やはりあーしの青春ラブコメはどうかしている。 (Vierres)
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第0話 Beginning

 えーっと、あーしさんがもしも奉仕部の二人より先に八幡と出会っていたら?あーしさんのアノ金髪の髪型の秘密は・・・?
 って、妄想で書き始めた物語です。

 特定の誰かをディスったりする内容ではございませんが、話の流れ上そう勘違いさせてしまう部分は、少し我慢して数話先までお待ちくださいませ。




 

 

「ねぇ、優美子?今日さ帰りにアイス食べに行かない?今サーティーワンで、ダブルが安いんだよー。」

 昼休みのいつものメンツでの、いつもの会話。

今日は珍しく、結衣からのお誘いだ。

 

「ごめーん、結衣。今日はあーし、ちょっと都合が悪くて。」

「えー、優美子さー最近付き合い悪くないー?彼氏でも出来たん?」

結衣はお団子頭をぴょこぴょこさせて、こちらを突いてくる。

「ちょ、やめてよー。そんなんじゃ無いって。ほら、あーし最近部活始めたっしょ?入って直ぐなのにサボりとか印象良くないじゃん?」

「あーそう言えばそっかー。じゃあ、姫菜は?」

「ごめーん!結衣。私も部活ー!」

姫菜は美術部に所属していて、美大を狙っているから放課後はめったに一緒には遊べない。

「じゃあ、隼人君達は?」

「俺達も部活だよ。結衣も暇なら、なんか部活をやったらどうだ?」

葉山隼人、戸部翔、大岡、大和の四人はそれぞれ運動部に所属していて、雨でもなければ放課後は別行動だ。

 

 

 

 放課後。

あーしは特別棟の一室に居た。

特にこれと言ってヤルことがあるわけでは無いので、今は携帯で占いのサイトを巡回して時間を潰している。

 

「こんにちは。」

ノックの音の少し後に戸が開き、雪ノ下さんがやってくる。

「あら?今日は三浦さんだけなのね?あの胡乱な男はどうしたのかしら?」

「雪ノ下さん?何度も言ってるけど、そういうのホント良くないよ?比企谷君なら家庭科の鶴見先生にレポート提出してから来るって。」

「ご、ごめんなさい。彼とは本気で言い合える分、ついつい言い過ぎてしまうようね。私もまだまだね・・・。でも、家庭科の授業でレポートの提出なんて有るのかしら?」

彼女の名前は雪ノ下雪乃。

この部活動の部長だ。

今、この場に居ない比企谷君とは、いつも口喧嘩をしている犬猿の仲だ。

まあ、彼女が面と向かって本音で言いたいことを言えるのは、彼だけのようだけど。

あと、彼女と比企谷君の間には何か秘密がありそうなんだけど、今は未だ解らない。

ただ、時々雪ノ下さんは比企谷君を張り詰めた表情で見つめることがある。

 

「ん、ああ、今日の四時間目の家庭科の授業でさ、気が付いたら実習室を抜け出して調理実習をサボってたんで、その罰。」

「あの男は、一体何をやっているのかしら・・・。」

 

 

 

 そうこうしていると、話題の人物がやってくる。

「うーっす。」

「こんにちは、比企谷君?ちゃんと挨拶位はできないの?」

「そうだよ?あんたクラスでも喋らないんだし、もっと喋らないと声帯が退化するんじゃないの?」

「そうね、三浦さんの言う通りよ?もう少し会話の練習をしてみてはどうかしら?」

「全く、挨拶一つでエライ言われようだな。気心知れた部活仲間への挨拶なんて、大体こんな感じじゃないのか?知らんけど。」

比企谷君は悪びれず、あーしや雪ノ下んさの小言に言い返す。

「え。気心知れた・・・?」

あーしは、ついドキっとしてしまう。

「ま、まあ、そうね。そういうことなら、仕方ないわね・・・。」

雪ノ下さんもなんかモジモジしてるし。

 

「とはいえ、家庭科の授業をサボるとかどういう了見なのかしら?貴方この前までは専業主夫志望とか言ってなかった?それとも料理位は今更なのかしら?」

そう、彼こと比企谷八幡は将来の職業希望に堂々と〈専業主夫〉と書いて、担任の平塚先生から呼び出しを受けていた。

まあ、平塚先生も専業主婦が夢だそうだから、勘に触ったのかもしれない。

 

「ちげーよ。ほら、4人で班を作ってってアレ。俺は料理は一人で作りたい派なんだよ。俺はかーちゃんをリスペクトしてるからな!集団でなんてやってられるか。」

「要するに、一緒の班になってくれる人が居なかったから、いたたまれなくなって実習室を抜け出したのね?」

「比企谷君?アンタが居なくなったお陰で、あーし等の班3人で大変だったんだけど?そのせいであーし等まともなお昼食べられなかったんだけど?」

「なんでも人のせいにするなよ?三浦。大体、俺がお前らリア充と一緒に居られる訳が無いだろう?そんなことをする位なら、サボって補習のレポートを出す方がまだマシだ。」

 

 いつもの様に、彼は適当なことを言ってあーし等を煙に巻く。

そして、いつもの部活の時間が始まる。

 

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

 コンコン。

 

 ノックの音。

「どうぞ。」

 

 戸を開けて入ってきたのは

「あのー、平塚先生に言われて来た・・・、あー!優美子!え、なんで?こんなとこで何してんの!」

「あ、結衣。うん、実はあーしココで部活やってたんだ。」

「三浦?あの煩いの、お前の知り合いか?」

「って!えぇぇぇぇぇ!ヒッキー!なんでココに居るの!」

「2年F組、由比ヶ浜結衣さんよね?三浦さんと同じクラスの。」

「ちょっと、同じクラスになって何日経ってんのよ?いい加減、クラスメイトの顔と名前位覚えなよ・・・。」

あーしは、そっとこめかみを押さえた・・・。

 

「どうぞ?座って頂戴。平塚先生の紹介ということは、何か依頼なのでしょう?」

 

「あー、えっとー。いやー。優美子やヒッキーが居るとか思わなかったから、やっぱ、その・・・。」

「おい、そこの煩い奴。ヒッキーって誰だよ?もしかして俺の事か?俺はボッチだが引籠りじゃ無い。趣味はラーメンを食べ歩くことだ。どちらかというとアウトドア派なんだ。訂正しろ。」

「え、え、え、だってヒッキーは・・・、比企谷だから・・・ヒッキーでイイじゃん!」

 

 もう一人頭痛のネタが増えたよ・・・。

この子、普段はイイ子なんだけどニックネームとかのセンスが壊滅的なのだ。

あーし等女子がお互いに名前呼びしてるのは、そのせいでも有るんだけど。

 

「由比ヶ浜さん?一般的に言ってヒッキーと言うのはね?引籠りの人に対する蔑称なのよ?止めた方がよいのではなくて?」

「別称?違う言い方があったんだ?」

結衣は訳が分からなのかキョトンとしている。

「ちょ!お前本当にこの学校に入試で合格出来たのか?別称じゃない。蔑称とは、平たく言えば侮辱する呼び方って意味だ。」

 

「え?」

結衣~。あんた今、目が泳いでるよ・・・。

 

「とりあえず、普通に苗字で呼べ。」

そう言えば、あーしが前に『ハッチー』って呼んだ時も「俺はミツバチじゃない。」と言ってメッチャ怒ったっけ。

 

「う、うん。ゴメン・・・。比企谷君・・・。」

結衣がモジモジしながら、チラチラと比企谷君を見ている。

「で、依頼は何だ?男の俺が居たら言いにくい事か?そう言う事なら、今日は帰らせてもらうけど?イイよな?雪ノ下部長?」

 

 更に、結衣はチラチラとあーしの方も見てくる。

「え?結衣?あーしにも言えないことなん?あーし等友達じゃん?」

「えっと、その・・・、誠に持って、なんと申しますか・・・。」

 

「解った。」

あーしは席を立つ。

 

「え、え、優美子・・・?」

「雪ノ下さん。あーしと比企谷君はちょっと自販機で飲み物を買ってくるよ。結衣?その間に雪ノ下さんに相談しておきなよ?あーしや比企谷君が聞いて不味いって言う依頼だったら、携帯に連絡頂戴よ。あーし等今日は帰るし。でも、手伝うことが有りそうなら、遠慮なく言ってよね?」

 

 

 あーしと比企谷君はカバンを持って部室を出た。

 

「なぁ、三浦?俺このまま帰った方がいいんじゃないか?なんか悪い予感というか、悪寒がするんだよなぁ・・・。」

「あ、ちょっと待って。今、雪ノ下さんから着信が・・・。メモの材料を買って、家庭科の実習室に来いだって。」

 

「それって幾ら位すんの?経費で落ちるよね?俺、自転車だから買って来るけど。先に家庭科室へ行っておいてくれ。」

「あー、一応足りないとイケないから千円渡しておくよ。清算してから返してくれたらいいから。」

 

 

 

「で?お礼がしたい人が居るから、手作りクッキーを作るのを手伝えって?」

 

 雪ノ下さんの話によると、以前助けてもらった人が居て、その人にお礼がしたかったけど、中々機会がなくてお礼が伸び伸びになっていたそうだ。なので、市販の菓子折りではなく自分が作ったお菓子を渡してお礼を言いたいって事らしい。

 結衣もやっぱ乙女じゃん?そういうことなら、あーしもしっかり結衣のサポートをしなきゃね?

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

「で、どうしてこうなるのかしら・・・?」

雪ノ下さんが頭を抱えている。

 雪ノ下さんの説明を聞きながら作っていたハズなんだけど・・・。なんか、お皿の上には食べてはいけない禍々しいモノがある。

 

 結衣?誰か毒殺したいの?

 

「俺、コレだけは絶対に試食しないぞ?まだ、死にたくない。」

「う、うん。食べない方が良いと思う。」

コレを食べるとか絶対に無理。

 

「ゆ、優美子~。」

 

「あら?あなたの役目は試食係なんだけど?いきなり職務放棄かしら?」

 

 ちょ!何を言い出すの?雪ノ下さん。

 

「おい、雪ノ下。いくら何でもコレを食ったら、死ぬだろう?お前は俺を何だと思ってる。」

「只の穀潰し?かしら?」

雪ノ下さん、可愛く小首を傾げてもダメだよ!

 

「言っておくが、俺はタダの穀潰しではない。これでも専業主夫を目指しているんだからな?一応小学6年レベルだが家事全般は出来る男だ。料理もそこそこは自信がある。」

「何気にレベルが低いわね・・・。そんなこと自慢になると本気で思っているの?」

「ふふん!見てみろ。どう見ても俺の家事能力はこの二人よりは上だろう?」

 

 ちょ!ふざけるなし!あーしだって料理以外はソコソコ出来る女なんだから!

 

「そうね・・・、そこは同意せざるを得ないわね・・・。」

えー!雪ノ下さんまで!

 

「えっと・・・、ひ、比企谷君って雪ノ下さんや優美子とは良くしゃべるんだね?教室だと誰とも話さないのに。」

「ああ?まあ、コイツ等の前で黙ると更に容赦ない暴言が飛び出すからな。」

「ちょ!あーしそんなにひどい事言った?」

「ほら、自覚がないこと自体が既に酷いだろ?」

がーん!雪ノ下さんは兎も角、あーしまで同列だったなんて・・・。

 

「でも、ほら、なんか楽しそうな部活だね?優美子も教室と違って活き活きしてるっていうかさ?楽しそう?で、雪ノ下さんももっと取っ付き難い人かと思ったけど、結構毒舌な割にやさしいよね?ほら、ツンドラって言うんだっけ?なんか楽しそう。」

 

 結衣、それツンデレだから!あーしでも知ってるよ・・・。

 

 

 

「なぁ、雪ノ下?一つ一つ目の前で実演しながら、説明した方が良いんじゃないか?由比ヶ浜はなんだか、かなり手際も悪いし。」

「そうね・・・、もう一回手本を見せながらやって見せるから、同じようにやってみてくれるかしら?」

「ねぇ?あーしもそのクッキー作るの一緒にやってみて良い?考えたら、あーしもお菓子とか作った事ないし、雪ノ下さんの説明だけじゃピンと来ないんだよね。あ、それとさ!比企谷君。あーしのスマホで動画を撮影してくんない?そうすれば後で観なおせるしさ!」

「材料は余裕があるから、問題無いようね?三浦さんもやってみて、解らない事があれば質問してもらえれば、その方が良いかもしれないわね。」

 

 

「うーん、ずいぶんと良くはなったけど・・・。結衣さ?家で料理とかやった事ないん?」

雪ノ下さんが目の前でやってくれている作業の真似をするだけのハズなんだけど、その作業自体がぎこちない感じがする。

 今日の4時間目の家庭科の調理実習でも、あーし等の班だけがちゃんとカレーを作ることが出来なかった。幸い、姫菜が居てくれたおかげで、時間ギリギリでご飯とカレーもどきは作ることが出来たんだけど・・・。

 あーしも家では殆ど家事とかしないけど、それでもまだ、あーしの方がましだった。

とにかく結衣の料理スキルは壊滅的だった。

 

 そして、何度か雪ノ下さんの注意を受けながら、ようやくクッキーと呼んでもよさそうなモノが出来たのだが・・・。

 

「やっぱり、あたし料理の才能ないのかなぁ・・・。初めて作る優美子の方が上手に出来てるし・・・。」

 

「でも、一応食べられるモノにはなってるんだし、コレで良いんじゃないのか?」

比企谷君は、結衣のとあーしのを一口ずつ食べて感想を口にした。

 

「でも、見栄えがねー。あーしも雪ノ下さんみたいに上手く作れないんだよねー。ちょっと粉っぽいしー、何でだろう?」

「どうして上手く作らないといけないんだ?手作りクッキーなんだろう?」

「あのねー。そこは女の子の意地とか有るじゃん。」

「でも、旨さとか見た目なら市販のヤツには早々勝てないぞ?雪ノ下のクッキーは有る意味、規格外だ。」

比企谷君は、あーしや結衣のクッキーでも充分だと説明する。

「で、でもさ・・・、変なのを渡しちゃったら・・・、やっぱり嫌だよ。」

けど、結衣は納得できていない。まあ、あーしもだけど・・・。

 

 

「なら、三0分後に俺が本当の手作りクッキーを振舞って差し上げよう。三0分したらもう一度ココに来て欲しい。」

そういって、あーし等三人は家庭科室を追い出された。

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

「え?あーしにも有るの?」

 

 比企谷君は、結衣の他にあーしにもクッキーを振舞ってくれた。

いつの間に用意していたのか、綺麗な紙袋に入れられラッピングされている。

 雪ノ下さんが、あーしと結衣を睨んでいるようなんだけど?雪ノ下さんの分は無いんかな?

 

「ほら、二人とも雪ノ下のクッキーと食べ比べてみてくれ。」

そう言うと、お皿に乗った雪ノ下さんが作ったクッキーも目の前に差し出した。

 どうやら、比企谷君は雪ノ下さんの作ったクッキーと比較させる為にあーしと結衣の二人に振舞ったようだ。

 

「で、私の作ったクッキーと比較してどうしたいの?」

雪ノ下さん、なんだか頬がヒクヒクしてるけど?

 

 

「雪ノ下さんのクッキーと比べればいいんだよね?」

あーしは綺麗にラッピングされた袋からクッキーを取り出し、まじまじ眺めるけど、さっきあーしが作ったクッキーと見た目は代わり映えしない。

 

 味は?

 

 うーん・・・。

さっきあーしが作ったクッキーとあんま変わらないよね・・・。なんか、粉っぽいし・・・。

 見た目も味も雪ノ下さんの作ったクッキーとは雲泥の差だ。

 どちらが美味しいとか、上手とか聞かれたら間違いなく雪ノ下さんのクッキーが勝るんだけど・・・。

 

 でも、比企谷君があーしの為に作ってくれたと思うと・・・。

どうしてだろう・・・。

 

 胸が熱くなる。

 

 この気持ちの高ぶりは、雪ノ下さんのクッキーでは感じられなかった。

 

「うーん、見た目も味も雪ノ下さんの方が上だけど・・・。」

結衣は雪ノ下さんのクッキーの方に軍配を上げている?

「でも・・・、比企谷君も初めて作ったんだよねクッキー・・・。」

結衣も少し嬉しそうにクッキーを見つめている。

 

「で、どうだ?」

 

「うーん、味とか見た目は雪ノ下さんの方が上なんだけどさ・・・。男子から手作りのクッキーを貰うとか初めてだし、コレはコレで嬉しい・・・かも?」

 

 うん。

あーしも同じ意見。

 

「そ、それにさ。美味しくないっていう訳じゃないよ?雪ノ下さんのが美味しすぎただけだからさ。コレも十分においしいよね?優美子?」

「うんうん、これなら専業主夫合格レベルなんじゃ?」

 

「だとさ、雪ノ下。」

「納得いかないわね。私にも味見させてもらえるかしら?」

「ああ、どうぞ?食べてみてくれ。」

雪ノ下さんは、結衣からクッキーを分けてもらい、それを食べた。

 

「?、こ・・・、これ。」

「気が付いたか?雪ノ下?」

「あ、あなたね!コレは卑怯だわ!」

 

 え?どうしたん?雪ノ下さん。

 

「これ、さっき由比ヶ浜さんと三浦さんが作ったクッキーじゃない!こんなの反則だわ!」

「何が反則だ?俺は手作りクッキーを振舞うとは言ったが、作るとは一言も言ってはいないぞ?」

 

「えええええ!」

「こ、これ、ヒッキーが作ったんじゃないの!?」

「おい、お前、その呼び方は失礼だと言っただろう。」

あーしも結衣も雪ノ下さんと比企谷君の会話に唖然となった。

 

「こんな小手先の事で由比ヶ浜さんの依頼に応えたというの?」

雪ノ下さんがキレかかってる・・・。

「大体、由比ヶ浜の依頼の本当の目的は何なんだ?美味くてキレイはクッキーを作る事なのか?それなら、こんな所に来ず料理教室に通えば良いだけだろ?違うか?」

「そ、それはそうなのだけれど・・・。でも・・・。」

「由比ヶ浜の依頼は、延び延びになっているお礼を言うために、手作りのクッキーを作って手渡し、お礼を言う事なんだろう?だったら、お礼を言うための足掛かりであれば良いはずだ。一生懸命作りましたってのが伝われば美味しい必要すらない。」

 

「でも、美味しくないクッキーなんて貰っても迷惑なんじゃないの?」

「実際、三浦のも由比ヶ浜のも不味い訳じゃない。ちゃんと食べられるクッキーになってる。これ以上時間をかけるより、早く手渡してお礼を言う方が大事なんじゃないのか?まあ、渡す相手が雪ノ下みたいな完璧主義の女だったら、ダメだろうけどな?普通の男だったら、お前らが心を込めて作ったって言ったら、大抵は毒でも喜んで食うぞ?」

「毒いうなし!」

「だから、それは例えだ。男心ってのは単純なんだよ。自分の為にわざわざ作ってくれたと知っただけで、プラス補正が振り切れるんだよ。心が揺れるんだよ。コレは俺の友達の友達の話なんだが・・・。」

「あら、あなたに友達なんていないでしょう?」

「いいから聞けよ。で、その友達なんだが、中学の時に図書委員に指名されてな?女子のなり手が中々決まらなかった時に立候補した子が居たんだよ。」

「あら?よっぽど早く帰りたかったのね?」

「ちょ!いちいち話の腰を折るな。で、俺は思った訳だ。この子絶対に俺の事が好きなんだと。で、ある日聞いたんだよ。好きなやつのイニシャルを、そうしたらHって言われてさ、『それって、もしかして俺の事?』って聞いたら、メッチャ冷たい声で『え?ナニ?マジキモイんだけど?』って言われてな?翌日の朝にはクラスの全員が知ってたんだよな・・・。」

 

 ちょ!なにそれ!

その女の名前を教えて!

今から、ちょっと〆てくるから!

 

「比企谷君?そのあなたの辛い過去とどう関係が有るのかしら?」

「だから、俺じゃない。友達の友達だ。で、要するに男ってのは単純なんだ、ちょっと優しくされただけで、舞い上がり自分に惚れてるとか勘違いするんだよ!だから、相手が男なら、味とか形よりも頑張って作りましたってのが解る方が良いんだよ。」

 

「えーっと、比企谷君とかも揺れたりする?」

結衣も上目遣いで聞いてくる。

「俺か?俺なんて今まで家族以外の女から手作りのお菓子とかもらった事がないからな、超揺れるな。揺れすぎてそのまま告白して振られるまである。」

 

「「振られちゃうんだ?!」」

あーしと結衣は思わず、ハモった。

 

 

 

 結局、結衣は納得して帰って行った。

比企谷君が撮影してくれていた調理の動画をコピーして。自宅でもう一回チャレンジしてみるらしい。

 

 

 翌日の放課後、結衣はキレイにラッピングされたクッキーを人数分持ってあーし等の部室にやって来た。

 

「いやー、料理ってさ、やってみると何か嵌まるよねー。」

「そうね?昨日のより更に美味しくなっているわよ?」

「ホント?まあ、いくら美味しく無くても良いって言われてもねー、あたしにも女の意地があるし?」

「で、結衣?お礼を言いたい人にはクッキー渡せたん?」

「んー・・・、一応?」

「お!じゃあ良かったじゃん!」

「なら、依頼は達成ということで良いのかしら?」

「うーん、まあ・・・、そう、かな?」

「結衣?ちゃんとお礼も言えた?アンタ結構抜けてるからさ、大丈夫か心配だよ。」

「あー、はは・・・。えーまぁ・・・。でも優美子ってば、ホントにママみたいなんだから・・・。」

 

 

「でさ?姫菜は美術部じゃん?優美子も部活始めたしさ、あたしもこの部に入ろうと思うんだけど、イイかな?」

 

 こうして部活仲間が集まり、あーし等の物語が始まった。




えっと、こちらでは初めまして。
こちらではずっとROM専だったのですが、pixivの方に連載させてもらってたあーしさんのif物語を微修正してこちらへアップしてみようかと・・・。

pixivの方は見てないよー、と言う方がいらっしゃいましたら以後よろしくです。



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第1話 Group1

 

 

 ぱこーん!

清々しい音と共にボールが宙を舞う。

 

「ゆ、優美子!大丈夫?」

結衣に声を掛けられて、ようやくあーしはドッチボールのボールが顔面を直撃したことに気が付いた。

 

「どうしちゃったの余所見なんかしてさ?」

 いや、そこ。

今は突っ込まないで・・・。

 

 体育の授業。

男子の選択はテニスと柔道。

女子の選択はドッチボールと新体操。

 あーしは外で元気に走り回る方が性に合っているので、ドッチボールを選んだんだけど・・・。

 

 あーしは、つい男子のテニスの練習に気を取られてしまっていた。

 

「ナニナニ?優美子ー。気になるメンズでもいるのー?」

冷やかしてくるのは、あーしのグループの海老名姫菜。赤い縁の眼鏡をかけた一見は清楚系美少女だ。まあ、実は腐女子なんだけど。

 

「ち、違うし!ほら!あそこ、戸部とかがまた馬鹿やってるからさ。」

騒いでいるのは、サッカー部の戸部。さっきから大声で魔球だとか、べーとか叫んでいる。

 とにかく、五月蠅い。

あーしは慌てて誤魔化した。

 

「あ、比企谷君もテニスなんだ・・・。あ、でも壁打ち?」

結衣も目聡く彼を見つけてしまったようだ。

 

 そう、さっきからあーしが気になって、自分の事が上の空になってしまった原因の彼、比企谷八幡。

この前の体育の時も、ずっと一人で壁打ちをやっている。

 普段の組になっている、身体の大きい、材木座って子が居ないようだけどその子は柔道を選択したんかな?だから一人で壁打ちをやっているんだろう。なんて初めは思っていたんだけど・・・。

 

 彼の動きは少しおかしい。

 

「優美子、結構綺麗なフォームだよね?比企谷君って。案外スポーツ出来たりするのかな?」

結衣が小さな声でささやく。

 

 そう、フォームは無理のない理想的な形だ。もしかしたらそれなりの経験者なのかもしれない。

 ただ、彼は動かない。

 同じ場所に立ってボールを壁に向かって打っているだけ。

 普通テニスの経験がない子だったら、もう少しボールの軌道が逸れてしまい、左右にステップを踏まなければならないんだけど、まるで精密機械の様にただ同じ動きを繰り返している。

 

「あー!ごめんー!!避けてー!!」

戸部が乱暴に弾いたボールが大きく逸れて、比企谷君の方に飛んで行き驚いて避けようとした時、あーしは違和感の正体を見てしまった。

 

 そして、あーしはその場にうずくまってしまった・・・。

 

 

「優美子?もう大丈夫なの?脳震盪でしょ?もう少し保健室で休んでおきなよ。授業のノートなら後で見せてあげるからさ。」

「いや、結衣のノートとか役に立たないし。借りるなら姫菜に借りるし。」

「えー、それ酷いよー!」

昼休みが終わり、あーしは午後の授業を受けるために教室に戻った。

「まあ、でも折角だから4時間目の授業のノートは後でコピーさせてね?」

「もう!貸さないよ!優美子には!」

結衣はほっぺを膨らませてそっぽを向いた。

「ホラホラ~、機嫌直してよ~。」

あーしは、結衣にチョッカイを掛けるフリをしながら、そっと比企谷君を見る。

 普段通りだ。

さっきのアレはあーしの見間違いだったんだろうか?

 結局、今日は部活に行く気分になれず、結衣に駅まで付き添ってもらって家に帰った。頭を打っているから念のため、と結衣が言い張ったからなんだけど・・・。

 

 

 

 翌日の昼休み。

あーしはジャンケンに負けて自販機まで皆の飲物を買い出しに来たんだけど、テニスコート裏に見覚えのある人影が。

 

「比企谷君?こんな処でパン?どうりで何時もお昼は教室に居ないわけだ。」

「ん?ああ、三浦か・・・。どうしたんだ?」

「あー、ジャンケンで負けてね。罰ゲーム。」

「いや、俺と話するのが罰ゲームとか、泣いちゃうよ?俺。」

「ち、違うって!ジュースを買って来るだけだし!偶々、見覚えのあるアホ毛が見えたから来て見ただけだし!」

「お、おお・・・、そ、それならよかった・・・。」

 

「あれ?三浦さんと・・・、比企谷君?」

「よっす!戸塚!」

「よっす!三浦さん」

「・・・、なぁ?三浦?誰?知り合い?」

「・・・、アンタねぇ・・・。いい加減クラスメイトの顔位覚えなよ・・・。」

あーし、また頭がクラクラしてきた・・・。

 

「?三浦さんと比企谷君って、話するんだね?ボクちっとも気が付かなかったや。」

「あ、ども・・・。同じクラスの比企谷八幡です・・・?」

「えー?どうして疑問形?ボクも同じクラスの戸塚彩加です。」

「ごめんねー戸塚。彼、人の顔と名前を覚えるのが苦手なんだよ。」

一応、フォローを入れておこう。

「あー、いや、俺。女子とはほとんど関わりが無いから・・・。」

いや、そもそも男子とも関わり合いが無いでしょ?

 って、違う。

「ちょ!戸塚は男だよ?」

 

「うん、ボク男の子です・・・。」

 

「えぇぇぇ・・・。最近流行りのボクっ子かと思ったら、男の娘だったとは!」

あ、今、戸塚の顔が露骨に嫌そうな顔になった・・・。

何とか話題を変えなきゃ!

 

「戸塚って昼もテニスの練習?真面目だねー。」

「ボク才能とかないしさ、努力するしか無いんだよ。せめて比企谷君位に上手ければなぁー。」

「あ、だよねー。比企谷君って、フォームとかすごい綺麗じゃん?中学の時とかやってたの?」

「え?俺か?いや?しいて言うなら、テニスの王子様は良く読んでたな。」

「・・・。」

「マンガとか読んで上手くなるわけ無いでしょ?パパやママも昔、エースをねらえを読んでたって言ってたけどさ!他になんかやってないん?」

 

 なんか、戸塚も必死に聞き耳を立てている。

 

「いや?まあ、図書館で入門書は読んだな・・・?それだけだケド?」

「あーしも経験あるけど、そんだけであの綺麗なフォームは、普通は身につかないっしょ?」

「そうなの?まあ、俺の場合一緒にテニスをやる友達も教えてくれる知り合いも居なかったからなぁ・・・。」

 

「でも、独学であんなに上手に出来るなんて凄いよ!ねぇ、比企谷君?もし他に部活とかやってなかったら、テニス部に入ってくれない?ボク、比企谷君に教えてもらいたいんだよ!」

戸塚はあーしでもクラクラするようなキラキラ笑顔で、彼にお願いをしている。

 

「あー、すまん。戸塚?俺さ、担任の平塚先生に言われて別の部活やってるんだ。お誘いは嬉しいけどちょっとな?」

比企谷君は、迷うことなく即答で断りを入れた。

 あれ?アノ部活止めたいんじゃなかった?

やっぱり、アレのせい?

 

「そ、そうだね、掛け持ちとか厳しい部活もあるもんね・・・。」

 

 

 三人で話し込んでいたら、午後の予鈴が鳴った。

「三浦?ジュースの買い出しはイイのか?」

「あ!忘れてた!戸塚、ゴメン!先に教室に帰る!」

結局、ジュースを買いそびれたまま、あーしは教室に走って戻った。

 

 

   ~~~~~~~~~

 

 

「じゃーん!」

雄叫びと共に結衣が部室にやって来た。

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん。」

「よっす!結衣!」

「うっす・・・。」

 

「ねぇ、みんな?今日はさ、相談者を連れてきたよ!さ、入って?彩ちゃん!」

 

 

 戸塚の悩みは、弱小のテニス部でヤル気が無い部員にヤル気を出させるため、自分がテニスを上手くなって他の部員たちにヤル気を出させる事。

その為のテニスの特訓に付き合って欲しいという依頼だった。

 

 

「では、先ずは死ぬまで走ってから、死ぬまでスクワット、終わったら死ぬまで素振りね。」

「ボク何回死んじゃうのかな・・・。」

「ちょ!成長途中の高校生にそんな大昔の根性特訓なんて、意味ないじゃん!雪ノ下さんってSなの?それとも馬鹿なの?」

「まぁ、雪ノ下は容赦ないからな。でも確かに身体が出来ていないのに必要以上の負荷を掛けるのは良くないって聞いたな。」

「だっしょ?日本のスポーツ選手は大抵意味のない過度な練習で選手生命を終わらせるんだよ?とりあえず、あーしがフォームとかを教えるし!正しいフォームで打たないと直ぐに肘を壊すからね?」

「もしかして、三浦さんって花園中学の三浦さん?」

「え?あーし?そう、かな?一応、花園中学出身だけど。」

「やっぱり!すっかり変わったから気が付かなかったけど、ボク中学の時に三浦さんのテニス試合を何度も見に行ったたんだ!」

「え?三浦ってテニスやるの?なるほど、どうりでドリルみたいな髪型なんだな。」

なによ、ドリルって。

「うんうん、優美子って中学の時女テニで大会とか出てたんだよね~。」

「そ、そう・・・。三浦さんもテニスが出来るのね?じゃあ、昼休みのテニスコートの使用許可を取って明日から特訓をしましょう。」

雪ノ下さんもテニスやるんかな?そういえば中学の時にイギリスに留学してたって聞いたし、案外本格的にやってるんかも?

 

「じゃあさ。お昼になったらこの部室に集合してお昼を食べてからやろうよ?」

「え、食後に運動はキツくない?」

「言ったでしょ?先ずは正しいフォームを身に付けるって。激しい運動はしないよ?午後も授業あるし。」

「そうだな、俺もフォーム位なら見てやれるかもしれん。」

「うん、じゃあ明日からお願いするね?みんな。」

 

 

 こうして、あーし達奉仕部は昼休みになると部室で4人でお昼を食べ、そこからテニスコートで戸塚の特訓を行った。

 昼食を食べた後だし練習のメニューは、柔軟体操と素振りだ。

 素振りだけだったら、ホントは屋外より姿見がある屋内の方が効果が有るんだけどね。姿見が有る体育館の方は別の部活が使っているので使えなかったんだ。筋トレとかは、食後の昼休みより放課後の方が効果が有るし授業にも差し障りが無いから、フォームを見て鍛えるべき筋肉とトレーニング方法だけを伝えた。

 

 雪ノ下さんも柔軟と素振りをしているけど、身体の柔らかさも抜群だし、素振りのフォーム綺麗だ。

 結衣は・・・。まあ、お察しだけど・・・。比企谷君の視線を釘付けにしているのは、いただけないな。

 

 

 こうして、戸塚のフォームが徐々に良くなった頃。

 

「じゃあ、今日からは実際にボールを打って行こうか。比企谷君がボールを投げてあげて。で、戸塚は、あーしが指示した方向にボールを打ち込む事。結衣はゴメン。球拾いでをお願い。」

「あら?ボールなら私が投げてあげるわよ?比企谷君も球拾いをなさい。由比ヶ浜さんだけ走らせるつもり?」

 

 しまった。

ココで雪ノ下さんが余計なことを言うとは・・・。

 

「あ、でもフォームの矯正するときに戸塚の身体を触るけど、お互いにイイ?傍でボール投げるだけじゃなく、矯正もお願いしたかったんだけど?」

「そう言うことなら仕方がないわね。いいわ。私が球拾いをやってあげるわ。」

「ご、ごめんね?雪ノ下さん、由比ヶ浜さん。」

「い、いや!気にしなくていいよ~。それより彩ちゃんも頑張ってね!」

 

「おい、三浦。何を考えてるんだ?俺も球拾い位は出来るぞ?」

球拾い位・・・ね。

「結構走り回ると思うよ?午後の授業、寝られたらあーしが困るんですけど?」

「何が困るんだよ?」

「あーしも勝負に参加してんですけど?依頼を達成しても、あんたの成績が落ちたら差し引きゼロであーしのポイント無くなっちゃうでしょ?」

「ま、それもそうだな。じゃあ、指示の方よろしく。」

 

 

   ~~~~~~~~~

 

 

「だー!ゆきのん!ごめん!」

戸塚の打ったボールは、あーしの指示どうりの場所に飛ぶようになったんだけど、丁度それが結衣と雪ノ下さんの中間地点だったので、二人はボールに突っ込み互いの頭を激しくぶつけてしまった。

 ってか、雪ノ下さん体力無さ過ぎない?そんなに走ってないけど、もうフラフラじゃん?そんなんで、よくも死ぬまで走れとか言えたねー。

 

「大丈夫?二人とも!」

戸塚が声を掛ける。

「取り合えず二人は保健室で治療してきて!後は、あーしと比企谷君で続けるから。」

 

 

「戸塚は、あーしに向かって打ってきて。で、あーしも打ち返すから今日はこのラリーで終わりにしよう。」

 

 あーしと戸塚のラリーが始まったけど、戸塚も疲れてきていたのか転んで膝を擦りむいた。

「戸塚~、疲れたら言えって言ったっしょ?昼の練習の目的は型を覚える事なんだからね?」

「ごめん、三浦さん。みんな頑張って教えてくれるから、つい・・・。」

「とりあえず、戸塚も保健室に行ってこい。今日はこの辺にしないか?三浦。」

 

 

そのタイミングで・・・。

 

「おー!優美子じゃん?ナニナニ?テニス?俺っちもやりたい!」

「おいおい、戸部。部活の邪魔だろ?俺達は見てるだけにしよう。」

「えー、でも、優美子ってばテニス部じゃないじゃん?なら俺達も混ぜて貰おうよ~隼人くーん。」

「あー、良いねー!それならウチも混ざりたーい!」

「おお!南ちゃん、中学の時軟式テニスで県大会2位だもんねー。見たい見たい!」

「マッジ?相模さん?いやー俺もソレ見てみて~。隼人クン、相模さんとダブルスを組んでよ~。」

「えー、戸部っち~。葉山君?どう?」

なんか、コートの外が勝手に盛り上がってるけど・・・。

 

「あー、悪い。俺達はテニス部の正式な依頼で戸塚の練習に付き合ってるんだ。部活の邪魔だからコートに入らないでくれ。」

おお?比企谷君。こういう時はちゃんと話できんじゃん。

「べー。ヒキタニ君はテニス部じゃないんしょ?だったら、俺達にも使わせてくれよ~。」

「そうだよ~。丁度、戸塚君もケガして今日はもう終わりでしょ?だったら少し位はウチらにもテニスさせてよ~。」

 

「えー、いやー、その・・・。」

 

 あ、コレはアカンやつだ。テニス部の戸塚がしっかりと断らないとイケないパターンなんだけど・・・。

 

「大体さー、三浦さんがどれだけ上手か知らないけどー、ウチ県大会で2位の実力だから~、見学だけでも勉強になると思うよ?」

相模南。

 このクラスになって直ぐ、あーしにチョッカイを掛けてきた子。

隼人に気が有るみたいだけど、見え透いててうっとおしい。

 今までは実害がなかったから、放置してたけど・・・。

 

 ココで潰しておく?

 

「まぁ、そう言うことならいいんじゃないかな?みんなで楽しもうよ?な、ヒキタニ君?」

出たよ!隼人のみんな仲良く、楽しくってヤツ!

 大体、ヒキタニって誰さ?

 

 幾ら普段仲良くしてるからって、彼を侮辱するのは許さない。

 

 コイツもここで潰しておこう。

 

「どうする?戸塚?アンタがこの場の責任者だし、決めていいよ?」

「えっと、じゃあ時間もないからワンゲームだけで・・・。」

 

「じゃあ、ウチは葉山君とペアね?そっちは三浦さんとヒキタニ君だっけ?でイイよね?戸塚君はケガしてるしさ。」

 

 しまった。

それが狙いか!

 

 抗議しようとしたあーしを比企谷君は押しとどめた。

「お前、俺の身体の事知ってるみたいだな?まあ、ワンゲームだけだ。お前には負担を掛けるけどその位なら、持つと思う。」

 

「解った。あーしが後ろで拾うから比企谷君は気にせず、返せるのだけお願い。」

「なーに、負けても何もペナルティーは無いんだ。気軽にな?」

 

 

「じゃあ、ワンゲーム始めます。」

 

 ジャンケンの結果、サーブは相模からだ。

 

「でも、アレだな。サッカー部は昼休みに他の部活に乱入するんだな?今後も相模達がチョッカイを出すようなら、俺達もサッカー部の部活に乱入させてもらうぞ?いいよな?」

「相模さんはサッカー部じゃないんだけど?」

「相模を後押しした時点で同罪だろ?まあ、せいぜい頑張れよ?王子様?」

「ちっ。」

「あと、下手な真似をしたらテニス部の顧問と生徒指導にもチクる。サッカー部は公式試合に出れんくなるかもだから、気を付けてプレーしろ?なんせ、他所の部活の練習に割り込んだんだからな?」

 

 

 あーしと相模が際どいラインを責めあうラリーをしている最中に、比企谷君と隼人は壮絶な舌戦を繰り広げている。

 まあ、隼人を口先で足止めしてくれているだけで、役には立っているんだけどね?

 

 ホント、斜め下すぎる活躍だよ・・・。

 

 それに相模も県大会で2位ってのは、ホントみたいだ。確かにあれだけ走ってもフォームが崩れない。

 普通のゲームならまあ、あーしの相手じゃないんだけどさ・・・。

 ワンゲームだけの短期戦ならそれなりにやれそうだね?

 

 でも!

 

 所詮は軟式。

 

 硬式の怖さは知らないだろ?

 

 あーしは相模の軸足の足元を狙って打ち込む。

「イタイ!」

跳ねたボールが相模の脛を直撃する。

 

「ほら、硬式のボールは当たったらイタイからね?ちゃ~んとラケットで受け止めなよ?」

いや、自分で言っておいてなんだけど、あーし悪役臭がプンプンするんですけど?

 

 その状態で今度は左右のコーナーを狙って、相模を走らせる。

ほら、もう息が上がって足元がフラフラじゃん?

 とどめのスマッシュを打った瞬間、相模は足も縺れさせてすっころんだ。

隼人はそんな相模を只見つめているだけだった。

 

「ゲーム終了。三浦、比企谷チームの勝ち。」

戸塚のコールでゲームは終了し、相模は取り巻きの友達に連れられて帰って行った。

 

「一体、何の騒ぎなの?コレは。」

「ねー?さがみんがボロボロになってたけど?」

 

「えー!さがみん優美子に試合を挑んだの?優美子中学の時に硬式テニスで全国大会

4位だよ?ちょっと上手いくらいで勝てるわけ無いじゃん!」

あー、結衣・・・。

ばらしちゃった・・・。

 

 

 で、

あーしは事の顛末を雪ノ下さんに話したんだけど・・・。

 

「あなた、何も変わっていないのね?本当に失望しかないわ?葉山隼人クン。この事は、いずれ部長会で追及させてもらうことにするから、覚悟なさい。」

そう言って、雪ノ下さんも教室に帰っていった。

 

 

 

 それからしばらくして、テニス部の他の部員たちも少しづつ昼休みの自主練を行うようになり、あーし達への依頼は完了した。

 

 ただ、コレがあの事件の引き金になっていたのかも・・・とは、その時のあーしは思いもよらなかったんだ・・・。



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第2話 Group 2

 

 

「あ。」

メールの着信音に結衣が携帯を覗くと、落胆した表情になった。

あーしもほぼ同時に自分の携帯に来たメールを見て、ため息をついた。

 

「比企谷君?二人に卑猥なメールを送るのは止めなさい。あなた彼女達に嫌われたら本当に居場所が無くなるわよ?」

「おい、雪ノ下。どうして二人がメールをみて落胆したら犯人は俺なんだよ。大体な俺はクラスの誰のメールアドレスも知らん。」

「あら?誰からも教えてもらえていないの?残念ね?」

「そう言うお前はクラスメイトのメールアドレスを知ってるのかよ?」

「ええ、知っているわよ?いつもクラス替え毎に、皆がアドレスの交換をしに来るもの。」

「ああ、そうかい。そりゃよかったな。」

 

 え?比企谷君クラスの誰ともアドレスの交換してないの?

そういえば、始業式の日も一人でボーっとしてたっけ・・・。

 

「あ、あの・・・、比企谷君?ゴメン。その・・・、部活の連絡とかクラスの連絡とかあるし、あーしとアドレスの交換して?」

「あ、あたしもお願い!」

あーしと結衣は速攻で比企谷君にアドレス交換のお願いをした。

 

「ほい、携帯を渡すから番号とかアドレスとかテキトーに入れておいてくれ。」

 

 ええ?

携帯電話をあーしに渡しちゃってイイの?

 

「えっと、あたし達が中身見てイイの?」

結衣も戸惑ってる。

 

「見られて困るようなものは何もないからな?ほら、PINコードは打ったからお前らでも操作できるぞ?」

「あなた、アドレスの登録がそんなに面倒なの?あ、ごめんなさい?今まで登録とかしたことが無かったからやり方が解らなかったのね?」

「いや、知ってるし!中学の時とかアドレス交換とかしたし!」

「そう?よかったわね。」

雪ノ下さんは、そのまま興味なさげに文庫本をまた読みだした。

 

「ねぇ、比企谷君?この小町っていう子は誰なの?」

結衣、ナイス!あーしも気になってた。

だって、彼のアドレス帳には両親と小町って子の三人分しか登録されてなかった。中学の時のアドレス交換したって子が小町って子?

それと、あーしが以前に渡したアドレスは、結局登録してくれてなかったんだなー。

 

「ああ、それ妹だ。因みに世界一可愛い。」

「いや、そんな情報要らんし!」

結衣はそう言い捨てたけど、

「あー、妹さんかぁ・・・。」

あーしは少しだけ胸を撫で下ろす。

 

「そういえば、さっきメールを見て落胆してたけどどうしたんだ?」

「うん、このメールなんだけどね・・・。」

あーしは自分の携帯に着信したチェーンメールを比企谷君と雪ノ下さんに見せた。

 

「うわー、今時チェーンメールか・・・。まぁでもアレか・・・、匿名で噂を広めるならこの方法が手っ取り早いか・・・。」

 

 そう、最近クラスの中であーしと比較的仲がいい、男子三人に関する中傷の匿名メールだ。

 

『戸部は稲毛のカラーギャング。ゲーセンで西高狩り』

『大和は最低の三股野郎』

『大岡はラフプレーで相手校のエース潰し』

 

「おい、戸部が何気に酷いな?あとコイツ等全員、三浦達と比較的仲がいい連中だよな?」

「あら、そうなの?三浦さん。」

「うん、あたしや優美子、それに姫菜って子と良く一緒につるんでるだよ。」

「なら、あなた方とお近づきになりたい人の嫌がらせなんじゃないの?ね、比企谷君?謝るなら今のうちよ?」

「だから俺じゃねーって!大体、この二人のアドレスは今貰ったんだぞ!」

「ふふ、冗談よ。」

「雪ノ下さん、それ冗談になってないから!あー、部室で良かった。」

「だ、だね・・・。今うちの教室少し殺伐としてるからさ・・・、特に三人の耳に入ったらヤバいかも・・・。」

「そ、そう・・・、ごめんなさい。迂闊だったわ・・・。比企谷君もごめんなさい。軽い冗談のつもりだったのだけれど・・・。」

「いや、まあ、構わんけどお前に友達が居ないのはそう言う部分なんじゃないか?もう少し注意した方が良いぞ?」

「面目次第もございません・・・。」

ホント、雪ノ下さん。最近ポンコツに磨きが掛かってるんだけど?

