恋敵は乙女ゲ― (Snufkinnn)
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彼女の秘密
連載ですが続くかは未定です。
恋をしたことがあるか。
身を焦がすような熱い恋心をその胸に抱いたことがあるか。
俺はある。
この人生17年で最も熱い恋が俺をメラメラに燃やしているのだ。全くもって馬鹿みたいな真っ直ぐさで俺の心の臓を貫いていやがるのさ。
ーーそんなことを思いながら、俺は一人の女の子を見つめた。
彼女の名は黛美玖。
肩の高さで切りそろえられたサラサラの黒髪や、すっと通った鼻筋、はっきりとした目元。上げ始めればきりがないが、一言で言い表すならば美人である。いやもうめちゃくちゃに美人である。神のような美人である。全然一言ではない。
俺は彼女に恋をしている。高校入学時から、一年拗らせている。会話をしたことは一度もない。何故か。理由はわかりきっている。
俺は、絶望的にコミュニケーションが下手なのだ。特定の人間を除けばまともに会話もできないのだ。心の中ではこのように色々と考えることができるのに、いざ対面するとなると言葉が出なくなってしまう。おまけに声も小さい。さらにさらに、俺は体が人よりも大きく人相も悪いので、その無口さも合わさって学校で浮きに浮きまくっているのである。猿かな?ウキキ―ッ!
やっぱつれぇわ。
そんな俺にとって彼女はまさに高根の花。全く釣り合っていないのである。彼女から見た俺は、同じ学年になんか所属しているなんかでかい人である。こんなふわっとした繋がりでは関わることができるはずもない。いや、なかった。
だが、これからは違う。今年から、俺と黛さんは同じクラスになったのだ。やったぜ。これから俺は同じクラスのなんかでかい人に昇格である。よって、何とか話しかけられないかとこうして見つめているのだが、何せ既に周りが彼女の友達で囲まれているため話しかけに行くことができない。まあ、多分彼女と二人っきりでも俺が声を発すことはないだろうが。
うわっ…、私のコミュ力、低すぎ…?
というかみんな黛さんのこと好きすぎでしょ。ちょーわかる。
まあもうすぐ朝のホームルームが始まる時間である。今はあきらめて次のチャンスを伺うとしよう。なに、時間はたっぷりあるのだ。何せ同じクラスだから、同じクラスだから!
学校って楽しいな。
生徒たちが時計を見て続々席に着き始めたタイミングで先生がやってきた。ホームルームが始まる。俺の青春がここから始まるのだ。
じゃあ席替えな。
我がクラスの担任が放った言葉で生徒が若干ざわついた。だって進級初日にいきなり席替えするか?しないよね普通。担任曰く、変に仲良くなった後で席替えするのは面倒臭い、だそうだ。なんだか癖のありそうな人である。まあ分からなくもない…のか?
ちなみに黛さんの今の席は廊下側から三列目の前から三つ目である。俺は窓側の一番後ろなので距離的には微妙である。なんか、近くも遠くもないみたいな。俺にとっては悪くない。後ろからいつでも黛さんを見つめることができるし、それがばれるリスクも低い。この思考はかなり気持ち悪いと思うが、恋する男子高校生だから、仕方ないよね☆
席替えは、先生の狙い通りすんなりと進んだ。お互いのことをあまり知らないこの状況では、誰も騒いだりできないのだろう。方式はくじ引きだ。俺は変わらず窓際の一番後ろだったので席を立たずぼーっとしていた。黛さんとどうやって話そうか。まずは挨拶から、それから共通の趣味を見つけて、一緒にそれをして楽しむようになって、それから…
「和賀 真一君…だよね?」
「…え」
俺は目の前の光景を見て、自分の目を疑った。隣に天使がいた。隣の席の天使ちゃんだ。いや何言ってんの俺。いやそうじゃないだろ。なんでここに?いやそれもおかしいだろ。とにかく何か返事を、返事をしないと。
「………ああ」
「うん!私黛!よろしくね!」
「………ああ」
ああああああ!俺「ああ」しか言ってないじゃん!なんなの、顔なしなの?ていうかそんなことよりも!
黛さん隣じゃん!
