負けるな、踏み台君!ファイトだ、悪役令嬢ちゃん! (サニキ リオ)
しおりを挟む

第一章 ~踏み台~
第1話 主人公と思いきや


 自分はこの世界の主人公だ。

 新たにこの世に生を受けたときから、スタンフォード・クリエニーラ・レベリオンはそう思って憚らなかった。

 輝くような金色の髪に、宝石のように澄み切った碧色の瞳を持つ端正な容姿。

 王族の血筋特有の魔力に、幼い頃から受けてきた英才教育。

 彼だけが持つ唯一無二の知識。

 その全ては一人の少年の自意識を肥大化させるには十分な代物だった。

 スタンフォードは昔から天才と持て囃されて生きてきた。

 勉学、魔法、体術共に兄であるハルバードよりも物覚えが早く、特に魔法に関しては独自の魔法運用を行っていたことで、周囲はこれで王家も安泰だと、とにかく彼を持ち上げた。

 

 それ故に、スタンフォードは増長した。

 

 当然である。

 生まれてから周囲に賞賛され続ける人生を歩んでいて調子に乗らない方がおかしいのだ。

 しかし、誰一人としてスタンフォードを諫めるものはいなかった。

 スタンフォードは表向きは謙虚な姿勢を貫いていたからだ。

 稀代の天才にして謙虚な姿勢を貫く王子として、周囲はさらにスタンフォードを褒め称えた。

 スタンフォードは自分の成果を称える周囲に、決まっていつも何てことないようにこう言った。

 

 僕なんか全然大したことないよ、と。

 

 スタンフォードは天才であるにも関わらず謙虚に振る舞う自分の姿に酔っていたのだ。

 優秀な魔導士が集う学園に通い出してからもスタンフォードの天下は続いた。

 彼の周囲にはいつだって高名な貴族の子息や令嬢が集う。

 美人で名家出身の婚約者もでき、スタンフォードの人生はバラ色だったと言えるだろう。

 これからも周囲から賞賛を浴び続け、いずれは王国の伝説になる。

 

 そんな未来が訪れることをスタンフォードは欠片も疑っていなかった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「もう! ライザルク強すぎじゃない!?」

 

 落ち着いた雰囲気の喫茶店に一人の女性の悲鳴が響き渡った。

 キャラクターが麒麟と竜を足して二で割ったような見た目のモンスターの攻撃を食らい体力バーがゼロになる。

 画面が暗転し、〝GAME OVER〟と表示された画面を見て女性はガックリと項垂れた。

 

「メグってアクションゲーム苦手だもんね」

「私はミカほど器用じゃないんだよー……」

 

 メグと呼ばれた女性は不貞腐れたようにゲームをスリープモードに切り替えると、ティーカップにおかわりの紅茶を注いだ。

 

「あはは! あたしだって基本脳死特攻だよ!」

 

 そんなメグとは対照的に、ミカと呼ばれた女性は楽しそうに笑いながら告げた。

 

「ブレイブは覚えゲーだからね。パターンさえ覚えればいけるいける」

「うへぇ、死に覚えってモチベ上がらないんだけど……私はハートの方みたいに、純粋にストーリーを楽しむだけのゲームがしたいよぉ」

 

 メグがプレイしているゲームは〝BESTIA BRAVE〟という恋愛要素のある剣と魔法の世界を舞台にしたロールプレイングゲームだった。

 ベスティアシリーズと呼ばれるこのゲームは、ゲーム制作会社cre8が販売する乙女ゲーム〝BESTIA HEART〟、男性向けの〝BESTIA BRAVE〟の二つのシリーズからなる。

 〝BESTIA HEART〟が発売されたのはかなり前であるため、最近になりゲームハードの移植版〝BESTIA HEART ~金色の英雄~〟が発売された。

 

「移植版に向けてとはいえ、わざわざギャルゲーやるのもなんだかなぁって感じ」

「何を言ってんのメグ! リメイクやるならブレイブの方もやらなきゃ損だよ!」

「いやいや、追加キャラのためにそこまでできるのはミカくらいだって」

 

 移植版に追加される要素には、前作である〝BESTIA BRAVE〟の要素が反映されている。

 そのため、メグは必死になって苦手なアクション要素のあるこのゲームをプレイしていたのであった。

 

「はぁ……ブレイブってハートとゲーム性違うから大変だよ」

「ハートは戦闘なかったもんね」

 

 ベスティアシリーズ第一作であるBESTIA HEARTは戦闘なしのゲームである。

 それ故に、アクション要素を含むゲームが苦手なユーザーは、メグと同様に戦闘パートで苦戦する者が続出していたのだ。

 メグが躓いている箇所は、ゲームでは序盤のボスである雷竜ライザルク戦だった。

 この戦闘は、学園外で魔物との実践演習を行っていた主人公達を雷竜ライザルクが襲い、それを主人公が倒して周囲から注目されるというイベントだ。

 

「ライザルクは攻撃パターンさえ掴めれば難しくないんだけどなぁ」

「だって、雷で痺れたとこに攻撃してくるんだよ? こんなのハメだよ!」

 

 メグは苛立ったように頬を膨らませた。

 苛立ったメグを諫めながらも、ミカはある提案をする。

 

「だったら先生でレベリングと動きの練習したらいいんじゃないかな」

「先生?」

「そ、序盤の方で主人公にやたら絡んでくるスタンフォードってキャラがいるでしょ。スタンフォードとの鍛錬場での戦闘は、鍛錬場って項目で何度でも戦えるんだ」

「スタンフォードってあの嫌な奴か。あれって何度でも戦えたんだ。でも、何で先生?」

 

 主人公に絡んでくるキャラクターであるスタンフォード。

 そのキャラクターが先生と呼ばれていることに、メグは頭上に疑問符を浮かべた。

 

「スタンフォードってやたらと主人公に絡んでくるんだけど、必ずその章でのボスの動きを取り入れた動きをしてくるんだ。だから、ファンの間ではボスの動きの練習をさせてくれる〝スタン先生〟って呼ばれてるんだ」

「戦闘前のイベントや序盤でイノシシにもボコボコにやられてたし、何かかわいそう……」

 

 スタンフォードは所謂、嚙ませ犬や踏み台と呼ばれる立ち位置のキャラクターだった。

 メグが苦戦しているライザルクに限らず、主人公やボスキャラクターに挑んではボロボロに敗北し、敵の強さを引き立てる役目を担っていたのだ。

 

「そういうわけで、どんどんスタン先生を倒しちゃおうぜ!」

「ま、あのキャラ弱かったし、練習台にはちょうどいいかな」

 

 この後、スタンフォードはメグの練習台として何度も戦闘で倒されることになるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 全てが終わった日

 カチャカチャとボタンを押す音が部屋に響き渡る。

 大きな液晶画面を前に、コントローラーを握った青年は顔色一つ変えずにキャラクターを操作していた。

 巨大なモンスターが素早い動きで翻弄し、操作キャラクターに襲い掛かる。

 その全てを最適化された動きで躱し、青年はあっという間にモンスターを最小限の攻撃で討伐してしまった。

 

「……あと一つで最後のクエストか」

 

 コントローラーを放り出すと、ため息をついて青年――才上進(さいじょうすすむ)はベッドに寝ころんだ。

 目を瞑りそのまま眠気に身を任せて眠ろうとしたとき、部屋の扉が控えめにノックされた。

 

「ご飯できたよ。持ってくる?」

 

 部屋をノックしたのは進の姉だった。

 

「いや、たまにはあの人達とも食べるよ。姉さん一人じゃ相手するの大変でしょ」

 

 進は表情に影を落とすと、重い腰を上げてベッドから起き上がった。

 

 リビングに降りて食卓に座ると、進は黙々と用意された食事に口を付けた。

 

「それで、就職活動は順調なのか?」

 

 唐突に父親が発した言葉で進の箸が止まる。

 就職活動。

 その単語は、進が今最も聞きたくない言葉だった。

 

「いや、それは……」

「まさか、就職活動していないのか」

 

 口ごもった進を見て、父親は呆れたようにため息をつくと言い聞かせるように告げた。

 

「進。お前なぁ、入社二年で会社が嫌になって辞めた根性なしなんて、期間開けたらどんどんとってもらえなくなるんだぞ。まったく、甘えるのもいい加減にしろ」

「そうよ。進が仕事で失敗ばっかりしていたのは頑張ってなかったからでしょ。いい加減、頑張ってみたら?」

 

 進は会社で自分なりに頑張っていたという自覚を持っていた。

 仕事の覚えも周囲より早く、任される仕事もどんどん増えていった。

 しかし、進は異常にミスが多かった。

 小さなミスから会社に損害を与えるレベルのものまで、進はとにかくミスを繰り返した。

 

 原因は彼のコミュニケーション能力の欠如によるものだ。

 彼は社会人の基本である報連相がまるで出来ていなかった。

 最初は笑って許してくれていた先輩社員も、同じミスを繰り返す進に呆れ、進は社内で〝仕事のできない奴〟という烙印を押された。

 特段いじめなどがあったわけではないが、周囲の反応が冷たくなり、同期達から見下された視線で見られることに進は耐えられなかったのだ。

 そのうち新しい仕事を任されることもなくなり、ただ給料をもらいに会社と自宅を往復する日々。

 人によっては羨ましいと思うその状況も、自分が優秀な人間であると信じて疑わなかった進にとっては受け入れられる状況ではなかったのだ。

 

「……僕だって頑張ったさ。でも、どうしても失敗ばっかで……」

「何言ってるの! 私の息子がそんな無能なわけないじゃない! あなたの学費にいくらかかったと思ってるの!」

「まったくだ。学生時代はあんなに成績優秀だったのにな」

「私も息子がニートだなんて恥ずかしくて友達にも話せないわ。お姉ちゃんだって大企業に勤めているわけじゃないし、本当に肩身が狭いわ」

 

 進が本気を出さずに怠けた結果甘い考えで仕事を辞めた。

 自分達の息子は優秀であり、うまくいかないのは努力をしていないから。

 

「いい加減にしてよ!」

 

 そう信じて疑わない両親に、進の姉は堪忍袋の緒が切れたように叫んだ。

 

「私達はあんた達のアクセサリーじゃない!」

「何、また私達に反抗するの?」

「うるさい! そもそも二人共偉そうに説教垂れてるけど、お父さんはお爺ちゃんから受け継いだ財産食いつぶしてるだけで社会経験なんてないよね? お母さんだって専業主婦で碌に働いたことないお嬢様だよね? 私達の苦労も知らないくせによくもまあ、そんなこと言えるよね」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、進の姉は食器を片付けて両親を睨みつけた。

 

「あんた達が普通の会社に入ったところで、一年ももたないよ! 人生イージーモードの連中が偉そうに説教しないで!」

「はいはい、また私達を悪者扱いね」

「姉弟揃ってどうしてこうなったんだか……」

 

 最悪な空気の中、進は一言も発することなく、黙々と食事を口に掻き込んだ。

 

 その日の食事の味は、わからなかった。

 

 

 

 夕食を食べ終えて自室に戻った進だったが、ゲームをする気分にはなれなかった。

 両親に言われた言葉が今も進の心を蝕んでいたのだ。

 優秀なのに結果が出ないのは、努力をしていないから。

 苦しい思いをして頑張っても結果は変わらなかった。

 だというのに、両親は自分の苦労も知らずに否定を繰り返す。

 そのことが進の心を呪いのように蝕んでいたのだ。

 

「進、今入ってもいい?」

「……ああ」

 

 部屋のドアが控えめにノックされ、進の姉が部屋に入ってくる。

 その表情は進と同様に暗いものだった。

 

「姉さん、さっきは、その……サンキュ」

「いいって。あそこまで言われたら黙ってられないっしょ」

 

 当たり前のように進のベッドにゴロンと転がると、進の姉は慣れた手つきで漫画を取って読み出した。

 

「その、ごめん……僕が逃げてばっかりだから姉さんにまで迷惑かけちゃって」

「逃げたっていいじゃない」

 

 謝罪の言葉を口にする進に対し、進の姉はまるで気にしていない様子で言葉をかけた。

 

「真面目に生きてたら疲れちゃうし、嫌なことから逃げてメンタルが健康に保てるならそれでいいと私は思うけどねー」

 

 そして、重くなった空気を払拭するように進へ話しかけた。

 

「それより、ゲームの進捗はどう?」

「あとは最後のクエストやって終わりかな」

「ちょ、それ昨日買ったばかりのゲームでしょ!?」

 

 進の言葉を聞いた進の姉は驚いたようにベッドから跳ね起きた。

 

「ゲーム始めてからほぼノンストップでやってたからな」

「相変わらず熱意があるときの進はすごいね」

 

 進のゲームの攻略速度に進の姉は苦笑する。

 

「先生狩りまくって動き覚えれば大体のモンスターは楽に狩れるからな」

「先生か。そういえば、ベスティアシリーズにも先生って言われてるキャラがいるんだよ」

 

 先生という言葉に反応した進の姉は楽し気に〝BESTIA BRAVE〟と書かれたゲームソフトを取り出した。

 

「また乙女ゲーの話?」

「ううん、こっちはギャルゲー。きっと進も気に入るから貸したげる」

 

 いつも女性向けのゲームの話をされていた進は苦い表情を浮かべたが、進の姉は自慢げに進へゲームソフトを手渡した。

 

「……サンキュ」

「終わったら、前作のハートの方も貸したげるよ」

「それ乙女ゲームじゃん。まあ、今までさんざん姉さんから借りた乙女ゲームやってきたけどさ……」

 

 姉の提案に苦笑しながらも、進は内心嬉しさを感じていた。

 自分が落ちぶれても変わらず接してくれる姉に、進の心は救われていたのだ。

 

 姉だけは自分をわかってくれる――そう思っていた。

 

 

 

 ある日、進が目を覚まして部屋を出ると、階段で進の姉が誰かと通話をしているのが聞こえた。

 

「臨時休業? そっかー、じゃあどこで集まろっか」

 

 進の姉が定期的に友人と出かけるのは進も知っていた。

 聞こえてきた会話から察するに、いつも集まっている店が臨時休業して困っているようだった。

 

「えっ、うち? うちはダメだよ! だって……あ」

 

 目が合った。

 進の瞳に映ったのは〝変わらないはずの優しい姉〟ではなく、両親と同じように世間体を気にし、困ったものを見る表情を浮かべた姉だった。

 その瞬間、進は足元が崩れ落ちていくような感覚を味わった。

 

「……今日は出かけるから」

「進! 違うの、待って!」

 

 一瞬にして進が何を思ったか理解した姉が必死に弁解するも、その声は進の耳には届いていなかった。

 

 姉だけは自分を認めてくれているのだと信じていた

 だが、そんなものは幻想だった。

 よく考えればバカでもわかる。

 ニートで部屋に引き籠っている長所など何一つない家族など、友人に見せられるような存在ではない。

 

 そんなことも理解できなかった自分に嫌気がさした進は、財布や携帯も持たずに家を飛び出した。

 進は当てもなくがむしゃらに走り続けた。

 寝不足で食事もとらず全力で走ったことで、息はすぐに切れた。

 呼吸も荒いまま、歩道橋を駆け上がる。

 急いでいたわけではない。ただ信号で立ち止まることで、考える時間ができることが嫌だったのだ。

 

「痛っ」

「……ません」

 

 歩道橋でぶつかった女性にまともな謝罪もできず、そのまま進が階段を駆け下りようとしたときだった。

 

「う、わっ!?」

 

 足がもつれ進の身体が宙を舞った。

 寝不足かつ普段の不摂生から体力もないのに走り続けたことで、進の体は限界を迎えていたのだ。

 

「危ない!」

 

 必死に叫ぶ女性の声を最後に、進の意識はそこで途切れた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 踏み台のはじまり

 進が目を覚ましたとき、目の前には知らない女性がいた。

 言葉を発することもできず、何が起こったらわからずにパニックになった。

 絢爛豪華な装飾の施された室内に、成人しているはずの自分を軽々持ち上げる大柄な女性。

 突然起きた出来事に声を上げれば、聞こえてきたのは赤ん坊の泣き喚く声だった。

 進が落ち着いて自分の状況を把握するまでには時間がかかったことは言うまでもないことだろう。

 彼はネットで齧った知識から、自分が異世界転生したのだと長い時間をかけて理解することができた。

 

 自分が異世界転生をしたのだと理解した進は、前世での塞ぎ込み具合が嘘のように活発に行動し始めた。

 進は大陸の巨大国家レベリオン王国の第二王子に生まれた。

 名をスタンフォード・クリエニーラ・レベリオン。

 進改めスタンフォードは、この世界に魔法があると知り、その中でも自分が王族特有の雷魔法が使えることに歓喜した。

 魔法には、火、水、風、土の四属性が基本属性として存在し、スタンフォードの雷属性はどの魔法にも分類できない特異なものだったのだ。

 魔法も前世の知識を利用して独自の運用方法を行い、周囲からは天才と持て囃された。

 電気信号を操作しての身体能力向上。

 電磁力で鉄を自由自在に操る。

 王族特有の魔法を見たこともない運用方法で使用するスタンフォードが評価されるのは当然のことだった。

 また、スタンフォードは前世の記憶があったため、周囲からは物覚えの良い賢い子だと評価された。

 そこからは彼の天下だった。

 前世での人生が嘘のように挫折もなく、スタンフォードは成功続きだった。

 彼が何かをするたびに周囲からは賞賛の声があがるのだ。

 時には成果を上げずとも、彼が平民の生活の苦労に同情しただけで「さすがスタンフォード殿下、なんと慈悲深い!」と言われることもあったくらいだ。

 

 そして、スタンフォードは成長し、王立魔法学園に通うことになった。

 彼の通う王立魔法学園は、王国中の魔力を持つ人間、すなわち多くの貴族が入学してくる。

 

「スタンフォード殿下、今日も素敵です!」

「お荷物お持ちいたします!」

「スタンフォード殿下……」

 