 

「ん?けど、お前らと仲がイイって言えば葉山は何で名前が出ないんだ?アイツだって叩けば埃くらい出るだろう?この前のテニスコート乱入事件とかも有るんだし。」

 

「そういえば、そうかも?」

「でも、隼人君って何時でもみんなの中心にいてまとめ役って感じだし、悪口とか言いにくいんじゃ?」

そうだ、隼人はあーし等と休み時間を一緒に過ごす事が多いけど、一つ所にべったりと言う訳ではない。案外まんべんなくクラスの皆と仲良くやっている。

唯一の例外は比企谷君だけだ。

 

「困ったわね・・・。そのメールが届きだしたのは、いつ位からなのかしら?」

「うーんと・・・、先週の中頃からかな?」

「テニス事件から時間は、それなりに経っているわね?先週の中頃で何かクラスで事件とかナニかなかったかしら?」

「どうしたの?雪ノ下さん?ナニか気になる事でもあるん?」

 

 雪ノ下さんは姿勢を正して、比企谷君を見つめる。

「そうね、コレは放置できないわ?噂がこれ以上酷くなると大変なことになると思うのよ。」

「だから!俺を見て言うなよ!」

「勘違いしないで。最大の被害は貴方に及ぶのよ?比企谷君。」

 

「「え?」」

 

「考えてみなさい。クラスの中心人物の友人達に悪いうわさが流れているのよ?その中心人物と交流の無いのは・・・?そう、比企谷君だけよね?まあ、表向きは、だけれど。先ほど、三浦さんが言ったわ?冗談になってないって。二人がそう感じているのであれば、早急に犯人を見つけて止めさせないと、比企谷君が犯人にされてしまう恐れが有るわ?」

「「「!」」」

 

「なので、三浦さん、由比ヶ浜さん。お願い、協力してもらえないかしら?犯人を見つけ出す為の。」

雪ノ下さんがあーし等に頭を下げた。

 ええ?雪ノ下さん!とんだツンデレさんだったよ!あーし今まで、ぜっんぜん気が付かなかった!

 

 コレは、あれだ。

好きな子には意地悪して気を引きたくなるってヤツ!

 

 あーしも負けていられない・・・。

 

「と、とにかく先週の中頃にクラスで何が起きたのかを、もう一回冷静に考えようよ?優美子。」

結衣にしては、真面な返答だ。

 

「けど、事件が起きたのが先週の中頃なんだろう?だったら、原因はもう少し前に有るんじゃないか?」

「そうね?燻っていたものが爆発したのが先週中頃と考えるべきよね?」

「だとしたら、先週の初めのころ?」

 

「うーん・・・、先週の初めと言ってもなぁ・・・。職場見学の班分けを今週の末までに決めておけってホームルームで言われた事くらいしか俺には解らんわー。」

 

「あ!」

あーしは思わず声を上げた。

「職場見学!」

結衣も何か気が付いたように声をあげる。

「なるほど・・・。」

雪ノ下さんも判ったみたい。

 

「え?」

比企谷君以外は心当たりがあるみたいだ。

 

 

   ~~~~~~~~~

 

 

「で、本当にあの三人の中に犯人が居るのか?」

 

 翌日の昼休み。

あーし達はもう一度部室に集まり、クラスの中の状況を整理してみた。

 

 あーし達女子三人の予想は、犯人は戸部、大和、大岡の三人の中の誰か。

 

理由は職場見学の班分け。

 

 三人で一つの班を作る。

 

 葉山隼人と組みたいなら、誰かがあぶれることになる。

どうしても組みたいなら、誰かを蹴落とさないとイケなくなる。

 

 それと、あーしらのクラスは三三人。男子一七人女子一六人で三人ずつだと丁度十一の班が出来る。

因みに普通に分けると男子が一人余り、女子二人と組むことになる。

 なので、予めあーしと結衣は姫菜に断りを入れて、比企谷君と組むことにした。これで、比企谷君が班分けに余ってしまい妙な噂に乗せられないように出来たハズ。

 

 班が出来たグループは、教室後ろの掲示板にメンバーの名前と見学の希望先を書いて貼りだす。

 見学の希望先は、比企谷君が自分の自宅とかふざけた主張を譲らなかったけど、あーしも丁度最終就職の希望先だし是非とも見学したかったから賛同したら、あっさりと市役所に変更しやがった。

 まあ、公務員って安定してていいよね?

 

 知らんけど。

 

 あと、最終就職の希望先はちゃんと見学しておかないとだから、コレはいずれ実行するとしよう。

 

「むしろ、葉山をあぶれさせる為の罠の可能性はないか?葉山と組みたい女子は多いだろう?女子二人と男子一人の組は絶対に出来るんだし。」

その可能性を考慮して、あーしと結衣は一計を案じた。

 

「その辺の恐れもあるんで、一応保険を掛けておいた。」

「うん、姫菜に隼人君と組んでもらうの。」

「あと一人は?どうするのかしら?」

「比企谷君が言う通り女子の犯行なら恐らくは、残りの枠に名乗りを上げるはず。」

「誰も名乗りを上げず、噂が沈静化したら犯人は3人の誰かの可能性が高い。と言う訳ね?」

「班分けは大体クラスの半分くらいが終わってるし、期限は明日までだからね?今日の感じだと、まだ動きは出ていないけど・・・、チェーンメールはあーし達が今朝、班を作って掲示板に貼りだした以降は送られていないよ?」

「渦中の男子三人の雰囲気はどうかしら?」

「うーん、気まずそうにしているけど他に組む相手が居ないみたいで、三人で組むみたいだよ?」

 

 午後の予鈴が鳴り、あーし達は教室に向かう。

 

「あ!三浦さん!由比ヶ浜さん。それと、比企谷君も!」

「よっす!戸塚!」

「よっす!みんな。ところで職場見学の班、三人で組むんだね?いいなぁ、ボクも比企谷君と組みたかったよ~。」

「え、マジか?昨日言ってくれていれば組めたんだよ・・・。そうだ、三浦?由比ヶ浜?どっちか抜けてくれない?俺、戸塚と一緒がイイ。」

あーしと結衣はその瞬間、比企谷君のお尻に蹴りを入れた。

「ちょ!暴力反対・・・。」

「あはは、ホント三人は仲がいいね!僕は他の人を当たってみるよ!」

戸塚は教室に走って行った。

 

 

   ~~~~~~~~~

 

 

 放課後になっても例のチェーンメールは届かなかった。

やっぱり、犯人は三人の誰か?

あーしが、そんなことを考えながら机を片付けていると・・・。

 

「ねぇ、ヒキタニの班が決まった途端に、変なメールが来なくなったね?」

 

は?

 

「あー、だねー。ほら、例のメールで噂になってたのって、三浦さんと仲がイイ三人だったもんね^。」

「結局アノ三人は他の人と組めずに、三人だけ孤立しちゃったねー。」

相模と仲がいい子達が皆に聞こえるように通る声で変なことを言い出した。

 

 クラスを見渡すと、皆の視線があーしと比企谷君に集中している・・・。

そして、戸部・大和・大岡の刺すような視線が比企谷君を射抜いている・・・。

比企谷君もその圧に押されて、席を立てなくなっているようだ。

 

「それにしても、ヒキタニが三浦さんや結衣ちゃんと組むとはねー?」

「教室では全然話とかしないから、交流が有るとか誰も知らなかったよねー。」

相模も調子に乗って話に加わる。

 

 アンタがソレ言うか?

二週間ほど前にあーし達とテニス対決しただろう?

 

 

「なぁ、ヒキタニ君?ちょっとイイかなー?」

戸部が比企谷君の席に近づく。それに合わせて大和と大岡も・・・。

 

「わりーけどさ、ちょっと携帯みしてくんない?」

「ちょ!戸部!なんで比企谷君の携帯を見たいのさ!」

「いやー、念のためだっしょ?」

「でも、人の携帯を見るとかは!」

「いや、大丈夫だ。三浦、俺の携帯の中身は知っているだろう?」

 

 !

そうだった。

電話番号もメールアドレスも登録しているのは五人だけだ。

メールの着信は全部企業の広告とアマゾンのお知らせ。

 

 送信履歴に至っては、何もない。

 家族ともメールの遣り取りは無いんだろうなぁ・・・。

 

 

「戸部にも大和にも大岡にも全部見せるよ。けど代わりにお前らの携帯の中も俺には見せろよ?俺だけ疑われたんじゃ、不公平だしな。」

「ふん!それは当然だろ?俺達3人はもうお互いの携帯を確認しあってるしな。」

大岡はお互いの携帯を確認しあってる事を口に出した。

 

 ええ?じゃあ三人は犯人じゃないの?

 

 だとしたら・・・?

 

 ふと相模を見ると、うっすらと笑いながら此方を見ている。

 

「ほらよ?PINコードを打ち込んだから、好きなだけ中身を見てくれていいぞ?」

「隠しフォルダとかないか?」

「メールボックス以外も確認しよう。」

「あれ?メールアドレス五人しか登録してないぞ?」

「どうだ?因みに三浦と由比ヶ浜は同じ部活だから、アドレスが有るけど登録したのは昨日だ。」

 

 あーしは、その言葉に首肯した。

 

「あーしも昨日、比企谷君の携帯の中を見たけど、その時は家族の三人しか登録してなかったからね?」

あーしの言葉に苦虫をつぶした顔をしたのは、相模。

 

「なぁ?みんな?クラスメイトを疑うのは、もう止めよう?疑いだしたら関係がギスギスするだけだろう?皆で仲良くやって行こう。」

隼人が声を掛ける。

 

 

「それは無理ね。だって貴方には出来なかったでしょう?」

 

「雪ノ下さん・・・?」

「由比ヶ浜さんにメールで連絡をもらったわ。悪質なチェーンメールの犯人は罪を比企谷君に擦り付けたかったみたいだけど、とんだ誤算だったわね?」

雪ノ下さんは結衣の連絡を受けて、この場に駆け付けてくれたのだ。

 

「戸部君だったかしら?あなた達はお互いの携帯を確認しあった上で比企谷君の携帯を見のよね?なら、他のクラスメイトの携帯は確認しないの?犯人は必ずこのクラスに居るわよ?」

更に、雪ノ下さんは戸部を挑発する。

「自分たちの根も葉もない悪い噂を流されて腹が立つでしょう?」

 

「お・・・、おう、そうだ戸部、この際だからクラスのみんなの携帯を確認させてもらおうぜ!」

「だな、メールが初めて届いたのが先週の授業中だから、この教室で送信されてるハズだぞ。」

 

「そうね?確認した方がいいわね。ねえ、葉山隼人君?四人グループで貴方だけ悪い話が出ていないのだし、先ずはあなたの携帯を三人に見せてあげたらどうかしら?」

 

「な、なにを言い出すんだい?雪ノ下さん・・・。」

え?どうして隼人が慌てるの?

 

「ちょっと!雪ノ下さん?他のクラスの事に口出ししないでくれます?雪ノ下さんは関係ないよね?」

「あら?うちの部の大事な部員が疑われたのよ?無関係どころか当事者よ?私は。」

雪ノ下さん・・・。

「ちょっと待ちなよ!三人は葉山君があんな酷いメールを送るとか思ってないよね?友達でしょ?」

相模の取り巻きの子達だ。

 

「そ、そうだよ。俺にだって携帯には人には見せられないデータとか有るんだよ?」

「ふーん・・・、その割に三人が比企谷君の携帯を見せろと言ったときは止めなかったね?クラスの人間のアドレスが登録されてると思ってたん?誰ともアドレスの交換をしてなかったから、チェーンメールを受け取ることもなく、噂も知らなかったんだけど?当然、アドレスが無いから送信も出来ないよね?」

あーしは隼人に詰め寄り

「なあ、戸部?あんた同じ部活で一番付き合いが長いんだからさ、代表して隼人の携帯を確認してくんない?女のあーしじゃ見ちゃいけない画像とか有ったら困るしさ?」

 

「解った・・・。」

隼人は自分の携帯を出したんだけど・・・。

 

「なに?コレ壊れてんじゃねー?」

「あ、ほんとだ電源が入らない。」

「なんか、水?」

 

「余計な詮索をされたくなかったんだけどね?戸部、今日の朝練の後の事を覚えているかい?」

「朝練・・・?あ!ゴメン!・・・、その携帯を壊したの俺だ・・・。」

 

「え?」

あーしは目が点になった。

 

「いやー、練習が終わって水場で汗を拭いてる時にさ、隼人君の携帯を水の中に落としちゃったんだよ、俺。」

「おかげで、俺は携帯が壊れてしまったんだ。」

「えー、葉山君ってば災難~。」

相模の曇っていた顔も晴れている?

 

もしかして・・・。

 

 

 結局、戸部はクラスの男子の携帯のデータを確認し、相模とあーしで女子の携帯のデータ確認をしたけど、怪しい痕跡は見つからなかった。恐らく、相模と隼人の二人はこの件に関わっていると思ったけど、確証が取れなかった。まさか、隼人の携帯が朝から請われていたとは・・・。

 それで朝からチェーンメールが送られてきていないなら、犯人はやっぱり?

 

 少なくとも、あーしはそう確信してしまった。

 

 

 こうして、このクラスでのあーし達のグループはバラバラになった。

 

 大和と大岡は相模のグループとつるむようになり、戸部はあちこちのグループにチョッカイを掛けては迷惑がられている。

 隼人はどちらかと言うと相模寄りになったようだけど、時々はあーし達の方にも首を突っ込んでくる。

 

 あーしや結衣に未練でもあるんかな?

 

 

 で、職場見学は、大半が隼人と同じハイテク企業の会社見学を希望し、班分けの必要が有ったのかどうかは疑問だ。

 

 

 あーしと結衣、それに比企谷君は何故か雪ノ下さんの班と一緒に市役所の見学を回ったのだった。

 雪ノ下さん?もしかしてウチのクラスに来た時に、あーし等の見学希望先をチェックしていたの?



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第3話 Class change 1

お待たせしました。

あーしさんと八幡の出会いの秘密が語られる今回のお話。
色々とわかりにくい伏線が交錯して申し訳ありません。

よろしければ暇つぶしついでに読んでいただければと思います。


 

 

 

 二年F組。

 

 あーしは中庭の掲示板に貼り出された、クラス別けの発表を見て心のザワツキを抑えられない。

 なぜなら、彼が同じクラスに居るのだから。

 一年の時はクラスが離れていて、しかも向こうのクラスはトイレからも一番遠い教室だったから、わざわざそのクラスの教室に行くわけにもいかず、そのクラスの女子と仲良く成れないかと必死だった。

 

 友達さえいれば、別のクラスでも遊びに行くことは可笑しなことではない。とはいえ、そのクラスにはあーしの中学からの知り合いは誰も居ないし、あーしのこのズケズケと物を言う性格が原因でもあるんだけど、そんな都合よく友達も出来なかった。

 

 いや、クラス内では普通に友達も出来たからね?

 

ホントだよ?

 

 あーしは、誰にも相談できず一人モンモンとした生活を一年過ごしてきた。

でも、そんな生活とも今日からはオサラバだ。

 

「では、私がこのクラスの担任を務める現国の平塚だ。一応この学校の卒業生でもあるから授業の事以外でも悩み事とかあれば、気兼ねなく相談してくれたまえ。」

 

 担任の教師は凄くキレイな女の人だ。

見ると、男子の何人かは平塚先生の胸を凝視している。ホント男子って・・・。

 

 で、あの人は・・・?

 

は?

 

 なんか、一人、船を漕いでるんだけど・・・。

昨日遅くまで勉強してたとか?

確か、風の噂では文系科目の成績が凄く良いらしいとか聞いた。

 

「うーん、どうも退屈そうにしている者も居るようだし、一人ずつ前に出て自己紹介をしてもらおうか?ついでにクジを作って来たからな、改めて席替えをしようか。出席番号順の席ほどつまらんモノもないからな。」

 

 あーし等は一先ず、出席番号順に指定された席に座っていた。

そのお陰で彼とは遠すぎず、近すぎずの微妙な位置関係だった。

 おお?これは運が良ければ隣の席とかに成れるチャンスかも?

 

 あーしは机の下で密かに拳を握る。

 

 見ると、周りの女の子達も気になる男子が居るのか、ソワソワしだしている。

うんうん、解るよ。その気持ち。

 

 

「おい、そこの居眠りをしているヤツ!君の番だ。前に出て自己紹介したまえ!」

 

 順番に自己紹介が進む中、彼は完全に寝落ちしていたようだ。

平塚先生の怒鳴り声でようやく目を覚まし、周りをキョロキョロと見渡している。

 

「起きたのなら前に出て自己紹介してから、教卓の上の箱からクジを引きたまえ。」

 

 彼はコクリと頷き、席を立った。

 

「へぁ、あっと・・・、ひ、ヒキガヤハチマンです。よろすく・・・。」

 

 彼は思いっきり噛みながらしどろもどろに自己紹介を終えると、クジを引いてから元居た席に戻っていった。

 

 

 彼こそあーしが入学以来、いや一年半前のあの日から密かに想いを寄せている人物。

 

 比企谷八幡。

 

~~~~~~~

 

 アレは一年半前、総武高校の文化祭を観に行った帰り道。

 あーしは同級生の女友達と二人で、駅までの道を楽しくおしゃべりしながら歩いていた。

 

 話題の中心は講堂のステージで大取に行われた演奏だ。

 

 凄い美人のお姉さんが中心となって演奏された曲はオリジナルの曲なんだろうか?

あーしが密かに総武高校の受験への闘志を燃やしていたその時・・・。

 

 

「あぶない!」

 

 叫び声に振り向くと、クルマがあり得ない方向から道路を横切り、あーし達の方に向かって突っ込んでくる。

 

「どいて!」

自転車に乗った男の子が、そう叫びながらあーしと友達を突き飛ばしてくれて・・・。

 

 がっつしゃーん!!

 

 大きな音が響いて、自転車がおかしな形にひしゃげているし、カバンの中身?が辺りに散らばっている。

 

 幸いあーし等を突き飛ばしてくれた男の子も、大きな怪我はしていないようだったけど、少しビッコを引きながらも壊れた自転車を見て呆然としている。

 

「あ、あの助けてくれてありがとう。あーしは三浦優美子といいます。で、こっちの友達は、下田真理ちゃんです。あなたの名前と連絡先を教えてください。」

「え、あ、いや・・・。」

「壊れた自転車とか、弁償させてください。あーし、パパとママに相談するので。」

「あ、そ、それは多分、クルマの運転手の方からの補償でなんとかなるかも?だし、気にしなくても良いと思う・・・、ケド・・・。」

「あ、でも服も破れてるし、擦り傷だって・・・。」

「ふ、服はユニクロの安い奴だし、傷はほっときゃ治る・・・、から・・・。」

「じゃあ、せめて名前と連絡先だけでも・・・。」

あーしはポーチから携帯を取り出したのだけど・・・。

 彼は無言のままケガをした脚をひきづりながら、地面に散らばったカバンの中身を拾い集めている。

 見ると文庫本のカバーが外れて、表紙に金髪の美少女のイラストが描かれた本が数冊散らばっている。

 こういう小説とか好きなんかな?

 あーしと真理ちゃんも散らばったカバンの中身を一緒に拾い集めて、彼に手渡した。彼は文庫本を受け取るとき、ばつの悪そうな顔をして恐る恐る受取り、カバンに仕舞い、携帯電話を手に取った。

 

「あ・・・、お、俺・・・、携帯の電池切れてる・・・。」

 

 

 結局、彼、比企谷八幡君は自分の携帯電話の番号を覚えていなかったので、あーしの番号をメモに書いて手渡した。そうこうしているうちに、警察もやって来てあーし達は状況の説明をした。

 幸い、あーしも真理ちゃんも突き飛ばされたときににも尻もちを着いただけで、大した事は無かった。けど八幡君は少し脚を引きずっていた。軽い掠り傷だと言っていたけど・・・。

 そして八幡君は事故の目撃者という事で、警察官から色々と質問を受けていてあーしはそれ以上彼と話すことが出来ず、気が付いたら彼は自転車を置いていなくなっていた。

 

 帰宅して両親に事情を説明したら、どうして自宅の電話番号を聞かなかったのかと小一時間説教をされた。

 でも、こちらの連絡先を渡しているので、そのうち連絡をくれると思っていたんだけど、彼から電話が掛かってくることはなかったんだよね。

 

 

 で、次に彼を見かけたのが入試の時。

校門で同じ学校の子らと待ち合わせしていた時、あーしの目の前を無言で横切った。

お蔭で、休み時間の時トイレに行く振りををしてアチコチの教室を覗いて回る羽目になったけど、彼は見つけられなかった。

 

 合格発表の時なんて、自分の番号を探すより先に彼の名前を探して、合格を知った時は思わず「やった!」なんて叫んでしまって、一緒に来た子におめでとうって言われて焦ったっけ・・・。

 

 まあ、あーしもなんとか合格は出来ていたけど。

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 席替えは最悪の結果だった。

結局、出席番号順の方が席が近かったじゃん!

 男女がランダムで席を割り振られたのもあり、あーしの周りには可愛い女子が多い。

 隣の席のお団子頭の女の子は・・・、由比ヶ浜結衣さん。何故か、一年の時から良く見かける子。って言うか、何故かあーしの視界に入ってくる不思議な子。

 で、あーしの後ろには、赤い縁のメガネのコレも可愛い子。海老名姫菜さん。

 後はバスケ部の男子二人とサッカー部の男子が二人。

 三郷(みさと)君と八潮(やしお)君。

「三浦さんだったね、一年間よろしくね!」

「いや、出来れば卒業までよろしくしたいよね!」

 この二人は県内でも有名なバスケのプレイヤーで、去年は一年ながら大活躍で県大会で八位まで躍進した、総武バスケ部の二枚看板だ。

 

「ナニナニ?俺、周りに可愛い子ばっかでぇー勝ち組?」

「おいおい、戸部。そんなにはしゃぐなよ。」

「えー、隼人くーん。俺らの席ってハッキリ言って勝ち組じぇね?ね?」

この煩いのが、サッカー部の戸部。そして、その相方が葉山隼人。こちらも一年の時から女子の人気が高く、サッカーでは地区予選で一人でハットトリックを決めるなどの活躍をした。

 まあ、戸部も頑張ってるみたいだったけど残りのメンバーに足を引っ張られてしまい結局は県大会の一回戦で敗退したそうだ。

 

「なーんか、騒がしい席だね・・・。」

由比ヶ浜さんが遠慮がちに話しかけてくる。

 

「まーまー、メンズはコレ位元気が有り余ってる方が色々と捗るんだよぉー。」

メガネの子。何を言ってるのか良く解らない。知ってても解らない。

 

「あーし、三浦優美子。よろしくね?」

「あ、あたし・・・、由比ヶ浜結衣です。よろしく。」

「私は、海老名姫菜。一年間よろしくね~。」

「あ!俺、戸部!戸部翔。でー、こっちに居るのが葉山隼人君ね!」

「さっきも挨拶したけど、よろしくね。」

おー、ちょっとさわやかで結構イケ面。

 一年の時から女子達に人気の人だよね。

まあ、頭が金髪でちょっとチャラそうなのは、あーしも人の事は言えないか・・・。

 

 

 あーしは周りの人たちと直ぐに打ち解け、女子同士互いに名前呼びしあうほど仲良くなったんだけど・・・。

 

 肝心の彼との距離が全く縮まらない。

 

 ってか、休み時間になると机に突っ伏して寝てるし、なんなら授業中も寝てる。

昼休みになると直ぐに居なくなる。

放課後になると、そっこー消える。

 

 特に彼の席が出入り口に近いことも有り、此方が近づく前に文字通り消えるのだ。

 

 

 

 せっかく同じクラスになったものの、なんの接点もないまま既に二週間が過ぎた、ある日のホームルーム。

 

「比企谷!今日、放課後に職員室に来るように。」

いきなり、平塚先生からの呼び出し。

 

 コレはチャンスなんじゃ?

 

 

「ねぇ、優美子?今日さ帰りに何処行こうか?」

「ゴメン、結衣!ちょっとあーし職員室に行かないといけないの忘れてて!先に帰ってて!」

あーしは、結衣の誘いを断り職員室に向かう。

 一応、現国の教科書とノートを持って行く。

 これなら、授業で解らなかった処を聞きに行く風で、クラスの誰からも怪しまれないハズ。

 

 

「しつれいしまーす・・・。」

 

「なんだ?コレは!キミはテロリストなのか?それともバカなのか?」

職員室に入って直ぐに、平塚先生の怒鳴り声が。

職員室の奥、衝立の向こうから声が聞こえる。

 

「いや、最近の若者って大体こんな感じじゃないでしゅか・・・。」

「黙れ小僧。」

「いや、そりゃ先生から見たら・・・。」

 

 何やら、衝立の向こうから言い合う声が・・・。

そっと、覗いた瞬間。

ビシッという風を切る音と共に先生の右手の拳は彼の頬を掠めた。

 

 え、今の見えなかったんですけど?

 あーし、これでもテニスで鍛えているから、動体視力はかなりのモノなんだけど?

 

 今のなに?

 

「ん、どうした?三浦。何か用事かね?」

「へ?あ、ちょっと授業の内容で聞きたいことが有ったんですけど・・・、失礼しました!」

 

「まあ、待ちたまえ。このまま帰られて誤解が有ってはイカン。最近は色々面倒だからな?そう言えば三浦も部活動はやっていなかったな?丁度いい。二人ともついて来たまえ。」

「え?俺もですか?」

「むしろ、君への罰だ。女性に対して失礼な事を言ったのだしな?君には罰として奉仕活動を行ってもらう。」

 

 

 平塚先生について歩く道すがら、

「ねぇ、なんで呼び出されてたん?」

「今日、4時間目に現国のレポートをだしただろう?その内容が気にいられなかったんだよ。」

「で、さっきはどうして殴られそうななったん?」

「いや、つい歳の事をな・・・。」

色々と話しかけているけど、ずっと下を向いたままボソボソと返事を返すだけ。

もしかして、あーしのこと解らないのかな?

 

 まあ、前に助けてもらった時は、テニスで真っ黒に日焼けしていたし髪の毛も染めてなくて黒だったし、胸も今よりは慎ましやかで、テニス部では先輩達から『ゴボウちゃん』って呼ばれてたけど・・・。

 

 

「入るぞ!」

特別棟の一室の戸をいきなり開けて、平塚先生は中へツカツカと入って行く。

 

「・・先生。入るときはノックをとお願いしているのですが。」

「まあ、君はノックしても返事をした試しがないじゃないか。」

「それは平塚先生が返事をする前に戸を開けるからです。」

えぇぇぇぇ・・・。

平塚先生、それって女としてどうなの?

さっきのグーパンと言い、色々大丈夫なの?

 

「二人とも入ってきたまえ。」

 

「失礼しまーす。」

「・・・。」

部屋の中に入ると、そこには一枚の絵画のように風景に溶け込んだ少女が・・・。

 

 雪ノ下雪乃。

 

 二年J組、国際教養クラスの子で入学以来ずっと主席の成績を維持していると言われる子だ。

 

「こんにちは。二年F組の三浦優美子さんよね?」

「え、あ。うん。」

「で、そちらのぬぼーっとした男は?」

「あっ、二年F組の比企谷八幡です・・・。」

「彼は入部希望者だよ。雪ノ下。かなり捻くれた性格でな、その上友達が居ない孤独な奴だ。そのねじ曲がった性格の矯正をこの部で行って欲しい。それが私からの依頼だ。」

 

 

「で、三浦さんは?」

「まあ、彼女は今のところは、ただの付き添いだな。」

 

「では、お断りします。その男との二人きりでの部活では身の危険を感じます。」

「ほほう、さしもの雪ノ下でも怖いものがあるらしいな。しかし、まあ安心したまえ。この男は確かに小悪党だが、リスクリターンの計算だけはしっかりしているよ。決して刑事罰に問われるような事はしない。」

「そうですね・・・。見た限りでは眼つきは悪いですが、小心者のようですしね。」

 

 ちょ!二人とも酷い!

 あんたら彼の何を知ってるっていうの?

 何も知らないくせに!

 

 気が付いたら、あーしは二人に向かって言葉を発していた。

「二人ともなんなん?彼の事をずいぶん言ってるけど、そんな見た目で判断して!何が解ってるっていうの?」

「ほう?」

「そうね。見た目だけでその人の事を決めつけるのは確かに間違いね。ただ、人は見た目で相手の7割を判断するとも言うわ?であれば、私の判断も7割は正しいのではなくて?」

「それ、あんたの判断が間違ってるとか考えないん?それとも、自分の判断が世の中の基準だとか思ってる?だとしたら、かなり痛いけど?もう少し相手の内面を見ようとか思わないん?」

「彼の内面を知れ、と言うの?それって拷問ではなくて?三浦さんって結構マゾなのね?」

「え、あ、いや・・・、あーしが言いたいのは・・・。」

 

「黙って聞いてりゃ・・・、お前ら・・・。お前らに俺の何が解るって言うんだよ。確かに性格は多少捻くれて見えるかもしれんが、孤独の何が悪い?性格の矯正?それこそ要らんお世話だ。俺はこの性格が気に入ってる。」

「それでは、問題は解決出来ないわよ?自身を成長させないで停滞したままで良いのかしら?社会に出たときに大変よ?」

「そこだよ。成長とか変われとかさ、俺は他人にとやかく言われたくないんだよ。大体、今の自分が好きで何が悪い?過去の自分を認めてるのは間違いなのか?」

「そんなの只の逃げよ。」

「逃げとか言うのなら、変わるってことも今の自分からの逃げだよな?」

 

 えーっと・・・。なんか凄い口論なんだけど、あーしどうすれば?

 

「ホント。あなた腐っているのは目だけではなく、根性迄腐っているのね?」

「はぁ?なんだよそれ。自分は可愛いからって、俺の外見をディスるのは卑怯だろ。親からの遺伝なんてどうしようもねーだろ。このまな板女。」

 

「ちょっと!二人とも!口論は仕方ないけど、お互い相手の外見を貶しあうのは止めなよ!」

あーしもつい、口を挟んでしまった。

 

「ほほう・・・。」

平塚先生はイヤーな笑顔であーしを見据える。

「うーん、そうだな・・・。そういう事なら、一つ勝負をしようじゃないか。三人でバトルロワイヤルだ。」

「勝負?」

「バトルロワイヤル?」

「はぁ、くだらない・・・。」

「まぁ、そういうなよ。雪ノ下?三人で勝負して勝てば総取りだ。負けた二人になんでも、一つだけ命令できる権利を与えよう。」

「先生?教師がそういう賭け事のようなことを提案するのは如何なんでしょうか?」

 

 うんうん。

そうだよ、雪ノ下さん。

 まあ、あーし比企谷君になら何をされても良いんだけどさ?

こういうのはチョット違うっていうかさ?

でも、あーしが勝てば比企谷君を自由に出来る?

 あれ?要は雪ノ下さんにさえ負けなければ、実質コレあーしの勝利なんじゃ?

平塚先生!

そのアイデアナイスです!

 

「まぁ、勿論公序良俗に反することは許可出来ない。無論、命令の内容は私の許可が必要だ。」

 

 ひ、比企谷君!そこで残念そうな顔するの止めて?

まあ、あーしもちょっと残念だけど・・・。

 

「先生、でもこの男はナニか良からぬことを考えていそうです。ですので、その提案は却下です。」

 

「いや、ちょっと待て、男子高校生が皆エロい事を考えてるわけじゃないぞ?そもそもココは何をする部なんだよ?勝負って何を競うのか解らんのに俺も同意出来ん。」

 

「だから言っただろう?比企谷。君には奉仕活動をしてもらうと。」

 

「は?あーしは?あーしレポートもちゃんと出したし、先生の歳の事も言ってませんよ?」

 

「三浦?今言ったな?私の歳の・こ・と・を。」

 

「あ!」

ずるい!

 

「で、ここはナニ部なんだよ?」

 

「じゃあ、クイズよ。当ててみて?ココはナニ部でしょうか?」

雪ノ下さんは意地悪そうにほほ笑む。

 

「ねぇ・・・、雪ノ下さんってさ、チョット危ない性格?なんか意地悪そうな笑顔でノリノリなんだけど?」

あーしは小声で比企谷君に話しかける。

「だな、多分この調子だとアイツもボッチだろう?適当にやり過ごそうぜ?」

比企谷君もささやき返してくる。

 

「あら?二人仲がいいのね?相談?」

「ちげーよ・・・。」

 

「ねぇ、奉仕活動と関係あるんかな?」

「どうだろうな?ボランティア部なんてこの学校の部活に有ったっけ?」

 

「まあ、正解としましょう。そう、ここは奉仕部。」

 

「「奉仕?」」

 

「そうよ?持つ者が持たざる者に慈悲の心でもってソレを分け与える。人はその行為を奉仕と呼ぶの。そして、この奉仕部は持たざる者の自助努力を助けるために活動をするの。飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えるのが基本理念よ。」

 

「ほー、すげーなー。」

「でしょう?」

「ああ、すげー。俺には無理だ。帰らせて貰う。」

比企谷君が踵を返した瞬間。

 

「いててて!肘が!!」

平塚先生が、比企谷君の関節を決めていた。

 

「勝手に帰ることは許さん。君には罰と言っただろう?少なくとも君の孤独体質とひねくれた性格が改善されたと、私が判断するまでは勝手に退部は許さんしサボることも許さん。」

「ちょ!先生!体罰です、それ!」

あーしが叫ぶと平塚先生は、比企谷君の肘を解放したけど、手は未だ放していない。

 

「解った、三浦。お前もコイツの性格の矯正に協力してくれないか?」

「え?あーしですか?」

「そうだ、お前なら先入観無しでコイツといい関係を築いて行けそうなんだ。どうだ?彼を助けてやってくれないか?どうも雪ノ下では無理そうなんだよ。どうやら勝負は三浦の独り勝ちになりそうだしな。」

え?あーしの勝ち確定?

 

「先生、その安い挑発に乗って差し上げます。彼を我が奉仕部の部員として迎え、私がきっちりと矯正して差し上げます。」

 

「あ、あーしもやります!」

思わず言っちゃった・・・。

 

「いや、俺の気持ちは?俺の人権は?」

「そんなもの、この部屋で有るわけないでしょう?ようこそ奉仕部へ、比企谷君?」

「あ、あーしも一緒に入るし!大丈夫だから・・・、多分。」

 

 

コレがあーしと雪ノ下雪乃との出会いであり、奉仕部との出会いだった。



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第四話 Class change 2

 

 

「で、どうだ?三浦。あの二人とはやって行けそうか?」

 

 あーしは、放課後に平塚先生に呼び出しを受け生徒指導室に来ていた。

話の内容は奉仕部の事、比企谷君と雪ノ下さんの事。

 

「えー、まだ何も奉仕部としての活動をしていないんで、そこはなんとも・・・。でも、まあ二人はああ見えて、結構息がピッタリですね。あんなに饒舌に話をしている比企谷君は初めて見ましたし、雪ノ下さんも聞いていた噂とは大違いで、結構オッチョコチョイな処がありますよね?」

「ほほう、よく見ているな。君を部活に参加させてのは偶然だったんだが、予想以上の成果が期待できそうだよ。」

平塚先生はニヤリと笑う。

「成果?」

「ああ、そうだ。きみも知っての通りあの二人は学業面では、それなりに優秀だ。だが、人との繋がりというか協調というか、とにかく人と接することが苦手だ。それは生い立ちであったりもするのだろうがな?だからなんだろうな?一人は常に自己に厳しく周囲にも厳しい。もう一人は自己を犠牲に周りを助けて傷ついて、また周囲から遠ざけられる。」

「あ・・・。」

平塚先生はナニか特別な意図が有って、比企谷君と雪ノ下さんを引き合わせて、同じ部活動をさせようとしてる?

「君も何か思い当たることが有るのかね?ならばこそ、君があの二人と過ごしてくれた日々は貴重な体験となるかもしれん。三浦、二人の事をよろしく頼む。」

 

 

 平塚先生は、近々に相談者が何人か訪れると言ってあーしを解放した。

 

 

 あーしが部室に行くと、部屋の前で比企谷君と雪ノ下さんが部室の中を覗き込んでいる。

 

(ほら、雪ノ下がカギを掛けずに部室を空けるから、その間に不審者だぞ?どうする?)

(私ではないわよ?今日は今来た処だし、それに昨日の戸締りは三浦さんだったハズよ?)

で、二人で肩を寄せ合ってヒソヒソ話してるんですけど!

 

「ねぇ、二人なにしてんの?」

「うわ!三浦、いきなり耳元で囁くなよ!びっくりするだろう?」

ちょっと腹が立ったので、比企谷君の耳元でハッキリと声を出してやった。

「気を付けて頂戴、三浦さん不審者よ。警察を呼んだ方が良いかしら?」

雪ノ下さんは尚も部室の中を覗き込んでいる。

 

 なので、あーしも部室の中をそっと覗く。

 

「は?」

あの子・・・。

 

「どうしたの?三浦さん?まさか、あなたの知り合いとかではないわよね?」

「いや、あの子・・・、比企谷君の知り合いの子でしょう?」

咄嗟に比企谷君が顔を背けた。

 

「比企谷君?どういうことかしら?」

ほら、雪ノ下さんがキレてるよ?

 

 埒が明かないので、あーしは戸を開けて部室の中に入った。

 

「あんた、相談に来たん?」

「ひ!」

ひ!ってなんだし!

あーしの何処が怖いのよ?

 

「こ、ここが奉仕部の部室で良いので・・・、おお!待ちわびたぞ!比企谷八幡!」

「ほら、比企谷君。呼んでるよ?」

「いや、そんな奴知らない。知ってても知らない人です。」

「比企谷君の友達なんじゃなかった?ほら、体育の時いっつも組んでるっしょ?」

 

 あーし等の学校では体育は三クラス合同で行われる。彼は何時も比企谷君とペアを組んでいる子で、見覚えがあった。まあ、独特の容姿だしね、目立つんだよ。

 

 

「否!我に友など居らぬ!我は、いつ果つるか判らぬ身、好ましい者など作らぬのだ!いや、マジでボッチです・・・。」

突然の大声にあーしが睨むと、最後は尻すぼみになったけど、比企谷君と同じような事言ってんじゃん?

 

「で、何か依頼かしら?」

 

「おお!そうであった!比企谷八幡よ!ココで会ったのも八幡大菩薩のお導き。平塚教諭の助言によれば、ここは様々な相談を受け解決してくれる部活とのこと。であれば八幡よ!おぬしは我の望みを叶える義務がある!」

声だけは、やたらにイイ声だけど、顔が比企谷君の方しか見られないってどうなん?

「待ちなさい。今話しかけているのは私なのだから此方を見て話をなさい。」

雪ノ下さんからも突っ込みが入る。

「・・・、ハポン。これは、したり・・・。」

「その話し方も気持ち悪いし、イラつくから止めて頂戴。」

 

 

 

 

「中二病?」

「頭の病気かなんか?」

「そうじゃない、本当の病気じゃない。まあ、アレだよ。一種のスラングだ。」

「「?」」

「中学二年生頃の背伸びした子の一種独特な思考や行動を総じて『中二病』と呼ぶんだよ。」

 

 

「なるほど、ではその心の病気を治してほしいと言うわけね?」

雪ノ下さんが気の毒そうな顔で材木座君を見つめる。

「あー、いやボク病気ではないんで・・・。」

で、材木座君は明後日の方をみて小さくつぶやく。

 

 

「は?小説を書いたから読んで欲しい?」

「そんなんで良いん?なら簡単じゃん?」

「なあ、材木座?それなら投稿サイトとかに投稿しろよ?それなりに感想もらえるだろう?」

「いや、あ奴らは容赦がないからな、酷評されたら我が死ぬ。」

「お前なぁ・・・、多分、この二人の方がもっと容赦ないぞ?」

 

 比企谷君は結構酷いことを言っているけど、あーしは構わず原稿のコピーを受け取り持ち帰って読むことにした。

「三浦、本当に読むんだな?大丈夫なんだな?」

なんか、やたらと心配してくれるけど?

「しょうがないわね、三浦さんが読むというなら私も読んでみるわ。原稿を渡しなさい。」

「まあ、二人がそう言うなら俺も読むけどさ・・・。本当に大丈夫なんだろうな?材木座?普通の女子が読める内容なんだろうな?」

 

「・・・。」

材木座君、なんか冷や汗を搔いているのは気のせい?

 

 

   ~~~~~~~~

 

 

 実は友達にも言っていないけれど、あの時の事故で比企谷君と逢って以来、あーしはラノベなるものを読むようになってる。

 

 きっかけは彼が持っていた本。

 表紙の女の子が妙に可愛かった。

 普通は、あーしみたいな女子がああいう絵を見たら嫌悪感を持つ事が多いんだろうけど、不思議とあーしは、その絵が可愛いと思えた。

そして彼が大切にカバンにしまい込んだ本の内容が気になった。

 

 そこからは必死だった。

ラノベを多く置いている本屋を訪ねては、同じ本を探した。

 

 そして見つけた。

 

『魔法騎士マジカルななは』

 

 シリーズが一0巻を超えて未だ続いている、魔法異世界での異能バトルのお話だ。

 因みにあーしの金髪の髪型は、その物語のヒロイン『ななはちゃん』の親友で、ライバルでもある『アンジュちゃん』と同じなのだ。

 そう、あの時、偶然あーしが手に取った本の表紙の女の子だ。

 

 比企谷君、いつになったらあーしのコトに気付いて反応してくれるんだろう?

