片翼の撃墜王 外伝集 (DX鶏がらスープ)
しおりを挟む

ナイスネイチャのドキドキ♥告白大作戦!! ネイチャさんの憂鬱

お久しぶりです!
皆様元気にしておられたでしょうか?

それでは本日から『片翼の撃墜王』の短編集の開始です!

いつまで続くかわかりませんが、
どうぞお楽しみください!!




諸君は小説や漫画などを読んでいる時に、こんな言葉に出会ったことはないだろうか?

 

「女は戦場に出てくるな!!」

 

これはまぁ言ってみれば、ロマン史上主義の男性という生き物の見栄がつまった言葉であり、要するに

 

「俺はお前達より強いんだ!だからお前達は素直に守られていろ!バカ!!」

 

というツンデレめいた意味でも解釈できる言葉なのだが…まぁ現実的な意味で説得力がないわけでもない。

 

実際女性と男性の身体構造を比較した時に、前者よりも後者の方が筋肉量が上というのは事実であるし、故に肉体的な頑強さという面では、女性よりも男性の方が強い傾向にあるというのは事実だ。

 

だからこそ、古来より身体能力的な面で有利な男が、狩りのような物理的な命のやり取りをしていたという歴史があり、そこから転じて古来よりの男の聖域を犯すなという言説にはある程度説得力がある。

要するに、戦場に足手まといになるような弱い人間は不要なのだ。

 

だが、一口に戦場と言ってもその種類は千差万別だ。

何も鉄風雷火の吹きすさぶ場所だけが戦場と言うわけではない。

例えば料理人という種類の人間にとって、戦場とは乱れ飛ぶ客の注文にその都度対応し、その場に合わせて自らの技量を適切かつ全力で振るわなければならないキッチンのことをさすだろう。

また、どこぞの関西弁の葦毛のウマ娘にとって、戦場とは走る西松屋、でちゅねの悪魔からの逃避行の中にこそあるだろう…。

 

(「?どうしたタマ?顔が真っ青だぞ?」

 

「なんか今、おぞましいことが聞こえた気がしてな…」)

 

つまり、この言葉は一見正しいようで、実は正しくない。

男であれ女であれ、人は皆何かしらの戦場で戦っている。

 

料理人にとっての戦場、タマモクロスにとっての戦場…それらに本来なら優劣はない

 

(「大有りや、このどあほぅ!」

 

「ホントにどうしたんだ?タマ?今度は虚空に向かって喋りだして…」)

 

故に、先の言葉は決して不変の真理にはなりえない。

 

男だけではない、女が戦わなければならない戦場もある。個々人にとっての各々の戦場があるならば、逆に言うとそこに不相応な者が割り込むことこそが、無粋なのだ。

 

「はぁっ、はぁっ…」

 

だとしたら…

 

突如として閃光が走る。周囲の空間が爆発し、爆風がアタシを襲う。

 

「くっ!?」

 

そしてそれにアタシが足を止めた一瞬の隙を狙い、一つの影がアタシへ向けて疾走する。

 

「もらったぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

神速の踏み込みと共に放たれる必殺の一撃に、アタシは反応できない。

 

(しまった!!)

 

己の不覚を呪うと共に、アタシが目を閉じた瞬間だった。

 

ドォォォォオオオオオオオッッッッ!!

 

目の前を轟音と共に、大質量の何かが通りすぎる

 

「なっ!?」

 

「ちぃっ!新手かい!!」

 

それは目の前の空間を凪払い、アタシの窮地を救ったが、相手もさるもの。ギリギリのところで不意打ちを察知し、回避に徹することで何とかその攻撃を裁ききる。

だがそれでも、それは他ならぬこのアタシの目の前で、一瞬でも無防備な姿を晒してしまったということで…

 

「!!しまっ…」

 

「遅い!」

 

相手は目を見開くが、もう遅い!

さっきとは逆に、今度はアタシが大地を踏み砕く震脚と共に、相手の懐に飛び込む。

 

そしてそこから放たれるのは天地鳴動の一撃。

振り絞られたアタシの拳に込められた、超新星爆発並みのエネルギーが一気に指向性を持って解き放たれ…

 

「吹き飛べぇぇぇえええ!!」

 

「がはぁぁぁあああっっっ!!」

 

相手の体に炸裂する。

そして、それをまともに喰らった襲撃者は、耐えきれずに衝撃で遥か彼方へと飛んでいく。

 

「はぁっ、はぁっ…」

 

息を整える。

流石にあの程度で倒したとは思っていない。これでもこの場所に集う猛者の1人だ。しばらくの間は動けないだろうが、時を置けばまたすぐに襲ってくるだろう。

 

そう、ここは世に言う魔界の一丁目。商店街のスーパーのバーゲンセール。特売の品を求めて海千山千の歴戦のおばちゃん達が跳梁跋扈する、まさに女の戦場。そんな地獄の戦場の片隅でアタシが息を整えていると…

 

「ちょっと、大丈夫?ネイチャ?」

 

「先輩…」

 

駆けてきたのはアタシのトレセン学園の先輩にして、このバーゲンセールの常連のアイネスフウジン先輩だ。

 

「どうしたのネイチャ?いつものキレがないよ?」

 

そう問う先輩に…

 

「たはは、すいません助けていただいて…」

 

と礼を言う。

そう、この先輩はこの戦場の常連で、アタシも何度かお世話になっている。

さっき助けてくれたのもこの先輩だろう。だからこそ、アタシはお礼を言ったのだが…

 

「…ねぇ、ネイチャ?何か悩み事があるなら聞くよ?」

 

この先輩はそれを一向に介さずこちらの心配をしてくる。

 

「…ここだけじゃなくて、トレセンでも最近元気ないよね?一体どうしたの?」

 

そう親身になって問いかけてくる先輩に…

 

「…いえ、大丈夫です。先輩」

 

そう答え、アタシは前に一歩進み出す。

 

今日のバーゲンセールもすでに佳境だ。卵にトイレットペーパーに、牛乳、粗方の品の争奪戦はすでに終わりかけている。であるならば残るは…

 

「…!」

 

そこまで考えた瞬間に、スーパーの店内放送が始まる。それはつまり、今日の特売の目玉がついに姿を現すということで…

 

「…幸いにも今日は、町内会の旅行で強者がほとんど出払っています。残っている実力者は、黄金の田中さんと灰塵の山田さん、無限の鈴木さん位でしょう」

 

そう言いつつ、アタシは全身に力を張り巡らせる。

 

「…であれば、全力で取りに行くべきです。ここまでのチャンスは滅多にありませんから…」

 

「…ネイチャ」

 

…心配そうな顔でこちらを見てくる先輩の顔をあえて見ないようにしながら、アタシはその時を待つ。

 

気が付くと、さっきまであれだけの激闘が繰り広げられていたスーパーの中は、すっかり静まり返っている。それはまるで、嵐の前の静けさのような、緊張感を孕んだもので…

 

(…すいません、先輩)

 

そんな張り詰めた糸のように緊迫した空気の中で、アタシは先輩に謝る。

 

(…だってこれは、流石に先輩に相談できませんよ…)

 

なぜなら…

 

その瞬間

 

「それでは今日の最後のタイムセールです!!」

 

「!!」

 

その言葉に、スーパーの中の全ての人間が反応する。そして

 

「本日の目玉、食器用洗剤!お一人様2個まで!」

 

その言葉と共に…

 

「はぁぁぁぁああぁぁぁっっ!!」

 

「おおおおおおおぉぉぉぉおおっっ!!」

 

おばちゃん達が一斉に飛び出す。

だれよりも早く目玉商品をゲットしようと、電光石火のごとき速さで飛び出したから…

 

「っ!!」

 

アタシも飛び出す。

近くにいた先輩もまた、かつての日本ダービーの時のスタートダッシュに勝るとも劣らない、最高のスタートダッシュを決めて走り出す。

 

そして始まる本日最後の戦場。

 

今日の目玉の食器用洗剤(一個102円)

の並ぶブースへと飛び出しながら…

 

(…言えない…言えるわけがない)

 

アタシは…

 

(最近トレーナーさんとの仲がギクシャクしてるなんて、言えるわけがないよぉぉぉっっっ!!)

 

心の中で絶叫しながら、渾身の拳を放つのだった。

 

 




…これウマ娘だよね?



ちなみに

黄金の田中さん:なんかすごい槍の聖〇物っぽいもので、世界を破壊しだすおばちゃん
        最近の趣味は浅漬けで、アボカドを漬けようとして家族に止められた

灰燼の山田さん:なんかすごい残〇の太刀っぽいもので、世界を燃やし出すおばちゃん
        最近の趣味は書道で、そろそろ何かの大会に作品を出そうかしらと画策している

無限の鈴木さん:なんかすごい無限の〇製っぽいもので、世界を塗りつぶし出すおばちゃん
        最近の趣味は陶芸で、ちょっと前にかなり良いものができたのでご満悦


うん、皆さん幸せそうで何よりです(白目)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナイスネイチャのドキドキ♥告白大作戦!! 井戸端会議

一方その頃



「それでマヤ達に相談に来たってことなのね?マベちん?」

 

「うん…」

 

事情を聞いたマヤがそう聞くと、マベちんは心配そうに頷く。

 

それを見ると、元々冗談とかだとは思っていないけど、本当にマベちんが困ってるんだなってことがマヤにも分かる。だから、できるならマヤも何とかしてあげたいって思うんだけど...

 

(う~ん、実際マヤにもよくわかんないんだよね…)

 

そう思いながらマヤは腕を組む。

 

今日のトレセンの授業が終わった後、マヤとテイオーちゃんは突然マベちんに呼び止められた。

何か話があるってことで、おまけにその内容もネイチャちゃんのことだってことだったから、ネイチャちゃんがいない時に部屋に来てもらってお話を聞いたんだけど...

 

(う~ん、マヤにも心当たりがないんだよね…)

 

残念ながら、その話を聞いてもマヤは良い考えが思い浮かばない。

 

って言うのも、マベちんから聞いたのは、マヤが不思議に思っていたことそのものだったからだ。

 

…最近ネイチャちゃんの様子がおかしい。

 

多分ついこの間の休日からだと思うんだけど、なんかネイチャちゃんの様子が変なのだ。

 

妙にそわそわしてるというか、浮き足だっているっていうか…

 

かと思うと、いきなりものすごく落ち込んだり、そうかと思えばやたらとテンションが高くなったり…はっきり言ってネイチャちゃんらしくない。

 

だから、マヤも一体どうしたんだろうって不思議に思ってて、そろそろネイチャちゃん本人に聞いてみようかとも思ってたんだけど…

 

「...う~ん、もしかしたらアレかな?」

 

残念ながら、マヤには心当たりがない。

どころか、マベちんにも心当たりがないのなら、本格的にマヤにも分かんない。

そう思っていると、マヤの向かいのベッドに座っていたテイオーちゃんが、何かを思い付いたような顔をする。

 

「テイオーちゃん、何か心当たりがあるの?」

 

「うん。

…これ他の人には絶対に言わないでほしいんだけど、実はね…」

 

そう話し出すテイオーちゃんの話を聞いて、マヤもマーベラスも驚く。

 

「え!?ネイチャ、トレーナーとデートに行ってたの!?」

 

「しー!!

声が大きいよ!マーベラス!!」

 

「あっ、ゴメン」

 

思わず大きな声を出してしまったマーベラスを、テイオーちゃんが勇める。

けど…

 

(…う~ん、それならもう絶対そのこと関連で間違いないよね…)

 

と言うか、そうでないと説明がつかない。

 

…別にトレーナーと担当ウマ娘が一緒に出かけるってのは珍しいことじゃない。

現に、マヤもトレーナーちゃんが生きてた頃はよく連れ回してたし、他の子も程度の差はあっても、それなりに自分のトレーナーと外出してるはず。

 

まぁ、トレーナーと担当ウマ娘は一心同体って良く言うしね。

お互いにお互いのことを理解しなきゃいけないから、トレセンも担当ウマ娘とトレーナーが仲良くなることはむしろ推奨してることだし、だからこそ、トレーナーと一緒という理由だと、一人だと少し面倒な外出許可が取りやすいっていうのも事実。

そしてそうでなくても、例えば蹄鉄の買い換えとか、雑誌やテレビの取材なんかの理由で、その道の専門家、あるいは保護者的な立ち位置の担当トレーナーと、ウマ娘が一緒に出かけることは意外と多いのだ。

 

だから、別にネイチャちゃんがトレーナーと出かけただけだって言うのなら、マヤも何も思わない。

そんなに珍しいことじゃないからね。

 

でも、デートとなると話は別だ。

…いやまぁ、確かにマヤもトレーナーちゃんをデートだって行って連れ回してたけど…今思えばそれはオトナなオンナに憧れて、その真似がしてみたくて言ってただけだ。本当のデートじゃない。

好きな人がいて、その人と過ごす特別な時間、それがデートだ。

それは、単なるお出かけなんかと一緒にして良いものじゃない。

マヤ達ウマ娘にとって…ううん、すべての女の子にとって、それは掛け替えのない時間であって、同時に勝負の時間でもあるのだから。

 

だから、もし本当にネイチャちゃんがデートっていう意識をもってトレーナーと出かけたのなら、それは覚悟が違う。

きっと彼女はそこに何らかの思惑を持って臨んだはずなんだ。

だからこそ、もしテイオーちゃんの話が正しいなら、多分そこで何かがあったんだと思う。

そうでなきゃ、普段冷静なネイチャちゃんが、あそこまで取り乱すなんてありえない。

 

…と言うわけで

 

「何があったの?ネイチャちゃん?」

 

「…とりあえずテイオーを絞めてからで良い?」

 

「ご、ごめんってネイチャ!」

 

マヤがそう聞くと、話を聞いたネイチャちゃんは、秘密をあっさり漏らしたテイオーちゃんに青筋を立てながらニッコリと微笑む。

それを見たテイオーちゃんは、マヤの後に張り付いてぶるぶる怯えているけど…

 

「でもでも、今回ばかりは許してよネイチャ!ボクもキミのことが心配だったんだ!!」

 

そう言われて、ひとまずは矛を納めたネイチャちゃんは、ため息をつく。

 

そう、ここはマベちんとネイチャちゃんの部屋だ。あの後、結局原因はそれ以外ありえないっていうことになって、マヤがそのまま部屋を飛び出して、ネイチャちゃんの部屋に突撃。ベッドに腰かけて本を読んでいたネイチャちゃんに、彼女が驚くのも無視して事情を話し、今に至る。

 

部屋は静かだ。マヤの後から慌ててついてきたテイオーちゃんも、一緒についてきたマベちんも、そして今話題の中心にいるネイチャちゃんも喋らない。

前者2人はまぁ、そもそも何を話せば良いのか戸惑ってるんだけど、ネイチャちゃんは悩んでる。自分の悩み事をマヤ達に話すべきか否かを。だから...

 

「…ねぇ、ネイチャちゃん」

 

マヤはあえて口を開く

 

「…前にマヤに言ってくれたよね?友達だからこそ、お話が聞きたいって」

 

「...」

 

「それを聞けないほうが、友達として悲しいって」

 

あぁ、だったら今度は…

 

「…だからさ、マヤもネイチャちゃんの話が聞きたいな。友達だもん」

 

「…マヤノ」

 

「…だめ?」

 

そう言うと…

 

「………はぁっ、わかった。

マヤノ、今回はあんたの勝ちね」

 

そう言ってネイチャちゃんが話してくれたのは…

 

「…アタシね、トレーナーさんに告白したんだ」

 

 




なぜうちのテイオーはこう、
いつも勝手に自らネイチャの逆鱗の上でタップダンスをしに行くのだろうか…

この小説のキャラクターの中で一番勝手に動く確率が高いし、
本当に何なんでしょうね、この子?


???「ワケワカンナイヨー」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナイスネイチャのドキドキ♥告白大作戦!! S・H・Y・U・R・A・B・A

もっと作者はラブコメやギャグ時空が書きたいのですが、
書いているとどうしてもシリアス寄りになってしまう。

あれでしょうか、作者はシリアスしか書けない病気なんでしょうか?



ネイチャは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のトレーナーを除かねばならぬと決意した。

 

ネイチャには男は分からぬ。

ネイチャはとあるバーの生まれである。

そのため、生まれたときから常連の酔っぱらい達に可愛がられて育った。故にそんな彼らと違い、比較的若い男性であるトレーナーの趣味など皆目分からない。

無論彼女とて義務教育は履修している。そのため、男友達がいなかったわけではない。

だが、それでも彼らはネイチャにとってクラスメイト以上の何者でなく、よって若い男のことなど、ネイチャには検討も付かない。

 

だが…

 

「お、落ち着いて!ネイチャ!ほら、たまたま会っただけかもしれないでしょ!?」

 

隠れている木の影から出ようとするアタシを、テイオーが必死で羽交い締めにする。

 

「そ、そうそうネイチャ!

ほ、ほらこういう時こそマーベラス☆にならないと!

マ、マーベラス★」

 

そういってアタシの前にいるマーベラスも必死でアタシが前に出ようとするのを止める。

 

だがそれでも…

 

 

「ごめんね、急に呼び出して」

 

「いいえ、こちらこそ少し遅れてしまい申し訳ありません。ネイチャさんのトレーナーさん」

 

 

アタシが達が隠れている木のすぐ近く、公園の時計の下で親しげに言葉を交わすアタシのトレーナーさんとマックイーンさんは、どう見ても待ち合わせをしていたようにしか見えなかったから…

 

 

「う、うわっ!ダ、ダメだよネイチャ!!

こんなところで出ていったら!!

 

まだ二人がそういう関係だって決まったわけじゃないでしょ!!

 

きっと何かの間違いだよ!!」

 

「そ、そうだよネイチャ!

ほ、ほらマーベラス☆マーベラス★」

 

 

故に、アタシを止めるテイオーとマーベラスは顔を真っ青にして油汗をだらだら流している。今ここで頑張らなければ、とんでもないことになると言わんばかりに死力を尽くして、アタシが進むのを必死に食い止めている。

…それは一重に、今のアタシを好きにさせたら、まさしく怒りの日〇ィエス・イレがここに発現することを、この子達はよく分かっているからで…

 

「それじゃあ行こうか、マックイーンさん」

 

「えぇ、よろしくお願いしますわね。

ネイチャさんのトレーナーさん」

 

「ははっ、それはこちらの台詞だよ。マックイーンさん」

 

なんて会話をしながら、公園から出ていく二人を見ながら…

 

「…どうして」

 

ゴゴゴゴゴゴゴ…

 

「うわぁっ!また力が強くなった!!

もう良い加減ボクじゃ無理だよ!キミホントにウマ娘なの?ネイチャ!!

ワケワカンナイヨー!!」

 

「ム、ムリ…も、もう…ダメ…

…お願いだから…マヤちんも…良い加減手伝って…」

 

「…」

 

アタシは…

 

「…どうしてアタシじゃなくてマックイーンさんと会ってるのよぉぉぉ!

トレーナーさんっっっっっ!!」

 

そう叫ばずにはいられない。

可能なら、今すぐにでもトレーナーさんのところに走っていって、黄金の右ストレートを叩き込みたいところなんだけど、テイオーやマーベラスが邪魔でそれも叶わない。

だからアタシは怒りのままに叫ぶしか出来ない。幸か不幸か、トレーナーさん達はもうかなり先に行っているため、この場にはもうアタシ達しかいない。だからこそ、アタシは天に向かって吠える

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁああっっっ!!」

 

そうしていると、そもそもこんなどうして木陰の隅で、アタシがテイオーとマーベラスから必死に飛び出すのを押さえられているのかが思い出されてくる…

 

 

 

・・・・・・

 

 

「どえぇぇぇぇぇっっっ!?こ、ここここ、告白ぅっっ!?」

 

「マーベラス☆マーベラス★マーベラス☆!!」

 

「…二人とも、シッ!」

 

アタシの言葉にテイオーとマーベラスは仰天する。

マヤノも目を見開くが、意外にも一番早く復活して、二人をいさめる。

 

…まぁ、考えてみれば意外でも何でもないのか、とふと思う。

そう、今のマヤノは、昔のキスと聞いただけで顔を真っ赤にするようなマヤノではない。

 

…恐らくは初恋であっただろう人の死を、悲しみと嘆きの果てに彼女は乗り越え、今ここにいる。

それがどれほどの苦難の道のりだったのかは、アタシには推し量ることしかできないけど…間違いなく今のマヤノはそうして一皮向けたオトナのオンナなのだ。

 

(…あのマヤノがね…)

 

そう思うと、少しだけおかしい。

びっくりするくらいの天才で、なんでも出来るのに、誰よりもウブだったマヤノ。そんな彼女がこんなにたくましくなったのを、嬉しく思うと共に、少しだけ寂しく思う。

だが…

 

「…それで?その告白の返事はどうだったの?」

 

そうこちらの目をまっすぐに見つめるマヤノを見て、アタシは気持ちを切り替える。

 

そう、今は感傷に浸っている時ではない。

自分の様子がおかしい、それを心配に思ってわざわざ訪ねてきてくれた友達がいるのだ。

だからこそ…

 

「…返事を待って欲しいって言われたんだ」

 

アタシは本当のことを話す。

 

「…それはネイチャちゃんがまだ学生だから?」

 

そう問いかけるマヤノに、

 

「…わからない」

 

アタシもそう答える。

 

そう、それこそがアタシの悩みだったのだ。

 

「先週のお休みの日にね、アタシとトレーナーさんはお出かけに行ったんだ。なかなか忙しくてできなかった有マ記念のお祝いを、今度こそ二人っきりでしようって…」

 

そう、実はまだあの段階まで、アタシとトレーナーさんは年末の有マ記念のお祝いをちゃんとしていなかった。

 

お互いになかなか予定が合わなかったのと、マヤノの天皇賞に向けての過酷なトレーニングに全力で付き合っていたから、時間がとれなかったのだ。

 

「…えっと、それは…」

 

「あ~、そこに関してはマヤノは気にしないで良いんだよ?

アタシがやりたくてやったことだし、トレーナーさんも乗り気だったしね!」

 

それを聞いて申し訳なさそうな顔をするマヤノに、アタシは慌てて手を振る。

 

そう、これに関してはアタシがやりたいからやったこと。

実際あの有マ記念の後は、しばらくアタシも調子が戻らなかったから時間があったし、トレーナーさんにしても、友人の愛バの様子が気になっていたみたいだったから、マヤノが協力してくれてと頭を下げた時にはとてもやる気を見せていた。

「やっとあの人に恩返しが出来る」、なんて言ってたあたり、実はただの友人以上の関係だったのかもしれないけど…とにかく

 

「そういうわけで、そこに関してはあんたが気にする必要はないよ、マヤノ」

 

そう言うと、マヤノは渋い顔をしながらも頷いてくれる。

そう、これに関しては本当にマヤノに非はない。単にタイミングの問題なのだ。

…ただでさえ、アタシのトレーナーさん不幸体質だしね…

 

そう思っていると…

 

「それでそれで?二人で出かけてどうなったの?」

 

「ネイチャ、早く早く!」

 

バツが悪そうな顔をして黙ってしまったマヤノに変わり、今度はテイオーとマーベラスがアタシに話しかけてくる。

 

その目には、確かにアタシへの心配は浮かんでいたけど、それ以上に押さえきれない好奇心に溢れていたから…

 

「はぁ…」

 

なぜか肩の力が抜けてしまう。人が真剣に悩んでるのに、あんたらって奴は…

怒りを通り越して、呆れが浮かんでくる。

でも、だからこそアタシは、そこから冷静に話を続ける。

 

「…それで一日色々と遊んで、どこかのお高いレストランで二人っきりでお祝いをした帰り道に、アタシから告白したの。

…好きですっ、付き合って下さい、って」

 

そう告げると

 

「おぉっ!すごい!ネイチャなんかスッゴい大人だ!!」

 

「マーベラス☆」

 

再び二人が騒ぎ始めたからもんだから…

 

 

 

 

ダンッ!!

 

 

 

 

突然の音に何事かと振り向くテイオーとマーベラスに、近くの机を叩いたマヤノはニッコリと微笑み…

 

 

 

 

「…テイオーちゃん、マベちん…」

 

 

 

 

「ひょえっ!」

 

「ひゃっ、ひゃい!」

 

いつかのような怖すぎる殺気を放ちながら、穏やかにマヤノは言った。

 

 

 

 

「…ちょっと静かにしててくれない?

…ユーコピー?」

 

 

 

 

「「ア、アイコピー!!」」

 

満面の笑顔なのに、全く笑っていないマヤノの目に気圧された二人は、ガタガタ震えながら抱き合い、口をつぐむ。

 

それをしばらくジト目で見ていたマヤノは、ため息をついてからアタシに促した。

 

「…それで?具体的にはなんて言われたの?」

 

だから…

 

「来週末…つまり今週の日曜日の夕方まで待って欲しいって…」

 

そう返す。

 

そうなのだ。トレーナーさんはアタシの告白を聞いた後にしばらく硬直し、何か覚悟を決めたような顔をした後に、そう言ったのだ。

 

仮にだ、もし受け入れてくれていたなら、アタシは有頂天になっていただろうし、

…………もし断られたとしても、…まぁ、多分死ぬほど凹むとは思うが、こうはならなかっただろう。

 

保留。

そう言われたからこそ、アタシは不安で不安で仕方がない。

もう期日までは3日を切っている。

果たしてトレーナーさんはOKと言ってくれるのか、それとも断られるのか、それが気になって気になってしょうがない。

 

だから、今はまともにトレーナーさんと向き合えないし、日常生活でもどこかボーッとしてしまう。

もし受け入れてくれたなら、と考えると天にも舞い上がるほどに嬉しくなるし、もし断わられたらと思うと、本気で泣きそうになる。

それでも、全部は結局想像に過ぎないから、堂々巡り。だからこそ…

 

「…告白の答えが気になって仕方がなくて、ネイチャちゃんは最近不調なんだね」

 

そう纏めるマヤノの言葉に頷く。

 

要するにそういうことなのだ。

 

だからこそ…

 

「じゃあ、今度の土曜日にネイチャちゃんのトレーナーさんの後をつけてみよっか 」

 

そうマヤノが言い出すものだから…

 

「えぇ!?なんで!?」

 

困惑する。あまりにも突拍子が無さすぎてどう返したら良いか分からない。でも…

 

「だってネイチャちゃんは、トレーナーさんがどう思ってるのか気になるんでしょ?

だったらその行動を追えば、ネイチャちゃんのトレーナーさんが何をしようとしてるのか、本当は何をしようとしてるのか分かるよ?」

 

「そ、それは…」

 

確かにそうだ。

 

「それに、わざわざ日曜日の夕方なんて言うくらいなら、きっとそこには何か意味がある。

 

なら、その為の準備に動ける時間って、忙しいトレーナー業務のことを考えるなら、平日はムリ。

 

だからといって、当日だと遅すぎるし、動くならきっと土曜日だよ。

ネイチャちゃんは、何かトレーナーさんの土曜日の予定について聞いたりしてないの?」

 

「…そう言えば」

 

昨日たまたまトレーナー室に早く来たときに、その前の日にトレーナーさんが忘れていったらしい手帳を見つけたんだけど、その手帳の今週の土曜日のところに何か印があったような…

 

「なら決まりだね。

ネイチャちゃんのトレーナーさんは、そこで何かするつもりだよ。

 

だったらそれについていって、ネイチャちゃんのトレーナーさんが本当は何を考えてるのか、一緒に暴きに行こう!

 

…二人も良いよね?」

 

そうマヤノが二人を振り替えると…

 

「ボクはもちろん賛成だよ!なんか探偵みたいでワクワクするよね!!」

 

「マーベラス☆

マーベラスも行く行く!!」

 

さっきまでの怯えはどこへやら、

ドキドキ 秘密の尾行ミッションにすっかり魅了されて、

目をキラキラさせている。

 

だから…

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ皆!!」

 

アタシは話が纏まりかけているみんなに叫ぶ。

 

「日曜日の夕方には結果は出るんだよ!

ならわざわざそんなことする必要はないじゃない!!」

 

それに…もし…

 

「…もし、それでトレーナーさんが…アタシのこと…」

 

…もし、もしトレーナーさんが、アタシのことを…何とも思っていなかったと分かったら…

 

「…アタシ…アタシは…」

 

続きを言おうと口を動かすんだけど、声が出ない。

なんだが目の前がぼやけてきて、アタシはその場に膝をつく。

目元を拭うと、そこは確かに濡れていて…

 

「…ネイチャ…」

 

「…えっと…」

 

気がつくと、さっきまで賑やかだった室内がお通夜のように静まり返っている。

 

友達の新鮮な恋バナにテンションが上がり、その渦中の人であるトレーナーさんの尾行なんていう、飛びっきりの青春イベントに浮き足立っていたテイオーとマーベラスも、正気に戻ったのかバツが悪そうな顔をしてる。

 

そう、マヤノの言ってることは多分合ってる。

今週の日曜日がなんの日なのかは分からないけど、それが特別な日で、その準備に動くとしたら、それは確かに土曜日しかない。

アタシの記憶という物証まであるならそれは多分間違いない。

 

だから、仮にマヤノの作戦を遂行したとしたら、それは成功するだろう。アタシ達は、トレーナーさんが考えている本当のことを、知ることが出来るだろう。

 

でも、それでもし、トレーナーさんがアタシの告白を断るための準備をしていたとしたら?

 

その場で告白を断るとアタシが傷つくから、何か少しでもアタシを傷つけないための準備をしていたとしたら?

 

もしそうだったとしたら、アタシは…

 

そう考えていた時だった。

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

「…マヤノ?」

 

床にしゃがみこむアタシの頭に、マヤノは身を屈めてそっと手をおく。

小さな、だけど暖かい手がアタシの頭をなでる。それはまるで、幼い頃泣きじゃくるアタシをあやしてくれた、お母さんの手みたいで…

 

「ネイチャちゃんのトレーナーさんは、そんなヒドイことするような人じゃない。それはネイチャちゃんが一番知ってるでしょ?」

 

「…マヤノ」

 

「それにね?」

 

マヤノはアタシにウインクする。

 

「マヤね、何となくだけどわか・・るんだ。きっとうまく行くって。

 

…今までマヤがこう行って、何とかならなかったことってあった?」

 

そう、アタシに微笑みかけるから…

 

 

 

・・・・・・

 

 

「…信じて作戦を決行したのに!初っ端から大失敗じゃないマヤノ!!

どうしてくれるのよ!!」

 

そう言いながら、アタシはマヤノに詰め寄る。

 

正直今のアタシは本気で怒っている。

それは勿論、アタシの告白を保留しながら、別のウマ娘と会う約束をしていたトレーナーさんや、呼ばれたからと言ってほいほい会いに来たマックイーンさんに対してもだけど…

 

「こんなことなら知らないほうが良かった!知らない、方が…」

 

そう言いながら、涙が溢れてくる。

 

そう、確かにあの二人にもアタシは怒っている。

だけど、今アタシはそんな二人の残酷な現実を、知らなければ幸せでいられたも知れない真実をアタシの目の前に突きつけた張本人であるマヤノにこそ怒っていて…

 

「…離しなさい!

テイオー!マーベラス!」

 

「絶対に嫌だ!離したら今のネイチャ、なにするかわかんないもん!!」

 

「喧嘩しちゃダメだよ二人とも!!」

 

そんなアタシを二人は必死に抑える。

さっきまでとは比べ物にならないほどの力で、二人はアタシがマヤノに掴みかかるのをなんとか食い止めている。

 

だからこそ…

 

「なんとか言いなさいよっ!マヤノぉぉっっ!!」

 

この現状にも関わらず、一切表情を変えずに、トレーナーさん達が歩き去った方向をじっと見つめるマヤノに、アタシは絶叫し…

 

「…うん、マヤ多分わかっ・・・ちゃったと思う」

 

そうあまりにも落ち着いた口調で、マヤノがアタシ達の方を静かに見ながら言うものだから…

 

「…へ?」

 

興奮していたアタシも、なぜかそれが収まってしまう。そして…

 

「…でもこれは、多分マヤが直接言うより、ネイチャちゃんが自分で気がつく方が良いと思うから…」

 

そう言って、何事もなかったような顔で歩き出すと、

 

「行こう、皆。あの二人の後をもう少しだけつけてみよう?」

 

そう言ってニッコリと笑うものだから…

 

「「「…」」」

 

思わず三人で顔を見合わせる。

マヤノが天才であることは知っているけど、この状況から一体何を理解したのかが、アタシ達には全然わからない。だからこそ…

 

「?どうしたのみんな?置いていくよ?」

 

そう、不思議そうな顔をしてこちらを振り返る小さな天才少女の後を、アタシ達は追う。追わざるを得ない。

 

土曜日の空には、休日でも勤勉な太陽が、静かに輝いている。

 

どこか浮かれたような陽気の中を、アタシ達はトレーナーさんを追って歩き出すのだった。

 

 




マヤノの発言に宇宙ネコ状態の3人

ちなみに最初ネイチャに押されていたのに、
なんだかんだ言ってテイオー達がネイチャを抑えきれたのは、
やっぱり空気の違い。

そりゃ、ギャグ補正がシリアスシーンで適用されるはずはないですからね

…やはりシリアス、シリアスはすべてを解決する…
(なお、作者と読者のメンタルにSAN値チェック)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナイスネイチャのドキドキ♥告白大作戦!! 大失敗?

でもね、マヤちゃん。

…天才でも失敗することはあるんだよ?




「おいしいですわ!パクパクですわ!」

 

「…えっと、その…」

 

「…はっ!

…ご、ごほん。失礼しました」

 

注文のケーキが来た瞬間に、一瞬でパクパクお嬢様へと変貌したマックイーンさんは、自分の失態に気づくや否や、さもおしとやかで瀟洒なお嬢様という顔をして、しれっとトレーナーさんの方に向き直る。

 

しかし

 

「あっ、そっちのほっぺにクリームついてるよ?」

 

「え?あっ、ホントですわ。

ありがとうございます、ネイチャさんのトレーナーさん」

 

それでもほっぺについたクリームは誤魔化せない。それをトレーナーさんに指摘されたマックイーンさんは、少し恥ずかしそうにそれを自身で拭い、トレーナーさんに、お礼を言う。

 

「いえいえ。それよりどうだい?そのケーキは?」

 

「えぇ、素晴らしい代物ですわ。

ライアンやドーベルにも食べさせてあげたいくらいですわ」

 

「それなら良かった」

 

そしてケーキの感想を彼女に聞き、そこからも取り留めのない雑談が続く。

その様子はまさに長年連れ添ったおしどり夫婦。とても微笑ましく絵になる構図だったから…

 

(…)

 

(…)

 

テイオーとマーベラスは、目の前に置かれたケーキには目もくれず、心配そうな顔でこちらをチラチラ見ている。

 

そしてマヤノは

 

「…あっ、これ本当に美味しい!」

 

そう言いながら、マックイーンさんの頼んだケーキを自分も頼み、モグモグと幸せそうな顔で食べている。

 

で、アタシはと言えば…

 

(…トレーナーさん)

 

テイオーとマーベラス、そしてマヤノと一緒に、トレーナーさん達の席からは少し離れた席に座って、二人の様子を観察していたのだが...

 

(…やっぱり、トレーナーさんは…)

 

そう思うと胸が苦しくなり、アタシは両手を握りしめる。

 

そう、アタシ達は結局午前中ずっと二人の様子を物陰から隠れて見ていた。

 

どうやら何かの買い物が目的らしく、色々な店を二人で回って、あれこれと意見を出し合っていたのだが…

 

(…アタシの…アタシのことなんか…)

 

その様子があまりにも楽しそうで、おまけに普段通りの不幸体質を発動し、なぜか道端に落ちていたバナナを踏んで滑った勢いで近くにいた大型犬のお尻を蹴りあげ、全力ダッシュで逃げるトレーナーさんを追うマックイーンさんも、なんだかまんざらでもなさそうだったから...

 

目の前がじんわりと涙で滲む。

 

…最初は、告白したアタシのことを放置して別の女の子に会うトレーナーさんや、そんなトレーナーさんと一緒に外出を楽しむマックイーンさんに怒っていたんだけど、そんな様子を見ていると、段々アタシは自分に自身がなくなってきて…

 

それどころか、二人の様子を見ていると、もしかしたら本当はアタシなんかよりも、マックイーンさんの方がトレーナーさんの隣には相応しいんじゃないか、なんてことも思ってきちゃって…

 

(アタシは…)

 

どうすれば良いのかわからなくなって、アタシがぎゅっと目を瞑った、まさにその時だった。

 

「ふぅ、ご馳走様。

それじゃあマックイーンさん、悪いんだけどさっきの店に戻っても良いかな?」

 

そうトレーナーさんが立ち上がりながら言い

 

「はぁ、まったくようやくですの?

悩むのは良いですが、もう少し早く決められなかったんですの?」

 

なんて呆れたように言うマックイーンさんに

 

「あはは、それはおっしゃる通りで。

…でも、大切なものだからね。ちゃんと納得できるまで選びたかったんだ。

なんせ…」

 

そこで一旦言葉を区切ると、トレーナーさんは続ける

 

「…大切な人にあげる大事なプレゼントだからね」

 

「…!」

 

アタシが息を飲む中、そんなことを言いながらウインクするトレーナーさんに

 

「…それもそうですわね。

先の言葉を訂正いたしますわ。

…それではネイチャさんのトレーナーさん、早速行きましょう。

善は急げですわ!」

 

なんて立ち上がりながらマックイーンさんも微笑むものだから…

 

 

 

ガタッ

 

 

 

「…え?」

 

「…あら?ネイチャさん?」

 

アタシが立ち上がると共に、トレーナーさんとマックイーンさんがこちらを向く。それなりに距離は空いていたはずだけど、本当にたまたま二人はアタシのたてた物音に気づいたらしく、きょとんとした顔でこちらを見ている。

 

「ネ、ネイチャ?」

 

「えっ、えっとえっと…」

 

そして、それを見てマズイと思ったのか、テイオーとマーベラスはあわあわしている。

そしてマヤノも

 

「…あ…」

 

瞬時に何が起こったのかを悟ったのだろう。

口に入れたフォークをそのままに、顔が真っ青になっている。

 

でも、今はそんなことどうでも良くて…

 

「ち、違うんだネイチャ!これは…」

 

そう言って慌てて近づいてくるトレーナーさんに

 

 

 

「来ないで!」

 

 

 

そう叫ぶ。

その瞬間トレーナーさんも、戸惑うマックイーンさんも、事態をどうにかしようとしていたテイオーやマーベラス、寸前に口を開きかけたマヤノの動きも止まる。

 

周囲にいた何事かと騒ぐ人達の動きも止まり、一瞬世界が静寂に包まれる

 

そして…

 

 

「…わかりました、トレーナーさん。

アナタにした先日の告白の返事は、とてもよく…」

 

そうポツリと呟く。

 

「…でも、だからと言ってアタシは別に怒っていないんですよ?

…まぁ、最初から考えればムリな話だったんですよ。

アタシみたいな万年3位のモブキャラが、トレーナーさんみたいな良い人を射止めるなんて。

…分不相応だったんですよ。

たはは…」

 

そう言ってアタシはひきつった顔で必死に笑顔をつくる。

 

「…と言うわけでトレーナーさん、出過ぎたマネをしてしまい申し訳ありませんでした。

…アタシの身勝手な行動で、困らせてしまったことは、本当に申し訳ないと思っています」

 

でも…

 

「…でも、それでもアタシはトレーナーさんのことが好きだから…

…例えアタシがあなたの隣にいることが出来なくても、あなたが笑っていてさえくれれば、アタシは幸せだから…」

 

言葉が震える。必死で取り繕った笑顔の仮面の下から、ポロポロと滴が滴り落ちる。

 

「…ネイチャさん、あなた…」

 

そこでマックイーンさんが息を飲む気配がしたが、それでもアタシは続ける。

 

「…だから、トレーナーさん。今まで本当に、本当にありがとうございました。

あなたと一緒に過ごした日々は、アタシにとって、宝石みたいにキラキラしていて…とっても、とっても大切な、かけがえのないものでした。

だから…」

 

そしてアタシは微笑む

 

「…だから、サヨナラ。

トレーナーさん。

…マックイーンさんは本当に良い人です。

…まぁ、たまに食べ過ぎて体重計の上で顔を真っ青にしてることもありますが…それでもきっとトレーナーさんを幸せにしてくれるはずです」

 

だから…

 

「…だから、トレーナーさん…マック、イーンさん、と…」

 

…これからは、どうぞお幸せに…

 

続く言葉が発音出来ない。

目の前は涙でいっぱいで、完全に歪んでしまってまったく見えない。

自分が今どんな顔をしているのかすら、アタシにはもう全然分かんないから…

 

「ま、待って下さいネイチャさん!あなたは何か深刻な誤解を…」

 

そう言って近づいてくるマックイーンさんの声なんか、もう聞きたくもなくて…

 

「…っ!」

 

アタシはその場でくるりと後ろを向くと、一目散に駆け出す。

 

「ネ、ネイチャちゃん!」

 

そんなアタシに、その場で一番早く体勢を立て直したマヤノが手を伸ばすが…

 

「触らないで!」

 

「!!」

 

その手をピシャリと払い除け、アタシは走る。

 

「ネイチャ!」

 

「ま、待ってネイチャ!」

 

テイオーとマーベラスも追いかけようとしたみたいだけど、その姿もすぐに遠くなっていく。

 

もうアタシ達がいた喫茶店は、すでに後方のはるか彼方だ。

 

(…あぁ、なんだアタシって意外と逃げウマ娘の才能あるじゃん)

 

そんな下らないことが、ふと頭の片隅をよぎるが、それでもアタシは止まらないし、止まる気もない。

 

気が付けば、そこは知らない場所で、もう自分でもどこにむかって走ってるのかすら分からない。

 

だから

 

(…~!!)

 

走る 走る 走る

 

胸の中で、怒りと悲しみと愛しさと切なさと…その他多種多様なあらゆる感情が乱れ狂う。

 

ダメだってわかってるのに、もう終わったことだってわかってるのに、トレーナーさんとの楽しかった日々が、思い出が、頭から離れない!

むしろ、どんどんどんどん、普段忘れていたようなことまで含めて、止めどなく胸の中から溢れてくる!

それを止めることが出来ない!

 

…だから

 

「うわぁぁぁぁぁぁああああんっっっ!!」

 

アタシは叫ぶ。走りながら叫ぶ。声よ枯れろと、涙よ尽きろと、そして…この思いよ消えろと、そうして叫ぶ。

走って走って、叫んで叫ぶ。

 

そうやって少しでも、この悲しみを、嘆きを、痛みを、和らげられたら、ってアタシは思うから…

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「ネ、ネイ…」

 

「トレーナーさん、すぐネイチャちゃんの後を追って!早く!!」

 

ネイチャちゃんが飛び出して行き、呆然とするネイチャちゃんのトレーナーちゃんに、マヤは大声で叫ぶ。そして、

 

「テイオーちゃんと、マベちんも!急いでネイチャちゃんを探して!!」

 

「…!

了解!!」

 

「…マ、マーベラス☆!!」

 

固まっていた2人にも渇を入れて、立ち上がらせる。最後に、

 

「マックイーンさんも!

巻き込んでホントにごめんなさいだけど!お願い!ネイチャちゃんのために協力して!!」

 

そう言って、立ち尽くしてたマックイーンさんに、マヤは頭を下げる

 

なんてこと!

マヤはまた失敗しちゃった!

マヤがわかるからって、他の人にもわかるわけじゃないことなんて、ずっと前からわかってたのに!

 

頭を下げるマヤを、マックイーンさんはじっと見つめている。

 

だからこそ、マヤはこの騒動の責任をとらなくちゃいけない。

もとはと言えば、これはマヤが提案したことだ。

それならば、何よりもその責任はマヤにある。それに…

 

(こんな結末で二人を終わらせちゃいけない!!)

 

そうマヤは、他ならぬマヤは知ってるんだ!

好きな人と結ばれないってことがどれだけ辛いことか、悲しいことか、初恋だって気が付く前にトレーナーちゃんが死んじゃったマヤは、それを誰よりも知ってたはずだったんだ!だから!!

 

「お願い!マックイーンさん!!」

 

何も言わないマックイーンさんに重ねてマヤは頼み込む。

例えこの後軽蔑されても良い!なんてののしられても良い!

それでも!

 

「お願い!ネイチャちゃんに、マヤみたいな思いを絶対にさせたくないの!!」

 

あんな悲しい思いを、絶対に他の人にさせちゃいけない!あんな思いをするのは、マヤが最後で良い!!

 

だから!!

 

「…頭を上げてください、マヤノトップガンさん」

 

そこでマックイーンさんにそう言われ、マヤは顔を上げる。

するとマックイーンさんは、マヤの目をまっすぐに見つめて…

 

「…ひとつだけ聞かせてください。貴方はネイチャさんのためを思って、こういう行動をしたんですのね?」

 

そう聞いてくるから

 

「うん!

結局失敗しちゃったけど…

それでもマヤ達は、ネイチャちゃんの不安を取り除いてあげたかったの!!」

 

そうマヤもマックイーンさんの目をまっすぐに見つめて答える。

 

しばしの沈黙

 

やがて…

 

「…わかりましたわ。それだけ聞ければ十分ですわ」

 

そう言って、マックイーンさんは立ち上がる。そして

 

「…まぁ、今回のことは少なからず私にも責任がありますしね。

私も協力させていただきます」

 

そうマヤに微笑んでくれたから…

 

「マックイーンさん!ありがとう!!」

 

嬉しさのあまり、マヤはマックイーンさんに抱きつく

 

「ちょ、ちょっと!こんなことしてる場合ではないでしょう!マヤノさん!」

 

「あっ、ごめん」

 

でも、すぐにマックイーンさんに諭されてマヤは離れる。

 

だけど

 

「ふふっ…」

 

「?」

 

「いえ、これまであまり話したことがありませんでしたけど、友達思いの良い人なんですのね?マヤノさん

 

…テイオーさんが命懸けでもあなたを救おうとするわけですわ」

 

そう言うと、

 

「…改めまして、マヤノトップガンさん。

私はメジロマックイーン。

誇り高きメジロ家のウマ娘にして、ネイチャさんのお友達ですわ

…ですから」

 

そう言って、スカートの端をつまんで優雅にお辞儀をすると、

 

「…一緒に私達の友達を探しに行きましょう?マヤノさん」

 

そう微笑んでくれるから、

 

「…うん!よろしくね!マックイーンちゃん!!」

 

そうマヤも微笑み返す。そして、マヤ達もまた、料金を払ってから喫茶店から飛び出す

 

(…ごめんね、ネイチャちゃん)

 

道中でマヤは思う。

マヤは本気でネイチャちゃんに幸せになってほしくて、だから今回の企画を提案したんだけど…

 

(…まさかこんなことになっちゃうなんて…)

 

マヤ自身への不甲斐なさと、悔しさに歯噛みする。

でも…

 

(…絶対に、このままじゃ終わらせないから…)

 

だから

 

(…待ってて!ネイチャちゃん!!)

 

そう思いながら、マヤは町を走る

 

 

 

 

…休日でも勤勉な太陽とはいえ、不眠不休で働けるわけではない。

 

菜の花や

月は東に

日は西に

 

江戸時代の俳人がその歌に読んだように、勤勉な太陽とてやがては沈み、そして次は月の仕事の時間がやってくる。

 

それは決して太陽が永久機関ではないことの証。

古代エジプトにおいて、夜太陽は蛇に飲み込まれて一度死に、また朝に復活して昇るとされていたが、それはすなわち、エネルギーを失った太陽は、時間をかけて天空から失墜してくると言うことなのだ。

 

故に、日は落ちる。

中天まで上っていた働き者の太陽も、流石に体力が尽きたのか、次第に西の空へと落ちていく。

そして、それに伴い光の屈折率が変わることにより、空の色もそれに伴って次第に変わっていく。

 

そんな1日の仕事を終えた太陽が、ゆっくりと帰宅し、空もまた月が仕事をするために相応しい舞台へと変わっていくのを尻目に、少女達は走り回るのだった。

 

 




…おかしい。

作者はどシリアスな本編では出来なかった、
ウマ娘達のほのぼのした日々を書きたくて、
短編を書き始めたはずなのだ。



例えば、

(例)アプリ版正月イベント

「トレーナーちゃん!すっごいおせち料理だね!!
 どれから食べる?」

「まぁ待て、マヤ。
 こういうのはスマートかつエレガントな食べ方というものがあってだな。
 まずはこの…」

「あ!この栗きんとん美味しそう!!
 いっただき!!」

「…って人の話を聞けよ!!
 あぁー!!それ俺の好物だったのにー!!」

「そうなの?ごめんねトレーナーちゃん。
 でもこういうのは早い者勝ちだって、ゴールドシップちゃん言ってたよ?(モグモグ)」

「…おのれ、あの残念美人ウマ娘め…
 うちのマヤになんて余計なことを…ってマヤ?」

「…むー…」

「?どうしたんだ…ってちょっ!!」

「…マヤの前で別のウマ娘をほめる、
 悪いトレーナーちゃんのおせちなんて、
 こうです(手当たり次第におせちを取り始める)」

「ま、待て待て待て待て!お願いだから待って下さい!マヤさん!!
 …って、あ~!!すでになくなってるぅ!!」

「…ごちそうさま(おせちの箱は空)」

「Nooooooooooo!!」

「ほら、トレーナーちゃん。行くよ」

「せ、せっかく久しぶりにまともなご飯にありつけると思ったのに…(ガクッ)」

「もうなくなっちゃったんだから、泣き言言わないの」

「ヨヨヨ…」

「…ここに来る前にお雑煮の炊き出しやってたでしょ?代わりにあっちに行こ?」

「ぐぅぅ…だがまあお雑煮も悪くはない。
 あれもまた、伝統的な正月料理と言えばそうだろう。
 それで新年を始めるというのもまたデキる男の正月には悪くない…

 …フハハハハハハハハハ!
 
 良い!良いぞマヤ!では早速行こう!!
 今度こそ、スマートでエレガントなお雑煮の食べ方というものを…「ふふっ」…マヤ?」

「…ううん、何でもないよ。
 トレーナーちゃんはいつも楽しそうだなって♪」

「?」

「ほら!早く行くよトレーナーちゃん!!
 早く来ないと、またトレーナーちゃんのお雑煮も全部食べちゃうよ?」

「げ!?待ってくださいマヤさん!それは、それだけはマジでやめてぇぇぇっっっ!!」

「あははは!!」



…みたいな

それがどうしてネイチャさんがこんなにも曇っているんだ。
作者には潜在的な愉悦部の才能でもあるんでしょうか…(白目)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナイスネイチャのドキドキ♥告白大作戦!! ごめんね

本当は今回で決着手前まで持っていくつもりだったのですが、
長いので分割します



「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

息をきらしてその場に座り込む。

 

あれからずっと走り続けて、ようやくさっき体力が完全に切れた。

どれだけ走ったかなんて流石にわからないけど、もう空が赤くなっているあたり、数十分単位でもきかないだろう。

 

恐らくは、数時間単位。

もちろん、ずっと走ってたわけじゃない。

走っては、適当なところで休み、また走っては適当なところで休む。

ずっと全力疾走ってわけにもいかないし、休憩を途中途中で挟んでいたとは言え、本格的なものではないから、疲労は確実に体に蓄積される。

 

結果として、今ここで完全にガス欠状態になって、もう一歩も動けなくなっちゃったけど、普通の人間に比べて持久力が低いウマ娘としては、これでもかなり頑張った方なんじゃないかな、と少し思う。

 

それだけのことをしたのは、やっぱりそうであっても走りたかったから。

走っている間なら、つらいことも、苦しいことも、全部忘れられるからで…

 

(…トレーナー…さん…)

 

逆に言うと、走るのを止めた瞬間に全てを思い出してしまうということ。

だからこそ、その場にヘタリ込んで動けないアタシの中には、ゆっくりと悲しみが満ちてきて…

 

(…トレーナー…さん…!!)

 

泣きすぎて、もう涙も枯れたと思っていたはずなのに、それでもまだ涙が溢れてくる。

 

気が付けば、そこは海辺の街道だった。

正面に見える都会の高層ビルが、夕日を浴びてそのガラス面を黄金色に光らせているし、通行人が落ちないように設置されたポールの向こうには、沈み行く太陽の輝きを受けた海面がキラキラと輝いている。

 

それを見て思うのは

 

(…犯人は殺害現場に帰ってくるって言うけど…)

 

アタシもそう変わらないのかな、などという感傷。

…そう、ここはアタシがトレーナーに告白した場所。

あの日、どこかの高級料理店で食事をした後に、少し腹ごなしに歩かない?って、アタシが誘った都内一押しのデートスポットの一つで…

 

「…ははっ」

 

そこで思わず乾いた笑いが出る。

 

(…もう、トレーナーさんがアタシのことを見てないって、わかったのに…)

 

それでもこんな場所に戻ってきてしまうあたり、アタシはなんて未練タラタラな女なんだろう。でも…

 

(…仕方ないよ)

 

また、涙が溢れそうになる。

…正直マックイーンさんが、トレーナーさんといつから付き合っていたかなんて、知らないし知りたくもない。

それでも、自分の方が長く彼と一緒にいたのは事実だし、だからこそ、トレーナーさんとの思い出の数もきっとマックイーンさんよりも多い。だから…

 

(…だから…何?)

 

そこまで考えて、アタシは考えるのを止める。

 

…そうだ。アタシはトレーナーさんのことが好きだ。大好きだ。

 

それでも、トレーナーさんが最後に選んだのはマックイーンさんだったなら…

 

(…受け入れなきゃ…だよね…)

 

辛くても、苦しくても、悲しくても、それでもアタシは受け入れなきゃいけない。

 

例え周りからなんと言われようと、それでもアタシはトレーナーさんのことが好きだから。

あの人の幸せのためなら、アタシは自分の心を殺せる。だってアタシはあの人のことが好きだから。迷惑をかけたくないから。だから…

 

「…だから、マヤノ。

そんなアタシに、今さら何の用?」

 

そう言ってアタシは振り返る。

 

するとそこには一人のウマ娘が立っている。

 

夕日に映えるオレンジの髪をたなびかせるその少女は…

 

 

・・・・・・

 

 

「…まずは謝らせて、ネイチャちゃん」

 

街中を探し回って、ようやく見つけたネイチャちゃんに、マヤは頭を下げる。

 

ネイチャちゃんはひどい状態だった。

靴はボロボロだし、何回かこけたのか、服や体も傷だらけ。

髪にも泥やホコリがついているし、何より泣き腫らした目が赤くなっている。

 

その姿は、まるで半年と少し前のマヤのものにどこか似ていたから…

 

「…ごめん、ネイチャちゃん。

みんながみんな、マヤみたいになんでもわか・・るわけじゃないってこと位、とっくの昔に知ってたはずなのに、今回マヤはそれを忘れてた。

…ホントに、ホントにごめん」

 

そう言ってマヤは頭を下げ続ける。

 

…そうだ、そんなことはそれこそトレセン学園に入る前からマヤは分かってた。

あの頃、世界が灰色に見えた頃、マヤは周りの人に聞いたことがある。

「どうしてみんな、こんな灰色の世界で楽しそうにしていられるの?」って。

 

そして帰ってきた答えは全部一緒。

「キミは何を言っているんだ?」

 

そう、マヤが質問をした人は全員、そもそもマヤの質問の意味がわかってなかった。

 

灰色の世界?それは何のことだ?世界はこんなにも色鮮やかに、光輝いているじゃないか

 

それがみんなの解答で、その時にマヤは「わか」った。

じぶんがわか・・るからって、みんながマヤと同じようにわか・・るわけじゃない。

 

だからこそ、その点にだけは以前から気をつけて来たんだけど…

 

「…マヤね、嬉しかったんだ」

 

そう、それこそが今回の失態の原因

 

「…マヤね、実はネイチャちゃんが話してくれる前から知ってたんだ。ネイチャちゃんが、ネイチャちゃんのトレーナーさんのことが好きなこと」

 

「…!」

 

それを聞いて、さっきまで反応を示さなかったネイチャちゃんが、わずかに目を見開く。

 

だけど、それを無視してマヤは続ける。

 

「あっ、誤解しないでね?もちろん誰にも言ってないよ?

でも、この間の有マ記念で、なんとなくね、わか・・っちゃったんだ」

 

そう、前々から随分仲が良いなって思ってたけど、確信したのはあの時。

ネイチャちゃんが、一着でゴールして、ネイチャちゃんのトレーナーさんの腕の中で大泣きしてる時に、マヤはそれがわか・・っちゃったんだ。

 

「…だからね、ネイチャちゃんが告白したって聞いたとき、マヤは嬉しかった。

あんなに頑張ってたネイチャちゃんが、ようやく好きな人と結ばれるんだって思って、嬉しくて嬉しくてたまらなかった」

 

でも、ネイチャちゃんは告白の返事が不安で不安でたまらないみたいだったから…

 

「...だからマヤは今回のことを提案した。ネイチャちゃんの不安を和らげるために、ちゃんとネイチャちゃんのトレーナーさんも、ネイチャちゃんのことを想っているよ、ってことを見せてあげるために。

だからこそ…」

 

マヤは再び頭を下げる

 

「…ごめんね、ネイチャちゃん。

ネイチャちゃんを傷つけて」

 

そう、許しを乞う。

 

夕日を浴びて、マヤ達の陰が長く長く伸びていていく。

海辺だからか、どこか遠くからさざ波の音が聞こえてくる。

 

そんな静かな空間の中で、ネイチャちゃんは口を開く

 

「………分かった。」

 

そして続ける。

 

「…あんたが本気でアタシのことを考えていたことは…よく分かった。

だから、その件については許してあげる」

 

そう言われて顔をあげると、仕方がないなって顔をしたネイチャちゃんが苦笑している。

 

「…それにさ、もしマヤノが今回何もしなかったとしても、遅かれ早かれこの結果はアタシの知るところになったんだよ。

 

…それならマヤノに責任なんてあるわけないよね」

 

そう言って笑うネイチャちゃんは、確かにいつものネイチャちゃんで…

 

しかし

 

「…でもさ」

 

ふっとネイチャちゃんの表情が曇る

 

「…それでも、アタシが失恋しちゃったのは…事実なんだよね」

 

そう言ってうつ向くネイチャちゃんの目に涙が溢れてくる。そして

 

「アタシは…これから一体どうすれば…」

 

再び泣き出しそうになったから…

 

「…それなんだけどね、ネイチャちゃん」

 

マヤは口を開く。

そう、今ここにマヤがいるのはまさしくそれについて話す為だったから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ネイチャちゃんはね、別に失恋なんかしてないよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実際ウマ娘の持久力ってどのくらいなのでしょうか。

長距離レースで3200mがあるくらいなのですから、
種族としての持久力の平均は、その±1㎞位にありそうですよね。
どちらかと言うと、長く走り続けるのって種族として苦手そうですし…

…あ、でもそう言えばBNWの誓いで駅伝的なことしてましたよね?


…やはり人間は、ウマ娘に勝つことはできないんでしょうか?
(なおフラッシュ未所持)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナイスネイチャのドキドキ♥告白大作戦!! 答え合わせ

さあ、あなたの夢は叶うのか?
ネイチャの恋は叶うのか??

恋のダービー、その結末は???

真相究明回です。



「…は?」

 

 

 

 

 

 

ザザーン…ザザーン…

 

遠くでさざ波の音が聞こえる。

沈みゆく太陽に照らされた海面は、それこそ黄金のようにキラキラと輝いていて…

 

「…いや、ちょっと待とうかマヤノ」

 

アタシは思わず頭を抱える。

 

「…あんただって今日の2人の様子は見てたでしょ?」

 

そう、あれはまさしくデートだった。

水族館とか遊園地とか、そういうあからさまなデートスポットにこそ言ってなかったけど、一緒に買い物を楽しむのもまた、一つのデートの形だ。それに…

 

「…それにマヤノ、あんたも見たでしょ?あのふたりの最後のやり取りを…」

 

そう、確かにトレーナーさんは言っていた。

大切な人にプレゼントを買いにいくと。そして、それにマックイーンさんが微笑みながら頷いて…

 

「そこだよネイチャちゃん!」

 

とそこでマヤノが横やりを入れてくる。

 

「ねぇ、ネイチャちゃん!もう一度よく思い出してみて!!

