ルフィの育ての姉 (津々里 述)
しおりを挟む

ルフィの育ての姉

 あの子を初めて抱き上げたとき、冷めた心に火が灯った。

 

 私の名前はサーラ。前世の漫画や小説で流行っていた「転生」をしてしまった、元女子高生の現8歳女児だ。死因は覚えていない。前世のエピソード記憶は丸々抜け落ちていた。

 生まれ変わった先は、前世より文明や技術の発展が遅れているファンタジーではありがちな雰囲気の世界だった。メラニンどうなってんのと疑問に思うほど鮮やかでカラフルな目や髪の人が普通にいるし(かくいう私も今では紺色の髪に青目と褐色肌だ)、名前も外国人っぽいものと日本っぽいものが混在している。何より、この世界では海賊がやたら繁栄していた。

 頭に残っていた意味記憶のいくつかが、これらの情報から導き出したこの世界の名前は“ONE PIECE”。少年漫画の世界らしい。前世の私はそれを熟読していたようで、新聞や生活の中で出てくるいくつかの単語に既視感を覚えていた。ストーリーは欠片も思い出せないが。

 今の私が住んでいるフーシャ村も、記憶の中にあったものの一つだ。

 

「サーラ、空を見上げてばっかりいると首を痛めるぞ」

 

 後ろから聞き慣れたしゃがれ声が聞こえた。村長だ。今世の私の、親代わりの人。

 実の母親らしき人は、随分と前に病死していた。父なんて会ったこともない。いまいち実感が湧かなくて、母の葬式で泣きもせず他人事のように棺を眺めていた私を引き取ってくれた。精神ばかりが大人びて、やたらと冷めている子どもなんて不気味で仕方ないだろうに。村長には、感謝してもしきれない。照れ臭くって、なかなか口に出しては言えないが。

 

「ん……」

 

 少し、考えることに没頭しすぎたみたいだ。少し俯くと、村長が言った通りにちょっと首が痛くなった。

 

「首いたい」

「言わんこっちゃない……まったく、ぼうっとしてばかりいないでたまには外で遊んだらどうだ」

 

 村長の言うとおり、窓枠に肘をついて外を眺めているよりも、外で遊ぶ方がずっと健康的に違いない。あまりもやしっ子みたいな生活をしていると、村長を心配させてしまう。たまには子どもらしく遊んでみようか。

 「分かった、いってきます」

 ひょいと椅子から降りて、さっそく私は外へ走り出した。

 

 

「よーしよしよしよし」

 

 ハヒハヒと舌を出して腹を見せた犬を私はひたすら撫でくり回していた。この世界でも変わらず犬は可愛い。猫も可愛いけどなかなかモフれない。

 

「なぁポチ、なんで俺よりずっとサーラちゃんに懐いてんだ?お前うちの犬だろ?」

 

 私に撫でられまくっているポチのリードを持ったジョンくんが、遠い目をして呟いた。ジョンくんは私より歳上の男の子で、斜向かいの家の子だ。こうしてちょくちょく散歩しているところを捕まえてはポチをモフらせてもらっている。

 

「ポチ、おすわり」

「サーラちゃん、ポチはまだおすわり覚えてな……」

 

 ポチはピシッとお手本のようなおすわりをした。えらい。

 

「いや、できんのかよ!?」

 

 ジョンくんはビシッとお手本のようなツッコミをした。キレがすごい。

 

「えらいねポチ」

 

 キューンと可愛く鳴くポチをさらにモフっていると、にわかに村がざわめき出した。

 

「……なに?」

「港に海軍の軍艦が来てるぞ……なんかあったのか?」

 

 そう言われて港の方を見ると、カモメのマークが描かれた帆が見えた。これは、村長に知らせた方がいいかな?

 

「おじいちゃんに言ってくる。ジョンくん、ポチ、またね」

 

 「またなー」「キャン!」という声を背に、私は村長と暮らしている家まで駆け足で向かった。5分もしないうちに家へ着くと、村長は新聞を読みながらくつろいでいた。

 

「おじいちゃん、港に海軍の船がきてる」

「なんじゃと?外が騒がしいと思えばそのせいか……サーラ、留守番を頼んだぞ」

「うん、いってらっしゃい」

 

 村長はテーブルに立てかけていた杖を手に取ると、港の方へ歩いていった。私は手を洗って、村長の持っている本を読み返すことにした。暗唱できそうなくらい読み慣れているので面白みはないが、挿絵が綺麗だからしょっちゅう眺めている。

 

 

 しばらくして、村長は帰ってきた。すやすや眠る赤ちゃんを抱えながら。

 

「……おじいちゃん、その子どうしたの?」

「ガープの孫を押し付けられたんじゃ、まったくあの男は……!」

 

 村長は赤ちゃんにチラリと目線をやって、ため息をついた。海兵ガープの名は知っている。英雄と称される、海軍本部中将の名前だ。何度か会ったことがあるが、屈強かつ破天荒な人だった覚えがある。

 事情を察するに、この子の両親に何かあったのだろう。しかし海軍の仕事で忙しいガープさんも面倒を見られないから、うちに預けたのだろうか……あの人が子育てに向いてない気質なのもあるかも。

 そう考えを巡らせつつ、赤ちゃんをまじまじと見た。

 

「……サーラ、この赤ん坊が気になるのか?」

 

 不意に、村長がそんなことを尋ねてきた。じっと見つめていたから、興味があると思われたのだろう。正確には赤ちゃんの裏事情を考えていただけなのだが、わざわざ否定するのも憚られた。

 

「うん……私もだっこしてみていい?」

 

 村長は少し考え込んでから、「ソファに座りながらなら良い」と答えた。まぁ、小さい子が赤ちゃん抱えるのは危ないからそんなもんだろう。頷いてからソファへ座ると、赤ちゃんを膝の上に差し出してきた。

 

「首と尻のところをしっかり支えてやるんじゃぞ」

 

 アドバイスに従って、村長の腕からそっと赤ちゃんを抱き上げた。

 

「わっ……」

 

 柔らかな重みが、両腕にずしりと乗った。ふにゃふにゃな赤ちゃんは、しっかりと抱いてやらないと取り落としてしまいそうで、思わず抱える腕に力を込めた。その子の温かさが、おくるみ越しにじんわりと伝わってくる。

 

(妙に胸の中がむずむずして、くすぐったい)

 

 近くで見ると、ぷくぷくとした手にもちいさな爪が乗っているのが分かる。私の小指の爪より小さいかもしれない。生え揃ってない黒髪が、綿毛のようにあちこちに広がっていた。

 

(なんでだろう、この子から目が離せない)

 

 じっと見つめていると、赤ちゃんはひとつあくびをして目を覚ました。私を寝ぼけてとろんとした目で見ている。

 

「……おじいちゃん、この子の名前は?」

「ルフィだ」

 

 ルフィ、ルフィ。頭の中で何度か繰り返したその響きが、なんだかとても大事なもののように思えて。どうしても、その名前を呼びたくなった。

 

「ルフィ、おはよう」

「んあ!」

 

 満面の笑顔が返ってくる。それだけで、私の相好を崩すには充分だった。

 

 

「ルフィ、私がルフィのお姉ちゃんだよ。よろしくね」

 

 おかしいかな?初めて会ったのに、君を守るために生きたいって思ってしまったよ。

 

 この瞬間、それまで冷めていたのが嘘のように心のエンジンがかかった。村長がルフィを受け入れてくれたその日から、私の生活は一変した。

 

「ルフィ!お腹すいたねぇ、ミルクだよ〜……おわぁ、すごい勢いで飲むねルフィ、焦らなくてもミルクは逃げないよ〜」

 

 しょっちゅうお腹を空かして泣くルフィにミルクを飲ませたり。

 

「おじいちゃん、ちょっとルフィ抑えて!おむつ替えしてんのにめっちゃ活きがいいの!」

「これ、ルフィ!逃げるんじゃない!」

 

 おむつ替え途中に逃げるルフィを村長と協力して捕獲したり。

 

「だめだめルフィそれ食べないで!スリッパばっちいから口に入れちゃダメッ!!……あぁぁぁごめんね!?泣かないでよぉ〜」

 

 なんでも口に入れようとするルフィと攻防戦をしたり。

 毎日が目まぐるしくって、楽しくて、空を眺めてばかりいた時よりも1日がとても短くなった。会う人みんなから、「変わったね」と言われるようになった。

 

「たしかにお前は変わった、良い意味でな」

 

 そのことを村長に言うと、そんな返事が返ってきた。

 

「何もかもがどうでも良くて、自分の意思が無いように見えたお前が……今ではルフィのためにあれこれ考えて、行動して、一喜一憂している。本当に、人間らしくなったわい」

 

 村長の言葉に心当たりがありすぎて、思わず苦笑いをした。今になってみると、あの時は随分と人間味が薄かった。良くも悪くも平凡で当たり障りない日常に、ルフィという新しい風が吹き込んだから私は変わったのだろう。

 刺激がない日々のままでは、きっと私の心は鈍化していくばかりだった。

 

「たしかに、前はすごくぼーっとしてたもんねぇ……今じゃルフィに構うのが忙しくてそんな暇がないよ。ね〜っ?ルフィ」

「お!」

「待ってルフィいつの間にガガンボ握りしめてんの!!?おじいちゃんちり紙!ちり紙取ってぇ!」

 

 言ったそばから一騒動起こすのは、そういう星の下に生まれたとしか考えられなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どけ!私はお姉ちゃんだぞ!

 ルフィが5歳、私が13歳になった頃、ガープさんがルフィに修行をつけにちょくちょくやってくるようになった。毎度ひどく扱かれているようで生傷が絶えず、修行がある日は救急箱の中身の補充や、かかりつけ医への事前の連絡が欠かせなかった。獣とタイマンさせるとか手加減しろバカ!

 本当は止めたかった。手ずから育てた人懐っこくて素直でかわいい弟が、ボロボロになって帰ってくる修行なんて。だけど、ルフィは「じいちゃんのシュギョーはこえーけど、強くなりてぇ」と意思を固めていた。ルフィの望むことを無闇に妨害するわけにもいかず、渋々見送るしかなかった。そんな風に、意思を示さず中途半端でいたせいでアレは起きた。

 その日は、修行がある日だった。いつもは夕方くらいに帰って来るのだが、音沙汰ないことに不安は募っていった。耐えきれず村中を探すと、ガープさんだけは見つかった。その近くに、ルフィの姿は見えない。

 

「あの、ガープさん……」

「お?サーラちゃんか、どうしたんじゃ?」

 

 嫌な予感しか感じられなかった。それでも恐る恐る、尋ねた。

 

「あの……ルフィが見当たらないんですが、今、どこに居るか知りませんか?」

 

 

「あぁ、ルフィならジャングルに放り込んで来た」

 

 

 絶句した。カコン、と下顎が落ちるほどに口が開いた。そのまま数秒フリーズしたあと、頭に浮かんだ五文字を発するため私は深く息を吸い込んだ。

 

「ひとごろしィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 

 少女の大声に、内容の物騒さもあって駆けつけた村の大人と海兵たちが見たものは、急所を押さえて蹲りながら罵倒される海軍の英雄と、おでこにたんこぶを作って涙目で在らん限りの罵声をぶつける少女だった。

 

「バカバカあほたれスカタンボケナスおたんこなす!!!ノータリンのアッパラパーのあんぽんたん!!!なんなの頭わたあめなの脳みそマシュマロなの!?よくそんなことできたな人でなし!!」

「イヤ、本当に……その、すまん……」

「謝って済んだら海軍も警察も要らないだろぉがよぉおおお゛ッ!!!!!」

「おっしゃるとおりで……」

 

 状況の不可解さとあまりの剣幕に、場数を踏んだ海兵すらたじろいでいた。姉は強し。

 

 

 後になってメソメソ泣き出した私と回復したガープさんから話を聞いた者たちは、異口同音に「そりゃガープ中将が悪い」と言った。村中に私のルフィに対する溺愛っぷりと仲の良さは知られていたし、私とルフィのことをよく知らない海兵も“幼い弟をジャングルに放り込まれたと聞いて取り乱さない者はそうそういない“と意見していた。

 そこから様々なやりとりを経て、結果的に私は海軍の船に乗り、ルフィが放り込まれたジャングルがある島へ捜索しに行くことになった。やりとりの詳細は省くが、それはそれは盛大な泣き落としを決めたとだけ言っておこう。

 物置の隅っこで膝を抱えている間、ずっと嫌な想像ばかりが脳裏をよぎった。

 

(ルフィが熊に殺されたら、虎に食われたら、毒キノコを食べてしまったら、谷底に落ちたら、底なし沼に沈んだら……)

 

 ルフィが死んでしまうのが怖くて、助けに行けない無力な自分が悔しくて、涙が次から次へと頬を滑り落ちていく。いくら拭いても止まらなくて、拭っていた両手がびしょびしょに濡れていた。そんなとき、コンコンとドアがノックされた。開けてみると、目つきが悪い海兵さんがいた。ガープさんに真っ向から意見していた海兵さんだ。何故か片手にマグカップを持っている。

 

「あ゛〜……大丈夫、じゃなさそうだな」

「……すみません、いつまでもめそめそして……うるさかったですよね」

 

 いい歳して泣きやめない情けなさと、迷惑をかけてしまっている申し訳なさに縮こまると、海兵さんはただでさえ鋭い目を三角にした。

 

「ンな文句言う野郎がいたらおれがブン殴る……大事な弟なんだろ、無理もねェよ。あと、コレ……飲んどけ。泣きっぱなしで水分足りねぇだろうが」

 

 そう言ってズイと差し出されたマグカップには、ホットミルクが入っていた。白い湯気が、ほこほこと立ち上がっている。そのぶっきらぼうな優しさに、思わず鼻の奥がツンとした。視界が滲んで、だけど海兵さんが狼狽したのが分かった。

 

「いや、余計泣かせるつもりじゃ無かったんだ。悪ィ……」

「かっ、勘違いしないでください!あの……今のは悲しくて泣いたんじゃないんです。海兵さんが優しくしてくれたのが、嬉しくて……嬉し涙、出ちゃって」

 

 咄嗟に弁解すると、誤解は解けたらしく彼の動揺も収まった。

 

「ありがとうございます。ホットミルク、嬉しいです」

 

 お礼を言いながら精一杯浮かべた、だけど引き攣って下手っぴな笑顔は海兵さんにため息をつかれてしまった。もらったホットミルクは、彼と同じくらい優しい味がした。

 

 

「ル〜〜〜〜フィ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

「ね───────ちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!」

 

 ルフィが放り込まれたジャングルのある島に到着し、捜索が始まってから程なくしてルフィは見つかった。傷と葉っぱと泥に塗れて、それでも元気な姿で見つかったことがこの上なく嬉しくって、私の胸に飛び込んできたルフィを迷いなく抱きしめた。治療のためすぐ離れることになったが、終わったあとは二人とも一緒にご飯をご馳走になった。

 

「ルフィ、姉ちゃんほんっと心配したんだよ。無事で良かったぁ……」

「おれは姉ちゃんいなくてさびしかった!でもな、ジャングルですげー冒険したんだ!聞いてくれよ!」

「うん……お姉ちゃん、ルフィのお話いっぱい聞きたいなぁ。教えてくれる?」

「おう!あのな!」

 

 

「これで一件落着じゃな」

「ガープさんが言わないでください。あと、次の修行から私も参加します。弟を守るのは姉としての責務ですので。弟より弱くて守れるはずありませんから、私だって鍛えます」

「ほう、そりゃいいわい!」

「待て嬢ちゃん、考え直せ!」

 

 こんなわけで私も扱かれるようになりました。さっそく軍艦の上で受けた修行の感想は控えめに言って拷問、ありのままに言って地獄。過酷な分成果が伸びまくるからタチ悪い。

 

 特に個人的にお世話になった海兵さんには、フーシャ村に着いてからお礼のお手紙とカスミソウの花束を贈った。花屋で売られてた白くてふわふわな花を見かけたとき、海兵さんの白に近い銀髪を思い出して無意識に買っていた。

 

「ありがとうございました。これからも、お仕事頑張ってください!応援してます!」

「……ありがとよ、大事にする」

 

 この時、やたらと周囲からヒューヒュー囃したてる声が聞こえた。解せぬ。

 

「それじゃあ、またな」

「お元気で!───スモーカーさん!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

“赤髪のシャンクス”登場

 ガープさんの修行を受け始めて、一年ほど経った頃。ルフィはある程度目を離していても大丈なくらい大きくなった。

 だから、私はマキノさんの酒場や村の牧場でアルバイトを始めた。いい加減家事ばかりやっているよりも外で働いてみたかったのだ。前世じゃこの歳から働き始めるのはグレーだったが、こっちでは別に咎められないのがありがたい。ルフィからは寂しがられたが、心を鬼にして働くことを決意した。

 

 そして今、マキノさんから料理を教えてもらっている。

 

「次はじゃがいもの皮むきよ。まず包丁の角で芽をこうやって取るの、真似してみて」

 

 マキノさんが器用に包丁の角で芽の周りを切って、綺麗にくり抜いた。見様見真似で、片手に握ったじゃがいもに刃を入れる。周りを切って、角で根元を掘り出して……。

 

「えっと……こう、してっ……こうですか」

 

 芽を取ったじゃがいもを見せると、マキノさんはにっこり笑顔を浮かべた。マキノさんってキレイな上に愛嬌があって、人あたりも良いんだよなぁ。料理も酒場の経営もできるんだから凄い人だ。いつか私も、彼女のような女性になりたい。

 

「上手!サーラちゃん、飲み込みが早いわね!」

「マキノさんのお手本が分かりやすいからですよ」

 

 

「ああ……フーシャ村の綺麗どころが並んでる景色ってのはいいモンだなァ」

「たしかにサーラちゃんは別嬪さんだが、ちょっと幼くねぇか?」

「いいじゃないか将来有望で!」

「あの間に挟まりたい、絶対いい香りする」

「は?」

 

  一部のテーブルから物騒な雰囲気はするが、概ね和やか。閑古鳥が鳴いたり混雑することもなく、程よい混み具合だった。

 バンッ!

