艦これの世界に転生したって早期に気付くのは無理 (アズレン提督)
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緒戦
プロローグ


2021/10/12 タイトル修正


 異世界に転生するらしいですよ。

 チート能力貰えるらしいですよ。

 で、貰いました、転生しました。

 

 

 まぁ、前歴の説明なんてこのくらいで十分でしょ。

 異世界転生する前にどこでなにしてたとか端折ってOK!

 

 戦前生まれで硫黄島に配属されていたけど、当時の指揮官が敗残兵の汚名を受けても部下を生き残らせることを決意したことで生き残り、焼け野原になった日本を復興させるために歯を食いしばって来た漢が転生みたいなのだったら前歴も見てみたいもんだが、生憎と見たことがない。

 って言うかそこまで行ったら最早前歴の方が主題になりそうなので結局NGです。

 

 

 さておき、異世界とか言うけれど、転生したのは現代日本だった。

 安穏とした退屈で既知に満ちたもう1度の人生を送っている。

 

 違いと言えばまぁ、前世よりもちょーっとばっかり遅く生まれたくらい。精々数年程度だけど。

 無駄無駄オラオラやってる漫画もあれば、時空を超越した底知れぬ漆黒の深淵に通じる袋状の器官から奇怪な装置を取り出す機械のアニメもある。

 

 そんな世界で私がなにをしているかと言えば、ふつーに小学校に通い、ふつーに中学校に通い、とやっている。

 強いて特別なところがあるとすれば、もらったチート能力を活かして活動してるってことかなー。

 

 なにをしてるかって?

 

 ボクシングだよ。

 

 私のチート能力は『身体能力5倍』である。シンプルに身体能力が5倍になる。

 かなりしょっぱく感じるチート能力だが、あらゆる身体能力が5倍になるので結果は5倍どころではなかったりもする。

 プロボクサーが時速30キロから40キロで拳を放つと言われる中、私のパンチスピードは時速160キロである。こんなん頭に当たったら死にますよ……頭じゃなくても死ぬが。

 もちろん本気で人を殴るわけはない。対戦相手が片っ端からリング禍で死ぬとか死神か何かかな?

 

 殺さない程度に手加減して戦い、勝つ。そしてファイトマネーを稼ぐのだ。

 私のチート能力があれば、一方的に相手を殴って勝てる。だからボクシングだ。

 あるものは使う。それが私のライフスタイルだ。だからチート能力も使っていく。

 

「そやけど英語のべんきょはなー……」

 

 がりがりと頭を掻きながらブツクサ呟く。そう、私がボクサーになるのは日本ではなくアメリカの予定である。

 なんでかって、まぁ、ファイトマネーの差かな……日本だと興行収入的にね……まぁ、日本でプロボクサーになってアメリカに殴り込むという形ではあるのだが。

 しかし、そのためにはアメリカで活動出来る程度に英語もできる必要がある。

 

 チート能力のお蔭でトレーニングなんぞしなくても世界王者になれるが、勉強にまでチート能力は適応されないのだ。

 一応、思考能力5倍、記憶力5倍と言った強化は出来るのだが、それをしても焼け石に水な感は否めない。

 5倍にのーみそ強化しても、頭に入ってく量はあんま変わらない気がするんだよなぁ、なぜか。頭の痛い問題だ。まぁ、頭は痛いのではなく悪いわけだが。

 

「はぁ~……詰まった。今日はやめとこ」

 

 ぽいっ、と机の上にシャーペンを放り投げ、椅子に背を預けて天井を見上げる。

 天井はクリーム色、壁紙は淡いピンク。傍らのベッドの上にはぬいぐるみやらなんやら。

 なんともまぁ女の子っぽい部屋で、実際に私は女の子なのだよなぁ。

 

 そう、いわゆるTS転生ってやつだね。

 

 これのせいで稼ぐのちょっと難しくなってんだから困る。男子だったらもっと楽だったのに……。

 男子プロボクシングなら日本国内でも十分な興行収入が得られただろう。女子プロボクシングは人気無いんだよ。

 

「はぁ~」

 

 しばらくぼけ~っとしていたが、ヒマさを感じる。かと言って勉強はしたくない。

 じゃあ、とりあえず外にでも出るか、とも思うのだが、服装は部屋着で外に出れる格好ではない。

 この格好で出れる限界は庭先くらいまでだろう。それ以上はさすがにやべーでござる。

 じゃあ、この格好で出れる限界まで出るか……と、階下に降りて、居間の窓から突っかけ履きを履いて庭に降りる。

 

 太陽燦々、青い空、白い雲。まさに快晴と言った感じの空だ。こんないい天気に家の中で勉強とか青春の浪費だよね、間違いない。

 と言うわけで、勉強はしない。じゃあなにするかって……まぁ……庭先で青春の浪費とか……?

 うーん……と考え込んでいると、視界の端に人影。そちらにちょいと視線を向けてみると、汗だくの美少女がそこに!!!

 

「おっす、潮」

 

「おーっす、天ねー」

 

 お隣さんの龍田川天音さんである。いわゆる幼馴染と言うやつ。

 歳は1つ上で、私が中学3年なので天ねーは高校1年生である。

 ショートヘアの美人さんな上に、スタイルもバツグン。

 かーっ、出来ることなら前世で幼馴染になりたかった。

 

「今日も素振りしとるん? 土曜日の昼間っから精がでますなー」

 

「おう。潮もやるか?」

 

「昼間っからヤットウの稽古かー。まぁ、たまにはええかー」

 

 天ねーは剣道美少女と言うやつである。

 父親が剣道やってて、兄3人も剣道やってる剣道一家である。

 実は私も昔はやってた。まぁ、お隣さんだからね。誘われたらご近所付き合い的にやるよね。

 大人げなくチート能力使ったので、全員べっこんぼっこんにしてしまった。

 本気で振らなくても、動体視力5倍にして反射神経5倍にするだけで余裕である。

 

 そんなわけで、天ねーに誘われ、竹刀を借りてヤットウのお稽古である。

 寸止めでやればOKだろ、的な雑さで防具無しでの試合をする。

 まぁ、動体視力5倍反射神経5倍の私に勝てるわけもないのだが。

 

 ただ、そんな化け物とやり合ってるせいで天ねーがだんだん超人の領域に脚を踏み入れてんだよね。

 動体視力5倍にしても追い切れない太刀筋とか、反射神経5倍でも躱し切れない一撃とか出してくる。

 それでも反応して防いだり躱したりするわけだが、これ普通の相手なら全員ボコボコなのでは?

 天ねーの反応速度もなんか異常と言うか、そもそも私が振る前に既に反応してることが稀によくある。未来予知でもしてらっしゃる???

 私が本気で振ると剣先見えないからって、未来予知をすることで対応とかどうしてそうなるのかそれが分からない。

 

「だーっ! くそ! 勝てねー!」

 

「天ねーもまだまだやなー」

 

「潮がおかしいんだっつーの! いまじゃ俺が一番強いんだぜ!?」

 

 俺っ娘剣道美少女とか属性盛り過ぎな天ねー、いつの間にか家庭内最強になっていた模様。

 これもうインターハイとか出禁にすべき強さなのでは?

 

「まだやる?」

 

「今日はおしまい! 疲れた! 午後はどっか遊びにいこーぜ!」

 

「ええよー。そこらの川原で殴り合いでもしよか」

 

「なんで昭和のドラマみてーなことしなきゃなんねーんだよ!? もうちょっとこう、なんか、あるだろ!」

 

「なんかってなんや」

 

「こう……なんか……シャレた喫茶店で茶ぁ飲んでみたり、服とか見てみたり……なんか、そう言う感じのだ!」

 

 天ねーは男所帯で育ったので女の子っぽいことが苦手なのだ。

 嫌がるとか恥ずかしがるとか言う意味ではなく、出来ないという意味で苦手だ。

 腹が減ったら牛丼屋で特盛の牛丼を掻き込み、出掛ければゲーセンに脚を誘われ、買い物に行けば兄たちに影響されてエアガンやらバイクに目を惹かれる女子高生だ。

 

 女の子らしい服は高ぇよ! ユニクロでいいだろ! と文句を垂らす。

 流行りのスイーツは、量が少ねぇ! スーパーのカステラがコスパいいじゃねーか! と質より量。

 LINEをすればスタンプも絵文字も使わない業務連絡のような端的な文書ばかり。

 

 でも女なのは間違いないし、可愛いものも嫌いなわけではない。

 ぬいぐるみとか喜んで受け取るし、下着はお洒落なのつけたがる美少女だ。

 

 いいだろう、これが私の幼馴染の天ねーだぞ。最高だろうが。

 

「まぁ、とりあえず町中出てみよーや。そーゆーわけで、汗流して出掛けよかー」

 

「おう。パパッと汗流してくらぁ!」

 

 そう言って家の中に飛び込んでいく天ねー。

 私も家の中に引っ込み、服を着替える。汗を掻くほど動いてないので着替えだけでOKだ。

 

 

 そして家の外に出て、ぼへ~っと天ねーを待っていると、私服の天ねーが出てくる。

 

「おう、なんだ、潮。速いじゃねーか」

 

「まぁ、うち汗とか流してへんし」

 

「大丈夫かぁ?」

 

「シャワー浴びてないって意味やなくて、汗流すほど動いてへん言う意味やで」

 

「くそーっ! 次こそボコボコにしてやる!」

 

「頑張りや~」

 

 へらへらと笑っておく。

 

「くっそー、とにかく行くぞ! 潮!」

 

「はいよ~」

 

 天ねーに誘われて私は歩き出す。

 なんだか楽しい1日になりそうな気がして来た。

 

 

 ああ、そうそう。

 

 私の名前は黒川潮。

 男の子っぽい名前と言われるけど、前世男の子で今世女の子なTS転生者だ。



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青天の霹靂

2021/10/12 タイトル修正


 天ねーと町中に出る。天ねーとはよく一緒に遊ぶが、具体的にどう遊ぶということは無い。

 男だった身としては色々と違和感があるのだが、具体的な目的もなく町中をぶらつく……と言うのは女子高生なら普通にやってるんだろうか?

 町中をぶらついて、よさそうな店があったら入ってみて、これいいね、いいよね……とか話し合う。

 ぶっちゃけ喋るのが主目的な行動の気がする。まぁ、それはそれで楽しいので構わないのだけど。

 

「そーいやよー」

 

「んー?」

 

 歩き疲れたのでベンチに腰掛け、移動販売のクレープを齧っていたところ、天ねーがなにかを思い出したように言う。

 

「最近ニュースになってる、海を歩く怪人ってどう思うよ?」

 

「なんそれー? うち知らんわぁ」

 

「マジで? ニュースにもなってるし、ツイッターでもめっちゃ流れてんぞ?」

 

「うちテレビ見ぃひんし、ツイッターもしとらんからなー」

 

「マジで……?」

 

 武道少女で男っぽいところがあるけど、それ以外は割と普通の女子高生なので天ねーはツイッターもやればテレビも見る。

 それに対して私はテレビも見ないしツイッターもやらない。なんでかって言われたら、なんでだろうね……。

 

「まぁ、ともかく、そんな感じの謎の人物がいるんだよ。世界中で目撃されてるらしいぜ?」

 

「ほへー、そらけったいやなぁ。海の上歩くとかうちでもようやらんわ」

 

「いや、できねーよ」

 

 できるんだなそれが。やらないけど。いや、走らないと沈むから歩くのは無理か。

 ちなみに、走るのは空気抵抗とかフォームの都合とかもあって単純に5倍にはならなかったりする。

 

 私のチート能力は応用範囲はかなり広いけど、限界自体はそれほど高くはないのだな。

 実際、パンチスピードも実際には5倍どころじゃない速度を出すことは可能だ。

 単純にその場でやるパンチだけでも全身の筋肉の強化で7~8倍の速度が出せるし、私自身が走れば相乗効果で更なる速度が出る。

 

 しかしそれをやると私の手が木っ端微塵である。

 

 10倍の速度で殴ったら威力は100倍なわけだが、私の拳に返る反作用も100倍なのだなぁ。

 骨格強度も5倍にできるが、5倍に強化しても100倍の反作用相手では焼け石に水である。

 応用範囲は無限大と思えるほどに広いが、限界点と言うものがあるのだ。仕方ないね。

 

「まぁ、うちが現代社会にびみょーに適応しとらんとかそう言うのはええんよ」

 

「そーか。まぁ、それはいいけどよ。あたしとしちゃ、本当に居るのか気になるんだよなー。いると思うか?」

 

「おるんちゃうー? 烈海王とか」

 

「烈海王はいねーよ」

 

「はー? 天ねーは夢がちょいと足らんのとちゃう?」

 

「列海王の非実在でそこまで言われなきゃいけねーのか……」

 

 なんて話していると、ブゥーン、なんて耳障りな音がする。

 なんやいな、と空を見上げれば、小さな飛行機が飛んでいる。

 生物的な意匠のある飛行機で、サイズ的には手の平に乗っかる程度だろう。

 

「なんやろあれ」

 

「ラジコンか? ん、なんか落っこちたな」

 

 天ねーの言う通り、小さな飛行機から何かが落っこちた。

 ちょっと気になって、私は視力を強化してそれを見やる。

 

 私の強化は基本的に数値が5倍になる。私の視力は両目ともに1.5くらいなので、強化すると7.5である。

 飛行機が落としたものを見つけ、時間分解能と思考速度を5倍に強化すると、相乗効果で25倍の体感速度を得られる。

 1秒が25秒に感じられる中、落ちていくものをよく見る。

 

「(なんやろあれ……爆弾……みたいな形しとるけど……ラジコン大会でもどっかでやっとるんかな……?)」

 

 小指の先ほどの小ささとはいえ硬そうなものを落っことすとは危ないなぁ。そう思いながら強化を解除。

 そして、私の見ていた小さな爆弾が地面へと落下し。それは爆発した。

 

「うわっ!」

 

「ひゃぁっ!?」

 

 肌に感じる爆風。咄嗟に時間分解能と思考速度を再度強化し、私は自分に飛んでくる破片を手で弾く。

 すぐ隣に座っていた天ねーに当たりそうなものも弾き飛ばす。

 

「天ねー!」

 

「あ、ああ。なんなんだ? ガス爆発かなにかか?」

 

「そう言うんとちゃう。って、いっぱい来とるがなー!?」

 

 爆弾を落とした飛行機と同じものが、まるで雲霞の如く押し寄せてくるのが私の眼には見えた。

 それは一斉に爆弾を落とし、私はなすすべがないままに、それがさく裂するのを見届けるほかなかった。

 隣の天ねーを庇うように前に立って、飛んでくる瓦礫を片っ端から弾き飛ばす。

 

 瓦礫を全て弾き飛ばし、私は無傷で爆発をやり過ごす。至近距離の爆発でなくてよかった。

 そう、安堵のため息をついて、私はようやく目の前の光景を正しく認識する。

 

 吹き上がる爆炎と散乱する瓦礫の中に、濃密な血の匂いと人の悲鳴と呻き声が、異様なまでに鮮明だった。

 

「う……痛っ……」

 

「天ねー!? どっか怪我したん!?」

 

「あ、ああ。眉んところ切っちまったみてぇだ……」

 

 そう言う天ねーの額からとくとくと血が流れている。

 私と天ねーでは身長が20センチ近く違う。そのせいで上の方の破片を見落としたか。

 私が小さいというより、天ねーが大きいという方が正しい。天ねーは身長168センチくらいあるので。私は151。

 

 傷はそれほど深くない。ボクシングやってる身なので、額の裂傷は見慣れた怪我だ。

 私はポケットからハンカチを取り出し、それを天ねーの額に押し付ける。

 

「抑えとき! 額の血ぃはなかなか止まらんから離したらあかんよ!」

 

「ああ。すまねぇ。何が起きたんだ?」

 

「うちにも、分からん……なんや、これ。なんなんこれ……」

 

 分からない。まるで何も分からない。何が起きているのか、どうしてこうなったのかも、なにもかも分からない。

 子供の泣き声、女性の悲鳴、男性の呻き声、老人のか細い呼吸、炎の燃える音、何かが崩れる音。

 

 私の目の前で、日常が音を立てて崩れ落ちていっている。

 

 どうして? なぜ? この世界は、平和な、現代日本じゃなかったのか?

 なにが起きて、どうしてこうなったのか? なにも、なにも分からない。

 

「うあっ!?」

 

 天ねーの悲鳴。天を突くミラービルの中途に、何かが撃ち込まれたのが見えた。

 それは内部で爆発すると、ミラービルのガラスを粉々に吹き飛ばし、ビルが崩落していく。

 その何かは次々と飛来してくる。私の強化された視力は、それを正確に捉えていた。

 

 円錐形の、椎の実型のなにか。それは、戦艦の砲弾のように見えた。

 

 だが、小さい。小さすぎる。精々が手のひらに載ってしまうようなサイズ。

 なのにそれは、見た目からは想像もつかないほどの凄まじい威力を発揮してさく裂する。

 ビルが次々と崩れ落ちていく。あそこに、いったい何人の人がいる?

 

 ぞっとした。

 

 目の前で、何百、何千という命が、次々と奪われて行っている。

 そのただなかに、私たちも居る。私と、天ねーは、その渦中にいる。

 

「天ねー! はよ逃げな!」

 

「あ、ああ!」

 

 私と天ねーは走り出す。その背に絡みつくような、悲鳴と嗚咽、助けを求める声を引き剥がして。

 爆発するなにか、飛散するなにか、悲鳴をあげるなにか、壊れていくなにか。

 

 日常が壊れていく。

 

 平和な町も、道行く人も、穏やかな空気も、なにもかもが、壊れていく。

 戦いが突然、私たちの日常を壊していく。それは酷く理不尽で、吐き気がするほどに残酷だった。

 なにもかもが身勝手に壊されていく。意味も分からないままに人が死んでいく。

 

「や、やべぇ! よく分かんねぇけどやべぇぞこれ!」

 

「分かっとるからもっと気張って走らんかい!」

 

「って言うかはえーよ! おまえ脚速過ぎねぇ!?」

 

「これでも天ねーに合わせとるわ!」

 

「こんなところでも才能の差が!」

 

 チート能力を使うまでもなく私は天ねーより足が速い。

 私はチート能力無しでも100メートル14秒切れる。

 天ねーも速い方だが、私はそれ以上に速いだけだ。

 

 そんなことを考えていたら、私たちの目の前を砲弾が横切って行った。

 私は咄嗟に隣を走っていた天ねーを突き飛ばした。

 

 そして、砲弾が建物に突っ込み、炸裂。

 

 チート能力を全開にする。あらゆる身体能力を5倍に強化し、認識速度も極限まで強化。

 超至近距離から飛来する瓦礫を手の平で弾く。痛い。めちゃめちゃ痛い。

 皮膚強度も5倍に強化しているが、高速で飛来するコンクリートや鉄筋の含まれた瓦礫を手で弾くのは無理がある。

 

 だがなんとかそれを弾き終え、私は最後に落下してきた巨大なコンクリートを避ける。

 落下してくる瓦礫の位置を確認し、足元も確認し、私は自分に激突しないルートを確認し回避していく。

 

「(無、理ィ……!)」

 

 それで全部避けれたら凄いんだけど、地面を埋め尽くすほどに降って来る瓦礫が避けれるわけもなく。

 半ば瓦礫に飲まれながらも、私は必死で瓦礫を回避し、堆積する瓦礫から逃れようとする。

 思考速度を強化することで25倍の速度で世界を認識できるが、反射神経と行動能力は5倍が限界。

 5分の1の速度でしか動けない以上、対応できる限界と言うものがある。

 

 全ての瓦礫が崩れ落ち、突き飛ばされた天ねーが立ち上がる。

 

「う、潮……潮! おい! ふざけんじゃねーよ!」

 

「ど、怒鳴っとらんで、助けてー……」

 

「えっ」

 

 なんとか生き延びた。いや、チート能力のお蔭で辛うじてと言ったところだが。

 瓦礫の落下地点から体半分ほど逃がすことには成功したんだけど、そこが限界だったのだ。

 がんごん瓦礫にぶつかられつつも抜け出したが、右腕が瓦礫の中に取り残された。

 

「潮! 大丈夫か!?」

 

「大丈夫やないー……ぬ、抜けへんー……」

 

 幸い、腕は無事である。痛みこそあるが、骨は折れていないし、出血もしていない。打撲だけだ。

 が、腕の上に載っている瓦礫の量が……いくらチート能力を全開にしても持ち上げるのは無理だ。

 両腕を使って、下から押し上げるならイケそうな重さだが、横向きの上に力も入れにくい体勢では無理だ。

 ちなみに私はウェイトリフティング2トンくらいならいける。瓦礫はたぶん1トンくらいある。

 

「いま助けてやる! ちょっと待ってろ!」

 

「痛い痛い痛い! 引っ張らんで! 腕がもげてまう!」

 

 ぐいぐい引っ張る天ねーだが、それは無理と言うものである。

 いや、私が力づくで引っ張れば案外抜けるとは思う……のだが、それやったらたぶん腕がズタズタである。ていうか、最悪腕がもげる。

 上の瓦礫を地道に退けるしかないと思われる。

 

「上のやつを退ければいいのか? 任せとけ!」

 

 瓦礫を登って退けようとし始める天ねー。こういうところほんと頼りになる。

 だが、そうしている間にも、どこからか飛来する砲弾が近隣のビルを破壊していく。

 爆風が吹き荒れ、瓦礫が飛び散る。そして、上の天ねーが悲鳴を上げた。

 

「うぁあぁっ!?」

 

「天ねー!?」

 

 転げ落ちてくる天ねー。服の上から、細かな瓦礫が天ねーに幾つも突き刺さっている。

 幸い、致命傷どころか、軽い怪我と言っていい範囲のもの。だが、このままここに留まれば……。

 

「う……天ねー」

 

「あ、ああ、大丈夫だ。待ってろ、俺が絶対に助けてやるからな!」

 

「う、うちのことはええから、天ねー、はよ逃げ」

 

「は?」

 

「うちのことはええから、天ねーは逃げるんや」

 

「おまえ、なに言って」

 

 またどこかで爆風。瓦礫が飛び散っている。ここらにまでは届かなかったが、砂ぼこりが吹き荒れる。

 

「こんくらい、うち1人でなんとかなるわ。腕引っこ抜いたら追いかけるから、天ねーは逃げや」

 

「ふざけんな! 1人でなんとかなるようなもんじゃねーだろ!」

 

「なんとかなるから、逃げろ言うてるんや! うちのことは、構わんでええ。ほんまにうち1人でなんとかなる」

 

 そう、これは嘘ではない。本当に私1人でもなんとかなることはなる。

 ただ、天ねーに助けてもらえればそれが何倍も速いというだけである。

 

「さっさと逃げるんや! うちはなんとかなる!」

 

「ならねーだろ! いくらおまえが強くても!」

 

「なる! はよ逃げんと、ぼてくりこかすで!」

 

「出来るもんならやってみろや!」

 

 言いながら瓦礫に上っていく天ねー。

 くそっ、これでは天ねーが本当に危険だ。

 どうにかならないかと周囲を見渡すが、何もない。

 人影すら見当たらない、いや、脇の通路から飛び出して来た。

 

 これは、ラッキーだ。

 

「おまわりさーん! けが人や! ここにけが人がおるー!」

 

 私は飛び出して来た人……制服姿の警察官に呼びかける。

 その警察官も額に怪我をしている様子だが、足取りに不調はない。

 

「ここで何をしてるんだ!? 速く逃げないと……」

 

「潮が瓦礫に腕を飲まれてんだよ! 速く引っこ抜いてやらねーと!」

 

 そこでようやく警察官は私が腕を瓦礫に飲まれていることに気付いたようだ。

 そして、天ねーが退かそうとしている瓦礫の量を見て、悲壮な表情を見せる。

 私の腕の上に積みあがっている瓦礫はそれほどの量ではない。大人1人でも30分あればなんとかなるだろう。

 

 だが、この逼迫した状況で30分も浪費出来るか?

 

 この警察官には、私を見捨てて天ねーだけを助けるという選択肢が浮かんだことだろう。

 

「おまわりさん、天ねーのこと、おねがいします。うちのことは構わんといて」

 

「しかし、君」

 

「無理やろ、実際。そやから、天ねーのこと、おねがいします」

 

「……わかった。本当に……本当に、すまない……!」

 

 絞り出すような声で言う警察官。私はまだ諦めていないが、まぁ、諦めたように見えるわな。

 しかし、天ねーは納得などできるわけもなく。瓦礫から飛び降りると、警察官に突っかかっていく。

 

「おい! ふざけんじゃねーよ! 潮のことを見捨てるつもりかよテメー!」

 

「俺だって……! 見捨てたいわけじゃない!」

 

「だったら手伝えよ! 3人で助かるんだよ!」

 

「あっ、天ねー! うち名案思いついた!」

 

「なにっ!? なんだ! 聞かせろ!」

 

 そう言って天ねーが駆け寄って来る。

 

「オラァ!」

 

「おげっ」

 

 そして私のストレートが天ねーに炸裂した。

 

「天ねーを気絶させれば丸く収まる、言う名案や。なんでも暴力で解決するのがいちばんやね。そーいうわけやから……お巡りさん、お願いします」

 

「……ああ。君、名前は?」

 

「黒川潮言いますー。ボクシングやっとって、こう見えてジュニアヘビーのチャンピオンにも勝ったことあるんよ」

 

「それはすごいね。ご両親には、ちゃんと、伝えるから……」

 

「んでな、おまわりさん。天ねーはうちの幼馴染なんよ。お隣さんやけどな、うちの姉やんなんよ。そやから、おまわりさん、おねがいします」

 

「ああ……」

 

 おまわりさんが天ねーを背負って逃げていく。私はそれを見送り、どうにかする方策を考える。

 一番楽なのは無理やり引っこ抜くことだ。だが、最低でも腕はずたぼろ、最悪もげる。

 次に、左手で出来るだけ瓦礫を引っこ抜いていく。これはまぁ時間はかかるが確実に腕が抜ける。

 最後に、更なるチート能力に覚醒して、これを一撃で吹っ飛ばして一瞬で、確実に腕を抜くという方法だ。

 魅力的なのは最後だけど、いちばん非現実的である。チート能力の時点で非現実的ではあるが。

 

「……まぁ、地道にやるしかないか」

 

 私は地道に瓦礫の除去を始めた。

 

 

 

 

 えっちらおっちら瓦礫を引っこ抜き、10分ほど続けたところで緊急事態発生である。

 今引っこ抜いた瓦礫がなにかの始点になっていたらしく、右腕にかかる荷重が突然増えて来た。

 

「痛い痛い痛い! あああああもぉう!!!」

 

 私は無理やり右腕を引っこ抜いた。かなりの痛みが走り、涙目になりつつ引っこ抜いた右腕を見る。

 あちこちらにでかい裂傷が走っていたが、冬場だったために長袖だったのが幸いし、そこまで酷い裂傷ではない。

 これはもう最初から無理やり引っこ抜いていてもなんとかなったかもしれないな……。

 

 まぁ、今更そんなこと考えても仕方ないだろう。私は軽く腕の血を拭った後、再度逃げるために走り出した。

 私1人ならばチート能力を全開にして逃げられる。時速100キロを超える走りを使えば、あっという間に危険域から逃げられるだろう。

 私は早速走り出し、瓦礫で閉塞されていた大通りを迂回し、また再度大通りに出て……その瞬間に、私は全力で飛びのいた。

 直後、私が飛び出そうとした位置を砲弾が飛翔していき、ビルに命中。基部が吹き飛ばされたビルが崩れ落ちていく。

 

「あ、あぶっ、危なっ! あほんだら! 殺す気かおどれは!」

 

 思わず罵り、私はそれをして来た相手を認識した。

 

 それは黒光りしていて、大きく、眼が二つあって、大きな歯がいくつも並んでいる。

 トラックくらいあるだろう巨躯のそれは、かぱりと口を開け、その中にあった砲が私を睨んでいた。

 

 死の予感が私の感覚を鋭く、鋭く尖鋭化させた。

 

 間延びしていく時間感覚。力の漲る四肢。鋭敏化していく五感。

 私の眼が、砲の内部に微かな光が灯ったことを察知すると同時、私はボクシングの基本的な回避テクニックであるダッキングを行っていた。

 前方へと踏み込みながら、上体を倒して敵の攻撃を回避する基本中の基本。

 

 アマチュアボクシングでは上体を倒せば反則を取られるために使える技術ではない。

 だが、私はプロボクシングを志向してトレーニングをして来た。アマチュアボクシングはハナから想定外。

 ゆえに、ダッキングやウィービングと言った防御技術を鍛えこまれて来た私の中には明白にその技術が根付いていた。

 

 倒した上体の数十センチ上を、砲弾が飛翔していく。

 通過していく砲弾の引き起こした音速の衝撃波が耳朶を打ち、耳鳴りと眩暈が引き起こされた。

 歯を食いしばり、平衡感覚をも強化すると、私はさらに踏み込み、腕全般を強化し尽し、勢いのままにジョルトブローを放った。

 

 時速200キロを超える超高速の右ストレート。人知を超越した速度のストレートは殺人的な破壊力を有する。

 全体重を乗せたジョルトブローであることを踏まえれば、体重40キロ半ばの私であってもその衝撃力は6トンを軽々と超える。

 分かりやすい例で言うと、車重1トンの車が時速40キロで衝突したのと同等の威力である。

 それが、私の拳と言う小さな小さな面積に一点集中して打ち込まれたのである。

 

 金属のひしゃげるような、凄まじい異音。

 

 その巨大な化け物――――私の前世の娯楽、艦隊これくしょんに登場する駆逐イ級のような化け物の歯が丸ごと一本圧し折れた。

 思ったよりも、脆い。私は駆逐イ級のような化け物の頭の上に飛び乗ると、その場で跳躍。

 

 宙で体を回転させると、右足一本、踵を全力で振り下ろした。

 

 金属の轟音と共に、駆逐イ級の頭……頭か? ともあれ、それに当たるだろう箇所の装甲がひしゃげる。

 薄い。厚さ1センチあるかどうかというほどの厚さしかない。これなら、私なら素手で破れる。

 

 私は駆逐イ級の上から飛びのき、近くに生えていた道路標識の根元にローキックを打ち込んで圧し折る。

 それを手に駆逐イ級へと肉薄。イ級が再度砲弾を放ってくるが、今度は余裕を持って回避。耳朶を打つ衝撃もない。

 道路標識の槍を手にイ級へと飛び乗り、私は先ほどひしゃげさせて亀裂を作った穴へと道路標識を叩き込んだ。

 金属を押し広げ、捻じ曲げる凄まじい抵抗を感じながらも力づくで押し込むと、駆逐イ級が地を揺るがして崩れ落ちた。

 

「なんなんや、これ……!」

 

 艦これの世界だったと言うのか? この世界が?

 なら、これが、深海棲艦と人類のファーストコンタクトだというのか?

 

「最悪極まる、言うやつやな……たまらんでほんまに……」

 

 ならば、この世界にまだ艦娘はいない……延いては、人類は深海棲艦に対する効果的な対処方法を有していないということで。

 それはつまるところ、この酸鼻を極める状況を収束させる手立てはないということだった。

 

「ふざけなや……ほんまに……」

 

 悪態を吐く。もう、それ以外にどうしようもなかったから。

 この、最悪極まる状況から抜け出せないと、知ってしまったから。

 座り込んでしまいたい気持ちに包まれ、もう走りたくない、歩けもしない気持ちになる。

 

 これ、夢だったりしないかな。

 

 朝起きたら、私はベッドに転がっていて、お気に入りのぬいぐるみに囲まれている。

 その中からいちばんのお気に入り、天ねーにプレゼントしてもらったカバのぬいぐるみを抱っこして二度寝をするのだ。

 それはきっと最高に気持ちいい。

 

 足元に転がっていたイ級の歯を蹴り飛ばす。

 

 空中に吹き飛んだそれは、飛来してきた砲弾と激突し、空中で爆発の華が開いた。

 

 分かってるよ、現実だって。この最悪極まる現実が、夢なんかじゃないってことくらい。

 私は砲弾を放ってきた者……道路を埋め尽くすかのように居並ぶイ級に対峙するように、ボックスを作る。

 

 ボクシングの基本スタイル。その状態を作った私はイ級へと突進する。

 もう、こいつらの対応は分かった。

 

 飛翔してくる砲弾はダッキングで回避できる。至近距離でもウィービングで回避できる。

 リーチこそ足りないが、拳が当たればダメージは通る。リーチも、そこらの瓦礫で補える。

 拳で装甲を叩き割り、内部にまで貫通させられる長さの金属があれば倒すことができる。

 

 それだけ分かれば、十分だ。

 

「かかってこいや! 纏めてしばいたるわ!」

 

 



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黒潮、抜錨

2021/10/12 タイトル修正


 全員まとめてしばいてやった。

 

 駆逐イ級……ひーふーみーよー……14体。

 そこらで拾った鉄筋と拳で殴り倒して倒してやった。

 楽勝だった。ちょろいわ。でもチート能力なかったら絶対に勝てないよこれ……。

 

 自衛隊はこれに対応できるだろうか。

 戦車を持ち出してくれば割と楽勝な気がする。

 だが、イ級が特別弱いだけかもしれないと思うと……。

 

「……まぁ、ええわ。はよ逃げな」

 

 邪魔だったとはいえ、イ級なんかと戦っていたせいで無駄な時間を浪費する羽目になった。

 私はイ級の居並んでいた道路を通り抜け、大通りを抜ける。

 後はまっすぐ進めばいい。距離的に40キロ近くあるが、私なら30分で走破可能だ。

 天ねーはどうしているだろうか。どこかの避難所に居るだろうか。

 

 そう思いながら走り、駅前広場へと辿り着けば、そこには地獄が広がっていた。

 

 駆逐イ級の姿はほとんどない。軽巡ホ級、重巡リ級だろうと思われる……人型に近い者たちが、そこにはいた。

 そして、それは、それは……それは、人を、人間を、面白がるように、殺していた。

 

「やめろ……」

 

 やめろ。おまえたち、なにをしてるか、なにをやってるのか、わかってるのか。

 ホ級が、もうぐったりして動かない女性の手足を、嬉々として毟り取っている。

 まるで子供が昆虫の手足を毟り取って遊ぶかのように、無邪気な悪意に満ち溢れていた。

 

 リ級が人を殴り殺している。手にした艤装で、人を殴り殺している。

 もう死んでいるそれを、嘲笑いながら、何度も何度も殴って、血と肉を飛び散らせて、喜んでいる。

 

「やめろや……」

 

 やめてくれ。これ以上、私の日常を壊さないでくれ。もうたくさんだ。

 なにがしたいんだよ、なにがしたくて、人を殺すんだよ。

 人が、死んでるんだぞ。いっぱい死んだんだぞ。

 なにが楽しいんだ、なにが嬉しいんだ、なんで人を殺すんだ。

 

 ホ級が新しい人を獲物にしようと、怪我をして動けない人へと手を伸ばして。

 

 そこが私の我慢の限界だった。

 

「やめろやぁぁぁぁ――――!」

 

 飛び込んで、拳を握り締めて、私は渾身のジョルトブローをホ級へと打ち込んでいた。

 返って来たのは、装甲を破壊した感触ではなく、私の拳が歪み、骨が軋む感触。そして、脳天を貫く激痛だった。

 

「あっ、ぐ! おどれはぁ!」

 

 イ級なんかとは桁違いに装甲が厚い。具体的にどれくらい厚いかは分からないが、殴った感触は分厚い防火扉を殴ったそれに近かった。

 少なくとも、厚さ数センチはあるだろう分厚い装甲に全身が覆われている。

 ホ級が迫って来る。私に標的を変えて、私を殺す気でいる。

 

「バカたれが!」

 

 伸びあがるような蹴り。いくら硬くても、陸上で立っていられる以上、重量はさほどではないハズだ。

 ボクシングでは明白に反則技となる、蹴りあがるようなハイキック。それはホ級の頭部を蹴り上げ、その体を浮き上がらせるには十分なほどの威力があった。

 股関節が悲鳴を上げ、足首が悲鳴を上げるのが分かった。蹴り上げられる重さでこそあるが、見た目よりも遥かに重い。

 悲鳴を上げる脚に喝を入れ、地面を踏み締めると、ホ級を掴み、その頭部に当たるだろう部分を地面へと叩き付けた。

 

「死ねや!」

 

 なにかが折れた感触があった。こいつら、骨があるのか? 骨があるなら、関節があるという、ことか?

 それを理解した私が取った行動は、ホ級の首を掴み、それを全力で捩じりあげると言う蛮行だった。

 

 たとえどれだけ硬かろうが、関節と言う制約は変わらない。 

 

 ごきぼきめきぃ、と骨が潰れ、関節液が弾ける嫌な感触。

 手に伝わるおぞましいソレを感じながら、突然力を失ったホ級を蹴り転がす。

 ホ級を殺し終え、私はリ級へと目線を映す。今までよく何もしなかったものだ。

 

「おまえ……」

 

 目線を向けた私が見たものは、女性の死体の傍で泣く子供の姿と。

 その子供の頭を掴む、リ級の姿だった。にやにやと、厭らしい笑みを浮かべて、見せつけるように子供の頭を掴んで、それを揺らした。

 

「なにを……なにを、するつもりや、おまえ。おまえ、やめ、やめろや」

 

 やめろ。もう、殺さないでくれ。

 もう嫌だ。人が死ぬところなんて、もう見たくない。

 

「やめろ、やめてくれ! やめろ! やめろって言うてるやろが!」

 

 私は踏み込む。ホ級に通じなかった拳がリ級に通じるとはとても思えない。

 ならば、狙うのはホ級と同じ。関節部の破壊、それ以外に有効打になるものはない。

 相手は私の戦闘方法を見ただろう。まずは殴って来ると、そう考えているはずだ。

 

 私が深海棲艦の能力を把握しているわけがないという、そう言う前提があるはずだ。

 ホ級とリ級、どちらが強そうかと言えば、単純な外見で言えば何となくホ級の方が強そうですらある。

 実際を言えば、リ級の方が艦種としてのクラスは上。具体的な性能は知らないが、重巡の方が装甲が厚くて砲が大きいハズだ。

 

 ならば、打撃をフェイントとして、強襲からの必殺。それが最善のはずだ。

 

 私はジョルトブローの姿勢を作り、リ級へと肉薄し、にやにやと笑うリ級にブローを放つ姿勢を見せ、そこから、地面を強く蹴り飛ばした。

 ブローを放とうとしていた拳を開き、リ級の顎を掴み、飛び上がった私は左手をリ級の頭頂に添え、それを速度を加えて全力で捻り上げた。

 

 ごきき、と骨が軋み、だが、決定的なところまで進まない。

 

 リ級は棒立ちのまま、必殺であるはずだった首折りを耐え切った。

 信じられない化け物だった。基礎的なスペックが、あまりにも違いすぎた。

 

「あっ」

 

 リ級が私の右手を掴み、そして、無造作に私を放り投げた。

 投げ飛ばされた私は、背中からビルの壁面に激突し、そのまま地面に落ちる。

 

「がはっ、げほっ……! ち、ちくしょう……! あっ」

 

 リ級が私に見せびらかすように、子供の頭を再度掴み、そして。

 

「やめっ、やめろっ! やめろぉぉぉ――――!」

 

 赤い血と、白い骨と、灰色の脳髄が、飛び散って。

 私の脳は、現実を見据えることを拒否して、ただただ、煮え滾る怒りと憎悪が私の体を突き動かした。

 全身を強化して、発揮できる最高の速度を絞り出して、それを全力で叩き付ける、無謀なブロー。

 それはリ級の頬にクリーンヒットし、金属を叩く轟音。そして、私は自分の右拳が砕ける激痛に蹲る。

 

「あ、ぐぅ、うぅっ……! うちの、手がっ、手が! あ、あぅ、う、うぅ」

 

 肉が裂け、折れた骨が飛び出した拳。パンチスピードは時速300キロを超えただろう。

 人骨と言う、柔軟性と硬さを両立し、その双方を5倍に強化してもなお耐え切れない衝撃力。

 もう2度と拳を握れないほどのダメージを受けた。正真正銘の捨て身のブローだった。

 

 そして、それを受けてなお、平然と屹立しているリ級。

 

 頬骨を砕いたような感触はあった。右手を犠牲にしてようやく、ダメージが通る。そんな理不尽。

 リ級はダメージを入れられたことに怒りを感じたかのように、拳を振りかぶった。

 ド素人丸出しのテレフォンパンチ。どこにくるかなど、手に取るかのように分かる。

 

 ダッキング出来る距離はない。ウィービングで躱せるほど小さい打撃点ではない。

 受け取めてダメージを減らすしかない。位置は分かっている。ダメージを最小限には、できる。

 

 突き出される拳。両手を割り込ませ、自分から後ろに跳ぶ。

 私の体がトラックに激突されたかのような勢いで吹き飛んだ。

 

 左手は辛うじて無事。ダメージのあった右手をうまく動かせなかった。腕骨にまでダメージが入り、おそらく、折れた。

 肋骨にも吐きそうなほどの激痛。辛うじて折れていないが、私がもうちょっと年嵩なら……成人していたら折れていただろう。

 若者特有の柔軟性のある肋骨に助けられたが、曲がった肋骨で内蔵を傷つけた可能性もある。

 チート能力で全身を強化してもこれだけのダメージ。普通なら即死だ。一撃でミンチ肉になっていただろう。

 

「あっ、く……」

 

 動けない。体が言うことを聞いてくれない。

 信じられないほど重い拳だ。体が真っ二つにならなかったのが驚きなくらいだ。

 意識が遠のく。これは、めちゃめちゃまずい。

 

 私のチート能力は肉体の強化である。

 意識の喪失、と言うのは、チート能力で強化出来ない領分なのである。

 脳機能を強化して意識を喪失し難い状態には出来ても、意識を喪失しかけた状態から繋ぎ止めることはできない。

 と言うより、脳機能を強化していたのに意識を喪失しかけている今、どうしたところで繋ぎ止めることは不可能。

 

 暗闇に満ちていく意識に抗うことも出来ず、私の意識は虚へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 子供のような声。甲高くて、どこか舌が足らないような、そんな声。

 涙の滲んだ、悔しさと悲しみの入り混じった悲痛な声だった。

 

「ごめんなさい」

 

 すごく苦手だ。子供の泣きそうな声。

 子供は笑っているのがいちばんいい。

 涙をいっぱいに溜めている姿は悲しい。

 なにより悲しいのは、それを堪えようとすること。

 

 泣くことをみっともないって、そう言うのが嫌いだ。

 悲しい時は、心の底から思いっ切り泣いたらいい。

 泣いたっていいんだよって、そう言いたい。

 

 ハッと、意識が現実に立ち返る。

 

 ぼやける視界の中、私の鼻先にそれは立っている。

 ぽろぽろと涙を零して、まるで懺悔するかのように私へとごめんなさいと言い続けるちいさなちいさなひと。

 

「……妖精さん?」

 

 艦これの妖精さんそのものの姿をしたそれは、私が意識を取り戻したことに気付く。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 こぼれる涙。ほんとうに、子供の泣いている姿は苦手だ。

 

「どないしたん……? そんな、ぽろぽろ泣いたら、眼ぇ腫れてしまうよってに……」

 

「たすけにくるのがおそくて、ごめんなさい」

 

「ええんやで。一生懸命、がんばったんやろ?」

 

「それでも、ごめんなさい」

 

「ええんよ……妖精さん、もしかして、うちはあいつら……深海棲艦と戦える、艦娘になれるんかな」

 

「はい。あなたが、かんむすになってくれるなら。きっとたすけになります」

 

「なら……やろか。もう、誰かが泣くのは嫌や。そやから……」

 

「はい、やりましょう」

 

 そっと、手を差し出して来た妖精さんに手を差し伸べて、砕けた拳と、妖精さんのちいさな手が重なった。

 ぽわっと、暖かな熱が伝わって来る。なんとなくわかる。艦娘としての力というものが。

 

 どこからか妖精さんがわらわらと現れて、私の背に艤装を取り付けていく。

 艤装だけで、制服は無し。今までと同じ、スキニーなジーンズとブラウスのまま。

 でも、妖精さんがそっと私の砕けた拳に白い手袋をつけてくれた。ありがとう。

 

「さぁ、第二ラウンドや。うちのこと舐め腐っとる連中に、わからせたるわ」

 

 体は痛いままだ。背骨にまでダメージが入っている気がする。

 歩くだけで内臓が引き攣るように痛み、呼吸すら苦しい。

 折れた右腕と砕けた拳は、歩く都度に響くように痛みを訴えてくる。

 

 それでもまだ左手がある。頼りなくても、地面を歩くことができる。

 なら、まだ戦える。そうだろう?