 

 

 

…その大切な人がマックイーンさんだって、ネイチャちゃんのトレーナーさんは一度でも明言した?」

 

 

 

 

 

...............

 

 

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

 

...

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

…確かに、マックイーンさんはプレゼントを買いに行こうと言われて肯定した。

でも…言われてみれば、それはマックイーンさん自身がその大切な人であるということの肯定ではない。

…むしろ文脈を考えれば、プレゼントを買いにいくという行動それ自体への肯定であって…

 

(…あれ?)

 

そう考えると、不思議なことがたくさんでてくる。

 

例えば、マックイーンさんは今日一日トレーナーさんのことを、「ネイチャさんのトレーナーさん」と呼び続けていた。

まぁ、実際それは事実なんだけど、もし仮に自分が恋人だったとしたら、果たして自分はそんな呼び方をするだろうか。

恐らくはNOだ。何が悲しくてせっかくのデート中に、通称で呼ばなければならないのかと思うし、何よりもまず「ネイチャさんの」トレーナーさん、だ。

そんな他の女のものであるとでも言わんばかりの名前で、自分は恋人の名前を呼ぶだろうか?

 

まだある。

最初にマックイーンさんが「今日はよろしく」と言った時に、トレーナーさんは「それはこっちの台詞だよ」という感じの返しをした。

無論これはよくある常套句だから、別にそれ単体だとおかしいわけではないけど、この挨拶をする前に確かトレーナーさんは、「ごめんね、急に呼び出して」と言ってはなかっただろうか?

もしそうなら先の返しは、文字通りマックイーンさんに急に何かを頼んだトレーナーさんが、それにも関わらずよろしくと言われた為に、こちらが私用で呼び出したのだから、むしろこちらから礼を言わせてくれてという意味にもならないだろうか?

 

(…あれ?あれ?)

 

考えれば考えるほどに不思議なことは出てくる。

そもそもマックイーンさんはアタシの個人的な友達であって、トレーナーさんは面識こそあっても付き合いはないはずだ。

別にアタシだって四六時中トレーナーさんと一緒にいるわけでもないけど、もしあの人がマックイーンさんと会っていたなら、どちらかの口から必ず話題が出るはずだ。

…いや、もちろん秘密で付き合っていたならそんなものは出なくて当然だろうけど、一目惚れでもない限りは確実に単なる友人である期間が少なからずあるはず。

その間なら多分確実に二人の内のどちらかは相手のことを話題に出すはずだけど、そんなものはこれまでどちらからも一度たりとも聞いたことがないし、一目惚れなら流石にアタシが気づくだろう。

 

それに今日の買い物の内容だ。

大切な人のプレゼント探しが目的だったようだけど、その割には割りと安いお店ばかりに入っていた気がする。

これでもしマックイーンさんが恋人だったとしたら…まぁ確かにプレゼントは気持ちだろうけど、それでも良家のお嬢様に何か送るのなら、多少は品物にも品質を気にするはず。

そう考えると、無論入っていた店にあったものがガラクタばかりだったわけではなく、むしろアタシからするとなかなか良いものが揃ってると思うような店ではあったけれども、お嬢様に送るにはいささか安物すぎはしないだろうかと思うのも事実。

 

…いや、待って?

そう言えば今日二人が入ってた店って、なんかアタシ好みのものが多くなかった?

二人を尾行している時に、あっこれ良いな~、とかなかなか良い趣味してるな~、とか思うタイミングが妙に多かったような…

 

 

(…あれ?…あれれ?…あれれれ?)

 

 

そうやって、色々考えてると今まで考えて来たことが180°逆の意味を持ってくるような気がする。つまり...

 

「…もしかして、トレーナーさんとマックイーンさんって…」

 

…付き合ってない?

 

…それじゃあトレーナーさんがプレゼントを渡す大切な人って?

 

頭に特大のクエスチョンマークをいくつも浮かべながらそこまで考えたアタシを見て、マヤノがため息をつく。

 

「...やっぱり全然気付いてなかったんだね…」

 

そして呆れたような顔で言うのは…

 

「だからさっきマヤ謝ったじゃない。

マヤのわか・・るがみんなにわかるわけじゃないこと忘れててごめんって。つまり…

 

解説しなくてごめん・・・・・・・・・って」

 

呆気にとられるアタシに、マヤは苦笑する。

そして…

 

「…じゃあ、誤解もとけたことだし、ここからはマヤは退場させてもらおうかな?」

 

そんなことを言い出すから…

 

「…は?え?…あのマヤノ、それってどういう…」

 

 

 

 

 

 

 

「ネイチャーッッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

…その声を聞いて、慌てて問い詰めようとしたアタシの動きがピタリと止まる。

 

(…え?…うそ!?)

 

そして慌てて振り向いたアタシの目に映ったのは…

 

「ト、トレーナーさ…」

 

「すまなかったぁぁぁっっっ!!」

 

「うぇぇぇっっっ!?」

 

振り向いた瞬間に、見事な空中3回転半のひねりを入れて宙に飛び上がり、そのままの勢いで、見惚れるほど完璧な五体投地を決めて、頭から地面に着地墜落した、トレーナーさんだった。

 

「い、一体どうし…」

 

たの?と聞きたかったが、そんなアタシの目の前で土下座をするトレーナーさんの頭に、べちょっとバナナの皮が墜落する。

 

…あぁ、要するにバナナの皮で滑って転んだだけか…

 

…といつもの調子で納得しかけるけど、それでもトレーナーさんがアタシに土下座してるのは変わらないし、それを一切解こうとしないのも異常だ。それに…

 

「ど、どうしたのトレーナーさん!?」

 

よく見ると、トレーナーさんの体はボロボロだ。

あっちこっちが泥だらけで、溝にでも落ちたのか

ズボンの裾も盛大に汚れている。

また、植木鉢でも落ちてきたのか、髪の毛にも少し土がついているし、

よく見ると頭からも少しだけ血が出ている。

 

トレーナーさんが不幸体質なのは知っているし、

それでしたけがの治療も何回もしたことがあるが、

それでも異常だ。

 

それはまるで、トレーナーさんが自分の身に降りかかる不幸をすべて無視してここまで走ってきたことを暗示しているみたいで…

 

だけど、それに動揺するアタシにトレーナーさんは

 

「本当に本当に本当にすまない!ネイチャ!

俺は…俺は君のトレーナー失格だ!!」

 

なんて号泣し続けるから話が進まない。

いったいこれはどうすれば良いんだろうか、とアタシが途方に暮れかけた時だった。

 

「…ようやく見つけましたわ。こんなところにいたんですのね、ネイチャさん」

 

「…マックイーンさん」

 

トレーナーさんがやってきた方向からマックイーンさんが歩いてくる。

その立ち姿は、相変わらず気品にあふれる美しいものだったから…

 

(…)

 

そんな彼女とまともに目が合わせられない。

 

なるほど、確かに誤解だってことは分かったけど…

 

(き、気まずい…)

 

今更どの面下げてアタシはこの人の顔を見れば良いんだろうか…

そう俯くアタシに…

 

「…あのですね、ネイチャさん」

 

「…!!」

 

つかつかと歩いてきてアタシの目の高さまでしゃがんだマックイーンさんが言ったのは

 

「…私は今日、あなたのトレーナーさんに、あなたにあげるプレゼントを選ぶのを、手伝ってくれないかと言われただけです」

 

そんなことを言い出すものだから

 

「…うそ」

 

そう思わずつぶやくアタシの様子を見て、やれやれとマックイーンさんは首をふる。

 

「噓ではありませんわ。

自分では女の子が何を喜ぶのかわからない、だからこそ申し訳ないんだが、ネイチャに送るプレゼントを選ぶのを手伝ってほしい…そう頼まれたから、今日一緒に出かけたんですわ」

 

そう言いながら、マックイーンさんは立ち上がる。

 

「そもそも私がこの方とお付き合いするわけがないじゃないですか。

私この方があなたのトレーナーであること位しか知りませんわよ?それでもどうしてもと頼まれたからこそ、今日は一緒にいたのですわよ?」

 

それに、とマックイーンさんはつぶやく。

 

「ネイチャさん。

あなた、この方のことお慕いしているのでしょう?」

 

「はいっ!?」

 

いきなりとんでもないことを言われてアタシは思わずマックイーンさんの方を見てしまう。だって…

 

「ア、アタシマックイーンさんにそんなこと一言も…」

 

「あら?あなた自覚がなかったのですか?」

 

そう言うとマックイーンさんは意外そうな顔をして続ける。

 

「あなたが自分のトレーナーに好意を抱いていることなんて、トレセンでは一般常識ですわよ?」

 

なんて言い出すものだから…

 

「うぇぇぇっっっ!?」

 

とアタシも変な声が出てしまう。

 

(…え!?うそ!?アタシの好意ってそんなにバレバレだったの?)

 

衝撃の事実に困惑するアタシに、

マックイーンさんは情け容赦のない現実を叩きつける。

 

「本当のことですわ。見れば分かります。

 

…気付いていなかったのは、あなたのトレーナーさんと、一部のそもそも恋愛が何かよく分かっていない子位ですわ」

 

そう言われて、アタシは絶望する。

 

(…言われてみれば)

 

以前テイオーとマーベラスも、アタシがトレーナーさんのことを好きなことではなく、告白をしたことに驚いていたような…

 

「…アタシ、もうお嫁に行けない…」

 

そう真っ赤になるアタシに

 

「ですからね?

例え私がこの方に好意を抱いていたとしても、絶対にそれを本人に伝えたりはしませんわ。

あなたに顔向けできませんですもの」

 

マックイーンさんはそう言って微笑みかける。

 

「あなたの想像は完全なる誤解なんですよ、ネイチャさん」

 

そうマックイーンさんが締めた瞬間だった。

 

「そうなんだネイチャ!

俺は明日の為に君の友達のマックイーンさんに買い物に付き合ってくれるように頼んだんだ!それを誤解させてしまって本当にすまない!!」

 

そう言ってトレーナーさんがアタシの方を見る。

 

そして

 

「本当は明日渡す予定だったんだが…ここまで来たら今渡すべきだよな!」

 

そう言ってトレーナーさんは懐から何か取り出し

 

「受け取ってくれ、ネイチャ!」

 

アタシの方に差し出す。

 

受け取ったそれ、何かが入ったプレゼント用にラッピングされた箱をアタシが開けると、そこに入っていたのは…

 

 

 

 

 

 

 

「…コップ?」

 

 

 

 

 

 

 

それは、ピンクと青のシンプルなマグカップだった。

一見なんの変哲もない二つのコップだったから、なぜこんなものを?とアタシが思った瞬間だった。

 

(…あ)

 

それは表面に書いてあった。

シンプルな二つのマグカップ。その表面にはだけど、白い文字でアタシとトレーナーさんの名前が書いてあって…

 

気づいた瞬間にアタシの胸はカッと熱くなる

 

「…これって…」

 

そう問いかけると、トレーナーさんは頷く。

 

「…あぁ、ペアカップだ。

…まだネイチャは学生だからな。

指輪を渡せないならせめて、と思ってね」

 

それは、アタシの勘を肯定するもので…

 

 

 

 

ザザーン…ザザーン…

 

 

遠くからさざ波の音が聞こえる。

太陽はもう殆ど沈みかけているのだが…ゴールデンアワーというのだろうか?

湖面に反射した黄金の輝きが、あたりを照らし、周囲は全て黄金の光に包まれている。

 

そんな中で、アタシはずっと聞きたかったことをトレーナーさんに訪ねる。それは、あの日の続き。

一週間前に聞きそびれた告白の返事で…

 

「…トレーナーさんは

…アタシと…付き合ってくれるの?」

 

もらったペアカップを抱き締めながらアタシはそう問いかける。

 

もしかしたら夢なんじゃないかって、この黄昏時に見る幻なんじゃないかって

 

だからこそ、アタシを抱きしめるトレーナーさんの体はとても暖かくて…

 

そうやって抱きしめられてると、涙が出るほど嬉しかったから…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あぁ!

こちらこそ、よろしくな!ネイチャ!!」

 

 

 

 

 

 

 




次回、また時間軸が飛びますが後日談です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナイスネイチャのドキドキ♥告白大作戦!! 回想

それでは『片翼の撃墜王』短編第一作目の完結です。

どうぞ!



・・・・・・

 

 

5年後

 

「お~いネイチャ!こっちは大体終わったぞ~!」

 

そう声をかけられたアタシは、ふと回想から目覚める。

 

そして、目の前の古いペアカップをもう一度眺める。

 

(…懐かしいな)

 

そう、あれはまだアタシがトレセン学園にいたころのお話。

今の夫、トレーナーさんに告白した時の話だ。

 

そんなことを思っていると、廊下から彼の足音がする。

 

「そっちはどうだ~…って、

…それは」

 

「…えぇ、懐かしいでしょう?

あなたがアタシにくれた最初のプレゼントよ」

 

そう言うと、この人は少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

 

「あぁ~…本当にあの時はすまなかったな、ネイチャ」

 

そう言いつつ、この人は顔をかく。

…そう、結局この人が日曜日まで待って欲しいと言ったのは、その日がアタシとこの人が正式にトレーナー契約をした日だったからだ。

 

あの時は忙しかったのと、アタシも動揺していたのとで、そのことをすっかり忘れてて、マヤノ達には随分迷惑をかけたものだけど…

 

「…良いのよ、結局今こうして一緒になれたんだし。

それに…」

 

そう言ってアタシはお腹をなでる

 

「…もしかしたら、あれがあったからこそ、この子がいるかもしれないんだし…」

 

そう言うと、この人も感慨深げにコップを眺める。

 

「…そうだな」

 

実を言うと、今ではもうアタシ達はこのコップを使っていない。

と言うのも、去年の暮れあたりに、片方のコップの持ち手が取れてしまったからだ。

 

でも、結局アタシもこの人もこのコップを捨てていない。

 

それはかつて、確かにアタシ達の仲を取り持った祝福のペアカップだから…

 

「よし!それじゃあいよいよ引っ越しは明日だ!ちゃんとそれも段ボールに入れといてくれよ!!」

 

しばらくペアカップを眺めていたこの人だったけど、そう言うと残りの段ボール詰めの作業があるのか、また別の部屋に行ってしまう。

 

そう、アタシ達は明日引っ越す。

アタシがトレセンにいた頃からこの人が住んでいて、アタシの卒業と同時に同棲を始めたこのアパートから、アタシ達はついに新天地に旅立つのだ。

 

それは彼の仕事の都合であると同時に…

 

(…)

 

アタシはまたもう一度だけ自分のお腹をなでる。

 

そこには確かに、新しい命がある。

 

…そう、この子の為にも、三人では少々手狭なこの部屋から、アタシ達は引っ越すことを決めたのだ。

 

(…正直)

 

不安はある。

この先始まる新生活が、一体どんなものなのか、

初めての子育てがどんなものなのか、未だに実感がわかなくて、とても怖い。

 

(…でも)

 

アタシはもう一度だけ二つのペアカップを眺める。

 

青とピンクのペアカップは、片方は持ち手が取れ、もう片方も少しだけ塗装が剥げているけれども、それでもその二つは今、確かにアタシの手元にあるから…

 

(…きっと大丈夫よね?)

 

そう微笑み、アタシはペアカップを段ボールの中に詰め、テープで止める。そして…

 

ドンガラガッシャーン!!

 

「うわぁぁぁぁっっ!?」

 

「ちょっと!大丈夫~!?」

 

そう言いながら、アタシは夫の悲鳴を聞いて、

慌てて部屋まで駆けていく。

 

どうせ、いつもの不幸体質なんだろうけど、

それがどこか愛おしかったからこそ…

 

(まったく、仕方がないな~)

 

そんな風に半ば呆れながら、

恐らくは、急に崩れてきた段ボールに埋もれたのであろう、

自身の夫を助けに行く。

 

…あぁ、そうだ。

そんな騒がしい毎日でも、この人となら、

きっと一緒に歩いていける、そう思ったから…

 

…テープで止められた段ボールの中では、ピンクと青、ふたつのペアカップが鈍く光っていた。

 

 




ちなみにトレセン学園を卒業してからどうなったのか、
ということに関しては、マヤちゃんとネイチャさんしか考えてないです。

他のメンツは情報量が少なすぎるので、
作者でさえも想像できないというのが本音です。

でもきっと、
それぞれの地で、それぞれの幸せの形を掴んでるんじゃないかと作者は想像していますよ。




















※実は本編にはほとんど登場していないにも関わらず、
 ゴールドシップだけ例外だったりするのですが、
 そのお話はまた機会がありましたらということで…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頑張れ!マーベラス!!  作戦始動!

※注意

ここから始まる一連の短編では、作者が全力ではっちゃけます。

具体的に言うと、
ネタバレ上等、パロディ多用、メタい会話の連発など、
完全にギャグ時空の話です。

時系列などは完全に無視しますし、
そもそも作者ですら、これいつの話?と言いたくなるような話です。

それでも私は一向にかまわんっ!!
という剛の者だけ先にお進みください。




サー…

 

車軸を流すような雨の中、東京某所、とある室内に三人の人物が集まっている。

 

ゴロゴロゴロゴロ…

 

室内の照明は全て落とされいる。そのため、あたりは闇の帷に飲み込まれている。

それだけではなく、終始そのメンバーが無言で喋らないため、室内には重苦しい沈黙が満ちている。

聞こえるのは、降りしきる雨の音と、遠くから聞こえてくる遠雷の音のみ。

 

…と

 

カッ!!

 

落雷に照らされ、照明の落ちた部屋に一瞬の光が走る。

 

その僅かな一瞬であらわになる彼ら、いや彼女達の姿は、とても奇妙なものだ。

 

まず彼女らには、通常の人間の耳があるべきところに耳がない。髪型や髪の長さで誤魔化しているが、よくよく観察すればそれは明白だ。

では彼女達には耳がないのかと言われると、決してそんなことはない。それは形が違うだけで、確かに存在する。むしろ、人間よりも分かりやすい位置、すなわち頭の上にそれがある。その明らかに人間のものとは異なる耳、それこそがまず一つ目の奇妙な点。

 

そして、もう一つは彼女達の臀部にある。

通常人間の臀部には特に何かが不足しているということはない。

これが、もうなん世代か前の生物種なら、そこには立派な尻尾が生えていたであろう。

だが、現行人類にはそのような器官はない。正確には退化してしまった。未だに彼らの臀部には尾てい骨というその時の名残りはあれども、基本的にそこに何かあるということはない。

だが、彼女達は違う。

そこには一般にいう尻尾という器官が付属している。本来人類種にはないはずの器官が、彼女達にはある、これが2点目。

 

そんな異形の少女達が、暗闇の中でただ黙ってじっと座っているのだ。一種異様な光景といえよう。

 

では、そもそも彼女達は一体なんだろうか?答えは簡単。彼女達は人ではない。

 

そう、見た目こそ見目麗しいが、彼女達は明らかに人外の類い。

人という存在を何らかの形で超越した存在であることには違いない。

 

故にこそ、彼女達は待ちわびている。その人を越えし力を存分に振るう日を、今か今かと待ちわびているのだ。

 

そして、その時は早々にやってくる。

 

ぎぃっという扉が開く音と共に、暗闇の中でじっとしていた彼女達は一斉に目を向ける。

 

そして

 

「…みんな、今回は集まってくれて感謝するよ」

 

一人の少女が入ってくる。

彼女もまた、室内の異形の少女達と同じく、人ならざる耳と、謎の尻尾を持っている。

一見して彼女は元から部屋にいた彼女達と同じ存在に見えるが

 

「…!」

 

元から部屋にいた少女達はざわめき始める。そう、それは自明の理。彼女達は、これをこそ今まで待ち望んでいたのだ。それならば是非もなし。彼女達の注目が、一気に後から入ってきた少女に集う。そして…

 

「…待たせたね、じゃあこれより議題を発表するよ」

 

そう言い、彼女はホワイトボードに議題を書き始める。

かつかつと、そのペンが文字を書く音だけが沈黙に満ちた空間に響く。

そして、その度毎に、暗闇の中の三人の目は輝いていく。戦乱の始まりの予感を感じ、彼女達の中の高揚が高まっていく。

 

そして、後から入ってきた少女の板書の音が止まる。

ついに、彼女は書き終わったのだ。

 

それを見て、三人は笑う。

これで、やっと自分達の力を存分に震える、そう歓喜しながら、彼女達はホワイトボードを見据える。

果たして、そこに書いてあったものとは…

 

 

 

 

 

 

「はい!じゃあ今この時をもって、マーベラスの存在感アップ計画を始めるよ!!マーベラス☆」

 

 

 

 

 

 

カチッ

 

 

その言葉と共にアタシは部屋の電気を付ける。

 

それに伴ってテイオーとマヤノがその場でぐでっと弛緩する。

 

それを見たマーベラスが慌ててアタシに詰め寄る

 

「ちょ、ちょっと!なんで電気付けちゃうのネイチャ!!」

 

「い、いやマーベラス…」

 

そう言いながらアタシは脇でだらだらしている二人をさして言う。

 

「…流石に強キャラ漫才のノリはもうこの二人には限界だよ…

それに、暗いところでモノを書いたりしてると、目が悪くなるよ?」

 

そう言ってアタシは、足元にあった嵐の夜の音源のカセットテープを止める(途中のフラッシュはイメージです)。

 

そう、ここはトレセン学園のアタシとマーベラスの部屋。

アタシ達はある日マーベラスに呼ばれてここに集まったんだけど、集まるなりなんか部屋の電気を消して、どこから持ってきたのか、ご丁寧にもわざわざ嵐の夜の音源テープまで流して、雰囲気たっぷりの状態でもう一回最初から始めると言われたのだ。

 

「うーっ、そうだけど!そうだけど!」

 

とマーベラスは騒ぐが…

 

「もうマヤ疲れたよ…」

 

「ボ、ボクも…」

 

とベッドに横たわり、まるでぐ○たまのようになっている二人を見れば、さもありなん。

 

実はこれ18回目のリテイクである。

 

曰く、強キャラ感が足りない!とか、もっと悪そうな雰囲気で!とか、とにかくマーベラス監督の指示は厳しかったのだ。

 

お陰で最初は興味津々だったマヤノとテイオーも、本来は比較的じっと座っていることが苦手な性格のため、すっかり疲れきってしまったというわけなのだ。

 

「…と言うわけで、強キャラごっこはもうお仕舞い!十分遊んだでしょ?」

 

とアタシが言うと、流石に思うところはあったのか、マーベラスも渋々頷く。だから

 

「じゃあ、早速今日集まった目的について話し会おっか。

二人もそれで良いよね?」

 

とアタシが覇気を失ってベッドでゴロゴロしている二人にもそう問いかけ、本題に移る。

 

そう、そもそも今日アタシ達がここに集まった最大の理由は…

 

 

 

 

「マーベラスの陰が薄すぎるの!

皆なんとか協力して!!」

 

 

 

 

 

…そう、つまりこれである。

 

「え?

でもマーベラスって本来、そんなに陰が薄いキャラクターじゃないよね」

 

と早速テイオーが問いかけるので、アタシも便乗する。

 

「そうだよね?むしろ逆に陰が濃すぎるというか…」

 

そう、元々マーベラスサンデーというキャラは、ウマ娘というコンテンツにおいてはわりと存在感のあるキャラクターのはずだ。

 

いつでもどこでもマーベラス☆

常に謎のノリと勢いで周囲を翻弄する、元気なお騒がせキャラ。

登場シーンもそれなりに恵まれていて、アタシの個別ストーリーでもそうだけど、賢さサポカとしても優秀な方なので、比較的ゲームの中では会いやすい方なウマ娘だとアタシも思う。

 

だからこそ、今回そんなマーベラスからは、もっともかけはなれた企画を彼女が持ってきたことに対して、純粋にアタシは疑問だったんだけど…

 

「…確かにテイオーとネイチャの言うことはあってるよ。

マーベラスは本来そこまで陰が薄いキャラクターじゃない。

…でもね」

 

そう言ってマーベラスはホワイトボードを叩く

 

「そ れ は ゲ ー ム の 話 !

この小説だとマーベラスとっても陰が薄いんだよ!!」

 

そう言われてアタシ達は、あぁ、と納得する。

 

…確かに、マーベラスはこの小説においては結構陰が薄い。

マヤノがクローズアップされるのは、まぁ主人公だから当然としても、

アタシは主な視点人物兼サブ主人公。

テイオーも第二部におけるアタシのライバル役兼事態を動かすボケ担当。

 

そう考えると、そう言った特別な役割を持たない彼女の存在感は、アタシ達に比べて結構薄い。

一応アタシのルームメイトだし、マヤノとの絡みが原作でもあるから、仲が良い設定でちょいちょい出番はあるんだけど、いまいちキャラがたっていない。

大体その場にいるだけのことが多く、扱いがフレーバーっぽいと言われると否定できない。おまけに…

 

「マーベラスの最大の特徴ってマーベラス☆っていう語尾だよね!?

なのに本編がどシリアス過ぎて、言うタイミングも全然ないの!!」

 

そう、これがマーベラスのキャラが立たない最大の理由。

この小説は基本的にどシリアスな為、コミカルなシーンが非常に少ない。

そして、マーベラスサンデーというウマ娘の魅力が最大に輝くのは、ギャグシーンや日常シーン。

致命的に相性が悪いのである。

だからこそ…

 

 

「お願いみんな!この小説でもマーベラスの存在感が出るように協力してぇ!!」

 

 

とマーベラスは涙目で頼み始める。

 

そう、作者はこのマーベラスというキャラクターの魅力を最大限に活かしきれていない。

本当は結構活躍させるつもりだったのに、気がつけば空気っぽいキャラクターにしてしまったのだ(ごめんなさい by作者)。

 

それを聞いて、アタシ達は唸る。

確かにマーベラスの言うことはもっともなのだ。

 

「…だって実際、多分マーベラスよりも登場シーン少なかったのに、ネイチャのトレーナーさんとかの方がキャラ立ってたよね?」

 

そうテイオーが言うと

 

「シンボリルドルフ会長なんて、ちょろっと出てきて良い感じのこと言っただけなのに、見事にいつもの会長って感じだったしね~」

 

とマヤノも言う

 

そうなのだ、マーベラスは別に登場回数が極端に少ないわけではない。

第一部ではずっとアタシ達といたし、第三部でも一応マヤノと一緒に走っている。第四部でも冒頭ちょろっと出てきてたし、何ならこの短編集の前の話でも出てきている。

 

マヤノやアタシみたいな主要登場人物ほどではないけど、それでもちょくちょく出番はあるのだ。

 

なのに、キャラが立たない。

存在感で、もっと出番が少ないキャラクターに確実に負けているのだ。だからこそ…

 

「う~ん、じゃあマベちん。マヤ達と一緒に存在感を上げるためにはどうすれば良いか考えてみよっか!」

 

そうマヤノが提案する。

 

「良いの?マヤちん?」

 

それにマーベラスが顔を上げると

 

「当然だよ!

そもそもマヤだって、本編の都合上、本来の明るい性格をほとんど出せなかったんだよ!

(重ね重ね申し訳(ry)

だから、マベちんのこと手伝ってあげる!!」

 

そう言うと

 

「二人も良いよね?」

 

と聞いてくるので

 

「あったりまえでしょ!ボクだってマーベラスの友達なんだ!喜んで手伝わせてもらうよ!!」

 

とテイオーが返す。

だからアタシも

 

「まぁ、友達の頼みだからね。

良いよマーベラス。手伝ってあげる」

 

そう返すと

 

「み、皆ありがとう!マーベラス頑張るね!マーベラス☆」

 

と言ってマーベラスは嬉しそうに跳び跳ね始めた。

 

 

 

 

 

かくして!マーベラスの存在感を上げるための修行は始まった!!

 

果たして彼女は修行の果てに!念願の存在感を手に入れることはできるのか!?

 

つづく!!

 

 




…いや本当ごめんなさい、マベちん。

作者の当初の予定では、テイオーと一緒にバカやって、
ネイチャに怒られるって感じのキャラを想定してたのに、
気が付いたらマジでフレーバー的な扱いになっててね…(白目)

というわけで、
今回はそんなマベちんが頑張るお話です。

果たして、彼女は無事に念願の存在感を手に入れられるのか!?
それは作者にもわからない!!(おい)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頑張れ!マーベラス!!  マーベラス大作戦~マヤノ編~

なお、ここからの視点は、基本的にはすべてマーベラスのものになります。

みんなもいっぱいマーベラス☆していってね★



~マーベラスサンデーside~

 

 

「じゃあ、マベちん!

マヤのわかっ・・・ちゃう講座開幕だよ!!テイクオーフ♪」

 

「マーベラス☆」

 

そう言って2人で片手を空に掲げると、さっそくマーベラス達は最初のお題に取りかかる。

 

そう、まずアタシはマヤちんの力を借りることにした。

なぜなら…

 

「マヤね、大体のことはわかっ・・・ちゃうから、あんまり勉強とかで苦労したことないし、お友達が困ってても、その原因がすぐにわかっ・・・ちゃうから、パパッと助けてあげられるんだ!!」

 

「おー!それはマーベラスだね☆」

 

だからこそ、そんなマヤちんの「わかっ」ちゃったを教えてもらえば、マーベラスも皆に頼られるようなウマ娘になれるはず!マーベラス☆

 

と言うわけで

 

「よろしくね☆マヤちん★」

 

とアタシが頭を下げると

 

「ふふん!マヤにまかせといて!!」

 

そう言ってマヤちんは胸を張る。

その顔は自信まんまんで、いつかけたのか、賢さトレーニング(レベル5)の時のメガネもバッチリ装備。実に頼もしい。

いつもより、3割り増し位かっこ良く見える。

 

それを見てアタシは安心する。

流石はマヤちんだ!

 

いつもトレセンの先生と、遅刻か否かのギリギリのチキンレースをしてるから忘れがちだけど、

やっぱりこういう時のマヤちんは頼りになるよね!

 

「それで、マヤちん。まずは何をやるの?」

 

そう言うわけで、最初からアタシは期待が持てそうな展開に内心ワクワクしてるんだけど、アタシ達の周りには、自分達が座っている椅子と机以外は特に何もない。

一応筆記用具だけ持ってきてって言われたから、筆箱は持ってきたんだけど…

 

「ふっふっふ…」

 

すると、マヤちんは笑いだす。

マベちんの疑問なんてわかっ・・・てるよって、顔でマヤちんは続ける。

 

「マヤね、いつも思ってることがあるんだ!

…ねぇ、マベちん?

そもそも「わかる」って、マベちんはどう言うことだと思う?」

 

そう聞いてくるから…

 

「え?「わかる」?…う~ん?」

 

とマーベラスは困ってしまう。

だって、「わかる」って「わかる」ことでしょ?

それ以外にどう言えば良いの?

そう悩んでいたアタシにマヤちんはニッコリと微笑んで解説してくれる。

 

「あのね、マベちん。

マヤ思うんだけど、「わかる」ってことは、単に理解するってことじゃないの。

自分の中で明確にそれを言葉に出来るようにすることだって思うんだ」

 

「言葉に?」

 

そう言うとマヤちんは頷く。

 

「そう、言葉に。

自分が見たもの聞いたもの、それらを全部自分の中で納得できるような言葉にするのが、わかるって事だってマヤは思うんだ」

 

例えばね、とマヤちんは続ける

 

「マベちんは例えば、りんごって言葉を知らない人に、りんごをどうやって説明する?」

 

そう突然言われてアタシは考える

 

「え、えっと…赤くて、丸くて、美味しい果物!!」

 

「それってさ、さくらんぼじゃダメなの?」

 

「え?」

 

い、言われてみれば…

確かに、さくらんぼも赤くて、丸くて、美味しい果物だ。でも…

 

「で、でもでも!さくらんぼは2つセットだし!りんごとは違うよ!!」

 

「そうだね。じゃあマベちん、それはライチじゃダメなの?

赤くて、丸くて、美味しいよね?」

 

「えぇ!?」

 

言葉につまるアタシにマヤちんは更に畳み掛けてくる。

 

「他にも柘榴もそうだよね。

マンゴーも角度によっては赤っぽいかな。

そうだ、クランベリーなんかはどう?」

 

そう次々とアタシの意見に対して別の果物をあげていくから…

 

「も、もう!マヤちん!!

マヤちんは一体何が言いたいの!?」

 

ちょっと涙目でマヤちんにそう訪ねると、マヤちんは苦笑する

 

「いじわる言ってごめんね、マベちん。

でも、これでりんごっていう言葉を知らない人に、りんごっていう意味を言葉だけで教えるのがどれだけ難しいか分かったよね?」

 

「ま、まぁ…」

 

そう言われてうつ向くアタシにマヤちんは説明する。

 

「でも、逆にりんごって言葉を知っている人になら、りんごって言うだけでマヤ達が言いたいことはすぐ伝わる。

じゃあこのふたつの違いってなんだと思う?

…答えは簡単、りんごって言葉を知ってるかどうかなんだよ。

…つまりね」

 

そこでマヤちんは言葉を一旦切ると、アタシにニッコリと笑いかける。

 

「わかるってことは、理解すること。そして、理解するってことは、自分の中でちゃんと言葉に出来るってこと。

 

つまり、マヤのいう「わかる」ってことは、自分が見たもの聞いたものを、自分の中で自分に分かるような言葉に出来るってこと。

 

…きっとマヤのわか・・るも、その延長線上にあるんだと思うんだ!」

 

「おぉ~」

 

そう言われてアタシはちょっと感動する。

なるほど、確かに言われてみればそんな感じがする。なら…

 

「...もしかして、自分の中の言葉を増やせれば、マヤちんのわか・・るも…再現できる?」

 

そう聞くとマヤちんは嬉しそうにピンポンピンポン~とアタシに微笑みかける。

 

「そう!そうなんだよ、マベちん!!

だから、今回のこの講座もそれが目的!自分の中の言葉を増やすために、今からマヤと一緒にこの講座をするんだよ!!」

 

それを聞いてアタシが思ったのは…

 

(やっぱりマヤちんはすごい!)

 

…実を言うと、最初はほんのちょっぴりマヤちんを疑ってたのが綺麗に晴れた。

なるほど、確かにマヤちんの言う通りにすれば、本当にアタシもマヤちんのわか・・るが習得できるような気がしてきた!

だからこそ…

 

「よろしくお願いします!マヤちん先生!!」

 

そう改めて姿勢を正してマヤちんに向き直ると、

 

「うん!マヤにおまかせ!!

マベちん君を、立派にわか・・るようにして見せるから!!」

 

そう頼もしいことを言ってくれる。

 

あぁ、これならアタシもなんとかなりそうだ!!

 

そう輝く未来を夢想した瞬間だった

 

「それじゃあ、マベちん!まずはこれ全部読んでね?」

 

 

 

ズンッ!

 

 

 

そんなアタシの目の前がいきなり見えなくなる。

 

「………え?」

 

電気が消えた?いや、別に消えてない。

目が見えなくなった?隣を向くと笑顔のマヤちんがいる。

 

それなら…?

 

アタシは青ざめながら、目の前の視界を遮るものに目を向ける。

すると…

 

 

「…本?」

 

 

目の前に山と積まれているのは確かに本で…そして、ちょっと背表紙を見る限り、その中には明らかに昔の古典や難しい漢字がいっぱいの小説、そして挙げ句の果てには絶対日本語じゃないタイトルの本がたくさんあって…

 

「…マヤちん?…これは?」

 

震えるアタシにマヤちんは自信まんまんに答える

 

「マヤおすすめの世界の名著1000冊だよ!マベちんにはこれを全部読んでもらって、感想文を書いてもらいます!!」

 

そんな地獄みたいなことを言うから

 

「マ、マヤちん!流石にこれは無理だよ!!明らかに日本語じゃないのも混じってるし!!」

 

そうアタシは絶叫するけど、マヤちんは特に何でもないことのように答える。

 

「大丈夫大丈夫!

出来るだけおもしろいの選んどいたから!

それに、やっぱり話せる言葉が多ければ多いほど、理解って深まると思うんだ!色んな言語の角度から、物事を理解できるからね!!

だから…」

 

 

 

ズンッ!!

 

 

 

物理的な圧力さえ伴う本の山の上に、マヤちんはまた別の本の山を置く。

それらには例えば『英語入門』『よくわかる中国語』『初級ロシア語』『一週間でわかるフランス語』なんて言葉が書いてあって…

 

「読書感想文を書きながら、外国語も学んでいこ♡

とりあえずは、トレセンでも習ってる英語から始めて、中国語にロシア語、フランス語っていうふうに、まずは国際連合の公用語を使えるようになっていこっか☆

…まぁ、本当はちょっとマイナーな言語も含めて20か国語位やって欲しいんだけど…最低でも5か6くらい使えれば、かなり色々わかるようになると思うから!!」

 

そう言って、善意100%の笑顔でマヤちんは笑って

 

「さっ、マベちん!頑張ろっか!!

まずは夢野〇作の『ドグラ・〇グラ』あたりから、一緒にやってこ♡」

 

なんて迫ってくるから…

 

「ご、ごめんなさ~い!!」

 

アタシは全力で身を翻して逃げる。

 

「あっ、ちょっと待ってよマベちーん!!」

 

それを見てマヤちんが慌てて追いかけてくるけど…

 

(流石にあんなの無理だよー!!)

 

読書感想文だけでも大変なのに、それを1000冊分、それも外国語の本とか含めてとか絶対無理!

頭がパンクしちゃう!!

 

だからアタシは逃げる。それはもう全力で!

後ろからマヤちんが「なんでー!?」とか言いながら追いかけてくるけど…

 

「ごめんマヤちん!でもあれは無理ー!!」

 

と悲鳴を上げながらアタシは逃げる。

 

 

 

…結局アタシ達の鬼ごっこはしばらくの間続き、最終的に二人まとめてエアグルーヴさんにお説教されるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マーベラス存在感アップ計画 

マヤノトップガン編

 

失敗

 

 




…なお、マヤちゃんはこう言っていますが、
恐らくこの方法でマヤちゃんのわか・・るを再現することは、多分不可能だと思います。

なぜなら、公式でも直感力と明言している通り、
完全にその理解は理屈を超越しているからです。

ただ、それでも考えた結果、
これなら疑似的ではあっても自分のわか・・るを再現できるのではないかと、
そう考えたからこそ、マヤちゃんはマーベラスにこの方法を実践しようとしたのです。

…ちなみに、これは作者の勝手な妄想ですが、
確かにマヤちゃんは勉強は苦手ですが、
だからと言って読書まで嫌いなわけではないと思っています。

『勉めるように強いる』からこそ勉強が苦手なのであって、
自分の好きなペースで読める読書なら、
マヤちゃんはむしろ喜んで読むのではないでしょうか。

また、マヤちゃんのパパは航空機のパイロットのようですが、
そうであるならば、マヤちゃんはパパの仕事の都合で外国に行ったことがある可能性は高いと思いますし、
パパの知り合いの外国の方と触れ合う機会も多かったのではないかと思います。

そして、そうであれば、マヤちゃんのことだから、
外国語の一つや二つはペラペラしゃべれても不思議ではないと思います。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頑張れ!マーベラス!!  マーベラス大作戦~テイオー編~

前回のあらすじ!

死 ぬ が よ い (1000冊分の読書感想文)

でも作者は実は、
世間が言うほど読書感想文いやだと思ったことないんですよね。

取り合えず本読んで、
テーマを抽出して、
それについて適当に屁理屈こね回してたら、
いつの間にか原稿用紙は埋まってた印象があるんですよね。

…真の敵は、やっぱり夏休み特有の謎ドリル。
どこからともなく現れる、夏休みのためだけに作られた処刑器具。

…あれなくすだけでも、
かなりの森林資源の節約になると思うんですが、
そのあたり誰か〇境省に申し立ててくれませんかね?(白目)



「それじゃあ次はボクの番だね!よろしくマーベラス!!」

 

「マーベラス☆」

 

次にアタシが頼ったのはテイオー!そしてその理由は一番シンプル!!

 

つまり…

 

「やっぱりウマ娘なら強くないとね!

たくさんレースを走って、たくさん勝つ!!

シンプルだけど、これがやっぱりウマ娘が目立つためには一番効果的だよ!」

 

そう言いながら、テイオーはグラウンドをぐるっと一周駆け抜けてから、アタシの元に戻ってくる。

 

そして、それを見ていたマーベラスは思う

 

(やっぱりテイオーちゃんもすごい!)

 

軽く流しただけとは言え、

テイオーちゃんはこの程度では呼吸ひとつ乱さない。

独自の歩法であるテイオーステップも健在だし、そのフォームには何より一切の乱れが存在しない。

見ているだけで分かる、力強くも美しい熟練の走りだ。

流石は幻の三冠ウマ娘!

 

そんなテイオーの様子を見ていると、タオルで汗をふいたテイオーはアタシの方に近づいてきて言う

 

「だから、ボクとすることはとってもシンプル!

走って走ってトレーニング!

やっぱりウマ娘は走らなきゃね!!」

 

そう言いつつアタシに伸ばしてきたテイオーの手を、アタシは取る

 

「うん!よろしくね、テイオー!!」

 

そうしてアタシとテイオーの特訓は始まる。

 

そう、確かにテイオーの言う通りだ。

個性は大事だけど、まずはウマ娘としてやらなきゃいけないことをしなきゃいけない。

何事も基本を疎かにしちゃダメなんだ。

 

それに、強いということはそれだけで個性になる。

シンボリルドルフ会長や、マルゼンスキーさんなんかがその良い例だろう。

 

それなら、テイオーちゃんの言うことも間違ってはない。

走って走って、たくさんレースに出て、たくさん勝つ。

むしろこれこそが、ウマ娘が目立つための一番の王道だとも言えるんだ!

 

「どうしたのマーベラス!まだ行けるでしょ!?」

 

「マーベラス☆マーベラス★」

 

だからアタシはテイオーと一緒に走る。

雨の日も風の日も、一緒に走り続ける。

 

たくさんレースに勝ったその先に、アタシは最強のウマ娘として天下にその名を刻み付けるんだ!!

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「5枠6番マーベラスサンデー選手、今日の一番人気です」

 

「引き締まった体をしていますね。少しの間に見違えるように成長したようです。

今日のレースでもそれを存分に発揮して欲しいですね」

 

とあるレースのゲートの中で、アタシは実況と解説の声を聴きながら微笑む。

 

(ふっふっふ…)

 

そう、アタシはあれからテイオーと血の滲むような壮絶な特訓をし、パワーアップしていた。

 

トモには以前よりもしなやかかつ、強靭な筋肉がつき、体の調子も絶好調。

精神的にもやる気が満ちていて、前よりも体に力が漲るのを感じる。

 

これなら誰にも負けない!

アタシは自身の最強をもってして、

自身の存在感を醸し出して見せる!

 

そう思っていたんだけど…

 

 

 

 

 

「続いて4枠8番トウカイテイオー選手、2番人気です」

 

「1番人気こそ譲りましたが、彼女もまた絶好調のようですね。

発する威圧感で空間が歪んでいます。

他のウマ娘達が怯えないと良いのですが…」

 

 

 

 

 

「いや、なんでいるのテイオー!!」

 

しかも、これ本編2部の魔王モードじゃん!

本当にテイオーの周りの空間がプレッシャーだけで歪んでるし、周りのウマ娘達も顔を真っ青にして本気で怯えてるよ!

 

ネイチャ達よくこれを受けて平気だったな…とちょっと思いつつもアタシが突っ込むと、隣のゲートのテイオーはニッコリ笑顔でこっちの方を向く。

でも、笑ってこそいるものの、その目の奥では明らかにヤバい感じの情念が暗く燃え盛っていて…

 

「…そりゃ、君が強くなったからに決まってるじゃない。マーベラス。

 

ボクはサイキョームテキノのテイオーさまなんだよ?だったらそれを証明するために、誰よりも強くなるために、常に強敵と戦い続けるのは当然のことでしょ?」

 

だからさ…

 

ゲートの開く寸前にテイオーは、

花の咲くような笑顔と共に、

血も凍るような重圧をまとって言う

 

 

 

 

 

 

ボ ク ヲ タ ノ シ マ セ テ ヨ

 

 

 

 

 

 

 

それは、まるで死神の微笑みのようだったから…

 

 

「あっ、6番マーベラスサンデー選手が先頭に飛び出しました!そしてその後をトウカイテイオー選手が追っていきます!」

 

「他のウマ娘達が全員出遅れちゃいましたからね。

必然的に今日のレースはこの二人が作っていくことになるでしょうね」

 

「そうですね、ここからのレース展開が楽しみですね!

…ところで、先頭のマーベラスサンデー選手ですが、やけにペースが早い上に、なんか涙目じゃないですか?」

 

「そうですね…対するテイオー選手は満面の笑みですし…二人は何かあったんですかね?」

 

そんな実況と解説の声なんて全部シャットアウトして、アタシは逃げる。とにかく逃げる。

何故なら…

 

 

(追い付かれたら殺される!!)

 

 

別にレースは殺しあいでもなんでもないし、追い付かれたからなんということでもない。

でも感じる。本能で感じる。これはヤバい。本当に追い付かれたら死ぬ。だから…

 

 

「助けてぇぇぇっっっ!!」

 

 

「おっとマーベラスサンデー選手これは早い!

まるで宝塚記念でのメジロパーマー選手のごとき、素晴らしい大逃げだ!」

 

「これは、これからが楽しみな走りですね」

 

死ぬ気で逃げる!

後先考えずにとにかく逃げる!

そんなアタシの後ろから

 

「 マ ッ テ ヨ マ ー ベ ラ ス 」

 

「ひぃぃぃぃぃっっっ!!」

 

なんか後ろに大鎌を持った死神の姿がはっきりと見えるテイオーが、猛然と追いすがってくる。

 

だから逃げる!本気で逃げる!

多分生涯でこれ以上の逃げは出来ないだろうというスピードで逃げる!

 

その結果…

 

 

 

 

 

 

 

「いや~惜しかったな~、もうちょっとで追い付けそうだったんだけどな~」

 

そう言いながら、結局今日のレースを逃げきったアタシにテイオーは近づいてくる。

 

その様子はいつものテイオーと変わらないものだったけど…

 

「それで、どうだった?

ウマ娘として存在感は上がったでしょ?」

 

だからこそ…

 

「…うん、確かにテイオーが言ってたことは正しかったよ。

…だけどね」

 

アタシはひきつった笑みでテイオーを見ていった。

 

「…悪いけど、もうテイオーと一緒には走りたくないな…」

 

 

 

 

 

…結局、ウマ娘として強くはなれたけど、

テイオーのせいで、アタシは余計なトラウマを刻まれたのだった。

 

 

 

 

マーベラス存在感アップ計画

トウカイテイオー編

 

失敗

 

 




ま た お 前 か

これも広義の意味ではしっとりテイオーなんですかね?(困惑)

でも初期星3キャラの中でも、
一番最後までうちに来なかったこの子を小説に書くことになるなんて、
本当に人生分からないものです。

半年くらいすり抜け続けましたからね…

…花嫁マヤちゃんですか?
ピックアップと共に、祈祷力で祈り落としました(20連)

???「当然正位置ィッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頑張れ!マーベラス!!  マーベラス大作戦~ネイチャ編~

前回のあらすじ!

死 ぬ が よ い (地獄の追いかけっこ)

さて、これでいよいよネイチャの出番ですが…
ある意味この子がうちの小説の中では一番の曲者なので、
今回は前の二人よりもさらにひどいことになっています。

具体的に言うと、パロディ多めなので注意してください。

お前は、今までに読んだパロディの数を覚えているか?
などとのたまう益荒男の方のみ、どうぞこの先へお進みください



「…ねぇ、ネイチャ」

 

「うん?何、マーベラス?」

 

アタシはとなりに立つネイチャに問いかける

 

「…本当にこの中に飛び込まなきゃダメなの?」

 

そんなアタシの問いにネイチャは苦笑するが

 

「大丈夫大丈夫!

アタシも初めてこれを見たときには流石に怯んだけど、

気が付いたら慣れてたから!!

 

要は慣れの問題なのだ、と軽く受け流される。

そして…

 

「…そんなことより、マーベラス準備して。

次が来るよ」

 

その言葉と共にネイチャの目が鋭くなる。

即座に臨戦態勢に入った彼女の雰囲気は、まさに熟練のベテラン戦士そのものといった感じで…

 

(…どうして、こんなことになったんだろう…)

 

それを横目で見ながら、半ば現実逃避気味に、アタシはことの経緯を思い出す…

 

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

「それじゃあ最後はアタシの番ね!よろしくマーベラス…ってどうしたの、マーベラス?」

 

「…」

 

マヤちんとテイオーの講座を終え、

必然的に最後はネイチャの講座ということになったんだけど…

 

(…い、嫌な予感しかしない…)

 

今までの経験からアタシは内心冷や汗ダラダラである。

 

と言うのも、マヤちんの時は地獄の閻魔様も裸足で逃げ出しそうなほどの、鬼みたいな量の読書感想文を書かされそうになり、

テイオーの時は、死神もかくやというほどの、あまりにも恐ろしすぎる殺意の波動を纏ったテイオーから、文字通り死ぬ気で逃げることを強要された。

それはつまり…

 

(や、ヤバい…絶対にネイチャも無理難題をふっかけてくる…)

 

そうアタシがガクガク震えながら怯えていると…

 

「?

なんで黙ってるのか知らないけど、今回アタシと一緒にやってもらうのは、

とあるバーゲンセールでのお買い物です」

 

そう言われたものだから…

 

「…へ?」

 

アタシはかなり間抜けな顔をさらしてしまう。

と言うのも当然で…

 

「え?何その意外そうな顔?

言っとくけど、バーゲン舐めたら死ぬよ?マーベラス?」

 

なんてネイチャは意外そうな顔で聞いてくるけど…

 

「…それだけ?」

 

「まぁ、そうだけど…」

 

「…全身に100トンの重りを着けて生活するとかじゃなくて?」

 

「…え?何その拷問みたいな諸行…」

 

本気でネイチャはドン引いている

 

「…屋久島の縄文杉を手刀で伐採できるようになるまで、大岩に手を打ち付け続けるとかじゃなくて?」

 

「…それもう、修行ですらなくて、ただの虐待だよね?」

 

「1日1万回感謝の正拳…」

 

「おーけー、マーベラス。

そこから先は危険だから、もうしゃべっちゃダメだよ?」

 

そこまで聞いてアタシは…

 

「…良かったぁ!!」

 

膝から力が抜け、思わずその場にへたり込んでしまう。

 

「いや、マーベラス…

あんたアタシをどんな悪魔だと思ってんのよ…」

 

それを見てネイチャは呆れているけど…

 

「だって~」

 

それでもアタシは安心せざるを得ない。

そう、だってこれまでの修行があまりにもヤバすぎたからだ。

 

もちろんあの二人だって、ちゃんとしっかりアタシのことを考えた上で、色々とやってくれてたんだってことは流石に分かってる。

 

二人とも、彼女達なりに真剣に考えた結果としてのことなのは理解してるし、ちゃんと感謝だってしてる。

間違いなく、アタシにとって二人は最高の友達だ。

 

でも…

 

「きっとネイチャも、あの二人みたいにとんでもない課題を出してくると思ったんだも~ん!!」

 

「え?あっ、ちょっと!

どうしたの、マーベラス!!」

 

安心のあまりついに泣き出してしまったアタシに、ネイチャが慌てて

駆け寄ってくれる。

 

「うわあぁぁぁぁあああん!!」

 

「えっと、ほら!

泣かないでマーベラス!!

大丈夫!大丈夫だから!!」

 

そして、しどろもどろになりながらも、アタシのことをなんとか泣き止ませようとするネイチャの態度が本当に暖かかったから…

 

「びえぇぇぇぇええええん!!」

 

「落ち着いてマーベラス!

大丈夫!ホントに大丈夫だから!!ね?」

 

アタシもどつぼに嵌まってしまって、涙が止まらない!

 

「うわぁぁぁあああぁぁぁん!!」

 

「あー!これもうどうすれば良いの!?

だれか助けてー!!」

 

そうしてアタシはしばらく泣き続け…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすん…」

 

「…落ち着いた?マーベラス?」

 

やっと涙が止まった頃には、すっかり時刻も夕方になっていて…

 

「まったく…あの二人は一体何やらかしたのよ…」

 

流石にあの二人のやったことが気になったらしく、少しだけ厳しい顔をしていたけど…

 

「…ねぇ、大丈夫マーベラス?

ツラいなら今日はやめて、また別の日にするけど…」

 

そう心配してくれるネイチャに

 

「…ううん!

や、やる!やるよネイチャちゃん!!」

 

アタシは涙をぬぐって立ち上がる。

そう、ネイチャは本当に優しくて良い子だ。

さっきまでだって、結局アタシが泣き止むまでずっと側にいてくれたし、その間もずっと背中を叩いてあやしてくれた。

本当に心根がやさしい良い子なんだ。

だから…

 

「アタシ、ネイチャちゃんの講座を受けるよ!!」

 

そんな子がアタシのために考えてくれたことが、決してアタシのためにならないわけがない!

そして、そんな子の想いに応えたい!

そもそも、アタシはネイチャの友達なんだから、友達のことを信じなくてどうするんだ!

例えどんな試練であっても、アタシは乗り越えるんだ!!

 

そう決意の眼差しをネイチャに向ける

 

「…マーベラス、あんた…」

 

するとそうして、一瞬目を見開いていたネイチャだったけど、

 

「…わかったわ。じゃあ今回のアタシの講座の目的について話すわ」

 

頭をふり、そしてまっすぐにアタシの方を見て話し出す

 

「聞いての通り、アタシの講座の内容はとあるバーゲンセールに突っ込んでもらうこと。具体的にいえば、そこで、売ってる特売品をひとつでも入手してくることこそが、今回の講座の内容ね。

で、目的なんだけど…」

 

そう言って一度言葉を切り、ネイチャは続ける。

 

「…そう、目的なんだけど、これは根性を付けることにあるわ」

 

「根性?」

 

そう聞くとネイチャはうなずく。

 

「そう、根性。

…あのね、あんたも知ってるとは思うけど、アタシはみんなの中では才能がないほうだし、みんなと違って輝かしい戦績もない、本当に普通のウマ娘だよね?」

 

そんなことはないんだけど…

 

といいかけたアタシに、

だけどネイチャは首をふる

 

「いいえ、事実よ。

アタシはメイクデビューにだって、みんなよりかなり時間がかかったし、G1だってほとんど勝ててない。そういう面で言うなら、アタシは間違いなく、才能がないウマ娘なのよ」

 

そう悲しそうに言ったネイチャだったけど、

 

「それでも、アタシは今もまだここにいる。

走り続けられている」

 

とアタシの目を見て言う

 

「じゃあ、それがなぜなのか。

 

一つは間違いなくトレーナーさんや、応援してくれるみんなのおかげね。

彼らがいるから、アタシは頑張れる。

彼らが自慢できるような、アタシになるために走ろうって、心の底から思える」

 

でもね、とネイチャは続ける

 

「多分一番大事なものは、どんな状況でも折れない根性。

 

それがあったからこそ、アタシは彼らのために頑張れてると思うんだ。

 

だからね」

 

そう言いつつ、ネイチャは立ち上がる

 

「マーベラス、あんたにもそれを養ってもらうよ。

 

なるほど、確かにあんたはこの小説において影が薄い。

それは事実ね。

だけど…」

 

そう言ってネイチャはアタシに手を伸ばす

 

「それでも、あんたはこうして今もその状況をなんとかしようと頑張ってる。

ならきっと、いつかは報われるはずよ。

 

…もちろん、それがいつになるかはアタシにも分からない。

だけど…」

 

そこでネイチャはアタシに微笑む

 

「…きっとあんたは報われる。そうアタシは信じてる。

 

そして、だからこその根性。

その時まであんたが頑張り続けられるように、心折れないように、そのために根性を付けて欲しいの」

 

そう言ってくれるから…

 

ガシッ!

 

アタシはネイチャの手を取る

 

「…最初に言っとくけど、バーゲンは並みじゃないわ。

 

流石にマーベラスは初心者だから、一番最初にアタシが行ったような、あんまり競争が激しくないような場所に連れていくけど、それでもそこも戦場にちがいない。

 

数多のおばちゃん達を蹴散らして、特売品を手に入れるのは、そうそう簡単なことじゃない。

 

それでも…」

 

それでも本当にアタシの手を取る?

 

そう目でアタシに問いかける

ネイチャに、

 

「…っ!」

 

アタシは彼女の手を借りずに、自分の足で立ち上がることで証明する。

そして…

 

「…当然だよ、ネイチャ」

 

なぜなら…

 

「アタシは、ネイチャを信じてるから!!」

 

そうアタシは今度は自分からネイチャの目を真っ直ぐに見つめる。

 

そうだ、アタシは何を恐れていたんだろう。

そもそも、最初の二人だって心の底からアタシのことを考えてくれてのことだったじゃないか。

それなのに、アタシは逃げた。

二人の気持ちからアタシは逃げてしまったんだ。なら!

 

アタシはネイチャの手をぎゅっと握る

 

今度こそ逃げない!

例えネイチャの言うバーゲンセールがどんな人外魔境であっても、アタシは逃げない。

 

なぜなら

 

「アタシは、友達の思いに応えたいから!」

 

そうはっきりと口に出すと、

ネイチャもふっと笑う。

そして…

 

「…良いわマーベラス。あなたの覚悟は確かに受け取ったわ。

それなら…」

 

そう言ってネイチャはくるりと後ろを向く。そして、繋いだアタシの手を引き…

 

「…行きましょう、アタシ達の戦場へ…」

 

そう言って歩き出すネイチャに

 

「…うん!」

 

そう答え、アタシも一歩を踏み出す。

 

…あぁ、ここから先にはもしかしたら先の二人以上の試練が待ち構えているのかもしれない。

 

(だけど!)

 

アタシは自分の手を見る。

その手の中には、間違いなくネイチャの、友達の手の暖かさがあったから…

 

(きっと、乗り越えられるよね?)

 

そう、信じられたから…

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

 

「ただ今より、本日最後のバーゲンセールを開始いたします。

商品は…」

 

そんな店内放送の声で我に帰る。

そして…

 

「牛乳パック98円、1人1パックまで。

それでは…」

 

その声と共に…

 

「…セール開始!!」

 

店内の全ての人間が、本日の目玉商品に向かって疾走する!

 

だが…

 

 

ドォォォオンッ!ガギィィンッ!!

 

 

「きゃっ!!」

 

 

その瞬間周囲で巻き起こる、無数の爆発と轟音に堪らずしゃがみ込む。

 

そう、例えここに集まる人間の全てが特売品の待つワゴンにたどり着けたとしても、資源は有限。

今日のお買い得商品が、ここに集まるすべての者の手に渡る訳ではない。

 

故に…

 

「ひゃっはあああぁぁあっっ!!」

 

とあるおばちゃんは、恐るべき身体能力で、立ち塞がる全てを塵と化しながら疾走し

 

「あははははははははははっっ!!」

 

とあるおばちゃんは、絶対零度の凍気にて、至るところに大輪の氷結花を開花させる。

 

他にもあらゆるところで、大地が砕け、天をも焼き焦がさんばかりの地獄の業火が燃え上がり、極小規模のビッグバンの爆発が、周囲の地形を変えていく。

 

それは、まさに修羅道。

仏教における六道のひとつにして、無限の戦いが繰り返されるという、そんな戦わなければ生きられないという、人間の業の一つを現したかのような世界が、今目の前に広がっている。

 

…そう、故に彼女達は争う。

全ては特売品を手に入れるため。

少しでも家計の支出を押さえるため、彼女達は文字通り鬼にも、そして修羅にもなる。

 

そんな某世紀末漫画のモヒカン達でも裸足で逃げ出すような人外魔境を前にして、アタシは動けない。

 

と言うか…

 

(…ねぇ、ネイチャ!?これ本当にバーゲンセールなの!?)

 

というツッコミを入れざるを得ない。

 

…確かに、確かにアタシは覚悟は決めたんだよ?

何だかんだ言って、多分この講座もとんでもないことやらされるんだろうなってことは、うっすら分かってたし、その上でアタシはそれを乗り越える覚悟をしたんだよ?

