赤き弓兵、錬鉄の記憶 (ハウンド・ドッグ)
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Prologue

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


 弓道場。そこには一人の少女が弓を引いていた。

 時刻は午前七時半。差し込む朝日は柔らかく、そして小鳥のさえずりは耳をくすぐるように。普通自動車やタクシー、貨物を乗せたトラックがエンジンの駆動音を響かせてながら車道を行き交い、サラリーマンやアルバイト、学生らが時間に追い立てられるように、足早に歩いて行く。

 そんな中、少女は弓を引き絞る。朝ののどかさや、都会の喧噪などを置き去りにし、目の前の標的を撃ち抜くことに集中する。

 

狙いを定め、そして───放った。

 

手元から離れた矢は加速し、飛んでいく。

 

その矢は───寸分違わず、的の中央を射抜いた。

 

少女は残心の後、構えを解く。

 

 道着を纏った少女の名は衛宮 琴葉(エミヤ コトハ)

 元より色黒なのであろう、褐色の肌は軽く汗をかいている。また、邪魔にならないように後ろでくくられた、赤銅色の頭髪は風に吹かれ、なびいていた。

 そろそろ終わるか、と呟き、ふぅ、と息を吐く。道具を片付け始めたその時、

 

「今日も精が出るわね」

 

「シズク。来てたんだ」

 

 後ろから声を掛けられる。

 琴葉が振り返ったその先にいたのは、黒髪の大和撫子。八重樫道場の跡継ぎであり、剣道の才女でもある、八重樫 雫(ヤエガシ シズク)であった。

 

「朝練よ、朝練。シズクは?」

 

「私もそんなところ。今、その帰りかな」

 

「そっか。じゃ、私もそろそろ終わるから、一緒に行こ?」

 

「ええ」

 

 琴葉は自分の道具を片付け終えると、弓道場の掃除を始めた。彼女にとって、それは日課であった。手際良く進めていく。

 

「手伝うわ」

 

「アリガト」

 

 雫が参加し、数分後、掃除を終わらせることが出来た。

 

「着替えてくるから、待ってて」

 

 そう言い残し、琴葉は更衣室へと入り、道着を脱ぐ。シャワーを浴び、汗を洗い流した後、身体の水分を入念に拭き取る。学校指定の制服に着替え、髪を一房、サイドアップで留める。学生鞄を持ち、彼女は更衣室を出た。その先では、雫が彼女を待っていた。

 

「お待たせ」

 

「じゃあ、行こうか」

 

「うん♪」

 

 琴葉と雫は弓道場を後にし、校舎へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

───これは、少女の物語。

 

 

 

 

 

───『錬鉄の英雄』ヘと至り、『神殺し』を成し遂げる神話(おとぎばなし)

 

 

 

 

 

───馬鹿げた理想を追い求めた、贋作者(フェイカー)の軌跡。

 

 

 

 

 

───少女は未だ知らず。

 

 

 

 

 

───己に待ち受ける『運命(Fate)』を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラクター設定

 

名前:衛宮 琴葉(イメージCV:斎藤千和)

 

性別:女性

 

年齢:17

 

誕生日:7月20日

 

身長:152cm

 

体重:44kg

 

バストサイズ:B

 

 当小説の主人公。

 容姿は褐色の肌に赤銅色の長髪、琥珀色の瞳。

 元は戦災孤児で、ただ死を待つだけだったところを、後に彼女の養父となる衛宮 切嗣(エミヤ キリツグ)に救われる。

 切嗣が話してくれた、『正義の味方』に憧れており、幼少の頃は本気で夢を見ていた。彼の死の際には、『私が代わりになる』と言った程。

だが、年を重ねるごとに、その夢が如何に無謀であるかを実感するようになり、現在は半ばその夢を諦めている (心の奥底では『正義の味方』になることを渇望していた)。

 そんな折、彼女らクラスメイトは異世界に召喚されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ネタバレ注意な

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トータス転移後、天職が『弓兵』であることが発覚。これにより、彼女はより実践的な訓練を行うことになる。技能欄にあった『軽業』によるアクロバットを用いた弓術を習得し、【オルクス大迷宮】に挑むが、途中で檜山大輔が放った火球によって橋から落ちる南雲ハジメを救おうとするが、同じく彼女も火球を受け、奈落へと落ちてしまう。奈落ヘと落ち、気絶している際に、精神世界にて彼女の可能性未来の姿である英霊エミヤと対峙する。英霊エミヤによって自身の理想を否定されるが、彼女は奮起。死力を尽くして英霊エミヤに一撃を与えることに成功する。『そこまでなりたいのなら、なってみせろ』と心中を吐露した後の英霊エミヤに言われ、力と意志を託される。目覚めた後、迷宮脱出と南雲ハジメ捜索の為に行動を開始する。投影魔術で武器を投影しながら迷宮の魔物を倒していく過程で、魔物を捕食する。その際、神水を予め飲んでいたことが幸いしたのか、何とか生き延びることが出来た。その代わり、赤銅色の頭髪は色が抜け、桃色掛かった銀髪へと変貌してしまう(見た目がプリヤのクロエ・フォン・アインツベルンになる)。魔物特有の技能を手に入れながら、彼女は先へと進む……。

 

 

 

 

イメージOP

Aimer「StarRingChild」

 

 

イメージED

酸欠少女さユり「月と花束」

 

 

 

琴葉にヒロインムーブはありません。期待していた方には申し訳ないです。

ユエは琴葉の姉ポジションになります。ハジメは悪友ポジションです。

 

 

 

 

 

 

 

 

アンケートの結果、「続けろフェイカー」が多ければ、連載を決定いたします。皆様、投票の程、よろしくお願いします。




感想、評価を頂けると嬉しいどす。


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Ep.01 召喚

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!

思いの外「続けろフェイカー」が多くて驚いているよ……
と、いうわけで、連載します。
よろしくお願いします!


 教室が光に包まれる。

 時刻は昼時。琴葉達クラスメイトは昼食を取っている時間であった。それなのに、この事態だ。

 突如、クラスの陽キャ筆頭である、本人無自覚のご都合解釈の塊、天之河 光輝(アマノガワ コウキ)の足元に幾何学模様が現れたと思ったら、あっと言う間に拡散。魔法陣を形作り、眩い光を放ち、今に至るのだ。

 教室にいた畑山 愛子(ハタケヤマ アイコ)先生が「皆!教室から出て!」と叫ぶが、それも虚しく、クラスメイト達は教室から姿を消した。

 その場には蹴倒された椅子に、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消したのだ。

 この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、大いに世間を騒がせるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 眩い光がやみ、琴葉が目を開くと、そこはどこかの宗教施設のような場所であった。彼女らクラスメイトは台の上にいる。

 周りには法衣に身を包んだ聖職者と思しき集団が。その中でも、ひときわ煌びやかな装束をした老人が前に出た。彼はイシュタル・ランゴバルドと名乗った。

彼の話を要約するとこうだ。

 まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。

人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

 魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。

 それが、魔人族による魔物の使役だ。

 魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。

 今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。

 これの意味するところは、人間族側の″数″というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。

 

 

 どこか、恍惚とした笑みを浮かべながら、″エヒトルジュエ″なる神性存在から賜った″神託″を語るイシュタル。琴葉はその様子に薄ら寒さを感じていた。

 

 愛子先生は″戦争をさせる″というニュアンスを含んだイシュタルの言葉に激昂し、声を上げるが、それもイシュタルの放った言葉により撃沈してしまう。

 

───帰れないのだ。

 

神なるエヒトルジュエの意志無しには帰れないのだ。

 

 誰もが狼狽え、パニックに陥る中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。

 だが、琴葉は、なんとなくではあるが、その目の奥に侮蔑が込められているような気がした。今までの言動から考えると「エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか」とでも思っているのかもしれない。

 未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん?どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。

 同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

「龍太郎……」

 

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

 

「雫……」

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「香織……」

 

 いつものメンバーが光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。

 

(選択肢なんて、始めからあって無いようなモノ、か……)

 

 渋々ではあるが、彼女もまた、それに同意した。

 結局、全員で戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスメイト達は本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。

 

 そんな中、琴葉には一つ、気に掛かることがあった。

 法衣集団の後ろで控えていた、シスターとみられる女性達の中で、その服を着崩した白髪の若い女性がこちらを、主に琴葉の方を静かに見据えていたのだ。先程からずっと。

 何となく不気味なものを感じた琴葉であったが、正直、今気にしたところでどうにもならないので、それを意識の外に追いやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日を境に、彼女の『Fate(運命)』は動き出す。




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Ep.02 ステータスプレート

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


 戦争参加の決意をしたのならば、戦う為の準備をしなければならない。規格外の力を潜在的に持っているとはいえど、それらとは無縁な生活をしていたので、尚更である。

 そのあたりの事情は予想していたらしい。イシュタル曰く、この聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているという。

 クラスメイト達はイシュタルに連れられ、国王エリヒド・S・B・ハイリヒへの謁見を済ませ、その後晩餐会となった。

 異世界の料理が如何様なものか、戦々恐々としていた琴葉であったが、どうやら普通に美味しかったらしい。テーブルマナーに気を付けながら、食事を進めていく。

 王宮では、衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。

 晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。天蓋付きベッドに琴葉は愕然としていた。豪奢な部屋に、琴葉はどきまぎしながらも、怒涛の一日に張り詰めていたものが一気に解き放たれると同時に、疲労が襲ってきた。そして、そのままベッドにダイブすると共に、その意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 翌日から訓練と座学が始まった。

 まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ程の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

 琴葉達もその方が気楽だった。遥か年上の人達から慇懃な態度を取られると居心地が悪いのだ。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。″ステータスオープン″と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

「アーティファクト?」

 

 アーティファクトという聞き慣れない単語に光輝が質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

 琴葉は周りの生徒達に合わせるように、指先に針をチョンと刺し、プクリと浮き上がった血を魔法陣に擦りつける。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。

 その直後、ステータスプレートには以下の内容が表示された。

 

===============================

衛宮琴葉 17歳 女 レベル:1

天職:弓兵

筋力:50

体力:40

耐性:40

敏捷:120

魔力:70

魔耐:40

技能:魔術・弓術・軽業・破壊工作・気配遮断・鷹の瞳・言語理解

===============================

 

(魔術……か。まあ、半人前以下だけど、一応、私も魔術師だしね)

 

 琴葉は内心でそう零した。ステータスプレートの技能欄に表示された技能、『魔術』は地球で彼女が養父である切嗣に頼み込んで教えて貰ったものだ。とは言っても、初歩的なモノしか教えて貰っていないが。

 また、この世界の様子を見るに、『魔法』と『魔術』は似て非なるモノらしい。

 メルド団長からステータスの説明がなされた。

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に″レベル″があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

 RPGゲームのようにステータスやレベルが上がるかと思ったら、実はそうでもないようだ。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

 メルド団長の言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。地道に腕を磨かなければならないようだ。

 

「次に″天職″ってのがあるだろう? それは言うなれば″才能″だ。末尾にある″技能″と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 琴葉は自分のステータスを見る。確かに天職欄に″弓兵″とある。地球で弓道やっていた彼女にとって、最も適性の高い天職であるだろう。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 メルド団長の呼び掛けに、早速、光輝がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスは……

 

==============================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==============================

 

 ───チートの権化であった。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

 

「いや~、あはは……」

 

 団長の称賛に照れたように頭を掻く光輝。ちなみにだが、団長のレベルは62。ステータス平均は300前後でこの世界でもトップレベルの強さだ。しかし、光輝はレベル1で既にその三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさりと追い抜くだろう。

 ちなみに、技能=才能である為、先天的なものなので増えたりはしないらしい。

 しかし、唯一の例外が″派生技能″だ。

 これは一つの技能を長年磨き続けた末に、いわゆる″壁を越える″に至った者が取得する後天的技能である。簡単に言えば今まで出来なかったことが、ある日突然、コツを掴んで猛烈な勢いで熟練度を増すということだ。

 何人かの生徒がステータスプレートを見せに行った後、琴葉の順番が回ってきた。前に出て、ステータスプレートをメルド団長に見せる。

 

「ふむふむ……。天職は弓兵か。後方援護系の戦闘職だな! 敏捷は勇者を上回っているな。技能は……六つだな。″軽業″と″弓術″を合わせれば、前線でも活躍できるな。″破壊工作″は罠系の魔法の効力を強化できて、″鷹の瞳″は遙か遠方でもはっきりと視認できる技能だ。後は……″魔術″? ″魔法″ではないのか……?」

 

 メルド団長はコツコツのとステータスプレートを叩いてみたり、振ってみたりする。それでも、表記は変わらない。

 

「えーと……″魔術″というのは、地球で一部の人間達の間で使われているモノです。″魔法″とは、理論や体系が違うものだと思います」

 

 琴葉は小声でメルド団長に説明をした。

 

「そうなのか……? 地球でもこういったものがあるんだな。と、なると、お前もその、″魔術″が使えるのか?」

 

 興味深げにメルド団長は琴葉に問う。だが、それに琴葉はかぶりを振った。意外そうな顔をするメルド団長。

 

「使えはしますけど……私はまだ半人前以下です。成功率も高くないので……正直、役に立てません」

 

「そう、か……。なんかすまんな」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 メルド団長に「戻っていいぞ」と促され、ステータスプレートを返された琴葉は自身の席に戻る。

 規格外のステータスばかり確認してきたメルド団長の表情は心なしかホクホクしていた。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。

 何人目かはわからないが、順番が回り、男子生徒、南雲(ナグモ) ハジメがメルド団長にステータスプレートを渡す。

 その時、団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返した。

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

 歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。

 その様子にオタクであり、二大女神の一人、白崎 香織(シラサキ カオリ)に好意を向けられているハジメを目の敵にしている男子達が食いついた。鍛治職ということは明らかに非戦系天職だ。クラスメイト達全員が戦闘系天職を持ち、これから戦いが待っている状況では役立たずの可能性が大きい。

 小悪党四人組筆頭、檜山大介(ヒヤマ ダイスケ)が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

 

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

 

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

 檜山が、実にウザい感じでハジメと肩を組む。見渡せば、周りの生徒達――特に男子はニヤニヤと嗤っている。

 

「さぁ、やってみないと分からないかな」

 

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

 

 メルド団長の表情から内容を察しているだろうに、わざわざ執拗に聞く檜山。本当に嫌な性格をしている。取り巻きの三人もはやし立てる。強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動だ。事実、香織や雫、琴葉などの良識的な人達は不快げに眉をひそめている。

 ハジメは投げやり気味にプレートを渡す。

 渡されたプレートの内容を見て、檜山は爆笑した。そして、取り巻き達に投げ渡し内容を見た他の連中も爆笑なり失笑なりをしていく。

 

「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」

 

「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」

 

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

 

 次々と笑い出す生徒に香織が憤然と動き出す。

 その時、

 

 ビシュッ!! 

 

「へ、あ?」

 

 檜山の顔すれすれを何かが飛んでいった。

 

「……うるさい。他人を貶して何が楽しいの?」

 

 琴葉だ。彼女はメモのために持ってきていた鉛筆を投げ飛ばしたのだ。檜山を睨みつける瞳はただただ冷たく、そして静かな怒りを孕んでいた。その気迫に、檜山ら小悪党四人組は後退る。

 

「目障り。早く消えて」

 

 琴葉はハジメを庇った。そもそも、地球にいた頃から、彼女はイジメを行う小悪党四人組を疎んでいた。当初より、ハジメに関わらないように言っていたが、小悪党四人組は懲りずに絡んでいた。異世界召喚といった、ふざけていい雰囲気でないのに関わらず、緊張感に欠けた彼らの行動にただでさえ苛立っていたというのに、イジメと来た。キレないはずがない。

 

「それと、他の皆も。……緊張感無さ過ぎ。一歩間違えば即、死に至るこの状況。ちゃんと理解できてる……? しかも、″肉壁″……? ふざけてるの? アンタは今、人一人の命を軽く見たのよ……?」

 

 琴葉は憤怒に燃え、彼らを睨み付ける。

 戦災孤児である彼女にとって、戦争は忌むべき対象だ。

 あの日、地獄を見た。命の価値は紙切れのように軽かった。銃声が、砲声が、爆炎が、怒号が、悲鳴が響き渡っていた。父と母を戦火で失い、自身もそこで死ぬはずだった。そして───生き残ってしまった。

「あの戦火で、唯一生き残ってしまった自分は、人の為に人生や生命を捧げて、生きねばならない」───あの日からそのような強迫観念、サバイバーズ・ギルトに縛られ、義務感と罪悪感に捕らわれ続けた。それが『正義の味方』になる、という理想に繋がった。人としては既に破綻していた。それでも、人として生きようとしたのだ。

 そこから来る、憤怒であった。

 他に、義憤に駆られ立ち上がった者が一人。愛子先生だ。

 

「こらー! 何を笑っているんですか! 仲間を笑うなんて先生許しませんよ! それに、命を軽視した発言も私は許しませんよ!! ええ、先生は絶対許しません!! 早くプレートを南雲君に返しなさい!!」

 

 小さな身体で精一杯怒りを表現する愛子先生。その姿に毒気を抜かれたのかプレートがハジメに返される。

 それを見て、琴葉も引き下がり、座った。ただ、小悪党四人組を睨みながらではあるが。

 愛子先生はハジメに向き直ると励ますように肩を叩いた。

 

「南雲君、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

 そう言って「ほらっ」と愛子先生はハジメに自分のステータスを見せた。

 

=============================

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

===============================

 

 ハジメは死んだ魚のような目をして遠くを見だした。

「あれっ、どうしたんですか! 南雲君!」とハジメをガクガク揺さぶる愛子先生。

 確かに全体のステータスは低いし、非戦系天職だろうことは一目でわかるのだが、魔力だけなら勇者に匹敵しており、技能数なら超えている。糧食問題は戦争には付きものだ。ハジメのようにいくらでも優秀な代わりのいる職業ではないのだ。つまり、愛子先生も十二分にチートだった。

 ちょっと、一人じゃないかもと期待したハジメのダメージは深い。

 

(止めを刺しちゃったヤツか……)

 

「な、南雲くん! 大丈夫!?」

 

 反応がなくなったハジメを見て、琴葉は溜息を吐き、雫が苦笑いし、香織が心配そうに駆け寄る。愛子先生は「あれぇ~?」と首を傾げている。相変わらず一生懸命だが空回る愛子先生にほっこりするクラスメイト達。

 

(さて、どうなることやら……)

 

 内心で感じる不安に、琴葉は天井を仰ぎ見るのであった。

 




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Ep.03 不穏

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


 一週間が経った。

 その間、生徒達はそれぞれ訓練を受けていた。かく言う琴葉もその一人である。

 

「フッ……!!」

 

「そらよっとぉぉ!!」

 

 木々の間を縫うように走り抜け、その手に持った洋弓に矢を番え、射る。放たれた矢は標的を撃ち抜くかと思ったら、避けられてしまう。お返しに、琴葉に矢が放たれる。琴葉は身体を反らし、ギリギリで回避した。

 矢は当たっても怪我をしないように、鏃の部分を綿で造った物だ。だが、やはり当たると痛い。

 彼女の天職は弓兵。よって、それに対応した人から訓練を受けることとなる。それが、先程から琴葉が追跡している男だ。名を、アーロン・デグチェフ。王国の騎士団に所属しながらも、森の中で狩人をしている弓兵だ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「まだまだだな、嬢ちゃん」

 

 深緑色の、フード付きマントを羽織ったアーロンが歩み寄る。琴葉は肩で息をしていた。

 森の中を走り抜けながら矢を射ることで、″弓術″と″軽業″をフュージョンさせた戦闘を彼から教えられているのだ。だが、それは尋常では無いほどの身体への負荷と疲労を与えることとなった。

 

「ま、最初の頃よりは格段に良くなってるわけですし? 師匠としても誉れが高いってな」

 

 軽薄な口調ではあるが、実力は本物だ。やれ、超遠方の敵の総大将を撃ち抜いただとか、やれ、森の中を行軍する軍隊の六割を罠で壊滅させたりだとか。様々な伝説がこの男にはついて回っている。人は彼を″弓と罠のスペシャリスト″と呼んでいる。

 

「いや……これだけ走って平然としているって……どんな体力ですか……」

 

「慣れだよ慣れ。嬢ちゃんもやってれば出来るって!」

 

「はい、水」と言ってアーロンは琴葉に水の入った瓢箪を渡す。彼女はそれを受け取り、一気に飲み干した。

 

「んじゃ、暫く休憩した後、罠系魔法の講義でも始めますか」

 

「はーい……」

 

 彼女の苦難はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 ドガァァン!! 

 

「わひゃぁぁああ!!」

 

「オイオイ大丈夫ですかい? あー……これは。爆発までの時間が短すぎたことが原因だな」

 

 罠系魔法の練習。琴葉は失敗を繰り返していた。

 罠系魔法は幾つかの系統に分かれているが、その中でも代表的な″地雷魔法″をアーロンから教わっていた。″地雷魔法″は、相手が布設された魔法陣を踏み抜いた時に発動するものと、あらかじめ起爆時間を設定するものに分かれている。今回は、後者を習っていたが……ご覧の通り、起爆時間があまりにも短すぎたのだ。これでは、その場から離れるまでの時間すら無い。

 

「ここはこうして……」

 

「なるほど……」

 

 罠系魔法の講義と練習。それを繰り返しながらその日は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 更に一週間が経った。

 次第にアーロンに矢を当てられるようになっていった。体力と筋力、そして疾走又は跳躍しながらの射撃が上達したからであろう。この頃になると、罠系魔法の講義だけでなく、サバイバルの講義も受けるようになった。

 休憩時間中、王都にぶらりと立ち寄った時、彼女の″鷹の瞳″はある場所を捉えた。

 ハジメだ。小悪党四人組によって、リンチを受けていた。

 

(アイツら……!)

 

 頭に血が上るのを感じた。そして、少しだけ彼らには恐怖を味わって貰う事にした。

 琴葉は″軽業″により、壁を登って施設の屋上に立った。そして、洋弓を構える。″鷹の瞳″を発動させながら、矢を番えた。そして、

 

 ビシュッ!! 

 

 矢を放った。

 放たれた矢は、

 

「っ!?」

 

 檜山の顔のすぐ横を通り抜けていった。威嚇射撃である。

 状況を理解し、顔が青くなる檜山。それだけでなく、その取り巻きの三人も恐怖でおののく。後退りする檜山。だが、

 

 ドスッ!! 

 

 その足のすぐ近くに矢が刺さった。

 

「う、うわああああ!!」

 

 叫ぶ檜山。

 それすら意識の外に置き去りにし、琴葉は再び矢を番える。彼らにこちらの居場所は割れていない。″気配遮断″を使っているからだ。

 再び矢を射る。

 

 ドスッ! 

 

 それは檜山の手のすぐ近くに刺さった。

 見ての通り、琴葉は当てる気は無い。ワザと外しているのだ。

 ″鷹の瞳″で彼らの様子を確認していると、

 

「何やってるの!?」

 

 その声に「やべっ」という顔をする檜山達。それはそうだろう。その女の子は檜山達が惚れている香織だったのだから。香織だけでなく雫や光輝、龍太郎もいる。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」

 

「南雲くん!」

 

 檜山の弁明を無視して、香織は、ゲホッゲホッと咳き込み蹲るハジメに駆け寄る。ハジメの様子を見た瞬間、檜山達のことは頭から消えたようである。

 

「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」

 

「いや、それは……」

 

「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

 

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

 

 三者三様に言い募られ、檜山達は誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去った。香織の治癒魔法によりハジメが徐々に癒されていく。

 

「あ、ありがとう。白崎さん。助かったよ」

 

 苦笑いするハジメに香織は泣きそうな顔でブンブンと首を振る。

 

「いつもあんなことされてたの? それなら、私が……」

 

 何やら怒りの形相で檜山達が去った方を睨む香織を、ハジメは慌てて止める。

 

「いや、そんないつもってわけじゃないから! 大丈夫だから、ホント気にしないで!」

 

「でも……」

 

(あとは、任せても問題無さそうね)

 

 その様子を確認すると、琴葉はその場から姿を消した。

 

「この矢……琴葉がやったのかしら……」

 

 雫は、その場に刺さった矢を見てそう呟いた。

 

 

 

 

 

「琴葉」

 

「なーに?」

 

 アーロンが住まう山小屋の中、琴葉はアーロンに声を掛けられる。この二週間、琴葉はアーロンからのお達しで、この山小屋に居を移していた。なんでも、ここの方が森に近いし、罠系魔法やサバイバル術の講義がしやすい、とのことだ。

 

「これから大事なことを言う。よく聞け」

 

 そう言って、アーロンはフードを外した。この二週間、アーロンは一度たりともフードを外さなかったのだ。「やっと素顔が見られる」と思った琴葉だが、その表情は凍り付く。

 

「え……白髪……?」

 

「ああ。見ての通りだ。これからその話しをする」

 

 アーロンはイスに座る。

 

「魔物の肉って、喰えると思うか?」

 

「えっと……人が食べれば、たちまち身体が壊れるって話しだったと思うけど……」

 

「そう。普通はな。だが、ここに例外がいる」

 

 アーロンは自身を指差した。

 

「三年前、俺は山の中で遭難してな。あの時はもうダメかと思った。だが、丁度目の前を魔物が横切ったんだ。それを、俺は殺した。そんで、たまたま見つけた洞窟の中にそいつを運び込んだんだ。そうしたら、その洞窟に蒼白く光る石があったのさ」

 

 そう言って、アーロンは一度イスから立つ。そして、蒼白く光る石を入れた透明な瓶をテーブルに置いた。

 

「コイツを俺は掘り出した。売ったら金になると思ったんだ。だが、この石からは液体が流れていてな。後で調べてわかったんだが、″神水″っていうらしい。どんな傷や病も治すっつー優れモンだ。その時、俺は喉が渇いていた。だから、その″神水″を飲んだんだ。すると、驚いたよ。身体から疲れが取れていったんだ。あの時ほど生き返ったと思ったことはないね」

 

「……」

 

「そんで、問題はその次だ。俺はどうしようもなく腹が減っていた。だから、その魔物を喰ったんだ」

 

「え……喰った……?」

 

「ああ。喰った。マズかった。正直、この世の者とは思えないほどにマズかった。だが、空腹だったらな。なりふり構わず完食したよ。すると、どうだ。全身が罅割れるように痛んだんだ。大急ぎで″神水″を飲んだよ。一瞬、痛みが和らいだと思ったら、また痛み出した。どれくらい続いたかは判らねぇ。だが、気付いた時にはこうなってた」

 

 アーロンは自身の容姿を指差す。

 

「髪は白く、そんでもって、筋力も増しているときた。更に、″魔力操作″なるものを身に着けちまったんだ。これじゃ、どっちが魔物が判らねぇよ……」

 

 ハハハ、と乾いた笑みを浮かべるアーロン。

 

「でも……アーロンはアーロンでしょ? そこは、変わんないでしょ」

 

 琴葉のその言葉に、一瞬驚いたように目を見開くアーロン。

 

「そう、言われたのは初めてだな……ハハ」

 

「大の大人が何泣いてんのよ……」

 

「わり……」

 

 暫くの間、すすり泣くアーロン。泣き止むと、真面目な表情に戻り、話しを続ける。

 

「上の方からのお達しだ。明日、【オルクス大迷宮】にお前さんらは潜ることになる。勿論、命の危険だってある。あそこには致死性の罠がわんさかあるからな。最悪、更に下の階層に落とされる危険性もある。そこでだ」

 

 アーロンは蒼白く光る石が入った瓶を琴葉に渡す。

 

「これを、お前にやる。瓶に液体が貯まってるだろ? もし、何らかのアクシデントが起きた時、すぐにこれを飲め。ある程度の傷なら治してくれる。最悪、魔物の肉を喰っても……大丈夫なハズだ。まあ、魔物肉はお勧めはしないがな。地獄の苦しみを味わうことになるからな」

 

 琴葉はしばらくの逡巡の後、瓶をアーロンから受け取る。

 

「……死ぬなよ。師より長く生きねぇと、許さねぇぜ」

 

「……判ってるわよ」

 

 フッ、と笑うと、アーロンは琴葉の背中を叩く。突然のことに、目を白黒させる琴葉。

 

「よし! 湿っぽい話はこれで終わりだ! 特別だ! 今日は王国でメシ食ってこい! 門限も二時間延ばすぜ! 夜遊び行ってこいや!」

 

「は、はぁ……」

 

(このテンションには、ついていけないわね……)

 

 心の中でそう毒突く琴葉であった。だが、どこかまんざらでもない表情をしていたのは確かだろう。

 

 

 

 

 

 

 夕食はクラスメイトとの関わりを深める為に、王国で取ることとなっている。美味しい料理に舌鼓を打ちながら、琴葉は完食した。その後、門限までまだ時間があったので、広場で夜風に吹かれながら月を眺めていた。

 

「綺麗な月ね」

 

「ッ!?」

 

 突如後ろから声を掛けられ、イスから飛び上がって距離を取る。その場には、召喚された時に彼女からずっと視線を外さなかった、修道服を着崩した銀髪のシスターがいた。

 

「そこまで警戒しなくてもいいわ。別に、取って喰おうってワケじゃないもの」

 

「……そう」

 

 距離を取りながら、油断なく琴葉はシスターを睨み付ける。正直、この女は信頼できないのだ。

 

「……まあ、いいわ。アナタに聞きたいことがあるの」

 

「何よ……」

 

「率直な意見を聞かせてちょうだい。

 

 

 

 

 ───アナタはこの国を、この国の在り方をどう思う?」

 

「……」

 

「結界は張ってあるわ。何を言ったとしても、捕縛されることは無い」

 

 確かに、言われてみれば周囲に人がいなくなっている。

 

(人払いの結界の類……?)

 

「そうね……。正直に言うと、歪んでいるわ」

 

 ふふ、とシスターは笑った。

 

「そう。それが聞けて、安心したわ」

 

「安心って何よ……!」

 

「別に。こちらの話よ。アナタが気にする必要は無い。今は、ね……

 

 シスターは踵を返し、歩き出す。だが、すぐに立ち止まった。そして、こちらを振り返る。

 

「……喜びなさい。この世界で、アナタの望みはようやく叶う」

 

「……!?」

 

 次の瞬間、シスターは───

 

 

 

 

 

 ───琴葉の()()()にいた。

 

「っ!?」

 

「期待しているわ……贋作者(フェイカー)

 

 振り向いた時、既にシスターはいなかった。

 

「何なのよ……一体……」

 

 琴葉は言いようのない恐怖に襲われ、身体から嫌な汗が噴き出る。

 

「帰ろ……」

 

 足早に、彼女はその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 就寝前、琴葉は自身のステータスプレートを見た。

 ステータスは軒並み上昇している。その中に一つ、見慣れない技能が追加されていた。

 

「″転移″……?」

 

 長押しして、詳細を見る。

 

============================

技能:転移

自身を中心に、半径十メートルの範囲内を任意に座標移動できる技能。重量制限は、自身の体重を除いて五十キログラム。

============================

 

「これは、何……?」

 

 ポケットの中に、折り畳まれた紙が入っていることに気付き、取り出してみる。広げると、そこには、

 

『プレゼントよ。旅立ちには、必要でしょう?』

 

「あのシスター……!!」

 

 この奇妙な技能はあの胡散臭いシスターからの贈り物らしい。琴葉は度重なって起こった事態に頭を抱えてしまう。

 

(今日は厄日だわ……。もう寝よう……)

 

 疲労からくる倦怠感と眠気に身を任せ、彼女は眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命(Fate)』は音も無く忍び寄る。

 

 




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Ep.04 オルクス大迷宮

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


 一行は【オルクス大迷宮】の中に入っていく。

 入り口近くは露天などで賑わっていた。だが、迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

 縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。

 一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。

 その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 その言葉通り、灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光るラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。

 ラットマンは外見は鼠のようだが、二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。

 正面に立つ光輝達――特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。

 

(良い的……)

 

 飛び掛かった一体に琴葉は矢を放つ。寸分違わずラットマンの心臓に命中し、一撃で絶命させた。続いて、第二射を番える。

 琴葉のその行動に勇者光輝は不満そうだが、メルド団長が黙認している故か、ただ睨むだけに留まった。彼女自身、事前にメルド団長から許可を取り、射撃を任意で行えるようにしているのだ。

 間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。後方からは琴葉が放つ矢がラットマンを確実に仕留めていく。その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。

 光輝は純白に輝くバスタードソードを視認も難しい程の速度で振るって数体をまとめて葬っている。

 彼の持つその剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず名称は″聖剣″である。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという″聖なる″というには実に嫌らしい性能を誇っている。

 龍太郎は、空手部らしく天職が″拳士″であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士のようだ。

 雫は、サムライガールらしく″剣士″の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほどである。

 クラスメイト達が彼らの戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡った。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――″螺炎″」」」

 

 三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。

 気がつけば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、光輝達召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。

 琴葉は騒ぐクラスメイト達から離れ、アーロンから教わった通りに、短剣をラットマンに突き刺して魔石を抉り出していた。

 頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

 そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げて行った。

 

 

 

 そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

 現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

 一行は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りることができた。

 もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。

 この点、トラップ対策として″フェアスコープ″というものがある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。

 従って、一行が素早く階層を下げられたのは、ひとえに騎士団員達の誘導があったからだと言える。メルド団長からも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 メルド団長のかけ声がよく響く。

 続けて、琴葉は弓に矢を番える。後方援護という立場である以上、無為に倒す必要は無い。ただ、死角から魔物に襲われている生徒への援護射撃や、既に弱っている魔物に止めを刺す程度である。あとは、獲物の横取りとかである。

 小休止に入り、疲労や魔力の回復に一行は努めた。琴葉は矢筒に入れてある残りの矢の本数や矢に塗る毒の確認をしたり、弓の弦の張り直しをしていた。

 

 

 

 小休止を終え、一行は二十階層を探索する。

 迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

 現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないはずだった。

 二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

 そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。一行は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

 すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルド団長の忠告が飛ぶ。

 その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

 龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

 直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法″威圧の咆哮″だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

 まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。

 ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって、見事な砲丸投げのフォームで投げつけた。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

 香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。

 しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。

 なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。その姿は、さながらルパンダイブだ。「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 

(まったく……)

 

 琴葉は弓を構え、ダイブ中のロックマウントの眉間に狙いを合わせる。そして、矢を放った。

 放たれた矢はロックマウントの眉間に命中し、その命を刈り取った。

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

 慌てて前に出たメルド団長の声に、香織達は「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。メルド団長は琴葉の方を向き、「ナイスフォロー」とでも言うように、サムズアップしていた。

 彼女らの様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者天之河光輝である。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――″天翔閃″!」

 

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 メルド団長の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

 その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

 パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ! と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を食らった。

 

「へぶぅ!?」

 

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。琴葉は彼のアホさ加減に呆れ、溜息を吐いていた。

 その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

 

「素敵……」

 

 香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが……

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

(あれ……? 確か、アーロンが言ってたよね……)

 

 

 

『綺麗なバラほど棘があるってものよ。迷宮で宝石や宝箱があったら絶対触るなよ? 俺の経験上、殆どがトラップだから』

 

 

 

(……マズいな)

 

 檜山はメルド団長の言葉など聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長! トラップです!」

 

「ッ!?」

 

(ほぉぉらやっぱりぃぃ!!)