 

 

 艤装の出力を上げる。缶が唸りを上げ、排煙が吹き上がる。

 わかる。艤装には私のチート能力が届く。この艤装も私の体の一部と言うことだろう。

 

 艤装全体の強度を引き上げる。そして、主機の出力を引き上げる。

 5万2000馬力の主機が、瞬時に26万馬力の化け物へと変貌する。

 地面を踏み締め、コンクリートを踏み砕き、弾丸のように私の体は飛び出した。

 

 風を引き裂き、瞬時に先ほどのリ級へと接敵する。

 復帰してきた私の姿にリ級が驚くも、同じこととでも思ったのか、また拳を振り被る。

 

「ボケが」

 

 その拳が放たれる前に、私の超高速のジャブがリ級の頭蓋を砕いていた。

 時速300キロで繰り出した拳を直撃させても、私の左拳にはダメージのひとつも入っていない。

 駆逐艦としての性質が私の体に備わった結果、私にも鋼鉄の如き強度が付与されているのだ。

 それを5倍に引き上げれば、私の体が叩き出す猛スピードに十分耐えるだけの強度が得られる。

 

「……クソったれが」

 

 広場に転がる無数の死体。深海棲艦が面白半分に殺した犠牲者たちの無惨な骸。

 それを前にしたやるせなさ、自分自身の無力さを思い知らされる現実。

 どうしてこうも、現実は残酷なのだろう? あまりにも冷たい風が私の頬を撫でているかのようだ。

 

「クソったれが! 次はどいつや! 纏めてぶっ殺したる!」

 

 そのやるせなさを怒りに変えて、戦う力を得た私は次の敵を求める。

 1匹でも多くの深海棲艦を殺せば、それだけ助かる人が増えるハズだ。

 

「黒潮さん! 8じのほうこう、てっきしゅうらい!」

 

「黒潮ってうちか!?」

 

 そう言えば自分がどの艦なのか聞いていなかった。

 まさか黒潮とは。黒川潮だからまさかとは思ってたけど。

 

 私は8時の方向、つまりは左後方を見やる。

 双眼鏡を持った妖精さんが指していただろう敵機を発見する。

 

「多いなぁ! どんなけおるんや!」

 

 空を埋め尽くす、と言うほどではないにせよ、100機近いだろう深海棲艦の航空機が飛んでいる。

 

「妖精さん! 機銃! 機銃よろしゅう!」

 

「はいぃ! いっきあたりのわりあては1500です! きをつけて!」

 

「ぜんっぜん足らんがなぁ!」

 

 私の搭載装備は50口径三年式12.7サンチ砲3基6門。

 九六式25mm連装機銃2基4門。

 61サンチ九二式4連装魚雷発射管四型2基8門。

 九四式爆雷投射機1基、三型装填台1基。

 

 以上だ!

 

 つまり、2期4門の連装機銃に用意されている機銃弾は僅か3000発である。

 これっぽっちの弾でどないせぇっちゅーねん。

 って言うか25mm機銃って、威力、照準、旋回速度と全部足りていない。

 威力と旋回速度は私のチートで補えるが、照準はどうにもならない。照準装置そのものの性能が足りていないからだ。

 

「黒潮さん! しゅほう! しゅほうです!」

 

「主砲ってあーた、これ両用砲ちゃうやろ!?」

 

「でもさんしきだんがあります!」

 

「なんで三式弾積んでんの? あほちゃう?」

 

 なぜ平射砲のコレ用に三式弾なんか積んでいるのか、コレガワカラナイ。

 ちなみに艦これだと駆逐艦には搭載不可能だったが、駆逐艦用三式弾は実在したので私にも搭載されているらしい。

 

「イケるんかこれ!? あ、イケるわ」

 

 最大仰角55度の平射砲であるC型12.7サンチ砲、チートで強化したところ最大仰角275度と言う訳の分からない状態に。後ろに打てる……。

 わけはわからないが、左手で砲を構え、私は三式弾装填よしの声と共に発砲を行う。

 

 豪速で飛翔する三式砲弾は遥か上空で炸裂し、私のチート能力で強化された子弾が飛散。

 996個の子弾と言う数ばかりはチートで強化不能だが、1万5000度で25秒間燃焼するという脅威の破壊力を発揮する。

 一瞬で航空機の防弾版を溶解させ、挙句に燃料に容易に引火させ、空中で無数の航空機が爆散する。

 

「イケるやん! 次! 次!」

 

「さんしきだんよーい! 黒潮さん、さんしきだんはのこり11こです!」

 

「足りるやろ!」

 

 再度発砲。蚊トンボのように次々と航空機が落ちていく。

 取りこぼしを初速4500メートル毎秒、時速1万6200キロと言うチート性能に強化した機銃弾で撃墜する。

 

「楽勝やんけ! イケるで! 次は深海棲艦をぼてくりこかしたる!」

 

「黒潮さん! しがいちにしんにゅうしたしんかいせーかんのたいしょはひとりではむりです!」

 

「ぐっ、それもそやな……」

 

 1人ではまるで手が回らない。この広い市街地に進入した深海棲艦の数すら分からないのだ。

 

「しんかいせーかんはうみからきています! だから、おおもとをたたけば!」

 

「……これ以上深海棲艦が上陸するのは防げる、言うわけやな。わかった! 港にいこか!」

 

 私は駆け出す。走るだけで体に痛みは走るが、痛覚を5分の1に弱体化させて耐える。

 幹線道路を横断し、この都市の名を冠する港湾へと。直線距離で言えば10キロも無い。

 私の脚で全力で走れば、10分足らずで辿り着ける。

 

 そして、その港湾から続々と上陸してきているのだろう、無数の深海棲艦の影。

 海すらまだ見えていないというのに、道路を埋め尽くすほどの凄まじい数の深海棲艦。

 

「邪魔やぁぁ!」

 

 通常弾を再装填。そして、発砲。私の放った主砲弾が手近なリ級へと直撃、それを木っ端みじんに粉砕する。

 爆風の余波でホ級が4隻ほど纏めて吹き飛ぶ。機銃が唸りを上げ、豪速の機銃弾がイ級を爆砕する。

 

「退けぇ!」

 

 蹴り飛ばしたイ級が後続のホ級やロ級を薙ぎ倒し、追撃に打ち込んだ主砲弾で纏めて爆散。

 魚雷発射管から引き抜いた魚雷を投げつけられたル級やヌ級が跡形もなく消し飛ぶ。

 

 そこでようやく応戦が始まり、次々と砲弾が飛翔してくる。

 それを機銃弾で迎撃しながら回避し、いちばん市街に被害を齎すであろう空母を狙い撃ちにする。

 ヌ級を蹴り飛ばし、ヲ級の頭を殴って粉砕し、蹴り飛ばして一まとめにした連中を主砲や魚雷で纏めて爆砕する。

 敵陣のど真ん中を潜り抜け、置き土産に爆雷を8発ほど纏めて投げつけ、わき目もふらずに海へと向かう。

 

「黒潮さんすごいです!」

 

「そうやろ! うちこうみえて強いんやで!」

 

 褒め称える妖精さんに軽口を返す。

 

「ざんだーんほーこーく! しゅほうだん、つうじょうだん185! さんしきだん、21!」

 

「あれ、三式弾はのこり10ちゃうんか?」

 

「いっきあたり、12なのです」

 

「あ、なるほど」

 

 総合数を報告してくれていたということらしい。

 

「きじゅーだん、やく2800! ばくらい8! ぎょらい12!」

 

「あかんな……!」

 

 弾薬が足りない。目の前に再び現れた道路を埋め尽くすほどの膨大な数の深海棲艦を前に、私は舌打ちをした。

 この調子で接敵を繰り返せば、砲弾類の残りは海に出る頃には3割を切ってしまうだろう。

 

「そやけど……無視してくわけには、いかんか!」

 

「……ごぶうんを!」

 

「任せとき!」

 

 投げ放った魚雷がタ級の頭蓋を爆散させ、その背後に居たタ級に直撃して起爆。

 威力を5倍に引き上げられた魚雷が半径数十メートルの敵を纏めて吹き飛ばし、私はそこに飛び込む。

 イ級、ロ級と言った駆逐艦は機銃で、ホ級と言った軽巡は蹴り飛ばし、リ級やネ級と言った重巡は主砲で。

 戦艦連中にも主砲は通用するが、纏まった数が居るので魚雷や爆雷で纏めて片付ける。

 空母はヌ級だろうがヲ級だろうが装甲がロクに無いので機銃弾で撃破可能だ。

 可能な限り弾薬を節約するため、ヌ級やヲ級も殴る蹴るで爆散させながら私は必死の進軍を続ける。

 

「邪魔やぁぁぁあ! 退け! 退け! 黒潮さまのお通りや!」

 

 片っ端から深海棲艦を叩き壊し、敵を突破すれば、またも敵。

 まるで無限とすら思えるほどの勢いで深海棲艦が湧きだしてくる。

 

 

 無数の敵を薙ぎ倒し、ようやく海へと辿り着く。

 

「妖精さん、残りの弾数は……」

 

「ざんだーんほーこーく! つうじょうだん、32! さんしき、21! きじゅーだん、800! ばくらい2! ぎょらい3!」

 

「そか……まぁ、なんとかなるやろ!」

 

 分からないが、私はそう言って自分を鼓舞する。

 足りなければどうなるのか。恐ろしいが、やらねばなるまい。

 

 赤く染まった海へと飛び込む。私の脚は水面をしっかりと捉える。

 まるで、地震の時に歩いているかのような不確かな感触の海面。

 だが、艦娘としての本能か、どうすればいいのかは、分かる。

 

「カッ飛ばすでぇ!」

 

 主機が本来の役目である海上航行を行うために唸りを上げる。

 強化しても、どうやら水面から浮き上がってしまうため、45ノット程度が限界らしい。

 それでも本来のスピードを遥かに超越した速度で航行が可能である。

 

 海の上の深海棲艦の姿はまばらである。

 陸上では固まっていたが……いや、のろくさ歩いていたので、おそらくは陸上ではそこまで速く移動できないのだ。

 海上では艦種ごとに速度に差があるのか、あるいは戦闘距離を確保するために開けた状態で航行しているのだ。

 

「妖精さん! 親玉どこにおるんかわかるか?」

 

「らしんばーん、まわせぇー!」

 

「まわせぇー!」

 

 まわせの掛け声と共に、羅針盤が回される。羅針盤回したらあかんやろ……艦これやと回してるが。

 

「しんろかくてーい!」

 

 羅針盤とやらが何処にあるかは不明だが、方角は妖精さんが指示をしてくれる。

 全力で航行し、遭遇する深海棲艦を撃破しながら海域を進む。

 

「いったい敵はどこに……」

 

「てきかーんみゆー! さんじのほうこう!」

 

 3時の方向、つまり右側へと目線を向ける。

 そして、飛翔してきている砲弾を目にすると、私は無意識に機銃を向け、放った機銃弾でそれを迎撃していた。

 空中に開く砲弾の炸裂炎。今までにない大口径砲の火は大きく、ビリビリと肌が震える震動が空気を伝わって来る。

 

「見とうない顔やわ……戦艦棲姫!」

 

 そこに居たのは、吸引力の変わらないただ1隻の戦艦、戦艦棲姫だった。

 そして、それに随伴する空母ヲ級2隻に駆逐艦複数の姿。

 こいつが海域のボスであれば、話は速い。私は主砲を向け、発砲する。

 それは戦艦棲姫へと直撃すると、戦艦棲姫のそれを超える巨大な爆炎が花開く。

 

「やったか!」

 

「てきかんけんざい!」

 

「なんやとぉ!?」

 

 フラグを立てたからとでも言うのか。爆炎が晴れ渡れば、そこには服が僅かに傷ついただけの戦艦棲姫の姿。

 

「なんでや!?」

 

「リきゅうにつうじてるだけすごいのですが、じゅうにせんちほうでせんかんはむりですー!」

 

「そうやったぁ!」

 

 そう、私の砲は強化をしている。だが、12.7サンチ砲を5倍に強化しても63.5サンチ砲になるわけではない。

 速度、威力、爆発力を5倍に強化して強大な破壊力を発揮しているが、12.7サンチ砲弾に備わる装甲貫徹能力では5倍に強化しても戦艦の装甲を突破不能なのだ。

 駆逐艦用徹甲弾が無いのが悪い。

 

「おわっ!」

 

 戦艦棲姫の放ってきた砲弾を回避。背後に着弾した砲弾が盛大に水飛沫を上げる。

 直撃すれば即座に轟沈だろう。殴って倒せるか? 無理な気がする。ル級ならイケそうな気はするが。

 ならば、魚雷でやるしかないだろう。だが、魚雷の残りは3発。確実にキメる必要がある。

 

「っと、させるかいな!」

 

 艦載機発艦を始めようとしたヲ級に砲撃を叩き込み、1隻を撃破。

 しかし、もう1隻が発艦をはじめ、空へと航空機が飛び立つ。

 苛立ちまぎれに砲弾を叩き込んでもう1隻のヲ級も水底へと送り込む。

 

「三式弾!」

 

「そうてーんいそーげー!」

 

 独特の発音をする妖精さんが慌ただしく装填を行う中、私は海上を航行して戦艦棲姫の砲撃を躱す。

 レスポンスも5倍の私の主機であれば、急加速が可能である。この航行の軌跡を見切ることは難しいだろう。

 海上を滑るように航行し、主砲、副砲の砲撃を躱し、直撃しそうなものを機銃弾で迎撃する。

 

 易々とやっているように見えるが、機銃弾での迎撃はかなり神経をすり減らす。

 そもそも、うまく起爆しているからいいものの、場合によっては起爆しない場合もある。

 実際、今までそれで何度か迎撃に失敗しているのだ。幸い、全て回避出来ているが。

 主砲で迎撃すれば確実に撃墜可能だが、弾を使い過ぎる。

 

 空を舞う航空機が私を追い回す。全て戦闘機のようだが、戦闘機の機銃弾ですら私には致命傷になりかねない。

 装甲強度を5倍にしても、軽巡以下の装甲なのだ。機銃弾に装甲を貫通されることは十分にありえる。

 

「そうてんおわり! いつでもいけます!」

 

「おらぁ!」

 

 空へと三式弾を発砲。飛散する子弾が敵機を飲み込み、空中で戦闘機が爆散する。

 運よく全て撃墜を完了すると、私は戦艦棲姫への肉薄を始める。

 主砲弾を迎撃し、副砲を躱し、超至近距離へ。

 

「死ねやぁ!」

 

 そのどてっぱらに、魚雷を叩き込んだ。

 魚雷が起爆。5倍の破壊力を発揮した魚雷は戦艦棲姫の胴体を吹き飛ばし、真っ二つになった上半身が水中へと没していく。

 残る下半身は少しの間だけ浮いていたが、すぐに波間へと消えていった。

 

「はぁ、ふぅ……これで終わりか?」

 

「いいえ! いまのはこのかいいきのぬしじゃありません-!」

 

「なんやて……」

 

「らしんばんまわせぇー!」

 

「まわせぇー!」

 

 羅針盤が私の進むべき方向を示す。いまの戦艦棲姫で前哨戦でしかない。

 嫌な予感がしてたまらない。

 

 

 そして、私の接敵した艦隊は。

 

「駆逐艦1人にやらせる内容やないぞ……!」

 

 戦艦棲姫2隻、空母ヲ級、重巡ネ級2隻。

 

 そして……北方水姫。

 

 

 最後の激戦が始まる。

 

 



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Knock Out

2021/10/12 タイトル修正


「あーもう! あーもう! ばかばかあほうどあほう! ばかたれー!」

 

 ネ級、それも強化型……エリートなんだかフラグシップなんだかは分からないが、通常のそれとは明らかに格の違うそれ。

 私の主砲弾の一撃にも耐え、回避すらしてくる強敵。それに守られたヲ級が艦載機発艦を終えてしまう。

 

 100を超え、200に届こうかと言う航空機が空を乱舞し、私を執拗に追い回す。

 戦艦棲姫の砲撃に翻弄され、北方水姫もまた私へと砲撃を行って来る。

 

「くそったれが!」

 

 発砲。ネ級を撃沈。続けざまに放った砲撃で残るネ級の撃沈にも成功する。

 

「次、三式弾!」

 

「さんしきだん、いそーげー!」

 

 航空機に対処しなければどうにもならない。

 雷撃や爆撃は回避可能だが、戦闘機の機銃が一番恐ろしい。

 

「ぐぅぅ!」

 

 戦艦棲姫の砲撃を躱し、躱し切れないものを投げつけた爆雷で迎撃。

 避ける余裕があるなら機銃弾で迎撃するが、今はそんな余裕すらない。

 これで爆雷も0である。残るは僅かな主砲弾と、あまりにも威力が頼りない機銃のみ。

 

「とりあえず、沈めやぁ!」

 

 機銃弾をヲ級へとたらふく食らわせてやると、穴だらけになったヲ級が波間へと没していく。

 これで残りは戦艦棲姫2隻と北方水姫のみ。

 

「シズメッ! オロカモノメ!」

 

「どやかましい!」

 

 煽って来る北方水姫に怒鳴り返しつつ、三式弾を発砲。

 空を舞う航空機を撃ち落とし、機銃も大回転で航空機へと対処を行う。

 1射1殺が出来ればよいが、そこまで都合がよくもいかないのが現実。

 機銃弾をばらまいて、ようやく1機撃墜するなんてのもザラなことだ。

 

「き、きじゅう、だんやくけつぼーう!」

 

「三式弾まだか!」

 

「そ、そうてんおわーりー!」

 

「ようやった!」

 

 三式弾を発砲。空から航空機を撃ち落とすが、まるで数が減ったように思えない。

 それに、戦艦棲姫と北方水姫をどうする? 残る魚雷は2発。1発で撃沈可能でも1発足りない。

 必死で考えながら対空戦闘を続け、猛威を奮う航空機への対処を終えると、そこには満身創痍の私が残る。

 

「主砲弾、残りなんぼや?」

 

「つうじょうだん6! さんしきだん4!」

 

「……そか。これはえらいきついわ……そんでもやらなな……!」

 

 之の字航行を続けて砲撃を躱しながら、私は考え出した方策に覚悟を決める。

 

「まずは、1隻もらうで!」

 

 航跡を変え、戦艦棲姫へと肉薄する。そして、すれ違いざまに1隻に魚雷を叩き込んでやる。

 躱そうとするが、生憎と私の魚雷は時速400キロの弾丸ストレート。躱そうとして躱せるものではない。

 魚雷5発分の破壊力を叩き込まれた戦艦棲姫が水底へと消えていくのを見届ける暇もなく、私は次の戦艦棲姫へと肉薄する。

 

「おどりゃぁぁあ!」

 

 そして、左ストレート。分厚い鉄板を殴ったような轟音。しびれる私の拳、のけぞる戦艦棲姫。

 続けざまに繰り出したのは、高速のニー。飛び膝蹴りを打ち込まれ、戦艦棲姫がさらにのけぞる。

 その腹を蹴り、上空へと飛び上がると、私は全力で踵落としを脳天へと叩き込んだ。

 

 海面へと叩き付けられる戦艦棲姫。だが、健在。殴った私の拳がしびれ、膝には痛み。

 腹立つほどに硬い。そして、私は左手の主砲を戦艦棲姫のどてっぱらへと押し付ける。

 

「うちの主砲ごと持っていき!」

 

 密着状態、超至近距離での射撃。水による圧力の集中効果で装甲を突破する魚雷のように。

 起爆の威力を、私の砲で押し込めれば。私の砲が弾け飛び、同様に戦艦棲姫の胴体が爆散する。

 おっと、これはラッキーだ。左手がちゃんとついてる。怪我すらしてない。最悪指の1本くらい覚悟していたのだが。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 使い物にならなくなった主砲を投げ捨てる。残るは、1人。

 爆沈していく戦艦棲姫を避けつつ、私は北方水姫を一気に肉薄。

 

「シズメ! シズメェ!」

 

 副砲、機銃とやたらめったらに北方水姫がこちらへと打ち込んでくる。

 躱し切れない。副砲弾を機銃で撃墜するも、機銃弾は対処し切れない。

 ボロボロの右腕で眼だけは防御しながら肉薄。もう残るのは左拳だけ。

 

「死ねや!」

 

 弾幕を切り裂くように飛び込み、左ストレート。

 金属を殴ったような轟音、のけぞる北方水姫。

 

「ソノテイドデ!」

 

 体を引き戻し、北方水姫がこちらへと殴りかかって来る。インファイトで勝負するつもりか?

 この私に対して、インファイトを?

 

「どあほうが!」

 

 北方水姫のフックをダッキングで躱し、抉り込むようなブロー。

 人間なら脇腹を抉り飛ばす一撃。それにダメージを受けたような素振りを見せつつも、耐えて再度拳を振るう北方水姫。

 死ぬほど硬い。戦艦棲姫より硬いんじゃないのか。装甲値は大して変わらなかったはずなのに。

 

 隙を、隙を作らなければ。

 

 魚雷を投げ、当てる。この1テンポ遅れた一撃を達成するには隙を作る必要がある。

 不意打ち気味に当てられれば隙を作るまでもないが、この状況では隙を作らなければいけない。

 やたらめったらに機銃弾を打ちまくるだけでも迎撃されかねない。だから先ほどは投げられなかった。

 のけぞらせ、後ろに飛びのきながら投げ込む。これが最適。そうせざるをえない。

 

 相手の拳を躱し、肉薄。そして、アッパー。

 

「ツカマエタ!」

 

 その拳を、北方水姫は掴んでいた。こいつ、なんてクレバーな真似をしてくる。

 殴り損ねたのではない。殴ったのだ。その上で、こいつは私の左手を掴んできた。

 殴られることを前提に、殴られたインパクトの瞬間、私の拳が止まったところを掴みに来たのだ。

 人間ならできるわけのない選択肢。それが出来るだけの強靭さがこいつにはある。

 

「しゃあないな!」

 

 左など、ジャブを打つためのものでしかない。ストレートを放つのはいつも右。

 私の黄金の右。この右ストレートで仕留められない相手などいない。

 

「こいつで、千秋楽や!」

 

 砕けた拳を強化。神経は切れていない。ならば、握り込める。

 出血で真っ赤に染まった手袋に魚雷を握り締め、私は最強のストレートをどてっぱらへと叩き込んだ。

 魚雷の起爆する音。私の右半身を巻き込み、魚雷が爆発した。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 右腕が肘から吹き飛んだ。もう、拳はつくれない。

 どくどくと勢いよく流れる血。妖精さんが必死で止血をしてくれる。

 脇腹を根こそぎ吹き飛ばされ、波間に消え逝こうとする北方水姫。

 

「ウソダロ……コノ、ワタシガ……モウ、ツメタイトコロハ……イヤ……」

 

「うっさ」

 

 やかましいので蹴っ飛ばして無理やり沈めた。はよ死ねや。演出とかいらんから。

 無理やり沈めたところで、海の色が戻っていく。

 青く透き通った……いや、太平洋側だから冬とは言え普通にきったないな……どうも締まらない。

 

「……まぁ、ええわ。これで、終わりやろ?」

 

「さ、さくせんせいこう! きとう! きとうしましょう!」

 

「わかっとる。意識はしっかりしとるから、安心しぃや」

 

 右腕を吹っ飛ばしてしまったが、痛覚は鈍化させているし、止血もしてもらえた。

 血液の凝固作用を強化してやれば、腕を吹き飛ばされるほどの大怪我でもすぐに止血は終わる。

 出血量もそう大したものじゃないし、そもそも心肺機能と酸素運搬能力を5倍にすれば、常人より各段に失血に耐えられるのだ。

 

「さ、帰るでー」

 

「はーい」

 

 主機を回し、ちょっと走ればすぐそこには陸地がある。さぁ、帰ろう。

 艤装の主機に活を入れれば、ぼんっ、と言う小気味いい音を立てて……ぼん?

 

「ぼん?」

 

「ぼん?」

 

 何の音? と私と妖精さんの眼が合い、そして私の艤装の煙突からもくもくと煙が。

 

「す、すいかんがはれつしましたぁ! しゅきがもえちゃうよぉ!」

 

「なんやて!?」

 

「しゅ、しゅきとめてー!」

 

「でもしゅきとめたらひょうりゅうしちゃうー!」

 

「ばくはつしたらしずんじゃうでしょー!」

 

「わーん! 黒潮さーん!」

 

「と、止めぇ! 爆発したらうちらここでお陀仏や! 主機がお釈迦に、うちが仏にとかなんもおもろないわ!」

 

 慌てて主機を止めるように指示を出すと、火を落としたらえらいことにー! とか喧々諤々の騒ぎを起こしながらも主機が停止。

 無事に主機が停止し、必死で水管の修理作業中です! と報告がされる。

 

「……なぁ、どれくらいで終わって帰れるんや?」

 

「えと、えと……はんにちくらい……」

 

「……そか」

 

 私は静かに海上で漂流した。

 妖精さんが出してくれたラムネを片手に、近くも遠い陸地を見やる。

 微妙に色づいて香ばしいラムネが激戦に疲れた体に沁みる。

 

「なんや、普通のラムネとちゃうよな、これ。うまいけど」

 

「かいぐんシロップなのですよ」

 

「なんそれ?」

 

「カラメルのさとうみずわり」

 

「それはえらい甘そうやな……」

 

 それに炭酸水をぶっこんだのがラムネなわけで。

 カラメルの砂糖水割りなんてもんが透明なわけもないと。

 琥珀色の綺麗なラムネで、ほのかな香ばしさがある。

 

「ちゅーか、駆逐艦やとラムネは作れへんのとちゃうかった?」

 

「しゅほにはおいてあります」

 

「ああ、まぁ、作れへんのと仕入れへんのとではちゃうか」

 

 作れないなら最初から積み込んでおけというわけで、作れないにせよモノはあるということらしい。

 

「……こうしきにはおいてないだけで、じつはつくれます」

 

「って、作れるんかーい」

 

「そもそも、ラムネせいぞうせつびなんて、もともとはただのしょうかきなのです。つくろうとおもえばくちくかんでもつくれました」

 

「そうなん? って、そーか。いまは薬剤消火器が主流やけど、昔は二酸化炭素消火器やなぁ」

 

 消火器には色々と種類がある。火災の種類によって使うものが違うのだ。

 戦闘艦だと……電気火災か、薬剤火災が大半だろうか?

 いずれにせよ、濡らしたら拙いものも多いので、たしかに現代でも二酸化炭素消火器を使う気がする。

 

「おおがたかんにはりっぱなしょうかせつびがあったのでたくさんつくれただけで、くちくかんでも100や200はつくれたのです」

 

 えっへん、と胸を張る妖精さん。なにやら和む仕草である。

 ラムネをくぴくぴ飲みながら、ラムネについて講釈する妖精さんの話を聞く。

 時々褒めてほしそうにするので、その都度その頭を指先で撫でてやる。

 やーん、などと言うが、わりと嬉しがってるみたいで気持ちよさそうに撫でられている。

 

「ふーん、ためになる話やったわ。ごっつぉさん」

 

 飲み干したラムネの瓶を妖精さんに渡すと、えっちらおっちらと艤装の中に運び込んでいく。

 わりと艤装の中が四次元空間な気がしてならない。考えてみれば、砲弾とか小さいけど明らかに艤装の中に入る量じゃないものなぁ。

 

 砲弾は定数と言うものがあり、大体100発前後あたりがそうであるらしい。

 実際にはその何倍も積み込むことが出来るけど、そんなに積み込んでも……と言う事情がある。

 魚雷に関しては常に積めるだけ積むのだそうで、これが16発であるらしい。

 4連装の魚雷発射管2基が搭載されているため、2掃射分と言うわけだ。

 砲弾はまだしも、魚雷とか絶対に入らないのに入ってるので、そう言うものなんだろう。

 

「……まぁ、休憩やと思っとこ」

 

 陸地に戻りたい気持ちはあるが、どうにもしようがない。

 無駄に焦っても疲れるだけ。ここはなんとか気を落ち着けて休もう。

 

 

 

 

 

 水管を交換し、缶の整備も終了し、さぁ出航できるぞ、と言う頃。

 その時、既に私は完全に限界を迎えていた。

 

 全身の激しい打撲と内蔵にも入った衝撃、極めつけは吹っ飛んだ右腕。

 気合と根性があれば活動可能であるが、気合と根性が品切れになる頃には活動限界である。

 

 怪我は直後よりも、しばらく時間が経ってからの方がつらい。

 

 骨折なんかは直後が一番痛いのだが、こういった打撲や出血と言うダメージは後々になって響いてくる。

 半日以上海上で足止めを食った私は、そのいちばんつらい頃合いに突入していた。

 

 体の防衛反応かなにかなのか、高熱の出て来た体。

 強烈に響いてくる全身の痛み、もうない右手の指先が痛む感触。

 16時間ほどに渡って、口に入れたものはラムネのみ。

 

 体を動かす燃料は切れ、頭はぼーっとする。

 

 私の体脂肪率は4%あるかどうかで、かなりガリガリである。

 私はナチュラルウェイトで戦うボクサーであり、減量なんてしたことがない。

 まぁ、プロの世界に未だ入れない年齢なので、そこまで真剣に体重を考えたこともないが。

 

 では、なぜそんなに痩せているのかと言うと、チート能力の代償だ。

 

 チート能力を使うと自動的にカロリー消費量も5倍になる。

 1日チート能力を全開にしていると、日常生活だけで7000キロカロリーくらい浪費する。

 普段は細々としか使わないし、動体視力とか反射神経強化なら消費量も大して増えないのだが。

 

 子供の頃はそのあたりのことが分かっておらず、低血糖で医者に担ぎ込まれたこともある。

 代謝がマジヤバイ、と理解した医者に高カロリー医療用ドリンクを処方されて終わったが。意外とおいしかった。

 そんな感じで、体格相応に食べて、日常で時々チートを使って、とやっているだけで激やせするのだ。

 無理やり食べて体格維持をするほどのことでもないのであまり気にしていなかったが、これからはもっと食べよう。

 って言うか、医者のところいってプルモケアとかエンシュアとか処方してもらおうかな……。

 

「おおう……くらくらしよる……お腹空いたわ……」

 

「せんとうりょうしょくはつんでないのですー……」

 

「せやろなぁ……」

 

 しゃーないしゃーないと妖精さんの頭を撫でる。

 代わりにラムネなら、とか言われたが、もういらん。って言うか、だな。

 

「うち、おしっこしたいんやけど……!」

 

 半日も海上にいたのだ。もう漏れそうである。

 スカートならちょっとショーツを下げて海面に放尿とか出来たかもしれないが、ジーンズである。

 日常生活に運動が密着してたので大半ズボンだったが、これからはスカート主体で生きることにする。

 

 

 

 不断の努力で尿意を我慢しながら陸へと辿り着き、背に腹は代えられんとそこらで済ませる。

 持っててよかったポケットティッシュで始末をつけ、戦闘の気配の消えた町へと。

 体はもう限界である。町へ行けば、自衛隊あたりが救護所でも作っているのではないか。

 そんな予想の下、ぼろぼろの体を引き摺って移動する。なんでもいいから休みたい。

 

 



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初めまして、戦友

2021/10/12 タイトル修正


 自衛隊の救護所はあった。

 あったが、私がそこで休むことは出来なかった。

 自衛隊はイ級やホ級と言った残存戦力と必死の奮闘をしていた。

 

 戦う力のある私が休んでいるわけにはいくまい。

 孤拳ただ一つのみとは言え、チート能力に艦娘の戦闘力がある。

 だが、とにもかくにもコンディションが悪過ぎる。

 そこでそこらの飲食店に入り込み、そのまま食べれるものを頂いた。

 お金は色々終わったら払うので許してほしい。

 

 

 腹いっぱいになるまで詰め込み、5倍の消化吸収能力で余すことなく吸収し尽す。

 最低限、体を動かすだけのコンディションを整え、私は走る。

 

 自衛隊員は自動小銃なども持ち出していたが、小銃ですら深海棲艦にはろくに通じない。

 無反動砲でようやくと言った有様で、高射特科の持ち出した自走式の高射機関砲などが主戦力と言ったところ。

 戦闘車両はまるで足らず、プラスチック爆弾で作った即席の爆発物で自衛官が肉薄攻撃を仕掛けるという地獄めいた状況。

 いったいいつから第二次大戦末期になったんだ。

 

 私も必死で駆けずり回り深海棲艦を倒すも、孤拳ただ一つでブチ極めるのは中々大変である。

 栄養補給はしたが、体のコンディションは刻一刻と悪化している。

 座ったらもう立ち上がれない気がするので、休むこともできない。

 それでも応戦を続け、兵員輸送車で突っ込んでイ級を瓦礫に埋め込んだりと根性の応戦をする自衛隊員と共に戦う。

 

 人型に近いホ級はイ級に比べて小型なので、そこらの車を使って何度も跳ね飛ばす。

 私の蹴りで蹴飛ばせることから分かるように、人間の蹴りでは難しくても、車でなら割と吹っ飛ばせるのだ。

 何回も轢き倒したところで、爆発物を持ち寄って発破して撃破と言う凄いこともやっていた。

 滾る自衛隊魂のお蔭か士気は高く、私も気が滅入ることなく戦うことができた。

 

 そうした戦闘を2日に渡って続け、私は遂に倒れた。

 

 3日3晩、休息も取らずにダメージの入った体を無理やり動かし続けていたのだ。

 そうなるのも当然と言うかなんと言うか。

 

 まぁ、救護所に担ぎ込まれてベッドのお世話になる頃には戦闘はほぼ終息していた。

 残る僅かな深海棲艦も自衛隊の必死の努力で撃破され、遂に戦闘は終わった。

 まぁ、それを知ったのは2日も昏々と眠り続けた後なのだが。

 

 

 

 右腕の本格的な処置も気付けば完了しており、艤装は妖精さん曰く必死の修理中。

 深海棲艦との戦闘も終わったとのことで、私は病院のベッドで暇を持て余していた。

 体が動くなら市街地に駆け付けて被害者の救助でも手伝うのだが、割と真剣に体は動かない。

 5倍の治癒能力を働かせればすぐに動かせるようになるが、病院でそんなガバガバ食べるわけには……ね。

 

 そして、そんなことを出来る状況でもなかった。

 

 なぜかって、病院のベッドの上で私は色々な詰問を受けていたからだ。

 まぁ、戦闘地域で孤拳ただ一つをブチ極めたのを見られていたからなぁ。残った左は特に熱くはなかった。

 

 まず、避難民の命が救われたこと、自衛隊員の命が救われたことに対する感謝を述べられて、詰問スタートである。

 どうしてそんなに戦えるのか、あの謎の機械はなんなのか、と言った質問である。

 

 まぁ、それに応えてるのは私ではなく妖精さんなのだが……。

 しかし、妖精さんの姿は見える人と見えない人が居るようで。

 必然、私が通訳をしないと意思疎通すらできないのである。

 

 そうした諸々を説明する中、私も色々と知らないことを知った。

 妖精さんが各自衛隊の基地を既に勝手に改造し始めていたり、艦娘になれる人間の探索が始まっていたりすること。

 既に私以外に5人の艦娘が誕生しているということ。その艦娘が必死の応戦を続けていること。

 この究極の国難を前に、既に動き始めている人がいるということ。神職関係者などの特別な力を持った人なら艦娘に力を与える提督になれること。

 

 そう言えば私は提督無しで戦っていたなぁ、と思ったが、実際にはいるらしい。

 妖精さんが真っ先にコンタクトを取った神職関係者が力を供給してくれているんだとか。

 この国で最高の力を持っているので、地球の反対側だろうが力を供給できる最強の提督らしい。

 

 誰さそれ? と思ったが、ちょっといえないひと、としか言われなかった。

 そこを何とか教えて欲しい、場合によっては自衛隊が協力を依頼するから、と必死に懇願する自衛隊のお偉いさん。

 あんまりにもしつこい自衛官が、せめて住むところだけでも、と言う要求に、妖精さんは、このくにでいちばんかしこきところにすんでる、と応えた。するとたちどころに鎮静化した。

 

 賢きところ……東大の人とかだろうか? よく分からない。

 自衛隊の人が、そうだよね、ちょっといえないよね、みたいに納得するが、私にはよく分からなかった。

 

 ともあれ、そんな感じで延々と尋問され、急ピッチで事態が進行していく。

 政府の動きは鈍かったが、突然内閣が解散すると、対深海棲艦を御旗にした内閣が成立。

 なんか不自然なくらいの超スピードで政府が再構築され、自衛隊に目ん玉飛び出るほどの臨時予算をぶっ込んできたんだとか。

 

 予算だけぶっこまれても自衛隊も困ったことだろうが、妖精さんと言う頼みの綱が居る。

 妖精さんを頼りにして自衛隊は対深海棲艦部隊を設立。部隊と言うが、規模はとんでもないものらしい。

 予算規模からして、新しい自衛隊が出来たも同然だよ、とお偉いさんは言っていた。航空、陸上、海上に続く、対深海棲艦自衛隊みたいなレベルらしい。

 各基地が再構築され、艦娘を戦闘団として認証する法案まで設立され、日本は深海棲艦と戦う環境を整えた。

 

 環境を整えた。

 

 術はまだ整っていなかった。頼みの綱の艦娘がまだ6人しかいなかった。

 って言うか本州には4人しかいなかった。その4人のうち、私は大怪我で病院である。

 ちなみに残る2人は本州ではなく、北海道と沖縄にいるらしい。四国も仲間に入れて差し上げろ。

 

 そのため、戦える艦娘を探し出し、それまでの間をなんとか保たせる手段が必要である。

 それも、遅くても1年以内にそれを実現する必要があった。

 海上交通網が致命的な打撃を受け、海外からの物流が途絶えた今、輸入大国である日本は激ヤバ状況である。

 

 途絶えたらヤバい資源類は備蓄を行ってこそ居たが、1年や2年ならともかく、10年も20年も続いたら日本は枯死する。

 食料だって激ヤバである。カロリーベースとか言う胡散臭いことこの上ないものは無視するとしても、自給率は高くはないのだ。

 

 あと、もっと切実な状況として。

 

 北海道は深海棲艦を引き込んで陸上戦力で殲滅するという縦深防御戦術が取れ、軍事基地の多さから戦力も豊富と好条件が整っている。

 広すぎることも相まって鬼のような広さの戦線が構築されているが、今のままでも半年は耐久可能だと言う。

 艦娘さんもエナジードリンクとユンケルが半年分あればと社畜みたいなことを語っており、なんとかなりそうではある。

 

 だが沖縄がヤバい。

 

 沖縄には米軍の駐屯地があったので日米連合軍が構築されて必死の応戦を続けているが、有人島が点在する上、縦深を取れるような広い島がない。

 艦娘さんが空母艦娘なので辛うじてなんとかなっているだけで、あと1週間応戦できるかも分からないと悲痛な応援要請が矢のように飛んできているのだとか。

 わりと冗談抜きで洒落にならないし、米軍を見殺しにしたらヤバすぎるのは明白。なんとしてでも応援を送る必要があった。

 

 

 そんなわけで、入院から1か月としないうちに私は退院。

 自衛隊の設立した艦娘戦闘団に所属することとなった。

 かなりウルトラCな法案を設立したらしく、自衛隊員になるわけではないらしいが。

 まぁ、自衛隊員になったら少年兵とかねぇ……徴用ではないけどさ。

 

 

 徴用ではない関係で、自衛隊は有り余る予算を使って目ん玉飛び出るような待遇を出して来た。

 年収1億円とか言う小学生の考えたような給与に加え、基地内にある施設全部タダで使い放題! 資格も取り放題! と迫真の好待遇である。

 毎食デザートつけちゃう! 部屋は個室! テレビもインターネットも使い放題! と自衛隊基準では超好待遇らしきものも提示された。

 別にこっちは給料もらえなくても深海棲艦と戦う気満々だったので素直に頷いた。なお待遇はありがたくいただく。

 金が欲しいからプロボクサーになろうとしていたのであって、艦娘やって毎年1億円もらえるなら艦娘になるよ私は。

 

 なお天才ボクシング美少女が徴兵されて云々、みたいなマスコミさんの報道もあったらしい。

 強烈にバッシングされてたけど。知る権利が云々、と言うお決まりの反論もしてたが。

 そこまでなら良かったんだけど、私の戦闘情報が漏れていたらしく、ドーピングどうこうステロイドどうこうなんてのも流れていた。

 ドーピングはともかく、ステロイド使ったくらいで身体能力5倍になるんだったら誰も苦労しないと思うんですけど。

 なお政府が「誤った情報を意図的に流すのは国民の知る権利を阻害してますゥー」と言う理屈でマスコミを潰しにかかった模様。

 

 

 そんなこんなで艦娘戦闘団に配属された私を待っていたのは、天ねーとの再会だった。

 

「天ねー!」

 

「潮ー!」

 

 ひっしとお互いに抱き合う。うわぁ、天ねーおっぱい大きい。

 窒息する! 窒息する! 死ぬぅ! 殺さえぅ!