 

だから、多分バーゲンセールって言っても、そこに集うおばちゃん達は、みんな特殊部隊の軍人さんみたいな、ヤバい人達ばっかりってぐらいのことは、アタシも覚悟してたんだよ?

 

だけど…

 

ドカァァアンッッ!!ズガァァァアアンッ!!

 

周囲には相変わらず轟音が響き渡っている。所々で爆発が起こり、その度に人が吹っ飛んでいく。

 

…そう、今目の前に広がる光景は、

そんなただでさえ無茶苦茶な想像の、さらにはるか上を突き抜けていくもので…

 

(…流石にこれは無理だよ!ネイチャ!!

明らかにジャンルが違うよ!!)

 

そう思いながら、アタシより先に飛び出していったネイチャを慌てて探すと…

 

 

 

 

「はぁぁぁぁあああっっ!!」

 

「がふっ!!」

 

地面に亀裂が走るほどの凄まじい震脚と共に、ネイチャの拳がとあるおばちゃんに突き刺さる。

そしてそのおばちゃんは、まともに喰らったのかゆっくりと体を弛緩させつつ後ろに倒れ込むが…

 

 

「………まだよ!!」

 

 

その言葉と共に、おばちゃんが踏みとどまる。

その目からは、さっき強烈な一撃を受けたにも関わらず、微塵も闘志が消えていない。

むしろ、さっきよりもそれが強くなったように感じられたから…

 

そこでネイチャが口を開く

 

「…流石は雷霆の河上さん。

お得意の「まだよ!」は健在ですね…」

 

そう言いながら、ネイチャは微塵も構えを崩さない。それは他ならぬこ目の前のおばちゃんが、それほどの強敵だということで…

 

「まさか、こんな温い戦場バーゲンセールにあなたほどの人がいるとは思いませんでしたが…

しかし」

 

と、そんなネイチャが不敵な笑みを浮かべた瞬間

 

「…なっ!?」

 

その言葉と共に、いきなり河上さんというらしい、そのおばちゃんの体勢が崩れる。そして…

 

「…こ、これは斎藤さんの!?」

 

「…そうです。

いかにあなたと言えど、時間を跳躍する魔弾は躱せない。

ましてそれが、アタシの拳を受けて「まだよ!」した直後なら尚更のこと。

そして一瞬でも決定的な隙が生じたのなら…」

 

その言葉と共に、河上さんの後ろにゆらりと黒い影が立つ。

そして、それに気づいた河上さんは、咄嗟に反撃しようとするも…

 

「今です!加藤さん!!」

 

「はあああああああああああっ!!」

 

「っな!?ぐはぁぁぁっ!!」

 

後ろから突如現れたおばちゃんの攻撃をモロに喰らってしまう。

結果…

 

「…う、うぐぐ…」

 

河上さんは苦しみ出す。

さっきみたいに「まだよ!」しようとしても、上手くできないのか、苦しんでいる。

 

と言うのも…

 

「加藤さんの力を忘れたんですか?彼女の力は歴史の消却。

いくらあなたでも、気合いと根性だけでどうにかできるものではありません」

 

もっとも、

そう呟くと、ネイチャは続ける

 

「あなたなら、お得意の「まだよ!」で途切れた歴史を新たに紡ぐことも出来ないわけではないでしょう。

どころか、自分の歴史が抹消されたという事象自体をはね除けることさえもできるでしょう。

 

…ですが、例えそうだとしても、今あなたは動けない。

少なくともその状態を何とかするまでは、それ以外の行動が一切取れない

 

だからこそ…」

 

そこでネイチャは勢い良くこちらを振り返り、アタシに叫ぶ。

 

「今よ!マーベラス!!」

 

「…え?…え?」

 

そう言われても何が何だか分からないアタシにネイチャはまた叫ぶ

 

「今なら河上さんは動けない!だから…」

 

そして、ネイチャは特売品のカートを指差す。

するとそこには後1つだけ、牛乳パックが残っていたから…

 

「行きなさい!マーベラス!!」

 

そう言ってくるから…

 

(…え?この中をアタシ突っ切るの?)

 

いまだにあっちこっちで爆発が起きている特設コーナーへの道を、冷や汗を流しながら見る。

 

しかし…

 

「…!!

マーベラス急いで!ここはアタシ達が食い止めるから!!」

 

思ったよりも早く復活しかけている河上さんを見て、ネイチャは焦りの声をあげる。

 

だからこそ…

 

(…もう、わけわかんないよー!!)

 

そう涙目でアタシはカートに向けて全力でダッシュする。

 

…そして

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様!マーベラス!」

 

バーゲンセールの帰り道、

ネイチャがそんな言葉をかけてくる。

 

「あ、あはは…ありがとうネイチャ」

 

「大丈夫大丈夫!最初は誰でも皆あんな感じだから!!」

 

そんなネイチャに引きつった

笑顔を向けるアタシだったけど、

上機嫌なネイチャは気にしないどころか、

そんなアタシを気遣ってくれる。

 

そして

 

「うんうん!やっぱりマーベラスも素質あるよ!ホントによく頑張ったね!!」

 

なんて誉めてくれるから…

 

「…うん」

 

ちょっとアタシも照れてしまう。

そして、ネイチャから目をそらすと、アタシの手には今日の特売品の牛乳パックが入った袋があって…

 

(…滅茶苦茶な場所だったけど)

 

それでも自分は立ち向かい、

こうして成果を得た。

 

前の二人の時と違って、

ちゃんと逃げずに向き合い、

頑張ることができたのは事実だったから…

 

(…えへへ)

 

そのことが誇らしい。

少しだけ自分を自分で誉めてあげたい。

そんなことを思った瞬間だった。

 

「それじゃあ続きはまた別の日だね!」

 

にっこり笑顔でネイチャがアタシにそう言うものだから…

 

 

 

 

 

「………ん?」

 

 

 

 

 

アタシもにっこり笑顔で動きを止める。

 

…え?今なんかとんでもないことが聞こえなかった?

 

そして、それは聞き間違いなんかじゃなくて…

 

「うん!

これで初陣は済んだから、次からはいよいよ本格的に始めていくよ」

 

なんてネイチャは続ける

 

「???」

 

「次は3丁目のスーパーが良いかな?あそこならおばちゃん達もそんなに強くないし、マーベラスにも相性が良さそうだし。

後、並行してマーベラスの魂の形も探っていかなきゃならないよね?

今回の動きを見る限り、素養もありそうだし、田中さんあたりに頼んでみるのが良いかな?

でもまだ武器とか徒手空拳とかも未知数だから…」

 

と、アタシが宇宙ねこ状態になっているにも関わらず、ネイチャは楽しそうに今後の展望を描いていくものだから…

 

「…ちょ、ちょ、ちょっと待ってネイチャ!!」

 

アタシは慌ててネイチャを止める。

そして、不思議そうにこちらを見つめる彼女に…

 

 

 

 

 

「…えっと、その…これで終わりじゃないの?」

 

 

 

 

 

そう聞くと…

 

「うん、まだだよ?」

 

なんてネイチャは言って

 

「今日はまず、戦場がどんなところかっていうことを知ってもらうための初陣だから。

次回から、時間をかけて色んな戦場を渡り歩いてもらって実力をつけて、最終的には一丁目のスーパーでも生き残れる位になってもらうよ」

 

そう笑顔で返してくれたから…

 

「…あ…あ…」

 

「だからマーベラス。アタシも全力でサポートするから…」

 

アタシは…

 

「一緒に頑張ろうね!マーベラス!!」

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁああああっっ!?」

 

 

 

 

 

堪らず叫んでその場から逃げ出してしまう。

 

「あっ!ちょっと!!」

 

なんて後ろからネイチャの声が聞こえるけど、そんなことは全然どうでも良くて…

 

(もうあんな所はイヤ~!!)

 

その思いだけでアタシはその場から全力ダッシュで逃げ出す。

 

 

 

 

 

結局、最後のネイチャも、二人と変わらない、どころか二人よりももっとスパルタなことが分かっただけだった。

 

 

 

 

 

マーベラスの存在感アップ計画

ナイスネイチャ編

 

失敗

 




…なぜだろう。
作者は常識人かつ苦労人的なキャラクターとして、
ネイチャさんを設定していたはずだし、
本人も多分そう思ってるけど、
実際はうちの小説の中でこの子が一番狂ってるよ…

実はトウカイテイオーの方が常識人なのではと思い出す今日この頃…



ちなみに、今日のバーゲンセールの常連客は、

雷霆の河上さん:神速の七刀流の使い手で、やべえ雷を常に身に纏っているおばちゃん。
        「まだよ!」って言ったら大抵復活する。
        最近の趣味はドラマ鑑賞で、中国ドラマがお気に入り

魔弾の齋藤さん:空間跳躍、時間跳躍をする、やべえ魔弾を使いこなすおばちゃん。
        どちらかと言うと、ヒットマン的な戦法で他のおばちゃん達と渡り合っている。
        最近の趣味は天体観測で、高性能望遠鏡が欲しいと思っている

終焉の加藤さん:かすっただけで対象の歴史を終わらせる、やべえ拳をお持ちのおばちゃん。
        一匹狼で、特定の戦場にとどまらないのが特徴。
        最近の趣味はジャム作りで、作りすぎて冷蔵庫に大量の在庫が眠っているとか


…本当どこの世界の住人なんでしょうね、
このおばちゃん達?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頑張れ!マーベラス!!  失意の果てに・・・

前回のあらすじ!

死 ぬ が よ い (直球)

全ての作戦が終わり、途方に暮れるマーベラス
そんな彼女のもとに現れる、一人のウマ娘とは!?



ザザーン…ザザーン…

 

夕焼けの空に、さざ波の音が響く。

ここはとある海辺の街道。

都内有数のデートスポットの一つでもあるここには、一般の人達だけでなく、カップルも多く訪れる。

 

だからこそ、夕方のここにも普段と変わらず多くの人々が訪れ、思い思いの時間を過ごしているんだけど…

 

ザザーン…ザザーン…

 

そんな情緒あふれる、海辺の街道の、片隅のベンチで、アタシは黄昏ている。

 

昼間はあれほど勢いのあった太陽も、夕方になった今はすっかり勢いがなくなり、水平線の向こうに沈もうとしている。

そして、そんな沈み行く太陽の輝きを受けて、周囲は黄金に輝いている。

 

ゴールデンタイム。海面で反射する光も合わせて、まさにそう形容するしかないほどの輝きがあたりを覆う。

そして、そんな美しい光景を前にして、誰もが息を飲む。今この瞬間は、まさにそんな時間。

 

なるほど、たしかにそれは非常に荘厳で神秘的で、だからこそ、この場所がデートスポットとしても人気なのも納得できるわけで…

 

「…はぁ…」

 

そんな100万ドルの絶景を前にして、しかしアタシはため息をつく。

と言うのも…

 

「…結局何一つ上手く行かなかったな…」

 

そう、結局今回のアタシの計画は全てが失敗に終わった。

 

協力してくれた三人には感謝してる。

だけど、それでも彼女達の出す課題は、ちょっとマーベラスには過酷すぎるものばかりで…

 

(…ひとつも上手く行かなかった…)

 

だからこそ、アタシはなんだか悲しくなってくる。

せっかく三人がアタシのためを思って用意してくれた課題を、アタシは何一つクリア出来なかった。

それはつまり…

 

(…やっぱり、マーベラスは…)

 

…結局存在感の薄いキャラで終わってしまうのだろうか?

…マヤノやテイオー、ネイチャみたいには、もう目立てないのだろうか?

 

そう思って悲しくなってきたその時だった

 

「…うん?マーベラスか?

なんやこんなところで、どないしたんや?」

 

ふいにそんな声がして、その方向を振り向くと…

 

「…た、タマ先輩?」

 

そこにいたのは、今まで直接話したことがあまりなかった先輩で…

 

「おう!うちや!!

…それにしても、ほんとどないしたんや?その顔?

うちで良ければ話聞くで?」

 

それでも、こっちを見るその顔は、とても心配そうな表情をしていたから…

 

「…聞いてくれますか?」

 

「もちろんや!

後輩の悩みを聞くのも先輩の仕事やからな!!」

 

そう笑ってくれるタマ先輩に、アタシは事の発端から話し始める。

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

「はーん…マーベラス、あんたも大変やったんやな~」

 

隣に座って、アタシの話を黙って聞いてくれたタマ先輩は、話が終わるとそう言った。

 

時刻はもうすっかり夜だ。

日没なんかとうに過ぎて、

あたりにはもう完全に夜の帳が降りている。

 

周囲にはぽつぽつと街灯が付いていて、

その頼りない明かりだけが、

この場の唯一の光源だ。

 

そんな薄暗い闇の中で、

アタシ達の座っているベンチの上にもまた街灯が付いていて、ここだけは明るい。

それはまるで、夜の闇から切り離された特異点、世界の外側にある誰も知らない場所のようだったから…

 

「…やっぱり」

 

と口をつくのは

 

「…やっぱりマーベラスは…」

 

影が薄いままなんですかね?

 

そう弱音が漏れそうになった瞬間だった。

 

「…やめとき、マーベラス。

そこから先はゆうたらあかんで」

 

そう言われてはっとして顔をあげると、タマ先輩はマーベラスの方を見ずに真っ直ぐ前を見つめている。

でも、その瞳に映る色はとても真剣なもので…

 

「…そうゆうことはな、ゆうたら負けや。

例え本心でなくとも、それをゆうた瞬間に、それは本当になってしまうもんや。

なんせ、お天道様がみてはるさかい。

…だからな、ゆうたらあかん。」

 

それにな、そう先輩は続ける

 

「…確かに努力は実らへんやったかもしれん。

それでもあんたは本気で挑もうとはしたんやし、何よりそれをまわりのみんなも手伝ってくれたんやろ?それなら…」

 

そう言って先輩はこちらを向くと、優しく微笑んでくれる。

 

「…それだけでもあんたは立派や。

それに、それだけみんなが協力してくれるんなら、あんたは十分にそいつらから慕われとる。だから…」

 

そして先輩はアタシの頭に手を置くと

 

「…安心しんさい。

あんたは十分にそのみんなにとっては大事な存在や。

少なくとも、影が薄くて忘れ去られるなんてことだけは絶対にないから、そこは安心しんさい」

 

そう言って先輩はアタシの頭を撫でてくれる。

だから…

 

「…ありがとう、ございます」

 

ちょっと涙目でアタシはお礼を言う。すると

 

「ええって!ええって!

最初にも言ったやろ?後輩の悩みを聞くのも先輩の仕事や!!」

 

そう言ってカラカラと先輩は笑う

その笑いを見てると、アタシもちょっとだけ元気が出てきたから…

 

「そ、そうだよね!例えこの小説でアタシの影が薄くても、アタシ達の友情までがなくなるわけじゃないよね!!」

 

そう言ってアタシは席を立つ。

 

そうだ、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう?

確かにアタシの存在感は、この小説では薄いかもしれない。

でもそれは、みんなとの繋がりが薄れるってことでは全くない。

 

マヤノもテイオーも、そしてネイチャも、アタシの掛け替えのない友達なんだ!

それなら、そんな彼女達との強固な絆さえあれば、それで良いじゃないか!

 

そう思うと、アタシの体にはこれまで感じなかった力が沸いてきたから…

 

「ありがとうございます!タマ先輩!!」

 

そう言ってアタシは先輩の方に向き直り、頭を下げる。そして

 

「お陰で大切なことに気が付きました!本当に本当にありがとうございました!!」

 

そう感謝の言葉を述べる。

すると先輩は

 

「別にアタシは大したことはしとらん。

まっ、あんたが元気になったんならそれで結構や」

 

そう言って手をヒラヒラふりながら苦笑する。

その姿に、体は小さくてもやっぱりこの人は先輩なんだな~と尊敬の目を向けていると…

 

 

 

 

「…それにな?あんたの話を聞いとって思うたんやけど、あんたも別に特徴がないわけではないみたいやで?」

 

 

 

 

そんなことを言ってくるものだから…

 

「…え?」

 

思わず顔をあげると、先輩は不敵な笑みを浮かべていて…

 

「よー考えてみい。

今回あんたはあんたの友達の助けを借りて、存在感を上げようとしたんやな?

で、常識外れの課題を出されて逃げ出した、と。

ここまではあっとるな?」

 

「う、うん…」

 

困惑しながらもアタシがそう返すと、先輩は続ける。

 

「そんで、メタい話やけど、その三回の講義をネタとして、今のオチの話になっとるわけで…

…多分話のコンセプトからして、今回の一連の話は基本ギャグ回やな?」

 

そこでや、と先輩は人差し指を立ててマーベラスに尋ねる。

 

「…おかしいとは思わんか、マーベラス?」

 

そう言われたから

 

「…え?」

 

アタシは困惑する。今までの先輩の話は基本合ってる。

でも、それだけに特におかしいところなんてないように思うんだけど…

 

「…もう一度思い出してみい、マーベラス。

あんたはあんたの友達から常識外れの課題を出されて逃げ出した。これが肝や」

 

そう言って先輩は続ける

 

「人間っていうもんはな?基本的には文脈っていうものを意識するもんや。

例えば学校のテストの話をしとるのに、いきなりベーリング海のカニ漁の話をされても困るやろ?」

 

そう言われてマーベラスはうなずく

 

「つまり、基本的に人間ってもんは、その時の空気にあってない話を出されると困惑する。

ここまでは分かるな?

 

…でや

今回の話に戻るけど…あんたは三回共に、明らかに自分の予想を上回るスケールのものを出されて逃げ出した。

…言ってみるとこれだけなんやが、それでも前回までの話はしっかりとひとつの物語として独立しとる。これっておかしくないか?」

 

「…」

 

か、考えてみれば確かにおかしいかもしれない…

 

だって要するに前回までの話って、例えば、昼御飯を食べに行ったら恐竜と宇宙人が、多面並行宇宙の支配権を巡って戦争してました、ちゃんちゃん、ってことに近い。

 

いきなり文脈上予想出来ないことが現れて、それでも登場人物間の会話を破綻させることなくエンドマークまで持っていってる。

 

これはおかしいことだ。何故なら突拍子が無さすぎる。急速すぎる話題の転換に、人間はついていけないってのは、さっき先輩が言ったばかりで、それなら、それによって登場人物と読者は混乱の渦に巻き込まれるはず。

 

でも、前回までの話でそんなことは起きてない。

言ってみれば、いきなり恐竜と宇宙人の戦争が起きても、アタシ達はそれを平然と受容できたし、読者の方々にもそこまで違和感は与えていない(と良いなぁ by作者)。

それどころか、前回までの話はれっきとしたギャグというジャンルの話として成立しているのだ。

 

それって…

 

「…気づいたみたいやな?」

 

そこまで考えた瞬間に声をかけられ、慌ててアタシは先輩の方を向く。

すると、先輩もベンチから立ち上がってその場に仁王立ちしていて…

 

「…そう、つまり前回までの物語の中には、不自然を自然へと変える機能を持った存在がおったということ。そして、ギャグという分野においてそれを司るのはツッコミ。

つまり…」

 

そこでビシッと先輩がアタシを指差して言ったのは…

 

 

 

 

「つまり!あんたのこの小説における最大の役割は、ツッコミ役なんやー!!」

 

 

 

 

そう言われて

 

「な、なんだってー!!」

 

と雷に打たれたような衝撃に襲われるアタシに、さらに先輩は追い討ちをかける

 

「そもそもツッコミってのはな?漫才における均衡を司る役目や。

 

さっき言った通り、人間っちゅうもんは突発的な話題に弱い。

せやから、いきなりそれを出されると混乱する。自分の常識との解離に混乱が生じて、訳が分からんくなるんや。だから、もしこのままだと何も起きん。変な話をされた、それだけで終わってまう」

 

せやけどな、そう言って先輩口の端を吊り上げる

 

「もし、そこにそんな自分の常識を肯定してくれて、世界こそが間違ってくれると言ってくれる存在がおったら…どうや?」

 

「そ、それは…」

 

「せや、カオスはコスモスに収束する。非常識をそのまま非常識として、うちらは受け入れられるようになる。

 

そして、それが出来た瞬間に、うちらは悟るんや。やはりうちらではなく世界の方こそが間違ってると。

 

そして、その食い違いの狭間に笑いが生まれる。明らかに自分の方があっているのに、それでも間違った変なことを言っとるやつがいる。その認識の誤差から生じる滑稽さの間にこそ、真の笑いが生まれるんやぁぁっっ!!」

 

そう、「我が人生に一片の悔いなし!」とでも言い出しそうなポーズで力説し終えた先輩は、

また再びアタシに向き合う。

そして…

 

「…これがツッコミや。

そして、漫才やのうてギャグでも、基本的にこの構造は変わらん。

 

…そこでや、マーベラス。

最初の前提に戻るで?

 

…前回まで、あんたは何をしてた?」

 

そう言われてアタシの脳裏に甦るのは…

 

 

 

 

(「ごめんマヤちん!でもあれは無理ー!!」)

 

(「いや、なんでいるのテイオー!!」)

 

(「いやぁぁぁぁああああっっ!?」

)

 

 

 

 

 

前回までの、三人からの逃走劇であり、そして…

 

 

 

 

 

 

 

(…あぁ)

 

 

 

 

 

 

 

それに気付いた瞬間に、アタシは自然と力が抜けて、地面に膝立ちになる。

 

そして…

 

(…つまり、つまりアタシの役目は…)

 

今まで閉じていた目を開いたような、底知れぬ解放感と共に、頬を滝のような涙がこぼれ落ちる。

 

…そう、それは非現実からの逃避。

アタシとしては、単に無茶苦茶なものから逃げてただけなんだけど、それらは間違いなく、突発的に出現した非現実へのカウンター行為、つまりツッコミとして機能していて...

 

それを肯定するように目の前の先輩は頷く。

 

「せや、マーベラス。

あんたはツッコミキャラなんや。そしてさらに、それだけやない」

 

そして告げるのは…

 

「前回までの話でもそうやけど、あんたのツッコミは物語の最後でエンドマーク代わりに使われることも何回かあった。つまり…」

 

そう言って先輩は、地面に手をついて感嘆の涙を流し続けるアタシをそっと抱き締める

 

「...あんたはな、ツッコミ兼オチ担当。

ギャグにおいて絶対になくてはならない重要な役職なんや。せやからな…」

 

そうアタシの背中を愛おしそうに叩く先輩の姿はまさに…

 

「...誇りぃ、マーベラス。

あんたはただのモブキャラなんかやない。

ツッコミという重要な役割を持った、立派な登場人物やさかい…」

 

聖母マリア

 

キリスト教における、最大の母性の象徴ともされる、その存在そのものだったから…

 

 

 

 

 

 

 

「...うわぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アタシは涙を流し続ける。

声が枯れるまで、先輩の胸の中でまるで生まれたての赤子のように。

まるで自分はここにいる、それを世界に証明するように、声の限りに泣き続ける。

 

それは悲しみの涙だろうか?

いや、違う。それはむしろ歓喜の涙。

 

自分とは何か、人類が生まれて以来すべての人々が探し続けたそれを、ようやく見つけることができたから。

それは、苦難の旅の果てに答えを得た巡礼者の涙だったから…

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあん!!」

 

 

 

 

アタシは叫び続ける。

世界はこんなにも美しいと、輝いていると、命の限りにその溢れる涙を流しながら叫び続ける。

 

そして…

 

 

 

 

「…ええんやで、いくらでも泣きんさい…」

 

 

 

 

 

そんなアタシを先輩はただ、ひたすらにあやし続ける。

それはまさに愛。彼女はツッコミの伝道者として、後から来た後輩が真理に辿り着いたことを、心から祝福し続ける…

 

その姿はまさしく、子供への愛に満ちた母の姿であり…

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあん!!」

 

 

 

 

 

薄暗い街灯の下で、そんな先輩の暖かさに包まれながら、アタシは泣き続けるのだった…

 

 

 




ナ ア ニ コ レ ?

ちなみにこの話におけるツッコミ理論は、
作者が考えた似非理論なので、
あてにしないでください。

そして書いてて思ったのですが、
意外とタマちゃんのボケも悪くない。

基本オグリと一緒にいて、
彼女専属のツッコミ役という描かれ方をされることが多いタマちゃんですが、
オグリがいない状況だと、ネタ次第ではボケにも回れるものですね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頑張れ!マーベラス!!  作戦終了!

少し短いですが、これで今回の短編は終了です!

…本当は前話で終わりの予定だったんですが、
区切ったほうがすっきりしたので…



........................

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「…落ち着いたか?」

 

「…うん」

 

しばらく泣き続けたアタシは、また一緒に先輩とベンチに座っている。

 

今日は星が綺麗だ。

空を見上げれば、満天の星が輝いている。

そのどれもが美しくて、そしてどれもが尊かったから…

 

 

 

「…そろそろ帰ろう?先輩」

 

 

 

そう言ってアタシは立ち上がる。

それをじっと見ていた先輩は

 

「…もう、迷いはないか?」

 

そう静かにマーベラスを見つめてくるから…

 

「もちろんです!」

 

だからそう力強く先輩に返す。

なぜなら…

 

「もう、アタシは自分の道を見つけましたから!!」

 

そう言ってアタシは先輩に微笑む。

 

あぁ、そうだ。

自分は役割のないモブキャラだと思っていた。

でも、決してそんなことはなかった。

 

それなら…

 

「アタシはこれからツッコミとして生きていきます。

だから…」

 

そう言いつつアタシは先輩を見ると…

 

「これからは、アタシの師匠になってくれませんか!

タマモクロス先輩!!」

 

そう頭を下げるが…

 

「どあほぅ!うちにそんなことはせんでええわ!!」

 

そう言われて無理矢理頭を上げさせられる。

そして、先輩が言ったのは…

 

「そんなことせんといても、うちらはもう同士、やろ?」

 

そんなアタシを認める言葉だったから…

 

 

 

 

「…マーベラス☆」

 

 

 

 

アタシもまた、先輩に微笑みかける。そんなアタシを見て、ふっと笑った先輩は

 

「そしたら、寮まで競争や!よーいどん!!」

 

そうやって先に駆け出していく。

それはまさに白い稲妻

あっという間に姿が見えなくなる先輩を…

 

「あっ!待ってよ先輩!!

マーベラス☆」

 

そう言ってアタシも追いかける。

 

 

 

 

見上げれば満天の星空。

そんな宝石箱をひっくり返したような、輝く夜の中を、アタシと先輩は駆ける。

 

あぁ、そうだ。

アタシ達一人一人はとてもちっぽけな存在だ。

弱くて、脆くて、少しの衝撃でいとも簡単に砕けてしまう、どこにでも転がっているガラス玉。

 

だけど、そんなありふれたガラス玉にだって仲間はいるし、その輝きを綺麗だと言ってくれる人も必ずいる。決してそれは、無意味でも無価値でもないのだ。

 

それなら…

 

「ほらほら!はようこんと、おいてってまうぞ!」

 

「マーベラス☆」

 

アタシ達は駆ける。

力の限り。

いずれ過ぎ去ってしまう瞬間だとしても、今を精一杯に駆け抜ける。

 

…そうだ、それならばアタシ達は駆けぬけよう。どこまでも、そしていつまでも、力の限り駆け続けよう。

 

いつかきっと、その意味が分かる時まで、そして…

 

「いっくでー!!」

 

「マーベラス☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…振り返ったその時に、

その轍を心から慈しむことができるように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ちなみにこの後、門限破りで二人まとめてフジ先輩に絞められた。

 

 

 

「ところで、結局存在感はアップしたの?マベちん?」

 

「…あ」

 

 

マーベラスの存在感アップ作戦

 

失敗?

 

 




はい、これで今回の短編は終了です。

それにしても、
調べるとウマ娘の寮って比較的栗東寮が多い気がしますね。

今回オチを決めてなくて、
何となくウマ娘の寮を調べてみると、
都合よくタマちゃんが栗東寮で助かりました。

タマちゃんや
あぁ、タマちゃんや
タマちゃんや

本当にいつ実装するんですかね…(白目)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

劇場版『片翼の撃墜王 外伝』 偽予告

それは、あったかもしれない物語




(炎の中から一人のウマ娘が歩いてくる)

 

 

 

カツーン…カツーン…カツーン…

 

 

 

「…それじゃあ改めて自己紹介と行こうか?」

 

(ひび割れたコンクリートをしかと踏みしめる靴のアップ)

 

 

 

カツーン…カツーン…カツーン…

 

 

 

「…アタシの名前はゴールドシップ」

 

(炎が画面を通りすぎた後、側面からの真っ赤な勝負服のアップ)

 

 

 

カツーン…カツーン…カツーン…

 

 

 

「…かつて栄華を誇った、誇り高き名門、その最期の血を受け継ぐ者にして、滅び行く玉座の終焉を見届ける者」

 

(装着されたヘッドギアがアップで映り、炎に照らされて光沢を放つ)

 

 

 

カツーン…カツーン…カツーン…

 

 

 

「…そして」

 

 

 

カッ

 

 

 

(足音が止まると共に、不適な笑みのゴールドシップの顔のアップ)

 

 

 

 

 

 

 

「…絶望の未来を!変える者だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

…これは、片翼の撃墜王の戦いの裏で行われていた…

 

 

 

 

(すやすやと眠る赤子を幸せそうに抱く妙齢のウマ娘と、それに話しかける年老いたウマ娘)

 

「…もう、名前は決めたのですか?」

 

「えぇ!この子の、私達の子供の名前は――…」

 

 

 

 

…もう一つの戦い

 

 

 

 

(教会の中に並ぶ、二つの棺の一つにすがり付いて泣き叫ぶ、幼いウマ娘)

 

「お父様ぁぁっっ!お母様ぁぁぁっっ!!

いやぁぁぁぁあああっっっ!!」

 

 

 

 

誰にも語られることのない…

 

 

 

 

(降りしきる雨の中、曇り空を見上げるボロボロのローブを纏った二人のウマ娘)

 

「いつまで続くんだろうな…

こんな時代…」

 

「ゴルシ…」

 

 

 

 

もう一つの黎明の物語

 

 

 

 

(炎の中で、ボロボロになりながらも謎の怪物の群れに立ち向かうウマ娘と、それを見て悲痛な叫びをあげるウマ娘)

 

「行けっ!ゴールドシップ!!

後は任せた!!」

 

「嫌だ!ジャスタウェイッ!!」

 

 

 

 

 

ゴォォォォオオオォォォォッッッ…

 

 

 

 

 

(炎に包まれた研究所の中で、横たわる白衣の人物を抱き抱え、座り込むゴールドシップ。両者共に目元は見えない)

 

「………わかったよ、おばちゃん」

 

(ゆっくりと腕の中のその人物を床に寝かせ、ゴールドシップが立ち上がる)

 

「…アタシが、必ず過去を変える」

 

(炎に包まれる研究所の外で、謎の化け物と命懸けで戦う、人間やウマ娘達の姿が映る)

 

「未来を救って見せる。

だから…」

 

(炎に包まれる研究室の中心で、

優しい緑色の光を放つ、白い機械が下から上へのカメラワークでゆっくりと映し出される)

 

「…また、100年後」

 

(横たわる白衣の人物背中を向け、歩きだしたゴールドシップが、立ち止まる)

 

「…ヒマなら宇宙で会おうぜ!」

 

(美しい芦毛を翻し、涙を流しながらも笑うゴールドシップの振り返る顔が、アップで映る)

 

 

 

~♪『Winning the soul』のサビが流れ始める

 

 

 

(どこかの走行中の電車の屋根の上で、白衣の女性と向き合うゴールドシップ)

 

「ついに見つけたぜ!安心沢!!」

 

 

 

(笑顔でこちらに手を差しのべるジャスタウェイ)

 

「まぁ、これからよろしく!」

 

 

 

(太陽を見上げるアングルのこちら側を、上から覗き込むオグリキャップ)

 

「…お腹が空いたのか?」

 

 

 

(こちらに背を向ける、オレンジ色の髪をたなびかせる、白衣の年老いたウマ娘)

 

「…テセウスシッププログラム、人類最期の希望だよ」

 

 

 

(紫色のオーラをまとった赤い目のウマ娘達の中央で、ニヤリと笑う安心沢)

 

「わ~お☆あんし~ん☆」

 

 

 

(降りしきる雨の中、こちらに背を向け窓からその様子を眺める、年老いた芦毛のウマ娘)

 

「「決別のクリスマス」…か…」

 

 

 

(星空を見上げ、にっこりと微笑むナイスネイチャ)

 

「…それでも、アタシは走り続けるよ」

 

 

 

(周囲でウマ娘達が傷つき、呻いている中、それでもたった一人で謎の怪物に立ち向かうゴールドシップに、メジロマックイーンが絶叫する)

 

「ゴールドシップゥゥゥッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(大雨の中、数多のウマ娘や人間達が倒れている中心で、両手を地につけ泣き叫ぶゴールドシップ)

 

「ごめん、婆ちゃん!

ごめん、おばちゃん!!」

 

(悔し涙を流すゴールドシップの横顔のアップ)

 

「…やっぱり、アタシじゃ…!

アタシなんかじゃ…!!」

 

(真っ暗な画面を横断するように、誰かが右手を差し出す画像が映る)

 

「…ううん、ゴールドシップちゃんは、そんな人じゃないよ」

 

(はっとして顔をあげるゴールドシップが写った後、誰かの口許が映る)

 

「それにね?」

 

(真っ暗な画面に、先ほど伸ばされた手が、別の手を握っている画像が映る)

 

「キミは一人じゃないんだよ!」

 

(満面の笑みを浮かべるマヤノトップガンの顔のアップの後に、真っ白い背景の中央で、その場に座り込みながらも自分の手を握るマヤノトップガンを呆気にとられた表情で見上げるゴールドシップと、そんなゴールドシップの手を笑顔で握るマヤノトップガンの二人の姿が横からのカメラアングルで映る)

 

 

 

 

 

「うおおおおぉぉぉおおおっっ!!」

 

(左斜め下から、ボロボロのゴールドシップが白いオーラを宿した拳で走る様子が写し出され、徐々にカメラの角度が上向きに時計回りで変化していく。

そして、カメラがゴールドシップの正面に向いた瞬間に、ゴールドシップが思いっきり振りかぶり、こちら側に渾身の一撃を叩き込む。そしてインパクトの瞬間に画面がセピア色になり、今までの映像が早回しで巻き戻される)

 

 

 

 

 

果たして、ゴールドシップは未来を変えられるのか?

 

彼女は、大切な人達との約束を守ることができるのか?

 

 

 

 

 

(冒頭のシーンまで巻き戻った瞬間に、画面の中央から光が放たれ、一瞬画面がホワイトアウトする)

 

 

 

 

 

       劇場版 片翼の撃墜王

 

           外伝

 

 

 

 

 

 

 

     不沈艦抜錨~もう一つの黎明~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザーン…ザザーン…

 

(水平線の向こうから朝日が昇る港のふちで、こちらに背中を向けるボロボロのゴールドシップに、メジロマックイーンが話しかける)

 

「…さようなら、だなんて絶対に言ってあげませんわ。

だからこそ…」

 

(泣きそうな顔で、それでも微笑むメジロマックイーンが、正面からのアングルで映る)

 

「…いってらっしゃい!ゴールドシップ!!」

 

(その言葉を受け、光になって消滅しながらも、それでも振り返りながら不適な笑みを浮かべるゴールドシップの顔のアップ)

 

「…あぁ!行ってくる!!」

 

 

 

 

 

 

 

       2121年5月6日午後4時

 

        ロードショー

 

 

 

 




同時上映!「ミホノブルボンの夏休み!~ふしぎなもりのあおいばら~」

さらに!前売り券を買うと、今なら「光る!ゴルシちゃん人形」がついてくる!!

みんなも劇場へゴルシちゃんを見に行こう!!








…以前、作中でほとんど出番が無いにも関わらず、
ゴルシだけは本編の後日談の設定があると言いましたよね?

この設定自体は後付けなのですが、
なぜかそれで本編のご都合主義な部分のいくつかを説明できるのと、
まいた覚えがない、無駄に張り巡らされた伏線があるせいで、
実はゴルシの裏設定ってものすごい量があるんですよね。

…下手すると、本編より長い独立した長編をいくつも書けるレベルで。

ですから、本来はこのゴルシの話の一部をのせるつもりで、実際エピローグまで書いて完結させたのですが、
残念ながら世界観が過酷すぎて泣く泣くお蔵入りに。

それでも、諦めきれなかったので偽予告という形を取ることで、
読者の皆様に内容を想像していただくという形に切り替えました。

なお、これが正史であるかは作者にも分かりません。
なにせこの作品でのゴルシの立ち位置を想像した瞬間に、
突然降ってきたものなので。

やっぱヤベぇわ、あのゴルゴル星人…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王宮の黎明 プロローグ

お久しぶりです!作者です!!

…まさか書き終えるのに一か月近く掛るとは思いませんでしたが、
それでもようやく書き終わったので、
短編集3作目(ゴルシ編はお蔵入りなので例外)スタートです!!




※なお、今回の短編は本編の方でいただいた、
とある感想から着想を得て書いた本編後のIFストーリーです。

その感想の方でも書いた通り、
エピローグに登場したあるウマ娘の孫に関しては、
特に何の設定もないので、
もしかしたらこんな未来があるのかもしれない、
という程度でお読みください。




ゲートが開くと共に、わたしは駆け出す。

 

しかと大地を踏みしめ、韋駄天のごとく疾走する。

 

それはまさに流星。

他のウマ娘達をはるか後ろに残して、わたしはレース場を吹き抜ける、一陣の風と化す。

 

(…あぁ)

 

頬を撫でる風がなんと気持ちが良いことだろう。

自分の前に誰もいない景色の、なんと広いことだろう。

 

わたしの前に道はなく、わたしの走った轍こそが、道となる。

 

それは、一種の全能感

 

誰も私に追い付けない

誰も私についてこれない

世界は今、わたしの手の中にある!

 

だからこそ…

 

(…え?)

 

急にわたしのスピードが、がくっと落ちる。

 

そして、必然そうなれば後ろにいたはずのウマ娘達は、わたしを追い抜かしていくわけで…

 

(…ま、待って!)

 

わたしは必死に手を伸ばす。

だけど、届かない。

他のウマ娘達はどんどんわたしを追い抜かしていく。

今までわたしのものだったレース場の歓声が、もう別のウマ娘達のものになる。

 

…あぁ、そうだ。

だからこそ、わたしは怖い。

 

せっかく手に入れた一番。

それを失うのが怖い。

 

「…お願い」

 

頑張って頑張って、

それでもみんなの期待に応えられなくて…

そんな中でようやく掴んだチャンスを、やっと勝ち取った栄光へのチケットを…

 

「…おいてかないで!!」

 

ふいにしてしまうのが、

怖くて、悲しくて、情けなくて…

 

伸ばした手は…

 

 

 

 

 

「………はっ!!」

 

 

 

 

 

…特に何も掴まなかったことをこの目で確認できたのは、一重に朝だったからだ。

 

 

 

 

 

.........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

 

トレセン学園

 

数多くの名だたるウマ娘達を排出してきた実績を持つこの学園は、レースを志す日本のウマ娘達にとって、まさに日本一の名門校である。

そして、それ故にその中での生徒達の競争率は非常に高く、だからこそ今日も生徒達は互いに鎬を削りあう。

すべては自分の夢を叶えるため、憧れの舞台に立つため、今日も彼女達の研鑽は絶え間なく続く。

 

そして、そんなトレセン学園の生徒の一人たるわたしが、今何をしているかというと…

 

「…うぅ、迷った」

 

…絶賛迷子だった。

 

何処とも知らない路地裏で、絶望感に浸りながら、orzのポーズを取るわたしの周囲は、本当にまったく見たことも聞いたこともないような場所で、いかに自分がなりふり構わず、無茶苦茶なルートを辿ってきてしまったのかが良く分かる。

 

そして

 

「…スマホもダメか…」

 

こんな時に限ってスマホも充電切れ。うっかり昨日充電し損ねたのを後悔しても、もう遅い。

だからこそ、わたしは項垂れる。

 

空は気持ち良いほどに青々と澄み渡っており、ぽかぽかとした陽気があたりを包んでいる。周囲も静かで、のんびりとした空気が漂っている。

 

そこだけ切り取れば、「穏やかな休日」とでも題名を付けて、額縁に飾れそうなほどに、暖かな光景だが…悲しいかな、帰り道がまったくわからない今のわたしにとっては、その穏やかさこそが恨めしい。

 

だからこそ

 

「にゃ~ん…」

 

大地に手をつき、これ以上ないほどに悲しみと絶望をアピールするわたしの頭上からするその声は、びっくりするほど優しく聞こえたから…

 

「…そんな声を出すくらいなら、素直にモフられてよ…ばかぁ…」

 

と呻きながらも、さりげなく伸ばしたわたしの手を、さっとかわす目の前の猫を、わたしはちょっと涙目で睨む。

 

…そう、そんな端的に言って、詰みの状況の私が陥ったのには、深い深い、それこそマリアナ海溝よりも深い、聞くも涙、語るも涙な驚天動地の理由があるのだが...

 

「にゃ~ん…」

 

詰まるところそれは、この猫、出会ってから一度もわたしにモフらさせてくれない癖に、何度もわたしを誘惑するこの思わせ振りな猫にある。

 

…あぁ、そうだ。

わたしはこの猫と初めて出会った時から今に至るまで、数々の激戦を繰り広げてきた。

 

ある時はトレセンの敷地内で、またある時は近くの商店街で、わたしはおばぁちゃんの代から続く生粋の猫好き一族として、あまたの猫を墜としてきた(らしい)一子相伝の技術のすべてを遺憾なく発揮し、この猫をモフらんとしてきた。

 

しかし、この猫もただものではない。

 

わたしの、世界そのものと同一化することにより、存在するだけでその猫に触れることが出来る奥義も。

猫をモフることができるという可能性未来を先んじて確定させることにより、猫をモフるという結果ありきですべての因果を望む未来へと収束させる秘技も。

すべてこの猫には破られた。

 

そう、わたしが猫モフりのスペシャリスト(自称)であるとするならば、この猫はまさにその反対の道を行く猫。

あまたの猫モフりの達人たちの手をすり抜け、いまだその身体に誰の手も許さぬ孤高の野良猫。

 

だからこそ、レース前日に気晴らしで街を歩いていた時に、偶然その因縁のライバルの姿を見つけたわたしは、今日こそは決着を付けてやる、と路地裏に飛び込み…

 

「…にゃあ~」

 

…その生涯のライバルの、どこか同情するような鳴き声を聴きながら、今こんな状態となっているのだ。

 

でも…

 

「…ふっふっふっ!!」

 

それでも、そんな控えめに言って、本気でお巡りさんに泣きつかなきゃいけないレベルの状態でも、わたしの辞書に不可能の文字はない!

なぜなら!!

 

「よ~し!こっちだ!!」

 

そう言ってすくっと立ち上がったわたしは、適当な方向に向き直って歩き出す。そんなわたしに、「ねぇねぇ、本当に大丈夫?」とでも言いたげな目で件の猫ちゃんが問いかけてくるけど…

 

「大丈夫大丈夫!わたしの勘が、こっちに進めって言ってるから!!」

 

軽く笑って、わたしはズンズン歩いていく。

 

そう、わたしは昔から恐ろしく勘が鋭い。

具体的に言うなら、毎回の学校のテストは、記号問題だけで赤点による補習を免れている位には、わたしの勘は良く当たる。

 

だからこそ、わたしは自分の勘には絶対の自信を持っている。

なんかよく分かんないけど、こっちに行った方が良い…むしろ、行かなければならないという、謎の直感に導かれ、路地裏をズンズン歩いていく。

 

…そして、わたしは出会う

 

路地裏を抜けた先、

どこかの駅の前の道に飛び出したわたしは…

 

「…きゃっ!!」

 

「わっ!!」

 

その勢いで、目の前にいたウマ娘をうっかり突き飛ばしてしまう。

 

カランカラン…

 

怪我でもしていたのか、そのウマ娘は体勢を崩してその場に倒れこみ、彼女の持っていた松葉杖が道に転がる

 

「ごごご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 

慌てて駆け寄るわたしの目に写ったのは

 

「…いてて」

 

明るいオレンジの髪をなびかせるウマ娘で

 

「…もう!誰だか知らないけど、気を付けてよね!!」

 

そう言って頬をぷくっと膨らませるそのウマ娘を…

 

「………え?」

 

わたしは知っている気がしたから…

 

思わず足を止め、まじまじとそのウマ娘を眺める

 

まず印象に残るのは、鮮やかなオレンジの髪の毛。太陽のような暖かさを宿した、美しい長髪。

 

そして、幼い容姿。

こちらを不機嫌そうに睨むその顔の造形は、幼い女の子そのものであり、また地面に座り込んでいるからというのもあるが、本人の体が小さいのも相まって、ちっとも怖くない。

 

そして、右耳に付けられた黒いリボン。シンプルなそれは、それでも先の二つの特徴を踏まえた上なら、別の意味を持ってくる。

 

…あぁ、そうだ。

わたしがこの人を見間違えるなんてあり得ない。

 

今はあの有名な勝負服ではなく私服みたいだけど、その程度でわたしが惑わされることなんて、絶対にない。

 

なぜならこの人は、このウマ娘は、わたしが幼い頃に憧れた人だから…

 

「…」

 

何度も、何度も、写真で、映像でその姿を見た、わたしにとっての英雄そのものだったから…

 

「…?どうしたの?」

 

俯き、何も言わなくなったわたしに、目の前のウマ娘は怪訝な顔を浮かべる。しかし…

 

「……」

 

「…え?え?ホントにどうしたの?」

 

それでも答えず、ふるふると震えだしたわたしの姿に、やがて心配そうな顔をし始める

 

「も、もしかしてキミ、どこか変なところ打っちゃったの?

…ね、ねぇ、ホントに、ホントに大丈夫なの?」

 

そしてついには、突き飛ばされたことも忘れて、本気でわたしの心配をし始める。

 

だけど

 

「………な」

 

「…な?」

 

だからこそわたしは

 

「なんでぇぇぇぇえええっっ!?」

 

そう叫ばざるを得ない。

なぜなら…

 

(え?え?え?

なんでわたしの前にこの人がいるの!?

この人って確か…)

 

おばぁちゃんのお友達で

昔ものすごく人気があったウマ娘で、

だけど若くして亡くなったって…

 

そこまで考えたところで、

わたしは悟る。

…いや

 

(…ま、まさか…)

 

その想像を、直感が肯定する。

その事実が、どうしようもなくわか・・ってしまう。

 

それはつまり…

 

「タイムスリップしてるぅぅっっ!?」

 

その可能性に思い当たり、再び絶叫するわたしの周囲の人々はざわめき、件のウマ娘はポカーンとした顔でこちらを見つめている。

 

そしてそんな中でも相変わらず

 

「にゃ~ん…」

 

我が生涯のライバルは、

マイペースに、のんびりとあくびをしている。

 

それはまさに茶番劇。

神のいたずらとしか思えない巡り合わせで…

 

…そう、この日わたしは出会ったのだ。

 

かつて、自身の命が尽きるまで走り続けた、とあるウマ娘に

 

みんなを笑顔にする、そのためだけに走り続けた、誇り高きウマ娘に

 

相棒を失い、それでもなお走り続けた、あの片翼の撃墜王に、なぜかわたしは出会ってしまったのだった…

 

 




<???>

本作ではあるウマ娘の孫であり、史実の祖父との血縁関係はない。
いつも明るく前向きな子で、学校の成績は悪いが、それでも常に笑顔を絶やさないマイペースな子。

その気質故に、多くの人達に慕われているが、
だからと言って別に能天気でも鈍感でもなく、むしろ本当は感受性が強いために、人一倍落ち込みやすいところがある。
そして、自分の悩みを一人で抱え込みやすいところがあるが、
それでも祖母譲りのど根性で頑張るまっすぐな子。

ちなみに猫が大好きで、猫をモフることが生き甲斐。
その為、道で猫を見ると積極的にモフりにいくのだが、
方向音痴なために、それでよく迷子になる。

ビジュアルイメージ的にはサ〇ポケの紬みたいな感じ
(多分全体的なイメージとしてはア〇永遠の一夏の方が近いが、
顔のイメージは紬が一番近い)



…正直なところこの話を書く際に、
この作品内では血縁関係ないけど大丈夫かな?
と少し心配でしたが、よくよく考えると、
アニメのトウカイテイオーとシンボリルドルフも恐らく血縁関係はないですし、
BNWの誓いでもダイワスカーレットにアグネスタキオンが「君とはなんだか他人の気がしない」と初対面で言ってたのでセーフです。
ノットギルティ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王宮の黎明 撃墜王との道中



ちなみに???と猫のやり取り



・自身を梵我一如と化すことにより、
世界の構成要素である限り、
相手は発動者の攻撃モフりを避けることが出来なくなる奥義

→固有〇界っぽいものを発動。
自身を世界と隔離することにより回避


・猫を攻撃するモフるという結果を先に確定させることにより、
逆説的にすべての因果をその結末に収束させる秘技

→結末が定まっているなら、
そこに至るまでの過程を極限まで伸ばせばよいと、
自身のいる空間座標と時間座標までの到達距離、到達時間を大幅に拡張。
100万光年の距離を一億年の時間をかけて踏破することができれば自身をモフることができ、逆にそれ以外の方法でモフることは不可能とし、
相手の結末の確定を逆手にとって回避



う~ん、この親にしてこの子ありというか…(白目)



…というか猫強すぎません?
どっかのイアイアしてる神話体系から迷い込んでません?




 

 

…幼い頃、わたしが憧れた英雄譚。

 

大事な半身を失っても、それでもなお誇り高く歩き続けた、そんな片翼の撃墜王の物語

 

何度も何度も、今思えば自分でも不思議な位に、大好きなおばぁちゃんにせがんで話してもらったその物語の主人公は、あの頃のわたしにとってはヒーローそのもので

 

「わたしも!いつかゲキツイオーさんみたいな、スゴいウマムスメになるんだ!!」

 

そう無邪気にはしゃぐわたしが、

トレセン学園を目指すようになったのは、考えてみれば当たり前のこと

 

わたしもあの人のようになりたい、

自分の周りの人みんなをキラキラさせられるような、そんな強くてカッコいいウマ娘になりたい、って

 

そんな思いを抱いてトレセン学園の門を叩くのは、とても順当なことで

 

だからこそ…

 

 

 

ザァーーー…

 

 

 

降りしきる雨の中、

わたしは一人、ターフに座り込む

 

周りには誰もいない。

当然だ。

何故ならもう、今日ここで行われるイベントは、とっくに終わっている。それなら、わざわざこんなところにとどまる意味などない。

 

それに…

 

ザァーーー…

 

「…」

 

降りしきる雨が、体を濡らす。

冷たく、重い雨が、まるでわたしをなじるように吹き付ける。

 

午後から突如として振りだした豪雨は、

いまだ止まるところを知らない。

それこそ、傘を持っていなければ即座にずぶ濡れになるだろう。

 

そんな状況下で、好んで外に出る人間など基本はいない。

故にレースが終わると共に、選手も観客も、皆蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。

突然の雨から逃れるために、それから守ってくれる屋根の下で、一息つくために。

 

だからこそ、今ここにいるのはわたし一人で…

 

ザァーーー…

 

動かないわたしに、

そんなことなどお構いなしに、

横殴りの雨が叩きつけられる

 

それはまるで、

レースに負け、それでもいまだにここに残り続けるわたしの姿を、

嘲笑するようで…

 

(…寒い)

 

寒くて寒くて仕方がない。

泥だらけの体操服は、降り注ぐ雨を存分に吸い込み、重く、冷たくわたしにのし掛かる。

 

そして、そんなことを考えている間にも、雨はますます勢いを増し、わたしの体温を奪っていく。

 

その姿は、我ながら滑稽で、だからこそ悔しくて、悲しくて、情けなくて…

 

やまない雨の中、泥だらけの体操服で見上げる空は、決して晴れることのない陰鬱な曇り空だった…

 

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「いや~、でもありがとね?

ホントに助かったよ!」

 

松葉杖を動かし、わたしの前を歩くそのウマ娘の言葉にわたしは、

恐縮する

 

「い、いえいえ!

もとはと言えば、わたしがマヤノトップガンさんを突き飛ばしちゃったのが悪いんですし、このぐらいは…」

 

そう答えると、

前を歩くウマ娘…マヤノトップガンさんは、

一度立ち止まると、くるりとこちらをふり向く。

その顔は、なぜか膨れっ面で

 

「だ~か~ら!マヤのことは、マヤノで良いって言ってるでしょ!!」

 

なんて言ってくる

 

「で、でも…」

 

「それと敬語も!マヤはもう許したって言ったでしょ!?

それに…」

 

そう言いながら、松葉杖を突きながらわたしの方に戻ってきたマヤノトップガンさんは

 

「…例えキミのいた未来ではマヤの方がおばぁちゃんでも、今のマヤはキミと同じくらいでしょ?

それなら固いことは言いっこなしだよ!」

 

そんな風にしっかりとわたしの目を見ながら言ってくるものだから…

 

「…わかりまし…わかったよ、マヤノ

…これで良い?」

 

そう返すと、

 

「うんうん♪

せっかくお友達になったんだもん!やっぱりお互いに遠慮してちゃダメだからね♪」

 

途端に花が咲くような笑顔を浮かべると、マヤノトップガ…マヤノはまたくるりと振り返り、上機嫌に歩き出す。

 

それを見ながらわたしが考えるのは…

 

(…う~ん、明るくて人当たりの良い人だったとは聞いてたけど…)

 

見ず知らずの、しかもタイムトラベルしてきたとか叫び出す、怪しすぎるウマ娘に対してまで、ここまでフレンドリーな人だとは思わなかった。

 

だからこそ

 

(…なんか、本当に恐縮だな~…)

 

憧れの人に、敬語で話さなくても良い、愛称で呼べと言われたのは、とても嬉しい反面、少しだけ恐れ多い。

本当に自分なんかがそんなことをしても良いんだろうか、と少しだけ戸惑ってしまう。

 

でも、それも含めて

 

(…なんだか)

 

…夢みたいだな~

 

なんて考えていた、わたしの考えを読んだのだろうか?

 

「にゃん♪」

 

歩くのがめんどくさくなったのか、

わたしの頭の上で丸くなっていた件の猫も、それに同意するかのように可愛らしい鳴き声をあげる。

 

そんな、自分からのスキンシップは結構してくるくせに、絶対にモフることだけはさせてくれない、意地悪な我がライバルの体重と暖かさを頭上に感じながら、わたしは歩く。

 

すると、しばらく歩いたところで小さなお寺が見えてきて

 

「あ!あそこだよ!!」

 

なんて、前を歩くマヤノが言うから、改めてわたしは預かったリュックと花束を持ち直す。

 

(…まぁ、例えウマ娘でなくとも、このくらいなら別になんともないんだけど…)

 

それでも、人から預かったものだからと、念のためもう一度花束を持ち直す。

 

すると、その時僅かに散った花びらが、だだっ広い田園風景の彼方に消えていく。大きな建物が周囲にないせいか、空もまた遠くどこまでも広がっているこの場所において、もうそれらを再び見つけることは不可能だろう。

 

それを見ながら思うのは…

 

(…でもマヤノは一体こんな田舎に、何の用があるのかな?)

 

という純粋な疑問だ

 

…そう、わたしは今マヤノのお出かけ先に同行している状態だ。

あの後、混乱するわたしをなだめ、事情を聞いたマヤノは、

取り敢えず自分に付いてこないかと提案してくれた。

 

…まぁ、自分が生まれてすらない時代に、誰か他に頼れる人なんているはずもない。だから、ほとんど選択肢自体がなかったんだけど、おばぁちゃんの言葉が本当なら、この人はおばちゃんの友達だ。

 

それならきっと、この人は悪い人じゃないはずだし、一緒にいれば最悪、この時代で確実に信頼できるだろうおばぁちゃんその人に会うこともできるだろう。

 

それに、何だかんだ言ってもこの人はわたしにとっては憧れの人。

そんな人に、一緒に来ないかと言われて、嬉しくないはずがなく…

 

「…?どうしたの?」

 

少しの間呆けていたわたしを、

マヤノが不思議そうな顔をして見つめてくる。だから

 

「…ううん、何でもない」

 

そう首を振る。

 

…と

 

「…ん?

おぉ、マヤノトップガン殿!お久しぶりですな!!」

 

お寺の中から誰かが出てきて、

マヤノに声をかける

 

それは、袈裟を着た60代くらいのお坊さんで

 

「あ!和尚さん!!

お久しぶりです!!」

 

声をかけられたマヤノも、

その言葉に反応し、

二人は話し始める

 

「いや、それにしてもこの間のレースもまた見事でしたな!流石は撃墜王殿です!!」

 

「いえいえ!それほどでもないですよ!!

それに結局、あの時のレースで無理しちゃったせいで、このざまですし…」

 

「まぁまぁ、それでも素晴らしいレースだったのは確かですよ!

胸を張りなされ、マヤノトップガン殿!!」

 

そのやり取りを聞いていると、

この二人はそれなりに親交があることは分かるのだけど…

 

(…本当一体どういう繋がりなんだろう?)

 

とわたしは内心首を捻る

 

…そう、実はわたし、マヤノが正確には何のために今出歩いているのか、それについてまだ具体的なことを何も知らなかったりする。

 

ただ一言、「大切な人に会いに行く」としか、わたしはマヤノから聞いていないのだ。

 

だからこそ、わたしは首をかしげる。

 

…マヤノ本人が言っていた以上、恐らくここが今回の目的地であることは間違いない。そして、仲良くお喋りしているあたり、このお坊さんもまた、その関係者なのは間違いないだろう。

 

だが、それでも今ここに至ってもなお、わたしは彼女の言う大切な人の正体が掴めない。

 

そもそも…

 

(基本的には、都会で暮らしているだろうマヤノが…)

 

怪我をしている状態でも、わざわざこんなところに訪れるほどに、仲が良い人なんて、果たしていただろうか?

 

かつて読んだマヤノの伝記を思い出しながら、首を捻っていた時だった。

 

「…おや?そう言えばそちらの方は?」

 

今までマヤノと話し込んでいたお坊さんが、ようやくわたしの存在に気付いたみたいで、不思議そうな顔でこちらを見る。だから

 

「…あ!そうだった!!

紹介します、和尚さん!この子はマヤの新しい友達の――…」

 

そう言ってマヤノがわたしを紹介し、慌ててわたしも頭を下げる。

 

「は、はじめまして!」

 

「おやおや、これはご丁寧に。

こちらこそはじめまして」

 

そして、そんなわたしにニコニコと、優しそうな笑みを浮かべるお坊さんは、しかし

 

「…それにしても、あなたがまさか誰かをここに連れてくるとは、驚きましたよ」

 

と不思議なことを言い

 

「あはは…まぁ、正直マヤも、本来なら誰かをここに連れてくるつもりはまったくなかったんですけどね」

 

と苦笑しながらマヤノもお坊さんに返す

 

ただ…

 

「…だから、今回に関してはもう本当に成り行きですね。

色々あって、この子を連れていかざるを得なかった、と言うのが理由の8割位です。

…まぁ、そのお陰で随分楽をさせてもらったので、その点は感謝してますけどね。

それに…」

 

そうやって困ったように笑うこの時の彼女は

 

「…どうしてでしょう?何故かこの子は、マヤにとって他人のようには思えなくて…」

 

なぜかその幼い容姿に反して、人生の酸いも甘いも噛み分けた、そんな成熟した大人のような雰囲気がしたから…

 

「…ふむ」

 

それを聞いたお坊さんは、そう呟いくと、

 

「…まぁ、あなたがそう言うのなら良いのです。

どのみちこの件に関して、わたしがとやかく言う道理はありませんしね」

 

そう言って頷く

 

「…であれば、マヤノ殿にその友人殿。

どうぞお入りください。

彼が待っていますよ」

 

そうして脇にそれて、道を開けてくれたお坊さんに

 

「…ありがとうございます。和尚さん」

 

そう静かに微笑みながら、松葉杖をついて先に進むマヤノの後を、わたしは慌てて追う

 

…そうして

 

「…それじゃあ紹介するね」

 

進むマヤノの後についていった先にあったのは…

 

「ここが、今日のマヤの目的地。

そして…」

 

そこで一旦マヤノは言葉を切ると、

彼女は振り返る

 

「…この人がマヤの、世界で一番大切な人…」

 

そして、マヤノは呆然とするわたしに静かに微笑む

 

「…マヤの、元トレーナーちゃんだよ」

 

…何も言わない墓石は、

それでもなお、

静かにそこに立ち尽くしているのだった。

 

 

 





本編の頃から思ってたことですが、
マヤちゃんみたいなキャラクターが敬語使ってると、
違和感バリバリ…

でもまぁ、URAファイナルズの時点で最低3年は経過してますし、
彼女達だって敬語使うべき場面はきっと普通に使ってますよね?