ってか、あーしの事本当に解ってないよね・・・。忘れちゃってるよね・・・。

 あんだけハッキリと名乗ったのにさ・・・。

 

 あの時に一緒にいた真理ちゃんは、結局別々の高校になってしまった。

彼女も比企谷君にはもう一度会ってお礼が言いたいとしきりに言っていて、入試の会場で見かけたと言った時は自分の成績が足りないことを本当に後悔していたし、総武高校に合格していることを教えたら、文化祭の時は絶対に来たいって言ってたので、あーしが招待した。

 まあ、その時も結局は学校の何処を探しても見つからず逢えなかったんだけどね。

 

 そんな彼は学校では良い評判を聞かない。

 

何時も一人でいて、暗い。

 

話しかけ辛い。

 

時々変な笑い方をする。

 

 しかし、まあそれでも認識されているだけマシだろう。

大半の人ははたとえ同じクラスでも彼を知らない。

 

『ヒキガヤ?誰それ。』

あーしが何度も聞いた言葉だ。

 

 1年の時。

四月も半ばを過ぎたというのに、クラスの子らは誰も彼を認識していない様子だった、これでも勇気を振り絞って彼のクラスの子に声を掛けたんだけど・・・。そんな状況で彼を見つけられないままに時が過ぎ、学校で始めて彼を見かけたのは何と一学期の学期末試験明け、七月の中頃だった。なんとか近づく切っ掛けをと頑張ったんだけど、直ぐに夏休みとなり結局一言のお礼も言えないまま月日が過ぎてしまった。

 

 とは言え、なにもしていなかった訳じゃない。

とにかく彼が好きそうなラノベや深夜アニメは色々とチェックしていたのだ。

 特に、学校帰りに寄るマリンピアの本屋では、彼を見かける度に彼が手に取った本をあーしも買い込み、読み漁っていた。

 

 そして・・・、あーしは、今流行りのギャル系隠れオタクとなっていた。

 

 

「ふぁぁぁ・・・。ねむ・・・。」

つい、独り言が出てしまう。

「おお?三浦か?お前もしかして徹夜したのか?」

比企谷君が校門の処で声を掛けてくれた。

「あ、うん。おはよう比企谷君。結局アレを読むのに時間が掛かってねー。完徹だよー。」

「だから、止めとけって言ったんだよ。途中辛かっただろう?」

「うーん、なんか伏線貼りまくりで、設定も途中で変わるからねー、思わず前を見直したりしてたらさ、時間取られちゃったなー。今日、授業中に起きてられる自信ないよ。」

「あーなら、コレ飲むか?眠気覚ましのドリンクだ。俺も読み切るのに明け方までかかったから、途中のコンビニで買って来た。」

「え?でも比企谷君の分は?」

「あー、一応2本買っておいたんだ。俺普段でも授業中に寝てしまうことが有るからな?今日は平塚先生の現国もあるから、寝てたらヤバイだろ?」

 

 

 昼休み。

普段なら、結衣や姫菜、それに隼人や戸部たちとお喋りをしながらお弁当を食べるのだけど、今日はとにかく眠りたかった。見れば、比企谷君も机に突っ伏して爆睡してる。

 さすがに、あーしも同じように机に突っ伏す訳にはいかないので、奉仕部の部室へ行って仮眠をとる事にした。

 以前、雪ノ下さんが昼は部室で一人で過ごしていると言っていたので、部室には入れるハズだ。

結衣と姫菜には部室に用事が有ると断って、教室を出る。

 

 部室では雪ノ下さんが既に爆睡しているようで、あーしが来たことに気が付いていないようだ。

あーしも雪ノ下さんの邪魔をしないよう静かに、机に突っ伏した。

 そうそう、一応目覚ましは掛けとかないとね?携帯の目覚ましタイマーをセット・・・。

ふあぁぁぁ・・・。

 

 

   ~~~~~~~~~~~

 

 

 気が付いたら、放課後だった・・・。

ってか、雪ノ下さんもまだ寝てるし!

 あーしは慌てて、雪ノ下さんを起こしてから一度教室に戻ってカバンを取ろうとして見たら、比企谷君が居ない。

 あー、入れ違いになったかー。

 

折角眠気覚ましのドリンクを貰ったのに、結局午後の授業をサボったなぁ・・・。

 

 なんて考えていたら、お腹を押さえて比企谷君が教室に戻って来た。

「あの暴力教師め、いつか酷い目に合わせてやる。」

「どしたん?」

「5時間目の現国の授業を寝てしまってな・・・、さっき生徒指導室に呼ばれて、鳩尾に一発喰らった・・・。」

「えー、あーし部室で仮眠したつもりが、そのままさっきまで寝ちゃってたけど、どうしよう?」

「体調が悪かったから保健室で横になってたって、言っとけばなんとかなるんじゃねーか?女子には鉄拳制裁は無いだろうし?知らんけど。」

「はぁー、雪ノ下さん共々寝過ごしたんだよねー。」

「ええ?あの真面目が服を着てるような奴がか?コレは今日は荒れるな・・・。」

 

「こんにちは。あら、比企谷君ももう来たのね?三浦さん、さっきはありがとう。不覚にも完全に意識を失っていたわ・・・。」

「比企谷君は平塚先生に鉄拳制裁を喰らったらしいよ?雪ノ下さんは大丈夫?」

「そうね・・・、体調が悪かった事にしておくわ。」

「じゃ、あーしと二人体調が悪くて部室で休んでたことにしよう。」

「そうね・・・。」

「じゃあ、結局三人とも徹夜でアレを読んだんだよな・・・。材木座め、来たら思い知らせてやる・・・。」

「ええ、そうね・・・。」

「あー、お手柔らかに?」

あー、二人共殺気立ってるよ・・・。

 

 

「たのもー!」

やけにいい声が部室に響く。

 あー、来ちゃったよー。

しっかし、コイツあんな話を書いておいて良くもココに来られるよね?

どんな事言われるかとか、考えないんかな?

案外、ノー天気?

 

「では、先ず私から・・・。」

雪ノ下さんの感想っていうか、批評が容赦ない。

 

「とにかくつまらなかった。想像を絶するつまらなさ。伏線も張りっぱなしで何一つ回収出来ていない。それらよりも大切なのが、文法が滅茶苦茶で読むのが辛い。あなた、『て、に、を、は』の使い方は小学校で習わなかった?どうして、いつも倒置法なの?あと、ルビの振り方も滅茶苦茶で法則性が無いわね?多少の奇抜な振り方には目を瞑るとしても、法則性くらいは統一しなさい。それと、一番の問題はコレが完成していないということ。続きが有るとしても、せめて一話としての完結させるべきなのではないかしら?完成していないものを読ませるとか、文才以前のマナーを学ぶべきね。」

 

 あー、材木座君?なんか、悲鳴を上げながら床を転げまわっているけど、雪ノ下さんは汚物を見るような視線で冷ややかに見てるよ?

まあ、でもそうだよねー。

 

「じゃあ次は、あーしね?」

「う、うむ・・・。」

材木座君は何故かあーしの前でうな垂れて、正座している。

 いや、床カタイからさ?脚痛くなるよ?

「あーしの言いたいことは、大体雪ノ下さんが言ってくれたからさ、批評する処ってあんま残ってないんだけどさ?とにかく、難しい漢字を使いすぎ。まあ、そういうのがカッコイイとか思うのが悪いとは言わないけど?炎を焔って書く程度にしとかないと、只の知識自慢でうざいよね?」

「あひ!」

「あと、この話のテーマって結局何?ボーイミーツガール?ラブコメ?異能バトル?冒険譚?あれこれ詰め込み過ぎてテーマが解らないから、話も完結出来ないんじゃないの?色んな要素を詰め込み過ぎるから自分でも消化不良を起こしてるんでしょ?せめてテーマは絞りなよ?あと、むやみにヒロインを脱がすのは禁止ね?そういうのはちゃんとした話を書けるようになってからにしないと、女子を敵に回すよ?」

 

 ?

 あれ?

 

 比企谷君・・・。絶句してる・・・。

 

あっるぇ~?あーし、なんか言ったっけ・・・?

 

 あと、材木座君は雪ノ下さんの時と違って、土下座状態で身動きしないよ?

 

「じゃあ、最後は俺だな・・・。」

比企谷君は雪ノ下さんとあーしを見てから材木座君に視線を落とし、肩に手をやる。

「よかったな?材木座。この学校でトップの美少女二人がお前の駄作をちゃんと最後まで読んでくれてたぞ?多分こんな経験はもう出来ないかもしれないからな?良かったな?」

材木座君が、コクリと首を縦に振った。

で、追い打ちをかけるように。

「で、アレってなんのパクリ?」

「あぎゃー!」

材木座君がいきなり海老ぞって後頭部を床に打ち付ける。

「まあ、中身なんて気にするな?結局はイラストだから。」

比企谷君がイイ笑顔でトドメを刺した。

 

 その後意識を取り戻した材木座君は、また書き上げたら持ってくると言って部室を出て行った。

もっと、心が弱いかと思ったけど、もしかしてドMなん?

 

 

「でもお前らも本当に最後まで読んだんだな?まあ、雪ノ下は一応読むとは思ってたけど、三浦もラノベとか読むのか?結構、核心を突いた指摘だったからビックリした。」

「あ、あーし?えっと・・・、ま、まあ・・・、まだ二年に満たないニワカなんだけどさ?時々気分転換に・・・、読む・・・。」

「ほー、どんなのを?」

「まだ、あんま沢山は知らないんだけどさ、お気に入りは『魔法騎士マジカルななは』かな?一応、全巻何度も読み返したし。」

「ほう。異能バトルモノでは定番のヤツだな。俺も一番好きな話だ。アニメ版も熱いしな。」

「だよね?特に一巻では敵同士だった、ななはちゃんとアンジュちゃんが和解する三巻も良かったけど、一緒に強大な敵に立ち向かう四巻以降も胸熱だよね?」

「おお!解ってるな!アニメ版だと途中を端折ったりしてるけど、それでも泣けるからな。うんうんワカルー。」

「だよね!あーしも小説とアニメ両方でなんども号泣したよ!」

 

「ん、ううん。二人だけで盛り上がっている処申し訳ないのだけれど、私にもその小説を貸してもらえるかしら?二人がそこまで言うなら読んでみたいわ?」

「じゃあ、あーし明日持ってくるよ!」

「そうだな、その上でアニメ版に興味が有ったら貸すから声を掛けてくれ。」

「そうね、先ず小説を読んでからそちらも借りるわ?お願いね。」

 

「そういえば、コレお前に言っていいのか解らんかったから、ずっと言えなかったけどさ、その髪型と色ってもしかしてアンジュちゃんか?」

 

 

 やっぱ、この髪型。気が付いてたんだ!

「あ、うん。一応そのつもりだけど・・・、変じゃない?比企谷君ずっとなにも言わないし・・・。」

「いや、メッチャ再現力高いな!なんか俺、三浦の事を誤解してたわー。お前案外コッチ側の人間だったんだな。」

「う、うん。まあ、周りの友達とかには言ってないけどね・・・。」

「まあ、お前の周りのヤツ等ってリア充ばっかだもんな。」

「そうなんだよねー。ななはの話って出来る友達が居ないしさ?そういえば、比企谷君は今度の映画どうする?六月にあるじゃん?」

「あー、アレ総集編だけど新作カットもあるしな。観には行くと思うぞ。」

 

 おし!

今後の伏線ゲットやでぇ!

 

 材木座君の小説は読むのがしんどかったケド、この流れはやっぱ彼に感謝だね!

 

 ただ・・・。

「そうね、私も興味があるわ。比企谷君?アニメの方も明日持ってきてくれるかしら?是非観ておきたいわ。」

 雪ノ下さん?

 

 アンタが興味を持っているのは、どっち?





えっと、皆さまこんにちは。

話の流れがややこしくてスイマセン。
本当はこのクラスチェンジ編が時系列では第一話になり、ビギニング→グループとなる予定でしたが、さる事情により話の順番を変更しております。
なので、第0話で本来行うべき登場人物の紹介が中途半端になってしまってますねー。

で、次のお話から物語が色々と動き始めますので、よろしくお願いいたします。


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第五話 Yawing Moment 1

 

「ねー、ゆきのん?今度さ。プレナのサイゼで勉強会しない?あたし中間試験の勉強を教えて欲しいんだー?」

「由比ヶ浜さん?その『ゆきのん』と言うのは、気持ち悪いから止めてもらえるかしら?」

「えー?可愛いじゃん!ゆきのんって!」

 

 相変わらず、結衣のニックネームのセンスは壊滅している。

あーしとか、最初はユッキーとか言われたな。

『ゆ』しか合ってないし!

 

「あー、もうちょっとで中間試験だもんねー。結衣は進級がギリギリだったんでしょ?雪ノ下さんにちゃんと勉強を教わるんだよ?」

 

「あたしも優美子みたいに一00位以内に入りたいよー。」

「なら努力しろし!」

「そうね、比企谷君とまでは行かなくても、三浦さんレベルには到達してもらいたいわね?」

「ええ?比企谷君って頭イイの?」

「ええ、彼は文系国語科目は学年三位よ?」

「はー!凄い・・・。」

「まあ、数学が壊滅的なんだそうだけど?」

「うるせー、俺は私立文系を目指してるんだ。数学はイラン。」

「そうなの?躓いたところを教えてくれる友人が居ないものね?」

雪ノ下さん、そんな笑顔でニッコリと笑って・・・。

「比企谷君?今なら取り返しが付くわよ?数学。私が教えましょうか?」

「ふん。余計なお世話だ。」

「そんな態度で大丈夫なのかしら?あなた今日も一時間目の現国の授業に遅刻したのでしょう?幾らテストの成績が良くても内申点は最低よ?」

「お、お前。なんで俺が今日遅刻したこと知ってんだよ。クラス離れてるだろ。」

「平塚先生が嘆いていたからよ。ウチのクラスは問題児が多いってね?」

「ふん!遅刻したのは俺だけじゃないんでな。平塚先生が頭を悩ませているのは他の生徒の事だろ。」

「まあ、そうかも知れないわね?あなたの事で悩むなんて馬鹿らしいもの。」

「だから、悩んでくれなんて頼んでない!」

 

 そこからまた、いつもの二人の口論が始まった。

それは、毎回午後の予鈴が鳴るまで続くのだった。

 

 この前のチェーンメールの一件以来、あーし達奉仕部の部員はお昼を部室で摂っている。

 一応、姫菜も誘ったんだけど部員じゃないから。と姫菜には断られてしまったけど。

 チェーンメール事件は、少なからずあーし達のクラスに影を落としていた。そんな教室に姫菜を一人で置いておくのは心配なんだけど。

 

 

「そういえばさ、姫菜は美大に行きたいって言ってたよね?比企谷君は文系の私立かぁ・・・。優美子は大学どうするの?ゆきのんはやっぱ国立の理系?」

「うーん、あーしも公務員とか狙ってるし文系かな?国公立に行けるならそうしたいけどちょっと成績が足りないしね。」

「あら?三浦さんなら今からでも充分に間に合うのではなくて?予備校とかどうするの?」

「あー、授業料も高いしなぁ・・・。資料とかは取り寄せてるんだけどねぇ・・・。幾つかの予備校の夏期講習を受けてから考えようかな?なんてね。」

「ずいぶんゆっくりだな?俺は三月の末から通ってるぞ?授業料に関してはスカラシップが取れたからな、俺にとっては二重に美味しい状況だ。三浦の成績ならもう少し頑張れば、スカラシップ取れると思うぞ?」

「あー、授業料の免除ってやつだよねー。そっかぁ・・・。じゃあさ、比企谷君の行ってる予備校にも一回連れて行ってよ。資料を貰いたいし。」

「あ、ああ。それは構わんけど・・・。」

 

 よっしゃー!!

あーしは密かに机の下で拳を握る。

 

 

  ~~~~~~~~~~~~

 

 海浜幕張―サイゼリア・プレナ店

 

「では、問題。千葉県の名産を二つ答えよ。」

「うーん・・・。味噌ピーと茹でピー?」

 

ちょっと結衣!千葉にはピーナッツしかないん?

せめて梨とかも入れてあげて!

ふなっしー、が暴れるよ?

 

「千葉にはピーナッツしかないのかよ?」

「ええ?比企谷君?」

「あ、比企谷君!比企谷君も勉強会に呼ばれたの?」

一緒に勉強していた戸塚が、キラキラした目で見てるケド?ええぇ、あーしも勉強会のこと知らないよ?

 結衣はなんか不味い。って顔してるし・・・。

 

「あら?比企谷君には声を掛けていないのだけれど?」

「おいおい、わざわざそういう事実を言うことないだろう?まあ、呼ばれても来る気はなかったけどな。」

「なんでだし!」

「いや、お前と勉強とか時間の無駄だろう?」

「むかー!あたしだって数学の成績は負けてないんだからね!」

「いや、そんな低レベルの争いとかするなし。結衣。」

あーしもつい突っ込んでしまう。

「あれ?優美子も?え?あれ?どうしてココに?」

 

 結衣、勉強会の事をあーしにも黙っていたからか、メッチャ焦ってるけど?それに何だろう?結衣の態度・・・。

 

「あー、ほらね?この前比企谷君にスカラシップの事聞いたじゃん?で、自分でも資料を集めたからさ、比企谷君に相談しようと思ってさ。部室だとアンタら直ぐに口論するから、じっくりと相談できんし?学校の近くだと比企谷君が嫌がったからわざわざここまで来たんだけど、結衣達が居るとは思わなかったよ。」

「あー、うん。」

 結衣は雪ノ下さんと戸塚を呼んで勉強会をしていたようだ。

 

 店員さんは相席しますか?と声を掛けてくれたので、隣のテーブルをくっ付けてもらった。

 

「ん?」

「比企谷君どうしたの?」

「あ、妹からメールだ。すまんちょっと待ってくれ。」

比企谷君の妹ちゃんか、どんな子なんだろう?

 

「あー、そっちは勉強中だな・・・。ちょっと妹が相談したいって事でこっちに来るから席をバラけよう。」

「あら、そうなの?」

「あーしは構わないよ?こっちも相談に乗ってもらう立場だし。」

「比企谷君の妹さんかぁ・・・、会ってみたいなぁ。由比ヶ浜さん?一緒じゃダメかなぁ?」

戸塚もキラキラ笑顔だ。

「え、あ・・・っと・・・。」

結衣が珍しくオドオドしていると比企谷君が席を立ち、引っ付けていたテーブルを元に戻そうとした時。

 

「あ!おにーちゃーん!」

めっちゃ元気な声が店内に響く。

 

 頭の上のぴょこぴょこ動くアホ毛すら可愛い、元気な女の子。

比企谷小町ちゃん。

 将来もしかしたら、あーしの義妹になるかもしれない子だ。

 

 よし、ここはおねーさんが全力で相談に乗ってあげよう!

 

 

 小町ちゃんは男の子を連れてきていた。

それに気が付いたとたん、比企谷君のテンションはハッキリと最悪になっている。

めっちゃ解りやすい・・・。

 

 

 

「最近、兄が部活をしてるって言っててどんな部活なんだろうって思ってたんですけど、こんな綺麗な方々と一緒だったんですねー。自己紹介が遅れましたけど、兄の妹の比企谷小町です。いつも兄がご迷惑を掛けています。これからも兄の事をよろしくお願いします。」

小町ちゃんはぴょこりと頭を下げた。

 

「あ、あーし、私、三浦優美子です。比企谷君とは同じクラスで同じ部活なの。これからもよろしくね?」

「ほー!綺麗な方ですねー!今後ともよろしくです!」

うん、今後末永くよろしくしてほしい。

 

「あ、ボク戸塚彩加です。比企谷君にはいつもお世話になってます。」

「ほほー!兄が!こんな兄でよろしければドンドン使い倒してください!でもってこちら方は華憐!」

「あー、残念だけど男なんだけどな?」

「え?」

「あー、はい。ボク男の子です。」

まあ、あーしも初めて見たときは女子だと思ったしね。これは仕方がないよね。

 

「私は、雪ノ下雪乃。この男とは・・・、そうね?クラスメイトではないし?誠に遺憾ながらただの知り合い?」

「はー、日本人形みたいな方ですね!これからどんどん兄を知ってくださいね?」

 

「え、あー、そのー、由比ヶ浜結衣です。初めまして・・・。」

「あー、あれ?あれ?はじめまして・・・?あ、兄をよろしくー?」

 

「あの、俺、川崎大志って言います。比企谷さんとは塾が一緒なんですけど、ねーちゃんの事で相談したら、お兄さんが総武高校って聞いて。俺のねーちゃんも皆さんと同じ総武高校の二年なんです。」

「え?二年の川崎?川崎沙希の事?」

あーしのクラスメイト?

「あ、そうです。川崎沙希です。髪型は黒髪ロングで・・・。」

あー、あの髪碧味掛かってすっごい綺麗なんだよねー。

 ちょっと目つきが怖いのと遅刻の常習犯で、毎日平塚先生が注意してるよね・・・。あと、この前比企谷君が平塚先生に殴られて転んだ時に川崎さんのパンツを見てたの知ってるからね!

 

「その川崎さん、お姉さんの事で何か相談なのかしら?」

「はい・・・、実は・・・。」

 

 川崎沙希は家族思いで小学校の高学年の頃には、母親に代わって家事全般を引き受けていたらしい。

川崎沙希の下には弟が二人に妹が一人いる。一番下の妹は未だ保育園と言うことで、沙希が母親代わりなのだとか。

 そんな川崎沙希が二年に進級した直後から生活態度が変わった。朝帰りを繰り返すようになったらしい。

 何やら深夜のアルバイトをしているらしいのだ。何度か家にもアルバイト先から電話が掛かってきたことが有るらしい。家庭の事情が有るのでアルバイトは仕方がないとしても、深夜に働くのは高校生としては不味い。事件に巻き込まれたり、問題となる前に何とか辞めさせたいのだが、弟の大志君の言葉は聞いてもらえないのだとか。

 

 

「そうね、大志君だったかしら?あなたも総武高校を目指しているのね。で、お姉さんの事での相談。ならばコレは私たちが引き受ける案件だわね?」

雪ノ下さんの一声で、あーし達は川崎沙希の深夜のアルバイトを辞めさせる説得をすることなった。

 

 明日のお昼に部室で作戦会議だ。

 

 

 帰り道。

海浜幕張からだと帰る方向がほぼ同じなので、あーしは比企谷君と小町ちゃんの三人で総武線の方を目指して歩いていた。

「いやぁー、お兄ちゃん本当に部活やってたんだねー?優美子さんみたいな綺麗な人が傍にいてくれるみたいだしー。よかった!」

え?なに?小町ちゃんマジ天使じゃん?

「あ、そうだ!小町ちゃん。アドレス交換しよ?」

「はい!是非!」

おお!妹ちゃんの携帯番号とアドレスゲット!

 

 ぐふふふ・・・。

 

「それにさ?事故の人とも友達になったんだね?お兄ちゃん何も言わないから知らなかったよ!」

 

 え?

事故の人?

あーしの事じゃなく?

 

「ええ?事故の人って?」

「ほら、お兄ちゃんが入院中にお菓子持ってくれたよ?学校でもお礼に行くって言ってたし?あれ?」

 

 は?

入院?

 

 そういえば・・・。

入学したての頃、あーしが比企谷君のクラスの様子を覗きに行った時、いつもクラスに居なかったっけ・・・。

 勇気をだして、「比企谷君はドコ?」って聞いても誰も『そんな子居た?』って反応だった。あれって、入院してて誰にも認知されてなかったからなの?

 

「あの・・・、小町ちゃん・・・、入院って?」

「あー兄は入学式の時に交通事故で入院したんですよ。入学式に行く途中、道路に飛び出した子犬を助けて車に轢かれちゃいまして、そのまま入学式にも出れなくて三週間ほど入院してたんです。」

「もしかして、それが結衣の犬なの?」

「あー、はい。多分・・・。」

「比企谷君?それって・・・。」

「俺も今知った・・・。」

 

 

   ~~~~~~~~~~~

 

 

 翌日から、あーしは結衣とギクシャクしてしまっていた。

比企谷君からは、事故の事は結衣に問い詰めるなと何度も念を押されたのもあるが、事故が結衣の犬が原因だったら、どうして結衣は比企谷君に何も言わないのか?そんな礼儀知らずな子では無いはず。

 あーしは心の中ではそんな葛藤が渦巻いている。もしかして、結衣もアレを見たんじゃ?

 

「で?三浦さん?聞いていた?」

雪ノ下さんの声にハッとなった。

 

「え、あ、ご、めん・・・、ちょっと色々考えてて・・・。」

「そう、なら仕方がないわね。放課後にもう一度状況を整理する意味で大志君に会おうと思うのよ。比企谷君?大志君を呼び出してもらえるかしら?」

「それは嫌だ。断固断る。」

「あー、じゃ、あーしが。」

あーしは小町ちゃん経由で大志君をサイゼに呼び出した。

もう一度状況を整理するためと雪ノ下さんが言ってたけど?

 

「大志君?お姉さんは高校一年の時は真面目だったと言っていたわね?二年になってから朝帰りするようになったと言っていたけれど、もう少し具体的に事情を聞かせてもらえないかしら?ご家庭の事とか話しにくいかもしれないのだけれど・・・。」

 

「姉ちゃんアルバイトとかは、高校に入ってから直ぐに色々やってました。今でもコンビニとか弁当屋とかも掛け持ちで放課後やってます。なので、親からも小遣いは貰って無いんすよ。」

「え?そのうえであんた達の夕食の面倒とかも見てるの?」

あーし、家で家事とか殆ど手伝ったことないよ?

「おいおい!お前のねーちゃん、完璧超人か?どうせ、他の時間は妹たちの世話か勉強をしてんだろ?違うか?」

「はい・・・。家事をやってないときはずっと勉強してて・・・。だから、親もあんま厳しく言えないみたいで・・・。」

「なぁ、大志?お前が中三になってナニか変わった事とかないか?」

「え?俺っすか?塾に通いだした位っすよ?」

「え、もしかして大志君の塾代を?」

結衣が叫ぶ。

「いや、それは無いだろう。大志が三年になる時には既に解決しているはずだ。」

「なるほど・・・。学費が必要なのは大志君だけではないものね?」

「ああ、そうだな・・・。」

え?アレ?今ので何か解かったの?

 

「それって?」

あーしは雪ノ下さんに聞いた。

 

「だから、川崎沙希さんも大学に行きたいのならば、それなりのお金が必要だということよ。」

「もっと言えば、予備校だな。予備校の授業料ってのは下手したら公立大学の学費位の金が必要だし、模試とかも金が掛かる。」

「そうね、国公立を狙うのであればね。」

「ああ、下に三人が居るんだ。大学を狙うなら国公立しか選択肢が無いんだろうな。大志?お前も大学に行きたいだろう?そうなると川崎は私立大学へ行けない訳だ。」

「じゃあ、姉ちゃんは俺の、俺達の為に?」

 

 あ!

そういえば・・・、もしかして。

「あんさ?そういえばさ、川崎さんだけどね?あーし予備校のパンフ集めてる時に見かけたかもしんない。ほら、この前比企谷君の通ってる予備校の見学いったじゃん?その時!」

 

「決まりだな・・・。そして解決方法も。」

「あ、うん!だね!」

比企谷君の言いたいこと、解っちゃった。

 

「なら、善は急げね?川崎さんに会いましょう。」

「?」

結衣だけは未だ解んないみたいだけど?

結衣、本当に大学大丈夫なん?

 

 

 あーし達は材木座君に連れられて、川崎さんがアルバイトしていると思われる、メイドカフェの前に居た。

 大志君の聞いた川崎さんに電話が掛かってきた店〈えんじぇる~なんとか〉という事らしいのだが、千葉県下でエンジェルと名前が付く深夜まで営業している店は2軒しかなく、そのうちの一軒がこの店らしい。

 

「ねぇ、この店って男の人用の店だよね?あーし達どうしようか?」

「なーんか、やらしー。やな感じー。」

「あれ?でも、ここ女性客も歓迎しているみたいよ?ほら、メイド体験が可能みたいだわ。」

入り口のPOPを見ると確かに書いている。

「へー。男子は執事体験も可能なんだって!」

「なんだよ、それ。もう、何でもありだな。」

「しかしだな、八幡よ。戸塚譲の執事姿やメイド姿を見てみたいと思わんか?」

「いや、それいくら出したら見れんの?ぜひお願いしたい。」

「ならば、皆の者。我に続くが良い!」

材木座君がさっそうと店内に入ってみたものの、川崎さんらしき人は居ない。

 

「じゃ、あーし等はメイド体験してくるね!ちょっと待ってて。」

確か、比企谷君が良く読んでいるラノベでも金髪のメイドさんが良く出てきている。

 

 ちゃーんす。

 

 

 と、思ったんだけど、この日のMVPは戸塚に掻っ攫われたみたいだ・・・。恐るべしトツカエル。

店員さんのイタズラ心で戸塚がメイド服を着たんだけど、おんなのあーしでもその姿に見とれてしまった。なにより比企谷君の視線を鷲掴みしてしまった。

 それと、雪ノ下さんがメイドに着替える時にバイトのシフト表をチェックしたそうなんだけど、川崎さんの名前はなかったそうだ。

 

 

「しょうがないわね、次に行きましょう。」

「いや待て、次ってホテルのラウンジだろう?あまり遅い時間に俺達未成年だけで行くのは愚策だろう?ここまで来たらは正攻法で行こう。」

確かに夜の遅い時間にホテルとか、不味いよね?

あーしも心の準備があるし?

下着とか、もっとちゃんとしたしいし?

「そうね?なんだか勘違いしている人もいる様だし、出直しましょうか。」

待って!雪ノ下さん!

勘違いってなんだし!

 

 

 

「あのー、あたしに用事ってなに?」

あーし達は翌日のお昼に川崎さんを奉仕部の部室に呼び出した。

 

「川崎沙希さん?実は弟の大志君に相談を受けていてね?あなたの悩みの解決策を私達で用意してみたの。少しお時間をいただけないかしら?」

 

「は?」

 

 

 川崎さんは、比企谷君の提案を真剣に聞いていた。

恐らく、誰にも相談できず悩んだ末の行動だったのだろう。

だからこそ、視野が狭くなって極端な行動に走ったようだ。

まあ、深夜のホテルのラウンジでのバイトであったのがせめてもの救いだけどさ。

あーしが手渡したスカラシップの申込書を大切に握り締めている姿こそ、本当の川崎沙希なんだろう。

 

「こ、これ・・・。」

「それはお前の問題を解決するための手段でしかない。結果はお前の努力次第だ。この先を俺達はどうもしてやれない。結果はお前自身で掴んでくれ。」

「どう?川崎さん。挑戦してみる気は有る?有るのならば、この先も少しだけ私達もお手伝いは出来るけれど?」

「そ、そうだね?あんさ、あーし等さお昼休みとか放課後とかにさ、この部室で勉強会とかやろうよ?川崎さんもどう?」

「そうね。それが魚を釣る手段を教えるということだものね?」

「ほえー、じゃあ、今日から早速やろうよ!もうすぐ中間試験だし!」

「川崎。お前は放課後に家で下の姉弟達の世話とかバイトとか有るだろうけど、バイトのシフトは少し調整してもらえ。なんせ、雪ノ下は全科目学年一位だかな?下手に予備校に行くよりも貴重だと思うぞ?どうだ?」

 

 

 こうして、この部室の住人(?)が増えた。

けれど、それは長続きしなかった・・・。



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第六話 Yawing Moment 2

 

 奉仕部での昼休みと放課後の勉強会のおかげもあり、あーしの中間試験の結果は目を見張る程向上した。

 一年の時は何とか一00位以内をキープは出来ていたが、正直伸び悩んでいた。けれど、奉仕部での勉強会であーしは苦手な国語科目や社会科目の弱点をかなり克服できた。

 

その証拠に、あーしの順位は何と総合で四0位だ。

 

 結衣も全科目で赤点を回避して、ほぼ平均点に近い点が取れていた。

 

 で、沙希はなんと二0位だったそうだ。

いつも遅刻してきてたし、見た目がチョット不良っぽいからそんなに成績が良いとは思っていなかった。

 

 

「で、比企谷君?この数学の点数はなに?あなた、私と三浦さんがみっちりと数学を教えたわよね?全く平均点に届いていないのだけれど?数学だけなら、由比ヶ浜さんの点数の方が上なのよ?もう生きているのが恥ずかしいレベルではなくて?」

雪ノ下さんの毒舌が容赦ない。

「あたしより下だと生きてて恥ずかしいレベルなんだ?!」

結衣・・・。まあ、今回は頑張ったんだからさ。

 

「みんな、ありがとう。おかげで予備校のスカラシップも無事に取れたよ。」

沙希は、柔らかい笑顔で皆にお礼をいう。

 

 スカラシップについては、あーしも何とか取れた。

志望コースの選択で比企谷君のアドバイスが功を奏したのだ。

 

 

「取り合えず、比企谷君と由比ヶ浜さんは期末試験まで頑張るわよ?覚悟なさい。」

「ええ~。試験終わったばっかじゃん!チョットは遊ぼうよ~!」

「そうね?では、由比ヶ浜さんはこの問題集が全問正解出来たら遊びましょう。」

雪ノ下さんは、どこからか分厚い問題集を出してきた。

結衣・・・、寝る暇ないね。

 

「俺も頑張らないといけないのか?」

「当然でしょう?」

雪ノ下さんは、どうしてそこまで比企谷君に拘るの?

「比企谷君にはこの問題集を用意したわ。この問題集を来週いっぱいで全部解いておく事。毎日部室で進捗確認もするから、二人ともそのつもりでね?」

結衣も比企谷君も、うげーって唸ってるケド、まあしょうがないよね?

 結衣はホント二年に上がる時もギリギリだったって本人が言ってた。

比企谷君は理数系をもう少し頑張れば、地方の国公立なら現役で狙えるレベル。

今から雪ノ下さんの特訓についていけば十分に結果が出そう。

 確か私立の文系って言ってたけど、どの辺?学部とかは?国公立にランクアップをするなら千葉大とかかな?通いやすいし。

 

 

「はぁ・・・、今日も終わったな・・・。やっと部活終了か・・・。」

比企谷君が少しヤツレテる?

「今日も依頼来なかったね・・・。」

結衣は毎日依頼を心待ちにしている様子だ。依頼が有れば期間中は勉強会も無しになると思っているんだろうけど、あの雪ノ下さんがそんなに甘くは無いと思うよ?

 完全下校のチャイムの音に合わせて、あーし達は部室を出た。

 結衣は家が学校から近いので徒歩。あーしは駅までバスを利用してそこから電車。比企谷君の家は一番遠いけど自転車での通学だから、三人で一緒に帰ることは滅多にないのだけど、今日は何故か比企谷君が自転車ではなかったので結衣が帰りに甘いものを一緒に食べないかと誘ってきた。

 

「じゃあな、二人とも気を付けて帰れよ?」

何故かそのまま帰ろうとするし!

「ちょっと!さっき誘ったよね?聞こえてなかった?」

結衣も慌てて引き留めようとする。

「え?今、俺って誘われてたのか?え?俺が一緒でイイのか?」

「そ、そのつもりで誘ったんだけど・・・。」

「そうだよ!一緒に行こうよ。」

あーしも押してみる。

 

 

 駅そばのドーナッツ屋

「良いのか?由比ヶ浜、みんなの分を出して。」

「あー、うん。大丈夫、ドーナッツと飲み物だし、比企谷君と優美子とは一度ゆっく

りとお話してみたかったの。だから今日は私のオゴリ。」

「結衣、ホントにお小遣い大丈夫なん?」

「えへへへ、ほら中間試験でさ、あたしメッチャ成績上がったじゃん?ママから特別

のお小遣いも貰ったんだ。二人は勉強も見てもらってたし、そのお礼も兼ねて。」

「なら、雪ノ下も呼んだ方が良かったんじゃないのか?イイのか?ハブっちゃって。」

「あー、ゆきのんは今度別の形でね?それこそ、ドーナッツ程度じゃ失礼だろうしさ。」

あー、まあそれもそうか。

試験前は殆ど付きっ切りだったもんね。

雪ノ下さんって、結構毒舌なんだけど頑張る子に対しては思いのほか面倒見がイイ。

 

 

「ねえ、優美子?なんか新鮮だね?」

「だね!あーし等三人クラスメイトで同じ部活なのに、一緒にこういうとこに来た事無かったもんね。」

「比企谷君、どしたの?ずっと無口だけど・・・、一緒に来るのイヤ、だった?」

「え、あ、すまん。部室でならアレなんだけどな?こういう処に妹以外の女子と来た事が無いんでな、何を話したらいいか解らん。」

あ、そうか結衣とはオタクな話とかできないモンね。結衣やあーしから何か話題を振らなきゃとは思うんだけど、あーしも実は最近結衣と二人だと会話が続かない。あーしの中の心のわだかまりが結衣との間に壁を作っている。

 

「あ、あのね?今日はチャンスだと思ったから二人を誘ったんだ。あたしの話を聞いてくれる?」

「結衣、どしたん?」

「ああ、俺で良ければ・・・。」

 

 

  ~~~~~~~~~~~~~

 

 

「比企谷君。ごめんなさい!」

結衣はそう言うとイキナリ頭を下げた。

「お。おい・・・。」

 

「本当はもっと早く謝りに行きたかったの・・・。でも、その・・・。比企谷君、脚の具合はやっぱり・・・?」

 

 結衣は入学式の時の話をしてくれた。

それは、高校の入学式の日。

結衣は毎朝の日課の犬の散歩をしていた。

結衣の家は高校の近くだ。

 比企谷君は新生活に浮かれて、一時間以上早く自宅を出て自転車で学校に向かっていた。

学校のそばまで来た時、結衣が散歩に連れていた子犬のリードが外れてしまい、道路に飛び出した。

偶々通りがかった比企谷君が道路に飛び出し、結衣の犬を助けた。

救急車で病院に運ばれ、彼は入学式どころではなかった。

全身の打ち身と左脚骨折。彼はそのまま三週間ほど病院で過ごす事になった。

どうりであーしが何時教室の前を通っても教室に居なかったハズだ。

それにクラスの子に知られていなかったのも、その事故のせい。

 元々人間関係を築くのが苦手な彼はクラスでボッチとなり、遅れてた授業の内容も誰にも聞けず、特に数学は完全に躓いてしまった。

 

 そして、左脚。

「この左脚な?医者は完治してるって言うんだ。何度も検査を受けた。普段は何ともないんだ。普通に走れるしな?だから体育の授業も普通に出てる。でも、時々足が痺れてな?医者は精神的なモノじゃないかって言ってる。だから一応は月に二度は病院に通ってるんだ。だからなんだろうな?左脚を庇う癖がついてな。」

「じゃあ、脚は?」

「ああ、何でもないんだ。由比ヶ浜を苦しめていたのなら、すまない。」

比企谷君も頭を下げる。

 

「それに俺がお前の犬を助けたのは偶然だ。それが他のヤツの犬でも助けたと思う。だから、由比ヶ浜お前が気に病む必要はない。もう忘れてくれ。」

最後にそう言って、比企谷君は帰って行った。

 

「ねぇ、優美子?さっきの話本当かな?本当に脚は治ってるのかな?」

「うーん、あーしもテニスの時にさ、時々脚を引きずってるのを見かけたんだ。だから何かあるとは思ってたんだけど・・・、あ!」

「どしたの?優美子。」

「小町ちゃん!妹の小町ちゃんにこっそり聞いてみるよ。あーし連絡先を交換してるしさ。任せて!」

 

 その日の夜、あーしは小町ちゃんに初めて連絡を入れた。アドレスを交換したのは、かれこれ3週間ほど前だ。けど、あーしも色々怖くて連絡を入れられなかった。

 ずるいけど、比企谷君の脚の事は、あーしを助けた時じゃなかった。それが解って気持ちが軽くなっていた。

 

 小町ちゃんの話は比企谷君の話と同じだった。口裏を合わせていないとは言えないけど、考えたら体育の時間に普通に走っているのを見た記憶がある。結構キレイなフォームで走っているの覚えている。

 

 あ、いや。

あーしストーカーとかじゃないから!

 

 ここはもう少し探りを入れる必要はあるので、小町ちゃんには協力を依頼した。

彼を休日に呼び出す手段についてだ。

 

 結衣には、小町ちゃんと遣り取りした内容をすべて話して安心させた。

結衣は彼に謝りたかったんだ。助けてくれたお礼を言おうとして彼の脚の異変に気が付いて、そのままお礼も言えず謝罪も出来ないまま時間が過ぎたのだろう。クッキー作りはそれを打開する手段だったんだろう。

 でも、その助けを求めた奉仕部に彼が居た。

結局、何もできずに時間だけが無為に過ぎていたんだ。

 

 もしかして、彼は結衣の心の葛藤を察したから、あーしにも結衣に問い詰めるなと言ったのだろうか。

 もしかして、あーしの事も覚えていてあーしに気を使わせないようにする為に知らない振りをしてくれているのかな?

深読みし過ぎかも知れないけど、彼ならやりそうだ。

 彼と関わるようになって約2か月。

短い時間だけど、彼の為人はそれなりに理解してきている自信がある。

 