これが幸せというものか。
俺はこの世の真理に至っていた。現在は昼休憩。黛さんは友達とご飯を食べるために弁当をもってどこかに歩いていった。だからこそこうして思考を働かす余裕がある。黛さんが近くにいると思考どころではなくなるのだ。現実の口も動かなくて思考の口も動かないんじゃいよいよ何もできない。
しかし、冷静さをいくらか取り戻した今では素直にこの幸福を噛みしめることができる。ほんと、いつまでも噛んでられるわ。スルメみたいな幸福である。一気に幸福のランクが落ちた気がする。
そんなことを考えながら読書をしていると、黛さんが戻ってきたようだ。友達と一緒に帰ってきたようで、少し周りが騒がしくなる。俺は努めて黛さんのほうを見ないでおくことにした。だって話しかけたいのかと思われて気持ち悪がられたら俺もう立ち直れないし。
そんな時、コロンと音が聞こえた。どうやら、黛さんのペンが床に落ちたらしかった。
え?これどうする?拾っていいの?俺がこれを拾って気持ち悪がられたりしない?そうだ、周りの人!これ拾えよ!と思ったが、どうやら会話の音でペンが落ちた音がかき消されたらしく、気づいていない。
拾うしかないのか…俺が。ええいままよ!
「………これ」
俺の言語能力低すぎる定期。
「え?あ、落としてたんだ。ありがとう」
そう言って、黛さんはまた会話に戻った。
ふう。一時はどうなることかと思ったが、何とか乗り切ったぜ。まさかペンを渡すという行為がここまで難しいものだとは知らなかったが。
俺は一仕事終えた達成感に包まれていた。
ちなみに落としたペンを拾っただけである。
そのあとも、黛さんの尊さを全身に浴びながら授業を受け、現在放課後である。俺は部活に入っていないので、もうあとは帰るだけだ。人と会話ができないので、部活なんぞできるはずもなかった。
俺だって、ユーフォニアムを響かせたり、けいおん!部にはいったり、バレー部に入ってハイキュー!!したりしたかった。それよりも会話を習得するのが先だと気づいたのだが。あとどうでもいいけど、けいおん!と、ハイキュー!!ってほとんど題名の路線一緒だよね。やっぱりけいおん!は偉大だなぁとおもいました。
実はこんなことを考えながらも既に帰路についていた俺だが、どうやら忘れ物をしていたらしい。鞄から、筆箱特有のカシャカシャ音が聞こえなかったので、おかしいと思って開けてみてみれば、やはり筆箱を忘れていたようだ。あとこれもどうでもいいんだけど、筆箱って実際に箱じゃなくなっても筆箱って言い続けるよね。この現象は一体何なんだろうね。
どうでもいいことを考えながら俺は学校に引き返した。
この時筆箱を忘れたことを、俺は割と長い期間悔やむことになる。忘れ物さえしなければ、俺は真実を知らずに済んだのだ。君は恋をしたことがあるか。俺はある。だが、
俺は固まった。どうしようもなく。
「好きです!付き合ってください!」
黛さんが、あの黛さんが、ぎゅっと目を瞑って、若干頬を赤くして言った。その告白シーンは、本来であれば恋する男子たる俺の心を深く傷つけ、暗い闇の底へと叩き落としただろう。やみのまっ!
でもそうはならなかった。何故なら彼女が両手に持っていたのがーー立派なゲーム機だったからである。彼女は椅子に座ったまま、まるで拝むようにゲーム機を頭上に掲げていた。
ペン一つ拾うのにめっちゃ悩むやべーやつと、校内にゲーム持ち込んだ挙句、そのキャラに告白し始めるやべーやつ。
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恋敵は
第二話にしてガバを連発する作者がいるらしい。
黛さんの声が放課後の教室に響く。
「好きです!付き合ってください!」
「えぇ……」
俺は困惑していた。
自分のゲーム機の画面の中の美少年に向かって告白をする黛さんの姿を見て、俺はとても困惑した。
黛美玖は焦っていた。
自分のゲーム機の画面の中の美少年に向かって告白をする姿を隣の席の男子に見られて、美玖はとても焦っていた。
どうしてこうなった?
美玖は、一番の親友である高梨葵を教室で一人待っていた。彼女は生徒会に所属しており、今日は用事がある、直ぐに済むから待っていてほしいと頼まれていた。何もしないでぼーっと待つことに退屈を覚えた彼女は、ゲーム機を取り出して、今ハマっている乙女ゲームをやり始めた。
なぜ乙女ゲームだったのか?