…でもやっぱり違和感ががが…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王宮の黎明 丘の上で



ウマ娘のキャラクターは全員好きですが、
それでも作者は基本マヤちゃん推しなので、
新しいウマ娘が出てもあまり積極的に引きに行くタイプではないです。

だから、その分石を貯めて、
アニバーサリーなどのイベントや、
いつか来るであろうマヤちゃんのSSRに備えているのですが…

メジロブライト…良いですよね…
デザインから性格から、作者の性癖にぶっ刺さりまくりです。



…(出たら貯金崩して引――…「作者ちゃん?」…――くわけないじゃないですかマヤちゃん!!作者はマヤちゃん一筋ですよ!!(冷や汗だらだら)








…とか言ってたら、マジでマヤちゃんのSSR来ましたね(なお、上の文章書いたのはちょうど3日くらい前)。
全く予想してなかったので、流石にびっくりしましたし、
おかげで前書きも再編集です(白目)

…え?それで結局引けたのかって?





???「当然正位置ぃぃぃぃぃっっっ!!」(60連)





…やはり祈禱力、祈禱力はすべてを解決する!!




 

 

ピーヒョロロロロロロロロ…

 

 

 

見上げた空を、鳶が飛んでいく。

 

都会で見かけることのない種類のその鳥は、田舎特有の広すぎるほどに広い空を、気持ち良さそうに飛んでいく。

 

…それを見て思うのは、この鳥はきっとこの空でしか生きられないのだろうということだ。

 

別にそれ自体は珍しいことじゃない。淡水魚が海では生きられないように、人間が空気のない宇宙では生きられないように、どんな生物にだって、生きられる限界の領域というものは存在する。

それを考えるなら、ろくなエサのない都会の狭い空で、この鳥が生き抜くことが出来ないだろう、という予想は別に奇異なものではないだろう。

 

それにきっと、この鳥にとってもその方が幸せであることなど、言うまでもない。どうしてわざわざ、好き好んで自分が暮らしにくいところで暮らさなければいけないのだろうか?そんな誰も幸せにならない選択をするくらいなら、最初から自分が

一番幸せになれる場所にいるという選択をする方が、ずっと賢い選択だ。

 

 

 

井の中の蛙大海を知らず。

 

 

 

世間の人々は、あまり外に出ない人に、どうしてもっと外に出ない、挑戦しなければ幸福にはなれないと、さも真理の如く言うが…この言葉には実は続きがある。

 

 

 

井の中の蛙大海を知らず。

 

…然れど、空の青さを知る。

 

 

 

成る程、確かに挑戦がなければその先の幸福には至れないというのは真理ではあるだろう。だが忘れてはいけないのは、幸福というものは単一のものではなく、個々人に見合った様々な形があるということである。

 

であるならば、挑戦こそが至高であるというのは、物事の一面しか見ていない言葉である。

いやむしろ、例えばライト兄弟に至るまでに人類が積み上げてきた、空中飛行の試みの屍の山の数を見るのなら、それすら疑わしい。

 

…忘れられがちだが、挑戦というもののには失敗がつきものだ。そして、その挑戦が無謀なものであればあるほど、それに失敗した時に自分に跳ね返ってくる代償は大きくなる。

地球は丸い、かつてそう言った人間が、何人その尊い命を処刑台の上で散らしていっただろうか?

 

そう考えるなら、今目の前を飛ぶ鳶は、ここで満足するべきなのだ。

 

このどこまでも広い空の下で、どこまでも果てなく、好きなだけ飛び、やがて番を作り、幸福の内にその生を閉じる。次代に自身の生きた証を託し、自身の生に満足して死んでいく…そんな普通で、平凡で、ありきたりで…それでも本人にとってはこれ以上ないほどに満ち足りた生を、一体誰が否定できるというのだろうか?

 

(…それでも)

 

わたしは天を舞う鳥に手を伸ばす

 

(……それでも、都会に住みたいと)

 

自分に合わない、けれどもここではない空を飛びたいと、仮にあの鳥がそう願ったのなら…

 

そこまで考えたときだった。

 

 

 

 

「…――もう!聞いてるの!?」

 

「!!」

 

唐突に隣から聞こえた声に、ビクッとしながら振り向くと…

 

「何だかんだ言っても、やっぱり色々手伝ってくれてありがとうって、お礼を言ってるのに!

無視するのは流石にひどいんじゃないかな!!」

 

そうぷりぷり怒るマヤノがこっちを睨んでいたから…

 

「ご、ごめんっ!わ、わざとじゃなくて!!」

 

そう言ってわたしは慌ててマヤノに謝罪する。

そして、「そんな意地悪するなら、マヤももう、なんにもしゃべってあ~げない!!」なんて言いながらつーんとそっぽを向くマヤノの機嫌を、なんとかわたしが宥めようとしているのを尻目に、我が生涯のライバルは、わたしの膝の上であくびをしている。

 

気がつけば、さっきの鳶はもうどこかに飛び去ったみたいで、空はただただ青く、そしてどこまでも広がっている。

そして、同じく地平線の彼方まで広がる田園地帯には、穏やかな風が吹き抜け、葉がスレ合いさわさわと音を立てている。そんなのんびりとした情景を一望できる小高い丘の上で、すねるマヤノにわたしは必死に謝罪をする。

 

…そう、ここはとあるお寺の裏手の墓地。あの後、お坊さんと出会って少し話した後、そこの一角にわたしを連れてきたマヤノは、そこに並ぶ墓石の一つを、自身のトレーナーが眠る場所だと紹介した。

そして、そのまま自身の怪我もかえりみず、墓石の掃除を始めようとしたものだから、慌ててわたしがマヤノを止め、花の交換やお線香を供えるような作業以外を、全部わたしが代わりにやったのだ。

 

まぁ、ここにつくまでもマヤノの荷物を預かっていたから、その延長線みたいなものだったし、流石に松葉杖をつかなきゃいけないような状態の人間が、それでも怪我を庇いながらも膝立ちになって、一生懸命墓石を拭いているのを棒立ちで黙って見ていられる程、わたしは薄情な人間ではないつもりだ。

 

だからこそ、これは自分の仕事だと言い張るマヤノに、それでも無理を言って、一部の立ち歩かなくても大丈夫な作業以外を全部わたしが代行し、それに対して少し複雑そうにしながらも、それでもマヤノはちゃんとわたしにお礼を言ってくれていたみたいなんだけど…

 

「ふーんだ!」

 

作業が終わり、マヤノのお墓参りも終わって、近くの草むらにハンカチをひいて昼御飯、というところでなんとなくぼーっとしてしまったわたしは、うっかりそんなマヤノのお礼を聞き流してしまい、今に至るというわけなのだ。

 

「にゃ~ん…」

 

そんなわたしとマヤノのちょっとした修羅場をものともせず、我が生涯のライバルは、わたしの膝の上で、のんびりと午睡にふける。その様は実にリラックスしたもので、マヤノの機嫌をとろうと必死になっている今のわたしからしたら、正直涙目な光景だ。

 

…こ、この子は!…人の気持ちも知らないで…!!

 

思わずそんなことを考えて、少しイラッとしてしまう。

 

…でも、この子がそんなにも穏やかに昼寝できるのも、考えてみれば当然の話だ。

 

どこまでも広がる空と、田園地帯を一望できるこの場所は、この辺で一番高い(と言っても、丘だからたかが知れているが)ところだからか、気持ちの良い風が吹き抜ける。

そして、昼下がりの暖かな陽気と、人口の音が一切しない静かな空間。

正直わたしも、こういう状況でなければ、ちょっと眠くなってしまう程だ。

 

だから…

 

「…それにしても、良い場所だね?ここ」

 

なんとか機嫌を直してくれたマヤノにそう言ってみると、マヤノも少し目を細めて彼方を眺めながら返してくれる

 

「…でしょ?もともとトレーナーちゃんがお墓の権利を持っていた場所なんだって」

 

そう言いつつ、マヤノは少しおかしそうに笑う

 

「まったく…

まだ20代だったのに、一体どうやってこんなところ良いところ見つけてきてたんだろうね?」

 

こんなところにまで、かっこつけなくても良いのにね?

 

なんて、どこか彼女が愛おしそうに言うから…

 

「…どんな人だったの?」

 

そうわたしが聞くと

 

「…バカな人だね♡」

 

そんなヒドイことを、それでも楽しそうに彼女は語り出す

 

「とってもカッコつけで、それでも絶望的にセンスがなくて、やることなすこと全部空回り。

おまけに実はできる人なのに、詰めが甘いせいで、いつもちょっとしたことで失敗する。

 

…本人的にはハードボイルドな良いオトコの人を目指してたみたいだけど、全然そんな風にはなりきれない、そんな残念な人だったよ」

 

でもね…

 

「…それでも、本当はとっても優しい人。

ウマ娘の、そしてマヤのことをいつも一番に考えてくれてる人」

 

そう続ける彼女の目は

 

「何度失敗しても、いつでも楽しそうにしてる、いつでも前を向いている…そんな人だったよ」

 

先の言葉とは正反対に、

とても優しいものだったから…

 

「…大切な人だったんだね?」

 

言葉の端々から溢れ出す、

マヤノの、自身のトレーナーへの暖かな親愛の情に、思わずそんなことを聞くと

 

「………うん、そうだよ」

 

マヤノはそう静かに言うと

 

「…マヤはね、トレーナーちゃんのことが大好きなの!」

 

そう言って立ち上がる

 

「だからね、約束したんだ!マヤは絶対に自分の夢を叶えるって!キラキラしたオトナのウマ娘になって、マヤを応援してくれるみんなもキラキラさせるって!!」

 

そう言って松葉杖を手に、彼女のトレーナーの墓石の前まで歩いていったマヤノは振り返る。

そして、振り返った彼女の顔には…

 

「そうやって、マヤはいつかトレーナーちゃんの前で胸を張るんだ!

キミの愛バはこんなにもスゴいんだぞって!マヤはもうこどもじゃなくて、立派なオトナのウマ娘なんだぞ、って!!」

 

…とってもかわいらしい満面の笑顔が浮かんでいて…

 

「だから、マヤは走り続けるんだ!

いつかまた、トレーナーちゃんに会えるその時まで!!」

 

そして、その言葉からは間違いなく、かつてわたしが憧れた片翼の撃墜王、その本物の覚悟と決意を感じとることができたから…

 

「………強いんだね、マヤノは」

 

そのあまりにもキラキラした姿を、

わたしは直視できない。

思わず少しだけ目をそらしてしまう。

 

だけど

 

「…ううん、マヤは別に強くないよ」

 

わたしの言葉を聞いたマヤノは、首を横に振る

 

「皆がいたから、マヤはもう一度立ち上がることができた。

皆がいたから、マヤはここまで歩いてこれた。

…一人だったら、とっくに潰れちゃってるよ

 

…だからね?」

 

わたしの言葉を、皆がいたからこそだ、と彼女は否定する。

 

そして次に彼女が言ったのは…

 

「...ねぇ?キミもマヤに話してみない?」

 

そんな思いもよらない言葉で…

 

「………え、えっと…何のこと?」

 

突然のことにわたしは意味がわからず、

思わずそう聞き返すが

 

「別に隠さなくても良いんだよ?ここにはマヤとトレーナーちゃんしかいない。

他の誰も聞いてないよ」

 

そうマヤノは言うと

 

「…何か、悩んでることがあるんでしょ?」

 

そんな誰にも言ってないはずのことを、あっさりと口にしたものだから

 

「…ど、どうして?」

 

否定すれば良いものを、

わたしはバカ正直にその理由を聞いてしまう。

それでなにがどうなるわけでもないのに、それでも驚きのあまり、わたしは思わずそんな言葉を口に出してしまう。

 

…そう、わたしは自分の悩みを誰にも話していない。

寮の同室の子はもちろん、

トレーナーや親兄弟に至るまで、

わたしの知り合いには誰一人として、そんなことを匂わせたことすらない。

それは当然マヤノに対してでもそうだし、ましてまだこの子とは出会って1日も経っていない。

それなのに、なぜ?

 

そう困惑するわたしにマヤノはしかし、

 

「…ごめんね?でもなんか、わか・・っちゃって…具体的な内容までは分からないけど、キミが何かについて悩んでるのが、一緒にいるとなぜかわか・・っちゃって…」

 

そう申し訳なさそうに言うマヤノに、わたしは絶句する。

…確かに、彼女が天才だというのは有名な話だったけど、まさかこんな短時間で、詳細までは掴めずとも悩みがあることを見抜かれるなんて思わなかった。

 

だけど…

 

「…でもね?それについては謝るけど、やっぱり悩みを一人で抱え込んだままにするのは、良くないと思うんだ」

 

そう言って心配そうな顔をするマヤノは

 

「さっきも言ったとおり、ここにはマヤとトレーナーちゃんしかいない。

他の人に聞かれる心配はないよ。

それにね…」

 

まだ会って数時間程度でしかない仲のはずなのに

 

「会ってからまだ少ししか経ってないけど、それでもキミはずっとマヤのことを手伝ってくれた。

…そりゃ、今の状況だとキミにはマヤしか頼れる人がいないってのは事実だろうけど、それでもわざわざマヤを手伝う必要はないよね?特にさっきのお墓の掃除なんて、ただ見てるだけでもマヤは別に怒らなかったよ?」

 

本気でわたしのことを心配してくれているのがわかったから

 

だからこそ、わたしの心は揺らぐ。

ほとんど初対面にも関わらず、こんなにもわたしのことを心配してくれるこの人になら、打ち明けても良いのではないかって思えてくる。

 

…それに

 

「だから、マヤはそんなキミの優しさに、何か恩返しがしたい。

マヤに出来ることなんてなんにもないけど、せめてキミの中にある悩みを聞いてあげたい。その痛みを、苦しみを、共有することで軽くしてあげたい。

…そして、何より…」

 

…そう、何より

 

「…なんでかな?本当に不思議なんだけど、何故かキミとは他人の気がしない。なんだか放っておけないんだよ!」

 

…あぁ、そうだ。それはわたしも同じなのだ。

初めて会った瞬間からわたしも思っていた。この人は、わたしにとって他人じゃない。血の繋がりなんてまったくないはずなのに、それでも何か運命的なものを感じずにはいられないのだ。

 

風が吹く。

私たち以外誰もいない墓地には、

当然の如く、静寂が満ちている。

 

だがしかし

 

「にゃ~ん…」

 

ふと気付くと、わたしの膝の上で寝ていたはずの猫が、わたしを見つめている。その綺麗な瞳には、どこかわたしを案じるような光が宿っていて...

 

「…」

 

だからわたしも覚悟を決める。

 

…正直、ものすごく不安である。

マヤノが人の悩みを嗤うような人間でないことは、直接触れ合って良く分かっている。恐らく、彼女は本当に真摯にわたしの話を聞いてくれるだろう。

 

だけど、だからこそ不安だ。

さっきの話を聞いて、マヤノにとってどれだけ自身のトレーナーが大事な人だったのかは痛いほどに分かった。

そして、それ故にそれを失った時の絶望と悲しみもまた、どれだけのものだったかは察するに余りある。

だから、そんな恐ろしく過酷な試練を乗り越えたのであろう彼女に、それに比べれば確実に低次元のものであろう自分の悩みなんかを、打ち明けても良いのだろうか、と思ってしまう。

 

そもそも、人に悩みを打ち明ける、その行為自体が不安で不安で仕方がないのだ。

 

でも…

 

(この人なら…)

 

そう、この人なら、いきなりタイムスリップしてしまったわたしの話をまったく疑わず、あまつこちらの心配さえしてくれる、そんな優しいこの人になら、話してみても良いかもしれない。頼ってみても良いかもしれない。

 

(それに…)

 

わたしの勘が言ってるのだ。

この人に話せと、悪いことにはならないから、と。

 

であるのならば…

 

「…それじゃあ、聞いてもらっても良いかな?マヤノ?」

 

そうわたしが言うと

 

「…!!

うん!マヤに任せて!何でも聞いちゃうよ!!」

 

嬉しそうにマヤノはこっちに戻ってきて隣に座る。

だからわたしは…

 

「…あのね…」

 

高く、高く広がる空の果てを眺める。もうそこにはさっきの鳶はいない。だけど…

 

(きっと…)

 

それでもきっと…

たとえ見えなくても、

あの鳥はきっと、まだ同じ空を飛んでいるって思ったから…

 

わたしは自らの悩みを切り出し始めるのだった。

 

 

 




…ちなみに、流石に普通なら、いくらマヤちゃんでも、
会って数時間程度の人間が深刻な悩みを抱えているなんて看破できません。

???「これも全て、ウマソウルって奴の仕業なんだ!!」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王宮の黎明 逡巡

マヤノトップガン、ナイスネイチャのトレーナーに続き、
三人目のオリトレが登場します。

…マヤちゃんのトレーナーはともかく、
後二人は初期プロットでは影も形もありませんでしたからね…

本当一体どこから湧いてきたのでしょうか…(白目)




 

 

.........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

 

「…ちょっと!聞いてるの?」

 

その声と共に、わたしは自身の内に沈んでいた意識をゆっくりと浮上させる。

すると、目の前には若い女の人が、心配そうな顔をしてわたしのほうを見つめていたから…

 

「…うん、大丈夫だよ。トレーナーさん」

 

そうわたしは答える。

 

すると、安心したのか、ホッとしたような顔をしたトレーナーさんは、

 

「もう…心配させないでよね!」

 

とわたしの背中をバンバン叩くものだから

 

「ちょっ!ト、トレーナーさん!

痛いってば!!」

 

と抗議すると

 

「あっ、ごめん」

 

とすぐに叩くのを止めてくれる。

とは言え…

 

「…もうっ!毎回おんなじこと言わせないでよ!トレーナーさん!!」

 

そう、この女実は初犯ではない。

なにかと感極まると、人の背中をバシバシ叩いて、泣いたり笑ったりするという癖があり、故に

 

「ことあるごとにわたしの背中を叩くのやめてってば!!」

 

そんな常習犯にわたしは遺憾の意を示す。

 

それを受け、苦笑しながら「ごめんごめん」と謝ってくるトレーナーさんだが…

 

(…多分この女、またやるな…)

 

と、そんな自身のトレーナーさんに、わたしはジト目を向ける。

そして、それに慌てたトレーナーさんは、あの手この手で、必死にわたしの機嫌をとろうする。

 

 

 

パドックが終わり、いよいよ後はレース本番というこのタイミングで、地下バ道にいまだにいるのは、わたしとこのトレーナーさんくらいだ。

 

まぁ、それは別に、わたしが遅刻したわけではなく、単に他の子達がさっさと地上に行ってしまったからなんだけど…

 

でもだからこそ、わたし達以外だれもいない地下バ道は静まり返っている。

そして、そんな中で行われるわたしとトレーナーさんのやり取りの声は、それ故に地下バ道全体に反響して響いていて…

 

 

「…」

 

ふと、わたしは自分のトレーナーさんの姿を改めて見る

すると、そこにはわたしの機嫌を直そうと頑張る女の人がいる。

 

…確か、大学を出たばかりだったんだっけ?

出会ってからそろそろ一年が経つ自身のトレーナーさんの姿は、若者らしく活力に満ちている。そして、その小さなことを気にしない豪胆な性格も相まって、その立ち姿はとても頼もしい。

その姿はまさに、できる女。

…これで意外に私生活がズボラなのに目を瞑っても、彼女の壮健さを疑うような人は、誰もいないだろう。

 

でも…

 

(…)

 

わたしは少し目を細める。

 

…そう。他の人を誤魔化せても、愛バのわたしの目までは誤魔化せない。

良く見ると、その目の下には隈があり、あまり眠れていないことがわかる。

また、うまく化粧で誤魔化しているけど、ほんの少しだけ頬がこけている。

 

それを見て分かるのは、トレーナーさんが少し無理をしているということ。

空元気とまでは言わないけど、それでもトレーナーさんがわたしの為に色々頑張って、そのせいで体調を少し崩しているということ。

 

(…)

 

だからこそ、思い浮かぶのは、マヤノとのあの時のやり取りで…

 

 

 

 

 

.........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「…わたしね、怖いんだ」

 

そう切り出したわたしの脳裏に浮かぶのは、これまでのこと。

 

メイクデビューを果たしたまでは良かったが、そこからまったく鳴かず飛ばずだった日々のことで…

 

「…わたしね、メイクデビューを果たしてからしばらくの間、全然勝てなかったんだ」

 

それはトレセンでは珍しくない光景。

 

どれだけ頑張っても、どれだけ泣いても、変わらない現状。

そんな中で、それでも折れずに、目の端に映る仲間の屍から目を背けて走り続ける

 

…もしかしたら自分もそうなってしまうのではないだろうか、一度も勝てないまま、誰からも省みられないまま、忘れ去られてしまうのではないだろうか、そんな恐怖から必死に目を背けて、それでもあるかないかすら分からない希望を求めて、必死に走り続ける。

 

そんなありきたりで、凡庸で…それでもあまりにも辛く苦しい日々で…

 

「…でもね、わたし最近すごく調子が良いの」

 

…しかし、そんな暗闇の中にいたわたしに、ある日突然光が差し込み始める。

 

「きっかけは些細なこと。

もしかしたら、わたしのこれまでしてきた走り方は、わたしに合ってなかったのかもしれない、そうトレーナーさんが言ったこと」

 

だからこそ、わたしは試しに戦法を変えてみた。

最も多くのウマ娘に愛された王道、先行策を、最も多くのウマ娘に煙たがられる逃げに変更してみた。

 

…なぜ差しや追い込みではなく、よりにもよって逃げだったのかは、正直覚えていない。

なぜなら、あの時のわたしは本当に必死だったから。

レースに勝つ、その為に手段を選んでいる場合ではなかったからだ。

 

でも、溺れる者が藁をも掴むような、そんな決死の策が、結果的に最高の結果に繋がった。

 

「戦法を変えたわたしは、ある日のレースで初めて勝つことができた。そして、次も、その次も!」

 

それはまさに奇跡。

これまで暗い泥沼の中でもがいていたわたしは、ある日を境に一気に日の光があたるところまで引きずり出された。

そして、そんな明るくまぶしい場所で、それでも頑張り続けた結果…

 

「気が付いたら、わたしはG1に出られることになってた!

ずっとずっと、憧れてた夢の舞台に、わたしはついに上がることができるようになったの!!」

 

そう、そしてわたしはついにこの手で掴んだんだ!

栄光を掴むためのキップを!

夢にまで見た晴れ舞台に立つことができる権利を!

わたしはついに手に入れることができたんだ!!

 

 

 

でも…

 

 

 

「………だからこそ…怖いんだ」

 

 

 

ポツリと、さっきまでの熱弁とは比べ物にならないほど小さく、そして儚い声が、わたしの口から漏れる。

 

「…」

 

そして、これまで一度も口を挟むことなく、ただ黙って聞いてくれていたマヤノに、ついにわたしは悩みの核心について話し出す。

 

「…確かに、わたしは夢の舞台へのキップを手に入れた。

これまで生きてきた中で、最大の栄光を得ることができるかもしれない権利を手に入れた」

 

だけど…

 

「…だからこそ…怖いんだ」

 

先と同じ言葉を繰り返すわたしの体は、しかし…

 

「…わたしね?頑張ったんだよ?」

 

冬でもないのに、ガタガタと震えていて…

 

「…勝ちたい。

そう思って何度も何度もレースに出て…もちろん出るだけじゃなく、勝つための努力も、自分が出来ることはなんだってした」

 

…そう、本当にわたしは頑張ったんだ。勝ちたい、レースに出るウマ娘皆が思うことに、それでもわたしは逃げずに向き合い続けたんだ。

 

…ある時は、学園中のレース関連書籍を、知恵熱で倒れる寸前になるまで読み続けた。

 

…またある時は、頼んでも誰も誘いに乗ってくれなくなるほどに、一緒に併走をしてくれたウマ娘と一緒に、お互いに倒れる寸前になるまで走り続けた。

 

…そしてある時は、寮を抜け出して夜中まで走り続けて、たまたまその姿を見かけて後をつけていたトレーナーさんがいなければ、危うく救急車を呼ばれる状態になるまで走り続けた。

 

「本当に…本当に頑張ったんだよ?」

 

あの日々は、嘘じゃない。

どれだけ周りから非難されたとしても、あの日々だけは、わたしにとっては嘘じゃないんだ!

 

あぁ、だからこそ…

 

「………だからこそ、わたし怖いんだ。

…負けちゃったらどうしようって…」

 

…そう、それこそがわたしの最大の悩み。不安。恐怖。

 

「…もちろん、わたしは負ける気なんてない。

ずっと憧れてた舞台なんだもん。

当然勝つために頑張るよ」

 

…ただ

 

「…でも、思うんだ。

もしも…もしも、負けちゃったらどうしよう、って…」

 

わたしは耐え難い震えから自身を守るように、自分の体を抱き抱える。

 

…あぁ、そうだ。

それでも思ってしまうのだ。

人生最大の大舞台、それに対して高揚する気持ちは確かにある。

しかし、それ以上にわたしは怖くてたまらない。

 

…もし、負けてしまったら…どうなるのだろう?

 

「…唯一抜きん出て、並ぶものなし」

 

…逆に言えば、敗者は何も得られない。

どころか、何も言う資格すら与えられない。

それなら…

 

「…ならさ、もし負けたら、わたしに価値はないの?

もし負けたら…」

 

勝ちたい。

そのために頑張ってきたあの日々は、わたしの努力は、流した汗は、血は、涙は、ぜんぶぜんぶ、無意味なものだっていうの?

 

そんなの…

 

「…そんなの…あんまりだよ…」

 

あんなにも辛かったのに、あんなにも苦しかったのに、そして何より…あんなにも頑張ったのに

 

負ける

 

ただそれだけで、わたしのそんな努力は、汗は、涙は、一瞬で無価値になる。そこら辺に落ちている石よりも価値がないものになってしまう。

 

だからこそ…

 

「…怖い…怖いよ…」

 

気が付くと、目の前の光景がぼやけている。

でも、もうわたしは胸の中にあるものを抑えることが出来なくなっていて…

頬を伝う暖かなものを、止めることが出来なくなっていたから…

 

 

 

「…わたし…走るのが…怖いよぉ…」

 

 

 





あまり取り上げられませんが、
トレセンを去っていく子の中には、
こういう走ることそのものが怖くなった子は絶対いると思います。

特に史実におけるこの子みたいな勝ち方して、
その後負けた子なんかなら特に。

つくづく勝負の世界は厳しいですね…





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王宮の黎明 それでも


黎明はまだ…

※一応ウマ娘化されていない馬なので、
名前を少しいじっています。
ご了承ください。


 

 

.........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「…おーい!…おーい!!」

 

「…!!」

 

気が付くと、また目の前にトレーナーさんの顔があって

 

「…本当に大丈夫?」

 

そうますます心配そうな顔で、こちらを覗き込んでくるものだから

 

「…だ、大丈夫だよ!トレーナーさん!!」

 

慌てて距離を取るけど

 

「………本当に?」

 

と、そう真面目な顔でトレーナーさんが聞いてくるから

 

「………うん」

 

そう頷くと

 

「………まぁ、それなら良いけどね」

 

と、一応トレーナーさんは納得してくれる

 

随分長い間ぼーっとしてしまったと思ったけど、実際にはそんなことはなくて、せいぜい数秒程度。

 

だからこそ、地下バ道の様子は変わらない。相変わらずわたしとトレーナーさんしかいないこの場所は、無機質な沈黙に包まれている。

 

でも、そろそろわたしも地上に上がらなければいけない。

故に、今いる地下バ道の先を見据えたわたしは…

 

「…」

 

思わずごくり、と生唾を飲んでしまう。

 

…そう、ここから先はまごうことなき戦場。

選び抜かれた精鋭のウマ娘達が、たった一つの栄光を奪い合う、死地なのだ。故に

 

「…」

 

わたしは思わず立ちすくんでしまう。

…果たして、わたしは勝つことができるのだろうか?

ここから先の戦場で、他のウマ娘達との闘争の末に、望む栄光を手にすることが出来るのだろうか?

 

「…」

 

ツゥー、と冷や汗が背中を流れるのを感じる。

恐怖と緊張で、足が動かない。

たった一歩、しかしそんな僅かな一歩をどうしても踏み出すことが出来ない。

 

(…わたしは)

 

だからこそ、わたしはそんな自分の不甲斐なさが憎い。

自分の臆病さが憎い。

 

…分かってる。

レースが1か0かの世界だなんてこと、最初からわたしは分かってたはずだ。でも、今はそれが怖い。たまらなく怖い。

 

だからこそ、わたしは最後の一歩が踏み出せない。戦場への最後の一歩、決定的な一歩をどうしても踏み出すことが出来ない!

 

(…わたしは!!)

 

そんな自分の弱さに、わたしが思わず自身の拳を握りしめた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「…ねぇ、キャル」

 

 

 

 

 

 

 

その声と共に感じたのは

 

「…!!」

 

握りしめた拳、それをそっと包むトレーナーさんの手の暖かさで…

 

「…アタシは知ってるよ。

ここに来るまでに、あんたが今までどれだけの涙を流してきたのか。

そして、どれだけ頑張ってきたのか。全部をね」

 

だから…

 

そう言いながら、ガッチガッチに握りしめたわたしの指を、一本ずつ優しく外すトレーナーさんの顔は

 

「アタシは信じてるよ、あんたの勝利を

そして…」

 

泣きたくなるほどに優しい笑顔で…

 

「アンタの夢が、叶うことを…ね?」

 

その手は、びっくりするほど暖かかったから…

 

「…~!!」

 

不意に脳裏を過るのは、まだたったの一年しか一緒にいなくて、それでも一年もわたしと一緒にいてくれた、かけがえのないトレーナーさんとの思い出

 

 

 

 

 

 

 

(「はい!それじゃあ次はグラウンド100周!!」)

(「ト、トレーナーさんのおに~!!」)

(「鬼で結構。ほら、さっさと走る!!」)

(「そんなんだから、彼氏の一人もできないんだ~!!」)

(「…今日は天気が良いわね?こんなに運動日和なんだから、1000本くらいはいけるわよね?」)

(「ひぇ~!ごめんなさ~い!!」)

 

 

 

 

…あぁ、それは本当に、本当に些細な思い出

 

 

 

 

(「へぇ、あんたこんなに美味しいもの作れたのね?」)

(「ふふん、おばぁちゃん仕込みですから!トレーナーさんとは違うんですよ♪」)

(「失礼な…アタシだって料理くらいできるわよ」)

(「…トレーナーさん、カップラーメンは料理とは言わないんだよ?」)

 

 

 

 

記憶にすら残らない、

ささやかな日常の、ありふれた一ページ

 

 

 

 

(「…キャル?」)

(「え、え~と…」)

(「この点数は何?」)

(「で、でもほら!赤点は一つもないよ!!」)

(「確かにそうね?

…でも、全部赤点ギリギリじゃない!今日は夜まで勉強会よ!!」)

(「いや~!?勘弁して、トレーナーさ~ん!!」)

 

 

 

 

だけど

 

 

 

 

(「あぁぁぁぁあああっっ!?」)

(「ふふん!またわたしの勝ちだね?トレーナーさん!!」)

(「くっ!?あんたなんでそんなに、このゲーム強いのよ!!」)

(「昔からアクションゲームとか、シューティングゲームは得意なんだ♪」)

(「も、もう一回!もう一回よ!!」)

(「また~?本当にトレーナーさんは負けず嫌いだね?」)

 

 

 

 

それでも

 

 

 

 

(「はい。じゃあ、これが今月のトレーニングメニューね」)

(「了解!

…それにしても、本当に毎回ハードなメニューだね?」)

(「…それでも、これはあんたが勝つために必要なことよ。だから…」)

(「大丈夫!分かってるよ、トレーナーさん♪」)

(「…そうね。それじゃあ今日も始めましょっか!!」)

 

 

 

 

それは間違いなく

 

 

 

 

(「遊園地の昼御飯ってのも、案外バカにしたものじゃないわね」)

(「そうだね!午後は何に乗る?」)

(「…少なくとも、すぐにジェットコースターとかコーヒーカップは勘弁してね?」)

(「本当トレーナーさん、乗り物系統弱いよね~」)

(「うっさい!

そもそも、昼御飯食べてからすぐにああいうのに乗ろうとする方がおかしいのよ!!

…まぁ、それにしても」)

(「?」)

(「…たまにはこんなのも良いわね?キャル」)

(「…うん!!」)

 

 

 

 

確かに、これまでわたし達が一緒に歩いてきた道のりだったから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザァーーー…

 

記憶の中で、雨が降る。

重く、冷たい雨が、座り込むわたしに容赦なく叩きつけられる。

 

だけど

 

(「…大丈夫」)

 

ふと、それまで降り注いでいた雨が、突然止まる。

それを怪訝に思い、見上げた先には

 

(「…トレーナー…さん…?」)

 

赤い傘。

それを掲げたトレーナーさんがいて

 

(「大丈夫だから、キャル」)

 

勝てない。

それでも…それでもわたしを見捨てず、励ましてくれる、そんなわたしのトレーナーさんが優しげな顔で立っていたから…

 

(「…っ」)

 

頬を水が滴り落ちる。

だけどそれは、

いまだやまない冷たい雨よりも、

もっと温かいものだったから…

 

(「次は…次はきっと勝てる。だから…」)

 

そう言ってしゃがみこみ、

わたしを抱き締めるトレーナーさんの体が、冷えきったわたしにはあまりにも暖かかったから…

 

(「…トレーナー…さん…」)

 

冷たい雨にうたれ続けて

 

(「…わたし…」)

 

それでも変わらなかったわたしの表情が、次第に崩れていくのが分かる

 

(「…わた…し…」)

 

胸の奥から、

嬉しさと後悔、愛しさと罪悪感、

ありとあらゆる感情が渦を巻いて急速に湧いてくるから…

 

(「また…一緒に頑張りましょ?」)

 

そう、優しく微笑むトレーナーさんの声を聞いた瞬間に、もう耐えきれなくなって…

 

(「………ぅああああぁぁぁぁああぁぁぁああっっ!!」)

 

叫ぶ

わたしは体の底から溢れてくる感情を、ただただ叫ぶ

 

(「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」)

 

(「…」)

 

(「勝てなくて!勝てなくてごめんなさい!トレーナーさんっ!!」)

 

(「…」)

 

降りしきる雨の中、

わたしはトレーナーさんに謝り続ける。

あぁそうだ、わたしはこんなにも優しくしてくれるこの人に、まだ何も返せてない!いつもわたしのことを考えてくれるこの人に、まだ何のお礼も出来てない!!

それがあまりにも申し訳なくて、苦しくて、辛くて…

 

それでも

 

(「…大丈夫」)

 

そう言ってはらはらと涙を流し続けるわたしを、抱き締め続けるトレーナーさんの体は

 

(「…大丈夫」)

 

本当に、本当に暖かくて…

 

ザァーーー…

 

あの雨の日のレース場で、

結局トレーナーさんは、

わたしが泣き止むまで、

ずっとそうしてわたしを抱き締めてくれたから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ありがとう、トレーナーさん」

 

そう言って、わたしはトレーナーさんの握ってくれた手を握り返す

 

その手は、豪胆な性格ではあっても、女性であるトレーナーさんのその手は、思ったよりも意外な程に、華奢で小さな手で…

 

「…でも、大丈夫」

 

だからこそ、わたしはそっとその手を離す。そして、今度こそ地上へ向けて歩き出す。力強く、この先へ進むための一歩を踏み出す。

 

…気が付くともう、体の強張りはなくなっていた。

どころか、今のわたしの体には力が溢れ、胸の内にも程よい緊張感が満ちている。

そう、今のわたしはもう先ほどのわたしではない。敗北に怯え、一歩を踏み出すことを躊躇していたわたしはすでにいなく、そこにいるのは単に一人のウマ娘。

走る、ただそれだけのために生まれ、そしてそれを果たさんと、武者震いに震える、そんなウマ娘が一人いるだけ。

 

……だからこそ、わたしは立ち止まる。

 

戦場はもう、目と鼻の先。しかし、一度だけ、一度だけわたしは、トレーナーさんの方を振り返る。

 

そして…

 

 

 

 

 

.........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

ゲートが開くと共に、わたしは駆け出す。

 

しかと大地を踏みしめ、韋駄天のごとく疾走する。

 

それはまさに流星。

他のウマ娘達をはるか後ろに残して、わたしはレース場を吹き抜ける、一陣の風と化す。

 

(…あぁ)

 

頬を撫でる風がなんと気持ちが良いことだろう。

自分の前に誰もいない景色の、なんと広いことだろう。

 

わたしの前に道はなく、わたしの走った轍こそが、道となる。

 

それは、一種の全能感

 

誰も私に追い付けない

誰も私についてこれない

世界は今、わたしの手の中にある!

 

 

 

そして、だからこそ…

 

 

 

「頑張れぇ!キャルちゃん!!」

 

「もうちょっとだよ!キャルちゃん!!」

 

「大丈夫だぁ!俺達がついてる!!」

 

 

聞こえてくるのは

 

 

「負けるなぁ!!」

 

「そのままブッち切りなさぁい!!」

 

 

これまでわたしを応援してくれた人々の歓声

 

 

「おいおい!あのウマ娘やるじゃないか!」

 

「あぁ!俺今日はあの娘応援する!!頑張れー!!」

 

 

そして、そんなわたしを見て、新しく応援してくれるみんなの歓声で…

 

 

 

「さぁ、レースも終盤!各ウマ娘、一斉に前を目指して加速する!!」

 

 

 

「…っ!!」

 

 

そう、レースはもう終盤。

逃げをうち、終始先頭を維持してきたわたしを抜かそうと、後方から凄まじい勢いでウマ娘達が上がってくる。そして、その勢いはこれまでわたしが経験してきたレースの中でも最たるもの。

 

ドドドドドッ!!

 

大地を踏み砕く轟音も

 

(…!!)

 

前を行くわたしの背中に刺さるプレッシャーも、

そして何より

 

(…感じる)

 

「勝ちたい!!」

そんなこのレースにかける思いの純粋さも、

これまでわたしが出てきたレースとは比較にならない。

 

これが中央…本当の意味で日本一を目指す場所で戦うウマ娘達の実力…

 

でも

 

(…それでも!!)

 

背後から迫る、特大のプレッシャーに、それでも耐えながらわたしは目の前を、ゴールの先を見据える

 

(…わたしは)

 

そこにはいつだってみんながいる。

こんなわたしを応援してくれる、

みんながいる!

 

(…わたしは!!)

 

そしていつだって、

あの人がいる。

どんなに負けても、挫けそうになっても、それでもわたしのことを支え続けてくれた、あの人がいる!

 

だから!!

 

「…こそ」

 

大地をしかと踏みしめる

 

「…こんどこそ」

 

そして、それを蹴り上げる瞬間に

 

 

 

 

 

「勝つんだぁぁぁぁぁぁああっっ!!」

 

 

 

 

 

叫ぶ。力の限り、わたしは叫ぶ

もうわたしは迷わない!

だって…だって!!

 

 

わたしは加速する。そして、それと共に周囲の景色が流れる速度も加速度的に上がる。

 

あぁ、それはもはや流星という表現すら生ぬるい。

音も、光も、この世のすべてのものを置き去りにして加速するわたしは、もう速さという概念そのものだ。

 

 

 

ワァァァァアアアァァァッッ!!

 

 

 

そして、走って走って、走り抜けたその先に、スピードの向こう側、そんな一瞬にして無限の世界、そこにいたのは

 

 

 

(「…ねぇ、キャルちゃん」)

 

 

 

日溜まりのようなオレンジの長髪をたなびかせる、あのウマ娘で

 

 

 

(「まだ、走るのは怖い?」)

 

 

 

そう、訪ねる彼女にわたしは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャッスルキャップ選手!キャッスルキャップ選手です!!

誰が予想できたでしょうか!?ジャパンダートダービー!このレースを制したのは、12番キャッスルキャップ選手です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見上げた空。

どこまでも高く、どこまでも青いそんな空には、いつかの鳥が飛んでいた気がした。

 

 

 

 





…ここにある

太陽が沈み、また昇る限り、
朝は何度でもやってくる。

だからこそイカロスは目指したのだ、
太陽を。

そして、そのあとに続く者達もまた…

次回エピローグです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王宮の黎明 エピローグ


作者は基本的に、物語のエピローグには「エピローグ」以上の名前を付けません。
それは名前を考える手間が省けるからという理由もありますが、何よりタイトルでごちゃごちゃさせないためです。
『片翼の撃墜王~イカロスの黎明~エピローグ~片翼の撃墜王~』
なんて表記されるとかっこ悪いですよね?
だからこそ、悩んだのですが、今回の話のタイトルはあくまで「エピローグ」です。

しかしそれでも、自身のそんなこだわりを度外視してでもこの話に裏の名前を付けるとしたら…その名前は「オールブルー」

果てしなく広がる青い海と青い空、
その境界線が白い朝焼けに照らされて消滅する光景。
…『蒼の彼方の〇ォーリズム』の真白ルートで、
彼女が主人公に見せようとした景色の名前です。

…もちろんあれとは秘められた意味合いは全く違いますが、
それでも、このお話はそんなお話です。

どうぞ




※キャッスルキャップのトレーナー

まだトレセンに入ってきたばかりの新人トレーナー。
男勝りで、細かいことは気にしない豪胆な性格。結構体育会系な人物であり、それ故にウマ娘達への指導は割りと厳しめなタイプだが、それでもその根底には自身の担当に対する期待と信頼があるため、担当であるキャッスルキャップからはちゃんと好かれている。
ちなみに、無駄に男らしい立ち振舞いから、男よりもイケメンと校内のウマ娘達からキャーキャー言われているが、実は料理などの生活スキルは壊滅的で、私生活は意外とだらしない。その為、たまにキャッスルキャップが家に押し掛けて掃除なんかをしている。

ビジュアルイメージ的には〇ス永遠の美晴みたいな感じ
…あの人がもっとフレンドリーな性格になったのを想像していただければ…




マヤノトップガンside

 

ガタンゴトン、ガタンゴトン…

 

…目の前を、景色が高速で流れていく

 

マヤ達ウマ娘の、走る時の最高速度は、大体時速6~70㎞くらいって言われてるけど、流石にそれでも、今乗っている電車には敵わない。

だからこそ、普段のマヤ達が走る世界よりも、更に速い速度で流れる景色を、マヤも目で追いきることはできない。

 

まだ電車が走ってるのが田舎だからか、客席に乗っている人はほとんどいない。がらがらの車両には、暖かな日差しが差し込み、どこか眠たくなるような、のんびりとした空気がながれている。

 

そして窓の外、何にもない地平線まで続くような田園風景にしてもそうで、そこにもほとんど人がいないし、それ以上に何もものがない。だからこそ、都会のような窮屈な雰囲気は皆無であり、どこまでものびのびと田園風景が広がっているけど、そんな光景も瞬く間に視界の端から端へと流れていく。

光陰矢の如し。残像を残し、流れていくその景色はまるで、走馬灯のように、脆く儚い光景のように思えたから…

 

(…キャルちゃんは…)

 

ちゃんと未来に帰れたかな?

 

そんなことを、ぼーっと外を眺めながらマヤは思う

 

そう、結局あの子にマヤの手助けなんて必要なかった。

何故なら、もうあの子は多分この時代にはいないから。

 

あの後墓参りが終わり、いよいよキャルちゃんのこれからについて話し合おうと、取り敢えずトレセンに帰るために、一番最初に会った駅に戻った時だ。

 

突然、ずっとキャルちゃんと一緒にいた猫が、狭い路地に飛び込んだのだ。

 

そして、それを追ってキャルちゃんもその路地に入っていったんだけど…

 

(…結局)

 

猫も、そしてキャルちゃんも帰ってこなかった。

あの路地の先は、袋小路だったのに、しばらくしてマヤが覗いた時には、あの子達はもうどこにもいなかったのだ…

 

そんなことを考えていると、ふと自分が船をこぎかけているのに気が付く。そして、それを自覚すると共に、急激な眠気が襲ってくる。

 

まぁ、それも仕方がないことではある。今日はお墓参りの為に、結構早起きしていたし、キャルちゃんがらみで色々あった。それに、こんなにも暖かくてのんびりとした空気の中でぼーっとしていたら…

 

(眠くなるのも…)

 

…当然だよね?

 

だからこそ、マヤも特に抵抗することなく、じんわりと自身を蝕んでいく睡魔に身を明け渡す。

 

でも、そんな中でも思い出すのは、

キャルちゃんのこと。

 

走るのが怖い、そう言って怯えていた少女のことだったから…

 

(…大丈夫だよ)

 

睡魔に完全におかされ、

目の前が真っ暗になる直前

 

(…きっと、キャルちゃんなら)

 

脳裏を過るのは、

自身がキャルちゃんへと向けた言葉。

あのお墓での、最後の一幕の記憶だったから…

 

(……きっ…と…)

 

だからこそ、

それはほんの一瞬の回想

意識が夢に落ちる、

その刹那に過った白昼夢のようなもので…

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

キャッスルキャップside

 

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

「…ねぇ、キャルちゃん」

 

…あの後、わたしが思わず泣いてしまい、そんなわたしが泣き止むまで、静かに待ってくれたマヤノは、そう話し始めた。

 

「…確かに、残念だけどキャルちゃんが怯えていることは…事実だよ」

 

そして、その内容は決して都合の良い絵空事や、調子の良い無根拠な励ましなんかじゃなくて…

 

「…世間の人がなんと言おうと、レースの世界では一位以外は皆敗者。

マヤのトレーナーちゃんはそう言ってたし、それをマヤも否定しない」

 

どこまでも残酷で

 

「そして、唯一抜きん出て並ぶものなし。…つまり、どんなに努力していても、結果が出なければその努力は無価値。

それも…否定できない」

 

そして、どこまでも正しい世界の真理で…

 

「…でもね、キャルちゃん?」

 

…でも

 

「それでも、マヤが思うのは――…

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「…――例え無価値なものになったとしても、それはきっと無意味なんかじゃない。なぜなら…」

 

そう言ってわたしは、

持ってきていた花束をその場に置くと

 

「きっと誰かが、キャルちゃんの努力を見てくれているから。そしてその姿を応援し、その人達もまた、そんなキャルちゃんの頑張る姿から何かをもらっているから。

きっと世界は、そんな風に皆が支えあってできてるから…か」

 

手を合わせて目を瞑る。

 

 

 

しばしの沈黙

 

 

 

田舎故に、聞こえるのは風が吹く音くらいで、あたりは静まり返っている。だから、この場に置いてわたしの黙祷を妨げるものは何もない。

あたりには、お線香のにおいが漂うだけ

 

そうして、しばらくして目を開いたわたしは

 

「…流石は片翼の撃墜王さま、って感じかな?」

 

なんて、ちょっと茶化して目前の墓石に微笑みかける。

が、当然ながら墓石は何の反応も返さない。ただ静かにそこにあるのみだ。

 

そう、ここはとある田舎のお寺裏に広がる墓地の一角。

先日(といって良いのか)、わたしがマヤノと共に、彼女の元トレーナーのお墓参りをしたところであり…

 

「…それにしても、まさかまたここにくることになるなんてね」

 

と立ち上がって独り言を言いながら見回すここは、今日わたしがマヤノのお墓参りに来たところだ。

 

と言うのも…

 

「…恋する乙女は強い、ってことかな?」

 

なんてちょっと苦笑しながらちらりと目を向けるマヤノのお墓が、件の彼女の元トレーナーのお墓のすぐ隣にあったからだ。

 

幼い頃からの憧れのウマ娘だったとは言え、流石にお墓の場所までは調べてなかったわたしは、この時代に帰ってから何気なくそれを調べて驚いた。

 

だから、久しぶりにおばぁちゃんに聞いてみたところ、何でも死後に遺言書が見つかり、その中にあの場所に埋葬するように書いてあったのだとか。

 

 

 

「きっと、一人でカッコつけて悦に浸っているあのトレーナーさんに、センス悪いよ、って隣で言いたかったんじゃないかしら?」

 

 

 

なんて、おばぁちゃんは苦笑してたけど…

 

「まだ若かったのに、そんな早々と死後の準備をしてたなんて…」

 

まさか本人も、自分が早世するとまでは思ってなかっただろうけど、

それでも早すぎる。

 

それも一重に、彼女のトレーナーさんへの愛なのだとしたら…

 

「…ちょっと重くない?」

 

なんてことを小声でつぶやくが、

墓石は特に何も言わない

 

…まぁ、本人に直接言ったら、冷や汗だらだらで、露骨に目をそらしながら「そ、そ、そ、そんなことないもん!!」位は言いそうだけど…

 

「...ふふ」

 

そんな益体もないことを考えていると、短い付き合いだったとは言え、自分が確実にマヤノの人柄を把握していることがよく分かる。

そしてだからこそ、先日の一件が夢や幻の類いではないこともまた、よくわかったから…

 

「…ねぇ、マヤノ」

 

わたしは改めて目の前の墓石に向き直る

 

「………ありがとう」

 

そして改めて言うのは、お礼の言葉だ

 

「…わたしね、大切なことを忘れてたよ」

 

あぁ、そうだ。

ここ一年、負け続きで疲れていたわたしは、すっかり忘れていたんだ

 

「…どうして自分が走ることを決めたのか」

 

なぜ自分が走るのか、その原点を。

だからこそ…

 

「…自分の走る理由…それを見失ってたから…」

 

わたしは挫けそうになってたんだよね?

 

そう続けるわたしの言葉に、

やはり墓石は何の反応もしない。

だけど…

 

「…でもね」

 

例え何の反応もなかったとしても

 

「…わたし、思い出したんだ」

 

わたしは知ってる

 

「…どうして走りたいって思ったのか、わたしが走る理由は、そもそも何だったのか」

 

このお墓の下に眠る子が、どんな子だったか。

片翼の撃墜王、そんな大仰な二つ名で呼ばれるあの子が、本当は単に大好きな人に、もう一度会うために頑張る、ただの小さな女の子でしかないことを、わたしは知ってるから…

 

「…だからね、マヤノ。ありがとう」

 

きっとどこかで聞いてくれている。

そう確信しながら、わたしは立ち上がる。そして

 

「…わたしは、これからも走り続ける」

 

そう言いながら、わたしはお墓に背を向ける。

 

「…わたしは、自分がなりたかったものになるために…マヤノみたいな、自分を応援してくれる人達みんなを笑顔にできるような、そんなウマ娘になるために走るよ」

 

だから

 

「…見守ってくれると、嬉しいな」

 

最後にそう言い残し、

わたしは丘から降りるべく、石段の方へと向かう。

 

 

 

 

 

サァァッ…

 

 

 

 

風が吹く

 

そして、思わず後ろを振り向いたわたしの目には

 

 

 

 

 

 

 

 

(「うん!応援してるよ!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、言いながら微笑むウェディング姿のマヤノと、知らない男の人が並んで立ってる姿が映ったから…

 

「...!?」

 

気が付くと、そこにはもう何もなかった。

墓石が二つ並んでいるだけの、そんな何の変哲もない風景。

 

だけど…

 

「…そっか」

 

…会えたんだね、マヤノ…

 

少しの間だけど、それでも友だちになった少女の、心からの幸せそうな笑顔が嬉しくて…

 

そして何より、彼女が直接応援してくれたのが嬉しくて…

 

「…よし!わたしも頑張るぞ!!」

 

体の内側から湧いてきた歓喜を噛み締めながら、わたしは一歩を踏み出す。

 

そして丘を駆け降り、寺の門を潜り抜けたわたしを待っていたのは

 

「もう良いの?キャル」

 

お寺の狭い駐車場に、車を止めて待っていたトレーナーさんは、

わたしが助手席に乗り込むと、

読んでいた新聞から顔を上げてわたしに聞いてくる。

 

「うん!ありがとね、トレーナーさん!!付き合ってくれて!!」

 

「まぁ、遠征の帰り道の途中だったからね。この位は別に構わないけど…」

 

そう言うと、不思議そうにトレーナーさんは、わたしの方を見つめる

 

「あんた、別にこのあたりに親戚はいないわよね?

一体誰のお墓参りに行ってたの?」

 

そう聞いてくるから

 

「…大切な友だちの、ね?」

 

なんて返すと、

何かを察したのか、

「そう…」と、その話を打ちきる。

 

そして…

 

「それじゃあ、帰りましょっか!キャル!!」

 

と新聞を畳んで車のハンドルを握るトレーナーさんに、わたしも

 

「うん!!」

 

と元気よく答える。

そして、そんなわたしの返事を受け、トレーナーさんの運転する車がゆっくりと動き出す。

 

ピーヒョロロロロロロロロ…

 

青い空を、気持ち良さそうに鳶が飛んでいく。

恐らくあの鳥はここでしか生きられない。都会の狭い空は、この鳥にはきっと生きづらいに決まってる

 

(でも…)

 

もし、あの鳥が都会の空で生きたいと思ったとしても、自分でも分不相応な場所で、それでも生きたいと願ったとしても

 

(…つらいってことは)

 

諦める理由にはならない。

例え人が笑おうが、蔑もうが、

それでも本人が頑張るのを止めることなど、できはしない。

 

そして、そんな風に生きようと必死にもがく姿を、きっと誰かが見ているはずだから…

 

(だからきっと、わたし達は…)

 

一人じゃない

辛くても、苦しくても、きっとわたし達は一人じゃない。

だから…

 

車の助手席から見上げる空は、青く澄み渡っている。

それは地球上どこでも同じ普遍的な光景。

例え北海道でも沖縄でも、はたまたアメリカでもドイツでもロシアでもオーストラリアでも、見上げた空はきっと青いに違いない。

 

ピーヒョロロロロロロロロ…

 

そんな万人の頭上に広がる、

どこまでも青く広い空を、

鳶は気持ち良さそうに飛んでいくのだった。

 

 

 

 





これで今回の短編は終了です。

「片翼の撃墜王」外伝集3作目の短編でしたが、
いかがでしたか?

それから、本編で感想を下さったアーダンさま!
今回の話を書くきっかけをくださり、ありがとうございました!!

正直ゴルシ編がエピローグまで書いてお蔵入りになった際に、
一度心が折れかけたのですが、
それでも外伝「集」なのに短編が二つしかないって詐欺だよな~、
と思ったので頑張りました。
楽しんでいただけたなら幸いです。

…さて、薄々察してらっしゃる方も多いとは思いますが、
作者は基本エタらないように、全部書いてから上げる人です。
そして、これも察してる方は多いと思いますが、
現在完全にストック切れです。

ですので、この外伝集の続きにしろ、
はたまた新作にしろ、
ある程度時間が掛ると思いますが、
ゆっくりとお待ちいただけると幸いです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テイオー様の長い1日!! はじまりのsignal(処刑宣言)

あけましておめでとうございます!作者です!!

それでは新年年初めの最初の一本
短編集4作目スタートです!(現在1月2日)



○月×日

 

 

 

明日はトレセン学園の入学式!

 

だから、せっかくだし今日から日記をつけてみることにする。

 

これからの学園生活、どんな日々が待ってるのかな?

 

早く明日が来ないかな?

 

 

 

 

 

○月△日

 

今日は待ちに待った入学式!

 

ということで、これから新しい生活が始まるんだけど、トレセン学園は全寮制で、おまけに二人一部屋だから、今日はそのルームメートとの初顔合わせ!

 

ちょっと緊張したけど、同室の■■■■■■■はスッゴく良い子!

すぐに仲良くなれちゃった。

 

今日から二人で頑張るぞ!

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「…はぁっ…はあっ」

 

やぁ、みんな!元気にしてる?

ボクはテイオー、トウカイテイオー!!

サイキョームテキのウマ娘だよ!!すごいでしょ!!

 

「…はぁっ…はあっ!」

 

まぁ、それは一旦置いといて…いつもこの小説を読んでくれてありがとね!

こんなメタい場面でしか言えないけど、この小説が続いているのは、

間違いなく読んでくれてるみんなの応援のお陰だし、

ボクたちがこんな風に活躍できるのもまた、みんなのお陰だよ!

本当にありがとね!!

 

「...はぁっ!...はあっ!!」

 

だから、作者君だけじゃなくて、ボクもまたみんなに感謝してるんだけど…ごめんね?今忙しくて、ボクはそのお礼をすることが出来ないんだ!

 

 

 

…なぜって?それは…

 

 

 

そこまで考えた時点で、

ボクは突然悪寒を感じ、

今まで居た場所から全力で横に飛び退く。

すると

 

 

 

 

シュッ!!

 

 

 

 

さっきまでボクの頭があった場所を、超スピードで何かが飛び去っていったから…

 

 

「ちょっ!こ、殺す気!?

今の避けなかったら死んでたよ!!」

 

そんな文句を後ろに投げても

 

「大丈夫です。主治医ですから」

 

なんて、抜き身の注射をクナイみたいに指に挟んだ主治医さん(らしい)からは、そんなまったく安心できない答えが返ってくるばかり。

 

どころか、その間にも次々にその注射針をボクに向かって投げつけてくるから…

 

「ワケワカンナイヨー!!」

 

 

 

ヒュンッ!ヒュンッ!ヒュンッ!

 

 

 

そう言いながら、注射針の弾幕を潜り抜け、全力で逃げるボクはきっと間違ってないし、

 

「待ちなさい!テイオー!!」

 

そう言って主治医さんと一緒にボクを追いかけてくるマックイーンから逃げても、ボクはきっと無罪!

ノットギルティだ!!

 

…そう、ボクは今、全力で二人から逃げている。具体的には、マックイーンと、その主治医さんの二人と、全力で命懸けの鬼ごっこをしているんだ!

 

え?なんでそんなことしてるのかって?

 

それはね…

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「主治医だからです」

 

「それはもう良いから!!」

 

そう言って後ずさるボクの前に佇む

マックイーンの主治医さんは、手に持った注射器の先端を鈍く光らせながら、当たり前のようにそう答える。

 

そして…

 

 

 

「そうですわよ、テイオー」

 

 

 

そう言って主治医さんの後ろから出て来たウマ娘、ボクをこの部屋に呼んだ張本人のマックイーンが続けたのは…

 

「…あなた、今年の予防接種まだ打ってないでしょう?」

 

「うぐっ!」

 

そんな耳に痛い指摘で、それについボクも呻き声を出してしまう。

 

…そうなのだ。実を言うと、ボクはまだこの期に及んで今年の予防接種を受けていない。もうすぐ新年だって言うのに、いまだにワクチン的な意味での新しい年への備えが出来ていないのだ。

 

でも…

 

「流石に有マ記念に出る今年は、

そんなに簡単に打てないよ!!」

 

ボクにだって言い分はある。

 

そう、確かにインフルエンザに備えてワクチンを打つことは大切だ。

 

でも、今年ボクは有マ記念に出る予定が元々あった。それも、前の怪我から実に1年ぶりの復帰レース。絶対負けられない戦いだったのだ。

だからこそ、そんな大切な大舞台に万が一でも影響が出ないように、ワクチンとは言え病原体を体に打たなかったのだけど…

 

「えぇ、そんなことは分かってますわ」

 

その程度の言い訳はマックイーンには通用しない

 

「ですが…もう終わりましたよね?有マ記念。あなたの優勝で」

 

「うがっ!」

 

また痛いところを突かれて呻くボクに、マックイーンは畳み掛ける

 

「それなら打っても良いですわよね?」

 

そうしてニッコリ微笑みながら言ってくるけど

 

「で、でもでも!それならなんでマックイーンの主治医さんがここにいるのさ!!」

 

それでも、この人がここにいるのはおかしい!そう主張するボクに

 

「だってテイオー、あなた自身に任せたら、絶対自分からは予防接種受けに行きませんわよね?」

 

「…」

 

そんなド正論を平然と返すマックイーンから、ボクはつぅーっと目をそらす。

だからこそ…

 

「…主治医」

 

呆れたような顔でそうつぶやくマックイーンの声に

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

そう、主治医さんが応えたと思った次の瞬間には目の前に注射針があって………って

 

「うぇっっ!?」

 

慌てて首を横に倒してそれを避けると、その瞬間に、

後ろからドコッっと謎の音がする。

 

だから振り向くと、そこにはコンクリートの壁に突き刺さる一本の注射器があって…

 

「おや?外しましたか」

 

そう首をかしげる主治医さんと

 

「あらあら…メジロの主治医の針を躱すなんて…やりますわね?テイオー」

 

なんてズレたことを言いながら目を丸くしてこっちを見つめるマックイーンがいたから…

 

(…あ、これダメなやつだ)

 

ボクは確信する。

 

…確かに、確かにボクは注射が大嫌いだ。

 

どのくらい嫌いかって言うと、毎日遅刻か否かのギリギリのバトルを先生と繰り広げているマヤノと同じように、ボクも毎年注射の時期になると、先生や同級生達と、注射から逃げきれるか否かのギリギリのバトルを繰り広げているぐらいだ。

これに関してはもうほとんど年中行事みたいなものになってるから、予防接種の時期には、毎年学園の総力をあげて、ツチノコ探しみたいな感じで、ボクと予防接種とのバトルが繰り広げられるんだけど...(本人はこう言っていますが、毎年割とあっさり見つかって取っ捕まってます by作者)

 

「…次は外しませんよ?」

 

そう言いながら、なんだかラスボスみたいなオーラを纏いながらこっちに歩いてくる主治医さん

 

「…これはわたくしも、手伝わなければならないようですわね」

 

そして、そんな台詞を吐きながら、何だかよく分からない白いオーラを拳に纏いながらこっちに近づいてかるマックイーンの放つ圧力は、流石にそんなボクから見ても、明らかにジャンルが違うものだったから…

 

ボクはその場でくるりと回れ右をする。

 

そして…

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

ヒュンッ!ヒュンッ!ヒュンッ!

