うと、ブルル、とぼくを心配するように鼻を鳴らした。

 

大丈夫だよと言い聞かせるように首を撫でる。すると、納得したようにすぐに前を向いて歩き出したからやっぱり賢い馬だなあ、と感嘆する他ない。

 

それから地下馬道に入る前にバクソウオーはもう一度鼻を鳴らしたが、そっちは気合の現れだろう。合わせるように行こうか、とささやきながら首を優しく叩けば彼は力強い鳴き声で応えてくれた。

 

 

それにしてもなんで一発で乗れなかったんだろう。地下馬道を進みながら考える。

 

最初に浮かんだ可能性は・・・嫌な可能性。

ひょっとしてぼくが衰えたのか?ということ。

 

確かに、丁度明日が45歳の誕生日・・・おじさんもおじさんだ。このレースの他の騎手も、そこまで年配の人はいない。

 

普通はここまで年を取れば引退して、調教師になるか、競馬の世界から足を洗う。どれほど鍛えても身体の衰えがそれを上回るからね。

 

そんな逃れられないタイムリミットの気配が確かに迫ってきているのを感じ取りながらも、鞍越しに両足から伝わるバクソウオーの鼓動は力強く、気弱になったぼくにはなんと頼りになることか。

 

元々力強さを感じる馬だったけれど、半年前よりも更にそれが増しているような・・・。

 

そこまで来てやっと、あっ、と気がついた。

 

それと同時に一年前、初めて出会ったとき以来の、大きな笑みがこみ上げてくる。太島さんも言っていたけれど。そうか、これが。そういうことか。少し前で引き手を持つ太島さんの口角も、上へと弧を描いている。

 

競走馬として最も脂が乗って、華がある。バクソウオーは、競技人生の中の最も尊い、黄金期を迎えようとしているのだ。

 

他の馬たちには申し訳ないけれど、これは貰ったかな。

 

そう思う頃にはバクソウオーにとってこれが骨折からの復帰戦で、8割の仕上がりであるという事なんて、僕の頭からはすっかり抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

―場面は飛んで、オーシャンステークス、最終直線。

 

『第4コーナーを回って、先頭はシンボリスウォード!二番手キーゴールドと、ユーワファルコンが競り合うように上がってきている!』

 

先頭を行く3頭の馬を、中団から進めたセキトと獅童が見据えている。

 

彼らが我先にと直線へ突入しても、この人馬は焦らない。

 

「そろそろ行くよ」

 

『おう』

 

瞬間、セキトの脚がピッチの回転へと切り替わり、最早お家芸となりつつあるコーナーワークでまずは後方に位置どったまま力尽きた馬を交わす。

 

『ほら、どいたどいた』

 

他馬を押し退けていくようなセキトの走りに、既にほとんど力尽きた様子のキンシストーンが驚愕の表情を見せる。

 

『なっ、お前、骨折したんじゃねえのかよ!?』

 

『ああ、折ったよ。けれど、まだ走り足りなくて帰ってきたのさ!』

 

『マジ!?それでコレとか・・・嘘だろ・・・』

 

その会話で完全に戦意を喪失したキンシストーンを置いて、セキトは更にポジションを上げていった。

 

『さらにその後ろからナムラマイカ、オーパスセブンなども上がってきてっ、と!来たぞ来たぞ来たぞ!セキトバクソウオー上がってきた!』

 

そのまま馬なり(・・・)で、先頭集団へと食らいついていく。手綱越しに背中の獅童の両手に伝わる手応えは、余裕そのもの。

 

獅童はその事実に、最早馬上で笑いを抑えきれなくなっていた。

 

「は、はは。ははははっ!いいぞ!行け!バクソウオーっ!!」

 

初めてセキトに跨った日、獅童は「凄い」という感想を持った。しかし同時にどこか勿体無いという思いを抱いていたのも事実。

 

どんなときも全力であるが故に、100%を出し切ることはできるが、それ以上を望めない。

 

サクラバクシンオー産駒らしい、そんな馬なのだろうと思っていたのだが・・・骨折明けのこのレース。古馬となったセキトバクソウオーの走りは明らかに前とは変わっていた。

 

それは正に獅童がこんなレースが出来ればな、と心の中で思い描いていた光景だった。騎手の指示には従い、手を抜くところは抜き、必要なところで驚異の脚を引き出す。

 

そんな競走馬の理想形を突きつけられ嬉しくない騎手が、果たしているのだろうか。

 

まして「勝ち」に飢えた時期を知る獅童が、その感情を抑え込むことなど、出来る訳がなかった。

 

 

『残り200!セキトバクソウオー抜けた!二番手シンボリスウォードは、あぁもうちょっと一杯か!3番手キーゴールドとユーワファルコンが並んでシンボリスウォードを捉えて交わす!』

 

もう、後ろで誰が争っていようと、獅童の興味はセキトの走りのみ。ムチを振るっていない(・・・・・・・・・・)のに、この伸び脚だ。今日のメンバーに、セキトに追いつけるだけの脚を持つ馬は、いない。そう確信できた。

 

 

『はぁ、はぁ、なんだよっ、アイツ・・・骨折ったって聞いてたのに・・・!』

 

『何だよアレ・・・!まるで、まるで・・・!』

 

二番手で競り合うキーゴールドとユーワファルコンは、徐々に自分たちから遠ざかる赤い背中を見送ることしか出来ずに、歯を噛みしめる。

 

この数年後、セキトともにこのレースを走ったある馬が、厩舎の後輩に尋ねられた時その走りをこう語った。

 

『もうね、ありゃ同族って感じじゃないよ。オレたちサラブレッドは走る芸術品だの言われてるけど、あの日のアイツ・・・セキトバクソウオー?はな・・・』

 

 

 

『まるで、火の玉みてぇだったよ』

 

 

 

『セキトバクソウオー!今一着でゴールイン!やりました!骨折明け、半年ぶりの出走も問題なし!高松宮記念に向けて弾みを付けました!』

 

『うしっ!』

 

その実況を聞いたセキトは、スピードを落としつつもとある事に気がついて首を傾げる。

 

『そういえば獅童さん、ムチ、使わなかったな』

 

骨折明けで、身体にかかる負担を考えたのだろうかとのんきに構えるセキトだったが、周りはそれどころの騒ぎでは収まらなかった。

 

「何だあの馬は!」 

 

ある競馬ファンはその強さに取り憑かれ。

 

「これは・・・使えるぞ」

 

ある記者は高松宮記念に向けたいいネタを見つけたとほくそ笑み。

 

翌日の競馬新聞の一角に、『高松宮記念最有力候補!?』の見出しと共にセキトバクソウオーの名が踊ったのだった。

 

 

 

 

 

そして、セキトの走りは公共の電波を通じとある男の元へも届く。

 

「セキト・・・もうこんな・・・強く、なったね」

 

病院の待合室に吊り下げられたテレビを見上げ、その男は小さく呟いた。

 

昔からの知り合いを懐かしむように、慈しむように。思わず赤い馬体が大写しになったテレビに向かって手を伸ばしそうになった時、診察室から顔を出した看護師が患者の名を呼んだ。

 

「次の方ー、岡田さーん、岡田順平さーん」

 

「あ、はい!」

 

その男、セキトバクソウオーの主戦、岡田順平。

 

己の内に潜む敵との戦いは、未だ続く。

 




骨折なんて関係ねぇ!なセキトと、久しぶりのジュンペーでございました。後者は復帰にはまだまだかかるようで。

次回更新予定は金曜 22:00です。

・今回の被害馬

・キーゴールド 牡 鹿毛
父 アンシェントタイム
母 キーフラワー
母父 ビンゴガルー

・史実戦績
49戦8勝(地方6戦0勝)

・主な勝ち鞍
オーシャンステークス(OP)
福島民報杯(OP)

・史実解説
1998年のデビューから、2004年の11月までタフに走り抜いた牡馬。
デビューから新馬戦、500万下と連勝した後、弥生賞10着、毎日杯7着など苦しい競馬が続く。

2勝目から丸一年が過ぎた神鍋特別、シドニートロフィーで連続2着と復調の気配を見せ、次の城崎特別を勝つと続く岩室特別も連勝する。

次の勝利は年が明けた2月、2000年の春望ステークスで、またしても続くブラッドストーンステークスを連勝。

オープン入りを果たしたがその年は勝てず、2001年のオーシャンステークスが初めてのオープン勝ちになった。

最後の勝利は2003年の福島民報杯。
それ以降は惜しいところはあったものの5戦して勝てず、最後は地方競馬に移籍したがそれでも再びの勝利は叶わなかった。

某ネット掲示板によると引退後はとある大学に居たそうなのだが・・・いかんせん古い情報であり、現在は生死含め不明である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出走の後、2頭の再出発

正味の話、弥生賞のアグネスタキオン(不良馬場、手前替えなし5馬身差)に勝てる馬って、いるんですかね?




大楽勝のオーシャンステークスから一日。

 

その日はご褒美に飼い葉にリンゴが混ざってたり、見慣れない人間がいるなと思ったらマスコミ関係の記者さんだったりとなかなかに慌ただしい一日だった。

 

勝ちっぷりからパフォーマンスに問題無しと判断された俺の次走はセンセイと朱美ちゃんの協議の結果、NHKマイルカップ以来となるG1高松宮記念と決まったそうだ。

 

輸送の負担も考えると、近い内に中京競馬場へ移る事になるだろう。

 

『中京競馬場、か』

 

俺は厩舎の天井を見上げながら思案する。

 

残念ながら中京は、俺にとって苦手な左回り。

 

まあ、日本の1200mのG1が高松宮記念と、スプリンターズステークスだけなんだから、どうにかするしかないわな。

 

オーシャンステークスの内容からも一部新聞なんかでは最有利候補なんて書かれたりしちゃってるらしいし、1200なら俺は強いってことを証明するチャンスだからな、回りなんてどうにかしてやる。

 

そんな感じで俺はいかにも順風満帆と言った風なのだが・・・そうもいかなかったのがマンハッタンカフェ。

 

俺に続けと勢いそのままに弥生賞へと出走したのはいいが、輸送や緊張なんかで食欲が落ちたマンハッタンカフェの馬体重は前走からマイナス20kg。

 

そんな状態でのG2はやはり荷が重かった様で、見事に負けたそうだ。

 

軽く励ましてやろうと思って半べそかきながら戻ってきたマンハッタンカフェに声をかけたが、こちらをちらっと見たかと思えば返事もなく馬房に入り、それからせっかくの飼い葉にも口をつけず、ずーっと俯いてやがる。

 

これが1日、2日くらいならどうってこともなかったんだが、3日4日と続けば立派な異常事態だ。一体全体どうしたってんだよ。

 

流石に心配だから毎日一回は覗き込みながら声をかけてるんだが、俺の言葉も届いていないのか特に反応はない。耳は動いているから一応聞こえてはいるんだよな・・・。

 

んー、敗戦のショックというよりはボーッとしているような感じか?ここは声をかける以外はちょっとそっとしておいた方がいいな。

 

 

センセイいわくマンハッタンカフェは、一月ほど開けて500万下から立て直す予定らしい。けれど、この状態のままだと出走も厳しいだろう。なんとかして正気に戻してやらねば。

 

 

とはいえすぐにどうにかできる問題でもないし・・・俺自身は調教以外輸送まで特にやることもない。とりあえず他の馬を観察しようか、と馬房から顔を出して周りを見ると、鹿毛に芦毛に黒鹿毛に・・・白斑も含めて色んな色の馬の頭が実にカラフルだ。

 

どんな奴が来ているかなと遠めにも目を凝らすと、離れた所で2頭の馬が話しているのが目に映った。

 

『なあ、どうしてお前だけそんなに脚が速いんだよ』

 

『さあ?強いて言うならば、神様とやらが私を気に入ってこのスピードを授けたのだろうね』

 

『!?』

 

その声を聞いた瞬間、俺の身体にぶるりと悪寒が走る。

 

何だあいつ。見た目はなんの変哲もない栗毛で、顔にも模様はない。

 

しかし、その馬体を取り巻く異様なまでの存在感とオーラが、これはただの馬に非ず、と嫌でも訴えてきている。

 

そして気がついた。

 

『あいつが・・・アグネスタキオン』

 

超光速の素粒子、と名付けられた栗毛の優駿。無敗の皐月賞馬・・・そして名種牡馬となる運命を背負った、今年の弥生賞の勝ち馬。

 

たった4戦で伝説となり、無事ならば三冠馬となっていたであろうとすら言われるその能力が古馬である筈の俺の本能を揺さぶったのだろう。

 

『私の周りで三冠馬だのなんだの言われているけれど、どういう訳かあれ程までに差が開いてしまえばそれも当然だろうね』

 

そんな発言すらも、彼から放たれたのであれば納得してしまいそうになる。別の生き物なのではないかとすら感じられるほどの圧倒的な存在だ。

 

そこから生まれる余裕と、威厳のある態度はまるで古馬のよう・・・これで3歳とか、誰か嘘だと言ってくれ。

 

クラシックで主役を張れるような馬、そしてダービーで勝負できる馬ってのは、こんなにも周りと比べて違うものなのかと愕然とする。いや、俺マジでスプリンターでよかった。

 

恐らくだが、アグネスタキオンは全く普段どおりに過ごしてあのオーラだ。レースなんかで本気の気迫をまともに受けたらと思うと・・・そうか、マンハッタンカフェがあんなへなちょこになった原因はコイツか。

 

せっかく初めての勝利を飾って自信を付け、次も勝つぞと意気込んでいたら、いきなりラスボスがいて正面から一方的に理不尽火力でパーティを全滅させられたようなもんだ。落ち込まないほうがおかしい。

 

自分よりも才能のある馬とぶつかり、思い悩む・・・99%の馬が経験するであろう、厳しい現実。

 

マンハッタンカフェは、幸か不幸かそれに気づくのが他の馬よりも早かっただけだ。

 

残りの1%はって?ゴルシとかステゴとか、そういう奴。

 

こればっかりは自分にしか答えを出せない難問で、そして自分で超えなければ意味がない。俺にできるのは経験談と、一緒に走り方を考えることくらいだろう。

 

そうして未だ調教以外では馬房の隅に佇んだままのマンハッタンカフェに一方的に声をかけ続けること数日。 

 

俺はいよいよ高松宮記念に向けて中京競馬場へと旅立つことになった。

 

 

『マンハッタンカフェ、少しいいか』

 

馬口さんに引かれながら馬房から出された俺は、またしても隣を覗き込みながら声をかける。これが、事実上のラストチャンスだ。

 

あれだけのことを言っておきながら、やはり俺は甘いのかもしれない・・・馬運車に乗り込む前に、マンハッタンカフェにとってなにかヒントになれば、と俺なりに助言を送ることにしたのだ。

 

やはり弥生賞からろくに飼い葉を食べていないのか、久しぶりに全身を見た漆黒の馬体は、アバラが浮いていてなんと痛々しいことか。

 

馬房の中で横たわった姿を見た時は遂に、と嫌な考えがよぎったが俺の呼びかけに顔を上げたのを見て心底ホッとした。

 

『なんですか・・・』

 

なんだか随分長い間聞いていなかったような気がする後輩の声は、このまま消えていってしまいそうなほど小さく、弱い。

 

だが、ようやく。確かに返事をしてくれた。それが嬉しくておっ、と小さく声が出るが、今費やせる時間は長くない。一旦咳払いをして真剣な声を作ってから。

 

『2つだけ、いいか』

 

マンハッタンカフェに問いかけると、今度は返事をするような事はなく、じっと俺を見つめたままだ。その目は虚ろで、ゆっくりと瞬きをする。

 

それをひとまず肯定と取って、俺は話を進める。

 

『まずは飼い葉を食え。わかってると思うが、食わなかったら死ぬぞ』

 

そう喝を入れてみたが、マンハッタンカフェは相変わらず。一旦は視線を飼い葉桶にやったもののすぐに俺の方へと戻してくる。

 

やはりダメか。

 

「セキト、ほら、マンハッタンが気になるのは分かるけど、行くよ」

 

馬口さんも催促していることだし、飼い葉食べろ!作戦はさっさと諦めてもう一つのアドバイスの方を伝えるとしよう。

 

『それからな、お前はまだ相手と自分を比べちゃだめだ。自分の武器を・・・これなら負けないって何かを探せ、比べるんだったらそれからだ』

 

『自分の・・・武器』

 

マンハッタンカフェがそうぼそりと呟いたとき、ほんの僅かだが瞳に光が戻ったような気がした。

 

・・・うん、これなら俺の仕事は果たせたと言えるだろう。再点火の火種は与えられた。

 

『じゃあ、またな。マンハッタンカフェ。死ぬなよ』

 

そう言い残して、俺は準備の整った馬運車へと乗り込んだのだった。

 

あとは、マンハッタンカフェ次第だ。

 

 

 

 

 

 

ボクは競走馬。名前はマンハッタンカフェ。

 

この間初めてじゅーしょー?ってレースに出たんだけれどね。

 

前の日にバクソウオー先輩がカッコよく勝ったって聞いたから、ボクも!って気合を入れたんだけど・・・全然だめだった。

 

初めての大きなレースで前から4番目っていったら、頑張ったって言ってくれる人もいるかもしれない。

 

でも、並んでゴールした子の前に2番目の子がいて、その2番目の子のずーっと前にもう一頭、一番先にゴールした子がいたんだ。

 

・・・えっと、勝った子からはずっと離れて負けちゃった4番目って言えば分かりやすいかな?その時に後ろの方にいた馬ですって言っても、誰も見てないだろうし、分からないよね。

 

一番先にゴールした子の名前はアグネスタキオン。栗毛で、後ろ脚だけが白い後ろ姿は、多分一生忘れないと思う。

 

それから・・・タキオン君は色々すごかった。

レースをする前から、勝つのは自分だって言わんばかりに目立っていたし、実際同じレースを走っていたはずのボクらは手も足も出なかったし。

 

勿論タキオン君が速すぎたんだってのは分かる。

でも、あの走り方と同じように走れてたらもうちょっと頑張れたのかな、とか、ボクがもっと冷静だったら隣の子には勝てたのかな、とか。色々と考えていた。

 

レースが終わって、それからお家に帰って。いつもなら嬉しいはずのご飯を見ても、タキオン君の走りが頭から離れてくれなくて。ついそっちのことばかり考えちゃって、ご飯が喉を通らない。

 

それが何日も続いた。

 

ボクを心配して、毎日のようにバクソウオー先輩がこっちを覗き込んで話しかけてくれてるのも知ってたけれど。

 

それよりも頭の中に残った足音と、目を閉じていても栗色に輝く光の方が強くて、何を言われてるかなんてまるで分からなかった。

 

そうやって日が登ってから沈むまで、ずっとレースのことばかり考えてて、一日が過ぎて、また日が登って。

 

・・・いつの間にか、馬房で倒れるように、眠っていた。

 

 

 

『マンハッタンカフェ』

 

ふと、誰かに名前を呼ばれて目が覚める。

 

この声は・・・バクソウオー先輩?

 

レースから一体何日経ったのかよくわからないけれど、ようやく聞き取れた先輩の声は真剣なトーンで僕を呼んでいた。なんだか耳が動いたのを感じたのも、久しぶりな気がする。

 

体を起こしながら、なんですかって返したんだけれど、自分が思っていたよりも随分小さい声になっていてすごくびっくりした。

 

それから、『2つだけいいか』と先輩は言った。ボクはあなたの話ならいくらでも聞きたいくらいです、と言いたかったけれど。

 

あれ、声が出ない。

 

仕方がないから先輩を見つめていたら、そのまま話を続けてくれた。

 

え?『飼い葉を食べろ』?・・・あ、馬房の隅に、ご飯の時間でもないのにごはんがある。

でも今はちょっと無理かなあ、とまた先輩へと視線を戻した。

 

先輩は、仕方ないか、といった表情を見せてから、こう続けた。

 

『まだ、自分と相手を比べちゃダメ』。

 

『自分だけの武器を見つけろ』?

 

自分と相手を比べちゃダメって・・・あ。そっか。ボクはボクだもんね。タキオン君とは、走り始めた時期も、好きなご飯も、性格だって、全然違う。

 

タキオン君の真似をしても、そもそもボクが弱かったら勝てないもんね。もっと強くならないと。

 

・・・それと武器、かぁ。

ボクの得意なことって事だよね?一体なんだろなあ。

 

この時、ボクの脳みそはようやくあのレースから抜け出して、タキオン君以外の事を考えだした。

 

それが分かったのか、先輩は微笑みながら『またな、死ぬなよ』と言い残して、厩務員のおじさんに引かれながら厩舎の外へ出ていった。

 

『死ぬなよ』なんてちょっと言いすぎだよ、と思ったけれど。

ちょっと気になるところがあって毛並みを整えようとしたら、鼻先がゴツゴツしたものに触れた。

 

『あれ、これって・・・骨?』

 

ボク、いつの間にかこんなに痩せてたの?

 

そこでハッとする。よく考えなくても、何日もご飯を食べられないって、相当危なかったんじゃないかな?

 

・・・先輩が声をかけてくれてなかったらどうなってたかなんて、想像したくないや。

 

周りの人や馬にはわからないと思うけど顔を青くしながらとにかくなにか食べないと、と久しぶりに生き物としての本能が働いて。

 

ぐうう、と鳴ったお腹の音が止む前に、ボクはとりあえず目に入った山盛りのご飯に頭を突っ込んだ。

 

 

 

・・・まあ、それでもやっぱり落ちた筋肉も体重も、必死に戻したけれど、次のレースには間に合わなくて。

 

出てきた数字もマイナス16キロだって。

 

センセイって呼ばれてる人も、これはだめだって言って肩を落としてた。

 

結局そのレースで弥生賞以上にボロボロに負けたボクは、素直にダービーを諦めてお休みすることになるのでした。

 




セキトは西。マンハッタンカフェは北。
両者新たなスタート地点へ。

次回更新は月曜22:00予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瞬走、高松宮記念(前編)

なんとか水曜日の更新には間に合った・・・というかなんなら
高松宮記念本編の内容も書き上がってしまう始末。

どうやら私はムラ馬かなにかだったようです。

月曜日の更新をお休みさせていただき、誠にありがとうございました。


3月某日。

 

「行くよ!」

 

『おう!獅童さん!』

 

朝日に照らされ、うっすらと色のついた朝靄が立ち込める中京競馬場の芝を、俺は走っている。高松宮記念の最終調整だ。

 

昨年、惨敗のNHKマイルカップから復活を果たした懐かしの第4コーナーを回ると、獅童さんが激しく手綱をしごき出す。

 

首をぐんと沈めて、加速する体勢に移る。

 

後ろ脚が地面を蹴りつければ、面白いようにスピードアップした俺の身体が、朝靄を切り裂いていく。

 

あの時と違って、今日の俺はベスト馬体重に近い。そして一歩一歩にしっかりと力が入っているのを、自分でも感じた。

 

「バクソウオー!調子、良いみたいだね!」

 

『ああ!』

 

軽々と加速する動きは、紛れもない絶好調のサイン。週末の大舞台への備えはバッチリ。

 

「!」

 

『あっ、センセイ』

 

勢いそのままに短い直線のゴール板を駆け抜ければ、その脇にいたセンセイがびくりと反応するのが見えた。

 

ストップウォッチでタイムを測っていたのだろう。さあ、記録は?

 

スピードを緩め、息を整えながらセンセイのいる方へと踵を返して歩いていけば、センセイも俺たちの方へと近づいてきた。

 

そうして、ひとつ、ため息をついてから。

 

「・・・見事なタイムだ。なんにも心配はいらんな」

 

センセイが見せつけつるようにストップウォッチをこちらに向けてくる。

 

表示されていたのは、直線で強めに追われただけというメニューを考慮しても、かなりの好タイムであった。

 

 

 

 

 

第31回 高松宮記念(G1)

 

 

XX01年 3月25日

芝1200m 中京 小雨 馬場状態 

 

枠 番号 馬       名    性齢鞍 上斤量

1  1    ナムラマイカ    牝4倉 本 55

   2    ダイタクヤマト   牡7江 戸 57

     (外)タイキトレジャー  牡5前 頭 57

       ビーマイナカヤマ  牡7六 車 57

      テンパイ      牡8唐 沢 57

       セキトバクソウオー 牡4獅 童 57

      メジロダーリング  牝5谷 総 55

     (外)ゴールドティアラ  牝5紀 伊 55

      ユーワファルコン  牡4肥 畑 57

   10  (外)シンボリスウォード 牡6丘 本 57

  11    キーゴールド    牡6吹 田 57

   12    トロットスター   牡5丘 本 57

  13  (外)ブラックホーク   牡7立 川 57

   14  (外)ダイワカーリアン  牡4南 雲 57

   15    ダンツキャスト   牡4雪 見 57

  16  (外)ワシントンカラー  牡7沼 津 57

   17    ビハインドザマスク 牝5紀 伊 55

   18  (外)テネシーガール   牝4谷 町 55

 

 

週末、午後2時半頃。

 

特にアクシデントもなく、無事に日曜日を迎えた俺は予定通りに中京競馬場のパドックにその身を置いていた。

 

『・・・ふう、相変わらずG1となるとすげぇ人数だこと』

 

昨年の中日スポーツ杯・・・今年からはファルコンステークスと改名したんだっけか。それ以来の中京だが、やはりお客さんの入りが段違いだ。

 

本命はあの馬だ、いいやあの馬が勝つと馬券師が言い争うような声、ほら見てご覧、と俺たちを指さしながら肩車した我が子に声をかける父親、キャー!本物!と黄色い声を上げるカップルの女性・・・等々。

 

気にならないと言ったら嘘になるが、このくらい耐えなければならないのが日本の競馬。既にG1出走経験のある各馬は落ち着いたもので、動じることなくパドックを周回している。

 

その中でも俺が気になったのは、トロットスター。G1未勝利だって言うけど、このレースの本来の勝ち馬なだけあって、いい雰囲気をまとっている。

 

いや、勿論G1に手抜きの仕上げで出てくる馬なんていないと思うけどな、とにかく気になったってだけだ。

 

そうやって集中力を高めようとしていると。

 

『おい!バクソウオー!お前にだけは負けないぞ!』

 

『そうだそうだ!お前にだけは、勝たせてたまるか!』

 

後ろから約2名の声がした。目と耳で出処を確認すると・・・それぞれユーワファルコンと、キーゴールドか。前走けちょんけちょんにしてやったからなぁ。よほど悔しかったんだろう。

 

とはいえ実力的には格下、あまり気にすることもないだろうと軽くいなしてやったが・・・。

 

その態度が二頭、特にユーワファルコンに火をつけたようだった。

 

 

『(あの野郎・・・!決めたぞ、何がなんでも勝たせてやらねぇ!)』

 

「ファルコン?」

 

鹿毛の隼の内側で、鞍上の声も耳に入らなくなる程燻されていた、ドス黒く燃えるものがいよいよ火の手を上げたことなど露知らず。

 

地下馬道でも、芝コースに出ても。今日も突き抜けてやるぜ、と俺はのんきに構えたままだった。

 

 

 

 

 

『穏やかな春雨が降り注ぎます本日の中京競馬場、メインレース、高松宮記念の本馬場入場の時間がやってまいりました。わたくし黍原が、春のスプリントの大舞台に挑む精鋭18頭を紹介させていただきます』

 

 

 

『初めての重賞がG1になるなんて・・・!でも、負けない!』

 

「正直力不足感は否めないけど、やれるだけなら!」

 

『前走オープン入りを果たしたばかり、大人の仲間入りを果たしたナムラマイカがG1制して伝説となるか、鞍上は倉本(くらもと)利幸(としゆき)!』

 

 

『もう一度勝って、僕が一番だって証明するんだ!』

 

「ヤマト!スプリント王は誰か知らしめるぞ!」

 

『歓喜のスプリンターズステークスから半年、大舞台に大和魂よ再び燃え上がれ!ダイタクヤマトと江戸(えど)(あきら)

 

 

『今日こそ俺が、G1馬になってやる!』

 

「行くよ、トレジャー!」

 

『勝利という名の金銀財宝を求めて、西へ東へ今日は中京!進路明瞭よし候!タイキトレジャーと前頭(まえどう)浩希(こうき)!』

 

 

『芝だろうがダートだろうが、G1はG1、油断せず行くぜ』

 

「正直芝だと荷が重いが、一発くらいはな!」

 

『砂の舞台で経験積んで、気付けば重賞7勝馬!自信と誇りを持っていざ芝の檜舞台だ!ビーマイナカヤマと六車(むぐるま)爽司(そうじ)

 

 

『ひょええ!?僕みたいなのがこんなとこに出ちゃっていいんですかぁー!?』

 

「テンパイ、落ち着け!くっ、キャリアは長いがG1は初めてだから仕方ないか・・・!」

 

『最後の勝利は3年前の春、GIの大舞台と歓声に、その遠き記憶が目覚めるか、テンパイと唐沢(からさわ)礼二(れいじ)

 

 

『スピード勝負なら、負けねぇ!』

 

「この手応え、力強さ!間違いなく過去1の仕上がりだ!」

 

『骨折も、半年開けても、なんのその!前走快勝セキトバクソウオー、今日こそ念願のG1制覇なるか!?鞍上は獅童(しどう)宏明(ひろあき)

 

 

『私だってスピードならあるのよ!』

 

「この牝馬離れしたスピードなら、もしかしたら!」

 

『新潟1200mで、レコード出した脚は伊達じゃない!愛は苦難の時を超えて!今成就の時!メジロダーリングと(たに)総司郎(そうしろう)

 

 

『私のキャリアに芝もダートもないわ。ただ、強い馬が、勝つだけ!』

 

「ここまで万能性のある馬も珍しいが、尚更箔が欲しいところだな!」

 

『ダートもマイルもスプリントも!再び金のティアラを頂くその日を夢見て、道なき道を突き進む!ゴールドティアラと紀伊(きい)拓美(ひろみ)

 

 

『あいつだけには、負けたくねぇ!』

 

「ファルコン、こんなにイレこんで・・・一体さっきからどうしたんだ?」

 

『昨年3歳の四月から勝利は遠く・・・前走3着、快速の隼が主役の座を狙って瞳を光らせて!ユーワファルコン、その航路を導くのは肥畑(ひばた)冨安(とみやす)

 

 

『師に鍛えられた我が黒壇の剣の一撃、受けてみよ!』

 

「セキトと比べちゃいけないが、こいつの素質は重賞に収まらないからね。ここは是非とも勝ちたいな・・・!」

 

『何度も折れ、欠けてはその度鍛え直された漆黒の剣、果たしてこの大舞台での切れ味は如何に!?シンボリスウォードと丘本(おかもと)雪緒(ゆきお)!』 

 

 

『経験豊富なヤツがつえーのは分かる、だが、オレよりセキトのヤツのほうがつえーのは納得いかねぇんだよ!』

 

「わわ、ゴールド!?」

 

『キャリア豊富の25戦!その経験が、涙の数が、黄金の扉を開くカギとなる!気合と元気が有り余っていますキーゴールドと鞍上吹田(ふきた)恭一(きょういち)

 

 

『せっかくここまで来たんだ、楽しまなきゃね!』

 

「トロット、いい具合だ。このまま先頭で駆け抜けるぞ」

 

『昨年秋まで善戦ホースが、勝利を掴んで大変身!3連勝の勢いそのままに、 スプリントの頂点に登り詰めるか、トロットスターと蛇井(へびい)政史(まさし)

 

 

『今日こそは、私の復活をオーナーに見届けてもらうのだ!』

 

「気合十分だね、特に目立つような強さの馬もいないし、これはチャンスかな?」

 

『惜しい競馬が続いています。ここは是非とも勝ってシルバーコレクターの座を返上したい、ブラックホークと立川(たてかわ)広典(ひろのり)

 

 

『あと一歩、あと一つなんだ・・・!意地でもなんでも、勝ってやるッ!』

 

「カーリアンのこの気合、なんとか活かしてやりたいな!」

 

『ここまで来るのに34戦、その旅路に待ち受けるは栄光が挫折か。重賞3勝、実力十分8歳馬ダイワカーリアンと、南雲(なぐも)陽二(ようじ)!』

 

 

『僕だって成長したんだ!そう簡単には負けてやらないよっと!』

 

「正直勝ち味は薄いが・・・!出来るだけ引っ掻き回してやる!」

 

『2歳の暮れ以来のGI出走、今日こそ俺が主役!ダンツキャストと雪見(ゆきみ)公明(こうめい)

 

 

『ホントのこと言うと、そろそろ休みたいけど・・・皆に求められてる内は、ね!』

 

「衰えてもこの能力とは、流石だな。これだけ走れれば後は俺の仕事だ」

 

『芦毛の馬体が更に白くなって、しかし勝利の記憶は未だ褪せず。 名手との出会いは、ワシントンカラーを何色に染めるのか。 鞍上は沼津(ぬまづ)(りょう)!』

 

 

『アタシだって!負けるために出てるわけじゃないの!』

 

「ビー!お前となら快速女王、いや、快速王だって目指せる!」

 

『仮面の下に隠された真の実力は誰も知らず。あの真夏の輝きを取り戻せ!ビハインドザマスクと幸長(ゆきなが)福ー(ふくかず)!』

 

 

『どこまで行けるわからないけれど・・・!もう!こうなったら、私!行きます!』

 

「よし、どこまで持つかわからんが、今日も逃げるぞ!」

 

『勝利に向かって逃げ一本、ご覧ください可憐な乙女の逃走劇!テネシーガールと谷町(たにまち)勝彦(かつひこ)

 

 

 

『以上18頭、高松宮記念に挑む各馬が思い思いの方向に散って、スタートの時を待っております・・・』

 

 

こうして17頭が、華やぐ大舞台の光に心を躍らせるその影で。

 

 

『セキトバクソウオー・・・お前だけは、勝たせない・・・!』

 

その身を黒い炎に包んだ隼がたった一頭、復讐に燃えていた。

 




不穏な隼の嘴爪が、セキトに迫る。

次回更新は金曜 22:00予定になります。


・今回の被害馬

・ビーチフラッグ 牝 芦毛
父 Boundary
母 First Flag
母父 Woodman

・被害ポイント
高松宮記念11着→除外


・史実戦績
18戦3勝
主な勝ち鞍
マーガレットステークス(OP)
クロッカスステークス(OP)

・史実解説
阪神芝1200.の新馬戦でデビューし3着、2戦目は同条件の未勝利戦を2着とした後、3戦目、京都のダート1200mの未勝利戦で初勝利。
年が明けて続くダート1400、クロッカスステークスも制しオープン馬となると、馬場を芝に戻しクイーンカップに出走。しかし流石に実力が足りなかったか6着に破れたが、次走の芝1400m、マーガレットステークスは見事に勝利した。

結局このマーガレットステークスが最後の勝利となったが、以降も交流競走のグランシャリオカップ、かきつばた記念と重賞で2回2着に入っている。

2001年5月の欅ステークスを最後に引退、その後繁殖入りした。 
直子や孫世代から重賞馬は現れていないが、地方中央問わず堅実に勝ち上がる馬が多い牝系で、まずまずの成功を収めている。

・代表産駒
ノースショアビーチ 牡 19戦4勝
 勝ち鞍 青竜ステークス(OP)

ビーチアイドル 牝 39戦3勝
 勝ち鞍 フェニックス賞


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瞬走、高松宮記念(後半)

今回、初めて史実とは異なるレース展開になったのと、史実馬を一頭、悪役?にしてしまっています。

描写等に問題があるようでしたら架空名へと変更いたしますので、ご教授いただければ幸いです。

でもギャ○ップレーサーなんかで誰しも一回はやった事あると思うの。

史実におけるユーワファルコン号の名誉を毀損したり、侮辱するような意図は一切ございません。


『・・・いよいよ高松宮記念、ファンファーレの演奏です』

 

返し馬を終えた出走馬達が、ゲート裏で輪乗りをする中、高らかに関西G1のファンファーレが鳴り響く。

 

♪♪♪♪ ♪♪ ♪♪ ♪ ♪♪ ♪♪♪♪ー♪ー

 

♪♪♪♪ ♪♪ ♪♪ ♪ ♪♪ ♪♪♪♪ー

 

♪ー♪♪♪ー♪ー ♪ー♪♪♪♪♪♪ ♪ー♪♪♪♪♪♪

 

♪ーー♪ーー♪ー♪ーーー

 

『ウワアアアアアアアアアア!!』

 

一瞬の余韻の後、奏でられた旋律に大歓声があがり中京競馬場はいよいよG1という雰囲気が高まっていた。

 

『中京メインレース、第31回高松宮記念G1芝1200m、ゲートインが始まっています』

 

スタートを間近に控え、各馬がゲートインの体制に移る中、ふとユーワファルコンが手綱を引っ張ってキーゴールドの側へと寄る。

 

『おっと、ユーワファルコンがキーゴールドに寄ったようですが・・・大丈夫ですね。肥畑騎手がなだめます』

 

「おっとっと、ホントにどうしたんだいファルコン」

 

思わぬハプニングにスタンドからどよめきが上がるが、すぐに鞍上の肥畑が体制を立て直して馬を制したことで、それはすぐに収まった。

 

「ほら、列に戻るよ、ファルコン。ファルコン?」

 

『・・・ちょっといいか』

 

『なんだよファルコン、ひっ!?』

 

騎手の呼びかけに耳を貸そうとせず、キーゴールドに話しかけるユーワファルコン。その相手は呼びかけに応えたが、据わった目を見て小さく悲鳴を上げた。

 

『いいか、オレはセキトバクソウオーを勝たせないために走る』

 

『・・・なっ!?』

 

突然の告白に驚くキーゴールドだが、ユーワファルコンの表情は一切動くことなく、彼の意思が本気だと察する。

 

中日スポーツ杯、そして、オーシャンステークスといずれも本気を出していないセキトバクソウオーに敗北を喫したユーワファルコン。

 

なにか一矢報いたいとフラストレーションを貯めていたが、オーシャンステークスでついにまともに走っても勝てないと悟り、絶望した彼の目には燃えてはいけない炎が宿っていた。

 

『・・・本気なんだな?』

 

『ああ』

 

キーゴールドに身を案じる言葉を掛けられても、その決意は揺るがない。

 

『分かったよ。けど、止めるならいつだってできるからな』

 

もはや自分にも、他の誰にもユーワファルコンは止められないだろう。こうなってしまった以上キーゴールドはあえて友を止めるようなことはしない・・・正直、状態を甘く見ていたのもあったのだが。

 

『ありがとう・・・悔いは残さないよう、頑張るよ』

 

そんなキーゴールドの言葉を聞いたユーワファルコンは、裏に燃えたぎるものがあるとは到底思えないほどの笑顔を見せて、自らゲートに収まった。

 

 

『あいつら何を話してたんだ?まあ、正面から跳ね除けるだけだけどな!』

 

そうして、一方的な敵意を向けられているなど知らぬままセキトバクソウオーが。

 

『僕がスプリント界を制覇する!』

 

スプリントG1秋春連覇を狙うダイタクヤマトが。

 

『私がこの大舞台で復活の狼煙を上げる!』

 

鮮烈な復活勝利を目論むブラックホークが。

 

 

『よい、しょ・・・スタートに集中しなくちゃ』

 

そして、最後にテネシーガールが、ゲートの中に収まって。

 

『・・・枠入りは実にスムーズ、最後に18番テネシーガール収まって体制完了』

 

あとはゲートが開かれるのを、待つばかり。

 

 

 

『第31回高松宮記念、グレード1競走・・・スタートしました!ポーンと出たユーワファルコン!』

 

『・・・よし!』

 

「ロケットスタート!?これなら前目に・・・ってファルコン!?おい!ファルコン!」

 

 

脳裏に思い描いたプラン通りゲートを抜群のタイミングで飛び出したユーワファルコン。

ちらりと後ろを見やってセキトバクソウオーの位置を確認すると、必死に手綱をしごく鞍上の指示を無視して赤い馬体の隣を目指し、減速していく。

 

『ユーワファルコンは・・・行きません!そのまま下げて、先頭に立ったのはシンボリスウォード、並んでテネシーガール』

 

『ちょ、何あれ!勝つ気あるの!?』

 

『全く同意だ。今までの走りからもあの者はあれだけ良いスタートなら、我らに並びかけると思っていたのだが・・・』

 

かなりの勢いで下がっていくユーワファルコンを見送ったテネシーガールと、シンボリスウォードが疑問の声を上げた。

 

『3番手メジロダーリング、その内にナムラマイカ、その後にダイタクヤマト!ダイタクヤマト5番手です、ユーワファルコンは更に後退!ユーワファルコンずるずる下がっていますが大丈夫か!?』

 

『なかなかいい位置ね・・・って、何あいつ!?』

 

『ひゃあ、ファルコンさん、滅茶苦茶な動きをしてますね・・・!』

 

『へえ、なかなか面白い動きをするね・・・彼はああいうレースをする馬なのかい?』

 

3頭並ぶような体制になっているメジロダーリング、ナムラマイカ、ダイタクヤマトは後ろに吹っ飛んでいくユーワファルコンに、それぞれが抱いた感想を口にした。

 

『まさか!ユーワファルコンさんは先頭を切って、粘り込むスタイルが得意な筈よ、あんなの・・・ただ狂ってしまったか、狙いがあるとしか・・・』

 

ダイタクヤマトの疑問に答えたのは、対戦経験のあるメジロダーリング。

 

彼女のその答えを聞いたダイタクヤマトは、長いキャリアからその挙動の狙いに勘付き、心の中で成程と頷いた。

 

『(あれは、誰か一頭を狙った走りだな。ソイツさえ勝たなければいいっていうヤケクソの極みだけれども・・・さて、ユーワファルコン。どの馬を狙ってるんだい?)』

 

 

『アイツは・・・いた!』

 

ユーワファルコンは、己の手の内を見抜かれてるとは知らず、定めた標的の位置を再確認してにやりと笑う。

 

少し後方、左側に赤い馬体。

 

人参よりも随分と赤いからなんと分かりやすいことだろう。

 

 

『さあ、逆襲の時間だ!』

 

最早、その嘴爪はただ一頭の宿敵にのみ向けられていた。

 

 

『・・・ダイタクヤマトの後ろ、差がなく6番手にキーゴールド、その後ろ中団の一角にブラックホーク。その外回ってセキトバクソウオー、その隣にユーワファルコンがピタリとつけた!』

 

『あ゛!?ユーワファルコン!?なにするんだ、そんなところにいられたら・・・』

 

進出する際に通ろうとしていたコースを塞がれ、狼狽するセキトバクソウオー。

 

しかし、その表情を見たユーワファルコンは、してやったりと言わんばかりに笑みを見せるが、その声には怒気も含まれていた。

 

『抜け出せない、だろ?そうだろな、どんなに強い馬でも、囲まれたら何もできないもんな!』

 

『な!?ど、どうしたんだよお前・・・!?』

 

『(ファルコン・・・!)』

 

そんな戦友の姿に、心を痛めるキーゴールド。確かに最近はセキトバクソウオーの名を耳にするたび苛立っているのは分かっていたが、ここまで溜め込んでいるとは・・・全くの想定外であった。

 

思い出されるのは、オーシャンステークスのレース後にセキトバクソウオーにぶっ千切られた仲間同士ということで仲良くなり、どうやったら自分たちのような格下が有力馬を封じ込めることができるか、という話。

 

 

 

『・・・なぁ、ゴールド。どうやっても、オレたちじゃあ、セキトバクソウオーには勝てないよな』

 

『・・・ああ、すっげえ悔しいけどな』

 

ユーワファルコンにとって、セキトバクソウオーに敗北するのは2回目だった。

一度目こそ1馬身差、なにかの拍子に入れ替わってしまうような着差であったが、セキトの馬体が戻った2回目はムチ無しで完膚なきまでに引き離された。

 

これが意味するのは、同じ路線を進む以上、セキトバクソウオーになにか起きない限り自分たちはG1を勝てない、という事実。

 

『・・・いっそ、オレも勝てなくていいから、アイツを勝たせない方法は無いか?』

 

『ファルコン?』

 

『あ、いや、何でもない。忘れてくれ』

 

 

 

・・・思えば、予兆はあった。

 

一頭(ひとり)、ぶつぶつと何かを呟いていたり、やけにゲート練習に気合を入れていたり。

 

どちらも『勝つため』の作戦を立てているのだろうと気にしていなかったが、それが間違いだったのだろうか。

 

まさか、『勝たせないため』の作戦を考えていたとは。しかもユーワファルコン自身の勝ちパターンとはまるでかけ離れた走り・・・入着も見込めない、正に自分諸共憎き宿敵(セキトバクソウオー)を潰すためだけの作戦。

 

復讐鬼と化したサラブレッドとは、こんなにも恐ろしいのかと。キーゴールドは怯えながらもその蛮行を止められなかったことを悔いた。

 

『くそっ!なんだよ!こんなのアリかよ!?』

 

『(っ!どうする、どうする・・・!?)』

 

自分の真後ろでセキトバクソウオーが藻掻く気配を感じる。

 

今、セキトバクソウオーのレースの運命を握るのは間違いなく自分である。このまま動かなければ、ユーワファルコンの作戦通りに彼の馬を勝たせないことも、現実味を帯びてくる。

 

逆に、今内外のどちらかに動けば、その作戦を阻止してユーワファルコンにお前の考えは間違っている、と伝えることだってできるだろう。

 

 

一介のオープン馬にすぎない、キーゴールドに、その判断は荷が重すぎた。

 

 

・・・だが。

 

友が今以上にグチャグチャに崩壊していく、そんな姿はもっと見たくなくて。気がつけば思いの丈を叫んでいた。

 

『ファルコーーン!!そんなことをして!お前が走りたくない場所を走って!そんなレースで、お前は楽しいのかよー!?』

 

『・・・』

 

修羅と化した隼からの言葉はない。

しかし、先端だけが僅かに黒いその茶色い耳が、ぴくん、と確かに揺れていた。

 

 

『ごちゃごちゃっとした馬群の後ろ、10番手はテンパイ、その外ビハインドザマスク。後はワシントンカラー、ダイワカーリアン、その外にタイキトレジャーがいます』

 

『ありゃ?なんだか前が騒がしいですよぉ?』

 

『妨害騒動みたいだよ。自分が勝てないからってヤケになったんじゃない?』

 

『ふぅん。何はともあれ今日は、後ろから行った僕たちに風が吹いてるみたいだね』

 

『へぇ、追い込み有利のG1か、珍しいな。ま、勝つのは俺だけどな!』

 

後方集団は、ユーワファルコンの策略の影響もなく、マイペースでレースを進めることができている。

 

しかし、彼らの後ろに、更に控えた者がいた。

 

『後方から5頭目、トロットスター、その後はビーマイナカヤマ、後はダンツキャスト、最後方にゴールドティアラの体制で、各馬第3コーナーに突入!』

 

「(今日の馬場と展開なら、あるいは・・・!)」

 

『(信じてるよ、蛇井さん!)』

 

後ろも後ろ、スプリント戦において不利とされる追い込みの位置に、一番人気のトロットスターは陣取っていた。

 

 

 

 

 

『・・・!』

 

『ぐぅっ!』

 

・・・俺は一年前のNHKマイルカップであれだけ負けたっていうのに、まだG1を舐めていたようだ。

 

目の前に迫るキーゴールドのケツ。左には早くも進路を確保したダイワカーリアン。そして右には俺を執拗に内側へと押し付けてくるユーワファルコン。

 

時折走りが乱れるくらい強く馬体を押し付けてくる瞬間もあって、かなりキツイ。

 

というか、コイツ。今日は俺の隣に並んでからいきなりブチギレたと思ったら、それから一言も発してないんだが。怖すぎる。

 

「こら!ファルコン!止めなさい!止めろ!」

 

おお、あの肥畑大先生の敬語が崩れるとは。なかなかレアなものを見た。というか口ぶりからして、妨害はユーワファルコンが勝手にやってることか。

 

『(この・・・!コイツさえいなければ出られるのに・・・あっ)』

 

ユーワファルコンの妨害を煩わしいと思いつつ、俺は寧ろ今までのレースが上手く行き過ぎだったんだと気づいた。

 

全くのノーマークからの、重賞3勝。そこから前哨戦であれだけの勝ち方をしたらそりゃそうだよな。否が応でも俺を意識する陣営だって出てくるだろう。

 

これから先・・・さらなる高みを、実力を身に着けていくに当たって、乗り越えなければならない壁の一つ。それが、こういう執拗についてくる馬。

 

即ち、マークを振り切る方法を見つけなければならない。

 

コイツの動きは俺を妨害するためだけのものだが・・・勝たせない、という点においては百点満点。これも立派な作戦の内だろう。

 

苛立ち始めた俺の脳裏にあるレースが浮かんだ。

 

2000年の、有馬記念。

 

騎手ですら諦めていた絶望の壁に亀裂を見つけ、自ら道を切り開いた覇王の走り。

 

そうだ。ここで大切なのは、焦らないこと。そして・・・チャンスを見逃さないこと。

 

深呼吸をひとつ、ふたつ。

 

・・・一頭くらいなんだ。テイエムオペラオーは10頭以上の包囲網に耐えきって、自ら抜け出したんだぞ。

 

窮屈な馬群に押し込められながら、俺はユーワファルコンへの反撃のチャンスを伺っていた。

 

 

 

 

 

『先頭はメジロダーリングで600を通過!半馬身差の2番手にシンボリスウォード、並ぶようにテネシーガール、インを突いてナムラマイカ!』

 

序盤から先頭で飛ばしていた3頭は、一旦息を入れつつ、有力馬たちの到来を待っていた。

 

『(まだなの・・・!?)』

 

『(まだ来ぬか!)』

 

『(まだ、来ないですね)』

 

 

そして残り500を切って、レースは大きく動き出す。

 

「行くぞ!ヤマトォォォォ!!」

 

『よし!任された!!』

 

ダイタクヤマトが、一気に、動いた。

 

『5番手からダイタクヤマト!!ダイタクヤマト一気に動いていった!中団から前に接近!』

 

『来たわね!』

 

『いざ、勝負也!』

 

『っ、ラスト、スパートっ!』

 

それに合わせるように、3頭も仕掛けて粘り込みを図る。

 

『後はブラックホーク、その後キーゴールド!その間にダイワカーリアンで、セキトバクソウオーは馬群の中!セキトバクソウオー馬群で藻掻いている!それに相変わらずぴったり並んでユーワファルコン!』

 

 

 

 

 

ユーワファルコンは、元々逃げ馬だ。

 

その逃げ馬が、後ろに控えた俺の横にピッタリとくっついていたら・・・勝つことはできないが、直線まで、バテることもない。

 

『・・・ッ!・・・!』

 

こいつも、色々と考えた末の妨害行為なんだろう。

今だって、馬群に苦しむ俺を見て、笑いながら、泣いている。

 

と、顔にぽつりと水滴のようなものが当たる。雨でも降ってきやがったか?

 

だが、雨ならば二粒、三粒と続くはずの冷たさが無く首を傾げると・・・、あぁ、なるほど。

 

水滴の出どころは、キーゴールドだったか。

 

そういえばスタート前にこいつら二頭がなにか話していたなと思い出し、そういうことかと納得した。

 

なにかやってはいけないことをする前に、親族や近い親友にのみ手紙や会話なんかで独白するアレだろう。

 

とすると。

 

・・・ユーワファルコン。お前の作戦、確かに俺にはよく効いたよ。

 

けれど、知ってるか。

 

お前よりも・・・前を走ってる、キーゴールドが大量の涙を流しているんだぜ?

 

 

『うぅっ!えうぅっ!』

 

「ゴールド!?どうした、誰かに馬体を当てられたのか!?」

 

『やっぱり・・・やっぱり駄目だよ、ファルコン!!』

 

「うわっ!」

 

嗚咽を上げるキーゴールドを見守っていると、突然何かを思い立ったように目を見開き、そう叫びながら外側へと斜行してきた・・・っと斜行!?

 

『うわあっ!』

 

『ぬうっ!?』

 

キーゴールドの動きは有力馬数頭を巻き込みつつ馬群をかき乱し、俺の隣にいたはずのユーワファルコンを外へと吹っ飛ばしていた。

 

『あっと、4コーナー手前キーゴールドが外にヨレた!掲示版には審議の青ランプ!』

 

 

「・・・ふぅ、危なかった」

 

『ふぃー、なんだあいつ』

 

第4コーナー、左回り。

 

外へヨレたキーゴールドをなんとか交わし、獅童さんと共に安堵しつつその行く末を見守っていると、ユーワファルコンに何かを囁いた。

 

『!?』

 

すると、ユーワファルコンが急に手応えを無くし、ずるずると後方に下がっていく・・・一体何を吹き込んだんだ?

 

 

「走れ!バクソウオー!!」

 

呆然としていると、獅童さんが俺の右トモにムチを入れた。

 

その衝撃にハッとする。ああ、分かってるさ!走り方をストライド・・・だとまた骨が折れそうだからなんちゃってストライドに切り替えた。

 

『ここからが、真剣勝負だ!!』

 

 

『さあ最終コーナーを回って・・・と、おっと!?ユーワファルコン後退!ユーワファルコンずるずる下がっていく!その隙間を縫ってセキトバクソウオーが進出!ブラックホーク!後方集団からトロットスターも先団に追いついてきたー!!』

 

俺たち有力馬の死闘の予感に中京競馬場のスタンドが、そして空気が、大きく揺れる。

 

 

『直線を向いた!先頭シンボリスウォード!メジロダーリングを交わしてシンボリスウォード!しかし外からダイタクヤマト!ダイタクやって来た!』

 

『くっ、もう、脚が・・・!不覚ッ!』

 

『あら!?もう限界なの?まだまだねぇ!』

 

シンボリスウォードは残していた脚でメジロダーリングを交わしたが、どうやらそれが限界のようだ。それ以上は伸びることもなく、再びメジロダーリングが前に出る。

 

ん、外を通った馬の勢いがいいな!俺もどうせならそっちに行くべきだったか!?

 

『テネシーガール粘っている!その内でメジロダーリングも食い下がっているぞ!しかし中を通ってブラックホークとセキトバクソウオー!!』

 

『む!そなたは何時ぞやの赤き快速馬』

 

『よう、おっさん!久しぶりだな!』

 

俺は、ブラックホークの内側に潜り込み、彼と競り合う形で先頭へと順位を上げていく。

 

『・・・ぉぉぉぉぉ』

 

ん?歓声に混じって、なにか聞こえるような気がする。が、それよりもブラックホークに勝たねば!

 

 

「バク、ソウ、オォォォォ!!」

 

獅童さんのムチに応え、より深く沈み、より長く跳んで遠くの大地を掴もうとする俺の四肢。

 

『おっさん、どけよ!』

 

それなのに、ブラックホークをなかなか抜かせない。これがG1馬、これが日本トップクラスのスプリンター。

 

「ホークゥゥゥゥゥ!!」

 

あちらもまた、鞍上のムチに応えてこれでもかと首を伸ばしてくる。

 

『なんの!そなたのような若造などに、私は負けぬ!』

 

『それは俺より先にゴール板を駆け抜けてから言え!』

 

馬体も口も争って、1馬身でも、半馬身でも、一歩でも・・・相手より先へ!

 

サラブレッドの本能に誘われ、激しく争う俺とブラックホーク。

 

ゴールまで、後100m。僅かに見えた後ろの馬は、引き離されている。

 

『はあああああっ!』

 

『うああああああっ!』

 

最早このレースは、俺たち二頭のデッドヒートか。

 

 

・・・そう思っていたのだが。

 

 

 

 

『うおおおおおおおぉぉぁあああああっ!!』

 

 

 

 

『なんと大外から、大外から、トロットスタァァァーー!!』

 

 

 

 

『何!?』

 

『うぇ!?』

 

半ば悲鳴のような叫び声を上げながら驚異の末脚を繰り出した乱入者が、鬼神の如き勢いで大外を駆け上がって来ていた。

 

あいつ!注意が向き辛い大外から捲ってきやがった!

 

くそっ!あと少しなんだよ!

 

ゴールまで、50mも無いってのに!

 

『トロットスターか!大外トロットスター飛んできた!ブラックホーク、セキトバクソウオーを粘るが外トロットスター!』

 

『負、けて、たまるかあああああああ!』

 

『ぬう!?』

 

俺は咄嗟に足の運びを完全なストライドに変えて、その瞬間確かにブラックホークを抜き去って。

 

『差、し、きるぅぅぅぅぅぅぅ!』

 

大外から迫ってきたトロットスターが、俺の真横に並ぶか並ばないかくらいの位置で、左目にゴール版が映って。

 

 

そして、中京競馬場は、大歓声に包まれた。

 

 

 

『第31回、高松宮記念!今ゴール!大外トロットスター交わしきったかどうか!今年の高松宮記念は大接戦、大接戦です!内側を通った6番セキトバクソウオーか!?大外駆け上がった12番のトロットスターか!?ブラックホークはわずかに及ばず3着か!』

 

 

『はあ、はあ、はあ・・・』

 

「バクソウオー、大丈夫かい?」

 

朦朧としそうな意識を繋ぎ止めて、よろめく脚を制御しながらひたすら酸素を取り入れる。獅童さんが首を叩いてくれたのが分かるが、その感覚すらいつもより鈍い。

 

今まで1200mのレースなら何も喋れなくなるぐらい疲れるなんてなかったのに。なんつー熾烈なレースだ。

 

・・・これが、日本中のスプリンターが喉から手が出るほどタイトルを欲しがるレースなのか、と改めて痛感する。

 

 

スピードを緩めていくと、大外からトロットスターが寄ってきて声をかけて来た。

 

『やあ、君、すっごく速いね』

 

『はぁ、はぁ、どうも・・・』

 

おいおい、トロットスターさんよ。あなた、今しがた俺と同じ距離を走りきった直後ですよね。それでこんな軽口を叩けるなんて、どんだけスタミナがあるんだよ。

 

『いやぁ、後ろから見てたけれど。よくもまああの妨害を耐えきったね』

 

『いや・・・昔ちょっと参考になりそうな展開があったんで・・・』

 

適当にそう答えると、トロットスターは目を輝かせながら迫ってくる。それはもう目がしいたけになりそうなくらいに。

 

『へぇー!興味あるなぁ!今度よかったら聞かせてよ!』

 

『は、はい・・・わかったっすから・・・ちょっと今は休ませてほしいっす・・・』

 

俺の返事を聞いたトロットスターは、『わかったー、じゃあまたねー』と馬場の外側へと離れていった。

 

いやあ、嵐みたいな馬だ・・・同時に、明るくて取っ付き易いやつみたいだけれど。

 

 

クールダウンしながら馬場で待っていると、スタンドから大歓声が上がる。

 

決着がついたのか。

 

さあ、高松宮記念の勝者は、俺か、トロットスターか。

 

掲示版にあがった番号は―。

 




勝負の結末は、如何に。

次回更新は月曜日22:00の予定です。

・今回の被害馬

・ブラックホーク 牡 鹿毛
父 Nureyev
母 シルバーレーン
母父 Silver Hawk


・被害ポイント
高松宮記念2着→3着

ーーーーネタバレ注意ーーーー








・史実戦績
28戦9勝

・主な勝ち鞍
スプリンターズステークス

・史実解説
97年の1月に中山芝1400mの新馬戦でデビューを迎えると、あっさりと勝利。
続くセントポーリア賞も3着と好走。

しかし次走の春菜賞を出走取消、仕切り直して500万下条件のわらび賞で2着を挟み5戦目の八重桜賞で勝ち上がり。

900万下の駒草賞へ出走し2着に入り、宇治川特別4着を挟んで春光賞、ブラッドストーンステークス、ダービー卿チャレンジトロフィーと重賞を含む三連勝。

流石に京王杯スプリングカップは3着、大一番の安田記念は11着に敗れたものの関屋記念2着、オータムハンデキャップ3着と調子を取り戻し、スワンステークスでG2初制覇。

続くマイルチャンピオンシップは3着、次走は最後の12月開催となったスプリンターズステークスで、見事ここでG1初勝利を飾る。

続く阪急杯も連勝するが、高松宮記念は4着。
京王杯スプリングカップは2着、安田記念は9着と春は良いところなく終わった。

セントウルステークスは2着、スプリンターズステークスは3着と相変わらず好走を続けていたが、マイルチャンピオンシップで8着に敗れる。

その後CBC賞、阪急杯、高松宮記念と3戦連続で2着の後、京王杯スプリングカップ3着を挟んで出走した安田記念で勝利し、引退した。

引退後は種牡馬入り。
オーストラリアへのシャトルも行われ、京都牝馬ステークス勝ち馬チェレブリタやキーンランドカップ勝ち馬のクーヴェルチュールの父となったが、G1馬は輩出できなかった。

2015年7月、繋養先の牧場で心臓麻痺にて死亡。
21歳であった。

・代表産駒
チェレブリタ 牝 25戦4勝(母アカプルコ)
勝ち鞍 京都牝馬ステークス

クーヴェルチュール 牝 16戦5勝(母ヒカリクリスタル)
勝ち鞍 キーンランドカップ バーデンバーデンカップ(OP)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瞬走を終えて、更なる課題

マスコミって実際こういう方もいらっしゃるようですから、こんな風に書いちゃっても大丈夫ですよね?(震え)

そしてセキトに襲いかかる、スタミナの壁!


高松宮記念レース後、滞在厩舎。

 

『うおぉぉぉ!もっと!もっとだ!』

 

外では夜の帳が降り始める中、俺は桶に顔を突っ込んで、中の飼い葉を食って食って食いまくっていた。

 

・・・ん?もうなくなっちまいやがった!馬口さん!おかわり!

 

「わわ、セキト、どうしたんだい!?こんなに食べるなんて・・・」

 

激しく前足を掻いて次の桶をねだると馬口さんが慌てた様に桶を金具から外し、しばらく待っているとわんこそばのように飼い葉が入った次の桶が取り付けられる。

 

『ありがとな!さぁ、まだまだ食うぞ!』

 

「うーん、これで3杯目・・・そろそろ止めさせないとなぁ」

 

馬口さんがなにか言ったような気がするが、それよりも飯だ飯!

これが食わずにやってられっか!

 

 

ん?高松宮記念の結果?

 

 

 

負けた!

 

 

 

以上!

 

 

 

・・・うん、距離にして、僅か6cm程。

 

ほんの僅かに、トロットスターの鼻っ面が俺より先にゴールラインを割っていたそうだ。

 

獅童さんとセンセイに悲観は無く、敗因として挙げられたのは首の上げ下げ、馬場の差。強いて言うなら、腹を括った強気な仕掛け。

 

つまり俺とトロットスターの実力はほぼ互角だったと言うこと。それが俺にとって余計に悔しさを倍増させていた。

 

粘り込むG1馬のブラックホークを交わしきれたのだ。トロットスターに早くから気づいていれば・・・相手は一頭と油断さえしていなければ。

 

 

・・・本当に、あと数歩、全力を出すのが早ければ。

 

たら、ればは禁忌であるとされる競馬だが、今頃高松宮記念のレイを首に下げていたのは俺だったのかもしれないと思うと、悔やんでも悔やみきれない。

 

だからこそこうして飼い葉を食って気を紛らわそうとしてるんだ・・・早い話がヤケ食いだな!

 

 

そうそう、レースの後見慣れない人たちが馬房の前に集まっているなと思っていたら、ユーワファルコンの陣営の方々だったらしい。

 

レースで俺に迷惑をかけてしまったからとわざわざ頭を下げに来てくれたそうだ。

 

しかし、そこでマスコミ連中がそれを嗅ぎつけてきたもんだからもう大騒ぎ。運が悪いことにそいつらはパパラッチ同然の、スキャンダル狙いの集まりだったもんだから騒ぎは大きくなる一方で。

 

質問の内容がレースの内容に関係しているならまだしも「セキトバクソウオー号が故障していたらどうしていたんですか!?」とか「ユーワファルコン号の次走の鞍上は!?」とかデリカシーも何もあったもんじゃねぇ。

 

センセイは眉がちょっとひくひくしていたし、特に肥畑さんなんか顔を青くしながらペコペコペコペコ、バッタかってくらいあらゆる方向に頭を下げてたからなんだか可哀想になって、あんたは悪くないよと顔を擦り付けておいた。

 

その瞬間、連中が待ってましたとばかりに何枚もシャッターを切る。もうパシャパシャパシャパシャと、同じ写真が何十枚いるんだよって位に。

 

それがうるさくてついに俺が耳を後ろに倒した所で、太島センセイとユーワファルコンのセンセイが上手く連中を外へと誘導していってくれたお陰でなんとか厩舎内での騒ぎは収まり。

 

しばらく時間が経って戻ってきたセンセイは、俺達の前でこそ爆発しなかったが・・・ありゃ、生きている時限爆弾だったな。

 

厩務員を始め、スタッフたちは今日の夜相当苦労することだろう。

 

そして。

 

 

『・・・厩舎の人が謝ったのに、肝心のお前がそれかい』

 

『・・・』

 

当の加害者ユーワファルコンは、俺に謝罪することもなければ、逆にレース前のように威圧してくるようなこともなかった。

 

結局高松宮記念での蛮行はハミ受け不良との判断が下り、一ヶ月の出走停止の後調教再審査。

 

・・・だそうなのだが。

 

遠目の位置にいるそのユーワファルコンにちらりと視線をやれば、なにか言いたそうにこちらを軽く睨んでいたが、その内バツが悪そうにそっぽを向いてから馬房に引っ込んでしまった。

 

まるで、自分が悪くないわけじゃないが、お前だって問題があると言いたげな態度だ。

 

いや、謝ってもらおうって訳じゃないが、一度妨害という技を覚えてしまった以上、他馬に対しての再犯(・・)が怖いのだ。

 

しかしこうして、俺に突っかかってこないあたり大分ヤツの頭は冷えた・・・のか?

 

ユーワファルコンはオープン馬だったはず。その位のクラスの馬ともなれば、一度も勝てなかった馬との知名度は天地の差であり、引退した後に余生を送るチャンスだって出てくる。

 

競走馬にとって、余生を過ごす上でマイナスなイメージというのは癌でしかないからな・・・上手いことクールダウンして、反省して欲しい。

 

それを本人に言わないのは、下手にここで俺がフォローしようとしたところで、あくまで奴の目標は俺であったからだ。

 

直接なにか言葉を発せばせっかく一旦収まったはずの火に油を注いでしまう可能性もあるし、ここはそっとしておくのが賢明だろう。

 

本人が俺から目を逸らして争いを避けようとしているのだから、わざわざ藪をつつく必要は無いのだ。間違っても煽りなんて言語道断だぞ。

 

 

因みにそのユーワファルコンの着順だが、18着(シンガリ)だったそうだ。

 

まあ、その時代の最強クラスの馬が集うG1で自分に合わない走り方をしたんだ。そりゃそうなるよな。

 

それでもあのまま妨害されていたら、2着どころか掲示板もあったかどうか・・・こうやってヤケ食いしながら悔しがれるのも、レース中に斜行してまで妨害を止めに行ったキーゴールドのお陰と言う他ないだろう。感謝してもしきれない。

 

そのキーゴールドの斜行は逃避という扱いになり、やはりこちらも出走停止、後に調教再審査となるらしい。

 

ユーワファルコンの向かいにある彼の馬房を見やると、今しがた飼い葉を貰ったところだった。厩務員さんが離れるか離れないかのタイミングで桶に顔を突っ込んでいる。

 

しかし、あまり食事に集中していないような気がして、どうしたのかと観察しているとその視線はユーワファルコンの方をチラチラと向いていた。あいつを心配しているのか。本当に良い奴だ。

 

今も何か話しかけているみたいだし、ああやってフォローしてくれるやつがいるなら案外、ユーワファルコンの心の方の復帰も早い内に叶うかもしれない。

 

『キーゴールド、ありがとうな』

 

俺は、キーゴールドに聞こえるか聞こえないか位の小さな感謝を呟いた。

 

2頭ともまずは再審査からの再スタートになるのだろうが、彼らなら難なく突破し、再び表舞台へと戻ってくることだろう。

 

そして、その舞台で今度こそ純粋な勝負をしたいと思う自分がいたのだった。

 

 

 

中京での激闘から数日後。

 

『はぁー・・・疲れた疲れた』

 

遠征を終えた俺は、久々に美浦の馬房に入り、直ぐに横になった。そういえば普通の馬は立ったまま休憩するらしいが、俺はこっちのほうが休憩になるんだよな。

 

『・・・静かだなぁ』

 

相変わらず厩舎の中はいろんな連中の嘶きや会話で騒がしいが、俺の両隣は主が不在でぽっかりと空いたままだ。

 

マンハッタンカフェは関西遠征。イーグルカフェは・・・この時期だと確か、海を跨いでドバイ遠征中だったか。

 

かれこれ半年は顔を合わせられてないのかと思うと、果たして相手が俺を覚えているのか少し不安にもなるが、マンハッタンカフェは俺のことを覚えていてくれたし多分大丈夫。

 

自分にそう言い聞かせて、俺はレースの疲れを癒やすためにひとまず眠りに就いた。

 

・・・が。

 

 

『やべぇ・・・』

 

「あらら、これは・・・」

 

その翌日。馬用の体重計の前で立ち尽くす、俺。

 

モニターに叩き出されたのは、無慈悲にも高松宮記念の時より随分と重い数字だった。

 

少々食っちゃ寝し過ぎたか?

 

「故障が怖いから様子見で休ませていたが・・・ここまで馬体が戻ったのなら、調教ももういつも通りで良さそうだな」

 

とセンセイ。俺としてはもう少しゆっくりしていたかったのだが・・・これは完全に自業自得。休みもほどほどに俺は減量に勤しむハメに。

 

まあ、俺自身もこれはやばいと思ったから調教にもいつも以上に真面目に取り組む・・・つもりではある。

 

 

『はっ、はっ、はっ』

 

と言う訳で、俺が走っているのはダートコース。体重を絞ることを考慮しつつも高松宮記念で見えた課題から今日のメニューはいつもとは一味違うものが組まれた。

 

直線に入っても獅童さんはガッチリと手綱を抑えたままで、ムチを振るうことも無い。

 

ただ、1ハロンのタイムが15秒より落ちそうになると手綱が扱かれ、俺にスピードアップを促す。

 

それを一周、二周・・・と続けている。

 

これは15ー15と呼ばれる、人間で言うなればペース走・・・つまりスタミナの特訓である。今日のダートは良馬場、コース自体、力が要るものなだけあって、かなり体力を持っていかれてしまうな。

 

 

獅童さんとセンセイの会議曰く、高松宮記念の仕掛けは現状あの位置がベストに近い位置ではあったが、ユーワファルコンに絡まれて余計なスタミナを使ってしまったのも敗因の一つだろう、との結論が出たようだ。

 

あれは完全なストライド走法に切り替えるタイミングを間違えた俺にもミスがあったし獅童さんもセンセイも、気にする必要は殆ど無いと思うんだけどな。

 

しかし、スタミナか・・・確かに一理ある。いくら短距離レースと言えども、その展開はほとんどがハイペース。最後に脚を使えなければ、只のスピードの持ち腐れなのだ。

 

ラストでもう少しスタミナがあれば勝てていたのではないかという獅童さんの意見を太島センセイも了承、ついでに俺も戦略上もうちょいスタミナがあればと納得して。

 

こうしてスタミナモリモリ増強週間が始まったのであったが・・・。

 

 

俺のスタミナの無さは、二人にとって想像以上だったらしい。

 

 

『ひぃ、ひぃ・・・無ーー理ーー・・・』

 

「あっ、バクソウオー!こら、止まっちゃ駄目、駄目ったら、あー・・・」

 

獅童さんが手綱をしごいてるけど、もう知りません。何周できたのかは分からないけど心臓がどこぞのデスメタル並にビートを刻んでいて生命の危機を感じるので止まらせていただきます。

 

「おいおい・・・3歳馬だってもう少し踏ん張れるぞ」

 

いやいやセンセイ!?苦笑いしてるけど本当に!これ以上無理なんです。俺の体力ってそんなに酷いの!?

 

ふらふらになった足取りと、荒い鼻息でもう走れませんと二人にアピールすると、はいはい、休んだらまた走るよー、と背中から獅童さんの声。マジかよ。

 

ならば、今日はもう無理ですと座り込む!

 

「うわっと、バクソウオー!?」

 

獅童さんはバランスこそ崩せど落馬はせず、ほら、立って!立ーつーの!と肩を叩いたりしながら俺が立ち上がるのを促してくる。

 

その光景を見たセンセイには、

 

「コイツは、賢くなかったら1200mでも長かったかもしれん」

 

とのお言葉を頂いてしまい。

 

結局その後息が入ったのを見計らってタイムを緩くして走って(走らされて)も見たが、やはり結果は大して変わらなかった。

 

 

どうしよう。順調なら次は京王杯スプリングカップって言っていたのに。

 

G2、とは言え出てくる相手はスプリンターからマイラー、そしてローテーション的に安田記念のステップに使われることもあるレースのため、むしろ高松宮記念より手強いメンバーになる可能性すらあるんだけど。

 

そして、現状の俺にとって最大の敵となるのが、その距離。

 

1200どころか1400mだ。

 

その京王杯スプリングカップまでは、後2ヶ月―。

 

この調子で200m分のスタミナは果たして身につくのだろうかと、一抹の不安を覚えたのであった。

 




前話にて、馬が賢すぎるとの意見を頂きました。読み返してみると確かに高松宮記念のユーワファルコンを始め出走馬の思考は馬離れしているような気もするので、その内思考レベルを落とした内容に書き直すかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

京王杯に向けて

久しぶりの太島先生視点。
セキトのペース走特訓の成果は、如何に!?


それはそれとして、リアルの方ではウマ娘のモデルになったアグネスデジタルが亡くなってしまいましたね・・・他の追随を許さない偉大なオールラウンダーに、感謝と冥福の祈りを捧げます。


4月某日、美浦トレーニングセンター。

 

 

オレは、美浦で調教師をしている太島昇。

 

今は重賞3勝馬にして高松宮記念2着と、間違いなく厩舎を代表する顔へと成長したセキトバクソウオーの調教を見守っていた。

 

セキトはスピードに優れる一方でスタミナが全くない馬で、次の京王杯スプリングカップには少し不安があった為スタミナを付けさせるべく、鞍上の獅童にはみっちりと15−15をやって貰っていたのだ。

 

時折走り方が乱れたりもしたが随分と真面目にやっていたようだし、多少はスタミナがついただろうと期待していたオレの目の前で、なんとセキトは一ヶ月前とさほど変わらない距離でバテて立ち止まる。

 

 

おいおい、まさかコイツ、スタミナが無いだけじゃなくもうそれが伸びる余裕も無いのか。思わず顔をしかめてしまったが、責められはしないだろう。

 

獅童が申し訳無さそうな顔をしながらセキトと引き上げてくる。心なしかセキトの方も項垂れているような・・・。

 

「・・・まさか、ここまで酷いとはな」

 

「太島さん・・・すみません、バクソウオーはちゃんとやってるんですが・・・」

 

「いや、気にするな。お前たちが真面目にやっていたのは知っている」

 

この人馬は至極真面目にやっている。謝罪の必要などどこにあるのだろう。

 

ただ・・・真面目にやっている、つまりこれ以上なくしっかりと鍛えてもこれなのである。

 

「スタミナはどうしようもないか」

 

「うーん、ここまでやって全く伸びないとなると、もう手の出しようが無いですよ・・・」

 

獅童もどうしようもないと話すし、壊すことがほぼ不可能な壁であると判明したこの問題に、今は頭を抱える他ない。

 

 

「センセイ、そろそろ・・・次の追い切りの視察もお願いします」

 

「ああ・・・わかった」

 

しかし、俺の元へと預けられている馬はセキトだけではない。疲れ果てたセキトは少し心配だが、助手に次の馬へと促され馬場から移動する。

 

調教師としての初G1をもたらしてくれたイーグルカフェを始めとして、多くの馬たちがオレの指示で調教に励んでいるのだ。週末にレースを控えたやつも居り、その追い切りを見て出走の可否を馬主に報告するのも俺の仕事である。

 

「しかし、どうしたものか・・・」

 

今日はセキトの馬主である天馬さんが作戦会議の為にトレセンを訪れる日でもある。なんでも今年に入ってからセキトに会えていないので直接見に来たいのだそうだ。

 

京王杯スプリングカップ、なんとかしてセキトのスタミナで1400を攻略する方法を探さなければ。

 

結局他の馬の追い切りなどを見守りつつも、意識の隅ではセキトのことを考えていたのだった。

 

それにしても、今日のペース走、終盤のセキトは随分変な走り方だった。

いつもよりストライドは伸びていないし、回転を早めようとしてリズムが崩れていたり・・・。

 

まるでストライドとピッチのいいとこ取りをしようとして失敗しているような・・・いや、まさかな。

 

ひとまず後で故障していないか、獣医に診てもらうとしよう。

 

 

「さて・・・」

 

管理馬の調教の視察を終えたオレは、天馬さんを待つ間に日課である掃除をすることにした。こうすると厩舎周りが綺麗になるだけでなく、不思議と考え事も色々と纏まってくれる。

 

事務所の机においてある小さな馬頭観音の仏像に手を合わせてから、掃除用具を手に外へ出た。

 

今日も管理している馬たちはただ一頭の故障もなく、無事に調教を終えてくれた。それは当たり前のようであって難しいことであり、喜ばしいことだ。

 

自然と笑みが浮かび、ふと厩舎の入り口を見れば、ほんの少しずつだが黒みを帯びてきた太島厩舎の看板が目に入る。

 

オレは調教師だし、ここはその厩舎なのだから看板があるのは当たり前なのだが、未だにそこにオレの名前があることに違和感を感じる時がある。

 

・・・この界隈で、騎手から調教師へと転身する者は多くいるが、必ずしも名馬が名種牡馬、名牝とはなりえないこの世界、名騎手も名伯楽とは限らない。

 

そんな中で騎手としても調教師としてもG1を勝つ活躍馬にも恵まれた俺は、相当幸せなホースマンと言えるだろう。

 

人様に迷惑をかけまくって育ったようなこのオレが、である。

 

やはりこれは迷惑をかけた分、これから数多くの人馬を育てなさいというお告げのようなものなのだろうか?

 

「・・・おっと!」

 

思考に気を取られて掃除の手が止まっていることに気づく。サッサッとほうきでまとめた埃やゴミをちりとりに取ってゴミ箱へと流し込めば、掃除は終了だ。

 

「ん?」

 

そこで、閃いた。

 

まとめる。

 

まとめて・・・交わす。

 

 

「・・・そうか、これなら!」

 

そうだ、セキトには、現役最強クラスの武器があるじゃないか。

 

その武器を上手く使うことができれば・・・!京王杯スプリングカップに勝機は、ある!

 

「あ!太島さん!お久しぶりでーす!」

 

この作戦を提案しよう、と決めたところで、天馬さんがこちらに歩いてくるのが見えた。

 

実に、丁度いいタイミングだった。

 

 

 

 

 

「セキターン!(ひっさ)しぶりー!」

 

『俺も会いたかったぜ!朱美ちゃーん!』

 

俺は、愛しの馬主と久しぶりの再会を果たし、その腕に抱擁されていた。前に会ったのが何時だったか覚えていないくらいだし、仕事が忙しいんだろうな。

 

一応前走の高松宮記念が最大のチャンスだったらしんだけど、前日に職場で発生したトラブルが解決せず、急遽スルーしなければならなくなったそうだ。

 

おのれ、トラブル。

人にも馬にも、百害あって一利なしのヤローめ。

 

幸いにして休日一日を犠牲にしただけで済み、もし平日まで引きずっていたら会社に大きな被害をもたらしていたらしいそうなので、それに関しては本当に良かったと思う。

 

「セキタン!」

 

『ひひーん』

 

「セキターン!」

 

『ひひーん!』

 

「セキタ・・・」

 

「・・・さて、感動の再会はその辺にしてもらっても?」

 

「あ、す、すみません」

 

セキタン、と呼ばれるたびに鳴き返す、というロミジュリめいたことを5分ほど繰り返した後、外面モードのセンセイがしびれを切らしたようにその流れを断ち切った。

 

我に返った朱美ちゃんは赤面しながらセンセイに謝罪していて、その姿がまた、すっごく可愛かったのは俺だけの秘密。

 

 

 

「それで、セキタンの次のレース・・・京王杯、でしたっけ?セキタンには少し長いんですよね」

 

「ええ、その通りです。今日はセキトバクソウオーの弱点を補う作戦を考えてきたので、お聞きいただきたいのですが」

 

しばしの間を置いて馬主として真剣な表情になった朱美ちゃんに、そう伺うセンセイ。

 

「はい、お願いします」

 

快い返事に、ありがとうございます、と一つ咳払いしてからセンセイは語りだした。

 

「私が注目したのは、京王杯は東京で行われるレースだと言うことです」

 

「直線の長いコースでしたよね」

 

「ええ、大きさでの日本一の座は改修した新潟に奪われてしまいましたが・・・それでも、カーブを経てあれだけの長さを走る競馬場は他にありません」

 

ほんの少しだけ残念そうな口ぶりで言うセンセイ。

そっか、新潟競馬場が左回りで1000mの直線を持つようになったのって、今年からだったな。

 

「そして、東京競馬場に『だんだら坂』と呼ばれる坂があることはご存知ですか?」

 

「えっ、競馬場に、坂があるんですか!?」

 

センセイの言葉に驚いた表情を見せる朱美ちゃん。

 

「ええ、第4コーナーから、直線の半ば・・・約200メートルと少しにかけて、約2メートルの上り坂になっているんです」

 

そう、それが東京がタフなコースと言われる所以。

更に言うと第一コーナーから向正面までは緩やかな下り坂、かと思えば3コーナーの手前には1.5mの急坂があって、そこを超えたら下り勾配、そして直線に向かっての「だんだら坂」と言うわけである。

 

聞くだけで体力を持っていかれてしまいそうな大変なコースであることが分かるが、それがスタミナが足りない俺にとっての障害であり、同時に勝つための鍵になる。

 

「そんなコースで、短距離のペースで走ったら・・・どうなると思います?」

 

「・・・バテバテになっちゃいますね」

 

朱美ちゃんの回答に頷くセンセイ。

 

「そう、だからこそ前に行った馬が総崩れになるのを期待して、セキトの京王杯での作戦は、差し、または追い込みで行くことになると思います」

 

そうか!ついつい距離の数字に囚われてしまっていたが、スタミナが足りないなら前半にゆっくり走ればいいのか!その発想は無かった。

 

「あっ!確かセキタンが勝ったときっていつもその作戦ですよね!」

 

「ええ、こいつの末脚は超一流です。東京というコースの特性もあって、十分差しきれる可能性はあると思いますよ」

 

朱美ちゃんが納得したような顔を見せ、センセイも自信ありげにそう言った。

 

 

なるほど、差しか追い込みな・・・。俺にできるのは前半飛ばしすぎない様スピードを抑える練習と、よりストライドを伸ばす練習だろうか。

 

勿論、スキあらばディープ走りの練習も欠かさない・・・ひょっとしたらペース走でひたすら練習していたし、成果が現れなかったのは、そのせいか?

 

だったとしたら、ごめんなさいだな。

 

いや、それでもあれ以上にスタミナの効率がいい走り方は無いと聞く。そのスタミナが俺にはそもそも無いとわかった今、古馬となり成長がピークに達しつつある俺が正攻法で1200の壁を脱出するにはやはりディープ走りしかない。

 

「セキタン」

 

遠くを見ながらそう思考していた俺に、朱美ちゃんが話しかけてくる。

 

「高松宮記念、テレビで見てたよ。惜しかったね・・・けど、秋は、スプリンターズステークスは、絶対に勝とう!セキタンなら大丈夫!」

 

『!』

 

朱美ちゃんの口から出てきたのは、俺を鼓舞する言葉だった。

 

『ヒヒィーーン!!』

 

大切な人にそう言われて、嬉しくない男はいないだろう。一気にテンションが上がった俺は、立ち上がりはせずとも、力強く鳴いてそれに応える。

 

「セキト!?」

 

驚くセンセイ。

 

「わっ!?セキタン、すごいね・・・!その調子で次のレースもがんばって!」

 

おう、と意味を込めて鼻を鳴らそうとしたところで、朱美ちゃんが言葉を続けた。

 

「けど・・・やっぱり怪我をしないで帰ってくるのが、一番なんだからね」

 

ああ、分かってる。

俺は去年、無茶をして文字通り痛い思いをしたからな。

 

俺の故障は幸いにして軽いものだったが、レースは出走し、そして完走することで初めて成績として認められるってのを改めて感じた秋と冬だった。

 

けれど、俺は競走馬(サラブレッド)なのだ。求められれば全力で走らなければならないし、その結果がどうなるかなんて神様しか知らねぇだろうし。

 

それでもしばらく俺と戯れた後手を振って別れを告げる朱美ちゃんを見送りながら、少なくとも彼女の勝ちたい、勝ってほしいという思いには応えなければな、と気合を入れた。

 

 

京王杯スプリングカップまで、あと一ヶ月の日の出来事だった。

 




次回更新は金曜の22:00予定です。

果たして、セキト陣営の終いに賭ける作戦は成功するのか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鋭走、京王杯スプリングカップ

日曜は香港国際競走デーでしたね。

それぞれ香港ヴァーズと香港カップで勝利を収めましたグローリーヴェイズとラヴズオンリーユーに拍手を。

そして香港スプリントで命を落としてしまったアメージングスター、ナブーアタックの冥福と、事故に巻き込まれてしまったピクシーナイト、ラッキーパッチ、福永祐一騎手の心身が早く全快されますことを、祈っています。


本編ですが、思い切ってマキバオー時空に寄せてみました。

デジたんよ、この時空ではもう少し頑張ってもらうぞ・・・。


第46回 京王杯スプリングカップ(G2)

 

芝1400m 晴 良

 

①   タイキブライドル  牡6

②(外)エイシンルバーン  牡5

③[外]Testa Rossa      牡5

④   トッププロテクター 牡4

⑤   メジロダーリング  牝5

⑥(外)エイシンプレストン 牡4

⑦(外)ジョンカラノテガミ 牡6

⑧   トウショウトリガー 牡4

⑨   ケイワンバイキング 騙8

⑩(父)ラムジェットシチー 牡5

⑪(外)ダイワカーリアン  牡8

⑫(外)ブラックホーク   牡7

⑬(父)セキトバクソウオー 牡4

⑭   ヤマカツスズラン  牝4

⑮(外)アグネスデジタル  牡4

⑯   セントパーク    牡8

⑰   スティンガー    牝5

⑱(外)ゴールドティアラ  牝5

 

来る5月13日。好天に恵まれた東京競馬場で、とあるレースが行われようとしていた。

 

そのレースの名は、京王杯スプリングカップ。

 

格付けはG2なれど、その舞台に集った18頭は精鋭揃い。そのハイレベルさは最早実質的なG1と言っても過言ではなくなっていた。

 

3年前の2歳女王にして昨年の覇者、天皇賞では牡馬と渡り合い4着など実績十分なスティンガー。

 

ここ最近の勝利は無いがハイレベルのレースで連対や入着を繰り返し決して力が衰えた訳ではないと証明しているブラックホーク。

 

現地G1を6勝している豪州からの使者、Testa Rossa(テスタロッサ)

 

芝の実績が全く無い状況からマイルチャンピオンシップにて13番人気ながら大穴を開けたアグネスデジタル。

 

セキトも出走していた朝日杯の勝ち馬であり、故障して以来勝ち星から遠ざかっているものの前走で2着と復活の気配を見せるエイシンプレストン。

 

そして、G1勝ちこそ無けれどその実力は誰しもが認めるところとなった我らがセキトバクソウオー。

 

錚々たるメンバーが府中1400mに顔を揃えて、パドックを周回している。観客席からそれを目の当たりにした誰かがG1かよと呟いても、否定する者は誰もいなかった。

 

 

 

「壮観だな」

 

馬口と共にセキトを引く太島がそう漏らす。

 

交流重賞も含めるならばG1馬7頭、重賞勝ち馬も合わせると、10頭。

我こそが一番とオーラを纏う競走馬たちが同じレースに顔を揃えるという光景が、一年に何度あるのだろうか。

 

思わず見とれそうになった時、戸惑うような大きな嘶きがパドックに響き渡った。

 

「あれは・・・トウショウトリガーか」

 

その出どころは8番、トウショウトリガー。

昨年デビューして以来条件戦を彷徨い、今年ようやくオープンに上がってきたばかりの馬。

 

雰囲気に呑まれたか、と激しく首を上下に振る様を冷静に観察する太島に馬口が囁く。

 

「あの馬、これが初重賞らしいですよ・・・ちょっと可哀想ですね」

 

「そうか、それは不運だったな」

 

ようやく出る事ができた初めての重賞が、実質G1とは。身につけた自信やプライドが折れなければいいが、と太島はトウショウトリガーを気遣うのだった。

 

 

 

 

 

『やあ、セキトバクソウオー』

 

『お、アグネスデジタルか』

 

パドックを周回していると、後ろのヤマカツスズランを挟んで栗毛の馬が声をかけてきた。

 

アグネスデジタル。一緒に走ったのは昨年のNHKマイルカップが最後で、こうして顔を合わせるのは久しぶりだ。

 

馬耳の性能なら一頭、二頭くらい離れていても普通と変わらん感じで会話できるんだよな。

あ、でもヒトの時に平気だった音に驚くようになってたりもするし、一長一短。

 

しばらくぶりに見たアグネスデジタルはなんだかたくましくなっているような・・・って、あ、そっか。この時代なら。

 

『そういえばデジタル。G1制覇、おめでとう』

 

3歳にしてのマイルチャンピオンシップ制覇。アグネスデジタル以降この快挙を達成する馬は、XX17年のペルシアンナイトまで待たなければならない大記録だ。

 

俺もヒトだった時代にそんな彼のマイルチャンピオンシップの映像を見たことがある。

ラスト200の伸びは、正に変態としか形容できない加速だった。

 

あの時点でアグネスデジタルは芝レース未勝利だったというのだから、本当に分からないものである。尤もこれから、馬主さんも調教師のセンセイも、更には海外も巻き込んで更に訳が分からなくなっていくんだろうけど。

 

『えへへ・・・君の所にも話が行ってたんだね。まさか勝てるなんて思わなくてさ』

 

その時の興奮が忘れられないのか、嬉しそうなアグネスデジタル。だがな、それはそれ。今日はまた別のレースなんだよなあ。

 

『デジタル、ちょっといいか・・・』

 

「止まーーれーーー」

 

その時、俺の声を遮るように騎乗命令がパドックに響き渡る。

 

その音に足を止めて小天狗を見やれば、いつもの様に18人の騎手がバラバラと姿を現した。

 

その中から俺の背にまたがるのは・・・勿論今日も獅童さんだ。

 

「んぅ・・・しょっ!さあ、行こうか?」

 

『ああ、今日は後ろから行くんだったよな?』

 

背中に収まった獅童さんに短く鼻を鳴らす。

 

「獅童。前に話した通り、後ろからで頼むぞ」

 

しかし俺の問いに答え合わせをしてくれたのは、センセイの方だった。

 

「分かりました、今日も頑張ろうな、バクソウオー」

 

センセイを見ながら力強く頷いて、それから獅童さんは俺の首をぽんと叩いてから語りかけてくれた。

 

「今日は、後ろから行くぞ。スタートは・・・いつも通り(・・・・・)でいいかな」

 

『了解!』

 

合点承知だ。ヒヒン、と鳴いて理解したぞと伝えると、獅童さんはにこりと笑った。

 

 

 

あ、そういえばアグネスデジタルに気を抜くなって忠告し忘れた!

 

・・・まあいいや。G1制覇で調子に乗ってんだ、丁度いいくらいかもしれない。自業自得だぜ、デジたん・・・なんてな。

 

そんな事を考えながら前から離されすぎないよう地下馬道を歩く途中だった。

 

「きみはぼくの話をしっかり聞いてくれるよなぁ。そのお陰か、君とのレースはいつも冷静に動けるんだ」

 

ふと、そう獅童さんがぼやく。

 

「ひょっとしたら本当に理解していたりしてな」

 

「まさか!」

 

冗談めかして言った太島センセイの一言に、くすくすと笑いながら答える馬口さん。

 

『いや、そのまさかなんだよなぁ・・・』

 

3人共、俺の中身がまさかまさかの元人間とは夢にも思うまい。なんだかあちらの言葉が一方通行な事が歯痒いような、申し訳ないような気分。

 

その後も俺を引きながら談笑を続ける3人だったが、馬道の出口から射す光を見ると、きりりと顔を引き締めた。

 

そうだ、俺は今からレースなんだ、こんな気持ちじゃ勝てるレースも勝てなくなっちまうよな。首をブルブルっと振るって気合を入れ直す。

 

「なんだ、武者震いか?」

 

センセイが声をかけてくる。まあ、そんなところだな。ひん、と短く鳴いて見せる。

 

「よし、君も、ぼくも。気合十分だね」

 

その時獅童さんがぐい、とゴーグルをヘルメットから目元へ降ろしたのが分かった・・・いよいよ、コースだ。

 

外に出て、ダートを横切った後に芝の上へと立ち、G1と比べれば少ないながらも、確かに俺達の戦いを見届けに来たお客さんたちに迎えられる。

 

 

「・・・セキト。今日のレースはG2だが、実質G1だ。ここで勝てたら、秋に向けて大きく弾みが付く」

 

センセイが、引き手の金具に手をかけながら言った。

 

「行っておいで、元気に帰ってきてね」

 

馬口さんも、金具に手を掛けつつそう言って。

 

二人の想いがこもった言葉を、どうにか形にして応えたいと思った。

 

その最高の形と言えるのが、勝利なんだろうけど。その前に、この溢れそうな熱い思いをなんとか形にしたくて。

 

「勝つぞ!バクソウオー!」

 

そして、獅童さんが自らをも奮い立たせるように言ったその言葉と同時に、2つの金具が外れて、ターフに解放される。

 

あ、そうだ!

 

『ヒヒイィィィン!』

 

俺は、獅童さんを落とさないようにしながらも後ろ脚で立ち上がり、前脚を天に向けるように高く持ち上げた。

 

晴れ渡った空に吸い込まれていく嘶き。

 

スタンドが大きくざわめいたが、すぐに前脚を地面に降ろし、落ち着いた様子を見せたことでそれはどこからともなく静まっていく。

 

「はは・・・いいね!行こう!」

 

体勢を立て直した獅童さんが慌てることもなくそう言って、俺の脇腹を軽く蹴った。それに応えてゆっくりと走り出す。

 

手綱越しに、彼の思いの一部が伝わってくる。

 

ゴーグルに覆い隠されたその目は俺と同じ目標を見据えているのだろう。

 

「このレースに勝つ」という目標を。

 

 

 

 

 

『晴れやかな青空が見えます東京競馬場、メインレース京王杯スプリングカップのファンファーレです』

 

 

♪ー♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

 

 

♪ー♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

 

 

♪ー♪ー♪ー

 

 

 

♪ ♪♪♪♪ ♪♪♪ーー

 

 

 

 

『さあファンファーレが響き渡って・・・ゴールドティアラ、今収まります』

 

本馬場入場から大きなトラブルが起こることもなく、俺はゲートに収まってスタートの瞬間を待っている。

 

『・・・』

 

『(あ、ブラックホーク)』

 

一つ内側に前走で負かしたブラックホークが居た。本来は寡黙な性格なのか、競り合いの時とは違って何も喋ったりはしない。

 

だが、今回こそ俺には負けないと言う気合と調子はバッチリのようで、闘志を滾らせるようにこちらを見やる視線をひしと感じた。

 

『いつまで待たせるのかしら・・・あら、やっと順番?』

 

『最後にスティンガーが引かれて・・・』

 

ところで・・・最後に枠入りするあの17番のねーちゃん。初めて会うけれど相当強いな。

 

スティンガー?確か2歳G1を獲った馬だったよな。

 

成程、だから佇まいというか、雰囲気というかとにかく自身に満ち溢れていて、かなり強者って感じがするのか。

 

『今収まりました』

 

もし、彼女が俺と同じ後方待機策なら、マークするのも面白いかもしれねぇな。そう考えながらも、ゲートの隙間の光が広がったその瞬間。

 

『!』

 

いつもの様に強く地面を蹴り出した。

 

『スタートしました!セキトバクソウオー、好スタート!』

 

そして、俺はほぼ横一線になった馬群の、ハナを切って走っていた。

 

よし、まずはいつも通りに好スタートだ。

 

 

「よし!バクソウオー、ゆっくり下がるぞ」

 

『おうよ』

 

獅童さんの手綱に従ってスピードを下げていく。

 

ただし急減速は厳禁。後ろを確認しながらゆっくり、慎重にいかねば。他馬に迷惑を掛けてしまったり最悪獅童さんが俺の背中からバイバイしてしまったら元も子もないんだから。

 

『セキトバクソウオーそのまま前に・・・行きません!鞍上獅童が手綱を抑えて、スーッと後ろに下がっていく』

 

『あら、せっかく先頭に立ったのに行かないのね?』

 

位置取りを下げていくと、メジロダーリングと目が合って、話しかけられた。

 

『ああ、性に合わないもんでな』

 

『じゃあ遠慮なく行かせてもらうわ!』

 

そうして、俺に代わるように先頭に立つメジロダーリング。

 

・・・ある意味この馬の動きも、俺の勝利に関わってくる要素の一つだ。

 

頼むから史実と変わらないような動きをしてくれよ。

 

 

『変わって先頭に立ちますのは内からメジロダーリング。半馬身から1馬身くらいリードを取りまして、ラムジェットシチー、並んでダイワカーリアンが3番手、内からケイワンバイキングが押し上げています、セキトバクソウオーはまだ下げていく』

 

『僕にだって、G1のチャンスがあるのなら!』

 

『・・・大舞台に向けて、弾みを!』

 

メジロダーリングについていくように走るラムジェットシチーと、ダイワカーリアン。

 

この3頭が、ペースアップの鍵を握っている。

 

『ブラックホークが外から、更にその外セントパーク追っている、インコースからタイキブライドル、その後ろ1馬身差開いて外目にヤマカツスズラン』

 

『(・・・概ね史実通りか)』

 

俺は、位置を下げながら他馬のポジションを確認していた。

 

記憶にある京王杯スプリングカップとほとんど変わらないことを確認しつつ、2歳女王を探す。

 

『その後更に1馬身開いてエイシンルバーン追走、後は半馬身差でスティンガー、その更に2馬身後ろに豪州の使者テスタロッサがいます』

 

・・・いた!どうする、獅童さん?

 

手綱の感触を待っていると、スティンガーから1馬身後ろ、テスタロッサの少し先を走るような形で手綱が緩む。

 

「そこに付いちゃうかぁ」

 

成程。スティンガーの動きを見る形か。

その背中の騎手がこちらを見て、困ったような声を漏らす・・・って丘本さん!?ほんとに人気なんだな、丘本さん。

 

 

・・・さて、思わぬ人物の登場に驚いたが、今の所俺の脚は温存できていると言っていいだろう。しかし今回のレース、勝負所は500mの直線だ。

 

距離の不安がある以上、ガソリンは多いに越したことはない。

 

「・・・このままスティンガーより少し後に仕掛けて、差し切ろう」

 

獅童さんの呟きを俺の耳が拾う。有力馬の仕掛けを待って、ゴールできっちり差し切ることができれば、ガソリンの無駄遣いもしないで済むって寸法だ。

 

『はいよ!』

 

その時まで、俺にできるのはなるべく脚を溜めること、使わないこと。

あくまでも意識するのは位置取りではなく、スピード。

 

『セキトバクソウオーはテスタロッサの前に付けた。そのテスタロッサから半馬身程離れてトウショウトリガー、アグネスデジタル。1馬身離れてゴールドティアラです、間もなく3、4コーナー中間地点』

 

俺より更に後ろの連中の位置を確認しつつ、スティンガーをマークしながら走っていると3コーナーの、左カーブに差し掛かった。

 

『んぐ・・・!』

 

やっぱり、左回りはしんどいな。

外に振られそうになるし、スタミナを使ってしまう。

 

これもあるから後方待機策だったんだよなぁ。

 

『現在エイシンプレストンは後方3番手、その後トッププロテクター、後2馬身開いてジョンカラノテガミが最後方で、先頭集団600の標識を通過!第4コーナーのカーブを抜けて、間もなく直線を向いてまいります!』

 

『んっ、ぐぅおおおお!』

 

そして、無理矢理気味にキツイ左回りのカーブを乗り越えれば・・・一年ぶりの府中の直線だ。

 

あのときは情けないことにスタミナ切れを起こしてタレてしまったが、今日の俺は、違う。

 

「・・・!バクソウオー!」

 

『おう!』

 

スティンガーが仕掛け始めたのを見た獅童さんが、手綱を扱き出した。

 

そして、ちゃっかり馬場の良い大外へ行くのも忘れない。

 

脚は、たっぷり溜まっている。

 

さあ、今度こそ突き抜けて見せるぜ!

 

 

『現在先頭はセントパーク!それを交わしまして外からはダイワカーリアンだ!ダイワカーリアン並んできた!間もなく400の標識!』

 

「差し切れっ!スティンガーッ!」

 

『分かってるわよッ!』

 

スティンガーに、ムチが入った。

 

・・・余談だが、スティンガーとは植物の棘や、蜂の針などの鋭く突き刺さる物、あるいは攻撃を表す英語らしい。

 

そんな名前を持つ彼女だからか、正にその末脚も痺れるような鋭さ(スティンガー)だ。

 

力尽きた奴、切れが足りない奴・・・他馬を次々と交わしていくが。

 

『・・・もう!しつこいわね!』

 

『悪いけど、お前が今日の目標なんだよ!』

 

しかし、その後ろに。

ピッタリと俺がくっ付いていた。

 

残り、400m。

 

『内からグイグイと黄色い帽子!グイグイと黄色い帽子のラムジェットシチーも追い込んできた!しかし外からブラックホーク!ブラックホークも来ているぞ!』

 

『今度こそ、今度こそ私が復活の凱歌を上げるのだ!』

 

外目から、黒い馬体が加速していく。やはり流石はG1馬だな。ハイペースで先行していて、かなり脚を使っているはずなのに、先頭へと突き進もうとしている。

 

『しかし大外!大外からグイグイグイグイと!グイグイグイグイ!もつれるようにスティンガーとセキトバクソウオー!!』

 

だが、こちらもG1馬と、タイトルはないが劣りもしない重賞馬だ。前半の貯金を使って、2頭で競り合いながら先頭集団の争いへと加わっていく。

 

苛烈な展開で生み出された勝負に、スタンドから歓声が上がる。

 

『またそなたか!!』

 

激しく追い上げる俺らが視界に入ったのだろう、ブラックホークが悲鳴にも似た叫びを上げた。

 

『そうだよ!また俺さ!』

 

それに応えるような軽口を叩いてから、スティンガーとの競り合いに集中する。

 

『スティンガーとセキトバクソウオーが2頭揃って突っ込んできた!先頭はブラックホーク!ブラックホーク粘る!しかし大外から2頭一気に迫る迫る!』

 

『あなた、ここまでよく頑張ったわね?』

 

残り200m。ここで、スティンガーが不敵な笑みを浮かべた。

 

俺に返事を返す余裕はなく、ちらりと視線をそちらにやると、彼女が更に続ける。

 

『残念だけど、私の本気ってこんなもんじゃないのよ、ね!』

 

そして、更に沈み込み、加速する馬体。

斤量差があるとはいえこのスピード、本当に牝馬かよ。

 

面食らった俺は反応が遅れてしまったが、それでも前を行く馬体に食らいつく・・・が、差がじりじりと開いていく。

 

『スティンガーが一歩抜け出したか!スティンガーが先頭ブラックホークに迫る!内からはメジロダーリングも進出!』

 

インの方ではメジロダーリングも再び前に迫ろうとしているようだ。改めて、年上の牝馬って、恐ろしいんだなと思った。

 

 

しかし、奥の手なら俺にだってある。このまま黙ってる訳にはいかないぞ、なあ、獅童さん?

 

「バクソウオー!」

 

よし、来た!俺に檄を入れるように、獅童さんがもう一発、俺の右トモにムチを入れた。

 

それを合図に、俺の足の運びが、ストライドへと切り替わった、のだが。

 

『あれっ!?』

 

なんだかいつもより・・・回転が速い?

 

『なんだか知らんが、これなら・・・行ける!』

 

訳が分からないうちに、いつものスピードに、そしていつも以上の加速力を得て。

 

気がつけば、俺は半馬身ほど先に行っていた筈のスティンガーに並びかけていた。

 

『ブラックホーク!スティンガー!ブラックホークかスティンガーかっ・・・大外セキトバクソウオー物凄い脚ッ!』

 

『・・・きゃあっ!?何でまた上がってきてるの!?というか何よその走り方!?』

 

『俺だって知らんっ!』

 

『意味分かんないわよ!』

 

まさか俺に再び並ばれるとは思っていなかったらしいスティンガーが、まあなんとも可愛らしい声を出した。

 

『悲鳴!?』

 

意地でもう一度伸びてきたブラックホークが思わずそれに反応してこちらを向いて。

 

『今ゴールインっ!3頭もつれた!際どい一戦になりました!タイムは1.20.1、上がり4ハロンは46.5、3ハロンは35.2!ブラックホークが粘りきったのか、スティンガーが競り勝ったのか、セキトバクソウオーが差し切ったのか、全く、ここからは全く分かりません!!』

 

その瞬間が、ゴールだった。

 

『・・・ふぅ、お疲れさんっと』

 

「お疲れさま、バクソウオー」

 

トップスピードに到達した脚の回転を、少しずつ落としていくと、獅童さんが首をぽんぽんと叩いた。

 

そういえばあれ程不安視されていた1400を走りきったのにいつもより疲れていないな?

 

まあそれはともかく、京王杯スプリングカップ、やれることはやり切ったわけですが・・・。

 

結果はどうでしょうかね?

 

 

 

「・・・おーい、獅童くん」

 

「丘本さん!」

 

『あなた、どっちが勝ったか分かる?』

 

『・・・いや。全くわからん』

 

クールダウンに励んでいると、丘本さんがスティンガーを走らせて俺の側によってきた。

 

それにしても、後方待機策、マーク、仕掛けの遅らせ・・・殆どやれることをやったにも関わらず、ここまでギリギリの結果になるとは。

 

なんと言っても今回は最後のあの謎走法に助けられた部分が大きすぎる。やはり俺の最適距離は1200以下なのだろうと改めて突きつけられた感じだ。

 

それにしてもあの謎走法、俺は一体どうやって繰り出したんだ?

考えながら脚を動かしてみても、あんな動きにはならないし。

 

しかもレースの疲れが消えたわけじゃなかったから脚がもつれて危なくなり、獅童さんに止められた。

 

挙げ句スティンガーから

 

『あなたは一体何をやってるのかしら?盆踊り?』

 

とまで突っ込まれてしまい恥ずかしい思いをしてしまった。

 

というかスティンガーさん。盆踊り、知ってらっしゃるんですね。

 

思わずそのことを突っ込もうとしたら、スタンドの歓声が耳を激しく震わせた。

 

『どうやらおしゃべりはここまでみたいね』

 

『ああ、どっちが勝っても恨みっこなしだ』

 

『・・・どうせなら、せーので掲示板を見ない?』

 

『それはいいな』

 

スティンガーの提案で2頭並んで正面スタンドまで戻ってきて。

 

 

『『・・・せーのっ!』』

 

 

ほぼ同時に顔を上げて掲示板を見ると。

 

 

『あ・・・』

 

『俺の・・・勝ち・・・だな』

 

Ⅰの数字の横に並んだのは、13の文字。

 

つまり、俺の、勝ち。

 

 

1着、俺。

 

2着、スティンガー。

 

3着、ブラックホーク。

 

着差はハナ、ハナ・・・大接戦の決着だった。

 

『うーん?』

 

しかし、どうにも接戦すぎていまいち勝利の実感が湧かない。何度もゼッケンと掲示板を見比べる俺。

 

『何やってんのよ、勝ち馬が情けない』

 

スティンガーがその様を見てため息をついて。

 

それから深呼吸をすると、スッキリとした様子で彼女はおめでとう、と言ってきた。

 

『あなたの勝ちよ』

 

『あ、ありがとう』

 

歯切れ悪く、なんとか絞り出すように俺が感謝の言葉を述べるとスティンガーは、ん、とだけ短く返事をして。

 

『次は、油断しないから』と告げてから、出口へと駆けていった。

 

 

 

「いや、本当によくやってくれた、セキトの潜在能力を引き出してくれて」

 

待機所での休憩を挟み、表彰式に臨んでいるとセンセイが獅童さんと握手を交わしながらそう言っていた。

 

獅童さんも獅童さんで、

 

「いえ、あれは太島さんの調教があったからで」

 

と謙遜気味だ。

 

馬口さんは特にいつもと変わらずにマイペース。

 

「うん、怪我とかはなさそうだねー」

 

と俺が無事であることにに心底ホッとしているようだった。

 

そして、その様子を見守っていた俺の肩に、京王杯スプリングカップのレイが掛けられる。

 

セントウルステークスから実に8ヶ月ぶりの、軽くて重い、うれしい感覚だった。

 

 

 

ちなみにパドックでヘニャヘニャになっていたアグネスデジタルは、9着だったそうな。

 




次回更新は水曜の予定ですが、ダ○スタを絶妙なタイミングで買い直してしまいまして・・・あまり期待しないほうがいいかもです・・・。

・今回の被害馬

・スティンガー 牝 鹿毛
父 サンデーサイレンス
母 レガシーオブストレングス
母父 Affirmed


・被害ポイント
京王杯スプリングカップ連覇→2着

・史実戦績
21戦7勝

・主な勝ち鞍
阪神3歳牝馬ステークス(G1)

・史実解説
名前が示す通り、鋭い差し脚を武器に活躍した牝馬。

1998年11月、東京の新馬戦でデビューし見事勝ちを収めると、そのまま3週後の赤松賞も勝利。

勢いのまま挑んだ阪神3歳牝馬ステークスでも鋭く伸び切って、初重賞にして初G1制覇を成し遂げた。

その後ステップレースを挟まずに直行した桜花賞では痛恨の出遅れ、一番人気を裏切り12着と大敗してしまう。

この結果を受け陣営は次走に4歳牝馬特別(現:フローラステークス)を選択、桜花賞2着のフサイチエアデールをクビ差退けて優勝する。

本番のオークスでは直線よく伸びたものの4着まで。
放牧された後陣営はなんと目標を秋華賞ではなく、古馬と戦うことになる秋の天皇賞に設定、秋緒戦は毎日王冠に出走する。

ここで8番人気ながら4着と好走し、そのまま天皇賞に向かうと、スペシャルウィークやセイウンスカイ、キングヘイローといった強敵相手に4着と健闘。

続いてジャパンカップに出走したが流石にシンガリ負けに終わり、4(3)歳シーズンを終えた。

年が明け京都牝馬ステークスに出走すると、見事勝利。
続く京王杯スプリングカップもウメノファイバー、ブラックホークらを相手に快勝するも、本番の安田記念は4着に敗退、レース後に休養に入り、12月の阪神牝馬ステークスで復帰したが10着に敗れ、この年を終える。

2001年は東京新聞杯から始動。鞍上にオリビエ・ペリエを迎え臨んだ一戦だったが、3着とどうにも調子が戻らない。

その後休養し、京王杯スプリングカップに出走すると、ここで一年ぶりに勝利を収めると同時に史上初の連覇を達成した。

だがこのレース以降再び不調に陥り、安田記念15着、関屋記念5着、札幌記念7着、阪神牝馬ステークス3着とこの年は1勝に終わる。

6歳になったスティンガーは、繁殖入りを見据えあと1、2回走って引退となることが決まった。
叩きの東京新聞杯で6着になった後、本番の高松宮記念では先行馬有利の展開の中果敢に追い込み、3着に入り引退、繁殖入りした。

引退後は社台ファームで繋養されたが、フレンチデピュティの仔(スコルピオンキッス)を受胎した身でアメリカに渡り、キングマンボやフサイチペガサスといった一流種牡馬と配合される。

残念ながらフサイチペガサスとの交配は不受胎に終わったが、その翌年にスマーティジョーンズの仔を受胎した状態で帰国した。

その後も繁殖として繋養され、2017年、ローエングリン産駒の栗毛牝馬(クンタキンテ)を出産し、ハービンジャーとの交配が不受胎に終わったのを最後に繁殖を引退した。

wikiや掲示板を見る限り、現在も存命のようである。

・代表産駒
サトノギャラント(父シンボリクリスエス)
33戦8勝(障害5戦1勝)主な勝鞍 谷川岳ステークス(OP)

タイガーファング(父Kingmambo)
18戦11勝(地方12戦9勝)主な勝鞍 4歳以上1000万以下


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鋭走の先へ

ウイニングポスト9 2022が発表されましたね!

魅力的な新要素が盛り沢山ですが、その一つとして馬と馬の絆(対馬関係)が実装されるようで、例としてゴルシが使われていたのに笑いましたし、これはますますウマ娘の二次創作(もちろん健全)も流行るのでは?と期待しております。

因みに今回出てくる施設は、設備と規模に大分チートをかけてあります!


歓喜の京王杯から一週間程が過ぎて。

 

あれだけのレースだったにも関わらず俺の身体に反動は無く。

 

このまま安田記念に出ても勝負になるのではと言う話も持ち上がり、俺自身もひょっとするかも?と思ったのだが・・・。

 

 

「そもそも1400を不安視しなければならない馬が、マイルで勝負になるとは思えません」

 

 

センセイは、ごく冷静に厩舎を訪れた記者にそう答えていた。

 

あー、それは確かにそうだ。

 

「それに、ハイレベルな戦いになったとは言えあくまで京王杯はG2です。本番の安田記念に出たら今日以上の厳しいレースになるでしょう」

 

それもそう。京王杯は京王杯、G1ではなく、その前哨戦に過ぎないレース。そこでこんな勝ち方をしたのだ。

 

もし安田記念に出ても、苦手な距離、コースで、究極仕上げのライバル達に警戒されて持ち味を活かしきれないだろう。

 

ここまで危険な要素が揃っていれば、出走せずともその結果は見えている。

 

次の短距離の大きなレースって言うと、昨年も出走したセントウルステークスか?今の時期からはちょっと間が開いているから、ひょっとしたら放牧とかになるかもしれない。また、里帰りできるかな?

 

では、今後の予定は、と記者さんに尋ねられると、センセイはひとまず美浦に戻しますよ、次のレースは夏か秋になると思います。と返し。

 

これ以上収穫は見込めないと察したのか記者さんは一言か二言、何やらメモに書き込んだ後にありがとうございました、と言って軽く頭を下げてから引き上げていった。

 

今日の記者さんは大きな声を出さないし、写真を撮るときも俺に声をかけてからだったし、とにかく非常に良識的な方だった。

 

だからこそセンセイも気分良く答えていたのだろうし、俺自身知らない人と会ったというのに穏やかな気持ちのままでいられた。

 

できればこういう方に業界で長く生き延びてほしいと思うのだが、現実はネタのニオイに敏感で、しつこくて、ずる賢い奴が一番強い。ハイエナみたいだ。

 

あ、ハイエナに失礼か。

 

やっぱ人間の世界って厳しいね。

 

 

 

 

 

『ただいまー!久しぶりの美浦だー!』

 

まあ、こうして俺は馬運車に揺られ、一年ぶりに美浦の我が家へと帰厩を果たしたのだが。

 

 

『・・・!?』

 

 

そこで遂に奴と再会した。

 

 

隣の馬房から顔を出しているのはごくありふれた鹿毛の馬体だが、その身にまとうオーラが・・・ってあれ、おかしいな。確かに去年より身体は大きくなっているはずなのに、寧ろなんだか小さく感じられるような。

 

『よう、生きてたぜ』

 

とにかく。そいつが馬房から顔を出して俺を出迎えてくれたから俺も挨拶してやるかと声をかけたら、雷にでも打たれたかのようにいきなり動きを止め、目を見開き、鼻の穴だけが呼吸で動いていて。

 

 

『バク、ソウ、オー・・・?』

 

『ただいま、イーグルカフェ』

 

 

そう、奴はイーグルカフェ。

 

俺と同期、同厩、隣同士のG1馬。

 

 

俺の姿を見て完全にフリーズしていたが、そこから数秒経ってようやく奴は言葉にならないような声を出し始めた。

 

『な・・・なな・・・何故、貴様、生きて』

 

おい、動揺しすぎて主人公の始末に失敗した悪の手先みたいになってるじゃないか。

 

『おうよ。脚もちゃんと全部あるし、なんならこの間もレースに出て、勝ってきたぜ?』

 

俺がそう言って、見えるか分からんがわざと故障箇所だった右前脚を上げてみせると。

 

イーグルカフェはわなわなと震えながら、安堵しているのか、怒っているのか分からないような口調で俺を捲し立ててきた。

 

『セキ・・・バクソウオー!貴様!あれほど怪我には気をつけろといったであろう!だが帰りを待っていた吾輩の耳に届いたのは貴様が骨を折ったという一報であったのだぞ!?その時の吾輩の気持ちが分かるか!?』

 

『うおっ!?』

 

『吾輩もようやく最近諦めがついたところだったのだ!それがこうもいけしゃあしゃあと出てくるなど・・・』

 

文句を垂れながらも、その目尻には薄っすらと雫が溜まり、育ちつつあるのが見えた。

 

というか諦めがついた?俺、こいつの中で死んだことになってたの?ってああ。マンハッタンカフェもそんなことを言ってたっけな。

 

 

・・・って!二頭(ふたり)して俺を殺すな!?

 

 

『マンハッタンカフェといいお前といい俺を勝手に殺すなよっ!』

 

『一年も顔を見ていなければそうもなろう!』

 

俺の言い分に声を荒げるイーグルカフェ。記憶にある限り奴は冷静な馬の筈。それがここまで感情を顕にするとは。

 

お互いギャースカ言い合っている内に少しずつ頭が冷えてきて。うん、これは大分、というか本当に。

 

 

多分、俺が悪い。

 

あれ程怪我をするな、気をつけろと言われていたにも関わらず無茶をしたのは俺自身だ。

 

それがイーグルカフェの心身を傷つけていたというのなら、誠心誠意謝るのが筋というものだろう。

 

ならば、こうだ!

 

 

『・・・正直すまんかったァ!』

 

思い切り頭を下げると、勢いが良すぎてちょっとくらくらしたが、誠意を伝えるというならばこの位が丁度いい。

 

『なッ!?』

 

その勢いに圧倒されたのか、イーグルカフェの口が止まる。

 

『マジで痛かったし、辛かった!次は気をつける!』

 

頭を下げたまま俺がそう言うと、イーグルカフェは何故だか『な、なんだ。その、謝って欲しかった訳ではなくてだな』と急にもじもじし始め。

 

あれ?そういえば随分前・・・朝日杯の後、倒れた俺を一番心配していたのもこいつだっていうし、ひょっとして。

 

『まさか、お前、寂しかったのか?』

 

そう聞いた瞬間、イーグルカフェの顔は煙が吹き上がるような勢いで赤くなる。え?毛並みで分からない?

 

・・・まあ、これは俺が同じ馬だから分かることであって、ヒトには分からんでしょうな。

 

『ち、ちちち違う!断じてその様な事など!』

 

あ、図星だこれ。普段のイーグルカフェからは想像できないくらい慌てふためいているのが伝わってくる。

 

その様は俺から見ればちょっと面白いが、その原因も俺なのだからあんまりからかい過ぎても可哀想だ。

 

『・・・ま、そういうことにしとくよ。他の連中には言わないからさ』

 

『ふぅ・・・くれぐれも頼んだぞ』

 

俺がそう言うとイーグルカフェはようやく落ち着きを取り戻したようだった。実際この話は他のやつには話さないつもりだ。

 

まあ、今の一連の流れで伝わってるかもしれない分は保証しないがな!

 

 

それから数日。ようやく怪我をする前の関係性を取り戻しつつあったイーグルカフェが馬房から出されていたから、どうしたんだと尋ねれば。

 

彼は自らが栄光を勝ち取った地に赴くのだ、と答えてくれた。

 

栄光を勝ち取った・・・ああ、東京競馬場か。どうやら俺と入れ替わるようにレースに出走するみたいだな。

 

一年ぶりに戦友と再会したと思ったら僅か数日でまたバイバイとは。これも競走馬の宿命ってやつなのか?

 

それはさておき、安田か?と聞けばイーグルカフェは少し顔を歪ませながら『いや、違う』と言った。

 

あれ、こいつほどの有力馬なら安田記念に出るよな?と頭にハテナが浮かんだ後、煌々と光る電球に変わる。

 

・・・そうか。こいつが小さく見えた理由が分かった。この頃のイーグルカフェって、不調だったんだよな。

 

NHKマイルカップを最後に、実に2年もの間。イーグルカフェは勝利の女神にそっぽを向かれてしまうのだ。

 

この時期で東京競馬場ならば、8着に敗れたエプソムカップだろうか?

 

だとすると・・・現在7連敗。そりゃあ悔しいよな。G1馬になったと思ったら、その強さが嘘のように勝てなくなって。

 

マグレだ、まだ走るのかとどれほど後ろ指を指されたのだろう。

 

走るのが辛くなる日だってあったかもしれない。

 

 

けれど、後一年と、1ヶ月。

 

 

そしてその4ヶ月後。

 

 

苦難を乗り越えた先に待ち受けるのは、再びの栄光だ。

 

 

『そっか、がんばれよ』

 

『うむ』

 

「この先」を知る者として。イーグルカフェには無事に史実を完走し、或いはそれより早く、多く。勝利を上げられるようにと、俺はエールを送ったのだった。

 

 

 

 

 

『一体どこへ行くってんだ』

 

後日。イーグルカフェが勝利を求めて藻掻くのと同じように、俺もまた更なる勝利の酔いを求めて、馬運車で運ばれていた。

 

センセイが「徹底的に鍛え上げる」とか「放牧を挟むと緩みそうだから助かった」とか言ってたから放牧じゃあないのは確か。

 

生まれ故郷の仔馬ちゃんや、俺の弟か妹が生まれているかもとか気になっていたし、バカンスもいいなと思っていたからちょっと残念。

 

じゃあ一体何なんだと頭をかしげていると、トレセンを出てあまり・・・一時間するかしないか位で馬運車のエンジンが止まった。

 

最初は休憩かと思ったのだが、前方の座席がバタバタと慌ただしくなってきたからここで降りるのかと理解する。

 

 

馬口さんが引き手を持ったのを確認すると、もう一人のスタッフさんが乗降口を開いた。光が射し、その幅が広がっていく。

 

 

「さぁ、セキト、着いたよ。夏までここで頑張ろうね」

 

『・・・広っろ』

 

拓けた視界に映ったのは競走馬を育て上げる為の施設がこれでもかと揃った、トレセン顔負けの場所。

 

吉里(よしざと)ステーブル。この間一緒に走ったスティンガーをオークスで破ったウメノファイバーや、この時代のダート路線で手堅く活躍しているスマートボーイを育成した牧場である。

 

 

というか、馬口さん、さっき何つった?

 

ここで頑張ろうね?

 

『・・・はっ』

 

まさか!ここまできてようやく、俺の頭の中でセンセイの言葉と、ここに来た目的が繋がって。

 

「どうも!そいつがセキトバクソウオーですか!いい馬体をしてますね!」

 

「あ、こんにちは。ええ、僕が言うのもなんですがいい馬でしょう?これから約3ヶ月、よろしくお願いします」

 

馬口さんと、牧場の代表者的な人の会話で確信した。生まれ故郷でのバカンスなんてとんでもない。そんなこと考えていた俺が馬鹿だったよ。

 

・・・うん。自分で考えてみたって、そりゃあそうだよな。疲労のない馬を放牧したって何の意味もない。

 

「それでは、セキトの事を頼みますよ」

 

終いには馬口さんから代表者らしきおっさんに、俺の引き手が手渡されて。

 

空っぽになった馬運車に乗った馬口さんを見送ったおっさんが、本性を見せた。

 

「・・・ガッハッハ!よく来たなセキトバクソウオー!これから約3か月、みっちりやっていくから、覚悟しろよ?」

 

うわ、こいつ語尾に「!」が付きそうな勢いの時点で怪しいとは思ったけれど、体育会系の暑苦しいタイプだ!

 

『お、お手柔らかにお願いします・・・』

 

他に思うところはあった筈なのに、俺は豪快に笑うおっさんに気圧され、馬房に行くまでの間そう呟くことしか出来なかった。

 

 

 

トレセンとは少し異なった構造の馬房に入ると、すかさず馬栓棒とベニヤ板で出入り口を塞がれる。あ、脱走の話、こちらにもしっかり行ってるんですね。

 

 

「さぁ、次は2歳達の調教を見ないと」

 

やがておっさんは俺を馬房に入れると、そそくさとどこかに行ってしまった。そしてざわつく厩舎内。

 

『あれ?知らない(ひと)だー』

 

『大人の馬がいるー』

 

・・・よくよく見れば、俺の周りは2歳馬だらけじゃないか。まるでいきなり小学校に放り込まれた大人の気分。

 

センセイ。あなたは俺が強くなれると信じてここに送り出したんでしょうけども。果たして本当に効果はあるのでしょうか?

 

『はぁ・・・』

 

何歳ー?とか名前あるのー?など。

 

無邪気な声に囲まれながら、盛大なため息と共に俺の夏季・・・というか初夏?合宿が、幕を開けた。

 




むさ苦しいおっさん、参戦!
いざ、合宿開始です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セキト、ただいま特訓中 その1

ウイポの新情報に続いて、いよいよダビスタもアプデが入りましたね。

今までゲームバランスが変更されたり、ここまで大規模に新種牡馬、繁殖牝馬が追加されるなんてなかったのでとても驚きました。


※重要なお知らせ※

ウマ娘を目的にお気に入り登録をしていただいた皆様には申し訳ないのですが、本作は馬生編とし、ウマ娘編は完結後にプロットを組み直し別の小説として投稿しようと計画しております。

それに伴ってウマ娘編のプロローグは削除予定とし、ジャンルをオリジナル/スポーツへと変更させていただきました。これまでと変わらずお読みいただければ幸いです。


本編は・・・あれ、坂路の歴史説明回になってる・・・?


『はっ、はっ、はっ・・・!』

 

「いいぞ、その調子だ!セキトバクソウオー!」

 

吉里ステーブルに入厩して2週間。

 

俺は体育会系のおっさんに見守られながら毎日のように走り込んでいる。俺に疲労がないってこともあってか、おっさんとセンセイとの協議の末に組まれたメニューはかなりハードだ。

 

今日もトレッドミルが終わったら休憩を挟み、吉里ステーブルご自慢の坂路コースで登坂の予定。

 

・・・因みにここの坂路、美浦の物を超えていると耳に挟んだが、この時代だし、流石に嘘だよな?

 

まあ、走り込んでいると言ってもトレッドミル・・・ヒトでいうランニングマシンの上でひたすら動いているだけだから、景色が変わるとかそういった楽しみは殆ど無いのが残念。

 

『んーと、あの脚はどうやってだしたんだか・・・痛てっ!』

 

「こらー!走り方が乱れているぞセキトバクソウオー!!」

 

京王杯のラストの脚がどうして繰り出せたか思い出そうとしたら、真面目にやれとすかさずムチが入った。こりゃあそんな悠長なことをしている暇なんてないな。

 

 

ところで、このトレーニングは人を乗せずに行っているんだが・・・最初は背中に何も乗っていないだけでこうも長く走れるものなのか、と驚いた。やっぱ斤量ってかなりの影響があるんだな。

 

殺風景な一区画に閉じ込められるのは苦手だが、おっさんの腕がいいのか、トレーニングとの相性が良かったのか、スタミナ自体はちょっとずつ身についているような感じだ。あくまで個人(馬)的な感想だけども。

 

そうして規定の時間とスピードで走り続けると、ピーというブザーの後に、ゆっくりとトレッドミルのスピードが落ちていく。トレーニング終了の合図だ。

 

『はぁー、はぁー・・・今日もいい汗、かいたぜ』

 

いきなり止まるのではなく、息を整える為と身体の負担を減らす為に並足位のペースでしばらく歩き続ける。こういうところも沢山の馬を育て上げ、ノウハウの積み重ねがあるが故なんだろうな。

 

「よし!今日もいい走りだったな!少し休んだら坂を上がるぞ!」

 

『うひぃー!?』

 

完全に止まったトレッドミルから出されると、おっさんは息が上がった俺を褒めてくれたが、やっぱりメニューは全然優しくないな!

 

 

 

 

『うおりゃああああああ!こうなったらやったらぁぁぁ!』

 

『何あれ!すっげー!』

 

『速ーい!』

 

「これが重賞を勝つ馬の手応えか!」

 

こうして休憩を挟んで後半のメニューである坂路を駆けている訳だが・・・うん、もう半ばヤケクソ。やつあたりのようにぶっ飛ばしたら調教中の2歳馬も、背中にいるスタッフさんも驚いてた。

 

抑えろという指示がないのをいいことに、長い坂路を爆速で駆け上がっていくが、その内に違和感を覚える俺。

 

『あれっ?何か、長くね?』

 

気のせいだろうか?坂道が美浦トレセンより長いような。おいおい、ここは只の育成牧場だろ?

 

「よし!行くぞ!スパートだ!」

 

『あ、はい!』

 

困惑しながらも背中のスタッフさんからムチが飛び、スパートの指示が出たことで俺は再び走りに集中する。

 

『はあああっ!!』

 

後ろ脚で地面を捉え、前足もより遠くの地面を掴むように・・・完璧なストライド走法で、飛ばす!

 

「ここまで・・・!これでG1未勝利なんて信じられないな」

 

『へへ、そうだろー?』

 

スタッフさんからのお褒めの言葉に気を良くしながら、更に坂路を蹴って頂上を目指し続けた。

 

 

それから僅か数十秒後。

 

 

やっぱり坂路が長いって思ったの、気のせいじゃなかったわ。

 

しかも前半で飛ばしまくったのが祟ったか途中でスタミナが切れるし。

 

ひぃこら言いながら、走れども走れども永久に坂道が続くような錯覚にすら襲われ、ようやくゴール地点へと辿り着くと、スタッフさんが首を叩いてから手綱を引いた。

 

「はい、無事登頂」

 

ああ、助かった。スピードを落としていく。

 

『はぁ、はぁ、はぁ・・・』

 

それにしても立派な坂路だ。美浦以上なのは確実だが、栗東にも負けてないんじゃないか?

 

広めのコースは開放感があるし、万が一放馬なんかのトラブルが発生したときも衝突事故とかが起こりづらいだろう。

 

そして、厚めに敷かれたウッドチップは筋肉にはしっかりと負荷をかけつつ、馬にとっては命と同義である脚の骨を守る。

 

「下り、行くよー」

 

『はい! あ、坂路が・・・』

 

クールダウンを兼ねて下り坂をキャンターでゆっくり、ゆっくりと下っていく。その途中で下のトラックコースから別れた坂路コースのウッドチップが壁のように長く続いているのが見えた。俺はここを登ってきたのか。

 

その下に広がる充実した施設群はこの坂路以外殆どぺたんと平らに広がっていて、関東平野っていう言葉を改めて認識する。

 

・・・現代の競馬は、西高東低、つまり栗東トレセンの馬が強くて、美浦トレセンの馬はそれに劣るなんて言われてしまっているが、その原因の一つとして挙げられるのが、この坂路。

 

競走馬の後躯に負担が集中することで、トモを鍛え、推進力とパワーをつける調教である坂路のコースが日本に初登場したのは、1985年のことだ。

 

その頃は関西から遠征する馬の方が弱くて、関西重賞の勝ち馬が関東の競馬場の坂に負けて故障するっていう事態が頻発したらしい。今となってはまるで信じられないけどな。

 

そして、関西馬がクラシックで全滅したのをきっかけに坂に弱いのをどうにかしよう!と設置された全長1085m、高低差32mの坂路コースは、ノウハウが確立されると同時に絶大な威力を発揮した。

 

それはすなわち東西の勢力の逆転に他ならない。

 

当然美浦も坂路コースを求めたが、しかし、その頃には美浦トレセンの中は既に施設で一杯。同じように対抗しようとしても、坂路を造るための用地が無かったのだ。

 

またJRAも第二次競馬ブームの中にあってその建築を渋り、その後関係者の声に押されてかろうじて建築できた坂路コースも、平坦な地形に邪魔をされ栗東のものには到底及ばなかった。

 

それによって生まれた、ストレートに言ってしまえば馬の実力による東西の格差。

 

近年は特にダートレースでの差が酷くなっているらしく、2011、12年の2年間に至ってはダート重賞で優勝できた関東馬はそれぞれ一回だけ、たったの2頭だったそう。

 

それがいずれも坂のない札幌競馬場で開催されたエルムステークスとなれば、美浦トレセンの面々はいよいよもって頭を抱えるしかなかっただろう。

 

その後2度の拡張工事が行われ、全長1200mと長さでは勝ったものの、その高低差は18mと栗東と比べると見劣りしてしまう。

 

コース形状で負荷をかけられるような工夫がなされたが、未だ東西の格差の解消には程遠いのが現状だ。

 

だが、俺が知る限り現在(2021年時点)美浦トレセンの坂路は前半部分を掘り下げて、高低差33mと栗東に匹敵するコースへと工事中。

 

盛り土が無理なら逆に掘り下げてしまうとは。工事の話を聞いたときはその手があったかと目からウロコだったなあ。

 

その完成の予定は2023年の12月・・・坂路コースの登場から約40年。真の坂路コースを得たその時、かつて自分を追い越した栗東に美浦は追いつけるのか。

 

 

 

・・・なんて、仰々しいことを言ってみたが、馬の平均寿命って20年前後らしいから例え俺が無事に引退できたとしても、新時代を見守れるかは怪しい所。

 

その結末は、80歳くらいまでは生きられる人々に託すとして。

 

まさか巡り巡って平野が原因で西高東低なんて言われてしまうほど馬の実力に差が開くなんて、昔の人は思いもしなかったろうな。とこの眺めを見ながら思った。

 

 

と、蹄から伝わる地面の感覚が平坦なものに変わる。

 

『おっと、坂はおしまいか』

 

坂路コースの下り部分を終えて、トラックコースに合流。後はクールダウンで軽く流して、これで一週。

 

 

「はい、今日はこれでおしまいだよ、お疲れ様」

 

予定通り走り終えると、手綱をぎゅう、と引かれて立ち止まる。スタッフさんが背中から降りて、これにて本日のトレーニング終了だ。

 

そのまま手綱を引き手代わりにコースから出ると、ゆっくりと歩いて後は割り当てられた馬房へと戻るだけ。飼い葉を食べる以外には明日までやることもなく馬房でゴロゴロ・・・。

 

 

という訳にはいかなかったな。というかできなかった。

 

『・・・』

 

何も言ってくることはないが、周りの2歳馬たちが、目を輝かせながら俺を見ているのだ。

 

特にその中の一頭(ひとり)がチラチラとこちらを伺うような仕草を見せる・・・って、トレーニング中に坂路で追い抜いた子じゃないか!

 

そうか、発端はこいつか!大方すごい速かったとか言いふらしたんだろう。子供にとってすごい、速い、大きいは憧れ四天王だからな。え、3つしかないって?あとの一つは・・・知らん!

 

俺もヒトだった時、幼い頃は親やアニメのロボットとかに憧れたりしたもんさ。我ながら納得できる答えが見つかったものだと自画自賛しながら様子を見ていると。

 

『ね、あの(ひと)、大っきいレースも勝ってるんだよね?』

 

『うん、ご飯を持ってきてくれる人が言ってたから間違いないよ』

 

どこから聞いたのか俺が重賞を勝っているということまで聞きつけていたのだから、大人も子供も噂ってのは脚が速い。

 

憧れ、羨望、或いは目標として?こうも後輩たちから熱の籠もった視線で見られていると、だらしない姿を見せるわけにもいかず。

 

もじもじしながら何か言いたそうな彼らや彼女らを見ていると・・・もう駄目だった。

 

『質問、あるんだろ?俺でよかったら答えるぜ』

 

俺がそう言った瞬間。興奮したような声を上げた2歳馬たちからの質問が、四方八方から襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

『ふへぇ・・・』

 

結局朝から始まった質問の数々は夜飼いを貰って日が落ちて、2歳馬たちが一頭残らず寝静まるまで続いた。いやあ、疲れたわ。一日でこんなに喋ったのはヒトだった時以来だ。

 

 

どうやったら速く走れるの?とか本番のかけっこってどうやったら勝てるの?ってのは分かる。大事なことだから俺がわかる範囲で一つ一つ丁寧に答えておいた。

 

どこで生まれたの?とかなんでここに来たの?ってのもまだ分かる。これには俺が生まれてから今までの話をじっくり語り聞かせた。勿論前世の人成分は抜きで。

 

だが、突如無邪気な声で『タネツケってなーに?』なんて質問が飛び出してきた時には、びっくりして食ってた飼い葉を吹き出してしまった。ああ勿体無い。

 

君たち、ここは育成牧場だぞ。一体全体そんな言葉をどこで聞いてきたんだ・・・あ、生まれ故郷か?

だが、やたらと興味津々な2歳馬たちにはまだ早すぎる、まだ知らなくていいよって誤魔化して。

 

質問してきた子は釈然としない様子だったが、他にいい手段を俺は知らん。

 

というか早いところは仔馬が生まれて一週間、ベストを尽くすなら出産から一ヶ月くらい開けて種付けをするから、この子たちだってよっぽどのことが無ければ、その、母馬の「コト」を見てるはずなんだよな。

 

衝撃的すぎて記憶が吹っ飛んだのか、幼すぎて覚えていないのか。それともただただ種付けってワードと結びついていないだけなのか。いや、これは本人にしか分からないな・・・。

 

しかし子供のパワーってすごいな。

親戚の子供なんかと数年ぶりに会って、久々に体を動かすかーってやると体力差と遊び方の違いに愕然とするあの感覚に似たものを俺は感じた。

 

俺も2歳の時は、先輩たちからあんな風に見えていたのだろうか?なんて懐かしむ。

 

 

だが、床に寝そべっていびきをかく彼も、壁に寄りかかって静かに寝息を立てている彼女も。いずれ己の生死が掛かったレースに参加しなければならないのだ。

 

もしそれを勝ち抜いたとしても、先に待っているのはより苛烈な文字通り身を削る親としての戦い。

 

そう思うと、今日は名前が決まったと純粋に喜び、本番のかけっこ(・・・・)にも勝つんだと意気込むその姿がほんの少しだけ辛かった。

 

果たしてこの中で何頭が勝ち上がることができるのだろう。

 

甘いって言われるかもしれんが、せっかく出会えたんだ。こいつらにも生きていてほしいと願うのはワガママなことだろうか?

 

 

・・・ああ。慣れない考え事はするもんじゃないな、沢山質問に答えて、考えて。疲れたもんだから瞼が重くなってきた。

 

馬の睡眠時間っていうのは長くても一度に30分ほどだと言う。しばらくすれば、目を覚ました2歳馬たちによって再び賑やかさが戻ってくることだろう。

 

そのときはまた質問攻めに合うのだろうか?今の状態でそれは非常に困る。せめて体力を回復したいな。

 

『ん・・・ふあ~ぁぁ・・・』

 

身体が休息を求めているのか、大きなあくびが出た。

 

 

そうだな、ここは可愛い後輩たちに倣って、俺も一眠りするとしよう。

 

 

そうと決まったら俺も瞳を閉じて・・・。

 

 

 

それから10分もしない内に厩舎の中の寝息がまた一つ、増えたのだった。

 




セキト、順調にパワーアップ中。

次回更新は月曜予定ですが・・・作者がダビスタを遊び倒して、更新できない危険が・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セキト、ただいま特訓中 その2

史実馬の出来事に関しては事実を調べながら脚色いたしましたが・・・間違い、勘違いなどがあればご指摘いただければ幸いです。


吉里ステーブルに入ってから2ヶ月とちょい。ヒトのカレンダーで言えば、8月。

 

この時期に入ると太陽の下に出ればじりじりと身体を灼かれるような暑さに襲われ、夏真っ盛りといった感じである。

 

だが、やはりと言うか何というか俺はヒト時代の酷暑の経験があるため、暑いとはいえ発汗が増えたくらいでほぼノーダメージ。飼い食いも動きもほとんど変わらないためかスタッフさんに驚かれると共に、妙に感心された。

 

そして、俺が吉里ステーブルに来て、トレーニングを開始してから毎日のように走り込んでいた吉里ステーブル自慢の坂路コース。

  

慣れって怖いな。最初はあれ程バテていたっていうのに、タイムは縮む一方だしなんだか最初よりも楽に駆け上がれるようになってきた気がする。

 

その代わりと言うべきなのか?トレッドミルに関しては走り続けられる距離があんまり伸びなかったんだよな・・・なんでや!

 

 

とまあ、自分自身へのツッコミは置いといて。今日も日課の坂路一周を終えて馬房に戻ると、ふと外からセミの声が聞こえてきた。

 

これが聞こえるくらいには静かになってしまったんだな、と思いつつ厩舎の廊下に顔を出す。

 

目に映るのはコンクリートの地盤が剥き出しになり、空っぽになった馬房。一つや二つどころではなく、殆どの馬房がそうなっている。寝藁まで撤去しているのは、一度消毒する為だそうな。

 

居なくなった連中の行き先は分かっている・・・トレセンだ。春から初夏にかけて、十分に鍛えられたと判断された2歳馬は入厩の時を迎え、競走馬として旅立つ。

 

その時期を迎えただけのこと・・・なんだけど。

 

 

『しかしこうもバタバタと入厩されちゃあ、寂しいな。お前もそう思わないか?』

 

隣の馬房の2歳馬に声をかける。こいつは同じバクシンオーの息子という事もあってか、特に俺を慕ってくれたかわいい後輩の一頭だ。

 

『んん?』

 

しかし、いつもなら元気な返事が返ってくるはずなのだが、それが無いことを不思議に思って首を伸ばして隣を覗き込むと。

 

『・・・朝までは居たんだけどなぁ』

 

後輩は、寝藁とニオイだけを残してその姿を消していた。そういえばコイツ、昨日だか一昨日だか坂路を走りきったら凄い褒められたって喜んでたな。基準タイムをクリアしたから入厩したのか・・・。

 

俺に羨望の眼差しを送っていたこいつもだが、向かいの馬房にいたアイツも、食べすぎて喉を詰まらせ、鼻からチューブを突っ込まれる騒動を起こしたアイツも。

 

一頭残らず競走馬として門出を迎え、残されたのは微かなニオイだけ。ガランとした厩舎に寂しさを覚えたが、それだけの数の馬がここまで順調に成長できたという意味合いであり、非常にめでたい事なのである。

 

今、吉里ステーブルに残っている馬は俺の様な現役で身体を鍛えたり鈍らせないために預けられた馬か、入厩した後やそれ以前に何らかのアクシデントによってここに居ざるを得ない馬だ。

 

 

・・・と。この時期にしては珍しく、なにやら入口の方が慌ただしくなってきたと思ったら。スタッフさんに引かれて、見たことのない奴がやってきた。

 

近くの馬房に入ったから最初は早めに1歳が入ってきたのかもと思ったが、スタッフさんの扱い方や立ち振る舞いがどう見ても違う。

 

そいつは、『あ、どうもっス』とどこかぶっきらぼうに挨拶をしてきた鹿毛に大きな流星を持った牡馬。なんとなくだが体格は俺より一回り小さいか、同じくらいに見えた。 

 

 

 

それから数日間、観察していて分かったんだがこいつは主張がハッキリしていて、スタッフさんに引かれながらも暴れたり立ち止まったりすることがある。

 

パワフルなその様はとても新馬とは思えなかったが、丁度新馬戦とかなんとかの話が聞こえてきたから、一応2歳なのだろうと結論づけることができた。

 

しかし名札が間に合っていないのか、馬房に名前が書かれていなくてなんと呼べばいいのかわからないな・・・よし、2歳馬だから仮称を2歳君としよう。

 

丁度スタッフさんが馬房の前で2歳君の話をしていたのだが、皆厳しい表情をしていて何か難しいトラブルが起きているのだと感じ取る。

 

ここはよーく耳をすませてスタッフさんの話を・・・ふむふむ、新馬2着?おお、やるじゃねーか。

 

 

でも、え?尻尾?

 

 

いや、まあ俺だって馬の尻尾に骨があるのは知ってるけど。

 

 

・・・はぁ!?

 

 

そこがぽっきり折れました!?

 

 

 

 

 

『むーん・・・』

 

『あの・・・先輩?何を悩んでるんスか?』

 

『いや、ちょっとな』

 

解決策を求めて呻く俺に、2歳君が不思議そうな顔で尋ねてきた。まさか君のことで悩んでいるなんて、言える訳がない。

 

というかよく年上だと分かったな、と聞くと。名札に名前と年齢が書いてあるんで、と教えてくれた。そりゃそうだ。今日来たばかりの2歳君の分が間に合ってないだけで、俺の分はしっかり貼ってあるわな。

 

どうしたものかとスタッフさんの話を色々と盗み聞きした結果、2歳君がどうしてここに戻ってきてしまったのかはよく分かった。

 

まさか尻尾の骨折とはな。症例が無いことはないそうだが・・・珍しいのも確か。とにかく骨を折ったり、神経を損傷したりで脊椎との接続が切れると・・・当然尻尾が動かなくなる。

 

実はこれ、大したことないように見えてかなり由々しき問題なんだそうで。

 

勿論生きていくだけならばなんの問題も無い。

 

しかしボロを出す時なんかも尻尾が上がらないからブツが尻尾の毛に引っかかる訳だ。そうなると衛生上頻繁なブラッシングが必要になり、手間がかかる。

 

それだけじゃない。まだ研究段階で詳しいことはわかっていないが馬が全力疾走する時に尻尾でバランスを取っているという一説があり、それに従うならば尻尾が動かないと言う事は全力のパフォーマンスを発揮できないのと同義であり、競走馬としては、絶望的。

 

とは言っても、疾病で尻尾を切断せざるを得なかった馬や生まれつき尻尾がない馬が勝利を上げたりしていて、その説はやや懐疑的になっていくのだが・・・それは俺がいるこの時代からすれば未来の話。

 

それを教えてあげたくとも人語は喋れないし、俺の前脚にあるのは器用な指ではなく、重い身体を支えるための蹄だ。

 

うん、今の俺にはどうしようもない。お手上げだ。2歳馬くんの尻尾の明日はスタッフさんの努力次第だろう。

 

だが、尻尾を使わない走り方ってのはあるかもしれん。だって俺、走っている途中で一度も尻尾なんて意識したことないんだよ。

 

それで間違いなく多くの馬よりは速く走れている訳なんだから・・・『あの・・・先輩』

 

『お?なんだ?』

 

尻尾を使わない走り方ってどんな走り方なんだろうと思考し始めた所で、2歳君が話しかけてきた。

 

『先輩も、身体をどっか悪くした感じなんスか?』

 

『・・・いや、俺は合宿・・・身体を鍛えるためにここに来たんだ』

 

そうだと言ってやりたい気持ちもあったが、少し考えて毎日坂路を爆走している身でそう言い張るのはキツイだろうと素直に答える。

 

『そっスか、いや、オレみたいなのが珍しいだけっスよね・・・』

 

2歳君は明らかに気落ちした様子で、はぁとため息をついてからうつむいていた。耳まで垂れてしまって、随分とションボリしている。

 

『まったくダッセーっスよ・・・レースでは2着、次は勝つんだって意気込んでたら、ケガしちまったし、それがまさかの尻尾って・・・』

 

『おいおい、尻尾だからって甘く見るなよ』

 

尻尾のケガは厄介だ、と体育会系のおっさん・・・吉里(よしざと)さんというらしいが、その人が言っていた。

 

小さいからすぐくっつくのではと侮るなかれ。他の場所の骨と違い、尻尾の骨は一度完全に折れると完全には治らないそうなんだ。

 

しかも手術しようにも神経はくっつかないからな。小さい場所には小さい場所の苦労がある、というか繊細な分大きい場所より手がかかる場合すらあるから生き物って不思議だ。

 

『分かってるっスよ・・・昨日、オレをシバキまくるおっさんが言ってたんっス。オレ、もしも尻尾が動かなかったらここで引退だって・・・』

 

2歳君が、承知した上で絞り出すように言った。

 

『まだ一回しか走ってないのに・・・次は勝てるって思ったのに・・・こんな、こんな小さな尻尾の骨一つでオレの馬生(じんせい)が終わっちまうなんて・・・カッコ悪いにも程があるッスよ・・・でも・・・!』

 

ぎり、と歯を食いしばる2歳馬君。ああ、やはりどれほど立派に見えても、堂々としていても。中身はまだまだ子供の2歳馬なんだと改めて認識して。

 

そんな馬が、全くのアクシデントから引退の危機に晒されている。その幼い心身で、どれほどの恐怖と悔しさを覚えているのか。

 

できるならば俺はその苦しみを全身で受けとめてやりたかったが、馬房に遮られている以上それは叶いそうにない。

 

『誰かに引っ張られても、持ち上げられても、動かそうと思っても・・・尻尾がどうなってんのか、何も・・・何も、分かんねーんっス・・・!』

 

そこまで言って、2歳君の目から、涙が溢れだした。

 

しかし、全くの健康体で、馬房を抜け出すことも叶わない俺が下手に励ましたところで、傷つけてしまうかもしれない。

 

そう思うとどう声をかけて励ませばいいのかも分からず、沈黙していたその時だった。

 

 

 

「ギム!」

 

『アニキ・・・?』

 

『吉里さん!?』

 

吉里さんが、何やら見慣れぬ機械をもって厩舎の中に入ってきた。ギムってのは2歳君の名前か。

 

んー・・・電動マッサージ機のような、違うような。ありゃ一体なんだ?

 

「ガハハ!どうだ!最新式の超音波振動機だ!」

 

『なんじゃこりゃ・・・』

 

警戒心を解くために、馬房に入りながら2歳君ことギムにその機械をしっかりと見せる吉里さん。それに興味を示した彼の鼻がふんふんと動いている。

 

そしてそのゴツイ指がパチンとスイッチを弾くと、機械はモーター音を響かせながら激しく振動する。あ、これって。

 

機械を持ち出した目的を察した俺に対し、未だその正体が分からないギムは困惑している。

 

『えっ、えっ』

 

「じゃ、行くぞー」

 

実際は聞き慣れない音にたじろいでいたのだが、特に警戒をしていないと判断した吉里さんはそのまま謎の機械を尻尾の付け根へと接触させた。南無三。

 

すると。

 

『あ、あひゃぁっ!アヒャヒャ!ちょ!なんっ、これ!め、ちゃくちゃ!くすぐってぇよ!アヒャヒャヒャヒャ!!』

 

さっきまでの湿っぽい空気はどこへやら。ギムがくすぐったい、くすぐったいと大笑いし始め、その反動で四肢をバタつかせ始めた。

 

「おっとぉ!きついか!きついだろうな!しかーし!ギム!お前の尻尾を治すには、これしかないのだ!」

 

右へ左へ、くすぐったさから暴れるギムの蹴りが当たらない絶妙な位置へ移動しながら、謎の機械を当て続ける吉里のおっさん。曲芸かよ。

 

・・・真面目に言えば十中八九、アレは超音波治療だろう。俺も世話になった。マッサージにもいいが、神経の再生にもある程度の効果があるんだそうで。

 

となれば手に持っているのは超音波器具。人間用だとマッサージ機なんかでよく見かけるアレに近い。とある方面の同人誌なんかでも人気だな。

 

ん?今、エ○ロいことを考えてなかったかって?・・・否定はしない。だが、警告しておく。あれは完全に間違った使い方だからやめておけ。

 

何がとは言わないが謎の液体から漏電して感電死・・・ってのも普通にありえるからな?昔、少し調べただけでそういう手のニュースがわんさかでてきたから「誤用による事故」って後を断たないんだなって。

 

と。ギムの尻尾が、僅かだがピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。

 

『・・・あぁっ!ギム!お前!尻尾!尻尾動いてる!』

 

僅かではあるが、動いた。動いてくれたのだ。まだ希望は、ある!

 

『あっ、えっ、アヒャヒャ!ホントだぁっヒャヒャヒャヒャ!!』

 

相変わらず、くすぐったさから大爆笑しながらも、引退の可能性が低くなったことが嬉しいのか、ようやくその笑顔から暗さが消えた気がした。

 

 

 

「よーし、今日はこんなもんか!」

 

『はぁ、はぁ、はぁ・・・疲れた・・・』

 

それから10分くらい経って、ようやく超音波から解放されたギムは、疲労困憊といった様相で寝藁に横たわっていた。

 

まあ、そりゃそうか。マッサージされている間ずーっと笑いっぱなしだったからなぁ、というか寧ろよく耐えたよ。

 

『・・・よう、ギム。尻尾はどうだ?』

 

タイミングを見計らって俺がそう声をかけると。

 

『んー・・・動かない・・・っスねぇ。でも、さっきよりは感覚とかが戻った気がするっス』

 

ほう。さっきの治療だけで感覚がマシになるとは、これは案外早く治るかもな。

 

「おお!ギム!尻尾を動かすのは・・・まだ無理そうだが、なにか掴んだって顔をしているな!」

 

『ああ!アニキ!』

 

えっ、何このおっさん。ナチュラルに馬の思考を読んでるんだけど。怖い。

 

そう思っていたら、吉里さんはくるりとこちらに身体を向けてから、サムズアップ。

 

「バクソウオーよ!私のように長年馬に携われば、この位は容易いのだ!」

 

いや、容易いってか・・・アンタみたいなのがこの世に何人もいてたまるか!

 

「そう言ってくれるな、寂しいではないか!馬とトレーニングは努力を裏切らないのだぞ!」

 

うわあ!?このおっさん、俺の思考もほぼ完璧に読んできて気持ち悪いよお!思わず逃げるようにして馬房の奥へと引っ込むと。

 

『アニキ・・・先輩にフラレたッスね』

 

とギムは言い。

 

「バクソウオー!私はいつでも!君が心を開いてくれるのをまっているからなー!」

 

という吉里さんの見当違いな叫びを聞きながら、俺は昼下がりの昼寝に入ろうと必死に目を閉じた。

 

 

 

 

それから、毎日のように超音波治療を受けたギムの尻尾は段々と回復していった。

 

徐々にだが乗り運動も始まり、俺がアドバイスをすると、早速それを取り入れては脚が速くなったと喜んでいたな。

 

勿論それだけじゃなく、時にはイタズラの方法を教えたり、ヤバいと思ったときに体調不良に見せかける方法などなど・・・。

 

色々仕込んでおいたから、もう一頭(ひとり)でもきっと大丈夫だろう。

 

そして、ギムの尻尾も大分動くようになり。これなら近い内に再入厩できるだろうと吉里さんが太鼓判を押した時。

 

 

遂に俺がトレセンへと帰る日がやってきた。

 

 

馬房から出され、馬運車に乗る支度をしていると、ギムが顔を出して話しかけてくる。

 

『先輩!世話になったッス!先輩は東に行くって言いましたよね?オレは西なんスけど・・・名前が先輩のとこまで届くよう、テッペン獲ってやるっス!』

 

意気込みを示すように、前掻きをするギム。

 

『はは、そんな意気込まなくても、無事に走ってくれれば大丈夫だって』

 

そんなに気負わなくていいぞと笑うと、スタッフさんのよし!という声が聞こえた。いよいよ帰りの支度が整ったらしい。いつの間にやら4つの脚全てにプロテクターが装着されている。

 

 

『センパーイ!お元気でー!』

 

スタッフさんに「行くよ」と促され、いよいよ厩舎から立ち去るその時、ギムが激励と、惜別の念を込めて大きく鳴いた。

 

ギム、競走馬っていうのは、お前が思っている以上に厳しくて、辛くて、理不尽な世界だ。

 

けれど・・・負けんなよ。

 

 

『そっちこそなー!』

 

色々な思いを込めつつ、こちらも負けじと嘶き返してやる。 

 

 

それが、ギムとの最後の会話になった。

 

 

 

敢えて振り返ることはせず、背中に焼け付きそうなほどの視線を感じながら俺は馬運車に乗り込んだ。

 

次はどんな相手が来るのか、どんな場所なのかは知らないが。

 

誰であろうと、どこであろうと。俺は俺、セキトバクソウオーのレースをして、勝つだけだ。

 

かわいい後輩たちに、カッコいいところを見せてやるためにもな!

 

 

 

 

 

こうしてセキトは熱き勝負の地へと再び戻っていったが。

 

『オレも、先輩みたいに・・・!』

 

走り去る馬運車を見ながら厩舎に一頭、残される形になったギムは静かにそう誓いを立てていた。

 

「おお!気合が入っているじゃないか、ギム!」

 

『アニキ』

 

その姿をみた吉里がその頭を撫で、瞳を見つめて語りかける。

 

「お前は!ここが始まって以来の大物と私は見ている!」

 

『うわ、うっせぇ!』

 

その声はささやきと言うにはいささか大きくギムは一瞬耳を倒したが、それでも普段の吉里からは一応声の大きさを下げていて。

 

 

「大舞台!お前なら必ず行けるぞ!『タニノギムレット』!」

 

『・・・うす』

 

 

その口がギムの・・・タニノギムレットの名を呼べば、彼の馬は、少々恥ずかしげに応えたのだった。

 

 

 

そして、タニノギムレットはセキトとのテッペンを取るという誓いと、吉里の期待に応えようとする思いで尻尾の骨折を克服し。

 

 

一年後のダービーで奇跡を起こすのだった。

 




鹿毛の大流星の馬は割と多くいる為、セキトはこの馬がかの破壊神ダービー馬タニノギムレットであることにまったく気づいておりません。

それと話は変わりますが、某動画サイトのデスメタル?をBGMにしたタニノギムレットの動画の荒ぶりっぷりが面白かったです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【閑話】摩天楼と、真夏の約束

皆様、明けましておめでとうございます。

休養の甲斐あって作者のコンディションもだいぶ復活しましたので、無事に連載再開となりました。

新年一発目はマンハッタンカフェとアグネスタキオンの閑話からスタートです!


セキトが吉里ステーブルで鍛錬を重ねていた時のこと。

 

 

放牧によって無事に馬体重を戻したマンハッタンカフェは、本州程ではないにしても真夏の太陽に照らされ、それなりの暑さが包む北海道は札幌競馬場に居た。

 

春のアザレア賞ではガレきった状態であったせいか惨敗を喫したが、初夏にかけての休養を終えた彼はこの富良野特別で競馬場へと戻ってきたのだ。

 

電光掲示板にて表示された馬体重+46kgの表示が、観戦に訪れた人々をざわめかせる。

 

「いくらなんでも増え過ぎじゃないか」、「ここは叩きかな」といった意見が飛び交う中、いざ姿を現したマンハッタンカフェ。

 

それを見た者たちは順々に+46kgの増加っぷりは成長であると誰しもが認め、頷いた。

 

マンハッタンカフェの生まれ故郷は、国内最大手の馬飼ファーム。その積み重ねられた長年のノウハウと最新の施設が、体重増加と能力アップを両立させた。

 

馬体に無駄な肉は無く、普段はとろんと下がっているはずの目尻は漲る力を現すかの様に真逆になって天を突き、パドックを歩む一歩一歩にはしっかりと力が入っている。一体これのどこが太めだと言うのだろうか。

 

『(今日は、絶対に勝つ・・・!)』

 

久々であるにも関わらずその身に纏うは一度触れればたちまち切れてしまいそうなナイフの様な雰囲気。これでこそ大種牡馬サンデーサイレンスの子だと言わんばかりの勢いはプロアマ問わず馬券師たちの心を射止めたか、マンハッタンカフェは単勝一番人気に支持された。

 

そのまま何事も無く騎手が騎乗し、返し馬、輪乗り、そしてゲートインと特に大きく予定が崩れることもなく進む。

 

『富良野特別・・・スタートしました!』

 

『あっ、しまった!でも、焦らない・・・!』

 

「落ち着いているか、本当に大人びたな」

 

その日、マンハッタンカフェは久しぶりのレースのせいか、それとも気負っていたせいか、少々遅れ気味の体制でゲートを飛び出した。

 

鞍上が感嘆する声を耳で受け取りつつも、どうせ長旅なのだから多少考え事に耽っていても怒られはしないだろうと放牧中の出来事を思い出す。

 

『タキオンくん・・・』

 

 

 

 

同期であり、無敗の皐月賞馬となった憧れの馬と思わぬ邂逅を果たしたのはつい数週間前のこと。

 

トレーニングが無い日、マンハッタンカフェが青草の茂った放牧地で自由時間を過ごしていたら隣の放牧地に誰かが放たれた。

 

それが気になってふと顔を上げたら、アグネスタキオン張本人だったという訳だ。

 

突然の対面に緊張し、何も言えなくなったマンハッタンカフェにアグネスタキオンは。

 

『やぁ、どうも。確か君は・・・そうだ、マンハッタンカフェ君だ。確か一緒に走ったことがあったね』

 

と気さくに話しかける。

 

『え!?ボクのこと、覚えてるの!?』

 

一度走っただけであり、ましてや着外に敗れた自分のことを覚えてくれているとは思ってもみなかったマンハッタンカフェは、びっくり仰天。

 

『はっはっは!いいリアクションだね!』

 

そのリアクションが愉快だったのか、アグネスタキオンは笑い声を上げた。それで少し恥ずかしくなったマンハッタンカフェは、なんとか話題を逸らそうと話を振る。

 

 

『そういえばタキオンくん、ここにいるってことは・・・今はお休みなんだよね?次は何のレースに出るの?』

 

実のところマンハッタンカフェにとって、アグネスタキオンがどのレースに出るかなんて、あまり関係ないの無い話だった。

 

あの馬は強かった、ここはこうしたら良かったとレースの走り方の話や、他の話題に繋ぐためのクッションでしかなかったのだ。

 

ところが、そのセリフを聞いた途端アグネスタキオンの表情が冴えないものに変わる。

 

『あ・・・いや。お休み・・・ではあるんたけどね』

 

そう前置いてから、アグネスタキオンはマンハッタンカフェに、自らが晒されている事実を伝えるべきか否か迷った。

 

『どうしたの?』

 

少なくとも目の前で首を傾げている彼にとっては、大きな衝撃となるであろう、自らの進退の話を。

 

 

 

 

『札幌第12レース、富良野特別、先頭を引っ張りますのはモリノワールド、5馬身ほど開いて二番手にマル外シュプリンゲン。並ぶようにしてタヤスタモツが居ます。一番人気マンハッタンカフェは後ろ、後方から2、3頭目辺りのポジションか』

 

「マンハッタン?まだ脚を溜めるぞ」

 

『・・・あ、うん!』

 

マンハッタンカフェは、背中の鞍上に声をかけられたことで現在へと意識を戻した。

 

結局あの後、アグネスタキオン自身の口からもうレースをするには危ない身体であること、そして恐らく引退・・・レースから身を引き、父親となるのだと告げられた。

 

アグネスタキオンはマンハッタンカフェにとって、同い年である。つまりまだ3歳の筈だ。それが、翌年には父親になる?