 

「ぶはぁ! 天ねー、死ぬ! 死ぬ!」

 

「お、おう、悪い」

 

 危うく天ねーの巨乳で殺されるところだったが事なきを得た。

 ちなみに私は大きくない。黒潮ですのでね。

 

「天ねーも艦娘になったん?」

 

「ああ。気付いたら救護所にいてな。そこで妖精さんに艦娘になって欲しいって頼まれて艦娘になったんだ」

 

「そうやったんかぁ……」

 

「しかし、俺はどこで気絶したんだろうな? 潮も近くにいなかったしよ……」

 

 あ、これはいい感じに気絶しましたね……。

 気絶すると、前後数分間の記憶が飛んだりするのよね。

 まったく飛ばなかったりもするんだけど、飛ぶこともある。

 心臓発作みたいな病的な奴だと数時間単位で飛ぶこともあるそうだ。

 よし、天ねー殴ったことは誤魔化しておこう。

 

「うーん、うちもよう分からんのやわ。うちも気絶したみたいで、気付いたら駅前におったんよ。そこで艦娘になったんや」

 

「そうだったのか……これも、そうなのか?」

 

 悲痛な表情で天ねーが私の服の右袖を掴む。

 ひらひらと揺れる右袖は、私の右腕が喪われていることを如実に示している。

 

「ん、まぁ、そやね。天ねーも……その眼、どうしたん?」

 

 天ねーの左目を覆っている眼帯。紐ではなく貼るタイプの医療用眼帯だ。

 見た感じなのだが、左目、残っていない、のではないのかと思われた。

 

「ああ、まぁ、ちょっと、な」

 

 お互いにあまり言いたくないことであるらしい。

 私も天ねーも、体の負傷について言及することは無かった。

 

「えーと、あ、そうや。天ねーはなんて艦なん?」

 

 正直言って予想ついてるっちゃついてるのだが、一応聞く。

 

「へへ、教えてやるよ。俺の名は天龍! ふふん、かっこいいだろ?」

 

「うーん、ちょい惜しいな。うちは黒潮や、よろしゅうなー」

 

「惜しいってなにがだよ?」

 

「まぁまぁ、まぁ、そやねぇ。まぁ、まぁ、まぁ、そうやわ」

 

「だからなにが!?」

 

 天ねーのことは適当に煙に巻いた。

 

 

 

 さて、ここで突然だが艦娘戦闘団のメンバーを紹介しよう!

 

 駆逐艦黒潮!

 

 軽巡洋艦天龍!

 

 駆逐艦皐月!

 

 軽空母鳳翔!

 

 以上だ。

 

 

 ……重砲艦が1人もいないのだが?????

 

 駆逐2人、軽巡1人、軽空母1人。軽空母が居なければ遠征艦隊かと思うレベルである。

 だが、全員あの激動の初戦を戦い抜き、ここまで生き残った猛者でもある。

 きっとみんな頼りになるハズだ。なら、それはもう凄い艦娘に違いない……!

 

 もしかしたら皐月も身長190センチある史上最強の女みたいなやつかもしれない!

 鳳翔さんは身長168メートル、体重9500キロの途轍もない巨女かもしれない!

 天ねーはゲッター炉とかブラックホールエンジンとかGSライドで動いてたりするのかもしれない!

 勇気がエネルギー源、つまり精神論で動くエンジン。日本海軍にはピッタリだな!

 でも主要物質が大和魂だからGSライドには適してないかも。敵の潜水艦を発見。

 

 

 

「皐月だよっ、よろしくな!」

 

 なんて自己紹介をするのは金髪に金の瞳をしたお嬢さん。

 私よりいくつか年下に見える……この子、もしや小学生なのでは?

 いや、よそう。私の勝手な予想でみんなを混乱させたくない。

 残念ながら身長は150センチに足りないくらいであり、史上最強の女風味はない。

 

「鳳翔です。よろしくお願いしますね」

 

 そしてみんなのお艦、鳳翔さん。

 が、見た感じどう見ても天ねーと同い年くらいである。高校生くらいだろうか?

 天を衝くほどの巨女と言うことはまるでなく、私よりちょっと背の高い普通の女子高生。

 まぁ、もしかしたらメタモルフォーゼして鳳エアクラフトキャリアー翔みたいな感じになるかもしれないし。

 

「俺は天龍。よろしく頼むぜ」

 

 で、こちらも自己紹介。

 まず乳のでかい天ねー。

 残念ながら私の知る限りではゲッター線、勇気、アイスセカンドと言ったようなもので動いているという事実はない。

 ただ、胴体にでかい球体が2つついてるんで、なんらかのツインドライブシステムの可能性がある。人類を巨乳に変革してくれるに違いない。

 

「黒潮や。よろしゅうな」

 

 次に乳の小さい黒潮。以上だ。

 

「えーと……なんでみんな艦名なん? 割と謎なんやけど。ちな、うちは黒川潮言います」

 

「んぉ、そう言えば。俺は龍田川天音ってんだ」

 

 天ねーは特に意識していなかったのに天龍と名乗ったらしい。

 艦娘になると何かしらの精神汚染でもあるというのだろうか……。

 

「あれぇ? そう言えばなんで……えっと、ボクは如月さつきって言うんだ」

 

 2月か5月かハッキリせぇよ。

 

「ええと……鳳翔(おおとりかける)と言います」

 

 鳳翔さんが恥ずかしそうに名乗る。

 

「その、お父さんがおっちょこちょいで! 生まれる前にエコー検査で男の子だと思っていたので、男の子の名前しか考えてなかった上に、生まれてすぐに出生届を出してしまったんです!」

 

 そして名前の自己弁護を始めた。

 そんな必死に弁護しなくても女だってわかるよ。

 

「奇遇やね。うちもやよ」

 

 そう、実は私も男の子だと思われて出生届が出されている。

 私の場合、生まれてくるまで知らない方が楽しみだから、と言う理由で性別を聞いてなかったそうな。

 そして、生まれて来た私は元気な女の子。生まれてすぐの私は混乱してチート全開であった。

 

 あまりに力強い動きに、これは凄い男の子になると父は確信。

 女の子ですよ、と言う看護師の発言を綺麗さっぱり忘れ、出生届を出しに行ったのである。

 なお母にボコボコにされた模様。私の母は空手の有段者である。父は鳴かず飛ばずの元プロボクサー。

 

「まぁ、うちはそこまで男っぽい名前言うわけでもないんやけど……」

 

 男に多いかと言われると、そもそも潮と言う名前の人間自体が早々いないという……。

 そんな調子で、私たちがしばらく談笑を交わしていると、私をここに連れてきてくれた自衛官が大講堂に集合と指示を持ってきた。

 この基地に居る自衛官の人らとの顔合わせ、と言うわけだ。ううん、ちょっと緊張してきた。

 



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明日への希望

 大講堂にはめっちゃたくさんの自衛官がいた。うおー、すげー、壮観。

 ざっと見積もって300人はいる。天ねーも、うおーすげー、と小学生みたいに驚いている。

 

「まぁ……あちらは陸自、あちらは海自……空自の方もいますね。それに、徽章をお持ちの方が多いですね。レンジャー、空挺、フリーフォール、航空管制……」

 

 鳳翔さんがなんか感心したように言っているが、よく分からない。

 鳳翔さん以外みんなそうらしく、何を言ってるんだろう、と言う感じの表情だ。

 

 その後、艦娘戦闘団の意義について、なんか偉い人っぽい自衛官の人が説明をしてくれた。

 艦娘の戦闘能力を最大限に引き出し、この国難を乗り越えるための組織、それが艦娘戦闘団。

 

 皐月は緊張したような表情をしている。私はと言うと、最初から分かっていたことなのでそこまでではない。

 この状況では艦娘に最大限に頼るしか活路が無い。そのために、艦娘を完璧にサポートするのがこの艦娘戦闘団の意義だろうとも。

 とは言え、これほどの人が私たちのために共に戦うと思うと、その責任の重さも感じさせられる気がする。

 

「では、最後に……艦娘戦闘団の実働部隊である艦娘の皆さんを代表し、黒川さんにお言葉を頂きたいと思います」

 

 ……えっ? 私!? なにも聞いてないんだが!?

 

 天ねーにはよいけや、と目線で促され、他の自衛官も私をじっと見ている。

 待ってくれよ、なんで私の顔が自衛官に割れてるんだ。あっ、そっかぁ……2日間の戦闘で散々自衛官に顔見られたもんね……。

 自衛官の人たち、胸のところになんかカメラつけてたもんね……録画されてたんだぁ……そっかぁ……。

 

 私は泣く泣く前の方に出て行く。

 

「えーと……あの……言葉て、なに言うたらいいんでしょ……?」

 

「素直な気持ちで構いません。自衛官に自己紹介をしてやる、くらいの気持ちで構いませんよ」

 

「はぁ……」

 

 名前と年齢と趣味くらいでいいだろうか……スリーサイズくらいはサービスすべきだろうか……。

 でも私、バスト以外のスリーサイズ知らないんだよな……バストはブラ買うのに要るけど、他のサイズは別になくても……。

 まぁ、そのバストサイズもスポブラしか使わないので頻繁に測ってるってこともないのだが。

 

「えーと……黒川潮、言いますー。駆逐艦の黒潮、やらせてもらってます。って、あー……自衛隊のお人やと、くろしお言うたら潜水艦でしたわ。あはは」

 

 ぽりぽりと後頭部を掻く。だ、誰も笑ってくれない……。

 やめてくれ。私は関西弁で喋っている。だが、それは母が京都出身だからだ。

 女の子っぽい喋り方を学ぶために母の喋り方を真似したから、そっくりそのまま京都弁になっただけなんだ。

 まぁ、京都出身だが大阪の道場で鍛えてたから、大阪弁もかなり混ざってると後で知ったが……。

 

 つまり、だ……私は関西人じゃないんだ! おもしろいこととかできないんだよ!

 

 ああ、ああ、だれか……助けてくれ……あれが……おぞましい、残酷な質問がやってくる……。

 ああっ、呪われた関西人への質問が……赦してくれ……赦して……くれ……。

 ふへ、ふへへへ、ふへははは、くっくっく……。

 

「あーっと、しょーもないこと言いました。すんまへん」

 

 とりあえず気を取り直して謝り、深呼吸をひとつ。

 そして、私はふと抱いた素直な疑問を投げかけた。

 

「あー……まぁ、なんや。皆さん、正直なところ聞きたいんですわ。怖い人、手ぇ上げたってください。ちなみにうちはめっさ怖いです」

 

 そう言って私は手を上げると、恐る恐ると言った調子で何人かが手をあげる。

 そして、それに続く人が幾人も出始め、やがてはほぼ全員が手をあげた。

 

「ですよね。うちも、言うた通り、怖いです。なんでうちが、とか、なんで日本が、とか、いろいろあるんです。とにかく怖いです」

 

 それは正直な気持ちだった。どうしてそうなったのか。どうしてこうなってしまったのか。

 そんな、答えの出ない気持ちが胸の中でぐるぐると渦巻いている。

 

「そやけど、まぁ、なんですかね。北海道と沖縄にいる艦娘はん。その2人のこと考えたら、もっと怖いんやろなって、思うんです」

 

 北海道からは青函トンネル経由で続々と避難民が脱出してきているそうだが、1か月経った今になっても避難は完了していない。

 北海道が広すぎること、そして、時期が悪過ぎたこと。冬の北海道は試される大地である。

 迂闊に移動すれば、それだけで死に至る。そう言った場所がザラに存在する。それが北海道、試される大地だ。

 現状のままなら半年間の持久は可能と言っても、現状は雪に閉ざされた今も含めたことだ。実際はそれ以下だろう。

 

 それでも、1人でも多くの人を助けるために、北海道の自衛隊員は孤軍奮闘を続けている。

 あの有名な士魂大隊は既に壊滅的被害を受け、部隊としての体裁を保つことすらできない有様になってもなお戦闘を継続しているという。

 北海道の部隊は、深海棲艦との戦闘開始以前と比較して、既に損耗率は200%を超えているという。

 これは初期定数の倍に値する人員が戦線離脱をしたことを意味する。それは無論、人員が補充されたことを意味しない。

 負傷で1度戦線離脱し、治療の後に戦線復帰。そして、再度戦線離脱をした、と言う意味である。負傷兵ですら休むことが出来ない。

 壊滅的と言う言葉ですら生温いほどの絶望的な戦闘が繰り広げられているのは明白だった。

 

 沖縄でもそれは変わらない。沖縄では在日米軍も交え、即席の日米連合軍が激戦を繰り広げている。

 沖縄ではないが、自衛隊基地のある硫黄島基地は地獄だ、と言う通信だけが辛うじて伝わったそこでは、空母の艦娘が大回転で戦闘を続けているらしい。

 最も地獄に近い島などと米兵の間では囁かれ出した硫黄島は、今や陥落寸前の有様だという。

 

「んでもって、戦うこともできない避難民の人は……もっともっと、怖いんやろなって……思うんです」

 

 怖い。チート能力があっても、怖い。もしかすれば、死ぬかもしれないと、そう思いながら戦うことが、あまりにも。

 どうして耐えられるのか、なぜ戦えるのか、自分でも分からない。

 でも、気付けば戦ってしまっている。これはもう、そう言うものなのだと折り合いをつけるしかないのだろう。

 

「ほんまに怖いんです。そやけど、怖いからって縮こまってたくもないんです。そやから、うちは戦います。皆さんも……そうなんやないかと思います」

 

 誰かを助けたいという想いで、私たちは戦う。

 それだけで戦えるのかと言えば、私も首を捻らざるを得ないが。

 だが、もうあんな理不尽なものを見たくないという気持ちがある。

 あの町で見た顔もこの中にはいる。あの地獄を見た人たちが、戦うためにここに来ている。

 もうあんな光景を見たくない。あんな光景を作らないために、私たちはここにいる。

 

「みなさんも、同じ気持ちなんかは、うちにはわかりません。でも、戦う理由があるからここにいる。そのことは信じてます」

 

 あんなに怖い思いをしたのに。

 艦娘である私たちより、ずっと怖かったはずなのに。

 なんにも出来ない無力感に苛まされたはずなのに。

 それでも、それでもここに立っている。

 それは、どんなものよりも尊い意思だ。

 

「うちには夢がありました。ボクシングのチャンピオンです。17になったらプロ試験受けて、世界チャンピオンになって、1ファイトで100万ドル稼ぐようなビッグな女になる言う夢がありました」

 

 そう言って、私は右腕を持ち上げた。そこには、動きに付随して揺れる袖だけがある。

 

「もう、叶わん夢です。そやけど、それでも、うちには夢がある」

 

 もう私の夢は叶わない。片腕のボクシングチャンピオンは存在し得るかもしれない。

 けれど、この世界情勢で、のんきにボクシングのチャンピオンを目指せるほど、私は薄情じゃない。

 

「今日もそうやし、明日もそうや。うちは信じられへんほどにどでかい困難いうやつにぶち当たる。そうだとしても、うちには夢がある」

 

 叶えられない夢はもう捨てて、私は新たな夢を抱く。

 

「いま、うちは明日が欲しい。明日のために言うて、頑張れる今日が欲しい。頑張ったから大丈夫やって信じられる、昨日が欲しい」

 

 なんの変哲もない、何も変わらない、日常。

 でもそれは、私が気付いていなかっただけで。

 どんなものよりも大切な、宝石のように貴重な時間だった。

 

「みんなが無邪気に明日を信じられる時が来る言う夢が、うちにはある」

 

 ほんの一か月前まで、誰もが信じていた。昨日と変わらない明日が来ると。

 その仮初の真実は、深海棲艦によって、あまりにも呆気なく打ち砕かれてしまったけれど。

 海からやって来た戦争が、そうしてしまった。だから、私たちは海へ往く。

 

「昨日とおんなじ道を通って学校いって、毎回おんなじ説教しよるせんせの授業聞いて、相変わらずの友だちとまた明日言うて別れる。そんな日がまた来るって夢が……うちには、あります」

 

 それはきっと、易々とは叶わない夢なのだろうけど、それでも、その夢を抱いて私は戦う。

 夢と言う希望を抱いて、私たちは戦う。それが私たちにできることだから。

 

「うちの夢、しょーもな、さっさと諦めろや、って思う人、おりますか?」

 

 誰も手を挙げない。笑いもしない。

 

「うちの夢、叶ったら最高やって思う人、おりますか?」

 

 勢いよく、みんなが手を挙げた。

 

「あはは、みんな気持ちはおんなじなんや。うちもおんなじや。なら、することは決まっとる」

 

 戦おう。私たちの奪われた未来を、奪い返しに行こう。

 これが運命だというなら、覆してやろう。この胸に、夢を抱いて戦いに行こう。

 

「夢を胸に抱いて戦えば、きっと、うちらは絶望に満ちた戦場からでも、希望を拾い上げることができる」

 

 だって、私たちはもう、その希望を拾い上げているのだから。

 

「みんなもそうや。瓦礫の町の中からでも、うちらは勇気の火を灯すことができた」

 

 私たち艦娘と言う存在が、その勇気の火を灯したのだとしても。

 戦う限り、きっとみんながその勇気の火を見出す。

 

「同じ夢を抱く限り、うちらは共に戦い、共に願い、共に夢を見れる。そして、いつの日か、共に夢を掴むことができる」

 

 その信念こそが私たちを強くしてくれる。

 諦めない限り、きっと夢は叶うと、信じられる。

 

「だから……みなさんの命、うちら艦娘に預けてくれますか。うちらといっしょに、戦ってくれますか。いや、この言い方は卑怯やわ」

 

 私は首を振って、言い直す。

 

「うちら艦娘といっしょに、命懸けで戦ったってください! どうか、おねがいします!」

 

 私は頭を下げた。私に出来る誠意の表し方はこれくらいしかないからだ。

 

「うちはもう嫌なんや! 目の前でだれかが死ぬなんて、もう嫌なんや!」

 

 誰にも死んでほしくない。できることなら、全員だれもかれもを助けたい。

 でも、私にはこの小さな左手1本しか残されていないのだ。

 

「なんで人が殺されなあかんのや! なんでうちよりちっさい子が死ななあかんのや! そんなんおかしいやろ!」

 

 どうして理不尽に未来を奪われなくちゃいけない。なんで殺されなくちゃいけないんだ。

 ただ、明日を信じて生きていただけなのに。それが罪だというなら、私は絶対に認めない。

 

「人が死んどるんや! いっぱい、いっぱい人が死んどるんや! なんでこんな簡単に人が殺されなきゃあかんのや!」

 

 犠牲者がどれだけ出たのか、未だに分かっていない。それくらい、たくさんの人が死んだ。

 町一つが更地になるほどの、凄まじい被害が出た。それだけたくさんの人がいた。

 私の居た町も、百万都市と言われるくらいに規模の大きい町だった。

 

「命が、こんな簡単に奪われるなんてうちは知らんかったんや! どんなもんより貴重で、地球より重いって、そう信じてたんや!」

 

 でも、そうじゃなかった。命は地球より重くなどなかった。

 いいや、そんなものと比較するなんてこと自体が、間違っていた。

 

「そやけど、そやけど、命は……命は、紙切れ1枚より軽かった……簡単に、ゴミみたいに、あっさり奪われてまうもんやった」

 

 地球とは比較にならないほど、命は軽かった。

 風に吹かれれば飛んで行く紙切れのように、命はちっぽけだった。

 

「そやけど、そんなの貴重さとはなんの関係もないやろ!? 紙切れより軽いからって、どんなもんより貴重なんは変わらんやろ!」

 

 どれほどに軽くても、命はどんなものよりも貴重だって、私は信じている。

 それが、理想論でしかなくても、夢物語でしかないのだとしても、私は信じている。

 

「それをあんな、あんな簡単に、おもちゃみたいにもてあそばされて喪われていくのが、許されていいわけがない! そんな酷いことが許されるわけがない!」

 

 だから、戦うと決めた。私が弱かったから殺されてしまった、今となっては少年なのか少女すらも分からない子供のような存在を、もう2度と出さないために。

 物言わぬ屍となった母の傍に散らばる肉片となった子供なんて、そんな残酷なものを、もう2度と作らないために。

 安堵の涙を流す母と、泣きながら母に縋りつく幼子って言う、希望に満ちた、そんな優しい光景を見たいから。

 

「うちはその理不尽を認めへん! だから、戦う! 誰も理不尽に命を奪われない明日が欲しいから、うちは戦う!」

 

 だから、どうか、お願いします。

 

「そやから、そやから……うちの夢を、素敵やと思ってくれたなら……どうか、うちらといっしょに、戦ってください……うちらと、命を賭けてください……おねがいします!」

 

 しんとして、それからすぐに、戦うぞ、と男の人の声がした。

 思わずパッと顔を上げると、そこには気炎を上げる自衛隊員が居た。

 

「俺も許せない。俺は、市民を見殺しにするために自衛隊員になったんじゃない。女の子だけを戦場に送り出すために自衛隊員になったんじゃない! 俺はだれかを守るために自衛隊員になったんだ!」

 

 顔も知らない誰かのためにと、そう叫ぶ人が居た。

 

「自衛隊は親方日の丸だから入ったんだけどさ……僕も、嫌だ。だれかが理不尽に殺されるのが、嫌だ。僕も戦う」

 

 理不尽が許せないと、そう呟く人が居た。

 

「……あの被害で、家族はみんないなくなった。だから、捨て鉢だったんだ。けど、僕が戦ってだれかの未来を守れるなら、戦いたい。僕にも、戦わせてほしい」

 

 私の叫んだ、未来が欲しいという願いに呼応してくれる人が居た。

 

「ここで逃げたら、くそださいよな。大人だから……自衛隊員だから、カッコつけなきゃなんだ。その夢、俺にも一口噛ませてほしい」

 

 格好悪い自分になりたくないと、誇れる自分になろうとする人が居た。

 

「30年も自衛隊員やってた癖に、君のお蔭でようやく自衛隊員の自覚が持てた気がするよ。情けないおっさんで、ごめん。僕も戦う。おっさんだけどさ、役に立つよ、必ず」

 

 かつて喪った情熱を燃やす人が居た。

 

「おい、潮! 俺らのこと忘れてんじゃねーぞ! 俺らだって戦う! そうだろ! 俺だって、あんなのはもう2度とゴメンだ!」

 

「ボクもだよ! ボクも目の前でだれかが殺されるのはもうイヤなんだ! だから、戦おう!」

 

「とても素敵な夢ですね、黒潮さん。私も、昨日と同じ道を歩いて、毎日同じ学校にいって、明日を信じられる日が欲しいです……退屈な日々だと思っていましたが、今ならもう2度とそう思うことは無いでしょうから」

 

 私と同じ艦娘のみんなが、私の夢を共に抱き、共に希望の火を灯して居た。

 私の瞳から、涙が零れ落ちる。こんなにもたくさんの人が、同じ夢を抱き、戦う意思を宿してくれた。

 きっと、戦える。みんなといっしょになら、戦える。この胸に、同じ夢を抱いているから。

 

「ありがとぉ……ありがとぉなぁ……! うち、がんばるから……がんばるから!」

 

 私たちは胸に夢を抱き、戦いへの決意を打ち立てた。

 戦おう、果ての果てまで。



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intermission
戦闘準備


 艦娘戦闘団設立から1日。

 

 私たち艦娘は、あの激戦の疲れを癒すように束の間の平和を……味わっていなかった!

 

「怖い怖い怖い! なんでこんなことするんだよ! 酷いだろ!」

 

 びゃあびゃあ文句を言ってるのは天ねー。

 なにやってるのかと言うと、空挺降下訓練。

 正確に言うと、その前の段階のさらに前の段階の、落下の恐怖に慣れる訓練。

 

 人間って、10メートルを超える高さから飛び降りるのには本能的な恐怖を感じる。

 もちろん、それ以下でも恐怖を感じるのだけど、10メートルを超える高さはケタが違う。

 だから、何回も飛び降りて恐怖に体を慣らす。今やってるのはその訓練。

 高い塔から飛び降りる訓練だ。もちろん命綱をつけているので安心安全なのだが。

 

「天龍はなっさけないなぁ」

 

「なんだよ! 黒潮は怖くねーのかよ!?」

 

「怖ないけど」

 

「嘘つけ! じゃあやってみろや!」

 

「あいよー」

 

 ひょい、と塔から飛び降りる。マジか! と天ねーが叫ぶ。

 そして、自衛官がぎゃあああ! と悲鳴を上げた。

 

 やっべ、命綱つけてなかった。

 

 そのままスイーッと落下し、ドズンッ、と地面に足から着地。割と痛い!

 私は再度塔に上り、天ねーと顔面蒼白の自衛官の前に立つ。

 

「よゆーやったわ」

 

「黒潮ちゃん大丈夫!? 怪我は!?」

 

「大丈夫やよ。って言うか、艦娘ならみんな平気やと思うけど」

 

 チート能力ありで落下したけど、ナシでもなんら問題ないと思う。

 艦娘の身体能力自体はそこまで高くはない……。

 って言っても、私が100メートル10秒フラットで走れるようになってたので強化自体はされてる。

 足が速めの女子中学生から、男子オリンピック選手クラスになってるんだから。

 

 身体能力はそこまで高くはないのだけど、強度の方がえぐい。

 純粋に体が鋼鉄で出来てるのと同レベルの状態になってる。

 10メートルどころか30メートルでも問題なく落下できると思う。

 

「ちゅーわけで、天龍も大丈夫やから降りや」

 

「お、おう! よーし、いくぞ……いくぞ!」

 

 なぜかこっちを見ながら宣告する天ねー。

 

「おー、いってきいや」

 

「ああ。行くぞ! ……行くぞ!」

 

「はよ行けや」

 

 しつこいので後ろから尻を蹴っ飛ばして落とす。

 

「ああああああああぁぁぁぁぁ――――!」

 

 悲鳴を上げながら落下していく天ねー。命綱はつけているので、ちょっと落下したところでプラプラしている。

 

「く、黒潮ちゃん、危ないから蹴り落とすのは……ね……」

 

「わかったわー」

 

 涙目でひいひい言いながら登って来る天ねー。

 

「黒潮てめー!」

 

「わかったわかった」

 

「お、おい、黒潮?」

 

「ほうれー」

 

 蹴ってはいけないらしいので、正面から持ち上げて外に投げ捨てた。

 

「うわぁああぁぁぁぁぁ――――!」

 

 また悲鳴を上げて消えていく天ねー。

 

「これでええ?」

 

「いや蹴らなければOKってことじゃなくてね、落とすのをやめようねって言うね、うん」

 

「そんなこと言うてたら天龍の訓練終わらんよ……天龍、割とビビりやから……」

 

 肝試しとかすると、おばけなんかいねーよ! 潮もそう思うよな!

 とか言いながら私の両手をガッチリ掴んでくるタイプである。

 

 ちなみに、天ねーは恐怖や怒りが限界に達すると、原因の排除に動く薩摩武士系の思考回路をしている。

 そのため、肝試しをする際は天ねーから竹刀や木刀を取り上げておく必要があるぞ!

 と言っても竹刀だの木刀だの持ち歩くような人ではないのだが。

 

「そうなんだ……うん、でも、無理やり落とすのはやめようね」

 

「うーん、そんなら、言葉巧みに落とせばええん?」

 

「え、うん、まぁ、それなら……」

 

 無理やり落とさなければOKらしい。

 私はまた登って来てキレ散らかす天ねーを無視しつつ、横にいる皐月と鳳翔さんを見やる。

 

「皐月っちゃん」

 

「え? ボク? どうしたの?」

 

「いけそう?」

 

「ちょ、ちょっと怖いかなぁ、って」

 

「そか。ここが根性の見せどころや! がんばろな!」

 

「うん! ボクがんばるよ! いくぞー! ふぁいとー!」

 

 って言いながら飛び降りる皐月。

 皐月ちゃんいちばん根性キマってる節があるので、応援すると頑張れる子である。

 

「鳳翔さん」

 

「はい」

 

「ほな、いってらっさい」

 

「はい、行ってきますね」

 

 空挺降下訓練を楽しみにしてて、楽しみで眠れませんでしたとか言ってた鳳翔さん。

 私が行けと言うと、笑顔で飛び出していった。残るのは私と天ねー。

 

「んで……」

 

「な、なんだよ」

 

「みんな降りとるけど? あんた降りひんの?」

 

「あああああ! いくよ! いけばいいんだろ! くそぉぉぉお!」

 

 ヤケクソ気味に天ねーが飛び出していき、全員が降下成功である。

 

「じゃ、最後はうちやね」

 

「うん、じゃあ安全帯をぉぉぉおおお!!!」

 

 つける前に飛び降り、また地面に落着。

 わざとじゃなくて本気でうっかりやらかした。

 学習しないな、私……。

 

 

 

 

 格闘訓練。艦娘でも格闘は出来た方がいいよね、と言う理由で自衛隊のみなさんがレクチャー。

 ボクシングと自衛隊の格闘は別物なので、私も教えは乞うている。

 右腕がない私と、左目がない天ねーは無理しないようにと強く言い含められている。

 

「なんや、こんなもんか」

 

 左手一本で格闘徽章なるものを持っている自衛官を捻り潰して終了である。

 腕力に頼った戦いでは、自分以上の腕力を持った相手に負けるから技が重要だ! みたいなこと言われたが……。

 相手が突き出してくる腕を片っ端から左手で逸らし、イケると思った都度にデコピンしてやる。

 私が本気でデコピンすると爪が割れるので程々に手加減はしているが、結構痛いゾ。

 

 べっこんぼっこんにされた自衛官の人は落ち込んでいた。

 ごめん……でもイケると思ったから……(明白な理由なし)

 

 天ねーは多少苦戦していたが、途中からコツを掴んだのが理不尽なほどの強さを発揮しだした。

 いや、ほんとに理不尽だな。素手でやり合ってるのにチート全開の私と互角にやり合うとかどういうこと?

 

「深海棲艦との戦いで気づいたんだ。クソ重ぇ攻撃してくるやつ、クソ速ぇ攻撃してくるやつはいっぱいいる。それより重い攻撃、それより速い攻撃で対処ってのは、まぁ、無理だ」

 

 そりゃそうだ。相手とは基礎的なスペックが違い過ぎる。

 だからと言って、なんかよく分からない術理で理不尽に対応しないで欲しい。

 

「なら、それより軽い攻撃、それより遅い攻撃で対応するしかねぇ。それが分かりゃ、あとは実践するだけだ」

 

「え? それだけ?」

 

「それだけだ。釣り上げて、捌き切る。攻撃の出を見極めりゃ、いずれは予兆までも読めるようになる。後はもう対応するだけだ。楽勝だろ」

 

「なにいってんのこいつ」

 

 意味分からん。これから天ねーのこと処女姉様って呼ぶわ。

 パンツを脱がない流派をぜひとも創始して欲しいものである。

 待てよ。その場合、強姦された挙句に死ぬより辛いとか言う魂の分割をされるのは私ではないか……?

 

 

 そんな具合で私と天ねーは、教えることナシ! 隅っこで自主練してろ! と放置。

 皐月と鳳翔さんが一生懸命格闘訓練を受けるのを見守るだけになる。

 

 ヒマなので天ねーと試合。

 

 私の拳を捌けて調子に乗り出す天ねー。

 イラッと来て本気を出し始める私。

 捌き切れなくなってきて、艤装付属の剣を持ち出す天ねー。

 モノホン出す言うことはガチやな? とチートを全開にし出す私。

 それすらも辛うじて対応し切る天ねー。

 キレてマジの本気を出す私。

 今までにないくらい対応出来てテンション上がりまくってガチの本気になる天ねー。

 

 結局、決着がつくことはなかった。

 

 

 

「私、弓道部だったんですよ」

 

「ほえ~、そうやったん?」

 

「ええ。結構上手だったんですよ」

 

 鳳翔さん弓道部とのこと。なので艤装の取り扱いにはあんまり困らなかったらしい。

 ただ、最初に使った時、具合が分からなくて妖精さんを特攻させてしまったらしい。

 まぁ、弓あったら敵に向けて直接撃つよね、そりゃ。

 

「うち弓道ってやったことないんやけど、むずかしいん?」

 

「そうですね。ただ当てるだけならそれほど……もちろん練習は要りますが。弓道は所作や作法を正しく守ることも競技のうちなので、中てられるだけでは二流なんですよ」

 

「ほえ~、まぁ、剣道もそうやしね」

 

 剣道も相手をめくらめっぽう叩きのめせば勝ちなんてことはない。

 ルールに則り、面、胴、籠手に有効打を叩き込んで勝ちなのだ。

 弓道もそれと同じで、正しいルールと手順があるということらしい。

 

「にしても、鳳翔さんも武道やっとったんやなぁ。やっぱ、おうちがそう言う家なん?」

 

「あ、いえ、その……こ、高校に弓道部があって、胴着姿が素敵な先輩が居たので、私もああなりたいと……」

 

 ぽっ、と頬を赤らめる鳳翔さん。つまり、カッコいい先輩の真似したくてやり出したらしい。

 なんだよもう可愛いな。鳳翔さん身長150半ばくらいで小柄なせいで、余計に可愛い。

 

「く、黒潮さんは、おうちがそのような家なのでしょうか?」

 

「そやねー。うちのおかんは空手、おとんはボクシングやっとったよ」

 

「そうだったんですね。お父さんにボクシングを習ったんですか?」

 

「そやよー。言うて、うちのおとん弱いから、ほんまに習っただけやけどね」

 

 6歳の時にはもうノックアウトしてたので……。

 悲しいことに、チート無しでだ。チート無しで6歳児に負ける程度に弱いのだ、父は。

 まぁ、引退して長いのもあるけど……あれは普通に弱いんだと思う。

 

「まぁ、機会あったら、ボクシングの基本くらい教えるで」

 

「まぁ、ありがとうございます。その時は私も弓の引き方を教えますね」

 

「うん、ありがとうなぁ。機会があったらお願いするわぁ」

 

 まぁ、その機会は、生憎と永遠にないのだろうけど。

 私はそっと、風に揺れる袖を隠すように、右腕を背中へと回すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「皐月っちゃ~ん」

 

「あ、黒潮ー。どうしたの? ボクに用事?」

 

「はぁ~、寿命伸びるわぁ~」

 

「なんで!?」

 

「尊いからやね。ありがたやありがたや」

 

「んもー! なんで拝むのさ!」

 

 ぷんすこする皐月。余計に尊い。

 

「と言うか、ちょっと気になってたんだけどさ」

 

「んー? どないしたん?」

 

「えっと、黒潮って関西弁だよね」

 

「そやねぇ~」

 

「でも、鳳翔さんのこと、鳳翔さんって呼ぶよね?」

 

「そやねぇ。年上やし、なんや、鳳翔さんはさん付けせなあかん感じするわ」

 

「うん、それは分かる。でも、関西の人って、さんじゃなくて、はんって言うんじゃないの?」

 

「ああ~」

 

 たしかに、関西弁では誰かを呼ぶときになんたらはんと呼ぶことはある。

 でも、いまどきそこまで強烈に訛ってる人いないぞ。芸子やってる人くらいじゃないか。

 もしくは、観光客向けに口調の指導されてる旅館の人とか。それに、そもそも。

 

「うちははんってあんまり使わへんけど……そもそも、あれって使わん条件もあるんよ。鳳翔さんはそれに当てはまっとるから、コテコテに訛ってる人でも鳳翔さんちゃうかな?」

 

「そうなの? そんな決まりあるんだ……」

 

「そやよー。あれな、母音がイとウで終わるお人には使わへんのよ。ほうしょうさんやから、元々使わへんお名前の人なんやね」

 

「そうだったんだ! あ、じゃあ、ボクも皐月で、母音がイだからそうなるんだ?」

 

「そやね。まぁ、そうでなくとも皐月っちゃんは皐月っちゃんやし」

 

「んもー、なんだよぉー。頭撫でないでよぉ」

 

 とか言いつつ嬉しそうな皐月ちゃん。

 はぁ、可愛い。生きる糧だわ、こんなの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妖精さ~ん、用事ってなんやの~」

 

 艦娘戦闘団の所属基地にある工廠。

 元々は資材置き場だったところを改装して作られた場所だ。

 妖精さんに工廠に呼び出されたので来てみれば、忙しなく働く妖精さんたちの姿。

 

「はえ~……なんや心和むわぁ」

 

 ちみっこい妖精さんがどたばた働いてる姿はかわいい。

 思わず心和ませてそれを眺めていると、いつの間にか肩の上に妖精さんが。

 私の艤装についている、黒潮によく似た妖精さんだ。

 

「黒潮さん、黒潮さん」

 

「黒潮さんやよー」

 

「黒潮さんせんようそうびをかいはつしました!」

 

「おー? そやったら赤く塗ってもらおかな。3倍のパワー出せそうや」

 

「あかくぬるのですか?」

 

「そや。貴様、塗りたいのかって凄まれて止めるんもありやけどね」

 

 なんて言いつつ、工廠の奥まったところに案内されて専用装備を拝見させていただくことに。

 行きついた先で私を待っていたのは、台座の上にちんまりと鎮座する……腕。

 

「うわぁ、なんやグロいな」

 

 金属で造られていることがありありと分かるのでそこまでではないけど、普通にキモい。

 

「黒潮さんせんようのぎしゅです!」

 

「ほえ~」

 

 妖精さんがちみちみと湧いて出てきて、私の右腕に義手を取り付けてくれた。

 当たり前だが触覚はない。って言うか、重い。なにこれ、クソ重い。

 絶対これ肩凝る。って言うか体のバランス崩れるわ。使わない時は外してた方が絶対にいいな。

 

「きょうどゆうせんでつくってあります。きじゅうだんくらいならはじけます!」

 

「うち別に生身で弾けるけど」

 

「それは黒潮さんがおかしいだけです」

 

「なんやとこのぉ」

 

 うりうりと妖精さんの額をつんつく突っついてやる。

 

「やーん、ぱわはらですぱわはら!」

 

「ふはは、うちは黒潮さまやぞぅ。んで、この腕はなんなん?」

 

「でんじしゃくをしこんであるので、ものをにぎるくらいならできます。しゅほうをかまえるときにはやくだつはずです」

 

「左手一本でなんとでもなるけど」

 

「それは黒潮さんがおかしいだけです」

 

「なんやとこのぉ」

 

 またもうりうりと妖精さんの額をつんつく突っつく。

 たしかに5倍チートの腕力で無理やり振り回してはいるのだが。

 片手でピッタリと構えるのは結構厳しい重量だと思う。

 

「やーん、やーんもう。やめてくださぃー」

 

「ふふん、これで上下関係が分かったやろう。まぁ、でも、右手があるだけでだいぶ違うやろし、助かったわぁ」

 

 電磁石のスイッチは妖精さんが入れてくれるらしい。まぁ、戦闘中は握りっぱなしだろうが。

 主砲は左手でどうにでもなるので、右手でぶん殴ればいいだろう。金属製だから生身よりダメージ出るはずだ。

 

「せっかくですから、てんりゅーさんとおなじけんもつかいますか?」

 

「え? あるの?」

 

「あります! こぶしよりリーチがのびてらくですよ!」

 

「おー、そんなら使わせてもらおかな」

 

 と言うわけで、天ねーの艤装の予備とか言う剣を用意してもらう。

 右手の電磁石で拳を握り込んでみると、ガッチリ固定されてかなりのハイパワー感だ。

 

「てつわんゲッツみたいですね」

 

「強盗騎士はやめろや。もっとこう……ええと……うーん……ガッツは……ガッツは、うーん……!」

 

 ガッツみたいと言われると、こう、乙女心的に複雑なので。

 さすがにあのゴリラといっしょにされるのはちょっと。

 

 とりあえず義手と剣の使い心地を試すということで運動場へ。

 肘は残っているので腕を曲げるのに融通は利くものの、手首は動かない。

 元々動かすことを想定していないのか、ガッチリ固定された状態だ。

 