「「「スタンフォード殿下!」」」

 

 今日もスタンフォードの周りには、貴族令嬢である女子生徒が大勢集まっていた。

 男子生徒が一人もいないのは、完全にスタンフォードの趣味である。

 

「殿下、先日修練場で披露した魔法は一体どういう仕組みなのですか?」

「確かに、突然地面から黒い砂が巻き上がっていましたね」

「土属性でないのに一体どうやって……」

「ああ、あれは砂鉄さ」

 

 女子生徒からの質問に、スタンフォードは制服の上から羽織っていた外套を無駄にはためかせながら答えた。

 スタンフォードの身につけている獅子の刺繍が入った白い外套は、王族のみ着用することを許された代物だ。

 スタンフォードは自慢話をする際、事あるごとにこの外套を無駄にはためかせる癖があった。

 

「「「砂鉄?」」」

 

「地面には鉄を含んだ砂が紛れているんだ。僕は魔法で磁力を発生させてそれを操っただけだよ」

 

「「「磁力?」」」

 

 聞いたこともない単語に、女子生徒達は怪訝そうな表情を浮かべる。

 それを見てスタンフォードは心底楽しそうに笑った。

 

「ははっ、やっぱり君達が理解するのは難しいか。今度、じっくりと説明してあげるよ」

 

 予定調和のようにスタンフォードが放った一言。

 それに周囲が不快感を示していることにも気づかず、スタンフォードは軽やかな足取りで次の授業がある教室へと向かう。

 その途中、女子生徒の一人が悪くなった空気を払拭するようにスタンフォードへと話題を振った。

 

「そういえば、殿下は例の〝竜殺し〟の噂はご存じですか?」

「竜殺し?」

「ええ、私達と同学年の生徒で竜を討伐した方がいらっしゃるとか」

 

 この世界で竜は魔物の中でも上位に位置する。

 そんな魔物を倒した者がいると聞き、スタンフォードは興味深そうに呟いた。

 

「へえ、そいつはすごいな。一度会ってみたいものだね」

 

 ――どれだけ自分を引き立ててくれるのか、そんな傲慢な期待を胸に抱いて。

 

 王立魔法学園の高等部での一日を終えたスタンフォードは一早く風呂で汗を流すため、手荷物を持って寮へと向かった。

 王立魔法学園の高等部は、生徒の自主性と協調性を育てるために全寮制となっている。

 もちろん、生徒の数も王国一の学園であるため、寮の数もかなりのものだ。

 基本的に生徒達は同じ貴族階級の者で固められるように寮に入れられる。

 これは身分を笠にきた貴族とのトラブルを避けるための処置である。

 王族であるスタンフォードが入るのは、一番ランクの高い寮だ。

 寮の入り口の門には〝滅竜荘〟という文字が刻まれている。

 この名前は、かつての敵国であるミドガルズ王国の竜王を倒した建国の英雄である初代レベリオン王の異名〝滅竜の獅子〟にちなんで付けられたものだ。

 スタンフォードが寮の扉を開けると、そこには大きな荷物をいくつも抱えた男子生徒が立っていた。その田舎から上京してきた学生のような後ろ姿に吹き出しつつ、スタンフォードは声をかけた。

 

「そこの君。そんな大荷物を抱えて立っていると邪魔になるよ」

「あっ、悪い!」

 

 大荷物を抱えて途方に暮れていた男子生徒は、スタンフォードに気がつくと慌てたように謝罪した。

 

「えっと、お前も滅竜荘に?」

「僕が滅竜荘以外に入寮するわけないだろ」

「そうなのか?」

 

 まるで目の前の人物が誰かわかっていない男子生徒の様子に、スタンフォードは笑いを噛み殺しながらも、男子生徒の荷物について指摘した。

 

「その荷物の量、予め寮に送っておかなかったのかい?」

「いや、それ初耳なんだけど」

「入学時に案内があったと思うけど、学園側の手違いで連絡がいってなかったのかもね」

「そんなぁ……」

 

 無駄な苦労をしていたことを理解した男子生徒はガックリと肩を落とした。

 スタンフォードの言葉に落胆しつつ、重そうな荷物を何とか持ち上げた。

 物理的に一人で抱えきれないであろう荷物の量を見て、スタンフォードは呆れたように荷物を持った。

 

「手伝うよ」

「えっ、悪いって」

「もたもたしていると面倒な貴族が入寮手続きに来るだろ。生憎、面倒ごとは嫌いなんでね」

「そっか、ありがとな」

 

 スタンフォードの言葉に、男子生徒は眩い笑顔を浮かべた。

 それから、大量の荷物を抱えた二人が一緒に一年生の部屋がある三階へと続く階段を上がっていると、男子生徒が雑談交じりにスタンフォードへと尋ねる。

 

「そういや、さっき言ってた面倒な貴族って?」

「貴族の生徒自体そもそも面倒なものさ」

「うーん……じゃあ特に面倒な奴を教えてくれよ!」

「この国の第二王子とかだね」

「えっ、王子もこの寮にいるのか!?」

 

 この寮どころか目の前にいるんだけどな。

 内心そう思いながらも、スタンフォードはニヤリと悪戯っぽく笑った。

 

「確かに王族はこの国のトップだもんなー。失礼のないように気をつけなきゃな」

「多少の無礼くらいは笑って流す度量はあるだろうさ」

「だといいけどな。ちなみにどんな奴なんだ?」

「王族の制服は特別でね。獅子の刺繍が入った白い外套を制服の上から身に着けているよ」

「へえ、白い外套に獅子の刺繍……え」

 

 興味深そうに話を聞いていた男子生徒は、告げられた外見的に固まった。

 告げられた特徴が目の前の人物と合致したからである。

 

「そうだ。自己紹介がまだだったね」

 

 もったいぶるように前置きをすると、スタンフォードはいつものように無駄に外套をはためかせて告げた。

 

「僕はスタンフォード・クリエニーラ・レベリオン。この国の第二王子さ。王族相手にその口調は問題になりかねないから、気をつけた方がいいよ。それじゃあ、これから三年間よろしく、ブレイブ・ドラゴニル」

 

 たっぷりと大物ぶったスタンフォードは、荷物を置くと笑いながらその場を後にした。

 

「いや、ここで荷物降ろされてもな……」

 

 そんな満足げに立ち去るスタンフォードを、ブレイブは茫然と立ち尽くしながら見送ったのであった。

 高等部での本格的な授業が始まってからも、スタンフォードは事あるごとにブレイブに接触した。

 ブレイブが自分の人生を彩る名脇役だと信じて疑わなかったからだ。

 しかし、彼に接していく内にスタンフォードはあることに気がついた。

 

 自分がブレイブに勝っているところが身分しかないのだと。

 

 ブレイブは現存している人間の中で、二人しか存在しない光属性の魔力をその身に宿していた。

 光魔法はスタンフォードの使用している雷魔法よりも希少であり、その効果も多岐にわたる。

 肉体強化、治癒、高い攻撃力。

 全てがスタンフォードが前世の知識を利用して編み出した魔法と似たような効果を持ち、その全てを上回っていた。

 さらに、ブレイブは人当たりも良く、あっという間に周囲の人気者となった。

 これにはブレイブが学生の身分にして竜という上位の魔物を討伐した話題性も大きいだろう。

 いまだ魔物を討伐したことがないスタンフォードと、竜を討伐したことのあるブレイブ。

 その差は歴然だった。

 気がつけば、スタンフォードの周囲にいた女子生徒達もブレイブの周囲にいた。

 もはやスタンフォードの周囲に残ったのは、王族の権威に媚びへつらう者だけだった。

 

「やっぱ、ブレイブはすごいな!」

「そんなことないって、俺なんてまだまだだよ」

「またまた謙遜しちゃってー」

 

 脇役だと思っていた者にポジションを奪われ、スタンフォードは歯噛みする。

 

「クソ……!」

 

 そんな彼の脳内にある単語が過ぎる。

 踏み台転生者。

 この世界の主人公はブレイブであり、転生者である自分は彼の踏み台となる存在なのではないか。

 半ば確信めいた考えを振り払うと、スタンフォードは一人寮へと戻るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 もう一人の転生者は悪役令嬢

「スタンフォード様、お手紙が届いております」

 

 スタンフォードが寮に戻ると、王城から連れてきた使用人であるリオネスが獅子の紋章の封蝋がされた手紙を差し出してきた。

 乱暴にリオネスから手紙を受け取り封を破る。

 

「もうそんな時期か……」

 

 内容は兄である第一王子ハルバード・クリエニーラ・レベリオンの誕生パーティーへの招待状だった。

 

「いかがいたしましょうか?」

「僕が出ないわけにはいかないだろう」

「承知致しました。では、出席ということでお返事を出させていただきます」

 

 リオネスは、スタンフォードの言葉に表情一つ動かさずに頭を下げた。

 無表情で感情を伺い知ることは出来なかったが、その瞳にはどこか哀れみの感情が含まれているようにスタンフォードは感じた。

 

「僕は部屋に戻る。風呂にも入りたいしな」

「承知致しました」

 

 ブレイブと出会ってから、バラ色だった学園生活が段々とくすんだものになっていく。

 入学時の自信も喪失し、すっかり打ちひしがれていたスタンフォードは浮かない顔で実家でもある王城へと馬車で向かっていた。

 兄であるハルバードの誕生パーティー。

 それはスタンフォードにとって、学園とは別の意味で居心地の悪い催し物だった。

 

「兄上、お誕生日おめでとうございます」

「ああ、わざわざご苦労だった」

「いえ……僕はこれで」

 

 兄弟とは思えないほど、端的なやり取り。

 スタンフォードにとってハルバードは、自分の優秀さを引き立てる存在だった。

 そのはずだったのだ。

 前世の知識を利用して天才を気取っていたスタンフォードと違い、ハルバードは本当の意味で天才だった。

 魔力の質も量も一級品。

 勉学にも励み、スタンフォードには敵わないながらにもその聡明さを周囲に認められていた。

 ハルバードが成長するにつれ、スタンフォードとの間にあったは差は逆転していった。

 当然である。

 前世から引き継いだ知識と精神年齢にあぐらを掻いていたスタンフォードと、王族としての自覚を持って研鑽を怠らなかったハルバードでは積み重ねてきたものに差がありすぎたのだ。

 ブレイブと出会うまで見ないようにしてきた兄との差。

 それを自覚した後にどうして快く兄の誕生日を祝えるというのだろうか。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつきながらも、スタンフォードは有力貴族と軽く挨拶を躱すと、壁際で飲み物をちびちびと飲んでいた。

 

「あら、お久しぶりですわね。スタンフォード殿下」

 

 スタンフォードが退屈そうにしていると、隣から声をかけられた。

 

「これはポンデローザ様。ご無沙汰しております」

 

 スタンフォードに話しかけてきたのは、公爵家の令嬢ポンデローザ・ヴォルペだった。

 渦巻くように巻かれた輝く白銀の髪、知性を感じさせる切れ長のつり目に泣きぼくろ、豪華な装飾がされた紫色のドレス、彼女の気品を引き立てる上質な羽毛が使われている扇子。

 その身に纏う気品は、他の貴族令嬢とは一線を画していた。

 

「兄上はあちらにおりますが」

「いえ、わたくしはもうお祝いの言葉をかけさせていただきましたので」

「側にいらっしゃらなくて大丈夫なのですか?」

 

 ポンデローザはハルバードの婚約者であり、普通ならばハルバードの側に控えているはずだった。

 それがスタンフォードと同じように壁際で退屈そうにしている。

 怪訝な表情を浮かべたスタンフォードに、ポンデローザは苦笑いを浮かべた。

 

「こういう賑やかな場は苦手でして」

「意外ですね。昔は自分から場を賑やかにするお方だったと記憶しておりますが」

「幼い頃の話です。忘れてくださいませ」

 

 幼い頃からハルバードの婚約者だったこともあり、ポンデローザとスタンフォードは面識があった。

 その頃のポンデローザは貴族令嬢とは思えないほどにやんちゃで、ドレスで庭を駆け回るような人間だった。

 階段を転げ降りて全身打撲になったり、庭の木によじ登って飛び降りて骨折したりしたことのある令嬢は彼女くらいだろう。

 そんなやんちゃな令嬢だったポンデローザだが、成長するにつれてハルバードに釣り合うような立派な貴族令嬢に成長していった。

 

「あのまま成長していたらハルバード様に婚約破棄されてしまいますわ」

 

 冗談めかしてポンデローザが言うと、スタンフォードも彼女に合わせて笑った。

 

「ははっ、婚約破棄なんてまるで〝悪役令嬢〟ですね」

「えっ……」

 

 悪役令嬢、という言葉を聞いたポンデローザは驚いたように目を見開いた。

 しばしの沈黙の後、ポンデローザは真剣な表情でスタンフォードに尋ねる。

 

「スタンフォード殿下、少々お時間はありますか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 内心、面倒くさいと思いながらも、兄の婚約者を無下に扱うわけにもいかず、スタンフォードは渋々ポンデローザを連れて王族専用の休憩室へと向かった。

 

「それで、何か御用ですか?」

 

 うんざりした様子を隠すこともせずに、慇懃無礼にスタンフォードが尋ねると、ポンデローザは単刀直入に尋ねた。

 

「あなた転生者でしょう?」

「なっ……」

 

 今度はスタンフォードが驚きのあまり目を見開くことになった。

 唖然として固まるスタンフォードに構わず、ポンデローザは続ける。

 

「悪役令嬢という単語はこの世界に存在しません。婚約破棄される令嬢というのも、創作、現実共にこの世界には前例がありませんもの。この単語は、前世の悪役令嬢モノ小説を知っていなければ出てこないはずです」

「あ、悪役のような令嬢という意味で言ったのですよ」

「でしたら、悪役のような令嬢とおっしゃるはずでは? 自分の中でそう思ったとしても、そのまま伝わらない造語を口にするとは思えません」

「な、なるほど……」

 

 至極真っ当な指摘をされたことで、スタンフォードは閉口する。

 

「……ということは、まさかポンデローザ様も?」

 

 恐る恐るといった様子でスタンフォードは、ポンデローザに確認をとる。

 

「ええ、あなたと同じ転生者ですわ」

 

 手に持った扇子をパタリと閉じ、ポンデローザは笑顔でスタンフォードの言葉を肯定した。

 

「前から違和感はありましたの。スタンフォード様の使用する雷魔法。あれはあまりにも原作とかけ離れていた」

「原、作?」

 

 予想外の言葉が飛び出したため、スタンフォードは困惑したように呟いた。

 スタンフォードの反応を見たポンデローザは意外そうな表情を浮かべる。

 

「まさかベスティアシリーズをご存じないの? 転生者なら死亡回避のために努力しているものだとばっかり……」

「ベスティアシリーズ……」

 

 ベスティアシリーズ。その単語には聞き覚えがあった。

 

「前世で姉が好きだったゲームだということは知ってます。少なくとも、僕はただの異世界転生だと思っていました」

「そういうことだったのですね」

 

 スタンフォードが納得したように頷くと、ポンデローザはどうしたものか考えこみ始める。

 そんな彼女に、スタンフォードは気になっていたことを尋ねた。

 

「そ、それより、死亡回避って……」

 

 先ほどポンデローザは〝死亡回避〟と言った。

 それは聞き捨てならない発言だった。

 

「僕は死ぬんですか?」

「ええ、わたくしもあなたもこのまま原作通りに進めば死の運命が待っています」

 

 ベスティアシリーズは、とにかくキャラクターの死亡ルートが多い。

 モブやライバルキャラもあっさり死ぬ。ルートに影響が出ない場合はキャラが死んだままストーリーが進む。

 BESTIA BRAVEにおいて、スタンフォードはたびたび主人公ブレイブに立ちはだかるライバルキャラクターとして現れる。

 どのキャラクターのルートであっても、彼は物語の中盤で死亡する。

 スタンフォードは、兄であるハルバードに何をやっても勝てなくてとにかく性格が捻じ曲がっていた。

 そのせいもあって、平民でありながら自分より優っているブレイブに事あるごとに絡んでいく。

 ゲーム内で最も戦闘回数が多いキャラで、経験値もおいしい。あらゆるボスキャラの基本的な動きをするため、バトルフェイズの練習台として持ってこいなキャラクターだったのだ。

 そのため、プレイヤーからは〝スタン先生〟と呼ばれ親しまれていた。

 事あるごとに高圧的な態度で接してくるが、学園祭で行われるトーナメントでブレイブに圧倒的大敗を期してからは、以前から感じていた劣等感が肥大化。敵側に寝返り、敵の魔法によって得た力で無理矢理内なる力を覚醒させられる。

 結果、ブレイブに負けた後に力の代償として肉体が崩壊して死亡するのだ。

 

 一方、ポンデローザはBESTIA HEARTに登場する攻略対象ハルバードルートのライバルキャラクターだった。

 主人公が選択肢を間違えると、頭上に飼っているハトの糞を落としていくというのが定番だった。

 彼女もまた、どのルートでも死亡する救済がないキャラクターだ。

 ハルバードルートでは、敵側の手に落ち、スタンフォードと同様に眠っている力を無理矢理覚醒させられた反動で死亡。

 他のキャラクターのルートでも、眠っている力を無理矢理覚醒させられた反動で死亡するという、製作者から嫌われているのではないかと疑われるほどに扱いの悪いキャラクターだったのだ。

 

「――というわけで、わたくしもあなたも死亡する未来が待っているというわけですわ」

「そん、な……」

 

 スタンフォードはポンデローザの説明に絶望していた。

 しかし、それは自分が死亡するという運命にあるからではない。

 

「やっぱり、僕は踏み台転生者だったのか……」

 

 自分がブレイブのために生み出されたやられ役だったということ。

 そのことがどうしても受け入れられなかったのだ。

 創作において、転生者を主人公のための噛ませ役にする〝踏み台転生者〟というジャンルがある。

 自分が置かれている状況がまさにそれだと認めざるを得なかったのだ。

 