 

 

 

ドガァンッ!バゴォンッ!!

 

 

 

「ワケワカンナイヨー!!」

 

 

今こうなってるってわけ!!

 

 

悲鳴をあげながら逃げるボクと、それを追う主治医さんとマックイーン。

 

…なんか爆発とか轟音が聞こえるような気がするけど、全力で逃げるボクには振り向いてる暇なんてない。

 

文字通り、死力を振り絞ってボクは逃げる!

 

でも、そんな騒がしいボクたちの上にも広がる空は、どこまでも青く呑気に広がっていて…

 

「もう勘弁して~!!」

 

「お断りします。なぜならわたしは主治医だからです」

 

「あなたこそ、いい加減捕まりなさ~い!!」

 

そんなボクの悲鳴も、マックイーン達の怒声も、そんな空の彼方に吸い込まれていくから…

 

 

 

…トレセン学園は今日も平和だった

 

 

 




ちなみに、
同じく注射嫌いなマヤちゃん(公式設定)も、
注射の日は毎年テイオーに便乗して寮から脱走してます。
こちらはテイオーよりもはるかに高度な、
それこそ某〇ネークレベルの超絶隠密技巧で、注射の回避を試みていますが、
こういう時だけやたら有能なトレーナーちゃんに、毎年テイオーよりも早く、速攻で取っ捕まってます



バタンッ!!



マヤちゃん「ト、トレーナーちゃん!?ど、どうしてここが分かったの!?」

トレーナーちゃん「はっ!俺はお前のトレーナーだぜ?愛バが行きそうなところ
位、簡単に想像できるっての!!
         …それじゃあたずなさん!やっちゃってください!!」

たずなさん「はい!いつもありがとうございます、トレーナーさん!!

      …それではマヤノさん、行きましょうね♪」ズルズルー…

マヤちゃん「いやあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」(たづなさんに付けられた手錠でドナドナされるマヤちゃん。なお、アンソロジーネタ)



…本当は年内にあげる予定だったのですが、
思ったよりもかなりの難産でした。
遅れてしまい申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テイオー様の長い1日!! カイチョーを無礼ルナ!!



個人的には、殿下が実装されたら引きたいな~、
と思っていたのですが、クリスマスマヤちゃんの直後だったために、
石がなくてあえなく轟沈

おのれ〇ィケイドォォォォッ!!(二回目)




 

無敗の三冠ウマ娘

 

それがボクの夢だった。

 

だからこそ…

 

「トウカイテイオー選手!日本ダービー制覇!!二冠達成!!」

 

 

 

わぁぁぁぁああああぁぁぁっっ!!

 

 

 

観客席の歓声が会場を揺らす。

彼らの熱狂が、喜びが、ターフで二本の指を天に掲げるボクのもとにも、ビリビリと伝わってくる。

 

そして

 

(…あぁ)

 

だからこそ、ボクは胸の内から溢れる歓喜を一旦飲み込む。

緩みそうになる頬を、改めて引き締める。

 

なぜなら…

 

(…これで)

 

これでようやくボクは挑戦権を手に入れたといっても良いから。

無敗の三冠ウマ娘、ようやくそこに至るためのスタートラインに立ったと言えるから。

 

…もちろん、今までの戦いが温いものだったなんて言わないし、言えるはずもない。

 

確かに、ボクはこれまで無敗を貫き、ついに日本ダービーをも征した。それでも、そこに至るまでの道のりはとても過酷なものであり、何度も危ないと思った瞬間があった。決してそれは楽な道なんかじゃなかったのだ。それに…

 

(…)

 

ボクはちらりと横目でターフの片隅を見る。すると、そこには息を切らす、クリスマスカラーの勝負服を着た一人のウマ娘がいて…

 

 

(…)

 

だからこそボクは気を引き締める。

何度も言うように、ボクはまだようやくスタートラインに立ったばかりなのだ。

三冠最後のレース、菊花賞。

それを取ることで、始めてボクのウマ娘としての人生が始まるんだ。

だから

 

(…絶対に)

 

負けるわけにはいかない。

ここからだ。

ここからが、ボクの勝負なんだ。

 

だからこそ、掲げた腕の先にある空は、どこまでも高く、そして遠くて…

 

…そこに手を伸ばすことさえ許されなかったボクには、それは文字通り天の果てよりも遠いものだった。

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

トレセン学園に限らず、普通学校という施設には様々な用途で使用される部屋が数多く存在する。

 

図書室、理科室、家庭科室、このあたりは流石に、一度も使ったことのない人の方が少ないだろうし、社会科室や放送室なんかは、使ったことがなくても、存在自体は認知しているだろう。

 

他にも大小様々たくさんの部屋が学校という施設にはあるのだが、その中でも、普通に生活していると本当に縁がない部屋というものはいくつかある。

 

例えばその一つは、校長室だ。

基本よっぽどのことがない限り、特に教鞭を取るわけでもない校長という種類の人間と、一生徒との交流など滅多にない。その為存在自体は知っていても、普通の生徒は卒業までそこに近寄ることはない。そもそも必要がないからだ。

 

だからこそ、そんな普通なら近寄る必要のない部屋というものは、場所は知っていても入ることが無い故に、ぱっと学校の地図を頭に思い浮かべた時には見落としがちだ。

 

つまり、何が言いたいのかというと…

 

ドドドドドッ!!

 

「普段入り浸っているボクには避難場所の選択肢として思い浮かぶけど…」

 

廊下から鳴り響く足音が遠くに行ったのを確認したボクは

 

「そうでもない主治医さんやマックイーンには、ボクが逃げ込む場所としてはマークされてないってことだよね♪」

 

そう言いながら、ボクは隠れていたソファーの後ろから顔を出す。

 

そして、当然そこにあるのは、誰もいない静寂に包まれた生徒会室だ。

 

そう、ボクはあの後、まるでマシンガンのように高速で注射器を投げ続ける主治医さんと、なんか出る作品間違えてない?って聞きたくなるような、変態的な三次元機動でボクを取り押さえようとするマックイーンの二人から、何とか隙を突いて、この生徒会室に隠れることに成功したのだ。

 

さっきも言った通り、この部屋は普通の生徒はあまり使うような場所じゃない。そして、たまたま今は誰もいないみたいだけど、この部屋を主に使うのは、カイチョーを筆頭にした生徒会の面々で、要するに学園内の権力者達だ。

だからこそ、例えボクがここにいるのがバレたとしても、そうそう手荒な手段は取れないはずだと踏んで、ここに逃げてきたのだ。

 

…学園の重要なお客を招くこともあるだけに、この部屋の備品はそこらの安物ではない。

それだけに、誰もいない静かな状況では、それらの高級そうなソファーや、校訓が納められた荘厳な額縁は、この部屋に厳かさを醸し出している。

 

幸い、マックイーン達はボクがここに隠れたことに気が付かず、そのまま通りすぎて行ったみたいだ。

 

だけど…

 

「…これからどうしよっか…」

 

だからこそ、ボクは腕を組んで考える。

 

そう、これはあくまでも一時凌ぎ。根本的な問題は解決していない。

であるならば…

 

(…大人しく注射を打つ?)

 

いや、それでは本末転倒だ。

そもそもボクは注射が打ちたくなくてここまで逃げてきたのだ。

となると…

 

(…何とかして、マックイーンを説き伏せるしかないかな~)

 

そんなことを考えていた時だった。

 

「うん?」

 

何となくカイチョーの机に目を向けると、ちょうど一枚の紙切れが机の角から落ちるところだった。

恐らく、少し空いた窓からの風に吹かれたのだろう。

 

だから

 

「ほいっ」

 

特に何も考えずに紙をキャッチする。

そして、これまた、特に何も考えずにその内容にザッと目を通す。

 

…どうやらキャッチした紙は、空き教室の使用申請の紙だったみたいだ。だからか、普段はあまり使わない、とある空き教室の使用の申請とその為の手続きが記載されていて、そしてどうもそれに対する許可がおりたらしい事が書いてある。

 

だが重要なのはそこではない。

 

まず第一に、この使用申請の日が今日の日付であること。つまり、この教室が使われるのが今日であるということ。

 

そしてもう一つ、これが一番重要だが、それは…

 

「…マヤノ?」

 

…そう、一番ビックリしたのは、この空き教室の使用申請を出したのがマヤノだと言うことだ。

 

マヤノトップガン。

ボクの友達の一人で、同時に同じ部屋で暮らすボクのルームメイト。

でも、まさかその名前をこんなところで見かけるとは思ってなかったボクは少し驚く。

 

だけど

 

(…そう言えば)

 

そう、あれはボクが一年ぶりに有マ記念に挑む少し前からだったろうか?

あのあたりから、少しだけマヤノは寝るのが遅くなった。

 

それは決して気のせいじゃなくて、

あのあたりから、普段はボクよりもはるかに早く寝る彼女が、ボクが普通に寝る時間くらいまで、何か書き物や調べ物をするようになったのだ。それは今でも続いている。いや、むしろ…

 

(ボクが有マで優勝してから、さらに寝るのが遅くなってたような?)

 

それを思うと…

 

(…もしかしたら)

 

あの時は、ボクも有マ記念に向けて必死だったから、変なマヤノ、程度にしか思わなかったけど…

 

(…マヤノのおかしな行動は)

 

もしかしたら、今日のためなのではないのか。

何をする気か知らないけど、もしかしたら、彼女は今日のために何か準備をしていたのではないか。

 

そう思ったから…

 

(…)

 

好奇心に駆られ、ボクはもう一度紙に目を通す。

空き教室の使用申請をするなら、手続き上そこには使用目的も書かれているはずだ。それなら…

 

(…あ、これかな?)

 

お目当ての項目を見つけたボクは、ちょっと躊躇うけど、それでも好奇心に負け、その項目に目を通そうとして…

 

「…ん?テイオー?」

 

「うひゃぁっ!?」

 

背後からかけられた声に慌てて振り向くと

 

「やれやれ、また勝手に入り込んだのかい?

本当にこりないな、キミも」

 

なんて苦笑するカイチョーがいて

 

「あ、あはは…ごめんねカイチョー!」

 

それを見ていると、何だかさっきやりかけた事が、とっても罪深いものの気がしたから、カイチョーに気付かれないように、ボクは後ろ手にそっと拾った紙をカイチョーの机に戻す。

 

 

「あれ?カイチョー、その本は?」

 

そんなことをこっそりカイチョーを見ながらしていると、ボクはふとカイチョーの持つ本に目が止まる。

それは何だかやけにケバケバしい色をした怪しさ満点の本だったからで…

 

「うん?…あぁ、これか。

実はつい昨日、本屋で偶然見つけてね」

 

そう言いながら、珍しくウキウキしたような顔でその表紙をこちらに見せてくるカイチョーとは対照的に、ボクは頬をひきつらせる。

 

なぜなら…

 

「休み時間にでも読もう、と思って持ってきたのだが…ふむ、折角だ。

テイオー、君も一緒にどうだい?」

 

その本は、目が痛くなるようなレインボーの表紙に、抱腹絶倒!とか、これであなたも人気者!、とかいうクソダサフォントがデカデカと張ってある本で…

 

「...『だじゃれを言うのは誰じゃ!完成版おもしろだじゃれ100選!!~今日のネタはこれで決まり!!~』…」

 

「そうだ。なかなかに興味深いとは思わないか?」

 

そんな、いかにもなトンデモ本を手に、とっても楽しそうに微笑むカイチョーに、ボクはさっきまでの命の危険とは、また違った危険を感じたから...

 

「………あぁ、そうだカイチョー!ボク実は、この後やらなきゃいけない用事があったんダッター!」

 

そう言って、ボクはさりげな~く、カイチョーの横をすり抜けて…

 

「…まぁまぁ、そんなに急ぐこともないだろう。

ここに遊びに来たということは、一緒に少しおしゃべりをするくらいの時間はあるのだろう?」

 

そう言ってカイチョーは、ドアの方に向かうボクの前に立ちふさがる。

 

そして…

 

「思えば、いつも忙しくて、あまりキミに構ってあげられなかったからね…

ちょうど今は私も時間があるし、

せっかくだから、二人で存分に楽しもうじゃないか!」

 

なんて、善意100%の笑顔で微笑んでくるから…

 

「………ウン、ソウダネカイチョー」

 

ボクは絶望する

 

なぜならカイチョーがあまりにも楽しそうだったから。表情にはあまり出さないようにしてるけど、それでもワクワクしてるのが隠しきれてないから。

 

よく見ると、珍しくしっぽがちょっと揺れてるし、耳もピョコピョコ動いている。基本的にそんな風に感情が外に漏れないように気を付けてる

カイチョーが、そんなことを無意識でもやってる時点で、カイチョーがどれだけこの時間を楽しみにしてるのかがよく分かるから。

 

だから…

 

(だ、ダメだ!ボクにはこんなカイチョーの頼みを断れない!!)

 

そんな自身の良心に負けて、

カイチョーの提案に了承の意を返すと、カイチョーはそれこそ花の咲くような笑顔になる。

 

「ほ、本当かい!テイオー!!」

 

「…ウン、ソウダネカイチョー」

 

それを見ながら…

 

(…わぁー、カイチョースッゴい良い笑顔ー)

 

…できるなら、もっと別の場所で見たかったなー、と内心号泣するボクを尻目に、事態は進行していく。

 

 

 

「そ、それならまずはこのページから行こう!37ページの、仏像がぶつぞう!!いや、実に秀逸だとは思わないかテイオー!言葉遊びとしてのレベルもさることながら、そもそも仏教において、他者をぶつ、すなわち他者を傷つけるということは、不殺生戒において禁止されている。まぁ、それなら仏法に従わない者に直接武力で介入する不動尊とかはどうなるのか、という話にはなるが…一般的に日本で仏像というと、そう言った特殊な神性ではなく、ストレートに釈迦如来や阿弥陀如来などといった教義的にメジャー仏達をさす傾向にある。であるならば、この場合の仏像というのは、そう言った最上位の仏達にあたると解釈するべきだが、そうなるとこのダジャレはある意味では冒涜的だ。と言うのも、仏法における最高位の仏達に自らこの戒律を破らせているからだ。だが、ここで考えるべき点は二つあって、一つはこれがダジャレであること、もう一つはこのダジャレの文言そのものだ。まず、そもそも笑いとは何かということを考えると、その原点は滑稽さだ。ではそもそも何がそれを引き起こすのかというと、それは矛盾だ。自分の常識とギャグの常識が食い違っている、この部分がそもそもの笑いの原点だ。それを考えたときに、不殺生戒により他者を傷つけられないはずの仏が何かをぶつ、というのは相当な矛盾だ。そして、世界三大宗教の一つにも数えられる程の宗教である仏教は、それだけに有名であり、無論そうであるからこそ、その戒律も細かいものはともかく、不殺生戒位は誰でも知っている。分かるか?つまり、このダジャレはそう言う意味で、世界中の人々が笑いの核に気付くことができうるグローバルなダジャレなんだ!そしてもう一つ、このダジャレの文言にも注目すべきだ。なるほど、確かにさっきから言う通り、宗教における最大のシンボルに自らその戒律を破らせる図など、不敬極まりない。ものによっては処刑も辞さないだろう。だが待って欲しい。確かにこのダジャレは一見それを犯しているように見えるが…仏像がぶつぞう…ぶつぞう…ぶつぞ…打つぞ…そう、つまりはこれは直接的な行為を描写しているのではなく、あくまでもそれをするという宣言でしかないんだ!ほら、良い子にしてないと鬼が来るよ、なんて小さい子供をしかる場合なんかがあるだろう?それと同じで、あくまでも仄めかしであって、それをしてはいない。だからこそ、これはセーフなんだよ!そもそもこれがアウトなら、仏の顔も三度、という慣用句も使えなくなるからね。つまり、このダジャレは高度な言葉遊びでありながらも、かつ万人に理解することができ、かつ宗教という扱いが難しいものをネタにしていながらも、そちら方面に対する配慮が完璧であるために、どこでも使えるダジャレということなんだよ!!素晴らしいとは思わないか、テイオー!!でだ、それを踏まえた上で、改めて言語学的、歴史学的にこのダジャレの発生経緯と、当時それを産み出したであろう人達の職業、文化的背景などから改めてこのダジャレを考察すると…」

 

 

 

「…」

 

 

 

チュンチュン

 

 

 

生徒会室の外はとっても良い天気でだ。

だからこそ、そこにはとてものどかな光景が広がっている。

空を飛ぶ鳥になりたい、

たまに現実に疲れた人がこういうことを言うけど、それも今なら分かるような気がする。

 

だって…

 

 

 

「…それで、キリスト教における偶像崇拝とイコンの関係性、そこから導きだされる聖書の記述と現実の祭祀の兼ね合いを踏まえた上で、同種のダジャレがキリスト教文化圏で発生しうるのか、それについて元々の聖書の言語であったヘブライ語、そして後にそれを翻訳したギリシャ語などの聖書言語の言語的特徴を考えながら考察すると、元々のキリスト教言語のヘブライ語という言語は、母音の記述がされないという特徴があって...」

 

 

 

地獄のように静まり返った空間に、

朗々とカイチョーのダジャレと、それについての詳細な解説、そして多方面からの考察、仮説の提唱が響く。

そして、それを聞いてるボクはもうどんな顔して良いのか分からなかったから…

 

(…お、お願い…)

 

はやく…はやく終わって…

 

恐ろしく寒いオヤジギャグによる精神的暴力と、それを懇切丁寧にありとあらゆる角度から分析した上での、独自の考察や仮説なんかによる学術的暴力が同居するとかいう、カオスとしか言いようがない無茶苦茶な状況に、ボクの心が折れそうになった瞬間だった

 

 

 

「そもそも、量子力学的に考える神の実在論と、それを踏まえた上でのこのダジャレの成立問題というのは問題そのものの前提が…うん?」

 

 

 

これまで実に楽しそうにダジャレについて語っていたカイチョーの言葉が止まる。

 

そして、それに気がついてボクがカイチョーの見ている方向を見た瞬間だった

 

 

 

パリーン!!

 

 

 

生徒会室の奥の窓が割れると共に、

二人の人物が窓から飛び込んでくる。そして

 

「ようやく見つけましたわ!テイオー!!」

 

それは息を切らしたマックイーンと

 

「大丈夫。痛いのは一瞬です。主治医ですから」

 

さっきよりも威圧感を増した主治医さんだったから…

 

「ぴえっ!?」

 

状況を察したボクは、

即座にその場から立ち上がる。

そして

 

「ごめん!カイチョー!!

続きはまた後で!!」

 

そう言って一目散に逃げ出したから…

 

「…え?あ、ちょっと…」

 

「逃がしませんわ!主治医!!」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

流石に何が起こったのか分からないカイチョーは、慌ててボクを呼び戻そうとするけど、その脇をすり抜けて、二人が疾駆する。

 

だからこそ

 

 

 

ドカァァーン!バコォォーン!!

 

 

 

 

「ぴゃぁぁぁぁああっっ!!」

 

 

 

ボクはまた、終わりなき逃避行へと身を投じるのだった…

 





その後の生徒会室

エアグルーヴ「さて、大体外での仕事も終わったかな?後は生徒会室で書類整理を…って何だこれは!?か、会長!ご無事ですか!?」

シンボリルドルフ「(´・ω・`)」



会長がダジャレ好きなのは公式設定ですし、よく使われるネタでもあるのですが、
いざそれを自分で書こうとすると難しい…
日常パートにさりげなく混ぜるくらいならともかく、
本気で彼女がダジャレについて語り合うならどうするだろうかと考えると、
作者はこういう感じでしか想像できませんでした。



※もちろん例のごとく、会長のダジャレ論は3秒で考えた適当理論です。
あてにしないでください。
…むしろこんなダジャレ文化論みたいな話をしてくれる人がいたら作者が聞いてみたいくらいですよ…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テイオー様の長い1日!! ゴルシちゃんのスーパーマジックショー!!(レベルMAX)

作者「ウララが欲しいウララが欲しいウララが欲しい…」

ガチャポチ~



「うっらら~♪」(通常ウララ)



作者「違う!そうだけど、そうじゃない!!」



…同じような経験してる人、いません?




□月☆日

 

 

 

今日は■■■■■■■が模擬レースをしてるのを見た!

 

■■■■■■■はすっごく強いウマ娘だとは聞いてたけど、実はまだ実際に走ってるのを見たことがなかったから、ワクワクした!!

 

で結果だけど…うん、やっぱり■■■■■■■はすごい!

レース運びといい、走行フォームといい、最終直線の伸びといい、今まで会ってきたウマ娘達の中でも、頭一つ抜けてる!すっごくキラキラしてる!!

 

ある先輩みたいなウマ娘になるのが夢だって言ってたけど、■■■■■■■ならきっとなれる!応援してるよ♪

 

 

 

□月▼日

 

 

 

今日は■■■■■■■と一緒に遊びに行った!

 

同室とはいっても、比較的お互いに生活習慣がズレてるから、特に朝の予定があうことが滅多にないんだけど、それでも今日はたまたま朝一緒位の時間に起きて、しかもお互いに予定がなかったから二人で遊びに行った!!

 

生憎天気が悪かったから、デパートでウィンドウショッピングをした後に、一緒に映画を見ただけだったんだけど、それでもとっても楽しかった!!

 

また機会があったら二人で遊びに行きたいな♪

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

祭りとは何だろうか。

 

民俗学的なことをいうのならば、それはハレの日だ。

一般的な生活を営む日であるケの日と対照的に、祭事などといった非日常を司る日であるハレの日は、社会生活において、前者で消費されたエネルギーを補充する役割を持つとされる日である。

そして、祭りが基本的には非日常の行事であることを考えるなら、間違いなくそれはハレの日の行事に他ならないだろう。

 

だが、そんな小難しい説明などなくても、みんな分かってるはずだ。

 

すなわち、祭りとはカーニバルであり、カーニバルとはバイブスぶち上げて全力で楽しむパーリナイトであることを。

 

つまり、早い話が祭りとは祭り以外のなにものでもない。

とりあえずテンション振り切って、理性をゴミ箱にシュート!超エキサイティング!!しておけば良く、それこそ祭りの本質であるから…

 

 

 

「さぁ、ここまで盛り上がってきた第一回トレセン学園マジックショー対決!!いよいよ最後のマジックだぁっ!!」

 

 

 

ワァァァアアアアァァァァッッ!!

 

 

 

実況のイナリ先輩の声に合わせて、会場に歓声が響く。

それは、普段のレースの時のものに勝るとも劣らないほどの熱気が込められたものだったから…

 

(まさかここまで盛り上がるとは…)

 

一応学園から正式に許可も取ってあるし、相手方ともある程度の打ち合わせをしていたらしいけど、それでも事前告知一切なしのゲリラ開催的に始まったこのマジックショーは、いまや熱狂の渦に包まれている。

その様は、まさに突発的に開催された祭りの空気に、観客達が全力で乗っかっているものそのものであったから…

 

(行ったことないけど…)

 

多分渋谷のハロウィンって、ノリと勢いだけで成り立つ生粋の祭りの会場って、きっとこんな感じなんだろうな~、と日本人の祭りにかける情熱に思いをはせていたときだった。

 

「よしっ!待たせたなテイオー!!ようやくお前の出番だぜ!!」

 

舞台裏で呑気にハチミー(しばらく出番ないから、と買ってきてくれた。こういうところは本当に律儀)を啜りながらステージを見ていたボクに、最後のマジックの準備が終わったらしいゴルシが声をかけてくる。だから

 

「OK!サイキョームテキのテイオーさまに任せといて!!」

 

ボクは立ち上がりゴルシと一緒にステージに上がる。すると、ステージの上ではとあるウマ娘がボク達のことを待ち構えていて…

 

「ふふっ…いや驚いたよゴールドシップ。まさか君がここまで素晴らしいマジシャンだったとはね。正直感動したよ」

 

舞台に上がったボクの横にいるゴルシに、ボク達が立っているステージの反対側に立っているウマ娘が声をかける。そして

 

「だが、だからと言って私も負ける気はない!

さぁ、この私、フジキセキによる奇跡のステージを、キミは上回ることができるかな!?」

 

そう演技がかった、しかし全く嫌みのない仕草でこちらに問いかけるフジ先輩に

 

「おうよ!あんたの奇跡のステージを上回る、ゴルシちゃんのスーパーステージを、ここであんたに見せつけてやるぜ!!」

 

と、ゴルシが応える。そしてその瞬間に、ステージは再び歓声に包まれる。

 

…そう、ボクは今何故か唐突に始まったゴルシとフジ先輩のマジックショー対決に、ゴルシの助手として参加している。と言うのも…

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「…ん?テイオー?」

 

 

 

開かれた扉の向こうから聞こえてきたのは、想像していたようなマックイーンの声や、注射針が空気を引き裂く音ではなく、そんなのんきな声だったから

 

「…?」

 

そっとボクは目を開ける。すると

 

「………ゴルシ?」

 

「おう!みんな大好きゴルシちゃんだぜ!!」

 

そう言いながら、自身の顎の下に指を持ってきてウインクするをするのは、背の高い葦毛のウマ娘。端的に言うとゴールドシップだったから...

 

「ふぇぇ…びっくりさせないでよ、ゴルシ…」

 

ボクはその場にヘナヘナと座り込む。対して

 

「んだよ、テイオー。失礼な奴だなー?アタシはお呼びじゃないってか?」

 

と、ゴルシはちょっと不満そうな顔で返す。

でも、だからこそこれが夢ではなく現実であること、幸いにもまだボクはマックイーンに見つかったわけではないことに、ボクは一先ず安心する。

 

そう、ボクはあの後再度の逃亡の末に、この体育倉庫にたどり着いた。

幸い、人目がないところにあったからか、マックイーンには気付かれずにすんだけど、窓などの外の様子を確認するためのものが一切なく、また狭く出入口が一つしかない体育倉庫は、隠れといてなんだけど隠れるにはあまりにも不向きな場所だ。

そして、付近をまだ捜索しているだろうマックイーン達がここを見つけるのも時間の問題。

だからこそ、最初は見つかったと思ったんだけど…

 

(取り合えずは…)

 

助かったみたいだ。

そう思ったボクは、そっと胸を撫で下ろす。

 

だから

 

「…ところで、ゴルシはこんなところに何の用なの?」

 

ふと思い浮かんだ疑問を、何気なく聞いてみる。

そう、ここは基本的にあまり使われないためにほとんど忘れられている体育倉庫。だから、よっぽど何か用がない限り、こんなところに来る人なんて、基本的にはいないはず。

…まぁ、今この場所に逃げ込んでいるボクが言っても説得力がないことは分かってるけど、それでもそんな場所故に人が来ること自体が珍しいのは事実だ。

だからこそ、そんな場所にゴルシがわざわざ足を運んだ理由をボクは聞いてみたんだけど…

 

「ん?…あぁ、アタシはちょっと必要なものがあって取りに来たんだけど…それはお前もじゃね、テイオー?なんでこんなところにいんだ?」

 

なんて答えが返ってくる。

 

…まぁ確かに、普段からの奇人変人っぷりが有名なゴルシ、

具体的には、東にぱくぱくお嬢様あれば、飛んでいってショートケーキの最後のいちごをかっさらい、西にアイコピー少女あれば、ゴルシちゃんキック(威力は某○イダーキック並み)を始めとした、ろくでもない知識や技を色々伝授するようなゴルシなら、基本的には何をやっててもおかしくはない。むしろ、誰もが存在を忘れてる体育倉庫に現れるなんて、普段の奇行を考えるとカワイイほうだ。

 

…実はゴルシは未来人。

その未来は、とある事件により謎の怪物が大量発生して文明が崩壊。

その事件に秘められたある理由をきっかけに、種族として決定的な溝ができてしまったウマ娘と人間が、それでも生き残りを滅ぼそうとする怪物を前に結託しなければならない、いやむしろそうまでしても戦力が足りないという、胃に穴が空きそうな程ギスギスした、それでいてマジで滅びる五秒前みたいな未来で、それを変えるためにタイムスリップしてきた、とか言われても、多分トレセンの人間は誰も驚かないと思う。

だってゴルシだから。

 

でも、そんなゴルシと比べると、ボクは間違いなく一般的な生徒。

まぁ、レースに限ってはそんなことないんだけど…感性で言えば間違いなくボクは一般人。

だからこそ、そんなボクがこんなところにいるのは不自然なことだ。であるならば、普通は何か理由があるのが当然で…

 

「え~と、実は…」

 

と言うわけで、ボクは自分がここにいる理由をゴルシに話す。

別に隠すようなことじゃないから(ボクに限らずウマ娘は多かれ少なかれ注射は嫌いだ)、これまでの顛末をボクはゴルシに話すと…

 

「ふ~ん…お前も大変だったんだな、テイオー」

 

なんて一応ゴルシも納得してくれる。

ただ…

 

「(まったくあいつ…自分の本来の役割忘れてねぇか?…絶対途中でテイオー追い回すのが楽しくなってきてるだろ…)」

 

「…え?何か言った、ゴルシ?」

 

「うんにゃ、なんでもねぇ」

 

ボクの事情を聞いたゴルシは、なぜか珍しく苦虫を噛み潰したよう顔で、何かぶつぶつと独り言を言ってたのが印象的で

 

(…?)

 

それに対してボクが首を捻っている時だった。

 

 

 

「…よし!じゃあテイオー!!

お前今からアタシのやること手伝え!!」

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「さぁ!果たして最後は我々にどんな素晴らしいマジックを見せてくれるのか!?

それではゴールドシップによるマジックだぁ!!」

 

 

 

ワァァァアアアァァァァッッ!!

 

 

 

イナリ先輩の実況(ちなみに実は途中参加。一体いつの間に…)と会場の歓声に背中を押されて、一緒に出てきたゴルシがステージの真ん中へと進む。

 

…結局あの後、ボクはゴルシの手伝いをすることになった。

実際、あのままあそこに隠れているのも手詰まりだったし、何よりゴルシは自分に協力してくれたら、ボクをあの場から安全に移動する手伝いをしてくれると言ってきた。

加えて、他の場所への避難にも力を貸してくれるということなのだから、正直ボクに断る理由はない。

 

ただ…

 

ボクは、ちらりとゴルシの方を見つめる。そこでは、ゴルシが大勢の観客達の前で、マイクパフォーマンスに勤しんでいて…

 

「Hello everyone !!おめぇら盛り上がってっか!?そんじゃあ、本日最後のマジックを始めるぜ!

ゴルシちゃんのスーパースペシャルステージの終焉を、目ん玉かっぽじって刮目しやがれぇ!!」

 

ワァァァアアァァァァッッ!!

 

そう啖呵を切ったゴルシに、会場の観客達が熱い歓声を送る。

だからこそ

 

「よしっ!じゃあ助手のテイオー!!カモン!!」

 

「はーい!」

 

そう言われたボクは、あらかじめ頼まれていたものを持って、ゴルシの隣まで歩いていく。だけど…

 

(…ねぇゴルシ、本当にこの中に入るの?)

 

(悪いな。でも入ってる時間自体はそう長くないはずだから、我慢してくれ)

 

(うぅ~…ちょっと嫌だけど、まぁ手伝うって言っちゃったしね…)

 

(恩に着るぜ)

 

そう、小声でゴルシと話したボクがその場に置いたのは、薄汚れた、どこにでもあるような一つのロッカーで…

 

「さぁっ!始めるぜ!!

とは言ってもやることは簡単。

助手のテイオーにこのロッカーに入ってもらってから、扉を閉めて魔法をかけるだけ!

それだけで、次にロッカーの扉を開けたときには、テイオーはもうその場にはいない。要するに脱出マジックだ!だがそれだけじゃねぇ」

 

そう観衆に途中まで説明すると、ゴルシはわざと一旦言葉を切り、不適に笑う

 

「ただ人が消えるだけなんてつまらないだろ?だからこそ、次にロッカーを開けたときには、テイオーの代わりに全く違う誰かが出てくる!つまり…」

 

そこでゴルシは大仰に手を天に掲げて叫ぶ

 

「このマジックは、密室からの人体交換マジックだ!!」

 

そう言い切ったゴルシに

 

ワァァァアアァァァァッッ!!

 

観客達も再びの歓声で応える。

その熱狂は、普段レースやライブで観客の歓声に慣れているボクでも、ちょっとビックリする位のもので…

 

「おおっと!

ここでゴールドシップ、定番ながらただの学生が手を出すにはあまりにも難易度が高いマジックを持ち出してきたぞ!!

果たして成功させることができるのか!?」

 

と言うイナリ先輩の実況に、ボクまでちょっとドキドキしてしまう。

 

そうなのだ。

ボクがゴルシに手伝いを頼まれたのは、脱出マジックの箱の中に入る役。

流石にこればかりは、ゴルシも他の人の手が必要で困っていたところ、ちょうど良くボクに出会ったという訳なのだ。だけど…

 

(…本当に成功するのかな?)

 

とボクはひそかに首を傾げる。

と言うのも…

 

(ことここに至るまで、このマジックの種について、ボクなにも聞いてないんだけど…)

 

と、ボクは内心冷や汗を流す。

 

…そう、実はボク、これから自分が挑むマジックについて、ゴルシからロッカーの中に入ってくれ以外のことを一切聞いてない。

別にボクはマジックに詳しいわけじゃないけど、こういうのは箱の中から華麗に脱出することこそが売りであり、そして尚且つ、こういうのは中の人の協力も大事なはずなのに、である。

 

ボクはロッカーの傍らからゴルシの方を見る。

 

そこには定番の、種も仕掛けもありません、という口上を切った後に、なんなら確認してくれと、フジ先輩と、適当に指定して舞台に上がってもらった観客の一人に、件のロッカーを調べさせているゴルシがいたから…

 

(本当に大丈夫かな…?)

 

そうちょっとジト目でボクはゴルシをこっそり見つめる。

だけど、それでももうすでにショーは始まってしまってるから…

 

「待たせたな、テイオー!

それじゃあ約束通り、この中に入ってくれ!!」

 

検分を終えたロッカーの前に佇むゴルシが、その最後のマジックを始めることを宣言したから

 

(ええ~い!ままよ!!)

 

そう覚悟を決めて、ボクもロッカーの中に入って扉を閉める。

 

すると即座に

 

「よし!入ったな!!それじゃあいくぜ!!○ンカラホイ!」

 

なんて、力が抜けるようなゴルシの発言が続き

 

「…うっし!これで準備は完了だ!!さぁテイオー!出てきてくれ!!」

 

と言うゴルシの声が聞こえたから…って、待って?

 

「ええっ!?本当にこれで出て良いの!?」

 

と流石にボクも反応せざるを得ない。

 

と言うのも、実際ボクはこのロッカーに入っただけで、本当に何もしてないし、何かが変わった雰囲気も全くないからだ。だからこそ、ボクは慌ててゴルシに確認したんだけど…

 

「大丈夫だぁ…問題ない!!」

 

なんて、全く安心できない台詞しか返ってこない。だけど…

 

ザワザワ…

 

「おっと!これはマジック失敗か!?」

 

観客の戸惑いと、イナリ先輩の心配そうな実況が聞こえてくる。それに…

 

「本当に大丈夫だからテイオー。ほら、ハリーハリー♪」

 

なんてゴルシに急かされると、居心地が悪くなってきたから…

 

「あぁ、もう!どうなっても知らないよ!!」

 

そう言ってボクが扉を開くと、そこは教室だった。

 

 

 

 

「………は?」

 

 

 

 

ちなみに今日は午前中しか授業がない日なので、基本的には校舎の中には誰もいない。

だからこそ、教室にも特に誰かがいるということはなく、とても静かだ。

 

チュンチュン…

 

どこかで雀でも鳴いてるのか、

窓の外からそんな平和な音が聞こえる。

開け放たれた窓から吹き抜ける風が、白いカーテンをゆっくりと揺らしていて………って

 

「え?何これ…」

 

あまりの出来事に脳がフリーズしていたボクだったけど、しばらくすると正常な思考が戻ってくる。

だから…

 

「ちょっ、ちょっとゴルシ!一体これは――…」

 

どういうこと!?

そう問おうとして振り向いたボクの目に映ったのは、ステージの上でニヤニヤとこちらを見ながら笑うゴルシ…ではなく、誰もいない校舎の廊下だったから…

 

「………」

 

またしても、呆気に取られてしまう。

自分は本当に夢か幻でも見てるのか、と。

 

ただ…

 

(…そう言えば)

 

とふと思い出すのは、ゴルシとの約束。

曰く…

 

(「もし手伝ってくれたらここから安全に出してやるし、そこからさらに別の場所に避難する手伝いもしてやるよ!どうよ!?」)

 

そして、それを考えるなら…

 

「…う~ん」

 

ボクは腕を組む。

 

…まぁ、そう考えるなら一応納得できなくはない。

 

…なるほど、確かにゴルシは約束を守ってくれた。

てっきりボクはあの体育倉庫からステージへの移動を、彼女の言う別の場所への安全な避難だと考えていたのだけれど、それはどうやら違ったらしい。

 

マジックによる別の場所への転送…

自身の目的を果たしつつも、ボクとの約束も履行できる一挙両得こそが、ゴルシの狙いだったらしい。

とは言え…

 

(これ…マジックの範疇を越えてるんじゃ…?)

 

明らかに常識を越えた現象に見舞われたボクは、再び混乱する。

でも…

 

「………まぁ」

 

ゴルシだし

 

…そう思うと不思議とストンと胸の中に落ちるものがある。

だから、自分でも驚くほど素早く気持ちを切り替えることができたボクが、改めてこれからどうしようか、とあたりを見回した時だった。

 

「…?」

 

ふと、ボクは足元に何かが落ちていることに気がつく。

 

「?何これ?」

 

だから何気なく拾い上げたそれ、何かのメモらしい紙を拾ったボクに、その時特に何か考えがあったわけではないし

 

「…この字って」

 

そこに書いてあった字を見て、それがどうやら自身の友人であるマーベラスの書いたものであることに気がついたのも、単なる偶然だ。

 

ただ…

 

「『テイオーには見つからないように』?」

 

何かの買い物リストが書かれたそのメモの端っこ。

そこに書かれていた走り書きを見たボクは、ちょっと眉をひそめる。

 

そりゃそうだ。

悪口でこそないものの、明らかに自分に対して何か隠し事をされているらしい痕跡を見つけて、怪訝に思わない人間などいないだろう。

それも、その隠し事をしているのが、どうも普段から自分と親しくしている人物らしいなら、それはなおさらのこと。

だからこそ

 

「…」

 

ボクはもう一度、今度はしっかりとそのメモに目を通す。

 

買い物リストであることは、ざっと見ただけでも分かったが、その内容としては主には筆記用具だ。のりや色鉛筆、それらに加えて折り紙や画用紙などのような物品が購入リストとしてまとめられている。

…それから、普段からマーベラスな言動な割に、相変わらず無駄に達筆だ。

でも…

 

「…」

 

それでも、逆に言うとそれだけだ。

特にブランドなどにこだわりがあるわけでもないようだし、買う場所の指定なんかもない。本当にただの買う物を忘れないための走り書きらしく、メモには物品の名前が簡潔に書かれているだけだ。

そして、どんな事情か知らないけど、ボクから隠さなければない買い物という割に、それに該当するような怪しい物も特にない。

 

「う~ん?」

 

だから、それを見てボクはますます戸惑う。

 

例えば、ボクに見つかると何か都合が悪いものとか、そういうものが書いてあったならまだ分かる。

わざわざ『テイオーには見つからないように』なんて書くのも納得できるだろう。

 

だけど、ここに書かれているものは、別になんということはない普通の物品で、特にボクに見つかったとしても、何かあるようなものだとは思えない。

だから…

 

(…一体)

 

どうしてマーベラスは、この買い物をボクから隠そうとしたのだろう?

 

と、ボクが考え始めた時だった。

 

「...っ!?」

 

それは恐らく、ウマ娘としてのボクの天性の勘。

レースの天才、そう言われたボクの歴戦の猛者としての危機察知能力。だからこそ

 

 

 

ヒュンッ!!

 

 

 

瞬間的に背筋に走った悪寒に従い、慌ててその場から飛び退いたボクは、さっきまでいたその場所を、何かが高速で横切ったのを、確かにその目で捉えていたから…

 

「ま、まさか…」

 

冷や汗を垂らしながら、ギギギッ…という音がしそうな動きで振り向いた廊下の奥から

 

「...また躱しましたか。

流石はお嬢様のライバルと言うことだけはありますね」

 

なんて声が、聞こえてくるのも当然のことで..

 

「あ!また逃げましたわ!!

主治医!!」

 

「お任せください」

 

脱兎のごとく、ボクはまた逃げ出す。

当然だ。注射なんてボクは絶対に打たない。あんな悪魔の兵器になんて、ボクは絶対に負けない!

 

だけど…

 

(『テイオーには見つからないように』)

 

 

 

「…」

 

 

 

走りながらも、さっきの一文が頭の片隅でどこか引っ掛かっていたから…

 

ドカァーン!バコォーン!!

 

「待ちなさいテイオー!!」

 

「そうです。

痛いのは一瞬、怖いのは…意識しなければ良いだけですから」

 

「なお悪いよ!?」

 

マックイーンとその主治医からの逃避行。

午後から始まったそれに全力を尽くすボクの思考は、少しだけそれとは違うことを考えていた。

 

 




その後のマジックショー会場



①テイオーの代わりに同じタイミングで教室のドアを開けようとしたマーベラスが転移
                 
                ↓

②ドアを開けると大勢の観衆に囲まれ、事態が把握できず困惑

                ↓

③流石に一瞬だけ頭が真っ白になるが、気を取り直して周囲の状況確認を行う

                ↓

④なんだかよくわからないが、とりあえず周囲の雰囲気にのっておけば大丈夫だろう
という結論を出す

                ↓

         ⑤「マーベラス☆」(決めポーズ)

                ↓

             ⑥会場大盛り上がり 



ちなみに①~⑤までの間、わずか1秒

…あまりこの小説内では出番ありませんが、
彼女なら多分これくらいはやれると思いますよ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テイオー様の長い1日!! 疑惑

あ、あれ?

なんだか空気がきな臭くなってきたような…




「…もう怪我は大丈夫なの?」

 

「うん!心配してくれてありがと!!」

 

そう返すと、彼女はどこか安心したような顔をする。

でも、すぐに表情を引き締めて

 

「でも、無理しちゃダメだからね?困ったことがあったらいつでも言ってね?」

 

なんて言ってくるから

 

「もう!大丈夫だってば!!じゃあ行ってくるね?」

 

そう笑って、ボクはドアを開けて廊下へと歩き出す。

 

…あぁ、そうだ。

ボクには立ち止まってる時間なんてない。何故なら…

 

(…)

 

目をつぶると、頭をよぎるのはあの光景。

あの日、悔しさと悲しみの中で、見守ることしか出来なかった、そんなレースの光景。栄誉あるクラシックロードの終着点、その輝きの残滓で…

 

(…)

 

 

 

菊花賞

 

 

 

無敗の三冠ウマ娘、それに至るための最後のレースであり、ボクが出ることが出来なかった運命のレース。

そして…

 

(…)

 

 

 

ワァァァァァアアアアアッッッ!!

 

 

 

耳の奥、今でも木霊するのは、ビリビリと地上を震わせるような、そんな会場の溢れんばかりの歓声

 

 

 

ワァァァァァアアアアアッッッ!!

 

 

 

ターフの外、そんな場所から見ているだけしか出来ないボクの心を包み込むような、燃え盛る炎よりも熱い、会場の熱狂

 

そして…

 

(「…!!」)

 

…あぁ、そして何よりも、そこにあったのは…

 

(「やったぁぁぁっっ!!」)

 

並みいる強豪を退け、見事一着でゴールに飛び込んだウマ娘。

そんな彼女の、心からの歓喜を叫ぶ姿で…

 

(「くっそぉぉぉっっ!!」)

 

惜しくも敗れ、栄光をつかみ損ねたウマ娘。

そんな彼女の、お腹の底からの魂の慟哭を叫ぶ姿…

 

(「…」)

 

次こそはと闘志を燃やすウマ娘に、勝ったウマ娘に純粋な祝福を送るウマ娘、悔しさのあまりその場で泣き出してしまうウマ娘、そんなレースに出場したウマ娘、それぞれの姿で…

 

(…)

 

…そう、あそこにいたウマ娘、彼女達は全員あのレースに命を掛けていた。

 

 

 

勝ちたい

 

 

 

ただ、それだけの単純で幼稚な、だけど、それでも何よりも尊く、そして強い気持ち。

それだけを頼りに、彼女達は自身の魂を燃やし、全力で戦い抜いたのだ。

 

だからこそ、泥だらけで汗まみれで、ボロボロでズタズタなはずの彼女達のそんな姿は、あの時のボクには、まるで宝石のように美しいものに見えたから…

 

(…)

 

ボクは拳を握り締める。

 

…確かに、ボクはもう三冠ウマ娘ではない。だけど…

 

(…それでも)

 

そうだ、それでもボクはトウカイテイオー…帝王だ。

 

だからこそ…

 

「よしっ!行こう!!」

 

ボクに立ち止まってる時間なんてない。

あの日見た彼女達のように、ボクは走らなければならない。誰よりも早く、誰よりも強く、ボクは自身のそんな姿を、皆に見せ続けなければならない。

それこそが、かつてボクが憧れたウマ娘、そのあるべき姿だと、ボクは思い出すことが出来たから…

 

廊下の端の階段を掛け下り、寮の扉を開けて外に飛び出す。

季節はすでに冬、凍えるような寒さがボクの身体を剣のように指し貫く。

 

だけど

 

「ボクはテイオー!トウカイテイオーだ!!」

 

そんなものになど、ボクは負けない!吐く息が白く染まるような極寒の朝を、それでもボクは駆け抜けていく。

 

…そう、ボクはあの日もう一度立ち上がった。

確かにボクはもう三冠ウマ娘ではない。だけど、それでもボクはまだ無敗のウマ娘だ。だからこそその道を貫こうと、あの菊花賞で走っていた子達のように、今度こそ自身の決めた道を最後まで全力で走りきろうと、そうボクは決めたんだ!

 

…そして、だからこそ

 

 

 

「...わぁ」

 

 

 

冬だからこその、空気が澄み渡った空

そんな空に昇る朝焼けは、まるで一足早い春の訪れを告げるかのように、暖かく、そして美しいもので…

 

 

 

…皮肉にも、それから少しして訪れた本当の春に、ボクの夢が完全にくだけ散ることになるなんて、ボクはその時思いもしなかったんだ

 

 

 

 

......................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「はぁっ…はあっ…」

 

息を切らしながらも、ボクは周囲に目を配る。しかし、見渡してもそこにはボクのことを追い回すマックイーン達の姿はどこにもなかったから...

 

「ふぅ…なんとか撒けたみたいだね…」

 

そうボクは安堵の息を漏らしながらその場に座り込む。

そして、そんなボクに

 

 

 

「まったく…注射くらいで随分と大袈裟だな?」

 

 

 

なんて声が、横から聞こえてきたから

 

「うるさいな~!大体ブライアンだって人のこと言えないんじゃないの?

こういう時ばっかり生徒会の権力使って、うまいこと注射から逃げてるんじゃないの?」

 

とちょっとジト目で横の芝生に寝っ転がっているブライアンを見るけど

 

「…チッ」

 

「あ!今目反らしたでしょ!!」

 

舌打ちと共に露骨に目を反らされたボクは、ちょっと憤慨する。

そして、そんなどうしようもないことで言い争うボク達を尻目に、何人かのウマ娘達が目の前を通りすぎていく。

 

そう、何を隠そう、実はここ全く遮蔽物のない屋外であり、もっと言えばとっても見通しの良い学園のグランドの片隅だ。

 

…と言うのも、なんか逃げてる内に「メジロ流奥義!!」とか言い出したマックイーンや、「注射針影分身!!」とか言って無限に注射器を分身させてくるようになってきた主治医さんからの逃走の中で、ボクは思ったのだ

 

すなわち…

 

(…このまま追いかけっこしてても良いけど…)

 

要するに、ボクは彼女達に捕まらなければ良いのでは?

つまり、見つからないところに隠れてれば良いのでは?

 

そう思ったボクは、何とか二人を振り切ってここまで逃げてきたのだ。

 

風が吹く

 

東京ドーム17個分という広大な敷地面積をほこるトレセン学園において、その最たる練習施設であるグランドも、それに相応しい広さをほこっている。故に、遮蔽物の一つもない広々としたグラウンドに吹き抜ける風は、とても清々しくて気持ちの良いものだ。

冬だからそれはちょっと肌寒いけど、それでもそんな風心地よい風を切って、練習中のウマ娘達がグラウンドを走っていく

 

…なぜ隠れるところも逃げ場もないこの場所に、わざわざボクが逃げ込んできたのか?

それは一重に、生徒会室と同じでマックイーン達の認識の隙をつくためだ。

 

成る程、確かにここは逃避先としては最悪の場所だろう。なにせ周囲に全く逃げ場がない。もしマックイーンがここに来たとしたら、ボクはすぐに捕まってしまうだろう。

 

でも、だからこそマックイーンは、見失ったボクがここに来るなんて絶対に思わないだろう。

ボクだって別にバカじゃない。普通ならこんなところになんて逃げ込まない。それをマックイーンは、とても良く分かってる。そう、分かってるからこそ彼女はここに来ないのだ。

 

だからこそ

 

「それに、ブライアンどうせまた生徒会の仕事サボってるんでしょ?

またエアグルーヴに怒られるよ?」

 

「…チッ」

 

「だ~か~ら!図星だからって、舌打ち以外に反応ないの!?」

 

こうして何かの葉っぱを加えて、風来坊ぶって仕事をサボってるブライアンと、ボクは呑気に言い争ってられるのだ。

 

それにしても…

 

(…あの二人)

 

今日は随分としつこいな…

結局最後まで態度の悪いブライアンに呆れ果て、せっかくだからとその隣に横になったボクは、空を見ながら思索にふける。

 

…そう、実はマックイーンによるボクへの注射要請(実際は脅迫、もとい実力行使)は、別に初めてではない。

 

毎年あの主治医さんを連れてボクの前に現れるマックイーンは、その日だけはライバルじゃなくて、文字通りの天敵になる。

だからこそ、今日もその延長線上だと思ってたんだけど…

 

(…いつもなら)

 

それでも、いつもならある程度追い回したら彼女は諦める。

そして最終兵器怒りのエアグルーヴこのクソ忙しい時に仕事を増やすなたわけがぁぁっっ!!が投入されるんだけど…

 

(今日は…)

 

本当にしつこい。

流石にここまで追い回されたのは初めてだ。

 

それに…

 

(…気のせいかな?)

 

…これは勘違いかもしれないけど、逃げている間、ボクがある一定方向に逃げようとすると、異様に早い速度で回り込んできたような気がする。それはまるで、どこかからボクを遠ざけようとしているような気が…

 

と、そこまで考えた時だった。

 

「…そう言えばテイオー、お前の同室の奴。

…名前は何だったか…」

 

とそれまで呑気に寝っ転がっていたブライアンが、唐突にボクに話しかけかけてきたから

 

「?

マヤノのこと?」

 

そう返すと、ブライアンは鷹揚に頷き

 

「…あぁ、そういう奴だったか?

そいつ、さっき随分と大きな買い物袋を持って歩いてたぞ」

 

そして、そう続けるものだから

 

(…)

 

ふと思い出すのは、生徒会室で見た資料。

今日の日付で出されてた、ある空き教室の使用申請だったから…

 

(…やっぱり)

 

何かイベントでもやるのかな、とボクが想像していた時だった

 

「…それで、身長に対して荷物が大きすぎて転びそうだったから、少し手伝ってやったんだが…」

 

ブライアンは、そこで一旦言葉を区切ると、少し苦笑する。

そして…

 

「その時、私がお前と面識があることを知ったそいつに、『お願いだから、テイオーちゃんには内緒にして!!』と言われたぞ」

 

なんて言うものだから…

 

 

 

「...え?」

 

 

 

今までボーッと話を聞いていたボクはその発言で一気に我に返る。

だってそれは…

 

(「『テイオーには見つからないように』?」)

 

…思い出すのは、ここに来る直前のやり取り

恐らくはマーベラスが書いたのであろうメモ、それに書かれた内容と、全く同じものだったから…

 

「お前、何か避けられるようなことでもしたのか?」

 

さっきの意趣返しのつもりなのだろうか。

珍しくちょっと意地悪な笑みを浮かべてこちらに聞いてくるブライアンの声はしかし、ボクの耳に入らない。

 

だって…

 

(…)

 

ステーキ!ステーキ!お寿司!お寿司!

 

グラウンドで走り込みをするウマ娘達の、食欲が駄々漏れな掛け声が、グラウンドに響く

そして、それを聞いたブライアンも、「…ステーキか」などと、さっきの一言を忘れて呑気に考え始める

そこには、冬ののどかな昼下がりの光景が広がっている

 

…別にボクはマヤノやマーベラスに、逐一自分の行動とその意味を解説しろ、だなんて全く思っていない。

確かに彼女達とは友だちだけど、それとこれとは話が別。

ボクにはボクの人生があるように、マヤノにはマヤノの、マーベラスにはマーベラスの人生がある。

だから、別に二人がボクの知らない行動をしていたとして、それを一々気にするようなボクではないし、二人とてそうだろう。

 

でも…

 

(二人してボクには黙ってて、っていうのは…)

 

流石に不自然だ。

まるでそれは、ボクに対して後ろめたいことがあると言っているようなものだ。

 

だからこそ、ボクは少し不安になってくる。

 

(…一体)

 

二人は何を…

 

そう考えた瞬間だった

 

 

 

「もう!テイオーったら、一体どこに行ったのかしら!!」

 

「お嬢様、落ち着いてください」

 

 

 

そんな声が、ちょっと遠くから聞こえてきたから、ボクは振り返る。

 

すると、そこには憤慨するマックイーンとその主治医さんがいて…

 

「そもそも、注射はふりでも良いとのことではないですか。お嬢様がハリキリすぎなのです」

 

「ま、まぁ、確かに途中から楽しくなって、調子に乗ってしまったのは認めますわ。ですが――…」

 

少し距離があるからか、まだ二人ともボクの存在に気付いてない。

だからこそ、彼女達の会話は止まることがなくて…

 

「…――ですが、そうでもしないと彼女に気付かれてしまいますわ。なにせ…」

 

「テイオーさまを、あの教室に近づけないように。

それが先方からの依頼ですものね」

 

そう、二人は確かに言ったからこそ…

 

 

 

「...!!」

 

 

 

ボクも確信してしまう。

この一連の出来事が、どこかで繋がっていることに。

そしてそこに一貫しているのは、どんな事情であれ、ボクには知られてはいけない、という不文律であって…

 

(…本当に)

 

一体ボクの知らないところで、何が起きているのだろうか。

それを考えると、ボクの背中には急に怖気が走る。そして、それ以上に思うのは…

 

(マヤノやマーベラスは…)

 

一体何を考えているのだろうか?

そもそも…

 

(ボクのこと…)

 

一体どう思ってるのだろうか?

 

突如として芽生えた不振の芽が、ボクの中でどんどん成長していく。

友だちを疑いたくはない。けど…

そんな普段なら思いもしないような気持ちが、ムクムクと胸の中で大きく――…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

「………あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、ボクはしっかりばっちりマックイーンと目があって見つめあっていた。

それはもう、まるで初対面で一目惚れしあった男女のように、熱烈かつ情熱的に。

だからこそ

 

ニコッ

 

ボクは満面の笑みを浮かべる。

それこそ、今までの人生で三本の指に入るレベルの最高の笑みを

 

そして

 

…ニコッ

 

それを見たマックイーンもまた、実にかわいらしい笑みを浮かべてくれる。

それこそ、こんなに良い笑顔のマックイーンは初めて見る位の、実に良い笑顔だ。

 

…だからだろうか?

 

ニコッ

 

ついでにマックイーンの隣に立っていた主治医さんもまた、笑みを浮かべる。

それもまた、実に素晴らしい笑顔だったから…

 

(…あぁ)

 

ボクは感嘆する。

みんなが共に笑いあうこの状況は、まさに平和そのもので…

だからこそ、ボクは今この瞬間、飢えや病、争いから解き放たれ、世界中のみんなが笑いあう、そんな理想的な世界平和の実現を、確かに確信した。

 

だからこそ…

 

ニコッ

 

ニコッ

 

ニコッ

 

マックイーン達がこちらに近づいてくる。

その表情は、まさに天使のごとく透き通ったものだったから…

 

(…そうだよね)

 

千里の道も一歩から、ローマは一日にして成らず。

世界平和とは、誰かが上から一方的に押し付けるものじゃない。ボク達一人一人が、互いの蟠りを乗り越え、隣人の手を繋ごうとして初めて成り立つものなんだ。

 

だからこそ、ボクも笑顔で立ち上がる。スカートの裾を叩いて汚れを落とす。

 

…あぁ、そうだ。汝隣人を愛せ、と言うではないか。それなら、ボクもそれに相応しい準備をしなければならない。何故なら、愛の形とは普遍的なものではない。人と人の数だけ愛の形があるのだから。

 

それならば…

 

ボクは再びマックイーンに微笑む

そして、マックイーンもまた(ついでに主治医さんも)それに微笑み返してくれる

 

…そうだ。それならば、ボクのすべきことは――…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガァァァァァァッッッン!!

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、また逃がしましたわ!主治医!!」

 

「御意」

 

 

 

振り返ってはいけない

 

 

 

ボクは確信する。

旧約聖書において、ソドムから逃れるロトに、天使が授けた言葉は、まさに今この瞬間のためにあったのだ、と。

すなわち…

 

 

「ワケワカンナイヨー!!」

 

 

相変わらずの爆発と轟音を背に、ボクは道なき道を走り抜ける。

そして、そんなボクの頭上には

 

 

 

~世界平和なんて無理だから、取り敢えずヤバいと思ったら、躊躇せずに全力で逃げなさい~

 

 

 

そう微笑みながら、こちらにサムズアップする天使の姿が、なぜか見えたような気がしたから

 

「絶対、絶対、注射なんて打つもんかーー!!」

 

そう叫びながら、ボクは全力で駆け抜ける。あらゆる問題を取り敢えず棚上げして、ボクはマックイーン達から全力で逃げる。

 

…そう

 

(…)

 

芽生えた不信感に蓋をしながらも、取り敢えずボクは自身の身を守るために逃げるのだった。

 

 

 




ちなみに、この時期はまだ、
マヤちゃんはブライアンにはさほど意識されていません。

…いや、うちのブライアンの性格を考えれば、
存在を認知されているというだけでもかなり意識されているとは思いますが、
この時期のマヤちゃんはまだクラシックにすら出ていないため、
少なくとも生涯のライバルとまでは認知されていません。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テイオー様の長い1日!! 決定打

薄々感づいている方は多いと思いますが、
今回、次回あたりから空気がシリアス一色に変わっていきます。

ご注意ください。




□月▼日

 

最近、■■■■■■■が少しずつ元気になってきている気がする。

 

あの後、ホントに辛そうにしていた■■■■■■■の姿を覚えているだけに、それはとっても嬉しい変化だ

 

■■■■■■■

応援してるからね?