 

  ~~~~~~~~~~~

 

 

「で、なんで三浦がココに居んの?あれ?小町は?」

「あれ?小町ちゃんから聞いてない?ほら、ななはの映画。昨日から封切じゃん?偶々チケットが何枚か手に入ったからさ?一緒に行こうよ?」

「えー・・・。」

ちょ・・・、露骨にいやそうな顔をされるとマジ落ち込むんですけど?

「お前、俺と二人でアニメとか見に来て良いのか?学校の連中に見つかったら、後で馬鹿にされるぞ?」

「うーん、ここ南船橋だし?そうそう学校の知り合いには会わないんじゃ?それに朝一の上映だから、大丈夫っしょ?」

そう、今日の映画の一回目の上映は八時四五分からなのだ。ここ、ららぽーと東京ベイの一般の店は早くても一0時からだし、飲食店はさらに一時間以上後の開店だ。

同じ映画が目的でなければ、鉢合わせすることはないし、もし知り合いと鉢合わせすれば同好の士のハズ。

 なら、OKでしょ?

あーしだって綿密に計画を練ったんだよ?

 で、小町ちゃんに比企谷君をココに呼び出してもらうお願いをしたら、二つ返事で了解してくれたのだ。

 実は前売り券は六枚買ってある。

 まあ、特典が六種類全部欲しかったってのも有ったんだけど、ママに事故の時に助けてくれた子と同じ部活をするようになって、お礼がしたいと言ったら比企谷君を後日でいいから、家に連れて来る事を条件に特別にお小遣いを出してくれたのだ。

 

 で、これで上手く行けば比企谷君と三回の映画デートが出来るわけですよ!

 

「チケット代はいくらだ?出すよ。俺もそのつもりだったし。」

「いや、ホント大丈夫!そこは気にしないで!ほら、あーしも隠れオタクっての?実はアニメを映画館で見るのは初めてだし、独りだと心細いんよ。偶然チケットが手に入っただけだしさ?お願い。」

ココではまだ、六枚も持っていることは言えないよね?

「なら、飲み物とか食べ物は俺が買うよ、なにがイイ?」

あーしはオレンジジュースをお願いした。

 

 

「ななはちゃん、アンジュちゃん・・・。和解出来て本当に良かったよー!」

あーしは人目もはばからず、号泣した。

 いや、ラストの字幕が流れる中、劇場中ですすり泣きやら号泣が聞こえる。

 

うんうん。

 

 みんな解ってるよね。

多分、今この映画で泣いてる奴とは友達になれる自信がある。

 

 隣をみたら、比企谷君も鼻水を垂らしながら泣いている。

やっぱそうだよね?

比企谷君も同じ気持ちだよね?

「やっべー、俺前売り券を何枚か買っておくんだった!総集編って舐めてた。ごめんなさい!ななはちゃん!来週もう一回来るから!」

よし!

二回目のデートは約束されたね!

 あーしは号泣しながらも比企谷君との距離が縮まっていく事にワクワクしている。

『ななはちゃん』マジありがとう!!

 

 

 映画を見終わって、ららぽーとの中を散策する。

実はもうすぐ結衣の誕生日なのだ。

出来れば誕生日のプレゼントを比企谷君と一緒に探したいってのもあった。

この前までちょっとギクシャクしてしまってたしね?

 

「で、由比ヶ浜へのプレゼントなんて考えつかないんだけど?」

「結衣の好きそうなものとか見て回ってさ?一緒に考えてよ。男子目線ってのも重要だし。」

「えー、俺そういうの自信ないですけど?」

 

 先ずはアクセとかの小物を見ようと、そういうのが充実しているエリアに来てみたんだけど・・・。

 

「な、なあ三浦?なんか目がチカチカするんだけど・・・。それに周りの視線も痛いんだが・・・。」

比企谷君は普段こんな処には来ないのだろう、女の子向けの小物やアクセとは縁遠いもんね?

なん軒かの店を一緒に見て回ったけど、メッチャ疲れてるみたいだし?

まあ、あーしもこの辺のアクセ類で結衣に合いそうなものが見つけられなかった。

 

「比企谷君、疲れてる?もうちょっと我慢してね?次はキッチングッズを見てみたいんだ。最近、結衣は料理に嵌って来てるって言ってたし。」

結衣ってば、この処母親に料理を色々教えてもらっているらしく、時々クッキー等のお菓子を焼いて学校に持ってくる、比企谷君も料理とかするって言うし、小町ちゃんの話だと結構料理上手なんだとか。

なら、キッチングッズなら一緒に見て回っても大丈夫なんじゃ?

 

「ねえ?このエプロンとかどうかな?」

エプロンなら何枚か持っててもいいよね?あーしは目についたエプロンを試着して比企谷君に見せてみた。

「え、あ、おお・・・、メッチャ似合ってる・・・。」

比企谷君、顔を赤くして言わないでよ!こっちも恥ずかしくなる。

 

 けど、このエプロンは買い。

 

「結衣用なんだけど?」

「あー、由比ヶ浜のかー、ならもう少しポワポワしてて頭が悪そうなのが良いんじゃないか?」

比企谷君!その通りなんだけど、言い方!

「じゃあ、こっちのポケットがいっぱい付いてるピンクので良いかな?」

「あー、そんなイメージだな。」

 

 

 とりあえず目的の買い物も出来たしお昼にしようとベンチで一冊のフロアガイドの冊子を二人で眺めている。

「そういえば、比企谷君はラーメンの食べ歩きが趣味って言ってたよね?ここに入ってるラーメン屋とかどうなん?」

「ここのテナントで入ってる店だとやっぱ富田製麺は外せないかな?つけ麺が有名なんだ。あとは、豚骨ラーメンなら一風堂だな。女性客が入りやすい店って事だし。」

「あーし、つけ麺って食べたことないんだよねー。でも豚骨のこってりしたのとかにも引かれるよねー。」

「三浦、お前ラーメンとか良く食べるのか?」

「うん、中学の時は運動部だったしね、試合の帰りとかは部活の仲間と何時もラーメンだったよ?」

「へー、そんなイメージ無かったからビックリした。で、好きな店とかラーメンとかは有るのか?」

「良く行ったのは、なりたけかな?ほら背脂をギタギタにしたヤツが好き。」

「え!お前・・・。解ってるな!」

 

 そんな感じで、あーしと比企谷君は程よく打ち解けてラーメン談義に花を咲かせていると・・・。

 

 わんわんわんわん!

 

 犬が凄い勢いで走って来た。

って、こんな処で犬を放すなんて、飼い主なにしてんのよ?

 毛並みのそろったミニチュアダックス。

比企谷君に向かって一直線に走って来る?

 

 その犬は比企谷君に飛びついたと思ったら、思いっきり甘えて来る。まるで飼い主みたいに。

「なんだ?この犬、俺にメッチャなついてるけど・・・。」

 

 

「すいませーーーん!!」

メッチャ元気な女の子の声・・・って!

 

「結衣!」

思わずあーしは叫んでしまった。

「え?あ!え・・・、優美子・・・と比企谷・・・君?」

「あれ?由比ヶ浜?この犬ってもしかしてあの時の犬か?」

「あ、うん・・・。」

「首輪のリードを付ける金具が壊れてるぞ?ちゃんと買い替えてやらないと又事故に合うぞ?」

「あ、うん。ごめん・・・。」

「結衣はどうしてココに?」

「うん、サブレ。この犬のトリミングで・・・。」

「比企谷君も言ったけど、リードが外れるなんてダメだよ?注意しなよ?可愛いこの子が事故に遭ったら辛いでしょ?」

「うん・・・、で、優美子と比企谷君は・・・?あ、何でもない・・・。」

「あーしと比企谷君?うん、見たい映画が有ってね?独りだと行きずらかったから付いてきてもらったんだ。で、コレからお昼なんだけどさ?その子預けられるトコ有ったら一緒に行かない?」

結衣の誕生日のプレゼントを一緒に探してた事は言えないよね?

「そっか・・・。」

「由比ヶ浜はラーメンとか食べられるか?一応、ラーメン屋に行こうかって相談しててな?」

 

「あーゴメン。あたしこの後、用事あって・・・。ごめん。」

結衣はサブレ?を抱えて行ってしまった。

 

 

 

 そして、結衣は部室に来なくなった。



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第七話 Yawing Moment 3

 

「由比ヶ浜さん今日も来ないわね・・・。」

雪ノ下さんが寂しそうにつぶやく。

 

 あーしと比企谷君が、ららぽーと南船橋で結衣と会った翌月曜日から、結衣は部室に来なくなった。

そして、教室でも結衣はあーしを避ける様になった。

 元々少しギクシャクはしていたんだけど、それはあーしが心の中で結衣を責めていたからだから、何とか仲直りしたいんだけど・・・。

 

「まあ、由比ヶ浜も少しは勉強を休んで息抜きしたいんだろう。この処は部室で勉強ばっかりだったからな?」

「あら?そうなのかしら?比企谷君は何か心当たりは無いの?謝るなら早い方が良いわよ?」

「ちょっと待て、なんで俺が何かした前提だ?」

「あら、自覚は無いのかしら?」

「自覚も何も、アイツと最後に口を訊いたのは土曜日に『ららぽ南船橋』で犬を放してしまってたから注意しただけだぞ?」

「そういえば、そうだよね?で、お昼を一緒にどう?って聞いたけど用事が有るって言ってそのまま分かれたんだし。比企谷君は何も失礼なこと言ってないよ?」

あーしもつい、比企谷君の言葉に乗ってしまった。

 あ、しまった・・・。

 

「は?何故、土曜日に比企谷君と三浦さんが、ららぽーとに一緒に居たのかしら?」

やってしまった、雪ノ下さんにだけは秘密にしたかったんだけど・・・。

雪ノ下さんってば、スマホで何か検索しだしてるし・・・。

コレは、ある程度正直に話をした方が良いのかも?

「ふーーーーーん・・・。ななはちゃんの映画をやっているのね?」

あー。

バレたか。

「あー、三浦がチケットを偶々手に入れたらしくてな?誘ってくれたんだよ。あと、由比ヶ浜の誕生日ももう直ぐらしくてな?一緒にプレゼントを選んでたんだよ。男子目線でもアドバイスが欲しいって言われてな。」

「そう?偶々チケットを手に入れたのね?三浦さん。だったら、行かない訳にはいかないもの。それは仕方がないわね?」

「だっしょ?雪ノ下さんも小説を読んでくれたでしょ?」

「ええ、私も小説も読んだしアニメも観たしブルーレイも買ったわよ?」

「で、二人っきりで映画を観てショッピングしている最中に由比ヶ浜さんと会ったのね?」

「う、うん。まあ・・・。」

「で、由比ヶ浜さんの誕生日って何時かしら?」

「六月一八日だけど。」

「来週の月曜日なのね?では、私もプレゼントを用意しないといけないわね。部室で彼女の誕生会をやりましょう。私も由比ヶ浜さんには色々と助けてもらっているのだし。なにかお返しをしたいわ?」

「でも、肝心の由比ヶ浜来ないんだが?」

 

「あー、それってさー。」

話を聞きながら勉強していた沙希が口を開く。

「要するに比企谷と優美子が付き合ってるって思って、ココにも来づらくなったんじゃないの?」

「は?俺と三浦が?どうしてそういう事に成る?言っておくが三浦の相手が俺とかあ

りえないだろう?全く釣り合いが取れてないしな。三浦に失礼だぞ?川崎。」

いえ、全く失礼ではございません。

ってか、釣り合いとかなんだよ!あーしそんなの気にしないよ!

「はあ・・・、あんたね・・・。まあ、いいや・・・。」

沙希はあーしの顔をチラ見して言葉を止めた。

 え?

あーしの顔に何かついている?

 

「そうね?そう言うことならこうしましょうか?」

雪ノ下さんがメッチャ良い笑顔で、あーしと比企谷君を交互に見ている。

「私も偶々、ホントに偶々になのだけれど、『ななはちゃん』の映画のチケットを二枚持っているのよ。比企谷君?今度の土曜日に私に付き合いなさい。映画をオゴルから由比ヶ浜さんへの誕生日プレゼントを一緒に選びましょう。男性目線も必要なのでしょう?三浦さん?」

 

 

 や・ら・れ・た!!!!

 

 そう来たか!

 

「あ、そうだわ?川崎さん?土曜日のお昼頃に時間は無いかしら?」

「お昼頃?うーん、今度の土曜日なら三時頃までなら時間有るけど、下の妹の面倒を見ないとなんだよねー。」

「なら、ますます都合がいいわ?妹さんも連れて、ららぽーとに来ていただけないかしら?お昼をご馳走するわ?でね、由比ヶ浜さんも呼び出して欲しいの。誤解は早めに解いておきたいわ?」

「あ、あの、あの!あーしは?」

「あら、三浦さんはもう映画を観たのでしょう?それに誤解を解くのなら、その場に三浦さんが居ない方が良いと思うのよ?」

 

 あーしは、ぐうの音も出なかった。

本当にやられた。

雪ノ下さん、この処なりふり構わない感じになって来てない?

 

「ちょっと待て!俺の予定は?都合は?」

「はぁ・・・、今回は諦めなよ・・・。」

沙希が溜息をついて比企谷君の肩をポンポン叩く。

 

「では、作戦会議よ?比企谷君。先ずは映画なのだけれど、席はココで良いわね?」

雪ノ下さんがスマホの画面を見せている。

「おい!ちょっと待て!そ、そこはカップルシートじゃないか!そんなところに座れるか!」

「何を言っているの?チケットはこの席用のチケットなのよ?ほら。三浦さんとは並んで座ったでしょう?なら同じよ。」

「川崎さん?妹さんの好きな食べ物とか逆にアレルギーで食べられない物とか有るかしら?人数が多くなると思うから先に押さえておきたいの。」

「うーん、ウチの子はみんな好き嫌いないしアレルギーも無いね。好きなのはハンバーグとかオムライスとかかな?まだ、保育園だしね。」

ええええ、沙希の妹ってそんな小さいの?

そんな子連れてきて大丈夫?

 

「そう、なら小さい子が喜んでもらえる店を用意しておくわ。川崎さん、よろしくね?」

 

 こうなったら、あーしもコッソリ尾行しよう!

そうだ、なんだか雪ノ下さんの今日の行動力はヤバイ。

コレは、比企谷君の為だ。そうだ、絶対。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 

 土曜日朝七時一五分。

比企谷君は七時丁度に自宅を出発した。

雪ノ下さんとの待ち合わせの時間は八時三0分。

映画の上映開始時間は八時五五分。

 あーしは西船橋の駅のホームで小町ちゃんのメールを受け取り、南船橋方面行きの電車に乗り換えた。

 タイミング的には比企谷君が乗る電車の2本前のに乗っているハズだ。

先回りするにはちょっと微妙なタイミングだ。

 多分、雪ノ下さんの性格からして集合時間の一五分前には現地に居るはずだろうし。

 なので一応あーしは黒髪のウイッグを付けて、普段外では着ないダサ目の服をチョイスしている。ナンパとかされてもうっとおしいしね?

 

 南船橋の改札を出たところで雪ノ下さんを見つけたんだけど・・・?

ツインテールにして、メッチャ気合の入った服だよ。

あー、結構本気モードに入ってるわー。

 で、

あれ?

何処に行くんだろう?

そっちには何も無いんだけど?

 

 後を付けるべきか、放置して映画館に先回りするべきか悩む。

 そういえば、ゴールデンウィークに幕張メッセでやっていた東京わんにゃんショーで迷子になっている雪ノ下さんを見かけたと比企谷君が前に言っていたな。小町ちゃんと一緒だったから、厄介ごとに巻き込まれてもと思って放置したそうだけど、もしかして雪ノ下さんってば方向音痴なんじゃ?

スマホのナビを使えばいいのに・・・。

 

 まあ、面白そうだから放置しよう。

 

 あーしは映画館で前売り券で予約しておいた席へのチェックインを行っておいた。

さて、そろそろ比企谷君が来る頃だよね?って、ちゃんと一0分前には来てるじゃん?

 まあ、小町ちゃんのフォローのお陰なんだけどさ、服装もソコソコだし?

やっぱ、素敵。

 あんま他の女に知られたくないから、外ではダサい恰好の方が良いんだけどなー。

小町ちゃんにもそうお願いしたんだけどなー。

 

 で、待ち合わせ時間を一0分程過ぎても雪ノ下さん来ない。

あと一0分ちょいで開場なんだけど大丈夫なんだろうか?

雪ノ下さんが待ち合わせに来ないとかは、割とどうでもいいんだけど『ななはちゃん』の映画をブッチされるのは許されないよね。やっぱ。あーしは携帯で雪ノ下さんにメールを入れる。

〈スマホのナビを使って待ち合わせ場所に行くように!〉

それと、タクシーの配車アプリのURLも送っておいた。

 

 比企谷君の方を見たら、心配そうにキョロキョロしてる。(笑

あー!あの顔可愛いわー!

母性本能思いっ切りくすぐられんですけど!

 

 そうこうしていたら、雪ノ下さんが駅の方と違う方から走って来た。

あ、結局タクシー使ったな。

それを見て、あーしは映画館の中に先に入った。

 

 

 

 結論を言おう。

あーし、来週も来る!

 もうね?

なんで「ななはちゃん」が国語とか道徳の教科書に載らないのかが解らないレベル。

あーしが総理大臣になったら、絶対に国語の教科書に載せる。

 

 約束する。

 

そんな感想を持ちつつ、あーしはまたもや号泣して映画館を後にする。

 

 

 

 

「素晴らしかったわ!ねぇ、比企谷君?どうして『ななはちゃん』の話が教科書に載らないのかしら?きっと文部科学省の役人は頭が足らないのね?そうだわ、私こそがこの間違った世界を変えないといけないのよ!」

あー、雪ノ下さん?そんな事を大声で話してると周りが引いてるよ?

 

 あとさ?

雪ノ下さん?

結衣のプレゼントなんだろうけどさ?

服を引っ張ったり、裏の縫製を必死に見てるけど、多分結衣は服に防御力とか求めてないよ?

自分はあんな可愛い服をコーディネイトしているのに、どしたん?

 

「そういえば聞いてなかったわね?由比ヶ浜さんへのプレゼントなのだけれど、三浦さんは何を選んだの?あなたは?被っちゃったら不味いから、教えなさい。」

「あー、三浦はエプロンだったなぁ・・・。ほら、ポケットがいっぱい付いたちょっと頭の悪そうなやつ。」

「・・・。なにげに似合うだろうと思ってしまうのが悔しいわね・・・。」

雪ノ下さん、酷いし。

「で、俺は飼い犬用のグッズだよ。」

「なるほど、確かミニチュアダックスだったかしら?飼っているのは。」

「ああ、ちょっと訳ありでな。俺に懐いてるんだよ。だからな。」

 

「そうね・・・、なら・・・、私は・・・、クッキーの型とかを幾つか見てみましょうか。」

雪ノ下さん、ちょっと珍しい形のクッキーの抜型をチョイスしたようだ。

 

 

さて、そろそろ時間だ。

 

「優美子さん。お待たせです!」

「小町ちゃん、ごめんね?受験生なのに。」

「いえいえ、気分転換もひつようですしー。」

「お詫びに、勉強とかはあーしに何時でも聞いてね?」

「はい、その時はお願いします!」

 

 あーしと小町ちゃんは昼食を摂る為に、北館の三階にある洋食の店に入った。

ここは女子の人気が高い店なんだけど、小さな子供にも対応している。

 

 小町ちゃん、大志君経由の情報ではこの店で昼食を摂るべく、雪ノ下さんが予約を入れているらしい。

結構気合を入れているよね?雪ノ下さん。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 

「沙希?このお店なの?」

「ゆーちゃん?違うよ?さーちゃんだからね?」

「あ、けーちゃん。ごめんねー、さーちゃんだよねー。」

結衣と沙希と妹のけーちゃん?がやって来た。

「あのー、雪ノ下で予約を入れているハズなんですけど・・・。」

沙希が恐る恐る店員に聞いている。

「はい、承っています。こちらへどうぞ~。」

 

 結衣達の席から、あーし等は死角になるようだけど、こっちからは結構ハッキリと見える。

雪ノ下さんと比企谷君はまだ来ていない。

 

「ゆきのん、あたしをわざわざ呼び出してどうしたんだろう?もしかして部活をサボってるの、怒ってた?」

結衣は心配そうに沙希に聞いている。

「いや、心配はしてたけど怒っちゃいなかったよ。何の為に呼んだかはあたしにもよく解んないけどね。」

 

 結衣はいつものような元気が無い。

やっぱ、結衣も比企谷君の事が好きなん?

ただ、あーしも彼の事だけは譲れない。たとえ大切な友達だとしても。

 

 ガッシャン!ギャー!

 

激しくガラスのコップが倒れて、椅子の脚を引きずる音。

「ゆ、ゆきのん!」

結衣が立ち上がり、入り口をボー然と見つめている?

 

 え?

えええええ!!!

 

 あーしも一瞬大声を出して立ち上がりそうになったのを小町ちゃんがギリギリで制してくれた。

 

「ゆ、ゆきのん。ひっき、比企谷君と・・・、どういうこと?」

なんと雪ノ下さんは比企谷君と腕を組んで店に入って来たのだ。

 え?

実は二人は付き合ってたの?

小町ちゃんの顔を見てみると、小町ちゃんもビックリしている。

「お、お兄ちゃん・・・、あんな美人さんと腕を組める日が来るなんて・・・。」

別の意味で感動してますけど?

 

 で、でもさ?

二人部室ではそんな雰囲気全く無かった・・・、とは言わないけどさ?それならあーしとの方が雰囲気良かったよね?

 

 ね?

 

 ね?

 

「お待たせしてしまったわね?由比ヶ浜さん、川崎さん。それに・・・?」

「あー、この子が妹の京華。けーちゃん?ご挨拶は?」

「こんにちは、かわさきけーかです。けーちゃんと呼んでね?」

「こんにちは、けーちゃん。私は雪ノ下雪乃です。で、こちらのヌボーっとしたのがひ、引籠り谷君だったかしら?」

「おい、腕を組んでいる相手をコケにするなよ・・・。なんとなく近いが全然違うからな?俺は比企谷八幡だ。よろしくな?けーちゃん。」

「えーっと・・・、ゆきちゃんとはーちゃん!よろしくね?」

 

「で、何時まで腕を組んでなきゃいけないんだよ?もういいだろう?」

「そうね、良かったわね。警備員に連れていかれなくて。もう少し感謝してくれてもイイのだけれど?」

「ああ、そうだな。全く、俺を下着売り場に拉致っておいて、良くもそこまでそこまで上から目線で話が出来るな。」

「え?ひっき、比企谷君、ゆきのんと下着を見に行ったの?」

「行ったんじゃない。拉致られたんだ。」

「でも、私の下着を選んでくれたじゃない?嬉しかったわよ?」

「ちょっと話を捏造するな!そんなものは買ってないだろう!」

「あんたら、そんなに仲良かったっけ?ちょっとビックリだけどさ?三浦にバレたら修羅場だよ?」

「川崎、ちょっと待てなんでココで三浦が出てくる。」

「はーちゃん、カワサキじゃないよ?さーちゃんだよ?」

「え、あ、お・・・、さーちゃん?俺は無実だからな?由比ヶ浜も変な誤解はするなよ?今日は雪ノ下が見たいアニメの映画が有ってな?独りじゃ来れないから付き添いして、ついでに買い物にも付き合っただけだからな?」

 

 どうやら、比企谷君は雪ノ下さんの買い物に付き合って女性物の衣類の店を回っている時に、警備員に声を掛けられたらしく仕方がないので恋人の振りをして買い物を続けたと言うのだ。

 雪ノ下さん。

なんて頭が良いんだ!

そしてズルい!

 あーし、そこまでは頭が回らなかったよ!

雪ノ下さん、策士過ぎる・・・。

で、でも・・・。

うん。

次回の参考にしよう。

 

「そういえばさ、比企谷君?先週は優美子と一緒に映画を見て買い物をしてたよね?どうして?」

「どうしてと言われてもなぁ・・・、あ、因みに今日観た映画も先週に三浦と観たのと同じアニメだからな?まあ、俺からしたら一種の布教活動みたいなもんだな。」

「ふきょうかつどう・・・?」

「アニメと言っても、『魔法騎士マジカルななは』は俺にとってはバイブルみたいなモノだからな?観に行きたいけど独りじゃ行けないって奴がいたら、そりゃエスコートすることはやぶさかじゃないな。」

「えーっと、じゃあ・・・、優美子もゆきのんも、そのアニメが観たかったから比企谷君を誘ったの?」

「まあ、そうだな。二人とも他には、こういうアニメを一緒に観に行ってくれる知り合いが居ないだろう?因みにこんなアニメだ。」

比企谷君は手に持っていた映画のパンフレットを皆に見せている。

「ちょっと?そのパンフレットは私のなのだけれど?」

「いいじゃねーかよ。これも大事な布教活動だろ?」

見ると、けーちゃんが興味津々でパンフレットを眺めている。

「ねー、さーちゃん?けーか、この映画観てみたい・・・。」

「あら?けーちゃん?興味を持ってくれたの?中々見どころが有るわね?川崎さん・・・、いえ、さーちゃん?良ければ明日私がけーちゃんを映画に連れて行ってあげたいのだけれど?」

「え、いや、そんな悪いよ・・・。今日の、このお昼だって出してもらうんだしさ・・・。」

「いえ、私がどうしても、もう一度・・・いえ、何度でも観てみたいのよ。一緒に行ってくれる人だったら誰でもうれしいわ?」

「わーい!けーか、ゆきちゃんすきー!」

 

「と、処でさ?今日はなんの用だったの?ゆきのん。」

「そうね・・・、中々言葉では上手く言えないのだけれど、私は貴女に知らず知らず助けてもらっていたのよ。だから今日は感謝の気持ちを伝えたかったのよ。」

「え、そんな・・・。」

「あなたが仮にもう奉仕部に来たくなくなったとしても私はあなたと出来れば友達として付き合っていきたいわ?そう、ななはちゃんとアンジュちゃんの様に!今日は私のその気持ちを再確認するためでもあったの。」

「えーっと・・・、なんだかよく解んないんだけど・・・、ありがとう?ゆきのん。あたしの方こそ、ゆきのんに助けてもらってばっかだからさ?」

 

「でね?由比ヶ浜さん?明後日、月曜日の放課後だけは部室に来てもらいたいの、ささやかなパーティーをしようと思うのよ。」

 

 

 翌週、月曜日の放課後。

奉仕部の部室にはあーし達三人以外に、沙希、材木座、戸塚、姫菜が来てくれて結衣

の誕生日を一緒に祝った。

 

「でさ?結局、比企谷君はゆきのんと付き合ってるの?優美子と付き合ってるの?」

「はぁ?そこな、おなごよ。コヤツは修羅の道へ自らを追い込んでおるヤツよ。女子と付き合う事などあろうはずがない!な、ないよな?」

「ああ、全くだ。俺みたいなのが、お前らみたいな美少女と付き合えるわけないだろう?そもそも釣り合いが取れねーよ。」

「あ、いや、釣り合いとかじゃなくてね・・・?」

あーしも、つい口を挟む。

大体、釣り合いってなにさ。

「そーだねー、ヒキタニ君はさー、体育の時みたく材木座君と組んず解れずがイイんじゃないかな?」

「姫菜?ヒキタニじゃなく比企谷だからね?ちゃんと言って。」

「いや、まあ・・・、由比ヶ浜の変な呼び方よりはマシだけどな?」

 

 

「え?あたしにプレゼント?みんなが?」

最後にあーし達は結衣に誕生日のプレゼントを渡した。

「そうよ?このプレゼントを選ぶために比企谷君に付いて来てもらったのよ。私も三浦さんも。」

「え?優美子の買い物って・・・。」

「だって、あの場では言えないじゃん?」

「そうだよ?由比ヶ浜、アンタなんか勘違いしてる見たいだけどさ?」

あーそこは、半分勘違いじゃないんだけど・・・。

 

 

「そっか、あたしの勘違い・・・、早とちりだったんだ。」

いや、まあ今はそう言うことにしておこう。

とはいえ、不敵な笑みを浮かべている雪ノ下さんが怖いよ!

 

 こうして結衣は再び奉仕部での部活、もとい勉強会を始めたのだ。



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第八話 NewGame 1

 

 

 

「でさぁ!ななはちゃんが言うわけよ!『私は絶対に諦めない!アンジュちゃんを絶対に助ける!』って!」

「ああ!あのシーンな?もう胸熱だったよな、あのシーンの後さ、スクリーンが涙で霞んで良く見えないのな!」

クラスの青砥君?と小岩君?がななはちゃんの映画の話で盛り上がっている。

 うー!

ワカル!

ワカルよ!

 あーしも封切以来、毎週一度は映画を見に行ってるし!

あーしも話に加わりたい!

一緒に『ななはちゃん』を讃えたい!

 

でもクラスではあーしが『ななはちゃん』の熱狂的なファンだという事は一人だけを除いて秘密だ。

 

「でさ・・・、三浦さん?聞いてる?」

三郷君に声を掛けられて、あーしはハッとなった。

「どうしたん?俺達の話聞いてくれてた?」

八潮君も突っ込んでくる。

アニメの話題が気になったとは言えない。

「あーゴメン。ちょっと週末の予定を考えててさ。」

「予定何かあるの?出来ればさ、今度の土曜日に俺達の練習試合を応援に来て欲しいんだけどさ?」

「あーし、土曜日は朝から外せない用事があってさー。多分夕方位までは無理なんだよねー。」

今度の土曜日と言えば、『ななはちゃん』の映画を観に行く日。

 しかも、比企谷君と一緒に行く約束を小町ちゃんの協力で再び勝ち取ったのだ。そんな大切な用事と、たかがバスケ部の練習試合とでは比べるまでもない。

あーしバスケとか興味ないし。

 

「えー。ずっと前からお願いしてたのにー。由比ヶ浜さんはどう?」

八潮君は結衣にも食い下がってるけど。

「あ、ゴメン。あたしその日は雪ノ下さん家で勉強を教えてもらう約束なんだよ。期末試験が再来週だからね?」

「じゃあ、海老名さんは?」

三郷君は中々引き下がらない。

「私、土曜日は美術の研究所で一日課題だね。」

姫菜は国公立の美大を目指しているので、毎週水曜日の夜と土曜日は終日美術研究所で課題に取り組んでいる。

 

「あー、折角また仲良くなれたのに三人ともつれないなぁ・・・。」

三郷君は残念そうに落ち込む。

 そう、四月の始業式の日の席替えで席が近くになったのもあり、初めは葉山、戸部、三郷、八潮の四人があーしら三人の女子と良くつるんでいた。

 けど、バスケ部の二人は部活が忙しく朝練、昼練も有って少しずつ距離が離れていった。

なので、今でもこういったダベりは主に授業の合間の僅かな時間だけだし、休み時間ごとに毎回と言う訳ではないんだよね。

 

 あーしとしては、バスケ部の二人と話をするよりも青砥君や小岩君と熱く『ななは』談義を行いたいんだけど!

休み時間ごとに熱く語りたい!

 

 いや、本音は比企谷君と休み時間ごとにアニメやラノベの話で盛り上がりたい。

 

 けど一応、あーしはこのクラスのカースト上位に居る存在だ。

まあ、最近はそんなことはくだらないって思えるようにはなって来ているんだけれど、そう簡単に上位の座を譲れない事情がこのクラスには有る。相模南と取り巻きの子らを、あーしが牽制しないといけないのだ。

 ゴールデンウイーク明けに起きた悪質なチェーンメール事件。

チェーンメール自体は収まり、一か月程経ってクラスの雰囲気も少しづつ良くはなって来ているけれど、クラス内では未だに疑心暗鬼の空気がある。

 

 けれど、その騒ぎの中に属さない人間が二人居る。

そう、比企谷八幡君と川崎沙希。

川崎沙希は孤高の狼のような威風だけど、実は弟妹想いの熱い姉であーし達の部室では一番の常識人だが、クラスの中では未だに打ち解けられず誰とも話をしない。

 

 で、比企谷君はあーしの想い人。

けれども彼はその独特の立ち振る舞いのお陰で、やはりクラスの誰とも打ち解けられていない。

 むしろ、あの事件まで彼はクラスの多くの人から認識されていなかったにも拘わらずその窮地を雪ノ下雪乃が助けに来た事で、彼に近寄り難い空気を感じてしまったようだ。

 もっとも、彼自身が人との交友というものに固執しない為、彼はかえって今が居心地の良い場になっているのかもしれない。

クラスの中で彼に声を掛けているのは、戸塚しかいない。

 

 彼は今の休み時間も机に突っ伏してイヤホンでアニソンを聞きながら寝たふりだ。

結衣も彼が気になるのか、さっきからチラチラとみているけどね?

比企谷君からは、クラスの教室では特別な用事が有るとき以外は極力話し掛けるなと釘を刺されている。

 

 とはいえ、部活中も彼は会話には自らは入ろうとしないんだけどね?

 

 まぁ、いいや・・・。

今週の土曜日は再び比企谷君と映画を観る約束を取り付けた。

彼と二人きりの時間は週末まで我慢だよね?

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふははは!八幡よ!我を助けてくれ!」

「はぁ?なんだよ、いきなり。お前なんて知らん。他所を当たってくれ!」

「そう言うな、八幡よ!ここは奉仕部なのであろう?であれば、おぬしが我を助けるのは義務ではないのか?」

ああ・・・、五月蠅いのがまた来たよ・・・。

 で、話は比企谷君としか出来ない。

材木座義輝。

自称、剣豪将軍・材木座義輝。

コイツもう、奉仕部の準レギュラーだよね?結衣の誕生会の時も何故か居たし。

 

 まあ、あーし自身はそんなにイヤな奴とは思ってないよ?

なんせ、比企谷君との距離を縮められたのはコイツの変なラノベのお陰なんだし?

コイツ、なにげに『ななはちゃん』にも詳しいし?

 

「比企谷君、そこの物体?読書の邪魔なのだけれど?早く話を聞いてお引き取りいただいてもらってね?」

雪ノ下さんは、もう毎度の事なのでいちいち反応しない。

「中二、勉強の邪魔。」

「相談事なら、もう少し小さい声でやってくんない?」

ついでに結衣も沙希も容赦なかった。

 

 

「はぁ?遊戯部?そんな部活あんの?」

あーし、初耳だよ?

まあ、奉仕部なんて怪しい部活をやってるあーしが言うのもなんだけどさ?

 

 なんでも、行きつけのゲーセンでラノベの話からゲーム制作の話になり、材木座が何時もの様に上から目線でゲームのシナリオ作成を語り、作家デビューした後はゲームのシナリオも作っちゃうゾー!とか言って遊戯部の二人をディスったらしい。

 で、話の流れで遊戯部とゲーム対決をしてどっちがゲームの本質を理解してるかを競う事に成ったんだけど、材木座には友達がいない。

結局は奉仕部というか、比企谷君に助けを求めて来たわけだ。

 

「アンタねぇ・・・。理由はどうあれ後輩をディスってイザコザを起こしてんのはどっちなのよ。大体さ、アンタまだ作家デビュー出来てないじゃん?今から未来の読者を敵に回してどうすんの?あーしが付いて行ってやっからさ、謝りに行こう。」

そうだ、こんなバカなことを受けて毎度協力する事が奉仕部の理念では無いはず。

「いやしかし、三浦殿。あ奴らには上下関係をキッチリと教育しる必要もあると思うのだ。なので拙者はあえて、敢えて心を鬼にしてだな?」

「上下関係とか言うなら、上の者が度量を見せて非礼を先に詫びるべきっしょ?」

 

「あはははは、三浦さすがだな。よし、俺も付いて行ってやろう。この馬鹿にはいい機会だしな。その遊戯部の連中さ、もしかして将来はゲーム会社に居てお前のクライアントになるかもしれんだろう?ココは三浦の言う通りキッチリとゴマを擂って置け。」

「フム。そうか。ここは引いて勝利を掴む訳だな?よし、では参ろう!遊戯部へ!」

 

「だから煩いって言ってんでしょ!早く出ていけ馬鹿!」

とうとう沙希が切れたので材木座を引き連れてあーしと比企谷君は遊戯部へ向かう。

 

 

 ほー。

本当にあったんだねー。

張り紙だけどちゃんと、遊戯部と入り口に書いてる。

正式な部活なんだねー。

奉仕部とかさ、あーし達が入部する前は雪ノ下さんが一人だったんだけど、正式な部活なん?

一応、クッキーを作った時は経費の精算してたから部費も有るんだろうけど?

ウチの学校謎が多すぎるよ。

 

「で、そちらのお二人が助っ人さんですか?」

「思ったより早く助っ人を見つけられたんすね。」

遊戯部には二人の男子がいた。

二人とも眼鏡を掛けていて、いかにもって感じがする。

 

「でも、お一人はゲームとか縁がなさそうですけど?大丈夫なんですか?俺達、自分のフィールドでは絶対に手抜きしないですよ?」

 

「あー、俺達はお前らと勝負しに来たわけじゃないんだ。」

「ん?どういうことですか?確か比企谷先輩ですよね?」

あれ?比企谷君が下級生から認知されてる?

「ああ、俺と三浦はコイツの付き添いだ。今日はコイツに謝罪をさせに来た。」

「三浦先輩・・・?F組の?」

「え?あーしの事知ってんの?」

「ええ、俺達オタク界隈では有名ですしね。大体、リア充風情のイケイケギャルのクセに俺達のアンジュちゃんと同じ髪型、髪色とかふざけ過ぎてんでしょ。」

「はぁぁぁぁぁぁ?あーしのアンジュちゃん愛は本物だよ!アンジュちゃんとななはちゃんはね?あーしの心の親友なんだ!この髪型も色もマジでやってんだよ!」

 

「「「え?うそ・・・。」」」

比企谷君以外全員が絶句した。

 

 

「まぁ・・・、比企谷先輩と三浦先輩がこの人をちゃんと諭してくれたようなので、此方も水に流しますよ。」

秦野という縁の太い眼鏡のフレームの子が言った。

「ああ、そうだな。俺も個人的には比企谷先輩には借りってかチョット有るんで、今回は手打ちに応じますよ。」

ん?

この子、相模って言ったけどなんか見覚えが・・・?

「俺、お前の事なんも知らんけど?なんの借りだ?」

「いや、それはこの場じゃちょっとなので・・・。」

相模はそう言うと口を閉ざす。

 

 その後、あーしと比企谷君は遊戯部の部室で『ななはちゃん』談義で楽しいひと時を過ごした。

あれ?あーしこっちの部活の方がイイじゃね?ってくらい盛り上がった。

 

 帰り道。

「そういえば、比企谷君最近は自転車じゃないんだね。」

あーしと比企谷君はバスで駅に向かっている。

「ああ、梅雨だしな。自転車は辛いだろ?今の時期。」

「あー、だよねー。花見川のサイクリングコースも結構風が強いし、雨だと危ないもんねー。」

「あれ?俺、お前にソコ通って通学してる事を前に言ったっけ?」

「あー。」

ヤバイ!

 あーしが比企谷君を放課後にコッソリと尾行していたのを知られてしまう。

そう、あーしは花見川のサイクリングコースの近くにに住んでいる。

彼を見かけたのは本当の偶然。

 一年の時、放課後に私の自宅近くを自転車で走る彼を偶々、そう偶々見つけてから時々、後を付けるようになった。

学校帰りに学校近くのレンタルサイクルを借りて後ろを走ったことも何度かある。

実はそのお陰で、あーしは比企谷君の家も既に知っている。

あーしの家と彼の家は自転車なら5分と掛からない距離。花見川を挟んでの隣町なのだ。

それを知った時、あーしは軽く小躍りした。

 

「あーほら、実はあーしさ花見川の近くに住んでるんだよ。でね?前にアンタが自転車で走ってるのを見たんだよ。それだけだよ?」

「そうなのか?そういえば、電車だと一個前の駅って言ってたよな。」

「うん、家が検見川神社の近くなんだよ。」

「おお?じゃあ、シタールの近くか?」

「うんうん!あそこ美味しいよね!あーしん家、二ヵ月に一度は行くよ?」

「おお!ウチも三ヵ月に一度は行くな。小町も好きだしな。」

うん、良い事聞いた!

今度、小町ちゃんも誘って一緒に行こう!

 

 

翌日の放課後・・・。

「で、財津君の依頼は完了したのね?」

「ああ、そうだな。多分完了だ。」

「そう、では今回は三浦さんのポイントね。」

「まあ、そうだな。」

ちょ!財津じゃなく材木座なんだけど?二人とも解ってて敢えて間違ってるの?

 この二人の思考パターンは時々驚くほどピッタリの時が有るから、あーしは置いてけぼり感を感じて焦るんですけど。

 

「それにしてもジメジメしてて鬱陶しいよね、毎日。」

「だよね。もうさ、毎日の洗濯物が乾かなくてさ、今度のバイト代が出たら衣類乾燥機を買いたくなるレベルだよ。」

結衣と沙希の会話がもう主婦なんですけど?

「あたしさー、誕生日が六月じゃん?でさ、大体誕生日前後に梅雨入りするからさ、六月って微妙なんだよねー。」

「あー、でもさ?ジューンブライドってあるじゃん?なんで六月なんだろうね?」

あーしは前々から気になっていたことをつい言葉にした。

 

「そうね?所説有るのだけれど、ヨーロッパでは六月が気候が良い時期だとか、農業の作業時期の問題で四月と五月に結婚するのを禁止されていたからとか、ローマ時代の結婚と子宝の女神、ユノに因んでいるとか有るわね?」

雪ノ下さんのその知識量ってなんなん?

もしかして、ジューンブライドに憧れて、調べてたなんてのは無いよね?

 

「出たな、ユキペディア。さすがだよ、この中で一番縁遠いのにな。」

比企谷君、言っちゃったよ・・・。

「そうね、結婚だけが女の幸せでは無いものね。仮に結婚して子供が生まれても貴方みたいなのが生まれたら、やりきれないものね?」

「おい!それは俺の親に失礼だろ!まあ、確かに親にいらん心配を掛けている自覚は有るんだけどよ。」

だったら、もう少しなんとかしようよ!

あーしも頑張るから!

 とりあえず、週末は映画を一緒に観たらお昼はあーしの手作りのお弁当を持って比企谷家に突入だ!

彼のご両親も少し安心させてあげないと!

 

 早速、今夜小町ちゃんと作戦会議だよ。

 

 

 コンコン。

あーしが乙女全開の妄想に浸っていると突然のノックの音。

「どうぞ。」

雪ノ下さんの涼しい声に戸が開くと・・・。

「はろはろー!」

姫菜と、

「こ、こんにちは・・・。」

部室に来たのは、なんと相模南だった。

 

 どの面下げてココに来たんだよ。

そう思ってしまうと、あーしはつい相模を睨んでしまう。

相模はあーしの視線に気が付き、ビクビクしながらも姫菜に手を引かれながら中に入ってくる。

「あー?相模?なんか用なん?」

「ほらほら、優美子ってば落ち着いてよー、南ちゃん怯えてるからさー。」

「そう?あーし何時もどうりだけど?」

「まあ落ち着いて頂戴、三浦さん。何か相談事かしら?相模さんでしたっけ?」

「え、あの平塚先生に相談したらココに行けって言われて・・・。」

相模はそこまで言うと俯いて口を閉じた。

 

「ちょっとアンタらさ、色々言いたいことは有るんだろうけどさ、奉仕部としての仕事は忘れないでよね?部外者のあたしが邪魔なら今日は帰るからさ?」

「えー、沙希は半分関係者じゃん?一緒に居てもいいよね?ゆきのん。」

「そうね、それは相模さんの相談の内容次第なのだけれど?いかがかしらね?相模さん。」

「あー、川崎さんにも聞いて欲しい・・・、かも・・・。」

「では、聞きましょう。二人とも椅子に座って頂戴?」

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 

 あーしは相模の携帯のメールをみて絶句した。

「こ、この内容は・・・。」

結衣も絶句している。

 

「ここに書かれている内容は本当の事なのかしら?」

雪ノ下さんの声が冷たい。

「ち、違う!た、確かに初めにチェーンメールが来たときはウチも面白がって他に回したけど!ウチが発信元じゃない!ホントに犯人だったらディスった大和君や大岡君達とつるんだりしてないよ!」

 

 相模の携帯には匿名のメールで、この前のチェーンメール事件を糾弾する内容が書かれていた。けれど、そこに書かれている相模の動機が少しおかしい気がする。

 

『相模。お前の目論見は見事に破綻した。ヒキタニを犯人に仕立て上げて葉山、三浦のグループを潰してクラスのカースト上位の座をもぎ取ろうとしたが残念だったな。肝心の葉山を取り込めず、結局取り込めたのはカスの二人だけだった。俺はお前のやったことを忘れない。』

 

「間違いないな。コレは。」

比企谷君はこの文面で何を感じ取ったん?

「ええ、そうね。おそらく、コレを出した者が真犯人ね。」

「おそらくは自分の描いた結果にはならなかったからイラついてるんだろうな?」

 

 思い描いた結果って?

相模がクラスのカーストトップになる事?隼人を取り込んで?

どういう事なんだろう?

 

「なぁ?川崎。今回の騒動でウチのクラスで誰か得をしたか?」

「え?さぁどうだろう?あたしもクラスの中では特に誰ともつるんでないしねー。痛み分けかな?大体さ、そのメールってのあたしにも届いて無かったんだからね?」

そうだ、あの日女子の携帯を確認した時に沙希の携帯だけは家族とバイト先の分しか連絡先が無く、学校関係では一年の時と二年の担任の連絡先しかなかった。

 良く考えたらあの時の連絡先をあーしが覚えていれば、沙希の深夜バイトの件はもう少し早く片付けられたんだよね・・・、てへっ。

 

「そうだな、そんなところだろうな。結局誰も得してはいない。」

「では、損をしたのは誰かしらね?」

「うーん・・・、戸部っちと隼人君?かな?特定の居場所無くなっちゃってるし?」

「え?じゃあ、犯人はやっぱ隼人か戸部?」

「いや、八割がたその二人じゃないな・・・。なにせ犯人はこのメールで致命的なミスをしている。葉山の名前を挙げた事だ。」

「へ?」

あーしは思わず間抜けな声を上げた。

「チェーンメールの内容を思い出してみろよ、あのメールには葉山の名前が無かっただろう?で、葉山の携帯が壊れた日にメールが止まった。もしかして犯人は本当は葉山に罪を着せたかったんじゃないか?」

「でも、携帯を壊したのは戸部っちだよ?隼人君の犯人の線は無いの?」

あー、結衣も疑ってたんだねー。あーしもそう思ってたんだけど・・・。

「あ、あたしそのことで気になることが有ってコッソリと姫菜に聞いたことが有るんだけどさ?」

沙希が言葉を挟む。

「え?ナニかあったん?」

「初めてそのメールが来た日時だよ。姫菜は水曜日の一時間目が始まった直後って言ってたよね。結衣と優美子は?」

姫菜はコクリと頷く。

「あー、あたし直ぐに消しちゃったからハッキリとは覚えてないけど、確か差三時間目の授業中だったかな?」

「あーしは四時間目だったと思う。」

「相模は?」

「え?ウチ?確か・・・、木曜日の・・・、二時間目位?」

「どう?なんかおかしいと思わない?雪ノ下さん、比企谷?」

「なるほど、初めは三浦さんのグループを狙い撃ちしていたけれど、反応が無いから他にばらまき始めた。けれどクラス全員のアドレスは解らないから拡散には時間が掛かったと言う訳ね?」

「そう、それとコレは戸塚に調べて貰ったんだけどさ、メールの受信頻度なんだけど水曜は少数の者だけが受信していて実際クラス中に出回ったのは翌日の木曜日の午後の授業中。で、その週の土曜日が一番多くてそこから受信回数は減り、あの日の前日には2件位しか受信していなかったそうだよ。」

「んー、なら犯人は金曜日か土曜日にはメールの発信を止めて、履歴を予め消して置けたのか。ずいぶんと頭が良いな・・・。」

「だね、まるで誰かさんみたいに悪知恵が働くヤツだよ。」

「となると、わざわざあの騒ぎの当日に携帯が壊れて証拠を隠滅する必要は無かった訳と言う事ね?」

「そうなるなー。となると、やっぱ動機が解らんとなー。犯人は結局何がしたかったんだ?相模に何を期待した?」

比企谷君はアホ毛をぴょこぴょこ揺らしながら首をひねっている。

 うん。

可愛い。

 

「と言うことは、やっぱ隼人君と戸部っちは犯人じゃないの?」

「まあ、全くないとは言い切れないけどな?でも、元々仲が良かった由比ヶ浜や三浦が疑っている位なんだ。この時期にこんな匿名のメールを出す必要が無い。」

「そうね、コレは恐らく相模さんを精神的に追い込んで自滅させることが目的なんのではないかしら?そうして相模さんの失言や暴言の機会を伺っているのでしょうね?そうすれば疑いが相模さんに集中するから、自分が疑われることは無くなるもの。」

「多分そんな処だろうな。それともう一つ。おそらく犯人は葉山か戸部が邪魔なんじゃないのかな?チェーンメールでは戸部に対する中傷が何気に酷かったしな。葉山には一切触れずにいたのも場合によっては葉山を犯人に仕立てるつもりだったのかもしれんしな?今も二人はどこのグループにも属さず、それでいて一定の人気を保っている。それが気に入らない・・・、か?」

「あー、そうだね。特に一番疑われている葉山なんかは、なんだかんだ言って女子の人気が未だに高いし、クラスではまとめ役って感じだよね。」

「それに隼人君も戸部っちもクラスの男子達ともそれなりに仲がいいよね・・・。それが気に入らないのかな?」

「ああ、あの二人のどちらか、もしくは両方を蹴落としたいけれど自分では出来そうにないから、相模を追い込んで相模と心中させようとしてるのかもな?」

 

 

「う、ウチが何をしたっていうの?そりゃ、三浦さんにはウザい絡み方をしてるかもしれないけどさ?他のクラスの子には何も迷惑かけてないじゃん!」

相模は涙を流しながらあーしに訴えてきた。

 

「ひ、比企谷君・・・、ゴメン、また・・・ウチを助けてよ・・・。」

 

 へ?

今、何と言った?

相模南は何を言った?

 

また助けて?

 

え?

 え?

  え?

 

 比企谷君は苦い顔をして、相模を見ていた。



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第九話 NewGame 2

 

 

「では、相模さん。詳しいお話を聞きましょうか?」

あれ?雪ノ下さん目が怖いよ?

 

「先ずは・・・、そうね。あなたはいつ、比企谷君に助けて貰ったのかしら?」

 

 え?

そこ?

そこを聞いちゃう?

 いやまあ、あーしもそこが気に成ってたっていうか、ぶっちゃけて言うと相模がクラスでハブられようが無視されようがどうでも良いんだけど、過去に比企谷君に助けられていたってのはどういう事よ?

見ると、相模はしまったと言う顔をして比企谷君をチラチラ見ている。

比企谷君も気まずそうに皆と視線を合わさないようにしている。

 

 おい!

ちょっと!

なに二人の世界を作ってんのよ!

ソコは、あーしが居るべき世界だ。

相模、そこをドケよ。

 

「あ・・・、あの・・・、ウチが中二の時の話なんだけどさ・・・。」

へ?あーしが彼を知る一年前なの?

「ウチ中学の時にソフトテニス部だったんだけど、丁度三年生の先輩が引退する少し前のタイミングで部内でちょっと揉めちゃってさ、ホントはウチが部長になる予定だったんだけど成れなくてさ、部内で浮いちゃってたんだよね・・・。」

 

 相模は中学時代にあーしと同じ壁にぶち当たっていた。

違いはあーしは先輩とで、相模は同級生。

どちらが辛いとかではなく、どちらも辛い。

 でもそれをどうやって比企谷君が救ってくれたの?

どうやって知り合ったの?

 

「ウチさ、部内ではハブられててさ学校であんま練習が出来なくてさ美浜の練習場に通ってたんだよ。あそこって一人でテニスの練習できるマシンがあるからさ。」

あー、聞いたことある。

確か、この学校からも歩いていけたハズ。

「そこで・・・。」

相模はちらりと比企谷君の顔を見る。

「比企谷君が一人で練習してるのを見かけたの・・・。」

 

「で、比企谷君がどうやってあなたを助けたのかしら?」

「そ、それは・・・、えっと・・・。」

おい相模。チラチラと比企谷君の顔を伺うなよ?

ホント潰すよ?

「ゆーみーこー。そんな睨んでたら、南ちゃんも話ずらいってー!」

再び姫菜から制止が入る。

あー、やばい・・・。

どうも、自制心がね?

みんなも解るよね?

 

「おい、そんなに勿体ぶったら俺がまた変なことを吹き込んだと思われるだろうが。ハッキリと言っていいぞ。まあ、俺がお前に具体的に何をしたのか俺も解ってないんだけどよ。」

比企谷君は俯いたまま、キッパリとそう言った。

 

「あ、うん。」

 

 

 六月の梅雨入りしてすぐ。

ウチこと、相模南は壁にぶち当たって絶不調だった。

来る日も来る日もマシンを相手のボール打ち。

期末試験が終わったら夏の大会があるんだけど、肝心の練習相手がいない。

 スクールとかに通えば良いんだろうけど、費用も掛かるし親に相談はし辛かった。

たまーに、気にしてくれた後輩が内緒で練習相手にはなってくれるけど、正直レベルが低くて余り練習にはならなかった。

 弟も一応テニスは上手いんだけど、ウチと一緒にテニスをすることを極端に嫌がっていて、中々練習に付き合ってくれないし、ウチが浮いてしまっている事情も知っていたから『お前はいつも一言多い、いい機会だ。』と言って突き放してしまわれた。

 

 結局、練習場でマシンを相手にボールを打ち返すだけの日々。

ああ、なんでこんな事に成っちゃったかなぁ・・・。

ウチが余計なことを言ったからなんだけどさ?

そりゃー、ウチが悪いのは認めるし、あの場でもみんなにハッキリと謝った。

 けど、あの子らの傷ついたプライドはウチの言葉だけの謝罪では癒せるはずもなく、ウチは次期部長の座を退いた。

でもダメだった。

結局は部内でウチは孤立してしまい、部活の時に出来る練習なんて素振りしかなかった。

部活では誰も、相手をしてくれないからだ。

 

 ウチが通う美浜の練習場には二台の練習マシンがあり、ウチがここに来てる時は大抵もう一人、マシンで練習している男の子がいる。

ウチより少しだけ背の低い、アホ毛をなびかせている子。

見た限りではキレイなフォームで球を打ち返しているし、それなりに走り込んでも上体がブレていない。

もしかしてかなりの上級者なのかもしれない。

 目元がキツい印象で近寄り難い雰囲気だったけど、ウチは勇気を出して声を掛けてみた。

 

「ねえ、あんた中学生?」

「え、あ、そうだけど・・・。」

「何年?」

「二年。」

「ほー、じゃあ、タメだね。ウチは相模南。アンタの名前は?」

「比企谷八幡。」

「よく見かけるけどさ、テニス上手いね?ちょっとウチと練習試合やってくんないかな?」

「えー・・・、俺、テニスのルールあんま知らんけど・・・。」

「は?」

コイツなに言ってんの?

あんだけ上手いのにテニス知らないとか?

どういう事よ?

「テニスの王子様を読んで、やりたくなったけど相手が居ないから、入門書を読んで壁打ちをやってたんだ。でもちょっと飽きてきて、ここには練習用のマシンが有るから時々来てる・・・。試合とかの実際のルールは良く解らない・・・。」

え?コイツ漫画を読んでテニスを始めちゃったヤツ?

しかも入門書を読んで壁打ちしか経験がないの?

いや、ちょっと待って。

ソレでなんであんなに上手い訳?

これって、もしかして拾いモノをしたかも?

「じゃあさ、その辺のルールとか教えてあげるよ。ウチも一人で練習してて、ちょっと飽きてきたし、先ずは軽くラリーしてみない?」

 

 こうしてウチは比企谷君とテニスをするようになった。

実際にやって見て思うのは、上手い。

そして狡い。

 練習のラリーの時は正確にウチの打ち返しやすい処に球を返してくるのに、試合形式になると、不意を突いた場所に球を返してくる。

はじめは慣れていないから、狙ったところに返せないんじゃないかと思ったけど、そうじゃなかった。

 視線誘導と言うのだそうだ。

大抵の人は球を打ち返すときに、打ち返したい場所を見て打つ。

慣れた人は相手の視線を見れば大体ドコに打ち返してくるか解るんだけど、彼は視線とは違う場所に打ち返すことが出来る。

なので、彼が見ている方へ体を向けると違う方にボールが飛んで行く。

球筋を見てから体を動かしていてはボールのスピードに身体が反応出来ない。

 

 ウチは彼にテニスのルールや球のさばき方を教え、彼はウチに意表を突く心理戦の極意を教えてくれた。

彼と過ごしたのはホンの一カ月程だったけどウチは彼の極意を、そして彼はウチの技術を互いに吸収しあった。

 

 そのお陰も有り、夏の県大会ではなんと四位に成れた。

ウチの中学校では過去最大級の快挙だった。

 そのことがキッカケで、部内でのウチへの待遇はガラリと変わり。

再び皆と部活をすることが出来るようになり、翌年の県大会ではとうとう2位の栄光を掴んだ。

 

 けど、彼とは夏休みの大会以降逢う事は無くなった。

元々が漫画を読んで始めてみただけって言ってたから、ある程度上手くなって飽きてしまったのかもしれないし、本格的にやってみたくなり部活やスクールに通いだしたりしたのかもしれない。

 連絡先を交換しなかったのが悔やまれたけど、ウチは彼のおかげで立ち直ることが出来、もう一度部活の皆とテニスに打ち込むことが出来るようになったので、後悔とかの感情は湧かなかった。

 

 そう、彼と再会するまでは。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

「で、総武高校に入学して比企谷君と再会したのね?」

「う、うん。丁度一年の三学期の終わりの頃。たまたま用事で職員室に行ったらさ、『比企谷!』って数学の先生に怒鳴られていて・・・、比企谷って中々無い苗字でしょ?見たら、彼だった。結構、背も伸びてたからビックリしたけど。」

「で?再開を喜び合ったのかしら?」

「あー、いや・・・。その、声を掛けづらかったんで、そのままスルーしてたんだけど、二年で同じクラスになって・・・。声を掛けようと何度か思ったんだけど、いつも三浦さんに邪魔されて・・・。」

 

 はぁぁぁぁ?

ナニこいつ?

クラス替えの直後からなんか、やたらとあーしに突っかかって来ると思ったら、そう言う事なん?

 

「じゃ、じゃあ!テニスの時にあーし達に絡んだのって?」

「あー、んと・・・。久しぶりに比企谷君とテニスの試合がしたかった・・・。」

 

 おい!相模!

そこ、顔を真っ赤にして言うトコじゃないよね?

比企谷君もビックリしてるじゃん!

「え?さがみんって隼人君狙いじゃないの?」

結衣も驚いている。

「え?葉山君?ナイナイ。あんなチャライのなんて!」

相模も容赦ないな・・・。

 

 ってか、比企谷君!

あんたどんだけフラグ立ててんのよ!

 

「じゃ、じゃあ!チェーンメールの時に比企谷君に絡んだのは?」

あーしは思わず突っ込む。

「お話しするキッカケが欲しくて、つい・・・。」

相模の顔が乙女だった。

 

 

 

「「はぁぁぁぁぁ・・・・。」」

あーしと雪ノ下さんは同時に深いため息を吐いた・・・。

 

 

 

 

「あー、あんたら?話が完全に横道に反れちゃってるんだけどさ?相模の依頼の件、どうすんの?」

一人冷静な沙希の声に・・・。

「却下ね。」

「却下だよね。」

あーしと雪ノ下さんは同時に即答した。

これ以上ライバルを増やすわけにはいかんでしょ?

相模には悪いけど、ここで潰れてもらおう。

 

「ちょ!優美子も!ゆきのんも!ノリで即答しちゃわないで!一緒に犯人を捜してあげようよ!」

 

あ、あれ?

あーしどうしてた?

結衣の叫びであーしの思考は正常に戻ったようだ。

 

「ゴメン、さっきのは冗談。あーしもあんな卑怯なメールは許せないしさ、相模の依頼はちゃんと受けるよ?ね?雪ノ下さん。」

「ええ、当然だわ?さっきのは冗談なのよ?相模さん、解っているでしょう?」

 

 

「では、仕切り直しましょう。現状では情報がまだまだ少ないわね・・・。犯人の本当の目的や動機が不明瞭だわ・・・。」

「あーしと結衣、姫菜はクラスの中で他に相模みたいな変なメールを受け取って居ないかを、それとなく探ってみるよ。」

「それと、相模さんへのヘイトの噂がクラス内で流れていないかも注意する必要も有るわ?その場合は内容を精査して速やかに対策を立てましょう。」

 

 翌日からあーし達はそれとなくクラスの中で情報を集め、放課後にその情報を持ち寄り打合せを重ねたけど、特に相模へのヘイトの噂は無く他には変なメールを受け取っている生徒もないようだ。

 チェーンメールの件についてはクラスの三割程の人間が面白がって拡散していたようで、その辺の事に触れられたくないという心情も有ったのかもしれないが、聞き込み調査の状況は芳しくなかった。

 

 

 結局、あーし達は何の成果もないままに、週末を迎えた。

 

 

 

 土曜日、午前7時、総武線幕張駅前。

あーしと比企谷君はココで待ち合わせをして映画を見に行くことになっていた。

 思えば雪ノ下さんの策略にハマり、比企谷君との貴重な映画デートの機会が一回潰れている。

 そんな訳で、今日のあーしはかなりの気合を入れた格好だし、何よりもお昼に一緒に食べる手作りのお弁当もあーしが今出来る最大の努力の結晶だ。

 駅には小町ちゃんも来てくれることになっているので、そのお弁当は小町ちゃんに預ける手はずになっている。

 最初、比企谷君は頑なに現地集合を主張したが、小町ちゃんがあーしにもしもの事が有ったら、どーすると言ってくれたのでこの駅に集合となり、あーしもココ迄は自転車で来た。

 

「おはようございます。優美子さん!今日は愚兄の事をよろしくお願いします。」

小町ちゃんは今、中学三年生。

総武高校を目指してそろそろ受験勉強にも力を入れないといけない時期だ。

「ごめんね?小町ちゃん。あとで勉強を見てあげるからコレお願いね?」

あーしはそう言うと、お弁当の入ったトートバックを預ける。

「はい、家についたらすぐに冷蔵庫に入れておきます!」

「うん!大したものじゃないんだけどさ、まだ梅雨の時期だからさ。お願いね?」

「はい、かしこま!」

 

 こうして、あーしと比企谷君は南船橋のららぽに向かった。

西船橋の駅で乗り換えをしようと構内を歩いていた時。

「あれ?あの集団・・・。ウチのバスケ部?」

「ん?そうなのか?ちょっと見られたくないからやり過ごしたいんだけど?」

比企谷君は中学時代の色々な苦い思い出が邪魔するのか、格とか釣り合いとかを非常に気にするようにっている。

 確かに彼の見た目は、その特徴的な目のおかげで近寄り難い雰囲気がある。

けれど、彼の内面はあーしには輝いて見える。

 それは、あーしがあの事故の時に彼に助けられ一目ぼれしたせいなんだろうけど、恋とかの感情ってそんなもんじゃないのかなって、あーしは思っている。

けど、彼の気持ちも大切にしたい。

なのであーしはバスケ部員たちに見つかる前に距離を取り、時間をずらして南船橋行の電車に乗り換えをした。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 

「アンジュちゃーーーん!」

またしてもあーしは号泣してしまった。

 もうね?映画の後半になると次のシーンが浮かび上がって来て涙が止まらない。

映画のエンドロールが流れ終わった後も、席を立てない人は少なくない。

あーしと比企谷君もその中に居る。

 

 

 ホントは映画の後は前回の雪ノ下さんを見習い、腕を組んでウインドショッピングをしたかったんだけど、今はまだ彼が嫌がるだろうし午後には小町ちゃんの勉強を見てあげる約束もしている。

 その為に皆で食べられるお弁当も作ったのだ。

因みにご両親が今日はお休みで家に居ることは小町ちゃんを通じて確認済みだ。

 

 映画館を出て直ぐ、一人の綺麗なお姉さんに声を掛けられた。

「あっれー、比企谷君じゃーん?むむー?浮気は感心しませんなー。」

めっちゃ美人さんだけど誰?

「いや、浮気も本気もないです。俺は誰とも付き合ってませんし。」

「えー、じゃあこの前、雪乃ちゃんと腕組んで歩いてたじゃん?アレは遊びなの?おねーちゃんそっちの方が許せないなー。」

「それも前回説明しましたよね?買い物するのに不便だからフリをしていたって。」

「えー、でもあの子がフリで男の子と腕なんか組まないよ?」

 

 ん?

会話からして、もしかしたら雪ノ下さんのお姉さん?

でも、だとしたら・・・。なんだ?この距離感。

あーしと比企谷君の間に文字通り割り込んで来て、比企谷君にべったり引っ付いてはほっぺとかつついてるし。胸とかも押し当ててるよね?

「あ、あの!あーし、比企谷君のクラスメイトで同じ部活の三浦優美子って言います。お姉さん、もしかして雪ノ下さんのお姉さんですか?比企谷君が嫌がってますんで少し離れていただけませんか?」

「んー?優美子ちゃんだっけ?結構ハッキリと言う子だね?比企谷君とはどういう関係なのかしらー?」

「え・・・、それは・・・。」

「只の部活仲間ですよ。雪ノ下と同じです。」

え、ちょっと!

あーし結構押してるよね?

 解んない?

それとも興味の対象外?

 

「ふーん、ま、いっか・・・。じゃあさ、比企谷君?雪乃ちゃんと付き合ったら、お姉ちゃんとお茶しようねー。」

雪ノ下さんのお姉さんはそう言うと、あーしには名乗ることなくどこかへ行ってしまった。

 けれど残念ながら、その機会は絶対に訪れさせないから!

あーし、全力で阻止するし!

「ほんと、困った人だよな・・・。」

「かなり親しそうだけど?前からの知り合いなん?」

「いや、先週の土曜日に一回会ったっきりだぞ?ほら、雪ノ下の買い物に付き合ってた時だ。」

「名前は何ていうの?アノ人。」

「確か、陽乃さんだったかな?」

「ふーん。なーんか、世の中の男の理想って感じだよねー。」

「そうか?俺には強化外骨格つうかチョバムアーマーつうか?迂闊に触れたら爆発して殺されそうなんだが?」

「チョバムアーマーって!あの人はアレックスか・・・。」

「三浦・・・、お前からそういう突っ込みがくるとは・・・、なんかすっげー新鮮だな・・・。」

 

 これ以上この場でモタモタしていて他にも知り合いに見つかったら困るので、あーし達はそのまま帰宅する事にした。

 

 

 

「じゃあ帰ろうかとは言ったが、なぜお前がウチの玄関先に居るんだ?ってか何で付いて来た?」

「は?だって、朝には駅で小町ちゃんにはあーしのトートバックを預かってもらったよね?その中にお弁当があったんだよ。一緒に食べようと思ってさ?」

「え?」

「それに、午後には小町ちゃんの勉強を見る約束もしてるんだよねー。誰かさんは未だ数学が心許ないしねー。数学、教えてあげられないっしょ?小町ちゃんが高校浪人しちゃってもいいのかな?」

「うぐぐぐ・・・。そういう事なら・・・。」

 

 そんなやり取りをしていると玄関の扉が開き、

「優美子さん!お待ちしておりました!どうぞ中へ!」

小町ちゃんが元気に家の中に招き入れてくれた。

 

 

「初めまして、あー、私、比企谷君と同じ部活でクラスメイトの三浦優美子です。本当はもっと早くご挨拶に来ないといけなかったんですけど、遅くなってしまって申し訳ありませんでした。比企谷君には二年前にクルマに轢かれそうになったのを助けて頂きました。ウチの両親共々すぐにでもご挨拶に来たかったんですけど、連絡先を聞くのを忘れてしまっていました、申し訳ありません。」

リビングのソファーに座らせてもらった、あーしは比企谷君のご両親に先ず謝罪と感謝のご挨拶をした。

 

「ええ?って・・・、お前・・・アノ時のヤツ?え・・・?そう言えばあの時はかなり日焼けしてた・・・けど・・・。」

比企谷君!

気が付いてなかったん?

「私、あの日携帯の連絡先も渡したし、名前も名乗ったよね?連絡をくれるの待ってたんだよ?」

「あー、すまん。あの後、帰り道で落としたみたいで・・・。」

 

 ちょ!

 

 ホントにあーしの事忘れてたのか!

酷い!

本当に酷い!

相模の事は覚えていたくせに!

相模とは楽しくテニスとかしてたクセに!

なにが『テニスを教えてくれる人が居なかった。』だよ?しっかりと相模に教わってたんじゃん!

なんで、あーしの処に『教えて』って来なかったのよ!

 

 あ、それは無理か・・・。

とにかく、相模との事は許せない。

 

「あー、あの自転車が壊れた時のね?アレって本当だったんだー。八幡、疑ってゴメンねー。あの頃のアンタ時々妙な格好をして変なことを呟いてるから、あの話もどうせ半分くらいは作り話だろうって思ってたよー!はっははは・・・。」

お、お母さん!酷い・・・。

 

「い、いえ!比企谷君は本当にすごいんです。私のヒーローなんです。」

「あら、そうなの?で優美子ちゃん?は、その時怪我は無かったの?」

「はい、私も友達も掠り傷一つなく。でも比企谷君があの時に膝を怪我していたようですけど・・・。」

「まー、男の子なんだし多少の怪我は良いんじゃない?それよりも、あなたに怪我がなくってよかったわ。でも、優美子ちゃんって・・・、なんだか見覚えのある顔なんだけど・・・?以前に何処かで会っていたかしらね?その髪型、よく見てる気がするんだけど?」

 

 え?

比企谷君の家の周りをウロウロしている時に見られてた?

 で、でも!

そんなの50~60回位しかしてないはず!

大丈夫だよね?

そのくらいだったら普通だよね?大丈夫だよね?

 

「ま、気が向いたらコレからもウチに遊びに来てね?私達も楽しみだわ。」

比企谷君のお母さんからは好印象?

ちょっと、髪型とか色とかで心配はしてたんだけど・・・。

 

 あと、お父さんのハニートラップじゃないのか?って小声で言ってたの聞こえてましたからね?

ちょっと、酷くないですか?

 

 

 

「うわ、これ豪華!」

小町ちゃんが感嘆の声を上げてくれた。

 あーしがお弁当に作って来たのは、サンドウィッチだ。