 

 しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが、間に合わなかった。

 部屋の中に光が満ち、琴葉達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 琴葉達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。

 

(いった~……何なのよホント……)

 

 琴葉は立ち上がり、弓を構え周囲の警戒を行う。

 どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 一行が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。一行はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

 

(逃げるって……迷宮がこの程度で終わらせてくれるワケ無いよね)

 

 しかし、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が。

 その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

 

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 




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Ep.05 ベヒモス

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


 橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物″トラウムソルジャー″が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っている魔物が出現していた。既存の生物に例えるならトリケラトプスにも似ている。

 メルド団長が呟いた″ベヒモス″という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

「ッ!?」

 

 その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

 

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、″最強″と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

 どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――″聖絶″!!」」」

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

 

(これはマズいかも……)

 

 全てを倒すには圧倒的に、矢が足りない。琴葉は額から嫌な汗が伝うのを感じていた。その時、隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく生徒達が肩に当たり、転んでしまった。琴葉が立ち上がり、周囲の様子を見ると、騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとしている。だが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 

(あんまり使いたくないけど……ぶっつけ本番ね)

 

 琴葉は技能、″転移″を用いてトラウムソルジャーの頭上に自身の座標を移動させた。更に続けて、座標転移。それを繰り返しながら、魔法陣の見える場所まで移動する。

 

(そこ……!!)

 

 矢を番え、引き絞る。そして、放った。

 矢は魔法陣の中央を撃ち抜く。すると、魔法陣が霧散し、消滅した。

 この場合の最適解は、『敵の増援を断つ』だ。

 

(一つずつやってくしかないか……!)

 

 落下しながら、琴葉は再転移した。

 

(なるんでしょ……『正義の味方』に)

 

 琴葉はかつて思い描いた『理想』で、己を奮起させた。

 

 

 

 

 

 ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。

 障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

 

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

 

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。

 しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。

 その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は″置いていく″ということがどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。

 まだ、若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようである。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

 

「龍太郎……ありがとな」

 

 しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

 

「雫ちゃん……」

 

 苛立つ雫に心配そうな香織。

 その時、一人の男子が光輝の前に飛び込んできた。

 

「天之河くん!」

 

「なっ、南雲!?」

 

「南雲くん!?」

 

 驚く一同にハジメは必死の形相でまくし立てる。

 

「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」

 

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は……」

 

「そんなこと言っている場合かっ!」

 

 ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした光輝の言葉を遮って、ハジメは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。

 いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する光輝。

 

「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!」

 

 光輝の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。

 その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。

 訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。

 そんな中、琴葉は一人、空間を移動しながら魔法陣を撃ち抜き続けていた。彼女のその働きが彼らを延命させているようなものだろう。

 

「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

 呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

 

「下がれぇーー!」

 

『すいません、先に撤退します』――そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。

 暴風のように荒れ狂う衝撃波がハジメ達を襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようではあるが。

 舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。

 そこには、倒れ伏し呻き声を上げる団長と騎士が三人。衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。光輝達も倒れていたがすぐに起き上がる。メルド団長達の背後にいたことと、ハジメの石壁が功を奏したようだ。

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

 光輝が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。

 

「やるしかねぇだろ!」

 

「……なんとかしてみるわ!」

 

 二人がベヒモスに突貫する。

 

「香織はメルドさん達の治癒を!」

 

「うん!」

 

 光輝の指示で香織が走り出す。ハジメは既に団長達のもとだ。戦いの余波が届かないよう石壁を作り出している。気休めだが無いよりマシだろう。

 光輝は、今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ! ――″神威″!」

 

 詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。

 先の天翔閃と同系統だが威力が段違いだ。橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと直進する。

 龍太郎と雫は、詠唱の終わりと同時に既に離脱している。ギリギリだったようで二人共ボロボロだ。この短い時間だけで相当ダメージを受けたようだ。

 放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。

 

「これなら……はぁはぁ」

 

「はぁはぁ、流石にやったよな?」

 

「だといいけど……」

 

 龍太郎と雫が光輝の傍に戻ってくる。光輝は莫大な魔力を使用したようで肩で息をしている。

 先ほどの攻撃は文字通り、光輝の切り札だ。残存魔力のほとんどが持っていかれた。背後では、治療が終わったのか、メルド団長が起き上がろうとしている。

 徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われる。

 その先には───無傷のベヒモスがいた。

 低い唸り声を上げ、光輝を射殺さんばかりに睨んでいる。と、思ったら、直後、スッと頭を掲げた。頭の角がキィーーーという甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。

 

「ボケッとするな! 逃げろ!」

 

 メルド団長の叫びに、ようやく無傷というショックから正気に戻った光輝達が身構えた瞬間、ベヒモスが突進を始める。そして、光輝達のかなり手前で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。

 光輝達は、咄嗟に横っ飛びで回避するも、着弾時の衝撃波をモロに浴びて吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がりようやく止まった頃には、満身創痍の状態だった。

 どうにか動けるようになったメルド団長が駆け寄ってくる。他の騎士団員は、まだ香織による治療の最中だ。ベヒモスはめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている。

 

「お前等、動けるか!」

 

 メルド団長が叫ぶように尋ねるも返事は呻き声だ。先ほどの団長達と同じく衝撃波で体が麻痺しているのだろう。内臓へのダメージも相当のようだ。

 再び迫るベヒモス。その時、

 

 ドスッ!! 

 

「グゥゥガァァァ!?」

 

 その瞳に矢が突き刺さった。

 

「状況は!?」

 

 琴葉だ。

 技能″転移″を用いてメルド団長の眼前に突如現れる。

 

「前方にベヒモス。だが……これでは」

 

 光輝達の状況を理解し、苦虫を噛み潰したかのような顔をする琴葉。彼女は後方で起きた事態の方が危険だと判断してここまで飛んできたのだ。その予感はどうやら的中したらしい。

 メルド団長が香織を呼ぼうと振り返る。その視界に、駆け込んでくるハジメの姿を捉えた。

 

「坊主! 小娘! 香織を連れて、光輝を担いで下がれ!」

 

 ハジメにそう指示する団長。

 光輝を、光輝だけを担いで下がれ。その指示は、すなわち、もう一人くらいしか逃げることも敵わないということなのだろう。

 メルド団長は唇を噛み切るほど食いしばり盾を構えた。ここを死地と定め、命を賭けて食い止めるつもりだ。

 そんな団長に、ハジメは必死の形相で、とある提案をする。それは、この場の全員が助かるかもしれない唯一の方法。ただし、あまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、ハジメが一番危険を請け負う方法だ。

 メルドは逡巡するが、ベヒモスが既に戦闘態勢を整えている。再び頭部の兜が赤熱化を開始する。時間がない。

 

「……やれるんだな?」

 

「やります」

 

 決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくるハジメに、メルド団長は「くっ」と笑みを浮かべる。

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

 

「はい!」

 

 メルド団長はそう言うとベヒモスの前に出た。そして、簡易の魔法を放ち挑発する。ベヒモスは、先ほど光輝を狙ったように自分に歯向かう者を標的にする習性があるようだ。しっかりとその視線がメルド団長に向いている。

 

「即席だけど、罠でサポートするわ」

 

「ああ、頼む」

 

 琴葉は床に手をつき、魔法陣を形成し始める。

 

(起爆範囲、ベヒモス周辺の半径三メートルに設定……。起爆時間、5 secondに設定……。爆発威力、中……)

 

 そして、赤熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。メルド団長は、ギリギリまで引き付けるつもりなのか目を見開いて構えている。そして、小さく詠唱をした。

 

「吹き散らせ――″風壁″」

 

 詠唱と共にバックステップで離脱する。同時に、琴葉も離脱した。罠の敷設が完了したのだ。

 その直後、ベヒモスの頭部が一瞬前までメルド団長がいた場所に着弾した。発生した衝撃波や石礫は″風壁″でどうにか逸らす。大雑把な攻撃なので避けるだけならなんとかなる。倒れたままの光輝達を守りながらでは全滅していただろうが。

 直後、床が爆発する。琴葉の罠系魔法が起動したのだ。

 ベヒモスにダメージを与えつつ足元を崩し、その場に一瞬、留め置く。

 

「「今だ!!」」

 

 二人の合図で、ハジメが飛びついた。赤熱化の影響が残っておりハジメの肌を焼く。しかし、そんな痛みは無視してハジメも詠唱した。名称だけの詠唱。最も簡易で、唯一の魔法。

 

「――″錬成″!」

 

 石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まる。周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうからだ。

 ベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするが、今度はその足元が錬成される。ずぶりと一メートル以上沈み込む。更にダメ押しと、ハジメは、その埋まった足元を錬成して固める。

 ベヒモスのパワーは凄まじく、油断すると直ぐ周囲の石畳に亀裂が入り抜け出そうとするが、その度に錬成をし直して抜け出すことを許さない。ベヒモスは頭部を地面に埋めたままもがいている。中々に間抜けな格好だ。

 その間に、琴葉とメルドは回復した騎士団員と香織を呼び集め、光輝達を担ぎ離脱しようとする。

 トラウムソルジャーの方は、どうやら幾人かの生徒が冷静さを取り戻したようで、周囲に声を掛け連携を取って対応し始めているようだ。

 

「待って下さい! まだ、南雲くんがっ」

 

 撤退を促すメルド団長に香織が猛抗議した。

 

「坊主の作戦だ! ソルジャーどもを突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する! もちろん坊主がある程度離脱してからだ! 魔法で足止めしている間に坊主が帰還したら、上階に撤退だ!」

 

「なら私も残ります!」

 

「ダメだ! 撤退しながら、香織には光輝を治癒してもらわにゃならん!」

 

「でも!」

 

 なお、言い募る香織にメルド団長の怒鳴り声が叩きつけられる。

 

「坊主の思いを無駄にする気か!」

 

「ッ――」

 

「カオリ、南雲を信じて」

 

 琴葉もまた、香織の瞳を見詰め、落ち着ける為に言葉を放つ。

 メルド団長を含めて、メンバーの中で最大の攻撃力を持っているのは間違いなく光輝である。少しでも早く治癒魔法を掛け回復させなければ、ベヒモスを足止めするには火力不足に陥るかもしれない。そんな事態を避けるには、香織が移動しながら光輝を回復させる必要があるのだ。ベヒモスはハジメの魔力が尽きて錬成ができなくなった時点で動き出す。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――″天恵″」

 

 香織は泣きそうな顔で、それでもしっかりと詠唱を紡ぐ。淡い光が光輝を包む。体の傷と同時に魔力をも回復させる治癒魔法だ。

 メルド団長は、香織の肩をグッと掴み頷く。香織も頷き、もう一度、必死の形相で錬成を続けるハジメを振り返った。そして、光輝を担いだメルド団長と、雫と龍太郎を担いだ騎士団員達と共に撤退を開始した。

 トラウムソルジャーは依然増加を続けていた。琴葉が魔法陣を半数程消し去ったが、それでもその数は二百体はいるだろう。階段側へと続く橋を埋め尽くしている。

 未だ死人が出ていないのは、ひとえに騎士団員達のおかげだろう。彼等の必死のカバーが生徒達を生かしていたといっても過言ではない。代償に、既に彼等は満身創痍だったが。

 騎士団員達のサポートがなくなり、続々と増え続ける魔物にパニックを起こし、魔法を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒がほとんどである以上、もう数分もすれば完全に瓦解するだろう。

 生徒達もそれをなんとなく悟っているのか表情には絶望が張り付いている。

 誰もが、もうダメかもしれない、そう思った時、

 

「――″天翔閃″!」

 

 純白の斬撃がトラウムソルジャー達のど真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。

 橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。

 

「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」

 

 そんなセリフと共に、再び″天翔閃″が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマに生徒達が活気づく。

 

「お前達! 今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! 馬鹿者共が!」

 

 皆の頼れる団長が″天翔閃″に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。

 いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。実は、香織の魔法の効果も加わっている。精神を鎮める魔法だ。リラックスできる程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。

 治癒魔法に適性のある者がこぞって負傷者を癒し、魔法適性の高い者が後衛に下がって強力な魔法の詠唱を開始する。前衛職はしっかり隊列を組み、倒すことより後衛の守りを重視し堅実な動きを心がける。

 治癒が終わり復活した騎士団員達も加わり、反撃の狼煙が上がった。チートどもの強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超えた。

 そして、階段への道が開ける。

 

「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」

 

 光輝が掛け声と同時に走り出す。

 ある程度回復した龍太郎と雫がそれに続き、バターを切り取るようにトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。

 そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと光輝が魔法を放ち蹴散らす。

 クラスメイトが訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。

 

「皆、待って! 南雲くんを助けなきゃ! 南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」

 

 香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。なにせ、ハジメは″無能″で通っているのだから。

 だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かにハジメの姿があった。

 

「なんだよあれ、何してんだ?」

 

「あの魔物、上半身が埋まってる?」

 

 次々と疑問の声を漏らす生徒達にメルド団長が指示を飛ばす。

 

「そうだ! 坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。

 無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

 その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

 しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

 それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのこと。

 緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。

 初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。

 気になって後を追うと、香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは、ハジメだった。

 檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。

 しかし、ハジメは違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている)が香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫? と言われそうな考えを檜山は本気で持っていた。

 ただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだろう。

 その時のことを思い出した檜山は、たった一人でベヒモスを抑えるハジメを見て、今も祈るようにハジメを案じる香織を視界に捉え───

 

 

 ──ほの暗い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 その頃、ハジメはもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。

 ベヒモスは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。

 額の汗が目に入る。極度の緊張で心臓がバクバクと今まで聞いたことがないくらい大きな音を立てているのがわかる。

 

「メルド団長」

 

「ああ、頼む」

 

 事前に示し合わせていた通りに、琴葉は弓に矢を番える。その矢は今まで放ってきた矢とは異なるモノであった。

 信号用の、音を鳴らす矢───″鏑矢″である。

 琴葉はそれを上方六十度に構え、放った。

 音を立てながら、矢は天井へと伸びていく。

 これが、ハジメの撤退の合図だ。

 それが聞こえると同時に、ハジメは一気に駆け出した。

 ハジメが猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し───

 

 

 

 ───ハジメを捉えた。

 

 再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ハジメを追いかけようと四肢に力を溜めた。

 だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 いける! と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走るハジメ。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。

 思わず、頬が緩む。

 しかし、その直後、ハジメの表情は凍りついた。

 無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

 

 

 ───ハジメの方に向かって。

 

 明らかにハジメを狙い誘導されたものだ。

 

(なんで!?)

 

 疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。

 咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑るハジメの眼前に、その火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。直撃は避けたし、内臓などへのダメージもないが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまった。

 フラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がる。

 ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしではなかった。ハジメが立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかりハジメを捉えていた。

 そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながらハジメに向かって突進する。

 フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 ハジメは、なけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 

(マズい……!!)

 

 琴葉はその場を駆け出す。だが、それでは間に合わない。十メートル毎の転移を繰り返しながら、ハジメの元へと向かう。

 

 

 橋が崩壊を始めた。

 

 

 度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 ハジメもなんとか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。

 

(ああ、ダメだ……)

 

 そう思いながら対岸のクラスメイト達の方へ視線を向けると、香織が飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情でハジメを見ていた。

 その時、

 

「南雲!!」

 

 ハジメの手を琴葉が掴んだ。

 

「衛宮さん!?」

 

「いいから黙ってて!!」

 

 琴葉はまだ無事な石畳の上で踏ん張り、ハジメの腕を引っ張り、持ち上げる。

 あともう少しで、というその時、対岸を見ていたハジメの表情が凍り付く。

 

「衛宮さん!! 後ろ!!」

 

「は───?」

 

 琴葉の眼前に、火球が突き刺さった。

 衝撃で、気を失う琴葉。それと同時に、彼女がいた石畳をまた、崩壊した。

 

 宙に投げ出される琴葉。

 

 ハジメもまた、落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの叫び声が聞こえるが、琴葉には聞こえなかった。

 




感想、評価を頂けると嬉しいどす。


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Ep.06 奈落

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


 落ちていく。ただ、ひたすらに落ちていく。奈落へと、落ちていく。

 少女は独り、落ちていく。

 途中、川へ落ち、流されていく。ウォータースライダーもかくやといった勢いで流されていく。

 そして、とある階層で打ち上げられた。

 

 どれくらい経っただろうか。琴葉の指がぴくりと動く。ゆっくりと、彼女の意識は浮上する。目蓋を開き、しばらくの間ぼんやりとするが、現在のこの状況を理解し、飛び起きる。

 

(ここは……!?)

 

 琴葉は辺りを見回す。そこは、薄暗い闇の中を緑光石が照らす空間であった。あの時、崩落した橋から落ちた後、ここまで流れ着いたらしい。服がびしょ濡れになっていることがそれを物語っていた。

 身体は冷え、思わず身震いをする。琴葉は火を起こすべく、半径一メートルほどの魔法陣を地面に描く。魔法適性を持たない(罠系魔法は例外とする)彼女は、火種の魔法を行使するだけでも複雑な式を書かねばならなかった。回収した魔石は落としてしまったので、ここには無い。

 魔法陣を書き終え、長ったらしい詠唱の後に、拳大の炎を起こすことに成功する。

 琴葉はそこで暖をとる。マントは脱いで起き、そこらに置いて乾かしておくことにした。

 

(……あの時、私は檜山が放った火球によって落とされた)

 

 状況を整理する為に、ここに来るまでのことを思い出していく。

 確かに、彼女は檜山が放った火球によって、ハジメと共に落とされた。"ハジメを殺そうとしたこと"に下手人への憤怒が燃え盛る。檜山が放った第一射。あれは確実にハジメを狙ったものだった。誤差では考えられない軌道だったのだ。そして、第二射。おそらく、あれはハジメを確実に殺す為のものだろう。彼を助けようとした琴葉はついでのようなものなのだろう。

 

(……私はあの時。南雲を助けられなかった)

 

 彼女は拳を握り締める。

 

(……何が『正義の味方』だ。クラスメイト一人の命も救い切れないなんて……)

 

 ぎりり、と歯を食い縛る。その瞳には、涙が。

 

(……でも、私はこうして生きている。なら、南雲もきっと……)

 

 1%にも満たない可能性。ほとんど関わりを持たないのだとしても、今はそれに懸けるしかなかった。

 

(今は、身体を休めることが先決。途中で倒れちゃったら元も子もないじゃない)

 

 服もあらかた乾いた。身体も暖まった。マントも乾いた。

 琴葉は立ち上がる。そして、腰のポーチをまさぐった。

 

(良かった……。壊れてない)

 

 青白く光る石、そしてそこから流れたのであろう液体の入った瓶を見て、琴葉は安堵した。

 瓶の蓋を開け、中の液体を呷る。すると、身体に活力が戻るのを感じた。

 琴葉は知らないが、実はその石は"神結晶"と呼ばれる歴史上でも最大級の秘宝で、既に遺失物と認識されている伝説の鉱物だったりする。神結晶は、大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したものだ。基本的には直径三十センチから四十センチ位の大きさだ。だが、彼女が持っている神結晶の大きさは直径十センチほどだ。この場合、魔力が結晶化した際に、圧縮されてより高密度に魔力を宿している。結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。

 その液体を"神水"と呼び、これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、そのため不死の霊薬とも言われている。神代の物語に神水を使って人々を癒すエヒト神の姿が語られているという。

 

(まずは拠点を作らなきゃね)

 

 琴葉は魔物が寄り付かない安全な場所を探すことにした。技能"気配遮断"を用いて足早に移動する。

 しばらくして、他の場所よりも薄暗い袋小路に辿り着いた。魔物もこの周辺にはいなかった。琴葉は罠系魔法の魔法陣を壁に出現させる。発破をかけて壁を吹き飛ばすつもりらしい。

 

(起爆……!!)

 

 爆発の範囲外まで離れ、魔法陣を起動させる。

 

 ドカァァン!! 

 

 爆発音の後、ガラガラと音を立てて壁が崩れ落ちる。崩れた場所に再び魔法陣を出現させ、起爆。気が遠くなるようなこの作業を何度も繰り返し、奥まで続く穴を開けた。長さは八メートルほどだ。そこから更に、九十度曲がるようにして起爆。再びそれを繰り返し、今度は崩れた岩を積み上げ、入口となる場所を軽く塞いだ。即席&突貫工事の末に、拠点が今、完成した。

 

(ヤバ……。魔力使いすぎた)

 

 一瞬ふらつく琴葉。同時に眠気が彼女を襲った。彼女は知る由もないが、この作業を始めてから完成までに六時間がたっていた。魔力だけでなく、肉体労働により体力も大きく消費していた。どれだけチートレベルのステータスを持っていようと、所詮は十七歳の女子高生。疲労を溜めるには充分過ぎた。

 その場に倒れこむ琴葉。神水を飲もうにも、身体が重く、その気力も起きない。否、今飲めば確実に嚥下障害を起こしてしまう。

 

(少しくらい……休んでもいい、よね……?)

 

 彼女はまどろみに任せ、穴ぐらの中でゆっくりと意識を落とした。

 暗闇の中、寝息だけが静かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦って、戦って、戦って。

 誰かの為に、『正義の味方』となって戦った。

 戦場で、赤い外套を纏った桃色掛かった銀髪の女は戦い続けた。

 見返りを求めず、『人助け』を当然のこととして行い、ただひたすらに戦い続けた。

 だが、その先に待っていたのは地獄だった。

 友を失い、救うと決めた人々を救えず、挙句の果てには救った人々から『悪魔』と罵倒され、謂れのない罪をも着せられた。

 彼女は、守ったはずの人々に裏切られ、処刑された。彼女は捕縛された当初から抵抗しなかったという。

『抑止力』と契約した彼女は、死後も『抑止の守護者』として戦い続けた。

 殺し続けた。

 望まぬ殺しをし続けた。

 元より破綻していた彼女の心はもはや、限界を迎えていた。

 大を救済すべく、小を切り捨て続けた。

 彼女の心は摩耗し、その瞳に光はなく、悲愴に満ちていた。

 かつて夢見た『理想』に裏切られ、絶望した彼女は一つの結論を導き出す。

 

 

 

 ────過去の自分を殺せば、この無限に続く責め苦から解放されると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹き抜ける。

 その感覚に違和感を覚えた琴葉は目を開く。

 

(ここは……一体……)

 

 彼女が立っていた場所は砂漠のど真ん中であった。周囲には無数の剣が、まるで墓標のように突き立っていた。また、空にはひび割れた無数の歯車が宙に浮き、回転していた。

 向こうに、一人の人間が立っていた。その場所へと向かおうとしたその時、背筋に悪寒が走る。琴葉は左に数センチずれる。次の瞬間、つい先程まで自身がいた場所を、高速で飛来した矢が貫いていった。

 

(……ッ!?)

 

 言いようのない恐怖に思わず脚が竦んでしまう。

 

「へぇ~……。今のを避けるんだ」

 

 矢を放ったであろう本人が、ゆっくりと歩み寄ってくる。その手には漆黒の洋弓が握られていた。声からして、女だろうか。

 

「アンタは誰なの!? ここはどこ!?」

 

 琴葉はフードを被った、赤い外套を纏った女に叫ぶ。すると、その女はしばらくの間考え込むと、突如として矢を番え、警告も無しに放った。琴葉は横っ飛びで躱す。

 

「危機察知能力の高さは昔から、か……。これは簡単には殺せないなぁ……」

 

 その女は物騒なことを宣いながら、カリカリと頭を掻く。

 

「まあ、いいわ。どうせ、貴方は死ぬんだし。教えてあげる」

 

 その女はそう言うと、おもむろにフードを掴み、はずした。

 

「わ、たし……?」

 

 露わになったその女の顔に、琴葉は愕然とする。彼女の顔が、自身と瓜二つであったからだ。

 

「そ。髪の色は違うケドね。私は貴方。そして……貴方は私でもあるわ」

 

「ワケが判らない!! 一体……何なのよ!?」

 

 理解が追いつかず、叫ぶ琴葉。その女は漆黒の洋弓をガラス片として霧散させながら、それをうるさそうに顔を顰めながら聞き、その後困ったように頭を掻いた。

 

「何って言われてもなぁ~……。この通り、としか言えないわね」

 

 砂漠の中、同じ顔の二人の視線が交錯する。

 

「ようこそ……私の世界へ。まずは挨拶からね。私はエミヤ コトハ。『抑止の守護者』にして、貴方の『理想』が到達し得る成れの果て。要するに、私は未来の貴方よ、琴葉」

 

 上品に会釈をするエミヤ コトハ。その表情は微かな微笑みを浮かべていた。だが、琴葉にとってそれは、どこか貼り付けたような感覚がしていた。それが、己にも当てはまるとは知らぬまま。

 

「空想具現化の亜種。個と世界、空想と現実、内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗りつぶす魔術の最奥。それが、ここ。『固有結界』よ。ここが……貴方の墓標になるの」

 

 エミヤ コトハ(これより先は表示を『エミヤ』とする)の顔から微笑みが消え、無機質で冷淡な表情へと豹変すると同時に、エミヤはその手を頭上に掲げた。

 すると、虚空に剣が現れた。その数は二十を超えている。

 

「それじゃあ……死んで」

 

 その言葉と同時に、手を振り下ろす。剣はそれを合図として、一斉に琴葉へと向け射出される。

 

「死んで、たまるもんですかぁぁ!!」

 

 脱兎の如く、琴葉は逃走。頭上から降ってくる剣の雨の射程から外へと出るべく、ひたすらに走る。先程まで琴葉がいた場所を、剣は容赦無く突き刺していく。

 

(武器は……短剣二本だけか。やってやるさ……!!)

 

 腰に差していた二振りの短剣を引き抜き、振り返る。目視できる剣の数は八。

 捌き切れるか? 否、捌き切ってみせる。

 迫り来る剣。何も受け止める必要は無い。ただ、軌道を逸らせれば、それでいい。

 

「せやぁぁぁぁ!!」

 

 頭部を貫かんと飛来する剣。

 ───左の短剣を打ち付け軌道を逸らす。

 腹部を貫かんと飛来する剣。

 ───右の短剣を進路上に割り込ませて軌道を逸らす。

 足元に飛来する三本の剣。

 ───フットワークを駆使して回避。

 左腕を斬り裂かんと飛来する剣。

 ───上体を反らせて回避。

 首筋を貫かんと飛来する剣。

 ───上体を戻す勢いを利用し、短剣を振り下ろして剣を叩き落とす。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 肩で息をする琴葉。頭を抑え、その場にうずくまってしまった。

 

(これは……記憶? 剣をぶつけた時に、頭の中に流れ込んで……)

 

 眼前に写るものは、屍。剣。血。臓腑。

 ありとあらゆる凄惨な光景が流れ込んでくる。

 

(アイツの記憶だって言うの……?)

 

 琴葉はエミヤを睨み付ける。

 

「意外と出来るみたいね。……ちょっと予想外かも」

 

 エミヤは一瞬、驚いたように目を見開くが、すぐに感情の一切を宿さない無機質な瞳へと戻った。

 

「やっぱり、簡単にはいかないみたいね。なら、白兵戦でいこっか」

 

 エミヤはその両手を前に突き出す。

 

「───投影開始(トレース・オン)

 

 詠唱終了と同時に、彼女の手には二振りの夫婦剣、干将・莫耶が握られていた。

 

「……覚悟なさい。私から生きて帰ろうだなんて、思わないことね」

 

 次の瞬間、琴葉の眼前にはエミヤが。

 

(……ッ!? 転移!?)

 

「死ね」

 

 表面に亀甲模様が施された漆黒の剣、干将が振り下ろされた。




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Ep.07 『理想』の終着点───上

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


「死ね」

 

 亀甲模様が施された漆黒の陰陽剣、干将が振り下ろされる。

 

「この……!!」

 

 琴葉は二振りの短剣でエミヤのその一撃を受け止めた。だが、ピキリという音を立てて、その短剣にヒビが入ってしまう。

 

「ハァァ!!」

 

 エミヤはもう片方の陰陽剣、波紋が施された純白の剣、莫耶を振り抜く。その一撃は琴葉の二振りの短剣にぶち当てられ、それらを容易く砕いた。『これはマズい』と感じた琴葉は自身の後方へと″転移″によって座標を移動させる。だが、それすらもエミヤにとってはお見通しなのだろう。エミヤは琴葉のすぐ後ろに転移。そのまま二振りの夫婦剣を振り下ろす。琴葉には、その光景が嫌にスローモーションのようにゆっくりと見えた。

 

(どうすればいい? この場を切り抜ける手段は!? 生きて帰る方法は!?)

 

 頭の中は目まぐるしく思考する。

 

(コイツは何て言った? 『私は貴方、貴方は私』と言った。コイツは私。なら……コイツのこの力だって使えるハズだ!!)

 

 剣が眼前に迫る。

 

(この力はどうやって使う? コイツはあの時何て言った? 確か……確か……)

 

 全身の魔力回路を魔力が迸る。

 

「────投影、開始(トレース・オン)!!」

 

「なっ…………!?」

 

 突き出された琴葉の右手から閃光が弾け、それはやがて収束し、一つの剣を形成する。

 亀甲模様の漆黒の陰陽剣、干将。───それはエミヤが投影したものと形を同じくするものであった。

 エミヤが振り下ろす二振りの夫婦剣を干将で受け止める。

 

「馬鹿な……!?」

 

「でやぁぁぁぁ!!」

 

 更に、左手にも閃光が弾け、波紋が施された純白の陰陽剣、莫耶を投影する。それをエミヤへ向けて突き出した。『このままでは貫かれる』───エミヤはそう判断し、琴葉から離れるように後方へと転移する。

 

「で……できた……」

 

 琴葉は己の両手に握られた干将・莫耶の二振りの陰陽剣をまじまじと見詰めた後、我に返りその夫婦剣を構え、エミヤを見据える。

 

「なるほど……失念していたわ。そう、貴方は私だものね。なら、使えてもおかしくないか」

 

 乾いた笑みをエミヤは浮かべる。だが、それも殺意によって掻き消えた。

 

「―――工程完了(ロールアウト)全投影、待機(バレット・クリア)

 

 彼女の後方に六本の剣が投影される。

 

「言っておくわ。貴方のその『理想』───『正義の味方』は歪んでいる。それは貴方に破滅をもたらせる。引き返すなら、今よ。その『理想』を捨てるとしたら、今しかないわ。己の命が惜しくないなら、ね」

 

 琴葉に対し、エミヤは親が幼子を言い聞かせ諭すように説く。

 

「そんなの……やってみないと判らないじゃない!!」

 

「諦める気は無い、か……。そう、なら……その『理想』を抱いて溺死しろ」

 

 エミヤは干将を握る右手を突き出す。

 

「―――停止解凍(フリーズ・アウト)全投影、連続層写(ソードバレル・フルオープン)………!!!!」

 

 その言葉と同時に、六本の剣が一斉に射出される。

 琴葉は干将・莫耶を振り回して、それらを叩き落としていく。だが、その度にエミヤの記憶が彼女に流入し、エミヤが体験したのであろう凄惨な光景が彼女の心を苛んでいく。

 

「セヤァァァァ!!」

 

 空中で回転し、その遠心力と落下速度を利用してエミヤは襲い掛かる。干将による斬撃を琴葉は莫耶で受け止める。そこへ、エミヤはすかさず莫耶による刺突を行う。上半身を狙ったその攻撃を琴葉は身体を限界まで反らせて回避。そのまま背中から地面へと倒れ込み、ブレイクダンスの要領で足払い。エミヤはそれを跳躍して回避する。外れたことを悟った琴葉は直ぐさま飛び起き、バックステップの後、夫婦剣を構える。

 

(次はどうする……? どうすればいい……!?)

 

 琴葉は干将・莫耶を握り直す。その時、とあるヴィジョンが眼前に現れた。そのヴィジョンの中では、干将・莫耶を投擲する様子が映し出されていた。

 

(投げろってこと……?)

 

 琴葉はそのヴィジョンで見たように、両腕を交差させる。その手の干将・莫耶を握り締め、両腕を振り抜き、投擲する。すると、次のヴィジョンが眼前に映し出された。そのヴィジョンでは、先程行使した、自己のイメージからそれに沿ったオリジナルの鏡像を魔力によって複製する魔術、投影魔術(グラデーション・エア)によって再度干将・莫耶の夫婦剣を投影していた。

 

「───投影開始(トレース・オン)!!」

 

 琴葉は再度、干将・莫耶をその手に投影する。

 次にどうすれば良いか。この場を切り抜けるにはどうしたら良いか。琴葉にはそれらが何となくではあるが、判るようになってきた。これらの行動は、流入したエミヤの記憶によるものがほとんどであり、彼女はそれを模倣していた。

 そもそも、エミヤ自身が行使する投影魔術は 『創造理念』・『基本骨子』・『構成材質』・『製作技術』・『憑依経験』・『蓄積年月』の六つから成り立っている。具体的に言うと、創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定。更に構成された材質を複製、製作に及ぶ技術を模倣する。そこに加えて、成長に至る経験に共感、蓄積された年月を再現することで、彼女は限りなく真に迫った偽物を投影している。そして、この『憑依経験』───つまり『成長に至る経験』を解析することで、戦闘におけるその武器の扱い方の知識を得ることが出来るのだ。

 今回の場合、彼女はそれらの工程の全てを流入したエミヤの記憶を用いて行っている。故に、その戦闘もエミヤのものへと近付いていくこととなるのだ。

 

(″心眼″か……!! 全く……こうも私と似通ってくるだなんて……)

 

 エミヤは軽く舌打ちをし、投擲され自身の方へと飛翔する、引き合う性質を持った夫婦剣を弾く。そこへ、つい先程投影した夫婦剣を琴葉は握り締め、エミヤへと迫る。

 

(でも……まだまだね)

 

 琴葉は下段からクロスさせるように干将・莫耶を振るい、斬り上げる。エミヤはバックステップで回避。続けて琴葉は二振りの陰陽剣で刺突と斬撃を組み合わせた連撃(ラッシュ)を行う。それらを身体を左右に揺らし、時に自身の干将・莫耶で以て弾き、いなすエミヤ。 

 

(戦いながら成長している……。いや、この場合は私の記憶を憑依経験させているのね。しかも、無意識の領域で。骨が折れるわね……ホントに)

 

 エミヤから見て、琴葉のその剣技はまだ未熟だ。『憑依経験』によるエミヤ自身の技術の模倣に、琴葉の身体が追いついていないことが大きな理由として挙げられる。しかし、次第に精細さを増していくその剣技に末恐ろしさを感じ取っていた。

 

「ハァァァ!!」

 

「ぐっ……!!」

 

 琴葉の夫婦剣に自身の夫婦剣をぶち当て、上方へとそれらを弾く。無防備になった琴葉の胴体に、夫婦剣によるエミヤの連撃(ラッシュ)が入る。琴葉よりも正確で、なおかつ不規則で予測不能なその剣技。フェイントを織り交ぜ、体術を組み込みながら琴葉を苛烈に攻め、追い立てていく。次第に捌き切れなくなったのか、裂傷が増えていく琴葉。堪らず、″転移″により後退する。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 乱れる呼吸を落ち着ける。斬り裂かれた皮膚からは失血死するレベルでは無いにせよ、血液が流出し続け、激痛と流血が琴葉の気力と体力を奪っていく。また、干将・莫耶の刀身にはヒビが入り、あと数撃もすれば砕けてしまいそうだ。

 その時、全身を悪寒が走る。痛む身体を無理矢理に動かし、夫婦剣を頭上で構える。刹那、上空から剣の雨が降り注いだ。

 

 ガギンッ!! 