「そういうわけで、わたくしと協力しませんか? この後、あなたは学園の魔法演習で狂暴化した魔物〝ボアシディアン〟にボロ負けして、主人公に助けられる流れになっていますの。お互い当て馬で噛ませ犬なわけですが、まずは協力してボアシディアンを――」

「うるさい!」

 

 スタンフォードはポンデローザの言葉を遮って叫ぶ。

 

「僕がブレイブの引き立て役で、死ぬ運命だって? ふざけるな!」

 

 激情を露わにし、スタンフォードは目の前のポンデローザを睨みつけた。

 

「原作なんて知らない。たとえここがベスティアシリーズの世界だとしても、僕は僕だ! 誰の力も必要ない!」

 

 認めることができなかった。

 周囲を引き立て役と思い込み、いい気になっていた自分が踏み台だったなんて認められるわけがなかったのだ。

 

「あっそ! じゃあ、もう勝手にすれば!」

 

 スタンフォードの言葉に憤慨したポンデローザは、素の口調でそう言い残してパーティ会場へと戻っていった。

 その背中を見送りながら、スタンフォードは悔し気に歯噛みするのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 砕け散ったプライドと腕の骨

 魔法学園の授業では、課外演習という形で魔物の生息域で行う戦闘訓練が存在するが、これは魔法学園高等部一年の前期の期末まで行われることはない。

 まず、初めに行われる魔法実習の授業は学園の演習場で行われる魔法訓練だった。

 中等部時代のスタンフォードならば、派手な雷魔法を放って注目を浴びようとしただろう。

 

「〝閃光刃(せんこうじん)!!!〟」

 

 ど派手な音と共に頑丈に作られた訓練用の的が跡形もなく消滅する。

 光魔法の威力を見せつけたことで、ブレイブの周囲では歓声があがる。

 

「チッ」

 

 その様子を見ていたスタンフォードは舌打ちをしながら、適当に雷撃を放って的を焦がした。

 高等部に上がってからというもの、派手さも魔法の威力もブレイブにお株を奪われていたスタンフォードは、すっかり授業へのやる気をなくしていた。

 どうせ何をやっても賞賛されるのはブレイブだ。

 

「レベリオン、もう一度だ」

 

 そんな風に腐っていたスタンフォードに声をかけてきたのは担当教師であるサーバン・リンヴルムだった。

 サーバンは軍人から退役後に教師になった経歴を持つ者であり、厳しい指導をすることで有名だった。

 

「……あの記録なら十分でしょう」

「これは自分の能力を正確に把握するための訓練だ。手を抜いて良い道理などない。王族だからといって点数は贔屓せんぞ」

 

 スタンフォードはこの教師のことが苦手だった。

 高い能力を持つ自分を賞賛せずに、王族の権威にも怯まずに真っ直ぐに指導をしてくる。

 前世での生徒指導の教師を彷彿とさせる筋骨隆々の姿も相まって、どうしても苦手意識を抱いてしまったのだ。

 

「わかりました……」

 

 渋々と行った様子で魔力を両手に集中すると、スタンフォードは握っていた鉄球を雷魔法を使用して打ち出した。

 電磁投射砲の要領で打ち出された鉄球は、頑丈に作られた訓練用の的を完全に破壊する。

 

「これでどうでしょう」

「相変わらず、凄まじい威力だな。もっと溜の時間を短縮できれば実戦でも使用できるだろう」

 

 それと、と前置きしてサーバンは続ける。

 

「お前はお前だ。魔力制御の精密さで言えばレベリオンに勝る者はいない。単純な成果ばかりを見るな」

 

 去り際、スタンフォードにそれだけ告げると、サーバンは他の生徒の方へと歩き出した。

 

「……励ましてくれたのか?」

 

 今まで苦手意識しかなかった教師からかけられた言葉に、スタンフォードはどこか救われた気持ちになった。

 目に見える成果に捕らわれ、自分の長所が見えなくなっていたのだ。

 しかし、ブレイブがいようと自分が周囲と比べて飛び抜けて優秀なことには変わりはない。

 そのことに気づけたスタンフォードは改めて一から頑張っていこうと奮起した。

 

 そんなときだった。

 

「きゃあぁぁぁ!?」

 

 演習場の一角で悲鳴があがる。

 即座に駆けつけると、そこにはどこから入り込んだのか、巨大な猪のような魔物がいた。

 

「ブルァァァァァ!」

 

「ボア、シディアン……」

 

『この後、あなたは学園の魔法演習で狂暴化した魔物〝ボアシディアン〟にボロ負けして、主人公に助けられる流れになっています』

 

 ふと、兄の誕生会でポンデローザから告げられた言葉が頭を過ぎる。

 ボアシディアン。

 猪型の魔物であり、本来は小柄でそこまで凶暴ではない魔物だ。

 しかし、現在演習場に入り込んだボアシディアンは体長四メートルを超える巨大な体躯をしていた。

 

「全員下がれ!」

 

 即座に教師であるサーバンが生徒達を庇うように前に出る。

 

「すぐに応援の教師を呼んできてくれ! こいつはシャレにならん!」

 

 本来であれば、学生レベルでも簡単に狩れる魔物であるボアシディアン相手に冷や汗をかくサーバン。

 

 彼は軍人として魔物と戦ってきた経験から、目の前の魔物が普通の状態ではないことを理解していた。

 蜘蛛の子を散らすように生徒達が逃げていく中、ボアシディアンは一気に突進をしかけてきた。

 猛スピードで突っ込んでくるボアシディアンの攻撃を躱すと、すれ違いざまに炎を纏った剣でその巨躯を斬りつけた。

 

「何だと!?」

 

 しかし、金属と金属がぶつかるような音がしてサーバンの一撃は弾かれた。

 攻撃を防がれ無防備なサーバンへとボアシディアンの鋭い牙が襲いかかる。

 

「先生!? クソ!」

 

 即座に雷魔法で体内の電気信号を操作して肉体のリミッターを外すと、スタンフォードはサーバンを助けに入った。

 

「ぐっ!?」

 

 スタンフォードが突き飛ばしたことで、かろうじてサーバンは急所への一撃を免れた。

 脇腹をかすめただけだというのに、意識が刈り取られそうになる一撃に、サーバンは表情を歪める。

 

「レベリオン……助かった。だが、まともに戦えば身の保証はできない。逃げろ」

「そうはいきませんよ」

 

 サーバンをボアシディアンから離れた場所へ連れて行くと、スタンフォードは再びボアシディアンの前まで移動した。

 

「何のために今まで鍛えてきたと思ってるんだ。お前を倒す!」

 

 ボアシディアンにやられるのは何の努力もせずに、王家の権威にあぐらをかいていた正史の自分。

 ならば、前世の知識を活かして鍛えてきた自分が負ける道理はない。

 

「いくぞ!」

 

 決意と共に剣を抜いてボアシディアンに突撃すると、雷を纏った高速の斬撃を放つ。

 剣に纏った雷を浴びたことで、一瞬ボアシディアンの動きが止まる。

 

「こいつ、硬い!?」

 

 だが、スタンフォードの刃はボアシディアンにまるで届いていなかった。

 体毛が硬いわけではない。

 スタンフォードの斬撃によって体毛は刈り取られ、そこから覗いていた皮膚が硬質化していたのだ。

 まるで竜の鱗のような模様の皮膚に、スタンフォードは驚きのあまり目を見開いた。

 

「ブルァ!」

「かはっ!?」

 

 驚いていた隙にボアシディアンは硬直から回復し、スタンフォードを吹き飛ばす。

 想像以上の痛みに、スタンフォードは頭が真っ白になりそうだった。

 

「クソ、何で足が……!」

 

 恐怖で体が震える。

 突進する準備をしているボアシディアンを前に、スタンフォードは動くことができなくなってしまった。

 思えば、これまでスタンフォードは一切魔物と戦闘したことがなかった。

 元々日本出身であり、戦いとは無縁の平和な日々を送ってきたスタンフォードにとって、死の恐怖を味わうことなどなかったのだ。

 たとえ一度死を経験していると言っても、それは突然訪れたものであり、自覚すらなかったため、死の恐怖をスタンフォードは知らなかった。

 

「ブルァァァ!」

「レベリオン!」

 

 血を流しながらも、スタンフォードを守るためサーバンが剣を構えてボアシディアンの間に入ろうとする。

 しかし、それは叶わずスタンフォードは真正面から突進をくらい、先程とは比べものにならないほどに吹き飛ばされた。

 スタンフォード達学生の着ている制服は魔法を帯びた特殊な素材で作られているため、衝撃は緩和される。

 スタンフォードの場合は、さらに王族専用の外套も身に着けているため、常人でいれば死んでいた一撃にも耐えられはする。

 しかし、どれだけ軽減しても、まともに受け身も取れない状態でくらった狂暴化した魔物の突進の衝撃はスタンフォードの意識を刈り取るのには十分だった。

 

「〝滅竜光刃(めつりゅうこうじん)!!!〟」

 

 薄れゆく意識の中、スタンフォードはブレイブの放つ眩い光の刃がボアシディアンを一刀両断するのを見た。

 

 こうして、スタンフォードの自尊心は腕の骨と共に砕け散るのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 手を取り合う踏み台と悪役令嬢

 どうしてこうなった。

 スタンフォードの心中を表すのならば、この一言に尽きるだろう。

 僕が何をしたっていうんだ。

 どうして僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。

 当て木と包帯で固定された右腕を見て、スタンフォードは悔し気に歯噛みする。

 

 ブレイブが切り伏せたボアシディアンは解剖の結果、突然変異を起こし竜のような特徴を発現させたこともあり〝異形種〟と呼ばれることになった。

 その異形種が突如演習場に現れたことは学園内でも騒ぎになっていた。

 担当教師、生徒一名負傷。

 その負傷した生徒が王族となれば、事件性を疑うのは当然のことだった。

 現在、学園内は休講状態となっており、スタンフォードは当てもなく一人学園内を彷徨っていた。

 魔物と戦い恐怖で足が竦んでまともに戦えなかった。

 どれだけ魔法を磨こうと、決定的に覚悟が足りなかったことを自覚した。

 それによって、スタンフォードはこれからどうしていいかわからなくなってしまったのだ。

 

「「はぁ……」」

 

 ため息をつきながらベンチに腰掛けると、彼と同時にベンチに腰掛けた者がいた。

 

「……どうされたのですか。ポンデローザ様」

「……そちらこそどうしたんですの、スタンフォード殿下」

 

 隣に腰掛けたのはボロボロになった制服をまとったポンデローザだった。

 白銀の髪は土埃にまみれ、巻き髪の部分には木の葉や小枝が付着していた。

 

「言うことを聞かないペットの鳩を追い回していたら木から落ちたんですの……そういうあなたは?」

「僕はボアシディアンにボロ負けしてこの有様ですよ」

 

 力なく笑うと、自嘲するようにスタンフォードは続ける。

 

「ポンデローザ様の言う通りでした。転生したところで、僕は主人公のやられ役に過ぎなかったみたいです。本当、情けないですよね……」

 

 包帯が巻かれた右腕を左手で握りしめると、スタンフォードは表情に影を落とした。

 

「わたくしも同じですわ」

 

 そんなスタンフォードに、ポンデローザも同様に力なく笑って言った。

 

「この世界に転生してから、何とか死亡回避のために奔走してきました。攻略対象と仲良くなれば死亡フラグも折れる。そんな風に考えておりました」

「そういえば、ヴォルペ家の令嬢はやたらと有力貴族の家に押しかけてるって噂があったような……」

「ええ、全員BESTIA HEARTの攻略対象でしたわ」

 

 昔、ポンデローザはゲームの攻略対象の家に押しかけて彼らの抱えている問題を解決しようとしたことがあった。

 しかし、彼女は何も考えずに各々が抱える悩みを口に出して、思いついた解決法を述べた。

 突然押しかけてきたと思ったら、自分の抱える問題を言い当てられ、解決案を提示される。

 そんな人間をいきなり信用することなどできるはずもなかった。

 ポンデローザには行動力はあったが、頭が足りていなかったのだ。

 

「攻略対象が拗らせる原因はわかっていてもわたくしは何もできませんでした。むしろ、公爵家の令嬢らしく振る舞えと指導は厳しくなるばかりでしたわ」

 

 ポンデローザはため息をつくと、自嘲するように笑った。

 

「お陰様でこの通り、表ではしっかりと公爵家の令嬢らしく振る舞えるようになりましたわ。ですが……」

「攻略対象や主人公との接触には制限がある、か」

「ええ、ハートの方の主人公のマーガレット・ラークナさんとも接触を試みたのですが、どうにも距離を取られてしまっていますの」

 

 公爵家の令嬢ともなれば交友関係は絞られる。

 幼少期に関係を悪化させてしまった攻略対象達は言うに及ばず。

 特殊な事情で平民から貴族になってしまった主人公マーガレットが、ポンデローザを避けるのは当然のことだった。

 一通り、ポンデローザの話を聞いたスタンフォードは立ち上がり、深く頭を下げた。

 

「ポンデローザ様、先日は申し訳ございませんでした」

「スタンフォード殿下?」

「以前、協力しないかとおっしゃってましたよね? あんな失礼な態度で断っておいて虫が良い話なのは理解しています」

 

 スタンフォードは、ポンデローザの言っていた正史での流れが現実になったことで、意識を改めた。

 このままでは間違いなく自分は死ぬ。

 スタンフォードは、形振りなど構っていられなかったのだ。

 

「どうか、運命を変えるお手伝いをしていただけないでしょうか」

 

 頭を下げたままスタンフォードは必死に言葉を絞り出す。

 しばしの沈黙の後、ポンデローザはベンチから立ち上がると、嬉しそうに告げた。

 

「その言葉を待っていましたわ」

「じゃあ……!」

「ええ、お互い死亡回避のために全力を尽くしましょう」

 

 こうして転生者である二人は、自分達に待ち受ける死の運命を回避するために固い握手を交わしたのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 当て馬同盟結成!

 お互いに協力することを誓ってから、二人は即座に行動を起こした。

 スタンフォードもポンデローザも目立つ立場の人間だ。

 いくら婚約者の弟とはいえ、頻繁に接触していれば怪しまれてしまう。

 表立って接触ができないこともあり、二人は自分達の住む寮へと向かった。

 二人の住む滅竜荘には王族や公爵家の令嬢など、限られた人間しか入寮していない。

 密談をするにはもってこいの環境だった。

 

「いやぁ、これでやっと窮屈な貴族ムーブから解放される!」

「やっぱり、そっちが素なんですね」

 

 密室となったことでポンデローザは伸び伸びと本来の口調に戻る。

 

「使用人はどうしたの」

「リオネスなら買い出しに行かせました。兄上に報告される可能性もありますので」

「うん、それがいいと思う」

 

 スタンフォードの使用人であるリオネスは従順な存在だが、それは王家に対してだ。

 この密会を誤解してハルバードへ報告する可能性を危惧したスタンフォードは、密会をするにあたって彼女を遠ざけていた。

 

「ていうか、何でさっきから敬語なの?」

 

 同じ転生者だというのに、畏まった姿勢を崩さないスタンフォードにポンデローザは疑問の声を上げた。

 

「いや、そもそも先輩じゃないですか。それにポンデローザ様って年上感があって……ちなみに享年何歳だったんですか?」

「二十九歳よ」

「俺は二十六歳でした。四歳年上ですね」

「ねえ、何で一年足して計算してるのかな。別に鯖読んでるわけじゃないんだけど。何、喧嘩売ってるの? 殴るよ?」

 

 軽い冗談のつもりだったのだが、力いっぱいに握り拳を作るポンデローザを見て、スタンフォードは顔を蒼褪めさせて頭を下げた。

 

「す、すみません。もう言いません!」

「わかったなら、よし!」

 

 満足げに頷くポンデローザを見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 会話に区切りがついたことで、スタンフォードは早速本題に入った。

 

「ところで、本当に僕達は死亡フラグを折ることができるのでしょうか?」

「心配ないわ! 乙女ゲームのBESTIA HEARTはスチル全回収してるし、移植版の方もやり込んでるから隠しキャラも特殊エンドも全部把握してるわ!」

「えっ、すご……バトルフェイズの敵強くてクリアするの大変なんじゃないですか? 俺の姉さんなんて、しょっちゅうキレながら戦闘パートプレイしてましたよ」

「……お姉さんとはいい酒が飲めそうね。前世で出会いたかったわ」

 

 ポンデローザは遠い目をして虚空を見つめる。

 趣味の話ができる友人はいたが、もう会えないことに寂しさを感じていたのだ。

 

「そうだ、スタンフォード殿下。楽にしてくれていいよ。もっとフランクにいこうぜい!」

 

 ふと、スタンフォードがいまだに敬語で話していることにむず痒さを感じ、もっとフランクに接するようにポンデローザが要求してくる。

 

「わかったよ、ポンデローザ様は――」

「ポンデローザでいいわ」

 

 同じ転生者にまで様付けで呼ばれることを嫌ったポンデローザは、呼び捨てを希望した。

 そこでスタンフォードは考えた。

 ポンデローザは明るい性格で、フランクな接し方を希望している。

 それならいっそのこと愛称で呼んだ方がいいのではないか、と。

 

「じゃあポン子で」

「ポン子!? ……いや、一周回ってありか?」

「ありなのかよ」

 

 冗談で言ったつもりがあっさりと承諾されてしまった。

 ポンデローザの感性に呆れながらも、こういった転生者らしいやり取りができたスタンフォードはどこか楽し気だった。

 

「だったら、あたしはスタン先生って呼ぶから」

「いや、それは勘弁してくれ」

「むぅ……じゃあ、スタンで」

 

 お互いの呼び名が決まったことで、スタンフォードは情報の擦り合わせを始めた。

 

「それでポン子はいつ転生を?」

「生まれたときから前世の意識があったわ」

「じゃあ、僕と同じか」

 