 そこへ、ドアが勢いよく開かれた音が響いた。入り口にいる男性は肩で息をして、顔中に汗が滲んでいた。

 

「かっ、海賊だ!海賊の船がこっちに向かってきてる!!」

「「「「なんだってぇぇええええ!!?」」」」

 

 平和な村に飛び込んできたバッドニュースに、この場に居合わせた者たちの悲鳴が上がった。

 

「目的はなんだ!?略奪か、殺しか!?」

「飯食ってる場合じゃねぇ!」

「わりぃマキノちゃん!代金はテーブルに置いとくから!!」

「ただの補給であってくれ……!」

「村長はこのこと知ってんのか!?」

 

 バタバタとお客さんたちはテーブルを立ち、コインやベリー札を置いて外へ飛び出していく。ついに私とマキノさんを除いて人っ子一人いなくなり、後に残されたのは倒れた椅子や

食べかけの料理やドリンクが残ったテーブルだ。

 

 

「海賊……」

 

 大海賊時代というのだから、海賊が来るのはこの世界じゃ至って普通なのかと思っていた。この反応を見るに、やはり非常事態らしい。

 

「サーラちゃん、今日のアルバイトは終わりにしましょう。それよりルフィくんを探しに行った方がいいわ!」

「はッ、たしかに!ルフィは好奇心で海賊にも突撃するタイプ……!すみませんマキノさん、行ってきます!」

 

 その言葉に、目を見開く。私もエプロンと三角巾を脱いで酒場の外へ飛び出した。

 

(そうだった、ルフィは好奇心旺盛かつ恐れ知らず!自分より強くて残酷な海賊にも構わず立ち向かっていく可能性が高い……くっ、マキノさんに言われてから気づくなんて姉としてなんたる不覚!

 ルフィは今朝遊びに行く時、浜辺の方に行くと言ってたはず。まずはそこを重点的に探さねば!)

 

 全速力で浜辺へ向かうと、港からだいぶ離れたところでルフィは小さなカニと戯れていた。かわいい……じゃない!早くルフィを連れて避難だ避難!

 

「ルフィ!」

「お?ねーちゃん!今日はもうマキノんとこで働くの終わったのか?」

「そんな暢気なことしてる場合じゃないの!海賊船がフーシャ村に近づいてきてる!危ないから早く家に……!」

 

 私の言葉に、ルフィは目を輝かせた。いけない、ルフィの好奇心スイッチを入れてしまった!

 

「海賊船!?おれ見にいきてぇ!」

「危ないからダメ!気のいい海賊ならともかく、野蛮な海賊だったら殺されちゃうかもしれないんだよ!?」

「えー!!」

 

 

 いまいち海賊の恐ろしさをわかっていないルフィを諭そうと四苦八苦していると、私の足元に何かがパサッと軽い音を立てて落ちてきた。反射的に、そちらへ視線を向けた。

 

「……麦わら帽子?」

 

 誰かのものが風に乗って飛んできたのだろうか。赤いリボンが巻かれたそれを拾い上げて、落ちた拍子にくっついた砂を軽く払い落とした。その時だった。

 

「すまねぇ、そいつはおれのなんだ」

 

 背後から、聞き慣れない男の声がした。バッと振り向き、咄嗟に腕を広げてルフィを庇う。

 

「おっと、悪ぃな。驚かせちまったか?お嬢ちゃん」

 

 私の背後に立っていたのは、赤い髪の背が高い男だった。片目には爪で引っ掻かれたような傷が3本並んでいて、肩に羽織った黒いマントを風にはためかせている。

 

(いつの間に、こんな近くに……ルフィと話していたとはいえ、全然気づけないなんて!いや、それよりも……この男、手配書で見たことがある!)

 

 内心焦りながらも、片手に持った麦わら帽子をそっと差し出した。

 

「あなたの、ものだったんですね……“赤髪のシャンクス”さん。この村には、どんな用事で?」

「この村には物資の補給のために来たんだ、略奪なんざ絶対しねぇ。安心してくれ」

 

 私の警戒心を感じ取ったのだろう。麦わら帽子を受け取った赤髪のシャンクスは、私の目をしっかりと見て、誓いを立てるようにはっきりと告げた。

 

「……それは、何よりです。もしその言葉を違えたら、ガープ中将に直接連絡して来ていただくので。どうかお忘れなく」

 

 真剣な表情から一転、私がにっこり笑ってそう言うと、たちまちシャンクスさんは表情を引き攣らせた。海軍の英雄だもんね、海賊には怖かろう。ふはは。……虎の威を借る狐だって?フーシャ村を、何よりルフィを守れるのなら、虎の威だろうがクソジジイの威だろうがなんだって借りるわ!

 

「うげ、ガープ!?お前ガープ中将にツテがあんのか!?」

「修行をつけて頂いている身ですので。ま、先程シャンクスさんが言ったことを破らなければいい話です。簡単でしょう?」

「なぁシャンクス!シャンクスって海賊なのか?冒険の話聞かせてくれよ!」

 

この日から1年、シャンクスさんの船が停泊するなんて知る由もない時の話だ。

 

(「サーラお前、なんでガープ中将が来る日程教えてくれるんだよ?」)

(「ルフィがあなたに懐いてるんで。それに、好き好んであのクソジジイの利になることはしませんよ」)




サーラちゃん8歳のイメージイラスト描きました。参考にどうぞ。

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

姉の決心

今回ちょっと短め。


 フーシャ村に赤髪のシャンクス率いる赤髪海賊団が停泊するようになり、2か月ほど経った。ルフィはもちろんのこと、私や村の人たちも彼らに打ち解けてきたころに懸念していた事態が発生した。

 ルフィが、海賊に憧れるようになった。

 非常に由々しき事態。私はあの子をどんな時でも応援するつもりだが、できればならず者ではなくまっとうな道を歩んで欲しいというのが姉心だ。海軍で働くのは奔放なルフィの性に合わないだろうと薄々感じ取ってきたが、まさか正反対の道を行くとは思わなかった。

 

「どうしよう、おじいちゃん……」

「赤髪め、ルフィを(そそのか)しおって……!!」

 

 おじいちゃんはカッカと怒り、私はテーブルに肘をついて両手を顔の前で組んだ所謂ゲンドウポーズをした。

 これでも、説得はしてみたのだ。

「ルフィ、どうしても海賊になりたいの?冒険したいんだったら旅人とか、それこそ冒険家なんていいんじゃないかな?」

「いやだ!おれは海賊になりてぇんだ!それでいつか海賊王にだってなってやるんだ!」

「そっか……なんでルフィは、海賊になりたいの?海は危ないことがいっぱいだし、ガープさんがいる海軍にも追われることになるんだよ?」

「じ、じいちゃんは怖いけど……海賊は、すごく自由だ!おれも自由になりてえ!」

 と、いった具合で。結局、海賊になる夢を諦めさせることはできなかった。ルフィの意思の固さが筋金入りなのはもちろん、すぐ近くに具体的な憧れがあるのも強いんだろうなぁ。(言わずとも分かるだろうが、赤髪のシャンクスのことだ)

 負け惜しみのようだが、こうなる予感はしていた。それが、私の説得などでは揺るがないことも。何せ、前世の記憶の中にあった“モンキー・D・ルフィ”の情報には……あの子が海賊で、それも船長だということが何よりも、一際強く残っていた。きっと、ルフィはONE PIECEの物語に欠かせない役割、主人公を担っているのかもしれない。

 

 ここは、漫画の世界だ。主役が動かねば、物語も動かない。ルフィが海賊になるのは決定事項で、運命で、天命なのだろう。

 どうかルフィには平和に生きてほしかった。危険な目に遭うことなく、日常の中で笑っていてほしかった。だけど、それは本人も世界も望んじゃいなかった。

 これからきっとあの子をきっかけに世界は動いて、幾度となく苦難や試練が襲いかかる。何度ぼろぼろになっても、何度膝をついても、ルフィは立ち上がるのだろう。

 それがこれからルフィの目指す道だというならば、私は……。

 

 その肩を、支えよう。

 誰に告げることもなく、密かに決意した。

 

 それから数日後、私はソファでくつろぎながら、ノートに書かれたことを頭に叩き込むように読み込んでいた。それが気になるのか、ルフィはソファによじ登って手元を覗き込んでくる。

 

「姉ちゃん、なに読んでんだ?」

「航海術ノート。シャンクスさんのとこの航海士さんに教えてもらったことをまとめたんだ。ルフィ、お膝においで」

「うん!」

 

 膝に乗っかった弟を包むように、私はソファの背もたれへ預けていた身体を起こした。しっかりとノートを両手で支えて、見やすいようにしてやる。

 

「海に出たいのなら、航海術をちゃんと学ばなきゃね。ルフィにもわかりやすいように教えるつもりだけど、わからなかったらすぐ言ってね」

 

 ルフィに教えるのと同時に、私の復習も兼ねている。誰かに教えることで深く理解できることもあるからだ。

 

「うぇ〜、勉強はやだよー!つまんねぇもん!」

「コラ、聞く前からつまんないとか言わない。百聞は一見にしかず、きちんと自分の目や耳で知らなきゃどんなものか分からないことだってあるんだから!」

 

 前途多難だが、私が弟にしてやれることは何だって精一杯やる。そう心に決めた。

 ……肝心のルフィは、5分くらいでぐっすりお昼寝してしまったけど。やっぱりいつ見ても可愛い寝顔だなぁ、こいつめ。話の途中で眠られた腹いせに、私はルフィのほっぺたをつつきまくることにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ROMANCE DAWN PLUS SISTER 前編

 シャンクスさんたちがフーシャ村に停泊し始めてから、1年ほど経ったある日のこと。度胸試しでルフィが目の下にナイフぶっ刺して2針縫うことになりました。

 

「あ──いたくなかった」

「嘘つけ!!バカなことすんじゃねぇ!!」

 

あまりにもバレバレな強がりに、シャンクスさんがすかさずルフィを叱った。

 

「シャンクスさんの言うとおりだよ、ルフィ!自分の身体は大切にしなさい!お姉ちゃんすっごく心配したんだから!!」

「うっ、姉ちゃんごめん……」

 

 シャンクスさんの言葉に乗じて軽くお説教をすると、シュンとルフィは縮こまって私に謝った。しかし、すぐに「でも!」と顔を上げる。

 

「おれはケガだってぜんぜん恐くないんだ!!連れてってくれよ次の航海!おれだって海賊になりたいんだよ!!!!」

 

「んも〜〜……舌の根も乾かないうちにこの子は……」

 

 半ば呆れつつ額を抑えると、シャンクスさんがルフィの言葉を盛大に笑い飛ばしていた。

 

(ま、海賊にカナヅチが致命的なのは事実だからねぇ。私は幸いなことに泳ぎが上手い方だから、今日のバイトが終わったらさっそく泳ぎの稽古でもつけてあげようかな?)

 

 

 そんなことを考えながら注文された料理を仕上げていると、シャンクスさんからジュースを頼まれた。一旦フライパンの火を止めて、冷蔵庫から出したジュースを綺麗に磨いておいたグラスに注ぐ。

 

「はい、どうぞ」

 

 カウンターの空いているスペースにグラスを置くと、シャンクスさんはいたずらっぽい顔で笑った。

 

「ありがとな、サーラちゃん」

「ちゃん付けやめてくださいってば、小さい子じゃあるまいし」

「いいじゃねェか、可愛くて!似合ってるぜ?」

 

 それは私が子どもっぽいって意味かと尋ねたくなったが、ここでムキになったらこの人の思うツボのような気がした。とりあえずスルーして「ハイハイ」と適当に答えると、シャンクスさんは再びルフィに向き直った。

 

「要するにお前はガキすぎるんだ。せめて、あと10歳年とったら考えてやるよ」

 

 ルフィがあと10歳年をとれば17歳。たしかに、一人で船出するならそのくらいが妥当だろう。しかしルフィは納得できずご不満なようで、プンスカ怒っている。

 

「まァ怒るな、ジュースでも飲め」

 

 シャンクスさんがジュースをすすめると、たちまちルフィは笑顔になってジュースをゴクゴク飲みだした。うん、今日も私の弟がかわいい。

 

「ほらガキだ面白ぇ!」

 

 ダッハッハと大笑いしながら言ってくれやがった言葉に、私とルフィは同時に憤慨した。

 

「きたねえぞ!」

「は?あのかわいい笑顔見て言うことがそれですか?」

「おっと、いらねぇ怒りまで買っちまった」

 

 そう言って頭を掻く目の前の赤髪男をジト目で見ていると、マキノさんから買い出しを頼まれた。お酒が尽きてしまったようだ。

 

「わかりました、買うのはいつもので良いですよね?ワゴン借りますね〜」

「ええ、気をつけてね」

 

 マキノさんに見送られて、私はこの後とんでもない一騒動が起きることも知らず酒場を出ていった。

 

 

「マキノさん、戻りまし、た……って、えぇ!?」

 

 酒場に戻ったら、カウンターが割れたガラスまみれになっていたうえ……弟の腕がゴムみたいにびょいーんと伸びてる光景が私の目に飛び込んできた。

 情報量が、多い!!!

