7人目の提督 (山ウニ)
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提督になった小学生
大潮との出会い


父さんが死んだ。

 

宇喜多鷲一(うきたしゅういち)は、そのことを最初に聞かされて一週間が過ぎたが、なかなか実感がわかなかった。

友人の家みたいに、父親と毎日会っていれば、一週間も会わなかったら実感がわくのかもしれない。

しかし、父の大地とは、一週間どころか、一か月以上も会わない事が珍しくなかった。

父は、F-15(イーグル)のパイロットだから、家に帰れない事は何度もあったし、今回も深海棲艦の拠点を攻略するから、暫くは帰れないと聞いていた。

あるいは、遺体を見て返事をしない父を見れば違うのかもしれない。それも見ないで言葉だけで死んだと聞かされてもピンと来ない。

 

いや、本当は、ただ認めたくないのだろう。

父の大地とは、客観的に見ても仲の良い親子だった。

会える時間が少ない分、父は一緒にいる間は、家族サービスを大事にした。特に長男の鷲一は、飛行機やパイロットに興味を示したために、特に可愛がられた自覚がある。

 

しかし、今は少しずつ、父が死んだということが、認めざるを得なかった。

たくさんの真っ白な花の上に並んだ写真の中に、父の顔があった。

今回の戦闘で戦死した自衛官の写真。今は戦死した隊員の葬儀の最中だった。

すすり泣く声が聞こえる。悲しみに満ちた空間。嫌でも父の死を突きつけられる。

ここから離れたい。そう思ったが、それが許されない事だと判断できる分別はあった。

妹と弟は、我慢できないと判断されたのだろう、母の友人の家に預かってもらっている。

長男で小学5年生になる鷲一だけが、母と一緒に葬儀に参加していた。

 

その式も、ようやく終了するようだ。係りの人に促されるまま遺族の列にが並び、端から葬儀の参加者が頭を下げながら進み出口へと向かう。

顔見知りの人は短く言葉をかけながら進んでいるようだ。

母は知り合いが多いようで、多くの言葉をかけられている。全員が父の死を悼んでいる。

だが、鷲一にとって、その言葉は父の死を認めろと言っているように聞こえた。

逃げるように、視線だけ動かして、数少ない知り合いを探した。

 

その人物は直ぐに見つかった。本人より、隣にいる少女が目立つので見つけるのは簡単だ。

不自然だと思っていた、青みがかった灰色の髪の毛は、遠くからでも直ぐに分かる。

少女の名前は『叢雲』。人ではない艦娘と称される存在。

そして、彼女を連れている男性は鍋島という名前で、以前は父と同じくF-15のパイロットで、今は提督と呼ばれている。

 

その鍋島と目が合う。その瞬間、彼の話を思い出した。

撃墜され脱出した後、海を漂流中に艦娘が現れた。そして、彼女に請われ提督になったそうだ。

もしかすると、父も何処かで漂流していて、今頃は艦娘に助けられていないか。

そんな希望とも言えない妄想をしていたら、鍋島と叢雲が出口の方に視線を向け、驚いた反応をする。

 

鷲一も出口を見ると、流れとは反対に進む、同じくらいの歳の少女が近付いてくる。

青い髪の毛の上に不格好な帽子を乗せているが、可愛らしい顔立ちだ。

目が合うと、嬉しそうな表情で小走りに寄ってきて正面に立つ。

 

ふと、青い髪の毛に違和感を持っていない事に気付いた。

叢雲の髪を見た時は変な色だと思ったのに、彼女に対しては変だと思わない。

いや、今日は叢雲の髪の色も変だとは思わなかった。

そんな、どうでも良い事を考えていると、目の前に立つ少女が口を開く。

 

「初めまして司令官。大潮って言います」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

元航空自衛隊員にして、現佐世保鎮守府の司令長官である鍋島は慌てて、鷲一と彼の母親を連れて離脱し、会場にいた顔見知りの航空自衛隊員に命じて、すぐ近くの新田原基地に連れ出した。

今は基地司令に任せて一息ついたが、沸々と怒りが湧いてくる。

 

「なに考えてるんだ大潮は!」

 

叢雲と二人きりになり、鍋島はテーブルを叩きながら怒鳴った。

最悪の状況だ。葬儀には地方局のテレビカメラが回っていたし、複数のマスコミもいた。

それだけではない。マスコミの写真のフラッシュに釣られるように、手持ちのスマホで写真を撮っている者もいた。確実に鷲一の顔は、新しい提督として知れ渡るだろう。

 

「落ち着きなさい」

 

「これが落ち着けるか! 宇喜多さんの子供が提督になるんだぞ! まだ小学生なのに!」

 

叢雲にたしなめられるが、とても冷静になれる状況では無かった。

罰なのか。ふと、そんな事を考えた。

首都圏に突きつけられた剣と言える、伊豆大島を奪還した事で、国内は祝賀ムードだった。

それに合わせて、英雄である鍋島も笑顔を見せ続けた。

 

だが、本当は泣きたかった。

伊豆大島を奪還するために、多くの戦友が散った。その中に、恩師である宇喜多大地の名前があった。

それに艦娘にも少なからず轟沈した者がいた。その中には鍋島の佐世保鎮守府に所属する大潮もいた。

会場では泣いても良い。英雄の仮面を外して本音を見せても良いのだと、何処か安堵していた。

 

最初に会場で大潮を見た時は、大潮が無事だったのかと喜んだが、直ぐに自分の大潮では無いと気付いた。

そして、その喜びは絶望へと変わった。

提督になる。それは世間が言う英雄だ。

特に日本の提督は、イギリスの提督と甲乙つけがたいと言われるほど貴重な存在だ。

一人の提督の下に、その国の第二次世界大戦時の艦が艦娘として現れる以上、当時の戦力に比例する。

一位であるアメリカの提督には遠く及ばないが、日本の提督はイギリスと二位争いをする戦力だ。

 

「まだ、小学生だぞ。あんなに拉致しやすい対象がいるか?」

 

深海棲艦に対抗できるのは艦娘が最も有効だ。

通常兵器での撃破は困難で、世界中で発生している深海棲艦の手で、既に多くの国家が滅亡している。

さらに滅亡の危機に瀕し、日本以上に危機的な状況の国は多くある。

そんな国から、艦娘を支配する提督を貸すように要請されることは少なくなく、さらに強制的な手段に出る国もあった。

鍋島も身の危険を感じたことは一度や二度ではない。鷲一は確実に危険にさらされるだろう。

 

「アンタが愚痴ってても事態は好転しないでしょうが。

 そもそも、何をするべきか、少しは考えなさい。佐世保鎮守府の司令長官として」

 

何処までも悲観的になっていく様に、改めて叢雲が呆れた口調で文句を言いながら、そっと抱きしめた。

抱擁の温もりと、最後に足した言葉が、鍋島の心を落ち着かせる。

戦死した恩師の子供という事で冷静さを失っていたが、提督としてなすべきことがある。

そして、自分がいくら悩んでも妙案は出ないし、仮に出ても自分の立場では何もかも実現させるのは不可能だ。

 

「北条提督に連絡をとる」

 

全提督を統括する横須賀鎮守府の司令長官。

新しい提督が誕生したのだ。何よりも真っ先に、彼に連絡をするべきだった。

 

「今は鎮守府を通すより、携帯にかけたほうが良いわよ」

 

確かに、正式なルートである鎮守府に連絡しても、他の業務の電話と重なれば待たされてしまう。今は急いで連絡を付けたい。何よりも緊急事態だと知らせることが出来る。

提督間や、政府の者だけが知っている北条の携帯番号に、自身の携帯を使って電話をかける。

コールが3度鳴った後、女性の声で返事があった。

 

『お久しぶりです。鍋島提督、大淀です。

 北条提督は電話中ですので、少しお待ちいただけますか』

 

表示で自分からの電話だと知ったのだろう。

秘書の大淀が代わって出てくれた。

 

「ああ、それで北条さんの電話は長くなりそうか?」

 

『相手は大臣ですから、普通なら長くなるでしょうが、早めに切り上げるつもりです。

 あ、終わりました。代わりますね』

 

大臣とだけ言えば、それは防衛省の大臣の事だ。

タイミングが悪かったと後悔したが、代わった北条の声が聞こえた。

 

『待たせたな。それで何があった?』

 

「はい。6人目の提督が誕生しました。ですが…」

 

『待て……側には誰がいる?』

 

新しい提督の誕生に驚いたのか、暫しの沈黙の後、周囲の確認をしてくる。

これから話す事は、更に驚くだろうが、まずは質問に答える。

 

「はい。叢雲がいるだけですが」

 

『叢雲と代われ』

 

「え?」

 

『いいから代われ』

 

強い語気に戸惑いながらも指示に従い、叢雲に携帯を渡す。

 

「叢雲です……宇喜多大地の子供よ。ウチの人がポンコツになった件、大目に見てくれると助かるわ。

 ええ。了解……はい」

 

それだけ言うと、再び携帯を渡してくる。

 

「代わりました」

 

『最初に言っておく。宇喜多一佐の子息は6人目では無く7人目だ。

 今朝、6人目の提督が誕生している。初期艦は睦月だ』

 

予想外の事実に言葉を失う。

呆然としている間に、更なる爆弾が落とされる。

 

『恩師の子供が提督になったのだ。気持ちは分かるから、連絡が遅れたことは不問にする。

 同時に君は、これ以上は何もするな。心配なのは分かるが、安心しろ。

 当面の対策として、新田原基地には、護衛に陸上自衛隊を周囲に配置するよう手配している』

 

連絡が遅くなったと言われ、思わず時計を見ると、葬儀会場を出て1時間近くが経過していた。

その間にやったことは、親子を新田原基地へ連れて来ただけ。他は無駄な時間を過ごしたのかと呆然とする。軍人としてあるまじき失態だ。

逆に、遅れて情報を入手しながら、すでに陸上自衛隊への手配を済ませ、護衛を配置した北条の手腕に感嘆する。

何もするな。その言葉が胸に刺さる。確かに自分が動いても、鷲一の件に関しては足手まといだろう。

 

「鷲一のこと、よろしくお願いします」

 

『任せろ。最善を尽くすつもりだ』

 

絞り出すように言った言葉に、何時もと変らぬ冷静な返事が返ってきた。

そして、自分の手から、あの子が離れてしまった事を自覚せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 



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横須賀にて

横須賀鎮守府の司令室で、北条は資料に目を通しながら秘書艦の大淀と一緒に頭を抱えていた。

新しい提督が誕生した。それ自体は喜ばしいのだが、選ばれた人物が問題だ。

日本で最初の提督である北条は、提督に選ばれた当時は海上自衛隊の二等海佐。他の4人の内、3人が陸海空から1人ずつ。残りの一人は大学院生だが、工学を専攻しており元々、兵器開発に興味を抱いていた人物だ。

5人とも艦娘の存在には戸惑ったが、本人も周囲も、今の地位に立つことを受け入れることが出来た。

だが、今回の2人は違う。改めて資料に目を通す。

 

武藤久志。年齢は20歳。職業はサラリーマンで職種は農業。

深海棲艦が現れたことで、社会は変換を迫られた。その最大のものと言われているのが、燃料と輸送費の高騰だ。

火力、原子力と発電所が海岸にあるエネルギーも問題だが、島国の日本は制海権の大半を深海棲艦に奪われているため、あらゆるものの輸送が困難になった。食糧も例に漏れず、これまで食糧を輸入に頼ってきた日本は瞬く間に食糧難に陥る。

それを打開すべく生まれたのが、農作物を始めとする食糧生産を、既存の農家や畜産業から、半企業へと移行させる事だった。

 

鉄道や電力会社のように、公的機関が設立を支援し、同時に密接に繋がった会社が誕生は、既存の生産者を排斥したが、食糧生産を上げることには成功した。

もちろん、この計画に反発する者は少なくなかったし、国も既存の生産者を企業で雇うように勧めたので、よほど頑固なものでない限りは、新しい職場で重要なポストに就いている。

同時に燃料の高騰は、機械化が進んでいる産業で、人力に変換する部分が出ており、深海棲艦が誕生する前なら間違ってもなりたくない職業が多数誕生している。

 

睦月に提督として選ばれた武藤が就職している会社も、その中の職業の1つだ。

会社の上司の指示で行う、泥に汚れ、力仕事でもある農作業は、社会にとって重要でありながら、決して恵まれた職場環境ではない。

そんな職業に就く理由は簡単だ。余程の使命感がある特殊な例を除けば、他の選択肢が無かっただけ。

世界中が困難な状況に陥っている中、国民の給与は減り、国からの支援が無ければ、子供を学校へと通わせることも難しい経済状況だ。

そして、国が奨学金などの支援をするのは、優秀な学力が必須で、かつてFランクと言われた大学は当然ながら、二流と言われるような大学さえ閉鎖されていった。

武藤はそれに漏れた人物だ。防衛大卒で最低の学歴となる現在の提督連中からしたら、明らかに異端だ。

 

「これといった経歴も趣味も無いのだが」

 

別に北条は学歴だけで、人を判断するような人物では無い。

むしろ、戦場で名を馳せた英雄は、学歴などとは無縁な者も多く、時には固定観念が邪魔にさえなることを嫌という程知っている。

だからこそ、武藤の存在は、北条にある種の期待さえ持たせた。

だが、武藤の経歴からは何も読み取る事は出来ないし、面談をした舞鶴鎮守府の一色提督も、自分の人物眼に自信を持てないと前置きした上で、凡庸な人物としか思えないと評価した。

 

だが逆に、特に悪い点も見当たらない、無理な期待を背負わせなければ大丈夫だろうという評価は救いだった。

変な期待をしていると気付かれたのだろう、一色は冷静に過度な期待を負わせることに反対した。

基本的に努力や勤勉は、苦手な人物のようであるし、精神的にも強くなさそうだ。

 

それでも、睦月との関係も良好で、多少は好色な毛がありそうだが、それは提督にとっては悪い点では無く、むしろ艦娘からしたら長所だろう。女性に囲まれる立場に憧れもありそうだから、その地位を守るための努力も期待できる。

それに、変な思想もないし、政治的には、現在の日本に良くも悪くも適応している。

何度かは、北条が自身で会う必要はあるだろうが、基本的に一色に任せておけば問題は無い。

変な期待をかけようとする自分が悪いのだ。期待を捨てきれはしないが、自重することくらいは出来る。

 

それよりも問題は、もう一人の人物だ。

宇喜多鷲一。年齢は11歳。職業は小学生。

武藤と異なり、軍とは全くの無縁ではない。父親は宇喜多大地。航空自衛隊に所属していたエースパイロット。

深海棲艦との戦争での活躍は凄まじく、北条が提督になる前、海上自衛隊で護衛艦の艦長をしていたころから、名前だけは知っている人物だ。

本人も将来の夢として同じ職業を望んでいる。

だが、あまりにも子供過ぎた。

 

「大潮か……自分の外見年齢に合わせたのかな? 正直に言わせてもらえば、逆の方が良かったな」

 

「そうですね。現状では初期艦で最強の艦種ですし」

 

大戦時の駆逐艦は、特型以前と以降で分けられると言っても過言ではない。

近海での水雷戦を想定して誕生した駆逐艦は、次第に外洋での走破性と戦闘能力を持ち始めた。

中でも特型は、外洋を巡る艦艇である巡洋艦の匹敵する走破性に、パワー、重量など、前級の睦月型より、旧式だが、巡洋艦である天龍型に近い。

その存在は世界に衝撃を与え、それまで軍縮条約に適応されていなかった駆逐艦も条約で縛られることにしてしまった存在。各国も以降は駆逐艦に外洋を走破する能力を当然のこととして与えるようになった革新的な艦艇。

 

睦月の睦月型は特型以前の駆逐艦であり、艦娘としての任務も近海での護衛と防衛だが、大潮の朝潮型は特型以降の駆逐艦で、決戦型駆逐艦である。

特型が条約に縛られ生産できなくなった後、より小型の駆逐艦として初春型と白露型が誕生した。

特に白露型は小型になり、馬力も一回り下がったとは言え、最新の武装を装備しているので、特型と比較すると甲乙つけがたい性能であるが、朝潮型は大雑把に言えば両者の良いとこどりである。

 

条約に縛られない特型を上回る大きさに、最新の武装を装備した戦闘駆逐艦。

何で艦娘だと特型より小さいんだと、ツッコミを入れた記憶も新しい。

北条が、それまで建造した駆逐艦は、初期艦の吹雪の姉妹艦でもある特型を中心に、睦月型と白露型だった。

素朴な感じの中学生である特型に、小柄な子供っぽい睦月型に、身長は特型より低いがプロポーションは上というのが白露型だ。

この流れなら、朝潮型は特型より少し身長が高くて、白露型並みのプロポーションだと想像するだろう。

だが、出て来たのは完全に見た目が小学生である。驚くなと言うのが無理というものだ。

 

だが、現状でそれは問題では無い。問題は、大潮の艦娘としての基本的な能力が、特型を、そして、睦月型を凌駕する点だ。

更に、今までの実績から、初期艦の姉妹艦ほど建造で出やすいという問題がある。

 

つまり、今後の予想としては、成人男性である武藤の下には睦月型が建造され、小学生男子である宇喜多の下に朝潮型が建造されるだろう。

即戦力になりやすい点で言えば、絶対に武藤の下に朝潮型を揃えたい。その方が早く戦力として計算できる。

いや、正確に言えば小学生が朝潮型(戦闘艦)を集めてどうするというのが本音だった。

 

「ですが、武藤提督は、これから学んでいく身ですし、最初が睦月型と言うのは悪くないと思います」

 

大淀の言葉に、確かにそうだと思い直す。

睦月型は、外洋での戦闘能力には期待できないが、国内で最重要任務は沿岸部での防衛だ。

逆に言えば、そこで戦う限り、朝潮型だろうが陽炎型だろうが決して引けを取らない。

特に防空能力が高い艦娘もいれば、静かに接近してくる厄介な潜水艦を倒すのに長けた艦娘もいる。

武藤にいきなり外洋での任務を言い渡すことは出来ないので、最初は沿岸部での任務だろう。

それに慣れてきた頃に、外洋での任務にも就いてもらうとして、その頃には他の艦娘も建造されているはずだ。

そう考えれば睦月型は、燃費が良く初心者である提督にとっては理想とも言える。

 

「やはり、問題はこっちか」

 

改めて資料を見ながら思案する。

現在、新田原基地で家族と一緒に軟禁状態になっている。

可哀想だとは思うが、彼は世界中から見て、最も高価な金の卵だ。

どんな手を使っても欲しいと思うものがいるだろう。

特に東アジアは日本以外、艦娘が無し、いても日本の1つの駆逐隊、つまり4人で殲滅できる程度の能力しかない。

これで、深海棲艦の侵攻を防ぎきれる筈も無く、通常戦力はとっくに壊滅して、国としての機能の大半をマヒさせている。

 

この状況を打開するには、日本の艦娘を生み出す提督の力は、何よりも魅力的だろう。

それを成すために、幼い少年を言葉巧みに戦わせるように仕向けることは当然、最悪本人を含めた家族を誘拐することで、脅迫してでも戦わせる事も考えられる。

実際に新田原基地の周辺には、それらしき人物が姿を見せているようだ。

 

「どちらにせよ、このまま宮崎に住まわせるわけにもいかないか」

 

新田原基地は、ハッキリと言えば田舎だ。その基地で勤務していた宇喜多大地の家族も、その周囲に住んでいる。

つまり、提督になった彼と家族のことは、周囲に知られてしまっている。

身の安全を守るためにも、早めに移動した方が良い。

そして、護衛対象は少ない人数の方が良い。家族に関しては、必要以上に警護すれば無理が生じる。

 

「家族とは引き離すしかないか」

 

「可哀想ですが、それが互いのためでしょう。母親はともかく、もっと幼い弟と妹がいますし」

 

妹は小学2年生で、弟に至っては幼稚園児だ。

兄が提督になった事も理解できないだろう。

母親には下の子供のためだと言って、長男を引き離すしかない。

いや、元より自衛官の妻だし、鍋島とも面識がある。すでに今の状況は察しているようだ。新田原基地から入る定時連絡では、子供の安全を優先するように言われているらしい。

心苦しいが彼女には頭を下げるしかない。

 

「彼は横須賀で預かるとして、家族の方は何処が良いと思う?」

 

北条は呉が適切だろうと思うが、大淀にも意見を求める。

 

「呉でしょう。佐世保は最大の戦力ですが、深海棲艦の侵攻を受けやすいので、周囲は何もありませんから、目が届きにくいです。その上、鍋島提督はあの家族のことになると平静さを失います。

 大湊は南部提督がいるので、護衛の面では最も頼りになりますし、適しているとも言えますが、宮崎から大湊へ移動は家族の方々の環境の変化が気になります。夏なら兎も角、12月の今から大湊は抵抗があるでしょう。ただでさえ夫を失い、子供と引き離される方の気持ちを考えるとどうかと思います。

 舞鶴は既に新人提督の受け入れで、一色提督に余裕がありません。何より“近すぎます”。佐世保もそうですが、距離がある方が奪われた後で取り返しやすい。

 その点、呉なら村上提督が頼りになるとは思えませんが、逆に頼りにならない分、周囲がしっかりとしています。彼の旗下の艦娘は当然、自衛隊との協力関係も築いているので、護衛に関しても周囲に悟られずに行えます」

 

意見が合致した。ならば、家族の方はそれで進めるとする。

そして、提督になった長男に関しては、少し冒険をしたくなった。

 

「吹雪を呼んでくれ」

 

自分を提督にした、もっとも信頼するパートナーを呼び出した。

 

 

 

 

 

 



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ミッション。母親になれ!

吹雪は、北条提督の呼び出しを受け、早足に歩を進めていた。

自分が呼ばれた理由は分からない。今の北条にとって、最も頭を悩ませているのは、新しく誕生した提督の存在だろうが、それに関して自分に何が出来るのかと疑問に思う。

 

初期艦として、北条と2人で作り上げた鎮守府は、最初に比べると本当に大きくなった。小さかった頃とは別の問題で悩むことが多くなったのだ。

そして業務は膨れ上がり、吹雪では処理能力が追い付かなくなってしまった。

他所の鎮守府もそうだが、巨大な鎮守府を運営するためには初期艦ではなく、処理能力に長けた大淀を秘書艦に替えている。

 

立場を追われた形になった吹雪だが、恨みには思っていないし、当然の処置だと思っている。

むしろ、ここまで鎮守府が大きくなったことに感慨深い想いも抱いていた。何と言っても、この鎮守府は北条との絆の結晶である。二人の子供みたいなものだ。一緒にいる時間は減ったが後悔はない。

ただ、それでも直々に呼び出されて任務を言い渡されると思うと嬉しくなってしまう。自然と足は早まった。

 

「吹雪です。お呼びでしょうか司令官」

 

提督室のドアをノックして声をかけると、即座に入室を促す返事が来た。

入室すると、北条は執務に使っている机では無く、その横にある食事を取る時に使用しているテーブルの椅子に座っており、向かいに座るように促される。

吹雪が着席すると、大淀がお茶を出してくれたので礼を言う。

 

「早速だが、例の子供、横須賀で預かる。だが、現状では任務は無理だろうと思う」

 

「同感です。提督の強い意志無くして、艦娘は力を発揮できません」

 

艦娘は提督の願いに敏感だ。

強さを求めればそうあろうとするし、それ以外でも叶えようとする。そして、提督と艦娘の絆が強いほど、その力を発揮する。

例として、純粋な力を求めた佐世保と大湊の提督の初期艦は叢雲と電だが、明らかに駆逐艦を超えた力を持っているし、まとめ役として苦心していた北条の初期艦である吹雪は、事務能力に長けるようになった。

今のまま、件の少年が提督になり、艦娘に指示を出したとしても、方向性が不安定になるだろう。

 

「おまけに、家族と引き離さざるをえん。こうなると情緒面でも不安だ」

 

家族と離れて暮らすしかない上に、学校に通わすには難しい事。

理由は簡単で、通学は誘拐の危険が多く、そうなると護衛を付ける必要があるが、それは特別な身分だと吹聴して回るようなものだ。同時に特殊な身の上は孤立を招きかねない。

特に学校では同じ年頃の子供と過ごすが、身分を隠し通せるかは疑問だし、イジメにあう可能性もある。

そうなったら最悪だ。未熟な精神に強力な武力を持った存在が起こす事態を想像するのは容易い。

 

「だから、彼の教育を君に任せたい」

 

「わ、私がですか?」

 

何故、自分がと思ってしまう。

教育だったら、教導艦姉妹(香取と鹿島)が適任だろうし、子供の相手なら駆逐艦より軽巡の方が面倒見が良い艦娘が多い。

駆逐艦の艦娘は、精神的に未熟と言うか、姉妹の面倒は見れても、子供の面倒は見たりしない。

だが、軽巡だったら駆逐艦(こども)の面倒を見ることが多いので、実際に子供受けがいいものが多い。

 

「彼は提督として、右も左も分からない状態だからね。おまけに側にいるのは大潮だ。初期艦だから他の大潮とは変わっているかもしれないが、秘書に向いているキャラではない。

 その点、私と一緒に鎮守府を作り上げた君なら、彼が困る事態は想像が付くだろう」

 

「ええと、彼の鎮守府作りをサポートするのが任務でしょうか?」

 

「いや、それも含まれるが、あくまで教育がメインだ。

 逆に言えば、教育に支障があってはいけないから、鎮守府の立ち上げは、戸惑うことなくスムーズに進めたい」

 

「なるほど、分かりました。ですが、教育といっても、私は経験がありませんし、何か方向性のようなものはありますか?」

 

「そうだな……」

 

北条は、少し躊躇した後、現状の説明を始める。

すでに、小学生が提督に選ばれたことは、世間に知れ渡っている。

マスコミは抑え込んでいる、というより信用が失墜しているので、民衆はマスコミに情報発信以外の機能を求めていない。

かつてのように、情報番組でコメンテイターが世論を誘導しようとしても、不可能になっている。

 

マスコミは深海棲艦との戦争が始まった初期には反戦キャンペーンをやり、艦娘の登場には軍国主義の化身と批判した。

だが、中国と韓国が助けを求めるようになると、一転して艦娘を助けに向かわせるように報道した。

特に後半は異常な言動が多く、ネット社会では当初から批判されていたが、ネットでの情報を見ない世代にまで流石におかしいと思う者が増えてきた。

そんな時、大手マスコミの経営陣が中国と韓国から情報を操作するように資金を受け取ったとして一斉逮捕される事件が発生する。

 

実際は、在日外国人が知人のマスコミに頼んだ程度の件が殆どだったのだが、流れが悪かった。

日本が被害にあっても、あれだけ艦娘を認めなかったコメンテイターが数名だが、見事な掌返しすぎたし、実際に戦争が起きたことで、日本社会はある意味で風通しが良くなってしまった。

日本社会では大声で言えない空気だった韓国や中国への批判をしやすくなったのだ。

特に戦争の被害にあった者は、未だに軍縮を叫んでいる政権や団体に不満を持ったし、彼等の主張が日本より外国に利するという現実は、ある種の説得力を持たせた。

ネット上ではかねてから噂されていたが、マスコミは在日が実権を握っているという話が世間に広まった。

 

艦娘の登場で激減したとはいえ、多くの者が経験した空襲の恐怖や、食糧難に娯楽の激減。これら溜まりに溜まったストレス。ここに至って、日本人が持つ排斥性に凶暴性が上乗せされた。

ある新聞記者がリンチに合い、マスコミのビルに放火される事件が起きた。そして親がマスコミの子供はイジメの対象になって自殺者まで出た。

マスコミ自体が日本の敵と認識され、手が出せない深海棲艦に代わる、手の届く敵になってしまったのだ。

 

更に当時を知る艦娘の長門から爆弾が投下される。

元々、凶暴性が増してきた日本人に冷静になるように呼び掛けるよう、政府の主導で艦娘にインタビューを行う形式だったのだが、あの戦争はマスコミが国民を煽ったために、政府は止めるに止められず始めた戦争だと、当時を振り返ったのである。

今も昔も変わらない。マスコミの主張は内容は変わったが、過激なものが多いから、国民は冷静に判断するように、長門は呼び掛けたのだが、言い換えればマスコミの言う通りにすれば破滅だぞ。である。

 

国民は暴動こそ行わなくなったが、信用が失墜したマスコミに対する世間の目は冷ややかだった。

マスコミが何を言っても耳を貸さない。そうなれば基本的に営利団体であるマスコミは金にならないコメンテイターが発言する情報番組を打ち切りにして、純粋な情報番組に変更した。

無機質であり、何の主張も行わないので、かえって世間では議論が活発し出した。

 

「新しい提督に関して、すでにハッキリと誘拐の危険があるので、保護下に置いている事は公表している。

 だが、世論を誘導する事は不可能だし、世間がどう思っているか掴みかねている」

 

困ったように口にする北条に、どう反応すれば分からなくて吹雪は戸惑う。

あの事件を主導し、現状へと導いたのは目の前に居る男なのだ。

長門に言い含め、世間の暴走を抑えつつも、敵対するマスコミを無力化し、在日特権を剝奪する下準備を整えた。

だが、ああしなければ、内乱が起きていた可能性も否定できないし、現状で税金は節約したい。

何より、今いる提督も、これからなる提督も、今より危険な状況になっている事は間違いの無い事だ。

 

「君はどう思う? 提督になった子供に何を求める?」

 

何を求めるか。

得た力を振るう事を求め、提督としての活躍を望むか。

自由を奪われた子供に同情して、子供らしい生活を望むのか。

 

「分かりません。難しいと思います。

 誰だってそうだと思います。提督になったのなら仕事をしてほしいと願うでしょうし、かと言って、拘束された状態は願わないでしょう」

 

いくら戦時中とは言え、子供に無理を強いるほど世間は冷たくないだろう。

だが、力を持ちながら遊ばせておくには余裕が無い。

 

「そうだ。正解は無い。どのようにしたところで不満は絶対に出るだろう。

 だから、自分の子供だと思って育てて欲しい」

 

「私の子供ですか?」

 

実感がわかない。

艦娘は子供を産むことは出来ないとされているし、実際に出産を経験した艦娘は存在しない。

人間の母親なら、自分の子供にどう育ってほしいと願うのだろうか。

 

「あの、司令官は何か希望はありますか? 例えば司令官が彼の父親だったら」

 

「そ、そうだな……希望を言えば、東郷元帥のような立派な人物になってほしいな」

 

「それは随分と高望みですね」

 

「あくまで希望だ」

 

落ち着いて考える。

子供の教育だ。良くも悪くも、かつて右も左も分からないまま鎮守府を作り上げた時とは違う。

失敗は取り返しが効かない。だが、今は頼れる仲間が大勢いる。

 

「あの、香取さんと鹿島さんに、協力をお願いしても良いでしょうか?」

 

「構わない。その二人に関わらず、必要だと思えば協力を要請しなさい」

 

「了解しました。早速、相談してみます」

 

ここで悩んでいるより、誰かと相談しながら悩んだ方が良い。

特に教導艦として、駆逐艦や海防艦を鍛え上げた二人なら、自分よりも良い案が出るだろう。

北条に敬礼すると、行動に移すべく部屋を出て教導艦姉妹の下へと向かう。

 

「母親代わりか」

 

途中の廊下で呟く。

荷が重いと思う反面、経験がない行為に興味が湧いてくる。

同時に胸が暖かくなる。

 

「あれ? そういえば……」

 

先程の会話を思い出す。

教育方針に関して、提督に自分が父親ならと聞いてしまった。

これでは、まるで提督と自分の子供ではないか。

二人の子供を育てる。その想像をして、顔を真っ赤にして固まってしまった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「あの、私は外していた方が良かったでしょうか?」

 

「いや。何の問題も無いが」

 

吹雪が出て行った後、大淀は揶揄うように提督に告げた。

北条は平静を装っているが、そうでないことは分かる。

提督が艦娘と関係を持つのは不自然では無い。

そうでない者は、艦娘に対して無機質なものを感じるのに、提督になった者は、間違い無く艦娘に対して欲情するのが証拠だと言える。

 

同時に、肉体関係に対して、積極的な艦娘もいれば、そうでない艦娘もいる。

前者の場合だと、あまりにも相手にされないと士気の低下を招くので、おりを見て抱いた方が良い。

むろん、提督の好みもあるで全員を抱くことは無いが、艦娘の精神的ケアの最も簡単な方法を取らないという選択肢は無いだろう。

 

まして、北条は合理的な判断を優先するので、抱くとしたら自分の好みより、積極的な艦娘を優先させる。

そして、吹雪は北条にとって、特別でありながら、積極的では無い艦娘だ。

表には出さないが、苦楽を共にした吹雪を想う気持ちは強い。それは大淀を始め、多くの艦娘が周知している事実だ。

最近は抱いていないはずだが、そんな相手に二人の子供を連想させるようなことを言われて平静でいられるはずが無い。

 

「少し、明るくなりそうですね」

 

そんな事を連想させる子供が来るのだ。

多少の嫉妬はあるだろうが、歓迎されるだろう。

この先行きの見えない戦争の中でも、明るい話題があれば立ち向かえる。

そう思わずにはいられなかった。

 

 



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あどみらる・め~か~

吹雪は平静さを取り戻すと、教導艦姉妹に会い、今回の事を説明した。

預かる子供の教育方針や内容、どのように進めていくか、課題は山という程ある。

 

「なるほど、これは難しいですね。単に戦闘技術を教えるだけでは無いですし」

 

香取が難しい顔をして呟く。

彼女をしても、人間の子供を育てることに、困難さを感じているようだ。

 

「それにしても、東郷元帥ですか。随分と無茶振りでは?」

 

「まあ、そこは理想論と言うか、あくまで希望ですから」

 

「そうですね。そもそも、あの方は叩き上げです。教育で育てられた訳では無いので、再現は不可能でしょう」

 

アドミラルトーゴーで世界中に知られる東郷平八郎は、幕末の薩摩藩士として産まれ、薩英戦争で初陣を経験し、榎本武明の新政府軍との戦争で起きた宮古湾の戦いを始めとする海戦にも参加している。

その後、海外留学で学んだが、実戦を経験した後で学ぶ者と、そうでない者とでは明確な差が出る。

その点が、見栄や保身と言った官僚臭の漂う第二次世界大戦時の首脳陣との、最大の差だろう。

 

「しかし、こうも指針が無ければ、どう進めば良いか分かりませんね」

 

道しるべが無い大海を進めと言っているようなものだ。

下手に進んでも遭難するだけだろう。

 

「私達の知識では、第二次世界大戦を指導した司令部への教育内容になりますからね」

 

「それは司令官が最も嫌うものですよ」

 

現在の自衛隊にも通じるが、精神教育を重視するあまり、戦略・作戦・戦術の研究レベルが低すぎる。

そのため、他国に比べても、兵士は優秀だし、尉官クラスまでの現場の指揮官も悪くない。

だが、佐官クラスからは怪しくなり、将官クラスになると、明らかに他国に見劣りする。

 

「でも、逆に言えば、理想を追い求めて良いんだよね?」

 

重くなりかけた空気を変えたのは、何処かウキウキとした様子の鹿島だった。

 

「何か名案でもあるんですか?」

 

「うん。艦娘(わたしたち)の理想で育てれば良いんじゃないかな?」

 

何を言っているんだと、呆然としながら鹿島の様子を見る。

何を想像しているのか、実に楽しそうだ。

 

「理想と言いますが、それが分からないから苦労しているのですが」

 

「でも、我々が意見を出し合えば……いえ、それを成すのが難しいのでしょう」

 

香取が何か言いかけて、即座に否定する。

要するに艦娘の理想と言っても、一言で言えば優秀な提督だ。

戦略眼や戦術眼に優れ、更に贅沢を言えば、艦娘にとって異性として魅力的な男性。

それは分かるが、どうすればそう育つかは未知数だ。

 

「そうじゃなくて、理想“に”でなく、理想“で”」

 

「え~と……」

 

「私、思うんだよね。提督さんと一緒に勉強出来たら楽しいだろうなって。他に色んな事を経験したり」

 

それは思うが、北条は大人だから……

 

「あれ? 言われてみれば、この子って、艦娘(わたしたち)より、年下?」

 

「その通り♪ おまけに小学5年生だよね。今は12月だから、あと3か月と少しで6年生。更に言えば初期艦は大潮ちゃんだから、最初に出来るのは朝潮型の子達だよね。

 もう、出来過ぎだと思うな♪」

 

「なるほど。確かに今までの実績から、初期艦の姉妹艦は建造で最初に生まれやすい。

 そして、3か月もあれば朝潮型は、大半が建造されそうですね。

 提督と朝潮型が一緒に、小学生生活ですか」

 

「そう。更にその一年があれば、残りの駆逐艦も。中学になったら、朝潮型から別の型にすれば」

 

「面白いですね。艦娘の強さは、固有の能力だけでなく、提督との絆が重視されます。

 それには、提督に艦娘を一人一人知っていただくことが肝要」

 

「おまけに、提督さんを見ていると、同期の人達とは交流があるじゃないですか。

 あれって、羨ましいですよね」

 

北条は防衛大を卒業しているが、苦楽を共にした学友との交流は続いている。

これは、北条だけでなく、他の提督や自衛官を見ていると全員がそうだ。

それに吹雪自身が、最初の苦労を共にしたため、提督とは強い絆を築いている。

逆に、後から建造された艦娘、特に駆逐艦は数が多いため、提督との交流は最低限になってしまう。

艦娘も、自分の事をよく理解してくれない提督では、その能力を発揮しきれはしない。

 

「でも、学校と言っても…」

 

言いかけた言葉は、鹿島が指さす方向を見て、続ける必要は無くなった。

防衛大学、正確には防衛大跡地にある講堂。

 

「そうか。ここって、元は学校か」

 