美玖は、かなりヘビーな乙女ゲームユーザーであった。その容姿から男子からのアプローチを受けることも多いのにもかかわらず彼氏がいないのは、彼女が、はっきりと言ってしまえば二次元の男にしか興味がないからである。そのくせ、そのオタク趣味がばれて友達を失うことも怖いので、親しい友達ーー高梨のようなーー以外には趣味について話したことがなかった。
猫をかぶっていたのである。
なぜ告白をするような事態になったのか?
美玖がやっていた乙女ゲームは佳境に入っていた。ストーリーが終盤に差し掛かり、彼女の推しの好感度も上々、あとは告白するのみであった。彼女は興奮した。もうすぐ推しは私のものだ、これを乗り越えた先にはCGイラストという名の甘い桃源郷が待っているはずだと。このような理由によって、彼女は和賀がいつの間にか教室に入ってきていたことに気づかないまま、あふれ出る興奮に身を任せゲーム内の告白のセリフを叫んでしまったのである。うん、仕方ないよね。だって尊いもん。
「……何、してんの?」
俺がそう問いかけると、黛さんの肩が面白いほどに跳ねた。
実は俺黛さんが告白をする前から、話しかけるタイミンクを図ってそばにいたのだ。ただ、自分のゲーム機を見つめる黛さんは、明らかの様子がおかしかった。なんだか鼻息が荒いし、やけにソワソワしていて、時々不気味な笑い声のようなものをこぼしていた。
もう直接的に言ってしまえば限界オタクと化していた。
それでも黛さんがそんなわけがない、きっと体調でも優れないのだろう。そう考えて声をかけよう近づいたら黛さんが大声で愛を告白。ゲーム機の画面には美少年が映し出されていたというわけである。
正直ドン引きであった。
いや、俺だって乙女ゲームをプレイする人を非難したいわけではないよ?ただ、教室で一人残って二次元の美少年に愛の告白大声でかますってどうなの?流石にひいてよくない?
「………」
さっきから黛さんは黙ったままだ。うつむいていて表情は見えない。やっぱり限界化していても恥ずかしいのだろうか。フォローするか?できるわけなくね?ていうか沈黙ってこんなに気まずいものだったんだね。そりゃあ俺と話す人いないわけだわ。つれぇ。
俺が一人で落ち込んでいると、黛さんが顔を一気に上げた。
「このこと、誰にも言わないでね!?」
このこと。このことというのは、黛さんが乙女ゲーの限界オタクだってことでいいのだろうか。
「………ああ」
言う訳ないよね。てか言える訳ないよね。B級ゾンビみたいな返事しかできないのに他人の暴露話などできるはずもないのである。する相手もいないのである。
「そっかぁ、よかったぁ…、というか、なんで和賀君がここにいるの?」
「……忘れ物」
「そっかー」
冷静そうにしゃべってるけど、未だにこの人顔真っ赤なんですけど。さっきの件の弁明なんかがない辺り、触れてほしくないということだろうか?まあ怖くて触れられないけどさ。
とりあえず口封じとかの展開はないようでほっと一安心だな。一安心というか、なんか黛さんと対面して話しているのにあまり緊張していない。限界オタクだと知って親近感がわいたのだろうか?なんか俺って浅ましいな…。
そんな感じで二人して黙っていると教室のドアががらりと開いた。
「ごめん美玖お待たせー、帰ろー…って和賀君?」
「あ、葵」
同じクラスの高梨 葵か。髪は明るい茶色のポニーテール、目元はまつげが長く目じりが切れ長だ。薄く化粧をしているのか、顔立ちがはっきりとしていてクールそうな印象を受ける。顔をちゃんと見るのは初めてだ。
「二人して何やってんの?」
さて、どうやって答えたものかな。…などと俺は考えない。なぜなら、何も答えることができないからだ。そもそも、知らない人相手にいきなり返事なんてできるはずがない。よってこの場合は、俺がどのようにこの場を穏便に去ることができるかということを考えなければならない。しかも言葉を発することなく。
不可能である。
俺に答える気がないと悟ったのか、黛さんがゆっくりと高梨さんの方を向いて口を開いた。
「あのね、葵…、ばれちゃった」
「あー…、ばれたかー…」
なんだか二人の会話がおかしい。高梨さんは黛さんの秘密を知っていたのだろうか。そういえば黛さんは高梨さんのことを名前で呼んでいるな。この様子だと、この二人だけの秘密といったところだろうか。
俺が考えを進めていると、高梨さんが俺の方を向いた。
「和賀君、どこまで見たの?」
どこまで。それはまあ…なんというか。