残念ながら、あーしには沙希のような家事スキルは無い。

ママと沙希に少しづつ教えてもらってはいるんだけど、やっぱ見栄えが良くない。

で、ママに相談して作ったのがこのサンドウィッチだ。

 調理で面倒なのは中に挟む薄焼き卵位で、ポテトサラダや葉物野菜、ハムなどを彩りよく挟みこめば殆ど失敗の余地はないハズ。

「小町ちゃん、ごめんねー。私まだ調理が上手くなくてさ?それに今の時期って食中毒とかあるから、こういうのしか作れなくてさー。」

「いえいえ、お兄ちゃんに女の子が手作りのお弁当を作って来てくれるなんて一生無いって思ってましたからねー。それにウチの家族分なんて想像出来なさ過ぎて、それだけで感動です!」

 

 幸い、作って来たサンドウィッチは全員に高評価だった。

食後には約束通り、小町ちゃんの家庭教師を3時間みっちりとやり、ぜひまた来て欲しいとお願いされたし、小町ちゃんからはコッソリと家の合鍵まで渡された。なんとお母さまの許可済みなんだそうだ。

 

 ふっふっふっふ・・・。

優美子ちゃん、大勝利!

 

 

 夕食にも誘われたんだけど、雨が降りそうな雲行きになって来たし自転車だったのであーしは比企谷家を後にした。

 

 

「三浦、色々と気を使わせてしまってすまん。でもそんなに大したことをしたわけじゃない。これ以上お前が俺に何かしようとするのは止めてくれ、ソレはお前の為にも成らないと思う。幸い俺も両親に顔が立った。もうコレを最後にしてくれ。」

 

 あー、やっぱりそう来たか。

 

 ご両親があーしを自宅まで送って行けと比企谷君を半ば叩き出すようにしてから、彼がソワソワしだしあーしもこの言葉が出てくる事を予想した。

何しろ、以前に結衣にも同じようなことを言っていたからだ。

 けれど今のあーしは立ち止まる事は許されない。

立ち止まる事は敗北に繋がると最近はヒシヒシと感じている。

だから、あーしは前に進む。

 

「は?あーしなんにも気なんて使ってないんだけど?あーしは比企谷君が好きなだけだよ?あの事故の時、三浦優美子は比企谷八幡に一目惚れしました。勝手にあーしの気持ちを語らないで?」

「え、あ?え?それ・・・・」

「うん。三浦優美子は比企谷八幡が好きです。この気持ちに嘘はないです。けど、あなたが他に好きな人が居るならそれはそれで構わない。でも、あーしの気持ちはあーしのモノ。勝手に間違いとか言わないで?」

「でも、俺は・・・。」

「だから今返事が欲しいわけじゃないの。あーしがあなたにしているのは只の好意じゃなく、愛情なの。それだけ解ってくれればそれで良いよ。今は。」

 

 花見川を渡った処で雨が降り始めたので、あーしは立ちすくむ比企谷君を残し、一目散に家まで自転車を全力で漕いだ。

 

 やってしまった。

とうとうあーしは自分の気持ちを打ち明けてしまった。

でも後悔は無い。

 

 来週からは今まで以上に彼にアプローチを掛けるんだ。

他の子には絶対に負けないから!

 

 あーしはベットの上で布団に包まり、早鐘の様に鳴り響く自分の心臓の音をいつ迄もずっと聞いていた。



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第壱拾話 NewGame 3

 

 

 月曜日。

土曜日の告白のお陰で、あーしは日曜日を一日ベットの中でモンモンと過ごしてしまっていた。

今日はいつになく、身体が重い。

それに・・・、期末試験まで後一週間。

そろそろ、クラスの中の雰囲気も定期試験モードになるんだけど・・・。

なんだろう?

ちょっと教室の雰囲気が・・・。

で、教室に入って直ぐに相模から携帯にメッセージが入り特別棟のトイレに呼び出されたんで来たんだけど。

相模と一緒に居るのは取り巻きの古淵だっけ?

「三浦さん、実は昨日の夜に匿名のメールで古淵ちゃんのトコにこんなのが来たんだよ。で、クラスの何人かのトコにも同じメールが来てるみたいでさ・・・。」

 

画像付きのそのメールを見て、あーしは絶句した。

『ヒキタニはロリコン。幼女に手を出す変質者。』

添付されている画像は、見覚えのある女の子・・・。

って、けーちゃんじゃん!

目の処にモザイクが入ってるけど、天使オーラは輝いてるよ!

やっぱ、この子は可愛いよねー。

妹に欲しい!沙希に言ったら殴られそうになったけど・・・。

ただ、比企谷君に異常に懐いてるのは心配だなー。

などと妄想していると相模の声で現実に引き戻される。

「ほら、なんかこの女の子とキスしそうな感じに映ってるでしょ?ちょっとヤバくないかな?」

「あー、けーちゃん、比企谷君にメッチャ懐いてるからねー。」

さすがのあーしもこんな小さい子にはライバル心とか嫉妬とか沸かないよ?

「いや、そうじゃなくてね?比企谷君の事を知らないクラスの人が見てどう思うかなんだけどね?」

 

あ!確かに知らない人が見たら怪しく見えるかも・・・。

でも、この写真はいつ撮ったんだろう?

比企谷君は制服姿だし、けーちゃんも保育園の園児姿だし・・・。

沙希とかは知ってるのかな?

背景はマリンピアだよね?多分。

 

「三浦さんもしかして、この女の子を知ってるの?」

「うん。沙希の妹だもん。メッチャ可愛いんだよねー。夏休みになったら一緒にプールに遊びに行く約束してるしねー。」

「なら、比企谷君も良く知ってる子なんだよね?」

「そうだけど?」

「なら、みんなから誤解される前になんとかしないとヤバくない?」

 

 あ!

 

なるほど、そうか。

悪意を持ってこういうメールを送るヤツなら、また同じようなことするかもしれないしチェーンメールの時の様に必死で拡散しようとするかもしれない。

 

「ちょっとこのメールをあーしに転送して?沙希にも声を掛けなきゃね。」

「三浦さん、どうしよう・・・。」

「相模、あんた彼の為に泥をかぶる事出来る?下手したら残りの高校生活を棒に振るかもだけど?その覚悟が有るなら昼休みに部室に来て。」

 

 あーしはトイレから駆け出し、沙希を呼び出すと雪ノ下さんの居るJ組に行った。

クラスの雰囲気がおかしかったのは、この為か・・・。

この犯人は絶対に見つけて潰す!

その為なら、雪ノ下さんともがっつりと手を組む。

 

 あーしの覚悟を見せてやる!

もう授業なんて受けている場合じゃない。

 

 

 

「おい!お前たち、なんで授業に出ない?部室で何をやっているんだ?」

時刻は丁度三時間目の授業が始まった頃だろうか?

平塚先生が授業に出ていないあーし等を探しに来た?

 今この部室には雪ノ下さんを筆頭に、あーし、沙希、姫菜の四人が居る。

結衣と戸塚、相模には事情を話してクラスの雰囲気やメールの拡散の状況を調べてもらっている。

特に相模は最近あーし等と交流が有るってことを殆どのクラスメイトは知らないから情報収集にはうってつけなのだ。

 

 当然、比企谷君は今回のメールの件はまだ知らないだろうから普通に授業を受けているハズ。

 

「平塚先生、入るときはノックをとお願いしていますよね?」

「待ちたまえ、雪ノ下まで・・・。授業中の部活動の許可を出した覚えは無いんだが?どういうつもりだ?何をやってるんだ?」

雪ノ下さんはあーし等の顔を見やると、平塚先生に今朝のメールを見せた。

「おい、このメールはどういう事なんだ?」

「画像に映っているのは比企谷君と川崎さんの妹さんです。撮影されたのは金曜日の放課後。場所はこの学校の近くのショッピングモールの広場です。これには映っていませんが直ぐ近くに川崎さんと私が一緒に居ました。」

「なるほど、ただの捏造の画像ではなくコレを撮影したのは状況を解っていて敢えてこの場面を撮影しというのだね?」

「この悪意あるメールを放置すれば先生の依頼である、比企谷君の更生は出来なくなる可能性があります。事態は急を要します。」

 

「はぁ・・・、本来ならばここまでの事件は我々教師の仕事なんだがな・・・。解った、お前たちの部活を認めよう。ただし、犯人を見つけてもお前たちが糾弾をするなよ?必ず私に報告する事。コレが条件だ。」

「解りました。お約束します、平塚先生。それともう一つお願いがあります。視聴覚室のパソコンの使用許可をお願いします。」

「視聴覚室のパソコン?」

「あー、ハイ。確か視聴覚室のパソコンは画像編集のソフトが入っているハズなんですよ。もしかしたら撮影者を割り出せるかもしれません。」

姫菜は美術部で有るけれど、デジタルイラストも描くので、そう言うことに詳しい。

 

「あー、視聴覚室の管理は・・・、鶴見先生か・・・、解った。鶴見先生には私から事情を話しておく。視聴覚室のパソコンの使用を許可する。雪ノ下、部屋のカギを取りに行こうか?」

平塚先生は、職員室に雪ノ下さんを連れて行った。

 

 

「うーん、やっぱりなぁ・・・。」

視聴覚室のパソコンには画像編集の結構高いソフトが入っているらしい。

姫菜はモニターを見つめて何やらブツブツと呟いている。

「どしたん?姫菜?」

「何か気になる事が有るのかしら?」

「この場面なんだけど?サキサキと雪ノ下さんはどの辺に居たのかな?」

「あ・・・。」

「沙希?どしたん?」

「あたしと雪ノ下さんが居ない。」

「へ?」

「やっぱりね。」

「どういうこと?」

「あたしと雪ノ下さんは先を歩いてて、この画像で言うと比企谷君とけーちゃんの奥

、に映ってる、建物の間に居るはずなんだよ。」

「え?それって?」

「みんなちょっと待ってね。」

姫菜はそう言うと、パソコンの画像を視聴覚室のスクリーンに映すようにした。

そして、画像の色々な場所を拡大して見せる。

 

「あー、あった。ほらココ。」

「ん?なにが映ってんの?」

「合成の跡だよ。こりゃフリーソフトを使ってるなぁ・・・。この建物の稜線を使って二枚の画像を合成してるねぇ、けどズレてるからこの部分を遠目に見たら少しボヤけて見えてたんだよねー。でも、これで結構な手がかりが見つかったよね。二枚目の撮影をする為には同じ場所で同じように撮影しないといけないんだけどさ?ほら、この建物、同じ建物なのに色が微妙に違うでしょ?多分、翌日とか翌々日に撮影してるよねー。だから小さい画面じゃ解らないけど大きな画面で見ると違和感がハッキリするよねー。最近は携帯用のフリーソフトも良いものが出てるけど、やっぱ本職のPCソフトには敵わないねー。」

さすが姫菜。

 じゃあ、金曜日とか土日にその場でに携帯かカメラを構えていたヤツを聞き込みすればいいんじゃね?

 

「とはいえ、目撃情報を探すのは現実的ではないわよね?防犯カメラの映像を見る事が出来ればいいのでしょうけど・・・。弁護士を通じてなら出来るかしら?」

弁護士って・・・。

まあ、雪ノ下さんの家の力を借りられれば可能なんだろううけどさ?

 

「もう少し待ってね・・・。んと・・・、ここを拡大して、フィルターを通してからCMYKと輝度を少し・・・。」

おー。比企谷君の瞳のアップきたぁぁぁぁ!

え?誰か映ってる?

 

「コレが撮影した人だよねー。元々の高画質版だったら多分顔も解ったろうけど、メールの添付用に画質がダウンしてるから解るのは背格好とか持ち物位だけどね?」

「でも、総武高校の男子でこの鞄の大きさからして運動部の部活帰りかしら?鞄が特徴あるから、撮影者がF組と絞れば探し出すのは難しくないわね?」

「だね。けどさ、一応保険を掛けておかない?もう直ぐ4時間目の授業が終わるしさあたしと雪ノ下さんでF組で一芝居打とうよ。」

あーし等は沙希の提案を聞き、準備をすると教室に向かう。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 四時間目の授業が終わると同時にあーし達は教室に戻る。

数学の先生には平塚先生から部活で授業を欠席することが、ちゃんと伝わっていたようで特に何も言われない。

 あーしはさっき相模に送ったメールを相模がちゃんと読んでいてくれたかを確認するために相模を一瞥し、さりげなくアイコンタクトを送る。

相模も周りに解らないようにコクリと小さく頷いた。

 

 作戦開始だ。

 

「ねぇ?ヒキタニってさロリコンな訳?なんか、普段から雰囲気暗いし危ないよねぇ~。ウチ、クラスから犯罪者とか出たら否なんだけど~?」

「あー、この写真ね?昨日匿名で来たんだけどさぁ~。」

古淵も調子を合わせてくれたようだ。

 

「あら?相模さん?私の大切な部員である比企谷君に何か言いたいことでも有るのかしら?」

「え?雪ノ下さん?!なんでココに?」

「私が大切な部員である比企谷君の顔を見に来るのはそんなに可笑しいかしら?」

ちょっと!

雪ノ下さん!

セリフ微妙に違ってません?

私の大切なってなんだよ!

「昨日の夜にこんな画像付きのメールが来て・・・、えっと・・・。」

「あら?この女の子。けーちゃんね?川崎さんの妹さんの。」

「え?あたしの妹?どんな写真?」

沙希も写真を覗きこむ。

 

「うーん、これ金曜日にあたしが比企谷とデートした時の写真だと思うんだけどさ?なんで、あたしが映ってないの?」

「少し待って?川崎さん。比企谷君と金曜日にマリンピアでデートしていたのは私なのだけれど?貴女はたまたま妹さんと一緒に通りかかっただけでしょう?」

ちょっと!

そもそもの台本と違うんですけど?

そこで二人で比企谷君を取り合わないでよ!

 

「でも、この写真はおかしいわね?どうして私が映っていないのかしら?それと後ろの建物の稜線が微妙にズレているわね?もしかして合成かしら?」

「あーだね。あたしも映ってないしねー。」

 

「「え?そうなの?この写真って合成?デマなの?」」

相模と古淵が見事にハモった。

 

「ええ、この写真は真っ赤なウソ。質の悪い捏造ね。まあ、これ以上私の比企谷君になにか悪さをしたら、家の顧問弁護士に出てきてもらってそれなりの報復をさせていただくのだけれど?」

「あたしも、大事な男を侮辱されたんだし、この正拳をお見舞いしなくちゃね。」

沙希はそう言うと、あーしの目にも見えない早い速度で正拳突きの構えをする。

 

「べ、別にウチたちがやったわけじゃないよ?こんなメールが来たって話だけだし?ウチたちもへんなメールが来て迷惑してるんだからね?」

 

相模と雪ノ下さん、沙希の遣り取りの間に周りを見渡してみる。

比企谷君は完全に訳が分からなくなって、石の様に固まっている。

 他のクラスの男子は・・・?

何人か反応が怪しいヤツがいるけど?

 

「あー、ちょっと?雪ノ下さん?沙希?本当に比企谷君と付き合ってるのは、あーしなんだけど?あーし、もうご両親にもご挨拶してるし?妹の小町ちゃんの専任家庭教師の座も掴んでんですけど?この前も家族みんなで一緒に食事したし?」

「ちょ、三浦!その話はココじゃ・・・。」

比企谷君は咄嗟にあーしを制止しようと再起動したが・・・。

 

「あら?ご両親と会った位で彼女宣言?案外三浦さんもお子様なのね?私は、既に彼と一緒に下着を選ぶ程の仲なのよ?この意味、解るわよね?」

「ちょ!雪ノ下!そんな事したことないだろう?みんなどうしたんだよ?俺をこのクラスから締め出したいの?いい加減に泣くよ?俺。」

「そうね?ここは外野が多いものね?ではいつもの処で一緒にお昼を食べに行きましょうか?私の手作りのお弁当を一緒に食べましょう?比企谷君?」

そう言うと、雪ノ下さんは比企谷君と腕を組んで教室を出て行った・・・。

比企谷君も既に抵抗する気力がなくなっているのか、されるがままだった。

 

 思わずそのまま見送ってしまった・・・。

 

 おい!

 雪ノ下!

 お前、役得過ぎるだろ!

 

「へ?え?え?なに?うそ・・・。」

相模ですら呆然としている。

 

 当然、のクラスの人間はどうして良いか分からない様子だが、アイツ雪ノ下さんと付き合ってたのか?とか、三浦さん、川崎さんと三股か?とかヒソヒソ話が聞こえてくる。

 

 

「はぁ・・・、優美子?結衣?お昼だし、あたし達もお昼に行こうか?」

沙希があーしと結衣に声を掛ける。

「う、うん・・・。」

結衣も魂が抜けたみたいになってるし?

 

 ってか、ドサクサに紛れて彼女宣言とか!

雪ノ下雪乃。

恐ろしい奴。

あと、沙希?

あんたもだったのか?

 

 

「な、なんか凄いことになってるけど、あのメールは嘘みたいだよね・・・。」

古淵がポツリと呟くとクラス中の女子がコクコクと頷いた。

 

 

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「おい、お前らなんの真似だ?コレってイジメじゃないのか?俺もう明日から学校に来れなくなるだろう?」

あーしが部室に入ると、比企谷君が雪ノ下さんと沙希に文句を言ってくる。

 

「なにを言っているのかしら?この男は。私と川崎さんは貴方の危機を救うべく一芝居を打っただけなのだけれど?まあ、三浦さんの暴走は予想外だったのだけれどね?とはいえ、三浦さんのお陰で貴重な情報が手に入ったのだし、今日のミッションは一先ず成功なのかしら?」

イヤ、なんだか、元々の話から大きく逸れているよ!

雪ノ下さん、ポンコツ過ぎんでしょ?

 

 

「あー、比企谷君?ごめんね、今朝さウチが三浦さんに変なメールの事で相談しててさ?流れでこういう事に成っちゃったんだけど・・・。」

再起動した相模が部室に来て事情を説明した。

 

「事情は分かった、けどだったら俺にも前もって一声掛けてくれ。この程度のメールでの中傷にはもう慣れてるんだ。お前らを巻き揉んで何とかしたとは思わない。」

比企谷君は中学時代に結構酷い誹謗中傷を浴びていたと小町ちゃんから聞いている。

だからこそ、あーしは彼がこれ以上傷ついて欲しくない。

彼の傷みの僅かばかりでもあーしが受け止められたらそれで良い。

 

「あら?ナニか勘違いしていない?コレは相模さんの依頼の一環なのよ?そんな事も解らないのかしら?」

「相模の依頼の?」

「そうよ。だから午後の授業は注意してほしいの。私が見た限りでは私と川崎さんの乱入で態度を変えなかったのに、三浦さんが割って入った時に明らかに態度が変わった男子が3人ほどいたわよ?犯人の目的が三浦さんだったとしたら、これまでの事は全部つながるわよ?」

雪ノ下さんは、あの騒動の中でクラス中の男子の表情を観察していたようだ。

「あー、そうだね。確かにあたしと雪ノ下さんの言い争いの時には態度を変えてないってことは、金曜日の事を目撃していて知ってった事だしね?」

 

 ちょ!

金曜日にあーしが知らない処でアンタ等に何が有った?

 

 あーし等は昼食を摂った後、直ぐに教室も戻った。

まあ、比企谷君はベストプレイスでギリギリまで休憩してるっていってたけどね。

 

 教室では、あーしも沙希も主に女子達から質問攻めに合った。

殆どが、比企谷君が誰と付き合ってるのかという内容だ。

 

「あー、ゴメン。あたしはアイツとは付き合ってないよ?デートも嘘。ただ、金曜日に妹と三人で一緒に居たのは本当だよ。丁度あの写真を撮られた位に雪ノ下さんとも会ったんだけどね?」

早々に沙希が女子達に種明かしをする。

やっぱりねー。川崎さんとか雪ノ下さんがあんなのと付き合う訳ないよねー。

女子達が笑いあう。

「あたしは付き合ってないけど、雪ノ下の事は知らないよ?前もららぽで腕を組んでウインドショッピングしてたしさ?」

 

ええええ!!

女子達の黄色い声。

 

「あのねー、雪ノ下さんと比企谷君は何でもないんだよ?ソコはあーしが保証するし?まあ、あーしは彼の家にも行ったけどね?」

え?じゃあ、三浦さんって比企谷君と付き合ってるの?

葉山君の事は?

「隼人?うーん、まあ話をしてて楽しい部分も有るけどさ?あーしはタイプじゃないなぁ~。偶々席が近くて良く話するってだけだよ?」

えー?お似合いだと思ってたのに・・・。

 

 あーし女子達にそういう風に見られたのか・・・。

うん。

これからは隼人と話するの止めよう。

 

でも、三浦さん特殊な趣味なの?あんなのがイイなんて。

 

「アイツの事を見下してるんなら、止めなよ?これ以上アイツを酷く言うならあたしが許さない。あいつはそこら辺の見栄えだけの男よりよっぽど良い男だよ。」

沙希のこの一言で女子達は静まった。

 

 あーし等は雪ノ下さんの計画通り女子達と昼の騒動の事で質問攻めに合い、それに答え、その間に結衣と姫菜、相模がクラスの3人の男子の様子を伺っている。

雪ノ下さんが絞り込んだ3人だ。

 

 

 午後の授業が終わり、あーし等はいつもはバラバラに部室に集合するのだが今日は雪ノ下さんからの大事なミッションがある。

 

「比企谷君。さあ、部活に行こう?」

あーしは笑顔で比企谷君の腕を取り、そのまま腕を組んで教室を一番に出る。

一連の騒動の犯人の目的があーしならば、この瞬間。

ハッキリと態度に出るはずだと。

 

 

  ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 コンコン。

ノックの音。

「どうぞ。」

雪ノ下さんの凛とした声に反応して戸が開くとやって来たのは、あーしには意外な人物だった。

「やはり、来たのね?葉山隼人君?」

「え?隼人君がなんで?」

結衣がびっくりしている。

雪ノ下さんはこの事を予想していたようだけど?

どうして?

 

「あなたの処にもメールが来ていたのよね?葉山隼人君?」

「え?」

「どういう事?葉山君?」

 

「しっかり見透かされてたか・・・、さすが雪ノ下さんだ・・・。」

隼人は新しく買い替えた最新のスマホの画面を皆に見せた。

 

『葉山隼人、うっとおしい取り巻きを上手く蹴落として三浦の横の席を独占したかったのだろうけど、残念だったな?けど、お前はもうお終いだ。』

 

「なんなん?コレって相模に来たのと同じような内容じゃん?」

「え?相模さんの処にもこんなメールが来てたのかい?」

「うん、先週なんだけどさ・・・。葉山君のは・・・、金曜の放課後・・・?」

 

 やっぱり犯人の目的はあーし?

あーしに近づきたいってのが目的なん?

 

「葉山隼人君?これでも未だみんな仲良くとか言ってられるのかしら?あなたの周りは疑心暗鬼が渦巻いていて誰もが他人を疑っているのよ?」

「そ、それでも俺は・・・。」

「あら?ここまで来ても未だ懲りないのかしら?」

「・・・。」

「まあ、もういいわ?犯人の目星は付いたし、平塚先生にも報告済みよ。もうこんな馬鹿なことは二度としないでしょうから。良かったわね?葉山隼人君、あなたが望む穏便な収束よ?」

 

「こうなる前に止めたかったよ・・・。俺なりに頑張ったんだよ・・・。」

隼人はチェーンメールの事件以来クラスの雰囲気を良くしようと頑張っていた。

 けど、犯人を探して止めさせるのでは無くクラスの不満を取り除くことで犯人の心変わりを望んだ。

結果、事件は水面下でどんどん大きく、陰湿になっていった。

 

「俺はまた間違ったのかい?雪ノ下さん・・・。」

「そうね、全く成長していないわね。収束だけを望むなら、貴方が全ての泥を被ってしまえば、ここまで酷くならなかったわよ?犯人は貴方を三浦さんから遠ざける事が元々の目的だったのだし。まあ、でも直ぐに次の事件は起きたでしょうから泥の被り損ではあったのだけれどね?」

「比企谷の事かい?」

「そうね、多分犯人は何処かで三浦さんと比企谷君のデートを目撃したのでしょうね?おそらくは相模さんと貴方へメールを出した後にね?で、慌てて比企谷君の事を貶めるメールを匿名で送ったのでしょうね。もしかして初めに写真を撮ったのは只の偶然か私か川崎さんを撮りたかったのかもしれないわよ?」

 

「もしかして雪ノ下さんは犯人が誰か判ったの?ウチ被害者だし教えて欲しいんだけど?文句も言ってやりたいし!」

「そーだし!雪ノ下さん、教えてよ!」

 

「でも、それは葉山隼人君が望むことではないのでしょうしね?」

「雪ノ下さん!ウチ被害者だよ?文句を言う権利は有ると思うんだけど?」

「まあ、まてよ。相模。雪ノ下、それは平塚先生からのお達しか?」

 

 あーしもなんとなく犯人は絞れて来てはいるけれど、このままっていうのは少し気持ちが悪いし相模の言う事ももっともだ。けど、比企谷君は更にその奥の事情を把握したようだ。

「け、けど!比企谷君だって被害者じゃん?ソレでいいの?」

あーしは未だ納得いかないんだけど?

「俺は元々あの程度の中傷メールでは傷つかん。それよりお前たちの暴走の方が俺への影響がデカイからな?俺、明日から学校に来たくないまである。」

 

「いや、比企谷はもうリア充の王で良いんじゃないのかい?雪ノ下さん、優美子、結衣に相模さん、川崎さんと総武の美女達からアプローチされているんだろう?もしかして他に狙ってる女子も居るかもしれないしさ?」

「おい葉山、俺はお前達リア充とは対極の存在なんだ。一緒にするな。」

「ラノベとかならハーレム設定って言うんだろう?うらやましいよ。俺がいくら優美子にアプローチを掛けても全くなびかない訳だ。」

「え?葉山君って三浦さんを狙ってたの?」

「いい雰囲気には成ってるとおもってたんだけどなー。今回の犯人は許せない処も有るけど、犯人の気持ちが今解った気がするよ。いや、まあ完敗だ。」

隼人は部室に来た時の暗い顔と違ってさわやかな笑顔で『リア充爆発しろ!』と言い放ち笑いながら部室を出て行った。

 

 

「あいつ、いつか〆る。俺がコイツ等と釣り合う訳がないだろうに。」

一人比企谷君だけが隼人に恨み言を言ってるけど?

「まあ、葉山君も少しは今回の事で懲りたのではないかしら?彼は世界は自分の周りを回っていると思っている節があるもの。良い教訓だったはずよ?他人から見たら自分は只のわき役でしかないって事を少しは理解できたのではなくて?」

 

 

 

 この、総武高校は偏差値もそれなりに高くて有名大学への進学率も九割を超える。

おかしなメールの事件は迫りくる定期試験への追い込みで沈下し、期末試験が明けたころにはクラスの中の雰囲気も少しづつだけど良くはなって行った。

 

 あーしは休み時間になると比企谷君の席の隣を陣取り、ラノベやアニメの話をするようになった。

 その中には青砥君や小岩君が話に混じることもある。

そして姫菜も。

 戸部も時々は話に乗っかり鬱陶しいけど、そんな時間も悪くない。

まあ、J組の雪ノ下さんまで乱入するのはどうかと思うけど?

 

 チェーンメールの事件が発端の今回の事件。

色々と禍根はあるけど、あーしと比企谷君の距離を縮める切っ掛けになったのならば、それは良い通過点だったのかもしれない。とあーしは思えるようになっていった。

 

 

「もう直ぐ梅雨も明けるし、夏休みだねー。夏休みと言えばさ?やっぱ『ななはちゃん』の全話視聴フルマラソンだよね?」

「おー!マラソン?夏に?やっぱ、優美子ぱねーわ。」

「おい戸部?マラソンの意味が違うけどな?」

比企谷君も少しずつ戸部やクラスの男子と話をするようになっている。

 

 そしてあーしは、この週末に小町ちゃんの家庭教師として比企谷家にお泊りの予定だ。

 

 あーしは密に、この夏への期待で胸を膨らますのだ。



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第11話  Vacation 1

 

 

 終業式を翌日に控えた日の放課後。

奉仕部の部室には平塚先生が来ていた。

この先生、顧問の割にはほとんど部室に来ないよね?

まあ、その方があーし達も気兼ねなく過ごせるんだけどさ?

 

「明後日から夏休みなんだがな?顧問として君たちの予定を把握しておきたいのだが皆の予定を教えておいてくれないか?」

「急にどうしたのですか?平塚先生、これまでは殆ど放置だったと思うのですが?」

「まあそういうなよ、雪ノ下。私だって偶には顧問らしいこともするさ。」

 

 

「このノートパソコンのエクセルで奉仕部のカレンダーを作った。各自の予定をこの表に打ち込んでくれ。」

「予定って何を書けばいいんです?俺、基本は妹の受験勉強を見てやらないと行けないから外出の予定とか、あんま無いですよ?」

「そうですよ。あーしも小町ちゃんの家庭教師を任されてるから夏休みは毎日比企谷君の家で過ごすだけですけど?それを書けばいいですか?」

あーしは夏休みの初日から終わりの日まで全部比企谷君の家と入れた。

 

「あー、いや・・・、ほら・・・、お盆には親戚の家に行かないといけないとかも有るだろう?そういう外せない用事を把握しておきたいんだよ。」

 

「そうね?私も今大切な用事が出来たわ?この夏休みは小町さんの為に丸々時間を使わないといけないわ?」

雪ノ下さんも初日から終わりまで比企谷君の家と書き込む。

 

「あー、あたしも小町ちゃんの勉強を見てあげよっかなー。」

「いや、由比ヶ浜は遠慮してくれ。小町を浪人させたくない。」

だよねー。

 

 ほんと、どうやったら結衣が総武に入学できたか解らない。

そのコツが解れば小町ちゃんの受験も安心出来るんだけど?

 

「あたしは毎日バイトと予備校。あとは下の子たちの面倒を見るだけで出かける用事は無いよねー。」

「あ、でも沙希?けーちゃんと一緒にプールの約束してるしさ?何時にする?この予定表に入れておこうよ。」

「そーだね、優美子の都合が悪い日は有る?」

「あーしは何時でもOKだし?小町ちゃんも気分転換に誘うとして土日は混むから平日の何処かにしよう?」

「あ。あたしもソレ行きたい!何時にする?八月のお盆休みの時期は家族で旅行が有るから、その時だけは外して欲しいかな?」

結衣も話に乗って来た。

「あ、あの!ウチも混ぜて?ね?いいよね?」

相模も必死だ。

明日の終業式の後に皆で水着を見に行く約束もした。

今夜はちょっとパパに臨時のお小遣いをねだろう。

「それで、比企谷君はどうなのかしら?念のために聞くのだけれど、どうしても都合の悪い日は有るかしら?」

そうだよね?比企谷君が来られない日には絶対しちゃいけない。

大切な水着回だもん。

 

「あー、俺は第三金曜日は不味いな。通院だし。あと、第一金曜日もだな。」

「比企谷君?脚はまだ疼くの?無理はしないでね?」

雪ノ下さんがさりげなく気遣うけど、脚の事を何時知ったの?

そう言えば、以前から雪ノ下さんが比企谷君を引き攣った顔で見ていたよね?

 

「いや、この処は全く問題ないんだ。そういえば六月からコッチ、疼かなくなったかな?まあ、色々それどころじゃなかったってのも有るんだろうけどな。」

 

「え?比企谷君脚の具合悪いの?」

相模がびっくりして突っ込む。

「あー、高校の入学直後にちょっと怪我をしてな?暫く入院してたんだわ。一応完治はしてるって医者からは言われてるんだけど、時々怪我したところが疼く事があって

な?精神的なモノじゃないかって言われてて、確かにこの二か月ほどは殆ど疼かないんだよ。本当に完治してんのかも知れん。」

「えー!走ったりしても大丈夫なん?知らなかったからさ、テニスの時はゴメン。」

「いや、気にするな。大丈夫だ。多分。」

「比企谷君?でも病院には必ず行くのよ?部活とかそういうのは気にしなくても良いのだからね?」

「ああ、解ってるよ。」

 

 比企谷君と相模、雪ノ下さんの会話に結衣の顔が強張っているので、あーしはそっと結衣の手を握る。

 多分、結衣が罪悪感を持たないようにする為に比企谷君は強がって言っているだけかもしれない。結衣はそう考えているハズだから。

 

 

「だったら、比企谷君がもっと元気になるような水着を買うからね!楽しみにしててよね!」

相模のこの一言に奉仕部内は騒然とした。

 雪ノ下さんがスマホで水着のカタログを見せて、どういうのが良いか?好みの水着は有るのか?などとしつこく聞いている。

挙句に・・・。

「結衣ちゃんはダボダボのワンピースの水着以外禁止にしよう!」

と相模が暴走しだす。

「あ、あたしだって大人っぽい水着で比企谷君を悩殺するんだからね!」

結衣もとうとう大胆発言をする始末。

 

 

平塚先生は一人置いてけぼりで悲しそうな表情になっている。

「そ、そうか・・・。比企谷?そういう都合が悪い予定を知りたかったんだよ。お前達のリア充ぶりを把握したかったんじゃないからな?他にそういう都合の悪いタイミングとかしっかり記入してくれたまえよ?」

平塚先生、ちょっと涙目だよ?

大丈夫なん?

平塚先生も水着になったらその辺の男どもが放って置かないからね?

 

「あ、じゃあ予備校の日とかも記入した方がイイですか?」

「うむ、そうしてくれ。」

「予備校は通常授業の他に夏期講習もあるからなぁ・・・、こうやって予定を一覧にすると、俺達ほとんどが勉強漬けだよなー。」

因みにあーしは予備校の時間割も比企谷君とほぼ同じにしている。

いや、志望校に合わせてのカリキュラムで講義を取るとほぼ同じになっただけだよ?

 

あーし達が記入した予定表を見て平塚先生は・・・、

「お、お前らなぁ・・・。もう少し勉強以外の予定はないのか?高校生だろ?夏休みの部活とかはどうするんだ?」

「あー、でも部活に出てくると小町ちゃんの家庭教師出来なくなるんで、あーしはパスします。」

「ええ、私も小町さんの受験対策が最優先ですので。」

「ねぇ、優美子?雪ノ下さん?ウチの弟の大志も総武目指してるからさ、一緒に見てやってくんないかな?なぁ?比企谷?良いだろう?」

「いやだ、アイツをウチに入れるのは無理だ。バレたら父ちゃんに後で折檻されるだろ?俺が。」

 

「なるほど、ならば私のマンションで勉強会をしましょうか?このメンバーに小町さんと大志君とでね?由比ヶ浜さんも期末試験では全科目平均点を上回ったのだし、もう少し頑張ってみましょうか?」

雪ノ下さんは親元を離れて一人暮らしをしているらしい。

結衣は何度か泊まり込みで勉強を見て貰っていたようだ。

 

「なんか、奉仕部の合宿みたいだね!」

結衣はなんか勘違いしてない?

 

 

 

「はぁ・・・。もういい・・・。お前らなりの青春を過ごしてくれて・・・。」

平塚先生はゲンナリして部室を出て行った。

結局何がしたかったのだろう?

あーし達の予定を知りたがったようだけど?

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 翌日。

 

「えーっと・・・、皆の予定は表にまとめてくれたんだけどな?実は七月の末にボランティア活動の依頼が有ってな?どうだろうか?都合は付かないか?」

平塚先生は頬をヒク付かせながら相談を持ち掛けた。

「へー、二泊三日でキャンプ体験かぁ・・・。小学校の時にやったよねー。懐かしいなー。」

結衣は乗り気だけど?

「あたしはその日程だと最終日に模試があるね。」

「あ、模試!予定表に入れるの忘れてた!」

あーしも比企谷君と一緒に受ける予定だ。

「そうだったわね。模試はキャンセルできないわね。私も予定表に入れるのを忘れていたわ?」

「はー、雪ノ下さん、三浦さん、川崎さん、比企谷君は模試かぁ・・・。ウチその辺は全然だったわー。予備校も冬位からって考えてたけど・・・。」

相模?あんた結衣と同じ思考で大丈夫?

 

「じゃ、じゃあ、比企谷はボランティア活動は出来ないのか?」

「ええ、その日程だと俺も模試が受けられなくなりますしね。申し込んだの先月なんで、こういうのは少なくとも一か月以上前に言っておいて貰わないと都合付きませんよ?サボったのバレたら親にどんな目にあわされるか・・・。」

「そ、そうか・・・。そうだよな・・・。全くその通りだよ・・・、もう・・・。」

平塚先生は泣きそうな顔をしながら部室を出て行った。

 

 

 結局、そのボランティアには結衣と姫菜、相模、古淵の四人が参加する事になった。

ってか、こんな直前にそんな依頼とかどうなんだろうね?

平塚先生は内申点を考慮するって言ってたけど、大丈夫なんかな?

 

 学校を出ようとしてグランドをふと見ると平塚先生がサッカー部の処に居る。

あー、これはあれだな。

 ボランティアの頭数が足らないからサッカー部に泣きついてるんだろうな?

もしかして上から急に言われて、四苦八苦してるのかも?

 いやー、教師も辛い仕事なんだろうね?

あーし公務員志望だけど、教師は除外しとこ。

部活の受け持ちとかサービス残業が多そうだもんねー。

あーしには無理ゲー。

 

 

「優美子さん!みなさん、お招きいただき感謝です!」

小町ちゃんとはプレナで待ち合わせしていた。

「この子が比企谷君の妹さん?はー、かわいいねー。」

「あ、初めまして。兄の妹の小町です。以後よろしくお願いします。」

「あ、ウチ相模南です。比企谷君には中学の時に助けて貰ってね?だから、小町ちゃんはウチの事をおねーちゃんと呼んでね?」

 おい!

だからってなんだよ!

「いや、小町ちゃんはあーしの妹なんだし?アンタには弟がいるからいいじゃん!ソレで!」

「あら、おかしいことを言うのね三浦さん?小町さんは近々に私の妹になるのだけれど?なにか勘違いしていない?」

 

「おい。お前らなぁ!小町は誰にもやらん。小町は俺だけのモンだ。」

比企谷君の独占発言には小町ちゃんもドン引きだ。

「おにーちゃんさ、そういうの外で言わないでって言ってるよね?キモイからさ。」

何気に小町ちゃんキツイ。

比企谷君が涙目だよ?

 でも小町ちゃんも、しかし兄がなぁ・・・いきなりリア充になるとは・・・。とか呟いてるよ。

なんだかんだでこの兄妹は仲がいいよね。

まだ、あーしじゃ入り込めない処はあるんだよね。

 

「じゃあ、小町の事を頼むぞ?三浦。雪ノ下が変なことを言ったら必ず訂正しておいてくれ。アイツは色々前科があるからな?」

雪ノ下さんは水着を比企谷君に選んで欲しがったけど、そんなことをしたら後で酷い事になるのは明白だ。

 あーしも必死に止めた。

沙希の、当日見せるサプライズ感という言葉に納得して引き下がったんだけどね?

 

 

 皆で行くプールは八月の第一月曜日にした。

比企谷君の、小町ちゃんと大志君への勉強会参加のご褒美も兼ねていて、その代わり

に二人には七月中に先ずは宿題を終わらせておき、残りは受験勉強にシフトさせようという案を採用した。

 

「じゃあ、明日から雪ノ下の家に朝九時に集合で良いんだな?」

比企谷君は明日の時間を確認するとそのまま帰っていった。

 

 さて?

どんな水着が比企谷君の好みなんだろう?

姫菜はスク水最強説を唱えていたけれど?

胸の処に平仮名で『ゆみこ』と書いたゼッケンを貼るのがポイントなんだとか?

ホントに比企谷君が喜ぶならやるんだけどさ?

そういうのは、今度二人きりの時の方がイイかもしれないよね?

一応、中学の時の紺のスク水を探しておこう。

 

 で、さてさて、あーしは今日どんな水着を選ぶのでしょうか?

それは、次回のお楽しみに!

 

 

 

 翌日からは雪ノ下さんのマンションで勉強会が始まった。

朝九時から夕方六時まで途中の休憩を入れて約七時間のカリキュラムだ。

 参加者は、雪ノ下さんを筆頭に比企谷君、結衣、小町ちゃん、大志君にあーし。

沙希も来てほしかったけど、下の弟妹の世話が有るのとアルバイトの都合で土日だけの参加となる。

あと、姫菜も美術研究所の合間に週に二回参加をする予定だ。

 

 相模?

そんな子知らないよ?

 

「ちょっと!雪ノ下さん、三浦さん、酷いよ!ウチにも勉強を教えてよ!」

あー、やっぱ相模も参加する様だ。

 

 小町ちゃんと大志君は先に夏休みの課題を終わらせるようにしながらも、合間を縫って雪ノ下さんの手製の問題集も解いている。

結構ハードなカリキュラムなんだけど二人とも必死で頑張っている。

 そんな二人を労う様に、お昼は雪ノ下さんが毎日絶品手料理でもてなしてくれているんだけどさ?

 あーしヤバイよね?

雪ノ下さんの料理がマジ旨いのよ。

嫁力で、あーし負けちゃってるよ?

 

 あーしの永久就職活動の最大のピンチかも!

だって、小町ちゃんの胃袋も掴まれたみたいだし?

 

 

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「みんな朝ご飯はちゃんと食べてるん?」

連日の勉強会は結構ハードだし、何よりも結衣や相模は雪ノ下さんから宿題まで出される始末。

 コレをちゃんとやってこないと、雪ノ下さんの冷気スマイルが炸裂する。

そんな訳で、朝からヤツれているメンバーが何人か・・・。

あーしは朝食代わりにと、サンドウィッチを作って持って来るようになった。

だって、あーしが人並みに作れるのって今はコレだけだし?

 

「では、朝だしコーヒーを入れましょうか?」

雪ノ下さんが豆を挽いてコーヒーを入れてくれる。

雪ノ下さんって何時も紅茶を飲んでるから、家でも紅茶しか飲まないのかと思ったらコーヒー豆まで有るんだよねー。

 しかも、コーヒーも美味しいの!

ウチなんかインスタントしかないよ?

 

「優美子さんのサンドウィッチ美味しいです!朝から元気が出ます!」

小町ちゃん、ありがとう。

「雪ノ下もだけど、三浦も悪いな?この人数分だと大変だろう?明日からは俺も手伝うわ。」

「あ、じゃあ小町も!」

「いや、お前は勉強に集中しろ。」

「だよ?小町ちゃん。この合宿は小町ちゃんと大志君の為なんだからね?お返しは総武に合格してからね?」

「そうね、私もこういう合宿みたいなのは初めてだから凄く楽しいのよ?大志君も気にせずね?」

「はい、ありがとうございます。オレ、頑張って総武に合格します!」

こうして毎日が過ぎてゆく。

 

「そういえば、明日から結衣と相模はボランティア活動だよね?調子に乗って怪我とかしないようにね?」

「もー!優美子ってばママみたいなことばっか言うんだからぁ!」

「相模も由比ヶ浜が暴走しないように注意してくれよ?特に飯盒炊爨の時な?」

「比企谷君も酷い!」

まあ、結衣もお菓子は結構作れるようになってるんだけどねー。

 

 

七月の最終週。

 

 小町ちゃんも大志君も夏休みの課題は終わり、受験対策の勉強にシフトしている。

特に、雪ノ下さんがこれまでに作って二人にやらせていた課題で、二人の弱みと強みが把握できていたのは大きい。

雪ノ下さん、比企谷君とあーしの三人が二人を持ち回りで個別指導する。

 雪ノ下さんは理詰めで、何が解らないかを自分で気付かせるよう指導しているし比企谷君は『自分自信で解らな処が解らない』という根本の問題点を把握して相手に気付かせる指導が得意のよう。

 この対照的な二人の指導は、絶妙なバランスで自分の考える力を育てているようだ。

小町ちゃんも大志君も伸びる時期なんだろうけど伸び幅が大きい。

教えているあーし達もやっていてメッチャ楽しいんだけどさ?

 

 考えたら・・・、あれ?

あーし、あんまり役に立っていない?

 

「大丈夫です!優美子さんは癒し枠です!優しいお姉さん枠です!」

小町ちゃんも大志君もそう言ってくれるんだけどね?

いまいち役に立っている気がしない。

 

「けーちゃんもまた遊んで欲しいって毎日言ってます。」

そうだった!

模試が終わって八月になったらすぐにプールだもんね?

あーしも勉強を頑張らなきゃね?

 

 

「あー、八月と言えば・・・。」

「ん?どうしたん?小町ちゃん。」

小町ちゃんが何かを思い出したようなんだけど・・・。

「おい、小町。余計なことは言うなよ?」

すかさず比企谷君から制止が入る。

「えー・・・。」

小町ちゃんは言いたそうにウズウズしてるんだけど?

「小町さん?今は課題に集中しましょうね?もう少しでお昼だからね?」

「そうだぞ?お盆前にはお前たちも模試が有るだろう?まだまだ気を抜くなよ?」

「比企谷さん、もう少しでお昼の休憩だから頑張ろうよ?」

「そだねー。うん、集中しなきゃね!」

 

 

「あー!今日も終わったー!」

「小町さん、大志君、お疲れ様。明日は私達が模試だから勉強会はお休みだけれどもしっかりと家で復習をしておいてね?日曜日には小テストを行うわよ?」

「雪乃さん、容赦ないなー。」

「でも、俺は今伸び期なんで頑張るっす!で、来週の月曜日はプールっすよね?俺それを励みに頑張っす。」

 

 小町ちゃんと大志君は先に帰って行った。

あーし等は明日の模試の為の勉強をココでもう少し頑張るつもりだ。

「あー、そういえばさ?小町ちゃんが午前中に言いかけてた『八月と言えば』ってさなんだったん?」

「ん?ああ、何でもない。気にするな。」

「そうよ?今は明日の模試の事を気にかけましょう?三浦さん。」

この模試の結果次第で比企谷君は私立文系から国公立文系へコース変更をする。

 当然、あーしも狙っているのは国公立の文系だ。一応地方公務員志望だしね?

千葉大に行けたら、近いから良いんだけどねー。

 

 あー、でも比企谷君と同じなら地方の公立でもいいかな?

一緒に住んで、同じ大学に通うとかさ?

雪ノ下さんなら東京の方の大学へ行けるだろうし?

 

 で、翌日の模試では比企谷君とあーしは結構いい手ごたえを感じた。

雪ノ下さんもだそうだ。

 

 考えたら、こういう夏も良いのかもしんないね?

この前のデートの後は少し比企谷君とギクシャクしたところも有ったけど、変な騒動のせいで返って距離が縮まったしさ?

なんか、少しずつだけどあーしの恋も順調なのかも?

 

 

 模試の帰り道、夕方の五時だとこの時期はまだ太陽が高くて外を歩くだけで汗が止まらない。

あーしと比企谷君、雪ノ下さんの三人は結衣と相模にメールで呼び出されて、マリンピアそばのサイゼに向かっていた。

なにやら緊急の相談が有るって事なんだけど?

 

 

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その少女の名前は『鶴見留美』小学六年生。

 千葉村での林間学校に参加していた子だ。

 

 大人びた佇まいはドコか雪ノ下さんを彷彿させる。

何も知らずに見たら、姉妹と思うかもしれない程に雰囲気も容姿も似ている。

彼女はクラスの誰とも話さない。

クラスの子達も彼女が居ないかのように振舞っている。

 

 ウチがそれに気が付いたのは彼を知っていたから。

そう、比企谷君と同じ寂しい目をしていた。

だから、手遅れになる前に何とかしないとイケないと肌で感じていた。

このまま放置すれば大変なことになる。

 

 この子の目を彼の様に腐らせてはいけない。

ウチはこの子をなんとか助けたかった・・・。

けれど、事態はどんどん悪い方に転がり出した。

 

 

 

「って!おい相模。どうしてソコで俺をディスらないといけない?泣くよ俺。」

 

 

 あーし達は稲毛海岸駅に近いサイゼリアに居た。

結衣と相模から相談したいことが有ると呼び出しを受けたからだ。

姫菜と古淵さんは帰りの重苦しい空気のせいもあり、車酔いが酷くて一足先に帰宅したのだそうだ。

 

 相談の内容は一人の少女『鶴見留美』ちゃんの事。

鶴見?

 

 その子はクラス内でハブられていて、林間学校の間じゅうを独りで過ごしていたそうだ。一応は班での行動が基本なのだそうだけど、班の誰とも話をしないし、班のメンバーも居ないかのように振舞っていたそうだ。

 初めにその違和感に気が付いたのが相模。

そして次に気が付いたのは結衣と姫菜。

 とはいえ、小学六年生ともなると扱いは微妙な時期だ。

あーし達もそうだったけど、この頃の子らは結構大人びていてズルい。

女の狡さが身に付き始める頃なのだ。

 

 正攻法での対処ではかえって孤立してしまうのは明白だ。

だから、相模と結衣は見守りつつ切っ掛けが無いかを慎重に探していた。

 飯盒炊さんでは、敢えて留美ちゃんを皆と引き離して雑用を言いつけたそうだ。

包丁を持っている時に騒動が起きたら大変だしね。

さすが、二人とも比企谷君を普段からよく見ている。

ボッチの子への対処方法は適度な距離感が大事。

 それと、周りの子にも留美ちゃんを特別扱いしていることが解らないようにしないと行けない。

 

 けど、その微妙な空気感が解らないヤツが居る。

まあ、戸部と隼人とバスケ部の二人なんだそうだけどね?

 

 林間学校のボランティア活動には結衣達四人以外にサッカー部から戸部と隼人。バスケ部からは三郷君と八潮君の二名が参加していたそうだ。

平塚先生、よっぽどメンツ集めに苦労したんだろうねー。

 よりによって男子のメンツがこの四人とは・・・。

まあ、この四人なら強く押せば逆らえないだろうしなんだけどさ・・・。

 

 結局はこの男子の人選が大変な事態を巻き起こしたのだそうだ。

 

 あー、あーし達その場に居なくて良かった。

まあ、比企谷君と雪ノ下さんが居たら解決できたかもしんないけど?

 ただ、斜め下の解決案で下手したら今回より酷い問題に成ってたかもしれないしね?

 

「要約すると、その鶴見留美さんを皆の輪の中に入れようとして葉山隼人君がお節介を焼いて、空回り。業を煮やしたバスケ部の三郷君と八潮君が小学生に暴力を振るいかけてしまい、厳重注意となってしまったのね?で、肝心の鶴見留美さんは更に立場が悪くなったと言う訳ね?」

「うん、そんな感じ・・・。」

結衣は元気なく返す。

「でね?その子さ、結衣ちゃんが前に住んでた団地に住んでる子らしいんだよ。この近くの団地なんだよ。」

「いじめってた他の女の子たちも近くに住んでるんだよね?この近くの小学校なんでしょ?なんとかしてあげたいけどさー、あーし達には難しくない?」

「う、うん・・・。」

「どしたん?結衣?」

「団地の子供ってさ、ちょっとした閉鎖空間って言うのかな・・・、小さい時から一緒に遊ぶ事も多いからさ、ハブられるとその後が辛いんだよね・・・、だから、あたしも何時もビクビクして空気読んで、オママゴトでもいつもポチの役とか無難なのをやってたんだ・・・。高校生とかになれば学校も別れるから良いんだけどさ?それまでは辛いと思うんだ・・・。」

「けどなぁ・・・、俺達がそのボランティアに参加していればチャンスは有っただろうけど既に接点がないんじゃないのか?コレもう詰んでんじゃね?」

「相模さん?相談に来た位なのだから、その鶴見留美さんの連絡先位は聞いているわよね?」

 

「うん。一応初日にコッソリ聞けたよ?あとイジメていたグループの子達は葉山君とはアドレスの交換をしてたよ。」

え?相模って意外に有能だったりする?

「相模、お前良くそんな事に気が付いたな?」

「あー、前に比企谷君の連絡先を聞かなかったのを後悔したからねー。念のために聞いておいたんだー。あ、ついでに比企谷君のアドレスとかも教えておいてよ!」

 

 ほい。と言ってまたもや比企谷君は携帯を相模に渡してしまう。

ちょっと!軽すぎない?

貴方に告白した女子が傍にいるんですけど?

 

「えへへ・・・。比企谷君の番号とアドレスだ・・・。」

相模!

自分の携帯を胸に握り締めて、その乙女の顔を止めろよ!

 

 

「しっかし、どうやったら関係を改善出来る?恐らく数少ないチャンスを壊しちまってるぞ?葉山と三郷、八潮は・・・。」

「そうね?関係を改善するにしても壊すにしても、切っ掛けが無くなっているわよね?小学生の夏休みって登校日とか、プールの開放とかじゃなければ皆と会わないで過ごせるのだしね?」

「だろ?もう打つ手はないな・・・。」

 

 まったく、運動部の人間って少し位成績が良くても基本は脳筋なん?

確か隼人って、一年の時からずっと学年二位って言ってたよね?

 

「じゃ・・・、じゃあ、せめてウチらが一緒に過ごして少しは気持ちを落ち着かせるとかは?」

「お前、小学生が高校生と一緒に遊んでも、向こうが気を遣うだけだろ?俺だったら家で独りでずっと過ごす方がイイけどな?」

「でも、イザという時に相談できる人が居ると解っていたら気分は少し楽になるんじゃないかなー。」

 

 多分、留美ちゃんは強がっていても心の底では誰にも相談出来ず、寂しいはずだ。

 後ろで支えてくれる人が居ると知っていたら、最悪の事態だけは回避できると思うんだ。

 

 結局、今回の件については誰もいい案を思いつかなかった。

 

 結衣と相模がなんとかしたいと言い張るので、一先ずはその子を月曜日のプールに誘って見たんだけど、隼人が居ないのなら行ってもいいとの返事だった。

よっぽど隼人には懲りたんだろうねー。



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第12話 Vacation 2

 

 

「やっはろー!留美ちゃん!」

結衣が気を使ってるのか元気に留美ちゃんを迎える。

結衣?やっはろーってなんだし?

 

 そうこうしていると今日のメンバーが集まった。

ココは稲毛海浜公園の多目的広場入り口。

 

 そう、あーし等の学校の近くなんだけどね?

ここの公園にあるプールは海に出る事も出来て便利なんだよ。

難点は東京からも近く、人が多い事。

比企谷君は人だかりに既に少しゲンナリしている。

 

 今日集まったメンツは雪ノ下さん、比企谷君、小町ちゃん、結衣に相模、沙希は姉弟が総出で四人とあーし。ココに留美ちゃんが加わり総勢で十一人だ。

しかし男子率が低い。

男子って比企谷君と大志君位だもんね?

 沙希の下の弟君は小学三年生で殆どノーカンだし。まあ、留美ちゃんとは歳が近いからそれはそれで良かったかも?

 

「こんにちは、鶴見留美です。」

留美ちゃんは皆の前で礼儀正しくお辞儀をしてあいさつした。

親御さんの躾が良いんだろうってのは、そのしぐさで解る。

ホントにミニ雪ノ下さんだね・・・。

 

 

 

「じゃーん!お兄ちゃん見てみて!小町の水着どう?可愛い?」

「あー、はいはい。可愛い、可愛い。」

「あー、もういいや、その適当な返事・・・。」

小町ちゃんも水着は結構真剣に選んでたんだけどね?比企谷君の反応はイマイチだ。

まあ、兄妹って案外こんな感じなのかな?

 

「比企谷君?私の水着は如何かしら?」

雪ノ下さんは白のワンピースで、パレオが付いているタイプ。

細身のスタイルが引き立ついで立ちだ。

「あ、ああ、似合ってる・・・。」

 

「比企谷君?あたしのは?」

結衣はオレンジのビキニだ。元々胸が大きくウエストもそれなりに細いからビキニは映える。

それに少し、はにかむ表情が妙に色っぽい。

「え、ああ・・・、おお・・・。似合ってる・・・。」

比企谷君は小町ちゃんにさんざんと「女の子の水着を誉めろ」と念押しされていたのを知っているので、比企谷君のドギマギしながらも必死に感想を言っている姿が微笑ましい。

 

 多分、今すぐにでも家に帰りたいって思ってるだろうなぁ・・・。

 

「比企谷君・・・、ゴメンね?ウチさ、良い水着を選べなくてさ・・・。」

相模!

 

 コイツ!

やりやがった!

姫菜の言葉を正面から受け止めたヤツがココに居たよ!

それ、あんたの中学の時のスク水だよね?

胸に『みなみ』って平仮名のゼッケンとかさ!

完全に狙ってるよね?

 ちょっとサイズが小さくなった紺のワンピースの水着は、身体の線が強調されていて妙な色気さえある。

その証拠に比企谷君は相模をみて真っ赤な顔で何も言えなくなっている。

 まぁ、紐みたいな変な水着を買おうとしてたから、あーし等も必死に止めたけどさ?

ホント、コイツも抜け目ない・・・。

 

「はーちゃん!けーかの水着、可愛い?」

けーちゃんはフリルの付いたピンクのワンピース。

「おー!けーちゃん!メッチャ似合ってるぞー。」

ある意味、今日一番の良い反応。

比企谷君?

ホントはロリコンなの?

 

「けーちゃん?ちゃんと準備運動を忘れないでね?」

沙希は黒のビキニ。

沙希もスタイルは結衣に負けていない。

 むしろ身長もあり、すらりとした長い脚にキュッと締まったヒップのラインが大人びていて女のあーしですらドギマギしそうなんですけど?

あーしもスタイルにはそれなりに自信が有るんだけど、総合的に見たらヤッパ沙希には負けてるよね?

「あ、川崎も黒の水着が似合ってるな・・・。」

「あ、アリガト・・・。」

沙希も少し頬が赤い。

 

 うーん・・・。

あーし、身体に巻いたバスタオルを取れないよ・・・。

なんだか、自信が無くなって来た・・・。

着替えるまでは、あーしもそれなりに自信が有ったんだけどねぇ。

「優美子さん!勿体ぶらずに!」

小町ちゃんは、そんなあーしをじれったく思ったのかバスタオルを剥ぎ取る。

「あ!」

思わずあーしは悲鳴を上げる。

 あーしの水着はごくありふれたピンクのビキニでパレオが付いているタイプ。さすがに相模が選ぶような大胆なのはチョット無理だった。

「すっげー似合ってるな・・・、ソレ。」

比企谷君はしっかりとあーしの目を見て言ってくれた。

真っ赤な顔をしながらだけど・・・。

 

 

「高校生の夏休みって毎日こんななの?」

留美ちゃんは少し不満げに呟いてる。

「あ?俺達は夏休みに入って初めて遊んでるんけどな?普段は毎日ほぼ勉強だぞ?」

「そうなの?なんかチャラチャラしててそんな風に見えないけど?」

「小町と大志は受験生だしな。そうそうはチャラチャラしてられん。」

「そういえば留美ちゃんは中学はどうするん?そのまま公立?私立の受験とか考えてるん?」

あーしも少しずつ会話に混ざるようにしている。

 

「中学は公立。私立の受験はしない予定。」

「環境を変えたいのなら私立の学校も選択肢かもよ?」

あーしは一つの解決策として私立の中学進学を提案してみた。

 

「あたし、総武高校を目指してるし。公立で行くの。」

「それだと中学になっても現状のままの可能性が高いぞ?このままで良いのか?」

「あたしもやってたし、自業自得の処あるから・・・。」

留美ちゃんは語った。

 

 

 初めはチョットした遊びだった。

誰かが言い出して始めた遊びはクラスの誰か一人を無視しハブる事。

ハブられた子は訳が分からず焦り、色々な表情を見せる。

それを皆で見て笑った。

 最初の頃は、二~三日で他の子にターゲットを変えていた。

でも、慣れてきて面白さを追求しだすと、ハブる期間が延びて行った。

そして、七月になりあたしが標的になった。

あたしがハブられるのは一ヵ月くらいかな?それとも二ヶ月位?もしかしてこの先ずっと?

ハブられていた子達はみんな、こんな嫌な思いをしていたんだなぁ・・・。

もし夏休みが終わって、あたしから別の子に標的が変わっても、あたしはクラスの子達を、もう友達とは呼べないと思う。

だって、あたしもみんなに酷いことをした。

みんなもあたしに酷いことをした。

こんなのが友達のはずない。

 

 

「おー、良かったなぁお前。その歳で人間関係の真実に気付けて。」

「人間関係の真実?」

「ああ、人の本性と言ってもいい。誰もが我が身が可愛い、自分を守る為なら他人を差し出して自分を守る。お前はその歳でその真実に気が付けた。大したもんだ。」

 

 オイ、比企谷君?

小学生相手になに言ってんのよ?

ま、まあ、あーしも言っていることは解らないではないんだけどね?

「比企谷君?相手は小学生なんだし?もうちょっと言い方とかないん?」

「言葉を変えても本質は同じだろう?なら判り易い方が方が良いんじゃねーの?」

 

「ちょっと?わたしは『お前』じゃない、私の名前は留美。ちゃんと呼んで八幡。」

ちょ!

あーしでも恥ずかしくて、未だ名前呼び出来てないのに!

 

 この子。

末恐ろしい存在かも?

 

「あー、ルミルミ・・・?」

「留美。言い方がキモイよ、八幡。」

なんかこの子、雪ノ下さんに似てヤバイ雰囲気あるよね?

 

「ねぇ、中学生になったらもう一度友達が出来るのかな・・・。」

「さぁな~。俺その時代には友達いなかったしな・・・。」

「じゃあ、今はいるの?」

「あー、考えたら今もいねーなー。」

「友達が居なくても彼女はいるんだ・・・。」

「は?」

「その金髪の人、彼女さんなんでしょ?」

「え?三浦がか?あー、えっと・・・。」

流石にこの前あーしが告っていて返事が保留状態だし、このタイミングでは否定も肯定もしにくいよねー。

 

「なんか、見た目とは違ってるけど結構息がピッタリだし、恋人同士なのかと思ってたんだけど違うの?」

「・・・。」

比企谷君、顔が真っ赤になって返事が出来ない。

おー、焦ってる焦ってる。

 

 もうこの際だから認めちゃいなYOー、あーしの事。

 

「この人が彼女さんじゃないなら、雪ノ下さんだっけ?あの人が彼女?それとも胸のおっきな人?」

「あー、いや・・・。まだ彼女とかも居ないんだけどな・・・。」

「なんか、隣の人落ち込んでるけど?こんな美人早く捕まえとかないと後で後悔するかもよ?」

え?

あーし顔に出てた?

もしかして小学生に気を使ってもらってる?

「わたしは、この人が一番お似合いだと思うけどなー。」

なに?

 この子メッチャ良い子じゃん!

こんな良い子をハブってる連中ってさ、そもそも相手にしなくてもいいよね?

この子はあーしが守るし!

 

 

  ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「海老名さんがキャンプの時に言ってたんだけどさ、無理に学校の中で友達を作らなくても趣味の合う子を学校の外で見つけるって言うのもアリなんじゃないかな?」

相模?

ソレ言葉の通り受け取ったらダメなやつだからね?

ココじゃ、言えないけど海老名の言う趣味ってアレだからね?

小学生の前じゃ突っ込めないじゃない。

 

 プールで遊び終わったあーし等は夕方にサイゼに居た。

沙希と大志君は弟と妹を家に連れて帰らないといけない為、不参加だ。

 

「まあ、そうだな?最近はネットゲームとかで仲良くなって友達になるパターンも有るらしいしな?」

「あーでもお兄ちゃん、ネットゲームでもソロプレイばっかだよね・・・。」

「比企谷君?そのゲームを教えてよ?ウチもウチの弟を連れて一緒にやるからさ?ウチの弟はゲームだったら大体なんでも得意だしさ?欲しいアイテムが有ったらさ、弟に用意させるよ!」

そう言えば相模の弟は遊戯部のあの子だったよね?

 

「でも、ネットゲームというのは小学生には少し早いのではないのかしら?ソレだったら今度一緒に、ななはちゃんのブルーレイの鑑賞会をするのはどうかしら?三浦さん?比企谷君?」

「あー!それならアリかも?何時やる?今夜?比企谷君も良いよね?」

あーし、それなら無条件で参加したい。

当然、比企谷君も誘う。

「おお!いいな!ソレ。一期から三期までフルマラソンでも付き合うぞ?」

「では、お盆休みのタイミング辺りで予定を組みましょうか?」

「うん!あーしその予定を最優先にするから!」

盛り上がる三人。

 

「ね、ねぇ・・・、結衣ちゃん?『ななは』ってなに・・・?」

「あー、最近さ?優美子とゆきのんが嵌ってるアニメなんだよ・・・。比企谷君が凄く好きみたいで・・・。」

「そうなん?帰ったら弟に聞いてみるよ。ウチの弟もそういうの詳しいし。」

 

「あー、みなさん?留美ちゃんの事を相談してたんじゃ・・・?」

小町ちゃんの声に一同がハッとなる。

でも、留美ちゃんにも『ななはちゃん』のアニメとラノベは勧めたい!

そして、どんなに苦しくても諦めず前を向いていて欲しい。

そう、アンジュちゃんのように!

あーしや雪ノ下さんはななはちゃんの様にずっと支え続けるから。

 

「でも、なんだか楽しそう。高校生になったらわたしもこんな風に成れるのかな?」

 

「留美ちゃん?あんたはもうあーし等の仲間なんだし。高校生にならなくても、それこそ今からでも一緒に色々やろうよ?楽しもう?」

 

「うん!」

ようやく留美ちゃんが笑顔らしき顔を見せてくれた。

 

 明日からは留美ちゃんも夏休みの宿題を持って雪ノ下さん家の勉強会に参加する事になった。

 

 

 帰り道。

今日は小町ちゃんが留美ちゃんを家まで送ってくれる事になった。

初めは結衣と相模で送ろうとしたのだが、二人は千葉村で一緒に過ごしていたので、他の子の手前、留美ちゃんだけをエコ贔屓しているように思われたら後々不味いのではないかとなり、小町ちゃんにお願いする事になった。

 

 あーしと比企谷君は久しぶりに二人で自転車を漕いで帰路についた。

国道をを幕張の方に向かって進む。

花見川の手前の小路から入り、花見川の方に向かう。

その先の突き当りの道が花見川サイクリングコースとなる。

四季折々にコースの脇の木々や花々が辺りを飾る素敵な場所だ。

まあ、風が強いから雨の日は危ないんだけどね?

 

 あーしの家はそのコースからほど近い、京成千葉線とJR総武線に挟まれた小さな住宅街にある。

比企谷君もお気に入りの、カレーで有名なシタールも徒歩で五分と掛からない位近い。

 

 

「そういえばさ、夏休みに入る少し前なんだけど雪ノ下さんが比企谷君の脚の事を知ってたのってどうして?」

「あー、それか・・・。」

「なんかさ、雪ノ下さんってかなり前から知ってた素振りも有ったけど、比企谷君を試すような事もしてたと思うんだよね?どうしてなんだろうって思っちゃって。」

「実は、俺が轢かれた車に雪ノ下が乗ってだんだよ。」

「え?」

「ただな?アイツはその車に乗ってただけで、俺がアイツに轢かれた訳じゃない。俺が車の前に飛び出したんだからな?」

「でも、でも・・・。」

「まあ、運転手は大通りを通ろうとしてたみたいなんだけどな?アイツが周りに気を使って人通りの少ない小路を通って欲しいと言ったんだそうだ。それで事故に出くわした。だからアイツは俺に直接謝りたかったそうなんだけどな、親が俺との接触をしないようにとキツク言いつけたそうだ。まあ、家庭の事情ってやつだ。でも納得いかなかったアイツは自分が乗ってたクルマが撥ねた人物を探していたらしい。相手が総武高校の生徒で入学式に来ていた人物という事で直ぐに調べられると思ったらしいけどな?相手が俺だったからな、中々見つけられなかったそうだ。」

そう言えば、そうだよね?

 あーしも四月の半ばに何度かクラスを訪れたけど誰も彼を知らなかった。

クラスに居る事さえ知らない様子だった。

名前やクラスが解っていたあーしでさえ簡単には彼を見つけられなかったんだ。

学年や名前、クラスが解らなければ雪ノ下さんが一人で探すのは難しかっただろう。

 

「あと、学校の方も事故の事はトップシークレット扱いだったしな。」

そう言えばそうだ。

 普通通学途中の生徒が事故に遭えば、ホームルームなり全校集会で注意喚起がされるハズだけど、入学式の後にそういった注意がされた覚えがない。

「この辺は、雪ノ下の家の方から圧力が有ったんだろう。」

「確かお父さんが県議会議員だっけ?」

「ああ、雪ノ下の方に非は無い事故だけどライバルに知られたらスキャンダルになりかねないからな。その辺の事情も理解はできるさ。だから、探すのは結構苦労したそうだ。なんせアイツは友達が居ないからな。」

あー、なるほど・・・。

 

 入学式直後から事故で休んでいる男子生徒という事ならば簡単に絞り込めるハズと思ってんだろうけど、相手が悪かった訳だ。

 

「で、ようやく見つかられたのは二学期になってからだそうだ。それもほんの偶然の出来事だったらしい。」

「え?どんな偶然なの?」

「相模も前に言ってただろう?俺入学式で躓いて、数学がダメだったからな。授業中に寝てたら数学の教師に職員室で怒鳴られたんだけどよ、その時の教師が『四月に長期入院してたからって言い訳にはならんぞ!』と言っていた場面に偶々居合わせたそうだ。俺、数学の教師には良く呼び出されて怒鳴られてたからな。」

えー!

 

 そんな事が一年の時にあったん?

知ってたら、数学をネタにもっと早く近づけたのに!

「で、俺の体の具合とかを観察するようになったんだとさ。時々脚を庇って引きずる様子が違和感あったらしい。体育の授業では普通に走ったりしていたからな。」

「でも、初めて奉仕部の部室に行った時は知らない様子だったんじゃ?」

「家からは接触禁止を強く言われてたろ?どう接していいか判らなかったらしい。けど同じ部活をする以上は何時かお互いに解ってしまうだろうって事で、入部して直ぐ位に家を探して謝罪に来たんだ。丁度小町は塾で俺しか家に居なかったけどな。」

 

 そうか・・・。

雪ノ下さんも彼の様子を知り悩んでいたんだね・・・。

ちょっと接し方が斜め下だけど・・・。

けど、だからと言って彼は譲れない。

この先を一緒に歩むのは、あーしだ。

 

 

