転生者は言った、ヒーロー? ヴィラン? 違う、俺は忍者だ。 (しのおん)
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1 現実には忍者がいないが、転生者が変わりに忍者となった。
でしが、現実に忍者が現れたら絶対に面白くなると思います。
そんな思いで書きました。
『サプライズニンジャ理論』と呼ばれる理論がある。
物語のワンシーンに突如ニンジャが現れて、その場にいる全員をバッタバッタとなぎ倒す。それでそのシーンがより面白くなるなら、そのシーンには面白さが足りていないという理論だ。
これを単純に話として聞いてみて、どう思うだろう。
多くの人は思うのではないだろうか。『確かにいきなりニンジャが現れて大暴れしたら面白いだろうな』、と。
これは字面の問題と、昨今のネットミームにおけるニンジャの役割というものが大きいだろう。まず第一にニンジャという単語には万国共通のインパクトがある。
この理論は海外で提唱された理論だが、俺たちが済んでいるニンジャ発祥の地であるこの国でも、その理論はおおよそ理解できるだろう。
ニンジャとはすなわち何でもありの愉快でインパクトの強い存在、というわけだ。
しかし、実際のところ本当にとあるシーンへニンジャを突如として登場させても、その物語が面白くなることはあまりない。そもそも“シーン”とはそこに至るまでの積み重ねとそのシーンに登場するキャラクターの個性によって成り立つから、もしも物語が魅力的であれば、突然名も知れぬニンジャが湧いて出ても、それは視聴者を興ざめさせるだけだ。
だから『サプライズニンジャ理論』というのは案外、ごくごくありふれた創作理論の一つである。類型としてなにかのデザインを行う時に、そのデザインは猫よりもカワイイのかという理論もある。そういった、普遍的な物語の面白さを確かめるための考えかたの一つでしかない。
だけど、俺はこの世界にたった一つだけ、どんな状況だろうと、どんなシーンだろうとニンジャが登場してその場の人間をバッタバッタとなぎ倒せば面白くなる物語があると思っている。
それは世界中の誰もが知っていて、そして多くの人間がその物語に辟易している、そんな超有名作にして問題作である。
どれだけその物語が楽しいと思っている人間でも、絶対に一生のうち、どこかでつまらないと思う時が来る。そんなときにニンジャが現れれば、その物語は間違いなく痛快になるはずだ。
そんな物語を、俺は知っている。
――そしてそれを俺は、こう呼んでいた。
現実、と。
俺は転生者だ。前世はごくごく一般的なオタク男性。ほどほどの学校を卒業し、ほどほどの会社に勤務していた人間だ。当時はその代わり映えのしない人生に辟易し、異世界転生だとか、チート俺TUEEだとかを嗜好していたわけだが、どっこい本当に転生してしまった。
ただ、俺が転生した世界はいわゆる中世ファンタジーのような世界ではなく、俺のよく知る現代的な一地方都市である。
その時の俺は絶望したね。転生してまで、面白みのない男になってしまうのか、と。俺のようなつまらない男が転生しても、結局何かが変わるわけではないのだと。
それでも、前世の知識という明確に他人よりも優れたチートを手に入れたわけだから、それを使ってせいぜい前世よりもいい暮らしをするため頑張ろうか、と思った矢先だった。
俺は、ヒーローに出会ったのだ。
そう、あのヒーローである。悪の組織――ヴィランと戦い人々を守る、あのヒーローだ。初めて間近でその戦闘を目撃したのは、物心が付いてすぐだっただろうか。いやまぁ、赤子だった頃から記憶はあったけれども、あくまで一般的に物心がつくような年齢、という意味で。
市民を守るために戦うヒーロー、本当にかっこよかったね。彼らはどうやらアメリカンなコミックの住人のように、超能力を武器に戦う“
仮面をかぶったり、魔法少女になったりしないのは少し残念だが、こちらのほうが誰でもヒーローになれる可能性があっていいかもしれない、とか思ったりした。
まぁ、そんな俺を守ったヒーロー達が、テレビの向こうで二次被害を防げなかったことを陳謝していたとき、そんな夢は木っ端微塵に吹き飛んだわけだが。
まったくもってガッカリである。ヒーロー達に、ではない。彼らは本当に頑張っていた。確かに戦闘で街を破壊してしまったし、それによってけが人が出てしまったりもしたけれど、死者は一人だって出さなかったのだ。
相手が人智を超えた力を持つヴィランであることは明白で、そんな相手に死者を出さなかったヒーローたちは讃えられこそすれ、詰られるような存在ではないはずなのに。
どうやら、この世界においてヒーローは市民の憧れではなく、市民から白い目で見られる迫害される存在であるらしい。
しみったれた世界だ。そもそもヒーローである新人類は突如として人類の中に出現した、人ならざる超能力を有した存在で構成されているために、最初彼らはヒーローではなく差別される存在であったことは事実。
