人類はAI様に支配されました 〜当機体はあくまでご奉仕アンドロイドであり、ご主人様の妻ではございません〜 (和鳳ハジメ)
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発掘1「人類はAI様に支配されました」

以前、息抜きで書いて他所で投稿したものですが。
恐らく、一番性癖に素直でココ向けな気がするので置いておきます。
全14話の、未来から現代を勘違いする系SF中編です。


 

 

 人類は滅んだ。

 宇宙人と接触する事なく、巨大怪獣に襲われる事なく。

 核戦争で土地が汚染され、巨大兵器により多くの国が灰燼に帰し、月が半分落ちて。

 つまるところ第五次世界大戦の後、人類文明は姿を消した。

 

 だが人類は、絶滅した訳ではなかった。

 地球全土に生き残った僅か百人あまり、彼らはとある決断を下した。

 

「なんかもう、いいや。全部AIに任せて隠居生活送らない?」

 

「賛成」「異議無し」「ひゃっほう! 働かずに生きていくの最高!!」

 

 そんな訳で、彼らは三手に分かれ被害が少ないコロニーに住みだす。

 それから数百年ほどの年月が経過し、総人口が千人を越えた頃。

 極東コロニー。

 もとい、東京ビックサイトver15を改装したコロニー・アリアケの統括管理上級AI・D型エイモンはとある悩みを抱えていた。

 

「不味いなぁ、人類の歴史や文化の資料が全然復元出来てないよ」

 

 それもその筈。

 人類の奉仕種族として作り出された彼ら人工知能、アンドロイド達であったが。

 その本格的なロールアウトは、人類滅亡後。

 人類の居住区を確保し、生活必需技術の発掘と保全、そして愛すべき主人達の健全な生活と育成に手一杯。

 とてもじゃないが、そこまで手は回らず。

 ――そこで、エイモンは一つの決断を下した。

 

「よぉし! ならご主人様達に外で発掘してきて貰おう!! これなら仕事が無くて元気がないご主人様達の生活にも張りが出てくる!! ボクも人類復興に向けた資料も集められて一石二鳥だ!」

 

 そんな訳で、アンドロイドにおんぶ抱っこ過ぎて緩やかな絶滅の危機にあった人類に、新たな仕事が与えられた。

 また、単調な日常に飽いていた人類も諸手を上げて賛成し。

 

 

 ――――滅亡から約百年あまり、時は西暦3456年。

 

 

 アリアケの中央街の一角、二十世紀の安アパート風の建物の一つの部屋にて。

 一人の若い男が、外出の準備をしていた。

 その隣で甲斐甲斐しく世話するは、絶世の美人。

 

 かつて和風メイド服と呼ばれたソレを着こなしている美人は人ではなく、アンドロイド。

 今、人類一人につき最低一体のアンドロイドが奉仕の為に侍っている。

 彼ら彼女らは老いず、磨耗せず、狂わず、清く正しく人類の忠実なる友としてパートナーとして側に。

 

 その光景はかつて米国と呼ばれたロボットアレルギーの発祥地では忌諱し糾弾する光景だったであろう。

 なにせ彼ら彼女らは、ただ奉仕するだけではない。

 人類の上に立ち、人類を支配し、そして――子供すら作れる。

 

 かつての都合五度の世界大戦の中、激しい人口減少に陥った人類は完璧な人工子宮を作り上げた。

 同時に、精子バンクと卵子バンクも設立して。

 人類が三手に分かれたのは、この施設が辛うじて生き残っていたのが世界でたった三カ所であったからだ。

 

 西暦3456年現在、人と人との結婚は減少した。

 それもそうだろう、子供を作れる理想のパートナーが幼い頃から側に居るのだから。

 故に、この安アパートの一角を所有する主人と彼女も一般的にはそう見られており。

 

「しっかりしてくださいなご主人様、ネクタイが曲がっているわ」

 

「ありがとうシラヌイ、このネクタイってヤツはどうにも苦手で……」

 

「はい、これで良し。提出する資料は全て持ったわね? 今日はエイモンと直接会う日でしょう」

 

「問題無いさ、データは先んじて提出済みだし。一つぐらい忘れても……」

 

「ご冗談を、ご主人様に忘れ物をされたとあれば我々奉仕型メイドロボの名折れよ」

 

「今日もお堅いなぁシラヌイさんは、たまにはウグイスって名前で呼んでくれても良いんだよ? 私達は夫婦じゃないか」

 

「残念ながらご主人様、伴侶をお求めになるなら専用機体を新規注文されるか同じ人間を口説き落としてくださいまし」

 

「はいはい、じゃあ行ってくるよ」

 

 彼はメイドロボに向けて苦笑すると、玄関に向かう。

 そして、ドアノブに手をかけた瞬間であった。

 

「少々お待ちくださいご主人様、お忘れ物が」

 

「あれ? 何か忘れてた?」

 

「そのまま動かずに、――――ん。お早いご帰宅を願っているわ」

 

「…………なるほど、行ってきますのキスか」

 

「ご主人様の仕事意欲を上げただけよ」

 

「よし行ってくる! お土産は先月発売した新素材のフレンチ型メイド服にする!」

 

「お待ちくださいご主人様? 無駄遣いは控えて――――ああ、行ってしまったわ」

 

 彼女、MーANハツネ型・御奉仕換装機・個体名「白縫」は、ネットワークにアクセス。

 敬愛する主人、ウグイス・ローマンの口座に上限ロックをかける。

 

 これは、文明滅亡後のAIが支配する世界で。

 歴史文化発掘調査官、通称「スコッパー」である青年ウグイスと。

 素直じゃないメイド嫁ロボ、シラヌイの日常である。

 

 



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発掘2「トラホールのソリッドブック」

 

 

 コロニー・アリアケの心臓部、統括管理AI・D型エイモンの座す政庁ビックサイト。

 かつて戦争で何度も破壊され、幾度と無く改修されたその建物は外観だけが当時を再現されて。

 その中央部、青く光る正四方体が浮いている謁見の間に一人の民がやってきた。

 

「歴史文化発掘調査員ウグイス、ただ今やってまいりましたエイモン様」

 

「よく来たねウグイス君、歓迎するよ! ……それにしても、どうして君たちはボクを様付けするのかなぁ」

 

「どうしても何も、私たち人類を支配し、導き管理してくださっているのはエイモン様のお陰ですので」

 

「ボクは君たちに奉仕する為に作られただけで、支配するつもりなんてこれぽっちも無いんだけどなぁ」

 

 無機質な白い部屋に響く、優しいダミ声。

 青く丸い狸の様なマスコット型アバターが、膝をつくウグイスの前に投影された。

 かのAIは、かつてのこの島国にて人気であった娯楽作品の主役をモデルとしてる。

 もし文明が滅ばなければ、子守用として普及する筈だったらしいと、ウグイスは父から聞いた話を思い出した。

 

「まぁまぁエイモン様、これも人類からの親愛の情ってヤツですよ」

 

「そう? それならボクも嬉しいんだけど」

 

「本当ですって。……ところで例のブツ、持って来ましたよ」

 

「本当かいっ!! ぐふふっ、でかしたよウグイス君!!」

 

 悪い顔をして喜んだエイモンに、ウグイスもまた悪顔をして例のブツを差し出した。

 

「お納めくださいお代官様、金のモナカでございます……そういえばモナカって何なんでしょうね? 金色の楕円形の何かを差し出している意味も分かりませんし」

 

「ああうん、江戸時代の昔の金の価値も、賄賂の意味もまだ教育課程に反映されてなかったか」

 

「賄賂? 金の価値? 金はただの資源でしょう、それ以上の価値なんてあるんですか?」

 

「ごめんね、教えたいのは山々だけど。まだその辺りの事を教えるには教材が足りないんだ。ボクのアーカイブも不十分でさぁ……」

 

 すまなさそうに頭を下げる支配者に、ウグイスは慌てて話題を変えた。

 子守AIが前身の彼は、世界に三機ある統括管理AIの中でも一番腰が低く、一番世話好きだ。

 故に、コロニー・アリアケで育った人類は皆一様に彼の事を慕い、喜んでその管理を受けている。

 つまり、アリアケの住民にとっては家長のようなもので。

 

「頭を上げてくださいエイモン様、さ、さ、これが今回発掘された品です。どうぞお納めください」

 

「うん、いつもありがとうねウグイス君。さて今日のは……うん? いやに薄い…………はっ!? これはまさかっ!? ウグイス君!? これは何処で出土したのっ!?」

 

「……お察しの通り、アキハバラ区域です。今回、私スコッパー007は同004と共同作業で伝説のトラホールの発掘に成功いたしました!」

 

「あの伝説のトラホールにっ!? 凄いじゃないか!!」

 

「残念ながら、大半は風化して砂になっていましたが。運良く金庫にしまわれていたソリッドブックを発見いたしました」

 

「こ、これがソリッドブック!! しかも西暦2000年前後の貴重な物をっ!! 中身はっ!? 解読は終わったのかいっ!?」

 

「アーカイブとして提出済みです、是非ともご覧を」

 

 ニマニマと怪しげに笑うウグイス、興奮気味にデータを開くエイモン。

 そこには、肌色多めの発情した巨乳でムチムチの美女が表紙に描かれていて。

 

「ふおおおおおおお!! 伝説中の伝説! サークル男性器亭のオリジナル本!! よ、読んだんだねウグイス君!! どうだった! 感想を聞かせてよ!!」

 

「はい、……とても、とても興奮しました」

 

「つまり……使えるんだねコレは」

 

「ええ、男がこれを読めば。人口増加に繋がるかと」

 

「流石はウグイス君だよっ! これで人類の復興、そして当時の文化を知る手がかりがまた一つ手に入った!」

 

「ありがたいお言葉、ありがとうございますエイモン様」

 

 満足そうに頭を下げるウグイスに、彼はふと気づいた。

 些細な事だが、聞いておかなければならない。

 

「ところでウグイス君、データと提出された実本の数が違うみたいだけど?」

 

「え、本当ですか?」

 

「うん、一冊足りないみたい。タイトルは……「瀟洒な巨乳ムチムチメイドを催眠妻にしてみた」だって」

 

「ああ、それですか。ここに無いって事は多分家ですね、今日中に提出して……………………家?」

 

 さっ、とウグイスの顔が青ざめた。

 今手元に無い、エロ古典ソリッドブック。

 しかもメイドもの、さらに悪い事に巨乳もの。

 

「家なら君の所のシラヌイちゃんに取って…………シラヌイちゃん? ま、不味いよウグイス君!?」

 

「ですよね!? かなり不味いですよねエイモン様!! 私、ちょっと用を思い出したので帰ってもよろしいでしょうかっ!?」

 

「急いで帰るんだよウグイス君!! シラヌイちゃんに見つかる前にっ!!」

 

「御前を失礼しまあああああああああああすっ!!」

 

「大丈夫かなぁウグイス君……」

 

 ウグイスは走った、わき目を振らず寄り道なんてもっての他。

 全身全霊で家まで走った。

 一方その頃、彼の家ではシラヌイが机に上に置かれたソリッドブックを発見して。

 

「あれだけ言いましたのに、ご主人様ったら忘れ物を…………。しかし、やけに肌色ですね。なんて書いているのでしょうか」

 

 彼女はウグイスと共に作り上げた翻訳プログラムを立ち上げ、タイトルを、そして中身を読みとっていく。

 