 状況を把握しきれず、忙しなく目線を彷徨わせていると、ベックマンさんが事の顛末を説明してくれた。

 まず酒場に山賊が来て、お酒が無いことに腹を立ててシャンクスさんに八つ当たりをした。それをシャンクスさんが笑って流したことにルフィが怒り、引き止めたら掴まれたルフィの腕が伸びて、ゴムゴムの実という悪魔の実を食べてしまったことが発覚した……と。

 ゴムゴムの実はその名の通り、食べれば全身ゴム人間になる。そのかわり、悪魔の実全てにおけるデメリットとして、海に嫌われて一生泳げない身体になってしまうらしい。

 

「嘘でしょ……」

「俺らとしても嘘であって欲しかったモンだな」

 

 ベックマンさんいわく、悪魔の実はその貴重さからとんでもない高値がつくんだとか。1億ベリーは下らないとか。その情報で、サアァッと顔から一気に血の気が引き、冷や汗が垂れた。

 

「本ッッ当に弟がすみませんでした!!……その、弁償っていくらになりますか……っ」

 

 恐怖にぶるぶる震えながらオープンプライスを待っていると、「落ち着け」とシャンクスさんから肩を叩かれた。

 

「弁償なんざしなくていい。ルフィが簡単に手に取れるようなとこに、適当に放っといた俺らにも原因はあるからな」

「寛大なお言葉に感謝します……!!!神様仏様赤髪様ァ……」

 

 その言葉に心底ホッとして、思わず身体の力が抜けた。カクンと膝が崩れて、その場にぺしゃりと座り込んでしまう。緊張と一緒に涙腺まで緩んで、視界がぼやけていく。

 

 

 すると、ルフィがシャンクスさんに食ってかかる。

 

「おいシャンクス!姉ちゃんをいじめるなよ!」

「いやルフィ、これは違うんだって!むしろこいつの方が虐めてる感じだったろ!?」

 

 ベックマンさんを指差して弁解するシャンクスさんに、彼はため息をついた。

 

「……悪いな、脅しじみたことを言って」

「私の方こそ、早とちりしてすみませんでした……ルフィ、お姉ちゃんいじめられてないから怒らなくて良いんだよ。むしろ、許してくれたんだから怒鳴っちゃだめ」

 

 そう言うと、ルフィはシュルシュルと怒りを収めて「わかった」と素直に返事をしてくれた。まだ山賊との件を気にしているのか、釈然としない様子だったけれど。

 

 この日からしばらく経ち、赤髪海賊団が海に出て久しい頃だった。件の山賊が再びここにやってきたのは。

 




 設定を出す機会がなかなか来ないため、ここで出しときます。
 サーラちゃんのフルネームはサン・サーラ。
 由来→元々は「サーラ」という名前だけ思いついていて、どんな名字を付け足そうかと考えた際に「サンサーラ」という単語を何かの歌で聴いた覚えがあったのを思い出した。どんな意味だったかと調べると、サンスクリット語で「輪廻転生」を意味しており、転生したサーラちゃんにはドンピシャな名前だと思ってこのようなフルネームになった。

サーラちゃん13~15歳のイメージイラスト描きました。→
【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ROMANCE DAWN PLUS SISTER 中編 

 今日もシャンクスさんたちがいないせいか、酒場はガランとしていた。ルフィ1人だけがカウンターでジュースを飲んで、私やマキノさんとお喋りをしている。

 

「もう船長さんたちが航海に出て長いわね、そろそろさみしくなってきたんじゃない?ルフィ」

「全然!おれはまだ許してないんだ、あの山賊の一件!」

 

 マキノさんの問いに、ルフィは膨れっ面で答えた。そのままカウンターに顎をのせて、氷だけが残ったグラスを口でゴロゴロ転がしている。

 

「おれはシャンクス達をかいかぶってたよ!もっとかっこいい海賊かと思ってたんだ、げんめつしたね」

 

 すごく不満げだ。ずっと憧れていた分、理想から外れた時の落胆は一段と強かったのだろう。

 

「そうかしら、私はあんな事されても平気で笑ってられる方がかっこいいと思うわ」

「私もマキノさんの気持ち分かるなぁ」

 

 ああいった場面で気にせず笑える度量や器の大きさは、そうそうあったもんじゃない。

 こういう魅力は人生経験を積まないと判りづらいから、まだ幼いルフィの視点だとイマイチかっこよさが伝わりにくいのかもね。

 

「マキノとねーちゃんはわかってねぇからな、男にはやらなきゃいけない時があるんだ!!」

「そう……ダメね私は」

「うん、ダメだ」

(うーん、青くてかわいいねぇ。こう言ったら年寄りくさいけど、若さを感じるよ)

 

 

 そんなことを考えながら温かい目で2人のやり取りを見ていると、入り口に人影があることに気づく。

 

「邪魔するぜェ」

「げ……」

 

 その声にマキノさんとルフィがそちらを向くと、2人の顔に驚きが見えた。ルフィの反応で、私は入り口に屯する集団がどんな奴らかを察する。

 

「今日は海賊共はいねェんだな、静かでいい……また通りがかったんで立ち寄ってやったぞ」

 

 シャンクスさん達に下らん八つ当たりした山賊だ、こいつら。無駄に大所帯だから、あっという間にガラガラだったテーブル席が埋まっていく。

 

「何ぼーっとしてやがる。おれ達ァ客だぜ!!酒だ!!!」

 

 山賊の横柄な発言に営業スマイルが引き攣りそうなのをなんとか堪えて、店員として発するべき言葉を探した。

 

「はい、只今!」

 

 ……無事に済めば良いのだけれど。

 

 

「はっはっはっはっは!!あの時の海賊共の顔見たかよ?」

「酒ぶっかけられても文句一つ言えねェで!!情けねェ奴らだ!!はっはっはっはっは!!」

 

 随分と見る目がないな、こいつら。そう思いつつ給仕に徹していると、山賊の頭が部下達に同調してさらにシャンクスさん達をこき下ろしだした。

 あ、誰だ尻撫でてきたの!……こいつらちょいちょいセクハラもしてくるからほんと嫌、仕事じゃなけりゃとっくに帰ってた。シャンクスさん達はそんなことしなかったぞエロ猿共。

 

「おれァああいう腰抜け見るとムカムカしてくんだ、よっぽど殺してやろうかと思ったぜ。海賊なんてあんなモンだカッコばっかで……」

「やめろ!!!」

 

 ひたすら心の中で愚痴り続けていたところに、突然ルフィの大声が酒場に響いた。山賊達の視線が、ルフィに集中してしまう。

 

「シャンクス達をバカにするなよ!!!腰抜けなんかじゃないぞ!!!」

「やめなさいルフィ!!」

 

 マキノさんが必死にルフィを制止するが、ルフィはさらに食ってかかろうとする。いけない、このままじゃルフィが山賊に狙われる……ッ!

 

「ルフィ、だめっ……!」

 

 反射的に、ルフィを止める言葉が口から出た。

 

「シャンクス達をバカにするなよ!!!」

 

 

「おれに口ごたえするたァいい度胸じゃねェか、クソガキ」

 

 山賊の頭が、立ち上がる。次の瞬間、ゴスッ!と鈍い音がして、ルフィの小さな身体がカウンターへ打ちつけられた。ルフィが、蹴り飛ばされた。

 

「ぐへっ!!」

「ルフィ!!!」

 

 お盆を放り出して咄嗟に駆け寄る。倒れたルフィを抱き起こすと、木製のカウンターへ勢いよくぶつかったにも関わらず、ゴムゴムの実のおかげで打撲も骨折も無かった。しかし、安心できる暇はない。

 

「嬢ちゃん、その生意気なガキこっちに寄越しな。痛ェ目見たくはないだろ?」

 

 山賊はルフィを抱きしめる私を見下ろし、命令した。その目は、私が従順に従うと踏んでナメきっているものだった。

 端的に、言い切ろう。

 

「嫌です」

「……オイ嬢ちゃん、おれ達をナメてんのか?自分は女だから手加減されるとでも甘く考えてんじゃねェだろうな」

「いいえ、ちっとも」

 

 腕の中のルフィが、「ねえちゃん……」と震えた声で私を呼んだ。心配そうな声にチクリと胸が痛むが、そっとルフィの頭を撫でてやり過ごす。

 

「分かってんならさっさとそのガキを渡せ!!」

 

「お断りします!!私の弟に指一本でも触れたいのなら、私を倒してからにしろ!!!」

 

 腹の奥底から、吠える。

 大声は、単純かつ原始的な威嚇。ガラスを揺らすほどの声量は、山賊達に二の足を踏ませるのに充分だった。場の空気は掴んだ、そのまま勢いに乗せてやる。

 

「表に出ましょうや。ここじゃお互い存分に暴れられないし、そちらの数の利も活かせないでしょう?」

「……辺鄙な村に似合わねェ美人かと思えば、とんだじゃじゃ馬だな。のったぜ、お前がおれら全員を相手に勝てたらそのガキを見逃してやるよ。ただし負けたら、お前を弟と一緒に殺す」

 

 そう言い残し、山賊の頭は部下達に一声かけてゾロゾロと酒場から出ていった。

 

 

「あいつら、しれっと無銭飲食しましたね」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょサーラちゃん!!どうしてそんな危ないことを……!!」

「いくなよねえちゃん!!殺されちまう!!!」

 

 緊張が張り詰めたこの場を和ませようとジョークをかましてみたが、青ざめたマキノさんからは両肩を掴まれ、ルフィからはしがみつかれた。

 

「無銭飲食云々は冗談ですよ、失敗しちゃいましたが。勝負は本気ですけど」

「勝負が冗談の方がずっとましよ……」

 

  肩を掴んでいた手からふっと力が抜けて、ずり落ちていく。その手をそっと握った。

 

「マキノさん。私は……ルフィを守れるようになるために、あのクソジジイから地獄みたいな修行を受けてきました。ここで姉である私が、弟を守るため立ち向かわないでどうするんです!……ちょっとの間、ルフィのことをお願いします」

 

 そして、腹のあたりにしがみつくルフィをいつもより力強く抱きしめる。

 

「大丈夫だよ、ルフィ。お姉ちゃんのこと信じてよ!ルフィに信じてもらえたらさ、お姉ちゃん100倍強くなれるから」

「ほんとか……?なら、信じる!信じるからっ、絶対勝てよ!!!」

 

 ルフィは涙目になりながらも、私を信じてくれた。なら、私はお姉ちゃんとしてそれに応えなければ。

 

「ありがとう、ルフィ。勝ってくる」




ワノクニ編でサーラちゃんをうるティと対決させてみたい欲がある


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ROMANCE DAWN PLUS SISTER 後編①

長くなったので分けて投稿します。戦闘シーン苦手だけどゆるしてください。


「お待たせしました」

 

 マキノさんから借りた薪割り用の鉈を片手に酒場を出ると、開けた場所に山賊たちがひとかたまりに集まっていた。

 

「ずいぶん遅かったじゃねェか、弟とお別れの挨拶でもしてきたかい?」

 

 山賊の頭は私の姿を見つけると、にやけながらそう言った。

 

「いや、“勝ってくる”と宣言してきました」

「ハッ、可哀想に。無駄な希望抱かせるなんてムゴいことするぜ」

 

 その言葉に思わず、フッと笑いが漏れる。

 

「それはどうでしょうね。どんな結果になるなんて、誰もわからないんですから」

 

 軽く肩や足首を回しつつ、目の前の敵をざっと分析する。山賊たちは頭も含めて約20人。殆どがサーベルを装備しており、銃持ちは少ない。

 

「じゃあ、そろそろ始めますか」

 

 

「やっちまえテメェら!」

「「「ウオオオオオッ!!!」」」

 

 山賊の頭の一声で、山賊たちが一斉に襲いかかってきた。右手で無造作に握っていた鉈を両手で構える。

 そして、投げた。

 

「「「うおぉぉぉっ!!?」」」

 

 荒々しい雄叫びから一転、たちまち困惑と驚きが混ざった叫びがあがる。集団の中へ回転しながら飛んでいった鉈は、1人の山賊の肩口に突き刺さった。

 

「ギャアアアッ!!痛ぇえぇぇぇ!!!」

「あっ、危ねぇ!!!鉈を投げるなんざイカれてやがる!」

「待て!あの女はどこに行っ……グフッ!!」

 

 言葉の途中で意識を刈り取られた山賊に続き、3、4人が次々に倒れ込んでいく。鉈に意識を取られている間に素早く懐へ潜り込み、山賊たちの顔面に、こめかみに、鳩尾に。人体の弱点や急所と言われる場所を狙って、拳を叩き込んでいったのだ。

 

「このアマッ!」

 

 振りかぶられたサーベルに、山賊の肩に刺さった鉈を引き抜いて防ぐ。多対一の状況で鍔迫り合いは隙を作るだけだ。別方向からさらに切りかかってきた奴の方へ、力の勢いを流す。

 

「うわっ!?」

「あ、このッ!邪魔だ!!」

 

 間合いに味方が倒れ込んできたせいでサーベルを上手く振るえず、山賊がたたらを踏んだ。その隙に手から武器を蹴りあげる。手から離れたそれは重力にしたがって落下し、カランと音を立てた。取り落とした武器を拾う暇はやらない、追撃で2人まとめて蹴りを叩き込む。

 

「がはっ!!!」

「うごッ……!」

 

 

 呻き、地面へ沈む奴らを横目で見ながら、私はあることを実感していた。

 

(ガープさんより……断然遅い!)

 

 繰り出された突きを半身になって躱し、伸び切った肘を掴んで投げ飛ばした。

 

(それに動きは大振りで隙が多い割に、力はそうでもない!!多分、あのジジイのせいで基準が高騰してるんだろうけどさ!)

 

 ガープさんの拳骨は、もっと速くて、強くて、隙がない。あれに比べたら、山賊たちの動きなんて子どもの遊びのようだった。ああ、ぽんぽん転がされて受け身を取らされた頃が懐かしい。あの時は人間からボールにでも生まれ変わったかと思った。

 戦っているうちに山賊たちは一人、二人と脱落していき、気づけばとっくに残り半分を切っていた。残った奴らは私から離れた位置で、攻撃を躊躇っている。

 

「なんだよあの女!強ぇ……!」

「ただの店員じゃなかったのかよ!?クソ、話が違ェ……!!」

 

 ざわざわと騒ぐ山賊たちの集団を観察していると、違和感を覚えた。何か、誰かが足りないような……。

 

 

「オイてめェ、こっちを見ろ!!!」

 

 そうだ、山賊の(かしら)が足りなかったんだ。猛烈に嫌な感覚が背筋を這うのを堪えて、その声の方へ振り向いた。

 

「くそ、はなせ山賊!卑怯だぞ!!!」

 

 奴の腕の中には、ルフィが捕らえられていた。細い首へ、刃を添えられて。

 一瞬で、血管がはち切れるほど血が上った。

 

「ルフィ!!!」

「おっと、動くなよ!おれがチョイと手を動かしゃ、このガキはお陀仏だぜ」

 

 地面を蹴飛ばして駆け出そうとした脚を、なんとか気合いで押しとどめる。ギヂ、と口の中から噛みしめた歯の軋む音がした。

 腹の奥底から、ぐらりと真っ黒に煮えたぎった感情が鎌首をもたげた。

 

「きさま、きさま、やってくれたな、なぁ。やってくれたな、私の宝物に、ルフィに、手を出したな?」

 

 殺意が、喉から溢れ出す。

 

「おー恐ェ恐ェ……だがな、テメェの負けだ」

 

 その言葉と同時に、背後から腕が伸びてくる。怒りに囚われていたせいで、反応が遅れる。抵抗する間も無く、そのまま私は羽交い締めにされてしまった。

 

 

「クソがッ……!」

 

 山賊どもへの怨嗟と、まんまと策にハマってしまった自分の未熟さに対する苛立ちで罵声が口をついて出た。その様を、山賊の頭は愉悦に満ちた表情で見つめてくる。

 

「腕っ節があろうが、しょせんは田舎の小娘だな。こういうところで脇が甘ェんだ」

「……その田舎の小娘に戦いで勝てないと踏んで、人質取ったんですか。山賊ともあろうお方が随分と弱気でいらっしゃる」

「やれ」

 

 左頬に、衝撃が走る。殴られた。歯を噛みしめていなかったせいで、頬の内側が切れてぼろぼろだ。鉄錆の味と臭いが口いっぱいに広がる。

 

「オイオイ、次から顔じゃなくて腹をやれよ。せっかくツラはいいんだからな、“お楽しみ”の時に、顔面ボコボコの女じゃ興奮しねぇだろ?」

「やめろ、やめろよっ!ねえちゃんを殴るな!!」

 

 腹に一発、二発と拳を叩き込まれる。喉に酸っぱいものが込み上がってきた。

 

「やめろよォ!!!」

「お前のせいだぜ、ガキ。お前がおれ達の気分を害したからこうなったんだ」

 

 黙れ。お前らのせいだろ、山賊。

 ルフィ、泣かないで。お姉ちゃん、これでも頑丈だから。

 

「ル、フィ……ッ!だい、じょ……ぶ、だからッ……」

 

 

「その子達を離してくれ!!頼む!!」

「!おじい、ちゃ……っ」

 

 おじいちゃんが、片頬を腫らしたマキノさんを伴って現れた。山賊め、マキノさんにまで手を出したか。殴られて恐かったはずなのに、ルフィを守ろうとしてくれたんだろう。

 そして、おじいちゃんはその場でガバッと地面に両手をつき、土下座した。

 

「サーラとルフィが何をやったかは知らんし、あんた達と争う気もない、失礼でなければ金は払う!!その子達を助けてくれ!!」

 

 いつも厳しいおじいちゃんが、形振り構わず私達の命乞いをしている。その光景に胸がぎゅうっと締め付けられて、目頭が熱くなった。しかし、山賊の頭は必死なおじいちゃんを見下ろすと、愉快そうに喉の奥でククッと嗤った。

 

「さすがは年寄りだな、世の中の渡り方を知ってる。だが駄目だ!!なんせこの俺を怒らせたんだからな……!!」

 

 山賊の頭はルフィの身体を抑えていた手で首根っこを掴まえて、グシャ!と地面に叩きつけた。この野郎!!!