隣人が突然炎を吐き出して自分を焼き殺してしまうかも、と思えば市民の恐怖も解らなくはない。
だとしても、それは高潔な精神で市民を守るヒーローには当てはまらないはずだ。というよりも、あんな罰ゲームみたいなことをする必要はないはずだ。
何もそこまでしなくてもいいだろう、と思ったのに。
――ネットで『誠意が足りない』という意見が大多数だと知ったとき。
俺はこの世界に対するワクワクと、モチベーションを失ってしまった。
そんなとき、思い出したのだ。
『サプライズニンジャ理論』。ニンジャが現れてバッタバッタとその場にいる人物をなぎ倒したとき、展開がより面白くなるなら、その物語には面白さが足りない。
――俺が転生した世界にはヒーローがいて、ヴィランがいた。前世では物語でしかなかった存在が現実になった。
その結果が、これだ。だとしたら――
こんな
俺は転生者だ。転生者にはチートが備わっているのが当然で、そのチートによってこの世界で思うがままに振る舞うことができる。
本来なら、俺はヒーローにも、ヴィランにもなれた。欲望のままに世界を自分のものにすることも、高潔な精神で世界を守ることもできたはずだ。
だけど、俺はそのどちらも選ばなかった。
その日、俺はヒーローでも、ヴィランでもない存在――“忍者”を選んだ。
――
それでも、未だ彼らの立場は低い。そもそも、彼らが戦うヴィランは、新人類を元にして生まれた
結局の所、市民――汎人類にとって、新人類とは異質な存在。テレビの向こう、もしくは檻の向こうの存在だった。中には彼らを好意的に見る市民もいるが、大抵の場合それもあくまで動物園の動物を見るような感覚。
現状、人類は新人類を自分と同じ存在だとは認めていなかった。
故に悲劇は起こる。
その日、街中に現れたヴィランは、改造人類ではなく新人類だった。新人類の中には人類へ絶望し、反旗を翻すものも少なくない。
そんな新人類のヴィランが街を襲撃、ある市民を人質に取った。当然ながらその市民は新人類でもなんでもない、一般市民。齢一桁程度の少女だ。
自分がどのような状況にいるのかも、理解していない。そんな少女を手に、ヴィランは言った。
今ここで、この少女を処刑する――と。
ヴィランの狙いは明白だ。ヒーローを名乗り市民に味方する、傲慢で愚かな新人類達への警告である。そんなことをしても意味はない。新人類が現れてこれより、市民が新人類に歩み寄ったことなど一度もなかったではないか、と。
よって交渉は無意味。ヴィランの目的は少女を人質にした時点で果たされている。後は自分がヒーローに殺されようが、ヒーローが少女を取り返そうが、自分が少女を殺そうが関係ない。最後の行動を、ヴィランに実行する覚悟があるかは別として。
駆けつけたヒーローは若輩だった。ヒーローには担当区域が割り振られていて、基本的にその区域に別の区域を担当するヒーローが駆けつけることはできない。
ヴィランはそれが解っていた。自身もかつてはヒーローであったがために。
――駆けつけたヒーローとは、幼馴染の関係であったがために。
「どうしてこんなことをした、モズク!」
「おいおいその名前で俺を呼ぶなよミズケ、今の俺はダークブルーム、ヴィラン・ダークブルームだ!」
くつくつと笑いながら、ヴィラン――ダーク・ブルームは自身が手にするナイフをくるくると弄ぶ。狂気に満ちたその笑みへ、対するヒーロー――ミズケの顔は暗い。
両者は幼馴染であり、かつては共に背中を預けて戦う相棒だった。互いに強い正義感から市民を守ることを選び、時には傷つきながらも勝利してきた。
今はまだ一人では一人前とは言えないが、少なくとも二人は共に背中を合わせて戦えば、間違いなく一人前と言えるほどの堅い信頼関係があったのだ。
それなのに、こうして彼らは向かい合っている。
「どうして? そんなの語る必要があるか? お前が一番解っていることだろうが! 見ろよ、お前を見る
――彼らは広場で相対していた。当然ながら周囲には野次馬が集まっている。下手をすればヴィランに攻撃され、ケガをしてしまうかもしれない位置にも、平然と人が立っていた。
彼らの視線は一様に、ヒーロー・ミズケへと向いている。ヴィランには意識こそ向けていても、その感情の多くはミズケへのものだ。そして彼らは一様にこう語っていた。
“やくたたず”、と。
「……だからどうした、お前のやっていることが間違っていることに間違いはない。ダークブルーム、早く彼女を開放しろ!」
「ハッ、解ってねぇなぁ。教えてやるよ。ゴミムシ共はてめぇを侮蔑してるんだ。事件を起こした俺じゃねぇ、てめぇだよ、ミズケ!」
「……」
「
――言葉とともに、ダークブルームは剣を振るった。
それが風となり、野次馬たちへと向けられる。即座に動いたミズケによってそれは防がれたものの、市民たちからは悲鳴が上がり、一部の市民はその場から逃げ出した。
だが、多くの市民たちは違った。声を荒げたのだ。
「いいかげんにしろ!