 

 

 

 

□月※日

 

■■■■■■■は多分もう大丈夫だ。

 

一時期の見ていられない程に落ち込んだ様子は、もうすっかり鳴りを潜め、元の明るい■■■■■■■に戻っている。

 

ホントに、ホントに良かったと思う

 

さて、それなら今度久しぶりに遊びにでも誘おうかな?

 

今は次の春のレースに向けて忙しいみたいだから、取り敢えずはそれが終わったらかな?

 

…思えば、最近■■■■■■■とは全然遊びに行ってない。

それは勿論、不幸にも二人の生活リズムと予定が全然合わないっていうのも原因だけど、一番の原因は最近の■■■■■■■があまりにも辛そうだったから。

…教室とかでは普通にしてるけど、こっそり誰もいないところとかでため息ついてたりしてたの、知ってるんだからね?

 

でも、もうその心配もいらない。

■■■■■■■は、きっと大丈夫!

だからこそ、今まであんまり一緒に遊べなかった分、めいっぱい楽しむんだ!

 

あぁ、楽しみだな♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼月★日

 

…え?

■■■■■■■がレースにもう出られない?

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「…って感じです」

 

とボクはこれまでの事情を話し終える。すると

 

「はは~ん…そりゃ大変やったな、テイオー」

 

そうタマ先輩は苦笑する。

だからこそ

 

「まぁ、しばらくはあいつらもここには戻って来んやろ。ゆっくりしていき!」

 

そうカラカラと笑うタマ先輩に、

 

「いや、本当にわざわざありがとうございます」

 

とボクは頭を下げる。

 

 

 

 

ぐぅ~…

 

 

 

「…あ」

 

そんな音がお腹から出てしまい、ボクは赤面する。

だけど、タマ先輩は特にそれを気にすることもなく、むしろ

 

「ん?腹減ったのか?

…それならちょうど良い!せっかくだからなんか奢ったるわ!!」

 

なんてことまで言い出す始末だから…

 

「そ、そんな!かくまってもらってだけでもありがたいのに、それに加えて先輩に奢らせるなんて…」

 

とボクは恐縮するけど

 

「ええって、ええって!後輩の面倒見るのも先輩の仕事や!!

それにな…」

 

そう言ってボクを見るタマ先輩の顔は、すごく優しいもので…

 

「…この前の有馬、見たで。

見事なレースやった。

だからこそ…」

 

そう言って微笑むタマ先輩は

 

「…ウチにも祝福させてくれんか?

幻の名ウマ娘、トウカイテイオー、その復活を」

 

どこか、自分のことのように嬉しそうだったから…

 

「…わかりました。

じゃあこのカツ丼で」

 

だからボクも、ありがたくその好意をちょうだいすることにする。

 

「了解や!

それじゃ買ってくるから、そこで待っててな!!」

 

そして、ボクの注文を聞いたタマ先輩は、座っていたテーブル席から厨房の方に歩いていく。それを見ながら思うのは…

 

(ありがとうございます…タマ先輩)

 

そんな感謝の念一択だ。

 

…あの後、またしてもマックイーン達から逃げたボクは、たまたま近くにあった食堂に飛び込んだ。

 

そして、遅れてやってきたマックイーン達に

「テイオーか?それならもうあっちの方に行ったで」

と嘘の情報を教えて、ボクをかくまってくれたのが、このタマモクロス先輩だったというわけだ。

 

「ふぅ~…」

 

ボクは腰かけた椅子に体重を預ける。

 

基本的に、トレセン学園の食堂は土日の昼以外は空いている。

これはトレセン学園が全寮制で、休日でも普通に学内にウマ娘がいるからであるが、それ故に今も普通に食堂が空いている。

流石にまだ食事の時間には少し早いから人は少ないけど、それでも食堂のテーブルには何人かのウマ娘がいて、勉強をしたり友達と話したりしている。

そして、本格的な食事時を前に、食堂の奥では準備が行われているらしい。トントンと包丁で何かを切る音や、恐らく味噌汁のものであろう良い匂いが、すでに漂い始めている。

 

そんな光景を、ボクは椅子に座ったままぼっーと眺める。それは、まさに平和そのものといった光景だけに、朝からの死闘を思い出して、ボクはその落差に少し呆れてしまう。

 

…まぁ、何はともあれこれで少しだけゆっくりできる。

そう思うと、これまで見ないようにしていた疲労がどっと自身の体にのし掛かってくるのが分かるから…

 

(…どうせなら)

 

少し位寝ても良いよね?

 

そう思うと、不思議と目蓋が降りてくるから…

 

(タマ先輩が戻ってくるまで…)

 

それまで、ちょっとだけ…

 

ほんの…ちょっとだけ…

 

 

 

 

 

....................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

…気が付くと、ボクは知らないところに立っていた

 

だからこそ、ここはどこなのか、それを周りの皆に聞いてみるんだけど…

 

「ねぇ」

 

「…」

 

「…ちょっと」

 

「…」

 

「……おーい」

 

「…」

 

誰に話しかけても答えてくれない。

マヤノやマーベラス、マックイーン…ボクの大切な友だち達も、何も答えてくれないから…

 

「もう!ここは一体どこなのさ!?」

 

そう思わず叫んでしまった時だった

 

「!!」

 

気が付くと、ボクの周りには皆がいて…

 

気が付くと、靄がかかったように顔を認識できない皆は、人差し指を口の前で立てて…

 

そうして皆が声を揃えて言ったのは…

 

 

 

 

 

「「「テイオーには見つからないように」」」

 

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

「………ん?」

 

「お?起きたんか?思ったより早かったな」

 

気が付くと、ボクはテーブルに突っ伏していた。

そして、それを反対側からタマ先輩が見つめていて…

 

「…え?あれ?」

 

どうしてボクはこんなところに…

 

そう寝起きで頭が回らないボクに、タマ先輩は苦笑する

 

「なんや?自分が今どこにいるかもわからんのか?まぁ、30分も寝てたらそりゃ寝ぼけるかね」

 

なんてことを言ってくるから…

 

「………!?

す、すいません先輩!ボク…」

 

と謝るボクに

 

「なに、別に気にしてないで。

サイキョームテキのテイオー様の、かわいい寝顔なんていう貴重なもんも見れたしな」

 

と先輩はまたカラカラと笑う。

だからこそ、ボクは申し訳なさと恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

 

さっきタマ先輩が、ボクは30分位寝ていたと言っていたけど、その間に少しだけ食堂にいる人数が増えている。そして、まだ早いけどそれでもギリギリ夜ご飯の時間帯と言える時間になったからだろう。視界の端に、ほんの数人だがご飯を食べているウマ娘達がちらほらと見える。

だからこそ、ボクもお腹が空いてきたんだけど…

 

「…あぁ、かつ丼のことか?あんたが起きるのを待っとったらすっかり冷めてしまってな。

ついさっき、たまたま通りかかったオグリに暖め直してきてもらえるように、頼んどいたんや。せやから、心配せんでもええで」

 

と、こちらの考えを読んだように言うタマ先輩には、本当に頭が上がらない。だからこそ…

 

「…それで、なんかうなされとったみたいやけど…大丈夫か?」

 

…そう心配そうに訪ねてくるタマ先輩には、本当に敵わない。普段からそこまで付き合いがあるわけでもないのに、それでも親身になってくれるタマ先輩は、本当に先輩の鏡だな、と本気で思ってしまう。

 

…だからだろうか?

 

「…ねぇ、タマ先輩」

 

口をついたのは、ほんの少しの疑いで

 

「もし…タマ先輩が、大切な友人に避けられてるって気付いたら…」

 

普段なら絶対に思いもしないことだったから…

 

「………どうします?」

 

自分が何を言ったのか気付いた瞬間に、ボクはそのことを恥じる。

 

 

 

ボクはなんてことを!大切な友人を信じられないのか!?

 

 

 

そんな良心の声が聞こえる一方で

 

 

 

状況からしてキミが避けられているのは明らかだよ。きっとキミは嫌われているんだ

 

 

 

そんな自分の中の知らない誰かが顔を出す。

だからこそ、ボクはそれ以上言葉を続けることができない。胸の中で、色んな感情が渦巻いて、言葉がでない。

 

それでも、自分が吐いた言葉を信じたくなくて、なかったことにしたかったから…

 

 

「す、すいません、タマ先輩!

やっぱり今のは…――」

 

無しということで

 

そう言いかけた直後だった

 

 

 

「んなもん決まっとるやろ?本人に問いただすんや」

 

 

 

そうはっきりとした声が聞こえてきたから

 

「………え?」

 

思わず見上げたボクを見つめるタマ先輩は、どこか呆れたような顔をしていて…

 

「…そもそもな、例えばオグリが、うちに悪意を持って距離をとるなんてこと出来ると思うか?」

 

そう聞かれて思い浮かべるオグリ先輩は、常にボーッとしている姿しか思い浮かばなかったから

 

「い、いいえ」

 

そう答えると、タマ先輩は続ける

 

「やろ?でも、じゃあ何故そんな解答を出せたんや?

それは少なからず、あんたがオグリの人となりを知っとるからやろ?」

 

「ま、まぁそうですね…」

 

「それならや」

 

とそこでタマ先輩が微笑む

 

「あんたとて、自分の大切な人がどんな人か、それを知っとるやろ?

どうや?そいつらは、何の理由もなしにあんたを虐めるような奴らか?」

 

「そ、それは…」

 

「そんなら聞いてみれば良いんや。赤の他人ならいざ知らず、あんたが大切にしとるような奴らなら、きっとそこには何か意味があるはずや」

 

そう言って笑うタマ先輩に、

ボクは何も言えない。

だけど、少しだけ胸のしこりが取れたような気がする

 

 

…なるほど、確かにどうもネガティブな方向にばかり考えすぎていたようだ。

 

確かに、ボクはまだ直接彼女達の口からボクへの悪感情を聞いたわけではないし、そもそも一体彼女達が何をしようとしているかなんて、ボクは全然知らない。

 

であれば、そんな憶測ばかりの状況で判断を下すのは早計というものではないだろうか?それこそ、本人達にもう少し話を聞いてみるべきではないだろうか?

 

そう思うと、少し胸が軽くなる。

だから

 

「………ありがとうございます、タマ先輩」

 

そう言って頭を下げるボクに、タマ先輩は

 

「ええって、ええって!それより、早くオグリが帰ってくるとええな!!」

 

と朗らかに微笑む。

 

だからこそ

 

 

 

「お~い、タマ」

 

「おっ、噂をすればっちゅう奴やな!それにしても…」

 

 

 

そんな先輩の好意が、ボクには嬉しくて堪らない。

こんな相談にちゃんと乗ってくれた先輩には本当に感謝しかない。

 

 

 

「…ただ飯を暖め直してきてもらうだけにしては、随分と時間がかかったような…?」

 

 

 

そして、そんな先輩がご飯まで奢ってくれると言うのだ。それなら…

 

「ほら、テイオー。カツ丼だ」

 

そう言ってオグリ先輩が机の上に置いたどんぶりにボクは姿勢を正して向き直る。

…そう、それならボクもその心遣いに対して誠意を見せるべきだろう。すなわち、米粒の一つに至るまでしっかりと完食するのが筋というものだろう。

だからこそ…

 

「ありがとうございます、タマ先輩、オグリ先輩!

それじゃあありがたく…」

 

いただきます!

そう言って箸に手を付けようとした瞬間だった

 

 

 

 

 

…そこには、絶望が鎮座していた。

 

目の前には、普通のどんぶりよりも遥かに巨大でかつ、広大などんぶり。

そしてそこには白く、そして穢れなき純白の白米の山々が、まるでかのアルプス山脈のごとき威光を放ち、堅牢にそびえ立っている。

そして、そんな天蓋を支える天頂は、まるで天から降り注ぐ雪化粧のごとく金色の卵により彩られ、その上には更に、まるで草鞋のごとき大きさのトンカツが3枚、これでもかとその身を大胆にさらしている。

 

そう、それは惑うことなきカツ丼。

ただし、そのサイズは明らかにボクらの常識の斜め上を突き抜けるサイズであり…

 

「…」

 

ボクは冷や汗を流しながらゆっくりとタマ先輩を振り向く。

しかし…

 

「…」

 

タマ先輩もまた、この超弩級の物量兵器を前にして絶句している。

と言うか、ボクの視線に気付くと

 

(ウチやない!!)

 

そう言わんばかり、ブンブンと首を横に振る。

だから、後話を聞くべきは一人しかいなくて…

 

 

 

「…?どうしたテイオー?食べないのか?」

 

 

 

そう不思議そうにタマ先輩の横に座ってこちらを見るオグリ先輩しかいなくて…

 

「あ、あのオグリ先輩。これは…?」

 

そう聞いたボクに

 

「…あぁ、これのことか」

 

そう頷くオグリ先輩の笑顔には

 

「タマから聞いたが、このかつ丼はタマの奢りなのだよな。

あの有馬での復活劇、それを祝福した。

それなら…」

 

悪意なんてものは一切なくて、

代わりに

 

「…そう、それなら私も後輩を祝福したいと思ってな。

勝手ながら、タマから預かったカツ丼に、私からも少々色を付けさせてもらったという次第だ。」

 

善意、それしかなかったから…

 

ボクはごくりと生唾を飲み込む

そして、改めて目の前の恐ろしき山脈を見据える。

 

だけど…

 

「代金の方は気にするな。

タマと同じく、これは私の奢りだ。ぜひ楽しんでくれ」

 

アルプス山脈にあるという頂の一つ、モンブラン。

登頂率がわずか2割だというその頂は、まさに死と隣り合わせの美しさを誇る頂だが、目の前のカツ丼は、まさにそれと同じ美しさを誇っていたから...

 

(ど、どうしよう…)

 

次第に顔が青ざめていくのがわかるが、ボクにはそれ以上どうしようもない。

 

そう、確かにボクは先輩方の好意に感動し、それに対して全力で応えなければと決意した。具体的には、ちゃんとしっかり奢ってもらったものを食べきることこそが、それだと思った。

だけど、だからと言ってこれはちょっと予想外だ。いくらウマ娘に健啖家が多いと言っても、流石にこれをボクが食べきるのは不可能だ。

だからこそ…

 

(ホントにどうしよう…)

 

箸が動かない。あまりのそれの存在感に、手を付けることすら容易にできない。

それでも、間違いなく善意から出されたそれに、一切口を付けないというのはあまりにも失礼だろう。

故に、ボクは動けない。どうすれば良いのか本当に分からない。だから…

 

(だ、誰かぁ…)

 

内心ちょっと涙目になりながら、ボクがそう心の中で誰かに助けを求めた時だった

 

 

 

 

 

「ネイチャ~、ターボ疲れた~」

 

「ふふっ、お疲れターボ」

 

 

 

聞こえてきたのはそんな声

 

「それでも、これで粗方準備は終わりましたね、ネイチャさん」

 

「そうね、イクノ。手伝ってくれてありがとね」

 

食堂の調理場、普通ならウマ娘であるボク達が入ることのない場所からなぜか現れたネイチャ達の声

 

「あぁ~!?イクノだけず~る~い!!ターボも!ターボも頑張ったよ!ネイチャ!!」

 

「もう、ターボちゃんったら…」

 

「あはは…ごめんごめん。ターボも、そしてマチタンも、ありがとね」

 

そして、そんな彼女達の様子はとても楽しそうだったから…

 

(…こっちとは天と地の差だ~)

 

ボクは半ば現実逃避気味に、そんな彼女達の様子を眺める。

席の位置的に、恐らくこちらに全く気付いていない様子のネイチャ達の和気藹々とした団欒を、善意の地獄のど真ん中で佇むボクはちょっと涙目で見つめる。

 

…あぁ、だからこそ

 

「でもうまくいって良かったね、ネイチャちゃん。なにせ…」

 

そんな台詞が耳に入るのは

 

「全くよ。テイオーに見つからなくて本当に良かったわ。

マックイーンさんに頼んだかいがあったわね」

 

ある意味当然のことで…

 

 

 

 

「………え?」

 

 

 

 

その言葉に反射的にボクは振り返る。今の台詞を言った人物の顔を思わず見てしまう。だけど、こちらに気付いていない彼女の言葉が止まる道理なんて、あるはずもなくて...

 

 

 

 

 

「…――本当、テイオーが来なくて助かったわ!台無しになっちゃうところだったからね!!」

 

 

 

 

 





聞かれる前に書いておきますが、うちのゴルシの言動のほとんどはノリと勢いです。
ですから、二つ前の話でやってたマジックショーにも特に意図はありませんし、
そもそもうちの場合はゴルシの奇行の9割に意味はありません。

…9割は…ね?








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テイオー様の長い1日!! 決壊と…

ちなみに、
結果的に食堂にテイオーが置いていったかつ丼は、
タマ先輩がシングレ顔で食べ切りました。



体力が70回復した
スタミナが30上がった
パワーが30上がった
根性が100上がった
賢さが300下がった
「超太り気味」になってしまった

※完治には保健室か神社、トレーニングでのダイエット判定が2回必要
基本は通常の太り気味と同じだが、
10%の確率でトレーニング自動失敗





「…――さぁ、レースも終盤!各ウマ娘達が、一斉に前に上がってきます!!」

 

「…はぁっ…はあっ」

 

走る。

ただ、前だけを見据えてボクは走る。

 

「勝利の栄光を掴むのは、果たしてどのウマ娘なのか!!」

 

「…はぁっ…はあっ!」

 

走る。

大地を蹴り砕き、風を切ってボクは走る。

 

「一番争いは■■■■■■選手に■■■■■選手!凄まじいデッドヒートです!これはどちらが勝つのでしょうか!?」

 

「…はぁっ!…はあっ!!」

 

走る。

スピードの向こう側、その先にあるものを目指してボクは加速する。それはまさに流星。流れる星のごとき勢いでボクは加速する。

 

だけど

 

「…~っ!!」

 

唇を噛み締める

 

(…なんで)

 

肺が破裂するまで息を吸い、筋繊維が千切れるまで足を高く上げる。そうして振り下ろした足で、反作用で体がくだけ散る程の力で大地を蹴る。それでも

 

(……どうして)

 

それでも、ボクのスピードは上がらない。いや、むしろそうやって加速しようとすればするほどに、どんどん速度が落ちていくから…

 

(………どうして!?)

 

だからこそ、それは必然。

目の前を走るウマ娘達はどんどん遠ざかっていって…

 

「どうして!?」

 

そんなあんまりな状況に、たまらず叫んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…だってキミ、無敗でも三冠でもないでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うわぁぁぁぁぁああああっっっ!?」

 

思わずあげた絶叫と共にボクは我に帰る。そして

 

「はぁっ!…はぁっ!…はぁっ!…」

 

ものすごい勢いで脈動する心臓を押さえながら見回した周囲は、しかし、歓声が沸き起こるレース場ではなく、見慣れた自分の部屋だったから

 

「…ゆ、夢?」

 

その事実に気付くと共に、一気に体の力が抜ける。それと同時に自身の体が冷や汗でびっしょりなことに気がつく。でも…

 

(まぁ、あんな夢見たら…)

 

仕方ないよね

 

そう思いながら、ボクは改めて周りを見回す。すると、当然ながら目に入ってくるのは、見慣れた自身の部屋の景色。

夜の帳が完全に降りたその景色には、普段と違い暗闇のフィルターがかかってるせいで、どこに何があるのかがかなり見えにくいけど、それでも目が慣れてくるとそれも直に見えるようになる。

 

まずは自身のそばの壁にかけられたコルクボード、それにデカデカと貼り付けられたカイチョーのポスター。そして、反対側を見ると、それに対抗するかのごとく、これまたデカデカと壁に貼り付けられた戦闘機のポスター。そして、その下のベッドに寝ているのは我が同居人であるマヤノなのだが…

 

(…起こしちゃっては…)

 

いないみたいだ。

悲鳴と共に飛び起きた自分の声で、もしかしたら起こしてしまったかもしれないと、少し心配していたけど、いつも通りヨダレを垂らしながら、「もうたべられないよ~」と寝言を言ってるマヤノの呑気な寝顔を見て、ボクは内心ちょっとほっとする。

 

そう、ここは自分とマヤノが一緒に生活しているトレセン内の寮の一室。間違ってもターフの上ではない。だからこそ…

 

「…だからこそ、なに?」

 

続く思考を理性が断ち切る。と同時にボクは先の夢を思い出す。

 

まだはっきりと覚えている。

走っても走っても、それでも追い付けないみんなの背中に叫んだボクの前に現れたのは、まごうことなきボク自身。

だからこそ、その言葉は普段は表に出さない自身の深層意識の言葉に他ならなくて…

 

「…っ」

 

ボクは拳を握りしめる

 

…あぁ、そうだ。だれがなんと言おうとも、ボクはもう無敗のウマ娘ではないし、ましてや三冠ウマ娘でもない。

 

最強無敵の東海帝王

 

その幻想はすでに砕け散り、夢の欠片は風に吹かれて飛んでいった。

ここにいるのは、そんな空っぽの幻想の残滓を握りしめ立ち竦む、ただのウマ娘…魔法が溶けて単なる召し使いに戻った、哀れな灰被りだ。

 

(そんなこと…)

 

わかってる。わかってるはずなのに…

 

(…それに)

 

それに、だ。

仮に例えそうでなかったとしても…

 

(…)

 

ボクは自分のかけ布団をそっと捲る。

すると、当然ながらそれまで布団に隠れていた自身の下半身が見える。

だけど

 

(…)

 

左足。

寝巻きのズボンで大部分が隠れている右足と違い、そこには白いギプスが、重りのように鎮座している。それはまるで、ボクをもうここから一歩も動かさないために嵌められた拘束器具のようで…

 

(…)

 

手で触れたそれは、当然のごとく人体よりも固く冷たく…そして重い感触がしたから…

 

(…)

 

ボクはそれを見つめる。ただ、静かに。

 

…そう…

例えもし仮にボクが無敗であったとしても、三冠であったとしても、ボクはもう走れない。

二度とあの舞台に立つことが出来ない。

そして、そうでないボクなら尚更だ。それはとりもなおさず、今までボクが信じてきたもの、大事にしてきたものが、全て自身の手のひらからこぼれ落ちてしまったということで…

 

捲った掛け布団の隙間から入ってくる風が、体を冷やす。でも、白々しいほどに白いギプスに覆われた左足だけは少し暖かい。それがまるで、自分の体じゃないみたいだったから…

 

(…あれ?)

 

頬を濡らす暖かい感触に気付かなかったのは、きっとその気持ち悪い暖かさに集中しすぎていたせいで…

 

(…なんで)

 

体が小刻みに震えているのは、きっと布団を被ってなくて、外の冷気でさっきの大量の冷や汗が蒸発しているからに違いなくて…

 

(…っ!!)

 

だからボクは、掌をさらに強く握り締める。奥歯を食い縛り、必死に自分の中から溢れてくるものを押し止めようとする。

…だけど、それでも視界はぼやけていくのは止められない。そして、頬を何か暖かいものが伝って落ちていくのも、止められなかったから…

 

(…こんな…こんなことって!)

 

三冠には届かなかった。無敗にもなれなかった。

 

それだけでも、ボクにとっては自らのアイデンティティーを揺さぶるほどの衝撃だったと言うのに、おまけに今度は走れないときた。

走ることこそが存在意義と言っても良いウマ娘が、走ることさえできなくなるのだ。

それなら…

 

(ボクは…ボクは…!!)

 

今まで一体何のために!!…ううん、それならボクは、一体どうして生まれてきたと言うんだ!?

 

そんな血を吐くような慟哭を、ボクは必死に圧し殺す。隣で寝ているマヤノを起こさないように、と言うのもあるが、何より声に出してそれを叫んでしまったら、何かが壊れるような気がして、ボクはそれを必死に圧し殺す。

そしてそれ故に、優しい夜の闇のカーテンは、いまだその静寂で部屋を包み込んでいる。

それはまるで、ボクがどうなろうとも、それでも世界は周り続けるという残酷な真理を体現しているかのようで…

 

「…~っ!!」

 

それが悔しくて、悲しくて、腹立たしくて…それでも、もうどうしようもなくて…

 

「~っ!!~っ!!」

 

流した涙も圧し殺した慟哭も、全部全部がただただ虚しくて…

 

「~~~~~~~~~~っっっ!!」

 

それでも、胸の内でくすぶり続けているものを、もう我慢できなかったから…

 

…草木も眠る丑三つ時。

暗黒と静寂に包まれた部屋の中で、

ボクは静かに慟哭し続けたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

......................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

ガタッ

 

「!?待ちぃ、テイオー!!」

 

意外なことに、一番早く我に返ったのは、思わず席を立ってしまったボクでも、ましてやその音に気がつきこちらを見て、顔を青くしたネイチャ達でもなく、タマ先輩だった。

 

岡目八目とでも言うのだろうか?

これまでの逃走劇の経緯は一応話していたが、それでも一連のボクの友人達の怪しい動きについては一切話してなかったタマ先輩の動きは、皮肉にも食堂にいた誰よりも早かった。

 

だけど、かつて白い稲妻と称された、その神速の動きをもってしてさえも

 

「…っ!!」

 

その手は、ボクの身体に触れることが出来ない。

紙一重。その差でタマ先輩の手を振り切ったボクは

 

「て、テイオー!!」

 

そう叫ぶネイチャの声も完全に無視して、食堂の外へと飛び出す。でも、行くあてなんてどこにも無かったから…

 

「~っ!!」

 

ボクは出鱈目な方向に走り出す。

ともかく、そこにいたくなかったから、全力で適当な方向に向かって駆け出す。だって…だって!

 

(ヒドイよ皆!!)

 

…わかっちゃったから。

マヤノじゃないけど、それでもこれだけ材料を並べられれば嫌でも気付く。

 

何故か空き教室の利用申請なんか出してたマヤノに、折り紙や色鉛筆、すなわち装飾品をつくるための道具を買い込んでいたマーベラス。

そして、普通はそもそも学園の生徒は入らないし、そもそも入れない食堂の調理場をネイチャが借りる理由なんて、個人では作りきれない量の料理を作るために決まってる。

 

それらの点と点を繋いでいけば、自ずと見えてくるものがある。すなわち、何かのパーティーでもあの子達は企画していたんだろう。

 

…それだけなら別に何も思わない。そして、たんにそれに呼ばれないだけでもボクは特に何も思わない。

確かにボク達は友だちだけど、何も四六時中一緒にいるわけでもない。

そりゃ一緒に楽しめるならそれが一番だけど、例えば特定クラスの同窓会のように、そもそもの参加資格が要求される集まりだってある。だからこそ、別にそれから漏れただけという話なら、不満こそあってもここまで心乱されたりしない。

 

そう、単にパーティーに誘われないだけなら、こんなにも傷つかない。でも…

 

(こんなのヒドイよ!!)

 

そう思いながら、ボクは走る。

時間帯が夕方だからか、校舎には幸いにも誰もいない。

だから、特に誰とも会うことなくボクは走るけど

 

「~!!」

 

誰もいない校舎は、あまりにも静かで、そして沈みゆく太陽に照らされて伸びる廊下の柱の影は、ただただ不気味に黒く、長くその背丈を伸ばしている。

それがまるで、世界からボクだけが疎外されていることを暗示しているようで、ボクはますますいたたまれない気持ちになる。

 

そう、問題なのは、わざわざボクにその情報を知らせないことにし、その為に明確に情報隠蔽の手段を講じていることだ。

 

それは、一重に意図的にボクを自分達の集まりから省いているということに他ならず、ではそれが何故なのかと言うことを考えるなら、その集まりにボクを呼びたくないからということに他ならなくて…

 

(ヒドイ!ヒドイよ!!)

 

だからこそ、ボクは悲しくて悲しくて、辛くて辛くて仕方がない。

ボクは彼女達のことを、かけがえのない友達だと思ってた。大切な人達だと考えていた。それなのに!!

 

(「…――本当、テイオーが来なくて助かったわ!台無しになっちゃうところだったからね!!」)

 

「~!!」

 

視界が歪む

 

(みんなボクのことを…)

 

そんな風に見ていなかったというのなら、それって…それって!!

 

 

 

 

 

…気が付けば、ボクはとある教室の前にいた。

あれだけ無防備に走り回ったというのに、幸運にもマックイーン達と鉢合わせなかったのは、果たして喜んで良いのか悪いのか…

だけど、重要なのはそこではなく…

 

「………ここって」

 

教室のネームプレート。

そこに記されていた教室の名前は、偶然にもボクが生徒会室で見た紙に書いてあった空き教室の名前。

それはすなわち、今日マヤノが利用申請を出してた空き教室のものだったから…

 

「…」

 

何だか、ボクは無性に悲しくなる。

なんと言うことはないドアが、まるで決して開かない地天国への扉のように思える。お前に入る資格はない。そう無言で拒絶しているように思える。

 

…そして、同時に何だかボクは、全部どうにでもなっちゃえと、やけくそな気持ちになってしまったから…

 

「…」

 

ボクはドアに手を掛ける。

誰もいない廊下の片隅、そこにある扉は、とっても冷たかったけど

 

「…」

 

ボクは、それに力を込める。

 

…あぁ、きっとボクはこの中の様子を見て傷つくだろう。

状況証拠的に確定とは言え、ボクはまだ正確にはここで何が行われるのか知っているわけではない。

だからこそ、今引き返すならボクは本当はここで何が行われるのか、それを知らなくてすむ。

自身が皆に避けられていたという疑惑、それを限りなく黒に近いグレーで済ますことができるだろう。

 

だけど、自棄になっていたボクには、もうそんな選択は出来なかったから…

 

「~!!」

 

ドアを思いっきり横に引く。

 

どうせなら、この部屋で何が行われるのか、それを見なければもう気が済まない!そんな思いで、ボクはドアを引く。

 

 

 

 

 

 

…だからこそ、ボクはこの目でしっかりと見た。

 

恐らくまだ準備中なのだろう、折り紙やテープで作られた、色鮮やかな飾りで彩られた、そんな空き教室の内装を

 

多分ジュースや料理を置くためなのだろう、元の位置から動かされた椅子と机の数々を

 

…そして、教室の黒板にコミカルなイラストと共に書かれていた、とある一文を

 

すなわち

 

「………え?」

 

 

 

 

 

テイオー復活おめでとう!!

 

 

 

 

 

教室の黒板の真ん中には、デカデカとそんな一文が書かれていた。

 

 

 

 




次回、真相編



…そして、大切なお知らせがあります。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テイオー様の長い1日!! 真相


空き教室に入ったテイオー

そこで彼女が見たものとは?



※大切なお知らせはあとがきにあります。
物語が終わったのちにお読みください。




 

◇月★日

 

■■■■■■■は、本格的に落ち込んでる。

 

前の骨折の時もすごく落ち込んでたけど、今度はもっと落ち込んでる。

こういう時は、多分そっとしておいた方が良いと思うから、あえて気付かないふりをしてるけど、夜中にうなされて起きたり、物陰で泣いたりしてるみたい。

 

…しばらくは、様子を見ようと思う

 

 

◇月○日

 

…■■■■■■■のためにマヤに出来ることってないのかな?

 

確かにマヤには■■■■■■■の怪我は治せない。

だけど、■■■■■■■はマヤのルームメイトで大切なお友だち。

そんな子が苦しんでいるのを、ただ黙ってみてるなんて、マヤにはできない。

 

…だけど、それでもマヤにできることは今のところないのは事実で…

 

…ううん、そんなことない。きっとマヤにも何か、■■■■■■■のために出来ることはあるはず。トレーナーちゃんにも相談してみよう!

 

 

 

 

 

 

がんばれ、テイオーちゃん!

マヤも応援してるからね!!

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「こ、これって…」

 

黒板に書かれていた予想外の一文を見たボクは絶句する。

自分の処理能力を越えた出来事に出会った時、人間は動くことが出来なくなるというけれど、まさにそれを自身の体で実体験する。

でも、何度見てもそこに書かれている文字は、明らかにボクのことを祝福する文言だったから…

 

(い、一体…)

 

これはどういうことなんだろう?

そんな戸惑いで思考が空転する。

 

…そうだ、ボクはマヤノやマーベラス、ネイチャ達が、こっそりパーティーを開こうとしていると思っていた。それも、ボクを意図的にそこから排除して。

だからこそ、ボクはその会場であるはずのこの教室で、ボクへの祝福の言葉なんてものを見るなんて、夢にも思ってなかったんだ。

それに…

 

「…これ…」

 

教室の中に入って、中を見て回っていたボクが見つけたのは、綺麗に包装された大きな花束と一枚の台紙。そしてその台紙に書かれていたのは...

 

 

 

 

 

テイオーちゃん復活おめでとう!信じてたよ!!

                        マヤノ

 

 

 

テイオーおめでとう!テイオーにこれからももっとマーベラス★なことがありますように!!

          

                        マーベラス

 

 

 

本当に良かったね、テイオー

おめでとう。そして、お帰り

 

                        ネイチャ

 

 

 

 

 

そんな沢山の心の籠った、ボクへの寄せ書きだったから…

 

(これじゃあ、まるで…)

 

このパーティーは…

 

そこまで考えた瞬間だった

 

「…!」

 

近くから誰かの足音が聞こえる。

そして、それは徐々にこちらに近づいてきたから…

 

(ど、どうしよう!?)

 

慌てたボクが咄嗟に取った行動は、昼にゴルシに付き合った影響からか、教室内のロッカーに隠れるというもので、だからこそ…

 

 

 

「?ドア開けてたっけ?」

 

 

 

ボクはロッカーの隙間から、教室に入ってきた人物を見据える。

一人は黒いスーツに黒いサングラス、黒い中折れ帽子の男の人。そしてもう一人は…

 

 

 

「…ねぇ、トレーナーちゃん。鍵かけた?」

 

「あっ、やべ!そう言えば…」

 

「もうっ!きっとそれが原因だよ!!

多分知らない人がうっかり開けちゃってそのままにしたんだよ!」

 

 

 

そう言って急いで一通り教室の中を確認するウマ娘は、紛れもなくボクのルームメイトであるマヤノだったから…

 

(…)

 

ボクは出ていこうにも出ていけず、そのままそこで様子を見守る。

 

すると、一通り部屋の様子を見て、特に何も壊れたりしていないことを確認したらしいマヤノに、男の人、彼女のトレーナーが謝り始めた。

 

「あ~…すまんな、マヤ」

 

「ホントだよ!これで大切なパーティー会場に何かあったらどうするのトレーナーちゃん!!」

 

そう尻尾を逆立てながら、ぷりぷり怒るマヤノに、普段の言動はどこへやら、流石に自分に落ち度があることは分かっているからか、彼女のトレーナーは平身低頭である。

だからこそ

 

(…なんか意外な姿だな)

 

普段から奇天烈な言動のマヤノのトレーナー、その珍しい姿をこっそり見ているボクは、そんな感想を抱く。

 

とは言え、実際に何かあったわけじゃない以上、マヤノもトレーナーへのお説教を早々に打ちきる。

だから、二人の間に漂う空気はそこまで悪くならず

 

「…それにしても、随分と大掛かりなものになったな」

 

そう話しかけるトレーナーに応えるマヤノの声は自然体で

 

「あったり前だよトレーナーちゃん!なんせ…」

 

特に嘘などついていないことがはっきり分かるものだったから

 

「これはテイオーちゃんのためのパーティーだからね!」

 

続くその言葉に、ボクは内心驚く。

 

もしかしたら…

この部屋を見てそうは思っていたけど、実際にそれが当たっているとなると、流石に思うこともある。

すなわち

 

(…じゃあボクに黙ってたのって…)

 

てっきりボクは、みんなが悪意をもってボクに隠していると思い込んでいたんだけど、実際はそうじゃなくて…

 

(…単にサプライズにしたかったんだとしたら…)

 

そう考えると、みんなの行動も納得が行く。そして、今更ながら喜びが胸の中に溢れてくるから…

 

(…みんな)

 

教室の角のロッカー

そんな狭い場所の中で、ボクはじっと黙って外の様子を見つめる。

すると、見えてくるのはさっきの台紙だけじゃない。

 

…あぁ、恐らく教室を飾り付けるあの紙飾りや折り紙で作った装飾品は、さっきの買い物リストを考えるに、マーベラスが作ったものなのだろう。

普段のマーベラスな言動とは裏腹に、こういうところはちゃんと真面目にこなすあたり、本当にあの子は律儀な良い子だ。

 

また、きっと机にひいてあるテーブル掛けや、角においてあるジュースのペットボトルや紙コップ、お菓子なんかは恐らくネイチャの用意したもの。

さっき食堂で料理作ってたから、多分その関係はネイチャの管轄なんだろうし、あの子はすごく気が利く子だから、自身の好きなお菓子やジュースに走りがちなマヤノやマーベラスよりも、バランスよく皆が楽しめるようなものを揃えてくれたのだろう。

 

他にも他にも他にも…見ていると、たくさんのウマ娘達がこのパーティー会場の設営に協力してくれたのが分かる。そしてそこからは、今回のパーティーに対するみんなの溢れんばかりの祝福の気持ちが伝わってきたから…

 

(…)

 

視界が歪む。ロッカーの隙間から見える教室の光景が、何だかぼやけて見える。

 

そして胸の奥から、感情が後から後から溢れてくる。それは、ボクには止めようがなくて…でもそれは、決して不快なものじゃなく、むしろ嬉しいものだったから…

 

(…ありがとう)

 

心に浮かぶのは本当に、そんな感謝の念しかない。

…こんなものを見せられたら、それしか言えない

 

ボクは人知れず、それを口の中でつぶやく

 

そして、そんな風に、一人ボクが感傷に浸っている間にも、二人は動き続ける。

持ってきた買い物袋から色々なものを取り出し、教室を鮮やかに飾り付けていく。それによって教室はますます華やかになっていく。

そんな、恐らくは準備の仕上げに来たのであろう二人を、ボクはじっと見つめる。

そしてその間に思うのは、直前の食堂のやり取りで

 

(…だとしたら)

 

…ネイチャには悪いことをしたかもしれない。

別に罵声を浴びせたりしたわけではないけれど、誤解していたボクの態度は、間違いなくネイチャに最悪の想像をさせたに違いない。

そして、ボクは彼女がその弁解をする暇もなく逃げてしまった。それを考えるなら

 

(…後で謝っとかなきゃね)

 

そんなことを考えていた時だった

 

 

 

「...しかし、本当に今回はよく頑張ったな、マヤ」

 

 

 

そんな声が聞こえたから、ボクは我に返る

なぜなら

 

「俺や他のみんなも手伝ったとは言え、今回のパーティーの発案者兼一番の功労者はマヤだもんな。お疲れ様」

 

「わっ!?だから頭撫でないでってばトレーナーちゃん!マヤを子供扱いしないでってば!!」

 

そう、このトレーナーの言うことが正しければ、今回のパーティーはマヤノの手によるものらしい。

だからこそ、ボクはトレーナーに頭を撫でられて怒るマヤノを思わず見つめる。

 

自分の為にこんな企画を準備してくれたというマヤノが、一体どうして今回の行動に到ったのか、それを聞きたかったから

 

そしてボクが見たのは

 

「まったくトレーナーちゃんは…

でも、別にそんな大したことじゃないよトレーナーちゃん。

…むしろ、マヤにはこれくらいしか出来なかった。それが悔しいんだよ…」

 

そう言って俯くマヤノの姿

 

「…同じクラスのクラスメイトなのに。

同じ部屋のルームメイトなのに。

…何より、大切な友だちなのに…

マヤは苦しむテイオーちゃんの為に何も、なんにも出来なかった」

 

本気で悔しそうな顔で語る

 

「マヤに出来たのはたった一つだけ。テイオーちゃんが苦しい時、悲しい時、側にいることだけ。

絶対に一人ぼっちにならないように、ずっと一緒にいてあげることだけだった。だからね…」

 

そんな友だち思いのマヤノの姿で…

 

「…テイオーちゃんの苦悩に比べれば、この位は何でも無いんだよ、トレーナーちゃん」

 

だからこそ、そう言いながら悲しげに微笑むマヤノの姿が、なぜか印象的で…

 

(…マヤノ)

 

それを見ていると、ボクもまた思い出す。

確かに、マヤノはボクが怪我をしている時も、普段とまったく同じ態度で接してくれた。

それこそ菊花賞に出れなくなった時も、無敗じゃなくなった時も。

…そして、一度走ることを諦めかけた時も。

 

彼女はまったく変わらなかった。

それこそいつも通りに早寝遅起きし、遅刻寸前に寮を飛び出し、授業中に見事に爆睡する、そんないつも通りのマヤノであり続けた。

 

そんな本当にいつもと変わらない、それでいて不自然な位にボクに何も言わないマヤノの姿に、少なからず救われていた部分は確かにあったから

 

(…)

 

その裏に隠された、ボクには見せないようにしてくれていた、彼女の苦悩を見てしまったボクには、もう何も言えない。

マヤノがどれだけボクのことを思ってくれていたのか、それが痛いほどに分かってしまっただけに、それに対する感謝の念と、迷惑をかけてしまったという後悔の念で、胸がいっぱいになる。

 

…あぁ、そうだ。だからこそ

 

「…でもね、トレーナーちゃん」

 

そう言って顔を上げたマヤノの

 

「マヤ、信じてたんだ!テイオーちゃんなら、きっともう一度立ち上がってくれるって!!」

 

そんな弾けるような笑顔が、

とてもまぶしくて…

 

「だってテイオーちゃんは――…」

 

なぜか、目を離すことが出来なくて…

 

 

 

 

 

「サイキョームテキのテイオーちゃんなんだから!!」

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「…?」

 

あれ?

 

「ボクは…」

 

一体何を…?

 

あたりを見回したボクの目に映るのは、酷い惨状だ。

ズタズタに引き裂かれた掛け布団に、ビリビリになったカーテン、棚から落ちて画面に罅が入った目覚まし時計…。

 

そしてそんな酷い状態の室内で、ボクの目の前のベッドで寝息をたてているのは…

 

「…マヤノ」

 

…懐かしい夢

そこから覚めたボクが呆然と見つめるのは、大切なトレーナーを失い、心が壊れかけている大事な友だちの姿だった。

 

 







※大切なお知らせ

結論から言うと、不穏な終わり方からもわかる通り、
今回のお話に限ってはハッピーエンドではありません。

バッドエンド…とまではいかないかもしれませんが、
最低でもビターエンドです。

最初からこれを書くと、
最初の方の部分の明るい雰囲気が崩れるので、
あえてここまでそう書きませんでした。

申し訳ありません。

ですから、どうしてもハッピーエンドしか見たくない。
そう望まれる方は、本当に申し訳ありませんが、
ここから先へは行かないほうが良いかもしれません。

以上の点を考慮したうえで、
次の話を読むか、それとも引き返すかをご検討ください。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テイオー様の長い1日!! 君と夢を…

注意

前の話のあとがきでも述べましたが、
この物語はハッピーエンドではありません。

それでも良いという方だけどうぞ



ボクにやらせて欲しい

 

 

 

あの日、寮長であるフジ先輩にそう頼んみ込んだのは、他ならぬボクだ。

 

自身のトレーナーを亡くし、悲しみのあまり外界の全てを拒絶したマヤノは、食事すら取らなくなった。

 

だからこそ、このままでは死んでしまう、そんな状況のマヤノを見たときボクは思ったんだ。

 

ようやくあの時の恩を返せる。

菊花賞に出られず、無敗の称号を失い、あげくウマ娘としての人生すら失いかけたボクに、それでもきっとボクが立ち直れると信じて一緒に居続けてくれた。

そんなマヤノへの返しきれないほどの恩を、ようやく。

 

だからこそ、ボクは彼女の世話を自分から申し出た。

これは決して嘘じゃない。

本当に心の底から、ボクはマヤノのことを救いたい。

救ってもらった分、今度はボクがマヤノの助けになりたい。

そう思ったのは決して偽りじゃない。本心だ。

 

だけど…

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

部屋は静まり返っている。

ボクとマヤノ以外誰もいないから当然だけど、それでも暗く静まり返った部屋には静寂が満ちている

 

「…」

 

ボクはじっと無言でたたずむ。その視線の先にいるのは当然マヤノで…

 

「…」

 

さっきようやく寝てくれたマヤノの姿は、とても無防備だ。

…本当の意味で泣き疲れたのだろう。パジャマ姿でベッドに横たわる彼女は、ピクリとも動かない。

 

「…」

 

その様は、まるで美しく、それでいて繊細なガラス細工のよう。未成熟で、それでも微かな色気を放つその白い肌は、触れれば砕けてしまうほどに儚いもののように見えたから…

 

「…」

 

スッと、思わずボクは手を伸ばす。

眠る彼女のその頬に、そっと指で触れようと――…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…トレーナー…ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…――手が、止まる。

 

 

 

気が付けば、マヤノは眠ったまま涙を流している。だけど…

 

 

 

「…」

 

 

 

ボクには、その涙を拭うことが出来ない。

彼女の頬を流れる、小さなサファイアのように輝く涙に、触れることが出来なくて…

 

 

 

「…」

 

 

 

静まり返った部屋に、ただただ静かに、ボクは佇むことしか出来なくて…

 

 

 

 

 

.......................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「…きっと、それで良かったんだよ」

 

そう呟きながら、未だウイニングライブの熱狂に酔う京都競バ場の出口への通路を歩くボクの独り言は、だれもいない空間に吸い込まれていく。周囲を囲むコンクリートの壁は、厚く、そして冷たくただそこに佇んでいる。

 

だからこそ、ボクは誰とも出会うことなんてないと思っていたんだけど…

 

「…何が良かったんですの?」

 

不意に目の前に現れた人物に、ボクは面食らう。

 

「…マックイーン?」

 

この場所にいるはずのない人物の登場に、ボクは少しばかり驚く。

だから

 

「一体…」

 

どうして?

 

そんな当然の質問に、マックイーンは鼻をならす。

 

「テイオー、あなたも今日が何のレースの日なのか知ってるでしょう?」

 

そう言われて思い出すのは、今日のマヤノの走ったレースの名前。

だからこそ

 

「…自分は出ないのに?」

 

「当然ですわ。例え自分が出なくても、メジロにとって天皇賞は重要なレース。見に来ないはずがないでしょう」

 

そう憤慨するマックイーンに、ボクは納得する。

なるほど、確かにそれは道理だ。

だけど…

 

「それなら…」

 

どうしてわざわざボクのところに?

そんな疑問を口に出す前だった

 

「…ん」

 

マックイーンが両手を広げる。

そしてそのままボクの方を見つめ続けるから…

 

「…え?何?」

 

意図が分からないボクは、流石にマックイーンにそれを問う。

 

「…ん!」

 

マックイーンは再びそんな声を出すと、手を広げる。

だから、ボクも意味が分からなくて動けない。

 

だけど…

 

「…すわ」

 

「…え?」

 

しばらくそうしていると、マックイーンの顔が赤くなり始め、小さな声で何かを言う。

 

だから

 

「…して…すわ」

 

「…え?何?何て言った?」

 

そう聞き返した時だった

 

顔を真っ赤にしたマックイーンが、キッとこっちを、睨みながら言ったのは

 

 

 

「…だから!特別にわたくしの胸を貸してあげますわ、って言ってますのよ!!」

 

 

 

なんて言葉だったから、ボクはびっくりすると共にその意図を問う

 

「え?え?え?どういうこと?マックイーン?」

 

「どういうことも、そういうこともないですわ!

そのまま、直球で、わたくしの胸を貸してあげると言っているのです!テイオー!!」

 

いきなり怒り出したマックイーンに、ボクは困惑するしかない。

突然現れたと思ったら、一体何なのだろうか、このパクパクお嬢様は…

ついに食べ過ぎて自分の頭までパクパクし出したのだろうか?

そんな失礼なことまで考え始めた時だった

 

 

 

 

 

 

「…マヤノさん」

 

「…!!」

 

 

 

 

 

 

その言葉に即座に振り向いたボクを見つめるマックイーンの顔は、とても優しいもので…

 

「…どうして」

 

そう問いかけるボクの言葉を受けて、彼女は苦笑すると

 

「あら、わたくしはあなたのライバルですわよ?テイオー」

 

「…」

 

そう、彼女はボクの質問をはぐらかす。

だけど

 

「…だから、わたくしとしてもライバルには、早く立ち直ってもらわないと困るんです」

 

そう言いながらボクの方へと歩みより

 

「そう言うわけですから、今日だけ特別にわたくしの胸を貸してさしあげます。感謝してくださいね?」

 

そっ、とボクを抱き締める彼女の身体は

 

「…ふふっ、女性同士とはいえ、こういうのは恥ずかしいものですね」

 

とても…とても暖かくて…

そして…

 

「………ぁ」

 

「…大丈夫ですわ、テイオー。

ここにはわたくし達以外しばらく誰も来ませんわ。だから…」

 

こちらを包み込むマックイーンの笑顔が、とても優しいものだったから…

 

 

 

 

「…泣いて、良いんですのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

「~~~~~~っっ!!」

 

 

 

 

 

…そこが、限界だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…思えば、ボクがそれをはっきりと認めたのは本当に最近。

それこそ自身のトレーナーを亡くし、心が壊れかけた彼女の世話をし始めた時あたりだったんだと思う。

 

だって、本人は気付いてないみたいだったけど、彼女は自身のトレーナーのことが女の子として好きみたいだったし、それに何より…

 

(…女の子同士…だもんね…)

 

だからこそ、あの日、空き教室のロッカーの中で芽生えた心に、ボクは蓋をした。見なかったことにした。

 

…元々あの子は友だちなんだ。そして、友だちであるならば、ずっと側にいることができる。

それなら、わざわざリスクを負ってまで、その関係を変化させる理由なんてどこにあるというのだろう?

 

そんな言い訳で自分を騙して、納得させて、ずっとボクは彼女の友だちであり続けたんだ。

 

だからこそ…

 

(彼女のトレーナーが死んで…)

 

壊れかけた彼女の世話をしたいと言った時に、一瞬だけ魔が差した。

本当に、本当に一瞬だけ、ボクは思ってしまったんだ。

 

…彼女の大好きな人はもういない。

………それなら…?

 

それは明確な裏切り。

ボク自身が確かに持っている、掛け替えのない絆で結ばれた彼女への友情、自身が受けた返しきれないほどの恩に対する感謝、そんな彼女とボクを結びつける大切なもの達に対する裏切り。

そして、友だちとして確かにボクを信頼してくれている彼女自身への裏切り。

 

だけど、一度生じた疑問はもう消えない。

それこそ、白紙に落とした墨汁の一滴が絶対に消えないのと同じ。

 

だから…あぁ、そうだ。

一度だけ、たったの一度だけ、ボクは自分の心に負けた。

 

義務でも責務でもなく、ただ自分の欲望という理由だけで、ボクはあの子の清らかな肌に触れてみたいと、あの白く柔らかな頬に触れてみたいと、自身の手を伸ばしたんだ。

 

だけど…

 

 

 

(「…トレーナー…ちゃん」)

 

 

 

ボクは、結局あの子に手を出すことが…出来なかった。

あまりにも、あまりにも悲しそうに、眠りながらも呟く彼女は、あまりにも痛々しくて…

頬を滑り落ちる小さな宝石のような涙が、あまりにも美しすぎて…

…そして何より、底無しの絶望の中で最後に呼ぶ名前が、ボクではなくあのトレーナーのものだとはっきりと分かってしまったから…

 

真っ暗な部屋の中、ボクはただ立ち尽くすことしか出来なくて…

 

 

 

 

…ウイニングライブの歓声が聞こえる。

あの後、気絶したマヤノは救護室に緊急搬送された。

だから、一時はライブも中止になるだろうと思っていた。

当然だよね?

いくらライブが大切なものであっても、流石にその参加者の命には変えられない。おまけにマヤノはあの時足の骨が折れてたんだ。当然激しいダンスなんて無理だし、だからこそ、ライブは中止。

それがあの場所にいた人達の共通認識だった。

だけど…

 

 

 

ワァァァァアアアァァァァッッ!!

 

 

 

それでも、マヤノはライブを強硬した。

運ばれた救護室ですぐに目を覚ましたマヤノは、踊れなくてもせめて歌いたいと、それがレースで一位をとった自分の責任で義務で、そして何より自分がやりたいことだと、彼女はそう言ったそうだ。

だからこそ、いまだライブは続いている。

全ての迷いを吹っ切り、ついに自身の気持ちに折り合いを着けることに成功した彼女のライブは、今まで彼女がしてきたどんなライブよりも、心に残るもので、そして何よりそのセンターで歌う彼女の姿は、今まで見てきた彼女の姿の中で、一番キラキラしていて、一番美しいものだったから...

 

「…」

 

マックイーンは何も言わない。

ただ、黙ってボクを抱き締め続ける。

それが、今のボクにとってはこの上なくありがたい。本当に、本当にボクは良い友達を持ったと思う。

それでも…

 

「…ボクは…」

 

あぁ、それでも…

 

「…ボク…は…」

 

憧れの人にして、越えなければならない目標。

絶対に負けられない終生のライバル達。

ボクのことを本気で心配してくれる両親や友人達。

 

そんな掛け替えのない、大切な人達に恵まれたボクは、間違いなく幸せ者だ。

お前は幸せか?と誰かに聞かれたとしても、間違いなくボクはそれにYESと即答できるだろう。

 

だけど…

 

「…それでも」

 

…あぁ、そうだ

 

「…それ…でも…」

 

ボクが好きだったのは…

 

「………それ…でも…!!」

 

ボクが、一人の女の子として恋をしたのは――…!!

 

 

 

…それは語られない物語。

確かにあったにも関わらず、決して誰の目にも触れることのない、そんな物語。

 

それでも、例え彼女の絶叫が、慟哭が、太陽を目指して歩き出したイカロスの後光に飲まれて見えなくなったとしても…

 

 

 

ワァァァァアアアァァァァッッ!!

 

 

 

…それは確かに、確かに存在した物語だったことには違いないのだ…

 

 





かたや自身の恋に気付かず、走り抜けた先で初めてそれに気付いたウマ娘

かたや自身の恋から目をそらし、どうしようもなくなってから初めてその重さに気付いたウマ娘

…誰が悪いなんてことはない。二人ともただ一生懸命だっただけ。
これは、ただそれだけの物語…。

次回、エピローグです。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テイオー様の長い1日!! いくつもの朝を超えて



一応書いておきますが、
マックイーンにその気はないです

ただマヤノは勿論、ネイチャやマーベラスですら気づけなかったテイオーの思いにただ一人気付けたのは、やっぱり一番長く本気でぶつかり合ってきたライバルだからこそでしょうね

…そして、テイオーに関しても、彼女以外にそういう感情を向けているわけではありません。
むしろ作中の出来事がなければ、あんなことにはならなかったでしょう。

作者は恋は病気だと思っています。
いつどこでかかるか分からない。
そして、だからこそ、その相手もまた選べない。
…巡り合わせ、としか言いようがないです。





......

 

?年後

 

光陰矢の如しとは良く言ったもので、月日は飛ぶように移り変わっていく。

 

だからこそ、かつて少女だったボクも、気が付けばあっという間に学園を卒業し、大学に入学、そしてそこから就職にまでこぎつけているというのだから感慨深い。

…あの頃は、早く大人になりたいって思っていたのに、気が付くと心より先に体が大人になっている。

本当に時間が経つのは早いものであるから…

 

 

 

「…キミが天国に行ったのも、もう何年前になるのやら」

 

 

 

墓前に花を供えたボクは、そう苦笑する。

そして、そんなボクに応えるかのように、ボクの横を心地よい風が通りすぎていく。

だからこそ、思い出すのは今日まで過ごしてきた日々、ボクらがこれまでに辿ってきた軌跡だ。

 

あれから…ボクがトレセン学園を卒業してから、本当に沢山のことがあった。

 

例えばネイチャが正式に自分のトレーナーと婚約したり、マーベラスが「真のマーベラスを探してくる!」なんていう訳の分からない置き手紙を残して世界へと旅立ったりと、本当に様々なことがあった。

かくいうボクも、トレセン学園を卒業した後は、自分の現役時代のような、ケガで夢を諦めるウマ娘を生まないために医者になっているのだから、ここまで本当に色々あったとしか言えない。

そして、その中でボク達は大なり小なり様々な変化を強いられてきた。

 

でも、それはある意味当たり前の話ではある。

 

諸行無常盛者必衰

 

この世に一瞬でも同じ姿を止めているものなんて一つもない。

全てのものは移り変わる、それこそがこの世の絶対普遍のルールである。

 

だからこそ、歩んできた道のりの途中で、ボク達は様々なものに出会い、そしてその中で様々なものを得て、そして様々なものを失ってここまで来た。

 

それは多分大人になるということ。

無垢で、何も知らなかった少女だったボク達は、時の流れの中で現実を知り、色んなものを見て、あの頃持っていた多くのものを失う中で、それでも同じくらい多くのものを得て、少しずつ変わっていく。

 

ボクは墓前に手を合わせて、目をつむる

 

…恐らく、こうして今キミの前にいるボクは、キミが知っている人間とは少し違う。

そして、次に会うときはもう少しだけ違っている筈だし、その次はさらにもう少しだけ違う人間になっているだろう。

 

…この世を去り、時の流れから切り離されてしまったキミが知っているボク、トウカイテイオーというウマ娘は、厳密な意味ではもういない。

だって万物が流転するこの世界において、変わらないものなんてないから。

だからこそ、きっとボクはこれからも変わり続けるし、それを止めることなんて絶対に出来ない。

 

(…だけどね)

 

目を開ける。

すると、そこにあるのは一つの墓石。

それは、以前に来たときと同じように、まるでずっと昔からそこにあるかのように、静かに佇んでいたから…

 

 

 

「…それでもね、ボクはキミのことが好きだったこと、後悔してないよ」

 

 

 

そう言って、ボクはその場で立ち上がると、荷物を纏める。

そして、帰り支度を整えてから、一度だけ振り返る。

 

「…だからさ、また会いに来るよ」

 

そして、最後にそれだけ言って、ボクはお墓に背を向けて歩き出す。力強く明日へ向かって一歩を踏み出す。

 

…そうだ、確かに万物は流転する。変わらないものなんてない。これは真理だ。

 

でも、ボクは例外がないわけではないと思う。

それは、既に終わったものだ。

 

変化とはすなわち過程であり、また万物の変化は始まりから終わりまでの一方向にしか進まない。

それならば、終わりまで行き着いたもの、すなわち変化しきったものは、もうそれ以上変化しない。永遠なのだ。だとしたら…

 

(きっと…)

 

ボクは頭上を見上げる。

するとそこには、どこまでも果てなく広がる、そんな青空が広がっているから…

 

…あの日終わった恋は、きっとそこにある。

例え報われなくても、あの日ボクが全力で恋していた、その事実だけはきっと永遠だから…

 

(…だからね、マヤノ)

 

ボクは空に手を伸ばす。

当然のことながらその手は何も掴まない。

それでも、ボクがこの手を空に伸ばしたことだけは、誰にも否定できない事実で…

そして、どんなにちっぽけな距離であっても、それでも伸ばした分だけ確実にボクの手が空に近づいたのもまた、事実だったから…

 

(…ボクはこれからも走っていくよ)

 

それこそ、地の果てまで

例え道がなくなっても、それでも自分の足で。

 

それがボク、キミが信じてくれた、サイキョームテキのトウカイテイオーだから…

 

見上げた空は、どこまでも青々と、そして天高く広がっていたのだった。

 

 




以上で短編集4作目終了です。

…具体的なエピソードについては、この短編集を書き始めてから考えたのですが、
実は設定と大体の経緯自体は、裏設定としてかなり早い段階から存在しました。

ですから、今回はそれに焦点をあててみたのですが…
演出上の問題もありましたが、公表がギリギリになってしまい申し訳ありませんでした。

…さて、次はいよいよこの作品の主人公でもあるマヤちゃんの短編へと移行します。
そして、これを書き終えた後は、もう一つだけ、以前の偽劇場版予告位のスケールの短編を書いて、ひとまずはこの短編集を締めさせていただきます。

ですから、この短編集もあと少しです。
読者の皆さま方にも、あともう少しだけ「片翼の撃墜王」、
その物語世界にお付き合いいただけると嬉しいです。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マヤノトップガンのワクワク☆温泉旅行!! 開幕クライマックス!!

