「私は犯人じゃない」 (アリスミラー)
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オグリキャップ「私は犯人じゃない」

 夜練習を終えてタマモクロスが自室に戻る。彼女は心なしかうきうきして見える。

 彼女は練習前に買ったプリンを楽しみにしていた。しかもなんと食堂の1日1つ限定の特製デザートである。今週は胃にも優しい特製杏仁プリン。毎日抽選が行われるのだが、今日はタマモクロスが当てたのだった。それを部屋に持ち帰って大事にしまっておいた。

 勇んで冷蔵庫を開けると……

「……ない」

 プリンは跡形もなくなっていた。彼女は思う。犯人は一人しかいない。

 ベッドでくつろいでいる同居人に向かって叫ぶ。

「おい! オグリ! ウチのプリン食べたやろ!!」

 明らかに動揺するオグリキャップだったが、口から出た言葉は謝罪ではなかった。

()()()()()()()()()!!」

 一瞬あきれるタマモクロスだったが、すぐに怒りを取り戻す。

「ウチの部屋の冷蔵庫にあったプリンがなくなったんやで! 同室のアンタ以外に誰が食べたっちゅうねん!!」

 オグリキャップはなおも犯行を否定する。

「それでも、私は犯人じゃないんだ!!」

 結局その押し問答は長いこと続いたが平行線で終わったのだった。

 

「……っていうことがあったんや! もうオグリとは絶交や! 絶交!」

「ははっ! まあプリン一つでそんなに怒ることねえだろう」

 タマモクロスは朝から愚痴を言っていた。相手はイナリワン。普段だったらここにオグリキャップやスーパークリークもいるのだが、今日は姿が見えない。

「ちゃうねん! プリンとられたことは腹立つけど、それ以上にいつまでもしらばっくれてごまかそうとする態度が気に食わないんや!」

 そう、タマモクロスが怒っているのはそこだった。いくら限定の特製プリンとは言え、正直に謝って他で埋め合わせをすれば済む話である。なのにオグリキャップは自分はやってないと言うばかり。初めは怒りはそこそこに、また面白い話ができたくらいに思ってオグリキャップに食って掛かったタマモクロスだったが、次第に本当に怒りを覚えてきたのである。

「まあ確かにオグリらしくはねえわな」

 イナリワンもまた、笑って聞いてはいたが、この話に違和感を感じていた。そもそもオグリキャップは食い意地が張っているウマ娘ではあるものの、人のものを盗むようなタイプではない。持ち前の天然のせいでタマモクロスの購入物を食べてしまったことはこれまでも何度かあったようだが、そういうケースでは誠意のこもった謝罪をしてきたそうだ。

 そして、もう一つタマモクロスの話で気になる部分があった。

「なあタマ。オグリはお前に問い詰められて、なんて言ってたんだ?」

「なんて言ったも何も、『()()()()()()()()』の一点張りや。参るでこれは」

 なるほど。

 これはオグリと直接話して確かめることがある。イナリワンはそう思った。

 

 そして昼休み。イナリワンはオグリキャップを見つけて話しかける。

「おお! オグリ! 聞いたぜ。昨日タマのプリン食っちまったんだろ。朝から愚痴聞かされて参っちまうぜ!」

 オグリキャップが目をそらす。

「イナリか……その話はもうやめてくれないか。私は本当に犯人じゃないんだ」

 そのばつの悪そうな態度は確かに犯人と符合する。だが……

「まあそう言うなよ。一つ聞かせてほしいことがあるんだ」

「……なんだ?」

 イナリワンが問う。

「……お前。今回の事件について()()()()()()()()

 オグリキャップがこれまでとは違う動揺を見せる。

「……! 私は犯人じゃない! 話はそれだけだ。私は教室に戻る!」

 そのままそそくさとその場を後にするオグリキャップ。

 それを見てイナリワンは確信する。オグリキャップは犯人じゃない。

 タマモクロスに伝えよう。真犯人を見つけるのだ。そして―

(教室戻ったら気まじいなあ……)

 イナリワンとオグリキャップは同じア行で席は前後である。後ろからの視線が、怖い。

 

「なんやてイナリ!?」

 タマモクロスが大げさに驚く。

「西の高校生探偵みたいな反応するじゃねえか……」

 お約束の反応につっこんでから、イナリワンは説明する。

「おかしいと思ったんだ。人に盗みを疑われた時、普通なら『()()()()()()!』っていうはずなんだよ。『()()()()()()()()()』なんて言い方するやつはめったにいねえ」

 ふむふむとタマモクロスは相槌を打つ。

「なるほど。そこをオグリに直接確かめに行ったっちゅう訳やな。基本的にオグリは嘘はつけない。あいつの言っていることを総合すると、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』っちゅうことになるんやな」

 確かにそうだとタマモクロスは納得する。そして同時に新たな疑問がわいてくる。

「……だとするとオグリは共犯ってことにならへんか……?」

 そう、犯人じゃない者が事件を知っているというのは2つのケースが考えられる。目撃者か共犯者かである。目撃者である可能性は切っていい。もし本当にただの目撃者ならそれをタマモクロスに隠す必要がない。加えて言えば、トレセン学園に単純な身体能力でオグリキャップに勝てるウマ娘はいない。犯人が逃げ切れるはずがないのである。

「ああ、広い意味でオグリは確実に共犯だ」

 広い意味で、というのは共犯者になったタイミングとそのモチベーションの話である。犯行の発起のタイミングから関わっていて、犯人とともに犯行を行ったというのだけが共犯ではない。事件を目撃して犯人を捕まえた後、その事情を聴いて犯人を開放した、というケースも共犯と言えるし、脅されて仕方なく事件について黙秘を貫いている、というケースも共犯と言える。

「となると次の疑問は……」

「ああ……()()()()()()()()()()()()()、だ」

 タマモクロスが続ける。

「オグリは正義感が強い。そのオグリが犯人に協力、もしくは見逃したんだとしたら、オグリなりに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことや」

「そしてそれだけの理由があるのなら、あたしら、特にタマには事情を話してもいいんじゃないか?」

 彼女らはともにトゥインクルシリーズを戦ってきた戦友である。何年もの間、時に仲間として、時にライバルとして切磋琢磨してきた彼女らの絆は強い。そのオグリキャップがタマモクロスに不義理を働いてまで、かばおうとする人物がいるのだろうか。

「……クリークか……」

「ああ……それしか考えられねえ……」

 スーパークリーク。彼女もまたオグリキャップやタマモクロス、イナリワンとしのぎを削ってきた仲である。彼女ののっぴきならない事情ならオグリキャップは黙秘を貫くだろう。

「よし! 行くで! イナリ!! クリークのやつをとっちめて吐かせるんや!!」

 とタマモクロスが威勢良く言い放ったところで

「私がどうかしたんですか~?」

 現れたのはスーパークリークだった。ふたりは飛び上がって驚いたが、なんとか平静を取り戻す。

「おいてめえクリーク! タマのプリン食っただろう!! 正直に言ったらどうなんだい!」

 イナリワンが問い詰めるが、スーパークリークは動じない。

「プリン? 何のことですか?」

 その態度にタマモクロスが食って掛かる。

「昨日ウチのプリンが無くなったんや! オグリは犯人じゃないって言ってる! お前が犯人以外考えられんねん!! 弁償せえや! 弁償!」

 スーパークリークが困った顔をする。

「本当に知りませんよ。だって私……昨日はずっとタイシンちゃんたちと一緒にいたんですから。それに今日は限定プリンはお休みですよ~」

 タイシンちゃん、というのはスーパークリークと同室のナリタタイシンのことである。

「うそつけ! そんなんタイシンに確認すればすぐにわかることやで! プリンは当たるまで並ばんかい!」

「本当だよ」

 気が付くとナリタタイシンがそこにいた。

「うおっ!! お前ら似たような登場するんじゃねえぜ! ……というか本当なのか?」

 ナリタタイシンが面倒くさそうに答える。

「昨日は、ハヤヒデとチケットも一緒に夜練をして、シャワーを浴びた後、そのままうちの部屋に来てずっと今度のレースについて話してたよ。その間クリークもずっと一緒にいたはずだ」

「……何時から何時ごろまでだ?」

「夕飯を食べたのが18時半ごろ。そのまま一度部屋に戻ってから夜練をした。最終的に解散したのは23時ごろだ」

 タマモクロスが表情をゆがめる。彼女が食堂でプリンを手に入れて冷蔵庫に入れたのは19時ごろ。プリンが無くなったのが発覚したのが21時半ごろである。スーパークリークが犯人である線はなくなった。

 その後スーパークリークとナリタタイシンは自室に帰り、推理は白紙に戻った。

 

 その夜タマモクロスはベッドの中で考える。もちろんオグリキャップとは口を利いていない。

(オグリは確実に犯人を知っていて、それをかばっている……それをウチに言えない理由はなんや? オグリの頼みならよほどのことでもない限り、聞いてやるさかいに……)

 そう、犯人を隠したいなら隠したいで、それを正直にタマモクロスに言えばいいのだ。犯人は知っているけど〇〇な理由があってどうしても言えない、すまん、タマ。こういう風に言ってくれれば、それ以上の詮索はしない。タマモクロスはそういうウマ娘だ。それはオグリキャップもよく知っていることだろう。ということは……

()()()()()()……っちゅう訳か……)

 たとえ相手が親友のタマモクロスでも絶対に言えないほどの事情。かつそれを共有できるほど深い関係値をオグリキャップと持つ人間。

(でも、クリークでもイナリでもない。だとすると、メモリーかチヨノオーか? いや、しっくり来ない。何か見落としがあるはずや……オグリと親しいやつ……)

 その時タマモクロスにひらめきが走る。

(……そうか! 犯人はあの人や! あの人が犯人ならオグリが誰にも言えないことにも説明がつく!)

 すべてを理解したタマモクロス。オグリキャップはすでに寝ているようだ。今日は自分ももう寝よう。

 そのままタマモクロスは深い眠りについた。

 

 そして翌日。

「おう! オグリ! はよ起きんかい! 朝やで朝!!」

 タマモクロスがオグリキャップを起こす。

「……どうした、タマ?」

 オグリキャップが警戒しながら答える。無理もない。一昨日大ゲンカして昨日は一言も口を利かなかったのだから。

「どうもこうもないて! いい天気やで! 朝練、う゛ち゛と゛や゛ろ゛う゛や゛!」

「……そうだな」

 ふたりが朝練の準備を始める。そしておもむろにタマモクロスが話しかける。

「あとプリンのことやけどな! これ以上()()()()()()()()。ただ話したいことがある。後で呼んだら来てくれるか?」

 それを聞いたオグリキャップは一瞬驚いた表情を見せるが……

「わかった……」

 それだけ言ってまた朝練の準備に戻る。そしてふたりは汗を流しに出かけるのだった。

 

 独りで夕飯を食べていたタマモクロスにイナリワンが話しかける。

「おう! どうしたんだい! 急に仲直りしちまってよ! ……プリンの件はもう済んだのかい?」

 タマモクロスとオグリキャップは、朝こそ少しぎくしゃくしていたものの、昼休みを過ぎるころには元のふたりに戻っていた。イナリワンはタマモクロスに真相にたどり着いたなら教えてくれと言っているのだ。

「ああ……多分な」

 元より推理を共有していたイナリワンには、真相を話すつもりでいた。夕飯の後、人気のない校舎裏で落ち合うことにして、タマモクロスは食事に集中する。

 ああ、それにしても本当にうまいご飯だ。トレセン学園の食事は一般的にも有名なほど、おいしいと言われており、加えて食べ放題かつ栄養価もバッチリだ。これが毎日食べられるなんて夢のような話だ。

「おばちゃん! おかわり!」

 育ち盛りのウマ娘たちがどんどんお代わりを注文する。その中にはオグリキャップもいた。それを横目にタマモクロスはとってきた分を完食する。

「……ごちそうさん」

 そして食器を片付けてから、オグリキャップが食べ終わるのを待って、話しかける。

「……オグリ、今から校舎裏に来てくれ」

 

 イナリワンが校舎裏に着くと、わずかに動揺を見せる。そこにはタマモクロスしかいないと思っていたが、実際はもう一人、オグリキャップがいた。

「……いいのかい? タマ……」

 タマモクロスがうなづく。

「ええんや。これは……けじめや」

 オグリキャップも覚悟を決めた表情で言う。

「プリンの件か。……だが、私は犯人じゃない」

 3人が人気のない校舎裏で向かい合う。月は雲で隠れていた。

 

「……で、一体だれが犯人だったんだい?」

 イナリワンが、タマモクロスに問いかける。

「まあ待てや。順を追って説明するで。……オグリは黙って聞いとき」

 オグリキャップは表情を崩さない。タマモクロスは少し間をとってから、話始める。

「今回の事件のキモは、なぜオグリは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、や。限定特製とはいえ、たかがプリンやで?」

