デコのヒーローアカデミア (かにかまとかにたま)
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出会い〜神野事件まで
No.0 緑谷出子:オリジン


 

これは私が、最高のヒーローになるまでの物語だ。

 

 

 

 

 

「オールマイト、かっこいいー!わたしも、オールマイトみたいなヒーローになる!」

「デコ、おまえがオールマイトみたいに?ナマイキなこというなよ!ヒーローになれるのはなぁ、おれみたいにつよくてカッコいい、すげーやつだけなんだよ!」

「いたいいたい!かっちゃんひっぱらないで!」

「おれのかちだ!はっはっは!」

 

 

 

 

 

「お母さん、パソコン!はやく見せて!」

「また見るの!?出子(いずこ)、本当に好きねぇ。お母さんなんて危なくて見てられないのに」

「はやくー!」

 

『もう大丈夫!何故って!?』

『私が来た!!』

 

「やっぱりかっこいいーー!私も″個性″出たら、ヒーローになりたい!」

「どんな″個性″なのかなぁ…?強くてカッコイイのがいいなぁ」

 

 

 

 

 

「かっちゃんすごーい!ボカーンってなってるよ!」

「ヒーロー向きの素敵な″個性″ね、勝己(かつき)くん!きっと立派なヒーローになれるわ!」

「すげー!」

「かっけー!」

「いいなぁー!」

 

 

「待ってよかっちゃん!」

「おせーぞデコ!」

「かっちゃんの″個性″かっこいいなぁ…私も早く出ないかなぁ…」

「どんな″個性″でも、俺には敵わねーっつーの」

 

 

 

 

 

「″個性″は諦めた方が良いね」

「そんな……幼稚園の他の子たちはもうみんな発現してるのに、この子だけが……なにか原因は……?」

「断定はできないが、おそらく突然変異だろう。それと……ほら、ここ、足の小指。″個性″の有無と、ここの関節が有るか無いかってことについての研究結果があってね。生活に必要のないこの関節を無くしちまったのが、進化した人類ってことらしい」

「出子ちゃんには関節が2つある。今の世代じゃ珍しい、何の″個性″も無いタイプだよ」

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

『HAHAHAHA!!』

『私が来た!!』

「…お母さん」

「どんなに困っている人でも、笑顔で救けちゃうんだよ…」

「超かっこいいヒーローに、私も」

「なれるかなぁ」

「……出子……!!ごめんねえ出子!!ごめんね……!!」

 

ああ

違うのお母さん

そのとき私が言ってほしかったのは

 

 

 

 

 

「ええっ!出子ちゃん″個性″ないの!?」

「出子ちゃんほんとぉ!?」

「ホントー?」

「マジかよー」

「…………」

 

 

「よぉデコ!″個性″ないって本当かよ!?」

「かっちゃん……うん、本当だよ」

「おいおい、しょぼい″個性″ですらないのかよ!笑えるなぁ!」

BOM!BOM!

「…………」

「なんとか言えよ、デコ!」

「…………」

「ははっ!やっぱりお前じゃ、ヒーローになんか――」

「――ッ!!」

 

初めて、自分から掴みかかった。

 

「離せよ!クソ!」

「私も!!ヒーローに!!」

「″無個性″じゃなれねえよ!!」

バキィ!

ドサァ!

「ほらな!弱いやつはすぐ負ける!」

「うう……」

 

「あああぁっ!!」

「このッ!!」

バキィ!

ドスッ!

「クソッ!痛え!」

「ううぅ……!ああ!」

「しつこいぞ…!」

バキィ!

 

「お前の負けだ、諦めろ!」

「嫌だ!!私も、ヒーローに!!」

「うるせえ!!!!」

 

BOM!!!!

 

 

 

 

 

「奥さん、出子ちゃんの怪我ですが……額の左側、火傷の跡はどうしても残ってしまいます。前髪で隠せそうな大きさではありますが……」

「……そうですか……」

「″個性″での治療が許可されている大きい病院でしたら、綺麗に治せるはずです。費用はかかりますが、何より女の子ですし、傷が残るのは……」

「私からやったケンカなんです……このままでいいです」

「出子……」

「そうは言ってもですね……」

 

 

 

 

 

『出子ちゃん!?どうしてこんなことに!?早く救急に連絡を!!』

『先生、そんなに慌てなくても、私は大丈夫だよ』

『大丈夫だなんて……!!でも、安心して、すぐに助けが来るからね』

 

『……もしもし、こちら○○幼稚園です――』

 

『先生、かっちゃんは?』

『……勝己くんは、向こうで少し待っててもらっているわ』

『かっちゃんは悪くないの、私がやめなかったから……だから捕まえないで……』

『子供は捕まったりしないわ、安心して。大丈夫よ』

『…………』

 

 

 

 

 

BOM!!!!

熱い……

背中から倒れて、空が見えた。

 

「あぁ……ああっ……!!そんな……!!デコ……!!」

 

 

悔しくて悔しくて、涙が止まらない。

 

「私の負け……かっちゃんの勝ち……」

「おい、デコ!!ごめん、ごめん…!!俺は……俺は!!」

「どうして……かっちゃんが泣いてるの……?」

「……っるせえ!!早く……誰か、誰か助けを……!!」

「待って……!!」

 

必死で手を伸ばし、服を掴んで引き留める。

 

「私……ヒーローになりたい……!かっちゃんみたいに、強くなりたい……!!」

「ッ……!」

「なれる、かなぁ……?」

 

 

 

「………………なれる………かもな………………」

 

 



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No.1 オールマイトとの出会い

 

緑谷出子(いずこ) 14歳 春

 

 

「うわぁ、でっかいヴィラン!!」

 

寄り道しても、学校には全然間に合うし……

人混みをかき分けて進む。

 

「誰が戦ってますか!?」

 

駅の屋根上に目を向けた。

 

「あれはシンリンカムイですね!最近話題の!」

「おっと嬢ちゃん、ヒーローオタクかい?」

「えへへ……」

 

シンリンカムイの腕がいくつも枝分かれして、膨らんでいく。

 

「来ますよ!シンリンカムイの必殺技!」

 

しかし、先に攻撃したのは、横から突然現れた、巨大なヒーローだった。

 

「キャニオンカノン!!」

 

ズドーーン!!

 

大きなヴィランよりさらに大きいそのヒーローが、強烈なキックをお見舞いする。

 

「本日デビュー、Mt.レディと申します!以後お見()()おきを!」

 

「やっぱりセクシー路線は売れるのかな……いや、そうじゃなくて……突然現れたけど、飛び込みながら巨大化したのかな?でも基本は大きいまま戦うだろうし、そうなると街への被害が……」

「おいおいメモまで持ち出して、ヒーロー志望かい?応援するぜ!」

「っはい!ありがとうございます!」

 

陽気なおじさんに別れを告げて、学校へ向けて走り出した。

 

 

 

 

 

「おまえらも三年になったということで!本格的に将来を考える時期だ!今から進路希望のプリントを配るぞ!」

「……といっても、皆だいたいヒーロー科志望だよねぇ」

「「はーい!!」」

 

はーい。皆とはだいぶ事情が違うけど。

個性を見せびらかすクラスメイトの中で、肩身が狭い。

 

「うんうん、皆良い″個性″だ、でも校内で個性は原則禁止だぞ」

「『皆』って一緒くたにすんなよ、先生!」

 

ツンツンに髪が爆発してる男子が一人、声を上げる。

彼は爆豪勝己、私の幼馴染で、少し目立ちたがり屋。

 

「ああ、爆豪は確か、『雄英高』志望だったな」

「雄英!?マジかよ!」

「ヒーロー科のトップ校だぞ!?」

「カツキすげー!!」

 

「ははっ、騒いでろ!″没個性″のおまえらと違って、俺が目指すのはトップヒーロー!オールマイトをも超える真のNo.1だ!!」

「そういえば、緑谷も雄英志望だったな?」

 

え?ウソでしょ?このタイミングで私に振る?

 

「はああ!?緑谷!?」

「ムリムリ!お前″無個性″だろ!?」

「勉強出来るだけじゃヒーロー科は入れねえぞ!」

 

「失礼だなぁ、運動もできるよ」

「おいデコ!!」

「ひゃあ!?」

 

かっちゃんにいきなり胸ぐらを掴まれる。

 

「″無個性″で雄英だと!?ああ!?テメェまだそんなこと言ってやがるのか!!」

「かっちゃん、まあまあ落ち着いて……」

「うるせえ!!」

 

「またやってるよアイツら」

「仲良しかよ」

 

「爆豪、緑谷、その辺にして席に着け」

 

「チッ!」

「あはは……」

 

 

 

 

放課後、荷物をまとめて立ち上がる。

今日も帰ってトレーニングを……

 

「おいデコ、ツラ貸せ」

 

なにやら話があるらしい。

 

「うん、行こっか」

「あ?」

「帰りながらで良いでしょ、一緒帰ろ?」

「…………」

 

 

 

 

 

「かっちゃん最近、一緒にトレーニングしてくれないよね」

「テメェと違って忙しンだよ」

「一人じゃ組手が出来ないんだよ〜」

「…………」

 

「デコ、なんで雄英なんだ?」

「え?」

 

かっちゃんが立ち止まったので、私も振り返る。

 

「ヒーロー科なら他にいくらでもあンだろ、他行け」

「……ヒーロー科受けるのは否定しないんだ」

「…………」

 

再び歩き出したかっちゃんがすれ違うとき、一瞬目が合った。

いや、目というより、少し左上を……

 

「私の憧れはオールマイトだから、行くなら雄英!ここは譲れない!それに……」

 

「やってみないと、わからないでしょ?」

「無理だアホ」

「そんなぁ〜」

 

 

 

 

 

人通りが少ない道を歩く。喉が渇いたので、見つけた自販機に寄った。

 

「何にしよっかなー」

「遅え」

 

小サイズの缶サイダーを早くもほとんど飲み干したかっちゃんが、急かしてくる。

よーし、じゃあこれを――

 

「うわぁ!!た――」

 

突然聞こえてきた叫び声に、二人は振り返る。

そこには、謎のベトベトした物体に覆われた、男性の姿があった。

 

(ヴィラン)だ、かっちゃん!!」

「ああ、見りゃわか――」

「行こう!!」

 

返事も待たずに、迷わず駆け出した。

 

「なっ……!?オイ!!」

「助けるのが、ヒーローだから!!」

 

かっちゃんならすぐに追いつく、それよりも考えるべきは……!

あの人は口元をベトベトで覆われている、急がなきゃ窒息してしまう!

ヴィランは異形型の個性、全身ベトベトで目と口以外は形が定まっていないらしい。捕まっている人の個性は考慮しなくてもいいだろう、振り解こうともがいているが、個性を使っている様子はない。

アイツがこちらに気づいた!まだ攻撃は届かない、大丈夫……

 

BOM!後ろで爆発音、来た!

 

「デコ!!お前は止まれ!!」

「かっちゃんが救助!タイミング合わせて!」

 

かっちゃんの爆破なら、ベトベトを吹き飛ばせる!あとは隙を作る、狙うなら……剥き出しの目!

 

「邪魔をするなあ!!!」

 

ドロドロの手が伸びてくる、これを躱すには……!

 

「せいっ!」

 

ほとんど肩から外しかけていたカバンを、ここぞとばかりに投げつける。ヴィランの腕にカバンがぶつかり、ドブのような臭いが広がった。

勢いそのままに、飛びかかる。

 

「はあっ!!」

「ぎゃああ!!」

 

振り抜いたパンチが、ヴィランの目を捉えた!

ヘドロの塊が少しのけぞり、覆われていた男性の体が少しだけ現れる。

 

「今だかっちゃん!!」

「死ねえ!!!」

 

BOOOM!!!

 

私達を巻き込まない為なのか、かっちゃんはほとんどヘドロに埋まりながら、割り込むように飛び込んで爆破した。

爆風の勢いで、3人とも倒れ込む。

 

「くっせえ!!」

「やっつけた!?」

 

爆破した高さのベトベトはあらかた吹き飛んだが、残りの上部と下部がまとまって、膨れ始める。

 

「うそぉ!?」

「…ッんのドブ野郎!!おいデコ!!そいつは!?」

「目立った怪我は無いけど、気を失ってる……!すいません、聞こえますか!?聞こえますか!!」

 

肩を叩いて呼びかけるが、返事は無い。

ダメだ、背負ってくしかない!幸いアイツの動きは遅いはず……

 

「かっちゃん、手伝って!!」

「――チッ!一人で運べ!」

「えっ!?」

 

BOM!

爆発が、細長く伸びたベトベトを撃ち落とす。

そんな……狙いを絞れば、あの速さで攻撃できるのか……!

 

「早くしろ!!」

「かっちゃん!!」

 

Bomb!Bomb!

 

「どうしたクソヘドロ!!かかって来いよ!!」

 

「ぬううう!!」

 

さすがに人1人背負うと、速くは走れない。

どうする……?任せていいのか……?かっちゃんは強いけど、弱点が無いわけじゃない……爆破は手のひらだけ、つまり全身をを同時に抑えられたら抜け出せない……そして、体が流動的なあのヴィランなら、それが出来る!

 

BOOOM!!

 

大きな爆発に振り返ると、かっちゃんが飛んでくる。

 

「かっちゃん!どうしたの!?」

「距離取っただけだ!走れ、来るぞ!!」

 

アイツが大きく膨らんだ、そのとき――

 

「――もう大丈夫だ、君達」

 

「私が来た!!!」

 

辺りに暴風が吹き荒れる。

 

「オ…」

「オ…」

 

「「オールマイト!!!」」

 

拳を握りしめ、堂々と立つその姿。

憧れのNo.1ヒーロー、オールマイトとの出会いだった。



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No.2 努力と情熱

 

オールマイトの拳によって引き起こされた風圧が、ヘドロのヴィランをバラバラに吹き飛ばす。飛び散ったベトベトは、そのまま動かなくなった。

 

「君達、怪我は無いかい?」

 

オールマイト……本物のオールマイトだ!!

 

「そちらの方は、どれどれ……うんうん、気を失っているだけだ、心配ない」

「少年少女、怪我は無いかい?」

 

オールマイトはしゃがんで目線を合わせ、こちらに笑いかける。

2人とも静かに頷いた。

 

「そちらの少女、そのおでこの怪我は……」

「あ……ええと……これは昔のやつで……」

「そうかそうか、余計なお節介だったかな、すまない」

 

無事を確認し、彼が立ち上がる。

 

「いやあ、悪かった!ヴィラン退治に巻き込んでしまった!オフの日、慣れない土地で少しウカれちゃったかな!?」

「あ、あの……サ、サイン下さい!!」

「モチロン!!と言いたいところだが、まずはコイツを片付けないとな!」

 

オールマイトは、辺りに散らばるベトベトの方を向いた。

 

 

 

 

 

「ありがとう君達、おかげで手早く詰められた!」

 

オールマイトの持っていた2本のペットボトルに、あのヴィランが収まっていた。

本体?にあたるであろう目のまわりの部分を回収できれば、残りはただの物体になるみたいだ。

 

「よし、それじゃあ、そのノートでいいのかい?」

「はい!お願いします!!」

 

オールマイトの直筆サイン……!嬉しすぎる!!

 

「あれ、かっちゃんはサインいらないの?」

「いらねぇ」

「もったいないなあ、せっかく本物のオールマイトに会えたのに……」

 

そうだ!こんなチャンス二度と無い、聞きたいことが……

 

「あ…あの、サイン、ありがとうございます!それで、その…ノートなんですが……」

 

サインを書き終えて、ノートを返そうとしたオールマイトの手が止まる。

 

「どうかしたのかい?」

「そ…そのノート、私が今やってるトレーニングメニューなんです。私、あなたに憧れて、ヒーローを目指してて……今年雄英を受けようと思っているんです!それで、何かアドバイスをお願いします!」

「……すまないね、具体的なことは……何せ、ヒーローは常に時間とも戦っている。私もそろそろ行かなくては。だが、君の目指す夢を、全力で応援しよう!!Never give up!!」

「……コイツが″無個性″でも、か?オールマイト」

 

その一言で、場の空気が変わった。

 

「……″無個性″……!!そうか……」

「かっちゃん!?ちょっとぉ!今言わなくても……」

「デコ!テメェさっき、なんで飛び出した!!」

「ひゃあ!?」

 

急に胸ぐらを掴まれる。

 

「な、なんでって……呼吸できなくて苦しそうだったし、急がないとって」

「テメェ1人でどうにかできたのか!?この先もずっとそうやって、助ける為に助けられるつもりか!?」

「なんだ、心配してくれたんだ。素直じゃないなあ」

「ああ!?ムカつくんだよ!!そうやってヘラヘラして、いつまでも夢見心地のガキは――」

「少年、そこまでだ。落ち着きなさい」

 

オールマイトが仲裁に入る。

 

「ヘラヘラじゃなくてニコニコだよ?失礼だなぁ。笑顔は大事!」

「知るかよ」

 

渾身のスマイルをかっちゃんに受け流された私は、オールマイトの方を向く。

 

「……オールマイト、私は確かに″無個性″です。プロの現場に立ち会って、その厳しさを改めて実感しました。でも私は諦めません。今日はありがとうございました」

 

オールマイトは静かに、何かを考え込んでいる。そしてゆっくりと口を開いた。

 

「″無個性″でヒーローは現実的ではない。私としても、無責任な応援はできない。人を助ける事に憧れるなら、他の道もあるだろう」

 

予想通りの返事だったけれど、No.1ヒーローに直接言われるとなかなか……

 

「だが、君が……」

「……?」

 

「それでも君が、本気でヒーローを夢見るなら、少しばかりの手助けをしよう」

「ええっ!?」

「私考案の特別トレーニングメニューだ!このノート、少し借りるよ?また後で、そろそろホントに行かなくては、マジに時間が」

「ありがとうございます!!私――」

 

オールマイトが手で制したので、口を閉じた。

 

「2日後!朝6時!近所の海浜公園にて待っている!」

「そして少年」

 

オールマイトは、かっちゃんの方を見る。

 

「プロはいつだって命懸けだ、君の言ったことは正しい。半端な覚悟で、命を軽んじてはいけない……いいね?」

 

後半は私を見て言ったため、静かに頷いた。

 

「しかし一方で、その行いによって助かった人もいる。それを忘れないでほしい。ヒーローが、何のために戦うのかを」

 

最後に、助けた男性を見る。ちょうど意識を取り戻したらしく、ゆっくりと起き上がるところだった。

 

「無事で何より、それでは!さらばだ!!」

 

オールマイトが深くしゃがむと、次の瞬間には空を飛んでいた。

 

「オールマイト!?オールマイト!!ありがとーーう!!あ、でも待って!サイン下さーーい!待ってぇーー!!」

「これいります?私2つ貰ったので」

「ええっ!?本当かい?ありがとう!!」

「いえいえ、それより怪我が無くてよかったです」

「君達のおかげだろう?おぼろげに覚えているよ、ありがとう」

 

 

 

 

 

「さようなら〜!ほら、かっちゃんも」

「うぜえ」

 

大きく手を振って、その男性を見送った。

 

「あの色紙のサイン、素直じゃないかっちゃん用だったんだけど、あの人あげちゃった」

「いらねえっつったろ、つーかいつの間にもらったんだ」

「かっちゃんが自分のカバン拾いに行ってたとき。そういえば、空き缶ちゃんとゴミ箱に捨てた?」

「……チッ!咄嗟にブン投げて忘れてただけだ」

 

自販機の近くに着くと、放り出された空き缶が転がっていた。かっちゃんがそれを、横のゴミ箱に投げ入れる。

さて、帰ってシャワー浴びよう。でもとりあえず……

 

「何飲もっかなあ〜」

「ふざけんなクソ、早く行くぞ」

 

 

 

 

 

2日後の朝、時刻は5時50分、私は砂浜で海を眺めていた。

誰も寄り付かないこの海岸は、流れ着く漂着物と不法投棄の山で覆われていて、なんとも複雑な気持ちになる。

オールマイトの姿は見当たらない。本当に会えるのかな?少し不安に……

 

「わーたーしーがーーー!!来た!!」

「オールマイト!!」

 

どこからともなく、オールマイトが降ってきた。

 

「おはよう!久しぶりだね!ええと……。名前を教えてくれるかい?」

「はい!緑谷出子です!」

「ありがとう。さて、緑谷少女、これを受け取ってくれ」

 

オールマイトは、持っていた3冊のノートのうち、2冊を差し出す。ひとつは預けていた私のノート、もうひとつは……

 

「アメリカンドリームプラン……?」

「そう!!」

 

オールマイトは、ビシッとポーズを決める。

 

「君の普段のメニューを参照しつつ、トレーニングの具体的な内容はもちろん、食事や睡眠時間までキッチリ練り上げた!!」

「おお〜っ!!」

「ぶっちゃけ超ハード、やるかい?」

「やります!」

「これは合格を保証するものでもないし、″無個性″のヒーローは、やはり現実的じゃない。……それでもやるかい?」

「やります!!」

 

「緑谷少女、メニューの他に、目に見える形としての課題を出そうと思う」

「課題……ですか?」

「この浜辺のゴミを、毎日少しずつでもいい、片付けて欲しい。ヒーローの根底は奉仕活動!君の本気を、試させてもらおう!!」

 

このゴミの山を、私が!?

 

「……わかりました、頑張ります!!」

「応援しているよ、あとは君次第だ」

「……オールマイト、でもどうして…ここまで親身になって……」

 

思わず口に出してしまった、もともと自分で頼んだくせに……

しかしオールマイトは、笑顔で答える。

 

「お節介はヒーローの(さが)、いいのさ!!」

 

そしてオールマイトは、残り1冊のノートを差し出す。

 

「これをあの少年に。彼も雄英志望なんだろ?」

「あれ?言いましたっけ?」

「なんとなくわかるさ!」

 

「私の手助けはここまでだ!それではサラバだ、緑谷少女!!」

 

「繰り返すようだが、あとは君次第だ」

「……はい!!」

 

オールマイトは、再び空を飛んで消えていった。

こうして、いつもと違う私の日常が始まった。

 

 

 

 

 

朝4時に起床、ストレッチをしてから有酸素運動、筋トレ、朝食を摂って学校へ。休み時間も隙あらば筋トレ、帰りは海岸に寄ってゴミの回収作業。家まで走り、本番のトレーニング開始。休憩中は勉強をして、再び筋トレ。

筋肉の超回復にかかる時間を考慮して、その日ごとに違う部位を鍛えていく。お母さんに相談して、食事のバランスも徹底した。

1ヶ月経つと、少し掃除の進んだ砂浜に、ちょっとしたスペースが出来上がったため、気分転換にその場でトレーニングをしたりもした。

少し体調が悪い日は、有酸素運動を減らし、筋トレの中でも動きの小さいものをメインにする。倒れちゃったらトレーニングできなくなっちゃうし、ね?

 

 

 

 

 

海岸では、稀に誰かが訪れることもある。大抵はゴミを運ぶ私を不思議そうに見て、すぐ去っていくだけ。でも今日訪れたその人は、しばらく眺めてからこちらに近づいて来た。

 

「お嬢さん、物好きだねえ。誰かに頼まれたりしたのかい?」

 

酷く痩せたその男性が、優しく笑いかける。

 

「ええと、頼まれたというか……とある人からの、修行の一環、みたいな?」

「そうかそうか、修行か。その人、少しイジワルだねえ」

「意地悪だなんてそんなこと……あるかも?……なんて、冗談ですよ!」

「ははは、楽しそうだね。辛くないのかい?」

「辛いけど、楽しいです。それに、浜辺が綺麗になって嫌がる人はいないでしょうし」

 

「そうだ、あなたも一緒にどうです?その細さ、もう少し鍛えたほうが……」

「遠慮しておくよ、修行なんだろう?」

「えへへ……」

「まあでも確かに、私も鍛えたほうがいいかもね」

 

握り拳を開いて閉じて、その人はつぶやいた。

 

 

 

「もっとキレイにするから、また寄ってくださいね〜!」

「…楽しみにしているよ」

 

その人は、静かな足取りで去っていく。細く頼りない体ではあるが、どこか安心感のある優しい笑顔だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「もしもし……やあ、ナイトアイ……久々の連絡なのに不躾ですまないが、話したいことがあるんだ」

 

 



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No.3 夢へ羽ばたけ、入学試験!

 

「そういえばかっちゃん、オールマイトからのノートって何書いてたの?」

「教えねー、気になるなら渡す前に覗けよ」

「いやあ、なんだか悪いかなって」

 

6月、砂浜にはたまにかっちゃんが来るようになった。

 

「ねえ、休憩中だし……組手でもしない?」

「頭イカレたか?言ってることメチャクチャだぞ」

「……?下は砂だから怪我しにくいよ?」

「そこじゃねぇ」

 

なんだかんだ言いながら、2人とも立ち上がる。

 

「″個性″は?」

「うーん、かっちゃんのためにもなるように、″アリ″で」

「……ああ」

「…私からいくよ!」

 

開始の間合いは約2メートル、まずは詰める!かっちゃんが右手を振りかぶる、しっかり見て……来る!

牽制の爆破を低姿勢で躱し、そのまま足払い!軽く跳ねて避けられた。次の爆破が来る、避けるには……上体はまた低く、腰の捻りを活かしてハイキック!これは腕でガードされた。あっ……

足を掴まれた。

 

「終いだな」

「おおっ!」

 

急に手を離されて、バランスを崩す。

″個性あり″のときは、かっちゃんに掴まれたらそこで終了。実戦になったらどのぐらいの火力で爆破するのかな……?

 

「避けると思って蹴ったのに……」

「ああ、痛え」

 

かっちゃんは、ガードに使った左腕をさする。

 

「次、″個性なし″だ」

「…そりゃどうも」

 

わざわざ個性なしを提案してくるのは、完璧主義が過ぎる。

 

まずはもう一度、挨拶がわりのハイキック!身を引いて躱される。

 

「ワンパターンだな」

「はあっ!」

 

そのまま距離を詰めて、左ストレート!軽く避けられて、右の拳が飛んでくる。ギリギリで倒れ込むように躱して、地面に手を付き左の蹴り!これも避けられて再び距離が空く。

 

「かっちゃんも右ばっか、人のこと言えないよ。今の左のキックはどう?」

「右に比べてキレが足りてねえ、見てから避けれる」

 

今度はあちらから仕掛けてくる。かっちゃんは″個性″の癖なのか、上半身に意識を割きがちだ。そこを突ければ!そう考えていたのに……

かっちゃんは強い踏み込みから、飛び蹴りを放ってくる。冗談じゃない!女の子相手に打っていいものじゃないでしょ!?

ど真ん中、両腕でガードするが、弾き飛ばされる。

 

「いったぁ……加減してよぉ……」

「加減したぞ、折れてねえだろ」

 

砂だらけでかっちゃんに引き起こされる。

 

「ヴィランにも手加減してもらうか?」

「むう……」

「今日はもう帰るぞ」

「また今度相手してね?」

「……気が変わるまで叩きのめしてやるよ」

 

 

 

 

 

9月

 

「八木さん、ちゃんと鍛えてます?最初会った時からあんまり変わってませんよ?」

 

痩せたその男性は何度も訪れるので、すっかり仲良くなってしまった。名前は八木、普段は事務仕事をしているらしい。

 

「いやあ、育ち盛りの少年少女を基準に考えちゃダメさ」

「それにしてもですねぇ……見てくださいよこの筋肉!もう恥ずかしくてミニスカ履けませんよ!」

「ははは……ほらほら、作業が止まってるよ?」

「いやあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

1月下旬

砂浜のゴミはほぼ全て片付いていた。結局オールマイトは一度も現れなかった。それでも会いたくて、砂浜でトレーニングを続ける。

そしてさらに数日後……

 

 

 

「やあ、すっかりキレイになったね」

「八木さん、お久しぶりです!」

 

その日、砂浜には滑らかな水平線が広がっていた。

 

「待ってましたよ、見に来てくれて嬉しいです」

「私を待ってたのかい?」

「ええ、あんなに何回も来たのは八木さんだけですよ」

「そうかそうか」

 

「まあでも本当は、他にも見てほしい人がいたんですけど……」

「……そういえば、修行のためだったね。その人のことかい?」

「そうなんですけど……もういいんです。あとは私次第、やれるだけやってみます」

 

 

 

「そんな君にサプライズ!!」

「え?どうしたんですか急に」

 

八木さんは、辺りをキョロキョロと見回す。

 

「誰もいませんよ?」

「…私が来ていた!!マッスルフォーム!!!」

 

突然その身体が倍以上に膨れる。

 

「ええっ!?オ、オ……ええっ!?」

「説明しよう!!」

 

 

 

 

 

「ええと、整理すると」

「痩せてるのが本来の姿で、力んでるときがみんなの知ってるオールマイト」

「この事実を知っているのはごく一部の関係者だけ、平和の象徴であり続けるためにも他言は無用」

「5年前の戦いで重症を負って弱ってしまい、ヒーローとして活動できる時間がかなり減ってしまった」

「……ってことですか?」

「ああ!」

「……ヒマだから定期的に見に来てたんですね」

「1日3時間しかヒーロー活動できないからね!ヒマさ!」

 

痩せたオールマイトが、自嘲気味に笑う。

 

「どうしてそんな秘密を、私に?」

 

当然の疑問だ。どうして今、それを私に……

 

「……ここからが本題だ。私のこのチカラを、君が受け継いでほしい」

「……受け継ぐ??」

 

「私の″個性″は、聖火のように代々受け継がれてきたものなんだ」

「受け継がれる″個性″……?そんなものが……?」

 

冗談を言っているようには見えない。でも、それが事実だとして……

 

「どうしてそんなに大事なものを、私に?」

「元々後継を探していたんだ。それであの日、君と初めて会った日に、君の決意を聞いてビビッときたのさ!この子ならもしかすると、ってね。そして、さらなるトレーニングと課題で、ヒーローとしての心構えを確かめさせてもらった」

 

まさか、オールマイトから直々に試されていたとは……

 

「見てほしい人、ね……可愛らしいとこあるじゃないか」

「お恥ずかしいです……」

 

「君の決意、言葉だけでなく行動で示してもらった。″無個性″でヒーローを志し、ヴィランにも立ち向かった君にこそ!受け取ってほしい!」

「…………はい!ありがとうございます!!」

 

「この″個性″の名は、『ワン・フォー・オール』」

「ワンフォーオール……」

 

みんなのために……

 

「この″個性″を貧弱な身体で受け取ろうとすると、負荷に耐えられずに全身が爆散してしまうんだ!HAHAHAHA!!」

「ええっ!?」

「実例は無いから安心したまえ、それに君の肉体は十分に仕上がっている……いや十分は言い過ぎだな、五分くらい?」

「じゃあ半身吹き飛ぶんですか……」

 

「さて……冗談はこれくらいにして、さっそく授与式だ!!緑谷出子!前へ!」

 

ホントに冗談なんですよね……?

 

「これは受け売りだが……」

「え……?」

「最初から持っているのと、認められ譲渡されたのとでは本質が違う!」

「…………」

「誇っていい、緑谷少女!これは君自身が勝ち取ったチカラだ!」

「…………はい」

 

オールマイトが、自分の髪の毛を一本プチっと引き抜く。

 

「さあ!これを食え!」

「ええ……いきなりセクハラですか、師匠……」

「DNAを体内に取り込めれば何でもいいのさ」

「はあ……」

 

 

 

「今日はもう遅い、″個性″については明日詳しく指導しよう!」

「学校休みだしちょうどいいですね」

「受験まで残り1ヶ月、それまでに力をコントロールせねばな!……今日、家のモノ壊すなよ?」

「え、待って不安です……大丈夫ですよね!?」

「……先に軽く説明しておくと、その″個性″を使うときは、ケツの穴をグッと引き締めて心の中でSMASH!と叫ぶんだ」

「セクハラやめてくださいって」

「まあだから、心を穏やかに過ごせば暴発はしないってことさ。じゃあ明日の朝6時、再びここで会おう!」

 

 

 

 

 

1ヶ月後 2月26日 実技試験当日

 

「建物でっか〜!見てかっちゃん!」

「はしゃぐなアホ」

 

なんかハイテクっぽい門の先に、そびえ立つ雄英校舎が見える。

軽やかな足取りで、会場へと向かった。

 

 

 

「受験生のリスナー諸君、俺のライヴにようこそ!さっそくだが、実技試験の概要をサクッとプレゼン!アユレディ!?

YEAHHHH!!」

 

「いえー!……あれ?」

 

誰一人レスポンスせず、私だけ浮いてしまった。

 

「うるせえ」

「かっちゃん、本物の『プレゼント・マイク』だよ?」

「知るかよ、黙って聞いてろ」

 

「試験は、10分間の『模擬市街地演習』!!持ち込みは自由だ!」

「会場は各自指定の場所へ向かってくれ!!」

 

「あれ、会場別だね」

「ったりめえだろ」

 

「演習会場には、それぞれ1〜3ポイントの3種類の仮装(ヴィラン)が多数配置されている!そいつらを行動不能にして、より多くのポイントを得るのが君達の目的だ!!」

「もちろん、他人への攻撃や過度な妨害はご法度だ!ヒーローとしてな!!」

 

「だってよかっちゃん」

「…………」

 

「……質問よろしいでしょうか!!」

 

メガネの男の子が手を挙げる。

 

「プリントには、3種ではなく4種のヴィランが記載されています!これは資料に不備があるということでしょうか!?それと……」

「ついでにそこの君!」

「うぇ!?」

「先程からボソボソと…気が散る!!軽い気持ちで来たのなら、即刻帰りたまえ!!」

「…はーい、気をつけまーす」

 

「怒られちった」

「それをやめろっつの」

 

「オーケーオーケー!ナイスなリスナーのナイスなお便り、お答えしよう!!4種目のソイツは0ポイント!言わばお邪魔虫さ!各会場に1体、大暴れのステージギミックってわけよ!逃げた方が身のためだぜ!?」

「ご返答有難う御座います!」

 

「概要は以上、最後にリスナー諸君へ我が校の『校訓』をプレゼントしよう!」

「かの英雄ナポレオンは言った、『真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者』と!!」

「″Plus Ultra″!!更に向こうへ!!健闘を祈る!」

 

 

 

「ここが個別の会場!?広ーい!!」

 

敷地内に街があるなんて!しかも他にもあるんでしょ!?

とりあえず軽くストレッチをして備える。他の受験生たちを観察していると、先程のメガネの男子を見つけたので、話しかけてみた。

 

「あ、あの!ええと……さっきはごめんね、お互い頑張ろう!」

「何なんだ急に君は、何か企んでいるのか?」

「いやいや違いますよ、そんなに警戒しなくても……」

「お互い頑張ろう、だって?これは試験だぞ?そんなことを言う奴は怪しむに決まって――」

 

「ハイスタート!!」

 

突然、声が響き渡った。一拍遅れて、皆一斉に走り出す。

完全に油断していた。

スタート位置よりだいぶ後ろで待っていたため、集団より遅れている。大丈夫だ、焦らなくていい。よし、まずはみんなが道路に分かれるタイミングで仕掛ける!

私は自然と、この1ヶ月の特訓を思い出していた。

 

 

 

 

 

『まず最初は思いっきりだ!!君はまだ、″個性″の使い方を知らない!目覚めさせ、体感するんだ!さあ!この壁に向かって、拳を振り抜き!!叫べ!!』

『はああああああっ!!』

SMAAAASH!!!

『……いああああっ!!ったいたい痛い痛い痛い!!腕がああぁ!!』

 

 

 

『うーん困ったな!!特別に治癒してくれるのは今日だけ。なんとか一度だけでも、100%ではない抑えたチカラを体感して欲しいのだが……何度も治し過ぎると緑谷少女が死んでしまう!!』

『デコピンなら1回で8本分の練習ができます、やりましょう!』

 

 

 

『もう治して貰えないからな、慎重に……!君自身でイメージするんだ……!』

『ふつふつと沸き上がるイメージで、溢れないように少しずつ……』

ボスッ!

『……これ発動してます?』

『……してないね』

 

 

 

『結構コツ掴んできましたよ!でも、この出力のままで良いんですか?』

『ああ、身体が壊れないように余裕を持たせて、まずは″個性″を使うことに慣れるんだ』

『ちなみにこれ何%ぐらいですか?』

『10%ってところだね』

 

 

 

 

先頭集団が交差点に差し掛かる。深く息を整え、下半身に意識を集中させる。力が湧き上がってくるのを感じて、跳んだ!

彼らの頭上を飛び越え、着地して走り出す。そして、仮想ヴィランが現れた。

 

「まずは1ポイント!デトロイトォ!」

SMASH!!

 

真正面から拳を叩き込み、打ち倒す。

大丈夫だ、ワンフォーオールの調整はできている。それに、1Pヴィランは動きが直線的で狙いやすい。

次に現れた2Pヴィランは、4足の胴体に長い頭と尻尾でリーチはそこそこだが、ガシャンガシャンと移動が遅く隙だらけ。尻尾の動きを見切って撃破した。

そして3Pヴィラン、重量級で見るからに硬く、ミサイルらしきものを背負っている。もしかしてあれ、ヒトに向けて撃ってくるの……?

撃ってきた!!

遠くからの発射だったため、難なく躱す。追尾も無く、目で追える速さで少し安心した。2発、3発と躱してそのまま駆け寄り、タイミングを見極めて飛びかかる。この高さなら、すぐには射角が取れないはずだ。縦に1回転してかかと落としを食らわせた。

倒せたが、空中での姿勢制御がまだ甘い……蹴りに使う足に″個性″を使うという意識で精一杯だった。

それから先は合計ポイントを数える余裕がなく、身体の使い方とワンフォーオールの調整に集中する。あらかた倒してから周りを見る余裕が生まれた。

 

あのメガネの人が、とんでもない速さで移動していた。そのスピードをのせて放つ蹴りで、ロボットを粉砕する。

ひとりの少女の周りに、いくつも仮想ヴィランが浮いていた。少し疲れた様子の彼女が手を合わせると、落下してバラバラになる。

ここらにはもう標的がいない、移動しよう……そう思った時だった。

ガラガラガラ!!!ゴゴゴゴ!!

とてつもない轟音が響く。立ち上がったその巨体は、周りのビルよりもさらに高い。

あれが0ポイントヴィラン!?いくらなんでもデカすぎでしょ!?

蜘蛛の子を散らすように、受験生たちが我先にと逃げていく。

私も行かなきゃ、逃げつつ他の敵を探さないと!合格ラインは見当もつかないし、そもそも今自分が何ポイントか分からん!

――走り出そうとしたその時、後ろから声が聞こえた。

 

「いったぁ……」

 

さっきちょっとフラついてた女の子だ。ガレキに足を取られている。

運んで逃げて、間に合うか……!?いや違う!確実なのは……!

 

両足に力がみなぎるのを感じて、跳んだ――

 

「はああああああ!!!」

 

オールマイト!!″ワン・フォー・オール″!!私にチカラを!!

 

「デトロイトォォオオオ!!」

 

SMAAAASH!!!

 

 



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No.4 ベストなコスチューム

 

SMAAAASH!!

 

巨大な0ポイント(ヴィラン)が、ぐらりと揺れて後ろに倒れていく。

 

「うあああああああ!!!腕が!!足があああ!!」

 

なんのための1ヶ月だったんだ…!!

調整できずにボキボキに折れた右腕と両足が、風圧になびいて激痛を生む。落ちる、落ちていく……残る左腕で、やるしかない!

迫る地面を見つめ、拳を握る。引きつけて、引きつけて……ん!?あれは……?

 

バチン!!

 

さっきの女の子に空中でビンタされ、落下が止まる。

それから少しして、浮遊感が消えて地面にドサリと落ちた。

そのまま地面に横たわる。痛みで意識が飛びそうだ。どうにか歯を食いしばって顔を上げると、少し離れたところにあの女の子がいた。見た感じは無事っぽい、良かった。

あ、吐いた……

やばい、私も吐きそう……動けない、誰か助けて……

 

「終ーーー了ーーー!!!」

 

終了……良かった、助けが来る……

気がゆるんで、そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

目が覚めると、すぐ近くには小柄なおばあちゃんがいた。

 

「あ、リカバリーガール……お久し――」

「グミをお食べ」

「モゴ……」

「治癒は初めてだねぇ?疲労が残るから、気を付けて帰るんだよ」

 

1ヶ月前、この人と初めて会った日を思い出す。オールマイトの紹介で会ったんだった。

 

 

『雄英教諭の私が、志望生に関わりすぎるのも問題だからねえ……オールマイト、()()()()()()君からの頼みということで。今日だけだよ』

『すまないリカバリーガール。ありがとう』

『よろしくお願いします!!』

 

『チユ〜〜〜!!』

『おおっ!ホントに治った!でもなんか、疲れが……』

『あくまで治癒力の活性化だからね、ただ治るわけじゃないんだよぉ〜。でも、全身の怪我はキレイに治ってるはずだよ』

『えっ!?』

思わず額に手を当てる。

『それは()()()()()跡だろう?私の″個性″ではそれ以上治らないのさ』

『…………そうでしたか』

 

 

そうか……今は受験会場だし、知り合いなのは黙っといた方がいいか。

ゆっくりと起き上がる。ここは待合室のようだ……治癒を受けたらしい他の受験生が何人かいた。

 

「ありがとうございました」

 

リカバリーガールにお礼を言い、荷物を持って出ようとすると……

 

「あれ、かっちゃん」

「ロボットに潰されてると思ったんだがな、無傷かよ」

「バキバキに折れてたのを治してもらったの。心配してくれたんだね、ありが――」

「ああ!?雑魚は雄英受けるなって言ったよなあ!?」

「ひゃあ!?た、たぶん言われてない……」

 

「騒がしいねえ、早く帰んなさい」

 

 

 

「かっちゃん、何ポイントぐらい取れたの?」

「82ポイントだ。とにかくブッ壊してやった」

「すご……私は30くらいだと思う、数える余裕なくてさ」

「はっ、ダッセェ」

「でもさ、私0ポイントのヤツ倒したんだよ!」

「……は?」

「潰されそうな子がいて思わず――」

 

「あの大きさを倒しただと……?」

「あ……」

「……デコ、テメェの″個性″は……」

「……ごめん、言えない」

「……チッ」

 

気まずい沈黙に包まれた。ああ……1ヶ月前もそうだった……

 

 

 

 

 

その日私は、夕方にかっちゃんをメールで呼び出した。

 

『かっちゃん……私ね、″個性″が出たの』

『あ?クソつまんねえ冗談だな』

『ホントだよ、見てて』

 

左手のデコピンで、持っていた空き缶の一部を削り飛ばした。まだ調整がうまくいかず、中指が赤く腫れ上がる。

 

『いてて……ほらね?″個性″じゃなきゃ説明できないでしょ?指だけじゃなくて全身で使えるんだけど、まだ練習中』

『……ありえねえ』

 

『……″個性″の発現は4歳までだ、ありえねえ』

 

『……デコ、テメェまさか……今の今まで騙してやがったのか?』

『ッ違う!!……違うの……本当に最近、数日前で……』

『じゃあ何なんだよ!!』

 

かっちゃん詰め寄られる。その目を見れなくて、目を逸らしたままこう告げた。

 

『ごめん、言えない……』

 

 

 

 

 

入試の結果を待つ一週間、なんだかソワソワして、居ても立っても居られない気分だった。その気持ちを落ち着かせようと、とりあえず筋トレをする。ここ最近はオールマイトに付きっきりで見てもらっていたのだが、入試以来彼からの連絡は無い。

入試については、筆記の自己採点はバッチリ。問題は実技……合計30ポイントぐらいと言ったが、ちゃんと数えてないので合っているか分からない。合格ラインはどのくらいなのだろう?かっちゃんのポイントは基準にならなそうだし……いくら考えても、結局は待つことしかできない。

そして、通知の日がやってきた。今日も変わらず筋トレを続けて、大人しく待つ。

 

出子(いずこ)、出子!来たよ!!」

「うわあ!!」

 

お母さんに封筒を手渡され、自室で封を解いた。

 

『私が投影された!!久しぶりだな、緑谷少女!』

オールマイト!?どうして!?