 ちょっと違和感はあるものの、剣を振り回すことに関してそれほど問題はなさそうだ。

 ただ、手加減はまるで利かないので、これで試合とかは出来なさそうだ。

 意外となんとかなりそうだなと思いつつ、義手で剣を振り回していたら天ねーに目撃された。

 

「義手で剣振り回すとか、ネロみてーだな。いや、あいつは義手じゃねーけど」

 

「ネロ潮てか? やかましいわ」

 

 天ねーの好きなゲームシリーズの主人公みたいと言われてしまった。

 だいたい、私がネロなら天ねーはキリエか? 囚われのヒロインやるほど大人しくないでしょ、あーたは。

 まだ2013年なので、天ねーの言うネロはDMC4のネロだろうな。DMC5だったら完全にネロ扱いだった、危ないところだった。

 

 



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癸一号作戦 硫黄島防衛-龍驤救出
出撃


2021/10/12 C-2輸送機の運用開始年を失念していたので本文を修正
2021/10/13 次話投稿に際して、複数更新に関する注意書きの削除並びに誤字修正


「展開早ない?」

 

「いきなりなに言ってんだ、黒潮」

 

 変なもんを見るような眼で私を見る天ねー。

 その服装は、艦これの天龍のアレそのものな服装である。

 

 妖精さんが、ようやく全員分の装甲制服がロールアウトしました! と言って用意してくれたのだ。

 この制服、装甲だったらしい。言われてみると変だよな、とは思ったのである。

 

 右腕が砕けたのは艦娘になる前なので、さほど疑問ではない。

 しかし、魚雷を握り込んで殴ったら右手が吹き飛ぶ。これちょっと変ではないか。

 艦これだったらまず服がズタボロになるものなのではないか……そう言う疑問だ。

 これはゲームじゃねぇ、現実だ。って言われたら全ておしまいではあるが。

 

 その他にも、皮膚と肉体の強度が爆上がりしていたものの、機銃弾の直撃でかなり腕から血も流れていた。

 体を貫通こそしなかったが、お腹にめり込んだ銃弾も幾つかあったのだ。気付いてなかったけど。

 退院する時、記念に持って帰りますか、と医者が出して来た鉛玉にビックリした程度には気付いてなかった。

 

 その疑問はこの制服にある。

 

 これ着てると、肉体に損傷が発生するレベルの被害を受けた時、これがダメージを肩代わりして破損するんだってさ。

 まぁ、あれだ。着る応急修理要員みたいな存在なのだ。これ無いと戦艦の砲撃直撃したら即座に轟沈通り越して、体が木っ端微塵になって即死だって。

 ……最初に話しておけよ、とも思ったけど、それ聞いてたら戦艦棲姫と戦う勇気が出なかったと思うのでよかったことにする。

 

 ちなみに天ねーは、なんだよこのクソ短けぇスカートは!? とブチ切れていた。

 そうだよね、艦娘のスカートって全般的に短すぎるよね。マイクロとまではいかないけど激ミニだもんね。

 皐月もキレてた。私はスパッツがあったのでヨシとした。デフォで用意されていた。

 

 ボクにも! 俺にも! と詰め寄られた妖精さんは、黒潮さんのぶんしかないです、と答えて吊るし挙げられていた。

 なお、その後、制服さえ着てればいいので、別に普通のスパッツ履いてもいいと判明して妖精さんは許された。

 天ねーもスパッツ愛用者なので私物のスパッツを持っていた。皐月はスパッツ愛用者ではなかったらしいが、私の私物を貸した。

 正確にはスポーツレギンスなのでスパッツではないのだが、スパッツをレギンスともいうので両者は曖昧である。なのでOK。

 

 まぁ、そのあたりはとりあえずはいい。

 

 私の言う展開が速くないというのは、まぁ、周囲の状況と言うか。

 

 ごおおー、と極めてやかましい物音。クソ寒い気温。

 鉄とプラスチックで構成された周辺。私たちが背を預けている自衛官たち。

 ちら、とこの作戦前に渡された高度計を見れば、高度1万メートルを超える数値を示している。

 私たちは自衛隊の保有する輸送機、C-1輸送機に搭乗し、高度約1万2000メートルを航行して硫黄島へと向かっていた。

 

 

 実は深海棲艦、高高度に対する対処方法が無い。

 

 1万2000メートルに到達出来る航空機自体殆ど持っておらず、1万2000メートルに到達出来てもC-1の速度にまるで追い付けない。

 って言うか、航空自衛隊の保有するF-2にもまるで対応できないらしいが、F-2もF-2で深海棲艦に対しどうにもこうにもできないらしい。

 

 なんでかって、まぁ、小さすぎるんだよね、深海棲艦の艦載機。

 

 人間の手の平大のものを撃ち落とせるほど高精度に機関砲射撃できないし、空対空ミサイルは小さすぎて当たらないとのこと。

 じゃあ深海棲艦だけ狙えば? って話なのだが、こっちはこっちで、対応するミサイルが存在しないという。

 空対艦ミサイルでは的が小さ過ぎてろくに当たらず、当たっても装甲が厚過ぎて殆ど効かないらしい。

 機銃射撃はミサイルが通じない相手にどうしろって話だし、それ以外の殆どの武装が役に立たないらしい。

 

 ただ、今回の作戦、艦載機に対しては誇りに賭けて対処する、とファントムライダーたちが同伴している。

 ファントムライダーとは、F-4と言う戦闘機のパイロットを指す言葉だ。

 自衛隊では現在F-4EJ改と言う機体を使っているベテランたちだ。

 機関砲が当てられないのは腕前の問題だ! と深海棲艦の航空機を20機くらいブチのめしてるおじさんが言ってたので頼れるのは間違いなさそう。

 C-1輸送機の周辺を守るように飛翔しているだろうF-4EJ改の姿を見ることはできないが、チートで強化した聴力でC-1とは異なるエンジン音が聞き取れる。

 

「しかしよ、なんで硫黄島なんだ? ヤバいのは沖縄なんじゃねーのか?」

 

「その沖縄を守ってるのが、硫黄島におる艦娘さんや。距離にして約1300キロやから、航空機は届くやろね」

 

 零戦なら楽勝だ。あれ沖縄から北海道まで無補給で飛べるんだぞ。どう考えてもそんなに要らない。

 まぁ、そんな感じで航続距離が頭のおかしい領域に達してるからな、零戦。

 まぁ、実際には艦娘さんは米軍の太平洋艦隊の防空援護を受け、硫黄島から約200キロ離れたあたりから艦載機を発艦させてるらしいが。

 なんでそんな中途半端な位置かと言うと、硫黄島にも深海棲艦の襲撃が行われてるからである。

 

 硫黄島から200キロなら沖縄まで約1000キロ。深海棲艦はミッドウェー環礁と思われるあたりから来ているらしく、沖縄と硫黄島なら硫黄島の方が襲撃率が高い。

 それでもどこから飛んできてるのかよく分からない深海棲艦の航空機が沖縄を爆撃することがあるらしく、その防空のために艦娘さんが必死の防空をする。

 沖縄の自衛官も必死で応戦しているらしいが、有効な対処が出来ないため損耗するばかりで防空は既に空母艦娘に頼るも同然だとか。

 そんな状況で硫黄島に押し寄せる深海棲艦とも戦っているというのだから、過労死不可避である。

 

 あのお嬢ちゃんいつ見ても働いてる……と噂になるくらいで、米軍もすごく心配してるらしい。

 

「ちゅーか、艦載機どないしてるんやろ。壊れたら補充できひんと思うんやけど……」

 

 そこで、ぴょこりと私の胸元から妖精さんが顔を出した。私の艤装の妖精さん、つまり私によく似た妖精さんだ。

 寒いだろうから服の中に突っ込んだのだ。妖精さん自体は温かくも冷たくもないので私には特に恩恵は無かったりする。

 

「いおうとうきちは、もうかいしゅうずみなのです。といっても、こうくうきちとしては、ですが……」

 

「そうなん? つまり、艦載機の整備とか補充はできるんか」

 

「はい。でも、それもげんかいがちかいのです……ほじゅうできるといっても、げんどがあります。もう、200きいじょう、げきついされています」

 

「ヤバない???」

 

 どの艦娘だか知らんが、軽く2回は全滅出来るし、艦載数が少ない艦娘なら5~6回全滅してるぞ。

 

「われわれようせいはげきついされてもかえれますが、やはりなれしたしんだきたいでないと、じつりょくははっきできず……れんどていかもしんこくです」

 

「え? んじゃ、最初は烈風とか震電とかやったん?」

 

「え、いえ、その……かんさいきは、てづくりなので……ひとつひとつ、せいのうが……きたいになれないとじつりょくがはっきできません」

 

「あ、そう……」

 

 ひとつひとつかなり癖があると言うことだ。癖と言っていいレベルなのか疑問な程度には性能にバラつきがあるっぽいが。

 手工業に近い生産だったもんね、そうだね。機体によって当たり外れがあるとか言う時代だったもんね、うん。そんなとこ再現しなくていいから。

 

「ねぇねぇ、黒潮ってそーゆーの詳しいの?」

 

「あんま詳しくは知らんなー。あと、皐月、インカム、パッシブオンリーなっとんで」

 

「え? あ、ほんとだぁ……え? なんでボクの声聞こえたの?」

 

「なんでやろなぁ……」

 

 空挺降下をする都合上、ここは与圧もされていないし、空調もされていない。

 そして、エンジンの稼働音も最低限のシールドしかされていないため、至近距離ですら声が聞こえない。

 そのため、インカムでも使って通話をしないと会話自体ままならない。

 使い方をレクチャーされて、全員装着済みだ。これでお喋りしてるわけだ。

 

「黒潮は耳いいんだよ。眼もいいしな」

 

「そうなんだ! すごいね! 視力いくつあるの?」

 

「さぁ……正確な数値測れたことないから……たぶん、3はあるけど」

 

 一応、裸眼視力が1.5は確実にある。で、矯正視力が7.5……はあるはずだ。でもチートって矯正って言えるのかな……?

 だが、1.5はある、のであって、それが1.6なのか2.0なのかは不明である。

 

「3! すごいね!」

 

「皐月もすごいなぁ。うちは死にそうや」

 

「なんで!?」

 

 すごいねとか褒められたら死ぬ。やめなさい、艦これの皐月と同じ声で、私個人を対象に褒めてはいけない。

 あまり尊い誉め言葉を使うなよ。私が死ぬぞ。

 

「ええと、それで、なんやったっけ。ああ、皐月の声が尊い言う話やったな。うちは皐月に耳元で黒潮ちゃんかっこいいね、って言われたら即死するで」

 

「じゃ、じゃあ、絶対に言わないようにしなきゃ……」

 

「あ、うん、そうやな……」

 

 素直に受け取ったらそうなるよね。うん。

 皐月が純粋で私は嬉しいよ。そして少し残念だよ。

 

「ところでさ、硫黄島にいるって言う艦娘は、空母ってやつなんだろ? 誰なんだろうな?」

 

「そやなー。日本海軍の空母に限定すると、赤城、加賀、飛竜、蒼龍、翔鶴、瑞鶴、葛城、雲竜、龍驤、龍鳳、祥鳳、瑞鳳、飛鷹、隼鷹……えーと、他になんやあったかいな」

 

「そうですね、天城、大鳳、千歳、千代田、春日丸、海鷹、神鷹……未完成の艦を含めるともう少しありますね」

 

「あれ、鳳翔さん、海軍詳しいん?」

 

「はい。ちょっと趣味で」

 

 そう言って穏やかに微笑む鳳翔さん。ミリタリー趣味あったんだ……こんな穏やかそうなのに。

 

「鳳翔さん、ミリタリー好きやったんや。意外やね~」

 

「それ、おまえが一番言っちゃダメだからな。学校じゃ優しくて大人しい文学少女で通ってるじゃねーか」

 

「別に猫被っとるわけやないけどね……」

 

 中身は一応大人なわけで、中学生相手に目くじら立てるのもみっともないというか。

 あと、いざとなったら思いっ切りぶん殴れば相手は即死するという暗い優越感が精神的余裕を持たせるというか。

 文学少女で通っているのは、大抵は図書室で本を読んでいるからだ。教室の自分の席でも読んでるけど。

 図書室ってタダで本読めるし、学校の中にあるから5分足らずで行けるのだ。最高の場所だろう。

 読んでる本は大抵文庫本だ。ラノベはこの時期に出てたのは前世で大概読み漁ったからなぁ……。

 

「でも、実はプロボクサーと互角以上に殴り合うボクサーだからな……」

 

「そやねぇ」

 

 ちなみに殴り合ったプロボクサーが男子ボクシングのヘビー級元チャンプと言うのは秘密だ。うちのジムのトレーナーの幼馴染なんだって。

 現チャンプのストレートより重いジャブとかギャグですか? とか言ってた。すまん、そんなもの20発以上も叩き込んで。

 なので天ねーの言う、互角以上に殴り合う、ではなく、ヘビー級ボクサーを一方的に殴り倒すと言うのが正しい。

 

 なんて考えていたら、とんとんと肩を叩かれる。

 振りかえると、私を抱えている自衛官がインカムを指さす。

 私はインカムの周波数を艦娘専用のチャンネルから、事前に登録されていた自衛官と共通のものに変更する。

 

「みんな聞こえているな? 艦娘のみんなも大丈夫?」

 

 オッケー、とハンドサインを出す。事前にレクチャー済みのものだ。

 私たち艦娘は聞こえてますのサインしか教えてもらっていない。それ以上教えられても覚えられないしね。

 

「硫黄島上空まであと10分程度だ。0705に時刻整合を行う。1分前」

 

 言われ、腕時計を見やる。電波補正がついてるタイプの腕時計なので、手動調整が必要かを確認する。

 ちなみにこれは支給品である。航空自衛隊のどっかの部隊に支給されてるものらしい。ちなみにカシオのG-SHOCKだ。

 艦娘戦闘団向けに急遽支給がされ、私たち全員が持っている。セコいことに艦娘の分だけだが、まぁ、自衛官は自前のあるしね。

 

「30秒前」

 

 時計の時刻は7時5分の30秒前、すなわち7時4分30秒。問題ないようだ。

 

「15秒前」

 

 一応もう1度確認。うん、問題なし。

 

「5秒前。用意」

 

 7時4分55秒、56秒、57秒、58秒、59秒……。

 

「じかーん。0705。時刻整合終わり」

 

 問題なし。これで全員の腕時計の時間が合わさったことになる。

 自衛隊でこれって本当にやってるんだなぁ。コレの呼び方が時刻整合って言うの初めて知ったかも。

 天ねーはめんどくせー、と言う顔をしている。皐月は真剣。鳳翔さんは……なんだろう、なんか嬉しそうだね。ミリオタかな?

 

「時刻整合なんてお堅い言い方だけど、そんな難しいことじゃなかったろ? 君たちの時計は新品だから、合わせるまでもなかったろうしね」

 

 あはは、なんて時刻整合の音頭を取っていた自衛官が笑う。

 ちなみに、音頭を取っていた自衛官は誰も抱えていない。

 彼が空挺降下をしてくれるメンバーのリーダー格だからなのだろうか。

 それとも、艦娘と言う歳若い美少女を抱っこ出来る権利からハブられた悲しき敗北者なのだろうか。

 

「さて、出発前にブリーフィングは行ったけど、降下前に一応確認だ」

 

 インカムのスイッチを切り替え、こちらの発言を通す状態にする。

 

「隊長さん、ちょい待ち。いま、下の方から爆発音が聞こえたんやけど。4、5……種類の違う爆発音。水中爆発音。これ、深海棲艦がなんかと戦闘しとる音や。応戦もしとる。この爆発音、たぶん艦載機が爆発しとる」

 

「なに!?」

 

 隊長さんがインカムを操作し、機体のパイロット側へと通信を送っている。

 その最中にも下の戦闘音が激化している。爆発音は数が増える一方で、微かに機銃射撃の音も聞こえる。

 5倍強化したチート聴力と、5倍強化した音の選別能力でようやく聞き取れる音量だ。人間に聞こえる音量ではない。

 

「確認が取れた。海面付近で戦闘行動が行われている。機側でも確認が取れていないが、硫黄島側からの連絡で確認が取れた。艦娘、龍驤が戦闘中だ」

 

 龍驤だったのか、艦娘。って言うか、なんで艦娘の名前伏せられてたんだろう。

 

「現在、硫黄島の南南西約82カイリ付近。龍驤もその近辺の海域で戦闘行動中だ」

 

「どうするん、隊長さん。うちはいつでもいける。そやけど、ここで降下しよったら隊長さんらを守り切れるかはうちにも分からん」

 

「君たちを龍驤の下に送り届けるのが俺たちの任務だ。そこが海上だろうと、硫黄島だろうと、関係はない。そこにいるならいくのが俺たちの任務だ」

 

「わかった」

 

「君たちもいいのか? 即実戦だ」

 

「嫌だったらここにおらんよ、隊長さん。みんなも、ええやろ」

 

 言うと、全員が頷いた。みんな腹は決まっている。

 ところで、私が艦娘側のリーダーみたいになってる空気なんなの。そんなの決めてないよね。

 

「では、いこう。払暁は7時17分頃。上空は日が見えるが、海面付近では夜明け前だ。視界は極めて悪い。気を付けるように」

 

 OK、と思われるサインを自衛官たちが出し、リーダーが機側に後部ハッチ解放を指示。

 機のハッチが開かれると、東側に見える日の出。高度1万2000メートルの高空だからこそ見える夜明けは、壮絶なまでに美しく思えた。

 小柄な私と皐月は抱き抱えられ、体格のある天龍と鳳翔さんは互いの背に手を回し合って。

 私たちはリーダーの号令と共に駆け出し、機外へと飛び出す。肌に突き刺さって来る冷たい風。

 南下しているとはいえ、高度1万2000メートルに吹き荒ぶ寒風は酷く体に刺さる。

 燃ゆる立つ払暁の空に小さな点を穿ち、私たちは魂すらも飲み込みそうな暗い海へと飛び立った。

 

 

 

 

 高度1万2000メートルの上空。酸素マスクから供給される酸素で命を繋ぐ空。

 落下速度は瞬く間に時速300キロメートルに到達し、人類が単身で到達し得る最高速度へと。

 私たち艦娘は自衛官の手によって眼を塞がれている。手を放しても目は瞑っているようにと指示が出されている。

 

 高高度から飛び降りるというのは、怖い。

 

 彼ら空挺降下を行うメンバーは、それに感覚を慣らすための訓練を行った末に空挺降下を幾度となく行っている。

 高高度降下低高度開傘を行う者は、毎月1回と言うほどの頻度で空挺降下を行っている熟練者にだけ許された特別な任務だ。

 私たちにそんなことができる時間はなく、最低限の訓練で恐怖に慣らし、自衛官に抱き抱えられ、あまつさえ目を塞ぐという無茶をして実行している。

 とにかく上空で暴れ出したりしなければそれでいい、と言うだけの訓練しか受けていないのだ。

 

 この任務は始めから無茶無謀なのだ。

 

 私たちの任務は、硫黄島に攻め寄せる深海棲艦の撃滅。

 そのために硫黄島防衛を行っている艦娘と合流し、返す刀で深海棲艦を撃滅する。

 そう言う無茶な作戦行動が立案され、それが是認された。

 それ以外に取りうる道が無いからだ。海上から悠長に硫黄島に出向く方法を探っていては、間に合わない。

 

 1か月間、海上交通網が寸断された硫黄島の食料備蓄は既にデッドラインに到達している。

 

 空中投下で辛うじて補給線は繋がっているが、既に食糧不足は深刻化している。

 これ以上の時間を浪費すれば、硫黄島は内部から崩壊する。そう言った判断だった。

 

「高度2000! ……1500! 1000を切った! 300で開傘するぞ! 艦娘のみんなは意識をしっかり保ってくれよ!」

 

 そして、高度300メートルを切ると同時、急激に減速。

 それを感じながら眼を開くと、真っ暗な海へと降下していく私たち。

 事前に取り決めていた合図を同行する自衛官へと送る。自衛官が私の手を叩く。了解の意だ。

 

 今まで私を抱えていた自衛官を、逆に私が抱える。

 

 もしも海上でやむを得ず降下する羽目になった。あるいは、機が撃墜された場合。

 水上航行が可能な私たち艦娘が自衛官を抱き抱え、陸地まで連れていく手筈となっていた。

 

 海面へと到達すると、水面に着地。私に両手両足でしがみ付いてくる自衛官。

 それを真っ暗な中で感じながら、私と天ねーが持っていた救命ボートを海面へと放り投げる。

 

 アタッシュケースタイプの収納がされたゴムボートは海面に着水すると、内部のボンベが自動でゴムボートを膨らませる。

 一瞬でゴムボートが展開され、そこへと自衛官を放り投げる。

 

「塩田はん! 大事ないかー!」

 

「大丈夫だ! ありがとう!」

 

 私を抱えていた自衛官、塩田さんがサムズアップ……らしきことをする。

 夜間視力も5倍にしているのだが、微かな星明りだけではそれを見るのが精いっぱいだった。

 そして、皐月もボートの中に自衛官を放り込み、私は海上で漂っているリーダーさんを回収。やはり同様にゴムボートへと放り込む。

 

「よし! 事前の作戦通り、皐月がゴムボートを曳航して硫黄島に! 戦闘が予測される状況になった場合、戦闘は極力回避。皐月っちゃんが生き残るんが最優先や、ええな?」

 

「……うん。わかった! ボクに任せといてよ!」

 

 皐月が生き残るためならば、自衛官は見捨てろと、その残酷な選択を口にすることはしなかった。

 皐月も分かっているからだ。その選択を私は選ばないと。そして、皐月も選ぶことはないと。

 どんなことがあろうと、私たちが助ける。助けて見せる。それが、どれほど無謀な願いだとしても、だ。

 

「さぁ、艦娘戦闘団、抜錨や!」

 

「おうさ!」

 

「参りましょう! 黒潮さん、作戦目標は?」

 

「簡単や。見つけ次第、ぶっ殺せ、や! サーチ&デストロイ! 動く奴はみんなぶっ殺したれ!」

 

「龍驤も殺すのか?」

 

「うち天龍嫌いや」

 

 揚げ足を取って来た天龍に嫌いだと言って、私は主機を回す。

 からからと笑う天龍を引き離すように、私は前へと進む。

 前衛は私と天ねーが張る。これは事前の取り決めでそうなっている。

 天ねーは辛うじて軽巡なので装甲がある。私はチートのお蔭で格段に回避能力が高い。

 

 単なる駆逐艦である皐月よりも戦闘力は優れているし、防御力は高いわけだ。

 皐月は元々は鳳翔さんの護衛に回る役目である。今回は硫黄島に自衛官らの乗った救命ボートを曳航しているわけだが。

 戻って来るまで最大戦速で移動したとしても3時間近くかかるだろう。痛い戦線離脱だ。

 とは言え、自衛官の命を助けるためだけに硫黄島に皐月を行かせたわけではない。

 いやほら、逆方向から侵攻されてて、ここの敵をぶちのめして硫黄島に戻ったら敵に占領されてたとかなったら……うん。

 

 本来の作戦予定では、硫黄島に降下、硫黄島の艦娘と合流。

 鳳翔さんを防衛戦力として硫黄島に残す。私たちは合流した龍驤と出撃、と言う予定だった。

 そして、途中やむを得ない事情で降下した場合、最も脚の速い皐月が島の防御および連絡に急行。私たちはそのまま出撃する、と言う予定だった。

 やむを得ない事情で降下するなら敵の攻撃で、そうなったらここに居る艦娘も出撃してるだろうから、そのまま合流と言うわけだ。

 どちらにせよ戦力分散の愚策と言えばそうなのだが、艦娘持ってかれた硫黄島の部隊がどういう反応するか分からないというのも……うん。

 

 そんなわけで、本来の予定からして4人での作戦行動になる。

 今のところ、その4人目の龍驤は絶体絶命の危機なわけだが。

 

「艦載機、発艦はじめ!」

 

 鳳翔さんが矢を番え、空へと放つ。

 私は時計を見やる。時刻は7時14分。夜明けまで間もなく。

 この時間に発艦しても、戻って来る時には問題なく着艦できる程度には夜が明けている。

 

 夜間攻撃の難しさは敵発見、攻撃の仕掛けが難しいのもあるが、帰還困難であることも要因のひとつ。

 それゆえ、払暁まで間もなくの今は問題なく発艦、攻撃を仕掛けることが可能だ。問題ない。

 

 飛翔する矢が艦載機へと変化し、空を舞う。中々無茶なものを見た。

 鳳翔さんは次々と矢を放ち、艦載機を全て発艦させ終える。

 空を乱舞する艦載機らは編隊を組むと、颯爽と航空戦へと参加していった。

 

「これで、私の空母としての役目は終わりですね……」

 

「うちらが守る。安心してくれてええよ」

 

「ふふっ、頼りにしております」

 

 今回、鳳翔さんの艦載機は全て戦闘機にしてある。

 と言うか、前回の戦闘……つまり、初の戦闘で、艦爆も艦攻も品切れだそうだ。

 辛うじて補充の間に合った戦闘機を持ってきただけである。

 

 ゲームだとどれも開発の手間は変わんなかったけど、

 うん、まあ、戦闘機の方が小さいから楽に作れるよね。

 そう言うわけなので、鳳翔さんは戦闘機ガン積みである。

 

 ただ、全て発艦させた割に鳳翔さんの矢筒の中には矢が入っている。

 しかし、艦載機ではない。市販の普通の矢、だそうだ。

 殴る蹴るよりもこっちの方がまだしも効くだろうからと持ってきたそうだ。

 どこまで有効かは不明だが、なにかしら役には立つだろう。

 

「空は大騒ぎやな! 油断しとるやろし、突っ込むでぇ!」

 

「おうよ!」

 

 天ねーと共に、私は突撃していく。

 

 龍驤を助けるために。

 



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それぞれの

2021/10/13 本文中に謎の記号が紛れていたので削除

うち1人が転生者でチート能力を持っていると言ったな



 空母龍驤の艦娘、松永一二三は必死の応戦を行っていた。

 

 頭にあるのはただひとつ、やばい、と言う感情だけである。

 戦闘の推移も極めて拙い状況だが、自分自身の状態も極めて拙い。

 

 動きっぱなしでみしみし言っているはずの体がちっとも痛くない。

 足元がふわふわしていて、波がまぁるく見えるし、波間をAのアルファベットがたくさん躍っている。

 今何時なのかよく分からないし、暗いような気がするが、眩しいような気もする。

 耳の奥で、い~しやぁ~きいもぉ~、と季節柄駆け寄りたくなるような売り文句が聞こえる。

 端的に言って、龍驤は疲労と睡眠不足の極限で幻覚幻聴その他諸々がいっしょに襲ってきていた。

 

「(最後に寝たんいつやったっけ……4……いや、5……あ、2……? ええと……)」

 

 4日ぶりの睡眠が2時間で終了とか、神経が高ぶり過ぎて1秒も眠れなかったとかよくある。

 この1か月、龍驤の睡眠時間は20時間弱しかなかった。割と真剣に死んでないのがすごい。

 

 その状態でも艦載機を操る冴えは欠片も鈍らない。

 自分自身の操艦に加え、敵との相対関係、索敵に時刻管理とやることが多過ぎて手が回っていなくとも、だ。

 本来は駆逐隊の護衛があるはずであり、単艦で戦闘をしているこの状況そのものがおかしい。

 

「(はら、へったなぁ……みんなうちに食べぇ食べぇ言うけど、そんな食えるわけないやん……なぁ)」

 

 あとお腹もぺこぺこである。硫黄島は絶賛ガ島状態だ。ガ島と書いて、餓島と読むのだ。

 あの輜重品に困らないはずのアメリカ軍ですらもが飢餓状態に陥っている。それほど深刻な状況だ。

 沖縄に戻れない。それが硫黄島基地の飢餓の原因である。戻るまでに深海棲艦に襲撃されるのだ。

 

 沖縄周辺、沖縄を超えたあたりに、大規模な深海棲艦の艦隊が存在する。

 

 龍驤が護衛したところでどうにもならない、圧倒的に過ぎる戦力差が存在している。

 米軍御自慢の空母打撃軍ですら物の役に立たない。あまりにも絶望的な状況だった。

 

「(うちの艦載機も、そろそろ、品切れやしな……はは……零戦がもうないとか、洒落にならんでほんま……)」

 

 最初はあった零戦も既になく、もはや九六式艦戦しか残っていない。

 零戦の時点で、敵の艦載機である深海猫艦戦とか言う変な名前の連中に性能で劣っているのに、だ。

 

「(うちもうあかんのかな……嫌や……うち、まだ死にたない……)」

 

 頬を伝う雫。冷たい海風にさらわれて、それはそっと消えた。

 体はまだ諦めていない。だが、もう心が折れそうだった。

 今まで持ちこたえていたのが奇跡と言える状況だ。無理もない。

 思考が悪い方向へと進み出そうとしたとき、空を切り裂く轟音が鳴り響いた。

 

「え……戦闘機?」

 

 巨大なソレ。自身の操る艦載機とはまるで異なる形を持つそれは、自衛隊の保有するF4-EJ改だった。

 ファントムライダーの駆るF-4は圧倒的な機動力で以て深海棲艦の艦載機に追随を許さない。

 

「あかん……! 無茶や! アメリカさんもろくに勝てへんのや! 無理やぁ!」

 

 龍驤が悲痛な声を上げる。米軍は深海棲艦の艦載機に対する対処を、ほぼ不可能と結論付けていた。

 相手が小さすぎて、応戦が不可能。こちらも負けはしないが、勝てもしない。致命的なまでのミスマッチがその均衡を創り出している。

 

 深海棲艦の保有する武装の殆ど全てでスーパーホーネットは撃墜が不可能。まして、速度性能に差もあり過ぎる。

 唯一運動性能だけは深海棲艦側が勝っているが、それも結局は速度性能に倍近い差があるために旋回半径が小さいだけだ。

 

 しかし、スーパーホーネットの武装でも深海棲艦の撃墜は不可能。当たりさえすれば倒せることは、一部の熟練パイロットが為した成果で分かっている。

 だが、当たらない。人間の手の平サイズの物体に的確に機銃を当てるなど、どだい無理な話なのだ。

 

「って、ええー!? 普通に落としとるがな!?」

 

 が、ファントムライダーは当たり前のようにそれを叩き落した。

 都合4機のファントムライダーは、飛行時間3000時間を超えるベテランである。

 針の穴を通すような芸当も、機銃が言うことさえ聞けば実現して見せる。

 

 しかし、さすがに的が小さすぎることもあり、無駄玉が多い。

 いつもならイーグルドライバーを多くて10発程度で捻り潰しているのに、深海棲艦艦載機を1機落とすのに50発近く使用していた。

 F-4EJ改に装備されたM61A1 20mmバルカン砲の装弾数は512発。10機の艦載機にしか対応できない計算だった。

 

「って言うか、いったいどこから……」

 

 硫黄島に配備された航空機のほぼ全ては破壊され、今となっては航空基地とは名ばかりとなっている。

 そもそも、基地で見た覚えのない戦闘機である。龍驤は戦闘機の類には詳しくなかった。

 呆然と空を見上げる龍驤。そして、波を蹴立てて、ソイツは傍に並び立った。

 

「おまたせ。もう、大丈夫や」

 

 海の上に立つ人。それは自分と同じ艦娘であることを意味する行為で。

 手にした武装も、背負った艤装も、全てがピカピカの新品のようで。

 けれど、その喪われた右腕と、あちこちに目立つ治療の痕跡が、激戦を潜り抜けた証明。

 

 ついに、助けが来た。

 

 その事実を理解した時、龍驤の眼には涙が溢れた。もうだめだと思っていた。

 けれど、助けが来てくれた。日本は自分たちを見捨ててなんかいなかった。

 戦闘機を突っ込ませるなんて無茶苦茶なことをしてまで、こうして助けに来てくれた。

 

「ああもう、そんな泣いたらあかんよ」

 

 その、並び立った人。黒髪に黒目の、地味だけど整った顔立ちの少女は、龍驤の涙をそっとハンカチで拭った。

 

「まだ、敵がおる。終わったらいっぱい泣いたらええ。うちの膝とか胸やったらなんぼでも貸したるから、あともうちょい、気張りや」

 

「そやな……うん、そやな。それやったら、ええーと」

 

「黒潮や、よろしゅうな」

 

「そか。うちは龍驤や、よろしゅうな」

 

 なんて関西弁で自己紹介を交わして、少し笑って、2人揃って空を見上げた。

 

「空はうちの領域や。全部、なんもかんも任せとき。そやから、海の上のこと、任せてええか?」

 

「ええよー。そう言うわけやから、天龍」

 

「おう」

 

 もう1人いたのか、と龍驤が驚きながら、もう1人の艦娘に目を向ける。

 黒潮よりもだいぶ体格のいい少女だ。手にはそれはそれは物騒な剣が握られている。

 

「うちは龍驤さんの護衛につくよってに、天龍は突っ込めや」

 

「おう! えっ。俺1人で!? 突っ込むの!?」

 

「そや、突っ込め。わかったか?」

 

「ほんとに!? 1人で!? え? あっちに突っ込むのか!?」

 

 天龍の指し示す先には何もないように見えるが、艦載機を操る龍驤にはその先に敵編隊がいることが分かっている。

 艦載機を操る深海棲艦が総計6体も存在する海域だ。護衛である水雷戦隊も存在しており、単騎で突っ込める場所ではない。

 突っ込めば、突出してきている敵水雷戦隊10体ほどに捕捉されることになるだろう。

 

「さっきから言うてるやろ。突っ込めて。分かるか? 突っ込めって、言うてんの。分かったか?」

 

「死ぬ死ぬ死ぬ、死んじゃう。なぁ、俺死んじゃうよ黒潮!」

 

「突っ込めって言うてんのや! さっさといけや!」

 

「おまえ俺に死ねって言うのか!?」

 

「水雷戦隊なんやから突っ込むのは当たり前やろ。はよいけ」

 

「冗談だよな? 冗談だって言ってくれ」

 

「この状況で冗談言うわけないやろ。ごだごだ言うとらんと、突っ込めや」

 

「……おれ、くろしおにきらわれてたのかなぁ……」

 

「なに言うてんの、大好きやよ」

 

「そ、そうか? そうだよな……」

 

「そう言うわけやから、突っ込めや」

 

「結局突っ込ませるのかよ!?」

 

「なんべん言わせるんや! 突っ込め! 突っ込めって言うてんのや! 大丈夫や! 死なんから!」

 

「本当か!? 俺なら大丈夫なのか!?」

 

「ああ、大丈夫や! 死なんで!」

 

「そ、そうか。ちなみに、なんでだ?」

 

「大丈夫や! 死なんから!」

 

「根拠ねぇのかよぉおおお!!!」

 

「うっさいわ! さっさといけ!」

 

 鬼のような指示を下す黒潮、それに抗おうとする天龍。

 そのギャグ染みた光景に、思わず龍驤も笑う。

 

「いや、いや、突っ込ませたらあかんて。水雷戦隊が来とるからな。こん調子やったら接敵まで25分ってとこやろ」

 

「知っとるよ?」

 

「え? 知っとんの?」

 

「うん。そやから天龍、突っ込め」

 

「なんで敵いるってわかってんのに突っ込ませんだよ!?」

 

「敵がいるから突っ込ませるんやろ? なに言うてんの?」

 

「俺か? 俺がおかしいのか!? 突っ込んでも1隻2隻倒して終わりだぞ!?」

 

「誰がそこまで突っ込め言うたんや。あほの英雄志願も程々にしよし。会敵したら、足止め程度に打ち込んで、回避と防御に専念するんや。龍驤さんに水雷戦隊と戦わせるわけにいかんやろ」

 

「最初からそう言えよぉおおお!!!」

 

 絶叫する天龍。ちなみに黒潮はわざとやっている。

 遊んでいるヒマがあるわけではないが、天龍の緊張をほぐすにはちょうどいい。

 剣道の大会の時などはいつもこの手のやり取りをしていた。

 

 こういう、無茶な提案をして、それに硬直させた後、オチをつけて弛緩させる。

 この時がいちばん天龍の調子がいい。結局突っ込ませなければならないなら、ベストコンディションにしてやる以外にできることはない。

 航空母艦の援護をする都合上、対空火器のある黒潮がやらざるを得ないのだから、突っ込むのは必然的に天龍なのだ。

 

「ああもう! 倒すのに期待すんなよ! 足止めだけだかんな!」

 

「なんや、うちら安心させるために、倒してしまっても構わんのやろ? くらい言うたらええのに」

 

「出来るかバカ!」

 

「バカ言うことはないやろ! このバカ!」

 

「はぁ!? もう沸点が分からん! んじゃもういってくるからな!」

 

「はよいけ!」

 

「もうなんなんだよ!」

 

 龍驤だけが、アホじゃなくてバカと言われたからキレたんだろうなぁ、と理解していた。

 関西ではバカとアホには明確な差があるのだ。バカは純然たる罵倒で侮辱表現だ。アホはそこまで重くない。

 

「なんや、凸凹なコンビやなぁ」

 

「あんなやつ知らんわ!」

 

「あれまぁ。まぁ、緊張もええ感じにほぐれたわ。ほな、やるわ」

 

「ん。こっちは任せとき、龍驤さん」

 

「任せたわ」

 

 そして、龍驤が艦載機の操作に意識を傾ける。

 

 残る艦載機は九六式が27。

 

 敵は、おそらく400機前後。全てが戦闘機ではないが、戦闘機数は100を軽く超えるだろう。

 今までの戦闘である程度は落としているが、間違いなく100は残っている。

 

「楽勝やな」

 

 にやりと、龍驤が嗤った。

 なぜ1か月も持ち応えることが出来たのか。

 たった1人の艦娘に、なにが出来たというのか。

 その答えが、今から幕開ける。

 

 

 

 

 

 

 戦闘機パイロットと言うのは、なぜかは分からないがやたらと勘に優れたやつがたまにいる。

 直感力があるとか、野生の勘が発達しているとか、ゴリラであるとか、そう言った冗談交じりの表現はあれど、それは大抵が説明のできないものだ。

 凄腕のファントムライダーらの中に、そう言った直感に優れた者が居るのは、そう不自然なことでもない。

 

 そのファントムライダーは、空の中に突如としてゆがみが現れたような錯覚を覚えた。

 周辺の光を捻じ曲げているかのような、そんな異常な錯覚だ。僚機がそれを感じた様子はない。

 さらっと見えもしない僚機の様子を感じ取りながら、そのファントムライダーはソレを見やる。

 

 それは直後、ファントムライダーの駆るF-4EJ改とすれ違うような形で空を駆けて往く。

 白地に赤の日の丸を描いた国籍を示すマーク。友軍機だ。それは間違いなかった。

 

 先ほどまで、果敢に孤軍奮闘を続けていた龍驤の艦載機だ。

 同伴していた艦娘戦闘団の空母艦娘、鳳翔の艦載機は零戦。深緑の地を空で見間違えることはあり得ない。

 レシプロ機とジェット機と言う差から、艦娘の操る艦載機パイロットの腕前を測ることは難しい。

 

 だが、まるで、突如としてパイロットが入れ替わったような……。

 そんな、異常なほどの差が生まれれば、誰だって分かろうもの。

 いずれにせよ、空に現れた異常な存在が味方であることにファントムライダーは安堵した。

 そのついでに、目の前を横切るような形になった深海棲艦の艦載機を適当に叩き落す。

 

「しかし、あれはなんだろうな……尾翼のマーク……」

 

 艦娘の装備をまじまじと見たことは無いが、旧軍のそれを模したというにしては妙なこと。

 龍驤の操る艦載機の尾翼にでかでかと描かれた、おそらくは個人識別のマーク。

 陸軍航空隊でならともかく、海軍では許されなかったノーズアートの文化。

 

「リボン……か? 女の子らしいっちゃ、そうかもしれないな」

 

 なんて、ファントムライダーは笑った。

 

 これが、艦娘戦闘団の初陣。

 

 そして、伝説の始まり。

 

 鬼の黒潮、人斬り天龍、死神鳳翔、戦艦皐月。

 

 そして、リボン付きの死神、龍驤。

 

 

 

 

 

 空を舞う深海棲艦艦載機。24機の深海復讐艦攻。それに随伴する12機の深海猫艦戦。

 それに挑むは、僅かに4機編成の九六式艦戦の飛行小隊。

 

 艦上攻撃機と艦上戦闘機では航空戦に大きな戦闘力の差があるのは事実。

 だが、性能の差は歴然としており、その数の差もあまりにも歴然としている。

 多勢に無勢。必死に艦攻を落とそうとするうち、護衛戦闘機群に蹴散らされるのが必定。

 

 その当然の予測を、龍驤操る戦闘機群はいとも容易く食い破った。

 

 敵戦闘機群と会敵し、戦闘機群が護衛のため突出して九十六式とヘッドオン。

 それと同時、7機の猫艦戦が瞬く間に叩き落された。ヘッドオンと同時に1射1殺、機首を振るって、さらにもう1機食い漁ったのだ。

 

 チッ、と遥か下方、航空機の操作に集中する龍驤が舌打ちをする。本来なら8機食っているはずだったのだ。1機食い損ねた。

 それに黒潮が不思議そうな顔をするも、空のことは分からないのでお任せしよ、と適当に流していた。

 その最中、適当に機銃を放って上空の深海復讐艦攻をつまみ食いしていたのはナイショだ。既に4機食ってるのでつまみ食いのレベルを超えてきている。

 

「まぁええ。どうせもういっぺんマワるんやからな」

 

 上空では強烈な軌道を描いて九六式が旋回、機体が空中分解する寸前の強引過ぎる軌道だ。

 九六式の最高速は時速400キロに過ぎず、深海猫艦戦の有する時速600キロ近い速度は絶望的な差だ。

 一撃離脱に持ち込まれれば面倒になる。巴戦と違ってこっちに突っ込んでくるまで時間かかるんだもん。

 普通は絶対に勝てないのだが、勝つまでの時間が無駄になる、と言う絶対的強者の傲慢を平気で龍驤はまき散らしていた。

 