 

「こんな乳臭ェ小娘と文字通り軟弱なゴム小僧にたてつかれたとあっちゃあ、不愉快極まりねぇぜ おれは……!!」

「悪いのはお前らだ!!!この山ざる!!!」

 

 ルフィの頭上に、銀色の刃が振りかざされた。

 

「よし、遊ぶのはもうやめだ。もう殺しちまおうここで」

 

 その言葉に、頭が真っ白になった。

 

「……やだ、やだ!やめて!!ルフィを殺さないで!!!ルフィッ!!!」

 

 お願いだから、私なんてどうなったって構わないから!誰か、ルフィを!

 

「たすけて……ッ!」

 

 

「港に誰も迎えがないんで、何事かと思えば……いつかの山賊じゃないか」

 

  久しぶりに目に映る、燃えるような赤髪。その人を、きっと私たちは無意識の内に待ちかねていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ROMANCE DAWN PLUS SISTER 後編②

感想で地の文と会話文の間を一行開けた方がいいとのアドバイスをもらったので、今まで投稿した分含めて変えてみました。


「シャンクスさんッ……!」

 

 シャンクスさんは一瞬私の方へ目をやると、目を見開いた。わずかに目が据わるが、それを悟らせないように彼はルフィへいつもの調子で話しかけた。

 

「ルフィ!お前のパンチは銃みたいに強いんじゃなかったのか?」

「………………!!……!!うるせェ!!」

 

 それに対してルフィも、いつもの調子で強がった。そこに山賊が口を挟む。

 

「海賊ゥ……まだ居たのかこの村に。ずっと村の拭き掃除でもしてたのか?何しに来たか知らんが、ケガせんうちに逃げ出しな。それ以上近づくと撃ち殺すぜ、腰抜け」

 

 山賊の言葉に冷や汗の一つも見せず、シャンクスさんは堂々と歩いてこちらへ近づいてくる。山賊の一人が銃を突きつけて脅し、周りの山賊たちはそれに油断丸出しでヘラヘラと笑った。

 

「銃を抜いたからには、命を懸けろよ」

「あァ!?何言ってやがる」

 

 シャンクスさんが、銃口を指差した。

 

「そいつは脅しの道具じゃねェって言ったんだ……」

 

  ────ドン!!

  一発の銃声が響いた。先程まで銃を突きつけていた山賊は、ルウさんに側頭部を撃ち抜かれていた。倒れた山賊の身体に、海賊以外の者たちはどよめいた。仲間を殺された山賊たちは、口々に赤髪海賊団を非難しだす。

 

「や……やりやがったなてめェ!」

「なんて事……なんて卑怯な奴らだ!!!」

 

 人質取るのと、敵が油断していたところへの先制攻撃。どっちが卑怯なんだろうか。山賊たちの文句に、赤髪海賊団の面々は淡々と言い返す。

 

「卑怯?」

「甘ェこと言ってんじゃねェ、聖者でも相手にしてるつもりか」

「お前らの目の前にいるのは 海賊だぜ」

 

 山賊たちの怯えが肌を通して伝わってくる。私を羽交い締めにしている腕がワナワナと震え、込められた力が僅かに緩んだ。

 

「……うるせェ!!大体おれ達はてめェらに用はねェぞ!」

 

 シャンクスさんはいつになく静かに、しかし確かな気迫をもって語り出した。

 

「いいか山賊……おれは酒や食い物を頭からぶっかけられようが、唾を吐きかけられようが、大抵のことは笑って見過ごしてやる。…………だがな!!」

 

 雰囲気が、一変する。

 

 

「どんな理由があろうと!!おれは友達を傷つける奴は許さない!!!!」

 

「シャンクス……」

「ッ……!」

 

 ルフィが思わずといった様子で呟き、私は声も出なかった。

 そこに、無粋な笑い声が響く。

 

「はっはっはっはっ!許さねェだと!?海にプカプカ浮いてヘラヘラやってる海賊が、山賊様にたてつくとは笑わせる!!!ブッ殺しちまえ野郎ども!!!!」

「「うおおおおっ!!」」

 

 雄叫びと共に、私は突き飛ばされる。腰が抜けて立てない。這って端へ避けると、シャンクスさんが山賊たちの前に立ちはだかったのが見えた。

 

「おい船長」

「大丈夫だ、周りにゃ被害は出さねェ……」

 

そう言った彼が剣を抜いて……瞬殺。まばたきの間に、山賊たちは地面に伏していた。

強い。感嘆の声が、村人たちからぱらぱらと上がった。

 

 

 部下は全員倒され、頭だけがその場に残った。旗色の悪さに余裕は失せて、必死に弁明しだす。

 

「……や!!待てよ……仕掛けて来たのはこのガキどもだぜ」

「どの道賞金首だろう」

 

 有無を言わさぬ即答に山賊の頭の顔は青ざめて、たちまち息が浅く早くなっていく。

 

「…………ちっ!」

 

 イタチの最後っ屁とばかりに、奴は煙玉を地面に叩きつけた。煙幕で周囲は覆われて、一寸先も見えなくなる。

 

「来いガキ!!」

「うわっ!!くそ!!はなせ、はなせェ!!!!」

 

 煙の奥から聞こえたのは、ルフィの抵抗する声。

 

「ルフィ!!!」

 

 咄嗟にそっちへ手を伸ばす。だが私の指先は空を切り、煙が晴れた後に山賊とルフィの姿はなかった。

 

「そ、そんな、ルフィ……ッ!!!」

「し!し!しまった!!油断してた!!ルフィが!!どうしようみんな!!」

 

 シャンクスさんの焦る声が、遠くに聞こえる。

 

(ルフィを、ルフィの居場所を探さなきゃ。どうやって?……そうだ。煙の中でも、ルフィの声はハッキリ聞こえた。なら、それを探さなきゃ。いや、声だけじゃ足りない。呼吸の音も気配も全部感じ取らなきゃ。私ならできる!やれる!!だって私はお姉ちゃんだから……ルフィの気配だってわかるはず!!!)

 

 半ばパニックに陥りつつも、全神経をルフィを探すことに集中させる。どんな僅かな手がかりでも、なんだっていい!!

 

(お姉ちゃんの私がやらなきゃ、誰がやれるんだ!!!)

 

 次の瞬間、私は今まで感じたことのない奇妙な感覚に襲われた。

 

(……なに、これ)

 

 その場から一歩も動いてないのに、遠くの場所が“解る”。視覚や聴覚が遠くに飛ばされたみたいなのに、周りのことも全部解る。気配が形になって、手に取るように理解できた。

 この場から遠く離れた場所、海の方にぽつんと二つの気配がある。片方は、大きい男。片方は、小さな男の子。

 

「ルフィだ」

 

 小さな男の子の気配がルフィだと、私には直感で分かった。

 

「どうした、サーラ」

「ごめんなさい、いきなり何を言うんだと思うかもしれませんが……ルフィと山賊は、海にいます」

「!……どうして分かったか、聞かせちゃくれねェか」

 

 周囲に困惑の空気が広がる。しかし、赤髪海賊団の面々は真剣な顔で私の声に耳を傾けていた。シャンクスさんが、言葉の続きを促してくれた。

 

「私も突然の事で、よくわからなくて……でも、周りと遠くの気配が形になって解るようになって……それで、ルフィと山賊の気配が海にありました」

 

 支離滅裂な私の言葉を最後まで聞くと、シャンクスさんは突然わしゃわしゃと私の頭を掻き回した。

 

「うわっ!?えッ……ちょっと!?」

「よくやったなサーラ、それだけ分かりゃ充分だ。絶対助けてくるから、待ってろ!」

 

 褒めるだけ褒めて、彼は海へ駆け出していく。私もついて行こうとしたが、それより先に医者へ連れていかれることとなった。

 

 

 帰ってきたシャンクスさんは、腕に抱えたルフィの代わりに左腕を無くしてきた。

 

「じゃ゛ん゛ぐずざん゛!!!」

 

 処置を終えて、村の医者と船医さんに強制的に休ませられたシャンクスさんにとりすがると、笑いながら頭をポンポン叩いてきた。

 

「ほら泣くな泣くな、お前ら姉弟揃って泣き虫だなぁ」

 

 ルフィは泣き疲れて眠っており、家で横にさせている。そりゃ泣くよ、ピンチから助けてくれた人が自分のせいで片腕無くしたら!!

 

「逆に!なんで!!あなたが泣かないんです!!!絶対痛いじゃないですか!!」

「海に出ると決めた時から、このくらい覚悟してたさ……それより、ルフィが無事で本当に良かった。もし何かあったら、お前に顔向けができないところだった」

 

 この人は本当にずるい。重い代償だったにも関わらず、心からそう言ってみせるんだから。シャンクスさんに、多くの人がついていく理由が分かってしまった。

 

「あなたって人は!もぉ〜〜〜〜ッ!!……弟と私を助けてくれて、本当にありがとうございました!!!」

「気にするなって、いいから休みな。お前の顔と腹、まだ痛むだろう?」

 

そう言ってチョイチョイと自身の頬をつついてみせたあと、シャンクスさんの表情は真剣なものに変わった。

 

「怖かったし痛かったよな。悪い、もっと早く帰れなくて」

「シャンクスさんが謝るようなことじゃないですって!!それに、クソジッ……ガープさんの修行でも怪我なんて日常茶飯事だし」

「修行と戦闘じゃあワケが違う、お前も感じたことだろう」

 

山賊と戦った時の記憶がフラッシュバックする。自分に向けられる鋭い刃と殺意。一方的に振るわれる暴力。怖くなかったといえば、嘘になる。

 

「それでも弟の為に立ち向かっていったんだ……サーラ、お前はいい姉ちゃんだよ」

「……この人たらしっ!私の気が済むまでお礼してやる!!私たちを救ってくれた恩は重いんですから!!!」

 

 私の言葉に「なんだそりゃ」とシャンクスさんは笑った。

 

 それから数日後、私とルフィは一緒に港へ赤髪海賊団を見送りにきた。そこで、衝撃の事実を知った。

 

「この船出でもうこの町へは帰ってこないって本当!?」

 

 ルフィの問いに、シャンクスさんはあっさりと肯定する。

 

「ああ。随分長い拠点だった、ついにお別れだな。悲しいだろ」

「……寂しくなりますね」

 

 まだまだお礼し足りないくらいなのに、もうさよならなのか。

 

「うん、まあ悲しいけどね。もう連れてけなんて言わねえよ!自分でなることにしたんだ、海賊は」

「どうせ連れてってやんねーよー」

 

 そう言ったルフィに、シャンクスさんはベーっと舌を出してみせた。こんな時まで、相変わらずだ。

 

「お前なんかが海賊になれるか!!!」

「なる!!!」

 

 

 いつか酒場で聞いた言葉に、ルフィは力強く応えてみせた。

 

「おれはいつかこの一味にも負けない仲間を集めて!世界一の財宝みつけて!海賊王になってやる!!!!」

 

 港に、高らかな宣言が響き渡る。

 

「ほう……!おれ達を越えるのか」

 

 そう言ったシャンクスさんは、どこか嬉しさを滲ませていた。

 

「じゃあ……この帽子を お前に預ける」

 

 すると、シャンクスさんは今まで被っていた麦わら帽子をルフィに被せた。

 

「おれの大切な帽子だ」

「……………………!!」

 

 静かにしゃくりあげる声と、鼻をすする音が帽子の下から微かに聞こえる。シャンクスさんは海賊船の方を向くと、こちらを振り返った。

 

「いつかきっと返しに来い。立派な海賊になってな」

 

 彼の背中が遠ざかっていく。

 

「錨を上げろォ!!!!帆をはれ!!!出発だ!!!」

 

 その船影が水平線へ消えていくまで、ルフィと共に見送った。

 

「……海賊王、なってみせなよ。ルフィ」

「う゛ん゛ッ!」

 

 この子の10年後が、待ち遠しい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コルボ山へ!

コルボ山編、はーじまーるよー!


 シャンクスさんを見送ってから数ヶ月後、私は酒場でグラスを磨きつつ萎れていた。何故かって?

 

「ルフィが足りない……ルフィ不足です……」

 

 ここんとこしばらく、ルフィに会えていないからです……!!!原因はもはやおなじみ某拳骨海兵。海賊を目指すようになったルフィを叩き直すという名目で、平和なフーシャ村から山奥にいるガープさんの旧知の山賊のところへ預けるのだとか。

 いや、あんた数ヶ月前のこと知っといてそれやるか?山賊に対する印象が死ぬほど悪くなってる状態で、いくら知人とはいえ山賊のところに住ませるとか何を考えてらっしゃる?そう思った私はガープさんから全力でルフィを取り返そうとしたが、あっさり返り討ちにされた。ちくしょう……。

 

「重症だな……」

「サーラちゃん、ルフィのことすっごく溺愛してるものね」

 

 そんな私を見て、おじいちゃんとマキノさんが口々に言う。今、酒場には私とその二人しかいないため、盛大に本音をぶちまけていく。

 

「ルフィを連れて行くんだったら私も行こうとしたのに、ガープさんが“お前はルフィを甘やかすからダメだ”って……くっ!否定できない!!」

「否定せんかそこは」

 

お姉ちゃんとしてのアイデンティティに関わるため、そこは譲れない。

 

「だって私、お姉ちゃんだから……!あんな可愛くてたまらない弟を甘えさせないなんて、絶対無理……そもそも!兄とか姉は下の弟妹を守り庇護する立場だよね、一般的に見ても。だから弟であるルフィを私が守るのは至極当然のことであり不可抗力!」

「そうやって言い訳するところが、不可抗力じゃないことを示しとる」

 

 早口で自己弁護したら、おじいちゃんにザクッと痛いところを刺された。やめてください、めっちゃ効くんで。

 ぐうの音も出ず、スーッと斜め上に視線を逸らしたらマキノさんが苦笑した。

 

「まぁまぁ……サーラちゃんにとっても、弟離れする良い機会なんじゃないかしら」

「おとうとばなれ……?」

 

  マキノさんの発言に、私は思わず背後に宇宙空間がコラージュされそうなレベルのアホ面になった。なにそのことば、わたしよくわかんない。

 

「昔から四六時中べったりだったからのう……いい歳して離れられなくなる前に、若いうちからルフィがいないことに慣れておくべきじゃ」

「るふぃがいないことになれる……?」

「……この様子を見ていると、もう手遅れな気がしてきたわい」

 

 おじいちゃんが呆れて額を手で押さえるのをよそに、このあとしばらく私の魂は抜けていた。

 

 

「ルフィ……」

 その日眠りにつく前、隣にあるルフィのベッドを見つめながらポツリと呟いた。ベッドにも、ルフィとの思い出が詰まってる。

 ベッドを分けたばかりのとき、一人のベッドが寂しくなって私のベッドに潜り込んできたり。ルフィがおねしょしてシーツに世界地図を作ったのを隠そうとしたけど、結局私にバレて半泣きで謝ってきたり。ルフィがベッドで跳ねて遊んでたら、足を踏み外してたんこぶをつくったなんてこともあったなぁ。

 ……思い出してたら、さらにルフィが恋しくなってきた。

 

「弟離れか……」

 

 いつかルフィも、私の元を離れたいなんて思う時が来るのだろうか。あの天真爛漫なルフィに反抗期や思春期が来て、悪態をつかれたら私は再起不能になるかもしれない。

 ……ちょっと想像してみよう。

 

『うるせー!しつけーんだよクソ姉貴!!』

 

 想像しただけで辛い。本気で今のルフィに会って癒されたい。でもガープさんからダメだって……。

 

「待てよ?別にガープさんに従うこと無くない?」

 

 なんであのジジイの言葉を素直に聞いてるんだ、私は。地獄みたいな修行のせいで、無意識に上下関係叩き込まれてた?それか根っこにある日本人気質のせいで長いものに巻かれてたのかもしれない。

 どうしてそうなったかは置いておこう。さっそく明日からコルボ山へ行く準備を整えて、ルフィを探すことを決意した。そうと決まれば早く寝よう。これから忙しくなるんだし。

 

 

 おじいちゃんにコルボ山へ行くことを報告したり(叱られた)、マキノさん含めた各アルバイト先にしばらく来られなくなることを告げたり(近々そうなるだろうと思われてた)と、準備は済ませた。最低限の日用品と着替え、それにマキノさんからアドバイスで頂いた手土産のお酒を持って、私はコルボ山へ出発した。

 山道をしばらく歩き続けると、開けた場所に出た。そこには、剣の装飾が載った木造の大きな建物がある。おそらく、ここがルフィの預けられた山賊のアジトだろう。

 “山賊”の単語で脳裏に浮かんだクソ野郎のイメージを振り払い、ひとつ深呼吸してからドアをノックした。

 

(たしかガープさんが預ける山賊の人の名前言ってたよな、えっと……)

「すみませーん!ダダンさんのお宅で間違いないでしょうか!?」

「ねえちゃ──ん!!!!!」

「ゴッハァ!!!?」

 

 ずっと聞きたかった最愛の声と共に背中へ衝撃が走り、そのままドアごと中に突っ込む羽目になった。

 

「い……いきなりこんな形で押しかけて申し訳ありません……いや本気で。お近づきの印に、どうぞ……割れてなくてよかった……」

「お、おう……」

 

 ちょうど近くにいた、ダダンさんと思われる大柄な女性へ震えた手で差し出したお酒は、とても怪訝な顔をしながらも受け取ってもらえた。それから私に弾丸のごとく突進してきて、今は背中へコアラのようにしがみつく弟を叱る。危ないでしょうが。

 

「ルフィ、いきなり人に飛び付いちゃダメだよ……こんなふうに大変なことになるから」

「おう!わかった!そんで姉ちゃんなんでここにいるんだ?」

「ん〜、これはわかってないお返事。あとで説明するから、先に背中から離れて……」

「やだ!」

 

 余計しがみつく力が強まったため、やむなくルフィごと身体を起こしてその場に正座する。ダダンさんに挨拶と自己紹介くらいはきちんとせねば。

 

「はじめまして、ルフィの育ての姉のサン・サーラと申します!」

「“姉ちゃん”呼びから察してたけどよォ〜……!!」

 

 そう言うと、ダダンさんは「また厄介ごとか……」と言わんばかりに頭を抱えた。なんかすみません。

 

「ん、育ての“姉”ェ?……育ての母じゃなく?」

「はい、姉です。お姉ちゃんです。ここ大事なので」

「そ、そうか……」

 

 私のアイデンティティに関わるので間違いの無いように強調して伝えると、ダダンさんは汗をかきつつ納得してくれた。暑いのかな?ここって森の中だから、湿気で蒸し暑くなりそうだし。きっとそうなんだろう。……圧なんてかけてないよ?