 転生時期は同じ。

 そうなってくると、自分達以外にも転生者がいる可能性がある。

 

「僕以外に転生者は?」

「スタンが初めて会った転生者よ」

「自分が転生者であることを黙っている可能性もあるな」

 

 スタンフォード自身、ポンデローザからカマをかけられた際は誤魔化そうとした。

 仮に転生者がいたとして、自分達のように温厚な人間とは限らない。

 極端な話、凶悪な殺人鬼が転生をしている可能性もあるのだ。

 

「僕も転生者に会ったのはポン子が初めてだった。今のところ転生者らしき人間もいない」

 

 つまり、これ以上の転生者同士の協力関係の輪を広げることはあまり現実的ではなかった。

 

「僕には主人公に近しい存在というアドバンテージがあるけど、原作は名前しか知らない。君の原作知識だけが頼りだ、ポン子」

「そうみたいね。幸い、現代知識を生かした魔法運用を見ている限り、頭はあたしの何倍も良いみたいだし、有効活用してね。頼りにしてるわ」

 

 小さく笑うと、ポンデローザは自分の持っている知識を語りだした。

 BESTIA HEARTでの大まかな物語の流れ。

 BESTIA BRAVEでの大まかな物語の流れ。

 そして、ポンデローザは自分達にとって活路とも言える〝移植版に追加されたルート〟について口を開いた。

 

「スタンには専用の隠しルートがあるの」

「どういうことだ? スタンフォードはBESTIA BRAVEの踏み台キャラじゃないのか」

 

 今まで黙ってポンデローザの話を聞いていたスタンフォードは怪訝な表情を浮かべた。

 スタンフォードはあくまでもBESTIA BRAVEの主人公ブレイブの踏み台となるための噛ませ犬。

 そんなキャラクターが攻略対象になることなどないと思っていたのだ。

 

「ベスティア・ハートの移植版の〝BESTIA HEART ~金色の英雄~〟だとスタンは隠しキャラなのよ。攻略難易度は最高クラスだけど、スタンのルートをやった多くの女子が彼に落とされたわ。もちろん、あたしもね!」

「えー……傍若無人でプライドだけは無駄に高い、劣等感の塊のような男のどこがいいんだよ」

「あー、わかってないなー……そこがいいんじゃない! スタンが全ての試練を乗り越えて主人公のためにベスティアに覚醒するシーンなんて涙なしでは見れないのよ!? あれ見たら、他のキャラの覚醒シーン霞むレベルよ!?」

「近い近い、近いって!」

 

 ポンデローザは悪役令嬢らしい気の強そうな顔つきをしているが、ゲームの主要キャラだからか美人ではある。そんな女の子に近距離で迫られたら心臓がもたない。

 女性に免疫のないスタンフォードは慌てて距離をとった。

 

「というか、僕ってベスティアに覚醒できるのか?」

「できなきゃ隠し攻略対象として出してないわ。まあ、隠しルートだけあって条件は激ムズなのよね」

 

 二人の口にしたベスティアという単語。

 それは国を立ち上げたレベリオン王家を含む守護者と呼ばれる存在が持つ、国を守るための特殊な力だ。

 BESTIA HEARTでは、各攻略対象が物語の終盤にこの力に目覚めることになる。

 当然、王家の血を引くスタンフォードにもその力は眠っている。

 しかし、スタンフォードには主人公の噛ませ犬として敵側から無理矢理ベスティアに覚醒され、その反動で肉体が崩れ落ちるという最後が待っている。

 国を守る守護者としてベスティアに覚醒する可能性は極めて低いと言っていいだろう。

 

「移植版にこのルートが増えた理由は単純。スタンフォードが人気キャラだったからよ」

「さっきの話を聞く限り嘘じゃないとは思うけど」

「で、悪い子じゃないのにポンデローザの扱いが悪いってユーザーの不満の声もあってね。移植版を作るにあたって、ポンデローザも生き残れるスタンのルートが追加されたってわけ」

 

 前世においてスタンフォードのルートが作られた経緯を話し終えると、ポンデローザは強い決意を瞳に宿して続ける。

 

「元々、あたしはこのルートに進むつもりだった」

「唯一の生存ルートだからか?」

「うん、正直スタンが転生者で助かったよ。傍から見たら原作と微妙に状況が違ってたし、うまくルートに進めてるのか半信半疑の状態だったんだよね。でも、フラグ管理は完璧だったと思うし、今からなら全然間に合うと思う」

 

 そう言ってポンデローザは安心したように笑った。

 

「で、具体的にはどうするんだ?」

「ハートの方の主人公マーガレットと恋愛してもらうわ!」

「よし、ちょっと待とうか」

 

 ポンデローザの提案にスタンフォードは待ったをかける。

 興が乗ってきたところに水を差されたことで、ポンデローザは不満そうに口を尖らせた。

 

「何よ、不満なの?」

「いや、無理だって。僕は前世では彼女いたことないんだぞ」

「大丈夫大丈夫、いけるって」

「その自信はどこから湧いてくるんだ……」

 

 能天気な笑みを浮かべるポンデローザを見て、スタンフォードはため息をついてこめかみを抑える。

 前世では成績こそ優秀だったものの、彼女ができたことは一度もなかった。

 典型的なガリ勉タイプだったスタンフォードは、根暗な性格故にモテなかったのだ。

 転生してからは立場上、社交界に出ざるを得なかったため、コミュニケーション能力はそれなりに磨かれた。

 見た目が端正な顔立ちになったこともあり、ある程度は自信を持って振る舞えるようにはなったが、恋愛というものに対して奥手なのは変わらない。

 乙女ゲームの主人公ともなれば、上っ面だけで男性を評価しないことは明白。

 内面の魅力で勝負することに関して、スタンフォードには欠片も自信がなかったのだ。

 

「腹括りなさい。ここが生きるか死ぬかの瀬戸際なのよ」

「それはそうだけど……」

 

 真剣な表情を浮かべ、ポンデローザは及び腰のスタンフォードを諫める。

 そして、乗り気ではないスタンフォードを捨て置き、ポンデローザは元気よく右腕を掲げて叫んだ。

 

「よーし! 当て馬同盟ファイト!」

「おー……」

 

 こうしてスタンフォードとポンデローザによる〝破滅回避作戦〟が実行されるのであった。

 




ここまで読んでいただきありがとうございます!
もしよろしければ評価の方をお願い致します。
執筆の励みになりますので感想などもドシドシをお待ちしております!

作者のツイッター
https://twitter.com/snk329


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【キャラクター紹介】

スタンフォード・クリエニーラ・レベリオン

 

 

イラスト:

【挿絵表示】

 

 

 

主人公。

レベリオン王国の第二王子。

プライドが高く、他人を見下しがちだが、同じ転生者であるポンデローザとの出会いを経て少しずつ精神的に成長してくようになる。

普段は王族という立場もあり、尊大な振る舞いが目立つが、その実かなりの小心者でヘタレ。

自分とポンデローザが原作で唯一生存できる〝スタンフォードルート〟を目指し、BESTIA HEARTの主人公であるマーガレットと恋仲になるためにポンデローザのアドバイスの元奮闘することになる。

 

前世ではニートだったが、異世界転生を果たして自分をこの世界の主人公だと思い込むようになる。

転生当初は自分の転生した世界がベスティアシリーズの世界だとは知らなかった。

 

 

王族特有の雷魔法という特殊な魔法を使える。

科学知識を応用しているため、さまざまな効果の魔法を使っているように見えるが全ては電気を操ることで実現している。

 

 

登場作品は、ギャルゲーであるBESTIA BRAVE

原作では主人公にたびたび絡んでくる噛ませ犬キャラクター。

人気投票でも一位を獲得するほどの人気キャラクターであり、前作である乙女ゲーム〝BESTIA HEART〟の移植版〝BESTIA HEART ~金色の英雄~〟では隠し攻略対象キャラクターとして追加された。

 

 

 

ポンデローザ・ムジーナ・ヴォルペ

 

 

イラスト:

【挿絵表示】

 

 

 

ヒロイン。

レベリオン王国でも建国時から国を支えたヴォルペ公爵家の令嬢。

その正体はスタンフォードと同じ日本出身の転生者。

スタンフォードと違い、ベスティアシリーズをやり込んだ生粋の乙女ゲームオタク。

Vtuberなどの文化にも明るくオタクとしての守備範囲はかなり広い。

 

 

普段は公爵令嬢という立場もあり、貴族然とした口調と態度で過ごしているが、素は明るく元気でサバサバした性格をしている。

 

 

高度な氷魔法の使い手だが、感覚的に魔法を使っているため基本的な魔法の理論はあまり理解していない。

 

 

登場作品は、乙女ゲームであるBESTIA HEART

メイン攻略対象であるハルバードの婚約者であり、主人公のライバルキャラという立ち位置にいる。

特に主人公をいじめたりはしないが、昨今の悪役令嬢ブームのせいで悪役令嬢の代表格と勘違いされがち。

またポンデローザ自身は乙女ゲームには悪役令嬢はいない、悪役令嬢モノの展開は乙女ゲームが薄っぺらいストーリーで構成されているという認識を持っていることもあり、悪役令嬢という単語を嫌っている。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 主人公攻略大作戦

「まず、出会いは重要よ」

 

 開口一番、ポンデローザはスタンフォードに力説する。

 二人はベスティアハートの主人公であるマーガレットと接触するため、学食の窓からマーガレットがいる中庭が見える位置で周囲に悟られぬように背中合わせて食事をしながら会話をしていた。

 

「ギャルゲー、乙女ゲーに限らず、出会ったときの第一印象で全てが決まるわ」

「そんな大げさな」

 

 いまいち理解できていないスタンフォードを見て、ポンデローザは呆れたように肩を竦める。

 

「甘いわね。砂糖で握ったおにぎりくらい甘いわ」

「砂糖と塩、間違えてんじゃねぇよ」

「とにかく、出会いは重要なの。これがないとルートに入れないのよ」

「わかったよ……で、具体的にどうすればいいんだ?」

 

 原作の知識に関してはポンデローザの方が詳しい。

 自分にとっても生死が関わる問題のため、スタンフォードは素直に言うことを聞くことにした。

 

「私がマーガレットに絡んでいるところにスタンが駆けつけて助けるの」

「マッチポンプじゃん」

「仕方ないでしょ。原作ではその流れなんだから」

 

 スタンフォードとマーガレットが一番始めに出会う場所は学園の中庭だった。マーガレットが一人で食事しているところにポンデローザが絡み、そこにスタンフォードが現れるという出会いである。

 

「それじゃ、出来るだけ感じ悪く助けてあげてね」

「感じ悪く?」

「原作だとまだスタンがこじらせてるときだから、あたしをディスりながら登場して、マーガレットのこともディスるの」

「いや、最悪な奴じゃん」

「そこがいいの。不良が猫を拾う感じよ」

「……何となく言いたいことはわかる」

 

 最初が悪印象であるからこそ、少し良いことをするだけでひっくり返る。

 これは二人の前世において、スタンフォードが人気キャラクターに登りつめた理由の一つだった。

 

「それじゃ、あしたはマーガレットに絡んでくるからよろしくね」

「あっ、おい、ポン子!」

 

 スタンフォードが止める間もなく、ポンデローザは食事を片付けて中庭に向かってしまった。

 

「具体的な会話内容の打ち合わせ……」

 

 初対面の女性。それも家柄などで繋がりのない人間との会話など、どうすればよいのか。

 典型的な指示待ち人間であるスタンフォードは途方に暮れながらも、自分の食事を片付けて中庭に向かうのであった。

 スタンフォードが中庭に到着すると、既にポンデローザはマーガレットに絡んでいた。

 いつの間に合流したのか、取り巻きらしき二人の令嬢もいた。

 

「ラクーナさん、ここは中庭でしてよ? お食事ならば食堂でとりなさいな」

 

 素のときとは違い、貴族然とした様子でポンデローザは口を開く。

 扇子を口元にあて、見下すように鋭い目つきで相手を睨み付ける。

 その姿はまさに物語に登場する悪役令嬢そのものだった。

 

「でも、この前〝平民上がりの似非貴族〟は一緒に食事をとるなと言われまして……」

「まあ、聞きましたか? フェリシアさん、リリアーヌさん」

 

 嘲笑するようにポンデローザは後ろに控えていた二人へと話を振った。

 

「ええ、聞きましたわ」

「まったく、おかしな話ですわ」

 

 それに同調するかのように取り巻きの二人も大きく頷いて言った。

 

「「そんな酷いことを言う人間はとっちめてやりましょう!」」

 

「ちょ、えっ?」

 

 勢いのままに走り去る取り巻き二人をポンデローザは呆然とした様子で眺めた。

 そのまま予想外の行動をとられて固まっていたが、ポンデローザは慌てて状況の立て直しを計った。

 

「ラクーナさん!」

「は、はい!」

「あなたは貴族ですの。こんな場所で一人食事を取るということは貴族そのもの格を貶める行為ですわ」

「申し訳ございません……」

 

 かなり無理があったが、ポンデローザの嫌味はそれなりにマーガレットに効いていた。

 

「ましてやあなたはわたくしと同じ生徒会役員の人間。あなたを推薦したわたくしの婚約者の顔に泥を塗るつもりですの?」

「そんなつもりはありません!」

「あなたがどう思っていようと周りはそう判断致します。まったく、ハルバード様もこんな田舎娘のどこが気に入ったんだか……」

 

 少々オーバーリアクション気味にポンデローザが肩を竦める。

 それを見たスタンフォードは、ここが登場するタイミングだと判断して、二人の元へと歩き出した。

 

「おやおや、レベリオン王家第一王子である我が兄の婚約者様ではありませんか」

「あら、レベリオン王家の第二王子であるスタンフォード殿下がこんなところに何の用ですの?」

「第二、王子?」

 

 マーガレットに印象づけるため、二人はわざとらしく説明口調で会話をした。

 

「同級生を恫喝するとは随分と醜悪なご趣味をお持ちのようだ」

「あら、わたくしは貴族の品格を貶めている方を注意していただけですの」

「品格ねぇ……ご自身の行動を一度振り返った方がよろしいのでは?」

 

 公爵家の令嬢と王家の第二王子が口論を始めたことで、次第に周囲には人が集まり始まる。

 良い感じに険悪な空気になったことで、ポンデローザは満足げに頷いた。

 スタンフォードには、鋭い目つきで睨み付けてくるポンデローザが、ウィンクをしながら親指を立て「そうそう、その調子!」と言っているように感じた。

 

「それこそあなたには言われたくありませんわ。ご自身が周囲から何と言われているかご存じですの?」

「はっ、生憎存じ上げませんねぇ」

 

 えっ、何て言われてるの? と、尋ねたくなるのをぐっと堪えてスタンフォードは続ける。

 

「品格について語るのならば、こうして観衆の前で無様を晒すのは良くないのでは?」

「ふんっ、その意見には同意致します。では、わたくしはこれで失礼致しますわ」

 

 捨て台詞を吐くと、ポンデローザは白銀の巻き髪を優雅にかき上げて去っていった。

 ポンデローザが立ち去り、スタンフォードが周囲の生徒達を睨み付けたことで、集まっていた野次馬は蜘蛛の子を散らすように解散していった。

 中庭に残されたのはスタンフォードとマーガレットの二人のみ。

 しばしの沈黙の後、マーガレットはおずおずとスタンフォードへと話しかけた。

 

「あの……ありがとうございました」

 

 ここだ。ここでマーガレットに酷い言葉をぶつけるんだ。

 深呼吸をしたスタンフォードは考えていた悪口雑言をぶつけようと口を開いた。

 

「い、いえ、その……大丈夫でしたきゃ」

 

 そして、考えていた言葉が全て吹っ飛んだ上に盛大に噛んだ。

 先程まで公爵令嬢と口論していた性格の悪そうな王子の印象が一瞬で崩れ去る。

 

「けほっ、けほ! ……失礼しました」

「ふっ……くっ……! い、いえ、お構いなく……!」

 

 咳払いをして慌てて噛んだことをごまかそうとするも、時既に遅し。

 マーガレットの肩は、笑いを堪えているせいで小刻みに震えていた。

 マーガレットからしてみれば相手は王族。

 言葉を噛んだからと言って吹き出しでもしたら不敬罪に当たる可能性があると思い、必死に笑いを堪えていたのだ。

 

「えーと、その、あれです。普通の学園と違ってこの中庭は手入れされた花壇や飾られている彫刻を鑑賞することを目的とする方が訪れるので、食事の場として利用する方はいないんですよ」

「そうだったんですか」

「ええ、なので――って違う!」

 

 親切に忠告をしている中、スタンフォードはようやく自分のすべきことを思い出した。

 ここでスタンフォードが取るべき行動は、マーガレットを罵倒して強く印象に残るように立ち回ることだった。

 ついその場の空気に流されてしまったが、このままただの良い人で終わることは避けなければならない。

 スタンフォードは慌てて、マーガレットへ吐き捨てるように告げる。

 

「はっ、そんなこともわからないなんて生徒会役員としてどうかと思いますよ。まったく、兄上の目も曇られたものだ」

「ぶっ、くくっ……!」

 

 芝居がかった口調でスタンフォードが厭味ったらしい台詞を吐くと、マーガレットはとうとう耐え切れずに吹き出してしまった。

 

「ふふっ……今更取り繕っても、遅いって……!」

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」

 

 悪ぶっていることを見抜かれ、スタンフォードは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

 スタンフォードの感じたマーガレットの第一印象は、平凡な女の子という印象だった。

 

 ショートボブに切り揃えられた栗毛色の髪、それなりに整った顔立ちからはどこか田舎っぽさを感じる。

 乙女ゲームの主人公といえば、平凡という割にかなり可愛いというのがお約束であるが、マーガレットはまさに〝普通に可愛いが特徴がない〟という女の子だった。

 