「うん。提督さんの母校、防衛大学。今は引っ越した後だから、横須賀鎮守府が貰えたけど、施設に関しては残されたままってのが多いから」

 

深海棲艦が誕生して、海岸線の施設は全てが危険地帯になった。

中でも、外洋に近い施設は危険度が高い。

ここ横須賀鎮守府、かつての防衛大学は東京湾の入り口で、横須賀基地で知られる米軍の施設や自衛隊の施設よりも外洋に近く、深海棲艦の急襲を受けやすい立地だ。

防衛大で学んでいる学生は、未来の指導者ではあっても、現役の戦力では無いので、引っ越しを余儀なくされた。

 

その跡地は海上自衛隊が管理していたが、度重なる深海棲艦との戦闘で、隊員と保有艦艇は減少し、むしろ最初から所有していた施設さえ持て余すようになった。

そこで、新鋭の戦力である艦娘を擁する北条が、古巣の、当時は古巣と言う自覚も無しに、上層部に跡地を預からせてくれと頼みこみ、防衛相も東京湾の入り口に、強力な戦力が出来るならと許可を降ろしたため、ここは横須賀鎮守府として立ち上がった。

 

だが、在校生約2000人と言う大所帯が寮生活をする上に、各種訓練施設や運動施設がある場所は広大で、十分の一という数の艦娘が生活するには広すぎた。

中でも講堂などは、手付かずの代表と言っても良い。

 

「まあ、疎開済みの小学校は有ったけど、建物はやられちゃっているし」

 

更に北の海岸には、小さいながらも漁や釣り関係の店が並んでいたが、そんな商売が成り立つような状況では無く、生き残っていた人も内地へと移動している。

それならと、工廠の建造のために、海岸にあった土地も鎮守府のものとなったので、無駄に広い鎮守府となっていた。

多少は痛んでいるし、横須賀の艦娘との線引きは必要になるので、ある程度は工事も必要になるが、そこは妖精さんにお願いすれば何とかなるだろう。

 

「面白そうですね。ですが、ここで学校をするとなると、教師は…」

 

「ハイ! 私がやる!」

 

勢いよく鹿島が手を挙げる。最初からそのつもりだったのだろう。

だが、吹雪の外見では、無理があるので反対はしない。その点、鹿島なら若く見える新任教師でも通じるだろう。

 

「では、鹿島さんを教師に学生生活を始めるとして、指導方針は?」

 

「そこは任せて。時間割とかも先生の仕事だから。ウフフ、楽しい学校を作るぞ~」

 

「なるほどなるほど。鹿島が楽しいとくれば、私は苦しい担当ですね」

 

「え? 香取さん、何を言って…」

 

「先程も言っていたように、強い絆を育むには苦楽を共にする事です。

 楽しみを共有するだけでは不足。共に立ち向かう試練が必要になります。

 そうですね、素敵なイベントを用意いたしましょう」

 

「あ、あの、盛り上がっているところ悪いのですが、司令官に許可を取ってからでないと」

 

「そうですね。鹿島、急いで計画書を作成しましょうか」

 

「了解。そういえば、この子の学力って……凄い」

 

「ほほう。これはこれは」

 

宇喜多鷲一の成績表を見て、二人が驚きの声を上げる。

無理もない。公立の小学生のテストとは言え、ほぼ満点の上に、運動神経も良い。

 

「将来の夢が戦闘機のパイロットですから、それを目指して頑張って来たようです。

 私達の頃と違って、今のパイロットって士官だけがなれる職種で、体力があって学業も優秀でないと就けない職種だから、この子は勉強もスポーツも得意みたいです」

 

戦闘機のパイロットへの道は実に狭き門だ。

防衛大学を基準とする大学に進学する学力と、音速を超える機体が発するGに耐える体力。

そして、それだけではない様々なテストを乗り越えた者だけがなれる、努力だけでも才能だけでもなれないのが現在の戦闘機パイロットである。

 

「いえ、大事なのは単なる夢では無く、実現に必要な事を聞いて、目指していることです。

 流石は、あの方の御子息と言ったところでしょうか。これは、評価を改める必要がありそうですね」

 

香取が言うあの方の御子息という言葉に緊張感を抱く。

香取だけではない、多くの艦娘や、米軍のパイロットの間でも知られている人物。

 

「下手な教育をすれば、多方面に敵を作りそうですね」

 

「佐世保の提督と旗下の艦娘を筆頭に、米軍にまで何と言われるか」

 

「米軍にもいますよ。パイロット上がりの提督が」

 

「それは大変。これは少し手厳しく行くべきのようですね」

 

「うんうん。間違っても提督になるのは、簡単だったなんて言わないようにしないとね」

 

「その通り。では、計画書を作りますよ」

 

妖しい笑みを浮かべながら作業に没頭する2人を見ながら、吹雪はお手柔らかにというタイミングを見失ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「潰す気かね?」

 

計画書を見ながら、北条が漏らした第一声がそれだった。

おそらく率直な感想なのだろう。

 

「いえ、当面は様子を見ながら、随時修正していきます。

 年度が変わる4月までは、私が家庭教師をしますし、そこで無理と判断したら計画は中止します。

 また、精神面でのケアは、当然ながら最優先で行う予定です」

 

「なるほど、だが、確かに計画自体は良いかもしれない。

 実際に、これを見ると、最初に大潮が現れたのは、このためだったと思えてくる」

 

北条は、もう1人の提督が睦月だったので、逆が良かったという感想を漏らしたそうだ。

だが、大淀に言われて、武藤には睦月が適役だという結論に達した。

大潮には、納得がいっていなかったが、艦娘と学友になって成長するという企画を考えれば、正に大潮は適任だ。

 

「では、彼の鎮守府用として、建造用ドックの作成を始めよう。

 これは、小型で良いか」

 

「むしろ小型が望ましいです。

 現状では戦艦は当然ながら、重巡の艦娘がいても困るくらいですから」

 

「良いだろう。施設の建造は引き受けよう。この計画を進めてくれ」

 

「了解です」

 

 

 



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見知らぬ地へと

何度目かの車の乗り換えをした。

同じ車両に乗り続けないのは、襲撃の危険から守るためらしい。

高速道路を走り続けているが、燃料の高騰の影響からか、他の車はほとんど見かけない。

だが、厳重な警戒は続いており、休憩に入るパーキングエリアは全て封鎖されており、自衛隊以外の車両が入らないようにしている。

 

関門橋を超えて、山陽自動車道を通ったが、その途中で、家族とは別れた。呉に向かうらしい。

鷲一が向かう先は横須賀なので、その時点では、まだ半分にも達していない。夜を徹して進むので道中居眠りをしたが、疲労がたまっていく。

1トン半トラックに乗るのは初めてだが、想像以上に乗り心地が悪い。

如何にも自衛隊の車と言った風情の車両は、シートは固く、長時間座っていると、尻が痛くなる。

疲れてはいるが、今は身体を動かしたかった。

 

「平気か? もう少しで到着だが」

 

「大丈夫です。むしろ良い経験でした」

 

心配してくれる陸上自衛隊の隊員に笑顔で答える。

辛いのは辛いが、良い経験だというのは、世辞ではなく本音だった。

航空とはいえ、自衛隊に憧れる少年としては、1トン半トラックでの移動は、経験したい事の一つだった。

出来れば、隊員が並んでいる中で座ってみたかったが、横になって休めるように配慮をしてくれたので、広い空間には、鷲一の他には大潮と2名の隊員がいるだけだ。

 

「司令官、司令官」

 

大潮が、幌の隙間から外を眺めながら声をかけて来る。

また、何かを発見したのだろう。発見と言っても1km以上もある長いトンネルや、高いビルなどで、今の時代では珍しいものでは無い。

だが、大潮にとっては、ある種のカルチャーショックの連続で、ずっと興奮していた。

この大潮の反応のお蔭で、新田原基地のある宮崎から、横須賀鎮守府のある神奈川県までの車両での移動に耐えていられる。

 

いや、移動だけではないのだろう。

葬儀の時に感じていた不安や喪失感。あれが耐えられなかったのだ。

父は留守がちだったとはいえ、間違いなく家族の中心だった。

父が帰るのに合わせて、家族でスケジュールを組んでいたのだ。

 

その父が二度と帰らない。だったら家族がどうなっていくか、不安で仕方が無かった。

どう考えても明るい未来が思い浮かばない。優しかった母が変わるかもしれない。

その恐怖に比べたら、家族と離れて提督になる事への不安など、どうという事もなかった。

鍋島を知っているということはあるが、それが無くても躊躇うことなく踏み出していただろう。

 

恐怖から逃げ出した先が、提督と言う道。

そう考えると罪悪感があるが、後には引けない。

やがて、車両が大きく曲がり始めた。高速道路を降りたようだ。

大潮と並んで外を見ると、都会ではあるが空襲の爪痕が散見された。

 

「空襲を受けたんですか?」

 

「ああ、この辺りは酷かったな。前は東京湾の中にまで入り込まれたからな」

 

「今は大丈夫なんですか?」

 

生々しい廃墟が見える。情けないと思いながらも、前と言う言葉に縋ってしまった。

自分がこうも臆病だとは思ってもみなかった。

 

「ああ。横須賀鎮守府が出来たから、今は平気だ。安心して良い」

 

これから向かう先の名前が出て安心する。

テレビでも見たことがあるが、艦娘を擁する鎮守府の存在は、誰にとっても安心をもたらす存在になっていた。

どんなところか、期待と不安があるが、期待がある分だけマシだろう。

 

大潮と外を見ながら進んでいる内に、見る見る暗くなってきた。

もう夕方のようだ。到着は5時前の予定だったが、少し遅れていると思った。

 

「遅くなりそうなんですか?」

 

「いや、現在は16時40分(イチロクヨンマル)。あと10分ほどで到着するから予定通りだ」

 

「まだ、そんな時間? 外は暗いですけど」

 

「ん? 普通だと思うが……ああ、そうか」

 

話がかみ合わないので首を傾げていたら、自衛隊の隊員は納得したように頷いた。

 

「関東は日の出と日没が、九州より早いんだよ。ざっと一時間ほどの差がある。

 そっちだと、17時くらいまでは暗くならないが、朝は7時くらいまで暗いだろ?」

 

「はい。こっちは違うんですか?」

 

「ああ、6時には明るくなる。サラリーマンからしたら、起きたら明るいし、帰る時間は暗くなっている」

 

まさか同じ日本で、日の出と日没の時間に、そんな差があるとは思わなかった。

改めて、遠い場所に来たのだと実感する。

 

「俺、方言とか大丈夫ですかね?」

 

両親は九州の出身ではないし、友人の方言が気になるくらいだった。

だが、自分では標準語を使っているつもりでも、実際は違って何を言っているか分からないなんてことは無いだろうか。

 

「いや、敬語を使っているせいもあるだろうけど、癖は無さそうだ。

 それに、少しくらい方言があっても、気にする必要は無い。確か、艦娘にも方言を使っている娘がいたはずだ」

 

「そうなんですか? 気を付けた方が良い事とかないですか?

 日本では普通でも、海外だと変に思われることがあるって聞いたことがあります」

 

「いや、海外では無いんだから、そう気にするな」

 

笑われてしまったが、問題は無さそうなので安心する。

すると、もう一人の隊員が、何かを思い出したように、アドバイスをくれる。

 

「方言は愛嬌の一種だから気にしないで良いよ。

 ただ、物を片付ける時に『直す』って言い方は勘違いされるかな」

 

「この辺は言わないんですか?」

 

「ああ、九州と言うより、西の方では普通に使うし、標準語だと思っていたが、前に掃除道具を片付ける時に、『これ直しておきます』って言ったら、『何処が壊れたんだ』って、返って来たよ」

 

その隊員は福岡の出身だそうだ。その時は、お互いに話が嚙み合わずにポカンとしたそうだ。

だが、そんな間違いも、結局は笑い話になるだけだから、積極的に間違っていけと言ってくれた。

間違わなければ、正しい事も分からないそうだ。確かにそう考えると気が楽になる。

 

「到着したな」

 

雑談をしている間に、目的地である横須賀鎮守府に到着した。

停車した1トン半トラックから降りると、前後を挟んで移動していた車両からも隊員が降りており、周囲を警戒しているようだ。

そんな中に、セーラー服を着た中学生くらいの少女が近付いてきた。

屈強な男性を前にしても怯むことなく、毅然とした態度で、ここまで同行してくれた隊員に敬礼をする。

 

「駆逐艦吹雪です。彼を送って下さり、ありがとうございました」

 

「任務ですのでお気になさらず。この子のこと、よろしくお願いします」

 

「了解です。責任を持って預からせていただきます」

 

少し驚いた顔をした後、柔らかい笑みを浮かべて返答する。

髪の色といい、鷲一が知っている大潮や叢雲と違い、典型的な日本人に見える容姿だが、他の人にはどう見えているのか少しだけ気になった。

そんな彼女が、こちらに近付くと柔らかい笑みを浮かべる。

 

「宇喜多鷲一君だね。私の名は吹雪。これからの生活で分らない事や困ったことがあれば、何でも言ってね」

 

「宇喜多鷲一です。よろしくお願いします」

 

「大潮です!」

 

挨拶を交わした後、送ってくれた陸自の隊員に礼を言いながら頭を下げる。

そのまま、吹雪に促されて施設の奥へと進んだ。

そして、道中行き先を告げられる。

 

「じゃあ、まずは司令官に、ここ横須賀鎮守府の提督に会ってもらうね」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「明るい少年で助かりましたね」

 

「そうだな。泣く子供を引きずる覚悟もしていたんだが」

 

護送任務を終えた陸自の隊員は、帰路につきながら安堵の言葉を漏らしていた。

任務を受けた時は、小学生の子供を家族から引き離すような仕事内容に、憂鬱な気分だったが、実際に接してみると、そんな暗い雰囲気は無く、平然とした様子だった。

むしろ、途中で立ち寄ったパーキングでは、もう直ぐ会えなくなる母親よりも、家族と別れる原因である艦娘と親しく話していた。

道中でも、終始仲が良く、戸惑いさえ覚えたほどだ。

 

「でも、やはり複雑ですよね。最後に言葉をかけようと思ってたんですが、どう言えばいいか分かりませんでした」

 

「俺もそうだよ」

 

あの少年への想い。『立派な提督になってくれ』『子供らしく楽しい生活をしてくれ』どちらも本心だ。

だが、それは相反する願いだった。

口にする事は許されないと思った。

ただ、楽しそうにしている幼い提督と艦娘のコンビが、これからも笑顔でいられることを願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「私が北条だ。何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってくれ」

 

「宇喜多です。お世話になります」

 

柔らかい笑顔で挨拶をしてくれた北条は、父の大地より落ち着いた雰囲気だが、同じくらいの年齢だろう。

鍋島よりも、提督と言う言葉の雰囲気に合っていると思えた。

だが、雰囲気は違っても、父や鍋島と言った親しい大人と、何処か同じ感じがする。

緊張よりも安らぎを感じてた。

 

「夕食は19時からになる。食事は一緒にとろう。その後、入浴が20時。

 それまで時間があるから、吹雪に軽く施設の案内をしてもらうと良い。質問があれば吹雪に何でも聞いてくれ」

 

「分かりました」

 

そう言って、提督室を出ると、吹雪の後について行く。

 

「じゃあ、生活する部屋のあるところへ案内するね。

 全体の案内は、外が明るくなってからした方が良いから、明日にするとして、今日はゆっくりした方が良いと思うけど、何か質問とか希望はあるかな」

 

「お風呂は近いんですか?」

 

燃料代の高騰は、入浴にも影響している。

庶民にとって毎日の入浴は贅沢になったと言って良い。

汗をかく仕事の場合は、会社側が入浴施設を設置し、汚れを落として帰宅し、家庭では風呂を炊くことはしないで、一日間隔くらいで銭湯へと向かうのが庶民の基本的な生活だ。

 

「ここは、軍施設と言って良いからね。施設内にお風呂はあるし、毎日入ることが出来るよ」

 

それは良い環境だった。

その分、身体を動かすことも多いかも知れないが、運動は苦手ではない。

むしろ、今はそれを求めていた。

 

「ここって、運動できる場所はありますか?」

 

 



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新生活

体育館にボールの弾む音が響いていた。

鷲一が運動を望んだので、体育館に案内をしたのだが、バスケットボールが趣味だったのか、器用にドリブルとシュートを決めている。

途中からは、大潮にルールを教えながら二人でやっているが、艦娘である大潮の身体能力は凄まじく、パワーもスピードも鷲一を圧倒している。

だが、その大潮に技術で対抗しているのだから、相当なものだと感心しながら吹雪は見ていた。

 

「あの子が、新しい提督か?」

 

その声に振り向くと、長身の女性が立っていた。

 

「長門さん、到着したんですね?」

 

「ああ、先程な。提督には入れ違いだと言われた。

 残念だったな。出来れば目の前で見たかったが」

 

「ダメですよ。可能な限り接触禁止だと、司令官から通達が出てるんですから」

 

「分かっている。理由も納得している。まあ、だから不慮の事態を装って、近くで見る機会を失したことを、残念に思ったのだがな」

 

北条は、横須賀に所属している艦娘には、吹雪と鹿島以外は、極力接触禁止の通達を出している。

理由は、艦娘に妙な先入観を持たせない事。

マイナスイメージは当然のことで、逆に変に好意を持ってしまったら、自分が建造する艦娘との関係に、悪い影響を与えかねないからだ。

吹雪と鹿島は諦めるしか無いが、この先、実際に鷲一が、建造で吹雪を作った場合に、これまで接してきた自分と、新しい吹雪との差に、戸惑いを覚えるだろう。

 

仮に自分が嫌われてしまったら、その延長で嫌う可能性が高いし、逆に好意を持たれたら、その違いに不満を覚えるかもしれない。

この世界で活動して5年になるのだ。最初の頃とは考え方も変わってきているし、良くも悪くも擦れている。

それに、吹雪にとって鷲一は世話をする子供で、好意の対象ではない。ある意味、母親代わりなのだ。

そこに初々しい生真面目な吹雪が現れて好意を向けてくる。どんな反応をするのか楽しみでもあった。

 

「悪い顔をしているぞ」

 

「ええ、我ながら変わったと思います」

 

そのやりとりで、長門も、何を考えていたか想像が付いたようだ。苦笑を漏らす。

 

「昔の初々しい貴様を見たら、笑うかもしれんな」

 

「かなり不本意ですが、否定できないのが遺憾であります」

 

お道化ながら、変化を肯定し、気になっていた事を質問する。

 

「大島の状況は?」

 

「変わらんな。定期的な攻撃を迎撃しているだけだ。いっそ、こちらから攻めたいが、それも厳しいしな。

 まあ、しばらくの間、私が抜けても問題は無い。金剛が代われと騒がしかったくらいだ」

 

「相変わらずですね。まあ、今回の提督の同行者に、金剛さんは却下でしょう」

 

「ああ。武藤と言ったか、6人目の提督だったら、むしろ適任だったのだろうがな」

 

「そうですね。でも、8人目は女性ですから、金剛さんを連れた提督を見たら、変な目で見られかねます」

 

鷲一の横須賀での受け入れが決まった後、静岡で8人目の提督が発見された。

初期艦は時雨。高校生で、しかも女性だった。

6人目の武藤は、新潟出身だったので、舞鶴の一色が請け負ってくれたが、今回は静岡なので北条が動く他ない。

そこで、艦娘を一人護衛に連れて行くことにしたのだが、長門が選ばれた。

理由は女性受けを狙っての事だ。新しい提督になった少女は、真面目なタイプのようで、凛々しい長門であれば、提督業に真剣な想いで受け止めてくれると期待している。

これが金剛だと、世間の悪評の一つである、女性を侍らせた連中という状況を、前面に出してしまうだろう。

丸っきりウソでは無いし、武藤のように、その状況を羨ましいと思える男性なら、自分もこうなれると、金剛を連れて行くのはアリだと言えるが、今回は女子高生である。

某潜水艦よりマシだとは言え、真面目そうな中年に、スキンシップを求める20歳前後にしか見えない女性。そののコンビに面接を受ける女子高生という、非常にシュールな光景が繰り広げられると思うと、金剛には自重してもらうしかない。

 

「それにしても、仲が良いな。安心した」

 

鷲一と大潮を見ながら、長門が安堵の声を漏らす。

鷲一は大潮の身体能力に驚きながらも、それを楽しんでいるし、大潮も自分を翻弄する司令官を喜んでいるようだ。

 

「そうですね。陸自の方も、好感を抱いているようでした」

 

別れ際に逝った言葉は、力がこもっていた。

単に提督として鍛えろでもなく、子供としての幸せを尊重しろでもない。

短い間とは言え、一個の人間として見て複雑な思いを抱いているのは明らかだった。

 

「そうか、しかし……」

 

長門が続きを言い淀む。

何を言いたいのかは察したが、続きを拾いたいとも思えなかった。

やがて、意を決したかのように、続きを言い始める。

 

「……お前が変わったように、大潮も変わる。

 今は分からないだろうが、やがて知るだろう。そして、今の時代の常識や倫理観に染まっていく。

 そうなった時に、奴は自分の選択を後悔しないだろうか」

 

自分が提督にしてしまった。大潮がそんな想いを抱く可能性は、十分にある。

その時に、鷲一がどう思っているのか、今は楽しそうに見える二人が、どんな未来を歩むのか。

少しでも良くしたい。そう思いながらも、自分にはどうにも出来ない事だとも思う。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

食事は、魚だけでなく、イカの刺身がある豪勢なものだった。

毎日ではないそうだが、海が目の前だから魚は手に入りやすいらしい。

深海棲艦の攻撃さえなければ、海は前よりも豊かだと言えるが、普通の人からすれば、魚を取るのも命懸けだ。

しかし、ここは深海棲艦に怯えることが無い艦娘の本拠地。昨今の食事事情からすれば、かなりの高環境だと言える。

鷲一は、豪勢な食事に満足し、入浴することになったのだが、そこで問題が発生した。

 

「背中をながしま~す」

 

混浴だった。正確に言えば鎮守府というのは、基本的に女所帯で、男性は提督だけ。

提督専用の風呂でも作らない限り、女性風呂に提督が入れてもらうというのが実情らしい。

北条や他の提督に関して聞いてみたら、お風呂に必要な、水と燃料のコストの説明が始まった。

簡単に言えば、そんな贅沢すぎること出来るわけがないである。

更に時間をずらしたら、それだけ燃料を必要とするので、一緒に入るのが望ましいそうだ。

 

幸いと言っては何だが、入浴施設は横須賀鎮守府の者が使う施設とは分けられていて、一緒に入るのは大潮だけで良かった。

銭湯並みに大きな風呂を二人だけで使う事に、先程聞いたコストの事を考えると、後ろめたさもあるが、今後は増えていく予定らしいので、慣れる必要がある。

そのため、大潮なら、女性らしさが少ないので大丈夫だろうと、失礼な事を考えていたのだが、自分の見積もりの甘さを、直ぐに後悔することになった。

 

「ポカポカしますぅ~」

 

大潮は胸は平坦で、女性らしさは確かに無かった。実際に身体のラインは、股間に目を向けなければ、少年と変わりがないのだが、問題は髪の毛だった。

普段の両サイドで結った髪形より、自然に降ろしたセミロングの方が女性らしさが増している。

青みのある髪の毛は神秘的な雰囲気で、活発さが薄まった分、何処となく品の良さを感じていた。

 

おまけに、これで終わりではない。

提督と言う仕事は、少年にとって想像以上に困難な仕事なのかもしれないと痛感し始めていた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん、苦戦してるねぇ。でもでも、大潮ちゃんは、四天王最弱。

 この先の刺客の攻撃に耐えられるかにゃぁ~」

 

「え? 四天王ってなに? 何の戦いが始まるの?」

 

モニターを見ながら、不穏な事を言っている睦月に、吹雪は呆れた様に聞いてみる。

どうせ、碌な事では無いと思うが、一応の確認はしておく。

 

「いや、だって、これから正統派に、意地っ張りに、お色気担当が来るにゃし。

 男の子的には、大潮ちゃん以上の強敵ぃ」

 

八駆の事らしい。

納得しかけたが、モニターを観察していた、もう一人の人物が、まるで評論家のように否定する。

 

「いえ、その認識は甘いわ。あの子の動揺は裸体を見た時より、髪の毛を解いた時にピークに達している」

 

「お~、解説の如月先生。あの子って、まさか髪の毛フェチ?」

 

「流石にあの年齢では、そこまでの上級者ではないと思うわ。

 理由はシンプルに、ギャップ萌え。髪の毛を解いたことで、大潮ちゃんの認識が、女の子から女へと変わった」

 

「なに言ってるのかな?

 ところで、二人とも何してるの?」

 

そもそも、勝手に監視モニターを見ながら、何を言ってるのかと問い詰めたくなる。

問題が起こらないように、仮に起きたら直ぐに対処が出来るように、監視カメラを設置して、行動を監視している。

しかし、吹雪以外の艦娘が見ることを、禁止しているわけでは無いが、監視モニターの設置は当然ながら、鷲一には内緒だ。

プライバシーの侵害だと言われれば否定は出来ないし、出来れば見ている者は増やしたくはない。

 

「え? だってヒマだし」

 

「面白そうだったので、つい~」

 

よし、追い出そう。そう思ったが、ドアが開いて良い匂いがしてきた。

 

「干し芋を持ってきたよ。それで、どうなった?」

 

「お茶もあるよ~。それでそれで」

 

お茶とお茶菓子をセットで、今度は皐月と文月が入ってきた。

どうやら、新しい提督は、彼女たちの娯楽対象になったようだ。

それに4対1。少し手強いが、黙って見過ごすわけにはいかない。

 

「あのね、吹雪ちゃん。一人で教育も監視もしようなんて無理よ。

 香取さんと鹿島さんはプライベートまで手が回らないだろうし、普段の行動くらいは、他の娘に頼らないと手が回らないと思うけどなぁ」

 

如月が優しく声をかけて来る。

心配するように表情に、彼女の言葉が正論だと認めざるを得ない。

だが、問題は鹿島考案の『理想の提督と艦娘の日常』を周囲が見る事である。

 

「それで吹雪、お風呂上がるみたいだけど、後は寝るだけ?」

 

「うん。後は寝るだけ……一緒の布団で」

 

「「「へ?」」」

 

「うん。言いたい事は分かるよ。私も流石にどうかと思ったし。

 でも、止められなかった。護衛として少しでも側にいた方が良いとか言われて」

 

現状は大潮だけだが、今後は交代でその任務に就くという名目で、艦娘が寝食を共にする。

どう考えても鹿島の願望だと思うが、自分の願望でもあると言われたら否定できない。

 

「さ、流石鹿島先生! ナイスアイディア!」

 

「う、羨ましいかも」

 

「ねえねえ、ウチもやろうよ」

 

好評だった。如月以外も、こんなに欲望に忠実だったかと疑問に思うが、艦娘が提督に抱く気持ちとしては間違っていないのかもしれない。

同時に、新しい提督の日常は、横須賀鎮守府に在籍する艦娘の、娯楽対象になる。それを止めるのは無理だと諦めるしかなかった。

 

 

 



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案内

東京湾から相模湾周辺の地理が得意でないのなら、グーグルマップで伊豆大島の位置を確認することをお勧めします。
作中に出てくる場所の地図を見ると、日本のヤバさが伝わると思います。



目が覚めると隣に女の子が寝ていれば、一気に覚醒する。

普段でも寝起きは良い方だが、今日のそれは、良いと言えるのだろうかと疑問に思った。

改めて大潮の寝顔を見る。これで、寝相が悪くて、大口でも開いてくれていれば、微笑ましく思えるだろうが、幸か不幸か、大人しくスヤスヤと寝息を立てている大潮は、可愛らしい少女だと再認識するだけだった。

 

だが、昨夜は眠れないかと心配していたが、そんなことも無く、熟睡から目覚めた朝は快適だった。

外が明るかったので、普段より遅い目覚めだと思ったが、時計を見ると6時。

戸惑ったが、昨日、陸自の人に聞いた話を思い出す。

 

「本当に明るい」

 

一昨日までなら、この明るさは7時くらいだ。

とっくに通学の準備を始めている時間だった。

しかし、それでも寝すぎたと思う。普段は6時前には起きていた。

父の教育で、6時の起床に身体が適応するようにしていたし、そもそも、軍関係(こういうところ)なら、6時起床が普通では無いのかと思う。

 

布団から出て、着替える。

外に出ようかとも思ったが、周囲に何があるか理解していない。

この手の場所は、入ってはいけないところもあるだろうし、勝手な行動は慎むべきだと自制する。

 

「司令官、おはようございます」

 

これからの行動に悩んでいると、大潮が目を覚まし、素早く立ち上がって挨拶をしてくる。

こちらからも挨拶を返すと、普通に着替えを始めだした。

慌てて目を逸らすが、そう待たされることも無く、着替えは終わってくれた。

何時ものように髪留めをすると、活発な女の子が誕生してホッとする。

これからどうするか、相談しようと思ったところで、ドアがノックされる。

 

「おはよう。朝食が出来てるけど、大丈夫?」

 

吹雪だった。タイミングの良さに驚いたが、挨拶を返して食堂へと向かう。

朝食は普通で、ご飯とみそ汁。それにオカラと漬物というメニューだった。

食事を終えると、施設の案内が始まる。

昨日到着した時は、暗かったので分からなかったが、建造物の並びが不自然な部分があった。

 

「ここって以前は防衛大学があった場所なの。深海棲艦の攻撃で壊れた建物なんかもあるし、鎮守府が出来てから作られた建物もあるけど、前に使っていたものは結構あるかな」

 

それで、並びが不自然なんだと思った。

ただ、それよりも新しく作る余裕はあったのだなと、感心しながら進んでいく。

昨日使った体育館や、これから世話になる講堂。図書館もあるが、中の書物は新しい大学へと運んだので空っぽだった。

広い敷地を見て回ると、時間が経過し、昼を回っていた。

 

「さて、基本的にはこんなところかな。午後からは外に…」

 

「ドック、ドックが必要です!」

 

案内を終わろうとする吹雪に、大潮が力説し始めた。

司令官のためのドックを作らなければならないと。

 

「大丈夫。もう建造してるから。ホラ」

 

吹雪が海岸に向かって指を差す。

そこには、今までの学び舎の施設とは明らかに異なる、巨大で無骨な建物があった。

 

「あそこにあるのが横須賀鎮守府の工廠。そこで建造中のがあるでしょ。あれが鷲一くんの工廠になるの。

 中にはドックの他に、入渠施設や艤装の整備を行う施設もあるの。

 でも、完成は3日後の予定だから、それまでお預け」

 

それを聞いて大潮が安堵の声を漏らす。

余程、重要な施設のようだ。

 

「じゃあ、お昼を食べようか。

 その後は、外へ出るから、そのつもりで」

 

そして、昼食をとり、一度離れた吹雪が海自の制服を着て戻ってきた。

中学生にしか見えない吹雪に、海自の制服は似合っていなかったが口には出さない。

 

「自分でも、この格好は無いと思うけど、これ着ないと運転できないから」

 

どうやら車での移動らしい。

吹雪が車の運転が出来ることに驚いたが、本人い言わせれば見た目はコレでも、十分に大人らしい。

自衛隊が使っているオリーブドラブで塗装されたSUV車の後部座席に乗車すると、慣れた様子で運転を始めた。

 

「そんなに遠くないんだけど、流石に歩きだと時間がかかるからね。

 それと、助手席のポケットに地図があるから」

 

そう言いながら、先程の工廠を横に見ながら海岸沿いに進んでいく。

言われた通りの場所には折りたたまれた紙があり、広げると大きな日本地図だった。

 

「小学生だったら地理の授業は無いよね。一応は日本地図の形は習うみたいだけど」

 

「はい。ここが何処かも分かります。三浦半島を海岸沿いに南へ進んでいますよね?」

 

「正解です。これから向かうのは半島の先端にある、劒崎灯台」

 

そう長い間、車に揺られることも無く、その目的地へと到着した。

灯台の立っている丘からは、青い空に、青い海。美しい絶景が広がっていた。

 

「うん。良い天気。さて、それじゃ少しだけ地理の授業。

 まずは西に見えるのが伊豆半島。東に見えるのが房総半島。そして、南に見える海の中にポツンと見えるのが伊豆大島。地図と見比べて」

 

言われた通りに見て、伊豆大島と言う言葉に、ドキッとしたが、最後に地図を確認する。

改めて東京湾の地形を見ると、西の三浦半島より、東の房総半島の方が突き出ている。

むしろ、伊豆半島と房総半島で作られたエリアの真ん中に、小さい三浦半島が突き出ているような感じだ。

そして、伊豆半島と房総半島の先端を結んだライン上に、伊豆大島がある。

 

「凄く近いよね。この間までは、あそこに深海棲艦の拠点があった」

 

目に見える位置にある島に深海棲艦がいた。その言葉は衝撃だった。

宮崎に居た頃は、少なくとも、目に見える場所にはいなかったのだ。

それが首都である東京の直ぐ側にある島に深海棲艦がいた。

 

「のど元に付きつけられた剣。それがあの島。

 私たち横須賀鎮守府は、あの島と戦い続けた。最初は今の鷲一くんと一緒。5年前の司令官には、私しかいなかった。

 司令官と一緒に頑張って、戦力を増やしていったけど、それは敵も一緒で、横須賀鎮守府が出来た頃は、占領された直後だったから、向こうの戦力も少なかったの」

 

それから、長い戦いが語られる。

伊豆諸島の陥落は、日本に衝撃を与えた。

この目と鼻の先にある大島が陥落した時には、海上自衛隊の戦力は壊滅状態に等しく、同時期に設立した鎮守府には大した戦力も無かった。

鎮守府が出来て多少はマシになったとは言え、時には艦砲射撃で、時には空襲で、本土にも大きな被害を受け続けた。

それでも、最初は駆逐艦だけで。続けて軽巡洋艦が生まれ水雷戦隊で戦い、やがて、戦艦や空母が生まれ艦隊決戦を挑んだ。

 

「それが、やっと取り戻すことが出来た。他の鎮守府の力と、自衛隊の力を結集しての勝利。

 今は横須賀の主力艦隊は、あの大島に駐在している。あそこで守っていれば、大きな地点をカバーできる。この勝利は本当に大きかったの」

 

よく理解できる。地図を、そして、目の前に見える光景を見れば。

 

「でも、多くの艦娘、そして自衛隊員の人達の命と引き換えにした勝利」

 

その中に、父もいる。

そして、父の別れ際の言葉を思い出す。

 

「お礼を言わせてほしい。そして、謝らせてほしい。

 私達が、もっと上手く戦えていたら、お父さんも…」

 

その続きを言わせないように、質問を被せる。

 

「大島だけでは無いんですよね?