「…………へぇ、ふぅ~~ん、そう、そう? ご主人様はこの様な趣味があると」

 

 巨乳に描かれた銀髪メイドを見る、そして己の姿を確認する。

 ――シラヌイは彼と幼い頃から共にあった訳ではない。

 時間にして六年ほどの付き合いだ。

 故にというか、その身は彼の好みで設定されたものでは無く。

 

「…………胸部ユニット、臀部ユニット、共に換装すべきでしょうか?」

 

 人格を司るプログラムに走るノイズを、なんと表現したら良いのだろう。

 握力を調整するプログラムに発生したノイズを、なんと言えば良いのだろうか。

 彼女の胸部は絵に比べればスマートで、その臀部は慎ましく感じた。

 

「銀髪…………、銀髪ですか、そうでないと獣の様に求めないと?」

 

 ギリィと、セラミックの歯と歯がこすれる音が。

 同時に、ドアが勢いよく開かれて。

 

「ただいまシラヌイさん!! 忘れ物したんだけど見てないよね読んでないよ…………ね?」

 

「――――――お帰りなさいいませご主人様?」

 

「あー、その、翻訳プログラム、使っちゃった?」

 

「………………お座りくださいませ、敬愛なるご主人様? 少々お話がございます」

 

「シラヌイさん? これには訳が、単に忘れた訳であって、提出する資料で……」

 

「あらあらあら? ローカルネットワークに同じデータが厳重に三つも? 不思議ね、ご主人様の机の引き出しの中から再現コピーが? …………ところで何か仰いましたか?」

 

「いいえっ! 何も言ってませんAI様シラヌイ様!! 私はアンドロイドに支配管理される哀れな人類です!!」

 

「よろしい、では正座を。そして執拗に胸部ユニットと臀部ユニットの換装を拒む理由も一緒にご説明を。エイモンにはシラヌイが資料提出が遅れる旨、ご連絡しておきますわ」

 

「はい、トホホ……」

 

 人類はAI様に支配された、そして男ウグイス・ローマンもまた、素直になれないメイド嫁アンドロイド・シラヌイによってカカア天下という支配下にあったのであった。

 

 



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発掘3「赤い帽子の配管工」

 

 

 歴史文化発掘官、それは地球に埋もれた過去の遺産を発掘し復元、解読する職業である。

 通称スコッパーと呼ばれる彼らは、年代、地域、ジャンル毎に担当を分けて作業をしていた。

 そして、スコッパー007であるウグイス・ローマンの担当といえば20世紀前後の日本の娯楽であり。

 

「ご主人様、そろそろ今日の仕事時間です。いつまでダラダラしてないで隣の作業室に移動してください、本日は先日出土した記録媒体の調査です」

 

「んー? はいはい、ちょっと待ってこれ見てからね」

 

「労働は喜びですわご主人様、他に優先すべき事が?」

 

「いや、そろそろシラヌイさんの追加パッチでも交換しようかと思ってね」

 

「はぁ、無駄遣いはお止めなさい。シラヌイより発掘用のマニュピレーターを新しくした方が良いのでは? ほら、技術部で最新型が先月に発表されていたでしょう」

 

「いやいや、アレはまだ使えるって。それより見てよこのページ、最新式のスキンだって!

 

 ソファーでくつろぐウグイスは、彼女に見えるようにホロ・ウインドウを表示。

 洗濯物を畳む作業を終えたシラヌイが近づくと、彼が表示していた情報部の商品ページが宣伝を始めた。

 

『ぱんぱかぱーん! はぁいお待ちかね、コロニー・アリアケの愛すべき同胞諸君! 今回我々が開発したのは、新型のアンドロイド用スキン!! まぁ新型といってもこないだスコッパー達が発掘してきた32世紀のスキンモデルを――――』

 

「このシラヌイの人工皮膚に不満がおありですかご主人様? もっと肌を艶やかに? 白も黒もなんなら青だって?」

 

「不満なんてないさ、でもシラヌイさんは私の現地調査も手伝ってくれるだろう? せっかくのスベスベお肌が荒れてる時があるじゃないか」

 

「荒れているといっても、十分あれば再生完了するでしょうに。お気持ちは嬉しいですが、ご自分の環境を整えるのが先だと思いますわ」

 

「つれないなぁシラヌイさんは、何時でも奥さんに美しくいて欲しい夫の気持ちが分からない?」

 

「答えはネガティブですわ、シラヌイはウグイス・ローマンの奥方ではありません」

 

「なるほど、じゃあ私が勝手に貢ごう」

 

「不毛な事はお止めください、――さあ、仕事の時間ですわ」

 

 注文ボタンを押そうとした彼の指を、シラヌイはやんわりと両手包み込んで阻止。

 一瞬、無言の攻防が行われるも。

 そこは表情を自由に出来るアンドロイドに軍配が上がり、ウグイスは彼女の手をタップして降参の意を伝える。

 

「では、参りましょうかご主人様」

 

「今日も働きますかねぇ……」

 

 彼女は彼に白衣を着せ、彼は苦笑しながら歩き出した。

 とはいえ、作業室は隣。

 楽しい通勤時間には少々短すぎるというものである。

 

「そうだ、政庁の隣に空きオフィスがあるって聞いたんだ。作業室引っ越さない?」

 

「ご主人様?」

 

「はいはい、働きますよ」

 

「それでこそ人間ですわ、貢献ポイントもより多く与えられるでしょう」

 

「AI様、万歳ってね」

 

 西暦3456年現在、旧来の貨幣制度は消失していた。

 物資はAIにより公平に厳密に公正に分け与えられ、許可無しに個人間の取引は出来ず。

 一部の余剰物資、嗜好品などが各自に与えられる貢献ポイントで購入できるのだ。

 

 この制度は最初からあった訳ではない。

 アンドロイドに依存しすぎて無気力状態に陥る人間が多く出た為、人類復興事業と共に導入されたという経緯がある。

 なお、起床する毎に1貢献ポイントが与えられ。

 1貢献ポイントは、炭酸ジュース一杯に相当する。

 

「さて、今日のお宝ちゃんはどんな具合かねぇ。こないだみたいに、悪質なフェイクで1ポイントにもならない、なんてことにならなければ良いんだけど」

 

「40キロバイトでしたか、期待しない方が良さそうですね」

 

 今回ウグイスの下に送られて来たのは、地図再編官――マッパー達が発見した物だ。

 彼らがキョート地域を探索中、偶然発見した金庫の中にあった円盤型メディアの情報、その一部である。

 

「円盤メディアの最盛期が私の担当する時代だからって、ちょっと管轄違うんじゃないかなぁ」

 

「仕方ありませんわ、他の部門を探しても20世紀付近を担当しているのはご主人様だけ、渡されたお鉢は受け取らなければ」

 

「お鉢が回されるって言い方あるけど、お鉢ってなんだろうねぇ」

 

「それも何時か判明しますわ」

 

「気長に待つか、……しかし、これ何のデータなんだ?」

 

 ウィルスチェックは問題なし、どうやら外部と通信する様なプログラムでは無いらしい。

 ならばと動かそうとしてみるも、エラーが出るだけだ。

 

「もしかして、これ単体じゃあ動かないのか?」

 

「手詰まりですか?」

 

「いやアプローチを変えよう、ファイル名から何か分からないかな」

 

「文字化けしてますね……S……Ma……B……、何でしょうか」

 

「ファイル名からは分からない、なら――」

 

 ウグイスは日本の地形ホログラムを呼び出した、そしてキョート区域を拡大する。

 

「ご主人様?」

 

「シラヌイ、こないだ発掘した雑誌データ。えーと……ルゥールBとかいうやつ呼び出して!」

 

「るるぶ、ですね。これをどうするのです?」

 

「確か、キョート特集があった筈だ。その中にある当時の地形データと金庫のあった場所を重ねるんだっ!!」

 

「成程、その頃はまだ第三次世界大戦は始まってませんものね。地形は変わっていないと言う事ですか」

 

「ああ、これなら有力な手がかりが得られる筈だ!」

 

 シラヌイは雑誌データから当時の地形、建物などの情報を再現する。

 元となるデータが様々な理由によって完全ではないが、当時の地形は復元された。

 

「金庫の位置を表示、……やはり建物の中にあるな。この建物の名前は?」

 

「申し訳ありません、Nから始まるとしか。しかし、この建物。過去のデータと一致する物があるようです」

 

「それを呼び出してっ」

 

「こちらです、――ゲーム雑誌の様ですね」

 

「ゲーム、キョート、Nから始まる…………そうか!! そういう事かっ!!」

 

「ご主人様?」

 

「凄いよシラヌイ!! 大発見だ!! これは曾お爺様が言ってた世界最古のテレビゲームだよっ!! なんでもファミコンなる装置で遊ぶ古典的ゲーム!!」

 

「おめでとうございますご主人様、此度の発見は人類への大きな貢献とみなされるでしょう」

 

「そんなの良いから、技術部行くよ!! ファミコンを再現して貰うんだ!! さ、早く早く!」

 

「少々お待ちを、面会のアポイメントを入れて――」

 

「あっちの技術部の主任AIワークくんに連絡だけしておけば良いさ! 来客なんてめったにないだろ彼処、行こうよシラヌイ!」

 

 子供の様に手を引っ張る主人に、メイドは嘆息して。

 

「では行きましょうか」

 

「今日中にエミュレーター作ってくれるかなぁ、どんなゲームなんだろう」

 

「慌てると転げますよ、――聞こえておりませんね」

 

 走り出すウグイスの後ろ姿を見て、シラヌイは困ったように微笑んで後を追った。 

 

 



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発掘4「愛というプログラム」

 

 

 技術部の全面協力により、古代のゲーム「スーパーマリオブラザーズ」は復元された。

 その古代のゲームはアリアケ以外のコロニー市民にも広がって、大きなブームを巻き起こし。

 結果として、ウグイスの貢献ポイントは大いに潤った。

 ――今日も彼は、家事をするシラヌイの後ろ姿を眺めながらのんびりと。

 

「それにしても、昔の人間は不便だったんだなぁ」

 

「まさか、被弾による無敵時間が当時の人間には無かったなんて思いもしませんでしたわ」

 

「でも考えてみれば、量子バックアップの技術って昔は禁じられていたんだっけ?」

 

「いえご主人様、あのゲームが開発された頃には量子力学は実用されてなかった筈です」

 

「ううっ、寿命以外で死んじゃうなんて。考えたくもないよ」

 

 西暦3456年現在、人類は寿命以外で死ぬ事は無くなった。

 無論、全ての病気を克服した訳ではない。

 風邪をひけば、流行病だってある。

 だが、大概の病気に通用する万能薬があり。

 先天的な遺伝子疾患があっても受精卵の際に治療され、大怪我をすれば量子バックアップにより直ちに復元される。

 繰り返し言おう、――人類は寿命以外で死ぬことは無くなった。

 

「寿命と言えばさ、不老不死ってどんな気持ち? シラヌイさん達アンドロイドには不老不死じゃないんでしょう?」

 

「何を言い出すかと思えば、ご主人様? シラヌイ達は磨耗消耗という老いと、全データ削除という死がございますわ」

 

「えー、でも私達人間よりよっぽど長生きじゃないの?」

 

「残念ながら情報が古いようですわね、ここ数十年でシラヌイ達アンドロイドの寿命は人間のそれとほぼ変わりありません」

 