『連絡できなくてすまない、手続きが忙しくてね……』

『なんと、私が雄英教師として呼ばれた!!』

オールマイトが雄英に!?

『よし、私のことはここまでだ。本題!君の合否を発表する!!』

『筆記は問題なし、さてさて実技の方は…………』

思わず息をのむ。

『…とその前に、実技試験の裏側を教えよう!!』

ちょっとぉ!!

『あの試験の採点方法は、(ヴィラン)P(ポイント)だけじゃない!!もう一つの要素が、審査制の救助活動(レスキュー)P(ポイント)!!』

『まとめていくぞ!君の実技試験、結果は!!ヴィランPが35P!レスキューPが41P!合計76P!!文句なしの合格だ!!』

『雄英へようこそ、緑谷少女!!』

 

 

 

 

 

オールマイトと連絡が取れたので、海浜公園で待ち合わせをする。

 

「お久しぶりです!オール――」

「ノンノン、そうじゃないだろう?」

「……八木さん、お久しぶりです」

「うん、合格おめでとう」

「突然ですけどあの試験、レスキューポイント高すぎません?」

「ヒーロー科だ、レスキュー大事さ。あと私は観戦だけで、採点には関わってないからな?」

「そうなんですね」

 

 

「″ワン・フォー・オール″、基本はセーブしたまま使えたんですけど、焦ったらメチャクチャになっちゃいました」

「うん、身体を壊すのは褒められることじゃないからね。とはいえ嬉しかったよ、君が迷わず飛び出してくれて。私が見込んだとおりだ」

「ありがとうございます。でも当分、100%は封印ですね。ところで、今私の体って何%までなら耐えられますかね?」

「うーん、正確にはわからないな……少しずつ上げて探ってみないと……ようは慣れろ、さ」

 

「そういえば、問題が発覚したんですよ!!」

「なんだい?」

「雄英の制服、ミニスカです!!フトモモが!!」

「いいじゃないか。筋肉は努力の結晶、恥ずかしがることはない」

「…オールマイトって、やっぱり女性の好みも筋肉なんですね」

「……誤解だ」

 

 

 

 

 

入学初日の朝、準備で大忙しだ。

 

「スカートやっぱ短いよ!どうにか伸びないかなあ!?せめてヒザ丈で!」

「出子、遅れちゃうよ?」

「うわあ!?」

鏡を見ながら、いつも通りに前髪をピンで留める。

「よし!お母さん、行ってきます!」

「うん、いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

教室の前で、少し立ち止まる。どんなクラスかなぁ?

ドアを開けようとする前に、後ろから声が聞こえた。

 

「あ…あの!ええと、試験のときの、超パワーの女の子だよね?同じクラスだね!」

「お、ゲロってた子だ」

「ちょ、覚え方!……麗日お茶子です、よろしくね!」

「お茶子ちゃん、よろしく!私は緑谷出子!」

「出子ちゃん、あの時はありがとう!」

「いやあ私こそ、浮かせてくれなきゃヤバかったし……とりあえず教室入ろっか」

「うん」

 

ドアを開けて、元気よく挨拶する。

 

「おはよう!!」

 

返事はなく、教室内はなんとも言えない雰囲気。まあ初日だし……お、いたいた。

 

「おはようかっちゃん」

「話しかけんなクソデコ」

「つれないなぁ」

 

かっちゃんの真後ろの席に着く。お茶子ちゃんは廊下側の席みたいだ。

 

チャイムが鳴り響き、どこからか声がする。

 

「授業を始めるぞ」

 

なんだこの人……寝袋に入ったままだ……

 

「A組担任の相澤消太だ」

「お前ら、今すぐ体操服に着替えてグラウンドに出ろ」

 

説明とか無いんすか……?

 

 

 

 

 

グラウンドにて、個性アリでの体力テストが行われた。最下位は除籍すると脅され、皆一様に気合いが入っている。

体力テストか……10%でも見違えるような記録が出せそうだ。

 

 

 

「もうお終いだ……」

 

二つほど競技を終えたころ、一番背の低い男の子が一人、うつむいていた。近づいて話しかける。

 

「どうしたの?」

「……オイラの体格じゃ、大した記録が出せねぇ。″個性″を生かせる競技も一つ二つぐらい……除籍は決まりだ……」

「まあまあ、途中で諦めたら後悔するよ…?頑張ろう!」

「ゔゔゔ……」

 

笑いかけると、急に飛び付いて来た。

 

「あ″り″か″ど″お″お″お″〜」

「わあ、どうしたの――ってケツさわんなぁぁ!!」

「ゴハァ!!」

「クソッ、なんだこいつ」

 

心配して損した。

 

 

 

結局、除籍はウソだったらしい。さっきのチビが泣いて喜んでいた。

私は持久走で、OFA(ワンフォーオール)の全身10%常時発動を試してみのだが、ギクシャクとした動きになってしまってうまくいかなかった。まだまだ練習が必要だ。

 

 

 

下校時間、かっちゃんを探すが見当たらない。もう帰ったみたいだ。お茶子ちゃんと2人で歩いていると、メガネのあの人を見つけた。

 

「やあ!足めっちゃ速い人!私は緑谷出子、よろしくね!」

「麗日お茶子です!」

「ぼ…俺は飯田天哉だ」

 

「緑谷くん、君はあの試験の詳細に気付いていたのだろう?素晴らしい判断の速さだった」

「え、気付いてなかったよ」

「なんだって!?知らずにアレに立ち向かったのか!?」

「すごかったよねあのパンチ!それにジャンプも!」

「えへへ……」

 

 

 

 

 

2日目、午前は普通の科目、昼に大食堂で昼食。そして午後の授業、ついに始まるヒーロー基礎学!

 

「わーたーしーがー!普通にドアから来た!!」

 

 

「ヒーロー基礎学とは!ヒーローの基礎を学ぶ課目だ!」

「今日行うのは、戦闘訓練!!」

「そしてこちらが、君達にあらかじめ送ってもらった要望に沿って製作された」

「君達のオリジナルコスチュームだ!!」

「早速着替えて、グラウンドβに集合!!」

 

「格好から入るってのも、大切なことだぜ!!少年少女!!」

「自覚するのだ!今日から自分は……」

 

「ヒーローなんだと!!」

 

 

 


 

 

 

『お母さん!コスチュームのデザイン要望、こんな感じでどうかな?』

『…………』

『…………』

『……これを着るの……?』

『…………』

『……出子、ジャージにしとこう?』

『……うん……』

 



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No.5 鋭い殺意が忍び寄る

各自コスチュームを受け取り、更衣室へ向かう。

 

さすがは雄英の外注企業、届いたジャージは着心地バツグンで、手触りで分かる繊維の丈夫さ。ちなみに色は緑、下が暗めで上が明るめ。すね当てを兼ねた高めブーツは、驚くほど軽い。なるべく薄めで頼んだグローブも、しっかりフィットして指の動きを邪魔しない。

 

「出子ちゃん、ジャージなんだね」

「まあね。お茶子ちゃんは……」

「要望ちゃんと書けばよかったよ、パツパツスーツんなっちゃった……恥ずかしい……」

 

ボディラインがくっきりと……いや、この大きさが平均値なの……?

他の女子も見てみる。

 

「……?出子ちゃん?」

「……1人を除いて、レベルが高すぎる……!」

 

 (聞こえてるし……失礼だなアイツ)

 

 

 

 

 

「今から君達には、ヴィラン組とヒーロー組に分かれて、2対2の屋内戦闘訓練を行ってもらう!!」

「状況設定はこう!ヴィランがアジトに核兵器を隠していて、ヒーローがそれを処理しようとしている!」

「ヒーロー側は15分以内にヴィランを2人とも捕まえる、または核を回収する!ヴィラン側はヒーロー2人を捕まえるか、時間切れまで核を守る!」

「ヒーローが核に触れた時点で回収成功、今から配るこの確保テープを相手に巻き付けた時点で確保成功となる!!」

「コンビと対戦相手は、それぞれクジ引きで!!」

 

オールマイトが持つ箱から、みんな順番に引いていく。私とペアを組むのは……

 

「お茶子ちゃん、ヨロシク!」

「うん、頑張ろうね!」

 

さて、問題は対戦相手。室内での戦闘は逃げ場が少ないため、個性によっては完封されかねない。

オールマイトが別の箱を2つ持ってくる。

 

「さあ、最初の対戦相手はこの2組!!」

「Aコンビがヒーロー、Dコンビがヴィランだ!!」

 

Aコンビは私達、Dコンビは……

 

「かっちゃんと、飯田くん……!」

「手ごわいね……」

 

「ヴィランチームは先にビルへ入ってセッティング、それから5分後にヒーローチームが突入開始!!他の生徒は、私と共に地下のモニター室へ!!」

 

かっちゃんが私達に近づいてくる。目がギラついてて、ちょっと怖い。

 

「あー、かっちゃん……ええと、授業だしほどほどにね……?」

「……デコ、テメェに″個性″があろうがなかろうが関係ねえ、ブッ潰す……!」

「聞いちゃいないや」

 

かっちゃんが立ち去って、お茶子ちゃんがこっちを向く。

 

「出子ちゃん、爆豪くんと知り合い?」

「あー、うん、幼馴染。幼稚園からの」

「『デコ』って呼ばれてたね」

「出子をそのまま読んでデコ、単純だよね」

「……そのあだ名、おでこのソレと関係ある……?あ、訊かれたくなかったらごめん……」

「ううん、全然。この火傷はちっちゃい時にストーブに触れちゃって……前髪寄せてるのは私の好み。チャームポイント的な?」

 

「……じ、じゃあ私も……『デコちゃん』て呼んでいい?」

「もちろん良いよ!……それなら私は……そうだな……チャコちゃん?」

「うーん……?」

「冗談」

 

 

 

 

 

「かっちゃんの″個性″は″爆破″。手のひらから爆破ができて、移動にも攻撃にも使える。飯田くんは足がめちゃくちゃ速い。つまり2人とも、機動力があって正面からの戦闘は文句なしに強い。だからなんとかして2対1の状況を作りたい」

 

ここで考えるのは相手の出方……かっちゃんはああ見えて冷静だから、自分より速い飯田くんを偵察に出す可能性が高い。触られたら即負けの核をフリーにしないだろうし、かといって開始からずっと2人で待ち続けるのは、精神的にも後手に回るから嫌うはず。お互い無線で連絡が取れるし、機動力ですぐに合流できてリスクも低い。

偵察に来た方と2対1をしようとしても、ヒットアンドアウェイで時間を稼がれるか、撤退される。時間が減れば、あとは待つだけ。実際そうなったら勝ち目は薄い……。

つまり、私達が取るべき作戦は、『奇襲』!!一気に懐へ潜り込む!そのための侵入ルートは……

見取り図にある大きな部屋……窓の多いこの部屋が、おそらく核の置き場所。ヴィランチームはセッティングの時間内なら、好きな場所に核を移動できる。狭い部屋や通路に隠すよりも、視認しやすくて機動力を活かせる大部屋で間違いないだろう。私達が部屋に入ろうとすればすぐに気付けるし、偵察と合わせて対応力はバッチリと思うはずだ。

しかし逆に言えば、核を探す手間はほとんどかからない。階層を特定するだけだ。

 

 

開始直後、ビルには入らずに北側へ回る。

 

「デコちゃん、はいタッチ」

「はいタッチ」

 

身体がフワフワと浮き上がる。外壁の出っ張りや排水管を掴みながら、ゆっくり静かに登っていく。お茶子ちゃんの個性のおかげで、僅かな力でスイスイ動ける。上へ進みながら、間取りの1番大きい部屋を窓から覗く。

2階、3階、4階……ターゲットは見当たらない。そして5階、中から見つからないように慎重に覗く……あった!!

核兵器を模したそこそこデカイ物体と、すぐ近くにかっちゃん……飯田くんはいない、予想通りだ。

下で待つお茶子ちゃんに、手を振って合図する。お茶子ちゃんは、自分自身を浮かすのは苦手ですぐに酔ってしまうらしいが、少しならなんとか耐えられると言っていた。

軽く助走をつけたお茶子ちゃんが、重力を無視して真っ直ぐ跳んでくる。私は窓枠の上辺を両手で掴み、浮いたまま待機。数秒後、手を伸ばすお茶子ちゃんが私を掴み、さらに近づき手を回して私に抱きつく。

 

「解除……!」

 

2人分の体重が戻り、振り子の要領で窓を蹴り破る。

ガシャーン!!

かっちゃんがこちらに振り向くのが見えた。

 

「――ッソメガネ!!!戻って来い!!!」

 

短期決戦、合流される前に決める!!

手はず通りに私は左、お茶子ちゃんは右に展開する。さあ、どう出てくるか……

 

BOM!

突然かっちゃんが、お茶子ちゃんの方へ飛びかかる。

 

「なっ……!!」

「ひぃっ!!」

 

核の近くで迎撃、が安定だと油断していた。しかもそっちを狙うとは……!!

″ワン・フォー・オール″、10%……!!向きを変えて駆け出す――

 

BOM!

 

「きゃあっ!!」

 

追い付いた……!!

 

「お茶子ちゃんに何すんだバカぁ!!」

「バカはテメェだ!!」

 

BOOM!!!

 

間合いの少し外、大きな爆風で吹き飛ばされる。完全に待たれていた。

 

「ちょちょちょ!?」

「オラァ!!」

 

倒れていたお茶子ちゃんがこっちに投げ飛ばされる。個性で受け身を取ったらしく、すぐに起き上がった。

 

「いたた……」

 

また距離が空いた……次はどうする……?

 

ガタン!!

そのとき、入り口のドアが勢いよく開く。来るの早すぎでしょ飯田くん……

 

「奇襲とはやってくれたな!!だが、核は渡さんぞヒーロー共!!」

「遅えぞクソメガネ!!」

 

「……私はかっちゃんを相手する」

「……わかった!」

 

再び左右に分かれて、1対1になるように誘導する。

 

「存分に痛めつけてやるよデコォ!!」

 

かっちゃんが真っ直ぐ飛びかかってくる。私は右手に意識を込める、OFA(ワン・フォー・オール)10%……なるべく引きつけて、カウンター!!

しかし、目の前で爆破されタイミングをずらされる。何も見えない――上――後ろ!!

ギリギリで伏せてなんとか避けるが、追撃で蹴り飛ばされる。

 

「その程度かぁ!?テメェの″個性″はよォ!!」

 

また来る!受け身を取って今度は足に集中、こっちも飛び出す!

踏み込む瞬間、かっちゃんが少し驚いたように見えた。このパワーならガードしきれないはず!!右足を振り抜く――

BOM!!

 

「ッッああっ……!!」

 

痛い、痛い……!爆破で相殺された……!

ブーツはボロボロだが足はついてる、よかった……。しかし、とてもじゃないが立ち上がれない。

 

かっちゃんが、潰れた左の籠手を外しながら私に近づく。

 

「てめぇのせいで壊れたじゃねえか」

「私の心配してよ……」

「どーせあのチビババアが治すだろ」

 

確保テープでぐるぐる巻きにされる。

 

 

 

「ムリやってこんなん!ちょちょ……うっぷ……」

 

吐き気に耐えて、飯田くん相手に善戦していたお茶子ちゃんだったが、2人がかりであっさり捕まった。

 

『ヴィランチーム、WIN!!』

 

私は担架に乗せられて、ロボットたちに保健室まで運ばれていった。

 

 

 

 

 

放課後、何人か教室に残り、訓練の話題で盛り上がった。

 

「緑谷、麗日!お前らよくやったよ!」

「相手が悪かったよな、爆豪が強え」

「女の子2人にも容赦ないもんねー!」

「かっちゃんは昔からあんな感じだよ」

「知り合いなのね」

 

 

「そういえばかっちゃんは……?」

「先に帰ってたよ」

「私を保健室送りにしておいて……」

 

スマホを開いてみる。

 

『話がある 玄関に来い』

 

 

 

「……話って?」

「……テメェの″個性″、実戦で使い慣れてねえだろ。力む部位で次の動きがバレバレだ。″個性″で少しパワーとスピードが上がってもあれじゃ意味ねえ」

「なんだ、アドバイスか」

「……まともに使えるようになってから再戦だ雑魚」

「……とりあえずかっちゃんの勝ちでいいじゃん」

「よくねえよ!」

「ひゃあ!?」

 

「意味ねぇんだよ!まともに扱えてねえヤツに勝っても!」

「わかったわかった……」

 

話があるというから、また私の個性について聞かれると思ったけど……少し違ったようだ。

 

 

 

 

 

次の日もいろいろあった。委員長を決めたり、雄英に侵入者騒動があったり、飯田くんが非常口になったり、飯田くんが委員長になったり。

侵入者に関しては、犯人は分からなかったらしい。私は現場を見てないからよくわからないけど……そんなに気にしなくても大丈夫じゃないかな……。

 

さらに次の日……

 

「今日のヒーロー基礎学は、俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制でみることになった」

「今回は、人命救助(レスキュー)訓練だ。コスチュームは各自の判断に任せる」

 

相澤先生に連れられて、バスに乗り込む。道中、みんなの″個性″の話になった。

 

 

「プロとして人気を得るには、やっぱ″個性″の見栄えは大事だよなー。派手で強い轟や爆豪とかさ」

「爆豪ちゃんは感じ悪いし人気でなさそ」

「んだとコラ!出すわ!!」

「女だろうと構わず爆破、クソ鬼畜系ヒーロー爆豪!!」

「殺すぞ……!!」

「かっちゃんがイジられてるの、なんか新鮮で面白いね」

「馬鹿にしてんのかデコ!!」

「ひゃあ!?」

「車内で立ち上がるな爆豪くん!!離したまえ!!」

 

「もう着くぞ、いい加減にしとけよ……」

 

 

 

待っていたのは、スペースヒーロー『13号』。オールマイトは遅れて来るらしい。

 

「授業を始める前に、僕からいくつか……」

 

「僕の″個性″は、″ブラックホール″。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「これは、簡単に人を殺せる力です。皆さんの中にも、そういう″個性″がいるでしょう」

 

「…………」

「…………」

 

「超人社会は、″個性″の使用を厳しく制限することで、一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる″個性″を、個々が持っていることを忘れないで下さい」

「この授業では、人命救助の為にどうやって″個性″を活用するか学びます。君たちの力は、人を傷つける為にあるのではない、救けるためにあるのだと心得て帰って下さいな」

 

 

救けるために……このチカラで……

身が引き締まる思いで、私は拳を握った。

 

 

 

「――っ(ひと)かたまりになって動くな!!13号、生徒を守れ!!」

 

突然、広場に黒い霧が広がり、中から続々と人が現れる。

 

「相澤先生、何がなんだか……」

「動くな!!あれは(ヴィラン)だ!!!!」

 

 

 

「なんだよ……オールマイトいないのかよ……」

「子どもを殺せば来るのかな……?」

 



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No.6 盾となって生徒を守る

 

「ヴィランの襲撃!?ここは雄英だぞ、アホなのか!?」

 

「警報が鳴ってねえ……侵入者用センサーが反応しなかったってことだ。おそらく、ヤツらの中にそういう″個性″がいる。加えて校舎から離れたこの場所に、俺たちの授業時間を狙って現れた。バカだかアホじゃねぇ、なんらかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」

 

轟くんが冷静に分析する。

計画された襲撃……ならば、その目的は一体……?

 

「13号、避難開始!電話も試せ!上鳴、お前も″個性″で連絡してみろ」

 

「相澤先生は!?1人で戦うんですか!?」

「緑谷、さっさと避難しろ。……忘れたのか?雄英教師は全員、プロヒーローだ」

 

相澤先生がゴーグルをかける。

 

「そのゴーグル姿……!イレイザー――」

「早く逃げろ!」

 

相澤先生が1人で飛び出していく。前にいるヴィランたちが攻撃の構えを見せても、躊躇いもせず。

 

「情報じゃ13号とオールマイトだけじゃなかったか!?ありゃ誰だ!?」

「知らねえが、1人で突っ込んでくるとは大まぬけだぜ!」

「……あれ?出ねえ――」

 

帯状の布を自在に操り、次々に倒していく。

 

「そうか、あいつは……見ただけで″個性″を消すっつう……『イレイザーヘッド』だ!!」

 

すごい……。でも、数が多すぎる……『イレイザーヘッド』の戦闘スタイルは相手の個性を消してからの捕縛だ。集団との正面戦闘を続けていれば、そのうち限界がくる……

 

「早く避難を!!」

「させませんよ」

 

人型の黒いモヤがこちらにすり抜けてきた。13号が、生徒を庇うように立ち塞がる。

 

「初めまして、我々は(ヴィラン)連合。僭越ながら、この度雄英高校に入らせて頂いたのは……」

「平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

「……!?」

 

「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ……何か変更があったのでしょうか?」

「まあ…それはそれとして、私の役目はこれ……」

 

黒いモヤが揺らぐ。

BOOOM!!

生徒が2人、かっちゃんと切島くんが飛び出して攻撃するが、効いていないようだ。

 

「ダメだ、どきなさい2人とも――」

 

突然、モヤが大きく広がり、私達を包んだ。ワン・フォー・オール――ダメだ、間に合わない――

 

「散らして、嬲り殺す……」

 

なすすべもなく視界が黒く覆われ、身体が浮き上がる。

霧が晴れる……水!?

ザバーン!!

水難ゾーン……ワープさせられた……!あいつの″個性″か!

 

「来た来た!!」

 

なんかいる!?大きい口に鋭い牙!!

 

「おめーに恨みはないけど、サイナラ!!」

 

10%――いや、水中だともっと必要か――調整できるかどうか――

 

ドスッ!!

私が動く前に、ソイツは横から蹴り飛ばされた。

梅雨ちゃん……!舌が伸びてきて私の体に巻きつき、引かれていく。近くにあった船上に投げ飛ばされ、起き上がる。

そしてもう1人、峰田くんは何故か強めに叩きつけられた。

 

「ッああ!!」

 

「2人とも無事ね」

「梅雨ちゃん、ありがと」

「ええ、でもどうしようかしら…?」

 

この船を囲むように、水面にヴィランたちが浮かんでいるのが見える。

 

「オールマイトを殺すために来たって言ってたよね」

「あんなヤツらにオールマイトは負けねえよ!!」

「……峰田ちゃん、本当にそうかしら?」

「え……?」

「……緑谷ちゃんの考えを聞かせて?」

 

「……うん、オールマイトがいるはずの時間割を狙って、センサー対策もしてある。轟くんの言ったとおり、これは計画された襲撃……そしてその目的であるオールマイトにも、何かしらの対策があるのかも……?あとは、ええと……生徒たちをバラバラにワープさせた先にも、人を割いて待ち構えてた。……散らして殺す……きっとそれぞれのゾーンに適した配置、さっきのヴィランも明らかに水中戦を想定した人選で――」

 

水中戦を想定……?そうか、だとすると――

 

「おいおい冗談だろ……あいつら、ホントにオールマイトを殺す気で……?」

 

震えてる峰田くんを無視して、梅雨ちゃんに話しかける。

 

「ヤツらはこの場所で、水中戦を想定していた。この施設の設計を知っていたんだ。でも、ヤツらが知らない情報がある。……だってそれを知ってたら、梅雨ちゃんをこの水難ゾーンには飛ばさない」

「……なるほど、私の″個性″……ね?」

「うん……梅雨ちゃんだけじゃなくてきっと、″生徒の個性″までは把握してないんだと思う。だから警戒して、今も水から上がってこない」

 

この数、そして相手の有利な水中。何か作戦を……

 

「作戦を立てよう、二人の″個性″を詳しく教えて?私は超パワーで、全力出すとバキバキに骨折するからセーブして使ってる」

「おいおい緑谷、作戦って……まさか戦う気かよ!?ムリだって――」

「私は蛙の特徴そのままよ、具体的には――」

「二人してムシかよー!!」

「……具体的には常人より筋力があって、跳躍したり壁に張り付いたり、舌を伸ばしたり……最長で20メートル、舌の力も強いわ。あとは胃袋を外に出して洗ったり、ちょっとピリッとする粘液を分泌したり……この二つは役に立ちそうもないわね」

「分泌……!!」

「なるほどね……峰田くんは?」

「分泌……」

「……峰田ちゃん?」

「ああ、オイラは……」

 

頭から球状の髪の毛?をもぎ取り、壁にくっつくけてみせる。

 

「超くっつく。体調によっちゃ一日経ってもくっついてる。モギったそばから新しいのが生えるけど、モギりすぎると血が出る。オイラは自身にはくっつかずに跳ねる」

「……粘着度は?」

「超くっつく」

「……うーん」

「なんだよその反応!!」

 

バキバキィ!!!

突然、船が音を立てて真っ二つに割れた。

驚いた峰田くんが、叫びながらモギって投げまくる。

 

「うあああ!!」

「ストップストップ!梅雨ちゃんコイツ抑えてて!」

 

黒い玉がいくつも水面に浮かぶ。なるほど、これは使えるかも。

 

「……作戦思いついた、二人とも協力してほしい」

「けろ、わかったわ」

「んなこと言ったってよおお!!」

「……峰田ちゃん、本当にそれでもヒーロー志望?」

「うっせー!!怖くないほうがおかしいだろ!?こないだまで中学生だったんだぞ!!まだ死にたくねえよ!!せめて八百万のヤオヨロッパイに触れてから――」

「私のお尻触ったじゃん」

「私の胸も触ったわ」

「…………」

 

「もっかい触らせてくれたら――」

「図々しいわ!言うこと聞け!!」

「ゴハァ!!」

 

 

 

「――作戦は以上、用意!」

 

そろそろ船が沈む。

 

「緑谷……怖くないのかよ……?」

「……私だって怖いよ。でも、怯えてるだけじゃなんにもできない。だからきっとヒーローは、にっこり笑って立ち向かうんだ」

 

こんなところで終われない、私はヒーローになるんだ!!

 

「梅雨ちゃん、OK?」

「ええ、いつでも」

 

とにかく、私が目立つこと!そのためには……

 

「はっはっは!!(ヴィラン)共!私が行くぞ!!」

 

「なんだあのガキ」

「恐怖でイカれたか?」

 

「とうっ!!」

 

ヤツらが潜った。やはり有利な水中で待つつもりらしい。

10%じゃ威力が足りない……かといって腕は犠牲にできない。一か八か、肉体の限界域で調整しようにもまだ試したことがないし、何より私だけでなく二人の命も掛かってる。つまりは……

指先に意識を集中する。

 

「デラウェア!!」

SMASH!!

 

水面が深く凹んで、そこに大量のモギった玉が投げ込まれる。水が周りを巻き込み、中央でまとまってヴィランを跳ね上げた。

私は梅雨ちゃんの長い舌でキャッチされ、無事に離脱。三人で陸地を目指した。

 

「今朝は快便だったし、ヤツら一日はくっついたままだぜ」

「魚っぽいし、あの人たち溺れないよね?」

「よくそっちを心配できるわね」

 

水際で広場の様子をうかがう。依然として、相澤先生が一人で戦っていた。

 

「……二人とも、このまま水辺に沿って出口へ向かって」

「おい緑谷、何考えてんだ……」

「感心しないわ、無茶よ」

「今飛び出したら、二人の場所もバレる。それに……」

 

「手を身体中に付けたアイツ……少し離れて、相澤先生をじっくり観察してる。いつまでもあのままとは思えない」

「だからって、アナタがどうにかできるとは限ら――」

「動いた!!」

「緑谷……!!」「緑谷ちゃん……!!」

 

二人を巻き込まないように、まずは広場に対して平行に跳ぶ。

 

その間にも、戦況が変わっていく。手のヴィランと相澤先生は近接戦闘に入る。先生の肘打ちをソイツが手で止めた。直後、先生が相手を突き飛ばすように離れて距離をとる。様子がおかしい……右肘を()()()()()()で負傷している。

 

私は横方向に十分離れてから、広場へ向きを変えて駆け出す。

 

相澤先生へと、さらに二人襲いかかる。――いや、もう一人……!!なんだアイツは――やばい――叫んで知らせる……いやだめだ、間に合わない――

黒い巨体のヴィランが、先生の右腕を掴んだ。そのまま軽々と握り潰し、先生を顔から地面に叩きつける。

 

「先生ぇ!!」

「……ガキがなんのつもりだ……?」

 

私の前に、手をいっぱい付けたヤツが立ち塞がる。こちらに伸びてくる手……触られちゃいけない……

足に意識を集中して、強く踏み込む!

 

「……速い……な……」

 

相手せずに横をすり抜けて、黒いヴィランを狙う。脳みそが剥き出しの異様な風貌のヴィランは、先生の頭を押さえたまま動かない。他のヤツと雰囲気が違う、やばすぎる……!コイツには手加減なんてできない!

次は右腕に意識を集中……撃ったらすぐ逃げなければ……ぶっつけ本番だけど、腕が折れない程度をなんとなくで調整……!

 

「先生を離せ……!デトロイト!!」

SMASH!!!!

 

相手は避けようともせず、完璧にボディを捉えた。

 

――しかしヴィランは傷ひとつなく、先生を抑えつけたまま動いた様子がない。

 

「効いてない……そんな……!?」

「…………」

 

手応えはあった、確実に当たったはず……!なのにどうして……

うつろな表情のそのヴィランは、こちらを見ようとすらしない。

 

「脳無……そのガキを掴め」

「――ッ!!」

 

とっさに下がるが、すぐに近づかれる。コイツ、速い……!

腕が伸びてくる、この体勢じゃ避けれない……!

 

 

――急に体が引っ張られて、相手の腕が空を切る。

 

「俺の生徒に手ェ出すなよ」

「先生!」

 

相澤先生が左手だけで捕縛布を伸ばし、私を引き寄せる。

先生はどう見ても重傷だ……右腕を潰されていて、顔も血だらけ……

それに、脳無と呼ばれていたヴィラン……攻撃が効かない上にあの速さ……!

どうすれば……!?

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

大きな衝撃音

 

「効いてない……そんな……!?」

 

微かに聞こえた声

 

「――ガキを掴め」

 

朦朧としていた意識が覚めていく。

右腕は動かないが、まだ左腕がある。

 

「俺の生徒に手ェ出すなよ」

 

引き寄せてから、捕縛布を弛めて解く。

俺は逃げろと言ったはずなんだが……もう一度言って聞かせるか?

――いや、無駄だろうな……入試の時点でわかっていた、コイツは……

 

――合理的に行こう、説教は後でいい……今掛けるべき言葉は――

 

 

「俺が()()()()…緑谷、行け」

 

 

 

 

「はあああッ!!!」

 

SMAAASH!!!!

 



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No.7 兎にも角にも体育祭

 

「はあああッ!!!」

 

脳無と呼ばれていたこのヴィラン……私よりもはるかに速いが、そのぶん単調な動きだ。何度もは絶対無理だが、初撃なら躱せる……。先程と同じモーションで伸びてくる腕を見切り、拳を叩き込む……!

SMAAASH!!!

 

巨体が吹き飛び、辺りに土煙が舞う。

……痛い!!……やらかした、完璧折れてる。さっきは上手く調整できたのに……!

 

「……イレイザーヘッド……なんでその負傷で動ける……せっかくの『ショック吸収』が台無しだ……」

 

ショック吸収……最初の攻撃が効かなかったのは、やはり脳無とやらの″個性″か……

 

「ほんとカッコいいぜ……生徒のためってヤツか……?」

「っ先生!逃げましょう!」

 

相澤先生はフラフラで今にも倒れそうだ。私が背負っていくしかない!

 

「ちょっと我慢してください!」

 

私も右腕が折れてる、なんとか左手だけで乱暴に先生を抱えて背負う。……痛い、左の中指も折れてるんだった……

手のヴィラン一人なら逃げ切れる、ワン・フォー・オール10%!!

 

「――死柄木 弔、ご報告が……」

「……黒霧、アイツらを囲め」

 

「なっ……!?」

 

跳んだ先に黒いモヤモヤがあちこちに出現したと思ったら、一瞬で大勢に囲まれた……!

 

「先生、あのモヤ消せますか!?」

「…………」

 

返事がない、きっともう意識が……背負ったまま10%の跳躍じゃ抜け出せない、一か八か――

 

バタン!!

施設の出入口の扉が勢いよく開く。

 

「もう大丈夫 私が来た」

 

 

オールマイト!!助かった……!

まわりを囲むヴィランが次々に倒れていく。速すぎて見えない……

――気がつくと、オールマイトに抱えられていた。

 

「緑谷少女、相澤くんを連れて入口へ……」

「オールマイト……」

 

笑っていない……その表情から、激しい怒りが伝わってくる。

 

「脳無!!来い!!」

 

脳無を呼んだ!?ぶっ飛ばしたのに、まだ動けるのかアイツ……!だとするとまずい……

 

「オールマイト!脳無とかいうヤツ、衝撃を吸収する″個性″です!黒い巨体で素早くて力も強い、きっとオールマイト対策で……まともに戦ったら――」

「緑谷少女……」

 

オールマイトは私に向かって、ニッコリと笑う。

 

「教えてくれてありがとう…だが大丈夫だ!!」

「…………」

「……君も重傷だ……私に任せて、見ていてくれ」

「……はい」

 

ズキズキとした痛みとともに、私は遠くから見ていることしかできなかった。

 

 


 

 

「ダメだ三人とも、下がっていなさい!」

「……さっきのは俺がサポート入らなきゃやばかったでしょう」

「それはそれだ轟少年!!ありがとな!!」

 

轟少年、爆豪少年、切島少年……もちろん彼らだけではない、皆優秀なヒーローの卵たちだ。しかし……

 

「しかし大丈夫!!プロの本気を見ていなさい!!」

 

だからこそ!!私がやらねばならんのだ!!何故なら私は――

 

――平和の象徴なのだから!!

 

 

矢継ぎ早に拳を撃ち込む。

 

「″無効″ではなく″吸収″ならば、限度があるんじゃないか!?私の100%を耐えるなら!!さらに上からねじふせよう!!」

 

活動限界ギリギリで、これだけ無茶するのは初めてだな……

(チカラ)を譲渡してから、私は衰える一方だ……

 

『私、あなたに憧れて、ヒーローを目指してて……』

 

「ヒーローとは!常にピンチをぶち壊していくもの!!」

「ヴィランよ、こんな言葉を知ってるか!?」

 

Plus Ultra!!!

 

 

天井を突き破り、ヴィランが彼方へ飛んでいく。

 

「やはり衰えた、全盛期なら5発も撃てば充分だったろうに……300発以上も撃ってしまった」

「……衰えた?どこがだよ、クソチートがぁ……!()()()、俺に嘘教えたのか!?」

「どうした?来ないなら、こちらから行くぞ!!」

 

残りは二人、なんとかして体を動かせ……!

…ゆっくりと歩き出す。

 

 

「……来るぞ……!クソ、脳無さえいれば……!」

「死柄木、落ち着いて下さい……よく見ればダメージは確実に表れている。歩き方も不自然だ、二人で連携すればまだチャンスが……」

「……うん……そうだ……そうだな……やるか……」

「幸い、子どもたちは動けない様子――」

 

「――誰が動けねえだって?」

 

ピン!

BOOOOM!!!

 

「脳みそヤローさえいなけりゃ、テメェらクソザコに負けるかよ!!!」

 

爆豪少年……!

とてつもない規模の爆発が、ヴィラン二人を吹き飛ばす。

 

「……なんてガキだ……!」

「死柄木……残念ですが、時間が……」

「……ああ、今回はゲームオーバーだ……」

 

「今度は殺すぞ……平和の象徴、オールマイト……!」

 

 


 

 

 

「全く、師弟そろって無茶をするねえ……」

 

「私の活動時間、どのくらい残っているかな……一時間くらいはまだ欲しいが……」

「オールマイト……」

「仕方ないさ!こういうこともある!」

「……カッコよかったですよ」

 

「失礼します……オールマイト、久しぶり!」

「塚内くん!」

 

……どちら様?

 

「彼は最も仲良しの警察、塚内直正くんさ!」

「警察の方ですか、なるほど」

 

この姿のオールマイトを知っているらしい。

 

「早速で悪いがオールマイト、ヴィランについて詳しく……」

「待ってくれ、生徒は無事か?イレイザーヘッドと13号は?」

「……生徒はそこの彼女をのぞいて数名が軽症、教師二人はとりあえず命に別状はない」

 

相澤先生……

 

「犠牲が出なかったのは、三人のヒーローが身を挺してくれたおかげさ」

「……ひとつ違うぜ塚内くん」

 

「生徒らもまた戦い、身を挺した!!実戦を経験したこのクラスは、きっと強いヒーローになるぞ!!」

 

 

 

「その、脳無ってヤツ……やたら頑丈で……それに、感情が読めないっていうか……ぶん殴ったのにこっちを見なかったんです。めちゃくちゃ動きが速いのに、真っ直ぐ単調な攻撃で……主犯のシガラキ?の命令に従ってる感じでした」

 

その場で塚内さんに事情聴取を受けた。一人で飛び出したところと腕を折ったところを話すと、リカバリーガールに小言を言われたけど……

 

 

 

翌日は臨時休校、さらに翌日……

 

「お早う」

 

「相澤先生!!」

「復帰早ええ!!プロすぎる!!」

 

「俺の安否はともかく、話さなきゃいけないことがある」

 

「……雄英体育祭が迫ってる!!」

「クソ学校っぽいの来たぁぁ!!」

 

「ヴィランに侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

「警備は例年の五倍に強化するらしいから安心しろ……何より雄英の体育祭は……最大のチャンスだ、中止ってワケにもいかない」

 

「全国のヒーローが注目するビッグイベント!プロに見込まれればその場で将来が(ひら)ける」

「時間は有限、プロからのスカウトを懸けた……年一回のチャンスだ!」

 

HR(ホームルーム)は以上……あと緑谷、ちょっと来い」

「……え!?」

 

 

廊下に行くと、捕縛布で縛り上げられる。

 

「なんで私だけ……」

「……お前があのとき飛び出したからだ」

「でも他にも……かっちゃんと……轟くん、切島くんも後から来てましたよ!」

「単身で飛び出したのはお前だけ……加えて、生徒で重傷もお前だけだ。しかもヴィランの攻撃ではなく自分自身の″個性″で負傷している」

「うっ……」

「敵の力量を見誤った、お前が死んでいないのは運が良かっただけだ」

「……はい」

「緑谷、次に勝手な行動したら罰則だ……いいな?」

「はい」

 

「……先生」

「……どうした」

「……無事でよかったです」

「……授業始まるぞ」

 

 

 

昼休み

 

「やっぱテンション上がるなあ!!」

「プロへの近道だ、ワクワクするぜ!」

 

「みんなノリノリだね……」

「緑谷くん、君は違うのかい?ヒーローになる為在籍しているのだから、燃えるのは当然だろう!?」

「そりゃあそうだけど……」

 

体育祭は当然見たことある、でもあれは……

 

「デコちゃん、飯田くん……頑張ろうね体育祭……!!」

「お茶子ちゃん、顔がやばいよ」

 

そういえば、お茶子ちゃんはどうしてヒーローを……?