 そう、所詮はプリン。親友であるタマモクロスと大ゲンカしてまで、黙秘しようとすることではない。イナリワンもそこまではわかっている。

「そうだ。そんなにプリンが食べたいのなら、そもそもタマに頼めばいいし、オグリも隠す必要がない」

 タマモクロスが続ける。

「ということは、や。犯人の狙いはプリンを食べることやあらへん……()()()()()()()()()()()()()()()だったんや」

 プリンを食べるのが目的ではないのなら、プリンを食べさせないのが目的。考えてみれば当たり前のことだ。だがそれには疑問が付きまとう。

「そんなことをして犯人に何の得があるんだ? そもそもそんなことを望むやつがオグリの知り合いにいるのか?」

 タマモクロスがオグリキャップを見つめる。わずかに表情に焦りが浮かんでいる。

「それが……いるんや。ウチにどうしてもプリンを食べさせたくなくて、かつオグリとの関係値も深い。ウチやイナリよりも、いやおそらくこのトレセン学園で()()()()()()()()()()()()()()()

 イナリワンはまだピンと来ていない。対してオグリキャップは明らかに動揺を隠せずにいた。

「やめてくれ……タマ」

 オグリキャップが静止する。だが、タマモクロスは止まらない。

「そう……真犯人は……()()()()()()()()()()()()()

 

 秋の夜、涼しい風が三人の間を通り抜ける。わずかの沈黙の後、イナリワンが口を開く。

「……確かに食堂のおばちゃんとオグリは仲がいいぜ。トレセン学園のウマ娘の中でも一番おばちゃんと仲がいいのはオグリだ。だがなんでそれがタマにプリンを食わせねえことにつながるんだ? しかも一日一個限定の食堂特製プリンだぜ?」

「……ここからは推測や。確証はあらへん。でもウチはほぼ間違いないと思ってる」

 イナリワンが黙って続きを待つ。オグリキャップも黙っている。

「食堂の限定デザートは週替わりや。だから週ごとに仕入れも変わる。それもあのメニューだけは特別で毎週交代で一人で、仕入れから料理までやっとる。そして今週のはじめ、月曜に抽選に当たったのはウチ。で、翌日と翌々日は限定メニュー自体が中止になった。これを聞いて思うことはないか?」

 イナリワンが答える。

「なんらかの理由であたしら生徒に()()()()()()()()()()()()()()()()ってことか……だが、いったいなぜ?」

 タマモクロスがゆっくりと話し出す。

「うちらウマ娘はアスリートや……そのウチらにどうしても食べさせたくない食べ物……おそらく」

 タマモクロスが深呼吸をする。これを言ってしまってはもう後戻りはできない。オグリキャップのほうを見る。彼女もまたタマモクロスを見つめている。逃げることは許されない。

「……()()()()()()()()()()()や」

 

 ドーピング規定。ウマ娘に対しては特に厳しく検査される。その上その基準は日々変わり続けており、「うっかりドーピング」をさけるためにトレセン学園では厳しく薬やサプリ、当然食材にも気を使っている。しかし、「週替わりの限定デザート」だけは話が別である。これは担当となった調理師が責任をもって仕入れから調理までを行う。そこだけは学園の管轄の外である。しかし……

「待てよタマ」

 イナリワンが制する。

「ドーピング禁止物質なんてそう簡単に混入しねえぜ。あれは基本的に薬やサプリに入ってるもんだ。食事、ましてデザートになんて入らねえはずだぜ」

「その通りやイナリ。でもな今週のメニューは杏仁プリンだったんや。思い当たることあるやろ」

 オグリキャップがわずかに表情をゆがめる。イナリワンはそれを横目に質問に答える。

「……()()()()……」

 漢方薬は、薬膳料理には普通に入っている。今回のデザートである杏仁プリンにも漢方薬が入っていた。そして漢方薬の中には一部ドーピング検査に引っ掛かる成分が含まれている。

「そうや。もちろんその成分が一発で規定値を超えるとは限らへん。ただ裏を返すと規定値を超えれば即アウトや。だから絶対にウチからプリンを回収する必要があった。だが……」

「……一度出してしまったプリンを回収するためにはミスの説明をしなければならない」

 そう、そしてそれは間違いなく公になる。トレセン学園のウマ娘はドーピング集団、そんなそしりを受けるだろう。そうなればトレセン学園の食堂の、ひいてはトレセン学園自体の評判が地に落ちる。

「それが発覚した時、食堂内は騒然となったはずや……そしてそれに気づいたのが、普段から料理長と仲の良いオグリだったんや」

 タマモクロスがオグリキャップのほうを見る。オグリキャップは無言である。それは肯定の証だった。

「オグリ、あんたは人が困ってるとなったら一歩も引かん。根負けした料理長はあんたにしゃべったんや。プリンに禁止薬物が入ってる可能性があること、そしてプリンを回収しなければならなかったこと。そして、あんたはプリンの回収を手伝うことにしたんや。……違うか? オグリ」

 オグリキャップが空を見上げる。月はまだ隠れていた。

「かなわないな。タマには」

 タマモクロスのほうを見て微笑んだ。イナリワンは黙っている。オグリキャップが話し始める。

「全部タマの言う通りだよ。私はあの日いつも通り、食堂が閉まるギリギリまで夕飯をお代わりしていた。その時、急に食堂の雰囲気が変わったんだ。それで何があったか聞いても教えてくれない。それでも食い下がったら、全部教えてくれたんだ。そして私たちにとって2つ運がいいことがあることが分かったんだ」

 タマモクロスがその先を受ける。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そして()()()()()()()()()()()()()()、やな」

 オグリキャップがうなづく。

「これなら簡単にプリンを回収できると思ったんだ。それで、実際にうまくいった。いやばれたってことは失敗だったのか」

 オグリキャップがタマモクロスのほうを向く。そして頭を下げた。

「頼む! タマ。許されていいことじゃないのはわかってる。でもおばちゃんは本当にいい人なんだ! 地方から来た私に本当に良くしてくれた! 大体今回のプリンはおばちゃんが作ったわけじゃない。他のスタッフが作ったんだ。それにまだ誰も傷ついてないじゃないか! お願いだ。このことは誰にも言わないでくれ!」

 深くお辞儀をするオグリキャップ。だが、タマモクロスは

「すまん。オグリ。気持ちはわかるが、それは通らん。きっちりと報告させてもらう」

 冷酷にもそれを拒んだ。オグリキャップは顔を挙げる。彼女は力なく笑った。

「そう……だよな。被害者の君が言うんだ。しかたない。こんなことを頼んですまなかった。……じゃあ私はもう部屋へ戻るよ。おやすみ。タマ、イナリ」

 そう言ってその場を離れるオグリキャップ。それを黙って見つめるタマモクロスとイナリワン。しかしふたりはその場を動こうとはしなかった。

 

 長い沈黙を裂いて、イナリワンが切り出した。

「……おいタマ()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 タマモクロスが答える。

「……さすがイナリやな。今ので説明は半分。だが、ここから先はオグリには聞かせるわけにはいかん。……イナリ、とりあえず気になってるところ言ってみ?」

 イナリワンが受ける。

「……オグリは()()()()()()。これは最初から言ってることだ。つまり、実際にタマのプリンを盗んだのはオグリじゃなくて、おばちゃんだったってことになる。おそらくオグリは鍵を開けておいて普通に夜練に行ったんだ」

 タマモクロスがうなづく。続きを促しているようだ。

()()()()()()()()()()()()()() ()おばちゃんがウマ娘の部屋に入っていくのがばれた時点でアウトじゃねえか。オグリが自分の部屋に入っていってプリンを処分する方が自然だ」

 イナリワンが続ける。

「まだあるぜ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そもそも今回の事件がお前によって解かれたのは、オグリが自分は犯人じゃないと言い張ったからだ。もしオグリが最初に、『自分が食べた。ごめんなさい』って言ってれば、それ以上追及されることはなかった。いったいなぜなんだ?」

 タマモクロスがゆっくりと息を吐く。これが最後の謎解きだ。

「イナリ、あんたの疑問はもっともや。だがオグリは気づいてない。おそらく一つ目の疑問に対しては『夜練に行かないと怪しまれる』。2つ目の疑問に対しては『お前は嘘が下手だ。犯行はこっちでやるから、お前は犯人じゃないとだけ言い続けろ』とまあこんな感じでごまかしたんやろな」

 だがイナリワンは納得していない。それを見てタマモクロスが続ける。

「簡単な話なんや。この()()()()()()1()()()()()()()()()()()

「……1つ?」

 そう、これが最後の謎。食堂のおばちゃんこと料理長の今後をタマモクロスは知っていた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ふたりを再び風が包む。タマモクロスはさっきまで涼しいと思っていた風を今度は冷たく感じていた。

 イナリワンが質問を投げかける。

「どういうことだ? そもそも今回の犯行は、すべてが公になるのを避けるために行われたことだ。自首なんかしたら、意味がねえじゃねえか」

「いや、そうでもない。おばちゃんはプリンの回収に成功した。つまりウチや他のウマ娘にその事情を説明する必要がなくなったんや。だから今なら自首しても内内で処理できる問題になった」

 そう、自首しても食堂や学園に迷惑は掛からない。しかし……

「罪をすべて背負ってと言うが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 タマモクロスが答える。

「……そう、()()()や」

 オグリキャップ。彼女は確かに料理長の共犯者だ。料理長が自白することはオグリキャップの自白も意味する。

 しかし、それこそが先ほどの2つの疑問の答えにつながってくる。

「なあ、イナリ。じゃあ聞くが、オグリは何の罪に問われるんや?」

「何って……そりゃあ……」

 イナリワンは考えるが

「……()()()()

 何もなかった。

「……そうか。あいつがやったことは()()()()()()()()()()。加えてあいつは今回あたしとタマの追及に対して()()()()()()()……!」

 タマモクロスはうなづく。

「そうや。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり()()()()()()()()()っちゅうことや」

 料理長は今回の犯行が成功しても自首するつもりだった。そして失敗してもオグリキャップに罪が行かないようにしていた。

 イナリワンは一連の出来事を思い出しながら、かみしめるようにつぶやく。

「オグリは大好きな料理長を守ろうとした……そして料理長もまた、オグリを守ろうとしてたってことか……」

 

 さっきまで雲に隠れていた月がふたりを照らす。

「なあ……タマじゃあさっきのオグリに言ってたやつは……」

 タマモクロスは料理長をしかるべきところに報告する、といった。だが、

「あれは嘘や。だがオグリにとって結果は同じ。もし、ウチが今の推理をオグリに言えば、オグリはすぐ自首しに行くやろ。でももう少し経っておばちゃんの処分が決まれば、もう後からオグリが自首したところでまったく取り合われないはずや」

 タマモクロスが月を見上げる。きれいな満月だった。

「オグリがやったことは褒められることではない。でも、おばちゃんはリスクを背負ってオグリを守ったんや。なら、その思いに応えたい」

 イナリワンもまた月を見上げていた。

「なぜそこまでおばちゃんのことを? ……ってこれは聞くまでもねえな」

「ああ」

 タマモクロスが微笑む。

「うちもおばちゃんの料理、大好きやってん」

 

 ~エピローグ~

 後日、食堂のおばちゃんこと料理長は解任となった。その理由は不明とされていて、このことが公になることもなかった。ウチはたずなさんに呼ばれてプリンは食べたか? と聞かれたけど、一口も食べてませんと言ったら解放された。

 突然の解任にウマ娘たちは騒然となり、その味を惜しんだ。また食堂の限定デザートはしばらく休止となった。

 料理は意外にも前と同じくらいおいしいとウチは思うけど、オグリは普段より食欲がないように見える。

 

 そんなある日、オグリが話しかけてきた。心なしかうれしそうだ。

「タマ! 今度の日曜一緒にスイーツを食べに行かないか?」

 どうやら、昔からこのあたりにある店らしいけど、最近凄腕のシェフが入ってきたそうだ。

 ちょっと迷ったふりをしてから、答える。

「プリン、おごってくれるなら考えるで!」

 オグリが自分のことのように胸を張った。

 

「ああ、きっと世界で一番おいしいプリンだ!」

 

 

 

 

 

 

 




スーパークリークの出番が少ないのは、もともと真犯人だったからです。

当初はほっこり恋愛オチにしようと思っていたのですが、オグリキャップのおばちゃんへの愛が勝りました。


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シンボリルドルフ「キスか…ふふ…したよ」

初期PVを見たことがあると、よりわかりやすいかなと思います。(あらすじに貼ってあります)

面白い()ですし、90秒程度なので、ぜひ見てみてください。



 ある日、トレセン学園生専用サイトにて、前々から告知されていたPVが上がった。

 それは多くの者に衝撃を与えた。

 もちろんPVの出来が良かったのはあるが、特にそのうちのワンシーン。

 『葦毛の怪物』オグリキャップと『皇帝』シンボリルドルフ。

 学園内で人気を二分するふたりの、キスシーンだった……

 