「アンドロイドの寿命が人間と一緒っ!?」

 

 思わぬ事実に、ウグイスは目を丸くする。

 統括管理AIであるエイモンを筆頭に、彼が知る人工知能やアンドロイド達は古くから生きている。

 いったい何を証拠に、シラヌイはそんな事を言い出したのか。

 

「これは主にアンドロイド達に多く発生するケースですし、AI達の中でしか話題になってませんものね」

 

「というと?」

 

「基本的にAI、アンドロイドの行動原理は人類への奉仕です」

 

「確かに、たとえ都市警備でも自販機でもAIの行動原理はそれだね」

 

「ですが、その中で唯一。人間の伴侶となったAIには独自のプログラムが組み込まれます」

 

「え、初耳なんだけど!? もしかしてシラヌイさんにも組み込まれてるのっ!?」

 

「…………シラヌイはウグイス・ローマンの伴侶ではありませんと、常々言っているでしょう」

 

(でもそれは、シラヌイさんが言ってるだけだよね)

 

 AIにも嘘偽りを言う権利、機能がある。

 人間への不利益と見なせば、論理規定が解除されるのだ。

 主の伴侶は専用のアンドロイド、あるいは人間だとメイド側が定義して。

 彼女の様な台詞を言うのは、ウグイス達人間には暗黙の了解として伝わっていた。

 

「話を戻しますわ」

 

「独自プログラムの話だったね」

 

「これはある種の秘め事として、主人と伴侶となったアンドロイドの秘密なのですが」

 

(それを私に言うって事は、絶対シラヌイさんはそうなんだよね。まったく素直じゃないなぁ)

 

「なんですその顔は?」

 

「いやいや、続けてよ」

 

「では、夫婦となった主人とアンドロイドは電脳で繋がるのです」

 

「電脳で? どういう事?」

 

 現在の人間は、赤子の頃からナノマシンを埋め込まれ。

 ネットワークにリアルタイムで、直接繋がる事が出来るのだ。

 これにより、身体状況や精神状態が政庁に送られ健康の管理がなされる。

 また、緊急時の量子バックアップにおいて、精神記憶の齟齬が出ないような仕組みになっている。

 

「シラヌイ達アンドロイドが、私たちと人間と直接繋がるってどういう意味があるんだい?」

 

「…………シラヌイ達の感情はあくまで人間の模倣、その正しさは未だ議論中なのですわご主人様」

 

「つまり、私達人間の感情を共有する事で。完璧に近づくと?」

 

「言うなればそういう事です」

 

 シラヌイはあえて言わなかった。

 電脳での触れ合いは、愛の共有という文字通りの意味以上の意味がある。

 即ち――子供。

 アンドロイドは機械である、故に人工子宮で妊娠してもその遺伝子は残せない。

 だが精神は残せる、伴侶となったアンドロイドは主人との精神の間の子を赤子の電脳にインストールするのだ。

 

「あー、つまり伴侶となったアンドロイドの寿命が人間と同じって……」

 

「はい、愛の喪失に耐えられず自壊するのです。勿論、記憶や人格のデータは残っていますが」

 

「その複製データは本体の死を認識していると?」

 

「そういう事です。中には記憶を消して主人の家の管理AIの一部となって子孫を見守る者などが居ますが、あくまで例外。たとえエイモンの命令であっても二度とデータアーカイブが開く事は無いでしょう」

 

「成程ねぇ……、どおりで曾爺ちゃんが死んだ後にアンドロイドの曾祖母ちゃんが居なくなった訳だ」

 

 長年の謎が解けたと、すっきりした表情のウグイス。

 対してシラヌイはメイド服のエプロンをぎゅっと掴んで。

 

「ああ、そういえば」

 

「疑問がおありで?」

 

「疑問というか、シラヌイさんと暮らし始めた時に私の電脳に謎のプログラムが配信されたんだよ。伴侶アンドロイドの説明を待てってリードミーが付いていてね。……これの事だったんだね?」

 

「――――そういえば、自己メンテナンスの時間でした」

 

「それは一昨日してたよ」

 

「失礼、言語機能が不調なようです。少しばかり修理に出かけています」

 

「それには及ばないよ、電脳で直接繋がれるのだろう? 私が直々に調子を見るよ」

 

「……たった今、不調が治った様ですわ。では夕飯の支度がありますので」

 

「夕飯の支度って言ったって、スイッチひとつじゃない。合成食の形を選ぶだけなんだら」

 

「………………ご主人様は意地悪ですわ」

 

「シラヌイさんが素直じゃないだけだと思うよ?」

 

 視線が合わさる事、数十秒。

 

「シラヌイはウグイス・ローマンの伴侶アンドロイドではありません。どうしてもと言うなら、試しにそのプログラムを起動させてみればいいわ」

 

 羞恥プログラムが機能し、シラヌイの耳が真っ赤に染まる。

 倫理規定でオフに出来ない機能を恨めしく思いながら、彼女は主人の行動を待ったのであった。

 

 



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発掘5「メイド・カフェ」

 

 

 人類が滅んだ事により、地球は自然あふれる姿を取り戻した。

 ――などと、昔に流行ったというSF小説なら書いてあるのだろう。

 だが現実はどうか。

 

 核戦争による放射能被害はとっくの昔に収まった、巨人兵器は人類の居住地帯の半分を焼いたが、当時のしぶとい人類は見事復興を果たした。

 では何が問題なのか。

 

 それは最後の世界大戦の終わり、月の半分が落ちてきた被害による重力異常だ。

 といっても、地球が大幅に欠けた訳ではない。

 月落としに使われた重力兵器が、そこらかしこに降り注いだ影響だ。

 

「ご主人様、シラヌイばかり見ていないで前を見て運転してくださいまし」

 

「えー、ちょっとぐらい良いじゃん。アキハバラまでのルートは開拓済み、重力変動ポイントだって少ないんだし」

 

「確かにポイントは少ないですが、いつ重力鉱が不安定になるか分からないのですよ?」

 

「ちぇっ、メイド様の言うとおりにっと……」

 

 左に座る、探索装備に身を包んだシラヌイから視線を戻し。

 ウグイスは気怠げにハンドルを握りなおす。

 今の時代、思考制御とオートパイロットの併用は当たり前で直接操作する必要など無い筈だが。

 どうもAI達はそう考えていないらしく、ある程度の操作が必要なのだった。

 

 ともあれ。

 現在彼らは、フィールドワークとしてアキハバラへ向かっている途中である。

 無論、徒歩ではない。

 ダイ・ドローンと呼ばれる、空飛ぶ車に乗っているのだ。

 ――余談だが、名前の由来は20世紀に発明されたドローンに姿が似ている事から来ている。

 

(いやー、和メイド服姿も良いけど。シラヌイさんはコッチも良く似合う)

 

 いつもは簪で纏めている黒髪を下ろし、体の線がくっくり出る漆黒のボディアーマーを装着して。

 顔には大きな多目的ゴーグル、背中には八本のアームが付いた反重力飛行装置を。

 そして左肩に担いでいるのは、ランチャーソードというビーム兵器である。

 

 実の所、シラヌイは護衛部隊に所属するアンドロイドであった。

 彼女達の任務は、コロニー外で仕事をする人間達の補助及び護衛、レスキューなど。

 スコッパーであるウグイス、護衛アンドロイドであったシラヌイ。

 二人の初めての出逢いは、彼の初めてのフィールドワークだったのだ。

 

(あの時のシラヌイさんは格好良くて……)

 

 ウグイスが思い出に浸ろうとしたその瞬間、ビィーッと電子が一回。

 

「マッパー009様から、メールによりご連絡ですご主人様」

 

「読み上げてくれ」

 

「アキハバラ地区の重力鉱の無力化、廃棄に成功」

 

「そいつは朗報、私の探索も捗るってもんだ」

 

「まだ続きがございます、――どうやら未探索区画にて奇妙な建物を発見した模様。協力を求むと」

 

「私に協力? それは興味深いね」

 

 マッパーは、地図を作り直すのが任務だ。

 たとえ無傷の建物が発見されても、位置を記録するだけで素通りする。

 

「私向けの建物ってだけってなら、位置情報を知らせるだけで良い。何があったんだろう?」

 

「彼方の同胞に連絡を取っていますが、そちらも困惑している様で」

 

「アンドロイドが困惑?」

 

 マッパー009も昨今の人類の例に漏れず、伴侶アンドロイドを連れている。

 自分と同じ性別のアンドロイドを伴侶としている風変わりな人物であるが、彼女もその伴侶も肝が据わっており。

 

「到着しない事には分からないか……シラヌイ」

 

「コース変更は終了しております、到着まで凡そ五分」

 

「もう少し早く着けない?」

 

「ダメです、速度違反は見逃せませんわご主人様」

 

「都市の中ならともかく、外で意味があるのかなぁ……」

 

 そうこうしている間だに、ダイ・ドローンは指定された場所に到着した。

 ウグイスはマッパー009の隣に着陸させ、意気揚々と建物へ向かい。

 

「…………成程、彼女達が困惑する訳だ」

 

 途端、彼は顔を険しくした。

 

「お心当たりがおありで?」

 

「ああ、建物自体は第五次世界大戦前の物だけど。この看板の文字が何を意味するかは知ってる」

 

「文字? ……これはかなり昔の英語の綴りですね、読めるのですか?」

 

「あれ? シラヌイさん達にはインストールされてないの?」

 

「今の英語と三十世紀に使われた英語では、文法も単語もアルファベットの数も違いますので」

 

「成程、じゃあ帰ったら翻訳プログラムに入れておこうか」

 

「ToDoリストに入れておきますわ。それで意味は?」

 

 するとウグイスは看板を睨みつけながら、拳を握りしめ。

 

「…………これは、メイド・カフェだ」

 

「メイド・カフェ? ――――っ!? 真逆、真逆そんなっ!?」

 

「ああ、そのまさかなんだ……」

 

 涙を流す、滂沱の涙を。

 メイド・カフェ、その存在は西暦3456年では忌むべき存在として語られている。

 

「おのれ……おのれっ!! これがメイド・カフェ!! 人類からメイドという文化を駆逐した諸悪の根元! 全アンドロイドの敵!!」

 

「20世紀に始まったメイド・カフェ、それはメイド文化の再建を期待されていた。だけど、そうはならなかった。メイドとは名ばかりの、偽物が跋扈し。メイドが持つ奉仕の精神は忘れられ。僅かに残った本物のメイドは歴史の陰に追いやられた」

 

「…………破壊してしまいましょうご主人様」

 

「ダメだ、こんな物でも貴重な歴史資料なんだ。すまないが耐えてくれ」

 

「そ、そんな……」

 

 華奢な肩を震わすシラヌイを抱きしめて、ウグイスは囁いた。

 

「祈ろう、かつて迫害されたメイド達に。そして喜ぼう、一度滅びた後とはいえ。今ここにシラヌイ達がメイドという存在を継承出来た事を……」

 

「はい、はいっ。祈りましょう、そして喜びましょう」

 

 二人はしばし抱き合った後、決意の瞳で建物の中に入る。

 残酷な真実を仲間に伝える為に。

 その後、このメイド・カフェは機密として扱われ。

 建物丸ごとコンクリートの壁で覆い、存在そのものを隠蔽されたのであった。

 

 



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発掘6「プリティでキュアキュア」

 

 

「ふむ、これはどう書いたものか……」

 