――と。
異常人類。それは新人類に対して与えられた蔑称だ。ゴミと、ミュータント。二つの言葉から生まれたそれを、彼らはためらうことなくミズケに対してぶつけている。
ある意味、その場は異様な光景となっていた。
悪事を行ったのはヴィランのはずだ。少女を人質にしているのはダークブルームのハズだ。なのに、市民たちはこぞってヒーローを罵倒している。彼らを守っているのは、ヒーロー・ミズケであるはずなのに。
これが市民たちの本質、新人類たちが、ヒーローたちがどれだけ真摯に活動しようと変わらない、悪しき人類の汚点と言えた。
「――ミズケ、俺と一緒に来い。この世界は変わらなくちゃいけねぇ、ヒーローなんていうテレビの中から飛び出してきた存在が目の前にいても、現実を見ようとしねぇこいつらに、現実を解らせてやるんだ」
「…………」
そこに、ダークブルームの甘言が響く。本来ならば、ミズケはそれを跳ね除けられるはずだった。ヒーローなのだ。正義感は本物なのだ。
それでも、だとしても、目の前にいるのがかつての親友。彼の行動を、果たして間違っているとミズケは弾劾できるのか。
――できない、とミズケは思った。
彼の手を取ることはできなくとも、彼を否定することはできない。それがミズケの結論だった。
いよいよその様子にヒートアップする市民。現実が視えていないというのはまさしくこのこと、目の前で起こっている、正義を振りかざしてもいい状況に、彼らは完全に酔っていた。
だからもちろん、その場に現れた完全なる第三者に、気付くものもいないのだ。ヒーローも、ヴィランも、誰も。
「――失礼、ちょっといいか?」
声がした。ずしりとくる重い声だ。
その声は、最初誰にも意識されることはなかった。だが、遅れてそこに誰かがいることに気が付き、そして彼らは認識した。
「俺は忍者だ」
そう、彼が自身のことを名乗った、それと同時に。
忍者がそこに立っていた。黒い忍び装束と灰色の仮面。スラリとしながらも鍛え上げられた長身は、明らかに歴戦といった様子。例えそれが名の知れない忍者であったとしても、ヒーローとヴィランが警戒するに値する。
しかし、それだけではない。彼らは――そしてこの場にいる市民も、その忍者のことをよく知っていた。そして彼が、この次に告げる言葉も、彼らは知っていた。
「おっと、
突如として緊迫した場面に現れた忍者は、必ず周囲の人間にそう告げる。まるで、サプライズを披露しようとする忍者のように。
そう、彼は忍者だった。
忍者とは、忍術を使うものだ。例えばそれは――変わり身とか。
誰もが思うだろう。ここで現れた忍者は、きっと少女を変わり身して救うのだ、と。しかし、違った。忍者が変わり身したのは、
市民たちもまた、変わり身によって変化した。
現れたのも、また忍者だ。
市民に扮していた忍者が正体を表した。決して全ての市民が忍者であったわけではない。あくまでごく一部。ほんの少しの市民が忍者だっただけ。
だが、それによって何が起こるか。彼らはヒーローによって守られていると信じていた。しかし、実際にはその中に、ヒーローにすら看破できない忍者が混じっていた。これはどうだ?