 

「フゥゥゥゥゥゥ………………」

 

 降り注いだ剣は琴葉の皮膚を斬り裂くだけに留まった。あの一瞬で、琴葉は素早く干将・莫耶を振るい、自身への直撃コースとなる剣の軌道を、自身から外すことに成功していたのだ。その代償に、干将・莫耶は砕け、ガラス片のように割れ、消滅していった。彼女自身の皮膚からも止め処なく血液が流れ、赤い血溜まりを作っていた。

 

(驚いたな……。まさか、ここまで成長するだなんて。全てにおいて、急所や関節、重要血管系やリンパ系を外れるように軌道を逸らせている。……このままだと、いずれ私に追いつくわね)

 

 現時点で、琴葉は満身創痍。逆にエミヤは無傷である。状況はエミヤに有利に動いていた。だが、エミヤは危機感を募らせる。『この成長速度だと、いずれ自身に追いついてしまう』と。これは彼女にとって由々しき事態であった。そもそも彼女の目的は、『正義の味方』を『理想』として追い求めていた過去の自分自身に、その『理想』を諦めさせること、もしくは存在を抹殺することであった。この状況は、彼女───エミヤにとって好ましいものではなかった。

 

「ねぇ。ここまでやって、まだ諦めないの?」

 

「アンタの指示は、受け……ない……!!」

 

 全身を駆け巡るその激痛に表情を苦悶で歪めながらも立ち上がる琴葉。再び、夫婦剣、干将・莫耶を投影し直し、反抗的な目付きでエミヤを睨む。

 

「琴葉。貴方の『理想』はただ、『あの人』の受け売りよ。『生き残ってしまった自分は誰かの為に生き、その命を使うべき』───貴方は『呪い』にも等しい、その強迫観念、サバイバーズギルトに今なお囚わらわれている。その強迫観念がもたらす苦痛を和らげる為に、貴方は無償で『人助け』をし続けた。そして、それを成す為に、『正義の味方』は都合が良かっただけ。自身を使い潰すことで、今にも折れそうなその『心』を繋ぎ止めていた。結局は自己満足。これが貴方の本質」

 

 一息つき、エミヤは再び口を開く。

 

「そうね……。貴方にその『理想』を諦めさせようとした私が間違っていたわ。ここで……ここで、貴方を終わらせる。無限に続くその『呪い』から、貴方を私が解き放つ」

 

 エミヤはそう、決然と言い切った。その瞳は悲壮に満ち、その表情は『理想』への、『世界』への絶望に満ちていた。

 

(貴方を止めるには……私自身を終わらせるには、もう、こうするしか無いの)

 

『独り善がりでも構わない』

 

 エミヤはそう独り言ち、琴葉へと斬り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───これが、奪ってきた『命』に対して、私の出来る精一杯の『贖罪(罪滅ぼし)』なのだから

 




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Ep.08 『理想』の終着点───下

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!

更新が遅れてすまない……。拙は受験生なので、模試とかに追われてしまうのです……。今後も更新が遅れることが確実なのです……。本当にすまない……。


 少女はとある小国で、何の変哲も無い、ごくごく普通の家庭で幸せに暮らしていた。

 父がいて、母がいて、自分がいて───ただ、当たり前の『幸せ』を享受して生きていた。

 

 ───このまま、ずっと続くと思っていた。

 

 だが、その『幸せ』は脆くも崩れ去る。

 戦争だ。

 少女の母国は隣国との関係が数年前から悪化していた。その時から既に燻っていた幾つもの『火種』は、ふとした出来事で燃え上がり、瞬く間に街を炎で包み込んでしまった。

 

 ───隣人が死ぬ。

 

 ───友人が死ぬ。

 

 ───父が死ぬ。

 

 ───母が死ぬ。

 

 戦火により、何もかもが壊されていく。

 

 少女は瓦礫の中でただ、死を待っていた。

『自分も死ぬ』───少女が光を宿さないその瞳を暗闇の中、閉ざそうとしたその時、急に視界が光で埋め尽くされた。

 男だ。

 一人の男が、少女を閉じ込めていた瓦礫を持ち上げたのだ。

 自分を見つけてくれたその男の瞳に、安堵が宿っているのを少女は感じ取っていた。その男の表情は、今にも泣き出してしまいそうだった。

 

 ───その涙を、拭いたかった。

 

 傷だらけの少女は、男へと手を伸ばす。そして、男の瞳から、今まさに零れ落ちようとする涙を───拭った。そのまま、力無く落ちる手を、男は取った。そして、『良かった……救えた』と小さく呟いた。

 少女は男によって救い出された。男は少女の小さな身体を抱き締め、何度も『生きていてくれて、ありがとう』と呟いていた。少女にとって、それはとても鮮烈な記憶であった。

 何もかもを失った少女は、『光』を見つけることができた。

 少女に『光』を与えた男の名は───

 

 

 

 ───衛宮切嗣。

 

 

 

 そして、その少女の名は───

 

 

 

 ───衛宮琴葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣戟は続く。空は赤く焼け、無数の剣が突き立った砂漠の中、二人の女は戦い続ける。もう、どれだけ経ったのかも判らない。既に時間の感覚は麻痺していた。何百、何千、何万と互いの剣がぶつかり合い、火花を散らす。一方は満身創痍で、もう一方は無傷で。対照的な二人だが、一方に膝を付かせるだけの有効打を未だ与えることは出来ず、微妙な均衡状態を保っていた。

 

「しつ、こい……!!」

 

「こんの……!!」

 

 琴葉はエミヤに必死で喰らいつく。そのあまりのしつこさにエミヤは表情を歪ませ、琴葉を引き剥がすべく横薙ぎに一閃する。裂傷で痛む身体を無理矢理にでも動かして琴葉はその一撃を躱し、体勢を立て直した後、エミヤの頭部へ向けて上段蹴りを放つ。エミヤは上体を反らせて回避、後方に転移し、一度距離を取る。

 

「───投影開始(トレース・オン)

 

 すると、エミヤはその手に持った干将・莫耶に加え、更にもう一対の干将・莫耶を投影した。

 

「───山を抜き、水を割り」

 

 二対の夫婦剣を琴葉へと向け、投擲。

 その時、琴葉の本能が最大級の警報を鳴らす。眼前にヴィジョンが映し出される。それは、転移による回避を示していた。だが、

 

「───なお、墜ちることなきその両翼」

 

 琴葉のすぐ後方に、その手に一対の夫婦剣を握るエミヤが現れる。

 

(……避けられ、ない!?)

 

 三方向同時攻撃。引き合う性質を持つ夫婦剣、干将・莫耶によって繰り出される絶技。どれかを撃ち落としても残りの陰陽剣が自身を斬り裂く、避けようのない必殺の御業である。

 技能″転移″は『現座標の定義』・『移動先の座標指定』・『自身の装備品の正確な把握』・『指定座標への座標移動』という四つのプロセスを踏む必要がある。現在のこの状況、琴葉はそのプロセスを踏む余裕すら失い、″転移″を発動させることが出来なかった。そう、出来なかったのだ。()()()

 

「───鶴翼三連!!」

 

 三対の夫婦剣が琴葉へと襲い掛かる。三方向から同時に放たれた斬撃は彼女の命を容易く刈り取る───ハズだった。

 

「っ!? いない……!?」

 

()()()()()()()()()()()()

 

(まさか……)

 

 エミヤは振り返る。

 その先には、呆然とした表情で突っ立っている琴葉の姿があった。どういう訳か、琴葉は転移に成功していたのだ。

 

(″過程省略″……!! その領域にまで達したというの!?)

 

 エミヤは忌々しげに琴葉を睨み付ける。

 ″過程省略″───それはその名の通り、過程を省略して結果のみを導き出す、というものだ。つまり、この場合は『現座標の定義』・『移動先の座標指定』・『自身の装備品の正確な把握』の三つを『既にあるもの』として定義することで省略し、『指定座標への座標移動』という琴葉の望む結果のみを導き出し、転移に成功したのである。

 元より、エミヤには違和感があった。投影魔術によって、琴葉が干将・莫耶を初めて投影した時から燻っていたそれは、この瞬間を以て確信へと変わった。『最初の打ち合いの時から、彼女はエミヤへと同化を始めている』ことに。

 

(よく判んないケド……助かった?)

 

 琴葉は瞳をぱちくりと瞬かせる。

 

「ふぅ……。とんだ厄日だわ。まあ、いいケド」

 

 エミヤは干将・莫耶を消滅させ、洋弓を投影。そして、捻れた剣を投影し、更にそれを細長く作り替える。

 

「その方が、仕留め甲斐があるってね」

 

 次の瞬間、エミヤは上空二十メートル程の位置に転移した。投影した剣を弓に番え、構える。

 

「───我が骨子は捻れ狂う(I am the bone of my sword)

 

 限界まで弓を引き絞り、エミヤは祈るように詠唱を始める。

 

「───偽・螺旋剣(カラド・ボルグⅡ)!!」

 

 それは、ケルト神話の勇士、フェルグス・マック・ロイが振るったとされる剣。地形の破壊さえ可能とし、高威力と広範囲を誇る対軍宝具を模した()()。伝承よると、振り抜いた剣光が「丘を三つ切り裂いた」とも言われている。また、後の時代、数多の英雄たちが手にした魔剣・聖剣の原型になったという。

 弓から放たれた、音速で迫る剣は琴葉のすぐ目の前に突き刺さり、地表を爆散させる。

 

「ぐ……う……!!」

 

 干将・莫耶を突き立て、どうにか踏ん張ろうとするが、爆風に巻き込まれ、身体が宙に浮いてしまう。

 

「───壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 ドガァァァン!! 

 

 静かにエミヤが呟いたその瞬間、クレーターの中で突き刺さっていた剣が爆ぜた。

 元より防ぐことが出来なかった琴葉は、爆風に巻き込まれて吹き飛ばされる。数十回地面をバウンドし、更に数メートル程、ゴロゴロと転がった後、ようやく止まった。

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)───それは魔力の詰まった宝具を爆弾として相手にぶつけ破裂させる技である。それは時として、その宝具の本来の威力を超えたダメージを与えるのだ。

 全身の痛みに呻き、表情を歪ませる琴葉。エミヤは琴葉の元へと歩み寄る。そして、

 

「ガハッ……!!」

 

 琴葉を踏み付けた。彼女の首筋に、エミヤは投影した陰陽剣を宛がう。

 

「無様なものね。これで、貴方の『理想』は潰える。今後、味わうこととなる『大を救い、小を切り捨てる』という、果ての無い責め苦からも解放される。良かったじゃない」

 

「ぐ……う……」

 

「……これが″正しい″って信じていた」

 

 琴葉を見下ろすエミヤ。エミヤは何かを省みるように、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「……″全部″を救いたかった。『正義の味方』になれば、救えると思った。抑止力(アラヤ)と契約して、力を手に入れたハズだった。だけど……だけど。それは違った。私がやったのは、ただの″人殺し″だった。多くを救う為に、少数を斬り捨てなきゃいけなかった。抑止力の命令に従って……いや、無理矢理従わされて、殺しを続けた。そのザマが、私よ」

 

 それは、己の所業への後悔と自責の念なのだろう。

 救う為に、少数を切り捨て続ける───『正義の味方』とは乖離したその現実に、エミヤは絶望したのだろう。

 

「救う為に、間違った。そして、それを正す為に、正しくあろうとする為に、また間違った。何度も間違い続けた。私は……私は、『正義の味方』なんかじゃない」

 

「それ、でも……」

 

 琴葉はエミヤの脚を掴む。

 

「それ、でも……アンタのその行動で……救われた人達だって、いたはずだ……!!」

 

「アンタに……アンタに私の何が判るって言うのよ!! 記憶を覗き見た、ただそれだけで判った風に……!!」

 

「アンタは……!! 『誰かを救いたかった』ハズだ!! アンタの目指したものは……何も間違ってない……!!」

 

「うるさい……」

 

「誰かを助けたい、救いたい、なんて気持ちは……!! 何も間違っていないはずだから……!!」

 

「それがこのザマよ!!」

 

「なら……私は……!! アンタのようになんかならない!! 後悔だってしない!! 私は……アンタなんかじゃない!!」

 

「なら……証明してみせろ……!! 『私』という存在に、アンタのその『決意』を!!」

 

「言われ、なくても……!!」

 

 琴葉は転移によりエミヤの足から逃れる。そして、

 

「これは、私の『決意』……!! 私自身の、『心のカタチ』……!! ───投影、開始(トレース・オン)!!」

 

 琴葉の両手に迸る閃光。眩く輝くそれは、干将・莫耶を形成する。それらを握り、琴葉はエミヤへと飛び掛かる。

 

「せやぁぁぁ!!」

 

 今までよりも重い一撃。

 今、琴葉の身体を動かすものは『決意』だ。『正義の味方』になる、という決意。そして───これから襲い来る、理不尽への叛逆という決意。

 身体が動く。鋭敏に、豪快に、なおかつ緻密に。

 ″心眼″は次の相手の行動への対応をリアルタイムで示してくれる。ならば、その通りに動き、相手の攻撃を捌きながら自身の攻撃を加えるのみ。

 断続的に、激しく鳴り響く金属音。それは、お互いの意地のぶつかり合いにも似たものであった。

 琴葉は夫婦剣を突き入れる。エミヤは自身の夫婦剣で以て軌道を逸らすが、琴葉はその手に持った夫婦剣を手放す。そして、自身のすぐ近くに投影した夫婦剣を握り、それらを振り下ろす。防御が間に合わないことを判断したエミヤは素早く転移するが、転移先を″心眼″により予測し、琴葉はもう一対の夫婦剣をその手に投影。そのまま投げ付けた。

 

「チッ!!」

 

 自身へと迫る夫婦剣に舌打ちを零すエミヤ。転移により、再び回避する。空振りに終わり、砕け散る二対の夫婦剣。だが、()()()

 既に琴葉は洋弓と矢となる()を投影し終えていた。片方の手に握られたものは、先程エミヤが投影したものと同じであった。

 

「───我が骨子は捻れ狂う(I am the bone of my sword)

 

 琴葉は剣を矢に番え、引き絞る。

 

「さっきのお返しよ。喰らいなさい!! ───偽・螺旋剣(カラド・ボルグⅡ)!!」

 

 エミヤの転移先を予測し、放たれる贋作の剣。

 それを視界に入れたエミヤは瞬時に思考する。

 今、この場で投影できる最強の盾を。

 

「───身体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

 

 掌へと集まる魔力。エミヤはそれを突き出した。

 

「───熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 魔力が爆ぜたその瞬間、七枚の花弁を形作る、光の盾が顕現した。

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)───その原典はギリシャ神話のトロイア戦争にてアイアスが使用した盾である。一枚一枚が古の城壁と同等の防御力を持っており、英雄ヘクトールの投擲を唯一防いだという逸話を持つ。

 剣が光の盾に激突する。

 

「ぐ……」

 

 エミヤは魔力を注ぎ続ける。

 盾の一枚にヒビが入る。

 

(これだと突破できない……なら)

 

「───壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 琴葉は小さくそう呟き、指を鳴らす。

 直後、爆ぜる剣。だが……

 

「ふぅ……」

 

 七枚ある光の盾の内、砕くことが出来たのはたったの一枚だけであった。

 

「残念ながら、この盾には通らないわよ」

 

 額から汗を流しながら、エミヤはそう告げる。

 

(遠距離はあの盾に阻まれる……近接しかないか)

 

 琴葉はエミヤの記憶の中から最適解を探し出す。

 

「―――投影、開始(トレース・オン)

 

 イメージするのは、かのギリシャ神話の大英雄。

 

「―――投影、装填(トリガー・オフ)

 

 閃光が晴れたその手には、巨大な斧剣が。己の肉体に強化魔術を施し、斧剣を握る。

 

全工程投影完了(セット)―――是、射殺す百頭(ナインライブズ・ブレイドワークス)!!」

 

 エミヤへと急速接近した後、斧剣を高速で振るう。

 それは、斧剣を用いて、人体にある九つの急所を一息で狙い撃ち、炸裂させる九連撃の斬撃である。

 原典はギリシャ神話の大英雄、ヘラクレスの成した十二の功業の内の一つ、九頭の水蛇ヒュドラ退治の際に、ヒュドラの無数の頭に矢を射かけた逸話から来ている。それと同時に、あらゆる武器や武術を極めた末に形成されたヘラクレス独自の流派が宝具として昇華されたものでもある。

 

「ぐ……!!」

 

 エミヤは干将・莫耶を振るい、防ごうとするが、六連撃目で、

 

 パリン!! 

 

「……!?」

 

 夫婦剣が砕けてしまった。残りの三連撃が彼女を襲う。

 

「ぐあああ!!」

 

 モロにくらい、流血するエミヤ。

 

「うおおおおお!!」

 

 咆哮しながら、琴葉は夫婦剣を振り上げエミヤへと襲い掛かる。

 これは死なない為の戦いではない。生きる為の戦いでもない。ただ……己の意地を押し通す為の戦いだ。

 他人に負けるのは仕方無いのかもしれない。だけど、自分自身には負けられない。負けたくない。負けるわけにはいかない。だって、負けてしまったら、ここで、折れてしまったのなら、自分自身の『理想』を、果ては切嗣が託してくれた『夢』を否定することになるのだから。

 琴葉はただ、我武者羅に剣を振るう。

 そこに流派なんて綺麗なものは無い。ただ、戦場で培われた、純粋な″殺し合い″に特化した剣術が存在するだけだ。

 振るわれる剣は、エミヤが投影した剣をも砕く程に、強く、鋭く変成していく。

 

「誰もが幸せであって欲しい。その感情は、きっと……誰もが想う理想だ。だから……私は、引き返すなんてしない……!!」

 

 琴葉の剣戟は更に加速。

 

「何故ならこの『夢』は、この『願い』は……決して……決して……間違いなんかじゃないから……!!」

 

 少女は吼える。己の『決意』を。

 

「だから、私は……!! アンタに勝つ!!」

 

 全ての力を、この一撃に込める。

 

(すごいな……。これが、貴方の『(意志)』なんだね……)

 

 エミヤは、ただ、静かに微笑む。

 少女の全力を受け止めるように。

 

「おおおおおおおおお!!!!」

 

 突き出された剣は、エミヤを貫いた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 琴葉は肩で息をする。

 

「私の……勝ちだ」

 

 エミヤは、自嘲するようにハハハ、と笑う。

 

「そう、ね。そして……私の負け、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに、一つの決着がついた。

 




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Ep.09 別れの時

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


 意地と意地のぶつかり合い。

 最後にそれを制したのは琴葉であった。

 琴葉は干将・莫耶をエミヤの胸から引き抜く。

 

「ホントに負けちゃうなんて……予想外だわ、全く」

 

 ハハハ、と苦笑するエミヤ。すると、自身の傷口に手を触れ、何かぶつぶつと呟くと、傷口が塞がった。

 

「ハァ!? 何それズルイ……」

 

 琴葉はその光景に語気を強める。

 

「落ち着きなさいっての……。ほら」

 

 エミヤはゆっくりと立ち上がり、琴葉に触れる。すると、たちまち琴葉の傷も癒えていった。

 

「治癒魔術よ。女の子の身体に傷がついちゃいけないものね」

 

「は、はあ……」

 

「そう固くならないの。……こっちはもう敵意は無いもの」

 

 さてと、と区切り、エミヤは咳払いをする。

 

「すぐにでもここから出しても良いんだけど……それだと不安が残るわね。そうね、しばらくここに残りなさい。色々教えなきゃだし」

 

「……?」

 

「付け焼き刃に近いその戦闘技術をここで確固たる物にするのよ。それと、私の記憶と固有結界の引き継ぎもしなきゃいけないし。それとも何? そのままほっぽり出されて死にたいの?」

 

「それはイヤ」

 

「なら、しばらくはここに留まっておきなさいな」

 

 その後はすぐに訓練が始まった。

 投影魔術の精度上昇や戦闘技術の向上、各種魔術の取り扱い等だ。

 判ったことは、切嗣が敢えて間違った魔術を教えていたことであった。その理由としては、「血に塗れた魔術の世界に琴葉を巻き込みたくない」という親心だろう。真意を理解した琴葉は、心が温かくなるのを感じ取っていた。

 戦闘と座学、そして実戦。琴葉はすぐに理解し、吸収していった。

 そして、卒業の日が来た。

 

「うん。これ以上教えることは無いわね。ここまで、よく頑張ったわ」

 

「まあ、アンタがスパルタだったってのもあるケドね」

 

 ふふふ、とイイ笑顔で、無言の圧を琴葉に掛けるエミヤ。これまでの訓練を思い出し、すぐに黙る琴葉であった。

 

「……良い? どんなことがあっても、『それでも』と言い続けるの。自分を見失ってはダメ。判った?」

 

「……ええ」

 

「『心』を無くさないで。『心』が、自分自身を決められる唯一の部品だから」

 

「……判ったわ」

 

 それを聞くと、エミヤはふふっと笑った。

 

「なら、安心した。大丈夫、貴方なら出来る。なってみせなさい、『正義の味方』に」

 

「ええ」

 

 琴葉の瞳には決意が。エミヤはそれを確かに受け取った。

 エミヤは琴葉の頭に触れる。

 

「少し痛むけど、我慢して」

 

 記憶と固有結界の引き継ぎだ。

 

「ぐっ……!?」

 

 琴葉の頭を鋭い痛みが襲う。数秒の後、それは止んだ。

 エミヤはそれと同時に手を離す。

 

「はい。引き継ぎはこれで完了。身体に何か異常は?」

 

 琴葉は自身の身体に解析を掛けて異常を探る。どうやら、問題無いようだ。

 

「そう。なら問題無しね」

 

 すると、突如としてエミヤの身体が黄金の粒子に包まれていく。

 

「……別れの時ね」

 

「別れって……どういうこと?」

 

「『座』に帰還するのよ。そして、また次の世界に私は呼ばれる。……そんな顔しないで。私はもう、大丈夫だから」

 

 エミヤは天を仰ぐ。その瞳に憂いは無かった。琴葉の持つ『可能性』を信じる事を決めたのだ。

 

「頑張りなさいよ! 見守ってるからね!!」

 

 最後は飛び切りの笑顔で。

 

「……お達者で!!」

 

 琴葉もそれに笑顔で以て返す。

 それを見届けた後、サムズアップしてエミヤは消えていった。

 

 世界が光で塗りつぶされていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ってきた、か……」

 

 英霊の座。

 死した後、英霊はそこへと招かれる。エミヤもまた、その一人であった。

 無数に突き立つ剣の砂漠。少女は一人、赤い外套をたなびかせ、佇む。

 

「うん。大丈夫。あの子なら、きっと」

 

 かつて絶望と虚無に満ちた少女はもういない。

 その表情は安堵を浮かべていた。

 

「この『思い』は間違いなんかじゃない、か……。確かに、その通りだわ」

 

 少女はふと、赤く焼けた空を見上げる。

 

「呼ばれたか……」

 

 抑止力からの呼び出し。

 それはエミヤの『抑止の守護者』としての任務が与えられたことを意味していた。

 

「頑張ってみるから。だから……貴方も負けないで」

 

 徐々に身体が黄金の粒子で包まれていく。

 

「この先、数え切れないほどの絶望が貴方を襲うでしょう。それでも、貴方は独りじゃない。それに、貴方は強い。例え、折れてしまったとしても、立ち上がることが出来る」

 

 ここにはいない少女へと向け、エミヤは微笑む。

 

「だから、頑張りなさいよ。応援してるから」

 

 そう言い残し、エミヤは次の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……」

 

 ぼんやりしていた意識は急速に覚醒へと向かい、琴葉は暗闇の中で目を覚ます。

 

「……戻ってこれたんだ」

 

 発破を掛けて掘った穴の中、琴葉はポツリと呟く。

 先程までの出来事は夢では無い。身体の芯から溢れる力がそれを如実に表していた。

 

「あ、そうだ。ステータスプレート」

 

 琴葉は自身のステータスを確認すべく、ポーチを探る。

 探し出したステータスプレートを見つめ、琴葉は唖然とした。

 

 

 ───自身のステータスの急上昇に。

 

 

 

===============================

衛宮琴葉 17歳 女 レベル:28

天職:弓兵

筋力:450

体力:440

耐性:440

敏捷:520

魔力:470

魔耐:440

技能:魔術・投影魔術[+解析][+複製][+強化][+改造][+憑依経験][+壊れた幻想][+無限の剣製]・弓術・軽業・破壊工作・気配遮断・鷹の瞳・転移・心眼・過程省略・言語理解

===============================

 

 

 

 奈落に落ちる前よりも、段違いでステータスが伸びている。更に、技能も幾つか増えていた。

 琴葉は、つい、本心が漏れてしまった。

 

 

「…………なんでさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歯車は回り始める。

 

 もはや、止めることは出来ない、




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Ep.10 変貌

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


 この迷宮を脱出するまでに、幾つかやることがある。

 一つ目に、生活圏の確保だ。拠点の他に、食料が必要となる。では、ここでの食料とは何か? 答えは"魔物"だ。食料となるものは魔物以外には存在しない。だが、魔物を食せばたちまち身体が崩壊して命を落としてしまう。だが、それを起こさなかった前例が、琴葉の知る限りでは一人いる。アーロン・デグチェフ───王国にいたころの琴葉の師範となった弓兵だ。彼は"神結晶"から溢れ出る"神水"を飲むことで身体の崩壊を防ぎ、生存することができた。だが、その身体は魔物のそれへと近付くらしい。だが、死ぬよりはマシであろう。二つ目のハジメを探すという目的を果たす為には、自分自身が死んでは意味が無いのだ。故に、それらを捕まえるべく、琴葉は気配を消しながら魔物を探していた。

 

(見つけた)

 

 琴葉の数十メートル先に白い毛並みを持ち、狼のような見た目の魔物、二尾狼の群れがいた。数は四。琴葉は素早く物陰に身を隠す。

 二尾狼は四~六頭くらいの群れで移動する習性がある。というのも、単体ではこの階層の魔物の中で最弱であるため群れの連携でそれを補っているのだ。二尾狼は周囲を警戒しながら岩壁に隠れつつ移動し絶好の狩場を探す。二尾狼の基本的な狩りの仕方は待ち伏せであるからだ。

 琴葉は漆黒の洋弓を投影する。そして、投影した矢を番え、構える。

 生物は心臓を射抜いたとしても、しばらくの間は存命する。その間に暴れたりでもすれば、筋肉に乳酸が分泌され、風味を損なってしまう。故に、一撃で命を刈り取る為には───

 

 バシュッ!! 

 

 ───ヘッドショットだ。

 放たれた矢は寸分違わず、一頭の二尾狼の脳天に命中し、その命を刈り取る。

 この異常事態に、残り三頭の二尾狼は臨戦態勢へと入る。二つの尻尾から赤黒い電流をバチバチと迸らせ、周囲を警戒する。だが、既に琴葉は矢を追加で放っていた。

 音速で迫る矢に次々と脳天を射抜かれていく二尾狼。

 そもそも、弓兵相手に接近戦の構えを取ること自体が間違っているのだ。その為、一方的な虐殺となった。

 その場に横たわる、四頭の二尾狼の亡骸。琴葉は洋弓を霧散させ、縄を投影する。それを二尾狼に巻き付け、拠点へと運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 拠点へと戻った琴葉。岩で出口を軽く塞いだ後、奥の部屋へと入る。まあ、部屋と言うにはあまりにも粗末ではあるが。

 早速、投影したナイフで解体を始める。思いの外、魔物の体表は硬かったので、ナイフを霧散させてノコギリを投影し、それを用いて解体を再開した。

 それと同時に、火を起こしておく。

 肉からは酷い匂いがしていた。恐らく、味も悪いのだろう。

 解体を終えた後、肉を小分けにしていく。

 小分けにした肉を、魔物の骨で作った串に突き刺して火で焼く。流石に、生肉は食中毒になる危険性があるので食べるわけにはいかないのだ。

 こんがりと焼けた後、肉を火から出す。

 

(さて、と。食べるか)

 

 いざ食べるとなるとやはり不安なので、瓶の中の神水を一口呷ってく。

 きゅるる、と腹の虫が鳴った。琴葉は固有結界に閉じ込められている間、空腹を感じなかったが、そこから解放された後、『世界の修正力』が働いたのか、激しい空腹を感じていたのだ。

 意を決して、魔物肉に齧り付いた。

 

(……硬っ)

 

 硬い筋ばかりの肉を、噛み千切り必死に飲み込んでいく。久々の食事だ。急いで食べると胃腸にも悪いので、少しずつ、ゆっくりと咀嚼し飲み下していく、

 焼いても酷い匂いと味はどうにもならなかったようで、涙目になりながらも、喰らい続ける。

 神水をこまめに飲みながら、二尾狼の肉を喰らい続ける。しばらく経つと、琴葉の身体に異変が起こり始めた。

 

「――ッ!? ぐああ!!!」

 

 全身を激しい痛みが襲う。身体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる。

 

「がああああ!! な、何がっ……ぐううう!」

 

 耐え難い痛み。己の身を侵食していく何か。琴葉は地面をのたうち回る。この世のものとは思えない程の激痛だ。固有結界の戦闘での怪我とは比べ物にならない程に痛い。

 琴葉は傍らに置いていた瓶を掴み、神水を呷る。直ちに神水が効果を発揮し痛みが引いていくが、しばらくすると再び激痛が襲う。

 

「う、あああああ!! な、んで……!!」

 

 琴葉の身体が痛みに合わせて脈動を始めた。ドクン、ドクンと身体全体が脈打つ。身体の至る所から骨が軋むような音も聞こえてきた。

 しかし次の瞬間には、体内の神水の効力により、身体の異常を修復していく。修復が終わると再び激痛。そして修復。それの繰り返しが責め苦として琴葉に襲い掛かる。

 神水の効力で気絶すらできない。絶大な治癒能力が仇となった形だ。

 耐えることの出来ない激痛に、琴葉は絶叫を上げながら地面をのたうち回り、終わりの見えない地獄を味わい続けた。もう、ひたすら耐えるしかない。

 次第に、琴葉の身体に変化が現れ始めた。

 まず、赤銅色の頭髪から色が抜け落ちてゆく。許容量を超えた痛みか、それとも別の原因か、頭髪の色が抜け落ち、桃色掛かった銀髪へと変貌していく。

 次いで、筋肉や骨格が徐々に太く、頑強になり、身体の内側に薄らと、幾本かの赤黒い線が浮き出始める。

『超回復』という現象がある。トレーニングなどにより断裂した筋肉が修復されるとき、僅かに肥大して治るという現象だ。骨なども同じく折れたりすると修復時に強度を増す。今、琴葉の身体に起こっている異常事態も同じだ。

 魔物の肉は人間にとって猛毒だ。『魔石』という特殊な体内器官を持ち、魔物は魔力を直接体に巡らせ驚異的な身体能力を発揮する。体内を巡り変質した魔力は肉や骨にも浸透し、頑丈にする。

 この変質した魔力が詠唱も魔法陣も必要としない固有魔法を生み出しているとも考えられているが詳しくは分かっていない。

 この変質した魔力が人間にとって致命的なのだ。人間の体内を侵食し、内側から細胞を破壊していくのである。

 過去で唯一、アーロンは神水を飲むことでそれを耐えきることが出来たが、それでも尚、激痛に苛まれたという。アーロンに言われた通り、神水を飲んでいたことが功を成したのか、琴葉は身体の崩壊を免れることが出来たのだ。

 神水の効力で壊れた端からすぐに修復していく。その結果、肉体が凄まじい速度で強靭になっていく。

 破壊と再生。

 それを繰り返しながら、肉体はより強靭に変質していく。

 やがて、脈動が収まり琴葉は力無く倒れ込んだ。

 

(生きてる……)

 

 琴葉は、己の手を何度か握ったり開いたりしながら自分が生きていること、きちんと自分の意思で手が動くことを確かめる。そして、ゆっくりと起き上がった。

 

「とんだ災難だわ……。人が食べるものじゃないわね、本当に」

 

 げんなりとしながら溜息を吐く琴葉。

 何故か、妙に身体か軽く、力も漲っていることに気付いた。

 腕や腹の筋肉が明らかに発達している。身長も幾分か伸びている。以前の琴葉の身長は百五十センチ程だったのだが、現在は更に十センチ以上高くなっている。胸のサイズは変わっていないが。骨や筋肉が発達した為に、脂肪まではつかなかったのだろう。胸はあるだけ邪魔だと思っている琴葉の気にすることでは無いが。

 身体の変化だけでなく、体内にも違和感を覚えていた。温かいような冷たいような、どちらとも言える奇妙な感覚。意識を集中してみると、腕に薄らと赤黒い線が浮かび上がる。

 

「うわぁ……気持ち悪。なんか魔物にでもなった気分ね。……洒落にならないわ。あ、そうだ。ステータスプレートは……」

 

 琴葉はステータスプレートをポーチの中から取り出す。身体の異常の原因が判るかもしれない、と考えたからだ。

 

===============================

衛宮琴葉 17歳 女 レベル:30

天職:弓兵

筋力:530

体力:520

耐性:520

敏捷:600

魔力:550

魔耐:520

技能:魔術・投影魔術[+解析][+複製][+強化][+改造][+憑依経験][+壊れた幻想][+無限の剣製]・弓術・軽業・破壊工作・気配遮断・鷹の瞳・転移・心眼・過程省略・魔力操作・胃酸強化・纏雷・言語理解

===============================

 

「……なんでさ」

 

 つい、心の声が零れてしまう琴葉。

 ステータスが上昇し、技能も三つ増えている。

 

「……魔力操作?」

 

 文字通りなら魔力が操作できるということだろう。

 琴葉は、先程から感じている奇妙な感覚は魔物の同質の魔力なのではないか、と推測し、集中することで″魔力操作″を試みる。

 それと同時に、赤黒い線が薄らと浮かび上がった。そして身体全体に感じる感覚を右手に集束するイメージを思い描く。すると、魔力が移動を始めた。

 次の瞬間、身体に電撃が走ったかのような衝撃が駆け巡る。

 琴葉は慌てて身体に解析を掛ける。

 

「魔術回路が、増えてる……? いや、これは……融合した?」

 

 なんと、赤黒い線が琴葉の体内に存在する魔術回路と融合したのだ。

 以前、琴葉は魔術回路の起動ではトータスの魔法を起動できなかったことを発見した。だが、魔力を通す赤黒い、血管のような器官と魔術回路が、融合したことで、琴葉の推測が正しければ魔術と魔法の両方が使えることとなる。

 実際、この推測は正しかった。

 琴葉は次に、″纏雷″を試そうとする。

 

「えっと……どうすればいいんだろ……。″纏雷″ってことは電気、だよね? と、なると二尾狼の尻尾の……」

 

 琴葉はバチバチと、掌の上で弾ける電気をイメージする。すると、掌の上で小さいながらも赤黒い電気が弾けた。

 

「よし、成功。投影魔術と同じように、イメージが必要みたいね」

 

 その後もバチバチと放電を繰り返す。しかし、二尾狼のように飛ばすことはできなかった。おそらく″纏雷″とあるように体の周囲に纏うか伝わらせる程度にしかできないのだろう。電流量や電圧量の調整は要練習だ。

 

(でも、便利なことこの上ないわね。電気ってことは、物理学の常識が通じるってこと。要するに、身体に電気を流すことで筋繊維の強化や磁界を発生させた上での浮遊、果ては武器に流すことで敵を感電させて無力化出来るものね)

 

 琴葉は″纏雷″の用途について色々考えを巡らせた。

 最後の″胃酸強化″は文字通りだろう。魔物の肉を喰らったことで、身体にその耐性がついたのだろう。迷宮に他に食物があるとは思えない以上、ありがたい技能であった。

 小分けにされた、残りの二尾狼の肉を咀嚼し飲み下していく。特に身体に異常は起こっていない為、安堵しながら食を進める。

 余程空腹だったのか、一匹丸ごと平らげてしまった。

 まだ三匹残っている。琴葉は解体を始めた。肉は燻製にして保存食にするつもりだ。また、魔物を仕留める為の罠にも利用する。剥ぎ取った毛皮は、継ぎ合わせることで衣服や布団にした。装備品は投影魔術で投影することも可能だが、極力魔力の消費を抑えたいが為に、自前で用意した毛皮の服を纏うこととした。これが、以外と温かい。これならば、肌寒い迷宮の中で低体温症を防ぐことが出来る。

 

(南雲……頼むから生きてて)

 

 火で二尾狼の肉を炙りながら、ハジメを案ずる琴葉であった。

 




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Ep.11 再会

待 た せ た な

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


 琴葉は走る。迷宮の中を走り抜ける。

 

「待て……!!」

 

「キュ……!!」

 

 迷宮内部でハジメを捜索している最中に鉢合わせした白い毛並みを持ち、脚部が発達したウサギのような見た目の魔物、"蹴りウサギ"を琴葉は追いかけていた。交戦している時、何を思ったのか蹴りウサギが言葉通り、脱兎の如く逃走したのだ。

 

(はっや……! ってか、何なのよあの変態機動! 頭おかしいんじゃないの!?)