 

正確に言えば馬という生き物は11ヶ月の妊娠を経て誕生するため、アグネスタキオンが本当に父親になるのは翌々年。

 

しかしそれでもマンハッタンカフェにとって、アグネスタキオンが親になると聞かされた衝撃はかなりのもの。自分ならまだ走りたいと駄々をこねてしまうだろうな、とマンハッタンカフェは思った。

 

 

ここで一周目の4コーナーを過ぎる。

 

直線では目の前を走る馬たちの迫力にスタンドが湧いたが、中山の重賞を経験したマンハッタンカフェにとってはなんてことのないものである。

 

「札幌は半分がカーブで出来ている・・・前に行かなければ厳しい、が」

 

その背中にまたがる騎手が、前の方を見やりながらふと声を漏らしていた。

 

札幌競馬場は、非常に緩やかなカーブを描いているため、楕円というよりは円に近いコースだ。

 

そして、その分直線は短く、ほぼ高低がなく真っ平らなコースであるというのも特徴的な点である。

 

そのため非常に先行や逃げ切りが決まりやすく、そうはさせまいとする後方の人馬は駆け引きが重要となってくる。

 

しかしこのレース、先頭を走るモリノワールドは思いきって二番手を5馬身以上引き離しての大逃げを打っており、それが展開を難しくしていた。

 

このまま放っておけば、勝手にバテるかもしれないが、一番先にゴール版に飛び込まれてしまうかもしれない。

 

「・・・マンハッタン!少し位置を上げるぞ!」

 

『うん!』

 

そこでマンハッタンカフェの鞍上は、少しずつ位置取りを上げることに。これならばラストスパートで足が残っていない、なんてことはないだろう。

 

じわりじわりと押し上げて二週目の第2コーナーで9番手。そしてバックストレッチでは脚を溜め、3コーナーでは8番手。

 

『あわわ・・・!飛ばしすぎたぁー!』

 

そして、3コーナーを抜けるかという所で、遂に大逃げをかましていたモリノワールドの脚が止まった瞬間。

 

「行け!マンハッタン!」

 

『分かったよ!!』

 

マンハッタンカフェのトモにムチが飛んだ。

 

 

『はああああっ!』

 

溜めていた力を解き放ち、風のように駆けていくマンハッタンカフェ。

 

4コーナーを抜けるあたりで既に4、5番手あたりに付け、直線での抜け出しを図る。

 

 

『3歳なんかに勝たせはしねーっての!』

 

それに付いてきたのは、二番手を進んでいたシュプリンゲン。以前のマンハッタンカフェならば怯んだが最後、あっさり先頭を譲ってしまっていたであろう。

 

『(来た!年上の馬だ、やっぱり怖いよ・・・でも、タキオンくんと、約束したんだ!)』

 

だが、今のマンハッタンカフェにはアグネスタキオンと交わした約束があった。

 

 

 

 

 

『時にカフェ君。ジャングルポケット、という馬を聞いた事はあるかい?』

 

『ううん、分からないや』

 

引退の話を聞いて数日後。ふとアグネスタキオンの方から、ジャングルポケットという馬の話を振ってきたのだ。しかし、問われた馬の名は残念ながらマンハッタンカフェには聞いたことのないものだった。

 

『ポケット君はね、私が皐月賞で負かした馬なんだが・・・彼が、今年のダービーを制したんだそうだ。私のいない、ダービーを』

 

『ダービー・・・!』

 

マンハッタンカフェは、その単語に聞き覚えがあった。

 

「センセイ」と呼ばれる厳しさと優しさを同時に持った人間も、背中に跨っている「ヘビイサン」という人間もしきりにその言葉を口にしていた時期があった。

 

しかし最近はめっきり聞かなくなって、忘れかけてさえいたのだが、たった今、アグネスタキオンのおかげでその意味をはっきりと思い出せた。

 

 

生涯一度の大舞台。

 

一頭の馬が、一回出られるか出られないか。

 

 

そう、全ての馬にチャンスはあるが、一生で一度しかチャンスは巡ってこない。

 

そのたった一度を勝てる、出られると言われながらも、運命のイタズラによって出られなかった馬がここに二頭。

 

 

方や自らの身体に泣かされた馬(アグネスタキオン)

 

方や自らの精神に泣かされた馬(マンハッタンカフェ)

 

競走馬にとって命であり商売道具である脚を屈腱炎に蝕まれたアグネスタキオンの復帰は、恐らく叶わない。

 

だが、マンハッタンカフェならば?

 

精神の未熟さが原因だと言うならば、時間はかかるが、いつかは大舞台へと上がるかもしれない。そう気がついたアグネスタキオンは、ここで出会ったのも縁だ、とマンハッタンカフェに語りかけていた。

 

自らの夢と、希望を託すために。

 

 

『カフェ君。私が見るに君は、実に長いところに向いた身体と性格をしている。そこで頼みがあるんだ』

 

『な、何?』

 

マンハッタンカフェにそう頼み事をしようとするアグネスタキオン。平静を装ってはいたが、微かにその身体と声が震えていた。

 

それは『ダービーにだって、出れてさえいれば自分が勝っていたのに』という彼の自信と、悔しさの現れ。

 

アグネスタキオンが普段見せることは無い、偉大なる父(サンデーサイレンス)から受け継いだ飽くなき闘争心そのものであった。

 

栗毛の馬体から漏れ出すオーラは圧倒的で、マンハッタンカフェに身じろぎすら出来なくさせた。しかしその一方で、マンハッタンカフェはアグネスタキオンの姿から目を離すことができなくなっていて。

 

 

ああ。これが。

 

目指すべきものなのだと。

 

 

なぜだかそう感じて、しっかりと両目に焼き付けていた。

 

 

『はっ!・・・ふぅ。見苦しいところを見せたね』

 

やがてアグネスタキオンは動けなくなっているマンハッタンカフェを見て自らが無意識に威圧していたのだと気がつき、首をぶるりと振るう。こういうところは、やはり彼も一介の若駒であるらしい。

 

『カフェ君。改めてお願いしたい』

 

それから一呼吸置いて、いつも通りの雰囲気へと戻ったアグネスタキオンは続けた。

 

『君にとってベストであろう大舞台・・・クラシック最終戦の菊花賞。そこにはきっとダービー馬のジャングルポケットも出てくる。本来ならば私自身の仕事だが、それは叶いそうに無くてね。君を巻き込んでしまうのは本当に申し訳無いが・・・』

 

 

君も菊花賞に出て、是非ジャングルポケットを倒してほしいんだ。君ならやれる。

 

 

その言葉に、マンハッタンカフェはそれでアグネスタキオンの気持ちが晴れるなら、やれるだけやってみる、と返して。

 

アグネスタキオンはその言葉に満足げな表情を浮かべると、期待しているよ。と告げた。

 

こうして、超光速から摩天楼へと、約束と共に静かに夢は託されたのだった。

 

 

 

 

『そうだ、タキオンくんを思い出すんだ・・・!』

 

『どーした3歳クン、年上の古馬は怖いか?』

 

 

富良野特別、最終直線。

 

競り合いながらニヤニヤ笑い、何か喋っているシュプリンゲンを無視してマンハッタンカフェはあの日牧場で見たアグネスタキオンの姿を思い出した。

 

勿論他の馬に、隣を走られることはまだちょっと怖い。しかも今日の相手は年上。

 

だが、放牧地のアグネスタキオンは『絶対負けない、勝つのは自分だ』と、あふれる程の威圧感を生み出していた。あれと同じことが出来れば、とマンハッタンカフェは思考する。

 

その源泉は、きっと心の強さ。そして、レースに対する揺るぎない思い。正に今の自分にとって足りないものだ。

 

悔しさを滲ませるほどの思いとは、一体どれほどのものなのか。今のマンハッタンカフェにはまるで分からない。

 

それでも、自分にだって確かな思いはある。前に進むため、恐怖をねじ伏せマンハッタンカフェは息を吸って思い切り叫んだ。

 

 

『ボクはッ!!もう負けたくないッ!!』

 

 

そして、競り合っていたはずのシュプリンゲンを、少しずつ、少しずつ引き離していく。

 

『んなっ!?クソッ!3歳のボウズに勝たせるかよ!』

 

マンハッタンカフェが力尽きるのを待てば勝てると確信していたシュプリンゲンは想定外の事態に驚きの声を上げ、加速しようとするが。

 

 

『ぐっ・・・!なんで、伸びねぇ・・・!?』

 

今の脚が彼の・・・シュプリンゲンの最高速であった。

 

 

『負ける・・・もんかぁあああああ!』

 

マンハッタンカフェは、そのまま速度を落とす事なく短い札幌の直線をひた走る。

 

 

 

そして。

 

 

『マンハッタンカフェ!ゴールイン!3歳馬のマンハッタンカフェがやりました!古馬を蹴散らしこの富良野特別を制したのはマンハッタンカフェ!2馬身ほど離れた2着はシュプリンゲン、3着は・・・』

 

 

漆黒の馬体が、いの一番にゴール板を駆け抜けた。

 

 

「やったぞ!マンハッタン!」

 

『あ、あれ・・・?』

 

必死になるあまり周りが見えていなかったマンハッタンカフェは、手綱を引かれてようやく我に返る。

 

辺りを見回しても、近くに馬は居ない。

 

そして、首筋に感じた衝撃でやっと勝利を自覚した。

 

 

『・・・えへへ、そっか、ボク、勝ったんだね・・・』

 

結果だけ見れば古馬を相手に2馬身差・・・完勝と言って差し支えなかった。

 

少し朦朧としながらも、純粋に勝利の喜びを噛みしめるマンハッタンカフェ。

 

それでも、心に深く刻まれたアグネスタキオンとの約束を忘れはしない。

 

 

『(確か・・・きっかしょー、だよね。そこに出て、ジャングルポケット君を、ボクが倒す・・・できるかな・・・いや、やらなきゃ!)』

 

そうして意気込むマンハッタンカフェは、二週間後には同じく札幌で行われた阿寒湖特別を制し、無事オープン馬へと昇格する。

 

(にん)の自覚の有る無しに関わらず、そびえる摩天楼の群れは着実に数を増やし、その影を伸ばし。

 

隆盛の時を、迎えようとしていた。

 

 

 

その数日後。

 

8月29日に、アグネスタキオンの馬主によって正式に彼の引退と馬飼スタリオンステーションでの種牡馬入り、そして一ヶ月後には引退式が開かれることが発表され。

 

競馬ファン達は超光速の貴公子の、早すぎる引退を惜しんだのだった。

 




※今回の後書きは完全な余談です。


年末年始のウマ娘無料ガチャ、事前に爆死していたお陰?なのかエイシンフラッシュ(被り)、タマモクロス、流鏑馬ルドルフ、ジュエルで回して晴れ着ウララ、オマケに単発チケットで晴れ着オペラオーと大豊作でした。

サポカの方もアドベさん、フクキタルとSSRが2枚出たので、もう余は大満足じゃ・・・(昇天)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再走、セントウルステークス(2回目)

セキト、2回目のセントウルステークスへ。

今日はパドックであの人が!?

かなり重要なシーンの筈なのに・・・あー、もっと表現力が欲しい!(願望)


「・・・もう問題ありませんね、飲み薬はまだ続けた方がいいですが、他は以前の生活に戻られても大丈夫です」

 

何度目かも分からない通院。何度行われたか分からない程慣れきった検査。2年目に入って半年以上が経過した今日、ようやく引き出せた結果は、待ち焦がれた治療完了の4文字だった。

 

「本当ですか!」

 

「ええ、本当によく頑張りましたね」

 

歓喜の声を上げた僕を、主治医の先生が微笑みながら祝福してくれる。

 

でも、しかしと前置かれて、こうも告げられた。

 

「しかし・・・以前のように馬に乗れるかどうかは、また別問題です」

 

確かにこの2年間、僕は今までの人生からは信じられないほど馬と距離を置いていた。

 

それは治療の為であり、かつてのトラウマを身体から消し去る為でもある。

 

競馬場は勿論、乗馬クラブ、場外馬券売り場や人の多いところなんかも禁止。勿論、馬である以上、僕の赤き相棒とも接触禁止の命が下っていた。

 

 

しかしそれらも、たった今消えてなくなったからね。

 

騎手免許は返納したから今なら馬券だって買えるし、乗馬クラブに通って馬に乗るのも僕の自由だ。

 

けれど、せっかく競馬場に立ち入ってもいいと言われたんだから、まずは。

 

「とにかく、まずはこいつの走りを間近で見てきます」

 

「いいですね、事故にお気をつけて」

 

僕は、先生に競馬新聞を見せながら、その一面に躍る相棒の首筋を撫でた。

 

 

 

 

〜セントウルステークス当日 阪神競馬場〜

 

『・・・ふぁあ〜・・・朝か・・・』

 

吉里ステーブルでの合宿を終えた俺は、車酔いとかなんやかんやとあったものの阪神競馬場へと入厩。無事に次のレースの朝(真っ暗だけど)を迎えることができた。

 

出された朝飼いは完食、体調も良好。輸送で体重が落ちてしまっていたから一応様子見ってことで調教を中止して馬場を走らない軽い調整になったりもしたけど、経過も概ね順調。

 

その内体調も良くなって大分落ち着いたし、今週は追切も行った。

 

日課である引き運動の途中で周りを見渡すと、馬も人も飛び交う言葉は関西弁だし、厩舎も美浦とは違う色彩だ。

 

それから東京よりも水が美味い!水ってこんな美味しかったっけ?

 

 

「よーし、こんなもんか。セキト、調子はどうだ?」

 

『ブルルッ』

 

俺がまだ体調を崩しているのでは?と身を案じるおっさん厩務員に、お陰様でかなり良くなったぞ、と鼻を鳴らして応える。彼は、今回都合がつかず来られなかった馬口さんに代わってやってきた代理の厩務員だ。

 

「お、だいぶ元気になったじゃねーか」と嬉しそうに笑ってからおっさんは太島センセイに電話を掛け、無事にGOサインを貰えていたからなんとかリカバー出来たようだ。

 

今日出走するのは、勝つことができれば昨年に続く連覇となるセントウルステークス。

 

それにしても、セントウルステークスか、去年はえらい目に合ったな。と思い返してみる。

 

古馬との初対決、初の関西遠征、初の骨折など初物尽くしだった。どうせなら最後の初はいらなかったけど。

 

『それよりも、メンバーだよなぁ』

 

もし、今年も去年と同じように豪華なメンバーが集まるなら、それなりのダメージは覚悟していかねばならないな。

 

G1制覇の前に故障は避けたいし、順調に行くならばあと一月でスプリンターズステークスだし。

 

「そろそろ時間だな、セキト!」

 

なるべくなら弾みをつけたいとか、ダメージは残したくないとか色々考えている内に、とうとう装鞍所に行く時間となった。

 

 

 

 

『第11レースに出走する各馬は、規定の時刻となりましたのでパドックへの移動をお願いします』

 

「さ、行くぞ」

 

装鞍所で馬具一式を装着し、待機しているとメインレースに出走する各陣営にパドックに移動するよう放送が入る。

 

いよいよ出番だ。

 

『おうよ』

 

おっさんに引かれるままカポカポと蹄を鳴らしながら歩みを進め、やがて地下からパドックに射す光が見えてきた。

 

恐らく、京王杯に出走していたG1馬の連中も、何頭か出ていることだろう。今回も激しいレースになるな、と予想を立てて。

 

脳裏に一年前のセントウルステークスの光景が浮かぶ。

 

あれは、俺が骨折してしまったように実に激しいレースだった。寧ろ剥離骨折で済んだのがラッキーな位だと獣医は言っていたしな。

 

それ故に、嫌なIFばかりが頭の中を駆け巡る。

 

もし、もう少し早く無茶をしていたら。

 

もし、もう少し相手が食い下がってきていたら。

 

 

・・・もし、俺の脚が完全に折れていたら?

 

 

『・・・おぉう』

 

最悪の妄想にたどり着いて、身体をブルリと震わせる。それと同時に、競走馬って、そういう生き物じゃないのか?という思いが浮かんだ。

 

約80%の確率を抜けて母の腹に宿り、11ヶ月もの間あらゆる事故や出来事を避け、耐え抜き、そしてようやく出産を乗り越えてこの世に生まれたかと思えば、育成、そしてレースと人工の障害が待ち受け、そして運良くその全てに勝ち抜いても種付け・・・と、数え切れない程の『死』の入り口が大きく開いている。

 

そんな、ありとあらゆる確率をすり抜けたほんの一部の幸運な馬だけが、栄光や安寧を手に入れる。

 

冷静に見れば不条理でしかないが、これが機械と言う衰えもしなければ食料を食べたりもしない鉄の馬が闊歩する現代に残された数少ない生身の馬にしか出来ない仕事なのである。

 

ここまでご高説を垂れたが、結局は当の俺だってヒトの頭を背負っているとはいえいきなりその世界に放り込まれた一頭でしかない訳で。

 

そこに生きる者・・・サラブレッドである以上、いつ何時、アグネスタキオンの様に故障したり、最悪の場合はサイレンススズカの後を追ってもおかしくないのだ。改めて覚悟しなきゃならないなと気を引き締める。

 

 

幸いにしてこの身体の脚は一級品。レースに勝って生きることは、十分できる。だったら引退しても生きて生きて、この身体に定められた寿命まで・・・死因はありません、老衰ですと言われるくらいにまで、生き延びてやるだけだ。

 

 

そうと決まれば、もう怖いものはない。

 

G1馬?怪物?どんな奴だろうと関係ないね。とにかくかかってこい。この脚が壊れるまで、全力で相手をしてやるよ。

 

そうやって息巻いてパドックへ踏み出して。

 

 

―そこまでは自分でもかっこいいと言えたんだけどなぁ。

 

 

『うわっ!?ヤバいのが来た!?』

 

『何だあいつ!?怖い!』

 

 

『・・・へっ?』

 

何頭かを除いて一線級とは思えぬ態度で一斉にビビり倒す出走馬たち。

 

なんか変だぞ?俺はこれから並み居るG1馬たちと走るんだよな?

 

呆気にとられていると、平気そうな顔をしている馬が二頭・・・どちらも顔見知りのテネシーガールちゃんと、ダイタクヤマトがこちらを見ながらそれぞれ呆れたような顔と、苦笑いをしている。どういうことだってばよ。

 

パドックを周回しながらも意味を理解していない俺を見かねたのか、その内ダイタクヤマトがこちらを見た後、頭で電光掲示板を指しだした。

 

『ん?なんだ?掲示板?出走馬がどうかしたのか?』

 

俺もそれに倣って出走馬を見ると。

 

 

第15回 セントウルステークス(G3)

 

①   ダイタクヤマト   牡7

 

➁   サンライズアトラス 牡7

 

③   オルカインパルス  牝6

 

④   クルーピアスター  牝5

 

⑤(父)セキトバクソウオー 牡4

 

⑥(市)[地]シュウタイセイ  牡4

 

⑦(外)ロードキーロフ   騙6

 

⑧(外)テネシーガール   牝4

 

⑨   ヴィエントシチー  牡5

 

⑩(地)ジョーディシラオキ 牝4

 

⑪   カルストンライトオ 牡3

 

⑫(父)フレンチパッション 牡4

 

⑬(父)オーソリティー   騙7

 

⑭   ノボリユキオー   牡5

 

 

 

『・・・へっ?』

 

あ、あれ・・・?ダイタクヤマト以外のG1馬は・・・どこ・・・?

 

というか殆どの連中が、誰?としか言いようがない件。とくにシュウタイセイとやら、カク地でマル市って馬柱がカオスだなオイ。

 

オッズを見る限り有力とされているのは、ダイタクヤマト、俺、テネシーガールちゃんの3頭で、他は二桁オッズ。

 

はぁ。なんだこのレース。

気合入れて損したような、凶悪メンバーじゃなくて安心したような・・・。

 

「よし、ちゃんと走れそうだね、セキト・・・セキト?」

 

『あ、獅童さん。移動すんのか?』

 

ダイタクヤマトがいるとはいえ、想定以上の層の薄さに俺は拍子抜け。そのまま獅童さんを乗せて馬場へと向かおうとした時だった。

 

 

 

「セキト・・・」

 

『・・・ん?あれ、今・・・あッ!?』

 

恐ろしく小さいながらも、客席から俺に向けて放たれたであろう声を、しっかりと耳が捉えた。

 

まさか、と身体が震える。

 

それは、ずっとずっと、待ち焦がれたあの人の声。

 

『ヒィーンッ!!』

 

そして、間違えるわけもない、あの日、俺の前から忽然と消えた懐かしい後ろ姿を見つけ、嘶いた。

 

「セキト・・・?」

 

ざわめく客席の中で、出口に向かおうとしていた「彼」の動きが止まる。

 

「セキト!?いきなりどうしたんだい」

 

急に落ち着きを無くした俺を宥めようと首を撫でる獅童さん。本当に済まない、この声だけは、何があっても逃しちゃいけないんだ!

 

「うわっ、と!?」

 

地下馬道へと歩む隊列と、獅童さんの指示を無視して、俺はフェンスのぎりぎりまで客席へと近寄った。そこから大きなどよめきが起きる。

 

 

『ヒヒィィィィィーーン!!』

 

 

もう一度、大きく嘶いてどうか行かないでくれ、また俺を置いていくのか、と訴えかける。

 

悲痛な思いを乗せた俺の「声」は「彼」の耳にも届いたのだろう。身体を震わせていた。

 

抱える思いは感動か、後悔か、喜びか、それとも或いは別の感情か。

とても俺にそれを理解することはできないが。

 

 

 

「全く・・・お前ってやつは・・・今日は観客に徹して、再会するのは厩舎って、決めてたんだけどなぁ・・・」

 

 

やがてその震えが収まると、「彼」はゆっくりと振り返って、静かに、でも確かに俺と目を合わせてくれた。

 

 

やっぱりだ、近づいて来るにつれて、はっきりとしてくるあの目も、鼻筋も。

 

「彼」だ、「彼」に間違いない。

 

 

とうとう帰ってきた。帰ってきてくれたのか!

 

嬉しさを隠しきれず、前掻きや足踏みをしたりが止まらない。

 

次第に周りのお客さんも、「彼」の正体に気がついたのか、驚きつつも一人、また一人と横に退いて、俺へと繋がる道を作り出す。

 

「まさか・・・!」

 

その顔がはっきりとしていくにつれ、獅童さんもハッとした様に声を漏らした。

 

「セキト、っ・・・」

 

最前列までやって来た「彼」は、思わず俺に向かって手を伸ばそうとして、それを引っ込めようとする。

 

・・・パドックでは、関係者以外が馬に触れる行為はご法度。つまり、ここで俺を撫でることは出来ない。

 

だが、しかし。

 

本当は撫でるよりも抱きしめたいんだろう?俺だってそうだよ。

 

『ほら、よっ!!』

 

だから、敢えて俺の方から鼻先を伸ばして、その手に触れた。

 

その瞬間、レースで勝った訳でもないのに、客席から自然と拍手が起きた。

 

まさか、馬の方から手に触れに行った場合なんてのは、ルールブックに書いてないだろう?これは俺が起こしたアクシデントであって、ジュンペーに非はない。

 

そして、再会の喜びをありったけ詰め込んで。思い切り叫んだ。

 

 

 

『ジュンペーーーッ!!』

 

 

 

「セキトッ・・・!僕も、会いたかった・・・!」

 

 

・・・そう。今、俺の目の前にいるのは、2年前に俺の前から姿を消した、岡田順平、その人だった。

 

 

しかし、その時間も束の間、ハッとした様に誘導馬を操って近づいてきた職員が、「早く地下馬道へお願いします」と直ぐに終わりを告げてきた。

 

・・・気がつけば、パドックにいる馬はその誘導馬と俺だけ。

 

本当はもう少しジュンペーとの再会を楽しみたかったのだが、これでは仕方あるまい。これ以上進行が遅れるのは競馬場にとっても、他の馬にとっても迷惑になる。

 

 

『じゃあな、ジュンペー、勝ってくる』

 

 

ゆっくりと、名残惜しくもジュンペーから離れる俺。寂しさを隠せない背中を向けた時、力強い言葉が飛んできた。

 

 

「・・・セキトッ!!もう少しだ!来年の2月!そこで僕は騎手に復帰する!!もう少しだけ、待っててくれっ!」

 

 

来年の2月。覚えたぞ。2月だな?

 

 

『了解だ!必ず戻ってこいよ!!』

 

本当の「ただいま」まであと半年。

 

ならば、それまでに俺はG1馬になって待っていてやろう。

 

その為にも、ここは負けらんねぇな!

 

 

『そぉいっ!』

 

「セキトっ、またこれーっ!?」

 

ジュンペーの言葉に応えてから嘶いて立ち上がり、京王杯でもやってみせたナポレオン?ポーズを披露する。獅童さん、度々すまんな。

 

俺はジュンペーを含め呆気にとられている観客を尻目に、先に行った誘導馬を追って足早で地下馬道へと潜る。

 

 

あれだけ失ったはずの気合は、はち切れんばかりに高まっていた。

 




・今回の被害馬

なし!


突然の治療完了報告サプライズジュンペーに、不調から絶好調になったセキトのレース結果は・・・どうなる!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再走、セントウルステークス(2回目) 2

書きたいこと書いてたら久しぶりに5000文字超えた。

ジュンペーブーストの効果をご覧あれ。


阪神競馬場、第15回セントウルステークス(G3)。

 

俺が出走するこのレース、正直ダイタクヤマト以外に強敵の存在もなく、油断さえしなければ悪い結果にはならないだろうと感じていた。

 

人間から見れば安牌、俺から見れば少し本気を出せばほぼ連対は固いつまらないレース。

 

そう思っていた俺にとって、ジュンペーとの思わぬ再会は正に点火剤。闘志の炎を機関車の様に燃やして鼻をふんすふんすと鳴らしながら、もう誰も俺を止められねぇぞと地下馬道を突き進む。

 

 

その道すがら。

 

『若いねぇ。あの人は君の大切な人なのかい?』

 

いつの間にやら隣を歩いていた、なんの変哲もない鹿毛の誘導馬がそう話しかけてきた。声色からして人間で言うなら40から50くらいの話好きのおじちゃんって感じか?

 

ゆったりと歩みを進めながらも、その様からは俺を気遣うような素振りも伺える・・・気遣う?

 

っと、ジュンペーに会えたからか少々興奮しすぎていたな。いけないいけない。

 

ふと背中を見やれば、俺が冷静さを取り戻したのがわかったのか獅童さんが誘導馬に乗ったスタッフさんに「すみません」とお礼を言っていた。

 

これも、誘導馬の仕事の一つ。冷静さを欠いた競走馬の側で落ち着いた振る舞いをすることで、群れで行動する生き物である馬の本能によって落ち着きを取り戻すのだという。

 

・・・ん?つまり俺は冷静さを欠いている、と判断された訳か?古馬にもなってこれは流石に恥ずかしいな・・・。

 

そうは思いつつも、赤くなった顔を誤魔化すように首を振ってから誘導馬に答えた。

 

『ああ、俺の相棒なんだ』

 

『良いねぇ。おじちゃんにもそういう時期があったんだけどねぇ』

 

彼・・・いや、こういう馬って去勢されることが殆どだから彼と言うには怪しいかもしれないが・・・とにかく誘導馬のおっさんは歩みを進めながらも、懐かしそうに遠くを見る。

 

『そんなに大切な人なんだねぇ、どうせならいいとこ見せちゃいなよ。ねえ・・・セキトバクソウオー君?』

 

『言われなくても!』

 

ゼッケンにチラリと目をやってから俺の名前を呼ぶ誘導馬・・・って今カンニングしただろ、絶対に。

 

だが、そんなことがあっても励まされたこと自体は事実だ。俄然気合が入るが、あくまでも冷静に行こう。

 

俺はこのレースを終えた後・・・またG1に挑むんだ、気合が空回りして負けました、なんて冗談にもならないからな。

 

やがて、光が射している地下馬道の出口が見えてきた。

 

その向こうにあるのは、これから走り抜けるコースと、今日この場に駆けつけたお客さんたち。きっとその中に、ジュンペーの姿もあることだろう。

 

レースレベルが低かろうがなんだろうが、もうなんだっていい。お前が離れていた2年間、こう成長したんだぞとジュンペーに見せつける為に、俺は芝コースへと飛び出した。

 

 

 

 

 

『本日の天候は晴れ、馬場は良馬場と絶好のコンディションが発表されています』

 

「ものすごい気合いだ・・・」

 

今日の阪神競馬場が絶好の競馬日和であることを告げるアナウンスを聞きながら、獅童は自らが跨がる馬・・・セキトバクソウオーの手綱から伝わる手応えに畏怖さえ覚えていた。

 

最初、パドックで騎乗した時に感じたのはだらけた様な雰囲気。前回から3ヶ月以上も開けばこうなってしまうのも仕方ないとは納得しつつ、馬体は仕上がっている分勿体無いなとは思っていた程で。

 

それが突如として何かを探すように落ち着きを無くし、鳴きだした時は何か異常が発生したのかとすら思えたが、歩様自体はしっかりしているし、どうも身体の不調ではない。

 

一体どうしたのかとセキトを落ち着かせようとした瞬間、彼は地下馬道へ進ませようとする自分と厩務員の指示を振り切ってフェンスの際まで駆け寄ってから再び嘶いた。

 

その声に応えるようにして現れた、一人の人物を見て「まさか」と口からそうこぼれたのも無理はない。

 

 

その男は、岡田順平。

 

 

セキトバクソウオーの『主戦』ジョッキーである。

 

 

「・・・年内一杯、か」

 

返し馬でセキトを走らせながら、獅童はそう呟く。

 

最初から、そういう話だった。

 

太島との話の中、この馬に乗るに当たって幾つかの注意点を述べられたが、その中の一つに、『乗って欲しいのはジュンペーが復帰するまでの期間』という条件が付けられていた。

 

当時は有力馬に乗れれば何でもいいと思っていた筈の自分が、いざパドックに現れたジュンペーによって自身があくまで代理の存在であるとの認識を思い出すまでそれを忘れていたことに気づき。

 

一体いつからセキトバクソウオーの主戦になったつもりだったんだと苦笑する。

 

 

先程のパドック、彼は確かに「来年の2月に復帰する」と、そう宣言した。

 

恐らく彼は、騎手免許試験を受けるのだろう。全てのジョッキーが、ジョッキーであるために年に一度受けなければならない試験を。

 

筆記試験、健康診断、そして実技と3つの科目で騎手としての知識を、身体を、そして実力を求められるそれは、生半可なものではない。

 

しかし、もしも。もしもジュンペーがそれに合格したならば、自分はお役御免。

 

それが交わした時から決まっていた、約束だから。

 

 

 

「・・・せめて、爪痕を残そうかな」

 

『あん?どうしたんだよ獅童さん』

 

「なんでもないよ。バクソウオー・・・ここも、その次も、絶対に勝とう」

 

『おうよ!』

 

こちらを振り返り、心配するような仕草を見せたセキトに語りかけながら、獅童は彼の初G1制覇を飾るジョッキーとなるのは自分だと改めて決意し、愛馬をスタート地点へと走らせた。

 

 

 

 

『最後に大外14番ノボリユキオー、今収まりまして体制完了』

 

バックストレッチの真ん中程に集まった出走馬14頭。俺も含めてその全員が何事もなくゲートへと収まって、今まさにスタートを迎えようとしている。

 

今日は出たなりでレースを進めるそうだが、前に行く強い馬が多いから、そいつらの動きを見れる場所に行きたいな。

 

その為にも、集中だ。

 

 

『・・・スタートしましたッ!絶好のスタート、ポーンと飛び出していきましたのは8番テネシーガール、それに並ぶようにしてカルストンライトオ、ダイタクヤマト、それとセキトバクソウオーがついていきました、有力馬が前に固まる形』

 

ゲートが開いた瞬間、華やかな栗毛の馬体が一歩前を進むのが見えた。テネシーガールちゃんだ。テンの良さを生かし、他の奴らを引っ張るようにしてぐんぐんと前に出ていく。

 

『逃がしません!』

 

『おっと!させないよ!』

 

『やっぱりお前らも来たか!』

 

しかし彼女の逃げ切りを許しはしないぞとカルストンライトオとダイタクヤマト、そして俺もそれについていく形に。

 

『その後フレンチパッション、オーソリティー、ノボリユキオー、ロードキーロフと固まって、その外オルカインパルス、並ぶようにしてクルーピアスター、更にその外ジョーディシラオキ』

 

『・・・存外ペースが上がらねぇな』

 

最初の200mをすぎた。下り坂を意識したのか、キツくはないが、楽でもない・・・スプリント戦においては前残りの流れがぷんぷんする。これは後ろに控えた連中はあまり気にしなくていいかな。

 

・・・と、前を行くテネシーガールちゃんが少しスピードを上げた。置いて行かれないようにせねば、とこちらも足の回転を少し早める。

 

『少し離されましてサンライズアトラス、シュウタイセイ、2馬身ほど離れた殿にヴィエントシチーです』

 

もうじき3コーナーのカーブ・・・もう最後方辺りを走っている連中は馬券圏内も難しいだろう。

 

俺は勿論ピッチ走法で、全く膨らむことなくカーブを曲がっていく。さあ、勝負所だ。

 

もう、いつ、誰が、どんな仕掛けをしてもおかしくないエリア。

 

 

『っ!ここ!』

 

4コーナーに差し掛かるあたり、真っ先に動いたのは真っ向勝負を選んだダイタクヤマトだった。

 

流石G1馬。その走りには迫力があり、テネシーガールちゃんとの差をグイグイと詰めていく。

 

『あ!クソっ!』

 

それに一歩遅れる形でカルストンライトオも加速し、先頭争いに加わっていった。

 

『獅童さん!?』

 

だが、俺の鞍上は、山のように動かない。

 

「バクソウオー、もうちょっと、我慢だよ。嫌な予感がする」

 

そう言いながらも先頭のテネシーガールちゃんの様子を伺っているのが、気配で分かった。

 

『テネシーガールちゃん?あんだけぶっ飛ばしてたら・・・』

 

直線でバテるだろう、と続く筈の言葉は、先を走る彼女の様子が視界に入った瞬間喉の奥に引っ込んだ。

 

だって、テネシーガールちゃんは早めのスパートをかけ、必死に迫る牡馬二頭を見ながらしてやったりと言わんばかりに口角を三日月状に釣り上げていたから。

 

 

『第4コーナーのカーブ、先頭変わらずテネシーガール、2番手にはカルストンライトオ、並ぶようにしてダイタクヤマトも上がっていく!セキトバクソウオーは置いて行かれたか!?』

 

『はああああ!』

 

『うりゃああああ!』

 

ダイタクヤマトも、カルストンライトオも、この時まではきっと『行ける』と確信していたことだろう。

 

確かに最初の1ハロンこそ12秒台で流れ、スローの流れを意識させられた。きっと2頭と、その鞍上もそうだったのだろう。

 

しかし、その後。テネシーガールちゃんが作り出した直線に至るまでの3ハロンは。

 

 

全て10秒から11秒台のハイペースに収まっていた。

 

 

直線に入り、ダイタクヤマトとカルストンライトオに先頭を奪われるか奪われないか、そこまで詰め寄られたところで。

 

『かかったわね!』

 

テネシーガールちゃんは悪役のようなセリフを放ちながら、想定外・・・いや、彼女にとっては作戦通りのもう一伸びをみせた。

 

死んだフリ作戦、とでも言うべきその策略は見事という他ない。

 

『んなっ!?』『やられた!』と驚いてももう遅い。

捉えきれると踏んで早仕掛けをした彼らにテネシーガールちゃんを捉えられるだけの脚はもう無いだろう。

 

 

だが、俺は違うぞ?

 

 

『いつでも行けるぜ、獅童さん!』

 

ここまで溜めに溜めた脚は、余裕たっぷり。とは言え獅童さんがテネシーガールちゃんの狙いに気づかなかったら危ないところだった。

 

そんな頼りになる彼が、手綱をしごき出し、鞭を構えた。

 

「・・・いくよっ!」

 

『ああ!』

 

パンッ!と乾いた一音が、ターフに響く。

 

それは俺のトモに打たれた鞭から発せられたもの。だが、他馬にとってそれは阪神競馬場の直線350mに赤い弾丸を放つ撃鉄の音にも思えただろう。

 

『よ・・・っと!!』

 

俺は既にコーナーで走り方をピッチ走法に切り替えていた。そのまま最高速まで加速し、今度は上体を沈め、四肢を伸びるところまで伸ばして。

 

 

その瞬間、観客席から見守っているであろうジュンペーの顔が浮かんだ。

 

そういえば、今や俺の代名詞的になっているこの走りも、ジュンペーが乗っている時には使えなかったんだよな、と思い出す。

 

俺はスタンドに目を向けてから、心の中で叫ぶ。

 

『(ジュンペー、よく見てろ。これが・・・俺が、勝つ為に生み出した走法だ!!)』

 

残り250位、先頭まではおよそ3馬身。

 

普通なら、どれほど凄い足を発揮し、差し切れたとしてもハナ差かアタマ差くらいだろうか?

 

ならば。

 

『後は・・・ぶっこ抜くだけだああああ!!』

 

俺は、1馬身差つけてやる。

 

 

 

 

『セキトバクソウオー4番手!セキトバクソウオーは4番手!これは少し苦しいか!先頭を行くのはテネシーガール!テネシーガールが粘り込む!』

 

 

『はぁ、はぁ・・・どう?私はもう伸びないけど、あなたたちもそうでしょう?』

 

『ぐうぅ・・・やられた・・・』

 

『どうにか・・・あと一伸び・・・!』

 

残り250、テネシーガール陣営の仕掛けた作戦によって先頭を行く3頭は皆余力を無くし、後は気持ちの切れた者から脱落する構図が出来上がっていた。

 

しかし、ゴールまで後250mという事実は、3頭にとって何より強い励ましであった。その時他の2頭より一歩でも、クビだけでも・・・1cmだけでも。

 

とにかくほんの僅かだけでも、他の2頭より前にいられれば自分の勝ちなのたから、と。決して己の脚を緩めない。

 

三者ともに全く譲らず、しかし、残り200を過ぎて。

 

『・・・かはっ!』

 

『カルストンライトオ少々遅れたか!』

 

真っ先に音を上げたのは、3歳のカルストンライトオだった。その明暗を分けた差は、経験か、はたまた仕上がりか。

 

『カルストンライトオはここまでか!先頭テネシーガール、ダイタクヤマトが競り合って激しい争いになった!』

 

ここまでよくやったよと言わんばかりの年上に2頭の目線に見送られ、カルストンライトオは競り合いから一歩、二歩と下がっていく。

 

『次は・・・!次こそは、負けない・・・!』

 

しかし、涙ぐみながらも、睨みつけるように前を見るその眼差しには、後に大仕事をするだけの輝きが確かに秘められていた。

 

 

残り150。

 

最早優勝争いは先頭のテネシーガールと、ダイタクヤマトのどちらかに絞られたと誰しもが感じていたその時だった。

 

『このままいけば・・・ッ!?』

 

優勝を確信していたテネシーガールの耳が、ダイタクヤマトの更に外から、何者かが駆け上がってくる足音を捉える。

 

『先頭変わらない!譲らない!テネシーガール!二番手に追いすがるのはダイタクヤマト・・・っとぉ!?外から!更に外から一頭上がって来たぞ!?』

 

『は・・・あははっ!やっぱり来たか!そうでなくっちゃね!』

 

ダイタクヤマトも、その第三者の到来に気が付き、自分が期待していたとおりだと笑う。

 

その正体とは、勿論。

 

 

『一番人気、セキトバクソウオーだああああ!!』

 

『待たせたなあぁぁァァッ!!』

 

 

我らがセキトバクソウオーである。

 

 

『セキトバクソウオー!しゅっ・・・凄い脚!届くか!とど、届くか!』

 

思わぬ追い上げに実況者も興奮し、我を失いながらもその仕事を全うしようと必死に舌を回す。

 

『負けないわよ!』

 

『さあ、勝負だ!』

 

テネシーガールも、ダイタクヤマトも。それぞれがセキトバクソウオーを迎え撃とうと、最後の粘りを見せようとした瞬間。

 

『・・・悪いな、脚色が全然違う』

 

その一言だけを残して、一瞬の内に風が吹き抜けていった。

 

 

『えっ・・・』

 

『消えた・・・!?』

 

競り合おうとしていた筈のセキトバクソウオーが消えた。

 

『一体どこに・・・なっ・・・!?』

 

『あ・・・!?は・・・!?』

 

二頭はそのことに戸惑い、あちこちを探し、ようやくその視界に標的を見つけた時、声にならない程酷く驚嘆する。

 

『届いた!届いた!届いてしまった!何ということだ!何という脚だ!セキトバクソウオー先頭だ!』

 

 

何故ならばそのセキトバクソウオーは、とっくに二頭の前を走っていたのだから。

 

そして、懸命に追うもその差は縮まることはなく。

 

 

『セキトバクソウオー!圧勝!完勝!2馬身差ゴールイーン!!』

 

 

そのまま力の差を見せつけるように、赤い馬体が悠々とアルファベットのHを象ったゴール板を駆け抜けていったのだった。

 




・今回の被害馬


・テネシーガール 牝 栗毛
父 Pine Bluff
母 Java Magic
母父 Java Gold


・被害ポイント
セントウルステークス優勝→2着


・史実戦績
23戦4勝


主な勝ち鞍
ファンタジーステークス(G3)

セントウルステークス(G3)

・史実解説

アメリカ生まれの牝馬で、快速の逃げ足を武器に活躍した。

デビュー戦は1999年7月11日の函館芝1200mだったが、4着に敗れている。
その後連闘で2回目の新馬戦、芝1000mに挑み初勝利を収めた。

函館3歳ステークス2着、ききょうステークス5着、もみじステークス2着と堅実な成績を残し、挑んだ6戦目のG3、ファンタジーステークスで初重賞勝利。
年内ラストレースとして阪神3歳牝馬ステークスにも出走、ヤマカツスズランの5着とまずまずの戦績で3歳を終えた。

翌年はマル外である為当時の規則で桜花賞、オークスに出走できないことと、蹄に問題を抱えていたことから春は休養に当てられる。
復帰戦は6月のG3中日スポーツ杯4歳ステークスだったが、久々が祟ったか12着と二桁着順に惨敗してしまった。

次のオープン戦、札幌日刊スポーツ杯では2着のシンボリスウォードに2馬身差をつけて快勝。
しかしG3セントウルステークスでは12着、G2スワンステークスも15着と古馬相手の重賞ではイマイチ足らない。

オープン、アンドロメダステークスも2着に破れ、早熟ではないことを証明はしたがG2、CBC賞は9着。

年が明け、再びオープンに戻っての淀短距離ステークスは2着とし、G3シルクロードステークスは9着。

ところが次のレースとして選ばれた大舞台、高松宮記念。
ここで最低の16番人気でありながら3着と好走。

オープンのUHB杯、G3函館スプリントステークスはそれぞれ5着、4着。
その次のレース、G3セントウルステークスではスタートから先手を取ると、G1馬ダイタクヤマトや、後の快速王カルストンライトオを相手にそのまま逃げ勝ってしまった。

これが最後の勝利となり、以降スプリンターズステークス、福島民友カップ、CBC賞、高松宮記念と大舞台に挑戦し続けたがいずれも二桁着順に終わり、その高松宮記念を最後に引退、繁殖入りとなった。

引退後はアメリカに渡り、現地の種牡馬と配合されていたが、2008年に帰国、以降は北海道で繁殖生活を過ごしていた。

しかしその2008年にメダグリアドーロの牝馬(エーシンメンフィス)を出産後に蹄葉炎を発症。
アグネスタキオンとの仔を授かっていたが死産に終わり、療養生活に入ったが、治療の甲斐なく2010年7月23日、13歳の若さで死亡した。

母としては4頭の仔を残したがすべて牝馬であり、末娘のエーシンメンフィスが2012年の愛知杯を制し重賞ウイナーとなった。

母系はステイゴールドやコントレイルと同じ系統に属しており、再びの大物輩出も期待できるだろう。

・代表産駒

エーシンメンフィス 牝 (父 Medaglia d'Oro)
17戦5勝 主な勝ち鞍 愛知杯(G3)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

厩舎にて、駿馬3頭、揃い踏み

新年早々、欧州競馬から名馬スノーフォールの訃報の報せが届きました。

生き物である以上、どうしてもこういった事故は避けられませんが、悲しいニュースの度に管理の難しさと言うのを痛感します。

オークス三冠を制した豪脚の名牝に、哀悼の意を表します。


セントウルステークスから数日。滞在厩舎である程度疲労を癒やした俺は、阪神競馬場から再びの長旅を終え、懐かしい・・・ってほどでもないが、久しぶりに美浦トレセンの地を踏んでいた。

 

いやあ、負かした二頭に『なんであんな速いのよ!完全に想定外じゃない!』とか、『是非作戦を教えてほしいな?』とか言い寄られて大変だった。お陰であんまり疲れが取れなかったし。

 

 

『ふぃー・・・疲れた疲れたっと・・・』

 

「お疲れ様ー」

 

『お、馬口さん』

 

馬運車から降りる時に引き手を握っていたのが馬口さんで、ようやくいつもの通りに戻ったと安堵する。

 

疲れ気味の身体で少しの距離を歩いて厩舎に入れば、何ヶ月ぶりかの自分の馬房が待っていた。

 

『おー、ここだよここ、うん』

 

心なしか厚めに敷かれた寝藁をガサガサと掻き分けて、脚を折ってくつろぐ。さっきも言ったけど、レースの疲れが抜けてねぇんだよ。

 

「あー・・・やっぱ疲れちゃってるか、間に合うかなぁ・・・」

 

頭上から、困ったような馬口さんの声がした。

 

間に合うか、というのは十中八九スプリンターズステークスの事だろう。

 

恐らく太島センセイはセントウルステークスを叩きに大舞台に向かうつもりだった。

 

ところがその叩き台でジュンペーが現れて、張り切った俺が想定以上に全力を出してしまったからな。

 

まあ、今みたいな感じで全力でリラックスさせて頂ければ、数日でほぼ元通りになりますけどね!

 

 

「お、帰ってきてたか」

 

「センセイ」

 

そこに太島センセイ登場。珍しくスーツを着込んでいて、どこかに出かけていたようだ。

 

『その格好は何なんだ?』

 

それが気になったもんだから、寝藁のベッドから起き上がってセンセイに顔を寄せる。あーあ、ゴロゴロしたのは俺だけど、身体が藁まみれだ。

 

そんな俺の顔を優しく撫でながら、センセイは言った。

 

「来年の2歳を一頭・・・お前の妹分を預かることになったから見に行ってたんだ」

 

妹分・・・?

 

はて、と首を傾げかけたところで思い出した。

 

あのマックイーンの仔の仔馬ちゃんか!

 

それにしてもあの子も、もう一歳の9月か。一年間も会っていないし、その間に随分大きくなったろうなぁ。

 

なんて考えていたら、センセイがふと呟いた。

 

「虚弱体質とは聞いてたが、いや、まさかああ来るとは・・・マックイーン産駒らしいというか」

 

ん?センセイ、なんか言ってません?マックイーン産駒らしい?どういうこっちゃ。

 

ぶもぶもと鼻を鳴らして話の続きを要求したが、軽くあしらわれる。あぁん。

 

「お前は気にしなくて大丈夫だ・・・それと天馬さんから聞いたが、あいつとは放牧中に仲良くなったんだって?良かったな、来年はまた一緒だ」

 

あっ、この人俺の知らないところで朱美ちゃんと会っていただと!?俺なんか奇跡的に朱美ちゃんの都合や予定と被りまくりでここ数か月会えていないのになんかずるい。前掻きで、あんたばっかりずるいぞと抗議する。

 

「なんだなんだ、腹が減ったのか?」

 

するとセンセイはどこからかカットされたニンジンを取り出して、俺の口元に差し出してきた。

 

いや、違うそうじゃない・・・けどニンジンおいしいです。

 

・・・ともかく。有耶無耶にされた気もするけど、来年は仔馬ちゃんもここにやってくるとは。

 

ニンジンをぼりぼりと齧りながらまた随分と賑やかになりそうだなと思っていると。

 

 

『あれ、先輩だ!おかえりなさーい』

 

『おっ』

 

右隣の馬房からマンハッタンカフェが顔を出した。帰厩のタイミングが合ってたのか。相変わらず真っ黒で、不意を突かれると少々驚いてしまう。

 

っと、馬体は・・・うんうん、しっかり戻ったみたいだ。というか寧ろ前より筋肉付いてないか?重戦車のような迫力がある。

 

『そうだ!先輩!ボク、おーぷんくらす?ってのになったんです!』

 

『おお、やるじゃねえか!おめでとう』

 

『えへへ』

 

史実でもそうだったとはいえ、古馬相手の2連勝は立派なものだ。その実績を素直に称える。

 

しかし俺を先輩と慕うその懐っこさも、どこか気弱そうな雰囲気も、最後に顔を合わせた半年前とあまり変わっていな・・・ん?

 

あれ、どこか、何となく。

 

『んー・・・?マンハッタンカフェ?お前、ちょっと何かあったか?』

 

『え?・・・何かって、特に何もありませんでしたよ?』

 

眼差しや声色、ふとした仕草なんかにほんの少しだけ大人びたような雰囲気を感じたのは、気のせいだろうか?

 

 

『・・・話は済んだか』

 

『よう、イーグルカフェ、お前もいたんだな』

 

今度は左隣から、なんの模様もない見慣れた鹿毛の頭が出てきた。こっちもタイミングが合っていたみたいだ。

 

『どうだ、勝てたか?』

 

『生憎、もう少しのところではあるのだが』

 

念願の勝利は得られたのかと尋ねれば、この間走ったレースが惜しい3着であったと教えてくれた。

 

・・・俺は知ってるぞ。史実通りならお前の言う惜しい3着が、勝ち馬から4馬身離されていた、ということを。

 

一見すましたような顔をしているが、よくよく見れば奥歯をぎりりと噛んで悔しがっている辺り、隠しきれていないし。

 

これは、あれだ。男のプライドという奴。例え知っていたとしても指摘しちゃいけない暗黙のルールがある。

 

ここは俺もそれに則って、イーグルカフェを立ててやるとしよう。

 

『そっか。ま、頑張れよ』

 

『・・・うむ』

 

その返事には微妙に間が空いていたが、それも気にしないことにした。

 

しかし、こうして3頭揃うなんて一体いつぶりだろうか。

 

マンハッタンカフェが昨年の夏に入厩して来て、その後一ヶ月くらいですぐに俺がセントウルステークスに出走して骨折。

 

それが開けて直接中山に入厩した春先は、たまたまマンハッタンカフェと一緒になったが、今度はあっちがそのまま滞在からの放牧になっちまったからな。

 

その後、ようやくと言った感じでイーグルカフェと会えたが・・・うん、だいぶ心配をかけてしまっていた。

 

その時間ももほんの僅かで、あっという間にイーグルカフェが競馬場に行ってしまったし、それと同時期に俺も吉里ステーブルへ預けられたんだったな。

 

こうして考えると・・・昨年の夏以来だと!?

 

大本の原因の一つは俺の故障だろうが、やはり競走馬というのは日本全国津々浦々、常にどこかを駆け巡っているものなんだなぁ。

 

 

『それにしても、こうして我々が揃うのは随分と久しいな』

 

イーグルカフェもそう思ってくれていたようだ。

 

『ああ、色々あったな・・・』

 

『ぬ、集えなかったのは貴様の故障のせいもあろうが』

 

『むぐ』

 

『そうそう、先輩が脚を折ったって聞いたときはもうダメだと思ったんですからね!』

 

『うぐぅ』

 

遠い目をしながらそれっぽく話せば、骨折だって過去のことになるかと思ったのに、二頭がジト目で見てきて許してくれなかったです、はい。

 

その空気に耐えられなくなって、堪らず俺は話題の方向転換を図る。

 

『そ、そういえばお前ら、次のレースは決まってるのか?』

 

『む・・・何やら話題を逸らされたような気もするが・・・まあいい。世話係らの話通りならば吾輩は栄光の地にて、毎日王冠とやらの競走に出るそうだ』

 

俺の狙いに気が付きながらも、イーグルカフェは提案した話題に乗ってきてくれた。なるほど、こいつは毎日王冠か。

 

 

『あ、えっと・・・ボクは確か、セントライト記念、からのきっかしょーってセンセイが言ってました』

 

それに追従するようにマンハッタンカフェもそう話す。こちらは出走権を確保して最後の一冠を取りに行くローテだな。

 

そうか、と返事をすれば、『先輩はどうなんです?』とマンハッタンカフェが尋ねてくる。

 

『俺は・・・スプリンターズステークスに出るだろうな。んで、勝ってくる』

 

『スプリンターズステークス・・・か、何やら最速の者が集う競走と聞いた。それを勝つとは、なかなか大きく出たな』

 

俺の発言を聞いたイーグルカフェが、どこからか得た知識で、簡単には行かないぞと言いたげに声を上げる。

 

『ああ、なんたって、本当なら去年も出てたはずのレースだからな』

 

右回りでスプリントの芝、それが俺にとってのベストの舞台。しかし日本のレースでその条件のG1は、スプリンターズステークスしか存在しないのだ。

 

去年は骨折でせっかくのチャンスを棒に振ってしまったし、春の高松宮記念で惜しい競馬をしたことで今度こそは!と、センセイも、スタッフさんも、獅童さんも。みんながみんな燃えている。

 

そして、なによりも。

 

俺自身、右隣で目を輝かせているかわいい後輩よりも先に、G1馬になるのだ、と気持ちを燃やしていた。

 

が。

 

『ふぁ・・・眠・・・』 

 

不意に口からあくびが零れ落ちる。

しかもおまけに眠気まで。

 

『・・・貴様の場合、まずはそれをどうにかせねばな』

 

その様子に苦笑するイーグルカフェ。

 

何よりまずは身体の疲れを癒やさないと始まらない、か。

 

『おう、ちょっと疲れてんだよ。今から休むからちょいとほっといてくれないか』

 

再び寝藁に座りながら、両隣に聞こえるよう話せばそれぞれから『承知した』『はーい』と返事が帰ってきて。

 

 

一眠りした後、すっきりした俺は好きな飼い葉から牝馬のタイプといった話まで、時間が許す限りイーグルカフェやマンハッタンカフェとの雑談を楽しんだのだった。

 




金曜の更新は、スプリンターズステークス前編をお送りする予定です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本走、スプリンターズステークス(前編)

☆祝☆アーモンドアイ、エピファネイアの牡馬を出産!

まずは母子ともに無事で何よりです。アーモンドアイの2022の健やかな成長を祈ります。


この年のスプリンターズステークスの出走馬が少なくて、慌てて表を作り直したのはナイショ。

ついでにセキトが存在するというパラドックスで枠順も再抽選しておきました。



秋・・・というには少々夏の暑さが尾を引く中山競馬場の芝生の上。赤い馬体のサラブレッド、セキトバクソウオーが躍動していた。

 

週末に控えたスプリンターズステークスの追いきりだ。

 

「頼むぞー・・・!一面に使えるような動きをしてくれよ・・・!」

 

本命候補ということもあってかコースの脇にはあらゆるスポーツ紙のカメラと記者が、決定的瞬間を逃すまいとずらりと並ぶ。

 

『獅童さん、あんなにいっぱいいるけどどうするよ』

 

セキトはそれを見て、ちらりと背中の鞍上に意見を求めるが、獅童は至極冷静なまま呟いた。

 

「駄目だよ、センセイから全力でいくなって言われてるんだ、むしろ力を抜いてほしいくらいかな」

 

美浦から中山への輸送はあまり距離もなく、セントウルステークスのときと比べれば負担も大したことはない。

 

しかし長距離輸送にて何度も車酔いを繰り返したセキトバクソウオーを太島は輸送に弱いと判断し、しかも現状馬体はベストに近い。

 

これ以上体重を減らす必要もないので、一杯には追いたくなかったのだ。

 

『あいよ』

 

セキトは軽く返事をしてから獅童の言った通りにスパートの準備をしていた脚の力を抜いて、キャンターも同然のスピードでのんびりと走る。

 

「あはは!まさかほんとに力を抜いてくれたのかい!?」

 

獅童はその様に、まさか本当に通じるとは、と笑っていたが、好タイムとダイナミックな写真を求めて集まってきた記者たちにとってそれは笑い事ではなかった。

 

「おいおいおいおい・・・まさかこのままゴールする気か・・・!?」

 

鞍上の手は多少動くものの、腰に携えたままのステッキが使われることはないままセキトバクソウオーはゴール板を駆け抜け。

 

終わってみればその内容は、人馬ともにほぼリラックスしたままのノーステッキ、ノーアクセルというG1の追いきりには似つかわしくない馬なり調教。

 

「よーし、バクソウオー、お疲れ様」

 

『ふーっ・・・こんなもんか、遅く走るってのも案外大変なんだな』

 

追いきりと言う名の実質調整を終えた人馬がコース上から引き上げようとしていたとき、太島はアテが外れた記者たちからの質問の嵐に答えていた。

 

「なんというか、その、追い切りと言うにはちょっと・・・」

 

その中からはG1の直前にしては内容が物足りないといった、そんな質問も飛び出して。

 

それに対し太島は反論するでも同意するでもなく、受け流すように答える。

 

「タイムは見てのとおりですがね、大丈夫です。本番では実力を出せると思いますよ」

 

強気とも弱気とも取れる回答に、一面はこれで決まりと確信していた多くの記者たちは、仕事が増えるなあと心の内で肩を落として嘆いたのだった。

 

 

 

 

第35回 スプリンターズステークス(G1)

 

 

XX01年 9月30日

芝1200m 中山 天候 曇 馬場状態 

 

枠 番号 馬       名    性齢鞍 上斤量

1  1 (父)セキトバクソウオー  牡4 獅童 57

   (父)ダイタクヤマト    牡7 江戸 57

     トロットスター    牡5 蛇井 57

     メジロダーリング   牝5 真中 55

      ビハインドザマスク  牝5 幸長 55

     テネシーガール    牝4 谷町 55

    (外)シンボリスウォード  牡6 前頭 57

   (外)トキオパーフェクト  牡6 森末 57

      ブレイクタイム    牡4 梅原 57

  10 (外)ジョンカラノテガミ  牡6 加藤 57

   11   ユーワファルコン   牡4 肥畑 57

  12 (外)ゼンノエルシド    牡4 立川 57

   13 (外)フィールドスパート  牡3 萩川 57

 

 

 

遂に迎えた、G1、スプリンターズステークス。

 

枠順抽選会で太島センセイが豪運を発揮したようで、俺が背中に背負うゼッケンには、名前とともに「1」の数字が刻まれていた。

 

パドックに一歩足を踏み入れた瞬間、耳はざわつく観衆の声を捉え、G2やG3とは比べ物にならないほどの、肌がぴりりと痺れるような張り詰めた空気を感じ取る。

 

『おお・・・これだよ、これ、G1はこうでなくっちゃ』

 

これこそ競馬だよと俺は身震いした。

・・・武者震いだぜ?

 

「セキト?」

 

何回もG1に連れ回したおかげか大分大舞台でも動きが良くなってきた馬口さんに心配されたが、大丈夫だと言う意味を込めて短くひん、と鳴く。

 

「大丈夫、のようだな」

 

逆側で同じく俺を引く太島センセイが、その意図を読み取ってくれる。俺は動じてなんかいないぞと堂々と歩く内に、程なくして馬口さんもほっと胸をなでおろすのが分かった。

 

今日は朱美ちゃんも来ているらしいが、と周りを探していると、取材陣に捕まっているのが見えた。マジか、レースの後のプライベートタイムまで邪魔してくれるなよ。

 

一体何を聞いているのやら、と耳を傾けると。

 

はあ。『本命サイドにしては直前の動きが悪かったように思えますが』?いや、それは今俺の手綱を持って隣を歩いているお方に投げかけるべき質問でしょーが。

 

と思っていたら、初メディアで緊張こそしていたものの内容は意外としっかり受け答えしていて拍子抜けした。

 

というかこれ、内容的にセンセイが仕込んだな?さすが策士、太島昇。

 

 

・・・さて、話がずれちまったが、今回出走するメンバーは全部で13頭、G1にしては少々少なめになっちまったが、これはこれ。今年もスプリンター頂上決戦としてふさわしいメンバーが集っている・・・と思う。

 

その中には俺と前走が一緒だった、昨年の覇者であるダイタクヤマトや、同じくよもやの大好走を見せたテネシーガールちゃんの姿もある。

 

他にも夏の間に重賞を2勝した快速牝馬メジロダーリング、安田記念2着からのリベンジを図るブレイクタイム、最近は成績が上がらないが、層の厚い98年世代において重賞2勝を達成しているトキオパーフェクト等、粒ぞろいだ。

 

・・・そして、俺が誰よりもリベンジを望んでいる相手も、2つ目の王冠を求めて出走を表明していた。

 

俺が存在している影響か、史実からシャッフルされた馬番3番に収まったその相手は、心なしか前に会った時より一回り大きく見える。

 

『・・・やぁ、また会ったね』

 

『よう、今日こそは負けねぇぞ』

 

電撃の末脚、トロットスター。

 

秋の王座をも手中に収めんとする、高松宮記念の覇者である。

 

こいつにハナ差差し切られて初G1のタイトルを逃したのが記憶に新しい。

 

『いやあ、前のレースは力が入らなくてなんかヘン!って思ったまま負けちゃったけど、痩せ過ぎだったんだねぇ。今日はその辺もばっちりだから、負ける気がしないよ!』

 

『痩せ過ぎ?』

 

疑問に思った俺が電光掲示板に目をやると、トロットスターの名前の横の馬体重を示す数字が、確かに+24kgと表示されている。

 

いや、大きく見えると思ったら物理的に大きくなってたのかよ。

 

って、突っ込んでる場合じゃねぇな。

 

パドックを周回する限られた時間の中で、他のメンバーの好不調を推し量る。

 

 

すぐ後ろのダイタクヤマトは何も喋らないが、顔がやる気に満ちている、要警戒。

 

トロットスターは言わずもがな。こいつを倒さなければ俺の栄光は訪れないってくらいには仕上がってやがる。徹底的にマークしておこう。

 

他には・・・メジロダーリングが春に比べると自信をつけたような表情をしていたり、ユーワファルコンがしっかりと気合を表に出している・・・ユーワファルコン!?

 

その姿を見た瞬間、俺の中で高松宮記念の出来事がフラッシュバックした。

 

こいつ、自分が勝てないと踏んで、まさかの進路妨害をしてきたんだよな。

 

ヤケを起こして俺の進路妨害をしてきた姿は哀れですらあったが、再びやられようものならとんでもない。

 

レースの後キーゴールドに諭されていたようだが、一応警戒しておこう、と決めたところで。

 

『止まーーれーーー!』

 

パドックに騎乗命令の野太い声が響き渡った。

 

 

 

 

G1の舞台に相応しく飾り立てられた地下馬道を、蹄を高く鳴らして進む。豪華な雰囲気のせいだろうか、その音すらいつもより高貴なものに感じられるような気がする。

 

「さて、今日はどうします?」

 

その最中、早くもゴーグルを装着した獅童さんがセンセイにそう尋ねた。

 

センセイはそんな獅童さんを見て、一つ咳払いをしてから他陣営には聞こえないくらいの声で話し始めた。

 

「場合にもよるが、差しか・・・先行だな。あまりに速いようなら後ろで脚を溜めてほしい」

 

「はい、わかりま・・・」

 

「ああ、それと」

 

返事をしようとした獅童さんを制したセンセイが、付け足すように続けて言ったのは。

 

「・・・トロットスターだ、前でも後ろでも、どこにつけるにしてもとにかくトロットスターをマークしろ」

 

更に周りに聞こえないよう、うんと小声で放たれたその言葉が、センセイの真意であった。

 

トロットスターをマークか・・・オッケー。今度は俺が、あいつを差し切ってやる。

 

「・・・了解!」

 

獅童さんも口角を釣り上げながら、作戦に承諾の意を示したのだった。

 

 

 

 

『夏も過ぎて、日も短くなってきました今日この頃、夕暮れに包まれた中山競馬場で、1分少々のスプリンターたちの祭典が開かれます。沈む陽よりも早く、ライバルよりも速く駆け抜けたただ一頭が最速の称号を得られますスプリンターズステークス!いよいよ本馬場入場です!実況は(わたくし)、淡島克也です』

 

 

 

『今年こそ、今度こそ!俺がG1馬になる番だ!』

 

「さぁ、行こうか!」

 

『昨年骨折に泣いた赤い馬体が、ゼッケン1番、堂々最初に入場してまいりました!最速の父の背中を超えて!春のリベンジに燃えるセキトバクソウオーと、鞍上獅童(しどう) 宏明(ひろあき)!』

 

 

『僕にだって意地はあるからね・・・素直には負けないよ』

 

「力自体はあるんだ、ここでそれを証明したいな!」

 

『さぁこちらはその昨年の覇者!最低人気からの大逆襲でしたが今年は本命サイドの3番人気、連覇の偉業達成は成るのでしょうか!?歴戦の猛者、ダイタクヤマトと江戸(えど) (あきら)!』

 

 

『あははっ!いいねっ!全部出しきれそうで楽しみだよ!』

 

「過去一の仕上がりだ、一頭怖いのがいるが、ここを逃す手はない!」

 

『一気にスプリント界の頂点に駆け上がった充実の春は、まさかの大敗で幕を閉じました。しかしまだ春秋スプリント連覇の夢は潰えていません!心も身体もでっかく構えて!春のスプリント王者、トロットスターと蛇井(へびい) 政史(まさし)!』

 

 

『夏ではっきり分かったわ・・・私のスピードは、ここでも通用するって!』

 

「思わぬチャンスが手に入ったもんだ!大田さんには悪いが、オレがこいつで勝たせてもらう!」

 

『自慢の快速を武器にして、牡馬をあっと言わせた真夏のスプリント女王が入場です、直“千”一気のスピードで、望み通りの戴冠式となるか、メジロダーリングと鞍上乗り代わって真中(まなか) 敏晴(としはる)!』

 

 

『昨年はあいつにウラをかかれたけど、アタシだって自信はあ、あるんだから!』

 

「今度こそ、目に物見せるぞ!ビー!」

 

『確かな実力がありながら、未だ重賞未勝利の現状は、誰より陣営が、ジョッキーが、納得していないことでしょう!初タイトルがこの大舞台というドラマも十分ありえます!悔しさを力に変えて!ビハインドザマスクと、幸長(ゆきなが) 福一(ふくかず)!』

 

 

『この前はもうちょっとだったわ・・・!今日は全力を出し尽くすわ!』

 

「このメンバーならあそこでああして、よし、決まりだ」

 

『前走セントウルステークスでよもやの2着、こちらだって逃げ足全開、快速娘のテネシーガール!今日はどんな波乱を呼ぶのでしょうか、鞍上は谷町(たにまち) 勝彦(かつひこ)

 

 

『これが、我の最後の舞台か・・・。よかろう、皆の者、我が勇姿を焼き付けるがいい!』

 

「これがラストラン・・・!どうにか一発かましてやりたいけど・・・!」

 

『アイビスサマーダッシュで見せた一瞬の輝き、最後の最後で漆黒の剣が名刀の輝きを放つのか、これで引退レースのシンボリスウォードと、前頭(まえどう) 浩希(こうき)!』

 

 

『もうあんなバケモノはいない・・・!だったら、ボクも意地を見せてやる!』

 

「かなりいい感じだな、これはもしかして・・・!?」

 

『最強世代と名高き95年生まれの一頭、層が厚いと言われる世代での重賞2勝は伊達じゃない!復活目論むトキオパーフェクトと、森末(もりすえ) (しゅう)!』

 

 

『ふー、焦らずいきま・・・あれ、これひょっとして休んでるヒマない?』

 

「ほらっ!ブレイク、しっかりして!」

 

『欧州の名血、デインヒルの血を引く快速馬、今日は休む間もなくスピードに乗って、目指すはレコードタイムブレイカー、ブレイクタイムと梅原(うめはら) 健雄(たけお)!』

 

 

『これがG1・・・!よーし、燃えてきた!』

 

「流石ベテラン、歓声が不安だったが、最早動じないか!」

 

『苦節28戦、29戦目の今日が初めてのG1です、ようやく届いた便りは朗報か、それとも・・・ジョンカラノテガミ!鞍上は加藤(かとう) 天光(てんこう)

 

 

『やっぱり走るんだったら、真剣にやるに限るな・・・!』

 

「うん、大丈夫だね!勝ちにいこう、ファルコン」

 

『屈辱の春に羽を休め爪を研いだ隼は、前走1600万下を快勝!再びオープンの空に飛んだユーワファルコンが、上昇気流に乗って大舞台に舞う!手綱を取るのは肥畑(ひばた) 冨安(とみやす)!』

 

 

『このレースを勝つのは、オレだ!』

 

「しっかり仕上がってるし、勢いもある、ここは負けたくないな!」

 

『前走、京成杯オータムハンデを制したように この馬も確かな実力の持ち主です!群雄割拠、激動のスプリント戦線を統一するか!?ゼンノエルシドと、鞍上は立川(たてかわ) 広典(ひろのり)!』

 

 

『はっ、はわわわわ・・・僕なんかがここにいていいんでしょうかぁぁぁ』

 

「マズイな・・・すっかりアガってる。厳しい、が諦める理由にもならんな」

 

『クラシック3歳世代から唯一参戦、若さという力が、大きな夢へと背中を押して。フィールドスパートと、萩川(はぎかわ) 由伸(よしのぶ)!』

 

 

『・・・以上13頭が、今年のスプリンターズステークス、最速の座をかけて争います。発走予定は・・・』

 

 

 

本馬場入場を終え、スタート地点へと向かう途中。

 

「あっ、こら、またか!?」

 

緊張感が高まっていく中、なにか吹っ切れたように、ふとユーワファルコンがセキトへと歩み寄る。

 

『そ、その、あっ・・・セキト、バクソウオー!』

 

歯切れ悪くも確かにその名を呼ばれたセキトは、また何かしてくる気か、と疑いながらもユーワファルコンへと顔を向けた。

 

『なんだ、ユーワファルコン・・・また何かするのか?』

 

『あ、あぁいや!あれはオレが悪かったけれどさ!って違う!』

 

問いただされたユーワファルコンは、慌てたように取り繕ってから息を吸って、大きく吐く。

 

『・・・今日はさ、謝りに来たんだよ』

 

『は?謝るって一体・・・』

 

『本当にすまなかった!!』

 

一体何に対して謝るのか、尋ねようとした瞬間に頭を深く下げられて、セキトは理解が追いつかなくなった。

 

ユーワファルコンが。

 

高松宮記念で、自分を妨害してきたあのユーワファルコンが、頭を下げている?

 

何が起きたのか、一瞬訳が分からなくなりそうだったがなんとか持ちこたえ、次は何をするのかと相手の出方を伺う。

 

しかし、その予想と反してユーワファルコンの口から出てきたのは、謝罪の言葉だった。

 

『オレさ・・・はっきり言って、妨害がどんなに恐ろしいことかって分かってなかったんだ』

 

『(まあ、そうだろうな)』

 

あの時点での言動からしてそうだと思っていたセキトだったが、敢えて口には出さずに無言で頷く。

 

『それがさ、レースにでちゃダメだ!って言われて、オレが何をしたんだって思ってるときに・・・見ちまったんだよ』

 

 

出走停止処分期間中であっても、調教自体は出来る。ユーワファルコンも仕切り直しのためコースを走っていたのだが、偶然にもその近くで2歳馬が二頭、こちらは併せ馬の形で走っていた。

 

早期入厩を果たし、新馬勝ちや2歳の内に勝ち上がれるとさえ言われるエリート組だ。

 

しかしその途中で、片割れがふざけだす。

首をもう一頭の胸元に引っ掛けたり、わざとぶつかったり、走りを邪魔して遊びだしたのだ。

 

そうしている内、不幸にも二頭の足がもつれ合い。お互い吹っ飛ぶように転んだ二頭は・・・どちらも意識はあるものの自力で立ち上がる事はなかった。

 

そして、迎えに来た馬運車に乗せられたその日以降、二頭はトレセンから姿を消し。

 

その時は意味がわからなかったものの、後日、どこからか漂ってきた独特の臭いと誰かがすすり泣く声で、ユーワファルコンは全てを理解してしまった。

 

それは、ヒトの間では線香と呼ばれるものの臭い。そんなものがトレセンに流れるということは・・・つまり、どこかの馬の「死」を意味する、とユーワファルコンは先輩にあたる馬から聞いたことがあって。

 

ユーワファルコンは憤り、同時に顔が青ざめた。

 

 

高松宮記念の、あの日。ふざけだした2歳と自分、そして被害にあった2歳とセキトバクソウオーに、なんの違いがあったのだろうか、と。

 

もしも・・・もしも。

 

自分とセキトバクソウオーが、2歳たちのようになっていたら?

 

 

 

『・・・そうか』

 

恐ろしく、悲しい出来事を経験したユーワファルコンの目は、セキトと初めて戦った中日スポーツ杯の時のようなまっすぐな眼差しに戻っていた。

 

話を聞いていたそのセキトも、いつから真剣に聞き入っていて、今度は納得したように、大きく頷いてから少し口元を緩ませて言う。

 

『その2歳たちには悪いが・・・またお前と真剣勝負ができて、うれしいよ』

 

その言葉は、ユーワファルコンを認め、赦すということに他ならない。

 

『・・・ああ!』

 

セキトの返答に、ユーワファルコンは勢いよく答えながら一筋の涙を流した。

 

 

「さぁ、そろそろ行くよ」

 

『おう』

 

『あっ、オレも!』

  

「こっちも行こうか!」

 

獅童の指示に従って走り出すセキト。

それを追うようにしてユーワファルコンの鞍上、肥畑も軽く愛馬の腹を蹴り、こちらもゆったりとターフを駆けていく。

 

 

夕暮れの中山で、いよいよ待ち焦がれた大舞台の発走が、近づいていた。




・今回の被害馬(番外編)

強いて言うなら架空2歳馬二頭・・・かな?

↓以下戯言



実を言うと、小説を書き始めた時、最初に意識した舞台がここでした。
やっとここまでこれました・・・しかし、バクソウオーのバクソウ伝説は始まったばかりなのである!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本走、スプリンターズステークス(後編)

文字数こそ過去最高に及びませんでしたが、情熱は叩き込みました!
セキトバクソウオー初のスプリンターズステークス、お楽しみください!


『メインレース、スプリンターズステークスの発走時刻が迫って参りました。例年と比べると数こそ揃いませんでしたが、スプリンターズステークス連覇か、春秋スプリント制覇か、それとも新たな馬が台頭するのか。非常に見応えのあるレースとなっています』

 

俺がヒトとして生きていた時代でも、今の俺の親父になぞらえてアワシマバクシンオーの名で親しまれていた、実況の淡島アナがそう煽る。

 

最速の称号を掛けて集った俺たちは、それぞれ返し馬を終えると中山競馬場のコースで最も象徴的な部分と言える「おにぎり」の部分・・・外回りのコーナーで輪乗りをしながら、ゲートインの時を今か今かと待っていた。

 

『(ぜってぇ、負けねぇ・・・!)』

 

この一戦・・・G1への気持ちだけならば、俺が一番だと思っている。

 

2歳の末に出走した初めてのG1は、朝日杯だった。ここはジュンペーのアクシデントで全力を出しきれず、3歳の時は故障もあって距離の合わないNHKマイルカップで惨敗したのが唯一の出走。

 

そして、古馬となり春を迎えて臨んだ高松宮記念でハナ差の2着・・・今でもたまにああしておけばと駆られることがある位には、悔しかった。

 

 

「準備できました、お願いします」

 

今までを振り返っていると、ゲートの方から係員の声がした。

 

そちらを見ればいつの間にやらすっかり準備が整っていたようで、各々の誘導が始まっている。

 

「さ、頑張ろうか」

 

『あぁ、分かってるさ』

 

リラックスしたような様子の獅童さんに促され、俺もゲートへと向かう。G1制覇が手の届きそうなところにあると言うのにこの余裕。流石ベテランだ。

 

あと一歩、あとほんの少しのところで俺の元からすり抜けていったG1タイトルを、今度こそは逃すまいと固く心に誓って1番ゲートに身を収める。

 

 

しかし、それは他の奴とて同じこと。年に2回しかない1200mのG1。この最速の宴に出たならば、最早参加賞だけでは満足できないのは自明の理だ。

 

『ここは、僕が勝たせてもらおうかな』

 

連覇のかかるダイタクヤマトは連勝を決めた昨年のスワンステークス以来惜しいレースはあるものの勝利から遠ざかっていて、何が何でももう一つ、とG1の肩書きを欲しており。

 

 

『ここも勝てば、ボクが一番速いってことだよね!』

 

春秋連覇を目指すトロットスターも気合十分、全くスキのない仕上がり。安田記念の大敗からか人気こそ落としているが油断ならない一頭で。

 

『私も、G1馬に・・・!』

 

他にもメジロダーリングや、

 

『ここで勝てば、将来安泰、ウハウハ生活だ!』

 

ゼンノエルシドなど、続々とゲートに収まる出走馬たちのその表情は、皆が皆己が最速であることを信じている。

 

 

これが、最高峰。どいつもこいつも、自分を疑わない強さを遺憾なく見せつけてきて。

 

 

しかし、少なくとも今日だけは。

 

 

今だけは、こいつらを全員倒さねばG1馬の称号は得られない。

 

 

『・・・本当に勝てるのか?』

 

これだけ快速馬が集まったんだ。どう転んでも壮絶な展開になるだろう。ふと気がついたその事実に、ほんの少しだけ不安が口から飛び出して。

 

すると獅童さんが、俺の不安を読み取ったのか首の根本を撫でながら囁く。

 

「バクソウオー、どうしたんだい?ジュンペー君に、いいとこ見せるんだろう?」

 

『・・・!』

 

その名前を聞いた瞬間、俺は雷が落ちたようにハッとして、背筋を伸ばした。

 

そうだ。今日は見に来ているかどうかわからないけれど・・・いや。きっとこの場にいなくともテレビか何かで俺の勇姿を見守ってくれている筈だ。

 

遠く離れた相棒に、こんなだらしない姿は見せられねえ。前脚を強く踏み込み、首を伸ばしてバタバタと振るい臆病な考えを追い払う。

 

『おし!もう大丈夫だぞ!』

 

ヒヒンと力強く鳴いて、獅童さんにいつでも行けるぞと声をかける。

 

「たった一言でこんな・・・やっぱり君は・・・いや、何でもないよ」

 

『何でもないってなんなんだよ、獅童さ・・・』

 

 

『ワアアアアアア・・・!!』

 

 

そんな俺の様子を見た獅童さんが珍しく悔しそうな顔で何か言いかけて、それを気にした俺の意識は、スタンドから上がった歓声に遮られた。

 

何か起きたのかと驚きかけた俺を、場内に響き渡る淡島アナの声が平静へと引き戻す。

 

『スターターが台に上がりました、第35回スプリンターズステークスG1、いよいよファンファーレです!』

 

そうか、ファンファーレだ、と理解すると同時に聞き慣れた旋律が流れ出した。

 

 

 

 

♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜

 

 

 

 

 

 

 

♪♪♪♪〜♪♪♪♪〜

 

 

 

 

 

 

 

♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪ 

 

 

 

 

 

 

 

♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

♪♪♪♪〜

 

 

「ウオオオォォァァァァァァァ!!」

 

 

 

大観衆の声が生み出す音の大波が、中山の隅から隅までに広がっていく。

 

とはいえ、スプリンターズステークスのスタート地点はスタンドのほぼ真反対。ほとんどの馬は影響を受けることもなく、黙々とゲート入りは進んで。

 

 

『最後は大外フィールドスパート収まって・・・体制完了。この高速馬場で、67秒の壁は破られることになるのか!』

 

最後は押し込まれるようにして3歳のフィールドスパートがゲートに入って、体制完了だ。

 

電撃の6ハロン。泣いても笑っても、1分少々後には、俺たちはゴールラインを割っているだろう。

 

その時先頭にいるのは・・・俺だ!!

 

 

『スタートしました!』

 

俺はゲートから光が射したその瞬間、扉を押し破るくらいのつもりで飛び出した。

 

 

『ややばらついたスタートォー・・・しかし好スタートはテネシーガール、快速ですね!』

 

馬群の先頭へ飛び出していったのはテネシーガールちゃんだった。淡島アナが褒めるくらいの快速を活かし、いつものように逃げ切りを図るのだろう。

 

俺も過去一と言っていいほどの抜群のスタートを切れた筈だが、それでも何頭かの馬の加速に置いていかれてしまったし、こりゃスタートダッシュも課題だな。速すぎてもあれなんだろうけど。

 

 

『あれ、思ったよりも行かないんだねっと!』

 

『えっ!?』

 

先頭では、抜群のスタートを決めたはずのテネシーガールちゃんを交わしてダイタクヤマトが先頭に躍り出ていた。こちらも良いスタートを切っていたようだな。

 

『あダイタクヤマトいいスタートォ!!』

 

そこで淡島アナもようやくその存在に気づいたのか半ばヤケクソ気味?にダイタクヤマトの名を呼ぶ。おいおい。

 

『ちょっと!そこは私の場所よ!』

 

『その間からメジロダーリング真中敏晴が乗り代わっている、押して行く押して行く!!メジロダーリングが行きます、それに続いて上がっていくのがユーワファルコン!さあその二頭の仕掛け合いになった!』

 

しかし更にそこにメジロダーリングが加わって、無理矢理レースの主導権を奪い取って。

 

『これが正々堂々、オレの戦い方だ!』

 

それにユーワファルコンも連れて上がっていき、二番手へと取り付いた。

 

 

『(・・・やべー、かなり早くなりそうだ)』

 

現状、俺はトロットスターの内側、内ラチ沿いを回っている。前からの順位で言えば、6、7番手と言った位置だ。

 

最初の200mを走ったが・・・12秒切ったんじゃねぇか?

 

このレース、出走する前から分かりきっていたことだったがかなりエグいペースになりそうだな!前に行った奴らの脚は持つのだろうか。

 

『ダイタクヤマトは3番手になりました』

 

前を行っているダイタクヤマトとテネシーガールちゃんの鞍上もこのままでは自爆してしまうと踏んだか、少しペースを落とした黒鹿毛と栗毛の馬体が馬群へと近づいてくる。

 

『その後ろですがブレイクタイム、外を回ってはテネシーガール、あと真ん中からはゼンノエルシドこの位置、好位置につけている』

 

『・・・』

 

俺の目の前に集中した様子で走る真っ黒なケツの持ち主が、ゼンノエルシド。最終追いきりの時、俺が本調子ではないような走り方をしたせいで、どういう訳かこいつが一番人気に押し出されているらしい。

 

『内から二頭並んでセキトバクソウオーとトロットスター馬体+24kg!外を回ってトキオパーフェクト、内の方からシンボリスウォードがいて、外からフィールドスパートやや出負けした感じ』

 

『(・・・!後800!)』

 

レースは中盤、そろそろコース取りを踏まえた位置取りをしなければならないのだが。

 

『・・・くっ!』

 

目の前には変わらずゼンノエルシド、外側にはトロットスター、後ろに下がろうにもシンボリスウォードがいて、最早自力ではどうにもならない馬群の檻に閉じ込められていた。

 

・・・藻掻くしかなかった高松宮記念の光景が、頭に浮かぶ。

 

「大丈夫だよ。焦らないで」

 

こうなったらゼンノエルシドの外をこじ開けていくか、とさえ思い始めた時、獅童さんが手綱を握りしめた。

 

『獅童さん、でもよ!』

 

「いいから。まだ、ダメだよ」

 

『・・・!?』

 

とにかく手綱が緩まない以上加速もできないし、何がいいのかわからないまま、獅童さんがそう言うならと俺はその場に留まるしかなかった。

 

 

『その後方からは二頭が離れまして、3コーナーのカーブでジョンカラノテガミが最後方、ビハインドザマスク、幸長福一は切れ味に賭けます3コーナーのカーブ!』

 

後ろにいるのは・・・ビハインドザマスクか。彼女は昨年のセントウルステークスで全力でやり合い、故障するくらいの無茶をして勝てた相手だ。その強さはよく知っている。

 

正直その後ろ、ジョンカラノテガミって奴は未知数だ。

だがあまり聞いたことのない名前ではあるし・・・こっちはあまり気にしてもしょうがないか?

 

っと、カーブカーブ!

 

足の運びをピッチに変えて、最内をロスしないように回っていく途中、俺に向けた獅童さんの囁きが聞こえる。

 

「バクソウオー、そのままちょっと遅くてもいいから真っ直ぐに曲がってくれるかい?直線に向いたら、内に斬り込むよ」

 

真っ直ぐ曲がれ!?獅童さん、また無茶を言いなさるな。どうやら最内を狙うらしい、が。中山の第4コーナーと言えば相当な小回りなんだよな。

 

『やっぱり開かないか・・・』

 

しかし、前を見つめても見えるのは馬群、馬群、そして馬群。

 

・・・仕方ねぇ。どうせやらなきゃ勝てねぇんだろ?

 

『俺の適正、仕事してくれよ・・・!』

 

さぁ、右回り巧者の真髄、見せてやろうじゃねえか!

 

 

『さぁメジロが行った!メジロダーリング!急遽乗り代わった真中敏晴が行っています!1馬身のリード!』

 

そろそろその第4コーナー、そして直線に差し掛かろうかというところで先頭を駆けていくのは、メジロダーリング。

 

快速自慢が集うG1で1馬身開けるとは。やはり相当な速さの持ち主なんだろう。

 

『2番手ユーワファルコン、外目からテネシーガールは3番手の競馬を選択した谷町勝彦』

 

2、3番手にいるのは、メジロダーリングに対抗して序盤から飛ばしていた逃げ馬二頭だが、両者ともに息が荒い。特にテネシーガールちゃんは酷いな。ペースに振り回されちまったのか?

 

『・・・嘘、嘘嘘嘘・・・!悔しい・・・!!』

 

・・・やはり、実況されてすぐにテネシーガールちゃんは力尽き、ズルズルと後ろに下がってきた・・・彼女だけじゃなく、避けた他の奴にもぶつからないよう注意しねぇと。

 

それを呆然と見ているユーワファルコンも最早余力を残していないようで、鞍上が手綱をしごいてもその脚が加速することは無かった。

 

『ありゃあ・・・あれはあれで、仕方ないけど、ね!』

 

『おっと!逃しませんよっと!』

 

それと入れ替わるように、4コーナーを待たずしてダイタクヤマトと、それにぴったりと合わせるように、外のブレイクタイムの手綱が動いた。

 

『その真ん中を突いてはブレイクタイム、内からじわじわダイタクヤマト!ダイタクヤマト江戸明、ディフェンディングチャンピオンはちょうど馬場の真ん中だ!!』

 

『勝負を挑んでくる姿勢は立派だけど・・・君に追いつけるか、な!』

 

『ぐぁっ、しまった!』

 

そのままダイタクヤマトはユーワファルコンとブレイクタイムの間を割るように加速し、外へと押されたブレイクタイムは大きく後退してしまう。

 

 

「・・・っ!バクソウオー!耐えて!!」

 

『ふんぬあぁぁぁぁアアア!!』

 

それを横目に、俺は今小回りの第4コーナーの遠心力と戦っている。

 

「頑張れ!あと少しだ!」

 

『んぎぎぎぎぎぎ!!』

 

外に振られないよう右サイドの脚で懸命に踏ん張って、それでも持っていかれそうになったからハミを噛み締め、内ラチに馬体を擦りそうなほどのコースを通りながらカーブの終わりを目指す。

 

最内も最内、最強の経済コースだが・・・中山の特性上、俺以外には走ることは叶わないだろう。

 

『あいつ蹄にスパイク付けてるんだろ!』とか『馬じゃなくてバイクじゃないか?』とか根も葉もない言葉が内外の差で後ろへ置いていかれる連中から聞こえた。いや、馬だよ!ちょっと脳ミソの中身は違うがな!

 

『・・・抜けたっ!』

 

どうだ!他の馬が大なり小なり外へ振られる中、無理矢理気味にではあるが注文通りに、『全く外に振られずに、真っ直ぐ曲がり切って』やったぜ!おまけに順位も大幅アップだ!

 

何が起きたか分からない?

 

んー・・・端的に言えばゴルシワープ、って言えば通じるか?場所も同じだし。

 

『・・・おっ?』

 

そして、身体にかかる力がふっ、と抜けた瞬間。

 

 

『道が・・・空いた・・・!!』

 

 

目の前には、誰一頭(ひとり)いないゴールへと繋がる深緑の道があった。

 

 

すかさず獅童さんのムチが飛ぶ。

 

 

「いけ!バクソウオー!!」

 

 

ああ。言われなくとも。

 

 

『分かッ・・・てらああああああぁァァァ!!』

 

 

 

ドン、と音がしそうなくらいに強く、後ろ足でターフを蹴り込んで。

 

俺は、いつの間にか目の前まで迫ったメジロダーリングへと並びかけていった。

 

 

『最内ゼンノエルシド、いやセキトバクソウオー!どこから現れた!?外に持ち出してトキオパーフェクトに!後はトロットスターがやって来ている!!さあ直線向いた!メジロだメジロだ!メジロダーリング先頭だ!並びかけるセキトバクソウオー!内の方から二頭、ユーワファルコン、ゼンノエルシド内に持ち出している!200の標識を通過している!』

 

 

『後、少し・・・!』

 

先頭を行くメジロダーリングは、恐ろしいことにタレる気配を見せなかった。

 

・・・本当に恐ろしい程の実力だ。例年ならば彼女もどこかでG1ホースの栄誉を得ていたのだろう。

 

そう思うと少し哀れではあるが・・・既に重賞勝ちの実績があるならば、将来は確約されていると信じて。

 

『いいや、俺が、勝つ!』

 

俺は一頭分のスペースを隔てて、メジロダーリングと馬体を併せる。

 

『君・・・!また会ったわね!今日は譲らないわよ!』

 

『それはこっちのセリフだ!』

 

正直脚色の差で楽に交わせると思っていたのだが、斤量2キロの差が想像以上にその溝を埋めていた。

 

『んぐぅ・・・!中々やるな!』

 

『はぁ、はぁ、しぶといわね・・・!』

 

お互いに交わしきれず、しかし抜き返しきれずを繰り返し、よもやこのままゴールへと飛び込むことになるのかと思った瞬間。

 

 

『メジロかセキトか!メジロかセキトか!最内ゼンノエルシドは行き場を無くしたか!?外からダイタク!!外からダイタクッ!!』

 

 

『僕だって、このままじゃ、終われないんだーッ!!』

 

 

外から、必死の形相のダイタクヤマトが、意地と言わんばかりに再び伸びを見せる。

 

だが、すまないな。

 

俺が待っているのは、お前じゃない。

 

 

『真ん中を突いて!トロットスター来た!トロットスター来た!トロットスター来たッ!!』

 

 

『お待たせしましたっ、てね!』

 

 

・・・来た。

 

春と全く同じように風を切る音を携えて、遂に奴が爆発的な加速で、やって来た。

 

 

春のスプリント王者、トロットスター。

 

さあ、雪辱の時だ。

 

 

『さあ!勝負だよ!!』

 

『おいでなすったな!!』

 

『うん!』

 

律儀に会話しながらも、やはりその脚はスピードを緩めない。

 

距離は残り100mも無いというのに、俺とメジロダーリングの間を通ってあっさりと追いつき。

 

 

そのまま抜き去・・・らせる訳には、いかねぇんだよ!!

 

 

「行こう、バクソウオー!!」

 

『・・・勿論ッ!』

 

・・・恐らくこれが、獅童さんにとっては、俺に乗って出走する、最後のG1。

 

獅童さんはベテランの騎手だから、慣れているのか態度や言葉にこそそれを出しはしなかったけれど。

 

俺と、獅童さんを結ぶ、この手綱が。

 

勝てなかった時の悔しさを。

 

何気ない日常の楽しさを。

 

いつも無茶をしてしまう俺への気遣いを。

 

 

・・・そして、迫る別れに対する惜別と、悲しみを。

 

いつだって。今だって。

 

強く、強く。伝えてきたから。

 

 

 

『故障・・・上等だああああ!!』

 

ひょっとしたら骨がへし折れてしまうかもとか、もう二度とターフに立てない可能性があるとかそんな事は忘れて。俺は完全なストライド走法を繰り出した。

 

『・・・! おお、やるねえ!』

 

俺と並ぶようにして馬群から抜け出したトロットスターは、ただ感嘆したように装っていたが、俺は一瞬、その表情が強張ったのを見逃さない。やはりこいつも、生身の馬だ。

 

『ぐぅ・・・!』

 

しかし、その直後。俺の脚にもビリビリと痛みが走り出す。

 

・・・そうか、合宿中の坂路調教でパワーが付いたせいで、負担がより増したのか。

 

だが、それが何だ。痛みなんて、後でいくらでも治せる。

 

けれど・・・G1の栄光は。

 

このレースの結果だけは。

 

 

『並んだ並んだ!トロットスターか!セキトバクソウオーか!二頭が!!まーったく並んだ!!』

 

 

“今”しかねぇんだよ。

 

 

『ぐ、あ・・・がああぁぁぁ!!』

 

 

全く意味をなさない音の羅列を、滅茶苦茶に喉から絞り出して脚の痛みを意識の彼方へと振り切った。

 

その刹那、ほんの少しだけ、隣を走るトロットスターと目が合って。

 

『・・・ひっ!?』

 

何故だか俺を見て怯むような小さな声を上げたトロットスター。失礼な奴だな、と思いながら一つ、二つと大きく大地を蹴りつけると、面白いように差が開いた。

 

 

『しかしセキトだ!セキトバクソウオー抜け出した!セキトバクソウオー!セキトバクソウオー!!』

 

 

そして、その差を詰まらせないまま、視界の右側を『何か』が通り過ぎて。

 

 

 

『セ゛キ゛ト゛バ ク゛ソ゛ウ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛! ! ! !』

 

 

 

淡島アナが俺の名を叫んだのが聞こえた。

 

 

 

「はぁ、はぁ・・・!バクソウオー!?もういい!もういいよ!」

 

『・・・はっ!?』

 

何が起きているか、起きたのかなんてどうでもいい。

 

 

ただ、獅童さんに強く手綱を引っ張られてスピードを落としたところで、ようやく正気に戻った俺は、レースが終わったらしいと気がついて。

 

「バク、ソウオー・・・!良くやった・・・!本当に、良くやった・・・!!」

 

背中で俺を称え、鼻を啜る獅童さんの声を聞いて初めて自分の置かれた状況を理解して。

 

 

『・・・おいおい、まさか、これって・・・』

 

 

『最後はトロットスターに半馬身差、セキトバクソウオーが見事世代交代を告げるG1初制覇!』

 

 

夢じゃないのか?とも思ったが、脚の痛みと、淡島アナの実況がこれはリアルの出来事なのだと教えてくれた。

 

 

『俺、の・・・』

 

 

だったら。この胸に溢れ出る感情のままに、思い切り叫んだとしても・・・構わないよな?

 

 

『俺の、勝ちだああああああッ!!』

 

 

俺は、G1勝利という事実に酔うように、高く咆哮した。

 

 

「うわぁっ、とと・・・もう、君も嬉しいのかい?」

 

 

『おっと!悪りぃな・・・っと、もう一つ仕事があるんだった』

 

それでバランスを崩しかけた獅童さんに謝りつつも、大切な仕事を思い出して速歩でスタンドの方へと踵を返す。

 

 

脚は・・・うん、少し痛むけどこれなら大丈夫かな。

 

俺の動きの意図を理解した獅童さんが、ああそっか、と漏らして。

 

「そうだね、ウイニングランだ」

 

 

 

『ご覧下さい!セキトバクソウオーが今戻って来て・・・ウイニングラン!2001年、スプリント新世紀!ここに新たな王者が誕生しました!!』

 

 

雲の隙間から射した夕日を浴び、より一層赤みを増した馬体を輝かせながら第一コーナーから直線へと駆け戻るセキトバクソウオーを、観客たちは拍手と大歓声で迎え入れたのだった。

 




我ながら、第一部、完。感がすごいw
勿論まだまだ走りますよ!

・今回の史実被害馬


・トロットスター 牡 鹿毛
父 ダミスター
母 カルメンシータ
母父 ワイズカウンセラー


・被害ポイント
スプリンターズステークス優勝→二着


・史実戦績
34戦8勝


・主な勝ち鞍
高松宮記念 (G1)
スプリンターズステークス (G1)
など


・史実解説

本来ならばシンボリルドルフが種付けされる予定だった母が暴れ、急遽相手をテクニシャンと名高かったダミスターに変更して誕生した経緯を持つ。

1999年1月の4歳新馬(東京 ダ1200)でデビューするも2着に終わり、立て直して3週間後の2回目の新馬戦(東京 ダ1400)で見事勝ち上がる。

その後中山、阪神、中山と3回ともダート1200の500万下を使われ、4着、2着と着実に成績を上げた後、3度目の正直で勝ち上がった。

重賞初挑戦となった京都4歳特別(G3 芝2000)では10着に大敗しているが、あとから見れば芝2000という距離が長すぎたのだろう。

中日スポーツ杯4歳ステークス(G3 芝1200)2着を挟んで福島の1600万下条件戦、みちのくステークス(芝1200)に出走し、見事勝利した。

その後年内はスワンステークス(G2 芝1400)、富士ステークス(G3 芝1400)、スプリンターズステークス(G1 芝1200)と重賞を3戦するが、それぞれ6着、4着、7着に終わった。

年が明け、緒戦のガーネットステークス(G3 ダ1200)こそ11着に敗れたが次走のシルクロードステークス(G3 芝1200)では不良馬場の中2着に健闘。

その後の6戦は重賞2着2回を含む、勝ちきれない競馬が続いたが、11月のオープン戦、オーロカップ(芝1400)を勝利したのをきっかけに覚醒。

CBC賞(G2 芝1200)、シルクロードステークス、高松宮記念と4連勝で初G1制覇を飾った。

流石に馬体が減りすぎていたか、距離が長かったのか安田記念(G1 芝1600)では一番人気を裏切り14着と大惨敗。
だが、馬体を戻した秋のスプリンターズステークスでは、インコースから馬群を掻い潜り、2着のメジロダーリングにクビ差で勝利した。

しかしこの勝利で燃え尽きたのか以降の9戦は良いところなく負けを繰り返し、貪欲に地方交流レースにも挑戦したが勝利を得ることは叶わなかった。

CBC賞の13着を最後に引退、種牡馬入りしたが産駒デビュー前に別のオーナーに購買され、2006年に韓国へと渡った。

しかし年間種付けが10頭あるかないかの状況で血を残せるはずもなく、2015年、19歳で亡くなった。死因は公表されていない。

日本に残された子の中から、クオン(母ファーストステップ)が未勝利戦で勝ち上がり、産駒中央初勝利を上げている。

・代表産駒

キラキラジェリー 牝 (母ゴールデンレフティ)
地方43戦14勝 主な勝ち鞍 B12 菊桜特別

クオン 牡 (母ファーストステップ)
中央42戦1勝地方28戦0勝 主な勝ち鞍 3歳未勝利


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本走を終えて 宴の時

セキト、スプリンターズステークス制覇。

いよいよその時歴史が壊れた状態が始まります。


「よくやった!」

 

ウイニングランを終えて地下馬道へ戻るなり、響き渡ったのは俺たちを迎えに来た満面の笑みを浮かべた太島センセイの声だった。

 

獅童さんも何度も何度も俺にありがとう、ありがとうと言いながら首の根本を叩いてきて、俺はこれ以上なく褒めちぎられているのだろう。 

 

『ヘヘ・・・』

 

勿論それは俺が相応しいことをやってのけたからなんだが、今までそんな経験がなかったからな。イマイチ

実感がわかないし、それと・・・なんだか照れくさくなってきた。

 

 

「あの・・・すみません、言いにくいんですけど・・・後検量をお願いします」

 

そうして勝利の余韻に浸っていると、「1」のゼッケンをつけた係員さん・・・バレットさんって言うんだったかな。ブーツとか勝負服とか、騎手の身の回りを世話してくれる人が獅童さんにそう促す。

 

後検量とは、レースの後の検量のこと。もう一度斤量を計ってレースの前と違いはないか、ズルをしてないかなんてのを調べるんだ。

 

勿論我らが獅童さんは清廉潔白、正々堂々勝負していたわけだからすぐに終わって解放されることだろう。

 

「おっ、すみませんね、今行きます!」

 

バレットさんに応えた獅童さんが、ようやく俺の背から降りた。ついでに俺がつけていた鞍とゼッケンも回収され、遮断されていた外気が触れたせいか背中がスースーする。

 

そのまま検量室に入った獅童さんは他のジョッキーに何やら言われているようだったけど、その笑みが決して悪い言葉ではないのだと安心させてくれた。

 

それとあれは・・・トロットスターに乗っていた蛇井騎手か?その人と一言二言、身振りを交えて話す中で獅童さんが驚愕したような表情を見せる。

 

何だ?何を話しているんだ?

 

距離自体は大したことはないのだが、分厚いガラス越しでは馬耳でも会話の内容を捉えることは叶わないのである。

 

 

結局獅童さんは数分ほどで俺の元へと戻ってきた。

 

『おー、おかえり』

 

「ただいまバクソウオー・・・聞いたかい?」

 

やっぱりすぐに検量から解放されたな。しかし俺の側まで帰ってくるなり呆然とした様子でそう尋ねてきて。

 

一体何をだ?首を傾げながらさっぱり見当がつかずにいると、信じられない、といった様子で獅童さんが喋りだす。

 

「タイ厶が・・・レコード更新・・・だって・・・」

 

『ほー、レコード更新なぁ・・・レコード更新ッ!!?

 

俺はどうせ大したことじゃないだろうとどこか他人事のような顔をしていたのだが、大したことあったよ!!

 

ああ、なんてこった。そういえばそうだった。

 

このスプリンターズステークス、本来の歴史ならばトロットスターがレコードホルダーになっていた筈なのだ。

 

それをぶち抜いたんだから、そりゃあ俺がレコードホルダーになるわな・・・。

 

しかし、ええと。これは大変なことをやらかしてしまったかもしれねえ、と、勝ったはずなのに気が重くなってきたぞ。

 

 

というのも前のレコードタイ厶、1分7秒0。俺の親父(サクラバクシンオー)が記録したものなんだが・・・記録されてから7年間、このレースまで7秒台を切るどころか、7秒台前半にすら迫れていなかったんだよ。

 

95年、ヒシアケボノの1分8秒1。

 

96年、フラワーパークの1分8秒8。

 

97年、タイキシャトルの1分7秒8。

 

98年、マイネルラヴの1分8秒6。

 

99年、ブラックホークの1分8秒2。

 

00(2000)年、ダイタクヤマトの1分8秒6。

 

 

そして今年。俺のタイ厶が。

 

“1分6秒9”。

 

 

・・・先程の名馬たちのタイムを見て頂ければ、これが如何にバケモノ級なのかお分かりいただけるだろう。

 

いや、勿論メジロダーリングを始めとする逃げ馬勢がペースを釣り上げたのが原因なんだろうが、それにしてもいきなりコンマ1とは言え更新かぁ・・・今頃スポーツ新聞社は大忙しだろうなぁ。

 

なんて遠い目をしながら思っていると。

 

 

「セキターーン!」

 

地下馬道の遠くから、俺を呼ぶ声が響いてきた。おぉ、懐かしのこの声は!

 

『朱美ちゃん!』

 

「セキタンっ!すっごくカッコよかったよっ!お疲れ様!!」

 

久しぶりの朱美ちゃんは、俺にもたれかかるように首をぎゅう、と抱きしめる。ちょっと苦しいけど、むしろご褒美。

 

『・・・いいなぁ』

 

その時、ふと隣から聞こえた声の主はトロットスター。ジト目でこちらを見ながらそう呟いていた。

 

『いいだろ』

 

こちらがそう自慢してやれば、トロットスターは『ふん、勝ってもボクの所に来るのは男の人だもん!』と言いながらそっぽを向いてしまった。ちょいとやりすぎたかな。

 

「さて、そろそろ勝者の努めを果たす時間だぞ」

 

「そうですね。じゃ、バクソウオー。ちょっとごめんね・・・」

 

太島先生の言葉に、獅童さんが手に持っていた鞍を、再び俺の背に乗せる。

おっと、そろそろあの場所に行かなきゃだな。

 

 

勝者を称える場所である、ウィナーズサークルに。

 

 

 

 

『優勝しましたセキトバクソウオーはサクラバクシンオー産駒。G1初制覇が父子制覇となりました。母はサクラロッチヒメ、母の父はサクラショウリ、馬主は天馬朱美、調教師は美浦の太島昇。生産者は新冠町マキバファーム・・・』

 

『(あ、そっか、この時代ってまだ親父の産駒でG1馬がいなかったのか)』

 

スプリンターズステークスのロゴが入った馬服を着けられ、クールダウンも兼ねて撮影の準備が整うまでぐるぐると歩いている中、俺の紹介がされていた。

 

史実におけるサクラバクシンオー産駒の初G1制覇は2002年の高松宮記念、ショウナンカンプ。つまり俺は記録を半年ほど早く押し上げたって事だな。

 

『いやあ、それにしても素晴らしいレコードでしたね、父の記録を息子が破った訳ですが』

 

尺が余ったのか、淡島アナが解説の人と談笑を始めた。こういうところは昔から相変わらずなんだな、アワシマバクシンオー。

 

「レコード・・・!そうか、バクシンオーを、超えたか・・・」

 

太島センセイは俺を引きながらその言葉を聞き、空を見上げるようにして思い出を懐かしんでいるようだった。

 

・・・太島センセイは、その大記録が記録された瞬間、彼の馬の背にいた張本人だからな。なにか色々と思うところはあるのだろう。ここはそっとしておこう。

 

 

やがて準備も整い、馬服を脱いだ代わり、遂にスプリンターズステークスのレイが俺の首に掛けられた。

 

『これが、G1の優勝レイか・・・!』

 

重さは、ない。

 

しかし、積み重ねられてきた歴史と伝統が、心にずしりとのしかかる。これからはこれを背負って走らなければならないのだ。

 

負けてたまるかよ、と思いながらふと顔を上げれば、中山のターフが目に映る。

 

 

『・・・!?』

 

そこに今の俺と同じようにレイを携えた歴代の名馬たちが立っているような気がした。

 

そして、目を離せない、なぜだか惹きつけられてしまう幻影が、ひとつ。

 

そんな俺の視線に気がついたのか、鹿毛の馬体に星を抱いたそいつは不敵に笑った。

 

『僕に追いつけるかな?』

 

そう言われた気がして、思わずこちらも口角を持ち上げながら言い返す。

 

『・・・勿論!』

 

その答えに満足したのか、そいつは大きく頷き、俺が瞬きをすると幻影たちは皆、姿を消していた。

 

「どうした、セキト」

 

呆気にとられる俺に、太島センセイが声をかけてきた。

 

『いや、ちょっと。レースに当てられたかな・・・』

 

何度瞬きをしたり、ターフを見直したりしても二度と奴らは現れなかったし、ひょっとしたら俺の幻覚だったのかもしれねえ。

 

けれども。

 

俺もいつかあの馬たちの中に加われるような、そんな奴になりたいと思うのだった。

 

 

写真撮影までの合間に、久しぶりに薪場のおっさん(海岸線はやっぱりまた下がってた)と出会って、今世のお袋(サクラロッチヒメ)のお腹に俺の全弟か全妹が入っていると朱美ちゃんと話していたり、太島センセイに牧場を見に来ないかとお誘いをかけたりしていた。

 

たくましいな・・・というかこのくらいじゃないとこの業界で生き残れないか。

 

それからいよいよ口取り写真を撮影するってなった時、俺の横に関係者と称してずらりと人が並んだんだが。

 

ひいふうみい・・・いや何人いるんだよ!パッと見じゃあ数えられないくらいの人数だし。

 

特にその辺の冴えないメガネの男性とか初めて見た顔もいる。本当に一体どこにいたんだろうな・・・って朱美ちゃん?え、何人かは会社の知り合い?いいのかよっ!?

 

 

 

 

そして、なんやかんやと夕闇と共に賑やかな宴は終わり、静けさを取り戻した競馬場と厩舎には、いつも通りの日常が戻ってくる・・・筈だったんだけど。

 

「これは・・・すごいことになりましたね」

 

「ええ・・・私だってこんなこと初めてですよ・・・」

 

「どうしよう、これ、すごいことですよね・・・」

 

太島センセイと、馬口さんと、朱美ちゃんが。俺の馬房の前で3人揃って、「HKJC」のロゴが入った名刺を差し出す見知らぬスーツの男を出迎えている。

 

あんた誰なんだよ。と思っていたら、向こうの方から慣れた様子で自己紹介を始めていて。

 

「どうも、はじめまして。私、HKJC・・・香港ジョッキークラブの(チャン)と申します」

 

 

そう名乗った彼は、海の向こうからの使者だった。

 




何が起こるか一足先に知りたい方は

2001年 香港国際競走 で検索ぅ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

香港への誘い

今回、遠征に関しての要項はジャパンスタッドブック・インターナショナル様の、2021年版の概要を参考にしております。

この時代の本来の制度とは差異が発生する場合がありますが、その場合はご教授いただければ幸いです。


「いやあ、日本に赤兎馬のような馬がいる、とは聞いていましたが・・・まさか本当にそのような馬がいて、しかもG1を勝つとは!」

 

俺の目の前で目を輝かせながらそう語るのは、HKJC・・・香港ジョッキークラブから招待馬を探すために日本に遣わされた陳さん。

 

おおー、とか本当に赤い!とか、興奮を隠しきれない様子からは、この人は仕事だからとかそういう事じゃなくてマジの馬好きなんだと言うことが伝わってくる。

 

「あの・・・家のセキトを褒めてくれるのは嬉しいのですが、レースの後でもありますし、その、用件を・・・」

 

そんな陳さんを見かねたのか、センセイが控えめに用件を促した。

 

正直言ってナイスだ。いつもならこういった熱烈なファンにはそれなりにサービスしたりするんだが、生憎今日はG1の激走が堪えていて、身体が怠いんだよ。

 

「あっ!ああ、これは大変失礼いたしました!」

 

そう言われた陳さんは恥ずかしそうに軽く頭を下げ、ネクタイと表情を引き締めてから本題に取り掛かる。

 

「手短に話しますと・・・セキトバクソウオー号を、我が国で行われる香港国際競走に招待したいのです」

 

香港国際競走。

 

距離が短い順から、香港スプリント、香港マイル、香港カップ、そして香港ヴァーズと4つのG1が一日で行われる、香港競馬のお祭りだ。

 

距離が近い、環境が近い、近い時期に似たような距離のG1がない・・・と日本からしてみればいろいろと都合が良く、4つのレース全てに日本から遠征した勝ち馬がいるのも特徴的だな。

 

とはいえ香港勢も負けておらず、毎年アメリカやヨーロッパからの刺客も迎えて激しいレースが展開されている。

 

そこに招待されるとは、競走馬として大変栄誉のあることだ。

 

「それってセキタンが強いから、ですよね!うれしいなぁ・・・ってあれ、太島さん?馬口さん?」

 

「嬉しい、には嬉しいのですが・・・」

 

「うーん・・・」

 

しかし、喜びを顕にする朱美ちゃんとは対象的に、馬口さんとセンセイの2人は渋い顔だ。

 

やがて、センセイの方が口を開いて、陳さんへと説明する。

 

「すみません、レースの疲れもありますから、出走の可否は今すぐに、という訳にはいかないですね」

 

その言葉を聞いた朱美ちゃんもあ、そっかと納得した様子を見せていて。

 

陳さんもまた、それはそうですよねと大きく頷いてから言葉を紡ぐ。

 

「ええ、大丈夫ですよ。それにもし出走するとなったら指定の期日までに連絡を頂ければ・・・輸送費と、滞在費の一部はこちらが負担しますので」

 

「なんと!」

 

噂に聞いたことはあったが、と太島センセイ。

 

そうなんだよな、香港に海外馬がよくやってくるのはこの好待遇もあると思うんだ。

 

結局その後、是非前向きにご検討下さいと陳さんは資料一式を太島センセイに渡して帰ってしまったが、俺個人(?)としては出走したいところだな。

 

だってせっかくの海外だよ?ヒトの時には全く縁の無かった海外旅行だよ?

 

脚元のダメージ次第ではあるが・・・うん、今回は痛みが若干あるものの骨折とかのやばい痛みじゃない。時間が解決してくれるだろう。

 

問題は、その時間がどのくらいかかるかってこと。一、二週間で復帰できるなら全然問題じゃないのだが。

 

「さて、問題は・・・セキトの脚ですね」

 

ほら、センセイもこう言ってるし。

 

「資料によると、検疫も含めて8日前には香港に着いておくのを勧める、検疫厩舎次第では早めの入厩も可能、と書いてありますね。そう考えると・・・調整なども含めて遅くとも12月の頭には着いておきたいところです」

 

もし香港に行くならですが。と付け足してセンセイは朱美ちゃんを見やる。

 

「そっか、私が馬主だもんね・・・。セキタンが外国のレースに呼ばれたのはすごいけど、無理はしてほしくないなぁ」

 

腕を組んで頭を悩ませる朱美ちゃんの、心配そうな目線が俺の脚元を見ていた。

 

「・・・幸いなことに獣医が言うには今の所特に大きな問題はなく、多少痛みがあるくらいだとのことです。油断は禁物ですが、間隔を開けてしっかり休ませれば大丈夫でしょう」

 

「そうなんですか!よく・・・は無いけど、治るなら良かったよー」

 

どこか自身も安堵したようなセンセイの言葉に、朱美ちゃんも大きく息を吐いてから俺の首やら頭やらを撫で回してきた。

 

「間隔を開けるってことは・・・次は、あっ」

 

そのまま次のローテーションを思考する中で、あることに気がついたのか声を上げる。

 

「そうなんです。次に出たい時期と、香港のレースが見事に被るんです」

 

うむ。そういうことになるな。

 

「セキトの傷が癒えたらですが、国内よりもハイレベルな国際競走で、セキトがどこまで通じるか・・・試してみたいですね」

 

「・・・もし、出るとして。仕上がりますか?」

 

センセイの言葉に不安そうに尋ねる朱美ちゃん。

 

そのセンセイは、にこりと微笑んでからいい知り合いがいるんですよ。と自信ありげに胸を張る。

 

「仕上げてみせます・・・とは言っても私が付きっ切りになる訳にも行きませんから、現地の調教師に頼む形にはなりますが、大丈夫です」

 

『彼』の腕は確かですから。と。そう言い切ってみせたのだった。

 

 

 

 

さて、そんなこんだで約2ヶ月。療養・・・とはいっても厩舎でゴロゴロさせては貰えず、寧ろ太りすぎないようにとプールで泳がされまくった。

 

ここだけの話。前世の俺、カナヅチだったんだよね。

 

今世では馬になったお陰か、泳ぎはできないって訳じゃないが・・・何回溺れかかったことやら。

 

センセイや通り掛かった人たちには「とてもG1馬とは思えない」って言われたって言っとく。

 

それでもきちんと脚元を保護しながら体重を落とすって役割は果たしてくれていたらしい。脚元も完治したし、コースだって軽く走っても平気だった。モーマンタイ。

 

え、この腹?これは輸送減りを考慮してだな・・・とにかく、ヘッタクソなりにひたすら泳がされたお陰で俺は無事ここにいる訳であって。

 

・・・周りを見渡せば広大なアスファルトの敷地に、無数の飛行機。時折轟音を轟かせながら空へと飛び立っていく機体もあった。

 

そう、天下の羽田空港だ。祝香港遠征決定である。

 

見上げた空は真っ黒で、管制塔の明かりが星の代わりに瞬いている。競走馬へのストレスと一般人への影響を考慮して、基本日本から経つときは深夜か、早朝だからな。

 

・・・なんだけど、やっぱりというかなんというか、馬運車から飛行機に向かう短い道中にもマスコミ連中はしっかり湧いてる。こいつらちゃんと寝てるのか?

 

「セキト、行くよ」

 

『おう』

 

俺の心配を他所に、馬口さんがそっと引き手を引っ張ってきた。

 

『(おっ、あれは・・・アグネスデジタルに、ダイタクヤマトか)』

 

ふと顔を飛行機に向ければ、見知った奴らも続々と乗り込んでいて、ついに俺の順番がやって来たようだった。

 

今回、向こうさんの事情で俺たち日本馬は一つの飛行機で香港に向かうことになっている。

 

特に問題もなくタラップを登って飛行機の中に乗り込むと、そこには何頭も相乗りの相手がいるってこと以外は馬運車によく似た空間が広がっていた。

 

『ほぉー、俺たち用の飛行機ってこうなってんのか』

 

吹っ飛んだり転んだりしない様、ストールと呼ばれる狭いエリアに固定されながら思わず感嘆の声を漏らすと、奥の方から聞き慣れない声が聞こえてくる。

 

『あ?なんだお前。この箱は初めてか?』

 

『おうよ・・・って・・・』

 

その声の主は、黒鹿毛で、少しちっちゃくて、よーく目を凝らせば、額に小さな星があった。

 

しかも、この、なんだかガラの悪い感じ・・・まさか。

 

『す、すすす・・・ステイゴールド、さん!?』

 

『おー、オレのことを知ってんのか!なかなかやるじゃねーか!他の奴らは全然ヒマつぶしにもならなくてよ』

 

なんてこったい。豪快な笑顔を浮かべながら退屈そうに言い放った言葉で気がついてしまえば、隣のダイタクヤマトなんて凍ったように動かないし、一つ後ろのエイシンプレストンは必死に気配を消している。

 

さらにその隣、こいつだってかなりのクセ者のはずのゼンノエルシドも必死に目を合わせないようにしているし、俺の隣になったアグネスデジタルなんか失神寸前だ。あ、もちろん恐怖の方で。

 

因みに本来の歴史で香港スプリントに出ていたメジロダーリングは俺が席を奪い取ってしまったらしい、影も形もなかった。

 

それはともかく、あの黒鹿毛は。調教師に「肉を食うんじゃないか」とさえ言わしめる程の気性の持ち主にして、三冠馬(オルフェーヴル)二冠馬(ゴールドシップ)の父親で、更には海外レース2勝・・・。

 

目の前にいるのは競馬の一時代を荒し回り、キリが無いほど数多くの伝説を残した“黄金旅程”に間違いなかった。

 

 




いざ香港へ。

次回、セキトとステイゴールド(+その他大勢)の優雅?な空の旅!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

香港行きの飛行機にて

ステイゴールドの『素直じゃないけど悪いやつじゃない』感を出そうとしたらこうなった。

・・・あれ、飛行機あんまり関係なくね?


飛行機に乗り込んでから一時間程。

 

あの後俺たちを乗せた飛行機がゆっくりと動き出し、やがて加速する感覚があったからきっと今は空の上だ。

 

次に扉が開くのは香港に着いた時なんだと思うと、改めて海外遠征の実感が湧いてくる。

 

地面からふわりと浮き上がる感覚で思わず夜景を見ようとしたんだが、俺は馬。残念ながら貨物扱いなんだよね。

 

周りを見ても相乗りした連中がいるくらいで、後は壁、壁、壁・・・そう、貨物専用であるこの飛行機に窓なんてないわけでして。

 

そんな殺風景の中、前にいるステイゴールドに全員ビビってお喋りもできず、更には事故防止で機内食(飼い葉)もなければ、吹っ飛んだりしない様に短く結ばれているから、寝転んだりもできない。

 

 

・・・いやこんなん耐えられるか!!エコノミークラスもびっくりだよ!!

 

競走馬が空輸されると体調を崩したり体重が激減するってのも頷けるわ・・・。これはもうそりゃそうなるわって感じだよ。

 

ヒトの時・・・あれは、中学だったか高校だったか、もう曖昧だがその時行った修学旅行はあれほど楽しかったのにと思い出す。

 

それと同時にあれは、例え行き先がありふれた東京タワーだろうと、よく分からないしょぼくれた寺社仏閣だろうと、最早顔も思い出せない気の合う奴らとバカ騒ぎしながら一緒に行ったから楽しかったのか、とも気がついて。

 

そう改めて認識すると、誰の発言もない今の状況がますます虚しくなってくる。

 

それもこれも、ステイゴールドの迫力が凄まじいんだよ。せっかく忘れていた前世のパワハラ上司を思い出してしまうくらいにはな。

 

長年一線級で走り続ける馬ってのはこのくらいじゃないとやってられんのかもしれんが、にしたって目つきは悪くギロギロしているし、ちっこいくせに存在感は無視できないほどのものだし・・・何というか、チンピラ?ヤンキー?そんな感じか?

 

『・・・あ?』

 

チラチラと(うかが)っていると、それに気がついたのかステイゴールドが声を発した。

 

いやだからその目つきで見られると怖いんですって。

 

馬の中には、何か気に入らなかった時や怒りを表す時に、半分白目を剥くような・・・三白眼?で相手を睨みつけるような独特な目つきをする連中がいる。

 

彼ら、彼女らの血に流れる共通の祖先の名を取って、日本の競馬ファンである人々はその目をディクタスアイと呼ぶ。

 

ここにいるステイゴールドは勿論、古くはサッカーボーイやイクノディクタス等もこの目つきをすることがあったと言うし、何なら将来的にはその血を引くオルフェーヴルやゴールドシップ、その子どもたちにも伝統芸能が如く受け継がれてゆくのだろう。

 

そんなある意味由緒正しく、歴史ある目で、俺は目の前のステイゴールドにガンをつけてられていた。

 

『い、いえ、何でもないっす・・・』

 

何とかそう返せば、『おう』と返事をしたステイゴールドは少々眠いのか何度も瞬きをし、その後にあくびを一つ。

 

確かに、体内時計に頼ると普段なら眠っている時間だ。

 

しかし今眠ってしまうと時差が・・・って、今回の移動先は香港なんだからそこまで気にしなくても大丈夫だろうか。

 

他の連中は大丈夫かと隣に目をやればいつの間にやらアグネスデジタルはすやすやと寝息を立てている。

 

こいつ・・・意外と飛行機に適応してやがる!

 

流石は変態。ここでもらしさを全開にしていくのか。

 

逆に全く眠れなさそうなのはダイタクヤマト。何度も首を傾げたり振ったりして、何だか落ち着かない様子だ。

 

年上が眠れないってのは少々意外だったな。

 

『・・・ダイタクヤマト?どうしたんだ?』

 

アグネスデジタルを起こさないよう、小声で話しかけると、あちらからも困ったように小声で『目が冴えちゃって』と返ってきた。

 

『どうする?少し話すか?』

 

『いや、うーん・・・どうしようかな』

 

確かにこういう時って、お喋りすると寝落ちできる可能性もあるけど、目が余計覚めてしまうこともままあるんだよなあ。

 

どうしたもんかとこちらも頭を悩ませていると、意外な所から助け舟が出る。

 

『よう、そこの奴。寝れねぇなら無理することはねぇ。けどよ、まず目を閉じな。そのままじっとしてりゃあ休息にはなるぜ』

 

『ちゃんと寝るに越したことはねぇけどな』と締めくくったのは何とステイゴールドだ。

 

『へえ・・・ちょっと試してみようかな、ありがとうね』

 

ダイタクヤマトもそのアドバイスを受けて素直に感心しつつ、ひとまず目を閉じてみたようだ。

 

あれ、ステイゴールドってただのヤンキーじゃないのか?

 

『えっと、その』

 

一体その休息方法をどこで覚えたのか気になったが、ディクタスアイで見られていてはとても上手く話しかけることなんてできず。

 

『何だよ、用があるならはっきりオレを呼びな、ここに入った時みたいによ』

 

結局ステイゴールドの方からそう言われたことで、ようやく名前を呼ぶことができた。

 

『すっ、ステイゴールド、さん』

 

『ああ、やっぱりしっかり喋れるんじゃねえか』

 

俺の呼びかけに満足げな笑みを浮かべた後、ステイゴールドは『で、だ。何か聞きたいことでもあんのか?』と、眠気を払うように首を振るいながら言った。

 

『あ、いや、さっき目を閉じてればそれだけで休めるとか・・・よく知ってるなって・・・』

 

『長く走ってるとな、それだけで色々覚えんだよ』

 

走りたくない時に本気で走らされない方法とかな。と今度は悪っぽい表情で言うステイゴールド。あー、確かに仮病とか、俺も使う時があるな。

 

『やっぱこの年になってくると、若い奴らと真っ正直にやっても勝てんのよ。オレがレースに出るのは次でラストだって聞いちゃいるが、正直どうなるか分かんねぇ』

 

今まで何回も引退を撤回され、ボロボロになるまで走らされ続けた挙げ句、帰ってこなくなったおっちゃん馬たちの姿を見てたらラストという言葉も信用ならなくなっちまった、とも呟いていて。

 

ステイゴールドの所属する厩舎の調教師は、名の知れた優秀な人物だった筈。必然的に入厩する馬の数も多く、大舞台までに力及ばず厩舎を去る多くの競走馬を見てきたのだろう。

 

やはりこの時代の競馬だとそれが当たり前だったのだと改めて認識させられる。いや、現代でも管理技術が向上し、生き長らえさせる為とは言え10歳とか15歳とか、すごい年齢まで走ってるのもどうかとは思うけどな?

 

ホント、そういう意味では俺もG1を勝てる様なこの身体に転生できてラッキーだった。これだけで何千分の1だよ。

 

しかしせっかくだ。少なくとももう一つ・・・いや、二つ。G1を勝てた暁には一生賄ってもらえるだろうから、もう少し頑張らねば。

 

今の段階だとG1馬とは言えカネミノブやダイタクヤマトの例があるから全く油断ならねぇんだよ。

 

あ、そうじゃなくても朱美ちゃんなら面倒見てくれる気もするけど、その資産に負担をかけたくはないからな。老後の資金は自前で稼ぐに限る。

 

 

『そのラストってのがオレにとって正真正銘のラストだ。次のレースだけは本気で走る。けれどそれっきりにしてやる。例え人間たちが撤回しようとも、ラストと言ったのはそっちだからな』

 

考え事をしていた俺を引き戻すように、ステイゴールドが力強くそう言った。

 

確か史実だと・・・これがホントにラストレース。そして、とんでもない奇跡を引き起こしてしまうのだが。

 

『それもいいと思います』

 

実はシンジケートからの種牡馬入りが決まっていて、決まった時には時期も遅かった為もう一年、と走らされた事実は、敢えて伝えない。

 

万が一歴史の流れを変えて、あの皆に愛される白いのも、黄金の三冠馬も消滅してしまった未来なんて見たくないしな。

 

ステイゴールドは俺の返答に満足したのか『だろ?』と笑顔を見せる。

 

『ん・・・』

 

その時、寝が足りたのかアグネスデジタルが目を開いて、次の瞬間には慌てたように周りを見渡した。

 

『あ、あれっ!?僕、今、女の子になってたような・・・』

 

・・・おいおい、まさかとは思うが某アプリの夢じゃないよな?

 

『なーに言ってんだよ。野郎しかいないせいで反動が来たか?』

 

ステイゴールドがニヤニヤしながらアグネスデジタルをからかった。

 

『何を言って・・・ヒェッ・・・す、すすすみませんー!』

 

反論しようとするものの、黒鹿毛の馬体が視界に入っただけでビビり倒すアグネスデジタル。いやどんだけ怖いねん。俺もまだちょっと怖いけど。

 

首を壁に向けてきつく目を閉じた姿を見て、ステイゴールドは口元は笑いながらも、顔は少々寂しそうだった。

 

しかしそれを振り払うようにして、俺を見ながら話を始める。

 

『しっかしよぉ。お前、真面目なとことか、毛色とか顔にびよーってなってるのが無い以外はちょっとアイツに似てんな、後ちょっぴりだけど俺にびびんねーのも』

 

『アイツ?』

 

ステイゴールドが思い出した「アイツ」が誰かなんて想像がつかないまま、誰なのかと尋ねると以外な答えが返って来た。

 

『隣の厩舎にいた、オレと同い年、同じ親父の栗毛ヤローだ。何回か同じレースに出たが、緑色のなんかを被ってひたすら真面目に先頭を走ってたな』

 

その言葉で何となくその正体を察する。

 

『サイレンススズカ・・・さん、ですか』

 

『おー!それそれ!たしかそんな名前だったわ!』

 

思い当たったその名前を告げると、遠征先で隣になったり割と仲良かったんだわ、とステイゴールドは懐かしそうな顔で言った。

 

しかしすぐ思い出したように真剣な顔をして、声色も惜しむような、そして忠告するようなトーンに変わる。

 

『お前もほどほどにしとかねぇと・・・アイツみたいになったら、全部おじゃんだ。全部お終いなんだからな』 

 

・・・あの、1998年、秋の悲劇。

 

大ケヤキを過ぎることなく大外へと避けていくサイレンススズカを見ながら2着に入ったステイゴールドは何を思ったのだろうか。

 

恐らく、サイレンススズカの身に何が起こったのかは理解しているのだろう。だから帰ってこないとかそう言うことは言わない。

 

嬉しそうに懐かしがる姿は一見すると割り切ったように見えたが、しかしボソリと呟いた『どいつもこいつも真面目過ぎんだよ・・・』という声。

 

それからはもっと一緒にいたかったという思いが強く伝わってきて。

 

俺も、朱美ちゃんや今頃競走馬になるために訓練しているであろう仔馬ちゃん、イーグルカフェやマンハッタンカフェにこんな思いをさせてはいけないな、とまた強く思う。

 

しかし、こうしてみると最初は恐ろしく思えたステイゴールドもちゃんと一頭のサラブレッドで、交友関係やらそういうのもしっかりとあるのだと分かって急に親しく思えてくる。

 

・・・ひょっとしたら、真面目に走らないのも、サイレンススズカの分も『無事に帰ってくる』のが目的なのかもしれないな。なんて思いつつ。

 

周りの連中もステイゴールドの語りに耳を貸す内に段々と落ち着いてきたのか、耳を済ませる度に一つ、また一つと寝息の数が増えていった。

 

 

 

俺以外の連中が寝静まった頃になって『なんで逝っちまったんだよ・・・』と寂しそうに小さく囁かれた声がぽつりと響いた。

 

それはステイゴールドのもの。恐らくサイレンススズカを偲んでいるのだろう。

 

なにか声を掛けたほうがいいかと俺が下げていた首を上げたことで、ステイゴールドもまだ起きている馬がいると気がついたのだろう。

 

『な、なんで起きてやがんだよ!?』

 

その瞬間、黒鹿毛を貫通するくらい顔を赤くして慌てたように思いっきり睨んできたが親近感が湧いてきていた俺にとっては逆効果。

 

次は一体どうするのかニヤニヤと生暖かく見守っていると、ハッとしたように目を開いて後にバツの悪そうな顔をして。

 

そっと、一言だけ吐き出した。

 

『・・・誰にも言うんじゃねーぞ』

 

素直じゃねえなぁ、と寧ろかわいく思えてしまったが、弄りすぎると旅先での仕返しが普通に有り得そうなのでここは素直に頷き、その提案に従っておくことにした。

 

『わかってますって、2頭(ふたり)だけの秘密でしょう?』

 

そう返せば、ステイゴールドも照れ隠しなのか、顔をぷいっと背けながら『俺は寝る。お前も早く寝とけって、な?』と言ってきたから、そうしておこうかな。

 

そうやってステイゴールドが一人でひっそりと友を偲ぶ中、俺もあまり慣れない馬本来の立ち寝スタイルで目を閉じる。

 

俺は他の奴と違って一度に数時間眠るから、きっと次に目覚めた時には香港についていることだろう。

 

そこにいる人は、馬は。どんな奴なのだろうか。誰が待っているのだろうか。

 

俺はそんな思いを馳せながら、眠りに就いたのだった。

 




次回、ようやく香港到着!

流石に海外の調教師はなかなか調べようがないので架空の人物となりますが、その分ぶっ飛ばした人になる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

香港到着!

気になるゲームの発売が近づいており、あまり集中できていないような・・・。

勿論今週一杯はしっかり更新させていただきますよ!


作中の中国語は検索半分、グー○ル先生半分なので合っているかどうか怪しい面もあります・・・。


『・・・んがっ!?』

 

香港へと向かう旅の途中。この馬生で初めて馬らしく眠った俺は、飛行機全体を揺らす様な衝撃で目を覚ました。

 

『んぅー・・・』

 

ステイゴールドと話してからどれくらい経ったのだろう?まだぼんやりとした頭を叩き起こすため、首をブルブルと振る。

 

『よう、ようやくお目覚めかいG1馬サマ?』

 

俺が起きたと気がついたのだろう。ステイゴールドが振り向くように顔をこちらに向け、からかう様に声をかけられる。

 

『ふぁ・・・おはよう、ございます・・・』

 

なんとか口が動くようになってきた。あくびをしながら挨拶を返す。

 

・・・ん?なんで教えてもいないのにステイゴールドは俺がG1馬であることを知ってるんだ?

 

『ハハッ、なんで知ってるんだって顔だな。隣の奴に聞いたんだよ。というかオレ以外はみんなG1勝ってるのな』

 

俺の疑問を見透かすように、彼は笑いながら言った。

 

隣の奴・・・ってダイタクヤマトか!()がひょっとしたら気にしてるかもって思って言わなかったことをこうもやすやすと・・・!

 

何で勝手に教えたんだよと軽く睨んでやろうとしたが、当の馬は目を閉じていて・・・ありゃ、残念ながらあれは熟睡中だ。起きたら絞ってやる。

 

そんな俺の目線に気づいたのだろう。ふとステイゴールドが困ったように『オレはG1とかそんなの全然気にしてねーから程々にしてやれよ』と言ったけど、それとは別問題。

 

このステイゴールドと同い年のG1馬に空気を読むって事はどういうことなのかを後で教えてやるにはどうすればいいのかと考えていると。

 

『ふあぁ・・・おはようございましゅ・・・』

 

『お、おはよう』

 

俺に続いて大きなあくびと共にアグネスデジタルが目を覚ました。

 

『あっ、二頭(ふたり)共起きたんだ。遅いよ、着いちゃったみたいだよ』

 

それに反応して、この飛行機に乗ってから初めて聞く温厚そうな声が耳に入る。これはエイシンプレストンだな。

 

『あー、さっきの揺れはそういうことか。目が覚めたのはラッキーだったわ』

 

どうやら目覚まし代わりとなったあの揺れは着陸の衝撃だったようだ。もし寝起きでいきなり移動するなんて言われた日には・・・すぐに動ける自信がない。

 

そこまで考えたところで『あっ』と小さく声を出しながらダイタクヤマトを見やると、まだまだ夢の中のようだ。どんだけ寝れなかったんだよ。

 

・・・もしかしたら、移動の時まで寝ているつもりか?もしそうだったら面白いものが見れそうだな。

 

 

みんなも大好きだろ、寝起きドッキリ。

 

 

事故もなく無事に着陸したと言えど、まだ機体の扉が開くことはない。俺たちを降ろす場所を目指し、空港の舗装された道を移動しているのだろう。

 

『もう一度勝てばオレの将来は約束されるんだ、なんとしても・・・!』

 

そんな中戦いの地に到着した事を察したのかゼンノエルシドが荒々しく闘志を溢れさせ。

 

『おーおー、張り切るのはいいけど本番はまだ随分と先らしいぜ』

 

『ヒッ・・・そ、そうなんスか・・・』

 

それをステイゴールドがたしなめ(ビビらせ?)たり。

 

『今度走るのはどんな場所なのかな・・・大丈夫かな・・・』

 

アグネスデジタルが未知の世界に臆したのか弱気な言葉を吐き出したから、俺が『今までと同じで何回か練習すると思うぞ』と説明して安心させておいた。

 

そうして5頭でなんだかんだと駄弁っている内に時間は過ぎ。

 

『・・・んぐっ、ようやくか!』

 

電車が停車する時によく似た、前方に引っ張られるような感覚を最後に、揺れが完全に収まった。

 

『着いたの?』

 

『ああ、やっとだよ』

 

アグネスデジタルに尋ねられて、俺はつい本音が混ざった答えを返す。

 

確か俺が人だった時代でも東京から香港へ行くのには五、六時間掛かってた筈だからな。

運良く若くして出世し更には結婚、幸せな家庭を築いた同級生から聞いたから多分合ってる。

 

それと比べりゃ随分グレードの落ちる旅だったなとため息をつきそうになった時、ようやく固く閉ざされていた機体後部から外の空気が流れ込んできた。

 

キンと冷えていて、実に12月の朝らしい温度だ。

 

『あっ!開いた!開いたよ!』

 

久方ぶりに見た一色以外の風景に興奮したのか、エイシンプレストンが嬉しそうに蹄を鳴らす。

 

『おいおい、蹄が欠けちまうぞ』

 

『このくらい大丈夫だって!』

 

苦笑しながらそう注意したものの、エイシンプレストンの興奮は収まらないようで、しばらく嬉しそうにしていたのが印象的だった。

 

『んっ・・・寒い、でも、いつもとあんまり変わらないんだね』

 

その一方で、アグネスデジタルは日本とあまり気温の差が無いことに驚いているようだった。

 

そりゃまあ地球は一周4万kmあるんだ、単純計算でマッハ2の戦闘機が全力で飛び続けたって20時間かかる。

 

その半分以下のスピードで飛ぶ旅客機が五、六時間で移動できる距離ならば、そこまで気候に大差はないだろうよ。

 

 

「みんな、お待たせー・・・おや、ヤマトは寝てるのか」

 

その時、タラップを登ってくる人影があった。

 

『あっ!僕の厩務員さんだよ!』

 

すかさず反応を見せたのはアグネスデジタル。そりゃ俺たちが最後尾だからな。真っ先に降りなきゃいけない。

 

「セキト!久しぶり・・・かな?」

 

『よう、馬口さん。待ってたぜ』

 

当然次に現れたのは馬口さん。輸送の間着けっぱなしだった頭絡に引き手を通して、しっかりと握って準備完了。

 

「ほら、ヤマトー、着いたぞー」

 

『ほぁっ・・・うわぁっ!?』

 

ダイタクヤマトもやって来た厩務員さんによって叩き起こされたが、何を寝ぼけたのか横になろうとしやがった。

 

当然事故防止の綱が繋がっているわけだから、それが思いっきりビンッと張り、更にそれに驚きながら飛び起きて。

 

いやぁ、面白いものが見れるとは思っていたけれど、なかなかの反応でしたな。

 

他の連中も笑いを耐えているのが伺えて、ダイタクヤマトは何も言い訳はしなかったもののしばらく気恥ずかしそうにしていた。

 

そんなダイタクヤマトの厩務員さんは一連の動きの後、青ざめた顔で脚元を触りまくり、その馬体に異常が発生していないことが確認できた瞬間大きく息を吐く。

 

まあ、人間から見れば事故一歩手前のヒヤヒヤものだもんな。

 

『ダイタクヤマト・・・こういうことがないよう、輸送の前はなるべく早く寝ような』

 

『うん・・・』

 

俺は優しくダイタクヤマトを励ました。こういう時って、からかうよりこうする方が地味にダメージ大きいんだよね。ま、勝手にプライベートな情報を流した罰ってことで。

 

年上ながら醜態を晒すこの経験が堪えたのか、ダイタクヤマトは『帰りはなんとか大丈夫だと思う』と早くも帰りの便での早寝を決意したようだ。

 

ダイタクヤマトが落ち着いた後には続々と全員の担当厩務員さんが駆けつけ、後はここから降りるだけ。

 

空港の職員さんによってストールの壁が外され、数時間ぶりに一歩を踏み出す。

 

「祝您一路顺风!」

 

その職員さんが俺たちに向かってなにか言ったが、ごめん、俺、多分・・・中国語?分からないんだ。

 

それでも笑顔だったし、悪い意味の言葉は言っていないと思ったから軽く一鳴きして、返事をしておいた。

 

「嗯、马回答・・・?」

 

職員さんはそれに酷く驚いたような顔をしていたけど、後は知らん。

 

「セキト・・・馬運車が待ってるから行こうか」

 

『はいよ。ん?馬口さん、なんでそんな顔してんだ?』

 

お、俺が1番手か。なぜだか多少困った顔をした馬口さんにそう促され、俺はタラップを一歩一歩踏みしめ、遂に香港への記念すべき第一歩を踏み出す。

 

・・・そのタラップが思ったより急な角度だった為、最後は少し駆け足気味になってしまったのは申し訳なかったな。

 

 

『・・・流石に馬運車はこうなるか』

 

香港遠征、行きの方のラストステップ。

 

いよいよ空港からシャティン競馬場へと運ばれるのだが、安全面からか馬運車に乗り込むのは二頭ずつ。

 

『よいしょっ、と・・・あっ、キミと一緒かぁ』

 

俺の隣に乗り込んできたのはアグネスデジタル。よかった、これがステイゴールド・・・はともかくゼンノエルシドだったら余計神経を使う所だった。

 

『知り合いの馬でよかったよ』

 

安心したように顔を綻ばせるアグネスデジタル。それはこっちのセリフだ。

 

『俺もだ、同い年同士、仲良くやろうぜ』

 

そこからは本当にあっという間だった。

 

元々香港国際空港から沙田競馬場って車で40分くらい、世界的に見てもとってもアクセス抜群なのだ。

 

府中駅から東京競馬場への距離なんかには及ばないが、俺達のような遠征馬にはありがたい限りである。

 

『それでさ・・・おや?』

 

『おっと』

 

結局二頭でお喋りを弾ませる内に、目当ての場所まで到着してしまったらしい。馬運車のエンジンが止まり、再びタラップを降りるんだな、と身構えていたら。

 

 

「わお!!この馬すっごくいい馬ネ!!G1勝てたのも納得ヨ!!」

 

 

『・・・は?』

 

開いた扉の先に待っていたのは、グラサンに白スーツ、果ては指に金の指輪。そんな人物が俺を見て大興奮していた。

 

この、どこの成金ですか?と訪ねたくなるようなおっさんは何者だ?俺からしてみたら見るからに怪しい!と訝しんでいると。

 

「おっとと、打扰一下。セキト、この人はね。香港でお世話になるセンセイだよ」

 

『・・・はぁッ!?』

 

拙いながらも中国語を混じえ、おっさんの横から現れた馬口さんが放った言葉は到底信じがたいものだった。

 

いや、どこの世界に白スーツで!グラサンで!金の指輪を着けた!調教師がいるんだよ!

 

「ミスターマグチ、ワタシと話すとき、日本語でOKヨ。そして、ミスターセキト!!欢迎来到香港!ワタシが馴馬師・・・チョーキョーシ?の、(チャオ) 馬飛(マーフェイ)ヨ!」

 

ここにいたよ!!いちゃったよ!怪しさ満点の調教師が!

 

『うっそだろおおおおおぉぉぉ!?』

 

こんな、正しく世界に一つだけのアイデンティティーの持ち主が、俺の世話をしてくれる調教師だなんて。

 

俺の香港遠征・・・どうなっちゃうの?




今回は超個人的&暗い話題なので苦手な方はバック推奨!








作者は某所のリアルダービースタリオン企画の発足・・・というか繁殖牝馬を選ぶところから見守っているのですが・・・その企画を見ていた(見ている)方ならばおなじみ、りく君ことハルダヨリの2019、マルカンハルカゼが1月24日、大井のデビュー戦で帰らぬ馬となりました・・・。

冥福を祈るとともに、幼いクールフォルテと共にあったマルカンハルカゼの名前もまた、忘れないようにしようと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

香港での日常

セキトの香港馬名、かなり前からこれにしようと決めてはいたのですが、『赤兎馬』に関しては先客が居たので控えましたw

しっかし真紅(ヴァーミリアン)を赤兎馬にしてしまうとは、香港らしいというかなんというか・・・。

セキトの香港名、もっといいのがあるよ!と言う方はぜひご意見をお聞かせください。

※こっそりセキトの漢字表記を変更いたしました。



香港に着いてから、数日。

 

『・・・ん、やっぱり意外といけるな』

 

俺はここに滞在する間の住居である検疫厩舎で、他の連中と首を並べるようにして飼い葉を食べていた。

 

香港の飼い葉は日本のものと見た目はほとんど変わらないが、若干中身だったり配分が違っているようで、味や風味が違うのが新鮮だ。

 

何というか・・・日本の飼い葉が白いご飯なら、香港のは玄米・・・いや赤飯・・・?

 

とにかく例えるなら『米』っていう一つの食材のジャンルからは逃れられないが、味付けと加える材料、加工が違えば、チャーハンにも餅にもなる・・・的な。

 

まあ、香港の飼い葉も水も、俺的には嫌いじゃない。これが遠征先で、何が気に入らないのか全く水を飲まなくなったりするような馬もいるらしいから俺は苦労しない方だろう。

 

けれども、隣から聞こえる喜びの声は、遠征に強く成功するタイプってのを地で行っている奴もいると教えてくれる。

 

 

『旨っ!なにこれ旨っ!』

 

がっこんがっこんと桶を豪快に揺らしながら、飼い葉にむしゃぶりつくのはエイシンプレストン。

 

どうやら香港の飼い葉がお気に召したらしい。ガサガサ、バリバリと物凄い勢いで中身をたいらげていく。

 

「おぉ〜、いい食いっぷりネ、これなら本番も大丈夫そうネ」

 

白スーツにグラサン、流石に指輪は外していたが相変わらず調教師としてはぶっ飛んだ格好の趙さんがその姿を見て両手放しで喜んでいた。

 

あ、良かった。この人、馬に対する愛情はきちんとある人だ。と安心すると同時。

 

『生まれてから食べてきたご飯の中で、一番旨いよ!もっともっと!』

 

空っぽの桶を見せつけるように、エイシンプレストンがまだ飼い葉を食べたいと前掻きを始める。え、そんなに気に入ったの?

 

「あらら・・・そんなに気に入っちゃった感じ?でも駄目ヨ、レースに出る前にそんなに食べたら太り過ぎになっちゃうヨ」

 

趙さんも俺と同じ意見を持ったらしいが、おかわりの要求はあっさりとあしらった。

 

残念ながら俺たちは競走馬。食べないと体調不良になるとか馬体がガレるとか、よっぽどのことがない限り出された分を食べ終わってしまえば食事の時間はお終いだ。 

 

『うぅ・・・ケチ!』

 

最早要求は通らないと理解したのか、エイシンプレストンは拗ねた子供のように悪態をついてから馬房に引っ込んでしまう。

 

「アイヤー、ご機嫌損ねちゃったネ」

 

趙さんはそれにお手上げポーズをしながら困ったような表情でそう言った。でも顔は笑っているから本当に困っている訳ではなさそうだ。

 

『あまり食べすぎるとこの後の運動がキツイぞ』

 

俺としても、健康という面からエイシンプレストンにはそう正論を言っておいたのだが。

 

『いいもん!ここのご飯が美味しいのがいけないんだ!』

 

と、やはり子どもじみた文句を言って彼はそのままふて寝してしまった。

 

『おいおい・・・ま、俺も残りを食べるとしますか』

 

他の奴らを気にしてばかりで、俺も飼い葉に手を付けないと、食欲がないと判断されて勝手に下げられちまう恐れがあるからな。

 

再び桶に顔を突っ込んで、ボリボリと無心で飼い葉を食い漁る。

 

「・・・キミは何だか上品に食べるネ」

 

そんな俺をじーっと見つめながら、趙さんがそう言ってきた。

 

やめろ、食い辛い。そう思ったが文句は言わないようにと頑張った俺の意志とは関係なく、耳が後ろに倒れて不快感を示して。

 

「ああっと!?ごめんヨ。邪魔はしないから・・・ネ?」

 

『まったく・・・』

 

すぐ様一歩、二歩後ろに下がって謝る位なら、最初から近づき過ぎなきゃいいのに、と思いながら俺もオーツ麦の一粒さえ残さず飼い葉を平らげたのだった。

 

 

 

 

『・・・っと。へぇ・・・』

 

それから一時間程も経てば、シャティンに着いてから初めての調教が始まった。

 

初めての遠征、初めての競馬場。こうして本番前の貴重な時間に感じたことはすべて無駄にはならないだろう。

 

香港スプリントに出走する俺は芝コースを一周、基本は馬なりで、直線だけ強めといった感じに追い切られたが、いろいろと収穫があった。

 

まず、感じたのは芝の丈の長さ。

日本と比べれば長く、パワーが必要とされそうな感じ。

 

反面パサパサとした地盤はいつでもスパートをかけられそうな位にはしっかりしていて、余程の大雨じゃなければコースのコンディションも良いままで挑めそうだな。

 

「・・・札幌、かな」

 

背中からは、本番で共に挑むこととなったジョッキーの声がした。

 

『ああ、それっぽいな』

 

平坦で、洋芝の札幌競馬場のコースに近いという意見には全くの同意だ。肯定を込めて一つ鳴けば、「まさか、君ともう一度レースに挑めるなんてね」と。

 

喜びの詰まった声と同時に、少しシワが寄った手が首を優しく叩いた。

 

『あんたと挑む最後の大勝負だ。もう一度、頼んだぜ。獅童さん?』

 

そのジョッキーの名は、獅童宏明。

 

ジュンペーが帰ってくるまでの間の、代打騎手で、そして。

 

俺の“第2の相棒”だ。

 

 

 

 

さて、調教も終わり鞍を外してもらったら、引き運動でクールダウンの時間である。

 

『セキトー、どうだったー?』

 

『おーす、デジタル、おつかれー』

 

本番ではどう挑んだものかと考えながら歩いていると、同じように調教を終えて戻ってきたアグネスデジタルが話しかけてきた。

 

アグネスデジタルの呼びかけが親しげだなって?ふふん。飛行機、そして馬運車の中と親睦を深め合った結果、お互いを名前の一部で呼ぶようになったのだ。旅は道連れってな。馬友が出来たぜ。

 

『どうって言われてもな、あんまり日本とかけ離れてるって訳でもないなというか』

 

『・・・だよね!?だったら、よーし。僕にも勝つチャンスはあるぞ!』

 

感じたままを伝えると、何故かアグネスデジタルは張り切りだした。勝つチャンス?なにか作戦でも考えついたのか?

 

『そこまで言うからには作戦でもあんのか?』と尋ねると、アグネスデジタルが返してきた言葉は。

 

 

『うん、ない!』

 

 

あまりに自信満々な顔でそう言うもんだから、俺は思いっきりずっこけた。

 

「セキトッ!?」

 

当然俺を歩かせていた馬口さんが血相を変えて馬体検査を始める。

 

脚元をベタベタ触られながら、あんまり驚かせないでくれよとアグネスデジタルをジト目を意識しながら軽く睨んでやれば、『ごめんごめん』と誤りながらも言葉の真意を説明してくれた。

 

『だってさ、いつもとあまり変わらないなら、“いつも通り”で勝てるんじゃないかなって』

 

勿論全力を出すけれどね、と張り切るアグネスデジタルを見て、ああ、そっか。と変に考え込み、絡んでいた頭の糸が解けていく。

 

 

この時代の香港スプリントは、実はG2だ。

 

それだけでなく、距離やスタート地点さえも現代とは異なり、直線から4コーナー出口を過ぎ、更に右側へと伸びた長い芝コースの果てが今回のスタート地点。

 

そして、その距離は1000m。日本ならば1分を切るようなタイムが当たり前というこの距離で、そもそも作戦を立てようなどという方が間違っている。

 

しかもカーブがあるならともかく、俺が出るレースは直線そのもの。最初から最後まで、出たとこ勝負でヨーイドン。これ以外何がある?

 

ならば下手な小細工などいらない。使えない。ただ、『出走メンバー中一番速い馬』が勝つに決まっている。

 

『・・・そうだな』

 

アグネスデジタルにそう返せば、俺からの肯定が嬉しかったのか、『だよね!?』とテンションの高い返事が返ってきた。

 

 

『おっ、お前ら何駄弁ってんだ?』

 

その声を聞きつけて、調教を終えたばかりのステイゴールドも厩務員さんを引きずるように駆けつけてきた。体中から湯気が立っていてまるで機関車だ。

 

『ひぃえっ!?』

 

相変わらずアグネスデジタルはその姿を見るだけでビビりきっていたが、俺の方はもう全然大丈夫だ。なんだか付き合い方は理解できてきたし。

 

『お疲れ様っす。香港はどうっすか』

 

『おー、何というか・・・日本とあんま変わんねぇな!』

 

パツキンのねーちゃんとかもいるって聞いてたのによ、とさもつまらなさそうにステイゴールドは言う。

 

うーん、そのねーちゃんが見たいならもう一日ほど飛行機に乗ってないとダメだな。

 

あの何も食べられず、何もできないのが丸一日以上・・・うわっ、考えただけで馬体がガレそうだ!

 

『それで・・・手応えは』

 

厩舎で聞いた情報だと、軽く流すだけの調教の予定だったから、それで大丈夫だったのかと言う意味も兼ねて尋ねると。

 

ステイゴールドはニヤリと笑って、自信たっぷりに言った。

 

『十分だ。本番では思いっきり暴れるぜ?』

 

その笑みは実に邪悪なもので、一体何をやらかす気なのかと俺は不安に駆られた。何も知らなかったら絶対悪い意味で捉えてたと思える程にだ。

 

この時ほど史実を知っててよかったことは無かったよ・・・。

 

 

 

 

そうやって、調教終わりに行き会ったり、厩舎の馬房が近い遠征組同士で親睦を深めあって一週間ちょい。

 

いよいよ香港国際競走デーの、本番がやって来た。

 

『いよいよ本番だねー』

 

普段と変わらず、のんびりした様に、しかし確かな気合を秘めた最年長の一頭、大徳大和(ダイタクヤマト)

 

『あん?これから大舞台だってんのにそんなんでいいのかよ』

 

こちらもあまり変わらずいつも通りに荒々しく、そして猛々しく闘争心を湧き上がらせる最年長のもう一角、黄金旅程(ステイゴールド)

 

『いつも通りに、紀伊さんと僕なら勝てる・・・!』

 

やや緊張しているが、実力は十分に出せると言える程度。芝もダートもなんでもござれ。目下三連勝、上昇中の愛麗數碼(アグネスデジタル)

 

『他の誰でもねぇ。今日は、オレが英雄だ』

 

ステイゴールドの抑止が功を奏したか、いつもより落ち着きながらもピリっとした雰囲気を纏い、前奏と同じくもう一発が有り得そうな好仕上がりの禪宗勝者(ゼンノエルシド)

 

『君が英雄なら・・・僕はそこから勝利を奪った盗賊になっちゃうかな』

 

同じく香港マイルに出走するもう一頭、榮進寶蹄(エイシンプレストン)も静かに闘争心を燃やしていて。

 

そして。

 

『全員、悔いが無いよう、思いっ切りやろうぜ!』

 

前走、スプリンターズステークスで悲願のG1馬となった俺こと、赤兎奔王(セキトバクソウオー)も、彼らと同じく香港国際競走の舞台に立つ一頭。

 

 

我ら、チームジャパン。

 

各々が、『負けるはずはない』と自信を持って。

 

それぞれの戦場へ赴く瞬間を、今か今かと待っていた。

 




この年の英雄譚を作った日本の名馬たちも、既にエイシンプレストンとゼンノエルシドしかこの世にいないというやるせなさよ・・・。

それはさておき、作者が遊び倒したいゲームを入手したレースの資料不足の為、次回の更新は一週間程を開けて2月の7日としたいと思います。

日本馬が勝たなかったせいか香港スプリントだけガチで資料が足りないんです、何卒ご理解ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

香港国際競走 その1

おまたせしました!あまりに情報がなさすぎていくつもの海外のサイトを巡ったり、まだ残っている当時の古いサイトを漁ったりと天カスを集めて料理してる気分になってきましたが、無事仕上がりました。

いやほんと、当時の中継番組とレース映像が某所に上がってて助かった・・・。

沙田競馬場一回改装したらしいのですが、当時から装鞍所がパドックの隣にあったかは、知らん!


そして、この話にて閑話なども含めると通算50話を達成いたしました。皆様の感想や意見が本当に励みになっています。

未熟な作者ですが、これからもセキト共々よろしくお願いいたします。


『いよいよ本番か・・・』

 

香港、沙田競馬場の滞在厩舎。

 

ここでもレースの日というものは日本と変わらずヒリヒリと、触れれば痛みが走りそうな程の空気になるのだと知った。

 

平場のレースならばここまではならなかったかもしれないが、今日は香港国際競走デーのその日。俺を含め6頭の日本馬がそれぞれアウェイの地で行われる4つのレースに挑むことになる。

 

予定の時刻が近づき、『どうせ最後の一暴れだ、思い切りやってやるぜ』と一番手の重圧を感じさせない笑顔で馬房を出たステイゴールドを見送って、その次のレースは俺の出番。そう思うと、緊張が・・・。

 

っと、いかんいかん。このままじゃ出せる力も出せなくなる。ここはリラックスを兼ねて香港国際競走の情報をおさらいすることにしよう。

 

 

香港国際競走デー、その第一弾は第4レース、香港ヴァーズ(G1)。芝2400m。

 

言わずもがな今しがた厩舎を出たステイゴールドの引退レースにして、花道を飾ったこの舞台が、年末の香港に宴の始まりを告げる。

 

4つのレースの中で最も長い距離で、今年は英愛2つのダービーで2着の後、2戦挟んでG1ホースとなっただけでなく、昨年の覇者でもあるダリアプールや、最近は落ち目ながらも二年前のジャパンカップで2着に突っ込んであっと言わせたインディジェナスなど、なかなかのメンバーが集っているとの噂。

 

第二弾は第5レース、香港スプリント(G2)。芝1000m。

 

こちらは第一弾とは打って変わって最短距離、そして俺が出走するレースでもあるから特に情報収集に気を使った。

 

壁に耳あり障子に目あり、競馬場には馬耳あり、なんてな。

 

そこそこ集まった情報をまとめると、香港ヴァーズと同様去年の覇者にして、地元のG1を制し、堂々連覇に挑んできたオーストラリアのファルヴェロンって奴が有力視されているみたいだ。

 

他にも地元でハンデキャップ競走5勝、新進気鋭の4歳セン馬、オールスリルズトゥーって奴とか、G12勝、アメリカからの使者ニュークリアディベイトなんてやつもいるそう。

 

こうやって見ると快速自慢が集っているのは確かだが、それでも日本の競馬場・・・芝の質が近いと判断した札幌の、芝1000mのレコードタイムは、確か56.5秒。

 

ほとんどカーブで出来ていると言われる札幌でそんなタイムが出るのだ。直線だけならば更に速いと判断していいだろう。

 

日本ほどスピードが大前提の競馬というのもなかなか世界には存在しないし、俺はそんな魔境でG1を制したのだから少なくとも他の奴らに付いていけない、ということは無い筈。

 

 

その後には1レースを挟んで、7レースの第3弾は香港マイル(G1)。

 

チーム日本からはエイシンプレストンとゼンノエルシドが出走だ。対する有力馬はアメリカのG1馬フォービドゥンアップル、G1で一位入選も失格となってしまった馬飼の人が所有するプラウドウイングスも再起を図っているそうだ。

 

そして、第8レース。第4弾にして大トリを飾るのが、香港カップ(G1)。

 

アグネスデジタルが単身挑むこのレースには、デビュー後G12勝、前走チャンピオンステークスでも2着と力は衰えていないと証明したドバイのトゥブーグや、前走オペラ賞でG1馬となった牝馬テルアテル、1996年から一線級で活躍を続けるジムアンドトニックなど、層の厚いメンバーが集ったという。

 

・・・いや、史実のアグネスデジタル、よく勝てたな?

 

『・・・おっ?』

 

いい具合に思考がほぐれたところで厩舎の入り口が開き、馬口さんと、ダイタクヤマトの厩務員さんが小走りでやって来た。

 

「セキト、そろそろ行こうね」

 

『ついに出番か』

 

被せるように装着された頭絡に、引手を繋がれ馬房から一歩、また一歩と歩むたびに、国際競走の大舞台が近づいてくる。

 

『お互い、頑張ろうね』

 

声をかけられた方を見やれば、同じように馬房から出されたダイタクヤマトが。

 

その言葉に、頷いて返す。

 

流石に緊張の色が隠せないようだが、お前だって日本でも上位のスプリンターなんだ。いつも通りにやれれば勝機はあるだろう。

 

ま、正に目の前の奴のように、そのいつも通りってのが難しいからなかなかどうしてレースは勝てないんだけどな。

 

通路を進んでいく最中、他の馬を世話しながらも俺に気づいた趙さんが「セキト」と一声かけてきた。

 

『なんだよ?』

 

「君はとっても速い馬ネ。ワタシが見てきた中でも1、2を争うくらいヨ。だから、大丈夫ネ。ちゃんと走れば、結果はついてくるヨ」

 

またなにか軽口を言われるんだろうなと思って、半分意識を他所にやりながら立ち止まったら、遠征してきてから一番の真剣な顔をした趙センセイに、そんなことを言われて。

 

ああ、もう。そんな風にされたら。

 

 

下手な負け方はできないじゃないか。

 

『・・・ああ』

 

その言葉に短く鼻を鳴らして応えてから、力強く地面を踏み込んで。

 

厩舎を出て、装鞍所へ向かうんだよな・・・と思ったら、まあなんと。

 

 

『マジかよ』

 

そんな言葉が思わず口をついて出たのは、沙田の装鞍所がパドックに併設されていたからだ。

 

いやあ、こんな造りの競馬場もあるんだな、と変に感心する一方で、否が応でも周回する出走馬と目が合って気まずいからその度になんとなく会釈する。

 

それを返してくれる馬、不思議そうにする馬、意味がわからないというように首を傾げる馬・・・反応はそれぞれだったが、皆がその背中にそれぞれのパートナーを乗せている。もうじき本馬場入場らしい。

 

『お、お前は次のレースか』

 

やがて小柄な黒鹿毛の馬が目の前を通過する瞬間、そう言ってきた。先程見送ったステイゴールドだ。ゼッケンに刻まれた『黄金旅程』の文字が眩しい。

 

『ステイゴールドさん・・・頑張ってください!』

 

ほんの数秒しかない時間、無駄にするくらいならばとエールを送るとステイゴールドは嬉しそうにしながらも。

 

『頑張るかどうかはオレが決めることよ』

 

いつもの風体を崩さずそう言って、余裕綽々といった様子で馬場の方へと歩みを進めていった。

 

異国の地にも関わらずあの落ち着き様は、既に国際競走という大舞台を制した経験からなのだろうか。

 

「セキト、ステイゴールドが気になるのは分かるけど・・・そろそろ僕達の番だよ」

 

スタート地点へと遠ざかっていく馬体をぼーっと眺めていると、直ぐ側の馬口さんが競走用の頭絡を持ちながら声をかけてきた。

 

『ああ、悪ぃな』

 

ひひん、と一声返すと、馬口さんも「よかった、調子が悪いわけじゃなさそうだね」と安心したようにその頭絡を俺に装着する・・・ん?