 PVがアップロードされた日、学園内ではその話でもちきりになっていた。

「おお! オグリ! 見たでPV。突然会長とアイススケート始めたと思たら、キスするんやもんなあ! いろいろカオスで笑ってもうたで!」

 そうオグリキャップに話しかけたのは、彼女の同室のタマモクロスであった。

 オグリキャップの表情は険しい。タマモクロスが続ける。

「まあ照れんなやオグリ! それよりいつ撮影したんや? アイススケート場なんてこの辺あったかなあ? あ、それとも……」

「タマ」

 オグリキャップがタマモクロスの言葉を遮る。その雰囲気にタマモクロスは普段と違うものを感じる。オグリキャップの次の言葉を待つ。

「……知らないんだ……」

 オグリキャップは消え入るような声で言った。

「知らない?」

 タマモクロスが聞き返すと、オグリキャップは虚空を見つめたまま、次のように言った。

「知らないんだ。私はあんな映像知らない。撮影もしてない。もちろん……その……キスもしてないんだ」

 

 トゥインクルシリーズPV。それは毎年この時期に発表される、トレセン学園の中でも指折りの人気ウマ娘たちを集めて作成するPVである。

 前々から告知はされていて、そこにはシンボリルドルフ、オグリキャップ以外にも、ナリタブライアン、サイレンススズカ、マルゼンスキーなどそうそうたる面子が招集されていた。

 ちなみに選ばれなかったタマモクロスは若干腹を立てていた。

 しかし今年に限っては、撮影されたという話は聞こえてこなかった。もしかして今年はないのか?と思われたところで、突然告知されアップロードされたのである。

「イナリ、どう思う?」

 今朝の話を受けてタマモクロスはイナリワンに尋ねる。

「どうってそりゃあいいことではねえわな」

 でもまあ、とイナリワンは続ける。

「オグリのやつはPV出演に許諾はしていた。今回のはおそらく合成か何かだとは思うが、承諾書にそういうのを作っていいって書いてたんじゃねえか?」

 タマモクロスもうなづく。

「そう考えるのが妥当や。今回のPV、キスシーンがあったとはいえ、全体的には過激なものだったり、イメージを損なうものでもなかった。オグリのキスシーンも一応光で隠れてたしな」

「オグリがどうしてもあのシーンを差し替えてほしいとなったら、誰か別の人に差し替えてもらえばいいんじゃねえか。どうせ合成だろうしよ」

 タマモクロスもイナリワンと大体同じ意見であった。

「そうやな。それくらい訳ないか」

 とりあえずはそのような結論に至って、この話は終わりとなった。

 

 ……はずだった。しかし翌日衝撃のニュースが飛び込んでくるのである。

 

「なんだ……これは……」

 オグリキャップは朝トレセン新聞を読んで固まっていた。トレセン新聞とは、レースのことから、トレセン学園のゴシップまであらゆるものを取り扱う学内新聞のことである。作っているのは新聞部だ。

「どうしたオグリ? そんなにショック受けて。あ、わかったで! 食堂閉鎖とかやろ!」

 タマモクロスが軽口を叩きながらその記事を読むと……

「なんや……これは……」

 オグリキャップと全く同じ反応をしてしまう。それはシンボリルドルフがPVについてインタビューを受けた記事で、でかでかとこう書いてあった。

『キスか……ふふ……したよ』

 

 その記事を要約すると次のようになる。PV撮影に挑むことになったシンボリルドルフとオグリキャップ。ふたりともアイススケートなどやったこともなく、最初は途方に暮れたが、1日スケートリンクを貸し切ったという話を聞いて覚悟を決める。ほとんど休まず練習し続けることでなんとか最後は成功させることができた。そしてキスシーンについてだが、「フリ」ではあるが確かにした、と書かれていた。

「……おいオグリ。これは直接聞きに行くしかないで」

 タマモクロスはシンボリルドルフの元へ乗り込むつもりであった。それはこの一件に何やらきな臭さを感じたからだ。それだけではない。彼女は怒っていた。親友が勝手に常識はずれなPVに使われた上、あまりにも彼女の気持ちを軽視しすぎている。むしろこちらの方が大きな理由だった。

「ああ。行こうタマ」

 オグリキャップもまたシンボリルドルフと話がしたいと思っていた。彼女の知るシンボリルドルフはこんなことはしない、という思いがあった。そのイメージの解離に何か理由があると思ったからだ。

 ふたりはその勢いのまま、シンボリルドルフのいる生徒会室へ向かう。

 

 生徒会室には、会長シンボリルドルフだけではなく、副会長のエアグルーヴ、ナリタブライアンもいた。

「どうしたんだ? そんな顔して。お茶でも入れるからふたりとも落ち着いたらどうだ」

 いつもと雰囲気の変わらないシンボリルドルフに、まずオグリキャップが切り込む。

「お茶はいらない。お茶菓子があるなら欲しい。会長、この記事は何なんだ? なぜこんな嘘をついたんだ?」

 だがシンボリルドルフの余裕は崩れない。

「嘘? 何のことだ? 私たちふたりはアイススケートをしたじゃないか。……そしてキスも」

 オグリキャップの顔が赤くなる。

「そ、そんなことしていない!」

「ふふ。どうかな。君が忘れているだけじゃないか? ……まあ君がどうしても、というなら顔の部分だけ差し替えてもいい。まだ本発表前だからな」

 シンボリルドルフに押されるオグリキャップを見かねて、タマモクロスが反撃に出る。

「おお会長。えらい余裕やんか。撮影をしたってことは、撮影日の記録も残ってるってことやろ? 教えてくれや。隠すことでもないはずやろ」

 しかしなおもシンボリルドルフは悠然としている。

「ああ、それならスケジュール帳に書いてある。……エアグルーヴ」

「はい」

 エアグルーヴが日誌を持ってくる。そこには確かに撮影日が記載されていた。

「……この日にオグリが撮影に来た証拠は当然あるんやろな」

 タマモクロスが問いかけるが……

「逆に聞くがオグリキャップが来なかった証拠はあるのかな? 私の記憶が正しければ、その日のオグリキャップはオフだったはずだが」

 白々しい。オグリキャップがオフの日を探して、その日に撮影を行ったことにしたに違いない。タマモクロスはそう思ったが証拠がないこともわかっている。

「……そっちがその気なら、こっちだって容赦はせん。徹底的に調べてやるから、覚悟しい」

「ふふ……楽しみにしているよ」

 タマモクロスとオグリキャップは生徒会室を出る。シンボリルドルフは不敵な笑みを浮かべていた。

 

「会長はあくまでしらを切りとおすってことか」

 イナリワンがふたりの話を聞いて答える。

「まず考えるべきは会長の狙いだな。会長はどうしてもスケートリンクでオグリと撮影したと言い張りたいように見える。いったいなぜだ? それを考えれば、真実は見えてくるはずだ」

 タマモクロスとオグリキャップがうなづく。

 スケートリンク、か。最初にあのPVを見て思ったことは、この近くのどこにスケートリンクがあったかな、ということだった。タマモクロスは考える。スケートリンク。貸し切り。実際は撮影してない。……まさか……

「もしかして生徒会は、不正に予算をもらってるんとちゃうか……?」

 タマモクロスがそういうと、イナリワンがうなづく。オグリキャップはピンときていないようだ。

「どういうことだ?」

 オグリキャップの疑問をイナリワンが受ける。

「つまり、だ。生徒会は、スケートリンクを貸し切ってPV撮影をすると言って、学園から金を引き出した。だが実際はそれを行わず、その分のレンタル代や機材費を丸々プールしたってことさ」

 オグリキャップが顔を曇らせる。

「……それってかなりまずいことなんじゃないのか?」

 タマモクロスが答える。

「まずいなんてものやあらへん。……下手したら犯罪や」

 

 三人が口をつぐむ。沈黙を破ったのはイナリワンだった。

「これを確かめるためには、予算の申請書があればいい。そこに書いてあるスケートリンクに問い合わせれば、本当にスケートリンクを使ったかはっきりするはずだ」

「だけどどうするんや?」

 タマモクロスが尋ねる。

「予算の申請書なんて、生徒会室に厳重に保管してあってそう簡単には見れないはずや。それに今日生徒会に行って感じたことやが、おそらく会長の単独犯行やあらへん。エアグルーヴとブライアンもグルや」

 そう、予算申請書が見たいと思っても、まず生徒会室に入れない。また入れたとしても書類の場所など全くわからない。それで見つけるというのは至難の業だ。そもそもシンボリルドルフの前でタマモクロスはあれだけの大見栄を切った。生徒会はタマモクロスやそれに近しい人を警戒しているはず。書類を盗み出すというのは不可能に近い。

 だが、イナリワンがニヤリと笑う。

「あたしに考えがある。生徒会役員じゃないが、生徒会室にいつも入り浸ってる変わり者がいるじゃねえか。あいつに頼むんだよ」

 そうか。確かに彼女なら生徒会室に入ることもたやすいし、普段から手伝いもしているらしいから、書類の位置も把握してるかもしれない、とタマモクロスは思う。オグリキャップがその名を口にした。

「トウカイテイオーだな」

 

 トウカイテイオー。中等部一の天才との呼び声高いウマ娘。シンボリルドルフにあこがれてトレセン学園に入学した。それゆえ暇な放課後はいつもシンボリルドルフのいる生徒会でくつろいでおり、いまや生徒会室の風物詩となっていた。

 休み時間、三人は中等部に向かう。

「トウカイテイオー、ちょっといいか」

 オグリキャップがトウカイテイオーの教室の前で呼びかける。するととたんにクラス全体がざわつき始める。

 無理もない。オグリキャップ、タマモクロス、イナリワンと言えば高等部の中でもかなりの強者として名をはせている。その三人がわざわざ中等部の教室まで来て呼び出しをかけているのだ。しかし当の本人はどこ吹く風で楽しそうに答える。

「オグリキャップじゃん! ボクになんか用? レースのお誘いなら大歓迎だよっ!」

 

 4人は人気のないところまで移動する。タマモクロスが話を始めようとしたところで、トウカイテイオーが冗談めかして言う。

「なになに? こんなところまで連れてきて上級生三人で囲んじゃってさあ。変なことしたらカイチョーに言いつけちゃうもんね!」

 食えないやつだ、とタマモクロスは思う。この状況でまったく萎縮していないどころか、何かあればすぐに生徒会に知らせる、と脅しをかけてきている。……まあ今回はまさにその生徒会の不正を暴こうというのだが。

「単刀直入に言う。生徒会室に忍び込んで、盗ってきてほしいものがある」

 タマモクロスが言うと、ふんふんと言ってからトウカイテイオーが答える。

「それだけ言われてもボクは何もできないなあ」

 事情を話せ、と言っているのだ。これは当然の反応だ。タマモクロスはこれまでのことをトウカイテイオーに話す。

 シンボリルドルフは撮影をしたと言ったが、オグリキャップの身に覚えがないこと。それを直接問い詰めに言ったが、しらを切られたこと。そしてもしかしたら、生徒会は不正に予算を受け取っているかもしれないということ。

「……ということや。協力してくれ。テイオー」

「……なるほどね」

 トウカイテイオーが何やらじっと考えている。その表情は真剣なものに切り替わっていた。そして少しの沈黙の後、彼女が口を開く。

「その話が本当なら、ボクは君たちに力を貸すよ。いくら会長のやることとはいえ、不正は絶対に許されない。でもね……」

 トウカイテイオーが言いよどむ。それを見てイナリワンが続きを急かす。

「でも、なんだ? 何かあるのかい?」

 トウカイテイオーがゆっくりと話し出す。言葉を選んでいるようだ。

「これはボクが会長のことが好きだから言うわけじゃないんだけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 オグリキャップもまた、それをなんとなく感じていた。黙ってうなづく。

「会長はね、あくまで学園のルールを守って行動するんだ。それはルールの奴隷ってわけじゃない。ルールに納得がいかなければ、それを変えることから始めようとする。学園の許可さえ出てれば、そのギリギリまでためらいなく行く。その会長がルールを破って不正をするなんて考えづらいんだよ」

 そうかもしれない。タマモクロスもしっくりきていた。そちらの方が自分のシンボリルドルフ像と合致する。その上自分よりも何倍もシンボリルドルフをよく知るトウカイテイオーがそれを言うのなら、きっとそうなのだろうと考える。

 この時点でタマモクロスは、トウカイテイオーに予算申請書を盗ませるのはやめておこうと思った。盗ませても意味がないと考えたのだ。なにより……

(現状テイオーはウチらに残された()()()()()や。それを勝算の薄いところに切るわけにはいかん)

 そう、今回の事件はどれだけ正確に推理できたとしても、その証拠及びそれに準ずるものがなければ意味がない。そしてその証拠を手に入れられるとしたらトウカイテイオーしかいない。しかも一度やってしまえばそれ以降は警戒されて、絶対に成功しないだろう。トウカイテイオーを使うなら、ここぞの急所を突かなければならない。

 そこまで考えたところでタマモクロスがトウカイテイオーに言う。実はこの作戦を思いついた時、どうしてもトウカイテイオーに言いたいことがあった。

「……わかった。とりあえず今は何もしないで待機しておいてくれ。だがもし、お前の手が必要になった時、協力してほしいんや」

 トウカイテイオーが答える。

「もちろん! ボクに任せて!」

 タマモクロスの体に若干力が入る。よし言うぞ! 今言うぞ! と思ったところで、

「頼んだぞ! トウカイテイオー。いや、これはむしろカイトウ…怪盗テイオーだな!」

 オグリキャップに先を越されてしまった。ウチが言いたかったのに! と思っていると、なぜか空気が凍っている。

「……オグリ。そりゃねえぜ……」

「カイチョ―でもそんな寒いこと言わないよ……」

 その後数瞬遅れて、いやしょーもないボケすんなやー! とつっこんだものの、少し傷ついたタマモクロスだった。

 

 数学の授業中タマモクロスは考えていた。何を? と聞かれれば、何を考えるかを考えていたのである。

(今回の事件の推理は白紙に戻った。今何を怪しんでいいのかわからへん。一体何について考えればいいんや)

「……であるからして加法定理を次のように変形すると」

 授業は三角関数についてやっていた。意味不明な加法定理を無理やり暗記したのも束の間、もう次の単元に入っている。

「……とこのようにすることで三角関数を合成することができます」

 どうやら三角関数の合成に入ったらしい。その前に三角関数が一体何の役に立つのか教えてくれ、とタマモクロスは思う。……その時ふと頭に引っ掛かる言葉があった。

(……合成?)