  ~~~~~~~~~~

 

 

「へぇ、ホントにシタールの近くなんだな。」

「だっしょ?」

今日は比企谷君が自宅前まであーしを送ってくれている。

小町ちゃんのフォローで、帰りはあーしを必ず自宅前まで送るようにと言い聞かせてくれたからだ。

 

「あれ?優美子?お帰り、そちらは?」

丁度、家の前近くまで来た処で買い物に出掛けていたママが声を掛けてきた。

「あ、ママただいま。こちらが比企谷君。今日はわざわざ送ってくれたの。」

「まあ!あなたが比企谷君?」

ママは興味津々で彼を観察している。

「あなたの事はいつも優美子に聞いていてね?それに娘の命の恩人なのだし、このまま帰す訳にはいかないわ?ちょっと冷たいものでも飲んでいってね?」

そしてそのまま自宅に連れ込んでくれた。

ママ、グッジョブ!

 

 

「・・・。」

比企谷君は固まってしまった・・・。

「えー、あーしの部屋、変・・・、かな?」

「え、い、いや・・・。妹以外の女子の部屋に入るのが初めてで・・・。」

「え?でも雪ノ下さんのマンションには行ってるじゃん?」

「でも、リビングとキッチンだけだろ?個人の部屋には入ってないぞ?」

そう言えばそうだよね?

寝室とかプライベートの部屋には誰も入っていない。

けっして中に入るなと厳重に注意されているし、カギも掛かっているようだ。

 

 ということは、比企谷君が初めて入った女の子の部屋ってあーしの部屋なんだよね?

姫菜じゃないけど、滾る!

 

「突っ立ってないで座って?」

「え?ドコに・・・。」

あ、しまった。

普段友達とかも呼ばないからこの部屋にはベットと勉強机のセットしかない。

「しかし、ホントにマジなんだな・・・。この部屋・・・。」

比企谷君は本棚を見て感心している。

そう、この処友人を部屋に入れていないのは、この本棚が有るから。

本棚の約半分はラノベが占めている。

あと、ななはちゃん関連のフィギュアも。

あーしは比企谷君の手を取り、自分のベットに座ってもらう。

「なんかラノベの趣味がほぼ俺と被ってるんだが・・・。」

「あー、あーし良く解ってないからさ、ネットの評判とかで気になったのを買って読んでるだけなんだけどね?」

そう、比企谷君の後ろを付けて彼が買った本を同じように買っているとは決して言えない。

「そうだ、今度は比企谷君の部屋のラノベも見せてよ。オススメの本が有れば教えて欲しいし。」

「ま、まあ小町の勉強も見て貰ってるしな、それ位はイイぞ?」

とはいえ、夏休みになってから勉強会で雪ノ下さんの家に土日も関係なく毎日集まっているので小町ちゃんの専属家庭教師も休止状態だ。

もしかして、コレも雪ノ下さんの計略?

 なんとか比企谷君の家に遊びに行く口実は無いものだろうか?

幸い合鍵は貰っているので口実さえあれば何時でも行けるんだよね・・・。

 

 コンコン。

ノックの音。

ママはノックの後二呼吸程おいてから戸を開ける。

いや、ママ。

あーし等まだそこまで行ってないから!

そんな気を使わなくても大丈夫だから!

「冷たいものを持ってきたんだけど?いいかしら?」

ママは持ってきてくれたオレンジジュースが入ったコップを机の上に置くと、そのまま比企谷君の隣に座ってしまった。

「あら?優美子?立っていないで貴女も座りなさい?」

しょうがない。

あーしはママと比企谷君を挟む形で隣に座る。

比企谷君は顔を真っ赤にして身動きが取れなくなる。

どう動いても、あーしかママの身体に強く触れてしまうからなんだけどね。

ってか、もう体が密着してるけど?