 

『あれ、その頭絡・・・新品か?』

 

俺が今まで着けていた頭絡は、ごく一般的な黒いものだったはずだ。

 

ところが、馬口さんの手に握られたそれは桃・・・いや、赤色が見え辛いという今の俺の目を考慮すると、赤色、か?それと白のツートンカラーで、今までとは違う色彩を持っているように見える。

 

「あ、これかい?前の奴がだいぶ傷んでいたから、G1制覇のお祝いも兼ねた天馬さんからのプレゼントだって」

 

そんな俺の視線に気づいたのか、馬口さんが新しい頭絡を持ち直しながら説明してくれた。おお、なんと。朱美ちゃんからの贈り物とは!

 

元から頑張る気はあったけれど、これは更に期待に応えなければと俄然気合が入ってきた。

 

そうそう、その朱美ちゃんなんだけど、昨日厩舎にやってきて様子を見に来てくれたんだ。なにやら手続きやらがあるらしく問題がないことを確認すると早々に帰ってしまったが。

 

国際競走の表彰式で馬主の姿が無いってほど格好がつかないことも無いし、今も競馬場のどこかで俺の勇姿を見守ってくれていることだろう。

 

それだけじゃなく、俺は既に地元の人たちからも一定の人気があって、有力候補の一頭と見られているそうだ。そんなことを知ってしまったら、顔も知らない現地ファンの為にも尚更手抜きはできねぇな。

 

というかその人気が出た要因ってのが・・・趙センセイが俺のことを「赤兎馬みたいな馬だ」って映像と共にメディアに言いふらしまくったかららしい。

 

何してくれてんだ、と思うと同時にここまで人気が出た馬になにかしらのアクシデントが起きたとなれば自然と話題にも上るだろうし、そういう意味では俺の身を守ったとも言えるからなんというか・・・。

 

と、俺がハミも鞍も着けないままなのに同じレースに出ると思わしき馬たちが、続々と馬装を完了してパドックへと進んでいく。やべ、ちょっとのんびりしすぎたか。

 

「あっ、もうこんな時間か・・・セキト、ちょっと急ぐよ」

 

『ああ』

 

少々慌てたような様子の馬口さんに噛まされた新しいハミの感覚を確かめるように、俺はがちりと音を鳴らした。

 

 

 

 

その頃。日本の北海道ではセキトの故郷マキバファームの事務所の一角に、薪場を含む全員と言っていい数の従業員たちが詰めかけていた。

 

「どうでしょう、セキト・・・勝てますかね?」

 

「そんなん太島のセンセイと、背中の獅童がどう育てたか次第やろ・・・ここまで来たんなら勝ってほしいが・・・」

 

どこか心配そうな視線の先、誰かさんのおかげで以前より一回り程大きくなったテレビには、二人のアナウンサーの姿が映されていて。

 

『・・・沙田競馬場で行われる香港国際競走の早くも第二弾、日本からはダイタクヤマト、セキトバクソウオーと2頭のG1馬が出走する香港スプリントのパドックをお送りします』

 

その言葉とともに、映像は遠く海の向こうの香港のパドックへと切り替わる。

 

『1番、香港のオールスリルズトゥー、この大舞台が初の重賞となります』

 

「いや、香港のとか言われてもそいつのレースを見たことあらへんって!」

 

「場長、突っ込んでもテレビの向こうには届きませんよ・・・」

 

1番手でパドックに姿を表したオールスリルズトゥーへのコメントに、思わず関西出身の血が騒いだ薪場を従業員の一人が諌め、あーだこーだと話し合う内にテレビの画面は次の出走馬の紹介へと移る。

 

『続きまして2番はオーストラリアからセンチュリーキッド』

 

「いやだから誰やねん!」

 

多少スマホをいじれば、勝ち鞍やらレース映像がぽんぽんと出てくる現代とは違って、専門のサイトもなければそこにアクセスするためのパソコンもなかったこの時代、薪場のツッコミは仕方ないものであった。

 

フォローを入れるならばこのセンチュリーキッド、史実ならば翌年には三連覇を目論んだファルヴェロンを撃破し、このレースの覇者となる馬である。

 

『3番、地元香港からクリフハンガー、4歳のセン馬です』

 

「ほー、3頭連続セン馬か。向こうの馬は若くてもタマ取るんやな・・・」

 

「寧ろ、取ったほうが競走馬としては長持ちするらしいですよ」

 

実績や血統がわからず、力量を測りかねた薪場の目は今の所紹介された3頭が共にセン馬であることに向いていた。

 

若い内に去勢をすると男性ホルモンなどの関係で筋肉の柔軟性が保たれ、それが長期間の活躍に繋がるそうなのだ。

 

しかしそれは同時にその馬の種を奪ってしまうということ。競走馬としては勿論種牡馬としてのビジネスが中心である日本では、気性や体質等どうしようもない理由がない限り去勢はあまり行われない為、セン馬である競走馬の割合は低い。

 

『4番、皆さまお待たせしました、日本から遠征してきましたダイタクヤマトです』

 

続いて大写しになった黒鹿毛の馬体に、薪場は腕を組んで唸る。

 

「ダイタクヤマト、なぁ・・・こいつはこいつで分からへんねん」

 

昨年のスプリンターズステークスを勝っているように、遅咲きのタイプである事は間違いない、しかし今年に入ってからは凡走が続く・・・かと思えば再び大舞台で掲示板に入り、続くスワンステークスで着外と薪場からしてみればダイタクヤマトは「掴みどころのない馬」であった。

 

走ると思えば走らない、走らないと思えば走る。かつて「新聞を読む」と言われた父の面影を思い返すような戦績に、この時馬券が売られていれば日本のファンたちもさぞ頭を抱えていたことだろう。

 

『5番はオーストラリアからG1馬、昨年の覇者ファルヴェロン!只今一番人気です』

 

「こいつが一番人気か」

 

そう言われてみればありふれた鹿毛の馬体は風格を纏っているようにも見えるし、好馬体にも思えてくる。

 

しかし、この馬を測るにはあまりに情報が足りなさすぎる。正直言ってしまえば良いと言われれば良いと思えるし、駄目と言われればそうとも映る、『未知数』の相手であった。

 

『6番は再び香港、ケンウッドメロディ』

 

『7番は同じくキングオブデインズ』

 

香港勢2頭は、薪場から見れば明らかに格下。セキトの敵ではないと判断したが、次の馬はそうも行かないようだった。

 

『続きまして8番はアメリカ、モーラック』

 

「こいつは・・・」

 

少なくとも重賞クラス、このレースに出てきている馬に絞れば上位に食い込んできそうな確かな実力を感じる馬。

 

ファルヴェロンと並んでこの馬も対抗馬か、と薪場は警戒を強めた。

 

『9番同じくアメリカのG1馬、ニュークリアディベイト』

 

「ほう・・・!」

 

更に続くニュークリアディベイトは先程のファルヴェロンと比べると明らかに発達した筋肉の持ち主で、煌めく馬体は格上の雰囲気を漂わせていた。これもまた怖い存在だろう。

 

『10番、プレンティプレンティ』

 

『11番はソリッドコンタクト』

 

『12番ザトレイダー』

 

続いて紹介された3頭はいずれもイマイチに映る。少なくともここではあまり気にしなくていいだろうなと次の馬に意識を向けると。

 

『13番、こちらも日本から遠征、2番人気に推されていますセキトバクソウオー!』

 

「おお!セキト・・・っ、んん?」

 

海を渡って尚、堂々と歩みを進める赤毛の生産馬の勇姿に歓声を上げかけた薪場は、ふとその後ろに映る客席が異様に沸いていることに気がついた。

 

『真正嘅紅馬』やら『热烈欢迎』やらさまざまな中国語のプラカードが掲げられたりとなにやら賑やかだ。

 

正直、セキト本体よりそちらに目が行ってしまう。

 

「一体ありゃなんなんや・・・」

 

残念ながらその意味までは理解できなかったが、観客の様子からもそれが悪い意味を含んではいなさそうなことが、薪場にとってはなにより幸いだった。

 

『・・・最後、14番はイギリスからナイスワンクレア』

 

最後に紹介された馬も、どちらかといえば格下と見ていいだろう。

 

「セキト・・・来年にはオスマンサスも入厩するんや。兄貴としてしっかりやるんやで」

 

『ここで香港ヴァーズの発走時刻となりました、これが50戦目にして引退レース、ステイゴールドが出走します、皆さんで応援しましょう!』

 

セキトの活躍を祈る薪場を他所に、テレビの映像は香港ヴァーズの中継の為にゲート裏へと切り替わったのだった。

 




次回、香港スプリント発走!

・・・他の3競走の扱いはどうしましょ、主役が出るからと言ってG2ばかり大きく扱うのもなにかおかしいし・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

香港国際競走 その2

やれることやったらスプリンターズステークス並の大ボリュームに!

いやー、資料が少なすぎてこの時代の出走馬たちが強かったのか弱かったのかすら分からないけれど、強く書く分には問題ないやろ!→イマココ って感じです。

今回もセキトの激闘を楽しんでいただければ幸いです。



第3回 香港短途錦標(香港スプリント)(G2)

 

 

XX01年 12月16日

芝1000m 沙田 天候 晴 馬場状態 firm

 

枠番番号 馬     名    性齢鞍  上 斤量

 

1  12 [外]THE TRADER(ザトレイダー)    騙3 K.Derby  57

2  7 [外]KING OF DANES(キングオブデインズ)  牡4 F.Coffee 57

3  6 [外]KENWOOD MELODY(ケンウッドメロディ) 騙6 W.rose   57

4  5 [外]FALVELON(ファルヴェロン)      牡5 D.Olive   57

5  14 [外]NICE ONE CLARE(ナイスワンクレア)   牝5 J.Malta 56

6  1 [外]All Thrills Too(オールスリルズトゥー)    騙4 S.Dry  57

7  11 [外]Solid Contact(ソリッドコンタクト)   騙7 R.wind   57

8  4 (父)ダイタクヤマト  牡7 江戸明   57

9  2 [外]Century Kid(センチュリーキッド)    騙4 J.carrie 57

10  13(父)セキトバクソウオー 牡4 獅童宏明 57

11  3 [外]Cliffhanger(クリフハンガー)     騙4 J.Eagle 57

12  10 [外]Plenty-Plenty(プレンティプレンティ)     騙6 A.street 57

13  9 [外]Nuclear Debate(ニュークリアディベイト)   騙6 G.Steam 57

14  8 [外]Morluc(モーラック)      牡6 R.albert 57

 

 

よう、本番直前、パドックを周回しているセキトバクソウオーだ。

 

いやあ、人気が出ているとは聞いていたけれど、プラカードやら歓声やらあそこまで熱烈な歓迎を受けるとは思わなかった。

 

ここに入ってからしばらく経つし、そろそろステイゴールドの香港ヴァーズも終わる頃・・・と思ったその時、スタンドが大きく沸き上がった。

 

おー、最終直線に入ったか。実況は中国語だし何言ってるかなんてさっぱりだけど、それでも『エクラールかステイゴールドか』っぽい言葉は聞こえた。

 

きっと史実通りにレースが終わったのだろう。

 

そして、次は香港スプリント・・・いよいよ俺の出番となる。

 

「セキト、獅童さんが来るよ」

 

ふと動きを止めた馬口さんに合わせて立ち止まるとそう囁かれて。

 

その言葉通り、待機所からバラバラと14人の騎手が飛び出し、各々の騎乗馬へと向かう中から、見知った顔がやって来た。

 

欧州仕様の香港競馬、今日は獅童さんの被るヘルメットも黒地にピンクの元禄模様をあしらった勝負服仕様だ。

 

「よしよし、今日も落ち着いてるね・・・ん?頭絡が、これは・・・」

 

軽く頭を撫でられていると、獅童さんが俺の頭絡に気がついた。どうだ、朱美ちゃんからのプレゼントだぞ。ふふん。

 

「馬主さんのプレゼントですよ、前のが傷んできたからって」

 

「ほう、やっぱり君は愛されてるんだね・・・よく似合ってるよ」

 

胸を張るように自慢していると、馬口さんが獅童さんにことのあらましを説明してくれた。

 

似合っている、か。当然だろ。他ならぬ俺の馬主サマが選んでくれたんだ。例えまっピンクでも朱美ちゃんが選んでくれたんなら俺は着け通す自信がある。

 

「さて・・・よい、しょ!行くよ、セキト」

 

『おう』

 

いつも通り、左側から飛び込むように背中に乗った獅童さんが、いつものように首の根元をぽんぽん叩く。

 

・・・まさか、もう一度この背に獅童さんを乗せることになるとは思っていなかった。

 

前走のスプリンターズステークスで最後だろうと。陣営も、そして獅童さん自身もそう思っていなければあんなに鬼気迫った顔はしなかっただろうから。

 

だからこそ。今日の、たった一人の使者からもたらされた『泣きのもう一回』と言わんばかりのチャンスを逃したくはないだろう。今日とて穏やかな顔の下に、どんな心と秘策を潜めているのやら。

 

無論、それは俺だって同じ・・・正直、スプリンターズステークスの時より仕上がりが落ちている気がしないでもないが、それがなんだ。

 

「次のレースの準備が整いました」

 

香港ヴァーズ出走組が引き上げ、馬場の点検が終わったらしい。係員に導かれ、馬場入りした先頭の馬から順番に続々と沙田の芝へと駆け出していく。

 

「さあ、行くよ!」

 

『ああ、まずは香港からだ!』

 

世界への第一歩、まずはこのアジアを制覇するべく、俺も他の奴らに負けじと舞台へ繰り出した。

 

 

 

 

 

「今日の芝はどうだい?セキト」

 

『ん・・・まあ走りやすい方かな』

 

ひとしきり走り終えた後、輪乗りの為ゲート裏へとゆっくり歩きながら向かう。

 

脚元に感じた馬場の手応えは、やや水分を含んだ良馬場、といった感じ。

 

ちらりと掲示板を見ると、馬場状態を表すConditionの欄には、欧州基準で「Firm」の文字。うん、だいたい合ってたな。

 

日本じゃ良・稍重・重・不良の四段階で表されるが、欧州基準だと良馬場に三段階、他も含めると合計8段階もありやがるんだ。

 

しかもある程度湿り気を含んだ状態での競馬を推奨しており、馬場がカッチカチの状態になると水を撒いたり、馬の脚を考慮して開催中止・・・なんてこともあるとか。

 

「セキト?」

 

『っと、悪ぃ悪ぃ!』

 

馬場一つ取っても、日本とはまるで違う表現。やはり世界というのは広いのだと思っていたらいつの間にかぼうっとしていたらしい。

 

獅童さんに声をかけられてようやくハッとすると、俺は気合を入れ直すために首をバタバタと振るってからゆっくりと歩き出した。

 

 

ゲート裏へとたどり着くと、同じレースにでる13頭がそれぞれのルーティーンで高まった気合をさらに高めてより良い結果を得ようと最後の調整を行っている。

 

『・・・やあ、やっと来たね、調子はどうだい?』

 

その中から、返し馬で大分身体がほぐれたのか厩舎にいたときよりは少しリラックスした様子のダイタクヤマトが話しかけてきた。

 

『ああ、問題ないぜ、そっちはどうだ?』

 

『うーん・・・良いって言えばそうだし、駄目って言われてもそうかな』

 

・・・どうやら完全に緊張を取り払うまでには至らなかったらしい。

 

『みんな速そうだよねえ』

 

そう言って他馬を見やるダイタクヤマトは、どことなく競走馬としては物足らず、むしろ穏やかさを纏っている様に見えた。

 

『ダイタクヤマト・・・』

 

『そうだ、セキトバクソウオー。君にはきちんと言っておかないと』

 

一体どうした、何があったんだと問いただす前に、ダイタクヤマトの方からそんな雰囲気の理由を明かしてくれた。

 

『僕、このレースが終わったら引退するんだ・・・種牡馬入りだって。お父さんになるんだよ』

 

『・・・そうか』

 

そういえばステイゴールドには及ばないものの、40戦目の大舞台、この国際競走を最後にダイタクヤマトは引退したんだったな。

 

寂しくなるな、と呟いてやれば『僕なんかより強い子は一杯いるからそんなの感じてる暇なんてないよ』と自虐なのか励ましなのかイマイチわからない言葉が返ってきた。

 

『でも、それもこれも、まずはこのレースを終えてから。今は、真剣勝負だね』

 

しかし、ダイタクヤマトは最後のひと踏ん張りと言わんばかりに深呼吸して。

 

しっかりと開かれた目には、再び闘志が燃え上がっている。

 

そうだ、今日のダイタクヤマトはまだ、競走馬ダイタクヤマトなのだ。

 

衰えていようが、実力を発揮できなかろうが、競走馬であるのなら全力で迎え撃たねば失礼千万。

 

『そういうことなら、遠慮は無しだ』

 

お前がいなくなっても、スプリント界の盛り上がりは衰えねえよ、と安心させてやるために。

 

あくまで日本のスプリント王者として、礼儀を持ってお前を蹴散らしてやると闘争心を見せると。

 

『ふふ、ありがとうね』

 

俺のスタンスを理解したか、ダイタクヤマトもまた嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「さあ、セキト、行くよ!」

 

『ああ!』

 

発送時刻も間近に迫り、いよいよ枠入り・・・とは言っても香港のゲート入りには順番なんて殆ど無くて、準備が整った奴からバラバラと収まっていく。

 

ここも欧州仕様で、馬番と発走枠は違うし、面倒くさいったらありゃしない。結局獅童さんの先導の元俺が身を収めたのは10番ゲート。

 

気をつけなければならないのはそれぞれ両隣に収まったセンチュリーキッド、クリフハンガーに挟まれるような・・・言うなればサンドイッチ状態になることだ。

 

どちらも実力のある馬のようだし、スプリント戦なら殊更真っ直ぐに走ったほうがいいということはよく分かっているとは思うが、更に内外の奴に押されてってのも十分あり得る。

 

それを避けるためにも、スプリンターズステークスで浮き彫りになったスタートダッシュという課題を解決するための解決策を披露することにしよう。

 

イメージするのは、以前どこかの動画で見た、スタートダッシュが上手い馬の脚元を映した映像。

 

「セキト、これはまた何かする気かな」

 

『さあ、早く開いてくれよ・・・!』

 

最後の一頭がゲートに収まったのを横目に見ながら、獅童さんと俺はお互いに呼吸を合わせ、絶好のタイミングを図っていた。

 

「・・・!」

 

『今だっ!』

 

ゲートの前扉に閉ざされていた視界が開けた瞬間、俺は頭の中のイメージを実行に移す。

 

4つの脚をバラバラに動かしてスタートするのではなく、後ろ側の両の脚を使って地面を蹴り出して。

 

『・・・しゃあっ!』

 

次の瞬間、俺は、先頭の馬に差し迫る勢いでレースをスタートさせていた。

 

 

 

 

その頃、日本のお茶の間に向けて一人のアナウンサーが香港国際競走の実況を託されていた。

 

『さあ、スタートまであと僅か。係員が続々と離れます。枠入りが進んで・・・さあ、確認を・・・スタートしましたッ!!』

 

そんな彼のことなど知らぬと言わんばかりに不意を突く形でゲートが開かれ、一斉に14頭の駿馬たちが遥か先のゴールを目指して駆け出す。

 

『さぁまずは先行争い、外目から前にいきましたのはモーラック、アメリカのモーラックがスーッと上がってまいりました。そしてその内の方からはキングオブデインズ、そして日本のセキトバクソウオーが3、4番手あたり!』

 

しかしそこはプロのアナウンサー。動じることなく立て直して、何事もなかったかのように実況を続けていく。

 

セキトは絶好のスタートから、あえて先頭には立たず、他の2頭に前を譲って走っていた。

 

視界にダイタクヤマトの姿は見当たらず、いつもの走りを捨てて後ろの方にいるのだろうと見当をつけて自分の走りへと集中する。

 

『他の連中には置いていかれたくねぇし、スピード自体は負けてねえ・・・だったら、こうするのが正解だよな?獅童さん!』

 

「! セキト、そうだ。このまま押し切るよ!」

 

答えを求めるように後ろをちらりと見やれば、その視線に気づいたのか獅童は己に言い聞かせるようにそう言って。

 

 

「(・・・押し切る、ネ)」

 

『(短距離の戦いだから、前に行く・・・その考えは悪くない。だが)』

 

そんな獅童を、一人の騎手・・・オリーブ騎手と、彼が跨る駿馬、ファルヴェロンが冷徹な目で見ながら思考し。

 

「『(そんな考えは、我々には通用しない!)』」

 

どんな作戦だろうと、自らの実力ならば正面で打ち負かすことが可能であると結論づけ、セキトの視界には入らない後方から、一気に先頭に立つその瞬間を伺っていた。

 

 

『さぁそしてクリフハンガーも行っています、先頭に立ちましたのはセンチュリーキッド、センチュリーキッドがマイペースで行っています、二番手クリフハンガー』

 

『(ここでオイラが勝てば、あのフェアリーキングプローンさんに並ぶんだ!)』

 

内ラチ沿いをマイペースで逃げるセンチュリーキッドの脳内には、かつてG1を6勝し、その勝ち鞍には日本の安田記念も含まれるフェアリーキングプローンの名前が浮かんでいた。

 

香港スプリントは開設された年にはそのフェアリーキングプローンが制したものの、そのフェアリーキングプローンが翌年に香港マイルに挑んだこともあり、昨年の香港スプリントはこのレースにも出走しているファルヴェロンが勝利。

 

当のフェアリーキングプローンは今年の初めに一度レースを勝利した後、脚部不安でターフを去り。

 

そのバトンを受け継ごうと、センチュリーキッドはこのレースだけは地元勢として負けられないと必勝体制で臨んでいた。

 

 

『(残り700・・・やっぱ早えーな)』

 

一方のセキトは、やはり初めての経験となる1000mのペースに少々戸惑いつつも、オーバーペースとはならずにまずまず順調にレースを進めていた。

 

『(しかし、どうするか・・・このまま行くか、控えるか)』

 

セキトの脳裏に、二択の選択肢が浮かぶ。

 

一つはこのままペースを落とさず、押し切り勝ちを狙う作戦。

 

もう一つは、一旦ペースを落とし、勝負所で再加速、競り合いを制して勝利する作戦。

 

「(・・・セキト。少し、抑えよう)」

 

『お、そうきますか』

 

迷うセキトのハミに、手綱を優しく引っ張られる感覚が伝わってくる。

 

それは、獅童の言葉と同じ。声は無くともそこに込められた意図に従ってセキトは少しスピードを落とし、中段近くまで順位を下げる。

 

「(下がってきタ・・・!?)」

 

『(ほう、あのままでは自壊すると踏んだか)』 

 

その様を見て、オリーブ騎手はやや困惑したもののファルヴェロンの方は納得したように一頭(ひとり)、心の内で呟いた。

 

『500を切って、残り半分!内センチュリーキッド粘っている!内外やや離れていますが先頭はセンチュリーキッド!』

 

「キッド!ほら!行け、行け!」

 

『あと少し!あと少しでオイラも英雄に・・・!』

 

レースも残り半分を切って、未だ先頭を行くセンチュリーキッドは、あと少し、もう少しで一着でゴール出来ると、スパートに備えて加速する。

 

すると、それを切っ掛けに、後ろを追走していた馬たちも前半の貯金を活かすべく手綱が激しく動き出す。

 

「っ、しまった!」

 

『獅童さん、大丈夫だ!このくらい!』

 

しかし、日本では殆ど行われない直線1000mという特異な環境において、獅童は反応するのが一瞬遅れてしまう。

 

その間にセキトよりたった数歩だけ、それでも確実に早く加速を始めた優駿たちが我先にとゴールを目指し、争いを激化させていく。

 

 

「イクヨ!」

 

『ワタシガイチバン!』

 

ファルヴェロンをマークしていたアメリカのモーラックが、差し切りを目論み。

 

 

「フェアリーキングプローンに続け!」

 

『英雄にふさわしいのはこの僕だ!』

 

後方待機策を取った香港のオールスリルズトゥーは後方一気を狙い。

 

 

「今だ!」

 

『いざ参る!』

 

脚を伸ばし始めたオーストリアのファルヴェロンは、馬群を捌くと王者らしくすべてを跳ね除けてみせると馬場の真ん中を選んで。

 

 

「っ・・・!セキト!行けぇ!!」

 

『絶対!負けねぇぞ!・・・はぁっ!』

 

そして、彼らに少し遅れを取りながらも、まだ負けていないとセキトバクソウオーも走りをストライドへと切り替え、加速を始めていた。

 

 

 

 

『残り300!先頭センチュリーキッド!センチュリーキッド!外からモーラック!その内を突いてファルヴェロンも伸びてきた!』

 

『勝ツノハワタシヨ!』

 

『抜かせん!』

 

『ノー!!コウナッタラ競リ落トシマース!!』

 

大外、一気に脚を伸ばすモーラックに合わせるようにして、ファルヴェロンがラストスパートをかけた。

 

差しつ、差されつ、お互いに全く譲らず、2頭の馬体が重なり合うようにしながら共に伸びるその内側。

 

『おい、俺を忘れてねーか?』

 

「内に一頭・・・炎?」

 

ふと、内側から一頭分。耳に入った足音の正体を確かめようと顔を上げたオリーブ騎手の視界に、赤く揺らめくものが映る。

 

持てる記憶を持ち出して、思わず炎と勘違いしたその正体は。

 

 

「セキトォォォォォォッ!行けえええェェッ!!」

 

 

『うらああああああっ!!』

 

 

赤兎馬の名を持つ、紅蓮の馬だった。

 

ストライド走法によって得られた推進力で、海外の強豪に食らいつくと。

 

パチン、と炎が弾けるような音を響かせた鞍上のムチに応えるように、2頭の真剣勝負に割って入るべくそのスピードを最高点へと高めていく。

 

 

『少し遅れてセキトバクソウオーも伸びてきたァッ!!』

 

初の快挙へと飛躍するセキトの姿に、実況を務めるアナウンサーもいよいよ声を荒げ、レースは最終局面へと向かう。

 

『貴様、日本からきた・・・セキトバといったか!なかなかやるではないか!いざ勝負だ!』

 

ファルヴェロンは、内側から現れたチャレンジャーに少々驚いたような顔をしながらも遂にその強さを認め、正面からの戦いを望む。

 

『セキトバクソウオーだ!それはこっちのセリフだぜ、ファルヴェロン!』

 

セキトもそんな強豪の声に応え、啖呵を切ると同時に、真のストライド走法で残り200mのデスマッチへと臨む。

 

 

『3頭競り合ったままセンチュリーキッドを交わして!先頭僅かにファルヴェロン!内外並んでセキトバクソウオー!モーラック!ファルヴェロン!モーラック!セキトバクソウオー!!』

 

「ハァッ!もう少しで連覇ダ!ファル!踏ん張レ!!」

 

『ぬぉぉぉぉォォォォっ!!』

 

「ハー!モーラック!ココマデ来タカラニハ、優勝トロフィー、持ッテ帰ルヨ!!」

 

『オォォォラァァァァイ!!』

 

「はああああっ!!勝てッ!勝てぇぇぇぇ!!セキトォォォォォォ!!」

 

『分かってらぁぁぁぁぁぁ!!』

 

首の上げ下げ、一歩ごとに激しく入れ替わる順位。3人の騎手と、3頭の馬が息を荒らげ、熾烈に争うその勢いは内で粘り込んでいたセンチュリーキッドをいともたやすく飲み込んだ。

 

 

『は、速・・・』

 

4歳のセン馬にとって、あまりにも遠い、優駿と呼ばれる馬たちの戦いの世界。

 

しかし、ぐっと歯を食いしばるその顔に絶望は無く、きっといつか自分もああなるのだと。早くも決意と希望を燃えたぎらせて、センチュリーキッドは自分を抜き去った3頭を見送った。

 

 

『残り100も無いぞ!?3頭もつれた!3頭もつれた!!』

 

『負け、ねぇ!』

 

『オーゥ!ソレハダメヨ!』

 

内のセキトが一歩抜け出せば、外のモーラックが抜き返し。

 

『勝つのは私だッ!!』

 

それを中のファルヴェロンが差し返して。

 

『いいや、俺だぁッ!!!』

 

更にまたセキトが一歩先へと進もうとする。

 

幾度となくそれを繰り返して、最早どの馬が一着でもおかしくないと。観客達からは香港ヴァーズ以上の大歓声が沸き上がる。

 

しかし。

 

 

『・・・ぐっ』

 

序盤、先行していた分のダメージが、セキトの全身に襲いかかった。

 

急に重くなる脚。少しずつ離れていくファルヴェロンと、モーラック。

 

『セキトバクソウオー、苦しいか!がんばれ!がんばれセキトバクソウオー!!あと少しだ!セキトバクソウオー!!セキトバクソウオーピンチ!!』

 

日本の実況すらそんなセキトバクソウオーの背中を押そうと、最早実況をそっちのけでひたすらその名前を連呼する。

 

『(ジャパーンノウマ・・・!ツヨカッタネ・・・!)』

 

『(相当の強さを持っていたが・・・ここまでか・・・!)』

 

下がりはじめたセキトバクソウオーを見る2頭の目は、ここまでの強さを持ちながら、自分たちという存在がいたせいで栄冠を取り逃すことへの哀れみにすら思えた。

 

 

『(なんつー強さだよ・・・!)』

 

そのセキトは、酸欠で朦朧とする意識の中、自分が真のストライドを繰り出して尚食らいつき、引き離さんとする2頭に感服する。

 

これが、世界。

 

己が父の背中と共に、超えてゆかねばならぬもの。

 

あと一歩。そしてその一歩が、果てしなく遠い。

 

これが、幾度となく日本馬が阻まれてきた、香港スプリントの壁。

 

 

『・・・負けて』

 

それがどうした。とセキトは奮起する。

 

『負けてたまるか・・・』

 

 

そんな壁など、ぶち抜けばいい。壊せばいい。

 

史実を辿るなら、史上初の歓喜は十数年後、龍王を名乗る者によって、成し遂げられることだろう。

 

だが、そんな遅れは、スプリンターとして。

 

最速を名乗る者として、許せない。

 

 

『負けて・・・たまるかああああぁぁぁァァァ!!』

 

 

その為に自分はここにいると言わんばかりに、セキトは、さらなる飛躍を見せる。

 

「セキトっ・・・これはッ!?」

 

獅童すら驚嘆するそれは今年の春、京王杯のラストで見せた異次元の加速と同じ類の走り。

 

「嘘・・・じゃないよね、はは、あはは・・・!」

 

手綱から伝わる手応えは一杯、限界そのもの。

 

しかし、現実に走るセキトはそれさえ振り切って、外の2頭を交わしさろうと更に伸びる。

 

その事実に、己の理解を超えて走るセキトに、獅童は笑う他ない。

 

 

『・・・なんだと!?』

 

『ホワーット!!?』

 

完全に落ちたと思ったセキトバクソウオーの急襲は、モーラックは勿論ファルヴェロンも、完全に不意を突かれる格好となり。

 

『あああああああアアアアァァァァッ!!』

 

『ヒェ!?』

 

『むぅ!?』

 

滅茶苦茶な叫びを上げながら突進するように、正に爆走するセキトの姿を見た2頭は、身体の芯から湧き上がる恐怖を覚える。

 

 

『後ろから来ている存在は、本当に同族なのか?』という、生き物としての本能から生まれた恐れを。

 

 

『セキトバクソウオー伸びる!セキトバクソウオーがもう一度伸びた!届くか!届け!届け!!あと少しだ!もうひと踏ん張りだ!』

 

恐怖は身体を強張らせ、パフォーマンスを阻害する。

 

それは競走馬とて例外ではなく、ましてや国際競走という大舞台、些細な出来事一つで結果が大きく動くレースにおいては殊更だった。

 

『うおおおおぉぉぁぁぁぁァァァッ!!』

 

身体中の酸素を使い果たすように叫びながら、『ストライド走法でありながら回転の早い』走りを繰り出したセキトは。

 

『ファルヴェロンか!モーラックか!セキトバクソウオーか!?僅かに・・・僅かに、セキトバクソウオォォォーーー!!』

 

きっかり短頭差だけ、いの一番にゴール板を駆け抜けたのだった。

 




・今回の史実被害馬


FALVELON(ファルヴェロン) 牡 鹿毛
父 Alannon
母 Devil's Zephyr
母父 Zephry Zing


・被害ポイント
香港スプリント連覇→二着


・史実戦績
37戦15勝


・主な勝ち鞍
BTCドゥームベン10000(G1)2回
BTCカールトンC(G2)
など


・史実解説

※読者様の協力によって完全版の成績を発見いたしました。ご協力感謝いたします!

オーストラリアに所属し、2002年の6月まで走り抜いた牡馬。


98年の10月、イーグルファーム競馬場のリステッド競走でデビューし、見事勝利で飾る。続く2歳牡馬、セン馬限定のハンデキャップ競走も勝利し、2歳シーズンを無敗で終えた。

年が明け、2月のハンデキャップ競走を始動戦に選ぶとここでも勝利。続く3月のQLTYも勝利し、無敗記録を伸ばしていく。

ここで間隔を空け、次走は9月のクラス6レースに出走。またしても勝利を収め、次の3歳牡馬、セン馬限定ハンデキャップ競走でも勝利する。

次なるレースは7戦目にしての重賞初挑戦となるシーバスリーガルトロフィー(G3)。ここでも見事勝利し、重賞ウイナーへと成長した。

しかし、次のライトニングステークス(G1)では日本にも遠征してきたテスタロッサの2着と遂に無敗記録が途絶える。

続くオークレイプレート(G1)でも快速馬スポーツに破れ2着。更に出走したニューマーケットハンデキャップ(G1)でもミスマニーペニーの3着と善戦はするものの勝ちきれないでいた。

間を空けて出走したカールトンカップ(G2)では見事勝利、勢いのまま大舞台のドゥームベン10000(G1)に出走したが、ここでは3着に終わる。続くストラドブロークスハンデキャップ(OP)では5着。

ここで4ヶ月ほどの休養を挟み、スキラッチステークス(G2)に出走するとなんと勝利。続くシュウェップスステークス(G2)でも勝利し連勝を飾る。

続くサリンジャーステークス(G2)ではどうしたことか10着と大敗し、一ヶ月程の間隔を開けて解説2年目の香港スプリント(G3)に出走。ここでアメリカのモーラックを下し海外所属馬として初の勝利を飾ると、次は地元のザ・ギャラクシー(G1)に出走するもここでは9着に敗れる。

次走はT.J.スミスステークス(G1)に出走したが、センチュリーキッド、スピニングヒルに敗れ3着に終わる。
その後に出走したのは昨年3着に終わったドゥームベン10000(G1)。ここではスピニングヒルを抜き返して見事に優勝を飾った。

3ヶ月の休養の後マニカトステークス(G1)に出走したが、ピアヴォニック、名牝サンラインに敗れ3着。
ここから更に2ヶ月近く開けて出走したスキラッチステークス(G2)でもまたしても3着。

しかし続くエミレーツクラシック(G1)ではベルデュジュールの2着と健闘し、一月空けた2回目の香港スプリント(G2)では見事勝利、史上初の連覇を達成する。

4ヶ月近く開けての復帰戦、T.J.スミスステークス(G1)では、流石に8着に破れたが、次走のB.T.Cカップ(G1)では2着と衰えていないことを証明し、次に出走したドゥームベン10000(G1)では完全復活し優勝、連覇を達成する。

しかし、ストラドブロークスハンデキャップ(OP)2着、スキラッチステークス(G2)2着、シュウェップスステークス(G2)5着、エミレーツクラシック(G1)2着、三連覇をかけた香港スプリント(G1)も2着と歯がゆい競馬が続く。

次走ビルアダムスステークス(OP?情報求む)では7着、その次のオーストラリアステークス(G1)でも4着と遂に「終わった」としか思えない中、陣営はウィンダムエステートカップ(G2)に出走。

ここで復活の勝利を飾ったが、次走ドゥームベン10000(G1)では6着、更にストラドブロークスハンデキャップ(OP)では9着と、陣営もこの馬が燃え尽きたと判断したのかここで引退の決断が下され、種牡馬入りとなった。

しかし、長期間に渡り活躍を続けた本馬の強さは残念ながら遺伝しなかったようで、代表産駒はG3勝ちが最高のウォーキングオアダンシングと少々寂しい結果に終わっている。


・代表産駒

Walking Or Dancing 牡 (母Young Vic) 種牡馬
海外11戦3勝 主な勝鞍 ニューマーケットハンデ(G3)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

香港国際競走、終宴

とうとうブチ切れたステゴが登場しますが、彼ならこのくらいやりかねない気がする・・・。

日本馬タイフーンの影響力や如何に。


それと、バクシンオーの中の人が出ると聞いて某ドラマを鑑賞したのですが・・・良いものを見た・・・。



你乜嘢都唔做(なんということだ)今年嘅比賽係有史以來第一次(今年のレースは史上初)從日本遠征嘅(日本から遠征してきた)赤兎奔王係一匹(セキトバクソウオーが一着だ)!』

 

「勝っちゃったネ・・・」

 

僅かな差ではあるが、真っ先に香港スプリントの決勝戦を割った赤い鼻先を見た趙は、呆然とした様に声を漏らしていた。

 

彼は遠征してきたセキトバクソウオーを見て、開口一番にいい馬だと言った。

 

それに関して決して嘘は言っていない。しかし、香港に集った世界の強豪と比べると確かに見劣りするものもあったのだ。

 

それはレース中、獅童の追い出しが遅れた様に人の経験の浅さだったり、飼い葉の食べ方が聞いていたより良くなかった様に、大きく環境が変動したり。

 

 

趙はそんなありとあらゆる不利を弾き飛ばし、跳ね返して勝利を収めたセキトバクソウオーの精神力に感嘆する他なかった。

 

その一方で。

 

「・・・間違いないネ」

 

先行する2頭を交わし、ゴールへと飛び込むその瞬間。調教での走りを見たときから抱いていた疑念を確信として。

 

趙はズボンのポケットから携帯を取り出し、素早く番号を打って電話を掛ける。

 

 

『もしもし・・・太島です』

 

その相手は、セキトにとって本来の調教師である太島だった。

 

「もしもし、ノボル?ワタシ。趙ヨ」

 

『趙先生!歴史的瞬間、テレビで見てましたよ。セキトの事、大変ありがとうございます!!』

 

挨拶を交わしたと同時、きっと電話の向こう側では律儀に頭を下げているであろう勢いで太島が感謝の言葉を述べる。

 

「礼はいらないネ。セキトがいい馬だっただけヨ・・・それよりも」

 

日本人特有の感謝に苦笑を浮かべつつも、次の瞬間には顔を引き締めた趙は太島に告げた。

 

「気をつけるネ。セキトは・・・走りすぎる(・・・・・)馬ヨ」

 

 

 

 

香港國際賽、最後係日本馬!(香港国際競走、最後も日本馬だ!)日本旋風吹嚟!(日本旋風が吹き荒れた!)

 

『んー・・・決着がついたっぽいけど、何言ってんのやら・・・』

 

「どうやらアグネスデジタルも勝ったみたいネ、今年はトロフィー、ぜーんぶ日本に持ってかれたヨ。それにしてもセキト・・・君は本当に馬なのかネ?」

 

『マジか?やったなおい!けどこの格好に関しては文句は言わせないぞ!』

 

香港スプリントを制した俺は、そのまま獅童さんを背に乗せたままインタビューと、少し休憩を挟んで記念撮影を終えて、厩舎に戻った。

 

あれだけ激しいレースだったんだ。俺も無傷な訳がなくて、馬房に入った瞬間、一気に身体の力が抜けて転がるように横になる。

 

そしてそのままかれこれ三十分位、ゴロゴロしながら疲れを癒やしていたんだが、だんだんヒマになってきて、周りの音でも聞くかと廊下に首を出していたら帰ってきた趙センセイや通りがかったスタッフさんをビビらせてしまった。

 

ま、楽しかったけどな。 

 

で、そのまま廊下に首を出していたらこれがまた、床がひんやりとしていて丁度良い感じに気持ちいい。すっかり気に入っちまったのを、お前は本当に馬なのかと趙センセイに突っ込まれた。

 

さあ・・・どうなんだろう?身体(ガワ)は完全に馬だけど、精神(中身)は人間だからな。半分馬で、半分人間・・・ある意味ケンタウロスか何かだったりして。

 

そうそう、引き上げてくる前、英語の勉強をあんまりしてなかったらしく、珍しくしどろもどろになった獅童さんはちょっと面白かったな。特に「ヒーイズアグッドホース・・・」の下りとかな。

 

朱美ちゃん?俺も心配していたんだがこっちは寧ろ素晴らしいスピーチだった。そこそこ難しい表現も使いこなしたりしていて、一体いつの間に英語を覚えたんだって感じ・・・あ、お父さんの教育の賜物かな。

 

 

 

 

『ただいまー』

 

『おう、おかえり』

 

しばらくして、アグネスデジタルも疲れたなりに元気に振る舞いながら厩舎に戻ってきた。これにて全員無事に帰還だな。

 

さて、香港国際競走が全部終わった訳だが。

 

 

香港ヴァーズはステイゴールド。

 

香港スプリント、俺。

 

香港マイルは、戻ってきたエイシンプレストン本人が勝ったと大喜びしていたから間違いなし。

 

で、香港カップは今しがたアグネスデジタルが勝利した、と。

 

 

結局今年の香港国際競走デーは俺が制した香港スプリント以外は史実通り・・・つまり4レース全てを、海を渡った日本馬が制するという結果で幕を閉じた。

 

・・・ん?

 

香港国際競走・・・全制覇?

 

『おいおいおい?』

 

ちょっと待て、俺・・・いや、俺たち。同一日に行われる複数のG1を、同一地域から遠征した競走馬が制覇するって。

 

 

世界的に見ても、前代未聞の事態なのでは?

 

 

『やっべぇ・・・』

 

今更ながらしでかした事の大きさに、冷や汗が流れ、口からは声が漏れる。

 

『あ?何がやばいんだよ?』

 

『なにかまずいことでも起きたの?』

 

そんな俺の困惑を隣のステイゴールドとエイシンプレストンが聞きつけたのか、そう尋ねてきたからこう返してやった。

 

『めっちゃヤバイ。多分、明日マスコミの連中が押しかけてくるぞ。そうなったら休めねぇ・・・覚悟しといた方が、絶対いい・・・』

 

『ほー』『ふーん』と、いまいちよく分かっていないような声を返してきた彼らもレースで疲れているのだろう。何度も瞬きを繰り返して、今にも眠りの世界に落ちそうだ。

 

そうだそうだ、今の内に休んでおけ。明日になったらこうやって微睡むことも難しいだろうから。

 

 

 

 

・・・さて、予想通りというかなんというか。やっぱりレース翌日には日本語を話す団体が厩舎に押しかけてきた。

 

香港国際競走全制覇。そんな前代未聞、特大のネタを逃す訳もなく食らいついてくるのがマスコミというもの。

 

かと思えば特に引退レースで勝利、かつ初G1制覇とドラマチックな記録を叩き出したステイゴールドに取材が集中しているようだ。

 

『あーーー・・・!クソ!なんでコイツは手綱をこんなに短く持ちやがるんだ!動けたらコイツらなんかすぐ追っ払ってやるのによ!』

 

何枚も何枚も、同じようなポーズ、同じような構図を要求され、当の本人は耳を倒し、目をひん剥いて、ブチ切れる寸前って表情。

 

それを見た厩務員が顔を青ざめながら早く切り上げようと促すものの、全く空気の読めない連中はカメラを覗いたまま「いえ!もうちょっとですから!もうちょっと!」と一向に引こうとしない。見ているこっちまでイライラしてきたんだが。

 

最悪俺がどうにかしてやろうかと考えだしたそんな折、記者の一人が何を思ったか「日本馬の集合写真を撮りたい」と言い出して。

 

関係者があれやこれやと協議した結果、俺らが並んで写真を撮ることになったから、俺も馬房の外へと出る。まったく、疲れが取れてないってのに何をさせるんだか。

 

そうしたら今度はそんな大して変わりもしないだろうに配置をあれやこれやといじっていじって弄り倒し。そうやって歩かされる内に、ついにステイゴールドがキレた。

 

『お前ら、いい加減にしろやぁぁぁ!』

 

厩務員さんの引き手が僅かに緩んだスキを見逃さず、怒りの嘶きと共に、お得意の後ろ脚だけで立ち上がるポーズ。

 

撮影しようとした記者も思わず後ろに尻もちをつくほどの迫力は、同じ馬の俺から見てもステイゴールドの身体の小ささを忘れさせた。

 

『へっ、ざまぁみろって・・・』

 

そして、記者の慌て様に満足したのか前脚を降ろしたその瞬間。

 

ばきん。

 

『『『『『あっ』』』』』

 

『あん?』

 

ステイゴールド以外の全員が、目の前で起きた出来事に声を上げた。

 

 

『お前らどうしたんだ?揃って変な顔してよ』

 

『ステイゴールドさん・・・右脚。前の方の』

 

『右の前脚ぃ?』

 

やった本人がなんのことやら、という顔をしていたから、優しい俺は見ればひと目で何が起きたか分かる場所を教える。

 

怪訝そうな顔をしながらも、その目線は俺の言った通りの場所を捉えてくれて。

 

『・・・あ。』

 

ステイゴールド自身の脚には、幸いにして全く問題はない。

 

問題はその立派な蹄の下、レンズ部分を見事に踏み潰されたカメラ(・・・・・・・・・・・・)の方。

 

『あぁ・・・これは、そうだ。不幸な事故ってやつだ!アーハッハッハ!!』

 

自身が「やらかした」ことを悟り、僅かに戸惑いを見せたものの。ステイゴールドはすぐに笑って事態のごまかしを図る。

 

当然カメラはステイゴールドの厩舎の弁償になるのだろう。だけど、妙に心がスカッとしたような、不思議な気分だ。

 

『はは・・・!』

 

『ふふふっ』

 

『へへへっ!』

 

『あはははっ!』

 

『わはは!』

 

ステイゴールドの高笑いに誘われ、俺たちは皆笑う。

 

人の方はそうも行かずしばしその場の空気は硬直していたが、突然意識を取り戻した厩務員さんが大慌てで頭を下げ、マスコミの連中も頭を下げ、とバッタの大量発生を見守った後にカメラの残骸が片付けられ、新しいカメラで再び撮影が試みられた。

 

尚、その撮影は異様な程にスピーディで、終わったと同時に取材も終了、俺たちはようやく休息の時間を手に入れたのだった。

 

 

『さて・・・疲れたなぁ』

 

馬房に戻ると、俺は伸びをした後横になって考え事を始めた。

 

今日の騒ぎは迷惑極まりなかったが・・・ある意味「宴」にも似たものだった。

 

あのマスコミ連中が撮った写真や、書いた記事も日本の誰かを喜ばせることが出来るならば。

 

こんな形で喜びを分かち合うのも悪くはない。そう思ったのだった。

 

しかしマジで疲れた。日本に帰ったら、ちょっとのんびりしたいな・・・。

 

 

 

 

香港国際競走のその日。日没が間近に迫る中山競馬場に詰めかけた観客たちは、フェアリーステークスで若駒たちの躍動を、そしてその後に香港の4つの祭典を見守り、その偉業を見届けた。

 

「ふぉぉぉ!?また勝った!?」

 

「おいおい、全勝かよ、すげーな・・・」

 

「やったああああああ!!やっぱ、日本の馬も世界に負けてねーんだよ!!」

 

その瞬間、中山を包んだ大歓声は国内のG1にも劣らぬほどで、道行く人々は何時もより遅い時間のざわめきに首を傾げたという。

 

「号外!号がーい!」

 

「お、号外配ってるじゃねぇか、貰ってこうぜ」

 

「ああ・・・って人多ッ!!」

 

帰り道では最寄り駅である船橋法典で号外が配られているのを目にした多くのファンは、それを求めて駅の出入口を埋め尽くし。

 

その一面にはステイゴールド、セキトバクソウオー、エイシンプレストン、アグネスデジタルと4頭の競走馬の写真が踊り、見出しには『快挙達成!』の文字。

 

香港国際競走の4レース“全て”を、日本の馬が制したという、前代未聞、驚天動地の事態に、その歓喜と狂喜の渦は瞬く間に海を飛び超え、日本へと伝わったのだ。

 

 

「ゴールドが・・・ステイゴールドが、やりましたあああああ!!」

 

「なんだって!?引退を伸ばして正解だったな・・・それにしても、あのチビ助がなぁ」

 

北海道に構える馬飼グループの総本山、ステイゴールドの故郷でもある不知火ファームではこの地で生を授かった生産馬の幼き頃を思い。

 

「ウチらの勝利やあ!!」

 

「では、ウチのデジタルを始めとする、日本馬たちの快挙を祝しまして!」

 

「「「カンパーイ!!」」」

 

「・・・(ヤマト、大惨敗だったのに僕はここにいていいのかな)」

 

「おう!しみったれた顔してないで飲めや!香港はヤマトの子供で勝てばええ!」

 

「は、はい!」

 

西の栗東トレセンではダイタクヤマト、ステイゴールド、エイシンプレストン、そしてアグネスデジタルの調教師である四人と、その周辺の人物が盛大な宴会を始め。

 

 

「・・・ゼンノエルシドは残念でしたね」

 

「何を言ってるんだい、君の所のセキトバクソウオーが勝ったからこその、この騒ぎだよ」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

「けど、次に当たるときは負けないからね」

 

「ご心配なく。こちらも全力で行かせてもらいますよ」

 

一方東の美浦トレセンでは、厩務員たちが西と同じく盛大に祝う中、主のいないセキトバクソウオーの馬房の前で太島とゼンノエルシドの調教師・・・山藤(やまふじ)氏が二人、静かに酒を飲み交わしていた。

 

 

そして、その波はセキトの故郷へも届く。

 

「やりおった!セキトがやりおったで!」

 

ブラウン管越しにその勇姿を見届けたマキバファームのスタッフたちは、もう誰が誰やら、てんやわんやの大騒ぎ。

 

「あのセキトが・・・!」

 

彼がこの世に生れ出づる前、ロッチヒメの腹で静かに時を待つ頃から見守ってきた薪場は目頭を押さえ。

 

「あの時の仔馬が、香港の最速馬とは・・・!」

 

出産の時、母馬の様子がおかしいと叩き起こされ、呼びつけられた獣医は非番を取った甲斐があったと胸を熱くし。

 

「そうだよなぁ、あいつは仔馬の時からよく走ってたからなぁ・・・!」

 

セキトの顔を見ようとすれば、屈んで覗き込まねばならなかった頃から、見上げるほどになるまで成長を見守ったスタッフもまた感慨深そうに呟いた。

 

そんな空気を知ってか知らずか、事務所の電話が鳴り響き。

 

「来年はもっとええ馬を付けられるかも・・・っと、すまんな」

 

セキトの偉業をもっと語らいたいとうずうずとするスタッフ達を手で静止しつつ薪場が電話を取る。

 

「はい、マキバファーム、薪場です・・・おぉ、太島センセイ!放牧地の空きでっか?大丈夫でっせ」

 

「太島センセイ!?」

 

「こら、静かにせんか!それで、太島センセイ、要件はなんでっしゃろ?」

 

一躍時の馬となったセキトの調教師の名が出たことで、思わず声を上げたスタッフを一喝しつつ、太島の要件を促す。

 

「ほぉ、ほぉ、はぁ。・・・大丈夫でっせ。いや、ええんですか?重要な時期ですやろ?」

 

薪場の声だけでは、会話の内容を捉えきることができずにやきもきとするスタッフ達。

 

それでもなんとか抑えていると、薪場は「はい、それでは、ありがとうございます」と言ったのを最後に電話を置いた。

 

 

「皆、少し聞いてや。驚かんでくれよ・・・セキトが、セキトが・・・」

 

勿体ぶる様に、わざとらしく溜める薪場。

 

何を言うのか、何が起きたのか。

 

ニヤニヤと笑う薪場の表情からは少なくとも悪いニュースではないことは察せたが、それがセキトに関連すること以外は分からない。

 

賑やかだった事務所がしん、と静まりきったのを見計らって、薪場はとっておきを披露する。

 

「セキトが家に帰ってくるでーーー!!」

 

 

「「「「うおおおおおおおおっ!!?」」」」

 

 

その発表に沸き立つスタッフ達。

 

激しいレースが続き、疲労の色を見せ始めたセキトの、リフレッシュ放牧。

 

その休養先に、故郷のマキバファームが選ばれたのであった。

 




という訳で次回は放牧編となります。そろそろ掲示板回もやりたいところだけど。

それから、作者的には定まっていないのでどちらでも対応できるようプロットを組み立てておりますが、読者様にセキトの出走レースを選んでもらうアンケートを企画しております。

さて、まずは作者もリフレッシュせねば。皆様、また月曜日にお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【掲示板】年末のスレ民たち@01年

祝・エネイブルの2022、爆誕!

XX01年からXX02年への移り変わりは、久しぶりの掲示板回です。

番外編で架空産駒回書きたくなってきたぞ・・・



【今年も】XX01年の競馬を語るスレ【色々ありました】

 

1:名無しの馬券師 ID:2xks17ZhM

ここはXX01年の競馬を語らうスレです。

 

〇〇が最強!異論は認めん!→最強馬論争板へ

http:umaban/n0013530

 

〇〇はどうなったの?生きてる?→馬捜索板へ

http:umaban/n0009988

 

荒らしはカエレ!(・∀・)

 

23:名無しの馬券師 ID:pRDUsJZWJ

タキオン、ほんま残念やったな・・・

 

24:名無しの馬券師 ID:7dTLkty0s

皐月賞、余裕に見えたけど実は脚やってたんだよな。それでも勝ち切るんだから無事なら一体どんだけ離してたのやら

 

29:名無しの馬券師 ID:WCvnJ8OJL

おい、おまいら、トドメきたぞ・・・

http:horsenews/00962

 

51:名無しの馬券師 ID:OdzV9QyCg

>>29

これマ?

 

67:名無しの馬券師 ID:N24FusMcr

嘘だろ・・・クロフネまで

 

80:名無しの馬券師 ID:FdBf41BW4

速報:ジャパンカップダート勝ち馬クロフネ、屈腱炎で引退、種牡馬入り

 

100:名無しの馬券師 ID:IXheyo9i6

まじかああああああああああ

 

110:名無しの馬券師 ID:pbQxPu3Jt

いや、まだだ!まだマンハッタンカフェとジャングルポケットがいる!

 

118:名無しの馬券師 ID:9OO6Hc6PA

マンハッタンカフェっていうか、今年のオペはどうしちまったんだ・・・いまいち勝ちきれてないし

 

140:名無しの馬券師 ID:4M/d8S7lS

流石に年やろ、マンハッタンに負けてるし

 

156:名無しの馬券師 ID:ptNKICXhF

言うて5歳やで、まだまだいけたやろ

 

170:名無しの馬券師 ID:DXiAfYCJl

>>156

種牡馬入りするし、イメージダウンを避けたいのでは?

 

174:名無しの馬券師 ID:Ox9vB8AP6

あー、それはあるか

 

192:名無しの馬券師 ID:9RoVp767m

それよりも香港だよ香港。なんだかよく知らんが今年は日本馬が大暴れしたんじゃろ?

 

210:名無しの馬券師 ID:iiGrciJzY

大暴れどころの話じゃない。

香港国際競走デーは、四つの国際競走(G1三つ、G2一つ)が行われるんだが、今年は全部日本が掻っ攫った

 

211:名無しの馬券師 ID:wtCKnCYsV

ひぇぇ・・・

 

225:名無しの馬券師 ID:JkdKIgb/I

しかも、負かした相手が去年の覇者だったり、欧州のG1馬だったり、結構やばかったりする

 

245:名無しの馬券師 ID:QeCgPXppQ

これは、タイキシャトル以来の欧州G1制覇フラグ?

 

263:名無しの馬券師 ID:a8p35MLiw

香港の競馬は色々欧州を参考にしてるらしいから、そこで勝てるならワンチャンあるな

 

284:名無しの馬券師 ID:bwZTzOI3X

でもステイゴールドとダイタクヤマトは引退発表されたし・・・寂しくなるな

 

308:名無しの馬券師 ID:7+ZtJNP0z

http:horse/news00950

一方オペドトは仲良く引退式を挙げる模様

 

315:名無しの馬券師 ID:kCYhdC8Vq

一緒かいww

 

322:名無しの馬券師 ID:Vh7gj3mat

まさかのww

 

340:名無しの馬券師 ID:GrGsgwnTO

オペラオーとドトウらしいはww

 

350:名無しの馬券師 ID:Gukkn16bl

アグネスデジタル、エイシンプレストン、セキトバクソウオーの香港トリオは現役続行でおk?

 

362:名無しの馬券師 ID:EtJLjqblm

今のところ引退するって話とかもないしそうじゃね?

 

374:名無しの馬券師 ID:e6DhTuDIU

http:sekitan/news.com

更新来てたぞ、セキトバクソウオーは現役続行、休養だってさ

 

387:名無しの馬券師 ID:QeCgPXppQ

出たな手作りサイト!w

てか久々に覗いたらなんかオシャレになっとるやん

392:名無しの馬券師 ID:UhOgfKc7v

まあ激しいレースが続いてたからな、納得だわ

 

401:名無しの馬券師 ID:rLJGJvSJW

セントウルステークス→スプリンターズステークス→香港スプリント、これのどこが激しいんだよww

 

418:名無しの馬券師 ID:k4ZPTdvar

>>401

http:muvimuvi/00009552

http:muvimuvi/00010052

http:muvimuvi/00012250

 

上から順にセントウルステークス、スプリンターズステークス、香港スプリントの動画。

これ見ても同じこと言えるか、見ものだな

 

434:名無しの馬券師 ID:rLJGJvSJW

今動画見てきた。正直すまんかった、スプリント路線舐めてたわ

 

 

452:名無しの馬券師 ID:k4ZPTdvar

ええんやで

 

464:名無しの馬券師 ID:x0iczPhj4

や さ し い せ か い

 

471:名無しの馬券師 ID:xDOMg8m/V

ところで今年の朝日杯はダービー馬さんの弟が勝ったそうですが

 

478:名無しの馬券師 ID:uCzMLSPQR

アドマイヤドンな、こいつも楽しみだわ

 

484:名無しの馬券師 ID:oIFifi0H1

ダビ○タの人、なかなかいい馬を当てたな。フサイチコンコルド産駒とは渋いところを突きおる

 

495:名無しの馬券師 ID:byQctO9+y

ダビ○タの人、リアルで馬主になってたのか!どの馬よ

 

519:名無しの馬券師 ID:8ssx3AMTk

4着に来たバランスオブゲームってのがそう

 

524:名無しの馬券師 ID:kcFUZ2+p7

バランスwwオブwwゲームwww

 

538:名無しの馬券師 ID:SGrPb+d0r

ダビ○タの人らしい命名だww

 

558:名無しの馬券師 ID:Y8EW/cPWv

他にもスタープログラマーなんて馬も持ってるしなw

 

578:名無しの馬券師 ID:xM4X1+DJE

そういえばタキオンの弟か妹とかおらんの?

 

587:名無しの馬券師 ID:EyPnI7Qc0

おる、アグネスプロトン。けどなぜかエリシオ産駒

案の定晩成で今年は未デビュー

 

593:名無しの馬券師 ID:6ge4Bik0x

なんでよりによってエリシオなんて付けたん・・・

 

595:名無しの馬券師 ID:YpyOzg1IL

実は地方とかダートとか長距離とか、条件が揃えば走る奴は走るから、言うほど失敗はしとらんのよなぁ・・・

  

614:名無しの馬券師 ID:OXqixfMRT

牝馬の方はどうなん?

 

622:名無しの馬券師 ID:zkxzRkA/B

阪神JFはまさかのタムロチェリーだったし、近年稀に見る混戦の予感

 

646:名無しの馬券師 ID:2sYyUuHaX

ワイ、ルドルフの頃から見てる競馬民。牡馬の三冠馬は再び出てきたが、生きてる内に牝馬三冠馬は見られるかな・・・

 

657:名無しの馬券師 ID:+AHYxO80L

牝馬三冠馬・・・秋華賞が設立されたときは勝ちやすくなったもんだと思ったんだがなぁ・・・

 

661:名無しの馬券師 ID:o/iYrkQ/f

惜しかったのはベガだっけ?

 

673:名無しの馬券師 ID:GF44eFW5B

そうそう、最後のエリ女でホクトベガにやられた

 

697:名無しの馬券師 ID:DIeMHRWr3

ベガはベガでもホクトベガ!

 

719:名無しの馬券師 ID:4BhUufBg9

メジロはメジロでもマックイーン!

 

724:名無しの馬券師 ID:scFBzEQyW

ライアン「グランプリは頂いていきますね」

 

725:名無しの馬券師 ID:R/kT6j3nQ

ライス「三連覇なんてさせねーよ」

 

733:名無しの馬券師 ID:1RwV9Mltr

マックイーンを撃破した皆さんw

 

754:名無しの馬券師 ID:wYiU9DrGg

さて、今年もあと数分で終わりだな

 

775:名無しの馬券師 ID:OZjpJ89v1

引退する馬、来年も走る馬、生まれてくる馬・・・全部の馬が、無事に行きますように

 

779:名無しの馬券師 ID:TkHPB2xcW

騎手・調教師「ワイらの無事は祈ってくれへんの?」

 

789:名無しの馬券師 ID:tNvvhnTMD

人気薄を持ってきてくれたら考えてやる

 

797:名無しの馬券師 ID:3AubheX6e

来年のクラシックはアドマイヤドンでおk?

 

817:名無しの馬券師 ID:PMt4veFWX

そりゃそうだろ、ベガの息子で(アドマイヤ)ベガの弟なんだから

 

839:名無しの馬券師 ID:t7tivO4jn

おい年明けたぞ

 

842:名無しの馬券師 ID:NcQFYhB8N

あけおめ!

 

850:名無しの馬券師 ID:c8XAcRplL

ことよろ!

 

874:名無しの馬券師 ID:7zWWE5nIL

皆様、今年もよろしくお願いし舛田初男

 

881:名無しの馬券師 ID:A5ImlhBlB

誰それwww

 

882:名無しの馬券師 ID:X3JiAS7/7

ハイセイコーの主戦を知らない世代が出てきたか・・・

 

902:名無しの馬券師 ID:+9e6NR/RJ

速報:ステイゴールドに代わりブロードアピール姐さん、現役続行

 

915:名無しの馬券師 ID:xX/VWl46K

ブロードアピールww繁殖入りさせたれよww

 

924:名無しの馬券師 ID:BNj4v2HH0

まあ馬主の自由やし・・・姐さん、一度駄目かと思ったらダートになった瞬間無双し始めたし・・・

 

946:名無しの馬券師 ID:lDSPpHKRd

一応ドバイで引退だそうだ

 

956:名無しの馬券師 ID:8iITi3Mma

やっぱ引退か、さすがに牝馬で8歳はな

 

963:名無しの馬券師 ID:GYaaaMg6W

ブロアピ姐さん、良かったね

 

973:名無しの馬券師 ID:pYRo0lcrH

次の板誰か立ててくれ

 

994:名無しの馬券師 ID:f3t3GvCgo

ほいよー

>>http:umaban/n0014299

 

1001:名無しの馬券師 ID:

この掲示板の書き込みが1000を超えたので書き込めません、別のスレッドへ移動してください

 




今週も月・水・金曜日、それぞれ掲示板、本編、本編の更新を予定しています!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生まれ変わって5年が経ちました

ウマ娘のアプリも1周年が近づき、ホーム画面が特別仕様になりましたね!

バレンタインの日、皆様は誰に本命チョコを貰ったのでしょうか。

作者は勿論バクシンオーから貰いましたが・・・これは、チョコ、なのだろうか・・・いや、本人がそう言ってるんだからチョコなんだろう(ヒョイパク)

こ、これは―!?




『あれは・・・タンチョウか』

 

香港スプリントから数週間。俺はふと鳴き声を上げながら飛び去った鳥が気になって、顔を上げた。

 

『んー・・・ちょっと前の事だけど、夢みたいだったなぁ』

 

あの熱狂は少し前、確かにあった出来事のはずなのに。それが夢だったと言われても信じられてしまうくらいに、俺は静かな世界に佇んでいる。

 

その視界に映るのは、雪、雪、雪・・・。

 

 

そう、俺がいるのは北海道の生まれ故郷、マキバファームだ。

 

 

迎えに来たスタッフさんは仔馬の頃よく見た顔だったし、薪場のおっちゃんを見たらなんだか久しぶりに実家に帰ってきた気分になった。

 

 

『しかし、ようやく戻ってこれたよ・・・』

 

香港からここに戻ってくるまで、本当に長い道のりだった。

 

香港遠征を終えた俺は、このままドバイ遠征だというアグネスデジタルに別れを告げ、残りのメンバーと共に羽田に無事帰国。

 

ここで、全ての馬がクリアしなければならないのが、輸入検疫と着地検査。通常は専用の係留施設で10日間、その後隔離状態で3ヶ月もの間観察され、変な病気やウイルスを持ち込んでいないか調べるのだ。

 

他の馬を守る為なのは分かっている。しかし最悪3ヶ月間もの間一頭きりって・・・気がおかしくなっちまうんじゃないか?

 

俺はそれをすっかり失念していて、すぐに牧場に帰れるものだと思っていたから空港で足止めされて大変だった。

 

とはいえ、検疫にそんなに期間を取られたら、ローテやら調教やら、俺たちは家業が成り立たなくなってしまう。

 

そこで、競走馬に限り特定の国にしか行っておらず、かつその国で特定の疾病が流行っておらず、かつ遠征期間が60日以内とタイムセールみたいな条件を全て満たせば、輸入検疫が5日間、着地検査が3週間に短縮される。

 

この60日制限ってのがエルコンドルパサーみたいに長期遠征する馬がなかなか現れない原因の一つなんだろうな。

 

で、俺たちは12月になってから香港入りして、年が変わる前に帰ってきたから余裕でクリア。

 

普通は羽田や成田で着地検査を終えたら、千葉の競馬学校で検疫を受けるのだが休養を見据えた俺はダイタクヤマト、ステイゴールド共々施設の揃った道内の育成牧場さんにお世話になった。

 

俺もこれから千葉かあ、と思っていたらステイゴールド、ダイタクヤマトと共に馬運車に乗せられて、あれっと思った。

 

俺の休養が決定していたことで馬主さんの了承を得て『種牡馬入りする二頭のついでに俺を北海道に運んだ』らしく、なるほどと納得する。心の広い方々だ、マジで感謝だよ。

 

俺だけなんかの病気になってる、という可能性も無きにしもあらずだったが、出国直前の検査も全く問題なかった為、まあ大丈夫だろうという判断だったそう・・・ここらへんは現代でやったら種牡馬入りする馬のファンに色々言われそうだなあ。

 

 

でも、育成牧場というだけあって外から沢山の馬の声がするのに一切合切関わっちゃいけないし、そんな状態で年を越したのが何より寂しかったぜ・・・。

 

 

 

 

年が明けてしばらくすると、寂しい年末年始を共に乗り越えたステイゴールドとダイタクヤマトは、それぞれ別の馬運車へ乗り込んで牧場を経った。

 

ステイゴールドは2つの牧場を行き来しながら、ダイタクヤマトは軽種馬協会の牧場で、それぞれ新たな戦いに身を投じることになったそうだ。

 

『あばよ、元気でな』

 

『じゃあね、頑張ってね』

 

二頭ともあっさりとした挨拶と、二つ、三つ言葉を交わしたのが、現役として最後の会話。

 

2頭共に8歳、ステイゴールドはともかく、ダイタクヤマトは俺がいることで生じるひずみか何かがその命を救ってくれることを切に願う。

 

しかし、種牡馬入りかぁ・・・この後の成績次第で来年か再来年には仲間入りってなるかもしれないな。

 

ん?そうなると、おい。

 

 

超今更だけど気がついた。

 

 

まさか、俺は、馬を相手にハッスルしなきゃいけないのか?

 

 

『いや、そりゃそうだけど・・・そうなんだけどさ・・・』

 

 

繁殖馬になるってのは基本的に優秀なサラブレッド、こと牡馬に関してはごく一部の存在のみに許される最高の栄誉だからな。

 

世の中にはいくら勝ち上がったとして種牡馬として必要とされなかった結果タマを取られてしまった悲しい連中もいる訳だし、馬産の世界において父親になる、と言うのはある意味G1を取るよりも難しいと言えるだろう。

 

でも、俺、中身人間。馬相手に興奮なんて出来る自信がありません。

 

しかし、そうは言っても既にスプリンターズステークスと、香港スプリント、大きな舞台での勲章を2つも手にしてしまっているんだよなぁ・・・。

 

あと一つか二つ、大きな所を勝ったならば、間違いなく引退後には男の花道が待っていることだろう。

 

勿論レースで手を抜くつもりなんてない。でもそうすると引退した後、その分だけ主に下半身がハードワークになるわけで。

 

 

勝たねば肉、勝っても引退したら性も根も絞られる。

 

 

所詮家畜なんざそんな扱いかと死んだ魚の様な目で引退後を憂いた俺だが、何しろ年を跨いで5歳になったのだ。2、3歳の時とは違って否が応でもその時が近づいているのを意識せざるを得ない。

 

『そういや馬になって・・・もう5年なのか』

 

 

そうだ、考えてみればいきなり馬に生まれ変わるなんていうギャグみたいな展開から5年も経つのだ。

 

最初こそ夢だ!と否定した俺もすっかりこの生活に慣れてしまっていて、やはりこの世で恐ろしいのは慣れなんだと思わざるを得ない。

 

俺の波乱万丈の馬生はまさかの母馬の育児放棄に始まり、同期と一緒に牧場の放牧地を一つ潰してしまった事もあったし、セレクトセールでは朱美ちゃんと出会い。

 

競走馬となってからは、ジュンペーを背に、新馬勝ちからの連勝、朝日杯での事故。

年が明けて3歳になった緒戦は丘本さんの見事な手綱さばきで初の重賞制覇、からの背中で手綱を取る主戦が獅童さんになって。

 

G1も行けるか、と思われた矢先の惨敗、立て直し。そして、連勝からいよいよ本番へというところでの骨折・・・軽症とは言えアレは本当に痛かった。2つの意味で。

 

それを癒やして、春のスプリント王者決定戦ではあと一歩のところで、頭角を表したトロットスターにほんの僅かな差でやられた。今思い出しても悔しさしかねぇ。

 

そこから夏の間は吉里さんのところで鍛えてもらって、秋にはようやくG1の歓喜を知ることができて。

 

『・・・で、香港制覇と。早かったよーな長かったよーな』

 

馬になってから、色々とあったんだよな、と。思い返しながらぼーっと空を眺めていて、ふと気づいた。

 

『・・・ありゃ?』

 

人間の時の記憶が、思い出せない。

 

正確に言えば、小学校入学前の事。そのすべてが、頭からごっそり抜け落ちている。前はこんなこと無かったんだが。

 

普通の人間なら恐怖を覚えていたかもしれないが、馬であることの何かしらの補正なのかそれも不思議ではないと自然と納得できていて。

 

その理由の一つだと自分でも理解出来ているのが、人間の時の5年に比べて、今世の5年があまりに濃すぎるということだ。

 

成人してからの記憶なんて特に酷かった。起きて、電車に乗って、働いて、働いて、働いて・・・運が良ければ帰宅、大体いつもは会社に残ってサービス残業。そして3時間ほど眠ってまた起きる・・・あれ、これって所謂ブラック企業じゃね?

 

ああまでしなければ生きられない社畜と、活躍しなければ墓すら残らない馬の生き様に似たような悲哀を感じかけて、振り払った。

 

勝てなくなろうとも、走れなくなろうとも、少なくとも彼らは自分に誇りを持っているから。同情なんてものを掛けるよりは、その姿と生き様を語り継いだほうが、余程その魂は報われるに決まってる。

 

・・・っと、記憶の話に戻るか。脳みそが貯めておける記憶の量には限界があるって言うし、今の生活から見れば人間の記憶ってのは本来必要の無いもの。

 

それを覚えているってだけでもありがたいし、自分を無くさずに済んでいるのも、記憶の影響が大きいと思うんだよ。

 

けれど、馬としての経験を積んで、競走馬としてのキャリアも恐らく終盤に差し掛かって・・・役割を終える時が近づいているのかもしれないな。

 

『それでも俺は、俺だよな?』

 

これから先、馬として10年、20年、ひょっとしたら30年。

 

俺が生き続ける限り、このまま人としての記憶を失い続けて、身も心も馬になってしまったとして。

 

そこにある生き物が、変わらず『俺』である自信が、今は無かった。

 

 

『・・・そういや仔馬ちゃんは今年デビューだったな』

 

懸念を振り払うようにして、最後にここに来たのは仔馬ちゃん・・・ジャスミンポイントの00が生まれた頃だったなと思い出す。

 

その子がもう競馬場でデビューする年だというのだから、時の流れは早い。

 

どんな名前になったのかなんて知らないが、朱美ちゃんのことだ、仔馬ちゃんにぴったりな素敵な名前を付けているにに違いないだろう。

 

大きくなっただろうな、なんて気持ちが自然と浮かんではっとする。やべぇ、これ、親戚のおっさんムーブじゃねえか。

 

しかし5歳馬というのは、競走馬としてベテランの域に差し掛かる時期。この分なら本当にその内おっさんだなぁ、と苦笑いして。

 

そのまま何か変わったことはないかなと隣の広い放牧地を見やれば、早くも今年生まれの仔馬が雪を跳ね上げながらはしゃぎまわっていた。

 

母馬らしきふっくらとした体型の馬が、それに翻弄されてくるくると回っている。

 

『おお、もう今年生まれの仔が』

 

・・・近代の競馬、特にここ十年程で、1月から3月生まれの馬ってのはうんと増えた。

 

ライトコントロールって言ったか?とにかく牝馬の身体に一定時間光を当て続けることで、春が来たと誤認させ、本来発情期ではない冬に交配が出来るそうだ。

 

成長期間が取れる、早く新馬戦に出走できる、母馬の身体を休ませられるとメリットづくしらしいが、その分仔馬は生まれたばかりの身体で厳冬に晒されるわけだから、管理が難しくなるデメリットもあるだろう。

 

自然の摂理に逆らうってのはどうなんだろうな、と考えながら、地面が露出した場所に座って寛ぐ。

 

数年前の冬、雪の上に座って酷い目にあったからこういう時のために最初に放牧に出された日に「雪かき」しておいたのさ。

 

他の連中は全然平気だっていうけれど、いや正直信じられない。だってこんなに冷たいものの上に寝転んだら普通は・・・ねぇ?

 

一体いつまでこの休養が続くのかなんて俺には分からないが、与えられた時間は有効に活用せねば、と足を伸ばす。

 

身体を横倒しにしたら丁度よく日差しを浴びて、しばらくしたら自然と湧き上がる眠気にまどろめば休日のおっさんもびっくりなだらけた馬の日干しが出来上がりだ。

 

 

『はぁ・・・気持ち、いいなぁ・・・』

 

こうやってなんにも考えずに休めるのも、多分後ちょっと。

 

少しずつ春の気配を運んでくる北海道の自然を全身に感じながら、俺は思い切り惰眠を貪るのだった。

 




次回、セキトバクソウオーの全兄弟姉妹、爆誕。

薪場さんが色々と頭を悩ませます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妹、爆誕す

はい、セキトの下の子は無事に生まれました。元気な女の子のようです。

しかし今や金の卵を生むようになったロッチも高齢、牧場にとって避けては通れない問題があるようで・・・。


セキトの里帰りから、2週間ほどが過ぎた。

 

本日の天気はこの時期にしては珍しく晴天。馬たちも久しぶりの太陽の暖かさにより一層活動的になっているようだ。

 

そんな心地よい昼下がりの牧場の道を、薪場が歩いている。

 

「ふーんふふーん、ふ〜んふ〜んふ〜ん・・・いやー、それにしても無事に生まれてよかったわ」

 

あの昭和の名馬を題材にした演歌を口ずさんでしまうほどにはご機嫌な理由。それは数日前、新たに生を授かった一頭の仔馬にある。

 

「なんてったってセキトの下やからなぁ」

 

サクラロッチヒメのXX02。父親はサクラバクシンオーとセキトの全兄弟姉妹にあたる馬だ。

 

肝心のロッチは今年も安定の育児放棄。しかし最早それも出産の前から予定に織り込み済みで、近くの牧場から乳母を貸してもらえる算段がついていた。

 

今年の仔馬は兄とは違い、毛色こそ平凡な鹿毛ではあったが馬体の出来自体はその兄に劣るどころか、寧ろ上回っているのではと言う位で。

 

4つの脚すべてが白く、額に大きな星を抱いたその姿から「テキロ」の幼名を名付けてしまったのも許されるだろうと薪場は頷いたものだ。

 

尚、幼名に関してはスタッフたちから「ゼツエイ」の方がいいという意見もあったが、薪場は「怪我で死んだ馬の名前なんて縁起でもない」と容赦なく斬り伏せたのだった。

 

 

しかし、G1馬の下ということと、この牧場に来てからロッチが産んだ仔馬が全て牡馬だったということで、舞い上がっていた薪場は重要なものを見落としていた。

 

 

「薪場さん・・・!この子、女の子です!!」

 

 

生まれてきたのが、大きな馬体の、元気な「牝馬」という、重大な事実を。

 

「は・・・?嘘やん、こんなに大きくて立派な仔やで?こんな、大きくて・・・」

 

スタッフの指摘によって、ようやく仔馬の腹を確認する薪場。

 

「な・・・無い・・・どこにも・・・」

 

確かに、まだ生まれたばかりで母胎と繋がるへその緒以外はつるりとしていて、何も無い。

 

何度も己の身体にふれる手がくすぐったかったのか、仔馬は小さく鼻を鳴らし、しかし悪い気はしないと言わんばかりに横になる。

 

そこではっきりと見えたのは、彼女が牝馬である、と決定づける「証拠」であった。

 

 

 

「あんなでっかい牝馬なんて見たことないで」

 

その時は期待を裏切られたと落ち込んだものの、後々考えてみれば腹の中にいる仔馬の性別なんて生まれるまで分からなくて当たり前なのだ。

 

ましてや裏切るも何も、牡馬が欲しいというのは人間側の一方的な都合である。

 

何事もなく無事に生まれてきてくれただけありがたい。そう思い直した薪場は翌日になると一転、セキトの妹、テキロをどうするべきかと悩まされることになった。

 

「ぜひ自分に売って欲しい」という問い合わせの電話が殺到したのだ。

 

どこからどう広まったのやら、テキロが誕生したその日の内にそのニュースは馬産地中に拡散していた。

 

そして、その話を聞きつけた馬主たちが有名、無名混ざりあったまま我先にと連絡を入れてきたというわけだ。

 

「さて、テキロを誰に売るかなんやがなぁ・・・」

 

昨年まではこうは行かなかった、違いといえばセキトがG1を制した位だ。

 

その下となるとここまで買い手が現れるのかと驚きながら、その答えがすぐに出る筈もなく。今日もまたお天道様の下で、薪場は首をひねって考える。

 

「庭先・・・は天馬さん以外にあまり知り合っとらんし、セリ・・・は、完全に手放すことになるしなあ」

 

腕を組み、考えこめば考えるほど、正解の選択肢が奥へ奥へと引っ込んでいくような。そんな感覚さえ感じる無限迷路。

 

 

なぜ薪場は庭先はともかく、セリに出すのを渋るのか。

 

それは、マキバファームにとってテキロがロッチの後継牝馬足りうる器だと考えているからであった。

 

 

セキトを産んだときには母馬としてもまだまだやれる、といった年齢だったロッチも今年で17歳。世間一般から見れば、後一頭、多くとも二頭産んだら天寿まで悠々自適に過ごさせて上げたほうがいいとさえ言える歳だ。

 

そんな折に、セキトの全妹という素晴らしい血統の牝馬を授かった。しかも馬体も良いとなれば将来的にその産駒も期待ができる。

 

しかしそんな馬が生まれてきたのなら、競走馬として走らせてみたいのもまたホースマンの性だ。

 

ところが、マキバファームは中央どころか地方の馬主資格を有しておらず、競走馬にしたいならば他所の馬主に売却する必要がある。

 

その際「繁殖牝馬として牧場に戻す」という条件を付けることが出来ないわけではない、しかし中途半端に勝ち上がると馬主によっては7歳、8歳と走り続けて繁殖の機会を失ったり、走る以上は何かしらの理由で牧場に戻ってこれなくなる可能性もある。

 

そして、契約を交わすことができる庭先とは違い、セリというものは所有権そのものを売却する場。買い手がついて契約が成立すれば、引退したあとどこに預けようが馬主の自由だ。

 

もしテキロがセリで売却され、重賞を勝ったとしよう。大抵の馬主はこんな片田舎の小さな牧場より、施設のそろった煌びやかな牧場に預ける事を望むだろう。その方が産まれた仔の質を上げられるからだ。

 

庭先取引をしようにも知り合いの馬主は少なく、セリで他所の牧場にもやりたくない。

 

全くのわがままとしか言い様がないが、薪場は何が何でも繁殖牝馬としてのテキロを譲る気は無いのは確かだった。

 

「ここにきてセリにばっか馬を出してきた弊害が出おったか・・・」

 

大きくため息をついた薪場自身、正直に言えば朱美に話を持ちかけ、売却するのが一番手っ取り早いとは分かっている。

 

馬を想う朱美のことだ、テキロに関しても話せば二つ返事で了承してくれることだろう。

 

 

だが、それでは駄目だ。

 

牧場を長くやっていくための秘訣、それは多くの人物と繋がりを持つことだと、薪場の師匠は言った。

 

繋がりが多ければ多いほど情報は入ってくる。誰が仔馬を欲しがっているか、誰が馬を預かって欲しがっているか。

 

一人の馬主が駄目になったとして、残りの知り合いが十人いるのと三人いるのでは、前者のほうが影響は少ないだろうと。

 

薄く、広く。牧場を続けたいのなら、それを意識すればいい。 

 

 

そう言われたからこそ、セキトの時は多くの繋がりを簡単に作ることができるセリ市という選択を取った。

 

だが、その妹を。

 

母の血を継げる大切な一頭を、個人的な理由で、どうしても手放したくないというのはただのわがままで、許されないのだろうか?

 

 

「・・・はぁ」

 

セリか、庭先か、未出走で繁殖入りか。幸いにもテキロが大きくなるまで、時間はたっぷり残されている。

 

結局今日も答えは出ず、薪場は馬でも見て誤魔化すかと心なしか重くなった身体で一歳馬の放牧地へ向かうのだった。

  

一方その頃、薪場の心を大きく揺らす張本人はー。

 

 

 

 

『・・・それで、にーちゃんはどうしたの?』

 

『確かこうだったかな・・・』

 

よう、絶賛放牧中のセキトバクソウオーだ。

 

しかし、休めるのもあとちょっととか言ったような覚えはあるがどうしてこうなった。

 

俺が放牧されているパドックの、その隣。今日はそのもう一つのパドックの中に、見慣れぬ仔馬ちゃんが放牧されていたんだ。

 

大きさからして生まれてあんまり経ってないようだけど、話を聞いて二度驚く。なんとこの子、俺の妹っぽい。

 

むー、そう言われてみると毛色の明るさとか、目つきとかはお袋と似てるような。脚が全部白かったり、似てないところも多いけど。

 

名前も聞いて成程、テキロと呼ばれているらしい。先程言った特徴に加えて、額に大きな星があるならそりゃあ的盧だな。

 

とにかくそのテキロ・・・妹は、何か俺の話を聞きたいと要求してきたから丁度レースの話をしてやった所だ。

 

『どうだ、俺みたいに速く走りたいんだったら、努力が大事なんだぞ』

 

兄として、手本となるべくこう締め括ったのだが。

 

『んー・・・はしるの、つかれるからやだ・・・』

 

あらっ?気持ちを燃やすどころか、へなへなと地面に座り込んでそのままゴロンと脚を投げ出した。

 

おいおい、妹よ。そんなんじゃ立派な競走馬になれないぞ。

 

『おーい、起きろー、ちゃんとしないといいレースはできないぞー』

 

そう声をかけたところで、帰ってきた返事が、

 

『わたしー、にーちゃんのいもーとだもん・・・はしんなくてもだいじょうぶー・・・』

 

な辺り、「コイツ、分かってやがる・・・!」って感じだ。いったいどこで聞いたのやら。

 

あらあらまあまあ。気がつけばお腹を出して、ゴロゴロしちゃって。ぐうたらしてるけど頭は悪くない感じだし、更にはぱっと見牡かと思ったくらいにはいい馬体をしているのが尚更勿体ない。

 

『ぐう・・・』

 

あぁ、そのまま寝ちゃったよ。なんというか、親父(サクラバクシンオー)の好馬体と、パーソロン系である母方の爺ちゃん(サクラショウリ)の狡さを受け継いじゃった感じかなぁ。

 

どんな言葉を投げかけてもやる気一つ見せやしない様子に、このままいくと我が妹ながらとんだ馬体詐欺になりかねん、どう矯正したものかと頭を悩ませたが。

 

 

 

『・・・あの、ウチのコになにか?』

 

『いえ、何でもないっす・・・』

 

特に何の指導もしてあげられないまま翌日にはテキロの側に乳母馬さんが立っていて、その鉄壁ガードで俺は親子関係から完全に弾き出されてしまったのだった。

 

そう、だよなぁ。俺が特殊だっただけで、育児放棄された仔馬ちゃんはこうなるのが普通だ。ましてや俺はテキロのママじゃないし。

 

ああ、それにしても。全くもってお兄ちゃんを遂行できなかったのが悔やまれる。 

 

『んふー、おばちゃん、温かい・・・』

 

『あらあら、たんと甘えなさいね』

 

しかし、乳母馬さんに寄り添う妹の表情といったらこれ以上なく幸せそうだ。こっそりとそれを見ていると羨ましい・・・じゃなくて!生まれながらにレースを意識していた俺の異質さがよく分かる。

 

仔馬ってのはこうあるべきなんだよな、うんと甘えて、飲んで、はしゃいで、眠って。

 

気がつくと、フッと俺の鼻から息が漏れた。

 

やっぱりまずは無事に大きくなるのが一番だな。妹よ、今は乳母馬さんに甘えて、すくすく大きく育て。

 

 

そして・・・。

 

『むにゃ・・・』

 

『あらっ、よく寝る子ねぇ・・・』

 

またしてもパタリと地面に横になって寝息を立て始めた妹に、思わず祈らずにはいられなかった。

 

 

大きくなったらなるべく馬主さんの財布のダメージは小さくするんだぞ・・・大穴を開けるんだったら、レースでな。

 




妹ちゃん、超やるき無し!セキトの祈りも虚しく数年後には馬主さんの財布にはダメージが入る予定です・・・。

来週の内容は決まっていませんが、セキト帰厩、ジュンペー絡みの話になるかと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジュンペーの再起

twitterにてゼンノエルシドの近況が投稿されていて、ガングロ金髪ちょい悪オヤジになってて驚いた件。ブリーチでもかけたのかなぁ・・・(遠い目)


XX02年、2月。

 

「よし・・・!」

 

騎手免許試験の日。新人、外国人に混じって一人の男が、実に14年の時を経て競馬学校の地を踏んだ。

 

「やっと・・・やっと、ここまで来た」

 

その男の顔を見た者は、口々に「おっ」とか「あっ」とか、短く声を上げて驚きを顕にする。

 

「もう少しの辛抱だ、待ってろ、セキト・・・!」

 

冬の牧場で英気を養う愛馬の姿を想いながら、男・・・岡田順平は、騎手としての再起に燃えていた。

 

 

 

 

「・・・はい、以上です」

 

「ありがとうございました」

 

教室の一つにて行われた口頭による学力試験、順平は周りの風景に懐かしさを覚えながらも、結果に確かな手応えを感じ、意識は次なる項目へと向けられる。

 

「(多分だけどクリアしたな、けど、問題はこの後だ)」

 

後遺症の治療のため一度免許を返納した順平は、また1からのスタートとなり。それでも学力と馬を扱う最低限の技術が求められる前年秋の一次試験は余裕で突破、そして3ヶ月の間隔を経て迎えた今日の二次試験。

 

今度は「本格的」に騎手としての裁量が求められるのだが・・・順平の懸念は、その実技の方にあった。

 

「(仕方ないけれど、ゲート試験だけは練習出来なかったんだよな・・・)」

 

再び舞台に舞い戻ることを決意した後、乗馬クラブに通って馬に跨がる感覚を完全とは言えないながらも思い出し、ありがたいことに太島の口利きで人手不足に喘ぐ育成牧場でボランティア騎乗をしたり、家では木馬を駆って出来る限り技術を取り戻そうと努力した。

 

しかし、その状況では、時にそれだけで勝負の明暗を分ける重要な要素である「ゲート」の感覚を取り戻すまでには至らなかったのだ。

 

「(馬次第・・・かな)」

 

馬をどうゲートに導けばいいか、ゲートから走り出すにはどうすればいいかは覚えている。発走自体も多少は育成牧場でやらせてもらえたが、それだけではどうしようもない。

 

自分の実力だけではなく、馬が走る気になってくれるか、寧ろ走る気が無くともその馬を走る気にさせるのが騎手の仕事。

 

ところがこの世には何をしようがうんともすんとも動かなくなる、という癖や、ゲートで大人しくすることができないという所謂癖馬といった輩が存在する。

 

当然試験でそんな癖や、なにかの気まぐれを起こされてしまっては大変である。JRA側も試験用として用意する馬は、経験豊富で比較的穏やかな、研修馬と呼ばれる練習用に飼育されているサラブレッドだ。

 

だが、それでも。

 

何かを感じ取るのか駐立したまま動かなくなる馬は時々現れるし、気に入らないことがあれば暴れることだってある。

 

この人間より大きな生き物相手に、100%安全な扱い方なんて便利なものは、存在しないのである。

 

 

 

 

「(この馬が当たっちゃったかあ・・・)」

 

そして迎えた発走試験。順平に割り当てられたのは「翔陽」と名前は改められたものの、特徴的な流星から見る人が見ればある往年の活躍馬だとすぐ言い当てられる栗毛の馬。

 

しかし、くじ引きによって騎乗するのがこの馬に決まった瞬間から、順平の心は平静とは真逆の位置にあった。

 

なぜなら。

 

彼の馬は、今でも代名詞として持ち上げられることがある程の『出遅れ魔』だったのだ。

 

競走に出ていたときより歳を取り、去勢も施された為か穏やかで言うことを聞いてくれやすくはなっている、と説明を受けたがそれでも現役の姿を知る者としては気が気でない。

 

「頼むぞ、僕の進退が掛かってるんだ」

 

背中に乗る順平の胸中を知ってか知らずか、その声を聞いた「翔陽」は任せろと言わんばかりにブルルと鼻を鳴らした。

 

「はは、任せろって?じゃあ頼もうかな」

 

首の根元をぽんと叩きながらそう呟く様を見た他の受験者たちは「馬に話しかけてるよ」とざわめく。

 

彼らは馬に言葉を掛けるのは落ち着かせたり注意をひくためであって、コミュニケーションが図れるわけがない、と変わり者を見る目で順平を見た。 

 

「(ああ、やっぱりそうなるよな)」

 

しかし、最早順平にとってそんなことは関係ない。今は騎手という立場に再び蘇るための試練の最中。出来ることは何でもやってやるさと外野を切り捨て、目の前の事に集中する。

 

「(馬に言葉が通じない?)」

 

そんなことはない。脳裏に赤い影がよぎる。

 

少なくとも、あいつだけは違う。そのことを順平は誰よりも知っていた。

 

 

 

 

「次!」

 

「・・・さあ、出番だ、良いところを見せてくれるんだろう?」

 

順平の前の人物の発走試験が終わったようだ。

 

「翔陽」の気合もばっちり、こちらが下手を打たなければ大方は大丈夫だろう。

 

「(こいつの出遅れの原因は・・・)」

 

いつだったか、昔の担当厩務員から、出遅れの理由の一つかもしれないと何か聞いたことがあったような。

 

 

『やあジュンペー、ちょっと聞いてくれるかい?『あいつ』のことなんだけど・・・』

 

 

「・・・あっ」

 

ようやくのことでそれを思い出した順平は「ちょっと待って下さい」と試験官に声を掛けてから「翔陽」の手綱を引っ張って立ち止まらせた。

 

「『ショウ』、一旦落ち着こう」

 

そうだそうだ、危なかったと馬共々自分の跳ねる心臓を宥める。思い出した話の続きは、確かこうだった。

 

 

『あいつも重賞でやれる力はあるんだけどね・・・どうも一生懸命過ぎて、空回りしてるっぽいんだよね』

 

 

かつての厩務員が言っていたこと。それは、『翔陽』には力みすぎるきらいがあるということだった。なんだかあの赤い相棒と似てるなぁ、と順平は微笑む。

 

「大丈夫、本番じゃあないよ、力ませてごめんね」

 

だから敢えて、「今の名前」を呼んで、これはレースではないんだよと。ただの発走練習なんだと言い聞かせる。

 

どうどう、よしよし、首を撫でたり、軽く叩いたり。

 

そうすれば、競走馬としての闘争心が蘇りかけていた両の目の炎が、穏やかになって。

 

「(よし、これなら大丈夫)」

 

今の状態ならば行けると判断して、再び試験官に声を掛ける。 

 

乗馬クラブで馬が暴れそうになった時や、気合が入りすぎた時に立て直す方法を改めて学んでおいて助かったと、順平はため息をついた。

 

「・・・大丈夫です、すみません」

 

「分かりました、次の方、行きます!」

 

その言葉を了承した試験官がどこかになにかサインを送ってから、ゲートへ入るよう促した。

 

「じゃ、行こうか」

 

順平が拍車で軽く触れれば、「翔陽」は酷くあっさりとゲートへ身を収め、あちこちから感嘆の声が上がったのだった。

 

 

 

 

「(落ち着かなきゃいけないのは、僕もだな)」

 

 

開放を待つ間、順平は再び踊りだした心臓に、今までのどんなレースの時より酷いやと苦笑しながら己の未熟さを感じていた。

 

ふと思い出したのは、まだ美浦にやってきてあまり経たない頃のセキトバクソウオーの姿。

 

あんなに幼く、頼りなかったのに、この間のセントウルステークス、そして、スプリンターズステークス、香港スプリントと三連勝、己の手を離れている間に随分と立派になったものだ。

 

しかし、その背中で栄光へのアシストをしたのは自分ではなく、間違いなく獅童宏明という男である・・・約束通りなら、自分がそのバトンを受け継ぐことになるが。

 

順平は、それは獅童という騎手からようやく出会えた名馬を奪い取る泥棒も同然なのでは、とほんの少しだけ迷い。

 

しかしそれもこれも、ここを超えてから。そこから再び始まるんだ。と気持ちを入れ直して。

 

 

その瞬間、僅かにゲートが軋む音がした。

 

「!」

 

そして、岡田順平という男はやはり、根っからの騎手であったらしい。

 

あれほどのブランクがあった筈なのに。

 

今だ、と言葉にする前に、踵が「翔陽」の腹を蹴飛ばして。

 

 

「おお、見事」

 

試験官が思わずそう声を漏らすほど抜群のタイミングで、栗毛の馬体が勢いよくコースへと駆け出していった。

 

 

「・・・ふう」

 

発走試験さえ乗り越えてしまえば、後は消化試合のようなもの。

 

余裕を持って馬を扱い、いつの間にやら順平の正体に気がついた試験官がこれがG1を勝つ騎手の動きだ、よく見ておけと産声を上げようとしている騎手の卵たちに言い。

 

試験が終わる頃には順平の真似で馬に喋りかける者さえ現れてちょっとしたカオス状態になったが。

 

とにかく人事は尽くした。後は天命を待つのみである。

 

 

それにしても疲れたなぁ、と順平は汗をかいた額を拭った。

 

体力もそうだが、精神の方をゴリゴリと削られたのだ。しかし以前ならば頭痛を起こしていたであろう局面も難なく乗り越えられた分、治療を乗り越えた甲斐はあったと言えるだろう。

 

いずれ、いや、あいつに乗るのなら今すぐにでも体力を戻していかないとな、と早くも次なる目標を見据えて。

 

「あ・・・セキトみたいだ」

 

順平は赤く染まった空に愛馬を重ねながら、家路についたのだった。

 

 

 

 

後日、トレーニングに勤しんでいた順平の家のチャイムが鳴る。

 

「はい、お疲れさまです・・・遂に来たか、というか制度上、もう合否は分かってるんだけどね・・・」

 

郵便配達員と一言二言挨拶を交わして、受け取った封筒には、差出人が日本中央競馬会と書かれていた。

 

中身に関しては恐らく騎手免許試験に関しての書類。そしてその制度上、この便りが届いたということは。

 

中身の無事を確認しながら慎重に開封し、取り出した紙に書かれた「合格通知」の文字に、順平は心の底から安堵し、力が抜けたようにふらふらと椅子に座った。

 

そして。

 

「よかっ・・・たぁああああ!!」

 

芯から湧き上がるような歓喜の声を家中に轟かせ、無事、ここに一人のジョッキーが再誕したのであった。

 




ジュンペー復活!これでセキトに乗れるね!

水曜更新分は、セキトの帰厩の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セキトの帰厩、ジュンペーの帰還

いよいよ明日でウマ娘一周年。

いや、正直無礼てましたわ。誰があんなに新規ウマ娘が追加されるなんて想像できるか!

一周年記念ショートアニメの出来も最高、序盤のデコレーション対決ではお互いのセンス爆発で笑わせて貰いましたし、いやー、お腹いっぱいです。



「よし、長旅お疲れさん」

 

2月も半ばに差し掛かる頃、十分な休養を取れたと判断された俺は、はるばる新冠から美浦へと輸送されてきた。

 

『はー、疲れた・・・酔わないだけマシだけど』

 

度重なる車酔いの事実から、今回はわざわざ渋滞しにくいコースや時間帯を選んで連れてきてくれたみたいだ。お陰で大分楽だったぜ。

 

俺を馬運車から降ろしてくれたスタッフさんも、俺の様子を見て小さくガッツポーズをしていた。作戦成功ってことか。

 

とは言え北海道から茨城ってのはあまりにも物理的に離れすぎているからな。輸送の疲れ自体は感じているけれど、どうにかなるものだし、流石にこれ以上は贅沢ってもんだろう。

 

 

年が明ける前から数えれば約3ヶ月ぶりのトレセン、懐かしさと感触を確かめるように一歩一歩踏みしめれば、吹き抜ける風は北の大地よりもはるかに色濃い春の気配を含んでいた。

 

『やっぱこっちのほうが暖かいんだなぁ』

 

そのことに驚きつつも、そういえば今年のクラシックはどんな馬が出てきたんだっけとか、強い馬ってのはどんな奴がいたっけと頭を使うが、いまいち思い出せない。

 

えーっと、アドマイヤ・・・何とかってのはいたような気がするんだけど・・・うーん。層が薄いってわけじゃない限り、やっぱり一連の記憶喪失の影響を受けている気がするぞ。

 

 

『・・・あ!先輩!先輩じゃないですか!おかえりなさい!!』

 

考え事に耽りながら厩舎に入ると、マンハッタンカフェが勢いよく出迎えてくれた。

 

こいつと前に顔を合わせたのはスプリンターズステークスの前。ということは。

 

『よ、お互いG1ホースだな。マンハッタンカフェ』

 

馬房に入りながらそう声をかける。

 

俺はそのスプリンターズステークス、そしてマンハッタンカフェは、菊花賞に有馬記念とG1を制覇しているはずだ。

 

やっとのことで後輩より先にG1馬になったかと思ったら、既に勝数で抜かれちゃってんだよな。なんか悔しい。スプリントG1少なすぎ問題。

 

『えへへ・・・いろんなところで僕が最強なんて言われてるみたいなんです。信じらんないですよね・・・?』

 

マンハッタンカフェは俺の言葉に照れたようにそう言った後、続けた。

 

『でも、オペラオーさんを差し切ったんです、責任は取ります』

 

『・・・おお』

 

その姿に若駒だった頃の頼りなさは無く、今や堂々たる古馬としての振る舞いを身に付け、身体はG1馬のオーラを纏っている。

 

思わぬ成長ぶりに目頭が熱くなりそうだが、それは俺が短距離専門で、戦う心配がないから素直に喜べるだけだ。

 

中長距離でこいつと戦わないといけないライバル陣営は今頃顔を青くしていることだろうな。

 

と、その時。

 

『・・・(いた)っ』

 

マンハッタンカフェが、足を痛がる素振りを見せたのだ。

 

『おい、どうしたんだ?』

 

 

『・・・貴様、後輩の異常にも気づかぬとは、案外鈍感なのだな。大分前から、蹄に穴が空いているそうだ』

 

俺の言葉に答えたのは、反対側の馬房から顔を出したイーグルカフェだった。こいつとも随分久しぶりだな。

 

『よう、イーグルカフェ。蹄に穴・・・蟻洞か・・・』

 

そういえばマンハッタンカフェは、後世でも蹄がペッタンコな馬の代表格として名前が上がるくらいだったな、と思い出す。

 

硬いイメージのある蹄だが、馬によっては案外脆いのだ。マンハッタンカフェはそのタイプだった。

 

勿論センセイたちだって蹄鉄やらなんやらで工夫はするものの、レースの度にダメージが入って欠けたり、割れたりを繰り返し・・・最後はご覧の通り、脚や蹄を痛めてしまう。

 

『すみません・・・ちょっと奥で休んできます』

 

やがてマンハッタンカフェは痛みに耐えかねたのか、馬房の奥へと引っ込んでいってしまった。そのまま座り込んだらしく、寝藁を掻き分ける音がする。

 

『相変わらず栄光には遠いが・・・ああいった哀れな同胞を見るたび、吾輩を丈夫な身体でこの世に産み落としてくれた母君には頭が上がらぬ思いだ』

 

痛みに苦しむマンハッタンカフェを、同情するような目で見ながら呟くイーグルカフェ。

 

しかしマンハッタンカフェは大分前から(つめ)を痛めていただと?どういうこっちゃ。

 

『なあ、マンハッタンカフェの脚が悪いのは大分前からって言っていたけどよ、具体的にはどのくらいだ?』

 

『・・・はっきりとは分からぬ。だが、貴様が中山に行く前・・・秋頃には痛がっている姿を時折見かけた』

 

なんてこった。俺が先にG1馬になってやると闘志を燃やしていたその時に、既にマンハッタンカフェは己の身体とも戦い始めていたのか。

 

『・・・の割には俺はマンハッタンカフェが足を痛がる姿なんて見なかったぞ』

 

首を傾げる俺に、イーグルカフェはため息を付きながら言った。

 

『どういう訳か、貴様がマンハッタンカフェと顔を合わせる時は、奴の調子が良い時ばかりであったからな。問題が無いように映ったのであろう』

 

 

成程、たまたまか・・・って、たまたまであってたまるか!

 

恐らくだが、マンハッタンカフェは俺に弱っているところを見せまいとしていたんだろう。

 

俺に心配をかけないためか、大舞台を控えた俺に、余計な気を使わせないためか・・・兎にも角にも、健気なやつだよ、まったく。

 

しかしそれがこうしていよいよ俺の前でも隠せなくなってきたということは、状態は悪化してるってことだ。

 

これが条件馬とかなら間違いなく再起を図るところだろうが、マンハッタンカフェは実力を証明したG1馬だ。最悪の場合このまま引退なんてこともあり得るからな・・・。

 

こいつといられるのもあと少しかもしれない。未だ『痛たたた・・・』と痛みに声を上げるマンハッタンカフェの馬房を見やりながら、俺はそう思うのだった。

 

 

 

 

さて、トレセンに戻ってきてから数日。

 

センセイと朱美ちゃんの電話会談の結果、俺の次走は高松宮記念に定まったそうだ。

 

高松宮記念と言えば昨年はトロットスターにしてやられたからな。奴が出てきたらやり返してやる・・・と思っていたのだけれど。

 

『トロットスターが不調!?』

 

俺はウッドコースで併せ馬をしながら、相手を務めてくれているおっさん(牡 8歳)から、思わぬ情報を入手した。

 

『はぁ、はぁ、間違いないよ・・・一回併せたけれど、同じ馬とは思えなかったなあ・・・ひぃ、それにしても君は速いなぁ、さすがG1馬だぁ、はひー・・・』

 

バテながらも教えてもらえたんだが、どうやらトロットスターはスプリンターズステークス以降一度も勝てていないらしい。

 

何が起きたかなんてのまでは分からないが、奴は今年で6歳、急速に衰えが来たのかもしれないと憶測する。

 

それにしても何で俺がG1を制してるって分かったんだ?

 

『おっさん、ついでに一つ聞くけどよ、何で俺がG1馬だって分かったん、だ!?』

 

『はぁはぁ、それはね、ゼッケンに名前が入るのは、G1を勝った馬だけだからだよ!セキトバクソウオー君ー!』

 

あ、そういえばそうだった。直線に入ったから思わず加速して、おっさんを引き離しながらゴールした俺は、耳に入った声で「G1を制した馬のゼッケンには馬名が入る」ということを思い出した。

 

まったく、最近は物忘れがひどすぎねぇか?健忘症かよ・・・。

 

引き離されながらも律儀に声を張り上げて尋ねたことへの答えを返してくれたおっさんに感謝した。

 

 

『ふー、上がり上がりっと』

 

『先輩!おかえりなさい!』

 

さて、今日も気持ちよく走れたなーと。クールダウンを終えて馬房に戻ると、相変わらずマンハッタンカフェが顔を出して出迎えてくれた。

 

だいぶ調子が良さそうだな、と聞いたら獣医の先生が処方してくれた痛み止めがよく効いたらしい。このまま行けば3月の末にはレースに出るそうだ。

 

『俺と同じタイミングか』

 

俺の出る高松宮記念もまた、3月の末に行われるレース。たしかこの時期の中京に長い距離のレースはなかったから、また別の競馬場だろうな。

 

『吾輩も近々マンハッタンカフェと同じ地へ発つらしい』

 

そこに加わってきたイーグルカフェもそう言ってきた。この時期のイーグルカフェはなぁ、とにかく勝ちを求めた結果芝にダートに、距離はスプリントから中距離までいろいろ試しているからはっきり言ってどこに行くのか宛にならねぇ。

 

それにしても俺だけ仲間はずれかよ。まあ、俺が出るのはスプリンターにとっては貴重な、大きなレースだから仕方ないけどな!

 

 

・・・ん?

 

ふと、耳に入った足音に聞き覚えがある気がして顔を上げる。

 

俺自身、この足音をしばらく聞いてなかったようで誰だったかな、と思い出すのに苦労していると。

 

「セキト、久しぶりだね」

 

・・・いや、俺、なんでこいつの足音を忘れてたんだ。

 

待って、待ち続けて、待ち焦がれて。

 

そしてあの日から2年かかって、しかしここに戻ってきてくれた。

 

 

『ジュン、ペー・・・!!』

 

ようやく、本当にようやくだよ。信じて待っていた甲斐があった。

 

その姿を捉えた俺の目は、さぞ輝いていたんだろうな。だって、心臓がこんなに喜びに踊り狂っているのだから。

 

「・・・ただいま」

 

ジュンペーは少々恥ずかしそうに呟いて。

 

『おかえりぃぃぃぃぃ!!』

 

俺は首を振り、前脚を掻いて、思い切り嘶いて盛大に再会を祝う。

 

「ちょ、セキト、嬉しいのはわかるけどさ、あっ、コラ、やめ」

 

少し歩みを進めて、馬房の前まで来てくれたジュンペーに、思い切り頭を擦り付ける。なんだよこのやろ、このやろ、心配させやがって。

 

『少々騒がしいから誰かと思えば・・・これは貴様が若駒のときに手綱を取ったニンゲンか』

 

その騒ぎを聞きつけたのか、ぬっ、と顔を出すイーグルカフェ。流石にこいつの前でジュンペーをすりすりするのは恥ずかしいし、バレたくないので俺はすぐさま表面だけでも取り繕う・・・バレてないよな?

 

『ああ、ジュンペーだよ』

 

『そうか。久方ぶりだな、ニンゲンよ』

 

「あ、イーグルカフェも久しぶり」

 

よかった、バレてなかった。イーグルカフェに気づいたジュンペーは、奴の鼻先にぽんぽんと軽く触れて、再会の挨拶を交わす。

 

てか名前教えてやったのにニンゲンって。さてはこいつ、名前覚える気無いな?

 

『痛っ、先輩ぃ・・・その人、誰ですか・・・?』

 

するとマンハッタンカフェも顔を出して・・・おぉ、久しぶりに人見知り属性を発動させてる。大分マシになったとは言え、やっぱり蹄の痛みは完全に抑えられてるって訳でもないようだな。

 

『そうか、お前はジュンペーに会うのは初めてだよな、俺の騎手だよ』

 

『あれ、先輩の騎手さんは、あのおじさんじゃないんですか?』

 

首を傾げるマンハッタンカフェ。ああ、そりゃそうだ、そう見ちゃうよな。

 

『いや、これには事情があってだな・・・』

 

マンハッタンカフェに、今までの経緯を説明しようとした時だった。

 

「来たな、ジュンペー」

 

「どうもはじめまして、ジュンペー君」

 

俺の背中のイスを争う当事者・・・獅童さんが、太島センセイに連れられて厩舎に入ってきたのだった。




次回、獅童さんとジュンペー、セキトを巡って二人の騎手が大バトル!?と行きたいところですが・・・なかなか内容がまとまらず・・・ひょっとしたら掲示場になるかもしれません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

主戦対決!?獅童VSジュンペー

ウマ娘のアニバガチャ、無料+配布ジュエルの30連でフルアーマーフクキタル、青テイオー、そしてキタちゃんと大豊作でした。

そして、余ったジュエルはサポカに回しましたがこちらは見事に爆死ン。

新シナリオは、その・・・いろいろすごかった(小並感)ですし、初育成のはずのキタちゃんが29戦29勝のバケモノになって科学の力ってすげー、としか。

本編では、獅童さんとジュンペーが、セキトの取り合い!?



よう、セキトバクソウオーだ。

 

XX02年に入って、早くも一ヶ月と少し。

 

牧場に帰省して、疲れを癒やした俺は無事に帰厩を果たした訳だけど。

 

厩舎で騎手としての復帰を果たしたらしいジュンペーと再会したのもつかの間、センセイと獅童さんが入口から入ってきて。

 

・・・これは、俺を巡っての争奪戦の予感!?

 

 

 

 

「あれ、センセイ・・・と獅童、さん?」

 

厩舎に入ってきた二人を見て、リラックスしていたジュンペーの表情が一気に引き締まった。

 

改めて入ってきた二人を見やると、なにやら神妙な面持ちをしている。あー、やっぱりそうか。

 

俺の為に争わないでと言いたいところだけど、共にレースに挑める騎手は残念ながら一人だけ。どこぞのハリウッドのリムジンみたいなこともできないし、望むだけ叶わぬ願いなのである。

 

「まずは、ジュンペー。よく帰ってきてくれた」

 

三人の間を気まずい沈黙が支配する前に、センセイが口火を切った。うん、それは本当にそうだ。

 

落馬からの復帰がかなわない騎手ってのは山ほどいる。復帰してもケガから復活できない人もな。

 

有名所で言うと天才と言われながらも落馬によって若くして引退した某騎手のお父さんとか、某チケゾーの騎手さんとかだな。

 

そんな中でこの世界に帰ってきた、それだけでもジュンペーのやったことは価値があるってもんだ。

 

しかし、競馬界ってのは勝負の世界だからな。それだけではダメってのは、ジュンペー自身が一番よく分かっていることだろう。

 

「センセイ、ありがとうございます・・・けど、獅童さんを連れてきた、ということは」

 

「うん、それはぼくから説明する」

 

センセイに質問しようとしたジュンペーを遮るように、獅童さんが口を開く。

 

「改めてはじめまして、ジュンペー君。今のセキトの主戦をやらせてもらっている、獅童宏明だよ。『セキトに乗るのは君が復帰するまでの間だけ』。今までは確かにその条件でやらせてもらっていた。けどね」

 

相手の瞳を真っ直ぐに見据えながら、更に好戦的な言葉が紡がれていく。

 

「2歳の末に乗ったのが最後、復帰したばかりの君と、3歳から今までに至るまでの背中に跨ってきたぼく・・・どっちがセキトをうまく扱えるか、なんて明らかだろう?」

 

獅童さんの普段は見せないようなその鋭い眼差しには、「こいつだけは渡さない」という意思が込められている。ひえぇ、おっかねえ。

 

『なんかヤバいのがいる!?』

 

『やばいぞ!!なんかやばいぞ!!?』

 

そのただ事ではない雰囲気に当てられたか、厩舎の他の連中も嘶いたり、落ち着きをなくしたりとちょっと騒ぎが大きくなってきた。

 

『大丈夫だって、あれはただの人間だ!』

 

ちょいちょい、俺も周りの連中を宥めてますがマズくないっすかこれ。

  

「馬が・・・獅童!」

 

そのことに気づいたセンセイが獅童さんに鋭く声をかける。ふー、助かったぜ。

 

「太島さん・・・?あ、これはすみません」

 

獅童さんはハッとしたような表情をした後、センセイの顔を見て、申し訳無さそうに一つ頭を下げてから深呼吸をひとつ。

 

しかしジュンペーに向ける視線と、言葉の鋭さだけは何一つ変わらないままで。

 

「要するに、僕も君もジョッキーだ。何もしないまま『主戦交代です、はいそうですか』、って納得できる訳がないよね」

 

そのセリフに、ジュンペーがゴクリと生唾を飲み込みながら頷く。

 

ジュンペーの様子を確かめるように、獅童さんは言い放った。

 

「だから、こうしようと思うんだ・・・どちらがセキトを上手く、扱えるか勝負だよ」

 

 

 

 

『・・・で、結局一番疲れるのは俺なんだよなあ』

 

一週間後、高松宮記念に向けての追いきり。

 

今、俺の目の前では二人の主戦がバチバチに睨み合っている。

 

いや、顔とか雰囲気自体は穏やかなんだけど、その、心の内側の「絶対譲らねぇ」感がだだ漏れというか。

 

さっきも今日はよろしくと握手した手をお互い握力マックスで握り合ってたし、なにやってんだか。

 

ここまで二人がヒートアップしている理由。

 

それは、俺の主戦を巡っての勝負がこれから始まるからだ。

 

コースの外にはいつの間にやら勝負を聞きつけたらしい野次馬が集まってるし。はあ。やり辛いなあ。

 

・・・気を取り直して。その勝負の内容ってのは、ウッドコースを右回りに走ってゴール前一杯、15ー15(1ハロン15秒)で軽く流した後に直線に入ってから一杯に追うって内容で、最終的にタイムが早かった方の勝ちって感じ。

 

ただし前半の15ー15部分でズレた分をゴールタイムに加算するから、飛ばしすぎても負けるし、抑えまくって脚をためるってのも駄目。そもそも俺はスプリンターだし、ぶっ飛ばすなんてもっての外だけど。

 

この勝負、俺のコンディションの差ってのを考慮して、今日の内にジュンペーと獅童さんでそれぞれ一回ずつ、2回分走るからかなり疲れそうなんだよなぁ。

 

勿論一回目と二回目の間には十分休憩を挟むけど、それでも元気満タンな一回目の方が有利ではあるだろう。

 

 

けれど、皆さん、お忘れではないかい?俺は頭脳明晰なんだ。ちょっとしたズルなんてチョチョイのちょい。

 

ひょっとしたらそもそもセンセイはこうなるって分かってて承諾したような気もするけど、まあ、その。先に言っておこう。

 

 

はっきり言って俺が本気を出す、出さないで調節すればいい、只の八百長です本当にありがとうございました。

 

 

「では、始めるか。ジュンペー、獅童、好きな方を選ベ」

 

その真剣勝負(八百長)に挑む二人の順番を決める重要なくじが、太島センセイの手に握られた二本の割り箸だ。先っぽが赤いほうがアタリで好きな順番を選べるって寸法だ。

 

「あ、先引きます?」

 

二人同時に手を出そうとして、ジュンペーが一瞬手を止めた。

 

「いやいや、ここは君が先にどうぞ?」

 

「じゃあ・・・」

 

しかし獅童さんは一番手をジュンペーに譲り、それぞれジュンペーが右、獅童さんが左の割り箸を選ぶ。

 

「選んだな?それでは・・・結果はこうだ」

 

センセイは二人の意思を確認するように左右を見やってから、そっと手を開いた。

 

その結果は。

 

 

「ははっ!ついてるなぁ」

 

声を上げたのは獅童さんだった。確かに手に取った割り箸の先に赤いマジックが塗られている。

 

「ああ・・・もう」

 

一方のジュンペーはガックリと肩を落とし、項垂れている。そんなに気を落とすなよ。

 

 

・・・ま、どっちがどっちを選ぶにせよ。

 

俺の腹は、とっくのとうに決まってんだけどな。

 

 

「はぁっ!行けっ!セキトっ!!」

 

『おうよ!』

 

道中は緩く、しかし直線では鋭く。

 

アタリのくじを引いた獅童さんは、やはり先攻での騎乗を望んだ。

 

俺からしてみればいつも通りの何も変わらぬ調教。迫力があるように見えるのは、それだけ獅童さんが激しく追っているということだ。

 

それに応えるよう俺もまた身体を沈ませ、加速したままゴールのポールを駆け抜ける。

 

「セキト、お疲れ様・・・この分なら、ぼくの勝ちだな」

 

手綱を引きながら声をかけてきた獅童さんがほくそ笑む。

 

そして、タイムを測っていたセンセイも感嘆したような顔でその記録を読み上げてから、ため息を一つ。

 

「・・・この時期としてはかなりのタイムだな、誤差は約0.2秒、流石だ」

 

おお、やるな獅童さん。ほぼ誤差なしとは。

 

 

で、問題のジュンペーはっと・・・おいおいおい、ガッチガチじゃねーか。

 

まー、そりゃそうだよな。俺も背中に乗せてたから分かるけど獅童さん本気だったもん。

 

落馬とかで休んでた期間もそうは無く、ハングリー精神だって十二分。そんなベテラン騎手に復帰したばかりの騎手が勝てるかなんて言われたら、そりゃほとんどの奴が無理って言うだろう。

 

 

だけど、安心しろ、ジュンペー。俺は、ただの馬じゃないからな。

 

 

 

 

休憩を挟んで、午後。

 

同じコースの同じ場所、変わったのは鞍上だけ。

 

「・・・セキト、きょ、今日は、よろ、しくな」

 

相も変わらずガチガチなジュンペーの、震える手が首に触れた。あー、もう。なんじゃこりゃ、こんなんじゃ俺の方まで緊張する、っての!

 

「うわっ!」

 

ヒヒン!とわざとらしく大きく鳴いて立ち上がれば、ジュンペーが転がり落ちた。見に来ていた野次馬連中がざわついたが、なあに、下はウッドチップだ。よっぽど強く叩きつけられなきゃ怪我の心配はねえ。

 

「セーキートー!」

 

それが俺のイタズラだと気がついたジュンペーはガバっと立ち上がると、やってくれたな、と怒りながらも笑っている。

 

そうそう、それそれ。俺が鼻を鳴らしながら頷くと、ジュンペーがハッとしたような表情になった。

 

「セキト・・・まさか、僕の緊張を察して・・・わざとか?」

 

さぁ、どうでしょうね。脇腹あたりの毛づくろいをして誤魔化してから、身体をジュンペーに押し付けて、早く乗れと急かす。

 

「ああもう、分かった、分かったよ」

 

その様子に、問い詰めるだけ無駄と思ったのか俺の背に手をかけ、そそくさと再騎乗するジュンペー。

 

「ジュンペー!大丈夫か!」

 

「大丈夫です!」

 

柵越しに掛けられた心配の声に、軽く手を上げて大丈夫だとサインを送ってから。

 

「・・・行こうか」

 

『ああ!』

 

真っ直ぐに前を見据えるジュンペーに、俺は大きく鼻を鳴らして答えた。

 

さあ、この時がやって来た。

 

獅童さんを背に走っているときも、牧場で安らぎの時を過ごしているときも、心のどこかでは。

 

待って、待って、待ち続け。

 

 

焦がれて、焦がれて、焦がれ続けて。

 

 

そして、年が明けて、ジュンペーを見てから俺だって、考えて、考えて、考えた。

 

その上で、こうするって決めたんだ。

 

 

悪いな・・・獅童さん。

 

 

G1を勝たせてくれて、ありがとう。心の底から感謝しています。

 

俺を手放したくない、と思えるほどの馬にしてくれて、ありがとう。

 

そして、それに恥じない、名馬になりますから。

 

 

どうか、俺のワガママを許してください。

 

 

「いけっ!」

 

『おらああああっ!』

 

ジュンペーの拍車に応えた俺の蹄が、獅童さんの時とは比べ物にならないほど力強く、ウッドチップを叩きつけた。

 

 

 

 

『ふぃー、走った走った』

 

「・・・まさか、こうなるとはな」

 

「自分でも、驚いてます・・・」

 

二回目の調教の後。センセイはストップウォッチを見ながら、ジュンペーは俺の背中に乗ったまま、二人で呆然としていた。

 

俺のタイムが、獅童さんが騎乗していた時よりも遥かに上・・・道中の誤差を差し引いたとしても、余裕で相手の記録を上回っていたからだ。

 

しかし、流石に本気で走ったから疲れたな・・・ストップウォッチをチラ見したら、うっかり獅童さんのタイムに対して1秒近い差を付けてしまったのはやりすぎだったか?

 

その獅童さんはセンセイからタイムを告げられると一言二言会話を交わし、唖然としたような顔の後に一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしてからそれを隠すように顔を伏せていたが。

 

 

「・・・ふふ、ははは!そうかそうか、ここまでやられちゃったなら、仕方ないね」

 

やがてしばらくすると、何か吹っ切れたように大きく笑いだした。い、一応頭の方は大丈夫ですよね?

 

それから獅童さんは俺とジュンペーの下に歩み寄ってくると。

 

「ジュンペー君。やっぱりセキトは、君と一緒に戦いたいみたいだね、動きが全然違ったよ」

 

「セキトが、僕と?」

 

掛けられた言葉に、きょとんとするジュンペー。流石獅童さん・・・というか、あ、バレた?

 

大きく頷いてから、獅童さんは俺を撫でる。

 

「じゃなかったら、二本目の方のタイムが良い、ましてや1秒近くも差が開くなんて、ありえないからね・・・そうでしょ、セキト?」

 

あー・・・バレてました。思いっきり。やっぱりベテラン相手に隠し事は出来ないね。それでも誤魔化そうとそっぽを向くと、何がおかしいのか再びふふふと笑う獅童さん。

 

そこに、ジュンペーが慌てたように話しかけた。

 

「そんな、実際のレースで何が起きるかなんてわからないのに、復帰したばかりの僕が乗るなんて・・・」

 

「いいや」

 

弱気なその言葉を撫で切るように、獅童さんは今度は首を横に大きく振って、続ける。

 

「セキトに選ばれた・・・セキトが選んだのは、僕じゃない。君なんだ」

 

「選ばれた・・・」

 

その言葉の重みを、しっかりと受け止めようとするジュンペー・・・って、俺の意思をそんなに重く受け止められても困るんですけど?なぁ、おーい?

 

「そう。ここまで気持ちよく差を付けられちゃったら、ぼくはもう諦めるしかないよ」

 

幸いなことに、セキトの活躍のおかげで乗り鞍も増えたからしばらくはやっていけないこともないしねと呟く獅童さんからは、やっぱり俺のことを諦めきれないというニュアンスも伝わってくる。けれど、それを表に出さないのが貫禄ってもんだ。

 

「獅童さん・・・僕、がんばります」

 

「うん、期待してるよ」

 

ジュンペーもそれを感じ取ったらしい。ようやくのことで絞り出した一言を、獅童さんは確かに受け取って。

 

そのまま背中を向けて、サムズアップした右手を高く掲げると、ゆっくり何処かへと立ち去って行った。

 

 

恐らく、俺が現役の間はこれでもう彼に会うことはないだろう。そのどこか寂しそうな背中を見送っていると、早くもこれで良かったのか?と後悔の念が湧いてきて。

 

もっと上手く別れを告げられたのではと思っても、やっぱり現実では何もできなくて。

 

「・・・セキト」

 

結局そのまま佇んでいると、背中のジュンペーが声をかけてきた。

 

『なんだ?』

 

俺が鼻を鳴らしてそれに応えると。

 

 

「勝とうな。絶対に」

 

 

そう力強く放たれた言葉が、耳に入ってきた。

 

『おうよ』

 

そうだ。これは俺が決めたことで、俺が選び取った未来。

 

現役中唯一のワガママは、この後の活躍で許してもらうとしよう。

 

『これだったらいいだろ?なあ、獅童さん』

 

俺は、すっかり遠ざかって馬の目でも見えなくなった獅童さんの背中に、勝利を誓ったのであった。

 

次の高松宮記念・・・こりゃあ、負けらんねえな。

 




ウイナー・イズ・ジュンペー。

土日のどっちかにおまけ?の掲示板を更新するかもです。

月曜日の予定は・・・セキト、再びの高松宮記念へ。2年ぶりのジュンペーとのコンビはどうなるか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【掲示板】セキトバクソウオー産駒を語るスレ【架空産駒】

こちら、おつまみの掲示板回となります(コトッ)

最後の方にネタバレ(今後の展開の予定)があるので、忠告を入れておきます。見たくない人は注意!

最後の方にある大空白タイムは、パソコンから閲覧している方用ネタバレ防止スペースです、見辛くなっていたらごめんなさい。


【牝馬大活躍】セキトバクソウオー産駒を語るスレpart9【牡馬は?】

1:名無しの馬券師 ID:/suZUIgm8

このスレッドは、史上初の赤毛として認められたサラブレッド、セキトバクソウオーとその産駒を語るスレッドです。

 

セキトバクソウオーのwiki

>>http:umawiki.001089720

 

荒らしはグッバイ★

 

6:名無しの馬券師 ID:K9bnJH/3O

あの伝説の香港からもう20年経つんやなって

 

8:名無しの馬券師 ID:gLnyxXzZV

今年のバクソウオー産駒は悲惨だったな・・・特に香港スプリントのアレが痛すぎる

 

16:名無しの馬券師 ID:XeFWkEOfB

あの落馬事故なあ、ダノンとピクシー、レシステンシアは無事だったけども・・・オールドライラック、ウッ・・・

 

19:名無しの馬券師 ID:y1hewEMI6

オールドライラック、転ぶ前にピクシーを庇ったっぽいんだよな・・・仲良しの年下を庇うとか、ホントできた姐さんだったのに・・・

 

22:名無しの馬券師 ID:J6m97cumU

もし両者無事ならバクシンオー3×4の配合も出来てたし、楽しみだったんだけど・・・

 

29:名無しの馬券師 ID:q6W1scFbA

過ぎたことを嘆いても仕方ない、素直にマイルを勝ったアカネチャンを讃えよう

 

31:名無しの馬券師 ID:PqevZwpwa

父母の距離の限界を超えたアカネか、あれもすごい走りだったな

 

36:名無しの馬券師 ID:Biaetq47y

ところで>>1に書いてある「史上初の赤毛」ってどういうことよ

 

38:名無しの馬券師 ID:sXTqN5BSC

>>36

なんかめっさ赤い馬生まれた!→なんか速いから種牡馬にするで!→なんか子供も赤いから遺伝子検査するで!→突 然 変 異 発 覚

 

45:名無しの馬券師 ID:v2xmUOVxt

詳しく説明すると、馬ってのは遺伝子次第で栗毛か鹿毛か青毛になる(芦毛と白毛は省くで、すまん)んだが、セキトバクソウオーはそのうちの栗毛と鹿毛に関係する遺伝子が突然変異を起こしてた

 

46:名無しの馬券師 ID:skZfGb+AF

はえ〜突然変異か

 

53:名無しの馬券師 ID:6tT5tbo+h

最近はよく見るようになってきたよな、赤毛の馬

 

54:名無しの馬券師 ID:IGPmLojSy

赤兎馬っぽいってことでセキトバクソウオー産駒は海の向こうで大人気なんだそうで。尚タマは抜かれる模様

 

55:名無しの馬券師 ID:mYX7t3cCR

紅兎馬「呼んだ?」

 

62:名無しの馬券師 ID:v3lIUo/NO

出たな変態血統の活躍馬!

 

67:名無しの馬券師 ID:rn6MV15tH

なんだなんだ、セキトバクソウオー産駒に赤兎馬っているのか?

 

70:名無しの馬券師 ID:N06/nYdyD

紅兎馬(ホントゥマー)

父トロットスター唯一の後継種牡馬にして、最早おなじみ母父セキトバクソウオー。名前の通りに毛色も真っ赤っ赤。

 

中国と香港で合計20勝を上げたバケモノで、珍しくタマを抜かれてなかったから種牡馬入りした。

 

名前は本当は赤兎馬にしたかったけどヴァーミリアンに取られてたから断念したとか

 

78:名無しの馬券師 ID:jrTj/WP1P

ほおー、アルダンの息子共々頑張ってほしいねぇ

 

83:名無しの馬券師 ID:SSnTcDyHs

セキトバクソウオー母父烈伝にまた1ページが刻まれた・・・

 

91:名無しの馬券師 ID:nF415T9od

セキトバクソウオー母父伝説

父ダイタクヤマトでG1馬輩出

父トウカイテイオーでG1馬輩出

父トロットスターで活躍馬輩出←New

 

92:名無しの馬券師 ID:UgRn9bkom

なんやこの変態種牡馬ァ!!?

 

100:名無しの馬券師 ID:UuqrDIEZS

そのくせサンデー直仔との相性はあまり良くないらしくて馬飼涙目

 

103:名無しの馬券師 ID:O0XBs19B2

例外がマンハッタンカフェとディープインパクトだっけ

 

109:名無しの馬券師 ID:3U0Rrq1Cr

そうそう、母父マンカフェに父バクソウオー、もしくは母父バクソウオーに父マンカフェの組み合わせで活躍馬が多数出てる、ディープも同じく

 

115:名無しの馬券師 ID:xLk6ztcPu

そういや来年はそのマンカフェの代表産駒、最強牝馬ブラックベルベットにセキトバクソウオー産駒の仔馬が誕生するんだよな

 

122:名無しの馬券師 ID:aBZ4KXlmT

ブラベ、バクソウオーを付けてたのか!

 

130:名無しの馬券師 ID:wasiPEZeS

ブラックベルベットの母オスマンサスはバクソウオーとの相性の良さで知られてるし、こりゃあ期待しかないなあ

 

131:名無しの馬券師 ID:ZCwaSh1+H

>>91

父トウカイテイオーのG1馬についてkwsk

 

132:名無しの馬券師 ID:g1F5kPeak

>>131

つシロガネテイオー スマイル大百科

>>http:smilehyakka/%340!7シロガネテイオー

 

139:名無しの馬券師 ID:IAEpKnh80

シロガネテイオーはトウカイテイオーのラストクロップなんだよな・・・

 

145:名無しの馬券師 ID:qhuCMRDYC

母のゴールドレースの出産が遅れてる間に馬主がトウカイテイオーの血統が貴重なものだって調べて種付けしたんだっけ

 

150:名無しの馬券師 ID:WsJ6tLEm1

普通貴重な血を守りたいって言ってもG1獲った馬をぽんと種付けさせないよ・・・

 

151:名無しの馬券師 ID:unBnX1PMt

させとるやろがい!

 

155:名無しの馬券師 ID:qjJ5q1uxP

そして種付けから僅か3ヶ月でトウカイテイオーは☆に・・・

 

162:名無しの馬券師 ID:Y/5ZJycWK

(´;ω;`)ウッ…

 

164:名無しの馬券師 ID:ZUM9IdEdB

毛色こそお母ちゃん似の芦毛だけど、チビのときの写真を見ると見事な流星があるんだよな

 

168:名無しの馬券師 ID:Ot5EkFjW0

シロガネ「見ててね、父ちゃん!」

 

171:名無しの馬券師 ID:fovmAOHbG

某競馬ゲームでもこいつのおかげでサードステージが復活した

 

176:名無しの馬券師 ID:BEJx+TeXh

しかしバクソウオーは変な血統から活躍馬を出すから、曽祖父並みのお助け王だな

 

177:名無しの馬券師 ID:mfR8yrezw

しかも個人牧場で繋養されてるし、活躍馬が牝馬に偏ってるから値段も抑えめとか中小牧場の救世主だよホント

 

179:名無しの馬券師 ID:JGKolv4Fi

世紀末救世主伝説状態

 

181:名無しの馬券師 ID:OtKovNW9o

なんでこんなにいい種牡馬なのに、馬飼が導入しないんだ

 

185:名無しの馬券師 ID:O/i7acd5o

まず、バクソウオーが種牡馬入りした時に父のバクシンオーがバリバリ現役だった。

あとはマンハッタンカフェが種牡馬入りするてんやわんやや、バクシンオーと同じく短距離で産駒のタイプが被りそうってのが気になったのかと

 

191:名無しの馬券師 ID:O5nMnU86a

そもそも馬飼の良血牝馬を付けても面白いくらいに全滅したからな

 

192:名無しの馬券師 ID:orwdkl4ue

今までのセキトバクソウオー産駒でG1勝ち馬の母父

まだ分かる

・グラスワンダー

・マンハッタンカフェ

・ディープインパクト

なんとか分かる

・タマモクロス

・メジロライアン

・メジロマックイーン

最早何がなんだかわからないレベル

・オグリキャップ

・ハイセイコー

194:名無しの馬券師 ID:BDSjFaYoA

母父ハイセイコー!?

 

201:名無しの馬券師 ID:8T/tp0H5B

初年度産駒のシンゲキセイコーだな、バクソウオー産駒の赤毛第一号でもある

 

202:名無しの馬券師 ID:Z8u0CRTYa

中央時代は2勝に終わったけど、南関に移籍して覚醒したんだよな、まさか8歳で帝王賞を勝つとは

 

203:名無しの馬券師 ID:wvgG+zXj9

なおゴツい名前だが牝馬である

 

207:名無しの馬券師 ID:bVPJjiY9i

種牡馬入りしてないのかと思ったら牝馬かwww

 

211:名無しの馬券師 ID:B96L+TSKk

種付け料のお得さからライデンリーダーが種付けに来たこともある。尚翌年生まれた「娘」が笠松史上最強馬って言われてる模様

 

219:名無しの馬券師 ID:BK/HTyuvx

>>207

この血統だと種牡馬入りしてもキツイだろ・・・

 

225:名無しの馬券師 ID:Nw2Tb2tPo

>>219

と思うじゃろ?ところがどっこい繁殖牝馬として中央のG2勝ち馬を送り出してるんだなこれが

 

232:名無しの馬券師 ID:vxECDAQxc

ファ!?

 

238:名無しの馬券師 ID:Dhvi05vee

シンゲキセイコー自身は繁殖入りしたときに9歳だった上に、今年死んでしまったから子供は6頭しかいないんだが、4番子のダイシンゲキ(父エイシンフラッシュ)が目黒記念を勝った

 

243:名無しの馬券師 ID:y3Bz5gEv0

>>211

ライデンリーダーの子についてもよろ

 

244:名無しの馬券師 ID:LLEj85r6S

母ライデンリーダーのXX08ことカサマツリーダーも赤毛の牝馬。XX10年にデビューして無敵の6連勝、それからXX14年にJBCレディスクラシックで敗れるまで無敗だった、尚最終的に笠松では他馬より5キロ重いハンデで勝った模様

 

246:名無しの馬券師 ID:xLCcFCnq3

ひぇぇ・・・

 

249:名無しの馬券師 ID:wh6mvZS3l

どうしてセキトバクソウオーの牝馬は時折こうもバケモノが出てくるんだ・・

 

255:名無しの馬券師 ID:VydP23lmi

Y遺伝子も仕事しろ

 

261:名無しの馬券師 ID:pK+F4JfkC

ナイトオブファイア(G1最高2着)「そうは」

セキトキングオー(ダービー馬だが過小評価されがち)「言われましても」

オスマンサスの13(生後直死)「無理なものは無理」

 

266:名無しの馬券師 ID:pyAw2N7C3

そういえばレッドモンスターはタマ抜かれて乗馬としてよろしくやってるらしいな、素直で人懐っこいからお客さんに人気だとか

 

273:名無しの馬券師 ID:pRxJUk70r

タマ抜かれたんか・・・

 

281:名無しの馬券師 ID:LMBLhfmVa

乗馬に限らず種牡馬引退する馬なんかもタマ取るぞ、性格を穏やかにして扱いやすくしたり、ケガを防止したりする

 

282:名無しの馬券師 ID:5c+4XwrII

ビワハヤヒデが種牡馬引退後に去勢を免れた唯一の馬と言ってもいいだろうな・・・

 

286:名無しの馬券師 ID:3VhejQUAI

それでいて兄貴は30歳まで大往生したんだっけ?すげぇよなあ・・・

 

 

 

 

 

※ここから先、展開先読み注意報※

読みたくない人はここを押せばあとがきに飛べます

 

 

 

 

292:名無しの馬券師 ID:TiURYkJpx

速報:セキトバクソウオー 来年は種付けせず、種牡馬引退も

>>http:sekitan/news.com

 

298:名無しの馬券師 ID:+jZdxOH8U

は?

 

302:名無しの馬券師 ID:P7pYfmXl8

は?

 

305:名無しの馬券師 ID:e+g8aOlJc

はぁ?

 

307:名無しの馬券師 ID:eHs0B2jy3

何が起きたし

 

314:名無しの馬券師 ID:GjfDuKFUr

ちょっと今読んできたけど信じられん

 

315:名無しの馬券師 ID:V3eaYpfyM

>>314

何が書いてあったんだ、俺スマホで見てるんだが落ちてるみたいでサイトが開かないんだ

 

320:名無しの馬券師 ID:UZdK3DyIX

>>315

セキトバクソウオーが繋養されてる牧場に熊が出た

 

327:名無しの馬券師 ID:ptNZ3KoXd

はあ!?

 

330:名無しの馬券師 ID:ntZb6V/th

ファ!?

 

335:名無しの馬券師 ID:YxVraa6P4

クマー

 

342:名無しの馬券師 ID:/K3qmB45T

クマー定期

 

344:名無しの馬券師 ID:ftgQFvKfy

クマ──!!

  ∩___∩

  |ノ   ヽ

  / ●  ●|

 |  (_●_)ミ

 彡、 |∪| 、`\

`/ __ヽノ /> )

(___)  /(_/

 |    /

 | /\ \

 | /  ) )

 ∪  ( \

     \_)

 

 

350:名無しの馬券師 ID:l4ZikGVFC

で、その熊にセキトバクソウオーが追いかけ回されたんだそうだ

 

355:名無しの馬券師 ID:PzrKA80DO

え・・・

 

356:名無しの馬券師 ID:wGcPTuuym

ガチでやばいやつやん

 

362:名無しの馬券師 ID:Ce9oVfagH

バクソウオーは無事か!?

 

363:名無しの馬券師 ID:BaF1+brtL

おいおいおい

 

371:名無しの馬券師 ID:Hpz47AfdQ

牧場の管理どうなっとんねん

 

372:名無しの馬券師 ID:5nQ7kqgGN

ちょっと待ってろ、牧場の人も慌ててるみたいで投稿が途中で切れてる

 

373:名無しの馬券師 ID:mDPqVHjYx

更新来たぞ

>>http:sekitan/news.com

 

374:名無しの馬券師 ID:ErFhWYdf9

そもそもこの時期に熊ってどうなっとんねん

 

376:名無しの馬券師 ID:2si7VGj91

あー・・・「穴持たず」か

 

383:名無しの馬券師 ID:V68KH7VoH

穴持たず?

 

385:名無しの馬券師 ID:VzjIVdONg

温暖化と餌不足で冬眠しない、できない熊が増えてんだよ、その一頭だと思う

 

387:名無しの馬券師 ID:IPj5t7Fe0

マジか・・・じゃあこれは巡り巡っての人災か

 

393:名無しの馬券師 ID:svxORKVrA

幸いにして他の馬に被害はないそうだ

 

396:名無しの馬券師 ID:qkjtLFO7y

ただしセキトバクソウオーは一週間くらい山でさまよっていたから衰弱が激しくて、とても種付けどころの騒ぎじゃない

 

402:名無しの馬券師 ID:uz8HqwDrQ

一週間!?よく生きてたな・・・

 

406:名無しの馬券師 ID:NTjeZh//R

リアルディングル

 

414:名無しの馬券師 ID:Nxb42qp+x

ディングルかよ

 

417:名無しの馬券師 ID:Smrpf31dG

実質セキトバクソウオー産駒は来年の仔がラストクロップかもしれんそうだお前ら覚悟しとけよ

 

418:名無しの馬券師 ID:z2ALs1PR0

(´・ω・`)そんなぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




試験的にセキトの行く末を一部書いてみました。

人によってはあり得ない、と言うかもしれませんが、昨今の事情を鑑みるにありえないことではないだろう・・・と判断してのこの展開です。

しかしこの話は本編から遠く時間の流れた先ということをお忘れなく。本編のセキトにはまだまだ元気に走ってもらいますし、その後には余生を謳歌してもらいましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再びの中京へ

ウマ娘の新シナリオたのしいぃィィィィ(発狂)

旧シナリオの方でもキタちゃんとバクシンオーがストーリー中で絡みまくるの流石サイゲさんわかってるとしか言いようがない。  

そしてガチャで引き当てたのをきっかけに改めてリアルキタサンブラックを調べたら巨大化エピソードと最終的な馬体重に戦慄した件。ヒシアケボノとたったの10kg差とか

・・・ふぅ。作者が戯言を語り終えたので、本編突入します。



時の流れってのは存外に早く、いつも通りに過ごしている内に3月に入っていたらしい。その間に獅童さんとジュンペーが俺を巡って起こした春の乱の余韻もいつの間にやら過ぎ去っていて。

 

周囲の話題がクラシックへと移りゆく中、俺にとって一つ確かなのは高松宮記念が近づいてきたんだな、ということだった。

 

正に今、俺は中京に向かう馬運車に乗り込んでいるところだ。近くでは近々レースに出ると言っていたイーグルカフェ、マンハッタンカフェも別の馬運車に乗り込んでいて。

 

どうやら三者三様、一気に出発することになりそうだな。

 

 

『不甲斐ないレースだけはしてくれるな!』

 

『それはお前の方だろうが!?』

 

『センパーイ!!しっかりやってくださいねー!!』

 

『そっちもなー!』

 

嘶きあいながら頑張れ、そっちこそ!と何度もお互いにエールを送っていると、不意に馬口さんが声を掛けてきた。

 

「セキト、この子も乗るからよろしくね」

 

『おっ、相乗りか、構わねぇぜ』

 

一度厩舎に引っ込んだ馬口さんが連れてきたのは、少しおどおどした様子の鹿毛の馬・・・ってか、この感じは。

 

『おお・・・女の子か』

 

『ひぇ、バクソウオーさんだ・・・よ、よろしくおねがいしまひゅ!』

 

やっぱりそうだ、この子は牝馬ちゃん・・・女の子だ。そのせいだろうか、俺と同じ馬運車に乗り込んだのを見た瞬間、マンハッタンカフェはともかくイーグルカフェの嘶きに文句が混じってきたような気が・・・。

 

でも気にしなーい。イーグルカフェ、悪いが今回はお前の運がなかっただけだ。次の機会には誰かかわい子ちゃんと一緒だといいな。

 

あ、でも基本牡馬と牝馬を一緒に輸送することはないって聞くし、これって人間側からしたら牝馬にあんまり興味を示さない俺だから実現したのか?

 

だとすると・・・あぁ、色々とごめんなイーグルカフェ。引退のその時まで強く生きろ。その後はハーレムパラダイス(という名のさらなる地獄だけどな)だぞ。

 

 

「じゃあ、こっちから先に出ますね」

 

結局この牝馬ちゃんが輸送準備をしている間にイーグルカフェとマンハッタンカフェの乗った馬運車は鋼鉄のドアを固く閉ざして、そのまま発車してしまった。

 

『バクソウオー!少し話したいことがある!』

 

あ、動き出してからイーグルカフェの抗議の声らしきものが聞こえてきた。けどここは敢えての必殺聞こえない作戦発動だ。

 

『バクソウオー!!聞こえているのだろう!?バクソウオー!?』

 

・・・ふと、あんなに声を張り上げて、隣に乗っているはずのマンハッタンカフェは色々と大丈夫だろうかと頭に過ぎったが。

 

『返事をせぬか!?バクソウオー!!』

 

うん、あいつだって古馬になったんだ、きっと無事なはず、と問題を意識の外に放り投げる。別の馬運車に乗っている時点で俺はアウトオブ蚊帳なのだ。きっとその内物理的に静かになるはず。

 

『バクソウオオオオォォォォォ!!』

 

その内、思ったとおりに馬運車が遠ざかるに連れイーグルカフェの声も小さくなり、やがて聞こえなくなる。

 

「よし、オッケー・・・セキト、ムード、しばらくしたら動き出すからね」

 

『おう』

 

『はい!』

 

俺たちが無事馬運車に収まったのを確認した馬口さんに、俺は慣れた様子で、ムードと呼ばれた牝馬ちゃんは真面目にそれぞれ返事をして。

 

馬口さんが外に出ると俺たちを驚かせないように、しかし旧式で建て付けが悪いのかところどころ塗装がはげ、錆びついたドアがバタン!となかなかの勢いで閉じられた。

 

『ひゃ!』

 

その音に怯んだのか、牝馬ちゃんが可愛らしい声を上げる。

 

お、扉の方はそのまま鍵がかかる音がしたし、一発でうまく行ったようだな。

 

『そんなに驚かなくても大丈夫だって』

 

『でも・・・』

 

『いいから。それよりもそろそろエンジンがかかって、この車が動き出すから準備したほうがいいぜ。ええと』

 

そういえば名前を聞いてなかった、とまごつく俺に牝馬ちゃんはあ、と声を漏らした後、やっぱり真摯に答えてくれた。

 

『私、ピクニックムードって言います!』

 

その後もなんだか事あるごとにビクつく牝馬ちゃん、あ、いやピクニックムードちゃんを宥めようと会話を試みるが、この子は所謂真面目過ぎて勝てないタイプかもなあ。

 

話を聞けばなんと海外生まれなんだそうで。馬主さんに至ってはまさかのスペシャルウィークと同じ人だった。

 

ピクニックムードちゃん自身は去年未勝利戦を勝ってからというもの良いところが無くて自信喪失気味だとか。

 

うーん、悪くはないんだけどなあ・・・恐らくだが、勝てない原因はやる気の空回りだろうか?

 

こういう「やる気故に勝てない」子って、「やる気を出さない」子よりも厄介な時があるんだよなあ・・・ん?

 

バクシンバクシーン!

 

・・・今、俺の脳裏を美少女化した親父が元気に駆け抜けていった気がするが、これは忘れよう。うん。

 

 

『君は、案外力の入れ過ぎかもな』

 

だから、決して君の姿勢が悪いわけじゃないとの励ましも含めつつ、そう発言した。

 

『力の・・・入れ過ぎ?』

 

そのやる気を入れ過ぎな当の本()は首を傾げながら聞き返してきた。ああ、やっぱり自覚してなかったみたいだな。

 

『うん、やるぞーって思うのは良いんだけど、気持ちが強すぎると、身体が強張ったり、脚が上手く動かなくなったりするんだよ。そのせいでいつもの力が発揮できなくなったりする』

 

『んーと・・・あっ!確かに!練習の時はもっと頑張れたのにって思ったこと、あります!』

 

俺の言葉に、納得したように頷くと、そういうことかぁと長年の謎が解けたかのように晴れやかな表情を浮かべるピクニックムードちゃん。

 

『そうそう、後は走り方が合ってない、とかな―』

 

 

 

 

そうやってかわいい後輩(話してる途中でマンハッタンと同い年って分かった)に走り方のイロハを教えていると、それはもう数時間なんてあっという間で。

 

『・・・っていう訳だ、君も勝てない馬じゃないと思うぜ、っと』

 

脚質やらレースのペースのことやら、色々と伝授している内に、無事中京に到着したようだ。エンジンも止まったし。

 

『あれ、振動が消えた』

 

『それが、目的地に着いたって合図だよ』

 

不思議そうな顔のピクニックムードちゃんにそう教えると、またまた成程!と喜びの声を上げる。いや、年齢の割にあんまり出走してないのかな?それとも神経質なだけ?

 

数時間を過ごしただけじゃ判断がつかないなあ、という判断を下したところで、扉がギギギと鈍い音を立てて開く・・・いやマジで大丈夫かこの馬運車。

 

「ふー、中京に着いたよ、セキト、ムード。お疲れ様・・・というか、この馬運車も限界かなあ・・・」

 

どうやら人間の力じゃ扱いに困るくらいにはなっているらしい。最終判断を下す前にどうぞ扉に油でも差してください。それでもダメなら鉄クズ扱いでいいと思うけど。

 

「じゃあ、先にムードをお願いして・・・よし、セキト、馬房に行こうか」

 

『おう』

 

 

先に入口側にいるピクニックムードちゃんに降りてもらい、俺も馬口さんに引かれて滞在厩舎に向かう・・・と。

 

『あ!セキトバクソウオーさんだ!』

 

『へ?』

 

一歩踏み出した所で、俺を呼ぶ嘶きが。

 

急なことに驚きつつ、あちこち周りを見渡しつつようやく見つけた声の主は・・・なんだ?見たこと無い奴だな。

 

えーと、黒っぽくて、脚も右後ろだけちょびっと白くて、鼻先に小さな星がある馬・・・畜生、地味すぎてパッとは出てこねえ。

 

『どうもはじめまして!オレ、トロットスターさんに聞いた去年のバクソウオーさんの走りにスッゲー痺れたんです!』

 

「うわ、こら!止まれ、止まれってば!」

 

なんだか地味なそいつは、引き運動の最中だったらしいが、哀れな厩務員さんをズルズルと引きずって俺のそばまで寄ってきた。

 

『ここで会えるなんて感激っス!!やっぱ次は・・・高松宮記念っスか!?』

 

『こ、これはどうも・・・?高松宮記念は、出るけど・・・』

 

ありゃま。こいつ、俺のファン?ってやつなのか?来て早々にとんでもないやつに出会っちまったもんだ。

 

「カンプ!こら、やめなさい!」

 

あー。そうか。必死に制止しようとする厩務員の一声で、ようやくその正体に察しが付いた。こいつ、俺と同じサクラバクシンオー産駒の・・・

 

『あっ!オレ、ショウナンカンプです!高松宮記念、出るんスか・・・じゃあ一緒っスね。けど、負けないですよ!』

 

うん、そうだよね。

 

ちょっと早口で捲し立ててくるこの牡馬は、ショウナンカンプ。本来の歴史ならば、今年の高松宮記念を制する馬。

 

「カンプ!すみません、突然のことで対応できなくて・・・」

 

「いえいえ、仲が悪いわけではないみたいですから」

 

ショウナンカンプの厩務員さんが頭を下げた。それを見た当のショウナンカンプは何やってるんだ?と呟いていたけど、まあそりゃそうなるよ。

 

『なー、何で謝ってんだ?オレ、バクソウオーさんに挨拶してるだけだぜ?』

 

え、何この子、どうするんだろうと見守ってたら厩務員さんに普通に話しかけてる?ちょ、まさか。

 

『・・・ショウナンカンプ?人間に俺たちの言葉は通じないぜ?』

 

『え?・・・なんだってー!?』

 

もしやと思い指摘してみると、これはこれは大変きれいなリアクション。表情も相まってバラエティ番組なら100点満点だろう。俺たちにしかこいつの面白さがわからないのが残念なくらいだ。

 

『そんなまさか・・・!母さんから聞いた『ニンゲンさんは私達とお話出来るのよ』って話は嘘だったのか!?』

 

『あ、いや、全く出来ないってわけでもないけどさ・・・』

 

「ごめんなさい!大変ご迷惑をおかけしました・・・って、ああ、もうこんな時間じゃないか!」

 

ショウナンカンプの大変強烈なキャラクターが判明したところで、彼の厩務員さんが腕の時計を見て慌てたように歩き出す。

 

「ほら!引き運動に戻るよ!カンプ!ふんっ!」

 

『アーっ!バクソウオーさーーん!!またお会いしましょーー!!』

 

相変わらず俺をキラキラ・・・いや、ギラギラ?した目で見つめるショウナンカンプは、今度は渾身の力を込めた厩務員さんに引っぱられるようにして、ようやく離れていった。

 

「セキト、災難だったねぇ」

 

『全くだよ・・・』

 

馬口さんの言葉に、同意しかない。着いて早々なんだかどっと疲れてしまった。

 

肝心の高松宮記念までは、あと半月前後。

 

ライバルとなる馬との思わぬ遭遇を果たした上、親父の血ってのは暑苦しさのDNAでも含んでいるのだろうかと疑問に思わずにはいられない、そんな一幕だった。

 




無事中京へ!同父のライバルとも遭遇して、いよいよジュンペーと共に大舞台に挑みます。

鞍上の変化は果たして賽の目にどう変化をもたらすのか?

次回は水曜更新予定になります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コンビ復活!高松宮記念(前編)

純粋な疑問なんですが・・・一度騎手を引退(免許を返納)して、数年後にまた騎手として復帰した場合、通算勝利数の扱いってどうなるんでしょうか?

一応この小説では、「復帰前の勝利数もカウントされる」と扱いますが・・・詳しい方がいらっしゃったら教えてほしいです。

 
高松宮記念、パドックでジュンペーの身に異変が・・・?

(3/3追記)

どうやら通算成績は途中で騎手免許を失効しても、騎手として復帰すれば合算となるようです!ご協力ありがとうございました!




高松宮記念まで、あと数日ー。

 

俺は中京の芝コースで行われる最終追いきりに臨もうとしていたのだが。

 

『おっしゃあああ!やってやるぜぇぇぇ!』

 

いざ調教を始めようかとコースに入った瞬間に、全体に轟き渡っているのではという程の声量を持った謎の声が辺り一面に広がった。

 

できるならばあれは一体誰なんだと関わり合いになりたくなかったところだったが、残念ながら声色に聞き覚えがあるんだよなあ、うん。

 

今日も思わず伏せたくなる位に優秀な(レーダー)で、その出どころを探れば、向こう正面に見えるなんの変哲もない鹿毛の馬体がその音源。

 

あぁ、間違いなく昨日会ったばっかりのショウナンカンプだ。

 

『あいつ、相変わらず元気だな・・・なあ、ジュンペー』

 

遠くを駆けているにも関わらず聞こえてくるその声に苦笑いしつつ、俺は背中に跨った相棒に鼻を鳴らして問いかけた。

 

「ん?セキト、あの馬が気になるのかい?確かにいい動きだね・・・」

 

俺の視線を見て、ライバルと思ったと勘違いしたのかその動向を警戒するジュンペー。

 

いや、確かに史実の勝ち馬ではあるけど、俺はあの元気爆発っぷりに呆れてただけなんだけどなぁ。

 

・・・んん?でもそれって、つまり絶好調?割と俺の目の付け所って、間違ってなかった感じか?

 

 

「あっ、トロットスター!」

 

頭の中でぐるんぐるんと思考をしていると、ふとジュンペーが馬場の入口を見ながら言った。

 

トロットスターか、美浦で併せ馬をしてくれたおっさんが『別馬のようだった』って言ってたけど・・・流石に急激に衰えたってわけじゃ・・・。

 

『・・・おいおいおい・・・』

 

 

約半年ぶりに見たトロットスターは、いや、何というか。一体何があったんだってレベルでヤバいことになっていた。

 

『やあ、セキトバクソウオー・・・久しぶりだね』

 

馬体の張りこそ失われてないものの、声には覇気が無く、これじゃあ勝てっこないなんて下手したらデビュー前の新馬にだって分かる。

 

『ちょ、おま・・・何があったんだよ、そんなしょぼくれて』

 

思わず話を聞けば、スプリンターズステークスで俺に負けて以降イマイチ調子が上がらないそうだ。

 

マイルチャンピオンシップでは12着、年が明けてのシルクロードステークスでは6着と良いところなく一番人気を裏切ってしまったんだとか。

 

『うーん・・・僕にもよくわからないんだけど・・・前と比べると力が入らないっていうか・・・でも、僕は僕なりにやれたから、満足してない訳でもないしね』

 

成程、競走馬にとっての衰えってのはこういうことなのかもしれないな・・・。自分でも知らず知らずの内に、年齢と共に競走を勝ち抜くための力が無くなっていく・・・。

 

そのキッカケは敗北かもしれないし、満足感かもしれない。

 

ただ、その瞬間はすべての競走馬に遅かれ早かれやってくるって事実だけは、ひっくり返せないんだよな。おー、怖い。

 

脚がダメになったら一生苦労するから、無理はするなよとトロットスターに一声かけて別れた後、俺はいつもよりちょっとだけ勢いを抑えて追いきりに励んだのだった。

 

 

 

 

第32回 高松宮記念(G1)

 

 

XX02年 3月24日

芝1200m 中京 天候 馬場状態 

 

枠 番号 馬       名    性齢鞍 上斤量

1  1    ノボリユキオー   牡6 伊 藤 57

   2 (外)ゲイリーフラッシュ 牡9 加 藤 57

      シャンハイダロン  牡6 下 田 57

    (父)トウショウリープ  牡5 大 倉 57

   (父)ショウナンカンプ  牡4 萩 川 57

       サイキョウサンデー 牡6 江 戸 57

   (父)セキトバクソウオー 牡5 岡 田 57

       メジロダーリング  牝6 大 田 55

      アドマイヤコジーン 牡6 前 頭 57

   10    エアトゥーレ    牝5 幸 長 55

  11 (父)ラムジェットシチー 牡6 氷 室 57

   12    トロットスター   牡6 蛇 井 57

  13 (父)テンシノキセキ   牝4 梅 原 55

   14    ディヴァインライト 牡7 立 川 57

   15    リキアイタイカン  牡4 谷 総 57

  16    スティンガー    牝6 真 中 55

   17 (外)テネシーガール   牝5 谷 町 55

   18 (外)トキオパーフェクト 牡7 都 田 57

 

 

『相変わらずのお客さんだな』

 

高松宮当日。G1独特の雰囲気が漂うパドックも、俺にとってはすっかり慣れたもんだ。周回しながら空の雲の数を数えてみようとしたら本日の中京競馬場の空の殆どは青い色を見せていて。これはまた見事な好天としか言いようがないな。

 

さて。俺の方はご覧の通り余裕綽々、少なくともいつも通りに力を発揮できる自信はある。

 

ところが、俺の耳に入ってくる評価は『あー・・・これは、緊張してますかね』とか、『固くなってますねぇ』といったマイナス評価。

 

アレ?と思いながら歩いていたら、その内ピンときた。これ、俺への評価じゃないな。

 

じゃあ一体なんの評価だって?それは俺の背中を見てもらえば一目瞭然だろう。

 

 

『・・・ジュンペー・・・』

 

ひょいと首を回せば、そこには思ったとおりガッチガチのこちんこちん、絶対零度の冷凍庫から助け出されたばかりと言わんばかりに固まったジュンペーの姿が。

 

「あの、ジュンペー君、おーい?」

 

さっきから馬口さんが色々と話しかけてはいるものの、当のジュンペーは全くの無反応。おいおい。困ったもんだな。今朝、厩舎で真剣な顔をしながら「絶対に勝とうな」って息巻いていたのは一体誰だよ。

 

そうそう、復帰後のジュンペーの成績だが、センセイが気を回したり復帰祝いとして一応数鞍の依頼があったみたいだが、勝ちを上げるには至らなかったのは残念だ。

 

ただ二桁人気に乗っての惜しい2着はあったらしいからな。このあたりが『天才』たる所以であるし、その技術は失われたわけじゃねえと安心できたのは何よりだったな。

 

しかし、復帰してから初めて重賞に騎乗するのがこの高松宮と来りゃなあ。そりゃ心臓に毛が生えでもしていなけりゃこうなるのは分かるけどさ。

 

『ブルル・・・』

 

それでももう少しくらいはしっかりしてくれよと呆れを含んだ俺の大きなため息が、鼻息として消えていく。

 

本馬場入場したらもう一回振り落として活を入れてやろうかとも思ったが、日本の芝って地盤がカッチカチなんだよな。

 

この時代が既にそうかどうかは知らんが、ウッドコースよりも数段危険なのは間違いない。またケガをされても嫌だからそれは止めておくとして。

 

一体どうやってジュンペーの緊張を解いたものかと思考して・・・閃いた。そうだ、アレをこうしてやろう。

 

後はジュンペーが察してくれるかどうかだが・・・俺にとっての無二の相棒なんだ、このくらいは分かってくれないと困るぜ?と我ながら見事な作戦に口角が上がる。

 

『あれ、セキトバクソウオーさん、そんなにニヤついてどうしたんスか?』

 

そんな俺の様子に気づいたのか、2つ前を歩くショウナンカンプがこちらを振り返りながら尋ねてきた。

 

『なあに、俺の相棒がガチガチになってるからほぐしてやろうと思ってな』

 

人馬ともに死力を尽くすG1レース。100%とは言わないが、80%くらいは貢献してくれなきゃあ勝てるものも勝てないからな。

 

 

「前へー!」

 

『・・・おっ、いよいよか』

 

その時、パドックに本馬場入場が近づいていることを知らせる勇ましい声が響き渡った。

 

「・・・セキト、行こう」

 

とうとうこれといった反応を見せることの無かったジュンペーに、馬口さんもこれは駄目かという顔をしながら、地下馬道へと向かう。

 

まあ、そんなに悲観なさんな。我に秘策あり。なんてね。

 

『何をする気なんだ・・・?』

 

不思議そうな顔をするショウナンカンプ共々、俺たち出走馬18頭は一旦日陰へと姿を消した。

 

 

 

 

『・・・さあ迎えました短距離決戦春の陣、高松宮記念。今年もスプリント王を目指して18頭が集いました。寒さが残るこの季節、一足早く春が訪れるのはどの馬か!?実況は私淡島(あわしま)克也(かつや)かお送りしてまいります』

 

 

『今日のレース、なんかいつもと違うけど、力の限りはやりましょうか!』

 

「こいつも、力を引き出してやればかなりやれる馬の筈だ・・・!」

 

『ここまで苦節28戦、昨年の熱き夏を思い出せば春の風に雪解けの気配!一枠一番G1一着へと勢い十分ノボリユキオーと伊藤(いとう)(まさる!)