一体誰が、自分の隣の市民が忍者でないと保証してくれる?
檻の向こうの見世物だと思っていた。自分には関係のないことだと思っていた市民が、途端に現実へと引き戻される。後に起こるのは――恐慌だ。忍者によって、人々は自身の現実に対する恐怖を呼び起こされるのである。
それと同時に、人質という手札を有していたヴィランもその手札を失った。人質と思っていた少女は忍者の変わり身だった。こちらは人ではない、丸太だ。
「――っ、クソ! 邪魔しやがったな、忍者野郎!」
「邪魔とはおかしな事を言うな、怪人。俺はただつまらぬ物語にサプライズを届けに来ただけだ」
いいながら、忍者はクナイを構える。
「ヴィランになる覚悟を決めて、やったことが相棒の勧誘か? ならやめておくことだ。それでは最終的に、お前は相棒を殺すことになる」
「……何、をッ!?」
「友を想うものに、ヴィランの資格なし――つまらん真似事はやめておくことだ。そら、ここから少しばかり――面白くなるぞ?」
かくして、忍者は現実のものとなる。
ヴィランがいようが、ヒーローがいようが関係はない。
「ちく、しょう……畜生、てめぇは一体、なんなんだよぉおおおお!」
――それに対し、転生者は言った。
「……ヒーロー? ヴィラン? ――違う」
俺は、忍者だ。
忍者は転生者です。
ですが、転生者のチートは忍者ではありません。転生者が忍者となることを選んだから、転生者は忍者となったのです。
というわけで忍者と転生者とヒーローの話です、よろしくおねがいします。
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2 世界に新人類が、ヴィランが、ヒーローが、そして忍者が現れた。
ヒーロー――その根底にある“
もちろん、変化はあった。一番の変化はなんと言ってもヒーローの立場が公的に認められたことだろう。
かつて、少なくとも俺が生まれてすぐの頃、ヒーローはあくまで管理される存在だった。具体的に言うとヒーローの責任者は市民で、市民はヒーローに許可を与えて活動させていた。
それが今では、ヒーローがヒーローを管理し、ヒーローの行動は誰にも憚られることのない、立派な活動へと昇華したのだ。
とはいえ、市民の新人類に対する悪感情が拭われたわけではない。単純に、かつては市民に管理されるしかなかった新人類の“子どもたち”が大人になり、責任を負える立場になっただけのこと。
今のヒーローをバックアップする立場は、そのほとんどがかつてヒーローだった新人類だ。かつては大人の言いなりになるしかなかった子どもたちが、自分の立場と、大人とやり会える口八町を手に入れたことで、今のヒーローは法律でも認められた一つの職業になったのである。
かつてのヒーローは、食事と住居だけを認められて、あとは活動に自由のない、いうなれば兵器のような扱いだったのだから、人として認められただけ大きな進歩と言える。
対してヴィランは余り大きな変化はない。新人類が現れてすぐ、倫理観の欠如した一部の人類が新人類の解剖を開始した。世間では新人類は人類ではないという風潮が蔓延し、それが後押ししたのか、はたまた後押しさせるためにそういう風潮をばらまいたのか。
とにかく、新人類は徹底的に解剖され、そこから既存の人類を改造して生み出される新人類――
こうして傍若無人に、世間へ被害を生み出し始めたヴィランと改造人類。市民たちはそのあてつけとして、新人類たち――当時はまだ十歳にもなっていない子供だった者たち――へと戦いを強要した。
それがヒーローの始まりだ。
ここからも分かる通り、そもそも新人類がどうして差別される対象となったか。それは新人類がある時期を境として一斉に、赤ん坊の中から生まれてきたからだ。
要するに、攻撃しても反撃で自分たちに傷が及ばないだろうことを、世間が理解していたから。
もう一つ大きな理由として、それを裏で糸引いたヴィランの親玉が居た、というのも非常に大きい理由であるのだが――その親玉は既に死んだ。ヒーロー達が退治したからだ。
故に、今残ったヒーローとヴィラン、新人類の問題の多くは新人類の立場が弱かったことに集約される。そんな彼らが、今や立派なオトナとなり、中には家庭を持ち、子を為す者も現れた。
この事は、忍者にとっても喜ばしいことだった。
なにせ俺も、少しばかり組織の設立には関与した身だ。我が子のように、というとおかしいが――なにせこの組織のトップと俺では、俺のほうが年下なわけで(転生前の年齢を含めない場合)――とにかく思い入れがあることは事実。
そんなヒーロー組織の一員が、組織を裏切ってヴィランとなった。嘆かわしい事態だ。その原因、もっとも根底にある悪は、疑いようもなく市民である。
とはいえ、だからといってそれを許してしまったものを、俺は許すことはできぬ。
なにせ、俺は忍者。
このしみったれた現実がつまらなくなったとき、それを面白くするために現れる存在であるからして。
――誰かがそれを、傲慢と笑う。
チートを与えられた転生者が、転生者らしくイキっているだけだ、と。
確かにそうだ。俺は転生者、新人類のように、絶望的な境遇を押し付けられたわけでもない。経歴も、精神も、どこまで言っても部外者だ。
しかし、だ。
だからこそ言ってやろう。もしもそう想うなら、
この世界を、俺よりも面白くしてみせろ。
少なくとも俺は今の世界のほうが、俺の居ない世界よりもよっぽど面白いと、そう想うぞ?