お待たせしました!!
それでは5作目スタートです!!



…と普段ならそれで終わるのですが、
始める前に一つだけ言っておかなければならないことがあります

重要なことですから、しっかり聞いてくださいね?

いいですか…





二人とも、ちゃんとしっかりタオルは巻いてます!!





二人とも、ちゃんとしっかりタオルは巻いてます!!





大事なことなので二回言いました!
それではどうぞ!!


※間違えてpixivで先に公開してしまったため、
こちらでも急遽公開することになりました。
ご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。



カコーン…

 

 

 

静まり返った温泉に、鹿威しの音が響く

 

辺りは無音で、だからこそ、その音はとても高く、よく響く。

そして、そののんびりとした音は、竹の塀に囲まれた、純和風なこの温泉の隅々にまで染み渡る。

 

 

 

カコーン…

 

 

 

だけど、それは決して煩わしいものじゃない。

むしろ、その音はこの空間においては妙に心地が良い。

それはきっと、規則的に温泉の注ぎ口から流れる水の音の、ちょうど良い合いの手になっているからで…

 

 

 

カコーン…

 

 

 

古きよき日本の美観、わびさびってやつなのかな?

そういうものがあるとするなら、たぶんこんな感じなんじゃないかなって、それを聞いてマヤは静かな温泉の中でふとそう思う。

 

…そう、静かな温泉。

たまたま今日のお客さんがマヤ達以外誰もいないって理由で、今この温泉はマヤ達以外誰もいない。

完全な貸切状態。

 

…そう

 

…マ ヤ  の 貸 切 だ

 

それはつまり、

この温泉にはもう一人、

別の人間がいるってことで

 

カコーン…

 

またどこかから鹿威しの音が響く。

ふと見ると、温泉から沸き立つ湯気が、夜の闇の中に消えていく。

 

それは熱力学第二法則の御技。

熱エネルギーは高いところから低いところに不可逆的に推移するという自然界の法則に従って、温泉から出てきた湯気の熱量が周囲の空気に奪われる結果。

 

つまるところ、それだけの現象に過ぎないんだけど、その虚空に消えていく湯気の様子が、どこか美しく、そして儚く見えたから…

 

 

 

「…えっと…マヤ…さん?」

 

 

 

それを現実逃避気味に眺めていたマヤの背中から聞こえてきた声に…

 

「ひゃっ!」

 

思わず尻尾と耳を逆立てて驚いてしまう。

だからこそ、後ろからも慌てた雰囲気が伝わってきたんだけど…

 

「な、な、な、何!?」

 

「い、いやほら!温泉の具合はどうかなって!?」

 

「う、うん!最高だよ!!

本当に良いところだね!ここ!!」

 

「そ、そうか!そ、それなら良かったよ!!」

 

「う、うん!!」

 

「あぁ!!」

 

「…」

 

「…」

 

結局二人とも慌てているせいか、

まともに会話にならず、

また二人とも黙り込む。

そして…

 

 

 

カコーン…

 

 

 

またまた、どこからか鹿威しの音が響く。

さっきからマヤ達はそれを繰り返してるんだけど…

 

(うぅ~!これどうすれば良いの!?

マヤちっともわか・・んないよぉ~!!)

 

流石にちょっと涙目になってしまう。

何故なら…

 

(温泉が混浴なんて、聞いてないよ~!!)

 

そう、マヤとトレーナーちゃんは今、一緒に温泉に入っている。

それも、背中合わせでお互いに見ないように。

 

だからこそ気まずくて気まずくて仕方がない。

マヤはもうどうしたら良いか全然分かんないし、こういう時こそ頼りになるトレーナーちゃんも、温泉に入ったっきり黙り込んでる。

 

 

 

カコーン…

 

 

 

そして、そんなどうしようもない状況だからこそ、マヤは考える。

 

(い、一体…)

 

どうしてこんなことになったんだっけ?

 

目をぐるぐるさせながら、

現実逃避的にマヤはそんなことを考える。

 

すると、なんとなくこれまでの記憶が思い出されてくる。

 

そう、あれは確か一昨日の話で…

 

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「あっ、そうだトレーナーちゃん!」

 

 

 

あれは、URAファイナルズが終わってから少したった日のお昼のことだった。

お弁当を食べていたマヤが、隣にいたトレーナーちゃんにそう声をかけると、

 

「ん?どうしたマヤ?」

 

同じくお弁当を食べていたトレーナーちゃんが、顔をあげてこっちを見る。

 

その日はよく晴れた日だった。

だからこそ、いつもの貯水槽の上から眺める景色も綺麗だったし、吹き抜ける風も気持ちが良い。

 

そう、基本的にはマヤ達も他のウマ娘の子達と同じくトレーナー室を拠点にして活動してるんだけど、たまに天気の良い日にはこうしてこの貯水槽の上で一緒にお弁当を食べたりしている。

 

もちろん、いけないことだってことはわかっているんだけど、ここは周りの景色が綺麗な穴場スポットで、しかもマヤとトレーナーちゃんにとっては思い出の場所だ。

だからこそ、マヤとトレーナーちゃんは今でも天気が良い日とかなんかには、こっそり登って二人で過ごしたりしてる。

 

そして、そんないつもの特等席で、マヤがトレーナーに問いかけるのは

 

「そう言えば前に当てた温泉のペアチケットって、

確かトレーナーちゃんに預けたよね?」

 

いつかの福引きで当てたチケットのことであり、

 

「…あぁ、そう言えばそんなのあったなぁ!」

 

と、それを聞いて忘れていたらしいトレーナーちゃんも懐かしそうにうなずく。

 

そう、マヤ達は以前商店街の福引きで、見事特賞を引き当てた。

でも、その時は忙しかったから、一旦トレーナーちゃんに預けておいたんだけど…

 

「今なら大丈夫だよね?トレーナーちゃん!」

 

URAファイナルズも終わり、ちょうど次に何を目指すのかということを考える空白期間の今だったら、まさにそれを使う絶好の機会なんじゃないかな!

 

偶然その事を思い出したから、マヤはそれをトレーナーちゃんに言ってみたんだけど、トレーナーちゃんもそう思ってくれたみたいで、賛成してくれる。

 

「ん~…それもそうだな。

確かにまだ正式に二人でURAファイナルズのお祝いもしてなかったし…

よしっ!!」

 

そう言って残りの弁当を掻き込んだトレーナーちゃんは立ち上がる。

 

「それじゃあ、マヤ!良い機会だし、二人で温泉旅行と洒落込もうか!!」

 

そう言ってニッコリと笑ってくれたから、

 

「わーい♪それじゃぁいつ行く?いつ行く?トレーナーちゃん?」

 

そう聞くと

 

「まぁまぁ、待て待て。

まずはトレーナー室に帰ってチケットの有効期限を見てからな。

まあ今月中なら時間は取れるだろ」

 

そう言いながら、食べ終わったお弁当を片付ける。そして、

 

「それじゃあマヤ、今月は二人で温泉旅行だ!!」

 

「おー☆」

 

二人で貯水槽の上で両手をあげて歓声を叫ぶ。

 

そうしてマヤとトレーナーちゃんの温泉旅行が決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

…ちなみに、その後トレーナー室に帰ってチケットを見たマヤとトレーナーちゃんが、その期限が一週間きっていることに気が付いて真っ青になるのは、また別の話。

 

 




改めて言うまでもありませんが、
もちろんうまぴょいも、うまだっちもする予定はありませんし、させません。

…もとからそんな気はさらさらありませんが、
一応書いておきますね…






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マヤノトップガンのワクワク☆温泉旅行!! ドキドキ温泉道中!!

この話を書くにあたり、
ウマ娘のアプリ版で出てくる温泉の元ネタについて調べてみたのですが、
特に情報が出てきませんでした。

ですので、直接どこであるという明言はしませんが、
この話では以前作者が行ったことのあるとある温泉を、旅行の行き先と設定しています。



「見て見て~!トレーナーちゃん!!

どうかな?」

 

と、マヤがレンタルした向日葵の柄の浴衣を披露すると、一瞬トレーナーちゃんはぽかんとした顔をする。

だけど、すぐにいつもの笑顔になると

 

「あぁ!似合ってるぞ!!

流石はマヤだ!!」

 

なんて言って頭を撫でてくる。

 

いつもなら、子供扱いしないでよ!って言うところなんだけど、

なんだかトレーナーちゃんに撫でられた頭が暖かくてポカポカしたから…

 

「…」

 

「…あれ?今日は振り払わないんだな?マヤ?」

 

なんとなく、黙りこんでされるがままになってしまう。

それに、さっきの言葉。

 

(「あぁ!似合ってるぞ!!

流石はマヤだ!!」)

 

それを思い出すと、なんだかとっても恥ずかしくなっちゃったから…

 

「…い、行くよ!トレーナーちゃん!!

温泉街にテイクオーフ!!」

 

「あっ、ちょっと待てってマヤ!置いてくなよ!!」

 

なんて言って慌ててその場から逃げるマヤを、トレーナーちゃんが追いかける。

でも、マヤは浴衣だから、そこまで速度は出ないし、この街のどこかのんびりとした空気の中では、そんなマヤ達の追いかけっこを見守る人達の視線も、どこか暖かい。

それはまるで、微笑ましいものを見るような目線だったから…

 

「…」

 

「…」

 

結局マヤも、追いついてきたトレーナーちゃんも、何だか気まずくなって黙り込む。

…なぜか、とても恥ずかしいものを周りの人達に見せてしまったような…そんな気がして、マヤはその場から動けなくなる。

別に変なことをした覚えはないんだから、堂々としていれば良いんだけど、周りの人達から向けられる生暖かい目線に、何故か顔が赤くなっていくのだけは分かる。

だから…どうしてだろ?穴があったら入りたい、良く分からない謎の羞恥心に襲われたマヤはその場から動けなくなる。

 

…と

 

「…あ」

 

「…ほら、行くぞマヤ」

 

トレーナーちゃんがマヤの手を取る。そして、珍しく乱暴にその手を引いて、そのままずんずん歩いていく。

慌ててそれに付いていくけど、

その手が妙に大きくて…そして暖かい。

まるで湯タンポのように暖かいそれを握っていると、さっきまでの羞恥心が嘘のように晴れて、代わりにすっごく安心してしまったから…

 

(…)

 

それに気付くと、何だか妙に自分のドクン、ドクンっていう心臓の音が耳に付く。顔もさっきよりも赤くなってるかもしれない。

 

そして何より、さっきのトレーナーちゃんの行動が、まるで周囲の目線にマヤを触れさせないためのものに思えたから…

 

「…」

 

「…」

 

マヤも、そしてトレーナーちゃんも、何も話さない。

 

活気に満ちた温泉街で、

それでもマヤ達のたてる音は、

マヤが履いている下駄の音だけ

 

カラン、コロン、カラン、コロン

 

手を繋いだまま、マヤ達は歩いていく。周りには、同じように浴衣を着た人達や、観光客の人達がたくさんいて、ワイワイと騒がしくしているのに、マヤの耳にはやけに自分の佩いた下駄の音だけが響く。そして、恐らくそれはトレーナーちゃんもそうなのだろう。そんな状況が、なぜかちょっとだけ嬉しかったから…

 

「…!」

 

「…」

 

…ちょっとだけ、ちょっとだけ繋いだ手を強く握ると、トレーナーちゃんも握り返してくれる。その反応がどうしてか、ホントに嬉しくて、恥ずかしかったから、ますますマヤは喋れなくなる。

 

そうして二人で手を繋いだまま、カラン、コロンと下駄の音を響かせながら、マヤ達は温泉街を歩いていく。

 

…そう、ここは四国のとある温泉街。

あの後なんとかここまでやって来れたマヤ達だったんだけど…

 

(…なんか、今日のマヤ…)

 

ちょっとだけ変な感じ。

 

そう、あれは思えば空港に到着した時からで…

 

 

 

 

........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

「…よっしゃあ!やって来たぜ四国!!」

 

と、空港に着くなり謎のハイテンションで叫び出すトレーナーちゃんの横で

 

「し、死ぬかと思った…」

 

と、マヤはぐったりしている。

正直、URAファイナルズの時よりも疲れたかも…と重い体を引きずりながらも、それでもマヤもなんとか飛行機を下り、ここ四国の地に足をつける。

 

…って言うのも、あの後トレーナー室に帰ってチケットの有効期限が一週間切っていていることに気が付いたマヤとトレーナーちゃんは、慌てて行動を開始したからだ。

 

トレーナーちゃんは、たづなさんに泣きついて何とか有給休暇をもぎ取った後に、交通機関の確保やチケットの温泉の手配なんかの準備を。

 

マヤはその間に、ここ数日に友達としていた約束とかをなんとか断って、自分では動けないトレーナーちゃんの分も含めて、旅行用品の買い物みたいな諸々の旅の準備を。

 

そうやって、二人で全力で走り回った結果、何とか予約できた飛行機に飛び乗って、ここ四国にまで来たんだけど…

 

「ご、ごめんねトレーナーちゃん…マヤが有効期限のこと、もっと気にしてれば…」

 

ご覧の通り死屍累々。

 

一応変装してるからか、マヤ達のことに気付いている人達は周りにはいないらしく、空港のロビーには特になんの騒ぎもなく、多くの人々が出入りしている。

 

だけど、テンションの高い、いかにもな不審者と、ぐったりしたウマ娘の二人組という、怪しすぎる組み合わせが人目を引いたのか、別の意味で周囲の人達がざわついている。

 

ただ、それが分かっていても正直マヤ達に対応する気力はない。

正直マヤはもうくたくただし、トレーナーちゃんにしても、一見元気そうに見えても完全な空元気なのは、プルプル震えている足元を見れば流石にわかる。

なにせ、本当に急ぎだったから。

マヤもトレーナーちゃんもかなり無茶な強行軍ですっかり疲れきっていたのだ。

 

でも…

 

「いや、別にマヤが謝る必要はないぞ。

そもそも俺だって忘れてたんだ。

これに関しちゃ別に誰も悪くない。

それにな…」

 

そう言って笑うトレーナーちゃんの横顔が…

 

「せっかくの旅行なんだ。

だったら思いっきり楽しもうぜ?」

 

何故か、直視できなくて…

 

「…っ!!」

 

「?どうしたんだ?」

 

慌てて目を背けるマヤを、

不思議そうな目で見てくるトレーナーちゃんに反応できない。

 

だって…

 

(…あれ?あれ?なんで?)

 

何だか最近マヤはおかしい。

トレーナーちゃんがいつも通り笑ってる、ただそれだけなのに、それだけのはずなのに…

 

(…一体どうして…)

 

…マヤはトレーナーちゃんの顔がまともに見れないんだろう?

…どうして、マヤの胸はドキドキしてるんだろう?

 

訳のわからない衝動に、

それでも顔が赤くなっていくのだけは自分でもはっきりと分かるから…

 

「…あっ!それよりトレーナーちゃん!ほらあそこ!!」

 

「うん?一体どうした…ってあれは伝説のオレンジジュースが出る水道!?」

 

…と言うわけで、手っ取り早く誤魔化すことにした。

周囲をキョロキョロしてたら、丁度良さそうなものがあったからトレーナーちゃんに振ってみたんだけど、思った通り効果抜群!

トレーナーちゃんはさっきまでの会話なんて完全に忘れて、例の水道に向かって全力ダッシュだ。

 

「こ、これがあの…」

 

そして、そんな風に目をキラキラさせている(サングラスで見えないから想像だけど)トレーナーちゃんが妙に微笑ましかったから…

 

「…ふふっ♪」

 

見ているマヤも何だか楽しくなってくる。

 

そう、なんと言ってもまだ旅行は始まったばかりなんだ。

それなら、トレーナーちゃんの言った通り、せっかくなら楽しむべきだろう。

 

だから…

 

「お~い、マヤ!来てみろよ!!

本当にオレンジジュースが出てるぞ!!しかもうまい!!」

 

そう言ってこっちに手を振るトレーナーちゃんに応え、

 

「あ~!トレーナーちゃんだけずるーい!!

マヤも飲む~!!」

 

そう言ってマヤもトレーナーちゃんの元へ駆け出す。

 

…だから、このよく分からない感情も、きっと今だけは考えなくても良いんだよね?

 

そんな風に、理解不能な自分の感情に蓋をして、マヤは空港の警備の人に、事情聴取されかかっているトレーナーちゃんの元へと向かう。

 

「そこの君、ちょっと良いかな?」

 

「え?な、なんだあんた達は?俺は全然怪しいやつじゃないぞ?

…なに?ウマ娘の誘拐疑惑?

ハハッまさか、俺トレーナーですよ?

そんなことしなくても、俺にはマヤという立派な愛バが…」

 

「はいはい、話は後で聞くから。

取り敢えずこっちね」

 

「...っておい!聞けよ!!

いや待ってなんで俺の両脇を掴むのどこかに連れていこうとするの待ってだから俺怪しいやつじゃないって言ってるでしょ誰かHelp me~!!」

 

「あっ、まって!トレーナーちゃーん!!」

 

そうしてマヤはトレーナーちゃんを連れていこうとしていた警備員さん達に慌てて事情を説明する。

 

…こうして、マヤとトレーナーちゃんの温泉旅行は始まったんだけど…

 

 

 

 

 

.......................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

カコーン…

 

 

 

(…なんでかな?)

 

マヤは温泉の中で考える。

たまたま今日はマヤ達以外誰もお客さんがいなかった為に、女湯は貸切状態だ。

そんな贅沢な状況で、温泉の中からマヤは空を見上げる。そこにはぽっかりと一人寂しく満月が浮かんでいたから…

 

(…今まで、トレーナーちゃんと一緒にいても、何も思わなかったのに…)

 

そう思いながら、マヤはそれをなんとなくじっと見上げる。

でも、それが何か喋るわけもなく、だからこそマヤの視線を受けても、月は変わらずそこにある。周囲はただただ静かだ。

 

 

 

カコーン…

 

 

 

鹿威しの音が遠くから響いてくる。それを聞きながら、マヤはぼーっと月を見つめ続ける。

 

そう、マヤのトレーナーちゃんは正直かなりアレな人だ。

いっつもバカなことばっかりやって、詰めが甘くて失敗ばっかりで、おまけにカッコつけなくせに絶妙に格好が付いてない、そんな人。

 

…それでも、ホントは誰よりもウマ娘の幸せを考えている優しい人で、だからこそ担当のマヤのことも誰よりも真剣に考えてくれているすっごく良い人。それを知っているからこそ、マヤも普段はあんなのでも、ホントは心からあの人のことを信じている。

この人と一緒ならマヤも頑張れる、自分の夢を叶えられる、そう確信したからこそ、マヤはあの時あの人の手を取って、そして今まで頑張ってきた。

 

そこに後悔はないし、そうやって頑張って来たからこそ、マヤは最初の3年間を最高の結果で走りきることが出来た。それに感謝こそすれ、他の悪感情を抱くことなんてあり得ない。

間違いなく、マヤにとってトレーナーちゃんは恩人であり、相棒。

だからこそ、胸を張って周りの人達にも、あの人のことをマヤの大切な人だと公言できるはずなんだけど…

 

(…今日は)

 

そう思いながらマヤは少しだけ深く温泉に体を沈める。

そうして肩までお湯に浸かると、温泉の暖かさが全身に染み渡る。

だからこそ、脳裏を過るのは幸せな時間の記憶で…

 

(…一緒に名物のお菓子を食べた時も、蜜柑ジュースの飲み比べをした時も…)

 

それは、楽しかった今日の記憶。

トレーナーちゃんと歩いた旅の記憶。

 

(…有名なタオル屋さんで、お土産も兼ねてたくさんタオルを買ったときも、一緒に足湯巡りをした時も…)

 

忙しくて今までなかった、ゆっくりとした、それでいて穏やかな二人だけの時間。

この3年間で培った、トレーナーちゃんとの確かな絆、そんな掛け替えのないものを、改めて実感できた時間

 

(…マヤは)

 

だからこそ、そんな楽しかった記憶の中でも特に色鮮やかだったものが…

 

(…トレーナーちゃんのことばっかり見てた…)

 

美味しいお菓子でもなく、お洒落な街の風景でもなく、なぜかあの人の笑顔だったのが、不思議で不思議で仕方がなかったから…

 

 

 

チャポン…

 

 

 

マヤは温泉の中から右腕をあげる。

そして、その手を空の月に向かって伸ばす。

 

だけど、その手は届かない。

遥か彼方、遠い遠い場所に浮かぶ月には、その手は届かなかったから…

 

(マヤは…)

 

…いったい、どうしちゃったんだろう?

 

月に伸ばした自分の手を見つめながら、そう自らに問いかける。

だけど、答えは見つからない。

トレーナーちゃんのことを考える、ただそれだけで胸の内から溢れてくる、この暖かい気持ちに、マヤは名前をつけることができない。

 

だからこそ…

 

「トレーナーちゃん…」

 

そう、思わず呟いてしまった時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………マヤ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、唐突に呼んだ相手の声が聞こえたからこそ

 

「………え?」

 

思わず振り向いてしまったマヤの目に写ったのが

 

「…え?…え?…な、なんで?」

 

流石に浴場だからかサングラスも帽子も外し、久しぶりに見る素の顔を晒すトレーナーちゃんで

 

「…い、いや、待て。そんなことよりもだ…」

 

あっけに取られてたその顔が、だんだん青くなっていくトレーナーちゃんの姿は

 

「…いいか、マヤ。

落ち着け、取り敢えず落ち着いてくれ。

俺だってわざとこんなことしてるわけじゃないんだ。だから…」

 

腰に巻いたタオル以外は、一糸まとわぬ姿だったから――

 

「………!?」

 

それを認識した瞬間に、マヤの頭は真っ白になる。許容量を越える衝撃に、完全に脳がこの光景を認めることを拒否。すべての認識がシャットアウトされる。

そして、そんな頭とは逆に、マヤの手は光の速さで近くにあった風呂桶を掴むと――…

 

 

 

 

 

カコーン…

 

 

 

 

 

荒涼とした夜空に、鹿威しの音が響き渡るのだった…

 

 

 

 

 

.........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

 




オレンジジュースの出る水道…

ロマンですよね…




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マヤノトップガンのワクワク☆温泉旅行!! 月下の語らい


皆さんは正月の無料十連は何か良いもの当たりましたか?
作者はサポカ含めてボーノだけです。

…作者としては、そろそろダート要員にスマートファルコンやアグネスデジタルが欲しいところですね

いい加減マルゼンスキーをダートから解放したいので…




 

 

カコーン…

 

 

 

(…結局)

 

あの後、実はここの温泉が混浴だったことが分かったマヤは、トレーナーちゃんを許したんだけど…

 

(…う~、なんでマヤあんなこと言っちゃったんだろ?)

 

そう思いながらマヤは身動ぎする。

…そうだ、その後が問題なのだ。

 

騒動が収まってから、

改めて謝罪して温泉から出ようとするトレーナーちゃんを、何故かマヤは引き留めてしまったのだ。

 

「………混浴なんだから…一緒に入ろ?トレーナーちゃん…

…寒いでしょ?」

 

…こんな言葉が、立ち去ろうとしていたトレーナーちゃんの背中を見ていたマヤの口から、勝手にするりと出たのだ。

正直、自分でも驚いた。マヤの一体どこからそんな言葉が出たかのか、ホントにわからない。

だけど、出してしまった以上引っ込みも付かなくなって、結果…

 

(う、う、後ろにトレーナーちゃんが…)

 

…妥協案として、お互いに背中合わせで温泉に入るというところで話し合いが決着し、今の状況に至る。

 

…でも、いくらお互いに見ないようにしているからと言っても、後ろを振り向けばすぐに触れられる距離にトレーナーちゃんが、しかもほとんど裸のトレーナーちゃんがいるってことは、間違いなくて…

 

(…あわわわわ~!!)

 

そう考えると、途端に体が熱くなる。

それは勿論、温かい温泉に入ってるっていうのもあるけど、何より…

 

(…す、すっごくオトナなことしてるよね!今のマヤ達!?)

 

そう、タオル一枚のほとんど裸の状況で、同じお湯に浸かる。

それはまさにマヤの憧れるオトナのするような行為ではあったけど、だからこそ何だか誇らしいような、嬉しいような、恥ずかしいような、良く分からない感情が頭の中で無駄に空転する。

 

そして、それに拍車をかけるのが…

 

(…そ、そう言えば、トレーナーちゃんの裸なんて初めて見たな…)

 

ふと、そんな思考の迷路の中で思ったその思いつきに引きずられて、脳から引き出されるのは、さっき見たトレーナーちゃんの裸体。

 

幸い、腰はタオルで隠されていたけどそれ以外、例えば上半身なんかは普通に観察できた。だからこそ、その時に見た意外に引き締まったその厚い胸板を思い出してしまって…

 

(…~!!)

 

ボンッ!

 

と頭から湯気が出そうなほどに、顔が熱くなる。そして、体もまた火が出そうな程に熱くなるから…

 

(…こ、このままじゃ、マヤのぼせちゃうよ…)

 

そんな洒落にならないことを本気で思い始めた時だった。

 

 

 

 

「…ははっ」

 

 

 

 

後ろからそんな微かな笑い声が聞こえてきたから

 

「…?」

 

それを怪訝に思ったマヤに気付いたのか、トレーナーちゃんが続けたのは

 

「…いや、何こういうのって随分久しぶりな気がしてな」

 

そんな言葉で、だからこそ

 

「…何だかあの貯水槽の上で再開した時以来だよな?」

 

そう言われて、マヤも納得する

そう、確かにこのやり取りはあの時のやり取りに似ている。

それは、あの模擬レースの日から少し経って、また貯水槽の上で偶然再開した時のことで…

 

「…そうだね」

 

その時のことを思い出すと、少し懐かしくなる。

 

そう、確かあの時は…

 

「…お互いの第一声が――…」

 

「――…「あ~!!」だったよな?」

 

マヤの言葉を引き継いで台詞を続けたトレーナーちゃんが、そう言いながら笑う。

 

まぁ、でもそれは当然の話で…

 

「だって初対面が頭突きだったもんね、マヤ達。

ふっ飛ばした側のマヤからしたら、気まずいったらないよ!」

 

そう言うマヤに

 

「おいおい、気まずいのはこっちだぜ?

幸い何ともなかったとはいえ、初対面でいきなり会心の一撃と、痛快な空の旅をプレゼントしてくれたウマ娘が隣にいるんだぜ?最初は本当にどんな顔して良いか分からなかったぜ」

 

とトレーナーちゃんは苦笑する。

 

…あぁ、そうだ。

思えばマヤ達の出会いは、ある意味運命的だった。

偶然。そう、本当に偶然の事故の被害者と加害者。

幸いお互いなんともなかったから良かったものの、そんな強烈な出会い方をしたからこそ、再開した時の気まずさはかなりのもので、お互いに最初は相手に話しかけようとしては止め、チラチラ相手を見ては、たまに目が合うとそらす、とそんな感じだったのだ。

 

でも

 

「…思えばあそこからここまで来たんだよね…」

 

そう言いながら、マヤは空を見上げる。そこには、真ん丸な月がのんびりと浮かんでいる。

 

…あぁ、そんな一番最初の頃のやり取りを思い出すと、今ではちょっとだけ感慨深い。そんな風に、お互いおっかなびっくりの状況から始まったマヤ達も今では

 

「…そうだな。俺たちはあそこからここまで来たんだ」

 

マヤの言葉に、トレーナーちゃんもまた、感慨深げに頷く。

 

…そう、最初はそんなふうにお互い気まずくて気まずくて仕方がなかったマヤ達だったけど、それでもそんなマヤ達も、今ではクラシック三冠の一つである菊花賞をはじめとし、いくつものG1を勝ち抜いた歴戦のウマ娘とそのトレーナーというのだから、人生というものは分からない。

 

だからこそ

 

「…ありがとね、トレーナーちゃん」

 

マヤの口から出るのは純粋な感謝で

 

「今までマヤのことを支えてくれて」

 

そして

 

「これからも、よろしくね!」

 

続くのは、改めてこれからも一緒に走っていこう、という言葉だったからこそ

 

「…あぁ!こちらこそ、よろしくな!マヤ!!」

 

それを聞いたトレーナーちゃんも、力強く返事をしてくれる。

顔は見えないけど、きっと笑顔で微笑んでくれている。

 

そんなトレーナーちゃんの声を聞いていると、さっきまでの緊張は、気が付けばどこかに飛んでいってしまっていたから…

 

「…それにしても、今日は楽しかったね!トレーナーちゃん!!」

 

「…そうだな!マヤはどこが一番楽しかった?」

 

「う~ん…全部かな?」

 

「おいおい、そりゃねぇだろ…

それは確かにそうだけど、こう言う時は、その中でも特に何が楽しかったってのをあげるもんだろ?」

 

「それは分かってるんだけど…でもでも!全部楽しかったから仕方ないじゃん!!」

 

「まったく、欲張りなやつだな~」

 

なんて、すっかりいつもの調子を取り戻したマヤとトレーナーちゃんは、お互いに温泉で背中合わせになりながら、それでも今日の旅行についての感想を語り合う。

 

それは、穏やかで暖かい時間。

 

温泉街で見つけた猫がかわいかったとマヤが言えば、ナイスネイチャなら骨抜きにされてたかもな、なんてトレーナーちゃんが笑い、逆に蜜柑ジュースの飲み比べでいかに自分が味の違いがわかる良いオトコだったかを力説するトレーナーちゃんに、でもトレーナーちゃん蜜柑と伊予柑のジュースどっちがどっちだがわかってなかったよね?とマヤがツッコミを入れる。

 

暗い夜に、ぽっかりと月が浮かぶ寂しい夜。それでも、暖かい温泉に浸かりながら旅の思い出を二人で語り合うその時間は、マヤとトレーナーちゃんにとっては、とても確かな、かけがえのない絆を感じる時間だったから…

 

 

 

カコーン…

 

 

 

…だから、特に何か考えがあったわけじゃない。

 

「…そう言えばトレーナーちゃん」

 

「うん?何だ?」

 

旅行の思い出の話が、とりとめのない雑談になった頃、ふとマヤは思いつき口を開く。

 

そう、それはほんの些細な疑問。

そう言えば聞いたことがなかったな、程度の軽い疑問で、だからこそ

 

「マヤの夢は何回か言ったことあるけど――…」

 

特に何の感慨もなく口に出した言葉は…

 

 

 

 

 

「…――トレーナーちゃんってなんでトレーナーになろうと思ったの?」

 

 

 

 

 




ちなみに、作者の初温泉は確かヒシアマ姉さんです。

特に狙ってたわけではないのですが、ガチャ引くと出たので育ててみたところ、
一発目で温泉+二つ名+無敗+トリプルティアラ+Aランクだったので流石に驚きました。

姉さんつぉい…






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マヤノトップガンのワクワク☆温泉旅行!! 幕間の回想

トレーナーちゃんがトレーナーちゃんになった理由

…実はこれ、作者が本来公開する予定がなかった裏設定の一つなんですよね…
なのに、気が付いたらマヤちゃんがそれを吐き出さざるを得ない状況を勝手に作っていて…

う~ん、これは変幻自在(泣)





ピロリン♪

 

テイオーちゃんとLIN○のやり取りをしていると、別のLIN○の通知の音がする。

確かめると、相手はネイチャちゃんで、文面はこう。

 

『神様仏様マヤノ様!

ありがたや~ありがたや~

(;∀; )』

 

…どうもさっき何枚か送った、温泉街で出会った猫の写真がお気に召したらしい。

 

だから、追加で何枚か、もっとあざとい猫の写真を送ると

 

『ぴゃああああぁぁぁぁっっ!?』

 

という奇声の後

 

『しゅき…』

 

という言葉を残し、ネイチャちゃんからのLIN○は途切れる。

 

(…ネイチャちゃん)

 

それを見て流石にマヤも苦笑する。

 

基本的にネイチャちゃんは、いつもは冷静で落ち着いた子なんだけど、猫の話題になると途端に壊れる。

 

具体的に言うと、あまりにも猫が好きすぎて、そのかわいさの前にデレデレになる。

 

それでもそんな時のネイチャちゃんはいつも幸せそうだから、せっかく旅先で出会ったんだし、と思って撮っておいた猫の写真を送ってみたんだけど...

 

「...ん?マベちん?」

 

そんなことを考えていると、マベちんからもLIN○が来たので開いてみると、

 

『マヤノ!ネイチャに劇物を送りつけないで!

ネイチャが昇天しちゃうから!!』

 

…話を聞くと、隣のベッドでネイチャちゃんがスマホを見ながら何かニヤニヤしてるから、猫画像でも見てるんだろうって思ってたら、いきなり倒れたらしい。

それで慌てて様子を確認すると、ネイチャちゃんはものすごく良い笑顔で気を失っていたから、悪いとは思ったんだけど、直前までネイチャちゃんが見ていたスマホを確認して、マヤの送った写真を見つけたらしい。

 

そんな諸々の事情を聞いて、やりすぎたことを悟ったマヤは、慌ててマベちんに謝ったのだが…

 

(………ネイチャちゃん)

 

と流石に歎息しつつ、スマホの電源を落とす。

 

(…いくら猫好きだからって…)

 

そう思いながら、天井を見上げる。

とは言え特にそこに面白いものがあるわけでもなく…

 

…一体どれだけ猫好きなんだろう…

いやそれより、写真だけで気絶って、本物に会わせたらホントに死んじゃうんじゃ…

 

虚空を見つめながら、そんな風に友人の将来が心配になってきた時だった。

 

「お~い、マヤ。待たせて悪かったな」

 

トレーナーちゃんの声が聞こえたから、そっちの方を向くと、テーブルで何かの資料を読んでいたトレーナーちゃんが、それをしまっている。

 

見ると、その姿はいつもとはかなり違う。

普段は全身真っ黒なトレーナーちゃんだけど、流石に今は部屋に置いてあった浴衣に着替えている。

 

サングラスも帽子も外したその格好は、

思ったよりもそれなりに整っているから…

 

(いつもそんな風に、普通の格好してれば良いのに…)

 

と少し思いながら、座っていた窓際の椅子から立ち上がる。

 

そう、ここはマヤ達が今夜宿泊する部屋だ。ペアチケットで予約出来た部屋は意外と豪華な部屋で、畳の匂いがする落ち着いた和室だ。

そして、しばらくの間マヤ達が特に喋らなかったってのもあるけど、夜になり、都会と違って周囲の雑音がほとんどないからか、気が付けば部屋はびっくりするほどに静まり返っていた。

 

それに、部屋の片隅の時計を見ると、それなりに良い時間だったから…

 

「...ふわっ」

 

今更のようにあくびが出て、

我慢していた眠気もまた襲ってくる。

 

でも、だからこそ

 

「ううん…マヤのためにトレーナーちゃん頑張ってくれたんだもん。

それなのに、マヤだけ先に一人で寝てられないよ…」

 

そう眠気に抗って目を擦りながらも、マヤは微笑む。

 

…そう、あの後お風呂からあがって少しのんびりした後、マヤは一旦寝ようとしたんだけど

 

「先に寝てて良いぞ、マヤ。

俺はもう少しだけ起きてるから」

 

そう言って鞄から仕事の書類を取り出したトレーナーちゃんを見たマヤは、トレーナーちゃんの仕事が終わるのを待っていたのだ。

 

理由は簡単。

トレーナーちゃんが頑張ってるのに、その横で一人で寝てなんていられないから。

 

今回の旅行にあたって、トレーナーちゃんにはかなり頑張ってもらっちゃったし、少しとは言え仕事の一部を持ち込まざるを得なかったところを見ても、マヤのためにどれだけ無理させたかが良くわかる。

 

だからこそ、

そのお手伝いが出来なくても、

せめてトレーナーちゃんが起きてる間は一緒に起きてようと思ってたんだけど…

 

「…わふっ」

 

またあくびが出る。

 

トレーナーちゃんの仕事が終わったと聞いて、力が抜けたんだろう。

普段はとっくに寝てるような時間だからか、もう眠くて眠くて仕方がない。

そのまま足からも力が抜けて、マヤの体はそのまま畳に…

 

「おっと」

 

…叩きつけられることなく、

トレーナーちゃんに抱き止められる。

 

でもその時マヤは眠くて眠くて仕方がなかったから…

 

「…まったく、本当に寝坊助だな。マヤは」

 

「…ん~…」

 

そう言って苦笑するトレーナーちゃんにも、完全に生返事だ。

だから

 

「やれやれ、仕方ないな。

…よっと」

 

なんて言ってトレーナーちゃんがマヤの体を抱き上げ、布団まで運んで寝かせてくれた時も、頭がぼーっとしてたから特に何も思わなかったし

 

「…お休み、マヤ」

 

そう、苦笑しながら布団をかけてくれたトレーナーちゃんにも、なんて言って答えたのか、正直覚えてない。

 

…でも

 

トレーナーちゃんが電気を消すと、たちまちあたりには闇の帳が落ちる。

そして、マヤの隣の布団に入ったトレーナーちゃんは、そのままマヤに背中を向けて寝息をたてはじめる

 

(…)

 

そして、そんなトレーナーちゃんの背中を、なんとなく、そうなんとなくマヤは見続ける。

 

あたりはもう真っ暗で何も見えないし、流石は観光地といったところか、余計な雑音も一切しない。

 

お陰で布団の中に入ったマヤの眠気は加速度的に増していく。

布団も柔らかくてフワフワだし、

多分このまま眠ったらすっごく良い夢が見れると思う。

 

だけどそれでも、普段ならそのまま

寝てしまうのに、どうしても、なぜかこちらに向けるトレーナーちゃんの背中から目が離せなかったから…

 

(…トレーナーちゃん)

 

思い出すのは、先の温泉での一幕。

今まで知らなかったトレーナーちゃんの過去で…

 

 

 

 

.........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

…口に出した瞬間にわかった。

いや、わか・・った。

 

その話題がトレーナーちゃんにとってはあまり人に話したくないことだったこと、苦い記憶を思い出すものだったこと、そして…

 

「…ははっ」

 

瞬間的に凍りついた空気の中で漏れたトレーナーちゃんの苦笑は、しかし

 

「…俺がトレーナーになった理由、か…」

 

どんなに失敗しても、常に顔を上げて前を向いていたトレーナーちゃんにしては珍しく

 

「………あまり聞いていて、楽しいものじゃないぞ?」

 

どこか寂しそうな、そして悲しそうなものだったから…

 

「ご、ごめん!トレーナーちゃん!!」

 

マヤは慌てて謝る。

 

それに対してトレーナーちゃんは、気にするな、と言ってくれるけど、それでも後の言葉が続かない。

 

 

 

カコーン…

 

 

 

一体さっきまでの盛り上がりはなんだったのか、と思うくらいにあたりはまた静まり返る。音らしい音は、それこそ遠くから響いてくる鹿威しの音くらいだ。

 

だからこそ、マヤは自分の迂闊な発言を悔やむ。知らなかったとは言え、トレーナーちゃんをここまで消沈させてしまったことを、心から反省する。

 

…ホントに、ホントに何気ない、些細な疑問だったのだ。

 

これまで一緒に歩いてきて、そう言えばこの人が、一体どこでどう育ったのか、何を考えて今まで生きてきたのか、そういうことを聞いたことがなかったな、って。

 

それだけ。ホントにそれだけ。

 

トレーナーちゃんを傷つけるつもりなんて全然なくて、むしろ、いつもの感じで楽しそうに語ってくれると思っていたから…

 

 

 

カコーン…

 

 

 

体を満たす温泉の暖かさとは裏腹に、マヤ達の間の空気は絶望的なほどに冷えきっていて、さっきとは別の意味で、マヤはどうすれば良いのか分からなくなる。

 

…そう、だからまさかこんなことになるなんて思わなかった。

そして、だからこそどう反応して良いのか分からない。

故にマヤは動けない。

 

だけど

 

「…だが、そうだな」

 

そんなあまりにも重い空気の中でぽつりと口を開いたトレーナーちゃんは、

 

「…確かにお前には知る権利があるよな」

 

それでも、その重い口をマヤのために開いてくれようとしたから

 

「…そ、そろそろ出ない?トレーナーちゃん!」

 

その先を続けさせたくなくて、

マヤは先手をうつ。

温泉から出ないかとトレーナーちゃんを誘う。

 

実際そろそろ体も十分に暖まったから、温泉から出ても良い頃合いだとは思っていたところだったというのはある。それに…

 

(…直接顔は見てないけど)

 

…それでも、トレーナーちゃんが辛そうな顔をしているのが分かったから…きっとこの話は、トレーナーちゃんにとって、できるなら思い出したくないことまで思い出してしまうような話だから…

 

(…トレーナーちゃんに)

 

これ以上トレーナーちゃんに悲しい顔をさせたくない。

そんなトレーナーちゃんを見たくない。

 

そんな思いでトレーナーちゃんに切り出したマヤの提案は、しかし

 

「…ありがとな、マヤ」

 

そのトレーナーちゃんの言葉であっさりと瓦解する。

 

なぜなら

 

「…でも別に良いんだ。

結局あれは過去の話で、今となってはもうどうにもならない話だ。だからこそ、今からどうこう言っても仕方がない。

それに…」

 

そうやって紡がれるトレーナーちゃんの言葉には

 

「…旅の恥はかき捨てだ!

まぁ確かに、愛バに散々色々語らせておいて、自分は何も言わないなんて不公平だしな!

二束三文の価値もないだろうけど、せっかくだから、この俺の門外不出、興業収入一億円突破の、全米が泣いた笑いあり涙ありの驚天動地の知られざる過去の旅路を公開するってのも、悪くはないしな!!」

 

軽い言葉使いとは裏腹に

 

「…だからさ、マヤ」

 

聞く価値もない、そんな言葉とは裏腹に

 

「………もし、良かったら聞いてくれないか?」

 

聞いてほしい。

そんな微かな本音が、本人すら気付いているのか分からないけど、確かにその言葉の奥にはあったから…

 

 

 

カコーン…

 

 

 

温泉はまた静まり返る。

でも、今度の静寂は単なる気まずさ故のものじゃなかったから

 

「…」

 

トレーナーちゃんのその言葉に、マヤは…

 

「………わかっ、た」

 

渋々、そう言わざるを得ない

 

だって…

 

「…ありがとな」

 

そうやって恐らく笑っているトレーナーちゃんが、普段は滅茶苦茶してるくせに、それでも絶対にマヤを困らせるようなことだけはしない、そんなトレーナーちゃんが

 

「…」

 

本当に、本当に珍しく、我が儘を言ってるから…

 

「………トレーナーちゃんの、バカ…」

 

そんな悪態をつくことしか、

もうマヤには出来なかったから…

 

 

 

カコーン…

 

 

 

荒涼とした寒ざむしい夜空の真ん中に、真ん丸な月が一人ぽつりと浮かんでいる

 

どんなに辛い今日でも、明日は必ず来るし、太陽も必ず昇るとはよく言うけれど、逆にその文脈で月もまた必ず昇るという言い方をされていることを、マヤは聞いたことがない。

 

本質的に同じことのはずなのに、なぜか月がそういった希望の象徴として扱われないのは、希望の象徴と言うには、月の光があまりにも朧気で頼りなく、また儚いからなのかもしれない。

 

そんな青白い、どこか寒々しい光に照らされたトレーナーちゃんが語ったのは

 

「…そうだな、それならまず何から話そうか…」

 

今まで聞いたことのなかったトレーナーちゃんの過去

本来マヤですら知ることのなかったはずの、トレーナーちゃんの秘められた生い立ち

 

「…取り敢えず、さしあたってまず…」

 

そして…

 

「…昔々、あるところに一人のガキがおりました、とでも言っておくのがお約束ってやつかな?」

 

…マヤと共に走る、そう決めたトレーナーちゃん自身の、走る理由だった

 

 

 

 




ちなみに翌日の朝、昨日のこと(お姫様抱っこでトレーナーちゃんに布団へ移送されたことと、その間の自分の対応)を思い出したマヤちゃんは、しばらく布団の中で悶えます。

「...ぴゃあああああああああぁぁぁぁぁぁ///////」

「!?なんだ!どうしたマ...ーー」

「...ト、トレーナーちゃんはあっち行ってて!!」ブンッ!!

「ぐへっ!!」(枕を投げられた)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マヤノトップガンのワクワク☆温泉旅行!! トレーナーちゃんの過去


注意

この話でトレーナーちゃんの過去が少し語られますが、なかなかにハードです。

正直作者でも、ここまで過酷な生い立ちにする必要って…
と少し思うくらいなので、ご注意ください




ロープウェイを降りて、いくつかの石造りの門を超えて少し歩くと、開けた場所にたどり着く。

 

そこから見えたのは教科書や本の中でしか見たことのない、本物の天守閣だったから

 

「わぁっ!」

 

思わず声が出てしまう。

別にそこまで歴史が好きな訳じゃないけど、それでも本物の天守閣なんて見るのは初めてだったから、感動もひとしおだ。

 

そして、そんなマヤの後ろから付いてきたトレーナーちゃんも、それは同じようで

 

「へぇ!大したもんだな!!」

 

そう楽しそうに微笑むと

 

「よしっ!じゃあ早速てっぺんまで登ってみようぜ!!

ユー・コピー?」

 

なんてうずうずしながら聞いてくるものだから

 

「アイ・コピー!

行こっ!トレーナーちゃん!!」

 

マヤもそう元気よく答えて、二人で天守閣へと向かって走り出す。

 

温泉旅行二日目。

一日目が、普段の疲れを取るためののんびりしたものだったのに対して、今日は折角観光名所にいるのだから、と言うことでちょっとした観光ツアーの日だ。

 

だからこそ、今マヤ達はとある古いお城にいる。

 

そこは、昔のある大名が建てたお城で、江戸時代以前に建造された天守閣が現存する貴重なお城。

日本の数あるお城の中でも、間違いなく名城と言われる、由緒正しいお城だからこそ

 

「おおっ!!」

 

剃刀も入らないほどにきっちりと積まれた石造りの壁に感心し、天守閣の中に飾られた展示品を繁々と眺め、そして何故か開催していた甲冑装着体験で、戦国武将の格好をしてカッコつけてたトレーナーちゃんは、天守閣の頂上から見える絶景に、感嘆の声をあげる。

 

…まぁ、こういうのトレーナーちゃん好きそうだとは思ってたし、実際すっごく楽しそうだったから、それは予想通りだったんだけど…

 

「すっごーい…」

 

眼下に広がる景色に、マヤもまた感心する。

 

この辺で一番高い山のてっぺんにあるお城の天守閣からは、眼下の町が一望できる。さっきまで歩いてた道のりや、側を通った建物が、まるでミニチュアのようなスケール感で眼前に広がっている。いや、それだけじゃない。マヤ達が通らなかった道、行かなかった場所も含めて、一個の町そのものが、地平線の彼方まで広がっていたから…

 

「…すごいよな、本当」

 

そう隣でしみじみと呟くトレーナーちゃんの言葉に、流石に賛同せざるを得ない。

お城、それも童話のお姫様が暮らすような、幻想的なイメージのある外国のお城ではなく、戦国時代なんかに戦いの為に作られた、機能性一点特化で武骨なイメージのある日本のお城なんて初めて来たけど、確かにこの光景、眼下に広がる町を、一番高いところから見下ろすなんて独特の俯瞰は圧巻の一言に尽きる。

マヤにはあまり興味のない歴史的価値みたいなものなんかを含めなくても、この景色だけで観光名所としては十分に一級品だ。

 

だからこそ

 

「見て見て!さっき通った道があんなに小さく見えるよ!!」

 

思わずはしゃいでしまうマヤの様子を見るトレーナーちゃんは、とっても優しい顔をしていて

 

「来て良かっただろ?」

 

そう聞いてきたから

 

「うん!!」

 

マヤも素直にそれに頷く。

そして、それが嬉しかったのか、トレーナーちゃんはマヤにお城の由来について話してくれる。

 

「このお城はな、有名な関ヶ原の戦いの後に、とある大名が建てた城で、その大名がこの地に城を建てたからこそ、今この辺は松山って言われてるらしいぜ」

 

「へぇ~!凄い人が建てたんだね!!」

 

そんなマヤの相槌に合わせて、トレーナーはさらに続ける

 

「あぁ、そうなんだ!その大名がまた凄いのなんの!!

豊臣秀吉に見いだされたその大名は、戦場で武功をあげまくって出世して、後に徳川家康に仕えることになった後も抜群の働きをしてこの地に城を構えることになったらしいんだが、それだけでもまだ飽きたらず、晩年には会津に拠点を移し、さらに出世したっていうんだから堪らないよなぁ」

 

そう続けながら、トレーナーちゃんは天守閣の柵を掴む。

 

「最初知ったときは驚いたよ。

素人意見だが、戦国大名っていうのはなんとなく、その人生のどこかで悲劇的な目に会うものだって思いこんでたからな。

 

織田信長とか斎藤道三とかあたり見てたら分かるだろ?

出る杭は打たれるなんて諺があるが、それに輪をかけて下剋上万歳の時代だったからな。

 

だから、マイナーな武将ならともかく、後世に名を残すような高名な武将の多くは、どこかしらで落ちぶれたり、悲劇的な目にあっているものだって、勝手にそう思いこんでた」

 

そして、トレーナーちゃんは眼下に広がる景色を見つめる。

 

天気は晴天。雲一つない空の下に広がる町並みはどこまでも、それこそ地平線の彼方まで続いている。

それはまるで世界そのものがこのお城の支配下にあるような、そんな錯覚を覚えるような壮大な景色で、そんな圧巻の光景が目の前には広がっている。

 

でも、そんな景色を見つめるトレーナーちゃんの姿は…

 

「だけど、この城を建てた奴は違う。さっきも言った通り、結局死ぬまで出世し続けた上に、軽く調べてみただけでも、何かの戦いに負けたとかみたいな苦いエピソードがほとんどない。

それどころか、こいつを褒め称えるエピソードばかり出てくる」

 

相変わらずの気楽な口調とは裏腹に…

 

「…凄いよな。

まさに日本男児ならかくあるべし。その大名は、死ぬまで周囲の期待に応え続け、成果を出し続けたんだ」

 

何故か、少しだけ寂しそうに見えたから…

 

「トレーナーちゃん…」

 

その姿を見て、マヤは苦しくなる。

…なんでだろう?そんな寂しそうな顔をしないでほしい、そういつもよりも更に強く思う。

 

そして、そんな脳裏を過ったのは、昨日の夜の温泉でのトレーナーちゃんの話で…

 

 

 

 

 

.........................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「…なぁ、マヤ

優生学って学問知ってるか?」

 

唐突に出てきた聞きなれないその言葉に、

意図が分からずマヤはトレーナーちゃんに聞き返す

 

「…ううん。どんな学問なの?」

 

「なに、色々あるが本質は簡単だ。それこそ俺達の周りでもその学問の考え方は普通に使われてる」

 

そう言ってトレーナーちゃんは続ける。

 

「...要は天才を作るための学問だな。

例えば生まれつきある病気に強い奴がいたとして、そいつの子供が同じようにその病気に強くなるだろうなんてことは、わざわざ遺伝子がどうとか言わなくても想像できるよな?そんな感じで理想の配合を繰り返し、良質な子孫と遺伝子を残していこうって学問のことだ。

 

…第二次世界大戦中は、それを曲解した奴らが、逆に劣等な遺伝子を根絶するための学問として研究していたが…まぁ、今はそれは良い。

 

大事なのは、藍田玉を生ず。

つまり、優秀な奴の子供は必ず優秀、血筋万歳、血統こそが全て。そういう学問だってことだな」

 

そうトレーナーちゃんは肩を竦める

 

「だからこそ、それを信奉していた俺の両親は、俺を生んだときに確信したんだそうだ。

俺こそが、この世における全ての人類の頂点に立つ人類だと、な」

 

そして、そんな大袈裟なことをトレーナーちゃんが言い出すものだから…

 

「そ、それはいくらなんでも…」

 

いくら自分達の子供だからって、あまりにもかける期待が大き過ぎはしないだろうか?

 

それにそもそも…

 

「それに…ねぇ、トレーナーちゃん。トレーナーちゃんの両親は、トレーナーちゃんのことをそこまで言えるほどに凄い人達だったの?」

 

マヤはそうトレーナーちゃんに問いかける。

 

…そう、それにそもそも先の文脈から言うならば、子供が優秀であるためには親が優秀でなければならない。

だからこそ、マヤはそう聞いたんだけど…

 

「…あぁ、困ったことにな」

 

そうトレーナーちゃんは、少し呆れたようにため息をつく

 

「なんせ親父もお袋も、稀代の天才だったからな。文武両道なんてレベルじゃない。流石に二人とも万能の天才とまではいかなかったが、それでも二人合わせれば人間に理論上可能なことは大体できる、そんな親だったんだ」

 

そう続けるトレーナーちゃんに流石にマヤも絶句する。

だからこそ

 

「…だからこそ、俺も当然天才であることを求められた。両親に恥じない、いや両親がそうだったからこそ、それを越える大天才であることを。だが…」

 

 

 

カコーン…

 

 

 

遠くから鹿威しの音が響いてくる。

 

「…残念ながら、俺は天才ではなかった」

 

そして、トレーナーちゃんが続けたのは…

 

「学問やスポーツは勿論のこと、絵や彫刻、陶芸や日本舞踊に、歌唱や楽器、それから料理に服飾に…あぁ、カメラや演劇なんかもあったかな?

両親からの期待を一心に背負い、それらに挑んだ俺はしかし、どの才能も持ち合わせていなかった…正確に言うと、二人の要求水準に俺の才能は届かなかった…」

 

そんなあまりにも残酷な話で…

 

「だからさ、昔は本当に辛かったんだぜ?

かけっこで1番になっても、テストで100点をとっても、「その程度のことで喜ぶな。お前よりできるやつなどいくらでもいる。そんな奴らに比べたらお前など屑だ」。

そう言われて、小学校で金賞を取った絵を目の前で破られ、練習のし過ぎで溺死しかけながら勝ち取った全国水泳大会のトロフィーをその日の内に粗大ごみに出され、あげく10徹でぶっ倒れながら取った全国模試一位の成績表を、「お前は1+1ができた程度で喜ぶのか?」とこれまた目の前で燃やされる。

そして親父とお袋は怒鳴るんだ。

「サボるな!もっと出来るだろ!!」、ってな

…多分地獄がこの世にあるとしたら、それはあの頃の我が家だったと思うぜ?」

 

そんなあまりにも惨すぎる過去で…

 

「…だけど、それでも、そんなのでも親だからな。

あの頃の俺は、それでも頑張った。あの人達に誉めてもらいたい、認めてもらいたい、その一心だけで。

…だからこそ」

 

その言葉に込められた重みは、マヤが想像していたものよりも、あまりにも、あまりにも重すぎたから…

 

「親父とお袋が期待する全てのものに打ち込み、そして文字通り血を吐くまで、限界まで頑張ったその果てに、自分ではあの人達の期待には応えられないと、そう悟った時は本当に、本当に辛くて、悲しくて...一体俺はどうして生きてるのか、それが本当に分からなくなったんだ。

…それまで、俺にとっては両親こそが全てだったからな」

 

「…」

 

「…だから、俺はその時一度だけ、本当に一度だけだが…」

 

「…」

 

「…俺、死のうとしたことがあるんだぜ?」

 

 

 

カコーン…

 

 

 

…何も言えない。トレーナーちゃんの過去の話を聞いたマヤは、そのあまりの壮絶さに黙り込んでしまう。

 

荒涼とした寒ざむしい月が、静寂に沈む温泉を、静かに照らしている。

 

…正直、マヤには何って言ったら良いのかわからない。

トレーナーちゃんの反応から、多分トレーナーちゃんの過去が普通の人よりもかなり過酷なものであることは想像していたけれど、実際に聞いてみるとそれすら生ぬるい。

 

なにせ…

 

(どれだけ頑張っても…)

 

周りが認めてくれない。

自分の苦悩を誰も理解してくれず、ただ一方的に自分の怠惰だと責められるだけ。

頑張ってるのに、変わりたいと思ってるのに、それでもそれが出来なくて…そして、そんな自分自身が一番許せなくて…

 

その状況は…

 

(「トレーニングがつまらない?それはあなたが怠惰なだけなんじゃないの?」)

 

(「なるほど、つまりやる気がない…と。

…それなら帰って良いよ。怠け者に用はない」)

 

(「皆やってるでしょ!つべこべ言わずにやりなさい!!」)

 

マヤ自身も、馴染みのあるものだったから…

 

だからこそ

 

「…トレーナーちゃんは」

 

そんな環境下で、

…ううん、マヤが経験したものよりも、遥かにヒドイ環境下で

 

「…どうして…」

 

それでもトレーナーちゃんが、もう一度立ち上がることができたのは、生きようと思ったのは…そして…

 

 

 

「………どうして、トレーナーになろうと思ったの?」

 

 

 

そんな疑問を、マヤはトレーナーちゃんに投げ掛ける。

 

二人きりの温泉は静かだ。

そこにはもうもうと沸き上がる湯気と、ぽっかりと天に空いた穴のように浮かぶ月しかない。

そして…

 

 

 

カコーン…

 

 

 

鹿威しの音が、遠くから響きわたる

 

温泉に降りた静寂の帳を破るべく、二人の間に降りた沈黙を破るべく

 

だからこそ…

 

「………それはな」

 

トレーナーちゃんもまた重い口を開く。自身がトレーナーを目指した理由、その心の最も奥にある理由、それを口に出そうとする。

 

だから、マヤも耳をすませる。

どんな些細な言葉でも、決して聞き逃さない、そんな覚悟を持って、トレーナーちゃんの言葉の続きを固唾を飲んで待つ。

 

そして…

 

 

「それは…」

 

 

 

トレーナーちゃんの口から語られたのは…

 

 

 




Q.とあるウマ娘は、自分の技が一子相伝のものだと言っていますが、初代があんな感じで本当に大丈夫?


A.あそこの一族の技の継承はこんな感じです。



初代:もしこんなことができたら、好きなだけ猫をモフれるのにな~、と自分のノートに妄想を書き記す(後の黒歴史ノートである)

2代目:たまたま箪笥の底にあった初代のノートを見つけ、そこに書いてあった技を現実的に使用するために研究を開始。研究の結果、後の3代目につながる技術体系のプロトタイプの構築に成功


3代目:2代目から受け継いだ技術をブラッシュアップし、流派として完成させる



ちなみにこれ、2代目と3代目がやってることを初代は知らないので、もし知ったら黒歴史がばれていたことと、それが現実に技術体系として受け継がれていることに対する羞恥で、成功1d/10失敗1d100のSANチェックです☆



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マヤノトップガンのワクワク☆温泉旅行!! 比翼の翼

イカロスは失墜する
蝋の翼を太陽に溶かされ、
彼女はどこまでも落ちていく
これはその前日譚

だけど、
そもそも彼女は
その翼がなかったらなら飛べなかったのではないか?

例え天から落ちる運命だったとしても、
その翼があったからこそ、
彼女は空の広さを、青さを知れたのではないのか?