 

 何より、早い。そして、空中を蹴ることで蹴りウサギは移動している。それは、もはや生物が為せる動きではない。武道の達人の如き身のこなしで追跡する琴葉の攻撃をひらりひらりと躱していく。

 

 

「キュ……!!」

 

「っ!?」

 

 突如、蹴りウサギが空中で反転。次の瞬間、轟音を立てて加速。琴葉の頭蓋を蹴り砕かんと、飛び蹴りを放つ。

 

(そこ……!!)

 

 だが、()()()()()。琴葉は蹴りウサギの放つ蹴りが直撃するその寸前で、蹴りウサギのすぐ後ろに転移。攻撃が外れた蹴りウサギは大きく目を見開く。慌てて振り返り、防御態勢を取ろうとするが───一瞬遅かった。

 

「おとなしく……しろ!!」

 

 琴葉は二振りの夫婦剣、干将・莫邪を振り下ろす。それはしっかりと蹴りウサギを捉え───斬り殺した。

 

「はぁぁ……ギリギリだったわね、ホント」

 

 成功したことに安堵し、琴葉は胸を撫で下ろす。

 蹴りウサギを縄で縛り、拠点へと運んで行った。

 

 

 

 

 

 固有結界から解放され、琴葉の体内時計ではおおよそ二日が経っていた。蹴りウサギの肉を咀嚼しながら、琴葉は焦燥を感じていた。現時点で、ハジメの生存確率は絶望的になりつつあるということに。

 

(マズいわね……。早く見つけないと)

 

 蹴りウサギの肉を食べ終え、琴葉は拠点から這い出る。ハジメを探す為に、再び迷宮を進むのだ。

 

(見つからない)

 

 かれこれ二時間が経った。捜索範囲を拡げていってはいるものの、点で見つからない。それどころか、痕跡すらも見当たらない。

 

「───同調、開始(トレース・オン)

 

 琴葉は迷宮の壁に手を当て、魔術を行使する。

 

「───基本骨子、かい『バチッ!!』……っ!!」

 

 魔力が逆流し、鋭い痛みと共に壁から弾かれた。

 

(……これで十二回目。迷宮が解析されることを拒んでいる……?)

 

 何度も正しい方法でアクセスを試みるが、全て失敗。琴葉の推測通りならば、迷宮が構造の解析を拒んでいるのだろう。

 

(せめて、解析できれば探せるのに……)

 

 琴葉は不甲斐なさに歯噛みする。

 

(地道に探すしかない、か……)

 

 再び歩みを進めたその時、

 

 カラン……

 

「……っ!? そこにいるのは誰!!」

 

 後方からの物音。琴葉は反射的に洋弓を構え、放つ。矢は真っ直ぐ飛んで行き、壁に突き刺さる。物音を立てた下手人は突き当たりの通路を曲がったところにいるはずだ。

 

「武器を捨てて出て来なさい。でないと……」

 

(───身体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

 

 矢を番え、構える琴葉の周囲に二十本の剣が投影され、空間に固定される。

 

「……蜂の巣にするわよ」

 

 琴葉は通路を睨む。いつでも交戦できるよう、臨戦態勢に入る。

 

 通路から出て来たのは───白髪の男。右手を挙げ、『降伏』の意を示している。何故か、()()()()()()()

 

「衛宮、なのか……?」

 

 その男は琴葉の姿を認めると、そう言葉を洩らした。

 

「……はぁ? アンタ誰よ。何で私の名前を知ってるの? 答えなさい。さもないと……」

 

 琴葉は疑念を深め、その男を睨む。その様子に、男は慌てだす。大方、『殺されたくない』とでも思っているのだろう。

 

「待て待て待て! 俺だ! 南雲ハジメだ!」

 

「……ウソおっしゃい。南雲は髪白くないし、一人称がまるで違う。それに、雰囲気が完全に別物」

 

「あークソ……どうやったら信じて貰えるんだよ……」

 

「まさか、声まで南雲と同じだなんて……新種の魔物? 擬態能力を持っているの……? いや、だとしても、わざわざ南雲の姿を取ることもないはず……いや、記憶を読み取れるとしたら? そうすることで、″対象が殺しを躊躇う″姿に擬態しているとしたら……? そう考えると辻褄が合うな……」

 

 ブツブツと呟きながら考察を続ける琴葉。この数日で随分と疑り深くなっていた。だが、それが過ぎる、ということは無い。一瞬の慢心が命取りとなるこの状況で、そう考えるのは何ら間違っていないからだ。

 

「そうだ……! ステータスプレート! 今そっちに渡すから、な?」 

 

「ブツブツブツブツ……」

 

「いや、話聞いて!?」

 

「はあ? ……コイツ、揺さぶっているのか?」

 

「擬態から離れろよ!?」

 

「……信用できないな。射るか」

 

「ちょっ! 待てって!!」

 

 射られては堪らない、とその男は懐をまさぐりステータスプレートを取り出し、琴葉の方へと放る。琴葉は投げ渡されたステータスプレートをキャッチし、確認する。

 

 

===================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:12

天職:錬成師

筋力:200

体力:300

耐性:200

敏捷:400

魔力:350

魔耐:350

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・言語理解

===================================

 

 

「……なんでさ」

 

 ハジメのステータスプレートを見てそう洩らしてしまう琴葉。その直後、自身の心が安堵に包まれるのを感じた。

 

「……そっか。生きてたんだ。良かった……本当に、良かった……」

 

 ぽろぽろとその双眸から涙を流し、蹲る琴葉。どうやら、安堵からか力が抜けてしまったらしい。

 ハジメは琴葉のその様子にどう声を掛けていいか判らずおろおろとするが、寸刻の間考え込み、言うべき言葉を見つけた。

 

「……その、心配かけたな。済まない」

 

「……なんでアンタが謝るのよ。謝らなきゃいけないのは私よ。あの時……何も出来なくてゴメン。今の今まで、探し出せなくてゴメン……」

 

 琴葉の語気は弱弱しいものだった。安堵と共に押し寄せたのは罪悪。彼女は無力な『己』を恨んだ。

 

「気にすんなって。ほら、生きてるだろ?」

 

「そう、だね。うん……生きてる。良かった……良かったぁ……」

 

 再びぼろぼろと大粒の涙を零す琴葉。

 

 

 

 

 

 

 泣き止むまで、三十分はかかったそうな。

 




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Ep.12 束の間の休息

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

遅れてしまい、本当に申し訳無い。

それでは、楽しんでいってね!


「そんな……ことが……」

 

 琴葉はハジメの口から聞かされた話に愕然としていた。

 迷宮に落ちた後、魔物に標的にされたこと。魔物───爪熊に襲われ、左腕を食い千切られたこと。数十日にも及ぶ空腹と孤独の中、人格が豹変したこと。魔物の肉を喰らったこと。身体が魔物のそれに近い体質に変質したこと。〈切り札(ジョーカー)〉ともいえる武器を作り出したこと。

 琴葉は自身の不甲斐なさに再びその視線を落とす。

 

「……ゴメン。何も出来なくて」

 

「いいって。どうしようもなかったことだから」

 

 次いで、ハジメは再会するまでの琴葉の身に起こった出来事を聞いた。

 ぽつりぽつり、と琴葉は口を開き、話していく。

 憔悴仕切った身体を引き摺り、拠点を造ったこと。その最中に気を失ったこと。そして、〈可能性未来の自分〉に固有結界内部に囚われたこと。彼女に殺されかけたこと。死闘の末、それを討ったこと。彼女から学び、力を引き継いだこと。

 ハジメはそれを聞き終えると、眉間を揉んだ。

 

「お前も……大変だったんだな」

 

「南雲に比べれば大したことないわよ」

 

「いや、あるだろ。未来の自分に殺されかけるとか……」

 

「彼女がいなかったら遅かれ速かれ私は死んでたわ」

 

「……そうか」

 

 何とも言えぬ空気が流れる。気まずさで黙り込む二人。

 

「一応……粗末だけど拠点はあるから、そっちに移動しましょう。ここだとまた魔物に襲われかねないわ」

 

「……あ、ああ。そうだな」

 

 ハジメは琴葉に促され、立ち上がる。すると、

 

「あ、そうだ」

 

 何かを思い出したようにハジメは口を開き、琴葉を見遣る。

 

「何よ?」

 

 琴葉はその様子に怪訝そうに問う。

 

「この際だから、俺のことは名前で呼んでくれ。名字で呼ばれると他人行儀で嫌だ」

 

「はぁぁ? ……まあ、別に構わないケドも」

 

「よし、決まりだな」

 

「はいはい。さっさと拠点に行くわよ、()()()

 

「ああ、()()

 

 二人は迷宮内部を進む。

 暫く歩くと、岩で塞がれた出入り口と思しき穴が見えた。

 

「……ここか?」

 

「ええ。今、どかすからそこで待ってなさい」

 

 琴葉は積み重ねられた岩を持ち上げ、穴の傍に置いていく。幾つかどかすと、穴は人が通れる程の大きさになった。琴葉は入り口に置いてある、魔物の毛をより合わせて作った松明モドキに火を点け、洞窟内部を明るくすると、手招きをしてハジメに入るよう促した。

 

「お邪魔しますっと」

 

 ハジメは促されるままに洞窟の中───琴葉の生活拠点の中に入っていく。

 琴葉はハジメが入ったことを確認すると、出入り口の前に置いてあった岩を持ち上げ、穴を塞いでいく。魔物が入ってこないようにする為だ。

 

(ほぉー……)

 

 一方のハジメは琴葉の生活拠点の中を興味深そうに見渡していた。

 壁には出っ張った台のような物があり、それがイスの代わりだということがわかった。また、地面には丸められた毛皮と、壁には掛けられ乾燥させているのであろう毛皮の存在も見留められた。あとは、毛皮で作られた服、だろうか。衣服と思しき物が畳まれて置かれていた。また、魔物の肉の燻製が天井から吊されていた。

 

「面白い物はこれと言って無いわよ。期待するだけムダ」

 

 琴葉は吐き捨てるように言うと、部屋の中央にある、魔物の脂を燃料にした物に火を点ける。天井には穴が空いており、それが外へと繋がっているようで、そこから有害なガスを排出しているようだ。

 ───粗末なようにも見えるがよく出来ている。

 これがハジメが抱いた感想であった。

 

「はい」

 

 琴葉は丸められた毛皮を差し出す。ハジメはそれを怖ず怖ずと受け取った。丸められたそれを拡げてみると───それは、寝袋であった。

 

「眠るときに使いなさい。二尾狼の毛皮だけど、意外と寝心地が良いのよ、それ」

 

 カラカラと笑いながら琴葉はそう告げた。

 

「───投影開始(トレース・オン)

 

 おもむろに詠唱を行う琴葉。すると、琴葉の手元にはノコギリが投影された。一瞬身構えるハジメ。

 

「……何もしないわよ。()()の解体をするだけ」

 

 琴葉は少し前に仕留めた蹴りウサギをハジメに見せる。ハジメはそれを視界に収めると、すぐに警戒を解いた。

 琴葉はハジメが見ている前で、蹴りウサギの解体を始めた。ノコギリをギコギコと動かしながら、手際良く解体していく。肉を削ぎ落として切り身にした後、魔物の毛をより合わせて作った紐を取り、それを切り身に括り付けて天井から吊るした。燻製を作っているのだ。

 余った物───食用、並びに実用にも使えない器官は全て焚き火に焼べ、燃料とした。

 一連の作業を終えると、ハジメとは向かいに琴葉は腰を下ろした。

 暫しの休息。バチバチと炎が弾ける音だけが響いていた。

 少し経ち、琴葉はおもむろに口を開く。

 

「それで、これから先、どうするの?」

 

 琴葉はハジメに問い掛けた。

 

「地球に帰る。その為に、まずはこの迷宮を攻略する」 

 

 それに対してハジメは迷い無く、決然と答えた。

 

「……そう。それには、同意見ね」

 

 琴葉はハジメの言葉に首肯した。彼女もまた、地球に帰りたいのだ。

 

「その為には、寝る間も惜しんで「ダーメーでーす」……はぁ?」

 

 ハジメの言葉に琴葉は割り込んだ。ハジメは不服げに琴葉を見遣る。

 

「休める時に休んでおきなさい。いいこと? これから先、過酷な試練が待ち受けているの。万能便利な神水があるからって、精神的なダメージの蓄積までは治せないの。だから、今は休みなさいな」

 

 琴葉は焚き火を眺め、暖を取りながらも、ハジメを諭すように言い聞かせた。

 確かに、とハジメは呟く。休める内は休むべきだ、とも思い直した。

 

「見張りは二時間おきに交代ね。先に休んでなさい。私が見張っておくから」

 

「……なら、お言葉に甘えて」

 

 ハジメはゴソゴソと二尾狼の毛皮で作られた寝袋の中に潜っていった。暖かい───正直な感想であった。そして、魔物の毛皮がこんなにも暖かいことが何故だか尺でもあった。

 ハジメはゆっくりと瞼を落とす。規則正しい呼吸をしていく内に、眠気はやって来た。それに身を委ね、ハジメの意識はここで途切れた。

 火の後始末を終えた琴葉は入り口の前の壁により掛かり、見張りをしていた。異常無し───現時点ではそうであった。

 一時間程経ったとき、自身の意識が半分遠退いていることに気付いた。

 

(ああ……マズいな。ハジメを見つけた安堵感からか、これまでの疲れが一気に……)

 

 抗えない睡魔。こくりこくり、と琴葉は船を漕いでしまう。

 

(ヤバ……もう、む、り……)

 

 襲い来る疲労感と睡魔に琴葉は為す術も無く、その瞼を落としてしまった。

 薄暗い洞窟の中、二人の寝息だけが静かに聞こえていた。

 

 

 

 

 

 翌日、ハジメによって寝袋の中に突っ込まれ、朝まで見張りを代わられていたことに、琴葉は再び申し訳無く思ってしょぼくれていたのはまた、別の話。




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Ep.13 御礼参り。前へと進む為に───

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


 迷宮の通路を、姿を霞ませながら高速で移動する二つ影があった。

 一つはハジメ、もう一つは琴葉である。二人は″天歩″を完全に修得し、″縮地″で地面や壁、時には″空力″で足場を作って高速移動を繰り返し、宿敵たる爪熊を探していた。

 俗に言う、″御礼参り″だ。

 本来ならば脱出口を探すことを優先すべきなのだろうが、ハジメはどうしても爪熊を殺りたかった。一度砕かれた心、それを成した化け物を目の前にして自分がきちんと戦えるのか試さずにはいられなかったのだ。琴葉はその付き添いである。順調に保護者ムーブをかまし始める琴葉である。

 

「グルゥア!」

 

 途中、二尾狼の群れと遭遇し一頭が飛びかかってくる。ハジメは冷静に、その場で跳躍し宙返りをしながら錬成した針金で右足の太ももに固定したドンナー───電磁加速式大型リボルバー拳銃を抜き発砲する。

 

 ドパンッ! 

 

 燃焼粉の乾いた破裂音が響き、″纏雷″で電磁加速された弾丸が狙い違わず最初の一頭の頭部を粉砕した。

 

 バシュッ! 

 

 アクロバティックに宙返りをし、空中で逆さになった状態で琴葉は矢を放つ。放たれた矢は二尾狼の頭蓋に吸い込まれるように飛んで行き、それを穿った。

 二人は飛びかかってくる二尾狼を蹴散らしながら先へと駆けていく。

 暫くの間、そのようにして会敵した蹴りウサギや二尾狼を瞬殺していると、ようやく宿敵の姿を発見した。

 ハジメの宿敵───爪熊は現在食事中のようだ。蹴りウサギと思しき魔物を咀嚼している。その姿を確認するとハジメはニヤリと不敵な笑みをたたえ、悠然と歩き出した。

 爪熊はこの階層における最強種である。『階層の主』と言ってもいいだろう。二尾狼と蹴りウサギは数多く生息するも爪熊だけはこの一頭しかいない。故に、爪熊はこの階層では最強であり無敵。

 そのことを理解している他の魔物は爪熊と遭遇しないように細心の注意を払い、遭遇した時には逃走を選ぶ。相対することそのものが自殺行為だからだ。

 

「……気を付けて」

 

「ああ。……わかってる」

 

 不測の事態に備える為に弓を携え、小声で囁く琴葉にハジメはそう返した。しっかりとハジメは爪組を見据える。

 そして今、爪熊にとって予想だにしない、決して有り得ることのないことが起ころうとしていた。

 

「よぉ、爪熊。久しぶりだな。俺の腕は美味かったか?」

 

 爪熊はその鋭い眼光を細める。

 

 ───目の前の生き物はなんだ? 

 

 ───なぜ、己を前にして背を見せない? 

 

 ───なぜ恐怖に身を竦ませ、その瞳に絶望を映さないのだ? 

 

 かつて遭遇したことのない、この異常事態に爪熊は若干困惑する。

 

「リベンジマッチだ。まずは、俺が獲物ではなく敵だと理解させてやるよ」

 

 そう言って、ハジメはドンナーを抜き銃口を真っ直ぐに爪熊へ向けた。

 ハジメは構えながら己の心に問かける。

 

 ───怖いか? 

 

 ───答えは否だ。

 

 絶望に目の前が暗くなることも、恐怖に腰を抜かしガタガタ震えることもない。あるのはただ、純粋な生存への渇望と敵への殺意。

 ハジメの口元が自然と吊り上がり獰猛な笑みを作る。

 

「殺して喰ってやる」

 

 その宣言と同時に、ハジメはドンナーを発砲。

 

 ドパンッ! 

 

 炸裂音を響かせながら毎秒三・二キロメートルの超速でタウル鉱石の弾丸が爪熊ヘと迫る。

 

「グゥウ!?」

 

 爪熊は咄嗟に崩れ落ちるように地面に身を投げ出すことで回避した。

 弾丸を視認して避けたのではなく、発砲よりほんの僅かに回避行動の方が早かったことから、おそらくハジメの殺気に反応した結果だろう。流石は階層最強の主である。二メートル以上ある巨躯に似合わない反応速度だ。

 だが、完全に避け切れたわけではなく肩の一部が抉れて白い毛皮を鮮血で汚している。

 爪熊の瞳に怒りが宿る。どうやらハジメを″敵″として認識したらしい。

 

「ガァアア!!」

 

 咆哮を上げながら物凄い速度で突進する。二メートルの巨躯と広げた太く長い豪腕が地響きを立てながら迫る姿は途轍もない迫力だ。

 

「ハハ! そうだ! 俺は敵だ! ただ狩られるだけの獲物じゃねぇぞ!」

 

 爪熊から凄まじいプレッシャーを掛けられながら、なお、ハジメは不敵な笑みを崩さない。

 ここがターニングポイントだ。

 ハジメの左腕を喰らい、心を砕き、変心の原因となった魔物を打ち破る。これから前へ進むために必要な儀式。それができなければ、きっと己の心は″妥協″することを認めてしまう。ハジメはそう確信していた。

 突進してくる爪熊に、再度、ドンナーを発砲する。超速の弾丸が爪熊の眉間めがけて飛び込むが、なんと爪熊は突進しながら側宙をして回避した。どこまでも巨躯に似合わない反応をする奴である。

 自分の間合いに入った爪熊はその突進力のままに爪腕を振るう。固有魔法が発動しているのか、琴葉には三本の爪が僅かに歪んで見えた。

 琴葉は弓を持ってはいるが、矢を番えることはしない。元よりこの戦いに手を出すつもりなど無い。手を出せば、ハジメは″己″という存在に敗北することになるのだから。そうであるから、彼女は手を出さない。友人が立ち向かっているのを、ただ黙って見守っていた。

 爪熊の爪の僅かな歪みに、かつてその爪を躱したにもかかわらず両断された蹴りウサギの姿がハジメの脳裏を過った。ハジメはギリギリで避けるのではなく全力でバックステップする。

 刹那、一瞬前までハジメがいた場所を豪風と共に爪が通り過ぎ、触れてもいないのに地面に三本の爪痕が深々と刻まれた。

 爪熊が獲物を逃がしたことに苛立つように咆哮を上げる。

 するとその時、爪熊の足元にカランと何かが転がる音がした。釣られて爪熊が足元に視線を向けると直径五センチ位の深緑色をしたボール状の物体が転がっている。爪熊がそのことを認識した瞬間、その物体がカッと強烈な光を放った。

 ハジメが作った″閃光手榴弾″である。別名、″フラッシュバン″ともいう。

 原理は単純。

 発光する鉱石───緑光石に魔力を限界ギリギリまで流し込み、光が漏れないように表面を薄くコーティング。更に、中心部に可燃性の鉱石───燃焼石を砕いた燃焼粉を圧縮して仕込み、その中心部から導火線のように燃焼粉を表面まで繋げる。

 後は″纏雷″で表に出ている燃焼粉に着火すれば圧縮してない部分がゆっくり燃え上がり、中心部に到達すると爆発。臨界まで光を溜め込んだ緑光石が砕けて強烈な光を発するというわけだ。ちなみに、発火から爆発までは三秒に調整してある。苦労した分、自慢の逸品だ。

 当然、そんな兵器など知らない爪熊はモロにその閃光を見てしまい一時的に視力を失った。両腕をめちゃくちゃに振り回しながら、咆哮を上げ藻掻く。何も見えないという異常事態にパニックになっているようだ。

 その隙を逃すハジメではない。

 ドンナーを構えてすかさず発砲。電磁加速された絶大な威力の弾丸が暴れまわる爪熊の左肩に命中し、根元から吹き飛ばした。

 

「グルゥアアアアア!!!」

 

 その生涯でただの一度も感じたことのない激烈な痛みに凄まじい悲鳴を上げる爪熊。その肩からは夥しい量の血が噴水のように噴き出している。吹き飛ばされた左腕がくるくると空中を躍り、やがて力尽きたようにドサッと地面に落ちた。

 

「こりゃあ偶然にしては出来過ぎだな」

 

 ハジメとしては左腕を狙ったつもりはなかった。まだそこまで銃の扱いをマスターしているわけではない。直進してくる敵や何度もやりあった二尾狼等、その動きを熟知していない限り暴れて動き回る対象をピンポイントで撃ち抜くことは未だ難しい。

 故に、かつて奪われ喰われたハジメと同じ左腕を奪うことになったのは全くの偶然だった。

 ハジメは、痛みと未だ回復しきっていない視界に暴れまわる爪熊へ再度発砲する。

 爪熊は混乱しながらも野生の勘で殺気に反応し横っ飛びに回避した。

 ハジメは、″縮地″で爪熊を通り過ぎその後ろに落ちている左腕のもとへ行く。そして、少し回復したのか、こちらを強烈な怒りを宿した眼で睨む爪熊に見せつけるかのように左腕を持ち上げ掲げた。

 そして、おもむろに噛み付いた。魔物を喰らうようになってから、やたらと強くなった顎の力で肉を引き千切り咀嚼そしゃくする。かつて爪熊がそうしたように目の前で己の腕が喰われるという悪夢を再現する。

 

「あぐ、むぐ、相変わらずマズイ肉だ。……なのにどうして他の肉より美味く感じるんだろうな?」

 

 そんなことを言いながら、こちらを警戒しつつ蹲る爪熊を睥睨するハジメ。

 爪熊は動かない。その瞳には恐怖の色はないが、それでも己の肉体の一部が喰われているという状況と回復しきっていない視力に不用意には動けないようだ。

 それをいいことに、ハジメは食事を続ける。すると、やがて異変が訪れた。初めて魔物の肉を喰らった時のように、激しい痛みと脈動が始まったのだ。

 

「ッ!?」

 

 急いでハジメは神水を服用する。あの時ほど激烈な痛みではないが、立っていられず片膝を突き激しい痛みに顔を歪める。どうやら、爪熊が二尾狼や蹴りウサギとは別格であるために取り込む力が大きく痛みが発生したらしい。

 だが、そんな事情は爪熊には関係ない。チャンスと見たのか唸り声を上げながら突進する。

 蹲るハジメは動かない。

 

(……っ! マズいか?)

 

 琴葉は弓に矢を番えようと、その手に矢を投影しようとしたが、その時彼女の目に映ったのは、ニヤリと口元を裂けさせたハジメのその表情であった。

 

(どうやら、心配は要らないみたいね)

 

 琴葉は静かに弓を収める。

 ハジメは右手をスッと地面に押し付けた。そして、その手に雷を纏う。

 最大出力で放たれた″纏雷″───それは地面の液体を伝い、その場所に踏み込んだ爪熊を容赦なく襲った。

 地面の液体とは、爪熊の血液のことである。ハジメは拾った爪熊の左腕から溢れ出る血を乱暴に掲げることで撒き散らし、爪熊から噴き出す血溜まりと自分の場所とを繋いだのである。

 伊達や酔狂で戦闘中に食事などしない。爪熊を喰らったことで痛みに襲われるとは思っていなかったが、最初から罠に嵌めるつもりだったのだ。わざわざ目の前で喰ったのも怒りを煽り真っ直ぐ突進させるためである。多少予定は狂ったが結果オーライだ。

 自らの流した血溜りに爪熊が踏み込んだ瞬間、強烈な電流と電圧が瞬時にその肉体を蹂躙する。神経という神経を侵し、肉を焼く。最大威力と言っても、ハジメが取得した固有魔法は本家には及ばない。

 二尾狼のように電撃を飛ばせるわけではないし、出力も半分程度だろう。しかし、それでも一時的に行動不能にさせることは十分に可能だ。ちなみに、人間なら血液が沸騰してもおかしくない威力ではある。

 

「ルグゥウウウ」

 

 低い唸り声を上げながら爪熊が自らの血溜りに地響きを立てながら倒れた。その眼光は未だ鋭く殺意に満ちていてハジメを睨んでいる。

 ハジメは真っ直ぐその瞳を睨み返し、痛みに耐えながらゆっくり立ち上がった。そして、ホルスターに仕舞っていたドンナーを抜きながら歩み寄り、爪熊の頭部に銃口を押し当てた。

 

「───俺の糧になれ」

 

 その言葉と共に引き金を引く。銃口から放たれた弾丸は主の意志を忠実に実行し、無情にも爪熊の頭部にめり込み、粉砕した。

 迷宮内に銃声が木霊する。

 爪熊は最期までハジメから眼を逸らさなかった。そして、ハジメもまた眼を逸らさなかった。

 想像していたような爽快感はない。だが、虚しさもまたなかった。ただ、やるべきことをやった。生きるために、この領域で生存の権利を獲得するために。

 ふう、とハジメは息を吐く。

 

「お疲れ様」

 

 琴葉はそこに歩み寄り、労いの言葉を贈る。

 

「ああ」

 

「その様子だと……ピンピンしてるみたいね。なら良し」

 

 ハジメに怪我が無いことを確認し終えた琴葉は警戒の為に投影していた弓を霧散させた。それと入れ替えるように縄を投影する。縄を投映した後、彼女はそれを爪熊へと巻き付ける。しっかりと巻き付けた後、その縄をしっかりと握り締めた。

 

「さて、拠点に帰りましょう。爪熊を解体しなきゃだし」

 

 琴葉はハジメにそう言うと、そのまま拠点へ向けて歩き出した。

 それに追従するハジメだが、おもむろに立ち止まりスッと目を閉じる。

 ハジメは改めて己の心と向き合った。

 そして、この先もこうやって生きると決意した。

 戦いは好きじゃない。苦痛は避けたい。腹いっぱい飯を食いたい。

 そして……そして……何よりも……生きたい。

 理不尽を粉砕し、敵対する者には容赦なく、全ては生き残るために。

 そうやって生きて……

 

 そして……

 

 ……故郷に帰りたい。

 

 そう、心の深奥が訴える。

 

「そうだ……帰りたいんだ……俺は。他はどうでもいい。俺は俺のやり方で帰る。望みを叶える。邪魔するものは誰であろうと、どんな存在だろうと……」

 

 目を開いたハジメは口元を釣り上げながら不敵に笑う。

 

「何やってんのよー。置いてくわよー」

 

 琴葉は振り返り叫ぶ。ハジメは小走りでそれを追い掛けた。

 

(───邪魔する者は、殺してやる)

 

 決意を新たに、ハジメは前へと歩き出した。

 




用語解説
○ドンナー
ハジメが迷宮内部で作り出した、言わば異世界での〈切り札(ジョーカー)〉。
全長約三十五センチの大型リボルバー拳銃。最高の硬度を持つタウル鉱石を使った六連の回転式弾倉に、長方形型のバレル。弾丸もまた、タウル鉱石製で、中には粉末状の燃焼石を圧縮して入れてある。さらに、発射される弾丸は燃焼石の爆発力だけでなく、ハジメの固有魔法″纏雷″により電磁加速される小型のレールガンと化した。その威力は最大で対物ライフルの十倍である。
ドンナーはドイツ語で″雷″の意。


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Ep.14 暗がりの階層

ドーモ、ハウンド・ドッグです。

楽しんでいってね!


「畜生……なんで無いんだ……」

 

「……どうしよう」

 

 爪熊を倒してから三日。

 上階へと続く道を探していたハジメと琴葉の二人は項垂れていた。どういうわけか、上階へと続く道が見当たらないのだ。

 既に二人はこの階層の八割の探索を終えている。爪熊を喰らってステータスがまた跳ね上がり、今やこの階層で彼等にとって脅威となる存在はおらず、広大ではあるものの探索は急ピッチで進められていた。にもかかわらず、いくら探しても何も見つからない。

 

 ───否。何も見つからないというのは語弊がある。

 

 探しているのは正確には″上階″への道であり、″階下″へと続く道ならば二日前に発見している。ここが迷宮で階層状になっているのなら上階への道も必ずあるはずなのだが、どうしても見つからない。

 直接上階へと進む為に錬成で道を作ろうとしたが。これもダメだった。どうやら、上だろうと下だろうと、ある一定の範囲を進むと何故か壁が錬成に反応しなくなるということが判った。その階層内ならいくらでも錬成できるのだが、上下に関してはなんらかのプロテクトでも掛かっているのかもしれない。この【オルクス大迷宮】自体、神代に作られた謎の多い迷宮なのだ。何があっても不思議ではない。

 尚、琴葉の解析魔術を用いて階層の探索をしようとしたのだが、それも徒労に終わった。どうやら迷宮の構造そのものに解析をかける(ハッキングする)と、迷宮の防衛機構が働き弾かれてしまうことが判った。判ったというよりも、彼女は薄々それを理解していた。この方法を試すのは既に百回を超えている。故に、もう理解するしかなかったのだ。

 そういうわけで、地道に上階への道を探しているのだが、見つからなければ決断する必要がありそうだ。

 

 ───この大迷宮の更に深部へ潜ることを。

 

「……行き止まりか。これで分岐点は全て調べたぞ。一体どうなってんだか」

 

 はぁ~、と深い溜息を吐きながら結局見つからなかった上階への道を諦めるハジメ。

 

「……腹を括るしかないでしょう。それに、あまり時間は無駄に出来ないわ」

 

 ふぅ、と息を吐いた琴葉。停滞して時間を無駄に使うよりも下の階層へと降りて外に出る手掛かりを探した方が速い、と踏んだのだ。

 二人は二日前に発見した階下への階段がある部屋へと赴く。

 なんとも雑な作りな階段───いや、階段というより凸凹した坂道と言った方が正しいのだろう。その先は、緑光石がないのか真っ暗な闇に閉ざされ、不気味な雰囲気を醸し出していた。まるで、巨大な怪物の口内のようだ。一度入れば二度と出てこられない、そんな気持ちが自然と浮かび上がる。

 

「ハッ! 上等だ、なんだろうと邪魔するってんなら、殺して喰ってやんよ」

 

 ハジメは、自分のそんな考えを鼻で笑うと、ニィと口元を歪め不敵に笑った。

 

「……程々に、ね。本当に危なっかしいんだから」

 

 ハジメの様子に呆れたように肩を竦めながら琴葉は微笑をたたえた。

 そして───

 

 

 ───二人は躊躇う事なく暗闇へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 漆黒の闇───その階層を表現するにはこれが正しいだろう。

 地下迷宮である以上それが当たり前なのだが、今まで潜ったことのある階層は全て緑光石が存在しており、薄暗くとも先を視認できないほどではなかった。

 だが、どうやらこの階層には緑光石が存在しないらしい。しばらくその場に止まり、目が慣れて多少見えるようにならないかと期待した二人だったが、何時まで経ってもさほど違いはなかった。

 仕方なく、ハジメは爪熊の毛皮と錬成した針金で作成した即席のリュックから緑光石を取り出し灯りとする。また、ハジメはそれをもう一つ取り出し琴葉に渡した。

 よく考えると、暗闇で光源を持つなど魔物がいるとすれば自殺行為に等しいが、こうでもしなければ進むことができないとハジメは割り切った。ただし、右手を塞ぐわけにはいかないので、肘から先のない左腕に括りつける。

 しばらく進んでいると、通路の奥で何かがキラリと光った気がして、二人は警戒を最大限に引き上げた。

 なるべく、物陰に隠れながら進んでいると、不意に左側に嫌な気配を感じた。咄嗟に飛び退きながら緑光石を向けると、そこには体長二メートル程の灰色のトカゲが壁に張り付いており、金色の瞳で二人を睨んでいた。

 体感時間が引き延ばされるような感覚と共に、琴葉の脳裏にとある映像が過る。心眼の発動である。映像の中、琴葉はトカゲに向けてマントを投げていた。長々としたようにも見えるが、実際その映像の時間は一秒にも満たない。映像が終わり、現実世界へと戻る。

 

(……っ!)