「ごめんね。でも、君って良い人なんだね……じゃなかった、良い人なんですね」

「敬語はいいですよ。僕の方が後輩なんですし」

「そっか、じゃあそうさせてもらおうかな。それと、ありがとう。助かったよ」

 

 改めてスタンフォードに礼を述べると、マーガレットは意外そうな表情を浮かべた。

 

「それにしても、私に優しくしてくれる貴族の人なんて初めて見たよ。お兄さんと違ってフランクなんだね」

「兄上は王族としての立場を気にしてますから。僕は第二王子ですし、兄上にもしものことがあったときのスペアでしかありません」

 

 聞かれたわけでもないというのに、スタンフォードの口は自然に動いていた。

 

「幼い頃は兄よりも才能があると持て囃されていましたが、いつの間にか努力家な兄には抜かれていました。それにも気がつかず、僕は調子に乗って好き勝手してきました。その結果がこれです」

 

 スタンフォードは、自嘲するように包帯と当て木で固定された腕をマーガレットへと見せた。

「その腕は?」

「先日の授業での異形種事件の結果です。自分は強いと信じて驕り高ぶった結果がこの骨折というわけです」

 

 不思議とマーガレット相手には、自分が抱えている悩みを素直に打ち明けられた。

 スタンフォードは力なく笑うと、さらに自分を卑下する。

 

「僕は周囲を期待させるだけさせてそれを裏切った愚かな王子です。そりゃ貴族らしい振る舞いなんてバカバカしくなるもんですよ」

「ふーん……」

 

 マーガレットはまじまじとスタンフォードの折れた腕を見つめると、徐に魔法を使用した。

 

「〝治癒(ヒール)〟」

「なっ!?」

「これでよし、と」

 

 光り輝く魔法陣が浮かび上がり、スタンフォードの右腕を温かい光が包み込んでいく。

 光が収まると、腕にあった違和感は完全に消え去っていた。

 

「まさか、これが……」

「そ、光魔法。この学園に来てから一年間しっかりと練習した甲斐はあったみたいだね」

 

 悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべると、マーガレットは真剣な表情を浮かべてスタンフォードへと告げる。

 

「スタンフォード殿下。君にしかできないことだってたくさんあるはずだよ」

「え?」

「私さ、一年前に突然断絶したと思われていた貴族の血を引いてたなんて理由で、この学園に入学して大変だったんだ。普通の街でのんびり暮らしていたただのマーガレットだったのに、ラクーナなんて家名を突然背負わされてわけがわからなかった」

 

 マーガレットは平民階級の者達が暮らしている街で育った。

 小さな診療所で医師の手伝いをして生計を立てていたマーガレットだったが、ある日転機が訪れる。

 街に立ち寄った騎士団の治療を手伝っている際に光魔法が発現し、あっという間に重症だった騎士達を治療してみせたのだ。

 そこで初めて、彼女が唯一光魔法が使える一族〝世界樹の巫女〟の子孫ラークナ家の血を引いていることが判明したのだ。

 ラクーナ家は血筋が絶え、既に断絶したと思われていた一族だった。

 国の重鎮達は取り急ぎマーガレットを保護という名目の元、王立魔法学園に入学させたのであった。

 

「なるほど……」

 

 ポンデローザから聞かされていた通りの生い立ちに、スタンフォードは納得したように頷いた。

 

「私も周りからの期待は重いよ。でも、今は期待に応えたいと思ってる」

「ラクーナ先輩……」

「だから、スタンフォード殿下も頑張ろう! きっと、君にしかできないことがあるはずだからさ」

 

 マーガレットはそう言ってスタンフォードを励ました。

 君にしかできないこと。

 それがマーガレットと恋仲になって死の運命を回避することだと理解して、スタンフォードは複雑そうな表情を浮かべる。

 

「ありがとうございます。少し、気が楽になりました」

「そう? なら良かった」

 

 それでも悩んでいる自分を気遣ってかけてくれた言葉を無下にするわけにもいかず、スタンフォードは苦笑しながらも礼を述べた。

 話をしている内に昼休みも終わりを告げ、二人はそれぞれの教室へと戻っていく。

 こうして、マーガレットとの初対面は無事に終了した。

 放課後、早速スタンフォードは事のあらましをポンデローザへと報告した。

 その結果――

 

「それじゃ強烈な印象として残らないでしょ!?」

「ぐえっ」

 

 寮の部屋に入るなり、いきなりラリアットを食らうことになった。

 突然、首に強い衝撃を受けたため、潰れたカエルのようなうめき声が漏れる。

 

「これじゃただの親切な後輩じゃない! 原作のスタンはもっと厭味ったらしく、あたしをディスった後にマーガレットもディスるの! 打ち合わせ通りにやんなさいよ!」

「無理だよ! あんな普通に優しい人のどこディスれってんだ!」

「そこは自分で何とかしなさいよ!」

「何で肝心な部分丸投げなんだよ!」

「上っ面の言葉で取り繕ったところで意味ないでしょ!」

「でも、もっとポン子からもフォローがあってもいいだろ!」

 

 ポンデローザは知識こそあれど考えが足りず、スタンフォードにはコミュニケーション能力がなかった。

 それぞれ落ち度があったのにも関わらず、お互いが責任の擦り付け合いをしていた。

 

「それに、仲良くはなれたからいいだろ」

「いやぁ、あたしだったら初対面でうじうじ悩んで人生相談してくる王子様とか嫌よ」

「うぐっ」

 

 ポンデローザの言っていることに反論できず、スタンフォードは苦い表情を浮かべる。

 

「そういうのはもっと仲を深めた上で発生するイベントなのよ。初対面で自分語りしてくるなんてありえないでしょ」

「それは、そうだけど……」

 

 自分の過去を打ち明けて主人公との仲が深まるというイベントは、決まって物語の中盤から終盤にかけて発生するものである。

 その手のゲームをプレイしたことのあるスタンフォードは、ポンデローザの言っていることは最もだと理解していた。

 しかし、それを素直に認めるのも癪だったスタンフォードは反論する。

 

「さっきから聞いてれば偉そうに……ポン子は彼氏いたことあるのかよ」

「あるよ」

「なん、だと……」

 

 予想外の反撃を食らったことで、今度こそスタンフォードは完全に撃沈することになる。

 自分と同じタイプの人間だと思っていただけに、スタンフォードが負った精神的ダメージは大きかった。

 

「ち、ちなみにどんな奴だったんだ?」

「大学のときの同じ学科の人。まあ、社会人になってから別れたんだけどね」

「お互いに忙しくなったから、とか?」

「違う違う。あいつ、あたしが乙女ゲー好きだって知って勝手に腐女子認定してきたのよ。あたしは夢女子だってのに、全然理解しないで『隠さなくても大丈夫。俺はそういうの理解あるから』とか言ってきたから、ムカついてボディブロー決めて別れたの」

 

 別れた理由は思っていたよりも些細なことだった。

 

「それは確かにムカつくな……」

 

 スタンフォードとしても、ポンデローザの気持ちは同じオタクとして理解できたため、素直に憤る彼女に同調した。

 

「でしょー!? まったく、ああいう勘違い男は世の中から死滅してほしいわ」

 

 苦い思い出を振り払うように鼻を鳴らすと、ポンデローザは仕切り直すようにこれからのことについて話し始めた。

 

「とりあえず、これからはできるだけマーガレットにかっこいいところを見せていくように頑張りましょ。頼りない後輩が実は結構かっこいいところがあるっていうのは胸キュンポイントだもの」

「わかった。その方向で頑張ってみるよ」

 

 原作とは流れが変わってしまっているが、要はくっつけばいいのだ。

 そう前向きに捉えることにした二人は、計画を練り直すことになった。

 

「よーし! 当て馬同盟ファイト!」

「おー!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 行き詰まる当て馬同盟

 それからも、スタンフォードとポンデローザはマーガレットとの接触を試み続けた。

 

「今日はマーガレットが学園の鍛錬場に現れる日よ! 日が落ちても鍛錬を続けるスタンに声をかけるはず……頑張って好感度稼いできてね!」

「わかった。今日こそは何とかラクーナ先輩に僕を意識してもらえるように頑張るよ」

 

 ポンデローザは、マーガレットの周囲の状況からイベントが発生する日時を割り出していた。

 スタンフォードはポンデローザの言葉に従い、原作で起こるイベントと同じ状況を意図的に作り出してマーガレットと会話することを繰り返していた。

 そして、ポンデローザの予想通りにマーガレットは鍛錬場に現れた。

 

「スタンフォード君はすごいね。こんな遅くまで頑張ってさ」

「僕なんてまだまだです。同級生にはあなたと同じ光魔法を使える奴がいて、座学以外ではまるで歯が立ちません。だから、今こうしてここで鍛錬しているのは立ち止まっているのが怖いからってだけです」

「そっか、私と同じ光魔法が使える子か……そんなに強いんだ」

「竜を倒したほどの実力者です。僕なんて足元にも及びません」

「こら、あまり自分を卑下しないの!」

 

 マーガレットの口調は、スタンフォードと接している内に段々と砕けていき、今ではすっかり仲の良い先輩後輩という関係を築くことができた。

 それでも、二人の関係は男女の仲には程遠かった。

 スタンフォード自身、不思議とマーガレットを異性として見れなかったということもある。

 結果、〝当て馬同盟〟を結成してから何度も原作通りにイベントを消化してきた二人は途方に暮れることになった。

 

「まるで好感度が上がった感じがしない……」

「完全に悩める後輩の相談に乗ってあげる先輩って感じね」

 

 図書室の奥で本棚を挟んで密談している二人は次の作戦について話し合っていた。

 原作でのイベントのほとんどは学園内で発生するため、イベントが近いときはこうして学園内で人目を忍んで打ち合わせをすることが多かったのだ。

 

「そもそも攻略されるのは僕なのに、何で僕がラクーナ先輩を攻略しなきゃいけないんだよ」

「仕方ないでしょ。あたしが動かせるのはスタンの方なんだから」

 

 ポンデローザが何気なく呟いた言葉。

 それはまるで、マーガレットを動かせる立場ならうまくいったのに、という愚痴のように感じられた。

 

『学生時代はあんなに成績優秀だったのにな』

 

『私も息子がニートだなんて恥ずかしくて友達にも話せないわ』

 

 ふと、脳裏に前世での両親の言葉が蘇ってくる。

 すっかり忘れられたと思っていた前世での記憶。

 心を蝕む劣等感が再び際限なく湧き出てくる。

 

「……どうせ、無理な話だったんだよ」

「急にどうしたのよ」

「もう僕は本来のスタンフォードじゃない。僕なんかが苦難を乗り越えてヒロインと結ばれるなんて無理に決まってるんだ」

 

 スタンフォードの心は再び折れようとしていた。

 王子としての格は兄に劣っている。

 魔導士としての才能はブレイブに劣っている。

 そして、唯一残された攻略対象としての魅力は原作のスタンフォードに劣っていた。

 

「そんなことない」

 

 ポンデローザはスタンフォードの顔を真っ直ぐに見据える。その姿からは、彼女が将来悪役令嬢になって破滅を迎える姿など想像もつかないだろう。

 

「確かに今のままだとスタンには破滅が待ってる。でもね、あなたには可能性があるのよ」

「例のベスティアか?」

「ええ、そうよ。隠しルートでスタンはベスティアに覚醒する。ルートにさえ入ればきっと覚醒するわ」

「現実はゲームじゃないんだ。そんなうまい話があるわけないんだよ」

 

 熱く語るポンデローザとは対照的に、スタンフォードはどこまでも冷めていた。

 転生してからというもの、何度も希望を抱いては折れてきた。

 もはや原作通りなどという、本来の歴史を信じることすらできなくなっていた。

 

「ごめんな。ポン子が兄上と結ばれて幸せになれる唯一のルートなのに」

 

 自分が役立たずであることによって、ポンデローザの希望ある未来を潰していることに罪悪感を抱いたスタンフォードは目を伏せて謝罪した。

 

「何勘違いしてんのよ、バーカ」

 

 そんなスタンフォードの言葉をポンデローザは一蹴した。

 

「そもそもあたしはハル推しじゃなくてスタン推しだから。だいたいハルバードは普段強気なくせに肝心なとこでヘタるのよね。ハル推しの人達はそこがいいみたいだけど、あたし的にはスタン追いつめた張本人のくせに、罪悪感もなしに弟が愚かで困ってるって態度が気にくわないの。第一、勉強や剣の腕なんてものじゃ計れない価値がスタンにはある。とにかくあたしはスタン推しなの。勝手に人をハル推しにしないでくれない?」

「……オタク特有の早口かよ」

 

 あまりのマシンガントークに辟易して、スタンフォードは前世で姉が乙女ゲームについて語ってきたときのことを思い出した。

 

「それにさっきから聞いてれば、自分には無理だの、この程度で諦めてどうするのよ」

「ポン子にはわからないさ。何をやってもダメな人間の気持ちなんて」

 

 昔からそうだった。スタンフォード――才上進は何をやっても誰にも勝てなかった。勉強でも、運動でも、仕事でも、どんなに頑張っても自分より上の存在が必ずいた。

 それはスタンフォードとしての人生でもそうだ。

 兄であるハルバードやブレイブにあらゆる分野で負け、ライバルとして認識すらされない。

 結局そういう星の元に生まれたのだと諦めるしかなかったのだ。

 

「ええ、わからないわ。頑張った気になって言い訳ばかりしている人間の気持ちなんてわかりたくもない」

「何だと?」

「どうせ、そうやって才能がないとか、運命だからって言い訳してきたんでしょ? どんなに頑張ってもとか言ってるけど、そういうことを言う奴は、工夫もせずにがむしゃらに頑張ってることを努力してるって勘違いしているようなやつよ」

「っ!」

 

 工夫もせずにがむしゃらに頑張ってることを努力してるって勘違いしている。

 ポンデローザに言われた言葉に心当たりはあった。

 どうしようもなく辛いときは、根性や気合で乗り切ろうとしてきた。

 しかし、自分のしたことを振り返ったり、改善しようとしたことは一度だってなかった。

 

「あんたに僕の何がわかるんだ」

「別にあたしは一般論を言っただけ。それとも何か心当たりでもあったの?」

 

 ポンデローザは悪役令嬢らしい意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「勉強しようとしてるのに急に掃除を始めたり、わざわざ作業の妨害になるようなことを自分でしたり……あんたがやってるのはそれと同じ。ま、結果が出せなかったときにプライドを守るための自己防衛ってやつよ」

「自己、防衛」

「頑張ったけど出来なかったなんて笑わせるわ。言い訳を作るのに頑張ってりゃ結果も出なくて当然だものね」

「ぐっ……」

 

 スタンフォードはポンデローザの言葉に何一つ反論できなかった。

 仕事では、上司から自分のキャパシティを超える仕事をもらっていた。

 その結果、多くの仕事を抱えた彼は残業ばかりだった。

 どうしてこんなに頑張っているのに認めてもらえないんだと、いつだって思っていた。

 

 当然である。

 彼がキャパシティを超えた仕事をもらっていたのは、こんなに忙しいんだからできなくてもしょうがないと言い訳をするためだったのだ。

 そんなことわかっていた。頑張っていたわけじゃない。頑張った気になって言い訳をしていただけだなんて、わかっていたのだ。

 それでも認めたくなかったのだ。

 

「スタンだって本当はわかってるんでしょ。自分にあとがないって」

「それは……」

 

 スタンフォードは何も言えずに、悔しそうに拳を握りしめた。

 このまま何もせずに死ぬのは嫌だ。

 だけど、頑張っても結果が出ないのならば同じじゃないか。

 前世から続く劣等感は、前へ進もうとするスタンフォードの足に絡みつき、彼が一歩踏み出すことを妨げてきた。

 

「ま、嫌になったら逃げてもいいと思うけどね」

「は?」

 

 唐突に、先ほどとは真逆のことを言い出したポンデローザに、スタンフォードは素っ頓狂な声を漏らした。

 

「お互い貴族とはいえ前世ではただの一般人だったじゃん? だから、最終手段として国外に逃げるってのは割とありだと思うのよ」

「そんなの現実的じゃないだろ」

「最終手段って言ったでしょ? 最後にはどうにでもなるって思うだけでも楽になると思うけど」

 

 ここまで言われてようやくスタンフォードは理解した。

 ポンデローザは自分を励ましてくれているのだ、と。

 

『別に逃げてもいいじゃない』

 

 ふと、久しぶりに前世の姉の言葉を思い出す。

 何もかも嫌になっていたとき、そう言って自分の心を救ってくれた姉。

 その姿がポンデローザとダブって見えたのだった。

 

「……ごめん。僕はまた弱気になってた」

「いいのよ。心が折れそうなときは何度でも蹴っ飛ばして奮い立たせたげる」

 

 再び持ち直したスタンフォードを見て、ポンデローザは悪役令嬢とは程遠い可愛らしい笑みを浮かべた。

 

「よーし……当て馬同盟ファイト……!」

「おー……!」

 

 図書室のため、小声で気合を入れる二人の姿はどうにも締まらなかった。

 




感想でツッコミが多かったので補足しますが、ポンデローザとスタンフォードが生き残るルートはスタンフォードルートしかありません。
そのため、ルートから外れた状態は死に直結する可能性が高いので、結構状況はピンチなのです。

そんな状況で弱音ばっかりはいているスタンを焚きつけるために、ポンデローザは当たりの強い言い方をしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 拗らせ王子は今日も一人

 魔法学園での一日の授業が終わった放課後。

 教室は世間話に興じながら帰り支度をする生徒で溢れていた。

 そんな中、スタンフォードは誰と話すこともなく一人で淡々と帰り支度をしていた。

 スタンフォードのクラスでの立ち位置は、自分の力を過信し、周囲を見下している気にくわない王族というものだ。

 中等部では実力で敵う者は誰もいなかったが、高等部からはブレイブという規格外の存在が入学した。

 さらに、先日の異形種事件で無謀にも魔物に挑み敗北したことも相まって、彼の評価は地に落ちていた。

 王家の面汚し。

 スタンフォードは現在、そんな蔑称で陰口を叩かれていた。

 そのため、最近のスタンフォードには権力目当ての貴族すらも寄りつかなくなっていた。

 