 それを抱くことが許されるだけの暴力的な戦果を上げ続けて来たのだ。

 

 たしかに、200機以上落とされて来た。

 だが、1000機以上落としてやった。

 龍驤の艦載機は7度に渡って全滅したが、敵艦載機も総入れ替えさせてやった。

 

 戦闘初期、やはり同様に九六式だった龍驤だが、その時点で既に敵艦載機を400機以上食い荒らしていた。

 龍驤の保有する24機の艦戦、9機の九七式艦攻、僅か5機の九九艦爆でその戦果を叩き出したのだ。

 10倍以上の敵を容易に食い荒らす、圧倒的な空戦能力。それこそが龍驤の最大の特質。

 

 恐るべきは、これが生まれ持った素質でしかないということだ。

 

 5倍強化チートなどと言うものではない。生まれ持った天性の才能、天稟。

 もしも時代が違えば、あるいは、今からでも自衛隊に入れば。

 世界最強の女性パイロットと謳われたであろうほどの天性。

 空を舞うために生まれて来たギフテッド。

 

 リボン付きの死神はフリーハンドを得て、遂にその真価を発揮しだした。

 

 巴戦に持ち込もうと旋回を仕掛けた猫艦戦が旋回を終えた九六式に一瞬で叩き落され、戦闘機群は全滅した。

 そして、護衛を喪った復讐艦攻らは瞬く間に4機の九十六式に食いつくされた。

 防弾装備の充実した大型の艦攻などはさすがに7.7mm機銃では厳しい……が、弱点はある。

 

 人間のソレならばパイロットを狙撃するのがいちばん楽である。

 そして、深海棲艦の場合、眼と思わしき場所こそが急所であるらしい。

 そこに的確に射撃を叩き込めば、一撃で撃破可能だった。

 

「はん、食べ放題言うわけや。ほんなら、遠慮なく全部いただきますわ! うちはタダ言うんが大好きなんや!」

 

 今まで溜めに溜めたフラストレーションを解放するように。

 龍驤操る総数27機の九六式艦戦は圧倒的な猛威を振るい始めた。

 

 

 

 

 深海棲艦の航空優勢が瞬く間に覆されて行く。

 ファントムライダーと鳳翔の艦載機がフリーハンドを得始める。

 空戦装備で出張って来たファントムライダーは出来ることがほぼなくなってしまったが。

 そして、フリーハンドを得始めた頃には、鳳翔の艦載機はほぼ全滅していた。

 

 アチャー、と鳳翔は思わず目を覆う。

 

 だがしょうがないのだ。そもそも、零戦ですら性能不足は否めない強敵だらけなのだ。

 九六式で互角を通り越して、一方的に敵を駆逐しだす龍驤がおかしいのである。

 そのため、あまりにも悲惨な戦果に目を覆うのも仕方なかろうもの。

 だが、鳳翔はすぐさま気を取り直すと、目を覆っていた手を下げる。

 

 その、仄かな燐光を放つような、蒼い瞳は、既に敵軍の死を視ていた。

 

 鳳翔は矢筒の矢を手に取ると、それを弓に番えた。

 単なるカーボン製の、安物の矢。人間くらいなら殺せるが、猛獣は難しい。

 深海棲艦に対してはあまりに無力なはずのそれを、鳳翔は明確に武器として捉えていた。

 

 そして、ひょう、と空気を裂いて飛翔する音を立てて、それは深海棲艦ホ級の装甲へと突き立った。

 弾かれて当然のハズのそれは突き刺さり……あまつさえ、ホ級はその一撃で崩れ落ちると、波間に没していった。

 

「フフ……いい気分ですね」

 

 あり得ざる結果を叩き出して、それをごく自然に受け止めて。

 鳳翔は次なる矢を手に取り、深海棲艦へとあまりにも明白な死を齎す矢を放つ。

 また一隻、波間に没する深海棲艦。悲鳴も、破壊音もない。あまりにも静かな死。

 それはまるで、ただ漠然と、死んだ、という結果だけが強制的に塗り込まれているかのようで。

 

 くすくすと笑いながら、鳳翔は矢を放つ。

 そのたびに、死がまき散らされる。

 

 あまりにも理不尽で、あまりにも死に似付かわしい。

 

 突如として襲い来る、理不尽そのもの。それこそが、死。

 どれほどに強そうな者でも、どんなに死ななそうな者でも、死ぬのだ。

 あらゆる生あるものの辿り着く先は死である。それは実に正しいことなのだ。

 

 理由などなく、意味などなく、ただ、いつかは死ぬ。

 そのあまりにも残酷過ぎる真理を、鳳翔はひたすらにまき散らす。

 

「だって、私のこの蒼い瞳が……地獄にいるあなたたちを、既に見ているのですから」

 

 死だ。

 死そのものがそこにある。

 死を運ぶ蒼い瞳が、爛々と払暁の海上に光っていた。

 

 

 

 

 

 

 天龍は必死の孤軍奮闘を続けていた。

 黒潮にひたすらに突っ込めと言われて突っ込んだからだ。

 あいつあとで絶対にシメる。

 

「くそったれ! なんか奢らせねーとわりに合わねーぞ!」

 

 手にしたよく分からん剣を振るいながら天龍は悪態を吐く。

 目の前にいる……す、すい、なんたらせんかん? とか言うのとの戦いは必死だ。

 なんでみんなあそこまで戦いに適応できてるのか、天龍には全く分からない。

 

 今こうやって、剣で敵の砲弾を弾き飛ばすのだって、凄く必死でやってるのだ。

 

 黒潮なら絶対に片手間で弾くだろうと確信している天龍としては、全神経を集中させてようやくの自分が情けない限りだ。

 無論、黒潮に対して、砲弾くらい片手間で弾けるんだろ? と問いかければ「できるわけないやろ」と真顔で返答される。

 

 25倍の認識速度があれば、砲弾の軌道を見切って回避するくらいは可能だ。実際に今まで避けている。

 だが、弾くのが可能かと言われれば、まず体の強度的に無理である。

 天龍の剣を使えば可能かもしれないが、的確に弾き飛ばすなど無理だ。絶対に強引に弾くことになる。

 それをさらりと実現してのけている時点で、天龍は十分におかしい戦闘力を持っていた。

 

 常軌を逸した戦闘力を持つ黒川潮と言う少女に、必死で追い付こうと努力を重ね続けた龍田川天音と言う少女は、天才だった。

 

 産まれる時代さえ違えば、最強の剣豪と呼ばれただろうほどの天稟を持っていた。

 剣一つで身を立てることも出来ただろう。ことによれば、国一つを持つに至ってもいただろう。

 だが、どれほどの栄華を極めても。どれほど無窮の境地に至ろうとしても。

 

 黒川潮と言う異常な存在が居た龍田川天音こそが、最強の龍田川天音だ。

 

 剣理の極限に挑み続けたその剣技は砲弾をいとも容易く捌き切り。

 そして、振るえばその一刀は森羅万象一切を切り裂く魔技となった。

 

 重巡リ級を唐竹に叩き切り、どこから出てきたのかタ級の首を刎ね飛ばし。

 生き延びることを最優先に、と言う割に殺しまくりながら天龍はキレていた。

 

「次はどいつだ! てめーらがなにを企んでるか知らねぇが、潮の腕を台無しにしておいて赦してもらえると思うんじゃねえぞ!」

 

 天龍、いや、龍田川天音と言う少女が幼馴染の黒川潮に抱く感情は複雑なものがある。

 

 年下の可愛らしい幼馴染として大切に思う気持ちもある。

 剣道を捨てて、ボクシングを取ったことを裏切られたと思う気持ちもある。

 時々わけの分からないからかい方をされるのがむかつくこともある。

 神に愛されたとしか思えない桁外れの素質を持つ肉体を羨む気持ちある。

 肉体だけではなく勉強までできるなんてズルいと思う気持ちもある。

 

 だが、潮は天才だ。間違いなく。

 

 その才能を、右腕を、深海棲艦が奪った。それがどれほどの損失か。

 1ファイトで1億円を稼ぐ、それほどの絶対的な女子チャンピオンにだってなっていただろう。

 オリンピックに出場すれば、かならず金メダルを持ち帰って来る。

 最強のボクサーになるはずだった。それを深海棲艦が奪った。

 

 天音自身もそうだ。

 

 左目を喪った。もう剣道はできない。

 片目だけで剣道が出来ると思うほど天音は剣道をナメていない。

 未来を奪われた。もう取り戻すこともできない。

 

「かかって来いよ! 寄って来ただけ死体の山を積んでやらぁ!」

 

 剣理に則った殺人の利器の如く、天龍は猛り狂い、深海棲艦の命が散る。

 血風は吹き止むことなく、海は赤く染まり逝く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな無事だよねっ!」

 

「ああ! ありがとう! 皐月ちゃん!」

 

「俺たちはもう大丈夫だ」

 

 硫黄島基地へと到達した皐月は救命ボートを浜に乗り上げさせ、自衛官の無事を確認していた。

 そして、皐月を出迎えたのは、硫黄島基地に駐留していた自衛官ら。

 

「艦娘戦闘団第一特別陸戦隊です」

 

 空挺降下を行う彼らは艦娘戦闘団隷下の第一特別陸戦隊として扱われている。

 艦娘のみんなは知らないことだが、特殊作戦群から最精鋭を選抜した選りすぐりのエリート集団である。

 

「硫黄島航空基地隊の、沢渡です」

 

 応対したのは、白い制服姿の壮年の男性。

 

「この度は救援に駆け付けて頂き誠に感謝しております」

 

 所属が異なるゆえか、あるいは民間人の皐月が居るからか、その壮年の男性の口調は丁寧で穏やかだった。

 

「大丈夫! みんなが戻って来るまでの間、ボクがこの島を守るよ!」

 

 皐月がそう胸を張って宣言し、男性は微かに微笑んだと思うと、力強い表情を浮かべた。

 

「私たちは大丈夫です。ですので、皐月さんはどうか皆さんの救援に向かってください」

 

「え? でも、もし深海棲艦が来たら……」

 

「私たちは自衛官です。今も、海では戦っている人達が居ると思えば、ここにあなたを拘束するわけにはいかないでしょう」

 

 それは、この国を守る仕事として自衛官を選び、その年に至るまで奉職し続けて来た者だからこそ言えたことだろうか。

 たとえ、その仕事が正当に評価されなかったとしても、身を粉にして日本国民のために身を張り続けて来た者だからこそ。

 その身に宿る自負と、自身に言い聞かせた信念がその言葉を言わせたのだろうか。

 

「なに、深海棲艦もそう易々とは上陸できませんし、艦砲射撃があっても、旧軍時代の遺構が役立ってくれます。何も問題はありません」

 

「で、でも」

 

「いざとなったらヘリでもなんでもぶつけてやりますよ。自衛隊は決して無力などではありません。ですから、安心して、ご友人のために向かわれてください、皐月さん」

 

「……うん。わかった!」

 

 そうまで言われれば、皐月に否はなかった。

 本当は、自分だって残りたかった。

 けれど、それが作戦だったから。

 自衛官の人たちを見殺しにできないから。

 

 でも、その枷を取り払われたなら、今すぐにだって飛んで行きたい。

 

 皐月は踵を返し、海原を見据える。その先には仲間たちが居る。

 戦闘の状況はどうなっているだろうか。まるで何も分からない。

 でも、仲間たちがそう簡単に死ぬわけが無いと信じている。

 

「いってきます! みんな、無事でいてね!」

 

 その言葉に、自衛官たちが一糸乱れぬ敬礼を返した。

 いつの間にか、浜辺にはたくさんの人がいた。

 

 白い制服姿の自衛官のほかには、なんだか昔の映画で見た兵隊さんのような恰好をした人達もいる。

 随分と古臭いような、懐かしいような。そんな姿をした人たちが居て、浜辺を埋め尽くさんばかりだ。

 戦地に赴く少女を激励する以外になにも出来ないことに、誰もが泣きたいほどの悔しさを感じている。

 それでも、その悔しさを見せず、ただその勇気に敬意を示していた。

 

 

 

「待ってて、みんな! ボクがすぐにいくから!」

 

 皐月の家族はもういない。

 1か月前の襲撃で、みんな死んだ。

 もともと、家族と言える存在はいなかった。

 孤児院前に捨てられていた赤ん坊、それが皐月だ。

 

 孤児院で育ち、貧しい生活を送って来た。

 無邪気な子供の悪意を受けながら育った。

 孤児だからと言う理由だけで虐められてきた。

 

 それでも、家族が居た。

 孤児院の仲間たちが居た。

 厳しいけど優しい先生たちが居た。

 境遇なんて気にしない友達が居た。

 

 そして、深海棲艦が全て奪った。

 

 襲撃を受けて、みんなで避難先の小学校の体育館にいった。

 そこで艦娘になった皐月は、みんなを守るために戦いに行った。

 必死で戦い、自衛隊の助けも来て、もう大丈夫と体育館に伝えに行って。

 

 

 そこに、みんなが待っているはずだった。

 

 家族と、先生と、大切な友達がいるはずだった。

 

 ちいさくて、ささやかで、つつましやかな……。

 

 けれど、胸が温かくなるような、しあわせが待っているはずだった。

 

 だが、皐月を待っていたのは。

 

 絶望と殺戮がまき散らされた、地獄だった。

 

 

 

 もう嫌だった。眼の前でだれかが死ぬのも、知らないところでだれかが死ぬのも。

 どうして人が殺されなければいけないのか。

 なぜ自分より小さかった弟妹が死ななければいけなかったのか。

 

 なんで、自分だけが生き残ったのか。

 

 命はどんなものより大切で、地球よりも重いものじゃなかったの?

 深海棲艦はなんで理不尽に人の幸せと命を奪っていくの?

 ボクは戦う力があったのに、なんでみんなを守れなかったの?

 

 ぐるぐると考え込んで、いっぱい泣いて、それでも、戦うと決めた。

 

 もう嫌だったから。自分みたいな人が、居てほしくなかったから。

 理不尽になにもかもを奪われて、涙を流す人がいてほしくなかったから。

 だから、艦娘戦闘団で戦うと決めた。みんなを守ると誓って、戦いに来た。

 

 そして、そこには仲間が居た。

 

 誰よりも強く、誰よりもたくさんの人を救った黒潮が、それでも守れなかったと、泣いていた。

 自分と全く同じ想いを抱いて、泣いていた。

 たくさんの人が、その思いに呼応して、戦うと決めた。

 

 誰も理不尽に命を奪われない明日が欲しい。

 

 みんな笑って、みんな生きている。そんな最高のハッピーエンドが欲しい。

 それはもう、皐月には叶わない夢だけど。それでも、その夢を見ていたかった。

 

 黒潮の叫んだ、儚くも尊い夢は、皐月の夢になった。

 皐月の夢は黒潮だ。そう叫び、戦う人が居ると知れば、勇気が湧いてくる。

 自分は1人じゃないって、そうわかる。

 

 だから、絶対に死なせない。

 

 たった4人で戦場に残った艦娘の仲間を、死なせない。

 もう誰も死んでほしくないのは、仲間たちもだ。

 自分の夢になった黒潮。ちょっと怖そうだけど、面倒見のいいお姉さんのような天龍。

 まるで、お母さんみたいに優しい、鳳翔。そして、まだ話したこともない龍驤がいる。

 

「もう、誰も死なせない! 守るんだ! ボクがみんなを守るんだぁぁぁ――――!」

 

 蹴立てる波は大きく、まるで津波と見紛うばかりの大きさとなって。

 戦場まで、約160キロメートル。

 

「ボクなら、30分でいける!」

 

 それが大言壮語などではないと証明するように、皐月は風になった。

 砲弾ですらも追い付けない、海上を弾丸の如く駆け抜ける。

 

 それは適性の暴力。

 

 艤装には適性が存在する。それが無ければ艤装を動かすことすら叶わない。

 選ばれた6人の艦娘は、極めて高い適性を持つ6人。その中で、頂点に座す者。

 これ以上の才覚を持つ者などあり得ない。夢のまた夢が形となった存在。ミス・ドリーム、それが皐月だ。

 

 1あれば起動が叶う。

 10あれば同格の深海棲艦を圧倒する。

 100あれば同格の深海棲艦を容易く薙ぎ倒し。

 1000あれば格上ですら圧倒する。

 

 全員が最低でも1000の適性を持った艦娘たちの中でも、頂点に座す。

 最も低い黒潮ですら1142と言う桁外れの適性を持つ中で、次元の違う才覚。

 

 121万6452。

 

 それが皐月の適性値。駆逐艦でありながら、戦艦を片手間で捻り潰し得る力を発揮する暴力的な才能。

 彼女こそが、この艦隊の最高戦力だ。




転生者じゃないけどチートを持っていないとは言っていないな

卑怯とは言うまいね?


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龍驤、暁に死す

評価ご感想ありがとうございます
日刊ランキング入りまで致しまして感謝の念に堪えません
また、誤字報告と言う大変なご助力まで頂きまして誠にありがとうございます
今後とも本作に応援をいただければ幸いです


 【速報】チート持ちより強いリアルチートが居る【味方が強過ぎる】

 

 うそでしょ……。

 

 龍驤さんが本腰入れて防空し出してから、深海棲艦の航空機しか落ちてない……。

 天ねーが突っ込んだ水雷戦隊の半数以上が叩き切られて死んでる。砲使えよ。

 鳳翔さんが弓だけで水雷戦隊に応戦して一射一殺してる……って言うか空母なんだから突っ込むなよ……。

 

 いや、アレどうなってんの?

 

 天ねーは当たり前のように戦艦の首を叩き切るし、鳳翔さんも敵艦を平気で射殺してる。

 龍驤さんはエースコンバットみたいな無双をし出す。龍驤さんを守るために防空がんばるぞい! と思ってたのに何もしてないぞ私……。いや、敵艦攻落としたりはしてたけど、たぶんやらなくても龍驤さんが殲滅してた。

 って言うか、どうしてどいつもこいつも突っ込むんだ。頭島津か?

 

「……龍驤さん、うち居っても役に立たなそうやから突っ込んでくるわ!」

 

「おー、行きや。うちは大丈夫や。艦隊防空も出来る程度に手ぇ空いてきたわ。援護もしたる」

 

「いってくる!」

 

 戦闘機でどう援護するんだろうとも思ったが、とりあえず大丈夫そうなので行くことにする。

 機関出力を上げ、海上を疾走。妖精さんに頼むと、艤装に収納されていた義手を取り付けてくれる。

 

「うっし、待っとり天龍! うちが助けたるからなー!」

 

 天龍と同じ剣を右手に握り、私も敵へと突っ込んだ。

 

 

 

 たっぷりとスピードを乗せて叩き付けると、イ級どころかホ級も艤装ごと真っ二つに出来る。

 リ級の腕を叩き折り、超至近距離からの頭部への発砲で水底逝き。

 

 天龍剣意外と強い。って言うか、リーチの差って本気で大きい。

 大抵の敵が剣なんか持っていないので、剣を持っているだけで接近戦で圧倒的なアドバンテージが取れる。

 まぁ、全員が砲か艦載機を持っているので、剣如きのリーチの差なんてほぼ意味はないハズなんだが……。

 

「意外とイケるやん」

 

「だろ、黒潮」

 

 海上で天ねーと隣り合い、お互いに剣を肩に乗せながら、そんな風に言葉を交わす。

 超至近距離にまで入ると、砲の旋回速度が追い付かなくなる。そのため、一方的に嬲り殺せる。

 本来、軽巡や駆逐と言う戦艦相手には無力なハズの存在がここまで一方的に狩れるとは愉快な現象もあったものである。

 

 まぁ、普通なら超至近距離まで接近できないからね……。

 天ねーは剣で砲弾を逸らすという意味不明な真似をして力づくで接近する。

 私は25倍の認識速度で砲弾を認識して回避、あるいは機銃か主砲で迎撃して超至近距離まで接近できる。

 これを利用した結果、私と天ねーは接近戦で敵をぼてくりこかすと言う艦これにあるまじき戦闘を実現できるわけだ。

 

 ちなみに、砲弾を剣で逸らすの、これ真似できない。

 一応剣を砲弾に当てるのは可能だが、どうやったらこれを起爆させずに軌道を逸らせるのか全く分からない。

 運が良ければ逸らせるし、仮に逸らせなくても私に命中しない場所で起爆するのでダメージはほぼないのだが……。

 

「黒潮、主力までの道は開けた。相手の艦載機とやらは品切れなんだよな?」

 

「そや。つまり、がら空きの主力を丸ごと頂きます言うわけやな」

 

「っしゃ、行こうぜ」

 

 そう言い合ったところで、後方から激しく波を蹴立てて現れる影。

 それを認識した時、私が咄嗟に取ったのは防御の行動だった。

 天ねーもそれは同じく、剣を正面に、正眼の構えを取って息を止めていた。

 

「みんなー! おまたせ! 駆逐艦皐月、見参だよ!」

 

 現れたのは皐月だった。それを見て、私は拍子抜けしたような、驚いたような、そんな感慨を抱いた。

 正眼に構えていた剣を下ろし、息を吐く。左手を見れば、それはカタカタと震えていた。

 隣の天ねーの背中を引っ叩くと、だらだらと脂汗を流していた天ねーがようやく剣を下ろした。

 

「えと……どうしたの?」

 

 どうしたんだろう? と言う不思議そうな顔をする皐月。

 冗談だろう、と言いたくなる私と天ねー。

 

 こいつ、私より強くねー?

 

 そんな、心胆を寒からしめるような実感を、脊髄に無理やりねじ込まれたような錯覚を覚えたのだ。

 なにがどう強いのかよく分からない。ただ、正面に立つだけで格の差を脳髄に叩き込まれたかのようだ。

 何もかもが敵わない。絶対的な強者との格の違いを思い知らされる。私が本気で戦っても、艦娘として敵わない。

 たぶんだが、艦娘として艤装を背負っている状態なら、私が艤装を背負って5倍チートで身体能力を強化しても、肉弾戦で負ける。

 

 そもそも、なぜ艦娘が6人しかいないのか。

 妖精さんたちは6人分の艤装しか用意できなかったから、とそれを説明した。

 では、それを渡した6人の艦娘はいかなる存在だったのか?

 答えは単純で、艦娘としての適性が最も高かった6人。それを選抜した結果だという。

 つまり、ここに居る5人の艦娘は、日本国内の適性者でトップ6に入る天稟を持つ。

 

 そして、皐月はその中で間違いなく頂点に立っている。

 

 適性を数値で表せるとして、私や天龍が100だとしたら、皐月だけおそらく10万とか100万の領域にいる。いや、もしかしたらもっと……差があり過ぎて、その差を推し量ることすら困難なのだ。

 シンプルに桁が違う存在。強いから強い。そう言う存在だ。

 戦闘態勢に入ってようやく気付いた。って言うか、よく考えたらそんな変な話でもない。

 

 私はズタボロになってようやく初陣で勝った。

 この点に関して、自分を卑下するつもりはない。

 駆逐艦なのに1人で大艦隊をブチのめしたんだ。十分凄いことをやってのけた。

 

 じゃあ……皐月はどうだったのか?

 

 私たちの居たところに特別強い敵が居たという可能性は否めない。

 だが、日本に同時多発的に侵攻している敵勢力にそれほど差がある様子はない。

 つまり、皐月は私とほぼ同じ程度に最悪の状況を、無傷で勝利したのだ。

 私と違って、チート能力すら無しで。艦娘としての能力だけで勝ったのだ。

 格が違い過ぎたことに、私が気付いていなかっただけだ。

 

「皐月さん」

 

「えっ、ボク?」

 

「すんません、うちらナマ言いました。皐月さんの援護しますんで、どうぞ何卒よろしくお願い致します」

 

「お、押忍ッ! 皐月さんよろしくお願いします!」

 

 私と天ねーが皐月さんにペコペコする。

 やばい、こわい。っょぃ、かてない。

 

「え、え? ど、どうしてぇ!? なんでそんなになっちゃってるの!? ボクそんなに凄いことしてないよ!?」

 

「いや、そんな。皐月さん、謙遜もほどほどにせんと嫌味ですよってに」

 

「押忍! ご指導お願いします!」

 

「やめて! やめてよぉ! ふ、ふつーにしてよ! ふつーに!」

 

「えぇ……難易度高い……」

 

「どこが!?」

 

 こんな怖いの相手にタメ口使えとか難易度高いよ。

 いつの間にか後ろに世紀末覇王居て、ラオウっちって呼んでね、とか言われた気分だぞ私。

 まぁ、世紀末覇王と違って大変可愛らしい皐月ちゃんなのだが……。

 

 って言うか待てよ。

 時計を見る。時刻は9時23分。戦闘開始から2時間ちょっと。

 妖精さんに位置を確認。航路からして、硫黄島まで約160キロ。

 私たちはこの近辺に降下し、自衛隊員を硫黄島に届けてくるように皐月に頼んだ。

 つまり、往復で320キロに渡る距離を、2時間ちょっとで走破したのか?

 

「え、ええと、皐月っ……ちゃん」

 

「え、うん。なぁに?」

 

「硫黄島まで、2時間ちょいで往復しはったんですか……?」

 

「うん」

 

「……硫黄島からここまで何分くらいで到着したんです?」

 

「えっと……」

 

 皐月が腕時計を見る。

 

「30分くらいだね」

 

「30分!?」

 

 単純計算で時速300キロ超で移動したことになるんですがそれは……。

 いや、そもそも1時間30分ちょいで約150キロ先の硫黄島に行ったのも普通におかしいぞ。

 まだしも常識的な速度ではあるが、軍艦が出していい速度じゃない……。

 

「えと……じゃあ、突撃、でいいんだよね?」

 

「あ、はい……えと、天龍が前衛を務めるから、艦隊移動速度はそれに同期や。つまり、みんな一列になって移動や」

 

「わかった! 天龍さん、おねがいします!」

 

「はい! 分かりました!」

 

 ピンッと背筋を伸ばして天ねーが勢いよく返事をする。

 ガチガチの天龍の背中を引っ叩いて緊張をほぐしてやろうとするが、私自身もガチガチなのでむずかしぃ。

 

「い、いくで天龍!」

 

「お、おう! 最大戦速! 機関過負荷いっぱい! とっつげきぃぃ――――!」

 

 天ねーが波を蹴立てて駆け出す。私もその後に続く。

 後ろをちらっと見ると、不思議そうな顔をする皐月。

 なんでこんなゆっくり移動してるんだろう、みたいな顔だ。

 すんません、うちらこれで精一杯なんです……。

 

 ちなみにだが、天ねーのいう機関過負荷は実際には過負荷運転ではない。

 私の艤装の妖精さん曰く、今は艦娘を絶対に喪えない状況なのでかなり余裕を持たせて色々運転しているらしい。

 機関過負荷運転は定格出力の90%しか出していないんだとか。定格出力は本来の定格出力の82%程度らしい。

 

「居たぞ! 行くぞ黒潮!」

 

「任せぇ!」

 

「ボクもやっちゃうよ!」

 

 言って、皐月が発砲。私たちが視界に捉えたヲ級の頭部が消し飛ぶ。ぅゎ皐月っょぃ。

 波を蹴立て、皐月が急旋回したかと思うと、魚雷発射管が稼働し、魚雷が掃射される。

 私たちの5~6倍くらいの猛スピードで海中を疾走したかと思うと、ヲ級2隻を丸ごと飲み込む爆炎が吹き上がる。推定雷速200ノットとか、スーパーキャビテーション魚雷かな?

 一瞬後に爆炎が消え去ると、半球状に抉れた海面がザザザザ……と音を立てて崩れ、水をしぶかせる。

 なるほど、スーパーキャビテーション魚雷じゃなくて、蒼き鋼のアルペジオコラボの浸蝕魚雷だったかぁ……。

 

「いっけぇー!」

 

 更に皐月が発砲。ヲ級が丸ごと消し飛ぶ。って言うか、こいつら反撃してこないな……? あ、艦載機全滅してるのか……。

 そう思いつつ、襲い掛かって来たハ級に真っ向唐竹割を叩き込んで水底に送り込む。

 続けざまに主砲をヲ級へと叩き込み、その頭部を木っ端微塵に粉砕する。あ、主砲に関しては同じようなことできるな私……。

 

「よっしゃ、空母機動部隊のド阿呆どもは撃滅……」

 

 言った直後、海中からホ級が飛び出して来た。

 それに思いっ切り剣をフルスイングすると、ごぎぃぃん、とか言う凄い音を立ててホ級が空へと吹っ飛ぶ。

 直後、皐月がそれに砲撃して撃破。

 

 その最中にも、海中から次々と深海棲艦が姿を現しだす。

 イ級、ロ級、ハ級と駆逐系を主体とし、ホ級、ヘ級と言った軽巡系が多い。

 が、後方にはル級やタ級を旗艦とした主力艦隊が見られる。

 主力艦隊が潜航して接近してくるとか卑怯すぎるだろ。潜水空母戦艦とか意味の分からんものが出てくる架空戦記じゃないんだぞ。

 

「増援や! あかんなこれは」

 

「ちっ。鳳翔さんは航空機全滅。矢も品切れらしい。後退するしかねぇか?」

 

「そやな。龍驤さんは確保したし……とは言え、こいつら連れて硫黄島行くわけにはいかんな……龍驤さん! 聞こえるか!」

 

 電信に一縷の望みをかけて声をかけてみるが、妖精さんはノイズしか聞こえないとのこと。ほんまつっかえ!

 

「ああもう! 鳳翔さん! 聞こえるか!」

 

 インカムに声をかける。こちらは問題なく繋がる。先ほど天ねーも通信してたし。

 

『はい。そちらの状況はどうですか?』

 

「既存の敵艦隊は撃滅完了やけど、増援や。うちらは殿を務めるついでに敵艦隊を誘引して硫黄島から引き離す。無理そうならなるたけ殲滅する。鳳翔さんと龍驤さんは硫黄島に撤退して欲しい」

 

『分かりました。矢のない私は足手纏いですものね……龍驤さんも艦載機が限界だそうです。撤退します。御武運を』

 

「はいよ、任しとき」

 

 インカムから指を離し、私は深海棲艦を見やる。

 

「さぁて、うちらはこいつらを撃滅しつつ、硫黄島には行かへんように誘引や。そやからまずは」

 

「ああ、引きながら撃つのか?」

 

「は? そんな生温いことするわけないやろ、殺されたいんか?」

 

「なんで!?」

 

 私の怒りの大日本帝国節に天ねーが困惑する。

 

「突撃や。ど真ん中に」

 

「ど真ん中に!?」

 

「なんで!?」

 

「ど真ん中には来ないやろー、って相手は油断しとるからな。一気に突っ切る。んで、敵主力艦隊……あすこらへんにいる連中……戦艦連中やな。そいつらをできるだけ食うてから行くで」

 

「黒潮、それをする理由は?」

 

「うちらは水雷戦隊やからな。戦艦を回す相手やない。相手方も水雷戦隊を寄越して終わりや。そやから、生半なやり方やと誘引は不可能や」

 

 現実を言えばそうなるのが必然である。

 もちろん私たちは水雷戦隊如きを差し向けられても余裕で食い破るのだが。

 相手はそう思わない。主力は龍驤さんと鳳翔さんを狙って進撃するだろう。

 

 水雷戦隊を誘引して撃滅、その後にこちらの主力を追った敵主力艦隊を背後から強襲するのも考えたが、距離が近すぎる。

 敵連中からこちらの主力の目視距離までほんの数カイリしかない。私たちが強襲するまでに主力が襲われる可能性が高い。

 

 なら主力殲滅して、水雷戦隊を誘引する。これしか手が無い。

 

「必要ってことだな。りょーかい。やったろうぜ」

 

「う、うん……ボクもがんばる!」

 

「っしゃ、行こうや」

 

 私たちは覚悟を決めると、突撃を始めた。

 相手もまさか突っ込んでくるとは思わなかったのか、動揺したような気配。

 

「酸素魚雷の力、思い知れー!」

 

 皐月が魚雷を投射。敵前衛が巻きあがる爆炎に巻き込まれ、纏めて十数隻が消し飛んだ。魚雷の威力じゃない……。

 私も負けじと魚雷を掃射する。皐月ほどの異常な威力は出ないが、1発当たれば戦艦だろうが撃沈させられる。

 って言うか、手で投げないで普通に魚雷発射管で魚雷撃ったのこれが初めてだな……。

 

 前衛の水雷戦隊を纏めて食い破ると、更に増援が海中から現れだす。

 水を突き破って現れるのは、奇妙な帽子のようなものを被った少女そのものの姿をした深海棲艦。

 

「ッ!?」

 

 天ねーが一瞬動揺したように剣を止めるが、私はそいつの首を刎ねるように剣を振るっていた。

 

「ヤラセハッ、シナイヨ……!」

 

 左手の艤装を盾に、私の剣戟を辛うじて食い止める駆逐棲姫。

 姫級の深海棲艦まで交じっている水雷戦隊とは。

 よくよく見れば、周囲の深海棲艦も奇妙なオーラを纏っているのが見える。

 フラグシップやエリートタイプの深海棲艦が交じっているというわけだ。

 

「どうやらこいつらガチの主力らしいで!」

 

 無理やり押し切ろうとチートを全開にし、左手を添えて剣を押し込みながら私は叫ぶ。

 金属が擦れ合わさるような耳障りな音を立てて押し込まれる剣。

 駆逐棲姫が必死の形相で剣を押し返そうとしてくるが、生憎とこっちの方が出力は上だ。

 

「っと!」

 

 駆逐棲姫を巻き込むことを恐れない砲撃を認識し、私は海面を蹴り飛ばして後ろに下がる。

 チートを全開にした瞬発力を活用すれば、時速200キロ近い初速で移動ができる。

 海面を蹴っ飛ばして移動する、と言う都合上、あまり連続して使えるものではないが。

 

「死ねぇ!」

 

 私が下がると同時、皐月が主砲を発砲。駆逐棲姫の腹が丸ごと消し飛び、上半身がくるくると上空に舞い上がった。

 

「ダメだよ! 人間みたいに見えても、あれは化け物なんだ! 殺さなきゃダメなんだ! 存在しちゃいけない化け物なんだ! 天龍!」

 

「は、はい! すんませんした!」

 

「そうや、殺すんや! 深海棲艦を殺せ! これが日本国民の祈りや! 深海棲艦を殺せ! これが死んでいった者たちの祈りや! 分かったな!」

 

「わ、悪い!」

 

 皐月に何があったかは不明だが、姫級深海棲艦に相当嫌な思い出があるらしい。

 なんの容赦もない死ね宣言の上、どっかの長男みたいな発言である。

 天ねーは陸上でしか戦っていないから、姫級には出会ったことが無かったのだろう。

 

「もう油断も躊躇もしねぇ。皐月と黒潮以外はみんな斬りゃいいんだろうが! 簡単だぜ!」

 

「龍驤さんと鳳翔さんも斬ったらあかんでぇ!」

 

「わーっとるわい!」

 

 なんて軽口を叩き合いながら、私たちは新たに現れた増援らへと挑みかかる。

 

 天龍が軽巡棲姫の腕を斬り飛ばしたかと思うと、直後に頭を叩き割り、続けざまにネ級を叩き切る。

 凄いんだけど、主砲と魚雷使えよ。いや、本気で。剣だけで戦うなよ。魚雷発射管はつけててカッコいい飾りじゃないんだぞ。

 

「こんのぉぉお!」

 

 皐月は主砲の威力がヤバい。って言うか普通に後方にいる戦艦級の敵にすら通じてるのがおかしい。

 当たり前のように直撃した箇所が消し飛び、当たり所が悪ければそれで撃沈である。大和かな?

 よく考えたら駆逐棲姫って戦艦級の装甲に戦艦以上の耐久力持ってたわ……それを一撃で殺してるから今更か……。

 

「そりゃああ!」

 

 で、私は発砲すれば重巡級くらいなら一撃で轟沈。戦艦級も艤装に損害は与えられる。

 魚雷は1発で戦艦だろうが撃沈させられ、近距離戦闘になれば戦艦もヤれる。

 

 3人しかいない水雷戦隊とは思えない異常な戦闘力である。

 これなら……このまま撃滅も、イケるのではないか?

 

「くっ、そ……! 黒潮ォ! 増援がまだ湧いてやがる!」

 

「なんやて!?」

 

 天龍の指し示す先を見やる。そこには戦艦級を主体とした敵軍……。

 タ級を主体とし……あれは……レ級!? レ級が、10体近く居る。

 

「くっそ……空母機動部隊がおらんと思っとったんに……航空戦艦なんぞ珍妙なモン作ってんじゃあないわぁぁぁ――――!」

 

 苛立ちまぎれに魚雷発射管から引き抜いた魚雷をブン投げ、レ級に直撃させる。

 頭部を消し飛ばされて轟沈していくレ級だが、敵はそれに動揺した気配も見せない。

 

 レ級が主砲を斉射。

 

 機銃で可能な限り迎撃し、迎撃し切れなかったものを剣で空中起爆させてやる。

 天ねーは当たり前のように剣で全て捌き切り、皐月は津波かと思うほどの凄まじい水飛沫を上げて機動力で躱し切った。

 ガスタービンエンジンじゃないんだから、そんなレスポンスの早さで出力上げるなよ……。

 

「拙いけど、今更逃げられもせんか……! 腹ぁ括るしかないなぁ!」

 

「今更だろうが! やるぞ!」

 

「出来る限り戦うんだ! 硫黄島に行かせるわけにはいかないでしょ!」

 

 敵はもう100を数えただろうか。嫌になる。

 もっと艦これらしく6体ずつ出てきて欲しい。

 そんな愚痴を内心で呟きながら、私たちは突撃を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、鳳翔と龍驤は。

 

「……鳳翔さん、悪いんやけど、ちょっと、確認してもらいたいことがあるんや……」

 

「はい? どうしましたか?」

 

 顔色の悪い龍驤が鳳翔に声をかけ、鳳翔がそれに頷く。

 出せる限界の速度で硫黄島に向かっていた鳳翔は、そこで龍驤の顔色が尋常ではないことに気付いた。

 血の気が引いているなどと言うレベルを通り越し、完全に土気色をしているのだ。

 亡くなった祖父の遺体がこんな顔色だったと思い出してしまうほどの有様だ。

 

「うちの、心臓……まだ、動いてるか……?」

 

「は、はい?」

 

「さ、さっきから、心臓の音が、聞こえんのや……お、おかしいな……」

 

 慌てて鳳翔が龍驤の手首を取る。そして、自分の首筋に指先を押し当てる。

 が、そんなことをする必要もなかった。龍驤の脈拍は殆ど感じ取れないほどに弱っていた。

 

「こ、これは……」

 

 心臓の音が聞こえないというのは不自然ではない。そもそも聞こえないのである。

 心臓の音のように聞こえるのは血管が蠢く音なのだから。聞こえる方がおかしいのである。

 だが、自分の拍動を感じられない、と言うのは、存外に分かるものであるらしい。

 

「意識は、ハッキリしとるんやけど……うち、なんか、おかし……」

 

 そこで、龍驤は倒れた。水面に突っ込みそうになった龍驤を慌てて鳳翔が抱き抱える。

 常態化した睡眠不足で弱り切った心臓は、味方が来てくれたという興奮で高鳴り、それがトドメになった。

 龍驤は過労による虚血性心疾患で急死した。享年17歳。あまりにも若い死だった。

 

「え、え、衛生兵! 衛生へーい!」

 

 艤装から大慌てで妖精さんが飛び出してくると、龍驤に必死の蘇生処置を始めた。

 龍驤と鳳翔の妖精さんが揃って蘇生処置をしても龍驤はなかなか蘇らない。

 

「生き延びたのに死んでしまったでは意味が無いでしょう! 龍驤さん、がんばってください!」

 

 鳳翔はどんどん冷たくなっていく龍驤を抱えて硫黄島を目指す。

 こんなところで死なれては困るのだ。史実の龍驤よろしく、大回転で働いてもらう必要があるのだから。

 鳳翔は文字通り死人に鞭を打ってでも戦い抜くつもりであった。

 

 硫黄島は、まだ遠かった。



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辛勝

「妖精さん! 残弾報告よろ!」

 

「つうじょうだん452! さんしきだん12! きじゅうだん5まん2300! ぎょらい8! ばくらい11です!」

 

「まだイケるな!」

 

 砲弾と機銃弾を積めるだけ積んでおくように頼んでおいたので、前回と違って弾薬には余裕がある。

 ただ、打ち切る前に砲身命数を使い切るので、後半ほど砲が破裂する危険があるとは言われていた。

 砲身強度は強化しているが、発射威力も強化しているのでトントンと言ったところだろうか?