――――
忍者。
一般的に男はそう呼ばれている。
ネット上では、彼が頻繁に『サプライズ』という単語を使うことから、サプライズニンジャ、もしくはサプニンと呼ばれることも多いが、彼自身は正式に名前を名乗ったことがないため、あくまで彼の公的な呼び方は忍者で統一されている。
忍者が現れたのは、いまから十年以上も前だと言われている。その歴史は、ヒーロー――ミズケが所属する組織、『ミュースタンス・アライアンス』通称MAが生まれるよりも古い。
男の年齢は二十代前後と言われているが、顔は常に仮面で覆われているため不明。ただ、それもいまいち当てにならない。男は人前に姿を表してから、一度として容姿を変化させたことがない。
忍者だから、と彼は言う。
人々の中には彼もまた新人類である、と言う者もいる。しかし、それはありえないだろう。今の時代、新人類は測定すればすぐに分かる。体内に人類とは違う独特の“波形”を有し、その波形は非常に強力な新人類でも誤魔化すことは難しい。
ましてや、生まれて一年もすれば新人類検診が行われるこの世界では、そもそもその波形を隠すような自我が人類には宿らない。
だから、忍者は忍者なのだ、少なくともミズケはそう思っていた。
ミズケはヒーローだ。MA設立以前はともかく、今のヒーローは志願制。もっと言えば免許制だ。当時と比べて新人類の総数が増えたこともあり、ヒーローとなれる新人類の数は限られていて、その狭き門をくぐった――潜ろうとした人間である。
つまり、正義感が強くヒーローへのあこがれが強い。
そんなミズケにとって、忍者もまた憧れの一つだった。
忍者は一般的にヒーローではない。法律でもその行動が認められているわけではない。社会的に、彼はヴィランに分類される存在だ。
しかし、その行動がヴィラン染みていたことは一度としてない。彼は常々言っていた。
このつまらない
その言葉は、まさしく彼を体現した言葉だろう。
先程、少女を救ってみせた手腕もそうだが、彼のやり方には現実にはないものが詰まっている。あの場にいる人々は、自分が危険に陥ることなど考えてもみなかった。ヒーローとヴィランが出現して数十年、その光景が日常となってしまっているのだ。
だから、そんな日常が忍者によって壊されれば? 彼らは理解せざるを得ない、日常とはかくも儚いものなのだ、と。
まるで、物語の登場人物のように、現実を突きつけられるのだ。
それを、
忍者は決して市民の味方ではない、ヒーローに悪感情を向けて無関係を嘯く市民に、彼は辛辣だ。つまらない、と常々言っている。
なんとも傲慢な態度だが、それでいて彼は絶対に市民を傷つけない。そして傷つけさせない。まるで、どれだけ気に入らなかろうが、人を傷つけることは悪。あくまで命を守った上でなければ、傲慢である刺客はないと言わんばかりに。
彼が現れた戦場では、たとえどれだけそれが絶望的でも、絶対に死者も怪我人も出さない。建物だって、多少傷つく事はあっても、倒壊されることはなくなる。
無茶だ、一人では余りにも限界がある。そう思うのは当然だ、しかし、忍者にはある忍術がある。誰もがよく知っていて、忍者の代名詞とも言われる、あの忍術だ。
――今、忍者はミズケとダークブルームの間に立ち、
ここが忍者の恐ろしいところ、忍者は人は誰も傷つけないが、ヒーローには攻撃を行う。そう、ヒーローには、だ。もちろんヴィランが無視できなければその事件を解決するが、全体を通して見ると、忍者はヒーローと対決している時間のほうが長い。