 聞いたことがあります。艦娘は深海棲艦より強いって。それに、敵が増えると言っても限度があると」

 

「うん。私達が大島で戦っている間に、他の島が完全に制圧されてしまった。

 奪って直ぐは、深海棲艦の数もそんなに増えないから、大島だけなら問題は無かった」

 

深海棲艦は戦略を知っている。

大島で戦争をしている間に、伊豆諸島の他の島を完全に勢力圏に納め、拠点としていった。

 

「中でも、八丈島は第二級拠点にまで進化している」

 

第二級拠点。

深海棲艦の拠点の規模の目安であり、三級で鬼級。二級で姫級。一級だと両者が複数見られる。

北太平洋では、第一級はハワイ諸島のオアフ島のみ。

第二級は、日本の領土だと、沖縄諸島の沖縄島、小笠原諸島の硫黄島、そして、伊豆諸島の八丈島。

改めて地図を見る。南に延びる数々の島。そして、最後の方にある瓢箪(ヒョウタン)のような形の大きな島。

 

父が最後に言った言葉は、「ちょっと、伊豆諸島を取り返してくる。手始めに大島な」だった。

何時ものように明るく、無事に戻って来ることを疑うことも無い様子で出て行った。

あの時の父は、ここ全部を取り返すつもりだったのだ。

それなのに、未だに深海棲艦の拠点として残っている。

それが、どうしようもなく許し難い存在として、消し難い染みのように感じられた。

 

 



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初めての建造

この世界の建造はこんな感じで。
ちなみにドロップは無し。レア艦も特にありません。



ついにドックが完成した。

鷲一も新しい環境に適応しているし、予定通りに建造を開始できる。

吹雪は、北条提督に報告すると、建造の準備を進めていた。

 

「明日は建造をするのね?」

 

興味津々な様子の如月に、肯定の返事をすると、皐月と松風が近付いてきた。

やはり興味があるようだ。

 

「でも、朝潮型かぁ。大丈夫かな?」

 

「大丈夫って、何が?」

 

「あそこ、クセが強いっていうか……ちなみに、吹雪は誰だったら良いと思う?」

 

「それは当然、朝潮ちゃん一択」

 

「そう? 別に朝潮じゃなくても、霞でさえなければ、良いと思うけどなぁ。満潮もあんまりだけど、霞よりはマシだし」

 

半ば予想はしていたが、皐月の心配していることは分かった。

朝潮型は全部で10人。その内の一人である霞は、駆逐艦の中で最も性格がキツイ。

次いでキツイのが曙。更に満潮になるだろう。ただ、二人とも距離を置けば危害は加えないが、霞の場合はそうはいかない。あえて踏み込んできて暴言を吐くキャラだ。

小学生である鷲一には辛いかも知れない。

 

「そうかい? すでに大潮がいるんだ。むしろ霞の方がバランスが取れると思うけどな。

 これで朝潮なんて、甘えた子供にならないか心配だけど」

 

一方の松風は、あえて霞に厳しくさせる事を望んでいるようだ。

 

「甘えた子供って、現に子供なんだからさ」

 

「だったら言い換えよう。成長したら甘えた大人だ。

 考えてもみたまえ。軍人なんて理不尽に耐えるのが仕事だと言っても良い。

 敵も味方も、思い通りにならない諸々の連続が、戦場の現実だよ。理不尽の詰め合わせさ。

 おまけに、今の時代は、前と違って、助けられて当然だって顔をした連中がゴロゴロいる。

 一々、サッチ―みたいに怒っていたら身が持たないさ」

 

皐月が押し黙る。

前に文月が、勝手に漁をしていた民間人を、深海棲艦に襲われそうになったところを救助した。

それなのに、助けるのが遅い、税金泥棒をと罵られた事がある。

皐月は憤慨していたが、それが今の時代の現実だ。いくらかはマシになったが、そんな人たちは多く残っている。

 

「それでも、昔に比べれば随分とマシだって言うからね。凄いと思うよ。自衛隊の人達って。

 実際に、彼等の訓練の第一歩は、理不尽の連続に耐える事らしい。上官の横暴に黙って服従。ここがあった防衛大でさえ、先輩から理不尽な扱いを受けるらしい。

 まあ、受ける方も大変だけど、命令する側も色々悩みながらやってるそうだけどね。

 理不尽な命令への慣れは、一般人から逸脱する儀式。心から尊敬する。戦力が頼りないという声もあるけど、ボクは彼等と共に戦える事を誇りに思っている」

 

戦時は当然で、平時でさえ、命令があれば、どんな任務も引き受けなければならない。

そこで、自身の人権を叫ぶことは許されず、時には無残に死んだ死体を回収する任務もある。

 

「だからこそだ。霞が使う程度の暴言に耐えられない人間に、軍人が務まるはずが無い。

 それとも、提督は別だって言うかい? 少なくともボクはイヤだな。

 現に、僕たちの司令官は霞の暴言に対して、表情一つ変えずにあしらっている。そよ風のごとくだ」

 

「そうだけどさ。急には厳しいよ。

 覚悟を決めた大人と、流されるようにここまで来た子供を一緒にするべきじゃない。

 流された事を責めるとしたら、それこそお門違いだよ。拒否なんて出来るわけが無いしね。

 だいたい潰れでもしたら、どうすんのさ? キミは目的を履き違えているよ。吹雪の目的は、提督としてやっていけるかテストする事じゃない。彼を提督に相応しい人間に育てる事だよ」

 

「それは確かに。すまない。少し焦っていたようだ」

 

「その気持ちは分かるよ。戦力が足らない目の前の現実を見てれば、誰だってそう思う。

 でも、考え方を変えれば、提督の数は今の倍いても足りないんだ。二人追加も三人追加も変わらないね。

 なにしろ、この戦争の勝利達成条件は、世界中の制海権の確保。日本近海の安全を確保したところで、ダラダラと戦い続けるしかないからね。

 このままじゃ、国民の不満も燻り続ける。その怖さは、現実を見ずにアメリカに戦いを挑んだボクたちはイヤというほど知っている」

 

少し現実を見れば、両国の戦力差は明らかだ。

それなのに、戦争に突入したのも、負けが明らかになった後も戦い続けるのも、現在で言われているように、一部の軍人の暴走などで出来るはずが無い。

 

「だからこそ、この企画は面白いんだ。悪い意味じゃないよ。単純に見てて面白いってのは否定しないしね。

 ただ、やはり興味があるな。あの子が、どう育っていくのか。

 この現状を変える切り札になってくれたら。そんな事を思うんだ」

 

「良いね。その希望に僕も乗ろう。現状で打開策が無いのは確かだ。

 そのためには、プレッシャーで顔色が悪くなっている吹雪の体調なんて軽いものだろう」

 

「え? 吹雪?」

 

お腹が痛い。

ただでさえ子供を育てるなんて、無茶振りが来てるのに、それを期待し過ぎている友人の言葉は、心でなく胃に突き刺さる。

 

「ところで、吹雪ちゃんが朝潮ちゃん一択だって思う理由は?」

 

気を使ってくれたのか、今まで黙っていた如月が話を戻してくれる。

逃げる訳では無いが、その言葉に甘えて自分の考えを述べる。

 

「予想として、自分の提督(司令官)が、他所の提督の支配下にある事に、不満を覚える艦娘が出てくる。

 この面倒ごとの対処法として色々考えたけど、朝潮ちゃんが最初に来てくれれば凄く楽になる」

 

「あ、悪い顔してる」

 

「優しさもあるよ。もう直ぐ、年が明けるからね。年内の建造は5回を予定してるけど」

 

「5回? 今日は20日だよ。残り10日あるから10回はいけるよね?」

 

「いきなり増やすのもね。あの子の基本方針は、艦娘との絆を太くすることだから、一日おきが妥当かなと。

 それに、甘いって言われるかもしれないけど、最初の正月は平和な環境で迎えて欲しいし」

 

駆逐艦なら一日で建造されるが、矢継ぎ早で建造をして、正月を知らない少女に囲まれるのは、精神衛生上も好ましくない。

 

「それに、今は横須賀の資材を回しているけど、年明けからは、自分達で資材の回収に向かってもらう予定なの。

 その任務のためにも、朝潮型をまとめる朝潮ちゃんが早くほしい。

 霞ちゃんと満潮ちゃんだけでなく、荒潮ちゃんや霰ちゃんも、別の方向で難しいし、まとめ役の朝潮ちゃんは最初にいてくれた方が、本人にも妹たちにとってもやりやすいから」

 

最悪、最後に朝潮だと、姉妹の力関係で朝潮が低くなりかねない。

そうなったら、あの面子はまとまりを無くしてしまう可能性がある。

 

「確かにね。睦月ちゃんは後の方だったから、上手く妹をまとめきれてないし」

 

如月が納得したようにしているが、睦月の場合は最初から苦手な気がしないでもない。

吹雪も得意とは言えないが、姉力の低さでは、睦月が長女勢の中でもダントツ最下位だろう。

 

「ちなみに、如月は誰がお勧め?」

 

「う~ん、技の荒潮ちゃんか、力の峯雲ちゃんか。悩むところね」

 

テクがどうの、おっぱいは正義とか呟いている。

どうして、こうも下の話に持って行きたがるのだろう。

 

「まあ、朝潮押しの理由は分かったし、納得もいったよ。

 確かに、5回建造して、満潮、荒潮、山雲、霰、霞なんかだったら、お正月は大変だろうね」

 

その光景を想像して頭を押さえる。態度が悪い二人に、謎の多い言動で振り回すのが二人。更に重度のシスコンがいて、まとめ役不在。

最初になんて贅沢は言わないが、少なくとも年内には朝潮に来て欲しい。

 

「でも、結局のところボクたちが騒いだところで、最終的には、あの子の運試しだ。

 かの東郷元帥は、強運だと言われていたそうだが、あの子はどうなんだろうね?」

 

戦場で、運と言うのは馬鹿にならない。

運が悪ければ、流れ弾に当たってあっさりと戦死だ。かの織田信長も、桶狭間の奇襲で戦死していたら、単なる無謀で身の程知らずな愚将として歴史に名を残していただろう。

むしろ、名将と愚将を分けるのは、運によって左右された結果から論じてるだけかもしれない。

最初の建造で運が試される。どうにも、ただの建造ではなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「これが建造ドック?」

 

巨大なプールに言葉を失う。初めて見た妖精の存在にも驚いたが、この規格外の大きさのプールも驚きだ。

狭い方でさえ、学校にあったプールより長いだろう。

深さもあり、海水が入っているが、底が見えない。

いや、形はプールだが、これは絶対に別物だ。大きすぎる。

 

「縦に200メートル、横で50メートル、深さも50メートルよ」

 

考えを読まれたようで、吹雪が教えてくれる。

何の装置か、数値を入力する箇所が4つと、いくつかのスイッチがある装置の前まで連れていかれた。

 

「じゃあ、始めるけど、今回は、数値は最低限で良いから操作する必要は無いわ。あとは…」

 

それほど難しい事では無さそうだ。

だが、これで艦娘を建造できるというのが理解できない。

 

「まあ、ものは試しってことで。こればかりは、口で言っても理解しにくいからね」

 

言われた通りにやってみる。

プールに何かが投入されているが、それが何かは良く分からない。

やがて、広がりつつも、プール全体には行き渡らず、おぼろげな船のような形状で落ち着いてきた。

 

「うん。この影の大きさから駆逐艦ね。軽巡だったら時間がかかるけど、駆逐艦なら明日の朝には出来てるよ」

 

「駆逐艦と軽巡で違うんですか?」

 

「艦種によって建造日数は変わっていくの。駆逐艦なら1日。戦艦や空母だと一か月はかかるの」

 

「むしろ、そんなに早く出来る方が信じられないんですけど」

 

「まあね。日刊駆逐艦に、月刊空母。米帝プレイをリアルでやれるんだから、艦娘って凄いよねぇ……って、通じないネタだったね。まあ、明日まではお預けってことだから、今日はここまで」

 

どうなっていくか見ていたい気もするが、流石に一日中見ていると飽きるだろう。

後ろ髪を引かれる想いながらも、工廠を離れて、吹雪の監修のもとで勉強をする。

本格的な勉強は、4月の新年度からなのだが、サボる訳には行かない。

その日は集中力が散漫になりかけながらも、何とかやり過ごし、翌日の朝を迎えることが出来た。

 

「船が沈んでいる」

 

それを見た時は、自然と声が出た。

昨日は、おぼろな影に見えたが、今日は沈んでいる船がハッキリと見えた。

深い海水の濁りがあって、細かい輪郭は分からないが、200メートルのプールの、半分を占める全長だ。

それに主砲らしいものも見える。間違いなく軍艦だ。

 

「朝潮型です!」

 

「うん。間違いないね。誰かは分かる?」

 

「ゴメンなさい。そこまでは無理ですぅ」

 

艦娘と聞いていたが、本物の船を作ったのだろうか?

不思議に思いながらも、次にどうすれば良いのか悩む。

 

「鷲一くん。呼びかけて。声に出さなくても良い。名前も分からないから呼ぶ必要もない。

 ただ、目を覚ますように、起きろと命じてくれればいい」

 

言われた通り、心に念じる。だが、命じろというのは、抵抗があるので、お願いする。

起きてくれ。目を覚ましてくれと。声に出さずに、優しく呼び掛けてみる。

すると、沈んでいた船が淡く光り出す。

そして、水底から蛍が飛んでくるように、無数の小さな光が水面へと向かて来る。

それは一か所に集まり、水面の上で、人の形を作り出す。

人の形が出来るのと、半比例するように、沈んでいた船は消えていく。

もう、水底に船の形は無い。水面に立つ人型は、おぼろげながら長い髪の毛をしている。

 

「ヨシ、大当たり!」

 

吹雪が、はしゃいだような声を上げた。

何か喜ぶようなことがあったのかと聞こうとしたが、そんな余裕は無くなった。

水面に立つ人型の全容が見えてきた。光の集まりだったのが、現実の物質に代わっていた。

黒い髪、白い肌、大潮と同じような服装をしているが、大きな違いとして、右手に軍艦の主砲のようなものを。左手には細長い筒を並べた様な物を付けている。

そして、ランドセルと思ったが、背負っているのは、船の艦橋に見える。

 

「あ、ああ」

 

大潮が何か言おうとしているが、涙ぐんでいて声が出せない。

その少女が目を開く。青とも緑とも言える、写真で見た海外の美しいビーチの海の色。

こちらを見ると、ゆっくりと近付いてくる。歩きではない。水面を滑るように、足も動かさずに近付いてきた。

足元を見ると、船の形をしたサンダルのようなものを履いている。

プールの淵まで辿り着くと、片足を上げて、地面へと踏み出す。

船のような履物は、地面に着く前に幻のように消え、上履きにしか見えない普通の靴へと変わった。

両足で地面に降り立つと、手にしていた武器と、背負っていたランドセル状のものも消える。

普段から見ている大潮の姿と一緒の格好になった少女は、綺麗な敬礼を決める。

 

「駆逐艦朝潮、着任しました」

 

 




流石に30分で完成は、作品のイメージに合わないので、駆逐艦は丸一日。
戦艦や空母は約一か月で完成する設定です。
軽巡洋艦はバラツキあり。最短の天龍は二日で、最大の大淀は七日。
重巡や軽空母は15日前後。


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朝潮着任

最も来て欲しかった朝潮が着任した。

それを引いた鷲一の強運に、吹雪は思わず拳を握りしめる。

松風の言葉を気にしないようにはしていたが、やはり考えてしまう。

運の無い提督より、運の良い提督の下で戦う方が良い。

例え前者の方が卓越した指揮能力を持っていたとしても、やはり不安に思う。上官の運の無さは、士気にも関わる。

戦場では、悲壮感にあふれているより、楽天的なくらいの方が力を発揮できる。

強い艦娘に明るい性格のものが多いのも、戦場を肌で知っているからこそだ。

 

その朝潮は、大潮に抱きつかれて一生懸命になだめている。

司令官を前にして、決めていたのだが、再会に喜んだ大潮に抱きつかれて台無しである。

ただ、朝潮も嬉しいのか、大潮の頭を撫でながら満更でもなさそうだ。

しかし、何時までも、姉妹の再会を見ている訳には行かない。

朝潮が最初に来たのだ。その利点を最大限に使わせてもらう。

 

「さて、もう少し感動の再会を喜んでもらいたいけれど、朝潮ちゃんには色々と説明したいから、少し付き合ってもらえるかな」

 

「了解です。吹雪さ……ん?」

 

「うん。私は吹雪だけど、貴方の司令官の吹雪ではない。その辺りの事情は分かるかな?」

 

自分と同一の存在が複数いる。その事実は違和感だらけだったが、受け入れてしまうと大丈夫だった。

目の前の朝潮もそうだと思う。

 

「……はい。大丈夫です。吹雪さんの司令官は別の方なのですね?」

 

「正解。現状の事とか、色々説明したいの。

 鷲一くんも朝潮ちゃんに見蕩れているところ悪いけどゴメンね」

 

そう言うと、動揺するが、内緒話をすることへの抵抗は無いようだ。安心して朝潮を別室へと連れて行く。

 

「さて、ざっとだけど、現状の戦況を含めて、朝潮ちゃんの司令官のこととか説明するね」

 

すでに、南半球は深海棲艦の勢力圏である事。この日本は地理的に孤立している事。

同盟国であるアメリカは遠く、同じくロシアは戦力不足から、逆に東の海の防衛を日本に頼っている事。

周辺には頼りになる国は無く、逆に鷲一にとっては危険な存在である事。

これらを説明した段階で、朝潮が質問を挟んでくる。

 

「ロシアとは、ソ連のことで良いのでしょうか?」

 

「うん。ソ連は崩壊してロシアに戻ったの。帝政では無いけどね。それと、今は味方だから敵視は無しね」

 

「それは大丈夫です。アメリカも問題ありません。

 ただ、気になったのは、かの国は我が国には劣ると言っても、海軍はあります。

 そして、西の海は欧州の艦娘がいると思いますが、何故、東を我が国に頼るのでしょうか?」

 

「答えは簡単。西も東も守る余裕が無いから。南は中国だから、大きな河がある上に、戦力としては……ね?

 そして、深海棲艦には、私達と一緒で足がある」

 

「なるほど、理解しました。あの東西に広い国土を、南からの攻撃から守る。

 ソ連の艦娘では守るだけでも精一杯でしょう」

 

「理解が早くて助かるわ。

 でも逆に、そのお蔭っていったら不味いけど、燃料なんかは、あの国から輸入できるの。輸送はこっち任せだけど、あちらとしても日本の陥落は絶対に避けたい」

 

「防波堤ですね。ですが望むところです。

 それと、中華民国ですが、陥落していないのですか? 司令官にとって危険だと言っていましたが?」

 

「まず、訂正として、中華民国は、あの大戦の後、共産党との戦争に敗れ台湾に逃れたの。

 その台湾は陥落している。

 今の中国は、共産党が作った国だけど、共産党の軍事力が深海棲艦に壊滅状態にされたから、各地で蜂起がおこり、あの地は分裂状態で内乱中よ」

 

「なるほど。司令官を身を望む者は複数いて、しかも、人間相手に私たちの力を使いたがっていると考えて良いのでしょうか?」

 

「私の司令官や、他の提督、それに今の日本政府は、それを危惧している」

 

「了解しました。それで、今の司令官の状況は?」

 

「横須賀鎮守府の預かりよ。鎮守府の運営も艦娘の指揮も無理だから、これから勉強するところ」

 

「分かりました。ですが、ご心配には及びません。この朝潮が着任したからには、司令官には勝利をお届けする覚悟です。

 どこかで鎮守府を開くべきです」

 

内心で微笑んだ。予想通りの反応だ。

朝潮はもちろん、他の艦娘も同じような反応を見せるだろう。

自らの提督には、独立して鎮守府を運営して欲しい。そう思う筈だ。

だからこそ、朝潮が、正確には朝潮と大潮のコンビが最初に揃ってほしかった。

 

「でも、鷲一くんは子供だから、難しいかな。

 それに……朝潮ちゃんたち弱すぎて、鷲一くんを守るなんて無理だし」

 

本当に、意地の悪い物言いが出来るようになったと、我ながら感心しながら声を出した。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「初めまして。如月と申し…」

 

「挨拶は良いから、戦闘準備をお願いします。ペイント弾だけど、怪我をさせないように」

 

吹雪と変わらない位の年頃の少女が挨拶をしようとしたが、吹雪に中断されて追いやられる。

如月は文句を言いながらも、海上へと立つと、離れて行った。

 

「吹雪さん、どういうつもりです?」

 

「へ? どうって、朝潮ちゃんが、自分の力を見せるって言うから、対戦相手を用意したんだけど?」

 

朝潮が憤慨しているが、それに取り合うことなく、逆に挑発している。

 

「さあさあ、大潮ちゃんと二人がかりで良いから、頑張って如月ちゃんに掠り傷の一つでも付けてきて」

 

「私は吹雪さんとの勝負を希望しました」

 

「う~ん、じゃあ、万が一、じゃなく、億が一にでも、如月ちゃんに勝てたら、相手をしてあげる。

 あ、当然、大潮ちゃんと二人がかりで良いよ」

 

「くっ、分かりました。やりましょう。大潮は見ているだけで構いません」

 

「あ、大潮ちゃん、朝潮ちゃんが危なくなったら、手を出していいからね」

 

朝潮が吹雪を睨みつけるが、手で追い払う仕草をして、如月の待つ海上へと行かせる。

二人が行った後で、ほっと息を吐いていた。

無理をしている。そんな気がしたが、何事もなかったかのように質問をしてくる。

 

「さて、この勝負、鷲一くんはどう見る?」

 

「えっと、大潮と朝潮より、如月って人の方が大きいし」

 

「ああ、確かに、普通ならそう見るか」

 

何か違うのだろうか、そう思ったが、せっかくだから講義を始めると言って説明を始めた。

 

「艦娘の強さは、5つの項目で判断できるの。それが何か分かる?」

 

「いえ、分かりません」

 

「一つ目、元の艦のスペック。

 二つ目、元の艦の経験。これは言い換えれば、かつての戦争で操っていた人たちの技量ね。

 三つ目、現在使用している装備の性能。

 四つ目、艦娘になってからの経験値。

 最後の五つ目、提督の能力」

 

それを聞きながら、戦闘を見ると、すでに大潮が参戦している。

対する如月は、二人を相手にしても余裕の表情だ。

 

「まず、一つ目なんだけど、これは朝潮ちゃん達が上。

 如月ちゃんは睦月型って言うんだけど、その睦月型を飛躍的に強化されて作られたのが、特型、又は吹雪型。

 その特型を更に発展させたのが朝潮型」

 

「吹雪型って、吹雪さんより強いんですか?」

 

「正確には、性能が上。まあ、私の欠点を克服して、優秀な装備を乗せたからね。当然ながら上よ。

 そして、二つ目の経験なんだけど、これも朝潮ちゃんと大潮ちゃんの方が上。

 私も如月ちゃんも、これと言った武勲は無いんだけど、あの二人には有る。

 自分より多い艦隊、しかも軽巡までいる相手に大立ち回りをして勝利しているの。その事で、駆逐隊として表彰もされている。

 まあ、そんな訳で、朝潮ちゃんは、私からの、上から目線に怒っちゃったんだけどね」

 

「ワザと、ですよね?」

 

「まあね。それより話の続きだけど、三つめは変わらないか、これも朝潮ちゃん達が上。

 如月ちゃんには、新型の装備があるけど、今回は使わせていない。ところが……」

 

戦っている最中の三人を見る。

吹雪の説明では、朝潮たちが上だというのに、朝潮も大潮もペイント弾に汚れきって満身創痍に見える。

それに対して、如月は汚れ一つなく涼しい顔をしている。

いや、とうとう朝潮が倒れてしまった。大潮も動きが鈍っている。

 

「ちょっと、驚き……そうか、アレか」

 

吹雪が面白そうな表情で見て来る。

アレとは何か、聞こうとしたところで、大潮も倒れてしまった。

完全に勝負ありだ。

 

「はい、撤収。如月ちゃん、二人を連れてきて」

 

距離があるにもかかわらず、耳に手をやり、普通に声をかけると、如月が両手で丸を作る。その後、二人に手を貸して、ここまで連れて来た。

ペイント弾に汚れた二人は涙を浮かべている。

朝潮に至っては、捨てられそうな子犬のように見つめて来るので胸が痛んだ。

 

「さて、話の続きなんだけど、五つの内、三つが朝潮ちゃんが上なのに、この結果。

 理由は分かるよね?」

 

「残りの二つで、如月さんが二人を大きく上回っている?」

 

「正解。四つ目の艦娘としての経験。そもそも、船には手も足も無いのに、今はある。

 当然だけど、それに慣れないとね。朝潮ちゃんより、大潮ちゃんが動きが良かったのはそれ。まあ、鷲一くんの影響かな」

 

何をしたのかと思ったが、吹雪は話を続ける。

 

「そして、最後の五つ目。私たちの司令官は確固たる意志がある。この国を守りたい強い意志が。私たちはそれに応えたいと願っている。

 でも、鷲一くんはどうかな?」

 

強い意志など無い。これまでは守ってもらう事を当然のように受け入れていた。

世話になり続けている環境も当たり前だと思っていた。

だが、その境遇に反発した朝潮は、むしろ正しいのではないかと思う。

強い意志、それを示した瞳が濡れている。それをしたのは、如月ではない。自分だ。

 

「朝潮ちゃんも、司令官を守りたいなんて思ている内は、私たちにも、他の鎮守府の艦娘にも勝てない。ちなみに、横須賀鎮守府(私達のところ)の朝潮ちゃんには、私と如月ちゃんが二人がかりでも勝てないよ」

 

朝潮が、ついに涙を零した。

身体が震えている。それに、怯えた視線で見て来る。

 

「申し訳……ありません」

 

「違うよ。悪いのは俺だ。俺が何も示せなかったから」

 

国を想う。守りたい人を護る。

それが提督と呼ばれる人たちなんだろう。

そう思わなくてはいけない。

 

「でも、そう簡単には無理だよね?」

 

こちらの想いを見透かすかのように吹雪が笑う。

そうなのだ。強く思おうとしても、どうすれば良いのか分からない。今のままでは、艦娘に頼る以外、何をしていいのかも分からない。

 

「だから、学んでほしい。話してるけど、4月からは、鹿島さんを講師にして勉強してもらうけど、大事なのは鹿島さんに習う事では無いの。

 一緒に勉強をする朝潮ちゃんや大潮ちゃん、他の艦娘と一緒になって、いろんな経験をして考えて欲しい」

 

「へ? 一緒に勉強? し、司令官と御一緒に!?」

 

「そうよ朝潮ちゃん。大潮ちゃんもだけど、4月から1年間は、朝潮型の子は、鷲一くんのクラスメイトになるから、それともイヤ?」

 

「と、とんでもありません。この朝潮、全力でクラスメイトをやる覚悟です!」

 

朝潮は先程までとは大違いで、元気になった。

まるで、リードを持った飼い主を見て、散歩できると楽しみにして、尻尾を振っている犬のようだ。

 

「それじゃあ、今日は勉強は良いから、鷲一くんは朝潮ちゃんを案内してやって。その後はバスケを楽しんで良いから」

 

「遊んでて良いんですか?」

 

「良いの良いの。むしろ、楽しみなさい。特に朝潮ちゃんは人の身体に慣らさないと」

 

「わかりました。じゃあ、行こうか」

 

「了解です! よろしくお願いします。それと吹雪さん、先程は失礼しました!」

 

「大丈夫大丈夫。わざと煽ったんだし。むしろ、予想通りの反応で助かったかな」

 

「はあ、ですが……」

 

「それより、これからは、面倒な子が来ると思うけど、よろしくね」

 

「面倒?……あの、つかぬことをお聞きしますが、満潮と荒潮は、それに他の妹たちは、私が沈んだ後どうなったのでしょうか?」

 

「え~とね、満潮ちゃんは、あれから転々としたせいか、ひねくれちゃった。

 荒潮ちゃんは、朝潮ちゃんが沈んだ後、直ぐに。最後の光景がショックだったのかな~少し変な子に」

 

「ど、どんな顔をして会えば良いかわかりません」

 

「大丈夫だよ。ウチもだけど、他の鎮守府でも八駆は仲良しだから。

 それと、霞ちゃんなんだけど、司令官を『クズ提督』とか言っちゃうけど、根は良い子だから、よろしくね」

 

頭を抱える朝潮に対して、肩の荷が下りたような表情の吹雪は、実に嬉しそうだった。

 

 

 



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正月の光景

鎮守府では、正月は一年で最も仕事が少ない日だ。

犯罪に休みが無いため、警察は正月でも忙しいように、深海棲艦にも正月は関係ないので完全に休みでは無い。

だが、鎮守府の主な業務である護衛任務が、対象である漁業や輸送する会社が一斉に休みになるので、任務が少なくなるのだ。

流石に、海岸にある発電所などの主要な施設の警護があるし、万が一の深海棲艦の急襲に対応しなくてはならないので、一斉に休むのは無理だ。

それでも、ここ横須賀鎮守府でも、普段より多くの艦娘が食堂に集まっていた。

 

おせちの中身は数の子やイクラと言った高級食材は無いが、年末に一斉に行われた漁を警護した帰りに貰った、ブリで作った照り焼きや、種類の豊富な煮しめといった、普段は食べられないものが並んでいる。

それに何と言っても餅だろう。普段の節制を忘れたかのように大量に食べられる餅は、艦娘の胃を喜ばせた。

それらを食べながら、テレビを見るのは、実に正月らしいと言えるのだが、問題はテレビの内容だ。いや、そもそも内容が番組では無い。

 

「あの子に籤を引かせたら、絶対に大吉しか引かないよね」

 

「同感だね。まさか、ここまでとは」

 

皐月と松風が、雑煮を食べながら、テレビを見ている。

その口調は何処か呆れているように聞こえるが、呆れているのはこちらだと吹雪は言いたい。

 

「これ、監視映像だって言ったよね」

 

妖精さんの仕事だろうが、鷲一の行動を監視をする、カメラの映像を映すモニターは、今や横須賀鎮守府の大食堂に設置された大型のテレビ画面で、大勢の前に披露されていた。

プライバシーの侵害は遥か遠くに飛んでいったようだ。

 

「だって、正月のテレビ番組って面白くないじゃん」

 

「理由になってない」

 

「それにしても、面白いメンバーになったね。

 もう、吹雪ちゃんの理想通りじゃない?」

 

如月が雑煮のお餅を伸ばしながら笑っている。

相変わらず、こちらの意図をはぐらかすようだが、何を言っても無駄だろうと諦める。

それに、如月には協力を頼んだので吹雪の意図を理解している。

だからこそ、改めて画面に映っている顔ぶれを見ると、彼女が驚くのも無理はないだろう。

 

「どんな順番だったの? 不満は出なかった?」

 

全員がこちらを興味津々に見ている。10日間、ずっと鎮守府に残っていたのは島風くらいだから、説明を始める。

 

「如月ちゃんに協力してもらった朝潮ちゃんの調教……教育の後は、次の建造で荒潮ちゃん。

 彼女は素直なものね。文句も無しにお姉さんに甘えたり、鷲一くんを誘惑したりで楽しんでた。

 このままだと、鷲一くんがヤバいかなって思ってたら、次の建造で満潮ちゃんが。目出度く荒潮ちゃんの標的は満潮ちゃんに変更。全力で弄ってるみたいだけど、満潮ちゃんも文句を言いながら楽しんでるみたい」

 

「まあね。満潮ちゃんにしたら、他の子がいない状態で、八駆が揃ったなんて、内心は大喜びよね」

 

「うん。途中に別の子が建造されていたら、それが朝潮型(いもうと)でも拗ねると思う。

 それに、朝潮ちゃんと大潮ちゃんが大人しくしてるから、預かり身分って事にも文句は言ってこない」

 

不満はあったようだが、それも朝潮に諭されて、納得したようだ。

最初に朝潮を望んだ理由の一つがこれだ。預かりの立場に不満を覚える子の相手を一々していたら身が持たない。

だが、最初に朝潮に分からせたので、危険人物の満潮が納得し、更に八駆が納得していたら、他の子も文句を言ってくる可能性は少ないだろう。

 

第八駆逐隊(せんとうみんぞく)が大人しくしている。これなら、霞ちゃんでも表立って文句は言わないか。

 危ないのは夕立ちゃんくらいかな?」

 

「いや、夕立ちゃんは、それこそ『提督さんと学校っぽい』とか言って喜ぶよ。

 他の子も、仮に不満を覚えても、朝潮ちゃんに実力行使させればいいしね」

 

「ん? あれから、強くなった?」

 

「結構ね。あのバスケの遊び。あれって効果的みたい」

 

「ああ、だから大潮ちゃんは思ったより動けたんだ」

 

如月との、朝潮と大潮コンビの戦闘。

吹雪の予定では、あれほど大潮が粘るはずは無かった。如月もそう思っていたはずだ。

何しろ、大潮はあれまで、艤装を展開して、海上での訓練をしていなかったのだ。朝潮同様に手も足も出ないで終わると思っていた。

 

「戦闘機での戦いは、敵も味方も見失いやすいから、お父さんの勧めで始めたそうよ。

 素早く動きながら、周囲を見失わない練習だって。でも……」

 

「立体的に動くパイロットより、平面で動く艦隊、しかも高速で動く駆逐艦にこそ効果的なトレーニングになると。なるほど、あの方は、御子息にそんな教えをしてたんですね。あ、おかわり下さい」

 

赤城が何個目になるか分からない餅を食べながら、感慨深そうに呟く。

年始の挨拶と称して、伊豆大島から来ているが、先程から餅と画面に集中しているので、本命はこちららしい。

 

「やっぱり、空母勢は興味があるんですか?」

 

「ええ。我々だけでは無く、他の艦娘たちも。小学生、しかも、宇喜多さんの御子息が提督になったと聞いて興味津々です。

 ですが、私たち以上に気にしているのは、この子たちですよ」

 

そう言って、自分の肩を見る。

そこには、赤城が使用する艦載機の、パイロット型の妖精さんが真剣な表情で画面を見ていた。

 

「パイロットという種族は、例え敵であろうと、腕の良い相手を尊敬します。

 ましてや、共に戦った戦友ともなれば尚更です」

 

それは聞いたことがある話だ。

戦争が集団戦、平民の暴力と変わった後で、最後の騎士と称されたのがパイロットだ。

全員が、とはいかないが、それでもサムライ気質が多いように思う。

 

「彼に関しては、色々と聞いて来いと言われてますが、今回は、この強運だけでも、話のタネになります。

 あの子たちは、今年から、自分達で資材の改修を始めるんですよね?」

 

「はい。訓練を兼ねて、近海で行う予定ですが……」

 

近海で遭遇する深海棲艦は、はぐれ、と称される生まれたばかりの個体である可能性が高い。

これなら、建造されたての未熟な艦娘でも十分に勝てる。

だが、問題は近海だと資材は多く望めないので、可能な限り沖へと出る必要があるのだが、そこでは成長した深海棲艦。ましてや艦隊を組んだ群れと遭遇する危険が跳ね上がる。

それを避けるには、索敵が重要だ。可能ならレーダーより、偵察機を使用するべきである。

 

「……これなら、多少は沖へと出ても問題はありません」

 

「ですね。彼女なら偵察機を複数飛ばせます。敵を発見次第、逃げることも可能でしょう」

 

満潮の後に建造された艦娘、由良を見る。

軽巡洋艦だから、偵察機を扱える。それに、冒険をする性格では無いので、危険と知れば撤退を促すであろう。

面倒見も良く、沖に出るのに、これほど安心できる艦娘は多くはいない。

 

「おまけに性格も良し。数は減ったけど、ほのぼのとした正月を迎えられたね」

 

「まあ、駆逐艦でなく軽巡が作られると分かった瞬間は焦ったけどね」

 

最小の資材で、軽巡が建造される可能性は低いため油断していた。

特に満潮が建造された後だったので、これで霞が出ようが、誰が来ようが、もう大丈夫だと安心していた。

それが不意打ちの軽巡サイズの影。どうしても、神通の影がちらついた。

考えを読んだかのように、如月が苦笑しながら聞いてくる。

 

「八駆って、神通さんと長かったよね?」

 

「3年位は神通さんの下で二水戦だね。おまけに、あの戦争の始まった年まで二水戦。

 私の時は、旗艦は那珂さんと交代だったけど、八駆の頃は神通さん一本だから。

 もし、建造されたのが神通さんだったら、正月から訓練を始めてたかも」

 

神通も普段ならそんな無茶は言わないが、朝潮と大潮のコンビが一緒なら変に火を付けかねない。

朝潮と大潮のコンビも由良の前では大人しいが、神通を前にすると無駄にテンションが上がる。

要するに一緒にしてはいけない組み合わせだ。お互いに加減と言うものを知らない。

 

「他にも、無駄にリーダーシップのある天龍さんも避けたかったかな。

 しばらくは、駆逐艦の子に主導権を握らせたいから」

 

大事なのは4月から始める学生生活だ。

そのためには、主導権は朝潮たちに握らせたいが、軽巡の中には、本人が意識しないでも主導権を握りかねないキャラが多い。

幸いにも由良は例外で、その能力にも関わらず、朝潮たちを見守る形に落ち着いてくれそうだ。

 

「でも、由良さんって、提督大好きだからね。

 案外と誘惑したりするかも」

 

「いや、流石にそれは無いでしょ」

 

そう言ってモニターを見ると、そこには、妙に甲斐甲斐しく世話をしている由良が映っている。

そして、不思議な事に、姉弟には見えないのだ。

 

「年齢差的には、世話好きなお姉さんに見えないとおかしいんだけどね」

 

「いや、あれは女の顔だよ」

 

「まあ、提督と艦娘だからねぇ」

 

「でも、あの年齢でデキルの?」

 

「ふむ、出なくても起つ。実際に大きくなってた」

 

「え? いつ見たの?」

 

「お風呂に入ってるときだ。もちろん監視カメラの映像だぞ」

 

「で、誰に反応したの?」

 

「う~ん、あれは、どっちなんだろうな。

 状況としては、荒潮が身体をくっつけながら、誘惑というか、揶揄っている最中だったんだが、実際に反応したのは、朝潮が荒潮を注意している時だったからな。視線は朝潮に向いていた」

 

「視線は朝潮、感触は荒潮。どっちだろうね?」

 

「それで、二人が大きくなったのを見た反応は?」

 

「朝潮は、洗うための変形だと思ったようだ」

 

「で、実際に洗おうとしたと」

 

「正解だ」

 

みんな笑っているが、吹雪としては笑えない。

提督が艦娘と関係を持つのは悪いことでは無いとは思う。

だが、まだ小学生なのだ。いくら何でも早すぎる。

朝潮の反応は笑い話で済むかもしれないが、由良は最後までやりかねない。

 

「こっちは、お母さんの顔だね」

 

「あのね、吹雪ちゃんの心配は分かるけど、逆に興味を持たない方が困るから」

 

「それはそうだけど」

 

「あと、朝潮型(幼女体型)にだけ反応するようになったら、それはそれでダメだし」

 

「でも、現状で由良さんに依存するようになったら最悪じゃ無いかい?