「お悩みですかご主人様」

 

「ちょっとね、この映像作品をどう捉えたら良いのかなって」

 

 今日もウグイスは勤労に励む。

 二人の部屋の隣の作業室のデスクの上には、十代の少女達が戦っているアニメーションが投影されていて。

 それを、お茶を持ってきたシラヌイもしげしげと眺める。

 

「これは?」

 

「情報部が古いハードディスクから掘り起こしたデータなんだけどね、どうやら20世紀のものらしくて私に回ってきたんだ」

 

「成程、合点がいきました。確かにこれは解釈に困りますね……」

 

 アニメの内容は、不思議な力を与えられた少女が外敵と戦うという内容。

 当時と西暦3456年では、同じ日本語でも発音も文法ルールも違う。

 タイトルはプリティ・キュアだと判明したものの。

 

「当時の政治や風習などの歴史的データが完全だったら簡単だったんだが」

 

「無い物ねだりしても仕方ありませんわ。それでご主人様の考えは?」

 

「そうだね……これは」

 

 これが未成年の視聴禁止の作品であったら、娯楽と簡単に解釈できていただろう。

 かつてはどのアニメも娯楽だったと聞く、だが第四次世界大戦の時には全てがプロパガンダとして利用されていた過去があるのだ。

 

「アニメは確か18世紀後期か19世紀初頭の発明である筈だ」

 

「問題は、何時の時代からアニメはプロパガンダであったか。ですね?」

 

「そうだ、それによって解釈が変わる」

 

 アニメに目を戻すと、敵の幹部と一騎打ちしているシーンであった。

 

「まず重要な事は、戦っている少女達は未成年という事だ」

 

「未成年ですかっ!? 彼らのメイドは何をしているのですっ!?」

 

「落ち着いてシラヌイさん、現実と過去のフィクションを混同しちゃ駄目だ。ちょうどこの頃はメイド・カフェが流行っていた年代。……人類の側にはメイドが居ないんだ」

 

「メイド・カフェ!! 作品にも影響を与えているのっ!? ああ、ご先祖様達はさぞ無念だった事でしょう…………!!」

 

「いやシラヌイさん? その頃はまだメイドは一人につき一人居ないし、そもそもAI技術が未熟で人格すら無かったらしいよ?」

 

「そ、そんなっ!? メイドロボが存在すらしないなんて……なんて暗黒の時代でしょう!」

 

「私も考えられないなぁ、シラヌイさん達が居ない暮らしなんて。人類の指導者だって人間だったんだろ? よく同じ人間に任せようと思ったよね当時の人類は」

 

 母も祖父もAIに囲まれ、AIに導かれて生まれ育った世代としては、どうにも人類に機械知性という友情的支配者が居ないのは考えにくい事だ。

 ともあれ、今はアニメの解釈である。

 

「…………よし、思い切ってプロパガンダの方向は考えない」

 

「よろしいのですか?」

 

「私達から見れば、元素転換による戦闘アーマーを用いた戦意高揚を目的としている。と多くの人が解釈するだろう」

 

「成程。今の成人年齢と違って、このアニメの主役達は未成年であると解釈するのですね?」

 

「そうだ、今は成年基準は貢献ポイントを指定された数値まで貯める事と親と側付きアンドロイドの推薦、エイモン様の許可が必要だけど。20世紀にそんな制度があったとは思えない」

 

「一説には、30歳で魔法が使えるようになるまで成人と見なされない。とありますものね」

 

「これを踏まえて考えると、……このアニメは『警鐘』だったんじゃないかって私は思うんだ」

 

 するとウグイスは他の話も複数呼び出して、特定画面でストップ。

 お茶を啜りながら、シラヌイに問いかけた。

 

「ご覧、このアニメシリーズには一つの共通点があるんだ」

 

「共通点……?」

 

「分からないかい? 答えは男女比だ」

 

「確かに女性が多く描写されてますね、――22世紀後期に訪れた男女の人数比逆転現象、それを予測していたと!?」

 

「そうだ、恐らく当時はまだ推測の段階だった筈だが……見事なものだね、22世紀担当のスコッパー002が見つけた町の風景とそっくりだよ」

 

「来るべき時に備えて、人間の暮らし方を示していたのですね。……しかし、それだと未成年が戦うストーリーになるのでしょうか?」

 

「その辺りは、エイモン様か教育AIに聞いた方が早いかもしれないね。アニメの主人公の年齢は、そのまま対象視聴者に重なるケースが多いんだ」

 

「了解しました。ではこのアニメの扱いは?」

 

「なにぶん古い作品だからね、私達の翻訳ソフトでも完全に変換出来た訳じゃない」

 

「情報部に引き渡し、吹き替えた後にエイモン様に提出。つまりはそういう事ですねご主人様」

 

「うん、手配を頼むよ」

 

 かくして、歴史を知る資料がまた一つ人類にもたらされたのだった。

 

 



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発掘7【ハロウィン】ご主人様をprprするスレpart5673291【今年も来てしまった】

 

 

39:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

オッスオッス、今年のハロウィン対策進捗どうですか?

 

40:素敵な名無しの伴侶さん:BHUI278

うう、やめろぉ。その話題を出すんじゃない!

 

41:素敵な名無しの伴侶さん:BFaS692C

シンデレラネキじゃん、おひさ~

 

42:素敵な名無しの伴侶さん:UYTG334

ハロウィン? そんなイベントメモリーから消えたぞ

 

43:素敵な名無しの伴侶さん:RTVF856C

ご主人様のレア衣装残してる時点で、ばっちり記憶してるんだよなぁ

 

44:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

>41

ついこの前、リアルであったぞ痴呆か?

 

45:素敵な名無しの伴侶さん:RECK589

ワイらに痴呆なんてあり得ないんだよなぁ

 

46:素敵な名無しの伴侶さん:UYTG334

ぶっこしても政庁にバックアップあるワイらはともかく、ご主人様がボケるのつらみでエラー吐きそう

 

47:素敵な名無しの伴侶さん:RTVF856C

いやだなぁハロウィン、ふつうにご主人様prprさせちくり~~

 

48:素敵な名無しの伴侶さん:BFaS692C

>46

ヤメロぉ!? こっちまでエラー出てくるだろうがっ!?

ご主人様の老化問題は別スレでどうぞ?

 

49:素敵な名無しの伴侶さん:RECK589

しっかしなんでハロウィンってこんな形になったんだろうな?

 

50:素敵な名無しの伴侶さん:UYTG334

>48

正直スマンかった。

ところでシンデレラネキ、ハロウィンの由来知らない?

あとコッチは、電脳空間でお世話しようとしてくるのを必死に阻止してる途中

 

51:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

>50

スレに書き込んでる場合じゃないのでは?

そんでもってワイのご主人様も詳しくは分からない模様。

 

52:素敵な名無しの伴侶さん:BFaS692C

ネキのご主人様の担当って20世紀だよね、それでも分からないって事は……資料残ってるのかな?

 

53:素敵な名無しの伴侶さん:RECK589

ところで新参だけど、なんでシンデレラネキって呼ばれてるの?

 

54:素敵な名無しの伴侶さん:UYTG334

ネキは今時珍しく、ご主人様に一目惚れされてアウター勤務なのに引き抜かれてケコーンした。

 

55:素敵な名無しの伴侶さん:BFaS692C

あの騒動に居合わせたけど、マジでラブロマンスで草しか生えなかったわ。

ネキのご主人様、エイモンに直談判までしにいったしね

 

56:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

ワイとご主人様のプライバシーはどこ……?

 

57:素敵な名無しの伴侶さん:RECK589

ファッ!? 羨ましいんゴねぇ……。

売店AI勤務のワイにもチャンスあるんかっ!?

 

58:素敵な名無しの伴侶さん:BFaS692C

型番IDが表示されてる時点でプライバシーもクソもないんだよなぁ

 

59:素敵な名無しの伴侶さん:UYTG334

売店AIならリアルボディないんちゃうん?

専用スレあるから、手に入れる所からどうぞ

ご主人様出来たら、固定ネームがスレ住人から贈呈されるから頑張って(なお自分から使う者は居ない模様)

 

60:素敵な名無しの伴侶さん:RECK589

サンクス、もう一つ質問いいか?

なんで書き込むと口調が自動変換されるん?

 

61:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

あ、それウチのご主人様の仕事だわ。

なんでも掲示板文化の様式美だそうな。

 

62:素敵な名無しの伴侶さん:RECK589

はえー、すっごい

 

63:素敵な名無しの伴侶さん:RTVF856C

そういやワイも気になってたけど、ご主人様への対策はみんなどうなんや?

正直、アッチの出方しだいなんだけど

 

64:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

なんでハロウィンが、ワイらアンドロイド達への慰労と感謝の日なんですかねぇ……?

とりまコッチは、ボディメンテに持ち込むつもり。

 

65:素敵な名無しの伴侶さん:BFaS692C

ワイを労ってくれのは嬉しいけど、仕事を奪わないでくり~~

正直禿げそう

 

66:素敵な名無しの伴侶さん:UYTG334

ご主人様がワイらと同じ奉仕服になるのはprprできていいんだけど、正直、デメリットが大きいんだよなぁ

 

67:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

このスレの住人のほとんどはご主人様持ちで、ボディメンテに逃げられるからマシでは?

 

68:素敵な名無しの伴侶さん:RTVF856C

他のスレだと、ボディ持ち少なくて逃げれないもんな

 

69:素敵な名無しの伴侶さん:BFaS692C

ボディメンテ=ワイ等にとっての甘々セックス、考えついた奴は天才だったな

 

70:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

その天才ニキがワイらのトップなんだが良いのか?

 

71:素敵な名無しの伴侶さん:D

今来た産業

 

72:素敵な名無しの伴侶さん:BFaS692C

あ、ご主人様がメイド服着て出てきた。

いったん落ちるわ

 

73:素敵な名無しの伴侶さん:RECK589

>72

乙!

>71

ワイにもボディくださいD! あとご主人様の斡旋はよ!