「ごきげんよう、スタンフォード様」

 

 そんな唯一の例外が彼の婚約者であるセタリア・ヘラ・セルペンテだった。

 翡翠のような鮮やかな緑の長髪をたなびかせながらセタリアは柔和な笑顔を浮かべている。

 人当たりも良く、誰にでも分け隔てなく接する公爵家の令嬢である彼女は学園内でも憧れの的だった。

 むしろ、これほどできた婚約者がいるというのに周囲に令嬢を侍らせていたと、スタンフォードの評価はさらに下がることになっているのだが。

 

「リア、何か用か?」

「用がなければ婚約者へと話しかけてはいけませんか?」

 

 昔は自分を持ち上げてくれるセタリアのことを、スタンフォードはとても気に入っていた。

 しかし、ポンデローザから告げられた彼女の原作での立ち位置を聞いてからはどうしても苦手意識が拭えなくなっていた。

 公爵家の令嬢、セタリア・ヘラ・セルペンテ。

 ポンデローザと並ぶほど周囲から評価の高い貴族令嬢で、身分問わず誰にでも笑顔で接することのできる優しい心の持ち主。

 そして、BESTIA BRAVEのメインヒロインでもある。

 家同士が決めた婚約者とはいえ、将来ブレイブとくっつく予定の女性に今まで通りに接することなど、スタンフォードにはできなかったのだ。

 そのうえスタンフォードは生きるためとはいえ、マーガレットと恋仲になろうと画策している。

 婚約者に対するバツの悪さも相まって、スタンフォードはセタリアとは距離を置きたかったのだ。

 

「……悪いけど一人にしてくれ」

「……失礼致しました」

 

 スタンフォードがボアシディアンに負傷させられてからというもの、彼は一人で行動することが多かったため、セタリアも彼の心情を察して素直に引き下がった。

 セタリアを冷たくあしらったことで、周囲の生徒達はスタンフォードへ冷たい視線を送り始める。

 

「うわー……殿下またセタリア様に冷たくしてるよ」

「今までさんざん支えてもらっててアレはないですよね」

「この前の異形種事件の件、まだ引きずってるんだろ」

「自分は大怪我したのに、ブレイブは一撃でボアシディアン倒しちゃったもんね」

「いつもの取り巻き達からも見放されちゃって、本当に憐れだなぁ」

 

 小声でしゃべっているため、スタンフォードには周囲の生徒達が何を言っているかまでは聞き取れない。

 それでも、自分の陰口を叩いていることだけは理解できる。

 決して見ていて居心地の良いものではないが、最近ではマーガレットの攻略で手一杯だったこともあり、陰口の類はそこまで気に留めるものでもなくなっていた。

 自分の現状が情けないことは事実だったため、スタンフォードは特に注意することもせずに陰口を放置していた。

 

「あなた達、やめてくださいますか? 私の婚約者への侮辱は許しません」

 

 スタンフォードが放置すると決めた周囲の生徒をセタリアが一喝する。

 

「殿下はサーバン先生やあなた達を守るため、真っ先に行動しました。彼の骨折は名誉の負傷です。それを情けないなどと笑う権利は誰にもないはずです」

 

 まるで演説をするかのように身振り手振りを交えながらセタリアはスタンフォードを擁護した。

 

「リアの言う通りだ。俺だってボアシディアンがスタンフォードに集中していたからこそ、不意打ちで倒せたんだ」

 

 そんなセタリアに同調するようにブレイブも立ち上がる。

 いつの間にか愛称で呼ぶようになっているブレイブに、スタンフォードは複雑そうな表情を浮かべた。

 

「ここにいる全員、スタンフォードが守ってくれたんだ。それを忘れないでくれ」

 

 セタリアとブレイブの言葉を聞いた生徒達は揃って居心地の悪そうな表情を浮かべる。

 

「やめろ」

 

 しかし、一番居心地の悪さを感じていたのはスタンフォードだった。

 

「人の恥を大声で叫ぶな」

「恥だなんて私は思いません! 殿下は立派でした。ですから、殿下のためにあなたを不当に貶める方を注意したのです」

「こうして何度も異形種事件の件を掘り返される方が、聞こえない陰口より不愉快だ。余計なことはしないでくれ」

 

 セタリアに対してスタンフォードは冷たく言い放つ。

 彼にとって、今のフォローもセタリア自身の評価を上げるための行動にしか見えなかったのだ。

 

「そんな言い方はないだろ。リアはお前のためを思って言ってるのに……」

「僕のため? 僕のためを思うなら陰口なんて捨て置いてほしいものだね」

 

 ブレイブにそう言い放つと、スタンフォードは舌打ちをしながら教室を後にした。

 荷物を持って教室を出ると、そこには待ち構えていたかのように翡翠色の長髪をまとめた糸目が特徴的な男子生徒が立っていた。

 

「やあ、スタンフォード殿下。奇遇ですね」

「……ヨハンか」

「やだなぁ。そんなに怖い顔をしないでいただきたい」

 

 ヨハン・ルガンド。

 セタリアのセルペンテ家の分家に当たるルガンド家の長男で、いつも飄々とした態度で身分関係なく誰にでも親し気に接する変わり者として有名だ。

 セタリアと異なる点を挙げるとすれば、ヨハンは相手が位が上の貴族相手だろうと気さくに接するところだ。

 現に王子であるスタンフォードに対しても言葉遣いこそ敬っているが、普通に皮肉を言ったり、からかったりするのだ。

 それでいて相手が腹を立てないように毒気を抜いてしまうのだからタチが悪い。

 中等部からの知り合いではあるが、昔からスタンフォードはヨハンのことが苦手だった。

 

「今日は一段と不機嫌ですね。何かございましたか?」

「……不機嫌だとわかっているのなら気を遣うべきだと思うよ」

「ははっ、そう邪険にしなくてもいいではありませんか」

 

 言外に話しかけるなと告げるスタンフォードだったが、ヨハンは構わずに話を続けた。

 

「高等部に来てから殿下とクラスも分かれてしまい、お話する機会がなかなかありませんでしたからね。久しぶりにあなたとお話がしたいのですよ」

「僕なんかよりドラゴニルの方に行ったらどうだ。最近、やたらとあいつに絡んでいるんだろ?」

「ええ、彼には興味が尽きませんから」

 

 ヨハンは心底楽しそうな様子で口元を緩めた。

 スタンフォードは彼との付き合いも長いが、こんなにも楽しそうなヨハンを見るのは初めてだった。

 さすがは主人公様、男にもモテモテだな。と、スタンフォードは心の中で毒突く。

 

「しかし、セタリア様と仲良くされるのはあまりよろしくありませんね。何せ彼女は殿下の婚約者ですから」

「心にもないことを」

 

 セタリアの婚約者であるスタンフォードの手前、バランスをとるためだけの言葉にスタンフォードは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「ところで、殿下は二年にいらっしゃる世界樹の巫女の末裔様と仲が良ろしいと聞きましたが」

「……それが本題か」

 

 スタンフォードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 セタリアが婚約者を放って他の男と仲良くしているという話題を出した後に、マーガレットとの仲を邪推するような話題を振る。

 これは遠回しに『お前も人のことを言えないだろ。だから、セタリアを責めてやるなよ?』と言っているのだ。

 

「兄上の様子を聞いたりしているだけだ」

「ああ、彼女は生徒会に入っていましたね。なるほど、そういうことでしたか」

 

 ヨハンは納得したように頷くと、思い出したかのように告げた。

 

「末裔様といえば、気がかりなことがあります」

「気がかりなこと?」

「ええ、ラクーナ家はかなり昔に血が絶えたと聞き及んでおります。つまり、末裔様は平民の血が混じって魔力はかなり希薄になっている。だというのに、彼女は極めて強い光魔法を発現させた」

 

 この世界において魔力を持たない人間はいない。

 しかし、世界樹の巫女の宿す光魔法と王族だけが発現させる雷魔法だけは別だ。

 血が薄くなればなるほど、この二つの魔法は発現する確率が下がるのだ。

 それ故に、王族は王家の血が入っている公爵家としか婚姻を結ぶことはない。ラクーナ家についても同様である。

 確実に血が薄まっているであろうマーガレットが、強い光魔法を発現させたことは異例中の異例なのだ。

 

「別におかしな話でもない。王族の直系だからといって雷魔法が必ず発現するわけじゃないのと同じだ」

 

 王族は側室をとり多くの子を産む。

 これは雷魔法を確実に残していくためにも必要なことだった。

 そのため、レベリオン王家は雷魔法が発現した者のみが王位継承権を得ることができるのだ。

 スタンフォードにも妹や弟はいるが、彼らは雷魔法が発現しなかったため、王位継承権を持っているのはハルバードとスタンフォードだけである。

 

「要は確率の問題だ。ラクーナ先輩のは先祖返りって奴だろうよ」

「先祖返り、ですか……そうなると彼女はかなり異質な存在になりますね」

「だな。かなり苦労しているそうだ」

 

 ただでさえ平民の感覚が抜けないというのに、貴族らしく振る舞うことを強制され、光魔法を持っていることで受けている待遇から他の貴族達からやっかみを受ける。

 マーガレットの苦労は常人には計り知れないだろう。

 

「ボクはお話したことがないのですが、彼女はどんな方なのでしょうか?」

「優しい人だ。お前のように身分が上だろうと関係なく親しげに接してくれる。そうだな、お前から鬱陶しさを抜いたらああなるんじゃないか?」

「はははっ、これは手厳しい」

 

 ヨハンはスタンフォードの皮肉を笑って流す。

 

「いろいろと教えてくださりありがとうございます。久しぶりにお話できて楽しかったですよ。では、ボクはこれで」

 

 お手本のような綺麗なお辞儀をすると、ヨハンは去っていった。

 

「……やっぱり、あいつと話すと疲れるな」

 

 ため息をつくと、スタンフォードはポンデローザとの待ち合わせ場所に向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 鍛錬場での作戦会議

 今日の密会場所は学園内にある鍛錬場だ。

 この鍛錬場は多くの生徒が利用しており、マーガレットに骨折を直してもらってからというもの、スタンフォードはほとんど毎日この場所で鍛錬を行っていた。

 スタンフォードが鍛練場に到着するのと同時に、ポンデローザも取り巻きの二人と共に鍛錬場へと到着した。

 

「あらあら、スタンフォード殿下。奇遇ですわね」

「これはこれはポンデローザ様。こんな汗臭い場所に来られるとはどうされたのですか?」

 

 出会った瞬間、打ち合わせ通り険悪な空気を醸し出す二人。

 スタンフォードからは電光が、ポンデローザからは冷気が漂い始め、傍から見れば一触即発の空気である。

 それを見た周囲の生徒達は蜘蛛の子を散らすように鍛練場から去っていく。

 マーガレットとの中庭での一件以来、高等部の生徒達の間ではスタンフォードとポンデローザは犬猿の仲という共通認識が出来上がっていた。

 それを二人は利用して密会の場を作り上げていたのだ。

 

「フェリシアさん、リリアーヌさん、下がっていてくださいますか?」

「ポンデローザ様……」

「あまり手荒なことは……」

 

 心配そうに二人の顔に視線を向けている取り巻き二人へ、安心させるようにポンデローザが告げる。

 

「大丈夫ですわ。少しばかりお話をするだけですから」

 

「「は、はい……」」

 

 まだ心配そうな表情を浮かべていたが、取り巻き二人はポンデローザの言葉に素直に従った。

 

「よし! それじゃ早速、近況報告と行きましょうか!」

「当て馬同盟結成から結構経つけど、いまだにその切り替えの早さには慣れないな……」

 

 周囲に人がいなくなった途端に呑気な表情を浮かべるポンデローザに、スタンフォードは呆れたようにため息をついた。

 

「何度も言ってるけど、こんなことしなくても話し合いなら俺の部屋でやればいいだろ」

「こうやって学園内で何度も険悪アピールをすることで、いざというときに二人で会ってるのを見られても喧嘩してるって思わせられるじゃない」

 

 それに、と呟くとポンデローザは言葉を続ける。

 

「今日はいずれ来る戦闘イベント前の確認もしたかったしね」

「次に来る戦闘イベントっていうと、雷竜ライザルク戦だったっけ?」

「そ、プレイヤーにとっては最初の関門ともいえる魔物ね」

 

 雷竜ライザルク。

 原作においてアクションゲームが苦手なプレイヤーにとって登竜門とも言えるモンスターだ。

 このイベントでは、スタンフォードがこれでもかというほどに痛い目に遭う。

 それを危惧したポンデローザは事前に対策を立てることにしたのだ。

 

「ライザルクは雷を操る竜よ。スタンとの相性は悪いわ」

「そうでもないでしょ。僕に電撃は効かないし」

 

 スタンフォードは雷魔法の使い手だ。

 炎魔法を使って自分の魔法で火傷しないように、スタンフォードは電撃が効かない体質なのだ。

 

「お互いに電撃が効かないんだから、普通にパワーで負けるでしょ」

「あっ……」

 

 ポンデローザの至極真っ当な指摘にスタンフォードは間抜けな声を漏らす。

 電撃が効かないスタンフォードがライザルクに完膚なきまでに叩きのめされることになるのは、偏に生物としての身体能力の差があるからだ。

 ブレイブのように光属性の魔力を帯びた竜に効く攻撃ができない以上、頑丈な肉体と鱗を持つ竜に敵うわけがなかった。

 

「そもそもあんた、魔物と戦えるの?」

「それは……」

 

 脳裏にボアシディアンに吹き飛ばされた衝撃が蘇る。

 気がつけばスタンフォードの足は小刻みに震えていた。

 身体に刻み込まれた恐怖というものはそう簡単に克服できるものではないのだ。

 魔物と戦うことにトラウマを植え付けられているスタンフォードを見て、ポンデローザは彼を安心させるように笑った。

 

「無理をする必要はないわ。最悪、ブレイブ君がぶった切れば万事解決なんだから、時間稼ぎをする方向で考えましょ!」

「そんなアバウトで大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫! 最悪あたしが何とかするから、泥船に乗った気でいなさい!」

「いや、大船な。沈むの確定じゃねぇか」

 

 相変わらず能天気なポンデローザに不安を覚えつつも、どこかスタンフォードは安心していた。

 彼女が大丈夫と言うと、不思議と大丈夫だと思えたのだ。

 

「戦えるかはともかく、僕の雷魔法なら時間稼ぎは難しくないと思う」

「そうなの?」

「要するに攻撃を躱し続ければいいんだろう? 僕は雷魔法の応用で身体能力を強化できるから、スピードには自信がある」

 

 スタンフォードは、前世の知識を活かした独自の魔法を使うことができた。

 その一つとして、体内の電気信号を操作して肉体のリミッターを外すというものがあった。

 これによって反応速度を上げ、リミッターの外れた肉体で動くことができるため、速さにおいては誰にも負けないと自負していたのだ。

 逃げに徹するのであれば、無傷のままやり過ごす自信がスタンフォードにはあった。

 

「そういえば、ハルバードも雷を纏って高速で移動してたりしてたわね」

「雷を纏う?」

「ええ、去年の戦闘実習で見たけど、雷を全身に纏ったハルバードは瞬間移動みたいな速さで移動してたわ。あれなら確かに時間稼ぎはできそうね」

 

 自身の兄であるハルバードの魔法を聞いたスタンフォードは、ポンデローザが自分の魔法を誤解していることを指摘した。

 

「待ってくれ。僕のはそういうのじゃない。僕の魔法はあくまでも雷魔法を応用した肉体のパワーアップだ」

「雷纏えばもっと早く動けるんじゃないの? 実際、ハルバードはそうやってるし。同じ魔法だからできるでしょ」

「あのなぁ、魔法において一番大事なのはイメージだ。僕の日本の知識を応用した魔法だって細かい知識は必要ない。人間は体内に電気が流れていて、脳から送られた信号を神経を伝って体を動かしてるとか、電磁石がどういう風に出来てるかとか、そういうざっくりとした知識からイメージができれば魔法は発動できるんだ。要するに解釈したもん勝ちってこと。だから同じ魔力を持っていても人のイメージはそれぞれ違うから、厳密には同じ魔法が使えるとは限らないってことだ」

「つまり……どういうこと?」

 

 スタンフォードの早口気味の解説を聞いたポンデローザは首を傾げる。

 何を言っているのか聞き取れなかったのもあるが、単純にスタンフォードの説明がわかりづらかったのだ。

 

「僕には兄上のような超スピードは使えないってこと」

「えっ、そんな調子で大丈夫なの?」

「言ったろ。僕には前世の知識を活かした独自の魔法があるって」

 

 スタンフォードは地面に手をかざして魔法を発動させる。

 次の瞬間、バチバチという音と共に地面から砂鉄が巻き上げられ、スタンフォードの意のままに動き出した。

 得意気な表情を浮かべると、スタンフォードは魔法を止める。

 スタンフォードの発生させていた磁界が消えたことにより、砂鉄は重力に従って落ちていった。

 ちなみに砂鉄を巻き上げる際に、スタンフォードはちゃっかり外套も無駄にはためかせていた。

 

「こういう特別なことが僕にはできる。だから大丈夫さ。それに雷を纏ったところで人が速くなるわけがないだろ」

「あんたって頭固いのね。ガリ勉強タイプ?」

「自慢じゃないが、学生時代は何度も学年上位を取ったことがあるぞ」

「いや、それ完全に自慢じゃない」

 

 学校での成績くらいしか誇ることがなかったスタンフォードに、ポンデローザは呆れたようにため息をつく。

 そんなポンデローザの態度が鼻についたスタンフォードは、挑発的に問いかける。

 

「……ポン子こそ、まともに戦えるのか?」

「ふふん! よく聞いてくれました。あたしの魔法はすごいんだから!」

 