 由良さんには説明して、基本的な教育方針は伝えた方が良いと思うな」

 

「そ、そうね。そうする」

 

周囲が楽しそうに見ているのに、何で自分だけ胃が痛くなるのか。

なんだか、正月から納得がいかない思いをしていた。

 

 

 

 

 




盗撮は犯罪です。真似をしたらダメだぞ。


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資材は大事

この世界の資材の扱いはこんな感じって内容です。
遠征は、また別の話しで。


正月の三日までの休みを終え、資材回収の任務を開始することになった。

そして、由良を旗艦とする艦隊が、初めての遠征任務から戻ってきた。

鷲一は、港まで出て、彼の艦娘を出迎える。全員無事で、怪我一つない事に安堵した。

初任務では、はぐれ駆逐艦にさえ遭遇しなかったようで、由良は兎も角、駆逐艦の4人は不満そうだった。

 

「それで、資材って?」

 

彼女らの成果を見たいと思うのと同時に、不思議に思っていたのが資材という存在だった。

海上に現れている、渦と言うスポットから取り出すそうだが、燃料・鋼材・弾薬・ボーキサイトと呼ばれている。

燃料は何となく分かる。鋼材も、まあ鉄鉱石みたいなものだろうと思う。ボーキサイトも同じようなものだろう。

だが、弾薬とは何だ? 自然に採れるものでは無いはずだ。

 

「それでは、工廠に行こうか」

 

吹雪に促され、工廠へと向かう。

その中にある、資材保管用のタンクの前まで進むと、回収してきた資材を投入し始める。

そう、投入だ。駆逐艦が一人一個ずつ持ったドラム缶を、ひっくり返してドロリとした液体を注いでいく。

それが終わると、艤装からも同じように注いでいくが、明らかに艤装の体積より、注いでいる中身の方が多かった。

 

「資材って、全部液体?」

 

「少し違うかな。見た目はどれも重油みたいだけど、液体どころか物質ですらないの。

 成分を調べようと、分析装置にかけたりしたけど、この世にある、どの原子にも該当しないって言ってた。

 便宜上に、科学者はエーテルって名付けたみたいだけど、誰も使ってないかな。

 要するに霊体みたいな扱いね」

 

「霊体って、この世のものでは無いって事ですか?」

 

考えてみれば、艦娘は第二次世界大戦で沈んだ船だ。

ある意味、幽霊だとも言える。

 

「怖い?」

 

こちらの考えを見透かしたように吹雪が聞いてくる。

冷静に考えると怖い存在なのだろうが、全くそんな思いが湧かない。

吹雪は優しいし、最初から大潮には気を許している。

朝潮は真っ直ぐに好意を向けて来るので嫌えるはずもないし、満潮は口は悪いが、あの手の子はクラスにもいたので慣れている。

荒潮には振り回されるし、時々怖い笑い声を上げるが、今回のは意味合いが違うだろう。

由良も優しいし、寝相が悪いようで、一緒に寝てると抱き付いてくるが、嫌では無い。むしろ気持ちがいい。

 

「考えてみると不思議なくらい怖くないです」

 

冷静に考えると、もう少し警戒をしてもいい位なのだが、全くそんな気にならない。

家族並みに、下手をすれば家族以上に気を許している。

理屈では恐れても良いのに、感情が恐れることを否定している。そんな感じだ。

 

「ありがとう。でも、やっぱり怖がる人もいるのよ。

 建造だって、実際にやっている事は、資材を触媒にした召喚だっていう考えもあるの」

 

「召喚? ファンタジーなんかで見る、勇者召喚の儀式とか?」

 

「勇者?」

 

吹雪が笑い始めた。何か変なことを言ったのだろうか。

 

「ゴメンね。それは少し誇らしいかな。

 でも、他の人は悪魔の召喚だって言うから」

 

生贄は無いが、悪魔の好むものを捧げて行う儀式だと思うそうだ。

特に最初の頃は、艦娘に批判的な人は多く、悪魔扱いされた事もあったという。

 

「全然、悪魔には見えません」

 

「うん。ありがとう。

 いけない。脱線しちゃったね。話を戻すけど、資材はこの世の物質では無い。

 そして、4種類あって、全てがエネルギーだと言える」

 

「エネルギー? 燃料はありますよね?」

 

「うん。でも、燃料と呼んでいるけど、実際は動くためのエネルギーになるの」

 

第二次世界大戦の頃は、艦船は重油で動かしていたが、航空機はガソリンだ。

しかし、鎮守府で運用する艦娘の艤装も、航空機も動かすのは同じ『燃料』になる。

弾薬にいたっては、7.7㎜機銃から46cm砲まで、同じエネルギー『弾薬』だ。

 

「不思議に思うだろうけど、そういうものって諦めて。

 大事なのは、それらが無いと建造どころか、艦娘は戦う事さえ、いえ、動くことさえ出来ないってこと」

 

「もしかして、資材回収ってギャンブルみたいなものですか?」

 

資材の回収に向かうには、艦娘が燃料を、時には弾薬を消費しながら得るのだ。失敗すれば減っていくだけになる。

 

「そうね。賭け事は嫌い?」

 

「嫌いです」

 

「良い事よ。でも、この場合は投資って考えて。何かを売るにしても、先に作る必要があるし、作るからにはお金がいるでしょ」

 

「言われてみれば」

 

世の中はそうして回ってると言っても良い。

賭けが嫌いだからと、何もしなければ飢えるだけだ。

 

「だから、資材の管理はしっかりとやる。

 今は空母がいないからボーキは建造で少し使うだけで良いけど、空母の場合は造るにも使うにもボーキが多く必要になる。

 それに戦艦だと、今とは比べ物にならないほど大量に消費するからね」

 

「資材の管理って、どうやるんです?」

 

「まず、消費の管理ね。訓練や資材回収の任務をやった後は、誰がどれだけ消費しているを記録するの。

 これを表にしていくと、その艦娘の燃費が分かっていく。艦種によっても違うけど、中には同じ艦種でも消費量が多い娘もいる。その場合は、無駄な動きが多いとか問題があるって事だから修正しないとね」

 

命中率が悪くて無駄に弾薬を消費するなら、命中率の向上の訓練が必要になる。

また、同じ行動をしながら、一人だけ燃料の消費が多いなら、余計な動きをしている証拠だ。その場合は悪癖を治さなくてはいけない。

 

「それに、回収でも消費が激しい資材を重点的に回収に行った方が良いからね。

 何処に何があるか。更に新しい渦が出来ていないかの確認もあるし」

 

資材の内、現在のメンバーなら、ボーキサイトの消費は少ない。

一番大きいのが燃料だから、燃料を重点的に集める必要があるが、必要になった際にありませんでは困るので、バランスよく集める必要がある。特にボーキサイトは回収できる箇所が少なく、渦も消えてしまう事があるので、新しい渦を捜索しなくてはならない。

 

「目標として、4種類の資材を均等に増やしていく。

 建造や訓練で消費した分はプラスして、回収する事を薦めるかな」

 

鎮守府によって得意とする戦い方に違いがあるので、消費は一定では無い。

だが、在庫は常に均等に確保して、その量が多くする事を目指すらしい。

 

「難しそうですね」

 

「安心して。しばらくは一緒に見てあげる。

 

そうしてくれれば助かる。

何となくは分かるが、実際にやるとなると、どうしても躊躇ってしまう。

 

「司令官。よろしければお手伝いします」

 

「大潮も手伝います」

 

「別にやってあげても良いわよ」

 

「荒潮も出来るわよ~」

 

朝潮たちは分かるようだ。由良は口にはしないが、やりたそうにこちらを見ている。

それなら、困った時は助けて貰おうと思ったが、吹雪は苦笑しながら手を振った。

 

「うん。私もそうだったから分かるけど、この場合は手伝うより、動いてくれた方が司令官のためになるから、消費と回収を頑張ってくれた方が良いかな」

 

吹雪も経験した事らしいが、艦娘の数が少ない内は、資材の量の増減は少ないので、そこまで悩む事では無いし、帳票の間違いにも直ぐに気付くそうだ。

だが、艦娘の数が増えてしまうと、当然ながら消費も増えるし、回収できる量も増えるので管理が難しくなる。

それこそ秘書艦が必要になって来るが、中心となる提督がしっかりと理解していないと、どうしても齟齬が生じるそうだ。

回収量が減ったり、消費が多い時は直ぐに対策を練るのは、艦娘の得手では無いので、提督自身の業務と言えるのだが、慣れていなければ、消費の増減の不備に気付くのが遅れてしまうのだ。

特に北条は、同時にやるべきことが多くあったので、資材の管理を吹雪がやることが多かった。

そのためか、資材の増減の不自然さに、気付きにくい提督になってしまった。

北条と吹雪が後悔した出来事の一つである。

そうならないためにも、艦娘が少ない内に数を熟して、慣れた方が良い。

 

「では、もう一度、行ってまいります」

 

「うん。そうしてもらいなさい。次のポイントを指定してあげて」

 

朝潮が、再度の出撃を行うという。

先程は、資材全部が少しずつ上がるようなポイントを回ってもらったが、今回は燃料を多めに回収できるように調整を行う。

 

「うん。良い感じね」

 

「じゃあ、このコースで、回収をして来て欲しいけど、その前にお昼ご飯を一緒に食べようか」

 

吹雪の合格を貰ったので、出撃を依頼する。

だが、もう昼になるので、食事を取ろうと考えた。

疲れた様子は無いし、一日くらいは食事をしなくても大丈夫だとは聞いているが、食べれる時は食べた方が良い。

それに、一人で食べるより、彼女たちと一緒に食べたかった。

 

「はい。喜んで」

 

嬉しそうに返事してくれる。

昼食を一緒に食べると、朝潮たちは、再び水平線の彼方へ向かっていった。

 

「うん。食事に誘ったのは正解ね。

 今回は大丈夫そうだったけど、戻ってきた艦娘が疲れていたら、ちゃんと休ませてね。

 疲労がある状態で出撃しても、回収は上手く行かないし、下手したら怪我して戻って来るから」

 

「はい。気を付けます」

 

「さてと、資材も増えたから、建造が出来るけど?」

 

「いえ、明日の朝にします。

 みんなが、最初に集めた資材ですから、全員が見ている前で使いたいです」

 

明日も出撃してもらうが、その前に建造をすれば良いだろう。

何時まで続けられるかは分らないけど、出来るだけ一緒に行動したいと思った。

 

 

 

 



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宇喜多少年の弱点

三月を迎えた。艦娘の数も30を超え、朝潮型が全て揃った事もあり、予定している学生生活の準備は万全と言える。

資材も順調に増えているので、現状では必要以上に増やすより、前線で戦っている艦娘に役立てようと、横須賀鎮守府に納め、そこから各鎮守府に配布されている。

 

吹雪から見て、鷲一は想像以上に優秀だった。

学力が高い事は知っていたが、同年代の子供に比べても、頭が良いし、精神的にもタフだ。

当初の懸念であった霞だが、彼女の罵詈雑言を忌避するどころか、歓迎している節すらある。どうやら、彼女が着任する前の甘やかす空気が逆にストレスになっていたらしい。

 

「渦が消えてたわよ! どうすんの!」

 

「場所は?」

 

資材回収の任務から戻ってきた霞が開口一番、詰め寄った。

渦の消滅。吹雪は何度か経験した事だが、鷲一は初めてのことだ。

そんな事態の発生を、霞のように怒鳴りながら伝えられたら、普通なら必要以上に動揺しそうなものだが、鷲一に慌てる様子は無く、渦の消えたポイントを聞いて、資材回収ポイントを記した地図に×を増やす。

 

「何よそれ?」

 

「今分かっている渦の場所。過去にあった場所はバツになっている」

 

工廠に設置されている事務所には、パソコンの他に、壁には日本地図と世界地図が貼ってあり、机の上には地球儀がある。

渦のポイントは、それとは別に机の上にある書棚にある紙に記した鎮守府近海の地図に手書きで書いたものだ。

渦の説明をしている最中に、鷲一が自発的に記録しだしたものだ。

横須賀鎮守府の長である北条の執務室にも、これと同様のものがあるが、まだ小学生の鷲一が同じものを必要とした時は、正直驚いたものだ。

 

「やっぱり、法則性は分からんな。

 ところで霞、新しい渦を探すとしたら、西と東、どっちが良いと思う?」

 

「そうね……って、そんなこと自分で決めなさい!」

 

「決めてはいるよ。だけど他の人の意見も聞きたいと思った。

 まあ、意見が無いなら良いや。霰は?」

 

「決めてるなら自分で言いなさいよ!」

 

「ちょっと、霞、落ち着いて…」

 

鷲一が一緒に来た霰に質問の矛先を変えると、霞が怒り、それを陽炎が嗜める。

だが、霞を抑えるのは、霰は当然ながら、陽炎や不知火でも無理のようだ。

そんな騒いでいる十八駆逐隊を見て、呆れた視線を送っていると、第八駆逐隊が帰還した。

 

「ただいま帰還しました、司令官」

 

「おかえり。何か問題は無かった?」

 

「はい。大丈夫です。途中ではぐれ一隻と戦闘しましたが一蹴出来ました。無事に資材も回収していますし、損傷もありません」

 

「良かった。ところで、第十八駆逐隊の向かったルートの渦が一つ消えたんだ。

 それで、新しい渦の捜索をしたいんだけど、東と西の、どっちが良い?」

 

「私は西が良いと思います」

 

朝潮は開拓が進んでいない西のルートを選ぶ。

次いで、他の三人にも同じ質問をしていく。

 

「大潮も西です。西は何だか出てきそうな予感がします!」

 

「私は東が良いと思うわ。

 西の開拓が進んでいないのは、それだけ危険だからでしょ」

 

「荒潮もぉ、東が良いと思うなぁ~」

 

朝潮と大潮は西。満潮と荒潮は東と意見が分かれた。

実際に満潮が指摘したように、西の方が危険が大きい。理由は簡単で西と言っても日本の地形上、南西に進むことになり、沖に出ると、それだけ南に近付く。

つまり、伊豆諸島と小笠原諸島で形成されている、深海棲艦の制海権に近付くのだ。

その答えに、鷲一は満足そうにする。

 

「うん。やっぱり、西は八駆にお願いする」

 

「西は? 両方行くつもりなの?」

 

満潮が気付いたようだ。

自分の意見が通らなかったことを不満に思う様子も無い。実に素直なものだ。

 

「うん。最初から探索はしたかったから、両方行きたかった。効率が良い場所を探したいから。西は興味があったんだ。

 それで、朝潮と大潮は間違い無く西って言うと思ってた。

 ただ、満潮と荒潮も西って言うなら危険だから止めようかなって」

 

「ハァ……あのねぇ、私達に姉さんたちを止められると思ってんの?」

 

「満潮と荒潮が止めれば止まるよ。ね?」

 

「も、もちろんです。大丈夫よ満潮。お姉ちゃん無茶しない」

 

「ねえ、由良さんにも来て欲しいんだけどぉ~」

 

満潮がジト目で朝潮を見て、荒潮も不安そうに由良の増援を願う。

朝潮が少し落ち込んでいるが、普段の言動から、正しい反応だろう。

 

「うん。そのつもり。最初の頃と同じ顔触れで行く。

 明日の朝から行ってもらうけど、とにかく、危険だと思ったら直ぐに撤退して」

 

「了解です」

 

「それで、東は?」

 

「九駆に頼む」

 

「そこに、霞たちがいるけど?

 実力的に朝雲たちより、霞たちの方が、もう上回っていない?」

 

現状、駆逐隊としては、最初に揃った八駆が一番高く、次いで九駆だったが、元のスペックと実績の高い十八駆が猛追して、最近では上回っていると思えた。

 

「そう思ってたけど止めた。ちょっと出てくる」

 

「何処へ?」

 

「体育館。軽巡の二人に用事がある」

 

「ああ。二人を付けるんだ」

 

「うん。二人とも身体慣らしは出来て来たみたいだし、朝雲たちと一緒ならお互いにフォローできるかなと」

 

「良いんじゃない」

 

そう言うと、立ち上がって体育館へと向かう。

だが、無視された格好になった霞が怒りを露わにする。

 

「ちょっと、待ちなさいよ! それって私たちが使えないって事!?」

 

「先程の会話から、自分達が頼りになると思うか考えなよ。

 考え無しに危険に飛び込もうとするバカを、止められずに全滅する光景が浮かんだぞ」

 

「なに言ったの、アンタ」

 

「ちょっと、お姉ちゃんたちと話をしようか」

 

顔を赤くする霞を朝潮たちに任せて、工廠を出る。

 

「霞ちゃんのあれ。ワザとだって気付いてるよね?」

 

「怒鳴って動揺させるですか? 戦場での精神状態に近づける訓練の一種ですよね。

 でも、吹雪さんは、俺に効果が無いって気付いてますよね?」

 

父親に習っており、その訓練をした事もあるそうだ。

どんな訓練をしたか気になったが、珍しく言葉を濁して教えてくれなかった。

 

「まあね。うん。確かに霞ちゃんは、やり方を変える必要があるわね」

 

「ですよね。俺って、そんなに信用できないですかね?」

 

霞の真骨頂は、鬼軍曹の真似事では無く、駆逐艦としては稀有なまでの指揮能力だ。

戦艦や空母の艦娘がいない現状では、霞の能力は鷲一にとって、最も必要なのだが、当の霞が間違った方向に走り続けている気がする。

 

「まあ、しばらくは様子見ね。霞ちゃんも観察している最中だと思うよ」

 

「そうします」

 

話しながら歩いている内に、体育館に到着した。

中では天龍と龍田が運動をしている。呆れた事に、天龍が建造されたと思ったら、次いで龍田が建造されたのだ。

二人で身体に慣れるため、最近ではボールを使ってバスケやバレーをしているが、今日はバレーボールを落とさないように打ち合っていた。

こちらに気付いた天龍が声をかけてくる。

 

「よう、提督どうしたんだ?」

 

「はい。天龍さんにお願いがあります」

 

「さん? ます?」

 

天龍が睨み、鷲一が自分の失敗に気付く。

素直に近づくと頭を差し出し、天龍が軽く叩いた。

 

「ゴメン、天龍に用があった」

 

「おう。何だ?」

 

今度は機嫌よく頭を撫で始める。

天龍に言わせれば、提督が艦娘に敬語を使ってはならないらしい。

自身の言葉遣いはどうなのだと思うが、逆に天龍にしたら敬語は壁と感じるのかもしれない。

 

「探索を行ってほしい。九駆を連れて、東の海上に新しい渦が無いか調べて欲しいんだ」

 

事情を説明すると、二人とも納得したようだ。

 

「良いぜ。探してきてやるよ。どれくらい探せばいい?」

 

「今回は、数よりも海域をくまなく探す事。たくさんあればルートを組みやすいけど、一つも無い可能性だってあるからね。

 無いものを無理に探しても事故の元だし、安全第一で」

 

「艦載機を飛ばして、索敵を重視しろってことで良いかしらぁ~?」

 

「うん。朝雲たちには無理をさせないで」

 

「任せとけ」

 

ここで天龍に怪我をしないようにと言わず、朝雲たちに怪我をさせるなと言うところが、天龍を良く分かっていると思った。

天龍は自分のことだと、無理をしかねない。龍田も嬉しそうにしている。

 

「お、司令官だ!」

 

「本当だ。提督さんがいるっぽい!」

 

その時、体育館に入って来る集団の声。

その声に鷲一の身体が強張る。明らかに嫌がっている。

だが、声の主たちは気付いた様子も無く、鷲一に近付いてきた。

 

「提督さ~ん、遊ぶっぽい!」

 

「バスケしようぜ」

 

声の主の夕立が抱きついてくる。

更に深雪がバスケに誘うが、鷲一は困り顔だ。

特型と白露型、甲型。その中から元気がいい艦娘が集まっている。

 

「いや、仕事中だから」

 

「そんなこと言わずにさぁ~」

 

吹雪には不思議だった。

霞は平気だし、天龍と龍田に対しても、恐れたり苦手にする様子は無く、しっかりと言えるのに、何故かここにいるメンバーには何も言えなくなる。

特に深雪の性格は天龍と近いものがあると思うが、何故か深雪のことだけを苦手にしているようだ。

それだけでは無い。今の状況に、今まで見たことが無い嫌悪の表情が浮かんでいる。

 

「おら、提督の邪魔すんじゃねえ」

 

天龍が見かねて、夕立を引き剥がし、他の艦娘を追い払う。

鷲一は安堵しながら、天龍に礼を言うと、その場を逃げるように離れて行った。

吹雪は後を追おうとする瞬間、天龍の何か言いたげな視線に気付いた。

 

「後でお話を」

 

そう言うと頷く。

多分、天龍も鷲一の異常に気付いているのだろう。

後を追いながら、何を嫌がっているのか考える。

最初の頃は、スキンシップの激しい艦娘に性的な興奮をしていると思っていた。

そのため、どうすれば良いか分からずに戸惑っていると、甘く考えていたのだが、どうやら違うようだ。

少しずつだが、嫌悪感が表に出てきている。

提督でも、全ての艦娘を好きになる必要は無いし、出来れば嫌う艦娘がいない方が望ましい。

だが、人の心の問題だ。どうしても好きになれない、嫌いな相手が出るのは仕方がないとは思う。

それでも、今の状態は、そんな甘い考えでは、取り返しが効かない事になる気がしてきた。

 

「悔しいけど、提督に相談するしかないか」

 

前を歩く、鷲一の小さな背中を見ながら、小声で呟く。

あまりにも上手く行っているので油断をしていたのかもしれない。

だが、相手は幼い子供だ。優秀さに目を見張っていたが、冷静に考えると親と引き離された子供なのだ。

そして、吹雪は母親では無い。子供の心が分かるはずもない。

自分の子供では無いのだ。そんな事を思うと、胸が痛くなった。

 

 

 



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別居政策?

北条は、吹雪から相談があると言われて時間を作ると、その吹雪が天龍と一緒にやってきた。

二人とも困った顔をしている。宇喜多鷲一の事だと思うが、何かあったのだろう。

話しやすいようにと、机の前で立ってでは無く、テーブルに向かい合って座るように促した。

 

「それで、何があった?」

 

「はい。どうやら、鷲一くんの中で、苦手な艦娘が出て来たようです」

 

「いや、あれは苦手なんて話じゃねえぞ。嫌がってる」

 

吹雪の柔らかい言い方を天龍が訂正する。

吹雪が反論しないところを見ると、どうやら、こちらの方が正しいようだ。

だが、これまでの報告では、警戒していた艦娘に対しても、問題は無かったと聞いている。

 

「霞は平気だったと聞いたが?」

 

「はい。霞ちゃんは平気なんです。それに曙ちゃんも」

 

警戒していた三人の駆逐艦。

その内、満潮に関しては、早々に八駆だけが揃ったことで、意図しない御機嫌取りになったせいか、今まで横須賀を含め他の鎮守府では見たことが無い、協力的な満潮になっている。

霞と曙に対しても、最初は驚いたようだが、彼女たちの船としての記録を読んで、あの性格にも納得したらしい。

霞に対しては、その言葉を受け入れる時は受け入れ、反発する時は反発する。

自らの非は素直に認める性格なので、彼女の暴言に対してもしっかりと受け止めるが、明らかに理屈に合っていない時は反論もしてくる。朝潮たちが味方に付いていることもあり、霞が必要以上に理不尽なマネをしない事もあるが、ある意味、最も対等な関係を築いている艦娘とも言える。

曙に対しては、現状では距離を置いているそうだ。北条もそうだったが、曙の性格の根底にあるのは、上層部の理不尽に対する怒りだ。

霞も近いものがあるが、曙はそれが激しい。だから、下手に自分を信じろなどと言わず、行動で信頼を勝ち取るしかない。

それを助言するまでもなく、自分で行っているそうだ。

 

「ただ、曙は平気なのに、漣を嫌がっているよな」

 

「漣が?」

 

それこそ、意外な名前だ。漣は艦娘の中でも提督に好意的な艦娘の一人である。

舞鶴鎮守府の一色提督の初期艦が漣であったが、面倒な任務を背負い、沈鬱な気分になりやすい彼を支えてくれている。

また、曙があんな性格なので、彼女との間を取り持つなど、気遣いも出来る。

 

「嫌っているというより、煙たがっている。そんな印象ではありますが」

 

「煙たがるか……ん? もしかして、鷲一に好意的な艦娘ほど嫌がっているのか?」

 

「はい。そんな感じです」

 

「その艦娘たちは、鷲一を可愛がろうとしてないか? 頭を撫でようとしたり」

 

「はい。そうです」

 

「それだ。それが嫌なんだ」

 

「いや、俺もしてるが、別に嫌がってねえぞ。なあ?」

 

「はい。天龍さんは殴りもすれば、撫でもします」

 

「理由は?」

 

「ああ~、俺に敬語を使うと殴る。改めると撫でる」

 

「つまり理由があって、そうするんだろ? で、鷲一が嫌がっている艦娘は何で撫でる?」

 

「特に理由は無く、愛情表現と言いますか……」

 

「私の経験上、それは嫌な対応だな。天龍の場合は理由もあれば、加減も上手いのだろう。

 だが、駆逐艦は朝潮型を除いて、微妙な年上だ。これで天龍や由良くらい離れていれば良いのだろうが」

 

北条の経験上、可愛いと言われて、無邪気に喜ぶ子供であれば良いが、思春期になっても、可愛いと呼ばれて喜ぶ男は少ない。まして、鷲一は実年齢や外見より、精神的には大人びている。

それが理由もわからずに可愛がりに来たら、訳が分からず、戸惑うだろう。

理由さえ分かれば、それが敵意だろうが対応してみせるが、理由の無い好意は、不安の方が大きくなる。

いくら艦娘がそう言うものだと言われても、全員がそうでは無いし、好意的でも適度な距離感を保ってくれる艦娘も多い。

そもそも、あの年頃の少年にとっては、女子中学生の異常に高いテンションは、理解不能な恐怖の対象でしかない。

 

「陽炎や不知火。それに時雨なんかは平気じゃないか?」

 

「はい。彼女らには普通に接しています」

 

予想通り、落ち着いた対応が出来る相手はそうではない。

しかし、大騒ぎしながらやってくる少し年上の少女など、気持ち悪い存在だった。

 

「やはりな……困ったな。対応策が無いぞ」

 

「そんな!」

 

「それは拙いだろ。何とかしねえと」

 

二人が焦るのも無理はない。このままでは、多くの駆逐艦を嫌悪する提督の誕生だ。

そんな鎮守府は、まともに機能しないだろう。

 

「落ち着け。直ぐに改善できる対策が、取りたくない方法なだけだ」

 

「直ぐに? では時間をかければ大丈夫だと?」

 

「ああ。普通に時間が解決する問題だ」

 

「ちなみに、直ぐに打てる手って?」

 

「簡単だ。提督命令で近付くなと言えば良い」

 

「それはダメだろ」

 

艦娘にとって提督命令は絶対だ。

死ねと言われれば死ぬ。勝ち目のない相手にでも、命令とあれば立ち向かう。

だから、近付くなと言われれば、それがどれだけ受け入れがたい命令であっても従う。

しかし、そうやった後は、提督との絆が無い、弱い艦娘が生まれるだけだ。今回のコンセプトである、提督と艦娘を共に学ばせて、絆を育みながら成長するという考えとは、正反対の方法だ。

 

「ですが、どれだけ時間がかかるのでしょうか?」

 

「そうだな。予定通りの学友として過ごさせる年齢に……」

 

間違ったことは言っていない。

だが、正しくも無い。吹雪の前で言い難くはあるが、彼女の前で自分を取り繕うより、より正確な知識を持っていた方が、今後とも良いだろうと考え、ぶっちゃげることにする。

 

「正確には、鷲一にとって、恋愛の対象、もしくは性欲の対象になれば問題は無い」

 

美しい女性や可愛らしい少女に囲まれるのは、多くの男にとって憧れる状況なのだ。

それを望む理由は、肉体的、あるいは精神的な快楽を求めているからだ。

そうと知れば、拒絶する理由も、難しい事では無い。

決して、そういう目で見る対象で無いのに、大勢で近付いてくるから嫌なのだ。

 

「性欲に関しては微妙だからな。興味はあるだろうが、何処まで知っているかは不明だ。

 ただ、幸いと言っては何だが、朝潮たちは脈がある」

 

朝潮型に対しては、全員が集まって来ても、嫌な顔をしないのなら、彼女たちは、恋愛や性的好奇心の対象になっているということだ。

彼女たちと一年も共に過ごせば、色気も付くだろう。

 

「時間が解決する問題だ。だが……」

 

「それって、鷲一くんを朝潮型以外の娘を引き離すってことですよね?」

 

「俺らが我慢すれば良いって話だよな。でもなぁ」

 

北条が濁した言葉を、吹雪も天龍も正確に察してくれた。

艦娘が提督から引き離される。それは艦娘にとって家族や恋人と引き離されるに等しい行為だ。平静ではいられない。必ずや不満を抱く。

現状では横須賀鎮守府はそれに近い形だ。ほとんどの艦娘。それも主力と呼ばれている強力な戦力の艦娘は、現在は伊豆大島にいるので、提督である北条とは毎日会うことは出来ない。

それでも不満を抱かないのは、誇りがあるからだ。

自身の務めである、伊豆大島を拠点とした防衛網が、国民と国土を護るという使命に対する誇り。

己の主である北条が、全ての提督のトップであり、自身の配下だけでなく、自衛隊や政府との協力関係を構築する任務を持っている事に対する誇り。

故に離れていても耐えられる。何時もは会えないからこそ、提督と自分の任務の重要性が大きいのだと信じられる。

 

だが、宇喜多鷲一が生み出した艦娘には何の誇りも無い。

正直に打ち明けでもしたら、提督に嫌われているという事実を突きつけられるだけだ。

おそらく信じないで、鷲一に詰め寄るだろう。

 

「俺は大丈夫だぜ。話は分かる。それが良いとも思うぜ。だけど、駆逐どもはなぁ~」

 

天龍が嘆息する。

彼女が全てを言わずとも分かる。

鷲一から引き離したい艦娘は、むしろ鷲一と離れたくないと思っている艦娘なのだ。

絶対に不満を持つし、納得はしないだろう。

 

「今いる軽巡は三名だったな?」

 

「はい。ここにいる天龍さんに、龍田さん。それに由良さんです」

 

「三名で駆逐艦の少女を抑えることは……」

 

天龍が難しい顔をしている。その状況を想像しているのだろう。

 

(ワリ)い。無理だわ。数が多すぎる。一人でざっと十人だかんなぁ」

 

天龍はそう言うが、おそらく天龍なら平気だろう。

彼女の気質なら十人くらいは面倒を見切れるし、抑えることも可能だ。

だが、由良と龍田は難しいだろう。それを口にしない彼女の気質は好ましいが、事態の好転にはならない。

不満を抱く艦娘を、どうやって抑えるかだ。

 

「吹雪。悪役をしてくれるか?」

 

「了解です。離すのは鷲一くんでは無く、横須賀の決定という事にします」

 

「すまねえが、それだけじゃ不足だ。抑え役が欲しい。川内型の三人。最低でも神通が欲しい」

 

「そうだな。資材の投入量を増やして、軽巡を建造させてくれ。

 今のドックでも問題ないはずだ」

 

「はい。理論上は大淀さん以外は建造可能です。

 その代わり、重巡が生まれる可能性がありますが?」

 

今使っているドックは200メートルだから、それを超える艦娘は建造されない。

だが、軽巡で200越えは大淀だけで、阿賀野型も確率は下がるが建造可能だ。

そして、重巡に200メートル以下の軍艦がいるので、彼女らが建造される可能性がある。

その、可能性があるのは、古鷹、加古、青葉、衣笠の4名だ。

 

「青葉か……面倒だな」

 

取材と称して、何かしでかす可能性がある。

 

「いや、逆に取材させて良いんじゃね?

 提督が何をしてるかは、離れていたら興味はあるし、正しいメディアの使い方だろ?」

 

「それもそうだな」

 

天龍の意見に同意する。

集団で来なければ、鷲一も平気だろう。時々、青葉の相手をさせて、引き離している艦娘のガス抜きに使えば良い。

今後の予定として、建造に投入する資材の量を増やして、軽巡を狙う。

学生組、初年度は朝潮型のみ、提督と共に、講堂を中心に生活させて、それ以外の艦娘は生活スペースを切り離して訓練と資材の回収任務を行わせる。

実行は、神通が建造されたら。

彼女に駆逐艦の訓練を担当させて、学生組と分ける事にする。

 

「問題は、残り一か月で神通が建造されるかだな」

 

「それは大丈夫な気がしますが」

 

吹雪の反応に苦笑する。

運試しの第二弾とういわけだが、出て欲しくない艦娘がいるわけではないので、気楽にやれば良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「総員、朝演習開始。轟沈判定を受けた者は、直ぐに資材回収任務を五往復。

 完了するまで睡眠無しです」

 

「き、厳しすぎない?」

 

鷲一が、困惑しながら問いただすが、聞かれた神通は、言ってる意味が分からないと言わんばかりの反応だ。

言われた駆逐艦たちも、不平一つ零さずに従っている。

何かを諦めたような表情のように見えるのは気のせいだろうか?

悩んでいた神通が閃いたという反応で、鷲一が心配しているだろうことに答える。

 

「大丈夫ですよ。ご飯は抜きにしませんから。海上で食べる御握りは格別な味ですよ」

 

「いや、そうじゃなくて。資材回収は、敵艦と遭遇する危険があるから……」

 

「それこそ大丈夫です。駆逐艦の子だけで行かせはしません。天龍さん、龍田さん、球磨さん、長良さん、五十鈴さん、交代で付き合ってもらいます」

 

「由良や北上は?」

 

「那珂ちゃんも含めて演習に協力してもらっています。

 腑抜けた行動を取れば、彼女らが攻撃をする手筈です」

 

「みんなー、頑張ってねーキャハッ♪」

 

「……そう言えば、お姉さんは?」

 

諦めて、周囲を見渡すと、神通と那珂はいるが、川内が見当たらない。

 

「その、川内姉さんは、朝は弱いので」

 

溜息を吐きつつ困った表情の神通に何も言えず演習を見守る。

あの中には、川内に付き合って夜戦演習をした子も混じっているはずだ。

 

「よし、朝演習終了。帰投せよ。ご飯をいただきつつ、続いて、昼演習用意、はじめ!」

 

「もう!?」

 

「え? ご飯は食べましたが?」

 

困惑する鷲一とマイペースな神通のやり取りを、少し離れたところから吹雪と天龍が見守っている。

天龍が呆れた様に呟く。

 

「恐ろしい引きだな」

 

「まあ、最初も驚きましたが、改めて凄い強運ですね」

 

資材を多く投入したとはいえ、7人連続で軽巡。しかも、神通を最初に川内型が揃ったので、逆らう駆逐艦はいなかった。

予定通りに隔離してしまい、今では大人しくしごかれている。

 

「まあ、後はそちらの鹿島任せか」

 

「ええ。いよいよです」

 

これまで長かった気がするが、本番はこれからだ。

ようやく、学生生活が幕を開ける。吹雪に出来ることは少なくなるだろう。

それでも、提督として独り立ちするまでは、見守って行こう。そう考えながら、青い空を見上げた。

 

本日、3月31日。明日から学校が始まる。

 

 



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小学生六年生~少年は戦いを知る
時間割


今回は短め。
会話に参加する事はありませんが、夏雲はいるってことで。



なっちゃんは実装されるのか?


現時刻、4月1日の8時20分。この日この時間から学校が始まる。そう聞いた時は疑問に思った。

鷲一が知る限り、4月1日は登校日ではあるが、本当に登校するだけで、春休みの真っ最中だったはずだ。

間違いではないかと思ったが、最近の駆逐艦の訓練を見ると、何となく思い当たる節がある。

 

「これから、皆さんの勉強を見る鹿島です。鹿島先生って呼んでくださいね」

 

担当をするという鹿島という艦娘は、かなりの美人だ。おまけに優しそうな先生である。

その鹿島が教室の壁に、何かを貼っている。

その内容に、悪い予想が膨らんでいく。

 

「はい。これが時間割です。これに沿って、勉強をしていきますよ」

 

優しい笑みを浮かべたまま、壁に貼った時間割を指し示す。

月曜から土曜まで、午前中に4つの教科がローテーションを変えながら並んでいた。

一応、いくつか確認したい事があるので、まずは一つ目を質問をする。

 

「鹿島先生、社会がありません」

 

4つの教科は、国語、英語、数学、理科という小学生らしくない科目だ。

数学は算数と一緒だと言ってしまえばそれまでだ。むしろ、中学生で習う授業は、数学では無い算数だという人もいる。

そして、国語の授業が無い日があり、その分は理科の授業が多い。

更に社会が無い。確かに、不要だという意見が多い科目だ。歴史も地理も高校受験から除かれることさえある科目だ。その所為で無くしたのだろうか?