 

「単刀直入にお伝えしますね、今日から私をここに置いてください!!」

「またか!!!」

「姉ちゃんもここに住むのか!?」

 

 そう叫んでダダンさんはひっくり返ってしまった。ルフィは嬉しそうにしてるけど、まだ許可を貰えてないから喜ぶのは後にしようか。

 

「ご迷惑なのは重々承知しています、そこを何卒!!料理、洗濯、掃除、ルフィの子守は得意ですので、ぜひお任せください!!!」

「いや、あいつらと違ってまともそうだな……」

 

 ムクリとダダンさんは起き上がってくれた。よかった、憤死したかと。

 

「しかし……先に言っておくがウチは男所帯だからニオイもキツいし、下品な奴らばかりだぞ。お前みたいに上品なお嬢さんが続けられるかねェ?」

「ルフィを見守れるのであれば構いません!ガープさんから修行受けて自衛もできますので、ご心配なく!」

 

 訝しげな問いに即答すると、少し考え込んでから「馬車馬のように働いてもらうよ」とダダンさんは言った。つまり……!

 

「ありがとうございます!精一杯働かせていただきます!!」

「姉ちゃんこっち来てくれよ!紹介したい奴がいるんだ!!」

 

 マイペースに私の手を引いて外へ行こうとするルフィに、ダダンさんの雷が落ちる。

 

「待ちなルフィ!まずはドアの修理だ!!!」

 

 ですよねー。

 

 

 地道にトンテンカンと金槌を鳴らして修理をしていると、「おーい!」とルフィが大声で呼びかけてきた。作業の手を止めず「なーあーにー?」と返事をすると、いくつかの足音が近づいてくる。顔を上げると、ルフィより少し年上に見える黒髪そばかすの男の子と金髪シルクハットの男の子が、ルフィに引っ張られてきた。

 

「ルフィのお友達?」

「おう!姉ちゃんに二人のこと紹介したかったから連れてきた!こっちはエース!こっちはサボっていうんだ!どっちもつえーんだぞ!」

 

 なるほど。睨んでくる黒髪そばかすの子がエースくんで、興味深そうにしてる金髪シルクハットの子がサボくん。ルフィがここまで嬉しそうに友達を紹介してくれるのは初めてだから、ちょっとそわそわする。

 

「はじめまして、私はルフィのお姉ちゃんのサン・サーラっていうんだ。今日からダダンさんにお世話になるの。よろしくね、エースくんにサボくん!」

 

 手を差し出すと、サボくんは「ルフィの姉ちゃんか、よろしく!」と眩しい笑顔で握り返してくれた。一方でエースくんには、しかめっ面のままプイッとそっぽを向かれてしまった。

 

「おれは知らない奴と仲良くする気はねェよ」

「おれの姉ちゃんだぞエース!」

「うるせぇ」

 

 エースくんは踵を返して、森の方へ走っていってしまった。

 残された二人に、恐る恐る尋ねてみる。

 

「ねえルフィ、サボくん……エースくんって人見知りするタイプ?いきなり距離詰めすぎたかな?」

「おれも最初はあんな感じに言われた!」

「いい奴だけど、警戒心が強いんだよな〜」

「そっか〜……馴れ馴れしかったかぁ。困ったなぁ、仲良くしたかったんだけど……」

 

 あからさまに拒絶されるのは、さすがにちょっとヘコんだ。気まずくて頬をポリポリ掻いてると、サボくんが質問してきた。

 

「なんで仲良くしたかったんだ?初対面なのに」

「だってさ、ルフィが今までで一番嬉しそうに紹介してくれたんだもん。きっと素敵な子だろうと思ってさ……まぁ今すぐじゃなくたって、これからちょっとずつ仲良くなれればいっか」

「ふーん……なら気長に付き合ってくれよ?ルフィは3か月かかった」

「なるほどね。なら、粘り強く頑張るとしますか」

 

 人懐っこいルフィで3か月かかったのなら、私はもっと多くの時間を費やさないといけないだろうな。さて、前途多難だけど張り切っていこう。えいえいおー!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ほんの僅かな歩み寄り

 ダダンさんにお世話になってから、時が経つのは早いもので一か月が過ぎた。

 ルフィは言わずもがな、サボとの仲もとっても良好。呼び捨てにしてほしいってお願いされたり、ご飯のリクエストされたりと私に気を許してくれている。ハグとかのスキンシップも喜んでくれるから、もう弟にしても良いと個人的に思ってる。

 一方で、エースくんとの会話歴はこんな感じだ。まずは朝。

 

「エースくん、おはよう」

「うるせえ」

 

 夕方または昼間、帰ってきたとき。

 

「エースくん、おかえりなさい!」

「…………」

 

 食事の時間。

 

「エースくん、ご飯できたよ!召し上がれ」

「……おう」

 

 ケガをして帰ってきたとき。

 

「エースくんケガしてるじゃん!ちょっと待ってて、手当てするから……!」

「ほっときゃ治る」

 

 所感では、食事の時間の時にされる対応が比較的柔らかめだと思う。冷たい対応取られすぎて、感覚がバグっているかもしれないけど。

 例えるなら、野良猫とか劣悪な環境からの保護猫を思わせる気難しさ。お姉ちゃんはこういうタイプの子と関わったことなかったから、どうしたものか。

 

 

「うぅ〜ん……ん?」

 

 一人で洗濯物をざぶざぶ洗いながら考え込んでいると、エースくんの気配がこちらへ近づいてきた。例の山賊の件があってから、何故か30m以内なら死角にいる人の挙動もバッチリ掴めるくらい気配に鋭くなったからすぐ気づけた。主につまみ食いの阻止に役立ってる。

 エースくんは私から15mくらい離れたところにある木の陰から、こっちをジーッと見つめている。何か用事があるのかな?

 

「どうしたの?エースくん」

「ッ!?なんで気づいて……」

 

 振り返って尋ねてみると、エースくんはギョッとしてその場から飛び退いた。驚かせちゃったな、これは失敗した。

 

「私、気配にはかなり鋭いんだ。ごめんね、驚かせて」

「驚いてなんかねェ!!」

「あ、そう?……ところで、何か私に用事でもあったかな?私が手伝えることなら、できる範囲で頑張るよ」

 

 私の問いに、エースくんは眉を顰めて「お前にはいくつかききてぇことがある」と答えた。どんな質問が来てもいいように気持ちを構えて、背筋もピンと伸ばす。聞く姿勢は重要だ。

 

「まず、お前なんでもっと早くここに来なかったんだ。ルフィの奴、頼るあてがねぇって泣いてたんだぞ」

「ヒュッグウゥ……!!!」

 

 初手で撃沈した。第一球目から痛いところに火の玉ストレートを食らった。ジャブが目に親指突っ込んで殴り抜けるレベル。本当にこの件は姉として黒歴史なんだ……。

 変な声をあげて地面に突っ伏した私を、エースくんは怪訝な目で見てる。いきなり変な反応して戸惑わせてごめんね……。

 

「本当に、その件は……姉としてあるまじきことだったと思ってる!クソジジイからボコられて止められたとはいえ、弟を一人で知らない場所に放り込まれたのを、何ヶ月も放置するなんてッ……」

「クソジジイ?」

「ガープさんのこと」

 

 そう言うと、エースくんは「あぁ……」と納得したように呟いた。

 

「あの人と師弟関係にあるから、上下関係が骨身に染みついて無意識に言うことを聞いてしまっていた……!5才のルフィを夜のジャングルに放り込んだ奴だというのに……!」

「ルフィがやたらしぶといわけが分かった気がする」

 

 ちょっと気になる言葉が聞こえた。なんでルフィの極端なまでのしぶとさ知ってるの?生命力試されるような機会があったって……コト……!?

 ……後で詳しく聞くとして、とりあえず置いておこう。今はエースくんの質問に答えるときだ。

 

「それで、あと聞きたいことって何かな……?」

「……なんでおれにしつこく構うんだよ」

 

  これは真剣に答えなきゃいけない質問だな。そう確信した私は突っ伏していた姿勢から起き上がって、再び姿勢を整えた。

 

「だって、ルフィが一番嬉しそうに紹介してくれた友達だから。素敵な子なんだと思ってさ、仲良くなりたかったんだ」

「……失望したかよ、愛想の欠片もなくて」

「いいや全然!むしろ、この一か月で君の良いとこいっぱい見つけられたよ」

「は?」

 

 エースくんが呆気に取られて口をポカンと開けている隙に、私が見つけたりルフィやサボを通して知った素敵なところをどんどん言っていく。

 

「でっかい猛獣を倒せちゃうくらい強いし、思わずついていきたくなるくらい頼りがいがあって頼もしくって、ワニに飲まれたルフィを助けてくれる勇敢さと優しさだってある!私の作ったご飯をいつも綺麗にペロリと平らげてくれるところも好きだなぁ」

 

 「あとね」と続けようとしたところで、「もういい!」とエースくんが顔を真っ赤にするほど強くストップをかけてきた。もうちょっと語れたんだけど、仕方ないか。

 

「さっき話した分だけでも、こーんなにたくさん良いとこがある。エースくんはとっても素敵な子だよ!」

「うっせェ……」

 

 そう言って、エースくんはヘナヘナと力が抜けたようにしゃがみ込んでしまった。……もしかしてエースくんは、褒められ慣れてない?だとしたら、ちょっと今のは刺激が強すぎたかも。

 

「あぁ〜ごめんね!別の話しよっか!もう私から聞きたいことってない?」

「いや、ある……」

 

 話題を変えようと話を促すと、今度は相当歯切れが悪い。よっぽど言いにくいことなのかもしれない、心して聞こう。

 

 

「……もし海賊王に、子供がいたら……お前は、どうする」

「海賊王に、子供?」

 

 その言葉で、海賊王“ゴールド・ロジャー”の記憶を思い出した。物語が始まるきっかけとなった、死に際の一言で世界を動かした海賊。そんな男の子供がいたら?

 エースくんがこれを尋ねた意図はよくわからないけど、私の答えを示そう。

 

「そうだな……まず、お喋りをしてみたいかな」

「は?」

 

 またエースくんの口がポカンと開いた。え、私の答えってそんなに変?これでもまだ序の口なんだけど。

 

「どんな名前か、何歳なのか、どこに生まれて今までどんな風に生きてきたか……好きなことや嫌いなこと、将来何になりたいか。知りたいことも話してみたいことも、たくさんありすぎて困っちゃうね。気が合えば友達にもなりたいな」

「友達って……海賊王の子供だぞ、“鬼の子”なんだぞ……!?」

 

 エースくんの言葉に、私は思わず眉を顰めた。

 

(ちょっと、その発言はいただけないな。)

 

 エースくんのの目の前までツカツカと歩み寄り、膝をついて目線を合わせた。戸惑う彼の両肩にしっかり手をかけて、言い聞かせる。

 

「エースくん、もしもの話だとしても“鬼の子”なんて言っちゃダメだよ」

「だってよ……!」

「だってもへちまもありません!どこでそんな呼び方聞いたかは知らないけど……そりゃあ確かにその子の父親は間違いなく海賊だよ。でも、血を継いだからってその子に罪まで継がれるわけがない!ただの一人の、愛されるべき子どもなんだよ!!そんな呼び方するのは許せない!」

 

 エースくんの目が、丸く見開かれた。

 

「ッ!!……はなせ、よっ!!!」

「あっ……!待って!エースくん!!」

 

 しまった、熱くなりすぎた。我に返った瞬間、エースくんは私の手を振り払ってあっという間に遠くへ走り去ってしまう。

 

「ハァ……年下相手にムキになって、大人気ないな……」

 

 洗い途中の洗濯物と一緒にその場へ取り残された私は、一人でガックリと肩を落とした。

 

 

 そのあと洗濯物を干し終えて、夕食を作る準備をしていたところにルフィ、サボ、そしてエースくんが帰ってきた。内心の気まずさを隠して、3人に笑顔を向ける。

 

「みんな、お帰りなさい!今日はどうだった?」

「ただいま姉ちゃん!今日はな、スッゲーでかいの狩れたんだ!」

「サーラただいま!クマ狩ったから鍋にしてくれよ」

 

「……ただいま」

 

 最後にエースがボソリと呟いた言葉に、私とルフィたちの視線が自然とそちらへ集中した。

 

「エースくん……!!」

「どういう風の吹き回しだよ、エース!」

「うるせぇほっとけ!なんでもいいだろ!!」

「姉ちゃんとエースが仲良くなったぞ〜〜〜!!!」

 

 その日のクマ鍋は、いつもより一段と美味しく出来た。




ちょっと難産でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一狩りいこうぜ!

やはり戦闘シーンは難しいものですね


 ある日、朝ごはんの片付けが終わったあとにエースから鉄パイプを渡された。

 

「行くぞ」

「どこに!?」

 

 エースよ、さすがに説明無しはお姉ちゃんでもキツいです。

 

「お前、ジジイから修行受けてるって言ってたろ?戦えんなら狩り手伝えよ」

「でも、ダダンさんから家事任されてて……」

「ちょっとくらいサボったって大丈夫だろ!ほら、早く来い!」

「わッ、エース!?待って待って!」

 

 エースは私が二の足を踏むのもお構い無しに、強引に腕を引いて駆け出していく。つられて駆け足になって外へ飛び出すと、サボとルフィが私たちを待っていた。

 

「お、今日はサーラも来たか!」

「ああ、連れてきた」

「姉ちゃんも狩りすんのか?面白そうだなー!」

 

 飛び入りにも関わらず、サボとルフィは私を歓迎してくれて少し驚いた。男の子たちが楽しんでるところに、年上の女が入ったら空気を壊してしまいそうだと思っていたから。

 それに、3人の輪の中に招いてもらえたのがちょっと嬉しい。

 

(それにしても、ダダンさんのお叱りが飛んでこないな……?)