 

「しかし、剣の方が、保たんな!」

 

 今まで100以上の深海棲艦を叩き切った剣がガタガタである。

 天ねーの方はなんともなさそうに見えるが、ガタは来ているだろう。

 

「てきかんばくせっきん! きゅうこうかです!」

 

 見張り妖精さんの報告に、私は海面を思いっきり蹴っ飛ばす。

 時速200キロを超える速度で射出される私。目標を失った敵艦爆が海面に爆弾を投下する。

 それにしてやったりと笑う暇もなく、目の前に居た駆逐古姫に剣を叩き込む。

 

「グッ……ナンデサ、ナンデアキラメナインダヨォ!」

 

「諦める理由が無いからやド阿呆!」

 

 駆逐古姫の艤装を叩き切り、そのまま首を刎ねようと叩き付けたところで、剣が折れ飛んだ。

 刀身の半ばから折れた剣の先端が飛んで行き、それを見た駆逐古姫がニヤリと笑う。

 

「セイッ!」

 

 私は左拳を駆逐古姫に叩き込む。恐ろしく硬いが、頬骨を砕いた感触があった。

 

「イタイ! ドウシテ……」

 

「剣一本折れたくらいで笑うやつがあるかい!」

 

 私は折れた剣を、駆逐古姫の目に叩き込んだ。

 そして、髪みたいな場所を掴み、力づくでねじ込んでいく。

 

「ギッ、ィャアアアアアァァァッ――――!」

 

「死、ねぇ……!」

 

 駆逐古姫は人間らしい右手で私の手を掴んで止めようとするが、生憎とそこは鉄製である。痛くも痒くもない。

 人間なら確実に死んでいる位置まで押し込むと、駆逐古姫の頭蓋だろうか。一層硬いものに当たり、剣が止まる。

 私はそこで剣を無理やり捻った。べきんっ、と音を立てて剣が根元から圧し折れた。

 柄だけになった剣を投げ捨て、海面でビクビクと痙攣する駆逐古姫を思いっ切り蹴り飛ばす。

 

「皐月ィ!」

 

「まっかせてぇ!」

 

 私の意図を理解した皐月が発砲。駆逐古姫の胴体が消し飛ぶと、そのまま海中へと沈んでいった。

 

「剣がのうなってもうたな、予備とかないん?」

 

「ごめんなさい! もってきてないですー!」

 

「ああ、ええて。うちも予備用意しといてなんて言うてへんかったし」

 

 とは言え、これで近接戦闘はまた殴る蹴るの暴行頼りである。

 そもそも近接戦闘をしてることがおかしいんだが、まぁ、今更だ。

 

「皐月! 弾はまだあるか!」

 

「大丈夫! ボクも目いっぱい積んでもらったんだ!」

 

「ならええな!」

 

 主砲を構え、当たるを幸いにそこら中に居る敵に発砲する。

 猛スピードで海上を疾走する皐月を捉えられる敵はなく、それは私も同様。

 戦闘してて気づいたんだ。私の速度なら、海上航行するより海上走った方が速いって。

 

 海面を蹴立て、猛スピードで走り回る私を捉えられる敵はいない。

 加えて、私は足で海面を蹴って推力を得る都合上、後方や横跳びも可能である。

 格段に自由の利く機動力を得たことで、至近距離でない限りは弾が当たる気がしない。

 もちろん使い過ぎると足にガタが来てしまうのだが、そのあたりは匙加減と言うやつだ。

 

「天龍!」

 

「なんだ!」

 

「石器時代の勇者乙!」

 

「なんで俺いきなり馬鹿にされたんだ!?」

 

 天ねーの残弾も確認しようと思ったけど、よく考えたら主砲口径違うから融通出来ない。

 そもそも、主砲も魚雷もロクに使っていないやつに問いかけることではなかった。なのでとりあえず煽っておいた。

 

「妖精さん、魚雷!」

 

「はいー!」

 

 わっせわっせと5人がかりで魚雷を担いで艤装から出てくる妖精さんらから魚雷を受け取る。

 海面を蹴って跳躍。手近に居たタ級の頭を蹴って更に跳躍すると、レ級へと肉薄。

 すれ違いざまに魚雷を叩き込み、撃破確認もしないままに更に手近に居たレ級へと挑みかかる。

 

「シッ!」

 

 ジャブを2連撃。頬と顎を狙ったジャブに打たれるレ級だが、即座に尾のような艤装を向けてくる。

 私はそれを真っ向からがっぷり受け止めると、背筋力を総動員し、斜め後方へと投げ上げる。

 ぴしぴしと痛みを訴える背筋だが、無理をするだけの成果はある。

 

「皐月ィィィ!」

 

「分かってる!」

 

 皐月の主砲が空中のレ級を狙い撃ち、空中で爆散したレ級が海面へと散らばって沈んでいく。

 主力艦隊の方の増援は終了している。この調子なら問題なく撃滅可能だ。

 水雷戦隊の方は多少撃ち漏らしているが、この程度なら龍驤さんが対応してくれるだろう。

 駆逐艦や軽巡なら戦闘機の機銃掃射でも結構なダメージになる。遮二無二突っ込んでくるばかりの深海棲艦も撃沈を嫌がるくらいの行動はする。

 

「なんとか、なりそうやな!」

 

「うん! でも、そろそろ砲身がまずいかも!」

 

「うちも割とヤバい」

 

 皐月ほど撃っていないのに、砲撃のバラつきが拙いレベルになって来ている。

 まだ破裂するほどではないが、当たらないかもしれないというのはまずい。

 

「天龍! 剣のほう大丈夫か!」

 

「楽勝だ! あと1000だってやれらぁ!」

 

「冗談はええから、どれくらいいけそうなんか言えや!」

 

「あ? だからあと1000だって行けるって言ってんだろ!」

 

「マジで言うてんの? こいつ頭おかしいわ」

 

「なんでだよ!?」

 

 あれだけ叩き切ってなんともないってどういうこと。私以上に斬ってるんだぞ。

 もう天ねーの剣戟に関しては気にしないことにする。あいつは斬撃じゃなくて理不尽を放ってるんだと思おう。

 

「ともあれ、敵の数も減って来た! 砲身にダメージが行き過ぎん程度に……」

 

 撃つんや、と言おうとしたところで、海面が盛り上がった。

 また増援か。そこに砲を向けると、皐月も同様に砲を向ける。

 そして、海中から飛び出して来た敵へと砲撃を撃ち込み……。

 

「あかん!」

 

 機銃をフルオートで放つ。異常な発射レートに強化された機銃は一瞬でマガジンの弾を撃ち尽くす。

 そして、空中に信じられないほど巨大な火の華が咲いた。辛うじて敵の主砲弾の迎撃に成功したのだ。

 

「ボクの砲撃で倒せないなんて……」

 

「うちは外した」

 

 このボロ砲が、と引っ叩いたら妖精さんに大事に扱ってくださいと抗議された。ごめん。

 

「ナカナカ、ヤルジャナイカ……ヤクニタタヌ、イマイマシイ、ガラクタドモメ!」

 

 私と皐月の放った砲の爆炎が消えると、そこには黒いドレスを纏った女性が立っていた。

 裏地に赤をあしらったドレスは妖艶で、深いスリットの入ったドレスから覗く足は艶めかしい。

 

 だが、海の上に立つそれが尋常な存在であるはずもない。

 

 それは私たちの敵、深海棲艦。従えるのはその女性型深海棲艦よりも格段に巨大な艤装。

 人間の手そのものの形をしたそれは、しかし異常な巨大さを有し、私の胴体を丸ごと握りこめそうなほど。

 戦艦水鬼。それも、背負った砲は三連装。つまり、改。装甲300の鬼畜ステータスを誇る化け物だった。

 

「……黒潮、どうしたらいい?」

 

「田原俊彦を鉄アレイで殴り続けると死ぬ言う格言を知らんの?」

 

「えっ、知らない……」

 

「そか。つまり、死ぬまで撃つんや!」

 

「わかった!」

 

 脳筋戦法で押し切る。って言うかそれ以外にない。

 試行回数で押し切れと艦これ提督はみんな知ったはずだ。

 祈れ、祈りは力だ。ラスダンは祈祷力が一番重要だと知っているはずだ。

 幸い、皐月の砲撃でノーダメージと言うわけでもない。艤装に損傷は出ている。

 高速で航行しながら、あいつを撃ちまくるしかない。

 装甲100半ば程度なら一撃で仕留める皐月の主砲も、300超えは一撃とはいかないらしい。

 やっぱり重砲艦が要る……でも仮に大和が居たとして皐月のようにレ級を一撃で射殺できるだろうか……?

 

「ナキサケンデ、シズンデイケ!」

 

「お断りやド阿呆! 指名料高そうな分際で!」

 

 我ながら訳の分からん罵倒を飛ばし、主砲を撃ちまくる。

 機銃も打ち込んでみたが、装甲が厚過ぎてロクに効かない。

 

 相手の主砲弾の迎撃は困難だ。三連装砲と言うのが難しい。

 機銃で迎撃するにしても、3発の主砲弾を迎撃し切る前に弾が切れる。

 なんで20発弾倉なのか理解に苦しむ。ベルトリンク給弾にしといてくれ。

 迎撃出来て2発が限度だ。残る1発は躱さざるを得ない。そうすると接近が難しいどころの騒ぎじゃない。

 

 海面を蹴立てて高速移動するにしても、周辺にはまだまだ敵艦が健在。

 戦艦水鬼に注目しながら自由に動き回れるほどではない。

 天ねーが必死で切り伏せているが、それにしたって限界がある。

 

 神経を擦り減らしながら必死で主砲弾を躱し、こっちの主砲を撃ち込むが、効いている気がしない。

 

「くそっ、当たりもせんようになって来た!」

 

「ほうしんめいすうをとっくにこえてるんです! もうあたらないものとおもってください!」

 

「あーもう!」

 

 だからと言って撃たないわけにはいかず、汗だくで装弾してくれる妖精さんの報告と共に発砲。

 そして、ばんっ、と言うシンプルな音がして、私の手の中の主砲の砲身が破裂した。

 

「だらっしゃあ!」

 

 使えなくなった砲を海面へと叩き付ける。真っ赤に焼けた砲が海水に触れてぶしゅーっとか音を立て、妖精さんが慌てて飛び出して来た。あ、ごめん。

 魚雷を取り出してもらい、それを両手に持つ。海面を蹴立て、手近に居たハ級を蹴飛ばして轟沈させつつ、大きく円を描くように移動する。

 戦艦水鬼は一方の砲で私を追随し、もう一方の砲で皐月へと応戦の姿勢を見せる。面倒くさいことしてくれる。

 

 とは言え、旋回速度の足りない砲では私を捉え切ることはできない。

 

 必中距離と角度を得た私は、手にした魚雷を投げ放った。

 直後、右手に持った魚雷を持ち替え、再度投げ放つ。

 2発の魚雷が爆炎を咲かせるが、そのすぐ後に爆炎を突き破って砲撃が放たれる。

 私に当たるような場所ではなく、遥か遠方に着弾して大きな水柱を上げる。

 

「硬すぎるやろ……理不尽やな」

 

 残りの魚雷は5発。これを全部叩き込めば、倒せるだろうか。

 そう思いつつ、手近に居た駆逐古姫の頭を掴み、飛び上がりながら無理やり捻ると首の骨が折れた。

 戦ってて気づいたが、骨の硬さは装甲ではなく艦種依存らしい。なので駆逐なら姫級でも関節技で殺せる。

 

「肉弾戦は通じる気がしぃひんしな……」

 

 つくづく剣を喪ったのが痛い。あれなら艤装に損傷を与えるくらいは出来たはずだ。

 撃沈出来なくとも艤装を叩き壊して戦闘力を奪ってやれば、後は寄ってたかってボコるだけなのだ。

 

 重巡級くらいなら殴り殺せるが、戦艦級は無理。

 ならバイタルパート相当だろう強度の本体と違い、砲塔などに相当する艤装ならば、とも考えた。

 だが、それはそれで難しい。

 

 なぜなら、深海棲艦本体は硬いが柔らかいという矛盾した性質を備えている。

 表面数ミリくらいは柔らかな感じなのだが、その奥に硬い装甲がある感じだ。

 その性質が私にとっては有利に働いているのだ。ある程度の柔らかさがあるので打撃が通り易く、反作用が緩い。

 だが、艤装に関しては普通に鋼鉄そのものである。殴ったら表面から奥まで硬い。

 

 いくら5倍強化するにしても、分厚い鉄の塊を突き破るほどのパワーは出せない。

 そして、その反作用に耐えることも出来ない。艤装を殴り壊そうとすれば、私の拳が先に壊れるだろう。

 

 放たれた砲弾を躱しつつ、戦艦水鬼の姿を見る。艤装に多少の損傷はあるが、致命的と言うほどではない。

 やはり、魚雷では威力が足りないのだろうか。私でなく皐月ならいけそうだが……。

 しかし、皐月は魚雷こそ残っているが、発射管は空だ。戦闘中に再装填できるものではないから仕方ない。

 

 そこで皐月を見やり、私は皐月の砲も破裂していることに気付いた。

 左手の砲が破裂し、右手の砲で応戦しているが、それは今見ている目の前で破裂した。

 完全に私たちは砲火力を失った。天龍は残っているが、私たちと違って戦艦水鬼相手には豆鉄砲だろう。

 

「どうする、どうするんやうち……あっ」

 

 突っ込んできた天ねーが戦艦水鬼の艤装の腕を斬り飛ばした。ええ……。

 だが、直後にもう一本の腕に殴り飛ばされ、天ねーが吹っ飛んでくる。

 咄嗟にそれを受け止める。

 

「天龍!」

 

「大丈夫だ! 自分で飛んだ!」

 

 たしかに制服に損傷は欠片もない。

 って言うか、よく見たら殴ったはずの手の親指以外が全て切り落とされている。

 殴られながらも叩き切ったということらしい。

 

「くそっ、しくった!」

 

「なにが! その調子で叩き切って欲しいんやけど!」

 

「気付かれちまったら警戒されるだろ! 剣が届く距離で撃たれたらさすがに捌けねぇ!」

 

 それもそうである。天ねーの反応速度は異常に速いが、相手が動く前に自分が動くという初期動作の差で速いのだ。

 その差を帳消しにするほどに近ければ、天ねーの動きが間に合わずに砲撃が直撃するだろう。

 近距離戦で異常に強いのに近距離戦の方が不利とか言うよく分からん性質だ。

 とは言え、戦艦水鬼を倒せるのが天ねーだけらしいのはたしか。

 

「……うちが囮になる! うまいこと斬って!」

 

「それにしたって無理が……」

 

「それ以外に手がないやろ! あれを硫黄島に行かせたらどうなる思うとんのや!」

 

「ぐっ……わかったよ! やってやらぁ!」

 

「うちは突っ込むで! うまくやってくれ!」

 

「ああ!」

 

 海面を蹴立て、一気に戦艦水鬼へと肉薄する。

 天ねーが最大の脅威と認識したのか、戦艦水鬼は天ねーから目を離す様子が無い。

 それを確認しながら、私は魚雷をアンダースローで投げ放つ。

 

 駆逐艦なのにサブマリン投法で放った魚雷は戦艦水鬼に直撃。

 しかし、爆炎を悠々と中から断ち割って戦艦水鬼が顔を出す。

 そして、私はその顔面に左拳を思いっきり叩き付けた。

 

「ナカナカ、ヤルジャナイカ……シズメェ!」

 

 振るわれる艤装の腕。それを受け止め、そのまましがみ付く。

 そして、艤装の砲を引っ掴み、それを無理やり捻じ曲げようとする。

 

「おんどりゃぁぁぁあぁあああ――!」

 

 肩が引っこ抜けそうなほどに力を振り絞って、砲身を1本ひん曲げてやった。

 

「オノレ!」

 

 さすがに発砲したら砲身が破裂すると分かっているから撃ってはこない。

 とは言え、ダメにした砲塔は1つだけ。他の砲塔はまだまだ健在。引き剥がされたら撃たれる。

 相手も分かっているのか、戦艦水鬼は艤装の腕を振るい、身をよじってなんとか私を引き剥がそうとする。

 そうはさせじと私は必死にしがみ付きながら拳を振るう。

 

「あっ!」

 

「えっ? うあっ」

 

 妖精さんの声。何事かと思ったと同時、浮遊感。宙に散らばる鈍色の小さな破片。それは指の形をしていた。

 負担をかけ過ぎた義手の指が弾け飛んだ。バランスの崩れた私は空中で艤装の腕に殴り飛ばされた。

 

 海面を水切りの石のように何度も跳ねる私。上下感覚までも喪いそうな中、左手で思いっ切り海面を叩いて無理やり回転を止める。

 内臓にまで貫通してきた強烈な衝撃に吐きそうになるが、囮にならなくては。

 

「次はボクが相手だぁぁぁ!」

 

 立ち上がった私が眼にしたのは、武器を持たぬままに戦艦水鬼へと挑みかかっていく皐月。

 私ほどの身体能力を持たない皐月は副砲で撃たれながらも肉薄すると、戦艦水鬼の頭へと飛びつく。

 ボロボロになった制服は皐月が中破以上の損傷を受けていることを意味する。

 

「はっ、うちもやったわ……」

 

 気付けば私の制服もボロボロだった。考えてみれば、衝撃は貫通したが、痛みは大したことなかった。

 これが制服の恩恵と言うわけか。しかし、制服はもうボロボロ。その恩恵はもうない。

 次に殴られれば、凄まじい痛みが私に直接叩き込まれる。嫌だな、怖い。

 しかし、どういうわけか私の脚はもう突っ込むために動き出しているのだな。

 

「ラウンド2や! レフェリーおらんからなんぼでも立ったるわぁ!」

 

 皐月を引き剥がす戦艦水鬼。その顔面に飛び膝蹴りをお見舞いしてやる。

 重要なことを忘れてはいけない。私は囮だ。その主目的は、天ねーをコイツの視界から外すこと。

 猛烈な衝撃と、膝に鈍い痛み。そして、戦艦水鬼本体が拳を握り、私に叩き付けた。

 

「がはっ!」

 

 腹に穴が空いたんじゃと思うほどの激痛。脂汗がぶわりと染み出すのが分かる。

 だが、戦艦水鬼の腕を咄嗟に掴んだ私は吹き飛ばされることなく留まっている。

 腕を掴んだまま、私は戦艦水鬼の胸を蹴り飛ばす。あんなに硬いくせに、乳房を蹴り潰すとぐにゃりと柔らかい感触がした。

 反吐が出る。人を殺すための化け物が人間の女と同じような柔らかさを備えているということが、耐え難いほどの嫌悪を感じさせる。

 

「死ぃ、ねぇぇ!」

 

 戦艦水鬼の胸につけた足を支点に、腕を引っ張りながら捩じり上げ、関節を無理やり逆方向に曲げてやろうとする。

 しかし、戦艦水鬼は信じられない膂力で私を持ち上げて抵抗してくる。人間1人を軽々と持ち上げるなんて。

 いくらチート能力でも体重は強化不能だ。体重を利用した関節技は常人と大差ない威力しか出せない。

 そこで復帰してきた皐月が戦艦水鬼の足に掴みかかり、転ばそうとするためか持ち上げようとする。

 

「お、もいぃぃ!」

 

 しかし、辛うじて持ち上がったのか、戦艦水鬼がぐらりとバランスを崩す。

 咄嗟に戦艦水鬼が艤装の手を突いて無理やりバランスを取った。

 

「イマイマシイ! シズメ! シズメェ!」

 

 もう一方の拳が私の体にめり込む。めきめきと嫌な音が体内で響く。

 凄まじく悪い位置を殴られた。ボディの横。パンチ力のある相手に殴られるとキツイ場所。

 肺にまで突き抜ける衝撃に息を吐き出すも、私は手の力は緩めなかった。

 

「あぐぅ……! は、離さん、でぇ……!」

 

 あばらが折れた。間違いなく。

 呼吸が苦しい。目の前がちかちかする。

 

「ハナセ!」

 

 戦艦水鬼が腕を振り回し、皐月のしがみ付く足も振り回した。

 皐月が吹き飛んで行く中、私は必死で食らい付く。

 そして、りぃんっ、とまるで鈴の鳴るような、そんな軽やかな音が鳴った。

 

「エ……」

 

 戦艦水鬼が困惑したような声を発する。

 そして、するりと、その頭が首からズレ、海面へと落ちた。

 

「ソンナ……ワタシガ……」

 

「うるせぇよ」

 

 いつの間にか背後に居た天ねーが戦艦水鬼の頭部を踏みつけると、戦艦水鬼の頭部がそのまま沈んでいく。

 

「黒潮! 無事か!」

 

「げほっ、ごほっ、あんま、大丈夫や、ないな。あ、あばら、折れた」

 

「まじぃなそりゃ!」

 

「う、うちより、皐月……うちは、まだ動ける」

 

 そう言ったところで、皐月が戻って来た。

 

「ボクもまだ大丈夫! どこも怪我してないよ!」

 

「おお、太い子やな」

 

「太い!?」

 

「ああ、いや、強い子や言う意味や」

 

 どこの方言か知らないけど、たぶん京都弁ではない。

 

「ともかく、話しとる場合やないで! 敵はまだ残ってる!」

 

「あ、ああ!」

 

「ボクもなんとか頑張ってみる!」

 

「うちもまだ左手が握れる」

 

 言ってる間に艦爆が襲い掛かって来る。天ねーを蹴飛ばし、皐月を掴んで飛びのく。

 いってぇー! と盛大に文句を言う天ねーだが、爆撃の方が痛いから我慢しろ。

 

「はぁ、きっつぅ……!」

 

 折れたあばらが痛む。頭もガンガンする。むちゃしすぎた。

 だが、まだ戦える。ならば十分だ。

 

 主砲がなくても拳があるし、機銃だってある。

 機銃も理不尽な威力を発揮する私は駆逐艦や軽巡くらいなら余裕で倒せる。

 皐月はどうか分からないが、戦えるというなら戦えるのだろう。

 

 私は拳を握り締めると、また孤拳ただ一つをブチ極めに行った。

 いい加減、最後に頼るのが拳なのなんとかして欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、戦闘はそれほど長くかからなかった。

 旗艦だった戦艦水鬼を失ったからなのか、完全に統制を欠いた深海棲艦は大した抵抗も出来ずに撃沈。

 そうでなくとも逃げ帰っていく有様であり、1時間もせずに戦闘は終了した。

 時計をちらりと見やると、時刻は11時23分。5時間近く戦っていたことになる。

 

「ぎっづぅ゙……!」

 

 私は海面でしゃがみ込んでいた。あばらの骨折死ぬほど痛い。

 呼吸するたびにズッキンズッキン痛む。まじでちょうきつい。

 チート能力で痛み鈍化させてるのにマジ痛い。ヤバい。

 

「キツそうだな、黒潮……大丈夫か?」

 

「大丈夫やないけど……とりあえず、硫黄島いこや……うぅ、きつい……!」

 

「お、おう」

 

「皐月は、どない?」

 

「ボクは大丈夫。怪我もないよ」

 

 ボロボロの制服姿の皐月。

 

「あー……天龍」

 

「おう」

 

「皐月にブレザー貸したったら?」

 

「あー……そうだな」

 

 左胸がほぼ丸出しの皐月は大変セクシーなのだが、さすがにこれで硫黄島に戻るのは勇者が過ぎる。

 

「え? どうして天龍のブレザーを……うえぇぇえ!?」

 

 そこでようやく皐月が自分の制服がボロボロと言うことに気付いた。

 すると、慌てて手で胸を隠してしゃがみ込む。なにそれ、可愛い。

 

「も、もぉ~! なんなんだよぉー! み、見ないでぇ~!」

 

「あー、ほら、俺のブレザー着とけよ。でかいから大丈夫だろ」

 

「う、うん、ありがとぉ……」

 

 天ねーからブレザーを受け取り、いそいそと着こむ皐月。

 萌え袖ぶかぶかブレザーとか言う最強に可愛いものが爆誕してしまった。

 危ない、尊さが傷口に刺さって危うく轟沈するところだった。

 

「じゃあ、硫黄島いこか……」

 

「おう。黒潮、きついんだったらおんぶしてやろうか?」

 

「そのどでかいやつ仕舞ってから言えや」

 

「あっ、そうだった。艤装あるから無理だ」

 

「あ、じゃあ、黒潮、ボクが肩を貸すよ!」

 

「うぅ、すまんけど頼むわ……」

 

 皐月に肩を貸してもらい、私たちは硫黄島へとえっちらおっちら移動を始めた。



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現状報告と今後の展望

お気に入り1000件到達、ありがとうございます
お名前は一応伏せさせていただきますが、誤字報告をくださった方にも深く感謝しております
今後ともどうか本作をよろしくお願い致します


 硫黄島になんとか戻ると、上陸地点……と言うか、砂浜のところで自衛官が待ってくれていた。

 私たちと一緒に降下してきた人たちだ。制服と言うか服装が違うので分かる。

 ボロボロの皐月に、肩を借りてなんとか航行している私の姿を見て焦ってる様子だ。

 私たちはつんのめらないように、水上で軽く跳んで砂浜へと着地した。

 

「ああ、きっつぅ……」

 

 着地と同時、しゃがみ込む。きつい。

 

「黒潮ちゃん、怪我はどこを?」

 

「ああ、塩田はん……あばらや、超痛い……」

 

「あばらか……抱き抱えるけど大丈夫?」

 

「好きにして……」

 

 そう言うと、塩田さんにお姫様抱っこされてしまった。

 きゃー、惚れちゃーう。って、そんなチョロい女と違うわ。

 

 そして、私はそのまま硫黄島基地の医務室へと担ぎ込まれた。

 痛み止めを処方されて飲み、あばらの骨折用のギプスを胴体に巻かれて処置完了。

 あばら骨ってガッチリ固定できないから、処置ってそんなにかからないんだよね。

 ボクシングのトレーニングで1回折った経験があるのでよく知ってる。その時はチートフル稼働で5日で治したけど。

 

 そして、私は修羅場っているらしい近くのベッドを見る。

 そこでは必死の救命処置を行う衛生兵たち。

 為されるがままの顔色の悪い龍驤。えっ、龍驤!?

 

「えっ、ちょっ、龍驤さんどないしたんこれ!?」

 

「ああ、心肺蘇生処置……みたいだけど、かなり深刻みたいだ」

 

 どすどす心臓マッサージをされる龍驤さん。

 あそこまでやられると平たくなる通り越して胸へこみそうだな……。

 

「あんなにガスガス押してええの?」

 

「まぁ、肋骨が折れることはあるね」

 

「あるんだ……」

 

「でも心臓止まったままより肋骨折れた方がいいでしょ」

 

「言われてみればそうやね」

 

 死ぬか骨折なら私も骨折選ぶ。当たり前の話だ。

 

「こう、ばりばりー、言うやつでバチンするんはダメなん?」

 

「あれは除細動の処置のためのものだから、アレ自体は心臓動かす道具じゃないんだよ」

 

「そうなん!?」

 

「そうだよ。強心薬とかで無理やり心臓を動かして、その状態を戻すためにやるのがDC……そのバチンってやつだね。それが出来ないからマッサージで心臓を動かしてるんだ」

 

「そうなんか……」

 

 塩田さんにレクチャーされてしまった。そう言う仕組みだったんだ、あれ。

 

「龍驤ちゃんは鳳翔ちゃんに担ぎ込まれて来たらしいけど、詳しいことは知らなくて……なにがあったんだろう。外傷はなさそうだし……過労からくる心不全かな」

 

「ええ……過労死しかけてるんか……」

 

「と言うより既に過労死して、今なんとか蘇生しようとしてるところかな……肺は動いてるみたいだから、心不全さえなんとかすれば蘇生すると思うよ」

 

 結局それからしばらくして龍驤は蘇生したらしい。

 らしい、と言うのは、その時にはもう私は医務室から出ていたからだ。

 

 

 

 ブリーフィングが出来る部屋を借りて、今後の作戦展開についての相談。

 作戦は第一段階の序盤で止まったままなのだ。硫黄島に押し寄せる深海棲艦の撃滅には一応成功した……。

 が、根拠地であろう場所にも襲撃をかけないと、増援や分遣艦隊の可能性が否定できない。

 

「事態は極めて深刻だ」

 

 リーダーの自衛官が難しい顔でそう言う。

 そう言えばこの人の名前知らないな。

 名乗る素振り自体なかったのでいまいち聞けてない。

 

「空母龍驤が過労死で戦線離脱。幸い、靖国の先達たちが蹴り返してくれたらしくて蘇生したが、戦闘は無理だ。最低でも1週間は休ませないとダメとのことだ」

 

 1週間でなんとかなるものなんだろうか。ならない気がする。

 戦時下だから1週間の休息でなんとかしろやということだろうか。

 史実でも過労死枠だったのに、艦娘になっても過労死枠とは……。

 

「そして、黒潮ちゃんが肋骨の骨折……率直に聞く、黒潮ちゃん。戦えるか?」

 

「いける」

 

 私は一言、それだけを応えた。それ以外の言葉は何もないというように。

 

「そうか……せめて強めの痛み止めを出してもらうよう頼んでおこう」

 

「頼んます」

 

 痛み止めとチート能力の併用でだいぶ痛みは楽になったが、まぁ、痛いもんは痛い。

 もっと強い痛み止めを出してくれるというならありがたい限りである。

 

「それから、黒潮ちゃんと皐月ちゃんは中破したようだが……」

 

「うん、妖精さんに確認済みだよ。ボクの艤装は今日中には、黒潮の艤装も明日の夜明け前には終わらせるって」

 

「そうか、それは朗報だな。最低限、戦力は整うわけだな……」

 

 そう言って難しい顔をするリーダーさん。

 

「ひとまず、硫黄島近辺の深海棲艦勢力は一時的に減少しているとみられる。そのため、現在海上自衛隊の護衛艦での輸送作戦が進行中だ」

 

「それ、大丈夫なん?」

 

「分からない。が、なにをするにしても硫黄島基地には物資が足りていない。艦娘の運用拠点としての能力もだ。そのため、輸送作戦の本題は硫黄島の艦娘運用拠点化だ」

 

「なるほろ……」

 

「やらざるを得ない、と言うのが実情だが危険度は極めて高い。そのため、護衛作戦のために明日の夜明けと同時、修復完了した艤装を着用の後に出撃となる」

 

「横須賀まで海の上行くん?」

 

「いや、C-1がここに着陸してるから、そのC-1にまた乗って厚木に行く。厚木からは車で横須賀に行く」

 

「あはい」

 

 艦これらしさはどこにいってしまったのか。

 いや、それが早いのは分かるんだが……。

 

「あの、質問よろしいでしょうか?」

 

 鳳翔さんが手を挙げて尋ねる。

 

「構わない、なんだろうか?」

 

「沖縄近辺に深海棲艦が居る……と言うのは分かりますが、その場合、硫黄島を拠点化する必要性はあるのでしょうか? 長崎からの出撃で構わないのではないでしょうか? 距離的にもそちらの方が……」

 

「それは正しい意見だ。深海棲艦の撃滅と言う観点からすれば、その方が効率がいい……が、知っての通り、硫黄島は日本の喉元に突き付けられたナイフに成り変わる危険性も秘めている」

 

「それはつまり……陸上型の深海棲艦の存在が示唆されている、と言うことでしょうか? 硫黄島を基地化される危険性がある、と」

 

「その通りだ。これを」

 

 そう言ってリーダーさんが持っていた紙をホワイトボードに張りだす。

 なにかと思って見ると、どうやら写真のようだ。

 

 なんだろう、どっかの島の上空からの写真のようだが……随分と遠景でよく分からないが、かなり海抜が低い島のようだ。

 周辺の海の色が違って見えるのは、浅瀬の部分が広いからだろう。サンゴ礁……かな?

 

「これは?」

 

「ミッドウェー島だ。ここを見て欲しい」

 

 そう言ってリーダーさんが指差すのは比較的小ぶりな方の島。

 一見するとなにやら三角形の図形が描かれているように見えるが、長い道路が3本あるだけだ。

 それが重なって三角形を作っているように見える。縮尺不明だが、これかなり長いのでは?

 

「これは……なんでしょう? 滑走路の中心に……なにかありますが……」

 

 鳳翔さんがじーっと睨んでから疑問気にそう言う。

 たしかに、三角形の中心になにやら白いものがポツンとあるのだ。

 なにかしらの建物だろう、とは思ったが、なにが疑問なのだろう?

 

「陸上型深海棲艦が建築した陸上拠点だと考えられる。少なくとも、人類が建築したものでは絶対に無い」

 

「陸上型深海棲艦……本当に、いるのですね」

 

 鳳翔さんが驚いたような声を出す。泊地棲姫あたりだろうか?

 縮尺不明なのでなんとも言い難いが、滑走路の長さはキロメートル単位だろう。

 そうしてみると……この建物も相当なサイズだということがわかる。

 

「ミッドウェー島は元々軍事拠点として使われていた島だが、既に軍事拠点としては閉鎖されて久しく、観光目的としても使われなくなった島だ。今年からは完全無人化の予定とのことで、人間はほぼ居なかった」

 

「そう言えば、ミッドウェー島の方から深海棲艦が来とるー、言うてたけど、その根拠ってもしかしてこれなん?」

 

「そうだ。この写真自体は2週間前のもので、上層部はミッドウェーが根拠地である……と考えている」

 

「その心は」

 

「ここ以外に根拠地と言えるものが見つからない。仮に、太平洋を東側から西側に……つまり、アメリカのある方向から日本側に向かって来るなら北赤道海流に乗る形で、南洋諸島を経由するのが自然だ」

 

「そうですね……距離的には6000キロ近くありますから、経済的航路となると……ですが、南洋諸島で無人島、と言われると……」

 

「そうだ。無人島と言えるものは少なく、あっても有人島に近く、確認は容易だ。容易でない場所も衛星観測で概ね分かっている。つまり、現状で深海棲艦が拠点化していると思われる場所はミッドウェー島のみだ」

 

「ん? ちょい待ち。つまり、なんや。そのあたりの島は襲われてへんの?」

 

「ああ、一切襲われていないそうだ。深海棲艦の行動基準は全く不明だ」

 

 まったく嬉しくない当たりを引いているのか。いや、貧乏くじと言うべきか?

 

「とりあえず、ミッドウェーみたいに硫黄島も基地化されてまう危険性がある、言うのはわかったわ。ここの防衛拠点化も必須やろう、言うことも」

 

「理解してもらえて助かる。さて、ここで一度、大まかな作戦概要を改めて確認しておこう」

 

 リーダーさんがホワイトボードに作戦概要を書き出し始める。

 

1 硫黄島防衛並びに空母龍驤との合流

2 硫黄島近辺の深海棲艦撃滅

3 沖縄防衛並びに坊ノ岬近辺の深海棲艦撃滅

4 北海道防衛。軽巡大淀との合流

5 北海道回復

6 ミッドウェー攻略

 

「現状はこのようになっているが、何か質問は?」

 

「は~い」

 

「はい、黒潮ちゃん」

 

「なんで今まで伏せてた艦娘さんの名前公表されたんです?」

 

「俺も知らなかったんだ。北海道にいるのが大淀だというのは先ほど知った」

 

「あ、そうなんですか」

 

 大淀か……大淀……いや、軽巡なのだが?

 戦艦とまでは言わないが、重巡くらい出してくれよ。

 でもあのスケベスカート現実で見たらどうなってるのかは気になる。

 

「現状、北海道の戦線は安定している。深海棲艦も陸上でならば我々常人にも十分な対処が可能だからな。開戦当初よりも深海棲艦の戦闘情報も出揃っている」

 

「大型の深海棲艦もいけるんです?」

 

「ああ。深海棲艦には特有の弱点があるらしい。人型をしてこそいるが、船であることに違いはない。北海道の大淀はそう言っている」

 

「んー?」

 

 船であることに違いはない。つまり船と弱点は同じと言うことだろうか。

 ええと……船の弱点って……なんだろう? 私、そこまで軍事に詳しいわけじゃないからな。

 

「下方からの爆破に弱いんだそうだ。水中爆発と地上の爆発ではワケが違うが、それでも下方からの爆破が一番効くらしい。戦車砲の直撃よりも効果的だそうだ」

 

「ほえ~……」

 

「そのため、主に市街地戦で埋設したIED(即席爆発装置)を用いて戦艦級の深海棲艦の撃破にも成功している」

 

「なんや、テロリストみたいな戦い方してますね……」

 

「ま、まぁ、IEDと言っても92式対戦車地雷を利用したものだから……92式単体だと深海棲艦相手にセンサーが作動しなくてな……」

 

 でもそれ結局IEDなんですよね?

 とは言わないでおいた。

 

「んー、でも、そか……下方向からの攻撃が効く、ゆうことは、うちらも魚雷をまっすぐ当てるんやなくて、深海棲艦のまたぐらに叩き付けるように使うた方が効くんかな?」

 

「別にそんなことしなくてもおまえが魚雷当てたら大概一撃で死んでるじゃねーか……」

 

「言われてみればそやね」

 

 でも戦艦水鬼みたいな化け物級になるとそうはいかないからなぁ……。

 そう言う、深海棲艦の弱点みたいな部分の情報は欲しい。

 

「なんか、うちらでも役立つ弱点情報とかないんかな?」

 

「うーん……龍驤からの報告では、深海棲艦の艤装開口部は明白な弱点だそうだ。そこに爆弾を放り込めば、本来一発で撃破不能な深海棲艦でも倒せるらしい」

 

「それが出来るのたぶん龍驤さんだけや」

 

「だろうなぁ……」

 

 艤装開口部って、たしかに一部隙間とか、煙突っぽい穴はあるけども……。

 あそこにピンポイントで爆撃とか普通できないから。龍驤さんがバグキャラなだけだから。

 いや、でも、私は艦載機操ったことないしな……もしかしたら、空母艦娘からしたら意外と出来てしまうのだろうか?

 

「鳳翔さん、実は意外とイケちゃったりするん?」

 

「絶 対 無 理 で す」

 

「せやろな……」

 

 あまりにも力強く断言されてしまった。そのくらい無理らしい。

 

「あ、いえ、爆撃は……ですよ。弓で直接射るなら……」

 

「そうなんかぁ……」

 

 鳳翔さん、弓使う時は普通にバグキャラなんだぁ……。

 

「あれ。ってことは、もしかして、鳳翔さんが弓で深海棲艦倒してたんはそういう?」

 

「ええ、そうですよ」

 

 しかし、それだけで済むような戦闘だったろうか。

 開口部とか継ぎ目とか、そんなレベルではなかった気がするんだが。

 たしかに言われてみると、小型艦が主体で、大きくて軽巡や重巡程度だった……ような気はするのだが。

 それに、5倍強化しているとはいえぶん殴れば倒せる相手だ。

 艦娘パワーで射れば、意外と倒せる……のかもしれない。

 

「あー、さて、話を戻すが……」

 

 そこでリーダーさんがインターセプト。そう言えば作戦概要の話だった。

 

「北海道の戦況は安定している。単純に状況だけ見ると一進一退と言う状況のようだが、意図的な一進一退だ。押した分だけ引いている、と言うのが正しく、意図的な膠着状態だな」

 

「なんでまた?」

 

「攻勢に出て敵を殲滅し切るほどの準備が無いからだ」

 

「なるほろ」

 

「予算が、な……昨年度の防衛費がもっとあれば……」

 

 遠い目をするリーダーさん。準備が無いって武器弾薬そのものが足りないってことね……。

 そうだね、艦娘戦闘団以外にも臨時予算充てられたけど、お金あっても即座に武器も弾薬も手に入んないもんね……。

 

「ま、まぁ、それはいい。そう言った状況のため、北海道への支援は急務ではなく、沖縄に本腰を入れられる。現状、硫黄島防衛は続行の状態だ。空母龍驤との合流には成功」

 

 合流した矢先にあの世に先行してしまったが、戻って来たのでノーカンだろうか。

 

「艦娘戦闘団は硫黄島の防衛を続行し、硫黄島基地の艦娘運用拠点化を終える。ここまでが作戦の第一段階だ。そして、ここまでの作戦なのだが、どうしても君たちを分割せざるを得ない」

 

「まぁ、硫黄島守りつつ輸送護衛は無理やろしね……そやけど、どう分けるん?」

 

「輸送護衛に関しては黒潮ちゃんと皐月ちゃんを予定している」

 

「人選の理由聞いてもええ?」

 

「船速」

 

「あっ、そっかぁ……」

 

 艦娘戦闘団で一番足が速いのは疑いようもなく皐月であり、次点で私である。

 天ねーが目いっぱい飛ばしてた時も、実は多少ながら余裕があった。もう1割くらいはスピードアップ可能だ。

 鳳翔さんは割と常識的な速度しか出せないらしく、私たちより確実に足が遅い。

 

「エアカバーが無い件に関してはどないするん?」

 

「海自は虎の子のイージス艦を総動員するそうだ。イージス艦の防空能力ならば敵航空機に対処可能だ。君たちは水上艦型深海棲艦への対処に専念してもらう」

 

「え? イージス艦ならいけるん?」

 

「可能だそうだ」

 

「そうですね。イージス艦の能力なら十分可能でしょう。ファランクスで5インチ砲弾の迎撃に成功したという試験もありますし、5インチと言うと13センチ程度ですから、深海棲艦の艦載機よりも小さいくらいです」

 

 鳳翔さんがそんなトリビアを紹介してくれた。なるほど、それならいけそうだ。

 航空機と砲弾なら100%砲弾の方が速い。それなら楽勝だろう。

 

「だが、イージス艦は空の対処は出来ても水上の対処が不可能と言っていい。サイズが小さすぎて砲の俯角が足りない。そのため、そのあたりは君たちにかかっている」

 

「任せとき」

 

「うん! まっかせて!」

 

 胸を張って頼っていいんだよ! みたいな仕草をする皐月。

 はぁ~、可愛い~。艦娘戦闘団の可愛い最強格~。なお戦闘力も最強格の模様。

 

「天龍ちゃんと鳳翔さんは硫黄島防衛のために残ってもらう。戦闘になれば厳しい戦いにはなると思うが……」

 

「任せとけ。みんなが帰って来るまで、キッチリ守っておいてやるよ!」

 

「ふふ、お任せください」

 

 ところで、鳳翔さんだけさん付けなのは突っ込むべきところだろうか?

 

「現状はこんなところだろう。疲れているだろうところをすまなかった。以降は翌0700まで自由にしてもらって構わない。ただ、戦闘詳報については夕食までには提出するように頼む。基地内からも出ないようにな」

 

「は~い」

 

 そう言えばそんなものもあった。テンプレート化してあるので、起きたことを書けば大丈夫! とは事前に言われているが。

 まぁ、後でみんなで顔を突き合わせて書いてみるとするか。

 

「それから、基地の厚意で風呂を準備してあるそうだ。基地隊員の使用時間までは自由に使って構わないそうだから、潮を落としてサッパリしてくるといい。それでは解散」

 

 お風呂! それはいい!