 

 

「究極的に言えば、お金」

「なんか意外だね」

「恥ずかしい……飯田くんとか、家業を継ぐっていう立派な動機なのに……」

「生活の為の目標、立派じゃないか!」

 

「とにかく、私はヒーローになってお金稼いで、父ちゃん母ちゃんに楽させたげるんだ」

 

ヒーローを目指す理由、か……

 

 

 

「――緑谷少女がいた!!……ごはん、一緒しないかい?」

「……?はい」

 

 

「デコちゃん、相澤先生に続いてオールマイトまで……モテモテ?」

「麗日くん、それは流石に違うだろう……。彼女の個性はオールマイトに似ているし、気に入られているのかもな」

 

「…………」

 

 

 

 

 

「活動限界が一時間前後!?」

「ああ、無茶しすぎたよ……まあいいんだ、それより体育祭だ」

 

「あと二週間、それだけあればかなり仕上がりそうです。全身常時発動と出力の調整、どっちを優先するべきですかね?」

「10%でも全身で使いこなせば見違える動きができる、オススメは前者だ。それに調整ができたと思っても、動きながらだと上手くいかない可能性もある。というか君、腕折ったばっかりだろ」

 

「ともかく練習方針より、話したいことがあって呼んだんだ」

「……なんでしょう?」

 

「活動時間のこともあって、私が平和の象徴として立っていられる時間は……実はそんなに長くない」

「……はい……」

「ヴィランの中に、それに気付き始めている者がいる」

 

「君に″力″を授けたのは、″私″を継いで欲しいからだ!」

「全国の注目を集める体育祭!その舞台で」

「君が来た!ってことを、世の中に知らしめて欲しい!」

 

「ええと、その……継いで欲しいという言葉、すごく嬉しいです……でもなんていうか……」

「みんなそれぞれ本気でヒーローを目指してる……体育祭で成功を収めるのは、ごく一部の人だけで……」

 

「緑谷少女……みんな本気だから、さ」

「みんな本気だから、本気で競い合う。常にトップを狙う者と、そうでない者……そのわずかな気持ちの差は、社会に出てから大きく響くぞ」

 

 

 

 

 

 

二週間はあっという間に過ぎ、体育祭当日。A組控室で待っていると……

 

「……轟くん?どうしたの?」

「緑谷、お前オールマイトに目ぇかけられてるよな……そこ詮索するつもりはねえが……お前には勝つぞ」

「私!?えーと、うん。わかった」

 

「緑谷、なんだよその返事!」

「轟くん、直球だねえ!」

「…………」

 

 

「でも私だって、負ける気はないから」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

体育祭前日 夕方

 

『何だデコ』

『いい機会だと思ったから……かっちゃん、ちょっと見てて!』

 

ワン・フォー・オール、10%!全身に意識を行き渡らせる。

 

『ほっ!』

『はあっ!』

 

軽く飛んだり跳ねたり、素振りしたり……

 

『どうかな?』

『マシにはなったな』

 

 

『体育祭、ガチで殺るぞ』

『それはダメだよ……』

 

 

『俺が勝ったら、てめぇの″個性″について教えろ』

『なっ……!?』

『″個性″について……知らない、分からないじゃなくて()()()()……だったな?』

『…………じゃあ私が勝ったら?』

『二度と聞かねえ』

『……わかった、約束する』

 

 



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No.8 競走と騎馬武者

 

「選手宣誓!代表、1-A 爆豪勝己!!」

 

「代表かっちゃんなんだ」

「あいつ一応入試1位だしな」

「え、そうなの瀬呂くん?」

「開示されてたろ、合計90ポイントでダントツだ」

 

「せんせー、俺が1位になる」

 

「絶対やると思った!」

 

「調子のんなよA組!!」

「何様のつもりだ!?」

「なめてんのか!?」

「潰したるわ!」

 

「はっ、ザコどもはよく騒ぐよなぁ!?」

 

「煽り過ぎだよかっちゃん……」

 

 

 

「第一種目、障害物競走!!コースさえ守れば何をしたって構わないわ!」

 

何をしても……つまり、妨害ありの早い者勝ち……

 

 

 

「3、2、1、スタート!!」

 

開始直後、足元に氷が張り詰める。

 

「うわっ!?」

 

跳躍して回避!前に抜け出す。

 

『実況はこの俺プレゼントマイク!!解説はイレイザーヘッドでお送りするぜえ!!』

『まずは第一関門、ロボインフェルノ!!潰されんなよヒヨッコども!!』

 

待ち受けていたのは、入試の仮想(ヴィラン)!!奥には0ポイントの巨大ヴィランが何体も並んで道を塞いでいる。腕を壊さずに倒すのは無理だ。

轟くんが凍らせてすり抜ける、あれにはついていけない……

かっちゃんが爆破でロボを登っていく、あっちについて行こう!全身10%を維持!!足場を見極めて駆け上がる!

 

「爆豪、正面突破しそうな性格してんのに避けんのね」

「便乗させてもらうぞ」

 

私の他にも二人、瀬呂くんと常闇くんがロボの上に登る。

 

「着地どうしよう!?……瀬呂くん!」

「なんだよ緑――うおっ!?おいっ!?」

 

テープを巻き取るタイミングで抱きついて、自分も勢いを殺してもらう。

 

「ありがとね!助かった!」

「……真っ平ら……じゃなかった、なんなんだよ……」

 

第一関門付近で団子状態になっているみたいだ、早めに抜け出せてよかった!

 

『第二関門、ザ・フォール!!落ちたら即アウトの綱渡りだぜ!!』

 

かっちゃんが綱を渡らず飛んでいく。爆破の頻度が増えてきてる、エンジンかかってきたみたい……

エンジンといえば飯田くん、圧倒的速さで後ろから私を追い越して綱渡りにたどり着く。

 

「恐らく兄も見ているのだ……かっこ悪い(さま)は見せられん!!」

『カッコ悪ィィ!!』

 

何あのポーズ……バランスとるためだろうけど……

私は飛び越えれそうな幅のとこだけ跳んで、大人しく綱を渡った。

 

それでも、私だって常時発動で駆けているため、かなりの好順位だ。先頭が轟くん、次にかっちゃん、飯田くんに続いて4番手。

 

『さあ最終関門!!一面地雷原!怒りのアフガンだ!!』

『ちなみにその地雷…威力は大したことねえが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!』

『人によるだろ』

 

お下品ですよマイク先生……

 

『先頭の轟、ペースが落ちる!……おおっと!?ここで爆豪が来たあ!!1位に躍り出る!!後続もスパートかけてくるぞ!!』

 

あ、待って飯田くん、その速さのまま突っ込んだら……!!

BOM!

 

「くっ!」

 

BOM!BOM!BOM!

 

「飯田くーーん!!」

 

バランスを崩した飯田くんが地面に倒れ、連鎖的に爆発を引き起こす。

私は冷静にそれを避けて、なるべく轟くんが通った部分を選んで進む。

 

BOM!

 

「わっ!?」

 

まだ残ってた、でも…かっちゃんの爆破に比べれば大したことない。

それになにより、かっちゃんと轟くんが足を引っ張り合ってる今がチャンス!さっき二人が踏んだ箇所を覚えている……ここだ!!

 

『3番手の緑谷!!地雷を恐れず跳躍!!一気に先頭の二人に迫るぅ!!』

『恐れずじゃねえ、あいつはよく見てるよ』

 

「待てぇー!!」

 

着地地点は二人の真上!あわよくば踏みつけて――

 

BOOM!!

 

『爆豪が大爆破!!二人を妨害しつつ、大きく引き離したああ!!』

『一度の爆破で轟と緑谷の両方を巻き込めるタイミングを狙っていたな』

 

 

 

『さあさあ諸君!!先頭で帰って来たのはこの男!!宣言通りにまずは快勝!!爆豪勝己ィィ!!!』

 

ゴール直前、足元凍ってて転びそうになった……

とりあえず予選は3位、まあ上出来でしょ!!

 

 

 

 

 

「さて、予選上位42名が本選に出場!!気になる第二競技は……騎馬戦!!」

「2〜4人で1チーム、一人ずつ順位に応じたポイントが配られるわ!下の順位、42位から5Pずつ……2位までくると205P!!そして……」

「1位は特別に、1000万ポイント!!上の者ほど狙われる、サバイバルバトルよ!!」

 

「……上等だ、かかってこいよ!!」

 

 

「制限時間は15分、チームの合計ポイントが書かれたハチマキを騎手が装着!お互いに奪い合ってもらうわ!なお、取ったハチマキは首から上に巻くこと!あと、脱落は無しだから、どのチームも時間いっぱい戦って頂戴!」

「もちろん″個性″はアリ!でも、騎馬戦を逸脱する悪質な攻撃は一発退場だからね!」

 

「チーム決めの交渉タイムも15分!始め!」

 

 

「かっちゃん!組もう!」

「組まねえ、失せろ」

 

 

「デコちゃん、どうするの?」

「うーん……」

 

とりあえずお茶子ちゃんを誘ってから、現在考え中。

 

「かっちゃんがいれば絶対負けないんだけどなあ……飯田くんにもさっき断られちゃったし……なんなら二人のままでもいいかなって。私がお茶子ちゃん背負えば、他の騎馬より圧倒的に身軽だし……」

「なるほど……でも私が騎手だと、決め手に欠けちゃうよ?……相手浮かせちゃうとたぶん反則やし」

「それもう騎馬戦じゃなくなるもんね。じゃあ欲しい人材は、決め手になる誰か……」

 

「そこの人!私と組みませんか!!」

「……どちら様?」

「サポート科の発目 明といいます!」

 

「1位、2位の人にも声をかけたのですが、あっさり断られたのですよ!そこで3位のあなたのとこに来ました!!」

「はあ……」

「大企業の目に留まるためにも、なるべく注目度の高い方と組みたくて!!どうでしょう!?こちらのベイビーたちはいかがでしょう!?きっと役に立ちますよ!!特にこれ!私のお気に入り!!とあるヒーローのバックパックを参考に……」

「それってバスターヒーロー『エアジェット』!?私、事務所が近所でさ……。それ、使えるね……組もう!」

「ありがとうございます!!それではコレなんてどうでしょう!?こちらは――」

「デコちゃん、決め手になる人を探すんじゃ……」

「それはそうだけど、残り二人は機動力と決定力が一人ずつ欲しい。それにこのジェットパック、お茶子ちゃんの″個性″

と相性いいし」

「たしかに……」

 

よし、もう一人……″個性″を知ってるA組の誰かを……

みんな大体のグループがまとまってる……ん?隅っこにいるのは……

 

「常闇くん、一人なの?」

「……生ける者は常に、孤独な影と隣り合わせ……」

「私たち三人と組まない?」

「妖精の花園に影が差す……」

「……もしかして、女子三人で照れてる?」

「…………」

 

 

 

相談の結果、常闇くんが騎手で私が前騎馬。

常闇くんの″ダークシャドウ″には自我があって、命令せずとも攻撃・防御をこなすが、自分で操作した方が対応は素早い。つまり、操作に集中してほしいから騎手になってもらった。また、明るさでダークシャドウの強さが変わるため、騎馬になって騎手の影に入ろうかとも思ったのが、ぶっちゃけそれぐらいじゃ変わらんらしい。

 

「作戦立てたのは私だけど、競技中の指揮権は常闇くんで!」

「おっけい!!」

「ダークシャドウ!!目立ちますね!……そうだ、いいアイデア思い付きました!!持ち運びできてかさばらない黒布を格納できる――」

 

「緑谷、俺が指揮でいいんだな……?」

「任せた!!」

 

 

 

 

 

『よおーし待ってたぞ!!準備は当然いいよなあ!?残虐バトルロイヤル、カウントダウン!!』

 

「我が眷属たちよ、終末戦(ラグナロク)の時だ……!」

「けんぞく……」

「らぐなろく……」

「アイヨ!」

「あいよ!」(最後ではなくない?)

 

『3…2…1…!スタートォ!!!』

 

 

「オラァ!!かかってこいよモブカスども!!」

 

BOM!BOM!

 

 

作戦で大事なのは、常闇くんと相性の悪いチームとの戦闘を避けること。特にかっちゃん、絶対近づかない。というかたぶんかっちゃん、近寄ったら迎撃して逃げ切りじゃなくて、普通に奪いにくる。

他に強い光を出すのは、轟くんと上鳴くん、あとヤオモモちゃんがなんか創れるかも。この三人は同じチームだ。

つまりはこの2チームをなるべく避ける。

 

1000万ポイントであるかっちゃんチームを避けるということは、最大の混戦に加わらないということでもある。安定はするが、ポイントは伸び悩む。

終盤に仕掛けにいくかどうか、そこは実際のポイント次第だ。

 

 

「緑谷、予想通りだ……征くぞ!!」

 

同じく、離れたところから様子を窺うチームが他にもいくつか……悪いけど、狙わせてもらう!

1000万ポイントを狙わない様子見チームは、私たちと似ているようで少し違う。彼らはおそらく、正面戦闘をなるべく避けたいという意図のはずだ。しかし私たちは、()()()()()()()避けたいだけで、むしろ正面戦闘は積極的に狙っていく。

簡単にまとめると、1000万を狙うヤツを狙うヤツ、それをさらに狙う。……ややこしい?

 

 

「なんてヤツらだ、こっち来るとは……!A組にはこんなに卑劣なヤツらがいるのか……!?」

 

名前わかんないけど、B組の人たち!

 

「そう言わずに、仲良くしようよ!!」

「ダークシャドウ……!」

円場(つぶらば)!ガード!」

 

空中で攻撃が止められる。

 

「不可視の壁……無駄だ……」

 

ダークシャドウが横から回り込むように伸びる。

騎手からハチマキを掠め取った!

 

物間(ものま)!」

「取られた……!」

 

「……物間くん、ごめんね」

 

()()に触れれば……!」

「眷属たちよ、撤退!!」

 

浮かして、跳んで、ジェットで軌道修正。あっさりと離れる。……私たち強すぎない?

 

「降りるよ!……解除……!」

「よし、次だ……征くぞ!」

 

あの騎手は……見覚えがある、普通科の人。

騎馬に青山くん、尾白くん、あとB組の人が一人。

 

「おいおい勘弁してくれよ……お前らなら他狙えるだろ?」

「そりゃそうだけど、悪いね!ポイントいただ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さん、緑谷さん!?私困ります!!叩いてごめんなさい、でも緑谷さん!!あれ、名前合ってますよね!?他二人も、困りますよ!競技中ですよ!!目立てないじゃないですか!!私が困るんです!!しっかり――」

「……あれ、発目さん?」

 

「なんなんだよこの黒いの、なんで動く……!ハチマキ取れねえ……!」

「フミカゲ!オキロ!指示ヲクレ!」

「指示…… ――っ!ソイツを引っ込め――」

 

「――はあっ!!」

 

とっさに後ろに飛び退く。

 

「重いっ……!!」

「サポートしますよ!!」

 

バランスを崩しかけたが、発目さんのジェットパックで立て直すことができた。

 

「ベイビーが壊れたぁ!?ああっ!!出力が限界超えて――」

「助かった……!」

「……あれ?」

「……闇に惹かれていた……?」

「フミカゲ!」

 

「常闇くん、ハチマキは!?」

「……あるぞ、問題ない」

 

 

 

 

その後は順調にポイントを稼ぐことができた。かっちゃんと轟くんがバチバチに戦い続けていたため、私たちの方にその二人が来なかったのが一番大きい。

その2チームを狙うのを諦めて、3位の私たちを狙ってきた他チームも、ことごとく撃退した。常闇くんが強すぎる。

 

終盤、かっちゃんと轟くんが私たちを気にし始めたが、お互いに牽制し合っていて結局こちらに近づいては来なかった。

それにあの普通科の人……実況によると名前は心操くん。今度は油断せずに彼をマークして距離を取っていたのだが、むしろ私たちを避けるように動いていた。

 

 

『3!2!1!タイムアップ!!早速結果は……』

 

『1位、爆豪チーム!』

『2位、轟チーム!』

『3位、常闇チーム!』

『4位、心操チーム!』

 

『以上4チームが、決勝に進出だああーーーっ!!』

 



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No.9 登竜門の決勝トーナメント

「オイ轟、ツラ貸せ」

「……なんだ?」

 

 

 

「テメェ、さっきの騎馬戦……なんで炎使わなかった?」

「……使わねえと決めたからだ」

「……返答になってねェよ半分野郎、ナメてんのか?」

「…………」

()()()()()()がなんで使わねえ!!舐めプしてるヤツに勝っても意味ねえんだよ……!!」

「……話せば長くなる」

「じゃあさっさと話せよ!!この――」

 

「かっちゃん!なにしてるの?早く食堂に……」

「…………」

「…………」

 

「あー……。ごめん二人とも、お邪魔した?ええと……」

「デコ、テメェもテメェだ……コソコソ逃げ回りやがって」

「それは作戦だから……。ええと、なんか話してたみたいだし……私先に行ってるね?じゃあ――」

 

「待て緑谷」

「え?」

「……デコは関係ねえだろ」

「いや、ある……緑谷は『オールマイト』のお気に入りなんだろ?」

「!?……いやその、お気に入りというかその……」

「…………」

「……別にそこを探ろうってわけじゃねえ。ここからは俺がお前らに、一方的に話すだけだ」

 

 

 

「俺の親父『エンデヴァー』は、オールマイトに次いで万年No.2のヒーローだ。極めて上昇志向の強いあいつは、自分ではオールマイトを超えれねえと感じて、次の策に出た」

「″個性婚″だ」

 

「自身の″個性″をより強化して継がせる為だけに、配偶者を選んで結婚を強いる。倫理観の欠落した前時代的発想……親父は自分の実績と金で、母の親族を丸め込み、母の″個性″を手に入れた」

「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで、自身の欲求を満たすってんだろう……鬱陶しい……!そんな屑の道具にはならねえ」

 

「記憶の中の母はいつも泣いている……」

「『おまえの左側が(みにく)い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた。これはその時の火傷だ」

「……!」

「…………」

 

「ざっと話したが……俺が炎を使わないのは、見返すためだ。クソ親父の″個性″を使()()()()1()()()()()ことで、奴を完全否定する」

「…………」

「…………」

 

「……長くなった、じゃあな」

「私は……」

 

 

「……私のおでこの火傷、幼稚園のときにかっちゃんがやったんだ」

「…………」

「…………」

 

「私、みんなと同じ時期に″個性″が発現しなくてさ……″無個性″でもヒーローになれるかどうかで、かっちゃんと喧嘩して、負けてボコボコにされて……それでも突っかかったら、トドメに爆破されて病院送りになったの」

「…………」

「…………」

 

「そんなことがあったけど……今、私はこの舞台に立っている。……もちろん、その全てが自分の実力だとは思ってないよ。いろんな人に救けられてここにいる」

「でも、なにより……()()ヒーローになりたかった。笑って誰かを救けられる、オールマイトのような最高のヒーローに」

「……だからその、ええと……私が言いたいのは……」

「……いつか、許せるといいね」

 

「……いこっか……」

「…………」

「…………」

 

 

許す……だと……?ふざけるなよ……

 

 


 

 

「ごめんねかっちゃん、話しちゃって……他の人には言ってないよ!」

「……勝手にしろよ」

 

「緑谷さん、お待ちしていましたわ。少しよろしいでしょうか?」

 

食堂へ向かう途中、ヤオモモちゃんがいた。

 

「ヤオモモちゃん、どうしたの?あ、かっちゃん先行ってて」

「言われなくても待たねえよ」

 

「……あのですね、クラスの皆さんを採寸しようと思いまして」

「え?」

 

なにこれ、高度な煽り?

 

「衣装を創るのに必要なんです」

「あーなるほど、おっけー」

 

衣装ってなんのだろう?

 

 

 

 

「峰田さん上鳴さん!!騙しましたわね!?」

 

A組チアガール隊結成……というかモモちゃん、スカート短くしすぎ。

 

「デコちゃん筋肉すごい!触っていい?」

「お茶子ちゃんやめて……」

「張り詰めててもシンドイしさ、やったろ!!」

「透ちゃん好きね」

 

 

『最終種目は……16名によるトーナメント!!一対一のガチバトルだ!!』

『……その前に!今から始まるレクリエーション!!みんな楽しんでくれよ!!』

 

トーナメントはくじ引きで決められる。

尾白くんとB組の庄田くんの2名が棄権、繰り上がりでB組の鉄哲くんと塩崎さんが出場することになった。

 

「トーナメントの組み合わせはこうだ!!」

 

かっちゃんは反対の山、そうか……

初戦の相手は……心操くん……

 

「またお前か……まあ、よろしく頼むよ」

「…………」

「というかなんだその格好……」

「っ……!」

 

 

 

 

「1、2!3、4!ファイ、オー!ファイ、オー!さあみんなも!」

「おー!」

「おー……」

 

 

 

その後、体操服に着替え終わり、会場の裏で待機していると……

 

「やあ、緑谷少女」

「オールマイト!」

 

「緊張してるかと思ったが、杞憂だったな!」

「緊張はずっとしてますよ、でも調子はいいです」

「体育祭の前に私が言ったこと、覚えてくれてるかい?」

「もちろんです!障害物競走と騎馬戦はアレでしたが……この最終種目で!」

「私が来た!って見せつけますよ!!絶対勝ちます!!」

「……うん、いい笑顔だ」

 

 

 

 

 

『色々やってきましたが!結局はこれだぜ、一対一のガチンコ勝負!!』

『ルールは簡単!相手を場外に落とす、行動不能にする、まいったと言わせる、のいずれかで勝利だ!!』

『ケガ上等!!我らがリカバリーガールが待機してるからな!』

『だがもちろん、命に関わるよーなのはクソだぜ!!ヒーローは、ヴィランを()()()()()に拳を振るうのだ!』

 

『一回戦、第一試合!こう見えても予選3位の実力者!ヒーロー科、緑谷出子!!』

『対するは……ごめん、まだ目立つ活躍なし!普通科、心操人使!!』

 

「……強く想う将来があるのなら、なりふり構ってちゃダメなんだ……」

「あの猿は、プライドがどうとか言ってたけど」

「チャンスをドブに捨てるなんて、バカだと思わないか?」

 

『スタート!!!』

 

「…………」

 

騎馬戦が終わった直後、四人で確認してある。心操くんが攻撃をするそぶりはなく、突然意識を失った。私とお茶子ちゃん、常闇くんはそうなったが、発目さんはなんともなかった。心操くんがしたことは、話しかけてくることだけ。私たちも、言葉を発しただけ。

ではなぜ、発目さんは無事だったのだろう?これは難問だった……発目さんは、自分が興味のないことにはまともに答えてくれず、質問してもなにがあったのか正確にはわからない。

そう、これはあくまで仮説……心操くんの呼びかけに応える、これが発動のきっかけだと思う。発目さんに効かなかったのは、しゃべってはいても応えてないから……?

 

「あいつ、ホントは自信なかったんじゃないか?カッコつけて棄権して、注目されたいだけだったとか?」

「…………」

 

話しかけてくるだけ、決まりだ……もう警戒しなくていい。

 

『どうしたどうした!?睨み合ってても始まらないぜえ!?』

 

「お前はいいよなあ、恵まれてて!人三人分の体重を抱えて跳べる、″個性″のおかげなんだろ!?」

 

『緑谷が仕掛けた!一気に距離を詰めていく!心操は距離を取ろうとジリジリ下がる、ビビってんのかあ!?』

 

「俺はこんな″個性″のおかげで、スタートから遅れちまったよ…恵まれた人間にはわかんないんだろ!!」

「なんとか言えよ!!」

 

()()()使()()()()()()駆け寄り、間合いに入った。右腕を大きく振りかぶる……空振り、本命はこっち!

踏み込んだ右足を軸に、後ろ蹴り!!

 

「っ……!!」

 

『カンペキ入ったああ!!心操たまらず、その場でうずくまる!!』

 

後ろ襟、体操服を掴んで引きずる。そろそろ場外……

 

「っクソ!!」

「…………」

 

手を払われ、勢いよく立ち上がってそのまま右手を振るってくる。冷静に掴んで引き寄せ、背負い投げ。

 

「心操くん場外!緑谷さんの勝利!」

『緑谷出子、二回戦進出!!素朴な顔して容赦ねえぜ!!』

 

「……もっと鍛えたほうがいいよ、戦術の幅が広がる」

「……お前になにがわかるんだ?お前は――」

「″個性″そのものに戦闘能力がなくても……プロヒーローとして活動するなら、正面から戦わなきゃいけないときが必ずある。私はそれを知ってるから」

「……は?」

「君が本気で目指すなら……私は応援してるよ、心操くん」

「…………」

 

 

 

一回戦第二試合は瀬呂くんvs轟くん、勝った方が私の次の相手。瀬呂くんが、超大規模な氷結でカッチコチに氷漬けにされてしまった。

さらに試合が進み、一回戦の半分に差し掛かる。

 

「っし、そろそろ控え室行ってくるね」

「お茶子ちゃん、ちょっと待って」

 

「……無理しないでね」

「……うん」

 

 

かっちゃん、やりすぎないでね……?

 

 

……ダメでした。

 

『小休憩を挟んだら二回戦行くぞー!!』

 

控え室に向かう途中、客席に戻るかっちゃんに会った。

 

「あ、かっちゃん」

「んだデコ」

「やりすぎだよ」

「……知るかよ」

 

「……テメェがなんか教え込んだのか?」

「ううん、私はなにも」

「……あっそ」

 

 

 

「お茶子ちゃん!!」

「あ、デコちゃん」

「……大丈夫?」

「うん、平気!リカバリーされたし!程々の回復だから、まだちょっとキズ残ってるけど」

 

「いやあ、やっぱ強いね爆豪くん……完敗だった!もっと頑張らんといかんな私も!」

「……私が決勝で、お茶子ちゃんの分もブン殴ってくるよ」

「…デコちゃん決勝っても、次の相手……」

 

「……うん、行ってくるよ」

 

 

 

「デコちゃんは強いなぁ……。私は…………っ……!」

 

 

 

『さあさあ二回戦の始まりだあ!!まずはこちら、緑谷vs轟!!どちらもここまで優秀な成績、注目の対戦カードだあ!!』

 

開幕の氷結、規模は予想できない。瀬呂くんに向かって放ったあの大範囲だと、跳んで避けれるかどうかは怪しい……初っ端から賭けはしたくない、どの規模の攻撃にも対応できる一手を……

右腕のみに意識を集中、ワン・フォー・オール……!

 

『スタートォォ!!!』

 

20%!!デトロイト……

SMASH!!!

 

地面を叩いた衝撃で、迫る氷から身を守る。完全に相殺するには足りないが、逸らすには充分。

 

『なんてパワーだ緑谷!!轟の氷結を防いだ!!まだまだ実力を隠していたのかあ!?』

 

そして、完全に打ち消していないということは、私と轟くんとの間に氷が残っているということだ。遠距離攻撃が無い私に、おあつらえ向きの牽制手段が……!

OFA(ワンフォーオール)全身10%!細かく砕きすぎないように蹴り飛ばす!

SMASH!

 

『轟、向かってくる破片から氷壁で身を守ったああ!!』

 

それをしちゃうと、私を一瞬見失う。轟くんは左右どっちから顔を出す?そんなの決まってる、右腕を振れる右側。私も右回りに近づいて視認を遅らせる……

ではなく、真っ直ぐ突っ込む!!

 

『緑谷速い!!どんどん近づいていくうう!!』

 

轟くんの氷結は、足より手の方が精度が高い。この速さで近づけば、必ず腕で狙ってくる。

 

振りかぶる右腕に合わせて、氷結を左に躱す。

人間の腕は、振って伸び切れば内側に動く。轟くんが右腕で咄嗟に狙えば、外側に動いた私を捉えきれない。

 

『もう目と鼻の先だぞオイ!!?』

 

「チッ……!」

 

伸ばしてくる右手にあえて左腕を掴ませ、空いた腹に肘打ち!!

 

「っ……!」

「冷たっ!!」

 

裏拳で頬を打ちながら左手を振り解く。

私はちょっと凍ったけど、大したことはない、軽症だ。

 

「……あれ、顔面NGだった?」

「…………」

 

反応はない。もうちょい煽る、口角上げずに冷たい表情を意識して……

 

「炎使われてたら、こんなに近づけてなかったなあ〜」

「……うるせえよ……!」

 

明らかに冷静さを欠いたまま、あちらから向かってくる。――右足が上がった瞬間!!大きく踏み込み、左の上段蹴り!!

バキィ!!

 

「っ……!!!」

 

『お、お……折ったああああああ!!!腕折ったぞこの女!!!』

 

「大丈夫、ちゃんと治るよ」

「…………」

「どうする?右腕使えなくなっちゃったけど……まだ炎使わない?」

「……てめえ……!」

 

「……無理してヒーロー目指さなくてもいいのに」

「…………は?」

「轟くん、ホントにヒーローになりたいの?」

「…………」

「もうわかったでしょ?氷だけじゃ私に勝てないって。それでも使わないなら、ホントはなれなくてもいいんでしょ?」

「………ぇ…」

「それに、そんなにお父さんが嫌いならさ……ヒーローにならないのが一番の当てつけじゃん?お母さんもきっと喜ぶよ」

「…………うるせえ……」

 

「じゃあね、私は本気だから……あなたと違って――」

「うるせえ!!!!」

 

ボワッ!!

 

「俺だって……本気で……!!」

「ふふっ……なんだ、やっぱり勝ちたいんだね」

 

轟くんは左半身から炎を出したまま、右足から氷を張り広げる。……何をするつもりだろう?

 

 

――やばい、確実にやばい……これは100%じゃないと太刀打ちできない、でも腕は壊したくない……!!

どうする、避ける……逃げ場……逃げ場なんて――

上!!!20%――

 

直後、爆風が辺りを包んだ。

 

 

 

 

 

『おまえのクラス、どうなってんだよイレイザー……煙で何も見えねえ、オイこれ勝負はどうなって……』

 

「ぅぅぁぁああああああああ!!」

 

こんなに高く飛ぶつもりなかったのに!!!!爆風で押し上げられた!!落ちる、落ちていく……!!

……いや、前にもあったなこんなこと……入試の時……

あの時と違うのは、両手両足が無事だってこと。手足を広げて少しでもスピードを落としつつ、ステージから外れないように位置を調整……。スカイダイビングってこんな気分なんだ……

下の煙が晴れた、轟くんはステージの端……直接巻き込まないように注意して……

 

「よけてええええ!!」

 

『降ってきたああああ!!』

 

結局100%撃つ羽目に……!!

 

「デトロイトおおおおお!!」

 

SMAAAAAASH!!!

 



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No.10 爆豪勝己:オリジン

 

「……どうだい、動かしてごらん?」

 

右腕を曲げて伸ばして、少し力を込める。もう一度曲げて伸ばして、軽くジャブ。

 

「痛くない、大丈夫そうです。よし、それじゃあ次も出ていいですか?」

「全くしょうがない子だね……これ飲んでからにしなさいな」

 

リカバリーガールから、よく見るあのゼリー飲料を手渡された。

 

「次はアンタだよ、……チユ〜〜〜!!」

「…………」

 

イマイチ感情が読み取れない表情の轟くんが、無言で治癒を受ける。……私、謝らなきゃ……

 

「……折っちゃってごめん」

「……試合だ、やられた方が悪い」

「……ひどいこと言って、本当にごめん」

「……ああ」

 

「アイツを許すことなんてできねえ……でも、もっと大事なこと、思い出したんだ」

「緑谷、ありがとな……。……勝てよ」

「……うん、行ってくる!」

 

「ちょっと待ちなさい」

「ええ!?今いい感じの流れで――」

「身体を壊しすぎだよ。今回はよくても、何度もぐちゃぐちゃに損傷するとキレイに治癒しなくなる。酷い場合、腕を動かせなくなるかもしれない。アンタ、肝に銘じておきな……」

「……はい……」

 

「……腕一本すっかり治癒して、まだ動けるとは……体力バカだね」

 

 

 

 

出張保健室を出て歩いていると、こちらに向かってくる人影。ゆらめく炎と、その威圧感……生で見ると迫力が違う。

 

「先程の試合、よく見せてもらった」

「エンデヴァー……」

「素晴らしい″個性″だ。パワーとスピード……特にパワーは、オールマイトにも匹敵する。よく似た″個性″だ」

「……そうですかねえ?」

「……この試合も、次への糧となる。今回は君の勝ちだったが、いずれ焦凍はオールマイトをも超えるヒーローに――」

「――エンデヴァーさん!」

 

「やっぱり、息子さんが勝ったら嬉しいですかね?」

「……当然だ、焦凍はいずれ――」

()()()()()()()()()嬉しいですよね?」

「……何が言いたい?」

「私も、私を応援してくれる人が喜んでくれると思うと、とっても嬉しいです」

 

「……保健室はあちらです……それでは!私は次の試合があるので!!」

「…………」

 

絶対険悪ムード、あとはしーらないっと。

 

 

 

「ベスト4おめでとう、緑谷少女。相変わらず無茶をするね」

「オールマイト、ありがとうございます!……ホント、誰に似たんでしょうね?」

「ははは……君には敵わないな」

 

「君、途中わざと攻撃やめただろ?」

「……なんのことでしょう?私にはさっぱり……」

「いや、君がそうしたかったならいいんだ」

 

「……見ていてください、オールマイト」

「……ああ、頑張っておいで」

 

 

 

長かったステージ修復も終わり、競技が再開された。私の次の相手となる、飯田くんvs塩崎さん。ぶっちゃけ塩崎さんの勝ちだと思ってました。

 

「塩崎さん場外、飯田くんの勝利!」

 

『なんっって速さだ飯田ああ!!誰かこの男を止めてくれええ!!』

 

「はっや!!!どうしよ!?」

 

思ってたより何倍も速い。観戦席から見てあれじゃあ、反応するのは多分ムリ。常にあの速さで駆け回られたらどうしようもない……持続時間はどのくらいだろう?さすがにあのトップギアは長くもたないはず……塩崎さんと違って私は近接のパワーがあるから、場外へ投げる前に意識をトバしに来るか?そうなると体格を活かした蹴り……それをどう凌ぐか……」

 

「緑谷、声に出てるぞ」

「え?」

「お茶子ちゃんが引いてるわ」

 

後ろに座ってた峰田くんと梅雨ちゃん。まじか、自覚なかった…ごめん。

 

 

 

かっちゃんと切島くんの試合が始まるとこだけど、そろそろ控室に向かおう。そう思って客席を出ると、試合終わりの飯田くんに会った。

 

「緑谷くん、気が早いな……見てから行かないのか?」

「……まあね」

「……悪いが勝たせてもらう」

「こちらこそ悪いね。飯田くんが負けるとこ、君のお兄さんに見せちゃうから!」

「……兄は仕事中だそうだ」

「……ごめん」

「…でもいいんだ、勝ってNo.1で報告するさ」

 

 

 

 

 

『準決勝!!緑谷出子vs飯田天哉!!』

『パワーとスピード!勝負を制するのはどっちだ!?』

 

自然体で構えて待つ。

 

『スタート!!!』

「レシプロバースト!!」

 

ガードを高く!!

――やはり速い――目で追えない――

ドスッ!!!

 

「っ……!!」

「何っ!?」

 

逃がさない!足を抱え込み、もう片方の手で――

 

「ミズーリスマッシュ!!」

「ぐっ!!」

 

「ダメだよ飯田くん、女の子相手でも頭狙わなきゃ」

 

『飯田、立ち上がれないーっ!!肉を切らせて骨を断つ!緑谷、決勝進出!!』

 

紳士な飯田くんのことだ、そう来ると思っていた。高めのガードも、わざと甘くしてボディを誘い、蹴りを食らってからスムーズに手を動かすため。

でも正直、超効いた。鈍い痛みが内部に響いてる……こんなの頭に食らったら頭骨割れる。

 

「……兄さん……」

「…………」

 

 

 

 

 

決勝戦の開始を控室で待つ。

……やっとここまできた……オールマイト、見ていてください。継いで欲しいと言ってくれて、本当に嬉しかったんです。憧れだったヒーローに、やっと手が届く……

私は必ず――

 

バァン!!

 

「ひゃあ!?」

「あ?」

 

「あれ!?何でてめぇがここに……あ、ここ2の方かクソ!!」

「びっくりした……かっちゃん部屋間違えたの?珍しいね、もしかして緊張してる?」

「してねえわ!!テメェなんざにするかよ!!」

 

「……ババアが治せる程度に加減はするが、手加減はしねえ。覚悟しろよ?」

「……うん」

「俺が勝ったら……デコ、分かってんな?」

「…………」

 

『俺が勝ったら、てめぇの″個性″について教えろ』

 

「……うん、わかってるよ」

 

オールマイトの秘密、勝手に賭けてごめんなさい。でも、それでも私は……

 

 

 

 

 

『さあ!いよいよラスト!!雄英1年生の頂点が決まる!!』

 

「よく来たなあ?ブッ殺されによォ!!」

「笑っていられるのも、今のうちだよ!」

 

『決勝戦!緑谷vs爆豪!!今……!!』

 

かっちゃんには今まで、数えきれないほど相手してもらったけど……たぶんきっと……

これまで一度たりとも、本気で相手してもらえてない。

 

『スタートォォォォ!!!!』

 

かっちゃんへの対策なんてない、とにかく攻める!!

ワン・フォー・オール、全身10%!!

あっちは爆破で加速して向かってくる。

 

間合いの外でかっちゃんが右手を構える、牽制かフェイントか――

BOOOM!!

 

『先制の大爆破!!緑谷に直撃ィ!!』

 

――なんだその範囲!!避けようがない、吹き飛ばされた!

まずい、来る!!着地――いや、反撃!!

空中で身を捻り、上に向けて蹴りを繰り出す。かっちゃんは爆破でさらに上へ回避。当たらなくても、着地までの時間稼ぎにはなった。

反転して手で着地、間髪入れずに横へ飛び退く。

BOOOM!!

姿勢を戻してすぐに切り返す、今度はこっちが着地を狙う!煙で見えないけど、それは向こうも同じ……見えた!!このあたり!!!

 

横に大きく振った右足が空を切る。

――姿勢が低い!!そんなのけぞった体勢で何を――

 

「っぁ……!」

 

右のアッパーが私の鳩尾に突き刺さる。あの姿勢でこの重さ、体幹が強すぎる……

 

BOOM!

 

左の爆破で横に突き飛ばされた。地面を転がり、起き上がる。

 

『目まぐるしい攻防が続く!!爆豪が有利かあ!?』

 

「その程度かあ!?オイ!!」

「まだまだぁ!!」

 

避けきれないなら突っ込む!!飛ばされないように踏ん張れ!!そのためには……

全身20%だと、維持に意識を割きすぎて動けない……

足に集中、20%!!タイミング合わせて踏み込め!!

 

BOOOM!!

 

「――っああ!!」

「ッ!?」

 

潜り込んだ!全身10%――前傾姿勢じゃ蹴りは無理――

右ストレート!!顔面入る!!

――痛っ!!同時に右の頬を殴られる。

 

『男女平等パンチ炸裂ゥ!!』

 

次は左で――

 

「っ……!」

 

爆破で勢いをつけた拳で左の頬を殴られる。私の拳は浅い……

そのまま襟を掴まれて、払おうととっさに左足を振り上げた。かっちゃんの右腕を蹴り上げ、お互いの姿勢が崩れる。

 

――振り上げた足を、横から左手で掴まれた。

BOM!

 

「っ〜〜!!」

 

飛び退いて距離を取る。

 

『掴んで爆破!?やりすぎだろ!?』

 

「……足吹っ飛ばすわけにもいかねェからな、表皮が焼けただけだ。まだ動けるかは知らねェが……」

「っ……動ける!!」

「じゃあ避けてみろよ!!!」

 

BOMBOMBOMBOM……

 

そんなのあり!?爆破の勢いを乗せて、空中で回転してる!!

もうさっきまでのように速くは動けない、迎え撃つしかない!

右……いや、左腕に意識を集中……20%でも足りない、腕が壊れないギリギリ……以前『脳無』に撃ったあのとき!!何%かわからないけど――

ワン・フォー・オール……!!

 

「ハウザーインパクトォ!!」

「デトロイトォ!!」

 

BOOOOOM!!!

SMAAASH!!!

 

 

風圧で爆炎と煙を消しとばす。

……フィールドには依然、二人の姿があった。

 

『今年の1年、ホントにどうなってんだよオイ!!?』

 

「うううっ……!!」

「……クソが……!」

 

左腕、折れてはいない……痛いけど動ける!!

かっちゃんが自分の手を気にしてるのを見逃さなかった。特大火力が使えないなら、勝機はある!!

 

「あああっ!!!」

 

痛みをこらえて飛び出した――

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『オールマイトって、やっぱカッケーよな!どんだけピンチでも、最後は絶対勝つんだよなあ!』

 

ガキの憧れなんて単純だ。

 

『オールマイト、かっこいいー!わたしも、オールマイトみたいなヒーローになる!』

『デコ、おまえがオールマイトみたいに?ナマイキなこというなよ!』

 

本当に生意気なのはどっちだ?

俺には出来て、アイツには出来ない。それが当然だと思っていた。

 

『私……ヒーローになりたい……!かっちゃんみたいに、強くなりたい……!!……なれる、かなぁ……?』

 

その表情(かお)を鮮明に覚えている。俺は怖くなって逃げ出したくて、それなのに……

怒りも憎しみもない、ただ縋るようなその目をやめてほしくて、その手を取って無責任な返事をした。

 

『なれる……かもな……』

 

俺がそうさせたのか?あの日のあの一言だったのか?

 

『はああ!?緑谷!?』

『ムリムリ!お前″無個性″だろ!?』

『勉強出来るだけじゃヒーロー科は入れねえぞ!』

 

持っているお前らが、なんでそうやって笑っていられる?()()()()()()()()だけのお前らが……

何でわざわざ雄英なんだ?他のヒーロー科なら、こいつらを見返してやれるんじゃないのか?

 

『かっちゃん……私ね、″個性″が出たの』

 

今までのテメェは何だったんだよ……!!