 

 てっきり止めに来るかと思ったけど、そんな様子は家の中からちっとも感じられない。叱られないに越したことはないから、それでいいとしよう。

 

「いいの?私も参加して」

 

 改めて確認すると、3人は一緒に「うん」と頷いた。

 

「サーラはここに来てからずっと料理と掃除と洗濯ばっかりしてただろ?でもルフィから山賊を余裕でノせるくらい強いって聞いてたから、一緒に狩りと手合わせしたいって思っててさ!」

 

 サボの言葉で、やっと私は誘われた理由を理解できた。期待されているなら、久しぶりに本気で身体を動かさなければ。あんまり感覚が鈍っていないといいけれど……。

 できれば、ほぼ毎日狩りに出かけてる3人の足を引っ張らないようにしたいところだ。

 

「そういうことなら、精一杯頑張るよ」

「姉ちゃん!姉ちゃんは狩りしたことねーだろ?おれが教えてやるよ!」

「ルフィ、お前だってまだまだだろうが!ワニに丸呑みされたこと覚えてるからな?」

「あれはうっかりしてただけだ!」

 

 ルフィ、ワニに丸呑みされたことは足を滑らせた感覚で語るもんじゃないから。

 

「うっかりで呑まれちゃ、お姉ちゃん心臓がいくらあっても足りないよ……行く前に、軽く素振りさせてくれる?間合いを掴みたくって」

「サーラは鉄パイプ持つの初めてか」

「ガープさんの修行の一環で、副官の人から竹刀握らせてもらうことはあったんだけど……機会が滅多に無くてね。こういう武器の扱いは慣れてないんだよ」

 

 あの修行は基本的にガープさん自身が直接教えるから、格闘と基礎能力は伸びても他がからっきしだ。思い出したように副官のボガードさんから剣術を教えてもらう程度。

 とりあえずバットのように横へ振ったり、地面に振り下ろしたり、下から振り上げてみたりと色々な動作を試してみた。やっぱり竹刀とは材質も長さも違うから、重みや振る時の感覚もかなり違う。手近な木を相手にパイプが当たる距離感を掴んだところで、待たせていた3人に向き直る。

 

「ある程度感覚は掴めたよ」

「じゃあ行くか!!」

 

こうして、私の初めての狩りが始まった。

 

 

「今日はあのキツネ狙うか」

 

 エースの視線の先には、穴ぐらの前で鹿を食う巨大なキツネ。それが木々の隙間から見えた。

 

「今は食事に集中してるね、私たちには気づいてないよ」

「気配に鋭いサーラが言うんなら間違いないな」

「キツネはまだ食ったことねぇから楽しみだ!」

 

 そういえば、今まで野牛や猪や熊とかは料理したことあったけどキツネはなかったな。

 

「肉食だからしっかり血抜きして、臭み消すために牛乳に漬け込んで……カレーかシチューだな」

「んまそ〜」

 

 持ってこられる獲物が獲物だから、気付けば私はジビエにやたら造詣が深くなっていた。初めは扱ったことのない肉ばかりで戸惑ったが、料理ができると言った手前でまずいものを振る舞う訳にはいかないので、コルボ山の麓に住む猟師のおじさんから下処理や調理方法を教えてもらったのだ。ジビエは早めの血抜きと臭み取りが命。

 

「よし、今日はキツネカレーだ!」

「おれはシチューがいい!」

「どっちもうまそうだ!!」

 

 エースはカレー、サボはシチュー、ルフィはどちらもと口々に食べたいメニューを主張しながらキツネに飛びかかっていく。その声で私たちの存在に気づいたキツネは食べかけの鹿を放り、牙を剥いた。

 お互いが、臨戦態勢に入る。

 すると、キツネがその場でグッと脚を溜め、高く跳び上がった。

 

「おぉっ!?跳んだ!」

「高ぇッ!」

 

 気配から、キツネの敵意がルフィとその近くにいたエースに向いたことが肌で分かった。咄嗟に二人へ指示を出す。

 

「ルフィ、エース!右に避けて!」

「おう!」

「おっと、あぶねっ」

 

 上から食いつくキツネの牙が、直前までルフィたちがいた場所を噛んだ。

 

「おらぁッ!!!」

 

 攻撃が空ぶったキツネの横っ面に、サボが鉄パイプを叩き込む。キツネは「ギャン!」と一瞬怯むが、鋭い視線がギョロリとそちらへ向く。今度はサボへ標的を変えた。

 

「コン!コォン!!コォオ゛ン゛ッ!!!」

「うぉッ!?とっ、おりゃッ!!」

 

 間隔を刻んで繰り出される噛みつきを、サボは後退しながら鉄パイプで受け止め、払い、殴り返して対応していく。サボにターゲットが集中している隙に、私とエースたちはガラ空きの脚や胴体を狙いにかかった。私は腹部へ、エースたちは後ろ脚に殴りかかる。

 

「「どりゃあッ!!」」

「やあッ!!!」

 

 振り抜いた鉄パイプがゴスッ!と鈍い音を立ててキツネを捉えた。ルフィとエースの攻撃も直撃し、キツネの足元がふらつく。それでもキツネは踏ん張り、尻尾を勢いよく振って後ろ脚を攻撃した二人を振り払おうとする。

 

「っと、そうくるか!」

「っぶ!!」

 

 エースは屈んで避けるが、ルフィは尻尾に弾かれてしまい近くの木にぶつかった。しかし、ゴムゴムの性質上ダメージはなさそうで、すぐに「ちくしょー!」と悔しげに起き上がった。

 その間に何度か鉄パイプで横っ腹を殴っていると、肌がピリッと痺れるような感覚が訪れた。今度は、私へ敵意が向いた。素早い身のこなしで私を真正面から捉えると、鋭い牙で私を喰らおうと大口を開き、突進した。

 急いで飛び退くと、先程まで背にしていた木にドシン!とキツネの鼻面がぶつかった。それに面食らっているのをいいことに、その頭へ鉄パイプを振りかぶる。

 

「おりゃあッ!!!」

 

 キツネの脳天に、全力で鉄パイプを叩き込んだ。ガンッ!!と音が響き、硬い頭蓋骨を叩いた反動で腕に痺れるような衝撃が走る。キツネの目が、ぐるんと上向いた。

 

「くらえっ!!!」

 

 さらにサボが別の方向から飛びかかり、後頭部を追撃。ドゴッ!と抉り込んだ一撃がとどめとなったのか、キツネは完全に白目をむいて地面にのびた。念のために顔のあたりを小突くが、沈黙したままだ。

 

 

 初めての狩りは、無事成功した。ムクムクと膨れ上がる歓喜と達成感が胸の中がいっぱいになり、戦闘後の興奮も相まって思わず私は近くにいたサボを抱き上げてぐるんぐるん回した。仕方ないじゃん嬉しいんだもの!!!

 

「サボ!やったやった!うまくいったねサボ!!やった──っ!!!」

「サーラ!?ちょっ、落ち着けって……これ結構楽しいな!!」

 

 キャーキャーはしゃいでいると、目を丸くしたエースとキラキラした目で見つめてくるルフィが視界に入った。

 

「ルフィもエースも来て!!もう3人まとめてぶん回す!!!」

「いいのか!?じゃあおれもやるー!!!」

「お、おれはいい……」

 

 そっと逃げようとしたエースだが、逃すわけがない。ルフィとサボを抱っこしたまま詰め寄り、ガバッと腕の中に閉じ込める。

 

「問答無用!捕まえたーッ!!」

「なんッで二人も抱えてんのにおれに追いつくんだよ!?」

 

 何故かと聞かれたら、そりゃあ……。

 

「お姉ちゃんだからだよ!!!しっかし3人ともなると重いね、さすが成長期!!」

「関係あるのか?それ」

「多分ある!」

「姉ちゃんすげ〜〜〜ッ!!」

 

 そんなやりとりをしつつも、両手に弟な現状が素晴らしすぎて、私は表情がふにゃっふにゃに緩んでしまう。

 

「あ〜ッ……私めちゃくちゃ幸せだ!!こんなかっわいい弟3人もいて!!!サイコーッ!!!」

 

 たまらず3人への愛を口に出すと、エースとサボが一瞬硬直した。

 

「弟ぉ!?おれらが、サーラの!?」

「お、お前の弟はルフィだろ!なんで知らない間におれたちもそうなってんだよ!?」

「前々からずっと二人のこと弟みたいだな〜って思ってたんだよ!もう私が認めちゃった以上、二人がなんて言おうが私の弟だからね!!」

 

 タガが外れたテンションが落ち着くまで、私は弟たちをぎゅうぎゅうに抱きしめ続けた。

 

 

「いや〜悪いね、ついついテンション上がっちゃって……巻き込んだお詫びにキツネカレーとキツネシチューどっちも作るから」

 

 帰り道の途中、エースとサボに謝った。さすがにあのおかしいテンションに付き合わせたのは申し訳なかった。まだ若干二人から距離を取られてる気がする。私は悲しい……。

 

「ちっ、仕方ねェな……カレーいつもより辛口にしろよ」

「するする、おまけにエースの分にはスパイス追加するから!」

 

 エースの要望に私は二つ返事で答える。流石にエースの好みに完全に合わせたカレールーにすると他の人が全員食べられなくなるからやめておいた。だってエース、ししとうに時々混ざってるめっちゃ辛いやつを喜んで食べるレベルの辛党だもん。

 

「別にいいけどよ、本当にびっくりしたぞ!あんなサーラ初めて見た」

「しししっ、姉ちゃんが間違ってお酒飲んだ時と似てたな〜!おれ、あの時の姉ちゃんも面白くて好きだ!」

「えっ何それお姉ちゃん記憶にない……」

 

 しれっと弟から衝撃の事実を知らされた。初耳なんだけど?いつそんなことあったの?

 

「シャンクスが姉ちゃんにジュースあげたと思ったら、かくてる?って酒だったみたいでよ!副船長のこと、おれの名前呼びながら抱きしめて頬ずりしてたぞ」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!?」

「うるせえ!!!」

 

 思わず叫んだらエースにベシッとしばかれた。痛い。

 ……っていうか、酔った私は何をやらかしてるんだ!?ベックマンさんとルフィの共通点とか、黒髪の男ってところしかない。認識がガバガバすぎる……!

 

「シャンクスもすげー笑ってたな〜あの時!」

 

 どうしよう、ルフィを助けてくれた恩人なのにあの人を猛烈にしばき倒したい。すると、ルフィが「あっ」と呟いた。

 

「これ、内緒にしろって言われてたんだった!今のなし!」

「いやガッツリ聞いちゃってんのよ、ルフィ」

 

 とりあえずシャンクスさんに再会したら髭を全部剃り落とすことにした。そう心に決めたところで、拠点が見えてきた。そこには、協力して洗濯物を干しているドグラさんとマグラさんがいた。そういえば今日、家事とか丸々放り出して来たんだっけなぁ……。

 

「あ、お前ら帰ってきたか……って、今日はサーラも狩りにいっティたのか!?どこにもいニーから心配したぞ!」

「あはは、すみません……只今帰りました。代わりに洗濯してくれてありがとうございます」

「まーまー、元々は俺たちもやってたことだからなぁ。気にするな」

 

 怒られないかヒヤヒヤしていたが、案外そうでもなく拍子抜けだった。何も言わずに仕事を放棄したんだから、何か文句のひとつやふたつ言われるくらいは覚悟していたけれど、取り越し苦労だった。でも、さすがにダダンさんには叱られそうな気がする。

 そう思いながらドアを開けると、さっそく囲炉裏の前でダダンさんがくつろいでいた。フラグ回収が早すぎない?

 

「あっ、ダダンさん……すみません!今日の家事、さぼっちゃって」

「……いいよ、別に」

「へ?」

 

 ダダンさんの言葉に、目を瞬いた。

 

「ここしばらく働き詰めだったろう、サーラ。たまの息抜きを咎めるほどわたしゃ鬼じゃないよ」

 

 ……この人、山賊なのに山賊らしくないなぁ。いい意味で!

 

「ダダンさん……ッ!ありがとうございます、大好きです!!」

「だっ、大好きだってェ!?そっ、そんなことホイホイ言うモンじゃないよ全く!!!」




そろそろハロウィンなので魔女衣装のサーラちゃん描きました。原作開始時の年齢(25歳)設定で描いてます。
【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盃姉弟 前編

 腕をグルングルンと振り回し、ルフィは目の前のエースに立ち向かおうと駆け出した。拳を思いっきり振り抜いた勢いで、姿勢が前に傾く。

 

「“ゴムゴムの〜〜〜〜〜〜〜〜銃”!!!ッぶ!」

「だからおめェは……」

 

 伸ばした拳は地面にぶつかり、ボンッと跳ね返ってルフィ自身の額を打った。その姿に、エースは呆れと苛立ち混じりの表情を浮かべる。

 

「何がしてェんだよ!!!」

「どへ!!」

 

ツッコミを兼ねたエース渾身のドロップキックがルフィの顔面に直撃し、そのまま吹っ飛ばされていく。試合終了だ。

 

「一本だ、エースの勝ち!」

「お前その能力意味あんのか?」

「くっそーうまくいかねェ……おれの考える通りになればお前らなんかケチョンケチョンだからな!もっかいだ!」

 

 もう一戦やろうとするルフィに、エースは背を向ける。

 

「ダメだ、一人一日150戦まで。また明日な」

「二人ともお疲れさま。ほら、タオルと水筒」

 

 サボが試合の戦績表に結果を書きつけている間、ルフィとエースにスポドリもどきを入れた水筒とタオルを差し出した。

 

「おっ、わりいな」

「エース!おれも飲む!」

「はいはい、順番だから待ってね。エースもルフィの分を残しといてね?」

「ん」

 

 エースは水筒を受け取ると、ゴクゴクと喉を鳴らしておいしそうに飲んでいく。うん、いい飲みっぷりだ。作った側としては嬉しい限り。

 それを見て飲み物を欲しがるルフィを宥めながら、吹っ飛ばされた拍子に汚れた顔や腕をタオルで拭いてやる。ルフィは活発なわりにお風呂が苦手だから、こまめにこうして拭いておかないとあせもができて痒がったり多少臭ってきたりするのだ。弟を健やかに過ごさせるには、こういうちょっとした世話が欠かせない。

 

「……ぷはっ、ほらよ」

「ありがとうエース!」

 

 渡された水筒に、ルフィは喜んで口を付けた。ルフィが飲むことに集中している間に、エースの頬に綺麗な面を上にして畳んだタオルを当てる。

 

「エースも汗拭こっか」

「こんくらい自分でできるっての、ったく……」

 

 そう言いながらも大人しく拭かれてくれるエースのこと、お姉ちゃんはすごくいい子だと思うんだ。こういう可愛げのあるところが何とも微笑ましくって、ちょっぴり口元がニヤけてしまう。

 あらかた拭き終わったところで、水分補給を終えたルフィが「ぷはー!生き返った!!」と満面の笑みを見せた。その手から再び水筒を預かり、「そりゃあ何より」と答えて蓋を閉める。

 

「ところで、ルフィ」

「ん?なんだ?」

「さっきのパンチは腕を伸ばすことに集中しすぎて、身体が前のめりになってたね。それで上半身が地面に向いてたから、まっすぐ突き出した拳も地面にぶつかっちゃったわけだ」

 

 「こんな風に」とルフィの上体を前に傾けて、腕を突き出させてみる。

 

「お、本当だ」

「どんなに強いパンチだって当たらなきゃ効かないからね。明日やる時は闇雲に拳を突き出すんじゃなくて、まずは相手を狙って打ち込んでごらん」

「うん!」

「サーラは本当にルフィに甘ぇな……」

 

 手取り足取りアドバイスをしていると、戦績表をつけ終えたサボが苦笑して言った。

 

「だってエースとサボは私より強いじゃん。私が戦いで二人に教えられることはないと思うなぁ」

「たしかに、サーラはおれたちに負けた数の方が多いもんな。ルフィには全勝だけど」

 

 エースたちは長い間猛獣相手に狩りをしてきただけあって、身のこなしが私より圧倒的に軽くて素早い。気配を察知していても、なかなか対応しきれないのが悔しいところだ。

 ルフィに勝てるのは、8歳も開いた年齢差による筋力や瞬発力の違いで有利なのも一因だけど……長い間見守ってきたから、挙動の癖が分かってしまう部分が大きい。

 あと、隙も多い。7歳の子に隙がどうのこうの言うのは正直アレだが、強くなることを目指しているならそこで甘やかす訳にはいかない。

 

「ルフィは今日もおれとエースとサーラに50敗ずつ、サーラはおれとエースに20対30、おれとエースは24対26。くっそ〜〜〜!!」

「お前ら、おれが10歳になったらブッ倒してやるからな!!」

「そん時ゃおれ達13だ」

 

 サボが試合の結果に悔しがった直後、ルフィが威勢よく切った啖呵に思わず笑みが溢れた。弟を守るために私も日々鍛錬をこなしているが、そのくらい強く成長した弟が見られたらと思うと……嬉しくてたまらない。

 

「ふふっ、楽しみだなぁ。その時を待ってるからね」

「なに笑ってんだ姉ちゃん!おれは本気だからな!」

「可笑しくて笑ったんじゃないよ、ルフィ。お姉ちゃんは弟の成長が楽しみで仕方ないの!」

 

 発言をからかったと誤解されて、膨れっ面になったルフィにすぐさま弁解した。私の言葉を聞いて、「そうなのか?」とルフィが首をひねる。

 