 得意気な表情を浮かべると、ポンデローザは両手に魔力を集中させ、自身の得意な魔法を発動させた。

 

「〝造形氷結(アイシクルアート)!!!〟」

 

 両手から放たれた冷気は獣の耳と尾を持つ青年の像を形作る。

 出来上がった見覚えのない青年の氷像を、スタンフォードは怪訝な表情を浮かべて眺めた。

 

「……誰?」

「あたしの推しのVtuberよ!」

「Vtuberも守備範囲かよ……サブカルにドップリ浸かってるなぁ」

 

 Vtuberとは、バーチャルユーチューバーの略であり、動画サイトU-tubeで2Dモデルや3Dモデルで動画投稿やライブ配信を行う者の総称だ。

 サブカルチャーに明るいポンデローザは、Vtuberの配信を見ることも趣味の一つだった。

 

「本当は誕生日配信リアタイしたかったんだけど、その前に死んじゃったからね……ああ、誕生日配信見たかったな……」

 

 ポンデローザは、推しであるVtuberの誕生日配信を見れなかったことを思い出し項垂れる。

 そんなポンデローザのオタクとしての姿勢を、どこか眩し気にスタンフォードは見つめた。

 

「そんなに熱心になれるものがあるってすごいな……」

 

 精巧に再現された氷像にはポンデローザの想いが込められていた。

 彼女がどれほど推しであるVtuberに情熱を注いでいたかは想像に難くない。

 それほどまでに趣味に熱中できるポンデローザをスタンフォードは羨ましく思った。

 

「これって動かしたりできるのか?」

「ええ、このまま操って動かすこともできるわ」

 

 顔を上げて頷くと、ポンデローザは氷像を自由に動かし始めた。

 氷像は氷で出来ているとは思えないほど滑らかな動きでバク宙を決める。

 それを見たスタンフォードは感嘆のため息を漏らした。

 

「へぇ、かなり自由度が高いんだな」

 

 魔法は術者のイメージで性質が変わる。

 攻撃的な者が唱える魔法はより攻撃的に。

 心優しい者が唱える魔法は人を癒す魔法に。

 ポンデローザの魔法は、まさに彼女らしい〝自由〟な魔法だった。

 

「ヴォルペ家は代々水魔法を派生させた氷魔法の使い手だって聞いてたけど、こんなに自由度の高い魔法はポンデローザくらいしか使えないんじゃないか?」

「あはは……全部感覚でやってるから、基礎がなってないって昔から怒られてたけどね」

 

 教師にさんざん怒られてきたことを思い出し、ポンデローザは苦笑した。

 

「そういえば、ブレイブ君とはどうなの?」

「どうって言われても、ただのクラスメイトだよ」

 

 ブレイブの名前が出た途端、スタンフォードは露骨に顔を顰めた。

 彼にとってブレイブは劣等感を刺激する存在そのものだ。

 そんなスタンフォードの心中を見透かしたポンデローザは念を押した。

 

「ライザルク戦ではブレイブ君が頼りなんだからね?」

「心配ないだろ。あいつの滅竜剣があれば竜は敵じゃない」

 

 ブレイブは攻守共に優れた光魔法の使い手だ。

 光魔法は、身体強化、治癒、広範囲の遠距離攻撃、様々な魔法が使用できる。

 その中でも特異なのは、竜種を滅することに長けた〝滅竜剣〟というブレイブ独自の魔法だ。

 これはブレイブが気がついたら使用できるようになっていた魔法で、原作ではその謎が物語中盤以降で明かされることになる。

 要するに、滅竜剣は主人公補正のような反則染みた魔法なのだ。

 

「でも、結構ライザルク戦って苦戦するのよ。あたしだって全然倒せなくて、その直前のスタンとの戦闘イベント繰り返してレベリングしながら動き覚えたくらいだし」

「僕は練習台かよ……」

 

 自分もモンスターを狩猟する類のゲームで、動きを覚えるために格下の同じ骨格のモンスターを狩り続けたことを思い出し、スタンフォードはゲンナリとした表情を浮かべた。

 自分もやってきたことではあるが、いざ自分がされる側に立つとなると複雑な気分だったのだ。

 

「ライザルク戦での立ち回りは、スタン戦での立ち回り覚えておけば楽になるのよ」

「悪いけど、わざわざやられるためにブレイブに喧嘩を売るのは勘弁してもらいたい」

「そりゃボコられるために戦うなんて嫌よね」

 

 ポンデローザはスタンフォードの気持ちを汲み、事前にブレイブを鍛える案はボツとなった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 ポン子の乙女ゲー理論

「そんなことより、そっちはどうなんだよ」

 

 先ほどから自分の方ばかり近況報告をしていることに気がついたスタンフォードは、ポンデローザにも近況報告をするように催促した。

 

「あたしはいたって順調よ。ハルバードとの関係も良好だし」

 

 ポンデローザとハルバードは表向きはお似合いの二人と噂になっている。

 次期国王に相応しいと評判のハルバード。

 貴族令嬢の鑑と言われているポンデローザ。

 二人はまさに理想の貴族の婚約とまで言われていた。

 ハルバードもポンデローザもお互いに恋愛感情はなく、あくまで未来の同僚というようなビジネスライクな関係ではあるのだが。

 

「順調って言われてもな。ゲーム内のポンデローザってどんな奴だったんだ?」

 

 スタンフォードはベスティアシリーズに対して知識がない。

 ストーリーの流れこそ聞いたが、具体的に登場キャラクターがどのような人物だったかまでは知らなかったのだ。

 

「よく少女漫画にいる感じのちょっと意地悪な貴族令嬢って感じね。取り巻きが二人いて、ファンからはよく〝三バカ令嬢〟って呼ばれてたわ」

「あー、それこそ悪役令嬢みたいな奴か」

 

 ネット小説などでよく見かける〝悪役令嬢モノ〟では、少女漫画や乙女ゲームの主人公をいじめ、ラストで没落する悪役令嬢に転生してしまった主人公がゲーム知識を生かして没落を回避したり、没落後の生活のために奮闘する。

 ポンデローザの状況を考えれば、まさに〝悪役令嬢〟に転生してしまったと言える状況だろう。

 スタンフォードが一人納得していると、ポンデローザは静かに怒気を発していた。

 

「……今、何て言った?」

「よくいる悪役令嬢みたいな――」

「乙女ゲームには悪役令嬢なんていないわよ!」

 

 スタンフォードの言葉を遮り、ポンデローザは魂から振り絞ったような叫び声を上げた。

 

「アニメ化されてる作品もあるし、悪役令嬢って言ったら大体こういうキャラかー、って思い浮かぶと思うんだが」

 

 ライトノベルやネット小説をよく読んでいたスタンフォードにとって、悪役令嬢は馴染み深い単語だった。

 

「でも、具体的なキャラ名は出てこないでしょ?」

「言われてみれば……」

 

 スタンフォードは前世で姉から乙女ゲームを借りてプレイしたときのことを思い出す。

 すると、不思議なことに所謂悪役令嬢のキャラクターは思い浮かばなかった。

 乙女ゲームに悪役令嬢はいない。では、どこから出てきたのか。

 そんなスタンフォードの疑問に対して、ポンデローザは丁寧に説明を始めた。

 

「大体、主人公以外の主要女性キャラは親友かライバルになることはあっても、悪役になることはないわ。だから、明確な悪意を持って主人公を陥れようとした結果、破滅するライバルキャラなんていないの。大体、悪役令嬢ってなによ。中世ヨーロッパ風の世界多すぎるでしょ。乙女ゲームは現代が舞台だったり、歴史モノの方が多いわよ!」

 

 語気を荒げ、唾を飛ばすという、淑女にあるまじき姿を晒しながらも、ポンデローザは熱弁し続ける。

 原作におけるポンデローザはライバルキャラという立ち位置だ。

 しかし、昨今の悪役令嬢ブームもあり、よく原作を知らない人間からは悪役令嬢という風に誤解されることが多かった。

 原作のポンデローザをキャラクターとして気に入っていたこともあり、ポンデローザは悪役令嬢という言葉を毛嫌いしていたのだ。

 

「乙女ゲームってのはね、世界観の作り込みが凄いのよ! 中世ヨーロッパ風の世界観だったら、ただ恋愛するだけじゃなくて、世界が破滅するのを救えるのは主人公だけ! みたいな壮大なストーリーがあってしかるべきなのよ!」

「じゃあ、BESTIA HEARTって珍しい方なのか」

「はぁ!? あんたBESTIA HEART侮辱するとか万死に値するわよ!」

「うおっ⁉︎」

 

 中世ヨーロッパ風の世界観の方が少ないのなら、ドファンタジーなBESTIA HEARTは珍しい方なのか。

 その意図を〝珍しくストーリーが壮大ではない乙女ゲーム〟という意味に受け取ったポンデローザは、スタンフォードに詰め寄った。

 

「BESTIA HEARTは、すごいのよ! ストーリーの壮大さ、伏線の仕込み方、どれをとってもめっちゃ面白いのよ! あたしの中で神ゲーランキング一位のゲームなの!」

「顔が近い近い! ち、違うって! 中世ヨーロッパ風の世界観なのが珍しい方なのかって意味だよ!」

「あ、そっちか。ごめん」

 

 誤解が解けた途端、ポンデローザの顔に浮かび上がっていた激情は消え、あっさりとスタンフォードへ謝罪する。

 

「し、心臓に悪い……」

「とにかく、乙女ゲームにおいて恋愛成就はゴールじゃないの。簡単に人が死ぬような世界観なら生き残ることがゴールだし、音楽系の世界観ならコンクールに優勝することがゴール、他にも呪いをかけられた攻略対象の呪いを解くだとか、そういったことがゴールなの。攻略対象と結ばれるのは、ストーリーの中で自然と恋に落ちていった結果であって、目的ではないのよ」

 

 熱く語り続けるポンデローザを見て、スタンフォードは心に誓った。

 ポンデローザに乙女ゲーム関連の話題を振るのはやめておこう、と。

 

「乙女ゲームって奥が深いんだな」

「そうなのよ! やっとわかった!?」

「だから、顔が近いって……」

 

 再び興奮して顔を近づけてきたポンデローザからスタンフォードは距離をとる。

 

「とにかく〝悪役令嬢〟って言葉は、原作のポンデローザへの侮辱と同じよ」

「か、過激派オタクだ……」

 

 スタンフォードは前世でニートをしていたとき、暇を持て余してゲームやアニメにハマってはいたが、ポンデローザを見ると自分がオタクと名乗るのも烏滸がましいと感じていた。

 ポンデローザがオタクだということは理解していたが、ここまでとは思っていなかったのだ。

 

「というわけで、金輪際あたしのことを悪役令嬢って呼ばないでちょうだい。次、呼んだら殴るよ」

「わかったよ、悪役令嬢ちゃん……痛っ、痛いって、ごめん! 冗談だって! ちょ、デンプシーロールはやめろ!」

 

 軽い冗談のつもりで悪役令嬢と呼んでみたら、ポンデローザは体を八の字に揺さぶりながらスタンフォードを殴り始めた。これによって、スタンフォードは金輪際ポンデローザを悪役令嬢と呼ばないことを固く誓った。

 

「ふと思ったんだけど、どうして前世で悪役令嬢モノって流行ったんだ? 書籍化もアニメ化もされてるってことは人気なジャンルなんだろ。何なら僕は悪役令嬢モノ好きだし」

「別に悪役令嬢モノに限らず、主人公が逆境に立ち向かう話としてみればよくある話でしょ。悪役令嬢モノは破滅する未来と理由がはっきりしてるから、主人公の行動がストーリーにしやすいから流行ったんじゃないの。まあ、悪役令嬢モノの先駆けになった作品がバズったってのもあるとは思うけど、書き手が書きやすいのなら、自然とサイト内での総数も増えるでしょ。総数が多いってことは面白い話も生まれやすいってことだと思うわ」

「はえー……ポンデローザって博識なんだな」

「ふふん、まあね!」

 

 素直に感心したスタンフォードが褒めると、ポンデローザは得意気な表情を浮かべた。

 ときどきスタンフォードは、ポンデローザが本当に二十九歳なのか疑問に思うことがある。

 肉体年齢に引っ張られているか、元々子供っぽい人なのか。

 たぶん後者だろうと、スタンフォードは推測した。

 

「そういえば、次のイベントはどんなイベントなんだ?」

 

 同じ転生者ということもあり、どうにもポンデローザと話していると変な方向に話が盛り上がってしまう。

 話が大幅に脱線していることに気がついたスタンフォードは話題の軌道修正を図った。

 

「学園街でのデートイベントね。休日にマーガレットが演劇を見に行くんだけど、劇場前で偶然スタンフォードと出会うの」

 

 学園街とは、王立魔法学園の周辺に展開する学生向けの店が立ち並ぶ場所のことだ。

 通っている生徒は貴族だが、全員が金持ちというわけでもない。

 学園街では、学園側も提携して貧乏貴族と呼ばれる家の出である生徒にも配慮した値段の店が多く存在するのだ。

 

「なるほど、じゃあ次の休日は学園街だな」

「そういうこと。いい報告待ってるわ」

「ああ、任せてくれ!」

 

 お互いに次の予定を確認すると、二人は鍛練場の清掃をして寮へと帰っていくのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 生徒会室での一幕

 ポンデローザは生徒会に所属している。

 生徒会のメンバーは家柄や普段の生活態度などで選ばれるが、大抵は前任者の推薦で選ばれる。

 その中でも、建国時から国を支えたと言われている〝守護者〟の家系の者は無条件で指名することが暗黙の了解となっている。

 

 王族であるレベリオン家をはじめとし、公爵家であるヴォルペ家、セルペンテ家、代々王国騎士団長を勤めている剣豪一家であるリュコス家、など、現在生徒会に所属している人間の主要メンバーは守護者の家系の者で構成されていた。

 該当者が存在しない場合は、成績や生活態度、人望などで選出されるが、ポンデローザの学年には守護者の家系の者が集中していた。

 理由は単純で、BESTIA HEARTの攻略対象は皆守護者の末裔だからである。

 そんな歴代でも稀なほどに、国の未来を背負う者が大集合してしまった生徒会でポンデローザは黙々と働いていた。

 

「ハルバード様、こちらの書類の確認をお願い致します」

「わかった」

 

 ポンデローザの渡した資料を受け取ると、ハルバードは書類に目を通し始める。

 婚約者であるレベリオン王国第一王子のハルバードとはあくまでもビジネスライクな関係を築いていた。

 ポンデローザにとって、この世界は生きるか死ぬかの世界だ。

 恋愛に現を抜かしている暇はなかったのだ。

 

 ポンデローザとハルバードは黙々と作業を進める。

 基本的に二人は世間話をしない。

 あくまでも国の将来のために結んだだけの婚約。

 そんな冷え切ってもなく熱くなってもいない関係の二人だったが、今日は珍しくハルバードが話題を振った。

 

「ポンデローザ、最近スタンフォードと不仲と聞いたが?」

「不仲、ですか。わたくしは別にそんなつもりはないのですが……」

 

 ポンデローザは、本当に心当たりがないという表情を浮かべてすっとぼける。

 それを見たハルバードは呆れたようにため息をつく。この反応は普段無表情なハルバードにしては珍しい反応だった。

 

「君が王族として恥ずべき行動を繰り返しているスタンフォードを嫌うのもわかる。だが、君の威圧感に周囲も引いているところがある。注意するときはもっと穏やかにしてくれ」

「大変申し訳ございません。以後、注意致しますわ」

 

 口先の謝罪をすると、ハルバードは感慨深そうに呟く。

 

「……本当に変わったな、君は」

「と、言いますと?」

「幼い頃の君は貴族の令嬢とは思えないほどやんちゃだった。庭を駆け回る令嬢など君くらいだっただろう」

 

 ハルバードは遠い目をして幼い頃のポンデローザの姿を思い出す。

 

「あと君には随分偉そうに説教をされたものだな」

「忘れてくださいませ。あの頃は人の心を慮るということにおいて未熟でしたので……」

 

 ポンデローザは誤魔化すように苦笑する。

 心に刺さった棘がささくれ立つ。

 世間体を気にして猫を被っているだけで、無神経な部分は変わっていない。

 そんな自覚がポンデローザにもあったからだ。

 

「今日は珍しく饒舌なのですね」

「スタンフォードと不仲という話を耳に挟んで昔を思い出しただけだ。君が周囲に厳しい態度をとってくれているおかげで、他の令嬢達の示しにもなっている。一人を除いてな……」

 

 ハルバードがそう言うのと同時に、ドタドタとけたたましい足音が廊下から聞こえてくる。

 足音が一瞬止んだ後、勢いよく生徒会室の扉が開かれた。

 

「すみません、遅れました!」

 

 入ってきたのはマーガレットだった。

 その貴族令嬢とは思えない所作に、ポンデローザはこめかみに手を当てながらため息をついた。

 

「ラクーナさん。何度も言っているでしょう? 廊下は走らない、扉は静かに開閉する。生まれはともかく今のあなたは貴族の令嬢ですのよ」

 

 わかるよー、遅刻するとき焦るよね! と、心の中で頷きながらも、ポンデローザはマーガレットを注意する。

 ハルバードもいる手前、ポンデローザは毅然とした態度でマーガレットを注意しなければいけなかったのだ。

 

「す、すみません。でも、遅刻しそうで……」

「遅刻するのならば、きちんと理由を述べればいいのですわ。それに何ですかその頭は。寝癖くらい直しなさいな、だらしない」

 

 前世の学生時代に、生徒指導の教師からさんざん注意されてきたことを思い出しながらポンデローザはマーガレットに説教をする。

 

 内心、聞き流してくれていいんだよ? と思いながらも、一通り注意を済ませると、ポンデローザは自分の仕事に戻った。

 

 公爵家の令嬢にふさわしい振る舞いをしなければならない。

 その制約は、本来縛られることを嫌うポンデローザにとって心労の溜まるものだった。

 