 

 

『駆ける舞台が砂であろうが、芝であろうが最早私のやることは変わらない・・・!』

 

「流石の落ち着きだな、安心して回ってこれそうだ!」

 

『明くる日も、明くる日も走り続けてこれがなんとキャリア64戦目!鋼鉄の馬体は、初めてのG1に磨けば光るいぶし銀。9歳馬ゲイリーフラッシュと加藤(かとう)天光(てんこう)!』

 

 

『なんかよくわからんけどすげぇやつがいっぱいいるー!?』

 

「なんとか滑り込んだけれど・・・凄まじいメンバーだ、正直厳しいか・・・!?」

 

『これが初めての重賞、これが初めての大舞台!その名に抱いた都市の名が如く栄華へと舞い上がれ!シャンハイダロンと下田(しもだ)海人(かいと)!』

 

 

『いざ、時は来ました、勝利に向かって・・・バクシーーン!!』

 

「勢いがあるのはいいけど、ちょっと落ち着けって!」

 

『セキトバクソウオーとショウナンカンプ、その2頭に続くサクラバクシンオー産駒第三の矢、実績なけれど侮るなかれ、その身に流るるは最強スプリンターの血だ!トウショウリープと大倉(おおくら)秀一(しゅういち)!』

 

 

『これが、G1!これが、オレが勝つべき舞台なんスね!萩川さん!』

 

「お前の実力ならやれる・・・勝ちに行くぞ、カンプ!」

 

『こちらはサクラバクシンオー産駒の本命の一角!前走オーシャンステークス快勝は、昨年の2着馬と同じです。その赤い風に一気に追いつき追い越すのか!?ショウナンカンプと萩川(はぎかわ)由伸(よしのぶ)!』

 

 

『最っ強はぁ・・・オレだあああああ!』

 

「そうだ!咆えろ、怒れ!それが勝利への力になるんだ!」

 

『2年間の雌伏の果てに、ファイナルステークスで見事蘇った不屈の栗毛!最強の名のもとに、引き下がるわけには行かないぞ!?サイキョウサンデーと江戸(えど)(あきら)!』

 

 

『さぁ、行こうぜ・・・って重症だなあ・・・手がかかるぜ、まったく』

 

「セ、セキト!か、か、か・・・勝つよ!!?」

 

『さぁ続きまして秋のスプリント王セキトバクソウオー!今日も変わらず悠然と!鞍上変わっておかえりなさいの岡田(おかだ)順平(じゅんぺい)は、成長した愛馬をどう導くのか!』

 

 

『わ、私は最速女王なのよ・・・!こんなところで、負けてられない、のに・・・!』

 

「まずいな・・・以前のキレがない」

 

『昨年は自ら作り出したハイペースに泣かされました、しかしここで諦める女王ではありません、明けて6歳、健在ぶりを示せるか!メジロダーリングと大田(おおた)豊吉(とよきち)!』

 

 

『いける・・・これはいけるで前頭はん!』

 

「調子が良さそうだね、ここは頂いちゃおうか!!」

 

『父から受け継いだ芦毛にも、一層白さを増してきました2歳王者が、今年に入って重賞連勝、G1の大舞台にて復活の時近し、アドマイヤコジーンと前頭(まえどう)浩希(こうき)!』

 

 

『あら?随分と久しい方が乗っておりますのね。どうでもいいですが上手くエスコートしてくださいまし』

 

「やっぱりいい馬だなぁ、ここでいい成績を出して、なんとか次も乗りたいな・・・」

 

『一方こちらは名マイラーの母から芦毛を継承、血に秘められた能力が開花するか!?芦毛の令嬢エアトゥーレ!鞍上は幸長(ゆきなが)福一(ふくかず)です!』

 

 

『き、今日は大丈夫だもんね!』

 

「あ、あわわ・・・ぼ、僕、初めて、G1」

 

『最後に勝利を上げたのは昨年の4月、乗り代わった氷室(ひむろ)尚弥(なおや)はG1初騎乗です、若い力で風を突き抜けるぞ、ラムジェットシチー!』

 

 

『走れる内は・・・全力で行くよ!』

 

「まさか、半年でここまで衰えるとはな・・・どうか、もう一咲きさせてやるから、辛抱してくれよ!」

 

『続いては昨年の覇者の登場です、栄光から遠ざかる日々はもうおしまい、歓喜の舞台に勝利の星はもう一度煌めいて!トロットスターと蛇井(へびい)政史(まさし)!!』

 

 

『んーっ、しっかり走れそう!』

 

「のびのびしてるな、いい感じだ」

 

『昨年は思うように走れませんでしたが、デビューから三連勝でG3を制した快速牝馬です、その小さな翼に奇跡は舞い降りて!テンシノキセキと梅原(うめはら)健雄(たけお)!』

 

 

『今日こそ・・・勝つ!!』

 

「いい手応えだ!このまま行くぞ!」

 

『屈腱炎、G1二着に惜敗続き。試練はもう沢山だ、自ら持てる輝きで道を照らせ、ディヴァインライト!鞍上は立川(たてかわ)広典(ひろのり)

 

 

 

『ここでボクが勝てば、みんな驚くよね?』

 

「重賞馬なのに人気なさすぎだよ。ま、その分色々やりやすいけどね」

 

『昨年のCBC賞の覇者が堂々入場リキアイタイカン、名前の通りに、黄金に輝く馬体通りに戴冠式へと一番乗りだ!鞍上は(たに)総一朗(そういちろう)!』

 

 

『これが最後・・・せめて悔いのないようにやらないと、ね!』

 

「ラストレース、勝って終わるぞ、スティンガー!」

 

『どんなときでも追い込み一本、そのスタイルで重賞4勝、2歳女王の座も射止めたスティンガー、これが引退レースです。その鋭い切れ味は最後まで!鞍上は真中(まなか)敏晴(としはる)!』

 

 

『はぁ、はぁ、なんだかしんどいけど・・・走れと言われたなら、そうするしかないでしょ!』

 

「・・・そろそろここら辺、かな」

 

『最近は調子が上がりませんが、華麗な逃走劇は健在です、今日こそG1馬たちを出し抜くか!テネシーガールと谷町(たにまち)勝彦(かつひこ)!』

 

 

『ふー、僕もキツイけど、あの子もしんどそうだなぁ・・・』

 

「パーフェクト、頼む、頑張れ・・・!」

 

『今年もまだまだ現役続行、キャリアの数字を重ねていく最強世代の生きる伝説、トキオパーフェクトと都田(みやこだ)(しゅう)!』

 

 

『以上18頭が、春のスプリント王の座を巡って激しく争います・・・』

 

 

 

 

「・・・なんだ?なんだかおかしいぞ・・・」

 

高松宮記念の返し馬の最中、順平は愛馬セキトバクソウオーの異変を感じ取っていた。

 

数日前の追いきり調教ではいいタイムを出していたにも関わらず、いざ本番の今日はいまいち走りにゆとりがない。

 

まるでなにかに締め付けられているように、苦しそうに走るセキトを何とかしてやりたくて首を撫ぜたり、声をかけたりしているもののまるで効果がなくて。

 

まさか故障したのか!?と疑いをかけるも脚のリズムはきちんとしているしどうにも違う。

 

ならば何がセキトの走りを縛り付けているのだろうか?順平には皆目検討がつかないまま返し馬を続けていると、スタンドの前でセキトバクソウオーが急に立ち止まった。

 

「なっ、ちょ、どうしたんだセキト。お前、ちょっと今日はおかしいぞ」

 

手綱を引っ張っても、緩めても、全く動かない膠着状態になったセキトバクソウオーにざわめくスタンド。

 

そんな中で、セキトバクソウオーは順平を見つめながら何かを訴えるように『ブルルッ』と短く鳴いた。

 

「セキト・・・?」

 

その意図が理解できず、困惑する順平。

 

その時。

 

 

「バカヤローー!!やっぱりずっと休んでたんじゃ馬もロクに扱えねーんだな!!」

 

 

スタンドから順平の耳に、心無いヤジが突き刺さった。

 

「ッ・・・!」

 

2年間、好きで馬に乗らなかったのではない。しかし事情を知らないファンから見ればそう映るだろうと。厩舎に帰ったあの日、太島にそう言われ、覚悟はしていた。

 

しかし、いざこうして直接的にその感情をぶつけられると、なかなかどうして、悔しさと、そしてセキトが動かない今、その通りだと認めてしまいたくなる気持ちが交差して。

 

身体を震わせながら、俯き、耐えるしかない。

 

 

「どーせセキトバに乗れたのもコネなんだろー!!?」

 

「馬を動かせないなら騎手なんて辞めちまえーー!!」

 

すると、先程のヤジから誘爆するように、スタンドから次々と暴力的な言葉の数々が放たれる。

 

「・・・ッ、く・・・!」

 

最初こそこんなことをいう客もいるのかと愕然としていた順平であったが。

 

次第に『ふざけるな』という感情が湧いてきて。

 

 

「ふざけ・・・」

 

 

『ブルブオオォォォォォーン!!』

 

 

思わず、言葉をそのまま口に出しそうになった瞬間、鞍上の意思を代弁するかのようにセキトバクソウオーが大きく嘶いた。

 

・・・いや。嘶きと言うよりは、雄叫びに近いその叫びは、人間が言葉を放つよりも遥かに大きな声量となって、競馬場を一瞬しん、と静まり返らせる。

 

「セキト・・・」

 

そして、順平があっけに取られているうちに、セキトバクソウオーはあれほど動かなかったのが嘘のように、スタート地点に向けて走り出した。

 

順平にとってはそれが、まるで『気にするな、あいつらを一緒に見返してやろう』と言ってくれているようでなんとも頼もしく思えて。

 

「・・・いいぞ!セキトバクソウオー!!」

 

それからワンテンポ遅れるようにして、スタンドからは拍手喝采、まるで鞍上のために怒った様なセキトバクソウオーへの賛辞と順平への檄が飛ぶ。

 

「ジュンペーもやってやれー!!」

 

・・・そこで、ようやく・・・本当にようやく。ハッとした。

 

 

僕たちは今日、「勝つため」にここにいる―。

 

 

「そうか、セキト・・・そういうことか、嫌なヤジを聞かせてごめんな」

 

順平のその言葉を聞いたセキトバクソウオーは、満足げに『ブルルンッ』と鳴いて、再び走りに集中する。

 

先程のギクシャクした動きがまるで嘘のような、セキトバクソウオー本来の伸びやかな動きだった。

 

その心地よい振動を全身で受けながら順平は胸の内を吐露し、風に溶かしていく。

 

「僕たちは、僕たちだ。獅童さんとは、また違う。負けたら負けたでいいのかもしれない。でも、今日ばかりはそれは悔しいな」

 

・・・本来は、「勝てない馬」を「勝てる馬」へと変えるのが、騎手の仕事だ。

 

そして、それは今の自分のように緊張している者には到底成し遂げることなどできない大仕事。寧ろ、本来の勝者を敗者に貶めてしまう可能性の方が大きいくらいだろう。

 

「(だったら、僕にできることは・・・)」

 

そうして己の本懐を思い出した順平は、大きく息を吸った。愛馬が纏う草と獣が入り混じったような、独特で、不思議な臭いが胸一杯に取り込まれ、それが不思議と妙な安心感をもたらし。

 

「・・・よしっ!」

 

愛馬と同じ景色を見る眼差しには、勝負に望む者らしい炎が宿っていた。

 

 

その時、順平の脳裏に己の初G1制覇は一番人気のプレッシャーを跳ね返しての勝利だったな、と懐かしい思い出がよぎる。

 

なんとなく今の人気が気になり、ちらっと掲示板を見やれば乗り替わりが嫌われたか今日のセキトバクソウオーは4番人気に評価を落としていて。

 

つまり、その上位3頭分、自分はセキトバクソウオーの足を引っ張っていると思われている訳だ、と順平は即座に理解する。

 

「・・・やってやろうじゃないか。なぁ、セキト」

 

だったら、自分はそれ程衰えてはいないぞ。この場で証明されるのは、お前たちの節穴だ。そんな好戦的な思考を抱きながら順平は笑みを浮かべ。

 

その言葉と声色に、セキトバクソウオーは耳をピクリと動かし、短い鳴き声で応えたのだった。

 




セキト、ゴルシ化が止まらない!

質の悪い連中にヤジらせる内容がなかなか思いつかなかったですw

そして実は出馬表云々カンヌンは投稿前日に急ピッチで作ったのですが・・・意外とテンプレがあればなんとかなるもんなんですね。

以下はいつもの被害史実馬の紹介になります。


・今回の史実被害馬


・エピグラフ 牡 鹿毛
父 Seeking the Gold
母 Via Borghese
母父 シアトルダンサーⅡ


・被害ポイント
高松宮記念15着→除外


・史実戦績
24戦5勝


・主な勝ち鞍
キーンランドC(OP)


・史実解説
アメリカ生まれの快速(外)ホース。1999年7月、函館の新馬戦(ダ1000)で一番人気に応えてデビュー勝ちを収める。

続く函館3歳ステークス(G3)でも一番人気に支持されるが、4着に敗れた。

次走はダートに戻して500万下のもちのき賞(ダ1400)に出走するも、3番人気の13着と大敗。続いてのレースは何を思ったか強気に交流競走の兵庫ジュニアグランプリ(G3)に出走するも、またしても3番人気を裏切り、9馬身差のシンガリ負け。一着の馬から見れば実に5秒遅れてのゴールインだった。


ここから半年以上間隔を開け、7月の函館、4歳上500万下(ダ1000)に出走すると、ここでは2番人気を覆して一年ぶりの勝利を飾る。

続く函館の七重浜特別(900万下 ダ1000)でも勝利し連勝。尚このレースのタイムは57.7秒で、現在でも函館ダート1000mのレコードタイムである。

ここから1600万下のジャニュアリーステークス(中山 ダ1200)4着、橿原ステークス(京都 ダ1200)4着、鳴門ステークス(阪神 ダ1400)11着、ブラッドストーンステークス(中山 ダ1200)5着、なにわステークス(阪神 ダ1200)9着と、勝利を挙げられないまま降級を迎えた。

しかしこの馬の場合、この降級が功を奏し次走の潮騒特別(1000万下 函館 芝1200)で2着に入ると、次の長万部特別(1000万下 函館 芝1200)で勝利し、3勝目を飾ると、次走のキーンランドカップ(OP)でも一着をもぎ取った。

その勢いのまま高松宮記念(G1)にも出走したが流石に力が足りなかったか16番人気の15着と派手に散る。

その後は3戦して勝利を挙げられないままホッカイドウ競馬に移籍。

だが、キーンランドカップ(OP)の勝利が一世一代の走りだったのか5戦して勝利を上げることもなく、最後は2003年の札幌日刊スポーツ杯に出走し、先頭から4秒差のシンガリに破れて現役を引退した。

某掲示板の書き込みも2014年を最後に途絶えており、引退後の行き先、現在については全くの不明である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コンビ復活!高松宮記念(後半)

前回の通算勝利数の件は、皆様大変お世話になりました。

復帰前と復帰後は合算だとのことで、通算勝利数が31勝以上であるジュンペーはめでたく堂々とG1に舞い戻って来れると判明いたしました!

はぁー・・・裏口騎乗とかになってなくほんと良かった・・・。

そしていよいよ高松宮記念も出走の時を迎えます。VSショウナンカンプの、その結果は如何に!?


『はぁーっ、全くなんなんだよ、あいつら』

 

やあ諸君。高松宮記念の出走が間近に迫ったセキトバクソウオーだ。

 

ジュンペーの緊張を解こうとして、俺が動かずにいればスタンドからの応援で何とかなってくれるんじゃないかって思ってたら罵声をぶっ掛けられたんだけど。

 

いやさぁ、確かに競馬を見に来る人の中には馬券が当たりさえすれば馬の安否なんてどうでもいいって奴もいるって聞いてたよ?

 

騎手も騎手で、あまりにもヤジが酷ければ怒ったっていいと思うんだ、某うるせえ!の人みたいに。

 

まあ、ヤジを飛ばした連中も大方スタンドの遥か上から俺らを見下ろして気が大きくなっただけだろうけどな。

 

それでも、ジュンペーをバカにする言葉は俺が許さねぇ。黙って聞いてりゃ図に乗って来やがったし、ジュンペーのキレかけている声が耳に入った瞬間、代わりに俺がブチ切れた。丁度マジで頭に来てた所だったし。

 

『てめぇらいい加減にしろ!』と過去最大級のボリュームで叫んでやったら、あらまぁ、競馬場が静まり返っちゃったよ。

 

これはやってしまったかと思って、そそくさとスタート地点に向かって走り出したら、何ということでしょう、スタンドからは大喝采が起きた。

 

「いいぞー!」なんてむしろ喜びの声なんかも頂けちゃったりして、悪いことをした訳じゃなかったんだと心底ホッとしたわ。

 

 

・・・というか、一連の出来事でなんだかんだジュンペーの緊張もどこかに吹っ飛んだみたいだし、結果オーライ?とにかく不甲斐ないレースにはならなさそうで一安心。

 

そのままキャンターでスタート地点まで辿り着くと、早速ショウナンカンプが声を掛けてくる。

 

『バクソウオーさん・・・お見事ッス!ああいう奴らはああやって黙らせばいいんスね!さっきニヤニヤしてたのはこれッスか!』

 

どうやら彼もまた、行く先々でヤジに困らされてきたらしい。開口一番こんな発言を聞いてしまったら、『お、おう』としか返せなくて。

 

『よーし!オレもいつか黙らせてやろーっと!』とやたら目を輝かせて張り切っているショウナンカンプ。その姿は100%の純粋さで満ちていた。

 

ああ、関係者の皆さん。彼がレースの度に吠える馬になっちまったら、ホントごめんなさい。

 

「ああ、またバクソウオーに絡んで・・・すみません、ジュンペーさん」

 

「あっ、いえいえ・・・セキトが中京に来てから、何故かショウナンカンプが懐いてるって聞きましたし」

 

「そういえば今日はえらく面白い名前の馬が走っていて・・・」

 

俺たちの背中ではちゃっかり騎手の二人が雑談に花を咲かせてるし、もう滅茶苦茶だよ・・・。

 

 

と、入りすぎていた気合が丁度良く抜けたところでスタンドを大歓声が揺らす・・・って言っても、スタート地点はスタンドの真反対だから、俺たちにはそこまで大きくは聞こえないけどな。マジでありがてえ。

 

ゲートの向こうを見やれば、スターター台が上がりきっている。どうやらファンファーレのようだ。

 

さあ、俺にとっては今年初めて聞くファンファーレ、有り難く拝聴しようじゃねえか。

 

 

♪♪♪♪ ♪♪ ♪♪ ♪ ♪♪ ♪♪♪♪ー♪ー

 

 

 

♪♪♪♪ ♪♪ ♪♪ ♪ ♪♪ ♪♪♪♪ー

 

 

 

♪ー♪♪♪ー♪ー ♪ー♪♪♪♪♪♪ ♪ー♪♪♪♪♪♪

 

 

 

♪ーー♪ーー♪ー♪ーーー

 

 

『ウォアアアァァァァ!!』

 

 

 

うん、上手いとも下手とも言えない、無難なファンファーレであったが観客の反応を見るに、その心をがっちり掴むことは出来たようだ。

 

『よーし、今日こそやるぞー!』

 

早速内枠のノボリユキオーが誘導を受け、ゲートに収まっている。

 

『こ、こうなったら!やれるだけやってやる!』

 

『今日も勝って、オレが一番だって見せつけやるぜ!』

 

続くようにしてシャンハイダロン、ショウナンカンプと奇数番の各馬がゲートに順々に収まっていき。

 

「・・・行こうか、セキト」

 

とうとう俺の順番だ。ジュンペーが一言言ったかと思うと獅童さんよりも幾分優しい『前に進め』の命令が脇腹から全身に回って。

 

『おう』

 

俺は、ただそう短く応えて、7番のゲートへと歩みを進める。

 

そして狙ったのかは定かでないが、俺の耳が後ろの扉が締め切られる音と同じタイミングで、ジュンペーが呟いた言葉をも捉える。

 

「ショウナンカンプに付いていくぞ」・・・と。

 

 

 

 

『中京競馬第11レース、春を告げるスプリントG1、第32回高松宮記念の発走時刻が迫ってまいりました!芝1200、今年はフルゲートで争われます』

 

「・・・さて、と」

 

僕は、他の馬が続々とゲート入りするのを横目に見ながら、大きく息を吸っては吐いてを繰り返していた。

 

しかし凄い熱気だな。場内にアナウンサーの声が響き渡るたび、スタンドの高揚が増していくようだ。

 

これが、長らく忘れていたG1という舞台。至高たる者たちが、さらにその上の頂きを目指す最高峰のステージ。

 

「セキト、聞いてくれるかい」

 

ところで、馬が人の言葉を理解するかと言えばそれは正直言って微妙なところだろう。しかし、僕の足下でスタートの時を待つ相棒は違う。

 

そう確信して声をかければ、ほら。『ブルルッ』と返事が返ってきた。

 

「お前が気にしていたショウナンカンプ・・・いろいろ調べたんだけど、僕も正直あの馬は怖い存在だと思う」

 

こうやって僕の思考を話して聞かせている間、彼は身じろぎもせず、黒い真珠のような目をまっすぐにこちらに向けて、話を聞いてくれる。まるで一人の人間のように。

 

「あいつの得意分野は、逃げだ。楽に逃がすとまずい」

 

こちらもその目を見ていると不思議と落ち着く。僕は馬にしては吊り気味な相棒の目を優しく見つめながら小声で今日の作戦を語りかけた。この大きさならば、セキトの耳には届いても他の騎手には届かないだろうから。

 

「だからこそ・・・着いていくよ。どんなにハイペースになろうとも、ね」

 

『・・・ブルルン!』

 

そうしてレースに向けての意向を伝え終わると、セキトは『了解した』と言わんばかりに大きく鼻を鳴らした。

 

『さぁ枠入りもいよいよ最後の一頭、トキオパーフェクトが今、ゲートに向かって・・・収まりました』

 

丁度他の馬のゲート入りも終わったらしい。

 

・・・ここまで本当に色々あったし、長かった。

 

朝日杯で後遺症に襲われ、セキトが助けてくれたと聞かされた時は、本当に騎手として終わったと思ったくらいだった。

 

しかし、よくよく考えてみれば彼と共に、再び大舞台へと臨みたいと願う自分がいて。

 

そこから諦めずに、ひたむきに、ひたすらに頑張って・・・とうとうここまで、戻ってきた。

 

せっかく止まっていた物語が動き出したんだ。その終わりはハッピーエンドであるべきだろう?

 

・・・いや、寧ろ始まりか。僕と、セキトバクソウオーという優駿が駆ける物語の第二幕。その、プロローグの。

 

 

『体制完了、係員が離れます!』

 

さあ・・・行こう!!セキトバクソウオー!

 

『スタートしました!』

 

仕組みも知らない金属の仕掛けが動いて視界が開けた瞬間、僕とセキトバクソウオーは、狭いゲートから、外に満ちる光へと飛び出した。

 

 

 

 

『・・・しゃあ!』

 

よしよし、今日も抜群のスタートを決められたぜ!!

 

・・・っとと。今日はショウナンカンプに着いていくんだったな。脚の回転を速くして、馬群に囲まれない内に赤い胴に白一本、これまた縁起が良さそうな紅白の勝負服を探す。

 

『スタートはきれいに揃った!さあ先行争い、ショウナンカンプ、セキトバクソウオー辺りが前に出てきた、内々にシャンハイダロン』

 

「セキト!前に出るぞ!」

 

『居た!』

 

何のことはない、相手は逃げ馬なのだから速度の差で他の馬を振り切ってしまえば目当ての勝負服と鹿毛の馬体が丸見えだ。

 

『・・・あー!?バクソウオーさん!?オレに着いてくる気ッスか!?』

 

そんな折、己をマークする俺の存在に気がついたらしいショウナンカンプが、抗議するような声を上げる。

 

『でも、オレのバクシンパワーは半端じゃねぇ・・・ッスよ!!』

 

しかし相手は生粋の逃げ馬、レースは始まったばかりだというのに更に加速し、ペースを釣り上げていく。というかお前もバクシンするのかよ!親父の遺伝力すげぇな!?

 

『この・・・ッ!』

 

これは俺も負けてられねえ・・・!

 

「セキト、待て!今はここで様子を見よう!」

 

『はっ!?すまねぇな、ジュンペー!』

 

ついついムキになって後を追いそうになるが、ジュンペーに手綱を引っ張られて我に帰る。俺の本領は脚を貯めて直線で解き放つ差し馬。ここで力を暴発させてはなんの意味もないのだ。

 

少しだけ脚の力を緩めて、競り合っていたショウナンカンプを1馬身ほど先に行かせてやる。

 

『ここで引っかからないなんて・・・流石G1馬ッスね・・・』

 

冷静さを取り戻した俺をチラリと見やるショウナンカンプ。年下と思って侮っていたが、なかなかやるじゃねえか。

 

『お褒めに預かりどうも!』

 

まだどこか悔しそうな表情で走っているからここはチャンスかもしれない、と逆に軽口をプレゼントしておいた。

 

 

『シャンハイダロンの外には芦毛の馬体アドマイヤコジーンはここにいる、並ぶようにしてメジロダーリング、先団ややゴチャついているか』

 

『あはぁっ!動く!脚が動く!!今日は行けますでえ!!』

 

後ろの方では芦毛の牡馬・・・アドマイヤコジーンが絶好調であることを主張するかのように唐突に叫ぶ。

 

『アンタ何言ってんのよ!?そんなことしてたら勝てるものも落とすわよ!?』

 

すかさずそれに突っ込むメジロダーリング。いやアンタもそんなに声を張り上げちゃって。特大ブーメランを食らうぞ。

 

『・・・!』

 

内側を追走するシャンハイダロンとか言う奴は、アドマイヤコジーンの言動に気を取られつつも何も言わず体力の温存に務めていた。

 

えーっと、これで俺たちの他にはシャンハイダロン、アドマイヤコジーン、メジロダーリング・・・計5頭でこのレースのペースを作っていく感じになりそうだ。

 

『後は1馬身差ラムジェットシチー、内にテンシノキセキがいます、更にそのうちにトウショウリープ、その外々を回るのはテネシーガールだ』

 

おや、テネシーガールちゃん、あんなところに。今日は逃げないのか。スタートに失敗したんだろうか?と思った俺の頭によぎる、もう一つの可能性。

 

・・・まさかとは思うが、衰えのあまりもう先頭を走る俺達に着いてくる力も無いって言うんじゃない・・・よな?

 

 

『その後1馬身離れましたサイキョウサンデー、エアトゥーレ、また開きましてリキアイタイカンがいます、その内にゲイリーフラッシュ』

 

『このレース!俺が!勝あぁぁぁつ!!』

 

「こ、こら!サンデー!やめないか!」

 

『ちょ、なんて五月蝿い殿方ですの!?こんな方がよりによって隣なんて・・・悪夢ですわ!勘弁してくださいまし!』

 

「ああもう!こっちまで・・・!」

 

『外の2頭(ふたり)は何をやっているのやら・・・』

 

「・・・流石は大ベテランだな、全く影響は無い、か」

 

溢れる闘志を抑えきれないのか、走りながら雄叫びを上げるサイキョウサンデーと、それに驚くエアトゥーレちゃん、そしてなだめようとする2頭の騎手。

 

さらにはその一連の出来事を冷静に眺めるゲイリーフラッシュと、なにやら中団あたりはカオスなことになっている。

 

ちょっと可哀想でもあるが、今は真剣勝負。ああやって後方勢が勝手に崩れてくれるのなら俺としては大歓迎でしかない。

 

『ここだ、トロットスターはここにいた!中団のやや後ろの辺り!』

 

その時、興奮したようなアワシマさんの声がトロットスターの名を読み上げた。

 

『(トロットスター・・・ああ、そうか)』

 

決して衰えてはいない脚運びに、かつての輝きを取り戻すことに望みをかけ、関係者は6歳馬となった彼の現役を続行するという決断を下した。

 

しかしどうして、その馬体からは昨年のような迫力を感じない。

 

俺は一瞬それを不思議に思ったが、視界の端のトロットスターから、追いきりの日にばったりと出会った時と変わらぬ雰囲気を感じとった瞬間に納得する。

 

『(お前の中で、『競走馬』でいる時間は終わったんだな)』

 

それは、人間のスポーツ選手にも、引退理由としてしばしば挙げられる理由・・・『心身の限界』。端的に言ってしまえば、『競走に向ける気持ちが無くなった』状態。

 

満足感か、何かショックを受けたのか、それともはたまた別の理由なのか。何が起こったのかは彼しか知り得ないが、ああなってしまったならば蘇る可能性は限りなく低い。

 

そんな状態で全力で走らされても、そりゃあ走らないよ。だって、競走する気が無くなっているんだから。

 

 

『半馬身差遅れてトキオパーフェクト、そこから更に1馬身開いてディヴァインライト、後は1馬身差ノボリユキオー』

 

トロットスターの後ろを走るトキオパーフェクトなんて、更に年上の7歳だ。かの黄金世代と同期というのが運の尽きだったか、未だ無冠の大器は、かつて勝てると言われたG1で怪物とまみえ、何を思ったのか。

 

反面、その後ろにつけた同い年の筈のディヴァインライトの方はまだまだやれそうという雰囲気なのが不思議だった。まあ、近い内にトウカイトリックとか、十歳近いのに重賞で好走するようなのがバンバン出てくるからそれに近いものなのか?

 

更に後ろのノボリユキオーもまた、ここまで登ってきた実力は確かなのだろう。しかし、既に走りからは迫力が落ち始めていて、ここから先は大活躍とは行かなさそうだ。

 

 

『最後方追走は今日が引退レース、スティンガー!果たして最後の追い込みは炸裂するか!?』

 

『最後だけど、私の、いつも通りのスタイルで!!』

 

18頭のシンガリを務めるのは、差し脚が自慢のスティンガー。

 

これが引退レースとアナウンスされ少々驚いてしまったが、彼女には、故郷で第二の仕事が待っているんだと納得する。

 

これほど活躍したのだから、その血には相当の価値がある。

 

そのバトンを繁殖牝馬として・・・己の価値を認められた花道で、たくさんの娘息子たちに渡して行くために、彼女は前線を退くのだ。人間で言えば寿退社。

 

ライバルが一頭いなくなってしまうのは寂しいが、その先の道が明るいのならば、俺は喜んで送り出そう。

 

・・・っと!もうコーナーじゃねえか!

 

『んぎぎぎぎぎ!』

 

小回りでただでさえ辛いってのに、さらに苦手な左回りと来ればそりゃあもうこんな声を出したって怒られはしないだろう。

 

「セキト、大丈夫か!?」

 

『んぐぐぐ!』

 

相当の負荷がかかっていることに気づいたのだろう、ジュンペーが俺に声をかけてくれたが返事を返す余裕はない。

 

 

『さあ先頭はショウナンカンプ、ショウナンカンプ先頭で3、4コーナー中間地点!2番手追走はセキトバクソウオー、3番手には先行集団からアドマイヤコジーン上がってきた!』

 

『!』

 

そうこうしている内に、先頭をひた走るショウナンカンプの騎手さんがムチを抜いたのが見えた。

 

『バクシン!?バクシンするのか!?』

 

それを見たショウナンカンプは、なぜかウキウキしたような様子でそのまま最内の経済コースを譲らない。

 

『せっかく調子がええんや、そこのお二人さん、逃さへんで!』

 

後ろからは白い馬体・・・アドマイヤコジーンが一気に位置取りを押し上げてきて、勝負宣言。

 

『生憎だが、差し切らせてやらねえぞ!』

 

『俺もッス!』

 

無論俺も、ショウナンカンプも一着を譲る気はなく3頭でもつれ合うような体制のまま、いよいよ直線へと向かっていく。

 

『ショウナンカンプ!ショウナンカンプが先頭だ!二番手にはセキトバクソウオー!アドマイヤコジーンも連れて上がっていくぞ!残り400を通過!』

 

「さぁ、行くで!」

 

『萩川さん!まだか!?早くバクシンさせてくれよっ!』

 

「セキト!」

 

『おうよ!』

 

最内を通ったショウナンカンプが一歩リードする形になりかけるが、それを俺が許さない。

 

『くっ・・・!これだから小回りは好きやないんや!』

 

「コジ!怯むな!」

 

逆に外目を回ることになったアドマイヤコジーンは、少しだけ俺たちに遅れを取りながらも、すぐさま追いつかんと加速する。

 

『さあショウナンカンプだショウナンカンプだ!二番手にはセキトバクソウオー、リードは半馬身くらいか!少し遅れてアドマイヤコジーンも追い込んできているぞ!?』

 

ここでちらりと後ろを見やる。4番手以下の馬たちは、コーナー出口で急激に巻き上がったペースに置いていかれていた。あの分じゃ今日は勝負にならないだろう。前に取り付いて正解だった。

 

今回の高松宮記念、俺か、ショウナンカンプか、アドマイヤコジーンか。優勝争いは3頭に絞られた。

 

 

『ショウナンカンプ先頭で、直線に入った!セキトバクソウオーが競り合っている!3番手アドマイヤコジーンは少し遅れたか!』

 

『やっぱセキトバクソウオーさんは強ぇっスね!けど、オレだってここまでバクシンパワーを貯めてきたんッスよ、そう簡単には・・・抜かさせねぇッス!!』

 

「はあっ!そうだ、カンプ!伸びろ!どこまでも伸びていけッ!!」

 

直線に入った瞬間、ショウナンカンプは騎手さんが激しく手綱をしごく度に、強烈な伸びを見せる。

 

「っ!負けるな、セキト!」

 

『ああッ!』

 

しかし俺だって負けちゃいねえ。伸びる相手には、それ以上に伸びてやればいいんだ。ショウナンカンプの鼻先より前に出んとして、じりじり、じりじり差を詰めていく。

 

『くっ!・・・ぐぅぅ〜!!認めへん・・・認めへんで!こんなの、認めてたまるかあああっ!!』

 

「はああああ!」

 

俺たちから2馬身ほど遅れる形になったアドマイヤコジーンも、まだ気持ちを切らしていない。鞍上も何発もムチを打って、馬自身もそれに応えようと脚を伸ばしている。

 

だが、生憎だがこの舞台は1200m。本来マイラーであるアドマイヤコジーンには少々忙しかったようだ。

 

 

「抜かせるな、カンプゥゥゥ!!」

 

『おらあああぁぁぁ!!』

 

「抜きされっ、セキトォォォ!!」

 

『うらあああぁぁぁ!!』

 

その自慢の末脚も、最速王(サクラバクシンオー)の血を引き、生粋のスプリンターである俺らの最高速には、わずかに届かない。

 

『うせやん・・・アンタら、ホンマに同じ馬かいな・・・』

 

その事実を突きつけられ、少しずつ離されていくたアドマイヤコジーンは、ただただ目を白黒させていて。

 

残り200mを過ぎる直前。

 

『さぁ、頼むぞ。ジュンペー』

 

『萩川さん!今ッスよね!?』

 

俺ら2頭は、ほぼ同時にギアの解放を要求した。

 

そして、俺らに跨がるジュンペー達もまた。

 

「セキト!!」

 

「カンプ!!」

 

まるで話が通じているかのように、ほぼ同時にそれぞれのトモへとムチを打ち込んだ。

 

 

『うっ!?キタキタキターー!!バクシンバクシンバクシーーン!!!』

 

『先頭ショウナンカンプ!何という強さだ!何という粘りだ!』

 

ショウナンカンプは前半あれだけ飛ばしていたっていうのに、バクシンと連呼しながら更なる加速を見せつけてくる。

 

『う、お、りゃあああああああぁぁぁ!!!』

 

『2番手セキトバクソウオーも一歩も退かない!ショウナンカンプに食らいつく!何という根性だ!』

 

俺だって走りを得意の右手前に切り替えて、アンド真のストライド走法を炸裂させてそれに追いすがる。

 

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

「はあああああああっ!!」

 

鞍上二人もまた、人であることををかなぐり捨てたような雄叫びを上げながら、互いに譲らない。

 

激しく手綱をしごいて、ムチを打ち込んで、そしてまた手綱をしごいて。

 

『残り100m!!ショウナンカンプか!セキトバクソウオーか!ショウナンカンプかセキトバクソウオーか!!?』

 

『くっ、うぅ、うぐぅぅぅ・・・!!』

 

・・・これほど必死に追い込んで、駆け抜けて。

 

それでもショウナンカンプの首が、俺の先に見えている。

 

このままじゃ、負ける。

 

そう頭に警告が鳴り響いても、これ以上脚を早く回すなんて、俺には不可能だ。

 

ゴール板がせめて、あと100・・・いや、50m先にあったのならば差しきれたのにと諦めかけた瞬間。

 

「セキト・・・っ!一か八かだ!合わせて!!」

 

『ジュンペー!?』

 

首の中腹に、ジュンペーの両手が添えられた。

 

これは・・・もしかして、伝説(?)の・・・。

 

 

「はあっ!」

 

『・・・ッ!』

 

走りに合わせて俺の首が降りる瞬間、ジュンペーの両手が押し込まれ、視界がぐんと下がる。

 

それと同時に、俺の脚はいつもよりも遠くの芝を捉えて・・・確信した。やはり、これはあの名手が使ったという、豪腕だ!

 

一体全体ジュンペーがこの技をどこで覚えたのかなんて俺には分からんが、とにかく、これならば行ける!!

 

『うがあぁぁぁぁ!!』

 

先行するショウナンカンプを、絶対に捉えてやるという意思が、猛獣のような叫びとなって俺の喉を飛び出ていった。

 

『んなぁっ!?』

 

それに驚いたのかショウナンカンプの動きが僅かに鈍って。

 

そのスキを、俺達は逃さない。

 

「『逃して・・・たまるかぁあぁぁぁぁあああ!!』」

 

『ぐ、お、オレだって、負けるかああああああ!!』

 

『ショウナンカンプ!セキトバクソウオー!並んだ!並んだ並んだ並んだーー!!』

 

 

俺とジュンペーの声が重なって、俺とショウナンカンプの馬体が完全に併さったところが、ゴール板であった。

 

 




今回のレースも、史実の映像があったので視聴したのですが、いやー、素晴らしいバクシン的勝利でした。あんなペースで逃げた上に直線でも伸びるって、ありゃあ普通勝てないわ・・・。

・今回の史実馬解説


・ショウナンカンプ 牡 鹿毛
父 サクラバクシンオー
母 ショウナングレイス
母父 ラッキーソブリン


・被害ポイント
高松宮記念1着→???


・史実戦績
19戦8勝


・主な勝ち鞍
高松宮記念(G1)
スワンステークス(G2)
など



・史実解説
サクラバクシンオー3年目の産駒の一頭。
2001年1月、中山の新馬戦(ダ1800)でデビューするも4番人気の11着に敗れる。

2戦目も同じく中山の新馬戦(ダ1200)に出走すると3着に好走、ここで一旦間隔を明けて6月の東京、3歳未勝利戦(ダ1600)に出走したが6着に敗れた。

4戦目は福島の未勝利戦(ダ1000)に出走し、見事初勝利を飾る。続けて函館の500万下(ダ1000)にも出走、2着に食い込む。 

続く札幌の500万下(ダ1000)では一番人気を裏切り10着と大敗、しかし同条件の500万下(ダ1000)に出走すると、今度は一着でゴールインし、2勝目を上げる。

続く中山、初霜特別(1000万下、ダ1200)でも4番人気を覆して勝利。しかしガーネットステークス(G3 ダ1200)は11着、橿原ステークス(1600万下 ダ1200)は3着ともどかしい競馬が続く。

ここで陣営は初の芝レースとなる京都の山城ステークス(1600万下 芝1200)を選択、これがこの馬にとって大きな転機となる。

ここで後のG1馬ビリーヴと激突し、これに2馬身半つけて快勝すると、つづくオーシャンステークス(OP 芝1200)でも2着に2馬身半差の勝利を収め、そのままの勢いで高松宮記念に出走、前年の覇者トロットスターや復調気配が漂うアドマイヤコジーンら強い馬が揃った中、スタートから先頭を切り、そのまま堂々逃げ切ってみせた。

その後函館スプリントステークス(G3 芝1200)では4着と不可解な敗北を喫するも、スプリンターズステークス(G1 芝1200)ではやはり果敢に先頭を切って3着と健闘した。

次走のスワンステークス(G2 芝1400)を3馬身つけて快勝し、暮れにはビリーヴと共に香港に渡って香港スプリント(G1 芝1000)に出走。しかしファルヴェロンやケープオブグッドホープなど好メンバーがそろった異国の地では実力を発揮しきれなかったのか12着のビリーヴ共々14頭立ての10着と大負けしている。

年が明けての緒戦、阪急杯(G3 芝1200)は快勝したが、連覇のかかった高松宮記念(G1 芝1200)ではビリーヴやサニングデールらに敗れて7着に終わり、結局このレースの後右前浅屈腱炎を発症。引退して種牡馬入りした。


こうして引退後は種牡馬となったショウナンカンプであったが、その種牡馬生活の大半は父サクラバクシンオーの活動時期と重なっていたのが不幸であった。

しかし種付数、産駒の絶対数が少ないながらも初年度からオープン馬を2頭出すなどして、種牡馬としても活躍し、産駒の中からは重賞を勝つものも現れた。

2019年の種付けを最後に種牡馬からも引退、宮崎県で功労馬として余生を送っていたが、2020年、放牧中の事故でこの世を去った。

牝馬の質を考えれば産駒の活躍はかなりのものであり、「父と同等の扱いを受けていればG1馬を輩出していただろう」と語るファンもいるほど。

産駒の中からミキノドラマー(40戦4勝 ルミエールオータムダッシュ(L))が種牡馬入りし、2022年現在もショウナンマッハなど遺された産駒たちが活躍中である。

・代表産駒
ラブカンプー 牝(母ラブハート)
35戦3勝 主な勝鞍 CBC賞(G3)

ショウナンアチーヴ 牡(母ショウナンパントル)
32戦3勝 主な勝鞍 ニュージーランドトロフィー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着!高松宮記念

アイエエエ!?ダイヤチャン!?ダイヤチャンナンデ!?(油断してジュエル全部サポカに突っ込んだ人)

・・・とにかく、予想が当たってジュエルを貯めていた人は、おめでとうございます。自分は財布と相談しながらダイヤちゃんをお迎えするかどうかよく考えたいと思っています・・・。



『ショウナンカンプとセキトバクソウオー!全く並んでのゴールイン!!ちょーっとこれは、ここからでは分かりません!3着にアドマイヤコジーン、4着には外から追い込んだスティンガー!第32回高松宮記念は大接戦のゴールとなりました!!』

 

 

前回までのあらすじ。俺とショウナンカンプは、激しく争ったまま高松宮記念のゴール板へとなだれ込んだ、以上!!

 

 

「はあはあ・・・お疲れ様、セキト」

 

『・・・っはぁ、はぁっ、はぁっ・・・疲れたぁ・・・!』

 

「ふー、すごい走りだったぞ、カンプ」

 

『はぁ、はぁっ、聞いてたけど、クソ速ぇ・・・』

 

それから間もなく、お互いの鞍上に手綱を引かれてスピードを落としつつ。

 

『はー、はー、いやあ、すげぇ戦いだった・・・』

 

思わずそう漏らしてしまう程には、凄まじいレースだった。たった1200mの戦いながら、こうして人馬ともに疲労に襲われているという事実が何よりの証拠だ。

 

「セキト、少し歩こうか」

 

『そう、だな』

 

立ち止まって息を整えていると、ジュンペーから歩きなさいという指示が出た。クールダウンの為である。

 

しかしレース直後に歩けっていうのもなかなかしんどいな・・・ゆっくり歩けば、なんとか大丈夫か?

 

『バクソウオーさーん!』

 

息を整えながらゆっくりと歩いていると、少しばかり先に行っていたショウナンカンプが速歩でこちらに寄ってきた。

 

『やっぱ、聞いてた通りクソ速いっすね・・・バクソウオーさん』

 

『へへ、まあな』

 

俺も、彼も同じサラブレッドなのだ。勝負が終われば敵も味方もありゃしない。全くの横並びでゴールしたお互いの健闘を称え合って。

 

ジュンペーとショウナンカンプのジョッキーさんもお互い握手を交わした後に何やら話しているようで、そのまま2頭仲良く並んで歩き続けていると1コーナーからスタンドへと戻ってきた。

 

3着のアドマイヤコジーンを始めとする他の連中が色々なことを口にしながらさっさと出口に戻っていくのを眺めながら、ちらちらと掲示板に目をやるものの中々結果が出ない。

 

ゴールのリプレイ映像が流れる度にお客さんからはどよめきや歓声が起こり、アワシマアナもはっきりとしない物言いをしているためどちらが勝ったのか分からんし・・・というか、正に今それを判定しているのか。

 

考えてみれば今まで俺が勝ったレースって、写真判定になってもすんなりと結果が出るくらいの着差を付けていたんだよな、と思い出す。時間がかかったのは、昨年の京王杯スプリングカップくらいじゃないか?

 

『あら?あなた・・・なんだか逞しくなった?』

 

『お、スティンガーか、久しぶりだな』

 

出口に向かう馬たちの中からは話しかけてきたのは、あの時激しく競り合った張本人だった。

 

そして、現役として顔を合わせるのはこれが最後。

 

『ねえ。聞いたと思うけど、私これで最後なのよね。正直もうちょっと走っていたかったわ』

 

やれることはやれたけど。とどこか引退に対してやや不満げなスティンガー。

 

『いやいや、母親になるんだろ?それだって立派な仕事だよ』

 

ある意味、自分が走る以上にな。そういう意味も込めて彼女にそう話しかけると。

 

『そう・・・なのよね。私もお母さんになるなんて。ちょっと想像がつかないけど・・・ホントのことなのよね』

 

意外にも母親になることに関しては悪い気はしていない、というかこれはよく分かっていない様子。うーん。申し訳ないが俺だって分からねえや。

 

けど。

 

『あんなに速かったあんたの子供だ、きっとその子も速いんだろうな』

 

真っ直ぐに見据えたまま放ったその期待だけは、本当だ。

 

鋭い脚を繰り出せる彼女の仔もまた、素晴らしい脚を持った子になるのだろう。

 

ま、俺なんかよりも牧場の人や、馬主さんの方が、よっぽどそう思ってるんだろうけどな。

 

『・・・』

 

っと、あれ?スティンガー?いきなり顔を赤くしたまま動かなくなって、一体どうしたんだ?

 

『スティンガー?』

 

『・・・ハッ!?そ、そんなことを言われても、生まれるまでわからないんだし、その、えっと、さよなら!!』

 

『あ、ちょっ・・・行っちまったか』

 

意識を取り戻したスティンガーは、よりいっそう顔を赤くして、俺の声掛けもろくに聞かないまま全速力に近いスピードで出口へ向かっていった。一体何なんだったんだ・・・。

 

 

しかし、繁殖入り・・・親になる、か。親と言えば俺もショウナンカンプも親父がサクラバクシンオーなんだよな。この結果でまだまだ親父の種付け頭数も増えるんだろう。

 

そう思うと少し可哀想な気がするが、こればっかりは活躍馬を出した種牡馬の宿命。ひょっとすると現実ではあり得なかった配合がされていたり・・・いやいや、無い無い。

 

 

『ああっ!?出ました!!たった今結果が出ました!!』

 

『うおっ!?』

 

と、アワシマアナの一言でスタンドが一際大きく沸き立ち、油断していた俺の身体が跳ね上がる。

 

「おっと、セキト、どうしたんだ?お前が取り乱すなんて珍しいな・・・」

 

ジュンペーが背中から「大丈夫だ、落ち着いて」と首を撫ぜてくれて、俺も一つ、二つと大きく息を吸う。

 

・・・うん、もう大丈夫。

 

『はー、びっくりした・・・悪りぃな』

 

「うん、よしよし」

 

もう大丈夫だ、とジュンペーに顔を向けながらブルルと鳴いたら、ジュンペーの方もそれでいいんだよと言わんばかりに首をぽんぽんと叩く。

 

『・・・セキトバクソウオーさんも、やっぱアレは苦手なんっスね』

 

『ああ。というかアレに関してはどうやっても慣れはしても、平気って訳にはいかないだろうよ・・・』

 

同じように歓声に跳ね上がったらしいショウナンカンプが、まだ落ち着かない様子で俺に話しかけてきたから、俺だってアレは無理だと話す。

 

例えるんだったら、音で壁を作って、それを耳にバーンって叩きつけられるような感覚・・・ってのが近いかもしれん。

 

人間諸君。正直に言ってくれて構わない。よく分からんだろう?俺だって今となってはなんで人間の耳はあんな音が平気なんだって思ってるくらいだからお互い様ってことで。

 

とにかく、高松宮記念の結果が無事に出たらしい。さあ結果を確認しようと顔を上げた瞬間、再びアワシマアナの声が轟いた。

 

 

『確定ッ!!高松宮記念の着順が確定いたしましたッ!一着は7番セキトバクソウオー!!ハナ差の2着にショウナンカンプッ!!セキトバクソウオー、スプリントG1連覇です!!そしてなんとなんと!鞍上岡田順平、復帰後初勝利がなんとG1だあッ!!』

 

『『あ・・・』』

 

その言葉を聞いた瞬間、俺とショウナンカンプはほぼ同時に声を漏らしていた。

 

それは覆らない事実で、お互いを称え合った俺たちの明暗を、一瞬にして分かつ。

 

『勝った・・・』

 

人は無二の喜びと歓声に迎えられる片方()を勝者と呼び。

 

 

『クッソ・・・負けた・・・!!』

 

そして、涙に濡れるもう片方(ショウナンカンプ)を、敗者と呼ぶ。

 

 

「・・・セキト!よくやった!本当によくやってくれたなッ!!」

 

掲示板を何度も見返して、ようやく自分たちの勝利を確信したジュンペーは、半ば抱きつく様に俺の首を一つ、渾身の力で叩いた。

 

『痛ぇっ!?』

 

痛ってぇな!?と思うと同時に、それだけのことを俺はやってやったんだという実感が段々と湧いてくる。

 

G12勝目、秋春スプリント制覇、ジュンペーの復帰後初勝利・・・って、ジュンペーの復帰後初勝利が、G1になっちまった!?

 

『いやー、えらいこっちゃ・・・』

 

とんでもない記録を作ってくれたもんだな、とどこか棒読みで呟く。いや、やらかしたのは他ならぬ俺自身なんだけども。

 

「セキト・・・ッ!本っ当に・・・!お前は!最高の相棒だよッ!!」

 

感極まった声でそう言うジュンペー・・・って、あれ?ジュンペー、泣いてる?おいおい。いい男が台無しだぜ。

 

『ったく、しゃあねーな』

 

ただでさえ記録づくしの勝利なんだ。そんな顔でメディアの前に出たら格好のネタにされちまうぜと、首をひねって・・・うん、何とかいけそう。

 

「セキト?一体何を・・・うぶっ」

 

頭をジュンペーの顔に擦り付けて、涙を拭き取ってやる。

 

ごしごし。ごーしごし・・・よし、こんなもんかな。

 

一通り拭けたっぽいからこれでいいかと顔を離して様子を伺うと。

 

「・・・セキ、ト?え?今のは何だ?」

 

『よっしゃ、涙は止まったな?それじゃあ行くぞ?』

 

先程とは打って変わって、キョトンとした様子のジュンペーに、俺はスタンドの方へと首を伸ばしてウイニングランを促した。

 

「スタンド・・・?あッ!ウイニングラン!?そうだな、あんまりお客さんを待たせてもいけないし・・・行こう!!」

 

『ああ!』

 

ジュンペーの拍車が、俺の身体を蹴ったのが伝わってくる。よしきた!

 

レースを走り終えてから十分時間も経ったし、今日はいつも以上にサービスをしてやろうかな?と色々な考えを巡らせながら、俺は歓声の湧くスタンドの前を揚々と走り抜けたのだった。

 

 

 

 

そしてー。

 

「申し訳ありません・・・本当にあと少しだったんですが」

 

「いやいや、仕方ないよ・・・あのセキトバクソウオー相手にこの差なんだ、実質勝ちみたいなもんだよ」

 

こちらは待機所。ウイニングランをするセキトバクソウオーより、一足早く待機所へと戻ってきたショウナンカンプを出迎えた陣営に悲観の色は無かった。

 

「それよりも、問題はコイツです」

 

「カンプがどうか・・・ありゃあ、これはちょっと・・・」

 

鞍上、萩川の言葉に調教師である荻窪(おぎくぼ)陽吉(ようきち)氏は、ショウナンカンプの様子がレース前と比べて明らかに変わっていることに気が付いた。

 

『クソっ・・・クソっクソっ・・・!オレのバカ!何で負けたんだッ!なんで、あそこで・・・ウゥッ!!』

 

明けて4歳、とは言えど3歳になってからデビューしたショウナンカンプにとって、初めての大舞台は経験したことがない程非常に苦しく、惜しいレースだった。

 

あと一歩、届かなかった。その思いから全身をわなわなと震わせ、敗北の苦さを噛みしめる姿は人間からは元気と自信を無くしたように映ったようで。

 

「・・・少し明けて、夏のスプリント戦線から立て直しましょう、それでいいですか?」

 

「ええ、そうしましょう。カンプ。今日は本当によく頑張ってくれたな・・・」

 

『うう、おやっさん・・・!』

 

調教師からの提案を快諾した馬主に「次はきっと勝てる」と慰められたショウナンカンプは、悔しさからか一粒涙を流し。

 

そして。

 

『次があったら・・・ぜってぇ負けねぇ・・・!』

 

ほろ苦い敗北が、また一つ若駒を古馬へと成長させたのであった。

 




セキト、高松宮記念制覇!苦手な左回りも何のその!ジュンペーの大記録のおまけつき!

・・・ところで、G1は無理にしても復帰後初勝利が重賞というジョッキーの方はいらしたりしたのでしょうか・・・?

今週水曜は本編更新予定になります、高松宮記念を制したセキトに、また新たな招待状が・・・?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

招待状、再び

散々財布と相談しながらと言ったくせに、ダイヤちゃんを実装日の内に5000円の課金をして、無料ジュエルと合わせて30連で引いてしまいました。

ホーム画面をキタちゃんにしたら来てくれたので、呼んでくれたのかしら・・・だとしたら尊(ry


それはそうと、本編ではセキトに新たな招待状が・・・。



『ふー、疲れましたっと』

 

「お疲れ様、すごい走りだったね」

 

ウイニングランの後、写真撮影やら勝利インタビューやら、大勢のお客さんに見守られながら口取り式を終えた俺は、すっかり日が暮れた頃になってようやく厩舎に戻ってくることが出来た。

 

いやー、しかし。あんなに爆走したってのになんだかあんまり疲れてないな。なんならまだ走れそうなくらいだし。俺なんかよりも、散々メディアに囲まれていたジュンペーのほうがよっぽど疲れてんじゃねえのか?

 

「セキトー、ご飯だよー」

 

『おー!ありがとな馬口さん!』

 

特にやることもなく、暇つぶしで馬房から顔を出しながら右から左、左から右へと忙しない人間達の観察に興じていると馬口さんが今日の夕飼いを持ってきてくれた。

 

それが馬房の金具に掛けられた瞬間、待ってましたとノータイムで顔を突っ込む。丁度腹が減ってたんだよ、やっぱ空きっ腹にかき込む飯ってのは馬になっても美味ぇわ。

 

「うわっ、そんなにお腹減ってたのかい!?」

 

『まあな!』

 

がっさがっさと勢いよくなんかの草やら種やらを胃袋に送り込んでいると、ジュンペーとセンセイと・・・おや、朱美ちゃんまで。団体さんが厩舎に入ってきた。

 

「セキターン!」

 

『ひひーん』

 

朱美ちゃんが俺に手を振ってくれたから、俺も飼い葉を食うのを止めていななきと前掻きで応える。いつものやりとりだ。

 

「さて、セキトは・・・おや、大丈夫そうですね。これならあまり間を開けなくとも次のレースに出られると思います」

 

俺の前まで到着すると同時に、センセイが早速次のレースの話題を出した。俺自身も余裕はあるし、せっかくだから今から大井のナイターあたりでもう一回走るか?

 

「セキタン、ほんと?」

 

『おう、余裕のよっちゃんだぜ』

 

心配するような朱美ちゃんの視線が俺に向けられたから、本当に大丈夫だって、と首を縦にぶんぶんと振ってみせた。

 

「わ、セキタン・・・そんなことできるなら大丈夫そうだね!」

 

それを見た朱美ちゃんはいつもの笑顔になったし、「おいおい、あんまり無茶をするなよ」とジュンペーが俺をたしなめ、少し笑いが起きる。はいはい、レースの後なのに調子に乗ってすんませんね。

 

「ところで、今日この場に来てもらったのはセキトの次走を決めるため、なのですが・・・天馬さん」

 

あれ?センセイ?なんだか妙に改まってどうしたんだ?そう思っていたら朱美ちゃんが「あ、はい」と返事をしてから、これまた上質そうな封筒を取り出した。

 

ん、あ、この流れって。覚えがあるぞ。たしか昨年のスプリンターズステークスで似たような物を香港の人から渡されていたような・・・。

 

「これ・・・さっき金髪の人達が『Please consider(どうかご検討ください).』って渡してきたんですけど・・・封筒になんかすっごい紋章があるんですよ」

 

ほら来た招待状ーー!!って。

 

朱美ちゃんが恐る恐る差し出してきたそれには、確かにどこか由緒正しい家柄らしき、ロイヤルな雰囲気が漂う紋章が。

 

こんなロイヤルなお家が開催している競馬場なんて、一箇所しか浮かばない。

 

・・・俺、まさかあの伝統ある競馬場・・・ロイヤルアスコットこと、アスコット競馬場のレースに招待されちゃったの?

 

「セキト・・・お前、やっぱすごいな」

 

ジュンペーも唖然とした様子で、封筒と俺の顔を交互に見ながらそう言った。ふふん、どうだ。

 

と、俺がドヤ顔をしている横でおもむろにセンセイが話し出す。

 

「先程中身を確認させてもらったのですが・・・どうやら6月に行われるロイヤルアスコットの競走に出走しないか・・・というお誘いのようですね」

 

ひょえー。俺がアスコット・・・確かイギリスだったか・・・欧州に遠征かあ。行くか行かないか、全ては馬主の朱美ちゃん次第だけど悪い顔はしないはず。多分。

 

「ロイヤルアスコット・・・?」

 

おや、まだ流石にイギリスの競馬は履修していなかったみたいだな、朱美ちゃん。センセイが「仕方ない」みたいな顔をしてるしすぐに説明してくれるよ。

 

「私が説明しましょう。ロイヤルアスコット・・・それは伝統あるイギリスのアスコット競馬場で行われる、王室が主催する特別なレースのことです」

 

「王室が!?」

 

「イギリスの王族は馬事文化の伝統を維持しつつ、さらなる発展を求めている・・・特にエリザベス女王は馬主もやっておられるくらいですからね」

 

「女王様が馬主!?」

 

やっぱり案の定、センセイがご丁寧に解説をしてくれるみたいだ。それにしても朱美ちゃん、どんだけ海外のことを知らないんだ・・・というか馬主になって四年なら、こんなもんなのかな?

 

「ええ。名種牡馬であるナシュワン、ネイエフの兄弟を送り出したハイトオブファッション、そのハイトオブファッションの母のハイクレア等を生産した、世界的にも有名で、立派な馬主です」

 

センセイの話を聞きながら、ふと日本競馬の至宝なんて言われたディープインパクトもその母系はハイクレアに連なっていたなと思い出す。

 

もしもハイクレアがいなければ、ディープはもちろんその兄のブラックタイドも生まれなかった・・・。つまり2010年以降のG1馬はほとんどいないことになるって考えれば、エリザベス女王様本人は海の向こうにいらっしゃるにも関わらず、日本へどれほどの影響力を与えているのかなんて一目瞭然だろう。

 

海を超えて、今現在も日本にその枝葉を広げつつある偉大な血統だし、この時代なら入手のチャンスもある筈だ。ぜひ朱美ちゃんにも覚えてほしいところだが・・・。

 

「ハイ、クレア・・・?ハイトオブファッション・・・?女王様が主催で馬主・・・?」

 

って、ああっ!余りにも一気に多くの情報を与えられて朱美ちゃんが混乱しているっ!?

 

「おっと、天馬さん!?しっかりしてください!天馬さん!」

 

『戻ってこーい!』

 

「・・・はっ!ふにゃあ・・・」

 

センセイと俺の呼びかけで何とか戻ってきた朱美ちゃんだけど、ありゃまあ。目を回してらっしゃる。こりゃ限界が近いかな。

 

「・・・少々前置きが長かったですね。要するに、セキトをイギリスに遠征させるか否か・・・その判断を仰ぎたいのですが」

 

伸びかけた様子から、センセイもすべてを察したらしい。会話の流れをガン無視した単刀直入な話題を振って方向転換を図る。

 

「イギリス、かあ・・・行きたいですけど、セキタンは大丈夫?」

 

『んー・・・まあ、大丈夫だろう』

 

朱美ちゃんの問には、少し考えてから首を振って大丈夫と答える。

 

どうせ馬だからな。海外に行くにしたって航空機輸送・・・香港の時とあんまり変わらない感じだろう。掛かる時間は文字通り桁違いだろうけども。

 

「うん、セキタンが大丈夫って言うなら!行きましょう、太島センセイ!」

 

その返事を受け取った朱美ちゃんが、威勢よく言い放った。頷くセンセイ。

 

「分かりました、それでは、承諾するということで・・・」

 

『うんうん、いいんじゃないの?それじゃあ、俺の活躍を祈って・・・』

 

よっしゃ。海外G1・・・それも、競馬発祥の地、欧州の伝統あるレースに殴り込みだ。勢いに乗ってそこも勝つぞ!と気合の嘶きをあげようとした瞬間。

 

「ま、待ってください」

 

そこまで話して、急にジュンペーが声を上げた。

 

『ヒン!?』

  

なんだよもう、びっくりして変な声が出たし。

 

せっかく吸った空気を無駄にするのも癪だと思ったから、抗議の声の素として有効活用させてもらうことにしよう。

 

『おう、なんだよジュンペー!水を差すなよー』

 

「セキト、ごめんって、でも気になってさ」

 

嘶いた俺の声が気に入らないという感情を乗せているのだと気づいたジュンペーは、気にしないでくれよとすぐに謝ってきた。

 

・・・こうやってナチュラルに俺と会話?が成立しているあたり、ジュンペーも随分と慣れたもんだな。それに、気になってる?一体何が?

 

「どうした、ジュンペー?」

 

センセイが不思議そうな顔をしながらジュンペーの意図を尋ねると、ジュンペーが慌てたような様子で喋りだす。

 

「欧州遠征って・・・騎手は一体どうするつもりなんですか?」

 

あー・・・なるほどな。確かに普通に考えるならば、ジュンペーのような復帰したての騎手ではなく、海外での騎乗経験があるベテランに乗り代わってもらうってのが確実に実績を上げる手段ではある。

 

けれども、な。俺は「普通」じゃねーんだよ。

 

そして、センセイや朱美ちゃんもまた、「普通」の考えなんてハナから持っていなかったみたいで。

 

 

「・・・は?何を言っているんだ、お前が着いていくに決まっているだろう」

 

「・・・へ?」

 

センセイからは何を言っているんだコイツみたいな表情で。

 

「え?ジュンペーさん以外に誰がいるっていうんですか?」

 

「・・・え?」

 

朱美ちゃんからはポカンとしたような表情で。

 

それぞれ「お前が乗るに決まっているだろう」という返事がごくごく自然に返ってきたジュンペーは。

 

「えええええぇぇぇぇ!?」

 

鞍上はそのまま、という決定に戸惑いの声を上げたのだった。

 

・・・ジュンペー。お前は忘れてるみたいだけど、お前だって「復帰後初勝利がG1」って時点で、もう既に「普通」の騎手じゃないんだからな。

 

海の向こうでも、どうかよろしくたのむぜ、相棒?

 

俺は急な遠征が決まって慌てふためくジュンペーを見守りながら、大きくあくびをしたのだった。

 




はい、届きました。届いちゃいました。ロイヤルアスコットの招待状!

そして、ここで前々から言っていた企画を発動します!

皆様には、このロイヤルミーティングのどのレースに参加するのか、選んでいただきたいのです。

候補となるレースは
・キングズスタンドステークス(芝直1006m)
・クイーンアンステークス(芝直1600m)
・ゴールデンジュビリーステークス(芝直1207m)

の3つとなります。

マイルに挑むか、手堅くスプリントか・・・すべては皆様の投票次第です。


尚金曜更新分は一旦本編をお休みし、番外編を投稿する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【閑話】オスマンサス、育成牧場にて

急ピッチで書き上げましたが大遅刻アンドクオリティ低め。

・・・まあ、オスマンサスちゃんが馬純度100%なんでIQ低めのせいもあるかもしれませんが。

とにかく箸休め回でございます。遅刻してすみませんでした。


つい一月程前までは、体の芯まで凍てついてしまいそうだった気候が嘘のように空気に溶け、春の兆しが訪れた北海道。

 

とは言えど日が沈めばまだまだ5℃以下になる日も多く、まだまだ夜空には無数の星が瞬くのが見られるその大地で、己が生まれた意義をようやく理解し始めた若駒たちが草を食んでいた。

 

北海道に点在しているその地を、人は育成牧場と呼ぶ。

 

 

『おーい!皆ー!ちょっと動くよー!』

 

その放牧地の一つで、不意に放たれた声が同じ区画の2歳馬達の耳に届く。

 

近年の研究によれば育成牧場にいる馬・・・つまり1歳から2歳の若駒は、昼夜放牧されている間、主に夜間にかなりの距離を動き回るという。

 

『はいはーい』

 

『了解ー』

 

今宵もまた、ボス格にある一頭の呼びかけから放牧地全体を揺るがす、とまでは行かないまでも随分と逞しくなった蹄の音が響き渡り始めた。

 

馬たちからしてみれば最早当たり前、毎日の恒例行事と言ったところだろうか。

 

『ほらー!スーちゃん!置いていくよー!』

 

『あっ!待って・・・待ってくださいまし!』

 

そして、放牧地に駆け出した同期の仲間たちから少し遅れるようにしてスーと呼ばれた黒毛混じりの芦毛の牝馬も、草を食むのを止めて身を翻し、走り出した。

 

まだ黒々としたたてがみと尻尾を風になびかせて颯爽と走るこの馬こそ、あのオスマンサスの成長した姿である。

 

『あれ、相変わらずキンちゃんの真似してるんだ?』

 

その口調を聞いた鹿毛の牝馬が、併走しながらオスマンサスにそう問いかける。

 

『む、真似じゃありません、学んでるんです!』

 

それに対してオスマンサスの方は、これは愛しい『お兄様』の花嫁にふさわしい存在になるための修行の一つだと説明するも。

 

『その話何回聞いたと思ってんのさー、でもさ、あたしらそんな馬、見たこともないし・・・ほんとにいる訳?』

 

鹿毛の牝馬は呆れたような表情でそう言った。

 

オスマンサスの言う、赤毛で、優しく、大きい牡馬だという『お兄様』。

 

そうは言われても、生後間もなくして母の種付けに同行した以外年上の牡馬と顔合わせなんてしたことのないうら若き牝馬たちにとっては、牡馬と言えば道を挟んだ放牧地で事あるごとにやたらと騒いでいる連中のことであった。

 

事故を避ける為に親子は親子同士、1歳は1歳、牡馬と牝馬を分け、競走馬ともなれば柵毎に単独で放牧されるこの業界。半ばアクシデントだったとはいえ当歳のときに血縁のない年上の牡馬と出会ったオスマンサスの方が、遥かにイレギュラーなのである。

 

『ほ、本当にいるよ!・・・あっ』

 

大好きな(ひと)の存在を否定され、オスマンサスはついつい本来の喋りである幼い口調で声を荒らげてしまい、頬を赤らめた。

 

『あは、やっぱりいつものスーちゃんが一番だよ』

 

『むぅー・・・』

 

それを見ていた鹿毛の牝馬は明るく笑ったが、いち早く大人になりたいと願うオスマンサス本人にとってはたまったものではない。

 

・・・思えば、随分と前になるなあ。とオスマンサスは思い返す。

 

初めての夜間放牧で尾花栗毛の牝馬・・・キンと出会ったその日から、彼女の持つ気高さに憧れてその喋りを教えてもらったり、真似しようと努力する日々であったのだが。

 

約半年前、仲間たちと共にいきなりこの新天地へと連れてこられてからはどうにもその訓練がうまく行かない。

 

こうやって今までと同じように放牧してもらえる日の方が多いのだが、ある日は何やらよく分からない冷たい棒を口に咥えさせられたし、またある日は背中に重い物を乗せられた。

 

かと思えばあれよあれよと言う間にヒトを背中に載せて一生懸命に走ることがお前の仕事なんだと教えられ。

 

走った後は疲れて眠ってしまうのも、言葉遣いの練習に力が入らない一因であり・・・正直、馬体は大きくなれどもまだ幼いオスマンサスには覚えることが多すぎて頭が一杯一杯なのだ。

 

『(・・・やっぱキンちゃんはすごいなぁ)』

 

その一方で、生まれ故郷から苦楽を共にしてきた友であるキンは、自分なんかとは違ってヒトを背中に乗せていてもドタバタなんてしないし、皆で駆けっこをしてもいつも一番前にいる。

 

そんなキンを探して馬群の先頭を見やるオスマンサス。お目当ての金色の尻尾は、思った通りに一番前でぴかぴかと輝いていた。

 

そんな存在と友だちであるという事実だけでも、オスマンサスにとっては何より誇らしく、嬉しい限りで。

 

 

しかし、いつものように仲間たちとおやすみを言い合って、厩舎で軽く一眠りしていたある朝のこと。

 

「よいしょっと・・・皆、おはよう」

 

『あれ、お兄さん早いね?ご飯?』

 

『ご飯!?もう貰えるの!?』

 

「ああ、ごめんね、まだ朝飼いの時間じゃないんだ」

 

『んん・・・何ー・・・?』

 

何時もよりも早く、一人の人間が姿を現したことでざわめき出した仲間の声。それを目覚まし代わりにオスマンサスは目を覚ました。

 

「おや、スーも起きたかい」

 

『おふぁよ・・・ございます・・・』

 

それに気づいたスタッフに声を掛けられ、オスマンサスは大きくあくびをしながら立ち上がる。

 

「丁度よかった、今日で、キンとはお別れだよ」

 

『・・・えっ?』

 

その言葉に、寝ぼけて萎びていた耳がピンと立った。

 

 

 

 

「ほら、お別れだからしっかり挨拶しておけよ」

 

『・・・それでは皆さん、ごきげんよう』

 

・・・皆さん、おはよう、こんにちは・・・もしかしたら、こんばんは?オスマンサスです。

 

さっき、いきなりヒトのお兄さんがお家に入ってきたと思ったら、突然キンちゃんとお別れだって言ってた・・・。

 

そんなの嘘でしょ、って思いたかったけれど、お兄さんの言葉は嘘じゃなかった。だって、奥に消えていったお兄さんは、紛うことなきキンちゃんを連れて戻ってきたから。

 

『元気でねー!』

 

『また会おうねー』

 

周りの子たちから、次々とキンちゃんに向けたお祝いだったり、がんばってって気持ちのこもった声が聞こえてくる。

 

キンちゃんは冷静なまま、いつものようにその一つ一つに冷静に、けれど丁寧に応えて。お家の入り口へと進んでいく。

 

『・・・え、え?』

 

その最中にあっても、私はまだ混乱していた。

 

オワカレって・・・お別れ?どうして?何か悪いことをしたわけでも、どこかを悪くしたわけでもないのに?

 

なんで?どうして?今まで突然いなくなっちゃった子たちの事を考えても、キンちゃんとお別れしなくちゃいけない理由が分からない。

 

ぐるりぐるりと巡る思考に目を回していると案外とすぐにキンちゃんは私のお部屋の前に来ていたみたいだった。

 

『(どうしよ、何言ったら良いのかな)』

 

『・・・さん』

 

耳になにか音が入ったような気がしたけど、今はそれどころじゃないの。耳を動かして、聞こえてるって主張してからどうすればいいか考える。

 

『(無難なら元気でねとか怪我しないでねなんだけど)』

 

『・・・ーさん?』

 

本当に誰だろう、こんな時に。一生懸命頭をつかって、そんなときに話しかけられてもお返事できないよ!?

 

『(もう、何言ったら良いかわかんないよ!?)』

 

『スーさん!!』

 

『ぴゃああっ!?』

 

・・・ああ、やっちゃった。話しかけてくれてたのは、お部屋に顔を入れてくれていたキンちゃんだった。

 

また失敗しちゃったなあ、って思いながらとにかく口を開けて、頑張ってって伝えようとしたけれど。

 

『キ・・・キンちゃ、さん、どうか、お元気で、その・・・』

 

やっぱり、伝えたいことが上手くまとまんないまま言葉にしたせいでいつも以上にチグハグになってて。

 

『スーさん、無理はしないのが一番ですわよ?』

 

キンちゃんは、それすら見抜いていたみたいで、そうやって優しく声をかけてくれたから、もう。

 

『っ!うぅ〜〜!』

 

キンちゃんみたいに喋れなくても、私は今の私の言葉で気持ちを伝えることにしてみた。

 

『キンちゃん!怪我とかしないでね!お願いだから元気でね!!またどっかで会おうね!』

 

・・・うん。自分で喋っていても、本当に子供だなって思っちゃう。喋っている途中で涙もぽろぽろと溢れちゃったし。

 

けれど、そこに込められた私の思いがどれほど強いかは、付き合いの長いキンちゃんだからこそ分かってくれた。

 

『・・・重々分かっておりますわ』

 

優しい微笑みと、穏やかな声。いつもと変わらないキンちゃん。多分だけど、ずっと変わらない、キンちゃん。

 

けれど、こうやっておはようって言えるのも、一緒に日の出を見るのも、走るのも、最後。そう思ったら急に悲しくなってきて。

 

 

『・・・やっぱりお別れしたくないよおおおぉぉぉーー!!』

 

多分お母さんとお別れした時と、おんなじような声で私は泣いていた。

 

 

『・・・ふぅ』

 

キンちゃんはしばらく何も言わないまま静かに私を見守っていたけれど、ひとしきり泣いた私に向かってため息を付いて。

 

『スーさん。ほら、泣きませんの。せっかく綺麗になってきたあなたの顔が台無しですわ』

 

綺麗な栗毛の頭をすっ、と私の顔に擦り寄せて、涙を拭いてくれた・・・って、綺麗?私が?

 

せっかく真っ黒だった体が、最近はまだらで、ちょっと汚い模様になっているなあ、と思っていたけれど。

 

『これが、綺麗なの?』ってキンちゃんに聞いたら、また大きなため息の後に教えてくれた。

 

『あなた、気づいてない・・・いえ、確かにその場所は気付きづらいですわね・・・申し訳ありませんわ』

 

そう言ってから、キンちゃんは、『あなた、顔が真っ白になってるんですのよ』って教えてくれた。

 

その時、私の頭に浮かんだのは、昔聞いたお兄様の言葉。

 

 

ー『いや、君が芦毛、大きくなったら白くなるっていうから本当かなって』

 

 

『あし、げ・・・?』

 

『あら、ご存知でしたのね』

 

キンちゃんは満足そうにふふ、と笑って、『それと』と続ける。

 

『なあに?』と返せば、キンちゃんは真剣な顔で、私の耳に囁いた。

 

『ツインクルゴールド・・・それが私の名前ですわ』

 

『・・・!』

 

そうやって言われて、ようやく私は気が付いた。

 

キンちゃんは、お兄様と同じところで走るためにここからお別れしなくちゃいけないんだって。

 

・・・そうと分かれば、私だってもう大丈夫。

 

『うん・・・また会おうね!』

 

まだほんのちょっぴり残っていた涙が、右目からさようならして、私はやっと笑顔に戻ることができた。

 

『ええ。友として・・・そしてライバルとして。一足先に、お待ちしておりますわ』

 

『また会えたら、負けないからね!』

 

『望むところですわ』

 

私と、キンちゃん・・・えっと、これからはツインクルゴールドちゃん?で、また会おうって約束をしたところで。

 

「・・・終わったかい?」

 

スタッフのお兄さんが、声をかけてきた・・・ってああ!?私、またやっちゃった!?

 

『お手数をお掛けしましたわ』

 

『ごめんなさい・・・』

 

ツインクルゴールドちゃんも私も、待ちくたびれちゃったような顔で、背伸びをしているお兄さんを見たら、謝るしかないよ・・・・。

 

でもお兄さんは「まあ、仲良しだったもんな」って私とツインクルゴールドちゃんの顔をぽんぽんと撫でて。

 

「それじゃあ、行こうか!」

 

『ええ!』

 

お兄さんの声に応えたツインクルゴールドちゃんが、どこか誇らしそうに私達のお家を後にしていく姿から、私は目を離すことができなくて。

 

『(私も、いつか・・・)』

 

私も、あんな風にこのお家から離れる日が来るんだろう。

 

 

「スー・・・相変わらず立派な馬体だな。にも関わらずあの走りか。もしかしたらお前も入厩できるかもしれないな」

 

そして、ご飯を持ってきてくれたお兄さんの言葉で、それは案外近いのかもしれないって。そう思った朝でした。

 




オスマンサスのヒミツ

「実は最近、馬体重が500kgを反復横とびしている」


月曜日も、欧州競馬諸々の調べが付けば本編、付かなければ掲示板回を投稿する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

欧州にトラベル、トラブル頻発!?

欧州編突入!今回は到着編で出走レースに関しては次回で明かされるかと。

そしてイギリスに向かったセキトに次々と海外遠征の受難が!?




『いやあー・・・長かったわぁ・・・』

 

「セキト・・・大丈夫・・・?」

 

『これが大丈夫に見えるかよ、馬口さん・・・』

 

本番・・・ロイヤルミーティングまで後一ヶ月。イギリスの国際空港から長い時間をかけて、ようやくニューマーケット競馬場へと辿り着いた俺は馬口さんに促されてよろよろと馬運車を降りた。

 

首を下げ、弱々しく歩みを進める・・・誰がどう見ても、これ以上なくグロッキーな状態。

 

馬生2回目の遠征、初めての欧州に向けてのフライトは実に最悪だった・・・。

 

高松宮記念の後、関東の育成牧場で短期放牧に出され、リフレッシュした俺は満を持して羽田から欧州に飛び立つ・・・前に機体トラブル。

 

中継地でも再びの機体トラブルに見舞われ、想定よりも一日遅れての現地入り。つまり予定より一日も長くあの無機質空間に突っ込まれてたって訳だ。

 

しかも他に遠征するやつもいないから、一人っきりでだだっ広い空間にぽつんと拘束されているんだからたまったもんじゃねぇ。これだけで体重どんだけ落ちたんだろう。

 

欧州遠征で調子を狂わせ、その後の競走成績にまで影響を及ぼしてしまう馬がいるってのも、今なら首を振りまくって肯定できるわ。

 

もらえる飼い葉も最低限だからな・・・そんな状態で馬体重が減らない馬がいたらソイツはもう馬じゃなくてUMAだよ。それかよっぽどの変わり者に違いない。

 

『・・・はぁ』

 

俺は馬口さんに導かれるまま割り当てられた馬房に入ると、寝藁を掻き分けて横になる。

 

やっぱり日本のやつとは寝心地なんかとかが若干違うような気もするが、最早そんなことを気にしてる余裕はない。

 

『おやすみ・・・』

 

俺は体力の回復を図るため、全身の疲労に身を任せて目を閉じた・・・。

 

 

Oh, has it gone down yet(おや、そいつはもうくたばっちまったのかい)?」

 

『・・・誰だ?』

 

その瞬間、頭上から聞き慣れない声の英語が。慌てて身体を起こして外に目を向けると、梅干しみたいな顔の見慣れない外人がいた。

 

いや、誰よこのイカツイ顔のジジイ。油断してたら撃ち殺されそう。

 

Hmm, were you alive.(ふん、生きていたか)

 

けれど口から出てくるのは仕方ないけれども英語ばかりで、何言ってるかまでは分からんわ。ごめんなさい。

 

そう思っていたら、その感情が顔に出ていたのか慌てたように馬口さんが日本語で説明してくれた。

 

「セキト、この人はウィリアムさん。ここでお世話になる先生だよ」

 

『・・・は?』

 

そう聞いて驚いた。だってさ、こんなにお歳を召した調教師さんなんて、年齢制限のある日本だとまずお目にかかれないもの。

 

しかもよくよく見ればその眼差しはギラギラと蒼く輝き、その辺の若い連中なんかよりはよっぽど闘争心を秘めていそうな雰囲気だ。おお怖い。

 

 

とは言えこれからお世話になるセンセイならば、挨拶しないわけにもいかないだろう。

 

『・・・よい、しょっ!どもども、セキトバクソウオーです、世話になります』

 

疲れた身体を起こして、馬房の入り口まで歩みを進めたあとにウィリアムセンセイに顔を近づける。

 

Hey, wait.(おい、待て。)This is my favorite.(これは俺のお気に入りなんだ)

 

だが、そのウィリアムセンセイは険しい表情を浮かべ、しかも手で鼻先を押し返されて挨拶を拒否されてしまった。

 

俺だってこのくらいの英語なら分かるぞ!要は「服が汚れるから顔を擦り付けるな」ってことだろう!?

 

・・・うん、ちょっとばかしショックだわ。だけど俺、これから少なくとも一ヶ月くらいここで暮らすんだけどなあ。この人と上手くやってけんのか早くも不安になってきた。

 

Hey, Mr. Maguchi.(なあ、ミスター馬口。)Since this guy arrived, (こいつが到着したから、)there are various procedures.(色々と手続きがあるんだ。)Come over here.(こっちに来てくれ)

 

You got it.(わかりました)

 

しかもまた何やら馬口さんに英語で話しかけて、馬口さんの方も納得したように頷いてから二人揃って厩舎の外に向かってっちゃったし。

 

『どうしよ・・・ふぁあ・・・』

 

人気が無くなったことで一気にしんと静まり返った厩舎。周りにいるのは見知らぬ奴ばかり、交わされる鳴き声も日本とはちょっと違うし、改めてここは異国の地なのだと認識させられる。

 

そんな時に、突然出た眠気を訴えるあくび。ちょっとまて、まだ真っ昼間だぞ・・・って、あ。そうだ、時差。

 

東京との時差、マイナス9時間。更に今はサマータイムっていう期間らしいから、正確にはマイナス8時間。

 

こっちが朝ならあっちは真っ昼間、こっちが夜ならあっちは次の日の朝を迎えている。

 

なるほど、だから俺はお日様が傾き始めた時間なのにも関わらず睡魔に襲われているわけだ。

 

『・・・仮眠すっかな』

 

馬の身体になっても時差ボケするもんなんだなと若干感心しつつ、とりあえず夜まで眠らないのも身体に悪いかな。なんて思ってしばらく馬房の中で動き回ってから落ち着けそうなところで脚を折って座る。

 

ウィリアムセンセイも、馬口さんもしばらく帰ってこないだろうし、休ませてもらうとしましょうか。

 

『・・・ふう』

 

ここに来て、ようやく訪れた休息の時間。

 

馬房の窓は閉じられているけれども、隙間から入ってきた空気は・・・草花だろうか?様々ないい匂いを含んでいて、花畑を連想させる。これは数日後から始まる運動が楽しみだな。

 

そうやって、日本よりも遥かにゆっくりと流れていくような時間に身を任せている内に、俺はゆっくりと船を漕ぎ出して。

 

『zzz...』

 

いつの間にやら、寝藁に鼻を突っ込んで眠りこけていたのであった。

 

 

 

 

Hi sleepy head. Are you awake?(やあ、ねぼすけ君。起きてるかい?)

 

『はっ!?』

 

それからどれ位経ったんだろう。馬口さんとも、ウィリアムさんとも違う声をかけられて俺は目を覚ました。

 

っていつの間にやらヘソ天になってやがる。いやん、恥ずかしい。

 

good morning. I brought water.(おはよう、お水を持ってきたからね)

 

天地がひっくり返ったまま首を曲げて声の主を確認すると、そこには可愛らしい女性のスタッフさんが。

 

おお、かわいい・・・あ、でも浮気はしないぞ。俺は朱美ちゃん一本なんだから。

 

こういうところはやっぱなんというか、欧州のほうが進んでんだよなー。難しいのは分かるけども、女性に世話されたほうが喜ぶ馬ってのは絶対いると思う。

 

どうやらスタッフさんは水を持ってきてくれたみたいだな。新人さんなのか慣れない手付きで、よいしょ、よいしょと声が聞こえて来そうな感じで馬房の隅にある鎖を通すと、「Bye bye!(バイバイ)」と手を振りながら、笑顔で立ち去っていった。

 

さて、と。目も覚めたことだし。

 

『せっかく用意してくれたんだからなぁ』

 

こんなかわいい子が用意してくれたんだ、口をつけないってのも失礼だよなと立ち上がって水桶に口を近づける・・・

 

『ん?』

 

その動きが止まったのは、その肝心の水に違和感を覚えたからだ。

 

水って、こんな臭いだっけ?なんか薬品臭いというか、欧州の水ってこんなんなの?期待してたのと違うんだけど?

 

しかし百歩譲って薬品臭くなってしまっているとしても、なんというか、うーん・・・端的に言うならなんか様子がヘンですって感じ。

 

『・・・うん!やめとこう!』

 

そうして俺は水桶からそっぽを向いて再び横になる。あんなもん飲むだけで身体に悪そうだからな。馬口さんに改めて水をねだるとしよう。

 

 

 

 

That bastard!(あの野郎!)

 

『ひょええ・・・』

 

あれから数十分。俺は今、馬房の角に身を寄せながら目の前で激昂するウィリアムセンセイを、ただただ見守っていた。

 

事の発端は、ウィリアムセンセイとの諸々が終わったらしい馬口さんが俺の様子を見に、馬房に戻ってきてくれた時のこと。

 

馬口さんが、水がたっぷり入った桶を抱えていた。

 

この時点で『んん?』とは思ったけどさ。

 

「あれ、もう水桶がある」と異変に気がついた馬口さんは、俺に水を飲まないでと指示を出してから、慌てたようにウィリアムセンセイを呼んできた。

 

やっぱりあの怪しすぎるウォーターは飲まなくて正解だったっぽい。

 

そしてそれを見るなり、センセイがいきなり大噴火。

 

どういうこっちゃと思っていたら、大急ぎで水桶を取り外して、馬房の外まで運び出してから憎々しげに蹴り飛ばした。

 

あまりの迫力にいやいや、馬用だよ?何リットル入ってると思ってるの、というか何してんのとと突っ込むこともできず。

 

鈍い音と共にやっぱりその重さに逆襲されたと思わしきウィリアムセンセイは、痛みに悶える声を上げたあと「Doping!(ドーピングだ!)」と叫んで。

 

・・・え、ドーピング?マジで?

 

海外ではこういうこともあるって聞いたことはあったけど、マジで俺危なかったの?バイバイってそういう?

 

色々と混乱した果てに、辿り着いた結論は。

 

『・・・あのかわいいねーちゃん、スパイだったのか』

 

そんな、ドーピング被害に合いかけたということよりもある意味ショックな事実だった。

 

Are you okay? (大丈夫か?)You're not drinking water, right?(水は飲んでないよな?)

 

傷心の俺に声を掛けてくれたのは、なんとウィリアムセンセイだった。その真剣な声色からは、言語を超越して心から心配してくれているのだという感情が伝わってくる。

 

しっかしウィリアムセンセイ、俺に対して冷たいかと思ったらこうやって気を遣ってくれるし、よくわからないジイさんだな。

 

『ブルル』と鼻息とともに頷いて返事をすると、驚いたような表情の後に、「But the rules are the rules.(だが、決まりは決まりだ。)|You have to go through a doping test《お前にはドーピング検査を受けてもらわないとな》」とのお返事が。

 

ドーピングテスト?・・・まあ、そうなっちまうよなあ。それは仕方ないとして。

 

『いい加減に、水飲ませて・・・ひからびちゃう・・・』

 

空港からここまで輸送されてくるまでの間・・・一体何時間水を飲んでないと思ってるんだ。馬口さんが持ってきてくれた方の水桶目指して首を伸ばすと、ウィリアムセンセイもハッとしたような顔をして。

 

Um ... I'm sorry(えっと、すまなかった)

 

「あっ、しまった、セキトごめん!!」

 

大慌てで馬口が持ってきた方の水桶が馬房の鎖に通される・・・やーっと、水分補給ができるよ・・・。

 

『うおっ!そうそう、これだよこれ!!』

 

早速口を突っ込んで、念願の水を味わう・・・その瞬間、舌から伝わってきたのは随分とまろやかな感覚。これは多分軟水ってやつだな。やっぱ思ってた通り普通に美味いわ。

 

待ちわびた欧州本来の水に舌鼓を打ち、がぶがぶと飲み込んでいく俺の姿に、これならばドーピング水の方は口にしていないだろうと二人はほっと胸を撫で下ろしていた。

 

まあそれはそれとしてドーピング検査は受けなきゃいけないけど・・・俺は真っ白だからな。堂々としてりゃあいいんだ。

 

『しっかしいきなりドーピング水とはなぁ・・・向こうさんも焦ってるのか?』

 

まだ適正があるかどうかもわからない段階なんだけどな、と心のなかで苦笑いして。

 

兎にも角にも、こうして俺の欧州遠征は大波乱から始まったのだった。

 




・・・というわけで、危ないオクスリを寸での所で回避したセキトでした。これ、よく聞く話ですのであるあるネタ的に取り入れましたが、某調教師が警戒していたくらいですし、あるっちゃああるんでしょうね・・・。

次回、セキトのローテを発表いたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

競馬のふるさとにて

セキトのローテ発表となります!皆様、ご投票ありがとうございました!




欧州に着いてから、数日。

 

着いて早々に薬を盛られかけたり、英語を理解出来ないから何をするのかよく分からなかったり、散々なスタートに慌てふためく内に時間だけが忙しく過ぎていった。

 

その間に出走ローテも決定していたようで。まずはロイヤルミーティング初日のキングズスタンドステークス(G2)に出走し、俺の適性を確かめる。

 

ここで良いところなく着外に敗れるようなら日本に帰ってスプリンターズステークスを目指し、掲示板に入れるようならば疲労次第で中3日となるゴールデンジュビリーステークス(G1)か、7月のジュライカップ(G1)に向けて調整となるそうだ。

 

更に言えば2つのG1は状況次第で両方出走するらしいと聞いて、俺には一抹の不安が過ぎる。

 

っていうのも、俺が日本で出走してた時って、一番レース間隔が短かったのが去年のセントウルステークスからスプリンターズステークスの時なんだよな。確か中3週くらい。

 

それがG1っていうレベルの高いレースで、しかも中3日とか・・・日本じゃ到底考えられないローテだよなぁ、ほんと。

 

ここにきて詰まった日程、そして欧州の芝が俺の脚にどんな影響を及ぼすか。

 

それを確かめるためにも、ニューマーケットのコースを走りたいところ・・・ではあったんだけども。

 

 

「セキト、おはよう」

 

『おう・・・って今日も散歩かぁ・・・』

 

結局輸送によって少しアバラが浮くほど馬体重が落ちている、つまり痩せ過ぎと判断された俺は未だニューマーケット自慢の馬場に出ることはなく。

 

体重が戻るまでのメニューとして、厩舎周りでの引き馬が組まれている俺は、今日も今日とてのんびりお散歩のみである。

 

勿論慣れない環境と言うこともあって、相方には馬口さんがぴったり付いてくれているからいきなり拉致られるとかは無いし変に怯えることもないんだけどさぁ。

 

しかし、まあ。今日もあの広いコースを前にして走れないのかとがっくりと肩を落とすと、それが分かったのか馬口さんが「体重が戻るまではねぇ」と首をぽんと撫ぜた。

 

『んー・・・走れねぇのは物足りんが、仕方ねぇよな』

 

「そうそう、セキト。それじゃあ行こうか」

 

納得するしかないかと息を吐いてから前を向いた俺の頭絡に引き手が通されて。今日も晴れたイギリスの空の下に繰り出した。

 

 

 

 

『いやー、やっぱ早めに行こうって言ってくれたセンセイには感謝だな』

 

さっきはため息をついた俺だったけど、やっぱ馬を第一に考えられたニューマーケットの雰囲気は居心地が良くて、さっきまでの気分はどこへやら。上機嫌で厩舎の周りを歩いている。

 

ローテの最終確認の際に聞こえたのだが、俺は当初レースまで半月ほどの期間で遠征する予定だったのそう。だが太島センセイ曰く「あそこの馬場はそんな短期間ではモノにできません」とのことで、更にもう半月ほど早くここに来ることになったのだとか。

 

結局こうなってしまった訳だし、猶予がある分その判断は大正解だったって言えるだろう。まあ、その判断をしたから馬体重が落ちたとも言えるけど。

 

『それにしても、見事だよなぁ・・・』

 

そう呟いて、見上げた先にそびえるはニューマーケット競馬場の滞在厩舎に当たる施設、アビントンプレイス。

 

いかにも欧州といった、重厚なレンガ造りの建造物を中心に整えられた芝生。その真ん中の泉に佇むのは青銅のオブジェ。

 

さらに、敷地内でのルールには驚いた。ここの道路では馬優先のようで、車の方が止まって俺たちを通してくれるんだよ・・・まるで関係ない一般人が。マジでびっくりしたわ。

 

どこかで見た記憶があるんだが驚くべきことにニューマーケットには2500頭もの競走馬がいて、街自体がトレセンの機能を果たしているのだそう。ついでに言うと風見鶏すら風見馬だったし。

 

そんな風見馬がそよかぜにカタカタと揺れる姿を見ていると、ふと競馬という文化はここイギリスで生まれたのだと思い出した。

 

最初は貴族同士の馬自慢、それがいつの間にやらどちらの馬が優れているかの賭けになり、頭数と賞金が増え・・・時代とともに世界中に波及したその文化は、今や多くの人々の胸を焦がし。

 

それに伴って生まれた、サラブレッドという品種もまた、競馬のためだけに生まれた結晶である。

 

ガラスとも揶揄される貧弱な四肢と、そこから繰り出されるあまりにも鮮烈なスピードは、300年の時が過ぎた今でも変わらず、人々を魅了している。

 

俺一頭が生まれる前。俺の身に流れる、血統表にその名を刻んだサラブレッドたち。彼らの走ったレースに何頭の馬が居たのか。何人の人が関わっていたのか。

 

馬も、人も、激しく争い、次の世代へとバトンを渡し続けてー。

 

・・・なんというか、壮大すぎて実感が湧かないと思ったところで首をぶるっと振るい、考えをリセットする。

 

俺にだってかつてこの地で争い、繁栄を勝ち取った馬の血が流れているのだと言われても、そんなことは人間サマの勝手な都合でしかないしな。

 

そんな普段は考えもしないようなことを思ったのも、ニューマーケットの空気感のせいかもしれない。

 

とにかく、すべてのスケールが違いすぎる。規模もそうだけど、コースの広さとか、自然の豊かさとか。

 

『んー・・・気持ちいいわ』

 

「セキト、気持ちよさそうだね」

 

そうやっておだやかな場所で、ストレス無く散歩しているお陰だろうか。途中で立ち止まって伸びをするくらいにはいい気分で歩みを進めることが出来ている。

 

だが・・・それ故に気にかかるのが先日のドーピング騒動。アレさえなければ文句なしに最高の環境だって言えたんだけど。

 

『うーん、俺なんかに使うくらいなら本命に盛ればいいものを・・・』

 

ケチを付ける訳じゃないけどさ、下手したら俺は日本にトンボ返りになるどころかドーピング馬の烙印を押され、どこか草葉の陰でひっそりと一生を終えていたかもしれない一件だったからなあ。

 

・・・というかそう考えると怖ぇぇな!?と寒気が尻尾の付け根から首筋の上まで駆け上がる。今更だけど、俺、超ファインプレーだったのでは。

 

勿論このことは即行で海の向こうの太島センセイにも伝えられたし、馬口さんなんか口調こそ変わらないながらも今まで見たことがないくらいの笑顔で「セキトはなーんにも心配しなくていいんだよ」って言ってた。

 

通りがかった金髪のスタッフさんたちがよく平気でいられるな、みたいな顔をしていたけども、うん、お前らは全然分かってない。

 

いや、昨日今日会ったばっかだから仕方ないけどさ。世話をされて四年目にもなった俺には分かるんだよ・・・馬口さんも相当ブチ切れてるって。

 

少なくとも単独で犯人に出会ったら何するかわからないくらいには。

 

いやまあ確かに厩務員生活を長く続けてようやく現れたG1馬で、しかも海外遠征まで経験させちゃったからなぁ、思い入れは相当なレベルになっているんだろう。

 

それが誰かの陰謀でドーピング疑惑をかけられてるんだ、誰だってそーなるし、こうなるに決まってら。

 

『しっかし、俺が狙われるなんてなぁ』

 

視界の隅に入った美しい花壇を見ながら考える。こっちの方では、こういうこともあるよと噂程度には聞いていた・・・聞いていたけど。

 

本当に起こってしまうとは思ってもみなかったってのが本音。それだけ俺が強い馬って警戒されてるってことなんだろうけど、とんだありがた迷惑だよ。

 

しかもまさかあんなかわい子ちゃんをけしかけてくるなんてな、と苦笑いして。油断大敵とは言うけれど、我ながらガードが甘い部分もあったと反省する。

 

それから、こういうネタってのは日欧問わず一日にして千里を駆け巡るらしい。マスコミの間では俺を狙ったのはどこのどいつだとか、いろいろな憶測が飛び交っていた。

 

その中にはなんとまあ、ウィリアムセンセイの自作自演説なんてトンチキ報道もあって。当然本人は声を荒らげて否定してたけどな。

 

 

・・・と。頭に一つの可能性が閃いた。

 

『・・・奴さん、一回で諦めんのか?』

 

相手は女の子を使ってまで俺に警戒心を持たせないくらいだ、再び巧妙な手で俺を薬漬けにしようとしてくるかもしれない。

 

というか、バレなければいいのだ、とそうしてくる可能性の方が高そうな気がする。

 

『ふむふむ、そうとなると・・・』

 

先日のウィリアムセンセイの反応を見る限り、俺の頭がいい馬、という評判はあくまで馬としてというレベルで伝わっているみたいだし、ここはそれを活用してみるとしますか。

 

よし、寝てる間に何されるか分からんままじゃ安心して休むことも出来ねぇし、他ならぬウィリアムセンセイの名誉の為だ。俺が薬漬けヤローをお縄にしてやる!

 

 

『待ってろ、薬漬けヤロー!』

 

「うわッ!?セキト、いきなりどうしたの」

 

『おっとと、すまんすまん』

 

絶対捕まえてやるぞと気合を入れて嘶くと、それに驚いた馬口さんが腰を抜かしたのだった。

 




というわけで、次回薬漬けヤロー大捕物、勃発!?

更新は金曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

欧州捕物劇

書いてて思った、前半と後半の温度差よ。

暗くなりすぎないように配慮したらこうなった(言い訳)。

侵入方法やら実行犯のガバっぷりやらいろいろ気になるとは思いますが、とにかくセキトは怪しい連中をとっちめられるのか。


五月某日。ニューマーケットのとある厩舎の中、それぞれ茶髪と金髪、二人の厩務員が会話をしていた。

 

That se messed up…(あいつはしくじったか・・・)

 

Looks like it(そのようですね)

 

・・・いや、どうやら彼らは本物の厩務員ではないらしい。会話の内容は、調教でもなければレースのことでもない何やら物騒なものであった。

 

何故疑われないのかといえば、ただでさえ厳しく、人の入れ替わりの激しいこの業界だ。新しい顔など珍しくもない。

 

堂々と振る舞い、厩務員同士で会話していると装えば忙しさもあって存外周りの人物は気にしないものである。

 

また、その声自体も馬たちのいななきに打ち消され、外部の人間には決して届かない・・・。人語を介さず、音を隠してくれる馬が住まう厩舎は、彼らが内緒話をするにうってつけであった。

 

So what do you do?(それで、どうする?)

 

どうやらセキトの身に降り掛かった受難そのものであるあの女性について話しているようであったが。

 

He's no good anymore.(あいつはもうダメですね。)Horses will also be wary.(馬も警戒するでしょうし。)Let's arrange another person(他の奴を手配しましょう)

 

わざわざ性別をごまかしてまでの表現、そしてその内容からして、どうやらその未来は決して明るくは無さそうである。

 

その言葉に大きく頷いてから、厩務員然とした茶髪の男は手元の英字新聞に目をやる。

 

Sekito bakuso o(セキトバクソウオー)A red bullet train from Japan(日本からきた赤い超特急、か)…」

 

日本からの刺客、セキトバクソウオーの姿が大きくクローズアップされた新聞を興味深そうに眺めると、もう一人の厩務員を装った金髪男が鼻で笑いながら言った。

 

To be honest, (正直、) I don't think you need to worry too much(それほど気にする必要は無いと思いますが)

 

所詮は島国(アジア)の馬。歴史も強さも我が国には到底及ばないであろう。そう言いたげな言葉に、茶髪の男は一つ頷き、しかし否定する。

 

That's true. (それもそうだ。) But our boss is afraid in the (しかし、私達のボスはその万が一を) unlikely event(恐れている)

 

それを聞いた金髪の男は、困ったように頭を抱え、何がおかしいのか笑い声を上げ。

 

Did the bad habit of the boss!(そうか、ボスの悪い癖が出たか!)

 

そのまま豪快に笑い飛ばす様子を見ながら、茶髪の男は「Close your mouth(その口を閉じろ)」と声の大きさこそ咎めたものの、思い当たる節はあるのかその内容までは否定しない。

 

やがて金髪の男の笑いが収まったのを見計らって、茶髪の男が口を開く。

 

It ’s okay, do it well.(いいから、上手くやれよ)

 

Okay...(わかったよ)

 

金髪の男は、完全には収まらない笑いを縫ってそう返事をすると、茶髪の男から確かに何かの瓶を一つ、受け取ったのだった。

 

そして、茶髪の男は一人つぶやく。

 

When the boss is in a bad mood,(ボスが不機嫌な時に) he comes to this country(この国に来るとは、)That horse has no luck.(あの馬も運がない。)

 

 

そして、時刻は深夜へと移り変わりー。

 

 

 

 

どうも皆さん、こんばんは。セキトバクソウオーです。

 

というわけで。夜のドッキリ、薬漬けヤロー捕獲大作戦一本勝負の時間がやってまいりました。時刻はおそらく深夜2時くらい?

 

このくらいになると普通の馬たちも皆寝静まっていて、昼間の主役たちに変わり沈黙と暗闇がこの場を支配していた。

 

チーチーと鳴く虫たちの声が丁度いいBGMになって、油断すると眠ってしまいそうである。

 

『ふぁぁ・・・眠・・・いやいや寝たらダメだ』

 

生き物として必要な休息を求める身体を昼間の仮眠で誤魔化して、刺客を待ち受ける・・・といえば聞こえはいいが、実際やるのはただの狸寝入り。本当に寝ないように気をつけないと。

 

一応、ウィリアムセンセイもドーピング対策・・・俺を狙ってくる奴らがいないかどうか、すっごく丁寧に警備してくれてるんだけど、やっぱり人間のすることには限界がある。

 

特にこんな深夜なんて、奴さんにとって絶好のチャンスだ。警備員さんも少ないし、人に見られたら困るようなことをするんだから来るならば丁度こんな闇夜に紛れてくるに決まってる。

 

・・・と。早速俺の耳にコソコソとした声が入ってきた。

 

Geez.(ったく。)Why am i doing this…(何でオレがこんなことを・・・)

 

おー、来た来た、来るとは思っていたけど本当においでなすった。声色から察するに男か?チッ。

 

さあ、今日の目的は拉致か薬かはたまた銃か・・・できるなら3つ目は勘弁してほしいところだけど。

 

Nobody wants to do this job.(この仕事を誰もやりたがらないなんてな。)Thanks to that, I have no holidays.(おかげで休日返上だ。)

 

こっそりと聞き耳を立てている間にも、その足音は厩舎の入り口からこちらへとどんどん近づいてくる。

 

・・・正直、拉致には抵抗すりゃあいいし、薬だって最悪飲んだり食べたりしなきゃいいだけの話だ。

 

けれど、薬を注射器で持ってこられたり、拳銃、特にサイレンサー付きのやつなんて出てきたらもう最悪。一発二発くらい、撃たれる覚悟を決めて脱走するしかない。

 

だが、奴らを捕まえるには、俺を所詮「ただの馬」と侮っている今しかない。

 

だからこそ、ここで待ち構える。

 

 

・・・馬になっている間に、俺も随分と肝が据わったもんだと変に感心していると、とうとう奴さんは俺の馬房の前へと現れた。

 

Hello, cute pony ~♪(こんにちはポニーちゃーん♪)

 

薄目を開けて姿を確認すると、そいつは金髪の男だった。ご丁寧に厩務員みたいな格好までしてやがるし。俺一頭を貶めるためだけに幾らかけてるんだか。

 

というか何だよその猫なで声は!変に背筋がゾワッとしたじゃねえか。多分史上最悪のポニー呼びだろこれ・・・思わず身体が強張るがここは我慢我慢・・・。

 

・・・俺、馬体重は500kg前後あるし、決してポニーじゃあないんだけどな。

 

...Okay, this guy is sleeping.(よし、寝ているみたいだな。)Then let's finish it quickly(だったらさっさと済ませるか)

 

・・・よし、引っかかったな。後は機を伺いながら、馬房の入り口の方へ・・・うん、こうやって・・・。

 

Ta-da!(ジャジャーン!)This ... was it like this(これを・・・こうだったかな)

 

金髪の薬漬けヤローが取り出した小瓶をなにやら夢中でいじっているのを横目に、俺はそろりそろりと馬房の出入り口の前に移動し、前脚を後ろに、後ろ脚を前に出す・・・よくある写真撮影のときのポーズだ。

 

どうだ、これで出入り口を塞いでやった。退路は絶たれたぞ。馬房の窓?あれ鍵が外からしか開かんのよ。

 

因みに金髪ヤローがもってる小瓶は・・・んと、あ、あーせにっく・・・?単語は読めても意味までは知らんわ。

 

Hehe, okay ...!(へへ、よし・・・!)Now I get £ 500...(これで、500ポンドが手に入る)

 

しばらくすることもないから金髪ヤローを眺めていたが、俺が移動していることには全く気がついていないご様子、いやどんだけ夢中なの。

 

しかしこれだけやって500ポンド・・・たしか相場では十万円にも満たない額だった筈。それで人生終わらせようってんだからいい覚悟してるよ、全く。

 

詐欺師といい、転売ヤーといい、こういう連中ってのはつくづくリスクヘッジというものがヘタクソだ。

 

After that, I just go home...(後は家に帰るだけ・・・)Ugh!(うっ)

 

『おいおい。人ん家に入っといて、どこへ行こうってんだ?』

 

Oh, oh? Good morning pony?(あ、あらー。おはようポニーちゃん?)

 

俺の馬体に顔をぶつけたことで、今になって目を覚ましていた事に気がついた金髪ヤローは何やら冗談のようなものを吐いたが、残念なことに俺は何を言ってるかなんて全然わかんねぇ。

 

Hey, I'll ask ... Can you be quiet?(なぁ、頼むよ・・・静かにしてくれない?)And can you go through it?(そしてそこを通してくれないか?)

 

・・・うん、今度こそ何を言われているかはなんとなくわかったけど。それに従う気なんてさらさらないね。だってあなた犯罪者でしょ?

 

俺はわざと金髪ヤローにニヤリと笑いかけてから、息を思い切り吸って周りの連中に助け舟を求めた。

 

『ヘルプミー!ヘルプミー!マイルームインアンノウンマン!!』

 

いななきに込めたのは、知っている単語を並べただけの出来合いの英語だ。

 

しかしそれでもそのニュアンスはばっちり伝わってくれた様で。

 

『な、なんだなんだ!?』

 

『変な奴がいるって!』

 

『変な奴ってどんな奴だよー!?』

 

それに呼応するように、厩舎中の馬が騒ぎ出し。

 

Nooooooo!(やめてーー!)

 

遅れたようにして金髪ヤローの悲鳴が厩舎に轟いたことで、更にその騒ぎは広がっていく。

 

『キャー!変な人がいるー!』 

 

『おまわりさーん!』

 

『誰か警察を呼べー!』

 

あーあ、残念だったな、金髪の兄ちゃんよ。俺が一声上げただけで、今までの苦労が水の泡だ。というかこいつの自爆のような気がしないでもないけど。

 

・・・ん。アレ?今更になって気づいたんだけど。

 

馬同士なら普通に会話できてる?外国語とか関係なし?

 

『マジか・・・馬語は世界共通で馬語なのか・・・』

 

この騒ぎならばすぐに巡回している警備員さんが駆けつけてくれることだろうと安堵しつつ、俺はこの後に及んで発覚した驚愕の事実に驚きを隠せなかったのだった。

 




セキト、深夜の厩舎で防衛成功。

なおこの後逮捕された実行犯から芋づる式に犯人は捕まる模様。

次回更新は月曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

騒動の終わり

イギリスの人がこんな言葉使いをするかどうかちょいと迷ったのですが、プライベートな場での発言ですから、問題なしということで・・・。

そしてウマ娘のスペシャル番組を視聴したのですが、しっかり見ごたえがあってさすがのNHKでした。


セキトバクソウオーの馬房で、怪しい人物が捕らえられたその明朝。

 

What on earth is happening!(一体何が起きているんだ!)

 

仕事場を兼ねている一人の馬主の書斎の電話が、次から次へとひっきりなしに鳴り響いていた。

 

I am sorry.(大変申し訳ありません、)We are pressed with urgent work...(只今立て込んでおりまして・・・)

 

数人の秘書たちが休みなく対応するものの、しかし間に合っておらず、とうとう馬主本人が直々に電話を取ると。

 

Hi there!(やあどうも!)I am a reporter for a journal magazine.(僕はジャーナル雑誌の記者です。)I would like to go straight to the point.(単刀直入に申しますと、)You are suspected of(あなたに、競走馬を) asking you to dope(ドーピングするよう)a racehorse.(依頼した容疑がかかっています。)I would like to hear from you about this...(この騒動について話を・・・)

 

早口で捲し立てるような若い男の声に、馬主は受話器を叩きつけるようにして電話を切る。

 

この男こそ、セキトバクソウオーに差し向けられた一連の騒動の根源・・・ボスと呼ばれるその人物。

 

先程も言ったように男は馬主でもあり、今年のロイヤルミーティングに出走馬が出る予定であったのだが・・・運悪くその馬は一月ほど前に故障してしまい、せっかくの機会を棒に振ってしまっていた。

 

その事に酷く苛ついた馬主の目に映ったのが、他ならぬ島国からいけしゃあしゃあとやってきたセキトバクソウオーだったという訳である。

 

shit!(くそ!)What's happening since a while ago!(さっきから一体何なんだ!)

 

Boss, don't you know yet?(ボス、まだ分からないのか?)

 

You are···(お前は・・・)

 

馬主が更に高まる苛立ちを隠せないまま声を荒げると、いつの間にやらその背後にトレンチコートを着た茶髪の男が立っていた。

 

深く被った中折れ帽のせいでその顔を窺うことはできないが、固く結ばれた口元は馬主にとって「良くない結果」を意味している。

 

それに気がついた馬主が「No...way...(まさ、か)」とか細く呟くと。

 

Boss, we failed.(ボス、我々は失敗したんですよ)

 

コートの男が淡々とそう告げて、その言葉を聞いた馬主は信じがたいと言った表情をしながら何度も「Really?(本当か?)」と確かめる。

 

しかし、何度同じ質問を投げかけたところでコートの男の返答は「Really.(本当だ)」の一言から変わることはなく。

 

Then do something about it!(だったら何とかしろ!)That would be your job!(それがお前たちの仕事だろう!)

 

再び声を荒らげた馬主に、冷徹な表情のまま男は告げる。

 

That is not possible.(それは不可能だ。)

 

Why!(何故だ!)

 

最早怒鳴り声となっている馬主の声を意にかけることなく、男は至って冷静なトーンのまま次の言葉を紡ぎ出す。

 

Because this one was caught.(この一件がバレたからだ。)According to the information (我々が得た情報に)we have(よれば、) obtained, security will be(競馬場のセキュリティが) strengthened.(強化されるそうだ)

 

それを聞いた馬主は、ハッとしたような顔をしたあと、ようやく自分がしでかしたことの大きさに気づいたのか一転して顔を青ざめ、震えだす。

 

この悪事がバレたということは、遅かれ早かれ有能な警察は馬主の身を確保するため動き出すはずだ。

 

ましてや、それがロイヤルミーティング・・・全国民が敬愛する女王陛下の庭、アスコット競馬場の祭典に出走する馬の身に降り掛かったことならば、尚更。

 

最早何を言い訳しようとも、あらゆる手段を用いても逃げられないと察したのか、ゆっくりと崩れ落ちた馬主を見下すように、男は呟いた。

 

The transaction is over.(取引は終了だ)

 

そのまま事務所を立ち去っていくコートの男。廊下に響くブーツの足音が遠ざかっていく一方で、馬主の耳には微かにサイレンの音が聞こえ始めていた。

 

 

 

 

Rejoice,(喜べ、) the idiot who was(お前をハメようとしていた) trying to trap you was arrested.(バカが捕まったぞ)

 

深夜の捕物の末に、ガタイのいい警備員のおっちゃんに捕まって警察送りになる怪しいおっちゃんを見送った次の朝。

 

ウィリアムセンセイはいつもの固い表情のまま、しかしどこか安心したような様子で俺にそう話しかけてきた。

 

いや、だから何言われてるかってわからないんですってば。

 

話の内容をいまいち理解しかねる俺に、馬口さんが改めて日本語で話しかけてくれる。

 

「君を失格処分にしようとしてた人が逮捕されたってことだよ」

 

おお!そういうことか!それはよかった!これから先ずっと警戒しなきゃなんねぇのかとヒヤヒヤしてたところだったんだよ。

 

しっかしイギリスの警察ってのは優秀だなあ。こんなに早く動いてくれるなんて。

 

良かった良かったとリアクションを取る俺に、ウィリアムセンセイは驚いたような表情をした後更に続けた。

 

Also, the security system(それと、警備体制も) will be strengthened. (強化されるそうだ。)You can work out (お前は安心して)with confidence.(トレーニングに励め)

 

「・・・警備が強化されるから、安心してトレーニングしてね、だって」

 

『おぉー、助かるわ。馬口さん、それからウィリアムセンセイも。本当にありがとな』

 

再びウィリアムセンセイの言葉を翻訳してくれる馬口さん。なるほど、妥当な判断だと思う。

 

正直これで終わるかどうかは分からんけど・・・そこは今の俺の立場じゃ手が出せない領分だ。イギリスの警察に任せるしかないとして。

 

 

陣営の多大なる援助のおかげでようやく体重が戻ってきた俺は、イギリス入りから一週間目にして、ようやく現地の助手を背に調教に臨んでいた。

 

コースは栗東の坂路に近いとされているサイドヒル、確かに地面にはウッドチップが敷かれていて、日本と似ていると言われても納得がいく。

 

俺もイギリスに来て初の本格的な調教だと張り切ってそこを駆け上がっていったのだが。

 

OK,(よし、)You really tried hard.(よく頑張ったね)

 

『ふぃ〜・・・やっぱり、欧州のコースは・・・タフだなあ・・・』

 

初めてにしては、登りきれただけでも上出来だと助手さんが俺の首筋にぽんと触れる。

 

うん、欧州のコース、舐めてました。普段使わないような所を使ったせいで脚が疲れてガタガタだあ・・・。

 

しっかし、前世でも今世でも、あれほどタフだタフだと聞かされてはいたが・・・やっぱり聞くのと自分で経験してみるんじゃ全然違う。そのタフさたるや想像以上、たった一本登りきっただけでこのザマだからな。

 

走ってみて一番よく分かったのは、地盤の違い。

 

日本では競走馬がスピードを出しやすいよう、平坦に整地してから土や芝生を敷いているのだが、欧州に関しては下手すりゃ荒れ地だった場所に柵を立て、そこに芝生の種を撒いただけでコースと言い張っていた時代もあったとか。

 

例えるなら、アスファルトと、山道。どっちのほうが走っていてスピードを出しやすいかって聞かれたらまだアスファルトの方ではなかろうか。

 

だが・・・欧州のコースってのは後者だ。近年は異常気象に見舞われたり、国際化の波だったり、馬の安全性向上のためだったりで馬場改修が行われたりで幾分か走りやすくはなったらしいが。それも俺にとっては未来の話なんだよなあ。

 

どこに脚を着いてもボコボコボコボコ、油断すりゃ転んでしまいそうで、脚下の確保が精一杯なんだからスパートなんて騒ぎじゃない。

 

そんな俺の走りを見ていたのだろう、ウィリアムセンセイが大きなため息をつきながら「...this is hard(これは大変だぞ)」と一言だけ漏らしてくれやがったし。

 

そして、そんな俺の動きの悪さからか日が経つに連れてマスコミの姿も次第に減っていき、いまや残っているのは毛色の珍しさから見学に来る関係者か、物好きな記者のみとなっている。

 

・・・まあ、変に注目されて四六時中がんじがらめ、飼い葉の時間まで監視付き、なんてよりはやりやすいけどさあ。

 

こうやって実力が全く注目されないってのも、思えば新馬の時以来だな。マークが外れやすくなって色々とやりやすくはなるけど・・・改めてその状況に置かれてみると、これはこれで寂しいもんなんだなあと思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

それからほぼ毎日、軽く流すようにしながらコースへ出て欧州の走り方を練習していた俺の下に、ようやく待ち人が現れる。

 

『おっ』

 

相変わらず調教の疲労で首を項垂れていた俺だったが、その人物らしき足音と声を聞いて、まずは耳が、そしてその後首が持ち上がって。

 

『あれは・・・間違いねぇ!』

 

「ちょ、セキト、ちょっと待って、うわー!」

 

記憶にある通りの姿を遠目にしっかりと捉えると、俺は嬉しさのあまり引き手を持っている馬口さんを忘れてその人物の元へ速歩で突進する。

 

「ん?あっ、やあセキト・・・ってうわぁ!?」

 

 

『ジュンペぇぇぇ!』

 

 

調教も終わりヘトヘトに疲れているっていうのに、俺はそんなことも忘れて、盛大な嘶きで目当ての人物・・・ジュンペーとの再会の喜びを表現した。

 

なんだかその声を聞くのも、随分久しぶりな気がする。離れてたのって実質一週間くらいの筈なのにな。

 

「よしよし、そんなに僕が恋しかったのか?」

 

だいぶ手荒い歓迎になってしまったが、ジュンペーは突っ込んでくる俺に動じることなく太い首を抱き止めて、何度も撫でてくれる。

 

「ははっ、それにしても久しぶりだなあ、こっちはどうだ?」

 

『ああ、水も飯も美味いし、環境もいい。コースはもうちょっとどうにかしてほしいけどな!』

 

「いたた・・・セキト、びっくりしたよもう・・・それから、いらっしゃいジュンペー君」

 

ジュンペーの問いに対してブヒブヒと応えていると、俺に引きずられる格好から立て直した馬口さんが引き手を持ち直して、軽く叱るように俺の肩をぺちんと叩いてからジュンペーに話しかけた。引きずってすまんな、馬口さん。

 

「あっ、そうだ、馬口さん、大丈夫ですか!」

 

「なんとかね」

 

思い出したように馬口さんを心配するジュンペーに、苦笑いしながら答える馬口さん。うん、返答の割には元気そうだな。

 

「それで、セキトの調子はどうです?」

 

「うん、いろいろとあったけど概ね順調だよ」

 

「でしたら・・・」

 

『あー、こりゃ長くなるな・・・それじゃあ・・・と。どうすりゃ走れるかねぇ』

 

馬口さんとジュンペーが色々と話をしている中、俺は暇を持て余し、どうせならとどうすれば欧州の馬場に適応できるかと思案する。

 

・・・まず、多分だけど俺のストライド走法が欧州の馬場と相性が悪いんだよな。さっきも言ったけど地盤自体がガタガタなんだ、脚を着いた位置が窪みだったらそのまま骨折からお陀仏の最悪ルートの可能性すらありえてしまう。

 

となると、ピッチ走法の方が良いかもしれないな・・・うん、ひとまずそうしよう。

 

「それじゃあ、また後で」

 

「あっ、僕はセンセイに挨拶してこないと・・・」

 

俺が欧州の馬場に適応するため、ピッチ走法を重点的に走ろうと決めたその時。丁度二人の話も終わったようだった。

 

さあ、本番まであと3週間。どこまでやれるかわからないけれど、やれるだけやってやるさ。

 




薬物騒動も解決、ジュンペーも無事到着と順調な一方で、セキト自身は欧州適正に黄色信号!?

次の更新日は水曜の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女王の庭、キングズスタンドステークス

いよいよ欧州緒戦。筆が乗り、深夜テンションで書き切りましたが、今回のレース中の描写は人によっては痛々しいと感じるかもです。 

ついでに言うと、キングズスタンドステークスのG2時代の斤量設定が見つからず、各馬の斤量は某ゲームの斤量を参考に決定しました。


欧州の馬場に適応してやると決めてから早くも3週間

の時が過ぎた。

 

「じゃあ、行くよ・・・セキト」

 

俺の頭には紅白の頭絡、そして口にはハミ。引き手を持つ馬口さんの顔も真剣そのもの・・・そう、ロイヤルミーティングのその日が、とうとうやってきたのだ。

 

あれからも俺はニューマーケットの芝やら坂やらを走り抜け、最終的には難しい顔をしながらだがウィリアムセンセイも頷いてはいたし、なんとか様にはなったんじゃないか?

 

来たばかりの頃と比べれば荒れた地盤での踏ん張り方も分かってきたし、少なくともお客さんの前でコケるなんていう無様な姿は披露しないで済みそうだ。

 

レース一週間くらい前にはニューマーケットからアスコットへと移ってきたが、古びた施設が積み重なった歴史の重さを感じさせ、俺はこれに挑むのかと少したじろいでしまった。 

 

しかし住めば都、アスコットの貴重な財産も暮らしてしまえばただの厩舎だった。周りの馬たちもこれが普通と言わんばかりに暮らしていたし、あんなに感じていたプレッシャーはどこへやら。

 

すっかり落ち着いた俺はまた馬房で寝そべって寝るようになったし、その姿を見て馬口さんもジュンペーも安心したように笑っていたしで、なかなかリラックスした雰囲気のままレース本番を迎えることが出来るのは、海外遠征として上出来だろう。

 

そうそう、そのジュンペーだがウィリアムセンセイのところから何鞍か回してくれたみたいで、下級条件での騎乗がいくつか入っているそうだ。

 

馬口さんの翻訳いわく「せっかくこっちに来たんだから経験を積まないと損だろう」とのこと。馬主さんとの信頼問題もあるだろうに、ウィリアムセンセイ・・・漢だわ。

 

 

・・・さて、そんなこんだで厩舎から装鞍所、そしてジュンペーを乗せてパドックへと歩みを進めた俺だが、いや、なんだあの近さ。

 

手を伸ばせば馬に触れそうなくらいの位置にフェンスが置かれ、そのギリギリまで人がいる。油断すれば誰かにたてがみくらいは触られてしまうかと思ったくらいだ。

 

それでもお触りされる気配がないのはやはりイギリスのマナーの良さのお陰だろうか?なんにせよこちらは集中力を高めたいから余計な手が入らないのはすごく助かるけども。

 

「セキト、どうしたんだ?」

 

『あ、いや、なんというか・・・』

 

・・・しかし、復帰後初勝利がG1という大偉業で肝が据わったのか、良くも悪くもいつもどおりなジュンペーとは違って、アスコットのターフに出た俺はソワソワと落ち着きを無くしていた。

 

返し馬をしながら耳を澄ませれば、聞こえてくるのは他の馬の鼻息、芝を叩く俺の蹄の音、それから吹き抜ける風の音色。

 

・・・やっぱり。俺が感じていた違和感の正体が分かった。

 

静かすぎるんだ。

 

いや、静かって言っても沈黙って訳じゃなくてな?スタンドとかなんかはざわめいてはいるが、なんというか、お上品?な感じで、無駄な歓声なんかが上がらない。

 

レースが近づくたびにスタンドが湧き、時にはヤジが飛ぶ日本の競馬に慣れている身としてはどうしても違和感を覚えてしまうんだよなあ。

 

馬のことを考えたら、欧州(こっち)のスタイルのほうがいいに決まってるのは分かってる。

 

けれど、お客さんが一体となった生み出すあの音の渦も、慣れてしまえば味の一つなのかもしれない。

 

今はそれをちょっと懐かしく思いつつ。

 

「いけるか?」

 

『・・・ああ』

 

俺を心配するジュンペーに、いつも通りに鼻を鳴らして応えて。

 

 

「すぅ、はー・・・よし、いくぞ!」

 

『ああ!』

 

一つ深呼吸してから、静かなターフに放たれた気合の一声を捉えてから、俺はスタート地点へと駆け出した。

 

 

 

 

第138回キングズスタンドステークス(G2)

 

 

XX02年 6月18日

芝1006m アスコット 天候 晴 馬場状態 Good

 

枠番番号 馬     名    性齢鞍  上 斤量

 

1 12[外]Jessica's Dream(ジェシカズドリーム)  牝4 M.phantom 57

2 3[外]Indian Prince(インディアンプリンス)    騙4 P.Endry  59

3 5[外]Kyllachy(キラチー)       牡4 J P speeder59

4 13[外]Misty Eyed(ミスティアイド)     牝4 K.Derby  57

5 2[外]Continent(コンティネント)     騙5 D Orlando 59

6 16[外]Dominica(ドミニカ)     牝3 M.Meyer 54

7 15[外]Vita Spericolata(ヴィータスペリコラータ)   牝5 G.Cutter  57

8 8(父)セキトバクソウオー 牡5 岡 田  59

9 4[外]Indian Spark(インディアンスパーク)    騙8 T.Garage  59

10 10[外]The Trader(ザトレイダー)     騙4 J.Queen  59

11 14[外]Olivia Grace(オリヴィアグレース)    牝4 J.Forster 57

12 1[外]Bahamian Pirate(バハミアンパイレーツ)  騙7 R.Higher  59

13 11[外]Anna Elise (アンナエリーゼ)     牝6 J A Halfman 57

14 6[外]Monkston Point (モンクストンポイント)  騙6 J.Blew  59

15 9[外]Smokin Beau(スモーキンビュー)   騙5 M.Handy  59

16 7[外]Pomfret Lad (ポンフレットラッド)   騙4 S.Sandras 59

 

 

 

 

 

『さぁやってまいりました、日本の、世界中の競馬ファンの皆様、お待たせしました。日本が誇る俊足スプリンター、セキトバクソウオーがここイギリスはロイヤルアスコット競馬場、ロイヤルミーティングの大舞台で欧州初お目見えです。イギリス、キングズスタンドステークス。実況は私淡島克也がお送り致します』

 

一方で、ここは北海道、マキバファームの事務所。

 

嵐のような出産と種付けのシーズンをようやく終えて、一段落しようとしたところで生産馬が海外の大レースに出走するとあっては、如何に疲労が残っていようと、例え発走時刻が日付を跨いであまり経たないとしてもスタッフ総出で応援するしか選択肢はなかった。

 

「セキト、やれるっすかねぇ」

 

「アホ、アイツは環境が近いって言われとる香港で大仕事をやった馬や、信じるしかあらへんやろ」

 

欠伸をしながら疑問を口に出したスタッフを、薪場がたしなめた。

 

とは言えど、薪場自身今日のセキトはどこか落ち着きを無くしているようにも映り、不安が全く無いわけではない。

 

「(どうしたんや、いつものお前らしくあらへんやんか)」

 

しばらくキョロキョロそわそわとしていたセキトだったが、鞍上に何か声をかけられるといつもの調子を取り戻し、軽やかに駆け出した姿を見て薪場はそっと胸を撫で下ろす。

 

「(せやで、そう、それでええんや・・・)」

 

セキトは、牧場始まって以来の大物だ。仔馬の頃から大切に育て、そして、競馬場でも遺憾なく発揮されたその賢さとスピードは彼の将来を約束した。

 

「(どうせ、お前が現役でいられんのも後少しや、思い切りやってやれ!)」

 

薪場はセキトが無事に次のステージに上がるのは勿論、その前に再び大仕事を成就させる事を願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

『・・・えーっと、今日はどこに入るんだ?』

 

「セキト・・・?あ、今日は8番だよ」

 

『うげ、ほぼ真ん中かよ・・・』

 

キングズスタンドステークス、発送間近。

 

ゲートの前で迷う素振りを見せていたら、ジュンペーがそう教えてくれた・・・馬口さんに続いてお前も俺の意思を受信できるようになってきてねーか?

 

ブルルと鼻を鳴らして了解の意を示す。え?なんでちょっと嫌がったんだって?俺がスタートする位置が真ん中だったからだよ。

 

日本ならともかく、欧州のレースでは多少の荒事を見逃される傾向にある。しかも俺は日本から来た赤い毛色の馬・・・いい意味でも悪い意味でも目立つからな、狙うなら格好の的って訳。

 

・・・まあそれもこれも、相手より上手くスタートを切ってしまえばいい話だ。その自信はたっぷりある。

 

『さて、やってやりますか!』

 

「お、セキト、やる気だね」

 

俺は意気揚々とゲートにその身を収めた。

 

ジュンペーに、太島センセイに、馬口さんに・・・それに、ウィリアムセンセイにも。

 

皆に応えたい。その思いで心臓の鼓動が早くなって、それが自分の身体の内側から聞こえてくる。

 

『慌てるな・・・慌てるな・・・!』

 

落ち着け、俺。慌てるな、俺。

 

欧州にファンファーレは無いからそれも気をつけないとな。間違っても出遅れだけはしちゃいけねぇ。したら間違いなくおしま「セキトっ!スタート!」

 

『ぬなぁっ!!?』

 

しまった!集中しすぎて周りをちっとも見ていなかったせいで、ジュンペーに声をかけてもらうまでスタートに気付けないなんて!

 

しかも反射的に反応できたのに、丁度後ろ脚で踏み込んだところの地面が柔らかくなっていたらしく、ぐにゃっと沈んでまるでダッシュがつかなかった。なんてアンラッキーなんだ!

 

「くっ・・・!セキト!諦めるな!」

 

『ああ!!』

 

スタート早々不運に見舞われた俺だが、それがこのレースを諦める理由にはなりはしない。

めげずに前のポジションを目指し加速する。が。

 

 

『行かせないよ!』

 

『悪いけどこれも勝ち方のひとつなんだ!』

 

前の二頭が、騎手の指示に従ってぎゅう、と加速した俺を挟み込む。

 

「うぐっ、大丈夫かセキト!」

 

『ああ!平気だ!お前ら何しやがる!?』

 

いきなりスピードを落とさざるを得ない危険な状況、ジュンペーの無事を確認した後俺が怒りに任せてそう怒鳴りつけても、左右の二頭は飄々とした態度を崩さない。

 

『このくらいなら怒られないからね!』

 

『そうそう、勝負のまぎれさ!』

 

ああもう。早速出やがった。これが、危惧していたことの一つ。馬体を挟み込んで体力をロスさせるサンドイッチ攻撃。これ、酷くやらなければ欧州の競馬だと反則にならないんだよな!

 

だが、このくらいなら想定済みなんだよ。俺だって、このくらいのぶつけ合いなら経験がある・・・入厩前の育成牧場でだけどな!

 

『邪魔するのはいいけどよ・・・お前ら全然パワーが足りねぇんだよ!』

 

『わ!』

 

『うぎゃ!』

 

ここはいかにも純スプリンターな俺の身体が役に立った。一か八か邪魔な二頭を逆にふっ飛ばして前目へと進出していく。

 

「ほぼ想定通りの位置だけど・・・!」

 

レース前、事前に貰った太島センセイの意見も交えたウィリアムセンセイとの作戦会議で決まった戦法は、好スタートからの先行。

 

なんやかんやほぼその想定通りの位置につけられたのではあるが。

 

『(くそっ・・・!結構体力を持ってかれたな)』

 

先程の押し合いのせいで、体力を結構使わされてしまった。

 

しかし、欧州の競馬では、こうやってゴリゴリとやり合って尚、先行有利となる展開が多く、後ろから行く馬が届くことは殆どないのだ。勝ちたければ、逃げるか先行しかない。

 

「・・・このまま行くぞ!」

 

『おう!』

 

ジュンペーが腹を括って「そのまま行こう」と手綱を少し緩める。

 

俺の力を信じてくれているからこその作戦・・・うれしいじゃないか。よし、それに乗ろう。そう決めたところでハロン棒が彼方に過ぎ去っていった。

 

「もう600か・・・流石、速いな」

 

『ジュンペー、どうする?』

 

残り600、ここから先はいつレースが動いてもおかしくないし、何なら後ろの連中が既に動き始めている気配がする。

 

「よし、ここはもう少し前目に・・・」

 

『ああ・・・』

 

ジュンペーの指示で更に前目へと出て、粘り込みを図ろうとしたときだった。

 

『!?』

 

急に、ぐにゃりと右前脚の力が抜けた。

 

 

「セキト!?大丈夫か!?」

 

『んなんっ、だってんだ、よ!』

 

転びそうになる身体を無理やり起こして、力づくで立て直してそのまま競走を続ける。背中のジュンペーも体勢を崩しかけたが、一緒に持ち直してくれたようだ。

 

まさか故障!?と頭に嫌な考えがよぎった。よもや脚の骨が折れたのかとも思ったが、もしそうだとして、だったらこんな走れるほど踏ん張りが効くわけがない!

 

半ばパニックになりながら、俺は外へヨレる。その時後ろに流れ、視界に入ったのが、右前脚の着地点。

 

俺が脚をついたと思わしきその部分だけが、狙い澄ました落とし穴の如く窪んでいて。それがすべてを物語っていた。

 

日本でこんなことが起きれば陰謀論だの馬場の整備不良だのいろいろと香ばしい議論が巻き起こること間違いなしだが、自然を重んじる欧州競馬のことだ。俺はその正体に察しがついていた。

 

『も、モグラの穴、だと・・・!?』

 

・・・そう、自然を重んじるあまり、コースの中にモグラが住み着くことだってある。それが欧州。

 

俺は運悪くそれを踏み抜いてしまったのだ。

 

 

そして、この間にも他の連中は俺を全く意に介することもなく、勝利に向かってひた走っている。

 

『ク・・・クソッタレェェぇぇぇ!!』

 

・・・後から振り返ってみれば、なんと散々なレースだったことだろう。スタートこそ自分の責任だが、その後のサンドイッチも、モグラの穴も、俺は何もしていないっていうのに。

 

これが、世界のレース。

 

これが、世界有数の競馬場。

 

俺はまだヒトの理性を持っているから驚かずにいられるけど、これが普通の馬なら。

 

走ること自体が嫌になったとしても納得するしかないほどには何もかもが違って、たった一ヶ月という時間では何もできなくて。

 

・・・その不条理に、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 

「ちょっと危なかったな、このまま流すぞ・・・セキト?」

 

ジュンペーは俺を気遣って、このまま追わずにゴールしようとしている・・・このまま?なにもしないまま?

 

 

ここまで来て、何もできないまま終わるのか?

 

 

『・・・ッざけんな、よ・・・!』

 

俺の答えは、否。遂に怒りが湧き出して、噴水のように止まらなくなって。それで頭の中がまったく隙間なく一杯になった瞬間。

 

『・・・アレ―?』

 

世界が真っ白になった。

 

 

 

 

・・・その時、目の前で起こった出来事を、僕は未だに信じられない。

 

一年、二年、十年・・・いや、一生忘れることはないだろう。それほどの衝撃だった。

 

人懐っこくて、賢くて、無駄なことは一切しない。

 

そんな彼が突然見せたその一部始終は競走馬としての本能・・・生き物としては、狂気とも言うべき一面だったように思う。

 

 

『ッヒン!?』

 

「っ!?」

 

レース中、残り500mほどの所で、なにかに脚を取られたセキトは大きくバランスを崩してしまったのが、切っ掛けだった。

 

幸いなことに、僕もセキトもそのまま体勢を立て直すことができ、転倒という最悪の事態は免れた・・・けれど、随分派手に躓いたから故障が心配になって。

 

この瞬間、僕の頭の中は勝つことからそのまま流して、とにかくセキトを無事に日本に返さなくてはという考え一択だったし、それが最善手だったと今も思っている。

 

ところが。

 

『ア、ガアアアアアアッ!!』

 

次の瞬間、聞いたこともないような鳴き声・・・いや、最早咆哮とでも言うべき声を上げながら、セキトが再び強く地面を踏み込んだのだ。

 

「セキト!?無茶するな!セキト!!」

 

嗚呼、なんという馬だろうか。まるで僕が一早くレースから降りようとしているのを察して、それを許さないと言うかのように強く、前へと進む。

 

「セキト!頼む!言うことを聞いてくれ!」

 

しかしそれは、本来の走りを知っている僕から見れば、理想からはかけ離れた命そのものを削り、砕きながら進む行為に他ならない。

 

このままでは本当に脚が折れてしまう、なんとしてでも止めなければ。祈るような思いで君を待っている人は大勢いるんだと声を掛けても。

 

『ブルッ!ブルルッ!!ブルルッ!!』

 

返ってくるのは、狂ったように駆ける荒々しい獣の呼吸だけ。その迫力たるやこれが300年の時を掛け、人々が生ける芸術品(サラブレッド)に仕込んだ本能なのかと畏怖さえ覚えるくらいで。

 

少なくとも僕の知るセキトバクソウオーは、この時世界から消え失せていた。

 

 

 

そんなことが起きているとは知らない観客たちの大歓声によってレースはいよいよ佳境を迎える。

 

先頭をひた走っていたスモーキンビューにザトレイダー、オリヴィアグレース、ドミニカ・・・そして、セキトもそれに追いつかんと必死に痛めた筈の脚を回転させ、伸ばす。

 

『グルッ!グルッ!!グルルッ!!』

 

「セキトッ!止まれッ!」

 

思わず手綱を引っ張ると、流石に苦しいのか肉食獣が唸るような声を上げだしたセキト。

 

しかし、それでも。彼は頑なにその脚を止めようとはしない。

 

「もういいんだ!!」

 

僕にはそれがまるで車かなにかのエンジンが、取り返しがつかないくらいに壊れる寸前に上げる悲鳴にも思えて来て。気づけば血が出そうなくらいに手綱を懸命に引っ張りながら、怒鳴りつけるように言い放っていた。

 

『ブフォルルッ!ブフルルッ!』

 

それでも、相棒(セキト)の耳は後ろに倒れたまま。まったく僕の声が届かないまま泡を吹いて、口を割ったまま大きく天を仰いで、それからようやくスピードが落ち始めて。

 

「・・・もう、いいんだよ・・・!」

 

襲歩(ギャロップ)から、駆足(キャンター)速歩(トロット)常歩(ウォーク)・・・そして、停止。

 

『ブルルルル・・・ッ!』

 

「よし・・・よしっ・・・!」

 

残り200mとちょっと。躓いてから1ハロン以上を駆け抜けてようやく立ち止まってくれたセキトバクソウオー。

 

興奮が収まらず、激しく上下に振り乱す彼の首に抱きつくようにしながら、よく止まってくれたと宥めるように両腕で撫でる。

 

いつもの君に戻ってくれと、祈るような思いでそれを続けた。ひょっとしたら年甲斐もなく涙だって流していたかもしれない。

 

けれども、そのくらい。君を失うのが怖かったんだと立ち上がった耳に囁いて。

 

頼む・・・帰ってきてくれ。

 

どうか。あの、僕の相棒たる、セキトバクソウオーに戻ってくれ。

 

 

 

『・・・フヒィン』

 

 

「セキ、ト?」

 

それを続けていると、不意に優しい、どこか頼りなさもある嘶きが聞こえて。

 

顔にごわっとした感触のものが擦り付けられた後、顔をあげるとセキトが真っ黒な真珠のような瞳で僕を見つめていた。

 

そこに先程までの狂気はなく、穏やかな眼差しはすっかり普段のセキトそのもの。その眼と視線を合わせて、ようやく僕は騎手として勝つ以前の務めを果たせたのだと安堵する。

 

しかし、どれほど美しく語ろうとしても。こうして途中で脚を止めるということは、競走中止・・・つまりは、途中棄権にほかならない。

 

そこまでにどれほど素晴らしい走りをしていたとしても、成績には一文字も残らないのが、現実。 

 

「・・・!」

 

セキトはきっと、そのことを分かっていたんだろう。周りを見渡したかと思えば、立ち止まったその場に立ち尽くしたままわなわなと震えだし。両の目から雫が幾つもこぼれ落ちていった。

 

しかし、睨みつけるようなその視線だけは遥か向こうへ走り去った出走馬たちへとしっかり向けられていて。

 

「・・・ああ。次は、勝とう・・・!」

 

その悔しさを共に背負うことを決意しながら、僕は鞍のあぶみから足先を抜いた。

 




・・・というわけで、セキトの欧州一戦目の結果は散々無礼るなされた上での競走中止でした。

セキト自身を含め、誰一人として納得の行かない結果。陣営の次なる選択は!?

金曜更新は、掲示板で諸々の反応を投稿する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【掲示板】セキトバクソウオー、欧州遠征スレ

というわけで、予定通りに掲示板での国内の反応です。

たくさん詰めたからちょっといつもより長めですね!

ドレスコードについてはこの時代は色と格好は指定のものだったはずですが、まあ見た目の華やかさということで・・・。


【欧州G1制覇】セキトバクソウオーの欧州遠征を応援するスレ【なるか!?】

1:名無しの馬券師 ID:FtgHKJ935

馬主公認サイト

>>http:sekitan/news.com

 

この度セキトバクソウオーが、イギリスのロイヤルミーティングに招待された為、それを応援するスレッドです。

 

荒らしたい方はこのサイトへ

 

http:#@yykvxdthor

 

8:名無しの馬券師 ID:/rNSMPMA8

スレ立て乙・・・って下のURL有名なウイルスサイトじゃねぇかw

 

13:名無しの馬券師 ID:igLzD4R3l

荒らしを殺す気マンマンで草

 

23:名無しの馬券師 ID:cDepwB+44

乙!ところでロイヤルミーティングってなんぞ

 

24:名無しの馬券師 ID:4vl2tavMi

>>23

イギリス王室開催の競馬の中でも、随一の歴史と権威を誇るのがロイヤルミーティング。開催される重賞の数もレース数もヤバイ

 

25:名無しの馬券師 ID:MIFdqruwU

G1・・・クイーンアンステークス

     キングズスタンドステークス

     セントジェームズパレスステークス

     プリンスオブウェールズステークス

     ゴールドカップ

     コモンウェルスカップ

     コロネーションステークス

     ダイヤモンドジュビリーステークス

 

G2・・・コヴェントリーステークス

     クイーンメアリーステークス

     クイーンズヴェース

     デュークオブケンブリッジステークス

     ノーフォークステークス

     リブルスデイルスステークス

     キングエドワード7世ステークス

     ハードウィックステークス

 

G3・・・ターセンテナリーステークス

     アルバニーステークス

     ジャージーステークス

※1

 

33:名無しの馬券師 ID:6emnUEyTD

なにこれすっげぇ

 

41:名無しの馬券師 ID:MVgtK7Dn4

知らないやつの為に言っとくと、超ロイヤルなお祭りが一週間続く、なんならエリザベス女王も来る

 

50:名無しの馬券師 ID:Voz85jz2O

>>41

まじかよ、馬車とかで爆走すんのか?

 

58:名無しの馬券師 ID:r4pG4JFOE

>>50

マジも大マジ、しかも今年は即位50周年を祝って、いつもより盛大なパレードになるとか・・・。

 

61:名無しの馬券師 ID:m3jAQOC/6

あー、聞けば聞くほどレース見たいのになんで中継されないんだ

 

67:名無しの馬券師 ID:zz50aHG1w

衛星の方なら海外の中継見られるで

 

69:名無しの馬券師 ID:Mkvm17gIP

>>61

おまいら忘れてるかもしれんがアスコットは超ロイヤルなVIPたちがキャッキャウフフとお茶を嗜みながら馬を走らせる場所だぞ、カメラ持ち込み=機密漏洩になる可能性を忘れるな

 

77:名無しの馬券師 ID:GzJ2GWgyn

というか、確かアスコットってカメラ持ってると入れないんじゃなかったっけ?

 

82:名無しの馬券師 ID:kcdaNucIi

ウソぉ!?

 

84:名無しの馬券師 ID:M0HnU8l+c

勘違いすんな、それは一部VIPルームでの話。ドレスコードさえしっかりしていれば、公序良俗の範囲で一般席なんかは撮影OKのはず

 

86:名無しの馬券師 ID:d4FfyLEoA

それはそうとしてそりゃあ日本のテレビなんか入れないわけだわな・・・はぁ。

 

94:名無しの馬券師 ID:B87o8vcCW

外国の映像貸してもらえばいいじゃん

 

97:名無しの馬券師 ID:tKssmkekT

おまえ、英語の実況とほぼ同時に被せなきゃなんねぇアナウンサーの労力を舐めてるな?

 

106:名無しの馬券師 ID:iQbTkP2ga

流れ切ってスマソ、欧州ヤバイ、メッチャやばい

 

115:名無しの馬券師 ID:pAwxRkFzJ

>>106

どうした急に

 

117:名無しの馬券師 ID:epeIHCu0Z

ほい

>>http:worldhorsenews/xx02/news001145

 

124:名無しの馬券師 ID:rxaHGUOcY

ファ!?

 

133:名無しの馬券師 ID:bvpEuP68P

なんじゃこりゃー

 

137:名無しの馬券師 ID:JaywSXICq

何が起こってるし

 

138:名無しの馬券師 ID:HozHHliWp

国際問題やろこれ・・・

 

140:名無しの馬券師 ID:nB76Kw6eA

なんだなんだ、何が起きてる、今北産業の俺に誰か解説頼む

 

149:名無しの馬券師 ID:O3pFG/pKZ

>>140

遠征中の

セキトバクソウオーが

ドーピングされかけた

 

155:名無しの馬券師 ID:z752LvkqR

>>149

ファーwwwwいや笑い事じゃないけどさ

 

156:名無しの馬券師 ID:OmbB52ct/

犯人は誰なん?

 

164:名無しの馬券師 ID:e5dqqr0yh

>>156

主犯格は現地の馬主だそうだ

 

171:名無しの馬券師 ID:pj5CJkN6C

おいおい・・・

 

178:名無しの馬券師 ID:hOWk20gbG

ふーん、で、動機は?

 

184:名無しの馬券師 ID:55YlL5OSy

ロイヤルミーティングに出走予定だったその馬主の馬が骨折して出られなくなって、その腹いせだとか

 

188:名無しの馬券師 ID:5nYQgCdXK

やつあたりかよ・・・大人気ない。

 

190:名無しの馬券師 ID:6WpuAgd9m

紅茶の国の紳士が聞いて呆れるわ

 

192:名無しの馬券師 ID:zlI1Qj5Qd

ま、まあとにかく我らがセキトバクソウオーは無事なんだよな?

 

194:名無しの馬券師 ID:nWE9r9nqT

>>192

問題なし。というか犯人逮捕に協力してくれたらしくて、警察から感謝状の贈呈も検討されてるとか

 

199:名無しの馬券師 ID:5F2O2/aM5

感謝状ってなにやったんだよww

 

203:名無しの馬券師 ID:YTXYvdV5J

オクスリを盛りに来た実行犯を馬房に閉じ込めたらしいw

 

204:名無しの馬券師 ID:KLQPbJDeV

なん・・・だと・・・

 

209:名無しの馬券師 ID:MoqnIryQ3

で、駆け付けた警備員にその実行犯が逮捕されて、そこから馬主が炙り出されたそうだ

 

213:名無しの馬券師 ID:z3+jMuQdW

犯人ざまぁww

 

219:名無しの馬券師 ID:WT22dup9d

まさか馬に捕まるとは思ってなかっただろうなw

 

226:名無しの馬券師 ID:4UKV73Njk

ざまぁすぎるwww

 

228:名無しの馬券師 ID:fLLX1Y8qs

この事件を受けて、ロイヤルミーティング終了までアスコットには24時間常時警備員が立つそうだ

 

235:名無しの馬券師 ID:4KuaeCYcC

うわぁ、一気に物々しくなったな

 

241:名無しの馬券師 ID:msGhYOSyM

けど、馬の安全を守るためにはこれしかないのよね・・・

 

248:名無しの馬券師 ID:4I4XaGhuC

うむ

 

256:名無しの馬券師 ID:Y/7f4Ghka

ところで、セキトの出走予定ってどうなってる?

 

264:名無しの馬券師 ID:0k449JfxK

>>256

登録があるのは、

初日のキングズスタンドステークス(G2)

五日目のゴールデンジュビリーステークス(G1)

それから3週間くらい空いたジュライカップ(G1)

だな

 

271:名無しの馬券師 ID:gjRIKcHDG

ちょいまち、何だそのローテ

 

281:名無しの馬券師 ID:gdhJx4Cv9

いや全部は出ないだろ流石に

 

288:名無しの馬券師 ID:gSzrnLFT+

わからんぞ、欧州の馬はこのローテをこなす奴もいる

 

295:名無しの馬券師 ID:iB2G3Nbgh

クソローテw

 

298:名無しの馬券師 ID:AnJ8vH3xH

もし全部走りきって、なんともなかったら化け物や・・・

 

302:名無しの馬券師 ID:l5CsC4UDU

まあまあ、まずはセキトバクソウオーの活躍と、無事に帰って来ることを祈ろうぜ

 

309:名無しの馬券師 ID:Z88JVJPW9

そうだな

 

310:名無しの馬券師 ID:Cg7T0xuCN

有力馬はどんなのがいるん?

 

316:名無しの馬券師 ID:E7Rn2ah/Y

んー・・・特にこれと言ってって感じだなあ

 

322:名無しの馬券師 ID:6HtazM2eY

びっくりするような成績の馬は見当たらんな

 

323:名無しの馬券師 ID:0SZcmyoJD

じゃあ、チャンス!?

 

332:名無しの馬券師 ID:Yyj+4rYNY

だな、ここで負けるようだとキツイか

 

337:名無しの馬券師 ID:iYjV+AqbR

あとはセキトバクソウオーの欧州適正次第

 

346:名無しの馬券師 ID:Aob7c0JG3

オラわくわくすっぞ!

 

348:名無しの馬券師 ID:/b7jF6sP7

G2なのにスレが伸びてるな

 

351:名無しの馬券師 ID:O247zYFL/

そんだけ注目されてるってことでしょ

 

354:名無しの馬券師 ID:uAaDQedTP

これからは招待を待つだけじゃなく、積極的に海外に出ていってほしいなあ

 

361:名無しの馬券師 ID:2HZfeg9tD

いつかは凱旋門を日本馬が取る日を見たいよね

 

365:名無しの馬券師 ID:EfwzfAVA/

ブリーダーズカップもな!

 

369:名無しの馬券師 ID:Isp4LJmX9

ドバイワールドカップも!

 

373:名無しの馬券師 ID:c4tG3Ksb9

おまいら・・・激しく同意するぜ!

 

379:名無しの馬券師 ID:Z3AamuoHd

おちつけwww

 

380:名無しの馬券師 ID:jHfjhuO9d

他に遠征する予定がある馬っている?

 

389:名無しの馬券師 ID:reFSSs/WB

・・・まだ噂程度でしかない話なら、一つ知ってるけど

 

396:名無しの馬券師 ID:yKLHu8Ei7

>>389

お?

 

401:名無しの馬券師 ID:dzYi7bF/T

>>389

いいよいいよ、そういうので構わないから

 

405:名無しの馬券師 ID:8Bu+RszCW

>>389

暴露しちゃえYO!

 

407:名無しの馬券師 ID:reFSSs/WB

んじゃ言うぞ、怒られても知らん。

春天を勝ったマンハッタンカフェが、フランスに行くかもしれん

 

412:名無しの馬券師 ID:9WJKrBwjl

マンカフェ!?

 

416:名無しの馬券師 ID:5eHGNZsAe

おおお!!

 

423:名無しの馬券師 ID:reFSSs/WB

あくまでそういう話し合いがあったって噂な。国内専念の可能性もあるぞ

 

426:名無しの馬券師 ID:qSbwsHfwf

いいのいいの。ここに来てる連中はそういう夢を見たい連中だから

 

428:名無しの馬券師 ID:1oyqIKW3d

さあおまいら、キングズスタンドステークスの発走だ・・・!

 

429:名無しの馬券師 ID:9OCOx9yOR

スタート!!

 

434:名無しの馬券師 ID:rZnfTgNNJ

うわあ出遅れた!?

 

443:名無しの馬券師 ID:mET7G8NQT

新馬戦以来の出遅れ、環境の変化に戸惑ったか

 

449:名無しの馬券師 ID:hgq+BJKME

うわー、挟まれてる、キツイか

 

455:名無しの馬券師 ID:7yFEelJkI

ひっでぇな

 

456:名無しの馬券師 ID:8SsgJ/bAI

欧州ではこのくらいはチャメシインシデントよ

 

460:名無しの馬券師 ID:RqDn4CqF/

先頭はスモーキンビューか

 

461:名無しの馬券師 ID:gC+n5Gb7a

うお!?セキトバクソウオーが挟んできた2頭をふっ飛ばした!?

 

463:名無しの馬券師 ID:PIgj1zSTm

つぇぇぇ!?

 

466:名無しの馬券師 ID:2Z7UAGeuy

サイドヒルを登りきった実力は伊達じゃないな

 

469:名無しの馬券師 ID:al1c/GwRr

さあ残り500・・・っておい!?

 

471:名無しの馬券師 ID:KouMsWiHG

おいおいおい

 

476:名無しの馬券師 ID:wlfGWP+Tv

大丈夫か!?

 

481:名無しの馬券師 ID:jLpfc47hC

なんだ、どうした急に

 

491:名無しの馬券師 ID:rXNUJEdsf

セキトバクソウオーがノメッた、かなり危ない体勢になったけど持ち直して走ってる

 

492:名無しの馬券師 ID:v8CUN+Hx6

危ねえぇぇぇぇ

 

495:名無しの馬券師 ID:+k37KMfqC

セキト上がってきてる!

 

503:名無しの馬券師 ID:NmI4SsFHx

すげえ根性だな

 

512:名無しの馬券師 ID:bLLtmak7k

あ、でもジュンペーは手綱引っ張ってるぞ!

 

518:名無しの馬券師 ID:7M3RTGcjV

故障か!?

 

520:名無しの馬券師 ID:sTXnJ82SC

セキト自身はどうにもなってないように見えるけど・・・

 

527:名無しの馬券師 ID:/s09bXFHB

すげえ、あんなに手綱引っ張られてんのに、まだ止まんねえとか

 

529:名無しの馬券師 ID:bUMtXhhxO

うおっ、あんなに口を割って・・・

 

530:名無しの馬券師 ID:AfMXC7naK

・・・止まった?

 

539:名無しの馬券師 ID:/ME/9OAAg

止まったな

 

542:名無しの馬券師 ID:2rmCM10P0

速報:セキトバクソウオー競走中止

 

545:名無しの馬券師 ID:R5yBYbOkN

なんだなんだ!?

 

547:名無しの馬券師 ID:2aEAi0n/R

ジュンペーも下馬したな

 

549:名無しの馬券師 ID:A2lA9kBdd

ワイ現地民、セキトを見てるけど普通に引かれて歩いてるで、骨折とかはなさそう

 

551:名無しの馬券師 ID:Mx/tgxxFz

>>549

よく入れたなwww

 

555:名無しの馬券師 ID:A2lA9kBdd

>>551

ドレスコードとルールさえ守れば一部エリアは一般人でも入れるんや

 

557:名無しの馬券師 ID:VDp8z70b7

あっ、馬主さんでてきた

 

562:名無しの馬券師 ID:uWbC3PO8z

振り袖かわいいな

 

564:名無しの馬券師 ID:D+D+hosrT

てか振り袖オーケーなのか

 

574:名無しの馬券師 ID:A2lA9kBdd

振り袖も民族衣装扱いらしいから、未婚の女性なら全然問題なしやで※2

 

576:名無しの馬券師 ID:gQm/TzNQK

はえー、知らんかった

 

580:名無しの馬券師 ID:xl2KHjuPE

というかセキトは大丈夫か!?

 

582:名無しの馬券師 ID:uvun9Tx1X

もうじき発表あると思うで

 

592:名無しの馬券師 ID:A2lA9kBdd

アナウンスきた!えーっと、モグラの穴に足を取られて、安全のため競走中止だそうで

 

595:名無しの馬券師 ID:AUGIk8CDK

モグラーニャ!?

 

599:名無しの馬券師 ID:H9zcYuTKL

モグラ!?

 

609:名無しの馬券師 ID:nqWrbZA2m

なんでそんなのが競馬場にいるんだよ!

 

617:名無しの馬券師 ID:OfG1xs62F

>>609

ところがどっこい・・・っ!いるんです・・・っ!

 

625:名無しの馬券師 ID:tRLBsjKPg

欧州・・・!それが欧州・・・っ!

 

635:名無しの馬券師 ID:8nah52d1e

カ○ジ風やめいw

 

640:名無しの馬券師 ID:e91c/+omP

なんというか、セキトバクソウオーは散々な結果だったな、馬が可哀想だった

 

644:名無しの馬券師 ID:3FPXetOrw

これで帰国だろうけど、果たしてパフォーマンスとかは大丈夫だろうか・・・。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

852:名無しの馬券師 ID:zzn/nJ+ji

速報:セキトバクソウオー欧州遠征続行

 

855:名無しの馬券師 ID:BlgDojLX8

ファ!?

 

859:名無しの馬券師 ID:uvb7/Err1

えええええええええええ!?

 

869:名無しの馬券師 ID:KUFpjdI39

なんだなんだ!?セキトバクソウオーって数日前に競走中止したばっかだよな!?

 

873:名無しの馬券師 ID:d+Q0d7WuL

地元の獣医の診察を受けたところ、特に馬体に異常はなく、一週間くらい安静にしていれば治る軽い捻挫と診断されたそうだ

 

878:名無しの馬券師 ID:8vvpAOtcr

捻挫かー、故障なんだろうけど骨折とかじゃなくてよかった

 

882:名無しの馬券師 ID:YYn9ryNbO

それはほんとにそう

 

889:名無しの馬券師 ID:bUwnsuIn7

で、欧州遠征続行って、どのレースに出るの?

 

891:名無しの馬券師 ID:Tb5+/5ASM

>>889

まあ慌てなさんな、おそらく登録のあるジュライカップか、そのあたりの短距離レースになる

あ、ID変わっちゃったけどワイは>>555やで

 

901:名無しの馬券師 ID:T/mdYKCKN

ゴーゴーニキ・・・!?

 

907:555 ID:Tb5+/5ASM

>>901

ええなそれ

 

912:名無しの馬券師 ID:6wFAIR6vJ

じゃあこれから>>555はゴーゴーニキで

 

922:名無しの馬券師 ID:P3U20vGA1

ゴーゴーゴーニキじゃないの?

 

929:名無しの馬券師 ID:qHkJue/sZ

>>922それだと語感が悪くなっちゃうだろ!

 

939:名無しの馬券師 ID:NDZ8dxZ2N

セキトバクソウオーが欧州に残ると聞いて飛んできますた

 

945:名無しの馬券師 ID:IzWwjg32+

>>939

よう、俺

 

955:555 ID:Tb5+/5ASM

今北産業のやつらが増えてきたからまとめとくで

・セキトバクソウオー、キングズスタンドステークスは競走中止も大事に至らず

・欧州遠征は続行も、次走は未定

・陣営は欧州での勝利に手応えあり

 

956:名無しの馬券師 ID:isq6Ru1+B

お!?手応えあり!?