「姉ちゃんって、たまによく分かんないこと言うなぁ」

「……それを考えるのは後でいいだろ、夕飯の調達に行くぞ」

「おう!」

「はいはーい」

「あぁ、今行く!」

 

 エースの呼びかけに応えて、私たちは狩りをしにその場を去った。

 

 

場所は変わり、コルボ山の水辺……に生えた木の上。そこに私たちはいた。

 

「よし、ワニいくか」

 

 眼下の河を悠々と泳ぐワニの群れに、エースが目をつけた。

 

「ワニめしうめェよな〜〜」

「ルフィお前今回は食われるなよ!?前は丸飲みで助かったけどよ!」

 

 既にご飯を楽しみにしているルフィを、サボが以前の失敗で窘める。

 

「私は水辺での狩りは初めてだなぁ……心して行かなきゃね」

 

 私は足場になりそうな岩場や石の場所を把握して、万が一足が滑って水に落ちた時のリカバリーの算段をつける。ワニに噛まれると、グルグル回転されて噛みちぎられると聞いたことがあるから用心しなければ。

 

 「いくぞ!」

 

 エースの掛け声に合わせて、私たちは枝から飛び降りた。




いっぱいお待たせして正直申し訳なかったと思ってる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盃姉弟 後編

 あのあとルフィが再びワニに飲まれることもなく狩りを終えて、ワニ飯をふるまった翌日。エース達は中心街へワニ皮を売りに行き、私は食糧庫の整理をしていた。一緒に行こうと誘われたけど、3人が中心街で食い逃げした前科があったので遠慮しておいた。

 あの子たちは気にしないのだろうが、私はちょくちょく中心街に買い物をしに行くことがあるからお尋ね者になるのはまずい。ただでさえ、この島ではあまり見ないタイプの肌色をしているから目立ってしまうのだ。

 

 そうして今は使い忘れて悪くなったものがないか確認して、今度買い出しに行く時どれを補充するかをまとめている。

 

「あ、ニンジン……萎びてるけど、腐ってないならいけるか……?」

 

 奥の方から出土したニンジンの処遇を考えていると、背後のあたりに馴染みのある気配を感じた。

 

「どうしたの?エース」

「あぁ、ちょっと必要なもん取りに来た」

 

 振り向くと、エースと目が合った。たしかルフィとサボと一緒に街へ行ってたはずだけど……2人はどうしたのかな?まぁ、とにかく話を聞いてみるか。

 

「何が要るの?探すの手伝うよ」

「盃4つと酒、あとお前も要る」

「えっ?」

 

 不可解な取り合わせに思わずキョトンとしていると、エースは迷いなく食器置き場から盃を取り出して、床下の収納庫にダダンさんが隠していたお酒を持ち出した。

 

「訳は行きながら教えてやるから、ほら行くぞ!」

 

 言うだけ言って、エースはさっさと出て行ってしまった。

 

「えぇ!?待ってよ、エースってば!」

 

 呼ばれた理由はわからないが、とにかくエースの後を追おう。急いで履いた靴の踵を踏んだまま、私は走り出した。

 

 

 森の中を移動しながら聞かされた話に、私は驚きと納得が半々だった。

 

「ゴミ山住みの子にしてはやたら上品で仕立ての良い服着てるとは思ったけど……」

 

 シルクハット、燕尾の上着、首元のクラバット。それらはどれも山を駆け抜け戦いに明け暮れる生活で薄汚れていたが、それでも生地の良さは分かる。初めて彼の服を洗った時から、なんとなく勘づいていた。

 

「なんで気づいた時、サボに聞かなかったんだよ」

「いいとこの子がゴミ山にいるなんて、何かしら深い事情があると思ったんだよ。没落したとか、家督争いで嵌められて放り出されたとかさ。貴族は権力と家柄が重要だからねぇ、家によっては身内同士で潰しあうのも珍しくない」

 

 「軽率に聞いちゃまずいと判断してさ」と締めると、エースは眉間に皺を寄せた。

 

「身内同士で……」

「一般市民の私たちには縁遠いことだけど……いいとこにゃいいとこなりの条理があるんだよ」

 

 そんなことを喋っていると、遠くにある切り株の周りで思い思いに過ごすルフィとサボの姿が見えた。「ルフィ!サボ!」と駆け寄りながら呼びかけてみると、二人がこちらを振り向いた。

 

「おっ!姉ちゃんだ!!」

「エース、サーラを呼びに行ったのか?」

「いや、本題はそこじゃねえ……お前ら、知ってるか?盃を交わすと“兄弟”になれるんだ」

 

 そう言ってエースは酒瓶の蓋を開けると、切り株に並べた盃に酒を注いでいく。

 ……エースはこのために、私を連れてきてくれたんだ。“兄弟”と“姉弟”の絆を、盃で繋ぐために。

 

「兄弟〜!?ホントかよー!!」

 

 口ぶりとは裏腹にルフィは目を輝かせ、盃をワクワクとした様子で見つめている。つられて、私も頬が緩んだ。

 

「海賊になる時同じ船の仲間にはなれねェかも知れねェけど、おれ達4人の絆は“姉弟”としてつなぐ!!どこで何をやろうと、この絆は切れねェ……!」

 

やがて、全部の盃が満たされた。それぞれを手に取り、同じ高さに掲げる。

 

「これでおれ達は今日から、姉弟だ!!」

 

「「おう!!!」」

「うん!」

 

 4つの盃が、打ち合わされた。目の前がキラキラとして見えるのは、はじけた酒のしぶきだけのせいじゃないのだろう。

 

 

おまけ

 

「ねぇ、せっかく姉弟になったんだし“姉ちゃん”って呼んでくれる?」

「エースとサボも姉ちゃんのこと“姉ちゃん”って呼ぶのか!いいな、それ!」

 

 エースとサボにそうお伺いを立ててみると、真っ先にルフィが食いついた。それに対して、エースは消極的なようだ。

 

「わざわざ変える意味あるか?それに姉ちゃん呼びはルフィと被るだろ」

「まぁまぁ、いいじゃねェか!おれ達が姉弟になったって分かりやすいし。な、姉ちゃん?」

 

 渋るエースをとりなして、サボがさらりと“姉ちゃん”呼びをしてくれた……なんてスマート!将来さぞかしモテるんだろうな。

 弟が将来有望で、お姉ちゃんは嬉しい……!

 

「サボ……ありがとう!!“姉ちゃん”か……嬉しいよ」

 

 顔を綻ばせてお礼を言うと、ルフィとサボが揃ってエースの脇を固めて、その肩をちょいちょいと小突きだした。

 

「エース!エースも姉ちゃんって呼べよ!」

「ほら喜んでるじゃねぇか!エース、お前も呼んでやれよ!!」

 

 それでも躊躇うエースに、私はダメ押しすることを決めた。だって、お姉ちゃんとしてはお姉ちゃんらしく呼んでもらいたいから……!!

 私はエースの目の前にしゃがんで、正面から思いっきり期待を込めた眼差しでエースを見つめる。

 

「ねぇ、エース。エースも呼んでくれたら嬉しいなぁ、私」

「うっ……」

「お願い?」

 

 エースは目線を逸らすが、それでも見つめ続ける。ひたすら視線で押して、さらに小首を傾げてお願いする。ようやくエースは観念したように目を閉じて、片手をおでこに当てるとため息をついた。

 

「あ゛ぁ〜……わァったよ、姉貴!!コレでいいだろ!?」

「やったァ!!ありがとうエース、嬉しい!」

 

 嬉しさあまって、3人を初めて行った狩りの時ようにまとめてギュウッと抱きしめたのは仕方ないはず!

 




アンケートの結果から、サボのお姉ちゃんへの呼び方は「姉ちゃん」になりました!ご協力ありがとうございました!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ガープ襲来!

久々の投稿。


 弟たちと盃を交わしてしばらく経った、ある日のこと。空は快晴、爽やかな風が吹き抜ける昼下がりを謳歌していた私たちのところへ、突然“嵐“はやってきた。

 

「サーラ!なぜお前がここにおるんじゃ!フーシャ村に残るようにわしは言ったはずじゃぞ!」

 

 鼻歌を歌いつつ洗濯物を干していた私の耳を、聞き覚えがありすぎる怒鳴り声がつんざいた。冷や汗が頬をつたう。騒がしいセミの声が、まるで非常事態に鳴り響くサイレンのように思えた。

 ……現実逃避はここまでにしよう。

 

「っげえぇ!!なんでガープさんいるの!?」

 

 間違いない、これは罰としてきっつい特訓やらされる流れだ。これまでの経験から大体予想はつく。ならば、逃げるしかない!スニーカーの靴底にぎゅっと体重を乗せる。踏みしめられた小石と砂が、ザリッと音を立てた。直後、押さえつけられていたバネが勢いよく跳ねるように、私は駆け出した。

 

「コラ待つんじゃサーラ!!」

「待ちません〜!どうせ怒って殴るじゃないですか!!」

 

 森の中へ走る私を、ガープさんが猛追してくる。あの人が通るには邪魔な木の枝が、バキバキ折り飛ばされる音が背後から迫るのがその証拠だ。

 

(パワーもスピードもあっちは規格外だけど、こっちには地の利がある……!どうにかうまいこと逃げよう!)

 

 10分後、スタミナも考慮に入れるべきだったと反省した。私の首根っこを掴んだガープさんは息を乱す気配もない。足場が悪く、高低差もある森を休まず駆け抜けた上に、乱入してきた猛獣をワンパンKOしておいて。

 これで全盛期じゃないとか嘘だろと言いたくもなる。

 

「さて、なぜお前がここにいるのか聞かせてもらうぞ」

「だって仕方ないでしょう、弟が心配だったんですから」

「開き直るんじゃないッ!」

 

 ゴチン!!

 強烈な拳骨が脳天に降ってきた。脳が揺れるような衝撃、遅れて来た強烈な痛みは、しばらく声すら出せないほどだった。

 

「……いっ……たァ〜〜〜〜ッ!?暴力反対!体罰なんて今どき流行りませんよ!!」

「体罰じゃない、わしの愛じゃ!受け止めろ!」

「ウエーン横暴だーッ!!!大体アンタ、言い訳したらしたで怒るでしょうよ!」

 

 こんな調子でギャースカ騒いでいると、遠くから小柄な気配が三つ近づいてくるのを察知した。間違いない、弟たちだ。

 

「ルフィー!エースゥー!サボォー!ここは危ないから引き返して!!」

「!ほう、見聞色の覇気か……」

 

 弟たちまで理不尽ジジイのスパルタ訓練に巻き込むわけにはいかない。その一心で叫んだ。

 

「どうした姉貴!?……げっ!ジジイ!!」

「おいッじいちゃん!姉ちゃんをいじめるなよ!」

「エース!ルフィ!まさかアイツがお前らのジジイなのか!?」

 

 しかし私の思惑とは裏腹に、心配させてしまったせいで弟たちは駆け寄ってきた。ジーザス。弟たちが優しいのは嬉しいことなんだけど……!

 

「ちょうどいい、お前ら四人まとめて稽古をつけてやるわい!」

 

 結果は……まぁ予想はつくだろうがメッタメタにされたよ、見事に。

 相手は手加減してても現役バリバリの海軍本部中将(実力は大将クラス)、こちらは未だパンピーの域を出ない女子供。そりゃあ張り合えるわけもなかった。

 

「……ガープさんって本当に人間ですか?」

「正真正銘、生まれた時から人間じゃ」

 

 ぶっ倒れたまま尋ねると、すぐに答えが返ってきた。なるほど、ならばこれが人類のバグというものか。

 

「人間の可能性の幅、広すぎやしませんか」

「鍛錬を長年続けていれば、お前たちもいずれこうなるわい」

「ほんとぉ……?」

 

 少なくともガープさんはほんの一握りのケースだと思われる。そうじゃなかったら、強者はびこる海軍の中で“英雄”だなんて呼ばれてないだろうに。そんなことを考えていると、私のすぐ近くにあった倒木にガープさんが腰掛けた。

 

「しかし、お前さんがこの歳で見聞色の覇気に目覚めたうえ……エースから姉貴と呼ばれるとはな。血は争えんということか」

「……私の血統が、何か関係あるんですか」

「そろそろ話してもいい歳か……お前の母親、サン・ヤーガについて話そう」

 

 やけに思わせぶりなことを言うものだから突っ込んでみると、懐かしい名前が出てきた。

 サン・ヤーガ。随分と昔に亡くなった、今世の私の母。その人が、一体どう関わってくるのだろうか。

 

「……先に弟たちをダダンさんのところへ運んでからでもいいですか」

 

気絶して地面に伸びている弟たちを放置したままでは、話が頭に入ってこないだろう。

 

 

 弟たちをダダンさんのところへ運んで手当てをしたあと。私とガープさんは海が見える崖で二人きりになった。先にガープさんが適当に近くの木を背にしてどっかりと胡座をかいて、私はその向かい側に生えていた木の前に座り込んだ。

 

「サン・ヤーガ……昔はバルーバ・ヤーガと名乗っておった。やつはかつて“蜃気楼の魔女”としてグランドラインの都市伝説になった、稀代の催眠術士じゃった」

「催眠術士ィ?」

「あぁ。それも、世界一の催眠術士と言えよう。ヤーガは光を用いて“意志を持つもの全て”の精神に思うまま干渉できる、とんでもない技量を持っていた。やつは自身に関わった者全てに催眠術をかけて、“バルーバ・ヤーガ”という人物の核心を掴ませないように働きかけていた……しかし、一部の者を除いてな」

 

 催眠術と言われて真っ先に眉唾物な印象を感じたが、話を聞くうちに「もしかして私の母親、相当ヤバい存在だったんじゃないか?」と思えてきた。使い方によっては、国を傾けることくらい容易くできそう。

 そんなとんでもない母の『例外』になった存在に対して、興味が湧いてくる。

 

「その一部の者って?」

「まず挙げられるのは、ポートガス・D・ルージュ……エースの母親じゃ」

「ッエースのお母さん!?」

 

 まさかの情報に、思わず身を乗り出す。

 しかし、こんなものはまだまだ序の口と言わんばかりにガープさんは話を続けた。

 

「二人は同郷で、大層仲が良かったらしい。互いに“姉妹のような存在”と言っておったわ」

「世間って、案外狭いものなんですね……」

 

 目を丸くした私に、「そうじゃの」としみじみ答えるガープさん。まさか母同士まで、家族のように仲良しだとは。

 

「ヤーガが催眠術をかけず自ら関わりを持っとったのは、ワシの知る限りその女くらいじゃ。あとの者は催眠術のかかりが甘く記憶を消しきれなかったから、なし崩しに交友関係を結んだようだ」

 

 先程告げられた母に対する評価のヤバさを思い返し、虚を突かれて「えっ」と目を見開いた。

 

「母の催眠術の腕前でも? 」

「やつの操る催眠術は最高峰のものじゃったが、それでも耐性を持つ者がおった。強靭な精神を持つ者、非常に疑り深い者、そして覇気を高いレベルまで鍛えた者……そういった者には“バルーバ・ヤーガ”に関する記憶が割と残っているようじゃった」

「……耐性あっても“割と残る”程度なんですね」

「記憶なんて元々不確かなものじゃからのう」

 

 それもそうか、記憶って案外いい加減なところもあるし。

 

「……ところで、覇気ってなんですか。話の中でたまに出てきましたけど、何も説明されないのが気になって」

「言っとらんかったか、わし?」

 

「はい」と迷わず頷いた。そしてガープさんから教えられたのは、覇気という技術がこの世界にあるということ。見聞色、武装色、覇王色の三つに分かれていて、それぞれに特色があり……と概要も説明してもらった。

 どこか聞き覚えのある内容だと思ったら、前世でこの世界を作品として読んだ頃の記憶で一致するものがあった。もう十数年前の記憶だ、相当に風化が進んでいる。

 

「催眠術士は精神に深く関わるから、見聞色の覇気を熟している者が多い。お前の母もそれを使いこなしておった……もしかしたらお前にも、催眠術の才能があるかもしれんな」

「へぇ……母がどうやって催眠術を操っていたか覚えてますか?たしか光を使うとか言ってましたよね?」

「仕組みはよく分からんが、杖の先端に飾られた水晶を光らせとったわ。そこから放たれた光を浴びると催眠術にかかる」

 

───時を遡り12年前、“南の海”バテリラにて。

 

 一軒のこぢんまりとした民家の中で、二人の女が向かい合っていた。彼女たちの名はポートガス・D・ルージュとバルーバ・ヤーガ。この島で生まれ育ち、親友となった二人だ。

 