BGM

Sign(miru)

作者的には『片翼の撃墜王』という作品自体のテーマソングだと(勝手に)思っています。
ここぞというタイミングで脳内で流してみてください。



~トレーナーちゃんside~

 

 

 

…いつからか、気になっていたことがある。

 

それは俺とマヤの関係性だ。

 

天守閣の頂上、そこから見える景色を眺めながら、俺は考える。

 

俺はトレーナー、マヤはそんな俺の担当ウマ娘。

それは別に良い。今さら疑うまでもないことだし、何よりそれでこれまでやってきた。

だからこそ、それについて何か言う気は俺にはない。

だけど…

 

俺は眼下の光景を見つめる

 

雲一つない青空に、その下、地平線の彼方まで広がる松山の町並み。

それは、かつてある大名が見ていたはずの光景。

その生涯において、一度たりとも他者からの期待を裏切らず、歩き続けた一人の男が見ていた景色

 

そんな景色だったからこそ…

 

(俺とは…)

 

大違いだな

 

…結局両親の期待に応えられず、叔父に引き取られた自分の境遇を思い、俺は苦笑する。

 

…そう、俺はかつて自身の両親への恩を返すことが出来なかった。

結局それが出来ないまま、心と体を限界まで磨り減らしてボロボロになった俺は、それに気付いた叔父によって保護された。

 

(「もう良い…!もう良いんだ…!!

お前はもう十分に頑張った!!これ以上…これ以上自分を傷つけなくても良いんだ!!」)

 

それでも…両親に認めてもらいたい、その一心で何度も家を抜け出し、そして最終的に心が折れて危うく死ぬところだったバカ野郎に、そう言って涙を流しながら、今まで実の両親にしてもらえなかった抱擁を、生まれて初めて心の底からの愛情を持って俺を抱き締めてくれた叔父への感謝を、俺は決して忘れない。

きっと俺はあのままあそこにいたら、確実にどこかの段階でのたれ死んでいた。だからこそ、そこから救ってくれた叔父には本当に感謝している。いくら感謝してもし足りないくらいだ。

だが、それでも俺が彼らの期待に応えられなかったという事実だけは変わらない。結果としてあの二人から逃げてしまったということだけは、変わらないから…

 

俺は眼下に広がる松山の町をじっと見つめる。

 

…勿論、俺の両親はハッキリ言って異常だ。俗に言う毒親、その最上位にあたる人間達だろう。

天才だからこそだろうか?あの二人にはそうでない人間の気持ちが分からない。それ故に、あの人達は結局最後まで俺のことを理解しようとも思わなかったし、そんな両親を、俺は今では軽蔑している。

 

それでも、例えあの人達が毒親であったとしても、単なる思いの押し付けだったとしても、俺があの人達の期待に応えられなかったのは、それを裏切ってしまったのは事実で…だからこそ思うのは…

 

(俺は…)

 

…果たして、本当にマヤにとって必要な存在なのだろうか?

 

風が吹く。

このあたりで一番高い場所なだけに、遮蔽物がない天守閣の上の風は気持ちが良い。

 

それはまるで、あの場所。

俺とマヤが本当の意味で歩きだすことになった始まりのあの場所。

トレセン学園の屋上、そこにある貯水槽の上で感じる風に似ていて…

 

俺は目をつぶる

 

…あぁ、そうだ。

確かに、俺はマヤのトレーナーだ。

だからこそ、契約を交わしてから今日に至るまでに、俺はマヤが勝てるように、伸び伸びと走れるように全力を尽くしてきた。

すべては愛バの、マヤのため。

それに嘘はない。

だけど…

 

(…)

 

眼下に広がる絶景を見ながら、俺は自分の愛バに想いをはせる。

 

…マヤは、俺の愛バは、控えめに言ってスゴい奴だ。

 

クラシック三冠。

日本中の全てのウマ娘達が憧れる、至高の頂。

その一つ、菊花賞を制したマヤは、それだけに止まらず、年末の有マでG1、ウマ娘レースの格付けにおける、最高難度のレースをも制した。

それも、かつて至高のクラシックの頂を総嘗めした最強のウマ娘、三冠ウマ娘ナリタブライアンを制して。

そして、激闘の末にマヤは、すべての世代、すべてのウマ娘達が集まる究極のバトルロワイヤル、URAファイナルズを勝ち抜き、ついにその頂点、初代URAファイナルズ女王にまで至った。

 

…名実ともに、あの子は真に日本一のウマ娘になったんだ。

 

だからこそ…

 

(…俺は、本当にそこに必要があったのだろうか?)

 

とそんなことを俺は思う

 

…なるほど、確かにトレーナーというものはレースを志すウマ娘にとっては必要不可欠なものだ。

 

レースだけじゃなく、歌にダンスに勉強に、と基本的にトレセンに来るようなウマ娘は忙しい。

だからこそ、トレーナーという、レースの手続きや遠征の計画立案、並びにその準備などという、時間と手間ばかりとる処理を代行してくれ、更に自分に合わせたオーダーメードのトレーニングメニューを組んでくれる存在は非常にありがたいものだろう。

 

その証拠に、トレーナーに諸々の面倒な手続きをしてもらい、あまつ自分にあった自分だけの為に組まれた特別なトレーニングメニューを考えてもらい、レースの練習だけに専念出来るウマ娘に比べ、そうでないウマ娘、トレーナーの付いていないウマ娘の勝率というのは明らかに低い。

 

これが新人戦や未勝利戦ならまだ良いだろう。周りにも同じような子は沢山いるのだから。

だが、G1、G2などといった高位のレースならどうだろうか?

 

…無論トレーナーなしでそこまで勝ち上がってくるウマ娘など滅多にいない。

それは勿論レース規定なんかの兼ね合いもあるが、一番大きいのはさっき言ったトレーナーがいるかいないかの差だ。

 

レースそれだけじゃなく、レースに出るまでの諸々の手続き、獲得賞金などの金銭の管理に、遠征における交通手段や宿の確保から現地でのメディア対応などの各種手続き。

それだけじゃなく、競合相手の細かい分析から対策の考案、常に自身の体をチェックした上での無理のない範囲で限界ギリギリまで負荷をかけるトレーニングメニューの作成と、進捗に合わせたそれのリアルタイムでの更新。

他にも、他にも、他にも…

そんなたくさんのことをレースや日々の勉強、ダンスや歌唱の訓練と並行して一人で行わなければならないのだ。

それがいかに難しいことかなんて、考えるまでもない。

 

そう考えると、ウマ娘にとってトレーナーというのは必要不可欠なものだ。人バ一体というがまさにその通りで、二人で頑張るからこそ、俺達は栄光を手にすることができるんだ。

 

だけど…

 

広大な景色を見ていると、柄にもなくそんな後ろ向きな考えが顔を出す。

 

恐らく、それはきっとこの城からの光景であるということが一番大きいのだろう。なぜならこの城を建てた大名は、俺とは正反対だ。

 

…周囲から多大な期待を寄せられたにも関わらず、その悉くを裏切り、周りを失望させ続けた俺とは、本当に正反対だ。

 

だからこそ…

 

「………なぁ…マヤ」

 

傍らにいる自身の愛バ、大切な相棒に、俺は声をかける。

 

だけど…

 

(…)

 

俺はその顔を見ることができない。

情けない話だが、大の大人が、未だチンチクリンな自身の愛バの顔を、怖くて見ることができない。

 

なぜなら…

 

「…俺は」

 

…あぁ、そうだ。

俺は…生まれてから周囲の期待を裏切り続けた。

そんなどこまで言っても凡人で、天才のお前なんかとはそもそもの出来が違う、そんな俺は…

 

「……お前にとって」

 

トレーナー...ウマ娘にとってなくてはならない、確かにそんな存在ではあるものの、それでも一緒に走ることのできない、そんな頼りない存在。

…どれだけ自身の担当の為に尽くしたとしても、それでも最後には担当に全てを委ねるしかない。

そんな究極的にはお前を一人で、たった一人で戦わせなければいけない、そんなあまりにも頼りない存在であるところの俺は…

 

 

 

「………本当に」

 

 

 

…必要な存在だったのだろうか?

 

俺はお前を支えているつもりで…だけど、本当はお前にはそんな必要なんてこれっぽっちもなくて…どこまでも飛んでいける、そんな無限の可能性の翼を持つお前にとって、俺は…もしかして…

 

 

 

…そんな柄にもない弱音が、思わず口から出そうになって――…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スッ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「...そこから先は――…」

 

 

 

――…言っちゃダメだよ?

 

トレーナーちゃんの顔の前に付き出した人差し指を、マヤは今度は自分の口の前に持ってきてウインクする。

 

そうして直前でトレーナーちゃんの口から出る言葉を封じたマヤは…

 

「…お前」

 

驚くトレーナーちゃんの反応を敢えて無視して、天守閣の外の景色を眺める。

すると、そこには当然壮大な景色が広がっている。

だから…

 

「…ねぇ、トレーナーちゃん」

 

地平線の向こうまで続く町並み

どこまでも、どこまでも広がる果てしない光景

それを見ながらマヤは…

 

「…今日まで、本当に色んなことがあったよね?」

 

今日までの、マヤとトレーナーちゃんが二人で歩いた日々。

そんな大切な記憶の欠片、それを語り始める。

 

だってマヤの中でキラキラと輝くそれは、確かにここまでマヤ達が一緒に歩いてきたという証拠で…

そして、それをマヤはトレーナーちゃんに見せてあげたかったから…

 

だから、マヤはそれを語る。

ゆっくりと、それでも確かにマヤはそれを口に出していく。

 

そう、例えば…

 

「…マヤが菊花賞に勝った時、「これで戴冠!晴れてお姫様だな、おめでとう!!」そう言ってトレーナーちゃんマヤの頭を強引に撫で回したよね?」

 

あの時は、マヤを子供扱いするトレーナーちゃんには、少しイラッとしたけど…でもその時のトレーナーちゃんの手の暖かさを、マヤはまだ覚えている。

 

そして…

 

「…有マ記念に勝った時…ようやくブライアンさんに勝つことが出来た時、「良かったなマヤ!!」トレーナーちゃんそう言って一緒に喜んでくれたよね?」

 

そう。あの時のマヤの、駆けて駆けて駆け抜けた先に、ようやくブライアンさんに追いつくことが出来たマヤの努力の価値を、誰よりも分かってくれた、それを認めてくれたのはトレーナーちゃんで…

 

…だからかな?

 

「…そしてURAファイナルズ。

あの大会で優勝した時、トレーナーちゃん号泣してたよね?

「やったな…やったな…マヤ

…これでお前が…日本一だ…」

そう言って、普段のカッコつけも何かもかも投げ出して、マヤの為に泣いてくれたよね?」

 

あの時は、結局それを見たマヤもなんだか泣けてきちゃって、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のトレーナーちゃんと抱き合って、一緒に号泣したんだっけ...

…それ自体は別に良いんだけど、それで勝負服がトレーナーちゃんの涙と鼻水でべちゃべちゃになっちゃって、ウイニングライブが大変だったよね?

 

青く晴れ渡った空がどこまでも広がっている。雲一つないそれは、まさに日本晴れと言って良いほどの晴天だ。

 

そんな青い青い空の下で、そんな風に、マヤはトレーナーちゃんとの大切な思い出を振り返る。

まるで宝石箱からその中身を取り出すように、一つ一つ丁寧に、マヤは自分の中にあるキラキラしたものを目の前に並べていく。

 

「…マヤ」

 

そして、そんなたくさんの記憶が蘇ってきたのか、トレーナーちゃんは思わずマヤの名前を呟いてしまうけれど…それでもマヤはそれを続ける。

 

だってそれはマヤにとって本当に大切なものだから。

マヤにとっての最高の宝物だから。

 

そうして思うのは…

 

(…うん、そうだよ)

 

確かにこれはマヤにとっての栄光の記憶

ウマ娘としての、マヤ個人としての輝かしい記憶。

だけど…

 

「...本当に…本当にたくさんのことがあったよね?」

 

…あぁ、思えば。

そんなたくさんの記憶の中心には、

いつもマヤと一緒にトレーナーちゃんがいてくれて…

嬉しいときも悲しいときも、マヤの側にはいつもトレーナーちゃんがいた、いてくれたから…

 

見下ろす町並みは、似たようなビルばかりが並んでいる。だからこそ、パッと見ただけではそれらの区別はできない。

それでも、そこにある町並みの中には、たくさんの物語がつまっている。

姿は見えなくても、たくさんの人がその中にいて、それぞれの人生を歩んでいる。

そう考えると、眼下に広がる町は、まるで雪原のようだ。例え雪に覆われて見えなくなっても、そこには確かな命がある。その下には、たくさんの忘れられたものが眠っている。

だからこそ、それはまるでマヤとトレーナーちゃんが歩いてきた轍のようにも思えたから…

 

「…ねぇ、トレーナーちゃん」

 

マヤはトレーナーちゃんの方を見ずに、問いかける。

 

「…トレーナーちゃんはさ、このたくさんの思い出が全部嘘だって…そう言いたいの?」

 

眼下に広がる城下町

例え目に見えなくて、確かにたくさんの人達が生きている町を見ながら、マヤはそう問いかける。

 

目の前で輝くたくさんの思い出の欠片たち、それを前にマヤはトレーナーちゃんにそう問いかける。

 

「今までマヤと一緒に歩いてきた道のり…それが全部嘘だったって…そう言いたいの?」

 

「そ、それは…」

 

そして、その質問にトレーナーちゃんが狼狽える。

マヤの質問に動揺する

 

だけど…

 

「…違うよね?そんなわけないよね?」

 

そう言いながら、

マヤはトレーナーちゃんに振り返る

まっすぐにトレーナーちゃんの目を見る。

 

…なぜならそれは、とても簡単なこと

マヤの質問の答えなんて、はなからわかりきっていることで…

 

「…そもそもさ、トレーナーちゃん忘れてない?

もともとマヤは、模擬レースにも出られないような不良ウマ娘だったんだよ?」

 

マヤは苦笑する

そう、そもそものトレーナーちゃんの疑問は、まず前提条件から間違っていて

 

「だから、必然的にもしマヤがトレーナーちゃんと出会ってなかったとしたら、マヤは多分まだあの貯水槽の上にいる…

レースを走っているかどうかすら怪しいんだよ?」

 

そう、だからこそ…

 

「…それならさ、今ここにマヤがいるのはそもそもトレーナーちゃんのお陰だって、そうは思わない?」

 

マヤのそんな言葉に、トレーナーちゃんは目を丸くする。

そんなこと、ちっとも考えなかったとばかりに

 

そんなトレーナーちゃんだから…

 

「…うん。そうなんだよ、トレーナーちゃん」

 

マヤはそう言ってトレーナーちゃんの手を握る

…正直ちょっと恥ずかしいけど、それでも

 

「…例え誰がなんって言ったとしても」

 

驚くトレーナーちゃんの、大きくて暖かい手をマヤはそっと両手で包む。

絶対に、そこから離さないように

もう二度と、あんな悲しいことを言わないように

マヤはしっかりとトレーナーちゃんの手を握る。

 

「…マヤは、トレーナーちゃんがいない方が良かった、なんて悲しいことは絶対に言わない。

…そもそも思ったことだって一度もない」

 

…だってマヤはこの人の愛バだから。

この人の相棒だから。

そしてこの人は…

 

「…だってトレーナーちゃんは、マヤのトレーナーちゃんなんだから!」

 

マヤは笑う。

心の底からの笑顔を、トレーナーちゃんに浮かべる。

 

…そう、それこそが答えなのだ。

例えトレーナーちゃんがそれを疑おうが、マヤがトレーナーちゃんといる時に変な気持ちになろうが、そんなことは関係ない。

 

トレーナーちゃんは、マヤのトレーナーちゃん

 

それが事実で、真実で、そしてそれこそが、真理なのだ

 

だからこそ、マヤはトレーナーちゃんの手を離さない。

両手で握りしめたオトナのオトコの、大きくて、そして暖かい手を、マヤは離さない。

 

 

 

キミの愛バはここにいる。

そして…だからこそ、キミもまた、確かにここにいるんだよ。

 

 

 

そんな単純で当たり前で…そしてトレーナーちゃんが忘れかけていたことを思い出して欲しくて…

 

ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…

 

…心臓の音が聞こえる

 

それは、冷静に考えると、かなり恥ずかしいことをしているような気がしてきたマヤの心音…だけじゃない。

 

ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…

 

それは…マヤの心音と一緒に聞こえるもう一つのそれは…マヤが握りしめている手から伝わってくるもの。

固くて、大きくて、あったかくて…そして確かに血の通った手から伝わってくるもので…

 

ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…

 

だからこそ、マヤにはそれが、確かに今トレーナーちゃんがここにいる証拠のように思えて…

 

そして…

 

「………マヤ…」

 

そんなマヤのトレーナーちゃんは…

 

 




次回エピローグです





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マヤノトップガンのワクワク☆温泉旅行!! あと、少しだけ…

長かったこの短編集も、とりあえずの終わりに近づいてきました。
それでは、エピローグをどうぞ!




「…レースを、見たんだ」

 

 

 

二人きりの温泉、そこでトレーナーちゃんが語ったのは…

 

「…あの日、俺は本当に死のうと思ってた。

結局叔父の家に引き取られても、何度も抜け出しては両親に会いに行き、そしてその度にあの人達に失望され絶望していた俺は、あの日ついに悟った。

俺ではあの人達の期待に応えられない、俺ではあの人達を笑顔にすることができない、と。

だから、そんなこれまで信じてきた地面が崩れ落ちるほどの衝撃の中で、家を飛び出したあの時の俺は、行き先も考えずに無茶苦茶に走って…そして迷い混んだ知らない町を、たった一人でさ迷い歩いていた。

…何か考えがあったわけじゃない。単に、じゃあどうやって死ぬかが思い付かなかったというだけ…

だから、もしあのまま何もなければ…ちょうど良い死に場所を見つけてしまっていたなら…俺はここにはいなかっただろうな」

 

自身の過去。

過酷な子供時代、その中で自身の死を決意した、そんな壮絶な昔話。

 

「…でも、そんな時だった」

 

だけど…

 

「…今でも覚えている。

あの日は雪が降っていた。

だから、すれ違う人々もどこか急ぎ足で、すぐ隣にいる人間のことにすらまるで無頓着で…そんな中で歩いていた俺は、まるで世界から取り残されたような、そんなどうしようもない虚しさを感じて、スクランブル交差点のど真ん中で足を止めた」

 

…もう一つ、もう一つだけトレーナーちゃんがマヤに語ってくれたものがある

 

「…だから、街頭のビルに取り付けられた大型テレビから流れる音に気付いたのは本当に偶然で…そしてそれに目を向けたのも、本当になんとなくで…だからこそ」

 

それはトレーナーちゃんが…

 

「…俺は目を奪われた」

 

…トレーナーちゃんになった、その理由だった

 

 

 

 

 

......................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

「………?」

 

目を覚ますと、そこは飛行機の中で

 

「zzz」

 

隣ではトレーナーちゃんが呑気に背もたれにもたれて寝ている。

そして、記憶が正しいならこれは帰りの飛行機、四国から東京へと帰るための飛行機だから…

 

(…これで)

 

旅行はおしまいか…

そう思うと、少し残念な気がして、同時に寂しさと虚しさが同居したような奇妙な感傷に捕らわれる。

それはまるで、お祭りが終わった後のような感覚。

足元がふわふわして、どうにも落ち着かない、そんな気分だったから…

 

(…)

 

マヤは、ふと窓の外に目をやる。

 

すると、そこには眼下に広がる日本列島、そして地平線の彼方に今まさに沈もうとする太陽が見えたから…

 

(…)

 

マヤはそれをなんとなく眺める。

そして、そんなことをしながら思うのは、さっきの夢、トレーナーちゃんがトレーナーちゃんになった理由の続きで…

 

 

 

 

......................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

ピッ 

 

ガコン

 

「…実はな、それまで俺はウマ娘レースをまともに見たことがなかったんだ」

 

自動販売機のボタンを押しながら、トレーナーちゃんは続ける。

そして

 

「…さっき俺の両親は天才だって言っただろ?二人で人類ができることの大半はできる、そう言ったよな?」

 

そんなトレーナーちゃんの後ろにいたマヤに、トレーナーちゃんは振り返りながら、唐突にそんなことを尋ねてくるから…

 

「…うん、そう言ってたね」

 

だから、そうマヤが答えると

 

「だがな、同じタイミングで言ったと思うが、二人とも万能の天才に近かったが、それでもそうじゃなかった。

たった一つだけ、二人にはなかった才能がある。それが…」

 

そう言いながら

 

「レースの才能。

…俺の両親には…お袋にはたった一つ、それだけがなかった」

 

トレーナーちゃんはマヤに、買ったばかりのキンキンに冷えた牛乳瓶を渡してくれる

 

そして、マヤがそれを受け取ると、トレーナーちゃんはまた歩き出す。

 

舞台はすでに温泉から離れている。

あの後、そろそろ出ようということになったマヤ達は、お互いに着替えを済ませてから男湯、女湯と書かれた暖簾の前で合流した。

 

…結局混浴なんだから、あの書き方は詐欺だと思うんだけど…ともかく温泉の入り口で合流したマヤ達は、少し熱を冷まそうと言うことになり、周囲を歩くことにした。

 

ザッ、ザッ、ザッ…

 

真っ暗な夜の闇の中に、ポツンと一つ、寂しそうに満月が浮いている。

 

聞こえるのは草履が道を踏みしめる音だけ。

都会と違って、人工の音や明かりがとっても少ないこの場所は、だからこそ本当に静かで…

 

「…だから、お袋は俺にそれまでウマ娘レースを見せなかった。

それは当然俺がウマ娘じゃないからこそ、無意味なものなど見せる必要はないって考えもあったんだろうけど…」

 

そこまで大きくないはずのトレーナーちゃんの声も、良く通って…

 

「…若い頃、何度も何度も、それこそ死に物狂いで走り続けて、それでも夢を叶えられなかったお袋なりの、レースへの憎悪、嫉妬、そして憧憬…

そんな、あの人にしては本当に珍しい人間臭い理由だったんじゃないかと、今では思うんだ」

 

そんなことを言いながら、トレーナーちゃんは近くにあったベンチに腰掛け、マヤもまたその隣に腰掛ける

 

「…だから、俺はあの時――…」

 

そして月を見上げるトレーナーちゃんの横顔は

 

「…――生まれて始めて、まともにレースを見たんだ」

 

まるで幼い少年のように輝いていて…

 

サァァァッ…

 

風が吹く

それは、マヤ達が座っているベンチにも吹き抜け、マヤ達の浴衣の裾をゆらす。

気持ちの良い涼風が、温泉で火照ったマヤ達の体を、ゆるやかに冷やしていく。

 

だけど…

 

「…あぁ、覚えている。覚えているとも。

あの時の衝撃を、感動を。

たった一つのゴールを目指して、たくさんのウマ娘達が自分の命を燃やして走る…その姿を」

 

トレーナーちゃんは止まらない

まるで、今目の前でそれを見ているかのように、トレーナーちゃんの言葉には熱が宿る

 

「心を打たれた。

俺はそれまでの人生で、あんなにも美しいものを見たことがなかった。

そして、思ったんだ」

 

だからこそ…

 

「…俺は自分のために頑張って良いって…両親や周りの期待に応えるためじゃない、自分自身のために頑張って良いんだ、って…俺はあのレースを走るウマ娘達を見て思ったんだ。

どいつもこいつも、自分の夢を、憧れを、ただそれだけを追い求めて走る姿に、俺はどうしようもなく心打たれたんだ。

 

…そして、そこから俺の人生は、真の意味で始まったんだ」

 

マヤも理解する。

わかってしまう。

 

それが、それこそが…

 

「…だからな、マヤ」

 

トレーナーちゃんの人生の始まり。

本当の意味で、トレーナーちゃんが生まれた日。

そして…

 

「俺が…トレーナーになろうと、そう思ったのは――…」

 

 

 

 

.......................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

(…――俺に生きる理由を与えてくれたウマ娘達、彼女達に恩返しがしたい。彼女達が俺に希望を与えてくれたように、今度は俺が、彼女達の夢を叶える手伝いをしたい、だなんて…)

 

…正直、格好つけすぎじゃない?

 

そう、心の中だけで呟きながら、マヤはちらりと横目で隣の席を見る。

するとそこには…

 

「zzz」

 

…よだれを滴しながら、それはそれは気持ち良さそうに眠るトレーナーちゃんの、普段のカッコつけが台無しな寝顔があったから…

 

(まったく、トレーナーちゃんは…)

 

マヤは呆れてため息をつく。

 

…本当に、ちょっと…ほんのちょっとだけカッコ良いと思ったらすぐにこれだ。

本当に締まらない人なんだから…と、ここまで来ると呆れを通り越して変な笑いが出てくる。

 

だけど…

 

(それでも…)

 

トレーナーちゃんの寝顔を眺めながら

 

(この人は、マヤのトレーナーちゃん…そうだよね?)

 

マヤは微笑む。

そして、ハンカチで口許のよだれを拭いてあげる

 

…と

 

「………マ…ヤ…」

 

「…ん?」

 

声が聞こえたので、思わずトレーナーちゃんを見ると、まだ寝ている。

だけど…

 

「…あり…がと…な…」

 

それでも、口からは言葉が溢れてくる。

…どうやら寝言を言っているようだ

だから、なんとなくそれを聞いていると、どうやらそれはマヤへの感謝の言葉らしくて…

 

「…俺と…一緒…に…走って…くれて…」

 

「…」

 

「……ありがと…な…」

 

そんな言葉だったから…

 

「………どういたしまして♡」

 

そう、小さく言った後に、マヤは寝ているトレーナーちゃんの肩に、ポスッと、もたれ掛かる。

 

そして思うのは…

 

(………それを言わなきゃいけないのは)

 

マヤの方だよ

 

そう思いながら、今回の旅行で行ったお城でのトレーナーちゃんとのやり取りを思い出す。

と言うのも…

 

(まさかトレーナーちゃんがあんなことで悩んでたなんて…)

 

マヤはそんなこと、一度たりとも考えたことがなかっただけに、本気でビックリした。

 

…まぁ確かにトレーナーちゃんの生い立ちを聞いていると、そんなことを思うのも、ある意味当然ではあるかもしれない…

思えば、トレーナーちゃんの担当であるマヤは、皮肉にも今までトレーナーちゃんがなりたいと心から願い、それでもなれなかった天才という奴だ。

…まぁ、自分でそれを言うのもなんだけど…それでもそれは事実で、そしてだからこそ、トレーナーちゃんがそんな悩みを持つのも当たり前で…

だからこそ

 

(本当に…)

 

仕方がない人だと、そう思う。

もっとマヤのことを信じてくれても良いのに…心からそう思うからこそ、ちょっとだけマヤはトレーナーちゃんに対してモヤモヤした気持ちを抱く。

でも…

 

(「…そう…だよな………」)

 

それでも…あの時のトレーナーちゃんは…

 

(「……俺は………お前の…」)

 

天守閣の頂上

そこでボロボロ涙を流しながらも、それでも…

 

(「…トレーナー…なんだよな…!」)

 

…マヤの手をしっかりと握りしめていたトレーナーちゃんは、本当に、本当に嬉しそうだったから…

 

(…まぁ、トレーナーちゃんが幸せそうなら…)

 

…マヤも、良いかな?

 

結局のところそんな結論に達したマヤは、もう一度目を閉じる。

 

飛行機はもうすでに本州へと入っている。

眼下に広がる富士山を見る限り、そう遠くない時間で、飛行機は東京へとたどり着くだろう。

 

それでも…

 

「…♡」

 

そんな短い間であっても、きっと良い夢が見れる

そう思ったからこそ、マヤは隣にいる相棒の肩に体重を預ける。

まだ、もう少しだけこのままで…

そう思いながら短い夢の旅路へと、自身の意識を落としていく

 

そして、そんな二人に関係なく飛行機は飛んでいく。

結局二人寄り添って寝てしまった、そんな小さなウマ娘と、そのトレーナーを乗せた飛行機は、少しずつ、それでも確実に目的地へと近づいていく。

 

…少女は知らない。

これからそう遠くない未来に、傍らで眠る青年を失うことを…

結局旅行中、棚上げにして向き合わなかった自身の本当の気持ちに、改めて向き合わなければいけないことを、彼女はまだ知らない。

 

…そして青年もまた知らない。

これからそう遠くない未来に、傍らで眠る少女を残し、一人天へと帰らなければならないことを…

その死が、自身の最愛の少女に苦難の道のりを歩ませることになることを、青年はまだ知らない。

 

…それでも、そんな悲劇的な未来が約束されていたとしても…

 

「zzz」

 

「う~ん…もう食べられないよ…」

 

今のこの幸せな時間は、確かに存在したもので…

 

そして…

 

「お客様、飲み物のお代わりは…――あらあら♪」

 

通りかかったCAは、客席に座る二人組に声をかけようとして…それを途中で止める。

そして、あえて何も言わずに去っていく。

それは、二人が寝ていたからと言うのもあったが…

 

「zzz」

 

「むにゃむにゃ…」

 

二人が、お互いの肩に頭を預けて寝ていたから…

そうやって手を繋いで寝ている二人の姿が、あまりにも幸せそうだったからで…

 

キィィィィィン…

 

飛行機は飛んでいく。

その道のりは、定められた終点に向けて、確実に進んでいく。

 

それでも…それでもまだ、それが目的地に着くことはない。

 

まだ少し、もう少しだけ時間はあるから…

 

「zzz」

 

「…んふふ♡」

 

相変わらず呑気に寝息をたてるトレーナーと、その隣でほほ笑む愛バは、それでもあと少しだけ、眠り続けるのだった

 

 

 




これで短編集5作目は終了です。
いかがだったでしょうか?

思えば、このトレーナーちゃんにもお世話になりました。メインストーリーや育成ストーリーを読む中で、他のウマ娘でもそうでしょうけど、その中でも特にマヤちゃんのトレーナーは、本当にただ人では務まらない。そう思ったからこそ、一生懸命考えて、その結果としてうちのトレーナーちゃんは生まれました。

ストーリーの都合上、彼の出番は本編ではほとんどありませんでしたが、それでも彼が心の底から自身の愛バのことを考えていたこと、マヤちゃんが劇中で彼に救われていたように、彼がいたから走れたように、彼もまたマヤちゃんに救われていたこと、彼女がいたからこそ彼もまた走れたことを、今回の短編で少しでも書けていたならうれしいです。

…さぁ、残す話もあとわずか
長かったこの短編集も、次の話で一つの区切りを迎えます。

どうか、最後までお付き合いいただけると幸いです。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~SSRマヤノ実装記念特別編~有マの前に マヤちゃんサンタさん登場!

お待たせしました!
短編集最後のお話にして、我らがマヤちゃんのSSR実装記念の短編です!!



「いや、とっくにクリスマス過ぎてるだろ…」



と思っている、そこのあなた!!

本当にその通りです!
遅れてしまって申し訳ありませんでした!!(土下座)

いえ、実は作者もクリスマス頃には上げたいなとは思っていたのですが、
話の内容上、前のマヤちゃんの短編の後で出すのが一番自然かなと思ったので、
後に回させていただきました

それではどうぞ!!




~トレーナーちゃんside~

 

ふと、窓の外を眺める。

すると、空からちらちらと小さな白いものがゆっくりと降ってくるのが見えたから…

 

(…ホワイトクリスマスって奴か)

 

神様って奴も、中々に粋なマネをするもんだ

 

そう笑いながら、俺は再び目の前の資料に向き直る。

そしてそれ、明日の有マ記念の出走表と、それに乗っているメンバーの情報を見比べながら、その分析や考察をパソコンに出力していく。

 

カタカタカタカタ…

 

静かな部屋には、俺がパソコンのキーボードを打つ音だけが響く。

凍えるような外と違って、部屋の中はエアコンのお陰で暖かい。

だが、少し前まではそんなハイカラな設備ではなく、ボロい石油ストーブでガチガチ震えながらパソコンを叩いていたのを思い出すと、少し感慨深いものがあるのは事実だ。

 

(…最近はもうすっかり使うこともなくなったが…)

 

たまにはあの頃、マヤと二人で狭いトレーナー室で頑張っていた頃みたいに、石油ヒーターの上で沸かしたお湯を入れたカップラーメンを、二人で食うってのも悪くないかもな…

そんなことを頭の片隅で思いながら、俺はキーボードに指を走らせる。

 

季節は冬

そして今日はクリスマスイブ

世界的な救世主様の誕生日にして、世界的な祭日だ。

 

だからこそ、ここ日本でも恐らく町に出ればお祭りムードが漂っているはずなのだが…

 

カタカタカタカタ…

 

俺はキーボードを打つ。

しんしんと降り積もる外の雪を尻目に、普段と変わらず、いやむしろ、普段以上に俺は仕事に精を出す。

 

それは何を隠そう、明日が俺の愛バ、マヤノトップガンにとって運命の日であるからに他ならず、故に

 

(…ギリギリまで、俺も頑張らなきゃな)

 

そう思いながら、俺は次の資料を手に取る。そして、その資料に書いてあった名前を見て…

 

「…」

 

手を止める。

何故ならそこに書かれていたのは、現在の有マ記念優勝の最有力候補。

 

ナリタブライアン

 

最新にして最強の三冠ウマ娘の名前が書いてあったからで…

 

(…マヤ)

 

俺は思わず、そう心の中で呟く。

そして、思い浮かべるのは太陽のような眩しい笑顔を浮かべる、自身の自慢の愛バの姿だ。

 

マヤノトップガン

 

俺の担当ウマ娘で、G1ウマ娘。

クラシック三冠の一角である菊花賞を始めとした、いくつかの重賞の王冠を持つ、れっきとした一流のウマ娘。

 

そんなマヤは明日、年末最後の大一番にして、因縁のライバルであるナリタブライアンとの決戦の場である有マ記念に赴くことになっている。

泣いても笑っても、明日すべての決着が着くのだ。

 

だからこそ…

 

「…よし!」

 

俺はキーボードを打つのを再開する。何故なら…

 

(…マヤは今日まで、本当によく頑張ってきたんだ)

 

それを誰よりも俺は知っている。

 

キラキラしたオトナのウマ娘になりたい。

 

そんな夢を掲げて走るマヤは、明日その最高峰、自身を凌ぐ輝きを誇るナリタブライアン、彼女に勝つためにずっと頑張ってきた。

それをトレーナーである俺は、この世の誰よりも知っている、知っているんだ。

 

だったら…

 

(俺はマヤを信じる。そして…)

 

少しでもその力になりたい。

そう思うから…

 

雪が降る。

静まり返った部屋の中には、俺のキーボードを叩く音だけが響く。

だからこそ、俺以外誰もいない部屋の静かさが一層強調されているような気がして…

 

(…今夜は…)

 

…長い夜になりそうだな

 

そんなことを思った瞬間だった

 

 

 

バンッ!!

 

 

 

「…!?」

 

 

 

勢いよくトレーナー室の扉が開いたかと思うと…

 

「ヤッホー!トレーナーちゃん!!

元気?」

 

そんな声と共に、真っ赤なサンタ服に身を包んだ一人のウマ娘が部屋に飛び込んでくる

 

そしてそれは…

 

「お、お前…」

 

そんな唖然とする俺の前で奴は…レース前日ということで、トレーニングを休みにしておいた俺の愛バは…

 

「今日も遅くまで頑張るトレーナーちゃんに、キミの愛バ、マヤちゃんサンタさんが、プレゼントを持ってきたよ!!」

 

そう、ウインクしながら微笑むのだった。

 




???「なぁ、マヤ。…あそこで『わたしはまた短編と言いつつ、長話を書いてしまった、どうしようもない凝り性です』…ってプラカードを首から下げて正座させられてるのって…」

???「マヤちん大勝利♡」


…いや、本当に申し訳ない。
それもこれも、全部マヤちゃんとトレーナーちゃんがイチャイチャしてるのが悪いんや…

とは言え、今回はこれ含めて全部で3話構成となっております。
ですので普段よりは短いので、ぜひ最後までお付き合いいただけると幸いです。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~SSRマヤノ実装記念特別編~有マの前に 聖なる夜の

作者は基本エンジョイ勢なので、
虹の結晶片はあまり貯まっていません。

ただ、仮に集まった場合、
今手元には1凸状態のSSRマヤちゃんと3凸状態の力飯があるんですよね…

育成のことを考えるならば力飯一択なんですけど、
敬虔なマヤちゃん教徒としては、推しと一緒にトレーニングしたいから
マヤちゃんに突っ込むのもやぶさかではない…

…ガチャでどっちも完凸すれば悩む必要なんてないんだけどな~
(ガチャ画面をチラチラ)





「お、おい!どこに連れて行くつもりなんだよ!?」

 

腕を引かれながら走る俺に、その張本人、マヤ…ちゃんサンタ(そう呼ばないとすねる)は「いーからいーから♡」としか言わない。

だから、俺は自身の愛バに引きずられるようにして、誰もいない校舎内を走る。

 

あの後…いきなり謎のサンタ服で押し掛けてきたマヤは、「トレーナーちゃんにプレゼントがあるの!!」

という一点張りで俺を強引に連れ出した。そして、今もこうしてされるがままになっているという訳なのだが…

 

「いい加減目的地くらい…」

 

教えてくれないか?

そういいかけた瞬間だった

 

「よしっ!到着!!」

 

そう言ってマヤが足を止める。

だからこそ、息を切らしながらも、俺もまた周りを見回すと…

 

「…グラウンド?」

 

そこはトレセン学園のグラウンド

そして、多分俺とマヤだけしかいないだろうという予想に反して、たくさんのウマ娘達、そしてそれに紛れてちらほらと何人かのトレーナーがいたから…

 

「こ、これは一体…」

 

…なんなんだ?

 

そう一瞬困惑した時だった。

 

「あ!始まるよ!!トレーナーちゃん!!」

 

そんな声をかけられ、

思わずマヤの指差す方向を見た俺の目に飛び込んできたのは…

 

「Ladies and Gentlemen!!

おめぇら!今夜はよくここに集まってくれた!!」

 

そう言ってマイクをひっ掴み、叫ぶサンタ服のゴルシと

 

「みんな~!今日は来てくれてありがと~!!マーベラス☆」

 

と手を振る、これまたサンタ服のマーベラス。

 

そんなトレセン学園でも屈指のやべぇ二人が、どこから持ってきたのか、マイクを手にグラウンドの中心に特設されたお立ち台の上にのって、何やら騒いでいるものだから…

 

「…お、おいマヤ…これは…」

 

…本当マジで、一体何なんだ?

 

そう聞きかけた、その瞬間だった

 

「それじゃあ皆!行くぜ!!…マーベラス!!」

 

「マーベラス☆」

 

そんなゴルシの掛け声にあわせて、マーベラスが手に持っていたライトを振る。

 

すると…

 

 

 

わあああぁぁぁぁぁぁっっ!!

 

 

 

「んなっ!?」

 

それに合わせて、空から星が流れる。

そして…

 

「もういっちょ!!」

 

「マーベラス★」

 

もう一度マーベラスがライトを振ると、また星が流れる。

そしてその後も何度もマーベラスがライトを振り、その度に空には輝く軌跡を残しながら、星が流れていったから…

 

「わぁ…」

 

隣で目をキラキラさせながら夜空を見上げるマヤに、しかし俺も声をかけることが出来ない。

何故なら…

 

(…すげぇ…)

 

俺もまた、目の前の光景から目を離せないから。

まさに圧巻。

そんなあまりの光景に、思わず息を飲む

 

空には、無数の流れ星。

光の尾を残しながら、半ば交通渋滞気味に、たくさんの星が空を流れていく

それはまさに、宝石箱を引っくり返した、なんて比喩がこれ以上ないほどにふさわしい光景。

色とりどりの、そして大小様々なたくさん光

まるで空を洗い流さんばかりの煌めく光の洪水

そんなあまりにも非現実的、それでいて夢のような光景で…

 

(…)

 

人は本当に感情が極まったとき、何も言えなくなる

それを自身の体で俺はこれ以上ないほどに体感する。

 

そして

 

(…?これは…)

 

そんな無茶苦茶な、それでいてあまりにも美しい星空の下、何故かまだ雪が降っている

しんしんと積もる雪は、しかし…

 

(…ははっ)

 

それを見て、俺は思わず笑ってしまう。

何故ならそれがあまりにも美しかったから。

 

そう、それはあまりにも非現実的で、それでいて美しすぎるコラボレーション

満天の星空の下、静かに降り注ぐ雪

無数の天の光の下、それでも静かにあたりを照らす、小さな小さな氷の結晶

キラキラと、星の光と共に天から落ちてくる、そんな矛盾の固まりは、あまりにも儚く、そしてあまりにも幻想的だったから…

 

 

 

 

.......................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

 

「…どうどう?トレーナーちゃん!とっても綺麗だったでしょ?」

 

そう嬉しそうに隣ではしゃぐ愛バに

 

「…あぁ、そうだな」

 

そう俺も微笑む。

そして、それを見てご機嫌な様子のマヤを尻目に、俺は手に持ったカップラーメンを啜る。

 

寒空の下、手に持ったそれから立ち上る湯気が、

いまだ星の降る夜に上って消えていく

 

…あれから

結局突然始まったゴルシとマーベラスの天体ショーから、俺とマヤは機会をみてこっそりと抜け出した。

何故なら、会場のグラウンドよりも、もっとそれを楽しめる特等席を、俺達は知っていたからで…

 

「あっ!また流れたよトレーナーちゃん!!」

 

「…おいおい。あんまりはしゃいで落ちるなよ?」

 

ただでさえ、雪降って足元悪いんだから

 

そう言って貯水槽の上で興奮するマヤに、俺は苦笑しながらも注意する。

しかし、とうのマヤは目の前で繰り広げられる世紀の天体ショーに夢中なようで、

目をキラキラさせながらそれに見入っている。

それを見ていると、そのあまりにも楽しそうな様子に水を差すのも何だか悪い気がしてくる。

だから、俺は隣で同じくカップラーメンを啜る自身の愛バを横目で見る

 

満天の星が輝く夜、隣にいる人物の姿位は容易に見て取れる

 

隣りに座るマヤは、時々「うわぁ~!!」とか「すっご~い!!」とか言いながら、耳をぴょこぴょこさせたり、尻尾をぶんぶん振り回したりしている。

そんな年相応の少女の姿は、本人に言うと絶対に怒るだろうが、

実に子供っぽいもので、だけど…

 

「…ん?どうしたの、トレーナーちゃん?」

 

「…いや」

 

なんでもないさ

 

そう言って俺はカップラーメンを啜る

 

…そう

だけど、真っ赤なサンタ服に身を包み、

目の前の光景に無邪気にはしゃぐその姿は、実にらしいものだ。

いつもオトナになりたいと背伸びしがちな彼女だが、

そんな光景を見ていると、こちらも少しほほえましい気分になってくる。

どうかこのまま健やかに…なんて考えてしまうのは、少しこの子を子ども扱いしすぎだろうか?

と、思わず苦笑してしまう俺を、隣でマヤは不思議そうに眺めている。

 

だから…

 

「…で?説明してくれるか?

マヤちゃんサンタさん?」

 

そう言って、改めて俺はマヤに向き直る。

するとマヤもまた、それを見て真面目な顔になる。

 

そして俺が尋ねたのは…

 

「…どうして、今日俺を連れ出したんだ?」

 

そんな、シンプルかつ純粋な疑問だ。

 

…勘違いしないでほしいんだが、別に俺は特に怒っていない。

元々今日を休みにしたのは俺なんだし、その1日をどう過ごそうが、それはマヤの自由だ。

…流石に明日に響くようなことをされると非常に困るが…これでもマヤは、いくつもの戦いを勝ち抜いてきた歴戦のウマ娘。そこに関しては特に心配していない。

 

故に、俺は今日のマヤの行動に関しては特に気にしていなかったし、だからこそ、いきなり連れ出されてビックリした位で…

 

どうして急に?

 

俺が抱いている疑問は、たったそれだけ。だから、それを目の前の愛バに直接聞いてみたんだが…

 

「…だって今日はクリスマスイブだから」

 

返ってきたのはそんな返答で

 

「…最近トレーナーちゃん、いつもよりも、スッゴく頑張ってくれてるでしょ?

明日マヤがブライアンさんに勝てるように、頑張って色々マヤのこと手伝ってくれてるでしょ?

それはスッゴく嬉しいし、とっても感謝してる。

…でもね?」

 

そう言いながら俺を見つめるマヤの目は

 

「…それでも、最近トレーナーちゃんあんまり休んでないでしょ?

怖い顔ばっかりしてる。だから…」

 

確かに、こちらを心配そうに見ていたから…

 

 

 

わあああぁぁぁぁぁぁっっ!!

 

 

 

グラウンドでは、まだゴルシとマーベラスのショーは続いているらしい。

こちらにまで聞こえてくる歓声を尻目に、マヤは続ける。

 

「…さっきも言ったけど、マヤはトレーナーちゃんが頑張ってくれること自体にはとっても感謝してるんだよ?

でも、最近のトレーナーちゃんはすっごく張り詰めてる。

いつものトレーナーちゃんらしくない。

だから…」

 

そう言ってこちらを見るマヤは

 

「だから、せめて今夜は、トレーナーちゃんに笑ってほしかったんだ。

…勿論すっごくワガママなこと言ってるのはわかってるよ?

それでも…」

 

普段の天真爛漫っぷりが嘘のように

 

「…明日の有マ記念に挑む、その前に、もう一度だけマヤは、トレーナーちゃんの笑顔が見たかったんだ…」

 

しゅん、とした様子で…もしかしたら怒られるかも…そんな風にちょっと不安そうにしながらも、俺の質問にそう答えてくれたものだから…

 

 

 

「…はぁぁぁぁぁ…」

 

 

 

俺は特大のため息をつく。

そして、そんな俺を見て

 

「ご、ごめんね、トレーナーちゃん。やっぱり…」

 

…迷惑だったよね?

 

そう言いかけたのであろう、マヤの続きを

 

「…あー、違う。違うから」

 

手を振って遮る。

そして改めて、今度は体ごとマヤのほうに向き合った俺は

 

「俺の方こそ…すまん。マヤ」

 

そう言って頭を下げる。

それに対して

 

「そ、そんな!頭を上げてよ、トレーナーちゃん!!」

 

そう言ってマヤは慌てるが

 

「…いや、謝らせてくれ」

 

そう言って俺は頭を下げ続ける。

何故なら…

 

(自分の愛バに、こんな顔させるなんて…)

 

トレーナー失格だ。

そんな申し訳なさと罪悪感が、胸の内から溢れてくるから。

 

…なるほど、確かに最近忙しかったのは事実だ。だけど、それで自分の愛バに心配をかけるようでは本末転倒だ。だからこそ…

 

「…ごめん、マヤ。

心配かけちゃって」

 

俺はマヤに謝罪する。

トレーナーなのに、いらん心配を愛バにかけせてしまったこと、それを直接謝罪する。

 

そして…

 

「…そして、ありがとう、マヤ。

最高のクリスマスプレゼントだったよ」

 

そう言って、俺はマヤに微笑む。

こんな俺を、少しでも楽しませようとしてくれたマヤに、心からの感謝を伝える。

 

だから、そんな俺を見たマヤは…

 

「……うん!…うん!!

トレーナーちゃんが喜んでくれて、ホントに良かった!!」

 

そう言ってまた笑顔を浮かべてくれる。まるで向日葵のような、底抜けに明るく、そして暖かい笑顔を。

 

「…!」

 

それを見て、俺は少しだけドキッとする

 

なぜならそれは…

冬の空気で少しだけ赤くなった顔に浮かべた笑顔は…

目尻に少しだけ安堵の涙を浮かべたその笑顔は…

なぜだか妙にキラキラして見えたから…

 

…だからなのか?

 

 

 

(…)

 

 

 

スッ…

 

 

 

俺は自然と顔を横に反らす。

 

…そんな愛バの笑顔を、俺は何故か直視することが出来なかったから…

そして…

 

「…まっ、まだまだおこちゃまなお前にしては、結構趣味の良いプレゼントだったと思うぜ?」

 

そう、はぐらかすと

 

「ぶー!トレーナーちゃんったらヒドーイ!!」

 

とマヤも頬を膨らませる。

だからそんなマヤに軽く謝りながら、そしてマヤの方は少し憤慨しながら、俺達は貯水槽の上でカップラーメンを啜る。

 

本格的な冬の寒空に、俺達が手に持っているカップラーメンの湯気が溶けていく。

 

12月の夜空は凍えるような寒さで、しかしゴルシやマーベラスのお陰で随分と愉快な光景になっている。

そして、そんな煌めく夜、しんしんと降り積もる雪の中で、相棒と一緒に食べる安物のカップラーメンは、どうしてか、やけに暖かくて…

 

(…ま、たまにはこんなクリスマスも)

 

悪くはないかな?

 

そんなことを考えているときだった

 

「…まったく…トレーナーちゃんは本当に失礼だよね?

でも…」

 

そう言って、隣で少しだけムスッとしながらカップ麺を啜っていたマヤは、最初から背負っていた白い袋に手を突っ込んで中身をごそごそと漁ると…

 

「今のマヤは、皆に夢を配るマヤちゃんサンタさんだからね!

そんないじわるなトレーナーちゃんにも、特別にプレゼントをあげちゃいます!」

 

そう言って、何枚かの輪ゴムで纏められた紙切れを差し出してきたから…

 

「…さっきのがプレゼントじゃなかったのか?」

 

そう驚く俺に

 

「違うよ?

あれは途中まで一緒にクリスマスパーティーしてたゴルシちゃん達の余興。

ホントのクリスマスプレゼントはこっち!」

 

そう言ってその紙切れの束を俺に押し付けてくる。

 

だからそれを受け取り、そこに書かれていた内容を確認すると…

 

「…『マヤと一回デート券』?」

 

書かれていたのは、そんな丸くて可愛らしい文字。

そして

 

「ふふん!マヤは明日絶対勝つからね!!

それを使えば、トレーナーちゃんは三冠ウマ娘をも越える、最強のウマ娘のお姉さんと、いつでもオトナなデートが出来るんだよ!嬉しいでしょ!!」

 

そんなふうに胸を張って自信満々に語るマヤの姿。

 

だから、それが何だか可笑しくてたまらなかったから

 

「あ!なにその反応!!」

 

「ふふ…

いや、すまんマヤ」

 

つい笑ってしまった俺を見て、マヤは「もう!トレーナーちゃんのバカ!!マヤ知らない!!」と口を尖らせてそっぽを向く

だが、俺はそんなちんちくりんな、それでいて大切な相棒の贈り物に、胸が暖かくなる。

これからも、この子を支えていこう、そう改めて思う。

 

だからこそ…

 

「…それじゃあ俺もお返ししないとな」

 

そう言って懐から一つの小さな袋を取り出す

 

「…え?」

 

そうして驚き振り返るマヤに

 

「…一応今日はイブだからな。本当は明日渡す予定だったんだけど…」

 

そう言いながら

 

「まぁ、せっかくプレゼントをもらっちまったからな。

予定よりちょっと早いが、俺もクリスマスプレゼントだ」

 

そう言って俺はマヤに、袋を渡す。

 

そして

 

「あ、開けても良い?トレーナーちゃん?」

 

そう目をキラキラさせながらこちらを見るマヤに

 

「あぁ、勿論」

 

そう言って頷く。

 

かくして、マヤが開けた袋の中から出てきたのは…

 

 




次回で完結です!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~SSRマヤノ実装記念特別編~有マの前に 明日へ 

マヤちゃんがトレーナーちゃんからもらったプレゼント

それは…




レース前、控え室で準備をしていたマヤは、ふと時計を見る。

 

すると、その長針が示す数字は、ちょうどマヤが予想していたものと同じものだったから…

 

(…そろそろかな?)

 

そう思ったマヤは立ち上がる。

 

…と

 

「…あ」

 

部屋を出ていこうとした瞬間にそれに気づいたマヤは、慌てて自身のカバンの元へと戻り、中身を漁る。

すると、出てきたのは勝負服を着る時に、首にかけているドックタグ。

だからこそ…

 

「危ない危ない…」

 

そう言いながら、マヤはそれを首にかける。

 

…別にそれをかけていないからどう、ってことはない。

確かに、勝負服はウマ娘の魂を補助し、力を引き出す機能があるけど、だからと言って首にかけているドックタグを外した位でその機能が低下する...ってことはない。

 

…まぁ、正確には多少は低下してるんだろうけど、それは多分ほんの微々たる差。

取り敢えずちゃんと着ておけば、多少パーツがなくても勝負服は機能するのだ。

 

(…最も)

 

レースの世界は本当に何が起こるか分からない。

だからこそ、そんなほんの小さな差違でも、何かしらの影響をもたらすことなんてざらにある。

それを考えれば、ああは言っても勝負服のパーツを一つでもつけ忘れる子なんて中々いないし、それは当然マヤもそう。

 

そう言うわけで、マヤは自身のドックタグがちゃんとしっかりつけられているか、鏡で確認すると

 

「…うん!大丈夫!!」

 

と頷く。

 

鏡の中で、それはしっかりとメタルシルバーの輝きを放っている。これなら大丈夫だろう。

 

 

「…」

 

そんなドックタグを見ていると、ふと思い出すことがある。

それはとあるクリスマス、あの有マ記念の前日のことで…

 

 

 

 

.......................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

トレーナーちゃんにサプライズを仕掛けたつもりで、まさかの逆サプライズをされたマヤはビックリする。

 

だって、カッコつけなくせに、いつも全然それがキマッてない、そんな普段のトレーナーちゃんを知っているだけに、まさかそんなことをされるだなんて想像さえ出来なかったからだ。

 

だから

 

「あ、開けても良い?トレーナーちゃん?」

 

そう聞くと、トレーナーちゃんは快く承諾してくれる。

 

だから、ドキドキしながらトレーナーちゃんからもらった袋を開ける。

 

一体何が入っているのかな?

 

全く予想できないだけに、期待は膨らみ、そして…

 

「…これって…」

 

出てきたのは、手の平に収まる程度の大きさの、2枚の小さな金属のプレート。

 

首にかけられるように、糸や鎖を通すための小さな穴が空いたそれは、

マヤにとってスゴく見覚えがあるもので…

 

「…ドックタグ?」

 

そう聞くと、トレーナーちゃんは頷いて

 

「あぁ。こういうの、マヤ好きだろ?」

 

と、ちょっと照れ臭そうに頭をかく。

だから

 

「うん!ありがとうトレーナーちゃん!!」

 

マヤも素直にお礼を言う。そして、改めてもらったドックタグを空にかざして眺めると、星空にかざした金属のプレートはキラリと光る。

 

ドックタグ…軍隊において、個人の識別用として使われる、小さな金属のプレートだ。

その見た目は実用重視で、楕円形のプレートに文字が刻印されているという、ただそれだけのもの。

装飾性なんて欠片も考えてない、まさに実用一辺倒の品物だ。

だから、多分普通の子にそれを渡しても、ちょっと微妙な顔をされるだけかもしれないけど…

 

(…マヤにとっては)

 

…結構好み♪

だからこそ、普段のトレーナーちゃんのセンスを考えると、ビックリするほどマヤの好みにあったものなだけに、正直内心かなり嬉しい。

 

頭上には満天の星空。

空が落ちてきそうな位のたくさんの星が瞬く…まるでこの世のすべてのキラキラを濃縮したような、そんな聖なる夜の特別な星空。

そんな、これからの人生でもう一度見られるかどうか、って位の最高の夜空に輝く星達に比べると、マヤの手の中にあるドックタグの輝きは、ほんの小さなものだ。

それでも、そのほんの小さな光が、トレーナーちゃんがくれたドックタグの輝きが、今確かにこの手の中にあったから…

 

「♪」

 

マヤは上機嫌で手の中のそれを眺める。

 

そう、もとから飛行機が好きで、それが転じてミリタリー系統のデザインも好みであるマヤにとって、こういう類いのプレゼントはもらって嬉しいものだ。

 

そして…

 

「ん?これって…」

 

貰ったドックタグを眺めていたマヤは、そこで違和感に気付く。

 

何気なく見つめていたドックタグの表面。

そこに刻印された文字をなんとなく見つめていたマヤがそれを見つけると同時に…

 

「…気付いたか」

 

まるでイタズラが成功した子供のような笑みを、トレーナーちゃんが浮かべる。

 

だからマヤは…

 

 

 

 

 

......................

 

 

 

 

 

.................

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

 

カツン…

 

「…」

 

立ち止まる

 

太陽の光に溢れ、レース前の熱狂とざわめきに溢れる地上とは逆に、地下バ道は暗く冷たい沈黙に満たされている。

 

それはさながら、嵐の前の静けさ。

静謐な静けさに包まれたこの場所は、暴風雨が吹き荒れる台風、その中心において何の雨風もない特異点、すなわち台風の目に近いところがある。

 

そう、つまりここはすでに戦場。

表面が凪いでいるからといって、その下の海が平和であるかと言うと、そうじゃない。

…事実として、マヤがあと一歩でもここから足を踏み出せば、戦いは始まる。

 

「…」

 

だからこそ、マヤは立ち止まる。

目の前の戦い、それに赴くその前に、一度だけマヤはその場で足を止める。

 

…別に怖くなったってわけじゃない。

それは単に、自分の気持ちを落ち着けるため。高ぶる鼓動を抑え、冷静に目の前の戦いに臨むため。

これはそんな一種の儀式。

そして…

 

チャリッ…

 

マヤは首から下げたネックレスを改めて手に取る。

そこには3枚・・のドックタグが掛かっている。

だから…

 

「…」

 

元から勝負服の装飾品として組み込まれている2枚、それらと共に掛けられている3枚目を見つめる。

 

と共に思うのは…

 

(トレーナーちゃん…)

 

ドックタグを見つめる

 

それは、あの日トレーナーちゃんがくれた2枚のドックタグの内の1枚。

 

レースを走るマヤと、一緒に走ることが出来ないトレーナーちゃんが、せめて、とプレゼントしてくれた1枚

 

そして、

 

だったらトレーナーちゃんにもマヤの分を持っていて欲しい

きっとトレーナーちゃんのもとに勝利を手に入れて帰ってくる

そのための道標として、マヤの分を持っていて欲しい

 

そう言ってトレーナーちゃんに押し付けた、マヤの名前が刻印されたドックタグと、対になる1枚だったから…

 

 

 

わあぁぁぁぁぁぁぁあああ…

 

 

 

今日のレース場の熱狂も最高潮。

それは、ここ地下バ道にさえ伝わってくる。

 

だから

 

「…見てて、トレーナーちゃん」

 

マヤは一歩を踏み出す。

地下バ道の先の光へ

熾烈極まる、マヤの戦いの場所へ

 

だけど…

 

「…マヤ、頑張るから」

 

それでも、きっとマヤは一人じゃない。

だから、頑張れる。走り抜いて見せる。

 

 

カツン…カツン…カツン…

 

少女は光の中へ歩いていく

それは、まさに蕀の道

誰もが膝を折り、諦めたくなるような、そんな長く、過酷な道のり。

 

それでも…

 

カツン…カツン…カツン…

 

少女は足を止めない

むしろその顔には闘志があふれている。

何故なら彼女は知っているから

自分は一人じゃないと、決してひとりぼっちではないんだと、知っているから

そして…

 

カツン…カツン…カツン…

 

信じているから

走り抜いたその果てで、きっともう一度大切な人に会えると、そう信じているから…

 

カツン…カツン…カツン…

 

蹄鉄の音が地下バ道に響く

 

そして、彼女は光の中へ消えていく

 

 

 

『お前の最高にカッコいいトレーナー!■■■■■』

 

 

 

そんな刻印が刻まれたドックタグを光らせながら、彼女は光の先へと歩んでいくのだった。

 

 

 




はい!
それではこれで短編集6作品目は完結
つまり、この短編集も無事終了です。
皆様お疲れ様でした!

一応まだ少し書きたいネタはありますし、
今後またマヤちゃん関連で何かあれば追加することもあるかもしれませんが、
とりあえずは当初書きたかったもの、
すなわち物語の裏設定や後日談にあたるネイチャ編とマヤノ編、完全なギャグ回であるマーベラス編を描き切ることができたので、ひとまずは完結とさせていただきます(なお、テイオー編と王宮の黎明シリーズは完全に途中追加の話でしたので、予定外と言えばそうですが、それでもこれらもしっかりと書き切れたと思います)。

本編のあとがきなどでも軽く触れましたが、
作者はこの一連の『片翼の撃墜王』という作品群が処女作です。ですから書き上げるのは大変でしたが、それでもここまで来れたのは、一重に偉大なるマヤちゃんと、ここまで読んでくださった皆様のおかげです。

重ね重ねありがとうございます!

それでは、今度こそお別れです。

いつか、またどこかで!!




目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。