「……最後、まで」
こうとしか答えようがなかった。具体的なことを口にすれば黛さんがかわいそうだったということもある。
「だから教室でするのはやめなさいって言ったのに…」
「だって…我慢できなくて…」
今更だが補足すると、わが校ではゲーム機の持ち込みは許可されていない。流石にね。まあ、待ち時間や休憩時間などを携帯ゲーム機でつぶす生徒はそれなりにいるのだが、黛さんみたいな感じでやる生徒は見たことがない。当たり前か。
「でもっ、和賀君は黙っててくれるって!ね!」
「…ああ」
さっきも言ったが、俺には人の暴露話など不可能なのである。不可能なのだが、高梨さんはそうは思ってくれないらしい。なんかめっちゃこっちを見てくる。何ならにらんでくる。怖い。超怖い。
「本当なの?」
「……本当だ」
クッソ、絶対信じてないわこれ。察してくれよ。俺が超絶コミュ障で、こんな暴露話ができるわけがないと推理してくれよ。陽キャの得意分野だろそれ。いや、まあ俺がしゃべれないのが悪いんですけど。ほんと俺って…。自己嫌悪に沈む俺をよそに高梨さんはとげのある口調で言った。
「何か証明が欲しいわね」
証明だと。そんなものすぐに思いつくわけがない。思いついたとしても、口に出せない。無理だ。終わった。これはもう土下座して許しを請うしかない。俺が覚悟を決めていると、黛さんが何やらうれしそうな顔で口を開いた。
「そうだ!いい証明があるよ葵!」
「いい証明?」
「そう!和賀君にも乙女ゲームをやってもらえばいいんだよ」
何を言っているんだろうこの人。俺は素でそう思った。高梨さんも最初きょとんとした顔をしていたが、ふと思案気な顔になると「なるほど」とつぶやいた。
「和賀君に乙女ゲームをやってもらって、もしも和賀君が美玖のことをばらそうとしたら和賀君が乙女ゲームをやっていることもばらすぞと脅すというわけね」
「そうだよ!そうすれば和賀君も従わざるを得なくなるんじゃない?」
「…まあそんなリスクを背負ってまで言おうとは思わないか…。分かった。それで手を打ちましょう。」
なんだか勝手に話がまとまっているな。まあ、俺が話をまとめる段階に参加することなどないが。つまり、俺は黛さんの秘密を洩らさないという証明のために乙女ゲームをプレイし、その事実をこの二人に握られるということだろうか。正直乙女ゲームには興味のきの字もないわけだが、ほかならぬ黛さんの提案である。断るなどありえない。
「…わかった」
「よかった!じゃあ和賀君、おすすめのゲームがあるんだよ。……」
そこから、黛さんの乙女ゲーム講座は30分ほど続いた。びっくりした。いやほんとに。とりあえずおすすめのものからやってみろというお達しをいただいて、スマートフォン版をその場でダウンロードさせられた。なんだか話を聞いただけでおなかいっぱいである。高梨さんは、少し驚いていたように見えた。ただ、そのあとは溜息を吐いていかにも呆れた顔をしていたが。
とはいえ、俺もやられっぱなしってわけじゃない。いや、事実的に言えば十分やられっぱなしだったが、というかいつもそんな感じだが、今回は俺にも狙いがあったのだ。まあ俺は全く口出ししていないだがそれはそれだ。棚ぼた?僕まだ17歳だから分かんなーい。
この乙女ゲーム…、これを黛さんが好いているということはつまり、黛さんの好きな男どもがたくさん登場しているということだ。これを使って、黛さんの好きな男のタイプを調査してやる。黛さんが二次元の男にしか興味がないということを思い知らされて、俺は大いに打ちのめされたがまだ終わったわけじゃない。
二次元の男を体感して、自分をそれに近づける。恋敵は乙女ゲー。確かに難局ではあるが、せいぜい利用してやるぜ…!
まあ御察しの通り、この時の俺は黛さんとお近づきになれて舞い上がっていたのだが、乙女ゲームの素晴らしいストーリーと男どものあまりのカッコよさにすっかり打ちのめされ、そもそも自分はコミュ障のどうしようもない男だということを再認識してへこむまでに大した時間は必要なかった。
「プロットも時間もろくに無い…こんな状況を切り抜ける策がまだあるのかい?」
「あぁ、あるぜッ!たった一つだけ策はある!」
「その、策とは…」
「エタるんだよォー!スモーキー!」
「わぁ〜ッ、なんだこの男ーッ」
※頑張ります。エタりません。
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