 

「そうだわ?比企谷君、ご自宅の電話番号を教えて?親としてもご両親にちゃんとお礼を言いたいの。」

「いえ、それには及びません、先日、優美子さんがウチに来られた時に両親には言ってもらいましたので。」

「でも、それでは私たちのメンツが立たないわ?一度は主人と一緒にご挨拶にも行かないと私達だけじゃなく、優美子も世間知らずと笑われるもの。」

「あー、でも俺が優美子さんを助けたのは偶々偶然です。感謝されたいとかそういうつもりは無くてですね・・・。」

「だからこそよ?相手が誰か解って助けるのって打算よね?あなたは誰とも知らない人や子犬を助けるために自分を犠牲に出来る人なの。だからこそ優美子もあなたに惚れたのよ?その優美子や私達親の顔を立てさせて欲しいのよ。」

ママ・・・。

あーしの事を応援してくれてるん?

 

 ママは比企谷君から自宅とご両親の電話番号を聞き出し、部屋を出て行った。

夕食を一緒に食べましょうと言って。

これには比企谷君も抵抗したのだが、妹の小町ちゃんも呼ぶ事で手打ちとなった。

比企谷君のご両親は共働きで平日の帰りが遅い。

この処は比企谷君が小町ちゃんや両親の夕食の用意をしている。

専業主夫を目指すって言ってたけど、半分はもう専業主夫だよね?

 

「なんかさ、ママが強引でゴメンね?」

「いや、大丈夫だ。もう慣れた。」

「へ?」

「いや、ホント母娘って似るのな。三浦が二人いるみたいだった。」

ちょ!

それ誉めてるの?貶してるの?

 

 

「ごちそうさまでした!ホント美味しかったです。いつも優美子さんには勉強も教えてもらってて、ホントに良くしていただいているのに夕食まで呼んでいただけるなんて夢みたいです。」

小町ちゃん、ちょっと大げさすぎない?

比企谷君も緊張していたけど、小町ちゃんも初めは結構緊張しての夕食だったけどママとも打ち解けて話をするようになった。

 

 二人が帰る時には、ママがプラスチックの容器に今日の夕食のおかずとかを詰め合わせて用意して手渡してくれていた。

コレから帰ってご両親の夕食の用意は大変でしょうと言って。

 

 ママの気遣いには、あーしも当分は頭が上がらないな・・・。

 

 

 その日の夜。

あーしは小町ちゃんから衝撃のメールを受け取った。



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第13話  Vacation 3

 

 

「では、今日はこの辺にしましょうか?」

八月になって少しずつ日が短くなっていると言うけれど、まだこの時期はそれを体感出来るほど日が短くなってはいない。

 

 時刻は午後6時過ぎ。

小町ちゃんと大志君が自転車で留美ちゃんを家まで送る為に、先に雪ノ下さんのマンションを出た。

あーし達は雪ノ下さんの家の片付けを行ってから、それぞれの家に帰宅する。

 

「そうだわ?大切なことを言い忘れていたのだけれど、明日と明後日は用事が出来てしまったので勉強会をお休みさせてほしいの。」

雪ノ下さんの声に結衣も相模もうなずく。

「じゃあ、大志君には沙希経由で連絡しておくね。」

「留美ちゃんにはウチが連絡しておくよ。」

 

「ごめんなさいね?急に用事が決まったモノだから皆に伝えるのを忘れていたの。」

「もー、ゆきのんも結構オッチョコチョイなんだからー。」

 

 ふーん、そう来たか・・・。

 

「あー丁度良かった。あーしもその日は用事が有ったんだー。比企谷君、数学教えられないけどゴメンねー。」

「あら三浦さんも?奇遇ね?」

「雪ノ下さんもね・・・?」

 

 ふふふ・・・。

 あははは・・・。

 

 二人は怪しく笑いながらも部屋の片付けを行い、三十分ほどで完了すると皆雪ノ下さんのマンションを後にした。

 

 

 この処、あーしと比企谷君は自転車で家路につくのだけど、ママが夕食のオカズを作っておいてくれて、家まで送ってくれた比企谷君に持たせてくれている。

 初めは比企谷君も断っていたけど、小町ちゃんの為という言葉に負けて大人しく持って帰るようになった。

「いつもいつもすいません。本当に助かります。」

「あら?気にしないでね、八幡君。大したものは作ってないしね?」

「いえ、小町もすっげー喜んでますし、両親も恐縮しっぱなしで・・・。」

「いいのよ。ご挨拶も遅くなっているんだしね?だから食べたいものとかのリクエストが有れば、遠慮なく言ってね?」

 

 明後日の土曜日はあーしの両親が比企谷君のお家にご挨拶に行く予定だ。

そして、小町ちゃんから聞いた衝撃の事実。

 なんと明後日、八月八日は比企谷君の誕生日でもある。

 比企谷君は小町ちゃんに自分の誕生日の事を黙っているように言っていたのだけど、あーしの両親が挨拶に行くという事で、黙っているのがバレたら困ると思った小町ちゃんが夜にこっそりメールで誕生日の事を教えてくれた。

 

 なので、あーしもコッソリとサプライズでお祝いをしたいと考えているんだけどさ?

今日の雪ノ下さんのアノ態度が気になる。

 

 ってか、何か企んでいるよね?

 

 ってか、比企谷君の誕生日をどうやって知ったんだろう?

 

 本当に雪ノ下さんは侮れない。

とはいえ、あーしだってそれなりの対策はしているつもり。

その為の秘密のアイテムだって有るんだし?

 

 

「おーい、小町。風呂あがったぞー。お前も早く入れ・・・は?」

「あら、比企谷君。こんばんは。」

「え?なんで居んの?」

「あー、お邪魔してるねー。」

「ええ?三浦まで・・・。いったいどうして・・・。」

 

「そんなの、小町さんとの女子会に決まっているでしょう?」

「そんなの、小町ちゃんとの女子会に決まってるし?」

 

 

 実は、あーしと雪ノ下さんは比企谷君の自宅前で鉢合わせしてしまっていた。

 

「は?雪ノ下さん?こんな時間にココで何してんの?」

「それは、此方のセリフなのだけれど?三浦さんこそこんな時間に何をしているのかしら?」

「あーしは小町ちゃんの専任家庭教師だし?いつでも来てくれて良いって、お母さまから合鍵も預かってるし?」

「な!なんですって?合鍵?」

「だから言ったっしょ?あーしはもうご両親にもご挨拶してるってさ。」

 

 と言う一悶着を経てあーしと雪ノ下さんは比企谷君の家に入った。

勿論、あーしが持っている合鍵でだ。

 比企谷君の家は一階が車の車庫とお風呂、トイレに物置部屋でリビングやキッチンは二階にある。

比企谷君と小町ちゃんの部屋は三階に有るのだ。

 あーしと雪ノ下さんが玄関に入った時はタイミングよく(?)、比企谷君がお風呂に入った処だった。

なので比企谷君は来客に全く気が付いていなかったのだ。

 

 

「で、小町はどこだ?」

「あ、おにーちゃん。お風呂あがったんだね?じゃあ、優美子さん、雪乃さん。私達もお風呂に入りましょう。」

小町ちゃんは用事が有ると言って自室に戻ていたんだけど、リビングに帰って来た。

そこからは小町ちゃんの仕切りで小町ちゃん、あーし、雪ノ下さんと順番にお風呂に入る。

 

 それにしても小町ちゃんの胆力は凄いと思う。

あーしは一応、前もってメールで泊まりに行く旨を伝えていたんだけれど、雪ノ下さんは完全にアポなしだ。

 けれど、小町ちゃんはすんなりと状況を受け入れて雪ノ下さんを招き入れてしまったのだ。まあ、勉強会の主催者を追い返したら後で困るってのは少し有るかもだけどさ?それよりも小町ちゃんにとっては、雪ノ下さんも姉候補の一人だ。

 比企谷君は中学時代、不毛というか暗黒の刻を過ごしていたんだけど、中一の小町ちゃんにとっても辛い時期だったそうだ。

だからなのか、今の兄の周りの状況がキラキラしていて嬉しいんだそうだ。

そう言われると、あーしも小町ちゃんに文句が言えなくなる。

 

 

  ~~~~~~~~~~~

 

 

「コレが男の子の部屋なのね?」

雪ノ下さんの目が獣だった。

 

 まあ、あーしも男の子の部屋って入ったのは初めてかも?

幼稚園くらいの時は有ったのかもだけど、覚えてないしさ?

それに、比企谷君の部屋・・・。

あんまモノが無い。

 

 大きな本棚には文学書からラノベまで節操がないし?あと、フィギュアが少し有るけどさ?しっかりとアンジュちゃんとななはちゃんが居る!

うんうん!

比企谷君、解ってる。

 

「あら?このポスターは・・・。」

 ん?

あ、ベットの上の天井にアンジュちゃんのポスター・・・。

比企谷君、毎晩このポスターを見ながら寝てるんだ・・・。

 

「おい!お前ら小町の部屋に行ったんじゃないのかよ!」

実はあーし等は比企谷君が帰宅したご両親の夕食の用意をしにキッチンに行ったのを見計らって、部屋に突撃していた。

「ご、ごめん・・・。高二男子の部屋って前々から興味が有って・・・、つい。」

「あら?ではお詫びに今度は私の寝室に招待するわね?」

「いや、そういう事じゃなくてだな、雪ノ下・・・。っておい!なんでベットの下をゴソゴソしてる!」

どうしたん?雪ノ下さん。

今夜は落ち着きがないけど?

ってか、テンションがメッチャ高いし?

こんな可笑しなテンションの雪ノ下さんは初めて見たよ。

 

 でも、あーしは天井のアンジュちゃんのポスターを見て思う。やっぱり比企谷君もアンジュちゃんのファンだよね?

 

「可笑しいわね?何も無いわ?男子高校生ならばエッチな本がベットに下に隠しているというじゃない?そう聞いていない?三浦さん。」

「いや、流石に男の子の前でソレは引かれるんじゃ・・・、特に雪ノ下さんの普段のイメージが音を立てて崩れてるんですけど?」

「そういえば、三浦さんは何度か此方にお邪魔しているのよね?比企谷君の部屋は普段からこうなのかしら?」

「いや、あーしも比企谷君の部屋に入るのは初めてだし?それに男の子だからこそ女子には見られたくないモノもあるんじゃないん?ソコは気を遣おうよ雪ノ下さん。」

「ご、ごめんなさい・・・、つい舞い上がってしまっていたわ・・・。」

「と、兎に角お前が探しているような物はこの部屋にはないから落ち着け雪ノ下。」

「あら?ではパソコンの中かしら?」

雪ノ下さんの目が獲物を物色する獣の目だった。

比企谷君も思いっきり引いてるし・・・。

なんかさ、雪ノ下さんの今日の雰囲気ヤバいよね?

明後日の比企谷君の誕生日のプレゼントに自分にリボンを付けて、どうぞとか言いそうな雰囲気なんですけど?

 

「なぁ、雪ノ下?突然家に来てその異常なテンションはどうしたんだ?普段のお前らしくないぞ?」

比企谷君がため息交じりに呟いた。

 

「どう接して良いのか・・・、解らないのだもの・・・。三浦さんとの差は開く一方なのよ・・・。」

雪ノ下さんは寂しそうに呟く。

「今までに気になった異性は居ないのよ。私はコレが愛情なのかどうかも解らないの、でも比企谷君の事を考えると胸が苦しいのよ・・・。」

「おい・・・、雪ノ下・・・。」

「あー、もしかして雪ノ下さんってば初恋なん?」

「ええ、そうかもしれないわ・・・。でも解らない・・・。」

 

 そう言えば平塚先生が以前に言っていた。

この二人は他人との接し方が解らないのだと。

 だから自分一人の問題にはしっかりと立ち向かえるけど、他の人を巻き込む問題には自分を犠牲にしないと立ち向かえないんだ。

 

どんな苦難でも自分自身をベットして賭けに臨む。

それは危ういと思う。

 

「雪ノ下さん?そういうコイバナは小町ちゃんとあーしの三人でしよ?」

あーしは雪ノ下さんの手を引き、小町ちゃんの部屋に行った。

 

 結局、あーしら三人は朝まで話し込んでしまったんだけどね?

 

 あと、あーしが明け方にウツラウツラしてる時に台所でご両親の朝ご飯を用意するとか卑怯じゃない?

一人だけポイント稼ぐとかさ?

 

 で、あーしと小町ちゃんが気が付いたら帰ってしまっているし。

まあ、明日にはあーしん家の両親が来る予定なんて知らなかっただろうしね。

彼女には、ちょっと悪い事をしたかもしんないな・・・。

でも、おかげで比企谷君の貞操の危機は回避できたはず。

 

 まあ、結局翌日はあーしも両親が来てのご挨拶だったり、一緒に外食したりと忙しい一日だったし、前々夜の徹夜とかが響いて誕生日プレゼントとかもちゃんとしたのは渡せなかったんだよね・・・。

 せめて後一週間時間が有ればと悔やまれる処だけど?

 まぁママが気を効かせてくれてバースデーケーキを持ってきてくれたので、両家を挙げての誕生日会にはなったんだけど。

 

 

  ~~~~~~~~~~~

 

 

「で?なんで全員いる?みんな花火大会?」

 

 8月9日の日曜日の夜。

この日は千葉みなとのポートパークで花火大会がある。

 小町ちゃんが気を効かせてくれたのか、花火大会で売っている物がいくつか欲しいと言い出してくれてあーしと比企谷君の二人で買い出しのついでに花火を見に行く事になった。

 で、朝から雪ノ下さんのマンションで勉強会に臨み、帰りに二人で花火を見に行く約束だったんだけどね?

 こういうイベント事には抜け目のない相模が皆を扇動して、比企谷君には内緒で勉強会に参加している全員で行くことになってしまったんだけど、待ち合わせ場所に集合していたら、呆然としている比企谷君の第一声がそれだった。

 

「ってか、なんで小町が来てんの?俺来る必要なかったよね?コレ。」

 元々は小町ちゃんがあーしに気を使って買い出しの名目でセッティングしてくれた花火デートだったもんね・・・。

 

「いやー、まあ色々とありまして・・・。小町も来年以降の人間関係を考えると、こういうことになっちゃいました。てへっ。」

小町ちゃん・・・、比企谷君も頭を抱えてるけど?

 

 

 待ち合わせ場所は稲毛海岸駅南の藤棚の下。

 ココはベンチとテーブルが有り、地元の人達が夕方には集まってマリンピアで買って来たお摘みとお酒でプチ宴会をしている姿をよく見る処だ。

 

 女子は皆集合まで短い時間だったけど、ちゃんと浴衣に着替えて来てるんだけど、男子の比企谷君と大志君は昼間の格好そのままじゃん?

 

 比企谷君?一応元々はあーしとのデートだったんだよ?

まあ、このメンツでならその普段着の方が安全だから良いんだけどさ?

 

「わたしが来ても良かったの?」

留美ちゃんは相模と結衣が誘って連れてきていた。

「留美ちゃん、あーし等の間柄なんだし気を遣わないでよ?」

まあ、この子もあーしの妹みたいなもんだよね、もうさ。

勉強会にも毎日来てるしね。

 

留美ちゃんはデジカメとかも持ってきてるんで皆で一緒に記念撮影とかもした。

「帰ったらお母さんにも見せる。」

留美ちゃんは嬉しそうにはにかむ。

 

 

 結局は総勢十二人。

あーし、比企谷君、小町ちゃん、雪ノ下さん、結衣、姫菜、留美ちゃんに沙希の姉弟達のフルメンバーだ。

「こんなにメンツが多いと誰が誰だか判らんな・・・。」

比企谷君、それはちょっと・・・。

 

 とはいえ、流石に十二人で一緒に行動は難しいので四人ずつ三つの班を作って会場まで移動する。

沙希の妹と下の弟は沙希と大志君が手を引いている。

 もしも途中で逸れたらドコで待ち合わせをするのかとかは綿密に打ち合わせもした。

一番危ないのは言うまでもなく雪ノ下さんなんだけどね?

 

 その雪ノ下さんは今回はなんと、実家に掛け合ってくれたおかげで花火大会の貴賓席に入ることが出来るんだそうだ。

 人混みの中で汗だくになりながら花火を見上げるのではなく、開けた小高い丘の処での花火鑑賞って、なんかワクワクするよね?

 ただ、問題はその場所には雪ノ下さんのお姉さん『陽乃さん』が居るんだよね。

今から対策を考えておかないと・・・。

そうだ、イザとなったら旨く相模をけしかけよう。

 

千葉みなと駅を出ると、既に人だかり。

花火会場までの途中の道では、脇に色々な屋台の出店が並ぶ。

こう言う処で食べる、たこ焼きとか焼きそばってどうして美味しいんだろうね?

あー、でも今夜はあーしは我慢するよ?

だって、歯に青のりとか付いてしまったら困るでしょ?色々と。

 

「ほら、三浦さん?たこ焼きは如何かしら?とっても美味しいわよ?」

って!

雪ノ下さん、無防備過ぎ!

 そう言えば、雪ノ下さんは今まで友達と一緒に花火とか観に行った事が無いという。

 彼女は自身の戸惑いに面食らってしまって、おおよそ普段はしない突飛な行動を執ってしまうんだろう。

「雪ノ下さん?ほらお水。一口含んで口の中を良く濯ぎなよ?美少女の歯に青のりと

かって、百年の恋も冷めるからね?」

あーしは手に持っていたペットボトルのミネラル水を雪ノ下さんに手渡した。

「え、ええ。ありがとう。気が付かなかったわ・・・。」

口の周りにソースや青のりが付いた雪ノ下さんって、初めて逢った時の深窓の令嬢感が完全になくなってるんですけど?

 それ、女子力低すぎるよ?

ラノベとかだと、別の意味での需要は有るけどねー。

 

 

 そんなこんなが在りながらも、花火会場の公園の入り口に来た処であーし等は思い掛けないトラブルに遭遇してしまった。

 

「おい、お前らちょっとこっちに来い。」

数人の女の子(?)達が三人組の男に因縁を付けられている。

その子たちの顔が街頭に照らされた時、留美ちゃんが「あっ」と小さく声を上げ、相模と結衣もその子達に気が付いた。

千葉村で留美ちゃんをハブっていた子達のようだ。

 

「おめーら、なんか調子乗ってんな?ちょっと痛い目に遭わんとダメなんじゃね?」

「だな?コイツ等小学生か?世間の怖さを教えてやろうぜ?」

「あと三~四歳上だったら、痛い目には合わなかったんだけどよ?」

男たちは下卑た笑いで、小学生達を威嚇し始めた。

「ご、ごめんなさい。悪気があったんじゃないんです・・・。」

「も、もう生意気な口をききませんから、帰してください。」

 

 

「あー、やらかしちまったなー。」

「どうしたん?比企谷君。」

「アイツ等千葉村で上手く八潮達をやり込めたんだろう?それで気が大きくなったんだろうな。この人混みだし何かあれば周りの大人が何とかしてくれるとか考えていたんじゃないか?学校行事じゃないからな。周りの大人は見て見ぬふりだしな。まあ、アイツ等にはいい薬にはなるだろうけどな。」

「でも、放置して大丈夫なん?」

「そうだな、少し様子をみて考えよう。」

「警察とか近くにいる人を呼ぼうか?」

「いや、警察とかが直ぐに出てきて助かったら、下手すると余計につけ上がるぞ?そうなったら今度こそ取り返しが付かなくなる。」

 

 あーし等は様子を見守りながらも、会場を警備している警備員や警察官を探しておくイザという時には、そういう力を借りないといけないからだ。

 

 

「ユカがあんな事言ったからだよ!」

「違う!ヒトミが先にいったからだよ!」

「そうじゃないよ、モリちゃんの態度が悪かったからだよ。学校でも先生に何時も生意気な態度をとってたじゃん!」

「そんなの今関係ないでしょ?」

「そうだよ!ユカが失礼なことを言ったんだよ!」

彼女たちは怖さのあまりとうとう仲たがいを始めた。

けれど三人組の男たちはお構いなしの様子だ。

 

「そろそろ頃合いだな・・・。留美?これはあいつ等に復讐するいい機会なんだが、お前はどうしたい?」

 

「・・・、助けてあげて・・・。」

「解った。」

比企谷君は何かを留美ちゃんに囁くと相模と結衣に警察官を呼んでくるように言いつけて騒動の渦中に向かって行った。

 

「あのー、スイマセン。その子達ちょっとした知り合いの知り合いでして・・・。」

 

「あー?おめーコイツ等の保護者かぁ?」

「あー、いや・・・、知り合いの知り合いって言うか?全く知らん子っていうかね?でもまぁ、この状況は放っておけないというかですね?」

「やんのか?おい!」

そのタイミングで比企谷君の陰から留美ちゃんが出て。

「あの!」

留美ちゃんが手に持っていたデジカメのストロボを連射モードで光らせた。

 

「うわ!」

「まぶし」

「目が!」

男たちが怯んだスキに留美ちゃんが女の子達の手を取り、駆け出した。

 

「留美ちゃん!こっち!」

「お巡りさん!コッチです!」

相模と結衣が女の子達を逃がすように駅の方に連れて行き、駆け付けた警察官達が男達を取り押さえる。

 

「まあ、人間は窮地に追い込まれると本性が出るし、他人なんてどうでも良くなるモンだ。これで留美の周りの奴らの人間関係がバラバラになっただろうから問題の解消はできると思うがな・・・。」

「解決ではないのね・・・。」

「解決ってのは当人同士で折り合いをつけるしかねーだろ?そう言うのは俺らの役目じゃねーよ。」

 

 

「とりあえず、あの子達を駅まで送って電車に乗せてきたー。」

「おー、相模。すまんな。」

「相模、お疲れ。」

あーしはペットボトルの水を手渡した。

 

「花火を見たいってダダこねてた子も居たけどね、あの男達に見つかったら今度こそ酷い目に遭うよって言ったら、しぶしぶ帰っていったよ。」

結衣もちょっと疲れてる。

ホント駅まで結構な距離を下駄で往復してくれたのには感謝。

「まあ、四人とも気まずそうにはしてたけど、留美ちゃんには助けてくれて有難うって言ってたから、二学期からはちょっとは雰囲気良くなるんじゃないかな?」

相模、よく見てるよね。

 

「留美ちゃんもお疲れ。さあ、今度こそ花火を見に行こう。」

あーし達は会場の貴賓席に向かって、もう一度歩き出した。



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第14話  Festival 1

 

 

 二学期が始まった。

始業式から数日たった有る日の午後、LHRの開始早々にソレは起きた。

 

 

「ええ!」

昼休みの終わりに自販機でコーヒーを買ってくる、と言って部室から別れた比企谷君がホームルームに遅れて教室に戻って来ての第一声の驚きの声。

 だから、あーしは言ったんだよ?

『毎回ホームルームに遅れるのは良くないよ。』って・・・。

でも、彼はどうしてもあーし達と一緒に教室に戻るのが苦手みたいだ。

 目立つのを気にしてるんだろうけど、もう皆はあんま気にはしてないと思うけどね?

 まあ、あーしと雪ノ下さんが比企谷君を取り合いしていたのはクラスの流れる変なメールを差し出した犯人を捜す為のフェイクだったという噂がクラスには蔓延しているんだけどね?

 

 他にも沙希が比企谷君をディスるのは許さない。とハッキリと言ったのも犯人を探し出す演技だったという話が流れている。

 まあ、表立っては犯人が見つかって処罰されていないしね、仕方がない部分も有るんだろうけど。

 そんな訳で、あーしと比企谷君が仲良くしているのは犯人を牽制するためなのだ。と言う話を皆が信じてしまっているようなのだ。

 だからなのか休み時間にあーしが比企谷君の隣でお喋りしているのは、クラスの公認状態なんだけれどさ?

 時折、クラスの女子達から『いつもありがとうねー』と声を掛けらるるのはちょっと・・・。

比企谷君に言わせればソレが普通の印象だろ?って言われるんだけどさ?

お陰で夏休みに縮まったあーしと比企谷君の距離も微妙になった。

 

 まさに一進一退って感じ。

どうしてこうなった?

 

「おう、比企谷。いやなになかなかに成り手が居なかったのでな?異論反論は認めないぞ?これに懲りたら、午後のLHRも遅れず出席する事だ。」

 平塚先生はホームルーム開始早々、文化祭実行委員の選出で黒板に比企谷君の名前を書いた。

 誰か立候補したいものは居ないかと聞き、誰も反応しないと見るやすかさず教室を見渡して彼の名前を黒板に書き込んだのだ。

 

 まさに電光石火だった。

 

 むしろこのタイミングを見計らってたんじゃないのかと疑うくらい。

平塚先生、絶対に比企谷君を委員にしたかったよね?

 

 どうも平塚先生は毎回、比企谷君へ厄介ごとを持ち込みたいようだ。

 夏休みの千葉村のキャンプでも運よく皆が予定が有ったから良かったから被害は無かったけど、参加していたらどんな悲惨なことになっていたやら。

 まあ、比企谷君とあーし、雪ノ下さんがアノ場に居れば最悪の事態は避けられたかもだけどさ?

 

 

 そんな訳で、今回もヤバイ匂がするんだよねー。

 

 

「じゃあ、女子はこの後に君達で決めたまえ。後は頼んだぞ?委員長。」

そう、言い残すとさっさと職員室に戻って行ってしまった。

 

 ちょ!

どうせなら、女子はあーしを指名しろし!

 

「おい、ちょっと横暴すぎんだろ・・・。」

比企谷君も毎回の無茶振りに閉口している。

 

 おかげで、ここからのホームルームが修羅場だった。

 

「えー、では女子の文化祭実行委員の選出なんだけど・・・。誰かやっても良いって人はいるかな?」

「ねぇ、その委員って大変なの?」

結衣が声を上げた。

「うーん、まあ、女子の方は結果としてちょっと大変かも?」

委員長はチラリと比企谷君を一瞥してから、そう返事する。

失礼な奴だ。

ならば、ここはあーしが・・・。

 

「じゃ、じゃあさ、あたしやってみようかな?」

「え?結衣・・・、イヤ・・・、それはあーしがやるよ?」

「えー、結衣ちゃんと三浦さんは呼び込みとかしてくれなきゃ~。クラスの花なんだしー。ココは地味なウチが引き受けるからクラスの方を頑張ってよー。」

 

 早速、乙女バトルが始まった。

 

 もちろん、クラスの大多数はこの状況が解っていない。

結衣や相模が何故彼と組みたがっているのかが理解できないのだ。

 

 特に相模は一学期の間は比企谷君に対して冷たい態度を取っていたし、結衣もクラスの中では決して比企谷君と絡まなかった。

 

 けれど、ここにきて3人の女子が比企谷君の隣の席を争う光景を見てクラス中が騒然とする。

家の事情で沙希が名乗らなったのはあーし的には幸いなんだけど。

 

「えーっと、女子の方は大変だって言ったけど本当に大丈夫なのかな・・・。それなりに責任がある仕事だし、クラスの中との調整とか大変だと思うんだけど・・・。」

委員長君がしきりに大変な仕事だと言うけれど、そんな言葉は既にあーし等には届かない。

 

 たった一つの席を取り合う。

 

 それがあーし等の戦い。

あーしのジャスティス。

 

「と、いう事は責任感が有ってみんなを纏めていける人が良いって事だよね?」

隼人が纏めに入るってか、巻きに入ってるよね?

早く終わらせたいん?

なら、あーしを押せし!

 

「したっけ、そいじゃ相模さんじゃね?クラスの皆と仲が良いし?」

戸部が余計な事を言い出すが、クラスの多数はそれでいいんじゃね?ってなってる?

 

 そう言えば、相模はクラスの中では比較的誰とでも気さくに話をする奴だ。

あーしも最近でこそ青砥君や小岩君とアニメの話をするけど、相模は彼らオタクとも普段から普通に話をしていた。

 実は相模が普段、普通に話をしないのは比企谷君だけだ。

なんだかんだ言って、相模はあーしにさえ普通に話掛けてくる事がある。

そういう意味では相模は女子にも男子にも普通に人気がある。

 

 あれ?

あーし相模に負けてる?

 

「じゃあ、相模さんでどうだろう?」

委員長が戸部の提案に乗ってクラスの皆に確認を取り出す。

 

戸部!

お前、この後〆る。

 

「いや!あーしも頑張るし!」

ココで引くわけにはいかない。

 

「あー、もうジャンケンで決めたら?早くしないと次の授業が始まっちゃうよ?」

とうとう、沙希までがうんざりな様子で場を〆ようとする。

 

 

 結局、ジャンケンの3回勝負であーしはストレート負けして敗退してしまった・・・。

勝負は相模の勝ちで幕を閉じた。

 隼人と戸部・・・。

あんたら二人は当分許さない・・・。

ほら、比企谷君もイヤそうな、残念そうな顔をしてんじゃん?

相模と一緒に実行委員なんて不安だよね?

こうなったら、あーしが内助の功で彼を助けるしかない!

とはいえ、なんとか実行委員に潜り込む方法は無いものか?

 

 実行委員会から奉仕部に手伝いの依頼とかが有ればベストなんだけど?

他のクラスの知り合いで実行委員になってる子とか居ないかを探さないとね?

 

 

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「では、F組では比企谷君と相模さんが実行委員になったのね?」

心無し残念そうに雪ノ下さんが確認をしている。

「ああ、なんで文化祭が終わるまで俺は部活を休まないといけないと思う。ちょっと色々と大変になりそうなんだ。」

比企谷君が恨めしそうに相模の顔を睨んでいる。

「いやー、ごめんー。ウチ、つい手を挙げちゃったし?でもさ、比企谷君は副委員長とかピッタリだと思うんだー。」

 

 文化祭実行委員の初日。

その席で実行委員長を、誰がやるかという事が話題に上がった時、事もあろうか相模は自らそのポストに立候補してしまったのだった。

 そして、相模は副委員長に比企谷君を強力に推薦した。

元々は殆どの生徒が自主的に参加している訳ではない委員会だ。

相模の推薦は満場一致で可決され、比企谷君は晴れて副委員長だ。

そうなると、文化祭が終わるまで比企谷君は部活動どころではなくなる。

 

「でも、比企谷君は部活をサボる事を禁止されているのよ?副委員長などは、無効ではなくて?」

「え?そうなの、雪ノ下さん?比企谷君を文化祭実行委員に決めたのは平塚先生だから、この場合はサボりにはカウントされないと思うなー。」

相模は平然と返す。

「平塚先生が?」

雪ノ下さんは絶句している。

「それと、文化祭の顧問は体育の厚木先生と平塚先生だし?公認だよ?」

相模の勝ち誇る笑顔がウザい。

 

 

「こんな事なら私も、もっと強く実行委員に立候補すべきだったわ・・・。」

雪ノ下さんのJ組は、一年から三年までが合同で毎年ファッションショーをやっている。女子率の高いクラスだし平均的に可愛い子が多いクラスだからなんだとか。

「ウエディング姿に目が眩んだ私が馬鹿だったわ・・・。エスコートしてくれる相方は自由に選んで良いという甘い誘惑に負けた自分を叱りたい・・・。」

 

 は?

なにやってんの?雪ノ下さん・・・。

でも、あーしもかなり悔しい。

なんとか文化祭実行委員に入り込む方法は無いものか?

だって、クラスの出し物は男子達がメインの劇だし?

あーし等マジで裏方とか当日の呼び込みが仕事じゃん?

マジで戸部を殴りたくなってきた。

 

「相模さん?奉仕部としても今年の文化祭実行委員の事は全面的にバックアップしようと思うの。奉仕部として何かお手伝いできることはないかしら?」

「もう、水臭いなぁ、雪ノ下さん。比企谷君が居るから大丈夫だよぉ~。雪ノ下さんはファッションショーの方を頑張ってよ!」

相模は満面の笑みでそう答える。

なんか、新学期になってから相模に流れが傾いてない?

あーしの気のせい?

 

「ほら、安易に人に頼るとか自分自身の成長の為に成らないっていうの?ウチと比企谷君の頑張りを暖かく見守って欲しいというか?」

「いや、俺は楽したいから手伝ってもらえるなら充分に有難いぞ?」

「そう、ならば比企谷君のその依頼、受けるわ。」

「だよね!そういう事なら受けないとダメだよね?」

「え!ちょっと待ってよ!実行委員長のウチが必要無いっていってんじゃん?」

「でも副委員長が必要と言っているのだもの。これは是が非でも手を差し伸ばす案件よね?三浦さん。」

「うんうん。コレは奉仕部として全力でフォローしないといけない案件だよ!雪ノ下さん。」

あーしと雪ノ下さんはがっつりと手を握った。

沙希が視線の片隅で頭を押さえているのは気のせいだろう。

 

「でもさ?文化祭を盛り上げるように協力してくれるんならさ?奉仕部も何か出店してよ。ほら、ウチの学校って海浜総合と違って文化部の活動が弱いんだよねー。だからココは雪ノ下さんと三浦さんの魅力を最大限に生かした何かをやって文化祭を盛り上げてよ!」

相模は、あくまであーし等の協力を拒むようだ。

そこまでして比企谷君を独占したいのか・・・。

 

「でもさ?あたしたち奉仕部でもなにかやってみたいかも。ほら、来年はみんな受験で無理だろうしさ?ねぇ、どうかな?ゆきのん。」

結衣は相模の提案に前向きだ。

 まあ、確かに3年になったら文化祭のこの時期はもう受験戦争真っただ中だ。

こういうイベントに全力で取り組めるのは今年だけだろう。

気の合う仲間と何かをやり遂げたいって気持ちは、あーしにもある。

とはいえ、肝心の部長である雪ノ下さんや比企谷君は文化祭自体に乗り気ではない。

雪ノ下さんがクラスの出し物と実行委員への参加を天秤に掛けてクラスの出し物を選んだのも多分そう言うことが理由だろう。

「そうだね、このメンツでなにかやるのも面白そうだけど?どうする?雪ノ下さん。あんたが部長なんだし決めてよ。」

「ねぇ、ゆきのん。あたし達の思い出を作ろうよ!」

「そうね・・・。比企谷君はどうなのかしら?こういう事は避けたい方ではないのかしら?」

「ああ、そうだな。元々ぼっちで、こういったイベント事には全く縁が無かったからな。実際なにをすればいいのか全く分からん。」

「まあその辺の事は雪ノ下さんと三浦さんに任せてさ、ウチらはそろそろ実行委員の時間だし、行こうよ比企谷君。」

結局、相模はあーし等の協力を跳ね除けてしまったまま比企谷君を連れて文化祭実行委員の方へ行ってしまった。

 

「困ったわね・・・。なんとか相模さんを委員長から引き摺り下ろす手段は無いものかしら?」

いや、雪ノ下さん黒いよ!危ないよ!

 

 

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 あれから数日が経った。

相変わらず奉仕部には依頼らしい依頼もなく、だらけた空気が漂っている。

 部室には部長の雪ノ下さんを筆頭にあーしと結衣が居るのだが、沙希はクラスの方でやる演劇の衣装作りを姫菜から任されてしまい、この処は休み時間やお昼休みも衣装作りに大わらわだ。

 F組の文化祭の出し物は演劇で『星の王子様』を姫菜風の解釈で腐向けのお話にアレンジした内容だ。

主役の王子様は戸塚。そして準主役のボクが隼人。

 あーしと結衣は広報担当。

まあ、ポスターとか作って後は当日の呼び込みが主な仕事だ。

 でも告知のポスターはすぐに作ったし、実行委員の方にサンプルを提出しているので許可が出次第、学校の掲示板に貼るだけだ。

それまでは、あーしも結衣もあんまりやる事無いんだよね。

そんな訳で、今日も放課後は部室でダラダラしてる。

 

 

「ひゃはろー!」

イキナリ戸が開いたかと思うと、陽乃さんが部室に飛び込んできた。

 

「姉さん、入る時はノックしてからにして。」

「あ、陽乃さん。こんにちは。」

「やっはろー。陽乃さん。」

「あ、ども・・・。」

あーし等は一応の挨拶をする。

 

「もー!雪乃ちゃんてば、実行委員じゃないじゃなーい。おかげで実行委員会に私の居場所がないんだけど?居たのは比企谷君と相模ちゃんだけだし。」

「私だって実行委員になるつもりだったのよ。でもクラス中から阻止されたのよ。クラスの出し物に参加してほしいからって。」

「あー、J組は毎年ファッションショーだもんねー。」

「エスコート役を私が指名できると言うから、比企谷君に燕尾服を着てもらってランウェイをエスコートしてもらう予定だったのに・・・。」

え!

雪ノ下さん、そんなつもりだったん?

これは、比企谷君が副実行委員長になっておいてくれてよかったかも!

 

「そうだわ、姉さん?今からちょっと実行委員会に行って進行を滅茶苦茶にしてきてくれないかしら?そうすれば相模さんも私達、奉仕部を頼ろうとするわ!」

雪ノ下さん、だんだん酷くなってね?

「あー、それは無理なんじゃないかな?生徒会長のめぐりも言ってたけど、今年の実行委員は滅茶苦茶優秀で私が委員長をやってた時よりも三割前倒しで進行してるって、びっくりしてたよ。相模ちゃんも頑張ってるけど、比企谷君のアシストが的確で会議の席ではドンドン案件が片付いていくそうだよ?それに過去の問題点を纏めた資料が出来ていてね?大体はそれを読んだら誰でも出来る様にはなってるみたい。」

 

 詰んだ。

 

 そうだよねー。

 

 相模ってヤツは変態でちょっと可笑しいところを除けば、対人関係の構築があーしよりも上手い。

 

 それに比企谷君。

彼は自分が楽をする為には労力を惜しまない。

 

 

 文化祭実行委員?

そんなの毎年やってる事のルーチンワークが七割だろ?

 だったら、過去数年分の履歴を纏めておけば大体がどのへんで躓くか予想ができるだろ?その辺を予めタイムテーブルに纏めておいて過去の対処方法をTIPSにしておけば、後は寝てても委員会は回るはずだ。

 飲食関係が保健所との折衝で面倒だけど、これも過去の事象を参考資料として纏めておけば役所向けの資料なんて直ぐに作れるしな。

 今までに無い突拍子もない事を提案してくる団体が無い限り、事務手続きってのは過去事例を参考にしたルーチンワークで済むんだよ。

 

 

 比企谷君はそう言っていたけど・・・。

まさか過去の資料の纏めをやって、そういう資料を本当に作るとは。

恐らく比企谷君が提案して相模が取り巻きの子らに資料を纏めさせたんだろう。

枯れても総武高校の生徒の偏差値はかなり高い。

こういう頭脳労働は本来は、みな得意なはずなのだから。

 

「そうね・・・。ならば私達がその突拍子もない事やりましょう。そうすれば相模さんも私達を頼ろうとするはず!」

いや、それ多分逆効果だと思うよ?

「突拍子もない事って?文化祭の出し物ってガイドラインが厳しいし、そういう重箱の隅を突いたり、揚げ足を取るようなアイデアってあたし達で考えられるかな?」

なんか、結衣が珍しくマトモな事を言っている。

そうだよねー。

そう言うんは、比企谷君の独壇場だもんねー。

 

「ちょっと実行委員の処に行って部活動での出し物についての資料が無いかを聞いてくるわね。」

雪ノ下さんはそう言うと部室を出て行った。

奉仕部として文化祭に参加?

なんかもう滅茶苦茶な未来しか見えないんですけど?

 

「あー、雪乃ちゃん行っちゃった。まあ、でもこの処の雪乃ちゃんはなんかダメダメで好きだなー。」

「え?」

「ほら、あの子って小学校の低学年からいつも孤立していて常に周りに気を張ってたんだよねー。だから表情も乏しかったしね。比企谷君や三浦ちゃんと一緒に部活をするようになってからは人間味が出てきたよね。」

「でも、ポンコツになってますよ?なんか隙だらけですよ?」

「まあ、それはコレから自分で学んでいくでしょ?私の妹だしね。」

「そんなもんですか・・・。」

「そんなモンだよ。」

 

 

「大変よ!三浦さん!由比ヶ浜さん!」

文化祭実行委員に行っていた雪ノ下さんが慌てて戻って来た。

「どうしたの?ゆきのん。」

「雪ノ下さん、なにかあったの?」

 

「そ、それが・・・。」

 

 雪ノ下さんが持ってきた話に、あーしは愕然としたのだった。



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幕間 1 やはり私の青春ラブコメも正しくない。

 

 

 

 あの日、彼がこの部室に来なければ、今の私はこんなにも苦しむことは無かったのだろうか。

 

 いや、もし彼がこのままココに来なければ、懺悔と後悔の念は日々私の中で大きくなってしまい、やがて自分自身を押しつぶしてしまっていたかもしれない。

 

 

 国語教諭の平塚先生に命じられるままに奉仕部という部を作り、部活動という名で放課後を一人で黙々と過ごす日々を始めて数カ月。

彼は平塚先生に連れられてこの部室にやって来た。

 

「入るぞ!」

掛け声と同時に戸が開き、何時もの様に平塚先生はズカズカと部屋に入ってくる。

 

「・・先生。入るときはノックをとお願いしているのですが。」

「まあ、君はノックしても返事をした試しがないじゃないか。」

「それは平塚先生が返事をする前に戸を開けるからです。」

これはいつものやり取り。

もはや、様式美と言っても差し支えないかもしれないわね。

 

 平塚先生は二人の生徒を引き連れてやってきた。

一人は三浦優美子さん。

 一年の二学期頃から何故か良く見かける子。

キレイな顔立ちと、女性なら誰でも憧れるであろうスラリとしながらも出るべき処はちゃんと出ている誠にもって羨ましいスタイル。

 唯一の欠点と言えば、その派手な金髪の髪形。

私が中学時代に留学してたイギリスでもこんな髪形をした子は見たことがない。それくらい派手なヘアースタイル。けれど、それが嫌味に見えないのは不思議だと思っていた。

 まあ、その髪型の秘密を知った私は未だに『ななはちゃん』と同じ髪型にするか迷っているのだけれど・・・。

 

 彼女は二年になってF組になり、葉山隼人と良く一緒に居るのを見かけるようになった。

 恐らく彼女も葉山隼人の外観に魅入られた一人なのだろう。と初めは思っていたのだけれどね。

 

 そしてもう一人は問題の彼。

比企谷八幡君。

 私は彼と会わないよう細心の注意をしていたのだけれど、それがこのような形で崩れてしまうとは思ってもみなかった。

 

 彼との本当の出会いはこの総武高校の入学式の日に遡る。

 あの日、私は入学式で新入生の代表として入学式の席上での挨拶を行うにあたり、文面の最終確認の為に一時間以上早く自宅を出た。

自宅からは送迎のクルマに乗せられて学校に向かった。

 私は普段通りに電車とバスを乗り継いで行くつもりだったのだけれど、朝が早いのと安全の為という事でクルマでの登校を母から命令された。

 なので、私は少しの気恥ずかしさから運転手の都築さんに、学校近くでは目立たない道路を通って欲しいとお願いしてしまった。これがそもそもの間違いだった。

 せめて大通りを堂々と走って貰えば後々都築さんにも迷惑をかけることは無かっただろうに・・・。

 時間は普段であれば通勤、通学の随分前の時間帯のハズだった。

 偶々道路に飛び出した子犬を助けるために自転車に乗った男の子が飛び出してきて、私の乗るクルマに撥ねられてしまった。

 その時の私はどうすることも出来ず、ただ言われるがままにシートに座ったまま俯いてじっとしているだけだった。

 幸い学校の直ぐ近くだったことも有り、男の子が救急車で運ばれ現場検証が始まるタイミングで私は徒歩で学校に向かうよう、母から連絡を受け学校に向かった。

 

 男の子の顔は解らない。

 窓からちらりと見た限りでは総武高校の制服を着ていたから入学式に参加予定の在校生か、朝早くに出発しすぎた気の早い新入生だろう。

 彼には早々に謝罪に行かなければと思っていたが、両親からも顧問弁護士からも彼への接触は禁じられてしまっていた。県会議員である父の立場上、こちらが悪くない事故であってもスキャンダルの種にされかねないという大人の判断があったからだろう。

 なので私は彼に対しての謝罪はおろか接触さえしてはならないと厳命された。

私の軽はずみな言動が招いた事故だったのにだ。

 

 入学式の時もその後の始業式でのガイダンスの際も、入学式の時の事故は伏せられており生徒にも通学中の事故への注意喚起等は無かった。

 だから、多くの生徒は入学式の時に事故があり式に出られなかった生徒が一人居る事など知らない状態だった。

 入学式の挨拶の打合せの席では生徒会役員の上級生達が迎えてくれていたが、誰かが欠けているというそぶりは無く、事故に遭ったのは新入生なのだろうと直ぐに判ったのだけれど、同じ中学からは数名がここに入学してはいたが、普段の交流が無く接点も無い私にとって事故に遭った人物を探し出すことは簡単ではなかった。

 

 何しろ学校側も事故を無かったことにしていたのだ。

 入学早々に学校を休んでいる生徒など多くは居ないハズだけれど、どのクラスを覗いても不自然な様子は見受けられなかったし、実際に誰か休んでいる人は居ないかと各クラスを聞いて回ったけれど、見つからなかった。

 もしかしたら、何かの用事あって入学式前に学校に来たかった上級生かもしれない。

 

 そうなるとその人物を探すのは私では不可能だ。

 

 私は自責の念に圧し潰されそうになりながらもギリギリ平穏なフリをして日々を過ごしていたのだけれど、二学期に入ったある日の放課後。

 

「おい、比企谷。お前いい加減に授業中に寝るのは止めろ。数学が解らななら補習とかもしてやる。もう少し真面目に授業を受けろよ。入学式の日に事故に遭って初めの三週間を休んでしまったとはいえ、もう二学期だ。この辺で後れを取り戻さないと、もう授業に付いて来られなくなるぞ?」

職員室で一人の生徒が数学の教師から注意を受けていた。

 

『入学式の日の事故で三週間学校を休んでいた?』

 

 期せずして、私は事故の相手を見つけてしまった。

しかもその事故のせいで授業についていけなくなっている。

この時の私の心の中の衝撃は相当なモノだった。

 

 

 それからの私はひっそりと彼を観察し続けていた。

 謝罪することも許されず、接触することもままならない私は彼を観察する事しか出来なかった。

 

 そして気が付いたことがある。

彼は事故で骨折した足を時々庇う様なしぐさをする。

 普段の体育ではマラソンや短距離走もこなしているようなのだけれど、不思議と雨天や湿度の高い日に限って脚を庇うようだ。

もしかして後遺症があるのではないか?