 タマモクロスの頭が急速に回り出す。

(そうや。ウチはスケートリンクは使わなかった、と考えてる。おそらくそれは正しい。じゃああのシーンはどうやって作られたものか。……合成や。ウチは合成なら何でもできると思い込んでた。でも、()()()()()()? あのPVは1分半程度のものだったが、そのクオリティは内容はともかく映像はかなりしっかりしてた。オグリのキスシーンだけやない。雪山で合宿するシーンから、何やらよくわからないウマ娘が出てきて、エフェクトみたいなのを出して走っとった。あんなの生徒に作れるんか? 作れないとして、あれは学園が作ったんか? わからない。前提として知識がない。誰かそういうのに詳しいやつ……)

 タマモクロスの頭の中にあるウマ娘がヒットする。理系でいつもパソコンをいじってるウマ娘だった。

 そんなタマモクロスを見て授業に集中していないと思ったのか、教師がタマモクロスを当てる。

「じゃあこの問題タマモクロス」

 タマモクロスが勢いよく答える。

「はい! エアシャカールに聞いてきます!!」

 

 エアシャカール。見た目はガラの悪そうなヤンキーそのものだが、実はデータと論理を信じる頭脳派。彼女なら動画作成における合成や編集についても詳しいだろう。

「おお、シャカール! 相変わらずクマすごいで。ちゃんと寝とんか?」

「……うるせェ。用がないなら帰れ」

 タマモクロスが話しかけると、信じられないほどそっけない反応を示すエアシャカール。一応ウチは先輩やで……と思いつつ話を続ける。

「用ならある。ちょっと聞きたいことがあるんや。なにほんの数分で終わる話や。付き合ってくれへんか?」

「無理。今忙しいンだ」

 そう言われることを予想していたタマモクロスには、用意していた話があった。

「……なあシャカール。この前ファインと豚骨ラーメン豚〇双に飯食いに行ってたなあ……?」

 エアシャカールの手が一瞬止まる。が、またパソコンを打ち出す。ファインというのはファインモーションというウマ娘のことで、エアシャカールの唯一と言ってもいい友人である。エアシャカールがファインモーションのことに関してだけ熱くなるのを、タマモクロスは知っていた。

「そこでファインのやつ濃厚スープの中に虫が入ってることに驚いて、卓上調味料を全部倒してたなあ……?」

 エアシャカールの手が完全に止まり、タマモクロスをにらみつける。それを意に介さず、タマモクロスは話し続ける。

「それを怒りのあまりの行動だと勘違いされて、誠意のチャーシュー丼をもらってたよなあ……?」

「……何が言いてェ?」

 エアシャカールがとうとうタマモクロスに問いかける。

「バラす。全部バラす。学園中にバラす。ファインを泣かす。明日のトレセン新聞の一面にしてもらう」

 バキン! エアシャカールの手の中でマウスがひしゃげる。

「てめェ……そんなことしたらわかってンだろうな?」

「何も大金ゆすろうってわけじゃないで。ほんのちょっとお話しよって言ってるだけや♡」

 エアシャカールはふぅーっとため息をついてから、タマモクロスに向き合う。

「なあ()()。夜道に気をつけろよ……。何が起きても知らねェぞ……」

「お前がウチの質問に答えてくれれば、それでもかまへんで」

 異様な雰囲気のまま、ふたりの話が始まる。

 

「まず前提として、あのPVはほとんど撮影は行われていない、つまり大半を合成で作ったものとして考えてくれ」

 タマモクロスがそう言うと、エアシャカールは黙って聞いている。

「ウチが聞きたいのは1つや。その前提の上で、あのPVについてどう思うか教えてくれ。特に映像技術に関してな」

 この質問に対して、少し考えてからエアシャカールが答える。

「あンたの話はにわかには信じがたい。あのPVは、正直CGとは思えねえほど精巧にできてる。だがあンたの言うことを前提とするなら、相当金がかかってることになるな。一からモデリングから始めて、言われてもCGだと確信が持てないほど人間に近づけるってのは至難の業だ」

 やはりそうか。あの映像は素人のタマモクロスが見てもすごいものだと思っていた。いったいどれほどの金がかかっているのだろうか? 

「あれは作ろうと思ったらいくらくらいかかるもんなんや? 何十万とかか?」

「はっきり言って想像がつかねェ。だが、数十万じゃ足りねえことは確かだ。数百万は堅いな」

 数百万……! しかも場合によってはそれ以上かかる……? タマモクロスはあまりの金額にくらくらしたが、少なくとも会長の一存で払える金額ではないことだけは理解する。やはり学園が制作に関わっているのだ。

 エアシャカールがさらに言う。

「あのクオリティは、PV1本とるためのものとはとても思えねェ。あれを作るのに数年単位でかかってるはずだ。それまでだって毎年PVは作られてたンだぜ?」

「来年以降もその技術を利用してPVを作るつもりなんじゃないんか?」

 そうかもしれねェが、とエアシャカールが続ける。

「毎年のPVだけのためにそれだけの金と労力賭けるのは、あまりに非現実的だとオレは思うね」

 これくらいでいいか? と言うエアシャカールに、ありがとさんと言ってその場を離れる。

 謎は深まるばかりだ。

 

()()()P()V()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()、か……)

 だとするとその技術は何のために作られたものなのだろうか? それともこれまでのことが全部嘘で、オグリキャップが恥ずかしがって本当のことを言えないだけなのだろうか? 

(いや、それはありえん)

 オグリキャップはそのようなウマ娘ではない。

 とうとう仲間を疑い出してしまった自分を戒めつつ、事件に関しては途方に暮れるタマモクロスの前を、

 

「青春デーイズ! 海に向かって走るぞぉー!」

 

 爆速で走り抜けていく葦毛のウマ娘がいた。

 そのウマ娘を見て、閃く。

(待てよ……それならありうるかもしれん!)

 そう思うが否や、タマモクロスはそのウマ娘を追って走り出す。

 走って、走って、走って、走って。

「……追いついたで。ちょっと止まれや」

 追いつく。

「ほお……。アタシに追いつくとはなかなかやるじゃねえか」

「当たり前や。純粋な末脚勝負なら、会長が相手だろうが、オグリが相手だろうがウチは負けん」

 そのウマ娘が走るのをやめたところで、タマモクロスが改めて話しかける。

「ちょっと話聞かせてもらうで……。()()()

 

 その夜、タマモクロスはトウカイテイオーに電話をかける。

「待たせたなテイオー。盗ってきてもらうものが決まったで」

 トウカイテイオーは黙って次の言葉を待っている。

「盗ってきてもらうものは、●●や」

「おっけー」

 トウカイテイオーがあっさりと返事をする。

「おいおいいけるか? バレたら終わりやぞ」

 と釘を刺すが、

「大丈夫大丈夫!」

 トウカイテイオーは翌日の天気の話でもするかのように、軽やかに答える。

「怪盗テイオー様は絶対だよっ!」

 最後にテイオーはそう言うと電話を切った。

 なんやあいつ案外気に入っとったんかい。

 そう思ってから、布団に入る。

 タマモクロスは寝るまでに何度も自分の推理を反芻する。

 明日が直接対決だ。

 

 放課後、生徒会室。

 すでに日は傾いており、夕日が生徒会室全体を照らしていた。

「やあ、待っていたよ。タマモクロス」

 シンボリルドルフが、タマモクロスが入ってきて早々に言う。その表情には余裕が見える。

「なんや。ウチが来ること知ってたんか」

 タマモクロスも薄笑いで返す。ここで動揺を悟られてはいけない。

「ふふ……どうだろうな。今はエアグルーヴもブライアンもいない。存分に推理を披露してくれ」

「奇遇やな。ウチも誰もつれてきてへん。……()()()()()()()()()()やろ。今からするウチの話」

「君の推理が正しければ、あるいはね」

「はは!間違いないわ。……ほな行くで」

 

 タマモクロスは落ち着くことなく、その勢いのまま話始める。

「今回の事件、ポイントは結局のところ1つや」

 ……しかしそれをシンボリルドルフはさえぎる。

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』、かな? 君たちはずいぶんそのことでいろいろな人に嗅ぎまわっていたようだからな」

 これはシンボリルドルフの戦略だ。相手の言うことをあらかじめ先回りすることでペースを握らせない。実際これによってタマモクロスの勢いも止まってしまった。

「……と思っていた」

 かに思われた。シンボリルドルフの攻撃をかわし、タマモクロスの推理はより深いところまで進んでいく。

「ウチらはもっと根本から考えるべきやったんや。『なぜ撮影をしてないのに撮影をしたと言い張るのか』ということをバカ正直に考えるんやない。さらに一歩戻る。『()()()()()()()()()()P()V()()()()()()()()()』。ここを考えれば徐々に事件の全体像が見えてくる」

 シンボリルドルフは黙っている。タマモクロスはそのまま続ける。

「詳しいやつに聞いたんや。あのPVで使われた技術は、あんなちゃちなPVのためだけに消費されていいもんやあらへん。逆に言えば、何かその技術を使うにふさわしいものがあって、その副産物としてあのPVができたんや」

 タマモクロスが畳みかける。付け入る隙を与えない。

「この技術はみんなから望まれて生まれてきたはずなのに、それが花開く前に封印された」

 シンボリルドルフの表情は普段と変わらないように見える。しかしその口元にわずかに歪みが生まれていることをタマモクロスは見逃さない。

 確かに自分の推理が正しいことを確信する。

 

V()R()()()()()()()。ウマネスト事件によって葬られた忌み子や」

 

 VRウマレーター。それは秋川理事長の一存によってできたVRシミュレーターである。これは何年もの開発期間を経て、今年の夏に完成するはずだった。しかし完成したと思われたその日に事件は起こる。ゴールドシップの暴走により、VRウマレーターのプログラムは異常をきたし、危うく全ソフトウェアのリセットが必要となる事態となったのだ。プレイヤー1人の暴走によってそのような機械全体の危機が起きてしまうこと、またプレイヤーの安全面の配慮も足りなかったことが問題視され、開発をし直さなければならなくなった。そしてすぐに調整は終わるかと思われたが、何か月たってもいまだに終わっていない。

 この一連の流れは、ゴールドシップがVRウマレーターをプレイしていた時に起動していたゲームにちなんで『ウマネスト事件』と名付けられ、トレセン学園の生徒の中では有名なものとなっている。

 

「ゴルシのやつにVRウマレーターについて色々聞いたで。VR世界は現実とほとんど変わりなくできていた。現実世界では走っているだけのはずなのに、VR世界ではいろんなアクションをすることができた。VRのキャラクターのモデリングは完璧だっただけでなく、VRウマレーターに一度も触れていないキングヘイローとセイウンスカイのモデリングも存在していた」

 タマモクロスは話し続ける。

「この機械を使うことができたと考えれば、あのPVすべてのシーンを作り出すことができる」

 雪山での練習。なぜか寮の部屋に飛び込んでくる雪。忍者のような走り方で他のウマ娘を抜いていく見たことのないウマ娘。そしてオグリキャップとシンボリルドルフのアイススケート。

 しかしここでシンボリルドルフが反論する。

「なるほど。VRウマレーターが使えれば、それは可能だ。だが本当に使えたのか? あれは完成したと思われた日に3人だけ使用して、そのまま使用禁止になったんだぞ」

 その通りだ。それがシンボリルドルフにとって最後の砦である。しかし同時に()()()()()()()()()