 

『俺が勝ったら、てめぇの″個性″について教えろ』

『……わかった、約束する』

 

 

 

――その表情(かお)を鮮明に覚えている――

 

「……泣くぐらいなら降参しろよ」

 

 

 

何度も向かってくるソイツを何度も返り討ちにした。途中から実況も観客も、何も言わなくなった。

ゲロを吐いて倒れたソイツがついに立ち上がれなくなり、主審ミッドナイトの声が響く。

 

「緑谷さん行動不能!よって、爆豪くんの勝ち!!」

 

誰も何も言わない。

泣き腫らしたソイツが手を伸ばす。

 

「わたし、あなたに追いつきたくて……!やっとここまでこれたのに……!!」

「……治してもらいに行くぞ」

 

手を握り返した後、ソイツをゆっくりと抱え上げた。

 

『……今年度、雄英体育祭1年!優勝は!!A組爆豪勝己!!!』

 

 

 

出口を抜けて、会場の歓声が遠ざかっていく。

 

「かっちゃん……私の″個性″、オールマイトに貰ったの……」

「……そうか……よかったな……」

 

 



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No.11 ヒーロー名、『デコ』

 

「これより、表彰式に移ります!」

 

私は治癒の疲労がひどくて立っていられなかったので、表彰台の2位の段にイスを用意してもらった。

 

「3位には常闇くんともう一人、飯田くんがいるんだけど……おうちの事情で早退になっちゃったので、ご了承くださいな」

 

そうなんだ、何があったんだろう?わざわざ早退するってことは深刻なのかも、心配だな……

 

「さあ!今年メダルを贈呈するのは、もちろんこの人!!」

「我らがヒーロー!」「私が!」

「メダルを持って来た「オールマイト!」

 

「「…………」」

 

ちゃんと打ち合わせしといてください。

 

「常闇少年、おめでとう!強いな君は!」

「もったいないお言葉」

「ただ、相性差を覆すには・・・」

 

なんか一言あるのか、緊張してきた……

 

「緑谷少女!」

「…っはい!」

「……無茶もほどほどにな!」

「ええっ!?なんかこうもっと……!」

「……おめでとう!!」

「えへへ……」

 

頭を撫でられた。

 

「さて、爆豪少年!」

 

「1位になる、見事な伏線回収だった」

「……こんなモンじゃねえよオールマイト……次は本当のNo.1だ。俺はあんたを超える」

「素晴らしい意気込みだ……受け取れ!まずはこの1位が、君の始まりだ!」

 

「さあ!!今回は彼らだった!!しかし皆さん!」

「この場の誰にも、ここに立つ可能性はあった!!競い!高め合い!次代のヒーローたちは、さらに先へと登っていく!!」

「最後に一言!皆さんご唱和下さい!……せーの!!」

 

「「プルス「おつかれさまでした!」

 

「そこはプルスウルトラでしょ!?オールマイト!!」

「ああいや、疲れたろうなと思って……」

 

ホントに疲れました……

 

 

 

「今から教室でHR(ホームルーム)なんだが……緑谷、お前まともに歩けないだろ。ちょっとここで待ってろ、学校側で家まで送っていく」

「相澤先生、ありがとうございます」

「明日明後日は休校だ、しっかり休め」

 

待っていると、痩せ姿のオールマイトが私の荷物を持って来てくれた。

 

「これで全部かい?」

「はい、ありがとうございます」

「運転手さんは私の体のこと知らないから、八木さんで通してくれよ?」

 

「……オールマイト、私……″ワン・フォー・オール″のこと、かっちゃんに話してしまいました」

「ええっ!?はなしちゃったの!?」

「……ごめんなさい」

「…………」

「元々後継を探していた……今わかったんです。オールマイトが雄英(ここ)の教師になったのは、探すためなんですよね……?」

「どうして、私だったんですか……?かっちゃんなら……轟くんなら……他の誰かだったのなら、きっと……」

 

「私も″無個性″だったんだ」

「……オールマイトも……?」

 

「私の先代は、そんな私を信じて育て上げてくれた。笑顔の素敵な女性(ひと)だった」

「あの日出会った君に、かつての自分を……お師匠を重ねていた」

「……君を選んだのは、()()君に継いで欲しかったからだ」

 

「……今日は疲れただろう?とりあえず帰ろうか……」

 

 

 

 

 

「お母さん、ただいま!」

「……おかえりなさい」

 

もうヘトヘトだった私は、軽くシャワーを浴びてご飯をかきこみ、倒れるように深い眠りについた。

 

 

 

 

 

1、2、3……8人?揺らめくような、おぼろげな人影……

 

『……君が9人目だね……?』

 

『……もう少しだ、あと少しで……』

『大丈夫、君は一人じゃない』

 

 

 

 

 

「……子、出子……」

 

「……ううん?」

「出子、もうお昼だよ、起きて……?」

「お母さん……おはよ……」

 

……夢……?夢にしてはハッキリ見えた、私に向かって伸びるその手。君が9人目、つまりあの人たちは……

 

 

オールマイトに話さなきゃ……でもとりあえずご飯、お腹空いた。

 

「出子、体はもう大丈夫なの?」

「うん、バッチリ!リカバリーガールのおかげで傷も残ってないし、ぐっすり眠れて疲労も回復!」

「……そう、ならいいの……あまりにもひどい様子だったから……」

「あっ、あれはほら!あくまで試合だから!ね!?かっちゃんが悪いとかじゃ――」

「ええ、勝己くんから直接連絡があったわ。表彰式の後に電話がきてね、すみませんでしたって」

「ええ!?ウソでしょ!?」

 

「出子、あなたの″個性″……まだ危なっかしいけど、少し安心した……強くなったね」

「…………」

「子供のときからの夢だもんね……″個性″が出て、本当によかった。体育祭2位、おめでとう!」

「……うん」

 

 

 

2日後

 

人でいっぱいの地下鉄に乗り込む。休校の2日間、オールマイトの都合が付かなくて会えなかったが、学校に行けば会える。あの夢のことを話さないと……といっても、緊急性はないだろう、大丈夫。

 

「お嬢さん、お嬢さん!」

「へ?」

「ヒーロー科の緑谷ちゃんだろ?体育祭、準優勝おめでとう!」

「ど、どうも……」

「すごかったよね〜!」

「でも決勝なあ……怪我はもう大丈夫なのかい?」

「はい、もう平気で……」

「ありゃヒドかった、見てられなかったよ」

「アイツ、爆豪だったか?ありゃまともじゃないよな」

「ちょ!アレは試合ですし!大丈夫ですって!」

 

 

 

……朝から疲れたな、疲れをとるための休校なのに。

 

「遅刻するぞ緑谷くん!駆け足!」

「飯田くん!?待って待って!」

 

後からニュースで知った、早退の理由……

 

「……兄の件なら心配ご無用だ、教室へ急ごう!」

「うん……」

 

 

 

「早速授業なんだが、今日はちょっと特別だ」

「『コードネーム』、ヒーロー名の考案だ」

 

なんでも、体育祭でプロからもらったドラフト指名を元に、職場体験に行くらしい。そのためにヒーロー名が必要なのだとか。

 

「指名の集計結果がこれだ」

 

「あれ!?なんで私が1位!?」

「1位2位逆転してんじゃん」

「全国放送で女の子をあれだけボコボコにする奴とか、ビビるもんな……」

「ビビってんじゃねーよプロが!!」

 

「そういうプレイだったんだろ緑谷、オイラには分かる」

「峰田くんちょっと黙ってて」

 

「ともかくヒーロー名に関して、俺じゃその辺のアドバイスができん、そこで……」

「私の出番よ!!」

「「ミッドナイト!!」」

 

「みんな、しっかり考えてね?将来も背負い続けるであろうその名を!」

 

 

そして順調に授業は進み……

 

 

「爆殺王!」

「そういうのはやめた方が良いわね」

「なんでだよ!!」

 

かっちゃん……そりゃそうでしょ……

 

「ミッドナイト、次は私が!」

「はい緑谷さん!」

 

これしかないっしょ!!

 

「デコ出しヒーロー、『デコ』!!」

「親しみやすくてイイじゃない!!」

「やったあ!」

「でも、オデコの火傷跡……自分から名乗るからには、この先訊かれ続けるわよ?今訊いてもいいかしら?」

「はい!……これは小さい時に熱々のストーブにぶつけちゃって……当時からピンで留めてて、前髪が防いでくれなかったんですよ〜〜!!」

「エピソードトークまでバッチリ、大丈夫そうね!!」

「ありがとうございます!」

 

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

「さて、指名のあった者は個別にリストを渡すからその中で、指名がなかった者は、予めこちらからオファーした受け入れ可の事務所の中から選んでもらう」

「以上、今週末までに提出しろ。次の授業遅れんなよ」

 

貰った指名リストを眺める。

 

「多すぎない!?」

 

2000件越えって!?わざわざ指名してもらったから、目を通さないと悪いし……でもこの数じゃ……あと2日しかないんだけど……

私の次に多いかっちゃんと轟くんに聞いてみよう。

 

「かっちゃん!この数、どうしよう?」

「知るかよ、つーかなんで俺より多いんだテメェ」

「そんなこと言われても……それより、どこにするの?一つ一つ調べるの大変だし……」

「ンなもんテキトーに、有名で強えヤツのとこ選びゃあいんだよ!!」

「うーん、そういうもんかなあ〜」

 

「轟くん、この数だと選ぶの大変じゃない?」

「緑谷悪いな、俺はもう決めた」

「え……」

「本気で強くなるなら、ここしかねえよな」

「……エンデヴァー事務所……そっか、そうだよね……」

 

二人は参考にできなかった、どうしよう……

 

「デコちゃん、もう決めた?」

「ううん、まだ」

「私は決めたよ!ガンヘッドのとこ!」

「え、バトルヒーローの!?お茶子ちゃんはもっとこう、13号先生のようなヒーロー目指してるのかと……」

「そうなんだけど……爆豪くんと戦って思ったんだ。強くなればそんだけ可能性が広がる!デコちゃんみたいに格闘術を使えれば、もっといろんなことができると思って!」

 

みんな色々考えているんだなあ……

いや、私も考えてるけど、その考えに合う指名先を探すのが大変というか……

 

 

 

放課後、荷物をまとめて立ち上がる。帰ってこのリストから詳しく調べないと……

 

「私が来た!!」

「わっ!オールマイト!?」

「ちょっとおいで」

 

そんなに急いでどうしたんだろう……あ!

 

「私も話したいことが!」

「そうか、丁度良かったな!」

 

 

 

「まずはこちらから、君に追加で指名が来ている」

「追加で?オールマイトかわざわざ伝えに来たということは……」

「ああ、特別な指名だ……その方の名は『グラントリノ』。かつて雄英で一年間だけ教師をしていた、私の担任だった方だ。彼はお師匠……先代の盟友で、ワン・フォー・オールのこともご存知だ」

「なるほど……あ、そうなんですよ!!ワン・フォー・オールのことで――」

「ヘイストップ、話の途中。……その指名なんだが、君には他にも沢山指名が来ているし……もちろん君が行きたいところを優先していい」

「いえいえ、せっかくですし行きますよ。というか多すぎて困ってたので、むしろ助かりました」

「そうか、ならよかった……いやしかし、私の指導不足なのだろうか……まさかあの方が……正直怖ぇよ……」

 

え、オールマイトが怯えてる……いったいどんな人なんだ……

 

「……ともかく、次は……君の話を聞かせてもらえるかい?」

「いや、ちょっとしたことなんですが……」

 

私はオールマイトに、2日前に見た夢についての話をした。

 

 

 

「……間違いない、夢じゃなくて面影……ワン・フォー・オールの面影さ。しかし……話しかけてきた、と?」

「ええ、どうかしましたか?」

「私も夢を見たことがある、お師匠もあると言っていた。しかし、そこに意思は無く、話しかけてくることはない。()()はただの記憶に過ぎないはずだった」

「……そうなんですか……」

 

「『君が9人目、あと少し、君は一人じゃない』……彼らの激励、と素直に受け取って良いだろう。このチカラは、何があろうと君の味方だ。……ただ、『あと少し』……なんのことだろうな……」

「オールマイトにわからないなら、お手上げですね」

 

 

「そうだ、8人の人影……女性の方が一人だけいました。あれがオールマイトのお師匠さんですね?」

「……ああ……」

「キレイな人でした……優しい笑顔で……」

「……嬉しいよ」

「あの人を私に重ねていた、なんか照れますね……今は何をなさっているんですか?」

 

「……既に亡くなっている……」

「……すみません……」

「いや、いいんだ」

 

 

 

「『ロマンだよ……道半ばで(たお)れたとしても、ワン・フォー・オールの中でまた逢える』……お師匠の言葉だ」

「ロマン……ですか……」

 

 

それでもやっぱり、オールマイトは淋しそうだった。

 

 



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No.12 職場体験へ

 

『グラントリノ』……聞いたことない名前だけど、オールマイトの元担任で、お師匠さんの盟友……絶対すごい人だ、そうに決まってる。

 

「……わあ、建物ボロすぎ……」

 

「お邪魔しまーす……」

 

扉を開けた私の目に映ったのは……

赤く染まり、床に倒れ伏す人の姿。

 

「うわああああ死んでるうう!!!」

「生きとる!!」

「うわあああ!!」

 

「あ、これケチャップだ、よかった……」

「誰だ君は!?」

「雄英から来ました、緑谷出子です!」

「何て!?」

「緑谷出子です!」

「誰だ君は!?」

「……こんにちはおじいちゃん!!気軽にデコちゃんって呼んでね!!」

「飯が食いたい!」

「はーい、今用意しますよ〜!」

 

こりゃダメだ、とりあえずオールマイトに報告を……

 

「……ワン・フォー・オール、何%まで扱えとる?」

「……え?」

 

「うーむ、女っ気のないコスチュームだの……」

「余計なお世話ですよ!てか何勝手に開けてるんですか!」

「おお、こりゃいいマントだ!」

「え!?私それ知らないですよ!?」

 

説明書、説明書……あった!

 

「ええと……『味気ないのでマントつけときました、是非どうぞ!!』……まあ、そういうことなら……」

「ほうら、着替えてきなさいよ」

「はーい……」

 

というか、グラントリノさん普通に話せるじゃないですか……

 

 

 

膝裏の辺りまで靡く黒緑のマント。思ったより動きに影響はない、着けてても大丈夫そうだ。

 

「……よし、早速撃ってきなさいよ!」

「撃てって言われても……」

「小娘、俺を年寄りだと思ってみくびっとるなァ」

「こむ……」

 

プシュッ!!

――消えた――後ろっ!!

 

「ぐっ……!」

 

間に合わなかった……!

 

「反応は悪くないが、まだまだ甘い……」

 

全身10%……!!

 

「はあっ!!」

「遅い!!」

 

目で追えない、速すぎる……!!右、上、左!!いつ仕掛けてくる……!?多分また後ろ……

――ここだ!!

 

「っダメか…!!」

「分析と予測、なるほどなァ……だが、それじゃあ足りん」

 

二度も背後を取られた、とても敵わない……

 

「自分より速い相手、目で追えないなら無理に追うな」

「……?」

「やってみりゃすぐにわかる」

 

プシュッ!!

 

速い!!……無理に追うな……?いったい……

 

――そうか!これなら、見失う瞬間を……!

次も後ろなら、視界から外れるそのタイミング……

 

「っここだ!」

「……そういうこった」

 

あれ、来てない……後ろの壁に張り付いてる……

 

「点で追えないなら線で捉える、視界から外れて後ろを取りにくるその瞬間だけは見逃すな」

「でも、後ろ取られ続けたらどうすれば……」

「そりゃ負けだろ」

「ええ……」

 

「とし……オールマイトのヤツ、こういう具体的なアドバイスはしとらんだろ?」

「……言われてみれば……」

「だからアイツは素人なんだ……」

「ええ……」

 

「小娘、さっきの%が限界か?」

「無意識で使えるのはそうです、さっきのが10%……20%を全身で維持すると上手く動けなくて……肉体の限界はもうちょっと上のはずです」

「……オールマイトのヤツは初めから自在に使いこなしていたからな、先は長いぞ」

「うへえ……やっぱり長期のトレーニングですよね……」

 

「だがな……時間も敵も、お前が強くなるのを待ってはくれん」

「…………」

「ワン・フォー・オールを、もっと身体に馴染ませろ」

「必要なときに必要な出力を。体育祭で、ほとんどできていたはずなんだが……それがどういうことか、自分で考えてみろ」

「メシ買ってくる、掃除して待っとれ」

 

 

 

 

 

さて……掃除終わったし、ちょっと練習を……

コスチュームは脱いで閉まってある。見せる相手がいないなら着てる必要ないし。

とりあえず、馴染ませる……全身20%!!

 

「はっ!!」

 

ブワッ!

カーテンが大きくはためく。

 

「ええっ!?」

 

狭いとこで20%試すの初めてだったんだけど、素振りだけで思ったより風圧が!

せっかく掃除したのに……!!

というかこの建物、そもそもホコリっぽい。日頃の掃除サボってるでしょ。

 

「メシ買ってきたぞ……ん?なんじゃこりゃ」

「……あはは……おかえりなさい……」

「……もっかい掃除だァな」

 

 

 

 

2日目

 

「おはよう!」

「おはようございます!」

 

「まずは朝飯だ!」

「何食べるんですか?」

「昨日買ってきた冷凍たい焼きだ」

「朝食たい焼きですか!?」

「俺は甘いのが好きなんだ!」

「ダメですよおじいちゃん!バランスよく栄養摂らなきゃ!」

「年寄り扱いするな!」

「年齢関係ないですよ!私ちゃんとしたもの買ってきますからね!!」

 

 

 

 

無事に健康な朝食を終えて、トレーニングが始まった。

 

「さて、とりあえずは……20%までを自在に扱うのが短期目標だ」

「20%ですか……昨日の感じだと、家の中ぐちゃぐちゃになっちゃいそうで……」

「必要なときに必要な分だけ、まだ分からんか?」

「え?」

「さあ、遠慮せず撃ってこい!」

 

……全身10%!!

 

「はあっ!」

「遅い!」

 

ここだ、右腕に集中、20%――わっ!?

足を払われてすっ転んだ。

 

「足が解けてちゃ意味ねえな」

「……なるほど……」

 

今まで、一部に集中すると他の全体が解けてたのか。

 

「必要なときに必要な分を……そもそも全身の強化は常に必要で、攻撃の瞬間に一部を上乗せする……」

「全身のイメージと一部のイメージ……別々に切り替えていたから間に合わないんだ……!」

 

「やっと気付いたか……ほれ、まずは立ったまま10%で構えて、20%で振る!」

「……はっ!……はっ!」

 

「……やっぱりできとるじゃないか……動きながら撃って馴染ませるぞ、来い!!」

「結局実戦形式ですか!?」

「見るだけなんざ、俺でなくともできるわな……広いとこ行くぞ、ついて来い!!コスは置いとけ!」

「……はいっ!!お願いします!!」

 

 

 

 

職場体験3日目 16時

 

「……そこそこ慣れてきたな」

「いや、まだまだです!」

「…おやつの時間だ、一回帰るぞ」

「なんでですか!?」

「たい焼き食うの!!お前が朝食たい焼きを禁止したから!!」

「……もう、しょうがないですね……」

 

「それだけじゃねえ、身だしなみ整える時間がいるだろ」

「……え?」

「職場体験だ、着替えて仕事に行くぞ」

 

 

シャワーを浴びて髪を乾かし、前髪をピンで留める。ついでにたい焼きも食べてから、コスチュームに着替える。……マント着けるの、やっぱり恥ずかしい。

 

「行き先は渋谷だ」

「渋谷!?この格好でですか!?」

「よく似合っとるぞ、なあに折角のデビューだ……それと、都市部の方が揉め事も多くて仕事が多いわけよ」

「そりゃあそうですけど……」

 

「渋谷までは、甲府から新幹線ですか?」

「うん」

 

保須市を横切るな……飯田くん……

職場体験、出発時を思い出す。

 

 

『飯田くん!』

『……緑谷くん、麗日くん、どうかしたかい?』

『……気をつけてね……』

『……ああ』

 

『デコちゃん、不安だよ……』

『……うん……』

 

飯田くんの職場体験先、ノーマルヒーロー『マニュアル』事務所のある、保須市。

そしてそこは……飯田くんのお兄さん、『インゲニウム』が襲われた場所でもある。ニュースによると、一命はとりとめたがヒーロー活動は続けられないそうだ……

犯人は、ヒーロー殺し『ステイン』。過去に17名ものヒーローを殺害し、23名ものヒーローを再起不能に陥れた、凶悪犯だ。

飯田くんは何も言ってくれなかったけど、わざわざその場所を職場体験先に選んだということは、もしかしたら……

 

心配だ、連絡してみよう……

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

笑った顔がそっくりだ……俊典(としのり)、お前も分かりやすいなァ。ちと騒がしいのは、むしろお前に似とる。

さて、生半可な扱いはできんな……

 

「……よし、早速撃ってきなさいよ!」

 

 



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No.13 vsステイン

 

『今ちょうど保須市を通るよ、そっちはどんな感じ?』

 

……飯田くんからの返信、こないなあ……いつもなら、既読ついたらすぐに返ってくるのに……

 

「……グラントリノ、あっちに着く頃には夜ですね」

「まあな、そのつもりで出発したんだ」

 

『お客様、座席にお掴まり下さい。緊急停止します――』

「……?」

 

ドガァン!!!

――壁を破って人が飛んできた!この服装……ヒーローだろうか?

 

「きゃああああ!!!」

 

コイツは……!?脳無!!!でも、あの時と色も体格も違う……色白で手足が長い。

 

「座って待ってろ!!」

「え!?」

 

グラントリノが飛び出し、脳無を突き飛ばす。

 

「グラントリノ!!」

 

――もうあんなに遠くに!!……爆発、別のとこにも火の手が!!

どっちに向かう……?

……グラントリノは私なんかよりよっぽど強い、爆発の方だ!!

 

「ちょっと君!待ちなさい!」

「ごめんなさい!!」

 

車掌さんの制止を振り切って、停止した新幹線から飛び出した。建物の上を飛び移り、騒ぎの中心に向かう。……そろそろだ……!

 

「なっ……!?脳無!?他にも……!?」

 

翼の生えた白いのと、体の大きい黒い脳無!!何人かのヒーローが既に集まって応戦している。この脳無たちが雄英襲撃の時と同じ強さなら、危険すぎる……!!

 

「ちょっと君、何をしてるの!?下がってて!!子供がいていい場所じゃないの!!」

「っ私も加勢します!」

「ダメ!!何考えてるの!?早く避難して!!」

「でも――」

 

「――くん!天哉くん!……何でこんな時に限ってどっか行っちゃうんだ!!」

 

「――っ!!」

「ちょっと!?避難はそっちじゃないよ!どこ行くの!!」

 

天哉くん……飯田くんのことだ……いなくなった?こんな非常時に、あの真面目な飯田くんが?この保須市で?ヒーロー殺しがインゲニウムを襲った、この保須市で……

 

私が向かうべき場所は……スマホで地図アプリを開く。

ニュースでやっていた……ヒーロー殺しの被害者の多くが、人気(ひとけ)のない路地裏……

現在地、そして『マニュアル』事務所、この辺りを手当たり次第に探すしかない!

 

 

 

 

 

「殺してやる!!」

 

「あいつをまず救けろよ」

「目先の憎しみに捉われ、私欲を満たそうなど……ヒーローから最も遠い行いだ……ハァ……」

「だから死ぬんだ――」

 

――瞬間、インパクトの瞬間!!20%!!

SMASH!!

 

「救けに来たよ、飯田くん!!」

「緑谷くん……!?何故……!?」

「――っ飯田くん動ける!?」

 

ヒーロー殺し……!!20%をまともに食らわせたのに、なんで立っていられる!?

それに、飯田くんの他にもう一人倒れている……!!少し離れていて、怪我の具合は分からない。

 

「身体を動かせない……!斬りつけられてからだ、恐らく奴の″個性″……!」

「斬られてから――っ!!」

 

飯田くんの両腕から血が!!特に左腕、見てすぐ分かるぐらいに傷が深い……!!

よくもこんなことを……!!激しい怒りが込み上げてくる。

 

「緑谷くん、逃げろ……!君には関係ないだろ!!」

「何を……言ってるの……?」

 

「『救けに来た』、良いセリフじゃないか」

「だが俺はこいつらを殺す義務がある。ぶつかり合えば当然、弱い方が淘汰されるわけだが……さあ、どうする?」

 

冷たく燃える眼……ぞくりとするその感覚に、さっきまでの怒りをかき消されたかのようだった。

……応援を呼ばなければ……でもそんな余裕はない、ワンタッチでできる連絡……位置情報を……

 

「殺す義務……?どういうこと……?」

 

送信、あとは時間を稼ぐ……

 

「……偽物のヒーローを粛清する義務だ……ハァ……そして本物の英雄、正しき社会を取り戻す……!」

「……ふざけないで……!!」

 

恐怖で引いた怒りが戻ってくる。

 

「そんなことの為に、たくさんの人を殺したの……?そんなことの為に!人を傷つけて!!どうして平気でいられるの!?」

「……誰かが正さねばならんのだ……俺がその使命を全うする……」

「お前は目的を果たせない!!私が今ここでお前を倒す!!」

 

「やめろ……!逃げろ……!君には関係ないんだから!!」

 

――ふと思い出したのは、雄英襲撃事件……あのとき駆けつけたオールマイトの、あの表情。私と相澤先生を抱えて、激しい怒りに震えるオールマイトは……それでも私に、大丈夫だと笑いかけた。だから私も……

 

「……大丈夫だよ飯田くん……必ず救けるから!!」

「ハァ……良い……!」

「違うんだ……そいつは僕が……僕がやらなきゃ……!」

 

落ちていた飯田くんのヘルメットを拾い上げる。しっかり狙って……瞬間、20%!!

投げると同時に、一気に詰め寄る。ヘルメットは軽く躱された……長刀の間合いより少し外、地面を狙って拳を振り下ろす!

SMASH!!

 

ヒーロー殺しは大きく引いて避けた。その隙に倒れていたもう一人を抱えて戻り、飯田くんのそばに横たえる。これで守りやすくなった。

 

ヤツが左手を懐に……!!

顔めがけて飛んできたナイフを避ける。来るぞ、こっちも詰める!!

長い武器は無茶な振り方ができない、よく見て……!!

タイミングを合わせて飛び上がり、頭部を狙って右足を振る!!しゃがんで避けられた、ヒーロー殺しは返す刀で斬り上げ!私は相手の肩を掴んで前に飛び出し、なんとか躱す。

 

二人から離れるわけにはいかない、振り返ってもう一度突っ込む!さっき上に避けたから今度は……!!

先程よりワンテンポ早く踏み込み、振る刀の内側に滑り込んで股下をくぐる。すぐに飛び上がって反転、ここだ!!

 

――遠い!!警戒されていた!!

 

「ハァ……速いな……仕方がない……」

「もうやめてくれ…逃げてくれ……!!」

 

またナイフを投げてくる!!……低めに飛んで来た、これを避け――

 

――避けちゃダメだ!!

 

「っうう!!」

 

ナイフが2本、ブーツを貫いて左足に突き刺さる。

まだ投げてくる!咄嗟にマントを外して広げ、倒れている二人を隠した。

 

「……もう飛び回れないな……ハァ……」

「っ……!!」

 

ヤツが近づいて来る。足は痛いけど、動かせないわけじゃない……ヒーロー殺しの″個性″、発動条件はなんだ……?とにかく、チャンスは一回……見極めろ!!

 

 

「――緑谷!!伏せろ!!」

「っ!!」

 

熱い!!炎……!?この声!!

 

「こういうのはもっと詳しく書くべきだ、遅くなっちまっただろ」

「轟くん!」

「すぐにプロが来る、それまでの辛抱だ」

「轟くん!私は足をやられた、この二人はアイツの″個性″で動けない!!斬られないように注意して!!」

 

轟くんが炎と氷を交互に撃つが、ヒーロー殺しを捉えることができない。

 

「クソッ!!速え!!」

 

大きな氷結で、壁ができた。私は二人を引きずり、何とか距離を取ろうとする。

 

「二人とも……何故なんだ……やめてくれ……!!」

 

「兄さんの名を継いだんだ……僕がやらなきゃ……そいつは僕が……!」

「継いだのか、おかしいな……俺が見たことあるインゲニウムは、そんな顔じゃなかったけどな」

 

氷壁がバラバラに斬り壊され、ヒーロー殺しが轟くんに迫る。

 

「自ら視界を遮る……愚策だ」

「そりゃどうかな――っ!?」

 

炎を出そうとしたその左腕に、ナイフが突き刺さる。何本持ってるんだ……!!

 

私は自分に刺さっているナイフを1本抜きとり、投げつけた。当たるとは思っていない、少しでも気を逸らせられたら……!

――ヒーロー殺しは、そのナイフを避けずにキャッチする。炎が広がり、再び距離が空いた。

――アイツがそのナイフを舐めると、背筋に悪寒が走った。

 

「っ!?身体が……動けない!!」

「緑谷!?……そういう″個性″か……!」

 

ナイフを……いや、血を舐めるのが条件か!!

まずい、轟くんが一人になってしまった……!!動けない……!!どうすればいい!?誰か、誰か……!!

ヒーロー殺しが轟くんへ向かっていく――誰か――

 

「――飯田くん!!」

「やめてくれ……もう……僕は……!」

 

 

「やめて欲しけりゃ立て!!」

「なりてえもんちゃんと見ろ!!」

 

 

 

「レシプロ……バースト!!」

 

ガキィン!!

飯田くんが、刀の側面を蹴り折った。

 

「飯田くん!!」

「解けた……制限時間があるみてえだな」

 

時間で解けるなら……私も、この人もきっと……

今の私にできるのは……二人を信じて、なるべく静かにその時を待つこと。

 

「二人にこれ以上血を流させるわけにはいかない」

「感化され取り繕おうとも無駄だ。お前は私欲を優先させる贋物にしかならない……!」

 

アイツに色々言ってやりたいけど我慢!!落ち着け!!まだ動けない!

 

「それでも、折れるわけにはいかない……俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう……!」

「論外……!」

 

炎の波を躱したヒーロー殺しが、再び轟くんにナイフを投げる。″個性″に集中していて、足が止まっているのを狙われている。そのナイフから、飯田くんが右腕を伸ばして庇い、バランスを崩して倒れる。ヒーロー殺しが飛び上がった。

 

――きた!動ける、飛び出せ!!

右足で地面を蹴って壁沿いに飛び上がる。――気づかれたがかなり近づいた、あと少し!!

 

「これをくらえ!!」

 

足から抜いていたもう一本のナイフを投げつける。

――すぐに気がつくはずだ、山なりに投げたナイフが見当違いの方向へ飛んでいくことに。それでも一瞬、キャッチできるかどうか考える。″個性″の為に、そのナイフが欲しいから……

 

痛みをこらえて、瞬間20%!!両足で壁を蹴ってさらに飛び込む!!

これで決める、右足に集中……だいたい40%!!

 

「はあああっ!!!」

 

SMAASH!!

振り抜いた右足の風圧で、ヒーロー殺しが壁に叩きつけられた。反動で自分も反対側の壁にぶつかる。

……痛い!!右足も、左足も……私はもう動けない。

 

 

「レシプロ……エクステンド!!!」

 

 

落下するヒーロー殺しの身体を、飯田くんの右足が捉えた。

 

 



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No.14 ワン・フォー・オールについて

 

「轟くん、やはり俺が引く」

「おまえ腕ズタズタだろ、いいから任せとけ」

 

あの直後、轟くんと飯田くんのさらなる追撃によってヒーロー殺しは意識を失った。ロープで拘束したヒーロー殺しを轟くんが引きずる。

自力で歩けない私は、プロヒーローの『ネイティヴ』さんに背負ってもらっていた。

 

「悪かった、プロの俺が完全に足手まといだった……」

「仕方ないですよ。私や飯田くんが先に動けるようになったのは、何かそういう条件があるんだと思います」

「人によって時間が違う……血の摂取量、順番、あとは血液型とかかもな」

 

大通りに出ると、遠くから見覚えのある人が飛んでくる。

 

「なっ、何故お前がここに!?」

「グラントリノ!!」

「座ってろっつったろ!!」

「いたい!!私ケガ人ですよ!?」

「何ケガしとんだお前!!」

 

「左足はナイフが刺さって……右足はその、ええと……調整ミスりました……」

「バカタレが!!」

「ヒビ入ったぐらいだと思うので、大丈夫ですよ……たぶん」

 

他のヒーローたちも駆けつけてくる。広場の方はエンデヴァーさんに任せたようだ。

 

「二人とも……済まなかった。僕のせいで傷を負わせた」

「何も……見えなくなってしまっていた……本当に済まない……」

 

飯田くんが、そばにいた轟くんと、地面に降ろされて座りこむ私に向かって頭を下げた。

 

「私もごめん……なんて声かければいいのか分からなくて……『気をつけて』じゃなくて、ちゃんと止めるべきだった」

「……しっかりしてくれよ、委員長だろ」

「……うん……」

 

 

「――伏せろ!!」

 

バサバサッ!!

 

「うわあああ!!」

「緑谷くん!!」

 

翼の生えた脳無に、空中へと攫われる。

何で私!?いや、確かに動けなくて狙いやすかったのかもしれないけど!!両腕は無事だ、これ以上高く飛ばれる前にやるしかないか……!?ワン・フォー・オール――

 

突然、羽ばたきが止まって落下し始める。

 

「うわあああ!?」

「――徒に力を振りまく犯罪者も……粛清対象だ……ハァ……」

 

抱きかかえられて地面に降ろされた。……理解が追いつかない、一体何が……?

 

「全ては正しき社会の為に……!」

 

脳無の頭部に刺したナイフに力を込め、引き裂いた。

 

「とどめを刺した……殺した……!?よくも、このッ!離せ!!」

 

「何をしているお前たち!こっちに一人逃げたはずだが!?」

「……エンデヴァー……」

 

ヒーロー殺しは私を無視して、ゆっくり歩き始めた。その顔を覆っていた布が剥がれて落ちる。

 

「正さねば……誰かが血に染まらねば……!英雄を取り戻さねば……!」

「来い、来てみろ贋物ども……!!俺を殺していいのは」

「本物の英雄、オールマイトだけだ!!」

 

 

 

「……気を……失ってる……」

 

 

 

 

 

後日病院にて、保須警察署長から話があった。

資格未取得者である私たち三人が、保護管理者の指示なく″個性″で人を傷つけたのは、たとえ犯罪者が相手でも規則違反に当たると。

そこで、この事実を関係者のみに留め、世にはエンデヴァーの功績として公表させて欲しいと提案があった。私たちは快く引き受け、かわりに署長からの賛辞を受け取った。

 

 

 

『無事で良かった……飯田くんも……アドレスだけ送られてきたとき、すごくドキドキしちゃって……』

「急いでてアレしか思いつかなくてさ」

『まだ治ってないんでしょ?安静にね……?』

「うん、ありがとお茶子ちゃん」

『――あ、はい――じゃあまた学校でね!バイバイ!』

 

最後は慌ててたけど、あっちも職場体験中だし当然か。

通話を終えて、車椅子を動かして病室に戻る。松葉杖で充分です、歩けますって言ったら看護師さんに怒られた。

ちなみに、かっちゃんにもメッセージ送ったけど既読無視。まあいつものことだけど……向こうから用事が無いと返信くれないし。

 

「戻ったよ〜。飯田くん、さっきお茶子ちゃんがね――」

「緑谷……飯田の診察、今終わったとこなんだが……」

 

「左手、後遺症が残るそうだ」

「とは言っても、多少の動かしづらさとしびれくらいらしく、手術で治る可能性はあるらしい」

「だが、この腕は残そうと思う。ヒーロー殺しは憎いが、奴の言葉は事実だ。だから忘れぬよう、自らへの戒めとして残す……俺が本当のヒーローになれるまで」

 

「そんな……そんなことしなくても、飯田くんは立派に――」

「緑谷」

 

「……飯田が自分で決めたことだ、周りがとやかく言うことじゃねぇ。……それに、傷だけが消えても過去が消えるわけじゃない」

 

轟くんが、顔の左側に手を当てながら言う。無意識に私も手を当てていて、それを誤魔化すように振り払った。

 

「大事なのは、これから自分がどうなりたいかだろ?飯田、緑谷、頑張ろうな」

「……ああ、ありがとう」

「…………」

 

――戒めだなんて、私はそんな立派な理由じゃない――

 

 

 

 

 

「グラントリノ、お世話になりました」

「大して世話してねえな。無鉄砲な誰かさんの責任は取らされたが」

「ホントにごめんなさい……」

「まあいいんだ、そもそも俺はヒーロー活動に興味ないからな」

 

「友人に頼まれて、オールマイトを育てる為だけに取った資格だ」

「……それが、亡くなったというお師匠さんですね……」

「……知っていたか……ああ、名前は志村菜奈……オールマイトの先代だ」

 

「……俺から話せるのは以上だ、あとはオールマイトに聞いてくれ。じゃあ、達者でな」

「……ありがとうございました!」

「……小娘!!」

「こむ……」

「誰だ君は!?」

「ええっ!?緑谷です、緑谷出子!」

「違うだろ」

 

……そっか、とっさに自分から名乗るのはまだ慣れないな……

 

「『デコ』っていいます、応援よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

翌日学校に行くと、髪をピシッと整えられて不機嫌そうなかっちゃんの姿が。

 

「「アッハッハ!!マジか爆豪!!」」

「笑うな!クセついちまって洗っても直んねえんだ……!」

「ブフッ!……私は似合ってると……思……フッ!」

「バカにしてんのかデコ!!」

「ひゃあ!?」

「似合ってるってよ8:2坊や!!」

「テメェらもブッ殺す!!」 BOM!

「「「直った!!」」」

 

 

「――ま、一番変化というか大変だったのは……お前ら三人だな!」

 

三人……?上鳴くんの目線の先には二人しか……

 

「あ、私のことだ。かっちゃん離して?」

「あ?」

 

 

 

 

 

午後になり、久々のオールマイトの授業。その内容は、工業地帯を模した運動場での救助訓練レースだった。

 

「デコちゃん、どうしたのそのマント!」

「勝手に追加されてたの」

「似合ってるよ!ヒーローって感じ!」

「えへへ、ありがとお茶子ちゃん」

 

「さあ!最初の組は位置について!!」

 

最初の五人は、飯田くん・尾白くん・瀬呂くん・三奈ちゃん、そして私。立体的な機動力なら、ライバルになりそうなのは瀬呂くんかな。

 

「よーい、スタート!!!」

 

ワン・フォー・オール、全身10%!!

そして踏み込む瞬間、足だけ20%に上乗せ!

 

「――うわっ!?滑る!!」

「お先に失礼!!」

 

体勢を立て直すあいだに、瀬呂くんに追い越された。

……危なかった、もっとしっかり足場を見極めて……!

 

「待てー!」

「待たない!こーゆー課題ぐらいは勝ちてえ!」

 

平らな足場、ここだ!踏み込む瞬間、30%!!

大きな跳躍で巨大な貯蔵タンクを飛び越えた。そのタンクに登っていた瀬呂くんを追い越す。ゴールは目前、私の勝ちだ!!

 

「……高く飛びすぎだろ……」

「――足場がない!?うわああ!!」

 

空洞のように何もない空間が広がる。あるのは細いパイプだけ、次の足場まで届かない……!

瞬間、30%!!右足を振りかぶる――

SMAASH!!

 

上体を引いてのけぞり、そのまま反転しながら蹴り下ろす。

風圧で加速をつけて空中を移動し、奥の高台に転がり込んだ。

 

「いったあ……」

 

なんとか下までは落ちずに済んだ……

 

 

 

「助けに来てくれてありがとう!そしておめでとう!」

「あざーっす!」

 

あのタイムロスがなければ勝ってたのに……いや、反省だ。焦らず飛びすぎなければよかっただけだ。

 

「一番は瀬呂少年だったが、皆″個性″の使い方に幅が出てきたぞ!この調子で期末テストもファイトだ!」

 

みんなが観戦に戻る中、オールマイトが小声で私に話しかけてきた。

 

「それ、よく似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます」

「この授業が終わったら、私の元へ来なさい」

「……?」

「君に話さなければならない時がきた。ワン・フォー・オールについての、詳しい話を」

 

 

 

更衣室で制服に着替え直す。話さなければならない時がきた、ワン・フォー・オールについて……グラントリノも言っていた、あとはオールマイトに聞けと……大事な話だ、心の準備をしておこう。

 

「……ん、なんか聞こえる」

「耳郎さん、どうかしましたか……?」

「みんな静かに、ちょっと離れてて」

 

『八百万のヤオヨロッパイ!芦戸の腰つき!緑谷のプリケツ!葉隠の浮かぶ下着!麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱアアア!!!』

『あああああ!!!!!』

 

「……ありがと響香ちゃん」

「何て卑劣……!すぐに塞いでしまいましょう!」

「…………」

 

響香ちゃんの表情は陰になって見えない。私たちは叫び声以外はよく聴こえなかったけど、何て言ってたのかな?