 

959:名無しの馬券師 ID:qkPGMagAO

あとは作戦次第か・・・

 

964:名無しの馬券師 ID:0BqDE7J27

次のレースも楽しみだ

 

 

(※21年時点のデータを参照しているので、当時とは格付けが違うレースがあったり、名称が違うレースがあります)

(※2022年現在)




欧州遠征続行が、吉と出るか凶とでるか。

それは作者のみが知っている・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

立て直し、からの。

今年のドバイミーティングは日本打線大爆発でしたね!

ゴドルフィンマイルのバスラットレオン、ドバイゴールドカップのステイフーリッシュ、UAEダービーのクラウンプライド、ドバイターフのパンサラッサ、ドバイシーマクラシックのシャフリヤールとなんと5勝!

何が起きてるんやあ・・・(歓喜)。

そして、頭数が多すぎるので名前を省略させていただきますが、ドバイの各競走に果敢に挑んだ各陣営と人馬たちの健闘を称え、無事の帰国を祈ります。

本編は、再びのオカルト(?)回に突入!


『・・・ハッ!?』

 

どうも、セキトバクソウオーだ。

 

あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!

 

「俺は、レースに出ていたと思ったら突然頭が真っ白になっていつのまにか止まっていて、ジュンペーに首を撫でられていた」。

 

な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が起こったのかまるで分からなかった・・・。

 

頭がどうにかなりそうにはなかったし、催眠術だとか超スピードとかは関係ないけれどそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・。

 

本当に一体全体何が起きたのか分からないまま、何故かいつも以上に荒くなっている呼吸を整えていると。首筋にじわっと汗とは違う液体の感覚があることに気づく。

 

・・・あれ?ジュンペー、泣いてる?

 

『・・・おいおい、どうしたんだよ』

 

ようやく騎手として堂々としてきたと思ったらいきなり泣き虫さんかと苦笑しながら声をかける。

 

それから顔を擦り寄せると、ジュンペーは30半ばのおっさんとは思えないくらいにぐずぐすになった顔を上げた。

 

「セキ、ト」

 

そのまま震えるような声で俺の名前を呼んだから。

 

『おうよ』

 

「いつも」のように、短い声で返すと。

 

「ああ、セキトだ・・・いつものセキトだ・・・っ!」

 

何故かジュンペーはそう呟きながらより強く首に抱きついて、犬か何かのように両腕でわしわしと撫でてくる。おい、お客さんの前だぞ。嫌いじゃあないけどちょっと恥ずかしいじゃないか。

 

 

しかし、どうして俺はコースの途中で止まっているのだろう。レースをしていたはずなんだが。

 

そう思った所で気がついた。

 

『そうだ、レース!レースはどうなったんだ!?』

 

大慌てでゴールの方向を見やるも、他の出走馬たちは遙か先へと駆け抜けた後で、その姿はゴマ粒ほども見えなくて。

 

俺だけが、今この馬場に取り残されていた。

 

それが意味するものは・・・競走中止。

 

期待を背負って、海を渡って、不慣れな場所で走って・・・そうやって、ようやくここまで来ての、途中棄権。

 

 

『・・・クソッ!!』

 

一転して、不甲斐ない気持ちがこみ上げてくる。

 

何が「無様な姿は披露しないで済む」だ。レース前にそう調子に乗っていた自分を、助走をつけた上でぶん殴りたくなる・・・いや、後ろ脚で蹴り飛ばす方が効きそうだな。

 

それだけの啖呵を切っておいて、何だこのザマは。日本のファンに申し訳なくないのか。

 

俺は着順すらつかなかった悔しさを噛みしめるようにハミをギリギリと締め付けて、彼方のゴールを睨んだ。

 

目から何かがこぼれ落ちていったが、それも構わずに顔を上げて、ひたすらに、目指すべきであった所に眼差しを向け続けて、胸にこの屈辱を刻む。

 

同じようにゴールを見据えたジュンペーとちらり、目が合って、彼は頷く。

 

「・・・ああ、次は、勝とう・・・!」

 

その呟きを聞いて、どうやら抱いている思いは同じだと安堵して。

 

次こそ。

 

今度こそ。

 

また、一番にゴールを駆け抜けて見せる。

 

 

それが、「皆」が待ち望んでいる光景なのだから。

 

 

 

 

・・・かくして。俺の欧州初レースは、最悪と言う他ない酷い結果で幕を降ろして。

 

念の為躓いた脚も獣医に診てもらった、が、英語がわからず首を傾げていたらジュンペーが「軽い捻挫だって」と教えてくれた。

 

馬口さんの翻訳によると数日間、長くても一週間ほど安静にしていればすぐ治るし、能力にもなんの影響も及ぼさない。寧ろレース中に暴走した様に精神面のほうが心配だ、だそうな。

 

いや、あれは俺自身ビビった。何なのあれ。

 

視界に入ったVTRに映っていたのは、目をひん剥いて、馬とは思えない声を上げ、それこそ無理にでも脚を止めなければ命が砕け散るまで駆け抜けてしまいそうな、暴走列車のような赤い馬。

 

あんな毛色をしている馬は世界中探したって今の所俺だけだからなあ。

 

つまりあの走るバケモノと化した馬は、俺自身ってことで。

 

・・・いやホント、意識が飛んでる間の俺に、何が起きていたんだよ!?

 

本当にジュンペーのナイスプレーがなかったら今頃・・・お前が、我を失った俺を止めてくれたからこのくらいで済んだんだ。何回頭を下げたって足りんくらいだよ。

 

あのまま走り続けていたらどうなっていたか。そう思って相棒の方を見たら、ほぼ一緒のタイミングでほっと胸を撫で下ろしていた。気が合うな。

 

 

Hey, lady.(なあ、お嬢さん。)If you think about(こいつのことを) this guy, it's(思うなら、) better to go back to Japan.(日本に帰ったほうが身の為だ)

 

一方のウィリアムセンセイは、俺を案じながらも険しい顔をしながら朱美ちゃんに何か言っている。

 

まあ・・・この有り様だもんな。少なくともいい意味の言葉は言ってないようだったし、俺も悔しさを抱えたまま日本に帰国するのだろうとばかり思っていたのだけれど。

 

Thank you for your concern.(お気遣いありがとうございます。)But I'm going to continue.(でも、遠征は続けます。)

 

意外なことに、朱美ちゃんがそれを拒否したっぽい。

 

驚いたまま朱美ちゃんを見ているとまたいつの間に覚えたのやら、なかなかの英語を披露してくれている。

 

それとなく馬口さんに翻訳をねだると、快く解読してくれた。

 

曰く、遠征を続行したほうがいいと判断したのは太島センセイだそうだ。衛星放送を通じた俺の走りを見て、もう一戦あれば適応できる可能性を感じたと。

 

それから、今回は多数の不運に見舞われ、実力の8割も出せていないこと。そして何よりこの結果では俺自身が納得して日本に帰ってこないだろうと言っていたそうで。

 

さっすが太島センセイ。俺の性格をよく分かってらっしゃる。

 

そして、調教師にとっては馬主の意見が絶対。それは海を跨いだとて変わらない。

 

At all,(まったく、) owners always(馬主ってのは) have dreams that are(いつだって叶いそうにない) unlikely to come true ...(夢ばっかり見やがる・・・)

 

朱美ちゃんの言葉を聞いて、頭を掻きながら多少呆れたようにため息をついたウィリアムセンセイは、それでも(仕方なく?)朱美ちゃんの意思に従ってくれて。

 

... So which(それで、) race(どの) are you going to go to?(レースに向かうんだ?) Lady?(嬢ちゃん?)

 

ウィリアムセンセイの質問に、朱美ちゃんはゆっくりと、落ち着いた様子で言い放った。

 

The July Cup.(ジュライカップです。)

 

 

 

 

そんな、色々な意味で記憶に残る最低最悪なレースから、数日。

 

『あー、クソ、暇だぁ・・・』

 

俺はニューマーケットの厩舎に戻り、馬房の中で大あくび・・・それはもう、暇を持て余していた。

 

調教はどうしたって?生憎痛めた脚の経過観察中なんだよ。馬口さんによるとあと数日はこの調子だそうな・・・暇すぎて死にそう。

 

レースの悔しさ?いや、馬房で暴れたら最悪予後不良になるでしょうが。また別問題なんだよ。

 

・・・それに、この怒りが完全に収まらない内に走ったら、また「暴走」しない自信も無いしな。クールタイムには丁度いい。

 

『んー・・・また人間観察でもしましょうかね』

 

そんな時間を持て余した俺の救いとなっているのが、開け放たれた馬房裏の窓。

 

そこからにゅうっと首を出せば、引き馬をしている連中や洗い場にいる連中なんかと顔を合わせることができて、時に一言二言くらい言葉を交わしたりもする。

 

人間観察と言いつつ他の馬との交流がメインになっている気がしないでもないが、まあいいや、どうせ暇つぶしなんだもん。

 

しかし、スタッフさんより先に行こうとする奴、ちゃんと足並み揃えてゆっくり歩いている奴、のんびりしすぎているのか疲れているのか、引っ張られるような形でようやくとぼとぼと歩みを進める奴などなど・・・引き馬一つとっても実に個性が出ている。

 

日本にいる頃は気を散らさないようにってほぼ馬房の窓は閉まっていたし、欧州に来てのこの光景はなかなか新鮮なものがあるなぁ。

 

『って、違う違う』

 

もっと別に考えるべきことがあるだろうと、首を馬房に引っ込めてぶんぶんと振るう。

 

せっかく時間だけはあるのだ。次なる戦いに向けて一刻たりとも無駄にしたくなかった俺は、この前のレースで何が起きていたのか考えることにした。

 

 

『・・・とは言ってもなぁ』

 

しかし、考えれば考えるほど、俺はモグラの穴に躓くまで至って普通にレースをしていただけだ。

 

確かにブチギレたのは俺だ。だが肝心の暴走中の記憶だけがすっぽり抜け落ちていて、それがまた妙に怖さを引き立てる。

 

『ひょっとしたら誰かが俺の身体を乗っ取ったのか?』

 

冗談交じりにそう呟いて、自分の考えに苦笑いしたその時。

 

『(ほー、それに気がつくとはやるねぇ)』

 

『あ・・・?』

 

『(ちょいとこっちに来なよ、話でもしようぜ)』

 

『なん、だ?急に眠く・・・』

 

誰か別の馬の声が聞こえたと思ったら、急に眠気がこみ上げてきて。俺は夢の世界へと意識を落としていく・・・まるで、誰かに呼ばれたかのように。

 

 

 

 

『・・・い・・・きろ・・・』

 

『ん・・・』

 

しばらくして、意識を取り戻した俺は、よく知った馬房の中で目を覚ました。

 

嗅ぎ慣れた匂い、壁の色味、外から聞こえるざわめき。

 

そうだ、ここは、日本(・・)太島厩舎(・・・・)だ。

 

随分と久しぶりだなと懐かしむように周りを見渡していると。

 

『おい、起きろ!起きろっつってんだろうが!てめぇ!』

 

隣の馬房から随分と騒がしい声と、ドカンドカンと激しく暴れるような物音が聞こえてくる。

 

その声の主はどうやら俺を呼んでいるようで、早くしやがれ、返事をしろよと随分な言い様だ。

 

『ちょっと待てよ!今起きたところなんだ!』

 

『なんだよ、起きてんのか!だったら早くそのツラを見せやがれ!』

 

ひとまずこちらに聞こえていると声をかけてやれば、更に悪態が返ってきて。とんでもない気性難の奴と隣り合わせになっちまったなと苦笑して。

 

さて、そんな奴でも待たせると悪い・・・というか後で何されるか分からんからな。機嫌は損ねないに限る。

 

『ん・・・ふあぁ・・・』

 

一気に身体を起こす前に、あくびと伸びをしてから立ち上がって、ぶるぶると身体を震わせて寝藁を落とす。

 

『よう、誰かは知らんが待たせたな』

 

そうして最低限の身だしなみを整えてから、馬房の外に顔を出すと。

 

『おう。はじめまして・・・とでも言えばいいのか?』

 

隣の馬房からも、恐らく先程暴れていた馬がにゅうと顔を出してきて。

 

『・・・!?』

 

その姿を見た俺は、思わず固まってしまう。

 

燃えるような赤い毛並み。

 

額に抱いた炎のような白斑。

 

猛る本能に身を任せたような血走った瞳だけが、俺とは違っていて。

 

 

・・・なんなんだ。この身の毛のよだつような感覚は。まるで出会ってはいけないモノと出会ってしまったかのような・・・。

 

『ようやく・・・ようやく会えたなァ』

 

ステイゴールドなんて目じゃないほどの猛馬を予感させるその馬は、ニタリと笑いながら不気味なほどゆっくりと口を開く。

 

『こっちの世界にようこそ、セキトバクソウオー!ま、オレも『セキトバクソウオー』(お前自身)なんだけどな!』

 

 

そのセリフを聞いた瞬間、俺は『全て』を理解する。

 

己が命が砕け散るまで駆ける、競走馬にとってある種の理想形でありながら、狂走馬とでも称するべき手がつけられない程の気性。

 

野生のエネルギーを溢れさせ、他馬が己よりも先に行くことを許さないスタイルを容易に想像させるそいつは。

 

どれほど俺とかけ離れていようが決して切り離せない、馬としての魂そのもの。

 

紛れもない、「本来の俺自身(セキトバクソウオー)」だった。

 




セキト、心の内に潜むもう一頭の自分と出会う。

これから先の展開は、水曜の更新までお待ち下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

表裏、邂逅す

まず一言言わせていただきます。

ど う し て こ う な っ た☆

某遊戯の王だとか闇のゲームとか、全くパクろうとなんかしてなかったのに類似品っぽくなるのはどうしてなん・・・。



『ようやく・・・ようやく会えたなぁ、セキトバクソウオーさんよぉ・・・!』

 

『・・・』

 

俺はサラブレッド、セキトバクソウオー。

 

前のレースでブチ切れて、記憶が飛んだ原因を考えていたらあらビックリ。原因どころか、その元凶の所にまで飛ばされてしまった。

 

しかもその元凶ってのは・・・目の前で息を荒くし、並々ならぬ闘争心をたぎらせた赤い馬・・・他ならぬ、俺の中にいた、本来の俺自身。

 

口じゃあこう言っているが、纏うオーラやその血走った目、どう見たって歓迎されているって雰囲気じゃあねぇな。

 

その荒々しさに圧倒されていると、本来の俺は雰囲気通りに、俺に怒鳴るようにして言う。

 

『単刀直入に言うぜ!お前とオレと・・・どっちが、『本物』のセキトバクソウオーなのかを賭けて、勝負だ!!』

 

『はぁ!?』

 

何を言われるのかと思えば、いきなりそう告げられ、俺はもうどういうことだと頭を抱えたい気分だった。

 

呆気に取られた俺に対して、本来の俺・・・もう紛らわしいから『オレ』と呼ぶことにしよう。『オレ』は面倒くさそうにしながら再び怒鳴る。

 

『あ"ぁ!?勝負は勝負だよ!ただし・・・負けた方は消える!!そんな勝負だがなぁ!』

 

『っ!!?』

 

おいおいおいおい。今、こいつなんつった。

 

「負けた方は消える」?それはどういうこっちゃ。

 

『おい、それはどういうことだ!?』

 

俺も負けじと声を荒らげて、『オレ』に尋ねると。

 

 

『簡単な話だ!お前とオレ!魂が2つあるんだよ!それに対して身体は一つ!!お前が外の世界で気持ちよーく走ってる間に!オレはなぁ、ずーーーっと!!ここにいたんだよ!!』

 

吐き捨てるように叫ぶ『オレ』。

 

その言葉に改めて周りを見回してみる。

 

紛れもない、日本の太島厩舎だ。外からはちゃんと誰かが話しているような音だったり、他の馬のざわめきも聞こえてくる。

 

けれど。

 

『あれ・・・?』

 

その音に騙されていたけれど。しっかりと見渡して、ようやく気づく。

 

『なぁ、他の馬はいないのか?』

 

馬が、いない。それどころか、人も。

 

ここは、俺たち二頭以外には誰もいない、がらんどうの厩舎だった。

 

『・・・ようやく気づいたか!トロいんだよ!』

 

その言葉に、『オレ』は呆れるような声で答えた。

 

・・・何故だろう、と考えて、それらしい理由をようやく見つける。

 

『オレ』はさっきずっとここにいた、と言っていた。ならば、他の馬とも会ったことがないのでは?

 

と、気づいたところで、俺は戦慄する。

 

「ずっとここにいた」。

 

ずっと、ここに。

 

・・・どれくらいの間?

 

少なくとも、俺が生まれてからの間と考えると。

 

5年間。

 

・・・5年もの間、この、何もない、何も起きない狭い馬房の中で。何も飲み食いせず。誰とも話すことなく。

 

こいつは、じっとこの時を待っていたというのだろうか。

 

『何も無いだろう!?実につまらねぇ世界だろう!?オレは、ずっとここにいた!それがオレにとっての日常だったし、これからもずっとそうなんだと思って過ごしてたんだよ!』

 

それがある日、突然景色が変わったと『オレ』は言う。

 

『・・・あのときの感覚は忘れらんねぇよ!いつもと変わらず、ぼーっとしていたと思っていたらいきなり走ってて!脚を動かしたのも!草の臭いを嗅いだのも!オレと同じ生き物がいるって知ったのも!全部初めてだった!!』

 

・・・多分、キングズスタンドステークスの時のことだろう。

 

そう思い当たると同時に、記憶がすっぽり抜け落ちていることに対しても不思議と合点がいった。

 

魂レベルで別の存在なんだ。記憶が別にあったとしても、何も不思議じゃない。

 

『そりゃあ楽しかったさ!楽しくて楽しくて・・・それが、いきなり走りづらくなって止まったと思ったらここに戻されてた・・・ふざけんなって思わねー奴が、どこにいる!?』

 

・・・成程。そりゃあふざけるなって話だわな。

 

ずっとずっと、こんな狭っ苦しくて、何もできない世界に閉じ込められていて、ようやく出してもらえたと思ったらそれは数分間の夢のようなもので。

 

『不思議だよな?外に出る前はあんなに平気だったのに。戻ってきたら・・・つまんねぇんだよ!誰もいない!何も起きない!走ることすらできねぇ!だから・・・』

 

オレは、お前を消して外の世界を堂々と歩くんだ!と恐ろしいほどのオーラを放ちながら『オレ』は俺を睨みつける。

 

・・・正直、背筋がゾッとした。これが、ハングリー精神と言うやつか。明らかに方向性は間違っているけれど。

 

されど、その覚悟は本物。

 

ごくり、と生唾を飲んで、次の動きを伺っていると『オレ』は事も無さげに馬房の外へと歩みを進める。

 

って。

 

『ちょっと待て!?どうやって外に出た!?』

 

馬房の入り口って馬栓棒で塞がれてるはずなんだけど!?それをどうやって抜けたんだ!?

 

まさかイリュージョン・・・と狼狽える俺に、『オレ』が呆れたような様子で吐き捨てる。

 

『まさか、まだ気づいてねーのか?ここはなぁ、お前と、オレの心の中なの!だから「こうしたい」って思えばその通りになる訳!』

 

『ああ・・・』

 

なるほどなぁ。最早理解できる範疇を飛び越えていて、俺は気の抜けた様な返事しかできなかった。

 

ものは試しと馬房の入り口を塞ぐ馬栓棒に向け、『外に出たい』と念じれば、まるで最初からそこに障害物など無かったと言わんばかりに馬栓棒はきれいさっぱりと消え去り、入り口が開かれた。

 

『ええ・・・』

 

本当に開いちゃったよ。うん、なんだかここでは何が起きてももう驚かない自信が出てきた。

 

『おい!出られようになったんだろ!?早く行くぞ!』

 

現実では到底ありえない光景を見て再び呆然とした俺を引っ張るように、『オレ』の威勢のいい声が厩舎に響き渡った。

 

 

 

 

かくして、俺と『オレ』は馬体を並べて厩舎の外へと繰り出していた。

 

しかし・・・こうやって見ると、太島厩舎以外にも他の厩舎だったり、洗い場の位置だったり、ちょっとした植え込みだったり・・・隣に『オレ』がいなければ本物と信じてしまうくらいには美浦トレセンそっくりな風景が広がっている。

 

『思ったとおりだ!やっぱり、新しい場所ができてる!!』

 

その道中、『オレ』が嬉しそうに呟いた。

 

『新しい場所?』

 

『ああ!お前が来るまで、あの建物の外には出られなかった!!お前の記憶でここが広がったんだよ!』

 

興奮したような様子で言う『オレ』。俺にとってはすっかり見慣れた様々なものが新鮮なのか、ぴょんぴょんと跳ねるように色々なものを見に行くから、なかなか先へと進まない。

 

まるで仔馬のようなその姿を見ていると、歳の離れた弟ができたようでちょっと楽しくなってしまったが、いやいや、さっきこいつは何を言っていたと首を振ってその考えを振り払う。

 

・・・だが。

 

ずっとここに閉じ込められて。

 

外の世界の楽しさも、厳しさもなんにも知らないまま大きくなって。

 

そういう意味では、こいつの記憶もほとんどがこの世界の厩舎と同じでがらんどうなんだと。

 

それだけは、悲しいやつだと心の底から思った。

 

 

 

 

そうやって歩き続けること二十分ほど。

 

俺たちは、美浦トレセンの南馬場(を再現した場所)へと到着していた。

 

『レースの前にはまず準備運動だ!!』とどこから覚えたのか『オレ』が言うから、まずは十分ほど肩慣らし。

 

『・・・マジで本物そっくりだな・・・』

 

いや、しかし。相変わらずの再現度だな。ダートコースの油断すると脚を取られそうになる感じとか、ウッドチップの脚抜きの良さとか、一瞬本当に本物かと思った。

 

適度に汗をかいたところで、『オレ』も準備が整ったらしく『おーい!』と声をかけてくる。

 

『ここだ、ここ!この前走ったとこに似てるから、ここがいい!』

 

ラチをすり抜けて『オレ』の元へと向かうと、そこは芝コース。その最終コーナー手前で立ち止まって待っていた。

 

こりゃあいい。俺も存分に全力を出せそうだ。

 

『で、だ。どこからどこまで走る?』

 

『オレ』にそう尋ねると。

 

『ここから一周して、あそこが目立つからゴール!それでいいか!?』

 

視線の先には、赤いポール。

 

ほう、なかなかどうして分かっているじゃないか。あれは現実でもゴールとして使われている場所だ。

 

『ああ。それでいこう』

 

特に不都合もないし、スプリンターの俺たちにとって長い距離を走れというのも酷である。

 

『オレ』の出した条件を承諾すると。

 

 

『はぁぁ・・・やっと、やっとこの日が来た・・・!!』

 

先程までの無邪気な仔馬のような雰囲気から一転。厩舎の中で出会ったときのような、魔王じみたオーラを再び立ち上らせる『オレ』。

 

それほどまでに、俺に勝ちたいのだろう。

 

そして、外の世界へと飛び出したいと願っている。

 

その気迫に、思わず一瞬押されてしまうが。

 

『負けたほうが消える』と一方的に定められたこのレース。

 

俺だって、負けたくはない。

 

一度死んで、生まれ変わって、必死に走り続けて、勝ち上がって・・・G1を勝って。

 

せっかく、生きられる権利を得たのだ。それを簡単に、はいそうですかと手渡してたまるものか!!

 

後ろへと引き下がりかけた後ろ脚を踏ん張って、浮いた前脚で力強く地面を叩きつける。

 

ひとつ、大きく息を吸って。

 

・・・迷いは消えた。

 

 

『・・・勝負だ!』

 

『ヒャハハハ!!オレが!!オレが本物だアァ!』

 

 

タイミングを示し合わせた訳でもないのに、俺と、『オレ』は同時に芝生を蹴り出し、お互いに負けられないレースのスタートを切った。

 




というわけで、闇のゲー厶ならぬ闇のレースが始まってしまいました。セキトは無事、現実世界に帰れるのか!?

次回更新は金曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

表裏、邂逅す その2

今回、いつも以上にやりたい放題になりました。一話で決着のあとまでまとめるつもりが長くなりすぎて分割・・・カオス空間のカオス決着をお楽しみください。


美浦トレセン、芝コース。

 

通常ならほとんど使われないそのコースの上を、瓜二つな赤い馬が二頭、駆け抜けていく。

 

最内を駆ける方は、野性味に溢れた荒々しい走り。

 

その外に取り付いて後を追う方は、洗練された美しい走り。

 

それぞれ異なったフォームで、力強く前へ前へと進む二頭は、今正に己の存在を賭け、争っていた。

 

 

しかしその戦いを見守る者は、誰もいない。

 

そう、ここは本当の美浦ではない。

 

 

彼ら二頭だけが知る世界、彼らだけが知っている戦いなのだ。

 

 

 

 

『くぅっ!』

 

現在、もう一頭の『オレ』と、お互いの存在を賭けたレースをしている俺は、しまった、失敗したと早くも後悔していた。

 

今目の前を走るのは、俺にそっくりなんてもんじゃない。俺そのものの赤い馬体。

 

その走りこそ、イロハもなんも知らねぇ滅茶苦茶なものだったが。それでも『オレ』はスタートと同時に内ラチ沿いにピタリと位置取り、先行したままそのポジションを譲らない。

 

『ヒャッハハハァ!!走れる!走れる!!オレがホントのセキトバクソウオーなんだぁ!!』

 

ご覧の通り、相手はレースもろくに知らない仔馬みてーな奴だ。それがなかなかどうして、流石俺と同じ身体に収まっていた存在というべきか・・・位置取りが上手ぇ。このままだと内外の分俺が不利になる。

 

油断大敵。相手をどこか舐めていた俺は当然面食らったし、この勝負が超スプリント戦である以上、相手のスタミナ切れも狙えない。

 

 

しかし、あいつにはない強みが、俺にはあった。

 

『(まだだ・・・まだ・・・!)』

 

走法チェンジによる、二段ギア。

 

努力の結晶であるそれまでは、流石に真似できないことだろう。

 

第一、第二コーナーを曲がりながら、『オレ』をどう追い抜くかの算段を立てていく。

 

『(スピード自体は、互角なんだよな・・・!)』

 

驚いた・・・というか、冷静に考えればそりゃそうなんだけど。俺と『オレ』の走るスピードは全くの互角であった。

 

となると、無駄に脚を使ったほうが負ける。そんなスタミナの削り合いの勝負になるが。

 

『(あーっ!畜生、先行したかったなぁ!)』

 

それを踏まえても、俺よりも半馬身ほど先を行く『オレ』の姿に思わず舌打ちしそうになる。

 

スタートの時、先頭に行けていたらバテたフリ作戦なり、経済コースなりいろいろと使えていたものをと後悔してももう遅い。

 

今の俺にできるのは、なるべく脚を使わないようにしながら、こいつに置いていかれないようにすることだけだった。

 

俺にとって最良のパターンは、『オレ』がこのまま食らいついてくる俺に苛立ち、スピードを上げること。

 

最悪のパターンは・・・。

 

と、思考したその時。『オレ』の脚の動きが少し緩む。早くもバテたのかと少し期待したが。

 

『ふー、少し疲れてきたぜ、休も休も・・・』

 

ああ。今正に目の前で起きているこれが、最悪のパターン。

 

こいつ、センスだけで「息を入れ」てきやがった!

 

流石俺。というか『オレ』。まともに生まれてさえいれば、相当いい競馬ができていただろうと思うと勿体なさを覚えるレベルだ。

 

 

『(・・・チッ!)』

 

狙い通りには行かなかったが、これもまたレースである。

 

まだまだ向正面、中盤に差し掛かる辺り。俺は次なる作戦を立てるべく思案する。

 

『(それにしても・・・)』

 

『アヒャヒャ!走ってる!!やっぱり走ってるよ!!夢じゃねえ!』

 

ちらりと前の方に目をやると、『オレ』は随分と楽しそうに走っていた。

 

勿論このよく分からん世界に、ずーっと閉じこめられていたのもあるだろう。

 

しかし、それ以上に。

 

走れることそのもの(・・・・・・・・・)への喜びを全身で感じている、そんな雰囲気すら感じて。

 

『(本当にこいつを消して、いいのだろうか?)』

 

己の存在がかかっているというのに、そんな迷いすら覚え始めたその瞬間、俺たちは第3コーナーに差し掛かった。

 

『このまま、このまま行けば・・・!オレが、オレが『セキトバクソウオー』に、なれる!』

 

その時、ゴール地点が見えてきたことに焦ったか、『オレ』がペースを上げていく。

 

『(これなら・・・!)』

 

それについて行くように、徐々に俺もペースを上げ、絶好の差し切り体制。が。

 

『・・・っ!』

 

 

駄目だ。

 

こいつに勝つということは、こいつを消さなきゃいけないってことだろう。

 

ずっとここにいて、ずっと、独りぼっちで。

 

こいつは一体何をした?

 

 

ただただ、明るい未来を信じて突き抜けようとしているだけの純粋な魂を消すなんて・・・俺には・・・できない!

 

『くっ・・・!』

 

このまま脚を使わずに走れば、『オレ』はこの世界から解放され、外の世界へと飛び出していくことだろう。

 

その代わり、俺という存在は今度こそ消滅するのだろうなという確信と諦めが沸いていて。

 

半馬身だった差が1馬身に開いたその時だった。

 

 

 

 

「セキタン!負けないで!!」

 

『へっ!!?』

 

どこからともなく聞こえる、よく知ったその声。

 

一体どこから、と驚きのあまり辺りを見回せば。

 

『朱美ちゃん・・!?』

 

直線間際のラチの外側から、「朱美ちゃん」が大きな声を張り上げて、俺にエールを送っていた。

 

嗚呼、そうか、そうだった。「俺が望んだことが具現化する」のがこの世界。こういうことが平気で起きるのも、ありえる話だ。

 

俺にとって、大事で大切で、守るべき馬主サマの姿を見せつけられたその瞬間、胸の奥が大きく高鳴った。

 

それだけじゃない。

 

朱美ちゃんは切っ掛けに過ぎず、太島センセイ、薪場のおっちゃん、馬口さん・・・果ては共に走ったサラブレッドたちまで。

 

ラチのカーブにそって次々と、記憶にある限りのありとあらゆる姿を借りて。

 

俺の『生きたい』という意志が負けるな、諦めるなと現れては声を掛けてくる。

 

 

そうだ。俺には、「外の世界で、他ならぬ『俺』を待っている人がいる」。

 

その事実が、『オレ』に屈しかけた心に激励のムチを打つ。

 

『(どうせなら・・・!)』

 

そして、それに応えるようにして極限にまで高まった、勝ちたい、元の世界に帰りたいという思いが、文字通りにこの世界へと溢れ出し。

 

『っ・・・!』

 

その瞬間。地の底から湧き出すような轟音と共に、コースが、風景が、大きくその形と光景を変えていく。

 

流石に大きな変化を呼び起こしたせいだろうか。空間自体が揺れているようだ。

 

『なんだっ!何をしたんだっ!!』

 

『まあ見てなって』

 

急な変化に驚く『オレ』をよそに、俺達から見て左側。その地面を割るようにして巨大な構造物が天に向かってそそり立つ。

 

 

『なっ・・・なんだぁーー!?』

 

それ(・・)を見た『オレ』は驚嘆と、恐怖の入り混じったような声を上げた。それでも走り続けているってのは流石としか言いようがない。

 

すまねぇな。と心の中で謝罪する。お前は見たことがないだろうが、これは俺にとっては最早馴染みの建物なんだ。

 

『どうせなら、特等席で見守ってほしい』という思いから現れたこれは、過去の名馬を見届け、そしてこれからも新たな優駿たちの悲喜を見守り続けるであろう場所。

 

 

超満員の、中山競馬場のスタンドだ。

 

 

その最前列には、勿論朱美ちゃんの姿も・・・って。

 

おいおい。なんでそこにマンハッタンカフェとイーグルカフェまでいるんだよ。ご愛嬌ってやつか?

 

『行けーっ!』

 

『差せーっ!!』

 

『そのままー!!』

 

思わぬおまけに苦笑いしていると、俺たちに向けて人馬入り乱れた大観衆が一斉に沸き立った。

 

『ウワーッ!?なんだ、なんだこの沢山の音はーっ!?耳が!耳がぁーー!!』

 

『(ただの音、か・・・まあ、仕方ねぇことだけどよ・・・!)』

 

いきなり現れたスタンドと大量の人々に驚く『オレ』とは対象的に、俺はその声に胸の奥に沸き立つものを感じていた。

 

そして、思い出す。

 

レースの前、『オレ』と話している中。俺は自分で言っていたじゃないか。

 

『俺の方が、世間一般でいうセキトバクソウオーだ』と。

 

ならば、この大観衆の声にも応えるのが筋ってもんだろう、と自然に笑みが浮かぶ。

 

だが、そのためには、俺一頭(・・・)だけじゃあ力が足りない。

 

 

『相棒』が必要だ。

 

『ふぅ・・・!』

 

このまま呼んだとてきっと応えてくれるであろうが、より万全な態勢で『彼』を迎え入れるため、俺は気持ちを集中させる。

 

『・・・!』

 

その『思い』はまずハミという形から現れた。

 

それを迷うことなくガチリと噛むと、そこから瞬く間に紅白の光が伸びて頭絡と手綱を形作る。

 

背中には濃紺の布地が現れ、すかさずそれを鞍と鐙の重みが背筋へと押し付けて吹き飛ぶのを防ぎ、俺の胴を囲うように現れた光の輪が腹帯となって固定する。

 

そして。そこに刻まれるは、7という数字と、セキトバクソウオーの白い文字。

 

春先、高松宮記念を制した時と全く同じゼッケンが俺の背中に鎮座した。

 

そんな一見すればカラ馬のような状態となった俺を見て、『オレ』は再び驚くような表情を見せ。

 

『な、なんだそれ!!そんなものを背負って・・・走りづらくないのか!?』

 

『ああ、これっぽっちもな!』

 

前方から聞こえた、訳が分からないという混乱のまま叫んだ声に答えてから、俺はいよいよ『彼』を呼ぶ。

 

『生きたい』という思いからスタンドが現れたくらいだ。それ以上に強い願いを抱いた今なら、『彼』だってきっと。

 

この幻のスタンドの何処かにいるであろう、その人物に向けて、俺は思いのままに叫ぶ。

 

『どうせ、そこにいるんだろう!?俺を見てるんだろう!?だったら、力を貸してくれよ!!』

 

そうして吸い込まれていった俺の声に、一瞬スタンドがしんと静まり返って。 

 

 

 

たしかに、誰かが鐙に足をかけた。

 

 

「待たせたね、セキト!」

 

間違えるはずもない、相棒の声が『背中』から聞こえてきて。

 

 

『ワアアアアアアア!!』

 

 

俺の心の高まりに呼応したのか、再び湧き上がる大歓声・・・いや、むしろ、さっき以上か。

 

『待ってたぜっ!!ジュンペー!!』

 

ずしりと背中にかかる重みは、間違いなく彼のもの。

 

その両の手は手綱を掴み、俺の望み通りに前へ進めと激しく扱かれている。

 

一歩、また一歩。

 

直線に入って、ぐんぐんと加速していく俺の脚。

 

やがて前へ行っていたはずの『オレ』にも追いつき、追い越して。

 

『なんでだ!ヘンな格好で!ニンゲンを背負ってるなら!その分オレの方が速いはずなのに!!』

 

追い抜き際、信じられないものを見るような顔で、泣きながら叫ぶ『オレ』が目に入る。

 

ああ、可哀想に。

 

こればかりは、「外の世界」を知らないのだから仕方ない。

 

この人間は、ただの人間じゃあないし、ましてやこの格好は変でもなんでもない。

 

大切な相棒を乗せるための一張羅であり、なにより大事な人に、俺はここにいると知らせるための勇姿なんだ。

 

「いくぞ!セキト!!」

 

ほら。耳をすませば、いつもと同じ。

 

優しくて、強くて、頼りになる、ジュンペーの声がして。

 

『ああ!!』

 

それに応えると、ぱちん!と鞭がトモに入った感覚と音が響き渡り。

 

『おっしゃあああああ!!』

 

そのまま走り方がストライド走法へと変わると、そのスピードは俺と『オレ』を更に引き離していく。

 

『な・・・なんで、なんでだよ・・・なんで、同じ存在の筈のオレが、お前に負けるんだよ・・・!?』

 

刹那、後ろから放たれた、そんな呟きを確かに耳で聞きながら。

 

俺は『オレ』よりも1馬身ほど突き抜けて、赤いポールを駆け抜けた。

 




表セキト、大勝利!希望の未来へレディーゴー!

・・・の前に。次回更新は敗北した裏セキトとのあれこれを書かせていただきます。

ひょっとしたら例外的に土日のどちらかの更新になるかも・・・!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

表裏、邂逅す その3

大阪杯は荒れましたねー。

まさかジャックドールもエフフォーリアも両者吹っ飛んで、昨年の1月の勝利を最後に惜しい競馬を続けていたポタジェが勝つとは・・・。

2着のレイパパレもなかなか来ると予想できた方は少なかったのでは。



『はー、はー、はー・・・』

 

俺たち2頭のうち、どちらが消え去るかを決するこの戦いは、俺の勝利で幕を下ろした。

 

超短距離だったとは言え、全力で駆け抜けたことには変わりない。

 

レースの興奮も合わさってか、爆発しそうなくらいに火照った身体を、心地のいい疲労感と風が汗まみれになった俺の体を冷ましていく。

 

 

『ふう・・・』

 

「セキト、お疲れ様。よくがんばったね・・・」

 

ゴールしたことを確認して、スピードを緩めると同時。安堵がきっかけとなったか首を撫でた幻のジュンペーと馬装が、光となってこの世界へ還っていく。

 

『はぁ、はぁ・・・本当に、ありがとうな・・・ジュンペー・・・』

 

あのジュンペーは、あくまで俺の妄想の産物だと頭ではそう分かっちゃいるが・・・しかし。俺を助けてくれたのも、確かな事実であって。

 

『・・・背中、軽いなぁ・・・』

 

俺はその存在に感謝してから先程までと比べて随分と軽くなった背中に寂しさを覚えつつ、ゴールすることなくコースの上で座り込んだ『オレ』の元へと向かった。

 

 

 

 

『ゔあ"あ"あぁぁぁん!!』

 

『・・・あの?』

 

『負"け"た"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ!!』

 

レースに敗北し、外の世界へと飛び出す希望を失った『オレ』は全部の脚をジタバタさせながら大声を上げて泣いていた。

 

えっと、どうすればいいんだこれ。

 

『も"う"駄目だぁぁぁぁ!!お"し"ま"い"だぁぁぁぁ!!』

 

どこぞの金髪に変身する人みたいなことを言いながら泣きわめく『オレ』を見ていると・・・なんとなくピンときた。

 

レースの前も思ったけれど、こうやって素の状態を出している『オレ』はまるで仔馬のようだ・・・というか、仔馬そのもの。

 

身体ばかりが大きいからつい騙されてしまいそうになるが、独りぼっちのこの世界の中でどう心を成長させられるんだと聞かれりゃそりゃそうだという話でもあって。

 

一旦そう気づいてしまえば、レース前にトレセンの風景にはしゃいでいた姿も、いきなりオレの方が本物なのだと言い張ってきたことも、納得がいく。

 

そこにいたのは、この世界にたった一頭だけで暮らし、ようやく出会えた別の存在とのファーストコンタクトが命がけのケンカになってしまった哀れな存在だった。

 

そして、俺の存在に気づくと己が消されると思ったのかガバっと立ち上がり、必死の命乞いをして来る。

 

『なぁ!頼むよ!オレを殺さないでくれッ!!オレたち双子みてぇなもんだろう!?』

 

『(双子・・・か)』

 

目の前にいる『オレ』は、あれほどまでに勝ち気で血走っていた目を死を目前にした恐怖に怯えさせ、涙を流しながら懇願していた。

 

その声に耳を傾けていた俺の脳裏に、ふと「双子のサラブレッド」の話が浮かび上がる。

 

馬、という生き物は、子宮に子供を育てるためのスペースが一頭分しかないのだそう。

 

それ故、同時に2頭以上の子を授かっても両者共倒れになるか、無事に育ったとしても非常に小さく、か弱い仔が産まれてしまう。

 

それを防ぐため、特に身体面の資質も求められる競走馬の世界に於いて、双子はほぼ存在しない・・・いや、片方は、「生まれる前に」抹消されるのだ。

 

即ち。母馬の腹に宿った生命の灯火の片割れを人の手によって消す。

 

そうまでして残された仔馬が「普通の仔馬」として生を授かり、やがて、競走馬として母の元から旅立っていくのだが。

 

今こうして、己を生きようと一つの身体を争う俺と『オレ』の関係は。

 

なんとなく、双子の仔馬のそれに、似ている気がした。

 

 

俺も。この『オレ』も。

 

その奥底にある欲求は、ただ一つ。

 

 

『生きていたい』。

 

本当にたったそれだけなのだ。

 

 

しかし、先程も述べたように、俺たちの魂は二つ、身体は一つ。ここ以外で肩を並べてお天道様の下を歩くことは、叶わない。

 

その運命の悪戯によって生まれた不条理に、『オレ』は泣いている。

 

『・・・なあ、『オレ』よ』

 

『ッ!!』

 

俺に声を掛けられ、ビクリと身体を跳ねさせる『オレ』。その姿はまるで叱られることを察した子供のようで。

 

その光景がまた、こいつはまだなんにも経験していない、まっさらなまま大きくなった奴だという確信を強くする。

 

その様相にはふ、と小さな笑いさえ漏れて。

 

例え『オレ』が、俺の身体に何かしらの影響を与えるとしても、それを受け入れてやるのが大人ってもんだろう。

 

考えてみれば、『オレ』がいるなんて気づかなかったくらいには今までなんの影響も及ぼしてこなかったし、なにより2頭同時に生きていられるというのならば、それに賭ける価値は十分にある・・・と思う。

 

『負けた方が消えるって約束だが・・・俺は、了解した覚えはないぜ?』

 

だからこそ。

 

彼が生きていたいと叫ぶのなら、俺は、喜んでその魂を受け入れよう。

 

『・・・は!?』

 

きっと消されると思っていたのだろう。目を閉じてぶるぶると震えだしていた『オレ』は俺の言葉に、先程とまでは一転してキョトンとした表情を見せた。

 

なんだよ、普通の顔も出来んじゃねーか。

 

『なんっ・・・!オレが言い出したこと『こういうのはな、契約っつって、両方が納得して初めて成立するもんなんだよ、つまりどっちが本物かって勝負も俺がオッケーしてないから不成立!意味がありません!以上!!』』

 

なにか文句をたれようとした『オレ』の言葉に割り込むようにして、これは一方的な「脅迫」であって「契約」にはあたらない、ならばそれは執行されないのが当然であると黙らせる。

 

『ええ・・・』

 

『言い訳しない!』

 

『は、はいぃ!!?』

 

まるで理解できないといった表情で、力の抜けた声を漏らしながら呆気にとられるガキンチョにはオトナとして叱ってやって、それから。

 

『・・・それと・・・はぁ』

 

・・・いや、自分で考えといてちょっと恥ずかしいな、このセリフ。

 

発声のために吸い込んだ空気が一気にため息として放出される。

 

だけど、言わなきゃ。このセリフだからこそ伝わるものがあるんだと意を決して、再び息を吸い込んだ。

 

 

『俺は別に、お前に消えてほしいとか思ってないし・・・むしろ、協力してほしいんだ』

 

『・・・!生きられるなら、もうなんだっていい!何でもするから!殺さないでくれ!もうお前の邪魔もしない!』

 

『いや、そんなんじゃなくてな!?』

 

協力、という言葉に対して少々オーバーな命乞いをする『オレ』に引きつつも、俺はこう告げた。

 

『条件は一つ。俺が「助けてほしい」って言ったら、外の世界に出てきてほしいんだ』

 

『・・・ふぇ?そんなんで、いいのか?』

 

『ああ、それと・・・大事なことを聞きたい』

 

『大事なこと・・・』

 

俺の言葉を聞いて、拍子抜けしたように泣き止んだものの、一体何を聞かれるんだと緊張の色を強くする『オレ』。

 

そんなに身構えなくてもなあ、と苦笑いしつつ、俺は肝心な事を彼に尋ねた。

 

『どうやったら、外の世界に戻れるんだ?』

 

『は・・・はぁ、なんだよそれぇ・・・』

 

それを聞いて、『オレ』はもう俺に、自分の存在を消すという意図が存在していないとようやく理解したのか、へなへなと座り込みながらも元の威勢を取り戻すように言い放った。

 

『前に試した!ここから出たいって思いながら走れば、外の世界に出られる・・・筈!』

 

『おい、随分抽象的だな?』

 

その答えは、確証に欠ける随分頼りないもの。俺がそこを指摘すると、『オレ』は恥ずかしそうに呟いた。

 

『・・・オレがやっても、なんかあと一歩の所で弾かれんだよ』

 

『あー・・・そういうことか』

 

その言葉に、何度も頷く俺。『オレ』が挑んでも挑んでも、外に出られなかったのは、恐らく俺の意識があったからだろう。

 

ならば、その俺がここにいる以上もう一度同じことをすれば出られる筈。

 

それをやらないのは、こいつの純粋さ故か、それともただ単に頭が回らないだけなのか。

 

・・・まあ、今更それを気にして、帰りが遅れてもいけないなと意を決する。

 

『なんつーか、世話になった』

 

なんとなく、この世界を経つ前に挨拶しておいたほうがいいかなと思って、『オレ』にそう声をかける。

 

『・・・またな、『俺』。』

 

その『オレ』からは短くそう返ってきて。しかし直後に『あーあ、楽しかったのに、また寂しくなるなぁ』と呟いていたから。

 

せっかくの思ったことが思い通りになる世界だ。なにか俺からこいつに贈れるものはないかと思案して・・・閃いた。

 

『ちょっと待てよ。できるかどうかは分かんねーけど・・・むむ・・・』

 

帰ろうとしていた脚を一旦止めて、イメージを大きく、大きく広げていく。

 

それに伴って、俺の脚下から、光が広がっていって。

 

『おぉ・・・おお!?』

 

すっかり無邪気さを取り戻した『オレ』は、今度は何が起こるのかと期待に満ち溢れた視線で、あちらこちらをキョロキョロと見渡していた。

 

広がった光は、既に疑似トレセン全体を覆っているが、それでもまだ足りねぇ。広く、広く、もっと広く!!

 

この世界に残らねばならない、『オレ』へのせめてもの手向けなんだ!!気合を入れろ、俺!

 

そう思いつつ、より大きく、より広範囲へ変化を及ぼせるようにととにかく集中して。

 

 

『・・・どりゃあああーーっ!!』

 

そのイメージが限界に達した時。俺は大きく叫びながら嘶いた。

 

『う、うわああああっ!?』

 

その瞬間。

 

厩舎も、コースも、さっき出来たばかりのスタンドも。

 

俺の思いを叶えるべく弾けた光が、すべてを飲み込んで。

 

この世界を作り変えた。

 

 

 

 

『う・・・』

 

しばらくして。

 

地面に倒れ込んでいた俺は、意識を取り戻して立ち上がった。

 

首をぶるぶると振るいながら何が起きたのか考える・・・そうだ。光に巻き込まれて、ちょっと気を失っていたようだな。盛大な自爆だ。

 

そう思い出しながら、この世界は俺の思った通りに変わっただろうかと周りを見渡し、変わり果てた風景に呆然とする。

 

これは・・・少々やりすぎたかもしれねぇ。

 

『ん・・・んん!?』

 

その時、近くで転がっていた『オレ』の方も目を覚まし、周りを見るなり、目を点にしてから、輝かせながら驚いていて。

 

『すっ・・・げぇぇーーー!!!』

 

息を吸い込んだかと思えば、まるで宝物を見つけた少年のように大きく叫んだ。

 

ま、それも無理はないわな。

 

俺たち二頭の前には、彼方まで続くような黄金の大平原が広がっているんだから。

 

 

―なんということでしょう。あれほど人工物に満ち溢れ、閉ざされていた世界が匠の手によって美しい大自然へと生まれ変わったではありませんか―

 

 

なんてどこかで聞いたようなナレーションが頭の中で再生されたような気がする。

 

開かれた草原には時折風が吹き抜け、走り疲れたならばそこら中に生えている樹の下で身体を休めればいい。

 

思いっきり身体を動かせるんだ。これからはもう、退屈なんてしないだろうさ。

 

『・・・ありがとう!本当にありがとう!!ちょっと一緒に走らねーか!?』

 

『いや、遠慮しとく』

 

トレセンなんかよりも、遥かに自由な場所を手に入れた『オレ』は何度も何度もお礼を言ってきて、走らないかと誘いをかけてきたが・・・ああ、俺はあんまりここにいないほうが良さそうだ。

 

『連れねーなあ』と不機嫌そうに愚痴る『オレ』だったが、仕方ないだろ。俺の調節が上手すぎたか、この世界の補正なのか。

 

居心地が良すぎて、あんまりここにいるとずっといたくなってしまいそうなんだよ。

 

・・・俺の帰るべき場所は、ここじゃない。

 

帰るべきは、ジュンペーがいて、馬口さんがいて、朱美ちゃんがいて・・・幻なんかじゃなくて、紛れもない本物がいる外の世界。

 

『じゃあな』

 

『おう!元気でな!』

 

『また・・・どこかで会おうぜ!!』

 

今度こそ手短に挨拶を交わしてから、俺は名残惜しさをも置き去りにして、『外の世界』に向かって駆け出した。

 

そよぐ黄金の原っぱを、草を散らしながら駆け抜けて、駆け抜けて、やがて身体が浮き出して。

 

 

『お、お、おおお!?』

 

思わぬ事に驚き、スピードが鈍ってしまいそうになった俺だったが、どこからか『オレ』の『大丈夫!そのまま突き抜けろ!』と言う声が聞こえ、集中力を取り戻す。

 

『ああ!色々ありがとうな!!』

 

『オレ』に掛けた最後の声は、感謝。

 

これから、俺は外の世界で。あいつはこの世界で苦労するだろうけれど、時折だったら俺が暮らしている世界にも遊びに来てほしいなと思いつつ。

 

宙に浮かんだ脚をいつものように動かせば、まるでそこに地面があるかのように身体が進む。

 

・・・いつもとは違って、加速したいと思えば思うほどその脚は速くなって。

 

『ははっ、こりゃすげぇ!!』

 

そのまま空を突き抜けて、やがて宇宙へ飛び出すと、漆黒の空間に無数の星が点々と輝いていた。

 

それでも俺は加速を止めない。目指すのは世界の果て、外との境界線なのだから。

 

やがて煌めく銀河系も、瞬く星々も、何もかもが線にしか見えないスピードへと到達した瞬間―。

 

 

 

 

『・・・はっ!?』

 

気付けば俺は、ニューマーケットの厩舎で目を覚ました。座ったまま居眠りをこいていたようだ。

 

しばし現在位置の把握に混乱しながらも、そういえば俺は欧州に遠征に来ていたのだという確かな記憶を思い出して。

 

ぼうっとしたまま首を持ち上げれば、ふあぁと大きな欠伸が飛び出す・・・なんだか随分と長く眠って、とっても不思議な『夢』を見たような・・・?

 

にしてもかなり内容がぶっ飛んでいたような気がするけれど。

 

『もう一頭の俺?だっけ?あれ?』

 

必死に『夢』の内容を思い出そうとしても、厩舎の窓から吹き込む風を浴びて頭が冴えて行く度に、その内容は薄れて消えていく。

 

まるで、幻のように。

 

『・・・ま、気にしてもしょうがねーか!』

 

俺はいちいち『夢』のことなんざ気にしてもしょうがないかと身体を起こして立ち上がり、ばたばたとくっついた寝藁を振り落とす。

 

『よし、あと数日なんだ、我慢すっかな!』

 

しっかり眠ったのが功を奏したのか、微かに残っていた捻った脚の痛みもすっかり消えて。

 

たまにはのんびりするのも悪くないと、やることもなく赤く染まり始めた空を見上げると。

 

 

『(あははっ!!楽しー!)』

 

『・・・ん?』

 

どこからともなく、走ることを謳歌しているような声が、俺の耳に聞こえてきたのだった。

 




セキト、現実世界に無事帰還!

ただし『あっちの世界』のことは一睡の夢、覚えてはいられないようですが・・・裏セキトくんは開放されたのでヨシ!(?)

次回は水曜更新の予定となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジュライカップに向けて

ウマ娘運営、やらかしましたね・・・。

当然のことのようにロールバック処置となりましたが、配布の瞬間サイゲのオフィスにはブルボンでもいたんでしょうか?

しっかし総ファン数3兆人とは・・・これ、現代の地球で言ったら何個必要になるんでしょう(笑)


7月某日、ニューマーケット ジュライカップ最終追いきり―。

 

「いいぞ、セキト・・・!」

 

『ブルルルルッ!!』

 

僕・・・岡田順平は静養期間を終えた赤い相棒の背に跨がり、ニューマーケットの馬場を力強く駆け抜けていた。

 

「(やっぱりこいつはすごい馬だ・・・この短期間で、走るのが上手くなってる!)」

 

その走りの感想としては、感嘆。その二文字に尽きる。

 

どこか機嫌良さげに走るセキトの蹄はデコボコとしているはずの地盤をしっかりと捉え、日本にいるときのようなガツンとスピードに乗る走りを取り戻しつつあった。

 

それどころか・・・元々力強く駆け抜ける印象の強い馬ではあったけど、その足取りはひと月前と比べても更にパワーアップしていて。

 

共に走れば走るほど、今なら欧州の馬たちにもひけを取らないと胸を張って言えるくらいには自信しかない。

 

「調子はどうだい?」

 

『ヒヒンッ』

 

伺うようにそう尋ねれば、セキトはいつものように短い鳴き声で応えてくれた。これは、好調の証。

 

「・・・貰ったかな」

 

海を渡った先での大舞台。にもかかわらず更に一皮剥けたらしきこいつの活躍を欧州の人々に見せられるかと思うと、今から顔がニヤけてしまって。

 

万が一マスコミにでも撮られていたらマズイから、すぐにポーカーフェイスを意識する。

 

それにしても、静養している間に何かきっかけでも掴んだのだろうか。そのくらい別の馬かと思うくらいには欧州の馬場に適応できていた。

 

その証拠に、今日の調教ではせいぜい手綱をしごいて「強め」くらいで追っているんだけれど。たまたま居合わせた他の馬たちを軽く追い抜いていくくらいには勢いのある走り。

 

「(これが全力じゃないなんて・・・!本番では、どれほどの走りができるんだろう)」

 

ふとよぎるのはアグネスワールドに続く偉業・・・即ちジュライカップの制覇。

 

かつては絵空事と言われていた、日本馬による欧州のG1制覇。

 

そして。セキトは今までそれを成し遂げた馬たちとは、決定的に違う点がある。

 

シーキングザパール、タイキシャトル、アグネスワールド、そしてエルコンドルパサー・・・。

 

彼ら、彼女らは皆海外で生まれ、日本人の馬主に買われて日本の地を踏み、走ったマル外の馬だった。

 

だが、セキトは。

 

父サクラバクシンオーの名を聞いて海外血統だと言う人はいないだろうし、ましてやその母系に流れるは、名牝スターロッチの血脈。

 

これを『日本の血統』と言わずして何というのだろう。

 

 

・・・もしも。もしもの話だけれども。

 

このレースを・・・ジュライカップを勝てたのなら。

 

日本馬のレベルは、世界に手をかけるところまで来ている、もっと世界へ飛び出していいのだという動かぬ証拠になるのでは?

 

前走の有り様にも関わらず、そう意識してしまうほどには、今日のセキトは絶好の動きで。

 

「・・・もう少し飛ばすかい?」

 

『ひひーんっ!』

 

僕はその威勢のいい返事に免じて、調教の強さをゴール前一杯に切り替えた。

 

その日、ニューマーケットの直線に火の玉が駆け抜け、そのタイムは欧州遠征中に記録したものとしてはベストになったのであった。

 

 

Junpei|(順平、), the condition of this horse is ...|(そいつの調子は・・・)Oops.(おっと)I don't think I need to hear it(聞くまでもなさそうだな)

 

レースが近いということもあって、調教から上がってきた僕達を出迎えてくれた現地の調教師、ウィリアム先生がひと目見てそう漏らしたくらいには、セキトの心身は抜群のコンディションへと仕上がっていた。

 

触れば弾けてしまいそうなほどの弾力のある筋肉、ギラギラと闘争心にあふれる瞳。なによりそのすべてを支える脚も、全然へっちゃらといった感じで。

 

Breathing is good,(息遣いもよし、)Good eyes.(眼差しもよし、)The legs are also ... looks good(脚元も・・・良さそうだな)

 

あまりのデキに、先生が直々にセキトの馬体を触って確かめ、その後に納得したように頷いて。

 

It's definitely an outstanding finish.(間違いなく抜群の仕上がりだ。)The next race is(今度のレースでは)Show me something!(目にもの見せてこい!)

 

I got it!(わかりました!)

 

長年の経験から培われてきた確かな腕に太鼓判を押され、それに応えるよう僕もまた自信を持って首を縦に大きく振ったのだった。

 

 

 

 

『いやー、走った走った!』

 

ジュライカップに向けた調教の後、俺は洗い場で水をかけてもらいながら心地のいい疲れに身を任せている。

 

ジュライってことは・・・7月か。そりゃ道理で段々と暑くなってきてるわけで。

 

Sekito,Good work.(セキト、お疲れさま)

 

『おう』

 

物思いに耽っているとスタッフさんから声をかけられたから、適当に返事をした。

 

英語はほとんどわからないんじゃないかって?一ヶ月もいりゃ嫌でもニュアンスくらいは分かるようになるわい!

 

最近は俺の存在もここに浸透してきたみたいで、名前を呼んでくれるスタッフさんが増えてきて。それが何だかうれしい。

 

俺が返事をするのを見て、大体同じ言葉・・・多分「賢い馬だ」って感じで褒めてくれるし、寧ろ「こいつ返事するぜ!」って話もセットになって恐ろしい勢いで広まってるんだろうな。

 

それにしても・・・今日の調教。何だか非常に上手く走れた気がする。昨日の今日までどうやって欧州の馬場に適応しようかどうかなんて考えてたなんて信じらんねぇくらいに脚が上手く動いてくれた。

 

何が起きたかなんて自分でも分からないし、寧ろ怖いくらいだが、これなら本番でも良いところは見せられるかな・・・なんて。

 

『(前走が完全にアレだったからなぁ・・・)』

 

今思い返してもあのレースは酷かった。スタートは出遅れるし、道中は馬体をぶつけられるし、挙句の果てにモグラ穴。

 

度重なる欧州の洗礼にもうお手上げと言う他なかったが・・・勿論俺も、ジュンペーも、ウィリアム先生だって。それを対策しないまま出走するようなバカじゃあない。

 

まあ、その対策の大半はこうして俺が欧州の馬場に適応したことによって杞憂に終わった訳だけれども。ウィリアム先生、素晴らしいそのアイデアは次の馬たちにでも生かしておくれ。

 

 

さて。その日の夕方、俺が出走する次のレース、ジュライカップの作戦会議の時間がやってきた。

 

ジュンペーとウィリアム先生、そして馬口さんも交えてどんな作戦をとればより俺のパフォーマンスを引き立てられるだろうかと協議が重ねられ。

 

出された課題としては馬体をぶつけられたくないし、それによって走りのリズムを妨害されたくない。

 

それさえクリアできれば俺の走りとスピードならばチャンスは大きく広がると。

 

ならばその答えは。皆がうんうんと唸った末にジュンペーがいとも簡単にその解を引き出してみせる。

 

Let's take(思い切って) the plung|(ハナを) and go to the top.(切って行きましょう)

 

三十六計逃げるに如かず。ハイペースで逃げてそのままゴールに飛び込む作戦だ・・・いや、作戦っていうのかこれ?

 

Okay,(成程、)Worth to try.(試す価値はあるな)

 

先行とかにしたほうが、という俺の思いとは裏腹に、ウィリアム先生も「それでいい」みたいなニュアンスで話してるし。

 

『疲れ果てるまでひたすら逃げる・・・かぁ』

 

とにかく調教での動きの良さから俺は、ジュライカップで馬生初めてとなる逃げ戦法に挑むことになったのだった。

 

確かに逃げるならば脚を余らせたり、実力を発揮できなかったとあれやこれや言ってくる外野の口を塞ぐことにも繋がるだろう。

 

しかしジュライカップは、1876年創設・・・イギリスのレースの中でも歴史と権威のあるレースだ。欧州のG1戦線を張っている強豪が出走することもあり、そうなればハナを叩くのは容易ではない。

 

そこで初めての戦法を取る。思い切りの良さが良策と取られるか愚策と取られるかは、俺の勝ち負け次第だ。

 

勝てば官軍負ければ賊軍。それは昔っから変わらない、勝負事における基本ルールの一つ。

 

『(まあ、それでもやれって言われたら・・・ねえ)』

 

だが俺だって、ハイレベルな日本のスプリント戦線と香港で戦い抜き、G1馬の栄光を得ているのだ。ライバルたちの顔とその看板にかけてただ負けに行くのも許されないのが辛いところ。

 

だけど。

 

『やるっきゃねえだろうがよ』

 

それが、逆に俺の中に巡る「誰よりも速くあれ」というスプリンターの血を沸き立たせる。

 

やるからには勝たねば。いや・・・やってやる、なんとしても。

 

俺の身体と心には、早くも次の戦いに向けての気合がみなぎっていた。




セキト、次走に向けて視界良好!

金曜の更新では激闘のジュライカップをお送りする予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激闘・ジュライカップ

いよいよジュライカップ、セキトの勝ち負けは如何に。

そして、リアルダビスタにてシュシュブリーズの22(父サンダースノーの牡)が無事生誕しました!なんにも知らずに生放送開いた瞬間シュシュから脚が出てたのはビビったわ・・・。


欧州滞在中、散々お世話になったニューマーケットの馬場。

 

今日の俺は、その地にて行われる大レースの出走馬としてそこに立っていた。

 

前と同じくやたら距離感の近いパドックを周回して、馬場に入る直前、今度はスーツを着込んだ朱美ちゃんに「今度こそ勝とう!」って気合を入れてもらって。

 

ウィリアム先生からは「Do it! (やってやれ!)」とのお言葉を頂戴した・・・ん?何だかウィリアム先生の顔が赤いぞ?ひょっとして酔っ払ってらっしゃる?何してんの?

 

「セキト、後がつかえちゃうよ」

 

『ん?あ、ああ』

 

気になったことを考える間もなく、俺はジュンペーに促されてニューマーケットの芝生へと繰り出していく。

 

「さあ、セキト、今日は思い切り行くぞ!」

 

『ここでレースをするってのもなんだか変な感じだなぁ・・・』

 

すっかり調教コースとして見慣れたこの場所を全力で駆け抜けなければならないというのも不思議な話だが、これが欧州のルールなのだと言われればそれに従う他ない。

 

それに。

 

『・・・やっぱりな』

 

おもむろに右の前脚でとんとんと何回か芝生を叩いてみる。

 

蹄に伝わる感覚は日本と比べれば相変わらずデコボコした、良し悪し両方の意味で欧州らしい馬場のもの。

 

けれどもその程度は前に走ったアスコットと比べればかなりマシで、これならば俺も全力を出せそうだと安堵して。

 

「セキト?」

 

そんな俺の様子を見て、ジュンペーが心配そうに声をかけてきたから。

 

『ああ、悪ぃな、大丈夫だ』

 

短い嘶きでそう返せば、ホッとしたような様子のジュンペー。そのまま帽子の上にあったゴーグルを装着し、口元でしかその表情を伺えなくなった。

 

 

『・・・にしても、歴史のあるG1とはいえ、こんなもんなのかね』

 

改めて返し馬に励む他の出走馬たちを見渡すと、これがどうにも格落ち感が否めない。

 

欧州特有の「緩さ」も影響しているのかもしれないが、なんというか・・・日本でG1レースに出たときのような殺伐とした感じというか、そういう火傷してしまいそうなくらいの強さを感じる馬ってのがこの場にはいない。

 

これなら勝てるかもしれない。確信に近いそんな感情を抱き始めた時だった。

 

『おい、オレ達を舐めるのは勝手だが・・・それで痛い目を見ても知らないぜ?』

 

『うわっ!?』

 

急に後ろに現れた鹿毛の牡馬にそう話しかけられ、俺は思わず飛び上がってしまう。

 

「おおっと!落ち着けセキト、ここで体力をつかうな」

 

『そ、そうだったな・・・悪ぃ悪ぃ』

 

ジュンペーの一言で今はレースの直前であったと思い出し、首を振るって気持ちを切り替える。

 

Hey! Malhab!(こら、マルハブ!)

 

『なんだリチャード、ちょっと挨拶しただけだろう』

 

俺を驚かせたことに対して、向こうの騎手さんも牡馬をしっかりと叱りつけていた。当の牡馬は不服そうだけれども、欧州ってこういうところ厳しそうだよな。

 

にしても誰だこいつ。よくよく見れば年下っぽいし、ビビった俺が情けねぇ。

 

日本じゃお目にかかれない、真っ青な、しかし肩のところに白のラインが入った勝負服。隣同士で歩きながら前のレースでは見なかったその顔をまじまじと見つめていると、何かを察したのか彼の方から自己紹介してくれる。

 

『・・・マルハブだ。これでも少し前にG1を獲った』

 

『おお、そうなのか』

 

この年下牡馬、なんとG1馬であったらしい。

 

・・・にしては、あまり迫力が無いような?

 

『ああ。だが、一流と認められるにはまだまだ足りない。ここも勝って・・・オレは、スプリンターとして名を上げるんだ』

 

・・・成程、迫力に欠けるなんとなく分かった気がするぞ。

 

欧州ってG1の数が異様に多いんだよ。だからこそ、時にG3かってレベルのメンバーでG1が行われてしまうこともある。

 

例えそこで勝ったとして、G1馬の称号は得られても、種牡馬、繁殖牝馬としての価値にはほとんど影響をもたらさないんだよな。

 

つまり、こいつが言わんとすることは前走の勢いに乗って「本番」であるここで己が「本物」と証明したい、そんなところだろう。

 

うん、君の考えはよく分かったよ。よく分かる、けれども。

 

だからって、俺もみすみす勝ちを譲ってやれるほど背負った看板は軽くない。

 

『そのためには、まず俺を倒さないとだぞ?』

 

俺は軽く笑いながらも、マルハブを威圧する。なあに、本気じゃないしさっき驚かせてきた軽いお返しだ。

 

『・・・!』

 

その気配に気づいたのだろう、マルハブはぴくんと耳を動かしたが、それ以上は大きく反応することもなくやけに静かに返し馬に戻っていった。

 

『んー・・・ほぼノーリアクションか。効いたかどうかイマイチ分からんな』

 

マルハブに聞かれないよう、充分な距離が開いてから独り言を呟く。

 

まあ、その結果はレースで分かるとして。

 

「セキト、マルハブと何か話したのかい?」

 

走り去る彼を見ながらジュンペーがそう尋ねてきたから、俺はいつものように『ヒヒン』と返事をしたのだった。

 

 

 

 

第122回ジュライカップ(G1)

 

 

XX02年 7月11日

芝1207m ニューマーケット 天候 晴 馬場状態 Good to Soft

 

枠番番号       馬     名       性  齢 鞍   上 斤 量

 

1 6[外]Reel Buddy(リールバディ)      牡4 J.Forster 62

2 2[外]Continent(コンティネント)       騙5 D.Orlando 62

3 7[外]Three Points(スリーポインツ)     牡5 L.Dimitri 62

4 9[外]Misty Eyed(ミスティアイド)      牝4 K.Derby  60

5 11[外]Meshaheer(メシャヒアー)      牡3 W.Super  59

6 12[外]Millennium Dragon(ミレニアムドラゴン)  牡3 P.Nicos  59

7 8[外]Danehurst(デューンバースト)      牝4 G.Dirt  60

8 4[外]Malhub(マルハブ)        牡4 R.Mill  62

9 3[外]Juniper(ジュニパー)       牡4 P.Scolar 62

10 5[外]Misraah(ミスラー)       騙5 K.Falcon 62

11 1[外]Bahamian Pirate(バハミアンパイレーツ)   騙7 R.Higher 62

12 15[外]Twilight Blues(トワイライトブルース)    騙3 P.Endry  59

13 13[外]Sahara Desert(サハラデザート)    牡3 J.Molle  59

14 10[外]Landseer(ランドシーア)       牡3 M.Linen  59

15 14(父)セキトバクソウオー  牡5 岡田順平 62

 

 

 

 

「セキト、今日は大外だよ」

 

『おう』

 

出走する各馬が続々とゲートインしていく中、俺の耳が確かにジュンペーの呟きを拾う。

 

大外か・・・今回のレースが直線コースで助かった・・・というか、隣に馬がいないからサンドイッチされる心配がない分寧ろラッキーだったかもしれないなんて思いながらゲートに身を収める。

 

「・・・今日は、作戦通りに行くよ」

 

他の馬を待っている間、またしてもジュンペーが囁いた。

 

作戦通り、つまり逃げて逃げて、力の限りぶっ飛ばす。

 

俺の親父が、サクラバクシンオーが得意とした、その走り。

 

いざその作戦を取るとなると、俺の脳裏でその作戦を拒みたい気持ちが強くなっていた。

 

俺と親父は全く違う馬なのに、たまたま血が繋がっていて、同じスプリンターで、スピードに任せた勝ち方をするからって何度「さすがバクシンオーの息子」といわれたことか。

 

そんな状態で、作戦まで真似してしまったら・・・俺は、どこかの誰かに今度こそ完全に親父と重ねられるのでは、と心の内で危惧していて。

 

チラリと横目で内の方を伺うと、もうじきにゲートインが終わりそうなタイミングだった。

 

・・・スタートの時が、近づいている。今更他の作戦なんて立てられない。

 

「逃げ場」を無くした俺がこれから走るのが「逃げる」レースというのがなんとも皮肉めいていて、小さく笑いがこぼれる。

 

『(正直最初から飛ばすなんざ、俺の性には合わねえんだよ)』

 

だって、走れと言われた瞬間にいきなり全速力で走るなんて、ゴールがあるって知ってる身からしたら・・・まるで馬鹿みたいじゃないか。

 

『はぁ・・・』

 

脳裏によぎるは、騎手の制止も聞かず、愚直なまでに体力が尽き果てるその瞬間まで己の全力を振り絞り続ける、逃げ馬たちの勇姿といっていいのか分からない姿。

 

大体の競馬ゲームとかならちょっとばかり強い馬を前に行かせておけばアホみたいな勝ち方をするけれど。

 

後ろの馬より速いか、そうでなくともどうにか騙せれば勝ち、一つ間違えただけで呆気なく後続に追い越されていく。現実世界の逃げとはそんなリスキーな戦法でしかないのだ。

 

勝つためならば、どれほど拒絶したとしても、人々は俺にその戦法を求めるのと言うのだろうか?

 

でも。

 

それでもなのだ。

 

勝利の味というものは、それほどまでして追い求めるべき、至高の味わい。特にG1なんて一度味わってしまったら・・・病みつきだ。

 

 

・・・もしも、俺が「逃げ」れば勝てるというのなら。

 

そして、「相棒」が俺に他馬を置き去りにするほどのスピードを期待し、求めているというのなら、俺は。

 

嗚呼。この思いを表すには、今まで何度も兄弟たちの口から聞いてはいたけれど、どうにも恥ずかしくて口にできなかったこの言葉しか相応しいものが見つからない。

 

「セキトっ!」

 

その時、まるで俺の決意を待っていたかのように、ゲートが開かれた。

 

大丈夫だ、ジュンペー。

 

『逃げるってことは・・・もう、“驀進(バクシン)”するしか、ねぇよなあッ!!』

 

あれほど恥ずかしかったその言葉も、いざ口にしてしまえば不思議な開放感があって。

 

絶好のタイミングでゲートを飛び出した俺の気持ちは、最早前にしか向いていなかった。

 

 

 

 

「よしっ!このままいくぞ!」

 

『おう!』

 

絶好のスタートから、あまり馬が通らない上に、妨害のしようがない馬場の大外。その2つの要素が組み合わさった俺は余裕で先頭を奪い取る。

 

更にジュンペーは俺に馬群との距離を意識させるためか、スーッと手綱を左に引っ張り、俺を馬場の真ん中へと寄せていく。

 

『んな!速えーなお前!』

 

そこから1馬身ほど後ろにおいていかれる形になった、真っ青な勝負服・・・ゴドルフィンブルーって言うんだっけか?大御所の馬主さんの馬らしき鹿毛の牡馬が驚いたような声を上げた。

 

『お褒めに預かりどうも!』

 

顔は前に向けたまま、声だけを出してその驚きに答えてやる。悪いな、逃げてる以上、スピードを無駄にしないために前しか向けねぇんだよ。

 

『なんなの!?前と全然違うじゃない!こんなの聞いてないわ!?』

 

後ろから聞こえた困惑するような声の持ち主は、キングズスタンドステークスでも一緒に走った芦毛の牝馬ちゃんだ。何気に広い馬の視界が馬生ではじめて役に立った気がする。

 

『誰が逃げても僕には関係ないけれど・・・ちょっと速くないか!?』

 

続いてハイペースになりつつあるレースへの文句をたれたのはまだ若さ、というよりもあどけなさが残る牡馬。背中の鞍上は二番手のやつと同じくゴドルフィンブルーの勝負服を纏っていた。

 

『・・・』

 

5番手につけたのは内側に入ったマルハブ。さっきのこともあってか、何も言わずにひたすらこちらを睨みながら走っている・・・おお怖い怖い。

 

しかし、更にその内側。ラチ沿いに控えた馬の気配を感じ取った瞬間。ようやく俺の背筋にゾクリとした予感が走る。

 

『(最内のアイツ・・・強いな)』

 

ちらっと伺った時に見えた顔つきこそまだ幼さが残る・・・恐らく3歳馬なのだろうが、漂わせるオーラは名馬として遜色のないもの。

 

恐らく何もなくひたすら真っすぐに走ることが出来ればこいつが一番強いのでは。そう思えるほどには他の馬とは格が違う。このまま成長すれば、来年には歴史に名を残す強豪となりうるだろう。

 

とにかくアイツは気をつけなければならないなと走りながらあたりを付けて。俺はジュンペーの手綱捌きにいち早く反応するため、ひたすらに心を研ぎ澄ませた。

 

「(いいぞ、まだこのまま、このままだ)」

 

それに対しての返答は、手綱を持ったまま・・・つまり現状維持。

 

俺はそれに素直に従う形で、先頭のまま残り800mを通過する。

 

あとは何やら後ろの連中がごちゃごちゃと馬群を形成しているが、俺にとっては知ったこっちゃない。よく見えないしな。

 

あの最内のヤツのオーラを感じ取った瞬間、今の俺にとっての敵はアイツただ一頭・・・なぜだかそう感じられるほどには、あの馬が気になっていた。

 

しかし、何故だ?何故こんなにも・・・胸の奥がざわついている?

 

 

「セキト!しっかり!」

 

『ッ!サンキューなジュンペー!』

 

と、ジュンペーの喝が、どこか上の空になりかけていた俺の意識を引き戻す。

 

レースってのは他に何頭も競う相手がいて初めて成立するもの。名も知らぬアイツにばかり気を取られていては、他の奴らに脚元をすくわれてしまうことだろう。

 

たとえ何があっても、自らの走りを貫き、いち早くゴール板まで辿り着いた者だけが勝者を名乗れるのだ。

 

『(後ろの様子はっと・・・わーお。なかなか酷いことになってんな)』

 

再び少し後ろに意識を向ければ、ハイペースを作りながらも未だタレない俺に痺れを切らしかけているのか、何頭かが殺気立っているのが分かった。

 

そんな殺気立って力んでちゃ発揮できるものも発揮できなくなるぞと後ろの気配を難なくいなして、それに気づいた俺は随分大人になったもんだと心の内で苦笑する。

 

それに、ハイペースとは言ってもあくまで欧州基準。日本じゃこのくらいのタイムで逃げる馬なんてごまんといるだろうよ。

 

そして・・・こちとらスピード至上主義の日出る国で、2つしかないスプリントのG1を両方獲っているんだ。そう簡単には落ちないっての!

 

さあ、残り600、ここからが本当の勝負。先頭は・・・譲らねぇ!

 

 

『・・・ハァッ!!』

 

俺が引き連れた14頭の人馬たちはほぼ同じタイミングで追い出し始めたが、まず最初に動きらしい動きを見せたのは、馬群を縫って内を突いてきた2番のゼッケンを背負った栗毛馬・・・ってんん?なんかよく見たら見覚えがあるような?

 

『よう!島国の駄馬!今日はリタイアしなかったんだな!』

 

ああ!そうだ!キングズスタンドステークスで一緒に走った奴らの中にこいつもいたんだ・・・って。いきなり失礼なやつだなオイ!?

 

どう言い返したもんかと考えていると。

 

『あら!そのレースでかわいいFilly(三歳牝馬)ちゃんに負けて・・・』

 

『さらにその次でオレに負けたのは、どこのどいつだっけか?』

 

一気にペースが上がり、残り400を切った辺りで、外側から上がってきた赤地に黄色い襷が印象的な勝負服の騎手を乗せた牝馬ちゃんと、同じく位置取りを上げてきたマルハブがその言動にツッコミを入れた。

 

ほー。キングズスタンドステークスで三歳牝馬に負けて、その次でマルハブに負けたと。

 

『んん?ひょっとしなくても・・・お前、そんなに強くないな!?』

 

『ぐぬぬ・・・!ふんッ!!』

 

2頭に続くように思い切りからかってやると、2番の栗毛は心底悔しそうにハミを噛み締めた後、思い切り加速してきた・・・って、やべ。

 

「セキト!行くよッ!!」

 

『おうよ!!』

 

それを見たジュンペーもいよいよ手綱を扱き出し、俺は徐々に足の回転を早めてスピードに乗っていく。

 

『置いてかれる! ・・・あれっ?』

 

『おっとっと・・・んん!?』

 

牝馬ちゃんとマルハブも慌てたような様子でラストスパートをかけ出したが、いまいち伸びがない。

 

その一方で、俺・・・と、2番のやつの脚が、まるで止まらない。

 

『島国の馬のくせにしつけーな!?』

 

『へっ!しつこいのはお互い様だ!』

 

お互いに悪態をつきながら、徐々に後方に差をつけつつ激しく競り合っていると、残り200mを知らせるハロン棒が左後方にすっ飛んでいった。

 

『(後200・・・!そろそろか!?)』

 

「・・・セキト!」

 

日本と違って、欧州にはムチの使用回数に上限が存在している。

 

破れば戒告、賞金の減額、時には騎乗停止命令が下るときだってあるくらいには厳格なそのルールにおいて。

 

貴重な一発が・・・俺の、右トモに飛んだ。

 

 

『よっ・・・しゃあああああああ!!』

 

その瞬間、俺は走り方をピッチからストライドへと切り替え、より遠くへと脚を伸ばす・・・うん、ガタガタだから日本よりはめっちゃ走りづらい、が・・・出来ないって程でも、ない!

 

『はあああああ!!』

 

俺の最高速に到達した走りによって、2番との差が徐々に開いていく。

 

半馬身差まで詰まっていたその距離が、四分の三、1馬身・・・このままいけるか!?

 

『んな!?反則だろそれ!?クソっ・・・負けるかぁ!!』

 

ところが、驚いたことにムチをもらった2番が再び伸びを見せ。1馬身まで開いていた差が、四分の三、半馬身、四分の一・・・とジリジリ詰まっていく。

 

更には。

 

『っくうぅ・・・!!コン、ティネントぉぉおお!行っけえええええ!!』

 

『クソっ、もう一頭来たか!』

 

大外からもう一頭、コンティネントと呼ばれた2番と全く同じ勝負服の栗毛馬が、持てる限りの声で僚馬へのエールを叫んだ。

 

決して大きくはないその声だったが、高性能な俺達の耳はしっかりとその内容を捉えていて。

 

『バハマ!!?・・・っぐ、う、お、ああアァァァァァ!!』

 

100mを切って2番・・・いや、コンティネントは、バハマと呼び返した馬に触発されたか更に伸びを見せだした。

 

『(まずい・・・!このままだと・・・!)』

 

負ける。

 

負けてしまう。

 

この背に乗せた、夢が、希望が、見えかけた光が、全部、全部消えてなくなって。

 

嫌だ。

 

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

 

 

『さ、させる・・・かあ!!』

 

逃げていた分、いつもより早く上がり始めた脚を振り抜いて、抜かせまいと粘ってみせる、が。

 

『うああああああ!!』

 

『ぐあああああっ!!』

 

『ぐ、う、ふぅぅぅ・・・!』

 

勢いは完全にあちらに分があった。ゴールまではあと50mほど、ほんの僅かな差で、俺は再びの敗北を喫しようとしている。

 

何が。一体何が足りないというのだろう。

 

俺一頭でそれを考えるにはあまりにもゴールまでの時間が足りなくて。

 

あとちょっとで、皆の夢に応えられるというのに。

 

本当にあと・・・いや、ほんの少しなんだ、どうか、誰か。

 

誰か・・・「助けてくれ」。

 

 

打つ手が無くなって、普段は全く信じていないくせに神仏に縋るように思いを絞り出した瞬間。

 

 

『(・・・よっしゃあ!!ようやく出番だぁ!!)』

 

『はぁっ!?』

 

どこからか、拍子抜けするほどにテンションの高い声が聞こえてきて。

 

『(お前っ!一緒に走るぞっ!!)』

 

『え、あ、おお!?』

 

今度はそう聞こえたかと思えば狼狽する間もなく、あれほど重かった筈の脚がふっ、と軽くなった。

 

なんだか知らないけど、これならば・・・行ける!!

 

「手応えが・・・!?負けるな!セキトォッ!!」

 

それに気づいたジュンペーが、すぐさまムチを、一発、ニ発、三発と連打して。

 

『う、おぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

『(おりゃああああああ!!)』

 

「行、く、ぞぉぉぉぉ!!」

 

正体不明の声とまるで双子のように雄叫びを、更にそこへジュンペーの奥の手の剛腕追いを重ね合わせて首を振り下ろせば、俺の視界が再び加速する。

 

『・・・なぁっ―!!?』

 

『はぁ―!?』

 

すっかり勝った気でいたのだろう。右側によれながら半ば怯えるような表情でこちらを振り返ったコンティネントと、バハマという馬の内側を突いて、突き抜けて。

 

「行けぇぇぇぇェェッ!!」

 

『おらああアァァーーッ!!』

 

『(うりゃあーーーっ!!)』

 

 

栗毛2頭を交わすその寸前、血走った4つの眼が向けられたのが分かった。

 

うん、コンティネント。さっきは弱いとか言って、すまんかったな。

 

そしてバハマとやら、お前もこんな走りが出来るほど強かった。

 

お前たちは何も悪くはない。

 

ただ、一つ。たった一つだけ。

 

「俺」というイレギュラーがいなければ、彼らはG1の一着馬と2着馬だった。

 

 

しかし、そうはならなかったという現実(パラレル)が、ここにあるだけ。

 

 

・・・半馬身。それが、1番にゴールを駆け抜けた俺と、2着のコンティネントとの着差だった。

 




以上、謎の存在()にも力を借りて、セキト大勝利!なジュライカップでした。

次なる戦いへ向けて・・・の前に、なにやら人間たちの方で動きが・・・?

以下今回の史実馬紹介となります。海外馬のためレースの格付けなどが間違っている可能性も大アリですが、それでも良ければ読んでいただければと・・・。


・今回の史実馬解説


Continent(コンティネント) セン 栗毛
父 Lake Coniston
母 krisia
母父 kris


・被害ポイント
ジュライカップ1着→2着


・史実戦績
70戦7勝


・主な勝ち鞍
ジュライカップ(G1)




・史実解説

1997年生まれの栗毛馬。そのデビュー戦は遅れ、99年の10月にドーヴィルでデビューすると、これを3着で終える。

続く未勝利戦と、1100mのハンデキャップ競走を快勝しグループ2(ポンド法によって決められたレーティングによる格付け)へと昇格。

しかし次走のグロシェーヌ賞(G3)で5頭立ての最下位に敗れると、その後出走した2戦もいいところなく着外に終わり、他の馬主へと売却され3歳シーズンを終えた。

2001年になり、ニューマーケットのクラスBレースから始動するも22頭立ての21着、ポントフラクトのクラスCレースで15頭立ての3着、アスコットのクラスCレースで16頭立ての8着、グッドウッドのクラスBレースでは30頭立ての12着といいところがないまま連敗を重ねた。

しかしその次のアイルで行われたアイルゴールドカップ(クラスB)では軽ハンデと展開を味方につけ久々の勝利を飾る。

次走、アスコットのトライフェクタステークス(クラスB)でも3着と健闘してみせたが、年が明けて出走したドンカスターのランダムベッドドットコムステークス(クラスB)では11着に敗れ苦いスタート。

続くケンプトンパークのクウェールコンディションズステークス(クラスC)では2着に入り、決して実力がないわけではないというところを見せつける。
続くニューマーケットのアバーナントステークス(リステッド)でも2着に入り、手応えを感じた陣営は次走に同じニューマーケットのビクターサンドラパレスステークス(G3)を選択、果敢に挑むもここは7着に敗れた。

続くヨークのヨークステークス(G3)は八着、サンダウンパークのテンプルステークス(OP)は最下位の11着に敗れてしまった。

ところが次走のアスコット、キングズスタンドステークス(G2)で勝ち馬Dominica(ドミニカ)からアタマ差の2着に入線し、そのままの勢いで出走した4日後のゴールデンジュビリーステークス(G1)では5着に敗れたものの、その次のニューマーケット、ジュライカップ(G1)では中団待機策からインを奇襲し、最後は同馬主のBahamian Pirate(バハミアンパイレーツ)とのワンツーフィニッシュでG1のタイトルを手に入れた。

その後はレーティングが上がったことによるハンデの増加が影響したか低迷し、2004年のノッティンガムで行われたウェザビーズコンディションズステークス(クラスC)のでの勝利まで9戦を要した。

そのレースを最後に再び低迷し、6勝目はなんと5勝目から数えること26戦目、2007年に入ってからのニューマーケット、レディースデイオンサードジュライハンデキャップ(クラス3)と格下のレースであった。

そこから三戦挟んだ、グッドウッドのアウディQ7ハンデキャップ(クラス3)での勝利が最後の勝利となり、2008年6月のヨーク、Hss.comハンデキャップ(クラス3)で最下位に敗れたのを最後に引退した。


・代表産駒
セン馬のため産駒なし


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7月の歓喜と・・・

作者は馬券を買わないのですが・・・昨日の桜花賞、ウォーターナビレラがセクシーに見え、この馬!と思ったのですが、横で見ていた母が何となくで推したスターズオンアースに差し切られました。うぐぅ。

そしてジュライカップを制したセキトの身に異変が・・・!?


『・・・やったか!?どうだ!?・・・セキトバクソウオーだ!やったやった!やりました!!セキトバクソウオー、欧州の強豪たちを抑えて、見事欧州のジュライカップを制しましたー!!』

 

「勝った・・・!」

 

「やった、やっぱり日本の馬も、世界に負けてないんだ!!」

 

イギリスでセキトバクソウオーが日本馬史上二頭目、内国産馬としては初のジュライカップの栄光に輝いたその瞬間。

 

衛星中継によって結ばれた映像の実況に合わせるようにして、深夜の日本のあちこちにも歓喜に湧くファンがひっそりといた。

 

勿論セキトの故郷、マキバファームでも例に漏れずセキトの応援のために徹夜観戦が行われ。前走のこともあって観戦者は少なくなっていたものの、それでも場長の薪場はその勇姿をしっかりと見守っていて。

 

「やった、やりおった!ワイのセキトがやりおった〜!!」

 

「ぐ、ぐぇぇ・・・薪場、さん、は、はなして」

 

一着が確定した瞬間には、嬉しさを表現しようとした結果、意地でも寝るものかと酒を飲んでべろんべろんに酔っ払っていたが為に近くの若いスタッフを締め上げるというちょっとした珍事も起こしつつ。

 

小さなテレビのブラウン管の向こうでは、今正にクールダウンを終えてゆっくりと歩くセキトとジュンペーの隣に、同じように馬に跨がったリポーターが並んでいた。

 

「あ!場長!勝利ジョッキーインタビューが来ますよ!」

 

「おお!そうかそうか!ジュンペーの奴もようやったで!」

 

「ぐえ」

 

他のスタッフにそう声をかけられて、締め上げていたスタッフをようやく放した薪場はどこかセキトと比べるとおざなりになっている気がしないでもないが、その手腕とムチで勝利へと導くという偉業を成し遂げたジュンペーの言葉へと耳を傾けた。

 

 

 

 

赤き挑戦者の勝利という形で幕を降ろしたジュライカップ。その舞台であるニューマーケットは奇妙なざわめきに包まれている。

 

悪く言ってしまえばセキトバクソウオーもジュンペーも、海の向こうからやってきた余所者。それにイギリスのレースの中でも歴史あるジュライカップを勝たれたのだ。

 

素直には祝福できない、しかし果敢に逃げ、他の馬たちを捻じ伏せたその内容は素晴らしいの一言で。伝統のレースの栄冠を奪われた妬みと、強い内容の競馬を見せられた感動がごちゃまぜになって競馬場全体を包むどよどよとした声になっていたのだ。

 

Congratulations(見事ジュライカップを) to the challengers(制しました日本からの) from Japan, Sekito Bakuso o(挑戦者、セキトバクソウオーと) and Mr. Okada,(ミスター岡田) who won the July Cup brilliantly!(です、本当におめでとうございます!)

 

そんな空気を切り裂くように、勝利ジョッキーインタビューのリポーターの活気に満ちた声が競馬場に響き渡った。欧州らしく温和な乗馬用の馬を駆り、リポーターは勝利した人馬・・・セキトバクソウオーへと近づいてインタビューを試みた。

 

セキトバクソウオーはカメラやリポーターを気にしつつも特に大きなアクションを起こすようなことはなく、ジュンペーも海を渡る前の猛勉強が功を奏したかネイティブな発音にも惑うことなく、一つ一つの言葉を頷きつつ、しっかりと受け止めてから笑顔で返しの言葉を紡ぐ。

 

Thank you! I think(ありがとうございます!) I was(この) able to win(最高の相棒) this race(だからこそ) because(このレースを) of this best(勝つことが) companion.(出来たと思っています)

 

Are you(最高の) the best(相棒) companion?(ですか?大きく) You're talking big.(出ましたね)

 

ジュンペーのその返答を聞いたリポーターは、発言の真意を興味深げに尋ねる。

 

yes.(ええ。) He's(彼は) the savior(どん底にいた) who(僕を) scooped up(すくい上げてくれた) me at the bottom.(救世主なんです)

 

そう言いながら、セキトの首をぽんと叩いて撫でるジュンペー。最高の相棒、と称した愛馬を見つめるその眼差しは、どこまでも穏やかで優しいものだった。

 

Is it a savior ...?(救世主・・・ですか?)

 

その表現にぽかんとするリポーターだったが、その頃自身の生活を顧みずに日本で発言を聞いたファンたちは皆うんうんと頷いていたという。

 

Well, (まあ、)there are various things.(いろいろとありまして)

 

しかし欧州にいるジュンペーにそのリアクションが届く訳もなく。リポーターの様子を見てこれ以上は話してもしょうがないかと、ジュンペーは少々苦笑いをしながら話を次へと促した。

 

リポーターの方もジュンペーの意図を察しつつも助かったという雰囲気を隠しきれないまま次の質問へと移っていく。

 

Well(それでは) then, Mr. Okada.(ミスター岡田、) I'd like(率直に) to ask(お聞き) you straightforwardly,(しますが、ずばり、) but what's the secret to victory?(勝利の秘訣は?)

 

is that so···(そうですね・・・)

 

最早勝者へのお決まりのような質問に、ジュンペーは一旦口に手を当て少し考え込んでからこう答えた。

 

There(レースの) are(展開) various things(とか、力関係とか) such as the(いろいろと) development(ありますけど、やっぱ) of the(一番は) race, the power(彼自身の) relationship,(レースに対する) etc., but(気持ちの) I think(強さが) that the strength(決め手になったと) of his(僕は) own feelings(思っています。) is the most important.」

 

その言葉に相槌を打つリポーターであったが、カメラマンからそろそろ画面が切り替わる時間だと伝えられた瞬間、ジュンペーのセリフが終わるのを待ってから最後の質問を切り出して。

 

I see!(成程!)Finally,(それでは) please(最後に、) give us a few(ジュライカップを) words(制した) about(喜びを) the joy(一言) of winning the July Cup!(お願いします!)

 

そう問いかけられれば、ジュンペーは待ってましたとばかりに息を吸い込んで、満面の笑みを浮かべながらマイクに喜びの声を吹き込んだ。

 

「やったぞーー!!」

 

 

敢えての日本語での勝ち鬨。その声はニューマーケットの芝と空へ、そして電波を通じて歓喜の瞬間を分け合った日本のファンたちへと、確かに届けられたのだった。

 

 

 

 

『あ"ーーー・・・疲れだぁ・・・』

 

どうも、ジュライカップを制したセキトバクソウオーです。

 

あれから数日・・・現在馬房に身を横たえて、只今絶賛ダウン中でございます。

 

『ちくしょー、どうしてこうなった』

 

どうにか愚痴をこぼしてみるも、返ってくるのは全身のコズミだけ。思えばこの痛みも随分と久しぶりだなぁと思えるだけまだ余裕はあるのかもしれない。

 

俺がひっくり返る原因になったのは、間違いなくあの謎の声と共に引き起こした大爆走だ。いや、走り終えた直後は良かったんだよ。むしろ脚が軽くてどこまでも走っていけそうなくらいだった。

 

レースの後にやってきた朱美ちゃんやウィリアムセンセイも交えての口取り写真の撮影を終えて、馬房へ帰ってきたんだが、その後がさあ大変。

 

「セキト、今日は本当にお疲れさま」

 

『おうよ・・・あ?』

 

いつものように、馬口さんに労われながら馬房へと脚を踏み入れた瞬間、事は起きた。

 

安心したその瞬間、がくんと脚の力が抜けて寝藁の上へと崩れ落ちて。

 

『・・・ふぇ?』

 

「セキト!?」

 

さっきまでちゃんとした向きだったはずの視界の天地がひっくり返って、馬口さんが慌てたような様子で逆さまに立っていた。

 

 

もうその後はてんやわんやの大騒ぎ。いつの間にやら連絡が行ったのかジュンペーや朱美ちゃんが青い顔をしながらすっ飛んできたり、ウィリアムセンセイが混乱する陣営をたしなめたり。

 

trainer!(センセイ!) The veterinarian(獣医の先生が) is here!(来ましたよ!)

 

そのゴタゴタの中でもしっかり仕事ができるやつは仕事をしていたらしい。俺が立ち上がったこともあって誰かが叫んだその声を切っ掛けに事態は徐々に収まって。

 

Hello. (どうも。)I'm Sujii.(筋井です)

 

「あれっ!筋井さんじゃないですか!?」

 

『おー!あの時のセンセイ!久しぶりだな』

 

「おや、あなたは。そしてこの馬も・・・数年前の節はどうも」

 

その駆けつけてきてくれた獣医のセンセイというのが、なんと海外で修行中の筋井さんだった。なんという縁だ。

 

え?誰だって?俺にとっては忘れもしねぇ、笹針をブスッとやってきたあの獣医の先生だよ。

 

だがここはイギリス。愛護主義の強いこの国で笹針治療なんて荒事は起こせまい、ふふん。

 

そう思っていると案の定筋井さんは俺の触診を始めた・・・よし、笹針の気配、なし!

 

馬口さんとこの数年のことを話題にしながら、手際よく俺の診察を進めていくのは流石留学をするほどのプロフェッショナルと言ったところか。

 

「セキトバクソウオー、随分と立派になりましたね。G1何勝でしたっけ」

 

「今日で3勝ですね」

 

「3勝!もっと勝ってるイメージがあったんですけどね」

 

他愛のない話をしながら俺の脚をぐいっと抑え、異常のある箇所がないか入念に探す筋井さん。

 

・・・と、ある箇所に差し掛かると朗らかに会話していたその顔がしかみ、急にその手が止まる。

 

「うーん、これは・・・」

 

『んん?』

 

思わぬ再会を楽しんでいる俺とは対照的に、難しい顔をしながら俺の右前脚を執拗に触りまくる筋井さん。

 

ん?どうした?何かあったのか?

 

『なあ、どうしたんだよ、そんな顔してさぁ』

 

そう問いかけても相変わらず表情は固いままで、馬房の外に出て診断結果をはなす筋井さん。

 

よく聞き取れなかったから俺にも診断結果を聞かせろと小突いてみたが、それも虚しく筋井さんは、「ちょっとここじゃ詳しく分からないので・・・」と軽く頭を下げ、結果をぼかして帰っていっちゃったし。

 

全くなんなんだよ。コズミ以外はどこも痛くないんだけどなあ。

 

『まあ、こんなのちょっと休めば良くなるよな!・・・な?』

 

こんな痛み、すぐにでも治るだろうと見た楽観的な俺と違い、厩舎のムードは最悪とまでは行かないけれどもなんだか沈んでいたのが印象的だった。

 

 

確かに、それから数日経ってもこうやって、なかなかコズミが引かなかったりもしてるけどさ。

 

ちょっと休めば、またすぐに走れるようになるって。

 

みんな、俺を心配し過ぎだっての。

 

俺は、90日の遠征期間にまでまだ余裕があることに感謝しつつ、真夏に差し掛かって熱を帯び始めた始めた風を浴びながら身体を休めるのだった。

 

 

 

 

・・・なんか、ずっと触られていたせいか右前脚が少し重たい気がするけど、大したことじゃないし、これもそのうち治るだろ!

 




次回更新予定は、水曜日になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真夏の霹靂

書くことが・・・なーい!!

本当にどうしましょ。とにかくひとまず今年度版のウイニングポストを購入予定ってことでも書いておこう・・・。

そして、どうしましょうなのはセキトの方も・・・。


『・・・ああ、この空気、この風景!!日本よ、俺は帰ってきた!!』

 

7月下旬の北海道。ジュライカップの疲れもすっかり癒えた俺は、香港の時もお世話になった育成牧場で元気に過ごしていた。

 

3週間の検疫明け、ようやく放牧地へと解放されると思っていた俺を待っていたのは、獣医たちの精密検査だった。

 

エコーとレントゲンを中心とした検査に次ぐ検査からのショックウェーブで結局その日は潰れてしまったし。俺、もうそんなに疲れていないんだけどな?

 

その翌日である今日になってようやくパドックへと放たれた俺は、久方ぶりの日本の空気を堪能している。

 

駆け足、砂浴び、大地の感触。どこまでも澄み渡るブルースカイ。全てが楽しすぎてついつい尻っ跳ねまで繰り出してしまったぜ。

 

・・・これで、何故か巻かれている右前脚のバンテージさえなければさらに良かったんだけど。

 

と。

 

『何あのおっさん』

 

『テンションおかしいよね』

 

白い目で俺を見つめる若駒が、2頭。

 

俺も一瞬ぽかんとしてから、いかんいかん、ここは育成牧場だったということを思い出して。

 

『おう、すまねぇな!久しぶりの日本についテンションが上がっちまった』

 

素直にそう謝罪すれば、2頭はお互い驚いたような顔を見せた。

 

『久しぶりの日本って、おっさんどっか行ってたワケ?』

 

『ああ、イギリスってところだ』

 

『んー・・・うちら一回しか移動したことがないからよくワカンネ!ゴメンねオジサン』

 

どこか女子高生味を感じる若駒の一頭がそう謝ってきたが、うん、俺は全然気にしないぞ。

 

 

なんたって、俺はただの馬じゃない。

 

イギリスG1馬、セキトバクソウオーなんだからな!

 

 

・・・でも、おじさん・・・そうか、おじさんかぁ・・・。来年になったら6歳だもんなぁ・・・。

 

仕方ないけれど、おじさん、ちょっとショックだったよ・・・。

 

 

 

 

一方その頃、美浦トレセン。

 

「いや、丁度馬房が空いていてよかったです、家主には申し訳ないですが、あるものは活用しないとですからね」

 

マンハッタンカフェのネームプレートが貼られた馬房に、一頭の新馬が入厩してきた。

 

『ちょっと!どういうことですの!?お兄様の匂いはするのに当の本()がどこにも見当たらないじゃありませんの!!』

 

馬房から顔を出しながら、激しくいななき、前脚を掻くのは彼の馬とは正反対、芦毛に輝く馬体の牝馬。

 

「あっ、スーちゃん、ごめんね!セキタンの話ばっかりしてるからちょっと妬いちゃったかな?」

 

咄嗟にそう謝りながら目の前の芦毛の馬を撫でる人物は他ならぬ朱美で。

 

『んぅ・・・結構なお手前ですわね、じゃなくて!肝心のお兄様はどこですの!?それにもっと武勇伝を聞かせてくださいまし!』

 

「さっきから一体どうしたのスーちゃん!?」

 

「これは・・・むしろ催促では?」

 

朱美の手による超絶テクニックにしばし心地よさそうな表情を見せた芦毛馬であったが、ハッとしたような様子で再び大きく嘶いたのを見た太島が、苦笑いしながら呟いた。

 

『催促なんてそんな卑しいことはいたしませんわ!これは、そう・・・偉大なるお兄様から、成功と失敗を学ぶ為の、学習行為なのです!!』

 

・・・セキトをお兄様と呼び、遠回しにその話を要求するこの芦毛馬。

 

そう、最早お分かりであろう。この馬こそ遂に競走馬としての入厩を果たした、オスマンサスであった。

 

キン、競走馬としての名をツインクルゴールドという彼女から遅れること3ヶ月。

 

やっと高いレベルでのお嬢様口調と立ち振る舞いを完成させた彼女であったが、美浦トレセンの馬房に入厩するなり落ち着きを無くしたため、様子見という形で太島と、入厩に着いてきた朱美が付き添っているのである。

 

「それにしても、大きくなりましよね、スーちゃん」

 

「ええ、昨年の秋頃に一度見せてもらった時にこうなる()はありましだが、ここまでとは・・・」

 

その芦毛の馬体を見ながら、しみじみと語る二人。

 

実はオスマンサス、2歳の牝馬にも関わらず入厩時の馬体重が500kgオーバーである、とスポーツ新聞の片隅に載るくらいにはちょっとした話題に上っていた。

 

ここから調教を重ねて馬体を絞れば恐らく470から480kgくらいで出走することになるのだが。

 

『早くお兄様を・・・ゴホッ、ゴホッ!・・・失礼いたしましたわ、大丈夫です』

 

環境が変わったせいか落ち着いていた筈の咳を再び発症したオスマンサスに、二人はため息をついた。

 

「しかし困りましたね・・・ただでさえ大型馬なのに、体質も弱いと来た」

 

まずは身体を強くしないといけませんね、と頭に手を当てて困った様子を見せる太島。

 

そう、こうして無事に入厩したとて、その身体の弱さが消えることはない。

 

それどころか、現役中も、そしてその先も。オスマンサスにとって、この問題は一生つきまとうのである。

 

「セキタンは疲れちゃってるみたいだし、スーちゃんはスーちゃんでこれから調教が始まって・・・やっぱり馬主って、大変だあ・・・」

 

2頭の愛馬が抱えるそれぞれのローテに、早くも混乱し始めた朱美は改めて数十頭の馬を一度に所有していた父の偉大さを知り、大きなため息をついたのであった。

 

 

「さて、天馬さん」

 

そんな朱美は太島に声をかけられたことで、身体をぴくりと反応させる。

 

「太島さん?」

 

向き直ったその顔は、これから話し合う内容に心当たりがあるという表情を浮かべていた。

 

不安そうな、しかし迷いのあるようなその様子に、太島は一つ頷いてから朱美に用件を話し始める。

 

「セキトのことなのですが」

 

その声は、今までにないほど真剣なトーンで、良からぬ気配を察した朱美は思わず背を正した。 

 

「まず、筋井さんの話によれば、違和感を感じた右前脚は、故障ではない、そう・・・なのですが」

 

「なのですが・・・?」

 

故障ではない。その言葉に胸をなでおろした朱美。しかし太島の歯切れの悪さに違和感を覚えて、その続きを促す。

 

「・・・。故障寸前、だそうです」

 

「っ・・・!?」

 

一瞬、真実を伝えるかどうか躊躇った太島であったが、まだ短い調教師人生ながらもその老婆心が馬の役に立ったこと等一度もない。

 

これも苦いながら、経験。そう意を決して朱美に事実を伝えると、やはり予想通りうら若き馬主はその思わぬ宣告に戦慄していて。

 

「・・・先に言っておきます。天馬さんにはなんの責任もありません。現場でセキトを見続けてきた我々のミスです」

 

「いえっ、そんな・・・!」

 

朱美に謝罪をしつつ、頭を下げる太島。その姿に朱美はますます狼狽するばかりで。

 

あたふたしながらなにか別の話へと切り替えるべきかと混乱する内に、太島の方からセキトの脚の状態の説明が始まった。

 

「天馬さん、どうか落ち着いて聞いてください。セキトの脚は、屈腱炎を起こしかけています」

 

「屈腱炎・・・!?あ、あの、それって去年あのアグネスタキオンが引退した・・・」

 

「ええ。その屈腱炎です」

 

屈腱炎。それは屈腱と呼ばれる、人で言うアキレス腱のような場所の筋繊維が一部断裂し、痛みと腫れを伴う競走馬にとっては不治の病と言われる最大の敵。

 

「筋井さんの勧めで北海道の方でエコーを撮ってもらったのですが・・・正直・・・あと一回か・・・多くても2回。走れるかどうかだと思います」

 

セキトの右前脚は、外見こそほとんど変化していなかった。それ故見落とされるところであったが・・・腕利きの筋井がいたのが幸いだった。

 

指先に感じた違和感。それを信じた筋井に勧められたエコー検査によって、予想以上に酷い内部の状況が白日の下に晒される。

 

「なんだこれは・・・!?」

 

それが、受け取ったエコーの写真を見た太島の第一声。

 

かろうじて屈腱は繋がってはいるものの・・・かなりボロボロの状態で、痛みを伴っていてもおかしくはないはず。にも関わらずセキトは育成牧場で元気に走り回ってるという文章を見た時、太島は自分の目を疑った。

 

あるいは。

 

もう一つの可能性にかけて、太島は封筒に記載された番号へと電話を掛ける。

 

「すみません、美浦で調教師をしている太島と・・・ええそうです。セキトバクソウオーの検査結果についてなのですが、エコー写真が、他の馬のものの可能性は?」

 

向こうの人間も太島の事は知っていたようで、なんの問題もなくセキトの検査についての話を進めることができた。

 

彼自身が元気だと言うのなら、送られてきたこの写真こそなにかの間違いなのでは。

 

そう思った太島であったが、期待は相手のため息によってあっさりと裏切られる。

 

『我々もそう思って、何度も撮り直しました。ですが・・・結果は変わらないんです』

 

正直、なぜこれで走れているのか。セキトは痛みを感じていないのか。

 

最早医学的には立証も理解も不可能な現状に、何年も経験を重ねたはずの獣医たちもただただお手上げで、何をしていいのか分からなくなっているようだった。

 

結局その電話では、送られてきたエコー写真はセキトのものに間違いない、というお墨付きを貰っただけであり。

 

「・・・正直、私としてはここで次のステージに送り出すのが、最善手だと思います」

 

太島は、この異常事態に、紛れもなく嘘偽りのない自分の意思を意見する。

 

 

スプリントG1を3勝、うち一回は海外。

 

日本に所属するスプリンターとしては、最早実績は十分なほど挙げている。

 

そして、何より最大の特徴として、父と同じくサンデーサイレンスの血を・・・それどころか、近年日本で爆発的に広まりつつあるヘイルトゥリーズンの血を持っていない。

 

それでいてあのスピード。現段階で引退したとしても人気種牡馬になれるポテンシャルは十分に秘めている。

 

だからこそ、なにかある前に引退させて、五体満足で余生を過ごさせてやるのも立派な選択肢である、と太島は主張する。

 

その声には、あらゆる理由でこの世を去った馬たちを見送ってきた者としての凄みがあって、朱美は思わずたじろいだ。

 

「・・・ちょっと考えさせてください」

 

咄嗟に口をついて出た声は、答えを遅らせるための時間稼ぎに過ぎない。

 

「ええ。時間は沢山ありますから・・・天馬さんも・・・私にも。後悔のない選択をお願いします」 

 

朱美にそう告げる太島の声も、どこか自分の意志だけでは進退を決められない無念さを滲ませているようで。

 

しかし、、いついかなる時に置いても、「馬」の「主」は「馬主」。

 

 

このまま引退か、引退レースに出走するか。

 

 

セキトバクソウオーの進退の手綱は、朱美へと託された。

 




次回更新予定は金曜日。

色々と無茶をしてきたせいか、ついに限界を迎えつつあるセキトの脚。

朱美ちゃんの決断や如何に!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【閑話】セキトの血統解説

80話、せっかくの節目なのに本編はシリアスの真っ只中と、作者自身が「これじゃいかーん!」となり、急遽作成したセキト引退後時空のトーク番組風血統解説になります。

同時更新の本編も合わせて楽しんでいただければと。


XX02年、ジュライカップ。

 

重い、あまりに重いその扉を、その馬は半馬身差こじ開けた。

 

炎のようなその身体に宿すは、燃えたぎる思いか、最速の血か。

 

史上初、内国産血統による欧州G1制覇。

 

欧州の直線に吹き抜けた、赤い烈風。

 

その馬の名は・・・

 

 

 

『セキトバクソウオー』

 

 

 

最速こそが、最強だ。

 

次の伝説を見よ。

 

 

 

 

 

「・・・というわけで、今日から放映される、できたてほやほやのセキトバクソウオーのCMから番組が始まりましたが」

 

「ええ。7月8月と、8週に跨いでお送りしてきました特別番組、『忘れられない名馬たち』ですが、最終週はこの時期の活躍と言えば欠かせないこの一頭、セキトバクソウオーの物語をお届けいたします」

 

とある年の真夏の時分。

 

競馬を専門に扱うテレビのチャンネルで、セキトバクソウオーの特集が組まれていた。

 

「今日は(わたくし)芦田(あしだ)伸之(のぶゆき)と」

 

(わたくし)、いとう菱尾(ひしお)が皆さまを名馬の物語へと誘う語り部を務めさせていただきます」

 

蹄鉄をモチーフにした装飾のモニターを中心に、豪華なセットに囲われたスタジオの中心に座するは、この特集の主役を務める二人の司会者。

 

かつてとある競馬中継番組で肩を並べたこともある二人の起用には、むしろオールドファンのほうが喜んだとか。

 

両者がともに丁寧な挨拶を終えると、そのままカメラは名馬を語るにふさわしい人物を映したものへと切り替わる。

 

「さて、本日は特別ゲストとして、かつてセキトバクソウオーの背中に跨がり、現在ではその産駒を管理する立場となった、獅童宏明調教師と、岡田順平調教師のお二方をお招きしております」

 

「よろしくお願いします」

 

「お願いします」

 

司会者二人と比べれば多少なり雑ではあるものの、それでもしっかりとした挨拶を終えると、芦田と名乗った司会者が進行係を務めて話を進めていく。

 

「今日はお二方にも強く印象を残したと思われるセキトバクソウオーについて、存分に語っていただこうと思うのですが、いかがでしょうか」

 

そんな芦田の質問に対しては。

 

「いやー・・・ぼくとしてはね、良いところでジュンペー君に持ってかれちゃったからねぇ、色々言いたいことはあるけれども」

 

先に獅童が答えたことで、芦田の話が膨らんでいく。

 

「セキトバクソウオーは自分が育てた、と?」

 

「まあ、そんなところかな?」

 

再びの芦田の問いに、獅童は茶化すようにそう答える。

 

 

「岡田さんの方はどうでしょう、こう言われてますが」

 

「事実が事実だけになんにも言えないですね」

 

一方でジュンペーも獅童に対してどこか思うところはあるようで、苦笑しながらそう答えるのが精一杯であった。

 

「さて、今日はセキトバクソウオーについての話題として・・・」

 

ここで、さとうと名乗った女性が口を開き、いつの間にか手に持っていたフリップを立てると。

 

・世界を制したそのスピードはどこから?血統を完全解剖!

 

・あの馬は今!北海道で暮らすセキトバクソウオーの現在に迫る!

 

・がんばれ!セキトバクソウオーの子どもたち!

 

と、番組を箇条書きで説明した内容が書かれていた。

 

「以上の3点に絞ってお送りします、まずは血統を完全解剖、とのことですが・・・」

 

「父サクラバクシンオーってのがすべての答えでしょ」

 

番組を進行しようとしたいとうに、いたずらっぽく茶々を入れる獅童。

 

「獅童さん・・・実はですね、セキトバクソウオーの血統表を調べると、スピードの源はそれだけじゃないって分かったんですよ!」

 

しかし芦田はそんな発言も気にせず、獅童を巻き込む形で番組の内容を進めていく。

 

「ぼくらは血統表とかあんまりみないからなぁ」

 

「あら?そうなんですか、ちょっと意外というか・・・」

 

しかし、獅童の咄嗟の発言に今度はいとうが反応し。その疑問にはジュンペーが答えを返した。

 

「ええ、これから乗るって時にこの馬は〇〇の仔だから〜とか〇〇の血があるから〜って考える騎手はそうはいないと思いますよ」

 

「そうそう、特に一日に8頭とか下手すると10頭とか依頼された時にいちいちそんなことを気にしてたらね、頭が持たないよ」

 

ジュンペーの意見に、全面的に同意する獅童。

 

いとうはなるほど、とそんな二人の会話に大きく頷いてから、すかさず芦田に進行を振る。

 

「それでは芦田さん、セキトバクソウオーの血統の解説、お願いします」

 

そんないとうからのパスをしっかり受け取った芦田も気を逃すことなく、スタジオのスタッフにモニターの操作を要求する。

 

「はい、それでは血統表の画像は・・・出ますでしょうか、っと来ましたね。こちらがセキトバクソウオーの血統表となりますが」

 

すると、「忘れられない名馬たち」のロゴが映されていたモニターがパッと馬の血統表に変わる。

 

父サクラバクシンオー、母サクラロッチヒメ。それは紛れもなくセキトバクソウオーのものであった。

 

「やはりスプリンターということで父サクラバクシンオーの名前が目を引きますね」

 

月並みながら、視聴者の多くが思っているであろう意見を言ういとう。

 

芦田がそれに答え、ようやく番組の主題の一つであるセキトバクソウオーの血統の秘密を解き明かす段階へと進んでいく。

 

「ええ。ですが、それ以上にセキトバクソウオーの血統にはですね、インブリード、別名クロスと言われる理論が多分に含まれているんですよ」

 

「インブリード!強い馬を生み出すために血の近い馬同士で配合することでしたよね?」

 

いとうがおさらいをする形で尋ねると、芦田も頷いてそれに答えながら、打ち合わせ通りの流れに安堵しつつもしっかりと進行役の務めを果たす。

 

「ええ、そのとおりです。そしてこのセキトバクソウオー、驚くべきことにアンジェリカという牝馬のインブリードを3×3で持っているんです」

 

「ええっ、結構濃い・・・」

 

しかし、打ち合わせとはいえ時間が足りず、細かいところまでは手が回らなかったこともあり。いとうのそのリアクションは素のものであった。

 

「エルコンドルパサーなどの活躍もあって近年ではあまり珍しくなくなった牝馬のクロスですが、当時としては画期的なものでした。セキトバクソウオーはその時代の最先端を行ったとも言えるんです」

 

「時代の最先端・・・ですか・・・」

 

牝馬のクロスの説明に感嘆の声を漏らすいとう。

 

そこへ畳み掛けるように、芦田は説明を加速させていく。

 

「しかもこのアンジェリカ、ただの馬じゃあないんです」

 

「といいますと」

 

「こちらにフリップをご用意しましたが・・・しっかり映りますかね、大丈夫ですか。では、セキトバクソウオーの身体に色濃く流れるアンジェリカという牝馬の正体・・・それは」

 

「それは?」

 

勿体付けるような口ぶりの後、芦田はしっかりと息を吸ってから言った。

 

「日の丸特攻隊とも称された快速馬サクラシンゲキと、栗毛のテスコボーイの仔は走らないというジンクスを見事破った天皇賞馬、サクラユタカオー兄弟の母親にして、悲劇の二冠馬サクラスターオーの祖母なんです!」

 

「ええっ!?名馬ばっかりじゃないですか!?」

 

80年代の競馬を知っている、あるいは学んだならば、知っている名前ばかりが上がるこの血統。いとうはその懐かしい名前の数々に思わず声を上げる。

 

「そうなんです。セキトバクソウオーはこの内サクラユタカオーの仔であるバクシンオーを父に、スターオーの妹であるロッチヒメを母に持っていますから、もう快速一家としか言いようがないんですね」

 

セキトバクソウオーの秘密。それは名馬を産んだ名牝のクロスにあり。そう銘打ったラベルが、モニターに大きく現れる。

 

「調教師のお二方も、ここまでの話を聞いて、いかがでしょうか」

 

二人が置いていかれていないかの確認も兼ねて、ジュンペーと獅童に声をかけるいとう。

 

「一頭の牝馬からここまで活躍馬がぽんぽん出てくるってのは珍しいと思いますね」

 

比較的無難な感想を述べるジュンペーに対し。

 

「うーん・・・それでも走る馬走らない馬っていうのは血統に関係なくでてくるからねぇ、それにあんまり根を詰め過ぎても面白くない」

 

獅童はどこまでもマイペースな回答を貫き、スタジオを困惑させる。

 

「なるほど・・・では、ここからはセキトバクソウオーの血統に隠された、もう一つの秘密を暴いていきます」

 

「なんと、秘密は一つだけじゃないんですか!?」

 

しかし最早それに構うこともなく、芦田は解説を続ける姿勢を見せ、いとうがそれに応じる。

 

「ええ。その秘密を解き明かすためには、もう少し血を遡る必要があります。ちょっと血統表をぐいっといじって・・・はい、セキトバクソウオーの血統表が、父のサクラバクシンオーと、母のサクラロッチヒメのものに変わりましたね」

 

今度はモニターの画像がサクラバクシンオー、サクラロッチヒメそれぞれの血統表へと変わり、芦田はタッチペンを手に取った。

 

「はい、それではある馬の名前を探していきますよ。まずはバクシンオーの方から・・・ここ、それからここの2箇所・・・ですね」

 

芦田がマークした馬の名はNasrullah(ナスルーラ)。産駒にはGrey Sovereign(グレイソヴリン)Princely Gift(プリンスリーギフト)Bold Ruler(ボールドルーラー)などがおり、特にボールドルーラーを通じた血統はBoldnesian(ボールドネシアン)Bold Reasoning(ボールドリーズニング)Seattle Slew(シアトルスルー)A.P. Indy(エーピーインディ)Pulpit(プルピット)、そしてTapit(タピット)と6世代を通じながら、現代でも一大勢力を築いている血統である。

 

「ナスルーラ、ですか・・・確かセキトのように優れたスピードを伝える血統と聞いたことがあります」

 

「・・・さっきから聞いてるとジュンペー君、君、随分と血統について勉強したみたいだね?」

 

知識をどこからか仕入れたのか、先程はあまり血統を気にする騎手はあまりいないと言っておきながらも、そこそこ詳しい面を見せたジュンペーを獅童がからかった。

 

「いやまあ、セキトの子たちを活躍させてあげたいと思ったら自然と・・・」

 

「ふふ・・・」

 

照れくさそうにしながら頭を掻くジュンペーの微笑ましさに、思わずいとうもくすっと笑う。

 

「んっ、んん!」

 

そこで芦田が一つ咳払いをして、出演者たちの注目を集めてから次の説明へと進んでいく。

 

「・・・みなさん、本題に戻りますよ。先程バクシンオーの方はマークしましたから・・・続いてロッチヒメの方ですね。こことここと・・・そしてここにもナスルーラと」

 

「あら、こっちは3箇所もナスルーラの名前が出ましたね」

 

「はい、これでセキトバクソウオーは5代前の先祖の内、実に5ヶ所もナスルーラを持っていますね」

 

「ええ・・・ですが、インブリードというには血が薄いのでは・・・」

 

ナスルーラが5ヶ所と言えど、その濃度はたったの9.375%・・・インブリードにしては血量が薄いと指摘するいとう。

 

すると、待ってましたとばかりにに芦田は勢いよく答える。

 

「そこがキモなんです。先程も言いましたがセキトバクソウオーにはアンジェリカの3×3という強烈なインブリードがかかっていますよね。そして、そのアンジェリカ自身もナスルーラの子孫・・・」

 

「あっ!ひょっとしてアンジェリカのインブリードが呼び水になってナスルーラのインブリードと同じ効果を引き起こした・・・!?」

 

流石は競馬番組の元司会者。血統の勉強もしていたらしく、いとうの鋭い指摘に芦田はお手上げと言うような雰囲気を作って言った。

 

「そういうことですね!いやー言われてしまいました(笑)」

 

「なるほど・・・!そう見ることもできますね」

 

血統という新たな側面から見た愛馬の姿に、うんうんと頷くジュンペー。しかし血統をあまり重視しない獅童はそうはいかなかったようで。

 

「・・・えーっと?」

 

指折り数えながら頭を掻き、血量を計算しようにも上手くいかない。

 

「獅童さん、これはここがこうで・・・」

 

それを見かねたジュンペーが指導に入り、5分ほどのレクチャーによって獅童はようやく話の主題と伝えたかった事柄を理解する。

 

「ああ、成程、これは凝った話だね」

 

配合も、計算も。

 

ようやく理解できたよと朗らかに笑う一方でそんなギャグを飛ばしてスタジオを失笑させる獅童。

 

 

「さあ続きまして、あの馬は今!北海道で種牡馬として暮らすセキトバクソウオーの一日を、取材班が追いました―」

 

 

そして、番組の内容は2つ目の特集へと移っていく。




書き終わってみて気がつきましたが・・・。

本編より長い・・・だと!?

それはさておき、同時更新の次の話が本編になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真夏の葛藤

こちらが本編になります。

己の脚の状態に気づかないままのセキトと、迷いに迷った朱美ちゃんはある行動を起こしたようで。


『全っ・・・快だぜ!ヒャッハー!!』

 

放牧に出るようになってから半月ほどが過ぎて。すっかり欧州遠征の疲れも言えた俺は、パドックの中を狭いなりに走り回っていた。

 

コズミを引き起こしていたほどの気だるさも消え失せ、重さを感じていた右前脚もすっかり元通りに動くようになって。なぜかバンテージはそのままだけどな!

 

ここまで回復したなら、スプリンターズステークスに向けて美浦に戻るなりなんなり、何かしら動きがあるものとばかり思っていたが、これが意外にも何も起きなくて。

 

それどころかショックウェーブの回数が増えたり、収牧の時間が早くなったり・・・あれ?これって運動制限?

 

なんだよ、せっかく付けた筋肉が落ちちまうじゃないかと運動しまくって体型を保とうとしてるけど、やっぱりトレセンでやるようなしっかりした調教とは質が違うのかちょっとトモのボリュームが落ちたような・・・とほほ。

 

こんな感じで、なんだか最近周りの様子がおかしい。俺はこんなに元気なのになと思って走り回るのもそうだが大きく立ち上がってみたり、右前脚を掻いてみたりと馬らしく「元気になりました」アピールをしてみたんだが。

 

それがそういう動きをする度にスタッフさんたちが顔を青くしたり、「頼むからやめてくれ!」と懇願されてしまったから、素直に大人しくしておく。あーあ。この後身体を戻すのが大変になるな。

 

それにしても、今まであれくらいやったって怒られなかったのに急に怒られたからびっくりした・・・本当に何なんだろうな?

 

しかし、今の俺にはそんな疑問以上に、即刻どうにかするべき重大な問題があって。

 

『おーい、待てよー!』

 

『待たねぇよー!!』

 

『ヤロー!抜かしてやる!』

 

 

『ん・・・あっちは賑やかだな』

 

今日も真面目に周りを警戒し続ける耳には、名前も知らない小鳥の囀りと、若駒達の賑やかな声、そして蹄音の便りが届き。

 

上を見上げてみれば入道雲が立ち上り、よく晴れた空は穏やかで。

 

下を見れば、青々とした牧草が吹き抜ける風にその身を揺らしている。

 

それは実にのんびりとした、牧場としてはごくごく当たり前の風景・・・なのだけど。

 

『ふあぁあ・・・暇だぁー・・・やることねぇー・・・』

 

そう、現役競走馬の俺にとって、それはこうして大あくびをかますほどには退屈なのであった。

 

退屈なあまりその辺の放牧地にいる2歳だか1歳だかわからない馬を捕まえて走り方を見てやったり、時々なんにも考えずにただただ空を眺めて過ごしたり。

 

離れている時間が長くなるに連れて、厩舎と競馬場の喧騒が懐かしくなってくる。

 

ああ。早く、こんな狭いところじゃなくて、競馬場で思い切り走りたいなぁ。

 

そんな悶々とした欲求を抱えたまま地面に座り込むと。

 

『・・・お?おお?』

 

遠くから近づいてくる何者かの気配、目よりも先に耳の方がぴくんと動いて。

 

『この感じは・・・もしかして!』

 

程なくして見えた人影に、やはりそれは、俺にとってよく知った足音だったと確信した。

 

 

 

 

「・・・はぁ」

 

セキトが己の脚の事など露知らず、いち早く復帰を望む一方で。

 

バスに揺られ、今まさにその馬に会いに行こうとしている馬主、朱美の気持ちは未だ沈んでいた。

 

セキトバクソウオー。引退か、現役続行か。

 

馬主になって初めてその二択を突きつけられた彼女に、その選択はあまりに荷が重い。

 

が、セキトバクソウオーという馬に関してはしっかりと預託料を払っている以上全ての権利は朱美にあるのもまた事実。

 

「寧ろ今までよく頑張ったって太島さんは言ってるけど・・・」

 

ここを訪れる前、美浦の太島と電話で交わした通話を思い返す。

 

 

『考えてみれば・・・セキトは新馬戦の時からストライド走法の馬でした。このタイプはスピードが落ちにくい一方で、足にかかる負担が大きいんです』

 

「なるほど・・・」

 

セキト生来の走りである、ストライド走法。直線に向いてからの最大のセールスポイントがその身体を傷つけていたなど、朱美は今まで知らなかった。

 

『そして年明けのクリスタルカップ。そりゃあもう驚きましたよ。ストライド走法の筈のセキトがピッチ走法でコーナーを回っていくんですから』

 

「ええ・・・」

 

騎手としても、調教師としても今までこんな馬見たことありません、と付け加える太島。

 

しかし、そんなことよりも朱美は、愛馬の様子が気がかりで仕方なくなっていて、太島との会話もどこか上の空になっていく。

 

『そこから更に走りが変化して・・・と、天馬さん、聞いてますか?天馬さん!』

 

「っ、は、はい!」

 

それに気がついた太島の呼びかけで意識を取り戻した朱美であったが、その様子に太島は小さく息を吐いて、こう持ちかける。

 

『そんなに気になるのなら、一度セキトに会いに行ってみますか?私が話を通しておきます』

 

 

・・・結局、その厚意に甘える形とはなったが、朱美は今のセキトに会いにいく選択肢を取った。

 

「あぁ・・・セキタン、大丈夫かなぁ・・・」

 

()自身は至って元気そうであるという話を聞いていたが、太島から間違いなくセキトのものであるというエコー写真を見せてもらい。

 

正常な馬のものと比較すれば素人目でもおかしいと判断できるほどの惨事を見た後では、自分の目で確かめるまで何も信用ならなくなってしまった。

 

本当にセキトは元気なのだろうか、と。

 

『次は〇〇、次は〇〇・・・』

 

「あ、降りなきゃ」

 

ふと、思い出したようにガラガラの車内に響き渡った機械音声の案内。それに従い、朱美は降車ボタンを押す。

 

「よい、しょっと・・・あはは、本当になにもないや・・・」

 

バスが止まったのは、どこかの牧場の柵沿い。見渡す限り広がるのは牧草、牧草、そして牧草。

 

「えっと、ここから・・・」

 

そこから、太島の案内を思い出し、東へと歩みを進める朱美。

 

話によれば、このまま5キロほど歩けばセキトが放牧されている育成牧場だという。

 

これでも牧場としてはアクセスのいい方と聞いたときに朱美は驚いたものだが、なるほど、自分がセキトと出会ったマキバファームも自家用車で訪れたにも関わらずかなりの時間を要したなと思い出し。

 

タクシーやその自家用車で訪れるのも良かったが、朱美は敢えて徒歩で牧場を目指すことを選んだ。

 

それは、セキトの進退を考えるための時間が欲しかったというのもあり、引退した後の事を考えるためでもある。

 

・・・ふと、名も知らない牧場の中に目をやれば、今年生まれた仔馬とその母馬が、お互いをグルーミングしながら穏やかに過ごしていた。

 

「・・・そっか、セキタンは引退したら、こういうところで過ごすんだ・・・」

 

当たり前だが、大歓声に包まれ、全ての馬が必死の思いで駆け抜ける競馬場とは、馬の様子が全然違う。

 

その姿に、朱美は放牧地で穏やかに過ごす愛馬を見たような気がした。

 

「・・・幸せそう、だね」

 

思わずそんな呟きが口から漏れ出し、朱美はハッとする。

 

競馬と言う環境が異質なだけで、この穏やかな風景に溶け込んだ姿こそ、馬本来の姿なのでは。

 

牧柵沿いに歩みを進めていくと、不思議と心が落ち着いていくのを感じていた。

 

「不思議だなぁ・・・あっ」

 

運動で生じた汗が邪魔で、それを拭うついでにふと上を見れば全面を覆うような青空が広がっていて、思わず足を止める。

 

「(空ってこんなキレイだったっけ・・・?)」

 

それを見ていると、普段自分が見ているビル群によって角張った空が随分ちっぽけに思えてきて。

 

その後もさまざまな大自然に圧倒されながらひたすらに歩き続けて・・・。

 

「あっ、あの看板・・・!」

 

道沿い、手頃な板にペンキで文字が書かれただけの雑な古い看板に、セキトの所在地が記されていた。

 

ようやく、セキトバクソウオーのいる育成牧場へと辿り着いたのだ。

 

「セキタン・・・」

 

しかし、いざいつものようにその赤い馬に声をかけようとすると、思わず声が詰まる。

 

彼の進退をどうするべきか。未だにその答えの定まらない朱美の声は、それでもヒトよりはるかに優れた聴力を持つセキトバクソウオーにはしっかりと届いていて。

 

よく見知った馬主の声に、退屈していたセキトバクソウオーは、待ってましたとばかりに立ち上がったのだった。

 

 

 

 

『朱美ちゃん!!久しぶりだな!』

 

俺はジュライカップの時以来・・・少なくとも半月以上ぶりの朱美ちゃんの姿を見て、勢いよく立ち上がった。

 

そのまま柵沿いまで駆け寄って、すっと伸ばされた手に触れる。

 

ん?朱美ちゃんの匂いがいつもより強い・・・?随分と汗をかいているみたいだな。それに、なんだか今にも泣き出してしまいそうなくらいに俺を呼ぶ声も弱々しかった。

 

『なんだ、どうしたんだよ朱美ちゃん。嫌なことでもあったのか?親父さんと喧嘩でもしたのか?』

 

まったく、誰だよ朱美ちゃんみたいな可愛い子にこんな顔をさせたのは。

 

それはともかくこのくらいの女性が泣き出しそうになることなんて限られてる。大体が彼氏に振られたとか、親と喧嘩したとか。後はお気に入りの芸能人が結婚したとかな。

 

前者の話は聞いたことがないし、ひょっとしてあの渡○也似のお父さんと喧嘩でもしたかなと思って。

 

『朱美ちゃんに一番似合うのは笑顔なんだから話くらいは聞くぜ・・・おっと!』

 

どこか彼氏面で話を聞く姿勢を取ったら、朱美ちゃんは急に柵越しに俺の首を抱きすくめるようにして寄せた。

 

「セキタン・・・セキタン!」

 

『なんだ?』

 

そのまま、朱美ちゃんは今にも泣きそうな声で俺を呼んだから、優しく鼻を鳴らし、その先っぽを顔に擦り寄せる。

 

大方、このまま悩みを打ち明けてくれるのだろう・・・そうとばかり思っていた俺にとって、朱美ちゃんの口から出てきた内容は、早く復帰したいと望む俺には最悪のニュースであった。

 

「太島さんから聞いたんだけど・・・あなたの脚・・・もう、ボロボロなんだって・・・!」

 

『な・・・!?』

 

脚が、ボロボロ・・・!?どういうことだ。

 

だから、最近俺はショックウェーブやら運動制限やら色々とやられていたのかと納得すると同時に、頭を思い切りぶん殴られたような衝撃が俺に襲いかかってきて。

 

「ねぇ、あたしはどうしたらいいの・・・?」

 

困惑する俺を見つめる朱美ちゃん。その目からこぼれた涙がつぅ、と一本の線を引いて、瞳が揺れている。

 

どうすればいいか、なんて俺のほうが聞きたいくらいだった。

 




セキトの進退編、月曜更新の次回に続く!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真夏の選択

皐月賞、テイオーが副音声で出走していると聞いてNHKで視聴しました←
いや、しかし某所と違いグダグダにはならないし、CMとかも無くて見やすくていいですね。

予想の方は・・・イクイノックス、一瞬貰ったと思ったんですけどねぇ。最後のジオグリフが強すぎました。

ダービーの舞台でブラックブロッサム共々の逆転を期待します!




「うぅ・・・セキタン・・・セキタン・・・!」

 

俺に縋り付くように涙を流す朱美ちゃん。

 

『・・・』

 

しかし、俺はそれを見て尚、ただただ立ち尽くしていた。

 

衝撃の宣告。

 

ボロボロだという俺の脚。

 

何故、という思いと同時に、この結果に納得し、「あのような身体の使い方をしているならば当たり前だ」と冷酷な判断を下す自分も、心の内に確かにいた。

 

サラブレッドの脚と言うものは、ガラスという表現が長らく使われるほどに他の品種と比べて脆く、繊細。

 

俺はそれを知りながら、普段の走り方からして負担を強いるストライド走法を好み。更に猛スピードで走行中に何度もピッチ走法と切り替えたこともある。

 

そこに来ての、地盤の悪い欧州への遠征。恐らくそれがトドメになった。

 

色々と無茶をしてきた俺の身体の何処かが崩壊するのはある意味宿命であり、当然。特に常に究極のスピードを求められるスプリンターとして、俺は早い時期から表舞台に立ち続けていたから尚更だ。

 

だからこそ・・・前世で競馬ファンであった身としては、故障の時期としては頷ける。頷けてしまう。

 

しかし・・・なんで。

 

なんでよりによって、ジュンペーも復活して、ようやく一緒にG1を獲って。

 

俺としても、まだまだ一緒に走っていたい、こいつとならどこまででも一緒に行けるって・・・そう思っていた、この時期に。

 

 

俺の身体の方が、壊れちまうんだよ。

 

 

『なんでだよ・・・』

 

未だに一歩も動けないまま、奥歯を噛んでこみ上げる悔しさを噛み潰す。

 

5年の付き合い・・・3年間に渡って競走で酷使し続けた自分の脚を見やる・・・うん、やっぱり見た目にはなんの変化もない。

 

痛くもなければ、今日もいつもと変わらず動いていた4本の脚・・・なんなら次のレースでも勝負になるなって思っていたし。

 

今ここで、突然朱美ちゃんの口から「実はドッキリでした」って言ってくれるなら、その方が俺はよっぽど信じられるし、どれほどよかっただろう。

 

けれど、未だに啜り泣く朱美ちゃんの姿は、くだらない笑い話なんてオチを期待できるものとはかけ離れていて。

 

「うっ・・・ぐすっ・・・うぇぇ・・・」

 

『朱美ちゃん・・・』

 

今の俺には、朱美ちゃんを抱きしめてあげられる腕も無ければ、何かプレゼントとして渡せるものも何一つ持っていない。

 

女の子が泣いている姿をただただ見守るしかない不甲斐ない自分が、嫌で仕方なかった。

 

 

ああ。これ以上なく重い空気で肺が押し潰されて、なんだか息苦しい。

 

『・・・!』

 

そして、ずっと泣いている朱美ちゃんを見ながら、愚かな俺ははたと気がついた。

 

前世の俺が「G1馬の〇〇、故障で引退するのか、親として活躍できればいいな」って軽く流していたニュースの裏で。

 

こうして、沢山の人が苦い思いを飲み込んでいたのだと。

 

『くそ・・・!』

 

それ故に、俺の身体と繋がった、ヒビの入ったガラスの脚が今はただ憎い。応えたいのに、応えられない。

 

否、応えようとすれば・・・粉々に砕けてしまうだろう。

 

もう少し、あと少しだけ頑丈ならば、皆にさらなる喜びを届けられたはずだったのに。

 

割れたガラス細工をどれほどきれいに繕おうと、隙間なくヒビを埋めることは叶わない・・・決して元のようには戻らない、この脚が、ひたすらに恨めしかった。

 

 

けれど・・・まるで、大切な人を亡くしたお通夜のように泣き続ける朱美ちゃんの様子を見ていると。

 

『・・・なんだ、この気持ち』

 

故障と聞かされ、悔しさを覚えながらもこれでおしまいなのかと冷え切っていたはずの心の奥底から、熱い、赤い・・・強い思いが湧き上がる。

 

 

ああ。そうか、これが、『サラブレッドの本能』。

 

馬になって長い時間が経つせいだろうか。俺は人間とはかけ離れているはずのその理念を、自然と受け入れることができた。

 

命ある限り、脚が動く限り、人と共に走れ、疾く走れと囁くその衝動。

 

そうして、誰よりも速くあることを、いつかと同じくこの血が・・・いや。最速の一頭(スプリンター)としての俺自身が望んでいる。

 

気がつけば俺はどうにかして「終わった」俺を覆したい。と心を燃やしていて。

 

そうだ。

 

まだ(・・)脚自体がダメになった訳じゃない。

 

諦めちゃだめだ。

 

後何回走れるかはわからないが・・・もう一度だけでも。

 

走ることが出来るなら、ゴールの瞬間まで、死神の鎌から逃げきれるかもしれない。

 

或いは、酷く脆くなったこの脚には、1200mすら長く、運命という縄に容易く捕らわれてしまうかもしれない。

 

 

しかし。サクラローレルだって競走能力喪失級とされた骨折から立ち直った。

 

 

カネヒキリだって二度の屈腱炎と骨折を乗り越えて再び勝利した。

 

 

この二頭を鮮やかに蘇らせたのは。

 

進歩する治療技術か?それとも騎手の作戦か?はたまた陣営の使い方か?

 

どれも正解だが、大切なものは、もう一つ。

 

『・・・最後に、一回だけでいい。勝ちてぇ・・・朱美ちゃんに、ジュンペーに、太島センセイに、「こいつは強かった」って・・・いい思い出を残して、終わりてぇ』

 

レースでも無いのに目が吊り上がって、闘志が沸き起こって、「恩を返したい」という思いが、一秒時が過ぎる度に強くなっていく。

 

そう、「思い」。

 

馬自身が、人間に応えんとする「思い」。

 

そして、人間達の馬を復活させてやりたいという「思い」。

 

2つが重なって、初めてそれは大きな輝きたりうる。

 

 

もしも、俺の脚が朱美ちゃんの言う通りの状態ならば・・・恐らく、もう一回出れたとしても、それがラストレース。

 

それでも、もし、己の手で。

 

 

選択肢を選べるというのならば。

 

 

俺は―走りたい。

 

この脚が限界を迎える刻・・・「引退」のその時まで。

 

ヒトの魂なんてとんでもないものを乗せて生まれてきて、そのまま走り続けてきた俺だったが。この時ばかりは、心の底までサラブレッドになった様だった。

 

 

「っ、セキタン・・・?」

 

『ブルル』と優しく囁くように鼻を鳴らして、朱美ちゃんからそっと身体を離す。

 

あーあ、せっかくの美人さんなのに涙と鼻水で顔がめちゃくちゃじゃないか、勿体ない。

 

『なんつー顔してんだよ』

 

馬の顔なりに苦笑しながらそれらを短い毛の生え揃った頭でゴシゴシと拭き取ってやる。

 

俺の顔が朱美ちゃんから出たものまみれになった代わりに、朱美ちゃんは俺の抜け毛まみれだ。

 

「え、え・・・?」

 

『朱美ちゃん、しっかり見ててくれよ』

 

突然のことに呆然とする彼女を尻目に、俺は俺の意見を・・・「したいこと」を全力で伝えにかかる。

 

『これが、俺の答えだッ!』

 

「あっ、待っ・・・!!」

 

俺の様子で何が起こるのかを察した朱美ちゃんが、思わず手を伸ばす・・・が、その手が頭絡を掴む前に俺は大地を蹴飛ばし、緑の大地に身体を躍らせた。

 

一蹴り毎に風を切って、ぐんぐんと加速していく俺の身体。

 

・・・やっぱり、脚のことは誤診かなにかじゃないのか、と思うほどにはよく動くし、痛みなんて微塵もない。

 

なにより。俺はスプリンターなんだ。待っていたらレースで勝つことなんて叶わない。

 

そう、一度走り出してしまった以上・・・俺はもう、止まらない!

 

『朱美ちゃん!!頼む!もう一度・・・一回だけでいいから・・・走らせてくれぇぇ!!』

 

俺はたった一人、朱美ちゃんにその思いを伝えるためだけに、全力で走っていた。

 

「セキタン・・・!?」

 

そんな俺の姿に、今度は朱美ちゃんが一歩も動けなくなる番だった。

 

足音、地響き、呼吸の音。そういった俺の全てに、ただただ圧倒されている。そんな感じ。

 

・・・思えばこんな近くで、本気で走っている姿を見せたのは初めてかもしれないな。

 

というか普通こういうところでは馬ってあんまり本気で走らないしと思いながらも柵沿いに一周走った後、最後は放牧地の真ん中まで移動して。

 

『ヒヒィィィン!』

 

前脚を振り上げ、わざと目立つように大きく嘶いて見せる。

 

人間たちの都合なんて知らない。

 

俺が。俺自身が走りたいんだ。

 

せめてあと一回。その一回だけでいいから。

 

『ヒヒィィィィィン!!』

 

競走馬としての全てを、出し切らせてほしいと願いを込めて、もう一度嘶いた。

 

・・・うん、伝えたいことは、伝えられた・・・ように思う。

 

さっきよりかは荒くなった呼吸を整えながら呆然とした様子の朱美ちゃんの元へゆっくりと歩み寄ると、ハッとしたように手を伸ばして再び出迎えてくれた。

 

『心配かけてゴメンな』

 

「セキタン」

 

『なんだ?』

 

その手に鼻先で軽く口づけをすると、力強く名前を呼ばれたから朱美ちゃんの顔を見やれば、涙に濡れていたその目は違う何かで輝いている。

 

そのまま真っすぐ、俺の目を見つめて。

 

「・・・あなたは、走りたいの?」

 

確認するように、落ち着いた色で紡ぎ出される言葉をピンと立った耳が正面を向いて、一つ一つ、丁寧に拾う。

 

ほら。分かってくれていた。

 

そのことに嬉しさを覚えながらも、その問いに対する俺の返答は勿論。

 

『・・・ああ!』

 

いつもと同じく首を縦に振りながら、短く鼻を鳴らしての一つ返事だった。

 

 

脚の状態が状態なだけに、朱美ちゃんが帰った後スタッフさんたちからたんまり怒られたけど後悔は全く無かったぜ!

 

 

 

 

その数日後。

 

美浦でセキトバクソウオーの馬房の周りを掃除しながら、朱美からの連絡を待っていた太島の元に一本の電話が入る。

 

「はい、太島です・・・おぉ、天馬さん。どうですか、決まりましたか」

 

待ち人からの連絡に、さぁ何でも来いと構える太島。

 

そして、若き馬主の頼りない、それでも頑とした決意を感じられる声色で伝えられたこれからの動向は。

 

 

「現役続行・・・ですか」

 

『はい、この前会いに行ったら走りたくてもう堪らないって感じで・・・でも・・・その一回で、引退させます』

 

次走が復帰戦で、引退レース。

 

「あの人もなかなか無茶を言うようになったな」

 

あの後、オスマンサスのことも話し合って通話を終えた太島の口から漏れた、その言葉。

 

一見すると文句を言っているようにも聞こえるその字面とは裏腹に、太島の口角はにやりと持ち上がっていて。

 

『太島さん。私なら大丈夫です。なにがあっても・・・セキタンの選択なら、受け入れますから』

 

そうは言いながらも、かすかな震えを含んだ馬主の声が妙に耳に残っている。

 

「やってやろうじゃないか」

 

脚元を悪くしているセキトバクソウオーに華々しい引退を飾らせて、無事に牧場へ帰すという、無理難題。

 

しかし、達成できればセキトバクソウオーに関わる皆が万々歳、ハッピーエンディング。

 

「ここでやらなければ、お前に申し訳が立たないからなぁ・・・なあ、スターオー」

 

太島は、血統表を見れば必ず名前が上がるかつての相棒・・・悲運の二冠馬に、ひっそりと誓いを立てた。

 

 

そうして、時は流れてすっかり秋めいたトレセンの馬房に、脚に爆弾を抱えたセキトバクソウオーが戻ったのと。

 

「ん・・・これは・・・招待状か?HKJC・・・!?」

 

この騒ぎが起きる前に発送されたのか、彼宛てに昨年と同じく香港への招待状が届いたのはほぼ同じ時期のことだった。




セキト、放牧地の中心で思いを叫ぶ。

次回更新は水曜日になりますが・・・久しぶりにハイテンション高めの場面があるかもです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再開と、再会の秋

無事トレセンに戻ったセキト。

そのトレセンには例のあの子がいるわけでして・・・。

あーあ、出会っちまったよな話、始まります。


『・・・随分久しぶりだし、これが最後になる、のか・・・』

 

脚の故障が判明してから3ヶ月近く。治療・・・と言っても屈腱炎らしいから、誤魔化しに他ならないのだけど。

 

それでも療養を続けた俺は、どうにかレースに出てもいい、というくらいには回復できたようで無事に美浦の馬房へと帰厩したのだが。

 

季節は回って、吹き抜ける風はすっかり秋の色。こりゃ、スプリンターズステークスには間に合いそうもねぇな。

 

・・・今日からが、俺の競走馬としてのラストシーズン。

 

泣いても笑っても、次にでるレースが最後。

 

年が明ければ、俺には第二の仕事が待っているだろうと太島センセイは言っていた。

 

いよいよ牝馬ちゃんたちと「うまぴょい伝説」をしなければならない時が迫っている・・・そう思うと気が重くなるが、それはそれ。

 

今は、最後のレースで全てを出し切るために集中する時期だ・・・っと。

 

相も変わらず敏感な耳が、隣の馬房に同族の気配を察知する。

 

『・・・誰かいるのか?こっちは・・・そうそう、マンハッタンカフェの部屋だったな、おーい!』

 

たしかそこはマンハッタンカフェの馬房だったなと思って、俺はその家主に軽い気持ちで呼びかけた。

 

ところが。

 

『あら?(わたくし)を呼ぶのは誰ですの?』

 

がさがさと音を立てて、怪訝そうに顔を出してきたのはマンハッタンカフェではなくて、むしろ正反対の白い毛並みをもった牝馬ちゃんだった・・・鼻先やたてがみは黒いから芦毛の子だな。

 

『(だ、誰だこの子・・・!?)』

 

一瞬ぎょっとしながらも、あぁ、そういえばこの時期、マンハッタンカフェは凱旋門賞に出るためにフランスへと飛び立っていたなと思い出して。

 

ならば空いている馬房を有効活用するなんでザラにあることだ。そう納得しつつ、そこまで考えが回らずに初対面の牝馬に馴れ馴れしく声をかけてしまったことを激しく後悔していた。

 

嗚呼、きっとこれからずっと俺はこの子に変態不審者扱いされ続けるのだ。そう思うと気が滅入る・・・!

 

『ご・・・ごめん!前そこに知り合いが入っていたからつい・・・!』

 

きっともう時すでに遅し、焼け石に水だろうが一応謝っておこうと謝罪の言葉を口にする。

 

これで少しは機嫌を直してくれるといいんだけど、と願う俺。

 

ところが。

 

俺を見るなり芦毛ちゃんはキョトンとした表情を見せて、その口から出てきた言葉に、俺は再び驚かされることになる。

 

『え・・・お兄、さま・・・!?』

 

ん?お兄様・・・だと・・・!?

 

思わぬ呼び方に面食らった後、いやいや、俺に芦毛の妹はいないはずだぞと冷静さを取り戻した俺は、芦毛ちゃんに何者なのか尋ねていた。

 

『お前は・・・?』

 

『まあ!お前、だなんて・・・酷いですわお兄様!このメジロマックイーンの娘の私を忘れたとは言わせませんわよ!』

 

成程、メジロマックイーンの娘。それで芦毛の馬体をしているのかとどこかずれた観点で納得しながら、どうやら俺とこの子はどこかで出会っているらしいというヒントは得られ。

 

しかしそれでもいまいちピンときていない俺の様子にしびれを切らしたのか、芦毛ちゃんは頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。口調の割に行動は幼いな・・・。

 

俺と、どこかで出会っている、芦毛のメジロマックイーンの娘。

 

相手がここまで豪語するのだ。かならず、きっと、どこかで・・・。

 

 

―「親父はメジロマックイーンで、今は黒鹿毛に見えるが、芦毛の牝馬や」―。

 

 

思考していると、ふと蘇ったのは薪場のおっちゃんの声。

 

そうそう、二年前、可愛らしいメジロマックイーン産駒の仔馬ちゃんと出会ったんだよな。どう見ても黒鹿毛なのに芦毛だって聞いて驚いた・・・って。

 

目の前で可愛らしく頬を膨らませているのも、芦毛の牝馬。

 

まさか。

 

『・・・あっ』

 

思わず漏れた声に、相変わらずそっぽを向きながらも芦毛ちゃんの耳が嬉しそうにぴこぴこと動いたのは見逃さない。

 

『・・・もしかして、あの時の、仔馬・・・ちゃん?』

 

『やっと思い出して下さいましたか!!お兄様っ!!』

 

恐る恐る尋ねた俺の声に、芦毛ちゃんはさっきまでとは一転して満面の笑みで喜びの声を上げた。

 

やはり、そのまさかだったようだ。

 

二年前、ほんの半月ほど一緒に過ごしただけに過ぎなかったにも関わらず、それからずっと俺を慕ってくれていたと思うとその健気さには涙が出そうになる。

 

というかそのお嬢様みたいな喋り方はなんなんだ、どこで覚えたんだ一体。

 

『あれからずっと、お慕いしておりました・・・ようやく、ようやく一緒になれましたわね、お兄様・・・うふふ・・・』

 

しかし、2年という月日は残酷だった。かつて純真に俺を慕っていた仔馬ちゃんの声は、嬉しさの中になにやら怪しさも含み始めていて。

 

というか、あれ?慕われている、というより最早これは想われている、というレベルのような・・・!?

 

それに少々たじろぎつつも、大きくなったんだもんな、お嫁さんになるって言ったらそりゃあそうだよな。と自分を無理やり納得させる。

 

けれどそんな情報をどこで覚えたのやら、このマセガキめ。かわいい後輩であることに変わりはないけど。

 

『あ、ああ・・・久しぶり、だな』

 

戦慄した感情を抑えつけて、再会を喜ぶ言葉を絞り出す。勿論それだって正真正銘本心からの本音だから安心してほしい。

 

『ええ、一体いつぶりかなんて、すぐには思い出せないくらいですわ。それでも、私はお兄様の事を忘れた日など、一日たりともありませんの』

 

『お、おぅ・・・』

 

なんてこった、長い間会えなかった反動もあるのかもしれないが、想われているというより、こりゃ、『重い』の部類に片足突っ込んでるわ。

 

けど、それよりも。

 

『ここにいるってことは無事、競走馬になれたんだな。えーと・・・』

 

『オスマンサス、ですわ!スーとお呼びください』

 

なんと呼べばいいのか言い淀む俺に、仔馬ちゃん改めオスマンサス・・・スーは元気よく言い放つ。

 

『そっか、じゃあ、スー。改めておめでとう』

 

『ふふ、お兄様からの祝言、ありがたく頂戴しますわ』

 

生まれたときには生きることすら危ういと言われたあの仔馬が、こうして無事に競走馬として門出を迎えたのだ、これを祝わずして何になる。

 

『しかし・・・立派になったな・・・』

 

だが、こうして見ると・・・スーの馬体は白い色も相まって随分大きく見える。500kg前後ってとこか?

 

他の仔より小さかった時。黒鹿毛にしか見えなかったあの姿を思い出すと、感慨深さと、生命のたくましさってものを感じずにはいられない。

 

・・・要するに。牝馬としてはデカいのだ。

 

『(でも、そんなに気にすることはないかな)』

 

メジロマックイーン自身が大きな馬体をしていたせいか、産駒にもその特徴が伝わることがあり、それでも結構お構いなしに走るんだよ。

 

ホクトスルタンとか、ディアジーナとかな。

 

『お兄様に相応しいレディになるため、私、頑張ったのですわよ?』

 

立派になったという言葉をそのとおりに受け取ったか、褒めて欲しそうに俺をじっと見つめてくるスー。

 

よくよく見れば、その瞳には少しばかり不安の色が見え隠れしている・・・ははあ。こいつ、慣れない土地に来て、新しい馬や人に囲まれて、寂しかったんだな。

 

で、ようやく見知った存在であり、長年思い続けてきた相手の俺を見て、こうして甘えて来ている。

 

その証拠に、俺を見つめる目は昔の、仔馬だった時代のクリクリとした愛らしいものから全く変わっていない。

 

・・・正直、このままだと競走馬としては難しいだろう。

 

けども、スーはまだまだ2歳。人間で言えば中学生くらい・・・生意気ながらも甘えたい、そんな時分。ならば時には甘やかしてやらないと、だな。

 

『・・・ああ、スー。君はちゃんとやれてるよ』

 

『まぁ・・・!』

 

ご褒美代わりに首を伸ばしてスーの首をグルーミングすると、彼女は顔を赤らめて照れていたが、嫌ではなさそうだ。

 

厳しいことや辛いこと。

 

そんなものはこれからいくらでも経験するのだ。ならば先に、それを耐えられるくらいには嬉しい思い出を作ってやろう。

 

そう思ってスーに構ってやっていると。

 

 

「やっぱり覚えていたか。二人共お熱いな」

 

「いいねぇ、実にいいねぇ」

 

いつの間にかやって来ていた太島センセイと馬口さんにバッチリその光景を目撃されてしまっただけでなく、仲の良さをからかわれてしまった。

 

『ッ・・・!?スー、すまん、ちょっとこれでおしまいだ』

 

『えぇ!?なんでですの!?』

 

あまりの恥ずかしさに、咄嗟にそっぽを向いてスーから顔を逸らす。

 

俺のグルーミングに鼻を伸ばして喜んでいたスーも、これには少しご立腹。すまんな、人間たちの前で堂々とイチャつくメンタルなんてまだ俺には存在しないんだ。

 

「あはは、セキト、ごめんねぇ。でもちょっとお出かけだから・・・」

 

・・・っと?馬口さんが俺に頭絡を着けた?どうやらどこかに出るみたいだな。

 

『ほいほいっと』

 

そのまま引き手を通して、馬栓棒とベニヤ板を外して。馬房の外へ一歩出た瞬間。

 

『お兄様!?どこへ行ってしまわれるのです!?』

 

「うわっ!?スー!?ごめんよ、ちょっと借りるだけ!ちょっとだけだから!」

 

また俺と引き離されると思ったのか、スーが大騒ぎし始めたのだ。

 

あまりの勢いに、なんにも悪くないというのに馬口さんなんか思わず謝っちゃってるし。

 

・・・まったく、この見た目ばっかり先に立派になっちまった中身仔馬ちゃんは。

 

スーはそのまま『お兄様と離れるなんて断固拒否しますわ!』とか『お兄様と私の愛は永遠なのですわ!』とか色々と喚いている。というかおいやめろ、そんな大声で騒いだら噂が厩舎中に広まっちまう。

 

ええい、このままだと埒が明かないな。恥ずかしいとか言ってる場合じゃない、俺がひと肌脱ぐしかないなと意を決して。

 

『こら、あんまりわがまま言っちゃだめじゃないか』

 

「あ、ちょ、セキトまで・・・」

 

『うりゃ!』

 

馬口さんを引きずるようにしてスーに近づき、その頬に口づけする。

 

「おぉー・・・」

 

それを目の当たりにして、感心するような、放心しているようなよく分からない声を出す馬口さん。

 

「青春だな」

 

至極冷静に頷きながらコメントするのは、太島センセイだ。

 

『(ぐぁぁぁぁ!やっちまった!恥ずかしいぃぃ!!)』

 

改めて俺のやった事を見返すと、どこのキザな男だって言いたいくらいには普段の俺からかけ離れているし、覚悟を決めたとは言え今すぐ叫び出したいくらいには無茶苦茶恥ずかしい!!

 

・・・でも、ほら、恥を押し殺して実行に移した甲斐はあったようだ。

 

『まっ・・・!?』

 

可愛らしい声を出して、途端に大人しくなるスー。俺のことが大好きみたいだからこうなると思ったんだ。

 

『大丈夫、すぐ戻るから。ちょっとの間だけ出掛けてくる。スーはいい子だから、待てるだろう?』

 

すかさず、囁くようにそう言い聞かせればスーは真っ赤な顔をしながらコクコクと頷いて。これにて調馬完了。

 

俺に対する気持ちを利用しているようで少々罪悪感はあるが、厩舎中にとんでもない噂を広げようとしていたのはそっちなんだからおあいこだと思うことにする。

 

あー、それにしても本当に恥ずかしかった。なんとか上手く行ってよかったよ。

 

 

『・・・ほら、大人しくなったぞ』

 

「セキト、ありがとう・・・君も隅に置けないねぇ」

 

『なんだよ』

 

なんだかニヤニヤとしている馬口さんにいじられながら、赤くなっているであろう顔を冷ますために深呼吸をしつつ厩舎の通路を歩いていった。

 

 

 

 

「はい、ここが目的地だよ、お疲れ様」

 

『ここは・・・装蹄所?』

 

しばらく引かれ続けた俺は、外に出て、今まで何度もお世話になった鉄の焼ける独特の臭いが漂う場所の近くに繋がれた。正直いい臭いじゃないからちょいとキツイ。まあ、ダメって訳でもないけど。

 

しかし、今になって装蹄?蹄鉄の交換時期的には納得だけど・・・と思いつつも、疑問符が浮かぶ。

 

そんな俺に馬口さんが俺の首を軽く叩いて言った。

 

「セキト。君のためにすごい人が来てくれたんだよ。装蹄してもらおうね」

 

すごい人?って一体誰だ?皆目検討がつかん。

 

首を傾げる俺の耳に、初めて聞く人の声が飛び込んでくる。

 

 

「おまたせしました。この馬ですか・・・早速始めますね」

 

『誰だ・・・な!?』

 

反射的にその男性を視界に入れた俺は、驚愕のあまり固まった。

 

おいおい。すごい、どころか物凄い人が来ちまってるよ。

 

何度も頭を下げる馬口さんに、「私なんかで良ければ、いくらでも力になりますよ」と朗らかに笑い。凄みなんて感じさせないその人は。

 

正に己の「思い」を形にして、それを競馬界に消えることのない「あるべき形」として刻みつけてしまった、そんな人。

 

『馬の・・・神様・・・!?』

 

今俺の目の前にいるのは、馬の神様。そう呼ばれて然るべき存在の、伝説の装蹄師だった。




なぜか感想欄で熱烈コールされていたこのお方、勢いにのって召喚しちゃいました。

「馬の神様」がセキトの脚に下す判断は。

次回更新は金曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神様の装蹄

突如としてセキトの目の前に現れたレジェンド。

彼の装蹄がセキトにもたらす影響とは。

それはそうとシャフリヤール、次はイギリスに飛んでロイヤルアスコットに挑むそうですね!リアルの方でロイヤルアスコット勝利がなるかどうか、見守っていきたいです。


装蹄所。

 

G1馬でも、未勝利馬でも、馬ならば皆四肢の先に等しくくっついている蹄を守るための鉄の靴、蹄鉄を加工するための施設。

 

美浦トレセンのそこに、俺と、馬口さんと、見知らぬ男性が、一人。

 

髪は一本残らず白髪になっていて、そこは流石に歳を感じさせるが・・・ごつごつと力強い手は、確かに職人の手だった。

 

「よくいらっしゃってくださいました」

 

「いえいえ、馬が泣いていると聞けば、北海道だろうが沖縄だろうが、行かないわけにはいきませんから」

 

それでもまだ本州で助かったかな、とはにかみながらいう年配の男性。

 

俺はその顔に心当たりがある。

 

 

・・・日本では、割と近代まで馬の身体の仕組みがよく分からず、知ろうともされなかった時代があった。

 

その一環が、蹄鉄だった。現代から見れば恐ろしい話だが、当時の蹄鉄は文字通りの鉄製。重く、加工しづらく、装着した馬が脚元を悪くしたならそれは管理か馬の体質の問題とされる、そんな時代。

 

そんな中において、彼の人は屠殺場に入り浸り、何十頭、いや何百頭?とにかく数え切れないほどの馬の脚を自宅の天井から下げながら、ついにただの一頭も同じ蹄を持っていないことに気づく。

 

だれも見向きもしない所から、「馬に合わせられない蹄鉄のほうがおかしい」と思い至ると遂には自ら蹄鉄を開発してしまったのだ。

 

当時の蹄鉄と比べて圧倒的に薄く、加工しやすいその蹄鉄は、競走馬になれない、戻れないと烙印を押された馬と、時に生きることさえ絶望的とされた数多くの馬の競走生命、馬生を救ってきた。

 

本当に数え切れないほどの功績があるのだが・・・その中でも、一つ。彼の手腕がよくわかる事例を一つ紹介させてほしい。

 

50戦以上を駆け抜けながら、ただの一度も故障しなかった「鉄の女」、イクノディクタスをご存知だろうか。

 

最近は美少女になって知名度を一気に上げたから、知っている人も多いだろう。彼女は実はデビュー前、競走馬としては駄目だと言われるほどの屈腱炎を患ったことがある。

 

あらゆる手を尽くしてもだめ、餌も食べない。このままでは廃馬にするしかないと連れてこられたイクノディクタスだったが。それが彼の手にかかり、蹄鉄を打ち替えただけでけろりと完治してしまったのだ。

 

それ以降はまったく健康そのもの。前述の通りに競走馬として競馬場を駆け抜けた後は十頭の娘息子達をこの世に送り出し、2019年、32歳の時に天国へと旅立ったが、死因が老衰というのは、彼女の頑健さを非常によく表していると言えるだろう。

 

その陰に、名工の手助けあり。

 

もしもデビュー前、屈腱炎を治せていなかったら。「鉄の女」でさえ「名無しの不運な馬」として処分されていたのかもしれないのだから。

 

そんな馬を一頭でも減らすべく。

 

声をかけられれば東奔西走、日本中どこにでも駆けつける。

 

馬たちをこよなく愛し、粉骨砕身で精進し続ける彼を。

 

いつしか人は、馬の神様と呼んだ。

 

 

 

 

『神様がいる、マジの神様が・・・!』

 

「はは、懐っこい馬だな」

 

その表情に驕りはなく、俺にも「今日はよろしく」とにこにこしながら話しかけてくるもんだから、俺もすぐに警戒心を解いてしまった。

 

「今日はよろしくをお願いしますね、幸長(ゆきなが)さん」

 

「ええ。先生の話じゃ次で引退とか・・・本当ならしっかり治してから出てほしいんですけどね」

 

全体的に和やかな雰囲気のまま、幸長さんと呼ばれた馬の神様は俺の脚のことについて釘を差していった。

 

やはりというか、名前は変わっているが馬口さんの態度といい、馬に対する愛情といい・・・その腕は俺が人間だった時に語り継がれていたあの「馬の神様」と変わらないのだろう。

 

前世では彼の素晴らしさを知ったのは亡くなってしまった後だったから、今こうしてその技術を目の前で見られるのは感動的ですらある・・・俺、患者だけども。

 

って、あれ?今日初めて会ったはずの幸長さんが、なんで俺の脚の状態を知ってるんだ?