 

「はい、良い質問ですね。

 まずは、このお昼ご飯の後の科目を見て下さい」

 

それは、確認したい事の最大の件だ。

5時限目、6時限目では無く、単に提督学という授業が、一つの教科だが月曜から土曜日まで並んでいる。

ただ、縦に長い。昼食と書かれた月曜から土曜日まで、横に貫通したラインがあるが、それは中央に書かれている。

そして、上半分の4教科は、ほぼ正方形のサイズで書かれているのに対し、下半分の『提督学』というのは、前半の4教科を合計した長さに等しい。これだけで、1時間の授業では無いことが分かる。

 

「社会という授業は、言ってみれば歴史と地理、そして政治の授業ですが、その内容は、この提督学で勉強するので、不要と判断しました」

 

「すいません、その提督学というのが分かりません」

 

「はい。実は私が作った授業なので、そんな言葉はありません。

 知らなくて当然ね。まあ、ぶっちゃげると、提督として必要なスキルを学んでもらうって事です。

 その中に、用兵に関しての勉強が多いけど、その教材として、過去の戦争を学びます。

 そこで質問です。戦争って何ですか?」

 

「国と国の争い?」

 

「うん。完全な正解とは言えないけど、今回は良しとしましょう。

 戦争って、外交手段の一つと言っても差し支えが無いし、それを学ぶには背景にあるものを知る必要がある。

 更に、その戦いが行われた戦場、地形も重要になって来る。

 つまり、背景にある国の思惑、民衆感情も含めた政治に国の体制、戦場の地形、それが何時行われたか」

 

「社会で学ぶことは全部入っていると?」

 

「うん。おまけに一日一時間程度で学べるほど、少なくないからね。

 だから、こんな感じに」

 

改めて時間割を見る。

午前中の4教科と同じ長さの『提督学』と言う授業。更に、その下に夕食と書かれている。

つまりは、1時半からスタートしたとして、夕食が6時からでも、4時間半は提督学の授業だ。

月曜日から土曜日は、朝から夕飯まで授業があるということだ。

おまけに、夕食の後には、補習とある。

 

「補習とはなんでしょう?」

 

「夕食までの授業で、理解が足りないとか、不足している分は補足するの」

 

まるで、親切でそうやっているという態度だった。

悪気は微塵も無い。

 

「それに運動もあるよ。提督には体力も必要だからね。

 ちゃんと提督学の中に、軍人に必要な基礎体力や、武道とか戦闘術も学んでもらうけど、不足してる分は寝る前に鍛えておけば安心だからね」

 

ちなみに、不足なしと判断されれば、バスケや好きな事をして良いそうだ。

実に素晴らしい御褒美だと、皮肉を言いたくなる。

だが、それを口にする勇気は無い。別に鹿島が怖い訳では無い。

そっと、左側を見る。

 

「なるほど。これが学生の生活なのですね」

 

左隣に座っている朝潮が、興味深そうに聞いている。そんな訳が無いと言いたいが、黙っておく。

続いて右側を見る。

 

「何だか楽しみになって来ましたぁ」

 

右隣に座っている大潮はワクワクしている。

同じ年頃の少女が、何も言わないどころか、楽しみにしているのに、厳しすぎるなんて恥ずかしい事は言えない。

日本男児たるもの、そんな情けない事を言えるはずが無かった。

 

「あ、それと、英語なんだけど、授業でやるのは、書くと読むが中心になるから、英会話の勉強は提督学やるけど、サービスとして、映画もあるから」

 

「ああ、英語で会話している映画を見て耳で覚えるって奴ですね」

 

「その通り♪ 勉強で楽しい映画も見れるからね」

 

父に勧められ一緒にやって来たことだ。

それに、アメリカ製の戦闘機を操るゲームもやった。

そのお蔭で、実は聞き取りくらいなら、ある程度は理解できる。

 

「甘いんじゃない?」

 

「でも、霞ちゃん、英会話は重要よ~」

 

「それは分かってるわよ。ただ、その重要なものを、楽しみながらやるってのが気に食わない」

 

「でも、楽しみながら勉強になるなら良いんじゃない」

 

「そうよ。霞ちゃんはサービスって言い方が気に入らないみたいだけど、実際に英会話の勉強になるのは、机の上で紙に向かうより、英会話に触れる事なんだから」

 

荒潮と朝雲は肯定的だが、霞は甘いと不満そうだ。褒美など不要。そんな思いがヒシヒシと伝わる。

実は気付いていた。彼女らの常識と、自分の常識は違うと。

神通が行っている訓練。あれが彼女らの平常なのだ。

そもそも、週休二日なんて言葉は戦前には無かった。あれは昭和から平成へと変わる頃に出来た文化だ。戦前生まれの彼女らには理解できない文化だろう。

ちなみに、民間では、週休二日は無くても、月休二日ならあったそうだ。月の休みは1日と15日だけ。

こうして、外国から働きアリと呼ばれた古き日本人を、教師と学友に迎えて、学生生活をスタートする事になった。

 

 



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まず現状

これから数話、説明回になります。


始業式など無く、いきなり授業が始まった。

鹿島も慣れていないのか、戸惑いながらの授業になっているが、4時間を乗り切り、昼食の時間を迎える。

 

「何だか楽しいです」

 

大潮が口火を切ると、全員が騒がしくなってきた。

楽しそうな朝潮たちを見ながら、大根の煮物を口に入れ、麦飯をかきこむ。

 

「ねえ、司令。司令が行ってた学校もこんな感じ?」

 

朝雲が興味深そうに聞いてくる。

彼女たちとしては、これが基準なのか分からないだろう。

だが、鷲一も色んな場所を知っている訳では無い。

 

「まだ分らないな。ただ、昼からのアレ。見当も付かない。そこは普通じゃないって断言できる」

 

「ああ、提督学ってやつね」

 

みんなで予想を話し合う。

艦隊運用として、艦娘が海に出る。その指揮をするという意見もあれば、座学でジョミニの戦争概論やクラウゼヴィッツの戦争論、マハンの海上権力史論を教材に学ぶという意見も出る。

鷲一はクラウゼヴィッツは、何だか聞いたことがある気がするが、他は誰だと思った。

ちなみに荒潮は、提督と艦娘が仲良くするための内容を並べたが、全員に無視されて不貞腐れた。

そんな昼食を終えると、いよいよ午後からの授業がスタートする。

 

「さて、まずは現状を知る事から始めなくてはいけないよね。

 この国と世界の現状。深海棲艦が現れて、何がどうなっているのか。

 鷲一くんは若いし、他の子も、生まれたばかりで、深海棲艦がいない状態を良く分かっていない。

 でも、今の政治家とか、大人はいない方が自然だから、ちゃんと知っておかないと」

 

いわゆるジェネレーションギャップという奴が洒落にならないレベルで、問題が起きる事もあるそうだ。

特に現状に対する不満は、当然ながら年寄りが多く、問題を起こすのも年寄りだ。

 

「さてと、ざっとだけど、私たちが負けた後」

 

その言葉に、朝潮たちの表情が強張る。

そうだ。これから語られるのは、自分達が負けた後の歴史。言わば望まなかった世界のはずだ。

 

「まあ、みんな建造された時点で、何故かある程度の事は分かってると思うけど、改めて説明するね。

 海軍は米国を相手に、当初から恐れていた国力の差を見せつけられて惨敗した。

 この中で最後まで残ったのは霞ちゃんだけど、最後の任務を覚えているかな?」

 

「ええ。大和さんを壊しに行ったわ。私たちは、副葬品ってことかしら。

 あのちょび髭モドキは、最後までクズだったわ」

 

チラリと、朝潮と荒潮を見て吐き捨てる。

大和の特攻は、霞から見ても、単に壊しに行っただけのようだ。

ちょび髭モドキというのが誰かは知らないが、それを口にした際の霞は本気の殺気を放っていた。

ちょび髭と言えば、アドルフ・ヒトラーだろうが、そのモドキだ。碌な人間とは思えなかった。

 

「まあ、ちょび髭モドキ大佐は、あれでも勝算があったのかもね。

 とにかく、勝負は一方的だけど、私たちは奮闘した。し過ぎたと言っても良い。良くも悪くもね」

 

予想外の奮戦をした日本に対して、アメリカは徹底した弱体化を狙い、それが見事に成功した。

おそらく、当のアメリカが困惑するほど弱体化してしまった。

 

「その後、アメリカはソ連との覇権戦争を始めるけど、正面から衝突すれば、お互いに無事では済まない。

 それだけの力を持ってしまったために、冷戦と言われる睨み合いになった」

 

核の誕生だけではない。あまりにも殺し過ぎた第二次世界大戦の反動か、人々に戦争を忌む気持ちが強まった。

日本は行き過ぎた例だが、世界中で戦争を悪とする考えが大きくなった。

 

「更に、食糧問題に大きな変化が現れた。これに気付いていたら、満州を手放しても痛くはなかったって、今なら思うかな」

 

戦争で土地を奪うのは、その国の人が生きるためだ。

人類と言う種が、その生存域を、限られたリソースを奪い合う。

あの当時の日本は、満州の地が無ければ、多くの日本人が飢えて死ぬ事になっただろうが、戦後になって、大革命が起きる。

みどりの革命と呼ばれる農業技術の進歩は、多くの人々を軽く養えるほどの食糧を生産する事が可能になった。

 

「まあ、これも敗戦の影響があるんだけど」

 

緑の革命のメインは、化学肥料による作物の成長だ。機械化や農薬は楽は出来るが、作物が育つわけでは無い。

だが、化学肥料でいくら土壌を改善したところで、穀物のメインである小麦にはある欠点があった。

肥料で栄養を与えたところで、成長するのは茎の部分、ワラとなる場所のみで、実となる部分まで栄養が届かなかった。

それが戦勝国であるアメリカが、日本が研究して作ったある小麦の品種を持ち帰った。

それは、従来の小麦に比べ背丈が低く、肥料を与えても茎が伸びずに、実に養分が行き渡った。

その小麦をベースに生み出したゲインズと呼ばれる小麦は世界中で広まり、多くの飢餓を救う。

命の価値の上昇に、食糧生産の改善。

皮肉にも、多くの命を奪ったあの戦争が、その後の人口爆発を引き起こすのである。

 

「重要なのは、日本において、戦後と呼ばれる時代は、安全が保障され、食べ物が余る時代を迎えたの。

 逆に、戦前と呼ばれる時代は、最悪の時代ってね」

 

「安全が保障される? それって絶対ですか?」

 

朝潮が疑問に思ったようだ。

その反応に、鹿島が苦笑する。

 

「そうね。正直に言えば、単なる平和ボケって奴かな。

 何で人を殺したらいけないんだって、真面目に議論する人がいるくらい」

 

「は? そんなもん、殺されたくないからでしょうが」

 

「その当たり前が、分からないくらい、ボケちゃってるの」

 

霞が言うように、全員が殺されたくないから、全員の殺しを禁ずるのだ。

生きたいという生物としての、当然すぎる欲求や、自分が殺される恐怖すら理解できなくなっている。

そんな、当たり前すぎる話を、分からなくなるくらい、命が保障された国。

当然ながら、紛争地などでは、こんなバカげた議論は起きない。生死を身近に感じている人達なら、考えるまでも無いルールに疑問を感じる者が出る。それが、今の日本だ。

 

「話は戻すけど、あの戦争の後、日本は軍を解体された。一切の軍を持たない国になった。

 でも、そんな状態を続けられる訳が無い。先にも言ったけど、アメリカとソ連は、衝突寸前。

 だから、アメリカの同盟国として軍を再建することになったけど、憲法で軍を持たないって明言しちゃったからね」

 

紆余曲折の末に、自衛隊が誕生した。

だが、国を守るべく生み出された組織は、外より中に敵を抱えた。

軍を持たないという憲法を守り、自衛隊は違憲集団だと貶める人が多く出て来た。

 

「それが、最初に言った、弱体化させた本人であるアメリカでさえ困惑したって話ですか?」

 

「うん。それに、何故か自衛隊を嫌う人は、ソ連や中国が大好きだったみたい」

 

「最悪。単なるスパイじゃない。もしくは内応する準備をしていたか」

 

「そこは不明です。でも、本気でそう思ってる人は多かったみたい。

 まあ、そんな状態だからね。特徴的なのが、その言葉かな。勇ましい言葉を敢えて避けるというか、誤魔化しみたいなものが多かった」

 

駆逐艦を護衛艦。攻撃機を支援戦闘機。歩兵は普通科。

階級は大中少が一二三。あらゆる言葉が綺麗な言葉で誤魔化された。

 

「その辺は問題無いんだけどね。

 ただ、その誤魔化しの中でも、最悪と言っても良い言葉が生まれたの」

 

最悪の言葉というのに首を傾げる。

だが、鹿島の口から出て来たのは、鷲一にとっては、疑問に感じていない単語だった。

 

「専守防衛」

 

そもそも、専守防衛が、何を変えた言葉か分からない。

専守防衛とはどういうものか、鹿島の口から語られるが、次第に朝潮たちの顔色が悪くなってきた。

そして、霞にいたっては、思わず立ち上がっていた。

 

「何よそれ? その意味が分かってるの?」

 

「う~ん、分かっていない人は多いみたいよね。

 実際に鷲一くんは分かっていないみたいだし。ちなみに霞ちゃんは分かるかな?」

 

霞が鷲一を睨む。

分かっていない事を表情で察したのだろう。

悲しみ、怒り、失望。そんな感情が相まった表情で吐き捨てる。

 

「本土決戦……相手が自国に攻撃するまで反撃できないってことは、常に本土決戦をやるってことよ」

 

本土決戦。敵が本土まで乗り込み、そこを戦場として戦う事。確かに専守防衛とは、そういうものだ。

本来なら、恐怖を抱き、避けたいはずの単語が、専守防衛という、本質を誤魔化し美しい単語に書き換えられた。

ショックを受ける鷲一に構わず、鹿島は拍手をしながら話を進める。

 

「はい。霞ちゃん正解です♪

 つまり、我が国は敵の侵攻が予想されても、国民の生命を散らしながら、常に本土決戦を行う国となりました。

 当然、撃退に成功しても、敵の戦力が整って再侵攻してくるまで、大人しく待ってま~す♪」

 

流石にそれは無いか、と、笑いながら呟く。

そこまでされれば、馬鹿でも目を覚ますだろう。

ただ、目を覚ますには生き残る必要があり、目を覚ます前に、永遠に目を覚まさない状況になる可能性もある。

 

「そんな状況になった我が国です。戦うにも、多くの手かせ足かせが付いている。

 そこに現れたのが深海棲艦です」

 

 

 

 

 

 

 



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深海棲艦

その兆候は、2010年頃から見られた。

世界中で、謎の海難事故が多発したのだ。原因については様々な仮説が出た。

温暖化による潮流の変化や竜巻の発生。安いからと品質の悪い部品を使用した事による故障。テロリストが潜水艦を手に入れた。時代錯誤の覇権主義を掲げる中国軍の仕業。

いくつもの仮説が出て来たが、実際は一顧だにされなかったオカルト好きの意見が、最も正しかったと今なら言える。

オカルト好きが並べたネタの数々。太古の怪獣や幽霊船。その中に、事故が起きた場所が、初期の段階では第二次世界大戦で、海戦が行われた場所に近い事から、あの戦争で戦死した兵士や軍艦と関連付ける説が出ていた。

 

「最初の頃は、太平洋では、鉄底海峡に最も多く見られたわね」

 

「でも、深海棲艦の出現はランダムだと聞きました。例えば東京湾に突然出現する事もあると」

 

「それに関しては謎ね。一応の説としては、深海棲艦の勢力の増加に伴い、出現する場所が増えているってのが有力。更に生まれたての深海棲艦は、一時間ほどは大人しく浮遊して、周囲を攻撃、もしくは仲間を求めて移動するの」

 

「つまり、多くの仲間がいる鉄底海峡に向かう」

 

「そう、その群れが集まり、一つの意志の元に再び散っていく」

 

上位者の指示に従い、戦略的な行動を開始するようだ。

そして、2012年。その謎の生物と交戦したオーストラリア海軍による映像が公開された。

マッコウクジラの頭部のような謎の生物が、口から砲弾を吐き出すのだ。

その牛よりも小さく、猪よりは大きい生物から、放たれる弾は、当時の駆逐艦が装備している127mm砲に匹敵した。

2013年に入ると、既に海難事故などという甘い話では無くなっており、シーレーンは引き裂かれ、経済的な問題だけでなく、地上にも被害が発生していた。

この謎の生物に対して世界中が戦闘態勢を取り、日本にも協力が要請されたが、本土決戦以外は行わないという日本の勢力の妨害により、協力体制は遅々として進まなかった。

 

そんな頼りにならない日本は無視して、アメリカは戦闘準備を進める。その謎の敵の特徴が、第二次世界大戦の駆逐艦と軽巡洋艦と酷似していることから、謎の生物を『深海棲艦』と命名。

命名直後、正解の褒美だと言うかのように、重巡洋艦の特徴を持つ深海棲艦が現れる。

その人と酷似した姿は衝撃を与えたが、見方を変えれば対話が可能と思われた。様々な試みで接触を図るが、全て失敗に終わり、最終的に対話は不可能と判断される。

そして、太平洋では、米豪連合と深海棲艦との戦いが開始される。

 

また、もう一方の覇権国家である中国は、太平洋の進出を目指しており、急速に発展する海軍力を背景に、自国防衛と友好国の保護を名目に軍を展開する。

台湾を皮切りにベトナムやフィリピンを、その領土にしていった。更にその矛先を沖縄へと向ける。

米軍が動けない隙の火事場泥棒であるが、そのアメリカが抗議をしようにも、それを無視できる状態になっていた。

 

「沖縄は獲られたのですか?」

 

「ええ。でも、中国の動きは米軍が把握していた。

 同時に今のままでは自衛隊が戦えない事もね。最悪、抵抗もせずに降伏すれば、無傷で日本の兵器。つまりはメイド・イン・USAの兵器が渡ってしまう。

 このままでは貴重な戦力を、中国に奪われかねないと思った米国は、要請と言う名の脅迫を行い、航空自衛隊と海上自衛隊の戦力を沖縄から退去させたの」

 

「では抵抗も出来ずに?」

 

「望んだことが叶ったから良いでしょ。無抵抗なら何もされない。だから軍備は不要って人が多かったから。

 ちなみに、その後のことは不明。何と言っても中国が好き勝手出来たのは、深海棲艦の本体とアメリカ海軍が戦っていたからだからね。戦いが終われば、その勝者との戦いが待っている」

 

その勝者は深海棲艦だった。深海棲艦の前に、精強を誇るアメリカ海軍が大打撃を被ったのだ。

いくら最強と謳われていようが、海軍、特に近代では、人に直接攻撃する事は許されていない。その攻撃手段は全て兵器を破壊するためであり、更に高度に進んだ自動化がそれに拍車をかける。

人間サイズで、軍艦の攻撃力と防御力を持つ、想定外も甚だしい深海棲艦には相性が悪すぎた。

更に、深海棲艦の数は、2010年の頃は散発的な発見に留まっていたのが、ここに来て急激に数を増やしている。ねずみ算とまではいかないだろうが、どうやら拠点となる地域を手にすると、その数を爆発的に増やすようだった。

つまり、質の面の相性だけでなく、数の上でも圧倒されたのだ。

これは、太平洋側だけではなく、大西洋でも同様で、軍縮の煽りで、かつての最大の海洋国家だったイギリスを始め、海軍力が低下しきっていたヨーロッパは深海棲艦に大敗北を続ける。

米国は撤退して、自国と外国の中で重要な母港を持つ国で防衛網を構築する羽目になった。

日本は横須賀や佐世保といった地に米軍を匿う事が出来たのは、幸いだったと言える。

優秀な兵と戦力を持ちながら、いざ実戦を前にすると、それを扱う方法を知らない日本政府は、ここでは見栄を張らずに素直に米国に従って防衛網に参加する。

 

この状況に、中国海軍は喜び勇んで、南洋進出を開始するが、アメリカを始めとする各国の目は冷ややかだった。

今度は抗議すらしない。彼らは分かっていたのだ。アメリカ海軍が勝てない相手に、勝利できる海軍がいない事を。米国は、この隙に軍備を整え、深海棲艦に対抗できる兵器の開発に着手する。

だが、米国が望んだ時間稼ぎは叶わなかった。中国海軍は、文字通り一蹴されたのだ。

あれだけの軍備なのだから、もう少しは頑張ってくれると思われたが、そもそも海軍力の要は人である。

近代化の装備にばかり目が行きがちだが、それを扱う人の練度こそが重要であり、欧米は数百年。遅れたとは言え日本には幕末から積み上げた歴史がある。

それを持たない中国海軍は、少しでもマニュアルから外れると統率された行動が出来なくなり、そのマニュアルが通じない深海棲艦に対抗できるはずが無かった。

 

そして、2015年。ついに日本は本土決戦を迎えることになる。

小笠原諸島を皮切りに、その年の内に沖縄諸島と伊豆諸島が陥落。小笠原と伊豆諸島は、民間人の避難は100%とはいかないが、大方は上手く行った。

だが、沖縄に関しては、中国に奪われてしまったので不明。少なくとも避難できたという話は聞いていない。

この頃には、深海棲艦に対抗できる装備もいくつか開発されていたが、それ以前のダメージが大きく、少ない兵力で、沖縄方面からと伊豆諸島方面からの2方向に敵の攻撃を受ける。

また、深海棲艦側にも変化が表れており、半ば予想されていた事だが、戦艦級と空母級の姿が見られるようになっていた。

特に空母級の存在は多くの人々に恐怖を与えることになる。

 

「やっぱり、航空機はヤダよね~」

 

「いいえ、荒潮ちゃん。今の時代の対空兵器を舐めたらダメよ。

 今度、映像で見せてあげるけど、それを見た空母勢や秋月ちゃんたちが涙目になってたから」

 

鷲一も知っている兵器ファランクス。

自動で敵を撃ち落とすセンサーに、戦闘機にも装備され、日米において機関砲の一般名詞化したM61バルカン砲を放つ兵器。

ミサイルさえ撃ち落とす兵器の前では、深海棲艦が操る第二次世界大戦レベルの航空機など、ターキーショット以下だろう。

 

「ですが、ファランクスのセンサーに、深海棲艦の航空機が反応するんですか?」

 

「お? 知ってるね? まあ、さっき話した深海棲艦に対抗できる兵器へ改造した結果の一つね」

 

深海棲艦の反応を調べ、センサーを改造したそうだ。

最初から上手く行ったわけでは無いが、そもそもセンサー無しで手動で撃っても効果は抜群だ。

弾薬の消費は激しいが、近代海軍にとって、深海棲艦の航空機はそう恐れるものでは無い。

 

「むしろ、近代海軍の艦船にとっては、怖いのは戦艦ね。

 的が小さくて当たらないのに、向こうの砲撃は、貧弱になった近代軍艦の装甲を容易に貫通する。

 ただ、空母を恐れるのは、軍では無く、民間人よ」

 

空襲で辺り構わずに爆弾を投下し、瓦礫の山を量産して人を生き埋めにする。

そして、最悪なのが、その空爆の帰りに行う機銃での直接攻撃だ。

 

「今遊んでいるバスケットボール。あれより小さい球状の物体が追ってきて、機銃で人を撃つ。

 あれの使用する武器の威力は、12.7mm機関銃と同レベル」

 

12.7mmと言えば、アンチマテリアルライフルであるバレットなどと同サイズだ。

そんなもので撃たれたら、人の身体など挽肉になって吹き飛ばされる。

そんな光景が、日本の街中で繰り広げられた。

親が、子が、夫が、妻が、友人が、恋人が、大切な人々が目の前で肉片に変えられる。

ここに来て、ようやく日本は戦時中だと意識したと言っても良い。

 

「でも、戦い方を知らない人が多い。

 今まで、何も意識しないで平和を甘受してきた人々には、この状況で、何をどうすれば良いかなんて分からない」

 

黙っていればエサを貰えていたペットや家畜が、突然野生に放り込まれたようなものだ。

狩りの方法も、身を護る術も知らない。

それは政治家も同様。まともな戦略すら考えることが出来なかったのだ。

 

「そんな時に現れたのが艦娘と呼ばれる存在」

 

深海棲艦に匹敵する、いやそれを上回る能力を持った人類の味方。

世界中で提督を見出し、その力を振るいだした。

 

「日本にも、2015年も終わる頃。2人の艦娘が姿を見せるの」

 

 

 



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艦娘の登場

「2人?」

 

鷲一は首を傾げた。

日本の最初の艦娘は、吹雪だと聞いていた。

だが2人なら、吹雪が最初の艦娘と言うのはおかしい。

 

「そう。この日本で現れた艦娘のケースは、艦娘と言う存在の特徴を表す好例だと、研究者の間では評判になっているみたいね」

 

「艦娘の特徴?」

 

「まあ、色々あるけど、気になっている答えを先に言います。1人は当然、吹雪ちゃん。この横須賀鎮守府の艦娘で、提督は海上自衛隊の護衛艦艦長、北条達邦。

 2人目は、ジョンストン。提督はアメリカ海軍のパイロット、アルヴィン・ウォーカー」

 

何処かで聞いた名前だと思ったが、思い出せない。

それより、日本でアメリカの提督が誕生したというのが引っ掛かった。

それは、朝潮たちも同様のようだ。

 

「ジョンストン? 何故、彼女が日本に?」

 

「それも、米国海軍のパイロットって?」

 

「そこに関しては、何の確証も無いの。

 ただ、分かっている事は、艦娘は国では無く、提督個人に従属するって説が有力になっている。

 試したことが無いから、確証は無いけれど、例えば私たちの北条提督が、他国に亡命を希望した場合、私たちは日本に残って別の提督を探すか、それとも提督に付いて行くか?

 正直に言って想像も出来ない。少なくとも北条提督は、どのような状況になろうと日本を捨てることは無いだろうし、私たちはそんな提督をお慕いしている」

 

だが、客観的に見れば、艦娘は提督に従うだろうと言うのが、一般的な見方だ。

事実、オーストラリアは崩壊しており、脱出したオーストラリアの提督はアメリカに身を寄せている。

そして、付き従う艦娘は、無理にオーストラリアの奪還を要求はしていない。

 

「まあ、順を追って話すね。先ずは吹雪ちゃんのケース」

 

彼女が現れたのは、北条が指揮する護衛艦『きりさめ』が、伊豆大島から撤退中の友軍を支援している最中だった。

きりさめは、いささか旧式の部類に入る汎用護衛艦だが、若き艦長である北条は殿軍を務め、民間人を乗せた船と、それを護衛する艦艇の盾になり、撃沈覚悟で奮戦していた。

砲撃を受けて、船体の横には穴が開いており、ミサイルも撃ち尽くした。流石にこれまでかと思われた矢先に、彼女は現れた。

セーラー服を着た少女が海上を滑りながら、手にした奇妙な装備から、砲撃を放つと深海棲艦の頑丈な身体を砕いて沈めていく。そんな白日夢のような光景を繰り広げた。

追撃する深海棲艦の駆逐艦を蹴散らすと、何かを求めるように徘徊しながら、やがて、きりさめに乗り込んで来た。

当然、梯子なんて無く、砲撃で開いた船体に指をかけながらよじ登って来るのだ。

 

「何かシュールな光景ね」

 

「いいえ。提督さんの部下から聞いたけど、その時の光景はシュールどころか、ホラーだったそうよ」

 

眼には何の光も灯さず、口も開かない。

そんな幽鬼のような少女が、それも、先程まで自分達を脅かしていた深海棲艦を蹴散らした少女が、船に乗り込んで来たのだ。

 

「幸いと言っては何だけど、海上自衛隊の隊員さんって、船内で装備を持たないのよね。

 一応は小銃があるけど、厳重に保管しているし、引き金を引くのに抵抗がある人ばかりだから」

 

つまりは、普通に撃たれても不思議はない状況だったらしい。

もし、拳銃を持っていたら、流石に引き金を引いただろう。

そんな、ホラーな少女は艦内を進む。この不測の事態に、北条は自ら、謎のホラー少女と相対しようと、CICを出て、少女の前に立ち塞がった。

 

「はじめまして吹雪です。よろしくお願い致します」

 

北条を見た途端に、目に光が灯り、それまでの幽鬼のような表情から、年相応? の明るい表情に変化した。

 

「ちなみに、吹雪ちゃんには、提督と会うまでの記憶は無いの。どうやって生まれたかは当然、先程まで戦っていた事すら覚えていなかった」

 

「大潮もそうなの?」

 

「はい。司令官に会うまでの記憶はありません」

 

大潮だけでは無いが、艦娘は提督に会いに陸上まで上がって来る。

いや、上がって来るかも定かではない。何故なら、海から距離がある場所に現れた場合、普通なら目撃者がいそうなものだが、それが無いのだ。

 

「吹雪ちゃんの場合も、唐突に海上に居たらしいの。

 戦闘中で、監視体制は十分だったにも関わらずにね。正に湧いて出たって感じ」

 

「本当にホラーですね」

 

「まあ、オカルト寄りだって自覚はあるかな。

 吹雪ちゃんの事は、未だに怖がっている隊員さんもいるけどね。

 あ、これ吹雪ちゃんの前で言わないようにね。隠してる訳じゃないけど、お化け扱いされると傷つくから」

 

北条の部下とは、その後も交流があり、『ずっと目が死んでたのに、艦長にあった途端、急に可愛い子ぶりやがった」などと揶揄われる分には良いが、普通に怯える者もいるようだ。

 

「ところで、海上自衛隊の隊員が、銃を持っていなくて幸いって言ってたけど、もしかして、撃ったら反撃してたって事ですか?」

 

満潮が疑問を挟む。その口調は艦娘が人間に反撃するのは無いと思っているようだった。

だが鹿島は、そんな予想をアッサリと否定してみせる。

 

「うん。大方の予想では、反撃を開始して艦内は血の海になってたかな」

 

「いや、だって相手は人間、しかも日本人よ」

 

「確証は無いんだけどね。もう一つのケースが、艦娘は人間と戦える可能性を示唆している」

 

「随分と中途半端な」

 

同じようなケースで攻撃をしたなら、可能であり、攻撃していないなら不可能だ。

だが、鹿島の物言いでは、可能性どまりでハッキリとはしていない。

 

「その、もう一つのケースなんだけど、ジョンストンちゃんは人類を相手に戦闘をしているの」

 

「あ、相手は……無事なわけがないか」

 

艦娘と戦って人間が無事に済むわけがない。

 

「誤解しないようにね。戦闘と言っても生身の人間では無いの。そこが、判断を曖昧にしているところなのよね。

 ちなみに相手は、自衛隊所属のF-15J戦闘機。パイロットは宇喜多大地三等空佐」

 

唐突に出された父の名前に衝撃を受ける。

朝潮たちも、名前は聞いているのか、興味深そうに見て来るので視線が痛い。

 

「状況なんだけど、もう一つの戦線の沖縄方面では、佐世保基地に在籍する米海軍と共同、実質的に米軍の指揮下で、奄美大島に最終防衛線を構築していたの」

 

奄美大島を突破されれば、その先は屋久島と種子島しかない。

特に種子島には、衛星を発射する種子島宇宙センターがあるので、絶対に近付かせたくない場所であった。

この頃には、最悪の手段として弾道ロケットを使用する可能性も考えられたのだ。

 

「米海軍のニミッツ級原子力空母は、前は横須賀基地に待機してたけど、この頃は佐世保基地を母港としていたの。

 アルヴィン・ウォーカー中尉は、そこに所属するパイロットだった」

 

空母の配属先変更の理由は不明だが、有力なのは、いざと言う時に、逃げ道が無い横須賀を嫌ったためだと言われている。伊豆諸島から来る敵に対し、東京湾は、まさしく袋のネズミである。それに比べ沖縄に対する佐世保なら、日本海を沿って北上する逃げ道がある。

そんな米軍の思惑とは別に、ウォーカー中尉は20代半ばの陽気なアメリカ人気質で、親日家であり、海上自衛隊だけでなく、航空自衛隊のパイロットとも交流を結ぶ社交的な人物であった。

また、日本にいる米海軍のパイロットの中でも、屈指の腕前。

正確に言えば、日米両国で彼を上回るパイロットは、宇喜多大地だけだろう。

その大地を慕い、素直に教えを受けて、腕を磨き続けるという、天才肌であり努力家。

そんな日米双方の軍人に慕われていた彼は、奄美大島沖に出現した深海棲艦の駆逐艦と航空機を相手の迎撃任務に参加していたが、その戦闘で彼の搭乗するF/A-18(スーパーホーネット)が撃墜される。

緊急脱出することが出来たし、間もなく深海棲艦を排除したので、救出を待つだけと言う状況になった。

 

「ジョンストンちゃんは、そんな時に現れた。

 さて問題です。それを見た日米のパイロットは艦娘を知りません。彼らが海上を滑るように進む少女を見て、どう思うでしょうか?」

 

「深海棲艦の援軍だと思います」

 

「はい正解。お父さんだけじゃ無く、当作戦に参加していたパイロットは、みんなそうだと思いました」

 

吹雪のように深海棲艦を倒す姿を見せつけたのなら兎も角、その時は深海棲艦の戦力は排除済み。

ジョンストンを見たパイロットたちが、新たな敵の増援だと思うのも無理はなかった。

しかも、海上には、ウォーカーの他にも、海上で救援を待つパイロットがいるのだ。

当然の選択として、残るパイロットによる迎撃が決定される。

この時には、対深海棲艦用の対空と対艦ミサイルが開発されていた。対空ミサイルは、従来の接触と爆風によるダメージでは無く、直前で爆発。ミサイル前方に配置された20mm弾頭をその爆発で飛ばす一種の散弾砲であり、対艦ミサイルは、接触による爆発だが、先端に硬質の杭状の物質が配置され、それを前方に吹き飛ばす、一種のパイルバンカーであった。

だが、誘導システムが不十分であり、散弾である対空ミサイルはともかく、対艦ミサイルは命中率が低く、この時点では、対艦ミサイルを残している航空機は一機も残っていなかった。

また、燃料も残り少なく、これ以上の戦闘に耐えるF/A-18(スーパーホーネット)F-15J(イーグル)も残っていなかった。

ただ、一機のみ、宇喜多三等空佐のF-15Jのみは、ミサイルは無くなったが、燃料は大量に残っていたので、時間稼ぎの迎撃を提案。残りは急いで補給に行って戻って来る事になった。

 

「まあ、何でお父さんだけ、燃料が大量に残っていたのかは、分からないんだけどね」

 

鷲一は答えを知っていた。理由は簡単だ。燃料を無駄に消費せずに飛んだだけ。

空気の壁や流れを見る。逆らえば燃料を消費するし、従えば消費しない。必要が無い限りは空気の流れに沿って飛べば良いだけだ。

それを学ぶために、父に滑空機(グライダー)に乗せて貰った。父にかかれば、グライダーは何時までも飛び続けられる。教えられて鷲一も長時間飛び続けられるようになった。

父が嬉しそうに、お前にも見える。そう言ってくれた。

だが、それを口に出すことは出来ない。あれは父との秘密だ。父の知り合いという事で目を瞑ってくれたが、年齢的に鷲一は乗ってはいけないのだ。

 

「とにかく、駆逐艦型艦娘とF-15Jの一騎打ちが始まる。

 F-15の武装は残り少ない機関砲だけ」

 

ウォーカーに近付きたいジョンストンに、それを邪魔する戦闘機。

ジョンストンは、この障害物を排除するため、5インチ砲や20㎜機銃で迎撃を開始する。

それに対するF-15が装備している20㎜機関砲Ⅿ-61機関砲は、100発/秒だが、装弾数は900発余り。

しかも、大地はそのバルカン砲で深海棲艦の戦闘機を撃墜できる腕を持つため、先の戦闘でも使用しており、ジョンストンとの戦闘時には200発を切っていた。

それで駆逐艦を撃墜する事は不可能で、最終的には直近を高速飛行して風圧による攻撃も試みているが、服がめくれる程度のダメージしか与えていない。

 

「まあ、結局はウォーカー中尉が、ジョンストンちゃんが深海棲艦とは違うことに気付いて、戦闘を止めたの。

 ただ、この件で分かるのは、艦娘にとって、提督に会うのを邪魔する者は、敵としいう認識になること。

 更に人間への攻撃が可能だという事ね」

 

あのまま戦い続けたら、決定打の無い大地は撤退、最悪は撃墜されていただろう。

もし、そうなっていたら、艦娘は敵視された可能性がある。父のせいで艦娘の扱いは変わっていたかもしれないと思うと、ゾッとする。

この時の戦闘の後、ジョンストンは、最近の戦闘機って速い! 機銃が痛い! と泣き言を言っているが、機銃が効かない少女が何を言っていると、大地も呆れていたそうだ。

もっとも、ジョンストンが一番怒っていたのは、愛しのアドミラルとの最初の出会いなのに、攻撃で服が破れ、胸が露出した姿になった事だったらしい。

 

「まあ、艦娘の特徴は、ここで考察したところで結論は出ないし、今日の授業の内容は、今の状況に至る出来事だからね。

 日本に現れた2人の艦娘。その後の軌跡を見ると、有事に対する米国の強さと、日本の酷さと共に、今に至った状況が分かりやすいの」

 

 

 

 

 




次回は日本の苦難のお話。


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日米格差

「さて、話を続ける前に、先ずはこれを見て貰いましょう」

 

そう言うと、鹿島は投影機(プロジェクタ)を操作し、スクリーンに、2枚の写真が表示される。

そこには、米国海軍の駆逐艦フレッチャー級の艦娘と米国軍人らしき人物のツーショット写真。それが二枚あった。

 

「ここに写っているのは、吹雪ちゃんやジョンストンちゃんと同時期に、米国に現れた艦娘と、その提督の写真です」

 

「米国の提督も同時期なんですね?」

 

「そう。同じ日に、日本だけでなく、欧州や中国にも一人ずつ誕生している。ただ、アメリカが3人でイギリスは2人。

 理由は不明だけど、海域の広さから言っても妥当ではあるかな」

 

改めて写真を見ると、双方とも40半ばの男性だ。

軍人らしい精悍さに、アメリカ人らしい陽気さも見られる。

こうして見ると、フレッチャー級の衣装は、何処となく神秘的な感じがするし、顔立ちと相まって妖精らしい感じだ。

朝潮を初めて見た時の感想もそうだった。その前に見た工廠にいる妖精さんとは別種の、妖精の女王や姫様と呼ばれるような、特別な妖精が艦娘では無いかと、本気で思ったくらいだ。

フレッチャーは、その朝潮以上に妖精と言う言葉が似合う。

そんな彼女らが、軍人と一緒にいると、この世界を護りに来た異世界の生き物に見える。

 

「それで、これが例のウォーカー中尉とジョンストンちゃん」

 

そこには、モデルか俳優にでもなれそうな20代半ばの美男と、上着にダボダボのフライトジャケットを着たジョンストンが写っていた。

だが、鷲一の目を引いたのは、そこに写っている人物に見覚えがあったからだ。

 

「カレーの人」

 

「カレー?」

 

何処かで聞いた名前だと思っていたら、何度か父が家に連れてきたことがある。

カレーを気に入っており、美味しそうに食べていたアメリカ人だ。

5年前に提督になったそうだが、そうなると提督になった後も来ていたらしい。

 

「カレーが好きとは、良い人のようですね」

 

「アメリカ人も捨てたものじゃ無いわね」

 

何故か、カレー好きと言うだけで、朝潮たちは高評価だった。

 

「いや、カレー好きは置いといて、ここで重要なのは見た目」

 

鹿島に言われて改めてみるが、少し年が離れている気がするが、普通にイケメンと美少女のカップルにしか見えない。ありていに言えばカッコイイだ。

それを言うと、どうやら正解だった。

 

「前に見せた二組も悪くは無いんだけど、ウォーカー中尉たちのコンビは、如何にもヒーローって感じだよね。

 で、次がこっち」

 

次にスクリーンに映ったのは、よく知っている北条と吹雪のツーショット。

写っている北条の姿は、今より若いが、それでも30前半と言ったところか。

 

「何か冴えないわね」

 

「か、霞!」

 

「だって、何か中途半端に年が離れてるせいか、どんな関係よって思うわよ」

 