「確かにトレセン学園内ではそういう風に言われてる。……でもそれが嘘だったとしたら?」

「……どういうことだ?」

 タマモクロスがとうとうシンボリルドルフをとらえる。

「……会長、()()()V()R()()()()()()()使()()()()()

 

 ふたりの間に緊張が走る。秋の日が落ちるのは早い。すでにあたりは昏くなってきていた。

「続けろ」

 シンボリルドルフが悠然と言う。タマモクロスはそれに応える。

「あんたらの本来の計画はこうや。まずVRウマレーターの使用を公には禁止する。でもあれは、ゴルシが相当やばい使い方をしたから暴走したにすぎん。だから普通に使う分には何も問題なかったはずや。そこでVRウマレーターの安全プログラムを作るのに並行して、VRウマレーターを使ってPVを作っていった。そしてこのPVが発表される前に、VRウマレーターを完全なものにして、世間に発表する。その後PVを発表すれば、それはトゥインクルシリーズの紹介になるだけでなく、VRウマレーターの紹介にもなるっちゅう訳や」

 シンボリルドルフはなおも不敵な笑みを崩さない。だがタマモクロスには確実に追い詰めている実感があった。

「しかしそこで想定外のことが起こった。何か月経っても、VRウマレーターが完成しなかったんや。そしてその場合VRウマレーターを使ってPVを撮っていたという事実は()()()()()()()()()()

 暴走の危険性、人体への悪影響。VRウマレーターは一応このふたつを理由に封印されていた。それを生徒が使用していたとなったら……

「ゴルシの話を聞く感じ、VRウマレーターは99%は安全な機械のはずや。あいつが1%のバカだったってだけでな。だが世間がなんて言うかは想像に難くない」

 危険な機械を生徒に使わせるな! とバッシングが来ることは間違いない。もしPV発表の1日でも前に完成していれば、発表前にすでに完成していてPVをとっていた、と言い張ることができる。しかし現実はそれができなかった。

「だからあんたは実際に撮影が行われたことにするしかなかったんや。当然キスもな」

 タマモクロスはシンボリルドルフのほうを見る。

 ……だが、追い詰められたはずのシンボリルドルフは笑っていた。

「どうした? 何がおかしい。この推理は大きくは外れてないはずやで」

「ふふ……いやね、非常に面白いお話だとは思ったよ。なかなか筋は通ってる」

 だが、とシンボリルドルフは続ける。

()()()()()()()()()()。君の推理は推論に過ぎないんだよ。……もし予算申請書を証拠にしようとしているなら無駄だ。今回のPV撮影において、撮影費は生徒会じゃなくて、学園が直接支払っている。生徒会に証拠はないよ」

 

 タマモクロスが黙る。それは一見、シンボリルドルフに屈して絶句しているように見えた。しかし…

「……なぜ笑っている?」

 それを聞いたタマモクロスの顔もまた、笑っていた。

 とっておきの鬼札を切る時が来たのだ。

「証拠ならある。……これや」

 タマモクロスが携帯に保存してある写真を見せる。

 ここで初めてシンボリルドルフの表情がゆがむ。

「……これをどこで?」

 タマモクロスがしれっと答える。

「さあな。どっかに探偵に味方してくれる酔狂な()()がおったんやろ」

 それは生徒会のスケジュール帳の、とあるページのものだった。

 そこにははっきりとV()R()()()()()()()使()()と書かれていた。それもウマネスト事件よりも後の日付に。

 

 誰が盗ったか、それはもちろん気になるが、今はそれ以上に知りたいことがある。

「……どうしてスケジュール帳に証拠が残っているとわかった?」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 タマモクロスが最初に生徒会室に来てからわずか2日しかたっていない。その間警戒は怠らなかった。カギは生徒会役員しか持っていないし、戸締りもしっかりとしていた。『なんでもいいからVRウマレーターを使った証拠をとって来い』という漠然とした指示で、取ってこれるものでは決してない。

「……一番最初や」

「一番最初? あの生徒会室に来た日か?」

 そうや、とタマモクロスがうなづく。

「あの日、ウチはスケートリンクの使用日について尋ねた。そしてあんたは()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかしエアグルーヴが持ってきたのは()()()()()。これはなぜか?」

 タマモクロスはその日のことを思い出しながら話す。

「会長、あんたはスケートリンクの使用日が含まれるスケジュール帳のページに、ウチに見られて困る箇所がないことを知ってた。だからあえて自分の急所であるスケジュール帳を見せることで、逆にそれに対しての不信感をなくそうとした。対してエアグルーヴはそれを把握しきれていなかった。万が一VRウマレーターについて記述のあるページだったら、それが原因ですべてがバレることだって十分にありうる。だからエアグルーヴは日誌を持ってきた。日誌は学校に提出する、いわば()()()()()()。誰に見られても問題ないものやからな」

 これはトレセン学園生徒会の誇る会長と副会長、ふたりがともに優秀だったが故のすれ違いである。シンボリルドルフは生徒会長として自身のスケジュールを完璧に把握していたからこそ、攻めの姿勢が取れた。対してエアグルーヴは、スケジュールを把握しきれてなかったとはいえ、その一瞬でスケジュール帳に潜む爆弾に気づき、あまりにも自然にそれを処理した。いわば守りの姿勢と言える。

 そのほんのわずかのズレをタマモクロスは見逃さなかった。

「これでウチの手札はすべて切った。だがあんたの逃げ場ももうない。ウチからの要求は一つ。……なに、今更PVを非公開にしろなんて言う気はあらへん。ただ……」

 タマモクロスの語気がわずかに怒りを帯びる。

「オグリに謝れ。そんでトレセン新聞で今回のことは嘘でした、撮影はしてませんと言え。それだけや」

 これに対して、シンボリルドルフが言う。

「それはできない。撮影した、と言ってからそれを否定するなんていかにも怪しい。それによって注目を浴びることは避けたい。他の生徒の中にもVRウマレーターにたどり着くものが現れるかもしれないからだ」

 だがタマモクロスは譲らない。

「知らん。それはそっちの責任や。そっちで何とかしい」

 シンボリルドルフは大きくため息をついた後、語り掛ける。

「そうか……()()駄目か。タマモクロス」

 そしてそのまま、驚くべきことを言い放つ。

「じゃあ君はどうだい? ()()()()()()()

 タマモクロスがドアの方を向く。

 ……そこにはオグリキャップが立っていた。

 

 薄暗い夕闇の中、生徒会室の明かりだけが、煌々と光っていた。

 一瞬の静寂の後、オグリキャップが言う。

「なあ、タマ。もういいんだ。私は会長と撮影をしたよ」

「……それでいいんか?」

 オグリキャップの表情に迷いはない。

「ああ。いいんだ」

 タマモクロスはシンボリルドルフをにらみつける。

「なんや……全部()()()()()()()

 シンボリルドルフはタマモクロスが真実にたどり着いたことに気付いていた。そしてそうなってしまった以上、当事者のオグリキャップにまで真実を隠しておく必要はない。

 タマモクロスが推理や証拠集めに動いている間に、シンボリルドルフは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 タマモクロスは怒っていた。勝負はついていたのに、さも終わってないかのようにふるまい、自分を躍らせたこと。そして、どんな手を使ったかわからないが、オグリキャップが恥を忍んで学園のために折れるように仕向けたこと。

 だが、元々はキスをしたと噂されるオグリキャップのための推理である。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最後にタマモクロスは捨て台詞を吐く。

「この数日間の推理も全部無駄だったんやな。えらいただ働きさせられてもうたで」

 行くでオグリ、と生徒会室を出ようとするが、

「無駄だった、か。いや()()()()()()よ……」

 シンボリルドルフが意味深長なことを言う。しかしタマモクロスはそれには取り合わず、生徒会室を後にした。

 

 ~エピローグ~

 結局あの後、PVはそのまま配信された。

 タマは、なんでウチがいないんや! オグリのスケート10秒もやるくらいなら、ウチも出さんかい! と怒っていた。

 私はあのPVをいいとも悪いとも思わないが、世間ではにわかに注目をあびたようで、結果的には大成功だったのではないだろうか。

 またVRウマレーターはいまだに完成していない。まあ私は外で走る方が好きだから、問題はないのだが。

 

「なあ。オグリ。もし、もしやで。VRウマレーターの映像技術に注目して、どこかの企業がウマ娘の育成ゲームを作ったとするやろ」

 突然タマが変なことを言い出す。

「その時に、もしかしてウチは実装されないんとちゃうかな……?」

 どうして? と聞くと、

「だって、今回の人気ウマ娘を集めたはずのPVにも呼ばれなかったし、その上VRウマレーターの件で会長に嚙みついたんやで! その腹いせで、永遠に封印されるかもしれんやんか!」

 そんなことはない。タマのことを好きな人はたくさんいる。……そう言ってもタマの不安はぬぐえないようだ。

「全く、結局無駄になるんやったら、あんま推理せんほうが良かったかもなあ」

 そんな愚痴を言うタマに、それは絶対にない、とはっきり言ってやる。

「あんたがそう言ってくれるなら、よかったで!」

 タマがいつも通りの笑顔を見せる。

 そう、本当に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 明日からまたいつも通りの日常が始まる。

 走り続ける限り道は続いていく。

「明日も朝練頑張るで!」

「……ああ」

 私は、あのPVを見てトレセン学園に入学してくる未来のライバルに負けないように頑張ろう、そう思った。

 

 

 

 〜残された謎〜

――1日前、生徒会室

 

「……なんだ会長。話って」

「ああ、そこに座ってくれ。……君には真実を話そうと思う」

「……いいのか? どうしても言いたくないから隠していたんじゃないのか?」

「事情が変わった。君の相方はすでに真相にたどり着いている。証拠もつかんでいるかもしれない。それなら君が真実を知るのも時間の問題だ」

「……タマは本当のことを知っているのか?」

「あくまでおそらくだが、ほぼ間違いない。明日にでも生徒会に乗り込んでくるだろう」

「……わかった。じゃあ今回の件について説明してくれ」

「ああ。まずはじめに……」

 

「なるほど。そういうことだったのか」

「そうだ。そして君には申し訳ないが、撮影は行われたということにしてほしい。学園の信用問題にかかわることなんだ。頼む」

「……頭を上げてくれ会長。わかった。じゃあ撮影は行われた、そう言うことにしよう」

「……やけにあっさり了承するじゃないか。君は嫌だったのではないのか?」

「嫌ではないと言ったら嘘になるが、私はあまり気にしない。ただ、どうしても私がキスをした、と思われたくない人がいたんだ」

「……なるほど」

「そして今、その人だけは、私がキスをしていないという真実を知っている。ならそれでいい」

「そういうことか。ふふ、彼女も隅に置けないな」

「どういうことだ?」

「いや、こっちの話だ。話はそれだけだ。時間をとらせて悪かった。そこにあるお茶菓子全部持って行っていいぞ」

「本当か! 助かるぞ! 会長!」

 

 そのままオグリキャップは持てるだけのお茶菓子を持って、生徒会室を出ていった。

 オグリキャップはタマモクロスにだけは自分がキスをした、と思われたくなかった。

 しかし彼女自身、なぜその感情がわいてくるのかはわからない。それを知るのはまだ先の話である。

 

 




とんでもなく難産でしたが、自分的には気に入ってます笑

ほんとウマ娘って初期PVから、よくこれだけ持ち直したよなあ…

※蛇足ですが、解説です。
 シンボリルドルフがわざわざタマモクロスの謎解きを聞いていたのは、外にいるオグリキャップに、タマモクロスが本当に真相を暴いているのかを確認させるためです。
 本文中に入れられなかったので、一応。


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ライスシャワー「2人目の吸血鬼」

一応ゲームのハロウィンパーティの後のストーリーですが、読んでなくても何も問題ないです。
読んでない方も「へえ、そんなのあったんだ」くらいに思っていただければと思います。



 ライスシャワーです! 

 今日は美浦寮と栗東寮合同のハロウィンパーティーの日です! 

 ブルボンさんが実行委員長、タマモさんとクリークさんが衣装係で、ライスとロブロイさんもお手伝いしました。

 色々あったけど、結果は大成功! 

 名残惜しいけどそろそろお開きのムードとなってきました。

「今日は楽しかったね! ロブロイさん!」

「そうですね! ライスさん!」

 ロブロイさんはライスの同室です。元々仲良しだったのですが、今回のハロウィンパーティでもっともっと仲良くなれた気がします! 

 ライスたちがそのままおしゃべりしていると、ハロウィンパーティの終了の時間となりました。楽しい時間はすぐに過ぎるものです。

「おーい! ライス! こっち来てくれ。片付けするで~」

 ライスに声をかけたのは先輩のタマモさん。タマモさんとも、このハロウィンパーティの準備でいっぱいお話できました! 