 私のみならず、みんな顔を輝かせている。

 やっぱり海風に晒されると、髪がギシギシ言うからね。

 これはもう早速入らねば。

 

「天龍、早速お風呂いこや!」

 

「おう。背中流しっこしよーな」

 

 なんて、子供っぽいようなことを言う天ねー。

 それが、もう自分1人では背を満足に洗えない私に対する気遣いだと分かる。

 分かり難いこともあるけど、そう言う優しい人なのだ。

 

 私たちはうきうき気分で浴場の場所を確認して向かうのだった。

 



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つかの間の休息

 私は風呂が大好きだ。前世でも好きだったが、今世ではもっと好きだ。

 たとえ怪我の影響で発熱してようが、満を持して風呂に入ろうとするくらいに好きだ。

 入浴で血流よくなったらもっと痛くなると分かっていようが入りたいと思う程度に好きだ。

 ボクシングで稼げるようになったら、まず自宅の風呂を檜風呂にしようと思ってる程度には好きだ。

 なおこの夢を語ったら、天ねーにおっさんみてぇ、と言われた模様。

 

「天龍にうちの風呂は貸したらんからな」

 

「いきなり何の話だ」

 

「うちが家の風呂を檜風呂にしても入れたらん言う話や」

 

「ああ……前にンなこと言ってたな。別にいいよ、自分ちの風呂入るから」

 

 まぁ、お隣さんだからそうなるな。

 そこで、服を脱いでいた皐月が疑問気な顔をする。

 

「天龍さんと黒潮って、艦娘になる前から知り合いなの?」

 

「そやよー。うちが0歳、天龍が1歳の時からの古なじみなんよ」

 

「だから仲いいんだ~」

 

「ま、気付いたら傍にいたような関係だからな。黒潮は妹みてーなもんだよ」

 

「そやねぇ、天龍はうちの姉やんなんよ」

 

 龍田が居たらブッ飛ばされそうなことを言う。

 いや、意外とイケるだろうか。龍田も私の姉やんになるのだろうか。

 龍田は私の姉になってくれるかもしれない女性だ。

 

「まぁ、風呂入りながら昔話でもしてやるよ」

 

 なんて言いながら天ねーが服を脱ぐと、ブラジャーに覆われた胸が露になる。

 相変わらずだっさいデザインのブラジャーつけてる。でかすぎてダサイのしかないんだって。

 そのブラジャーも外すと、もうとにかくでかいのが露になる。でかい。でかすぎる。

 

「うわぁ……」

 

 皐月が天ねーの大変立派な乳を見て羨ましそうな声をあげる。わかる。

 でかいよね。でかいのに張りがあって、上向きなんだよね。あれ日本人の乳じゃないでしょ。

 エロ漫画みたいだし、外国人みたいな胸の形してるんだよね。なんなんだろね、あれ。

 

「うわっ、くすぐってぇ! なにすんだよ黒潮!」

 

「いや、なんや、ほら、目障りやから、切り取り線」

 

「怖っ!?」

 

 思わず天ねーの乳にカラーリップクリームで切り取り線を書いてしまう私。

 ちなみにこのリップは天ねーからのプレゼントをリピートしている。お気に入りだ。

 

「ほんまに何喰うたらこんなでかなるの」

 

「普通のもんしか食ってねーよ!」

 

「これサイズなんぼなん。うわ、マジでデカい。皐月っちゃん、これ被ってみ」

 

 天ねーのブラジャーを手に取り、皐月の頭に被せてみる。

 

「うわぁ、これもう帽子だよ。おっきい~」

 

「ええと……H75……うそやろ……」

 

 こんなエロ漫画みたいな体形の人間が実在して許されるというのか……。

 H75自体は居るとは思うが、あのすげー形した胸かつ、腹回りも尻回りもきゅっとしまった胸だけ大きい人間とかまずいないぞ……。

 

「俺のブラで遊ぶな!」

 

 天ねーにブラジャーを引っ手繰られる。

 

「だいたい、黒潮だって言うほど小さくねーだろ! サイズは……」

 

「普通のやとC70やけど」

 

 滅多に使わないが、一応ノーマルタイプのブラも持っては居る。ほんとに滅多に使わないが。

 基本的にスポーツブラジャー以外の世話になることが無い。毎日トレーニングしてたし、しない時は寝てばっかりなのでナイトブラをつけっぱなしである。

 

「Cカップあるなら十分でかいだろ」

 

「Hカップの化け物が言うと説得力が欠片もないな」

 

「化け物扱いかよ……」

 

 自覚しろや。H75ってトップバストで言うと103センチはあるからな。メートルだぞ、メートル。

 なんて話していると、皐月が自分の胸をぺたぺた触りながらおずおずと尋ねてくる。

 

「あ、あのさ、ボクもそろそろブラジャーって使った方がいいのかなぁ……?」

 

「んー」

 

 皐月の胸をしげしげと眺める。

 

「トップが目立ち始めた頃やから、まだやない? とりあえずカップ付きキャミとか使うたらええよ。持って……ないよなぁ。うーん……ジュニアブラって特殊やからなぁ」

 

 皐月の様子からして、ほんとに胸が膨らみ始めたばかりと言う感じだ。

 この頃だと、敏感になり出すバストトップを刺激から守るハーフトップタイプのブラが適性。

 あとは、ジュニア向けのカップ付きキャミソールとか。

 

「そうなの?」

 

「そうなんよ。ほんまにブラジャーって感じのヤツでも、ジュニア用とアダルト用って色々と違うんよ。ワイヤーがやーらかいやつやったりしてな」

 

 私が使ってるのもそうである。と言っても、私は先ほど言ったとおりにほぼスポーツブラなわけだが。

 

「まぁ、買い物とかいける機会あったらいっしょに行こか。うちも靴下とか買い足したいし」

 

「あー、俺もだな。スパッツ買い足してぇ。そのうち破れそうだ」

 

「そやね……うちもスパッツ買おかな。皐月っちゃんも買おな」

 

「う、うん! そうだった、ボク、艦娘になったからお給料もらえるんだもんね!」

 

 嬉しそうに笑う皐月。かわいい。

 

「えへへ、可愛い服とか買ったりしてみようかな」

 

「あ、可愛い服とかうちにアドバイス求めたらあかんよ。うちファッションセンス無い」

 

「いや、黒潮は結構センスあると思うけどな……俺の方がよっぽど無い」

 

 私はどっちかって言うと、前世の経験から男目線で可愛く見える服を選んでるだけなので、センスがあるというのとは少し違うと思う。

 いや、男受けのするファッションを考えることが出来ると言うと、やはりセンスがあるというべきなのか……。

 

 そんなことを話してるうちに全員全裸になって浴場へ。

 

 まず、体を洗う。公衆浴場みたいなものだから、マナーとして。

 お湯を汚すのはいけないので、ちゃんと体を洗ってから入る。当然のことだ。

 

 天ねーに背中を流してもらい、ついでに髪も洗ってもらう。

 ちなみに、シャンプーは本土で買ってきたものだ。

 輸送機の方に私たちの荷物を積んであったのよ。カバン1個分だけだけどね。

 

「ふあぁ~……沁みるぅ~」

 

 そうしたらお湯に浸かる。最高だ。ちょっと熱いけど。

 屈強な自衛官たちには適温なのかもしれない。

 

「あ~、最高だな……」

 

 天ねーも心地よさそうにしている。そして水に浮く天ねーの乳。

 いつ見てもすげーとしか感想が出てこない。

 

「そういえば……あー、天龍はいつものシャンプーやないんやね」

 

 うちの家族は無事だと聞いているが、天ねーの家族は、と聞こうとしたところで思い直す。

 皐月と鳳翔さんの家族がどうなのかは聞いていないし、聞けないだろう。迂闊な話題を出すわけにもいくまい……。

 

「ああ、売ってなかったんだよ。しょうがねぇよ、あれでかい薬局じゃねーと売ってねぇから」

 

「そやねぇ……うちのシャンプーはコンビニでも売ってるけど、天ねー珍しいの使っとるしなー」

 

 私の場合、チートの影響で髪の毛が死ぬほど頑丈である。

 そのため、薬効なんかでシャンプー選びに拘る必要が薄いのも影響してる。

 天ねーは肌が弱いので、下手なシャンプーを使うと首筋なんかが荒れてしまうらしい。

 

「ちなみに、皐月っちゃんはシャンプー何使ってるん?」

 

「ボク? 石鹸だよ」

 

「えっ、石鹸」

 

「うん。牛乳石鹸でね、髪の毛を洗うんだ。それで、髪の毛を洗ったらお酢でリンスするんだよ。ちょっと重たい感じになるけど、ボクにはそれがあってるんだ」

 

 ああ、そう言う理由か……びっくりした。

 たしかにお酢シャンプーは意外と具合がいい。私も試したことがある。ただめんどい。

 天ねーも一時期やってたが、やっぱめんどかったらしくて幾つか変遷を経て今のシャンプーだ。

 

「なるほどなぁ……うーん。ちなみに、鳳翔さんはなに使っとるん?」

 

「私ですか? 私は無印良品のエイジングケアシャンプーを使っていますよ。私、少し猫っ毛なので」

 

 今まで天ねーの乳を無表情でずっと見つめていた鳳翔さんに尋ねる。

 すると、いつも通りに朗らかな表情に戻って応えてくれた。

 

「ほへ~、なんか、見た目の印象通りと言うか。なんやこう、派手な感じのCMやっとるシャンプー使ってそうに無いな……って感じするわ、鳳翔さん」

 

「分かる」

 

 天ねーが同意してくれた。皐月も頷いている。

 

「どういうことなんでしょう……」

 

 鳳翔さんは苦笑気味である。でもなんかそんな感じなんだよ、本当に。

 

 

 お喋りしながらお風呂を楽しんだが、のぼせそうなので程々のところで上がった。

 やはりお風呂の適温は39度……ゆっくりじっくり浸かるのにはそれくらいがちょうどいい。

 ただ、あんまり長湯はダメだぞ。皮脂が流れちゃって、肌が乾燥するからな。

 

「牛乳でも売ってればええんやけどな~」

 

「ますますおっさんくせぇ」

 

「なんやとぉ。もっと洒落たもん飲め言うんか」

 

 風呂上がりに飲む洒落たもんってなに……ハーブティーとか?

 でも私はやっぱり冷たい牛乳飲みたいぞ。もっと身長だって伸びるハズなんだ……。

 ぶっちゃけもうほぼ伸びないだろうなって分かってるけど、それでも希望に縋りたいんだ。

 

「さて、と。サッパリしたし、ちゃちゃっと戦闘詳報書きまっか~」

 

「黒潮、写させてくれ」

 

「うちの写したら戦闘詳報かみ合わんやろ……宿題ちゃうんよ?」

 

 戦闘詳報をなんだと思っているのか。

 そんな会話をしながら移動し、急遽割り当てて貰った部屋で戦闘詳報を書く。

 左手で書かざるを得ないので、とてもやりづらい。ミミズがのたくったような字ですまぬ。

 戦闘詳報自体はテンプレート化されてるので、何が起きた、何をした、何を使った、を書くだけで楽ちんだ。

 これなら小学生にだって十分書けるだろう。

 

「思ったより難しく無かったな」

 

「なんでうちの部屋で書いてるか聞いてもええかな」

 

「分かんないところあったら黒潮が教えてくれんだろ?」

 

 などとのたまう天ねー。学校の勉強もその調子で聞くから困る。本来私が年下だぞ。

 文系方面ならともかく、理系方面はさっぱりだから高校授業は聞かれても困るのに……。

 前世で習ったとは言え、感覚的に言うともう20年以上前だ。殆ど覚えてない。

 

「ねぇねぇ、黒潮。これでいいかな?」

 

「ああ、うん……」

 

 そしてなぜか普通にいる皐月。一応確認するが、問題ないようだ。

 いや、時速300キロ超で現場に急行したとか、12サンチ単装砲で戦艦を撃破したとか正気の沙汰とは思われぬことは書いてるが、事実だ。

 

 戦闘詳報をパパっとリーダーさんに提出し、後は明日まで自由時間。

 鳳翔さんは入れない場所以外を歩き回って見学するとのこと。

 天ねーは昼寝、皐月は買いたいものリストの作成をするとか。

 

 で、私。私は工廠まで来て、妖精さんの作業を眺めていた。

 元々航空基地として妖精さんが勝手に改修していたからか、艦娘戦闘団の基地とは違って航空機がたくさんある。

 

 妖精さんたちは私の義手の再作成に加え、艤装の修理。鳳翔さんと天ねーの艤装の整備もある。

 なかなか大変なのか、てんやわんやの作業だ。私もちょっと手伝った。

 

 なにしろ妖精さんって掌サイズだからね。人間ならちょいと手で持ち上げるものもクレーン使って動かす必要がある。

 私はクレーン代わりにあれ持ったりこれ持ったりと言ったような雑用だ。

 あばらに響くんであんまり重いものはクレーン使ってもらったが。

 

「黒潮さーん」

 

「なんやー」

 

 そちらを見ると、私の艤装の妖精さん。

 

「よびのけんはなんほんいります?」

 

「そやねぇ。まぁ、合計3本あれば前の作戦の時も困らんかったんとちゃうかなぁ」

 

 たぶんだが、それくらいあれば困らなかったと思われる。

 

「わかりました。それと、かれらが黒潮さんのさいすんをしたいそうです」

 

 そう言って妖精さんが示したのは、ねじり鉢巻きの妖精さん。

 腕組みをして、黒の前掛けをつけている。うーん、ラーメン屋の広告かな?

 ラーメン屋の広告の腕組み率は異常。

 

「うちの採寸? なにか作るん?」

 

「黒潮さんせんようのけんをつくります。わたしたちとうこうようせいにおまかせください!」

 

 とうこう妖精……とうこう……? あ、刀工?

 

「刀鍛冶の妖精さんなんかおるん?」

 

「いますよ。ほんもののかたなかじです。ぐんとうのせいぞうにきょうりょくしていたひとたちなんですよ!」

 

「なるほろ……なる、なるほろ? うん?」

 

 軍刀? 艦娘に要るか? たしかに刀使ってる子はいたが……。

 そんなこと考えてるうちに、わらわらと妖精さんに群がられて採寸される。

 採寸と言っても、足の長さや身長、腕の長さと言った部分が主だ。

 

「データはぎしゅのさくせいチームにもまわしてあげてくださいね」

 

「がってんです。黒潮さん、ほかのデータもとらしてください」

 

「はいはい」

 

 その後、あれ持ってこれ持って、これ振り回してみろ、こっちもやってみろと散々データ取られた。

 その都度、にんげんじゃない……と人間じゃない妖精さんに驚嘆されたりしつつ。

 そんなことやってたら余計に熱出て来たが、解熱能力5倍強化で抑え込んだ。

 

「すごいですね。ちょっとなみじゃないごうけつですよ」

 

「ふつうのかたなだとぎゃくにあしかせですね」

 

「せんようのけんとはいいましたが、ふつうのぐんとうのちょうせいでイケるとおもってたのですが……」

 

「ここまでくるとほんとうにせんようのけんのせいぞうがひつようですね」

 

「わんりょくもすごいのですが、たいかんをいじするきんにくもすごいです。だいとうもへいきでふりまわすなんて」

 

「とはいえたいじゅうはふつうです。それにたいかくがたいかくですので、ながすぎるかたなもよくありませんね」

 

「となると、ぶあつくてがんじょうなものにしたほうがよさそうです。いっかんめくらいのかたなでもよさそうでは?」

 

「なみのかたな4ほんぶんですか。いけそうです。じゅうしんのちょうせいがむずかしそうですね」

 

「おもさをくわえるほうこうでちょうせいできるのでは? トップヘビーぎみだとあつかいがむずかしいかと」

 

「かたなのとりあつかいはなみですしね。あつかいやすくてがんじょうでぶあつい、こういうかんじです」

 

 なんて喧々諤々、意見を交わし合う妖精さん。

 うーん、専用装備。なんとなく滾るものがあるな。

 

「うちはもうよさそうなんで、ここらでおいとまするわ~」

 

「はーい。あっ、黒潮さん、天龍さんにことづてをおねがいします」

 

「うん? なになに?」

 

「天龍さんのかたなもちょうせいしますので、あとでじかんをつくってここにくるようおねがいします」

 

「はいな~」

 

 天ねーの刀も調整するのか。まぁ、天ねーちょっと使い難そうにしてたしな、あの刀。

 柄が短いし、重心が独特らしい。天ねー剣道しかしたことないから竹刀と木刀以外握ったことないしな。

 天ねーに伝えたところ、すっ飛んで行ったので、そのうち新生天龍剣を見れることだろう。

 

 

 

 工廠で雑用したりなんだりかんだりした後、夕食。

 輸送機には私たち以外にも物資を積載していたので、久方ぶりに豪勢な食事なんだとか。

 基地に居た人数が少なかったから辛うじて間に合ったようなものとのことらしいが。

 ちなみにメニューはカレー。別に今日は金曜日ではないが、みんな大好きらしい。

 右手が使えない都合上、食事に難儀するのでスプーンを使うカレーはありがたいところだ。

 

「これが、本物の自衛隊のカレー……! おいしいですね!」

 

 ちなみに鳳翔さんが一番はしゃいでた。鳳翔さんが楽しそうでなによりです。

 私たちもカレーに舌鼓を打つ。アルマイトの皿に載ったカレーは自衛隊と言うより学校給食味のある外見だ。

 味は美味。カレールゥを使ったのとはまた別の味がするので、カレー粉を使って作ってるんだろう。

 サラダやらっきょう、福神漬けと言った付け合わせも充実しているので、これは余裕で金取れる出来栄えだな。

 

「海自のカレーは艦ごとにレシピがあるんですよ。これは硫黄島基地の伝統レシピなんでしょうか?」

 

 なんて鳳翔さんのうんちくを聞きつつ、大満足のカレーを食べ終える。おいしゅうございました。

 周囲にいる自衛官たちも、久し振りのカレーなのか大層嬉しそうに食べていた。

 サラダはまたしばらく食べれないから、しっかり味わっておくように、なんて食堂からのお触れも。

 生鮮食品も積んでたけど、日持ちしないからさっさと使ってしまったらしい。

 

 ちなみに、自衛官はあんまり話しかけてこない。

 仕事が忙しいのもあるけど、年若い女の子にどう話しかけたらいいか分かんないというのもあるそうだ。

 情報ソースは塩田さん。

 

 食事後はやることもないのでさっさと寝る。

 明日の朝7時に集合とのことだが、起床ラッパは6時に鳴る。

 それで起きなければいけないわけではないが、起きないとなんとなく居心地が悪い気がする。

 ので、6時前には起きて、身嗜みを整えて、6時になったら部屋から出るという生活スタイルになるので早く寝なきゃなのだ。

 女の子は身嗜みに時間がかかるんですのよ!

 

 私たちは個室を割り当てて貰っているので、各々部屋に戻り……。

 

「で、なんでうちの部屋に集合してるんか、聞いてええかな」

 

 8時じゃないが全員集合してる面々を椅子に座りながら詰問する。

 

「着替えとか大変だろ。朝に手伝ってやろうと思ったけど、部屋から出るのアレだしな。いっしょに寝りゃいいだろ」

 

 天ねーはそう言う善意のお申し出らしい。ありがとう。

 

「えと、ボクはちょっと1人で寝るのさびしくて……院だと1人部屋じゃなかったし……」

 

 皐月かわわぁ~! ゆるす!

 

「な、なにかいます。いるんです」

 

 そして最後に顔色の悪い鳳翔さん。何かって何よ。

 宿舎の部屋の前に水入りペットボトルを置いてることが関係あるんだろうか。

 猫避けかな、と思ったがよく考えたら猫なんかいないし。猫が居ない、素晴らしい。

 

「よう分からんけど、うちのベッドは満員御礼言うことやな。はぁ~、モテモテで困っちゃうわ」

 

 まぁ、ベッドではなくて布団なのだが。私たちに割り当てられてる部屋は元々4人用の部屋だ。

 それを1人1人に割り当てているので、部屋のスペースも寝具も余裕がある。

 なので寝具を敷いて、みんなで雑魚寝である。

 

「なんか修学旅行みてーでちょっと楽しいな」

 

「ふふ、お菓子の持ち込みが出来なかったのがちょっと残念ですね」

 

「修学旅行か~。ボクまだ行ったことないんだ」

 

 皐月に小学5年生疑惑出て来たんだが、大丈夫か?

 いやでも家庭の事情で修学旅行行けなかった可能性もあるし……。

 

「修学旅行かぁ。こん戦いが終わったら、みんなで旅行でも行きたいなぁ」

 

「いいな。どこ行くよ? 俺、北海道でカニ食いてぇ」

 

「ええねぇ、北海道……」

 

「ボクはディズニーランド行ってみたいなぁ」

 

「ディズニーランドもええね。あそこほど金かかる遊び場も早々無いけど、うちらは年収1億円やぞ」

 

 ちなみに給与体系が気になって詳しく確認したが、正確には年俸1億円扱いらしい。

 それを16分割して支払う形になるそうだ。夏冬のボーナスが2か月分+毎月の支給と言うこと。

 ありがたいことに額面1億円ではなく、手取り1億円になるように調整してくれてたりする。

 毎月約600万円の給料と言うことだ。すごい好待遇だな。

 

「鳳翔さんは?」

 

「私は京都でしょうか……修学旅行先が沖縄だったので、行ったこと無いんです」

 

「ほえ~、そうやったんかぁ」

 

 ちなみに私は中学の修学旅行が奈良だったので、実は京都は行ったことない。

 天ねーの通う学校の修学旅行は北海道で、私も進学する予定なので楽しみにしてたのだが。

 

「京都か。寺がいっぱいあるんだよな」

 

「限りなく認識が雑~」

 

 まぁ、私も似たようなもんだが。あそこは坊主と寺がいっぱいあるんだろう?

 寺生まれのTさんだっているに違いない。

 

「楽しみやねぇ……みんなで旅行。龍驤さんと、北海道にいるらしい大淀さんとも、いっしょにいけたらええなぁ」

 

 そんな他愛もない話をしながら私たちは眠りについた。

 希望は忘れていないし、未来への約束はたしかなものにしたい。

 私たちはなにも諦めてなどいないのだから。

 



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残留組の話

本作に太平洋戦争の死者を侮辱する意図はありません
本作はフィクションです


 翌朝、黒潮と皐月が機上の人となり本土へと戻っていく。

 とは言え、輸送艦隊と共に出航。硫黄島にまた戻って来ることとなるが。

 

 一方、硫黄島に残った天龍と鳳翔。

 天龍は妖精たちと入念な調整を行っていた。

 

「すげぇよなぁ、これ」

 

 夜を徹しての突貫作業で幾つも作られた刀。

 そのうちの1つを天龍は手に取って眺めていた。

 

「げんだいのはがねでさくとうしたかたなです。くろうしました」

 

「CV-134というらしいです。さびやすいので、かんむすにはむかないかも……」

 

 妖精たちは基本的に知識が古い。

 妖精たちはかつて存在した、第二次大戦期の人間たちの魂が核となった存在だ。

 人間としての記憶があるわけではないが、知識と技術はたしかに継承されている。

 そのため、現代の鋼は詳しくないし、現代になって実用化された工作方法も知らない。

 それらを急ピッチで学習して活かそうとしているが、それが刀に表れていた。

 

「こっちはあおがみというたんそこうです。とてもよくきれますが、やっぱりさびます」

 

「たいせいこうとうのせんもんかもいますが、たいせいこうはあつかいがむずかしくて……」

 

「オーステナイト・フェライトけいという、にそうけいのステンレスがよいとおもうのですが、どうでしょう?」

 

「いや、鉄のこと言われても分かんねぇよ……切れ味はそこまでなくてもいいけど、やっぱ頑丈で錆び難いのが一番だな。手入れの仕方なんかわかんねーし」

 

 天龍は剣道をやっていたが、日本刀なんて触ったこともない。

 当然、取り扱い方も分かっていない。そこをクリアしてくれればなんでもいいとすら思っていた。

 

「やはり、天龍さんにはぐんとうですね。キチッとしたかたなはだめです」

 

「そうですね。ていれしなんしょなんてばかげたもんをかくつもりもないです」

 

「せんちでかたなのげんみつなていれなんかできるわけないのです。どろみずにつけて、そのままさやにいれてもさびないかたながさいきょうです」

 

 あーだこーだとどれがいい、これがいい、あれがいい、と妖精さんは激論を交わす。

 切れ味だけなら炭素鋼がいい。だが錆びる。手入れが難しくて扱い切れないだろうと。

 錆びないならステンレス鋼がいい。しかし加工が難しい。それでも炭素鋼よりずっとマシだ。

 ステンレス鋼だと刃紋が出ない、刃紋なんかどうでもいい切れ味と耐久性だと喧嘩まで始める始末。

 

「ちなみにこれがたいせいこうのかたなのしさくひんです」

 

「なんでこれ茶色いんだ?」

 

 やけに茶色い刀を手にした天龍。特にそれ以外に問題点があるようには見受けられないが、妙な色である。

 

「ステンレスはやきいれが……むずかしい……」

 

「やきいれミスると、なぜかちゃいろになります。まぁ、しさくですので、ほんばんはちゃんとしたのをよういします」

 

「でも、バネのようによくしなるので、めったにおれませんよ!」

 

「かんれいちたいせいもばつぐん! それはオーステナイトけいなので、マイナス196℃でも8わりのきょうどをほしょうします!」

 

「ちなみにこっちのフェライトけいですと、マイナス40℃で2わりのきょうどです。これはほっかいどうにもってっちゃだめです」

 

 あらゆる鋼にまつわる問題であるが、低温脆性と言う低温環境下での脆さが金属にある。

 炭素鋼はマイナス0℃以下の環境で使ってはならないと言われるほどである。

 対して、ステンレスは種類にもよるが、マイナス40℃の環境でも殆ど強度低下を起こさないものがある。

 

「へー……よく分かんねーけど、これなら北海道に持ってってもいいんだな?」

 

「はい! こんごもしさくをかさねますので、もっといいものをつくってみせますよ!」

 

「たんそこうのかたななんぞとはちがいます!」

 

「なんだときさま、たんそこうのかたなこそきれあじにてさいりょう!」

 

「そうだそうだ、たまはがねでうちきたえたかたなこそしこう!」

 

「それはちがう」

 

「なにいってんだこいつ」

 

「たまはがねとかはなしにもならん」

 

「きさまらおもてでろ!」

 

 そしてまた喧嘩が始まる。

 

「……あいつらはなんで喧嘩なんか始めてんだ?」

 

「とうこうようせいにもはばつがありまして。じつよういっぺんとう、たいせいこうのかたな、ステンレスとうがさいきょうというもの」

 

「ああ、これ作ったやつらだよな」

 

 天龍の艤装についている天龍似の妖精の解説に、天龍が手にした刀を持ち上げる。

 

「ですです。きれあじとたいりょうせいさんのりょうりつがかのうな、たんそこうのかたな、いわゆるぐんとうがさいきょうというもの」

 

「戦争で使うってなると、たくさんねぇと話になんねーしな」

 

「にほんこらいのさくとうほうほう、たまはがねをうちのばしてつくるにほんとうこそがさいきょうというもの」

 

「ああ、なんか聞いたことあるな。玉鋼っつー鉄で作んねぇと日本刀にならねえとか……」

 

「そうです。でも、たまはがねはあつかいにくいてつですので」

 

「そうなのか?」

 

「それはちがいます! たまはがねはうちのばすのにさいてきなてつです! うちのばしてつくるかたなにはむいています!」

 

「うちのばさなくてもすむげんだいのはがねのほうがらくでは?」

 

「なんならスプリングこうはけずってやいばをつけるだけでよゆうでぐんとうなのですが?」

 

「ベイナイトこうをたんぞうしようとしてだいなしにしたあほがなにかいっておりますね?」

 

「むきぃー! きさまらおもてでろ! わたしのつくったにほんとうのさびにしてくれる! ぐえっ」

 

「あー、かたなむりにもとうとしてまーたつぶされてますよ」

 

「なんかいやらかしたらがくしゅうするんでしょう」

 

 どうやら刀工妖精の中で玉鋼派は弾圧されているらしい。

 でも喧嘩する様子とかが可愛かったので、天龍はもうちょっと見ていたくなった。

 

「よく分かんねぇけど、俺は錆びない耐錆鋼の刀の方がいいな」

 

「おおー! おめがたかい!」

 

「やはりたいせいこうのかたなこそパーフェクト」

 

「がんばればはもんだってだせます。天龍さんにはかねながのだいさくにまけないものをごよういしますよ!」

 

「たのしみにしててくださいね!」

 

「むきー! りくじょうでつかうならたんそこうだっていいはず! ていれはわれわれがする!」

 

「それはそれでありなのでは。いまのところせんぞくしょくにんみたいなものですし」

 

「ということはやはりたまはがねのかたなだって!」

 

「まずたまはがねてにいれてからいえというはなしです」

 

「せいさんりょうへっててろくにてにはいらんものをあてにできないです」

 

「むきぃー! いまからたたらをつくる! ものどもつづけ!」

 

「さてつどこからとるのでしょう」

 

「しっぱいさくのかたなをいつぶすのでは」

 

「それたまはがねといえるのですか」

 

「さぁ、きょうみないです」

 

 努力の方向音痴を始める玉鋼派の妖精さん。

 そしてそれを華麗にスルーし出す軍刀派閥の妖精さん。

 ちなみに、耐錆鋼と炭素鋼で分かれているが、どちらも軍刀派閥ではあったりする。

 軍刀派閥と玉鋼派閥が対立しているのだ。

 

「ところで天龍さん」

 

「おう、なんだ?」

 

「黒潮さんのかたなをみていただきたいのですが」

 

「俺が? 見るのは構わねぇけど、あいつ向けの刀でなんか分かるかな……」

 

 と言いつつ、天龍は黒潮専用と言う触れ込みの刀を見ることにする。

 

 案内された先は、熱気に満ち満ちた部屋だ。

 まるでこの部屋だけが真夏のような熱気に満ちている。

 冬場であっても暖かく過ごし易い硫黄島の空気よりも遥かに熱に満ちている。

 

「あちぃな……」

 

「ごめんなさい、ねつしょりじょうなので。いまあがったばかりのいっぴんですよ」

 

 そう言って妖精が指し示したのは、巨大な刀だった。

 巨大とは言うが、長さ自体はそれほどでもなく、天龍の受け取った刀よりも短い。

 巨大なのは、刀そのものの分厚さと、横から見た場合の長さである。指3本分もあるだろうか。

 

「ちょっとみじかめですが、黒潮さんのりょりょくにあわせたかたなです。けさうちあがって、ついさっきねつしょりがおわりました」

 

「ふうん。刀ではあるんだな。って、重いな」

 

 持ち上げてみると、ずっしりと腕に来る重さがある。

 持てないというわけではないが、振り回すのはかなり困難が伴う。

 天龍の家にあった、素振り用の木刀よりも格段に重い。

 家にあった1.75キログラムの素振り用木刀の倍近いだろうか。

 

「4.2キロあります。かなりのごうけつでないとふりまわせません」

 

「ふうん……」

 

「とにかくがんじょうさをゆうせんして、ざいしつもねばりづよさをゆうせんしました。そのかんけいでステンレスはつかわなかったのですが」

 

「そうなのか」

 

「ただ、できあがってからわかったのですが」

 

「わかったのですが?」

 

「みためがぜんぜんうつくしくありません」

 

「どうでもよくねぇか……?」

 

 たしかに、やたらとデブに見える刀で外見的に惹かれるものはまるでないのだが。

 刃紋にこだわる妖精のようなことを言い出しているが、それは重要なのか。

 天龍にとってはそう思えてならないのだが、妖精さんは違うらしく、首を振る。

 

「もちろん、せっぱつまったじょうきょうならわたしたちもだきょうするのですが」

 

「するのですが?」

 

「そこまでせっぱつまってよういしなくてもいいので、ならもっとがいけんこだわろうかなって」

 

「ああー……」

 

 硫黄島から本土までは約1200キロ。一朝一夕で帰って来れる距離ではない。

 C-1輸送機で本土に戻り、車で横須賀に戻り、それから出航するとのことで、出航予定時間は翌朝の0600時となっているらしい。

 そこから早めに見積もっても20ノット毎時程度が限界だろうから、最低でも帰って来るまで丸2日は掛かる。

 そして基地に戻って、拠点化完了までここで過ごすことになるので、時間的猶予はそれなりにあるのだ。

 仮に間に合わなくても、以前の天龍剣を量産して誤魔化せるし。刀工妖精は職人気質なのだ。

 

「まぁ、なんだ、要するにだ、刀でこれじゃ見た目が美しくねぇってことだよな」

 

「はい。もっとながくすればいいのですが……しかし、かたなというのはしんちょうにあわせるものなので、これいじょうながくするとあつかいにくく……」

 

「じゃあよ、こういうのはどうだ?」

 

 言って、天龍が取り出したのはスマホ。現在の最新鋭のiPhone、iPhone5だ。

 それを操って見せたのは、天龍が愛好するゲームの主人公の画像だった。

 

「こいつの持ってる剣とかどうだ」

 

「ううーん? かたばのけんですね。なんでしょう、みたことないタイプのけんです。しりょうとしてせいようのけんなんかもみしっているのですが……とんでもなくぶあついサーベルでしょうか」

 

「え、いや、剣の種類は知らねぇけど。分厚くて見栄えがする剣にするなら、こういう感じじゃねえか?」

 

「なるほど、われわれにはなかったはっそうですね……スケッチとらせてもらっても?」

 

「いいぞ」

 

 どうせ電波が入らないので、持ってきた意味もロクにない代物である。

 しいて言えばカメラなら使えるが、機密事項もあるので撮影禁止とのことで撮影防止テープが貼られているのでカメラとしても使えない。

 

「うーん、ほんとうにぶあついけんですね。おもさでおしきるかんじですか」

 

「あいつ腕力は超一流だからな。それに、砲弾を弾き飛ばすこともあるから分厚さがあった方がいい」

 

「なるほど。これをさんこうにしてみましょう。ありがとうございます、天龍さん」

 

「なに、いいってことよ」

 

 これで悪魔も泣きだすような剣をリアルでお目にかかれるだろう。

 天龍は満足げに頷き、妹分を悪魔も泣きだす深海棲艦狩人に仕立て上げる算段を立て始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍驤はベッドの上で今は静かに憩っていた。

 あの世に召されかけたこともあったが、川の向こうにいる自衛官に威嚇射撃で追い払われた。

 いくらなんでも威嚇射撃はやり過ぎやろ! と怒鳴ったところで、ベッドの上に転がっていたのである。

 

「ふわぁ~……なんぼでも寝れる。目ぇ溶けてまうわ」

 

 寝溜めは出来ないってなんかで見た気ぃがするんやけどなぁ~、なんて呟きつつ、龍驤は医務室のベッドを転がる。

 疲弊した内臓類の疲労が抜けるまでは医務室で安静にしていろとのことだが、やることが無い。

 ちなみに、外の哨戒は自衛官がUH-60Jなどを用いて行っており、艦娘は基地内で待機である。

 

「ふわぁ~あ……おう、朝も早よから気張っとるな~」

 

 ふと窓の外を見やれば、訓練をする自衛官たちの姿。

 迷彩柄の野戦服ではなく、緑がかった茶褐色の服装だ。

 なぜかは知らないが、迷彩柄の野戦服を着た自衛官と、緑がかった茶褐色の服装をした自衛官が居るのだ。

 特に尋ねたことは無いが、部隊が違うとかそのあたりが理由だろう。ちなみに後者の方がめちゃめちゃ多い。

 

「そやけど、違う服の自衛官の人らが交じって訓練しとんの見たことないな」

 

 夜中に外で歩き回っていたりするのも大抵は茶褐色の自衛官だ。

 不思議だな~、と思いながら訓練風景を眺めていると、医務室のドアが開く音。

 

「失礼します。あら、龍驤さん。起きてらっしゃったんですね」

 

「鳳翔さん。なになに? うちのお見舞い? うちメロンがええな」

 

「あらまぁ、現金な人ですね。リンゴを持ってきたので剥いてあげますね」

 

「やりぃ。リンゴなんて久し振りや」

 

 メロンじゃないのは残念であるが、冬場なのでリンゴが美味しい季節だ。

 まぁ、硫黄島にいると気候が暖かなので、9月とか5月とかかと感じるのだが。

 

「ところで、なにを見てらしたんですか?」

 

 窓の外を見ていたのが気になったのか、鳳翔がそう尋ねる。

 

「ああ、自衛官の人らがなんや訓練しとるんよ。ヒマやから眺めとった」

 

「そうなんですか」

 

 ひょい、と鳳翔がそちらを覗き込む。

 そこには何もない広い草原が広がっていた。

 なにもない。自衛官も、いない。

 

「誰もいませんけど……」

 

「は? いやいや、おるやん」

 

 龍驤が覗き込むと、やはり茶褐色の制服を着た自衛官がいっぱいいる。

 手にはなにやら長い銃を持っていて、整列して歩き回っているではないか。

 

「ええ? 龍驤さん、冗談にしてもちょっと無理があるというか……あ、もしかして何かのギャグでしたか?」

 

「うちこんな分かり難いギャグ飛ばさんよ。ふつーにおるやん。茶褐色の軍服着とって、頭にまんまるいヘルメット被ってるやん」

 

「えっ」

 

「基地内やとあんま見かけん人らやけど、夜なんか宿舎にたまにおるで。水くれ言うから水やるとどっか行きよるけど。水飲ませて貰えんのかな。昔の体育会系みたいやな」

 

 なんて顎を撫でながら龍驤はひとくさり笑う。

 一方、鳳翔は顔面を蒼白にしている。

 

「あ、あの、龍驤さん。その、それは……そ、その自衛官の人は……き、基地にもいるのでしょうか?」

 

「普通におるけど? え? 見かけたことない?」

 

「な、ないですね……」

 

「ふ~ん。と言うか、外におらんかった?」

 

「えっ。い、居ませんでしたけど」

 

「あら? 栗林さ~ん?」

 

 そう、龍驤が呼びかけると、スッと音もなくドアを開けて自衛官が入って来た。

 龍驤の言う、茶褐色の制服を着た自衛官だ。そして、龍驤にサッと敬礼をする。

 

「どうされましたか、龍驤殿」

 

「いやな、鳳翔さんがあんたさんらみたいな人見かけたことがないて言うてるんやけど」

 

「そうでしたか。しかし、私は昨夜、航空母艦殿には失礼がないようにと鳳翔殿にご挨拶申し上げたのですが……」

 

「そうやったん? 鳳翔さん、栗林さんそう言うてはるけど」

 

 なんて、龍驤が鳳翔に顔を向けると、鳳翔は顔面蒼白である。

 だって、龍驤が声をかけると、誰もいないのにドアが開いて、そのまま閉まったのだ。

 それに飽き足らず、龍驤は誰もいないところに親し気に声をかけ始めるではないか。

 

「あ、あの、龍驤さん、だ、だれと、はなして……」

 

「え、誰て……栗林さん。ここやと結構な古株らしいで」

 

 鳳翔はしめやかに卒倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳳翔は目がいい。自分より目がいい人を見たことが無いくらい目がいい。

 具体的にどれくらい目がいいかと言うと、真昼間だろうと星座が見えるくらい目がいい。ちなみに視力5~6くらいあれば見える。

 動体視力も凄まじくいい。飛んでくるボールの縫い目だって余裕で見えるし、なんなら深海棲艦の砲弾の回転だって見切れる。

 ただ、それに反応できるだけの反射神経が無いので、仮に撃たれても避けられないが。

 とにかく視力に関することなら他の追随を許さないのが鳳翔だ。

 

 ただ、それを人に話すことは無い。幼かった頃、昼に星座が見えると言って嘘つきと言われたのが理由だった。

 もしそこに黒潮が居れば、普通に共感してもらえただろう。黒潮も視力を最大強化すれば昼間だろうが星座が見える。

 

 だが、そこに黒潮はいなかった。だから、今でも人に話すことは無い。

 

 その視力の良さは、鳳翔が意識すれば、もっと違う形での目の良さとなって現れる。

 視ようと思えば、本土にいる両親の姿だって視れる。物理的に視界が通らない場所であろうと。実を言えばミッドウェー島も見えている。

 視ようと思えば、ちょっとした未来だって視れる。鳳翔が深海棲艦と余裕を持って戦えたのは、襲来する日の朝にはそれを見ていたからだ。

 

 とにもかくにも特別な眼。それが鳳翔に備わった天性。

 

 極限まで集中して、敵を倒すことを意識すれば、何処を穿てば死に至るかも視える。

 人間なら心臓であるとか、肝臓であるとか、そう言う部分であり、未来視の限定的な使用法とも言える。

 どんなものだって必ず死ぬのだから、それを現在に引き寄せる方法だって視えるだろう。

 

 そして、視ようと思えば幽霊だって視れた。

 

 でも視ない。こわいから。ゆうれいこわい。ちょうこわい。

 靖国神社にいた幽霊は怖くなかった。鳳翔がミリオタになったのは靖国の英霊が理由だ。

 だが、それ以外のところにいる幽霊はめっちゃこわい。おしっこもれちゃう。

 

 硫黄島にいっぱい幽霊がいるだろうとは思っていた。

 だから頑張って視ないようにしていたのに、なぜそれを貫通して姿を見せてくるのか。

 

 靖国の英霊が怖くないのは祀られているからで、そうでない場所の幽霊は怖いのだ。

 見た目がヤバかったり、言動がヤバかったりと色々とあるが、とにかく怖い。

 硫黄島にいる幽霊はほとんどが戦争の戦死者である。絶対に怖いハズだ。靖国にいない以上は怖い、はずだ。

 

「はわっ!?」

 

 鳳翔が飛び起きる。場所は医務室。すぐ近くの椅子には龍驤が座っていて、リンゴをもしゃもしゃ食べていた。

 

「あ、起きた。おはようさん」

 

「え、あ、お、おはようございます」

 

「どしたん、突然倒れて。うちみたいに過労? ようないよ、ちゃんと休まな」

 

 などと過労死した龍驤がのたまう。

 理由があって休めなかったのではあるが、これほど説得力のない言葉も早々あるまい。

 

「栗林さんもそうやそうや言うてるし」

 

 鳳翔はダッシュで逃げた。

 おお、見よ、その健脚。

 

 腕を左右に振る女の子走りでも、適性値1432の齎す肉体強化の効能よ。

 100メートルを12秒フラットで走り抜ける健脚は鍛えた男子でも易々とは追い付けない。

 幽霊とても、その速度に追いすがるのは困難だ。

 

 ちなみにだが、硫黄島における戦死者は両軍併せ2万5000にも及ぶ。

 

 硫黄島の面積は21平方キロメートル。

 1平方キロあたりに約1200人の幽霊がいる。

 

 必死に走る鳳翔には何も見えていない。

 まさか自分が、あちこちにいる両軍の戦死者たちに

 

「なんか女の子が可愛い走り方してる。かわいい~」

 

 と思われてるなんて……。




今週は昼勤ですので更新時間は今日を除いて夜になる予定です


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護衛組の話

予約投稿です


 C-1輸送機のとにもかくにもやかましい貨物室で座席に座って輸送。

 厚木基地で降り、そこから自衛隊のトラックで横須賀へ。

 

 本土に戻ったので出来ることなら買い物したかったのだが、ちょっと出来そうにない雰囲気。

 横須賀も深海棲艦の襲撃があったのだろう、悲惨な被害状況だ。買い物は難しそう。

 それに、こっちらへんは地元ではないので何処で買い物すればいいかなんて分かんないし。

 

 何か必要なものがあれば自衛官の人が用意してくれるとは言われてるが、さすがにね。

 私は気にならないんだが、皐月は気にするかもしれないし、ブラジャー買わされる自衛官も可哀想だろう。

 いや、女性自衛官もいるから、その人たちが代わりに買ってきてくれるのかもしれない。それならセーフだろうか?