「ルージュ、あなたは本気なんだね?」

「えぇ……絶対に産みたいの。彼の子を」

 

 窓から吹き込む潮風を受けてふんわりと宙を踊る、淡い金色の髪。袖の膨らんだ真っ白なワンピース。タレ目がちな目元。ルージュを構成する多くの要素は柔らかく儚さを感じさせるが、両目に宿る光は揺らぎもしない。

 

「生まれてくる子に罪はない。それでも難儀な生を送らせることになるよ」

 

 決意に満ちたルージュを見つめ返すのは、ぞっとするほど鮮烈なシアンブルーの瞳。人間離れした色合いを持つヤーガの目に、憐憫が透けて見えた。

 ルージュの腹に宿る命は、海賊王ゴール・D・ロジャーの血を受け継いでいる。生前には大暴れを重ね、死に際に放った一言で大海賊時代を生み出した男。その血が身体に流れているというだけで、どれほどの困難や理不尽が子どもに襲い掛かることか。ヤーガの脳裏に浮かぶのは、何通りもの悲壮な生涯とバッドエンドばかりだ。

 

「それでも……ッ私は、この子に産まれてほしい。この子を諦めたくないッ……!ヤーガお願い、あなたにしか頼めないの……!!」

「……わかった、引き受けよう。それがあなたの願いなら」

 

 ルージュはテーブルの上で組まれたヤーガの手に、藁をも掴むような必死さで縋りつく。母として彼女は諦められなかった。自身の中に芽吹いたばかりの命を、愛した彼の子どもを。そんな親友を、ヤーガは見捨てられなかった。

 

 程なくしてルージュの家を後にしたヤーガは、人気のない丘へ向かって走っていた。潮風に煽られて彼女の豊かな白髪が大きくうねり、さらさらと巻き上げられる。

 

「ったくあのデカ髭野郎、ルージュを誑かしたんじゃ飽き足らず……最期まで散々好き勝手やらかして!尻拭いひとつせずにとっとと逝くなんて!」

 

 「恨むよ!」と顰めた眉や呆れたように瞑る目とは裏腹に、紅を引いた口元はニンマリと心底愉快げに吊り上がっていた。

 死してなお、無二の親友の心を奪って離さないところが気に入らぬ気持ちは未だある。しかしヤーガとて、あの破天荒な男が嫌いじゃなかった。なんせ、ロジャーにはたっぷり面白いものを見せてもらったから。

 タッタカ軽快な足取りで彼女は小高い丘を駆け上がり、頂点で立ち止まった。その場でクルリと振り返る。幼い頃ルージュと一緒にここへ来ては、何気ない語らいをしたことを覚えている。

 島全体を見下ろせる、とっておきの場所。丸ごと催眠術をかけるにはもってこいだ。右手に携えた杖を天へ掲げる。

 

「地獄から見てろよロジャー、良いもの見せてくれたお代くらいは支払ってやろう!

────“思い込み(ドクサ)“」

 

 ぴかり。たった一回瞬いた閃光が、島にいる人間全ての意識を塗り替えた。

 

 

「……そうしてルージュがエースを妊娠していた間、やつは海軍の目を騙してルージュを含めバテリラにいた妊婦を赤子狩りから防いだとか話しておったわ」

「母さん……!」

 

 エースがロジャーの血を引いていたとか、島中に長い間催眠術をかけ続けたとか、衝撃的な話がいくつもあった。その中でも何より重要に思えたのは、母がルージュさんを守ってくれたおかげで、私はエースと出会えたことだ。

 何か運命的なものを感じて、目尻にじわりと涙が浮かぶ。しかし間を置いてから、「おや?」と疑問に思う点が出てきた。

 

「ん?海軍を騙せたんなら、なんでガープさんがその話を知って……」

「わしゃ覇気を鍛えておるからのう、効きが悪くてな。じゃからヤーガにこうして詳しい経緯を聞くことができたんじゃ」

「あぁ、それで……ガープさんはエースが生まれたのを知ってたんですよね?それなら……なぜ、エースを見逃してくれたんですか?」

 

 私の問いかけに、ガープさんの目が懐かしみを帯びる。

 

「ロジャーから押し付けられたんじゃ、おれの息子を頼む!なんてな」

 

 まったく、と呆れたようにこぼす割には、なんだかガープさんは嬉しそうだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私のルーツ?

前回に引き続き、主人公の背景深掘り回。


「……そうじゃ、もう一つお前に伝えなければいけないことがある。お前の……種族についてじゃ」

「種族ぅ?」

 

 思わぬ言葉に、素っ頓狂な声があがる。種族なんて言われても、私の身体にはどこからどう見ても人間の枠からはみ出るような差異が見つからない。肌の色こそあまり見ない褐色だが、こんがりと日焼けした人たちに紛れれば目立たない程度のものだ。

 

「私、今まで普通の人間だと思って生きてきたんだけれど……えっ、まさか違ったり?」

「その“まさか”じゃ。それも相当に特殊なものだ」

「うへ……面倒くさいにおいがプンプンしてきたんですけど」

 

 出生がまさか厄ネタだとは……たまらず眉間にぐしゃりと皺が寄る。ガープさんも似たような表情をしていて、いつになく厳しい雰囲気だ。

 

「真面目に聞くんじゃ。サーラ……これはお前の人生を左右する」

「……はい」

 

 真剣な声色に、自然と背すじがピンと伸びる。唇を引き結んで、ガープさんの言葉を待った。

 

「まずはお前の母親の家系について話そう……やつの家系は代々催眠術士を輩出しておった。その理由が……先祖が“ルナーリア族”と呼ばれる種族と交わっておったからじゃ」

「ルナーリア族」

 

 それは、どこか幻想的な響きを持つ名前だった。

 

「特徴は白髪に褐色肌、黒い翼と背中に燃え上がる炎。今はすでに歴史の彼方へ消えたはずの種族じゃ……しかし政府は生き残りを血眼で探しておる。ルナーリア族がいると通報するだけで、一億ベリーが与えられるほどに」

 

 通報だけで、一億。世界政府がルナーリア族に向ける執着の悍ましさに、ぞっと肌が粟立つ。絶対に捕まったらいけないやつだと確信した。何をされるか分かったものじゃない。

 

「催眠術でルナーリアに近い見た目を誤魔化し、生き延びようとしたんじゃろう。それが功を奏した結果、優れた催眠術士の才を持つバルーバ家が出来上がった」

 

 ……生存バイアスをほんのりと感じた。催眠術が上手くなければ姿を誤魔化せず、政府に捕まってしまう。優秀な者が生き残ったから、自然と素養の高い一族になっていったのだろう。

 

「そうして市井に紛れながら代々普通の人間の血を取り込み続けた結果、子孫に継がれるルナーリアの血も徐々に薄まり、普通の人間とほぼ変わらない姿になっていった……その矢先じゃった。ルナーリアの特徴を大きく受け継ぐ“先祖返り”のヤーガが産まれたのは」

 

 アッ!!ろくでもないことが起きる予感しかしない!!!

 

「うっわ……母さんが関わる人のほぼ全てに催眠術かけてたのそういうこと……?っていうか、私の記憶に残ってる母さんの姿がルナーリアの特徴と全然合わないんですが……さては私にも催眠術かけてたな」

 

 思わぬ形で母に対する認識と実態の矛盾に気づく。どうやら私は本当の母の姿を産まれてから一度も見ることはなかったようだ。

 

「そうじゃろうな、いつだったか“子どもは一切悪気なく秘密を漏らすことが往々にしてあるから”なんて言っとったわ……しかし、我が子にも本来の姿を明かさぬ警戒心のおかげで無事に生涯を終えられたんじゃ。悪く思ってやるな」

「別に責めやしませんよ、それだけ種族について秘匿しなきゃならないことは理解したので……」

 

 そうやって欺き続けることで、世界政府から自分の身を守った人なんだ。自身の子どもであっても、人の口に戸が立てられぬ以上は誤魔化しておくのが最善。

 それだけ高い警戒心を持つ母を射止めた父親の存在こそ気になるが、探すアテも無いし放っておこう。ワンナイトラブの可能性だって普通にあるし。

 しかし、それとはまた別に問題が残っている。

 

「それで、先祖返りの血をバッチリ受け継いじゃった子どもがここにいるわけですが。幸いなことにルナーリアらしい特徴は肌の色くらいですけど……中心街のような人が集まるところへ行くの、これからは控えた方がいいですかね」

「ルナーリア族についてそう広く知られてはおらんから危険性は低いが ……面倒事を避けたいなら変装するか、催眠術を鍛えるべきじゃな」

 

 人の目が多い場所へ行くことは、それだけ情報の流出経路が増えるということ。何かしら対策を講じなければいけないのは明白だった。どうせなら血筋上、才覚がありそうな催眠術を操ってみたいところだけれど……。

 

「でも私、催眠術の使い方とか一切知らないんですよね」

 

 母さんが生きている間、催眠術について教えてもらったことは一度も無い。

 せめて基礎の部分くらいは学ばせて欲しかった……天才だった母さんは誰かから教えられるまでもなく催眠術を扱えたから教える発想が湧かなかったのか、もう少し私が成長してから教えるつもりだったのか定かではないけど。

 

「カンでやりゃいいじゃろ、仮にもヤーガの娘だし才能でなんとかなるはずじゃ。なんならワシで試すか?」

「さすがに無茶すぎると思います……」

 

 先程までの緊迫した雰囲気から一転、なんとも適当なことを抜かすガープさんに先が思いやられてガックリと項垂れてしまう。

 やり方も知らないのに無茶言うな。だいたい貴方は母さんの催眠術にも耐性あるんだから、催眠術のイロハも知らない私の術なんて効果が出ないだろうに。

 

「いっそヤーガの遺品でも漁るか?日記でも有れば何かしらの手がかりは掴めるかもしれんぞ」

「そうしますか、他に思い当たるところは無いわけですし。たしか遺品は箱に入れて、おじいちゃんの家にまとめて置かせてもらってたはず……」

「決まりじゃな!よし、じゃあ行くぞサーラ!」

 

 さっそくと言わんばかりにガープさんは張り切った様子で立ち上がると、ひょいっと私を小脇に抱えた。足が地面につかないし、腕が結構腹に食い込む。

 

「あのぉ……ガープさ〜ん?まさかこの持ち方で連れて行こうってんじゃア゛ワ゛アァァ──────ッ!!!??」

 

 止める間もなくガープさんは走り出し、私はガクガク揺さぶられながら運ばれる羽目になった。扱いが……扱いが雑……!!

 そのまま結局ガープ式ジェットコースターに揺られて数分、コルボ山から降りた私たちはおじいちゃんの家へ向かって歩いていた。私だけが若干グロッキーになりつつ。

 

「人に、運ばれて……ハァ、ハァ……酔うなんてこと……っあるんすね……うぇ」

「繊細じゃのう」

「人体の強度の物差しを貴方基準で測らないでもらえますか……?」

 

 ガープさんが平均的だったらとんだ魔境だよ、この世界。すでに充分魔境な気がするのはさておき。そんな調子で他愛もない会話をしていると、懐かしき我が家はすぐそこにあった。扉を軽くノックする。

 

「おじいちゃん久しぶり、サーラだよ」

 

 その呼びかけに、中からスタスタと足音が近づいてきた。

 ガチャ、と開かれた扉から出てきたおじいちゃんは相変わらずムスッとした顔つきだが、よく見ると目元の雰囲気がほのかに柔らかい。久々の再会を喜んでもらえたのだろうか?そうだと嬉しいな……。

 

「久しいなサーラ、どうしてここに……あぁ、ガープまでおるのか」

「わし“まで”とはなんじゃ!……まぁいい、とにかくわしらはヤーガの遺品を確かめに来たんじゃ。見せてもらえんか」

 

「!そうか……いずれ、こんな時が来るとは思っていたが」

 

 「入れ」というおじいちゃんの後に続いて、久々の我が家に足を踏み入れた。部屋の中は荒れた様子も無く、普通に生活できているようでホッとした。椅子に掛けるように勧められたので、素直に腰掛ける。そうして物置を探るおじいちゃんを待っていると、木箱を抱えて戻ってきた。

 

「これが、ヤーガの残した遺品じゃ」

「どれどれ?おっ、日記があるぞサーラ」

「ガープ!なぜ貴様が真っ先に開けるんじゃ!」

 

 ははは……とガープさんの自由っぷりに苦笑しながら、差し出された日記を受け取る。さっそく開いてみよう。

 

「……これは、手紙?」

 

 一番初めのページには、無地の白い封筒が挟まっていた。シンプル極まりないそれには、“サーラへ”と記されている。一目で私宛てのものだと解った。慎重に封を切って中を探ると、クリーム色の便箋が一枚入っている。まずはこれから目を通そう。

 

“愛しのサーラへ

 この手紙をあなたが読んでいるということは、私は既にこの世にいない……なんてことはなく、案外どこかで元気にやっています。あなたの成長を見届けることなく去ってしまったことを、母として中途半端な真似をしたことをどうか許してください。

 

 あなたのそばから離れることになった理由を説明します。

 実は、私たちの一族はかなり珍しい特徴を持った種族の血を引いています。世界政府が血眼になって探している種族です。私にはその特徴が大きく現れているため、催眠術で私の姿や相手の記憶を誤魔化して生きてきました。

 

 あなたに見せていた姿も、本当の容姿ではありませんでした。「万が一あなたから私の姿の情報が漏れてしまったら」と恐れていたのです。娘に本来の姿を明かす度胸もない母親で、ごめんなさい。そうしてあなたに催眠術をかけ続けてきた結果、重大なことに気づきました。

 

 私が扱う催眠術は広く応用が効く分、長期間使用すると術者(かける側)と対象(かけられる側)両方に負担がかかります。術者は脳を酷使するため大きくエネルギーを消費し、対象には精神的な影響(気疲れ、感覚の鈍化、意識混濁など)が現れる場合もあります。

 そんなものを幼いあなたへかけ続けたせいで、あなたが成長するにつれて育つはずだった情緒を滞らせてしまったのです。

 

 私がそばにいる限り、あなたの心に枷をかけ続けることになります。サーラにはきちんと自分の心を持って生きられるようになってほしかったから、離れることを決めました。私の身勝手に巻き込んでしまってごめんなさい。

 今のあなたは、あなたの心のままに生きていますか?幸せに過ごせていますか?大切な誰かを愛せていますか?もしも全部当てはまっていたら、私にとってそれ以上に嬉しいことはないでしょう。

 

 ろくでなしな母ですが、これからもあなたの幸せを祈っています。手紙を挟んであった日記に、教えるつもりだった催眠術のコツなどを書いておいたので参考にしてね。

                             あなたの母ヤーガより”

 

「……!」

 

 震える唇をぎゅっと引き締めて、涙が溢れそうになるのを必死に耐えた。

 冒頭でしれっと生存疑惑が浮上して「ん!?」と驚いたものの、読み進めていくたびに母さんが私に向けてくれた愛情が、丸めな筆跡を通してじわじわと伝わってくる。

 思った以上に嬉しかった。遠回しで不器用な形でも、母さんから愛されていることを明確に示されたのが。同時に少し切なさを覚えた。母さんとの思い出が、どれもぼんやりと薄らいでいることに。

 向かい側に座るおじいちゃんから、黙ってちり紙を差し出された。一枚取ったそれで軽く両目の涙を吸い取らせて、ぼやけた視界を明瞭に戻す。

 

「……日記に、催眠術に関することを残してくれたみたいです。ガープさん」

「そうか……」

「あと、母さん生きてるかもしれないです」

「……ん?」

 

 数秒、静寂が訪れた。

 

「ちょっと待て!今、ヤーガが生きてると言ったか!?」

 

 おじいちゃんがテーブルにダンッ!と両手をつき、身を乗り出して尋ねてくる。

 

「手紙の文面からして、その可能性が浮上してきた。母さんなら催眠術で死亡偽装くらい朝飯前だろうし」

「あ〜、あの女ならやりそうな事じゃな」

「ヤーガの奴め、娘を放っていったいどこに……!!」

 

 平然としているガープさんに、何やら気を揉んでいるおじいちゃん。二人の様子が対照的だ……催眠術云々言って聞き返されないあたり、おじいちゃんも母さんの事情をある程度知ってたりするのかな?

 その疑問は一旦置いておこう。ここに来た本来の目的は催眠術の扱いの手がかりを探すためで、それはもう達成された。母さんの行方も、気にならない訳ではないけど……。

 

「“案外どこかで元気にしてる”らしいし、それでいいかな」

 

 この時私はまだ知らなかった、後々母さんが私の知らないところで立てたフラグに巻き込まれることを。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。