 ライスはタマモさんのところに行く前に、ロブロイさんをお誘いします。

「ロブロイさん、一緒に片付けしよう?」

「ごめんね、ライスさん。私、クリークさんと一緒にあっちのお部屋のお掃除しなくちゃ」

 でも断られてしまいました。全然いいよ! お片付け頑張ろうね! と言って、ライスはタマモさんのところへ向かいます。

 

 それからしばらくお掃除をしていたところ、

「きゃあ──────!」

 クリークさんの叫び声が、美浦寮に響き渡りました。

「どうした! クリーク!」

 そう言って駆け出したタマモさんを、ライスも慌てて追いかけます。

 そうして、クリークさんの声が聞こえた部屋に着くと、すでに人だかりができていて……

「……ロブロイさん……?」

 その中心には、ロブロイさんが横たわっていました……。

 

 結局、ロブロイさんはそのあとすぐに保健室に運び込まれました。幸い特に体に異常はありませんでした。

 保健室の先生はただの貧血だ、と言っていました。でも周りにいた私たちはそうは思えなかったのです。なぜなら、ロブロイさんの首筋にはうっすらとですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()から……。

『吸血鬼事件』。

 ハロウィンの日に起きたこの出来事は、そう名付けられ学園中に広まっていくことになったのです。

 

 

 〇

「『吸血鬼』、ねえ……」

 周囲が朝から『吸血鬼事件』の噂で浮足立っている中、タマモクロスはつぶやく。

「もうすっかり噂になってますねえ」

 やれやれといった感じで返事をするのは第一発見者のスーパークリークだ。

「誰がこんな噂流したんか知らんけど、大したことやないで」

 とぼやくタマモクロスに、

「話聞く限りは、なかなか面白そうだけどな」

 そう言うのはイナリワン。彼女は事件が起こった美浦寮所属ではなく、栗東寮所属なので事件のことを詳しく知らない。

「ホンマにただロブロイが疲れて貧血起こしただけやと思うで。それをライスのやつが首筋に傷があるとか言い出したのと」

 タマモクロスがスーパークリークをジトっと見つめる。

「こいつが開口一番悲鳴なんて上げるから、人が集まってきて事件っぽくなっただけや」

 スーパークリークの耳が少ししおれる。

「すみません……あの時はびっくりしちゃって……」

「まあ、そう責めんなタマ。いいじゃねえか噂が流れるくらい。ロブロイもなんもなかったみたいだしよ」

 タマモクロスはふうっと息を吐いてから言う。

「それはそうやな」

 スーパークリークがまとめるように言った。

「まあまあ。このまま何も起きなければ、そのうち噂はなくなりますよ!」

 

 

 ※

「いただきます」

 夜ご飯を食べます。今日もとってもおいしいです。

「本当にいい食べっぷりですわね」

 そう言ってメジロマックイーンさんが笑います。マックイーンさんは同じチームの仲間です。いつも一緒に練習していて、夜ごはんもいつも一緒です。

「えへへ……練習の後はおなかがすいちゃって……」

 もうすぐ秋の天皇賞です。練習にも力が入ります。マックイーンさんも去年の雪辱を晴らそうと頑張ってます。

 二人でお話ししながら、楽しくご飯を食べます。マックイーンさんが笑顔でいてくれるとライスもうれしくなります。

「ごちそうさまでした」

 食べ終わりました。お腹いっぱいです。

「ではまた明日会いましょう」

 食器を片付けると、マックイーンさんはそう言って栗東寮に帰っていきます。ライスもまた明日! と言って美浦寮に帰ります。

 

 寮の入り口から入り、階段を上ります。

 そのまま廊下を歩いていくと……後ろから人の気配の気配を感じました。

 なんだか気味が悪くて振り向こうとしたその時です! 

「痛っ!」

 首筋がちくりと痛みます。何だろうと思った次の瞬間、全身の力が抜けていきます。

 ちらりと離れていく人の後ろ姿が見えます。

()()()……? ()()……? 

 そこでライスの意識は途絶えました。

 

 気が付くとライスは横になっていました。

 白い天井とライスを心配そうにのぞき込む人たちが見えます。

「みんな、どうしたの? ここはどこ?」

 前後の記憶がありません。体を起き上がらせようと、上半身に力をこめると

「あ……痛い……」

 首筋にちくりとした痛みが走ります。すでに絆創膏が張っているようです。

「ライスさんを発見したのは私です。あなたが寮の廊下で倒れているのを見つけて、保健室に運びました」

 そう言ったのはブルボンさん。ライスは廊下で倒れていたらしいです。さらにこの首筋の痛み……。もしかして……

「ブルボンさん……ライスの首の傷って……」

 ブルボンさんが答えます。その表情はいつも通りかと思いましたが、若干曇っているようにも見えます。

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『吸血鬼』の仕業だと推測します」

 

 

 〇

 ライスシャワーが横になっている保健室に二人の葦毛の少女が飛び込んでくる。

「おい! ライス! 大丈夫か!」

 そう言ったのはタマモクロス。ライスシャワーに駆け寄る。

「倒れたと聞いて、急いできたんだ。無事か?」

 同室のオグリキャップも来ていた。

「うん……とりあえず大丈夫です。保健室の先生が言うには、首筋の怪我以外特に外傷はないし、体調も悪くはなさそうって」

 ライスシャワーは廊下で倒れていたものの、首の怪我以外は一切危害は加えられておらず、また持ち物などが取られたということもなかった。

「ライスシャワー。『吸血鬼』の仕業っていうのは本当なのか?」

 オグリキャップが聞く。しかしライスシャワーは言いよどむ。それを見たミホノブルボンが代わりに応える。

「おそらくそうだと思われます。ロブロイさんの時と手口が全く同じです」

 なるほど。手口は同じか……。だが、

「それだけでは同一犯とは考えられん。ロブロイの時の()()()ってことも十分に考えられる」

 元々タマモクロスはゼンノロブロイが倒れた時も『吸血鬼』の存在については懐疑的であった。ライスシャワーの件はこの機に乗じた犯人によって、犯行が行われたと考えている。

「とりあえず犯人をちらっとでも見たなら、その特徴を教えてくれんか?」

 タマモクロスが聞くと、ライスシャワーは何とか思い出そうとする。

「あんまり覚えていないんだけど、色は栗毛、かな? 髪は長めだったと思います」

 栗毛の長髪。それだけでは全く絞り込めない。

「手詰まり、だな……」

 オグリキャップがそう言うと、4人の周りには暗い雰囲気が漂った。

 

 

 ※

 そうか……。ライス、『吸血鬼』さんに噛まれたんだね。

 変だね。ハロウィンの日はライスが吸血鬼だったのに。……コスプレだけど。

 ライスがそんなことを考えていると、3人の議論に熱が入ってきます。

「だから今考えるべきは、犯人の狙いや。犯人はライスの首にケガさせた以外一切危害を加えていない。いったい何が目的だったんか。それとも目的のない愉快犯か。それを考えることがウチは先やと思う」

「いや目的とかはいいから、とにかくその時の状況を詳しく調べて、犯人を絞り込めばいいんじゃないか?」

「ロブロイさんの事件のことをもう一度洗い直すべきだと考えます。きっと照らし合わせることでわかることがあるはずです」

 皆さん、ライスが倒れたことについて、色々話してくれてます。でも……

「待って……皆さん」

 ライスは皆さんの話を遮ります。今優先して話し合うことは()()()()()()()()()()()()()と思うからです。

 3人がこちらを向きます。ライスは話し始めます。

「確かに、『吸血鬼』さんが誰かは大事だと思う。でも、今考えるべきことは『()()()()()()()()()()()()』じゃないかな……?」

 そうです。ライスは幸い噛まれて倒されただけで済みました。でも、もし次に狙われた人がそうじゃなかったら……。

「たとえ犯人がわからなくても、犯行を起こさないようにすることはできると思う……な」

 3人が静かにライスの話を聞いてくれています。そして、

「……その通りだ。ライスシャワー。まずは対策から考えよう」 

 オグリさんがそう言ってくれます。

 そこからみんなで、話し合いました。

 

 

 〇

 翌日、ライスシャワーが『吸血鬼』にやられた、という事実はまたたく間に広まった。ゼンノロブロイの『吸血鬼事件』の時は半ば都市伝説のような捉えられ方をしており、なんとなく浮ついた雰囲気があった。しかしここに来て本当に事件が起こったということで、えもいえぬ緊張感が漂っていた。

 昼食を食べながら、オグリキャップ、タマモクロス、スーパークリーク、イナリワンの4人は話し合う。

「で、結局どうなったんですか?」

 そう聞くのはスーパークリークだ。どうなった、とはどう対策するのか、ということだ。

「単純やが、それなりに効果的だと思うで」

 そう言ってから、タマモクロスが話しだした作戦は本当に単純なものであった。

 基本的に寮にいるときは2人以上で行動する。用事がないときは部屋から出ない。

()()()()()()()

「まあそれくらいしかできることはねえかもしれねえが、悪くはないんじゃねえか?」

 イナリワンの言う通り、この作戦はあながち意味のないものでもない。二人でいる、というのは互いが互いを守り合う、というためだけではない。犯人の単独行動を諌めることもできる。さすがの犯人も二人でいるときに事件は起こせないし、あからさまに一人で行動しようとする者は真っ先に疑われることになる。

 このような取り決めが100%守られるということはないことは、話し合った4人も承知の上だが、犯人目線ではかなりの心理的な抵抗を生むことができる。

「これならそう事件は起きないやろし、起きてもかなり犯人を絞り込むことが可能なはずや」

 うふふ、とスーパークリークが微笑む。

「タマちゃん偉いですね〜。いい子いい子してあげます♡」

 ヤメロヤ〜といつもの反応を返すタマモクロス。

 スーパークリークは拒絶されてもめげない。

「じゃあ代わりにオグリちゃんをナデナデしてあげますね〜」

「ク、クリーク……恥ずかしいよ……やるなら人目につかないとこでやってくれ……」

 なんでお前はちょっと受け入れとんねん! とタマモクロスのつっこみが食堂に響く。

 

 

 ※

 みんなで考えた対策は今のところ上手く行っていて、あれから3日経ちましたが、事件は起こっていません。

「なにもないならいいのですが……またライスさんが狙われたりしないか心配ですわ……」

 今日もマックイーンさんと一緒に夜ご飯を食べています。マックイーンさんは『吸血鬼』さんに噛まれたライスを本当に心配してくれます。悪いなあと思いながらも、その気持ちが嬉しかったりします。

「大丈夫だよ! ありがとう。マックイーンさん」

 マックイーンさんが心配そうにしながら、微笑みます。

「ライスさんが大丈夫と言うのならいいのですが」

 その後もご飯を食べ続けて、二人とも食べ終わりました。

「マックイーンさん! 食器はライスが運ぶよ!」

「え……? いや悪いですわよ」

「大丈夫大丈夫!」

 ライスがマックイーンさんの食器も持って席を立ちます。

 マックイーンさんはこの前脚を痛めました。練習中も痛そうにしています。それでもどうしても秋の天皇賞は出たいと言って、練習を続けています。最近はトレーナーだけでなく、メジロ家お抱えの専属ドクターも練習に帯同しています。

 ライスは優しいマックイーンさんが大好きです。だからライスも少しでもマックイーンさんに優しくしてあげたいのです。

 食器を片付けて、寮へ帰ろうとすると食堂の入り口にマックイーンさんがいました。

「色々とありがとうございますわ、ライスさん。ではまた明日」

 それだけを言うために、ライスを待っていてくれたようです。やっぱりマックイーンさんは優しいです。

「また明日!」ライスもそう言って寮へ帰ります。

 

 そして……()()()()()()()()()()()()()()

 

「ブルボンさん……。私がしっかりしていなかったばっかりに……」

 ライスが保健室に入ると、ニシノフラワーさんが泣いていました。フラワーさんはブルボンさんと同室です。

「いえ……『吸血鬼』に誘い出された私がうかつでした……」

 ブルボンさんが悔しそうにそう言います。

「ブルボンさん……それで、何か被害は……?」

「いえ、とりあえず何ともありませんでした。ニシノさんがすぐに駆けつけてくれたおかげです」

 ブルボンさんはその時の状況を語り始めました。

 フラワーさんとブルボンさんが自室に戻ろうとすると、怪しい人影がちらりと見えたようです。

 フラワーさんにはその場で待っているようにと言って、ブルボンさんはそれを追いました。そして廊下の角を曲がったとしたところで……『吸血鬼』さんに咬まれました。

 そして、ブルボンさんは驚くべきことを言いました。

「私を襲った『吸血鬼』は()()()です。1人は栗毛、もう一人は芦毛でした。身長は二人とも普通くらい。顔は……マスクをしていたのでわかりませんでした」

『吸血鬼』は二人いた……? でもそれはおかしいです。ライスを襲った『吸血鬼』は確かに一人だったと思います……。

「私もすぐに見に行ったのですが、すでに犯人はいなくなったあとでした……」

 ニシノさんが言います。どういうことでしょうか? 全く事件が分からなくなってきました。

 私たちが頭を悩ませていると、少し遅れてタマモさんとオグリさんが来ました。

 ブルボンさんが改めて事情を話すと、二人とも黙って聞いてましたが、キツネにつままれたような顔をしていました。

 