 

そんな何気なく、しかし一度湧いてしまえば気になって仕方ない疑問に答えてくれたのは、他でもない幸長さん自身だった。

 

「さっき先生にこいつの脚のエコーを見せてもらったんですが・・・うん、なんとか出られるくらいまでは治ると思いますよ」

 

成程、太島センセイか。大方俺の脚のことを相談して、どう調整するか相談したのだろう。

 

 

「じゃあ、まずは蹄鉄を外しましょうか」

 

その末、蹄鉄を打ち替えることになった俺は洗い場のような場所に繋がれ、まずは一番負担がかかっているであろう右前脚を上げるように促される。

 

『はいよ』

 

「よっ、と。素直でやりやすいなぁ」

 

素直にそれに従うと、幸長さんはすかさずそれを足の間に挟み込み、専用の道具であれよあれよと言う間に蹄鉄を外してしまう。

 

「・・・あれ、これ、日本の打ち方じゃない?」

 

そして、すぐさまその蹄鉄の違和感に気がついた。というか外してすぐに気づけるってのがすげぇよ。これが職人か。

 

確かに、欧州遠征をしている時俺は現地で一度蹄鉄を打ち替えて貰った。蹄鉄自体は日本で調節してもらった奴だから問題はなかったんだけど・・・。

 

「あ、ええ。セキトは欧州遠征に行ってたんです」

 

首を傾げる幸長さんに、馬口さんが答える。それを聞いてああ、そういうこと!と納得したような顔をした幸長さんは、少し難しい顔をしながら言った。

 

「うーん・・・難しい話かもしれないけど、次からは装蹄師も一人連れて行ったほうがいいよ。日本の打ち方で育った馬は、それに合うように育っちゃうから」

 

成程・・・国が違えば、蹄の手入れの仕方も違う。それによってせっかく微妙な線引で保たれていたバランスが崩れてしまうこともあるってことか。

 

欧州の馬場を走ったからだとばかり思っていた俺にとって、幸長さんの意見は全く新しい視点から吹いてきた風のようだった。

 

「多分だけど、屈腱炎になったのはこんな履き方をしながら走ったからだろうね。」

 

そう続けた幸長さん。人間で言えば靴自体は合っていたが、履き方を間違えていたってところだろうか。

 

しかし・・・もしたったそれだけで屈腱炎になったのだとしたら、これって人災じゃね?保険とか降りないの?降りない?そうですか、残念。

 

 

 

 

・・・さて、4つの蹄鉄も全部外し終わって、蹄も裏掘りとついでだからと削蹄し。随分ときれいにしてもらった。

 

だが、ここからがいよいよ、馬の神様が神様って呼ばれる所以の見せ所だ。

 

 

「ふー・・・よし!」

 

一息ついてから、蹄鉄を高温の炉に突っ込む幸長さん。

 

バチバチと焼かれた蹄鉄が最初は銀色をしていたが、すぐに赤くなって、そして白く輝いていく。

 

『うおっまぶしっ』

 

長く見ていると目が焼けそうだから、適度に顔をそらしながら幸長さんの様子を見守るが・・・なんでこの人はあんなのをずっと見ていて平気なんだろう。俺の中で職人七不思議の一つに認定しておこう。

 

「ふっ!ふっ!」

 

『おぉー・・・』

 

やがて赤熱し、柔らかくなった蹄鉄を取り出すと、角の生えた金床のような道具に引っ掛けながら、甲高い金属音を響かせ、時折火花を散らしつつ蹄鉄を曲げていく。

 

元々着けていた蹄鉄を参考にしながらも、今の俺の状態を加味してほんのちょっとだけ曲げや厚みを変えるんだが・・・それがまた微妙な調整一つで、脚を地面に付けたときなんかの感触が全然変わっちまう。

 

人間ならば合わない靴を履いたところで靴ずれ程度で済むんだろうが・・・馬の場合はもっとヤバいことになるんだよ。

 

具体的に言うなら蹄の形が崩れたり、それによって余計な負担が掛かったり。そんな状態で走らされたら・・・脚を守るどころか、故障のリスクが余計に跳ね上がるだけだ。

 

だからこそ、状態や形を慎重、かつ馬はそんな長時間じっとしていられないから大胆に把握し、素早く蹄鉄を変えなければならないのだが。

 

「・・・うん、まずはこんなもんかな」

 

『おぉ、早ぇー』

 

しっかし、流石は馬の神様。早速1つ目が仕上がっちまった。

 

トレセンに所属している装蹄師のおっちゃんたちの手腕も見事なものだが、それを上回る早さと技術、これが装蹄師にして、唯一「現代の名工」の称号を賜った人物か。

 

「ここは・・・よし、これでいいね。次はこっちだ」

 

まずは問題のない左前脚の蹄鉄から形を合わせ、次は左後脚の蹄鉄に取り掛かる馬の神様。

 

「そういえば・・・」

 

「ん?どうしたの?今なら大丈夫だよ?」

 

作業の途中で、見守っていた馬口さんが首を傾げながら、俺の脚に起きた不思議な現象についての疑問を、幸長さんに投げかける。

 

「いや、セキトの脚なんですけどね、間違いなく屈腱炎、いやそれ寸前なんですよ。なのに痛みも腫れも無いなんて・・・獣医でも原因が分からなくて」

 

「ああ、それね。さっきエコー見せてもらったって言ったけど・・・綺麗に神経が多いところを避けてるの。だから腫れはともかく、痛みがないんじゃないのかな」

 

「神経・・・!なるほど・・・!」

 

『マジか・・・』

 

なんてこった。流石は屠殺場に入り浸ってまで馬を研究し尽くした男。獣医ですら分からなかったことに「こうじゃないか」という答えを導き出すとは。

 

「ふっ!それで、最後のレースが無事に終わったら、もう一回呼んでください、また調整しますんで」

 

幸長さんは2つ目の蹄鉄を叩きながら、見解に頷く他ない馬口さんにそう言っていた。

 

いや、この人にもう一回装蹄してもらえるなんてなんのご褒美?あ、完走おめでとう記念か・・・まずは無事に走り終えないとな。

 

 

 

 

「・・・だから、現代の若者ももっと馬の身体について学ぶべきなんだよ、元気なのに処分されてしまう馬は沢山いるんだから」

 

「成程・・・」

 

「馬の死を無駄にしない・・・か」

 

それから3つ目、4つ目と蹄鉄を調整し終えた幸長さんは、どこからか噂を聞きつけて集まってきた美浦の装蹄師さん達に独自の理論を語らっていた。

 

最初は遠慮がちだったものの、真剣に聞き入る姿に感化されたか、次第に熱が入って行って。

 

今や「馬の蹄をどう見ればいいか」とか「何を学ぶべき」かなんてちょっとした講義みたいになっていた。というかギャラリー多すぎね?真ん中にいる俺が恥ずかしいんだけど。

 

「・・・よしっ、できた、これでどうだ」

 

『おー、おしまいか。ありがとうございました!』

 

「はっはっ、お礼か?お前はいい子だなー」

 

いつもより随分時間を掛けた装蹄、しかしそれはその分だけ俺に向き合ってくれたってことだ。幸長さんに首を擦り寄せて、素直に感謝しながら何回か足踏みをして感触を確かめると。

 

『・・・んん?』

 

なんだろ、これ。いつもとあんまり変わらないようでいて、何かがが違うような?いまいち分からん。

 

「それじゃあ、歩かせてみますね。セキト」

 

馬口さんが幸長さんに一礼してから、俺の引手を柱から外して手に取った。

 

『おう』

 

そうやって、一歩装蹄所から歩みを進めた瞬間、俺は、後から振り返ってみても馬生で五本の指に入るショックを受けた。

 

『・・・!?』

 

いやいや、おいおいおい。マジか。

 

『脚が・・・脚が軽い!?』

 

勿論今まで装蹄してくれていた人の腕が悪いって訳じゃない。寧ろこの年齢まで脚に異常なんて出なかったんだから、腕利きな方なんだろう。

 

しかし。

 

その感覚を彼方に追いやってしまうほどには、今の蹄鉄は、「別格」すぎる。

 

『今すぐ走りたいくらいだ!』

 

跳ねる心に呼応するように、俺の足取りも軽く、ステップを刻むように歩様を刻む。

 

その様に、ギャラリーたちから「おぉー」と歓声が上がった。

 

「セキト・・・そんなに楽になったの?」

 

『ああ!』

 

「ふふ、楽になったんだねぇ、よかったねぇ」

 

あまりのはしゃぎっぷりに、馬口さんがそう俺に尋ねてきたから一つ鳴いて返事を返す。

 

 

「・・・くそっ」

 

『あっ』

 

そんな俺の姿を見て、集まった装蹄師達の中で、一人だけ。悔しそうに拳を握ったのが見えた。

 

・・・以前、俺に蹄鉄を打ってくれた人だ。

 

しまった。よりによってこの人の前ではしゃぐなんて。

 

「あれ?セキト?」

 

今更ながら普通に歩いてみせるが、もう後の祭り。

 

「やっぱり、オレなんかじゃあの人の足下にも・・・」

 

そうボヤいた後、立ち去ろうとする装蹄師さんを見つめていると、その肩をどこからか伸びたシワシワの手が静かに叩いた。

 

「誰・・・っ!?」

 

反射的に振り返った装蹄師さんの悔しさを隠しきれない表情が見えたかと思えば、すぐさまそれが驚きへと変わって。

 

そりゃあそうだ。

 

「セキトバクソウオーが故障したのは君のせいじゃないよ」と。

 

そう、優しく諭したのは、他ならぬ「馬の神様」、幸長さんだったんだから。

 

「悔しい、か。懐かしいなぁ。あの頃はひたすらに馬のことばっかりで、妻には迷惑をかけて・・・うん。君には私と違って、まだまだ時間がある、大丈夫だ」

 

まだ、学べる。

 

そう優しい顔をしながら締めくくった幸長さんに、装蹄師さんは呆気にとられ。しばらくしてからハッとすると潤みかけた両目を右腕で乱暴に擦り、「ありがとう、ございます・・・」と頭を下げた。

 

『丸く収まってよかったぜ』

 

ふぅ、美浦トレセンから有能な装蹄師が一人消える、とかならなくてよかったぜ。

 

『メインはあの人なんだからな』

 

だって、美浦(ここ)に来てから初めて履いた鉄も、新馬戦を迎え、その前に履き替えた鉄も、G1レースに向かう前に履いた鉄も。

 

みーんな、あの人が打ってくれたんだから。

 

俺には引退レースが残ってるし。ひょっとしたら、その・・・俺の子供たちがお世話になるかもしれないし。なによりあの装蹄師さん、年齢もこの業界としては若いからまだまだいなくなられちゃあ困るんだよと胸を撫で下ろす。

 

『さてさて・・・』

 

幸長さんと固く握手を交わす装蹄師さんの姿を見守りながら、俺はまた背中にそっと新たな思いが乗せられるのを感じていた。

 

「無事に帰ってこい」という、祈りにも似た思いを。

 

『ああ、分かってるよ』

 

言われなくても、絶対に応えないとな。

 

 




さて、前回、今回と登場頂いた「馬の神様」ですが、新婚にして自宅の天井から大量の馬の脚がぶら下がっていた、故障馬を引き取り治療法を研究していた、等数々のエピソードが凄まじすぎて、某書を読んだ当時は唖然としたものです・・・。

他にも専門書の記載を書き換えさせてしまったほどの大事件である当てエビの件もありますが・・・流石に内容が内容なので自重ですw

間違いないのは、彼の功績は競馬という文化、いや、馬に関する歴史として未来永劫語り継がれていくであろうということですね。

次回更新は月曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妹分がパワフルすぎる件

日曜日、またまたテレビで競馬観戦をしていたら、母が直感で決めた人気薄が2着に突っ込んできやがりました・・・ほんと複勝キラーの超能力者としか言いようがない・・・。

そして、作者自身は重賞の勝ち馬よりも、オープンクラスでも活躍できそうなレモンポップに目が行ってしまったのでした。

本編の方は・・・まーたこいつらイチャイチャしてるよ。


『はっ、はっ、はっ・・・やっぱり久しぶりだときついな・・・』

 

「うーん、やっぱり動きが重いな・・・春とは別の馬みたいだ」

 

美浦トレセンに戻って、一ヶ月。

 

大の苦手であるプールでのトレーニングを半分溺れながらこなし、なんとか体重を落とした俺は助手さんを背に乗せ、ラストレースの香港スプリントに向けて久しぶりにウッドコースに出て身体に負荷を掛けている。

 

そう、香港。俺としては夏の間はずっと休んでいたし、今年も出走するとなると正直怪しいかと思っていたんだけど。

 

しっかり届きました、招待状。勿論俺宛に。

 

センセイが言うにはどうやら春の実績が評価されたらしいとのことだ。ありがたい限りである。

 

が、しかし、脚のこともあってこうしてしっかりと走ったのなんてジュライカップ以来だからな・・・脚取りは重いし、筋肉もだいぶ落ちちまっている。

 

せっかく手綱を取ってくれている助手さんも首を傾げているし、あんまり状態は良くないってのが現状。それに、今併走している相手っていうのが・・・。

 

 

『こうしてお兄様と一緒に走れるなんて、夢のようですわ!』

 

なんとスーなのである。いや、俺がちゃんとオンオフを切り替えられるって上で、スーも弱いって決まったわけじゃないけどさ。

 

でも・・・デビュー前の新馬とG1馬が並走してるんだよ?当然周りからもあれこれ見られたりする訳で。

 

「おいおい、大丈夫かよ」とか「G1馬と新馬を併せるなんて正気か!?」とか。ほらー、やっぱり色々言われちゃってますよ?太島センセイ。

 

 

まあ、連中の言うとおりG1馬と新馬を併せるって行為が常識破りなのは確かだな。

 

というのも併せ馬ってのは上手くやれば馬の闘争心が引き出される一方で、あまりに実力差のある相手と競り合うと、馬が自信を無くしてその後の戦績はサッパリ・・・なんてことも十分あり得るからだ。

 

かの皇帝様とか、そりゃあもう併せた相手がみんな精神をすり潰されちゃって大変だったとか。

 

それを考慮すると、今の俺とスーの併せ馬は身体の使い方すら分かっていない新米と、しっかりと走れている上に、実績のあるプロを競わせている様なもの。

 

外野としては心配になって一声二声、かけてしまったとしても仕方ないことだろう。

 

「いや、あのオスマンサスだろ、セキトバクソウオーを使うのも納得っちゃ納得だよ」

 

「美浦の問題児、だもんなぁ・・・」

 

とは言え、その心配の内容ってのは必ずしも実力差に注目したものばかりではないようなのが、少々気になってはいた。

 

あの(・・)オスマンサス?問題児?なんのこっちゃと思っていたら・・・調教の中盤になって、俺はそれを目の当たりにすることになる。

 

『うう・・・これが基本なんですの?ちょっと遅いくらいですわね・・・』

 

『ああ、今のペースが15-15ってやつだ。しっかり感覚を覚えておけよ』

 

俺が内、スーが外。楽を覚えないような配置で仲良く並んで走っていると、物足りなさを感じたのかスーがウズウズとし始めた。

 

『了解ですわ・・・でも少し位なら・・・』

 

「!やっぱり来た、でもここで我慢させないと・・・!」

 

『ほら!言ったそばからまたペースが上がってるって!』

 

口で抑えるように指示を飛ばすが、やはり新馬、はやる気持ちを抑えきれないのか段々と脚の回転が速くなって。

 

助手さんが手綱を引っ張っても、それに従う気配はない。って、おいおいおい。

 

『ああもう!どうしてこんなに耐えなければならないんですのー!!』

 

「あぁぁぁっ!駄目だぁぁぁぁ!」

 

最終的には、思い切り駆け出してしまった。遠ざかる芦毛の背中から、鞍上の人の断末魔が虚しく響く。

 

・・・俺なんかより、よっぽどバクシンしてんじゃねーか。漢字じゃなくて、カタカナのバクシン、な。

 

『あーあー・・・』

 

あんな姿を見せられたんだ。俺だって周りのギャラリーと同じく苦笑いするしかない。

 

ご覧の通り、スーの方が走り出すと頑張りすぎてしまうタイプだったようで。当然こんな事をして悪目立ちしない訳がなく、後から聞いた話だと太島厩舎の問題児としてちょっとした話題の的になっているとかなんとか。

 

これでスピードがあるならそれはそれで良かったんだが、スーの動きはどうにも・・・バネがあるというよりは、バテないことが長所、というような。とにかく短距離には明らかに向いてない馬とのことで、矯正役として俺が選ばれた。

 

その理由としては人間から見ればなぜか・・・まあ、俺からしたらその原因は火を見るよりも明らかなんだが・・・とにかくこうして俺と一緒に居るとスーは途端に大人しくなるからこの際俺をお手本に正しいペースを仕込んでしまおうって作戦らしい。

 

成程、こうして馬房の外で見てみるとスーの馬体はあまり筋肉が付いておらず、胴が長い、明らかなステイヤー体型だ。毛色もそうだし、父親(マックイーン)の影響が強いのかもしれない。

 

・・・レースに出るならば、少なくとも2000mは要る、時代の流れとともに姿を消した純正ステイヤー。

 

それが間近で見たスーの走りから俺が感じた印象だった。

 

 

 

 

『ふぅ、すっきりしましたわ』

 

『はー、はー・・・お疲れ、スー』

 

『お疲れ様、ですわ!』

 

結局そのまま、事あるごとに加速し、先行するスーに必死に追いつきながらペースを監督するというインターバル走じみた調教になってしまったから、俺はもうバテバテだった。

 

それに対して、スーはあれ程の運動量をこなしたにも関わらずさも当然といった顔でけろっとしている・・・間違いなくステイヤーだわこの娘。

 

「せ、セキト、大丈夫?」

 

そんな俺の様子を見て、助手さんが慌てたように声をかけてくる。

 

『ぜはー、ぜはー・・・大丈夫・・・疲れた、だけだ・・・』

 

うん、脚とかに痛みはないし、今日の運動自体が病み上がりには少々ハードだっただけ。

 

なんというか、直接一緒に走ったことでスーはいろいろと課題が見えてきたな。

 

まずは、とにかく。あの暴走をなんとかしないと。

 

『スー、駄目じゃないか・・・背中の人の言うことは、しっかりと、聞かないと』

 

跳ね回って飛び出していきそうな心臓をクールダウンの引き馬で落ち着かせ、息を多く吸ったり吐いたりしながら、スーに注意する。

 

先程の調教での暴走が示した通り、スーは助手さんとの折り合いが全くついていない。このままだとレースはおろか調教一つとっても危険すぎる。

 

他の馬や、人間達の安全のためにも早く直したほうがいい悪癖だ。

 

が。次の瞬間、スーの口から放たれたとんでもない暴論に、俺は目を丸くするしかなかった。

 

『なんでですの?レースというものは最初から最後まで先頭を守り通せば、勝ちになると聞いたのですが?』

 

おい。誰だよスーにダイワスカーレット理論を教えたやつ。しかもなまじ半分は合ってるだけにスーの気性と噛み合って余計ややこしくなってるじゃねーかよ。

 

『それはスタートが上手で、足が速くて、なにより変なことをしててもよっぽどのことがない限り勝てるヤツが言ってることで、普通は言うこと聞かないと勝てないの』

 

そう。なぜ俺がこの考えをダイワスカーレット理論と呼んでいるか・・・それは、理論の内容が偉大な名牝の走りっぷりに由来するからだ。

 

曰く、ゲートが大の嫌いで早く外に出たいからスタートが上手かった。

 

曰く、負けず嫌いの度が過ぎて何がなんでも先頭に行きたがる。

 

曰く、そんな無茶苦茶な走りをしてもそもそものフィジカル面で他の馬に差がありすぎて勝つ。

 

・・・そんな「脳筋パワープレイ」を地で行って12戦すべてで2着以内に収まっているのだから、相当強かったのだろうと言う以外に感想が無い。

 

そして、そんな「天才」ってのは、何千頭に一頭というごくごく一部に限られているから「天才」な訳で。

 

大抵の馬はツインターボみたいなことになるのが関の山だろう。もしくはタケデンノキボー。

 

『でも、それで勝っている方もいると・・・』

 

『いや。普通はそんなことしてたら最初は良くても、ゴールする前に疲れて最下位(シンガリ)になるからな?』

 

考えが間違っていると指摘されたせいか、戸惑うスー。それを制してこのままでは勝つどころかシンガリ負けを連発してもおかしくないと説得を試みる。

 

特に、スーは長距離に向きそうな感じだったから尚更だ。3000m、もしも全く手を抜かずに走りきれる馬がいるというのならそいつはもうサラブレッドじゃねえ、血液の代わりにガソリンが流れているサイボーグか何かだよ。

 

『シンガリ・・・?』

 

『最下位ってこと』

 

おっと、俺としたことが。競馬用語を使ったせいでスーに上手く伝わってなかったようだったから分かりやすいように言い直すと、途端にスーの顔も分かりやすく硬直した。

 

『それって・・・(わたくし)は、今のままではお兄様のお嫁さんにはなれない、ということですの!?』

 

『・・・そうなっちまうなぁ』

 

どうやら本気で脳筋理論が正しいって思っていたらしいな。酷くショックを受けた様子で問いかけてきたスーに、目を閉じてゆっくりと頷くと。

 

『いや、いやだ・・・そんなの嫌っ!わたし、お兄様とずっと一緒に居たいのっ!!』

 

「うおっ!?スー!?」

 

混乱した彼女がいきなり厩務員さんを引きずってこちらに来たかと思えば、ぴたりとくっつけた身体を震わせながら、まるで駄々をこねる子供の様にそう言ってきた・・・っておい、喋り方が。思いっきり素が出てるぞ。

 

『せっかく会えたのに!お兄様と離れたくない!』

 

幼いながらも、瞳を潤ませながらそう直球ストレートに伝えてきた言葉は仔馬だった頃と全く変わらなくて、不覚ながらキュンとしてしまったぜ。俺としてはこっちのほうが滅茶苦茶可愛いんだけどなぁ。

 

しかし、スーは見てくれこそ立派になっちゃいるがその中身はまだまだ繊細なお子ちゃまだ。変な気は起こすなよと自戒して、冷静さを取り戻してから涙まで流し始めたスーのたてがみを整えてやりながら宥めにかかる。

 

『おいおい待て待て、今すぐに引き離されるわけじゃないからな、な?』

 

『うぅ・・・あっ!!』

 

「今度はこっち!?」

 

優しくそう言い聞かせれば、少し落ち着いたのか、ちらりと周りを伺って恥ずかしそうに俺から距離を取り、顔を逸らすスー。

 

担当さんよ、かわいい妹分があちこちに振り回してすまないな。

 

しかしその妹分はこちらをちらちらと見ているから、まだなにか用事があるのだろうと待っていると。

 

 

『・・・お兄様、私は、どうしたらいいの?』

 

顔を真っ赤にしたまま、うんと小声でそんなことを尋ねられ。

 

・・・うん、やっぱりかわいい。あ、子供としてってことだぜ?

 

しかし芦毛の馬体も相まって、馬として将来は相当美人の部類に入るんだろうなぁ・・・そんなスーの将来の姿を想起し、思わずニヤけてしまいそうになるのを抑えながら俺は競走馬としての心得を諭す。

 

『いいか。さっきも言ったけど人間の言うことはしっかりと聞かないとだめだ。そうしないとまず勝てないぞ』

 

『はい』

 

どこか照れていたスーの方も俺が真面目に答えを言っていると気づいたのだろう。いつの間にやら真剣な目をして、次は何を、と真っ直ぐに見つめてきている。

 

『スーは特に、長いところを走るようになると思う。だったら尚更言うことを聞けるかどうかってのが重要になってくるんだ』

 

サラブレッドってのは元々短距離レースを走るために作られた品種だから基本的にスタミナはお察しなんだよ。

 

だからこそ、長距離のレースでは「控えろ」とか「我慢しろ」って鞍上の指示に素直に従い、スタミナを温存できる馬が強い。

 

最近の馬だと・・・キタサンブラックがその理想形に近いかな?

 

『でも・・・どうしても、走っていると全力を出したくなってしまうのですわ』

 

俺の言葉に、困ったような様子でそう悩みを打ち明けてきたスー。随分と冷静になったのか口調も元に戻っている。

 

『大丈夫だって。それを何とかするために俺が一緒に走ってるんだ』

 

不安そうな言葉に、俺が後輩なら後輩らしく時にはどんと先輩を頼りなさいと胸を張ってみせると、スーは申し訳無さそうに呟いた。

 

『・・・お兄様、恐らく、ですけど。私、相当御迷惑をおかけしますわ』

 

『いいってことよ。俺だって長く休んでいたからちょっと走り足りないくらいだったしな』

 

売り言葉に買い言葉。スーに言い放ったこの言葉。半分は本当、そしてもう半分は嘘である。

 

今日コース入りして初めて気がついたんだが、相当身体が(なま)ってやがる。

 

その証拠に、新馬であるはずのスーを追いかけるのに時間がかかったし、そもそも脚の負荷を考えたら前みたいに長く脚を使えない。

 

そこに追い打ちをかけてくるのが、かねてよりのスタミナ不足。

 

つまり、現状では加速できないし、脚を持たせることもできない・・・G1どころか、レベルの高いG2でも勝負にならないだろうな。

 

思うように動かない身体は、まるで鉛のようで。

 

高松宮記念とジュライカップは夢か幻かと思うくらいに、半年前の充実ぶりが嘘のようだった。

 

 

・・・件の香港国際競走デーまでは、あと2ヶ月ほど。

 

それまでに前のような身体を取り戻すには、暴走してしまうスーに正面から付き合っていく位のハードなトレーニングが必要だろう。

 

勿論、脚が壊れない程度に。

 

『ちくしょー・・・』

 

もどかしさを覚え、スーに聞かれないくらいの声で悔しさを吐き出した俺は、せめて彼女を正攻法で止められるくらいには身体を戻そうと決意するのだった。

 




セキト、鈍りきった身体と、暴走妹分に向き合う。

次回はいよいよ香港へフライト・・・もそうなんですが、その前にカフェコンビの様子も少し入るかと。

次の更新は、水曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

摩天楼、ターフを去る

とうとう時系列上、この時がやってきてしまいました・・・。

しかしなるべく史実は壊さないと決めた以上、このイベントは避けて通れないわけで・・・。




セキトバクソウオーが妹分との併走兼、矯正兼、トレーニングにヒイヒイ声を上げているその頃。

 

日本から遠く離れたフランスの地、パリロンシャン競馬場・・・日本競馬の悲願である凱旋門賞を駆けるマンハッタンカフェの姿があった。

 

『ヘビイサン!』

 

「これならいける・・・!!」

 

勢いよく前へと進もうとする相棒を制し、今はまだだと手綱を引っ張る鞍上、蛇井政史は3年前の悔しさをここで晴らさんと冷静に心を燃え上がらせていた。

 

そして、偽り(フォルス)の直線(ストレート)と呼ばれる長い4コーナーを抜け、残すは直線500m。

 

目指すは世界の頂点。

 

「(あの時は本当に悔しい思いをした・・・!エル!!力を貸してくれ!!)」

 

漆黒の相棒の力を解き放とうとしたその脳裏に過るは、今年の夏に、あまりに早すぎる死を迎えたかつての相棒。

 

その無念が背中を押してくれるのでは。そんな淡い期待もあったのだが。

 

『!?』

 

「マンハッタン!?大丈夫か!?」

 

何回目かの鞭を入れた正にその瞬間。マンハッタンカフェの走行フォームががくんと崩れた。

 

その事実に、先程までは沸騰しそうな程に熱くなっていた蛇井の心の温度が一気に凍てつきそうなほどに冷え込んでいく。

 

「(故障か!?)」

 

『大丈夫!まだやれる!』

 

それも一瞬のことで、マンハッタンカフェは大丈夫、まだ行けると言わんばかりに走り続けている・・・が、蛇井の目と感覚の前には、どこかの脚を痛めたことなどお見通しで。

 

「・・・くっ!」

 

咄嗟に勝利を目指すのではなく、マンハッタンカフェを完走させるに留める決意を固めた蛇井の、手綱を追う手が止まる。

 

『ヘビイサン!?どうしたの!?』

 

レースの興奮故か、己の脚が傷ついているとも知らずマンハッタンカフェは今までになかった出来事に混乱しながらもひたすら先頭を目指して突き抜けようとしている。

 

『ねえ!僕が走ってるのって!みんなが勝ちたい!ってずーっと思ってるレースなんだよね!?ねえ!?』

 

それは、レースに臨む前、耳にタコが出来そうなほどに「日本競馬の悲願」を聞かされていたからかもしれないし。

 

『(なんで、なんで進めないの!?悔しい、悔しい・・・!!)』

 

どれほど普段は温厚な面を見せていたとしても、その身体に流れている、荒ぶるサンデーサイレンスの血に突き動かされていたからかもしれない。

 

しかし、そこにどんな事情があったとしても。

 

「ごめんな・・・マンハッタン・・・」

 

『・・・なんで謝るの?ねえ、ヘビイサン・・・ねえ、なんで・・・』

 

痛めた脚を守るためには。

 

その命を守るためには、前へと進もうとする意志を反故にしてでも、直線でみっともなくずるずると位置を下げたとしても、そうするしかなくて。

 

遠征で新たな栄光を手にした赤き優駿に対して、漆黒の摩天楼を待ち受けていたのは・・・日本中の期待に対して、あまりに無惨な結果だった。

 

 

「どうした、何があった?」

 

力なくゴール板の前まで駆けた愛馬に何か異常が起きた事を察したのか、マンハッタンカフェの馬主が怪訝そうな顔で引き上げてきた人馬に問いかけた。

 

「・・・恐らく故障です。どこかの脚を痛めたみたいですね・・・」

 

蛇井の、力ない言葉に見る見るうちに顔を青ざめさせていく馬主。そして、世界にも通じる強い馬のそんな姿を晒してしまったことに責任を覚えた蛇井は顔を伏せ、ターフから立ち去るまで決して視線を上げることはなく。

 

XX02年。マンハッタンカフェ、凱旋門賞13着。

 

今年も、凱旋門の扉は固く、閉ざされたままだった。

 

 

数多くの敗者と変わらないマンハッタンカフェは、そそくさと馬房へと戻ってくる・・・が、やはりその表情は浮かない。

 

それを見た隣の部屋から見慣れた鹿毛の顔が顔を出し、喋りかけた。

 

『戻ったか。結果は・・・その様子を見る限り、駄目、だったようだな』

 

イーグルカフェだ。マンハッタンカフェと共にフランスへと渡り、前日のG3競走、グレフュール賞で3着とまずまずの成績を収めていた。

 

だが、あくまで自分は前座。そう理解していたからこそ、本命である後輩のレースの吉報を期待していたのだが。

 

陣営の様子から結果を察するイーグルカフェ。

 

『異国の地での競走故、これも仕方あるまい』

 

恐らく惨敗を喫したのであろう、後輩にそう励ましの声をかける。

 

『・・・』

 

ところが、当のマンハッタンカフェは耳と目を動かしただけで、イーグルカフェの言葉に返事をすることはなく。

 

『む、聞いているのだろう?無視とはいい覚悟をしているな?』

 

そのことに気を悪くしたか、イーグルカフェは声を荒げるような事こそしないが、少々ムッとしたような様子で再びマンハッタンカフェに話しかける。

 

『おい、聞いて・・・!成程、そういうことか、これは失礼した』

 

その勢いのまま、馬房を遮る壁の格子から様子を伺ったイーグルカフェは一目でその事情を理解し、ハッとしたように謝罪した。

 

 

・・・イーグルカフェの視線の先で。マンハッタンカフェが、痛々しく、左前脚を上げている。

 

『はは・・・見られちゃいました、ね・・・そうなんです』

 

無理矢理に口元を引き上げながら、か細い声でそう答えるマンハッタンカフェ・・・ここまで脚を痛めていては、その身には相応の痛みが走っている筈で。

 

返事をしなかったのではなく。出来なかったのだ。

 

そして、彼はその痛みか、はたまた別の何かからか。身体を震わせながら、どこまでも澄んだ瞳から一粒だけ涙を流すと、つっかえていたものを吐き出すように。

 

『先輩・・・多分、もう、ボク。走れないです。脚が・・・脚が、とても。痛いんです・・・』

 

そう呟いた声色は、全てを悟ったようでいて、足掻くことを諦めたようでも、まだ諦めきれていないようでもあって。

 

少なくともイーグルカフェには・・・それの本質は、ただひたすらに穏やかなものに思えた。

 

彼の中で、一つの「区切り」がついたことを察したイーグルカフェは、『そうか』とだけ漏らし、それ以上は追求しない。

 

その気遣いの有り難さに、マンハッタンカフェは小さく頭を下げ、感謝の意を示す。

 

そして。

 

とても競走には耐えられなくなってしまったであろう自らの足を見つめながら、ああ、『終わった』のだと。

 

幕切れを受け入れ始めたその横顔にあるのは、納得と、悔しさと。

 

せめてあの「先輩」に一言挨拶くらいはさせてほしい。

 

そんなたったひとつのワガママだった。

 

 

凱旋門賞から数日後。

 

マンハッタンカフェがレース中に屈腱炎を発症したこと。

 

そして、そのまま引退しアグネスタキオンの待つ馬飼スタリオンステーションにて種牡馬入りすることが決定したと、日本中のメディアに向けて発表されたのだった。

 

 

 

 

『マンハッタンカフェが・・・引退!?』

 

『はい、間違いないですよ』

 

よう、今日も今日とて、かわいい妹分に振り回されまくって激しめのトレーニングに励んだセキトバクソウオーだ。

 

スーの悪癖に関しては相変わらずだが、少しは背中に跨った人の言うことを聞こうとする意志も見えてきて改善の余地あり、といった状況。これなら少々キツめに絞った甲斐があるってもんだ。

 

というか、あの子。段々身体が出来てきたとのことで、俺の方を鍛え直すついでに坂路で併走する機会があったんだけど・・・坂なんて関係ないって感じでガンガン駆け上がってたんだよなぁ・・・流石淀の坂を2度超える春の盾を制した血統なだけはある。

 

それでもまだまだ体力不足で最後は流石にバテてたみたいだけどな。どんだけパワフルなんだよ。

 

俺の方も少しずつだが体力と筋力が戻ってきていて、それがタイムにも現れ始めているとか。このまま行ければ香港に経つまでになんとか形にはなりそうである。

 

・・・っと。それよりも、マンハッタンカフェのことだよな。あいつが引退するっていう衝撃のニュースを運んできたのは向かいの馬房に移動してきた2歳の栗毛牝馬、カフェピノコちゃんだ。近々新馬戦に出るんだとか。

 

カフェ、ってついているからきっとマンハッタンカフェと同じ馬主さんなんだろう。だからこそまだそこまで出回っていない情報を知ることができたのか。

 

『オーナーさん、すごく寂しそうでした。だから・・・マンハッタンさんの分も、私が頑張らないと・・・!』

 

そう張り切るカフェピノコちゃん。純度100%、あどけなさも感じるその表情と仕草はなんとも微笑ましいが・・・そうか。マンハッタンカフェも引退か。

 

 

思えば、あいつとは妙な縁があった。

 

セレクトセールでは仔馬だった彼と目が合ったし、そこから時が流れるとなんの巡り合いか同じ厩舎に所属することになって。

 

G1に関しては勝利こそ俺のほうが先だったが、充実の秋を迎えたマンハッタンカフェの力は凄まじく、勝数はあっという間に抜き去られ。

 

かと思えば今年に入ってからは俺だって意地を見せて高松宮記念、ジュライカップとG1を2勝。マンハッタンカフェの方も万全ではないながら春の天皇賞を勝っていて。

 

今現在、俺たちは2頭共にG13勝、仲良く肩を並べている訳だが。

 

マンハッタンカフェの戦績に勝ちが加わることは・・・もう、ない。

 

しかし、凱旋門賞の後に引退するってのは、悲しいかな史実通りだったはずで、カフェピノコちゃんの情報によると種牡馬入りの話が上がっていると聞いたとか。

 

そんな話が出るぐらいだ。どうやら命の危機は無いと分かって一安心。五体満足・・・かどうかは史実を考えると分からんけど、今はとにかく次のステージに行けたことを喜ぶべきで、来年からは沢山の花嫁を相手にする生活が始まることだろう。

 

人見知りならぬ馬見知りな面があるマンハッタンカフェにとって、種牡馬のお仕事は中々ハードになるかもしれない。

 

無事にこなせるかどうか・・・は、先輩として、ちょっと心配なところはあるけれど。

 

その俺だって引退レースを控えているんだ。後輩の身を案じるばかりでもいられない。

 

マンハッタンカフェのことは優秀なスタッフさんがどうにかしてくれるだろうと信じて・・・。俺はあと僅かとなった現役生活で、先輩としての意地を見せてやろう。

 

最後のレースで華々しく勝利を飾って、後輩のG1勝ち数を追い抜く・・・なんて。よくできたドラマだろう?

 

目標のように見えて、その実はただの意地なんだけどな。そんな思いを胸に秘めながら俺はひたすらに調教に励み。

 

 

そして。

 

 

「その日」はあっという間にやってきた。

 

 

 

 

『お、お兄様〜!!』

 

『ほら、泣くなって、一生の別れじゃねーんだから・・・いい子にしてるんだぞ』

 

『ぐす・・・』

 

「スー、大丈夫!セキトはちゃんと帰ってくるから」

 

俺だけが馬房から出され、スーが前掻きをしながら泣き喚き。それを担当のスタッフさんが宥める。

 

周りの連中にとってはここ数ヶ月ですっかり見慣れた光景を繰り広げ、スーの声に見送られながら、俺は厩舎の外へと向かう。

 

ラストレース・・・遂に今年から国際G1として昇格した香港スプリント、その覇者となるべく、また海を渡るためだ。

 

『よっ、モテ男』

 

『よしてくれよ』

 

結局、毎回のようにあれだけ派手に騒がれちゃあ「オスマンサスが俺に惚れている」という噂の流出は止めることができず。

 

しかもスーの方が先に腹を括ったのか調教コースやら厩舎やら、事ある毎にいちゃついてくれるもんだから最近の俺は同年代や年上の馬から「お熱い」とからかわれるのが日常の一端となっていた。

 

でも・・・おかしいんだよな。別段好きって訳でもない筈なのに悪い気はしなくて、それを他のやつからいじられる度にニヤけてしまう。うーん?

 

 

『・・・また、ここからしばらく離れることになるな』

 

けれど、厩舎の外に出て、乗り込み口を大きく開いたまま待機している馬運車を見た瞬間に、表情が引き締まる。

 

これに乗ればそんな風景ともしばしの別れとなるから。

 

寂しい一方で、それが馬体も気持ちも緩んだ今の俺にとっては退路を断つという意味で丁度いいのかもしれないなんて思いつつ。

 

「それじゃあ、行こう」

 

『ああ』

 

馬運車の前で一旦止まってから、俺は馬口さんに引かれて一気にその中へと乗り込んだ。

 

「乗り込みました!」

 

そのまま引き綱を固定されると、馬運車から降りた馬口さんのその声を合図に、ゆっくりと馬運車の扉が閉まりだす。

 

『(これが、俺の・・・競走馬として最後の旅になるんだな)』

 

引退レース、香港スプリント。

 

開設当初から賞金額の高さと開催時期の都合の良さから強豪が集まっていたが・・・G1に昇格した今年は尚の事、世界各地からスピード自慢が集うことだろう。

 

現役最後のレースとして、これ以上なく相応しい舞台は無い。

 

しかし、正直、今の力でどれほどやれるか・・・いや。

 

走る前からこんなんじゃ、負けてしまうに決まっているな。

 

俺が求めるのは、あくまでも一着だと、ジュライカップの時より幾分萎んでしまった身体から声を絞り出す。

 

そうして、『勝つんだ』と。

 

決意を呟いたのと、重い鉄の扉が閉じられたのは、ほぼ同じタイミングだった。

 




マンハッタンカフェ、一足先にリタイア。

セキトバクソウオーはオスマンサスに見送られ、いよいよ香港の地へと向かいます。

次回更新は金曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

香港へのラストフライト

我ながら前半と後半の温度差が凄まじい。

しかしトウカイポイントの流星はほんと一度見たら忘れられないクセ強流星ですね・・・。

この年の馬たちは一度は描写した馬ばかりで助かりました。


「・・・うん、これでよし。セキト、香港でまた会おうね」

 

『おう』

 

再入厩から、早2ヶ月。

 

生涯2回目の香港国際競走デーを二週間後に控えた俺は、千葉の競馬学校での検疫を終えて愉快な仲間たちと共に日本を経とうとしていた。

 

とりあえず、イカれて・・・はいないけど、今宵、狭苦しいストールでの一夜を共にするメンバーを紹介しようと思う。

 

 

『あれ、今年も一緒なんだね』

 

『おう、よろしく頼むぜ』

 

『うん、いいレースをしよう』

 

まずエントリーナンバー1番は、去年も一緒に香港へ飛んで、巷じゃ香港ジャック事件なんて呼ばれてる大快挙の一端を担ったエイシンプレストン。

 

今年は春先の香港で上げた一勝が唯一の勝利で、帰国してからのG1でも惜しい2着があったとか。ここは得意の香港でもう一花咲かせたいところだろう。

 

 

『なんや、あんさん、春以来やな!調子はどうでっか?』

 

『ぼちぼちでんな!・・・って関西弁で答えちまったじゃねーか!』

 

『そりゃあんさんの勝手やし、ウチは知らんがな!』

 

ナンバー2番、関西弁で喋るだけあって、案外ノリがいいこの馬は春の高松宮記念、出走メンバーの中で俺とショウナンカンプにしぶとく食らいついてきた芦毛のG1馬、アドマイヤコジーン。

 

俺と戦った次のレース、安田記念で見事に復活したそうで、そこからスプリンターズステークス2着、マイルチャンピオンシップの7着を挟んで香港の大舞台に挑む。

  

 

『あっ、あの、はじめまして!ビリーヴです!』

 

『おう、よろしくな。セキトバクソウオーだ』

 

ナンバー3番、自分から名乗ってくれたこの初対面の牝馬ちゃんはビリーヴ。今年に入って急に覚醒し、4連勝で今年のスプリント女王となったと言う。

 

つまり、先程のアドマイヤコジーンを押しのけてスプリンターズステークスを勝った張本人だ。年下とはいえ、その実力は侮れん。

 

 

『・・・誰?』

 

続いて、栗毛と先細りしながら右の方に流れた妙な流星が特徴的な・・・なんだこれ。牡馬でも牝馬でもない臭いが・・・そうかセン馬か!どうにもリアクションが薄くてやり辛い。

 

『そりゃあこっちのセリフだよ。お前こそ誰なんだ?』

 

初対面同士どう接していいかもあまり良くわからずに尋ね返してみたら。

 

『・・・聞いてるのは、こっち。早く教えて?』

 

なんて首を傾げるから、どうにも調子を崩してしまいそうになる。流星と同じで、相当な変わり者のようだ。

 

『ああもう!セキトバクソウオーだ!』

 

『ん。ボク、トウカイポイント。よろしく』

 

俺のほうが痺れを切らして先に名乗れば、栗毛の方もそれに習うようにして名前を教えてくれる。

 

・・・改めて紹介しよう。ナンバー4番、トウカイポイント。今年のマイルチャンピオンシップの勝ち馬で、あのトウカイテイオーの息子らしいから驚く他なかった。

 

それにしてもあの流星・・・どうなってんだよ。額の部分がまともな形なだけに、鼻先に向かうラインを一度見てしまったが最後、しばらく忘れられそうにない。遺伝子って不思議。

 

 

『バクソウオーさん!お久しぶりっす!』

 

『おう!元気にしてたか!?』

 

『勿論っス!!』

 

ナンバー5番、なんの変哲もない鹿毛の馬体ながらその身体に流れるバクシン魂と元気さは、サクラバクシンオーの血を引く兄弟姉妹の中でも随一といっていい爆速ホース、ショウナンカンプ。

 

香港の大舞台でも、また自慢の快速であっと驚かせるようなバクシンぶりを披露するのだろう。俺と同じくスプリントに出るって息巻いているから、今から再戦が楽しみだ。

 

 

『それじゃ、改めて・・・久しぶりな奴は久しぶり。それから初めての奴ははじめまして。セキトバクソウオーだ』

 

そして、ナンバー6番。このレースを最後に、現役から身を引くセキトバクソウオーこと、俺。巷じゃ現役最強スプリンターとか言われているらしい。

 

長期休養明けなのが不安材料、なんてことも囁かれているそうだが・・・負けるつもりは毛頭ない!

 

以上6頭が、今年の香港国際競走を制覇せんとする、チームジャパンである。

 

 

 

 

なんて息巻いてみたけど、一言で言うと・・・なんというか、今年もまた個性的な連中が揃ったな。

 

ステイゴールドみたいに気性面って意味での癖じゃなく、人の力では如何ともし難いところでの一癖二癖的な。

 

これは道中で面白い土産話の一つや二つが簡単に生まれてしまいそうだと心の中で苦笑いしていると。

 

『・・・あの、皆さん。せっかく集まったんっス、オレ、実はずっと皆でエイエイオー!ってやるやつに憧れてて・・・!ちょっとやってみませんッスか!?』

 

ほら、早速少々恥ずかしそうにしながらショウナンカンプがそう発言した。ほぉ、みんなで声を合わせて士気を上げるアレな。

 

『おお!聞いたことあるで!ニンゲンたちがようやる、皆で集まって、タイミングを合わせてエイエイオーってやるやつやな!?』

 

いいんじゃねえか?と思っていたら、存外にもアドマイヤコジーンがその話題に食いついていった。

 

どこで覚えたのかまでは知らんが、アドマイヤコジーンの認識は正にそれ。話の通じる相手がいたことでショウナンカンプのテンションは更に高くなっていく。

 

『そうそう、それっス!話がわかるじゃないっスか、先輩!』

 

『かーっ!その呼び方!ええねぇ!一度は言われてみたい呼び方ナンバーワンなんちゃう!?』

 

そんな2頭の楽しげな雰囲気に釣られたのだろうか、話を聞くばかりだったビリーヴちゃんもいつしか『いいですね!!やりましょうよ!』とノリノリになっていて。

 

『僕も、そういうのは嫌いじゃないよ』と言ったエイシンプレストンの目も、その内心はやりたくてたまらないといった風にきらめいていた。

 

『いいんじゃねぇの?』

 

俺としても、こういうノリ自体は好きな方だ。だからこそそう返してやれば、ショウナンカンプはより一層目を輝かせ、さらなる提案をする。

 

『バクソウオー先輩もそう思うッスか!?・・・あっ!どうっスか、皆さん、ここはバクソウオー先輩に声掛けをしてもらうのは!実績も充分ですし!』

 

『えっ』

 

いや、確かに肯定はしたけどさぁ。これはちょっと対応を間違ったかなと思いつつも、他の連中が『いいと思うで』とか『そうしましょう!』とか、『オッケー』とか、揃いも揃って認めてくれるもんだから・・・悪い気はしないな。

 

『そ、それでは音頭を取らせて頂きますが・・・』

 

なあに。前世で飲み会の幹事なんて幾らでもやったじゃないか。これくらいで士気が上がるならお安い御用だろう。そう思って俺もノリノリで音頭を取ろうとした時。

 

 

『ふぁ〜・・・』

 

実にのんきな、トウカイポイントの大きなあくびがストール中に響き渡った。

 

さっきまでの空気が霧散し、途端に静まり返る一同に、俺は思わず冷たい目線を栗毛のセン馬にやる。

 

貴様・・・何故、よりによってこのタイミングで・・・!

 

しかし、彼の馬はどこ吹く風といった感じで、またしても大きなあくびをかましている、まるで効果なし。

 

成程、こいつはまともに相手をするだけこちらが疲れてしまうパターンだな。そうと分かれば俺だって深追いはしねぇ。しぶしぶ視線を外すと、今更不思議そうにこっちを見やってきた。なんかもう色々と遅ぇよ。

 

それにしても・・・さっきとは一転して誰もが苦笑いしながらため息をつくような雰囲気になってしまったし、あー、もう。予想通り土産話が早くも一つできてしまったじゃないか。

 

『ちょっと、これから遠征だってのに、これじゃあ締まらないじゃないっスか、あんまりっスよー・・・』

 

皆の様子を伺えば提案者でもあり、やる気満々だったショウナンカンプが耳を倒して1番不貞腐れてる。そりゃあそうだろう。

 

台無しにした張本人に向かって文句の1つや2つを言いたくなる気持ちも分かる。けどな。

 

『んん?ボクには関係ないよぉ〜』

 

案の定、トウカイポイントは柳のようにそれをいなして眠そうな顔をするばかり。

 

『自分、そのマイペースさはある意味武器やで・・・』

 

『あはは・・・』

 

アドマイヤコジーンがそれに心底呆れたような様子を見せ、ビリーヴちゃんは最早笑うことしかできないみたいだ。

 

なにこの・・・なんだこれ。

 

一気に気が抜けるような出来事が起きて、もう、どっと疲れたような気がして、がくっと項垂れる。

 

参ったな、香港に到着するのはずっと先の話なのに。

 

『・・・僕から言わせてもらえば、こういうのって、あんまり気にしないのが得策だよ』

 

そんな俺に気づいたエイシンプレストンがそうぼそっと助言してくれる。流石香港大好き魔王、何度も海を渡っているだけはある。

 

『・・・そうしとく』

 

俺はそれに礼を言いつつ、しかしあの空気ブレイカーをどうにかできないかと考えて、考えて・・・いつの間にか、眠っていたのだった。

 

 

 

 

・・・不意に。目覚めた意識が、ぼんやりとしている。

 

しばらくぼーっとしていると、脚から規則正しいリズムの振動が伝わってくる・・・どうやら俺は今、走っていたみたいだな。

 

・・・どこを?なんのために?

 

戸惑っていると、どこからか最初は微かに聞こえてきた音が徐々に大きくなって・・・油断すれば飲み込まれそうな位に膨らんだこれは、歓声だ。それも、レースのときに向けられるような。

 

『はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・!?』

 

そして、なぜだか。呼吸が苦しい。

 

理解が追いつかないまま、俺の耳に鬼気迫ったジュンペーの声が突き刺さった。

 

「セキト!!頑張れ!あと少しだっ!」

 

あと少し?一体何が?

 

何もかもがわからないまま、無我夢中で走る俺にジュンペーのムチが入ると、脚元から深緑のターフが広がっていって。

 

気がつけば俺は、沙田競馬場の直線に居た。

 

『・・・!』

 

そうか。これは夢だ。と納得すると同時、大歓声の期待に応えねばという思いも沸き立ってくる。そういう筋書きなのだろう。

 

 

幸いにして追いついてくるような馬はおらず、このまま駆け抜ければ、俺が一番にゴール板を通過できそうだ。

 

そして、間近に迫るゴール板に自然と口角が上がっていく。

 

 

あと一歩で、有終の美を飾れる―。

 

 

そう思って、「右前脚」を強く踏み込んだその瞬間だった。

 

 

『ばきり』と。

 

 

何かが砕ける音がいやに大きく響き渡った気がした。

 

 

『あっ』と短く声を出す間もなく、支えを失った馬体がゆっくりと倒れていく。

 

それを切っ掛けにさっきまで俺の体重に耐えていたはずのターフがどろどろに溶けたかと思えば、風景までもがぐにゃりと歪んで、捩じ切れ、俺を飲み込んで。

 

『なんだっ、これ・・・!』

 

前に進もうとしても、まるで泥沼のようになった地面に脚を取られて、動けない。

 

それどころかバランスを崩して、頭から地面に突っ込んでいってしまう。

 

『(い、息が・・・!)』

 

なんてこった。これじゃあ息ができないじゃないか!

 

慌てて立ち上がる・・・とまでは行かないまでも、せめて鼻先だけでもと懸命に首を上へと伸ばすが、空気のある場所に届かない。

 

苦しい、苦しい、くるしい・・・!

 

ああ。酸素が足りなくなって。頭がまわらなくなって。

 

だんだんくらくなっていく。

 

まわりのけしきも、おれの、いしきも・・・。

 

 

 

 

『・・・さい!起きて下さい!バクソウオーさん!』

 

『ふあっ!?』

 

それからどれほど経ったのか。耳に聞こえてきたショウナンカンプの痛いくらいの声で、意識が急浮上して、そして目が開く。

 

あれ?俺・・・今、レースを走っていて、それで、脚を折って・・・!?

 

最後に見た光景とあまりに違う状況に混乱した俺は呼吸を乱したまま周りを見渡し。ここが香港に向かっている飛行機の中・・・ストールだということを確認すると、なんとか現実(こっち)に戻ってこれたと一息つくことができた。

 

そこから深呼吸を繰り返して、ようやく頭が冷えたところで一際大きく息を吸い・・・すぐにため息にして吐き出す。

 

『まったく、なんつー夢だよ・・・』

 

「引退レースで、骨折する」なんて。よりにもよって誰も望まない最悪のシナリオを夢に見るなんて。

 

夢ってのは、時に強い不安から悪夢を生み出すこともあるというが、ありゃなんだ。冷静に考えれば、芝生が泥沼になるわけないだろう。

 

だが、裏を返せば、俺は心のどこかではああなるのではと怯えている。通説を信じるならば、どこかに強い不安を持っているってことだ。

 

『(不安っつってもなぁ。俺に不安なんか・・・あっ)』

 

なにか思い当たる節はあっただろうかと、そう考えてところで・・・ああ、確かに。と気が付いてしまう。

 

よくよく考えてみれば、俺はみんなの期待に応えたい、なんて大義名分を掲げて。

 

もしかしたら脚が折れるんじゃないか。もしくは一生引きずるほどの怪我を負うのではないか。

 

そういった「不安」に蓋をしていたのだと。 

 

本番を前にして、今更ながらそんな情けない本音が吹き出して、溢れてきただけなんだと。

 

恐らく、最大のトリガーになったのは、十中八九マンハッタンカフェの引退だろう。

 

そして、俺自身が骨折の痛みを知っていたことも、原因かもしれない。

 

屈腱炎・・・正確にはそれ寸前の症状を抱えた脚で、本当に耐えられるのだろうかという恐怖と疑念もある。

 

 

・・・俺たち競走馬にとって、身近な存在を日常から急に奪い去る「故障」は、確かに恐ろしく、きまぐれで、何より無常で。抗いようのない現実だ。

 

しかし、それ以上に、そんな不安に押しつぶされそうになっていたという事実に・・・自分に腹が立つ。

 

 

「走りたい」と。

 

「もう一度やらせてほしい」と。

 

俺を案じて泣きじゃくる馬主(朱美ちゃん)に、そう望んだのは自分だろう。

 

それを今更、臆病風に吹かれて、やめたいだと?

 

 

『ふざけるな』。

 

 

心の中で怒鳴りつけるようにして、自分を一喝する。

 

折角ここまできたんだ。そんなこと、起きて・・・いや。起こしてたまるか。

 

もし、俺が起こすとするならば・・・「奇跡」の方だ。

 

 

けれど、そうやって自分を奮い立たせて尚、「やめておけ」とか、「死にたいのか」とか。

 

心の内側で一つ、また一つと零れ落ちるそんな言葉たちが、俺の気持ちを不安へと誘おうとしてくる。

 

『(やめろ、うるさい。どこかへ行ってしまえ!)』

 

それに苛立つままに持ち上げた右前脚を、ストールの床に強く叩きつけて、響き渡る快音と共にレースではなんの役にも立たないであろう弱い心を踏み潰す。

 

突然のことに驚いた周りの連中が一斉に俺を見るが、俺は最早そんなことを気にしてなんていなかった。

 

『(あれは夢、ただの夢。夢でしかないんだ!)』

 

恐ろしい。確かに恐ろしい光景だった。

 

だが、あれはただの夢だ。それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 

そう自分に言い聞かせるように首を強く振るって。悪夢を振り払おうとしているとショウナンカンプが恐る恐る、といった様子で話しかけてくる。

 

『バクソウオーさん、大丈夫ッスか。なんだか随分とうなされてたみたいですけど・・・』

 

心配そうな表情の中に、どこか不安そうな雰囲気も含んでいるのは・・・ああ、さっきの音で驚かせてしまったせいか。

 

そうと気がつけばちょっと申し訳なくなって。

 

『ああ、ちょっと悪夢を見ただけだ。さっきはすまん』

 

起こしてくれて助かったと言えば、その顔はパッと明るい笑顔に変わって、『そうっスか!』と俺の役に立てたことを喜んでいるようだった。

 

『ほら、バクソウオーさんも。そんな顔してちゃ勝てないっスよ』と、無邪気に話すその笑顔をぼうっと眺めていて・・・ハッとする。

 

ああ。俺は何をやっているんだ。

 

「故障」の恐怖と戦っているのは、何も俺だけではないというのに。

 

他の奴らにも『すまなかった』と頭を下げれば、強張っていたストールの中の空気がほどけていくのを感じる。

 

『あんさん、急に暴れ出すもんやから驚いたで〜』

 

のんきな口ぶりで気にするなと言ってくれたアドマイヤコジーンなんて、幾多の故障に襲われ、ようやく安田記念で復活したんだ。

 

『びっくりしたよ、いきなりどうしたの?』

 

穏やかな口調で心配してくれるエイシンプレストンだって、骨折を乗り越えて香港の王者になった。

 

・・・みんな、みんな。G1馬でも、未勝利馬でも。競走馬は、大なり小なり、自分の中にある不安と戦いながら走っている。

 

 

それが、当たり前。

 

 

今更そう理解して。

 

俺の心に、爽やかな風が吹き抜けたかと思えば、それが苛立ちを一片残さずさらっていく・・・丁度その時、ドン、と脚元から飛行機全体を揺らすような強い衝撃を感じて、とうとう着いたんだなと妙にスッキリした頭で思う。

 

 

『さあ、着いたみたいだぜ』

 

 

散るとしても、咲くとしても。

 

これが、正真正銘最後の舞台。

 

俺は、「今」の俺の出せる全身全霊で挑もう。と。

 

今年のフライトは俺の中にある思わぬ弱さと向き合い、そんな意志を固めた時間だった。




悪夢を乗り越えて、そして、最後の舞台へ。

次回更新は月曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

馬主の嘆願、そして香港到着

春の天皇賞、ようやく本命サイドが強い勝ち方を見せ、長距離王が誕生しましたね!G12勝目のタイトルホルダーも、G1初勝利となった横山和生ジョッキーもおめでとうございます!

そしてスタート直後に落馬し、ゴール後大外のラチを飛び越えたシルヴァーソニックが脚をバタつかせた後に動かなくなった瞬間をみた時はヒヤッとしましたが・・・その後自力で立ち上がり、馬運車に乗り込んだ上で馬体は何ともないとのこと。こちらも人馬ともに無事なのが幸いでした。



それは、セキトバクソウオーを香港を最後に引退させると正式に決まった時から、少し後のこと。

 

「もしもし、天馬です・・・えっ、薪場さん!?」

 

自宅で時間を潰していた朱美は、思わぬ人物から電話を受け取っていた。

 

『どうも、天馬さん。少しセキトのことで話したいことがあるんやけど・・・』

 

その声の持ち主は、北海道はセキトの故郷・・・マキバファームの場長である薪場だった。

 

「セキタンのこと、ですか?」

 

セキトの引退が通知されたのは、まだ競馬関係者のみ・・・とは言え、生産した人物という意味で、立派な関係者である薪場は、それを知る数少ない人物である。

 

そんな薪場から、セキトに関することと言われ、一体何のことやらと首を傾げるしかない朱美。

 

イマイチピンときていない彼女であったが、そこに放たれた薪場の言葉は、要件を理解させるのに十分であった。

 

『引退したセキトをどこにやるかってのは・・・まだ決まっとらへんよな?』

 

「ああ!何件かお話は来てますけれど・・・いまいち決めかねていて・・・」

 

それは、セキトの引退後・・・種牡馬としてのセキトバクソウオーの身を、どこに置くかという話で。

 

『それで、その・・・ひょっとしたらなんやけど・・・もしかしたらウチに戻してくれへんかったりしないかな、なんて。ハハ・・・』

 

「セキタンを、マキバファームさんに・・・ですか?」

 

 

薪場の思わぬ提案に呆気にとられてしまう朱美。

 

無理もない、彼女が最後にマキバファームを訪れたのはセキト一歳の夏・・・四年も前のことであった。

 

その頃のマキバファームと言ったら狭くはないのだが小ぢんまりとした牧場といった感じ。とても種牡馬を持てるような所には見えなかったというのが朱美の正直な感想で。

 

『せや・・・ウチもセキトの活躍のおかげでだいぶ楽になってなぁ』

 

しかしそれはセキトが活躍する前の話。いまやG1三勝馬を出した名ブリーダーとなったマキバファームの名は一気に高まり、仔馬をセリに掛けてみれば、これが売れる売れる。

 

特に昨年主取りとなってしまったセキトの弟が一歳になってみれば見事な好馬体の持ち主へと変身し、高い評価を受けて取引されたのが追い風となり、牧場の財政にはかなりの余裕がある状況となっていた。

 

『今なら・・・今なら。場所も、金もある。なんだったら新しい厩舎も行けそうなんや!そこにセキトが引退するって話が入ってきたやろ?どうせなら牧場の名を上げてくれた恩馬に、恩返しをしてやりたくてなあ』

 

「恩返し・・・」

 

薪場のその言葉に、深く考え込む朱美。

 

そのまま考えて、考えて・・・。

 

長く続いた沈黙に。

 

 

『・・・天馬さん、少し聞いてくれまへんか。なしてワイがセキトを新冠に連れ帰りたいのか』

 

やがて痺れを切らした薪場が、己の心の内を語りだした。

 

マキバファームは、北海道の中でも新冠町という場所にある。ここで生まれた著名馬といえば古くは元祖アイドルホースのハイセイコー、感動の復活劇でお馴染みのトウカイテイオー、幾度となくG1に挑み、遂に高松宮記念を制したキングヘイロー等だ。

 

しかしトウカイテイオーの父シンボリルドルフは門別で繋養されていたし、キングヘイローの父ダンシングブレーヴも新冠にはいなかった。

 

そして、新冠にもスタッド・・・種牡馬を繋養する牧場がないわけではないのだが・・・その中でも知名度のある馬といえばオグリキャップと先のキングヘイローぐらいで、前者は種牡馬としては早くも失敗の気配があり、後者は未知数な新種牡馬・・・つまり、顔となる種牡馬がいないのである。

 

そんな新冠に、海外レースを含むG1を3勝したセキトバクソウオーを種牡馬として戻せれば。

 

新冠の馬産がもっと活気づくのではと。薪場はそう考えていた。

 

 

「・・・え、と」

 

それを聞いて尚、朱美は揺れている。

 

薪場の信念は、非常によく分かる。が、同時に、しっかりとしたノウハウのある大きなスタッドならば、セキトをしっかりと管理してくれるのではという期待もあるのだ。

 

・・・だが、セキトが種牡馬入りするに当たり、様々なことを調べていた朱美は、信じられない数字を目の当たりにする。

 

 

種付け頭数、223頭。

 

 

偉大なる大種牡馬、サンデーサイレンスの一年間における最高記録である。

 

更にはその影響で、期待を寄せられている種牡馬や既に実績のある種牡馬は3ケタを超える種付けも珍しくなくなっており、中には性格や体調に異変をきたす馬も出てきているという。

 

しかもサンデーサイレンス自身も、まだまだ活躍が期待される16歳の身でありながら夏が近づく頃には体調を崩しているとの報道がなされ、そして真夏の暑さの中、呆気なく亡くなってしまった。

 

なにも種付けばかりがその死の原因ではないだろう。しかし、如何に種付けが好きな馬であろうとここまで頑張らせたのでは、なにかしらの影響はあったはずだ。

 

もしも、大きなグループの種牡馬としてスタッド入りすれば、最高の暮らしと花嫁は確約される一方で・・・恐らく、その血を求めて殺到した種付けの数がセキトを苦しめることになる。

 

そうして再び考え込んで、朱美はふと思いだす。

 

 

「生まれ故郷に帰れる馬はほとんどいない」。

 

 

ならば、敢えてそのセオリーを打ち破り、懐かしい故郷でまったりとした余生を過ごさせる。

 

時代の流れに抗うかのような、そんな暮らしをしてもらうのも悪くはないだろう・・・と。

 

どうせ、種牡馬として成功するのは競走馬以上にほんの一握りの馬だけなのだ。

 

命を削ってでも子孫を残すよりは、細く、長く。健康なままでいて欲しい。

 

それが、朱美が引退後のセキトに望むこと。

 

 

「薪場さん。セキタンをマキバファームさんに戻す件、お受けします。けれど・・・」

 

『・・・ふむ、ふん、ふん・・・はぁ!?それはちょっと・・・あ、いやできないってことじゃあらへんけど・・・はぁ、仕方ないなぁ』

 

薪場を信用していないわけではないが、それでも確実に約束を結ばせたいのなら、契約を結ぶに限る。それが社会人として学んだ、基本戦略。

 

セキトの命と、心を守るために朱美は、薪場に幾つかの条件を持ちかけ。

 

薪場がそんな朱美の要求を呑んだことは、事実だった。

 

 

そして、時は流れて12月。真冬のマキバファームで騒々しい音を立てながらも完成の時を迎えようとしている真新しい厩舎を見守る薪場が、ふと呟いた。

 

「・・・しっかしあの嬢ちゃんも、なかなか思い切ったことをしよるなあ、『金は要らん、寧ろ出す。その代わりに最高の環境を』なんて・・・セキト、お前は果報者やで」

 

 

その足元には広々とした放牧地が広がり・・・それは、厩舎の一部と繋がっている。今は冷たい雪に閉ざされているが、春になれば土が顔を出すだろうし、そうなれば牧草だって生えてくる。

 

・・・種牡馬兼、功労馬としての特別待遇。

 

それが、朱美の望みを形にした「最高の環境」。

 

「ここまで用意したんや。香港でお陀仏なんてしたら許さへんで!セキト!!」

 

一頭の馬にかける場所としては破格の施設であるそこを見ながら、薪場は荒々しく叫んだのだった。

 

 

そして、その夜。

 

彼の馬、セキトバクソウオーとその一行を乗せた飛行機は、無事に香港の国際空港へと到着した。

 

 

 

 

大きな事故もなく香港へ到着した俺たちは、去年と同じく2頭一組で馬運車に乗り込んでシャティンへと向かうことになった。

 

『おー、お前と一緒か』

 

『はいっス!よろしくお願いします!』

 

ちなみに今年の相方はショウナンカンプ。よかった、これがトウカイポイントとかだったらめっちゃやり辛いところだったぜ。

 

どこから話を聞いたのか、ショウナンカンプは目を輝かせながらパンダやらキムチやらと話題を出してきたが・・・残念なことに俺ら、馬なんだよね。パンダには会えないし、キムチは食えないし。

 

それを教えてやったらあからさまに落ち込んでたから、悪いと思って『飼い葉の味は結構違うから楽しみにしとけ』って言ったらすぐに復活してきた。素直だなぁ。

 

 

さて、そんな彼となんやかんや駄弁りながら時間を潰し、競馬場へと辿り着けば、各々を担当する厩務員さんを傍らに馬運車を降りる俺たち。

 

それを出迎えてくれたのは、これまた昨年と同じく派手派手な格好へと身を包んだ(チャオ) 馬飛(マーフェイ)センセイだった。

 

「你好!ようこそ香港へ!」

 

『おう、久しぶりだな・・・ん?』

 

昨年と同じような趙センセイの挨拶に返事を返していると、戸惑うような声が耳に入って来る。

 

『・・・うそやん、この胡散臭い人が調教師の先生とか、大丈夫なんかいな?』

 

『・・・私も、そう思います』

 

予想だにしない容姿の人物に、アドマイヤコジーンは疑念を抱き、ビリーヴちゃんは半分思考を停止しているのが目に入った。

 

『・・・!?』

 

トウカイポイントまでもが目を見開いて、理解できないといった風に趙センセイをじーっと見つめて観察している。

 

あー、まあ。初見の奴はそうなるよな。俺だって去年はああなってたもん。そう思って苦笑いしながらメンバー中唯一、俺と同じく香港遠征の経験があるエイシンプレストンをチラリと見やる。

 

すると奴も困ったような笑みを浮かべつつ、『アレは・・・ああなるよね』と初香港組を温かい目で見守っていて。

 

「さぁ皆、厩舎に向かうネ!」

 

その時、元気よく放たれた趙センセイの号令に従って、俺たちは厩務員さんに引かれてぞろぞろと滞在厩舎へ向かう。

 

しかし、考えをまとめても、趙センセイのアレばかりはアレとしか言い表せん。歩きながらエイシンプレストンの言葉に同意を示す。

 

何しろ白スーツに金の指輪に、ネックレス・・・と、上から下に視線を移す中で、ふと気づいた。

 

なんか、貴金属の類が増えてね?前はあんなにギンギラしてなかったような気がするんだが。いや、してはいたんだけど。

 

ひい、ふう、と数を数えて・・・確信する。間違いなく増えてるや。特に首周りがすごくなってるんだけど。前はあんなエジプトのナントカ王みたいじゃなかったもん。

 

馬房に向かいながら見た限りは厩舎は相変わらず綺麗だし、センセイ自身が無理をしてるような雰囲気もないし・・・ってことは、厩舎経営が順調なんだなと俺には関係ない内情が垣間見えたりして。でも、安泰なのは何よりです。

 

 

他にも厩舎の塗装が新しくなっていたり、見知らぬスタッフさんがチラホラいたりと間違い探しのように去年との違いを探していた俺だったが、馬房に入った途端、唐突に真剣な顔で「セキト」と趙センセイが呼びかけてきたから、そちらに向き直す。

 

「聞いたヨ。今度のレースが最後なんだってネ」

 

当たり前だが、引退レースの話は太島センセイからしっかりと趙センセイへと伝えられていたようだ。

 

「脚のことも聞いたヨ、まったく、無茶をしすぎネ」

 

趙センセイはやれやれ、といった様子で、しかし直ぐに「でも、出るからにはしっかりと仕上げさせてもらうヨ、ラスト一戦、頑張ろうネ」と励ましてくれる。

 

『・・・ああ』

 

趙センセイの心遣いは、非常にありがたい。

 

しかし、そもそもこういう結果を招いたのは俺が身体を酷使したせいでもあるんだ。その事実が少し後ろめたくて、少々返事が遅れる。

 

 

・・・ところで、俺の引退レースの話ってのは、関係者各位によって慎重に話し合われ、取り決められたものだ。

 

当然、ここにいる馬たちがその話を耳にする機会なんて、俺が口を開かなければ無い訳でして。

 

『なんやて!?初耳や!あんさん、引退するんかいな!?』

 

特に驚きの声を上げたのは、アドマイヤコジーンだった。

 

『いやー、残念やわー、スプリント戦線は寂しいことになるやろなぁ。それに・・・その・・・あのな』

 

『おう、なにかあんなら早く言えよ』

 

それから急に悩むような、勿体ぶるような。怪しい素振りをしばらく見せていたから、早くしろよと急かせば、ようやくその口を割った。

 

『引退レースなのは、実は・・・ウチも・・・なんちゃって』

 

片目を閉じて、舌も少々出してテヘペロポーズも欠かさない・・・っておいやめろ。お前の年齢だとただのイタいおっさんだぞ。

 

まあ、それはそれとして。

 

『・・・お前もかよ!?』

 

俺もその場の空気に流され、思わずツッコミを入れてしまったが、そういえば史実のアドマイヤコジーンも、香港を最後に種牡馬入りしたんだったと思い出す。

 

『い・・・引退って、本当ッスか!?バクソウオーさん!?それにコジーンさん!?』

 

『え、え?お二方とも・・・引退しちゃうんですか?』

 

だが、2頭分の引退宣言をいきなり一気に聞かされた年下たちの衝撃度合いは俺よりよっぽど凄まじかったのだろう。信じられない、といった様子でこちらを見つめている。

 

『あれ、人間なの・・・?』

 

ちなみにトウカイポイントはまだ趙センセイを見つめて観察中。どんだけ気になってんだよ。もうしばらく無視でいいかな?

 

『・・・ああ、本当だ』

 

しかし、俺の引退に関しては随分と前に決まったことで、今更それを否定する理由も、隠す目的もない。

正直にそう応えてやれば、ショウナンカンプは戸惑うように尋ねてきた。

 

『何で・・・何でッスか!バクソウオーさん、オレよりも速くて、賢くて、頼りになって・・・本当に、すごい(ひと)なのに・・・どうして・・・』

 

話している最中で涙ぐんで、段々と声が声にならなくなっていくショウナンカンプ。

 

『(あー・・・これは・・・)』

 

まさかこうなるとは。素直に俺を慕ってくれているだけに、なんと返したら良いのか迷っていると。

 

『・・・だからこそ、なんじゃないんですか?』

 

そう言って助け舟を出してくれたのは。

 

『ビリーヴ、ちゃん・・・』

 

そう、ショウナンカンプが呼んだように・・・年下で、しかも牝馬のビリーヴちゃんだった。

 

『私達、毎日一生懸命走ってますけど・・・それは、そういう方を・・・その、優秀な方を探すためだと聞いたことがあるんです。ですから、セキトバクソウオーさんも、アドマイヤコジーンさんも、人間さんがそれを充分分かったから、「もう走らなくていいよ」って・・・そう言ってくれてるんじゃないのかなって』

 

その口から放たれたのは、ビリーヴちゃん自身が感じた、完全な持論なのだろう。さっきから何やら考え込んでいるようだったけれど、中々大人なことを言ってくれるじゃねえか。

 

『「走らなくて、いい」・・・?それはちょっと、考えたことなかったっスね・・・』

 

その考えに、ぽかんとした表情を浮かべるショウナンカンプ。まあこいつは素直な後輩のように見えて頭の中身はただのバクシンヤローだからな。今更「走らない」生活なんて考えられないんだろう。

 

それから。ビリーヴちゃんのその考えは、俺たち2頭に対しては正解と言える。

 

しかし、その一方で。「戦力外通告」としてそう言われる馬の方が圧倒的に多いという現実は・・・知らなくていいことだな。うん。

 

『なんかなぁ、ウチ、引退したら子沢山になるらしいねん』

 

『多分俺もそうだろうな』

 

けらけらと笑いながら自慢げにそう話すアドマイヤコジーンに乗っかる形でそう言えば、ほら。ショウナンカンプは『いいなぁー、俺もその内、自分の子供を見てみたいっスよー』と、いつもの明るさを取り戻した。

 

そうそう、その調子。

 

『そうしているのがお前らしいし、きっといい先輩になれるぞ』なんて言ってやると、更に笑顔が輝いて、それがなんとも愛らしい。

 

その後は『分かった、アレも人間』の中々強烈な一言と共にようやく趙センセイの観察を終えたトウカイポイントも交えながら。

 

みんなで談笑をしているうちに香港の夜は更けて・・・やがて明けていった。

 

 




セキト、引退後は故郷に永久就職の模様。

種牡馬に関しては情報が虫食いだったりして正確には分からないのですが・・・これくらいなら大丈夫ですよね?

次回の内容は未定ですが・・・なんとか書き上げてみせましょう!

次回更新は水曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライバルとの再会

とうとう作者と接触のある人物にコロナ陽性者が現れてしまい、大事を取って日曜日まで自宅待機することになりました。

やったね、執筆時間が増えるぞ無茶苦茶なことをしたら天罰が下りそうなので素直に大人しくしておきます。

・・・それから。ウマ娘4th横浜公演、ただやるだけじゃないとは思ってましたが、発表内容てんこ盛りの盛り沢山で正直追いついてないです・・・すごしゅぎぃ・・・




「皆!食事の時間ネ!!」

 

『うまーい!!』

 

『・・・これ、ホントに食いもんなんスか?』

 

『私は・・・その、ちょっと遠慮しておきます・・・』

 

香港に到着してから初めての朝。最初の食事は相も変わらずエイシンプレストンが勢いよく頬張る一方で、ショウナンカンプとビリーヴちゃんの口には合わなかったようだ。

 

日本とは味がまるで違う飼い葉にドン引きとまでは行かないまでもすごく困ったような顔をしていたのが印象的だったな。

 

「・・・おいしくなかった?」

 

そしてそれを見て何故か趙センセイがショックを受けたような顔をしていたんだが、その後に溢れた呟きを聞いて納得。

 

「これでもカンプとビリーヴの好きなものとか、嫌なものとかしっかり聞いて作った飼い葉なんだけどネ・・・」って。この飼い葉、あんたのお手製だったんかい。

 

それを臭いを嗅いだだけで拒否されたら・・・そりゃショックだわなぁ。でも、飼い葉がこれしかない以上は慣れてもらわないと陣営は皆困るわけで。どれ、ここは俺も手を貸すとしようか。

 

『なあ、二人とも・・・そのメシ、趙センセイが丹精こめて作ったらしいぞ。せめて一口はどうだ?』

 

『え!?そ、そうなんっスか?』

 

『えっ、そ、それは・・・失礼なことしちゃったなぁ・・・でも・・・』

 

飼い葉を口に運ぶのをためらう2頭に声をかけてやれば、それぞれが驚くような顔を見せた後、もう一度飼い葉に鼻先を近づけて・・・やはり離してしまう。

 

あらら。これはちょっとかかりそうだなぁ。なんて心配もしていたんだが、数日が経つ頃には案外慣れたらしく。

 

間を置きながらなんとか一口、二口・・・を繰り返して完食できるくらいにはなってたから、そこまで馬体とかへの心配は要らないだろう。

 

トウカイポイント?特に気にしてなかったみたいだから、あんまり関係ないんじゃないかな・・・。

 

 

 

 

それはそうと。

 

「んー・・・?身体は、仕上がってきているんだけれどなぁ、まあ仕方ないか、久々だもんな」

 

『ああ・・・悪いな、ジュンペー・・・』

 

レースに向けて一走りしておこうとコースに脚を進め、軽めの調整を終えた俺だったが、どうにもイマイチだ。

 

なんというか・・・身体の方は問題ないんだよ。心配だった屈腱炎もあらゆる手を尽くしたのが幸いしたのかそこまで気にならないし。

 

しかし、気持ちの方がどうにもこうにもならなくて。

 

いや、気合は死ぬほど入れてるんだよ?けれど、自分で「今だ!」って思ったタイミングから、アクセルが聞く瞬間が一瞬ズレるというか。

 

ここまで長い時間レースはともかく、走ること自体から離れた生活をしていたのなんて初めてだから。

 

仕上がるのに時間がかかっているのかもしれないな、なんて思いつつ本番までにちゃんと仕上がってくれるのか・・・我が身のことながら不安になってきた。

 

『気持ちの問題なのか? ・・・ん?』

 

と、馬場の出入り口に見覚えのある馬を見つけて視線を向けていると。

 

『・・・む、あの馬は』

 

「ン?ファル、どうしたノ?」

 

『すまない、知り合いを見つけた』

 

そいつは存在感のある鹿毛の馬で。あちらも俺のことに気がつくと、泰然自若のまま挨拶の言葉を掛けてきた。

 

『久しぶりだな、セキトバ・・・いや。セキトバクソウオーよ』

 

そう、この呼び方。忘れもしない、昨年の香港で激闘を繰り広げたライバルの一頭。

 

『よう・・・ファルヴェロン』

 

最有力候補とされながらも俺の走りに敗れたファルヴェロンだ。一年越しの感動の再会だな。

 

「あれは・・・確か、ファルヴェロンか。セキト、覚えてたのかい?」

 

『ああ』

 

あの時とは違って、俺の背中にいるのはジュンペーだが・・・前もって有力馬たちの情報を調べているのは流石としか言いようがない。俺も相棒として鼻が高いぞ。

 

そして、俺とジュンペーのやりとりに一区切りが付いたのを見て、ファルヴェロンとその背の騎手が口を開く。

 

『昨年はしてやられたが・・・先に言っておこう。今年はお前だけを見て走る。そして、私が勝つのだ』

 

「去年は思い切りやられたネ。でも、今年はどうかナ?」

 

おうおう。早くも勝利宣言とは。しかし、その馬体はツヤツヤ、ピカピカと輝いていて強気な発言に違わぬ仕上がりだ。

 

レース自体はまだまだ先だっていうのに、その声には早くも闘志が溢れ出していて。

 

それに当てられた俺とジュンペーも、負けずに言い返す。

 

『へっ。着いてくるのはお前の勝手だけどもよ・・・お前、差し馬だろう?潰れても知らねーぞ?』

 

「案外、背中の人間が変わったからこそわからないかもしれませんよ?」

 

俺だって本来は差し馬(のはず)だが、レースじゃ逃げに先行、追い込み以外の作戦は成功させて勝利を収めてるんだ。

 

作戦次第でポジションは変幻自在、いざとなればハイペースで先行してすり潰してやる。

 

そう思惑を巡らせていると。思わぬ横槍が突き刺さってきた。

 

『ああッ!!お前はッ!!』

 

『・・・ん?』

 

『む?』

 

遠くの方から聞き覚えがあるような声がして。ファルヴェロン共々そちらに目を向ければ、今度は栗毛の馬が慌てたような様子の騎手を無視してこちらに突っ込むような勢いで走り寄ってくる。

 

あの荒々しくも力強い、荒れ果てた大地も苦にしなさそうな走りは。

 

『・・・よう、コンティネント』

 

コンティネント。欧州の競走馬で・・・こいつも史実では勝っていたG1を俺が横取りした一頭だ。

 

『やっと会えたな真っ赤な島国ヤロー!この間のあれはマグレかなにかであって、オレの方が強いんだからな!』

 

そしてこちらにやってきたかと思えば、コンティネントはいきなり俺に迫るようにしながらそう言ってきた。

 

成程、何かと思えばこいつも俺に宣戦布告をしに来ただけか、そういうことなら・・・大歓迎だ。

 

ファルヴェロンに続いて剥き出しの闘志を浴びたせいか、自然と口角が上がる。

 

『だったらいいことを教えてやるよ。俺は今度のレースを最後に引退する。お前が勝てなかったら・・・俺の勝ち逃げだな』

 

『んはぁっ!?なんだと!!?テメー、勝負から逃げる気か!?』

 

今度のレースが現役最後の出走だと告げれば、コンティネントは面白いくらいに頭に血を登らせていた・・・そういえばこいつ、セン馬だったよな?去勢の意味はあったのだろうか・・・。

 

っと。他馬(ひと)様のことを気にしている場合じゃなくて。

 

『いきなりやってきたかと思えばセキトバクソウオーをバカにして・・・頭に血を登らせて・・・なんなんだお前は・・・』

 

ファルヴェロンが呆れたような、困ったような表情でコンティネントのことを見ていたから一応説明してやらないと。

 

『ファルヴェロン、こいつはコンティネント。欧州の方でちょっとばかしやり合った仲だ』

 

『ほう。遥か欧州の馬とは。遠路はるばる来てくれるのはありがたいな・・・』

 

一見長旅を労うようなファルヴェロンの言葉は、その後にますます勝利の価値が高まるな。と続き。

 

『あ"ぁ"!?』

 

その声をコンティネントの耳はしっかりと捉えていた。途端にその激情は俺からファルヴェロンへと向く。

 

「コンティ!!」

 

「ファル!!ダメ!」

 

その挑発に乗り、ファルヴェロンを睨みつけるコンティネント。お互いの騎手が馬同士の衝突に発展すると予見したのか、慌てて制そうとしている。

 

しかし、俺が見る限りそのギラギラした眼差しはこの場で気に入らない馬に襲いかかるというよりはレースで完膚なきまでに叩き潰してやる。と言わんばかりの闘志に見える。

 

『確か・・・お前はオージーから来た野郎だったな。いいぜ、ギャン泣きさせて帰してやる』

 

『ふむ。そこまで言うのならお前の実力・・・レースで見せてもらおう』

 

そうやって睨み合う2頭に割って入るように、俺も口を挟んで宣言する。

 

『おいおい、お二人さんよ。俺を忘れてもらっちゃあ困るぜ』

 

「セキト・・・?」

 

俺は普段ならこういった(いさか)いには近づかないからな。背中のジュンペーが困惑しているのが伝わってくるが、これだけ言わせてほしいんだ。

 

 

『勝つのは・・・俺だ!!』

 

 

そう宣言したところで、がちんと歯車が噛み合うような感覚があって、はたと気がついた。

 

それは、さっき・・・いや。帰厩してから、ずっとどこかギアの入りが悪かった原因。

 

『(・・・!そうか、そういうことだったのか!俺はなんつーバカだ!)』

 

いざ気がついてしまえば・・・俺はバカだとしか言いようがない。

 

 

まさか、ラストということに気を取られすぎて・・・。

 

 

とっくに『やりきった』気になっていたなんて。

 

 

最後、最後とは言われていたってレースはこれからなんだ。それだというのにこんな心持ちでいたのならば・・・そりゃあ、仕上がる訳なんて、無いわな。

 

そんな自分の甘さも切り捨てる勢いで、もう一度声を張り上げた。

 

『せっかくのG1なんだ・・・お前らにはやらねぇ!勝って終わってやる!』

 

・・・ああ。やっぱりそういうことだったか。ぎり、と奥歯を噛み締め、闘志を込めて放った俺の声には、G1を制したあの日のような力強さがある。

 

燃え盛る炎のような、激しさが。

 

「・・・!」

 

そのエネルギーは手綱を通じてジュンペーにも、確かに届いたようで。

 

「(ひょっとしたら・・・ひょっとするかも、しれない・・・!)」

 

そろそろ行こうか、と2頭から離れるようそっと促してきたジュンペーの表情は。先程とは違い、何か手応えを掴んだようなものへと変わっていた。

 

 

そんな今日の調教を終えて出口へと向かうセキトバクソウオーの後ろ姿を何気なく見送っていたファルヴェロンは、目を見開き。

 

『これは・・・少しばかり失敗したかもしれないな』

 

そう呟いた。

 

 

 

 

 

『・・・バクソウオーさん。いい顔になったっスね』

 

『ん?急にどうしたんだ?』

 

その夜。馬である俺たちでももうじき本格的に眠りこける時間が差し迫っている中で、ショウナンカンプがそう話しかけてきた。

 

『あ、いや。朝まではなんだか『負けても仕方ないか』ーみたいな感じの顔だったんスけど、それが今日のトレーニングから帰ってきたら急に『絶対負けるもんか』って顔になったというか』

 

『・・・そうか』

 

言われてみれば、俺の中の臆病さをどんなに押しつぶして、気合を入れようとしていても・・・脚の事は変わらないし、どこかに『負けても仕方ない』って考えがあったのかもしれない。

 

それが、戦ってきたライバルと、その闘志に触れて・・・競走馬としての基本である『何が何でも負けてたまるか』って気持ちを取り戻して。

 

ジュンペーが感じたのは、その辺の変化なのかもしれない、そう思いつつショウナンカンプの話を聞き続けていると。

 

『・・・正直、バクソウオーさんが引退するって聞いたとき、オレ、心配だったんスよ』

 

その内容は、一転して彼の内心の吐露へと変わっていく。

 

『どうしてだ?』

 

話の内容に対して純粋にそう思ったから、理由を尋ねてみると。

 

『だって、バクソウオーさんに久しぶりに会えたと思ったら・・・まるで、『やれることは全部やった』って満足してるみたいに見えて・・・あの、高松宮記念の時みたいにガツガツしてるバクソウオーさんじゃなかったっていうか・・・』

 

『全部出し尽くして、やりきったように見えたってことか』

 

『・・・そうっスね』

 

想像以上にしっかりとした答えが返ってきたことに驚きつつも、確かにそうだったと苦笑するしかない。

 

だからこそ、あのライバル2頭には感謝しないと。

 

競走馬としての俺を・・・レースに向かう気持ちを、蘇らせてくれたのだから。

 

そして。

 

『・・・でも。今のバクソウオーさんは。今のバクソウオーさんなら・・・オレも、遠慮なく戦えるッス!』

 

俺をもう一度、しっかりと見据えたショウナンカンプの表情が、心配そうなものから、『絶対に負けない』というライバルへと向けるものへと変わっていく。

 

俺は、正直それが嬉しかった。

 

だって・・・半年程レースに出ていない俺を、力が残っているかどうかなんてまるで分からない俺を・・・超えるべき壁として見てくれているのだから!

 

『・・・ああ、望むところだ!』

 

そんな後輩からの挑戦状を正面から受け取って。

 

 

俺はなんだか、競走馬として必要な最後のピースを見つけた気がした。




セキト、完全復活!

最終レースに向けて闘志を燃やします。

次回更新は金曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終走、香港スプリント

海外競馬でどう馬たちの紹介を挟むか苦労しましたが・・・なんとか押し込みました!!その余波で謎居酒屋が爆誕しました。

そしてめでたくウマ娘化が決定したタニノギムレットのキャラ紹介を改めて読んだら安定の破壊神で吹き出した件。


XX02年、12月15日。

 

それは香港国際競走の開催日にして、とある馬に心酔した者たちにとってのXデー。

 

 

『セキトバクソウオー、香港スプリントで引退』。

 

 

つい数日前、その馬の馬主が開いたというインターネットのとあるサイトに、突然現れたその文字はファンたちに驚愕、納得、あるいは惜別の念・・・様々な感情を抱かせ。

 

そんな中でも時は止まってくれるはずもなく、チクタクと刻まれつづけた針はついに運命の刻を指していた。

 

これが引退レース。この祭典が終わってしまえば、セキトバクソウオーは種牡馬入りし・・・ファンからは遥か遠い存在になってしまう。

 

ならばその前にせめてテレビ越しでもその勇姿を一目見ようとしたファンは・・・何故か、一人、また一人ととある居酒屋へと足を運んでいく。

 

「やあ、ついにあいつも引退だねぇ」

 

「ええ。しかしラストレースが香港だっていうからついついこうして衛星中継が出来るって店まで来ちゃいましたよ」

 

上司と部下と思わしき二人の男も。

 

 

「あんなにかっこいいのにもう引退しちゃうなんて、寂しくなるなぁ・・・」

 

座席に座りながら、ソフトドリンク片手に一人ごちる女性も。

 

 

「かぁーっ!!外国の馬に!!大和魂!見せてやったれい!!」

 

顔を真っ赤にし、大騒ぎしながら酒の匂いを辺りに撒き散らす頑固そうな親父も。

 

 

「・・・」

 

・・・よくよく見れば居酒屋の主である大将までもが、仕事をこなしながらもちらちらと。

 

皆が皆、テーブルの片隅に置かれた小さなテレビを見つめている。

 

 

その画面に映るのは競馬場・・・しかも、その場所はまさに今日、これから始まる香港国際競走の舞台となる沙田競馬場であった。

 

 

この時代には珍しく衛星放送と契約を結び、国内外のあらゆるスポーツ観戦をすることができる・・・今で言うパブリックビューイングの先駆けとも言えるこの店は、その名を「居酒屋 ありま」と言った。

 

客が二十人も入れば満員御礼となるこの小さな建物が密かに持つ特権を知る人々が、ひっそりと休日の昼下がりから開かれた居酒屋から、日本馬の挑戦を見守らんと集まって。

 

定時どおりに始まった第一レース、香港ヴァーズは残念ながら日本からの出走はなかったが、最終直線では一旦は最内から抜け出したアクアレリストと、それを力強く捉えてみせたアンジュガブリエルの激闘が場内を大いに沸かせた。

 

そんな2頭に肉薄したファルコンファイトも含めると上位3頭が全てフランス勢という珍事も引き起こし。

 

 

だが、日本馬を応援する人々からしてみればそんな見事なレースもただの前座に過ぎなかった。

 

「さぁ、次だな」と誰かがつぶやくと共に、衛星中継のカメラは第2レース、香港スプリントのパドックへと移り変わる。

 

それと共に、店の中では「負けるな!」「今年もやってやれ!」等、激励の声が湧く。ついに彼の馬の出番がやってきたのだ。

 

 

『只今より香港国際競走第2レース、香港スプリントの出走馬を紹介いたします』

 

アナウンサーのその言葉と共に、客は皆テレビの画面を穴が開きそうなほどに凝視する。

 

そうして、出走各馬の紹介が始まった。

 

 

『ゼッケン一番を背負いますのはイギリスから参戦、日本の皆様にはセキトバクソウオーを追い詰めた馬としてお馴染みでしょう!大舞台の熱気で栗毛の馬体を輝かせるのはコンティネント!鞍上ダリ・オーランド!』

 

 

『続きまして2番はその走りは稲妻の如く!香港の現地G2を制した強豪がこのサンダーです。鞍上はフィル・コートリー!』

 

 

『3番、皆様おまたせしました。これが復帰戦にして引退レース!日本が誇る快速王!G1三勝、スプリントの絶対王者!セキトバクソウオーと岡田(おかだ)順平(じゅんぺい)!!』

 

 

『4番はその快速王と同じ父の血がその身に流れています、偉大な王の背中を追うよりは、自ら逃げて活路を切り開く!日本からのチャレンジャー、ショウナンカンプと萩川(はぎかわ)由伸(よしのぶ)!!』

 

 

『5番、2年前のこのレースの覇者にして、その勢いは未だ衰えず!復権狙うはオーストラリアからファルヴェロン!鞍上はディラン・オリーブ!』

 

 

『6番、当初はダートを使われていましたが、芝に移って成績向上!活躍と輝きを求めて海を渡った新天地に待つものは!?アメリカからテキサスグリッターと、エディ・プレーン!』

 

 

『7番を背負いましたのはフランスのジッピング!G1での惜しい2着止まりをこの香港の地で終わらせるのか!?鞍上はデイブ・バウンシー!』

 

 

『8番、地元の期待を背負って一番人気!調教師いわく絶好の仕上がりとのことで、この馬が一番の壁となることでしょう!香港のオールスリルズトゥー!鞍上はジェイル・モス!』

 

 

『9番は現地G1馬、香港のファイアボルト!こちらも実績十分、この大舞台で勝利を収めてもおかしくありません!鞍上はウェイブ・マーベリック!』

 

 

『10番、オーストラリアから参戦、ミステジックは昨年のニューサウスウェールズ州の最優秀3歳セン馬です、G1馬の意地を見せつけるか!?鞍上はラリー・ニケ!』

 

 

『11番ケープオブグッドホープは、今年イングランドから香港に移籍して新たなスタートを切りました、最近は成績が上がりませんが、それでも侮れない一頭には変わりません!鞍上はマグナス・ホワイト!』

 

 

『12番、アベイユドロンシャン賞では惜しい惜しいハナ差2着、その時の一着馬が同じ場にいるのはなんの因果か。この大舞台で雪辱を果たすのか!?イタリアからスラップショットと、鞍上は今年ジャパンカップをダブル制覇しましたランブラス・フラメンコ!』

 

 

『13番、アイルランドの3歳牝馬が栄光を求めて果敢にアジア競馬に挑んでまいりました。折角の機会、折角チャレンジを無駄にはしたくないところでしょう!アグネサとピーター・スマイル!』

 

 

『14番は今年のスプリント女王!日本の静かなる輝く血は海外競馬をも飲み込むのでしょうか、鞍上の手綱を信じて、快速女王ビリーヴ!共に挑むのは日本が誇る天才(たに)(ゆずる)!』

 

 

『最後、15番になりましたのは地元香港のアナバティク!8戦5勝、3着以下なしの安定した成績はトップスプリンターへの可能性を示しています、この国際G1の大舞台がG1初挑戦、その結果にも注目です!鞍上はミック・コーリング!!』

 

 

『以上15頭の精鋭が挑みます今年の香港スプリント、発走時刻は日本時間―』

 

 

 

 

第4回 香港短途錦標(香港スプリント)(G1)

 

 

XX02年 12月15日

芝1200m 沙田 天候 晴 馬場状態 Good to Firm

 

枠番番号       馬     名       性  齢 鞍   上 斤  量

 

1 5[外]Falvelon(ファルヴェロン)      牡6 D.Olive   57

2 8[外]All Thrills Too(オールスリルズトゥー)   騙5 G.Moss   57

3 15[外]Anabatik(アナバティク)      牝3 M.Calling 55.5

4 10[外]Mistegic(ミステジック)      騙4 D.Nike   57

5 9[外]Firebolt(ファイアボルト)      騙4 W.Marverick 57

6 7[外]Zipping(ジッピング)       牡3 D.Bouncy  57

7 2[外]Thunder(サンダー)       騙4 F.Coutleigh 57

8 13[外]Slap Shot(スラップショット)      牝3 L.Flamenco 55.5

9 11[外]Cape Of Good Hope(ケープオブグッドホープ)  騙4 D.White   57

10 4(父)ショウナンカンプ  牡4 萩川由伸  57

11 1[外]Continent (コンティネント)      騙5 D.Orland  57

12 14[外]Agnetha(アグネサ)       牝3 P.Smile  55.5

13 6[外]Texas Glitter(テキサスグリッター)    騙6 E.Plane   57

14 12  ビリーヴ       牝4 谷 譲  55.5

15 3(父)セキトバクソウオー 牡5 岡田順平  57

 

 

 

 

『すぅーっ・・・はぁー・・・』

 

大きく息を吸って、吐いて。嗅ぎ慣れたものとは何処か微妙に違う青臭い香りを存分に味わってから、俺はいつも通りに馬口さんに引かれながら沙田競馬場の芝生へと歩みを進めた。

 

いつもの頭絡をつけて、いつも通りジュンペーを背中に乗せて・・・そんな日常も、今日で最後。そう思うと寂しいって気持ちも嘘じゃない。

 

・・・けれど。俺が今日、ここに立っているのは、ジュンペーや馬口さんに惜別の言葉を伝えるためでも、お客さんに走る姿を見せて別れを惜しんでもらうためでもない。

 

 

「・・・今までで一番落ち着いてる、なんて・・・やっぱり君は、すごい馬だね」

 

『ああ、当然だろう?』

 

泰然自若とした俺の態度に、ジュンペーが感心したように首を撫でる。

 

返事の代わりに少し鼻を鳴らしながら振り返って見れば、さっきまでどこか寂しさを帯びていたその顔は勝負師として「勝ち」の気配を察した笑みを浮かべていて。

 

・・・ああ。そうだ。それでいい、と俺もまた口角を釣り上げ、歩くスピードを上げた馬口さんに合わせて一歩、また一歩とターフの奥へと歩みを進めていく。

 

そして。

 

「セキトっ!いってらっしゃい!!」

 

馬口さんがなんだか涙ぐんだような声で俺たちに語りかけながら金具を外せば、頭絡から引き手だけが綺麗にするっと抜けて・・・俺は最後の戦場へと解き放たれた。

 

 

4つの脚で力強く、しかしリズムよく大地を叩きながら身体を躍らせていると、その最中。ジュンペーの心の内で膨らんで、溢れて、抱えきれなくなった言葉が口からこぼれ落ちたのが聞こえた。

 

「本当に、引退レースだけど・・・これなら、これだったら・・・「勝てる」かもしれない・・・!」

 

その言葉を聞いて、そうだ。と肯定する。

 

それこそ、俺が・・・「俺たち」が、今日この場にいる理由。

 

ただ、芝を蹴り上げ、ライバルを蹴散らし、最速を証明して勝利を刻むため。

 

 

それに、尽きる。

 

 

『・・・仕上がったようだな』

 

『おう。ファルヴェロン。負けないって言ったからな・・・下手な走りは出来ねぇよ』

 

『違い無い』

 

返し馬を終えて、後はゲートに入って飛び出すだけ。そんな風に集中を高めていた折、俺たちに話しかけてきたのはファルヴェロンだった。

 

『しかし、バクソウオーよ。あの欧州の荒くれではないが・・・勝ち逃げは許さん』

 

彼は、俺の言葉に同意を示した後、静かに、しかしその裏では闘志と自身に満ち溢れた声で確かに言った。

 

勝ち逃げ・・・か。この前俺の方から突きつけた言葉だけれども。改めて考えてみると競馬で勝ち逃げと言える状況って、どういうことを指すのだろう。

 

あらゆるレースで勝ちを収め、永遠の名誉を手に入れることだろうか?

 

コツコツと走り続け、多額の賞金を馬主や生産者へ還元することだろうか?

 

それとも・・・ライバル達に絶望的な差を叩きつけた上で、二度と争えすらしない次元へ昇華してしまうことか?

 

いやいや、そうなると父親、あるいは母親として消えない記録を刻みつけるというのも一つの勝利の形だろう。

 

はたまた勝てはせずとも皆に愛され、静かな場所で愛に包まれながら天寿を全うする、というのも立派な「勝ち逃げ」。

 

・・・うーん?よく分からなくなってきたぞ。

 

 

『・・・バクソウオー?急に考えこんでどうした』

 

『おっと、悪ぃ悪ぃ』

 

恐らく急に考え込みだした俺を心配したのだろう。どこか不安そうなファルヴェロンの声が、俺の意識を呼び戻す。

 

首を振るってレースにだけ集中しよう、と気合を入れ直し、『今なら出走取消(スクラッチ)できるぞ』と心配半分、もう半分は挑発を含んでいるのだろう声をかけてくるファルヴェロンに『大丈夫だから気にしないでくれ、いいレースにしような』と軽く声をかけた。

 

 

そうしてお互いに別れを告げようとした時、「奴」は・・・やってくる。

 

 

『よう!!大分マシな顔になってんじゃねぇか!島国野郎!』

 

『・・・コンティネント』

 

相も変わらず動きと口調に荒々しさを溢れさせた、欧州からの刺客、コンティネント。G1に向けて研ぎ澄まされた栗毛の馬体はピカピカと輝いていて、まるで黄金だ。

 

『そっちのオージー野郎も随分と仕上がってんじゃねぇか』

 

そんなコンティネントがずい、と見定めるように身を乗り出し、ファルヴェロンを睨むようにしながらそう言うと。

 

『ここにいる者は、皆自分が勝って当然と思っている強者ばかりだからな』

 

その言葉に続いて『当然私も、その一頭(ひとり)だ』と涼しい顔をしながら答え、周りを見やるファルヴェロン。

 

それに倣うようにして俺も辺りを見回せば、成程。この舞台に上がる以上妥協は許されない。そう言わんばかりに誰しもが究極の仕上がりを見せていて。

 

『このレース・・・手強くなるな』

 

コンティネントとファルヴェロンに向けて呟くように吐き出した俺の言葉を聞いた2頭は、何を言わずに頷いた。

 

・・・と。

 

ファルヴェロンの背中の騎手が手綱を軽く引っ張って「そろそろ行くぞ」と促した。

 

「ファル、そろそろ行くヨ」

 

『・・・む。相棒がそろそろだと言っている、時間のようだな・・・だが。最後に言っておこう。勝つのは私だ』

 

それにしっかりと反応しつつも、ファルヴェロンは俺たちに宣戦布告を忘れない。軽く身を翻すと、ゆったりとした脚運びでゲートの方へと向かっていく。

 

その人馬の動きに、ジュンペーとコンティネントの騎手さんも発送時刻を思い出したのだろう。同じように手綱を引いたり、首に触れたりでそれぞれ「行こう」とサインを送ってくる。

 

「・・・行こう、セキト」

 

『ああ、ちょっと駄弁りすぎたか?・・・ファルヴェロン!!一つだけ言わせろ!勝つのはお前じゃねえ・・・俺だ!』

 

俺はファルヴェロンの言葉を正面から受け止めると同時、逆に宣戦布告を仕返してやった。

 

『・・・!』

 

『よし、届いた!行くぞ、ジュンペー』

 

「うん、行こうか、セキト!」

 

既に離れ始めたファルヴェロンの鹿毛の馬体から突き出るように生えた耳が、返事代わりにぴくんと動いたのを見届けてから俺もキャンターでゲートに向けて走り出す。

 

 

「コンティ、その気持ちはレースに燃やそう」

 

『・・・お前ら。色々言いたいことはあるけどよ!とりあえ勝ち逃げは許さねーし、一番になるのは、このオレだ!!』

 

最後に残っていたコンティネントも、相変わらず荒々しさを隠すことなく、一旦俺達から離れるようにしてゲートへと向かっていった。

 

 

こうして三者三様の言葉を交わし合って。

 

いよいよ、俺の現役最後の戦いが始まろうとしていた。

 




次回、ラストレース、発走。


更新予定は月曜日となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終走、香港スプリント 2

遅刻投稿すみません!!

ギリギリまで魂を注ぎこんでいたらこんな時間になってしまいました!

史実馬解説も後で追記編集いたします!


『っはぁー・・・これで最後、なのか・・・』

 

香港スプリント、発走直前。

 

俺は、ゲートの裏でくるくると輪乗りに参加しながら観客席の方を見てため息を着いた。

 

見慣れないスタンド、日本のものとも、欧州のものとも言えない中途半端な芝。

 

しかし、今日この舞台こそが俺が走る場であり・・・最後の戦いの、戦場なのだ。

 

 

『バクソウオーさん、どうしたんっスか?やっぱり調子が・・・?』

 

そんな俺の様子に気づいたのだろう。ショウナンカンプが心配そうに話しかけてきた。

 

『おっ、ショウナンカンプ。いやなぁ、これが最後だと思うとどうしてもな。調子は悪い訳じゃないから安心してくれ』

 

わがままを言うなら、最後は見慣れた日本で走りたかったな、なんて。

 

しかしこれからの時代、ローテーションなどの関係から俺やアドマイヤコジーンのように香港のレースを最後の戦いとする馬は増えていくことだろう。

 

そして、そこで勝利を収めてこそ、人々に鮮烈な記憶と、記録を残すことを許される・・・。

 

海外を制するってのは、案外新時代の名馬の条件としてスタンダードになるのかもしれないな。

 

『気合は十分だ』

 

『・・・そうっすか。安心しました。でも』

 

コンディションに全く問題はない。俺の言葉を聞いて安心したようなショウナンカンプはほっと一息ついて。

 

『ちょっとでも油断したら・・・オレが、王座を奪ってやるっス』

 

今日、この時の為に、今にも弾けてしまいそうなくらいに仕上げてきた馬体からは気合を滾らせ。

 

釣り上がった黒い瞳からは闘志の光をギラつかせながら、再びの宣戦布告をかましてきやがった。

 

その迫力は、高松宮記念の時の彼とは比べ物にならないくらいに凄みを増していて、ショウナンカンプを何倍にも大きく見せてくる。

 

本当に同じ馬なのだろうか?実はこっそりすり替えられてましたって言われても、俺、納得しちゃうよ?

 

『っ!?・・・いいな!そのくらいの意気じゃなきゃ、国際G1は勝てねぇ。だがよ』

 

後輩の思わぬ成長ぶりに一瞬怯みかけるも、あの日・・・放牧地で『もう一度だけ』と朱美ちゃんに嘆願した日のことを思い出す。

 

充実の日々から一転、気まぐれなどこかの神サマの書いたシナリオによって唐突に告げられた『引退(おしまい)』のサイン。

 

思えば馬として生まれ変わって、何事もなく育って、デビューして、G1を獲って。

 

そうこうしている内に俺ももう、一月経てば6歳。下の世代で言えば3世代がデビューしているのだ。

 

はっきり言って、いつ俺を超えるような逸材が出てきても、不思議でもおかしくもない、それだけの時間が経ってしまっている。

 

・・・けれど、俺自身、沢山のレースを戦ってきて・・・その上で、この競走生活には『まだ』満足していない。

 

屈腱炎さえなければ。この脚さえ、保ってくれたのならば・・・あと一年、いやニ年は走っていたい。そのくらいの気持ちだった。スーのこともあるしな。

 

だが、現実として・・・脚は悪魔に蝕まれてしまったし、そんな状態で出走できたこの一度さえも奇跡に近い、ということは俺自身がよく分かっている。

 

 

あれだけ激しいレースを繰り返したのに軽症で。

 

にも関わらず早々に発見されて。

 

神経をすり抜けた為に痛みもなく。

 

・・・いや。屈腱炎になっている以上、「奇跡」という言葉を使うのは少々憚られるか。

 

ならば、あえてこう言わせてもらおうか。

 

『屈腱炎になったのは必然だった。だが、同時に勝利もまた、必然だった』と。

 

だからこそ、俺は、この一戦で悔いの無い戦いを繰り広げなければならないし、まずは・・・最速の王者の目の前で啖呵を切った生意気な後輩に、知らしめる必要がある。

 

『・・・そう簡単に「最速」に追いつけると思うなぁっ!!』

 

最速(スプリント)」の絶対王者は、他ならぬ「(セキトバクソウオー)」である、と。

 

・・・勢い余って、その宣言がシャティンの空へ高く轟くいななきになってしまったのは、完全に想定外だった。

 

 

 

 

『はぁー・・・』

 

・・・いや、入れ込んでたってわけじゃないけどさ。レースの前に随分とハッスルしすぎたか?ショウナンカンプに向けて放った啖呵は想像以上に声高になっていた。

 

その結果どうなったかって?

 

『勝つのは私だ・・・!』

 

『アイツ、何やってんだ・・・!?』

 

『・・・関わらない、でも、気になる・・・!』

 

ファルヴェロンやコンティネント含む、世界各国の居並ぶ実力馬たちの注目の的になっております。いやー、これがモテ期ですか?種牡馬となる身としては嬉しい限りです。

 

・・・いや、分かってるよ?あの視線はそんな温かいものとはかけ離れた、訳の分からん奴を見るときの冷たい、射抜くようなタイプのものだってこと。

 

引退レースで、なにやってんだろう、俺。年甲斐もなく思わず熱くなりすぎたわ。落ち着け、とにかく落ち着けー。

 

『・・・っし!』

 

「セキト、ちょっといい?」

 

『おう』

 

何度か深呼吸を繰り返し、ようやくある程度落ち着きを取り戻した所に、耳から入ってきたジュンペーの声がやけに染み渡る。

 

「・・・今日の作戦はセンセイと相談して決めたんだけど・・・」

 

『・・・ふむ、ふん、ふん・・・はぁ・・・そりゃあまた、しんどそうだな』

 

周りの騎手に聞かれぬよう、ちらちらと周りを伺いながらも小声でそっと囁かれた作戦を聞いて、思わずため息が漏れる。

 

だって、これ以上なくシンプルで、これ以上なくバカとしか言いようのない作戦で。

 

しかし、絶対の力を持っていると信用のある王者ならば、誰もがそうやって挑戦者たちを迎え撃つであろう、そんな走りを求められたのだから。

 

「はは、そうだよね・・・君がそうやって走るのが嫌いなのは、僕もよく知ってる、けど」

 

『あまり気に入らない』とそっぽを向いてやれば、ジュンペーは少し笑いながらも俺に言い聞かせる・・・いや。まるで長年付き合いのある親友に頼み込む様に言ってきた。

 

 

「誰もが・・・いや、少なくとも僕が。そうやって君が勝つところを見たいんだ」と。

 

 

 

 

・・・まったく。どいつもこいつも。

 

最後だからって、俺に無茶苦茶させようとしやがって。

 

俺だって楽じゃねぇんだぞ、と大きくため息をつく。

 

しかし、もし、そんなバカみたいな走りで最後まで駆けることができたのならば。

 

ひょっとしたら・・・『満足』できるのかもしれないと。

 

その可能性に至ったとき、俺の中でその作戦は、初めて『王道』へと昇華する。

 

『・・・しょうがねぇな!それで行こう!』

 

鼻を鳴らしてジュンペーを見やってから、伝わるかどうかは分からねえが大きく頷いて。一つ鳴いて見せた。

 

『これが最後だからな・・・特別大サービスだ!やってやろうぜ!ジュンペー!』

 

「・・・セキト!ああ、絶対に・・・勝とう!」

 

俺がジュンペーと共に、秘策・・・と言えるかは分からない作戦で勝利への決意を改めて固めたのと。

 

係時候(時間です、)進入大門了(ゲートに入ってください)!」

 

馬場に中国語らしき言葉が飛んで、最後のレースの枠入りの誘導が始まったのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

『さぁ日本の競馬界でも、年末の馴染みになりつつあります香港国際競走、その第二戦香港スプリント!日本からは今年最多の3頭、ショウナンカンプ、スプリンターズステークスの覇者ビリーヴ、そして、短距離王者セキトバクソウオーが日本勢二度目の勝利に挑みます、実況は私、淡島克也がお送りします』

 

「おっ、またこいつ・・・とはいえ短距離って言ったらアワシマだからなぁ」

 

「そうですよね、他のアナであの人ほど口が回る人、いるんですかね?」

 

「いないなぁ・・・」

 

その頃、日本の「居酒屋 ありま」では発走が間近に迫った影響もあり、店内にいるのは少人数ながらも大いに盛り上がりを見せていた。

 

「勝つのはバクソウオーに決まってますよね」

 

「バカヤロー!セキトは復帰戦、しかも国際G1だろうが。それで勝てたら誰もこんなにG1を獲るのに苦労しねぇよ」

 

「いやいや、ファルヴェロンの仕上がりがいいから案外あっさり勝つかもしれねぇぞ」

 

セキトバクソウオーが連覇達成し華を飾るか、ショウナンカンプ、或いはビリーヴが勝って新たなスプリントの主役となるか、はたまた他国の競走馬に勝利を阻まれてしまうのか。

 

当然ながら、客一人一人には、それぞれが思い描くレースの結末がある。それ故あらゆる展開への憶測が飛び交ってはぶつかり合い、時に溶け合い、時にお互いの意見を削り合い。

 

しかし、それらの声は小さなテレビから発せられた、他でもない淡島アナウンサーの一言によってピタリと止まる。

 

『さぁ、今・・・最後に大外のセキトバクソウオーが収まって、体制完了!!』

 

想像の中のレースの結末は、果たして現実と合っているか否か。その答え合わせは今、正にこれから始まるのだから。

 

 

 

 

『・・・はぁぁぁぁ・・・』

 

「(すごい気迫だ・・・!これは、この作戦で正解だったかもしれない・・・)」

 

香港スプリント、発走直前。

 

ゲートに身を収め、今か今かとスタートの時を待つ愛馬の気迫に、僕・・・こと岡田順平はどこか気圧されるような雰囲気すら感じていた。

 

屈腱炎が悪化しないよう慎重を期した結果、セキトバクソウオーの身体自体の出来は良くて8割。太島センセイはそう言っていた。

 

それは背中に跨がる僕自身がよく感じ取ることができたし、寧ろ、よく脚元の状態をキープしたままここまで来れたものだと思う。

 

普通の馬なら、こんな状態でレースに・・・平場のオープン戦や、条件戦ならば案外どうにかなってしまうのかもしれないけど、今日の舞台は国際G1だ。

 

ただでさえ海を渡る遠征で、世界中から強い馬が集まって、そして激しく争う大舞台。紛れなど、無いに等しい。

 

正直、勝負にならない可能性だって十分にあったし、割合的にはそのパーセンテージのほうが大きかった筈だ。

 

それなのに・・・目の前のセキトは、まるで。そんな身体の仕上がりをカバーするかのように。これが名馬だと言わんばかりのオーラが立ち上っているようで・・・。

 

思わず見とれてしまう。これが最後なんて、信じたくないくらいに。

 

「ッ!?」

 

『ジュンペー?どうした?もうじきスタートだからしっかり集中しろよ?』

 

その姿に思わず動きを止めてしまった僕を案じるように振り返ったその目は血走ることもなく。

 

ただひたすらに澄んだままで、また閉ざされたゲートの先へと向いた。

 

その様は、遥か1000m先のゴール板を見つめているようにも思えて。

 

「・・・そうだね。集中、しないと」

 

そんな愛馬の姿に倣うようにして、息を吐き、ひたすら感覚を研ぎ澄ます。

 

他馬の呼吸も、芝生を何度も足踏みする音も、馬場に吹く風も。全部、全部。

 

何もかもが消え去ったような沈黙の世界に、僕と、セキトの呼吸だけがしばらく続いて。

 

「!!」

 

『おう!』

 

そこに割り込むように聞こえた金属が軋む音を切っ掛けに、僕らは二人で臨む最後の戦いのゲートを飛び出した。

 

・・・彼こそが「世界最速」だと証明するために。

 

 

 

 

『第4回香港スプリント、スタートしました・・・おおっとセキトバクソウオーこれは絶好のスタートだ!』

 

『っしゃあッ!』

 

言葉もないまま、ただただ反射的な反応に過ぎないジュンペーからのサインに、今までないほど鋭く反応した俺の身体は、あわやゲートに頭をぶつけるのではないかというすんでのタイミングでスタートを切った。絶好も絶好、1000m戦におけるこのリードは大きいぞ。

 

・・・さて、問題はここからだ。スタートだけで勝てるなら、俺の陣営はあそこまで頭を悩ませることなんてなかっただろう。

 

ジュンペーから聞いた限りじゃ、今回の作戦は「王者らしい」なんて銘打っちゃいるが、その内容は俺からしてみれば・・・ただの無茶苦茶だ。

 

しかし、その無茶を通さねば、到底半年ぶりの復帰レースにして国際G1を制するなんて奇跡は起き得ない訳でして。

 

『さぁ、どうしようか、相棒?』

 

さあ、ここからどう動きますかね。伺うようにしてジュンペーからの指示を待っていると。

 

「行けっ・・・走れっ!」

 

『・・・了解!』

 

激しく扱かれた手綱こそ、その答えだ。いいね、それでこそこの作戦・・・ああもう、そう言うのも最早馬鹿らしいから、『力尽きるまでぶっ飛ばす』ってネタバレしとこう。

 

勿論ぶっ飛ばすって言ってもただのヤケクソじゃなくて、今までの俺のイメージ・・・素直に騎手の言うことを聞く、「折り合いの付く賢い馬」ってイメージが世間様にはあるらしいんだよね。

 

で、当初は真面目に先行押し切りを狙う予定だったんだけど・・・センセイの予想以上に俺の雰囲気が良くなってきた。

 

ならば、他馬に抜かせないという俺の長所をより活かすために、マークしてくるであろう他の出走馬の裏を掻いていっそぶっ飛ばしてみましょうかと。

 

ついでにマークをしようとしてきた連中も振り切れるし、俺は実力を発揮できる。一石二鳥だ。

 

 

『そのままセキトバクソウオー、岡田順平が手綱を扱いて、後続に1、2馬身程のリードをとります、2番手にはこちらも日本のショウナンカンプ』

 

『んな・・・ッ!!バクソウオーさん!?正気ッスか!?そんなペースで飛ばしたら・・・』

 

『ん?・・・ショウナンカンプか!』

 

結構離れた位置にいるはずなのに、ショウナンカンプが酷く困惑するような声が耳に入ってくる。それほど驚いたということだろうか。

 

・・・そういえば、この作戦が成功した場合、一番の被害を被るであろう馬が、ショウナンカンプなんだよな。

 

あいつも一生懸命走っているだろうにと一瞬だけ哀れみにも似た感情が湧いたが、これは勝負なんだ。

 

時に生命を賭けて走り、ある者はそれを落とし、またある者は絶望的な状況からそれを拾い上げることもある。

 

そんな非情な戦いを当たり前の様に繰り返し、それでも俺たちが求め続けなければならない宿命にして、何者にも代えがたい喜び。

 

それが、『勝利』。

 

あいつには悪いが、最後だからといってやすやすその宝石の如く輝きを放つ(タイトル)を譲るほど俺は優しくなれない。

 

寧ろ、その道程を阻む最大の壁として彼の前にそびえるべく、更にスピードを乗せていく。

 

 

『おおっと!セキトバクソウオーが更に加速する!大丈夫か!これは大丈夫なのか!?2番手、内からスーッとミステジックとファイアボルトが並びながら、外のショウナンカンプと順位が・・・入れ替わりました!』

 

『えーと、あいつは・・・ウソだろ!?あんな前に!?』

 

『えぇ!?あんなペース・・・自爆しちゃうに決まってる!』

 

ほら、あまりの超展開に早速企てていた作戦が崩壊した奴らがわめいている。

 

 

・・・しっかしお前ら、ハイペースハイペースって大騒ぎしてるけどよ。

 

残念ながら日本にはこんな滅茶苦茶な競馬が、己の勝ち筋だって馬が、沢山いるんだ。

 

「最初から先頭に立って、ゴールまでそこにいればいい」。

 

そんな、身体能力に任せたアホの子丸出しな戦い方も勝ってしまえば官軍、立派な作戦の一つに数えられてしまうのだから、勝負とは本当に不思議なものである。

 

『前の方、4番手につけましたのは地元香港の一番人気馬オールスリルズトゥー、ショウナンカンプはその後ろに控える形になりました。その後ろにアグネサ、テキサスグリッター辺りが先行集団。2年前の覇者ファルヴェロンは最内9から10番手といったところから虎視眈々と一着を狙っています!』

 

「こんなペース、馬が持たないネ!!」

 

「ほっとけば自爆するでショ」

 

俺とジュンペーが作り出した超ハイペースに惑わされた人馬たちは、自然と位置取りを下げ、己の脚を温存しようとしている。

 

・・・それこそが、俺達の狙いだと知らないまま。

 

「(セキト、ちょっとだけペースを落とすよ)」

 

『おう』

 

ちょん、と少しだけ手綱が引かれて、俺はこっそりと速度を落とす。

 

ハイペースの範疇を保ちつつ、俺の脚もゴールまで保つ、そんな絶妙な速度へ。

 

すると。当然後方の2番手以下の奴らと距離が詰まってくるけれど・・・ここで摩訶不思議なことが起こる。

 

「あれっ、ペースが上がってる・・・!?」

 

「おかしいなぁ、抑えなきゃ」

 

2番手、3番手の騎手さんが手綱をギュッと絞って、それぞれ騎乗馬に減速を促した。

 

『え、えぇ!?』

 

『な、なにやってんの、全然平気なのに・・・!?』

 

これは俺が最初の200mをぶっ飛ばしたおかげで、お二方の体内時計が一時的にぶっ壊れたからだ。

 

「え、ミステジック、どうしたの」

 

「ボルト、頼むから抑えてくれ!」

 

背中に跨っときながらも、戸惑う愛馬の様相を理解できないといった風の騎手の二人・・・残念ながら致命的な判断ミスだな。これで脱落といってもいいだろう。

 

そうやって後ろの馬を揺さぶって、誘い込んで・・・着いてくれば自らの脚を無くし、着いてこなくても俺の逃げ切りを許してしまう、そんな地獄のハイペース。

 

「・・・いいぞ・・・!」

 

800の標識を過ぎる頃には、誰にも見られないままジュンペーの口角がにやりと持ち上がった気配を感じて。

 

俺だけが有利に立ったデスマッチの舞台が、着々と整いつつあった。

 

 

 

 

セキトとジュンペーが順調にレースのペースをかき乱しつつあるその頃。

 

「・・・どうにもおかしい」

 

『ジェイルさんもそう思うアルか?』

 

先団の方からレースを進める、黒いメンコを被った栗毛馬・・・オールスリルズトゥーと、かつて名馬ジムアンドトニックを駆った騎手、ジェイル・モスは、先頭の人馬が作り出した異様なペースに呑まれかけながらも、その展開に違和感を覚えていた。

 

「最初の200こそ殺人的なペースだったが・・・」

 

スタート直後こそ、暴走を疑うようなペースでハナを奪ったかと思えばそのまま加速していったセキトバクソウオーに目を疑い・・・しかしそのセキトバクソウオーは、今や何事もなかったかのように騎手と折り合っている。

 

その様に奇妙さを感じたジェイルは、長年の騎乗で培った体内時計で、セキトバクソウオーが残り600mを過ぎるまでのタイムを寸分の違いなく測ってみせた。

 

「(11.2・・・!成程、そういうことか!)」

 

1000m戦における1ハロンのタイムとしては遅いとは言えないが・・・しかし極端に早いという訳でもない。

 

「日本のジョッキーよ・・・見事なり!危うく騙されるところだったぞ!」

 

『!行くアルね!』

 

その瞬間、セキトとジュンペーの作戦を理解したジェイルは笑みを浮かべながら・・・たっぷりと「脚の残っている」愛馬の手綱を扱き出した。

 

 

 

 

『残り600!先頭はセキトバクソウオーのままだ!まさかこのまま行ってしまうのか!!行ってしまうのか!?爆走神話は勝利で幕を下ろすのか!?しかしそうはさせまいと!!後ろからショウナンカンプの!ミステジックの!ファイアボルトの!それぞれの鞍上の手が動いた!!』

 

『いざ!勝負っスぅぅぅぅ!!』

 

『行っけぇぇぇぇ!!』

 

『逃さねぇぇぇ!!』

 

「!セキト!!」

 

『ああ!聞こえてる!!』

 

残り600を切って、思いっきり惑わした3頭がスピードを上げて迫ってきている足音が聞こえる。

 

『・・・!』

 

それに合わせて俺も若干スピードを上げようとした瞬間、耳に届く、大地を踏み鳴らす音に更にもう一頭分のリズムが増えた。

 

『ここまで来たなら・・・!後は勝つだけデース!!』

 

ちら、とその声の方に目線をやれば、鹿毛の馬が馬場の真ん中を通って進出して来ようとしていた。

 

『ここで真ん中通ってアメリカのテキサスグリッター!ぐんぐんと追い上げて、先頭集団へ追いついた!』

 

『(チッ、もう他のやつも来やがったか!)』

 

想像よりも早いタイミングで追いつかれそうになり、焦る俺。

 

・・・だけど。

 

「大丈夫。セキト、大丈夫だから・・・焦るな」

 

3頭分の足音に迫られて、思わず仕掛けようとした俺の手綱を、冷静な声色で呟いたジュンペーはぎゅう、と抑えた。

 

思わぬ意見の不一致に小さく『ぐぇ』と声が出るが、俺の加速を抑え込んだハミから流れこむジュンペーの意思は、「まだだ。まだ、「その時」じゃない」と確かに言っている。

 

・・・そうか。あの4頭は、それほど気にしなくていいんだな。それよりも、真に相手にするべき馬は・・・他にいる。

 

『・・・ッ!ああ、悪いな、ジュンペー!』

 

ジュンペーの冷静な行動なおかげでそう思いだした俺は頭をぶるっと振るい、再び前を向いて走り出した。

 

そして、ここから遠く離れた最内を・・・馬群の影に隠れる様に突き進む、オーストラリアからのライバルの気配が、段々と強くなって行くのを、ひしと感じる。

 

「行くヨ!ファル!!」

 

『・・・はあああぁぁぁぁぁ!!』

 

『残り400を切って、遂に、遂に最内ファルヴェロンにムチが飛んだ!ファルヴェロンが進出を開始した!!』

 

そう、奴こそファルヴェロン。

 

2年前の覇者にして、去年の2着馬。

 

そして今年は・・・俺にリベンジを果たし、再び王者として返り咲かんと、馬場の最内から力強く突き進みだしていた。

 

『邪魔だ!どけ!!』

 

ムチが入り、最高速に到達しようとしているファルヴェロンは、その興奮も頂点に達しているようで。

 

普段の彼からは考えられないほど荒々しい口調で、迫力のある声を放ちながら他馬を押しのけるように芝の上を突き抜けていく。

 

『とうとう来やがったな!!』

 

あいつこそ、俺が相手取るべき最大のライバルだ―

 

 

『そこのお二人さん!ちょっと失礼するアルよ!!』

 

 

―そう思っていた俺とジュンペーの耳に、思わぬ乱入者の声が突き刺さった。

 

『残り300!!先頭はまだ日本のセキトバクソウオー!!香港の地で、セキトバクソウオーが14頭を引き連れながら逃げている!!2番手には最内ファルヴェロンが上がってきている!ショウナンカンプは苦しくなったか!?ビリーヴは最後方集団、馬群でもがいている!さぁこの2頭か!今年もこの2頭で決まるのか!?・・いや!?外目から来た!外目からもう一頭来たぞ!!』

 

 

『なっ、だ、誰だ!?』

 

『いきなり失礼アルね!!ワタシの名はオールスリルズトゥー!・・・今年の香港スプリントを制する馬ヨ!!』

 

外目・・・とは言えど、大外をずっと走っている俺よりは内の方をするすると上がってきた鹿毛の馬は、そう名乗りを上げた。

 

くそっ、なんてこった!現地の馬で一番人気とは言え・・・完全に格下と見ていた俺たちの判断ミスだ!

 

 

「行け、セキトォォォ!!」

 

『ジュンペー!?』

 

しかし、ジュンペーはそんなオールスリルズトゥーのことなど、まるで気にしていない。

 

ただ、ひたすら。

 

俺の脚の負担を少しでも減らし、勝利を飾るべく・・・手綱を追う。

 

「セキト、どうした!?まだ行けるだろ!?」

 

『ああ・・・んぐっ!?』

 

しかし、何時もならば。ぐんと加速していく筈の世界のスピードが・・・変わらない。

 

ジュンペーの追い方はいつも通り・・・いや。寧ろ俺の負担を限りなく減らしながらも、持ち得る力を余すところなく発揮できる、素晴らしい技術へと発展を遂げていた。

 

ならば、ここでまごついている原因は、俺に他ならない。

 

何故?と首を傾げる前に右前脚に鋭い痛みが走り・・・直感する。

 

 

とうとう「その時」が来たのだと。

 

 

『残り200m!!先頭セキトバクソウオー!!しかし内からファルヴェロン、中からはオールスリルズトゥーが迫る!!苦しいか!ここまで逃げたセキトバクソウオー!!苦しくなったか!!』

 

 

『ぐっ、くうぅぅぅ・・・!!』

 

ああ。なんつー痛みだよ。

 

レース前、あれだけ息巻いていたのが馬鹿馬鹿しく思えるくらいの、激痛、激痛激痛激痛。

 

なるほど、屈腱炎になった馬が時にレースを放棄するのも頷ける。

 

・・・こんなん耐えられる訳が無ぇ。

 

生きたいのならばとっとと走るのをやめればいい。

 

そう囁く本能に呑まれ、意識が遠のきそうになる・・・。

 

「今だ!!」

 

『貰ったアルねぇぇぇぇ!!』

 

「行けぇ!」

 

『私が・・・勝つ!』

 

がくりと体勢を崩しかけた俺の右側を、何かが走りながら勝ち鬨の声を上げる気配を感じた。

 

 

『残り150!!ここで前に出たかオールスリルズトゥー!!内側ファルヴェロンが二番手に上がるか!?セキトは、セキトバクソウオーは・・・おおっと!?体勢を崩したか!?大丈夫か!大丈夫かセキトバクソウオー!!?』

 

 

 

 

「・・・セキト!!しっかりしろ!!」

 

『ッ!!?』

 

沈みかけた意識が、誰かの声に呼び覚まされる。

 

それと同時に、右脚が放つ耐え難い苦痛も再び神経を通じて脳へと送られてくる。

 

 

『がっ、ぐあ・・・!』

 

「どうした、セキト!!勝つんだろう!?ここで勝って・・・終わるんだろう!?」

 

痛みに悶える俺に檄を飛ばすその声は。一瞬鬼か悪魔のように思えたが・・・よくよく聞けば。

 

『ジュン、ペー・・・?』

 

それは、共に勝利を誓った相棒のものに相違(ちがい)なかった。

 

痛みに耐えるため、固く閉ざしていた瞼を開ければ、眩しい光と・・・沸き上がる大歓声が、洪水のように目と耳に雪崩れ込んで来る。

 

・・・そうだ。

 

俺は、レースを・・・それも、国際G1、香港スプリントを走っているんだ!

 

それも、引退レースで!!

 

「どうした!!いつもの負けず嫌いのお前はどうしたんだ!!」

 

その言葉と共に、首元に添えられたジュンペーの手がぐっ、ぐっ、と力強く押し込まれる。

 

『ああ・・・!』

 

刻まれるリズムを一つ、また一つと感じる度、自然と俺の踏み込みも強くなっていく。

 

嗚呼。そうだったな。

 

風が吹こうとも、雨が降ろうとも。

 

誰が追い込んでこようと。

 

・・・例え、今。この脚が軋み、砕け散りそうだと危険信号を出しているとしても。

 

『っ!誰っにも!先頭を、譲らなきゃいいんだよなああぁぁぁぁ!!』

 

何が何でも走り続けて、誰よりも先に、機関車よりも激しく呼吸し、生命を燃やすこの鼻先がゴールラインに触れたのならば。

 

それは、もう俺の勝ちなのだ。

 

 

『痛っ、ぐ、が・・・じゃ、まだああああああッ!!!』

 

しかし、生物が長年の進化によって手に入れた結晶が・・・生命のリミッター(痛み)が邪魔をする。

 

ああもう。右脚からくるこの痛みが、邪魔だ邪魔だ邪魔だ!!

 

今にも止まってしまいそうになる程の苦痛を、獣の咆哮にも似た雄叫びで誤魔化しながら、掠れそうな声で俺は叫ぶ。

 

『おい!!誰かは知らねぇけど、聞こえてるんだろう!!?『力を貸せ』ええぇぇぇッ!!』

 

最早、俺だけの力ならば、加速することなんて叶わなかっただろう。

 

しかし。ジュライカップの時。どうしようもなくなった最後の瞬間・・・確かに聞こえた、謎の声。

 

その存在に向けた俺の必死の叫びは。

 

『(よう、随分と久しぶりだなァ・・・って、死にそうじゃねーか!?大丈夫なのか!?)』

 

そいつに、しっかりと届いたようだった。

 

 

『いいから行くぞ!!時間がねぇんだ!!』

 

『(あ、ああ!!)』

 

開口一番、何故か俺の身を案じたそいつに一方的に話しかけてから、ぐっ、と脚に力を込める。

 

 

「セキト!?・・・分かった!!良いんだな!!行くぞ!!?」

 

急に蘇った手応えに、最早打つ手は無いと言わんばかりに歯を噛み締めていたジュンペーが、俺にそう尋ねてきた。

 

『・・・ああ!!』

 

ほんの、ほんの一瞬だけ迷ってから、ジュンペーをしっかりと見やり、いつもと同じように『ブルル』と鼻を鳴らしながら頷く。

 

「っ!!あ、ぅ、う・・・うああああぁぁぁぁぁあッ!!」

 

そして、俺の意思が固いことを察したのだろう。ジュンペーは、今にも泣き出しそうな顔と声で、ムチを振り上げ・・・

 

「い・・・っけええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

俺の右のトモへと、それを振り下ろし。

 

ぱちん。

 

たった一音だけ鳴り響いて、シャティン競馬場の熱狂へと溶けていった。

 

 

 

 

『残り100!!先頭オールスリルズトゥー!!二番手は・・・二番手は・・・セキトバクソウオー!?セキトバクソウオーが再び盛り返す!!』

 

『があぁぁぁァァァッ!!』

 

『(うあああああっ・・・!ほ、本当に大丈夫なのかッ!?)』

 

『うるせえ!とっとと・・・ゴールまで走り切るぞ!!』

 

痛い、痛い痛い痛い痛い。

 

黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ!!

 

謎の声の持ち主と共に走る俺は、生きるための警告を完全に無視して、ひたすらに脚を伸ばす。

 

『なっ・・・』

 

『何ぃ!?』

 

完全に脱落したと思っていた俺が盛り返してきたことで、ファルヴェロンとオールスリルズトゥーが驚愕の声を上げた。

 

俺にとっての得意走法、最早誰にもお馴染みとなったであろうストライド走法が、じりじりと俺の位置を押し上げていく。

 

『う、ぐぉあああああっ!!』

 

だが、これだけじゃ、足りない!あの二頭に・・・届かない!

 

ならば、と首を沈めて、焼ききれてしまいそうな位に脚の回転を早めて・・・俺の、競走生活の全てを!ここにぶつける!!

 

『うがああぁぁぁぁァァァ!!』

 

体中の酸素を使い切ってしまうのでは、という勢いで叫びながら、本当の意味でのラスト(・・・)スパートをかける。

 

・・・もし、この時の声を、人間の耳で聞くことができたならば。

 

その音色は、さぞ馬とは思えないくらいのものであっただろう。

 

何故ならば。

 

『アンタ・・・ホントに馬アルか・・・!?』

 

抜き去り際に、怯えきったような顔でオールスリルズトゥーがそう尋ねてきたのだから。

 

 

『セキトバクソウオー!前に出る!譲らない!抜かせない!!追いすがるオールスリルズトゥーは・・・届かなーい!!』

 

『やった、やったぞセキトバクソウオー!!引退の花道を飾ると共に・・・史上初!香港スプリント連覇達成!どうだ!世界よ見たか!これが日本の・・・いや・・・』

 

 

 

 

『世界の最速王!!セキトバクソウオーの走りだァァァァァッ!!』

 

 

 

 

「セキト・・・本当に、お疲れ様」

 

『ジュンペ・・・っ、はあ!!はぁっ、はぁっ、はぁ・・・!!』

 

無我夢中でゴール板を駆け抜けたかと思えば、俺は首に触れたジュンペーの手をきっかけに呼吸を再開した。俺としたことが、いつの間にやら息を吸うのを忘れていたようだな。

 

胸の奥・・・もう走るために使われることはない筋肉の下で、心臓が破裂するんじゃねーかって勢いで暴れているのを感じる。

 

それと同時に、右脚からも・・・痛っ、あっ。やべっ、これは・・・とんでもない痛み。

 

どのくらいかって言われると、あまりに痛すぎてあーあ。やっちまったぜ。と妙に達観できてしまうくらいには、とんでもないな!

 

けれども、立ってられないほどの痛みって訳でもないのは幸いだった。ゆっくり、ゆっくりと牛のようなスピードで、俺はスタンドの前へと歩みを進めていく。

 

流石に走れはしないけどさ。それでも、お客さんの前に行くのって、勝者の義務だと思うんだよね。

 

「セキト・・・セキト・・・!」

 

『おうよ』

 

そんな俺の背中に乗ったまま、ジュンペーが年甲斐もなく、静かに涙を流しているのが聞こえてくる。やっぱ泣き虫だなーコイツ。

 

しかし・・・最後を飾るのに相応しい、凄まじい戦いだったぜ。

 

詳しいことは獣医のセンセイに見てもらうとしても。

 

もう二度と走れないとか、脚がひん曲がってしまうと言われたって。

 

「それで構わない」って心の底から思えるくらいには。

 

 

『ジュンペー、泣いてばかりじゃなくて、ほら、見ろよ。空がキレイだぜ』

 

今日のシャティンとおんなじくらい、俺の心もまた雲一つなく晴れ渡っていたのだった。




史実馬解説

急ピッチ投稿のためひとまず割愛させていただきます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

次のステージへ

何も言わず、一週間更新をサボってしまい申し訳ありませんでした。

ジュンペーの・・・ジュンペーの心情描写(別名ウジウジタイム)が難しかったのです、許してください(スライディング土下座)



週末の競馬は、ヴィクトリアマイルで白毛のソダシが見事に完勝しましたね!やっぱりあの馬は、見ているとこの世にこんな馬がいていいのか?と思うくらいには美しい馬の一頭だと思います。




「はあっ・・・はあっ・・・!」

 

呼吸が荒い。歓声が遠い。意識が朦朧とする。

 

どうしてこんなに苦しいのかも分からぬまま、何度も何度も息を吸って吐いてを繰り返して。

 

「ごほっ・・・!」

 

喉の乾きと違和感によってもたらされた咳と共に、ようやくまともに働き出した脳が周りの景色を認識し始める。

 

まずは延々と上から下へと流れていく緑が視界に入って。

 

それから、その真ん中で紐のようなものを掴む己の両手と、力強い鼓動を打つ太いなにか・・・思わず手を触れてから少しして、ようやくはっきりしたその正体は、馬の首だった。

 

「・・・そうか、そうだった。セキト・・・本当にお疲れ様」

 

そこまで見えてやっと、僕は国際G1である香港スプリントに、相棒と共に出走していたのだと思い出し。

 

そうと分かれば、さっきまであんなに霞がかかっていたはずの頭が、今度はくっきりと記憶を引きずり出してくる。

 

僕が跨っている相棒の名はセキトバクソウオー。

 

世にも珍しい赤い毛色を持つ、サラブレッド。

 

そして、この香港スプリントも、僕とセキトにとってはただのレースではなかった。

 

ゲートから飛び出して、わずか1分足らず。

 

四年間に渡りターフを駆け抜けてきた彼は、閃光のように駆け抜けて・・・最後の戦いを確かに終えた。

 

・・・そう、最後。引退レース。

 

今日、この場がこいつの最後の戦いだったのだ。

 

そう感慨に浸っていると。

 

『・・・ブホッ!!ブルルっ!』

 

「セキト!?」

 

突如、咳き込みだしたセキトに、僕は顔を青くする。

 

どこか故障したのか!?息が苦しいということは、鼻出血、或いはひょっとして肺をやられてしまったのかとも思ったけれど。

 

『ブホッ、ブホゥッ・・・!』

 

当のセキトはもう少しだけむせこんだ後、大きくフーと息を吐き出して・・・、またしっかり開いた鼻孔から大量の空気を吸い込んでいく。もしかして、息を止めていたのか?

 

酸欠なんかでひっくり返らなかったのは良かったけれど、あんまりびっくりさせないでくれよ・・・。

 

「・・・」

 

『ブルッ』

 

そう思いつつ、何も言わずに見守っていたらセキトはどこか恥ずかしそうに顔をぷいっと背けてしまった。

 

・・・まったく、なんて奴だ。

 

いや、そのなんて奴なのはきっと僕もだ。

 

さっきまで自分が置かれている状況もわからなくなっていた人間が何を言ったところで弁明にもならないだろうし。

 

無我夢中にも程があると自分に呆れつつも日本に帰ったらしっかりと反省しようと決めて、だいぶスピードが落ちていたセキトの手綱をもういいよと引いてやる。

 

するとセキトは一旦脚を止めた後、くるりと向きを変え、ゆっくりと大歓声の雨が降るスタンドに向かって歩みを進めていく。本当に賢い馬だ。

 

しかし、それにしてもゆっくりとした歩みだな。まるで、これが引退レースと分かっていて、最後のターフを名残惜しんでいるような。

 

こうやって歩けているくらいだ。命に関わる故障は発症していないようで安心した。

 

 

故障・・・?

 

そうだ、故障!!僕は何を安心しているんだ!慌ててその歩みのリズムに集中してみれば。

 

左後ろ、左前、右後ろ・・・問題のなかった三本の脚はしっかりとした常歩のリズムを刻んで・・・そして、問題の右前脚は・・・ああ、やっぱりだ!

 

あれほど気をつけてくれと言われていたのに。

 

無事に回ってこれれば御の字だと言われていたのに。

 

 

最後、脚が上がりかけて、後は流すべきだと判断を下そうとしたその時、セキトと目が合って。

 

 

僕は、あの時、確かにムチを入れた。

 

 

勝ちに行ってしまった。

 

 

「セキトが走りたがっている」という、僕の勝手な解釈で。

 

 

その結果が、目の前のセキトだ。

 

屈腱炎を抱えていた脚は・・・セキトの右前脚は。その順番が回ってくる度にずる、ずると引きずられるばかりで。

 

「ああ・・・」

 

その意味を察した僕の口から、思わず声が漏れた。

 

・・・レースが始まってしまえば、レースが始まってしまえば、調教師も、馬主も、厩務員も。ただただすべてが終わるまで柵の外で見守るしかできない。

 

馬の側でたった一人、その脚を栄光あるゴールへと導き、命を守らねばならないのが騎手。そう、僕に他ならないのに。

 

それなのにセキトという名馬を無事に牧場に帰すという大仕事は無事やり遂げられたと思っていたのだから、世界で一番の愚か者を・・・数分前の自分を、ぶん殴ってやりたくなる。

 

どこがだ?どこが、セキトは無事だ?いい加減にしろよ。

 

僕という愚か者に栄光を与える代わりに、それ以上の対価を支払った彼の痛々しい脚を見ても尚、同じことが言えるのか?

 

「くそ、くそっ・・・!」

 

ああ、ちくしょう。

 

こいつはもっとやれる馬だった筈だ。

 

背中に乗っているのが僕じゃなかったら・・・例えば、獅童さんだったのならば。こいつはきっと来年も走り続けていたことだろう。

 

高松宮記念、安田記念・・・はちょっと長いかもしれないけど。

 

ならば、エイシンプレストンのように香港に遠征するのも良かったかもしれない。

 

こいつのことだ、きっと闘争心を爆発させて偉業を成し遂げていただろう。

 

 

ほら、こうやって。

 

未だにこいつが走る『夢』なんていとも簡単に見られるのに。

 

それが・・・こうして。こんな。不格好な形で終わるだなんて。

 

 

・・・全ては僕が招いた結果だ。

 

落馬事故という悲劇を建前に、騎乗技術を磨くことを怠った僕への罰というには、あまりに重い・・・日本競馬にとっての損失。

 

悔しさのあまり、目から零れ落ちるものを隠そうとして、顔を伏せる。

 

「うっ、ぐう・・・うぁ・・・!!」

 

僕の目からこんこんと湧き出してくる雨が、セキトの馬体に一滴、また一滴と染み込んでいく。

 

それが、純粋に別れを惜しむなんてものであったらどれほど美しかったことだろう。

 

しかし、今、僕の胸に押し寄せるのは申し訳無さと、悲しみと、後悔ばかりで・・・もう、心の中がぐちゃぐちゃだ。

 

それなのに。

 

『ブルルルルンッ』と。

 

こちらのことなどお構いなしに、セキトの方からいつもと全く変わらない声色で、僕に囁いてきた。

 

まるで「落ち着けよ」と言っているかのように。

 

そこまで考えて・・・まただ、と己を律する。

 

また僕は・・・セキトの一挙一動を勝手に解釈して、許されようとしていたからだ。

 

 

そんなことがあっていいはずがない。

 

 

それなのに。

 

 

どうして。

 

 

・・・本当に、どうして。

 

 

優しい声を出して僕を気遣ってくれているセキトは。

 

僕を許すような、澄み切った視線でずっとこちらを見つめてくれているんだ。

 

僕は、疲れ果てた君の尻を引っ叩いて、「行け、行け」と更に頑張らせようとした人間で。

 

痛みを感じていたはずの脚に気づかずにムチを打った、酷いやつなんだぞ。

 

 

許されちゃ・・・。

 

・・・駄目、なのに・・・。

 

 

「うぅ・・・っ!セキト・・・セキト・・・!」

 

おかしいな。涙が止まってくれない。

 

30を過ぎた男が号泣する風景なんて、誰も見たくなんてないだろうに。

 

けれど、何度両腕で目元を拭っても、視界はクリアになっては再びぼやけるばかりで。

 

セキトは相変わらず脚を引きずりながらも、ずっとそんな僕を気にかけながらスタンドへ向かっていたけれど・・・ふとした瞬間、その脚を止め、はるか上へと視線を向けた。

 

鳥かなにか・・・気になるものでもあったのかと彼の視線を追えば。

 

「うわ・・・!」

 

そこに広がっていたのは、雲一つない、晴天の空。

 

 

競馬場のターフ故に遮蔽物がなにもない・・・ありのまま、自然のままのその雄大さに圧倒され、思わず声が出る。

 

そのままどんな絵の具でも描けないであろう、見事なグラデーションをずっと見つめていると。

 

「風が・・・って寒っ!?」

 

突然、ひゅう、と音を立てながら真冬の冷え切ったそよ風が吹き抜けてきて・・・それが激闘で火照った体には少々刺激が強かったものだから、小さな悲鳴を上げてしまう。

 

それに体温を奪われると同時、僕の頭は一つの事実を思い出す。

 

今日、確かに、「競走馬」セキトバクソウオーの物語は、終わりを告げる。

 

しかし、その物語を綴る本が閉じられるには、まだ早いのだと。

 

そう気がついた僕はようやく落ち着きを取り戻して。ぽん、と太い首の根本に触れる。

 

「セキト・・・今日で最後・・・だな」

 

相棒は僕の口から呟かれた言葉に耳をピクリと動かしながら、一つ一つの言葉に集中しているようだった。

 

・・・思えばいつだって、レースを終えた後は勝っても負けても、こうして彼を労うのがルーティーンになっていた。

 

けれどその行為だって今日が最後で・・・二度と訪れることはないであろう、かけがえのない時で。

 

背から僕が降りたその時こそ、「競走馬セキトバクソウオー」が、次のステージへと進んだ証になる。

 

きっと、セキトは痛む脚で懸命に踏ん張って、僕がそのことを受け入れるまで待ってくれていたのだろう。

 

「今まで・・・本当に・・・本当に」

 

受け入れられたどうか、で言うならば。

 

・・・受け入れられる筈がない。

 

それが他ならぬ、僕の本音。

 

それでも、彼の身体の事を・・・これからの彼の事を考えるのならば、こうするべきなのは間違いないのだから。

 

 

意を決して、すっ、と右の足を鐙から引き抜くと、そのままセキトの左側へとすとんと着地して。

 

「本当に、お疲れ様・・・」

 

そのまま僕をじっ、と見つめて動かないセキトの背中に乗っている鞍の腹帯に手を掛けて、金具を外す。

 

「・・・」

 

支えを失い、はらり、と垂れ下がったベルトを見て。

 

頭の中に思い浮かんできたのは、僕らの出会い。

 

 

 

 

『ヒヒヒヒーン!!』

 

「うわぁ!!?」

 

それは、厩舎中に轟くようなけたたましい嘶きから始まった。

 

太島さんから頼まれた馬に調教をつけるため、たまたま高い位置にあった手綱を取ろうとして・・・なぜか馬栓棒をくぐり、馬房から一頭の馬がにゅるりと飛び出してきたのだから・・・その時は、もう腹の底から驚いて。

 

「(赤い・・・!?)」

 

早く捕まえなければとその馬に目を凝らして、まず目を引いたのは燃えるような赤い毛並み。

 

それに、脱走してみせたように、彼は頭の良さだって相当なものだった。それをしっかりと映したような瞳はくりっとしていて愛嬌があり、そして何より柔軟な身体だからこそ、この脱出劇は成立した。

 

間違いなく、こいつは大きいところへ行く。

 

一目でそう確信できるほどに、恵まれた資質を持ったサラブレッド。

 

長らく関わることのなかった「本物」の才能に、思わず手を触れようとして・・・引っ込めた。

 

かつて「天才」と呼ばれながらも、落ちるところまで落っこちた僕なんかが触れたら、その輝きを邪魔してしまう気がして。

 

「・・・え、と」

 

『・・・』

 

しかし。その赤い馬は、僕のことを興味深そうに、しばらく見つめてから、丸い目を更に丸くして。

 

『ヒヒィーン!』

 

再び大きく嘶いたかと思えば、自分から僕の胸へと首を突っ込んできたのだ。

 

「え、うわ、ちょっ・・・!」

 

そこまでされてしまっては全く構わないというのもなんだか申し訳なくなってきた。片手で首や肩のあたりを撫ぜながら、なんて懐っこい馬だろう。そう思ったのを覚えている。

 

 

その後太島センセイから「こいつは誰にでも懐くわけではないし、特に男に対してはそっけない」と聞いたときには、更に驚いて。

 

今にして思えば、セキトはこの時既に僕を「選んで」くれていたのかもしれないと。

 

・・・遅まきながらそう思った。

 

 

 

 

「よいしょ・・・っと」

 

腹帯の次にゼッケンを外すと、汗ばんだセキトの馬体から湯気が上がる。

 

厳しい競走生活を耐え抜いたその身体は新馬の頃とは比べ物にならないくらいたくましく、そして、研ぎ澄まされていて。

 

それが、僕から見たら昨日の出来事のような気すらしてしまう思い出も、最早昔のことなのだと教えてくれているようで・・・少し寂しい。 

 

あれは・・・2歳の時だったから・・・四年、そうだ、四年間だ。それだけの間、こいつは走り続けた。

 

「四年間も・・・よく頑張ったな」

 

長い付き合いだからな、こいつは何があっても逃げ出さないと分かってはいる。けれど、他の人の目や万が一を考えて一応手綱を掴んで逃さないようにしながら、僕はセキトの首を抱擁する。

 

セキトがそれに『ブルルッ!?』と戸惑うような鳴き声を上げたが、それきり抵抗してくるようなこともなく・・・本当に賢いやつだ、と感心するしかない。

 

そして、そのまま馬体に耳を当てれば・・・人の耳では音こそ聞こえなかったが、その体温で、身体の奥底では心臓が力強く鼓動しているのだと伝わってくる。

 

何よりも美しく、尊い生命の神秘としか言えないその輝きを、次の世代へとバトンタッチしていくのが、これからのセキトに与えられる役割。

 

ならば。

 

騎手である僕からセキトに恩返しを、なんて言っても出来ることなんて、一つしかない。

 

それは、「勝つこと」。

 

彼の血を受け継いだ子供たちの背に跨がり、共に芝の上を駆け、栄光を追う。

 

そうして父として、祖父として、さらにその前の偉大なる先祖として・・・その名前を歴史に刻み続け、忘れ去られることがないように。

 

 

・・・そういえば、セキトは父親としてどんな子供をこの世に送り出してくれるのだろう。

 

自身に似たスプリンター?それとも案外サッカーボーイのように突然菊花賞馬を出すなんてサプライズがあるかもしれない。

 

そう考えていたら、ちょっと楽しみになってきた。

 

「本当にお疲れ様・・・君の子供に乗るのが、今から楽しみだよ」

 

泣いて、泣いて、セキトを抱きしめて・・・やっと僕は、ようやくそう口を聞けるくらいにはセキトの引退を受け入れることができた。

 

 

「・・・行こうか」

 

静かに離れながらそう語りかけると、セキトは首を大きく縦に振る。

 

その頃になると故障を察した係員がすっ飛んできて馬運車を呼ぼうかとこちらを気遣ってくれたけれど・・・セキトに尋ねてみれば首を横に振り、明確な拒否の意思を示したから丁重に断って。

 

そして、相変わらず引きずったままの右前脚を更に痛めることが無いように、ゆっくり、ゆっくりとスタンドの前まで戻ってくれば、観客席が一際大きく湧いた。

 

「えっ?」

 

その事実に困惑しながらも、周りを見渡せば他の馬はとっくに全員が出払っていた。

 

「えっと・・・こら、なんだよセキト。って・・・あれは」

 

いまいち状況が掴めていない僕の肩口に噛み付いて、軽く引っ張るセキトの首を擦り、かまってやれば・・・レースの結果を知らせる掲示版が目に入った。

 

顔を上げていくにつれて、5着、4着、3着・・・と、上位の馬の番号が見えてくる。

 

そして。

 

2着、8番。

 

1着・・・3番。

 

 

「えっ、えっ・・・えええぇぇぇ!?」

 

僕は驚きの声を上げながら、手に持っていたセキトのゼッケンと、掲示板の数字を見比べた。

 

しかし、何度視線を行ったり来たりと忙しなく移動させたって、掲示板の数字も、ゼッケンの数字も。

 

どちらも「3」という数字が刻まれている事実は、変わらない。

 

着差に表示されているのは、「head」・・・アタマ差。

 

・・・なんて奴だ。

 

最後の最後まで・・・こいつは・・・セキトバクソウオーは。

 

海を渡り、脚に抱えた爆弾がレース中に爆発したとしても。

 

そんなことは関係ないと言わんばかりに、最速の座を譲らなかったのだ。

 

「っ・・・ははっ!!やっぱりお前は、大した奴だよっ!!やった!やったなセキトッ!!」

 

今更ながらに、勝ったのだという実感が押し寄せ、喜びのあまり何度もセキトの首を叩く。

 

そして、それに対してどこか迷惑そうな顔をしている相棒にしっかりと届くよう、僕は歓声に負けないよう声を張って言ってやった。

 

「セキト!お前は・・・!最っ高の、相棒だ!!」

 

 

一瞬きょとんとしたような顔をした相棒は、すぐに嬉しそうな大きな嘶きで僕に応えてくれたのだった。

 




ジュンペー、相棒の引退を受け入れる。


次回更新は、上手く行けば水曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バックレるなんてありえないよな?

期限から一日遅れ、なんとか書き上がりました・・・。

執筆に時間かけすぎて最終的には何したかったのかわからなくなったし・・・。





香港スプリントを走り終えて、スタンドの前まで戻ってきた俺は・・・溢れんばかりの大歓声に包まれながら、長い競走生活を終え、正に大団円の中にいた。

 

屈腱炎が悪化してしまった右前脚こそ引きずっちゃいるが、それ以外は滅茶苦茶疲れただけ。生還するっていう最大のミッションは無事達成できたのだから、まあまあってところか?

 

「セキト、お疲れ様」

 

俺の故障に伴い、背中から降りて傍らに寄り添うジュンペーは優しい眼差しでこちらを見ながら絶えず首の根元を叩いて俺の栄光を讃え。

 

異国の地だと言うのに、スタンドはありがたいことに概ね祝福ムードだ。

 

『これで、競走馬としての俺は終わり、なのか・・・』

 

俺は、その祝いを全身に浴びながら・・・ぼーっと考えていた。

 

引退するということは、文字通り身を削るような全力で走る機会は無くなるということ。

 

あんな心臓が潰れるような思いはしなくていい、とホッとしている反面・・・これからは魂を燃やし、お互いを闘志の炎で焼き尽くすような激しい戦いの時は訪れないのだろう。

 

そう思うと退屈になるなと思っている自分も確かにいて。

 

・・・正直に言ってしまえば、まだまだ引退って実感が沸かないんだよなぁ。

 

『はぁ・・・』

 

仕方ないとは言え、気持ちの切り替えが上手く行かなくてため息をつく。

 

これから日本に戻って、痛む脚を癒やして・・・それが済んだらまた美浦に帰って、次なる栄光へと走り出す。

 

少なくともどこかでそう考えている自分がいて。

 

嗚呼、いつの間に俺の頭は走ることに対して「馬鹿」になっていたんだろう、こんなの笑うしかないだろうが。

 

この後に及んで、まだ次の機会があると思いこんでいる「本能」に呆れつつも、自戒の意味を込めて呟いた。

 

『バカだなぁ。俺。もう、終わりなんだよ・・・』

 

「競走馬」としての自分に、別れを告げるために吐いたその一言は、紛れもなく自分の声だし、自分の心。

 

それなのに。

 

 

『あ、あれ・・・?』

 

急に視界がぼやけて・・・疲れで意識が朦朧としたのかと思ったが、脚元はしっかりと大きな馬体を支えている。

 

じゃあ、これは一体。

 

原因がつかめないまま瞬きをして・・・つう、と目から何かが生まれ落ち、頬へと一筋の道を作る感覚と。

 

急に元に戻った視界で、俺は俺の身に何が起きているのかを、ようやく察する。

 

『おかしいな・・・俺、泣いてんのか・・・?』

 

騎手と呼ばれるパートナーを背に、共に心身を鍛え、レースに出て、同じようなライバルたちと命をかけて競い合う・・・。

 

そんな経済動物の本領とされる日々は、おおよそ20年は生きるとされる馬生のほんの1ページで・・・引退した後の時間の方が遥かに長いんだと。

 

前世の時から散々、分かっていた筈なのに。

 

いつの間にかその過酷で華々しい日々が「生き甲斐」となっている自分がいることに、ようやく気がついた。

 

例えるなら、それは・・・そう、遠い昔。

 

まだ人間だった俺が、学校に通っていた時代・・・他に何も考えられないほどに部活動に打ち込んでいた時期があった。

 

今はどれだけ手を伸ばしても届かない、その時の輝きにも似ているような。

 

 

『っ!・・・そういうこと、か』 

 

そして、答えを導き出した俺はハッとしながら声を出した。

 

何者にも変えがたき、尊く、眩く、永遠に輝き続ける光・・・人は、それを青春と呼ぶ。

 

前世ではついぞなんの役にも立たなかったただの思い出だったが・・・そうか、そんな輝いた日々にも似た日常を手放したくないのだと。

 

とうとう思いあたる言葉を見つけ出し、何度も頷いたその時。

 

 

「セ"キ"タ"ァ"ァ"ァァン!!」

 

「天馬さん!?」

 

馬場の出入り口の方からとんでもない声で俺の名を呼びながら朱美ちゃんが駆け寄ってきて・・・そこまでは良かったんだ。

 

どう見ても愛馬の栄光と無事の帰還に、最大限の喜びを表している馬主そのものだったし・・・しかもそれが女性で、更に若いとなれば「画になる」のは間違いない。今日、この場に居合わせた世界中のマスコミがそのシャッターチャンスを狙ったことだろう。

 

だけど朱美ちゃんはどこまで行っても朱美ちゃんだった。おい、ちょっと待て何だその顔は。俺の気のせいじゃなければ涙やらなんやらで酷いことになってらっしゃるような・・・!?