 

 

 

 

 

「……掛けたまえ」

 

いつもと雰囲気が違う、ピリピリしている。

 

「色々大変だったな、近くにいてやれず済まなかった」

「いえいえ。それより……話って……」

「君、ヒーロー殺しに血を舐められたらしいね。力を渡した時に言ったこと、覚えているかい?」

「……『髪を食え』って言われて、『セクハラですか?』って言ったはずです」

「違うそこじゃない」

 

「『DNAを取り込めるなら何でも良い』と言ったはずだ」

「……じゃあまさかヒーロー殺しに!?」

「いや、それはないよ。ワン・フォー・オールは、持ち主が渡したいと思った相手にしか譲渡されないんだ。無理矢理奪われることはない、無理矢理渡すことは出来るがね」

 

「DNAを取り込むのと、渡す側の意思、ですか……」

 

「特別な″個性″なのさ……その成り立ちもね」

「ワン・フォー・オールは、元々ある一つの″個性″から派生したものだ」

「『オール・フォー・ワン』……他者から″個性″を『奪い』、それを他者に『与える』ことができる″個性″だ」

 

その個性によって悪の支配者として日本に君臨した男。その弟が持っていた『与えるだけ』の意味のない個性と、兄が無理矢理に弟へ与えた『力をストックする』個性が混ざり合い、『ワン・フォー・オール』が生まれた。オールマイトはそう語った。

 

「そして今、オール・フォー・ワンが再び動き出した!」

「そんな……大昔の話ですよね……?」

「成長を止める″個性″を奪えばいいだけさ。とにかくその弟は敗れ、この力を後世に託した。少しずつ力を培い、いつの日か奴を止める為に」

 

「そして遂に、私の代で討ち取った!!はずだった……しかし、奴は生きていた。脳無もおそらく、奴が作り出したものだ」

「ワン・フォー・オールは言わば、オール・フォー・ワンを倒す為に受け継がれた力だ!君もいつか、奴と……巨悪と対決しなければならないかもしれん……」

 

継いで欲しいと言われたときから、覚悟していたことだった。具体的な敵は知らなくても、平和の象徴オールマイトの後を継ぐということは……力と責任とは、そういうことだと。

 

「あなたが私を選んだのなら…オールマイト、他ならぬ……あなたの頼みなら!!」

「……ありがとう……」

 

私は席を立ち、ドアに手をかける。

 

「爆豪少年を呼んできてくれ。彼にも話がある」

 

「……嫌です……」

「……すでに約束してある、呼んでくれ」

「……私が秘密を漏らしたからですか……?私が巻き込――」

「緑谷少女」

 

「君の責任ではない、私の意思だ。私は彼に話がある」

「……わかりました」

 

 



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番外 爆豪とオールマイト

 

体育祭の翌日 午後

 

「勝己!学校から電話!」

「ああ?学校から?」

 

「……もしもしィ?」

「爆豪少年、休日にすまないね」

「……オールマイトか?」

「ああ……明日、君と二人で話がしたい」

「……何処で何時だ?」

 

 

 

さらに翌日

 

 

 

「オールマイト……なのか……?その姿……」

「やあ、爆豪少年。今日話すことは、くれぐれも内密にしてくれよ?」

 

 

 

「彼女、口は固いと思ったんだがね……」

「口は固えよ、必要がなけりゃ話したりしねえヤツだ」

 

「……私の″個性″ワン・フォー・オールは、長年に渡って受け継がれてきたものだ。長い戦いと怪我により衰えてきた私は、次の者へと譲渡することにした……緑谷出子、彼女で9代目になる」

 

「……初めて会った日のこと、覚えているかい?」

「忘れるわけねぇだろ」

 

『……コイツが″無個性″でも、か?オールマイト』

『……″無個性″……!!そうか……』

 

「あの日、緑谷少女が″無個性″だと私の前で言ったのは、私に止めて欲しかったからだろう?」

「…………」

「彼女をとても気にかけているようだね」

 

「……そんなんじゃねえよ」

 

爆豪はオールマイトに、自分と緑谷の間にあった出来事を話す。

 

「つまり、君にとっては贖罪のようなものか……」

「こんなヤツが、ヒーロー志望だぜ?笑えるよな……アイツがあの火傷を、周りに嘘ついてまで見せびらかすのも、俺に忘れるなってことだろうよ」

 

「何でアイツを選んだ?」

「…彼女にこそ相応しいと思ったからだ」

「だろうな……アイツは誰よりもふさわしい。だからこそ、アイツにだけは渡しちゃダメなんだよ……!!」

「…………」

 

「君には、彼女を支えてあげてほしい」

「…………」

 

爆豪は、オールマイトから贈られたノートを思い出す。初めて会った日、その後、緑谷から手渡されたノートだ。

内容は三つ、緑谷の練習メニュー、爆豪向けの改良メニュー、そしてオールマイトからのメッセージ。

 

『彼女が無理をしすぎないように、見守ってやってほしい』

 

「あの日からそのつもりだったんだろ?あの日すでに、アイツに渡すと決めてたんだろ?」

「……ああ」

「……テメェの弟子だろ、テメェで面倒みろや」

 

そう言い捨てて、彼は去っていった。

 

 

 

 

職場体験後 学校にて

 

「やあ、爆豪少年」

「何でアイツと別々なんだ、二度手間じゃねえか」

「そう言わずに、掛けてくれ」

 

オールマイトは語りはじめた。

ワン・フォー・オールの成り立ち、オール・フォー・ワンの存在。後継である緑谷に、訪れるかもしれない過酷な試練。

しばらく黙って聞いていた爆豪が、口を開いた。

 

「自分でトドメ刺しとけよクソが」

「本当にすまない……」

 

「で?また俺に、アイツを支えてやれとかほざくのか?」

「ああ、頼む」

「自分でやれっつっただろ!!」

「もちろんそのつもりだ。師匠として、彼女を支えるのが私の義務だ。だが……」

 

「いつまでも、私が一緒にいられるとは限らない」

「……ふざけてんのか……?あんたはNo.1ヒーローだろ……!!」

 

「それに、君にとっての贖罪なんだろう……?しかも君はあの日、彼女が″無個性″だと私に告げた。″無個性″だと知らなければ、彼女に渡そうなどとは考えなかった」

「ッてめェ……!!」

「……頼むよ、爆豪少年」

 

「俺はあんたに憧れて、ヒーローを目指した。誰にも負けないヒーローに憧れて……」

「…………」

「今、心の底から……失望した」

「…………」

 

席を立ち、彼は去っていった。

 

 

 

 

 

「かっちゃん、やっと来た!遅かったね」

「先帰れっつったろデコ」

「……なんか元気ないよ?」

「…………」

「やっぱり、かっちゃんにもあの話をしたんだね……」

「…………」

「心配しなくても、私は平気だよ!」

「だろうな、テメェの心配なんて誰がするかよ」

「それはなんかひどくない!?」

「うるせえ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『……コイツが″無個性″でも、か?オールマイト』

『……″無個性″……!!そうか……』

 

無個性でヒーロー志望、それを聞いて私は心を揺さぶられた。彼女の目を見れば、その覚悟の程は伝わってきた。

 

『ヘラヘラじゃなくてニコニコだよ?失礼だなぁ。笑顔は大事!』

 

『世の中、笑ってる奴が一番強いからな!』

 

自然とその姿を重ねていた。

 

 

 

そして少年は否定したが、本当に彼女を心配しているのだろう。

 

だからこそ、彼女にはそれを捨ててほしくないのだ……私が捨ててきてしまった、その優しさを……

 

『私はあなたの為になりたくて、ここにいるんだオールマイト!!』

 

 

 

……報告くらいはしておかないとな……

 

 

 

「もしもし……やあ、ナイトアイ……久々の連絡なのに不躾ですまないが、話したいことがあるんだ」

 

 

 

『″無個性″の中学生だと!?何を考えている!?』

「彼女にはまだ伝えていない。それでも彼女は折れない、きっと誰よりも強いヒーローになる」

『志だけでは、平和の象徴は務まらない!!相応しい人間なら他にいくらでもいるだろう!!』

「会ってくれれば分かる、彼女にこそふさわしい」

『会えば分かるだと……!?話にならない、馬鹿げている!!』

 

プツン!!

 

 

「……本当にすまない……」

 

 



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No.15 期末試験、vsオールマイト

「……夏休みに林間合宿をします」

「「うおーーっ!!」」

 

「ただし、期末テストで赤点取ったヤツらは補習地獄だ、覚悟しとけ。筆記と実技の両方あるからな」

 

 

 

 

「全く勉強してねーーー!!」

 

上鳴くんの悲痛な叫びが教室に響く。

 

「ねえかっちゃん、一緒に勉強しない?」

「しねえよアホ」

「そんなあ……」

 

 

「なあ爆豪、俺に勉強教えてくれ!頼む!」

「……仕方ねえな、教え殺してやるよ」

 

私は断られたのに……切島くんはあっさりOKもらえてる……

 

「あのねデコちゃん、私ちょっと不安なとこあってね……教えてもらえたらなって……」

「お茶子ちゃ〜ん!!」

「わっ、どうしたの?」

 

 

 

 

昼食

 

「……カツ丼うまい!!」

「機嫌なおっとる…………演習試験って何するのかな?」

「分かんないけど、なんとかなる!」

 

水をとってこようと席を立つと、後ろを通っていた人とぶつかりそうになった。

 

「……ギリギリセーフ!」

「危ないなあ、君は周囲の安全確認もできな――」

「物間くん、こんにちは!」

「……そういえば君ら、ヒーロー殺しに遭遇したんだって?怖いなあ、いつか僕たちも巻き込んで――」

「あ、拳藤さんこんにちは!」

 

「ああ、こんにちは……物間が余計なこと言わなかったか?」

「……?ううん、特になにも」

「そうか、ならいいんだ」

「…………」

「……期末の演習試験、入試ん時みたいな対ロボットの実戦演習らしいよ。先輩に聞いたんだ」

「なるほど、教えてくれてありがとね!」

「なにしてるんだ拳藤!せっかくの情報をA組に流すなんて……!!」

「お前はもう少し平穏に生きろ……お互い頑張ろうな」

 

 

 

放課後、クラスのみんなにさっき聞いた情報を伝える。

 

「んだよロボならラクチンだぜ!」

「やったあ!」

 

 

「お茶子ちゃん、勉強会いつどこにする?ウチはアパートだけど……」

「私もアパート、一人だしこっちでいいよ。日にちはね、うーんと……」

 

 

 

 

 

そして時は過ぎ、演習試験当日……

そこには多くの先生方が待っていた。

 

「さて、試験の内容なんだが……」

 

根津校長が相澤先生の肩から飛び出す。

 

「諸事情あって、今回から内容を変更しちゃうのさ!!」

「二人一組で、教師一人と戦闘を行ってもらう!!」

 

「まず轟と八百万がチームで、俺とだ」

 

「次に緑谷と爆豪がチーム、相手は……」

「私がする!!」

 

 


 

『緑谷と爆豪ですが、オールマイトさんに頼みます』

『二人は優秀ですが、先走った行動をとりがちです。他の教員じゃ手に余る、No.1直々に挫折させてやってください』

『なんなら勝ち筋残さなくてもいいです』

 

『容赦ないね相澤くん……』

 


 

 

「さて、ここが我々の戦うステージだ」

 

オールマイトに連れられ、ビルが立ち並ぶ市街地ステージへとやってきた。

 

「制限時間は30分で、君たちの勝利条件は二つのうちどちらか……『このハンドカフスを私にかける』、もしくは『どちらか一人がゲートから脱出する』こと!!」

「ヴィラン役であるこの私と、戦うか逃げるか……その判断も含めての試験だ!!」

 

「オールマイトと戦う!?そんなの……」

「……そこで、ハンデをつけるのさ!」

 

「超圧縮重り!体重の約半分の重量を装着する!……ちなみにこれのデザインはサポート科の発目少女だ」

 

さすが発目さん……

 

「重りのハンデに、手錠掛けるだけで勝ち……ナメてんな」

「……どうかな……?さあ、君たちはステージ中央からのスタートだ」

 

 

 

「かっちゃん、作戦どうしよっか?」

「ブッ倒す」

「いやいや、相手はオールマイトだよ!?」

「うるせえ……!あんなクソニセ筋、ボコればヒョロガリに戻んだろが!!」

「ニセ筋!?……無理だって!二人で牽制しながら逃げたほうが――」

「逃げたきゃ一人で逃げろや!!」

「戦っても勝てないって!!」

「黙ってろ!!」

 

 

 

『期末テスト、レディ……スタート!!』

 

 

 

「勝つんだよ、ヒーローは……!!逃げたりなんかしねえ!!俺は認めねえ!!」

「かっちゃん……どうしたの……?なんかおかしいよ最近……」

 

 

 

「……じゃあ私も戦う」

「……は?」

 

「勝てる見込みのない仲間を置いて逃げるなんて、ヒーローじゃない」

「テメェ……バカにしてんのか……?」

「してないよ、やるなら()()()やろう。二人で一緒に――」

「うるっせえ!!!!テメェと協力なんざ――」

 

 

ドガァアアアン!!!!

 

「「ッ!?」」

 

風圧で思わずよろめく。土煙の中から、人影が近づいてくる。

 

「街への被害などクソくらえだ……試験だなんだと考えてると、痛い目みるぞ」

 

何だ…この…とてつもない威圧感は……!

 

「私はヴィランだヒーローよ……真心込めてかかってこい……!!」

 

向かってきた!!かっちゃんは引く様子がない、やはり戦うしかない!!

ワン・フォー・オール、全身20%!!

まずはかっちゃんの出方に合わせる、爆発に巻き込まれないように少し後ろで待機……

 

 

かっちゃんが手を構えると、眩しい光が放たれた。

飛びかかるかっちゃんにオールマイトが手を伸ばし、顔を掴む。

BOMBOMBOM!!

爆破を浴びてもオールマイトはものともせず、かっちゃんを地面に叩きつけた。

 

 

――瞬間、40%!!今扱える私の全力!!

SMAAASH!!

渾身のパンチがボディを捉え、オールマイトを吹き飛ばす。

 

「かっちゃん!大丈夫!?」

「うるせえ……!余計なことすんな!」

 

 

「……いいパンチだ、成長したな……かなり効いたよ」

「なっ……!?」

 

効いたという言葉とは裏腹に、オールマイトは悠々と歩み寄る。

 

「ほんのお返しだが……受け取れ!」

 

――速い!!ガード――

 

「……っぁ!!」

 

なすすべもなく吹き飛び、地面を転がる。

 

「オエッ……」

 

口の中に不快な酸っぱさが広がる。

直後、かっちゃんも同じように飛ばされてきた。

 

「オエッ……」

「…かっちゃん、これで気ぃ変わった?」

「……変わるかよ」

「このままじゃ勝てないよ、分かってるでしょ?二人で息を合わせないと――」

「黙ってろ……!勝つんだよ……!」

 

再び、オールマイトはゆっくり近づいてくる。

 

「なんか、()()()()だなあ」

 

「……は?」

「いつもはもっと、自信満々でカッコいいのに……」

「…………」

 

「前方に爆破をお願い、隠れて作戦立てよう」

 

 

――BOOOM!!

 

 

 

 

 

 

「あの頑丈さじゃKO勝ちは望めねえ。かといって逃げようとしても、バカみてえなスピードで追いつかれる。だから、ある程度のダメージを与えつつ距離を取る……さっきテメェがブッ飛ばしたみてえに、逃げ切るまで何度もだ」

「私の攻撃より、範囲の広いかっちゃんの爆破の方が捉えやすい。私が先に飛び出して気を引くから、タイミング合わせて」

「どうするつもりだ?」

「……これを見せびらかせば、私への警戒が強くなるはず」

 

 

 

 

 

出口へ向かうオールマイトを一度やり過ごし、後ろから声を掛ける。

 

「オールマイトォ!!!」

「……呼んだかい?」

 

私はオールマイトに向かって走っていく。そこそこ近づいたところで……

 

「今だ、かっちゃん!!」

「――そういう感じか!」

 

オールマイトが振り向いたが、誰もいない。

 

「――いないんかい!!」

「はあああっ!!」

 

マントの陰に隠していたハンドカフスを手に掲げ、突撃する!オールマイトの視線が再び私に向く。

……瞬間、30%!!地面が割れる程に強く踏み込む!!

――身構えているオールマイトの頭上を飛び越えた。空中でかっちゃんとすれ違う。

 

「いるんかい!!」

「ったりめえだ!!」

 

ピン!

BOOOOM!!

 

巨大な爆発がオールマイトを包んだ。

私は全身20%で、かっちゃんは爆破で加速して駆ける。

 

「これ間に合うかなあ!?」

「黙って走れや!!」

「……出口だ!!」

 

脱出ゲートが見えてきた……後ろを振り返って確認する。

――オールマイトがすぐそこまで迫っていた。

 

「――近っ!!」

「クソッ……!!」

 

かっちゃんがさっき撃ったのと反対側、右の籠手を構える。

 

「TEXAS SMASH!!」

 

オールマイトが放った風圧が、振り返って構えていた私たちを押し倒す。

体勢が崩れたところを狙われて、瞬く間にかっちゃんの籠手が両方とも破壊された。ついでに私が持っていたカフスも。

二人とも持ち上げられ、地面に叩きつけられる。

 

「「がはッ……!!」

「……さてと、どうしたものかな……?まだ時間はあるんだが……」

 

強すぎる……攻撃が通じない上に、逃げ切ることもできない……!!

 

「最大火力の爆発で距離を取る……しかし、頼みの綱も壊れてしまった……これで終わりだ!!」

 

――やるしかない、なりふり構ってられない!!

少ない動作で悟られないように、距離を取るための効果的な攻撃――

指先に意識を集中、100%……デラウェア――

 

SMAASH!!

BOOOOM!!

 

偶然かっちゃんとタイミングが合い、オールマイトを上に高く吹き飛ばした。二人とも手を押さえながら立ち上がる。

 

「ったぁ……」

「ってえ……」

 

「デコ!ゲート行け!!」

「かっちゃんが行って!!」

「テメェが行けや!!」

「空中ならかっちゃんの方が速いでしょバカああ!!!!」

「――オイ何すん――」

 

かっちゃんの腕と腰辺りを掴んで持ち上げる。瞬間、40%!!力任せに投げ飛ばした!!!

 

「ってめぇええ!!!」

 

すぐに自分も駆け出す。風圧での空中移動、私にできるならオールマイトはもっと速く移動できる……!!

 

「New Hampshire SMASH!!」

 

オールマイトが、真っ直ぐかっちゃんへ向かっていく。

かっちゃんの爆破なら、迎撃と加速を同時にできる……逃げ切れるはず……!!

BOOOOM!!

 

「――こっちだ少年!!」

 

空中で横に避けたオールマイトが拳を振る。風圧でかっちゃんが飛ばされて、ゲートへの向きから逸れてしまった。

 

「――ッソがぁああ!!」

 

BOOOOM!!

かっちゃんは再び大爆破でゲートに向かい、オールマイトは横から迫る。

真っ直ぐ駆けていた私は何とか追いつき、二人の間に飛び込んだ。

 

左腕に意識を集中……!!

 

「――緑谷少女!そいつは――」

 

――あの日私が飛び出せたのは、すぐについてきてくれると信じてたから……私一人じゃ出来なくても、二人なら……

あなたがいてくれれば、私は何でも出来る……出来そうって思えるから……!!

 

「はあああっっ!!!」

 

ワン・フォー・オール、100%……!!

デトロイト……SMAAAASH!!

 

 

 

 

 

「……全く、相変わらず無茶をする……」

「…………」

 

撃つ前から分かっていた、相手はオールマイトなのだから……大振りな攻撃だと、たとえ100%だろうと相殺される。私の″個性″について、私よりも詳しい人なのだから。

 

辺りに土煙が舞い、私のマントがはためくのを背中で感じた。

 

「……君たちの勝ちだ、おめでとう」

「……気が早いですよ?」

「むむっ?」

 

振り返って、足に力を込めた――

 

BOOOOM!!

 

 

「テメェ自分で言っといて、自分が残ってんじゃねえよ……!!」

「残ってないよ、ほら脱出できた」

 

 

『緑谷・爆豪チーム、条件達成!!』

 

 



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No.16 信念とは何か

 

「何度も壊すと腕動かせなくなるって言ったの、忘れたのかい?」

「ごめんなさい……でも今回は右じゃなくて左腕なので大丈夫ですよ!……たぶん」

 

試験直後の私とかっちゃんは、リカバリーガールの治癒を受けていた。

 

「何が大丈夫なんだい全く……」

「――リカバリーガール、二人の様子は……?」

 

モニター室に、痩せたオールマイトが入ってくる。

 

「オールマイト、あんたその姿……」

「いいんだ、彼も既に知っている」

「……あまり言いふらすもんじゃないよ」

 

「二人とも無事さ、あんたにしちゃあ上手く加減できたほうだね」

「そうですか……」

 

「爆豪少年、君は――」

「話しかけんな、テメェみてえな奴は知らねえよ」

 

「認めねえ……俺が憧れたのはオールマイトだ」

「ちょっと!?かっちゃん!!」

「治癒は終わったんだ、行っていいだろババア」

「……フラフラじゃないか、校舎の方で休んどきな」

「……ああ」

 

「ホント失礼ですいません、後で言っときますから!……待ってよかっちゃん!」

 

 

 

「随分と嫌われたねえ、何したんだい?」

「……必要なことなのです」

 

 

 

 

 

翌日のHR《ホームルーム》、相澤先生が教室に入ってくる。

 

「おはよう、今回の期末テストだが……残念ながら赤点が出た。したがって……」

「林間合宿は全員行きます!」

 

「そもそも目的は強化合宿だ、赤点連中は別途で補習させるからな。筆記は全員合格、実技で芦戸・上鳴・切島・佐藤、あと瀬呂が赤点だ」

「合宿のしおり配るぞ、しっかり読んどけ」

 

 

「明日休みだし、A組みんなで買い物行こうよ!」

 

「爆豪おまえも来い!」

「行ってたまるか、かったりぃ」

「なんで!?行こうよかっちゃん!」

「行かねえよ!」

 

 

 

 

 

「かっちゃんホントに来なかった……」

 

大型ショッピングモールに来た私たちは、各自で欲しい物が違うため自由行動をすることになった。ボーッとしてるうちに、みんな散らばっていってしまったようだ。

 

「デコちゃん、なんか欲しいものある?」

「……服とかかな……」

 

お茶子ちゃんと二人で見て回ることにした。……とりあえず行こう。

 

「どんな服が欲しいの?」

「うーん、私そういうセンスないからさ……お茶子ちゃんに選んでもらおうかなって」

「私だってオシャレは分かんないよ」

「大丈夫、私よりは絶対上」

「なにその自信……」

「いやあ、昔こんなことがあってさ……」

 

『かっちゃん!この服どう?自分で選んだの!』

 

予想していた反応『ははっ!ダッセェ』

実際の反応『……デコ、やめとけ』

 

『……え?』

『やめとけ』

『…………』

 

「……結構ショックだった」

「その服、超気になる……」

 

「おっ!君たち雄英の子だろ?サインくれよ!」

 

「ええっ!?サインだなんて急にそんな……」

「やっぱりそうだ……君たち二人とも、アレだろ?あの…爆豪って奴にボコボコにされてたよな?」

「お詳しいですね」

「私のことまで……」

 

サインか……でも、有名になるってことはそういうことなんだろうなあ……

 

――致命的な油断……そして平和な日常はいつだって、ヤツらの気まぐれで崩れ去る――

 

「緑谷さん、だっけ?保須事件でヒーロー殺しに遭遇したんだよな?」

「そんなことまで……」

 

お茶子ちゃんの肩にその手が乗る。

 

「また会えるなんてなァ、しかも偶然こんなところで!」

「――お前は――」

「動くなよ?大声を出すのも禁止だ……俺は話がしたいだけなんだ、緑谷出子」

 

「俺が五指で触れたものは、塵となって崩れる。人間なら1分と経たずに全身が塵と化す。死にたくなければ……そして死なせたくなければ、大人しく付いてこい」

「――デコちゃん、私はいいから――」

「オイオイ落ち着けよ、ヒーロー志望はこれだから……お前を壊したら次は周りの人間だ、状況をよく考えろ……これだけの人ごみの中だぜ?人質は大人しく黙っててくれ」

 

「緑谷、俺がその気で動いたとして……捕まるまでに何人殺せるだろうな?」

 

私の方が速い

周りに被害が出る前に仕留めきれる

逃せばいずれ他の場所で被害が出る

今動けば犠牲になるのは一人だけだ

 

 

 

「――っ……話って何……?」

「……座って話そうか」

 

 

 

 

死柄木に連れられベンチに座った。お茶子ちゃんを間にして、その肩に手を回したまま続ける。

 

「俺が聞きたかったのは『ヒーロー殺し』についてだ。何故世間はアイツに注目する?俺がやった雄英襲撃も、保須で放った脳無たちも、全部奴の踏み台にされた」

「何故、誰も俺を見ない?俺もアイツも、気に入らないものを壊してただけだろ?」

 

「……その認識で合ってるよ、平気で人を傷付けるただの犯罪者だ」

「もう少し誠実に答えてくれよ、俺とアイツは何が違うんだ?」

「何が違うって……?」

 

「ヒーロー殺しは逃げなかった……応援が駆けつけても」

「強い意思があった……必ず目的を達成するという意思が……アイツが私を助けたのも、信念に基づいて行動していたから……信念の先にある理想の為に」

「オールマイトを殺すって息巻いて、結局そのまま帰っていったお前とは違う」

 

 

「信念か……アイツにも言われたな」

「つまりは、自分で言ったことはやり遂げるってことだろ?俺は今まで何を悩んでいたんだ……!」

「……ありがとう、話せて良かった」

 

「オールマイトを殺す、その先……あやふやな正義とかいうやつを、俺がこの手で壊してやるよ」

 

死柄木がお茶子ちゃんを乱暴に立たせる。

 

「っ!!」

「ッこの!!」

「お前は座ってろ」

 

「充分離れたら解放するさ、そんなに怖い顔するなよ。話がしたいだけって言ったろ?間違っても追ってくるなよ?」

 

二人が人ごみの中に消えていく……

程なくして、お茶子ちゃんが帰ってきた。

 

「お茶子ちゃん!怪我は!?」

「……大丈夫だよ」

「無事で良かった……本当に……」

「私、デコちゃんに助けられてばっかりだ……足手まといばっかりで……」

「っそんなことないよ!そんなこと……」

 

 

 

 

 

警察への通報でショッピングモールは一時閉鎖され、ヒーローと警察によって辺りが捜索されたが、死柄木は見つからなかった。

そして私たち二人は、警察署で事情聴取を受けた。

 

「色々ありがとう、もうすぐ君の母親が迎えにくるよ」

「塚内さん、お茶子ちゃんは……」

「彼女は一人暮らしのようだからね、さっき警察の方で送っていったよ。実家の両親には連絡済みだ」

「……私、動けませんでした……もっと何かできたはずなのに……」

「そんなに自分を責めないでくれ、犠牲者が出なかったのは君たちの冷静な対応のおかげだ。それに、全ての責任は我々警察にある」

 

 

 

「緑谷少女、塚内くん!」

「オールマイト?どうしてここに?」

 

「塚内くんと個人的な話があってね。……そばにいてやれなくて、すまなかった」

「いえ、オールマイトが謝ることでは……」

 

「……オールマイト、人質を取られたらどうするべきですか?」

「……難しい質問だ……一番は人質を取られないこと、すでに人質を取られていたら、犯人の要求に大人しく従う。ヒーローである以上は、見捨てることはできない」

 

「あまり気負いすぎないほうがいいよ、オールマイトは参考にならない。人質なんて通用しないからね」

「ええ、ですから……」

「君は適切な対応をしてくれた……死柄木は警察が必ず捕まえてみせる。だから君は、君の目標に向かってくれ」

「……はい」

 

塚内さんは、私とオールマイトの関係を知っている。私がワン・フォー・オールを継いだことを……

 

「出子、出子!」

「お母さん……」

「無事で良かった……」

「……うん」

 

警察の車で送ってもらう、その道中……

 

「二人とも無事みたいで、本当に良かった……」

「……お母さん、私……」

「どうしたの?」

「……やっぱり何でもない……」

 

 

 

 

 

夏休み前、最後の登校日。

 

「……とまあそんなことがあって、ヴィランの動きを警戒し、合宿先を急遽変更します。行き先は当日まで明かさない運びとなった」

「集合場所、時間は変更なしだ……お前ら遅刻すんなよ?」

 

とりあえず、合宿が中止にならなくてよかった。滅多にない機会だし、やっぱり楽しみだなあ……

 



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No.17 林間合宿へ

 

「かっちゃん、おやつになんか食べる?」

「なんで隣座ってんだテメェ」

 

合宿先へ向かうバスの中は、番号順を促す飯田くんの呼び掛けもむなしく、各々が好き勝手に座っていた。

 

「だってA組の女子、7人で奇数だし」

「んなこと聞いてねえ」

「ほら、大豆バーとかどう?プロテイン入りだよ」

「いらねえよ!」

「じゃあ柿の種は?辛いの好きでしょ?」

「…………」

 

「シートに零れンだろが、後にしろ」

「……はーい」

 

 

 

 

 

「休憩だー!」

「休憩っても、ここパーキングじゃなくね?」

 

バスが止まったこの場所は、眺めこそいい場所だけど何もない。

 

「よーうイレイザー!!」

「……ご無沙汰してます」

 

「煌めく眼でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」

「4名1チームのヒーローグループで、得意は山岳救助!お二人は『マンダレイ』と『ピクシーボブ』!」

「補足ありがとにゃん」

 

「いい歳してきちィな」

「……そこの君、ちょっとこっち来ようか?」

「ピクシーボブ、まあ落ち着いて……説明が先でしょ?」

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけど……今回あんたらが泊まる宿泊施設は、あの山のふもとね」

「「遠っ!!」

「何でこんな半端なとこに?」

「……バス戻ろうか、な?早く……」

 

みんながざわつき始める。

 

「今はAM9:30、早ければ12時前後かしらん?」

「12時半までにたどり着けなかったらお昼抜きね」

 

「バスに戻れ!早く!」

 

――足元が盛り上がって、踏ん張りが利かない……!!

私たちは土の波によってなすすべもなく崖下に流された。

上から声が聞こえる。

 

「私有地につき″個性″の使用は自由だよ!今から三時間、自分の足で施設までおいでませ!」

「この、魔獣の森を抜けて!」

 

魔獣……?そんなの普通にいたらダメじゃない?

困惑する私たちの前に、巨大な影が迫る。

 

「「マジュウだーー!?」」

「静まりなさい獣よ、下がるのです!」

 

口田くんが呼びかけるが、反応はない。口田くんの個性は動物を従えることができるはず……効かないってことは、あれは生き物じゃない……

ワン・フォー・オール、全身10%!!前に飛び出し、魔獣を粉々に蹴り砕いた。

しかし、次の魔獣が木々の間から続々と現れる。

 

「……やっぱりそうか……かっちゃん!ここはお願い!」

「ああ!?なんだテメ――」

 

後ろを向いて駆け出し、崖に近づく。私なら一瞬で登れる……!両足に意識を集中、瞬間40%!!

崖の上まで一気に跳んだ。

ピクシーボブの″個性″は″土流″、土を自在に操る。あの魔獣たちを止めたいなら、操作する本人を狙えばいい!

 

「この高さをひとっ飛び、やるねえ!」

 

ピクシーボブが地面に手を伸ばす。

さっきは一緒に流されたみんなを巻き込んじゃうからできなかったけど、今回は……!風圧で土を吹き飛ばす!

右足に意識を集中、瞬間40%……!!

 

スカッ……

 

「遠隔タイプには護衛が付き物だ。緑谷、出直してこい」

「うわああ〜!!」

 

再び押し流されて落ちていく。崖下で起き上がろうとしたところで、頭の中に声が響いた。

 

『次はちゃんと施設に向かってね、私たちも準備とかあるから』

「……はーい……」

 

私は大人しく、みんなと合流することにした。

 

 

 

 

 

「やーーっと来たにゃん」

 

着いた頃には夕方、みんなフラフラだった。

私はというと、力をセーブする練習も兼ねて全身5%を試してみていた。動きやすくて、体力の消耗も少ないため好感触だった。それでも、空腹はどうしようもないけれど……

 

「お腹すいた……先生……」

「部屋に荷物を運んだら、食堂にて夕食。その後、入浴して就寝だ。明日に備えろ」

 

そのとき、ふと目に入ったのは一人の子どもの姿。

 

「すみません、そちらのお子さんは……?」

「ああ、紹介してなかったね。私のいとこの息子……洸汰!ほら挨拶しな、一週間一瞬に過ごすんだから」

 

マンダレイに呼ばれた洸汰くんは、こちらをじっと見るだけで近づいてこない。

 

「私は緑谷出子、よろしくね洸汰くん!」

「…………」

 

あれ、無視されてる……?

 

「ええと……今何歳なのかな?」

「…………」

 

振り向いて離れていってしまった。

 

「あっ、ちょっと……」

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ」

「うえ!?ちょっと待ってよ!……行っちゃった」

 

「はっ、マセガキ」

「おまえに似てねえか?」

「似てねえよ!話しかけんな半分野郎!」

「かっちゃんはもっと騒がしいよ」

「それもそうだな」

「んだとコラ!!」

「ひゃあ!?」

「爆豪、そんなに引っ張ると服が破けちまう」

 

「さっさと荷物取ってこい、メシ抜きにするぞお前ら」

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした!!」

 

食事を終えて、大浴場へ向かう。そういえば私、女の子の友達あんまりいなかったから、こういうの初めてだ。修学旅行のときとか、個室のシャワー使ってたし……

 

「デコちゃんやっぱり筋肉すごい!」

「鍛練の賜物ですわね、私たちも見倣いませんと」

 

……授業の着替えとかで分かってはいたけど、全部脱ぐとやっぱり……

 

「……肩身が狭い」

「緑谷さん、どうかしましたか?」

「行くぞ緑谷、逃げよう」

「耳郎さんまで……?」

 

 

 

とりあえずシャワーで髪を洗う。私の髪の毛、キレイに整えてもすぐボサボサになっちゃうんだよね……

みんなより一足先に身体を洗い終わり、肩まで深くお湯に浸かった。

 

「どんだけ見られたくないんだよ……」

「いや、別にそういうわけじゃないよ」

「熱くないの?」

「うん、平気」

「ちゃっかり頭にタオル乗せて……形から入るタイプなんだ」

「えへへ……それより、響香ちゃんなんかソワソワしてない?」

「……聞こえててさ、気になるんだよね……」

「……?」

 

「二人とも早いねー!」

 

突然、お湯の中に不自然な窪みが……!!

 

「なんか不思議な光景だね……」

「私は見慣れてるけどね!」

「葉隠、そりゃそうでしょ」

 

 

 

「気持ちいいねえ」

「温泉あるなんてサイコーだわ」

 

みんなで浸かっても余裕があるぐらいに広い。私はずっと入ってたし、そろそろ上がろうかな。

 

「ん、なんか聞こえる」

「耳郎さん、どうかしましたか?」

 

あれ、なんか前にもこんなことがあったような……

 

「壁とは超える為にある!!″Plus Ultra″!!!」

 

「絶対アイツだ……!!みんな隠れて!」

「隠れるって、どこに!?」

 

そのとき、壁の上に一人の子どもが現れた。

 

「ヒーロー以前にヒトのあれこれから学び直せ」

「くそガキィィィ!!!」

 

「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」

「ありがと洸汰くーん!」

 

壁の上、その隙間で、名前を呼ばれた洸汰くんがこちらを振り返る。彼は驚いたようにのけぞり、壁の向こう側へと落ちていく……

 

「――危ない!!」

 

咄嗟に壁上へ飛びついたが、間に合わない……!!

 

「洸太くん!!」

 

BOOM!!

……煙でよく見えない……

 

「……ガキは無事だ、降りろアホ」

「――っ!?う、うん!!」

 

「洸汰くんは?」

「……無事だって」

「良かった〜!」

「でも、一応確認してくるね」

 

 

 

 

 

手早く着替えて脱衣所を出る。どこに運ばれたんだろう……?施設内をさまよっていると、ピクシーボブに会った。

 

「すみません、洸汰くんは……」

「ああ、こっちだよ」

 

ピクシーボブの案内で事務室へと向かった。

部屋の中には、ソファに寝かされている洸汰くん、マンダレイ、そしてかっちゃん……

 

「ちょっ何その格好!?」

「のんびり着替えてから運べってか?」

「それはそうだけど……」

 

「洸汰くんの具合は……?」

「気を失っているけど、どこも怪我はしてないよ」

「良かった……」

 

その穏やかな表情……夕食前のあのときとは全く違う表情を見て、思わず口を開く。

 

「……洸汰くん、ヒーローが嫌いなんでしょうか?……もちろん、ヒーローに否定的な人が沢山いるのは知っています。でも、こんなに小さい頃から、あんなに拒絶するなんて……」

 

「マンダレイのいとこ……洸汰の両親はヒーローだったんだけど、二人とも殉職しちゃったんだよ」

「……そうだったんですか……」

「…………」

 

「二年前にヴィランから市民を守ってね……ヒーローとしてはこれ以上ない程に立派な最期だけれど、物心ついたばかりの子どもにはそんなことわからない。『自分を置いて行ってしまった』のに、世間はそれを褒め称える……洸汰にとってヒーローは、理解できない気持ち悪い存在なんだよ」

「そんな……」

「…………」

 

「湿った話聞かせやがって……クソ(さみ)い、もっかい入ってくるわ」

 

かっちゃんは、ぶっきらぼうな口調とは裏腹に考え込むような表情で去っていった。

 

 

 

 

 

「お早う諸君」

 

合宿二日目の朝、時刻は5:30。

 

「先生、おはようございます!」

「元気だねデコちゃん……」

 

「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は、全員の強化及びそれによる『仮免』の取得だ。その為に、君たちの″個性″を伸ばす」

「″個性″を伸ばす、というと?」

 

「″個性″は身体能力の一つだ。トレーニングで身体を鍛えるのと同じように、″個性″そのものを鍛えてもらう。ひたすら使って使い続ける……死ぬ程キツイが、くれぐれも死なないように……!」

 

 



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No.18 再び襲撃

「ワンツー、ワンツー!」

「まだまだいけるな小娘!!」

「イエッサー!!」

 

「だらしないぞ貴様らァ!!コイツを見習え!!」

「「イエッサー……」」

「声が小さい!!」

「「イエッサー!!」」

 

″個性″を伸ばすといっても、増強型の個性の場合は素の肉体強化が不可欠だ。というわけで私は、B組の宍田(ししだ)くん、回原(かいばら)くんとともに、『虎』さん指導のトレーニングを受けている。

 

「よォし、順番に撃ってこい!!」

「「「イエッサー!!!」」」

 

「20%スマッシュ!!」

 

虎さんの″個性″は″軟体″。私のパンチを、身体を折り曲げるようにして躱す。

 

「甘いわ!!」

「痛あ!」

 

ガードの横をすり抜けるようにグニャグニャの腕が飛んでくる。拳はしっかり硬い……

 

「次!」

「ビーストモードですぞォオオ!!ウガァァ!!」

 

「動きが固ァい!!」

「ぬおおっ!?」

「ノリ怖えよ……」

「ボサっとするなァ!次は貴様だ!」

「……イエッサー!!」

 

 

 

 

 

 

「さあ皆!!最高のカレーを作ろう!!」

 

自分たちのメシは自分たちで作れと言われ、はり切る飯田くん。災害時の避難先で炊き出しを行うのも救助の一環、という解釈らしいが、たしかに一理ある。

 

「爆豪、爆発で火ィつけれね?」

 

瀬呂くんがかっちゃんに声を掛けた、それはまずい――

 

「つけれるわクソが!」

「ストォップ!!!」

「邪魔すんなデコォ!!」

「そんな繊細な使い方できないでしょ!?」

「できるわ!!バカにすんなテメェ!」

「小さいとき、花火に火つけようとして暴発させてたじゃん!!」

「んなことした覚えはねえ!!!」

 

「……これでいいか?」

「おう、轟サンキュー」

 

 

 

 

 

「いただきます!」

 

自分たちで作ったカレーは、中々美味しい。半分ほど食べたところで、水をとってこようと立ち上がると、離れたところにいる洸汰くんを見つけた。彼は森の方へと歩いていく……ご飯食べないのかな?

私は席に戻って残りの半分をかき込み、新しい皿とスプーンを用意した。

 

 

 

 

 

施設から程近く、見晴らしのいい高台にやってきた。

 

「洸汰くーん、お腹すいてるでしょ?これ食べなよ」

「てめぇ何故ここが!」

「えっとね、足跡を追ってきたの。まだご飯食べてないでしょ?」

「いらねえよ!お前らとつるむ気はねえ。俺のひみつきちから出てけ」

 

秘密基地……かわいい……

 

「″個性″を伸ばすって張り切っちゃって、気味悪いんだよお前ら……そんなに自分の力をひけらかしたいのかよ」

「…………」

 

洸汰くんはヒーローのことをそんなふうに思っているのか……

二年前に殺害された、夫婦のヒーロー……

 

「ご両親のことも……『ウォーターホース』のことも、そう思ってるの……?」

「っマンダレイに聞いたのか!?」

「……うん」

「……頭イカレてるよみーんな」

 

「馬鹿みたいにヒーローとかヴィランとか言っちゃって殺し合って、″個性″とか言っちゃって……ひけらかしてるからそうなるんだよバーカ」

「…………」

 

ヒーローだけじゃなくて、超人社会そのものが嫌いなんだ……

私はこの子に、なんて言えばいいのだろう……

 

「――やっぱガキだな」

 

「……何だお前!」

「かっちゃん!?なんでここに!?」

 

いつの間にか後ろにいたかっちゃんが、洸汰くんに近づいていく。

 

「……俺の″個性″は″爆破″だ、掌から爆発を起こせる」

BOM!

「小規模なら軽い火傷で済むが……至近距離、本気で爆破すりゃあ……大抵の人間は死ぬ」

「っ……!」

「何を言い出すのいきなり!?」

 

「こんなモン、人に向けていいもんじゃねえ……ガキでも分かるそんなことが、分かんねえクズ共が世の中にはいンだよ」

「そのクズ共から、お前はどうやって身を守る?ひけらかしてたから死んだ、そう思ってんなら……一生コソコソ隠れて生きてろ」

 

「何だとてめぇ……!」

「ちょっとそんな言い方ないでしょ!」

 

「自分の好きなようにしろよ。お前がどう思おうと、何をしようと……どっちにしろヒーローは戦うだけだ」

「…うるせえ!!出ていけよ!!」

 

「洸汰くんごめんね、かっちゃんは――」

「お前も出てけ!うざったいんだよ!二度と来るな!」

「……ごめん、カレー置いとくね……」

 

「ご両親のこと……君も誇りに思える日が来るって、信じてる」

 

「うるさい……どいつも……こいつも……」

 

 

 

 

 

私は前を歩くかっちゃんに駆け足で追いついた。

 

「あんな言い方、余計に傷つけるだけだよ!」

「現実を受け入れられなきゃ、いつまでもガキのままだ」

「かっちゃんも洸汰くんのこと、どうにかしてあげたいって思ったんでしょ……?ならもっと、優しさとか気遣いとか――」

「ハハッ、気遣いだァ?笑わせんな、あのガキが気に入らねえだけだ」

 

「気の利いたセリフなんざ言えるかよ。テメェの言う通り、俺はいつだって壊すだけ、傷つけるだけだ」

「……そんなことないよ……」

 

最近のかっちゃんは、何かが変わった気がする。期末試験のときも少し変だったし……となるとその前の時期、職場体験のあたりで何かあったのかな……?