霞の歯に衣を着せない発言を朝潮が注意するが、鷲一も同感だった。

ウォーカーの後に見たせいか、北条は平凡な中年と言った感じだ。

そして、吹雪の方も悪い容姿では無いのに、フレッチャー級の艦娘を見た後だと、妙に野暮ったい。

それに、年齢差だ。兄妹や恋人にしては離れすぎているし、親子だとしたら近すぎる。

 

「うん。残念ながら霞ちゃんが正解。

 この見た目の差が、少しばかり影響するの。

 まず、アメリカは、艦娘を救世主、ヒーローとして扱う事にしたの。日本もそれに追従しようとしたけど、その前途は多難だった」

 

アメリカ本国に誕生した艦娘と提督から、事情を聞いたアメリカ政府は、彼等を有効な戦力として認めるとともに、使用した際の問題を検討する。

 

艦娘(私たち)と深海棲艦は非常に似ている。

 少なくとも艦娘(私たち)は人間じゃない。当然ながら拒否反応が出る」

 

艦娘は見ようによっては化け物の一種だ。そんな怪物を味方にすることに抵抗を感じる人は国の東西に関わらずいる。アメリカの場合は、信仰心の強い人ほど、神の摂理に逆らうような存在である艦娘に拒否反応を示す。

だが、その一方で、敵と同じ力を持った人間以外の何かが、人間の側に立って戦う。そんなストーリーはアメコミやジャパニメーションによくある話だ。

 

「アメリカでは、抵抗勢力を黙らせ、かつ支持を増やすために、ウォーカー中尉を本国に呼び戻した。

 彼を前面に立てて、アメリカと世界を救うヒーローとして、民衆を味方につける事に成功した。

 でも、日本は、それが出来なかったの。

 アメリカと日本には決定的な差があった。戦勝国と敗戦国と言う差が」

 

日本は付喪神という伝承があるくらいだから、その抵抗はアメリカより低い。

だが、彼女たちを、大日本帝国の亡霊と考えれば、多くの日本人にとって抵抗がある存在だった。

 

「特に差を感じたのが、退役軍人の差。戦勝国であるアメリカでは、あの戦争に参加した人は英雄として敬われ、敗戦国である日本は、犯罪者と罵られたいた」

 

アメリカでは、一種の艦娘ブームが沸き上がった。

その後押しをしたのが、退役軍人と、彼等の子や孫である。

退役軍人の数は減っているが、自分の父や祖父が乗り込んでいた軍艦が人の姿をして、人類を護るために復活したのだ。

父が乗っていた巡洋艦が生まれた。祖父が乗っていた空母が活躍した。彼らは熱狂と共に艦娘を支持した。

 

一方の日本は、昭和の頃までは、それほど酷い扱いでは無かったが、冷戦が終わり、社会主義や共産主義への信仰が消えると、信仰の拠り所を失った彼らは、己の存在意義を、かつての大日本帝国を攻撃する事に見出す。

左派政党だけではなく、彼らと繋がりの深い日教組が支配する教育現場やマスコミで、徹底して叩く方向に向かった。

彼等の発する情報を受け取って育つ若者は、旧日本軍を忌避するようになり、退役軍人は己の経験を子や孫に伝える事が出来ない空気が作られていた。

ネットの普及により、それも随分と変わったが、大声では言えない状況が続いていた。

 

また、妖精のような姿のフレッチャー級と違い、吹雪の外見は中学生の少女だ。

頼りないというだけではなく、人として頼りたくないと考える人もいる。

むしろ、女子中学生に助けを求める男の方が、どうかしているだろう。

 

「更に酷い事態が発生するの」

 

「まだあるの?」

 

「うん。知っての通り、艦娘は最初の吹雪ちゃんたちは2015年の暮れに。続いて2016年に入ると各国で新たな提督が誕生した」

 

そう言うと、スクリーンに新たな提督と艦娘が、次々と写し出される。

提督は軍人が多いが、民間人もいる。女性もいる。アメリカだけでなく各国の提督と艦娘が写し出されるが、やはりフレッチャー級の艦娘が最も華やかな気がする。

 

「そして、これが日本の2番目の提督」

 

「……元の職業はヤクザ?」

 

「いえ、ちゃんとした陸上自衛隊の二等陸尉で、レンジャー試験も突破した優秀な隊員です。

 名前は南部仁、当時26歳。電ちゃんが選んだ提督です」

 

「でも、どう見てもヤクザよ」

 

今度は朝潮も注意することが出来ない。

それほど、スクリーンに写っている人物は人相が悪かった。

屈強な武闘派ヤクザと言われれば、誰だって信じるであろう風貌をした男の後方には、大人しそうな少女が付き従っている。

 

「電が、脅されて連れていかれている女の子にしか見えないわよ」

 

「うん。実際にそんな印象を抱かれたの。

 それで、続いてがこちら。三人目の提督の一色和則さん24歳」

 

「若いし、真面目そうな人ねぇ」

 

続いて写し出されたのは20代半ばの青年で荒潮が言う通り真面目そうな人物だ。

だが、その隣が気になる。

 

「はい、目を逸らさない。これですこれ」

 

鹿島が、写真に写る人物を指差す。そこには気さくな態度で提督と腕を組み、ピースサインにウインクを決めている漣がいる。

 

「漣の奴、何やってんのよ」

 

「提督が真面目そうだから、道を踏み外した若者と、遊んでいる女子中学生に見えるわね」

 

「これ見た後だと、北条提督のところも、怪しい関係に見えてくる」

 

満潮と朝雲の失礼な発言に、鹿島は否定するどころか同意を示した。

 

「そうなの。問題はそこ。

 提督さんの過去とか調べられて、離婚歴があるせいで、若い女の子に乗り換えただの、言われたい放題」

 

「え? 離婚してたの?」

 

「ああ、吹雪ちゃんと会う、3年前の話だからね。吹雪ちゃんは関係ないよ」

 

「原因は? まさか、本当に浮気したとか?」

 

「いや、提督さんは、海上勤務が殆どだからね。結婚しても奥さんと会えないって言うか。

 安定した生活目的の、打算で結婚したなら、海上勤務手当がつくし『亭主元気で留守が良い』という理想的な結婚相手なんだけど、普通に相手が好きで結婚した場合は、好きな人と離れ離れで暮らさなきゃいけない。

 全員がそうじゃ無いんだろうけど、愛情が強い人ほど離婚になるそうよ」

 

「あ、朝潮なら待ちます!」

 

「うん。そんなケースもあるだろうけど、好きな相手と一緒にいたいのが普通の人。お金が目当てなら離れてる方が、むしろ良しなんだけどね。提督さんの奥さんは前者だった。

 深海棲艦の活動が活発になり、提督さんが艦長になって、益々家に帰れなくなるって分かったのを機に離婚を決定。慰謝料として貯金は全部持って行かれたの。

 おまけに、別れた奥さんは速攻で新しい人と結婚した」

 

「酷い話ねぇ」

 

ちなみに海上自衛隊は離婚率が高い職業の一つである。

 

「更に、提督さんの過去が広まるに連れ、女房に捨てられた男が、素朴な女子中学生と新たな恋を目指すとか、そんな根も葉もある話が広まったり」

 

「根も葉もあるんだ?」

 

「そりゃあね。提督と艦娘だもの。無い方が変。

 まあ、吹雪ちゃんくらい色気が無い娘だと、卑猥なネタで揶揄われることは少なかったかな。そこは、私じゃ無くて良かったと思う」

 

「確かに鹿島先生なら、提督をたぶらかして離婚に導いたってなりそう」

 

「絶対に、やらしい話になるよねえ」

 

「人間相手では、味わえないカ・イ・ラ・クを♪ そんな感じ~」

 

「淫魔だ淫魔だ」

 

「いや、自分で振っといて何だけど、あまり言うと私だって傷つくんだからね。

 で、これが4人目」

 

新たに映し出される提督と艦娘のツーショット。

それは、鷲一にとって、見覚えのある二人だった。

 

「まとも! 普通よ!」

 

霞が驚く。今までの流れから、どんな酷いのが出て来るか構えていた所に、鍋島と叢雲の二人の写真だ。

実際に、若く端正な顔の鍋島と、前の三人の艦娘と違い、普通ではない雰囲気の叢雲は、ヒーロー扱いが可能に見える。

 

「この人が4人目の提督、叢雲ちゃんが選んだ鍋島慎吾さん。当時26歳で、航空自衛隊のパイロット。

 鷲一くんのお父さんの部下で、叢雲ちゃんと出会った状況的には、ウォーカー中尉のところと似ている」

 

流石に宇喜多大地と戦闘はしていないし、むしろ当初は撃墜されて行方不明になったそうだ。

戦死したと思われて矢先に、叢雲を連れて上官である大地の所へ来たらしい。

彼もウォーカーの事と、ジョンストンとの顛末を知っているので、動揺しつつも叢雲の事は直ぐに受け入れている。

 

「このコンビなら看板になるよね」

 

「良かった~。日本は救われたわ~」

 

「そうね。実際に彼等を表に出していくんだけど……でも、叢雲ちゃんが現れたのは、7月になってからなの。

 漣ちゃんが来てから、既に半年が経過している。

 もう、この頃には、日本での提督と艦娘のイメージは半ば固まっていた」

 

女房に逃げられて、純朴な中学生と真実の愛を目指すオッサン。

女子中学生を危険な戦場へ駆り立てるヤクザ。

遊んでいるJCに振り回される遊び慣れていない真面目な青年。

 

「おまけに、うちは小学生カップルかぁ~」

 

「日本、終わったわね」

 

 

 

 

 




次回はボロボロになる日本の有様からミラクルが起きるまで。


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崩壊と再生

日本でも鎮守府を作り、戦力を増やすことが決定されたが、とても順調とは言い難い状況だった。

建設には妖精さんの力を借りられるが、それでも土地の確保を始め、どうしても資金はいる。

防衛大の跡地を手に入れた横須賀は良かった方で、他所では鎮守府を建造するのに、政府や民間で妨害が入ったのだ。

 

何故なら日本では米国と異なり、最初は提督と艦娘を前面に押し出す方法は失敗した。

華やかさに欠けるというのもあるが、少女を前線に立たせる事に抵抗を感じるという、至極真っ当な精神が邪魔をした。

そのため、支持者は集まらないが、逆に反対者は多かった。

いや、元気を取り戻したと言っても良い。政府の決定に反対する野党や、直接、建設に携わる業者への抗議を行う市民団体。

 

「元気になった?」

 

「うん。自衛隊を攻撃していた人たちも、空襲を受けたり、砲撃で海岸の建物が壊されるのを見ると、流石に大人しくなってたの。

 それが、艦娘を見た途端に元気になっちゃって」

 

「何がしたいのよ」

 

「攻撃かな?」

 

元から大日本帝国を憎む人々の集団である。

以前は自衛隊にそれを重ねて攻撃していたが、今度は艦娘を攻撃したくなったようだ。

更に、艦娘が少女の容姿をしている事から、戦わせてはいけないという真っ当な理論を持ち出して、提督を攻撃するのだが、その矛盾には目を逸らしていた。

 

「艦娘って、提督の元で戦いたいって希望してるんだけど?」

 

「そこが矛盾の塊なんだけど、何故か彼女らの中では整合性が取れてるの」

 

「彼女?」

 

「その手の団体は女性が前面に出てるのよ。まあ、後から合流してくる団体も女性だし、とにかく以後は彼女たちで進めるね」

 

艦娘は、軍国主義の化身だから危険だ。

艦娘は、守るべき対象である少女だから戦場に出すな。

艦娘を、攻撃したいのか守りたいのか、どっちなんだと言うような主張を繰り広げながら、政府や鎮守府の前で抗議集会を開始しだした。

 

「でも、艦娘の数が増えれば、駆逐艦だけでなく、戦艦だって来るよね。彼女たちが前面に出てくれば」

 

少女を戦わせるなと言う意見が真っ当なら、成人に見える戦艦や重巡が前に出ればいい。

 

「そうよね。私もそう思うんだけど、何だか変なのまで絡んできてね」

 

鹿島がゲンナリしながら呟く。

 

「フェミニストっていう、女性の人権を尊重する集団のはずなんだけど、それに目を付けられた」

 

「何でよ?」

 

「知らないわよ! 性的だの動くラブドールだの言われて、本気で大変だったの!」

 

鹿島は嫌な事でもあったのか、本気で怒ってた。

艦娘が人間では無いというのもあるが、それ以上に、艦娘の提督(男性)に従順な姿が気に入らなかったらしい。

多様性と言いつつ、自分と異なる価値観を許せない人々は、肌の露出が多い艦娘を攻撃しだしたのだ。

 

「まあ、あの頃は大変だった。彼女らの主張を、頑張って理解しようとしたけど無理だった。

 結論として、自分達が気に入らない存在だから許せない、としか思えないんだもん。

 それが、弱者と言う立場を利用して、言いたい放題」

 

「弱者?」

 

「うん。それ。さすが霞ちゃん、良いところに気付いたね。ある意味、それが重要。

 その頃は弱者の盾って言葉があった」

 

「は? 何で弱者が盾になるのよ?」

 

「弱い相手は守らなければいけない。良い考えよ。それ自体は全然悪くない。

 でもね、彼女らは本当に理解をしていなかった。弱者とは弱いからこそ弱者なのだと。

 霞ちゃんが言うように、本当なら盾として機能しない」

 

2017年。その年は日本にとって最悪の年となる。

燃料の枯渇問題。自衛隊が戦闘出来ない事態になったのだ。

何しろ、海上は深海棲艦のものになっていた。2015年までは自衛隊が護衛する事で、少なくなりながらも輸送は出来たが、それもすでに不可能。外国から輸入に頼っていたものは、何も手に入らない。

これまで、その危険を憂慮し、自衛隊に燃料を優先させる法案が何度か出たが、それはことごとく拒否された。

普段の生活を維持したいのが民衆と言うものだ。それを奪う法案は絶対に反対だし、それに賛成する姿勢を見せる政治家には抗議が殺到した。

何とかなるだろうという甘い見積もりの元、ずるずると伸ばした結果、節約はしていたが決定的な破綻は唐突に訪れる。

電力の停止に、自衛隊が戦えなくなることで深海棲艦から守ってくれる存在が無くなったのだ。

 

「バカなの?」

 

「それに関しては何とも。ただ、この年は日本にとって最悪だった。

 分かるよね。本当に危険な状況では、弱者は役に立たないって」

 

弱者が盾として機能していたのは、弱者が強いからではない。弱者を護る『何か』があったからだ。

社会、倫理、良心、それらの複合である『何か』は消え去った。彼女らが攻撃していた自衛隊は、間違いなく、その『何か』の一部だったが、もう動けなくなった。

弱者を護る『何か』は無くなり、弱者は虐げられるという、自然の摂理が露わになった。

空襲から逃げる際にも、我が子は兎も角、他人の子までは面倒見切れない。足腰の弱い老人や体に障がいがあるものは置いて行かれる。女性だからと無条件に庇うほど男性にも余裕は無い。

弱者は、文字通り弱者の立場を発揮する。弱い者から死んでいく、正しくも悲しい世界が、当然のこととして誕生する。

 

「鎮守府の建設は遅れていたとは言え、その頃には5つの鎮守府が何とか立ち上がっていた。

 そして、私たちの資材は、通常のものとは別だから戦う事が出来た。

 だから、私たちだって戦ったけど、戦力は不足していた。

 アメリカだって半ば見捨てていたしね」

 

その年には、米軍も面倒は見切れないとばかりに、ニミッツ級原子力空母を始め、各戦力を撤退させ始めた。

燃料の供給が無いなら、手助けは無理だと言われては、何も言えない。

 

「それでも、アメリカには未練があった。何故なら、メイド・イン・USAと言っても中身はメイド・イン・ジャパンの集まりって言われているほど、米国の兵器は日本の技術に頼るところがあったからね。

 日本では結構粘った方だと思う。他所では見捨てた国が多かったしね」

 

それでも自国で代替えが効かないかと言われればNOだ。

多少の劣化を受け入れれば、日本を守る必要は無い。少なくとも全滅してでも守る価値は無い。

アメリカは、日本を全滅覚悟で守る気は無いと、批判する人がいるが、そんなのは当たり前だ。

そもそも、軍が全滅覚悟で戦うこと自体が間違っているのだ。当然のように全滅覚悟の敢闘精神を要求する、米軍と大日本帝国を批判する人々ほど、かつての大日本帝国の精神を、引き継いでいる証拠と言えるかもしれない。

 

「まあ、私たちは、その全滅覚悟で挑んだから何も言えないけどね。

 実際に、あれは無理だって思った。深海棲艦の戦力数は、かつての米軍を上回る。5倍どころか10倍はある」

 

「え? それはおかしいです! だって提督は5人ですから、5倍も離れた時点で」

 

朝潮が驚くのも無理はない。日本の戦力は、大日本帝国海軍の戦力×提督数だ。

かつての米軍と比較すれば、5倍離れた時点で、かつての戦争の再現。10倍なら益々勝てるはずが無い。

3年前の時点でそれなら、今に繋がるはずが無いのだ。

 

「理由としては、あの忌まわしいB-29がいない事。空爆の被害が少なかったのは幸いだった。

 そして、この人……」

 

スクリーンに写し出されたのは、新たな提督と艦娘のツーショット。

線の細い、全く身体を鍛えていないことが分かる頼りない青年と、青い髪の少女のコンビ。

 

「5人目の提督、村上隆之さん。23歳で、五月雨ちゃんが選んだ提督。

 この人は、学生で戦い方は知らないし、それどころか戦う気さえない。提督になっても、戦闘は作戦から指揮まで全て艦娘任せ」

 

「え? もう完全に役立たずじゃない。コイツと一緒でしょ」

 

霞にコイツ呼ばわりされても文句は言えない。

自分が役立たずだという自覚はあった。

 

「そうね。最初は私たちもそう思っていた。五月雨ちゃんが、またやらかしたってね。

 戦力にならない提督を選んだのも、あの娘なら仕方がない。そう思ってたけど、実際は思いもよらぬ方向でやらかしてくれていた。

 艦娘はオカルトと科学の融合体。物理法則を始め、あらゆる常識が通じないため、科学的なアプローチは不可能とされていた」

 

提督になったことで村上に何があったかは不明。だが、少なくとも彼の脳は大きな変化があった。

艦娘に人間味を感じるなどの変化は、全ての提督に見られるものだが、彼の場合は、それだけではなく、この世ならざる法則を見出したのだ。

 

「艦娘の艤装の強化。朝潮ちゃんは聞いたと思うけど、あの時の如月ちゃんは正式な専用の艤装では無かったの」

 

如月には、朝潮と大潮が2人がかりでも叶わなかった。

あの時に吹雪が言っていた5つある艦娘の強さを決定する項目。その内の三番目の装備。大して気にしていなかったが、重要だったのかもしれない。

 

「はい。吹雪さんに、そう聞きましたが」

 

「うん。元々は艦娘も軍艦だから、その動きは船のそれだった。例の模擬戦でも朝潮ちゃん達に合わせて、新しい装備の機能は切っていたの。で、これが今の正式な装備の本当の性能」

 

スクリーンに新たな映像、今度は動画が写し出される。

そこには、海上を疾走する艦娘たちが写っているが、前に見た如月とは明らかに動きが違う。

疾走するアイススケート選手のように動き回り、時には宙を飛んで方向を変える。

武器も、船の主砲の様だった武器では無く、自動小銃(アサルトライフル)狙撃銃(スナイパーライフル)を持ち、中にはナイフや戦斧を持った者もいる。他にも、とても人が振り回すサイズではない武器や、見たことも無い武器を持っている者もいる。

 

「艤装の出力から、武装の強化。艦娘(私たち)はオカルトと科学の融合体だけど、正確に言えばオカルトと第二次世界大戦時の科学の融合体だった。

 でも、今は違う。オカルトと現代科学の融合体。村上提督のお蔭で、日本は質の面で深海棲艦を。他国の艦娘を圧倒できる力を手に入れた」

 

以前見た如月の力が、順調に成長した艦娘の姿だとすれば、映像に映っている彼女たちは別次元の強さだ。

朝潮たちも呆然としながら見ている。

 

「この力は、米軍にとっての未練であったメイド・イン・ジャパンを遥かに上回る魅力がある。

 見捨てようとしたことなんて、無かったかのように擦り寄って来た」

 

「図々しい」

 

「それが正しい世界の関係よ。日本人はその辺が甘いと思う。すぐに白か黒で分けたがるのよね。

 今の政府は弱腰だし、相も変わらずの、前例主義だけど、幸い国際感覚は前より良くなった。

 この力を有効に、外交で利用することにした」

 

情報は公開したが、艤装の改造は妖精さんが手を貸すことで1日で終わるが、一部は繊細で、村上本人でしか触れないところがある。その改造をするのに村上の拘束時間は10分程度だが、1日の改造可能数を20名とする。

そのため、改造をしたければ、日本に来るように発表した。

アメリカやイギリスは村上を招こうとしたが、これを村上は拒否。これは村上が根っからの軍オタであり、日本軍を愛しているという理由であった。むしろイギリス嫌いでもある。

結果的に米国とは正式に軍事同盟を締結。米国の提督はローテーションで日本に来ることになり、かつてと同様に日本の駐留軍は日本を守ることになる。これは改造しにきた艦娘も同様である。

つまり、日本は常駐するアメリカ提督を一人手に入れたことになる。

また、装備開発に米軍と共同開発を行うことになり、基本コンセプトや大まかな設計を米国が行い、日本でこれを実戦使用可能なレベルに仕上げる方式が取られた。

こうして、日米両国で艦娘用の新兵装が生産され始める。

 

また、欧州各国は新兵装を買い上げるとともに、艤装改造の優先権を手に入れるため、日本に贈り物をすることになる。

これは、食糧を始め、今の日本に不足しているものが喜ばれた。

ちなみに、別に賄賂ではなく、燃料の枯渇で崩壊しかけた日本への純粋な支援だと言い張った。

そして、目玉となるのがロシアとの同盟だ。海上防衛を日本に大きく頼るのと同時に、新兵装の格安での輸出。

また、半導体を始め、通常兵器のパーツとなるものもを、米軍の許可を得たものは輸出可能となった。

それに対し、天然ガスや原油を、移送は日本任せという条件だが、格安で輸入する事が可能になった。

 

「こうして、絶望的だった日本に光が差し込んだ。

 私たちは、しばらくの間、神様、仏様、五月雨様と呼んで彼女を敬ったわ」

 

なお、本人が全力で嫌がったので止めになった。

 

「そして、2018年。日本は息を吹き返すのだけど、最後の大掃除が残っていたの」

 

 

 



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後始末

「ところで、2017年から2018年にかけて、ついこの前の出来事何だけど、鷲一くんはどう思っていた?」

 

「え? 別に普通だったような……」

 

言われてみれば、電気は使えなかったが、それは前から省エネが叫ばれていたし、そう言うものだと思っていた。

言い争いや、暴力で人が死ぬ事もあるが、別に珍しい事でもない。

それを答えると、鹿島は驚いた表情を浮かべ、次に悲しそうな表情をした。

 

「子供って凄いよね。順応性が高いっていうか。

 その点、大人はダメ。環境の変化に、中々付いて行けないのよ。

 でも、全くダメでは無いの。良くも悪くも環境の変化に慣れてしまう。それはもう、悲しいほどにね」

 

電気が無いなら、無いなりの暮らしをすれば良いだけだ。

だが、電気があるのが普通、それに慣れ切った大人はそうはいかない。

少ない燃料を何処に配るかで言い争いが起こり、時には暴力に発展した。

そして、子供程では無いが、大人も順応する。暴力を行使する事に慣れ始めたのだ。

燃料や食糧不足から来るストレスで、簡単に争いが起こるようになっていた。

 

やがて、弱い者から淘汰される。

電気が無くなれば、病院でしか生きていけない身体の持ち主は生きていけない。そうで無くても薬が手に入らず死亡するケースもある。

頑丈な人でさえ、生きるのにギリギリな状況で弱者を優先させる余裕は無い。

2018年の半ばには、2010年に比べると、日本の人口は6割まで激減した。社会に影響が少ないのは、死亡したものが高齢者や社会に影響を与えにくい立場だったからだ。

特に2017年は死亡者の数は過去最高を記録した。冷房が使えないので、熱中症で病院に運ばれることも無く死亡したり、暖房が使えないので、寒さに震えて凍死したり、中には集団に暴行を受けて死亡した者もいる。

だが、暴行による死亡者数に限って言えば、翌年の2018年の方が多い。

 

「2018年、ロシアとの同盟が成立し、同時に米国と欧州からの支援物資が届いて、配られることになるんだけど……」

 

鹿島が言い淀む。

何度か呼吸を繰り返し、やがて決意したかのように言葉を発した。

 

「これから言う事は軍事機密です。私たちの提督さんを嫌っても構わないけど、他言は許せません。

 もし、外部に漏らせば、貴方の身の安全は保障しかねます。良いですね?」

 

北条が何かをしたのだろうと思った。

これを話せば、殺されるかもしれない。そんな重大な秘密を聞かされようとしている。

だが、口の堅さには自信が有る。グライダーの操縦を始めとした父との秘密は、母親にも話していない。それに、考えようによっては、話そうにも外部との連絡は取れないのだ。気にする事では無いと思った。

 

「大丈夫です」

 

「そう。では言うけど、このまま日本の息を吹き返させても、また彼女たちの妨害にあう。

 だから、提督さんや、自衛隊の人、政府の人は、彼女たちを封じ込めるため、ある方法を使うの」

 

彼女たちと言うのは、先程まで出ていた艦娘を非難していた人たちだろう。

あの人たちは、鷲一も嫌いだった。大好きな父が嫌っていたからだ。

 

「その方法とは、支援物資を配りながら毒を撒き散らした。言葉と言う毒を」

 

その支援物資は、村上提督の力で手に入れたと言っても過言ではない。

実際に彼がいなければ、日本は間違いなく滅んでいただろう。

毒とは、自衛隊が支援物資を配りながら、その事実を若干の脚色と共に話しただけだ。

 

「陸自の隊員さんは、物資を渡しながら、こう言うの。『○○による妨害さえなければ、もっと速く支援物資や燃料が手に入ったのですが、申し訳ありません』とね。

 その場その場で、内容は変わるけど、そこにいる左派勢力の名前を告げながら、顛末を話したの」

 

「事実じゃない」

 

「間違っては無いんだけどね。でも、村上提督の功績に関しては、彼女たちの妨害が無かったとしても、早まったのは精々数か月くらいよ。

 それを、如何にも燃料の枯渇さえ無かったかのように伝えたの。

 そして、効果は高かった」

 

支援を受け取りに来る人の中には、彼女らもいる。

その場で反論でもしようものなら、即座に暴行にあった。止めようとする陸自の隊員の前で、瀕死の重傷に合う。

その場にいない、あるいは黙っていた場合も、支援物資を奪われたり、配られないなどのイジメと言うの生温い境遇にあった。

どんな理由があっても、女性を殴ってはいけない。そんな正しさは、平和が保障された世界でしか通じないという事を思い知らされる。

 

「それは、最後の敵を排除する準備段階でもあった」

 

燃料が手に入り、社会は一定の安定を取り戻す。

そうして、少し余裕が出来ると、外部の情報にも目が届くようになった。

 

「日本を艦娘が守っている間、近くにある艦娘がいない国が、どうなるか分かるよね?」

 

その頃には、深海棲艦の手で、艦娘がいない国、朝鮮半島にある二国が落とされており、政府との連絡は不可能。

中国では激減していた海軍と、ただでさえ数少ない艦娘は全滅し、空軍も全滅。

陸軍が相対していたが、戦車砲で駆逐艦の砲撃と互角だ。戦艦や空母の航空機による攻撃で、その戦車を始めとする兵器が壊滅。歩兵が手持ちの武器で相対することになったが、脱走者が多く、戦線離脱者が相次ぎ、更には内乱まで起こって、崩壊間近の有様だった。

 

「あの国の軍艦って石炭動力だからね。その艦娘だから当然ながら弱い。しかも、軽巡でも排水量は甲型並み。

 提督が複数いても、元の数が少ないから、全部合わせても、日本の一人の提督にも及ばない。

 そんな国に、戦艦や空母の深海棲艦が襲ってきた。勝敗は火を見るよりも明らかってやつ」

 

日本から見れば、混乱が収まり周囲を見渡せば消えていた。そんな感じだった。

だが、それを良しとしない人々がいた。

それらの国を祖国に持つ者、特別に親しみを抱く者、そんな人々が救いを求めた。

同時に、彼女たちとは繋がりが深かった。そして、最後の敵とも。

 

「最後の敵って?」

 

「あの戦争を引き起こした元凶と言える連中って言えば分かる?」

 

「ああ、マスコミね」

 

「そうなの?」

 

「うん。マスコミって、日露戦争のころに大衆に広まったの」

 

ロシアが攻めてくる恐怖と、戦争に備えた重税に喘ぐ民衆は、その戦争の動向が気になり、新聞を見るようになった。

そして、日本が勝つと熱狂して販売部数が伸びることになる。

日露戦争では海戦で奇跡的な勝利を納めたが、これ以上の継戦能力が無い日本は、停戦の交渉を望んでいた

その交渉ではアメリカが仲立ちになり、無事に停戦に漕ぎ着けるが、賠償金を貰えると思っていた民衆は、その停戦に不満を持ち、交渉を仲介したアメリカが賠償要求を邪魔したと、アメリカに恨みを抱くようになる。

そこから始まる反米感情と、大正デモクラシーに代表される民衆の発言力強化に、マスコミは大いに役に立った。

 

「衆愚政治とは、良く言ったもので、本来なら難しい政治の話に、良く分かっていない人が口を出すようになった。

 例えるなら、その仕事の事を良く分かっていない上司が、下手に口をだしてきて無茶苦茶にするのに似ているかな。あの時の状況と一緒ね」

 

上司に文句を言えない社員は、ダメだと分かってもやるしかない。

そして、民主主義社会とは、民衆は政治家の上司に当たるのだ。あの戦争はシビリアンコントロールを失ったのではなく、コントロールが出来ない民衆が暴走したと言える。

そして、今回は艦娘の事を理解しようともせずに、排除しようとした結果、このような状況になった。

 

「正直、あの時の事を、知らぬ存ぜぬで逃げたマスコミを、私たちも許せなかった。

 今回の作戦には喜んで参加した」

 

マスコミというのは、民衆の好むものを書いてナンボだと言える。

正しい情報より、民衆が好む情報を優先する。その中で、自分達の主張を可能な限り出して民衆をコントロールしようとするのだ。

だが、現状では民衆の好みより、自分の主張を優先する新聞社が増えていたし、政治家はそこに目を付け、マスコミの思考を誘導した。

 

「そう難しい事では無いの。支援物資を配っている最中に起こっている暴行の件や、東アジアの状況を、マスコミに脚色を加えて伝えただけ。艦娘の考えと共に」

 

そして、マスコミは予想通りの反応を示してくれる。

暴行を起こした集団を弾劾し、中韓を救う軍を出すキャンペーンを開始した。

マスコミは報じたのだ。艦娘は、かつての贖罪を望み、彼等を救いたがっていると。

 

「贖罪?」

 

「さあ? マスコミが喜びそうな話をした記憶はあるけどね。

 でも、直ぐに否定したわ」

 

マスコミがキャンペーンを行っている最中に、鎮守府から抗議が出されたのだ。

艦娘は、この国を守る存在だ。他国に力を貸す余裕は無いし、艦娘は断じて望んでいない。贖罪など名誉棄損も甚だしいと。

同時に工作員と思われる者が、提督の周囲を嗅ぎまわっている事も発表した。

 

「工作員は事実よ。鷲一くんも、その所為でこの状況だしね。

 ただ、マスコミにとっては、梯子を外されたに等しいかな。そして、最後のトドメとばかりに、マスコミが特定アジアの団体から賄賂を受け取っているとして、一斉摘発を行ったの。そして、実際にクロが出た」

 

ただでさえ、マスコミは艦娘が出現した当初は、一部を除いて軍国主義の化身の怪物として批判した。

そして、燃料問題などでも、民衆の味方をしていたつもりが、結果として枯渇を招いた他、これまでの積み重ねとして、様々な問題があった。

挙句の果てに、特定アジアの先兵という容疑を与えられた。

更に、暴行を弾劾する事は、それを実行した人々への弾劾だという、当たり前の事を見失っていた。

その暴行に参加した人の多さを見ていなかったのだ。

 

「鷲一くんの周りで、暴行に参加しなかった人っている?」

 

「いないと思います。普通に頭に来てたみたいで、みんなやってた」

 

「う~ん、冷静だね。これがジェネレーションギャップってやつかな。少し前の人って、暴力に否定的でね……

 まあ、そんな訳で、マスコミは民衆を完全に敵に回した。そして、弾劾をしていた、その暴行を受ける羽目になる」

 

民衆は暴力に目覚めていたと言って良い。そんな彼等に正論を振り回しても勝てはしないし、ペンは剣より強しというのも、剣に刺された後の話だ。刺される覚悟も無いくせに使って良い言葉では無かった。

ペンの弱さを思い知り、剣に怯えてコソコソと生きなければならない。マスコミというだけで、白眼視されるようになっていた。いや、マスコミだと知られた途端に、愚連隊染みた連中に遊び半分で殴られることもあった。

これまで、マスコミが取っていた高圧的な態度もまた、弱者を護る『何か』があったからだという事を思い知らされる。

そんなマスコミを救ったのも艦娘だった。マッチポンプではあるが、民衆の暴動を見逃せないのは政府も同様だった。

艦娘を代表して、横須賀鎮守府の長門がインタビューを受ける形式で、暴行をしないように呼び掛けた。マスコミを信じるなと言うオマケ付きで。

更に数日後、追加で呉鎮守府の大和が、短いながらもインタビューを受ける。

宇宙を舞台にした傑作アニメの影響で、日本国民で知らぬ者はいない彼女は、その美しくも華やかな外見も相まって民衆を虜にする。

彼女の口から、日本人として誇りを持った節度ある行動を求められ、民衆は我慢する事を思い出した。

ただ、求めるだけでは無かった。燃料の確保が出来たこと、更に石炭の採掘を再開した事で、電力事情が回復したこともあり、ネットが復活した。

鎮守府もサイトを持ち、民衆の要望を聞かせて欲しいと願ったのだ。白々しい気もするが、鎮守府と艦娘(われわれ)民衆(あなた)の味方ですと言う事で、完全に民衆を味方につけた。

 

「今のところ、無茶な事は言ってこないね。一度、どん底まで行ったせいもあるけど、生活は段々と良くなっているし」

 

こうして、日本は危機を乗り越えただけではなく、本当の意味での戦時体制に移る事が出来たと言える。

 

「それで、やっぱり幻滅した?」

 

「え? 何がです?」

 

「何がって、提督さんや私たちがしたこと」

 

「えっと、別に変なことはしてないですよね? 逆に何が問題なのか分かりませんけど」

 

「……そう、なんだ。そんな風になってるんだね。今の子供って」

 

鷲一には本気で分らなかった。

鹿島は、そんな鷲一を悲しそうに見ていたが、気を取り直したかのように笑顔を見せる。

 

「まあ、若い子には分からないと思うけど、お年寄りは、違う価値観が残ってるから。

 そこは考慮しようね。それと、理由もなしに暴力はダメだからね」

 

「わかりました」

 

 




取りあえず、過去の記録は終わり。
日本ヤベエと思わせといて、実は主人公がヤバかったというオチ。


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戦略・戦術。そして作戦

鹿島の授業は非常に分かりやすかった。

最初の内は戸惑っていたようだが、今は慣れて来たのか、鷲一の記憶にあるどの教師よりも教え方が上手い。

それも当然で、学校と言う体制を取っているが、教える対象は鷲一だけなのだから、彼に合わせて進めることが出来る。

しかも、時々、朝潮たちに質問を振り、彼女らの答えが正解だろうが不正解だろうが、聞いている鷲一の脳に刺激を与える。

個人の家庭教師と学校教育の良い所どりと言える授業なのだから、分かりやすいのも当然だった。

 

「さて、今日は戦略・戦術・作戦について話すね。

 違いが曖昧だけど、ある程度は理解しておかないと」

 

そして、提督学。訳が分からないと思っていた授業は、鷲一にとって面白かった。

元から軍事には興味があったが、学校で習えるものでは無かった。

今は、それが叶ったと言える。夕飯までの長時間の勉強と聞いて身構えていたが、何のことは無い。楽しい時間は、過ぎるのが早いというのは本当だった。

 

「昔は戦略と戦術に分けてたんだけど、近年では、間に作戦を挟むの。

 前々から戦略と戦術は境界が不明な部分が多かったけど、そこに作戦を挟んで、作戦が戦略と戦術に絡むって考えね」

 

上から戦略、作戦、戦術と書いて、それぞれを丸で囲む。

丸は重なっている部分があり、そこが境界が曖昧になるという部分だろう。

 

「分かりやすい題材として、山本五十六が適してるの」

 

山本五十六を呼び捨てで授業を進めることに、朝潮たちが驚いていたが、鹿島は歴史上の人物に敬称を使うべきではないと言って、授業を進めていく。

 

「彼は戦略家としては一流、作戦立案家としては二流、戦術家としては採点不可能。対して、東郷平八郎は逆ね。

 山本五十六と東郷平八郎は色々と真逆って感じがするけど、今回は山本五十六だけ使用します。

 彼の明晰さが発揮されたのは、海軍航空本部に技術部長として就任してから海軍次官として勤務した時」

 