 

 刹那、急いで琴葉は爪熊の毛皮で作ったマントをトカゲに向けて放り投げる。

 その数コンマ秒後、トカゲ金眼が一瞬光を帯びた。

 次の瞬間、トカゲの視界を塞ぐように投げ飛ばされたマントがビキビキと音を立てながら石化を始めた。

 

「ッ!?」

 

「下がって!」

 

 琴葉は走ってハジメと場所を入れ替わる。そして、手を払った。

 

「───工程完了(ロールアウト)。行って!」

 

 全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)。すかさず放たれた大小二十本をゆうに超える、投影された剣の雨あられ。石化能力を持つトカゲ───この場合はバシリスクと呼ぶことにする。それらはバシリスクへと殺到し、抵抗する暇も与えず刺し殺した。

 ふう、と琴葉は安堵したように溜息を吐く。ついで振り返り、「大丈夫?」とハジメに問い掛けた。

 

「問題ねぇよ。助かった」

 

「そ。なら、良かった」

 

 二人は周囲を警戒しつつバジリスクに近づくと、素早くその肉を切り取りその場を離脱した。

 先のことがある以上灯りをつけるわけにもいかず、二人は緑光石をしまった。灯りを失い、殆ど何も見えない状況では流石にのんびり食事するわけにもいかない。二人は一先ず探索を進めることにした。

 

 

 

 

 二人は闇の中を歩き続ける。

 既に、体感では何十時間と探索を続けていたが、階下への階段は未だ見つかっていない。道中、倒した魔物や採取した鉱石も多く、そろそろ持ち運びに不便なので、二人は拠点を作ることにした。

 ハジメは適当な場所で壁に手を当て錬成を開始する。特に問題なく壁に穴が空き、奥へと通路ができた。ハジメは連続で錬成し、八畳程の空間を作った。そして、忘れずにリュックからバスケットボール大の大きさの青白い鉱石を取り出し壁の窪みに設置する。持ち出してきた神結晶だ。その下にはしっかり滴る水を受ける容器もセッティングしてある。

 ちなみに、ハジメは神結晶を″ポーション石″、神水を″ポーション″と呼んでいる。確かに、ゲームの代表的な回復薬だが、効果が段違いであるのにただのポーション呼ばわりしているあたりに適当感が滲みでている。琴葉の場合はそのまんま呼んでいた。

 

「さて、じゃあ、早速メシにしますか」

 

「どれも人が食べるモノではないのだけどね」

 

 ハジメはリュックから錬成で作成した容器の中に入れた肉を取り出す。それらを二人は″纏雷″でこんがり焼き始めた。

 本日のメニューは、バジリスクの丸焼きに羽を散弾銃のように飛ばしてくるフクロウの丸焼き、そして六本足の猫の丸焼きだ。当然の如く、調味料はない。この階層に来るまでに琴葉がどうにかして作ろうとしたが、こればかりはどうにもならなかったらしい。

 

「「いただきます」」

 

 むぐむぐと喰っていると次第に身体に痛みが走り始めた。つまり、身体が強化されているということだ。だとすると、ここの魔物は爪熊と同等以上の強さを持っているのだろう。確かに、暗闇という環境と固有魔法のコンビネーションは厄介だった。

 ハジメは神水を飲みながら痛みを無視して喰い続ける。幻肢痛から始まり苦痛続きだったハジメはすっかり痛みに強くなっていた。

 

「ふぅ……。ごちそうさま。相変わらずマズいことで」

 

 琴葉は魔物の肉の味の酷さに悪態を吐く。

 

「むぐ、ふぅー、ごちそうさま。さて、ステータスは……」

 

 ハジメはそう言ってステータスプレートを取り出すハジメ。

 ハジメの現状は

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:23

天職:錬成師

筋力:450

体力:550

耐性:350

敏捷:550

魔力:500

魔耐:500

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・夜目・気配感知・石化耐性・言語理解

===============================

 

 琴葉も同じように自身のステータスプレートを見る。

 琴葉の現状は

 

===============================

衛宮琴葉 17歳 女 レベル:48

天職:弓兵

筋力:650

体力:630

耐性:620

敏捷:780

魔力:700

魔耐:650

技能:魔術・投影魔術[+解析][+複製][+強化][+改造][+憑依経験][+壊れた幻想][+無限の剣製]・弓術・軽業・破壊工作・気配遮断・鷹の瞳・転移・心眼・過程省略・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・夜目・気配感知・石化耐性・言語理解

===============================

 

 二人のステータスは予想通り大幅に上昇していた。技能欄も三つ増えたようだ。よくよく辺りを見ると、確かに先程より遥かに見える。これが″夜目″の効果らしい。

 奈落の魔物にしてはショボイ気もするが、この階層においてはとんでもないアドバンテージだ。後は、文字通りの技能だろう。

 ステータスプレートを見終えたハジメは消耗品を補充するため錬成を始めた。

 弾丸は一発作るのにも途轍もなく集中力を使うのだ。何せ、超精密品である。ドンナーに刻まれたライフリングが無意味にならないようにサイズを完璧に合わせる必要がある。炸薬の圧縮量もミスは許されない。一発作るのに三十分近く掛かるのだ。自分でもよく作れたものだと思う。人間、生死がかかると凄まじい力を発揮するものだと自分ながらに感心したものだ。

 もっとも、手間がかかる分威力は文句なしであるし、錬成の熟練度がメキメキと上昇していくのでなんの不満もない。

 御蔭で、鉱物から不純物を取り除いたり成分ごとに分けたりする技能が簡単にできるようになったし、逆に融合させるのも容易になった。実際、今のハジメの錬成技術は王国直属の鍛治職人と比べても筆頭レベルにある。

 ハジメは黙々と錬成を続ける。

 その間、琴葉は投影魔術の訓練をしていた。

 自身の周りに、投影した様々な形状の剣を置いていく。曲がりくねった剣、捻れに捻れた剣、針のように細長い剣、細かな装飾が施された剣……etc。思い浮かべた、多岐に渡る数多もの剣を投影するべく、魔術回路を起動させ魔力を注ぎ込む。この訓練は投影品の精度を上昇させる為のものだ。複雑な物であればあるほど良い。黙々と、琴葉は己の周りに投影した剣を置いていく。

 まだ、一階層しか降りていない。

 この奈落がどこまで続いているのか見当もつかない。

 二人はそれぞれのやるべきことを終えたら直ぐにでも探索に乗り出すつもりだ。少しでも早く故郷に帰るために、グズグズしてはいられない。二人は奈落の底で神結晶の青白い光に照らされながら始まったばかりの迷宮攻略に決然とした表情をするのだった。

 

 




感想、評価を頂けると嬉しいどす。


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Ep.15 黒泥を進め

なかなかUA数伸びないなぁ……

もっと伸びてもいいのよ……?(震え声)

感想・評価、もっと来て()


 琴葉とハジメの迷宮攻略は進む。

 ハジメによる消耗品補充の為に拠点で錬成する以外、二人は常に動き続けた。広大な迷宮内を休みながらの探索ではいつまでかかるかわからない。休み無しでの探索に琴葉は難色を示したが、暗闇の中で何が起こるか判らない以上、探索を続けることに渋々ではあるが同意した。

 ″夜目″の効力もあって暗闇の心配がなくなり、″気配感知″により半径十メートル以内なら魔物を感知できるようになった。

 二人の探索は急ピッチで進められた。

 そして、遂に階下への階段を見つけた。二人は躊躇いなく踏み込んだ。

 その階層は、地面一帯がタールのように粘着く泥沼のような場所だった。足を取られる為、凄まじく動きにくい。二人は顔を顰めながら、迫り出た岩を足場にしたり″空力″を使ったりしつつ探索を開始する。

 ハジメは周囲の鉱物を″鉱物系感知″の技能で調べながら進んでいると、途中興味深い鉱石を発見した。

 

=====================================

フラム鉱石

艶のある黒い鉱石。熱を加えると融解しタール状になる。融解温度は摂氏50度ほどで、タール状のときに摂氏100度で発火する。その熱は摂氏3000度に達する。燃焼時間はタール量による。

=====================================

 

「……うそん」

 

 ハジメは引き攣った笑みを浮かべゆっくり足を上げてみる。するとさっきから何度も踏んでいる上、階層全体に広がっているタール状の半液体がビチャビチャと音を立てて、ハジメの靴から滴り落ちた。

 

「どしたの?」

 

 そんなハジメの様子を訝しんだ琴葉は彼に問い掛ける。

 

「この辺り一帯、火気厳禁らしい……」

 

「……なんでさ」

 

 告げられた事実につい琴葉はそう洩らしてしまった。

 

「レールガンも″纏雷″も使えねぇな……」

 

「と、なると私の″壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)″も使えない、か……」

 

 発火温度が百度ならそう簡単に発火するとは思わないが、仮に発火した場合、連鎖反応でこの階層全体が摂氏三千度の高熱に包まれることになる。流石に、神水をストックしていても生き残る自信はない。

 ドンナーは強力な武器だ。電磁加速がなくても燃焼石による炸薬だけで十二分の威力を発揮する。

 しかし、それはあくまで普通の魔物の場合だ。例えば、トラウムソルジャーくらいなら電磁加速なしでも余裕で破壊できる。ベヒモスでもそれなりのダメージを期待できるだろう。だが、この奈落の魔物は異常なのだ。上階の魔物がただの獣に思えるレベルである。故に、果たして炸薬の力だけでこの階層の魔物を撃破できるのか───ハジメに不安がよぎる。

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)とは、魔力の詰まった投影品を相手にぶつけて壊すことで魔力を爆発させる投影魔術の応用だ。有り体に言えばミサイルや爆弾だろう。破壊力に勝り、爆発した時の魔力の奔流と、熱エネルギーが周囲を巻き込むことも可能だ。しかし、今回はそれが徒となるだろう。

 もし使えば、フラム鉱石に引火、壊れた幻想と共に誘爆し、辺り一帯を焦土へと変えてしまう。

 琴葉にも不安がよぎる。

 しかし、そんな不安要素を余所に、ハジメの口角はつり上がった。

 

「いいさ、どちらにしろやることは変わらない。殺して喰うだけだ」

 

「そうね。ここでうだうだしても埒が空かないだけ。邪魔するなら射る───それだけよ」

 

 琴葉はただ真っ直ぐに先を見据え、そう決然と告げた。

 二人は″レールガン″と″纏雷″、″壊れた幻想″を封印したまま探索を再開する。

 しばらく進むと三叉路に出た。近くの壁にチェックを入れセオリー通りに左の通路から探索しようと足を踏み出した。

 その瞬間、

 

 

 ガチンッ! 

 

 

「ッ!?」

 

 鋭い歯が無数に並んだ巨大な顎門を開いて、サメのような魔物がタールの中から飛び出してきた。ハジメの頭部を狙った顎門は歯と歯を打ち鳴らしながら閉じられる。咄嗟に身を屈めてかわしたもののハジメは戦慄した。

 

「ちょっと……! 大丈夫!?」

 

(″気配感知″に反応しないっ)

 

「ああ……。なんとか、な」

 

 ハジメは″気配感知″の技能を手に入れてから常時使い続けている。半径十メートル以内の生き物は余さず感知できるはずだ。にもかかわらず、先程のサメの攻撃は直前まで全く感知できなかった。

 それは琴葉もまた、攻撃を察知できなかったことに困惑していた。技能″心眼″による近未来予知、更には見た未来に対する対処が提示されるはずだが、今回は提示されなかった。これはまだ本人は知らないが、この技能の効果の対象は自身のみで、今回のような自分以外には発動しないのだ。

 ハジメを喰い損ねたサメはドボンと音を立てながら再びタールの中に沈み見えなくなる。

 

(くそっ、やっぱり気配が掴めない!)

 

(気配が掴めない……。どうすれば……)

 

 二人は理解不能な状況に歯噛みしながら、とにかく止まっていてはやられると″空力″を使い移動を再開する。

 すると、そのタイミングを見計らったかのように、再びハジメを狙ってサメが飛び出してきた。

 

「なめんな!」

 

 ハジメは空中で宙返りをすると逆さまになった視界の中で頭上を通り過ぎるサメに向かい発砲した。ドンナーから、撃ち放たれた弾丸が敵を食い破らんと空を切り裂き迫る。そして、絶妙なタイミングで狙い違わずサメの背中に命中した。

 しかし───

 

「ちっ! これを弾くのか!」

 

「嘘でしょ……!?」

 

 弾丸はまるでゴムにでも当たったかの様に一瞬、サメの肌を凹ませるも直ぐに弾き返された。どうやら、サメの表皮は物理衝撃を緩和する性質があるらしい。

 

「グッ!」

 

 通り過ぎタールに飛び込んだ勢いそのままに、サメが驚異的な身のこなしで反転。再度、宙返りから着地した瞬間のハジメを狙って飛びかかる。

 ハジメはそれを、体を捻ってどうにか躱すが、軽く脇腹を抉られてしまった。衝撃でタールの中に落ちるハジメ。全身を真っ黒に染めながら急いで立ち上がる。

 

(ここに来るまでに、″転移″で運べる重量も増してる……! きっといけるはず!)

 

 琴葉はハジメに触れ、転移を発動。瞬時に空中へと座標を移動した。その直後、サメの顎門がハジメのいた場所の真下から現れガチンと閉じられた。

 

「サンキュー助かった!」

 

「礼なら後! アイツを倒すわよ!」

 

「了解!」

 

 二人は″空力″で空中を跳躍しながら体勢を立て直す。

 銃弾が効かないとなると、恐らく矢も効かない。有効打を与えられない現状、サメに追い詰められているのは確かだろう。だが、追い詰められているにもかかわらず、二人のその口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「上等!」

 

「やってやろうじゃない!」

 

 二人は、更に″空力″で空中を跳ね飛び、一カ所に留まらないようにしながら、襲撃の瞬間を待つ。

 迷宮で鍛えられた集中力を遺憾なく発揮し、次第に周囲の景色が色あせて見えてきた。

 

(……気配を掴めないなんて問題じゃない。元々なかった技能だ。たとえ気配がわからなくても襲撃の瞬間、ヤツは確実にそこにいる)

 

(古から獣は手負いから襲う、というわね。と、なると……この場合、それに当たるのがハジメか。左腕が無いからね……。サメはそれに目をつけた。次もハジメを狙うはず……その瞬間をつく!)

 

 二人が集中しながら跳躍していると、不意に足元がグラつきハジメはバランスを崩した。その隙をサメは見逃さない。死角となる背後から一気に飛びかかる。

 

「単純で助かる!」

 

 ハジメは、崩したと思われたバランスを即行で立て直すと、空中で側宙しながらサメの襲撃をかわし、通り抜け様にドンナーを持った右手を振り抜く。

 

「そこ!」

 

 それと同時に、琴葉は投影した片刃の剣を二本、サメを挟み込む軌道を描くようにして投擲した。

 瞬間、サメの横腹がざっくりと裂かれ、さらに頭部は刎ね飛ばされた。

 血飛沫を上げながらサメはタールに落ちる。ピクンピクンと暫くの間痙攣した後、動かなくなった。

 ハジメはわざとバランスを崩し背後を晒すことで攻撃のタイミングと場所を誘導したのである。そのことはアイコンタクトで琴葉にも伝えた。そして、ドンナーに纏わせた爪熊の固有魔法″風爪″で切り裂き、琴葉もそれに合わせて剣を投擲した。

 二人はぐったりとして動かなくなったサメの元に歩み寄る。

 

「さて、気配を感じなかった理由……」

 

「……確かめさせてもらうわよ?」

 

 その場で素早く解体し、サメの肉を切り取り保管してから二人は探索を続けた。

 

 

 

 そして、遂に階下への階段を発見した。




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Ep.16 奈落の底。または封印部屋。

評価バーに色がついた…だと……!?
誠にありがとうございます!
今後も頑張ります!


追記
1月12日23時38分現在、日間ランキング8位……!
言葉ではもう言い表せない程に拙は興奮している!
閲覧してくれた方々、本当にありがとうございます!


 琴葉とハジメの迷宮攻略は続く。

 現在、タールザメの階層から更に五十階層程進んでいる。二人に時間の感覚は既にないので、どれくらいの日数が過ぎたのかはわからない。それでも、驚異的な速度で進んできたのは間違いないだろう。

 その間にも理不尽としか言いようがない強力な魔物と何度も死闘を演じてきた。

 迷宮全体が薄い毒霧で覆われた階層では、毒の痰を吐き出す二メートルの虹色のカエルや、麻痺の鱗粉を撒き散らすモスラのような見た目の蛾に襲われた。常に神水を服用してその恩恵に預からなければ、ただ探索しているだけで死んでいたはずだ。

 虹色ガエルの毒をくらったときは直接神経を侵され、一番最初に魔物の肉を喰った時に近い激痛を二人にもたらした。奥歯に仕込んだ噛み砕ける程度に薄くした石でできた容器に入れた神水がなければ死んでいただろう。緊急用に仕込んでおいたのが幸いした。

 勿論、二体とも喰った。グロテスクな見た目の蛾を食べるのは流石に抵抗があったが、自身を強化するためだと割り切り意を決して喰った。カエルよりちょっと美味かったことに、なんとなく悔しい思いをする二人であった。

 また、地下迷宮なのに密林のような階層に出たこともあった。物凄く蒸し暑く鬱蒼としており、今までで一番不快な場所だった。この階層の魔物は巨大なムカデと樹だ。

 密林を歩いていると、突然、巨大なムカデが木の上から降ってきたときは、流石の二人も全身に鳥肌が立った。余りにも気持ち悪かったのである。しかも、このムカデ、体の節ごとに分離して襲ってきたのだ。一匹いれば三十匹はいると思えという黒い台所のGのような魔物だ。

 その気持ち悪さに琴葉は半狂乱。絶叫を上げながら空中に夥しいほどの、それこそ百は超えているであろう数の剣を投影し、それらを一斉に射出。着弾時の壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)によって一気に殲滅していた。

 ハジメは、ドンナーを連射して半狂乱の琴葉が撃ち漏らしたムカデの節を撃退しようとしたがリロードに手間取り、"風爪"で切り裂く方法に切り替えた。それでも間に合わず慣れない蹴りも使って文字通り必死に戦った。この時、ハジメは素早くリロードする技法と、蹴り技を磨くことを決意した。分裂ムカデの紫色の体液を全身に浴び憮然としながら。

 ムカデを始末し終えた琴葉は肩で息をしながらもイイ笑顔で「汚い花火だ」と呟いていた。

 樹の魔物はRPGで言うところのトレントに酷似していた。木の根を地中に潜らせ突いてきたり、ツルを鞭のようにしならせて襲ってきたり。

 しかし、このトレントモドキの最大の特徴はそんな些細な攻撃ではない。

 ピンチなると頭部をわっさわっさと振り赤い果物を投げつけてくるのだ。これには全く攻撃力はなく、二人は試しに食べてみたのだが、直後、数十分以上硬直した。毒の類ではない。ありえない程に美味だったのだ。甘く瑞々しいその赤い果物は例えるならスイカだろう。

 二人はこの階層が不快な環境であることなど頭から吹き飛んだ。むしろ迷宮攻略すら一時的に頭から吹き飛んだ。実に、何十日ぶりかの新鮮な肉以外の食い物である。二人の眼は完全に狩人のそれとなり、トレントモドキを狩り尽くす勢いで襲いかかった。ようやく満足して迷宮攻略を再開した時には、既にトレントモドキはほぼ全滅していた。

 そのような調子で階層を突き進み、気がつけば五十層。

 未だ終わりが見える気配はない。

 下記が現在の二人のステータスである。

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:49

天職:錬成師

筋力:880

体力:970

耐性:860

敏捷:1040

魔力:760

魔耐:760

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

===============================

 

 

===============================

衛宮琴葉 17歳 女 レベル:62

天職:弓兵

筋力:790

体力:950

耐性:800

敏捷:1350

魔力:1050

魔耐:800

技能:魔術・投影魔術[+解析][+複製][+強化][+改造][+憑依経験][+壊れた幻想][+無限の剣製]・弓術・軽業・破壊工作・気配遮断・鷹の瞳・転移・心眼・過程省略・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・気配感知・魔力感知・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

===============================

 

 二人はこの五十層で作った拠点にて銃技や剣技、蹴り技、錬成、投影魔術の鍛錬を積みながら少し足踏みをしていた。というのも、階下への階段は既に発見しているのだが、この五十層には明らかに異質な場所があったのだ。

 そこは不気味な空間だった。

 脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

 二人はその空間に足を踏み入れた瞬間全身に悪寒が走るのを感じ、これはマズいと一旦引いたのである。もちろん装備を整える為で避けるつもりは毛頭ない。ようやく現れた"変化"なのだ。調べないわけにはいかない。

 二人は期待と嫌な予感を両方同時に感じていた。あの扉を開けば確実になんらかの厄災と相対することになる。だが、しかし、同時に終わりの見えない迷宮攻略に新たな風が吹くような気もしていた。

 

「さながらパンドラの箱だな。……さて、どんな希望が入っているんだろうな?」

 

「……絶望を払った先の希望。期待させてくれるじゃない」

 

 自分の今持てる武技と武器、そして技能。それらを一つ一つ確認し、コンディションを万全に整えていく。

 

 全ての準備を整え、ハジメはゆっくりドンナーを抜いた。

 そして、そっと額に押し当て目を閉じる。覚悟ならとっくに決めている。しかし、重ねることは無駄ではないはずだ。ハジメは、己の内へと潜り願いを口に出して宣誓する。

 

「俺は、生き延びて故郷に帰る。日本に、家に……帰る。邪魔するものは敵。敵は……殺す!」

 

 目を開けたハジメの口元にはいつも通りニヤリと不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 琴葉はその手に夫婦剣、干将・莫邪を投影する。だらりと干将・莫邪を持つ手を下げ、瞼を閉じる。さながら、何かに祈るように。そして、ゆっくりと瞼を開ける。

 

「私は前に進む。『理想』を『理想』のまま終わらせない為に。地球に帰る為に。切嗣……どうか私を導いて」

 

 手元でくるりと二振りの陰陽剣を回し、琴葉は決然とした様子で前を見据えた。

 

 扉の部屋にやってきた二人は油断なく歩みを進める。

 そして、特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。

 

「……? わかんねぇな。結構勉強したつもりだが……こんな式見たことねぇぞ」

 

 ハジメは無能と呼ばれていた頃、自らの能力の低さを補うために座学に力を入れていた。もちろん、全ての学習を終えたわけではないが、それでも、魔法陣の式を全く読み取れないというのは些かおかしい。

 

「つまり、相当古いってことじゃない? それこそ、神代の」

 

 琴葉は推測を述べる。見たことが無いということは、少なくともこの百年間で使われることが無かった魔法だということだ。だとすると、神代の魔法の可能性がある。

 二人は推測しながら扉を調べるが特に何かがわかるということもなかった。いかにも、な感じが漂っているのでトラップを警戒して調べてみたのだが、解読できるものではなさそうだ。

 一応、扉に手をかけて押したり引いたりしたがビクともしない。

 

「仕方ない、いつも通り錬成で行くか」

 

「その方が手っ取り早いわね。任せたわ」

 

 いつもの如く錬成で強制的に道を作る。ハジメは右手を扉に触れさせ錬成を開始した。

 

 しかし、その途端、

 

 バチィイ! 

 

「うわっ!?」

 

「……っ!? 大丈夫!?」

 

 扉から赤い放電が走りハジメの手を弾き飛ばした。ハジメの手からは煙が吹き上がっている。悪態を吐きながら神水を飲み回復するハジメ。直後に異変が起きた。

 

 オォォオオオオオオ!! 

 

 突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。

 二人はバックステップで扉から距離をとる。ハジメは腰を落として手をホルスターのすぐ横に触れさせいつでも抜き撃ち出来るようにスタンバイする。琴葉はその手に持つ陰陽剣を構え、戦闘態勢に入った。

 雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。

 

「まぁ、ベタと言えばベタだな」

 

「ベタね」

 

 苦笑いしながら呟く二人の前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。

 一つ目巨人の容貌はファンタジー常連のサイクロプスだ。手には一体どこから出したのか、四メートルはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し無粋な侵入者を排除しようと二人の方に視線を向けた。

 

 その瞬間、

 

 ドパンッ! 

 

 凄まじい発砲音と共に電磁加速されたタウル鉱石の弾丸が右のサイクロプスのたった一つの目に突き刺さり、そのまま脳をグチャグチャにかき混ぜた挙句、後頭部を爆ぜさせて貫通し、後ろの壁を粉砕した。

 左のサイクロプスがキョトンとした様子で隣のサイクロプスを見る。撃たれたサイクロプスはビクンビクンと痙攣したあと、前のめりに倒れ伏した。巨体が倒れた衝撃が部屋全体を揺るがし、土埃が舞う。

 

「悪いが、空気を読んで待っていてやれるほど出来た敵役じゃあないんだ」

 

「まあ、そういうワケ。悪く思わないでね」

 

 いろんな意味で酷い攻撃だった。二人の経験してきた修羅場を考えれば当然の行いなのだろうが。

 おそらく、この扉の守護者(ガーディアン)として封印処置がなされていたのだろう。

 左のサイクロプスが戦慄の表情を浮かべハジメに視線を転じる。

 ハジメは、動かずサイクロプスを睥睨する。ハジメの武器、銃というものを知らないサイクロプスは警戒したように腰を低くしいつでも動けるようにしてハジメを睨む。

 すると……

 

 ドスドス!! 

 

「……!? ……!?」

 

 サイクロプスの瞳から二振りの白と黒の剣が飛び出した。訳が判らない、と言ったようすで瞳を抑え藻掻く。

 

「ふぅ……。ぶっつけ本番だったけど、上手くいったみたいね」

 

 下手人は琴葉だった。

 琴葉は別に陰陽剣を投擲したわけではない。では、何をしたか。

 答えは単純。干将・莫邪をサイクロプスの瞳に転移させたのである。

 投影品を体内に転移させる───実をいうと、これは彼女が以前から考えていた運用方法だ。だが、それを行うには対象の身体の内部構造を把握しておく必要がある。戦闘中に解析魔術を用いると、その間の時間が命取りになってしまう為、一時は諦めていた。しかし、ここで彼女は未来の自分───エミヤとの戦いを思い出した。もしかして、と思って琴葉は自身のステータスプレートを見ると、あった。"過程省略"の技能が。憑依経験によるエミヤとの同化に伴って発現した技能だ。これがあれば、『内部構造の把握』という過程を飛ばすことが出来る。そして、今の状況だ。練習無しのぶっつけ本番。どうやら上手くいったようだ。

 

「それじゃ……バイバイ」

 

 手元に再び投影した干将・莫邪を再び転移させる。

 転移した陰陽剣はサイクロプスの脳髄に座標移動し、絶命させる。

 

「終わったわよ」

 

「おう。お疲れ様」

 

「そっちもね」

 

「肉は後で取るとして……」

 

 二人は、チラリと扉を見て少し思案する。

 そして、"風爪"でサイクロプスを切り裂き体内から魔石を取り出した。血濡れを気にするでもなく二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみる。

 ピッタリとはまり込んだ。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸ほとばしり魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

 二人は少し目を瞬かせ、警戒しながらそっと扉を開いた。

 扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。二人の"夜目"と手前の部屋の明りに照らされて少しずつ全容がわかってくる。

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 その立方体を注視していた二人は、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。

 近くで確認しようと扉を大きく開け固定しようとする。いざと言う時、閉じ込められたら困るからだ。

 しかし、二人が扉を開け放って固定する前に、それは動いた。

 

「……だれ?」

 

 かすれた、弱々しい女の子の声だ。ビクリッとして二人は慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の"生えている何か"がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。

 

「人……なのか?」

 

「ええ……人、ね」

 

 

 

 

 "生えていた何か"は人だった。




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Ep.17 奈落の底の吸血姫

楽しんでいってね!


「人……なのか?」

 

「ええ……人、ね」

 

 "生えていた何か"は人だった。

 上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪がだらりと幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗いている。外見から察するに、年齢は十二、三歳くらいだろうか。随分やつれており、髪も垂れ下がっていてわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

 流石に予想外だった二人は硬直し、紅の瞳の少女も二人をジッと見つめていた。

 ハジメはゆっくり深呼吸し決然とした表情で告げた。

 

「すみません。間違えました」

 

「……は?」

 

 そう言ってそっと扉を閉めようとするハジメ。予想外のその言葉に琴葉はぽかんとしている。

 扉を閉めようとするハジメを金髪紅眼の少女は慌てたように引き止める。その声はもう何年も出していなかったように掠れて呟き声のようであった。

 ───ただ、必死さは伝わった。

 

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

 

「嫌です」

 

 そう言って、扉を閉めようとするハジメ。

 

「ど、どうして……なんでもする……だから……」

 

 今にも泣きだしそうな表情を浮かべ、首から上しか動かないが、それでも少女は必死に顔を上げ懇願する。

 しかし、ハジメは鬱陶しそうに言い返した。

 

「あのな、こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対ヤバイって。見たところ封印以外何もないみたいだし……脱出には役立ちそうもない。という訳で……」

 

 全くもって正論だった。

 

「……閉めちゃうの?」

 

 琴葉はハジメに向かってそう問うた。ハジメははぁ、と溜息を吐く。

 

「さっきも言った通りだ。俺達は俺達の身の安全を気にしてればいい。封印されてる時点で相当ヤバいってことだろ?」

 

 ハジメはげんなりとしながらそう返した。

 

(私はどうしたい……? "この子"の為に何がしてやれる……?)

 

 ハジメの意見は尤もなことだ。合理的に考えれば見捨てていくべきだろう。しかし、琴葉にそれが出来るか、と問われれば───答えは否、だ。元から善人である彼女に出来るはずがない。勿論、その在り方が既に()()()()()()ではあるのだが。

 琴葉はハジメが今まさに閉ざそうとする扉に手を掛け、そして───閉まりゆく扉を止めた。

 

「おい……」

 

「ハジメ。アンタからすれば、私がこれから行おうとしていることは馬鹿げているのかもしれない。だけど、私はあの子を助けたい」

 

「だが、闇討ちされる可能性が……」

 

「だとしても、()()()()()()

 

 自殺志願ともとれるその言葉にポカンとするハジメの瞳を正面から見据える。

 

「助けず後悔するくらいなら、助けてから後悔する方を私は選ぶわ」

 

 毅然とした態度で琴葉はそう言い放った。

 

「それに……話くらい聞いてあげても良いんじゃない?」

 

 ついでとばかりの琴葉の言葉に、ハジメは溜息を吐きながらも首肯した。

 

「まあ、それくらいなら……いいかもな」

 

「決定。言質は取ったから、『やっぱりナシ』は勿論無しで」

 

「はいはい」

 

 彼女は扉を掴む手に力を籠め、そして───

 

 

 

───扉を開け放った。

 

 

 暗闇の中、二人は少女が囚われている、浮遊した立方体に近付いていった。

 

「ねぇ……どうしてここに囚われているのか、聞かせてくれる?」

 

 努めて寿葉は少女に優しく問い掛ける。怯えさせないよう、出来るだけ声音を柔らかくして。

 

「……うん」

 

 立方体に囚われている少女は口を開き、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

 枯れた喉で必死にポツリポツリと語る少女。そのあまりにも波乱万丈な境遇に二人は呻いた。

 

「……つまり、"裏切られた"ってことか」

 

 話を聞きながら、琴葉はその事実に対して忌々し気に溜息を吐く。

 ところどころ気になるワードがあるので、湧き上がるなんとも言えない複雑な気持ちを抑えながら、二人は尋ねる。

 

「貴方、どこかの国の王族だったの?」

 

 琴葉の問い掛けに少女は繰り返し首肯する。どうやら、この少女は王族であったようだ。

 

「殺せないってなんだ?」

 

 次に、ハジメが問い掛けた。

 

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

 

「……そ、そいつは凄まじいな」

 

「その……"すごい力"ってもしかしてそれのこと?」

 

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 

 二人はなるほど、と納得した。

 二人も魔物を喰らってから、魔力操作が使えるようになった。身体強化に関しては詠唱も魔法陣も必要ない。ただ、二人とも魔法適性がゼロなので魔力を直接操れても巨大な魔法陣は当然必要となり、碌に魔法が使えないことに変わりはない。

 しかし、この少女のように魔法適性があれば反則的な力を発揮できるのだろう。何せ、周りがチンタラと詠唱やら魔法陣やら準備している間にバカスカ魔法を撃てるのだから、正直言うと、勝負にならない。しかも、不死身。おそらく絶対的なものではないだろうが、それでも勇者すら凌駕しそうなチートである。

 

「……たすけて……」

 

 二人をその紅い双眸でジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。

 ハジメは一人、考え込む。

 

(なにやってんだかな、俺は)

 

 ″裏切られた″――─ハジメはその事実に心が揺さぶられていた。

 もう既に、クラスメイトの誰かが放ったあの魔弾のことはどうでもいいはずだった。″生きる″という、この領域においては著しく困難な願いを叶えるには、恨みなど余計な雑念に過ぎなかった。

 それでも、こうまで心が揺さぶられたのは、やはりどこかで割り切れていない部分があったのかもしれない。そして、もしかしたら同じ境遇の少女に、同情してしまう程度には奈落に落ちる以前のハジメの良心が残っていたのかもしれない。

 

「……出してあげたら? 錬成使えば、出してあげられるはずよ」

 

 そんなハジメの様子を見かね、琴葉はそう言った。

 やがてハジメはガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、少女を捕える立方体に手を置いた。

 

「あっ」

 

 女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。ハジメはそれを無視して錬成を始めた。

 ハジメの魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

 しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾いた。迷宮の上下の岩盤のようだ。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていく。

 

「ぐっ、抵抗が強い! ……だが、今の俺なら!」

 

 ハジメは更に魔力を注ぎ込む。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。既に、周りはハジメの魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。

 ハジメは更に魔力を上乗せする。女の子を封じる周りの石が徐々に震え出す。

 

「まだまだぁ!」

 

 ハジメは気合を入れながら魔力を九節分つぎ込む。どんどん輝きを増す紅い光に、少女は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。

 ハジメは初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めた。少しでも制御を誤れば暴走してしまいそうだ。だが、これだけやっても未だ立方体は変形しない。ハジメはもうヤケクソ気味に魔力を全放出してやった。

 なぜ、この初対面の少女のためにここまでしているのかハジメ自身もよくわかっていない。

 琴葉に背中を押された、と言うのもあるだろうが、恐らくそれも違う。

 だが、とにかく放っておけないのだから仕方ない。邪魔するものは皆排除し、徹頭徹尾自分の目的のために生きると決めたはずなのだが、そう思わずにはいられなかった。

 ハジメはもう一度、内心で「なにやってんだか」と自分に呆れつつ、何事にも例外は付きものと割り切って、「やりたいようにやる!」と開き直った。

 今や、ハジメ自身が紅い輝きを放っていた。正真正銘、全力全開の魔力放出。持てる全ての魔力を注ぎ込む。

 直後、少女の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

 それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、身体の全てが解き放たれ、少女は地面にペタリと座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

 ハジメも座り込んだ。肩で息をし、すっからかんになった魔力のせいで激しい倦怠感に襲われる。

 

「お疲れ様」

 

 琴葉はそう言って二人の元に歩み寄った。

 

「ああ……」

 

 ハジメは荒い息を吐き、震える手で神水を出そうとすると、その手を女の子がギュッと握った。弱々しい、力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。

 ハジメが横目に様子を見ると女の子が真っ直ぐにハジメを見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

 そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。

 

「……ありがとう」

 

 その言葉を贈られた時の心情をどう表現すればいいのか、ハジメには判らなかった。ただ、全て切り捨てたはずの心の裡に微かな、しかし、きっと消えることのない光が宿った気がした。

 繋がった手はギュッと握られたままだ。一体どれだけの間、ここにいたのだろうか。少なくともハジメの知識にある吸血鬼族は数百年前に滅んだはずである。この世界の歴史を学んでいる時にそう記載されていたと記憶していた。

 少女の様子に、ハジメは「神水を飲めるのはもう少し後だな」と苦笑いしながら、気怠い腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再び握り返してきた。

 琴葉はそんな二人の様子を暖かな眼差しで見守っていた。

 

「……名前、なに?」

 

 少女が囁くような声で二人に尋ねる。そういえば名乗っていなかったと苦笑いを深めながら二人は答え、女の子にも聞き返した。

 

「ハジメだ。南雲ハジメ」

 

「琴葉。衛宮さんちの琴葉よ。貴方は?」

 

 少女は二人の名前を、大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したように二人にお願いをした。

 

「……名前、付けて」

 

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

 

「確かに……こんな長い間囚われてたら不思議じゃないわね」

 

 少女はふるふると首を振る。

 

「もう、前の名前はいらない。……二人の付けた名前がいい」

 

「……はぁ、そうは言ってもなぁ」

 

「難しいわね……」

 

 前の自分を捨てて新しい自分と価値観で生きる───この少女の自分の意志での変革を望んでいるらしい。その一歩が、新しい名前なのだろう。

 女の子は期待するような目で二人を見ている。

 

「そう言えばこの子の髪……月みたいに綺麗ね……」

 

 ポツリと呟く琴葉。それを聞いたハジメは何か思い付いたようだ。そして、ハジメは彼女の新しい名前を告げた。

 

「″ユエ″なんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」

 

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

 

「中国語で″月″、だっけ?」

 

「ああ、そうだ。琴葉が言った通り、ユエってのは俺の故郷で″月″を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

 

 思いの外きちんとした理由があることに驚いたのか、少女はパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

「おう」

 

「取り敢えず……ハジメは後ろ向いてなさい」

 

「……? っ!? すまんっ!」

 

 ハジメはユエの今の状況を理解し、慌てて後ろを向く。

 

「それで宜しい」

 

 琴葉は魔物の毛皮で作った袋の中から予備の服を取りだした。

 

「じゃあ……これ着て。いつまでも裸じゃ寒いでしょう?」

 

 そう言われて差し出された服を受け取りながら自分を見下ろすユエ。確かに、何も着ていない。大事な所が丸見えである。ユエは一瞬で真っ赤になると琴葉に差し出された服を抱き寄せた。

 

「……ハジメのエッチ」

 

「……」

 

 何を言っても墓穴を掘りそうなので、ハジメは無言を貫く。

 ユエはいそいそと服を羽織る。琴葉の身長は百六十センチ程。差し出された服の大きさもそれに準じており、身長百四十センチ程のユエには少し大きかったようだ。

 ユエが服を着ている間、ハジメは神水を飲んで回復する。活力が戻り、脳が回転を始める。

 毛皮の袋を紐で縛っていると、琴葉の脳裏にとある光景が浮かんだ。″巨大な魔物が降ってくる″───心眼はそう警告していたのだ。

 

(直上か……!)