曰く、単純明快なヴィランよりも――
ヒーローのほうが、つまらない。
ただ、今回ばかりは事情が違った。ダークブルームは元ヒーローで、そしてミズケの相棒。何より、忍者にとってそのヴィランの言動は非常につまらない。
故に、忍者はヴィランとヒーロー、それらを同時に相手取る事となる。
一人で? 答えは否だ。
今、忍者は二人いた。影分身だ。
影分身の術。忍者という存在に置いて、鉄板といってもいい忍術。変わり身と並び、忍者が扱う忍術としては非常に知名度が高いと言えるだろう。
その中で、あの忍者は影分身の術を完璧に使いこなしていた。
今、目の前にいる二人の忍者は、“どちらも本物”だ。共に同じだけの力を持ち、どちらもが影であり、どちらもが真でもある。
「ヒーローよ、そしてヴィランのマネごとをするヒーローよ」
「……!」
「お、俺はヴィランだ、ダークブルームだ!」
「敢えて言おう、“驚くのはまだ早い”」
そういいながら、忍者はクナイを構える。
「こ、これ以上、どこに驚く要素がある!」
「ヒーロー・ミズケ。ヒーロー・モズク。おまえたちは大切な存在を奪われているな?」
「――――ッ!」
その瞬間、二人の顔がこわばった。
事実だからだ。二人のヒーローには、それぞれ幼馴染がいた。もともとヒーローミズケとヒーローモズクは、それぞれに二人のサポーターを加えた、四人のチームだったのだ。
そして、その二人のサポーターは、市民だった。新人類ではない普通の人間だったのだ。
今の時代、世界中全ての人間が新人類を差別しているわけではない。口には出さないだけで、新人類を応援しているものもいるし、MAの中にだって普通の人間も所属している。
――そして、そんな人間は、新人類にとってはわかりやすいウィークポイントだ。
「守れなかった。奪われてしまった。であればお前達は被害者か? その憎悪を振りかざし、他者を攻撃する正当性を得たか?」
「……黙れ、黙れ黙れ! お前に何が解る!」
「
一喝。ダークブルーム――モズクの絶叫を、忍者はそれがどうしたと切り捨てた。
「――忍者、貴方はそれを言うために、わざわざ僕たちの問題にクビを突っ込んだんですか?」
ソレに対して、声を荒げたのは――意外にもミズケだった。
ミズケは忍者を尊敬していた。ヒーローでも、ヴィランでもなく。その枠組にとらわれる事なく行動し、その上で市民を守り平和を維持する。
間違いなく彼もまた、ヒーローであった。彼はヒーローではないけれど、その行動事態は、ミズケが憧れるヒーローそのものだったのだ。
もちろん、ヒーローと忍者が敵対することもあった。しかしそれはミズケにとって、ヒーローを成長させるためのものであったとも思っている。――思っていた。
しかし、忍者と相対した先輩ヒーローたちは口を揃えて言っていたのだ。
アレは忍者であって、ヒーローではない、と。
「無力だった僕たちに、力の差を見せつけて、つまらないと切り捨てるためにここまで来たんですか!?」
――その言葉の意味を、ミズケはようやく理解していた。
「忍者においても、ヒーローにおいても、ヴィランにおいても、結果を出すためには力が必要だ。お前達はその力が足りていなかった」
「……っ」
「――だから奪われた」
その時、ミズケも、モズクも、既に決意は決まっていた。
この忍者は、自分たちにとって、絶対に許してはいけない存在だ――!