だとしたらソレは私の責任だ。

私は加害者なのだ。

 私が人生をかけて償わなければならない問題なのに、両親はもう示談が終わったから話を蒸し返してはいけないと私に言い放った。

 

 

 

 そして運命の日。

 

私は彼と対峙する事になった。

 

 私はなんとか彼の入部を止めようとしたのだけれど、平塚先生は言葉巧みに私を言い包め様としたし、何故か同席していた三浦さんを焚きつけて私から入部の許可を取り付けてしまった。

 

 私は彼が部室に来たくなくなるようにと会話の端々に罵倒の言葉を混ぜてみたが、彼はそれに屈する事なく、言葉で返してくる。

 始めは嫌々の会話だったのが何時の頃からか彼との会話が楽しくなっていた。

 途中に三浦さんが割って入る事で会話が妙に弾むのも新鮮で心地よい時間だった。

 

 けれど楽しい時間は直ぐに終わるだろう。

感のイイ彼の事だ、事故の相手が私だと知れば彼は私を簡単に許しはしないだろう。

これまでの心地良い時間は永遠に失われてしまうのだ。

 

 意を決した私は賭けに出た。

 私は彼が部室に忘れた携帯電話を届ける為と偽って、平塚先生に彼の自宅の住所を聞き出し、彼の自宅を訪問した。

 

「え?雪ノ下?どうしたんだ?こんな時間に・・・。」

「まだ七時前なのだけれど?そんなに遅い時間ではないと思うのだけれど。」

「なんか部活の連絡か?あれ?俺お前に家の住所教えたっけ?」

「何を言っているの?私は部長なのよ?部員の住所位は把握しているわ?」

「お、おお・・・、そうか・・・。」

「ところで、ご家族の方は?」

「あー、両親は共働きで帰宅は毎日九時過ぎだな。妹がいるけど今日は塾なんで帰って来るのは九時前だな。」

「では今はあなた一人なのね?都合がいいわ。少し上がらせてもらってもいいかしら?お話ししたいことがあるの。」

 

 私は彼の自宅に上がり、これまでの事を説明して謝罪をした。

そんな私に彼は。

 

「別にお前が運転したわけじゃねーだろ。第一道路に飛び出したのはコッチだ。道交法じゃ車両同士の事故って事で、事故の責任割合はコッチが高いんだそうだ。それに怪我だってある意味自己責任だろ。だから、もう謝るな。お前が責任を感じる必要はナニもない。」

そう言ってくれた。

 

 そして、その瞬間だ。

私の心が軽くなったのは。

 

 とはいえ、私自身は他人との接し方が良く解らない。

 特に彼には以前から罵倒の言葉を投げてしまっていたのだから、簡単に態度を変える事はダメだと判っていても出来なかった。

そんな私に彼はちゃんと言葉で返してくれる。

初めからずっと変わらずそうやって接してくれている。

そして私が知らない世界を私に見せてくれる。導いてくれる。

 

 だからだろう。

私が彼に恋心を覚えたのは。

 けれども彼に魅かれているのは私だけではない。

三浦さん、由比ヶ浜さん、川崎さん、相模さん。

私はこの四人の誰にも敵わない。

彼女達はそれぞれ魅力的で女性としての人気が高い。

外ズラだけで中身のない私では逆立ちしても勝てないのは解っている。

だからこそ、何としても彼女たちには勝ちたいと願う。

 

 八月七日。

私は有る決意をもって実家に戻る。

両親に私の気持ちを伝えるために。

 

比企谷君との今後の為に・・・。

 

 



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第15話 Festival 2

すいません。
昨年末にこっちをアップしたつもりで、間違えて前の話を重複アップしておりました。

ご指摘いただいた方々、ありがとうございます。


 

 

「よお、三浦。調子はどうかね?」

平塚先生が朝から元気に声を掛けてくる。

対するあーしは元気が前年比で80%位低い。

なんなら、昨日より100%は低い。

 

「いやー、なんか不調です。」

っていうか絶不調というやつだ。

 

 原因は、昨日の雪ノ下さんから聞いた話。

 

『比企谷君が相模さんと付き合っている。』

『今年の文化祭では総武高校のベストカップルを選ぶ、それには比企谷・相模のペアがノミネートされている。』

 

 文実内で囁かれている衝撃の噂。

 

 事実、実行委員会の部屋では相模が比企谷君に肩を寄せて何時も親しげに打ち合わせをしているし相談事などでは終始、比企谷君を立てるような言動であるという。

特に過去最高だったと言われる二年前の文化祭よりも準備がスムーズで、地域からの参加のグループ数も過去最大規模になるのだそうだ。

 お陰で文実内では『お互いを高め合っている最高のカップル』なる、不名誉な噂が公然と流れているそうだ。

 

 それだけでは無い。

ここ数日で流れ始めた話。

比企谷君が入学式の日に見ず知らずの子犬を助ける為に走っている自動車の前に飛び出して子犬を助けたという話が校内で囁かれている。

この事を知ってるのは、当事者と当事者から話を聞いたあーし位しかいないはずなんだけど?

学校側はこの事故をトップシークレットにしているハズだし?

 

 で、当然の如くその話は文実の実績の事も相乗効果となって「比企谷君は見た目近寄りがたいけど、実は誠実で心優しい男性」というもっぱらの女子達の評判だ。

おかげでこの処は、クラスの内外の女子達の彼を見る視線が非常に好意的で、以前の『比企谷?誰?それ。』という反応をする女子はもういない。

 

 

 そのせいも有るのだろうか?

僅か数日の事なのに、あーしと比企谷君の間には溝が出来てしまっているみたいにもなっている。

授業の合間の休憩時間も相模との打ち合わせが多くて、あーしが会話に入って行けてないってのも有るんだよね。

 

 いつの間にか休憩時間の比企谷君の隣はあーしから相模のものになった。

 

「ん?どうした。普段の三浦らしくない様子だな。良ければ話を聞くぞ?」

 

 

 

 お昼休み。

あーしは部室での食事を取りやめて生徒指導室に居た。

 

「さて、どうもこの頃落ち込んでいる様だがどうした?比企谷と喧嘩でもしたか?」

「いえ、喧嘩だったらよかったんですけどね。それ以前の話っていうか・・・。」

「ほほう・・・。夏休みはあんなに仲が良かったのにな。」

平塚先生が心なしか嬉しそうに見えるのは、あーしの僻みだろうか?

 

「いやー、三浦を見ていると私の学生時代を思い出してしまってな。私だってこれでも総武高校時代は一年から三年まで裏文化祭ではミス総武だったからな!」

「へ?裏文化祭?」

「ああ、あの頃もそうだが今時も表立ってミスコンとか出来ないだろう?文化祭のSNSに裏口を作ってだな、そこでコッソリとミスコンとかをやる有志が居たんだよ、当時は。」

「へー。そう言うのって今でも有るんですかね?」

「あー、まあ気になったら文化祭の公式SNSの中を探してみたまえ。たしか去年は三浦と雪ノ下が同率で一位だったハズだぞ?」

あーしが知らない衝撃の事実。

恐らく雪ノ下さんも知らないだろうし。

材木座辺りに聞けば何か情報が有るかもだけど?

あいつは友達が居ない割にこういう事にやたら詳しい不思議な奴だしね。

 

「で、三浦が今落ち込んでいる原因は、ずばり比企谷か?」

「はぁ、まあ・・・。」

「二学期が始まって直ぐ位から、君が比企谷に構っているのは例の迷惑メール対策という噂がクラスで流れているようだが?」

「それなんですよ。それに比企谷君もその噂に同調する処があって・・・。あーしはそんなつもりで比企谷君と仲良くしているんじゃないんです。」

「ほほう、三浦は恋する乙女か。」

「先生!茶化さないでくださいよ。」

「いやー、昔の自分を見ているようで懐かしくてな。そういえば当時の私も片思いの相手が中々振り向いてくれなくてな。どうでも良い男は沢山寄ってくるんだが、肝心の本命には相手にされなくてな。私がモテ過ぎて自分は揶揄われていると思っていたんだそうだ。」

「え?その人とは?」

「そいつが結婚した後に同窓会で聞いたんだよ。ほんと、学生時代にもう少し押しておけばと後悔したものだよ。」

 

 うわー。

 

 ヤバイ!

 

 あーしもそのパターンに入って来てる?

でも、比企谷君には本気だって事は2ヵ月以上前に伝えているんだよねー。

その後に色々と騒動が有ってなんか有耶無耶になってしまってるけど。

やっぱ、実力行使しかないかな?

 

「まあ、三浦を見ていると昔の自分とダブってな。三浦もラノベや深夜アニメも多少は嗜むのだろう?ホントに昔の自分を見ているようだよ。」

 

 がーーーん!!!

 

 あーしヤバイ!

 

あーしってもしかしてヤバイ路線を進んでる?

もしかしてアラサーになってもあーし独身なん?

こ、これは是が非でもなんとかしなきゃ・・・。

もうこれは既成事実ってのを作るしかない?

 

 あーしが頭を抱えながら唸っていると平塚先生は、

「それにしても相模まで比企谷に魅かれていたとはな、比企谷もボッチとか言っていたが案外ジゴロ体質なのかもな?」

「それなんですけど、文化祭でベストカップルを選ぶイベントとか有るんですか?」

「ああ、その噂か。さっきも言ったが学校側はそんなイベントを許可はしていないさ、でもまあ生徒が独自に裏でやるのまでは取り締まれん。」

「じゃあ、非公認のイベントって事ですか?」

「大きな声では言えないがそういう事だな。」

「そういうのを学校が注意するとかは出来ないんですか?」

「正式な催しではないし、全校生徒が知っている訳でもないからなぁ・・・。それに裏でやっていたんでは教師も完全には把握できんよ。」

 

 うーん。

ベストカップルのイベントを阻止するのは難しいのか・・・。

「なんだ、三浦。ベストカップルを選ぶのは気に入らないのか?お前だって葉山辺りとなら映えると思うぞ?」

「いや、やめてくださいよ。比企谷君となら大歓迎ですけど・・・。」

隼人との話は確かに楽しい処も有るけれど、今ならまだ小岩君や青砥君の方がずっとましだよ!

「まあ、今の文実でも比企谷と相模の事を盛り立てているのは相模の友人達だしな。そういう外野の応援があれば確かにアドバンテージが有るから焦るのは解るがな。」

「相模の友人?ですか?」

「ああ、実行委員に同じ中学の時の友達が二人いるみたいだな。確かバスケ部の二人だったと思うぞ?」

また、バスケ部か!

どうしてバスケ部は何時もあーしの前に立ちはだかる?

ホントあーしにはどうもバスケ部は鬼門みたいだ。

「その二人が噂とか流してるんですかね?」

「その辺の細かいところまでは解らないがな、実行委員の中ではその二人が比企谷と相模がベストカップルに相応しいとか言っているみたいだな。」

 

 不味い。

あーしの場合は友人っていうか親友の結衣とはライバルだし、姫菜は腐枠だし?沙希は解らないけど、もしかしたら今後はライバル枠に入ってきそうで、あーしを応援してくれる友人がいない!

考えたら、一年の時からこういう事を相談できる友人ってのを作って来なかったツケが回ってきたのかも・・・。

相談できる中学時代の友人の真理ちゃんは学校が別だし!

結衣には悪いけど、なんとか姫菜だけでも味方に引き入れられないものか?

「おいおい、三浦?なんか顔が怖いぞ?大丈夫か?」

「え、あ、大丈夫です。ちょっと色々ショックな事が多くて混乱してるだけです。」

「それ、大丈夫じゃないだろう。」

「ですよねー。」

あーしもそう思う。

 

 とはいえ、昨日はその現実を見てしまって、雪ノ下さんも落ち込んでいたんだった。

彼女の場合はコミュ障だし?下手したら、あーしよりも酷い状態かもしれない。

今日は恐らく、雪ノ下さんもあーしと同じように絶不調なのだろうか?

そんなことを考えていたら、平塚先生につい彼女の事を聞いてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?雪ノ下か?彼女も比企谷と同じである意味では高二病だからな。」

 

 あーしは話のついでに以前からの疑問もあり、夏休み前に比企谷君から聞いた事を平塚先生に聞いてみた。

 

「高二病?中二病の酷いヤツですか?」

「まあそうだな・・・、比企谷は目に見えて高二病だが雪ノ下も中々負けてはいないぞ?いや、より酷いと言った方がイイのかもしれん。なにせ自分は既に世界を見渡していると思い込んでいる処が有るからな。」

「あー。」

そう言えば、雪ノ下さんって結構、世間を上から目線で論じる処があるよね。

「大人の世界の話を自分の尺度で語ってしまうんだよ。その比企谷が雪ノ下に聞いた話、というのが良い例だな。」

「え?事実は違うんですか?」

「まあ、当たらずとも遠からずなので余計にややこしいんだよ。大人の事情は。」

「じゃあ、まったく的外れでもないんですか?」

「まあ、こういう事だ。」

 

 

 あの入学式の日。

通常よりも更に一時間程早くに学校に来て、入学式の準備をしていた私たち教師連中に雪ノ下の乗った自動車が事故に巻き込まれたとの一報が入った。

 なんでも、通学途中の学生の自転車が急に道路に飛び出して来て自動車にぶつかってしまったのだと。

 学生はどうやら総武高校の生徒らしい。

こんな朝早くに学校に来る予定の生徒は生徒会の一部、今日の入学式に参加するメンバーか、今日の入学式に参加する新入生だ。幸いにも学校の近くであった為に、体育の厚木先生に現場に行ってもらい状況を把握するようにした。道路に飛び出した生徒は新入生で、自動車に轢かれそうになった子犬を助けようとして自転車で道路に飛び出したという事だった。

 

 通常、道交法では自転車は車両扱いの為、今回のように自転車の方が道路に飛び出して自動車にぶつけてしまった場合、事故の責任割合は圧倒的に自転車の方が高くなり最悪の場合、自動車への修理代や運転手、同乗者への慰謝料請求をされる場合もある事案だ。

事実、昭和33年の交差点を信号無視した自転車が自動車と起こした事故では、自転車に乗っていた方が死亡はしているが事故の過失割合が9割で、自動車の運転手の過失が1割という判例も有るのだそうだ。

 その為、遺族が死亡した自転車の男性の代わりに、自動車の修理代などを負担しなければならなかったという事もあったのだとか。

 

 また、事故の自動車には同じく通学中の女生徒が同乗しており、その生徒は学校の招聘により自動車での来校を許可されていて、保護者からは同乗の女生徒が事故でショックを受けているので、女生徒の扱いについては配慮してほしいとの要望が入った。

その為に学校としては今回の事故の取り扱いが微妙になってしまった。

 

 通常、学内の生徒が係わる事故や地域で起こった事故などは全校集会や各クラスのホームルームで注意喚起を行うのだが、同乗していた女生徒の心情を刺激しない方が良いのではないかという判断の元、学内では事故の事を一切報じない事にした。

もちろん、コレには怪我をした生徒が暫く入院する必要が有るが怪我自体は大した事がないという医者の判断と、当事者同士の示談交渉の内容による判断であり、決して何処からか圧力がかかったと言う訳ではない。

 なので、職員室での教員同士の会話では、両者の学業の事も絡めて普通に話題にしている程度の内容だ。

 ただ気を付けていたのは、その女生徒の近辺では事故の話をしないように注意していた位だ。

 

 又、我々教員は二人の生徒を見守りつつ、注意深く経過を観察するようにした。

男子生徒と女生徒が不用意に遭遇する事で、不要なトラブルを防止するためでも有ったんだが。

 

 入院していた男子生徒の方は休んでいた分、数学や物理などの学科で多少の躓きが有るモノの、文系科目は総じて成績が良く学年でもトップクラスである。体育においても短距離走、持久走などでは平均レベルよりも上の成績であるので、それ程の問題は無いのでは無いかと思われている。

 

 問題は女生徒の方だった。

学業自体は問題が無く、定期試験では常に学年一位なのだが、事故の相手を探している様子で、情緒が不安定になっているようなそぶりが見受けられた。

 

 その為、専門のカウンセラーとも相談し彼女の心の問題に対処すべく考え付いたのが、奉仕活動を通じて彼女の心のバランスを取り戻す方法だった。

 

 

「えー、っていう事は・・・。」

「まあそうだ、雪ノ下の深読みのし過ぎ。っていうか、こう言う思考が高二病なんだよ。あと、その辺を普通に受け入れる比企谷もだがな。」

「あー、なるほどー。なんか雪ノ下さんの家の圧力が有った。って言うのは勘違いなんですね?」

「当たり前だろう。全くいつの時代だよ?県会議員がそんなことをしてバレたら大変だぞ?第一事故の責任割合で言えば、圧倒的に比企谷の方に非が有るからな。そもそも圧力をかける必要がないよ。まあ、我々学校側も必要以上に慎重になってしまっていたから、誤解を受けていたのはしかたがないがね。」

確かにあーしも比企谷君から聞いた話には少し違和感があった。

 何故なら、相模や雪ノ下さんが職員室で聞いたという、比企谷君が数学の教師からされていた注意の言葉。数学の教師は職員室で毎回普通に事故の事を話してんじゃん?

その段階で、シークレットでもなんでもないよね?

職員室なんて普通に生徒も出入りしてるんだし。

 確かに入学式でも始業式後のホームルームでも事故に対しての注意等が無かったから学校が隠蔽しているっていう発想は出来なくなないんだけどさ?

 

「あ!」

「ん?どうした?」

「だったら、もしかして平塚先生が比企谷君を、無理やり奉仕部に入部させたのって・・・、もしかして?」

「ああ、そうだよ。二人を引き合わせる為だ。コレには雪ノ下の家の方でも納得済みの話だよ。表立ってはいないが、彼女の休み時間の奇行が目立って来たからな。」

「奇行って?」

「比企谷に対するストーキングだよ。本人は気が付いていないんだろうが、職員室では一年の三学期頃から結構話題になっていたんだ。」

 

 あー!

 やばい!

 雪ノ下さんはそれなりに教師達にマークされてたからバレていたけど、あーしや結衣、相模も同じような事をやっている。

 

「まー結果論で言えば、雪ノ下の両親も雪ノ下と比企谷の接触についてはいい方向に雪ノ下が変わってきているので、概ねは良しとしているようだ。元々は雪ノ下の性格上、事故の相手にとんでもないことを言い出しそうなので、接触しないようにと両親が言い含めていたんだそうだ。あいつの性格だと自分が加害者で、それこそ『一生かけて償います』とか言い出しかねないだろ?」

ってか、まさに今その状況なんじゃ?

 雪ノ下さんが比企谷君に固執するのって下地にはそういう負い目があるんじゃ?

コレは早い段階で、雪ノ下さんの目を覚まさせないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした三浦、少しは気分が晴れたのかね?」

「へ?」

「いや、今朝ほどのどよーんとした雰囲気が、無くなっているようなのだけど?」

 

 平塚先生に指摘されてようやく、あーしは自分の中のモヤモヤが少し晴れて来ていたことに気が付いた。

 

「先生、色々ありがとうございました。後で部室で色々対策を考えてみます。」

「おいおい、あまり教師を悩ませるようなことは考えないでくれよ?私は陽乃の時みたいに苦労したくはないぞ?」

 

 何だかんだでお昼休みを使い切ってしまっていたけど、あーしはもう一度前に進む心の準備が整った。

まあ、おかげでお昼ご飯を食べ損ねたんだけどね。

 

 

「あら?三浦さん今お弁当なの?」

放課後の部室。

雪ノ下さんが、お弁当を食べ始めたあーしに温かいお茶を入れてくれた。

 

 ほんと、こうやって冷静に見ると、雪ノ下さんって外見が可愛い材木座だよね?

ってか材木座を美少女化したら、こうなるのか・・・?

なんか、可笑しな発想が次々に頭を横切る。

 

「うん、ちょっとお昼に色々あってねー。」

「そう。ならば食事が終わったら文化祭の対策を打合せしたいのだけれど?」

「あー、そうだね。一緒に考えるからちょっと待ってね。」

「なんか、優美子とゆきのんって今日は凄く仲がいいね!」

「あら?そうかしら?」

「うーん、そうなんかな?」

まあ、あーしと雪ノ下さんの今の立場は、『相模という強大な敵に立ち向かう、ななはちゃんとアンジュちゃん』みたいになってるのかも?

 

 

 

「で、何故に拙者らがココに呼ばれたのでしょうか・・・。」

 

 あーしは遅いお昼を食べ終わると、早々に材木座と遊戯部の相模弟、秦野を奉仕部の部室に呼び出した。

「それにしても三浦さんは良く彼等の連絡先を知っていたわね?彼等に何かを協力させたいのかしら?」

そう言われると意外かもしれないけど、あーしは遊戯部の二人と併せて材木座の連絡先も先日の遊戯部での騒動の時に交換している。

なんなら、四人で一緒にななはちゃんの映画も見に行っている(本当は比企谷君を誘うつもりだったけど、比企谷君の都合がつかなかったんだよねー。)

 

「一応紹介しておくと、そのメガネの二人は遊戯部の部員でね。メガネのフレームの細い方が相模の弟で、緑の方が秦野ね。」

「ええ?さがみんって弟がいたの?」

結衣は一年の時に相模のグループにいたらしいけど聞いてないんかな?

「そう、相模さんの弟さんなのね?コレは有難いわ?さすが三浦さんね。」

雪ノ下さんの目が獣の様に怪しく光る。

 

「えーっとさ、先ずは総武高校の文化祭のSNSの裏垢ってのを教えてよ。」

「「は?」」

結衣と雪ノ下さんがビックリする。

「そ、それを知ってどうしるのだ?言っておくが我らは無関係だぞ。というか、文化祭自体が我らには無関係だからな・・・。」

「あー、そういう自虐ネタはいいんで質問にだけ答えて?」

「あ、はい。えっと、コレです。」

即座に材木座は自分のスマホを使って総武高校の公式ページから、裏の文化祭ページを開いて見せてくれた。

 

「ほえー、こんなのが有ったんだ・・・。」

「ミス総武高校?こんな事を裏でやっているの?」

「そうみたい。因みにその歴代のページを遡ると平塚先生も出ているらしいよ?」

「おおー、ちょっと探そうぜ?あの先生の歳が判るよな、コレ。」

「あ、あった。ほほう、なんと平塚教諭は今年で29歳なのか。来年にはアラサーではなく、三十路だな。あっははは。」

「あー、平塚先生に歳の事いうと殴られるからね?」

「あら二年前と三年前のミスは姉さんなのね。」

「去年はあーしと雪ノ下さんだったらしいけど。」

「今年のミスの予想ページまで有るよ?」

「あら?今年は三浦さんが単独一位予想なのね?」

「あー一年には、いろはちゃんもエントリーされてるねー。」

あー、サッカー部のマネージャーで隼人に付きまとってる子だよね。

「「げー、一色かよ勘弁してくれよ・・・。」」

秦野と相模弟はゲンナリだ。

「裏とはいえ、私が三浦さんに大差を付けられて2位というのは、納得がいかないのだけれど?」

あーし等はついミスコンの処で盛り上がってしまった。

 

「で、ミスコンがどうかしたのであるか?」

材木座はこんな事で呼び出したのかと言いたげだ。

「いや、そこはどっちでもいいんだけどさ。今年はベストカップルを選ぶってもの聞いてるんだけどね・・・、あ、これか。」

あーしが目的のページを見つけると。

「ええ?」

雪ノ下さんは身を乗り出して、材木座と肩が密着するのもお構いなしで、材木座のスマホの画面を見つめてるよ?

 

 ベストカップルへ推薦されている中には、噂通り比企谷・相模のペアもある。

不名誉なのは、あーしと隼人のカップルが有ることだ。

 

「ゆきのんとカップルになっている本牧君って誰?」

結衣が見つけたのはどっからそんな噂が出ているのかも怪しい組み合わせだ。

「さあ?さすがの私でも全く知らない人と噂になるのはいただけないわよ・・・。」

「過去に告白とかされた人じゃないの?」

「そんなの一々覚えてなんかいないわよ・・・。これならまだ、由比ヶ浜さんとカップルの方がマシだわ。」

 

「ところで、このベストカップルというのは誰がエントリーさせているのかしら?」

「それは、ほらココからエントリー申し込みのページに行けるのでそこから申し込みをするのだ。」

材木座は雪ノ下さんの問いにすぐさま答えて、申し込みのページを開く。

 

「うーん、これって申し込んで受理されないとエントリーにはならないですねー。って事は、このサイトって管理者が居るのか?」

「おお、本当だ。試しに申し込んだけどすぐにはエントリーには反映されないな。」

って、秦野!アンタ自分とななはちゃんでエントリーするなよ。

「一応総武高校の生徒限定ってなっているから、実在の人物かを確認してるのかもしれないな?」

うーん、なるほど・・・。

「じゃあさ、材木座と平塚先生でエントリーしてみてよ。」

あーしは思いついたことを口にする。

 

「おー!それいいっすね!よし俺がエントリー申し込みますよ。」

相模弟が二つ返事で申し込む。

 

 暫くすると、秦野の申し込みは受理されなかったようだけど、相模弟が申し込んだ「平塚静と材木座義輝」の組み合わせは受理され、エントリーリストに名前が挙がった。しかも平塚先生の写真は高校の時に撮影された、ミス総武の時の写真だ。

 

「ちょ!我を陥れる為にこのような場を設けたのであるか?」

材木座の反論を、あーしと雪ノ下さんの睨みで黙らせてから、あーしと雪ノ下さんはしっかりと見つめ合う。

 

 

 うん。

これだよ!

 相模。

あーし等の逆襲を見ていなよ?

 



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幕間 2 やはり平塚静の婚期は遠い。

 

 

 

「おー、比企谷!三浦!」

 

 なんだか綺麗な女性がコッチをみてるなー、って見とれていたら平塚先生だった。なんか、バッチリとメイクもしててドレスアップもしてて、普段でも美人だけど、もう別人のようだ。比企谷君もボーっと見とれているし。

 

 その日のあーしと比企谷君は、雪ノ下さんのマンションでの勉強会を終えて、プレナに買い物に立ち寄ろうとしていた。

 ちょうどその日は夕方から、小町ちゃんがクラスの友達同士で船橋の花火を見に行くのだとかで、勉強会が終わるとダッシュで帰宅していった。

 大志君も一緒に行きたそうにしていたが、小町ちゃんからは留美ちゃんを自宅まで連れて帰る様に頼まれてしまっていた。

 で、小町ちゃんは今夜は晩御飯は要らないって事だし、比企谷君はあーしの家で夕食を取るように誘ったら、比企谷君は丁度、買いたい本の発売日だったという事で、近場にあるプレナにやってきたんだけどね?

 凄い美人が居るなと思って立ち止まって見てたら、それが平塚先生だった。

 

「げ、先生・・・。」

比企谷君は余程嫌だったのか、絶句してるし?

「こんばんは、平塚先生。」

あーしはちゃんと挨拶するよ?

 

「あー、君達。丁度いいところで会ったな。ちょっと部活の大事な話が有るから、向こうへ行こう。」

平塚先生は問答無用で比企谷君を引き摺って歩き出す。

「あの!先生、あっちにいる人達は大丈夫なんですか?」

なんか、あっちにいる人達が「静ちゃん!」とか言ってますけど?

「いや、あっちは気にしなくていい。とにかく早く向こうに移動しよう。」

平塚先生は、急かす様にあーし等を引っ張って行く。

 

 

「いやー、二人ともすまんな。」

平塚先生はあーし達を駅北口のロータリーにまで連れてくると、ようやく立ち止まった。

「ちょっと、先生。俺ら買い物が有ってプレナに行くところだったんですけど?」

「それに、自転車を向こうに置きっぱで・・・。」

「まあ、細かい事は許せ。デートの邪魔をしたお詫びに、ラーメンをご馳走するからな?な?いいだろ?」

え?デートに見えた?

「いや、デートじゃないんで。」

そこ!

速攻で否定しないでよ。

「雪ノ下ん家でやってる勉強会の帰りに、プレナの本屋に寄ろうと思ってたんですよ。今日は欲しい本の新刊が出てるはずなんで。」

「比企谷。プレナの本屋って『熊笹書店』の事か?それなら先月末で閉店したぞ?」

「「ええ?」」

あーしと比企谷君は同時に驚く。

あーしもソレ、知らなかったよ!

先月の期末試験の後に、普通に本を買ってたけど・・・。

 

「ラノベなら、未来屋が品ぞろえ良くておススメだぞ。幕張新都心のイオンにあるだろ。」

平塚先生、どうしてあーし等がラノベを買いに来たか知ってるんです?

ってか、平塚先生もラノベとか読むの?

 

「解りました。じゃ!」

平塚先生から離れようと比企谷君は踵を返すが、平塚先生は比企谷君の襟首を素早く掴む。

「まあ待てよ。ラーメン位ご馳走するから。」

「いや、それ絶対にメンドクサイ案件だろ。大体、そんなドレス姿で、本当にラーメンを食いに行く気ですか?」

「あー戻って着替えるのも面倒だしな。良いじゃないか!比企谷。両手に花だぞ?」

「片一方が枯れかけてるんですけ、ぐほ・・・。」

「私はまだ二十代だ!枯れかけてなどいない!」

相も変わらず、比企谷君の失礼な言葉に平塚先生の鉄拳が唸る。

 

 

「まーったくもう・・・、従妹の結婚式に来てみれば親戚のおば様連中から、『静ちゃんの式は何時かしら?』の半分嫌味みたいな質問攻めだよ!私だって結婚したいよ!出会いが無いんだから仕方がないじゃないか!教師なんてなサービス残業の塊だぞ?生徒が不祥事を起こしたら夜中でも呼び出しがあるしな!夏休み?そんなの有る訳ないだろ!せいぜい定年が無いくらいだぞ?メリットなんて。」

 

 結局、あーし等は平塚先生に連れられるままラーメン屋に来てしまっていた。

比企谷君が嫌がった通り、あーし等は先生の愚痴の聞き役だ。

「あーでも、産休とかはしっかりと取れるんですよね?」

つい、あーしも聞いてしまった。

「三浦!その産休を取る為には相手が要るだろう?その相手との出会いが無いんだ!どうすれば、出会いがある?この前も陽乃に合コンをセッティングしてもらったけどなぁー。男はみんな年下で私の事なんて眼中に無いんだよ!どうすりゃいいんだよ!これじゃ、何時まで経っても産休を取るどころか結婚が出来ないじゃないか。」

 

 ラーメン屋までの道中、比企谷君はこっそりとあーしに「平塚先生の言葉に突っ込むなよ?俺みたいに鉄拳を食らうぞ?」と注意してくれたけど、あーし、つい忘れてたよ!ラーメン屋で絡まれるとかもう最悪なんですけど?

 

「なあ比企谷、どっかに独身の良い男はいないか?」

「いや、俺に聞くとか、もう詰んでるでしょ。そういうのは葉山とかに聞いて下さいよ。」

「あー葉山なー。アイツは優等生過ぎてつまらんからなー。」

まあ、その気持ちは解らなくはないけど?

「あ、そうだ!どうだ比企谷、お前ウチの両親とちょっと会ってみないか?」

「はえ?」

思わず間抜けな声を出してしまった。

「取り合えずだな、結婚前提の彼氏が居るって事で両親を安心させておいてだな、その間に本命を探す時間を稼ぐ訳だ。」

「そんな先生、比企谷君でなく隼人との方がご両親が安心するんじゃ・・・。」

「いや、葉山あたりだとかえって嘘くさい。その点比企谷は適当に生活に疲れた感じもあるし、スーツでも着せれば十分に社会人で通用するレベルだ。」

「でもでも!そう言うのはちょっと違うんじゃ!」

「何が違うんだ?三浦。とりあえずは問題の先送りをすべきだろ?この場合。」

「まあ、問題を先送りしておいて、その間に次の手立てを講じる。ってのは間違っていないと思いますけどね。ただ、それに俺を利用するとかは勘弁してくれ。」

「まぁそう言うなよ。お前にもメリットが有るぞ?」

「「メリット?」」

あーしと比企谷君が思わずハモる。

 

 

「そうだな・・・、先ずは私の心象が良くなるし鉄拳制裁も無くなるぞ?私だって彼氏に暴力は振るわんしな。」

「いや、そもそも俺への暴力を止めろよ。いい加減、教育委員会に訴えるぞ。」

「そういうなよ。これも愛の鞭だ。」

「そんな愛は、要らない!」

「でも私と結婚したらお前の将来の夢である専業主夫になれるぞ?私は公務員だし産休とか取れるからな、老後も安泰だぞ?」

「先生、なんかさっきから聞いてると結婚する流れになっていませんか?フリなんですよね?」

あーしなんだか不安になって来た。

「三浦・・・。こういう諺もあるだろう?『ウソから出たマコト』。付き合ってるフリをしている間に本当の恋に落ちるとか、SSとかなら定番だろ?」

「そ、それならもう少しガタイがいい三郷君とか八潮君、大和辺りでどうですか?あの三人もおっさん顔ですよ?」

「三浦、お前何気にひでーこと言ってるな。まあ確かに専業主夫は夢ではあるが、フリに対するメリットが無さ過ぎなんでお断りします。」

「そうです。教師と生徒とかってフリでも学校とかにバレたら不味いです。そんなのはナシです。どうしてもっていうなら戸部とかでどうですか?」

「ひ、比企谷は私の事がキライか?私じゃダメか?」

「いや、ダメだろ色々と!俺はタバコをプカプカ吸ってるヤツはダメなんだよ!」

「じゃ、じゃあ、タバコを止めたら付き合ってくれる?」

 

 おいおい!

平塚先生!

 

 そこ、上目遣いで言うなよ!

ドレス姿だから比企谷君もドギマギしてるでしょ?

 

「あと、酒とギャンブルもダメです。少年漫画はイイですけど、もう少し女らしくしてください。そうすれば先生にお似合いの将来有望な奴を、紹介します。それで手を打ちませんか?」

 

「うん・・・。」

 

 ようやく平塚先生が大人しくなった。

 なんか、塩味の美味しいラーメンだったハズなんだけど味がすっかり解らなくなる位には衝撃の連続だった。

 

 ラーメン屋を出て平塚先生から解放されたあーしと比企谷君は、自転車を駐輪場に取りに来た道を戻っていく。

「ねえ、そういえばさ、さっき先生に誰かを紹介するとか言ってたけど、誰かあてでもあるん?」

「あー、まあ、あの場じゃそうでも言っとかないと、俺がヤバかったからな。とりあえずは問題を先送りした。」

なんか、比企谷君らしい対応なんだけど・・・。

「まあ、将来有望とは言ったがどれ位の将来かまでは明言していないしな。イザとなったら、材木座でも紹介しておくよ。アイツも妙におっさん臭いし。」

比企谷君・・・。

 

 いや、なんかあーしも妙に似合ってる絵が浮かぶから!

確かにラノベとかでひと山当てるかもしれないしね。

どれ位先になるかは、あーしも知らんけど。

 

 いずれにしても、平塚先生の婚期はまだまだ遠いんだろうなぁ・・・。

 



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幕間 3 ガハマちゃんの憂鬱。

 

 

「結衣ー?早く出かけなさいよー。」

「はーい、今から出かけるところー。」

あたしは愛犬のサブレをキャリーケースに入れると、玄関のドアを開けてサンサンと降り注ぐ太陽の光を浴びながらマリンピアの専門店館に向かう。

 

本当は比企谷君の家で預かってもらって、そのお礼に船橋の花火大会を誘うつもりだったんだけど、結局上手く頼めないままズルズルと時間が過ぎてしまった。

 ゆきのんのマンションので勉強会も帰りは比企谷君と優美子が同じ方向だから、いつも一緒に帰るので、比企谷君と二人きりで話をする機会が中々ない。

 携帯のメールのやり取りも此方から送った内容にいつも素っ気無い返事しか返って来ない(まあ、それはゆきのんも同じなんだけど。)ので、メールを送ること自体を段々やらなくなってしまった。

 嫌われているとかじゃないんだろうけど、あたしには興味がないんだろうコトは普段の態度で充分に良く解る。

 

 彼の事が好きで、積極的なアプローチを掛けている子は多い。

あたしなんかでは、太刀打ち出来ない素敵な子ばかり。

 人の顔色を伺い、言いたいことが言えない、空気を読むのは上手いけれど自分の気持ちを人に伝えられない。そんなあたしには彼を好きになる資格がないのだろうか?

 そんなことすら思ってしまう自分がイヤになるけど、優美子やゆきのんの真っ直ぐな行動を見ていると、自分をさておき彼女たちを応援してしまい、また自己嫌悪に陥るんだ。

 

だから、

『ちょっとお盆の間だけ、うちのサブレを預かって?』

の一言が言えない。

 

 

 そうしているうちに結局は家族旅行の直前になってしまった。

あたしはサブレが入っているペット用のキャリーケースを抱えて、トボトボとマリンピアの別館に向けて歩いていた。

 

 まだ朝の9時前だというのに暑い。

 

「あ、結衣さん。こんにちは。」

声を掛けて来てのは留美ちゃんだ。

そう言えば、留美ちゃんもこの近くの私も昔住んでいた団地に住んでたんだよね。

 

「留美ちゃん、やっはろー。」

あたしは出来るだけ元気に答えて見せる。

 

「どうしたの?ワンちゃんの具合が悪いの?」

「ううん。明日から家族で旅行に行くからね、サブレ、この犬をペットホテルに預けに行くの。」

「誰か預かってくれる友達いなかったの?」

「あーほら、みんなお盆だしさ?ゆきのんは犬が苦手らしいし、優美子とかも犬はちょっとなんだよー。」

「あー、そういえば八幡は家で猫を飼ってるって言ってた。だから?」

えー、この子。比企谷君の家の事いつの間に詳しくなってるの?

猫の事は私も聞いたことあるけど・・・。

 

「ウチが団地じゃなかったら預かってあげたかったけど、ごめんなさい。」

「そんな、留美ちゃんが謝らななくてもさ?」

「どこのペットホテルに行くの?」

「マリンピアの別館にあるペットショップがペットホテルもやってるんだよ。」

「じゃあ、そこまで一緒に付いて行ってもいい?」

「うんうん。一緒に行こう。」

 

 あたしと留美ちゃんは二人でマリンピアを目指して歩く。

と言っても、会った場所が駅南のロータリー近くだから、ほんの300M位なんだけど。

 

「結衣さんって、わたしと同じ団地に住んでたんだよね?いつ頃?」

「うーんと、私が小学校3年の終わり頃に今のマンションに引っ越したから、7年程前かな?」

「そう、じゃあわたしと入れ替わりだね。私は小学校に入るタイミングでコッチに越して来たの。だから、小さい時からの友達とかいないの。」

「そっかー。あたしは生まれた時から団地だったからなー。ずっとこの辺に住んでるんだなー。あたし。」

「結衣さんは中学とか小学校とかの友達と今でも遊んだりする?」

「うーん、そうだなー。高校に入ってからは行き来が有るのは3人くらいかなー。ほら学校が違うと微妙に行事の時期とかズレるしねー。」

「そう、やっぱり八幡の言った通りなんだ。」

「うん?比企谷君?」

「そう『由比ヶ浜は八方美人だけど、それでも小学校の頃の友達なんて多くて3人位のはずだ。普通は精々一人位だろうから小学校の時の友達なんていてもいなくても誤差の範囲だ。』って。」

「え?美人?」

「え・・・?」

 

 あれ?

 

 なんか、空気が重くなった?

 

「でも高校生なったら小学校の時の友達とは縁が切れる人も多いんだよね?」

「あー、そうかも?そう言えば優美子も中学時代の友達で今でも行き来が有るのは一人だけって言ってたし、さがみんも中学時代の友達で、今も会うのは同じ高校の子だけっていってたねー。」

 

 うん?

 

 留美ちゃんどうしたんだろう?

花火大会の後に少し人間関係が良くなったように聞いていたんだけど・・・。

「留美ちゃん、どうかした?」

「お盆休みにある、習志野の花火大会に誘われたんだ。でも、わたし休みの日にまであの子達と遊ぶとか、ちょっと・・・。」

あっりゃー。

なんか、比企谷君やゆきのんみたいになってきてない?

「あの子達とは学校の中だけの付き合いで良いんじゃないのかな?」

 

あー。

ダメだ。

完全にあの二人に毒されてるよー。

 

 とはいえ、あたしも強くは言えないんだよねー。

実際、あたしも小学校の時の友達で同じ団地の子とはもう会わない様にしてるしね?留美ちゃんの場合は余計にそう思っても仕方がないよね。

 

「それにお盆休みは雪ノ下さんのマンションでアニメの上映会が有るからそっちに行きたいたいし。」

 

 ちょーーー!!

 

 待って?

 

 それ、ダメになるヤツじゃない?

まあ、一緒に居るのはゆきのん、優美子、比企谷君だろうから学校の成績はトップクラスを維持できるだろうけどさ?

「えーっと、その上映会ってもしかして優美子達が最近嵌まってる、ななはちゃんとかいうやつ?」

「うん。えーっと優美子さん、南さんと八幡が来るの。」

「ええ?さがみんも?」

あー、さがみんはホント凄いなー。

どんどん距離を詰める為の布石を打って来てるなー。

やっぱり、あたしじゃダメだよね。

 

 あたしは比企谷君と付き合う資格が無い。

だってあたしは・・・。

 

「結衣さんは家族旅行が有るから、上映会に来られないの?」

「まあ、ソレも有るけどさ、あたしはアニメとかあんま興味ないっていうかさ?ラノベ?っていうのも読まないしね。」

「結衣さん、アニメはともかく本は読んだ方が良いと思うよ。」

 

 あー、あたし小学生から言われてしまった。

 

「結衣さん?どうやったら総武に入れるの?」

「え?入試で合格出来たら入れるけど?」

「結衣さんは?」

「は?」

「結衣さん、本当に試験に合格出来たの?」

「あ、あたしだって中学の時は学年で常に10番以内だったよ!そりゃー、総武は背伸びして受験したけどさ?ちゃんと試験に合格したんだよ!」

 

「ホントに?」

あたしは留美ちゃんから完全に疑いの目で見られているようだ。

 

「もう、留美ちゃんまで酷いし!」

 

結局、留美ちゃんは大笑いをしながら帰って行った。

 

「あれ?結衣ちゃんどうしたの?」

サブレを預けた後にあんまり暑いからマリンピアの本館の方で涼んでいたら、さがみんから声を掛けられた。

 

「あ、さがみん。どうしたの?」

「うん、ちょっとココの本屋に買い物でねー。」

 

 あたしとさがみんは一階のサンマルクカフェでお茶することにした。

 

「へー、結衣ちゃんって犬を飼ってたんだねー。一年の時はそういう話って出なかったんじゃない?」

そう、あたしは比企谷君の事故の事があり友人にも家で犬を飼っている事を話していなかった。

「えー、そうだっけかな?」

「そうだよー。ほら、入学式の時もさこの近くで犬が飛び出して車に魅かれそうになったって話あるじゃん?結衣ちゃんはおっちょこちょいだから、散歩の時は気を付けなよ?」

 

 あー、それって、あたしとサブレの事だ・・・。

 

「でもさ?そういう見ず知らずの子犬を身を挺して助ける男子ってさ、ステキだと思わない?」

え?

さがみんはあたしと比企谷君とゆきのんの事故の事を知ってる?

それとも、知ってるのは事故の噂だけ?

 

「実は比企谷君がね?その入学式の時に子犬を助けて怪我をしたらしいんだよ。夏休み前にチラっと事故で入院してたって言ってたけどさ。まさか子犬を助ける為だったとはねー。なんか、恰好良くない?」

「あー、うん、そうだよねー。」

「ウチさ、比企谷君に間接的だけど助けて貰ったじゃん?でもさ、もし自分の飼ってるペットが彼に助けられたらさ、ウチその瞬間に即落ちしてるよー。」

さがみんは屈託のない笑顔でそう言った。

 

 あたしだって、比企谷君には一目惚れしている。

けれど、あたしは彼に取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。

そう思うと一歩を踏み出す勇気が出ない。

 

 あたしもさがみんやゆきのんみたいな勇気が欲しい。

優美子みたいな直向きになれる強さが欲しい。

 

 あたしは何時も自分に無いものをねだってばかリだ。

 

 だから、あたしにはラブコメなんてまだまだ早いのかもしれない。

 

 

 



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