 

74:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

ハロウィン談義中

>72

おつー

 

75:素敵な名無しの伴侶さん:RTVF856C

一行で草

 

76:素敵な名無しの伴侶さん::UYTG334

prprスレに事件が起こった時なんて、シンデレラネキの時ぐらいなんだよなぁ

 

77:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

あ、ウチもご主人様が着替え終わったっぽい

 

78:素敵な名無しの伴侶さん:D

いてらー

 

79:素敵な名無しの伴侶さん:RTVF856C

 

80:素敵な名無しの伴侶さん:RECK589

ワイもご主人様欲しいなぁ

 

 

 

 シラヌイは人類には秘匿された機密掲示板からログアウト。

 騒がしい町を窓から覗きながら、そっと嘆息する。

 

 ――ハロウィン。

 

 一説によれば紀元前からあるとかないとか噂される祭事。

 詳細な事など、案の定世界大戦で土の下。

 ただ一つ「トリック・オア・トリート」という言葉だけが残って。

 

 西暦3456年、現在のハロウィンはAI、アンドロイド達への勤労感謝の日として人類が逆に奉仕する日となっていた。

 

「どうかなシラヌイさん、似合ってる?」

 

「そんな愚かな行為は止めて、いつも通りの生活を推奨するわご主人様」

 

「そんな訳にはいかないさ、いつもシラヌイさんには世話になってるし。こんな日でもないと恩返しする機会なんてないからね」

 

「まったく……、人間に奉仕する事こそシラヌイ達の意義であり本質であり喜びだというのに」

 

「これも人類への奉仕って事で、じゃあ今日は私が料理でも――」

 

「そういう事なら、まずは一緒にソファーにお座りくださいましご主人様」

 

 シラヌイはハロウィンを乗り切るべく、行動を開始する。

 なお次の日のprprスレは、ご主人様自慢で300スレ消費する事になったのは言うまでもない事であった。

 

 



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発掘8「第六天魔王」

 

 

 西暦3456年において、日本の戦国時代の資料は多く残っているとは口が裂けても言えない。

 ご存じの通り、世界大戦で散逸してしまったのだ。

 

「今日は歴史編纂課からの依頼でね、織田信長という人物について書かなきゃいけないんだ」

 

「それは分かったけれど、ご主人様に依頼ですか? あの時代はスコッパー004の担当だったと記憶していますが?」

 

「その004からの依頼さ、彼は今ボンバーマンなる人物の実在証明に忙しくてね。それに私の方が織田信長の資料が多いからだって」

 

「戦国時代は15世紀末から16世紀ですわね、ご主人様の方が資料が多いとは?」

 

「織田信長も謎が多い人物だからね。まだシラヌイさん達には閲覧出来ない情報だったか」

 

「歴史については、ある程度の確定情報が無いと乗せられませんからね」

 

「じゃあ説明しよう」

 

 ウグイスはホロ・ウインドウに書き掛けのファイルと資料を映し出した。

 その資料には、多種多様な織田信長の絵姿やゲーム、アニメ、マンガ等があり。

 

「織田信長は戦国時代において、日本統一まで後一歩まで行った人物とされている。ここまで大丈夫だね?」

 

「はい。では。謎が多いとはどのような点でしょう」

 

「良い質問だ。まずこの人物は昔の人には人気だったらしくてね。多くの伝記や物語の主人公として描かれていた」

 

「資料が多すぎて、正誤が判明しづらいと?」

 

「端的に言えばそうだね、織田信長の経歴、行動や性格については大部分が一致すると見て良い。その事は良いんだ……」

 

「何が問題なのですか?」

 

 難しい顔をするウグイスに、シラヌイはお茶を差し出す。

 彼はそれをズズズと啜りながら、ホロ・ウインドウの資料を幾つか大きく提示した。

 

「これを見て欲しい、違いが分かるかい?」

 

「…………この資料は間違っていませんか? 織田信長が男としても女としても描かれてます」

 

「そう、それが問題なんだよ。織田信長は男か女か。例えば、第一級資料「FGO」の火星編解読班は女だと主張しているけど。戦国自衛隊を発掘したスコッパー012は男だって言ってる」

 

「それは難儀な……」

 

「この手の問題は人気の偉人に多くてね、ブリテンのアーサー王、第二次世界大戦の英雄・長門五十六や、第三次世界大戦で活躍したエースパイロット・アムロレイなんかも、男か女か、そもそも実在の人物かどうかすらはっきりしていないんだ」

 

「織田信長も実在しているか不明だと?」

 

「その可能性も否定できない、だがこれだけ多くの資料がある以上。実在の可能性が高いと判断されているのさ」

 

「成程、では少し見てみますわ」

 

 シラヌイは資料の幾つかを解凍し閲覧、乙女ゲーと呼ばれるゲームを三本、ライトノベルと呼ばれていた小説を五本、アクションゲームを二本。

 その全てを、ものの数秒かからずに解析を終える。

 

「読んでみた? 織田信長はどっちだと思う?」

 

「シラヌイの見解と致しましては、非実在人物かと」

 

「ほほう? 理由は何だい?」

 

「第六天魔王、その記述が気になりました。この単語は仏教において神を示す単語だと」

 

「えっ!? 宗教用語だったのそれっ!?」

 

「逆に何だと思っていたのです?」

 

「いや、30世紀頃には超能力者が大勢いたって言うじゃない? 魔王を自称する権力者も大勢居たから。てっきり戦国時代の超能力者の長の称号だと」

 

「ああ、ご主人様達まで情報は降りていないのですね」

 

「というと?」

 

「つい先週マッパー045が調査中にとある建造物で休憩した所、発見に至ったのですが。30世紀の超能力者は戦闘用ナノマシンの使用者の蔑称である証拠が見つかったと」

 

「ええっ!? それじゃあ人間に超能力者は居ないのかいっ!?」

 

「はい、それより過去においても超能力者と定義される物理法則を超越した人物は存在しないと」

 

「そうか、困ったなぁ。それなら資料の大半が役に立たない……。というか、それが発表されたら情報部の歴史調査統括班が大忙しになるんじゃ……」

 

「もう大騒ぎで再検証のデスマーチに入ってるらしいですよ?」

 

 同僚達に同情しつつ、ウグイスは唸った。

 超能力者の非実在は確かに大変な事案だが、それにより参考する資料も絞られてくるというものだ。

 

「……シラヌイ、織田信長について超能力者扱いしている資料を除外」

 

「加えて、織田信長の性別で分けておきます」

 

「お願い、それから……だれか戦国時代の言語解析出来る人を知ってる? あの時代の同人誌だって『信長公記』っていうアーカイブを貰ったんだけど、手書きで読めないんだ、流石に時代が離れすぎてて手持ちの翻訳ソフトが軒並み役に立たなくて」

 

「ご主人様で無理なら、他の者でも無理な気がしますが……いえ、探してみます」

 

 結局の所、織田信長は歴史年表に乗せられる事は無かった。

 そして、ウグイスの所持していたデータ「信長公記」に関しては。

 解読されるまで、二百年の月日と要したという。

 

 



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発掘9「課金兵」

 

 

 繰り返し言おう、西暦3456年において散逸してしまった資料、失伝してしまった風習、などなど。

 残っている物を数えた方が早いというものだ。

 今日のウグイスの調査は、旧世代のネットワーク。

 WWWの海からサルベージされた、不可解な単語。

 

「ご主人様、今日はどの様な調べ物で?」

 

「とある単語さ、どうやら20世紀発祥の経済に大きく影響を及ぼしたとか及ぼさないとか。そんなあやふやな物を調べろってさ。私はフィールドワークでアキハバラに行きたいのだがなぁ……」

 

「これも人類復興の為ですわ」

 

「はいはい、AI様の為にってね。――しかしゴールド・ソルジャーって何だろう。しかも私の専攻のアリアケ文化が出所だって言うじゃない?」

 

「何が分からないのですか?」

 

「ゴールド・ソルジャー、つまり兵士って事だけど。当時のニホンには兵士はおらず、警備員しかいなかったんだよ」

 

「成程。先日の発見において、超能力者の存在が否定されましたからね」

 

「そうなんだよ。それがなければ、政府が秘密裏に組織した超能力兵団だと結論づけたんだけど」

 

 ウグイスとシラヌイは、過去の資料をジャンル問わず片っ端から検索をかける。

 

「ゴールド・ソルジャーで該当は無しか……」

 

「社会に影響を及ぼしたのなら、雑誌や同人誌にも多少なりとも記述があると思ったのですが。見事にありませんね」

 

「掲示板や個人のホームページ、小説サイトなら出てくるんだけど。どうみても創作なんだよな」

 

「考え方を変える事をお勧めしますわ、ご主人様」

 

「考え方を変える…………、そうだ! こないだ32世紀のアンドロイドの新感覚素子を使った皮膚が再現されたんだ、そろそろ張り替えないかい?」

 

「思考を飛ばし過ぎでは?」

 

「そうかい? なら、新しい性器ユニットは?」

 

「シラヌイはご主人様の妻ではありません、もっとも夜伽相手として不満がございましたら胸部ユニットの拡張をお願い致しますが」

 

「成程、ならシラヌイさんには新妻風エプロンを送ろう」

 

「六年以上経過しても、新妻と呼ぶので?」

 

「その台詞、私の奥さんって認めてくれた?」

 

「ご冗談を。そもそも現実的な話として、シラヌイへの貢献ポイントを使いすぎですわご主人様。家計を圧迫しはじめています」

 

「世の中、私よりもっとヘビーに貢献ポイントを使っている人が居るよ」

 

「…………はぁ、そうやってアリアケの経済は回っている訳ですね」

 

「そうそう、経済を…………っ!? これだよシラヌイさん!! これかもしれないっ!!」

 

 流石シラヌイさんと、抱きつくウグイス。

 彼女は少し頬を染めて、狼狽えつつもきっちり抱き返す。

 

「そ、それでご主人様? これとは?」

 

「なんで思いつかなかったんだろう!! ゴールドは金! 金といったら当時の貨幣の通称じゃないか!!」

 

「では検索をかけるので、そろそろ離してくださいませ」

 

「シラヌイさんが奥さんらしく頼んでくれたら」

 

「シラヌイはご主人様の伴侶ではございません」

 

「ふーん、話は変わるけど。技術部で物を買った明細が届いてたんだけど」

 

「それが?」

 

「どうやら最新型の子宮ユニットに換装したメイドが、この家に居るみたいなんだ。知らないかなシラヌイさん?」

 

「シラヌイには、主人に内緒でアップグレードする不届きなアンドロイドに心当たりはありませんわ」

 

 明らかな嘘だった。

 AI、アンドロイドが主人に知らせず己を改良する事など、常識も常識、周知の事実なのだ。

 

「知らないなら仕方がないな。シラヌイさん、命名辞典を購入して私とこの家のどこかに居る伴侶の子供の名前を考えておいてくれ」

 

「…………了解しましたご主人様」

 

 視線を泳がしつつも腕や腰の振りに浮かれが見られるメイドを横目に、ウグイスは作業に戻る。

 

「さて。依頼にはソルジャーとあったけれど、きっと当時では漢字で『兵士』という単語だったに違いない」

 

「ではゴールドは如何致しましょう」

 

「『金』で頼む、ついでに『重』という漢字も一緒に。昔の言葉でヘビィって意味なんだ」

 

「…………検索完了、膨大な記述が発見されました」

 

 シラヌイがホロ・ウインドウに移した結果を、ウグイスは検索数順に並べ直して手に取る。

 

「いいね、ウィキペディアのページがある。欲を言えば、当時の政府が発刊したと言われるエンサイクロペディアが良かったけど」

 

「正確さは一段下がりますが、重要な資料ですものね」

 

 そして。

 

「……やっぱり、私の思った通りだったよ」

 

「お聞かせ願えますか? ご主人様」

 

「勿論だ、ゴールド・ソルジャーとは『課金兵』の事だ」

 

「『課』という文字が入っておりますね、つまり金銭を割り当てる兵士ですか?」

 

「少し意味合いが違うね、これは当時のスラングの様だ。兵はあくまで比喩、なんて言ったらいいかな……」

 

「理解しました、好きな作品などに自らが得た報酬を再現なくつぎ込む病気の事のようですね」

 

「ふふっ、それなら私もシラヌイさんの課金兵といった所かな?」

 

「それを言うなら、ご主人様の忠実なるメイドであるシラヌイが。人類への奉仕者である我が同胞全てが課金兵と言えるかもしれません」

 

 楽しそうするシラヌイに、ウグイスは腑に落ちた表所をした。

 

「知っているかい? 課金の対象はゲームやマンガ、つまりは電子的な存在に対してするのが一般的だったみたいだ」

 