 

 

 さておき、横須賀に到着し、基地に入ると妖精さんにお出迎えされる。

 いやもう洒落にならないくらい妖精さんいる。

 どれくらい居るかって言うと、私と皐月が埋め尽くされてひっくり返されるくらいいる。

 

 リーダーさんは突然ぶっ倒れたように見える私たちにビックリしていた。

 リーダーさんは妖精さん見えてないので、妖精さんに倒された私たちはそう見えているだろう。

 そして、私たちの体の下に入り込んだ妖精さんが私たちを担ぎ上げる。

 

「おわっ!? な、なにすんねーん!」

 

「わぁぁ! な、なんだよー! なにするんだよー!」

 

 リーダーさんの目には、突如として地面に倒れ込んだと思ったら浮き上がり、そのまま水平移動してるように見えるのだろうか……。

 そんなことを思いつつ妖精さんに強制連行された先は、工廠。

 背負っていた艤装を引っぺがされ、改修作業に入る! と宣言。

 

「あ、黒潮さんたちはかえっていいですよ」

 

「お、おう……」

 

 艤装の改修に私たちは要らない模様。

 ……私たちごと持ってくる必要はあったのかな?

 

 

 艤装の改修って何をするのか。

 そう思って妖精さんに聞いたら、順当に近代化改修するらしい。

 砲を連装高角砲にし、機銃も新しいものに交換するらしい。

 

 ……つまり改か?

 

 よく考えたら改造なんてした記憶が無いので、私は無印黒潮だったことになる。皐月もそうなる。

 って言うか、私たちの練度ってどうなってるんだろう。倒した敵の数考えると50とか行っててもおかしくないが。

 改二になったらどうなるんだろう。髪の毛も伸びるのだろうか……? 皐月はどこからか刀が生えるのだろうか?

 

「なになに? ボクがどうかしたの?」

 

 じっと見ていたら可愛らしくぴょんぴょこする皐月。

 思わずあばらを押さえる私。

 

「な、なんちゅう威力や……頭がフットーするかと思ったわ……」

 

「なにが!?」

 

 尊さが傷口に刺さった私。困惑する皐月。

 リーダーさんが迎えに来てくれるまで、私はギガブレイクに耐えるクロコダインのような心持で耐えていた。

 

 

 

 出航は明日の朝6時。つまり、明日の朝5時半には最低でも起きる必要がある。

 もっと言うなら5時には起きて、身嗜みを整え、朝食を済ませる必要がある。

 海自の朝は早いものだよ、なんてリーダーは言ってたが、大変だなぁ……。

 

 で、それまで待機。

 

 ……やることがなにもないのだが? いつもならトレーニングでもするが……。

 さすがにあばら折れた状態でトレーニングはしない。したくもない。

 

 ので、皐月と一緒に基地のPXを物色してる。

 PXとは言うが、見た目コンビニ……いやこれ普通にコンビニでは?

 iTunesカード売ってるし、ホットスナックも普通に売ってるが?

 頑丈そうなブーツとかカバンなんかが売ってるのが自衛隊らしさだろうか……。

 

「うちこれ好きなんよね。酢だこさん太郎。原料、鱈すり身でタコやないけど」

 

「そうなんだ。ボクはチョコが好き!」

 

 そう言って麦チョコの袋を手に取る皐月。

 私は酸っぱい系の駄菓子をカゴに放り込んでいく。

 酸っぱいもの好きなのよ。天ねーには妊婦かよとからかわれるが、妊婦は酢だこさん太郎を食べたがるのだろうか……?

 

「チョコやとうちはこれが好きやね、やっぱりトッポよ。最後までチョコたっぷりやし」

 

「おいしいよね! あ、これも好きー!」

 

 言いながら笑顔でたけのこの里を手に取る皐月。

 おっと、きのこたけのこ戦争勃発か?

 まぁ、私もたけのこ派なので今のところ問題ないが。

 どうでもいいが天ねーもたけのこ派である。

 

 しかし、あんなことあった割に品揃え豊富だよな……。

 あれだけのことが起きたら、棚も空欄が目立つとかありそうだが。

 自衛隊の基地内だからだろうか?

 

「しかし、缶詰とかご飯のパックとかえっらい置いてあるな。インスタントのみそしるも」

 

 通常のコンビニのレベルじゃない量が揃えてある。

 海外派遣される自衛官が爆買いするのだろうか?

 

「買っとこ」

 

 給料はまだだが、前借りも出来るとのことだし、私はなんやかんや結構お金を持ってたりする。

 私の趣味は競馬。でかいレースを見るだけ派だが。天ねーのパパ、龍田川さんの趣味も競馬。

 前世の最後あたりに嵌ってたソシャゲの影響で、でかいレースの着順くらいは覚えてる。

 覚えてたというか、将来絶対に役立つからとメモを取っておいてたのだが。

 

 で、朝日杯FSでロゴタイプの単勝馬券を代わりに買ってもらった。単勝34.5倍おいしいです。

 お陰で懐は大変温かい。もちろん龍田川パパに1割の分け前は渡した。

 

「……今年のダービーどないなるんやろなぁ」

 

 皐月賞もロゴタイプが勝つのは覚えてるが、東京優駿はキズナが勝つ。

 そう、競馬ファンなら知ってる、高低差200メートルの坂の年だ。

 着順も覚えてるぞ。キズナ、エピファネイア、アポロソニックだ。

 つまり、3連単勝ち確である。5万円ぶっこむつもりだったのに……。

 それを抜きにしても、普通に楽しみにしてたのになぁ……実況の方のバクシンオーは怪我なんかしてないだろうか……。

 

「だーびー?」

 

「競馬の話や。うち、お馬さん好きなんや。かわいいんよ?」

 

「そうなの?」

 

「そや」

 

 地元に数は少ないが牧場もあったりするので、馬を見に行ったりとかもしてた。

 可愛いよ。でかいけど。いや、ほんとにサラブレッドってでかい。びびる。

 

「可愛いし、頑張っとるし、応援したらな、って思わされるわ。可愛いしな」

 

「そうなんだ。ボクも今度見てみよ~。テレビでやってるんだよね?」

 

「そやよ~。まぁ、この状況やから、開催するかは分からんけど……ダービーはやってくれると、ええんやけどなぁ」

 

 さすがにこんなことがあったので着順はズレそうだが、それはそれとして見るぞ。

 

「さて、とりあえずこんなもんでええかな。今回荷物いっぱい持てる言うからありがたいわ」

 

 自分で運べるレベルなら、つまり手荷物レベルならどれだけ持ってきてもいいらしい。

 空輸は重量的制約が厳しいけど、船だと割と緩いとかなんとか。

 おっと、入れる鞄が足らんから、ありがたいことに売ってる鞄も買うか。

 

「あ、ボクもかばん買おうかな。って、迷彩柄ばっかりだね」

 

「なんでやろな。海自の人が多いはずなのに」

 

 全国のPXで一律で仕入れてる品だったりするんだろうか?

 そう思いながら迷彩柄の鞄を購入。お菓子も山ほど買った。

 それを手に割り当てられた部屋へと戻り、皐月とお菓子を広げながら駄弁る。

 

「ほえ~。皐月っちゃんモテるんやねぇ」

 

「そんなことないよぉ。黒潮の方がモテるじゃないか」

 

 自然と恋バナの方に話が進んだが、皐月ったら3回も告られたことあるらしい。モテモテじゃーん。

 私も告られた回数を教えた。聞いて驚け、11回だ。めっちゃモテモテ。

 私、学校だと大人しくて優しい優等生だからなぁ。整っちゃいるけど、顔立ちも地味目で、なんかイケそう感があるのかも。

 

「ちなみに全部断ったん?」

 

「うん。そう言うのよく分かんないし、それに院のお兄ちゃんみたいに大人っぽい人がいいなって……」

 

「はぁ~! お兄ちゃん! お兄ちゃん! 捗る~!」

 

「なにが……?」

 

「うちも皐月っちゃんにお兄ちゃん言われたかったわ……」

 

「お姉ちゃんじゃなくて?」

 

「お兄ちゃんの方がポイント高いやん」

 

「ボクの言動って点数制だったの……」

 

 男の子にだったらお姉ちゃんって呼ばれたいが、女の子だったらお兄ちゃんって呼ばれたいんだよ。

 分かってくれ、尊さポイント審査委員よ。

 

「じゃあ……黒潮お兄ちゃん?」

 

「はぁー!? 金払うぞ! なんぼや! 30万まで出す!」

 

「なんで!?」

 

「はぁ、はぁ……あばらが軋むわ……クールダウンしよ……」

 

 買ってきたスポドリをくぴくぴ飲んでクールダウンする。

 どうでもいいが私はポカリ派である。

 

「ええと、黒潮も告白されたの断ったの?」

 

「条件付きで全部OKしたけど」

 

「えっ、そうなの? 条件って?」

 

「ボクシングでうちに勝てたら」

 

「……勝てた人いるの?」

 

「おらんね」

 

 ヘビー級ボクサーだろうが私に勝てないのに、同年代の男子が勝てるわけないだろ。

 なお、それで3人ほどうちのジムに入会したので、トレーナーにもっと告白されろ、と無茶振りされた。

 

「ちなみに、天龍も実は男子人気結構あるんよ。まぁ、あの乳やからね」

 

「そうなんだ。おっきいもんね……」

 

「うん……ほんまでかい……」

 

 思わず自分の胸に手を当てる。ちっちゃい……。

 

「まぁ、告られたことはあんまないらしいけど……」

 

 男っぽい言動だからなのかは不明だが、告られたこと自体は少ない……らしい。

 自己申告なのでどこまで正確なのかは不明だが。

 

「鳳翔さんはどうやろな」

 

「鳳翔さん女子校なんだって」

 

「あ、そうなん?」

 

 へー、女子校。いまどき少ないのに。

 

「男子校は猿の惑星らしいけど、女子校はどうなんやろな……制汗剤の臭い凄そう」

 

 女子の着替えた後の更衣室とか制汗剤の臭いヤバかったりするからなぁ。

 声を大にして言いたいんだけど、制汗剤って汗掻いた後じゃなく、汗掻く前に使うんだよ。

 汗掻いた後に使うなら、デオドラントシートとかでちゃんと拭いてから使え! 体育終わってから使うな、あほ!

 

「龍驤さんとかはどうなんやろなー。って言うか、龍驤さんって歳幾つなんやろ?」

 

 背は小さいけど、私より年上な気はするんだよね。

 

「高校生かな? 中学生かな?」

 

「高校生ちゃうかなぁ。って言うか、龍驤さんどこの人なんやろ?」

 

 関西弁喋ってたけど、エセって感じじゃないイントネーションだったし。

 関西の人だとは思うんだが、そうだとするとなんで沖縄近辺にいたのか謎だし。

 

「関西弁だから、関西の人なのかな?」

 

「そうなんやろうけど、なんで沖縄居たんかなぁ。学校サボって沖縄旅行やろか」

 

 それとも修学旅行? 一部冬に沖縄に修学旅行行く学校ってあるし。

 でも、冬休みが明けた直後に修学旅行に行くだろうか?

 いや、大穴として、実はもっと歳行ってて自衛官だったりして……。

 硫黄島にいたのは硫黄島に駐在してる自衛官だから、とか。

 

「硫黄島戻ったら聞いてみたいな。なんであないなところに居たんか」

 

「だねぇ。北海道の大淀さんはどうなんだろ?」

 

「ふつーに北海道在住やない? この時期にわざわざ北海道行く人は……おるんかな?」

 

 この時期に北海道でやってるお祭りとかってなんかあったっけ。

 さっぽろ雪まつり……はもうちょっと先だしな。

 

「北海道かぁ。ボク、近畿の方に住んでたから雪ってあんまり降らないんだ。どんな感じなのかなぁ」

 

「北海道の雪は本州の雪とはだいぶ性格ちゃうからなぁ……箒で掃き出してまえるで」

 

 さらさらの雪だから、砂みたいに箒で掃き出せてしまうのだ。

 本州の方だともっと水分量が多くてべっとりしてるので、スコップ必須である。

 

「大淀さんの北から目線を期待しとくかあ。豪雪地帯特有の積雪量の感覚バグが拝めるかもしれんで」

 

「感覚バグ?」

 

「積雪1メートルは序の口とかそう言う感じや」

 

「1メートル……お腹まで埋まっちゃうよ!?」

 

「うちのおとんがそう言うてた。東北出身やから感覚割とバグっとるからな」

 

 公園の進入禁止のポールが雪に埋もれて見えなくなってからが本番とか言い出すからな。正気か?

 その後、北から目線について盛り上がり、私たちは1日を駄弁って過ごすのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、夜明け前に起き出すと身支度を整え、集合時間の10分前に集合場所へ。

 リーダーさんは既に待機してた。いつもの服装の上に、迷彩柄のジャケット着てる。防寒着かな。

 

「早いね、2人とも。準備は大丈夫?」

 

「大丈夫やよ~。艤装もバッチリや」

 

 背負ってる艤装をコンコン叩く。改になったらしい。違いは……よく分からん。

 連装高角砲になったから対空が楽になったとのことだが。ただ、機銃が3連装になったのはいいかも。

 

「ボクもバッチリ!」

 

 そして皐月は制服の形状がちょっと代わり、黒セーラーだったのが白セーラーと黒のカーディガンに。

 妖精さんに渡された、武功抜群と揮毫がされた白鞘の刀も持ってて……。

 

 皐月だけ改二やんけ!

 

 私の改二は!? まさか改装設計図持ってこいというのか?

 リアルだとどうやって手に入れるんですか……?

 妖精さんが改装設計図を仕立て上げるまではお預けなのだろうか……。

 

「さて、2人には海上戦力の対処を任せることになるが……基本的に海上戦力はレーダーで発見できる」

 

「そうなん?」

 

「ああ。人間大なら余裕で探知可能だそうだ。発見すれば通報してくれるそうだから、それまで即応待機だ」

 

「航空戦力は海自さんが、いう話やったけど、海中は?」

 

「潜水艦のことかな? それも海自が対処する。潜水艦型の深海棲艦も確認されてるそうだが、全て海自が撃破してるよ」

 

「ほえ~……アスロックかな?」

 

「詳しいね。深海棲艦は装甲の分厚さから現代の艦載兵器では威力が不足してる場合が多いんだが、潜水艦は大戦期のものでも装甲は大したことがない。自衛隊の対潜兵器で対処可能だ」

 

「なるほどなぁ」

 

 これはアスロック米倉も力を見せつけられるだろうな。

 トマホーク菊池は深海棲艦相手にはあまり活躍できなさそうだな。

 対空は出来るのだからシースパロー菊池として頑張っていただきたいものである。

 

 

 そして、出撃へ。

 出航する護衛艦と、私と皐月。

 そして、出航から5分で私と皐月は護衛艦に戻された。

 

「艦長の三宅です。呼び戻してごめんね」

 

 苦笑気味のこんごう艦長、三宅さん。

 私と皐月も苦笑いである。

 

「あはは……えろうすんまへん……」

 

「えへへ……わざとじゃなかったんだけど……」

 

 てへへ……。

 

「まさか、巡航速度があそこまで違うとは思わなかったよ……」

 

 そう、呼び戻された理由はそこである。

 

 駆逐艦黒潮は18ノットで5000カイリ。

 駆逐艦皐月は14ノットで4000カイリ。

 

 自衛隊はこれを基準にして考えていた。

 皐月は巡航速度が遅いが、出そうと思えば37ノットの快足も出せる。

 航続距離は短くなるが、ちょっと無理してもらって20ノットで航行してもらうつもりでいた。

 どうせ補給は妖精さんが積み込んだ物資で可能なので。

 

 が、しかし。

 

 私は31ノット、皐月は38ノットの爆速で巡航していることが判明した。

 硫黄島で皐月がめちゃめちゃ速いとは知った。が、私もメチャメチャ速いとは知らなかった。

 妖精さんは、機関出力で定められた速度を出しているものとばかり思っていたので、正確な速度を認識してなかったのだ。

 

 巡航速度、原速に出力を設定しました、つまり18ノットですね。

 と妖精さんが言う時、実際は31ノットでブッ飛ばしてるわけだ。

 最大出力でいったい何ノット出てるのかは謎である。測ってる暇もないし。

 

 護衛艦をブッ千切ってしまっては意味が無い。

 ゆっくり航行してもいいが、そこまで超高速航行が出来るなら海上で即応待機でいる意味もない。

 自衛隊が探知したら、私たちが出撃して急行する。それでいいんじゃないかと。

 実際、海上クソ寒いのでそっちの方がありがたい。なんで足出さなきゃなんないんだ。スカートの下にジャージ履いていいか?

 

 

 そんな感じで初っ端から変なつまづきをしつつ、私たちは硫黄島へと進発するのだった。



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次の作戦へ

 静かな海だ。冬の日本海は荒れ狂うが、太平洋は荒れ狂うというわけでもない。

 本当に静かだ。静かすぎてヒマである。深海棲艦出やがらねぇ。

 

「ヒマやね」

 

「ヒマだね」

 

「……ヒマなんはええことなんやけど、うちらなにしとんやろて思えてくるな……」

 

「うん……」

 

 通報がすぐにいきわたるよう、CICで待機させられている私と皐月。

 自衛官たちがモニターを真剣な顔で見つめる姿はカッコいい。

 でも、ずっとそこで待機しているので、居た堪れなさと言うか。

 なんだろう、悪いことして立たされてる学生の気分になるのでやめてもらっていいですか?

 

「皐月っちゃん」

 

「うん。なに?」

 

「実はうち忍法使えるんや」

 

「へぇ~……で、なんて忍法なの?」

 

「拳で殴りつけて半死半生にする、忍法半殺しの術や」

 

「それただの暴力じゃん」

 

「あまりにも高度な暴力は忍法と見分けがつかんのや」

 

「どういうこと……」

 

 しょうもないことをほざく。それくらいヒマなのだ。

 自衛隊の護衛艦、それもイージス艦の探知範囲は300キロを超えるらしい。

 実際は深海棲艦は小さく、イージス艦のレーダー高からして半径20キロに入らないと無理っぽいとは言われている。

 が、哨戒ヘリも飛ばしており、こちらは上空から対水上レーダーで哨戒をしており、イージス艦単体より格段に広く哨戒出来る。

 潜水艦に関しては、ギャグかと思うレベルで水中航行音がやかましいので見落とす方が難しいレベルらしく、何も心配いらないそうだ。

 

 ……ヒマだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒマだなぁ、ヒマだなぁ、ヒマだなぁ……。

 

 そんなことをぼやき続けていたら、硫黄島についていた。

 深海棲艦自体は出たのだが、アスロックで瞬殺される潜水艦ばっかりだった。

 たまに根性のある航空機が飛んで来たりしたが、イージス艦がドカドカ敵機を落としていて私たちに出番は無かった。

 

 積んできた物資を荷揚げし、妖精さんに資材を、自衛隊に食料を引き渡し……。

 イージス艦がおかえりになるので私と皐月が再度ついていき、横須賀に着いたら厚木に行ってまたC-1に乗って空挺降下……。

 硫黄島にまた到着し、ヒマだなぁ、ヒマだなぁ……とぼやき続け……。

 

 硫黄島は警備府として完成していた……。

 

「……波乱は? うちらが帰ってきたら、死屍累々の硫黄島基地が待ってるとか、そう言うドラマティックな展開は?」

 

「ねぇよ、ンなもん」

 

 天ねーに切って捨てられた。そっかぁ……。

 

 

 

 

 硫黄島周辺殴り殺し隊。

 

 花 血 あ

 火 潮 と

 も も  、

 あ 飛 首

 る ぶ も

 よ よ ね

 

 ホワイトボードに簡潔に書き連ね、私は艦娘の面々に向き直る。

 

「そうゆうわけやから、今からあいつら殴りに行こうや」

 

「これからそいつら殴りに行くんか」

 

 龍驤さんとハイタッチ。

 

「ええか、うちらは強い」

 

「おう、俺らは強い!」

 

「そう、強いだけや。うちらにいい考えとか、いい作戦とか、そんなもんはない」

 

 悲しいけど、それが現実なのよね。

 

「い、いや、三人寄れば文殊の知恵って言うじゃねーか」

 

「あほが3人集まっても文殊の知恵にはならんのや。三人寄れば烏合の衆や」

 

「鳳翔さんとか軍事とか詳しいっぽいじゃねーか!」

 

「ただのミリオタに作戦立案能力なんかあるわけないやろ」

 

「はい……」

 

 鳳翔さんが恥ずかし気に肯定した。

 

「うちら全員……龍驤さんは分からんけど、作戦立案能力とかないんや。自衛官のお人らも、海上での戦闘指揮は無理言う話やし」

 

 実際無理よね。自衛隊の人は状況わかんないんだもん。

 私たちが自衛官なら正しく戦闘の状況を伝えられるかもだが、こちとらただの女子中学生ぞ。

 

「つまり、どういうことか」

 

「ど、どういうことなんだ……?」

 

「めいっぱいがんばる」

 

「それだけ!?」

 

「それ以外に何ができるんや! うちも必死で考えた! 考えて考えて、纏まった考えは、考えある言うんはそいつのあほさ加減を否定してくれるもんではない言うことだけやった!」

 

 これが素人の限界ってやつよ。

 現場でならそれなりにまともな動きできるかもしれないけど、事前の作戦立案とか無理。

 

「んで……龍驤さん、なんか、ある……?」

 

「ええと……」

 

 龍驤さんがちら、と後ろを見る。なにもないぞ。

 

「陸上のことやったら頑張れる言うけど、海上のことは無理らしいわ」

 

 なんで伝聞調なの? まぁ、無理っぽいのはわかった。

 私たちはやっぱり頑張るのと我慢するしか戦術が無いのだなぁ。HFOかなにか?

 

「と言うわけで、うちらは烏合の衆やと言うことが判明した。めいっぱいがんばって戦うしかない。ふぁいと、おー」

 

「お、おー?」

 

 皐月だけがちょんと腕を上げて乗ってくれた。

 他のみんなは微妙な顔をしている。

 でも、本当にそれ以外に手立てがないのよ。

 諦めてめいっぱいがんばろうね。

 

 

 

 そう言うわけで、こう言うわけで、私たちはめいっぱい頑張った。

 と言っても、自衛官の人らが事前予測を立ててくれていたのだが、その予測通り、深海棲艦はほぼ居なかった。

 

 最初の接敵時が大攻勢のそれで、それを真っ向から叩き潰したので、残存戦力は撤退したのだろうと。

 そうでなければ不自然な程度には硫黄島近辺は平穏だったようだ。

 

 小規模な駆逐隊がちょろっと偵察モドキを仕掛けて来たりと言った程度だ。

 遠方からこっちを確認したら、一目散に逃げ出すというやつらばかり。

 皐月が160ノットで追いかけたり、龍驤さんの鬼畜艦爆で殲滅されたりでオシマイである。

 

 

 

 硫黄島近辺で索敵をこれ以上しても意味が無いだろう、と結論が出るまで2日。

 作戦の二段階目は終了し、三段階目の作戦。沖縄防衛並びに坊ノ岬近辺の深海棲艦撃滅へと移行した。

 

 

 

 

 事態は急ピッチで展開していく。

 

 坊ノ岬近辺に出没が確認されている深海棲艦の規模は大きなものである。

 沿岸部への攻撃を執拗に繰り返すも、上陸は行わない、と言う消極的な態度が目立つ艦隊だ。

 この点について自衛隊は頭を悩ませていたものの、龍驤さんに意見を仰いで事情が判明した。

 

「上陸したら、動き鈍りよるからな。煙突にポイッと爆弾放り込んでおしまいや! 楽ちんやね!」

 

 龍驤さんに瞬殺されまくって懲りたということらしい。

 そうだよね、海上じゃなくて陸上なら倒しやすいよね、航空機からしてみりゃ。

 とは言え、放置していては沿岸部が更地になってしまう。

 

 坊ノ岬へと戦力を集結し、一大攻勢をかける。それが作戦の第三段階。

 硫黄島基地は基地航空隊の設営も完了。艦娘ほどの防衛力は期待できないが、以前ほど脆弱でもなし。

 沿岸砲台もこれから設立するとのことなので、空挺降下で駆け付けるまでは持ち応えられるだろうとのこと。

 

 不安ではあったが、硫黄島に艦娘を残せるほど戦力に余裕があるわけでもない。

 私たちはC-1輸送機で本土へと戻り、厚木から長崎基地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「今作戦において、君たち艦娘の戦闘能力における問題点を確認しておこう」

 

 長崎基地で借りたブリーフィングルームでいつものリーダーさんによるパーフェクトせんそう教室。

 

「戦闘継続能力の低さ。これが問題だ」

 

「それ以前に、敵が多過ぎるんやと思うんですけど」

 

 私の名推理が光る。

 

「そうだね、それもたしかな意見だ。砲弾薬が払底するのはまだしも、砲が焼け付き、破裂するにまで至るというのは……予想だにしていなかった」

 

 まぁ、それはたしかに。

 私の場合、チートで強化したせいで倍以上の速度で損耗したせいもあるが。

 砲身命数550もあるのに、200発ちょいで命数使い尽くした上に破裂させたからな。

 ちなみに、強化状態だと180くらいが命数とのこと。227射目で破裂した。

 

「ただ、その点に関しては、砲身の交換で対応が可能だということも判明している」

 

「海上では無理ですよ」

 

 あの砲身って、実はクルッと回せばスポッと外れるらしい。交換は割とすぐいける。

 だからダメになったら交換すればいいのだが、海上ではさすがに無理とのこと。

 まず予備砲身なんか積んでないし、積むにしても海上で出すのは無理。

 妖精さんの腕力だと40~50人がかりになるし、そんなに妖精さんが取り付けるほど大きくないとのことで。

 

「ああ、その点は踏まえている。今作戦には海上自衛隊の護衛艦も投入される」

 

「んな無茶な……」

 

「無茶でもやらねばならない。重装甲の敵には厳しいが、駆逐艦程度ならば海上自衛隊でも対応可能だ。最低限の自衛は可能だろう。必要に応じ、護衛艦に乗り込んで砲身交換作業を行い、魚雷発射管への装填を行ってもらう」

 

 無茶であると言わざるを得ない。

 だが、それ以外に手立てがあるかと言われれば、無い。

 

「また、君たちには重砲を持つ者が居ない。これ自体は極めて強大な攻撃力を有しているという点で補えてはいるのだが……」

 

「んまぁ、はい。そうですね」

 

「近付かないと、届かないんだよねぇ……」

 

 問題はそこである。私たちの砲の最大射程は18キロメートルあるらしい。

 あるらしいが、そんな超遠距離で撃った弾が当たるかと言うと、うん。

 そもそも当たったところで、敵を撃破出来るだけの威力はない。

 

 重砲は射程距離と投射量が大幅に違って来る。

 20.3サンチ砲なら8000メートルは投射距離が違う。

 そして、重巡ならそれを4基8門とか5基10門とか備えてるのである。

 

「刀しか使わん石器時代の勇者もおるし、うちら近接戦闘に偏り過ぎなんや」

 

「おめーだって刀使ってんじゃねーか!」

 

「うちは砲も魚雷も使うとる。刀しか使わんやつとは違う」

 

 本気で砲と魚雷使えよ。

 持ってて嬉しいおもちゃじゃないんだぞ。

 

「交戦距離が近付けば君たちの危険度も上がる。しかし、近付かなければ有効打が得られない……これは離脱の際の難易度が高いことも意味する」

 

 たしかにその通りである。

 至近距離でガスガス殴り合ってるのに離脱するのは難しい。

 皐月なら無理やり振り切れる速力がある。160ノットとか正気ですか?

 私も一応振り切れるだけの速力はあるが、皐月ほど圧倒的ではない。

 

「そのため、必要に応じ、護衛艦を突出させる。君たちの援護を受けつつ、離脱と補給を同時に行う」

 

「それこそ無茶ちゃうか……」

 

「だが、それ以外に手立てがない」

 

 たしかにそうではあるのだが……。

 皐月に担いでもらって離脱とか出来ないかな……。

 2人も抜けたらヤバいカナ……。

 

「自衛隊は本来するべきことをするだけだ」

 

 リーダーはそう締めくくって、私たちに反論を許すことは無かった。

 それが自衛官なのだなと。私たちは静かに感じる他なかった。

 

 

 

 

 

 

「どうですか。なにかきになるてんはありますか?」

 

「うーん、天龍の脳味噌の色くらいやね」

 

「やめろっての! 真剣は危ねぇ!」

 

 ついに私の剣が完成したと報告を受け、工廠へとやってきた。

 そして剣を受け取り、その試し切りを天ねーでやろうとしている。

 それを捌く天ねー。それでもなお挑みかかる私。

 

 どうして私の剣がレッドクイーンみたいになってるんですか???

 

 最初に見た時は目が点になったし、持ってみれば重さはピッタンコだし、振り心地もいい。

 使い心地抜群なのに、見た目が完璧にふざけていらっしゃる。

 どうしてこの形状になったか聞けば、天ねーの入れ知恵と判明。

 なんでついてくるのか謎だったけど、これが見たかったんだろ! もっと間近で見ろ! 舐めるくらいの距離で!

 

「ネロ潮にリーチかかってもうたやろが! どないしてくれるんや!」

 

「いいじゃねーか! カッコいいだろ!」

 

「そんならおどれも閻魔刀にしてもらえや! 青一色のだっさいコートも着ろ!」

 

「カッコいいだろーが!?」

 

「原色ギラギラなコート似合うやつなんざ現実におるかい!」

 

「いるかもしんねーだろ! キアヌとか!」

 

「あいつが似合うんは黒やろがい! マトリックス的に!」

 

 ギャインギャイン、ギャリンガキンと本気で剣を交えながら口喧嘩。

 剣の使い心地が最高で、文句のつけようも無いのが腹立つぅ……。

 

「だいたいこの訳の分からんレバーはなんやねん!」

 

「知らねーよ! ギュンギュンやったらブオンブオン言うんじゃねえのか!」

 

「なるかい! 固定されとるわ!」

 

 マジでこのレバーなに? クッソ謎なんですけど。

 引いてみてもガッチリ固定されてて、動きそうもない。

 

「それはハンドガードですね。ゆびをほごするパーツです」

 

「ああ、サーベルとかについとる……」

 

「とんでもなくぶあついサーベルだとおもってつくったので」

 

 たしかに、レッドクイーンはそう言う感じの形状ではあるが……。

 

「だいたい、ポジション的に言うたらあんたキリエやろが!」

 

「嫌なこった! 俺も戦う!」

 

「わがままぬかすな! うちがマリオ! あんたがピーチ! それでええやろがい!」

 

「逆に聞くけど、おまえはマリオでいいのかよ! 髭のナイスミドルになっちまってんぞ!」

 

「構うか! うちはスーパーマリオRPGのリメイクいまだに待っとんのや!」

 

「だからなんだよ!?」

 

「それはつまり、うち自身がマリオになる言うことや!」

 

「なに言ってんだこいつ!? だったら俺がマリオになる!」

 

「はー!? それやとうちルイージのポジやん! 嫌や! せめてものことヨッシーにしろや!」

 

「おまえがヨッシー使うとスマブラ異常に強ぇーからダメだ!」

 

 口論がヒートアップして、だんだんとお互いに何言ってんだか分かんなくなってくる。

 

 私と天ねーは日が暮れるまで喧嘩を続けた。

 喧嘩が終わると、2人でいっしょに風呂に入る。

 そうしたら、いつの間にか仲直りしてて、いっしょの布団で寝る。

 朝が来たらいつも通りの2人になっている。

 

 素敵なことなんだけど、色々とうやむやにされてるなぁ、ともちょっと思う。

 

 




体調不良気味かつアレコレ忙しいので、不定期更新に戻ります
更新頻度は忙しさ次第


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艦隊抜錨

「君たちの回収と出撃はヘリボーンを用いることになっている」

 

「へ、ヘリボーン……? 黒潮、ヘリボーンってなんだ?」

 

「ガチャピンがやってたやつや」

 

「逆にガチャピンがやってないことってなんだよ」

 

 なんだろう……ガチャピンがやったことないこと……。

 って言うかヘリボーンやったことあんのかな、ガチャピン……。

 いや、でもガチャピンだからな……きっとやってるだろう。

 

「そのため、君たちにはヘリボーン訓練を受けてもらう」

 

 日本各地から戦力を集結するまでの間、私たちは訓練を受けている。

 内容はズバリ、リーダーさんが言う通りにヘリボーン。

 

 当たり前の話なんだけど、甲板から海に飛び降りるのはとても危険だ。

 人間ならそこまで危険ではない。場合によってはスクリューに巻き込まれてミンチ肉になったりもするが。

 そう言うのを度外視すれば、水に飛び込むので下手なことをしなければ怪我をすることはない。

 

 が、私たちは艦娘。水上に立つ存在だ。つまり、地面に落ちたのとまったく同じ衝撃を受ける。

 護衛艦の甲板から水面までの高さは艦によってまちまちだが、ザラに5~6メートルはある。

 私なら余裕だが、骨折なんかの大怪我もありえるし、頭から落ちたら普通に死ぬ。

 

 回収を受ける時も、そんな高い壁よじ登れない。

 そのため、ヘリでの回収と降下は必須の能力と言うことになる。

 まぁ、ぶっちゃけ、私と皐月は護衛戦の時に何回もやったのだが。

 

 

 

 訓練に関しては大して面白みもないので省略する。

 天ねーにビスケット・オリバごっこやれとか言われたが、誰がやるか。

 あれは漫画だから出来ることだ。現実でやったらさすがの私でも腕がもげるわ。

 ただまぁ、天ねーの空中自爆ストリップショーはなかなかの見物だったな。

 

 そうして訓練を積み、基地に押し寄せるマスコミに辟易したりして日々を過ごすうちに、戦力の集結が完了した。

 私たちは燃料弾薬の節約のため、護衛艦へと乗り込んでの出撃となる。

 

「はぁー……なんや。えらい緊張してきたわ」

 

「んだよ、らしくねぇな。いっつも楽勝だぜ、って顔で試合もやって来たじゃねえか」

 

「それはボクシングだからや。相手はいつだってうちより弱い」

 

 ボクシングなら負ける余地がない。ノーガード戦法で無理やりぶん殴りに行けばそれで勝てる。

 だが、艦娘としての戦闘ではそうもいかないのだ。

 

「洒落にならんような戦力、揃えてるんやろな……」

 

 当たり前のように駆逐棲姫や軽巡棲姫がボロボロ出てくる世界だ。

 戦艦棲姫×6みたいなわけの分からん編成が出てきても私は驚かんぞ。

 

「そうだとして、引き下がる理由になるか?」

 

「ならんね」

 

「んで、死んでやる理由になるか?」

 

「うん、ならんね」

 

「なら、勝てねぇわけがあるか?」

 

「はっ、上等やわ」

 

 天ねーが突き出して来た拳に、私も拳を合わせる。

 

「死んだやつは、うちが墓石に未開封返品って刻んだるから覚悟せぇよ」

 

「そりゃ死ねねーな。黒潮が死んだらどうすんだ?」

 

「うちが死ぬわけないやろ」

 

 なんて、なんの確証もないことを言って、私と天ねーは笑い合う。

 

「うちもまだ死ねんからなぁ。ぎょーさん給料もろてるんやから、死ぬ前にバァーッと豪遊せな死んでも死に切れんわ! そやろ、黒潮!」

 

「そやねぇ。うち、牝馬買い漁って片っ端からクワイトファインの種付けるのが夢なんや……」

 

 名血は決して枯れないと言うが、やはり直系子孫が残って欲しいところ……。

 

「クワイトファイン……? ようわからんけど、なんや豪遊する予定がある言うことやな!」

 

「そや」

 

 まぁ、1億円程度の給料ではとてもではないが無理だったりするのだが。

 適当な牝馬ならともかく、良血の牝馬を買い漁ろうとしたらそうもなる。

 

「鳳翔さんも、なんや豪遊する予定は?」

 

「私ですか? そうですね……零戦の保存活動などにお金を使いたいですね」

 

「渋ゥ! な、なんや、意外な趣味出てきよったな……皐月はどない?」

 

「ボク? ボクは……うーん……1億円なんて想像したこともないから思いつかないや!」

 

 まぁ、普通はそうだわな。

 

「なるほどなぁ。天龍はどうなん?」

 

「俺か? まず、俺ん家の建て直しかな……地震とかでガタ来てっから、開かねぇふすまとかあんだよな……」

 

「堅実なところ突いてきよんな……」

 

 ちなみに天ねーの家の幾つかは開かないふすまのせいでガチ開かずの間になっている部屋が2つある。

 ふすまを突き破って往来可能にした部屋があるくらいである。私が開けようとしても開かなかったので、あれは常人には開けるのは無理だ。

 

「うーん、よし。誰も死亡フラグ立てへんかったな。完璧や」

 

「なんや、うち実は婚約者がおって、この戦争が終わったら結婚するんや……とか言うたらよかったか?」

 

「龍驤さんに婚約者?」

 

 上から下まで見下ろす。

 ちんちくりんなので、フィクションだと逆に相手は高身長……。

 あるいは、龍驤さんより小さい合法ショタだな。

 

「やっぱり、フィクションの定番として高身長な相手やったりするんかな? 逆に龍驤さんよりちんちくりんとか」

 

「おー、めっちゃ背ぇ高いで。通天閣より高いわ。肩幅も50メートルあるからな」

 

「いくらなんでもでかすぎひん? 店入る時頭やなくて向う脛ぶつけてまうやろ」

 

 龍驤さんの婚約者はガンバスターかなんかなの?

 

「まさにそこが泣き所やね。手ぇ繋ぐとか出来ひんし……ってそんなにデカいやつがおるわけないやろ!」

 

「おお、これが本場のノリ突っ込みか~」

 

 天龍が感心したように言う。悪かったな、私は産地偽装品で。

 ふと、気付けば私の胸に凝っていた緊張感は無くなっていた。

 龍驤さんは狙ったんだろうか? そうなのかもしれない。

 私は気負い過ぎていた自分にちょっとだけ苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各護衛艦乗員に告ぐ」

 

「先の騒乱において、我々自衛隊はなんらの働きをも示すことは出来なかった」

 

「自衛官の奮戦虚しく、多くの民間人の命が奪われ、数多くの文物が喪われた」

 

「戦い、数多くの深海棲艦を葬ったのは、艦娘の少女たちだった」

 

「……それを、私たち自衛官は悲しく思わねばならない」

 

「民間人の少女たちを戦わせてしまったことを」

 

「私たち自衛官が、民間人に守られたことを、恥じねばならない」

 

「自衛官は決して無意味などではないと、証明せねばならない」

 

「それは、予算を得るためでも、自衛官の意地でもない」

 

「自衛隊の、存在意義を問う話だ」

 

「自衛隊は日本国を防衛するための組織だ」

 

「それが果たせないのならば、我々が存在する意味はない」

 

「無駄飯喰らい、税金泥棒と誹られるのは、当然のことだ」

 

 

「私たちはなにもできなかった」

 

「私たちはなにも守れなかった」

 

「私たちは彼女たちに守られた」

 

 

「だから、私たちは戦わなければならない」

 

「だから、私たちは守らなければならない」

 

「だから、私たちは往かなければならない」

 

 

「歴史が、私たちを無能と言うのだとしても」

 

「名誉欲に駆られた下衆と言われるとしても」

 

「私たちは、戦わなければならないのだ」

 

「私たちが全滅するとしても」

 

「艦娘のみんなを絶対に守らなくてはならないのだから」

 

 

「艦娘のみんな」

 

「私たちを許さないでくれ」

 

「君たちを戦わせる私たちの無能を許さないでくれ」

 

「私たちのような情けない自衛官を、許すな」

 

「以上だ」

 

 

 

「艦隊、抜錨。目標、坊ノ岬沖」

 

「全艦、兵装使用自由。各自の判断で回避行動、迎撃行動を取れ」

 

「各員、その命がある限り、最善を尽くせ」

 



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