 

『あ、朱美ちゃん!?ゔっ!?』

 

しかもそのまま優しくハグ・・・どころか、強烈な勢いが乗ったまま抱きついてきたせいで、喉から変な音が出たし、再び流れかけていた俺の涙なんてどこかに吹っ飛んでいってしまった。別にいいんだけどさ!

 

「セ"キ"タ"ン"っ、お"か"え"りっ!ほん"と"に"、ほん"と"ーに"・・・滅茶苦茶頑張った"ね"ぇ"ぇ"ぇ"!!」

 

俺の身体に押し付けているせいで、その顔の表情を伺うことは出来ないが、この声色と行動だ。どんなことになっているかなんて簡単に想像がつく。

 

『朱美ちゃん、そんなに泣くなよ・・・おかげで俺の涙が引っ込んじまったじゃねーか』

 

気持ちは分かる。めっちゃわかる。けれどお客さんたちの視線が集まってそれと同じくらい恥ずかしいから・・・とにかく早く泣き止んでくれと鼻先で背中を擦って励ましてやる。

 

なんとかして朱美ちゃんを宥めようとしている内に、馬場の出入り口の方からまた一人。慌てたような様子で馴染みの人物が現れた。

 

「天馬さんっ・・・はぁっ・・・!やっと追いついた・・・!次のレースもありますから、ここは一旦引き上げましょう・・・!」

 

「ふぇっ!?は、あ、あぁ!?ごめんなさい!?」

 

おお。ようやく太島センセイも登場か。どうやら馬主席からここに来るまでに、超満員のスタンドやら色んなところを通ったせいで朱美ちゃんに置いていかれてたっぽいな・・・大丈夫?なんだか最近運動不足なんじゃないか?

 

朱美ちゃんも朱美ちゃんでいきなり声をかけられたもんだから、思わず顔を上げてよく分からない謝罪を繰り出していた。顔の方は・・・うん、やっぱり見なかったことにしてあげるのが正解ってレベルだわこりゃ。

 

マスコミの皆さん、大変残念なお知らせがございます。愛馬と馬主の美しい絆をお送りする予定でしたが、急遽プログラムを変更して、馬主のマイペース振りを披露する場とさせていただきます。

 

だからスクープとか言わずに、酷いことになってしまっているはずの朱美ちゃんの顔のデータが世の中に晒されてしまう前に、何かしらの手段で埋葬してもらうよう、どうかご協力お願いします。いや、ほんと頼んだ。

 

 

「おぉーい!」

 

「あっ、馬口さん!」

 

そんな中、太島センセイに続くように、俺に関わってくれたメンバーの最後の一人、馬口さんも引き手を持ってこっちに走ってきた。

 

「はぁはぁ・・・セキト、お疲れ様・・・少し休もうね」

 

『おうよ』

 

軽く息が上がるような勢いで駆けつけてきてくれたにも関わらず、極力いつもと変わらない声色で話しかけてくれるとは、見事なプロ根性である。

 

・・・思えば、この人にも随分と世話になったよな。

 

負けた時には一緒に悔しがり、勝った時にはお祭り騒ぎ。

 

馬に寄り添い、共にありながらも・・・滅多に日の当たらない裏方。正に「縁の下の力持ち」ってやつだ。

 

『馬口さんも、ずっとありがとうな』

 

馬という種族を代表して、せめて俺だけでも。

 

礼が言いたくなったから、引き手がハミに通されたのを確認した上で顔を馬口さんに擦り付けた。

 

「わっ!?何、どうしたの。脚が痛いの?」

 

ありゃ。俺としては感謝の意を示したつもりが、普段はやらないようなことをやったせいで脚を痛がってると勘違いさせてしまったぜ。

 

確かに立ち止まってる間は浮かせてないとヤバいレベルで右前脚が痛いけどさ!そうじゃないのよ。

 

「ジュンペー、セキトの脚は・・・」

 

しかしそんな俺の様子を見て、センセイが思い出したように俺の脚の事をジュンペーに尋ねていた。

 

あーあーあー。違う違う違う。話が別の方向に行っちゃってるよ。このままだとジュンペーが・・・。

 

「・・・やってしまいました、ね・・・」

 

どこかバツの悪そうな表情で答えたジュンペー、ってほら!やっぱりこうなった!せっかくいい顔になってたんだけどなー。

 

その深刻さと言ったらどんな罰でも受けてやる、って勢いで、見てるこっちが悲壮感を覚えるくらいだった。

 

「仕方ないだろう」

 

しかしセンセイはそんな鬱々としたジュンペーのムードなんてまるでお構い無し。あっけらかんとした様子で知っていたと言わんばかりに一つ頷くと、その肩にぽんと手を置いた。

 

「は・・・え・・・?」

 

どうやらジュンペーはてっきり何かお叱りを受けると思っていたらしいな。びくりと身体を震わせたものの、その後に続いたセンセイの言葉に一旦は拍子抜けしたような顔を見せたが・・・すぐまた悲観的な表情になってしまう。

 

「仕方ないって、そんな・・・」

 

「ジュンペー、落ち着け」

 

そんな彼をセンセイは冷静に制してから、ゆっくりと言い聞かせるように一言一言を落ち着いたトーンで話す。

 

「オレも元は騎手だからな。これでもお前の悔しさは・・・少なくとも、分からないはずがないだろう」

 

「・・・ッ」

 

真剣な顔から放たれたその言葉は、何よりも説得力を放っていて。

 

思わず動きを止めたジュンペーを見て、センセイは更に言葉を続ける。

 

「それに、だ。セキトをしっかり見てやれ。己の脚で、大地を踏みしめて、自分の力で立っているだろう。少なくともすぐにくたばってしまうなんてことには・・・ないだろうな」

 

『ああ!』

 

全くその通りだ、センセイ。その言葉を待ってたんだよ。そして、ジュンペーは俺を心配しすぎだ。

 

未だ浮かせたままの右前脚は、痛いには痛いが・・・うん、大丈夫。それだけだ。死ぬってレベルじゃない。

 

『こんなもの、ただ痛ぇだけだ、死にはしねぇよ!』

 

センセイの言葉に同意するように、俺はわざと鳴いて注目を集めてから首を大きく振る。

 

「うわっ!?やっぱり脚が痛むのかい!?」

 

引き手を持った馬口さんは、厩務員としての責務からか、長年の経験からか。その動きを脚の痛みによるものだと思ったみたいだけど。

 

「セキト・・・」

 

一番伝わってほしい当事者には、ちゃんと伝わってくれたようだった。

 

「そうだよな、ごめんな・・・お前は、こうして生きているんだもんな」

 

鳴き声に驚き、呆然としたものになっていた表情をにこりと優しい微笑みに変えて。ジュンペーはゆっくりと俺に近づくと照れ隠しのつもりか、がしがしとわざと乱雑に首を撫でた。

 

『おうよ。なんだったら最後に走りたがったのもれっきとした俺の意志だからな。お前は気にするなって話だよ』

 

その力加減がなんとも気持ちよくて。伝わるかどうかなんてどうでもいいから、ジュンペーに「気にすることはない」って意味を込めて、囁いた。

 

「ふふっ、セキタン、なんだかジュンペーさんに『ありがとう』って言ってるみたい」

 

俺の声を聞いた朱美ちゃんが、ジュンペーに向かってそう呟く。

 

「えっ、まさか、そんな・・・そうなのか、セキト?」

 

『まあ、大体は合ってる』

 

朱美ちゃんの予想は当たらずも遠からず。でも俺の気持ちの中には感謝の意を伝えたいっていうのも確かにあったから、伝わってくれたらなと思いつつジュンペーの胸元に顔を擦り付ける。

 

「セキト・・・そうか、ありがとうな・・・」

 

お?なんだかいい雰囲気になってきた・・・と思った矢先、耳に入ってきた馬口さんの言葉に、俺は反応せずにはいられなかった。

 

「それで、表彰式なんですが・・・どうしましょう、セキトのことを考えたら厩舎に戻すべきですが・・・」

 

『あ"っ!?』

 

そうだ!すっかり忘れていたけれど、レースに勝ったのだから・・・表彰式があるのは当たり前だ。

 

馬口さんは俺の脚の状態を鑑みて、このまま表彰式に出ることなく厩舎に帰らせるべきだと判断したみたいだけど。

 

『や・・・やだやだやだ!帰らねえ!表彰式に出る!というか出させろ!』

 

ふざけんな!俺の最後の晴れ舞台だぞ!?それをドタキャンなんて格好がつかねーよ!!

 

引き手を引こうとした馬口さんに反抗して、痛いのを庇って浮かせている右前脚を除いた三本の脚で、ぐっと地面を踏みしめて、立ち往生してやった。

 

「うっ、ちょ、ちょっと。セキト?」

 

当然ピンと張った引き手に引っ張られる形になった馬口さんの動きが止まる。

 

俺が反抗したのなんていままでの馬生の中でも片手で数えられるくらいだったからな。この反応もやむなし。

 

急に膠着状態となった俺にあたふたする馬口さんは、「脚が痛いんだよね?早く家に帰ろう」とか「家に帰ったらいっぱい美味しいもの食べれるよ?」とか、あの手この手で厩舎へと誘導しようとしてくれるけど、残念ながら今の俺の目的は表彰式なんだよ。

 

「ごめん、二人とも・・・セキトが急に動かなくなっちゃって・・・」

 

結局、うんともすんとも動かない俺にお手上げ状態となった馬口さんはセンセイとジュンペーに助けを求めることにしたようだった。

 

けれど、そこは俺との付き合いの長さと、騎手としての経験がある二人だ。俺の意図を察し、顔を見合わせた後に呆れたようなため息をつき。

 

「セキト・・・」

 

「まったく、お前は変わった馬だな」

 

ジュンペーは困ったような顔で頭を掻き、センセイは苦笑いなのか微笑みなのかいまいち分からない顔でゆっくり近づいてきたかと思えば、俺の鼻面に軽く触れながら。

 

それぞれが「仕方ないな」と言わんばかりのリアクションを取りつつも、その口を開いた。

 

「表彰式には主役がいないと、締まらないもんな!」

 

 

「そんなに行きたいのなら、行って来い!」

 

 

はい!許可一丁・・・いや二丁だな、しっかりと入りました!

 

『おお・・・!サンキューな、二人共!!』

 

「セキト・・・うわっ、なになに!?そんなに表彰式に出たかったの!?」

 

その言葉に喜びの嘶きで答えてから、膠着状態から一転して馬口さんを引きずるようにウィナーズサークルらしき場所に向かおうとした時だ。

 

「え・・・っと、セキタン、脚を引きずってるのに、このまま表彰式に出しちゃって大丈夫なんですか?」

 

朱美ちゃんが、不安そうに至極真っ当な疑問を口にする。ちょいちょい、いいところだったのに今度は君ですかい。

 

「天馬さん、困ったことにセキトは出る気満々ですよ・・・」

 

「ジュンペーの言うとおりです。セキトの性格ですから・・・ここで出してやらないと、絶対に後が大変になります」

 

しかしそこはジュンペーとセンセイがすかさず口を挟んで。特にセンセイ、よく分かってるじゃねーか。

 

その言葉を聞いた朱美ちゃんは、しばらく「うー」、とか「むー」、とか唸りながら色々と考えているみたいだったけど。

 

センセイの「大丈夫、このくらいなら故障は悪化しませんよ」との一言が決め手となったようで。

 

「うん、セキタンの気持ちはよく分かったよ。表彰式、一緒に出よう!・・・けれど、無茶はだめだよ」

 

最後の方は普段の朱美ちゃんからは考えられないくらいに小さく、静かな声。

 

本気で俺のことを案じてくれているとよく分かるそのトーンに、思わず胸が熱くなり、俺は自制を誓った。

 

 

その後の表彰式は、例を見ないほどの大盛り上がりで、あちらこちらで悲鳴のような歓声が上がる中、俺たちは何とか無事に撮影と授賞式を終えたのだった。

 

 




朱美ちゃん、今度は安堵で決壊。

次回更新は・・・少なくとも、一週間以内にはこなせるよう、頑張らせていただきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セキトの帰国、そして・・・

読者の皆様、長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。

本来ならば木曜の夜に更新できる予定だったのですが、作者が完成寸前の小説を誤って削除するという大チョンボをやらかしてしまい、ほぼ最初から書き直す羽目に・・・。

その結果内容が大幅に変わってしまいましたが、こっちのほうがよりセキトらしい気がするので結果オーライ!




昨年の快挙に続けと日本から延べ6頭が3つのレースに挑んだXX02年の香港国際競走。

 

俺こと、セキトバクソウオーが史上初の連覇を達成したというハイライトにばかり話題を引っ張られてしまったが、香港カップではエイシンプレストンが5着、香港マイルではアドマイヤコジーンとトウカイポイントがそれぞれ4着、3着とまずまずの好成績だった。

 

これなら去年より物足りないと言われこそすれども責められるような結果でもないだろう。なにより一頭として欠けることなく香港での戦いを終えた・・・これがなにより重要!結果を残せとかいう外野は黙っとれ!

 

そして、競走馬としての最後の使命を終えた俺は・・・仲間たちと共に、今回も馬口さんに引かれながら、およそ2から3週間ぶりに日本の地を踏んだ。

 

『さて、久しぶりの日本の空気は・・・ッ!?オエッ、ゲホッ!!』

 

「セキト!?」

 

『・・・排気ガスすげぇな・・・流石東京・・・』

 

久しぶりの日本だ。さぞ空気がおいしいことだろうと息を思いっきり吸ったら、全くそんなことはなかった。むしろ排気ガスの臭いが凄まじくて、ちょっとクラっとしたし。

 

うん、まあ・・・そりゃ、後から冷静になってみれば東京なんだからそりゃそうだって話なんだけどさ・・・。どんだけ浮かれてたのよ、俺・・・。

 

 

兎にも角にも、無事に帰国を果たした俺は他の連中と共に空港で数日間を過ごした後、千葉県の競馬学校に設置されている検疫厩舎にて3週間の愉快な軟禁生活を過ごした。

 

今回は道連れになった仲間が多いから、最低限退屈はしないってのがありがたかったなぁ。

 

 

さて、そんな大事な仲間たちも。俺が引退してしまう以上は、馬主さんか牧場が配合しようとしない限り・・・もう二度と会うことはないだろう。

 

特に、アドマイヤコジーン、エイシンプレストン、ショウナンカンプ。牡馬であるこの3頭とは、恐らくここで過ごすのが最後に共にする時間になる。

 

寂しくない、と言ったら嘘になるが、それは、俺たちが経済動物としてこの世に生を受けたその瞬間から定められた宿命の一つ。

 

 

ならば・・・忘れない。

 

話して話して、話しまくって。

 

泣いて笑って、時に怒って。

 

嫌っていうほどお互いの姿と声を、優秀な記憶力を持つ種族だというこの身体の脳に焼き付けて。

 

 

こんな楽しい時間、一生、忘れてやるもんか。

 

 

 

 

そして、楽しい時間というものほどあっという間に過ぎていくものはない。何度も登っては沈む太陽を見送り、年を越し、気がつけば帰国から一月ほどの時が流れていて。

 

アドマイヤコジーン、エイシンプレストン、トウカイポイントと、順々に馬運車が迎えにやってきて・・・気づけば競馬学校の厩舎に残っているのは俺と、ビリーヴちゃんとショウナンカンプの3頭だけだ。

 

そんな折、またしても一台の馬運車が敷地へ入ってくる音が聞こえる。

 

「どうも、お疲れ様です!」

 

「こんにちは、セキトを迎えに来ました!」

 

微かに聞こえたこの声は・・・馬口さんだ!とうとう俺の順番が回ってきたらしい。

 

『なんつーか、色々と世話になったな』

 

今更のような気もするけど、二頭に向かって礼を言う。

 

『いえいえ、こちらこそ。どうかお元気で過ごしてください!』

 

『世話になったのはこっちっス。バクソウオーさん、新しい場所でも元気に過ごしてくださいっス!!』

 

すると、ビリーヴちゃんは丁寧に、ショウナンカンプは元気いっぱいに。それぞれの良さがでた別れの言葉を確かに受け取って。

 

『・・・ん?』

 

それからふと、ショウナンカンプがそわそわと、まだなにか言いたそうにしていることに気がついた。

 

『どうした?ショウナンカンプ』

 

『あ、いや、その・・・』

 

こいつにしては珍しく、もじもじ、うろうろ。いまいち踏ん切りがつかないといった様子で。

 

うし、その背中、ここは先輩が思いっきり押してやろう!

 

『なんだよ、こういう時は思い切って言っちまう方がいいぜ?ほらほら』

 

『あっ、でもっ・・・うぅー・・・』

 

『言わないよりは、言って後悔するほうがいいって言うよ!!』

 

悩めるショウナンカンプを、俺に続くようにしてビリーヴちゃんも勇気づける。というか君、仲良くなった同年代にはタメ口なんだな。ずっと敬語ばかり聞いてきたからなんだか新鮮だよ。

 

そうこうしている間にも、馬運車から降りた人物・・・うん、この歩き方、間違いなく馬口さんだ。一歩一歩、しっかりと地面を踏みしめてこちらに近づいてくるのが分かる。

 

彼がここへ到着するという事は、それ即ち時間切れと同意義である訳でして。

 

『あれー、もうじき俺のお迎えが来ちゃうぞー?そうなったら最後、もう二度と会えないぞー?』

 

このままじゃ間に合わなくなる。そう思って、煽りを入れながらショウナンカンプをそそのかした瞬間。

 

『ああもう!!言うっス!!言うっスから!だからその変な喋り方をやめて欲しいっス!キレそうになりますから!!』

 

とうとう辛抱できなくなったらしい彼の馬は、半ばヤケクソのようにそう叫んでから・・・ハッとしたような表情を見せた。どうだ、最早後には退けまい。

 

ある意味ハメられたと気づいた彼は短い間『やりやがったな』とでも言いたげな表情でこちらを睨んでいたが・・・やがて、大きくため息を吐いて、観念したように喋りだす。

 

『・・・そんなに聞きたいのなら・・・言っちゃうっスよ。バクソウオーさん』と勿体ぶったその口から放たれたのは。

 

『アンタが引退しても、これからスプリント戦線を引っ張る馬全員が・・・いや、俺が!バクソウオーさんが霞むくらいに、もっともっと活躍して見せるっス!!・・・ぐああああ!言っちまった!!恥ずかしーーッ!!』

 

そんな長ったらしいセリフを一気に吐き出すように言い切ると、ショウナンカンプは顔を真っ赤にしながら馬房の奥へと引っ込んでしまった。

 

『ショウナンカンプ・・・!』

 

おいおい。まさかこいつからこんな頼もしい言葉が聞ける日がやって来るなんてな。ちょっと、感動してしまったじゃないか。

 

最後こそ締まらなかったが・・・啖呵を切っている間、奴の目はしっかりとこちらを見据えていて。実にいい顔だった。

 

・・・正直、かっこよかったぜ。

 

3月に初めて会ったときには、まだまだ古馬になったばかりのガキンチョって感じだったのに、一年足らずでこうも変わるのか、と馬の成長速度には感心せずにいられない。

 

だが、男同士が友情を感じる反面、同い年のビリーヴちゃんは遠慮というものが無いようで。

 

『おやおや?それを私の前で言っちゃいますかー?』

 

スプリンターズステークスを制した実績・・・暫定ながらも、短距離女王としての立場を活かし、ショウナンカンプを更に弄り倒している。

 

『いやいやいや!違うっスから!・・・ただ、次は負けないっスよ、ビリーヴ!!』

 

ショウナンカンプの方も、馬房に引っ込んだままそう負けじと言い返していて。

 

『・・・!ふふ、負けないよ!』

 

その言葉を聞いたビリーヴちゃんもまた嬉しそうに微笑んでこそいたが・・・その細められた瞳の奥には確かに闘争心の炎が燃えていた。

 

早くもライバル心を燃やすショウナンカンプと、それに負けず劣らず、笑顔の裏に見え隠れしているビリーヴちゃん・・・って。おーおー、見事にアオハルしてますなぁ。引退が決まっているオジンにとっては眩しいことこの上ないぜ。

 

 

・・・でも。この青臭いくらいの眩しさが。

 

その輝きを目の当たりにした人々の心を焼き焦がして。

 

きっと次の時代の「競馬」を作っていくんだろうなあ、と。

 

「セキト、迎えに来たよ!」

 

そう思ったのと、馬口さんが厩舎に到着したのは、ほぼ同じタイミングだった。

 

 

 

 

『いい奴らだったなぁ・・・』

 

馬運車に揺られ、馬にとっては程よい寒さの空気に微睡みながら、俺は共に遠征に臨んだ仲間たちを思い返す。

 

検疫のために厩舎に監禁されて、狭っ苦しいストールへ監禁されて、レースが終わったらまた監禁に耐えて・・・考えてみたら監禁されてばっかだな俺ら!?

 

『まあ、それも全部終わったこと・・・か』

 

しかし、苦しかったことも、辛かったことも。生きて、生きて、遥か彼方へ過ぎ去ってしまえば全部思い出に変わっていく。

 

・・・そういえば、去年は一緒だったけれど今年はいなかったアグネスデジタルは何をしているんだろう、と話題に上がったことがあった。

 

幸いなことにエイシンプレストンが半年くらい前に香港で一緒のレースに出ていて、帰国した後にヘトヘトになってしまっていたからしっかり休ませるって話になっていたと関係者の話を聞いていたそう。故障とかがなければ今年も走らせたいところだろう。

 

昨年は一緒だったと言えばステイゴールドやダイタクヤマトもそうだ。今年、いや、年を跨いだから去年か。種牡馬入りしていて・・・もうちょっと経てば子どもたちが生まれて父親になる。

 

・・・そういや種牡馬入りするのはアドマイヤコジーンもそうだったな。帰国した後「ウチもオトンになるんや〜」って何度も自慢げに話していたからすっかり刷り込まれちまった。

 

そして、新しい馬生のスタートを切るのは・・・俺も同じ。

 

この馬運車がどこに向かっているかは知らないが、たどり着いた場所こそ俺の終の棲家となるところなのだろう。

 

あんまりおかしい奴がいない場所だといいな、とか、気の合う奴がいればいいな、とか色々考えているうちに、エンジンが止まった。

 

『・・・随分早いな?』

 

うーん、競馬学校を出てから・・・体感では一時間も経っていないはず。休憩するにしたってもう少し距離を走るだろう。

 

「はい、着いたよー」

 

異様に早い停車に首を傾げる間もなく、後ろの扉が開かれ、馬口さんが引き綱を無口に取り付ける。

 

ありゃ、やっぱり到着なのか。

 

・・・ってことは。ここが、お世話になる場所なのかと気を引き締めた。

 

北海道じゃないのが残念だけど、十年、二十年・・・ひょっとしたら、三十年。俺を養ってくれる場所に足を踏み入れるのだ。失礼の無い様にしなければ。

 

「・・・よし、行くよ!」

 

『おう!』

 

準備が整い、動く前に呼びかけてくれた馬口さんの声に威勢よく応えてから、鋼鉄のタラップを一歩一歩、慎重に降りる。

 

そして、完全に外へと降り立った後・・・ブルブルと首を振るい、自分を落ち着かせ。

 

『さあ、ここは・・・!?』

 

ゆっくりと周りを見渡して・・・唖然とした。

 

『おい、おいおいおい・・・ここ・・・』

 

だって、屈腱炎のこともあるし、てっきり牧場に行くんだとばかり思っていたのに。

 

 

『中山じゃねーかぁぁぁァァ!!』

 

 

眼の前に広がっていた光景・・・それは、数々の大レースが開かれる舞台にして、俺が初めてG1を獲った思い出深い地・・・中山競馬場、その滞在厩舎だった。

 




意外ッ!それは中山ッ!!

そこで待っていた予想外の再会!

セキトの大事な後輩だというその馬は、一体何ハッタンカフェだと言うのだろうか・・・!?


次回は案外と早く仕上がるかもしれません(赤予告)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中山競馬場での再会

いやー、今年のダービーも熱かったですねぇ!

ドウデュースと武豊ジョッキー、おめでとうございます!

ハーツクライもダービー馬といういい後継が出来ましたね。

それから推しのイクイノックスも惜しかったんですけどねぇ・・・直線で追い出すのに時間がかかった分ですかね。

ただ、大観衆の歓声に動じる様子がなく、ずっと堂々としていたのにはキタサンブラックの血を感じました。

PS
雑誌でドウデュースの馬体を見た瞬間やべぇと思ったんだから、イクイノックスとの馬単なり馬連なり買っとけばよかった・・・。




競走馬としてレースに出るのは、一月ほど前となった香港スプリントが最後。

 

そう認識していたからこそ一緒に遠征していた面々には引退すると伝えたわけだし、俺自身もそのつもりだったから帰国してからはまったりと過ごしていた。

 

しかし、そんな俺は今・・・目の前に広がる風景を見ながらフリーズ中だ。

 

馬運車に乗って、種牡馬として生活する牧場へ運ばれたのかと思いきや・・・意外や意外、連れてこられたのは正に今も現役の馬たちがしのぎを削る中山競馬場で・・・いや、完全に予想外だった。

 

「セキト、どうしたの?ほら、いくよ」

 

『あ、ああ・・・』

 

どうしてここへ来る必要があるのか、理由が分からず、呆気にとられたまま馬口さんに引きずられるようにして滞在厩舎に足を踏み入れる俺。

 

すると、デビューが近い、あるいはしたばかりだろうか、何頭かの若い馬の声が聞こえてきた。

 

『えっ』

 

『おい、あの馬って』

 

『あの毛色、間違いない、噂の馬だ!実在したのか!』

 

『シーッ、そんな大声を出したら気づかれるだろうが!』

 

・・・いやいや、そんなに警戒したところで俺は別に他の馬を取って食ったりなんてしないんだけどなぁ。

 

というかお前たちの中で俺はどういう存在になってるんだよ!?

 

「ほら、セキト。しばらくはここが君の部屋だよ」

 

『あ、うぃーす・・・』

 

既に年下からはそういう「畏怖」や「伝説」の対象となりつつあるという事実に隠しきれない寂しさを抱えながらも、俺は大人しく馬口さんに指示された馬房へと入る・・・ん!?

 

『(・・・まさか!?)』

 

俺から見て右の方向。隣の馬房にも馬がいるようだが・・・この匂い、そしてこの気配。間違いでなければ、俺はその馬に非っ常に!覚えがある!

 

『・・・え、あれ!?』

 

それは向こうさんも同じだったらしい。俺のことに気がついた瞬間、馬房の中がガサガサと騒がしくなって。

 

というか、この声!やっぱりだ!こうやって聞いたのは何ヶ月ぶりだろうか?

 

『ええと、ちょっと待ってろ・・・痛ぇっ!?クソ、そうだった!』

 

歓喜のあまり慌てて立ち上がろうとして・・・屈腱炎がズキッと痛んで寝藁に崩れ落ちる。が、この程度、大したことねぇ!

 

『よっこい・・・せぇっ!』

 

今度こそ、ゆっくりと患部に負担を掛けないよう慎重に身体を起こして・・・立ち上がる。うん、屈腱炎以外はどこも痛くねぇな。

 

「あ!セキト・・・大丈夫、みたいだね。それから隣の子に気がついたみたいだね?」

 

そのまま馬房の外に顔を出せば、馬口さんが俺の身に怪我が無いことを確認した上で、仕掛けたイタズラが成功した子供のような、にやっとした笑顔を浮かべていた。

 

ああ、チクショー、やられたよ。

 

けれど・・・。

 

こんなイタズラなら、いくらでも大歓迎だ!!

 

 

勢いよく反対の方向を見れば・・・ほら、思った通り。漆黒の青鹿毛に、真反対の白い大流星が走った馬の顔があった。

 

『よう!!久しぶりだな!マンハッタンカフェ!!』

 

『元気で何よりです!先輩!!』

 

滞在厩舎の一角で、顔を突き合わせる青鹿毛と赤毛の牡馬。

 

方や菊花賞を始めG13勝、父によく似た容姿を持ち、種牡馬入りが決定している摩天楼ことマンハッタンカフェ。

 

方やジュライカップ等海外での勝利が光るG14勝、こちらも種牡馬入りが約束された赤き最速王、セキトバクソウオー。

 

思わぬ再会を、俺たち二人は顔を突き合わせて喜んだ。

 

というか、マンハッタンカフェってこの時期は引退して北海道へ帰っていた筈だよな?引退式は・・・って、ああ!!そういうことか!!

 

今やっと、俺が中山競馬場へと連れてこられた理由を遅まきながら理解した。

 

引退式だ!そうかそうか、そうだったのか!センセイも朱美ちゃんも・・・ひょっとしたら馬口さんやジュンペーもか?きっと皆が「俺の引退式を開きたい」って言ってくれたんだろう。

 

いや、冷静に考えてみれば・・・この時代でスプリント路線のみでG14勝・・・これってかなりの化け物だよなぁ・・・引退式も当然っちゃ当然になるのか?

 

そう思うと、今更ながら自分の成し遂げた実績の大きさを思い知る。

 

種牡馬として旅立つ前に・・・もう一つ、大切な仕事が残っていると思い出させてくれたマンハッタンカフェには、本当に感謝しかない。

 

『いやぁ!久しぶりだなぁ!調子はどうだ?』

 

しかしそんな感動の再会の喜びも束の間。俺がそう声をかけた瞬間、なにか思い出したのかマンハッタンカフェの満面の笑みはすぐに悲しげな顔へと萎びてしまった。

 

『ん、どうした、元気ないな?』

 

『あ・・・その、えと・・・先輩・・・』

 

そう問いかけると、マンハッタンカフェはバツの悪そうな顔をして。それでも少しずつ、引きずり出すように言葉を紡いでいく。

 

『ボク、引退、することになっちゃった・・・んです・・・その、脚を、痛めちゃって・・・』

 

『ああ・・・やっちまったんだな』

 

『・・・はい』

 

確認の為に尋ねた俺の言葉に、重々しく頷くマンハッタンカフェ。やはり、先月の初め、香港に経つ前に厩舎で聞いたあの話は本当だったのか。

 

俺というイレギュラーの存在で、何かしらいい影響を及ぼすことが出来ないかと考えてはいたが・・・どうやら、あくまでただの馬でしかない俺はそこまで大層な力は持っていなかったようだった。

 

それでも、マンハッタンカフェが本来勝つ筈のレースを誰かに奪われたり、最悪命を落としてしまうなんてことにならなくて・・・本当によかった。

 

そして、今の俺には・・・失意に満ちたマンハッタンカフェを励ましてやれる、とっておきのカードがある。

 

『あー、恥ずかしいことにな・・・俺もなんだ』

 

それは、幸か不幸か・・・俺が引退することになった原因が、マンハッタンカフェと全く同じであるということ。

 

いや、こんなのがとっておきって自分でもどうかと思うけどさ、これ以外に目の前の後輩を励ませる要素が無い訳よ。

 

『ふえ・・・!?』

 

俺から返ってきた言葉が予想外だったのか、目を点にするマンハッタンカフェ。

 

『レースに出て、無茶しすぎて、屈腱炎になって引退・・・だろ?』

 

『な、なんでわかるの!?』

 

『俺もそうだからな』

 

思わず敬語を忘れるくらいには慌てるマンハッタンカフェに対してカッコつけてみるものの、実は前々からこうなるって知ってましたってだけなんだよなぁ・・・。

 

何度か警告しようとも思ったが、彼の性格上、下手に伝えると怖がって走らなくなる可能性もあったし、しかもそもそもあまり会う機会がないしでこうなってしまった。

 

そして、マンハッタンカフェは俺の脚について尋ねてくる。

 

『・・・先輩も、引退する、とはなんとなく聞きましたけど・・・屈腱炎、なんですか・・・』

 

『ああ、幸いにしてそこまで酷くは無かったみたいだけどな』

 

神様の蹄鉄のお陰か、関係者の全力のサポートの甲斐があったか、あるいはその両方か。

 

俺の屈腱炎は、幸いなことに時間を掛ければ日常生活に支障をきたさないレベルで回復するという。

 

全力で走るのは難しい、しかし軽い駆け足なんかは出来るくらいには十分に傷は癒えるし、じっくり治療していけば更なる改善の余地があるらしく、種牡馬としての『お仕事』をしながらそちらも治していくとのことだ。

 

 

『・・・』

 

『・・・』

 

しかし、やべぇ。

 

あんまりにも長い時間離れすぎてたせいで・・・マンハッタンカフェと、引退以外の話題として何を話せばいいのか全く分からねぇ。

 

気まずい沈黙が場を支配しようとしたその時。

 

 

『なんだ、黙って見ていれば、吾輩に全く気が付かないとは・・・貴様ら、情けないにも程があるぞ』

 

俺の左にある、もう一つの馬房からこちらもよく知った顔が突然にゅるりと現れた。

 

『い、イーグルカフェ!?』

 

『イーグル先輩!?』

 

『そんなに驚かなくてもいいだろう』

 

予想外の馬の登場に驚きの声を上げた俺とマンハッタンカフェを、その当事者・・・イーグルカフェは『貴様らももう6歳と5歳だろう、いい加減に少しは落ち着いたらどうだ』と諭してきた。

 

いや、そもそも驚いたのはお前のせいだし。というかなんか妙にドヤ顔だし。ひっさびさに見たぞその顔。

 

確か前にこの顔をしていたのはNHKマイルカップを勝ったとき・・・って、あー!!そうか!!

 

マンハッタンカフェと同じく、イーグルカフェもまた、史実通りの軌跡を辿っているのだとすれば。その顔をしている理由は自ずと分かる。

 

『お前!とうとう勝ちやがったのか!』

 

勢いよく話しかければ、奴はゆっくりと頷き、栄光に輝いたその瞬間を思い出すように目を閉じながら言った。

 

『うむ。長き旅路の果て、吾輩はとうとう砂の上に輝く王冠を頂いたのだ』

 

イーグルカフェ、ジャパンカップダート制覇。

 

同時に、史上4頭目の芝ダート両G1馬の誕生であった。

 

長く続いた苦難の果ての栄冠。その余韻に未だ浸っているのか、イーグルカフェは恍惚とした顔で語る。

 

『異国の者を迎えての一戦・・・吾輩の背に跨ったのもなにやら不思議なニンゲンであったが、手綱捌きはどんな者よりも見事であった。叶うならもう一度手を組みたいものだ』

 

そりゃあそうだろうよ。その日、お前の背に跨ったジョッキーさんは世界で数々のG1を制してきた名手なんだ。下手くそなんて言った日にゃこっちが殺されちまう。

 

まぁ・・・そのジョッキーさん、香港スプリントで乗った馬は後ろから数えてたほうが早いくらいだったんだよな・・・とにかくそういう日もあるってことで!

 

しっかし、それにしても、だ。

 

『俺たち3頭が揃うなんて・・・一体いつぶりなんだ?』

 

『随分とまた久しぶりですよね』

 

『ふむ・・・確か前に会ったのは秋・・・いや、その時にはバクソウオーはいなかったからな』

 

太島厩舎自慢のG1馬が、三頭揃い踏み。

 

マスコミがこの事実に食い付かないわけがないんだが・・・きっとそこはセンセイがうまくやってくれてるんだろう。

 

お陰で、こうして二頭(ふたり)とゆっくりと話すことができている、ありがたい限りだ。

 

『それにしても・・・貴様ら二頭は引退、吾輩は現役続行とは・・・なかなかままならぬものだな』

 

ふと、イーグルカフェがそう漏らした。なんだなんだ、こいつも何だかんだでそういうことに興味が出てくる歳・・・だな。俺と同世代だし。

 

『お?どうしたイーグルカフェ?お前もそろそろ親父になりたいって思う年頃か?』

 

『む・・・否定はしない』

 

おお。一昔前ならこうやってからかった途端にムキになるような奴だったのに・・・海外遠征やらなんやらで精神が練れたのか?すっかり大人だな。

 

いや、そうならないとちょっといろいろと困る歳ではあるんだけれどさ。

 

そんな俺とイーグルカフェの会話に、マンハッタンカフェが乗ってきた。

 

『父親・・・かあ。ボクは正直、実感が沸かないです、今年はタキオンくんの子供が生まれるって聞いてても、まだいまいち信じられないですし』

 

そう語った後に、でも、まだちょっとくらい走りたかったなぁと呟いていて。

 

『そりゃまあ、お前は俺たちより年下だもんなぁ』

 

確かこいつは俺たちより1歳下だったな。興味が出てきてもおかしくない年だけど、興味がないのも頷ける・・・微妙な線引ってところか?

 

『でも、もう決まっちゃったことですけどね』

 

あはは、と未練を振り切るように、笑って自分を納得させようとしているマンハッタンカフェ。しかしその声色はどう聞いても無理をしていると分かるもので。すぐに『はぁ・・・』と大きなため息をついていた。

 

俺とは違って、まだまだこれから!というときに引退だもんなあ・・・ショックも大きい筈だ。今度はどう励ましたもんかと頭を悩ませていると・・・思い切ったようにイーグルカフェが切り込んでいく。

 

『マンハッタンカフェ。貴様、なにか一つ大事なことを忘れているのではないか?』

 

『へ?だ、大事なこと・・・ですか?』

 

ほう、大事なことと来ましたか。一体ここからどう出るのかお手並み拝見・・・

 

『貴様はもう、「現役」ではないということだ』

 

『ッ・・・!!』

 

って!!思いっきり地雷をほじくり返しに行った!?マンハッタンカフェは大丈夫か・・・ってあーあーあー、やっぱり涙ぐんじゃってるよ!傷をえぐってどうするんだよイーグルカフェ!?

 

『ちょい、イーグル・・・』

 

『貴様がいくら泣きわめこうと、その事実は変えられぬ』

 

こいつ!これ以上はまずいとせっかく俺が止めようとした瞬間更に傷口を広げやがった!!今、マンハッタンカフェはかなり繊細な状態になってるんだぞ、一体何を考えてやがる!

 

『おい!イーグルカフェ!』

 

『少し黙ってくれ、バクソウオー!・・・マンハッタンカフェ、辛いかもしれぬが、これが現実なのだ。足掻いても、足掻いても勝てぬ時があるように、思い通りに行かないのが、我らの運命である』

 

流石にこれ以上は不味い。そう思った俺は語気を強くして止めに入るが、イーグルカフェはそれを全く気にすることもなく、俯いたままのマンハッタンカフェへ説教を続ける・・・っと、なにやら風向きが変わってきた?

 

『せ、セキト先輩・・・?』

 

『・・・すまん、イーグルカフェの話に、もう少しだけ付き合ってやってくれ』

 

先輩からの容赦ない言葉に両の目が潤みだしたマンハッタンカフェを見ていると気の毒だが・・・俺は、一旦押し黙ることにした。

 

そのままイーグルカフェへと目配せをしてから頷くと、奴も返すように一つ大きく頷いて・・・続く言葉を話し出す。

 

『貴様がその事実から目を逸らすも逸らさぬも自由だ。だが・・・もう、良いのだ。歯を食いしばることも、涙を堪えることも、必要ない』

 

『(おぉ・・・!)』

 

これには俺もハッとさせられた。確かに、引退が決まったということは、もうレースに出ることはないということ。

 

そして、それはマンハッタンカフェのように、今まで心のどこかで悲しい、辛い、泣きたいと喚いている弱い自分を抑える必要も・・・最早無いのである。

 

だって、何をしようが、何を考えようが。俺たち「自身」はもう、勝ち負けのつく世界にはほとんど関係がないのだから。

 

『・・・!』

 

そんなイーグルカフェの言葉に、マンハッタンカフェは目を見開いた後。

 

『うっ、うっぐ・・・うぁ・・・!』

 

小さく嗚咽を上げ始め。

 

 

『うあ・・・うあぁぁぁアアアアァァ!!』

 

 

やがて・・・数年前、太島厩舎へやってきたばかりの頃のような大きな泣き声を轟かせながら、胸の内を吐露していく。

 

『もっど・・・!!も"っど走りたかったよ"ぉ""ぉぉ!!沢山勝づっで・・・タキオンくんと約束したの"に"ぃ"ぃ!!』

 

大粒の涙を左右の目からボロボロと零し、何度も何度も悲しみの声で嘶くその姿は、何度もG1を勝つような名馬の姿からはかけ離れていて。

 

でも・・・これが、ずっとこいつが心の中で抑えてきた本当の「マンハッタンカフェ」なんだと思うと、心のどこかでホッとする。

 

『ま"だ!!ま"だ・・・ゔあ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!』

 

水門を開いたダムが如く心に澱んでいた思いを発散する後輩を優しく見守りながら、こちらも一息ついて。俺は小声でイーグルカフェに話しかけた。

 

『イーグルカフェ』

 

『なんだ』

 

『やるな・・・というか、ありがとうな』

 

先程の励まし方は、既に引退という事実を受け入れている俺には出来ないものだった。

 

そんな俺の言葉を聞いて、一瞬きょとんとしたような顔をしたイーグルカフェだったが・・・褒められてると気づくやいなや、すぐにいつものクールぶった態度へ戻って。

 

『・・・成長しているのは、貴様だけではないということだ』

 

心なしか少し表情を柔らかくしながらそう呟いた後、馬房の一角を示してイーグルカフェは続けた。

 

『そこの馬房にいる者こそ、我々の「我が家」に新しく入ってきた、「期待の星」だそうだ』

 

指し示されるままにそちらを向けば、そこで少し怠そうに顔を出していたのは黒っぽい、ありふれた鹿毛の馬。

 

しかしその眼差しは強く、「勝ちたい」という意志に溢れていて・・・うん、こりゃあ走る。そう確信させてくれるほどの素質がある。

 

『確か、奴の名は・・・サクラ・・・ううむ、どうにもサクラサクラと名の付く者が多くて覚えきれぬ・・・!』

 

成程、サクラ軍団の一員か。だったら俺の遠縁だったりするのかな、と思いつつも。

 

『しかし、バクソウオー、貴様も不運だな』

 

急なイーグルカフェの発言に、俺は引き戻される。

 

『なにがだよ』

 

おうおう、イーグルカフェ。俺の何が一体不運だと言うのか・・・聞かせてもらおうじゃねえの。

 

『引退するということは・・・もう戦績は積み上がらないのであろう?ならば、これからの吾輩の活躍によって、貴様の存在は霞むことになるからだ』

 

・・・はい?

 

こいつ、何を言ってるんだ?

 

今から、俺を、追い越す?いやいやいや、お前だって6歳だぞ?流石に無茶が過ぎないか?

 

時折そういうぶっ飛んだことを言う所は初めて会った時から変わらなくて・・・なんだかおかしくなった俺は、思わず『ふっ』と小さく笑いをこぼしてしまった。

 

『む・・・何がおかしい』

 

そんな態度を取られたのだから、イーグルカフェは当然少しムッとしたように俺に尋ねてきた。

 

勿論俺だって、その目標をまるっきり否定するような鬼じゃない。

 

何故なら・・・俺が、本来の歴史で勝つべき馬を追い抜いて、G1の勝ち馬として名を記した様に。

 

イーグルカフェだって、史実の壁とでもいうべき運命を捻じ曲げ、新たな勝ち鞍を得るかもしれないのだから。

 

『言ってくれるじゃねえか・・・やってみろよ』

 

未だ褪せぬ闘争心に満ちた目を見つめながら、叩きつけられた挑戦状を受け取ると。奴は満足げな表情で言った。

 

『言われなくとも望むところだ。そして、吾輩だけでなく、新たな若駒たちも、自然と貴様を目標としている』

 

『えっ!?そうなのか!?』

 

マジか。全然気づかなかったぞ・・・いや、今年はあんまり厩舎にいなかったから仕方ない・・・のか?

 

『気づいていなかったのか?やはり貴様は阿呆のようだな・・・』

 

そう言いながら呆れたような顔をするイーグルカフェ。うっ、確かに俺が鈍感だったかもしれないけどさぁ。

 

親父や、名だたる名馬たちの背を必死に追っていた俺が、いつの間にやら後輩たちに追われているなんてな・・・ん?

 

『・・・お前、今『吾輩だけでなく』って言わなかったか?』

 

これはこれは、ひょっとして。そう思ってニヤニヤする顔を抑えきれないまま、イーグルカフェに尋ねて見るが。

 

『・・・気のせいだろう』

 

奴はぷい、とそっぽを向いてぽつりと呟いたきり、俺と目も合わせやしなくなった。

 

いや、その態度でモロバレだからな?何なら必死に見られまいとしているその顔がちょっと赤くなってるのも、隠しきれてないからな?

 

 

・・・と。

 

『はぁ、はぁ・・・ありがとうございます・・・ちょっと、落ち着きました・・・』

 

先程まで声を上げて泣いていたマンハッタンカフェが、疲れたような、しかしすっきりとした顔をしながらそう言っていて。

 

『おー、マンハッタンカフェ。ちょっとは楽になったか?』

 

『はい、恥ずかしいところを見せちゃいましたね・・・えへへ・・・』

 

俺の呼びかけに対し、恥ずかしげにそう笑って見せたマンハッタンカフェ。

 

その顔は、無茶をしていた時よりも何倍も柔らかく、穏やかなものへと変わっていて・・・寧ろ、可愛らしさを覚えるような感じがした。

 

『・・・どうだ、少しは気持ちが晴れたか?』

 

続けてそう問いかけると、マンハッタンカフェはしばらく『うーん』と考え込んで・・・困ったような顔で言った。

 

『まだ、ちょっとかかるかもです、でも『泣きたいときは泣いていい』って・・・イーグル先輩が教えてくれたから、多分、もう大丈夫です』

 

『そうか』

 

その言葉を聞いて、俺は大きく頷いた。これならば大丈夫だろうと、そう確信できたから。

 

 

「おーい、3頭とも!こっち向いてー」

 

そんなとき、馬口さんの声がした。

 

『おう?』

 

『む?』

 

『何?』

 

親の声よりよく知った呼びかけに、3頭皆で一斉に馬口さんの方を向くと。

 

パシャリ。

 

1回、2回。カメラのシャッター音が聞こえた。

 

気づけば馬口さんの手には、この時代に普及したばかりのデジカメが握られていて。これがシャッター音の元凶か。 

 

なんだ、記念撮影をしていたのか。

 

・・・一応だけど、俺、変な顔になってないよな?ああ、そう思うとなんだか気になってきたぞ!

 

『馬口さん!それ!見せてくれ!』

 

「・・・あっ、セキト、気になるの?ほら、よく撮れてるよ」

 

『どれどれ』

 

前掻きで必死にアピールをすると、馬口さんは俺の意図を察したのか、とれたてほやほやの写真を見せてくれた。

 

馬口さんの肩に頭を持たれかけ、覗き込むようにしてデジカメの画面を見る。

 

『って、めっちゃ小さくて見辛いな!!』

 

でも、頑張れば見えないってほどでもないから何とか目を凝らして・・・うん、見えた!

 

『おー、いいじゃんいいじゃん、バッチリ決まってら』

 

そこにはカメラ目線のままきれいに並んだ俺たち3頭らしき馬の姿が収まっていて。一発撮りにしちゃあ相当いいんじゃないか?

 

『馬口さん、カメラマンの才能あるぜ』

 

「わ、何々、喜んでくれてるの?うれしいなあ」

 

感謝と感嘆を込めて馬口さんの顔に頭を擦り付ければ、少々ずれてはいるけど概ねその通りって感じで伝わってくれた。流石俺と付き合いが長いだけはあるな。

 

『今のは何だったのだ?』

 

『先輩、それ、何なんですか?』

 

しばしその写真を鑑賞していると、二頭も馬口さんのカメラに興味を示したようだった。

 

『あぁ、これはカメラって言ってな・・・』

 

 

その後、素人なりの知識で写真についての説明をしたり、写真が写る仕組みを説明をさせられたりとかなり大変だった。

 

さらに言えばこの時撮られたスリーショットは後の時代、とんでもないお宝写真として一時SNSの話題を掻っ攫うのだが・・・その話は、まだまだ未来のことである。

 

そして、気心の知れた3頭で過ごす日々も、あっという間に過ぎ去って・・・。

 

 

 

 

XX03年 1月某日。

 

『・・・ご来場の皆様、長らくお待たせ致しました。セキトバクソウオーと、マンハッタンカフェの登場です』

 

俺と、マンハッタンカフェが現役生活に別れを告げるその日が・・・遂にやってきたのだった。

 

 




次回、引退式。

執筆は始めていますのでじきに投稿できると思います!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

引退式

ジュンペー視点は難しいけど、やりがいがあるなぁ(白目)

しかし執筆している間にスターズオンアースは両前脚骨折、ジオグリフも骨折、イクイノックスも左前脚が腫れるなどクラシック組がやばいことになってますね・・・全馬、故障が治癒することを願います。

そして、同期がボロボロになっていくのに一頭平然としているドウデュース君、君の身体はどうなっとんねん。




1月、某日。

 

僕・・・こと岡田順平はとある式典に呼ばれ、その場である中山競馬場へと赴き・・・参列者の一人として、その式へ出席していたのだが。

 

「っ・・・!」

 

正直に言えば・・・緊張していた。騎手人生16年目に突入する頃になっての、初めての経験。

 

この空気すら知らずにムチを置く騎手が多い中で、この場に居合わせることができる僕は、それだけ幸運な男なんだろう。

 

しかし、反比例するかのように、その幸せを噛みしめるほど・・・何を話せば良いのか、なにをすればいいのか。頭に詰め込んできたはずの筋書きが、端の方から消えていく。

 

「・・・ジュンペー、大丈夫か」

 

そんな僕を見かねたのだろう。隣に立つ太島センセイが、そっと声をかけてきた。

 

更にその隣に立つもう一人のジョッキー・・・蛇井政史くん、僕とは歳がほど近いからそう呼ばせてもらっている彼も、僕の方を心配そうに伺っている。

 

でもその表情にはどこか余裕があって・・・たった一年しかデビューの差は無いはずなのに、こちらが落馬やらなんやらでまごついている間に、随分と差がついてしまったものだ。

 

「は、はい・・・」

 

震えるような声で、かろうじてそうセンセイに言葉を返した僕がいるのは・・・夕闇が支配しつつあるターフのど真ん中に設置されたステージの上。

 

不思議なもので、ターフで馬を駆っているときはどれほど目線を集めても平気なのに、今は足に込めている力を抜けばすぐにでもがくんと崩れ落ちてしまいそうだった。

 

ところで、このステージがこの場にある意味だけれども。今日は別に大きなレースがあった訳でも無ければ、僕が今日レースを勝ったわけでもない。

 

こんな状態で馬に跨るなんて失礼だと思って・・・馬主の皆さんには本当に申し訳ないけれど乗り鞍を全て断らせてもらったくらいだし。

 

それほどまでに僕の心を揺らし、惑わし、かき乱す。

 

その原因となっているのが、今僕がここにいる目的と同じということは・・・誰の目から見ても明らかだったことだろう。

 

 

・・・と。地下馬道から礼装に身を包んだ一人の女性が現れる。

 

糸井(いとい) 百合子(ゆりこ)。かつては彼女もターフで馬に跨り、手綱を追う一人だった。

 

しかも、彼女と共に騎手となった同期の中には女性騎手が二人、「天才」と呼ばれたジョッキーの息子である幸長くんや、最近になってテイエムオペラオーとともにG1戦線で暴れまくった原くんなんかもいて・・・「花の12期組」なんて囃されていたっけ。

 

しかし競馬の世界は勝負の世界・・・JRA所属の女性騎手として初めて海外での勝利を上げたものの、怪我によって思うような騎乗ができなくなってしまい、引退。

 

そんな彼女は・・・谷さんの助言によって競馬評論家へと転身。今では競馬中継番組でのコメンテーターの仕事なんかも任されているとか。

 

今日、この場に姿を現したのもそんな仕事の縁と言ったところだろう。

 

糸井さんはライトに照らされながら馬場の真ん中まで歩みを進めると・・・スタンドに向かって一礼し、手に持っていたマイクでその声を場内へと響き渡らせた。

 

「・・・ご来場の皆様、長らくお待たせ致しました。セキトバクソウオーと、マンハッタンカフェの登場です」

 

その声と共に、かつて国民的RPGをも彩った有名作曲家が手掛けたという関東G1の入場曲、「グレードエクウスマーチ」が、今日の主役たちのために流れ出した。

 

そして・・・ここにいるすべての人々が待っていたであろう、赤と黒の毛並みを持った2頭の馬が、女性の後を追う様に地下馬道からゆっくりと姿を現した。

 

その瞬間、拍手と大歓声に包まれる競馬場。

 

観客たちが2頭に向けて思い思いに投げかける言葉は多々あれど、大多数が「ありがとう」や「お疲れ様」といった、今まで走り続けてきた彼らを労う言葉。

 

・・・そう、今日は、彼らの引退式。

 

ターフを去る前に、その姿をお客さんに見せる、現役最後の仕事であり、新たな旅立ちに向けての儀式のその日である。

 

 

 

 

2頭の入場からしばらく経ち、場内の興奮もだいぶマシになった頃合いを見計らって。糸井さんは先にマンハッタンカフェの来歴を紹介し始めた。

 

「まずはマンハッタンカフェの紹介です。マンハッタンカフェ号は父サンデーサイレンス、母サトルチェンジの青鹿毛の牡馬、生産は千歳の馬飼ファーム。通算成績は12戦6勝、菊花賞、有馬記念、春の天皇賞とG1を3勝と素晴らしい戦績を上げ、昨年秋には凱旋門賞にも挑みました。」

 

マンハッタンカフェ。思えばこの菊花賞の馬着を纏った漆黒の馬と僕は、あまり関わりがなかったな。

 

G13勝、とは言われても・・・セキトとは全く違う路線を歩んだ馬だし、乗り役は蛇井くんだったし・・・セキトに会いに太島厩舎に行くと、その隣の馬房からにゅっと顔を出してきたりこなかったり。そんなイメージがあるくらいで、強い馬だと言われてもあまりピンとこない。

 

勿論、名馬という素晴らしい肩書きにはなんの影響もないけれど。

 

・・・そして。

 

「馬場を周回していますもう一頭、セキトバクソウオー号は父サクラバクシンオー、母サクラロッチヒメの鹿毛の牡馬。生産者は新冠町のマキバファームとなっています。通算成績は17戦12勝、スプリンターズステークスや高松宮記念を始め、香港スプリント、更には欧州のジュライカップを制するという、こちらも素晴らしい成績を収めています」

 

皆が聞き入っているその紹介文に、「そして、僕の相棒です」と付け足してやりたいくらいだ。

 

身に着けてきた馬着は、悲願のG1初制覇となったスプリンターズステークスのもの・・・僕と制したG1のものじゃないのが、案外ちゃっかりしている獅童さんの置土産のような気がした。

 

相変わらず腫れ上がった右前脚の屈腱炎が痛々しい。けれど、今日は獣医に処方してもらった痛み止めがよく効いていて・・・相棒は、ライトの光で赤い毛並みをこれでもかと輝かせ、調子良さそうに堂々と胸を張るようにして歩いている。

 

最近は飼い食いもいいと聞いた。時間をかければ元の状態に・・・とはいかないけれど、軽く走ったりする分には問題なく回復する見込みで、その診断を太島センセイから聞いたときにはほっと胸を撫で下ろしたものだ。

 

 

「では、ここで2頭を育てた調教師である・・・太島昇調教師に話を伺ってみましょう、太島さん、いかがでしょうか?」

 

「あ、はい」

 

式は2頭の紹介を終えたことで次の段階・・・関係者の挨拶へと移り変わったようだった。

 

ああ、もうじき僕の出番だ。何を話すのか整頓しておかないと。

 

「んっんん!どうも、調教師の太島昇です。まずは月並みな言葉になってしまいますが・・・セキトバクソウオーも、マンハッタンカフェも、とてもいい馬でした」

 

センセイは一つ咳払いをしてから、2頭についての思い出を語る。

 

・・・同時に、もっとG1を勝てていた筈の馬が、こんなことになってしまって馬主に申し訳ない、とも。

 

「今回合同で引退式を開くことになった二頭は非常に仲がいいと聞いたことがありますが、本当ですか?」

 

その話が一段落ついた時。今度は糸井さんの方からそんな質問が飛んだ。

 

それに一つ頷いてから、センセイは答える。

 

「その通りですよ。マンハッタンカフェが入厩してきたばかりの頃、人見知りならぬ馬見知りをして体調を崩したことがあったんですが・・・そんな時、休養から戻ってきたセキトバクソウオーが隣に入った途端に回復したんです。まるでセキトバクソウオーに励まされたようでした」

 

マンハッタンカフェが入厩した頃・・・セキトは3歳、丁度僕が落馬の後遺症と戦っていた頃の話だ。

 

そんな時、相棒は頼れる兄貴分として・・・しっかりマンハッタンカフェをフォローしていたのか。

 

僕が離れている間も、お前は何にも変わらなかったんだな。

 

「それって・・・まるで兄弟のようですね!」

 

センセイの話をしっかり聞き届けてから、驚いたような声色で糸井さんはそう言った。

 

兄弟・・・なるほど、確かに。

 

歳もほど近く、苦しい時には支え合って。

 

そんな関係性には、正しく「兄弟」という表現がピッタリだろう。

 

 

「・・・では、続きまして。引退する2頭の主戦騎手のお二人に話を聞いていこうと思いますが・・・」

 

2頭の軽い紹介とセンセイの挨拶を終えて・・・式は次の段階へと進んでいく。

 

やばい、来た。

 

これが、僕が緊張していた一番の理由。

 

騎手による単独の挨拶だ。

 

「まず、マンハッタンカフェの主戦騎手である、蛇井政史ジョッキーの挨拶からお願いします」

 

糸井さんの口から先に蛇井くんの名前が出てきたことで、ホッとしている自分がいた。

 

とはいえ僕の話もきっちりと予定に組み込まれている訳で・・・それが先延ばしになっただけという事実は変わらない。

 

しかし、まずは・・・蛇井くんの話に集中しよう。

 

「皆さん、まずはマンハッタンカフェを応援してくださり、本当にありがとうございます。皆様の応援があったからこそ・・・マンハッタンはここまでの名馬になったと思っています」

 

そこまで話すと、蛇井くんは一旦スタンドのファンへと向き直り・・・そのまま一礼する。大きく沸き上がるスタンド。

 

その盛り上がりが一段落してから、蛇井くんはですが、と前打ってから更に話を続けた。

 

「しかし・・・今日、マンハッタンは屈腱炎、競走馬にとって不治の病とも言われる疾病によって、道半ばでターフを去ることになってしまいました・・・そうなってしまったのは、騎手である私の責任でもあります。皆様、本当に申し訳ありませんでした!!」

 

そう言い終わるなり、先程よりも深く頭を下げる蛇井くん。すると、スタンドからは「頭上げろー!」だの「気にするなー!」だの、彼を鼓舞する野太いヤジが飛ぶ。

 

しかしそれに構うことなく蛇井くんはしばらく頭を下げ続け・・・やがて顔を上げると、話を締めにかかる。

 

「幸いなことに、マンハッタンは今日を以て次のステージへと進んでくれました。四年後に、またここで彼の子供と共に皆さんに挨拶ができれば・・・そう思っています。そして、最後になりますが・・・ファンの皆様、今までマンハッタンカフェを応援してくださり、本当にありがとうございました!よかったら、どうかその子どもたちにも温かい視線を向けてやってください!」

 

尺の都合上、あまり長々と喋る訳にもいかないんだろうな。比較的手短にまとまった蛇井くんの挨拶がきれいな一礼と共に締めくくられると、競馬場全体が拍手に包まれた。

 

・・・そして。

 

 

「では、続きまして・・・セキトバクソウオーの主戦騎手として、海外での2勝を含むG13勝を上げました岡田順平ジョッキーです」

 

いよいよ、僕の出番がやってきた。やってきてしまった。

 

「えと・・・セキトバクソウオーの主戦の岡田順平です、本日は非常にお日柄もよく・・・」

 

緊張のあまり僕の口から飛び出したのは、そんな当たり障りのない、いや、この場においては一種のボケとも受け取られかねないそんな言葉・・・あ、セキトがずっこけた。

 

「ジュンペー、そんなどっかの開会式じゃないんだから・・・」

 

蛇井くんが苦笑いしながらそう突っ込みを入れてきた。って!

 

「あ、蛇井くん、マイク、マイク!」

 

「うおっ、しまった」

 

咄嗟に口を手で抑えてももう遅い。先程のキレのいい声がマイクに入ってしまい、笑いが起きる場内。もう滅茶苦茶だよ。

 

・・・でも、ちょっとは気持ちが楽になったかな。今なら行けそうな気がする。

 

「えー、さっきの通り僕はこういった場に慣れてなくて・・・すみません、開会宣言をする気はなかったんですけどね?礼儀とか、どんなことを話せばいいかなんてまったく分からないんで、僕の言葉でセキトバクソウオーについて語らせて貰おうと思います」

 

喋りだしてみれば、それは簡単なことだった。先にそう前置きしておけばよかったんだ。

 

「・・・まず、セキトバクソウオー・・・セキトは、僕にとって一生忘れられない馬です。印象的な出会い方をしたのもそうですし、もう手が届かないと思っていたG1を獲らせてくれた・・・勿論それもありますけど、こいつは・・・こいつだけは、特別なんです」

 

そこまで話して、一息入れる。

 

セキトの・・・相棒の話したいエピソードなんていくらでもあるから、全部を話していたら地平線に姿を消した日がまた昇ったって終わらないだろう。

 

「どう特別なんだ、と聞かれると難しいんですが・・・そうだ、相棒・・・いや、どっちかといえば気心の知れた友人、に近い感じかもしれません」

 

だから、何を話すべきか考えようとしたんだけれど・・・僕は油断していた。

 

僕を絶望から引き上げてくれた相棒への惜別と。

 

その相棒を次の舞台へと無事、というと語弊があるけれど。しかしちゃんと送り出せたというほんのちょっとの安堵。

 

そして、こんな式典に呼ばれたことなんてない、という緊張。

 

特に今日はその3つの感情が入れ代わり立ち代わり、常にぐるぐると渦巻くように、僕の心を支配していたんだから。

 

「良いときには力を合わせて。駄目なときは支え合って・・・僕とこいつは、そんな関係でした。だからこそ、こうして・・・無事に、次のステージへ送り出せることが・・・!」

 

それが・・・その一つである緊張という抑えを失った今・・・思い出が次から次へと押し寄せて、噴水のように一気に噴き上げていく。

 

ああ。もう。そもそもこんな精神状態じゃ・・・全部が全部、上手くいく訳がなかったんだよ。

 

「あれ・・・おかしいな・・・なんで・・・うれしい、筈、なのに・・・?」

 

あ。もう駄目だ。

 

そう思う間もなく、溢れ出した感情が僕の目から流れ落ちていく。

 

僕の思わぬリアクションに、周りがどよめいているのが伝わってくる。けれど、一旦そうなってしまえば僕の振る舞いは想像していた以上に酷かった。

 

まさか、自分が話す時になって・・・言葉に詰まっただけじゃなくて、大勢のお客さんの前で、泣いてしまうなんて。

 

涙なんてとっくに全部、香港の芝に流し尽くしたと思っていたのに。

 

「ジュンペー・・・」

 

この業界では貴重な、年が近い同業者である蛇井くんが何も言わずに僕の背中を撫ぜてくれた。

 

恥ずかしい、でも、ありがとうっていうのが正直な気持ち。

 

「ぐっ・・・!止まれ、止まってくれよぉ・・・!」

 

人目もはばからず流れ出した涙は、どれほど心に意地という堤防を積み上げて「止まってくれ」と願ったところで。

 

その壁を穿ち、鉄砲水の様に押し寄せ、いとも簡単に壁を乗り越えては溢れていく。

 

大の大人が、涙をどうしたって止められないなんて・・・ああ、もう、情けないったらありゃしないよ。

 

・・・それだけ、あの赤い相棒の存在が、僕の中でどうしようもないほどに大きくなっていたという事実に他ならないんだけれども。

 

そして。

 

僕の泣き声は、突如、「フー」と、なにか大きな生き物が息を吐く音が聞こえ・・・暖かく、草の匂いを含んだ湿っぽい風が吹いたことでひとまず終わりを迎えた。

 

今の時期の風とはかけ離れたその温度に、一体何事だと驚きのあまり身体が跳ね上がったけれど。

 

落ち着いて考えてみれば、今日、この場で。こんなことをする奴なんて・・・たった一頭(ひとり)しかいないじゃないか。

 

「っ!セキト・・・!?」

 

 

咄嗟にその名を口にしながら、ようやく顔を上げると。

 

目の前で「ブルル」と鼻を鳴らして立っていたのは・・・やっぱり僕の最高の相棒にして、スプリンターらしく圧倒的な速さで瞬く間に世界一へと駆け抜けたセキトバクソウオーだった。

 

さっきまで、馬口さんに引かれて馬場を周回していたはずなのに。

 

咄嗟に彼の方を向けば・・・困ったような顔をしながら指で顔を掻きながら「セキトがジュンペーくんを励ましたいって聞かなくて・・・」と呟いていた。

 

つまり、こいつはわざわざ僕を励ますためだけにこっちに・・・!?

 

・・・本当に。こいつは最後の最後まで・・・うれしいことをしてくれるじゃないか。

 

「何するんだよ、せっかく人がお前との別れを惜しんでるっていうのに・・・!」

 

口ではそう言いつつも、いつの間にか涙は止まって、口角は持ち上がって・・・セキトのことを思って流した涙を止めたのも。また、セキトであったのだ。

 

そっと右手を伸ばして、目の前にあるセキトの顔・・・その頬を撫でてみる。

 

体温の暖かさを感じると共に、彼の心の大きさというか、安定感というのか・・・安心感のようなものを覚え。

 

しかし、これからセキトには、北の大地で種牡馬としての仕事と、沢山の花嫁が待っているんだ。と思い出す。

 

僕とは離れ離れになって・・・こうやって触れ合うことも滅多にできなくなるのだと思うと・・・また、段々と気持ちが重くなってくる。

 

そんな時だった。

 

「えっ・・・」

 

不意に、セキトが。ぷいっとそっぽを向いた。

 

 

今まで僕に見せたことのない、そっけない態度。

 

それに驚き、思わず固まってしまうと同時に・・・なにか気に食わないことでもしてしまったのか、と必死に思考する。

 

今は触られたくなかった?

 

何かに気を取られたのか?

 

それとも単なる気まぐれか?

 

 

いや。少なくとも、セキトは理由なくそんなことをする馬じゃない。なにか原因はあるはずだ。

 

問題はそれが一体何なのか。考えて、考えて、考え抜いて・・・ようやくピンときた答え。

 

ひょっとして、セキトの態度は・・・「そんな落ち込んだまま、湿っぽいムードで俺を送り出す気か」という、お叱りなんじゃないか?

 

不思議なことに、素直にそう思えた。

 

確かに、こいつはそういう雰囲気をよく察して、おどけてみたり、励ましてみたり・・・暗い空気を嫌う馬だったなと思い出す。

 

なるほど、そういうことなら嫌われるのも当然だ。

 

何故なら・・・今の僕は、悲しい、寂しい、別れたくない。そんな気持ちが体いっぱいに詰まった「負の感情」のデパートそのものなんだから。

 

 

じゃあ、どうするべきか?

 

・・・そんなの決まってる。

 

 

「セキト!ごめん!僕が悪かった!」

 

素直に謝り、そして。

 

 

悲しい気持ちなんて追い出して、快くこいつを送り出す。

 

それに尽きる。

 

 

その気持ちが伝わったのだろうか?明後日の方向を向いていたセキトの顔がゆっくりとこちらを向いて・・・そのまま「それでいいんだ」と言わんばかりに僕の顔へと擦り付けてきた。

 

「・・・はは、そうだよな・・・」

 

 

ああ、やっぱりだ。と胸を撫で下ろした。

 

そこでふと、気がついた。ひょっとしてさっきそっぽを向いたのも、僕を元気づけるために、わざと・・・?

 

これが僕の幸せな勘違いなら・・・それでもいい。

 

相棒の行動によって、僕が励まされたのは事実なんだし、それで十分だから。

 

そして、相棒は・・・最後の最後まで、マイペースなまま、相棒であろうとしているという事実は1ミリも揺るがない。

 

「・・・セキト、ありがとうな」

 

元気づけられたことにお礼を言いながら、彼を抱擁すると。

 

「ワアアアアァァァァ!!」

 

一連の流れを見届けていた観客たちから、大歓声の雨が降り注いだ。

 

混ざり混ざりにあったその奔流が、どんな言葉を含んでいるかなんて、僕の耳じゃ何がなんだか分からない。

 

「(あ、そうだ、僕、競馬場にいたんだ)」

 

恥ずかしいことにその声が聞こえるまで、ここが競馬場であったことなんて頭の片隅にも残らないほどにはどこかにすっ飛んでしまっていて。

 

それを思い出した途端に、僕のやったことが全部見られていたという事実に羞恥心が押し寄せて・・・ええい、こうなったら!

 

恐らく赤くなっているであろう顔を隠すように、僕は更にセキトを抱きしめる。

 

その身体に纏う、草の、獣の、全部の匂いが分からなくなるくらい、抱きしめて、抱きしめて。

 

そうする他に、テンパった僕には「ありがとう」を伝える方法はなくて・・・そして。

 

どうして僕はあんなに涙を流したのか、ようやく理解できた。

 

寂しい訳でも、悲しい訳でもなく。

 

 

頼りがいのある、ピンと芯入った立派な背を。

 

何者も寄せ付けない軽やかなスピードを。

 

荒れた芝を蹴り上げるその力強い脚を。

 

どんなに苦しくても、勝利を目指して走るその眼差しを。

 

・・・そして、そのすべてを支えていた、呼吸と、心臓の音を。

 

今からずっとずっと、時が流れて、その先で・・・確かに、共に駆け抜けた彼を、忘れてしまうのが怖かったから。

 

それが、涙の源泉。等身大の僕が抱え込んで、離すことができない、情けない理由だった。

 

 

 

 

「はぁ・・・」

 

一体どのくらい時間が経ったんだろう。

 

周りの人が止めに入る前にやめたからそこまで抱きしめ続けていたって訳では無さそうだけど。

 

人よりも高いセキトの体温のお陰か、それとも「大丈夫、忘れない」って思えたからなのか。

 

僕の心にはもう、冷たかったり、寒かったりなんて場所は一欠片も残っていなくて。

 

代わりに、春のように暖かく、穏やかな空間が胸の奥にあるのを確かに感じることができた。

 

「なんだか力が抜けちゃったよ」

 

そう呟き、微笑みながらセキトから離れると・・・その顔はきょとんとしたような、驚いたような。とにかく「意外」といったような表情を見せていたような気がした。

 

「もう大丈夫だよ」

 

さあ、涙なんて拭い去って。

 

僕も、しっかりとケジメをつけないと・・・ね。

 

 

「ジュンペー、ほら」

 

ふと、聞き慣れた声に呼びかけられ。そちらを見やれば、蛇井くんが電源の入ったマイクを差し出してくれていた。

 

「ありがとう」

 

それをありがたく受け取って・・・僕は、セキトが心置きなく新たな戦いへと旅立てるように、別れの言葉を綴る。

 

「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした」

 

まずは、あんな醜態を晒してしまったことへのお詫び。それから。

 

「ですが、先程見せてくれたあの行動・・・あれが僕と、セキトの関係の全てです」

 

嘘偽りなく、僕の思いを惜しげなくぶつけていく。

 

「思えば僕はセキトに助けられてばかりで、何かを返せたかと聞かれれば、残念ながら「まだ」という他にありません」

 

悔しいけれど、それが現実だから。セキトから貰った贈り物を殆ど返せないまま、彼を見送らなくてはいけなくなってしまったことに後悔が無いわけじゃないけれど。

 

それでも、セキトが見たい僕の顔は泣き顔じゃないはずだから。顔を持ち上げ、背を伸ばし、軽く胸を張って。その「後悔」を堂々と言い放つ。

 

すると。

 

 

「ヒヒーン!」

 

 

まるで僕の言葉に合わせるかのように嘶きが一つ・・・セキトだ。

 

『そんなことはない』って言ってくれてるのかな。

 

でもね、セキト。

 

僕は、自分が君の力を引き出しきれたようには思えないんだ。

 

前に、ちょっとした切掛で獅童さんが手綱をとったスプリンターズステークスの動画を見た。すると、僕が乗っているときより・・・君のストライドが、少しだけ広くなっていたんだ。

 

それは、騎乗技術の差かもしれないし・・・ひょっとしたら、手足の長さだったり、追い方の違いだったり・・・そういうちょっとしたものだったのかもしれない。

 

けれど、それを一旦見せられてしまえば、追い求めてしまうのが騎手の性。

 

どうにかその走りを僕も・・・と思ってはいたけれど、遂にその時は来ることなく、君は旅立ちの刻を迎えてしまった。

 

そうして、確信する。

 

 

僕はやっぱり未熟で、力の足りない馬一頭を勝ち上がらせるにも苦労するような人間なのに。

 

 

それがどういうわけか、セキトバクソウオーという、素晴らしい名馬と巡り合い、その背中に乗せてもらっていただけだ、と。

 

 

それは、まるで・・・そう、一炊の夢。

 

 

まるで、夢のような四年間だった。

 

 

「セキトバクソウオーという、歴史に名を刻むような素晴らしいスプリンターと出会えたこと、その背中に乗って、世界へと名を刻んだこと・・・それらすべてが、僕にとっては夢のような出来事でした」

 

セキト自身には、次なる使命がある。

 

だから、もう、共に駆けることは叶わない。

 

・・・けれど、けれども。僕にできることは、まだ残っている筈だ。

 

「僕としても・・・正直、もうちょっと。セキト自身の背中に乗っていたかったという思いはあります。ですが、その素晴らしい力を子供たちに伝えるという・・・サラブレッドにとって走ることよりも名誉ある使命を授かって、セキトは、本当に幸せな馬だと思います」

 

その血を受け継いだ子供たちを、栄光へと導くという、騎手としての本懐が。

 

「本当に・・・本当に。奇跡の塊のようなこの馬と出会えたことを、僕は一生忘れません!」

 

長ったらしく続けてしまった挨拶を、僕はそう締めくくった。

 

 

そして・・・信じられない光景を目の当たりにする。

 

 

『ヒヒィィィィン!!』

 

「セキト・・・!?」

 

夕暮れのターフで、セキトが大きく嘶いたのだ。

 

しかも、一度や二度じゃなく、何度も、何度も・・・。

 

「・・・これは・・・セキトバクソウオーが、いなないてますね・・・」

 

その様を見ながら・・・糸井さんが、呆気にとられたような顔で状況を整理する。

 

セキトは、さっきも言ったけれど・・・意味もなくこういうことをする馬じゃない。

 

何がしたいのか、いや、何を伝えたいのか。

 

彼が何を想っているのか・・・少なくとも、今の僕には、一つだけ、その意図を理解できた。

 

「『ありがとう』って言っているんじゃないですかね」

 

「『ありがとう』・・・?馬が、騎手に、ですか」

 

僕の発言に食いつくようにして尋ねてきた糸井さんに、僕は相棒のことを語る。

 

「ええ・・・確かに、レースで無理矢理走らされたり、ムチで打たれたりするんですから・・・騎手は馬から嫌われたりするのが常です。けれど、セキトは違った」

 

自分はなぜ生まれたのか、何を成すべきなのか。そのためには何をすればいいのか・・・それらをすべて理解していて、受け入れている。

 

まるで、人間のような、賢い馬。

 

そう言葉を綴れば、糸井さんは、さっきまでとは違い感心したような、優しく見守るような顔でセキトを見つめていた。

 

 

『ヒヒィィィィィィィン!!』

 

『ヒヒーン!!』

 

 

・・・と、場内へと響き渡る嘶きが一つ増える。

 

「あ、マンハッタンも鳴き出した」

 

それを聞いた蛇井くんがあれ?という顔をしていたから、僕は咄嗟に半分冗談、半分本気の言葉で話しかける。

 

「セキトに何か吹き込まれたかな」

 

「おいおい、変な癖にならないといいけど」

 

それを聞いた蛇井くんは苦笑いしながらも、やっぱり穏やかな顔で、引退の時を迎えた愛馬の嘶きを聞き届けている。

 

『ヒヒーーン!!』

 

『ヒヒィィン!』

 

まるで、自分に関わったすべての者へ感謝を捧げるような2頭の嘶きは、いつまでも、いつまでも・・・中山のターフへと轟いていたのだった。




引退式、無事終了。

次回はあのお馬ちゃんともしっかりお別れしないと・・・ね。

そんな回の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

去る者、残る者

分かりきっていると思いますが、今のオスマンサスは基本ギャグ要員、これ重要。

そして、リアル競馬では土曜の新馬戦にてサトノダイヤモンド産駒ダイヤモンドハンズが評判通りに勝利!父の初出走にしていきなり初勝利を飾ってみせました、おめでとうございます。

日曜の新馬戦ではサトノクラウン産駒クラックオブドーンも勝利し、サトノ冠名の馬たちは種牡馬としても存在感を示しましたね。

安田記念ではソングラインが力強く抜け出してG1初制覇、今年の4歳牝馬たちは強いですね・・・!2着のシュネルマイスターも良い競馬でした。

その一方で一番人気イルーシヴパンサーは前が壁・・・。
一番人気の連続連敗記録が止まりませんね・・・。




「セキト、マンハッタン。お疲れ様」

 

『おうよ』

 

『はーい』

 

あの後、俺とマンハッタンカフェ、それぞれの関係者が集まって記念撮影が行われると・・・あれほど盛大に行われた引退式はあっけなく終了した。

 

『やあ、今までお疲れ様』

 

『君たち、北へ帰るんだろう?いいなぁ、僕も久しぶりに母さんを思い出したよ』

 

当然俺たちも厩舎へと引き上げたのだが・・・すっかり陽も沈んだこの時間だ。この場に居合わせた経験豊富な何頭かが事情を察して、そんな言葉をかけてきた。

 

『ひょえ!?あ、ありがとうございます・・・』

 

それに対して、驚きの声を上げながらも対応するマンハッタンカフェ。この数年の経験でだいぶ対馬恐怖症はマシになったみたいだ。やるじゃねえか。

 

『ああ、ありがとうな。でもよ、案外アンタらもそういうチャンスはあるかもしれねぇぜ?』

 

対する俺も、気さくに声をかけてくれたおっさん馬たちにそう言葉を返す。

 

何も北海道に帰る馬の全部が種牡馬、繁殖牝馬として登録されるわけじゃない。

 

乗馬、功労馬・・・中には個人がペットとして引き取ったりなんて幸運に恵まれる奴もいるのは事実だ。

 

そして、そのチャンスは・・・勝てば勝つほど、目立てば目立つほどに巡ってくる。

 

その最上級が、繁殖馬ってだけだと、俺は思う。

 

 

『はは、そう言ってくれると嬉しいねぇ』

 

『いいこと言ってくれるじゃないか、最近、辛くなってきたけどもうひと頑張りできそうだよ』

 

おっさん馬たちは明るく笑いながらそう返してくれた。こっちもあんたらを元気づけることが出来てよかったよ。

 

「セキト、話は終わった?」

 

『ああ、すまなかったな』

 

彼らと別れの挨拶をした後・・・話をしている最中に待っていてくれた馬口さんに感謝しつつ、鼻を鳴らして、大丈夫だと合図を送る。

 

「じゃあ、行こう」

 

馬口さんは俺のことをしっかりと見て、頷いた後にそう言ってからゆっくりと歩き始めた。

 

それに大人しくついていく形で・・・俺は、今朝方入っていた馬房と同じ馬房に入る。

 

『はぁー、疲れたよー・・・』

 

当然、隣の馬房にはマンハッタンカフェと。

 

『ようやく帰ってきたか。長い時間ご苦労であった』

 

イーグルカフェが、当たり前のようにいる。

 

 

でも、それも。

 

『・・・明日が、北海道に帰る日なんだよなぁ』

 

正真正銘、今日で最後。

 

 

深くため息を付きながら、吐き出すように放った俺の言葉に、イーグルカフェが深く頷いた。

 

『うむ。吾輩も明日、貴様もマンハッタンもこの地を経つと世話係のニンゲンから聞いている』

 

とっくに準備と覚悟は出来ている、と言わんばかりに奴はいつもの調子を全く崩さない。

 

全く、少しくらい別れを惜しんだり、寂しいと言ってくれたっていいものを。

 

そう思っていたら・・・すっかり油断していた俺は、思わぬ所から放たれた一撃をモロに食らってしまった。

 

 

『・・・そこに、そこにいるのは・・・お兄様!?そうですわね!?』

 

『うぉっ!?そ、その声は・・・スー!?スーなのか!?』

 

『ええ!愛しのお兄様の妻、オスマンサスですわ!!』

 

今朝はまだ、空き馬房であったはずの向かい側。

 

そこから見慣れた、とはいっても、久しぶりという他にないくらいには期間が空いた・・・かわいいかわいい妹分が顔を覗かせていた。

 

最後に見たのは12月の頭だけど、そこからちょっとだけ白くなったような、なってないような・・・うーん、分からん!

 

それよりも。

 

『お前、どうしてここに・・・!』

 

問題は、なぜこいつがここにいるのかということだ!

 

正直な話、スーに対しては会いたいと思っていた気持ちが半分、会いたくないと思っていたのがもう半分くらい。

 

会ってしっかりと俺の身に起きたことを説明してやりたくもあったけど、会ったら会ったで大変面倒くさいことになるのは目に見えているからな!

 

『お兄様が「センセイ」と呼んでいる方の計らいですわ!』

 

驚いて、さあこの問題児をどう扱ったものかと悩む俺を他所に、スーは誇らしげに語りだした・・・と思ったら。

 

『確かしばらく会えなくなるともおっしゃっていたような・・・会えなくなるですって!?』

 

自分で言った言葉を復唱して、滅茶苦茶動揺し始めた。ほら、早速面倒くさいことになってきたぞー。

 

『スー。ほら、落ち着けって。今すぐにって訳じゃないんだから』

 

そわそわと落ち着きを無くしたスーにそう声を掛けると、彼女はわなわなと震えながら、恐る恐るといった様子でこちらに尋ねてきた。

 

『そ、それでは・・・いつ、いつになるのかは分かってらっしゃるのですか!?』

 

それに関しては分かりきっている。

 

『明日だ。明日の・・・遅くても、午後には出発だろうな』

 

『午後!そんな、早すぎますわ!!』

 

冷静に返した俺の言葉に、スーはこの世の終わりにでも直面したかのような絶望を顔に浮かべ、嘆くようにそう言った。

 

『早すぎる・・・か・・・?』

 

いやいや、引退する馬とこうして面と向かって話せる時間って超貴重なものだと思うんだけど。

 

最悪一言二言声を掛け合うくらいにはそこそこ仲良くなった馬が、俺が遠征している間に引退してて、帰ってきたら別の馬の部屋になってましたー、なんてこともあったからなぁ・・・。

 

『こうして会えたのに・・・また離れ離れなんて、なんと(むご)い試練なのでしょう・・・!よよよ〜・・・!』

 

とうとうおいおいと声を上げて泣き出したスー。

 

だけど、なんだろう。アレは励ますとか、元気づけるとかそんな次元じゃない気がする。

 

『(とりあえずほっとくか・・・)』

 

呆れつつも、とりあえず泣き止むまで放っとこうと決めたところで、隣の方からなにやら小声で尋ねてくる声が聞こえてきた。

 

『(先輩・・・!あの子、なんなんですか、先輩の事を知ってるみたいですけど・・・)』

 

声の主はマンハッタンカフェだ。声色から察するに興味半分、恐れ半分といったところか。

 

将来スーが引退した後・・・成績次第だが血統的にこいつと種付けする可能性もあるってのがなんとも。まあ、興味があるなら教えておいてやるか。

 

『(あいつはオスマンサス。俺と同郷の芦毛の牝馬だ。訳あって生まれたばっかだったあいつに慕われてな)』

 

そう紹介してやれば、マンハッタンカフェは目を見開いてから呟いた。

 

『(へぇ、先輩と同じところで生まれた子かぁ・・・どんなところなんだろ・・・行ってみたいなぁ)』

 

『(いやいや、そんな期待したところでそんなに広くもねーし、大した施設もねーぞ)』

 

ついでに繋養馬も大した馬は・・・あ、俺の母馬がいるか。けど、それ以外はあんまりぱっとした馬はいなかったはず。俺の記憶にある限りは、だけど。

 

 

『うぅ・・・!そうだ、思い出しましたわ!!泣いている場合じゃありません!お兄様!』

 

そんな時、泣いていた筈のスーが何かを思い出したらしく、勢いよく俺を呼びつけた。ほらな。放っといて大丈夫だったろ?こうなるんだよこいつは。

 

香港に遠征するまでの付き合いで良くわかったんだが・・・こいつは2年間で実に色々と変わった。最たる変化は馬体の色と大きさだけども、それ以外に、精神的な方でも大きく変わったところがある。

 

一言でいうぞ?「儚げで優しい、消えてしまいそうな美少女系だった妹分が、少し目を離した隙にパワータイプのお嬢様」へと変わっていた。いや、馬の成長するパワーってすげぇな。

 

真面目で頑張り屋な面と、根っこの部分は小さい頃から全く変わっていない様だから・・・多分、何かしら影響を受けた相手や物があって、そこからスーの気性と絡み合った結果がこれなんだろうなぁとは思うけど。

 

『なんだ?』

 

何が起きたかなんて知らねぇ、というか一体何があったらそうなる。

 

そうツッコみたい気持ちを抑え込み、一旦マンハッタンカフェとの会話を切り上げてその声に応えてやれば、スーはさっきまでの泣き虫はどこへやら。そのまま意気揚々と俺に現状を報告してきた。

 

(わたくし)、オスマンサス・・・なんと!デビューの日取りが決まったのです!』

 

一体今度はどんな爆弾発言が飛び出すのか。そう身構えた俺の耳に飛び込んできたのは・・・普通におめでたい内容だった。

 

ホッと安心すると同時に、『おお!』と感嘆の声が自然と漏れる。

 

それに気を良くしたのか、スーは更に続けた。

 

『それが明日ですの!周りの方は「まだ早い」やら「大丈夫か」なんて言っておりますけども・・・大丈夫ですわ。お兄様に会えたんですもの、絶対に勝ってみせますわ!!』

 

『ほー、明日かぁ・・・明日ァ!?』

 

おいおいマジか。確か新馬戦って第4レース辺りに組まれてることが多いよな・・・?

 

ってなると、大体発走は12時台前後になる・・・うーん、出発の時間次第って所もあるけれど、レースを終えたスーを出迎えてあげられるかは・・・微妙だな・・・。

 

『そうなんですの!俄然気合いが入ってまいりましたわ!』

 

そう言って前掻きで気合いをアピールするスー。

 

その姿を見ていると、明日、もしレースを終えてここに帰ってきて。そこに俺の姿が無く、空っぽの馬房が出迎えたとしたら。

 

・・・うん、俺なら間違いなく気持ちが折れるな。

 

ここは・・・そうだ、妙案を思いついたぞ。

 

 

 

 

『・・・おい、イーグルカフェ』

 

その日の深夜。スーは馬房の壁に持たれるようにしてぐっすりと眠っていた。

 

そんなスーなら大丈夫とは思うが、色々と考えを巡らせ・・・対応策の一つとして、俺は隣のイーグルカフェに声を掛ける。

 

『なんだ』

 

声色から気まぐれではないと察したのか案外奴は素直に応じてくれて、お陰で話がスムーズに進む。こういうところは本当に頭がいいんだけどなあ。

 

『確かお前、明日もずっとここにいるよな』

 

『・・・少なくとも、次のレースは一月程後だそうだ』

 

『よし、じゃあ頼みたいことがある』

 

イーグルカフェの日程を確認してから、俺は向こう側のスーを指しながら奴に言った。

 

『向かい側にいるあの芦毛・・・白い牝馬の子なんだが』

 

『オスマンサスがどうかしたのか』

 

あれ?スーのこと知ってるの?と一瞬思ったが、スーの口ぶりから察するに競馬場に来るのはこれが初めてみたいだし、その間に厩舎で一度や二度、顔を合わせていてもおかしくはないかと思い至る。

 

『いや、スー・・・オスマンサスがな、明日・・・いや今日、になるのか?とにかくデビューみたいなんだが』

 

日付を跨いでいるのかいないのか、イマイチ分からないからそこは適度にぼかしつつ目の前のイーグルカフェに話を持ちかけると。

 

『ほう、年も明け、一つ大人になったこの節目にデビューか。めでたいな』

 

奴は俺の言葉にうんうんと頷き、共に彼女の門出を祝ってくれているようだ。

 

『ああ。それでな。あいつ、俺を慕ってくれてるんだよ。それで・・・もしもレースが終わった後、俺がいなかったらと思うと・・・な』

 

そこまで話すと・・・今度は一転、難しい顔をしながら奴は言った。

 

『成程。貴様の憂慮は分かった。しかしこれは吾輩や貴様も通った道であろう・・・ましてやあの女子(おなご)が、其れ如きで落ち込むとは思えぬ』

 

『・・・だよなあ』

 

優しさばかりでは、後進は育たぬぞと釘を差してくるイーグルカフェ。というかスーに対して妙な信頼があるな。あいつは何があってもへこたれないってのは事実だけど・・・どんだけ広まってるんだよこの話。

 

確かに、今日久しぶりに会ってみて・・・はっきりと分かった。あの子は俺の言葉が無くたって立ち直れるだろうし・・・もう、一頭(ひとり)でも、十分に競走馬としてやって行ける。

 

けどな。

 

『でもさ、馬生(じんせい)で一度切りのデビュー戦なんだ。折角だから、同郷のお兄さんとして・・・いや。同厩の先輩として。一言、伝言を頼みたい』

 

それとこれと、俺自身の気持ちは別なんだよ。

 

頼む。ただそれだけ意思を込めて、イーグルカフェを見つめ続けて・・・十秒くらい経っただろうか。奴は諦めたのか、それとも折れてくれたのか・・・大きくため息をついた。

 

『どうせ貴様のことだ。これ以上、何を言っても聞くまい・・・仕方ない、頼まれてやる』

 

『・・・助かるよ』

 

一言だけ感謝を述べて。

 

それから俺は、イーグルカフェに様々な伝言を頼もうとした。

 

勝った場合、負けた場合、最悪レースが中止になった場合などなど・・・。

 

ところが。

 

『んー、と後は・・・』

 

『バクソウオー、少し待て!そこまで言伝(ことづて)を預かっては・・・流石の吾輩も頭が破裂してしまいそうだ!』

 

奴にしては珍しい、心底慌てたような表情を見せながら、それ以上は覚えていられないと一旦断られてしまった。

 

おっとっと。やりすぎたか。

 

スーのことを思うがあまり、勢いを付けすぎたぜ。

 

俺としたことが、と自分に反省を促しつつ・・・イーグルカフェには、スーが故障せずに帰ってきた時に、と一パターンだけお願いすることにした。

 

『いいか・・・』

 

『ふむ・・・』

 

それは、あくまで優しい「お兄さん」ではなく、G1を制した「同厩の先輩」として贈る言葉。

 

精一杯、厳しくも、しかし暖かさを込めたつもりだ。

 

その言葉は、こうして、俺自身の手と口で、イーグルカフェへとしっかり託された。

 

 

『・・・相わかった。この言葉は、オスマンサスが帰ってきた時にしっかりと伝えよう』

 

『頼んだぜ、イーグルカフェ・・・ふぁ、眠・・・』

 

『なんだ、眠れていなかったのか』

 

『ああ・・・でも、ようやく・・・』

 

『安心しろ。吾輩が走り続ける限りは・・・オスマンサスのことを見守ろう』

 

『・・・すまねぇが、頼んだぜ』

 

『うむ』

 

奴の力強い返事を聞いて、心配ごとが一つ消えた俺は、ようやく眠りに就くことができた。

 

 

そして、翌日の朝も過ぎて、昼間に差し掛かる頃・・・。

 

『では、お兄様、行ってまいりますわ!』

 

そこにはレース用のハミと頭絡を身に着け、びしりとポーズを決めて見せるスーがいた。

 

その姿は一月前よりなかなか様になっていて。これなら今日は無理でも、近いうちに勝ち上がれるだろう。そう確信するに至るには十分な出来だった。

 

他にも『お兄様のお隣の方にも色々お聞きしましたのよ』とか、『レースって色々ややこしいんですのね』とか色々言っていたけれど・・・今の俺は、間近に迫った別れを悟られないようにすることに必死だった。

 

俺がいなくなるって分かったら・・・こいつのレースに、どんな影響を及ぼしてしまうか分かったもんじゃない。

 

『おお、頑張れよ』

 

軽く、いつもの調子でそう返す俺。大丈夫、大丈夫。この後起きることを見透かされないように。

 

『・・・?お兄様?』

 

ん?スーが怪訝そうな顔でこっちを見ている・・・って、早速バレた!?

 

いやいや、まだ分からんぞ。こうなったら何がなんでも隠せ、隠し通せ!

 

『いや、なんでもねぇ。レース・・・しっかり走ってこいよ』

 

なんとか平静を装って、スーにそう話しかければ、彼女はいつも通りに勢いよく『勿論ですわ!』と返事を返してくれて。

 

「行くよ、スー」

 

『分かりましたわ!』

 

担当である厩務員さんに連れられて・・・スーは生涯初めてとなるレースの舞台へと上がっていった。

 

 

そして、それから程なくして。

 

「さあ、セキト、マンハッタン・・・迎えが来たよ、行こうか」

 

どこか寂しそうな様子の馬口さんが、俺に頭絡と引き綱を付けた。

 

『・・・やっぱりこうなっちまったか』

 

『・・・うん』

 

いよいよ、俺とマンハッタンに北の大地からの迎えが寄越されたようだ。

 

『(・・・あっ)』

 

なんとなく耳をすますと馬運車のエンジンの音が二台分聞こえた。どうやら俺とマンハッタンカフェは違う牧場に繋養されるらしいな。あーあ、とうとうこいつともお別れだ。

 

それにしても予想通り出発はスーがレースに向かった後だった・・・遅めの時間だが、大方センセイか誰かが、俺とスーの別れの時間を設けてくれたといったところか。

 

これで、スーがここに戻ってきたとしても・・・もう、俺はここにはいない。

 

だからこそ・・・俺の左隣りにいたアイツが、頼りの綱だ。

 

『・・・なんつーか、すまんな、最後まで色々頼んじまって』

 

『イーグル先輩・・・最後までお世話になりました』

 

声をかけた俺に倣うように、イーグルカフェに最後の挨拶をするマンハッタンカフェ。

 

『・・・礼などいらぬ。貴様らは吾輩たちのことなど気にせず、せいぜい子作りに励み、大勢の子孫に恵まれて老衰で果てればいいのだ』

 

ところが、奴の口から出てきたのは一見すると悪口にも聞こえる言葉・・・だが。

 

よくよく考えれば、その内容は言い方こそ硬いがひょっとしなくても『孫に囲まれて老衰で死ね』って奴で。なんだよ、最後まで素直じゃねーなぁ。

 

『ん、じゃあな、元気でな』

 

『本当にありがとうございました!』

 

『うむ』

 

俺とイーグルカフェとマンハッタンカフェで、最後に短く言葉を交わして。

 

それが、俺たちの最後の会話になった。

 

 

 

 

その頃、中山競馬場の第4レース、3歳新馬戦に出走する馬たちが周回するパドックで、一頭の芦毛馬がひたすらに首を降って歩いていた。

 

『やってやりますわ!やりますわぁぁ!』

 

「あ、こら!落ち着け、スー!」

 

『これが落ち着いていられますか!お兄様が見ているんですのよ!!』

 

その馬は、言わずもがなオスマンサス。

 

厩務員の静止も聞かず・・・ぶんぶんと頭を振り回すその様を見て「新馬らしい」、と微笑む者もいれば、「あいつは消しだな」、と馬券師としての厳しい目を向ける者もいた。

 

「止まーーれーーー!」

 

「おっと」

 

そんなパドックに停止命令の長い声が響き渡り、何頭かがそれに驚いたのか鳴いたり、少しバタついたりしながらも、小天狗から飛び出したそれぞれの鞍上を練習通りに背に乗せていく。

 

そして、それは・・・未だ落ち着かないオスマンサスも変わらない。彼女の元へと走り寄ってきた、黒と桃の元禄模様の勝負服を着たジョッキーが、厩務員に話しかけた。

 

「よろしく・・・オスマンサス、じゃあ長いかな・・・えっと、この子、あだ名とかってありますか?」

 

「え?あ、ああ・・・ウチじゃあスーって呼んでますけれど・・・」

 

「そっか、ありがとうございます。スー、今日はよろしくね」

 

一連のやり取りの後、白い馬体の、黒味を帯びた鼻先にぽんぽんと触れたその手の持ち主は・・・岡田順平その人に他ならない。

 

セキトの引退式に出席していた流れから、日程的にも丁度いいと朱美と太島が相談し、決まったことであった。

 

「様子を見てもらえば分かるんですが・・・正直今日は厳しいかなって・・・」

 

苦笑しながらそう言う厩務員、しかしジュンペーはそう聞いてオスマンサスの様子を見ると・・・首を傾げながら逆に尋ねた。

 

「あれ?僕には割とよく見えるんですけど・・・」

 

「え?あれ・・・」

 

そして、愛馬の様子を再び確認した厩務員は、信じられないものを目の当たりにする。

 

 

「落ち着いてる・・・」

 

 

そこには、先程まで首を振り回していた筈のオスマンサスが、すっかり落ち着いた様子で佇んでいて。 

 

「よいしょ、っと。頑張ろうね」

 

ジュンペーを背に、静かに歩みを進めだしたその姿はまるで・・・一輪の白百合のようであった。

 

 

 

 

『さあ第4コーナー回って先頭はメジロライアン産駒ホットフォン!しかし二番手からトウキュウドリームとノブシ!並んで差を詰めてきた!!』

 

お客さんの前で、自らの駆ける姿を披露する日を迎えた15頭の若駒達が芝生を蹴散らし、生まれて初めての攻防を繰り広げながら短い直線を駆け抜けていく。

 

『更にはマイネルヴェルデ!その内から白い馬体・・・オスマンサスもいい脚であがってきているぞ!』

 

「おいおい・・・何が起きてる?」

 

その内の一頭となったオスマンサスの走りを関係者席から見守る太島は、信じられない物を見る目で見つめていた。

 

何故ならば。

 

「そう!いいぞ!スー!!そのまま先頭まで行こうっ!!」

 

『了解、ですわッ!!』

 

調教ではあれ程暴れ馬だったというのに・・・ジュンペーが手綱を取った途端、牝馬らしく、しおらしい、真面目でひたむきな競走馬へと変身していたからだ。

 

真面目な走りを見せたオスマンサスは、陣営の予想を遥かに超えて力強く、軽やかに大地を蹴り、500kg超えの馬体を弾ませる。

 

「気性難って聞いてたけど・・・なんだ、素直ないい子じゃないかっ!」

 

素直にそう感想を述べるジュンペー。

 

『お褒めに預かり光栄ですわ♪』

 

オスマンサスの方も、その言葉に上機嫌な様子を見せ、更に前へと脚を繰り出し、先頭へと躍り出る。

 

『ここで外からシャドーウィップ!!伸びてきた!』

 

『ほらほらどいた!勝つのはアタシだよ!』

 

しかし、今はレース本番。勝利は譲らないとばかりに外目から一頭の牝馬が上がってくる。

 

ダンスインザダークの娘、シャドーウィップ。

 

父譲りの末脚は鋭く他の馬たちを一呑みにして、オスマンサスをも捉えんとばかりにさらに切れ味を増していく。

 

『ここで先頭、オスマンサスが躍り出た!オスマンサスだ!メジロマックイーンの仔、オスマンサスが逃げる!しかし後ろからはシャドーウィップがすごい脚!シャドーウィップかオスマンサスか、シャドーウィップかオスマンサスか!?』

 

『先頭にいていいのは・・・アンタじゃない!!アタシだ!』

 

そう啖呵を切りながら二番手から戦闘へと迫る鹿毛の馬体・・・しかし、自分でも驚くほどに、オスマンサスは動じない。

 

『(不思議・・・。この人の言うことなら・・・聞かなきゃいけないなって、そう思う)』

 

それは、パドックでジュンペーと目があった瞬間。鼻腔に届いた匂いが、どこか安心感を覚えるような・・・どこかで嗅いだことがある匂いによく似たものだったからだ。

 

そして、そんな存在が自分の背中にいる。それだけでオスマンサスはすっかり安心してしまい・・・いつもと比べて、走りにも力が入らない。

 

なのに、この人はそれを「リラックスしていていい感じだね」と褒めてくれて・・・首筋を撫でる手から、また、あの安心できる匂いが流れてくる。

 

その正体が、ジュンペーの身体に染み付いた愛しのお兄様・・・セキトバクソウオーのものであることを、彼女は知らない。

 

しかし、この人と組めば、負けない・・・他の子には

負けたくない。臆病な筈の自分が自然とそう思えるくらいには勇気が湧いている。

 

『残り100!先頭はオスマンサス!しかし後ろからは迫るシャドーウィップ!交わすか!粘るか!どっちだ!』

 

さあ、後ろから一頭迫っている。どうするつもりなの?と自分に尋ね・・・ここまで来たなら、とオスマンサスは、普段はとろんと垂れている目尻をキッと釣り上げた。

 

負けないからこそ、一歩も引かない。いや、寧ろ・・・相手に向かって、一歩踏み出すような、そんな勢いで!

 

・・・そう思えた今なら、あの、憧れていた金色のタテガミの仔にも、負けない気がして。

 

『あなた・・・さっきから誰に向かってものを言ってますの!?』

 

『絶対に負けない』。そんな意志を燃やしながら、オスマンサスは後ろのライバルを睨みつけた。

 

これも、普段なら絶対にできないようなこと。

 

『ッ!?』

 

そんな強い意志をぶつけられて・・・シャドーウィップの身体が跳ね上がる。

 

『(なんだ、なんだこれ)』

 

レース前・・・シャドーウィップの陣営は、オスマンサスをデカくて立派な馬だが良化には時間がかかると見越して、全くマークをしていなかった。

 

それもそのはず、オスマンサスは15頭立ての8番人気・・・パドックで入れ込んでいる上に晩成傾向のある父の血が嫌われての低評価。

 

それが、その「デカいだけ」の筈の目の前の芦毛の牝馬から睨まれたその瞬間、シャドーウィップは全身が痺れたような感覚に襲われ。

 

そんな経験のない事態に・・・彼女は最早戸惑うことしかできなくなって。

 

それを尻目に、オスマンサスは変わらず軽い足取りでターフを駆け抜けながら・・・周りの馬に、高らかに宣言した。

 

『私は!!セキトお兄様の一番の嫁・・・嫁オブ嫁の!オスマンサスですわ!!』

 

『オスマンサスだ!ゴールイン!!メジロマックイーンの娘、オスマンサスが見事シャドーウィップを半馬身差抑えてゴール!』

 

 

オスマンサス、8番人気の低評価を覆して、新馬勝ち。

 

新馬とは思えぬそのレース内容に、彼女の実力を低く見積もっていた人々は続々と手のひらを返さざるを得なかったのだった。

 

 

『お兄様っ!勝ちましたわ!お兄様!・・・お兄、様?』

 

そして、レースを終えたオスマンサスは・・・『家族』である朱美や、太島も交えた記念撮影を終えると、厩務員に引かれながら意気揚々とステップを踏みつつ滞在厩舎の馬房へと帰還する。

 

それから顔を出して、厩舎中に響き渡るような得意げな声で、意中の存在を呼んだ。

 

だが、いない。

 

『お兄様?お兄様ー!?』

 

幾ら呼べども、探せども。

 

一番勝利を報告したかった、あの、赤い馬体のフィアンセが・・・見当たらない。

 

『お兄様ぁぁぁぁ!?』

 

何度も何度も嘶いて、返事を待つが・・・残念ながらそれらしき嘶きは返ってこなくて。

 

そこでもう一度嘶こうとして・・・オスマンサスはそういえば、とつい昨日の話を思い出す。

 

 

『明日だ。明日の・・・遅くても、午後には出発だろうな』

 

 

『あ・・・』

 

そうして、セキトの身に何が起きたのか、すべてを察したオスマンサスの口からは、小さな声が漏れた。

 

聞いてはいた。

 

聞いてはいたが・・・まさか、そんな。

 

『自分がレースに出ている間』に、別の場所に経ってしまうなんて。

 

『あ・・・あぁ・・・!』

 

こうなると分かっていたならば、レースになんて出なかった。

 

そんなこと(・・・・・)よりも、愛しいお兄様と共に、一秒でも長く厩舎で共に時間を過ごしていたかった。

 

なんで、何でそんなことにも気づかなかったのか。

 

『うう・・・!』

 

『・・・奴の言っていた通りになったか・・・オスマンサス、少しいいか』

 

狼狽し、馬房の中を忙しなく動き回り・・・それでも抑えきれない思いが溢れそうになったその瞬間、オスマンサスに聞き慣れない声が掛けられた。

 

『・・・誰、ですの?』

 

そっと、俯きかけていた顔を上げると何の模様も持たない鹿毛の馬が、オスマンサスを見つめている。

 

その纏う雰囲気が、いかにも年上の・・・しかも何年も走っているような、歴戦の古馬であることをありありと語っていた。

 

格上かつ、面識の無い相手に話しかけられたことで彼女が思わず身体を強張らせると。

 

『そんなに緊張せずとも良い。吾輩はイーグルカフェだ。貴様・・・いや、貴女(きじょ)の想い(びと)、セキトバクソウオーの同期に当たる、しがない馬である』

 

口調や仕草で、出来るだけ怖がらせないように努めろというセキトからのアドバイスに従い、これでも極力棘を無くしたイーグルカフェ。

 

その自己紹介を聞いたオスマンサスは・・・少しだけ警戒を緩めた。

 

『イーグル、カフェ・・・さん?私に何の用事でして?』

 

『バクソウオーから、言伝を預かっている』

 

『お兄様から!?』

 

そして、その口からセキトの言葉を預かっていると聞けばオスマンサスはその表情を一気に明るくする。

 

その様子にイーグルカフェは多少頭を抱えたくなる思いを抱きつつ・・・『貴女の思っている言葉とは少々異なっているかもしれんが』と前置いてから、その言葉を思い出し、聞かせ始めた。

 

 

 

 

『・・・今頃、スーは俺の伝言を聞いてる頃かなぁ』

 

中山競馬場を経って、一時間ほど。今は・・・ようやく茨城に入った辺りだろうか?

 

どうやら俺と同じ目的地に行く馬はいなかったようで・・・一頭(ひとり)寂しく馬運車に揺られているのだから、これがなかなか辛い。あんまり長く乗せられてると車酔いもあるし。

 

とは言え、新馬の頃から比べればこれが大分慣れたもので、今では数回休憩を挟めば、あまり酔わずに遠出できるようになったのだ!・・・多分、もう、意味はないけどさ。

 

他にやることもなくて、イーグルカフェに伝えた俺の伝言を思い出す。

 

 

スー、デビューおめでとう。勝ったのなら、よくやった。負けたのなら、次も頑張れ。

 

直接言葉を掛けてあげられなくて、すまない。

 

だけど君がこうして走り続ける限り・・・こういうことは山程起きる筈だ。何かしらの都合、病気、あるいは事故・・・沢山の仲間と出会っては、別れるだろう。

 

寂しいけれど、挫けちゃいけない。

 

俺にまた会いたいのなら、尚更だぞ? 

 

そして、ここからはあくまで『お兄様』じゃなく・・・厩舎の先輩として、言わせてもらう。

 

強くなれ。そして、何より無理をするな。特に脚。脚は何が何でも守れ。

 

弱さを知っていて、それを分かった上で・・・ああ振る舞っているお前ならできるはずだ。

 

レースに負けてもいい。いくら泣いたっていい。落ち込むのもいいだろう。

 

でも、絶対に、そこから立ち直れ。

 

心では負けるな。そうなってしまったら最後・・・レースで勝てないから。

 

分かったか?

 

分からなくても、いずれ分かるようになるだろう。でも、これだけは覚えとけ。

 

『1勝よりも、一生』・・・どっかの誰かが言った、俺たち競走馬のスローガンだ。

 

それじゃあな、スー。

 

数年後に、また、会おう。それまで元気ていてくれよ。

 

 

・・・正直、こんな長文をイーグルカフェはよく覚えてくれた・・・いや、アイツのことだから端折って伝えてるかもしれん。

 

けれど、いいんだ。

 

あいつを通して、スーに、競走馬としての心構えを伝えられたのなら。

 

ふう、と息を吐いて、小さな窓から空を見た。

 

・・・あらら、いつもは晴れていたというのに、よりにもよって今日は生憎の曇天だ。

 

しかし、いつも万全、完璧という風にはいかないのは・・・競走馬の一生と同じ。

 

そういえば、俺はどこの牧場に行くのだろう、全く聞いた覚えがないぞ。

 

別の馬運車に乗り込んでいたマンハッタンカフェは・・・大方、故郷である馬飼が管轄するスタッドに行くんだろう。

 

よっぽどの理由がない限り、同じ場所に行くなら同じ車を使わない手は無いから・・・俺は、馬飼以外のスタッドに行くことになるのか。

 

馬飼入りならず。

 

その事実は俺が花形種牡馬と見做されていないようで残念なような、しかし極端な数の種付けをこなさなくて良い分ホッとしているような・・・そんな微妙な心境に陥って。

 

『俺は、どこに行くんだろうな・・・』

 

北の大地への道のりは、まだまだ長いから。

 

時折ごとごとと揺れる馬運車がまるで自分の心のようだと思いながらも・・・新天地に想いを馳せたのだった。

 

 




次回からエピローグに入り、本編完結後にいくつか番外編を書く予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ1 家族団欒

別名、セキトとスーのイチャイチャ回。+αで牧場主と馬主。

作者としてはテンション高めに書いた・・・つもりです。スーとの初めての子供ではしゃぐセキタンを書きたかったんや・・・。


それはそうと、バクシンオーの中の人が休業を発表されましたね。しっかりと心身の疲れを癒やして・・・また、いつになってもいいですから、元気な声を聞かせてもらいたいです。



『・・・ふぅ』

 

引退から、幾度目かの春。

 

俺は悠々自適な生活を送りながら・・・無事に種牡馬としても活動していた。

 

生を授かった顔も知らない我が子達は、ある者は牧場を、またある者は今頃津々浦々、日本中の競馬場を駆け抜けているんだろうなと思いを馳せつつ、俺は青草を食むのをやめて空を見上げる。

 

・・・え?あれほど心配していた「うまぴょい」。出来たのかって?

 

うん、なんか・・・出来ちゃった。

 

・・・いや、試験種付けを含む最初の数回こそあれ?あれ?ってなったけどさ、もうそれを十回くらいやってると慣れるのな。

 

今じゃ相手として連れてこられた牝馬(女の子)が緊張してたり怖がってるようなら人の手も借りつつそれを落ち着かせて・・・匂いを嗅いでるとカーっとテンションが上がって、気がついたら終わってる感じ。本能ってすげぇ。

 

というか最初のお相手ってサラブレッドじゃないのな。「相手が来た」って言われたときはめっちゃ緊張したけど・・・いざ種付け場の扉をくぐったらそこにいたのが茶色と白の斑毛のおばちゃん馬だったときは唖然としたわ。

 

でも、後から考えれば安全性の問題上そうなるかと納得している面もあって。基本気性の荒いサラブレッドよりも、大人しい乗馬用の品種の方がいいって話なんだろう。

 

周りの話を盗み聞きしたら、おばちゃん馬は近所の乗馬クラブのクォーターホースだったそうで。丁度子供を取りたかったらしい。

 

呆然としながらも、いざ本番と相成った時には四苦八苦しながらも勿論ヤルことはヤッた・・・うん、そういうことの為に来てくれたんだしね。何もせずに帰った帰ったじゃ相手にも失礼だ。

 

因みに賢者タイム中にそのおばちゃんが非常に満足そうな顔をして「アンタ上手ねぇ、これならとってもモテるわよ〜!」なんて言ってくれたけど、残念ながら比較対象となる馬がここにはいないんだよなぁ。

 

というのも・・・俺はスタッド入りをしたのではなく、今時珍しい、完全に個人所有の種牡馬となった様なのだ。

 

しかもその種牡馬としての俺の繋養先というのが、まさかの。

 

『まさか、故郷に帰ってこれるなんてな』

 

馬としての俺の生まれ故郷・・・マキバファームだった。

 

これからは先輩後輩入り乱れて、男社会でムサ苦しい生活の日々、仲のいい馬ができるといいなぁと思いつつも緊張の面持ちで馬運車を降りた時の俺の不安を返してほしい。

 

・・・いや、一旦故郷を離れてしまえば、運が良くても競走馬としてあちこち忙しく移動が続き、運が悪ければ事故や病気、めでたく繁殖入りとなっても、特に種牡馬は大手に持っていかれることが多いこの業界。

 

そんな中で文字通りの帰郷を果たした俺は、どれほどの幸運に恵まれたんだ。本当にこの決定を下した朱美ちゃんには感謝してもしきれないな。

 

しかもなんだかこの放牧地、スペシャル仕様なんだよ。広いし、いつでも厩舎に戻れるし、勿論放牧地に出るのも24時間いつでもフリー。

 

最初はえ、これ、どこのノーザンテースト?って思ったっけ。

 

そう考えると俺の不安と引き換えにしたって多額のお釣りが返ってくるくらいだな。

 

そして、一番驚いたのはアクセスもそこまで良くないはずのこの牧場に、俺の仔が欲しいと花嫁が殺到したこと。

 

その数たるや、50を超えた辺りで心がしんどくなってきたから数えるのを止めてしまい、正確な数は分からないが・・・少なくとも80は超えてたように思う。

 

野生の馬から見たら目玉が飛び出してしまいそうな数字だろう。が、これでも馬飼やらの花形種牡馬に比べれば半数以下。相当大事にしてもらってるんだなと心遣いが伝わってきたものだ。

 

因みに種牡馬としての俺の受胎率はなかなかどうして良好だそうで。確か80%前後とか言ってたかな?

 

『あ、そういえば・・・そろそろの筈、なんだけどなぁ』

 

2年目、3年目・・・と年数が経過するにつれ、俺も種付けに慣れたと判断されたのか相手をする頭数も増えてきたけど・・・特に去年はその中に嬉しい相手がいたことを思い出す。

 

『俺と、スーの子供・・・早く生まれねぇかなあ』

 

 

俺の妹分、オスマンサス。

 

大型の馬体、しかも体質が弱いとあって故障しないよう慎重に使われた結果最終戦績は18戦4勝。だが、その内の1勝がなんとG2阪神大賞典という、彼女にとって大きな意味のある勝ち星だった。長距離で少頭数という条件に目をつけたセンセイと朱美ちゃん、そしてその期待に答えたスーの勝利だな。

 

これならば俺と種付けをする、と言ったところで外野が文句を付けられるのは距離適性が迷子ってことぐらいだろう。

 

しかしその勝利から間もなくして脚元がモヤモヤしだし・・・一昨年の末に競走から引退。母としての新たな責務を背負った彼女もまたこの牧場へと帰還を果たし。

 

そして3ヶ月の自称嫁入り修行・・・またの名を繁殖牝馬としての体作りと種付けを経て、スーは見事に俺との仔馬を腹に宿した。

 

幾らかふっくらとしたオスマンサスは、たてがみと尻尾以外が殆ど真っ白になった姿も相まって競走馬の時よりもかなり魅力的に映って・・・正直見違えたっけなぁ。

 

俺の子供たち自体は恐らく既にこの世界に100を超える数が存在しているし、勿論そいつらにも愛情が全く無いってわけじゃあない。

 

けれどやはり、幼い頃から大きくなるまでその成長を見守り、そして今、母となろうとしているオスマンサスとの仔では他の子には申し訳ないとは思いつつも、最初から思い入れのレベルが違う。

 

そして、ついにそれが「そろそろ生まれそうだ」というスタッフの話が聞こえてきたのが数日前。

 

しかし出産というものは基本的には生物学上、メス・・・つまり母親にしか務まらない崇高な任務であり、使命である。

 

何が起きるか分からない。最悪の場合は母子ともに命を落とすことだって十分にありえる。

 

例えその場に何の知識もない父親が居合わせたところで・・・あの手この手で母親を励ます以外にできることは無いだろう。

 

しかも野生じゃあ出産を迎えた牝馬って、一旦群れから離れるらしいし。

 

・・・早い話が、俺があいつの側にいたってお邪魔虫。寧ろ、感染症やらなんやらの関係で我が子を命の危険に晒してしまう可能性すらあるのがまた世知辛い。

 

『あー・・・クソ、クソ、まだか、まだなのか・・・!』

 

早く生まれないかなとあっちにうろうろ、こっちにうろうろ。正に分娩室の前で何もできない父親の気分をこれでもかと味わいながら、今日も今日とて「母子ともに健康」の一報を願っているのである。

 

生まれて来る仔は、勿論元気なのが一番。だが、早く我が子に会いたいと思うのも親心というものだろう。

 

『あ"ぁ"ーっ!!まだかぁーーっ!!』

 

「うわっ、セキト、今日も元気だな!?」

 

・・・たまに待ちきれなくなって放牧地を爆走し、スタッフを驚かせたりもして。

 

ただひたすら、待つしかないというのはここまでもどかしいものなのかと頭を悩ませ続けたのだった。

 

 

 

 

結局、スーが仔馬を産み落とし、外へと出てきたのはそれから2日ほどが経った時のこと。

 

牧場の人も気を使ってくれたのか、母子は俺のいるところからもしっかりと見ることができる位置のパドックに放牧されていて。

 

先に俺の姿を見つけたスーが開口一番『お兄様!私達の愛の結晶が生まれましたわ!!』なんて。勢いよく報告してくれたものだから思わず食べていた青草を吹き出してしまうところだった。

 

いや、身体構造上不可能だし、スーの言っていること自体は何も間違いじゃないんだけど。

 

待ちに待った俺とスーの子・・・正式な名前が与えられるまでは、「オスマンサスの07」と呼ばれるであろうその子馬と対面を果たすべく。スーの声がした方へと向き直ると。

 

『・・・ッ!!か、可愛・・・ッ!!』

 

なんということでしょう。生まれたばかりでまだまだ足取りもおぼつかない、俺によく似た赤い毛並みで、額には小さな星のある仔馬ちゃんがスーにぴったりと寄り添っていた。

 

今までこの世界に沢山の仔を送り出してきたとはいえ、しっかり面と向かって我が子に会うのはこれが初めてだったりする。

 

というのもマキバファームには俺の近親も多いからな、血の閉塞って問題を考えるとどうしても外部の牝馬への種付けが中心になる。

 

だが・・・しかし・・・。

 

『かーわいいなぁ〜・・・』

 

生まれたばかりの仔馬というものはかわいい。例え成長してどんなに人の手を煩わせる気性難になろうとも、今だけは皆揃ってかわいい仔馬ちゃんなのだ。

 

そしてそんなただでさえかわいい生き物が、俺の遺伝子を受け継いだ存在として目の前にいる。

 

その事実だけで、俺はもうこの仔馬ちゃんにデレデレだった。こんな可愛い子に会えるってんなら・・・よーし、パパは毎年だって頑張っちゃうぞ。ママの体調次第でもあるけど。

 

 

それにしてもスーの仔馬ちゃん・・・毛色は俺に似たのか。だがあのくりくりとした目や、やや細身な体型は仔馬の時のスーにそっくりだ。

 

・・・まさか、性格までそっくりってことはないよな?と、ふと浮かんだまだ見ぬ将来への危惧を振り払う。それは人間様の仕事と都合であって、まだこの子には関係のないこと。

 

せっかく母子ともに無事なんだ。今は、ただただ、その生誕を喜ぼう。

 

『可愛らしいでしょう?さて、お兄様?私とあなたの愛の結晶であるこの仔が、牡馬(男の子)か、牝馬(女の子)か・・・見事、当ててみてくださいまし?』

 

仔馬ちゃんのあまりの可愛さに見惚れていると、いたずらっぽく笑いながらスーがそう囁いてきた。なるほど、性別を当ててみろと。

 

『おー、面白そうだな?』

 

種付けの相手が来ない限りは他にやることもないからなぁ。たまにはこういうことも悪くないとスーの提案に乗ることにする。

 

どれどれ。こういう時に意外とヒントになるのが顔とか体つきだったりする。仔馬ちゃんをじっと見つめると・・・見知らぬ大人の馬に見られて恥ずかしいのか、それとも怖かったのか、仔馬ちゃんは『まま・・・』と小さく呟いてスーの陰へと隠れてしまった。ああもう、やることなす事全部かわいいな!

 

『あら・・・大丈夫ですわよ。あの(ひと)はあなたのお父様。全然怖くなんてないですし、寧ろ、あなたのことを『かわいい』と・・・大事に、見守ってくださっているのですわ』

 

そんな仔馬ちゃんを、優しく諭すスー。その表情は慈愛に満ちていて・・・ああ、あの力任せだった競走馬からは卒業して、今は立派な母親なんだなと感動を覚える。

 

そして、次の瞬間。

 

『・・・?ぱぱ・・・?』

 

『ッ・・・!!?』

 

仔馬ちゃんの口から小さく放たれた、世の中の全ての父親にとっての核爆弾が、俺の情緒とか、語彙力とか、あらゆるものを吹き飛ばした。

 

音にして、たった二文字。されどその二文字がどれほどの威力を持つのか、子供を持つ親なら簡単に理解してくれることだろう。

 

ああ、我が子が、俺のことを『パパ』と呼んでくれた。今日はなんて素敵な日なんだろう。

 

 

『その通りです、いい子ですわね』

 

『えへへ・・・ぱぱ!ぱぱ!!』

 

スーに肯定されたことが嬉しかったのか、仔馬ちゃんはにこりと笑って・・・無邪気な追撃を加えてくる。

 

『ぐふぅっ・・・!』

 

やめてください、あまりの尊さで死んでしまいます。

 

思わぬ大ダメージを喰らいつつ、仔馬ちゃんを改めて観察すると・・・やっぱり、かわいいという感想しか出てこない。

 

今までこうやって愛でたくても、母馬のガードが固いせいでなかなか長時間見させてもらうってことが叶わなかったんだよなぁ・・・オスマンサス様々だな。

 

『・・・?』

 

『(ぐはぁ・・・!)』

 

じっくり穴が空きそうなくらいに仔馬ちゃんをじっと見つめていると、今度は首を傾げちゃって。もう、その仕草もたまんねぇ!父親を萌え殺す気満々だろこの子。

 

・・・というか、ここまで可愛いんだ。これはもう女の子だろうと算段をつける。

 

というのも人間でも赤ちゃんの性別を尋ねる時に「女の子ですか?」と親に尋ね、例え間違えてしまったとしても「かわいいから間違えてしまった」とフォロー出来るという裏技があるんだよ・・・人間の時は一度も使うことがなかったけど。

 

『よし、決めた!』

 

意を決した俺は、スーに仔馬ちゃんの性別を尋ねる。

 

『・・・スー、この子は・・・女の子か?』

 

『女の子、それがお兄様の答えですのね?』

 

『ああ』

 

答えを確認してくるスー。なんだかミ○オネアのようだな・・・勿論、女の子でファイナルアンサーだ。

 

『では発表しますわ、この子の性別は・・・』

 

『・・・!』

 

別に緊張する必要は無いんだが、スーが妙な空気を作り出したせいで身体が強張る。ますますミリ○ネアじゃねーか。

 

『なに、なに?』

 

ほらー、変な空気を察して仔馬ちゃんもオロオロしてるし。スー、勿体ぶってないで早く発表しろよ。

 

そして、そんな「溜め」からの・・・

 

 

『・・・正解ですわ!!』

 

スー自らによる正解発表により、緊張が一気に解放された。

 

『おっしゃ!』

 

あの某百万の名を関したクイズ番組の正解のBGMが頭の中で高らかに流れ、思わず喜びの声を上げる俺。

 

優勝賞金はありません、ですが眩しい家族の笑顔が見られたので俺は大満足です。

 

『ふふ、よく分かりましたわね』

 

スーが優しく微笑みながら言う。いやー、当たってよかったわ・・・仮に外してても怒りはしなかっただろうけど。

 

 

『いやー、あんまりにもかわいいからさ、女の子かなって』

 

『この子の溢れ出すような可愛さが分かるなんて・・・流石はお兄様ですわ』

 

スーが娘に頬ずりしながらそう言うと、その娘は『まま、くすぐったいよー』と、口ではちょっと嫌がりながらも、満更ではないという顔をしていて・・・ああ、なんでこう仔馬って可愛いかな!

 

俺たちから見れば家族団らんのこの光景も、父馬と母馬が別々に暮らしている他の牧場では決してお目にかかれない貴重なもの。そういう点でも・・・俺、恵まれすぎじゃね?

 

仔馬ちゃんの一挙一動に癒やされながら、そんな風にあれこれ色々と考えていると。

 

 

『・・・おっ!』

 

「セキタン!久しぶりー!」

 

「セキト、お前の大事な人が来たでー!」

 

俺の耳が、約一ヶ月ぶりの来訪となった馬主様と、毎日顔を合わせている薪場のおっさんの声を捉えた・・・というか朱美ちゃん、俺に会いたいがあまりに住み慣れた東京から北海道へと移住しやがったし、未だに一ヶ月に一度は会いに来るんだよなぁ・・・まったくこの馬主様は。

 

いや、それだけ愛されてるってことなんだろうし、嬉しいっちゃ嬉しいんだけどさ。

 

因みに牧場を巡って何頭か気に入った俺の子供を買っているそうで。その中にはオープン入りした奴もいるとかなんとか。それがなんとも彼女らしい。

 

とは言え、スーの時以来流石に重賞勝利は遠のいているそう。頼むぞ、顔も知らない息子と娘たち。しっかりと馬主孝行してやってくれ。

 

『おう、朱美ちゃん!とうとう俺とスーの子供が生まれたんだぜ!』

 

いつだって大歓迎だぜと嘶きで返事を返した後・・・伸ばした手に顔を寄せてから『俺の娘を見てやってくれよ』と、指させない代わりに視線で促す。

 

素直な朱美ちゃんはまんまとそれに釣られる形でスー親子の方を見やってくれた。

 

「ん?なに、セキタン?あっちの方・・・って、スーちゃん!?え!?その子・・・もしかして!?」

 

そして、案の定驚きの表情とリアクションを見せてくれて。

 

『あら、朱美さんではありませんか。ほら、ご覧になって?私とお兄様の、自慢の娘ですわ』

 

『ひゃ!』

 

それに対して、スーは余裕がある・・・どころかどこか自慢げな様子で、愛娘の尻を押して『ご挨拶しなさい』と促していた。

 

というかスー、ちゃんと朱美ちゃんのことを認識してら。まあ、3年・・・デビュー前も含めれば4年間もトレセンにいた上に、口取りでも顔を合わせているはずだから当たり前っちゃ当たり前か。

 

 

『えっと・・・こん、にちは?』

 

母親に促され、おずおずと朱美ちゃんに近づいて挨拶する娘。

 

「えっと・・・触っても?」

 

思わず出そうになる手を引っ込ませ、そう尋ねる朱美ちゃん。

 

「天馬さんなら構わへんで」

 

「ありがとうございます!」

 

そんな彼女に、薪場のおっさんは笑顔で許可を出した。途端に娘をモフりだす朱美ちゃん。

 

『わ!なになに、くすぐったいよー!』

 

最初こそ何をされているか分からずジタバタと暴れた娘だったが、朱美ちゃんのマジカルハンドが持つテクニックに敵わなかったようで。

 

『はにゃあ・・・』

 

あっという間に溶けおった。地面にころんと寝転んだ娘をさらに愛でていく朱美ちゃんの口から、こちらも蕩けたような声が飛び出した。

 

「うわー、かわいい・・・!セキタンの子供はみーんな可愛い顔をしてるけど・・・スーちゃんの子は特にかわいいね!」

 

流石は我が娘だ。その可愛らしさで早くも馬主様をメロメロにするとは。これは将来有望だな!

 

・・・はい、俺も朱美ちゃんも揃ってただの親バカです、どうもすみません!

 

「こいつの両親は両方天馬さんの馬やったからなぁ・・・そりゃあ思い入れも段違いやろ。ついでに他の仔も見てかんか?」

 

こら、そこ。おっさんもおっさんでチャンスとばかりに営業しないでくれよ。

 

「はあー・・・懐かしいなあ」

 

・・・と。朱美ちゃんが何かを懐かしむような、遠い目をしながら、一歳馬たちが放牧されている場所を見やった。

 

「確かスーちゃんが脱走して・・・セキタンの放牧地にいたんだよね。あの時はここもこんなに広くなくて・・・」

 

「せやな、ホンマセキトのおかげやで」

 

おっさんの言葉で、ああ、そういえばそうだったと昔の牧場を思い出すと、確かにここまでは広くなかった。

 

もう・・・そうだ、7年。7年も前になるのか。なんだか引退してスローライフになったせいか・・・特に最近、時間感覚がアバウトになってきてるんだよな。

 

まだ仔馬だったスーが自分で放牧地を抜け出して、俺のところへと遊びに来て、そこに薪場のおっさんと朱美ちゃんが出くわしたんだっけ。

 

あの時のスーは身体が弱くてさ。生きるか死ぬかの大騒ぎを経て・・・それでもチャンスすら与えられないのはあまりに可哀想だと朱美ちゃんがスーを買い取らなかったら・・・。

 

「あんなに小さかったスーちゃんも、もうお母さんなんだね・・・」

 

『そうですわ、私、立派になりましたのよ!』

 

こうして胸を張るスーも、生まれたばかりの娘も・・・今、俺の目の前に広がっているこんな幸せな光景は見られなかったことだろう。

 

 

それにしても。

 

『広くなったよなぁ・・・』

 

『広くなりましたわねぇ』

 

スーの肯定を受けながら、俺の種付け料が幾らかなんて知らないけど、薪場のおっさんはだいぶ儲けたらしい。今の牧場は、俺が生まれた頃と比べると厩舎とか、放牧地とか・・・色々とキレイになった。

 

そりゃあ大手に比べりゃ見劣りはするかもしれないが、個人でやってる分としちゃ、かなりの規模になりつつあるんじゃないか?

 

それに。

 

『この時間・・・そろそろ・・・おっ、来た来た!』

 

そろそろ来るだろう、と警戒した俺の見立て通り。ちょっと離れた場所から地響きのような音が轟き始めた。

 

「うわっ、びっくりした!」

 

『大丈夫か朱美ちゃん。なーんか、最近またガンガン始まってるんだよな』

 

何も知らない朱美ちゃんを驚かせたのは、体を揺さぶるような・・・いや、実際ちょっと物理的に振動が伝わってくる程には衝撃を含んだ轟音。

 

少し離れた場所に入って、黙々と作業を進める重機がその出処だ。

 

なんか最近になって工事が始まったんだよな。知識はないからよく分からないけれど、放牧地から別の何かを作ろうとしているような・・・?

 

「あっ、工事の音かぁ・・・また牧場を広げるんですか?」

 

そんな俺の疑問を代弁するように朱美ちゃんがおっさんに尋ねた。ナイスプレーだ、朱美ちゃん!

 

「いや、放牧地はもう十分なんや。でも土地はあるもんやから・・・ちょいと施設でも造ったろうかな、と」

 

そう答えるおっさん。おいおい。施設って、一体何を作る気なんだよ。

 

「施設・・・?」

 

そう思ったのは朱美ちゃんも同じだったらしい。首を傾げながらおっさんに尋ねると。

 

「あ・・・いや、な。ここまで儲けさせてもろたんや。ええ加減大手に頼りきりじゃ無く、自前の育成施設が欲しくなってもうて・・・」

 

そう返したおっさんの言葉に成程、そういうことだったのかと納得が行った。

 

馬の質が向上した昨今の時代では、血統や入厩後の調教よりも、生まれてから入厩するまでの間・・・つまり早期の調教の質が、競走馬としての高いパフォーマンスに繋がるという傾向が強い。

 

だからこそ、施設が充実している大手の牧場・・・この世界で言う馬飼やらウエストやらの馬ばかりが売れて活躍するっていう、所謂運動会って揶揄される状況にも繋がっちゃってるんだけどな。

 

そういう意味では薪場のおっさんの決断は大正解だ。完成の暁には、きっとこの牧場で生まれた馬たちが活躍する大きな助けとなってくれることだろう。

 

 

「完成したら・・・天馬さんの馬も使ってみぃひんか?」

 

そう考える俺を他所に、そんなことを言い出すおっさん。おいおい、育成の方も始める気か?

 

「いいんですか!?」

 

「せっかく作ったのに入れる馬がいないんじゃ勿体あらへんからな」

 

驚く朱美ちゃんに、そう言ってけらけらと笑う薪場のおっさん。それは確かにそう、宝の持ち腐れってやつだもんなぁ。

 

「っ、と!天馬さん、どうや、オスマンサスの仔は」

 

そこまで話したところで、朱美ちゃんの足下を見て眠りこける俺の娘を見たおっさんは思い出したように作りかけの施設のみならず彼女を売り込み始めた。

 

『相変わらず商魂たくましいなぁ・・・』

 

その姿は俺の初G1制覇となったスプリンターズステークスの時に見せた、「俺の全弟か全妹が生まれる」って関係者に売り込んでた時とまったく変わらなくて思わず苦笑いする。

 

まあ、だからこそこの先の時代もやっていけるだろうと安心できるんだけどな。

 

そのおっさんの口から放たれた言葉に、悩むような顔を見せる朱美ちゃん。

 

「んー・・・欲しい、のが本音ですけど・・・でもセキタンもスーちゃんも活躍した子だから、どうしても高くなっちゃいますよね・・・」

 

あー、それは確かにそうだ。

 

俺はG1馬、スーも重賞馬。そんな組み合わせなら世間一般では十分に良血と言われる範疇だからな・・・ん、あれ?でも。

 

『スーの持ち主って・・・』

 

「天馬さん、何言ってるんや?」

 

俺の頭に浮かんだ疑問への答えを出してくれたのは、呆気にとられたような声を出した薪場のおっさんだった。

 

「へ?」

 

それにつられる様にして気の抜けた声を上げた朱美ちゃんに、おっさんは一つ一つ説明していく。

 

「あのなぁ、天馬さん。スーを持ってるのはあんたやろ。それにセキトと種付けしろって指示をしたのもあんた。それ以前にあんたの馬が産んだ子なんやから、あんたの馬に決まっとるやろがい」

 

呆れたように説明するおっさんの話を聞いていく中で、呆然としていた表情が段々と納得したものへと変わっていって。

 

「そういえばそうだった・・・!」

 

終いにはそう声を漏らした朱美ちゃん。まったく。しっかりしてくれよ。ここ数年、馬の入手先が庭先とセリばっかで忘れてたのか?

 

繁殖牝馬の所有権は、大まかに分けて馬主が持つか、牧場が持つかの二つに一つ。

 

前者の場合は馬主が牝馬を預けている牧場に預託料を支払う代わりに、「○○を付けてほしい」とかの指示を出す権利がある状態で、生まれた仔馬も当然馬主のものだ。

 

後者の場合ならば牝馬を養うすべての資金を牧場が捻出しなければならないが・・・牧場側で種付けする馬を選べたり、デキのいい仔馬が生まれたからセリにかけよう、という様な判断が一存で決められるといったメリットもある。

 

まあ、時には腹貸しといって一年限りで他の馬主さんが繁殖牝馬の所有権を売ってもらったり、二人の馬主さんが一頭の繁殖牝馬の権利を同時に持っていて生まれた仔馬を交互に所有したり・・・なんてこともあるけどな。

 

・・・で。朱美ちゃんの場合は間違いなく前者の形でスーを所有している。つまり、何もしなくたって自動的に娘も朱美ちゃんの馬になる・・・という訳でして。

 

「・・・じゃあ、この、かわいい子は・・・もう、あたしのお馬さん、ってこと、ですか?」

 

「せやで、何度も・・・」

 

「・・・やったー!名前!名前考えないと!!」

 

「何度もそう言っとるやないか」、と続きかけたおっさんの言葉を遮るようにして、喜びを爆発させだす朱美ちゃん。

 

「て、天馬さん、またセキトやスーの時と同じように血統名から付ける気かいな」

 

その勢いにたじろぐおっさんを他所に、朱美ちゃんは勢いよく答えた。

 

「はい!だって、馬名は早いもの勝ちですから!」

 

・・・確かに、競走馬の馬名ってのは被りとかが深刻な問題だ。一定の条件を満たせば再び使えるようになるとは言え、馬主にとってオンリーワンの存在である競走馬と全く同じ名前の馬がいた、と言われたら大抵の馬主はいい顔をしないだろう・・・中には「ヒシマサル」っていう特殊な例外もいるけどな。

 

だからこうして、血統登録の時に名前をつけてしまえばそれは馬名のリザーブになるし、今とはルールが違うとは言え、さっき言った「ヒシマサル」の二代目も使った手法だったりもする。

 

「んー、と。この子は・・・あれ?」

 

すっかり眠りこけてしまった俺の娘の顔を優しく撫でながら名前を考えだした朱美ちゃん。慈しむような視線と手付きで娘を愛でていると・・・ふと、あることに気付いたようだった。

 

「なんか、この子。目の周りが白っぽい・・・?」

 

え、それってまさか。

 

「お、気づいたか。そうや」

 

朱美ちゃんの気づきを褒めるようにおっさんがにこりと笑うと。

 

「この仔馬も母親と同じ・・・芦毛馬や」と、確かにそう告げた。

 

な、なんだってー!?

 

馬の目じゃよく分からんかったが、娘は芦毛だったのか!てっきり俺と同じ毛色かと思っていたが・・・そこも母親似だったかぁ。

 

「へぇー!ここから真っ白になっちゃうなんて・・・スーちゃんの時も思ったけど、不思議だなぁ」

 

遺伝子の不思議に目をきらめかせる朱美ちゃん。

 

『あら、私と同じ色・・・でして?お兄様に似たと思ったのですが。朱美さんと同じことを言ってしまいますが・・・本当に不思議ですわね・・・』

 

彼女と同じようにスーも不思議でたまらないらしく、そんなことを言いながら何度も娘と自分の身体を見比べていた。

 

「ま、何にしても、無事に育ってくれへんとな。まずはそこからや」

 

そう話をまとめたおっさんの言葉に、皆が頷いた。

 

生まれてから1日。10日、一ヶ月・・・そして、半年。

 

何事もなく時を刻み、大きくなれば・・・競走馬としての最初の試練が待っている。

 

『半年後・・・スーも、分かってるよな』

 

『ええ・・・この子も大きくなれば私と同じ試練を受けるのですわね』

 

いずれ訪れる、その時。

 

 

まずはそこまで。

 

 

そしてそこから。

 

 

この子は、どんな物語を描いてくれるのだろうか。

 

 

『大きくなるんだぞ』

 

俺は、未だ夢の中にいるかわいい娘を起こさないよう、そっと声を掛けたのだった。






次回、エピローグ第二弾。時間が一気に飛んで、年老いたセキトの日常と「家族」の紹介、そして・・・掲示版回にあったあの事件がいよいよ起こります。

セキトバクソウオー自身の物語も遂にラストへと突入します。最期まで見届けていただければ・・・ありがたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ2 運命の日、来たれり

なんてこったい、エピローグでありながら話の長さが歴代最長になってしまった・・・!

本編の更新は後、ほんの少しと相成りましたが、完走まで気を抜かずに走りきろうと思います!

あ、北海道に杉林って珍しい様ですが、無い訳ではないらしいので、このまま突っ切らせていただきます。




一体どのくらいの時が過ぎたのだろう。

 

 

一体、何頭の娘、息子たちをこの世に送り出したのだろう。

 

 

遠い昔、共に走ったあのライバルの名は何だった?

 

 

俺とどちらが速いかなんてよく比べ物にされた親父の名前はなんと言っただろうか?

 

 

ああ、思い出せない。

 

記憶に蓋でもされてしまったかのように、あらゆることが。

 

 

それでも、確かなことが・・・二つ。

 

 

『ん・・・寒・・・』

 

一つは、今の季節が冬だと言うこと。

 

ツンと刺すような寒さで目を覚ました俺は、最近あまり動かなくなってきた身体をゆっくりと持ち上げ・・・いつものように、牧場全体を見渡せる場所へと向かう。

 

すると、まず目に入ったのは広い放牧地で土煙を上げながら走り回る、もうじき一歳を迎えるであろう若駒の群れ。

 

それから、春先の出産に向けて大きなお腹を揺らしながらもせっせと草を探したり、思い思いの場所で寛いだり、世間話に花を咲かせている牝馬たち。

 

それと離れた場所にいる、何頭かの身を休める現役の競走馬たちも。

 

それらすべてを満足の行くまで確認してから・・・俺は一つ大きく頷いた。

 

 

『・・・よし、今日も俺の「家族」は元気だな』

 

 

そう呟いた俺に、声が一つかかる。

 

『父さん、おはよう』

 

『おう、おはよう』

 

いつものルーティーンが終わるまで待っていてくれたのだろう。隣の放牧地から黒鹿毛の馬が話しかけてきた。

 

こいつは、ナイトオブファイア。俺とスーの間に生まれた2番目の子にして、長男坊。俺はナイトと呼んでいる。

 

何回か重賞を勝つという活躍を見せながらも種牡馬としては必要とされなかったこいつだが・・・幸いにして、乗馬としてここへ戻ってくることが出来た。

 

その穏やかな性格が生きる乗馬の仕事は正にこいつにピッタリで花形として大活躍、今じゃ知名度もあってツアー客や個人で乗馬に来たお客さんに大人気だそう。

 

『調子はどうだ?』

 

『仕事は充実してるよ。でもね、いやー、何年経ってもさ、大事なところが無いってのは慣れないね・・・キングやティオの奴が羨ましいよ』

 

今、こいつの口から出てきたのも俺の家族の名前。キングはセキトキングオー。俺とスーの間に生まれた5番目の子。俺に似た赤毛で、G1も獲った立派な奴だったが。

 

昨年、種付けの事故で若くして亡くなってしまったんだよな・・・けれども遺された子からG1勝ち馬が現れてくれたらしく、その血はしっかりと受け継がれていく事だろう。

 

 

そして、ティオの方だが・・・。

 

『なに?ボクがどうかしたの?』

 

ナイトの愚痴を聞きつけてか、更にその向こうにある放牧地から、一頭の芦毛の馬が声を上げ、柵のそばまで寄ってきた。

 

こいつがティオ。ちゃんとした名前はシロガネテイオー。俺とスーの最初の子供がトウカイテイオーとの間に産んだ子だ。

 

こいつがまた憎たらしいほどに優秀で・・・皐月賞、日本ダービー、そして三冠を逃したものの有馬記念に矛先を定めた矢先に骨折。軽度なものであったが希少な血の持ち主ということで引退し、ここへ戻ってきたという訳だ。

 

『なんでもねーよ、毎年毎年、沢山嫁さんを貰えるお前が羨ましいってだけだ!』

 

『にっしっし!ナイトおじちゃんは大事なところを取られちゃったんだもんねぇ』

 

『この・・・!』

 

魂の叫びを上げたナイトを軽い調子でからかうティオ・・・なんだろう、この口ぶり、どこかですごく聞き覚えがある気がするんだけど・・・だめだ、やっぱ思い出せねぇ。この頭も随分とポンコツになったもんだ。

 

それよりも、このままティオがからかい続けると流石のナイトもキレてしまいそうだな。そろそろ止めるべきか。

 

『こら、ティオ、そろそろ止めないか。ナイトも年下の言っていることだ、そこまで気にするな』

 

俺がそう二頭(ふたり)に声をかけると。

 

『・・・分かったよ、父さん』

 

『ちぇー、じいちゃんの頼みなら仕方ないなー』

 

そう言ってお互いにあっさりと引き下がってくれる。

 

・・・というのも、どうやら経験と知識が豊富だということで俺がボスの座に据えられているらしく。

 

頼み事をすれば、無茶なお願いでなければ大体は聞いてくれたりするんだよな。

 

・・・まあ、この身体の言うことの聞かなさっぷりを感じる度に、そんな肩書きももう少ししたら、誰かに譲らなきゃならなくなるかもしれないという思いが強くなっているが。

 

 

『(しかし、ここも随分と立派になったもんだな)』

 

仲裁されたとは言え、無言で睨み合いながら相変わらず何か言いたそうな二頭を尻目に、再び牧場全体を見渡せる場所へと移動すれば。

 

昔々の記憶・・・俺が生まれた頃よりも遥かに広大になった敷地を駆け回る若駒たちに、思いを馳せる。

 

『あいつも、あいつもあいつも・・・俺の血を引いてそうだな、お、あいつもそうか・・・』

 

その中に、俺と同じく炎が燃えるような・・・赤く、揺らめく毛並みを持った馬が何頭もいる。

 

それが意味することは、直系ではなくとも、確実に俺の血を引いているということ。

 

・・・そう。遅くなったが、もう一つの確かなこととは。

 

俺とスーの間だけじゃなく、他の牝馬の間にも何頭も子どもが生まれて。

 

そしてその子どもたちもまた、全部ではなくとも生存競争を勝ち抜き、親として仔を送りだしているということ。

 

それがなんとも嬉しくて、自然と口角が上がってしまった。

 

こうして、自分の血を引く子や孫たちの活躍を見守りながら、息子や孫と和気あいあいとしながら穏やかな1日を過ごす・・・。

 

それが、馬としても晩年と言える年齢に差し掛かった俺の日常。

 

 

・・・そんな、ささやかで、平和な、幸せに溢れた日々がいつまでも続くと思っていた。

 

 

しかし・・・どんな名馬でも、名も知れぬ馬にも。

 

 

遅かれ早かれ、唯一つだけ等しく訪れる「その日」がある。

 

 

そして、数奇な運命を辿りに辿った俺にも。

 

 

その日が・・・遂に訪れようとしていた。

 

 

「セキトー、散歩行くぞー!」

 

『ん、ちょっと待っててくれ・・・今行く』

 

好天に恵まれたとある日の昼下り。

 

いつものようにスタッフさんに呼びかけられた俺は、ゆっくりと身体を起こして、その声の方へと向かう。

 

最近は視力も段々と落ちてきていて・・・獣医のセンセイは失明も時間の問題だって言ってたな。

 

でも、不思議と怖くねーんだよ。耳と鼻がバッチリ働いてくれてるおかげか?

 

あ、でもこのまま失明したとして、これから生まれてくるかわいいかわいい孫やひ孫の顔を拝めないってことが何より辛い。孫バカ?なあに、昔からだよ。

 

・・・まあ、とにかく。加齢のせいで色々とガタが来ている俺の身体だけども、これ以上ボロボロにならないために・・・こういう天候に恵まれた日には、牧場を散歩することになっている。

 

コースも、時間もまちまち。俺の行きたいまま、したいままに牧場を周る・・・つまり、実質リハビリ。老人扱いされるのは、中身の人間としては中々に辛いものがあるんだけどな。

 

けれど、馬としてはそれこそ全力で走ったり、体力以上に動いたりでもしたらそれこそ命に関わるような歳の筈・・・それも仕方ないと渋々受け入れることにしたのが、少し前の話。

 

『さて、今日は・・・久しぶりにスーと・・・娘たちに会いに行こうかな』

 

頭絡と引き手を着けてもらって・・・ブルルッと一度身体を震わせれば準備完了。

 

『あれ、父さん、今日は散歩の日?』

 

『ああ』

 

『あ、じいちゃん、散歩行くんだ!いいな〜、いってらっしゃーい!』

 

『行ってくるよ』

 

それぞれ息子(ナイト)(ティオ)に見送られた俺は、ゆっくりと坂を下りながら愛しい妻と、かわいい娘たちが暮らす放牧地を目指して歩き出したのだった。

 

 

 

 

「セキト、ここは牝馬の放牧地だぞ、やっぱり歳をとってもそういう・・・」

 

十分程かけてなだらかな丘を下り、牝馬たちが放牧されてる場所の一つへと辿り着いた俺。

 

『なに勘違いしてんだ、俺はかわいい娘たちに挨拶に来ただけだぞ・・・おぉい!』

 

今日の散歩に付き合ってくれているスタッフ君・・・恐らく今の俺よりも年下であろう彼の勘違いに呆れつつも、放牧されている牝馬たちへと声を掛ける。

 

すると。

 

「ん・・・うわっ、イリスにアイリにベル、それにヒカリ!?ドレスまで・・・一体どうしたんだ!?」

 

その中から5頭の牝馬たちが俺の方へとやって来た・・・みんな、スーの娘と、更にその娘だ。

 

驚くスタッフ君を尻目に、俺たちは馬同士で挨拶を交わす。

 

『まあ、お父様!随分とお久しぶりですわね、今日は何のご用事でいらしたのですか?』

 

早速反応を示してくれたのは全身が真っ白な毛並みに覆われた、見目麗しい白毛の牝馬。

 

イリスレヴィガーダ。通称イリス。俺とスーの間に6番目の子として生まれた彼女だが、母に似たのか体質が弱く競走馬としてのデビューは叶わなかった。

 

その事実を受けた朱美ちゃんが授けた彼女の名前はカキツバタの学名から取られていて・・・その花言葉は、「いつか幸せは訪れる」だそうな。

 

幸いにして繁殖牝馬としてなら生活に問題はなかったイリスはゴールドシップとの間に娘を授かったのを皮切りに、毎年新たな仔を産み落としている。

 

『イリス、久しぶりだな・・・なに、久しぶりに皆の顔を見たくなっただけだ』

 

彼女からの挨拶に応えていると、横からよく似た白い顔がもう一つ現れた。

 

『どしたの、お母さん?あ、じいちゃんだ!やっほー、じいちゃん!』

 

『ああ、アイリも今日はここにいたのか』

 

先程言ったイリスとゴールドシップの娘がこのゴールドアイリス・・・アイリだ。他の連中と被らないように呼ぼうとしたらこんな呼び方になった。

 

一旦は競走馬としてデビューし、重賞への参戦も見えて来た彼女だったがやはり体質があまり強くなかったらしい。つい一月前に故障し無念の帰郷となり、今は来年の種付けに向け身体を作っている途中だそう。

 

『じいちゃん、一緒になんかする!?草とか探そうぜ!』

 

『あ、ああ・・・すまないが遠慮しとく』

 

『えー!?やろうよー、絶対楽しいよー』

 

他の馬たちと比べても若いせいか、アイリのテンションは常に高めだ。すまんな、俺が後十年も若ければ一緒にはしゃいであげられたんだが。

 

アイリ相手だと歳の差によってこうして振り回されてしまうこともあるが、心配ご無用。そんな時は大体・・・。

 

『アイリさん、落ち着きなさい、セキトさんが困っているでしょう?』

 

ほら、アイリとは正反対な、青鹿毛の毛並みに大流星が走る「漆黒の女王」様がおでましだ。

 

そんなこの群れを束ねるボスの登場に、アイリは『ゔっ』と一言だけ漏らして、途端に大人しくなってしまった。

 

 

威厳と、美しい見た目を併せ持つボス。そんな彼女の名はブラックベルベット・・・国内のみならず、海外遠征を敢行してG1を制した名馬でもある。

 

俺がベルと呼ぶ彼女もオスマンサスの娘ではあるのだけど・・・彼女が生まれる前年、俺は体調不良に陥ってスーに種付けができなかったんだよな。

 

それはつまり、ベルは兄弟姉妹の中で、唯一父親が違うということ。そして、俺との血縁関係はないということであって・・・。

 

『ベル、助かったぜ。それから体調はどうだ?』

 

『お安いご用です。お腹の仔も・・・ああ、今蹴りましたね、とっても元気みたいです』

 

落ち着きながらも嬉しそうにそう答えてくれるベルだが、何を隠そう彼女の腹にいるのは俺との仔である・・・いや、そりゃあ配合できるんだったらしちゃう気持ちもわかるよ?

 

けどスーからしてみれば俺一本と決めた身でありながら他の牡馬との間に生まれた娘が、夫との間に子供を作るという人間目線ならとんでもなくカオスな状況。

 

果たして大丈夫なのだろうかと、スーに恐る恐る伺ってみると・・・彼女の反応自体は意外にも『それはそれで仕方ありませんわね』と言う様なスタンスで。

 

馬って生き物自体がそういうこともある生態だからだろうか?いずれにしても寛容な妻のお陰で俺は命拾いしたのだった。

 

・・・そういえばスーはスーで、種付け相手が俺じゃないと知ったときは大暴れして抵抗し、唯一彼女の言う『お兄様』にピンときて俺の話を持ち出したお陰で宥めることに成功したのがベルの父親・・・マンハッタンカフェだったと聞いた。流石は俺の後輩だな。

 

 

『ヒカリも調子はどうだ?』

 

『ぼちぼちってとこ、お腹の仔も元気だよ!』

 

そして、黒鹿毛の毛並みをもつこの牝馬の名はキボウノヒカリ。彼女もまた、俺とスーの間に生まれた九番目の子だ。今は初めての子を腹に宿している。

 

確か・・・なんかの重賞を勝ったとは聞いたけどよく覚えてねーや。何にせよ無事なのが一番。こいつのすぐ上の兄ちゃん・・・8番目の子は、名前も付けられる前に旅立ってしまったからな。

 

どんな形であれ、その名無しの兄ちゃんの分もヒカリにはしぶとく生きてほしいものだ。

 

 

『パパ、久しぶり』

 

『おう、元気にしてたか』

 

そして、最後に挨拶してきたスーそっくりな芦毛の牝馬・・・こいつがゴールドレースこと、ドレス。俺とスーの最初の子にして、朝っぱらから元気な挨拶をかましてくれたティオの母親でもある。

 

『うん、あたしは元気。それよりティオの奴はどう?』

 

『相変わらずだぞ、今朝はナイトのタマが無いことをからかってた』

 

『あのガキは・・・まったく、身体ばっか立派になって中身はほとんど変わらないんだから・・・』

 

彼女の質問に、今朝見たままの光景を伝えてやれば、大きなため息を吐きながら息子のバカさ加減に腕があったのなら頭を抑えているであろう表情を見せるドレス。

 

ティオは仔馬の時から生意気だったからなあ。それでいて二冠馬で、種牡馬としても種付けはともかく産駒は大体が優秀だという話を聞いたときは目玉が飛び出るかと思った。ほんと遺伝子って何が起きるか分かったもんじゃねえ。

 

 

・・・さて、この放牧地にいる身内はこの5頭だけか。若駒たちの方にも何頭かいると思うし、その後は功労馬になったスーにも会いに行かないとだから・・・そろそろ行かねーと日が暮れちまう。

 

『それじゃあ、他の連中にも挨拶しなきゃいけないんでな』

 

短い訪問ではあったが、娘たちは俺の訪問を喜んでくれていたようで。

 

『会えて嬉しかったです』

 

『じいちゃんまたねー!』

 

『またお会いしましょう』

 

『父ちゃんも元気でね!』

 

『パパ、またなー』

 

俺はここでもみんなに見送られて・・・次の目的地へと向かう。

 

『じゃ、行くぞ、スタッフ君』

 

用事は済んだぞ、とスタッフ君の持つ引き手を軽く引っ張って、その手を緩めてもらうようにお願いすると。

 

「あ、セキト、もういいのか」

 

『ああ』

 

最早お馴染みのサインとなったそれに、スタッフ君の手が緩んだことを確認した上で、俺はゆっくりと歩き出す。

 

・・・うーん、やっぱり現役の時と比べればなんと歩みの遅いことか。もう少し頑張れば速歩くらいは出来そうな気もするけど。

 

全く、ほんの数年前まで秋になればリードホースも務めていたのが嘘のような衰えぶりだぜ。

 

ん?リードホースもやっていたのかって?ああ。マキバファームの規模が大きくなっていくに連れて、やっぱりとうとう薪場のおっさんは育成牧場も始めたんだよ。

 

そこで少し・・・な。おっと、種牡馬がリードホースを務めるなんて危険すぎる?・・・俺は十年間、無事故だぜ?寧ろ仔馬たちがよく動くってんで評判だったくらいだし。

 

しかもなんかそうやって鍛え上げた奴の中に大当たりの奴が居たとかなんとかで一時騒然となったっけなあ。G1・・・6勝?7勝?とにかく大活躍だったらしい。

 

まあ、俺と暮らしたことなんかよりも、その後の調教がよかったってのがオチだろうけどな!

 

 

「・・・そういえばもうじき年明けだな」

 

『ああ、やっぱりそのくらいの時期だったか』

 

ぼうっとしながら次の目的地に向かっていると、ふと暇を持て余したスタッフ君が俺にそう話しかけてきたから、鼻を鳴らして『そうだな』と返しておいた。

 

俺も耄碌(もうろく)したもので、もう人間たちが大きなレースの話をしていても、イマイチ時期とその名前が結びつかないんだ。

 

今となっては、俺に残された季節を探る方法なんて放牧地の風景の移り変わりと、牝馬たちの腹の膨らみ具合しかなくてさ。

 

だからこそ、スタッフの方からこうして時々時相に合わせた話をしてくれると、今の自分が思っている季節や時期と、実際どのくらいズレているのか分かりやすくてありがたかったりする。

 

「にしても、来年でお前も二十五歳か。すっかりおじいちゃんって感じだなぁ」

 

『・・・悪かったな』

 

首を軽くぽんぽんと叩いてそう言うスタッフくんに年寄り扱いされているのが腑に落ちなくて、少し耳を倒す。

 

それにしても二十五歳か。確かに馬としては高齢の部類だし、リードホースから引退させられたのも納得してしまう。

 

これからはより一層身体の衰えには気をつけなければ。

 

そう思った矢先だった。

 

 

 

 

『だ、誰かぁーーー!!』

 

これから挨拶に向かおうと思っていた若駒たちの放牧地の方から、大きな嘶きが聞こえてきたのだ。

 

「えっ!?」

 

『っ!?』

 

その声に、異常事態を察して思わず身体を強張らせる俺とスタッフ君。

 

あれは、興奮から来る歓声とか奇声とかそういうもんじゃなくて。

 

・・・間違いなく悲鳴だった。

 

『クソっ!何が起きた!?』

 

「あっ!セキトッ!!」

 

一刻も早く、何が起きているのか把握する必要がある!そう判断した俺は、呆然としているスタッフ君を振り払い、先程までの動きが嘘のような走りを繰り出して放牧地へと向かった。

 

「あ・・・ほ、放馬ー!!セキトが放馬しましたー!!」

 

一瞬遅れて事態を把握したスタッフ君が、必死に俺を追いかけてくるのが視界に入る。すまんな、今は君にかまっている暇は無いんだ。

 

お叱りならたっぷり後で受けるから今は若駒たちの様子を確認させてくれ、と俺はさらに脚に力を入れる。

 

 

『はぁ、はぁ・・・着いた、一体なにが起きて・・・!?』

 

そうして最早散歩とは言えないハイペースで辿り着いた放牧地で俺が目の当たりにした光景は。

 

まず、一部が無残に壊された牧柵が目に入り。

 

 

それから、一箇所に固まって、ひたすら身体を震わせ、怯えている若駒たちと。

 

 

その反対に位置する場所で不法侵入をしているにも関わらず悠々と座り込んで、若駒たちを一頭一頭吟味するように見つめている・・・。

 

 

一頭の、ヒグマだった。

 

 

しかも。

 

 

『(あのヒグマ・・・デカくねぇか!?)』

 

この牧場があるのは、自然豊かな山の中。それ故ヒグマ自体はたまに見かけることはあったが・・・目の前のこいつは、そんなヒグマたちとは比べ物にならないほどに大柄で。

 

・・・いや、待て、そもそも本来ならば冬眠していなければならない筈の生き物がどうしてここにいる。そう考えた時、緊急事態によって最大まで活性化した頭が一つの知識を絞り出した。

 

『(まさか、「穴持たず」って奴か・・・!?)』

 

・・・近年、地球温暖化や人間の無茶な開拓などによって、野生動物の生態には、大きな変化が現れ始めている。

 

町中に姿を現す鹿や猿、畑の作物を食い荒らすイノシシなどなど・・・数え切れないほどの変化の一つが、穴持たずと呼ばれるクマの存在だ。

 

皆さんご存知の通り、少なくとも日本におけるクマって生き物は本来ならば冬の間は穴等に籠もって春になるまで寒さや飢えをやり過ごす生物である。

 

・・・しかし、山は拓かれ、餌もなければ、場所もない。そんな環境では、冬眠など出来る訳もない。

 

そうして生まれてしまった・・・歪な生態のクマが、穴持たず。

 

こいつらは、冬眠をしない。あるいは、できない。

 

そして、最大の特徴は・・・冬場になっても活動を止めず、絶えず餌を探しているということ。

 

つまり今、目の前にいる巨大ヒグマは、よっぽどのことがない限り無茶苦茶飢えているってことだ!

 

『(クソ、大声は出せねぇな・・・!)』

 

しかし、ここからどうするべきか。

 

一番いいのは、あのヒグマを刺激せず、若駒たちが全員安全な場所まで避難するか、ヒグマが大人しくここを去るまで耐えることだが・・・あのギラついた目を見る限り、それを許してくれそうにない。

 

ならばクマを撃てる人物を呼ぶしかない、が、ここは山の中。連絡が行ったところで、猟師が来るまでには相当な時間がかかることだろう。

 

それまで、あいつらが耐えられるかどうか・・・!