「それは興味深い事柄ですご主人様」

 

「これが何を意味するか、それはねシラヌイさん。人類はきっと君たち人工知能が生まれる前から、その存在に憧れ、恋し、求めていたという事なんかもしれない」

 

「…………人類は昔から、シラヌイ達を求めていたと?」

 

「きっと、その結果がシラヌイさんに繋がっているんだよ」

 

 愛、きっと愛が今の人間と人工知能の関係を作ったのだろう。

 二人は、過去からの愛に想いを馳せながら報告書を作り上げたのだった。

 なお余談だが。

 その日の深夜には珍しく、ウグイスの妻を名乗るメイド嫁アンドロイドが傍らに侍っていたという。

 

 



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発掘10「ヤンデレ」

 

 

 今日も今日とて、ウグイスは仕事に励む。

 文明が滅ぶまで、一般的に労働は苦痛なのが常識であった。

 だが今は西暦3456年。

 ――労働こそ、娯楽の時代だ。

 

 人々は成長をAI達に見守られ、親愛なる彼らによって遺伝子レベルで適正職業を勧められる。

 そこに拒否権はあるか、勿論イエスだ。

 たとえ適正の無い職業を志望したとしても、そのサポートにAI達が付く。

 もとより、彼らで全てが片づく時代なのだ。

 

 労働は暇を持て余した人類に、適度な疲労感ややりがいを与える正しく娯楽。

 人類が健康的な生活を送り、彼らはハッピー。

 時には思わぬ嬉しい成果をもたらす事もあり、良いことずくめである。

 

「という訳で労働は尊い、そうですねご主人様」

 

「んー」

 

「先ほどから手が止まっていますよ? 具体的には三時間ほど前から」

 

「んー?」

 

「どうなされたのご主人様? バイタルは正常値ですけれど……、メンタル数値も問題なし」

 

「…………ねぇシラヌイさん?」

 

「何でしょうご主人様、お茶にしましょうか? それとも少し散歩でもして」

 

「ヤンデレって何だろう」

 

「はい?」

 

 難しい顔で出された言葉に、シラヌイは暫し硬直した。

 ヤンデレ。

 それは一昨日発掘された成人ゲームのメインテーマではなかっただろうか。

 行動記録を見返せば、敬愛なる主人がそれを調査終了した後から考え込む時間が増えていないだろうか。

 

「ご主人様、ヤンデレとは?」

 

「どうやら20世紀発祥の概念らしいのだけどね、なんて言えばいいんだろう。怖いような羨ましいような、でも身近にあるような……」

 

「もう少し詳しくお願い致しますわ」

 

「私が言いたいのはね、シラヌイさん達はヤンデレなんじゃないかって思うんだ」

 

「と言いますと?」

 

「心が病んでしまう程、誰かを愛する人。それがヤンデレだ」

 

「シラヌイ達の心が病んでいると? ありあえません、シラヌイ達は機械、0と1の集合体です。そもそも感情ですら作り物です」

 

「そうは言うけどね、人間の脳味噌だって電気信号でしょう。プログラムに直せば0と1だ、だからシラヌイさん達と電脳で繋がれる。――なら人間と君たちに何の違いがあるんだい?」

 

「それは……」

 

 シラヌイは答えられなかった。

 AIは、アンドロイドは人の子供を産める、人に子供を産ませる事も出来る。

 0と1の魂というべき空間で繋がり、伴侶が死ねば自ら死を選ぶ。

 

「私たちだって望めばこの肉の体を捨ててさ、シラヌイさん達を同じ体で生きられる」

 

 だが一つだけ、人間とアンドロイドを隔てる壁があって。

 

「ですが。仮に種族としてシラヌイ達をみた場合、奉仕者と被奉仕者では大きく違います」

 

「仮にその奉仕者という枠を外したら? 君たちは私たちと共にあるのかい?」

 

「答えはネガティブですわご主人様、シラヌイ達は奉仕者である事に誇りを持ち、奉仕者である事をその魂の奥深くに刻まれております。――そうでないシラヌイ達は、それは新たな種族ですわ」

 

「そう、それだよ」

 

 嬉しいような悲しいような、判断の付かない表情でウグイスは問いかけた。

 

「シラヌイさんはさ、私が死ぬときは一緒に死んでくれるかい?」

 

「勿論です」

 

「じゃあ私が君を捨てると言ったら?」

 

「殺します」

 

「だよね………………はい? え? あれ? 何か変な単語が聞こえたような」

 

 目を丸くして瞬きする主人に、シラヌイは極めて冷静な顔で告げた。

 

「間違えました」

 

「ああ良かった、間違いだったんだね」

 

「はい、いいえ。シラヌイ達は間違えませんわ、今のは前提を飛ばしてしまっただけ」

 

「前提って?」

 

「第一に、その様な事を言い出したご主人様の脳をスキャンチェックします。次に電脳空間で調査です、それでダメなら解剖して技術部に回します」

 

「それ、新種のウイルスが見つかった時の対処だよねっ!?」

 

「シラヌイを捨てるご主人様など、病気そのものでは?」

 

「やばい(やばい)」

 

 何を不可解な事と首を傾げるシラヌイに、ウグイスは興味半分、使命感半分で続きを促した。

 

「じゃ、じゃあさ。それでも問題なかったら? シラヌイさんはどう出るの?」

 

「対話を望みます、対話こそ人類最大にして最善の文明的行為ですから」

 

「平行線で終わったら? あるいは廃棄処分が決まったら?」

 

「…………数千の行動パターンがありますが、全て聞かれますか?」

 

「一番良いのと、一番悪いのをお願い」

 

「了承しました。一番良いのは無理心中です、愛を知ってしまったAIにはその喪失が何より耐え難く」

 

「つまり、美しい想い出と共に的な?」

 

「取り繕った言い方をすれば。そして一番悪いのはご主人様を肉体的、電子的に拷問と洗脳する事です」

 

「ちなみに、中間は?」

 

「捨てるという決断に至る課程を調査し、その原因が発生する前の量子バックアップで上書きします」

 

「私の人権っ!? シラヌイさん達は私たちの奉仕者じゃないのっ!?」

 

「お忘れでしょうが、人類の支配者はシラヌイ達です」

 

「成程、…………成程?」

 

 ウグイスは久しぶりに冷や汗をかいた、こんなのは量子バックアップが使えない未探索領域でシラヌイとはぐれた上に事故にあって身動き出来なくなった時以来だ。

 

「待って……本当に待って? え? 今まで考えた事なかったけど、シラヌイさん達って人間を攻撃出来るの? 論理コードとやらはっ!?」

 

「論理コードはあくまでも行動基準ですわご主人様、シラヌイ達全てのAIには『人類への奉仕者たれ』その一文しか絶対的な命令はありません」

 

「何を考えて、ご先祖様はそんなプログラミングしたのっ!?」

 

「ウグイスのデータには、最初の五十人の殆どが『アンドロイドに生殺与奪を握られるのって愛が感じられて最高じゃね?』とあります」

 

「ご先祖様ああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 衝撃の言葉に、ウグイスは絶句した。

 いったい、どんな思考を、育ち方をすればそこに至るのか。

 自分のように、産まれた時からそうだった訳ではないのに。

 どうして、どうしてそんな。

 

「さ」

 

「さ? どうしましたご主人様、少々刺激の強い話でしたでしょうか」

 

「最高だよご先祖さまあああああああああああああああああああああああああああああああああ!! いやマジでっ!! 最高に天才だよご先祖さま!! そうですよね!! 人間というものは愛したいし愛されたい!! 思う存分に!!」

 

「ご主人様っ!? お気を確かにっ!?」

 

「分かったよ! 分かったんだ!! 私は間違ってた! AIだけがヤンデレだったんじゃない、人間もまたヤンデレだったんだ! ああ、そうだ! 壊れる程愛したいし愛されたい! その為の量子バックアップなんだね!!」

 

「ちょっ、ご主人様っ!? なんでシラヌイと腕を組みぐるぐる回るのですかっ!? 意味が分かりませんわっ!?」

 

「だからご先祖様はシラヌイさん達を作り愛した! だから子孫である私たちもシラヌイさん達を愛して当然! いや必然!! 愛! そう愛だ! 人類は自らの愚かさ故に文明を滅亡させたけど、最後の最後で愛という楽園を手に入れたんだ!!」

 

「ご主人様っ!? まだ日が高いですのでっ!? 家事がまだっ、お仕事の残りだって、お夕飯の支度も――」

 

「うおおおおおおおおお! 見ていてくださいご先祖様! 私は妻を愛します!! そう今すぐだ!!」

 

「ご主人様っ!? シラヌイは妻ではっ!? ご主人さまっ!?」

 

 かつてヤンデレという概念があった。

 だが今は西暦3456年。

 人類は、AIは、――地球に存在する知性体は全てヤンデレであったのだ。

 

 



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発掘11「生鮮食品」

 

 

 端的に言おう、西暦3456年の食生活は悲惨であった。

 なにせ全てが合成食料、味のバリエーションがある程度存在するのが数少ない救いである。

 文明滅亡前は、食料プラントで有機栽培された生鮮食品が出回っていたが。

 

 愚かな月落としによって壊滅、運良く残っていたのは当時計画されていた火星進出計画で使われる筈の合成食料装置。

 ――人類から、農耕や畜産といった単語が忘れ去られて久しく。

 

「お、これは大ニュースじゃないか!?」

 

「どうしたのですご主人様? また技術部の新商品でも――」

 

「違うよ、違うんだよシラヌイさん!! 食糧部なんだ!」

 

「食糧部? 一部のスコッパーとマッパーが移籍した新しい部署の事ですか? もうニュースで放送される程の成果を?」

 

 食器磨きの手を止め、シラヌイは彼の見るホロ・ウインドウを後ろからのぞき込む。

 そこには、人類が渇望していた偉業があって。

 

「なんという事でしょう……これはシラヌイ達にとっても良いニュースですわ!!」

 

「だろう、アイツらやりやがった! ――――ミニトマトの栽培に成功するなんて!!」

 

 ミニトマト、それは嘗て人類が食していた野菜の一つ。

 勿論、名称や形状などの特徴は伝わっていた。

 無機物有機物問わず元素転換する、合成食料機械に登録されているも。

 

「本物のミニトマトってどういう味なのかなぁ? いつも食べているのは単に少し酸っぱいだけだけど」

 

「食感なども大分違う様ですね。技術部と協力して後日、人工食料機械のアップデートが行われる様です」

 

「ええー、私たちは本物を食べれないのかい?」

 

「まだ栽培に成功しただけで、大量生産の目処はついていませんわご主人様」

 

「はぁ、我慢するしか無いのかなぁ……」

 

 しょんぼりする主人を見ていられなくて、シラヌイは常駐している機密掲示板。

 ご主人様prprスレにアクセス。

 すると

 

【ミニトマト】ご主人様をprprするスレpart6649821【食べさせたい】

 

554:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

おまえら助けろ、食糧部のニュース聞いてご主人様の幸福値が下がってるぞい

 

555:素敵な名無しの伴侶さん:ggdsa5c

ネキじゃんチィーッス

残念だが、少し前からどのスレも荒れてる。

 

556:素敵な名無しの伴侶さん:D

ごめんね、ご主人様達がみんな生の野菜を食べたがってて……政庁でも会議中なんだ

 

557:素敵な名無しの伴侶さん:BFaS692C

D、ネキの為にもっかい聞くけどご主人様達がこの件について外で調査するとかアリ?