 

 

 

 

 

合宿三日目

 

「回原くん、宍田くん、おはよう!今日も頑張っていこう!」

「元気すぎ……」「ですな……」

 

 

 

トレーニングを続けていると、相澤先生が全員へ向けて(げき)を飛ばした。

 

「気を抜くなよ、皆もダラダラやるな」

「何をするにも、()()を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ」

「何の為に汗かいて、何の為にこうしてグチグチ言われるか、常に頭に置いておけ」

 

原点……

オールマイトのような、最高のヒーロー!

 

「クソがあああ!!」

BOOOOM!!!

 

「おりゃああ!!」

 

「どうした小娘、ペース上げたいのか?」

「イエッs――」

「「NO!!」」

 

「……無理にペースを上げても、雑になって逆効果です!」

「……そうだな、このまま励め!!」

「「イエッサー!!」」

「……イエッサー!」

 

「ちなみに皆!今日の晩にクラス対抗の肝試しをするから、楽しみにしててね!」

 

 

 

 

 

日が暮れるころ、私は再び洸汰くんの元に向かった。

 

「洸汰くん!今日は肉じゃがだよ、よかったら食べてね!」

「来るなって言っただろ!」

「……ここに置いておくね?」

 

私にはこんなことぐらいしかできないから……

それ以上何も言わず、振り返って施設に戻った。

 

 

 

「お腹もふくれた、皿も洗った、お次は……」

「肝を試す時間だー!」

「……大変心苦しいが、補習連中はこれから俺と補習授業だ」

 

補習の五人が相澤先生に引きずられていく。かわいそう……

 

「……脅かす側先攻はB組、A組は二人一組で3分置きに出発。ルートの真ん中にある自分の名前の札を取ってきて、一周してこの広場に帰ってくること!」

「早速くじ引きでペア決めよー!!」

 

二人一組なら、頼めば代わってくれるかな……?

……あれ、クラス20人で5人補習……

いや大丈夫、引かなければいいだけ……!

 

「――私が余ったああ!!」

 

自分が一人だと、気軽に代わってって頼めないよ……

ふてくされてしゃがみ込む。

 

「青山、オイラと代わってくれよ……」

「オイ尻尾……代われ……!」

「俺は何なの……」

 

「オイデコ、そんなに行きたきゃ俺と代われ」

「……そうじゃない……」

「あ?」

 

「それじゃ、あちきは中間地点で待ってるねー!!」

 

『ラグドール』の″個性″は″サーチ″、一度見た相手の位置や情報を100人まで常に知ることができる。誰かが迷ったりはぐれたりしたときのためにも、適任なのだろう。

 

「よーし、肝試しスタート!!」

 

 

 

 

 

 

さっき出発したのが5組目のお茶子ちゃんと梅雨ちゃん。残りはもう2組とついでに私。

 

「何この焦げ臭いの……」

「黒煙……?」

 

皆の視線が、煙の上がる方へと向く。まさか山火事が……?

 

「――なっ何!?」

 

その声に振り返ると、ピクシーボブが引き寄せられるように離れていくのが見えた。

ピクシーボブが、頭から血を流して倒れる。そばには二人の見知らぬ人影が……

 

「何で……何でヴィランがいるんだよォ!!」

「っピクシーボブ!!」

 

――飛び出そうとしたところを虎さんに制止された。

 

「やばい……!」

 

マンダレイが呟く……

――洸汰くん!!

 

「ご機嫌よろしゅう雄英高校!我ら(ヴィラン)連合開(びゃく)行動隊!そして俺の名はスピナー!『ステイン』の意志を継ぐ者だ!」

 

敵がこの二人だけとは思えない、どう動くべきだ……?優先順は……?

 

「虎!()()は出した、他の生徒の安否はラグドールに任せよう……私らは二人でここを押さえる!」

「皆行って!!良い!?決して戦闘はしない事!委員長引率お願い!」

 

「承知致しました!…行こう皆!」

「……先に行ってて!」

「緑谷くん!?何を言ってる!?」

「マンダレイ!!私、知ってます!私が行きます!」

「緑谷!!」

 

マンダレイは一瞬だけ私を見たが、何も言わなかった。

ワン・フォー・オール、全身20%……!この広場からはそう遠くない、すぐに着く!

私は木々の中へと駆け出した。

 

 

 

 

 

高台の下にたどり着き、ひとっ飛びで上に登る。

 

「洸汰くん!!」

「――っ!……お前か……なあ、何なんだよこれは……!」

 

上から見渡すと、火事の様子がよく見える……普通の火じゃない、煌めくような青い炎だ。それと、立ち登る黒煙とは別に、木々を囲んで漂うピンク色の煙……

 

「とにかく避難を――」

 

――こちらに近づく大きな人影。

 

「資料にあったヤツと、知らねえガキがひとり……」

「――洸汰くんつかまって!!」

「え……」

「早く!」

 

両足に集中、瞬間40%!!

高台から飛び降りた――

 

「逃がすかよ!俺と遊ぼうぜ緑谷ァ!!」

 



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No.19 vsマスキュラー

 

「逃がすかよ、俺と遊ぼうぜ緑谷!」

 

高台から飛び降りながら、一瞬後ろを振り返る。

男の身体が不自然に膨らんでいく……

私が着地すると同時に、その男も飛び降りた。

 

「生きがいいね、楽しみだ!お前は率先して殺しとけって言われててなァ!!」

 

――私を率先して?つまり、他の生徒もターゲットになっている……?そしてあの男の″個性″……赤い筋のようなものを身に纏っている――

すぐに前を向き、地面を蹴って森の中へと駆け出した。

 

「アイツは……アイツは……!!」

「洸汰くん!?後ろ見てたら危ない、ちゃんと掴まってて!」

「……アイツが、パパとママを……!」

「っ!?そんな……!」

 

バキバキィ!!

木々が薙ぎ倒される音が後ろから聞こえてくる。

 

「オイオイ!そんな速さじゃ追いついちまうぞ!?」

 

走りながら思考を巡らせる……

逃げ切れなくていい、アイツを他の場所に向かわせるにはいかない……私を狙っているなら好都合、このまま施設に行けば洸汰くんの保護をしつつ加勢を望める。

あの男の″個性″、身に纏っていたものは何だろう?パワーとスピードを兼ね備えている。纏うだけで強くなる?しっくりこない……赤い筋……筋……筋肉?

大量の筋肉を纏って、自分を補強する″個性″!!

 

「血ィ見せろや!!」

 

振り返って拳で地面を叩き、牽制する。

ワン・フォー・オール、瞬間40%!!

SMASH!!

 

「うわあ!!」

「ごめん洸汰くん、もう少しだから!」

 

「いいパワーだ!お前となら絶対、楽しく()り合える!頼むから、逃げないでくれよ緑谷ァ!!」

 

再度駆け出す、そろそろだ!!

木々の隙間から、施設の明かりが見えた。

 

 

 

 

 

「生徒が大事か?守りきれるといいな……また会おうぜ」

「先生今のは……!」

「……中入っとけ、すぐ戻――」

 

「先生ぇ!!!」

「緑谷!お前……」「緑谷くん!?」

「「緑谷!!」「……!!」

 

相澤先生と、さっき広場で別れた4人……タイミングが被った……!

 

「広いとこだなァ……わざわざ案内してくれたのか?戦いやすい場所に……いいヤツじゃねえか緑谷!嬉しいぜ!!本気でやっていいんだよな!?」

「お前ら中入っとけ!!緑谷お前もだ!」

「プロヒーロー『イレイザーヘッド』!お前にだけは注意しろってアイツ言ってたなァ……″個性″を消せるって?んじゃこれならどうだ……?」

 

その男は一旦森の中に姿を隠す。……やばい、絶対にやばい……!!

 

「飯田くん!洸汰くんをお願い!!」

「お願いだって!?待て、君は……」

「お願い!!」

「ボサっとするな!!!逃げろ!!!」

 

みんなが施設の入口へ走りだす。

ワン・フォー・オール、全身20%!!

 

「ふざけるなよ緑谷……!!お前はいつもいつも――」

 

バキバキィ!

木が倒れる音とともに、男が異様な風貌で現れた。

厚い筋肉で覆われ、元の身体の二倍以上にも膨らんでいる。

 

「……消えない、なんだアイツは?」

 

……すでに纏った筋肉は、イレイザーヘッドの″抹消″でも消えないのか……!!

 

「本筋は他に任せていいよなァ!?こっち()るのも仕事だろ!?」

「先生下がって!!」

 

瞬間40%、デトロイト……SMASH!!

ドガァァン!!

私は弾き飛ばされて、地面を転がった。

 

「ははっ!!俺の方が強え!!いい気分だ!!」

「緑谷!!」

「貼り直せないと面倒だからな、先にお前から殺してやるよ!!俺は緑谷とタイマンがしてえんだ!!」

 

相澤先生は、ヤツに向かって捕縛布を伸ばす。

……同時に私に向かって、もう片方の端を低く飛ばす。

 

「そんな非力な腕で何ができる!?こっちに来いよ!!」

「ほざいてろ」

 

ヤツがそれを掴んで引き寄せるが、相澤先生は直前で切り離す。後ろに下がった先生を見て相手はすぐに跳躍し、膨れ上がった腕を叩きつけた。

私は伸びてきた捕縛布を引っ張る。

 

「ひゅ〜、色々考えてんのな」

 

「先生!!」

「緑谷、これ使え」

 

しなやかに着地した相澤先生から、布を切り離すのに使っていたナイフを渡される。

 

「っ!?」

「あの分厚さじゃ打撃は効かん、躊躇うな……だが殺すなよ」

「……はい」

()()()()と言っていた、切って消耗させろ」

 

「小細工はやめて、もっとぶつかり合おうぜ!!」

「……お前は黙っていろ!!!」

 

相澤先生が、突然大声を出す。

 

……瞬間40%でも押し負けた、20%じゃ速さも負けてる……なら、全身40%!

 

「黙って静かにしていろ!!!俺がいいと言うまでだ!!!」

「オイオイ、キレんなって……俺は楽しみたいだけだ」

「静かにしていろと言ったんだ!!動くな!!!」

「誰が聞くかよ!バカなのかぁ!?」

 

身体が(きし)むような感覚だ……でも動ける!!長くはもたない、どうにかして一太刀入れる!

――それでダメなら、100%を撃つ――

 

「はああっ!!」

 

飛びかかって右の蹴り、腕でガードされた。すかさずナイフを振り下ろす……しかし、反対の腕で突き飛ばされた。

 

「浅いな、逸らしたか……ボキボキに折るつもりで振ったんだが……」

「っ……!」

「さっきより速いが、ぎこちない動きだなァ?それにお前、ナイフ(それ)使い慣れてないだろ?そんなの捨てて、正面からヤろうぜ!!」

 

さっきより弱い……消耗し始めてる……!!このまま続ければ……!!

 

「その為にも、まずこっちを殺さねえとなあ!!」

「っ!!」

 

私とアイツの、動き出しの速さはほぼ互角……間に合わない……!!

施設入口の柱のそばに移動していた相澤先生に向かって、私とヴィランが飛び出した。

 

「先生!!」

「血祭りだ!!」

 

「そうだな、血祭りだ……もういいぞブラド!!」

 

柱の陰から、大量の血が噴き出す。

その血が固まって無数のトゲがついた壁に変わり、勢いよく迫るヴィランに突き刺さった。

 

「……それがどうした!?身体まで届いてないぜ!?」

「……プロを舐めるな!血剣!!」

 

――刺さった血のトゲが刃に変わり、筋肉の層を切り裂いた。再び形を変えて相手を覆い、その身体を地面に固定する。

――瞬間40%!!

 

「デトロイト……!!」

SMAASH!!

 

 

 

 

 

「イレイザー、隠れる必要あったのか?」

「わざわざ姿を晒す理由がない……確実に、合理的にだ。お前が冷静で助かった」

 

B組の担任、『ブラドキング』先生の″個性″は″操血″。自分の血を自在に操ることができる。

 

「……捕縛布の長さを残しておきたい、いいか?」

「ああ」

 

固まっていた血が、管を通って体に戻っていく。手足の拘束だけを残した状態で、ブラド先生がその男を担ぎ上げる。

 

「ブラド、引き続き中にいる生徒を頼む。緑谷、お前も……」

 

私はすでに、個性なしで捕縛布を躱せる間合いまで離れていた。

 

「私も行きます」

「ダメだ、戻れ」

「ナイフ返します、こっちに来てください」

「戻れ!!」

「私が先生を抱えて行きます、そのほうが速い」

 

「イレイザー、アイツ一人で行きかねないぞ」

「……ッ……後で処分覚悟しとけよ」

 

「ブラド先生!!みんなをよろしくお願いします!!」

 

ワン・フォー・オール、全身20%!

相澤先生を前に抱えて走り出した。

 

 

 

 

 

「お前マジでふざけるなよ……」

「今さら照れないでくださいよ」

 

「……広場でいいですか?」

「ああ……マンダレイのテレパスで、生徒に戦闘許可を出す」

「……あ……」

 

そういえば許可もらってない。

 

「でも結局、ヒーロー免許ないとダメなものはダメなんですよね?」

「責任は全部俺が持つ……だがお前は別だ、覚悟しとけよ……!」

「動かないでください、落としちゃいます!」

 

 

 

「見えてきました!……あれはマンダレイ!」

「緑谷、俺を投げろ!」

 

力任せに、相澤先生を放り投げた。

先生が捕縛布を伸ばし、ヴィランがマンダレイに向かって振り下ろした武器を絡め取る。

 

「マンダレイ、テレパスを頼む!」

「イレイザー!?」

 

『A組B組総員、プロヒーローイレイザーヘッドの名に()いて、戦闘を許可する!!』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ドガァァン!!

 

「先生!!今のは!?」

 

この音は施設のすぐ外だ……イレイザーなのか?何をしている?

 

「……みんなこっちだ!この部屋に!」

 

廊下を走る足音が複数、避難に来た生徒だろう……ドアを開けて姿を確認した。生徒4名と子供がひとり、5名が向かってくる。

 

「A組委員長だな、よく無事だった。みな中へ入れ」

「ブラドキング先生!すぐ外でヴィランと交戦中です!相澤先生と、生徒が一人!緑谷くんが一緒に……!」

 

緑谷、イレイザーが言っていた問題児か……

 

「俺も加勢に行こう、外のヴィランを片付けたらすぐ戻る」

「先生!俺も行きます!」

「ダメだ」

 

「全員この部屋から出るな!絶対にだ!」

「先生、お願いします!俺も――」

「ダメだ!」

 

「切島、もしヴィランが部屋に入ってきたら、″硬化″のお前が皆を守れ。物間、A組の個性も覚えてるな?」

「……オッス!!」「…当然です」

 

ドアを閉めて、玄関へ向かった。

 

「やっぱイカれてるよ……ヒーローなんて……」

 

 

 

 

 

玄関の先、施設の外にヴィランの姿を見つけた。

身体が何かに覆われている、あれが個性か?イレイザーがいるのに消えていない……

建物から出て声を掛けようとした時、大声が聞こえた。咄嗟に柱の陰に隠れる。

 

「イレ……」

「お前は黙っていろ!!」

 

「黙って静かにしていろ!!!俺がいいと言うまでだ!!!」

 

イレイザー……?様子がおかしい……ヴィランに向かって怒鳴っている……いや、アイツがそんな無意味なことをするか?合理的が口癖の男だぞ?

 

「静かにしていろと言ったんだ!!動くな!!!」

 

……了解だイレイザー、お前を信じよう……

 

 

 

 

 

「もういいぞブラド!!」

 

わざわざ呼ばなくても、ここしかないだろう!!

自分の血液が、管を通って噴き出す……

まずは貫く!

そして……切る……!!

 

「プロを舐めるな!…血剣!!」

 

すぐに血を操り、逃げられないように縛り付ける。

 

「デトロイト……スマッシュ!!」

 

 

 



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No.20 連合の標的

『A組B組総員、プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!!』

 

マンダレイのテレパスが私にも聞こえた。おそらく、合宿に来た全員に一斉送信したのだろう。

 

「イレイザー!!ここは私らに任せて、生徒の保護を!!」

「マンダレイ!!洸汰くん無事です!!」

「ちょっと!?戻ってきちゃったの!?」

 

「ここは任せていいんですね!……先生!!まだ森に残っている生徒が多すぎます、私と先生で二手に分かれて探すべきです!!」

「……俺が左だ、お前は右の道から行け。無理はするな、そして必ず施設まで戻ってこい」

「はい!!」

 

「いつまで喋ってるのかしら!?行かせないわよ!!」

 

虎さんが相手をしていたヴィランが、私に向かってきた。しかし、飛んできたナイフに驚いてその足が止まる。

 

「手を出すなマグ姉!!」

「何するのよ!!」

 

よくわかんないけど助かった、今は急げ!!

私は再び薄暗い森の中へと駆け出した。

 

右の道……つまり肝試しコースの出口側から入ったから、1番目スタートの常闇くんと障子くん、2番目のかっちゃんと轟くんが近いはず。この二組からB組生徒の大まかな位置を聞いて、安否を確認しながら中間地点を目指し、施設に引き返す。

 

あの筋肉ヴィランが言っていた、『私を率先して殺す』……(ヴィラン)連合の目的はおそらく、生徒の殺害……!優先度があるらしいが詳しくは分からない。外部に開示されている情報といえば、体育祭か…?だとすると、1位のかっちゃんも優先的に狙われているかもしれない……

この森の中だと、かっちゃんは満足に戦えない……急がないと!!

 

 

 

突然、木々の間から黒い影が伸びる。咄嗟に横へ飛び退いて躱し、起き上がった。

一体何が……一瞬しか見えなかったが、とても大きい影だった――

 

「緑谷、音を立てるな」

「っ!?」

 

後ろから口を塞がれ、驚いて振り返る。しかし、そこに人影はなく、長く伸びる腕とそこに生えた耳と口があった。

 

「悟られないように小声で話せ」

「……分かった」

 

足音を立てないように慎重に歩く。伸びてきた腕の先、木の陰に隠れている障子くんと合流した。

 

「障子くんが一人ってことは、さっきの影は……」

「ああ、常闇のダークシャドウだ。俺がヴィランの攻撃から常闇を庇って負傷し、それが奴を暴走させるきっかけになってしまった」

「負傷って、怪我は大丈夫……?」

「だいぶ痛むが問題はない」

 

「緑谷……お前が来たのは、この先にいる皆を救ける為なのだろう?ここを通りたいなら、奴をどうにかしなければならない。光があれば……」

「明かり……スマホのライトなら……!」

 

ポケットに手を突っ込むが、そこにスマホは無かった。

 

「あれ!?無い!落とした!?」

 

たしかに、ここに来るまで結構激しく動いたけど……!気付かないなんて!

 

「ウガァァァ!!!」

「緑谷!」

 

ワン・フォー・オール、瞬間40%!!

SMASH!!

 

私の声に反応して攻撃してきたダークシャドウに、拳を叩き込む。

――強い……!押し負ける……!!

 

「……俺から離れろ……死ぬぞ!!」

「常闇くん!」

「……俺のことはいい!!他に……向かえ!!」

 

常闇くんがなんとか抑えようとしてこの暴れ具合じゃ、私には対抗できない……!!

一旦退いて障子くんの元へと戻った。

 

「緑谷、お前が先へ行きたいのなら……俺が道を拓こう。奴を明かりの方へ、施設か火事のどちらかへ誘導する」

「施設も火事も距離がある……それに、私だけ先に行くつもりはない、何より私は全員を救ける為に来たから…!」

 

 

 

 

 

私は後ろから迫るダークシャドウの攻撃を捌きながら、二人で森の中を走っていた。

暴走していて単調なその攻撃は、範囲と威力こそ凄まじいが、避けることに集中していれば何とか対応できる。それに、時々障子くんも複製腕を伸ばしてサポートしてくれている……私が引きつけて、その間に障子くんが周りを探る。この形が一番効率が良いはず……

 

「いたぞ!氷が見える、交戦中だ!」

 

引きつけるのをやめて、一気に駆け出した。

 

「爆豪!轟!どちらか頼む、光を!」

「やばいやばい!助けてぇ!」

 

呆気に取られて立ち尽くす二人に呼びかける。

 

「早く光を、常闇が暴走した!!」

「うわああ!!!」

 

「分かった、今炎を……」

「待てアホ」

「何で待つの!?」

「……見てえ」

 

後ろを振り返ると……

さっきまで二人が戦っていたらしいヴィランが、ダークシャドウと対峙していた。完全に解放されたダークシャドウが、木々を薙ぎ倒しながらそのヴィランをぶっ飛ばす。

 

「強すぎでしょ……」

 

轟くんが、背負っていたB組の円場(つぶらば)くんを一度下ろす。かっちゃんと二人で、暴れ続ける常闇くんへ向かっていった。

 

 

 

「てめぇと俺の相性が残念だぜ」

「……?すまん、助かった」

「常闇、大丈夫か?」

「……障子……悪かった……緑谷も……俺の心が未熟だった……」

「平気だよ、そんなに自分を責めないで」

 

「いや、俺の責任だ……怒りに任せて″個性″を解き放ってしまった……本当にすまない……」

「そういうのは後だ、とお前なら言うだろうな。……緑谷、どうするつもりだ?」

 

「みんなに聞きたいことが……他のB組生徒がいた場所、大体でいいから覚えてる?中間地点より後の区域だけでいいから」

 

私が何をしようとしているのか察したのか、轟くんが口を開く。

 

「待て緑谷、中間地点付近はラグドールがいる……プロに任せて俺たちは避難するべきだ。それにこの先はガスが漂っていて進めねぇ……」

「ガスはもう消えてるみたいだよ?」

 

森の中へと続く道、その先にガスらしきものは見えない。

 

「なにしろ木ィばっかだ、正確な場所は覚えてねえが……どいつも道沿いにいた」

「そっか、ありがとかっちゃん」

「デコ、俺が案内してやる」

「っダメ!」

「……どういうつもりだテメェ」

 

「……森の中だとかっちゃんは大きい爆破ができない、身軽な私ひとりでいい。みんなはこのまま施設に向かって」

「一人で行くだと!?危険すぎる!緑谷、忘れたのか!?俺たちは資格すらない学生の身だぞ!」

 

轟くんが強い口調で言い放つ。……でも、それでも私は……

 

「……俺はその気になりゃ飛べる、木より高けりゃ燃え移ることもねえ……ついてくなら機動力のある俺だ、文句は言わせねえぞデコ」

「……分かった、二人で行こう」

「オイ待て!!お前ら――」

 

静止を振り切って、私たちは先へと進んだ。

 

「轟!待て!常闇の為にも、お前は我慢してくれ!」

「っ……!!クソッ!!」

 

 

 

 

 

「確かこの辺りだ、道の右から……逆からだから左側だな」

 

茂みをかき分けて、誰か倒れていないか探す……

高台から見下ろしたとき、ガスはかなり広がっていた……今は消えているが、この辺りにいた人は確実に吸ってしまっているだろう……

 

「一人いたぞ、こっちだ」

 

暗くて、誰なのかまではわからない……先に近づいたかっちゃんに問いかける。

 

「どう……?」

「特に怪我はしてねえ、呼吸もある」

 

髪を結んでる男子、ごめん名前知らないや……後でちゃんとB組全員覚えておこう。

 

「私が背負うよ」

「いや俺が背負う、テメェは周り見とけ」

「でも――」

 

 

 

――咄嗟に振り返って腕でガードする――

鋭い何かが左腕に突き刺さった。

 

「っ!?」

 

――間合いは2メートルぐらい、踏み込め!

放った蹴りは躱された……私の腕に刺さったものが抜けて、それに繋がった管が戻っていく。

 

「デコ!!」

「……少ない!上手くいかないことばかりです!」

「誰だ!」

 

……何のことだ……?少ないって……

いや、それよりも……あの身のこなし、捉え切れるだろうか?

 

「トガです、緑谷出子ちゃん!また今度会おうね!」

「……待て!」

 

「デコ!深追いすんな!」

「っ……でも……」

 

既にそのヴィランの姿は消えていた。

 

「逃がしたら、他を狙うかもしれない……!」

「……落ち着け、腕の傷は?」

「……大丈夫、動かせる」

 

「まだ進むか?それともコイツを連れて戻るか?」

「……まだまだ残ってるはず、行かなきゃ」

 

 

――ドサッ!

突然、人が……いや、かっちゃんが背負ってた男子が降ってきた!崩れ落ちながらも何とか受け止める……

 

「ちょっとかっちゃん!?どういうつもり!?ケガ人を放り投げるなんて――」

 

…………いない…………

 

「かっちゃん……?どうしたの……?」

 

そんな……さっきまで普通に話してたのに……

受け止めた男子を地面にゆっくりと横たえて、立ち上がる……

 

 

 

「――彼なら、俺のマジックで貰っちゃったよ」

 

――木の上、仮面の男が立っている――

 

「こいつぁヒーロー側にいるべき人材じゃあねえ、もっと――」

「返せ!!」

 

私は真っ直ぐ飛びかかった――

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「蛙吹!麗日!」

「あ…相澤先生!」

 

距離があったため、捕縛布は避けられた……だが、二人から引き離すことはできた。

 

「……先生に怒られるのはイヤなので、バイバイ」

 

……見るからに未成年じゃねえか、どうなっている?(ヴィラン)連合……子供まで仲間に引き入れているとは……

その女は俺を見るなり、森の中へと姿を消した。

 

「お前ら無事か?怪我はどうだ?」

「私は腕を、梅雨ちゃんは舌を切りつけられて……」

「ケロ……痛むけど大丈夫だわ」

 

「……このまま真っ直ぐ施設に向かえ、ヤツらに見つからないように……」

「先生は……」

「……先へ向かう、動けない生徒がいるかもしれん」

 

優先度……合理的に……動けるこの二人よりも保護すべき生徒がいるはずだ。

 

「充分に気を付けろ、急いで行け!」

「「はい!」」

 

再び道の先へと駆け出した。

 

 

 

 

 

「血が採れてません……ガスの届く端っこに行って、倒れてる人から貰いましょう!」

 



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No.21 魔の手

 

「こいつぁヒーロー側にいるべき人材じゃあねえ、もっと――」

「返せ!!」

 

飛びかかる私から逃げるように、ヤツは別の木に飛び移る。

 

「返せ?妙な話だぜ…爆豪くんは誰のモノでもねえ、彼は彼自身のモノ――」

「返せよクソ仮面!!!」

 

「全く、トークは最後まで聞いて欲しいね……『()()()()()()!これにて幕引きだ!』」

 

――絶対に逃がさない!!!

 

「何故そんなに怒るんだい?体育祭で、ボコボコに痛めつけられてたのは他ならぬ君だろ?完全な勝利を求める彼に、もっと相応しい道を!何者にも縛られない道を我々が――」

「お前に何がわかる!!!!何も知らないくせに!!!」

 

「ああ、なるほど確かに……決着の後に君を助け起こしていたね。()()()()()()()()()()()、パフォーマンス上そうしなければならなかったのさ」

「ッ黙れ!!!」

 

ことごとく避けられる……!!瞬間40%じゃ、木々を飛び移る繊細な動きについていけない……

落ち着け……アイツの″個性″はかっちゃんを攫ったときに手に持っていた、玉のようなもの……その身体能力は普通の人間だ、追いつくなら……

全身20%で、自分の動きに集中しろ!!

 

「あああッ!!!」

「おおっと!?参ったなこりゃ……『飛び入り参加が一名だ、振り切れそうにない。出迎えてくれ』」

 

 

 

 

 

目の前に、少し開けた空間……あれが集合地点か!!

ギリギリで追いつき、空中で拳を振るう。

 

「はああッ!!」

「あたっ!?」

 

ダメだ浅い……!!もう一発!!!

 

「なんだよ女のガキ一人じゃねえか!?楽勝だぜ!!用心しろよな!!」

Mr.(ミスター)避けろ」

 

もう二人……!!まずい、着地を狙われる……!!迎撃か回避か……いや、この体勢だと――

――空中を蹴って横に転がると、激しい炎が広がってきた。輝く蒼炎が右腕を掠める。……ちょっと焼けただけだ、まだ動ける!!

仮面のヤツはどこだ?――窪んだ地面が目に入る――

 

「死柄木の殺せリストにあった顔だ!なかったけどな!」

退()け!!」

 

覆面男をキックの風圧で吹き飛ばすが、反動でフラついて思わず手を地面に付く。……コントロールがブレ始めた……

 

「爆豪は?」

「もちろん!エンターテイナーとしては、演出に欠けるが……」

「知るかよ」

 

ダメージを与えれば解除されるかもしれない、ブッ倒す!!

二人のヴィランの方へ駆け出す――

 

「焼け死にたくなきゃ退()け」

 

集中しろ、瞬間40%……SMASH!!

炎をかき消して進む――

 

「アチチッ!?巻き込むなって!」

 

かき消した炎の隙間を縫うように、仮面の男が手を伸ばす。

――触られちゃダメだ!!咄嗟に後ろへ飛んだ――

 

「――出子ちゃん!こんなとこまで来ちゃったんだねえ!」

「っ……!!」

 

右の太ももに、刺された感覚……右腕で振り払う。

 

「会いに来てくれたの?それとも……?ねえ出子ちゃん、私とお友達になって!!」

「どいつもこいつも!邪魔をするな!!」

「私わかるんです、おんなじだから!好きなんですよね?憧れて、近づきたくて、その人みたいになりたくって!!私とおんなじ!!」

「誰が!!!お前なんかと!!!」

 

……ダメだ、落ち着け!!大雑把になるな……狙うのは仮面の男だ!!

迫るナイフを避けて向きを変える、距離はだいたい……

 

「合図から5分経ちました、行きますよ」

 

辺りに黒い霧が点々と現れ、人の背丈ほどに丸く広がる。

――あいつはワープの……!!

仮面の男とツギハギ顔の男、二人の方へ飛び出した。

 

「ご覧下さい、こちらが今回――」

「いいから行くぞ」

 

遠い……間に合わない……嫌だ、嫌だ……

お願い行かないで……

あなたがいないと私……わたしは……

 

 

 

――(きら)めく光線が仮面を撃ち抜いた。

――ワン・フォー・オール、100%――

 

「っだよ今の……」

「何がエンターテイナーだ、落とすな……っ!?」

 

……視界が黒く染まり、闇の中へと溶けていく……

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「やばいってやばいって!やばいってこいつぅ!!」

 

少し前……

背中から触手がいくつも生えた怪物が、二人の生徒を襲っていた。その先端には、チェーンソーやドリルが付いている。

 

「八百万!!生きてるか!?おい!!頼む走れ、追いつかれる!!」

「すみません泡瀬(あわせ)さん……」

 

「――そのまま走れ!!!」

 

背中の触手が力なく垂れ下がる。直後に足を絡め取られ、その怪物は大きな音とともに地面に倒れた。

 

「泡瀬!!このままでいい、すぐに地面に縫い付けろ!」

「俺!?マジですか!?」

「背中のは動かん、急げ!!」

「っはい!!」

 

 

 

「また脳無か、全く……」

「相澤先生……どうやってここまで……?」

「お前はもう喋るな、頭部の出血が酷い」

 

「B組の小大(こだい)と他数名を保護しようとしたら、叫び声が聞こえた……こちらを優先するべきと思っただけだ」

「そうでしたか……申し訳ありません、(わたくし)は……」

「ガスマスクを創ったのはお前だろ?よくやってくれた……もう休め」

 

「泡瀬、八百万を運べるか?」

「……もちろん!」

「俺は保護に戻る、施設まで頼んだぞ」

 

(やはり俺一人じゃ反対側まで手が回らん……緑谷、そっちはどうなっている……?)

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

――一手でも間違えれば殺される――

 

右足がブラブラと頼りなく揺れているのを感じた。

暗闇に包まれたままで拳を構える……位置はなんとなくわかる、視界が開けた瞬間に撃つ……

周りを巻き込むから、咄嗟に炎は出せないはず……いや、それに賭けるしかない……

先に狙うのは……

 

黒いモヤの隙間から光が見えた。40%――

SMASH!!

 

仮面の男に拳を叩き込む。ツギハギ顔の男の握り拳が開かれて、かっちゃんが飛び出した。乱暴に掴んで自分の後ろに引き寄せる。

 

――部屋の中で、蒼い炎が噴き出す様子がスローモーションのように見える……戦闘態勢に入る他のヴィランたちも……

どうせ折れてる足だ、腰の捻りで思いっきり振る。でも周りの建物まで壊すといけない、80%ぐらいで……

 

――SMAAASH!!!

 

衝撃によって、部屋の半分が吹き飛んだ。

まだワープのヤツが残ってる、すぐに脱出を――

 

かっちゃんの体を左腕でしっかりと抱え、右手を床に突いてバランスを取る。同時に怒号が飛び交っていたが、内容は分からなかった。ヤツらが反応できないほどのスピードで……

今度は左足に集中、100%――

窮屈な姿勢から無理矢理に外へ飛び出した。

 

――建物から飛び出したその先、空中に黒い霧が広がっていく。

BOOOM!!

 

爆発で横に逸れて躱し、それでも勢いは止まらずに飛び続ける。別の通りに降りて、ヤツらのアジトは見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

「何考えてんだ!?ああ!?」

「だって……だって……!!」

 

私を背負ったまま、かっちゃんは夜の街の中を飛び回る。

 

「もう二度と……会えないかもって……」

「……(さら)われただけだろ、考えすぎなんだよ」

 

「デコ、手ェ空いてるならスマホ出せ」

「……無くした……」

「……何やってんだよ……」

 

夜でもまばらに人通りがある……地面に降り立つと、かっちゃんはポケットからスマホを取り出して、ロックを解除してから手渡してきた。

 

「最寄りのヒーロー事務所か警察署はどこだ?」

「先に通報は……?」

「迎えにきてもらうより行ったほうが早ぇだろ」

「……分かった、ちょっとだけ止まって……」

「……とにかく遠くへ逃げるか、なるべく安全なとこに逃げ込むか、なら……ヒーローを頼るべきだ」

「……うん……」

 

現在地情報は……

神奈川県横浜市、神野区……?

 

「横浜だァ?」

「……あったよヒーロー事務所、三つ先の角を左に……」

 

そうだ、現在地情報を送っておこう……

A組のグループトークと、あとは……

履歴の一番上、オールマイトの名前が目に入った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「駄目です死柄木、逃げられました」

「クソッ!!またあのガキだ……!!緑谷……!!」

 

「一番速ぇMr.コンプレスはのびちまってるぜ!?俺たちじゃ追いつけねえよ!俺が行こうか!?」

「私が行きます!もっとお話ししたいのです!」

「あくまで目的はスカウトなのよね?誘う前に逃げられちゃったわよ?」

 

「……お前ら静かにしろ……」

 

 

 

「先生、逃げた二人の居場所は分かるのか?」

「……かもしれない……」

 

 

 

「……仕方がない……コレは()()()()()つもりだったんだが……ドクター、いいかい?」

「こんな言い方したくないが……甘やかし過ぎじゃないのかね?」

「……可愛い弟子の頼みさ」

 

 

 

「弔、代わりに僕からも頼みがある」

 

 



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No.22 神野事件

 

「5km南のビルで爆発との通報です!!」

「5キロか……他のヒーローが先に着くだろうが……行こう、付いてきてくれ!!」

「はい!」

 

逃げ込もうとしたその事務所から、今まさに現場へ向かうところだったヒーローたちが飛び出してきた。先頭のリーダーらしき男性が、私たちに声を掛ける。

 

「――こんな時間に、迷子かい?すまないが中の受付に――」

「すぐにでも追ってくるかもしれねえ!!中に(かくま)ってくれ!!」

 

「匿う……?」

「先輩!女の子……足が……!」

「っ!?」

 

ただならぬ気配を感じたのか、そのヒーローたちは立ち止まった。

 

「お嬢ちゃん、ひどい怪我じゃないか!!…大丈夫だ、すぐに病院に――」

「護衛は何人だ!?距離は!?」

「護衛……!?も、もちろん我々の中から付き添いで――」

「足りねえよ!他からも集めろ!」

 

「…!君たちは、雄英体育祭のときの……!」

「――ッ!今はンなこと――」

「かっちゃん!」

 

肩を叩いて呼びかける。

 

「かっちゃん落ち着いて、ちゃんと説明しないと……中に入ろう、ここは目立つから」

 

 

 

 

 

ソファに横たえられて、私はおとなしく会話を聞いていた。

 

「…俺たちは雄英高校1年A組、ヒーロー科の生徒だ。(ヴィラン)連合の襲撃を受け、誘拐され、アジトから何とか脱出してここに逃げてきた。ヤツらの数は、たしか8人……んで2人は動けねえはずだ」

「他に拐われた生徒は?」

「いない、俺たちだけだ」

「そうか……ありがとう」

 

「……付近のヒーローと警察に要請を、『敵はヴィラン連合、雄英生徒を保護した。事件現場だけでなくこちらの応援も頼みたい』……こう伝えてくれ」

「先輩、住民の避難はどうしますか?」

「避難誘導は目立つ、奴らの狙いである二人がここに匿われていることがバレたら元も子もない。ひとまず応援を待とう」

「了解です!」

 

 

 

「……さすがはプロって感じだね……指示も的確で……」

「……あんなん普通だろ」

 

足がズキズキと痛い……さっきまではそれほど痛くなかったのに……

それに、足だけでなく全身がだるいような気も……

 

「――二人とも、すぐに他のヒーローも駆けつける。そうなればもう安全だ」

「ありがとうございます……」

「病院へ行けるのは警察が到着してからになるだろう。もう少し辛抱していてほしい、ごめんね……」

「いえ、大丈夫です……」

 

 

 

 

 

ほどなくして、次々にヒーローたちが集まり始めた。事務所の外では周囲の警戒と住民の避難が行われ、中では私たちを囲むように6名ほどのヒーローが立っている。

その中の二人が、何やら話しているようだ。付近のヒーロー同士、知り合いなのかな……?

 

「これだけ集まれば充分だろ、早くあの子を病院に連れてやろうぜ」

「いや駄目だ、相手はヴィラン連合……『ワープ』の″個性″を持ったヤツがいる、知っているだろう?警戒に越したことはない。それに、もうすぐ警察も到着するはずだ」

「ワープってんなら、なおさら留まるのはマズくないか?」

「敵の数はそれほど多くない、我々で対応可能だ」

「……お前の管轄だ、従うよ」

 

 

 

「かっちゃん、大丈夫だよね……?」

「……俺を閉じ込めたヤツはお前が倒して、もう一人近くにいたヤツもかなり勢いよくブッ飛ばしてたからな。戦力はだいぶ削れてる……なにしろ森ん中でコソコソ狙ってきた連中だ、こんだけ守られてりゃあ安全だろ」

 

 

 

 

 

「――っあああッ!!!!」

「デコ!?おい!?」

 

頭が……痛い……痛い!!!割れそうなほどに痛い――

あまりの痛みに頭を押さえて、(うめ)きながらソファを転がり落ちてしまった。

 

「な、何があった!?」

「わかんねえよ!!おいデコ!!どうした!?しっかりしろ!!」

 

周りの声は聞こえず、意識が朦朧とする。

逃げなければ……!早く!!今すぐに!!ここから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……頭痛が少しだけおさまり、ゆっくりと目を開いた。足を動かせないので、両腕で体を支えて上体を起こす。

……かっちゃんと、指揮してたヒーローの人……それともう一人……

 

それ以外に何も見当たらなかった。

 

 

 

「二人に当たらないように撃ったからだろうね……完全に一網打尽とはいかないか」

「いったい何が……これは……?私の事務所はどこに……」

「すまない、用があるのは君じゃないんだ」

 

――血が噴き出し、そのヒーローは目の前で倒れた。

 

「それにしても、不思議な感覚だ……見えていないのに、人影だけがはっきりと浮かび上がって視える」

 

 

 

 

 

救けなきゃ……

血が……血を止めないと……

 

()いずって近づいていく。仰向けに倒れたその人の、腹部の傷口は

 

 

 

「デコ……!やめろ、動くな……!」

「……ごめん……なさい……ごめんなさい…………私が、全部私が……ぁ……」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「かわいそうに……身も心もボロボロじゃないか。……さて、これだけ弱っていれば、あるいは……」

「やめろ!!クソッ!!近づくな!」

 

重々しいマスクを付けたスーツの男が、デコに向かって近づいていく。

何なんだコイツは……!!ふざけてやがる……!!

 

「爆豪くん、その子のことは僕に任せてくれ。君には(とむら)から話があるそうだ」

 

辺りに黒いモヤが現れて、その中から死柄木たちが現れた。

弔……死柄木のことか……!!じゃあアイツは……アイツの正体は……

 

「オール・フォー・ワン……テメェが……!!」

 

ヤツを含めて7人、完全に囲まれた……どうする……どうすればいい……?

……増援がくるはず……それまでどうにか……

 

「彼に言われたとおりに、街へ脳無を放ちました。死柄木……」

「ああ、手短に済ませよう……」

「ッ……!!」

 

「単刀直入に訊こう、俺の仲間にならないか?爆豪勝己くん」

 

問いかけには答えず、様子をうかがう……

視線の先に、マスクの男がしゃがみ込んで手を伸ばすのが見えた。

 

「――そいつに手ェ出したらブッ殺すぞ!!!!離れろクソ!!!!」

 

ヤツが倒れているデコの頭を掴み、悲鳴が聞こえた。

 

「やめろ……!!デコ!!!……ッ退()けテメェら!!!」

 

BOOOM!!