 

と、そこへ。

 

「はぁ、はぁ、セキト・・・やっと追いついた・・・って、あ、あれは・・・!?」

 

置いてけぼりにしてきたスタッフ君がようやく到着してきた。

 

「ひぇ、ひ、ひひ・・・ひぐ、ひぐ、ま・・・」

 

そして、早々に異常事態の元凶を目にした彼は、恐怖のあまり尻もちを付き、悲鳴を・・・

 

『おっと!すまんがそれは我慢してくれ!って、あ、不味・・・』

 

上げる瞬間、その口を俺が身を挺して塞いだことでまずは事なきを得た。

 

しかしあまりに慌てるあまりミスったわ。なんで野郎とキスしなきゃいけねえんだよ。俺にそんな趣味はねーよ。

 

『ゔぉえー・・・』

 

思わずなにか吐き出してしまいそうな気持ち悪さに襲われたが、スタッフ君はいつもの表情に戻っていて。一先ずどうにかなってくれたようだ。

 

「セキト、何するんだ・・・って、あ、そうか・・・ごめん、助かった。とにかく連絡連絡・・・」

 

そして、一旦は俺を叱ろうとしたものの、事態が事態であることをしっかりと認識したのか、冷静になった彼は携帯・・・もとい、スマホを取り出して事務所へと連絡を入れ始めた。

 

『これで後は若駒たちが耐えられれば・・・っと!?』

 

ヒグマが若駒を襲わないよう、しっかりと目を光らせていると・・・ああ、まずいぞ、若駒の一頭がブルブルと身体を震わせ、怯えきった顔をしていて・・・。

 

『も、もう駄目!!逃げるしかねぇぇぇぇ!!』

 

とうとう、耐えきれなくなって放牧地の中を走り回り始めてしまった。

 

そうなってしまえば、最後。

 

『ぼ、僕も!!』

 

『オレも!!』

 

『いやだ!食べられたくないよぉ!!』

 

走り出した奴を引き金に、若駒たちの全員が走り出してしまった。

 

そして、それを見た巨大ヒグマも、やるかと言わんばかりに一声上げると・・・いよいよ獲物を捉えるべく動き出す!

 

『ああ、畜生!やっぱり駄目だったか!!』

 

馬という生き物は常に追われる立場で進化してきた生き物だ。

 

それ故に臆病で、足が速くて・・・そして、群れで動く習性がある。

 

だから、一頭動き出せばこうなってしまうのは目に見えていた。

 

もし、あいつらが本能が想定しているあるべき場所・・・平原に居たのならば、そのスピードを以ってしてヒグマを振り切れる可能性もあっただろう。

 

だが、ここは牧場。狭く区切られた柵の中では上手く逃げ回れず、下手をすればクマではなく、そこに激突して命を落とす可能性すらある。

 

出来るならば動いてほしくなかったのはこれが起きてしまうから。でも、あいつらはあいつらで、「生きるための本能」に従っただけ。

 

起きてしまったことは仕方がないし、誰にも責められない。

 

そして・・・こうなってしまった以上、この事態を打破できるのは・・・最早俺しかいねぇ!!

 

生まれて初めて目にする本物の野生動物の迫力に少しばかり怖気づきながらも・・・それをねじ伏せ、首を下げ、武者震いをする。

 

『・・・スタッフ君・・・俺に何かあったら・・・後は、頼んだ!!』

 

「え、あ、ちょっと、セキト!!?」

 

俺の決死のセリフなんて微塵も伝わってもいないだろうが、関係ない。スタッフ君の手が引き手を掴む前にするりと抜けて、俺はヒグマのいる方へと走り出した。

 

『おらああああ!!クソヒグマぁぁぁあ!!襲うならこっちを襲いやがれぇぇぇぇ!!』

 

腹の底から空気を絞り出すようにして、何年ぶりかも分からない大声を張り上げ、どの若駒に襲いかかろうかと決めかねているヒグマの注意を引けば。

 

『・・・!』

 

奴はこちらの方へと視線を向けて・・・こちらへと走り出してきた。どうやら完全に俺に狙いを定めたようだ。

 

『へっ!そりゃあそうだ!若くて俊敏な奴よりも、歳をとっててトロい奴の方が狙いやすいもんな!』

 

肉食動物が獲物を捉えるときの本能・・・基本はどんな肉食動物も群れからはぐれた個体を狙うのだが、それは労力を掛けずに子供だったり老化だったり、様々な理由で「弱い」個体を狙う為。

 

まさに、「高齢」で「一頭だけ」で行動していた俺はヒグマから見ればうっかり群れからはぐれた哀れな犠牲者に思えたことだろう。

 

だが、それこそが俺にとっては好都合。

 

『おら!こっちだ!ついて来い!・・・って速!?』

 

さも群れからはぐれたところで天敵に出会い、逃げ出した様を装えば・・・ほら。ヒグマは見事に釣られてくれた・・・ってうぉ!?意外と速いぞ!

 

油断したら食われちまう、本当の意味での命を掛けた生存競争。

 

が、どれほど腐ってようが俺だってG1馬なんだ。あらゆる相手と戦い、「速さ」を証明した俺がクマになんざ追いつかれて食われたとあれば・・・それこそ、あの世で負かしてきた相手に笑われちまう。

 

 

『こっちも・・・簡単に食われる訳には・・・行かねぇんだよ!』

 

自分を鼓舞し、老体に鞭を打ち、現役馬さながらのスピードで牧場を走り抜けると、山道に入り、その道もやがて獣道へと変わり・・・。

 

それでもヒグマがついてきていることを確認しながら、俺は奴を牧場から引き離すように山の奥へ、奥へと進んでいったのだった。

 

 

そして。

 

 

「セキト・・・そんな・・・」

 

道の真ん中で、ぽつんと一人残された若い牧場スタッフが一人・・・セキトが走り去った方角を見ながら呆然と呟いた。

 

 

 

 

それから、一週間の時が過ぎ。

 

「セキトー!!おーい!セキトー!どこやー!」

 

「セキトー!どこだー!」

 

「セキターン!!どこにいるのー!」

 

「・・・ここでもなさそうだな。次の場所へいこう」

 

牧場の人々と、セキト失踪の報せを受けた朱美によって結成された捜索隊は何組かに分かれ・・・万が一に備え猟銃を構えた、熊撃ちと呼ばれる地元の猟師と共に山の中へと入って姿を消したセキトバクソウオーの手かがりを求めていた。

 

しかし如何に牧場に隣接しているとはいえ山は山。しかも所有者によれば少なくとも十年以上は放置されているというその場所での捜索は困難を極め。

 

セキトが通ったと思わしき場所こそ何箇所か見つかったものの、その現在地までは分からず、時間だけが過ぎ去っていき・・・。

 

「あかん・・・山ん中に馬が食える草があるとは思えへんし、ましてやセキトは年寄りや・・・これは、クマに食われてなくても、万が一ってこともあり得るで・・・」

 

とうとう、薪場の口から弱気な言葉が吐かれたのを皮切りにして。

 

「そんな、セキタン、今まであんなに頑張ってくれたのに・・・そんなのって・・・!」

 

朱美はセキトが働く一方で、まだ何も休めていないじゃないか。もっと会っておくべきだったと彼の馬の身に降り掛かった不幸を嘆き。

 

「いえ、天馬さんは何も悪くないです!あの時・・・オレがセキトの性格をもっと理解して、引き手をしっかりと握っていれば・・・!」

 

あの日、セキトの散歩に付き添っていたスタッフはその手の掛からなさに油断して本気で事故を警戒していなかった自分を責め。

 

もう既にセキトが亡き者であるかのような扱いをする3人に、猟師が呆れたように言葉をかけた。

 

「お三方、死体が見つかるまでは諦めるのは早いぞ」

 

ある意味、セキトがすでに死んでいると認めるような発言であるが・・・同時に「死体が見つからない限りは生きている可能性もある」と示唆するその言葉に、3人はハッとして。

 

一旦顔を見合わせると・・・何かを決意したような表情で力強く頷き合ってから再びセキトを探す声を山中に響かせ始めた。

 

 

「セキトぉぉぉ!!返事をしてくれぇぇぇ!!」

 

 

「セキタァァァアン!!どこにいるのぉぉぉ!!」

 

 

「セキトー!!隠れとらんで早よでてこいやぁぁぁぁ!!」

 

 

今度はもう、100%ダメと言える証拠が見つかるまでは諦めない。

 

何度も、何度も呼びかける。

 

 

痛む脚を抱えながらも、最後の最後まで勝利に食らいついて行った、あの馬と同じように。

 

 

 

 

・・・そして。

 

奇跡か、必然か・・・その、3人の声は。

 

 

『・・・ぅ、あ?』

 

鬱蒼と茂った木々の間を、捕食者に襲われまいと本能のまま彷徨い歩く一頭の馬の耳へ・・・確かに届いた。

 

その目は虚ろで、ただ、今を生き延びることにしか意識が向いていないようであったが、それでも、二度、三度。

 

確かに覚えのある声が聞こえる度に、ぴく、ぴくと耳がそれを捉え、脳がその信号を解読して・・・。

 

『・・・はっ!?』

 

遂に、その目に生気が戻ってきた。

 

『どこだ、どこに・・・って・・・おいおい、こいつもかよ・・・しつこいなぁ』

 

そしてそのまま、懐かしい声の出処を探してあちらこちらへと耳を忙しなく動かす内に、未だ優秀な性能を保つレーダーがどうやらありがたくない存在までもがまだ自分を付け狙っているという情報を捉えてみせた。

 

『(クマは一度手に入れた物に対して執着するって聞いたけど・・・幾らなんでもこれはちょっとおかしくねぇか・・・?)』

 

その存在とは、牧場の馬たちを餌食にしようと襲いかかってきたあのヒグマに他ならない。その姿こそ上手く茂みへと隠しているが・・・一度隙を見せようものなら、その数百キロはある巨体を踊らせ、鋭い爪牙で喉元を掻こうとしてくるだろう。

 

しかし、そんな頂点捕食者である存在が・・・いつまでも、いつまでも、あの手この手で攻撃を躱し、捕まらないはずの自分を追いかけてきている事にセキトは違和感を覚えていた。

 

いや・・・そもそもの話、クマという生き物は恐れ知らずではあるが、本来人間の家畜を積極的に襲うような生き物ではない筈なのだ。

 

それが、こうまでして自分を、家畜を付け狙うその理由。

 

セキトは一週間の朧気な記憶を必死に掘り返して・・・その原因かもしれない違和感へと行き着いた。

 

『・・・なるほど・・・お前も苦労してるんだな』

 

この山の植物は、特に杉が不自然に多い。そして大きく高く育ち、広がった杉林がもたらすものといえば・・・大量の花粉、そして鬱蒼とした日陰。

 

日陰に・・・いや、杉林によって僅かな木漏れ日すら失われたこの地の場合は暗闇というべきか。そんな陽の当たらない暗い、暗い場所では植物は育たない。例外なのは杉に巻き付くツタくらいだ。

 

・・・つまり、この山は「死んで」いる。

 

だからこそ、本来山でのサバイバルに向かない筈の馬であるセキトはここまで来れたのだし、そんなセキトを狙い続けるヒグマ以外の生き物を見かけなかった。

 

それは、ここがヒグマにとってエサがない地ということを意味していて。

 

ならば何故、これ程の巨体を持つヒグマが生きてこられたのか・・・その理由など、考えれば考えるほどに一つの可能性にしか行き当たらなくなっていく。

 

『ご苦労なこった・・・腹が減る度に、人里に降りちゃあ大事な家畜を掻っ攫ってくんだもんな』

 

 

このヒグマは一度や二度なんてものではなく・・・人の家畜を幾度となく襲う、常習犯。

 

セキトは、そう結論付けた。

 

そして、「失敗する訳が無い」というそのプライドと・・・家畜を襲うようになってからというものの、経験することの無かった異常な飢えが、ヒグマの本来持つ知恵を歪ませ、セキトへと執着させているのだろう。とも。

 

「セキトー!どこやー!」

 

『おっさん!・・・っと!』

 

そんな時に、再び耳に届く薪場の声。応えようとする気持ちを咄嗟に抑えて、近くに身を潜めているであろうヒグマへと意識を集中させる。

 

『(クッソ・・・!ここにいるって応えられたら、どんなに楽か・・・!)』

 

一週間、運良く雨や水溜りから水分こそ取り入れることが出来たが、草は一口たりとも口にしておらず・・・身体は随分とやせ細ってしまっていて。

 

そんな身体で全力疾走しようとしたところで力が足りずに、追いついてきたヒグマにあっという間に組み伏せられ・・・そしてお陀仏。

 

その光景が見えるからこそ、下手に動けず、動かせず。

 

「セキトー!」

 

そんな所で、再び耳に届く声がこれでもかと心を大きく揺さぶってくる。

 

幸いにも何度も呼びかけてくれたお陰で・・・彼らのおおよその位置は分かっている。

 

だからこそ・・・セキトは非常に歯痒い思いを抱え・・・どうするべきか、大いに迷っていた。

 

みんなの下へ行くのはいい、だが、そこにこんな大熊まで引き連れていったら・・・大惨事ルート直行コースが確定してしまうだろうから。

 

が。そんなセキトの葛藤を知ってか知らずか、聞きたかった声によって、彼の迷いは容易く断ち切られることとなる。

 

「セキターン!!大丈夫だよー!熊撃ちさんもいるからー!熊さんが着いてきても、やっつけてくれるよー!!」

 

『朱美ちゃん・・・!?』

 

聞き間違いかと思うような内容、しかし確かに現実のものであるそれは、他ならぬ大切な馬主の声。

 

その中にあった熊撃ち、という言葉・・・。

 

それを聞いて、セキトはにやりと笑う。

 

『(上手く行けば・・・牧場に帰れるかもしれねぇ・・・!!)』

 

我が家に帰れるかもしれない・・・と。

 

 

そうと決まれば・・・問題点は、今のセキトの限界がどこにあるかだった。

 

『(おっさんたちとはなるべく近いほうが良いんだが・・・)』

 

熊撃ちが同行しているとなれば、何らかの方法でこちらの位置を知らせるか、或いは自分でそちらのほうへと赴くか。

 

いずれにしても、未だ自分を付け狙うハイエナのようなヒグマの存在を知らせなければ、彼らの命も危険に晒されることになる。

 

そのためには、・・・ある程度の距離がある状態でこちらの健在を知らせつつ、襲いかかってくるであろうヒグマから逃げ切るしかない。

 

チャンスは一度きり。

 

『(・・・大丈夫、やれる、やれる・・・!)』

 

成功すれば生き延び。失敗すれば・・・死へと一直線。

 

ハイリスクな作戦に、脈打つ心臓の音が大きくなり、そして、早くなっていく・・・そんな時。

 

『(あ・・・?)』

 

セキトは不思議と大昔、これと似たような高鳴りを感じたことがあるような気がした。

 

二度とない大舞台。かかる大記録。

 

なにか・・・いや、誰か。大切な「相棒」を背に乗せて、四方八方から歓声が湧き上がる。そんな場所を駆け抜けたような、朧気な記憶と共に刻まれた、激しい鼓動。

 

『(なんだか知らねぇが・・・燃えてきた!)』

 

その正体が、かつて「競走馬」として駆けた己の闘志であるということを知らぬまま、セキトは一か八か・・・自分を助けに来てくれたのであろう者の方へと身体を向ける。

 

その瞬間、どこからかの射抜くような視線が、更に鋭くなるのを感じたセキトは身体をブルリと震わせ・・・また、心を高鳴らせていく。

 

『(やってやろうじゃねぇか)』

 

 

これから走るのは、あのヒグマに恐れをなし、尻尾を巻いたからではない。

 

己の意思による、立派な作戦である。

 

 

三十六計逃げるに如かず。

 

 

『(つまり・・・逃げるが勝ち、だ!)』

 

そう思いながら、セキトは・・・力強く大地を蹴り出した。

 

 

 

 

「セキト・・・どこやぁ・・・」

 

「セキ・・・タン・・・」

 

「セキトぉ・・・」

 

「・・・まだ、ダメか・・・お三方、ここは休みましょう」

 

その頃・・・流石に疲れを隠しきれない様子の一行は、一旦セキトの捜索を取りやめ、身体を休めようとしていた。

 

そんな時。

 

「・・・あれ?」

 

「どうしたんや?」

 

「場長、すみません、ちょっと静かに・・・あ!」

 

セキトを逃してしまったことを激しく後悔しているあのスタッフが・・・何か聞こえたのか、耳を澄まして、顔を綻ばせた。

 

「なんや、なんか聞こえたんか」

 

「はい!馬の足音のような音が・・・」

 

「ん?それって、この・・・だんだん近づいてきてる音のこと!?」

 

3人の耳に入った音・・・それは確かに、聞き慣れた馬の足音に他ならなかった。

 

セキトだ!セキトが生きていて、それだけじゃなくこちらを見つけて、近づいてきている!

 

「・・・?」

 

3人が3人共、そう信じて疑わない中・・・熊撃ちの男だけが、足音に違和感を覚えて猟銃を手に取った。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

「いや、ちょっとした保険だよ。馬の足音にしちゃ、ちょっと変なところがあって・・・」

 

そう言いかけた瞬間。

 

 

『グオォォォォォ!!』

 

 

杉林の中から・・・まるで地の底から湧き上がる様な世にも恐ろしい鳴き声が轟いた。

 

「!?今のって・・・」

 

それに慄いた朱美を宥めるように、熊撃ちの男は落ち着いた声色で説明する。

 

「・・・間違いなく、熊です。危険ですからお三方は下がっていてください。それから」

 

その言葉に、先程までの歓喜から一転、緊張が走る3人。そして。

 

「先に言っときますわ。最悪の場合・・・馬ごと殺ることになります」

 

熊撃ちの男は、それだけ言うと、ジャキリと銃を構え、冷徹な目で照準を覗き込んだ。

 

「馬ごとって、そんな、なんでセキタンまで!?」

 

いきなりそんなことを言われて、納得が行かなかったのは朱美だ。

 

彼女の取り乱した声を聞いて尚・・・熊撃ちの男は冷静に告げた。

 

「パニックになった馬は、人を踏み潰すこともありますから」

 

「・・・」

 

そう言われてしまっては、何か言いたくても、最早何を持ってしてもその言葉を押し返すことなど出来なくて。

 

不安のあまり、目に涙を浮かべ始めた朱美の手をスタッフが握って・・・思わず顔を上げた彼女に、彼は言った。

 

「オレが言えたことじゃ無いかもしれないけれど・・・大丈夫です。セキトは・・・セキトバクソウオーは、そんなこと・・・絶対にしません。そういう馬です・・・!!」

 

彼とセキトの付き合いが始まったのは、ほんの数ヶ月前。そんな短い付き合いながらも事ある毎にその賢さには痛感させられるばかりで。

 

何があろうと、人を踏み潰すなんて・・・そんな事故を起こすわけが無い。

 

そう信用し切ってしまうほどには・・・情と、愛着と、信頼が生まれていた。

 

「・・・うん・・・!」

 

セキトを信じた真っ直ぐなスタッフの瞳に、力強く頷いて応える朱美。

 

 

「さぁ・・・どこからでも来い!!」

 

そして、熊撃ちの男が耳を澄ませ、360°()、どこからでも掛かってこいと気合の声を上げ。

 

そんな状況など知る由もなく。セキトと、それを追うヒグマの足音は・・・着々と一行へと迫っていた。

 

 

 

 

『(あぁー!クソっ!速ぇ!速すぎじゃねーのかあいつ!!)』

 

一方こちらはその一行目掛けて、一か八かの全力疾走をかましている途中のセキト。

 

走り出したは良いものの・・・やはり痩せ馬で、しかもオフロードとあっては熊相手に不意打ちでリードを取れたこと自体が奇跡に近く。

 

長く走れば走るほど、あちらが有利になる一方的な展開ながら、しかしその前に目的地まで辿り着いてしまえばこちらの勝ちが確定すると言わんばかりに、必死に脚を動かしている。

 

 

『グォォォォォ!!』

 

そんなセキトを追うヒグマの方も、待ちに待ったチャンスを逃すまいと赤い馬体を追っていた。

 

群れからはぐれ、衰え、弱った個体。ましてやこの奇妙な森の中でも煌々と輝くその生き物を見逃すわけがない。

 

そう思っていたのだが・・・これが中々、隙を見せない曲者で。まだか、まだか、ええい、まだかと待ち続ける内に何回も日が沈んでは、また昇って。

 

そんな獲物が・・・どういう訳か急に走り出した。

 

ならば追わないわけにはいかず、何ならこのまま行けば十分に捕らえられる可能性がある・・・いや、捉えてみせる!

 

 

・・・最早目の前を走る獲物のこと以外、眼中に無くなっていることにも気づかぬままに、ヒグマはセキトを追いかけ、追いかけ、追いかけ続ける。

 

そして、案の定追いついた。よくよく見れば痩せ細ったその獲物は飢えを満たすには不十分だが・・・まあ、またあそこへ襲いに行けばいいだけだ。と気持ちを切り替えた。

 

今はこの獲物を捉えるべく、アバラが浮いたその背中へと爪痕を刻むべく、大きく口を開け・・・!

 

 

「セキタンッ!!曲がってぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

その瞬間、突然聞こえてきた謎の甲高い声に驚く間もなく。

 

 

その意味を理解しているかの様に・・・眼前の赤い生き物が大きく右へと身を翻したのを捉えた時だった。

 

 

ターン、ターン、ターン、と。

 

 

何かが爆ぜるような音が一つ、二つ、三つ。

 

 

山全体へと響き渡った。

 

 




次回、本編最終回。セキトの運命や如何に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ3 走り続ける

本編最終回です。

ただ、まだ書きたいネタがいくつかあるので番外編の更新は続きます。


「やったか!」

 

巨大ヒグマに追われ続けて一週間。

 

ようやく聞こえた人の声の方へとそのヒグマを引き連れて突っ走り・・・悲鳴じみた朱美ちゃんの声に咄嗟に反応して右へとすっ飛んだ。

 

そんな俺が聞いたのは・・・使い古したフラグめいたおっさんの声。おい、それダメなやつだぞ。

 

「・・・いえ、ダメですね。でも、まだ・・・!」

 

案の定、今の不意打ちでヒグマを仕留めることは叶わなかったらしい。しかし熊撃ちと思わしき渋い声のおじさまに諦めた様子はない。いやん、ロマンスグレーが素敵。

 

てか、そうか、この人が朱美ちゃんの言っていた熊撃ちさんか。なんかさっきは俺ごとクマを狙ってるような気がしたけど・・・俺の気のせいだよな?

 

ところでそのヒグマだけど・・・振り返ってみれば、彼が放った弾丸は確かにヒグマに当たってはいるようだ。

 

けど・・・いずれも致命傷には至らなかったようで、すごい鳴き声を上げながらゴロゴロと転がるように悶絶している。

 

これは・・・チャンスじゃないか?

 

「ふっ!」

 

そう思ったのは熊撃ちさんも同じだったらしい。再び猟銃から弾丸を放つ・・・が。

 

 

『ガォォォ!!』

 

それに気がついたヒグマは飛び起きるようにして走り出し・・・山の奥へと逃走していく。

 

『・・・!』

 

・・・その時、確かにこっちを睨んだその目は、心なしか「覚えておけよ」と言っているような・・・そんな気がした。

 

手負いグマって言って、仕留め残ったクマは凶暴な性格になるらしいけど・・・今日負った傷が癒えるまでは、アイツも今までのようには動けないだろう。

 

 

・・・とにかく。

 

これで、牧場と、俺を襲った危機はひとまず去ったということ。

 

『あ"ーーーー・・・疲れたぁぁぁぁぁ』

 

「セキタン!!?」

 

長らく山中を彷徨ったこと、そして、久しぶりに人間に会えたこと、ヒグマがいなくなったこと・・・。

 

あらゆることへ安堵するあまり、4本の脚全てから力が抜けて地面へとへたり込む。心配した朱美ちゃんが駆け寄ってきてくれたが・・・すまん、今はとにかく休ませてくれ。

 

てか、冷静に考えたら一週間、水以外口にしてないんだぜ?ほぼ二十五歳の高齢馬がよく生きてたな。まあ、俺のことなんだけど。

 

こりゃあしばらく動けないなぁ、と考えていると、熊撃ちさんが「早く避難しないと熊が戻ってくる可能性が・・・」なんて説明をしてらして。

 

じゃあ早く逃げないと・・・と頭では思っても、あらら、やっぱり身体が言うことを聞いてくれないや、年寄りってやーね。

 

『みんな、すまねぇ・・・』

 

ブルルと鼻を鳴らして、頭を下げて。申し訳ないと謝れば、熊撃ちさんは俺の仕草に驚いたような顔をしたし、朱美ちゃんからは「いいからまずは休んで!」と叱られてしまったぜ。とほほ。

 

 

「ところで、セキト・・・いいもんがあるんやけど」

 

そんな時、薪場のおっさんがなにやらにやにやと笑いながら、腰の後ろに手を回して話しかけてきた・・・ん、この匂いは・・・ははあ、おっさん、その手に隠しているのは、アレだな?

 

赤くて、丸くて、あまーいやつ。

 

「ほれ、これでも食うて力出しや」

 

『・・・!それって・・・!』

 

そう言っておっさんが差し出して来たのは・・・俺の見立て通りにリンゴだった。

 

ただし予想外だったのは・・・そのリンゴが俺の誕生日とか、子供が大きなレースで勝った時とか、そういう特別な時にしか貰えない大きくて滅茶苦茶甘いやつだったということ。

 

『それ・・・いいのか!?』

 

首をぐいっと伸ばして、大好物であるそれに鼻先を近づけると・・・ふわーっと甘い蜜の匂いが入ってきて・・・食べる前からこれは特に「大当たり」の部類に入るレベルだと確信する。

 

「どうせ何も食うてへんのやろ?だったら腹はスッカラカンのはずやからな。しっかり食うて、まずは家まで帰るで・・・っと!」

 

『いただきます!』

 

おっさんが話し終わったその瞬間を見計らって、俺はリンゴにむしゃぶりついた。

 

噛み付いたその瞬間、しゃり、という音とともに口の中に広がる蜜の味。

 

ああ、あぁ〜!!そうそうこれこれ!この甘さ!!世の中じゃあ馬の好物はニンジンなんて俗説があるけれど、俺は断然リンゴ派!よくファンからニンジンや青草が届くけど、差し入れするならこっちでお願いしたいくらいだ!

 

結局30秒と掛からず、大きなリンゴを種と芯以外全て口に収めた俺は、ゆっくりと残った果肉を味わった。

 

なんかその最中におっさんが熊撃ちの人から「熊が出るかもしれない山中に食料を持ってくるなんて、あんた死にたいんですか!?」なんてこっ酷く注意されていたけれど。

 

まあ、その食料のお陰で俺は久しぶりに腹にものを入れることができたんだ、その辺で勘弁してやってくれよ。

 

 

『・・・そろそろいけそうかな・・・よっ、と!!』

 

それから更に十分ほどが過ぎてから・・・ようやく身体にエネルギーが回ったのか、俺は少々よろめきながらも無事に立ち上がることができた。

 

「あ!セキタン!大丈夫なの?」

 

『ひとまずはな』

 

まずは、我が家(牧場)に帰らないとな。

 

そこでしっかりと身体を休めて、また、若駒たちの面倒なんかも見てやらないと。

 

「じゃあ、帰ろか」

 

「賛成!」

 

『おうよ!』

 

俺の様子を見て・・・これなら行けそうだと判断したおっさんの判断によって、俺たちは一度最寄り、とは行っても数百メートルは歩いて山道へと出て、そこまで進入して来てくれた馬運車へと乗り込み、牧場への帰還を果たした。

 

というかその帰路の・・・馬運車の乗り心地が最悪で・・・まあ、山道ならそうもなるって話ではあるんだけどさ。

 

ひょっとして、直接歩いて帰った方が体力の温存になったんじゃね?と思ったのはここだけの話。車を降りたら朱美ちゃんまでダウンしてたし。

 

しかも帰ったら帰ったで久しぶりに顔を合わせたスーが。

 

『お兄様!!なんて無茶をなさるのですか!!話を聞いたときにはもう会えないと思いましたわ!!』

 

そう言いながらあらゆる感情がごちゃまぜになった顔をしていて・・・そのまま迫られてしまったからもう大変。

 

柵越しに俺にくっついたまま離れてくれなくなり、厩舎で身体を休めなければならないからと何度説明しても理解してくれなくて、とうとう物理的に俺が離されるとひんひん鳴いて寂しがる始末。

 

何人かのスタッフさんが必死に宥めていたけど、ありゃあ落ち着くまで時間がかかりそうだなぁ。普段なら俺が側にいてやるんだが・・・ガリッガリのバッテバテな今日はそういう訳にも行かなくて。

 

スタッフの皆さん、非常に手のかかる妻ですが、どうかお願いします。

 

 

それから俺の厩舎に戻るまでの道すがら・・・会う馬会う馬、皆がみんな「生きてたの!?」とか「ボスが帰ってきたー!」といい意味で驚いてくれたり、歓喜の声を上げたりと思い思いのリアクションで俺の生還を喜んでくれていて。

 

『(意外と俺、慕われてんだなぁ・・・)』

 

自分は案外、人徳ならぬ馬徳のある存在だったのだと改めて認識する。

 

ならば、その心に応えるべく、俺はしっかりと食べて、寝て・・・身体を戻した上で、まだまだボスの仕事を続けなければ。

 

そう、これだけの大騒動にも関わらず、俺自身はまだまだ生きて、生まれてくる子孫たちの活躍を見守る気で満々だった。

 

 

 

 

満々だった・・・んだけども。

 

 

『ん・・・あれ・・・おかしいな・・・』

 

それからというもの、青草を食べても、飼い葉を食べても・・・中々浮いたアバラが引っ込んでくれないし、腹も大きくならない。

 

ちゃんとボロは出てるから、消化はしてるはずなんだけど。

 

首を傾げながらも、ならば更に食べるだけだ!と絶えず草を食んではいるんだが・・・それでも、痩せた馬体はそのままで。

 

『うぷ、やっぱりなんか変なんだよなあ』

 

そもそも草を食べられる量が段々減っている気がする。身体を戻そうとして牧草を口に入れても・・・なんだか『いらない』ってなっちゃうんだよな。若い時は青草なんかいくら食べても足りないくらいだったのに。

 

しかも、気を抜くとなんだかぼーっとして、いつの間にか座り込んでいることが増えた。そんなんじゃ足腰を駄目にしちゃうのにな。

 

そんな生活をしているもんだから案の定筋肉なんて落ちちゃって、またヒグマが出たとしてもあんな追いかけっこを演じることは叶わないだろう・・・あ、でも、囮にはなれるかも?

 

そんなことばかり考えている俺の異変を感じ取ったのか、薪場のおっさんもよく獣医を呼んでは俺を診てくれるようになって。

 

それが、月に一回、週に一回、そしてついには一日一回。獣医の往診が日常になり、点滴を受けながら健康状態のチェックをしてもらっていたある日のことだった。

 

 

「先生、セキトは・・・セキトを、何とか助けてやれんのかいな!?」

 

その日の診断結果を聞いたおっさんが、まるで懇願するように獣医の先生に縋っていた。

 

そして、肝心の先生はと言えば・・・それを見て、悲しそうな、哀れむような・・・とにかく、いい意味をまったく含まない顔をしていて。

 

「誠に申し上げにくいのですが・・・現状の医療で、出来る手は尽くしました。それでこの結果となると・・・」

 

おっさんに向けて放たれた獣医のその言葉と、顔を伏せたおっさんのリアクションで・・・とうとう俺は自分の身に何が起ころうとしているのか、理解する。

 

『(ああ、そういうことか・・・)』

 

 

どうやら、『そういうこと』らしい。

 

食欲が落ちているのも、馬体が戻らないのも。

 

その言葉で全部、納得する。

 

 

・・・思えば、生まれてすぐに命を落とした息子がいた。

 

少し育って、脚を折った子もいた。

 

育成に入って、突然の病に倒れ伏した子も。

 

厩舎で、競馬場で、牧場で・・・あらゆる場所で、理由で・・・アクシデントによって輝きを散らしてしまった子もいる。

 

そんな哀れな子どもたちに比べたら・・・俺の二十五歳なんて、充分な長生きだ。これ以上を望んだら、きっとそいつらに怒られちまうだろう。

 

 

『(あーあ、とうとうか)』

 

勿論、理解したとは言え、理解出来ただけであって・・・その事実を今すぐ全部受け入れられるわけじゃない。

 

ただ、『その時』に向けて・・・まだまだ出来ることはあるはず。

 

『・・・ナイト、ティオ。来てくれ、話がある』

 

その第一歩として。

 

『なんだい、父さん』

 

『なになに、じーちゃん、大切な話?』

 

診察を終えて放牧に出された俺は・・・近くの放牧地にいる息子と孫を、静かに呼びつけた。

 

納得の行く、『その時』を迎えるために。

 

 

 

 

そう決意をした日から時は流れて・・・。

 

凍てつくような雪が溶け、顔を出した大地から新緑色の目が顔を出し、やがて牧場に植えられた桜の木が、その花びらを開かせる頃になると。

 

季節が新たな命を運んでくるのとは反比例するように・・・とうとう俺は、枯れた大木の様な姿へと変り果てていた。

 

とは言えそんな身体なりに元気ではあるし、病気じゃないんだからもうどうしようもねーって話だし、俺自身はそんなに気にしていない。

 

・・・因みにさっきの枯れた大木って表現だが、ティオの発案だったりする。ホント変な所で頭がいいんだよな、アイツ。

 

『・・・はぁ』

 

しかし、どうしたことだろう。最近はいつも重い重いと引きずるように動かしていた身体だが・・・今日は一段と重い気がする。

 

でも、いつも通りに牧場を見渡せる場所まで歩いていって・・・あれ、何も見えないや。

 

一旦は不思議に思ったものの、すぐに原因を思い出した。

 

『あ、そっか・・・目、駄目になったんだよな』

 

そう、前々から危惧されていた目なんだが・・・あれから一気に駄目になって、ほとんど真っ白な視界になっちまった。

 

もう実質身体にくっついてるだけって感じだし、耳もあんまり聞こえなくなってて・・・あ、でも鼻だけは健在。リンゴやみんなの匂いだって分かるし、もしも気に入らない奴が来たら噛み付いてやる。

 

というか目が見えないことを忘れるなんて、こりゃあいよいよ俺もボケが始まったか?

 

 

『父さん・・・大丈夫?』

 

『・・・ああ、ナイトか。大丈夫だ、いつもと変わらん』

 

話しかけてくれた息子の声を認識するにも時間が必要で、最近はたった一言反応するにも、少し遅れてしまう始末。

 

なんつーか、すっかりヨボヨボのおじいちゃんって感じだ。

 

『はは、俺もすっかりジジイだな・・・』

 

苦笑しながら顔を上に向けるとなんとなくだが雲は無く、空が広がっているのが分かる。道理で背中が温かい訳だ、今日は快晴なのだろう。

 

今の俺の目にはそんな空の色も、まるで霞がかかったように白く濁ってしまっていて・・・ああ、あの澄み切った青空が恋しいなぁ。

 

「おーい、セキトー!元気かー!?」

 

『ん?・・・あ、おう!スタッフ君!』

 

己の老いを実感する中、見回りもかねて俺の様子を見に来た人物が一人・・・うん、この匂いはスタッフ君だ。彼が、長い紐のような・・・ああ、これは引き手か、それを俺に見せながら「今日はどうする?」なんて聞いてきた。

 

これは、散歩に行くかどうか尋ねてきているサイン。最近は体調次第で行ったり行かなかったりしてるんだが・・・今日は行けそうだな。健康のため、行かせてもらうぜ。

 

見えない目で大丈夫かって?

 

それが意外と大丈夫なんだよな。牧場のどこに何があったかとかってしっかりと覚えているもので、その感覚に従うだけでぶつかるとか、どこかに身体を引っ掛けることなんてほとんど無いんだよ。

 

それに、完全に見えてないってことでもないから、最悪目の前から車なんかが来たりしたら反応は出来る、逃げられるかどうかはまた別問題だけど。

 

「これで・・・よしっ、と」

 

『よし、行くか!』

 

体の表面から微かに伝わる衝撃が、俺の頭絡にしっかりと引き手が付けられたということを伝えてくれて。

 

さあ、今日もボスとして・・・なにも異常がないか、しっかりと見回らないとな!

 

 

 

 

「セキト、お疲れ様ー」

 

『はー、疲れた疲れた、休も休も・・・』

 

あー、歩いた歩いた。

 

今日は珍しく調子が良かったみたいで、一度歩きだしてしまえば嘘のように身体が動いてくれたもんだからそのまま牧場の放牧地巡りをしてしまったぜ。

 

ちょっと遠いところで放牧されている連中にも久しぶりに会えたし、今日の散歩は充実していたの一言だ。

 

因みにパトロールの方もめでたく異常なし。まったく、いつまでもこうあって欲しいもんだなぁ。

 

それにしても・・・そう考えるとホント、朝の身体の重さは何だったのか?

 

・・・まあ、そんなことばっかり考えてても仕方ないな。そろそろ俺の放牧地も見えてきたし。

 

 

「じゃあな、セキト。しっかり休めよ」

 

『おう!』

 

そのまま歩みを進めて専用の放牧地に帰ってくると・・・スタッフ君が引き手を外してくれたから、俺は身体を休めようと直通になってる馬房へと向かう。

 

『あ、父さん、おかえり』

 

そんな俺を見て、早速ナイトが出迎えてくれた。

 

『おう、ただいま。ちょっと休むから、その間の番は頼んだ』

 

『了解!』

 

俺が休んでいる間に何か起きたら大変だからな。万が一の時は俺に知らせてくれる様ナイトに見張りを頼んだら、快く返事をしてくれた。これで安心。

 

 

『よっこいしょ、ふぅ〜・・・』

 

俺の身体を考慮してか、たっぷり目に敷かれた寝藁に座り込んだ後、何となくそんな気分だったから身体を横たえて、脚を投げ出す。

 

『ふぁー・・・気持ちいい・・・』

 

人間で言えば羽毛布団のような極上の寝心地。しかも万が一の時は食べられるってんだから、これ以上のベッドがあるだろうか。

 

因みに寝藁の味は・・・なんというか、噛み終わったガム?とにかく無味無臭で、少なくとも俺は自分から食べようとは思わないかな。

 

『ふぁ・・・』

 

しかし、今日は沢山散歩したからだろうか。妙に眠い。

 

うとうととしている内に段々と目蓋が重くなってきて、まばたきが増えてきて・・・。

 

 

もともと時間は一杯あるんだ・・・たまには昼寝に没頭する日があったって、怒られはしないだろう・・・。

 

 

そう、と決まれば・・・。

 

 

少し、眠ろうか・・・な・・・。

 

 

・・・そして、冬とは思えない暖かな気候の中・・・驚くほど穏やかに、眠りに落ちた俺だったが。

 

 

一定のリズムを刻んでいたその寝息と、身体の動きが・・・いつの間にか止まっていた事に気づいた者は。

 

・・・俺自身も含めて、誰もいなかった。

 

 

 

 

『・・・起きろ、おい、起きろって』

 

・・・んん?俺に話しかけてくるのは誰だ。申し訳ないが俺は今昼寝中でな。緊急の用事でなければ後にしてほしいんだ。

 

『むにゃ・・・あと5分・・・』

 

話しかけてきた相手を見ることもせず、思わずそう返事を返すと。

 

『いいからっ・・・!起きやがれってんだ!セキトバクソウオーさんよぉ!!』

 

『ふぁっ!!?』

 

相手が一転して怒鳴りつけるような大声を出してくれたもんだから、驚いたあまりに飛び起きる・・・ってあれ?

 

『身体が・・・軽い?』

 

何ということでしょう、先程まで鉛の様だった身体が、嘘のように軽くなって・・・今なら若い時と同じ・・・いや、それ以上に走れそうなくらいだ!

 

『こりゃあ早く皆にも知らせないと・・・って、ん?んん?』

 

まるで突然若返ったかのような調子の良さが嬉しくて、早く外に出てナイトを呼びつけようとしたところで・・・ようやく周りの風景が牧場とは様変わりしていることに気づいた。

 

『ここ・・・どこ?』

 

まず、柵が無い。というか地面と呼べるものがない。

 

じゃあ俺はどこに立ってんのさって言われたら・・・空中?いや、浮いてるわけじゃないんだけども。

 

えーっと、地面がないのに、しっかりと地面を踏みしめて立っている感覚はある・・・って、なんか訳分かんなくなってきた。

 

というか、よくよく周りを見渡したら・・・なにここ、月とか火星とか、よくわからない変な色の星とか一杯浮いてる・・・宇宙?一体何が起きたら牧場が宇宙空間になるんだ。てか目も見えてるし。

 

昼寝効果のお陰か妙にクリアになった頭で、前世の知識までもを引っ張り出し・・・あれこれ、どれそれ、いろいろと考えては見るものの何一つこの不可思議空間に当て嵌まるものなんて無くて。

 

ああ、訳が分からな過ぎて頭が痛くなって来たぞ・・・一体何がどうしてこうなったんだ。誰か俺に説明して欲しい・・・。

 

 

『よぉ、セキトバクソウオー、目は覚めたか?』

 

いきなりこんなところへと叩き込まれ、呆然としている俺に・・・先程眠りから叩き起こしてくれた声の持ち主が再び話しかけてきた。

 

『ん・・・誰・・・ウェッ!?』

 

思わずそちらのほうへと顔を向け、その姿を確認すると・・・俺は思わず変な声を上げてしまう。

 

『随分と久しぶりだな!』

 

そう堂々と声を張り上げ、そこに立っていたのは・・・紛れもなく『俺』だったからだ。

 

おいおいおい・・・赤い馬体に、額に一点だけ置かれた炎の様な流星に、後ろ脚の白い部分、蹄の大きさまで・・・紛れもなく、聞いてた俺の特徴とぴったり一致してやがる。

 

まさかドッペルゲンガー!?・・・じゃ、ないよな?もしそうだとしたら俺、これから死ぬってことになるんだけど。

 

しかもそいつ、久しぶりって話しかけてきてるし・・・多分、何処かで会ってるはずなんだよな、けど、んー・・・一体どこで・・・。

 

『もう、なんだよ!『オレ』のこと忘れたのかよ!?』

 

あの、何処かで面識ありましたっけ?なんて聞くわけにもいかず。しばらく考え込んでいると、俺そっくりな馬は地団駄を踏み、まるで子供のような態度を見せ・・・。

 

『・・・あ』

 

それで、ようやくピンときた。

 

今の今まで忘れていたけれど・・・まだ俺が現役だった頃、欧州へと遠征した時、不思議な夢を見たような覚えがある。

 

確か・・・もう一頭自分がいて、なんやかんやとあってそいつとレースして・・・。

 

・・・あー!そうだ!完全に思い出したぞ!

 

 

『お前、夢の中でレースした・・・もう一頭の俺だな!!?』

 

こいつは俺の精神の中に閉じ込められた『本来この肉体の持ち主になるはずだった魂』・・・つまり『本来のセキトバクソウオー』だ。

 

確かあのときはお互いの存在がどうのこうので勝負したんだよな、その後どうにかなったけども。

 

『そうそう!なんだ、ちゃんと覚えてんじゃねーか!安心したぜ!』

 

俺の方から、その正体へたどり着いたことを伝えると、もう一頭の『オレ』は満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに言った。

 

そして、そうやって彼にご満悦頂いたところで・・・俺の方からも質問を投げかける。

 

『なあ、『オレ』よ。気がついたらこんな場所にいたんだけど・・・ここが何なのか分かるか?』

 

『分かるぜ、んーと・・・そうだなあ・・・』

 

この不思議空間について尋ねてみたら、なんと『オレ』はその正体を知っていると言う。これはラッキーと思いつつ、しばらく唸る彼を見ていると・・・。

 

どうにも、答え自体は分かっているけれども、それをどう俺に伝えたものかと悩んでいるようにも思える。

 

そのまま見守っていたら、やがてこちらをちらりと見やって。

 

『・・・ストレートとオブラート、どっちがいい?』

 

なんて聞いてきたから。

 

『・・・じゃあ、ストレートで』

 

今更だけど俺、そこまで頭が良くないからなぁ。下手にオブラートに包まれたところで理解できないってよりは、多少傷ついたとしても最初にストレートに言ってもらった方が後が楽な場合がある。

 

だから、今回もその経験則に則ってストレートに言ってもらうことを選択したんだけど・・・。

 

『オレ』の口から出てきた言葉は、想像もしてなかったものだった。

 

 

『なんだ!気を使う必要とかなかったな!んじゃ言っちまうぞ!ここはな・・・天国だ!』

 

『天国!?』

 

おい、こいつ今なんつった。

 

思わず言われたその言葉を、頭の中で二、いや三度繰り返す。

 

テンゴク。

 

てんごく。

 

漢字にしたら・・・天国・・・だよなぁ。

 

 

・・・うん、少なくとも、周りの光景を見る限り楽園とかそういった意味での天国って訳じゃないのは理解できた。

 

と、なると・・・天国って言葉に残された意味は、あと一つ。

 

『おい、おいおいおいおい・・・!?』

 

でも、その意味って。つまり、そういうこと・・・だよ、な?

 

『な、なあ・・・『オレ』。また、聞いてもいいか・・・?』

 

『なんだー?』

 

この『事実』を知っているのかいないのか・・・『オレ』はのんきにそう反応した。

 

けど、こっちとしてはそれどころじゃあなくて。

 

『・・・俺、は・・・その、えっと・・・死んだ、のか・・・?』

 

そこにある『事実』を認めるのがまだ怖くて。臆病風に吹かれた俺は情けなくも自分の身体ではなく・・・目の前に立つ『オレ』に尋ねた。

 

そして・・・。

 

『うん、死んだ!』

 

『ふぇあ!?』

 

俺は『オレ』に、その重苦しい事実を、深刻さなんて微塵も感じさせないほどに底抜けに明るく返されたもんだから変に拍子抜けしてしまった。

 

けれどそれが良かったのだろうか?悲しいとか辛いとか、そういった感情よりもこいつへのツッコミが優先されて・・・大きなため息が出る。

 

『はぁ・・・やっぱりか・・・というかお前、ちょっとは空気読めよ・・・』

 

『?』

 

俺の言葉に、よく分からないという様な表情を見せる『オレ』。

 

ああそっか、こいつ、そもそも俺以外の馬と関わったことがないんだった。そりゃあ空気を読めって言われたって分かるわけないわな。

 

それにしても・・・あー、とうとうか。

 

今にして思えばあの身体の怠さや重さはお迎えの前兆だったんだろう。そして、眠っている時にそのまま苦しまずポックリ・・・。

 

ああ、誰がどう見ても羨ましがるほどの老衰です、本当にありがとうございました。

 

納得はしている・・・けど、せめて出産シーズンが終わるまで生きていたかったなぁ。

 

だって、今年生まれる俺の子供たちは俺の顔を知らず生きていくんだぜ?そう思うと切ないような、寂しいような・・・。

 

そうだ、突然残されちまったスーは大丈夫だろうか?アイツのことだから後追いしてきそうな怖さがあるんだが。

 

・・・あ、やべ、ちょっとだけ『会いたい』って思っちまった。ダメダメ、こっちに来ちまった以上、あっちには戻れないんだから。

 

こんな時は、何か他のことで気を紛らわせるに限る。胸の奥に渦巻く気持ちを抑え込もうと・・・俺は、こいつが『天国』と称したこの場所がどうしてこんな宇宙空間じみているのか、と『オレ』に尋ねてみた。

 

『・・・なあ?天国って言う割には随分と宇宙みたいな場所だが』

 

その言葉を聞いて、待ってましたとばかりに勢いよく答え始める『オレ』。

 

『ああ!それはだな!天国って言っても、ここはまだ入り口なんだ!』

 

『入り口?』

 

入り口、とはどう言うことだろうか。俺は更に続きを促した。

 

『もっともっと奥の方に行くと、ホントの天国があるんだけど・・・もしかしたらまだ生きてなきゃいけないのに、間違えてここに来ちゃった奴が帰れるようにってわざと長くしてるんだってさ!』

 

『へえ・・・』

 

鼻高々、といった様子で説明してくれる『オレ』。こいつがなんでそんなことを知っているのかはともかく、まさか物理的に長い道で死者以外を帰しているとは・・・臨死体験ってやつの真実を知ってしまった気がする。

 

とは言え俺だって今は死んでるからこの事実を誰かに伝えることもできないんだけどな。

 

 

・・・その後も、二頭(ふたり)で駄弁りながら、長い、長い道をゆっくりと進んでいく。

 

そこで気づいたのは、案外この道を行くペースってのは、馬それぞれだってこと。

 

後ろから『ごめん!早くまたあの人と走りたいんだ!』と、どこかで見たような額に小さな星を持った鹿毛の馬が全速力で駆け抜けていったかと思えば。

 

のんびりと前を歩いていた、一本線に近い流星を持った栗毛馬に『よかったら先に行くかい?』と言われ道を譲ってもらったりして。こちらもどこかで見覚えがあるような。

 

そうやって、一歩、また一歩と進めていく中で・・・急に、『オレ』が足を止める。

 

『お、どうした?』

 

急な出来事に俺も歩みを止め、『オレ』にそう尋ねれば、彼は後ろを振り返ったまま、不思議そうに『なんか呼ばれた気がする』と呟いて。

 

そのまま後ろへと身体を向けると、一気に走り出そうとして・・・しかし今度は、俺のことが気になるのか、ちらり、ちらりとこちらへ視線をやってきた。

 

俺を置いていきたくない、とでも言うように。

 

 

 

 

その頃。

 

 

夜明けを迎えたマキバファームでは大騒動が起こっていた。

 

「タオル!!早よせんか!!」

 

「はい!」

 

 

「あわ、あわわわわ・・・!?」

 

「今更だけど僕たち、ここにいていいのかな・・・!?」

 

繁殖牝馬たちを収めている厩舎の一角。いつもは馬の嘶きぐらいしか音がない筈が、今日はドタバタ、薪場と複数人のスタッフがあれやこれやと右往左往して。その中には何故か朱美とジュンペーの姿もあった。

 

「ベル!もう少しやで!しっかりきばれや!」

 

そんな中で・・・薪場は馬房の中で、今まさに仔を産み落とさんとしている牝馬、ブラックベルベットへと声をかける。

 

大きく開かれた鼻孔は絶えず空気を取り入れようとし、時折立ち上がってはまた座ってを繰り返し・・・初産であるはずの彼女だが、本能のまま母親としての勤めを果たそうとしていて。

 

「(まったく・・・!産む気配なんて全然あらへんかったのに・・・セキトの仕業か!?)」

 

薪場がそう思うのも無理はない。何を隠そうこのブラックベルベットの出産は前日までほとんど兆候を見せないまま始まったものであり。

 

まるで自分に関わった人々を悲しませまいとするかのように・・・早朝、セキトバクソウオーが馬房で亡くなっているのが見つかり、連絡を受けた朱美とジュンペー、その他大勢が駆けつけ、急遽お別れ会が始まったその直後。

 

ブラックベルベットが放牧地で破水しているのを、一人のスタッフが見つけたのだ。

 

牧場の大黒柱の死というあまりに大きな哀しみに暮れる中、彼によって「ベルが破水した!」と、一大イベントの始まりが告げられては。

 

経験のあるなしに関わらずスタッフ達も大混乱、皆が皆感情が迷子になったままとにかく生まれてくる命を助けなければと動き出したのだった。

 

 

「場長!出てきました!」

 

「おお!・・・んんっ!こいつは・・・!!」

 

やがて、座り込んだブラックベルベットから仔馬の脚先がずるりと現れると。

 

「赤毛や!こいつ!セキトに似て赤毛やー!」

 

薪場がそう歓喜の声を上げた通り、その毛並みは確かに父親譲りの真紅をたたえていた。

 

 

 

 

『・・・なあ、行かないのか?』

 

『・・・』

 

黄泉の旅路を往く途中。

 

突如として立ち止まった『オレ』は、後ろの方・・・つまり、現世の方から呼ばれているとそちらの方を向いたまま、立ち尽くしていた。

 

しかし、あっちから呼ばれてるってことはだ。

 

『オレ』は・・・また、新たな命として生まれ変わってこいと。そう言われているのかもしれない。

 

・・・それって、すごい幸運なんじゃないのか?

 

なのに、あいつと来たら。こっちの方をちらちら、ちらちらと伺ってくるばかりで・・・一向に旅立とうとしない。

 

せめて見えなくなるまでは見送ってやろうと立ち止まっている俺だが・・・流石にイライラしてきたぞ。

 

あいつは一体何をしてるんだと思いつつも見守っていると、急にそわそわしだして・・・かと思えば突然。

 

『いいのか?』

 

と聞いてきた。

 

『何がだ?』

 

一体何を聞かれているのか全くわからなかったから、そう返してやれば『オレ』は。

 

『いや、ここでさ・・・なんとなくなんだけど、お前が行けば、お前は、また、生きられるんじゃないかなー・・・って・・・』

 

『だろうな』

 

何ということだ。この期に及んで、こいつは未だに俺を気遣ってくれているようだった。

 

・・・けれど。

 

『だけど、残念なことに、俺にはなーんも聞こえねえんだわ』

 

どれほど耳を澄ましたって、『オレ』の言う、呼び声なんてものは俺の耳には全く聞こえてこないのだ。

 

お呼びでない奴が理を破って無理矢理に現世に帰ろうとした所で・・・碌な結果にならないだろうってのは、容易に想像できた。

 

だからこそ。

 

『・・・『オレ』。いや、まだ名前もねー誰かさんよ。せっかくのチャンスなんだ』

 

新たな生の権利が与えられた、目の前で立ち尽くしている俺そっくりな存在に・・・最後のエールを送ってやろうじゃないか。

 

『さっさと行け!とっくに死んでる『俺』に構うな!もうお前は・・・『俺』でも、『セキトバクソウオー』でもない!分かったら早くあっちの世界で・・・お前自身になってこい!!』

 

『!』

 

怒号にも近い俺のその声に『あいつ』はびくりと身体を強張らせたものの・・・俺の言葉を聞いて、目を見開いた。

 

『いいのか?本当に、いいのか・・・?』

 

こいつ・・・まだ言うか。だったら。

 

『文句なら、もう一回死んだ後に聞いてやる』

 

こっちだって、そう言ってからそっぽを向いて・・・これ以上お前のぐずりに付き合う気は無いと意思表示してやった。

 

俺は現世に未練がない・・・と言ったら嘘になるな。けど、どうせ遅かれ早かれスーも、子供達も、いずれこっちにやって来るんだ。

 

だったら、限りある『生』という時間は、俺の一時の寂しさを埋めるよりも、『あいつ』に消えない思い出と、大切なものを作るための馬生として回すべきだろう。

 

『・・・っ、く、あ・・ありがとうッ!!忘れねぇ・・・オレ、生まれ変わっても、お前のこと忘れねぇよっ!!』

 

俺の独断で決めたことだが、その内容がなにか『あいつ』の琴線に触れたのか、いきなり泣き出しやがった。

 

『いいからもう行けっての!』

 

これ以上ここにいてもらってももう面倒くさくなる一方にしか思えなかったから、俺は少々語気を強めて、『あいつ』の旅立ちを促す。

 

『っ、あ"ぁ!』

 

それに応えるようにして・・・『あいつ』は、とうとう現世に向かって、一歩、二歩、速歩で踏み出たかと思えば、すぐに襲歩(ギャロップ)に切り替わって・・・あっという間に見えなくなってしまった。

 

『いい・・・走りだった、な』

 

流石俺と同じ身体の存在だった魂。あれならどんな時代のどんな馬になったって、競走馬としてのパフォーマンスを求められる限りは最高の結果で答えてくれることだろう。

 

というか。

 

『・・・あいつ、俺よりG1勝つんじゃねえか?』

 

早くもそう危惧してしまうくらいには見事な走りっぷりだったぜ。

 

二十年、あるいは三十年、はたまたもっと先か?俺とは別の馬としての生を歩んだあいつの土産話が、今から楽しみだ。

 

 

そして。

 

『先ぱーい!こっち、こっちですー!』

 

『・・・おっ?』

 

今度は一頭で、ゆっくりと不思議空間を歩んでいた俺の耳に・・・微かだが、懐かしい声がした。

 

『んー・・・懐かしい、のは懐かしいんだが・・・一体誰だったか・・・どうせなら行ってみるか』

 

『先輩!先輩で合ってますよね!?』

 

しかし、いまいち誰の声だったか思い出せなくて、それが余計もどかしかったから・・・声の出処を探して走ってみれば、その声が段々と大きくなってきて・・・。

 

『先ぱ、うわっ!危なっ!!?』

 

『うおっと!』

 

最後は、新緑の草原と、青く晴れ渡った空が無限に広がる空間へと突っ込んだ。

 

急に風景が変わったことに驚いてバランスを崩したものの、何とか立ち止まって・・・。

 

ブルブルっと首を振るってから顔を上げれば、図らずしも突進する形となってしまった俺を何とか躱したと思わしき漆黒の馬がいた。

 

・・・ん?こいつ、よーく見たら・・・青鹿毛の馬体も、大きな流星が走るその顔も、どこかで、見たような・・・って、あ!!

 

『やっぱり!!先輩!お久しぶりです!!』

 

『・・・!やっと思い出せた!!本当に久しぶりだな!!マンハッタンカフェ!!』

 

最後にもう一声掛けられて、やっとその声の主を思い出す。

 

かつて同じ厩舎に所属し、出るレースは別々ながらもお互いに励まし合って・・・共に栄冠を掴んだ後輩、マンハッタンカフェ。

 

このままあの世での感動の再会・・・と行きたいところだったが。

 

『お、思い出した・・・って、ボクのこと忘れてたんですか!?酷い!』

 

俺のセリフの内容に気がついたマンハッタンカフェが文句を付けてきた。

 

『悪ぃ悪ぃ!!なんせ二十五年も生きてたもんだからな!色んなことがすっぽ抜けてたんだ!こうして思い出せたんだから許してくれよ!!』

 

『むー・・・』

 

俺は本当に悪かったと真摯に謝ったが・・・忘れられてしまっていた悲しみや怒りと、思い出してもらえた嬉しさという相反する感情に挟まれて、頬を膨らませるかのようなマンハッタンカフェ。

 

 

『ほう、忘れていた・・・とは。いいご身分だな、バクソウオー』

 

『あんなに仲良くなったんだ、忘れたとは言わせないよ』

 

『そうッスよ、バクソウオーさん!』

 

『僕もまぜてもらいたいな』

 

そんな俺らの背後から・・・幾つもの蹄音(あしおと)が近づいてくる。

 

『お前ら・・・』

 

ああ、その顔を一つ一つ、しっかりと確かめていけば、懐かしい思い出が昨日のことのように蘇ってくる。

 

最初に話しかけてきた鹿毛の牡馬は、2歳の時から引退するまで、なんだかんだと縁のあった悪友にして、時に大切なことを学びあったイーグルカフェ。最後はスーを押し付けて悪かった。

 

 

次に口を開いた栗毛の牡馬は・・・クリスタルカップで顔を合わせたのが最初、G1を先取りされたり、一緒に香港に遠征したり・・・本当にいろいろとあった友人、アグネスデジタル。

 

 

3番目・・・一見するとイーグルカフェと見間違えてしまいそうな、彼と同じ鹿毛の牡馬は高松宮記念で激しくデッドヒートを繰り広げ、何故か俺を慕ってくれたショウナンカンプだ。

 

 

そして4番目。額に星のある鹿毛の牡馬・・・って、んん?こんな奴、俺と関わった馬にはいなかったよーな・・・。

 

って。

 

『あんた誰だよっ!!?』

 

『あ、バレた?』

 

俺のリアクションが面白かったのか、クスクスと笑う牡馬・・・道理で見覚えが無いわけだよ!滅茶苦茶焦ったじゃねーか!!関係ないやつがしれっと混ざってくんな!

 

けど、そう噛み付いたところでそいつは余裕綽々という態度を全く崩さず、むしろ俺のことを慈しむような目で見ているような気すらするんだが。

 

ここまで来たら、逆にその正体が気になってきたぞ。

 

『で、あんた、本当に誰なんだ』

 

謎の牡馬に、そう聞いてみれば。

 

『君の、父親』

 

未だニコニコとした表情を浮かべた彼から返ってきたのは、たったの一声。

 

だが、俺にとっては・・・それがまた、とんでもないことであるのは間違いなかった。

 

『・・・はぁ!?』

 

俺の父親・・・ってことは、まさか、さ、サクラバクシンオー!?

 

・・・そう言われてみれば、確かに額の星も、脚先の白さも、人の時の記憶にあるそれと一致するような・・・。

 

しかし、なんで、なんでそんな歴史的名馬がこんな所にいるのだろうか、と。頭の中はグルグルのグチャグチャだ。

 

『そ、その・・・歴史的スプリンターである、サクラバクシンオーさんが、どうしてここに・・・』

 

とても追いつけそうにない事実にたじろぎながらも、なんとか言葉を絞り出してサクラバクシンオーと名乗るその馬に目的を尋ねれば。

 

『僕たちは競走馬だから・・・目的は一つに決まってるでしょ?』

 

『っ!?』

 

その言葉と共に俺に向けられるその眼差しは先程までとは一転して・・・倒すべき相手へと向けられる鋭いものへと変わっていた。

 

俺だって競走馬で・・・ましてや、今は全盛期の頃に戻っていると思わしき状態なんだ。

 

最後に出走したのは二十年程前だが、しかし、父親のこの視線の意味が分からないほどには落ちぶれちゃいないぜ?

 

『なーるほど。そういうことかよ・・・いいぜ、親父。一戦交えようか』

 

要は、『どちらが速いのか、確かめに来た』って事だ。わざわざご苦労なこった。

 

『最強スプリンターの座・・・奪い取ってやる!』

 

ま、どんな条件だろうが、こっちも負けてやる気は全く無いけどな!

 

『おぉー、いいね、いいねぇ!!君みたいな、気概のある仔を待ってたんだ!!』

 

周りの空気をヒリつかせる程度には闘志を溢れさせる俺に、余裕のままそう答える親父。

 

そんな時だった。

 

『お、面白そうなことやってんな!!』

 

『アッハッハ!!俺も出させろ!ヤマトー!お前もこーい!!』

 

『何やってんの父さん!?あ、久しぶり!レースは参加するからね!』

 

『バクシンオーさんのご子息と走れるなんて・・・!私、久しぶりに燃えてきました・・・!』

 

高まるムードを察したのか、その辺から有名、無名、知り合い、知らない奴・・・ありとあらゆる馬たちが集まってきて、もうしっちゃかめっちゃか。

 

ああだこうだと押し合い、へし合い、議論とは言えない議論の結果、もういっそ全員走ってしまえということになって。

 

『いや、多すぎだろ・・・』

 

『ふふ、ここではこうなることなんて日常茶飯事だからね、早く慣れたほうがいいよ』

 

俺たち親子を含む、余裕で3桁に届いているであろうほどの数の馬が平原にずらりと並んだ光景が広がっている。

 

ある意味壮観なその眺めは、まるでこれから合戦でも始まるかのようで。

 

『みなさーん!用意はいいですかー!』

 

半分見とれ、半分呆れていると、いつの間にやら今回のスターター役を務めることになったマンハッタンカフェの声が、辺りに響き渡った。

 

『おっと!俺は大丈夫だぜ!』

 

『僕もだよ』

 

順々にその声に答えて、スタートの時を今か、今かと待ちわびる出走馬、約数十頭《名》。マジで戦国時代かよ。

 

『・・・うん、皆さん、大丈夫みたいですね、じゃあ、行きますよー!』

 

やっとのことで確認が終わると、いよいよマンハッタンカフェが、開戦の時を告げようとしていた。

 

『位置について・・・』

 

 

・・・サラブレッドの歴史は、血の歴史なんて言葉がある。

 

人と共に生きる道を進むことになった家畜すべてが、何かしらの要素を求められる中・・・馬という生き物に求められた要素の一つが、脚の速さだった。

 

優秀な者だけが子孫を残し、そうでない者は容赦なく切り捨てられる。

 

そんな、ドラマと言う者もいれば、ただの残虐行為だと言う者もいる過酷な歴史を繰り返して・・・選別された血が、俺たちの身体に流れている。

 

そんな積み重ねを経た血が、また新たな選別(レース)の時が近づくのを知るやいなや、温度を上げ、沸騰して・・・負けるな、他の奴らに負けるな、と囁いてきて。

 

 

『用意・・・!』

 

もう、それが人の手によって造られたものだとか、自然界ではありえないとか・・・そんな御託は関係ない。

 

俺たちは、愚直なまでにその衝動に従って、一番速いのは自分だと証明する為に。

 

 

『どんっ!!』

 

 

果てのない草原に向かって、一斉に駆け出した。

 

 

 

 

そして・・・。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・生ま、れた・・・」

 

すっかり太陽も登り、敷地を燦々と照らすほどの時間となったマキバファームで、また新たな命が生まれ落ちた。

 

父親に似た漆黒の毛並みを持つ、最強と称えられし牝馬はまだ羊水に塗れたままの初めての仔を愛おしげに舐め、赤毛を纏った仔馬もまたそんな母親の愛情に時折鳴き声を上げ、自分は確かに生きていると答えている。

 

「一時はどうなることかと思うたが・・・ベルも無事、仔馬も無事・・・万々歳やな・・・!」

 

薪場の息も絶え絶えになる程の大混乱の最中に生まれたその仔馬は・・・今朝方、この世を去ったセキトバクソウオーのラストクロップの一頭。

 

「あ・・・!」

 

ふと、愛馬の死を受け入れるために牧場を訪れていた事で、図らずもその誕生に立ち会うことになった朱美が仔馬を見て声を上げる。

 

「なんや、どうした、天馬さん・・・」

 

呼吸が整いきらない中、薪場がその意図を尋ねると、朱美は・・・何も答えることなく、つぅ、と涙を一筋流し。

 

「・・・あ、あぁ・・・ま、まさか」

 

ジュンペーまでもが、仔馬の姿を見て、言葉を失っていた。

 

「ど、どうした!?大丈夫か!?」

 

「あ、あ!!場長、場長!!立ちます、立ちますよ!!」

 

二人のリアクションに対し何事かと慌てふためく薪場を他所に・・・スタッフや朱美に見守られながら、赤毛の仔馬は最初の試練に立ち向かい・・・見事、四肢を踏ん張って立ち上がって見せると。

 

おぉー、と、一部始終を見守ることになった一同から小さく歓声が上がり、しっかりと仔馬の姿が確認できるようになって・・・厩舎全体が安堵の空気に包まれる中、朱美が今にも泣き出しそうな声色でようやく言葉を紡ぎだす。

 

「薪場さん・・・思ったとおりです・・・!」

 

「なにがや?」

 

「あの子・・・セキタンに、そっくり・・・!!」

 

そう指摘され、改めて仔馬を見た薪場は・・・あんぐりと口を開けた後、確認するように呟いた。

 

「・・・ホンマや。デコの模様だけじゃなく、後ろ脚の白いところも、身体の形も・・・ウリ二つや」

 

まるで、クローンかなにかなのではと疑われても致し方ない程には、その仔馬は父親にそっくりで。

 

『ひひーんっ!』

 

小さなその身体から力いっぱいに放たれた力強い嘶きは・・・まるで、この世に生まれた事を全身で喜んでいる様でもあった。

 

 




天寿を迎えたセキトバクソウオーですが、彼はまだまだ止まらないようで。

その血を受け継ぐ産駒たちも多く残っていて、この世界ではセキトの血統は次の世代へと続いていくことでしょう。

さて、本作、『サラブレッドに生まれ変わったので最速を目指します』ですが、連載開始から約半年と2ヶ月、時折作者が放牧に出たりといったアクシデントもありましたが・・・本編は無事完結と相成りました。

それもこれも、この小説と言えるかどうかも分からない、作者の思いの丈を吐き出しただけの作品を長らくご愛顧くださり、励ましとなる感想を送って頂いた読者の皆様のおかげだとおもっています。

長らくの応援、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【番外編】セキトと北の太陽

ようやく仕上がった番外編第一弾です。ウマ娘にも出てくるあの馬と同地域出身、かつ時期的にもピッタリだったので思わず・・・!

近年稀に見る好メンバーとなった宝塚記念、勝利を飾ったのはタイトルホルダーでしたね!しばらくは古馬戦線の中心は彼と言っていいのではないでしょうか。

3着に入ったデアリングタクトも良い競馬をしていましたし、復活のときは近いかもしれませんね。

一方一番人気に推されていたエフフォーリアはあまり良いところもなく6着に終わり、またまた一番人気が勝てないジンクスは継続してしまいました。秋以降、一番人気の馬がG1を勝利する姿は果たして見られるのでしょうか。

そして、こちらは作者がトレスを駆使しながら描き上げたセキトバクソウオーのイメージになります。よろしければご査収ください。

【挿絵表示】



引退して、十回は季節が回った頃の冬の一幕。

 

「さぁ、セキト。今日も頼んだよ」

 

俺は、スタッフの人によっていつものように外へと連れ出されていた。

 

『おうよ・・・ふぅー』

 

皆さんご存知の通り北海道の冬というものは本州のそれとは比べ物にならないほど厳しく、今年もこの地域に降り注いだ雪がどかんと積もっていて。

 

人間の時、東京で暮らしていた俺から見れば信じられないほどの雪の量にはほぼ毎年の事とはいえ、冬になって銀世界へと変わる度に驚かされ、逆に見事なものだと感心してしまう。

 

『ん・・・!今日はまた、一段と冷えるな』

 

勿論それに伴って、空気も冷え込んでいる訳で・・・厩舎の外へと一歩踏み出したその瞬間、寒さが全身に刺さるような錯覚すら覚えて身震いする。

 

「大丈夫か」

 

『ああ』

 

それを見て体調に問題はないかと尋ねてくれたスタッフさんに礼を言ってから、問題ない、早く行こうぜと前掻きをして見せると。

 

すると彼も俺の意図を理解してくれたのか「じゃ、行くか」と一声掛かってから歩き出した。

 

それに着いていく形で俺も歩き出せば、一歩ごとに道に薄く積もった雪がぎゅ、ぎゅ、と軋むような音を立てて俺の蹄の形に沈んでいく。

 

ふと後ろを振り返れば、人馬がどこを歩いたのか一目瞭然な程にくっきりと足跡が刻まれていて、それがなんだか面白い。

 

 

「・・・セキト、今日は新入りがいるんだ」

 

『おお、また入ってきたのか』

 

足跡に見とれてどこか上の空になりかけていた俺だったが、スタッフさんの声によって現実に引き戻され、その話に耳を傾ける。

 

新入り、というのは恐らく一歳か当歳馬のこと・・・おっさん、俺の種付け料やら産駒の評判やらで相当ウハウハになったらしくてな。

 

それと、俺とスーの子どもたちが片っ端から活躍してくれたお陰で、朱美ちゃんもウハウハ。将来的に所有馬を功労馬として繋養できるスペースの確保を条件にマキバファームにガンガン出資して・・・。

 

結果、その辺の育成牧場なんか目にならないほどの総合牧場に成長してしまいましたとさ。

 

ハミや鞍付けと言った初期馴致からトラックコースでの乗り込み・・・そしていつの間にやら坂路までできたって聞いた時はまじでビビった。個人の牧場が持っていいような規模じゃないだろそれ。

 

 

で、そんな施設があれば使いたいのが世の常であって。マキバファームには周辺の地域から毎年沢山の当歳馬、一歳馬が集まってくるようになった。

 

勿論管理できる数に限界があって泣く泣くお断りする、なんてこともあるみたいだけど・・・毎年毎年「ここで育ててほしい」とお願いされる馬の数は増えているとかなんとか・・・。

 

しかし、こんな真冬の時期になって新入りとはまた珍しいな。

 

「何かあった馬なのかもしれないが、仲良くしてやってくれよ」

 

おっと、そう思っているのはスタッフさんも同じだったようで。どこか心配そうにそんなことを言ってきたから。

 

『おう!』

 

威勢のいい返事を返しておいた。

 

『(一体どんな奴なんだ?)』

 

しかしふと、ひょっとしたら成長が遅れていたり、気性に問題があって隔離されていたりしたのかな、なんて可能性が頭に過ぎる・・・まあ、それならそれでどうにかしてやるだけだがな。

 

成長が遅れているようなら体格が追いつくまでそれなりに庇ってやればいいし、気性に問題がある・・・威勢のいい奴なら怪我をしない程度に軽く捻ってやればいいし、逆に臆病なやつなら付き合い方を教えてやればいい。

 

 

・・・まるで、お前が直接教えているような口ぶりだなって?

 

実際、そうなんだよ。

 

俺が、一歳馬の群れに混じって・・・走り方とか、他馬との付き合い方とか・・・いろいろ教えてやる。

 

それが、俺のオフシーズンの過ごし方。

 

 

きっかけは・・・朱美ちゃんによってゴールドレース、通称ドレスの名を授かった俺とスーの娘が、スーと離乳した後に放牧地を走っていたんだけど・・・その未熟な走りを見ていたら・・・その。色々と気になっちゃって、口出ししちゃったんだよな。

 

そこでまた、ドレスも素直な性格をしてたもんだから俺のアドバイスを次々取り入れて走りをどんどん改善していって・・・育成に入る頃には、「ハミと鞍付けとコーナリング以外、教えることがなかった」ってお墨付きを貰うくらいにまで成長。

 

・・・そういえば飲み込みがいいからって少々やりすぎて『パパ嫌い!』って言われた時はガチ凹みしたなぁ・・・。3日くらい好物のリンゴも喉を通らなかったし。

 

その後ドレスの方から『自分が子供だった』って謝ってくれたけど・・・あれはかなりの修羅場だったわ。あれ以来我が子への教育は程々にしている。

 

そして、ドレスの走りが完成していく一部始終を見ていた薪場のおっさんがな、次の年になって「まさかとは思うが」と試しに離乳を終えた当歳馬の群れに俺を放り込んで。

 

 

・・・結果?できる範囲で応えてやりましたよ。

 

ちなみにその世代は未勝利で引退した馬がいなかったとか?わー、たまたまその世代の質が良かったんだろうなー。偶然ですよ、ははは。

 

・・・とは当然ならず。結局、種牡馬としての仕事がお休みになる夏から年末にかけて、当歳と一歳の面倒を見ることになりましたとさ。

 

まあ、お休みの間は死ぬほど退屈な時間を持て余して、走るか食うか、観光客の相手をするくらいしか無かったから別に構わないんだけどな!

 

 

『まぁ、今日も頑張りましょうかね・・・ふぁぁ』

 

「お、セキト、でっかいあくびだなぁ」

 

『悪りぃか』

 

さて、今日もお仕事のために外に出てしばらく経つが・・・寒さに刺激されたかようやくしっかりと目が覚めてきた。

 

思わずあくびが出て、それをスタッフさんに指摘されたが仕方ねーだろ。生理現象なんだから。

 

っと、そろそろ目的の場所である放牧地が見えてきた。今日は一歳と当歳、どっちだろうか。

 

「ほら、今日はさっき言った新入りがいる方・・・一歳の方だからな。頼んだぞ、『セキト先生』?」

 

『はいよっと』

 

どうやら一歳の方らしいな。それを教えてくれたスタッフさんが出入り口の扉を開けながら、からかうように『先生』なんて言ってきたから、適当に返事を返しておく。

 

『・・・ほいほい、さてさて。おーい!』

 

放牧地に放たれて、扉がしっかりと閉じたのを確認した上で奥に向かって大きく呼びかければ。

 

『あっ!せんせーだ!』

 

『先生おはよー!』

 

『おはようございまーす!』

 

生まれたときから比べれば馬体も大きくなり、もうじき競走年齢を迎える連中が、わらわらとこちらに走ってくる。

 

ちなみにだがこの中に俺とスーの子供はいない。というか一昨年も種付けはしたが不受胎だったんだよな・・・仕方ないけれど。

 

『おー、みんなおはよう。休んでる奴はいないか?』

 

『あっ、ギンスケ君が風邪ひいておやすみです』

 

『そうか・・・風邪か、お前らも気をつけろよ』

 

『『『はーい』』』

 

それはそうと後少しすれば、本格的な訓練が始まるこいつらだが。今はまだ言葉遣いも幼ければ、やっていることも幼くて。放牧地はまるで小学校の様・・・案外スタッフさんが言っていた先生ってのも冗談じゃあないかもな。

 

ところで、その口が言っていた新入りというのはどこだろうか?

 

『なあ、お前たち。今日はなんか新入りがいるって聞いたんだが・・・』

 

今来たばかりの俺も放牧地を見渡し、件の馬を探しながらも一歳馬たちに尋ねると。

 

『あっ!いるよ!ほら、そこ!』

 

その中の一頭が頭で遠くを指しながら大きな声を上げた。

 

『どれどれ・・・おお、なるほど』

 

そちらを見やれば、いたいた。見慣れない黒っぽい毛色の馬が一頭。件の新入りとやらだ。

 

群れに馴染めず、黙々と草を食んでいるそいつは脚が長く、全体的にほっそりとした体型だ。長いところ向きなのか?

 

『なあ、なんであいつ一頭ぼっちなんだよ』

 

それよりも、だ。結構数がいるはずの一歳馬だが、誰一頭としてあいつに話しかけにいかないのが気になった。

 

そんな俺の苦言に一歳馬たちは。

 

『だって怖いんだもん!』

 

『怖い?』

 

『怖いのは怖いの!』

 

なんて言うばかりで。はて?何を同族に恐れることがあるのだろうか。見たところ気性が荒いって訳でも・・・寧ろ大人しい様に感じるくらいなのに。

 

『まあ、俺もついててやるからさ、まずは話してみろよ』

 

『えー!!?』

 

『文句言わねぇの!』

 

少なくとも新入りに問題があるようには見えない。恐らく何かしらの原因で怖がってはいるが、ちょん、と少し背中を押してやるだけでどうとでもなってしまう、そんな程度の問題だろう。

 

何かあったとしても、俺がしっかりとこいつらを守った上で謝ればいい。

 

そうと決まれば、他の一歳馬たちがおずおずと一歩、また一歩と後ずさっていく中で俺は新入りに声をかけた。

 

『おーい!そこのお前ー!ちょっとこっちに来いよー!』

 

あまり怖がらせない様気さくさを意識したその声に、新入りは一瞬びくりと身体を強張らせた後首を持ち上げ、その後に傾げてこちらに何かを尋ねてきている風だった。

 

恐らく自分を呼んだのか?と聞いているのだろう。不安と疑問と戸惑いが、一対一対一って顔をしている。

 

『そうそう!お前!ちょっと来てくれ!』

 

こちらも頷きながらもう一度声を掛けると、新入りはようやく脚を動かしてこちらに歩みを進めてきた。

 

『うん、そうそう・・・うん?』

 

そして、その件の新入りがゆっくりと近づいてくるのを見ている内に・・・恐らく、一歳馬たちがこいつを怖がっている理由に気がつく。

 

 

・・・なんか・・・あいつ、デカくね?

 

 

そう。

 

新入りは・・・バカでかかった。確かに一歳馬にとってこれは怖いわ。

 

いや、バカって付けるほどじゃないかもしれないけど、平均より明らかに大きいのは間違いない。

 

だって、現に目の前まで来たこいつは・・・他の一歳馬たちより一回りは大きいんだから。

 

発育がいいということは、基本的には多くの餌を確保できた優秀な個体と言うこと。

 

そして、大抵そういう個体ってのはボスである。

 

馬の世界でボスになれる奴ってのは大抵の場合二つに一つ。

 

雄大な馬格だったり、他馬への気配りが上手かったりで、自然と慕われ『周りがその馬を立ててボスになる』タイプか、喧嘩っ早く、元々のボスをコテンパンにして自分が立ち代わる『成り上がりの武闘派』のどちらかだ。

 

これはひょっとしてやべぇ奴に声をかけてしまったのか、と心の中で大量の冷や汗をかきながら思い始めたその時。

 

『あの・・・僕に、なにか御用ですか?』

 

俺の耳に入ってきたのは・・・拍子抜けするほどには至極落ち着いた声色の、丁寧な言葉だった。どうやら男馬のようだな。

 

『はぇ・・・?あ、ああ・・・』

 

いや、てっきり『オレ様に口出しするな!』とか『年上でも容赦はしねぇぞあぁん!?』的なタイプを予想していたから・・・こっちも力が抜けて、変な返事を返してしまう。

 

『ああ・・・やっぱ怖いですよね。生まれ故郷でもどういう訳か僕だけこんなに大きくなっちゃって・・・はあ・・・』

 

呆気にとられている俺の様子を、怖がっていると勘違いしたのか新入りはそう言って大きくため息をついた。どうやらこの大きな馬体はコンプレックスだったみたいだな。

 

『あ、いやいやいや!怖いとかそんなんじゃなくてな!?ちょっと予想してたのと違って驚いただけだ』

 

また他の馬を怖がらせてしまったと落ち込む新入りに、少なくとも俺は怖がっていないと伝えれば、今度はその新入りが驚く番だった。

 

『え・・・?』

 

キョトンとした表情は年相応の幼さを纏っていて。

 

それを見ると、やっぱり馬体ばかり大きくなってしまったがこいつも一歳・・・もうじき二歳だけど、とにかくまだまだ子供なんだと分かって、くすっと小さな笑いがこぼれてしまう。

 

『俺はセキトバクソウオー。お前は?』

 

『あ、えっと・・・いや・・・特に名前は、まだ・・・』

 

『おっと、幼名を付けないところの生まれだったか』

 

兎にも角にも、お互いを知るにはまず自己紹介からだ。そう思った俺は自らの名前を名乗ったが、新入りには残念ながら名前が無かった。

 

競馬界では当たり前の光景ではあるけども、生まれたその時からセキトという立派な名前が付いていた俺からして見れば、名前がないって方が違和感が強いんだよなぁ。

 

それに、マキバファームでは基本的に生まれた仔馬にはみんな幼名があるし・・・こいつ一頭だけを名無しさんと呼ぶわけにもいかないだろう。

 

だったら。

 

『・・・ビッグ、ダイ・・・いや、なんか違うな』

 

俺は一旦目を閉じて・・・こいつにはどんな名前が似合うかと思案する。

 

そう、名前が無いのなら、付ければいいだけ!

 

勝手に命名大作戦、発動である。

 

というか今までも外からやってきた名無しの一歳馬、当歳馬にはこうやって勝手に名前を付けて呼びやすくしてたりする。

 

え、そんなことをして大丈夫かって?

 

・・・まあ、幼名って言ったってあだ名みたいなもんだし、どうせ俺がこんなことをしてるってのも人間たちには分からないんだ、問題はないだろう。

 

『えっ、いきなり考え出して、何を・・・?』

 

ああでもない、こうでもないと名前候補を色々とぶつぶつ呟き出した俺を、新入りくんは不思議そうな顔で見つめながら聞いてきて。

 

それに対して正直に『お前の名前を考えてる』と返してやれば、その表情はまたびっくりしたものへと変わり。『え』とだけ小さく声が出たのを確かに聞いた。

 

『何驚いてんだよ。名前がねぇってのは、想像以上に不便なんだぞ・・・現に俺は困ってるし』

 

俺の言葉に、新入りくんはしまったというような顔をしながら『すみません』なんて謝ってきやがった。

 

『いや、謝んなって!?気にするなよ?』

 

そう咄嗟に言った俺だが・・・うーむ。こいつ、丁寧なのはいいが、控えめというかなんというか・・・多分生まれながらにそんな激しい性格じゃないんだろう。

 

それに、さっきの口ぶりからして怖がられたことも一度や二度じゃなさそうだな。で、それを気にして、他のやつを傷つけまいとしている・・・。

 

そこまで考えたところで、『あ』と声が出た。

 

 

なんだよ。

 

こいつ、めっちゃ優しいんじゃないか?

 

気配りが出来て、他の馬と争うことを嫌い、目上には丁寧な態度と言葉遣い・・・。

 

俺みたいに中身が人間ってことも無いだろうし、この歳でそれらをこなしているって、冷静に見ればすごいことをしてやがる。

 

・・・うん、こういう奴が将来的に周りに立てられるボスってのになるんだろうな、と確信したその時。俺はこいつにぴったりであろう名を閃いた。

 

でっかい身体に、それに負けないくらい大きく、優しいハート。

 

そう、『ハート』。

 

・・・男らしくないって?いやいや何を仰る、男は度胸って昔から言うだろう。え、この場合は違う?

 

ああもう!しゃらくせぇ!

 

『うん、ハート。これがいいな』

 

決めた、もう決めた!

 

目の前にいる新入りくんが嫌がらなければ、俺はもうこう呼ぶって決めたもんね!

 

『ハート・・・?』

 

『どうだ?嫌じゃないか?』

 

しばらくぽかんとした様子を見せていた新入りくんだったが、そう呼んでいいか尋ねてみると。

 

『ハート、ハート・・・。うん、嫌じゃないです、ふふ』

 

何回か口に出してみて、感覚を確かめる新入りくん。

 

そして、満更でもないっていう様子でようやく微笑んだ顔を見せてくれた。お?割と馴染んでくれた感じか?とりあえず安心したわ。

 

『気に入ってくれたなら良かった』と声をかけると、新入りくん、改めハートは『母さんの名前と同じなんです』と教えてくれて。

 

・・・おうふ、俺としたことが。これは痛恨のミスだ。

 

『すまねぇ、まさかお袋さんと同じ名前とは・・・別の名前の方がいいだろ?』

 

そう謝ったが、ハートの方から。

 

『大丈夫ですよ、この名前、すっごく気に入りましたから!』

 

とフォローを貰ってしまった。

 

まー、今更他の名前を考えつく訳でもないし、本馬がそれでいいって言ってくれてるんだから、ここはそれに甘えさせてもらうとしようか。

 

しかし、こいつ、よくよく見れば、黒い毛色・・・青鹿毛とは行かないまでも鹿毛?黒鹿毛?暗い色味の毛並みに、額から鼻先の途中まで走る白い流星が良く映えている。

 

どうみてもイケメン・・・いや、それとはちょっとジャンルが違うような気が。この場合は『男前』と言うべきだろうか?

 

うーん、この顔、どこかで見覚えがあるような気がするんだが・・・やっぱり馬になって久しいせいか、遥か昔のものとなった人の記憶なんて思い出せないや。

 

まあ、それよりも、だ。今はまだ不安に揺れている眼だが、その奥の光は強く。確固たる意思をたたえていて・・・ああ、これは。

 

 

間違いなく、『走る馬』だ。

 

 

今はまだひょろひょろとしているが、本格的な育成はこれからだ。体型なんて幾らでも変わっていく。

 

もし、もしもだ。このまま馬体が良くなっていけば、重賞、いや、G1だって。

 

『(こりゃあ、久々に・・・!)』

 

この仕事を任されて以来の大物候補の来訪に、俺は自然と口角を持ち上げたのだった。

 

 

 

 

それからというもの。種付けの仕事が入るまでの僅かな期間であったが、俺はしっかりとハートを始めとする一歳馬たちに走り方を叩き込んでいた。

 

ちなみに俺のスタイルは追い運動を参考に、一日数回、鬼ごっこスタイルで群れごと後ろから俺が追いかけて気になるやつの走りなんかをアドバイスやらなんやらで矯正していく感じ。

 

こういうことをしているのはスタッフさんたちもよく知っているから、俺が放たれた放牧地の馬は追い運動いらずだったりして「手間が省ける」ってよく褒められる。それに、俺自身にとってもいい運動だしな。

 

あ、勿論明らかに様子が変だったり、体調がすぐれない奴はお休みして、見学に徹してもらってるから安心してくれよ?

 

『ほら!疲れても諦めるな!しっかり首を使え!』

 

『セキト先生の鬼教官ー!』

 

『なんだとー!?』

 

バテるとフォームが崩れる癖のあるやつを捕まえて対応策を指摘してやったり。

 

『こら!右も左も回れないと後で大変なことになるぞ!』

 

『うひゃあ!バレた!』

 

得意な左回りばかり走ろうとしている奴を見つければ、わざとその左側につけて右回りの練習もさせたり。

 

段々と人を乗せ始めたはずのこいつらだが、まだまだきゃあきゃあ、わいわいとしていて、なんというか小学校から中学校の部活動の時間って感じだなあ。皆それぞれ、成長してはいるんだけど。

 

そんな中で、ハートはと言うと・・・。

 

『はぁ、はぁ・・・まだ、まだぁ!!』

 

『おー、相変わらず真面目だな!ハート!』

 

『はい!』

 

なんというか・・・こいつの真面目さは見上げたものだ。スタッフさんによるとしっかりとトレーニングに取り組むから、他の奴らよりも遥かに早い速度で調教が進むのだという。

 

しかし、本格的なトレーニングは始まったばかりなせいか、ひょろっとした身体には筋肉が付き始めたばかり。ちゃんとレースで走れるようになるにはまだまだかかりそうといった感じなのが残念でしかたない。

 

『(やっぱり、見事な飛びだよなぁ・・・おっと)』

 

そんなハートの、じわじわと良くなっていくその走りを眺めている中で。こいつの体格の良さの理由の一つであろう事実がはっきりした。

 

『おら!また飛びが小さくなってるぞ!お前はせっかく脚が長いんだからそれを生かさねぇでどうする!』

 

『はい!!』

 

こいつ、脚が長いんだよ。

 

だから初対面の時、体高がかなり高くて立派に見えたって言う訳だな。そっちに関しては最早俺を追い越すのも時間の問題って感じ。最近の子は発育がいいなあ、なんて。

 

で、そんなに脚が長いってことはだ。当然走った時の一歩の大きさもかなり広い。これは競走馬になる上で限りなくメリットとなるだろう。

 

まあ、その分加速に時間がかかったり、コーナーで膨れたり、なんてこともある訳だけど・・・それはそれ。こいつにはこのままストライド走法を極めてもらうとしようか。

 

 

『・・・よーし!今回はここまでにするか!』

 

やがて、俺の特訓タイムが終わると、一歳馬たちは次々と放牧地に伏せたり、ふらふらと水飲み場の方へ向かったり、死屍累々といった様子になっていた。

 

『はー、はー・・・ハートくん、速いよぉ・・・』

 

『いやいや!君も速いって!ほら、この前より差が縮まっちゃったし・・・』

 

そんな中でふと、ハートの方を見やれば・・・他の一歳がバテているというのにまだ余裕がある。汗こそかいちゃいるが、まだまだ走れると言った風で。

 

そんなハートが、俺の視線に気づいたのかこちらへと向き直り、近付いて来ながら言った。

 

『はぁ、はぁ・・・父さん!まだまだお願いします!』

 

『す、少し休憩してからな・・・?』

 

『はい!』

 

どうよ、この真面目さ。あれ程走ったってのに、『まだまだ』と特訓を要求してきやがる。自分に厳しい、ストイックな面もあるのかもしれないな。

 

こりゃあいよいよ化け物みたいな奴だと確信できたし、しかも最近は割と全力を出さないとしっかり相手をしてやれなくなってきた。そして俺が先にバテる。

 

はっきり言ってしまえば、スタミナお化け。こいつの血統なんて知らねぇが、もし覗くことが出来るならばその血筋にはメジロマックイーンやらタマモクロスやら、往年のステイヤーの名が登場することだろう。

 

後、こいつ、『なんか他人の様な気がしないんです!』とか言って俺を慕うあまりにいつの間にやら『父さん』と呼んでくるようになりやがった。

 

初めて呼ばれた時に思わずぎょっとして、『お前には生みの父親がいるのにいいのか』と尋ねたら、ハートの奴、平然とした顔で。

 

『え?僕にはもう、その生みの父親?と、それに僕のことを「男前だ」って褒めてくれた親父の、二人の父がいるんです!一頭(ひとり)増えたところで今更ですよ!』

 

なんて答えてくれやがって。俺のことを実の親のように慕ってくれるのは嬉しい反面、そんな存在が3人もいるのか、と呆気にとられたのがもう半分。それから、それで『父さん』呼びなのか、と変に納得してしまった。ハートの本当の父親よ、なんだかすまない。

 

さて、それはさておき。

 

『(こいつは俺が追い回してるだけじゃ、限界があるな・・・)』

 

今までのことを纏めると・・・間違いなくこいつはステイヤーだ。しかし、それの指導をしている俺はスプリンター。

 

どうしても生まれ持った資質の差ってのは如何ともし難く・・・俺は、自分の力だけではこれ以上こいつの力を引き出すことはできないと結論付けた。

 

というか、これ以上本気で走って、そのまま種付けシーズン突入!なんてなったら・・・高確率で俺の身が持たねぇ。想像するだけで震えが起きるレベルだ。

 

幸か不幸か、一ヶ月もすればもうじきそんな種付けの時期に入る・・・そして、そのシーズンの間に入厩の時を迎えるであろうこいつとはもう会えなくなるだろう。

 

その事実もあって・・・俺は、『セキト先生』ではなく、思い切って競走馬の先輩としての言葉をハートに伝えることにした。

 

 

『なあ・・・ハート』

 

『なんですか父さん!また特訓ですか!?準備は出来てますよ!』

 

ハートに声をかけた途端、彼はうれしそうに尻尾を揺らしながらそう興奮した様子で喋りだした。

 

いやー、一言話しかけただけでこのやる気。世の中どんな言葉をかけたって全くやる気を起こさないやつだっている中でこれだもんなぁ。

 

見習いたいし、褒めてやりたいくらいだけど、俺だってこいつに付き合ってバテバテでそれどころじゃない。ほんと同じ馬なのに一体どうなってるんだ。

 

『いや、今日はもう走らねぇ。それよりも少し聞いてほしいことがある』

 

鼻息を荒くし、走りたいとはやるハートを抑えながらそう伝えれば。

 

『話、ですか?』

 

さっきまでの威勢はどこへやら、一瞬ぽかんとした顔をした後、すぐさま話を聞く体勢を取ってくれた。マジいい子だわ。

 

『多分、俺とお前が一緒に放牧されるのは、あと数日だけだ』

 

『え・・・!?』

 

そして、俺の言葉に今度は驚いた表情を見せる。

 

『それって、そんな・・・いきなり、どうして・・・?』

 

そのまま自分に否があったのではないかとぶつぶつ呟き出すハート。いやいや、何もお前は悪くないって。

 

『こればっかしは人間様の都合でなぁ。俺は子供を作らなきゃいけないし、お前は・・・』

 

『・・・人を乗せて、走る?』

 

励まそうとした俺の言葉を遮るようにして、ハートは恐る恐る、こちらに尋ねるようにしながら確かに言葉を紡ぎ出した。

 

『お、もう分かってんのか、流石だな』

 

これは見事な正解。この歳でそこまで分かっているなら大したもんだよ。けど、花マルにはちょっと足りないかな、と。ここは競走馬の先輩としてアドバイスをすることにしよう。

 

『でも、ただ走るだけじゃ駄目だ。背中の人と、力を合わせないと』

 

『力を合わせる?』

 

『ああ』

 

いまいちピンと来ていない様で、俺の言葉を復唱するハートに肯定の声をかけてから、続けた。

 

『これから先、お前は色んなところを走る。で、最後の最後で苦しくなった時・・・そんな時に背中に乗っている人間が・・・『相棒』が、力をくれるんだ。負けるな、あと少し、あと少しだ、ってな』

 

脳裏に過ぎるは、俺の背中で手綱を扱き、鞭を振るい、けれどその一つ一つにしっかりと意味が込められていたちょっと泣き虫な相棒の姿。

 

騎手としては斜陽の時が近づきつつある筈の、しかし確かな経験を重ねた彼は今、どんな馬の背にいるのだろうか。

 

そんな彼に導いてもらえる馬が羨ましいとちょっとだけ思いつつ。

 

『あい、ぼう・・・』

 

『うん。そいつのためなら、何が起きたっていいから、応えたい、全力で勝ちたいって思えるような・・・そんなやつのこと』

 

またしても俺を真似るように呟やいたハートにそう付け足してやれば。

 

『僕も、そんな人に出会いたいです』

 

と。みるみる内に真っ直ぐ、目を輝かせながら、俺にそう宣言してきて。

 

『出会えるといいな』

 

『はい!』

 

そう言いながら見せたハートの笑顔は、登る太陽のように眩しかった。

 

 

そして、俺の予想通りそれから今年の一歳馬の放牧地を訪れることができたのは2、3回だけで。

 

スタッフさんの呟きから一緒に放牧される最後の日を知った俺は、一頭一頭に『しっかりやれよ』とか『達者でな』と声をかけて回り。

 

当然、ハートにも『お前は真面目だから、ちゃんと走れば結果はついてくるはずだ。思い切りやってこい!』と威勢よく言葉をかけたんだけど・・・。

 

 

「セキト、お疲れ様。今の牝馬が今年最後の相手だよ」

 

『うひー・・・疲れた疲れたぁ・・・』

 

ようやくのことで種付けシーズンが終わって、北海道にも夏の気配を感じ始めたその頃。

 

『ん・・・あれっ、父さん!?父さーん!!』

 

『・・・うぇっ!?』

 

種付けを終えて、どこか力なく厩舎へと向かっていた俺はどこからかかけられた声に仰天する羽目になった。

 

嘘だろ、そんなバカな。いくら仕上がりが遅いって言ったって。

 

『なんでお前、ここにいるんだよ!!?』

 

『えへへ・・・僕、ここから出られるのはまだまだ先みたいです』

 

『マジか・・・』

 

俺の目線の先に映るのは、困ったような、からかうような。いろいろな感情を含めながらも、とりあえず笑っておこうとしている。そんな、2歳になって幾らか立派になったものの、まだまだ幼さを残したハートの姿だった。

 

 

・・・結局そんなハートがようやくここを巣立ったのは、初めて出会ったばかりの頃と同じ、真冬の日だったことを、なんとなく言っておく。

 

 

 

 

―それから、3年の年月が過ぎて。

 

かつてセキトが『ハート』と呼んでいたそのサラブレッドは、日本競馬の年末の風物詩、有馬記念へと出走を果たし。

 

数多くの名馬が現役に幕を下ろしたその大舞台で・・・ラストランを迎えていた。

 

「これが最後・・・行くよ!」

 

『はい!』

 

スタートと同時、一瞬黒鹿毛かと見間違うほどにはゼッケンに刻まれた名前通りに漆黒に染まった馬体を躍らせ、馬群の先頭へといの一番に繰り出していくと。

 

540kgもの体重通りに隆々とした筋肉を輝かせ、2500mにも渡る長い長い道程をただ一度も先頭の座を譲ることなく驀進していく。

 

3歳1月という遅いデビューから、スプリングステークスでは実力を示したものの春の二冠では、女帝の血を引く怪物を始めとするライバルに涙を呑み。

 

しかし秋になると菊の大輪を咲かせ、有馬記念では3着。再び巡った春には今日もその背に跨がる名手、谷譲を迎えて盾の栄冠に輝き。

 

秋にはジャパンカップを制したものの、二度目の有馬ではひとつ下の菊花賞馬の豪脚に屈し・・・3度目の春はG1となった大阪杯、そして春の天皇賞を連覇。

 

宝塚記念こそ大敗してしまったものの、秋になり調子を取り戻した彼の馬は秋の盾を手中に収め。そしてジャパンカップの3着を挟んで。

 

3度目の正直と言わんばかりに、三度(みたび)有馬の舞台に臨み・・・そして、今。現役生活最後の直線を迎えている。

 

『これは!追い出しのタイミング!我慢比べとなるのか!?』

 

実況がそう語ると同時に。

 

「さぁ、行くよ!」

 

谷の鞭が左のトモへと振るわれ。

 

『っ!』

 

その瞬間、ゴーサインに素直に応じた黒き王者の馬体が、加速していく。

 

『くそ!なんでだよ!オレだってスタミナはあるのに!?』

 

『やられた!!あいつだけ脚をしっかり残してやがったっ!!』

 

 

『すべての思いを込めて!!谷譲!!ステッキ!一発!二発!!離す!離す!!』 

 

天才と王者が織りなしたその堂々たる走りに、道中スタミナを削りに削り取られた後続の馬たちはなす術なく引き離され。

 

その一方的な強さを目の当たりにした観客たちは、まるで『祭り』かなにかのように大きく、大きく歓声を張り上げ、その熱が更なる熱狂を巻き起こしていく。

 

『あと100ぅ!!』

 

実況までもが大きく声を張り上げ、息を呑むあまりにそれきり黙ってしまったことで、ラストランの結末を見守る観客の一員となったのではと錯覚してしまうほどの状況の中。

 

 

『これが!!漢の!!引き際だあぁぁぁァァァッ!!』

 

その仕事を思い出した実況の声に送られるようにして、王者は、最後までその座を誰かに譲ることなくゴール板を駆け抜け・・・これが最後かと惜しむように、高らかにその名が叫ばれた。

 

 

『キタサンブラックぅぅぅぅ!!』

 

 

そう・・・彼の、競走馬としての名はキタサンブラック。

 

これにてG1、7勝。芝のG1に限れば歴代史上最多勝利を飾り、日本競馬史に。

 

何よりも。

 

彼という時代に立ち会ったファンの心に、永久にその名と勇姿を焼き付けた、そんな瞬間であった。

 

 

・・・そして。

 

 

そんな彼が王者へと至る前。幼き日を支えた、『3人の父』もまた。

 

彼の活躍によって、それぞれが大きな話題となるのだが・・・それはまた別の話である。

 





はい、という訳で・・・キタちゃん(実馬)との絡みでした。育成がセキトの故郷で行われ、両者に絡みがあったことがIFとなっています。

他にも番外編を準備中で、掲示板ものになる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【番外編】正妻大勝利スレ【掲示板】

正妻大勝利スレです、セキトが死んでから数年がたった世界線になります。いつも以上にフリーダムな文体の上、本編の最後で爆誕したあの馬に馬名と成績がついております。気にする方は気にしてしまうと思うので、一応警告させていただきました。


【孫世代も】正妻大勝利スレ15【大勝利】

 

1:名無しの馬券師 ID:Cw1G6YDbv

このスレは、名馬セキトバクソウオーの正妻と呼ばれた日本の競走馬並びに繁殖牝馬である芦毛馬、オスマンサス様(XX00-XX22)の功績を称え、その血を引く子孫の活躍を日々見守るスレッドです。

 

他の馬の話をしたい方は別スレへ。ただしオスマンサス帝国永久名誉皇帝のセキトバクソウオーの話は許す。

 

 

6:名無しの馬券師 ID:4ZghzILB9

スレ立ておつ

 

11:名無しの馬券師 ID:5IZiKIesc

乙ー

 

12:名無しの馬券師 ID:smejtsMFi

さて、諸君、今日もオスマンサスの血の素晴らしさについて語ろうではないか

 

16:名無しの馬券師 ID:mCHyDPEZm

>>12

様をつけろよデコ助野郎

 

17:名無しの馬券師 ID:w40OQUSmM

オスマンサス様の素晴らしき直仔一覧

・07生 ゴールドレース 牝 芦毛 父セキトバクソウオー(繁殖牝馬)

主な実績 11マイルCS、10桜花賞、09阪神JF

 

・08生 ナイトオブファイア 牡 黒鹿毛 父セキトバクソウオー(乗馬)

主な実績 12阪神カップ 11アーリントンカップ

 

・09生 ブラックベルベット 牝 青鹿毛 父マンハッタンカフェ(繁殖牝馬)

主な実績 牝馬G1完全制覇 14ジャパンカップ 13BCフィリー&メアターフ

 

・10生 セキトクイーン 牝 赤毛 父セキトバクソウオー

主な実績 12フェアリーS、13フィリーズレビュー

 

・11生 セキトキングオー 牡 赤毛 父セキトバクソウオー(種牡馬)

主な実績 14皐月賞 14NHKマイルカップ 14日本ダービー

 

・14生 イリスレヴィガータ 牝 白毛 父セキトバクソウオー(繁殖牝馬)

 

・15生 キボウノヒカリ 牝 黒鹿毛 父セキトバクソウオー(繁殖牝馬)

主な実績 19阪神牝馬ステークス

 

・16生 フォルスホリー 牝 芦毛 父セキトバクソウオー(繁殖牝馬)

主な実績 21JBCレディスクラシック

 

・17生 ゴールデンフレイム 牡 栗毛 父セキトバクソウオー(種牡馬)

主な実績 22スプリンターズステークス 22香港スプリント 23高松宮記念

 

・19生 ミラクルフルーツ 牝 黒鹿毛 父セキトバクソウオー(繁殖牝馬)

主な実績 22桜花賞 22秋華賞 24エリザベス女王杯

 

・20生 ケラススソムニウム 牝 赤毛 父セキトバクソウオー(繁殖牝馬)

主な実績 23牝馬三冠

 

 

25:名無しの馬券師 ID:vdB+8Av+i

>>17

毎度のことながら乙、そして活躍しスギィ!

 

26:名無しの馬券師 ID:jBURBbluG

ここでオスマンサス様の血を母系で引く今年の新馬一覧をほいっとな

http:osmanthath.chiled.xx26

 

27:名無しの馬券師 ID:AVjHixeMa

おっ、あの件の熊殺しもデビューの年か

 

31:名無しの馬券師 ID:Bra0yJpnd

熊殺し、デビューまでいけたんやな

 

32:名無しの馬券師 ID:pflkGIyX+

>>27>>31

なんやなんや、物騒なあだ名やな

 

35:名無しの馬券師 ID:DFEGx4I6a

>>32

だって実際熊殺ししてるから・・・

 

37:名無しの馬券師 ID:GscIHdtkQ

ふぁ!?

 

45:名無しの馬券師 ID:iPkxDlbpg

白毛の母から生まれながらも父似の黒鹿毛と、素直さで知られた父の産駒とは思えない目つきの悪さで注目された熊殺しか・・・

 

51:名無しの馬券師 ID:GO5AORrEk

競走馬名なによ

 

52:名無しの馬券師 ID:icQ4eO0gE

>>51

熊殺しの馬名ならジェットブラック。

漆黒。父の名前から連想して だそうな

 

57:名無しの馬券師 ID:dfOVGwIP4

たしかキタサンブラック産駒だったよな

 

64:名無しの馬券師 ID:SEMpkz5W1

そう

 

72:名無しの馬券師 ID:2Cee4WHRr

キタサンブラックとセキトバクソウオーって確か縁があったとかなんとかって聞いたけど

 

77:名無しの馬券師 ID:zVLiRUHD1

>>72

キタサンブラックの育成がマキバファーム。その時にセキトバクソウオーがキタサンの面倒を見て、キタサンも親子かってくらいセキトバクソウオーを慕ってた

 

84:名無しの馬券師 ID:fOTkRn1i5

>>77

その頃の貴重なショット

http:sekitan/news.com

 

87:名無しの馬券師 ID:6JKrvIrWk

>>84

えっ、なにこれ尊い

 

90:名無しの馬券師 ID:K/olnFTnK

>>84

あの黒王号にもこんな時代が・・・

 

91:名無しの馬券師 ID:bKF+PG40Y

というかキタサンは温和なのにジェットの方はなにがあった

 

96:名無しの馬券師 ID:W42iYtWG3

>>91

だってあいつサンデーの生まれ変わりやし・・・(震え声)

 

104:名無しの馬券師 ID:rAfRClm7S

サンデーの生まれ変わりwww

 

106:名無しの馬券師 ID:DQyMQhpg6

何が面白いってその発言、他ならぬマキバファームのスタッフさん本人の発言なんだよなw

 

113:名無しの馬券師 ID:AKV4xT/xe

スタッフのお墨付きかよw

 

119:名無しの馬券師 ID:5Ge2f3ud1

だってバクシンオーの3×4はともかく、サンデーの3×4と、母馬側にマックイーンの4×4があるんだぜ・・・どうしてこんな配合をした!言え!

 

122:名無しの馬券師 ID:DI41HddSk

あらゆる意味で問題児のクロスしかねえええええ

 

124:名無しの馬券師 ID:GeKDJs1JD

>>119

A.キタサンブラックの余勢株が手に入ったから

 

127:名無しの馬券師 ID:ADvznMJ4d

>>124

これマ?

 

131:名無しの馬券師 ID:B6iFLWhl3

マ。もちろんキタサンが頑丈だったからそれの遺伝も狙ったらしいけど

http:sekitan/news.com

 

136:名無しの馬券師 ID:ocaDljNNe

でたぁ手作りサイト!!久しぶりに見たわwww

 

140:名無しの馬券師 ID:7YdS/v44D

このサイト、最近かなりぶっちゃけだしてて面白いよなw

 

148:名無しの馬券師 ID:inTbMtpBi

時々馬じゃなくて最近住み着いたとかいう猫の日記になるしなw

 

154:名無しの馬券師 ID:KLN17xQ8R

あー、たしかグレンの馬房に住み着いたんだよな

 

157:名無しの馬券師 ID:4YZGtyLdA

>>154

グレン?

 

163:名無しの馬券師 ID:jTKSd/z7A

貴様・・・グレンバクフウオーを知らんとは、オスマンサスの民ではないな・・・!?

 

171:名無しの馬券師 ID:O0erajgfc

>>163

すまん、最近孫のプラチナゴールドの美しさに惹かれてこのスレにたどり着いたんや

 

175:名無しの馬券師 ID:2r2pGH1LZ

>>171

あー、プラチナなぁ。確かにあいつから入国してくる人多そう

 

180:名無しの馬券師 ID:O0erajgfc

そりゃあ白毛で皐月賞を勝つ馬なんて惚れない訳がないわけでして

 

それよりも帝国って?

 

182:名無しの馬券師 ID:KoqsOOgDN

あ、こりゃほんとに何も知らないクチか。

 

・帝国(オスマンサス帝国)

 

オスマンサス様の素晴らしさを語り合いたい・・・まあぶっちゃけるとオスマンサスとその子孫が大好きなノリとフィーリングで生きてる奴らが集ってる集まりよ。

 

187:名無しの馬券師 ID:QPEuYjH54

>>182

様をつけろよデコ助野郎

 

195:名無しの馬券師 ID:KoqsOOgDN

ほらな

 

196:名無しの馬券師 ID:O0erajgfc

>>195

おけ、今のでよくわかった

 

198:名無しの馬券師 ID:O0erajgfc

連投スマソ、ところでグレンの方は何者なんだ?

 

199:名無しの馬券師 ID:6sdXwQnLY

>>198

グレンバクフウオーのこと。オスマンサス様の孫にして、帝国の永久名誉皇帝セキトバクソウオーのラストクロップ、そしてクローンを疑われたくらいクリソツな馬。

 

207:名無しの馬券師 ID:/XBi3z9cR

なおレース中でもそれ以外でも、性格は祖父そのものの模様。バクシーン!

 

212:名無しの馬券師 ID:iyFUmjO05

クリソツ・・・って言ったってどのくらいよ?見分けつくんだろ?

 

213:名無しの馬券師 ID:U7czIAVt+

ところがどっこい!

http:sekitan/news.com

 

http:sekitan/news.com

 

217:名無しの馬券師 ID:AqxYj4vmG

>>213

・・・え?同じ馬・・・だよな?

 

222:名無しの馬券師 ID:Th0dkTxD9

いや、どちらかはセキトバクソウオーで、どちらかはグレンバクフウオーだな

 

223:名無しの馬券師 ID:Tbu9Tqz1a

でたな最難関の間違い探し

 

226:名無しの馬券師 ID:ect56QOnH

マジで見分けつかねぇwww

 

232:名無しの馬券師 ID:NHc81XLKq

実際見分けるための「ある法則」を見つけるまで現場も大混乱だったらしいからな

 

240:名無しの馬券師 ID:P3CPgjuir

馬のプロがそうなるとは・・・素人には無理ってレベルじゃねーかw

 

244:名無しの馬券師 ID:YJzfXFl6C

その法則ってなんなんだよw

 

247:名無しの馬券師 ID:yioZxXGkY

だああ!!分かんねぇぇぇ!!

 

253:名無しの馬券師 ID:tZgu1QqyR

おーおー、みんな困っとる困っとるw

 

254:名無しの馬券師 ID:U7czIAVt+

ヒント:ム○カ

 

255:名無しの馬券師 ID:4dkbCs0Xc

ム○カ?バ○ス?

 

256:名無しの馬券師 ID:G4fj+44Gy

いや、この場合その後のアレじゃないか?

 

259:名無しの馬券師 ID:KFM24ey5e

「目がぁぁぁぁぁ!!」ってやつ?

 

266:名無しの馬券師 ID:OWceici+3

あっ

 

274:名無しの馬券師 ID:AqxYj4vmG

どうした

 

277:名無しの馬券師 ID:OWceici+3

>>259

多分それ大ヒントだ、えーっと、現役の時の写真を検索して・・・おけ!上がセキトで下がグレンだな!?

 

285:名無しの馬券師 ID:U7czIAVt+

>>277

大正解!!

 

289:名無しの馬券師 ID:Wnmj2AWp5

目?一体どういうことだよ、誰か教えてくれ・・・降参だ

 

294:名無しの馬券師 ID:1+fpOCKdv

>>289

セキトはツリ目、グレンはタレ目

 

295:名無しの馬券師 ID:Wnmj2AWp5

>>295

そんな訳・・・あったよ!!www

 

296:名無しの馬券師 ID:ge9a9RQSc

マジだwwwヒラメとカレイ的なw

 

298:名無しの馬券師 ID:FWNSgNQJ0

マジだwこれ最初に気づいたやつすげぇwww

 

300:名無しの馬券師 ID:WXOkCczMM

ちなみにそれに最初に気づいたのも例の馬主との噂がありましてね・・・

 

306:名無しの馬券師 ID:Ssml5uA1o

>>300

うせやん・・・

 

307:名無しの馬券師 ID:McCxMdNSc

>>300

愛が・・・愛が重い・・・!

 

309:名無しの馬券師 ID:/2gQPA13n

まあ最初の所有馬にしてG1馬、更にその血が残りまくるくらいの種牡馬だったんだからそりゃあもう脳の一つや二つくらい焼かれて当然だろ

 

315:名無しの馬券師 ID:MRd7cxQvQ

脳が焼かれたっていえばこれ思い出すんだけどww

http:j.okada/umabro

 

317:名無しの馬券師 ID:4TtRTq/7i

なっつww

 

323:名無しの馬券師 ID:cVO6CAsZK

懐かしいなこれwww

 

331:名無しの馬券師 ID:c19jWCeHF

なにこれ

 

332:名無しの馬券師 ID:rMZ7VzdZH

ジュンペーの初G1勝利になったリンデンリリーの最後の子で、セキトの産駒でもあるリリーグロリオーサの当歳時代の写真・・・が載ってるジュンペーのブログ

 

339:名無しの馬券師 ID:srZ/WnRY0

お手馬2頭の子ならそりゃあそうなるわなw

 

346:名無しの馬券師 ID:j9Q0Q2U3T

てかこの記事文字数一杯まで「かわいい」で埋め尽くされてるんだけどwこわいw

 

353:名無しの馬券師 ID:BhSJWaFwp

実際可愛すぎたからしょうがない

 

357:名無しの馬券師 ID:Fy+QTgst7

最終戦績は24戦2勝、残念ながらオープンには行けなかったが母として重賞馬を出し、リンデンリリーの牝系を繋いでる

 

362:名無しの馬券師 ID:nyOMiRZ4+

十分立派やな

 

369:名無しの馬券師 ID:5T641MLZg

ちなみに産駒初重賞制覇を飾ったのがリリーレッドラインって馬なんだけど・・・その時の鞍上がジュンペーだったりする

 

375:名無しの馬券師 ID:I4rajDy5Y

>>369

ジュンペーどんだけこの血に惚れ込んでんのww

 

376:名無しの馬券師 ID:fwqcaSFwd

>>375

とはいえさすがのジュンペーも衰えは隠せなくなってきてて、これが騎手として最後の重賞勝利だったなぁ・・・

 

380:名無しの馬券師 ID:bsjvoFPv+

>>376

ジュンペーが引退したのは太島厩舎の引き継ぎのためやぞ、流石に全盛期には敵わんが騎手としてはまだ十分やれてた

 

383:名無しの馬券師 ID:EJCGB/jTw

しかも現役中に調教師免許の試験を受けて、そのまま一発合格するとかいう奇跡を起こしやがって

 

385:名無しの馬券師 ID:h8ral6BcK

そして騎手の時以上にセキトバクソウオーの仔を勝利に導いたんだよなぁ

 

387:名無しの馬券師 ID:EwqBqF3rm

>>385

例の馬主×ジュンペーはニックスって言われてるくらいだしな

 

395:名無しの馬券師 ID:O/MXCVPt8

ニックスww

 

398:名無しの馬券師 ID:Vsk1GME9M

それだとその二人が配合されたみたいになるからやめいw

 

402:名無しの馬券師 ID:4GHU0EZj/

最近はオスマンサスの孫を預かりだして、そして伝説へ・・・

 

409:名無しの馬券師 ID:Nyx+13FFn

どれだけ勝ち星を積み上げるんだろうな

 

411:名無しの馬券師 ID:yHtOTNqSy

えっと、ジュンペーが調教師になったのは丁度五十歳になる年か。XX39年までは続けられる訳だな!

 

414:名無しの馬券師 ID:Qkl9oPvKA

まだまだセキト産駒との黄金コンビは続きそうやな

 

422:名無しの馬券師 ID:3uph4eCsI

そういえばオスマンサス様が牝系としてめちゃくちゃ優秀なのはわかるんだけど、一体どこからどんな風に分岐してるのん、と

 

430:名無しの馬券師 ID:9B1i0XVLH

>>422

ちーと話が長くなるが、覚悟はいいか?

 

433:名無しの馬券師 ID:3uph4eCsI

>>430

お、おう?

 

435:名無しの馬券師 ID:9B1i0XVLH

00 オスマンサス

 |07 ゴールドレース 牝 父セキトバクソウオー

  |13 ゴールデンプラム 牡 父メイショウサムソン オープン3勝

  |14 シロガネテイオー 牡 父トウカイテイオー 皐月賞 ダービー 種牡馬

  |16 ブラックローズ 牡 父ディープインパクト ホープフルS 種牡馬

  |23 レジナディアマンテ 牝 父サトノダイヤモンド チューリップ賞

 

ここまでがゴールドレースの分岐

 

440:名無しの馬券師 ID:ld3JMshKY

ゴールドレースの分岐・・・ってまだあるのか!

 

441:名無しの馬券師 ID:9B1i0XVLH

>>440

おうよ、因みにオープン、重賞勝ち以上だけ抜粋してる。お次は我らがブラックベルベット様のラインな

 

00 オスマンサス

 |09ブラックベルベット 牝 父マンハッタンカフェ 牝馬G1完全制覇他 G18勝

  |17 スローンズルーラー 牡 父キングヘイロー 中京記念 中山記念 種牡馬

  |20 ブルードラゴン 牡 父ロードカナロア マイルCS連覇 種牡馬

  |22 グレンバクフウオー 牡 父セキトバクソウオー スプリンターズS 現役

 

ブラベ様は初仔から7連続牡馬だったからまだ牝系は伸びてないが、グレンの下のベリーミックス(父ルーラーシップ)が牝馬だからこれから伸びていくはず

 

 

446:名無しの馬券師 ID:3WHkSEJST

7連続牡馬ってすごい記録だな

 

451:名無しの馬券師 ID:T5O67/DFq

>>446

当時はダスカの牝馬連続出産記録と並んでよく話題になってた。結局ダスカは11頭目で牡馬を産んだな

 

453:名無しの馬券師 ID:VF+PAtV/j

まだまだ行くぞー、とはいっても残りのオスマンサス様の娘もまだまだ若い馬たちだから一気に書き込む

 

00 オスマンサス 牝

 |14 イリスレヴィガーダ 牝 父セキトバクソウオー 未出走

  |18 ゴールドアイリス 牝 父ゴールドシップ

   |23 ホワイトスマッシュ 牡 父ダノンスマッシュ アーリントンカップ

  |23 プラチナゴールド 牡 父ディーマジェスティ 皐月賞

 |15 キボウノヒカリ 牝 父セキトバクソウオー 阪神牝馬ステークス

 |16 フォルスホリー 牝 父セキトバクソウオー JBCレディスクラシック

 

ミラクルとケラススはまだ産駒がデビューしてないから割愛した

 

454:名無しの馬券師 ID:rMMjwBNxK

こうしてみるとオスマンサス様が産んだ子ってイリスを除いてみんな勝ち上がりどころか重賞獲ってるんだな、繁殖能力すごすぎィ!

 

459:名無しの馬券師 ID:I/cmNbj0v

今年デビューする子達って馬名は出揃ってるの?

 

460:名無しの馬券師 ID:xyWG+YOLf

>>459

海外繋養されてるゴールドレースの子のスイートチェリーが産んだ仔だけ海外で走るみたいだから情報はまだだけど他の馬なら

 

・(ゴールドレース×ディープインパクト)レッドローズ24(父ドレフォン)→ローズストーン

 

・ブラックベルベット24(父ビッグアーサー)→クイーンズケープ

 

・ゴールドアイリス24(父キタサンブラック)→ジェットブラック

 

・キボウノヒカリ24(父エイシンフラッシュ)→ノヴァフラッシュ

 

・フォルスホリー24(父スマートファルコン)→デザートイーグル

 

って感じだな

 

463:名無しの馬券師 ID:kSQXlJWlO

個人的にはイリスの白毛牝系は伸びてほしいんだけどなー、不受胎が多かったり白毛が生まれても牡馬だったりで実質アイリスが頼みの綱よな

 

470:名無しの馬券師 ID:kjaxxMrDM

>>463

そのアイリスの子のホワイトスマッシュが種牡馬入りすれば白毛が爆増する可能性が・・・

 

474:名無しの馬券師 ID:v1h0dj9Gk

>>470

ゆうてダノンスマッシュ産駒だからなぁ、種牡馬になってもキンカメ系なのは辛いやろ

 

476:名無しの馬券師 ID:dZaLMkzlT

>>474

おいおい、イリスの息子である今年の皐月賞馬様(ディーマジェ産駒)をお忘れか?

 

483:名無しの馬券師 ID:E2biHhqB0

どちらにせよ主流系なのは種牡馬として苦しくなるだろうな

 

486:名無しの馬券師 ID:b4g4/nyOh

速報:セキトバクソウオー3×3の赤毛×赤毛の馬が爆誕

 

http:horsenews/0025262

 

490:名無しの馬券師 ID:xO6i8pM0r

おお!昨年受胎した時に話題になった奴な!

 

495:名無しの馬券師 ID:Xpa3806c0

>>486

赤毛だろうな?

 

502:名無しの馬券師 ID:pXMgkqP6D

>>495

今サイト見てきたけど黒鹿毛か青鹿毛だって

 

506:名無しの馬券師 ID:cNewhFJTl

>>502

赤毛じゃないんかーい!!

 

513:名無しの馬券師 ID:K9jwlw6wt

ズコー

 

518:名無しの馬券師 ID:xXAQqsgd7

焦げたw

 

519:名無しの馬券師 ID:lgDtDnTFx

まあ、予想外が頻発するセキトバクソウオーの子孫らしいっちゃらしいけどな・・・w




次の番外編は「セキトバクソウオー血統救世主伝説」をお送りしようかと思っていますが・・・その次が未定なんですよね。何か見てみたいネタや、気になったネタなどがあれば書き込んでいただければ拾うかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【おまけ】セキトバクソウオー 某大百科風

零細血統を救済しまくったらセキトの種牡馬成績がえらいこっちゃに・・・。

この大百科記事風の執筆にあたり、素晴らしい素材の数々を提供してくださった製作者様に感謝!

素材提供元
https://syosetu.org/novel/273050/

後、実在する冠名を使ってしまいましたが大丈夫ですかね?


スマSmiイルle大百科PEDIA()
セキトバクソウオー      

スマイル大百科()

セキトバクソウオー _単語_

れいさいけっとうのきゅうせいしゅ

 

いいね(108)

応援(1207pt)

・・・

その他

XX02年、ジュライカップ。

 

重い、あまりに重いその扉を、その馬は半馬身差こじ開けた。

 

炎のようなその身体に宿すは、燃えたぎる思いか、最速の血か。

 

史上初、内国産血統による欧州G1制覇。

 

欧州の直線に吹き抜けた赤い烈風。

 

その馬の名は セキトバクソウオー

 

JR○CM THE LEGEND特別編より

 

セキトバクソウオー(XX97 3月22日-XX22 3月22日 25歳没)とは、日本の競走馬、種牡馬、顕彰馬。そして、おそらく世界初である、赤毛のサラブレッドである。

 

概要               

サクラバクシンオー、母サクラロッチヒメ、母父サクラショウリという血統。

 

父サクラバクシンオーに関しては個別記事があるのでそちらを参照されたし。最早説明不要の名スプリンターである。

 

母のサクラロッチヒメは悲劇の二冠馬サクラスターオーの全妹・・・ではあるものの、通算成績は12戦1勝、更には後述する悪癖もあって評価は低かった。

 

馬主はこの界隈では珍しい女性の天馬朱美氏、調教師はかつて父の手綱を取った太島 昇氏である。

 

主戦はジュンペーこと、岡田順平。しかし、後述するがとある事情により一時獅童宏明が手綱を取っていたこともある。

 

誕生               

セキトバクソウオーはXX97年、新冠町のとある一角にある零細牧場のマキバファームにて産声を上げた・・・ん?零細牧場?

 

そう、何を隠そうこのマキバファーム。現在では国内屈指の規模を誇る総合牧場として知られているが、セキトバクソウオー誕生当時は繋養している牝馬が10頭前後の零細も零細の牧場だったのだ。

 

そんなマキバファームで生を受けたセキトバクソウオーであったが、生後間もなく試練の時が訪れる。

 

なんと母馬であるサクラロッチヒメから、セキトバクソウオーは育児放棄されてしまったのだ。

 

そう、上記したサクラロッチヒメの悪癖とはこの育児放棄の事であり、彼女は生涯で10頭の仔を産み落としたのだが、遂に一度も子育てをすることはなかったそうである。

 

・・・しかし、セキトバクソウオーはそんな親ガチャ失敗不運にもめげず、人の手でミルクを貰いながらすくすくと成長。マキバファームの場長曰く人の言うことをよく聞き、きれいな走りをする馬だったという。

 

 

セリ               

 

母親に育児放棄され、人工保育となってしまったセキトバクソウオーであったが、秋ごろには無事他の同世代たちとも合流、最初は初めて自分以外の馬と触れ合ったせいか逃げてばかりであったが、次第に慣れ、やがて群れにも馴染んでいった。

 

そうして迎えた二歳(当時は数え年で馬の年齢を表記していた、この記事では制度が改正された01年まではこの表記を使用する)の夏、セキトバクソウオーは記念すべき第一回目のセレクトセールへと上場されることになる。

 

いざウエスタンファームへと乗り込んだ彼であったが、当時サクラバクシンオーが種牡馬として未知数だったこと、上場番号が後半だったこと、割り当てられた馬房が端の方であった事などいくつかの要素が重なって事前評価はあまり高くなく、さらにはスターロッチの牝系の馬は91年生まれのウイニングチケットを最後に幾つかの重賞勝利はあれどG1の栄光からは遠のいており「良血」という括りに入るかどうかは微妙な存在であった。

 

そんなセキトバクソウオーに注目した人物、それこそが本馬の馬主である例の馬主天馬朱美氏。

 

大きないななきに惹かれ厩舎に入ると、そこにいた赤い毛並みを持つ牡馬に一目惚れしてしまったそうである。歩様などのチェックを経て彼女の愛馬候補として選ばれると、迎えたセリの当日。

 

当時は登録上ただの鹿毛でしかなかった為、セキトバクソウオーが姿を現した瞬間会場が一時騒然としたものの、結局天馬氏により2500万で購入された。最高価格には及ばなかったものの、これは当時のセレクトセールの二歳、当歳通じてのサクラバクシンオー産駒の最高価格であった。

 

 

課題だらけのデビュー戦      

セレクトセールにて無事天馬氏に購入されたセキトバクソウオーは、育成牧場へと移動しての本格的な訓練が始まった。マキバファームのトラックコース?坂路?ないない。

 

特に大きな問題を起こすことなく2歳の春を迎えたセキトバクソウオーは、美浦の太島昇厩舎へと入厩。

 

馬体の特徴などから短距離向きと判断され、秋口のデビューを目指していたが、想像以上に真面目な気性と馬体の仕上がり方から予定を前倒して、デビュー戦は夏の札幌、芝1200m戦に決定する。

 

鞍上として迎えたのは、後に最高の相棒と称されることになる、ジュンペーこと岡田順平。

 

しかし今でこそセキトバクソウオーと共に栄光を勝ち取った名手の一人として数えられるようになった岡田も、当時は93年の年明けに起きた落馬事故の影響に苦しまされており、引退まで秒読み状態であるとさえ言われている、ドン底の状態であった。

 

そんな彼がどうしてセキトバクソウオーの背に跨がれたのかといえば、岡田が他の馬の調教をつけるために馬具を用意していたとき、親しくない男性にはそっけない態度を取っていたはずのセキトバクソウオーの方から岡田に顔を擦り付け、甘えるような鳴き声を発したからだと言う。

 

これなら手綱を任せてもいいのではと思った太島師であったが、とはいえ抱えている爆弾の大きさは計り知れない。それを承知の上でジュンペーを乗せてやってくれないか、と頼み込む太島師に、天馬氏は。

 

「大丈夫!セキタンは強いですから!」

 

の一言で、快諾したそうである。流石愛馬に脳を焼かれた馬主である。

 

そうして迎えることになったデビュー戦当日。競馬場で行われた追い切りの結果が芳しくなく、11頭中の3番人気に甘んじたセキトバクソウオーは、スタートで足を滑らせ、出遅れてしまう。

 

馬群に追いつこうと多少追われると、今度はそのまま口を割って前へ前へと進もうとしたが、残り600付近で突如ぴたりと鞍上と折り合うと驚異的な末脚を発揮。

 

岡田のムチに応える形で、4コーナーから直線にかけて加速すると、そのまま先頭で押し切り体制に入っていた一番人気、アジヤタイリンを差し切って見事勝利を飾った。

 

この勝利は岡田にとって落馬前の92年以来、実に7年ぶりの勝利であり、ウィナーズサークルでは新馬戦であるにも関わらず、思わず涙を流す姿が目撃されている。

 

しかし、新馬がこれほど激しいレースをやって無傷でいられる訳もなくレース後間もなくして激しいコズミを発症したセキトバクソウオーは、笹針治療の後千葉の育成牧場へと放牧に出された。

 

また、レース自体も短距離では致命的となる出遅れ、追われてからのかかりと課題の多く残るレースとなった。

 

 

いちょうS、そして朝日杯       

 

笹針治療を終え、調子を取り戻したセキトバクソウオーは関係者による協議を経て10月の東京、いちょうSへと駒を進めた。

 

このレースは9頭立てと少頭数だったものの、

 

・後のマイルチャンピオンシップ勝ち馬、ゼンノエルシド

 

・後に朝日杯3着、ニュージーランドT2着など重賞戦線を沸かせたマチカネホクシン

 

・後に日経新春杯を制するトッププロテクター

 

・後に中山大障害を制するブランディス

 

 

と、なかなかに層の厚いメンバーが集っていた。

 

ここでも2番人気に甘んじたセキトバクソウオーだが、スタートを迎えるとまずますのスタートから同じサクラバクシンオー産駒のブランディスを内に見ながら進み、直線に入ると先団から粘りこみを図るトッププロテクター、そして後方から追い込んできたマチカネホクシンと三頭で激しい叩き合いになり、何とか2着のマチカネホクシンをハナ差抑え込む形でゴール版へとなだれ込み、2勝目を手にする。

 

この時点でマイルが長いのでは?という話もあったが思いの外ダメージが少なかったセキトバクソウオーの様子を見て、陣営は3歳馬の頂点を決する大一番、朝日杯3歳ステークスへの出走を表明。

 

生憎の曇天となった朝日杯では、1番人気レジェンドハンター、2番人気ラガーレグルスに次ぐ形で3番人気に支持される。

 

レース本番では過去三戦で最もいいスタートを切ったセキトバクソウオーであったが、ハナを切ったダンツキャストが大逃げをかまし、二番手を追走する形となる。

 

更には終始外側から一番人気のレジェンドハンターにピッタリとマークされる形となり、思うようにレースを運ぶことが出来ない。

 

そして、迎えた直線だったが過去2戦のような伸びも粘りもなく、更にはジュンペーがムチを落とすアクシデント。

 

結局最後はよく伸びたものの、先団との差は巻き返せず4着まで。

 

不甲斐ない結果に肩を落とした関係者たちであったが、しかし、このレースの直後に恐ろしい事実が判明することになる。

 

 

ジュンペーとの離別、空回りの春      

 

朝日杯のレース直後、ゴール板を通過したにも関わらずセキトバクソウオーが減速する様子がなかったことから異常を察した太島師がコースへと出ると、セキトバクソウオーは何かを伝えるかのように彼の前へと駆け寄り、しきりに前掻きを繰り返した。

 

尋常ならざる様子にセキトバクソウオーを落ち着かせようとしたその時、太島師はその背中にいる岡田が意識を失っていることに気が付き、次第にその異常事態に気づいた観客によって場内は騒然となった。

 

岡田はそのまま救急車で運ばれ、その直後にセキトバクソウオーも馬場で倒れてしまったことから馬運車で厩舎へと運ばれ、一時は人馬ともに最悪の事態も考えられたが翌日には無事回復。

 

岡田もレースの翌日未明には意識を取り戻したものの、こんな状態では「自分がセキトバクソウオーの足を引っ張ってしまう」と判断し、自らその背を降り、治療に専念することになる。

 

一方セキトバクソウオーはといえば、短期放牧を挟んで4歳シーズンは今は無き重賞、クリスタルカップから始動することが決定。

 

主戦無きその背中に跨ったのは、七冠馬シンボリルドルフの鞍上としても知られる丘本雪緒。その手腕が買われたのかテン乗りであるにも関わらずこの重賞の舞台で、馬生初の一番人気に推される。

 

ここでは後に条件を問わずG1を6勝した変態名馬アグネスデジタルと当たったものの、レースでは好スタートから朝日杯と同じように大逃げするダンツキャストと、それと競り合うようにして前へと進出するバーニングウッドを見ながら、4番手辺りから進出、後方から追い込んできたスイートオーキッドに併せる形でスパートすると、ロスなくコーナーを回り、直線では力強く抜け出し1馬身差の快勝を収めた。

 

この時の勝利ジョッキーインタビューで、丘本は「ルドルフ並みに賢い」、「本格化はまだ先」と宣言しており、視聴者には「何言ってるんだこいつ」的なムードが漂ったのだが、その言葉が真実であったことは、古馬になってからのセキトバクソウオーの活躍によって証明されることになる。

 

 

このレースの後にソエを発症したセキトバクソウオーは焼烙治療(焼いたコテを患部に当てる治療、自然治癒力による良化が望めるらしい)を受け、体勢を立て直してNHKマイルカップへと向かう。

 

しかし丘本はセキトバクソウオーではなく、僚馬イーグルカフェに乗ることを選択、再び空席となったセキトバクソウオーの鞍に収まったのはかつて太島師と覇を競ったジョッキー、獅童宏明であった。

 

昨年の2歳チャンプエイシンプレストンが骨折で長期戦線離脱する中で迎えたNHKマイルカップの本番、マチカネホクシンに次ぐ2番人気に支持されたセキトバクソウオーであったが、レースでは後方待機策を選択。

 

勝負所では一時馬群に包まれ、不完全燃焼に終わるかと思われたが内に開いた僅かな隙間を縫って進出を開始、しかしいつもの伸びが無く、残り300の時点で一杯一杯、そのまま続々と他馬に抜き去られ8着に終わる。

 

この結果を受け、陣営はセキトバクソウオーにマイルは長いと判断し、以降はスプリントのレースに照準を絞って出走している。

 

さて、レース後には放牧に出される予定であったのだが、セキトバクソウオー自身がレースに負けたことを理解しているかのように怒りだし、それが収まらなかったことからガス抜きの意味も兼ねて中日スポーツ賞4歳ステークス(現:ファルコンステークス)へと出走した。

 

・・・が。レース当日。パドックに姿を現したセキトバクソウオーはガリガリにやせ細っていて、誰がどう見ても明らかな調整失敗であった。

 

当然人気も急落し、それでも重賞馬である事が評価されたか6番人気に踏みとどまる。

 

その本番では好スタートからユーワファルコンと並ぶ形で逃げの戦法を取り、そのまま後方を寄せ付けぬままゴール板を駆け抜けた。おい、誰だよ調整失敗とか言った奴

 

 

重賞2勝目を飾ったセキトバクソウオーは今度こそ放牧へと出されしっかりと休養。

 

一度原因不明で倒れるという事があったものの検査で健康体が確認され、8月に美浦へと戻ってきた。

 

次走として選択されたのはセキトバクソウオーにとって初となる古馬との対決、セントウルステークスだった。

 

昨年のスプリンターズステークス勝ち馬ブラックホークを始め、重賞4勝馬スギノハヤカゼ、G1馬マイネルラヴ、芝ダート問わず活躍するワシントンカラーなどなど有力馬が揃ったこの一戦でセキトバクソウオーは後方で待機し、直線ではクリスタルカップの時の様に鋭い脚を繰り出し、並み居る古馬を蹴散らして価値ある勝利を挙げた。

 

この勢いのままスプリンターズステークスへ・・・と勇んだのも束の間、レース後に右前脚のトウ骨剥離骨折が判明。予定を白紙に戻して年内一杯の休養に入らざるを得なくなり、陣営は賢いセキトバクソウオーに険悪な雰囲気を気取らせない様、彼が放牧に向かった後で悔しがったという。

 

 

復活の春、そして初G1制覇へ 

 

放牧先で無事に手術を終え、療養生活に入ったセキトバクソウオーは、年が明ける頃には骨折も完治し、トラックコースでの乗り込みを再開。

 

復帰レースには中山のオーシャンステークスを選択、休養がいい影響を与えたのか一回り程大きくなった馬体を踊らせたセキトバクソウオーは、「お前ら程度では相手にならん」と言わんばかりに中団待機からの横綱相撲で、ムチを振るうことなく快勝。

 

そして、本番である高松宮記念でも中団待機策を取ったセキトバクソウオーであったが、ゴチャついた馬群の中で多少の接触があり、時折バランスを崩しかける。更には第4コーナーでキーゴールドが外にヨレるというアクシデントがあり、それをなんとか交わしたセキトバクソウオーは、同じく中団に待機していたブラックホークと並んでの叩き合いに臨む。

 

そして、二頭馬体を併せたままゴール板へ・・・と思われたその時、大外から追い込んでくる鹿毛の馬体が一つ。

 

一番人気のトロットスターだった。

 

そこから必死に粘り込んだものの強襲に屈してしまい、しかし競り合っていたブラックホークはしっかりとアタマ差下していただけに関係者の悔しさは相当なもの。ほんの数センチの差ですり抜けた栄光に、陣営ほ秋のリベンジを誓う。

 

 

さて、セキトバクソウオーの次走には京王杯スプリングカップが選ばれたのだが、ここに臨むに当たって一つ問題点があった。

 

 

スタミナが圧倒的に足りないのである。

 

 

その弱点を克服するべくウッドチップで入念に乗り込まれたセキトバクソウオーであったが、イマイチ効果は得られず、スタミナ面に一抹の不安を抱えたまま本番に臨むことになる。

 

この年の京王杯には2歳女王スティンガー、前走でも激しく競り合ったブラックホーク、現地でG1を6勝しているオーストラリアのTesta Rossa、復調気配を漂わせるエイシンプレストン、そしてセキトバクソウオーが休養している間にマイルチャンピオンシップでG1馬となったアグネスデジタルとG1級のメンバーが集っており、ハイレベルな一戦となっていた。

 

迎えたスタート、セキトバクソウオーは好スタートから徐々に位置を下げ、後方に位置取ったスティンガーの後ろにつけてマーク戦法を取る。

 

陣営が睨んだ通りレースはハイペースで進み、迎えた直線。スティンガーと並びながら前の馬を続々と交わし、一度は更に加速したスティンガーに置いていかれかけるも、負けじと再び加速したセキトバクソウオーがゴール寸前でハナ差差し切って勝利を収めた。

 

この勝利によってマスコミからは「安田記念にも参戦するんじゃね?」との声が囁かれたものの、太島師が自ら「1400を不安視しなければならない馬が1600を走れるとは思えない」とバッサリ切り捨て、吉里ステーブルへ入厩しての強化合宿にはいる。

 

その効果は覿面だったようで、次走のセントウルステークスでは馬体重は+10kgであるにも関わらず良好な仕上がりを見せていた。

 

・・・そして、この時。阪神競馬場のパドックには思わぬ人物が待ち構えていたのである。

 

 

00年セントウルステークス ジュンペーとセキト感動の再会

 

 

 

  この動画は現在ご利用できません  

 

 

 

 

・・・そう、療養中だった主戦騎手の岡田順平氏が、その治療を終え、愛馬を一目見ようと阪神競馬場へと姿を現したのだ。

 

この動画ではざわめきにかき消され岡田本人の声は確認できないが、当時この場面に立ち会った人によると「騎手に復帰するから待っててくれ」と言っていたそうである。どうやら既にこの頃から脳を焼かれていたようだ

 

レースではそんな相棒に今の実力を見せつけるかのように3、4番手から進めると直線では恐ろしいほどに切れる脚を発揮し、2馬身差の快勝。G1に向けて大きな弾みを付けた。

 

 

そんなセキトバクソウオーの次走は、勿論前年は出走も叶わなかったスプリンターズステークス。

 

追い切りの動きが悪く、やや評価を落としたもののパドックに姿を見せたセキトバクソウオーの様子は好調そのもの。

 

迎えたレースでは好スタートを切ったものの行き足が付かず、中団の内側を進むことに。

 

そして、迎えた第4コーナーにて、セキトバクソウオーは後の時代も右回り巧者と言われる様になった所以の、曲芸じみたコーナリングを披露してみせた。

 

なんと、中山のきついコーナーで最内に突っ込んでおきながら、全く外に振れることなく他馬が振られた分の隙間を縫って、スパートを開始したのである。

 

そして、残り100m地点で後ろから追い込んできたトロットスターと競り合う形となり、そのまま半馬身差抜け出したところがゴール板。タイムは1:06:9。父のサクラバクシンオーの記録したレコードを0秒1上回る超速レコードだった。

 

00年 スプリンターズステークス

 

 

 

  この動画は現在ご利用できません  

 

 

 

 

 

香港ジャック事件       

 

スプリンターズステークスをレコード決着で制したセキトバクソウオー。次なる戦いはスワンステークスかCBC賞かと見られていたが、香港ジョッキークラブ(以下:HKJ)からの招待を受けたことで、次走は12月の香港スプリントへと定められる。

 

同じく香港国際競走への招待を受諾したダイタクヤマト、アグネスデジタル、ステイゴールド、ゼンノエルシド、エイシンプレストンらと共に香港国際空港、そして沙田競馬場へと到着したセキトバクソウオーは特に大きな障害に当たることもなく順調に調整を重ね本番を迎えた。

 

このレースから頭絡を紅白のものに新調して迎えた本番。この年の香港スプリントはG2の格付けながら豪州G1馬ファルヴェロン、アメリカの強豪ニュークリアディベイト等決して低くないレベルの一戦。

 

その本番で、セキトバクソウオーは絶好のスタートを切るも、モーラックとキングオブデインズに先頭を譲り3番手からレースを進め、残り500を切って一瞬他馬の仕掛けに遅れる形でスパートを開始。

 

最後は先行したモーラックと、後ろから差してきたファルヴェロンとの三頭での叩き合いになり、一旦は遅れを取ったものの最後の最後で差し返してゴールイン。

 

香港ヴァーズのステイゴールド、香港マイルのエイシンプレストン、そして香港カップのアグネスデジタルとこの年の香港国際競走は全て日本馬が制した形となり、その模様が中継されていた中山競馬場には大歓声が轟き、その最寄り駅である船橋法典駅では号外も配られた。

 

[画像]当時の号外新聞

 

この記事が書かれた時点で、この香港ジャック事件と呼ばれた日本馬による同一年香港国際競走全制覇から20年以上が経つが、未だその大記録を成し得た年は無い。というか、二度と起こらないレベルの大偉業である。

 

かくして、セキトバクソウオーは01年シーズンを最高の形で終えることになったのだった。

 

 

飛躍の年、そして引退  

 

明けてXX02年、5歳となったセキトバクソウオーは遂に騎手として復活を果たしたジュンペーと再会。この際、岡田と獅童のどちらがよりセキトバクソウオーの主戦に相応しいかという勝負があったそうだが、岡田はこれに勝利。約2年ぶりの相棒の背に跨り高松宮記念へと向かう権利を得た。

 

その本番、返し馬の最中で突如としてセキトバクソウオーが動きを止めるそれなんてゴールドシップ

 

その様を見て「馬を御しきれていない」と映ったのか心無いヤジが飛ぶ。その瞬間、ヤジが相棒を馬鹿にしていると理解したのかセキトバクソウオーが大きく嘶き、スタンドの観客が沈黙した後、一転して拍手と声援が沸くという一幕もあったもののプログラムの進行に支障は無く、予定通りに高松宮記念のスタートは切られた。

 

このレースではセキトバクソウオーは先頭のショウナンカンプを終始マーク。直線に入ると先行していたアドマイヤコジーンも交えての叩き合いに突入。

 

そのアドマイヤコジーンが加速する二頭についていけず脱落していく中、セキトバクソウオーとショウナンカンプは全くお互いに譲らないままゴールイン。

 

写真判定の末、わずかにセキトバクソウオーの鼻先が先にゴールラインを割っており、軍配が上がったのだった。

 

 

このレースの後、今度はロイヤルミーティングの招待を受けたセキトバクソウオーはジュンペーと共にイギリスの地へと飛ぶ。

 

現地では薬物騒動に巻き込まれかけたり、環境の違いに戸惑ったりと流石に香港の時の様には行かなかったようだが、それでも概ね順調に調整を重ねられ、現地G2、キングズスタンドステークスへ出走。

 

しかしこのレース、慣れない環境に戸惑ったか新馬戦以来の出遅れをかましてしまい、更に道中でモグラの穴に脚を取られたセキトバクソウオーは大きくバランスを崩してしまった。

 

その瞬間、まるで別の馬かの様に怒りの声を上げたセキトバクソウオーは暴走。後にジュンペーが「あの瞬間のセキトは、まるでグレンみたいでしたよ」と苦笑いしながら語るほどには彼に印象づける出来事であったが、幸いにして残り200付近で停止、そのまま競走を中止した。

 

 

獣医の診察により軽い捻挫と診断されたセキトバクソウオー、陣営はそのまま欧州遠征を続行する判断を下す。

 

その欧州第二戦目は伝統あるニューマーケットのG1、ジュライカップ。

 

数年前にアグネスワールドも制したこのレースであるが、あちらは欧州にも適正のあるダンジグ産駒であるのに対し、こちらは日本国内で血を繋いできた国産血統。キングズスタンドステークスの結果を受けて果たして適正があるのかと不安視されたものの、セキトバクソウオーは調教で次第に欧州の馬場に適応。これならは行けるかもしれない、とジュンペーは手応えを掴んだという。

 

その本番では、大外発走から今度は絶好のスタート切り、父親であるサクラバクシンオーの様に力強くハナを切って粘り切る作戦を選択。

 

残り100mのところでコンティネントに差され大勢決したと思われたその時、セキトバクソウオーは今まで見せたことのない爆発的な末脚を発揮。

 

コンティネントを力づくで差し切り、G13勝目を海外で飾ったのだった。

 

このレースは、セキトバクソウオーの生涯においてもベストパフォーマンスであるとの呼び声もある。

 

02年 ジュライカップ

 

 

 

  この動画は現在ご利用できません  

 

 

 

 

 

こうして国産血統の身でありながら、大きな価値のある勝ち激寒を手にしたセキトバクソウオーであったが、次走はスプリンターズステークスであろうと予測していた多くのファンの期待を裏切り、次走はなんと約半年後、G1へと格上げされた12月の香港スプリントであった。同時にこれが引退レースであることも発表され、これが現代であったのなら炎上事件へと発展していただろう。

 

実を言うとこの時、セキトバクソウオーは右前足に屈腱炎を発症しており、引退の瀬戸際にあったという。

 

しかし陣営は一か八か現役続行を選択、必死に屈腱炎を治療し、なんとか競馬に使える状態へと持っていった。

 

そんな状態で満足に仕上がるわけもなく、香港スプリントでの仕上がりはジュライカップの時の8割ほど。

 

勝ちに行くのでは無く、無事に走り切れればいい。太島師ですらそうと考えてしまうほどのデキの悪さ。

 

それでも、実際に出走する身である人馬は、勝利を諦めてなどいなかった。

 

好スタートから思い切って後続に差をつける逃げを打ったセキトバクソウオーは、終盤までテンポよく走っていたものの残り150付近でよろけるような仕草を見せ、オールスリルズトゥーとファルヴェロンに抜かれてしまう。

 

しかし、ジュンペーの激しく、力強い扱きに応える様に、力尽きたはずの脚が、再び伸びる。

 

一歩、また一歩と先行する2頭へと着実に忍び寄り。

 

・・・そして。

 

02年 香港スプリント

 

 

 

  この動画は現在ご利用できません  

 

 

 

 

 

その赤い鼻先は、誰より先にゴール板へと届き。

 

 

実況が叫ぶとおりに、世界の最速王が誕生した瞬間であった。

 

 

レース後、屈腱炎の悪化が確認されたセキトバクソウオーは、発表通りにこのレースを最後に引退。

 

翌年、中山競馬場で僚馬マンハッタンカフェとの合同で行われた引退式では号泣するジュンペーを励ましたり、嘶いたりとやりたい放題だったが、それでも夕闇の中山競馬場に響き渡る二頭分の嘶きは、今の時代でも語られる名シーンの一つである。

 

03年 セキトバクソウオー、マンハッタンカフェ 引退式

 

 

 

  この動画は現在ご利用できません  

 

 

 

 

変態種牡馬として  

 

競走馬としての戦いを終えたセキトバクソウオーは、故郷マキバファームで種牡馬入りすることになった・・・マキバファーム!?

 

・・・そう、馬飼でも、エックスでもなく、セキトバクソウオーは今時珍しい完全な個人所有種牡馬として故郷へと凱旋したのだ。

 

そんな種牡馬、セキトバクソウオーの産駒はというと。

 

それはもう走った。ついでに赤毛も遺伝した。そして新しい毛色として認められた。詳細は別サイトにて。→「赤毛」をサラブレッド十番目の毛色と認定

 

アーニングインデックス(産駒の勝ち上がり率を表わす数字)が、平均より遥かに高いことが指し示す通りに優秀な種牡馬であり、初年度産駒からNHKマイルカップを勝ったレッドモンスター等を送り出している・・・のだが。

 

問題はその産駒たちの母父。前述のレッドモンスターの母はオグリキャップ産駒であるし、他に初年度の活躍馬であるルビーネイチャの母父はなんとナイスネイチャである。オールドファン大歓喜

 

他にもシリウスシンボリの牝馬からオークス馬シンボリナオスを送り出したり、ニ年目産駒には阪神ジュベナイルフィリーズ等を制したメジロデイジー(母父メジロパーマー)など、今まで人間が築き上げてきた配合理論とは一体何だったのかというレベルで、妙な血統から活躍馬を送り出し続けてみせる。

 

その一方でサンデーサイレンス牝馬との相性が悪く、種牡馬としての優秀さに気がついた馬飼が幾度となくサンデーサイレンスの直仔牝馬を配合したものの、オープン2勝のバーニングキッスや、スティンガーの仔である重賞馬アンペリアルが目立つ程度に終わった。馬飼ざまぁ

 

レッドモンスター以降長らくの間G1を制するような産駒は牝馬に偏っていたが、14年セキトキングオーが皐月賞、NHKマイルカップ、日本ダービーと3つのG1を制しついに後継種牡馬となる。まあ、種牡馬入りしてあまり経たない内にあぼんしちゃったけれど・・・

 

その後は再び牝馬に活躍馬が偏り、種付け料も最大で600万という正に中小牧場の救世主として大活躍。あれ、これどこのお助けボーイ?24年にはミホシンザンの牝馬との間に生まれたバクシンザンが12歳という高齢ながら天皇賞(春)を勝利し、平地G1勝利最高齢記録を塗り替えた。

 

しかしながら20歳を過ぎる頃から体調が安定しなくなり、セキトバクソウオーの体調を優先した結果産駒数は激減。それでも細々と産駒を送り出していたが21年末、牧場に現れたヒグマに追い回されたことが決定打となり一気に衰弱、種牡馬からも引退することが決まった。

 

その翌年の3月22日、25年前にこの世に生を授かったのと同じ日に、セキトバクソウオーは天へと旅立った。

 

早朝、スタッフがセキトバクソウオーの様子を伺おうとしたところ、まるで眠っているかのような穏やかな顔で事切れていたという。二十五歳没。

 

死後も遺された産駒たちの中からスプリンターズステークス、香港スプリント、高松宮記念を制したゴールデンフレイムや、前人未踏のスプリンターズステークス三連覇を含むG17勝を挙げたグレンバクフウオーなど子どもたちが大活躍。日本競馬の血統史に名を刻んだ。

 

その死から一年後のXX23年、関係者による選考により顕彰馬に選出される。

 

 零細血統の救世主  

 

さて、競走馬としても種牡馬としても優秀だったセキトバクソウオーであるが、彼が現代の競馬ファンにまでその名を轟かせているのは、なにもそればかりが理由ではない。

 

というか、妙な血統ばかりから活躍馬を送り出していたのがフラグだったと言わんばかりにセキトバクソウオーの血統は、母の父としてこれでもかと言わんばかりに大爆発した。

 

というか、みんなここが読みたくてこの記事を開いたと思うんだ。ここまで長々と待たせてしまってすまない(‘・ω・`)

 

以下に上げる馬は全て母父セキトバクソウオーの競走馬である。

 

08年産

 

ウェイブキャノン (父ダイタクヤマト)

> 香港スプリント

 

デウスエクスマキナ (父ミホノブルボン)

> ジャパンカップ  天皇賞(春)連覇など

 

カイセイスカイ (父セイウンスカイ)

> ドバイSC QEⅡ世Sなど

 

グランドベンケイ (父スーパークリーク)

> JBCクラシック 東京大賞典 川崎記念 フェブラリーステークス

 

09年産

 

タマモショウグン (父ウインジェネラーレ)

> 有馬記念連覇など

 

オグリサン (父オグリキャップ)

> NHKマイルカップ マイルCS連覇など

 

ヒシラーヴァ (父ヒシアケボノ)

> フェブラリーステークス かしわ記念 JBCスプリントなど

 

10年産

 

ローレルクラウン (父サクラローレル)

> 朝日杯FS 菊花賞など

 

ヤマニンボルケーノ (父ヤマニンゼファー)

> チャンピオンズマイル 安田記念 天皇賞(秋)など

 

ヤエノムソウ (父ヤエノムテキ)

> 天皇賞(秋)など

 

11年産

 

マチカネハツヒノデ (父マチカネフクキタル)

> 全日本2歳優駿 ジャパンダートダービー 帝王賞など

 

ファイヤーダンス (タップダンスシチー)

> 天皇賞(春) 有馬記念など

 

12年産

 

テイエムアカフジ (父テイエムオペラオー)

> 有馬記念 ドバイターフ QEⅡ世S 香港ヴァーズ ドバイSC連覇など

 

メイショウフブキ (父メイショウドトウ)

> ホープフルステークスなど

 

13年生

 

マヤノマーベリック (父マヤノトップガン)

> 中山大障害 中山グランドジャンプなど

 

14年生

 

シロガネテイオー (父トウカイテイオー)

> 皐月賞 ダービー

 

15年生

 

タニノラムレット (父タニノギムレット)

> クラシック三冠

 

ムーンオブデザート (父シルバーチャーム)

> JBCクラシック 川崎記念 フェブラリーステークス ドバイGS かしわ記念

 

21年生

 

ロケットブースター (父カルストンライトオ)

> 高松宮記念 安田記念 スプリンターズステークス マイルCS ドバイターフ

 

デジタライズ (父アグネスデジタル)

> 東京大賞典 大阪杯 かしわ記念 宝塚記念 チャンピオンズマイル

 

 

・・・なんやこの変態種牡馬ァ!!?

 

 

・・・というのもセキトバクソウオー、死後に明かされた関係者の話によれば父としても母父としても、その血を引く馬にはよく「純粋なスピード能力」と「根性」が遺伝していたとのことで、「どんな血統でも一線級が生まれる可能性のある、一発逆転が狙えるタイプ」だったそうである。

 

とはいえ相性の良い相手、悪い相手というのも存在しており、相性が良い相手は「瞬発力で差し切るのが得意なタイプ」、相性が悪い相手は「根性で粘りこみを図るタイプ」だとのこと。

 

特にサンデーサイレンスとの相性の悪さはよく知られており、馬飼の関係者によればセキト×サンデー牝馬の馬はサンデー産駒特有の「気性の荒さ」、「負けん気の強さ」が増幅された結果、期待されながらも故障してしまう馬が多かったという。馬飼ドンマイ

 

しかし1代クッションを挟むとその相性は改善され、母父マンハッタンカフェのグレンバクフウオーや、スペシャルウィークを母父に持つホワットユーウィルなどサンデー系の牝馬からも活躍馬を輩出した。

 

競走成績  

 

通算成績:17戦 12勝(海外:4戦3勝) 2着1回

 

G1 4勝 獲得賞金:4億6,300万+2,280万香港$+51万UK£

 

主な勝鞍

01 スプリンターズステークス(G1

02  高松宮記念(G1

02 ジュライカップ(G1

01 02 香港スプリント(G1

01 京王杯スプリングカップ(G2

01 02 セントウルステークス(G3

01 クリスタルカップ(G3

01 中日スポーツ杯4歳ステークス(G3

 

関連動画  

 

01年 スプリンターズステークス

 

 

 

  この動画は現在ご利用できません  

 

 

 

 

02年 高松宮記念

 

 

 

  この動画は現在ご利用できません  

 

 

 

 

引退後のセキトバクソウオー

 

 

 

  この動画は現在ご利用できません  

 

 

 

 

血統表  

 

4代血統表の中ではアンジェリカの3×3という圧倒的な存在感を放つクロスが目を引くが、もう1代前まで遡ると、5代前の数カ所でNasrullahがクロスしており、正にスピードの塊といった血統。

 

その配合が父の持っていたスピードを余すことなく引き継いだとも言われるが、マイルですら長いと言わしめたスタミナの無さはその代償といったところだろうか。

 

サクラバクシンオー

サクラユタカオー
テスコボーイPrincely Gift

Suncourt

アンジェリカネヴァービート

スターハイネス

サクラハゴロモノーザンテーストNorthen Dancer

Lady Victoria

クリアアンバー

Ambiopoise

One Clear Call

サクラロッチヒメ

サクラショウリ
パーソロンMilesian

Paleo

シリネラフォルティノ

Shirini

サクラスマイルインターメゾHornbeam

Plaza

アンジェリカ

ネヴァービート

スターハイネス

 

4代内のクロス:アンジェリカ3×3

 

主な産駒  

 

04年生

 

レッドモンスター (母父オグリキャップ)

> NHKマイルカップ スワンステークス

 

ルビーネイチャ (母父ナイスネイチャ)

> オークス三着 愛知杯 阪神牝馬ステークスなど

 

シンボリナオス (母父シリウスシンボリ)

> オークス

 

トクジョウイナリ (母父イナリワン)

> TCKディスタフ 関東オークス

 

シンゲキセイコー (母父ハイセイコー)

> 帝王賞

 

05年生

 

メジロデイジー (母父メジロパーマー)

> 阪神JF 函館2歳ステークス 富士ステークス

 

クィーンズクロス (母父タマモクロス)

> 桜花賞 香港マイル 関屋記念

 

07年生

 

アンペリアル (母父サンデーサイレンス)

> エプソムカップ

 

スパークパッション (母父ジャッジアンジェルーチ)

> ローズステークス

 

ゴールドレース (母父メジロマックイーン)

> 桜花賞 阪神JF マイルCS

 

08年生

 

ナイトオブファイア (母父メジロマックイーン)

> アーリントンカップ 阪神カップ

 

チロリアンランプ (母父Gone west)

> ファルコンステークス NHKマイルカップ

 

09年生

 

ラムバッカス (母父ラムタラ)

>京成杯

 

10年生

 

トムボーイガール (母父エアシャカール)

> シンザン記念 チューリップ賞 桜花賞 エリザベス女王杯

 

セキトクイーン (母父メジロマックイーン)

> フェアリーステークス フィリーズレビュー

 

11年生

 

シャクフウ (母父アイネスフウジン)

> 共同通信杯 スプリングステークス

 

レッドサンダー (母父ミスターシービー)

> ヴィクトリアマイル オークス 秋華賞

 

セキトキングオー (母父メジロマックイーン)

> 皐月賞 NHKマイルカップ ダービー

 

12年生

 

ヒデノチヨヒメ (母父ビワハヤヒデ)

> オークス エリザベス女王杯

 

バクシンザン (母父ミホシンザン)

> 天皇賞(春)

 

16年生

 

スタープロミネンス (母父ディープインパクト)

> フィリーズレビュー NHKマイルカップなど

 

フレアインパクト (母父ディープインパクト)

> きさらぎ賞 札幌記念 中山記念 京都大賞典

 

フォルスホリー (母父メジロマックイーン)

> JBCレディスクラシック

 

17年生

 

ゴールデンフレイム (母父メジロマックイーン)

> スプリンターズステークス 香港スプリント 高松宮記念

 

19年生

 

ミラクルフルーツ (母父メジロマックイーン)

> 桜花賞 秋華賞 エリザベス女王杯

 

20年生

 

ワルツプリンセス (母父マチカネタンホイザ)

> NHKマイルカップ マイルCS

 

ケラススソムニウム (母父メジロマックイーン)

> 牝馬三冠 エリザベス女王杯

 

22年生

 

グレンバクフウオー (母父マンハッタンカフェ)

> スプリンターズステークス三連覇 香港スプリント連覇 アルクォズスプリント 高松宮記念




途中でぶつ切りのようになってしまっていますが、仕様です。作者が力尽きました。

そろそろウマ娘編の準備もせねば・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。