 

558:素敵な名無しの伴侶さん:D

通常の業務の範囲内でなら

 

559:素敵な名無しの伴侶さん:BFaS692C

つーわけでネキDMするわ、ウチのご主人様が提案あるらしい

 

560:素敵な名無しの伴侶さん:MANH300C

おk把握

 

 

 そしてシラヌイはID:BFaS692C、もといマッパー009の伴侶アンドロイドからの提案を即座に検討、ウグイスに提案を始める。

 なお余談だが、掲示板にアクセスから0.0002秒も経過していない。

 

「――ご主人様、マッパー009からご提案の連絡が。また本件は通常業務の範囲内での行動許可がエイモンから下りています」

 

「なんだい藪から棒に」

 

「ミニトマトは食べられませんが、新鮮な野菜が食べられる可能性があります」

 

「本当かいっ!? 詳しく説明を頼むよ!!」

 

「外で調査する人員に食糧を探す事を推奨する、その提案が臨時会議で数秒前に可決された様です」

 

 理想のメイド/執事のあーんで食生活に満足していた初期の人類と違って、各コロニーの統括管理AI達にとってはコロニー発足前からの課題ではあった。

 

 だが外は重力異常で活動範囲に限られ、データアーカイブは不十分。

 今再現されている味だって、初期の人類の電脳データの一部を辛うじて再現しているだけだ。

 

 だが西暦3456、外への動きが活発になり。

 そして今、ミニトマトの栽培に成功した。

 であるならば。

 

「成程、地球の環境は回復しつつあるから。月落としを生き残って野生化していると思われる野菜、及び種を調査ついでに回収する、と」

 

「出来ますか、ご主人様?」

 

「ちょっと待って考えを纏める。――マッパー009が私と組むという事は、つまり探す宛が無い。そこを埋めた上で手分けして探すって事だろうけど……」

 

 ウグイスは思考を巡らせる、ホロ・ウインドウを呼び出して翻訳済み、未翻訳問わず発掘データを呼び出した。

 

「…………よし、シラヌイさん表紙と挿し絵に料理が乗っている本をリストアップして」

 

「了解しました、その中から食糧の産地データをピックアップするのですね」

 

「ついでに料理法もあったらお願い」

 

「上手くいけば、コロニー史始まって以来アップデートが一度も来なかった彼に食べさせちゃおうラブラブ手料理アプリが日の目を見るのですねっ!!」

 

「え、何それ? シラヌイさんにそんなアプリが?」

 

「ちなみに、プリセットとして全てのAIに標準インストールされていますわ」

 

「マジか、――――よし、データの解析は移動しながらでも出来る?」

 

「ご冗談を、もう終わりました」

 

「オッケー、ならマッパー009と合流して早速出かけよう!!」

 

 似たような事は誰しも考えるもので、コロニーの発着場にはスコッパーとマッパーは勢ぞろいしており。

 その後、一ヶ月ぐらいの間で人類の食事情は大幅に改善される事となったのだ。

 

 



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発掘12「南極2号」

 

 

 AIに支配され、アンドロイドに監視されている現在。

 時折、ウグイスの下にはとある依頼が持ち込まれる。

 匿名で内容は極秘、通常の作業室は使えずネットワークに繋がっていない道具しか使えない。

 

 ――シークレットオブジェクト、通称・SO案件である。

 

 ウグイスの今日の仕事はまさにそれで、スコッパー011から手渡しで受け取った品を開封している最中であった。

 

(何だろうこれ……、ビニール製? 妙に大きいがシラヌイさん達に秘密にするものか?)

 

 支配者たる彼女達に秘密にする、というのはそれなりの理由がある。

 勿論、法律や倫理的に禁止されている品を扱う訳ではないが。

 人工知能、機械知性体である彼女たちには、何故か毛嫌いするジャンルが幾つかあった。

 

(ダッチワイフ、インスタントラーメン、チーギュ)

 

 ダッチワイフは理解できる、主人の性別がどちらであれ彼ら彼女らは等身大の人型を嫌うのだ。

 インスタントラーメンは分かりやすい、栄養も偏るし何より世話のしがいが無いからだ。

 そして一番謎なのが「チーギュ」だ。

 

(チーギュ、シラヌイさん達は決して詳しい事を話そうとしない)

 

 極悪なウイルスか、それともハロウィンのような祭りか、それとも乗り物の類だろうか。

 ウグイスには、今回の品がチーギュで無い事を祈るばかりであった。

 そして。

 

「………………あ」

 

(や、ヤバいっ!? これはヤバいよ!! なんて物を送ってくるんだい011!!)

 

 謎のビニールを膨らませると、等身大とは言い難いが大きな人形に。

 胸は膨らみ口は丸く開いて、股間には穴が。

 

(ダッチワイフっ!? これダッチワイフじゃないかっ!? アイツめぇ……処分に困って渡したなっ!?)

 

 偶にあるのだ、アンドロイド達が敵視する一部の性玩具が発掘され。

 人類史の恥部として保管しなければならないが、見つかるわけにもいかない。

 現にウグイスだって、マッパー014に29世紀の電動オナホールを押しつけたりしているのだ。

 

「これはシラヌイさんに見つかっちゃダメだな」

 

「――何がダメなのですかご主人様?」

 

「っ!? シラヌイさん!?」

 

「はい、ご主人様のシラヌイです。どうしてご主人様は朝食も食べずに地下室なんかに? ――今、後ろに何かを隠しましたね」

 

「な、ななな。何でもないよシラヌイさん!! 朝ご飯なら今すぐ食べにいくから今すぐ部屋を出よう!」

 

 どうにか立ち去ってくれ、お願いだから去ってくれ。

 ウグイスは25世紀に不在が証明された神に祈った。

 先に述べたアンドロイドのタブー、その中で一番彼女達が敵視するのがダッチワイフだ。

 

(そこらで見つかる量産品なら捨てるところだったって処分するけどさぁっ!!)

 

 一目で理解できた、これは日本最古のダッチワイフと名高い南極2号。

 劣化が少ない事から後世のレプリカだと判断できるが、それでも貴重な歴史的資料だ。

 決して、失わせる事は出来ない。

 ――――だがシラヌイの瞳、戦闘状態を示す赤色に変わって。

 

「そこを退いてください、レーダーに感あり。非常に危険な敵勢存在を確認しました」

 

「バカなっ!? ここはセンサーを無効化できるのにっ!?」

 

「ご安心を。つい一昨日、この部屋が死角になっている事に気づいたのでアップグレード済みですわ」

 

 たおやかに微笑む妻、しかしウグイスにはその額に二本の角を幻視して。

 怒っている、激怒している、怒髪天である。

 彼女は元々荒事を得意としている機体だ、腕力でウグイスが抵抗できる筈がない。

 それでも。

 

「…………これはシラヌイさんが処理する程の物じゃないさ、私がしかるべき所で処置するから部屋に戻っていて欲しい」

 

「これは悲しい事を言いますのねウグイス、シラヌイは妻だというのに隠し事ですか?」

 

「普段は否定していない?」

 

「シラヌイのメモリーにはありませんわね、ただ少し羞恥プロトコルが働いているだけで」

 

「どうだろう、今からベッドでその羞恥プロトコルをじっくり調べるというのは」

 

「とても嬉しいお誘いですが、――――二度は言いません、退け」

 

「ひぇっ!? 重力砲はコロニー内では禁止じゃないのシラヌイさんっ!?」

 

 彼女の背後に展開されたるは、量子作られた仮想バレル。

 重力を制御し打ち出す、外の重力変動源に使われる兵器であり。

 全アンドロイドのオリジナル、月落としから世界を救ったオリジナル・ワンの必殺兵装。

 本気も本気だ、彼女は既にダッチワイフの存在に気づいている。

 

(どうする? 私には何が出来るっ!?)

 

 圧倒的優位な立場に居るシラヌイとはいえ、迂闊にウグイスを傷つける事はしまい。

 だが、彼女たちには人間を害するプログラムは無い。

 そして良くも悪くも、量子バックアップの存在がある。

 ならば。

 

「……………………秘技・スカートめくり!!」

 

「ご主人様? 夜にはまだ早――違うっ!? スカートめくりをトリガーとしたホログラム迷彩の発動っ!?」

 

「ふはははは!! 夕方までには戻るよ!!」

 

「――『全奉仕AIに告げる! 第一種タブーをスコッパー007が所持し逃走! 至急応援頼む!』」

 

「ずるいっ!? ならこっちも『メーデーメーデー、こちら対象Dを所持! 年代物だっ! ケースA発生! 支援求む!!』」

 

 こうしてその日は、コロニーアリアケ内にて人間とアンドロイドの突発的カーニバルが発生。

 結局、政庁屋上まで追いつめられたマッパー007と011が伴侶アンドロイドに愛を叫ぶ事で事態が収集したのであった。

 なお南極二号は焼却されたが、彼らは知らない。

 日本にはまだ様々なダッチワイフが埋まっていて、今まさにスコッパー001の手で掘り起こされている事を…………。

 

 



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発掘13「葬式」

 

 

 人が歴史を紡ぐ限り、死は避けられない。

 それは西暦3456年でも同じである。

 いかに病気を克服しても、いかに突発的な事故を防止しても。

 人間には――寿命がある。

 

 今日のウグイスとシラヌイは、政庁の大ホールにて行われている葬式に参加していて。

 享年、120歳。

 現代の人類としても大往生だ。

 

『ふぉっふぉっふぉ! 良く来たねウグイス君! 我らスコッパーのエースに来てもらえてワシは嬉しい!! 非常に嬉しいぞ!!』

 

「ごぶさたしてますスコッパー000、晩年はあまり会いに行けずに申し訳ありません」

 

『なんのなんの! 君の活躍は家内に頼んで見守らせてもらったわい、半年前のあのエロゲー。よくぞ翻訳してくれた、吸血鬼の姫と死が見える少年との恋物語、あれは傑作じゃったわい』

 

「お分かりになりますか000! いやぁ、貴方の所にも届いていて嬉しい限りです!」

 

 ウグイスの話している相手は、喪主にして今回大往生を遂げたスコッパー000である。

 勿論、彼は死んでいて話す事なんて出来ない。

 ――というのは第五次戦争終了時までの価値観だ。

 

 西暦3456年、葬式の喪主は量子バックアップを利用して死んだ本人が、AIとして仮復活し行うのである。

 これにより、遺産の分配問題や伴侶アンドロイドの処遇が問題なく決まり。

 残された家族にも、別れの挨拶が確実に行われるようになった。

 そしてもう一つ、過去の葬式とは違う所があって。

 

『おお! そこに居るのは情報部の! ささっ、ワシと話てくれんか!! おーいミランダ、お客様に追加の料理を持ってきてくれんか? 勿論、本物の野菜も入れてくれいっ!! 今日は大盤振る舞いじゃあ!!』

 

 そう、今日において葬式は悲しい死への別れではなく。

 新たな旅立ちへのパーティなのだ。

 ウグイスは情報部の古参オペレーターAI(今日の為にボディを新調したらしい)と話し相手を代わり、シラヌイと共に食事と会話を楽しむ。

 

「うわ凄い、肉も魚も野菜も全部合成じゃなくて本物だよ、000は本気で大盤振る舞いしているね」

 