爆発はモヤに防がれた。

 

「邪魔すんじゃねえ……!テメェらもブッ殺してやる!!」

「……なんだよお前、そういう感じか……じゃあ体育祭のアレは何だったんだよ……アイツを自分で散々痛めつけてたろ……」

「弔くんには少し難しいのです、好きってどういうことなのか!ステキです、私も――」

 

「もういい……気に入らない……いらないよお前」

 

 

 

――先程までとは違う、明確な殺気が向けられる。

依然として囲まれたままで、爆破も通用しない。

……ここまでなのか……?俺は……こんなところで……

 

「じゃあな、ヒーロー志望生……」

 

 

 

SMASH!!

地面に衝撃が走り、連中がバランスを崩す。俺は爆破で飛び上がって周囲を見渡した。

応援が来たのか?今のは誰が……?

――いや違う、ウソだろ……そんな……

 

「……お前がやったのか……?」

 

窪んだ地面の中心に降り立つ。

倒れたまま動かない。左腕が折れている。

 

「先生、そっちは任せろって言ったよな……?」

「いやあ……すまない、まだ動けるとは思わなかった」

 

 

 

「デコ……まだ意識はあるか……?聞こえてたら俺に掴まれ、一か八か脱出する」

 

聞こえていないなら 一人で戦うだけだ

 

 

 

 

 

「――もう大丈夫だ君達、私が来た!!」

 

 

 



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No.23 平和の象徴

 

オールマイトの拳が素手で受け止められて、その衝撃が広範囲に広がる。

 

「来ると思っていたよオールマイト……しかし、ずいぶんとラフな服装じゃないか」

「非番だったからな、貴様こそ何だそのマスクは?」

 

「二人を救け出し、そして今度こそ貴様を捕らえる!(ヴィラン)連合もろともだ!!覚悟しろオール・フォー・ワン!!」

「覚悟するのは君の方さ」

 

――ヤツの腕が不気味に膨れ上がり、見えない力によってオールマイトは吹き飛ばされた。直線上の建物が巻き込まれて崩れていく。

 

「オールマイトォ!!!」

 

 

「さてと……弔、ここは二人を連れて逃げるんだ」

「……先生、悪いが爆豪はもう必要ない……すぐにでも殺して、ヒーロー社会への見せしめにしてやる……」

「……好きにするといい……だが――」

 

 

 

再び飛びかかったオールマイトだったが、またしてもオールフォーワンに阻まれる。激しくぶつかり合う二人をよそに、死柄木らが俺たちに狙いを定めた。

 

俺の爆風が届かない距離感で、周囲に点々と黒いモヤが現れる。反応する間もなく、一瞬で囲まれた。

 

「――今行くぞ!!」

 

「させないさ」

 

こちらに向かおうとしたオールマイトが地面に叩きつけられた。そのまま投げ飛ばされて、オールフォーワンが追撃を仕掛ける。オールマイトが反撃するが、軽々と躱されてしまう。

 

 

 

 

 

 

――何が『もう大丈夫』だって……?なんだその情けねぇツラは……!!

そんなんじゃねえだろ!!あんたは……俺が憧れたのは……!!

 

 

 

「――オールマイト!!!」

 

「こっちは任せろ!!だから……勝て!!勝てやオールマイト!!!」

 

足引っ張ってたまるかよ、なぁそうだろ!?

 

「オール……マイト……?」

「デコ、自力で掴まれ!!両手空けねえと逃げ切れねえ!!」

 

折れている左腕を自分の肩に乗せ、右腕は脇の下を通させる。

 

「っ……!!」

「今は我慢してくれ!!」

 

「させませんよ、この包囲網から逃げられるとでも……?」

「……おとなしくソイツを渡して、殺されてくれ」

 

「黙れやカス共……!逆境を乗り越えるのが、ヒーローなんだよ……!!」

 

今までのような、ヤケクソの爆破には無駄が多い……

最大火力の爆風を、なるべく拡散させずに推進力へ変える。完璧じゃなくていい、少し方向を絞るだけ……それだけで劇的に変わるはずだ。

ワープ野郎の反応を上回る速度で飛び出す……振り切るまで何度もだ……!!

あとは隙を……

 

考えている間にも、包囲は少しずつ狭くなっていく。

 

 

 

……ダメだ、隙なんてねえ……

逃げるにしろ牽制するにしろ、最初の一手が一番警戒されている……俺の行動を見てから対応するつもりらしい……

なら、爆発の煙で姿を隠すか……?いや、周囲までは広がらねえ……無駄撃ちになるだけだ……

 

「……身元が判るように一部は残してやる、安心して死ね」

「テメェが死ね……!」

 

こんなとこで、くたばってたまるか……!

 

「……黒霧、やれ」

 

「しっかり掴まってろよ……!」

 

 

 

――突然、辺りに白い煙が立ち込める。

 

「ッ!?」

 

――何だ、この煙は!?

まさか、森に居たガス使いか!?だとすると、吸ったらまずい…!

死柄木とワープ野郎以外の4人のうち、どいつが……?

いや待て、なぜ今このタイミングで――

 

 

 

――胸部を締め付けられる痛みで我に返る。

 

 

 

BOOOM!!

 

爆破で斜め上に飛び出した。煙が周囲に広がっていく。

次の爆破で横に飛ぶと、その風圧で煙が掻き消えて、後ろにヤツらの姿が見えた。

 

ここだ、集中……!!

 

BOOM!!

 

目の前に現れた黒いモヤをギリギリですり抜ける。

もっと速く……!!

 

BOM!BOM!

 

まだだ……!!

 

そのまま夢中で飛び続けた。

 

 

 

 

 

……気が付いたときには更地を抜けていて、崩れかけの建物に囲まれていた。

手の痛みが限界だった俺は、瓦礫の隙間を見つけて、ほとんど落下するかのように降り立った。

 

「……痛ってえ……!!」

 

掌がズタボロだ、痛え……!

 

いままで強く締め付けていた腕の力が緩んで、背中を滑り落ちる感触があった。

 

「デコ!?おい!?」

 

完全に意識を失っている。

 

「もっと遠く、安全なとこまで……!もっと人手が――」

 

 

 

「――いたぞ!こちらに2名!」

「……うち1名は重傷だ、担架出せ!」

 

救急隊員らしき人物が、何人かこちらに向かってくる。

向かいは大通りのようだ……隙間からでも多くの警察官の姿が見えた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「――今行くぞ!!」

「させないさ」

 

 

 

「それにしても、やはり弟子は師匠に似るものだね……後先考えずに、愚かにも一人だけで飛び出して来てしまう。君も、あの子も……結局一人じゃどうにもならないというのに」

「あの女もそうだった……先代継承者、志村菜奈……君を逃す為に、無様に死んだあの女さ」

 

「黙れ……!!!」

 

「しかしあの時とは違って……二人を逃すことすら叶わずに、君はここで死んでしまうわけだが」

 

「ッ…………!!」

 

 

 

 

 

「――オールマイト!!!」

「こっちは任せろ!!だから……勝て!!勝てやオールマイト!!!」

 

 

 

「……ああ、勝つさ……!必ず!!」

 

貴様だけは、この私が……!!

 

 

 

 

 

 

『限界だーって感じたら思い出せ、何の為に拳を握るのか』

『オリジンってやつさ!そいつがおまえを、限界の少し先まで連れてってくれる!』

 

たとえ残酷な運命が定まっているとしても、あと少し……この一瞬だけでいい

ワンフォーオールよ、私に力を……!

 

『皆が笑って暮らせる世の中にしたいです』

 

 

「UNITED STATES OF――」

 

SMASH!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窪んだ地面の中心に黒い霧が漂い始め、その中から人影が現れる。

 

「おいおい先生、なんて(ざま)だ……こりゃどう見ても、あんたの負けだぜ……?」

「でもなァ……今度は殺すって言ったもんな、オールマイト……言ったからには、最後までやり遂げないとな……」

「さあ、何か言い残すことは……?」

 

 

「志村菜奈という女性を知っているかい?」

 

 

 

「誰だよ」

「……そうか……」

 

……ならいいんだ……

知らないならそれで……

 

 

 

ナイトアイ……最期に、君に直接謝りたかった……つらい思いをさせてしまって、本当にすまない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全然スッキリしないな……」

「まあいい、記念に一つ貰っていくか」

 

 

「……先生、あんたの自業自得だぜ?さっさと緑谷を殺していればよかっただけだ。俺はあんたの様にはならない」

 

「じゃあな、しばらくはバカンスを楽しんでくれ、先生」

 

 

 



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No.24 事件のその後

 

「私は…………私たちは、これからもずっとそばで見守っているよ」

 

……オールマイト……?

 

 

 

 

 

目が覚めた時には全てが終わっていて

私は見届けることすらできなかった

 

 

 

 

 

 

「……ようやく起きたか」

「……ここは……?」

「病院だ、見りゃわかるだろ」

 

丸イスに座っていたかっちゃんが立ち上がり、ドアへと歩いていく。ドアを開けたまま外の誰かと軽くやり取りして、すぐに戻ってきた。

 

「軽く事情聴取だとよ。まあ、俺や他のヤツの証言で、てめぇの事件当日の行動は大体追えてる」

「…それはいいんだけど、その前に……」

 

「あれからどうなったの……?オールマイトは……」

 

本当は聞く前から分かっていた、オールマイトのことは……夢の中で会って、既に言葉を交わしていた。

 

「……勝ってたんだ、オールマイトは……なのによ、あのカス野郎、死柄木は……!」

 

 

 

かっちゃんが話してくれている間、私は俯いたまま黙って聞いていた。

 

「……夜明け頃、意識を失っているオールフォーワンを警察が拘束した。事件についてはここまでだ、それからは――」

「待って……!」

 

「あの人は……?私たちが逃げ込んだヒーロー事務所の、あの人……」

「…………」

 

「まだ、名前も聞いてなかったのに……」

 

 

 

「……昨日の明け方、行方不明になっていたラグドールが保護されて、同じくこの病院に運ばれてきた。これで一応は、合宿関係者は全員無事だったことになる。そして雄英からリカバリーババアが俺とお前を治療しに来た。その日の夕方、雄英が記者会見を開いた」

 

「一応無事とは言ったが、ガスをまともに吸った連中はまだ目覚めてねえ。ラグドールの方は酷く衰弱していて、その上″個性″が使えなくなっているらしい。詳しい検査はこれから別の病院でするらしいが……」

「個性が……それってまさか……」

「ああ、ヤツに盗られたと考えるのが自然だ」

 

「デコ、テメェは奪われなかったみてぇだが……どこまで覚えてる?」

 

「オールフォーワンに触れられて、そしたら痛みで意識が……オールマイトが来てくれたことと、必死でかっちゃんに掴まってたことは、なんとなく覚えてるけど……」

 

「あの煙は自覚なしか」

「……煙……?」

 

「いくら考えてみても、お前以外にありえねぇんだよ……あの瞬間あの場で、あんなことをする……できるヤツは。連中に囲まれた俺たちを隠すように広がって、逃げ出す隙を作り出した煙幕。十中八九、あの白い煙はオマエが出したものだ」

「私が……?」

「…………」

 

「個性が複数……それじゃまるで――」

 

 

 

コンコンとノックする音が聞こえて、ゆっくりとドアが開いた。

 

「塚内さんに、グラントリノ……」

 

「……爆豪くん、少しだけ外してくれるかい?」

「……オイオイ、俺はあんたら二人に、事情はもう知ってるって言ったよな?」

「しかし――」

 

「かっちゃん、何かあったら後で話すから」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

「夢の中で、オールマイトに会ったんです。長くは話せないと言って、私に伝言を託して消えていきました」

 

私が続ける前に、塚内さんが疑問を口にする。

 

「待ってくれ、君を信用してないわけじゃないんだが……本当にただの夢だったという可能性もあるんじゃないか?」

「前にも夢の中で、歴代の継承者に会ったことがあるんです。それに、ただの夢にしては伝言の内容が具体的すぎて……」

 

 

 

 

「死柄木弔は……オールマイトの先代、志村菜奈さんの孫だそうです」

 

驚いて固まるグラントリノを見て、私は思わず顔を伏せ、黙り込む。

そのまましばらく、二人の会話を黙って聞いていた。

 

 

 

 

 

「……私も、死柄木の捜査に協力させてください」

 

「……ダメに決まっとる」

「でも……!私がやらなきゃいけないんです……!」

 

「資格すら持っとらんヒヨッコを関わらせるわけにはいかん」

 

グラントリノの言葉に、塚内さんも頷く。

 

「……つまり、資格があれば……いいんですね……?」

 

私の問いかけに、二人は何も答えない。

 

 

 

「……そうだ、塚内さんの連絡先を私に教えていただけますか?」

「……ああ、構わないよ」

 

「それともう一つ、オールマイトに頼まれてて」

 

「『サー・ナイトアイ』に会いたいんですが……グラントリノ、連絡先知りませんか?」

 

「今は教えられん」

「……どうしてですか?」

 

「今は、そっとしておいてやってくれ」

「……分かりました」

 

 

 

 

 

二人が病室を出て、程なくしてかっちゃんが入れ替わるように入ってくる。

 

「……で?何話したんだ?」

「夢の中でオールマイトに会ったことと、そのオールマイトからの伝言について」

「……そんだけか?」

 

「うん」

 

 

 

かっちゃんも責任を感じている

 

でもこれ以上、かっちゃんを巻き込むわけにはいかない

私がやらなきゃいけない、後継である私が

 

私が必ず、死柄木を捕まえる……!!

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「もうじきリカバリー婆さんがそっちに着く……念を押すが、絶対に病院から出歩くなよ」

「んなこたァわーってますよ、センセー」

 

待合室の固定電話を置いて、担任の相澤との電話を切る。

 

「……やっぱまだ痛ェな……」

 

包帯が巻かれた手を軽く握ってポケットに突っ込み、後ろの警官に向けてうなずいた。

 

病院内を歩くにも、いちいち護衛が付いてきやがる。ヴィラン連合は()()()()()()()()()と伝えても聞きやしねえ。

 

 

 

デコの病室に着くと、ドアの前で佇む小さな影が見えた。

 

「何でテメェがここにいんだ?」

「…………」

 

今この病院に入れるのは関係者だけのはずなんだが……

……いや、おそらくラグドールに会うためにマンダレイが連れて来たんだろう。

 

「中入んなきゃ見舞いになんねぇぞ」

 

 

 

 

 

「右腕に軽度の火傷、左腕は骨折と刺し傷、右足全体を粉砕骨折、右腿にも刺し傷、左足も骨折」

 

見舞いに来たガキ、洸太がデコの怪我の具合を訊いてきたので答えてやると、どんどん顔が青ざめていく。

 

「だ、大丈夫なのか……?そんなにひどいケガ、ちゃんと治るのかよ……?」

「ああ、治る。今日ここに来る、雄英の婆さんの″個性″で、な」

 

「……その人なら、ラグドールのことも治せるのか……?」

「……それは無理だ、失った個性は誰にも戻せねぇ」

 

……おそらくはただ一人を除いて、と心の中で付け加えた。

 

 

 

 

 

「アイツらのせいで、いつもこうなる……危険だって、みんな本当はわかってるんだろ……?それなのになんで、ヒーローになんて……」

 

「分かってるから、ヒーローなんだろ」

 

 

 

包帯だらけで眠るソイツを見て呟いた。

前髪に隠れていて、額の火傷は見えない。

 

 

 

オールフォーワンは捕まったが、まだ終わりじゃねえ……俺が必ず落とし前つけさせてやる、死柄木……!!

 

 



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仮免試験〜
No.25 新たに始まる日々


 

 

 

出子(いずこ)……雄英、行かなきゃダメ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神野事件から一週間以上が経っても、テレビでは連日、事件やオールマイトの特集が組まれている。

ヴィラン連行が雄英1年ヒーロー科の合宿を襲撃し、ワープの個性で生徒2名を誘拐。2名は救出されたが、その際に起きた戦闘で、オールマイトをはじめとして多くの犠牲が出てしまった。

直後の報道では実名が伏せられていたが、現場の目撃者も多かったため、ネット上ではすぐにその2名が、雄英体育祭1年部優勝・準優勝の爆豪と緑谷であると特定されていた。

これを受けて雄英は、隠すのではなく記者会見にてこの事実を明言し、今後の対応を表明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

家庭訪問に訪れた相澤がインターホンを鳴らすと、すぐに応える声がした。

 

「はーい、ようこそ先生!さあさあこちらへ!」

 

妙に明るい出子(いずこ)は、玄関を開け担任に向かって手を振る。隣では、彼女の母親が静かに立っていた。

 

 

 

「……事前にお伝えした通り、全寮制についての説明に伺いました」

 

相澤は、緑谷の家庭訪問が一番苦労すると考えており、覚悟していた。しかし……

 

「出子をよろしくお願いします」

 

あっさりと頭を下げる母親に、彼は驚きの表情を隠せなかった。

 

「事前に二人で話し合いました。私は、この子に幸せになってほしい……」

「これからもきっと、先生方に迷惑をかけると思います……それでも、この子を見てくださるのなら……どうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

雄英敷地内、学生寮は1クラスに丸々一つの建物が割り当てられていた。

A組担任の相澤が、自分の生徒たちに向き直る。

 

「1年A組全員、無事に集まれて何よりだ。そして……」

 

「オールマイトの後任の教師はまだ決まっていない。もっとも、あの人の代わりなんて誰にも務まらんが……」

 

相澤がオールマイトの名を口にすると、その場は重苦しい空気に包まれた。しばらく静寂が続く。

 

「……しかし、いつまでも落ち込んではいられない。お前らには、これからの未来を担うヒーローになってもらわなけりゃならん。彼への感謝と敬意を込めて、訓練に励んでくれ」

 

話を終えて、寮についての説明が始まる。一階の共同スペースに個室の様子、そして部屋割りを伝えると、各自の部屋を作るために解散となった。

 

「緑谷、ちょっと来い」

 

皆が自分の部屋に向かう中、相澤に呼ばれた出子は、ひとり一階に残る。

 

 

 

 

 

「保留になっていた処分の件だ」

 

「本来、俺はお前を除籍処分にするところなんだが……元雄英生の無免ヒーローなんてニュースを見せられた日には、たまったもんじゃない……追い出すわけにはいかん、処分はなしだ。ただし、次は本当にないと思え」

「かつては違法だったヒーローという存在が、市民の支持を受けて職業と成った。しかし、支持だけを頼りにその活動を許可すれば、混乱は避けられん。今の社会は、ルールを決めた者と、それを守った者によって形成されたことを忘れるな」

 

「……はい」

 

相澤の言葉に、彼女は静かに頷いた。

 

 

 

「相澤先生……ひとつだけ、私の話を聞いてもらえますか?」

「……どうした?」

 

 

 

「私とかっちゃんで、ひとりの生徒を救助しようとした時にヴィランに襲われて、かっちゃんだけが捕まって……私はその後を追いました。警察にも話したとおりです」

 

「でも、警察の人は指摘しませんでした」

 

「私は意識のない彼をその場に置き去りにしたままで、戻ろうともしませんでした。居場所を知っているのは私だけだったのに……」

「意識はないものの命に別条はなく、誘拐された生徒の方を優先すべき。見た様子ではヴィランは撤退するところで、その場に置いていっても襲われることはないはず。……後付けの理由なら簡単に思いつきます。でも、それでも……」

「私は迷いすらしなかった、考えすらしなかった。考えるより先に動いていた。私情で救ける相手を選んだ……あのとき私は、ヒーローでもなんでもなかった。それだけは、本当に後悔しています」

 

 

 

 

 

 

 

 

「デコちゃん、今ね、みんなのお部屋を見て回ってるんだけど」

「!?」

 

「ダメ!無理!」

 

「……デコちゃん?」

「……あー、いや、見ても特に面白いものとかないし、ね?ごめんもう眠いから寝る!おやすみ!!」

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

翌日体育館にて、仮免試験に向けての強化訓練が始まった。訓練内容は″個性″伸ばしと、必殺技の開発。

『セメントス』が地形を変え、『エクトプラズム』が自身の分身によって、生徒一人一人につきっきりでアドバイスをしている。

 

 

 

「全身常時発動、名付けて……フルカウル!」

 

出子は高く跳び上がり、一回転して片足を勢いよく振り下ろす。

 

「ルナアーク!」

 

強烈な踵落としによって、地面は割れて凹んでいた。

 

「ソレハ『ミルコ』ノ技ダナ」

「ええ、実は大ファンなんです!」

 

「女性ヒーローで武闘派は珍しいですからね!ランキングでは現在7位、私の憧れの一人です!それこそオールマイトの……」

 

「……オールマイトの次に好きなヒーローです……」

「……ソウカ……」

 

 

 

 

 

『コスチューム改良については、校舎一階にある開発工房で専門の方に聞くように』

 

放課後、出子は麗日・飯田と共に工房へと向かった。

 

「デコちゃんは何を変えるの?」

「ブーツを改良してもらおうと思ってね。ナイフが刺さったの思い出して」

「ナイフ!?」

「……職場体験の時か……」

「……うん」

 

「あの扉かな?」

 

 

 

BOM!

 

扉を開けた瞬間、謎の爆発に三人は巻き込まれた。

身構えていてなんとか踏みとどまった出子は、飛ばされてきた人物を受け止める。

 

「おっと、あなたはいつぞやの!」

「…………発目さん、どうも」

 

 

 

「このブーツを、もっと頑丈にしてほしくて……多少重くてもいいので、刃物が通らないぐらいのを」

「頑丈にですか!?それならですね――」

「あと、前腕部で刃物受けれるプロテクターがあったらいいかなって」

「さっきから想定が物騒ですねえ!?いいでしょう!さて、どんな機能を付けま――」

「シンプルにお願いします」

「……まあまあ、試してみましょうよ?きっとアナタのお役に立ちます!!」

 

「……私は大丈夫、あっちの二人の相談を聞いてあげて?」

「フフフ…仕方ありませんね!!」

 

「緑谷くん!?」「デコちゃん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

試験まであと数日となったある日の夜、一階の広間に女子一同が集まっていた。飲み物を片手にくつろぐ者もいる中、出子はダンベルを持ったままソファに腰掛ける。

話題は訓練についてで、それぞれの進捗を語っていた。

 

「・・・お茶子ちゃんはどう?」

「自分を浮かすのけっこう慣れてきたし、いい感じ」

 

 

 

 

 

「ねえねえ」

 

皆ひととおり言い終えたころ、芦戸が出子に尋ねた。

 

「緑谷ってさ、爆豪と付き合ってるの?」

「ぅえ!?ち、違うよ!?」

 

「でも好きなんでしょ?」

「…………うん」

「キャー!やっぱり!!」

 

「告白とかしないの?」

「……私は別に今のままで……それに、関係が変わるのが怖い……ちっちゃい頃から一緒だったから……」

 

「でも誰かにとられちゃうかも――」

「それはない。かっちゃんモテないし」

 

「……アレじゃあね」「近づきたくない」

「爆豪だけはないわ」「そうね」

 

「言い出したの私だけどさあ!?みんなヒドくない!?」

「んじゃあさ、どんなとこが好きなの?具体的に!」

 

「……急に訊かれても……」

 

 

 

「芦戸さん、明日も早いですしその辺に」

「えー!?もっと色々聞きたーい!」

「また今度聞けるっしょ」

 

「……じゃあね」

 

彼女たちは、それぞれの部屋へと戻っていった。

 



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番外 幼馴染

 

「いやよ、カワイくないもの!」

「アタシも、もっとカワイイのがいい!」

「……そっか……」

 

 

 

公園で小さな子供達が、男の子と女の子の二つのグループに分かれて遊んでいる。そんな中、ヒーローごっこをしている男の子たちの方へと近づいていく女の子の姿が…

 

 

 

「わ、わたしも……まぜて……!」

 

「オンナノコはあっちでオママゴトでもしてろよ!」

「そーだそーだ!」

 

「……でも……わたしも……」

 

 

 

 

 

「まぁまて、オンナだからとかカンケーねーだろ。いいぜ、なかまにいれてやるよ」

「いいの……?ホントに……?」

「ああ」

 

「おれはカツキ、オマエは?」

「……いずこ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出子どうしたの?この服、襟がヨレヨレになっちゃってるよ……?」

「……なんでもないよ……」

 

 

 

「どうしたの、こんなに泥だらけになって……ここも擦りむいてる……」

「……ちょっと転んだだけ……」

「バイ菌入ったら大変だよ?ちゃんと消毒しないと……」

「……うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝己!!アンタ、また女の子に乱暴したって!?いい加減にしな!!」

「アイツらが大げさなんだよ、ちょっと小突いただけでぎゃあぎゃあ泣きわめいて……でもまあ、デコはマシだな。すぐ泣くけどうるさくねぇし」

「そういう問題じゃないの!!」

 

「そんなんじゃアンタ、そのうち誰も相手してくれなくなるよ。出子ちゃんだってきっといつかは――」

「知るかよ!俺の勝手だろ!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

つば付きの帽子を被り、幼稚園にやってきた出子。

 

「前髪が伸びるまでこれ被るの!」

「ごめん……本当に……」

「もう痛くないし、気にしないで」

 

「かっちゃん、あそぼ!!」

「……もう俺に構うな」

「なんで?もう大丈夫だってば!」

 

 

 

「かっちゃん、元気出して?」

「ねぇかっちゃん」

「ねえねえ」

「ねえってば」

 

 

「しつこいんだよ!!」

「ひゃあ!?」

 

 

「――っ悪かっ――」

「や〜ん!離してぇ〜!」

「……は?」

「えへへ……離してよぉ〜!!」

 

「……お前が掴んでんだろ!離れろ!」

「イヤ!!一緒にあそぼうよぉ!!」

「わかったから離せって!!」

「わーい!」

 

 

 

「デコ、お前……なんでそこまで……」

「だって、私もヒーローになるから!かっちゃんと一緒に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出子、その写真どうしたの?」

「おばさんにもらった!オールマイトのとなりに飾るの!」

「ええ……」

 

 

 

「またヨレヨレになってる……」

「ねぇお母さん!ヨレヨレにならないお洋服が欲しい!」

「……出子?」

「ねぇいいでしょ?」

「……じゃあ、生地が丈夫な服、探してみよっか」

「うん!」

 

 

 

「もう、また泥だらけになって……」

「えへへ……でも楽しかったよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっちゃんが落っこちた!」

「大丈夫だろ、かっちゃん強えーもん」

 

「大丈夫!?たてる?頭打ってない?」

「…………」

 

「ひゃあ!?」

ザバーン!!

 

「うう……強く引っ張りすぎだよ……」

「ははっ、お前が手ェ伸ばしてきたんだろ」

 

「二人とも早く上がってこーい」

「おーう!……ほら行くぞ」

「……うん……!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ヒーローってさ、具体的にどうやったらなれるの?」

「んなことも知らねぇのか?」

 

「ヒーローになるための学校ってのがあんだよ」

「学校?中学校のこと?」

「違ぇ、高校のことだ。ヒーロー科ってとこの試験を受けて合格しなきゃ入れねぇ。特に有名なのは『雄英高校』だな」

「雄英、聞いたことあるかも……」

「国内No.1のヒーロー学校だぞ、聞いたことあるに決まってんだろが」

 

 

「……ねえ、中学校でヒーローの勉強はしないの?」

「……しねぇよ、クソつまんねぇ普通の勉強だけだ」

「そっか〜」

 

 

 

「じゃあ、自分たちで特訓しないとね!」

「あ?……ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出子、どうしたのそれ?」

「……そんなに変かな?」

 

中学生になったばかりの出子は、自分の額の火傷をさらけ出すかのように、金色のヘアピンで前髪を留めていた。

 

「痛々しいって感じでもないし、むしろオシャレかなって」

「……そのまま学校行くの?」

 

「この火傷について知ってる人はもうほとんどいないし、みんなすぐ気にならなくなるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出子、進路のことだけど……やっぱり雄英受けるの?」

「うん、急にどうしたの?」

「……最近すっごく頑張ってるし、もちろん応援するわ。……でもね、ダメだったときのことも、ちゃんと考えとかないと……」

「大丈夫、考えてあるよ」

 

 

 

「私ね、経営科も受けようと思って」

「経営科……?雄英の?」

「うん!ヒーロー科に入れなくても、ヒーローに関わる仕事がしたいから!それに、オールマイトの出身校だよ!?行くなら雄英、絶対!」

 

 

 

「……雄英にこだわる理由……本当にそれだけ?」

 

「……あはは……」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……写真また増えてない?」

「ちょっ!?お母さん!?」

「これなんて体育祭のだし……どうやって手に入れたの?」

「……カメラマンさんから買った……」

「ええ……」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「出子……雄英、行かなきゃダメ……?」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでそんなこと言うの」



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No.26 仮免試験

 

十日余りの訓練を終えて、仮免試験会場へとやってきたA組一同。他校の生徒も集まりつつある中、A組の円陣に勝手に加わる者がいた。

 

 

 

「大変失礼いたしましたぁ!!」

 

彼は夜嵐イナサ、雄英と並び称される屈指ヒーロー校、士傑高校の生徒である。

 

「東の雄英、西の士傑……」

「へー、有名なんだ」

「テメェまさか知らねえのか?」

 

「雄英以外はあんま調べてなくて……」

「……眼中になかったってか、とんだ大物だなァ?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 

 

 

 

 

「おっ!イレイザーじゃないか!!」

 

二人が話しているうちに、今度は別の学校の生徒たちが近づいてきた。イレイザーヘッドと知り合いであるMs.ジョークに引率され、雄英生へと挨拶を交わす。

 

「傑物学園高校2年2組!私の受け持ちだ、よろしくな!!」

 

 

 

「俺は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね」

「不屈の心こそ、これからのヒーローが持つべき素養だと思う!!」

「中でも、神野事件を中心で経験したそちらの二人……君たちは特別に強い心を持っている」

 

「……どうも……」

 

「今日は君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」

「フかしてんじゃねえ、セリフとツラが合ってねえんだよ」

 

「……お互い頑張りましょう」

 

握手を拒否した爆豪に続いて、出子も軽く頭を下げただけで握手には応じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「まずは、この場にいる受験者1540人一斉に、勝ち抜けの演習を行ってもらいます」

「現代はヒーロー飽和社会と言われ、事件発生から解決に至るまでの時間は今、迅速になっています。よって、求められるのはスピード!」

「条件達成者先着100名を通過とします」

 

 

体に取り付けたターゲット3つを狙ってボールを当てるのが試験内容となる。ボールはひとりに6個ずつ配られ、自分のターゲットに3つとも当てられたら脱落、最後の3つ目に当てた人が倒したことになり、二人倒した者から勝ち抜きとなる。

 

 

 

 

 

 

 

「かっちゃん、また後でね」

「……ああ」

 

「みんなも頑張ってね!!」

「緑谷くん!?」

 

戸惑うクラスメイトを置いて、彼女は行ってしまった。それに続くかのように、轟と爆豪がまた別の方向へ駆け出す。

 

「君たちまで!?……仕方がない、他の皆はこっちへ!」

 

 

 

 

 

 

 

試験会場には、山岳地帯、工業地帯、市街地など様々な地形を模したフィールドが用意されている。

そんな中……遮蔽物が一切ない、区域と区域の境界にあたる場所。出子はそこで開始の合図を静かに待っていた。

 

 

 

「雄英体育祭、準優勝の緑谷だな?何故一人なのかはどうでもいい……」

 

大勢に囲まれて(なお)、彼女は焦る様子もない。

 

「身軽な動きに、近接の体術……そして何より、地面を深く抉るほどの超パワー」

「でもねぇ……スピードに関しちゃ、追えないほどの速さじゃない。これだけの数は相手にできないだろう?それに……」

「身体を壊さずに出せる威力は、それほど大きくはない!」

 

『スタート!!!』

 

 

 

「――フルカウル、30%!」

 

さらに彼女は、踏み込む一歩目を50%に上乗せし、攻撃の瞬間は腕だけを5%に落とす。そうして瞬く間に、次々に鳩尾へ拳を叩き込み、彼らをあっさりと返り討ちにしてしまった。

倒れた一人ひとりにボールを当てていく。

 

「他の子に獲られないように全員脱落してもらうけど、先に狙ってきたのはそっちだから恨まないでね?」

 

 

 

『早速一人目の通過者です!脱落者は……なんと10名!!……他はどこも膠着状態のようです』

『通過した方は控室へ移動して下さい』

 

 

 

 

 

控室に向かう途中、出子はふと振り返る。会場がわずかに揺れるのを感じて、しばらく立ち止まってまた歩き出した。

 

『さらに二人目の通過者!!一人で120人を脱落させたようです!!』

「120人はやり過ぎでしょ……」

 

 

 

 

 

「おおっ!?アンタは雄英の!さすがはトップ校、すげーっス!」

「はあ……どうも……」

 

控室にて、二人目の通過者である夜嵐に話しかけられ、出子は少し困った様子で返事をする。

 

「今回はアンタの勝ちだけど、次は負けねえっスよ!!」

「次っていっても、受験者同士で何回も競わせるとは限らないんじゃ……」

「それもそうだな!!」

 

 

 

「じゃあ、また今度よろしく!!……やあアンタ!俺は・・・」

 

次々に新しい通過者へ話しかけに行く彼を、出子は苦笑いで見送った。

 

 

 

 

 

そして通過者が定員の半分を超えたころ、轟が控室に現れた。

 

「あ、轟くん!」

「緑谷、まだお前だけか」

「そうなんだよね……思ったよりみんな遅くて……」

「…………」

 

会話が切れて夜嵐のことを見つめる轟に、出子が問いかける。

 

「……あの人がどうかしたの?」

「……アイツとは推薦入試で会ってるはずなんだが、思い出せねえ」

「うーん、そっか」

 

轟には話しかけに来ない夜嵐を不思議がる出子だったが、それ以上は何も言わなかった。

 

 

A組の中で次に控室にやって来たのは、八百万・耳郎・蛙吹・障子の4名。さらにその後、爆豪・切島・上鳴もやって来た。

 

 

「かっちゃん!やっと来た、遅かったね!」

「……糸目男とイカレ女がダル絡みしてきやがった。……それよりデコ、てめぇ本物か?」

「……どゆこと?」

「……なんでもねぇ」

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな通過できて良かった!!」

 

通過枠残り20人の時点で雄英A組は11人も残っていたのだが、終盤で合流に成功し、なんとか全員通過を果たした。

 

 

 

 

 

『次の試験がラストです!通過した100名の皆さん、まずはこちらをご覧ください』

 

モニターに、先程のフィールドが映し出される。直後、凄まじい爆発が立て続けに起こり、一帯はガレキの山に変わってしまった。

 

「っ……!」

『皆さんにはこの被災現場で、救助演習を行ってもらいます』

 

映像を観ていた出子が、口元を抑えてうずくまる。

 

「……そんなんでヒーロー務まんのか?」

「……ごめん、大丈夫……大丈夫……」

「……しっかりしろよ、今は怪我してねぇだろ」

 

 

 


 

 

 

『ヴィランによるテロが発生!建物倒壊により傷病者多数!』

 

二次試験開始の合図で、100人の受験者たちはフィールドに散らばっていく。

そして爆豪ら3人は、山岳地帯にて要救助者を発見した。

 

 

 

「腕を怪我したの!」

「助けてくれ!」

 

「うるせえ!!自分で助かれや!!」

「はああ!?」

 

「自己流貫きすぎだろ!」

「すげえ大怪我してるかもしんねえだろ!」

 

「自力で歩けてるやつが大怪我なわけねェだろが!!ナメてンのか!?そんなに構いたきゃテメェらで勝手にやってろ!!!」

 

そう吐き捨てると、爆豪は真上に飛び上がる。

 

「爆豪!?どこ行くんだよ!?」

 

「避難先が安全とは限らねぇだろアホ」

「アホ言うなって!!オイ!?」

 

彼は周囲を見渡した後、そのまま飛び去ってしまった。

 

 

 


 

 

 

BOOOM!!

 

開始から少し経ったころ、突然大規模な爆発が起こった。立ち込める黒煙の中から姿を現したのは、ヒーロー番付10位の『ギャングオルカ』と、そのサイドキックたち。オルカの個性は『シャチ』で、その名の通りシャチの特徴を備えている。

 

 

「――ギャングオルカ!!」

「何ッ!?」

 

爆発で壁に空いた穴、そこから現れたヴィラン役の彼らの元には、早くも出子が到着していた。

会場へと散開するサイドキックたちをすり抜け、ギャングオルカへと向かっていく。

 

『ヴィランが姿を現し追撃を開始!現場のヒーロー候補者はヴィランを制圧しつつ、救助を続行してください!!』

 

「シャチョー!!」

 

部下が撃つセメントガンを軽々と避けて、彼らには目もくれずにさらに距離を詰めていく。

 

オルカの超音波攻撃を拳の風圧でタイミングよく相殺し、そのまま上段蹴りを放った。オルカはその場から動かずに腕でガードする。彼女が再び体勢を整えて、すさまじい気迫と共に拳を握りしめたそのとき……

 

 

 

「……合格だ」

「……うぇ!?」

「他の者の評価に差し支える、あとは救護に回ってくれ」

 

そう言うと、動きの止まった彼女を掴んで投げ飛ばした。

 

「うわぁぁぁ!?」

 

「是非とも続けたかったが……ハンデ込みではとても相手になれん」

「さて……」

 

 

 


 

 

 

ヴィランの元へ駆けつけたが、言い争いを始めてしまった轟と夜嵐。二人の連携が取れずに風に流された炎が、近くにいた真堂の方へ向かっていく。

 

 

 

「――何してんだテメェらァ!!」

 

 

 

ギリギリのところで、爆豪が彼を連れ去った。

真堂を片腕で抱えた爆豪は、もう片手の爆破で飛び続ける。そして、思うように身体を動かせないらしい彼を見てつぶやいた。

 

「えらく元気そうじゃねェかフサ髪よぉ」

「うるせえなぁ!!隙うかがってたってのによ、あの二人のせいで台無しだ!!」

 

「最初からその調子でこいっての」

 

二人が地面に降りると、真堂は向かってくる部下たちの方向へと個性を発動し、地面がひび割れる。

 

「足は止めたぞ、奴らを片付けろ!」

「指図してんじゃねえ!!」

 

言い返しながらも、爆豪はその言葉の通りに向かっていく。集まりつつある他の受験者も加わり、足並みが崩れたヴィランたちを打ち倒していく。

 

 

 

一方で轟と夜嵐は、二人とも超音波の攻撃を受けながらも土壇場で協力体制に入り、ギャングオルカを炎の渦に閉じ込めた。

しかしオルカは、悠々と衝撃波でそれをかき消し、轟と夜嵐に向き直る。

 

「で?次は?」

 

――BOOM!!

 

「次は俺が相手してやるよ、No.10!!」

「ほう……」

 

 

 

――ビビーーッ!!!

大音量でサイレンが鳴り響く。

 

 

 

 

『救助が完了しましたので、試験終了となります!!』

 

 

 

 

 

「はあァァ!?ざけんなクソ!!こっからだろオイ!?」

 

『集計後に合否を発表しますので、着替えてお待ちください』

 

不満げな爆豪をよそに、アナウンスは淡々と終了を告げた。

 



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No.27 通形ミリオの経験値

 

「轟!ごめん!!あんたが合格逃したのは俺のせいだ、俺の心の狭さのせいだ!!ごめん!!」

「元々俺がまいた種だし、よせよ。お前が直球でぶつけてきて気付けた事もあるから」

 

頭を下げる夜嵐に、轟が静かに応える。周りでそれを見ていたクラスメイトたちは、A組で唯一不合格となってしまった轟に対して、どう声を掛けるか悩んでいるようだった。

 

「轟くん、えーと………かっちゃんも合格ギリギリだし、あんまり落ち込まないで」

「何見てんだテメェ」

 

「お前ら二人には置いてかれてばっかりだな……体育祭でも、合宿でも……」

「「…………」」

 

 

 

 

 

『さて……合格した皆さんは、緊急時に限り自身の判断でヒーローとしての権限を行使できる立場となります』

『しかしそれは、君たちの行動一つ一つに、より大きな社会的責任が生じるということでもあります』

『平和の象徴亡き今……混乱へと向かっていくであろう世の中を、未来を、君たち一人一人の手で明るく照らしてほしい。次の世代のヒーローたる諸君に……』

『残念ながら二次試験にて不合格となった皆さんにも、まだチャンスは残っています。三ヶ月の特別講習の後、個別テストで結果を出せば、君たちにも仮免許を発行するつもりです』

 

 

 

「……すぐ追いつく」

 

轟はクラスメイトに向かって、以前の彼とは違う柔らかい笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜……

 

「……グラントリノ、仮免取りましたよ。私も捜査に――」

「早まるな、どのみち捜査に関わらせるつもりはねェ。進捗をおまえさんにも報告するってだけだ」

「……そうですか」

 

「では、サー・ナイトアイの件は……」

「……会えるように俺から話を通しておく。それよりも明日から学校始まるだろ、さっさと寝んかい」

「……はい、夜遅くに失礼しました」

 

 

 

 

 

 

 

翌日、全校生徒が集まる始業式にて、オールマイトへと黙祷が捧げられた。

続けて壇上に上がった校長が、生徒たちへとメッセージを送る。

 

「ヒーロー科だけでなく、経営科も普通科も、サポート科も、皆社会の後継者であることを忘れないでほしいのさ」

 

 

 

そして始業式を終えて教室へと戻る生徒たちが、目を向けるクラスがあった。

事件の発端となった一年A組B組、ヒーロー科の生徒たちへと……誘拐された2名には特に、多くの視線が向いた。そんな彼らを睨み返す爆豪の後ろで、出子(いずこ)は俯いたまま顔を上げることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

三日後、担任の相澤がA組にインターンの説明をするにあたって連れてきたのは、雄英ビッグ3と呼ばれている3年生3人である。

 

「君たちまとめて俺と戦ってみようよ!」

 

通形ミリオの提案を受けて、一同は体育館へとやってきた。口頭で説明するだけのはずだったのだが、インターンが有意義であることを身をもって体験してもらおうというわけらしい。

 

 

 

 

 

「待って下さい、我々はハンデありとはいえプロとも戦っている」

「そしてヴィランとの戦いも経験しています!そんな心配される程、俺らザコに見えますか……?」

 

常闇と切島が不満げな言葉を口にするが、ミリオは飄々と答える。

 

「うん、いつどっから来てもいいよね。一番手は誰だ!?」

 

 

 

「気に入らねえなぁギャグ顔がよォ!?」

 

先輩への言葉とは思えない罵倒と共に、爆豪が名乗りを上げた。

 

「ブッ殺す!!」

 

爆豪が威勢よく飛び出すと同時に、待ち構えるミリオに異変が起こる。

 

「ああーーー!!」「ええっ!?」

「今、服が落ちたぞ!?」

 

「失礼、調整が難しくてね!」

「ナメやがって……徹甲弾(APショット)!!」

 

爆豪の放った攻撃は、ミリオの頭部を″すり抜けて″いった。続けてレーザーやテープなどの他の遠距離攻撃が飛んでくるも、すでにミリオの姿は無い。

 

さらに直後、彼は集団の背後に現れると、遠距離組を次々に一撃で沈めていった。

 

 

 

「お前ら、いい機会だしっかりもんでもらえ。その人……通形ミリオは俺の知る限り、最もNo.1に近い男だぞ。プロも含めてな」

 

「……プロも含めて……」

「ますます気に入らねェ……!」

 

 

 

 

 

「何したのかさっぱりわかんねえ!すり抜ける上にワープなんて、無敵じゃないすか!!」

 

「無敵なわけあるかアホ、ちったぁ頭使え」

「爆豪、どういうことか教えてくれ!」

 

暴言にも動じず訊ねてくる切島に対して、爆豪は一呼吸置いて話し始める。

 

「……アイツの攻撃は直接的な打撃、つまり″すり抜け″は自動じゃなくて任意だ。向こうの攻撃の瞬間なら、こっちにも攻撃をブチ込むチャンスがある」

「なるほど!カウンター狙いか!でもワープはどうすんだ?」

「知るか!」

「そこ大事なとこだろ!」

 

代わりに出子が言葉を続ける。

 

「ワープなら、姿が消える瞬間があるはず……さっきはみんなの攻撃に紛れてよく見えなかったけど、次は……」

 

 

 

 

 

「――沈んだ!?」

 

ミリオが地面へと沈んで見えなくなると、皆がその場で迎え撃つ姿勢をとる。そして……

 

――BOM!