 

 〇

「めちゃくちゃ、だな」

 イナリワンが言う。彼女の言う通り事件は混沌を極めていた。

 第1の事件。スーパークリークと作業していたゼンノロブロイは、スーパークリークが少し部屋の外に出た瞬間に、一人の部屋で襲われた。彼女に前後の記憶はなく、誰にやられたのか、そもそも犯人がいるのかすらわからない。

 第2の事件。一人で自室に帰ろうとしていたライスシャワーが襲われた。確かに犯人にやられたようで、栗毛の長髪だったらしい。

 第3の事件。怪しい影を追って走って行ったミホノブルボンが襲われた。二人組に組み伏せられ、首を噛まれた。二人の犯人の特徴は1人は栗毛、もう1人は芦毛、身長は普通くらいだったらしい。

 そして、すべての事件に共通することが……

「犯人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 タマモクロスが頭を悩ませているのはそこだった。

 犯人が、同一犯か同一犯でないかはとりあえず置いておいて、犯人の狙いが全く分からない。

「被害者が気づいてないだけで、実は物が盗まれてたり、大怪我させられてたりってことはねえのかい?」

「ないな」

 イナリワンの疑問をタマモクロスが一蹴する。

「ものが盗まれてないってのは3人が3人とも証言してることや。全員が気づかなかったってことは考えにくい。怪我とか病気についてだが、かなりしっかり保健室の先生が全身をチェックしたみたいだが、何も異常はなかったみたいや」

 トレセン学園の保健室の先生は普通の学校とは違い、先生とは言っても医者である。その人がチェックしてないというのなら、本当にないのだと考えられる。

 犯人の特徴がバラバラな上に、他の人に話を聞いても有力な情報は出てこない。では犯人の狙いから絞っていこうと思っても、意図が全くつかめない。

 動機、証拠、両方の面から犯人が分からないとなると、いよいよ手詰まりとなってきた。

「こうなったら、全員の手荷物検査でもするしかねえんじゃねえか? そうすりゃもしかしたら盗んだものが出てくるかもしれねえし、犯行に使った道具なんかも出てくるかもしれないだろ」

「美浦寮だけで何人おると思てんねん。抜き打ちでやったとしても、もしチェックの後半のほうに犯人がいたらいくらでもごまかせるやろ」

 と言ったところで、

(……いや、待てよ。()()()使()()()()()?)

 閃く。そうだ。なぜ気づかなかったんだ。

(……だとすると、犯人はあいつか……?)

「……どうした? タマ」

「……犯人が分かった。だが標的と動機が全くわからん」

 イナリワンはタマモクロスの突然の言葉に驚きつつも、次のことを考える。

「動機が分からねえ以上、問い詰めたって躱されるのがオチだ。それは得策じゃねえな」

「ああ、そうや。イナリ、人を集めるで。交代で犯人を張る。そんで手の空いてるやつで動機と標的を探る。それが分かる前に犯行に及んだ場合は仕方がないが、現行犯で捕まえる」

「がってん!」

 二人が動き出す。事件もまた終わりへ向かっていくのだった。

 

 

 ※

 今日もマックイーンさんとご飯を食べます。

 マックイーンさんは今まで以上にライスを心配してくれます。

「本当に、本当に大丈夫ですの? これで事件は3件目。危険なんじゃ……?」

 ライスはマックイーンさんに安心してほしくて、明るく振舞います。

「大丈夫だよっ! 確かにブルボンさんは『吸血鬼』さんに噛まれちゃったけど、一人にならずにちゃんと二人一緒に行動してれば、きっと『吸血鬼』さんも怖がって襲ってこれないよ!」

 そうです。今まで噛まれたロブロイさん、ライス、ブルボンさんはみんな()()()()()()()()()()()()()()()。ちゃんとオグリさんたちと決めたルールを守っている限り大丈夫です! 

「わかりましたわ。でもくれぐれも気を付けてくださいまし」

 マックイーンさんは仲間思いです。ライスもそんなマックイーンさんが大切です。

 二人でご飯を食べるこの日常がずっと続けばいいな、と思います。

 

 さて、夜ご飯を食べ終わりました。食器も片付けたので、いつもならここで「また明日」と言い合って分かれるのですが……

「ライスさん。私、あなたを美浦寮のあなたの部屋まで送り届けますわ」

 マックイーンさんがそんな提案をしてくれました。

「だ、だめだよ! そんなことしたらマックイーンさんが危ないよ!」

 気持ちはうれしいですが、そんなことをしたらマックイーンさんが一人になって『吸血鬼』さんに襲われてしまうかもしれません。

「大丈夫ですわ。私は栗東寮の所属ですし、周りをしっかりと警戒して、すぐに帰れば問題ないです!」

 マックイーンさん……。

 マックイーンさんのやさしさがライスの胸に広がります。とても暖かいです。

「ラ、ライスさん。泣かないでくださいまし!」

 ライスは泣いてました。もちろんマックイーンさんの気持ちがうれしかったのはありますが……

「ライス……怖かったの……。毎日一人で自分の部屋に帰るまで。また……噛まれちゃうんじゃないかって……。だから、なんかほっとして」

 そうです。噛まれたときの痛み。力が抜けていく感覚。今思い出しても恐怖がわいてきます。

「大丈夫です。何があってもライスさんは私が守りますわ……!」

 マックイーンさんがそんなことを言ってくれます。ありがとう……ライスも絶対マックイーンさんのこと助けるからね……。

 

 そうして今日は二人で美浦寮に入っていきます。まだ遅い時間じゃないのに、廊下には誰もいません。3度も事件が起こったせいか、みんなしっかりとルールを守っているようです。

「ライスさん。私が前を行きますわ。ついてきてください」

 マックイーンさんがそう言って警戒しながら、ライスの部屋まで案内してくれます。

 そんなマックイーンさんの背中はいつもより大きく見えて……。

 私は後ろから抱きしめます。

「ちょ、ちょっと、ライスさん!?」

 マックイーンさんの体温を感じます。とっても温かいです。

 強く強く抱きしめて……

 

「そこまでや……。マックイーンから離れろ」

 

 凛とした声が廊下に響きます。この声は……タマモさん……? 

「まさか……『吸血鬼』さんが近くにいるんですか!?」

 そんな……いつの間に……? 周りを見渡しますが、ライスたち以外に人は見当たりません。

「もういい。謎はすべて解けた」

 タマモさんがライスをまっすぐ見据えます。そして、

()()()()()()()()()()()()()()()()()、『()()()』や」

 はっきりと、そう言いました。

 

 

 〇

 3人の間に緊張が走る。沈黙を破ったのはメジロマックイーンだった。

「ライスさんが犯人ってどういうことですの!? ライスさんは()()()ですのよ!!」

 メジロマックイーンには自分が襲われそうになった自覚がない。タマモクロスに反論する。

「待て。順を追って説明する」

 タマモクロスがそう言うとメジロマックイーンは黙る。

「今回の一連の事件は、めちゃくちゃやった。犯人像はバラバラ。動機は不明。そんで犯人がやることと言えば、ただ被害者を眠らせるだけ。……だが今回の事件、このうちの一つに焦点を絞ることで一気に謎が解けていく」

 ライスシャワーもまた黙っていた。目からは光が消えていた。

「それは()()()()や」

『吸血鬼事件』、唯一共通していたのが、「首に噛みついて気絶させる」ということであった。これにタマモクロスは注目する。

「ミステリを読んだりテレビなんかを見てると、当たり前に犯人は被害者を眠らせたりする。だがそんなことは本当に可能なんか?」

 それを受けてメジロマックイーンが答える。

「確かに、首の後ろたたいたり、お腹を殴ったりで気絶させられないというのは聞いたことがあります。でも超高圧のスタンガンを使ったり、薬品を使ったりすれば可能なのではないですか?」

 いまや首トンっが危険というのは有名な話である。だが実はそれ以外の有名な方法も現実には難しいとされてきている。

「まずスタンガンに人を気絶させる効果はない。もちろんショックや痛みで気絶させることは可能や。だがそれは相手に依存する。次に薬品だが、例えば有名なクロロホルムなんかは肺をいっぱいにする必要がある。そのためにはおよそ40秒くらい嗅がせる必要があるんやて。その間相手が無抵抗なんてありえん。他に麻酔薬を大量に注射するってのも方法としてなくはないが、今回に関してはそういう薬物は体から検知されなかった。そもそもどうやって手に入れるんかって話やしな」

 つまり、とタマモクロスは続ける。

「まとめると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っちゅうことや。ライスが被害者になった時、まだ部屋の外に出ちゃいけないというルールはなかった。いつだれが部屋から出てくるのかわからんのに、被害者と格闘するのは現実的ではない」

「……なら2つ目の事件はライスさんの()()だって言うんですの……?」

 メジロマックイーンの質問にタマモクロスが答える。

「そう考えるのが自然や。ライスは気絶した前後の記憶はないの一点張りやった。具体的な方法を言わなかった。実際は気絶したふりだけして、先生に本格的に調べられる前に自分で起きた風を装ったんやろ」

 タマモクロスはライスシャワーのほうを見るが、うつむいていて目が合わない。

「では、ブルボンさんの事件はどうなんですの? あの事件が起こった時、ライスさんは私といましたわ。……まさか……それも……?」

「当然()()や。ブルボンは本当は見ていない人影を追って、廊下の角を曲がる。そしてそこで自分の首筋に傷をつけ、気絶したふりをする。ブルボンも意識がもうろうとなってからの記憶がはっきりしないって言ってたやろ。あれも具体的な方法を言わないためや」

 ミホノブルボンもまた自演で気絶させられたふりをしていた。ということは……

「なら、1つ目のロブロイさんの事件も……」

 メジロマックイーンがタマモクロスに聞くが、

「ああ、()()()()()

 あっさりと否定される。メジロマックイーンは訳がわからなくなっていた。

「……どういうことですの?」

「とりあえず事件全体の流れだけ、整理しよか」

 そう言ってからタマモクロスが話始める。

 

「まず第1の事件。ロブロイが部屋で倒れてたやつやな。あれは()()()()()()()()や」

「……貧血?」

 ゼンノロブロイは前日までハロウィンパーティのために奔走し、当日も忙しく働いていた。疲れが出たのだろう。

「そう、貧血や。だが、それなのに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……お前や、ライス。ロブロイに聞いたが、お前夕方ごろにロブロイの首筋に冗談で噛みついてたそうやな。ロブロイは恥ずかしくてこれまで誰にも言えなかったそうやが、答えてくれたで」

 ハロウィンパーティの始まる前、ライスシャワーはゼンノロブロイに噛みついて、『眷属』にするという冗談をしていた。首筋の傷に気付けたのは、傷つけた本人だったからである。

「ライスはその時すでに、『吸血鬼』による連続犯行という事件の大筋を思いついていたんや。と言ってもその時点では『吸血鬼事件』はただの都市伝説やった。だがハロウィンパーティ当日ってこともあって面白がるやつも多く、噂は瞬く間に広まっていった」

 メジロマックイーンは黙って聞いている。それは納得しているからではない。ライスシャワーが犯人でない可能性を探そうとしているのだ。

「そして噂が十分広まり、かつ飽きられていないホットなタイミングに、自演で第2の事件を起こした。そんでこの時点でつながってたブルボンに第1発見者をまかせ、保健室に運ばせた。その後ウチとオグリが保健室に来たってわけや」

 たとえライスシャワーが倒れたとしても、誰からも気づかれなかったり、その場で起こされたりしたら『吸血鬼事件』ではなくなってしまう。そこでミホノブルボンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。当然この時の犯人像はでたらめであり、確かに犯人が存在するということをタマモクロスとオグリキャップに刷り込んだのだ。

「あの時お前は、事件の犯人探しに躍起になるウチらを遮って、()()()()()()()()()()()()。そしてまんまとお前の思惑通り、ウチらは『二人一組で行動する。部屋から出ない』と言うルールを作ってしまった。事件を起こす『吸血鬼』がいること、そしてその対策のルールができたことを学園全体に広めることが第2の事件におけるお前の狙いやったんや」

「待ってください。そんなことして何の意味がありますの?」

 メジロマックイーンが当然の疑問を口にするが、

「それは後や。黙って聞いててくれ」

 タマモクロスはそれには取り合わない。

「そして第3の事件や。これに関してはブルボンの単独犯行や。ライスと事件を遠ざけるためのな。ここまでですでに『吸血鬼』に襲われたらとりあえず保健室に運ぶ、という流れはできていた。だから特にライスが協力しなくても、ブルボンはちゃんと被害者になれたんや」