 

 それとほぼ同時に、ハジメもその存在に気がついた。そして、その巨大な魔物が天井より降ってきたのもまた、ほぼ同時だった。

 

(……転移!)

 

 琴葉はすぐさまハジメとユエに触れ、魔物から離れた場所に座標を移動した。

 すると、直前まで三人がいた場所に地響きを立てながら、その魔物は姿を現した。

 その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。

 その姿は例えるならばサソリ。二本の尻尾は毒を持っていると考えた方が賢明だろう。それに、明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配を感じる。自然と二人の額に冷たい汗が伝う。

 部屋に入った直後は全開だった″気配感知″ではなんの反応も捉えられなかった。だが、今は″気配感知″でしっかり捉えている。つまり、少なくともこのサソリモドキは、ユエの封印を解いた後に出てきた、ユエを逃がさない為の最後の仕掛けなのだろう。

 

「───投影開始(トレース・オン)

 

 琴葉はその手に黒い弓を投影する。普段使っている洋弓よりも強靱そうなその見た目の弓は、彼女の身長とほぼ同じくらいの大きさを持つ、言わば剛弓だ。

 続けて、琴葉は捻れた剣を投影する。

 

「……とんだ厄介者ね。ハジメとユエが、せっかくいい雰囲気になりそうだったのに……どうやら『オシオキ』が必要みたいね」

 

 琴葉はその額に青筋を浮かべながらサソリモドキを睨み付ける。

 

「───覚悟なさい。ここが貴方の墓場よ」

 

 次の瞬間、琴葉はサソリモドキの直上に転移していた。

 

 




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Ep.18 オシオキ ~キツい一撃!~

楽しんでいってね!


「───覚悟なさい。ここが貴方の墓場よ」

 

 次の瞬間、琴葉はサソリモドキの直上に転移していた。

 

「キシャァァアア!!」

 

 サソリモドキは初手として、空中にいる琴葉を狙い、尻尾の針から紫色の液体を噴射した。かなりの速度で飛来するその液体を琴葉は転移して躱す。着弾した紫色の液体はジュワーッという音を立てて瞬く間に壁を溶かしていった。どうやら、溶解液のようだ。

 

「あっぶないわね!」

 

 ″心眼″で()()()()()()()()溶かされていた、という事実に琴葉は戦慄する。

 躱されたことを悟ったサソリモドキはもう一本の尻尾の針の照準を琴葉に合わせた。その尻尾が一瞬肥大化したかと思うと、凄まじい速度で針が撃ち出された。更に、針が途中で破裂し散弾のように広範囲を襲う。

 

「チッ……。調子に乗るな!」

 

 琴葉は舌打ちしながらも再転移し、針の弾幕から逃れる。

 

(全力で撃てば周囲を吹き飛ばす……。勿論、ハジメとユエも巻き込んで。だけど、それはダメだ)

 

 琴葉はその手に持つ捻れた剣を改造し、細長く作り替える。

 

(全力の半分くらいで加減する。これなら大丈夫なはず)

 

 琴葉は眼下にいるハジメとユエを視界に収め、叫ぶ。

 

「ハジメ! 塹壕を作って! 吹き飛ばされるわよ!」

 

「塹壕!? ……何をしようとしてるか知らんが、判った!」

 

 ハジメはユエを小脇に抱え、すぐに撤退。床に″錬成″をかけ、深さ二メートル程の塹壕を作り、そこに入って身を隠す。

 

「琴葉は……大丈夫なの……? どうして、逃げないの……?」

 

 ユエはハジメに問い掛ける。彼女の瞳は、自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、その可能性を理解しているはずだと訴えていた。それに対して、ハジメは呆れたような視線を向ける。

 

「大丈夫だよ。アイツは強い。あんなのでくたばる程柔じゃねぇさ」

 

 それに、とハジメは付け足す。

 

「俺も、アイツも、お前を見捨てて逃げる程落ちてねぇ」

 

 安心させるように、ユエの頭を撫でるハジメ。

 

「だからさ、信じて待とうぜ。アイツが戻ってくるのをよ」

 

「んっ……」

 

 ハジメが撫でるのを気持ちよさそうにしながら、ユエは頷いた。

 

 サソリモドキは苛立っていた。先程から攻撃が読まれているかのように回避され、″焦燥″を募らせていた。また、いつまでも自分を見下ろせる位置におり、小馬鹿にしているかのように挑発を繰り返すかのような琴葉への″憤怒″に囚われていた。もはや、サソリモドキは冷静ではない。めちゃくちゃに暴れている。

 

「どうしたの? 守護者ってのも大したことないわね!」

 

 琴葉は挑発しながらサソリモドキの攻撃を回避していく。サソリモドキの次の一手は″心眼″によって()()()()()為に回避は容易いが、一切の油断をしていない。不測の事態に対応できるよう、警戒心を最大にまで上げている。

 

「いい加減終わらせましょう。キツい一撃、喰らわせてあげる」

 

 琴葉は漆黒の、強靱な弓───剛弓に捻れた剣を番え、眼下のサソリモドキに照準を合わせ、思い切り引く。剛弓はギチギチと音を立てている。

 

「───真名解放」

 

 限界まで引き絞られた剣には膨大な魔力の奔流が。

 

「───我が骨子は捻れ、狂う(I am the bone of my sword)

 

 琴葉は祈るように詠唱を行う。

 

「───偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!!」

 

 捻れた剣──偽・螺旋剣が放たれた。

 放たれた剣は空気を斬り裂き、ソニックブームを発生させ、それすら置き去りにしながらサソリモドキへと迫る。そして───

 

ドガァァァァアアン!!

 

───着弾した。

 剣はサソリモドキの背中に命中し、空間を削り取る程の衝撃と、″壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)″による暴走した魔力の爆発で威力を底上げされ、サソリモドキの外殻を吹き飛ばす。加減したとはいえ、ミサイルが爆発したような凄まじい爆風が周囲を吹き荒れる。

 琴葉は爆風を涼しい表情で流し、その桃色掛かった銀髪を靡かせ空中を舞う。

 

「キシャ……アア……」

 

 サソリモドキは存命。どうやら、仕留め切れていなかったらしい。威力を落としたのが裏目に出たか。

 

「チッ……。かったいわね」

 

 サソリモドキの外殻を吹き飛ばし、抉ることに成功したものの、とどめにはまだ足りない。抉られた箇所から、心臓らしきものが脈打っている。

 琴葉は確実にとどめを刺すために、その手に魔力を迸らせる。

 

「───身体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

 

 電光と共に、琴葉のその手には一本の槍が。その槍は血のように紅い。

 槍をくるくると回して構え直した後、琴葉は″空力″によって空中で体勢を立て直す。

 

「───その心臓、貰い受ける……!」

 

 琴葉は投擲姿勢を取る。

 

「───刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)……!」

 

 ゲイ・ボルク───その槍は、かの英雄、クー・フーリンが駆ったとされる魔槍である。その魔槍は因果逆転の呪いによって必殺必中の一撃であり、『心臓に槍が命中した』という結果を作ってから『槍を放つ』という原因を作る。

 琴葉が投影で作り出したこの魔槍は限りなくオリジナルに近い偽物ではあるが、オリジナルと同じく因果逆転の呪いを保持している。

 渾身の力で放たれた魔槍は紅い残光を描きながら飛翔し、サソリモドキの心臓を貫いた。

 

「……っ!?」

 

 すぐさま発動する回復阻害の呪い。サソリモドキはもがき苦しむが、遂には動かなくなった。

 

「ふぅ……。少し手古摺ったわね」

 

 琴葉は衝撃を殺すように着地し、振り返る。既にサソリモドキは絶命していた。役目を終えた魔槍もまた、消滅した。

 

「終わったわよー。出てきなさい」

 

 琴葉は離れた場所にある、ハジメが作ったのであろう塹壕に向けて声を掛ける。するとハジメがユエを小脇に抱えてひょっこりと出て来た。

 

「お疲れ様」

 

「アリガト」

 

 ハジメの労いに礼を言う琴葉。その時、ユエが抱き着いてきた。

 

「おわっ……どうしたの?」

 

「……心配した」

 

「あははは……ゴメン、一人で突っ走りすぎた」

 

 申し訳なさそうにする琴葉。ユエは「無茶……めっ」と叱られ、更にしょぼくれる琴葉。

 その微笑ましい光景にハジメは自身の表情が柔らかくなるのを感じていた。パンドラの箱には厄災と一握りの希望が入っていたという。どうやらこの部屋に入る前に出したその例えは、中々どうして的を射ていたらしい。

 これからは三人で迷宮を攻略することになる。

 

 

 その先の試練を、彼らはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 拠点へと戻ることにした三人。琴葉はハジメとユエの少し後ろを歩いていた。

 

(ふぅ……。バレてはいないみたいね)

 

 大分勘が鋭いハジメ。突っ走った理由がもし、万一にでも知られたりでもすれば、ハジメが鬼になる未来が見えて仕方が無かった。

 

(言えるわけないじゃない……。ハジメとユエの進展が気になって、それを邪魔されたことに思わず感情的になっちゃったなんてさぁ……)

 

「おーい。何やってんだ。置いてくぞ」

 

「んっ……。琴葉、おそい」

 

「今行くわ!」

 

 保護者に加え、下世話が追加されてしまった琴葉であった。勿論、そのことはハジメとユエの知る処ではない。

 

オマケ、おわり




余談
公式ですら間違えることがあるそうで、槍ニキの宝具は「ゲイ・ボルグ」ではなく「ゲイ・ボルク」らしいです。




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Ep.19 羽を休めて

楽しんでいってね!

もっと……伸びても良いのよ(震え声)


 サソリモドキを倒した後、三人はサソリモドキとサイクロプスの素材や肉を拠点へと持ち帰った。

 余談だが、そのまま封印の部屋を使うという手もあったが、ユエが断固拒否したためその案は没となった。まあ、無理もないだろう。何百年も閉じ込められていた場所など見たくもないのが普通である。消耗品の補充の為にしばらく身動きが取れないことを考えても、精神衛生上、封印の部屋は早急に出た方がいいだろう。

 そんな訳で、現在三人は消耗品を補充しながらお互いのことを話し合っていた。

 

「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

 

「……マナー違反」

 

「ハジメ……女性に年齢の話はダメよ……」

 

 ユエ、並びに琴葉が非難を込めたジト目でハジメを見る。女性に年齢の話はどの世界でもタブーのようだ。

 ハジメの記憶では、三百年前の大規模な戦争のおり吸血鬼族は滅んだとされていたはずだ。実際、ユエも長年、物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚はほとんどないそうだが、それくらい経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時、封印されたというから三百歳と少し、ということだ。

 

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

 

「……私が特別。″再生″で歳もとらない……」

 

「ふーん……」

 

 聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や″自動再生″の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。ちなみに、人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者がいるのだとか。

 ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。

 しかし、欲に目が眩んだ叔父が、ユエを化け物として周囲に浸透させ、大義名分のもと殺そうとしたが″自動再生″により殺しきれず、やむを得ずあの地下に封印したのだという。

 ユエ自身、当時は突然の裏切りにショックを受けて、碌に反撃もせず混乱したままなんらかの封印術を掛けられ、気がつけば、あの封印部屋にいたらしい。

 その為、あのサソリモドキや封印の方法、どうやって奈落に連れられたのか分からないそうだ。帰還する方法が判るかもしれない、と期待した二人はガックリと項垂れた。

 ユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしい。チートじみたその事実に呆れる二人であったが、ユエ曰く、接近戦は苦手らしい。一人だと身体強化で逃げ回りながら魔法を連射するくらいが関の山なのだそうだ。もっとも、その魔法が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。

 ちなみに、無詠唱で魔法を発動できるそうだが、癖で魔法名だけは呟いてしまうという。魔法を補完するイメージを明確にするためになんらかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れないようだ。

 ″自動再生″については、一種の固有魔法に分類できるらしく、魔力が残存している間は、一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないということだ。

 

「ここからが肝心な話なんだケド……」

 

「ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」

 

「……わからない。でも……」

 

 ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。

 

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

 

「「反逆者?」」

 

 聞き慣れない上に、なんとも不穏な響きに思わずユエに視線を転じる二人。二人の作業をジッと見ていたユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。

 

「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」

 

 ユエは言葉の少ない無表情な少女なので、説明には時間がかかる。ハジメとしては、まだまだ消耗品の補充と新兵器の開発に時間がかかり、琴葉は琴葉で投影魔術の精度向上の鍛錬の続きをしている為に、作業しながらじっくり聞く構えだ。

 ユエ曰く、神代に神に反逆し、世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。

 その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

 

「……なるほど。神代の魔術……いえ、魔法使いならそれくらいは出来てもおかしくないわね」

 

「奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えないしな」

 

 見えてきた可能性に、二人は自然と頬が緩む。

 再び、視線を手元に戻し作業に戻る。ユエの視線も二人の手元に戻る。ジーと見ている。

 

「……そんなに面白いか?」

 

 口には出さずコクコクと頷くユエ。

 

「ユエの年齢からすると……年上なのよね? と、なると……()()()()()()()?」

 

 琴葉が何気なく呟いたその言葉にユエがぐりんと振り向き、琴葉の肩をがっしりと掴む。琴葉は突然のことに思わずビクッとしてしまう。

 

「……今の、もう一回」

 

「へ……?」

 

 ユエのその言葉に理解が追いつかず、琴葉はきょとんとしている。

 

「……もう一回」

 

「も、もう一回って……何を……」

 

「も う 一 回」

 

 勢いに押され、冷や汗をかく琴葉。必死に頭の中を巡らせる。何がそこまでユエを駆り立てるのか、己の発言の一々を思い出し、吟味していくと……

 

(もしかして……さっきの)

 

……あった。一つだけ、心当たりが。

 琴葉は意を決して口を開く。

 

「……ユエ、お姉ちゃん?」

 

───ユエお姉ちゃん

 

 その言葉を放った途端、ユエの目がキラキラと輝いているのが判った。どうやら、当たりらしい。

 

「……もう一回」

 

「ユエお姉ちゃん……」

 

「もう一回」

 

 何度も要求するユエ。

 

(ユエのおねだりが終わる気配が無い……!? こういう時どうすれば……!)

 

 琴葉は己の記憶を辿り、解決方法を見出そうとする。

 

(確か……漫画部の助っ人にいった時……これを習ったっけ……)

 

 『南陽高校のブラウニー』───それは見返りを求めず人助けをし、アフターフォローもバッチリ行っていた彼女の地球での異名である。その記憶から探り当てたのは、かつて人手不足となっていた漫画部に助っ人に向かった頃、そこの先輩部員からの教えであった。

 

(″アレ″をやれというの……!? 無理よ無理! 恥ずか死ぬわ!)

 

 今でもその記憶は忌々しいものだ。出来うることなら、彼女は今すぐに自身の頭に掃除機を突っ込み、記憶を吸い出し処分してしまいたい。しかし、人間の身体はそう便利には作られていない。

 

(やるしかない……! この無限に続くおねだりを終わらせるには……やるしかないんだ……!)

 

 目の前には期待で瞳をキラキラと輝かせるユエ。琴葉は腹を括る。

 先輩部員から教わった、というか、身に着けさせられた御業──それは……

 

「……ユエお姉ちゃん♡」

 

 あざとさ全開のサキュっと♡スマイルである。

 

「ぐっはぁぁぁ!!」

 

 ユエは女の子らしからぬ声を上げ、鼻から血を流し卒倒してしまった。

 これが、先輩部員直伝の悩殺技である。

 

「くっ……これが″尊い″ということか……!」

 

 何故その言葉を知っている───と言った表情にハジメはなるが、ハジメも余波で色々とマズい。耐えられたのは、一重にその胆力のおかげだろう。

 一方の琴葉はというと……

 

「ああああああああああ!!」

 

 羞恥で悶絶していた。己の黒歴史を掘り返し、剰えそれを実践してしまったのだから無理もないだろう。琴葉のライフはもうゼロだ。

 

「ひと思いに殺せぇぇぇ!」

 

 拠点には琴葉の叫びが響いていた。

 

 

 

 

 ───さて、と気を取り直してユエはかねてより感じていた疑問を口にする。

 

 

「……二人とも、どうしてここにいる?」

 

 当然の疑問だろう。ここは奈落の底。正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。

 ユエには他にも沢山聞きたいことがあった。何故魔力を直接操れるのか、何故固有魔法らしき魔法を複数扱えるのか、何故魔物の肉を食って平気なのか、エトセトラエトセトラ……

 ポツリポツリと、しかし途切れることなく続く質問に律儀に答えていく二人。

 ハジメは、仲間と共にこの世界に召喚されたことから始め、無能と呼ばれていたこと、ベヒモスとの戦いでクラスメイトの誰かに裏切られ奈落に落ちたこと、魔物を喰って変化したこと、爪熊との戦いと願い、ポーション───ハジメ命名の神水のこと、故郷の兵器にヒントを得て現代兵器モドキの開発を思いついたことをツラツラと話す。

 琴葉もまた、話し始める。ハジメを助けようとして出来なかったこと、奈落の底で可能性未来の自分と殺し合ったこと、力を譲渡されたこと、ハジメと同じように魔物を喰って変化したこと、可能性未来の自分の記憶から引っ張り出した武器を投影して戦ったことを話していった。

 すると、いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。

 二人は再び視線を上げてユエを見ると、ハラハラと涙をこぼしている。ギョッとして、ハジメは思わず手を伸ばし、流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。

 

「いきなりどうした?」

 

「……ぐす……二人とも……つらい……私もつらい……」

 

 どうやら、二人の為に泣いているらしい。二人は少し驚くと、表情を苦笑いに変えてユエの頭を撫でる。

 

「気にするなよ。もうクラスメイトのことは割りかしどうでもいいんだ。そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」

 

「私も同意見。故郷に帰る為に、今自分に出来ることを精一杯、そして出来ないことを出来るように必死でやるだけよ」

 

 スンスンと鼻を鳴らしながら、撫でられるのが気持ちいいのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るという二人の言葉にピクリと反応する。

 

「……帰るの?」

 

「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……」

 

「そう……だね。待たせてる人もいるし……帰りたいよ……」

 

「……そう」

 

 ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

 

「「……」」

 

 そんなユエの様子に彼女の頭を撫でていた手を引っ込めると、ハジメは、カリカリと自分の頭を掻いた。

 別に、ハジメは鈍感というわけではない。なので、ユエが自分や琴葉に新たな居場所を見ているということも薄々察していた。新しい名前を求めたのもそういうことだろう。だからこそ、二人が元の世界に戻るということは、再び居場所を失うということだとユエは悲しんでいるのだろう。

 琴葉は何か言いたげな様子でハジメを見ている。故郷に連れて行くことは出来ないか───そう訴えていた。

 ハジメは内心で、徹頭徹尾己の望みの為に行動すると決めたにも関わらず、その己の甘さに呆れ、そして苦笑しつつ、再度ユエの頭を撫でた。

 

「あ~、なんならユエも来るか?」

 

「え?」

 

 ハジメの言葉に驚愕をあらわにして目を見開くユエ。涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられ、なんとなく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干、早口になりながら告げる。

 

「いや、だからさ、俺達の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど……今や俺達も似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし……あくまでユエが望むなら、だけど?」

 

 しばらく呆然としていたユエだが、理解が追いついたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。しかし、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。

 

「良いに決まってるでしょ? 貴方を縛るものはもう無い。自由に生きて良いのよ。それに、貴方は私の()()()()()なんだから。『家族』とは一緒にいたいじゃない?」

 

 にしし、と笑いながら琴葉はユエに優しく語り掛ける。ハジメもまた、頷いていた。すると、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

 きっと、その瞳の涙は寂しさから来るものではないはずだ。もう、独りではないのだから。




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Ep.20 プランツ・パニック! ~あっけない幕切れ~

楽しんでいってね!

伸びることを願って(切実)


「だぁー、ちくしょぉおおー!」

 

「……ハジメ、ファイト……」

 

「お前は気楽だな!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないって! すぐ後ろまで来てるぅぅぅ!」

 

 現在、ユエを背負うハジメと琴葉は猛然と草むらの中を逃走していた。周囲を百六十センチメートル以上ある雑草が生い茂りハジメの肩付近まで隠してしまっている。琴葉の姿はその桃色がかった銀髪以外は視認できない状況だ。ユエなら完全に姿が見えなくなっているだろう。

 そんな生い茂る雑草を鬱陶しそうに払い除けながら逃走している理由は、

 

「「「「「「「「「「「「シャァアア!!」」」」」」」」」」」」

 

 二百体近い魔物に追われているからである。

 

 時間は少し遡る。

 

 

 三人が準備を終えて迷宮攻略に動き出したあと、十階層ほどは順調に降りることが出来た。ハジメや琴葉の装備や技量が充実し、かつ熟練してきたからというのもあるが、ユエの魔法が凄まじい活躍を見せたというのも大きな要因だ。全属性の、数多の魔法をノータイムで使用し、的確に二人を援護していたのだ。

 そんな三人が降り立ったのが現在の階層である。まず見えたのは樹海だった。十メートルを超える木々が鬱蒼と茂っており、空気は湿っぽい。しかし、以前通った熱帯林の階層と違ってそれほど暑くはないのが救いだろう。

 三人が階下への階段を探して探索していると、突然、ズズンッという地響きが響き渡った。何事かと身構える三人の前に現れたのは、巨大な爬虫類、それこそティラノサウルスのような見た目の魔物だった。そして、何故か頭に一輪の可憐な花を生やしていた。

 口腔から覗く鋭い牙と全身から迸る殺気がこの魔物の強力さを示していたが、向日葵にも似た花がふりふりと動くその様子は、かつてないほどにシュールであった。

 ティラノサウルスが咆哮を上げ三人に向かって突進してくる。

 ハジメは慌てずドンナーを抜こうとして……それを制するように前に出たユエがスッと手を掲げた。

 

「"緋槍"」

 

 ユエの手元に現れた炎は渦を巻いて円錐状の槍の形をとり、一直線にティラノの口内目掛けて飛翔し、突き刺さり、そのまま貫通。周囲の肉を容赦なく溶かして一瞬で絶命させた。地響きを立てながら横倒しになるティラノ。

 そして、頭の花がポトリと地面に落ちた。

 

「……」

 

 いろんな意味で思わず押し黙るハジメ。

 

「……」

 

 構えすらさせてくれなかったことに若干涙目の琴葉。

 最近、ユエの無双が激しい。最初は二人の援護に徹していたはずだが、何故か途中から対抗するように先制攻撃を仕掛け魔物を瞬殺するのだ。

 そのせいで、二人は出番がめっきり減ってしまい、自分が役立たずな気がしてならなかった。ハジメは抜きかけのドンナーをホルスターに仕舞い直すと苦笑いしながらユエに話しかけた。

 

「あ~、ユエ? 張り切るのはいいんだけど……最近、俺、あまり動いてない気がするんだが……」

 

 ユエは振り返ってハジメを見ると、無表情ながらどこか得意げな顔をする。

 

「……私、役に立つ。……パートナーだから」

 

 どうやら、ただ二人の援護だけしているのが我慢ならなかったらしい。

 確か、少し前に一蓮托生のパートナーなのだから頼りにしているみたいな事を言ったような、と、ハジメは首を傾げる。

 その時は、ユエが魔力枯渇するまで魔法を使い戦闘中に倒れてちょっとした窮地に陥ってしまい、何とか脱した後、その事をひどく気にするので慰める意味で言ったのだが……思いのほか深く心に残ったようである。パートナーとして役立つところを見せたいのだろう。

 

「はは、いや、もう十分に役立ってるって。ユエは魔法が強力な分、接近戦は苦手なんだから後衛を頼むよ。前衛は俺達の役目だ」

 

「……ハジメ……ん」

 

 ハジメに注意されてしまい若干シュンとするユエ。

 

「まあ……ユエお姉ちゃんも悪気があったわけじゃないから気にしなくてもいいのよ?」

 

 シュンとするユエを見かねて琴葉はそう慰める。ハジメにも視線を送り、「撫でてあげて」と目で訴えた。ハジメは、どうにもハジメの役に立つことにこだわり過ぎる嫌いのあるユエに苦笑いしながら、彼女の柔らかな髪を撫でる。それだけで、ユエはほっこりした表情になって機嫌が戻ってしまうのだから、ハジメとしてはもう何とも言えない。

 ある意味でハジメとユエの二人がイチャついていると、ハジメと琴葉の"気配感知"に続々と魔物が集まってくる気配が捉えられた。

 十体ほどの魔物が取り囲むようにハジメ達の方へ向かってくる。統率の取れた動きに、二尾狼のような群れの魔物か? と訝しみながらユエを促して現場を離脱する。数が多いので少しでも有利な場所に移動するためだ。

 円状に包囲しようとする魔物に対し、三人はその内の一体目掛けて突進していった。そうして、生い茂った木の枝を払い除け飛び出した先には、体長二メートル強の爬虫類───ラプトル系の恐竜のような魔物がいた。こちらもまた、頭からチューリップのような花をひらひらと咲かせている。

 

「……かわいい」

 

「いや、シュールすぎでしょ」

 

「……流行りなのか?」

 

 ユエが思わずほっこりしながら呟けば、琴葉はツッコミを入れ、ハジメはシリアスブレイカーな魔物にジト目を向け、有り得ない推測を呟く。

 ラプトルは、ティラノと同じく、花など知らぬというかのように殺気を撒き散らしながら低く唸っている。臨戦態勢だ。ゆらゆら、ふりふりしている花が目につき鬱陶しい。

 

「シャァァアア!!」

 

 ラプトルが、花に注目して立ち尽くす三人に飛びかかる。その強靭な脚には、ギラリと凶悪な光を放つ二十センチメートルはあるカギ爪が付いていた。三人は飛び退き回避する。

 それだけで終わらず、ハジメは "空力"を使って三角飛びの要領でラプトルの頭上を取った。そして、試しにと頭のチューリップを撃ち抜いてみた。発砲音と同時にチューリップの花が四散する。

 ラプトルは一瞬ビクンと痙攣したかと思うと、着地を失敗してもんどり打ちながら地面を転がり、樹にぶつかって動きを止めた。シーンと静寂が辺りを包む。ユエもトコトコと二人の傍に寄ってきてラプトルと四散して地面に散らばるチューリップの花びらを交互に見やった。

 

「……死んだ?」

 

「生きてる、のかな……?」

 

「生きてるっぽいけど……」

 

 ハジメの見立て通り、ピクピクと痙攣した後、ラプトルはムクリと起き上がり辺りを見渡し始めた。そして、地面に落ちているチューリップを見つけると歩み寄り親の敵と言わんばかりに踏みつけ始めた。

 

「えぇぇ……何その反応……」

 

「……イタズラされた?」

 

「いや、そんな背中に張り紙つけて騒ぐ小学生じゃねぇんだから……」

 

 ラプトルは一通り踏みつけて満足したのか、いい仕事した、と言わんばかりに天を仰ぎキュルルと鳴き声を上げた。そして、ふと気がついたように三人の方へ顔を向けビクッとする。

 

「今気がついたのかよ。どんだけ夢中だったんだよ」

 

「……やっぱりイジメ?」

 

「ユエお姉ちゃん、イジメから離れて。……確かに、そう見えなくは無いけど」

 

 ハジメがツッコミ、ユエと琴葉が同情したような眼差しでラプトルを見る。ラプトルは暫く硬直したものの、直ぐに姿勢を低くし牙をむき出しにして唸り一気に飛びかかってきた。

 ハジメはスっとドンナーを掲げ大きく開けられたラプトルの口に照準し電磁加速されたタウル鉱石の弾丸を撃ち放った。一筋の閃光となって狙い違わずラプトルの口内を蹂躙し後頭部を粉砕して飛び出た弾丸は、背後の樹も貫通して樹海の奥へと消えていった。

 跳躍の勢いそのままにズザーと滑っていく絶命したラプトル。ハジメもユエも琴葉も何とも言えない顔でラプトルの死体を見やった。

 

「ホント、一体なんなんだ?」

 

「……イジメられて、撃たれて……哀れ」

 

「いや、イジメから離れろよ。絶対違うから」

 

 ハジメは訳がわからないものの、そもそも迷宮の魔物自体わけのわからない物ばかりなので気にするのを止めた。包囲網がかなり狭まってきていたので急いで移動しつつ、有利な場所を探っていく。

 

「なんだか引っかかるわね……」

 

 そんな中、琴葉は一人、ぽつりと呟き、ハジメとユエの少し後ろを歩きながらこの事態の考察を進めていく。

 程なくして直径五メートルはありそうな太い樹が無数に伸びている場所に出た。隣り合う樹の太い枝同士が絡み合っており、まるで空中回廊のようだ。

 ハジメと琴葉は"空力"で、ユエは風系統の魔法で頭上の太い枝に飛び移る。三人はそこで頭上から集まってきた魔物達を狙い撃ちにし殲滅するつもりなのだ。

 五分もかからず眼下に次々とラプトルが現れ始めた。焼夷手榴弾でも投げ落としてやろうと思っていたハジメは硬直する。隣では魔法を放つため手を突き出した状態でユエも固まっていた。少し上の高台では琴葉もまた、弓に矢を番えた状態で固まっていた。

 なぜなら───

 

「なんでどいつもこいつも花つけてんだよ!」

 

「……ん、お花畑」

 

「のんきなこと言ってる場合じゃないわよ!?」

 

───現れた十体以上のラプトルは全て頭に花をつけていた。それも色とりどりの花を。

 思わずツッコミを入れてしまったハジメの声に反応して、ラプトル達が一斉に三人の方を見た。そして、襲いかかろうと跳躍の姿勢を見せる。

 ハジメは焼夷手榴弾を投げ落とすと同時に、その効果範囲外にいるものから優先してドンナーで狙い撃ちにした。連続して発砲音が轟き、その度に紅い閃光がラプトルの頭部を一発の狂いもなく吹き飛ばしていく。ユエも同じく周囲の個体から先程も使った"緋槍"を使って仕留めていく。琴葉は弓に番えた矢を射ると同時に、空間に投影した剣を射出しながらラプトルを倒していく。

 三秒後、群れの中央で焼夷手榴弾が爆発し、摂氏三千度の燃え盛るタールが飛び散り周囲のラプトルを焼き尽くしていった。

 結局十秒もかからず殲滅に成功した。しかし、ハジメと琴葉の表情は冴えない。ユエがそれに気がつき首を傾げながら尋ねた。

 

「……どうしたの?」

 

「……ユエ、おかしくないか?」

 

「?」

 

「ちょっと弱すぎる」

 

「行動も単調すぎるしね」

 

 二人の言葉にハッとなるユエ。

 確かに、ラプトルも先のティラノも、動きは単純そのもので特殊な攻撃もなく簡単に殲滅できてしまった。それどころか殺気はあれどもどこか機械的で不自然な動きだった。花が取れたラプトルが怒りをあらわにして花を踏みつけていた光景を見た後なので尚更、花をつけたラプトル達に違和感を覚えてしまう。

 そして、その違和感の正体に琴葉は次第に気付き始めていた。未だ推測の域を出ないが、恐らくそうであると言える領域にまで。

 慎重に進もう、二人がユエにそう言おうとしたその時、"気配感知"が再び魔物の接近を捉えた。全方位からおびただしい数の魔物が集まってくる。ハジメの感知範囲は半径二十メートルといったところだが、その範囲内において既に捉えきれない程の魔物が一直線に向かってきていた。

 

「ヤバイぞ……三十いや、四十以上の魔物が急速接近中だ。まるで、誰かが指示してるみたいに全方位から囲むように集まってきやがる」

 

「……逃げる?」

 

「……いや、この密度だと既に逃げ道がない。一番高い樹の天辺から殲滅するのがベターだろ」

 

「なら……私とユエお姉ちゃんで」

 

「ん……特大のいく」

 

「おう、かましてやれ!」

 

 三人は高速で移動しながら周囲で一番高い樹を見つける。そして、その枝に飛び乗り、眼下の足がかりになりそうな太い枝を砕いて魔物が登って来ることができないようにした。

 ハジメはドンナーを構えながら静かにその時を待つ。ユエがそっとハジメの服の裾を掴んだのがわかった。手が塞がっているので代わりに少しだけ体を寄せてやる。ユエの掴む手が少し強くなった。

 琴葉は弓に矢を番える。捻れた剣だ。何かに祈るように、そっと目を閉じ、静かに待つ。全身の魔術回路を活性化させ、魔力を迸らせる。

 そして第一陣が登場した。ラプトルだけでなくティラノもいる。ティラノは樹に体当たりを始め、ラプトルは器用にカギ爪を使ってヒョイヒョイと樹を登ってくる。

 ハジメはドンナーの引き金を引いた。発砲音と共に閃光が幾筋も降り注ぎカギ爪で樹にしがみついていたラプトルを一体も残さず撃ち抜く。

 撃ち尽くしたドンナーからシリンダーを露出させると、くるりと手元で一回転させ排莢し、左脇に挟んで装填する。この間、五秒。

 その間隙を埋めるように発砲直前に落としておいた焼夷手榴弾が爆発。辺りに炎を撒き散らす。そして、再度ドンナーを連射する。それだけで既に十五体は屠ったハジメだが、満足感はない。

 既に眼下には三十体を超えるラプトルと四体のティラノがひしめき合い、三人のいる大木をへし折ろうと、あるいは登って襲おうと群がっているからだ。

 

「ハジメ?」

 

「まだだ……もうちょい」

 

 ユエの呼び掛けにラプトルを撃ち落としながら答えるハジメ。ユエはハジメを信じてひたすら魔力の集束に意識を集中させる。琴葉はただ静かに、全身に魔力を行き渡らせ、その時を待つ。

 そして遂に、眼下の魔物が総勢五十体を超え、今では多すぎて判別しづらいが、事前の″気配感知″で捉えた魔物の数に達したと思われたところで、ハジメは、ユエと琴葉に合図を送った。

 

「今だ!」

 

「んっ! ″凍獄″!」

 

「───偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)……!」

 

 ユエが魔法のトリガーを引いた瞬間、ハジメ達のいる樹を中心に眼下が一気に凍てつき始めた。ビキビキと音を立てながら瞬く間に蒼氷に覆われていき、魔物に到達すると花が咲いたかのように氷がそそり立って氷華を作り出していく。魔物は一瞬の抵抗も許されずに、その氷華の柩に閉じ込められ目から光を失っていった。

 そして、琴葉が放ったとどめの爆撃。真名解放による、その剣の威力が空間ごと魔物達を消し飛ばした。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「お疲れさん。流石は吸血姫だ」

 

「……くふふ……」

 

「ちょっと……私も頑張ったのよ?」

 

「はいはい、お疲れさん」

 

「……この対応の落差よ」

 

 ハジメは傍らで最上級魔法の行使によりへたり込むユエの腰に手を回して支えながら、首筋を差し出す。吸血させて回復させるのだ。神水でもある程度回復するのだが、吸血鬼としての種族特性なのか全快になるには酷く時間がかかる。やはり血が一番いいようだ。

 ユエは、ハジメの称賛に僅かに口元を綻ばせながら照れたように「くふふ」と笑いをもらし、差し出された首筋に頬を赤らめながら口を付けようとした。

 対応の落差に琴葉は不満を漏らすも、ハジメとユエの二人を温かく見守っていた。

 琴葉が辺りを″鷹の瞳″で見張っていると、表情が凍り付く。同時に、ハジメが険しい表情で立ち上がった。更に百体以上の魔物を捉えたからだ。

 

「マズいわね……」

 

「ユエ、更に倍の数だ」

 

「!?」

 

「こりゃいくらなんでもおかしいだろ。たった今、全滅したところだぞ? なのに、また特攻……まるで強制されてるみたいに……あの花……もしかして」

 

「″寄生″、か……。予想が当たったなぁ……」

 

「んっ……本体がいるはず」

 

「だな。あの花を取り付けているヤツを殺らない限り、俺達はこの階層の魔物全てを相手にすることになっちまう」

 

「そうね。本丸を潰さないと、効率が悪すぎるわね」

 

 三人は物量で押しつぶされる前に、おそらく魔物達を操っているのであろう魔物の本体を探すことにした。でなければ、とても階下探しなどしていられない。

 座り込んでいるユエに吸血させている暇はないので、ハジメはユエに神水を渡そうとする。しかし、ユエはそれを拒んだ。訝しそうなハジメにユエが両手を伸ばして言う。

 

「ハジメ……だっこ……」

 

「お前はいくつだよ! ってまさか吸血しながら行く気か!?」

 

 ハジメの推測に、正解、というようにコクンと頷くユエ。確かに、神水ではユエの魔力回復が遅いし、不測の事態に備えて回復はさせておきたい。しかし、自分が必死に駆けずり回っている時にチューチューされるという構図に、背に腹はかえられないとわかってはいるが、若干抵抗を感じるハジメ。

 結局了承してユエを背負ってハジメは本体探しに飛び出していった。さすがにだっこは邪魔になるので却下だ。

 

 

 そして冒頭ヘと戻る。

 

 三人は現在、二百近い魔物に追われていた。草むらが鬱陶しいと、吸血は済んでいるのにユエはハジメの背中から降りようとしない。

 後ろからは魔物が、

 

ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!