航空主兵論は有名だが、それ自体は取り立てて評価するような事では無い。

後年のミサイル万能論と同様に、いずれは、航空機の時代が来ることを否定する者は無く、それが何時来るかの問題でしかない。

ミサイル万能論は、実現を目指したアメリカが、その技術の未熟さから痛い目に合いバカにされたが、21世紀に入る頃にはミサイル万能論は実現したと言っても過言ではない。

対して、航空主兵論は、懐疑的な者が多かったが、その時代が予想より早く来ただけと言って良い。

両者とも、その実現には技術の問題であり、実現は技術者の功績というべきだろう。

だが、山本の優秀さは、航空機の国産への推進、しかも民間企業での開発を薦め、同時にパイロットの育成を推し進めた事である。

航空機の発展に企業努力が不可欠な事や、パイロットの成長に時間がかかる事を十分わかっていた証左であろう。

しかも、三国同盟はドイツに利するだけで、日本を英米の矢面に立たせるのが狙いだとも見抜いている。

航空機の国産に拘ったのも、航空機の導入をドイツに頼りかけている現状を憂慮しての事でもあろう。

 

「山本五十六は、後方で戦力の育成や、軍政に携わっている分には非常に優秀だったと言えます。

 まあ、この当時は神大佐とか、ドイツ信奉者が多かったので、暗殺の危機があったけどね」

 

「ちょび髭モドキが」

 

霞が吐き捨てるように呟いた。

鷲一もあれから調べたが、どうやら自身や朝潮達の沈没に関わった人物らしい。

実際に予想以上に酷い人物だった。

 

「山本が艦隊司令官に任命されたのも、米内が山本を暗殺から守るためだったと言われているの。

 この人事は正解かと言うと疑問ね。先にも言ったけど、作戦家としては二流だった。

 まあ、当時は彼以上に優秀な人材がいなかったけどね」

 

有名な真珠湾攻撃だが、これを戦略と戦術でしか分けていなかったころは、何処から何処までが戦略で、何処から戦術なのかが曖昧だが、現在では作戦と言う分類が出来たので分かりやすい。

日本が南方進出する。その為には、米国海軍を沈黙させたいという戦略目標に従い、太平洋での戦力の中心にあるハワイ艦隊に、打撃を与える。それが作戦内容であり、真珠湾攻撃がそれに当たる。

真珠湾攻撃は、それ自体は見事な作戦だと言える。自軍の損失はほとんど無しに、米国は戦艦4隻が行動不能になり、その後の日本の南方進出を可能にしている。

 

「でも、この作戦には大きな問題があります。何が問題か分かりますか? では、朝潮ちゃん」

 

「南雲閣下が追加攻撃をしなかった事ですか?」

 

「はずれです。無関係では無いけど、問題はそこではありません。では、霞ちゃん。参加したよね?」

 

「敵空母を見逃した事よ」

 

「はい、はずれ。それも無関係では無いんだけどね。誰か分かる人?」

 

誰も手を挙げない。作戦は成功しているし、何が問題なのか分からない。

 

「作戦とは、戦略に沿って行うべきです。そうしなくてはなりません。

 ですが、この作戦は、異なる戦略的発想の元に行われた作戦なのです」

 

山本五十六の考えた戦略は、日米開戦が避けられない場合は、壊滅的な大打撃を与えて、講和を結ぶというものであった。

その一方、日本の軍令部の戦略は、日露戦争後、米国を仮想敵国として設定してから、その基本戦略は、ロシアを破った際の日本海海戦の再現を狙って、日本に迫る米国艦隊を迎撃、これを壊滅せんとするものだった。

これは、南方進出を決めてからでも変化はない。

五十六は、第一次世界大戦後の世界情勢から、今後は一度の戦闘に全力を注ぎこむ、艦隊決戦は行われないという、予測から従来の戦略を否定していた。

 

「確かに、山本五十六は慧眼だよね。米国が大打撃を受けたからと講和に応じるかは疑問だけど、一度の艦隊決戦の勝敗で決まる時代では無くなっていたのは間違いがない。でもね、戦略の変更は無かったの。

 それなのに、彼は己の戦略に拘った。言ってみれば、妄想の戦略で作戦を決めて強行したの」

 

軍令部にとっては、本番は日本に迫る米国大艦隊の迎撃であって、こちらから攻める真珠湾もミッドウェー海戦も、余計な行動だと言って良い。

そんな本番が来る可能性が著しく低いが、前提となる戦略が異なっているのだ。しかも、それは山本の脳内にある戦略で、周囲にも知らせていなかった。

追加攻撃を実行しなかったのも、空母を見逃した不手際も、山本五十六の戦略にとっては不手際だが、元の戦略的には問題が無い。

更に、その後の不可思議な作戦も、全ては山本が戦略を無視した作戦を立案したからだ。この流れは山本の死後も続き、艦隊司令部が陸軍や軍令部を無視した行動を続ける要因となる。

 

「彼は米国に大打撃を与える作戦に拘ったけど、それが成功したところで、講和の準備をしていない以上、単なる消耗に過ぎない。

 それより、米国が全力で攻めてきた際に迎撃をして、これの打破を狙った方が、まだ可能性があった」

 

米国としたら、不意打ちで殴られた痛みより、全力で殴ろうとしたら、殴り返された方がダメージは大きい。

例えそれが可能か否かは別にして、そうしなければ講和は無理だと、上層部が考えている以上は、それ以外の作戦で勝利しても無意味だ。いたずらに相手を刺激しているに過ぎない。

 

「作戦立案家として二流と言ったけど、本当はそれ以下だと言っても良い。

 戦略に沿わず、自分の考えを実現する事に終始している。航空機で戦艦を落とすことについてもそう」

 

航空機で戦艦を落とせるか、当時は疑問に思う者が多かった。それが可能か否かの実験のような作戦を立てている。

しかも、航空主兵論に拘ったのか、航空機を湯水のように使い、その後の航空機不足は、彼が原因と言っても過言では無いだろう。

先の航空機パイロットの育成が大事と提案しながら、彼の思うように育成機関は出来ていないにも関わらずだ。

無茶な出撃を繰り返させ、パイロットを使い潰していった。

 

「作戦面では、とにかく航空機での攻撃の一点張り。そのくせに、目標は戦艦を沈める事を優先していたの。

 ここまで来ると、自分が信奉した航空主兵論を証明するために、戦艦を狙ったように見えるわね。

 そして、作戦を立案する者として最悪なのが、反省をする気配が無いということ。真珠湾攻撃が何故、あれだけの勝利になったのか考えていないし、ミッドウェー海戦の敗北でも、なぜ負けたのか本気で考えたと思えない」

 

敗北しておきながら、敗北の原因を追究して、次に生かした気配がまるで見られない。

ギャンブル狂いだったと言うが、その作戦は常にギャンブル染みていた。

 

「真珠湾攻撃って、本当に幸か不幸か大成功したって言い方がピッタリなの。これは、別の機会に説明するね。

 今回は、作戦の立ち位置に関して理解してほしいかな。

 そして、戦術なんだけど、これは採点不可能。

 何故なら、彼には戦術レベルでの戦闘を指揮した経験が無い。

 戦術って現代では、戦場での采配になるんだけど、あの人って指揮官として戦場に行ったことが無いの」

 

後方勤務が多かったため、連合艦隊司令官の地位に就くまでは、艦長職くらいしか経験が無いので、それ以前の能力で見ることは不可能。その上、連合艦隊司令長官になれば、中途半端な後方で、指揮どころか援軍に入る事さえ不可能な場所で、戦闘の報告を受け取っていた。あえて採点するなら三流以下であろう。

本人は、アメリカ海軍司令官のニミッツのように、後方で指揮する事が正しいと漏らしていたと弁護する声もあるが、それなら、そうすべきであり、軍令部との兼ね合いで不可能であるなら、前線へと行くべきであった。

あまつさえ、彼は常に最強の戦艦に乗艦していたのだ。戦艦に活躍させたくなかったか、戦術を軽視していたのかもしれない。

 

「さて、質問はあるかな?」

 

「え~と、提督って、戦略について、決定権はあるんですか?」

 

「良い質問だね。まず答えなんだけど、鷲一くんには無いかな。

 本来、提督ってアドミラル。海軍大将の事なんだけど、今の場合は艦隊司令官に近い。艦隊が艦娘ってことになるの。

 提督になっても可能なのは、艦隊司令官のお仕事になる。一応、戦略レベルの仕事もあるけど、それも艦娘を増やしたり、資材を集めて不足が無いようにするくらいかな」

 

艦娘の生活もあるだろうが、そこは政府の支援、防衛相が行っている分野になる。

鎮守府というもの自体が、戦略段階で作られるものであり、そこを運用するのは、決められた戦略に沿って運用するに過ぎないと言える。

この業務を超越しているのは、まとめ役である北条と、兵器開発をしている村上くらいだ。

 

「じゃあ、俺がやるのは、与えられた戦略を実現するための作戦立案で、戦術に関しても艦娘に頼ることになる。

 そう考えて良いんですね?」

 

「正解です。いくら与えられた戦略より優れた戦略を思いついても、それを認められなければ単なる妄想よ。

 おまけに、それに従って作戦を立案するなんて言語道断です。

 そんな訳で、今後は作戦立案を重点的にやるね。

 まあ、戦略と戦術に関しても知らないと困るから、勉強は続けるし、戦術指揮をする機会が来るかもしれない」

 

「戦術指揮? 迎撃任務ですか?」

 

戦場が与えられた鎮守府に近ければ、指揮を執る機会があるかもしれない。

 

「詳しくは言えないけど、そう言う事もある。その覚悟はするように」

 

「分かりました」

 

「それと、作戦とは別に、山本五十六には重大な欠点があるの。

 彼の名言とされる、『やってみせ…』って奴なんだけど、これって、どの口が言うのってくらい、現実の彼は寡黙だった。むしろ、真逆で自分と気が合わない人や、自分の考えを理解しない人は無視って考えの人。

 南雲忠一は当然、周囲の参謀にさえ、自身の考えを言っていない。これは絶対に真似をしないでね」

 

「わかりました。みんなには自分の考えを相談するようにします」

 

「よろしい。良い時間だし、今日はここまで」

 

時計を見ると18時を過ぎていた。それなのに疲労は感じない。いや、気付いたら疲れてる気がするだけだ。

好きな事をしているのと同じ感じだった。

 

「それと、明日から朝潮ちゃんと大潮ちゃんは、出張に行ってもらうから」

 

「出張ですか?」

 

「司令官は?」

 

「二人だけです。行き先は呉。艤装の改造で、日に二人ずつの空きが出来たから最初に二人に行ってもらって、入れ違いで満潮ちゃんと荒潮ちゃんに行ってもらうから。

 全員が終わった時点で、新兵装の訓練と一緒に、海上訓練を行います」

 

実際に動く艦娘を見なければ、作戦立案も何もない。

確かにその通りだし、楽しみではあるが、同時に何時も一緒だった、朝潮と大潮と離れるのは寂しいと思った。

 

 

 

 

 

 

 



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演習

昨日、朝潮と大潮が呉に行き、今日の朝から満潮と荒潮も呉に行った。朝潮と大潮は、今日中に帰って来る予定だが、現状は第八駆逐隊の4人が抜けた状態での授業だった。

 

「信長、また死んだね」

 

「これ、ぜってぇ無理だろ」

 

図上演習で桶狭間の戦いを再現しているのだが、史実では勝利したはずの織田信長が、今川義元の前に何度も敗れ去っている。

戦術での勝利で、戦略上の不利を覆すことが可能か否か。

不可能だというのが定番だが、実際にそれを、やってしまった桶狭間の戦いを題材とした図上演習を開始した。

だが、いくら演習を繰り返したところで、結果は全て信長の敗北で終わっている。

 

「も、もう一回よ! 絶対に義元の首を獲ってやる!」

 

「ん~、わたし三回続けてるから、朝ちゃん変わって」

 

信長を使って負けている霞がムキになって再戦を申し込む。

相手をしていた峯雲は嫌そうに朝雲に再戦の相手を振った。

だが、霞は鷲一が使う義元にも負けているのだ。素人に負けているのに、姉妹が扱う義元に勝てるとは思えない。

 

「兵力も圧倒的に上。作戦も特に不備は無し。

 何で、これで信長が勝てたのかが分らん」

 

「そう。それです。分からないことがある。それを認めることが重要なの」

 

突然、鹿島が嬉しそうに口を挟む。

 

「今日の授業で分かったと思うけど、戦略的に優位であり、作戦にも不備はない。

 そんな相手に戦術だけで勝利するのは無理と言って良い」

 

「じゃあ、ここに表示されている以外の条件があるって事ですか?」

 

「多分ないかな」

 

「多分?」

 

曖昧な返答に首を傾げる。

だが、鹿島も困った表情をするだけで、確固とした理由は無さそうだ。

 

「いい加減ね」

 

「そうは言うけど、事前に判明している情報で、敵の戦略なんて全部は分からないよ。

 この桶狭間の戦いだって、一昔前は上洛が目的って言われてたくらいだし」

 

今川義元が織田信長に敗北した桶狭間の戦いは、昔は上洛を目的としていたと言われていたが、現在では完全に否定され、領土拡大の出兵と言われている。

肝心の戦略目的が異なるのだ。当事者が、しかも敵対している信長に分かる事など本当に少なかった事だろう。

 

「過去に起きた出来事でさえ、戦略目的に相違が見られる。

 何もかも分かった気になるのが、凄く危険な事だって自覚してね。

 ちなみに、戦略は事前に分かりやすい方よ。作戦は戦略以上に読み難いし、戦術なんて、もっと難しい」

 

全ての行動を読み切る策士が活躍するのは、物語の中だけだ。

実際には、事前に分かる情報など高が知れているし、分かったつもりが一番危険だと言って良い。

 

「まず、戦略的にも作戦的にも不利な状態で先端を開くのは間違っている。

 今、散々やって分かったと思うけど、信長は普通なら勝ち目はないの。

 でも、有利だからと言って、気を抜いたら何が起こるか分からない。

 義元も気を抜いたとは思えないけど、色んな要素が重なって敗れている。それが戦争」

 

「つまり最後まで諦めなけれは……」

 

「逆かな。そっちを向いてほしくない。勝つのは優位に立てる準備をして、最後まで気を抜かないこと。

 勝てる可能性が低いのに、勝算の少ない賭けに興じるのは、前の戦争でやったことよ。

 一昨日の授業で言ったけど、真珠湾攻撃の問題点なんだけど、事前にやった図上演習では失敗しているの。

 それで、参謀長の宇垣纏がルールを改定して勝てるようにした。

 それでも、空母を2隻撃沈されてるの。それなのに結果は圧勝。何でだと思う?」

 

「アメリカが油断していた?」

 

「そうね。もっと正確に言うなら、宣戦布告をしていなかったから。

 空母がいなかったこともそうだけど、米国は偵察機を飛ばしていなかった。

 図上演習では偵察機に察知されていた。実際に宣戦布告を先にやれば偵察機を飛ばして警戒してたでしょうね」

 

宣戦布告の遅れは外務省の怠慢だ。だが、それが無ければ真珠湾攻撃の趨勢は大きく変わっていただろう。

それにも関わらず、圧勝した原因を真剣に考察しなかった。

 

「勝とうが負けようが、原因を考えることが重要だと?」

 

「その通り! そこが大事! 一番大事!」

 

織田信長は桶狭間の勝利を、運が良かっただけだと語り、その後は、多い兵力で戦うようにしている。

一方の帝国海軍は、それを実力だと過信し、同じような作戦で失敗しても反省しない。

多くの勝利を得るものと、多くの敗北を叩きつけられるものの差だ。

 

「米国海軍のニミッツは、日本の作戦は、カミカぜ以外は予想の範囲だったと、戦後に述べている。

 正直に言って、日本の作戦の中には、お粗末すぎて逆に予想が難しいものもあると思うんだけどね。

 誇大な気はするけど、実際にシミュレーションを大量に繰り返している証だと思う」

 

戦うからには、相手のやりそうな事を、どれだけ下らない、有り得ないと、思うような事でもシミュレートしておく。

勝つには、まず、万全の備えが重要である。

 

「でも、同時に事前にやれることも限られている。

 例えば、作り話だけど、三国志演義で赤壁での撤退戦で、逃げる曹操を待ち伏せする話があるの。

 相手の退路を読んで、伏兵を配置するのは正しいし、可能なら退路となる可能性がある箇所には全て配置すべきなんだけど、兵力が無限でない以上は、ここと言う場所に兵力を集中する。外れれば仕方がない、というような思いっきりも必要ね」

 

「でも、あれって、曹操の天命は尽きていないとか言って、最終的に見逃しますよね」

 

「その辺は論外。軍事物として真面目に語ると、馬鹿らしくなる物語だからね。

 孔明みたいに、敵の行動を全て読み切るなんて不可能だと思って良い。実際に出来ていないし、あんなのは物語の中だけの話よ。

 でも、逆に全ての可能性に備えるのも無理な話。百通りの動きに備えるなんて、何にも備えていないも同様」

 

万能は無能とは良く言ったもので、例えば多目的ツールは機能が多いほど、一つ一つの能力が下がって行く。

それよりも、特化型を複数用意した方がマシなケースが多いし、最低限の機能があれば充分である。余計な機能はマイナスにしかなり得ない。

作戦や戦術に対する備えも、相手の行動すべてに備える事など出来るはずもない。やろうとしたら、凄まじい練度の兵が、膨大に必要になるだろう。しかも、実現不可能なレベルでだ。

しかし、備えられないからと言って、指揮官はそれに甘えてはいけない。事前に考えられるだけ考えて、あらゆるパターンを想定する。

そして、実現性や効果、相手の指揮官や情勢、それらを総合的に考えて、最も可能性が高い方法に備える。

もし、外れたら、その場の判断で最善の行動に移行する。

 

「だから、事前に何通りも考えるの。事前に全く考えていないのと、散々に考えつくした後では、次の行動に違いが出る。初動が全然変わって来るからね。

 出来れば、知っている者が多い方が、初動は当然早くなる」

 

予定と異なる命令が出た後も、疑問に思いながら行動するのと、そう考えているのだと納得して行動するのでは大きく違う。

末端の兵までと言うのは無理だが、指揮官クラスが自信を持って行動すれば、兵は黙って付いて行く。

 

「じゃあ、作戦を決める際は一人で決めない方が良いと?」

 

「うん。これはバランスの問題かな。軍事作戦だと末端まで知っていると、作戦が敵にバレる危険が大きくなる。

 深海棲艦が相手なら大丈夫だと思うけど、どちらにせよ艦娘を全員集めて作戦を相談するのは無理がある。

 相談相手は絞る必要はあるから、誰を集めて、どんな感じで作戦を決めるか、それが鷲一くんの鎮守府のありようになる」

 

相談相手。今は朝潮型としか接点は無いが、成長して鎮守府を任せられる頃には、他の艦娘とも親しくなっているだろう。

特に作戦指揮となると、朝潮たち駆逐艦より、戦艦や空母の艦娘と相談する事が多くなるそうだ。

 

「まあ、その辺りは、急いで考える必要は無いけど、今は考える癖をつけ…」

 

「朝潮! ただいま帰還しました!」

 

「大潮もです!」

 

帰還した朝潮と大潮が大声で教室に入って来て、鹿島の話が中断される。

珍しく鹿島が不機嫌な表情になるが、朝潮たちは気付いた様子は無く、嬉しそうに鷲一に近付いてきた。

 

「司令官! 改造はつつがなく完了しました! 万全です!」

 

「凄いですよ。この艤装。最高速度は40ノット超えます!」

 

「あ、あの。先生に一声かけようか」

 

「え? はい! 鹿島先生! ただいま帰還しました!」

 

「……おかえりなさい。今、図上演習をやってるけど、朝潮ちゃんたちも参加しようか」

 

「了解です!」

 

「桶狭間の戦いなんだけど、織田信長と今川義元。どっちが良いかな?」

 

「出来れば織田信長が」

 

やはり、信長が人気だ。

正確に言えば、朝潮たちの世代には、義元は不評だった。

彼女たちの時代の義元と言えば、白粉にお歯黒な間抜けな武将である。

 

「じゃあ、霞ちゃん、代わってくれるかな?」

 

「は、はい」

 

「それじゃあ、朝雲ちゃん、やっちゃって」

 

「か、鹿島先生?」

 

「では、始めましょうか。朝雲が相手でも手加減はしませんよ」

 

自信ありげに朝潮が宣言しながら、朝雲と向き合うが、図上の配置と兵力を見ると、急に大人しくなった。

 

「か、鹿島先生? これって……」

 

「それでは、演習開始♪」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝潮は、何度信長を殺したのでしょうか?」

 

湯船に浸かりながら、朝潮が溜息を吐く。

夕食まで演習を続けて、その後は格闘訓練で汗を流した。当然ながら、演習では信長を使用した側が、惨敗を繰り返しである。

鷲一としては、朝潮が落ち込んでいると調子が狂う。おまけに、丸一日以上会っていなかったのだ。帰還直後の元気な朝潮を見たいと思った。

 

「あの演習は仕方がない。現実は、演習通りに事は進まないって事を、分からせる授業だったんだろうし。

 それで、改造って何が変わったんだ?」

 

少なくとも、外見上の違いは無い。

艤装を出さなければ、分からないのだろう。

 

「アンタ、普通にジロジロ見るんじゃないわよ」

 

「すっかり慣れちゃったね」

 

「いや、こうして何度も風呂に入ってればいい加減に慣れる」

 

霞に文句を言われ、朝雲にからかわれるが、言った通り慣れてきた。

最初は見るのも見られるのも抵抗があったが、何時までも恥ずかしがれる程、人間の精神は柔でも頑固でもない。

その程度の抵抗なら、受け入れてしまうようだ。

 

「でも、峯雲相手だと直視できないじゃない」

 

「ナンノコトダ」

 

峯雲は反則だ。持っているものが違う。今だって湯船に浮かんでいる。

見られるのに慣れたといっても、それは普通の状態だ。考えている事が丸分かりな状態を見られるのは、抵抗がある。

 

「艤装を展開しても、外見に大きな変化はありません。

 ですが、動きが良いんですよ! しかも頑丈です! 早くお見せしたいです!」

 

「そ、そうか」

 

「峯雲だけはなく、朝潮姉さんでも反応するね」

 

全裸の朝潮にお見せしたい。そんな事を言われたせいで、変な想像をしてしまった。

 

 

 



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休日の過ごし方

平和な話が難しい。
気付いてらエロい方向に行って、何度も書き直してしまいまいました。


もう、いっそ18禁に行こうかと本気で考えるくらい。



休日が少ないと思っていた。

しかし、今となっては、休日の意味が分からない。やる事が無いのだ。

午前中はバスケをしたが、ワンパターンな気がする。

あまりにも、まったりとした空気だ。普段なら霞が騒ぎそうだが、その霞は、霰と一緒に艤装の改造に行ってるので、夕方までは帰ってこない。

そして、ふと思いついた。

 

「久しぶりに釣りをするか?」

 

霞と霰が帰って来た時点で、全員の改造が終わり、明日からは訓練を兼ねた実戦的な学習をすることになっている。

そのため、今日はゆっくりするよう言われていたが、折角だから、全員の改造完了を祝福して、少し夕飯を豪勢にしても良いだろう。

 

「釣り?」

 

「良いですね」

 

「久しぶりね。前に1回だけやったきりよ」

 

「許可を貰ってきます」

 

朝潮が荒潮を連れて、吹雪のところへ許可を取りに行く。荒潮を連れて行ったのは、許可が出れば釣り具を持ってくるつもりだろう。

釣りをやったのは、去年のお客さん気分の時までだ。その頃は資材の回収もしていなかったので、本気でバスケくらいしかやる事が無かった。

2日に1回くらいのペースでしていたので、大潮、朝潮、荒潮、満潮の順に経験しているが、満潮は1回しか経験が無く、他のメンバーはやったことさえ無かった。

 

「何処でやるの?」

 

「工廠と工廠の間」

 

朝雲の質問に指を差しながら答える。

工廠は巨大な倉庫のような長方形の建物で、横須賀鎮守府の工廠の隣に、鷲一の工廠が並んでいる。

工廠は、岸より約20mだけ海に突き出しているので、上空から見ると凹のようになっており、間のスペースで釣りをすることになっている。

 

「何で、そんな隙間で?」

 

「周りから見られたくない」

 

鎮守府内で釣りをしている姿は、他所には見せたくないそうだ。

マシになったとは言え、現在でも海は危険地帯である。

しかし、魚は食べたい。そのため、釣りをしたがる人間は多いが、船を出すのは未だに禁止されているし、堤防や岸から釣ったとしても、何かあれば自己責任と言う名の放置が待っている。

 

「でも、鎮守府の近くで釣っている人を見かけるわよ」

 

「鎮守府の側ほど安全な場所は無いからな。でも、釣り人が多くて場荒れしている」

 

人気の釣りスポットは意外と釣れない。釣り人が多いため、魚が学習したり、釣り上げすぎて、魚がいなくなるのだ。

そのため、釣り人は船で沖に出たり、湾内ではなく、外海で釣りをしたがるが、そんな事は危険なため出来ないでいる。

だからこそ、つい望んでしまうのだ。釣りをしたいから、艦娘に護衛をして欲しいと。

 

「いや、何言ってんの?」

 

「確かにそうだが、漁師なんか切実だからな」

 

漁師の場合でも、決められた日時に、艦娘の護衛を付けて漁に出ることが出来る。

だが、決して多いとは言えず、それを増やしたい希望はあるのだ。

 

「それを、お前等も釣りしてるだろうとか言われたら、面倒だろ?」

 

「無視すれば良いよね?」

 

「出来るけど、わざわざ門を立てんでも良いだろ」

 

見つからないようにすれば、何処からも文句は出ないのだ。それなら、そうした方が良い。

それに工廠の建物が大きいので狭く見えるが、実際は50mくらいあり、十分な広さだ。

 

「許可を取って来ました」

 

「道具も借りて来たわ~」

 

「よし、行こうか」

 

全員で連れ立って、釣り場へと向かう。

釣り竿は4本しかないが、交代でやれば良いだろう。

それに朝雲たちは初めての経験だし、満潮は一匹も釣り上げたことが無い。

その所為か、やる気に満ちており、釣り好きになった大潮に次いでテンションが高い。

 

「司令って、ここに来る前から釣りをしてたの?」

 

「川や湖でだけど、やってたな。貴重なタンパク源だ」

 

鷲一の物心ついたときから、肉や魚は高騰していった。

野菜もそうらしいが、肉や魚ほどではない。

そんな環境だ。釣った魚はブラックバスだろうが、ブルーギルだろうが食っていた。

キャッチアンドリリースを推奨していた、釣り人達も同様だ。元々、ブラックバスはリリースしても、鯛を釣ったら食べる連中だ。味に贅沢が言えない今となっては、そんな綺麗ごとは遠く彼方へ投げ出している。

 

「海の底に、岩とかあるだろ? そこの影に魚が隠れてるってイメージしてくれ」

 

「うん」

 

工廠の間に着くと、釣りが可能なポイントの左端から、下を覗き込みながら説明する。

その後、海の底を見ないように注意して、右端まで移動する。

歩きながら、朝雲が気になったのか、覗いてはいけない理由を聞いてきた。

 

「魚が警戒する。覗いた途端に釣れなくなる事もあるぞ……川では」

 

「海は?」

 

「ごめんね~」

 

「いや、タイミング的に荒潮の所為かどうかは分からん」

 

「え? 何があったの?」

 

荒潮が初めて釣りをした日、途中で荒潮が覗いた途端に釣れなくなってしまった事がある。

だが、干潮のタイミングだったので、荒潮が覗いたせいかどうかは分からない。

 

「試しても良いけど、それは十分に釣れた後で良いだろ」

 

「そうね。ところで、どうやって釣るの?」

 

「取りあえず、見本を見せる」

 

そう言って、仕掛けを確認する。

もっとも、仕掛けと言っても、釣り糸に使われているPEラインと結ばれている先端のナイロン糸のキズを見るくらいだ。

 

「で、針にコレを刺す」

 

「虫のオモチャ?」

 

「ワームって言うらしい。ルアーの一種な」

 

「エサじゃ無いんだ」

 

「海じゃ、エサを取るだけで大仕事だぞ」

 

磯の方なら、砂場を掘ったらイソメが出てくる可能性があるが、この周辺は完全に堤防として固められている。

また、オキアミやアミエビも大量に発生しているなら良いが、堤防周辺に発生することは稀であり、いたらいたで釣りにならない。

 

「でも、ルアーってこんなのじゃないの?」

 

朝雲が、仕掛けの箱の中にある魚の形をしたルアーを指差す。

 

「いや、これで釣ったことが無い。いつも狙っているのも小さい奴だし」

 

今から狙うのは、カサゴなど、ロックフィッシュと言われている岩に隠れている魚だ。

 

「え? 大きいのは釣らないの?」

 

「いや、だから周囲に見られたく無いんだって。暗くなったら何回か試すけど、釣れたことが無いな」

 

工廠の周囲も鎮守府の敷地だが、1kmも行かない内に敷地外になり、釣り人がギリギリまで寄って来る。

そんな中を、明るい内に何度もルアーを投げていたら、流石に着水の瞬間を見られるだろう。

そのため、暗くなり始めてから投げれば良いのだが、その時間は夕まずめと言って、一番釣れる時間だ。

カサゴなども当たりが良くなり、つい、仕掛けを変えるのが遅れてしまう。

そして、何度か投げれば真っ暗になり、今度は魚が反応しなくなる。

 

「ちなみに、蛍光のルアーも禁止な。それに真っ暗だと見えないから危ない」

 

夜でも魚が反応するように、ルアーの側に光を発するものを付ける手もあるが、それを付けると周囲に見られる。

だが、それ以上に深夜の釣りは禁止されている。

鷲一は仮にも、多方面から狙われている身だ。艦娘の護衛があるとは言え、暗闇では何があるか分からない。

 

「それじゃあ、コイツを落として……」

 

見本と称して、早速釣りを始める。

大潮と満潮は、既に始めていた。朝潮と荒潮の二人は見学の構えである。

同じように竿を持った朝雲が見様見真似で、ワームを落とす。

 

「底に着いたら、糸が弛むから、その手前で糸を止める」

 

「うん……こうね」

 

「そうしたら、底をトントンと叩くように動かして、魚にエサだと勘違いさせ……掛かった」

 

魚が食いつき、底に潜ろうとして竿がしなる。

ゆっくりとリールを巻いて、少し上げたところで山雲に竿を渡す。

 

「これが、魚の掛かった感触。こうなったら、リールを巻くだけ」

 

「グングンしてる~!」

 

「え? 私にも持たせて!」

 

交代で持って、やがて釣り上げると狙い通りのカサゴだった。

見た目がグロテクスなため、気味悪がるかと思っていたが、そんな様子は無かった。

そうしている内に、大潮も1匹釣り上げる。

 

「ゲットです」

 

「俺のより大きいな」

 

「来た!」

 

今度は満潮の竿に反応があった。少し小ぶりだが、初めての釣果に満面の笑みを見せる。

朝雲が気合を入れて竿を動かすが、大きく動かし過ぎな気がする。

交代で釣ろうと、竿を山雲に渡し、しばらくは見学の態勢に入った。

 

「それにしても、こんなので騙されるのね~」

 

荒潮がワームを持って、不思議そうに呟く。エビなのかカニなのか分からない、奇妙な形だし、色もピンクだ。

確かに、子供のオモチャの方が、まだ出来が良いような気がする。

 

「でも、アンコウとか、身体に付いている突起で魚を誘うからな。

 アンコウの突起よりはマシだろ」

 

「へ~、誘うんだぁ~……ねえ、大潮ちゃん代わって~」

 

「はい。良いですよ」

 

今まで、やる気が無さそうだったが、何かの琴線に触れたのか、急に興味を持った。

大潮から竿を受け取ると、妖しげな雰囲気で仕掛けを落とす。おまけに身体をくねらせ妙なリズムで誘いをかける。

 

「勝利の女神はここよぉ~♪ 捕まえてごらんなさ~い♪」

 

「いや、そんなんで釣れるわけが…」

 

「あら、捕まっちゃたぁ~♪」

 

満潮のツッコミが終わらない内に、荒潮がリールを巻いてカサゴが現れる。

どちらかと言えば、捕まったではなく、捕まえた方なのだが、荒潮にとっては違うらしい。

 

「はい。満潮ちゃん取って~」

 

「アンタ、実は魚を触りたくなかっただけでしょ」

 

「だって~」

 

「う~、私、まだ釣れてない」

 

少し騒がしい気がする。これでは魚が警戒すると思ったが、注意する気にはなれなかった。

気晴らしを兼ねての事だし、このペースなら人数分は釣れるだろう。それならと、釣果よりも楽しむことを優先することにした。

そして、のんびりとした時間を楽しむ。

 

「ん? 今、通り過ぎたの」

 

「どうかしましたか?」

 

「霞と霰が戻ったみたいだ」

 

「私も見たわ。もう、夕方になったのね。

 ここにいるって伝えるわよ」

 

満潮が通信をして、ここへ来るとの返答を受けた。

 

「戻ったわよ!……って、何してんの?」

 

「見ての通り、釣りだよ……あ!」

 

霞が話しながら海底を覗き込んでいた。

 

「「「 あ 」」」

 

「え? 何? アタシが何かした?」

 

「覗き込んだけど……」

 

「大丈夫かな?」

 

「まあ、ダメでも場所を移動すれば……」

 

移動しようと反対側を見たら、霰が海の底を見ながら、ゆっくりとこちらに向かっていた。

 

「全滅ね」

 

「見られたら、ダメかどうかの証明にはなるわね」

 

時間は夕方で、潮も悪くない。

これで、釣れなくなったら覗くのはダメだという証明になるが、そうなると霞と霰の所為で釣れなくなったということになる。

二人は知らなかったことだし、責める者はいないだろうが、二人とも気にしないでいられる性格では無い。

すでに大量に釣り上げていたのなら、もう良いかで済むが、まだ10尾しか釣れていないので、数が行き渡らなかった。

 

(……作戦の変更が必要だ)

 

これを戦争に例えれば、戦略目的は、全員が改修が終わった記念に、楽しい食事をするだ。

そのため、釣りやすいロックフィッシュを狙って、食事を豪勢にする作戦を取った。

だが、その作戦が、霞と霰によって破綻しかけている。二人は敵では無い。むしろ、楽しみを共有する仲間だ。ここで責任を感じさせたら、完全に戦略を見失ったも同然。

ならば、作戦を変える。賭けの要素が強いが、これで失敗しても、責任は分散される。

 

「なあ、大潮。大物狙わないか?」

 

「良いですね。大潮もそろそろ大物を狙いたいと思っていました」

 

こちらの意図を察してくれたか、それとも同じことを考えたか。大潮が笑顔で同意してくれる。大潮の笑顔は本当に勇気づけられる。

 

「リーダーを変えるから、使うルアーを選んでいて」

 

狙いに合わせて、糸を太いものと付け替える。

大潮の後に、自分の分も付け替えて、ルアーも勘で選ぶ。

湖でのバス狙いと異なり、ピンポイントでの正確なコントロールではなく、遠くへ投げることを意識し、後はリールを巻いて行く。時折、竿を動かして誘いの動作をやるが、海での経験が無いので、正しいかどうかなんて分からない。

そもそも、海での大物狙いなど、釣れないのが当たり前だとも聞く。

だからこそ、根気よく投げ続けた。思いつく限りの誘いをし、誘いなど知らない大潮は愚直に巻き続ける。

 

(……限界かな?)