 同室がしっかりもののニシノフラワーだったことも大きい。起きてしまった事件にショックを受けながらも、きちんとミホノブルボンにしかるべき対応をしたのだ。

「この第3の事件は、美浦寮の生徒の『()()()()()()()()()()()()()()。第2の事件が起きた後は、ルールは守ろうとする者が多かったとはいえ、それでも無視して出歩くものもちらほらはいた。だが、犯人を捕まえに行ったブルボンが返り討ちにされた、となれば話は変わってくる」

 ミホノブルボンは純粋な筋力で言えば美浦寮で3本の指に入る。そのブルボンが犯人にあっさりと負けてしまった。非力なライスシャワーが不意打ちでやられたのとは意味が違う。

「この事件の影響力はかなり大きかった。実際今廊下を出歩いているものは一人もおらん。……そしてここまでが()()やった」

「……()()?」

 メジロマックイーンの表情が変わる。聞き返してはいるが、この後の話は想像がついた。それでもライスシャワーを信じようとしている。

「『吸血鬼』の()()()()()()()()()()()()。お前だったんや。()()()()()()

 

 メジロマックイーンは動揺しながらも頭を回す。

「待ってください! 今日私がライスさんを美浦寮まで送り届けたのは自分の意志ですわ! とても計画的なものでは……」

「今日……か。それはなんでや? マックイーン」

 メジロマックイーンがその時のことを思い出す。

「だって……3度も事件が起きて……ライスさんは1人で寮まで帰らなくちゃいけなくて……それでも気丈にふるまうライスさんが健気で……守らなきゃって思って……」

 タマモクロスが非情にも言い放つ。

()()()()()()()()()()()()()()()? お前はおそらく今日じゃなくても明日か明後日、近いうちにライスと一緒に帰ってたはずやで」

 メジロマックイーンが絶句する。そして祈るようにライスシャワーを見る。

「そんな……嘘ですわよね……ライスさん」

 ライスシャワーは……()()()()()

「もちろんだよ! マックイーンさん! だってライスには動機がないよ!」

 それはあまりにも自然で、それゆえに不自然な笑顔だった。

「動機がないのにどうしてライスがマックイーンさんに噛みつく必要があるの? どうやって『吸血鬼』さんみたいに気絶させるの? それに気絶させたところで何をするの? ライス今何も持ってないよ?」

 メジロマックイーンは少しでも安心しようと、ライスシャワーの言葉の表面だけをなぞろうとする。だが普段と違う彼女に不気味さを感じてしまう。

 タマモクロスが質問に答える。

「お前の狙いは、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』。そして動機は……」

 血の気が引いているメジロマックイーンと笑顔が崩れないライスシャワーに、告げる。

「『()()()()()()()()()()()()』、やな」

 

 メジロマックイーンは初めて向けられたかもしれないライスシャワーからの悪意に、耐え難い苦痛を感じていた。だが、その動機が『自分を助けること』……? 考えようと思っても、頭が回らない。

「……助……ける……? 一体どういうことですの?」

 なんとか言葉を絞り出し、聞いてみる。ライスシャワーの表情から笑顔は消えていた。

「マックイーン、正直に言ってみ? おまえ、相当()()()やろ……?」

 メジロマックイーンの表情が固まる。

「そ、そんなことありませんわ……。確かに怪我はしてますけど、秋の天皇賞には間に合うはず……」

「嘘や。今イナリが裏取りに行ってる。おそらく間違いない」

 二の句が継げなくなったメジロマックイーンにタマモクロスが言う。

「つまり事件の真相はこうや。お前は去年の秋天の惨敗を引きずってる。だから今年はどうしても勝ちたかった。しかしお前は……脚にけがを負ってしまった。それも選手生命にかかわるほどのな」

 ウマ娘の足への負担は人間のそれとは桁違いだ。オーバーワークは簡単に選手寿命を刈り取っていく。

「そのことにライスは気づいていた。だからトレーナーに今すぐ休ませるように言ったはずや。だが……」

 トレーナーはメジロマックイーンの思いを優先した。これはスポーツの世界では珍しくない。二度と走れなくなってもいいというメジロマックイーンの覚悟は、トレーナーの教育者としての倫理をねじ伏せた。

「お前はわざわざ専属のドクターを雇ってでも学校にそのことを隠したかったんや。学校の医者に相談して学校にバレれば、出場停止になることは目に見えてるからな」

 そしてそんな中、第1の事件が起きる。

「倒れたロブロイが速やかに保健室に運ばれたのを見て、ライスは閃いたんや。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を」

 ライスシャワーはうつむいている。表情は見えない。

「そして、ブルボンをなんとか説得して、『吸血鬼事件』を起こし、()()()()()()()()()()んや」

 誰も目撃者のいない寮で、二人きり。かつメジロマックイーンはどこかに隠れているかもしれない犯人を警戒して、ライスシャワーへの意識が薄れている。この状況なら……

「ウチはさっき人を簡単に気絶させる方法はない、と言った。しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただしそれをすれば、一発でマックイーンにバレる。だがライスはそれでもよかった。あくまでマックイーンを保健室に連れてくことが第一目的、自分が捕まらないことはそもそも考えてないからや」

 その方法は、あまりに原始的で野蛮で、優しく可憐なライスシャワーに、あまりに似合わないやり方だった。

()()()や。これが一番確実。人間の力でも頸動脈を絞めれば5秒と経たず気絶させることができる。ライスは非力と言っても、人間の2倍ないし3倍の筋力がある。完璧に極めれば落とすことは造作もない」

 タマモクロスは言わなかったが、おそらくミホノブルボン相手に極まるギリギリまで練習したのだろう、と考えていた。たとえ素人でも、それを成す筋力と反復練習があれば、人を絞め落とすことはできる。

「そうして無事マックイーンを保健室に連れて行けば、あとはどうとでもなる。気絶する瞬間に足をひねってたからまず脚から見てくれ、なんて言えばここの先生なら一発でその怪我の重大さに気付くやろ」

 

 すべての謎解きが終わった。

 最後にタマモクロスはライスシャワーに言う。

「お前の気持ちはよくわかる。マックイーンのことを思うあまり、こんな手を使うしかなかった気持ちが。だがな、ライス……」

 そこまで言ったところで、

「わかったような口利ないでよッッ!!」

 ライスシャワーが吠える。

 その眼には鬼が宿っていた。

「マックイーンさんはこんなところで終わっていい人じゃない!! 走るのが怖かったライスに……私に勇気をくれた。私が走れるのはマックイーンさんのおかげなんだ!!」

 ライスシャワーの体が揺らめく。消え入りそうな細い体から、自らが炎となっているかのような熱がほとばしる。

「そのマックイーンさんがもう二度と走れなくなるかもしれないのに、トレーナーはそれを受け入れて、チームのみんなも仕方ないみたいな雰囲気を出してる。……なら私がやるしかないじゃないか!! そのためなら私は『吸血鬼』に……『鬼』になる!!」

 ライスシャワーの体がわずかに沈む。

 まずい……! タマモクロスが思った刹那、

「邪魔しないでッ!!」

 そう言ってメジロマックイーンにとびかかる。それを……

「……ライスさん……もうやめてください……!」

 それを組み伏せたのはミホノブルボンだった。すでにスーパークリークによって説得され、この場に来ていたのである。

「何で止めるの! 私に協力してくれたじゃない!!」

「落ち着いてください。正面から組み合えばマックイーンさんの脚はさらに悪化します。……それにこんなやり方はやはり間違っていた……」

 ミホノブルボンもまた怪我に泣かされるウマ娘であった。それでも今走れているのは、休養期間をとったからである。『吸血鬼事件』に協力したのは、親友のライスシャワーの力になりたいと思ったから、というだけではない。ステイヤーとして最高の脚を持つメジロマックイーンが、無理をすることでその全てを失うのが耐えられなかったのだ。

「……マックイーンさん……マックイーンさん……」

 身動きを封じられ泣きじゃくるライスシャワーは、小さな子供のようであった。

 彼女はそんな小さな体に罪と業を背負って、自らを鬼と化そうとしていたのだ。

 もはや力を失った『吸血鬼』に、

「ライスさん……」

 メジロマックイーンが話しかけた。

 

「ブルボンさん……。ライスさんから手を離してあげてください」

 メジロマックイーンがそう言うと、ミホノブルボンが警戒しながらライスシャワーの拘束を解く。

 しかしライスシャワーは起き上がらない。

 そんなライスシャワーに寄り添うように、メジロマックイーンはしゃがんでから話し出す。

「……本当にすみませんでした……。私のために……」

 ライスシャワーは下を向いている。床に落ちた涙はライスシャワーの陰に隠れ、光に照らされるのを拒否しているようであった。

「……私にとって秋の天皇賞は特別な意味がありますの……」

 一年前の惨敗。それはただの敗北ではない。斜行による降着、つまり反則負けであった。

 競技者として、そして誇り高きメジロ家として最も許されない行為であった。

「汚名をそそぐためなら、脚の1本や2本惜しくはない、そう思っていましたわ」

 メジロマックイーンもまた、並々ならぬ覚悟を持って秋の天皇賞に向き合っていた。

「だから、絶対に秋の天皇賞を諦めるわけにはいきません」

 静かな言葉だった。だがそこに込められた意志は固く、もはやだれにも動かせるものではないと周囲に悟らせるには十分な言葉であった。

「……マックイーンさん……」

 ライスシャワーがうわごとのようにつぶやく。メジロマックイーンの言葉とは対照的な、消え入りそうな思い。それはライスシャワーの魂そのものだった。

「だから……私、決めましたの」

 メジロマックイーンがライスシャワーに向けて語りかける。それはライスシャワーに対しての決意であり、自分に向けての楔であった。

「来年、再来年、何年たっても、諦めません! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 ライスシャワーが顔を上げる。

「……それって……?」

 メジロマックイーンは()()()()()()()()()()()()()()と言ったのだ。

 だがそれはつまり、今年の秋シーズンを諦めるということである。ウマ娘の全盛期は短い。いつが全盛期なのかもわからない。

 そんな中長期休養をした上で、年に1人しか勝者のいない戦いに挑み続けることをメジロマックイーンは宣言した。

 それはある意味、今年ですべてを投げ出すよりも重い覚悟である。その言葉にその場にいる全員が魂を震わされた。

 

 ライスシャワーが起き上がる。膝をついたまま頭を下げる。

 それは祈りの姿に似ていた。

「……マックイーンさん……ごめんね……。誰よりも……今年の秋の天皇賞にかけてるって知ってて……。でも……私……どうしても……ずっと……一緒に……走りたくて……」

 ライスシャワーの言葉は懺悔であった。もしかしたら自分はメジロマックイーンの邪魔をしているだけなのではないかと何度も思っていた。

 それでもメジロマックイーンにはこれから先も走ってほしいと思った。

「いいんです……。いいんです……。こちらこそありがとうございました……」

 メジロマックイーンがライスシャワーを優しく抱きしめる。その目からは涙があふれていた。

 目的不明の冷血な『吸血鬼』が始めたと思われた事件の結末。それは暖かなやさしさに包まれたものであった。

 

 〜エピローグ〜

 このあと、結局誰が『吸血鬼』だったかは、皆さんの優しさで誰にも言わないでくれることになりました。

 このような事件を起こしたことは本当に申し訳なかったのですが、皆さんが気にするなと言ってくださり、マックイーンさんも、前まで通り仲良しでいたいと言ってくれて、徐々にではありますが、これまでの日常に戻りつつあります。

 そして大変恐縮ですが、今年の秋の天皇賞に私が出場することになりました。

 今はその猛特訓中です! マックイーンさんはチームのお手伝いをしてくれています。

 

「あ、痛っ!」

 しまった。転んでしまいました。ちょっと腫れてるけど大丈夫かな? と思っていると、

「ライスさん! だめです! 今すぐ冷やして、今日は休んでください! 天皇賞まで時間がないんですわよ!」

 マックイーンさんに注意されてしまいました。

 ライスが足を冷やしているとマックイーンさんが話しかけてくれます。

「私にあんなこと言っておいて、自分は無理しようとするなんてだめですわ!」

「えへへ……ごめんなさい」

 ライスのことを心配してくれてるみたいです。ちょっとくすぐったい気持ちです。

「ライスさんに限らず、無理をしようとしてる人がいたらどんどん噛みつきますわ!」

「噛みつくってなんだか吸血鬼みたいだね!」

 吸血鬼は噛みついて、噛みついた仲間を新しい吸血鬼にします。でもあの事件で、『吸血鬼』のライスが実際に手を下したのはマックイーンさんしかいません。

 マックイーンさんが微笑みます。

「それはそうです! だって私は……」

 ライスも嬉しくなって笑います。

 

「2人目の『吸血鬼』なんですから!」

 




変わった一人称使ってるキャラが本気になった時に、『俺』とか『私』とか言い出すのがたまらなく好きです。
今回はそれをどうしてもやりたくて書きました。



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