 

 と、地響きを立てながら迫っている。背の高い草むらに隠れながらラプトルが併走し四方八方から飛びかかってくる。それを迎撃しつつ、探索の結果一番怪しいと考えられた場所に向かいひたすら駆ける。ユエは魔法を撃ち込み、琴葉は矢を放ち、致命的な包囲をさせまいとする。

 

カプッ、チュー

 

 三人が睨んだのは樹海を抜けた先、今通っている草むらの向こう側にみえる迷宮の壁、その中央付近にある縦割れの洞窟らしき場所だ。

 なぜ、その場所に目星をつけたのかというと、襲い来る魔物の動きに一定の習性があったからだ。三人が迎撃しながら進んでいると、ある方向に逃走しようとした時だけやたら動きが激しくなるのだ。まるで、その方向には行かせまいとするかのように。このまま当てもなく探し続けても魔物が増え続けるだけなのでイチかバチかその方向に突貫してみることにしたというわけである。

 どうやら、草むらに隠れながらというのは既に失敗しているので、ハジメと琴葉は″空力″で跳躍し、″縮地″で更に加速する。

 

カプッ、チュー

 

「ユエさん!? さっきからちょくちょく吸うの止めてくれませんかね!?」

 

「……不可抗力」

 

「嘘だ! ほとんど消耗してないだろ!」

 

「……ヤツの花が……私にも……くっ」

 

「何わざとらしく呻いてんだよ。ヤツのせいにするなバカヤロー。ていうか余裕だな、おい」

 

「あーもう! 二人とも静かにしなさい! 神経が苛立つ!」

 

 こんな状況にもかかわらず、ハジメの血に夢中のユエ。元王族なだけあって肝の据わりかたは半端ではないらしい。琴葉は半ば自棄を起こしながら、弓を連続で放ち、空間に投影した剣を投射して迎撃していく。

 そうして、三人は二百体以上の魔物を引き連れたまま縦割れに飛び込んだ。

 縦割れの洞窟は大の大人が二人並べば窮屈さを感じる狭さだ。ティラノは当然通れず、ラプトルでも一体ずつしか侵入できない。何とか三人を引き裂こうと侵入してきたラプトルの一体がカギ爪を伸ばすが、その前にハジメのドンナーが火を噴き吹き飛ばした。そして、すかさず錬成し割れ目を塞ぐ。

 

「ふぅ~、これで取り敢えず大丈夫だろう」

 

「ええ、大丈夫よ。大丈夫なハズ。大丈夫じゃなかったら承知しない……」

 

「……お疲れさま」

 

「そう思うなら、そろそろ降りてくれねぇ?」

 

「……むぅ……仕方ない」

 

 ハジメの言葉に渋々といった様子で背から降りるユエ。余程、ハジメの背中は居心地がいいらしい。

 ぜーぜーと荒い息を吐きながら、地面に膝を付き呼吸を整える琴葉。二百体以上の魔物に追われることがかなりきていたらしい。

 

「さて、あいつらやたら必死だったからな、ここでビンゴだろ。油断するなよ?」

 

「ん」

 

「……わかったわ」

 

 錬成で入口を閉じたため薄暗い洞窟を二人は慎重に進む。

 しばらく道なりに進んでいると、やがて大きな広間に出た。広間の奥には更に縦割れの道が続いている。もしかすると階下への階段かもしれない。三人は辺りを探る。″気配感知″には何も反応はないがなんとなく嫌な予感がするので警戒は怠らない。気配感知を誤魔化す魔物など、この迷宮にはわんさかいるのだ。

 三人が部屋の中央までやってきたとき、それは起きた。

 全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできたのだ。三人は一瞬で背中合わせになり、飛来する緑の球を迎撃する。

 しかし、その数は優に百を超え、尚、激しく撃ち込まれるのでハジメは錬成で石壁を作り出し防ぐことに決めた。石壁に阻まれ貫くこともできずに潰れていく緑の球。大した威力もなさそうである。琴葉は両手に投影した陰陽剣、干将・莫耶を振り翳し、舞うように振るいながら緑の弾を打ち落としていく。ユエの方も問題なく、速度と手数に優れる風系の魔法で迎撃している。

 

「ちっ……本体はどこなの?」

 

「ユエ、おそらく本体の攻撃だ。どこにいるかわかるか?」

 

「……」

 

「ユエ?」

 

「……? ユエお姉ちゃん?」

 

 ユエに本体の位置を把握できるか聞いてみるハジメ。ユエは″気配感知″など索敵系の技能は持っていないが、吸血鬼の鋭い五感はハジメとは異なる観点で有用な索敵となることがあるのだ。

 しかし、ハジメの質問にユエは答えない。訝しみ、二人はユエの名を呼ぶが、その返答は───

 

「……にげて……!」

 

 いつの間にかユエの手が二人に向いていた。ユエの手に風が集束する。本能が激しく警鐘を鳴らし、二人は、その場を全力で飛び退いた。刹那、ハジメのいた場所を強力な風の刃が通り過ぎ、背後の石壁を綺麗に両断する。

 

「ユエ!?」

 

「一体何が……!? まさか……!」

 

 まさかの攻撃に驚愕の声を上げるが、ユエの頭の上にあるものを見て事態を理解する。そう、ユエの頭の上にも花が咲いていたのだ。それも、ユエに合わせたのだろうかと疑いたくなるぐらい、よく似合う真っ赤な薔薇が。

 

「くそっ、さっきの緑玉か!?」

 

「なんてこと……!」

 

 二人は己の迂闊さに自分を殴りたくなる衝動をこらえ、ユエの風の刃を回避し続ける。

 

「ハジメ……琴葉……うぅ……」

 

 ユエが無表情を崩し悲痛な表情をする。ラプトルの花を撃ったとき、ラプトルは花を憎々しげに踏みつけていた。あれはつまり、花をつけられ操られている時も意識はあるということだろう。身体の自由だけを奪われるようだ。

 だが、それなら解放の仕方も既に知っている。ハジメはユエの花に照準し引き金を引こうとした。

 しかし、操っている者もハジメが花を撃ち落としたことやハジメの飛び道具を知っているようで、そう簡単にはいかなかった。

 ユエを操り、花を庇うような動きをし出したのだ。上下の運動を多用しており、外せばユエの顔面を吹き飛ばしてしまうだろう。ならばと、琴葉が接近し切り落とそうとすると、突然ユエが片方の手を自分の頭に当てるという行動に出た。

 

「……やってくれるじゃねぇか……」

 

 つまり、二人が接近すればユエ自身を自らの魔法の的にすると警告しているのだろう。

 ユエは確かに不死身に近い。しかし、上級以上の魔法を使い一瞬で塵にされてなお″再生″できるかと言われれば否定せざるを得ない。そして、ユエは、最上級ですらノータイムで放てるのだ。特攻など分の悪そうな賭けは避けたいところだ。

 二人の逡巡を察したのか、それは奥の縦割れの暗がりから現れた。

 アルラウネやドリアード等という人間の女と植物が融合したような魔物がRPGにはよく出てくる。三人の前に現れた魔物は正しくそれだった。もっとも、神話では美しい女性の姿で敵対しなかったり大切にすれば幸運をもたらすなどという伝承もあるが、目の前のエセアルラウネにはそんな印象皆無である。

 確かに、見た目は人間の女なのだが、内面の醜さが溢れているかのように醜悪な顔をしており、無数のツルが触手のようにウネウネとうねっていて実に気味が悪い。その口元は何が楽しいのかニタニタと笑っている。

 ハジメはすかさずエセアルラウネに銃口を向けた。しかし、ハジメが発砲する前にユエが射線に入って妨害する。

 

「ハジメ……琴葉……ごめんなさい……」

 

 悔しそうな表情で歯を食いしばっているユエ。自分が足でまといなっていることが耐え難いのだろう。今も必死に抵抗しているはずだ。口は動くようで、謝罪しながらも引き結ばれた口元からは血が滴り落ちている。鋭い犬歯が唇を傷つけているのだ。悔しいためか、呪縛を解くためか、あるいはその両方か。

 ユエを盾にしながらエセアルラウネは緑の球を二人に打ち込む。

 ハジメはそれをドンナーで打ち払った。琴葉は陰陽剣で切り裂いた。球が潰れ、目に見えないがおそらく花を咲かせる胞子が飛び散っているのだろう。

 しかし、ユエのように二人の頭に花が咲く気配はない。ニタニタ笑いを止め怪訝そうな表情になるエセアルラウネ。どうやら二人には胞子が効かないようだ。

 

(たぶん、耐性系の技能のおかげだろうな)

 

 ハジメの推測通り、エセアルラウネの胞子は一種の神経毒である。そのため、″毒耐性″により二人には効果がないのだ。つまり、二人が助かっているのは全くの偶然で、ユエを油断したとは責められない。ユエが悲痛を感じる必要はないのだ。

 エセアルラウネは胞子が効かないと悟ったのか不機嫌そうにユエに命じて魔法を発動させる。また、風の刃だ。もしかすると、ラプトル達の動きが単純だったことも考えると操る対象の実力を十全には発揮できないのかもしれない。

 

(……不幸中の幸いね。腹立たしいけども)

 

 風の刃を回避しようとすると、これみよがしにユエの頭に手をやるのでその場に留まり、サイクロプスより奪った固有魔法″金剛″により耐える。

 この技能は魔力を体表に覆うように展開し固めることで、文字通り金剛の如き防御力を発揮するという何とも頼もしい技能である。まだまだ未熟なため、おそらくサイクロプスの十分の一程度の防御力だが、風の刃も鋭さはあっても威力はないので凌げている。

 

(ちっ……ユエお姉ちゃんを盾にされるんじゃ、不用意に近付けないわね。なら……視認できない程の速度で移動すればいい)

 

 尚もエセアルラウネは下卑た笑みを浮かべながら、ユエに攻撃をさせる。琴葉は「このような茶番劇につきあう必要は無い」と判断。即座に原因となるものを排除することに決めた。

 

(……転移)

 

 刹那、琴葉の姿が消える。そして、次の瞬間にはエセアルラウネの眼前に座標を移動していた。エセアルラウネは驚愕で、一瞬動きを止めてしまう。

 

「さようなら……醜女(ぶおんな)

 

 捨て台詞と共に、干将・莫耶を振り下ろし、思考停止しているエセアルラウネを三枚下ろしにした。あまりにも、あっけない幕切れであった。

 

「手子摺らせるんじゃないっての……」

 

 ストンと着地し、両手の干将・莫耶を消滅させる。

 

「あっ……動ける」

 

 ユエの頭の上にある赤い花はポトリと地面に落ち、それと同時にユエの身体に自由が戻ってきたようだ。ハジメは駆け寄り、ユエの無事を確認した。

 

「ユエお姉ちゃんは大丈夫そう……?」

 

 琴葉はハジメに問い掛ける。ハジメは、大丈夫だ、というように頷いた。琴葉は安堵し胸を撫で下ろす。

 

 三人は足早にこの場所を去り、次の階層へと進んだ。




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Ep.21 迷宮の守護者(ガーディアン)───Ⅰ

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 エセアルラウネを三枚下ろしにし、次の階層に進んだ琴葉、ハジメ、ユエの三人。迷宮攻略に勤しんでいる内に、遂に、次の階層で最初にいた階層から百階目になるところまで来た。

 その一歩手前の階層で三人は拠点を作った。ハジメは装備の確認と補充にあたっている。相変わらずユエは飽きもせずにハジメの作業を見つめている。というよりも、どちらかというと作業をするハジメを見るのが好きなようだ。今も、ハジメのすぐ隣で手元とハジメを交互に見ながらまったりとしている。その表情は迷宮には似つかわしくない緩んだものだ。

 

(おやおや……これはこれは)

 

 その様子を、投影魔術の鍛錬をしながら視界の隅に捉えた琴葉はニマニマと心の中で笑っていた。遺憾なく下世話属性が発揮されている始末である。

 ユエと出会ってからどれくらいの日数が経ったのか、時間感覚がないためわからないが、最近のユエはよくこういうまったり顔というか安らぎ顔を見せている。露骨にハジメに甘えてくるようにもなった。

 特に拠点で休んでいる時には必ず密着している。横になれば添い寝の如く腕に抱きつくし、座っていれば背中から抱きつく。吸血させるときは正面から抱き合う形になるのだが、終わった後も中々離れようとしない。ハジメの胸元に顔をグリグリと擦りつけ満足げな表情でくつろいでいるのだ。

 琴葉はその様子を微笑ましく見守っていた。二人をくっつけるべく、何かと理由をつけてハジメとユエを二人きりにすることもあった。とことん下世話である。心の中で、香織に謝りながらではあるが、辞めるつもりは毛頭ないらしい。何故か、と聞かれると、「恋は戦争。取ったもん勝ち」と答えるだろう。何よりも、女の子にとって人の恋事情程の好物は無いのだから、是非も無いと言えばそうなのかもしれない。

 その裏で、ハジメはユエによって理性をガリガリと削られていることがあるとかないとか。そんなことは琴葉の知る処ではないのだが。

 

「ハジメ……いつもより慎重……」

 

「うん? ああ、次で百階だからな。もしかしたら何かあるかもしれないと思ってな。一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われていたから……まぁ念のためだ」

 

 最初にいた階層から八十階を超えた時点で、ここが地上で認識されている通常の【オルクス大迷宮】である可能性は消えた。奈落に落ちた時の感覚と、各階層を踏破してきた感覚からいえば、通常の迷宮の遥かに地下であるのは確実だ。

 銃技、体術、固有魔法、兵器、そして錬成。いずれも相当磨きをかけたという自負がハジメにはあった。そうそう、簡単にやられはしないだろう。しかし、そのような実力とは関係なくあっさり致命傷を与えてくるのが迷宮の怖いところである。

 故に、出来る時に出来る限りの準備をしておく。ちなみに今のハジメのステータスはこうだ。

 

====================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:76

天職:錬成師

筋力:1980

体力:2090

耐性:2070

敏捷:2450

魔力:1780

魔耐:1780

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

====================================

 

 

 投影魔術の精度が上昇し、尚且つその他の戦闘術も円熟してきた琴葉。彼女の瞳に慢心は無く、まだ足りない、とでも言うように夜な夜な鍛錬を繰り返していた。それもあり、動きの無駄も無くなり、今では効率よく戦闘が行えるようになっている。ちなみに、今の琴葉のステータスはこうだ。

 

====================================

衛宮琴葉 17歳 女 レベル:85

天職:弓兵

筋力:1780

体力:1890

耐性:1850

敏捷:3950

魔力:2860

魔耐:1650

技能:魔術・投影魔術[+解析][+複製][+強化][+改造][+憑依経験][+壊れた幻想][+無限の剣製]・弓術[+命中精度上昇]・軽業・破壊工作・気配遮断・鷹の瞳[+戦術効果]・転移・心眼・過程省略・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

====================================

 

 ステータスは、初めての魔物を喰らえば上昇し続けるが、固有魔法はそれほど増えなくなった。主級の魔物なら取得することもあるが、その階層の通常の魔物ではもう増えないようだ。魔物同士が喰い合っても相手の固有魔法を簒奪しないのと同様に、ステータスが上がって肉体の変質が進むごとに習得し難くなっているのかもしれない。

 しばらくして、全ての準備を終えた三人は、階下へと続く階段へと向かった。

 その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 三人が、しばしその光景に見惚れつつ足を踏み入れる。すると、全ての柱が淡く輝き始めた。ハッと我を取り戻し警戒する三人。柱は彼らを起点に奥の方へ順次輝いていく。

 しばらく警戒していたが、特に何も起こらないので、三人は先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だった。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「大きい……」

 

「……これはまた凄いな。もしかして……」

 

「……反逆者の住処?」

 

 いかにもラスボスの部屋といった感じだ。実際、感知系技能には反応がなくともハジメの本能が警鐘を鳴らしていた。この先はマズイと。それは、ユエも感じているのか、うっすらと額に汗をかいている。琴葉もまた、油断なく前を見据えていた。

 

「ハッ、だったら最高じゃねぇか。ようやくゴールにたどり着いたってことだろ?」

 

 ハジメは本能を無視して不敵な笑みを浮かべる。たとえ何が待ち受けていようとやるしかないのだ。

 

「……んっ!」

 

 ユエも覚悟を決めた表情で扉を睨みつける。

 

「そうね……。やってやろうじゃない」

 

 琴葉も腹を括り、いつでも戦えるように身構えた。

 そして、三人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。

 その瞬間、扉とハジメ達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

 ハジメと琴葉の二人は、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない、忘れようとしても忘れることの出来ない、あの日、奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

 

「おいおい、なんだこの大きさは? マジでラスボスかよ」

 

「まさしく守護者(ガーディアン)ってヤツ……?」

 

「……大丈夫……私達、負けない……」

 

 ハジメが流石に引きつった笑みを浮かべ、琴葉は冷や汗を流すが、ユエは決然とした表情を崩さず二人の腕をギュッと掴んだ。

 ユエの言葉に「そうだな」と頷き、苦笑いを浮かべながら二人も魔法陣を睨みつける。どうやらこの魔法陣から出てくる化物を倒さないと先へは進めないらしい。

 魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにする三人。光が収まった時、そこに現れたのは───

 

 

 

───体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるならば、神話の怪物ヒュドラ。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光が三人を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気が叩きつけられた。

 同時に赤い紋様が刻まれた頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。それはもう炎の壁というに相応しい規模である。

 三人は同時にその場を左右に飛び退き反撃を開始する。ハジメのドンナーが火を吹き電磁加速された弾丸が超速で赤頭を狙い撃つ。弾丸は狙い違わず赤頭を吹き飛ばした。

 まずは一つとハジメが内心ガッツポーズを決めた時、白い文様の入った頭が「クルゥアン!」と叫び、吹き飛んだ赤頭を白い光が包み込んだ。すると、まるで逆再生でもしているかのように赤頭が元に戻った。白頭は回復魔法を使えるらしい。

 ハジメに少し遅れてユエの氷弾が緑の文様がある頭を吹き飛ばしたが、同じように白頭の叫びと共に回復してしまった。

 その様子を見ていた琴葉は冷静に、頭の中で戦術を組み立てていく。狙うは、回復役(ヒーラー)。琴葉は二人に"念話"で二人に伝える。

 

〝ハジメ、ユエ。よく聞いて。まずは白い頭を倒すわ。ぶち抜くから、他の頭の気を引いて〟

 

〝了解!〟

 

〝んっ!〟

 

 返答を確認した後、琴葉は黒い洋弓を携え、"空力"で空間を駆け回りながら絶好のポジションを探す。勿論、攻撃も回避しながら。

 青い文様の頭が口から散弾のように氷の礫を吐き出し、それを回避しながらハジメとユエが白頭を狙う。わざと白頭を狙うことで、他の頭の注意を引く算段だ。

 

ドパンッ!

 

「"緋槍"!」

 

 閃光と燃え盛る槍が白頭に迫る。しかし、直撃かと思われた瞬間、黄色の文様の頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させた。そして淡く黄色に輝きハジメのレールガンもユエの"緋槍"も受け止めてしまった。衝撃と爆炎の後には無傷の黄頭が平然とそこにいてハジメ達を睥睨している。

 

盾役(タンク)か……厄介だな)

 

 ポジションを決め、"気配遮断"によりヒュドラの索敵に引っかからないようにしながら弓に剣を番える琴葉は、眼下の状況、並びにヒュドラの頭の役割に舌打ちする。

 頭は全部で六つ。その内わかっている役割は四つ。赤は火炎放射、白は回復役、青は氷結、黄は盾役だ。残りの二つは目下不明。その不気味さに、琴葉は矢を放つのをどうしても躊躇ってしまう。

 

(どうする……? 今、放ったとしても、思わぬ反撃が来る可能性がある……)

 

 

 

 嫌な汗が額を伝うのを琴葉は感じ取っていた。

 

Ⅱへと続く……




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Ep.22 迷宮の守護者(ガーディアン)───Ⅱ

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 琴葉が回復役を撃ち抜く為に、ハジメとユエは他の頭の気を引いていた。しかし、黄色の文様の頭が射線に入り込み、その頭を肥大化させて攻撃を受け止めてしまう。閃光と燃え盛る槍が着弾し、衝撃と爆炎の後には無傷の黄頭が平然としてハジメ達を睥睨している。

 ヒュドラのその攻撃・防御・回復のバランスのいい構成に舌打ちをしながら、ハジメは頭上に向かって焼夷手榴弾を投げる。同時にドンナーの最大出力で白頭に連射した。ユエも合わせて"緋槍"を連発する。ユエの"蒼天"なら黄頭を抜いて白頭に届くかもしれないが、最上級を使うと一発でユエは行動不能になる。その事を理解しているからこそ、琴葉が自身で白頭を撃ち抜くことを提案したのだ。彼女が白頭を撃ち抜く為に、ハジメ達は他の頭の気を引くことに専念している。しかし、そこに立ちはだかったのが黄頭だ。黄頭は、ハジメとユエの攻撃を尽く受け止める。

 だが、流石に今度は無傷とはいかなかったのかあちこち傷ついていた。

 

「クルゥアン!」

 

 すかさず白頭が黄頭を回復させる。全く以て優秀な回復役である。しかし、その直後、白頭の頭上で"焼夷手榴弾"が破裂した。摂氏三千度の燃え盛るタールが撒き散らされる。白頭にも降り注ぎ、その苦痛に悲鳴を上げながら悶えている。

 このチャンス逃すかとばかりにハジメが"念話"で合図を琴葉とユエに送り、白頭の破壊を行おうとする。が、その時、

 

「いやぁああああ!!!」

 

 響き渡る絶叫。それはユエの声であった。突如鳴り響くその声に、異常を感じた琴葉はその方向へ目を向ける。

 

(一体何が起こってるの……!?)

 

 琴葉が見た限りでは、このような事態に繋がるヒュドラの行動は無かった。琴葉は頭を必死で働かせ、原因を探るべく、考え込む。

 

「!? ユエ!」

 

 ユエの元に、ハジメは咄嗟に咄嗟に駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように赤頭と緑頭が炎弾と風刃を無数に放ってくる。

 

(させない……!)

 

 琴葉はその弓に番えていた剣を霧散させ、新たに投影した矢を番え、放たれた炎弾と風刃の進行を阻止するべく、ヒュドラに居場所が感知されることを承知で矢を放った。"心眼"による近未来予知により、的確にそれらを撃ち抜き、ハジメとユエの援護射撃を行う。しかし、如何せん数が多い。何発かを撃ち漏らしてしまう。

 未だ絶叫を上げるユエ。歯噛みしながら一体何がと考えるハジメ。そして、そういえば黒い文様の頭が未だ何もしていないことを思い出す。

 

(違う、もし既に何かしているとしたら!)

 

 ハジメは"縮地"と"空力"で必死に攻撃をかわしながら黒頭に向かってドンナーを発砲した。射撃音と共に、ユエをジッと見ていた黒頭が吹き飛ぶ。同時に、ユエがくたりと倒れ込んだ。その顔は遠目に青ざめているのがわかる。そのユエを喰らおうというのか青頭が大口を開けながら長い首を伸ばしユエに迫っていく。

 

「させるかぁああ!!」

 

 ハジメはダメージ覚悟で炎弾と風刃の嵐を"縮地"で突っ込んで行く。致命傷になりそうな攻撃だけドンナーの銃身と"風爪"で切り裂き、ギリギリのタイミングでユエと青頭の間に入ることに成功した。しかし、迎撃の暇はなく、ハジメは咄嗟に"金剛"を発動する。"金剛"は移動しながらは使えない。そのため、どっしりとユエの前に立ち塞がる。魔力がハジメの体表を覆うのと青頭が噛み付くのは同時だった。

 

「クルルルッ!」

 

「ぐぅう!」

 

 低い唸り声を上げながら、青頭がハジメを丸呑みにせんと、その顎門を閉じようとするが、ハジメは前かがみになりながら背中と足で踏ん張り閉じさせない。そして、ドンナーの銃口を青頭の上顎に押し当て引き金を引いた。

 

(そこだ……!)

 

 琴葉はダメ押しで青頭に向け、弓に番えた剣を放つ。

 ドンナーのゼロ距離発砲の射撃音と共に噴火でもしたかのように頭部が真上へと弾け飛んだ青頭に、琴葉が放った剣が着弾。直後、剣に意図的に仕組まれた魔力暴走によって、爆発。青頭を消滅させた。

 ハジメは琴葉に感謝しつつ、ヒュドラに向け、閃光手榴弾と音響手榴弾をヒュドラに向かって投げつけた。

 音響手榴弾は八十層で見つけた超音波を発する魔物から採取したものだ。体内に特殊な器官を持っており音で攻撃してくる。この魔物を倒しても固有魔法は増えなかったが、代わりにその特殊な器官が鉱物だったので音響爆弾に加工したのだ。

 ハジメの意図を理解した琴葉は空中を舞いながら、床へと着地。"転移"によって、その場を離脱した。そして、爆発した二つの手榴弾が強烈な閃光と音波でヒュドラを怯ませる。その隙に琴葉はハジメとユエに触れ、再び"転移"。柱の陰に隠れた。

 

「おい! ユエ! しっかりしろ!」

 

「ユエお姉ちゃん……!」

 

「……」

 

 二人の呼びかけにも反応せず、青ざめた表情でガタガタと震えるユエ。黒頭のヤツ一体何しやがった! と悪態を付きながら、ペシペシとユエの頬を叩く。"念話"でも激しく呼びかけ、神水も飲ませる。しばらくすると虚ろだったユエの瞳に光が宿り始めた。

 

「ユエ!」

 

「ユエお姉ちゃん……!」

 

「……ハジメ? ……琴葉?」

 

「おう、ハジメさんだ。大丈夫か? 一体何された?」

 

「大丈夫なの……!? 何が起きたの……!?」

 

 パチパチと瞬きしながらユエは二人の存在を確認するように、その小さな手を伸ばし顔に触れる。それでようやくそこにいると実感したのか安堵の吐息を漏らし目の端に涙を溜め始めた。

 

「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

 

「ああ? そりゃ一体何の話だ?」

 

「へ……? どゆこと……?」

 

 ユエの様子に困惑する二人。ユエ曰く、突然、強烈な不安感に襲われ気がつけば二人に見捨てられて再び封印される光景が頭いっぱいに広がっていたという。そして、何も考えられなくなり恐怖に縛られて動けなくなったと。

 

「ちっ! バッドステータス系の魔法か? 黒頭は相手を恐慌状態にでも出来るってことか。ホントにバランスのいい化物だよ、くそったれ!」

 

「アイツ……マジで殺す……」

 

「っ……」

 

 敵の厄介さに悪態をつく二人に、ユエは不安そうな瞳を向ける。よほど恐ろしい光景だったのだろう。二人に見捨てられるというのは。何せ自分を三百年の封印から命懸けで解き放ってくれた人物であり、吸血鬼と知っても変わらず接してくれるどころか、日々の吸血までさせてくれるのだ。心許すのも仕方ないだろう。そして、一緒に故郷に行くという約束がどれほど嬉しかったか。再び一人になるなんて想像もしたくない。そのため、植えつけられた悪夢はこびりついて離れず、ユエを蝕むしばむ。ヒュドラが混乱から回復した気配にハジメは立ち上がるが、ユエは、そんなハジメの服の裾を思わず掴んで引き止めてしまった。

 

「……私……」

 

 泣きそうな不安そうな表情で震えるユエ。ハジメは何となくユエの見た悪夢から、今ユエが何を思っているのか感じ取った。そして、普段からの態度でユエの気持ちも察している。どちらにしろ、日本に連れて行くとまで約束してしまったのだ。今更、知らないフリをしても意味がないだろう。

 慰めの言葉でも掛けるべきなのだろうが、今は時間がない。それに生半可な言葉では、再度黒頭の餌食だろう。ハジメがやられる可能性もあるのだから、その時はユエにフォローしてもらわねばならない。そんなことを一瞬のうちに、まるで言い訳のように考えると、ハジメは、ガリガリと頭を掻きながらユエの前にしゃがみ目線を合わせる。

 そして───

 

「? ……!?」

 

───首を傾げるユエにキスをした。

 ほんの少し触れさせるだけのものだが、ユエの反応は劇的だった。マジマジとハジメを見つめる。

 

(わ〜お……ダイタン)

 

 ひゅー、と琴葉は口笛を吹く。

 ハジメは若干恥ずかしそうに目線を逸らしユエの手を引いて立ち上がらせた。

 

「ヤツを殺して生き残る。そして、地上に出て故郷に帰るんだ。……一緒にな」

 

 ユエは未だ呆然とハジメを見つめていたが、いつかのように無表情を崩しふんわりと綺麗な笑みを浮かべた。

 

「んっ!」

 

 ハジメは咳払いをして気を取り直しつつ、ユエに作戦を告げる。

 

「ユエ、シュラーゲンを使う。連発できないから援護頼む」

 

「……任せて!」

 

 いつもより断然やる気に溢れているユエ。静かな呟くような口調が崩れ覇気に溢れた応答だ。先程までの不安が根こそぎ吹き飛んだようである。

 ハジメは全長一・五メートルの対物ライフル、″シュラーゲン″を構えた。″纏雷″により、弾丸を電磁加速して撃ち出すことで、理論上ドンナーの十倍の火力を誇る。ドンナーでも対物ライフルの十倍の威力なのだ。シュラーゲンはもはや化け物銃と言っても過言では無いだろう。

 

「じゃ、私はユエお姉ちゃんの援護を行うわ」

 

「頼む!」

 

 琴葉は黒い洋弓に矢を番え、準備を始めた。

 三人は一気に柱の陰を飛び出し、今度こそ反撃に出る。

 

「″緋槍″! ″砲皇″! ″凍雨″!」

 

 矢継ぎ早に引かれた魔法のトリガー。有り得ない速度で魔法が構築され、炎の槍と螺旋に渦巻く真空刃を伴った竜巻と鋭い針のような氷の雨が一斉にヒュドラを襲う。攻撃直後の隙を狙われ死に体の赤頭、青頭、緑頭の前に黄頭が出ようとするが、白頭の方をハジメが狙っていると気がついたのかその場を動かず、代わりに咆哮を上げる。

 

「クルゥアン!」

 

 すると近くの柱が波打ち、変形して即席の盾となった。

 ユエの魔法はその石壁に当たると先陣が壁を爆砕し、後続の魔法が三つの頭に直撃した。

 

「「「グルゥウウウウ!!!」」」

 

 悲鳴を上げのたうつ三つの頭。黒頭が、魔法を使った直後のユエを再びその眼に捉え、恐慌の魔法を行使する。

 ユエの中に再び不安が湧き上がってくる。しかし、ユエはその不安に押しつぶされる前に、先ほどのハジメからのキスを思い出す。すると、体に熱が入ったように気持ちが高揚し、不安を押し流していった。

 

「……もう効かない!」

 

 ユエは、ハジメを援護すべく、更に威力よりも手数を重視した魔法を次々と構築し弾幕のごとく撃ち放つ。

 

(やるじゃない……! なら、私も!)

 

投影開始(トレース・オン)!」

 

 琴葉の周囲の空間に次々と剣が投影されていく。その数が百を超えた時、琴葉は剣の空間待機を解除。

 

「行け……!」

 

 その弓に番えた矢を放つと同時に、一斉層射した。投影された武器がヒュドラへと殺到し、意図的な魔力暴走による壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)により、爆発。次々と爆撃を行っていく。

 回復を受けた赤頭、青頭、緑頭がそれぞれ攻撃を再開するが、ユエと琴葉は背中合わせでそれと渡り合った。尽く相殺し隙あらば魔法を打ち込み、剣と矢を放つ。

 一方のハジメは、三つの首が二人に掛かり切りになっている間に、一気に接近する。万一外して対策を取られては困るので文字通り一撃必殺でいかなければならない。黒頭がユエに恐慌の魔法が効かないと悟ったのか、今度はハジメにその眼を向ける。ハジメの胸中に不安が湧き上がり、奈落に来たばかりの頃の苦痛と飢餓感が蘇ってくる。だが、

 

「それがどうした!」

 

 そう。それはとっくに耐え切った過去だ。今更あの日々を味わったところでどうということはない。ハジメはドンナーで黒頭を吹き飛ばす。

 白頭がすかさず回復させようとするが、その前にハジメが″空力″と″縮地″で飛び上がり背中に背負っていた対物ライフル:シュラーゲンを取り出し空中で脇に挟んで照準を合わせる。

 黄頭が白頭を守るように立ち塞がるが、そんな事は想定済みだ。

 

「まとめて砕く!」

 

 ハジメが″纏雷″を使いシュラーゲンが紅いスパークを起こす。弾丸はタウル鉱石をサソリモドキの外殻であるシュタル鉱石でコーティングした地球で言うところのフルメタルジャケットだ。シュタル鉱石は魔力との親和性が高く″纏雷″にもよく馴染む。通常弾の数倍の量を圧縮して詰められた燃焼粉が撃鉄の起こす火花に引火して大爆発を起こした。

 

ドガンッ!!

 

 大砲でも撃ったかのような凄まじい炸裂音と共にフルメタルジャケットの赤い弾丸が、更に一・五メートルのバレルにより電磁加速を加えられる。その威力はドンナーの最大威力の更に十倍。単純計算で通常の対物ライフルの百倍の破壊力である。異世界の特殊な鉱石と固有魔法がなければ到底実現し得なかった怪物兵器だ。

 発射の光景は正しく極太のレーザー兵器のよう。かつて、勇者の光輝がベヒモスに放った切り札が、まるで児戯に思える。射出された弾丸は真っ直ぐ周囲の空気を焼きながら黄頭に直撃した。

 黄頭もしっかり″金剛″らしき防御をしていたのだが、まるで何もなかったように弾丸は背後の白頭に到達し、そのままやはり何もなかったように貫通して背後の壁を爆砕した。階層全体が地震でも起こしたかのように激しく震動する。

 後に残ったのは、頭部が綺麗さっぱり消滅しドロッと融解したように白熱化する断面が見える二つの頭と、周囲を四散させ、どこまで続いているかわからない深い穴の空いた壁だけだった。

 一度に半数の頭を消滅させられた残り三つの頭が思わず、二人の相手を忘れて呆然とハジメの方を見る。ハジメはスタッと地面に着地し、煙を上げているシュラーゲンから排莢した。チンッと薬莢が地面に落ちる音で我に返る三つの頭。ハジメに憎悪を込めた眼光を向けるが、彼等が相対している敵は眼を離していい相手ではなかった。

 

「″天灼″」

 

 かつての吸血姫。その天性の才能に同族までもが恐れをなし奈落に封印した存在。その力が、己と敵対した事への天罰だとでも言うかのように降り注ぐ。

 三つの頭の周囲に六つの放電する雷球が取り囲む様に空中を漂ったかと思うと、次の瞬間、それぞれの球体が結びつくように放電を互いに伸ばしてつながり、その中央に巨大な雷球を作り出した。

 

ズガガガガガガガガガッ!!