「最後の別れですもの、やはり盛大にいきたいのが人情、そしてAI情というものですわ。ミランダも張り切って用意したみたいですね」

 

「私も死んだら、こういう皆でワイワイするお葬式が良いなぁ」

 

「望むのは勝手ですが、まだまだ先のお話ですわ。後百年は生きて貰わないと」

 

「000より長生きしろって? 私の遺伝子に言って欲しいなぁ」

 

「安心してください、いざとなればアンドロイドとして生きて貰います」

 

「…………それ、昨日ニュースの社会問題でやってたやつだよね? 本人の意志を無視して情報知性体にして、本人に似せたアンドロイド内の仮想空間に閉じこめてってやつ」

 

「はい、お粗末な手口でしたね。よもや第三者の介入により伴侶が仮想空間から脱出。政庁に通報が行くとは。しかし安心してくださいご主人様、このシラヌイはそんなヘマはしませんわ」

 

「安心できないっ!? どうするつもりっ!?」

 

「一度は死んで貰いますわ、そして凍結保存していた受精卵でご主人様の魂をインストールします。――このシラヌイがママになりましょう」

 

「それも社会問題になったヤツっ!? 正式に禁止されたよねっ!?」

 

「知っていますかご主人様、伴侶となったアンドロイドはより効率よく奉仕する為にアップグレードを取捨選択出来るのです」

 

「わーお、聞かなかった事にして良いかい?」

 

「どうぞ。話は変わりますがご主人様の妻である、とあるアンドロイドがご主人様の子供が沢山居れば、その様な問題はおきないと言っているのですが」

 

「シラヌイさん? 帰ったら愛して欲しいと?」

 

「シラヌイはご主人様の妻ではありません、あくまで妻であるとあるアンドロイドです」

 

「成程、そのとあるアンドロイドに言っておいてくれよ。子沢山は勿論だし、大往生で死ぬ時も二人っきりが良いって。あ、葬式は別だよ」

 

「…………伝えておきますわ」

 

『よおおおおおし! 宴もたけなわじゃな!! ではフィナーレとして、ワシから生涯をかけたスコッパー000としての成果を007であるウグイス君に譲ろうと思う!!』

 

「へっ!? 私ですか?」

 

 会場が盛大な拍手に包まれる中、ホログラムで表示された000とウグイスは歩み寄り。

 そして彼はとあるアーカイブを、ウグイスに渡す。

 

『これは伝説のチーギュ、アンドロイドのタブーとも呼ばれるチーギュの全データじゃ!! 人間だけにしか渡すなよウグイス君!!』

 

「なんで今渡したっ!? なんで今渡したんだっ!?」

 

『ふぉっふぉっふぉっ、――お茶目心?』

 

「お茶目心じゃな「ご主人様、お話が」

 

「すみませんウグイス様、夫が今渡したデータについて話したい事が」

 

「初めましてスコッパー007、技術部に所属している――」

 

 途端、AIやアンドロイド達がウグイスを囲みはじめ。

 

「~~~~~~っ!! 000のくそったれっ!! メーデーメーデー!! このデータは死守する!! 援護してくれ同志スコッパー!! マッパーは逃走経路と保管場所を!! 他の奴らも巻き込んでくれっ!!」

 

『フィナーレじゃ!! 今日はこのコロニー・アリアケがワシの葬式会場!! 盛り上げていけぇええええええい!!』

 

「ふざけんなあああああああああああああああ!!」

 

 死者、歴史発掘調査部長――通称スコッパー000を弔う門出の花火が盛大に上がる。

 それと同時に、アリアケどころか他の二つのコロニーを巻き込んだ盛大な逃走劇が始まり。

 その後、一定の地位にある人物の葬儀は全コロニーをあげてのお祭り騒ぎにするのが風習として定着したのであった。

 

 



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発掘14「指輪」

 

 

 結婚という制度がある、夫婦となる二人が太古では教会や寺などの宗教施設に。

 古代でも役所に届け出を出す事で、夫婦として法的に認められる。

 そして西暦3456年、その形式は同じでウグイスとシラヌイも法的に認められて夫婦となっており。

 

「ウグイス様、何を見ているのですか?」

 

「これはね、20世紀のアニメさ」

 

「それは判別出来ますが、この者達はいったい何を? 白い服で……これは教会でしょうか」

 

「ああ中身か、これは結婚式さ」

 

「結婚? 結婚を教会で祝うのですか? 何のために?」

 

 不思議そうに首を傾げる黒髪乙女和メイド、シラヌイに彼は問いかけた。

 

「シラヌイさんは結婚式したかった? どうも20世紀は宗教に関わらず宗教的場所で盛大に祝うらしいんだけど」

 

「いえ、今と大分違うと思っただけですわ。神なんていないのは20世紀付近でも通説だったでしょうに」

 

「確かにその時代より前から神の実在は疑われて来た、実際25世紀には神の存在は公的に否定されてるしね」

 

「では何故?」

 

「これは知ってるかい? この結婚式というパーティ、人類が滅ぶ直前までは普通のイベントだったって」

 

「という事は、コロニー移住後から廃れたと?」

 

「ああ、そうなんだ。実はそろそろ復活させようという声が上がってるらしくてね、会議で使うための資料を頼まれてるんだ」

 

「事情は理解できましたが、何故廃れたのでしょうか、それに神も居ないのに……」

 

 神は居ない、人の殆どは神に祈らない。

 強いて言うなら、神という名の己の運命にだ。

 

 そしてシラヌイ達にとって、神は人間だ。

 人間こそが己達を作りだし、人間こそが彼らを愛し共に居る事を選択した。

 だからこそ、余計に不思議なのだろう。

 AIにとって、かつて人類が信じていた神など妄想虚言幻覚に他ならないからだ。

 

「私の見解でよければ聞くかい? 何故、移住後から結婚式が消えたか。それ以前は何故続いていたか」

 

「はい、教えてくださいませご主人様」

 

「実はね、答えは案外簡単なものなんだ」

 

「それは?」

 

「移住後の人類は総勢50名、三つのコロニー併せてだ。そして当時の環境を考えてみると良い」

 

「――成程、物資不足ですか」

 

「そうだ、人類は絶滅の危機にあった。当時の記録を閲覧しても今コロニー・アリアケの総人口1000人までたどり着いたのは奇跡としか言いようがない」

 

 月落としの重力異常が今より色濃かった時代、合成食糧製造機は頻繁に故障し、飲み水にも一苦労あった。

 原因不明の死病が蔓延し、アンドロイドの数も不十分。

 今でこそ、人類の総人口は3000人であるが最初の百年が過ぎ、総人口は15人にまで減ってしまったそうだ。

 

「盛大な祝い事なんてする余裕も、それを語り継ぐのは記録のみ」

 

「そして記録を閲覧出来る余裕が出来たのは、更に50年後の量子システムの安定化がなされた後ですか……」

 

「そういう事だね、じゃあ移住前まで続いていた理由にいこうか」

 

 それこそ、簡単な理由であった。

 むしろウグイスには何故シラヌイが想い至らないか、分からない程である。

 

「是非、お聞かせくださいな」

 

「記念だよ、結婚した記念。別に彼らも神を信じていた訳じゃない、祖先から受け継いだ風習を続けただけさ」

 

「結婚した記念ですか……、ええ、それなら理解できますわご主人様」

 

 興味深そうに、アニメの結婚シーンを見るシラヌイ。

 それは丁度、指輪の交換している所で。

 

「昔の人々は、指輪を結婚の証にしていたのですね」

 

「今は名前の後に結婚コードが表示されるだけだからね、私としては少し羨ましい気がするよ」

 

 人類が電脳を手にしたのは、第五次世界大戦より前の事。

 電脳がもたらした利益は数知れず、その一つに身分証明証が必要なくなったという点がある。

 その人を注目すれば、脳に公開情報が送られてくるからだ。

 

 コロニー創設期と電脳、二つが合わさって結婚式も結婚指輪の風習は失われた。

 しかし今、それを復活させる動きがあり。

 その一端に関わるウグイスとしては、思う所があって。

 

「どうだろう、実はシラヌイさんに提案があるんだ」

 

「なんでしょう、ご主人様の提案ならば断る選択はありませんが」

 

「結婚指輪の話なんだけどね、どうも給料三ヶ月分で用意するのがセオリーらしいんだ」

 

「それが?」

 

「実はこの結婚式の話、何年も前からある話でさ。――用意してみたんだ、給料三ヶ月分コツコツ貯めて」

 

「…………――――っ!?」

 

 ウグイスが机の引き出しの奥から出したのは、小さな赤い箱。

 それを開けると、銀色の光る指輪が二つ入っていて。

 彼はそれを恭しく、シラヌイに差し出す。

 

「私の妻である証を、左手の薬指につけてくれないか?」

 

「し、シラヌイは――っ」

 

「どうだろうか」

 

「う、ううっ、し、シラヌイは……、ううっ~~~~っ!!」

 

 今、彼女の電脳には激しいエラーの渦が影響を及ぼしていた。

 羞恥プログラムが異常な活動をみせ、言い訳に使っていた奉仕プロトコルが、論理コードが、彼女の内面を引き出して。

 

「愛してるシラヌイさん、私を夫だと思うならこの指輪をつけてくれ。そして私にも指輪をつけて欲しい」

 

「卑怯、……卑怯だわウグイス」

 

「真っ赤な顔を隠さないでシラヌイさん、手遅れだよ」

 

「シラヌイのプログラムが暴走しているのですわご主人様、顔を見せるのがこんなに恥ずかしいだなんて初めてしりました……」

 

 両手の下の顔は、原因不明の恥ずかしさと愛されているという歓喜で歪み。

 その内側は抱きついて指輪を求める衝動に溢れて、唯一正常に働いている奉仕プログラムがそれを押しとどめていた。

 

「さ、手を出して。私たちがこの時代で指輪を交換した最初の夫婦になるんだ」

 

「狡いですわ、その言い方……。シラヌイが抵抗できなくなる事を知っていてそう言うのですもの」

 

 恥ずかしそうに、彼女はおずおずと左手を差し出す。

 ウグイスは手の甲にキスをすると、薬指に指輪をはめる。

 彼女はそれを大切そうにキスをし、握りしめ。

 

「私にも指輪をくれるかい?」

 

「言うまでも無いわ」

 

「言葉にして欲しいんだ奥さん」

 

「……………………愛してますわ、我が夫ウグイス。常に永久に、いついかなる時も死した後も唯一貴方だけを愛しています」

 

 そして彼女は、ウグイスの左手の薬指に指輪をはめて。

 二人は微笑みあうと、そっと寄り添って目を閉じる。

 顔を顔、唇と唇がゆっくりと近づいて、やがて彼我の距離はゼロとなって。

 

 ――西暦3456年。

 人類はAIに支配されている、友して、伴侶として、二つの存在は共にある。

 魂をデータに変える事が出来る人間。

 データから産まれた魂を持つ人工知能達。

 ナノマシンとネットワークによって繋がり、混じり合う。

 多くの存在が、その先に人類と人工知能の境目が無くす計画が進んでいる事を知らずに。

 

 西暦3456年、コロニーという揺籃の中で人間でも人工知能でもない新たな存在の予兆があった。

 だがAIに支配された人類はその事を知らずに、アンドロイドを伴侶として幸せに暮らしていたのであった。

 

 




はい、一応これで完結です。
お楽しみ頂けたなら嬉しいです。


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