 

「ッ……!!」

 

二人はほぼ同時に攻撃したが、爆破はミリオの身体をすり抜け、拳が爆豪の鳩尾に打ち込まれた。爆破の音で残りの者が振り返る。

 

再び姿を消したミリオが、今度は出子の背後に現れる。彼女は振り向きざまに蹴りを放ったが、これも通り抜けてしまう。振り向き終わって姿勢を整える一瞬、二人の目が合う。

 

「ちょっ!?」

「失礼!」

 

素っ裸の彼に驚いて思わず目を閉じた出子は、とっさに鳩尾をガードする。しかし……

 

「――っ!?」

 

両腕のガードをすり抜けて、拳が鳩尾に直接叩き込まれた。現れては消えて、彼は残りの者も次々に打ち倒していく。

 

「POWER!!!!」

 

落ちているズボンを穿き直すと、ポーズとともに声高く叫んだ。

 

 

 

 

 

「まだ終わってねえよ、カッコつけてんじゃねえ!!!」

 

ミリオが声の方を向くと、フラフラと立ち上がった爆豪が手を構える。

 

BOM!!

…当然、放った攻撃はすり抜けていった。

 

「クソが!!」

「かっちゃん落ち着いて」

 

続けて立ち上がった出子が爆豪を諌める。

 

「うんうん、なかなかにタフだね。さすがは1年のツートップだ。狙われた理由がよくわかる」

 

「「…………」」

 

 

 

 

 

「……フルカウル、30%!」

 

「(ギアが上がった――)おっと!?」

 

一瞬で距離を詰めて背後に回り込む。

……振り抜いた拳は再びすり抜けて、風圧でズボンだけが吹き飛んでいった。

 

「……もう!!」

 

再び目を閉じた出子の前で、ミリオは内股気味の滑稽なポーズのまま地面に沈んでいく。恐る恐る目を開けた出子が、彼が消えたことに気づいて後ろへ飛び退くと、直後に彼は、そのさらに後ろの地面から音もなく現れた。

死角からのミリオのパンチを、ガードせずに身を捻ってギリギリで躱すと、同時に彼めがけて蹴りを放つ。足は身体をすり抜けて空を切り、彼女は風圧の反動で移動して再び大きく距離が空いた。

 

(反応じゃない、予測かな?さっきの鳩尾のガードも、ガードできないと分かった後の対処も中々に――)

 

――BOM!!

 

距離が空いた瞬間を見計らって上から爆撃を仕掛ける爆豪だったが、地面を少し抉っただけでミリオの姿は無い。

 

「出てこいやァ!!」

 

凹んだ地面とその周りに向けて撃ち下ろして、その反動で飛び続けている。

 

「俺は飛べないからね、作戦としては悪くないと思うよ!!」

「うるせえ!!」

 

現れては消えるミリオに向けて、空中から撃ち続ける。一方の出子は諦めてしまったようで、見学中の相澤と轟の元へ向かって、とぼとぼと歩いてきてつぶやいた。

 

「……もういいです私……」

「緑谷、お前はヴィランが露出狂だったら見逃すのか?」

「そんなぁ……あんなに強い不審者いたら困ります……」

「……まあいい、そろそろ時間も押してきてる」

 

 

 

BOM!

 

斜めに撃ち下ろした反動で、爆豪が少し壁面に近づいた時だった。再び地面へと消えたミリオを探しながら、姿勢を整えようと壁側へ片手を向けたその瞬間……

 

壁からミリオが現れ、勢いよく飛び出した。下を向いている爆豪は気付いていない。

 

BOM!

 

爆風の中を突っ切って、ミリオが勢いそのままに迫る。

 

「――かっちゃん!!」

「――ッ!?」

 

咄嗟に振り返ってもう片方の手で爆破するが、これもすり抜けてミリオは拳を打ち込んだ。爆豪は大きく姿勢を崩して地面へと落ちていく。

 

(いい反応だ、加速されたせいで思ったより浅い……)

 

地面ギリギリで爆破し受け身をとると、すぐさま迎撃の態勢を整える。しかしそこで相澤の制止が入った。

 

 

 

「爆豪、お前もそのへんにしとけ」

「はぁ!?まだ負けてねえよ!!」

「どう見ても判定負けだ」

「んだとコラ!!」

 

「本題を忘れんな、何の為に先輩方を呼んだと思ってる」

 

「すみませんイレイザーヘッド、俺もつい熱くなっちゃって……」

 

 

 

 

 

落ち着いたところで、ミリオはA組へと、身振り手振りを交えて熱く語り始める。″透過″の個性は攻撃を避けるだけでなく、地面に潜って弾き出されることでワープも可能である。

しかし発動中の肉体はあらゆる物を透過し、音や光を含む一切の感覚を失ってしまう。

 

「俺の個性で上に行くには、何より予測が必要だった!そしてその予測を可能にするのは経験!」

「俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ!」

「…ので!恐くてもやるべきだと思うよ1年生!」

 

彼は拳を握り、力強く締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後……

 

「インターンだァ?」

「ええ、というわけで私を捜査に――」

「ダメだっつったろ、しつこいなおまえさんも」

 

「それはそうと……サー・ナイトアイについてだがな、連絡が取れたぞ。今週の土曜日、事務所に行くといい」

「……ありがとうございます」

 

「……ちょうどいい、インターンのこともナイトアイの世話になったらどうだ?」

「……え?」

「あれだけのコトが起こって、その上でおまえさんを受け入れる余裕と度胸のある事務所はそう多くはない。今から探すのは苦労するぞ?」

「……わかりました、お願いしてみます」

 

「でも、その前に……」

 

「オールマイトとナイトアイ、二人の間に何があったのかを、私に教えていただけますか?」

「…………」

 

 

 

グラントリノは出子へと、彼の知る限りを静かに語り始めた。

 



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No.28 サー・ナイトアイ事務所



念のため
爆豪のヒーロー名についてアニメ派ネタバレ注意


 

 

個性は身体機能の一つであり、肉体の成長とともに個性も成長しうる。

しかし逆に、個性が衰えることがあるのもまた事実である。その原因として老いや怪我、病気、あるいは強いストレスなどが考えられる。

 

「サー、体調がすぐれないのでしたら、お休みになったほうが……」

 

「彼は最後まで戦い続けた。ならばこそ、私もこの程度で休むわけにはいかない」

 

 

 

テレビやネットニュースでは流れない、その瞬間を捉えた映像。平和の象徴が文字通りバラバラに()()()()()衝撃的な映像は、さまざまな動画サイトにアップされては削除されてを繰り返している。

 

それを、自分だけが事前に見てしまっていたとしたら?

死にゆく彼を止めようとも、尚も歩みを止めないとしたら?

 

 

 

『これ以上ヒーロー活動を続けるなら、私はサポートしない。出来ない……したくない……!』

『見たのか……私の事は見なくてもいいって言ったはずだろナイトアイ……』

 

『このままじゃ予知通りになるんだよ!それは駄目なんだ!私はあなたの為になりたくて、ここにいるんだオールマイト!!』

『私は世の中の為に……ここにいるべきじゃないんだナイトアイ』

 

『このままいけばあなたはヴィランと対峙し、言い表せようもない程凄惨な死を迎える!!』

『…………』

 

 

 

一体誰がその絶望を理解できるだろうか。

 

 

 

『サー・ナイトアイ』の個性は″予知″。触れた人物の未来を見ることができる。

一日に一人、一時間のあいだ未来を自由に見ることができたのだが、それは以前の話、今の彼が個性を発動し続けられる時間は一日に十分程度である。

 

 

 


 

 

 

「サー、ホシに動きがありました!」

 

「現場に血痕を拭い取った形跡があり、建物の損壊も激しいことから、おそらく交渉は決裂したものかと……」

「…………」

 

「……かと思われまぁす!!」

 

ナイトアイの暗い表情を見て、バブルガールが取ってつけたかのように声を張る。

 

「内容は以上です!!」

「元気があってよろしい」

 

彼女が報告を終える頃、部屋をノックする音が響いた。

 

 

 

 

 

「おはようございます!!サー、インターンの希望生が来てますよ!!駅で会って一緒に来たんでね!!…さあ、入って入って!!」

「ミリオくん、その子って確か……」

 

 

 

「初めまして、雄英高校ヒーロー科1年A組、緑谷出子です」

 

「……バブル、ミリオ、二人は退室を」

「「……イエッサー!」」

 

 

 

 

 

 

 

「……いつか会うことになるだろうとは思っていた」

 

「心より敬愛するオールマイトだが、後継の件に関しては彼の唯一の誤りだ。その力にはもっと相応しい人物がいる」

「…それが通形先輩、ですか」

 

「貴様の体格では、いくら鍛えたところで完成には至らない。その歳では、ほとんど成長も止まっているのだろう?」

「よけーなお世話ですよ!!」

 

冗談めかして胸元を押さえる出子だが、ナイトアイは目を合わせたまま微動だにしない。

 

「……今はまだ、この力を手放すつもりはありません」

 

「駄々をこねる子供に付き合っている余裕はない。象徴亡き今、人々は微かな光ではなく眩い光を求めている」

 

 

 

 

 

「……現場で実感するがいい、誰がその力に相応しいのか」

 

「書類を」

「……は、はい、ええと……」

「返事は元気に、行動はテキパキと」

「っはい!お願いします!」

 

ナイトアイが渡された書類に目を通していると、思い出したかのように出子が口を開く。

 

 

 

「……そうだ、忘れるところでした。ナイトアイ、オールマイトからあなたへ、伝言を頼まれたんです」

「伝言だと?あの時の彼にそんな余裕は――」

 

 

 

「『直接会って謝りたかった。つらい思いをさせて、本当にすまない』……と」

 

 

 

「……そんな言葉が聞きたかったんじゃない、私はただ、あなたに……」

 

 

 

 

「……少し一人にしてくれ」

 

 

 

 


 

 

 

 

そして翌日……

 

 

「本日はパトロール兼監視……私とバブルガール、ミリオと緑谷の二手に分かれて行う。監視のターゲットは、指定敵団体の

死穢八斎會(しえはっさいかい)』」

 

ナイトアイが一枚の写真を取り出す。

 

「若頭の『治崎』という男が、妙な動きを見せ始めた」

「最近、あのヴィラン連合とも接触をはかったみたいなの」

「ヴィラン連合と……」

 

 

「ともかく、今回狙うのは犯罪行為の証拠……証拠がなければこちらは動けん。くれぐれも気取られぬように」

 

 

 

 

 

 

 

「そういやさ!お互いヒーロー名聞いてなかったよね!」

 

「『デコ』です!」

「目立ってるよね!!」

 

「俺は『ルミリオン』!」

「オシャレでカッコいい!」

 

 

こうしてパトロールをしていた二人であったが、途中ふと出子が横道の方を向く。

――小さな人影が飛び出してきた。

 

 

「――わっ!っと、大丈夫?」

「っ……!」

 

「急に飛び出したら危ないよ?でも怪我しなくて良かっ……」

 

抱き止めたその女の子を見て言葉を切る。

手足に巻かれた包帯、伸びっぱなしでボサボサの髪、何も履いていない裸足の少女。

 

「ダメじゃないかヒーローに迷惑かけちゃあ。帰るぞ、エリ」

 

暗い路地から声がした。

 

 

 

 

「うちの娘がすみませねヒーロー、遊び盛りでケガが多いんですよ。困ったものです」

「……それは大変ですね、私も小さい頃はよくケガをしたもので……」

 

出子はその男の方をチラリと見て、すぐに少女へと視線を戻す。

代わりにミリオが話を続ける。

 

「その素敵はマスクは八斎會の方ですね!ここらじゃ有名ですよね」

「マスクは気になさらず……汚れに敏感でして」

 

「どこの事務所所属なんです?」

「まだ学生ですよ、所属だなんておこがましいくらいで……」

 

「では我々、昼までにこの区画を回らないといかんので!行こうか!」

 

 

「……いかないで……」

 

出子の表情は陰になっていて見えない。

 

「あの……この子のことで、何かお困りなのでは?」

「……と、言いますと?」

 

「なんだかこの子が怖がってるみたいで……」

「……叱りつけた後なので」

 

「……子育ては大変ですよね!」

 

 

 

 

「……ごめんね……あとで必ず……迎えに行くから……」

 

 

 

 

 

「もしよろしければ、お近くのヒーローにご相談くださいね」

 

出子が顔を上げて、抱いていた少女を離す。

 

 

 

「……お気遣いどうも、さあ行くぞエリ」

 

 

 

 

 

「……俺たちも行こうか」

 

 

 

 


 

 

 

 

二日後……

 

「切島!爆豪!おまえら、ネットニュースにヒーロー名のってるぞ!」

 

新米サイドキック烈怒頼雄斗爆誕!

初日から市民を背負い単独敵退治!

 

空飛ぶベストジーニスト!!

新人サイドキックの名はダイナマイト!

 

「『大・爆・殺・神 ダイナマイト』だ!勝手に略しやがって!!」

 

「だせェ」

「記事書いた人に感謝だな!」

「あ゙あ゙!?」

 

睨み付ける爆豪をよそに、瀬呂と上鳴が続ける。

 

「大きく写ってる切島に比べて、爆豪はベストジーニストのオマケって感じだし……それにこの写真じゃ、ダイナマイトってよりかロケットエンジンだな」

「つまり噴射し終えたら用済み?」

「ブッ殺すぞ!!」

 

「…………」

 

同じくニュースになっていた蛙吹・麗日二人の話題も含めて盛り上がるクラスの中で、出子はひとり静かに自分のスマホをぼんやりと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、サー・ナイトアイ事務所にて

 

 

「……それでは、情報の共有と共に協議を行わせて頂きます」

 

死穢八斎會(しえはっさいかい)の捜査のために集まった多くのヒーローたちの前で、ナイトアイが現状を語り始めた。

 

調査のきっかけとなった強盗団の事件、ヴィラン連合との接触を始めとする勢力拡大を狙う動き、そして協議の内容は核心に近づいていく。

 

八斎會と接点があると思われるグループを拘束した際のことである。個性を一時的に強化する違法薬物の他に、今回初めて確認された″個性を壊す弾丸″。

その中身には、人間の血や細胞が入っていたという。

 

「治崎の個性はオーバーホール、対象の分解と修復が可能です。そして治崎には娘がいる。この二人が遭遇した時には、手脚に夥しい量の包帯が巻かれていた」

 

 

 

 

 

「こいつらが子ども保護してりゃ一発解決だったんじゃねーの!?」

「……街中での突発的な戦闘は被害が大きくなる。それに相手は一人ではなく組織です。あの場で動くのはリスクが大き過ぎた」

「そりゃあ立派なご意見だ」

 

「全ては私の責任だ、二人を責めないで頂きたい」

 

 

 

 

「今度こそ必ず、エリちゃんを保護する!!」

「……それが私たちの目的になります」

 

 

 

 

 

少女の居場所を特定でき次第作戦決行、その為に再び調査を行うというナイトアイに対し、慎重すぎるのではないかという意見が挙がる。

 

 

 

「どういう性能かは存じませんが、未来を予知できるなら俺たちの行く末を見ればいいのでは?」

 

「……それは出来ない」

 

「……例えば、その人物に近い将来」

「死……ただ無慈悲な死が待っていたら、どうします」

 

 

 

サー・ナイトアイは、オールマイトの元サイドキックである。彼の発言と表情から、その場にいる者のほとんどが、「ナイトアイはオールマイトの死を事前に見てしまっていたのではないか?」という思考に行き着くのは自然な事だった。

 

 

「私の予知は、占いとは違う」

 

「ご協力よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

会議後、雄英インターン生が集まる別室に相澤が訪れる。

 

「先生!」

「あ、学外ではイレイザーヘッドで通せ」

 

そして、相澤は自分の生徒へと、インターン中止を提言する予定だったと告げる。

 

「連合が関わってくるとなると話は変わってくる。特に緑谷、お前はな」

「…………」

 

相澤は、出子がグラントリノと塚内に、自身をヴィラン連合の捜査に加えるように頼んだことを知らない。

しかし、彼女が連合に執着していることは察しているようだ。

 

「今回はあくまで、エリちゃんという子の保護が目的、それ以上は踏み込まない」

「……はい」

 

「切島、麗日、蛙吹、お前たちもいいな?」

「「「はい!」」」

 

 

 

 

 

 

 

翌日、雄英の食堂にて

 

「……食うならさっさと食えや」

「……え?……あ、うん」

 

目の前の食事に手も付けず一人で座っていた出子は、隣の席にやって来た爆豪に向けて小声で話しかけた。

 

「……今日はジーニストさんのとこ行かなかったんだ」

「そう何日も行けるかよ、アイツの顔見るだけでイライラする」

「ええ……」

 

「インターン、テメェは結局ほとんど行ってねえらしいな?」

「……うん」

「どうせ何かやらかしたんだろ」

「……詳しいことはほら、守秘義務とかあるから……」

「あっそ」

 

「……そうだ、代わりにかっちゃんの話聞かせてよ」

「あ?……ああ……」

 

 

 

 

 

「俺のヒーロー名聞いてアイツ、『考え直さないか?』だとよ。ふざけやがって」

「私もそう思うよ」

「は?」

 

 

 

 

 

「現場に着いてすぐ、アイツが俺を(ほど)いて飛び降りてった。俺は見せ場を奪ってやるつもりで飛び出したんだが……」

「勝負はほんの一瞬で、付け入る隙なんてなかった。ジーパン野郎はいけ好かねぇが、実力は圧倒的……アイツの間合いに入ったら、誰だろうと一瞬で()()だ」

 

「ベタ褒めだね」

「……ちげぇわ客観的な評価だ」

 

「アイツ、事あるごとに俺をグルグル巻きにしやがんだよ、クソムカつく」

「光景が目に浮かぶね……ふふっ」

「笑い話じゃねぇンだが?」

 

 

 

 

 

「撮影!?ジーニストさんと一緒に!?」

「ああ」

「何て雑誌?」

「……覚えてねぇ」

「絶対ウソだ!かっちゃん、写り方とか意外と気にするタイプだし!」

「うぜえ」

 

「ねぇ教えてよー!」

「絶対ェ教えねー」

 

 

 

 

 

 

「――あれ!?もうこんな時間!?授業始まっちゃう!!」

 

「あとで私のことも話すからね!」

「別に聞きたかねーわ」

「まあまぁそう言わずに……そのときは、またかっちゃんのことも聞かせてね?」

「……ヒマだったらな」

 

 

 


 

 

 

そして、会議から二日後の深夜、インターン生含む会議出席者に連絡が入った。

決行は翌朝である。

 



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No.29 エリちゃん救出作戦

 

「もしもし、どうしました?」

「急で悪いが俺は行けなくなった」

「え……?」

「連合の捜査の方で有力な目撃情報があってな、塚内とそっちに向かわにゃならん」

「……そうですか」

 

「……おまえさんは今やるべきことに集中せい、そっちも重要な案件には変わらんだろ」

「……はい、報告お待ちしています」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「本拠地にいるぅ!?」

 

 

当日の朝、ナイトアイ事務所では作戦前の最後の会議が行われていた。

 

 

 

 

「八斎會の構成員が先日近くのデパートにて、女児向けの玩具を購入していました」

 

「そういう趣味の人かもしれへんやろ!世界は広いんやでナイトアイ!」

「いえ、そういう趣味を持つ人間ならば確実に言わないセリフを吐いていた」

 

 

 

 

 

ナイトアイがその男の言動に違和感を覚えたため、予知を発動し、保護対象の女児の所在を確認したとのことだ。

 

またナイトアイは、自身の個性について『フラッシュバックのように一コマ一コマが脳裏に映される。分かりやすく言えば、他人の生涯を記録したフィルムを見られる』と説明している。

 

 

「私の個性が衰えている都合上、多くのコマを飛ばして見ることで何とかエリちゃんの元に辿り着くことができた」

「じゃあ道合ってんのか分かんねぇのか!?」

 

「記憶力には多少自信がある、どの角を曲がるのか把握しているので問題ない」

「……不安だなオイ」

 

 

 

 

 

午前8時、作戦会議を終え、警察署前にて警察と合流したヒーローたちに、八斎會員の登録個性についてまとめたリストが配布された。

 

「緑谷、俺はナイトアイ事務所と動く、意味わかるな?」

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

8時30分、八斎會邸宅の前には、大勢の警察官と20名ほどのヒーローたちが並んでいた。

 

場を仕切る刑事が、インターホンを鳴らして令状を読み上げようとした時だった。

 

 

 

「――っ危ない!!」

 

突如、常人の倍以上の背丈がある大男が、己の拳で玄関を突き破ってきたのだ。

巻き込まれた隊員が3名、空中に投げ出される。出子が空中で二人を両脇に抱えて着地し、イレイザーヘッドが残りの一人を捕縛布で救出した。

 

大男の相手を、プロヒーローの一人であるリューキュウとそのサイドキックらが引き受け、他のヒーローと警察は邸内へとなだれ込んでいく。

 

 

 

 

 

「違法薬物製造・販売の容疑で捜索令状が出ている!」

 

 

 

組総出での抵抗により、敷地内では乱闘が巻き起こっていた。

制圧は他のヒーローと警察に任せて、ナイトアイらは奥へと向かっていく。

 

 

 

 

 

「ここだ」

 

通路の途中に、掛軸と生花が飾ってある。ナイトアイはそこで立ち止まると、花瓶を脇に寄せて壁を調べ始めた。

 

「このあたりに、地下へ向かうための仕掛けがしてあるはずだ」

「その仕掛けってのは?」

「そこまでは分からない」

「オイオイしっかりしてくれよ!?」

 

 

 

「……皆さん下がって!」

 

出子の呼びかけにナイトアイが花瓶を持って距離を取ると、皆従って壁から大きく離れていった。

 

 

「30%……デトロイトスマッシュ!!」

 

花瓶が置いてあった場所を狙って拳を振り下ろす。

轟音と共に建物全体が揺れ、隠されていた地下への階段が瓦礫の中に姿を現した。

 

「からくり屋敷も形無しですねぇ」

「待て、誰か倒れている」

 

巻き込まれたのか、男達が3人ほど倒れていた。

瓦礫を取り除く出子の横から、確認のためにバブルガールとセンチピーダーの二人が駆け寄っていく。

 

「一応これでも加減したので、無事だと思います」

 

「……ええ、気を失っているだけです」

「……サー、指示を」

 

「拘束は警察に任せて我々は先を急ごう」

 

 

 

 

 

 

 

 

地下の道を進む途中、通路を塞ぐ壁を難なく破壊した一行だったが、そこで更なる妨害を受けてしまう。

 

「道がうねって変わっていく!!」

 

八斎會本部長であり、物体に入り込んで操る個性を持つ入中が、個性ブースト薬の使用によって地下そのものに入り込んで道を作り変えてしまったのだ。

 

「こんなん相当身体に負担かかるはずやで……イレイザー消せへんのか!?」

「本体が見えないとどうにも――」

 

一行が焦りを隠せない中、ルミリオンがひとり前に出た。

 

「どれだけ道を歪めようとも、目的の方向さえわかっていれば、俺は行ける!」

 

「先に向かってます!」

 

 

 

 

 

「――私も行ってきます!!」

「――っ緑谷!?」

 

壁の中へと消えていったルミリオンに続いて、出子が飛び出す。

 

「はあっ!!」

SMASH!!

 

塞がれた通路をこじ開けたものの、すぐにその穴を埋めようと周りの壁が膨らんでいく。

 

「――緑谷!!お前また――」

「――イレイザーヘッド!!」

 

「保護が最優先!!」

 

 

彼女はそう言い返すと、狭まる通路をギリギリでくぐり抜けていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ルミリオン・デコの二人が先行し、サンイーター、ファットガム、レッドライオットが離脱。

 

現在地下を進んでいるのは、サーナイトアイ、バブルガール、センチピーダー、イレイザーヘッド、ロックロックのプロヒーロー5名と、数名の警察官である。

 

 

 

 

「壁が迫ってくる!圧殺されるぞ!!」

 

「本締めはそう何箇所も締めれねえ!!仮締めしとくから各自で踏ん張れ!!」

「こんちきしょおぉぉお!!」

 

一行を押し潰そうと迫る壁を、ロックロックが自身の個性で固定して防いでいる。しかし強度が足りていないのか、数名が壁を素手で押す様子が見られる。

 

「パワーあるヤツが一人でも残ってりゃあなぁ!?イレイザー!!」

「わかってる!」

 

彼は迫る壁や天井を見回すが、入中の姿は見当たらない。

 

「このままじゃジリ貧だぞ!!ナイトアイ!!」

 

「……ファットガムの見立て通りなら、個性ブースト薬の副作用で向こうの消耗も激しいはず……このまま耐えていれば、(ある)いは……」

 

「このまま耐えるだと!?正気か!?」

「サー!もう限界ですぅう!!」

 

 

 

 

 

――突然、迫っていた壁が引いて戻り始める。

そして間髪入れず、天井から壁が降りてくる。

 

「うおッ!?」

「ロック!!」

 

イレイザーヘッドとロックロックの二人は、転がり込むように避けて立ち上がった。

壁は一行を分断して、隙間なく二人を閉じ込めている。

 

「……無事か!?」

「やかましい!もともと誰のせいで――」

 

――背後に迫るナイフを、ロックロックが手のひらで受ける。

 

 

 

「お前は!?ヴィラン連――」

「ロック!!」

 

いきなり現れたトガヒミコへ向けて彼が拳を振り抜く瞬間、ロックロックの背後に迫るもう一人の影を、イレイザーの捕縛布が絡めとった。

 

「渡我被身子!!」

 

引き寄せる瞬間、トガがピンと張った捕縛布に手をついて飛び上がり、空中で軌道が変わる。

イレイザーヘッドの頭上を通り過ぎると、ゆるんだ拘束から脱出すると同時に、その背中にナイフを突き立てた。

 

 

「イレイザー!!」

 

ロックロックの足元では、偽物のトガがドロドロに溶けて消えていく。

 

「……バイバイ」

「オイ待て!!」

 

詰め寄る間もなく、トガは降りてきた壁の向こうへと去っていった。

 

 

 

 

「ゴクドーさん、分断ヘタクソです。一人ずつにしてもらわないと奇襲の意味がありません。……こんなとこ、来るんじゃなかった」

 

 

 

「おいイレイザー」

 

「そこまで深くはない……そっちは?」

「手のひらに穴開けられただけだ、ありがたいことにな」

 

 


 

 

『やっちゃってくださいよ乱波の兄貴ィ!』

 

 

イレイザーヘッドとロックロック、ナイトアイと警察ら、そしてセンチピーダーとバブルガールの3組に分断された一行。

壁の近くで、センチピーダーが呟く。

 

「向こう側の声が聞こえる、壁はあまり厚くないな。分断したところを叩くつもりなのだろう」

「つまり、ここにも新たな刺客が!?」

 

「甘く見てると痛い目見ますよ!!さあかかってこい!!」

「……少し静かに」

「え?」

 

「……何やってんすか……?」

「…………」

 

センチピーダーは、頭を壁にピッタリと近づけている。いや、正確には、自身の触角をしきりに壁に触れさせることで様子を窺っているようだ。

異形型の『ムカデ』の個性を持つ彼は、ムカデの胴体のように長い両腕に加えて、ムカデの特徴でもある触覚と大顎も備えている。

 

 

『これだからヤクザは絶滅寸前になるんだよ!』

『どうせきっと、寝たきりの組長さんがしようもなかったんでしょうね』

 

 

 

『キエエエァ!!!』

 

響き渡る奇声とともに、周囲の壁や天井が滅茶苦茶にかき回され始めた。分断していた壁も消え、一行は傾く床を滑りながら互いの姿を視認する。

 

「サー!」

 

不安定な足場の中、センチピーダーがナイトアイの元へと駆け寄っていく。

 

「今ので正確な位置が分かりました!――」

 

センチピーダーが耳打ちすると、ナイトアイはすぐに指示を出した。

 

「センチピーダー、私とイレイザーを投げ飛ばしてくれ!」

「しかし、それでは高さが足りな――」

「イレイザーは布の端をロックロックに!」

 

声を聞きつけて寄ってきていたイレイザーヘッドが、瞬時に意図を察して指示に従う。

 

センチピーダーが両腕を伸ばし、その長い腕で二人を巻き取ると、先にイレイザーヘッド、次にナイトアイという順番で空中へと力任せに放り投げた。

 

常人よりも力強いとはいえ、当然ながら入中の潜む天井までは届かない。

 

空中でイレイザーが、更に上へと捕縛布を飛ばす。

捕縛布の先端がたわんで、重力に負けて落下を始めようとした瞬間……

 

「施錠!」

 

まるで時が止まったかのように、波打つ捕縛布がそのままの形で固定された。

その捕縛布に飛び乗ったナイトアイが、即席の足場を駆け上がっていく。

 

十分に近づいたところで、彼は両手に二つずつ、合計四つの押印を同時に投げつける。

 

押印は四隅を正確に撃ち抜き、周囲が崩れて入中が姿を現した。イレイザーの抹消で個性を消されて、落下し始めた入中に、ナイトアイがとどめの押印を放った。

 

両腕を目一杯に伸ばしたセンチピーダーが、入中を受け止める。

イレイザーとナイトアイが、固定された捕縛布を伝ってゆっくりと地面に降り立った。

 

 

 

「サー!?ご無事ですか!?」

 

「……らしくない、危ない橋を渡ってしまった」

「橋ってよりか階段だったがな」

「入中がヴィラン連合の二人に気を取られていなければ、あそこまで近づけなかっただろう……即興の作戦とはいえ、あまりにも……」

 

「そう、ヴィラン連合だ!まさか現れるとは……!」

 

刑事がその名に反応を示す。

 

「指名手配中のヴィラン連合を、我々としては無視できん……!」

「…………」

 

 

 

 

「連合の方は警察に任せりゃいい!俺たちの目標は何だ!?」

 

「それによ、あんたら……先に行ったガキどもが心配でたまらねえって顔してるぜ?」

「「…………」」

 

 

 

こうしてプロヒーロー5名は、拘束された入中と警察を置いて、奥へと再び駆け出していった。

 

 



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No.30 ヒーローがマントを羽織るのは

 

「ヒーローがマントを羽織るのは!痛くて辛くて苦しんでる女の子を、包んであげる為だ!!」

 

「おまえは強いよ治崎!でもね!」

 

「俺の方が強い!!」

 

 

 

 

 

 

 

音本(ねもと)!!撃て!!」

 

 

 

 

 

 

 

「個性なんてものが備わってるから夢を見る。自分が何者かになれると……精神に疾患を抱えるんだ」

「笑えるな!救おうとしたその子の力で、おまえの培ってきた全てが今!無に帰した!!」

 

 

 

 

 

 

 

「――何も無駄にはなってない!!俺は依然、ルミリオンだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「――先輩!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「――緑谷!!お前また――」

「――イレイザーヘッド!!」

 

「保護が最優先!!」

 

くぐり抜けた穴が閉じた直後、後ろから叫び声が聞こえてきた。私は一瞬、その場で立ち止まる。

……戻るわけにはいかない、彼らのことは彼ら自身に任せよう。

 

そう自分に言い聞かせて駆け出すと、不意に目の前に壁が現れた。

壁を蹴り壊すと、次は通路全体がねじ曲げられる。

 

 

 

――これではもはや、前後も左右も分からない。

地面を転がり、壁面を転がり、迫る壁を砕きながら抜け道を探す。

ワンフォーオールのパワーなら、潰される心配はない。強引に抜け穴を作ることもできる。

しかし、通路を力任せに壊すと、周囲の地下を巻き込んで崩落するかもしれない……

うかつには手を出せず、後手に回らざるを得なかった。

 

 

 

この厄介な個性の持ち主を私一人で引きつけているのは、それほど悪い状況ではないのかもしれない。

そう思い始めたころ、それまで絶えず押し寄せていた壁が止まって動かなくなった。

 

お互い時間との戦いだ、私の相手を続けるのは不毛と判断して後続の妨害に移ったらしい。

 

今は早く、ルミリオンに追いつかなければ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倒れている男が一人、通路を塞ぐ壁と、その壁の隙間に一人倒れている。

壁を破って、中へと突入した。

 

「先輩!!」

 

 

 

――通形先輩と治崎が戦っている。

治崎のそばに、倒れている部下が一人。先輩の後ろの少し離れたところに、真っ赤なマントに包まれたエリちゃんがいた。

 

治崎が左手で触れようとすると、先輩は大きく身を躱す。

私は二人の間に割って入って、治崎を蹴り飛ばした。ガードした治崎の腕が赤く腫れ上がる。

 

 

 

 

 

「次から次へと……病人どもめ……!」

 

治崎は自身の片腕に触れると、バラバラに分解して、瞬時に元通りに治してみせた。

 

まずは後ろのエリちゃんの状態を、次に先輩を目視で確認する。二人とも目立った外傷は無い。

 

 

 

「無事で良かった……」

「無事?無事だと……?ソイツが……ルミリオンが無事だと、そう思うんだなお前は?」

 

 

 

どういう意味だ……?先輩に何が――

 

 

 

「悲しい人生だったな、ルミリオン。壊理に……俺に関わらなければ、″個性″を永遠に失うこともなかった。(ゆめ)(かか)ったままでいられた」

 

 

 

周りに目を向けると、入り口で意識を失っている男の手には拳銃が握られていて、すぐ近くに謎の小箱が落ちている。

 

思い返せば、さきほどの治崎の攻撃を、先輩は自分の個性を使わずに避けていた。

 

 

 

 

 

「英雄症候群に罹った病人どもを……お前らのような連中を治してやるのさ、壊理のチカラで」

「……いつもそうだ、結局私は、肝心なときに役に立たない……」

 

 

 

 

 

「さあ壊理!!おとなしく戻ってこい!!お前のせいでまた周りの人間が傷付いていくぞ!!それでもいいのか!?」

 

――感傷にふけっている場合ではない。今、私がやるべきことは……

 

 

 

 

 

「治崎は私が引き受けます。先輩はエリちゃんを安全な場所へ」

「……しかし――」

「――この広さなら、思う存分戦えます」

 

 

 

 

 

「エリちゃんをお願いします、ルミリオン」

「……ああ!!また後で、デコちゃん!」

 

先輩がエリちゃんを抱き上げると同時に、白い煙が辺りに漂い始める。

 

「――逃がすかァ!!」

 

さっき私が空けた穴を塞ごうとするトゲの波を、風圧で横から粉々に砕く。

煙が晴れた時、そこにはもう先輩とエリちゃんの姿は無かった。

 

 

 

 

 

「壊理を返せ!!!」

 

私に向かって迫るトゲを、回り込んで避ける。

 

「返せ?変な話ですね。あの子はあなたの所有物じゃない」

「――価値も分からんガキどもが、俺の邪魔をするなァ!!」

 

今度は私の立っている地面ごと分解されてしまった。トゲが成形される前に、空中を蹴って上へ脱出する。

さらに天井を蹴って、治崎へと踵落としを狙う。しかし、直前でギリギリ当たらないと判断して、タイミングをずらして治崎ではなく床を狙って振り下ろした。

地面を分解しようとしていた治崎が、衝撃で吹き飛ばされる。

すぐに飛び出して追撃を仕掛ける。反応して伸びてくる左腕を見切って、横から蹴りつけた。厚いブーツ越しに骨を砕いた感触が伝わってくる。

治崎は右手で地面に触れる。私はその場から飛び退いて、再び距離を取った。無数のトゲが地面を覆い尽くす。

 

 

 

治崎の攻撃は、地面を分解してトゲに変えるか、直接触れにくるかの二通り。

トゲの広範囲攻撃は凄まじいが、床の分解でワンテンポ遅れるぶん、轟くんの氷結攻撃に比べれば対処しやすい。

両の手のひらを軸にした近接戦闘への対処は、かっちゃんのおかげで慣れっこだ。

 

しかし、やはり厄介なのは、怪我を治されてしまうこと。

さっき蹴り折った左腕が、距離を取った隙に回復している。それに……治せるのは治崎自身の身体だけではない。

 

仕切り直して構えたところで、背後から危険を感じた。

 

 

 

 

 

死角からの攻撃を軽々と避けて、フード男のアゴを打ち抜く。

念のためマスクを剥ぎ取って、完全に意識を失っているのを確認した。矢印のような頭髪、警察の資料に載っていた若頭補佐の玄野だ。

 

 

 

「何故今のが避けられる……!?」

「…………」

 

悪趣味なペストマスクを投げ捨てて、治崎に向き直る。

ダメージの蓄積が望めないなら、近接戦で圧倒すればいい。

それには、30%では決め手に欠ける。長くはもたないが、十分だろう。

 

 

 

 

 

「フルカウル、50%……!」

「――ッ!?」

 

真正面から距離を詰めて、拳を振り抜く。治崎も反応してきたが、私の方が一瞬早く届いた。鳩尾に拳が突き刺さり、治崎を吹き飛ばす。

 

急所を狙うときは、瞬間的に出力を落として手加減するように心がけている。それでも普通なら十分すぎる威力のはずだ。

しかし、治崎は起き上がり、自身の胴体に手をかざす。

 

悠長に回復なんてさせない、間髪入れずに再び詰め寄る。

 

血煙に包まれて人間がバラバラになるという、グロテスクな光景の直後に、何事もなかったかのように五体満足で現れる治崎。でも、いくら傷を治しても、反応速度が早くなるわけじゃない。

 

正面から治崎の両腕を掴んで、力を込める。治崎は手首を動かすが、触れることはできない。そのまま握りしめて両腕ともへし折った。

 

コイツは腕を折られても止まらない、簡単に失神してもくれない。

両腕を使えなくした上で、確実に意識を奪わなければならない。

 

 

 

フルカウルの出力を落として、回り込んで後ろから飛びかかり、首を締め上げる。

 

「……ッ!」

「――大人しくしろ!!」

 

治崎が暴れて、折れた両腕がぶらぶらと大きく揺れた。

私はとっさに自分の腕を解いて離れる。右腕に着けていたプロテクターが分解されて、バラバラと地面に落ちる。

 

 

 

 

 

「……ハァ……ハァ……」

「……投降しろ治崎。次にその怪我を治そうとしたら――」

 

 

 

「――さぞいい気分だろうなァ!?ちっぽけな正義感で、個性を振りかざす……お前のような病人どもが、オヤジを日陰へと追いやった……!!」

 

「″個性″で成り立つヒーロー社会を、その(ことわり)を俺が壊してやる!!だからいい加減もう……!俺の……!」

 

 

 

 

 

 

 

どうして、こうも違ってしまうのだろう。どうして分かり合えないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「……個性があるからヒーローになりたいわけじゃないよ。私はただ……」

「――俺の邪魔をするなァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地面に引き倒して、両肘、両手首を順番に踏み砕いた。

治崎は歯を食いしばって絶叫を押し殺す。

 

次は肩に足をのせて、軽く踏んで狙いを定める。関節の位置をしっかりと確認して、足を大きく振り上げた。

 

 

 

振り下ろす前に、治崎は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最低の気分だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「緑谷!!」

「デコ!!」

 

空けられていた穴から、サー・ナイトアイとイレイザーヘッドが中へと突入する。二人の呼びかけに反応して、出子が振り向いた。

 

 

 

「……ナイトアイ、イレイザーヘッド、二人ともご無事で何よりです。先輩とエリちゃんは?」

「……ここに来る途中で保護した。……それよりも……これは……」

 

 

 

壁に囲まれた空間で、出子が佇んでいる。その足元には、深緑色のマントで手荒に縛り上げられた治崎の姿があった。

 



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