 

 中央の雷球は弾けると六つの雷球で囲まれた範囲内に絶大な威力の雷撃を撒き散らした。三つの頭が逃げ出そうとするが、まるで壁でもあるかのように雷球で囲まれた範囲を抜け出せない。天より降り注ぐ神の怒りの如く、轟音と閃光が広大な空間を満たす。

 そして、十秒以上続いた最上級魔法に為すすべもなく、三つの頭は断末魔の悲鳴を上げながら遂に消し炭となった。

 いつもの如くユエがペタリと座り込む。魔力枯渇で荒い息を吐きながら、無表情ではあるが満足気な光を瞳に宿し、ハジメと琴葉に向けてサムズアップした。二人も頬を緩めながらサムズアップで返す。

 ハジメはシュラーゲンを担ぎ直しヒュドラの僅かに残った胴体部分の残骸に背を向けユエの下へ行こうと歩みだした。

 

 その直後、

 

「ハジメ!」

 

 ユエの切羽詰まった声が響き渡る。何事かと見開かれたユエの視線を辿ると、音もなく七つ目の頭が胴体部分からせり上がり、ハジメを睥睨していた。思わず硬直するハジメ。

 

(うそ……!? まだ、頭があったって言うの!?)

 

 だが、七つ目の銀色に輝く頭は、ハジメからスっと視線を逸らすとユエをその鋭い眼光で射抜き予備動作もなく極光を放った。先ほどのハジメのシュラーゲンもかくやという極光は瞬く間にユエに迫る。ユエは魔力枯渇で動けない。

 ハジメは銀頭が視線をユエに逸した瞬間、全身を悪寒に襲われ同時に飛び出していた。

 琴葉も遅れて飛び出す。が、途中で足がもつれて転んでしまう。

 

(今、こうしている場合じゃないのに……!)

 

 痛みに呻き、どうにか立ち上がる琴葉。身体を動かし、二人の元に向かおうとするが───

 

 

 

 

 

 

───目に映ったのは、極光に飲まれる二人の姿であった。

 

 

Ⅲへと続く……




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Ep.23 迷宮の守護者(ガーディアン)───Ⅲ

一ヶ月も遅れてしまった……本当に済まない。


 極光に吞まれるハジメとユエ。琴葉はただ、見ていることしか出来なかった。自身のミス──要因はこれに尽きる。光が爆ぜ、煙が晴れたその先には……倒れ込むハジメの姿が。ユエを庇ったのだろう。

 

───ああ、まただ。

 

「ハジメ……!」

 

 ユエはハジメに慌てて駆け寄る。しかし、魔力が枯渇している為か、力が上手く入らずすぐに転倒してしまった。琴葉は我に返り、二人の元へと走る。うつ伏せに倒れ込むハジメの下には血溜まりが拡がっていた。ハジメはユエを庇った際に″金剛″を発動していたが、それすらも突き抜けてダメージを与えたのだろう。そして、傍らにはシュラーゲンが転がっていた。サソリモドキの外殻で作られた頑強なシュラーゲンでさえも、極光によって融解していた。おそらくシュラーゲンを盾にしたのであろう。一命こそ取り留めてはいるものの、もし、シュラーゲンを盾にしていなかったならば即死だった。

 ユエと琴葉はハジメの容態を看る。それは、酷いものだった。指、肩、脇腹が焼け爛れ、一部骨の露出に加えて、顔の右半分が焼け、右眼からも流血していた。

 

───また、何も出来なかった。

 

 琴葉はあの時、ミスを犯した自身を恨んだ。銀色の頭に気付いていたら。躓き転倒していなかったら。極光から二人を守れたはずだった。それが出来るだけの″武器″もあった。しかし、出来なかった。心に暗雲が差し、可能性未来の自分への誓いすらもすでに揺らいでいた。どれだけ強くなっても、所詮彼女は″人間″だった。ハジメのように狂うこともなく、性格が反転することもなく、彼女はひたすらに″人間″だった。そして、脆かった。……弱かった。

 不甲斐ない己に歯噛みし、自責と後悔により表情を歪ませるが、そんなこと知るかとでも言うように″心眼″による近未来予知は無慈悲にもヒュドラの次の攻撃パターンをヴィジョンとして脳裏に流した。

 銀色の頭のヒュドラの口腔に再び光が。また、極光を放とうとしているのだろう。

 

「……I am the bone of my sword」

 

 琴葉は自身の掌に魔力を集中させる。

 

「───熾天覆う(ロー)……七つの円環(アイアス)

 

 自身の前方に突き出した掌から魔力が爆ぜ、七枚の花弁を形作る光の盾を顕現させた。その展開とほぼ同時に、ヒュドラの口腔から極光が放たれた。

 

「ぐう……う……」

 

 迫る極光を光りの盾が受け止める。しかし、一枚目、二枚目の盾は呆気なく砕け散った。それだけ、強力な攻撃なのだ。三枚目の盾にもヒビが入り、あっと言う間に破壊されてしまう。残る光の盾は四枚。精度が荒い状態での展開が祟り、強度に不安があった。

 

(魔力を込めろ……! もっと……もっと……!)

 

 魔術回路を総動員し、残る四枚の盾へと魔力を注ぎ込む。しかし、四枚目が砕け散る。続いて、五枚目の盾を極光が襲う。出来るだけ長く保たせるべく、琴葉は魔力を注ぎ続ける。

 退路は無い。後ろにはハジメとユエがいる。ここで盾が砕かれては、自身が倒れては二人が死んでしまう。……それは駄目だ。今にも折れそうな己の心を必死に奮い立たせる。

 程無くして、五枚目の盾にも亀裂が。徐々にそれは拡がっていき、五枚目の盾が破られる。だが、五枚の盾を砕いたことにより、極光の勢いはかなり減衰していた。

 六枚目にも亀裂が。全霊を込め、琴葉は己の魔力を絞り出す。亀裂は尚も拡がっていき、やがて…………止まった。防ぎきったのだ。

 ぜえぜえと肩で息をしながら琴葉は膝をつく。ポーチから神結晶の入った小瓶を取り出し、中の神水を一機に呷る。体力と魔力の両方が満たされていくのを感じ取れた。しかし、猶予は無い。

 後ろを見ると、ユエは狼狽していた。先程からハジメに神水を飲ませているのに一向に肉体の再生が行われないのだ。実は、ヒュドラが放った極光には毒性がある。それは肉体を溶かしていくもので、普通は為す術もなく溶かされて終わりである。神水の回復力が凄まじさを以てしても、その毒性によって本来の回復力が阻害されてしまっているのだ。再生こそしているものの、速度は遅い。更に、右目に関しては極光の光で蒸発してしまい、神水で欠損は再生できない以上治らない。

 ユエは今にも泣き出しそうな表情をしている。無理も無いだろう。ユエはハジメに心を開き、好意を寄せている。今、目の前で生死の境を彷徨っているハジメを見て、酷く動揺するのも仕方の無いことであろう。

 琴葉はその様子を見て、腹を括る。

 

「……ユエお姉ちゃん。ハジメを連れて、出来るだけ安全な場所に隠れて」

 

「……っ!? 琴葉……一体何を……!」

 

 ユエは目を見開き、琴葉の袖を掴む。行かないで、とその瞳は訴えていた。ユエのその双眸に見詰められた琴葉は胸がズキリと痛む。

 

「アイツは私が仕留める。この事態の半分は私のミスによるもの……なら、その償いはしなきゃいけない。……大丈夫。ちゃんと、生きて戻るから」

 

 ……嘘だ。琴葉はユエを安心させる為に嘘を吐いた。その微笑みも、ユエを安心させる為に作った貼り付けのものだ。生きて帰れる保証はどこにも無い。命を落とす確率の方が断然高い。それ程までに危険な賭に出るのだから。それでも、やるしかなかった。それ以外に、方法が無かった。

 

「待って……!」

 

 ユエは琴葉を引き留めようとする。しかし、琴葉はその手を振り払った。もし、掴んでしまったらもう二度と立ち上がることが出来ないような気がしたから。

 

「……ごめんね」

 

 琴葉は二人を転移させる。出来るだけ、安全な柱の後ろに。

 

「さて、やるか」

 

 琴葉はヒュドラを睨み付ける。そして、その手を前に翳した。

 

「───I am the bone of my sword.」

 

───身体は剣で出来ている

 

 それは、彼女が至ったかもしれない可能性未来の自分。

 

「───Steel is my body, and fire is my blood.」

 

───血潮は鉄で、心は硝子

 

 絶望で揺らぐ誓いを今、もう一度立てよう。

 

「───I have created over a thousand blades.」

 

───幾たびの戦場を越えて不敗

 

 ここからが起点(スタート)なのだ。その起点に立つ為に、

 

「───Unaware of begining.」

 

───たった一度の敗北もなく、

 

「───Nor aware of the end.」

 

───たった一度の勝利もなし

 

 今、彼女は死地へと赴く。

 

「───Withstood pain to create weapons.」

 

───継ぎ人はここに

 

 馬鹿げた理想の終着。そして、過酷な運命の序章。

 

「───My hands will never hold anything.」

 

───その手で抱き締める者は何も無く、

 

 その結末が悲劇的なものでも

 

「───Even so,」

 

───それでも、

 

 それでも

 

「───My flame never ends.」

 

───生き続けることしか出来ない

 

 彼女は抗い続ける。

 

「───So as I pray……UNLIMITED BLADE WORKS.」

 

───その身体はきっと……剣で出来ていた

 

 それが、彼女の戦いなのだから。

 

 

 

 

 

 

 世界が光に呑み込まれた。

 

 

Ⅳへと続く……




固有結界発動シーンです。キリがいいのでここで次回へ。
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Ep.24 迷宮の守護者(ガーディアン)───Ⅳ

今回の推奨BGM:「EMIYA」(Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ)


「───So as I pray……UNLIMITED BLADE WORKS.」

 

 琴葉から噴き出す膨大な魔力の奔流。最後の詠唱を終えたその瞬間、世界は光に呑み込まれた。

 彼女が使った魔術は″固有結界″。それは、個と世界、空想と現実、内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗りつぶす魔術の最奥である。可能性未来の自分の記憶を引き継ぎ、そして、固有結界の引き継ぎもとい理論の継承を行った際に行き着いた心象風景。それが、衛宮琴葉の固有結界、『無限の剣製(UNLIMITED BLADE WORKS)』である。

 琴葉はその瞼をゆっくりと開く。辺りに拡がるのは───

 

(そっか…………あの時から、私の″時間″は止まったままなんだ)

 

───暗雲、瓦礫、そして倒壊した建物であった。

 これが、彼女の心の風景。戦火によって故郷を燃やされたあの日から、心の時間は止まっていた。

 可能性未来の自分の心の風景は砂漠──全てが風化した世界なのだ。と、なればここは風化する前の世界。琴葉の止まった時間が表出するのも頷けるだろう。

 コンクリートで舗装されてはいるが、砲撃によって亀裂が入り、建物は倒壊し辺りに瓦礫を散らしている。突き立つ無数の剣は墓標のようで、所々から炎が立ち上がっている。それらは全て、彼女に対し「何故お前が生きている」と無情にも責め立てるようにも感じる。

 琴葉は歩く。数メートル先に存在する敵へと向けて。突如周りの風景が変わったことに混乱しているのか、ヒュドラは辺りを忙しなく見回していた。しかし、眼前の敵を視界に収めると、その巨体から殺気を立ち上らせる。

 

「ようこそ、私の世界へ。ここならどれだけ壊しても外の世界に影響はないわ」

 

 琴葉はそう言い捨てると、手に剣を投影する。

 

「さあ……来なさい。ここをアンタの墓場にしてあげる」

 

 投影された剣を握り直し、琴葉はヒュドラへと疾駆する。

 ヒュドラは吼えると、極光を放った。威力を抑えつつも連射性を高め、マシンガンのように光弾を飛ばしてくる。琴葉は不規則に左右に動く乱数軌道によって回避していく。この場合、退避するのは愚策。相手のいいようにされてしまう。よって、前に出る。

 ″空力″を用い、空中を駆け上がる。狙うはヒュドラの頭だ。その度に光弾が彼女を襲うが、空中で回避し、避けきれないものは転移することで対処していく。

 

「いけ……!」

 

 琴葉が号令をかけると、無数の剣がヒュドラへと投射された。この固有結界には数多の剣が内包された世界である。そして、そこに存在する剣は全て、琴葉の意思で操作することが可能だ。

 数を揃える為に無銘となったシンプルな造形の剣がヒュドラへと飛来し、突き刺さっていく。一本で大したダメージは与えられないならば、沢山の剣を突き立てれば良いだけの話。無銘の剣の魔力消費の少なさを活かした″弾幕″ならぬ″剣幕″。それらは確実にヒュドラへとダメージを与えていった。

 ヒュドラは次々と突き刺さる剣を嫌がってか、迫る剣の雨霰に向けて極光を放つ。投射された第一波の大部分がこれで消滅してしまったが、すぐに第二波が襲う。

 琴葉は、身を捩り彼女を振り落とさんとするヒュドラの胴体から振り落とされないよう気を付けながら、体表に剣を振り下ろす。だが、硬い。中々刃が通らない。幾度も突き立てるが、内蔵まで届かない。よって、作戦を変える事にした。

 

「……投影開始(トレース・オン)

 

 ヒュドラの体表に何本もの剣を突き立てていく。その数が二桁に達したとき、その手に投影した二振りの剣を突き刺し、叫んだ。

 

「爆ぜろ…………!!」

 

 魔力が剣を通して流れ込み、体表に突き立つ剣と連結する。実は、突き刺したこの二本は導火線としての役割も持っていた。

 琴葉は巻き込まれないように離脱。その数秒後、爆発。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)だ。魔力を暴走させ、爆発を起こしたのだ。

 ヒュドラは悲鳴にも似た叫び声を挙げる。体表を吹き飛ばしたのだ。そこからは、露出する筋肉が。

 

「───我が骨子は捻れ狂う(I am the bone of my sword)

 

 琴葉はその手に捻れた剣を投影し、同じく投影した洋弓に番え、限界まで弓を引き絞る。

 

「───偽・螺旋剣(カラド・ボルグⅡ)!!」

 

 放たれた剣は性格に撃ち抜く───かと思われた。その瞬間、

 

「クルゥアァン!!」

 

 ヒュドラは超人的な反射神経で振り返り、極光を放った。その暴力的なまでの光の奔流は、琴葉が放った捻れた剣を一瞬で消滅させてしまった。

 

「クソッ…………!!」

 

 悪態を吐きながら琴葉は転移する。空中にいる状態では的になりかねないからだ。

 ヒュドラは怒り狂っていた。先程までこちらに向けられていた殺気が生温い程に、強大な″死″の奔流を琴葉へとぶつける。瞳は憤怒と憎悪に燃え、今にも琴葉を喰い殺さんとしている。

 

(仕留め損ねた……! 維持限界も近いっていうのに……!)

 

 琴葉は冷たい汗が伝うのを感じていた。

 その強大さ、獰猛さは元より、ヒュドラをこの固有結界内に繋ぎ止める時間が圧倒的に足りないのだ。正攻法では絶対に倒せない。薄々わかってはいた事だが、それを改めて実感させられたのだ。焦燥と共に、絶望が彼女を支配していく。本当ならすぐにでも逃げ出したい。しかし、ここで逃げれば可能性未来の自分との、何より切嗣との誓いが全て無になってしまう。退路は無い。やらなければならない。倒さねばならない。今、ここで。

 琴葉は剣の弾幕を維持しながら弓に再び捻れた剣を番える。一度で駄目なら、何度でも放つ。一撃でも当たれば致命傷に成り得るのだから。しかし、それはヒュドラも理解していたようで、放たれた剣が自身に着弾する前に極光で消滅させていく。命中しているのは無銘の剣のみ。少しずつ削れてはいるが、やはりヒュドラは倒れない。どちらかというと、ヒュドラは無銘の剣を甘んじて許容し、自身にとって致命傷になりかねない一射を対処する事に方針転換している様にも思えた。

 このままでは負ける───紛れもない事実が琴葉を襲う。固有結界を維持できる限界はもう二分も無い。今の彼女の魔力量ではそれが限界なのだ。更に、悪いことに回復する為の時間すらも無い。口腔から放たれる弾幕がその時間を奪っているのだ。絶え間なく放たれる光弾で琴葉に回復する暇を与えない───敵ながら天晴れとしか言いようが無かった。

 

(アイツを殺す為には一撃の威力に優れたものが必要……だけど、弓で放つと極光で撃ち落とされてしまう……)

 

 琴葉は光弾を躱しながら思案を巡らせる。一撃で吹き飛ばせるだけの火力が今この瞬間は必要なのだ。記憶を引っ張り出しながら、この状況に最適な宝具を探していく。

 

(神造宝具は無理……。やれば身体が消し飛ぶから却下)

 

 かの騎士王が駆ったとされる神造宝具はすぐに除外した。そもそも、魔力が足りなさすぎる。仮に出来たとしても、己の命を犠牲にでもしなければ不可能であろう。

 散々思案をし、一つの宝具を思い浮かべた。

 

(あれなら……〈選定の剣〉なら……)

 

 無茶をすれば投影できる───そう踏んだ。

 神造宝具は投影できずとも、それ以外ならば投影は可能だ。しかし、如何せんそれも膨大な魔力を必要とする。普通に投影するだけでは不可能だ。

 

(失敗すれば命を落とす……だけど、今の所勝率が一番高いのはそれしかない)

 

 疾駆しながらそう考えていると、眼前に光弾が着弾、爆発した。衝撃波で琴葉は数メートル吹き飛ばされる。地面を跳ねる中、意識を失いかけるが、なんとかそれを保ちポーチの中から小瓶を取り出し、中の神水を呷る。どの道全ての魔力を動員するのだから、摂取しておいた方が良いだろうと結論づけたのだ。何はともあれ、回復は出来た。

 琴葉は体勢を立て直し、自身の周りに障壁代わりとして幾本かの太い大剣を突き刺す。

 

(覚悟を決めろ…………ここでアイツを殺す…………!!)

 

「───身体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

 

 全身の魔術回路が沸騰し、魔力の奔流が身体を駆け抜ける。イメージするのは一振りの剣。

 

「ぐっ…………!」

 

(駄目だ……足りない……! もっと魔力が必要だ!)

 

 その間にも、光弾は殺到する。限りなく真に近付ける為には、通常の魔術回路だけでは供給できない。

 

(やるしかない……!)

 

 魔力が足りないなら、他から作ればいい───琴葉は″禁じ手″を使う。魔力が、魔術回路が足りないのならば、身体の器官の生命力を魔力として、魔術回路として扱えばいい話だ。それはつまり、自身の命を削ることを意味する。しかし、やらなければ勝機は無い。

 

 

(筋系……血管系……リンパ系……神経系……全てを擬似魔術回路として利用……)

 

 全身を激痛が走る。生命力を魔力へと変換していく際に、擬似的な魔術回路へと変換していく際に生じる痛みだ。規模が拡がれば拡がる程にその激痛は増していき、立つことすら精一杯な状態に陥っていく。

 

「ぐ……う………」

 

 激痛は既に全身へと拡がっており、その瞳からは痛々しく血液が流れ落ちていく。視界も赤く染まっていた。

 手元に閃光が迸り、集積された魔力は一本の剣を形成していく。全身を魔力タンクとして扱うことで、漸く、一つの宝具を投影することが出来た。

 銘を『カリバーン』。『選定の剣』とも呼ばれる、かの騎士王アーサーを騎士王たらしめる黄金の剣だ。

 琴葉はカリバーンを腰撓めに構え、走る。全身に激痛が走るが、それでも足を止めない。止まれば、待ち受けるのは『死』───故に、琴葉は走り続ける。前方からはヒュドラが放つ光弾の雨霰。それらは琴葉を狙って放たれたものだが、狙いをつけた場所に琴葉はもういない。痛みを堪え、歯を食いしばり、流血しながらも必死で疾走する。出来るだけ近くで、真名解放しなければ意味が無いのだ。

 

「が、あ、あああ…………!!」

 

 呻き声を挙げながらも琴葉は前進する。ヒュドラまで、あと数メートル。琴葉はより一層の魔力をカリバーンへと込める。

 

「───選定の剣よ…………力を」

 

 立ち止まった琴葉は下段で剣を構える。

 

「───邪悪を断て…………!!」

 

 大地を踏みしめ、剣を握るその手に力を込める。

 刀身には眩いばかりの黄金の光が。例え、贋作であっても、己の存在を示さんと、輝き続ける。

 

「───勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!!」

 

 剣をヒュドラへ向けて、振った。圧縮された魔力は奔流となり、黄金の光がヒュドラへと迫る。

 対するヒュドラは口腔から極光を放った。これまでに無い程に強力で、極太の光。

 両者が衝突し、空間が揺れた。

 

「う、おおおおおおお……………!!」

 

 拮抗……いや、琴葉が押されていた。必死で踏ん張り、魔力を込め続ける。

 少しずつ、少しずつ、押し返し始めた。辺りには衝撃波が暴風のように吹き荒れる。

 琴葉は最後の魔力を絞り出し、雄叫びを挙げた。この時、この場所で、ヒュドラを排除する為に。そして……己の意志を貫く為に。

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 空が爆ぜた。

 

 

 

 

Ⅴへと続く……




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Ep.25 迷宮の守護者(ガーディアン)───Ⅴ

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 固有結界内、琴葉は死力を振り絞り、黄金の剣に魔力を注ぎ続ける。地を踏み締め、押し飛ばされないように踏ん張り、身体を駆け抜ける激痛に耐える。

 黄金の剣から放たれた光が、ヒュドラの極光を押し返し、やがて───

 

 

ドガァァァァン!!

 

 

───空が爆ぜた。

 

 世界が崩壊していく。固有結界の維持限界だ。琴葉の視界が光に包まれ、その眩しさに一瞬目が眩む。

 次に目を開くと、そこはヒュドラが待ち受けていた元の部屋であった。眼前には───重傷ではあるが、未だに倒れないヒュドラの姿が。 

 

(倒しきれなかった……)

 

 その手に握る黄金の剣が砕け散る。魔力に耐えられなかったのであろう。そして、全身を立つことすら出来ない程の激痛が襲う。

 

「ちく……しょう……」

 

 もう、力も入らない。血液を吐き、呻いた後、琴葉は床に倒れた。

 ヒュドラは琴葉をその視界に捕らえ、とどめを刺さんとその巨躯を引き摺る。ヒュドラもまた、限界が近かった。そしてまた、自身を追い詰めたことがヒュドラにとって腹立たしくもあった。激痛がヒュドラの憤怒を増大させ、膨大な殺意を琴葉へと向ける。

 

(動け……動けぇ…………!!)

 

 琴葉は倒れ伏しながらも必死で四肢を動かそうとする。気を抜けばすぐに意識を失いかねない程の激痛を耐え、身体に力を込めるが、彼女の身体は動かない。筋繊維は既にボロボロになっており、傷口からは夥しい程の血液が流れ落ちている。

 少しずつ、少しずつヒュドラが近付いてくる、ヒュドラは琴葉を警戒しており、確実にとどめを刺せる距離まで近付こうとしているのだ。

 

(動け……動けよ…………!!)

 

 身体は動かない。もう目の前まで″死″が迫っている。死んでしまったら、ハジメとユエが殺されてしまう。……駄目だ。認められない。二度ならず三度もあって堪るものか……! 琴葉は必死に身体を動かそうとする。

 しかし、残酷にもヒュドラは極光の発動準備に取りかかった。増大していく極光。それはまるで、死刑宣告をするように、射線に琴葉を捕らえる。

 放たれようとするその瞬間、一陣の風が吹いた。

 

(一体……何が……)

 

 琴葉は何者かに抱えられているのを感じた。

 ヒュドラから放たれた極光はもはや遠く。彼女を仕留めきれなかった事に、ヒュドラは怒りの咆哮を上げる。

 

「ったく……無茶すんじゃねぇよ……!」

 

「……ハ、ジメ……!?」

 

「…………琴葉、後で説教」

 

「ユエお姉ちゃん……!?」

 

 全快とまではいかないが、ハジメとユエの二人を視認し琴葉は驚きに包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 ユエは琴葉を引き留めようと腕を伸ばした。しかし、琴葉はそれを拒絶するように、一言だけ謝罪の言葉を口にすると、ユエとハジメを柱の後ろへと転移させた。

 

「琴葉……! 琴葉……!」

 

 必死で叫ぶが、琴葉の耳には届いていない。彼女が詠唱を始めると同時に、周囲には膨大な魔力の奔流が。ユエもそれを感じ取っていた。ユエは琴葉が固有結界を張ることは聞かされていない為、何をしようとしているのかわからなかった。

 数秒後、詠唱が終わると同時に、琴葉とヒュドラに電光が走り、その場から消えてしまった。突然の事態に目を見開くユエ。少なくとも、この魔法は知らない。

 

「う……ぐ……」

 

「っ! ハジメ……!?」

 

 神水が効力を及ぼしてきたのか、ハジメは苦しげに呻きながら目覚める。ユエはハジメを支え、壁にもたれさせる。

 

「ユ、エ……? そうか……俺は……」

 

 少しずつだが、何があったのか思い出せてきた。ハジメは辺りを見回す。周りにはボロボロになった外壁と柱が。

 

「ハジメ……良かった……」

 

「おお……すまん……心配かけた」

 

 泣きじゃくるユエを宥めるハジメ。と、その時、違和感に気付く。

 

「ちょっと待て……何で琴葉がいないんだ……? それに、ヒュドラも……」

 

「琴葉は……一人でいっちゃった……」

 

「はぁ……? 一人で?」

 

「……ん。私とハジメをここに逃がした後、一人でヒュドラと戦ってる……」

 

「待て待て待て…………じゃあ何でここにいないんだ」

 

 ハジメは今の状況を上手く掴めていない。ヒュドラが消えていることも、琴葉が消えていることも、何もかもが理解できていない。それは、ユエも同じ事だ。何故両者が忽然と消えているのか、彼女にも理解できなかった。

 

「消える前、琴葉が何か詠唱してた……多分、それが原因……」

 

「マジか……」

 

 大方、その原因は琴葉の詠唱によるものだろうと二人は結論づけた。そう考えるしかなかった。

 

「信じるしか、ないな……」

 

「…………んっ」

 

 ハジメの言葉にユエは力無く頷いた。

 

「「っ!?」」

 

 突如、部屋に閃光が迸る。ハジメとユエの二人は警戒する。閃光が爆発し、視界が晴れたその先には───

 

 

 

───黄金の剣を携えた琴葉の姿が。

 

 やがて黄金の剣は砕け散り、血を吐き琴葉は倒れ伏す。

 ヒュドラは重傷を負いながらもまだ息があり、戦闘態勢のままであった。ヒュドラは琴葉の息の根を止めるべく、その巨躯を引き摺る。

 

(やめろ……)

 

 身体を激痛が蝕むが、ハジメは必死で立ち上がろうとする。

 

「琴葉……!」

 

 ユエの悲痛な声を響く。

 その時、ハジメの胸中に激烈な怒りが満ちた。自分は何をしている? いつまで休んでいれば気が済む? こんな所で仲間を、友人を奪われる理不尽を許容するのか? 自分にとって大切なパートナーを絶望させるのか? あんな化物如きに屈するのか?

 ───否。断じて否だ。自分の、自分達の生存を脅かすものは敵だ。敵は、殺す……!

 その瞬間、頭のなかにスパークが走ったような気がし、ハジメは一つの技能に目覚めた。″天歩″の最終派生技能[+瞬光]。知覚機能を拡大し、合わせて″天歩″の各技能を格段に上昇させる。ハジメは一つ、″壁を超えた″のだ。

 琴葉の元に駆けだそうとしたその時、腕をくいと引かれた。

 

「……私も行く」

 

 ユエは真っ直ぐにハジメの瞳を見詰めていた。ハジメはそれに答えるように、頷いた。

 ユエはハジメの背中に掴まる。その直後、ハジメは爆発的な加速により、友人を助ける為に跳躍した。

 ヒュドラから放たれようとする極光。それは琴葉をしっかりと照準していた。

 

「間に合えぇぇぇぇ!!」

 

 ハジメはもう一度、加速する。それはまさしく、一陣の風のよう。そして……

 

ガシッ!

 

 琴葉を抱え、離脱する事に成功した。すぐ後ろを極光が焼く。

 

「ったく……無茶すんじゃねぇよ……!」

 

「……ハ、ジメ……!?」

 

「…………琴葉、後で説教」

 

「ユエお姉ちゃん……!?」

 

 琴葉はハジメとユエを視界に収めると驚愕で目をぱちくりとさせている。

 

(軽い……!? だが、この状態……失血か!)

 

 まずは琴葉を安全な場所に隠す必要がある、とハジメは考え、全速力でヒュドラから離れていく。怒り狂うヒュドラは光弾を辺りにばら撒いている。

 ヒュドラから離れた場所に琴葉を下ろすハジメ。その後、分厚い壁を錬成し、トーチカを三人の周りに形成した。琴葉は衝撃によって激痛がぶり返し、苦しげに呻く。

 

「ありがとう……助かった、わ……」

 

 激痛で表情を歪ませながらも琴葉は二人に礼を言う。

 

「礼はいい。それより……何があった?」

 

「固有結界を使って……アイツを仕留めようとしたけど……仕留め損ねたわ……」

 

「固有結界ぃ……? まあ、詳しいことは後で聞こう」

 

 ハジメは石で作った試験管を取り出し、先を砕いて開けて琴葉の口に突っ込む。いきなり突っ込まれた事に抗議するように琴葉は目で訴えるが、激痛で身体を一ミリも動かせない今の状況に置かれている以上、仕方の無いことなので受け入れるしかなかった。試験管の中に入れられていた神水が身体に染み渡り、激痛が少しずつ和らいでいく。

 

「アイツは俺達が殺す。お前はもう、休んでろ」

 

「でも……!」

 

「でもも何も無い。第一、こんなボロボロになるまで無茶しやがって……まあ、でも、耐えてくれてありがとな。そして、生きててくれてありがとう」

 

「……うん」

 

「後は任せろ。そんで、ゆっくり休んでろ」

 

「っ……」

 

「仲間を信じられないのか?」

 

「いや……それは無い」

 

「なら、俺達を信じろ」

 

「……わかった」

 

 ハジメは琴葉を説き伏せる。ハジメとしては、ボロボロになるまで戦った琴葉をこれ以上戦わせるわけにはいかなかったのもあるし、こうなるまで日和っていた自分が不甲斐ないというのもあった。琴葉としては不服ではあるだろうが、それでも、仲間を頼って欲しかった。

 

「じゃあ、ここで待ってるから。あとは……お願い、ね……」

 

「おう。任せろ」

 

 その言葉を聞き届けると、琴葉は意識を失った。極度の緊張状態から解放されたのもあるし、激痛に耐えきれず気絶したというのもある。ユエは慌てて駆け寄るが、ハジメはまだ息がある事を伝え、ユエを安心させた。

 

「ユエ、俺の血を吸え」

 

「……ん!」

 

 ユエはハジメの首元に顔を埋め、牙を立てる。それはハジメの力が直接流れ込むかのようにユエの体を急速に癒していく。ヒュドラを殺す為には、ユエの魔法が頼みの綱だ。琴葉の死闘を無駄にしない為にも、必ず勝利しなければならない。

 その間も、錬成によって構築されたトーチカを光弾が削っていく。このままいけばいずれ破られるであろう。だが、破られる前にユエの吸血が終わった。ユエは自身の身体に活力が戻るのを感じた。

 

「さて、殺るぞ」

 

「んっ……アイツはぶっ潰す」

 

「ユエ、合図をしたら″蒼天″を頼む。それまで、回避に徹しろ」

 

「んっ……ハジメは?」

 

「俺は下準備」

 

 ハジメはそう言うとユエを下ろし、トーチカの一部に穴を開け、外へと飛び出した。瞬時にトーチカを補強し直し、ヒュドラの方へ駆けていく。

 襲い来る光弾をハジメは紙一重で躱していき、″縮地″で場所を移動しながらドンナーを発砲する。ヒュドラは血が流れ落ちる身体を動かし、何とか回避してみせた。銃弾は外れ、明後日の方向へ飛んでいき、天井に穴を開けるだけに留まる。

 ハジメは気にした様子もなく次々と場所を変え銃撃する。しかし、弾丸はやはり外れて虚しく天井に穴を開けるだけだった。馬鹿にしているのかとヒュドラの瞳に憤怒が宿り、更に攻撃が苛烈になる。しかし、冷静さを失っているのか、その攻撃はあまりにも安直で、回避しやすかった。

 ハジメはドンナーに装塡された銃弾全てを撃ち尽くすと″空力″で宙へ跳躍。壁を越えたが為に、今までの比でない程に細やかなステップが可能になっており、天井付近の空中を泳ぐように跳躍し光弾を次々と躱していく。

 怒り心頭で冷静さをかなぐり捨てたヒュドラは極光を放った。暴力的な光の奔流を軽々と躱したハジメはニヤリと笑う。ハジメは看破していた。銀頭が極光を放っている間は硬直していることを。そして、銃弾を再装填したドンナーを再び、先程撃ち抜いた六箇所に照準を合わせて狙い撃った。

 すると、突然天井に強烈な爆発と衝撃が発生。一瞬の静寂の後、一気に崩壊を始めた。その範囲は直径十メートルにも拡がり、重さは数十トン達する大質量が崩落し直下のヒュドラを押し潰した。

 種を明かすと、ハジメは天井にドンナーで穴を開け、空中で光弾を躱しながら手榴弾を仕込みつつ、錬成で天井の各部位を脆くしておいたのだ。そして、六箇所をほぼ同時に撃ち抜くことで爆破した。

 ハジメは攻撃の手を緩めない。ヒュドラは既に疲弊仕切っているが、琴葉の死闘ですら仕留めきれなかったが故に油断できなかったのだ。大質量の塊に押し潰され身動きが取れなくなったヒュドラに″縮地″で接近し、錬成。崩落した岩盤の上を拘束具に作り替え、身動きを封じる。それと同時に、ヒュドラの周囲を囲み、突貫工事で溶鉱炉を作り出した。その場を離脱しながら焼夷手榴弾などが入ったポーチごと溶鉱炉の中に放り込み、ユエに叫ぶ。

 

「ユエ!」

 

「んっ! ″蒼天″!」

 

 青白く輝く太陽が突貫工事で設営された溶鉱炉の中に出現し、拘束されたヒュドラを融解させていく。中に放り込まれた爆薬の類も連鎖して爆発し、ヒュドラを沈黙させた。既に死に体でもあったのだ。抵抗することも出来ず、そのまま燃え尽きていった。

 ハジメの感知系技能からヒュドラの反応が消える。ヒュドラの死を確信したハジメは、そのまま後ろにぶっ倒れた。無理のしすぎだ。

 

「ハジメ!」

 

 ユエは多量の魔力行使で力の入らない身体を動かし、慌ててハジメのもとへ行こうと床を這いずる。

 

「流石に……もう、ムリ……」

 

 ハジメは自分も人の事言えないなと自虐し、彼の元へ辿り着いたユエが自身に抱きついてくる感触を知覚すると、突如襲い来る脱力感に身を任せ、ゆっくりとその意識を手放した。

 

 




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