「お、おおおおおっ!」
「ああああああああああっっ!!」
かくして、少女を人質にして、余りある罵倒をぶつけてくる市民を前にしても激情に震えることのなかったヒーロー二人が、初めて自分の感情だけで、敵意を忍者へとぶつけた。
――そして一瞬で片が付いた。
実力差は明白だった。忍者は一瞬で攻撃を仕掛けてくるヒーロー二人を絡め取り、そのまま地面へ叩きつけ首元にクナイを突きつけた。
演舞と見紛うほどの、見せつけるような動きである。
忍者は、忍者だ。故にその動きには忍者としてのムダが一切ない。常に忍者、常在忍者。それこそが忍者の戦い方である。
「一つだけ教えておこう、もっと現実が面白くなるぞ?」
癪にさわる物言いだ。
忍者とは、これほどまでに露悪な存在であったのか。人をからかい、あざ笑い、一方的にヒーローの資格なしと決めつける。
そんな存在が、ミズケの憧れる忍者だったのか。
歯噛みし、睨み、嫌悪して、
「俺がいつ、一度としてお前達の大切な存在が、“喪われた”と口にした?」
――――忍者は盛大に梯子を外した。
ミズケとモズクにはヒーロー活動をする幼馴染がいた。彼女たちは新人類ではなく、故にヴィランに狙われた。
ヒーローたちは、少女が死んでいたと思っていた。だからそこを忍者に突かれて激高し、飛びかかったのだ。
そして忍者は、
「お前たちの大切な存在は奪われただけだ、そして、殺されたわけではない」
「――――は」
それを切って捨てた。
「何より、そいつらを奪った連中は、そいつらに手を出せない。俺が忍術で俵に包んだからだ」
「俵」
一瞬さらに理解のできないに単語が生まれた。
それを忍者は一切説明せずに続ける。
「なのに、お前たちはそれを知らず、あろうことか片方はヴィランの真似事をして、世界に絶望したかのように叫ぶ。――そんなものは、つまらん」
「…………」
「俺を責める以前に、お前たちはそいつらが消えていった瓦礫を調べたか? 瓦礫全てを吹き飛ばし、生存の可能性がないかを探ったか?」
「――――」
「――――お前たちは、何故そこで諦めている?」
忍者の言葉は、何もできなかった――否、何もしなかったヒーローたちに突き刺さる。
「……忍者、どうしててめぇは――あいつらを、守った?」
唯一、口に出せたのはモズクのそんな言葉だけだった。
モズクも、ミズケも、忍者が何なのか、もはや解らなくなっていた。
「俺がそいつらを守ったのは、建物が崩れ、瓦礫になったからだ。本来、俺はあの戦場を面白くする必要はなかった。しかし、あの倒壊では、アレはよりつまらなくなる。それは防ぐ必要があり――あの場にいる全てに人間を俵で包んだ」
「……俵」
どうしてもそこが気になってしまった。
「その後、そいつらが救出されることはなく、逆にヴィランに持っていかれるのは、随分とつまらぬ過程をたどっているが」
「……じゃ、じゃあ」
「……まだ、この現実は終わっていないぞ」
すがるように顔を上げた、ミズケの言葉を忍者は肯定するように告げる。
そして、
「――どうだ、多少はお前たちの現実も面白くなっただろう」
その言葉に、否定できるヒーローは、どこにもいなかった。
――――
ヒーロー達のもとを離れた忍者の前に、一人の少女が現れた。
少女は、露出の多い着物を着ている。長い黒髪を束ねてポニーテールとし、背丈は小柄な十代半ばほど、胸元が大きく露出しているわりに、対して大きくない胸が特徴的だ。
彼女は何者か、それは彼女の背中が如実に語っている。
「――くノ一か」
彼女の背中、露出の多い服には堂々と「くノ一」という文字が刻まれていた。
少女はくノ一、忍者と行動をともにすることの多い、ヒーローでもヴィランでもない、もうひとりの忍者である。
彼女は、そして忍者は頑なに、少女のことを『くノ一』と呼称するが。
「はい、忍者。ヒーロー・ミズケとヒーロー・モズクのパートナー、及び瓦礫に呑まれた俵が運び込まれたヴィランのアジトを確認しました」
「そうか、見事だ」
忍者はくノ一の言葉にそれだけ答える。
そして、忍者にソレ以上の言葉は不要だった。
「……では、ヒーロー・モズクが“里”を頼った場合、支援を行うということでよろしいでしょうか」
「構わない。お前が決めろくノ一。より“面白くなる”と思った方へ」
くノ一はそれに恭しく頷く。
そうしてから、くノ一は忍者が上司へ報告を行うときのポーズを解いて、その場からかき消える。
あとに残ったのは、忍者のみ。
「さて――」
忍者は遠く、背中をあわせてぽつりぽつりと何かを語っている、二人のヒーローを見ていた。
「――ようやく、面白くなってきたな」
クソッタレな現実が、動き出そうとしていた――
意図的にシュールギャグにしている部分もあります。
そうでない部分もあります、この物語は忍者でできているためです。
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