 

今投げたルアーが着水した場所さえ見えないほど、暗くなっている。

暗い海には、生き物がいる事など信じられない程の静寂に満ちていた。いや、完全な静寂ではない。波の音や風の音がするが、その音が逆に無機質さを感じさせる。

だが、そんな海から、今までにない音が聞こえ始める。生命に満ちた音だ。

隣の大潮を見ると、彼女はリールを巻き終わり、投げる動作に入っていた。

 

「大潮、待って。ナブラだと思う」

 

捕食しようとする魚から逃げる小魚が起こす現象。そこに投げれば釣れる確率が高くなる。

鷲一は投げた直後で、今から回収しても間に合わないだろう。だから大潮に賭ける。

眼を凝らして、その音がする場所を探すと、直ぐに見つかった。海面が不自然に揺れていて、しかも動いている。

 

「あそこ!」

 

「とりゃあぁぁぁぁ!」

 

指を差すと、大潮も気付いて、そこに向かって投げる。

相変わらず、ルアーの着水は見えない。狙い通りに着水したか不安な気持ちで見ていると大潮の竿が大きくしなった。

 

「ヒ、ヒットです!」

 

安堵と同時に羨ましく思いながらリールを巻こうとすると、引っ張られる感覚。

 

「こっちも来た」

 

思わず呆然と呟く。自分が釣るのを諦めた直後だったので、完全に不意打ちだった。

ナブラを指差して巻くのを止めたのが、良い誘いになったのかもしれない。

最後まで気を抜かないで、確実に釣り上げることを意識する。そこまで考えて苦笑を浮かべた。

鹿島の授業が随分と身にに付いてしまっている。遊びで戦略を考えたり、最後まで油断をしないように戒めたりしている。

だが、それも悪くないと思った。

 

「スズキです!」

 

「ヒラメ?」

 

大潮は自分の腰までもある大きなスズキを、苦労して釣り上げた。

一方の鷲一はヒラメだが、30~40cmほどで、大きさは大潮に見劣りするが、高級魚だ。

ふと、周囲を見ると、全員が嬉しそうにしている。

不安な顔をしていた霞と霰も、笑顔になっていた。

釣果以上に、そのことが嬉しい。心の底からそう思えた。

 

 

 

 



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装備と演習

昨日は予定よりも豪勢な食事になり、良い休日にすることが出来た。

刺身はヒラメの方が美味しかったが、スズキは複数のメニューが出てきて、全員の舌を楽しませた。

だが、それも今日から始める実戦訓練に備えての事だ。全員が朝からソワソワとしている。

 

そして、午前の授業の後の昼食が終わると、横須賀鎮守府の工廠に寄っていた。

装備を借りるそうだが、初めて入る横須賀鎮守府の工廠に緊張していた。

何処か雰囲気が違う。実戦に入っている鎮守府と、訓練と資材回収だけの鎮守府では随分と違うようだ。

そして、装備を納めている倉庫に入る。鷲一の鎮守府では、今まで装備は造ったことが無いが、横須賀では大量の装備が保管されていた。

突然、武器を見ていた満潮が、興奮気味に話しかける。

 

「あれ! あのダダダダダダダダダって出る武器!?」

 

「ダダダダダダダダダじゃなくぅ、ダアアアアアアアアアアアアよ~」

 

「どっちでも良いわよ。あれ使えるの?」

 

鷲一も満潮が指差している場所を見ると、そこには6本の銃身を持ったガトリング砲があった。

満潮だけでなく、現代の対空兵器の主役と言えるM-61機関砲(バルカン砲)の映像を見て、全員が衝撃を受けていたが、あれと同様の攻撃が可能とあれば、航空機に散々苦しめられた日本の艦娘が、興味を抱かないはずがない。

 

「もちろん。対空兵器として、多くの艦娘が使用してるし、対空戦に相性が良い艦娘は、二丁持ちで使うことも出来るの」

 

呉で開発された新装備も、元の艦娘の能力の相性に左右されるそうだ。対空装備一つとっても、元から得意とする艦娘の方が相性が良く使いやすいという評価を得ている。

M-61を小型化したM-134ミニガンという名称の、7.62mm弾を使用するタイプがあるが、それよりも小型で銃のグリップもある。

 

「ただ、あくまで対空兵装だから、駆逐イ級が相手でも倒すのは無理なの」

 

「砲身は細いですが、どれくらいの威力なんですか?」

 

「実寸は4㎜弱だけど、艦娘が使用する際は、M-61機関砲(バルカン砲)の20mm弾と同等の威力よ」

 

「何か寸法的に不自然ですね」

 

「それを言うなら、元から付いている片手で振り回している主砲なんか120mm以上の威力だからね。

 戦車の主砲と同じよ」

 

普段でさえ、見た目が小学生の少女が、戦車の砲を片手で2本も振り回している。

そう言われると、改めて艦娘の存在は、物理法則やらを振り切っていると思う。

オカルトだからと思って無理にでも納得するしかない。

 

「朝潮お姉さん! 何かカッコイイです!」

 

大潮がはしゃぎながら指差した武器は、明らかに色物だった。

大きな箱に杭が飛び出している。

何となく察しがついた。パイルバンカーだろう。

朝潮も、その武器に惹かれたようだ。目の色が違う。

 

「強そうです。これなら戦艦さえ沈められそうな気がします」

 

「……うん。まあ、実際に出来るけど……それ、欠陥装備だよ。

 持ってみれば分かると思うけど……」

 

「お、重いです」

 

威力に関しては申し分が無い。実際に戦艦でさえ一撃で沈めることが可能だ。

だが、異常に重すぎるのだ。使用時には相手を拳で殴るように振りぬくのだが、相手に接近するまでは、両手で保持する必要がある。

おまけに、その間は反撃不能で、とても使えないと、各鎮守府をたらい回しにされて、ここ横須賀でお箱入りとなっている。

 

「なんで、そんな武器が?」

 

「村上提督って、その、何と言うか、趣味が偏っているみたいでね……」

 

「ですが、戦艦を沈める威力は魅力的です」

 

「それなんだけど、同じ使い難いにしても、あっちの方がマシなの」

 

そう言って指を差す方向を見ると、2メートルはある巨大な銃。

 

「何か、ビームでも出そうな武器ですね」

 

アンチマテリアルライフルというより、リアル系ロボットが使用するビームランチャーのような外見だった。

改めて周囲を見渡すと、ソッチ系のデザインが多くみられる。

 

「50mm長距離砲。実質、駆逐艦でも大和型の46cm砲を上回る50㎝相当の威力の砲撃が可能なんだけど、見ての通り、大きい、重いで、駆逐艦の長所を殺すような武器。

 まあ、それでも、パイルバンカーよりはマシかな」

 

駆逐艦が強大すぎる発射の衝撃に耐えれるよう、砲撃のショックを緩和するため、砲身を包むようにショックアブソーバーが覆っている。そのショックアブソーバーが、未来的なデザインというか、ビーム兵器っぽい外見にしている原因だった。

だが、長距離砲撃の砲門が必要な場合は使えるし、戦艦に憧れる、とある駆逐艦には好評らしい。

同じような重い武器を持って殴ることが可能な距離まで近づく必要があるパイルバンカーより、よほど有効な武器と言える。

 

「でも、前に見た映像では、近接武器を持った艦娘もいましたが?」

 

「この辺の武器よね。駆逐艦は、ダガーナイフが適しているの。戦艦なら戦斧を使ったりするけど、基本的に重量に合わせた武器が合ってるかな」

 

何でも、この辺りの武器は、一種の体当たりと同等の効果を狙った武器であるそうだ。

普通、体当たりをしようものなら、自分もダメージを受けるが、それを武器に代替わりさせるために、近接武器を使用する。

 

「体当たりって、何だか原始的ですね」

 

「そうね。体当たりに関しては、後で詳しく説明するとして、あの子達には、先ず基本の武器を持たせないと」

 

そう言って、興味深そうに色んな武器を品定めしている朝潮たちを集合させる。

そして、鹿島が取り出した武器はアサルトライフルと言えば聞こえが良いが、これも、やはり某アニメで使われるビームの小銃に見える。

 

「これが、日米の駆逐艦娘の間で使用されている基本的な装備。正式名称は18式複合砲5型」

 

アメリカで重すぎて開発が中止になった、XM-29のように、銃身が上下に2つある。

だが、やはり見た目はビームが出そうなライフルだ。長さはカービンが主流になる前の、Ⅿ-16くらいの長さがある。それにXM-29は上部が20mm炸裂弾で、下部が5.56㎜小銃になるが、こちらは逆で、上部が細く下部が太い。それに弾倉(マガジン)が前方に一つあるだけだ。中身は弾薬。弾丸のサイズに合わせた弾倉(マガジン)は不要で、そこから供給されるエネルギーで、それぞれのサイズの弾を発射する。

 

「上部が.5インチ(12.7mm)機関銃で、下が5インチ(12.7cm)砲と同等の火力が発射されるの」

 

「それで5型?」

 

「正解。ちなみに6型と8型もあるの。そっちは軽巡と重巡用」

 

それぞれ、一回りずつ大きくなる。

だが、元から装備している武器と同じ威力なのに、何故、小銃型にしたのかが分からない。

それを質問する前に、霞も気になったのか、先を越される。

 

「何でわざわざ、こんなの作ったの? あっちの威力が強くなるって言うなら分かるけど」

 

「使ってみれば分かるよ。じゃあ、外に行こうか」

 

朝潮たち全員に同じ銃を持たせて、鹿島は何に使うのか、三脚を持って外へと向かう。

演習エリアへ移動すると、鷲一には双眼鏡が渡された。

 

「基本的な射撃訓練を始めるね。全員で海上に出る前に、ここで射撃をしてもらうから。

 目標はあそこに見えるブイ」

 

そう言いながら、三脚に銃を置けるようにする。

気軽に言ってくれるが、鷲一には、双眼鏡を使わなければ、標的のブイなど見えはしない。

だが、朝潮たちは平然としている。どうやら標的が見えているようだ。

 

「じゃあ、気になってるようだから、霞ちゃんから行くね。銃を構えて」

 

「これ何、邪魔なんだけど?」

 

ストックに頬を付けて、照準を覗くようにすると、正面に見えるモニターに対し、霞が不満の声を上げる。

だが、鹿島は不満の声を無視して、銃の説明を始める。

 

「ここにあるのが切り替え(セレクター)。真ん中が安全装置で、上が機銃、下が大砲ね。

 今日、使うのは大砲だから」

 

Ⅿ-16やⅯ-4アサルトライフルの、単発と連射の切り替えと同じ位置に、切り替え(セレクター)がある。

機銃は連射で、大砲は単発で固定されている。

 

「こう?……って、何!?」

 

霞が邪魔扱いしていたモニターに、大きく標的のブイが表示された。

予想が付いていた鷲一と違い、霞の驚きようは激しかった。

 

「まずは、撃ってみようか。モニターに映っている十字の中心に標的を合わせて発射して」

 

「了解」

 

霞が引き金を引くと轟音が轟き、遠くで水しぶきが上がった。

 

「え?」

 

「気付いたみたいね。今、映っている位置が変わったよね?

 再度、中心に合わせて発射」

 

「う、うん」

 

もう一度引き金を引くと、標的のブイが破壊される。

 

「こ、これって……」

 

「うん。驚くよね。技術の発達にカルチャーショックを受けると思う。私もそうだったし。

 まあ、見ての通り、自動で照準が修正されるの。風向きや重力なんかも含めて計算されるそうよ」

 

鹿島自身が呆れた口調で説明する。

彼女たちにすれば、21世紀のハイテク兵器との融合は、ある意味、オカルトと変わらないレベルで不思議な能力のようだ。

 

「じゃあ、全員、三脚を使って感覚を掴んで」

 

「了解です!」

 

調整を兼ねて砲撃の感覚を掴んでいく。

全員が驚き、この武器の有効性を認めていた。

 

「それじゃあ海上に出て、動きながらの訓練に入るよ。目標は命中率50%」

 

「ご、50!?」

 

「昔の常識は忘れるように。これは最低限の数値。これだけなら、足手まといだけど、何かの役に立つかっていう評価だからね。

 本格的な機動訓練は後日にするから、今日は動きながら撃つ。それだけを意識して」

 

朝潮たちが緊張した面持ちで海上へと出て行く。

それを見送りながら、鹿島が苦笑を浮かべながら聞いてくる。

 

「命中率50%と聞いて、どう思った?」

 

「正直、今までは命中率を気にしていませんでした。どちらかと言えば、当たるのが当然だって感じで受け取っていました」

 

「だよね。普通はそう思う。今もそうだし、昔も軍人でも無ければ、そう思っていたかな」

 

「実際はどうなんです?」

 

「そうね。日露戦争での日本海海戦。あの戦いでは、日本は10%で、対するロシアは2%ってところ」

 

想像以上の低さに愕然とする。

だが、それで終わりでは無かった。

 

「第二次世界大戦では艦隊決戦が少なかったから、統計を取りにくいのよね。おまけにアメリカはレーザー照準があるし。

 まあ、数少ない艦隊同士の昼間の戦闘で、日本が無様極まりない勝利を得たのがサマール沖海戦。そこで最も活躍したと言われる日本の艦が利根さんだけど、その彼女で2%以下」

 

日本艦隊の終焉をしめすようなレイテ沖海戦。その最後を締めくくったサマール沖海戦は、日本海軍の幻想を打ち破る戦いでもあった。

艦隊決戦をすれば勝てる。日本海軍は、そんな幻想を抱き続けてきた。

日清、日露で勝利を得たから、艦隊決戦なら。日本海軍は、その自信が、なんら根拠が無いものだった事を後世に証明することになる。

大和、長門、金剛、榛名の4戦艦に、羽黒、鳥海、鈴谷、熊野、利根、筑摩の6重巡。更に2水雷戦隊。

対する米国海軍は護衛空母6隻と駆逐艦。

艦隊決戦に飢えていた日本は、その少数の米国艦隊を主力だと勘違いし、猛攻撃を加えた。

結果として勝ちはしたが、その戦いで語られるのは、米国の勇敢さ。サミュエル・B・ロバーツやジョンストンの奮戦。

それに対して、期待されていた大和は、何ら有効な打撃を与えることが出来ず、日本海軍は量だけでなく、質の面でも米国に劣る事を証明してしまった。

 

「2%って、日露戦争の頃より低くなっていますね」

 

「距離が伸びたって理由はあるけどね。日露戦争での東郷ターンと言われているのが、敵から約8㎞。サマール沖海戦では、30㎞から砲撃開始。まあ、嫌な思い出は、今日は良いとして、やはり戸惑ってるね」

 

朝潮たちは、命中率が今一つ上がらないで苦労しているようだ。

 

「目標が遠すぎません?」

 

「そこが、面倒なところの一つなのよね。あの標的までは、約4㎞しかないの」

 

「4㎞って、そんな近く? 水平線と変わらない位置ですよね」

 

双眼鏡で覗いても、標的の上部が見えるだけで、真ん中からは水平線に隠れて見えないブイもある。

明らかに遠いと思うが、先ほど聞いた海戦距離に比べたら、数字だけは目と鼻の先と言える距離だ。

 

「答えは簡単。地球は丸い。水平線までの距離の出し方は、今度教えるけど、人の身長、水面から150㎝くらいの高さからだと4㎞くらいまでしか見えないけど、戦艦大和の艦橋、40m弱だと20㎞先まで見える。

 当然、相手の艦も高さがあるからね。遠くから見る事だ出来たの」

 

「え? じゃあ、朝潮たちは……」

 

「そう。自身や敵のサイズの変化は戦闘距離にも影響する。

 まずは、その違いによる戸惑いを、克服しなくてはならない。

 前に話した艦娘の強さに影響する経験。これを身に付けるのって意外と大変よ」

 

 

 

 

 



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新しい戦い方

「手がある。足がある。そして小さい。それなのに、攻撃の威力や防御力は変わらない。

 この戸惑いは、想像以上に大変だと思うよ」

 

「はい。と言うより、想像も出来ません」

 

「うん。それで良い。むしろ、その方が良いかな。

 何故かって言うと、戦い方を考えるのに、変な先入観が邪魔になるからね」

 

「戦い方を考えるって?」

 

「実は世界中で研究中。艦娘(私たち)に適した戦い方を」

 

艦娘の能力が第二次世界大戦で活躍した軍艦の能力だといって、それが、そのまま以前と同じような戦い方をするのは、無理がある。

だが、艦娘が生まれてから、まだ間もない上に、研究する余裕もないので、実戦の中で見出すしかないのだ。

 

「でも、戦い方を変えるにしても、船である以上、戦い方に大きな変化は無いですよね?」

 

「ところが、そうでも無いのよ。戦争なんて戦い方の模索だといっても良い。

 そうね。日清戦争って、どんな戦いだったか知ってる?」

 

「詳しくは知りません。ただ、近代化に成功した日本が、旧態然とした清国に圧勝したってくらいで」

 

「うん。あってはいるけど、それって誤解をしている人が多いと思うのよ。

 近代化の成功って、あくまでシステム面であって、装備(ハード)面では清国の方が上だったの」

 

近代化と言っても、当時は両国とも優れた装備を手にするには、西洋から購入するしかない状況だ。

そして、両国の国力は圧倒的に清が上で、日本では財政的に手が出せない装備も、清は手にすることが出来た。

清は日本の台湾出兵を機に、海軍力の増強に力を入れたが、日清戦争時には戦艦二隻を保有し、開戦前は7対3で清国有利だと西洋諸国は予想していた。

だが、この時代の艦船は、試行錯誤の繰り返しと言って良い時代であり、帆が廃止され完全な石炭動力の船が出始めた時代だ。後の世から見れば呆れられるような設計も少なくなかった。

 

「この頃は、欧米の列強国同士での戦争は避けていたからね。

 そこで、欧米から最新の兵器を購入して、軍備を整えていた日本と清が戦う。

 列強国から見れば、良い実験材料だったのかもしれない」

 

まず、この戦争に参加した艦で、最大であり、最強と言われていたのは、清国の定遠型だが、ドイツで製造された定遠と鎮遠は、7300トンであり、30.5cm2連装砲を装備し、その砲配置は正面と後方には全砲門を向けることが出来るが、横には無理な配置である。更に体当たり用に衝角を装備していた。

つまり、正面に向かって砲撃しながら接近し、そこで仕留めきれなかったら体当たりで倒すという設計である。

 

「7300トンで戦艦ですか?」

 

「この頃はね。基本的に軍艦って、段々と大型化するから、後の時代から見ると小型軽量に感じるだろうけど、少なくとも装甲の頑丈さは、欧州の一万トン超えの戦艦に匹敵する戦艦で間違いないの」

 

「でも、正面に全砲門って、変な形ですよね?」

 

「何処が? 何もおかしくないと思うな。全然OK」

 

「何か定遠押し?」

 

「そんな訳では無いよ。でも、日本なんて、もっと酷いの作ってるから」

 

この厚い装甲を持つ艦に対抗するために日本がフランスに発注した松島型は、4300トンに32cm単装砲を装備している。

明らかに艦の重量に対して、砲の威力が高すぎて、松島型の戦闘記録を見れば、1時間に1発程度しか発射されていない。

 

「一発発射すれば、艦が揺れて次弾の照準が出来なくなったの」

 

「普通、テストとかしないんですか?」

 

「しなかった。信じられない話だけど、本当にしなかったの。

 おまけに、無理がある設計は主砲だけでなく、全体に行き渡っていてね。

 フランスから運行中に故障して、途中で本国から技師を呼んで修理したりと、投入前から不評だったみたい」

 

松島型は三隻建造。二隻をフランスで建造し、その設計図を元に日本で一隻建造した。

日本で建造したのが橋立だが、初の国産での最先端技術を盛り込んだ軍艦の建造は困難を極め、納期は遅れに遅れ、フランスで建造したもう一隻の厳島は、安全運転でゆっくり日本まで来たので故障は避けられたが、こんなの軍艦じゃないと呆れさせている。

 

「まともな船は無かったんですか?」

 

「いや、三景艦、松島型が変だっただけで、小型の艦は良かったよ」

 

この戦争で最も活躍したのは、イギリス製の吉野であり、4200トンだが、15㎝と12㎝の速射砲と、当時世界最速と言われた速力を活かして勝利に貢献した。

それもあり、後の日本海軍は、造船に関してはイギリスを頼ることになり、イギリス式の造船技術を身に付けていくことになる。

 

「この時代の軍艦は、技術は日進月歩だし、正しい戦法の確立も出来ていないからね。

 だから、定遠だって変じゃないよ」

 

「やっぱり、定遠押し?」

 

「別にそんな訳じゃ無いけど、とにかく、世界中で正しい戦い方なんて分かっていなかったの。

 だから、日清戦争は列強国の海軍にとっては注目の的だった」

 

この戦争は世界中から注目され、清国の横陣による突撃戦法と、日本の単縦陣の速射砲での砲撃の戦いとなったが、結果は日本側の圧勝であり、後に速射砲による単縦陣が海戦の基本として各国にも採用されている。

他に、日本軍が世界で初めて実施した水雷艇の集中運用による攻撃も効果を上げており、大砲では沈まなかった定遠を擱座させることに成功している。

この水雷艇による攻撃は、非常に興味深かったようで、観戦のためイギリスは四隻、アメリカは三隻、他にフランスとロシアが軍艦を派遣している。

 

「でも、この戦いでは、艦の優劣や作戦の優劣より、もっと根本的な優劣があったの。

 それが人。清国の李鴻章や丁汝昌が劣ると言う気は無いの。彼等と山本権兵衛や伊東祐亨の優劣は語りようが無い。だって、手足を縛られたような状況で戦ってるからね。問題は上と下」

 

上。つまりは両国のトップ。日本は明治天皇。清は西太后。

日清戦争が始まる前、日本海軍は清国に負けない軍艦が必要だと訴え続けてきたが、財政面の問題もあり、軍艦の増強は議会で否決され続けた。

そんな中、明治天皇はその状況を憂慮し、内廷費と官僚の給料を削減して、建艦費を充当するよう詔勅を出している。元々がアンパンを食べて、こんな美味いものは食べたことが無いと言われる方だ。贅沢とは無縁であった。

それに対し、清では逆に西太后の隠居後の居住地とするため、アロー戦争で破壊された頤和園の再建を始め、その資金に軍艦建造費が流用されている。その流用額は、当時の日本円で三千万円以上(定遠型一隻が約三百万)と言われている。彼女の贅沢を語る記録は多くあるが、こんな上司がいては、例え山本権兵衛でも改革のしようがないだろう。

 

そして下。兵の練度が違い過ぎた。

日清戦争では、日本側の艦艇は低速だった赤城(砲艦)や比叡(コルベット)が三〇発、他が十数発の被弾に対して、清国側の定遠や鎮遠は二〇〇発近い被弾を受け、他も百発前後の被弾を受けている。

いくら頑丈な船に乗り、沈没しなくても、操艦している水兵はたまったものでは無いだろう。

更に士気の差が大きい。三浦虎次郎三等水兵が、死に瀕して「まだ、定遠が沈まないのか」と聞き、戦闘不能になったと知らされてから微笑んで死んだというエピソードがある。

この下級水兵までもが、自らを省みず、敵を倒そうとしていた。良くも悪くも日本らしい戦意の高さである。

それに対し、清の水兵は軍紀は悪く、八年前には長崎事件(清の水兵が寄港した長崎で起こした乱闘事件)を起こし、日本の敵対心を煽り、同時に練度の低さを見抜かれている。ある意味、戦争の原因の一つであろう。

彼等にもう少しでも知恵があれば、敵対心を上げる事も無く、何より日本に勝ち目があると見抜かれはしなかっただろう。

しかも、開戦して敗北しかけると、パニックを起こして内乱を起こしそうになっている。

 

日本海軍の父と言われた山本権兵衛が、西郷隆盛の弟、初代海軍大臣の西郷従道に全権を任され、辣腕を振るえたのに比べると、清で洋務運動を起こし、海軍力の増強を行った李鴻章は、上奏文にて海軍や水兵の現状を嘆き、改革を訴えているが、それは全く届かなかった。

艦隊を指揮した伊東祐亨と丁汝昌に至っては語るまでも無いだろう。

 

「例えば、人を丸ごと入れ替えていたら、横陣の突撃戦法が勝利して、もう暫くは横陣突撃と体当たり用の装備が続いてたかも」

 

「でも、流石に体当たりって言うのは」

 

「いや、体当たりを否定するけど、そもそも古来から続く由緒正しい戦法なんだからね。

 日清戦争では比叡の桜井艦長だって、定遠に体当たりを狙ってたんだから」

 

「体当たりって大人気ですね。でも、日露戦争でやったTの字戦法とかの方が格好いいですよね」

 

「あ、そんなこと言うんだ。言っとくけど、あれってウソだから。

 あんなの信じるなんて軍人失格だから」

 

「え? ウソだったんですか?」

 

「あの、東郷ターンでTの字戦法って流れは、言ってみれば大本営発表。民衆向けの景気の良い話。

 いえ、言葉を選ばずに言えば、愚民向けの作り話。少し考えれば、不自然だって気付くんだからね」

 

「何だか、やけに……」

 

そこで、鹿島が妙に、Tの字戦法を否定して、体当たりを支持していることに違和感を抱いた。

そして、謎の定遠押し。

だが、深く考えるまでも無く気付いてしまった。

 

「もしかして艦娘って、定遠と近い?」

 

冷静に考えれば、Tの字戦法が成り立つのは、横方向への攻撃が高いからだ。一般的に軍艦の主砲は縦に並んでいるので、横に向けてなら一斉斉射が可能だが、艦娘の場合は違う。

 

「艦娘って、正面への攻撃が得意で、横方向への砲撃って苦手ですよね?」

 

前に見た動画でも、正面方向に砲撃を放っていた。主砲を背中に背負ている戦艦も、各砲門の配置的には定遠型に近いと言える。

しかも、艦娘同士は横に並んでいた気がする。

それに、深海棲艦も似たようなものだ。特に駆逐イ級辺りは口から砲が飛び出るので正面にしか攻撃不可能。

そんな両者が衝突すれば、片方が沈まない限りは距離がゼロになり、殴り合いをするしかない。

確かに、近接装備が必要なはずだ。

 

「何か、艦娘って時代を戻ってしまったんですね」

 

鹿島が目を逸らす。

第二次世界大戦時の軍艦かと思っていたら、実は50年前の日清戦争時、しかも、負けた側の定遠型に近い戦闘スタイルだった。

戦い方を考えようにも、Tの字戦法なんて使いたくても使えない。定遠が目指した、砲撃しながら接近が正義だ。

 

「なんか、銃剣突撃が合ってそう」

 

倉庫では見なかったが、実際に銃剣がありそうな気がしてきた。

艦娘のイメージが、急に泥臭くなった。

 

「……宿題にする」

 

「へ?」

 

「日露戦争の日本海海戦の話。あんな作り話を信じるなんて軍人失格。軍人を目指すなら不自然だって気付いて当然。

 だから、何が不自然なのか考えてくるように」

 

「怒ってます?」

 

「怒ってないです。これを考えるのは、戦い方を考えるのに役立つから言ってるの。

 朝潮ちゃん達は見ての通り、しばらくは訓練で戦法を考える以前の状態だからね。それまでに考えておくこと」

 

どう見ても怒ってる。いや、拗ねているというのが正しいか。

だが、宿題を与えられた事実には変わらない。おまけに分からなければ軍人失格だと言われたからには、真面目に考えるしかなかった。

 

 

 




Tの字有利とはいったい……


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宿題

朝潮たちの射撃精度が上がり、動きにも慣れた事で実戦形式での動きをすることになった。

そこで、動きに注文があるか問われたので、前から思っていた戦い方を試してほしいと思い、説明したのだが霞が途中で声を上げる。

 

「これって、アメリカのやりかたじゃない」

 

「うん。サッチウィーブ。知ってる?」

 

「味方機が散々に撃ち落されたからね」

 

アメリカ海軍のジョン・サッチが編み出したゼロ戦を倒すための戦法。

それまで、一騎打ちでは圧倒的な強さを示していたゼロ戦に対し、二機一組に編成して、互いにSの字を描きながら動くことで、後方から襲って来るゼロ戦をもう一機が撃墜する戦法で、これが編み出されてからは一方的に勝利するようになった。

戦闘機も前方にのみ攻撃が可能な兵器だ。ある意味、艦娘には合ってると思って提案した。

 

「いやか? 戦艦なら兎も角、駆逐艦だと突っ込みながら砲撃って危険だと思うけど」

 

「そんな訳じゃ無いわ。何となく気に入らないだけ。

 それに、アンタの言うように正面から突撃は避けたい」

 

「良かった。まあ、ウィーブは基本ってだけで、実際は二人一組で動いて、相方の背中や横を守る。

 元から部隊編成と合ってるし、悪くないだろ?」

 

当然、守ると言っても身を盾にして庇う訳では無い。相方を狙ってきた相手を撃墜する事だ。

駆逐隊は四隻編成だし、それを半分に分けて行動する事も少なくない。

更に、朝潮型の10人は、朝潮と大潮、満潮と荒潮、朝雲と山雲、峯雲と夏雲、霞と霰と、一番艦から十番艦までの二人一組の相性が良い。

 

「取りあえず、試してほしい」

 

「了解です」

 

朝潮が返事をすると、霞も文句は言わなかった。

彼女も本気で嫌がっている訳では無いのだろう。

 

「良いの? 片方は通常の戦い方をさせた方が、違いが判ると思うけど?」

 

朝潮たちが離れた後で、鹿島が聞いてくる。確かに、その方が違いは分かるだろう。効果を試すにはその方が良い気もする。

だが、鷲一は横に首を振った。

 

「事前に分かってますからね。それで勝ってもヤラセみたいでしょ?

 取りあえずは、相方の動きを見ながら戦うのに、慣れた方が良いと思いました。

 それで、ダメだと思えば、違う動きをすれば良いし、相手が同じような動きをしても、それを上回る動きをしなければ、意味はありません」

 

「ふ~ん……その分だと、宿題はやってたみたいね」

 

「期限も無かったし、聞いてこないので、忘れたのかと思いました」

 

あの時の鹿島は、拗ねただけのようにも思えたので、本気で出した訳では無いのかとも思っていた。

だが、それを言って、再び拗ねられたら面倒だから、口にはしない。

 

「忘れてなんかいないよ。普段から言ってるけど、重要なのは考え続ける事。

 別に正解を出す必要なんて無いし、今回のは疑問に思うクセを付けてくれれば良かったの。

 でも、折角だから聞いてみようかな。何処が不自然だったのか」

 

朝潮たちが交代で模擬戦を開始しているが、一朝一夕で身に着く動きではないので苦戦しているようだ。

苦労している彼女たちには悪いが、こちらは別の話を始める。

 

「Tの字を描くのは非常に難しい。それも、不可能に近いレベルで。

 出来るのは相手が案山子(カカシ)や、何も考えないバカの場合だけです」

 

Tの字戦法を絵に描いて、こう動いた。そう説明すれば、一見納得できてしまう。

だが、それは絵という、動かないものだから可能な事だ。

実際には味方だけでなく、敵も動いている。

 

「相手の立場で考えれば、目の前の艦隊が大きく曲がろうとしている。そのまま真っすぐ進むはずが無い」

 

信じたら、軍人失格とまで言った理由が分かる気がした。

予想通りの動きに対し、何らかの行動を起こしても、リアクション無し。そんな事が起きれば、何故、反応しないのか逆に疑うべきだ。

 

「そうね。相手の立場になって考えるのって凄く大事から。

 ちなみに補足説明するけど、敵がTの字を描こうと動いてきた場合、相手と反対方向へと曲がれば、一瞬のすれ違いで済む。これを反航戦。逆に同じ方向へ曲がれば、同じ方向へ進みながら戦い続けることになる。これを同航戦って言うの」

 

「むしろ、相手に主導権を取られそうな気がしますが?

 ちなみに、俺がロシア艦隊の司令なら、日本艦隊が曲がり始めたら、反対に舵を切らせます」

 

「そこは艦隊運用の腕かな? 実際にTの字戦法を提唱した秋山真之も完全なT、彼は丁の字と呼んでいたけど、非常に困難だと認めていた。でも、無理だでは済まされない。そこで、彼は『丁』に準じる、『イ』の字でも構わないので、有利な位置で戦う事を提唱している。言ってみればそれだけだけど、それを実現するための行動を重視しているの」

 

元の性能だけでなく、メンテナンスによって100%に近い能力を発揮できる準備をする。

軍艦は意外とデリケートで、フジツボが付着すれば、それだけで速度が低下する。当然、機関のメンテも必須だ。

更に号令に素早く反応するように訓練をして、動きのロスを無くすことも必要な事だ。

日本海軍は、対ロシア戦では、軍艦のメンテナンスの時間も計算に入れて作戦を立てている。勝つための最大限の努力があればこその勝利だ。

 

「でも、仮にTの字戦法は可能だとしても、欠点があるんだけど、気付いた?」

 

「相手を逃がすことです」

 

「正解。両者の戦略も調べたみたいね」

 

「はい。日本側は迎撃して撃沈する事。対するロシアはウラジオストックに到着する事です」

 

ロシアのバルチック艦隊は、遠路はるばるユーラシア大陸の反対側から、アフリカ大陸を一周してから極東に向かわなくてはならなかった。とても万全とは言い難い状況だ。

そこで、日本は、艦のメンテや兵の休養を与えないため、何としてでもユーラシア大陸の北東にあるウラジオストック港に到着する前に叩きたかった。

そこで、敵艦を逃がしやすいTの字戦法はリスクが大きすぎる。

 

「ロシア側としては、理想は日本艦隊に接敵せずにウラジオストックに到着する事で、遭遇しても反航戦で納めて通り過ぎたかったはずです。

 それなら、日本は同抗戦を狙うべきです。確かにTの字の方が自軍の損害は少なく、相手への損害を大きく出来るかもしれない。

 仮にTの字を描いた時だけの砲撃で、敵を殲滅できるなら良いのでしょうが、この前聞いた命中率から言っても、それは無理だと思います」

 

ふと視線を満潮、朝雲、山雲に向ける。

第二次世界大戦で、Tの字戦法を使って勝利した例に、スリガオ海峡に西村艦隊を迎え撃った米軍艦隊があるが、あれは、日本が戦艦2隻、重巡1隻、駆逐艦4隻に対し、米国側は戦艦6隻、重巡洋艦4隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦26隻、魚雷艇39隻で迎撃している。

Tの字と言うより包囲殲滅と言った方が良いだろう。

それに比べ日本海海戦では、そんな圧倒的な兵力差は無い。

奇跡的にも最初の砲撃で、敵艦隊の司令官が重傷を負ったが、当時の命中率から狙えるはずも無いし、それを狙って作戦を立てたとしたら、とんだ愚将だろう。

 

「うん。あの大本営発表を信じて作った作品なんかでは、ロシアの艦隊司令官は愚将として描かれているけど、実際はウラジオストックに到着する前に戦闘になれば、敗北する事も予想していた。

 本当は、日本艦隊が待ち構えている可能性が高い対馬海峡を通るより、太平洋側から遠回りして北海道の南北どちらからか抜けたかったと思うけど、それすら困難なほど、ロシア艦隊はダメージがあった」

 

「相当に弱っていたんですね。ロシア側としては、反航戦で通り抜けたかったと思います。

 ところで、例の東郷ターンって、反航戦から同抗戦にするための動きですか? そこはハッキリとしないんですが?」

 

「そこは不明ね。実は本当に分かっていないの。少なくともTの字を狙ったものでは無い。

 実際にイの字を描いた瞬間があるけど、本当に僅かな時間しかないからね。

 予想としては、ロシア艦隊の出現位置が予定とは違っていた」

 

日本艦隊はこの海戦でロシア艦隊を正面に迎え撃っているが、これがそもそも不自然だ。

Tの字を狙うにしろ、同抗戦を狙うにしろ、正面から左右どちらかに、ずれた位置に迎え撃たなければ、上手く行かない。

一旦、左右にずれてから反対に舵を切らなければ、Tの字も同抗戦も描けない。

 

「何か、東郷ターンって神業みたいに思っていました。実際は現場の判断でアタフタしていただけだったかも知れないんですね」

 

「そうね。でも、現場の判断って大事よ。それに、色々考えた結果なら、何も考えていないよりも最善の行動に近付くしね」

 

「はい。ところで、もう一つ気になったんですけど?」

 

「なにかな?」

 

「あの、本日、晴天なれど波高しって電文。波が高いメリットが分かりません」

 

晴天は良い。日本としてはバルチック艦隊に逃げられる事は避けたい。雨や曇天では、水平線の方は雲に隠れてしまう。

第二次世界大戦のサマール沖海戦では、ジョンストンたちは雲に隠れて、日本の攻撃を何度もやりすごしている。

しかし、波が高くて喜ぶ理由が分からない。

通説では、波が高くて命中率が下がるから、訓練を重ねた日本海軍の攻撃だけ当たるので喜んだとある。

だが、実際の命中率を知れば、それはおかしいことに気付く。

互いに通常で100%近い命中率であれば、話は分かる。日本は本当は100%以上あり、多少条件が悪くても100%のままで、相手だけが下がる場合だ。

しかし、実際の命中率から見れば、下手に悪条件が重なると、外れるはずの砲弾が命中したり、運の要素が強くなりすぎる。

逆に自分達の命中率に自信が無く、相手の命中率が高い場合にこそ、波が高いなどの悪条件が喜ばれるはずだ。

 

「あ~、そこにも気付いたんだ。実は、それこそが、Tの字戦法のウソを広めた理由なの」

 

「はい?」

 

「一号機雷。日本海海戦で準備していた切り札の名前」

 

機雷をワイヤーで連結し、敵艦の前方に流す。

本来は『点』である機雷の危険地帯が『線』になり、大打撃を与えるはずの新兵器。

 

「いや、この準備って大変だったみたいね」

 

それを使用するために、日本海海戦の前年に起きた、ロシアの旅順艦隊との戦闘、黄海海戦で手に入れた『レシテリヌイ』に、その少し前に起きた旅順港閉塞作戦での任務中に、機雷に接触して沈没した駆逐艦『暁』の名前を付けて欺瞞工作をしていた。

この、レシテリヌイ改め暁が、ロシア艦に偽装してバルチック艦隊の前方に一号機雷を流す予定だった。

 

「もしかして、波高しって……」

 

「うん。レシテリヌイ改め暁は、排水量240トンの小型駆逐艦。走波性が低くてね」

 

準備万端で出航を待っていたが、開戦の日は波が高くて、出航はしたが進めずに引き返している。

つまり、あの電報は晴天で敵を見逃すことは無いけど、波が高くて切り札が使えないという意味だった。

だが、一号機雷は日露戦争後も最重要機密となり、その後も秘密兵器として隠蔽される。

この秘密兵器を隠すために、日露戦争の戦いは、偽りが流されることになった。

ちなみに、一号機雷は、第二次世界大戦前には、艦船の速度が高くなり、悠長に敵前で機雷を流すことが出来なくなったために、消え去ってしまった。

 

「何だか、事前の準備が何も役に立っていないような?」

 

「うん。まあ、勝てたのは運だね運。特に秋山真之はその事を痛感したのだと思う」

 

名参謀として知られる秋山真之は、日露戦争後、自分が国に奉仕したのは戦略戦術では無く、戦務(ロジスチック)であったと語り、作戦参謀としての仕事を否定するかのような発言をし、晩年は霊研究や宗教研究に没頭した。

ロジックを追求する参謀は、神秘的な何かを追い求めるようになる。

 

「でも、彼等は考え続けた。役には立たなくても考え続けたから、咄嗟の判断で動くことも出来たと思う。

 彼らがロシア海軍と戦うにあたり、考え続けた作戦資料は膨大で驚くほどよ。

 それに比べて、第二次世界大戦の参謀部は何をしていたんだって情けなくなる」

 

「心に刻んでおきます」

 

役に立たないことは無い。どんなことでも考える。

自分が考えた艦娘にサッチウィーブをさせることも、鹿島は否定しなかった。

 

「そう言えば、艦娘用の装備で、一号機雷に似た兵器もあるよ。

 こう、ワイヤーで地雷状の円盤みたいな爆薬を繋いで、鞭みたいに敵に巻き付けて爆発させるんだって」

 

「……それもアニメが元ネタです」

 

 

 

 

 



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