「ん、鍛錬場での事故?」

 

 ポンデローザは、目の前の書類に目を通して冷や汗を流した。

 内容は、生徒の一人が高火力の攻撃魔法を鍛錬場で乱射したことにより、一年生の女子生徒が怪我をしたというものだった。

 被害者がいるのに、被害届は出ていない。

 こいうったケースは大抵の場合が、上の階級の貴族に脅されたり、事故のあった事実を握りつぶされたということがほとんどだ。

 生徒会はそういったことも調査し、生徒達が公平に過ごせるように学園内の治安を維持している。

 

「……あのバカ」

 

 備考には、攻撃魔法はどの四属性にも該当しないと記載されていた。

 恨みがましく小さく呟くと、ポンデローザは書類をこっそり他の書類の一番下に移した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 裏方側の苦労

 生徒会での仕事が終わると、ポンデローザは生徒会室を出るマーガレットを早足で追った。

 

「ラクーナさん」

「……何でしょうかポンデローザ様」

 

 心なしかマーガレットの表情は硬い。

 この一年、何度もマーガレットと仲良くしようとしてポンデローザは失敗してきたのだ。

 それにはある原因があったのだ。

 

「先程は強く注意しましたが、わたくしは――」

「クルッポー!」

 

 ぽとり、とマーガレットの頭に鳩の糞が落ちる。

 沈黙がその場を支配する。

 気まずい空気の中、ポンデローザのペットである鳩は優雅に彼女の肩に止まった。

 

「クルルッ」

 

 一仕事終えたという表情で、マーガレットを嘲笑うかのように鳴いたペットを見て、ポンデローザは怒りの表情を浮かべた。

 

「ぼんじり、あなたね……!」

「クッルル~♪」

 

 ポンデローザのペットであるぼんじりは、飼い主すらも小バカにした態度を取る。

 いかにポンデローザがペットに舐められているかわかるだろう。

 ぼんじりは、原作においてポンデローザに忠実な賢い鳩だった。

 この鳩は選択肢を間違えると、主人公の頭に糞を落としてくることからプレイヤー達からは〝クソバト〟と呼ばれていた。ちなみに、原作での名前はもちろんぼんじりではない。

 無言でたたずむマーガレットに気がついたポンデローザは、慌てて謝罪をする。

 

「……うちのぼんじりが粗相をしてしまい申し訳ございません」

「いえ、わざとではない、ですもんね?」

「え、ええ……」

 

 こんなやり取りをもう一年以上続けている。

 いくら心の広いマーガレットといえど、さすがにこんなことが続けばわざとだと判断せざるを得ない。

 

「あの、校舎裏に洗い場がありますので、そちらで一緒に糞を落としましょう」

「一人で落とせますから、大丈夫です。もう慣れっこですし」

 

 さらっと棘のある言葉を残してマーガレットは足早に立ち去ってしまう。

 その背中にかける言葉を失い、ポンデローザは一人廊下に立ち尽くす。

 

「やっぱり、これって世界の修正力ってやつなのかな……」

 

『どうせそうやって才能ないとか、運命だからって言い訳してきたんでしょ? どんなに頑張ってもとか言ってるけど、そういうことを言う奴は、工夫もせずにがむしゃらに頑張ってることを努力してるって勘違いしてるような奴よ』

 

 スタンフォードを焚きつけるために告げた言葉が頭を過ぎる。

 

「……まったく、どの口が言うんだか」

 

 スタンフォードにかけた言葉は、自分自身に向けた言葉でもあった。

 昔からそうだ。

 いつだって考えるよりも先に体が動いてしまう。

 その結果が、この様だ。

 スタンフォードに出会ったとき、全てがうまくいくと思っていた。

 だが、結果はスタンフォードに大事な役目を押しつけてばかりで自分は口出しをするだけ。

 役割上仕方のないことだとしても、ポンデローザは自分の無力さを嘆いていた。

 

「「ポンデローザ様!」」

 

「フェリシアさん、リリアーヌさん」

 

 ポンデローザが落ち込んでいると、ヴォルペ家の分家出身であるフェリシアとリリアーヌがやってきた。

 彼女達は原作でもポンデローザの取り巻きをしていた貴族令嬢で、ポンデローザと同様に立派な巻き髪をしていた。

 

「生徒会でのお仕事は終わられたのですか?」

「はい、ちょうど寮に帰ろうとしていたところですわ」

「でしたら、私達もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんですわ」

 

 幼い頃から自分を慕ってくれる二人を見て、ポンデローザは笑顔を浮かべる。

 出来ることならずっとこの二人と一緒に過ごしていたい。

 感傷に浸りながらも、ポンデローザは二人と共に帰路についた。

 

 寮に帰ると、メイドであるビアンカが顔を真っ青にして深々と頭を下げてきた。

 

「お嬢様、大変申し訳ございません! またぼんじりが勝手に……」

「はぁ……ケージを自分で開けられてはどうしようもありませんものね」

 

 メイドのビアンカは転生当時から自分を支えてくれた数少ないポンデローザが心を許せる存在だった。

 がむしゃらに動き回っていたせいで、たくさん心労をかけてしまったこともあり、彼女の不始末を怒る気にはなれなかった。

 

「昔はこんな子じゃなかったのになぁ……」

「クル?」

 

 肩に乗ったぼんじりの頭を撫でつつ、ポンデローザはため息をつく。

 転生当時、ポンデローザは毎日のように泣いていた。

 前世での生活が充実していたポンデローザにとって、死亡する運命のキャラクターへの転生は絶望しかなかった。

 運命に絶望して泣くじゃくるポンデローザを毎日のように慰めていたのはぼんじりだった。

 どんなに酷い目に合わせれても、ぼんじりは壊れかけていた心を支えてくれた大切な存在だったのだ。

 

「ほら、ケージに戻って」

「クルル……」

 

 原作で登場することもあり、ポンデローザはぼんじりを学園に連れてきた。

 もしマーガレットに粗相を働くようなら、きちんと躾ければいいと軽く考えた結果がこの現状だ。

 現在のぼんじりは、マーガレットを敵視しており、ポンデローザがマーガレットと仲良くしようと歩み寄ろうとするたびにどこからともなく現れて糞を落としていく。

 

 まるでそうすることが当然とばかりにだ。

 

「ビアンカ、一人にしてくれないかしら?」

「承知致しました」

 

 ビアンカはポンデローザの心情を察すると速やかに退出した。

 

「うだうだ悩んでもしょうがないか……スタンも頑張ってるんだし、あたしも頑張らなくちゃ!」

 

 気合いを入れるように両頬を叩くと、ポンデローザは厳重にしまってあるノートを取り出した。

 

「直近のイベントと好感度回りは、っと……」

 

 そこにはびっしりとベスティアシリーズの登場人物の相関図と、現状の好感度予測、イベントの日時の考察などが書き込まれていた。

 これはポンデローザが転生当時から書いているもので、原作知識と現状を照らし合わせて毎日更新しているものだった。

 

「現状、あたしがマーガレットに嫌われているのは原作の流れからして問題ない……マーガレットのスタンに対する友好度は高いけど、これをどう恋愛感情に持って行くかね……」

 

 万年筆をくるくると回しながらポンデローザは思考に耽る。

 

「恋愛イベントを意図的に発生させて意識させるしかないんだろうけど、スタンの負担がネックよねぇ。可愛い後輩路線でいくとしたら、格好いいところを見せて意識させるのが一番だけど……」

 

 悩まし気に唸ると、ポンデローザはスタンフォードとマーガレットの間に〝ギャップは大事!〟と記載する。

 

 それからポンデローザは朝日が昇るまで、マーガレット攻略のための行動について考察を行った。

 目に隈を浮かべたポンデローザはまとまった内容を見て満足げに頷く。

 

「よし、こんなもんかな!」

 

 原作知識を持っているのは自分だけ。

 ならば、全力で裏方からサポートをするのが自分の役目だ。

 

「ふぁあぅぅぅ……これからも頑張るぞー!」

 

 自分とスタンフォードの命が懸かっている以上、文字通り命懸けでスタンフォードをサポートしようと決めたのだ。

 そんな覚悟を心に刻んだポンデローザはあくびを噛み殺して気合を入れた。

 

 しかし、そこでふとノートを見て何かが引っかかった。

 

「あれ、明日の休日って何かあったような……およ?」

 

 脳裏に引っかかったことについて考えようとしたとき、学園内にある鍛錬場から落雷が落ちたような音が聞こえてきた。

 

「スタン、頑張ってるみたいね」

 

 音の正体に気がついたポンデローザは思考を止めて、出かける準備を始める。

 

「差し入れぐらいしてあげなきゃね」

 

 ビアンカを呼んで軽く身嗜みを整えると、ポンデローザは鍛錬場へと向かうのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 鍛錬の合間に

 その日、スタンフォードは夢を見た。

 大歓声の中、王立魔法学園高等部の制服に身を包んだ自分と、もう一人の男子生徒が舞台の上で向き合っている。二人は何かの武道大会に出場しているようだった。

 やけにリアリティのある夢に首を傾げていると、唐突に試合開始の鐘が鳴る。

 慌てて試合用の剣を構えれば、対戦相手は剣を上段に構えて斬りかかってくる。

 鋭い攻撃の数々に対応するが、対戦相手はスタンフォードの技量をはるかに上回る剣捌きで、あっという間に追い詰められてしまった。

 喉元に剣を突きつけられ、試合終了の合図が鳴る。

 湧き上がる歓声は対戦相手を称え、スタンフォードを王家の面汚しだと蔑む。

 

 そこでスタンフォードは理解した。

 これは未来の自分。スタンフォードが主人公ブレイブに負ける学園祭で行われるトーナメントの決勝戦の光景だ。

 

『俺の勝ちだ』

 

「……はっ!」

 

 ブレイブが勝利宣言をしたところで目が覚める。

 ベッドから起き上がってみると、大量の汗をかいていたことに気がつく。

 ポンデローザに聞かされていた原作での未来。

 それはスタンフォードにとって、文字通り悪夢のような未来だった。

 

「もっと強くならないと……!」

 

 無様な思いをするのはもう懲り懲りだ。

 気がつけば寮を飛び出し、学園内にある鍛錬場へと足を運んでいた。

 スタンフォードは一心不乱に魔法と剣術の鍛錬を繰り返した。

 地面からは砂鉄が巻き上げられ、訓練用の的はレールガンで破壊し尽くされる。

 鍛錬場は嵐が過ぎ去った後のような状態になっていた。

 

「これでもブレイブには勝てないんだろうな……」

 

 半ば八つ当たり的に行った鍛錬だったため、頭が冷えたスタンフォードはため息をついてその場に座り込んだ。

 

「うひゃっ!?」

 

 地面に座り込んだ瞬間、頬に冷たい感触を覚えて慌てて立ち上がる。

 振り返ると、そこには飲み物が入った瓶を持ったポンデローザの姿があった。

 

「にひひっ、ビックリした?」

 

 スタンフォードの間抜けな声を聞いたポンデローザは、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。よく見てみれば、目の下には隈が出来ている。

 不覚にも笑顔が可愛いと思ってしまったスタンフォードは照れ隠しとばかりに、露骨に不機嫌そうな声音でポンデローザへと話しかけた。

 

「ポン子……こんな朝早くから何の用だよ」

「鍛錬頑張ってるみたいだし、差し入れ上げようと思ってね」

 

 そう言うと、ポンデローザは持っていた瓶を渡した。

 瓶はポンデローザの氷魔法によって冷やされており、中身は白く濁った水のような色合いをしていた。

 

「これは?」

「あたし特製のスポーツドリンク」

「えっ、マジでスポドリ!?」

 

 この世界に転生してからというもの、スポーツドリンクを口にする機会は一度もなかった。

 この世界にも前世でも存在する料理はあったが、スタンフォードの口に合わないことも多かった。

 そんな中で、この世界に存在しない前世の飲食物を渡されれば誰でも嬉しくなるものだろう。

 スタンフォードは嬉々としてスポーツドリンクを呷り、そのまま固まった。

 

「どう?」

「……酸っぱい」

「えぇ!?」

 

 そんなバカな、とポンデローザはスタンフォードの持っていたスポーツドリンクを奪って口に含む。躊躇いなく自分が口を付けた飲み物を口に含んだポンデローザを見て、スタンフォードはどこか照れたようにそっぽを向いた。

 

「うっ……酸っぱいわね」

「一体何入れたんだよ……」

 

 ポンデローザの自作スポーツドリンクは、レモン汁をそのまま口に含んだような酸っぱさだった。

 

「まあでも、運動後にはちょうどいいよ。もう一杯くれないか?」

「えっ、青汁のCM的なやつ? ネタのために無理しなくていいのよ」

「違ぇよ! 普通にもう一杯飲みたいだけだ!」

 

 まずい、もう一杯。

 そんなキャッチフレーズが浮かんだポンデローザは、前世のネタで言っているのだと勘違いをする。

 スタンフォードはそれを否定し、改めてポンデローザへと礼を述べた。

 

「スポドリ、ありがとな」

「ふふっ、どういたしまして! 今日のデート頑張りなさい! あたしは一眠りするわ」

 

 最後にスタンフォードにそう告げると、ポンデローザは自分の部屋の方へと戻っていった。

 

「風呂入って準備するか……」

 

 今日はマーガレットとのデートイベントがある日だ。

 身だしなみをしっかりと整えたスタンフォードは、制服を着込んで学園街へと向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 イベント×修羅場

 原作におけるマーガレットとのデートイベントは偶発的に発生するものだった。

 それをポンデローザは、マーガレットの周辺を調べて意図的に発生させることにしたのだ。

 マーガレットは演劇に興味があり、今日は彼女の好きな演劇の公開日。

 その日に劇場に行けば、偶然の出会いを必然に出来るのだ。

 ポンデローザの予想通り、マーガレットは一人で劇場前にいた。

 

「ラクーナ先輩、奇遇ですね」

「あっ、スタンフォード君。学園街にいるなんて珍しいね!」

 

 スタンフォードが声をかけると、マーガレットは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「僕の好きな小説を元にした演劇が今日公開だと聞いたので見に来たんです」

「へえ、スタンフォード君もこの作品好きなんだ!」

「ええ、小説も演劇も大好物です」

「やっぱりスタンフォード君とは趣味が合うね」

 

 この世界にはインターネットやゲーム機などは存在しない。

 運動以外の娯楽といえば、チェスなどのボードゲームや小説くらいしかない。

 前世でもオタクだったスタンフォードは専ら読書にハマっていた。

 対人ゲームが得意でないこともあり、チェスは好まなかったのだ。

 

「せっかくですし、一緒に見ませんか?」

「うん、いいよ。あっ、でもスタンフォード君って婚約者いるんだよね。休日に異性と演劇鑑賞なんて大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。そんなこと気にしてたら息が詰まりますから――」

「……スタンフォード殿下?」

「えっ」

 

 聞き覚えのある声に、スタンフォードは錆びついた扉のようにゆっくりと振り返った。

 そこには信じられない者を見たような表情を浮かべるセタリアと口を開けて固まっているブレイブが立っていた。

 

 要するに、全然大丈夫ではなかった。

 

「り、リア?」

 

 マーガレットを除いた三人の間に微妙な空気が流れる。

 

「えーと……?」

 

 最初は何が起きているかわからずに怪訝な表情を浮かべていたマーガレットだったが、瞬時に空気を察して自己紹介を始めた。

 

「初めまして、私は王立魔法学園二年マーガレット・ラクーナです。こう見えて、生徒会に所属してます」

「この方が……世界樹の巫女の末裔」

「生徒会の、先輩?」

 

 マーガレットが数少ない光魔法の使い手という話は有名だ。

 セタリアはマーガレットが噂の〝世界樹の巫女〟の末裔だということに驚き、ブレイブはいつも一人でいるスタンフォードが先輩と一緒に出掛けていることに驚いていた。

 

「スタンフォード殿下からはお兄さんのことでいろいろと相談を受けることがあって、今日もその用件でご一緒させてもらったんだ。ほら、私は生徒会役員だし」

 

 この場で偶然会ったと言っても咄嗟の言い訳にしか見えない。

 そのことを危惧したマーガレットは、最もらしい理由をでっち上げたのだった。

 

「なるほど、そうでしか。私はセタリア・ヘラ・セルペンテと申します。スタンフォード殿下の婚約者です」

「ぶ、ブレイブ・ドラゴニルです。リアとは同じクラスで、その、今日はいろいろと学園街を案内してもらう予定でして!」

 

 淑女らしく優雅に自己紹介をするセタリアとは対照的に、ブレイブは動揺しながらも自己紹介をした。

 

「二人共よろしくね! せっかくだから、一緒に演劇でも見よっか」

 

「「「えっ!?」」」

 

「積る話もあるだろうけど、もうすぐ公演の時間だからさ」

 

 こうして半ば強引にマーガレットは三人を劇場内に連れ込んだ。

 もちろん、演劇の内容は碌に頭に入ってこなかった。

 劇場を出た四人は、そのまま近くのカフェへと向かっていた。

 

「へぇ、ブレイブ君はあのドラゴニル辺境伯の息子さんなんだ」

「ええ、うちの領内で竜が暴れる騒動があって、そのときに突然光魔法が発現してこの学園に通うことになったんす。正直、訳わかんないっすよ」

「あー、わかるなぁ。私も街で診療所の手伝いをしてたら光魔法が発現したんだよね」

 

 カフェへ向かう道中、同じ光魔法の使い手ということもあり、マーガレットとブレイブはすっかり意気投合していた。

 

「そういえば、マーガレット先輩の光魔法って治癒系だけっすか?」

「あとは身体強化くらいかな。あんまり攻撃魔法は覚えられなかったんだ」

「俺はむしろ攻撃魔法ばっかっすね。一応、簡単な治癒魔法くらいなら使えますけど」

 

 同じ光魔法の使い手でも、マーガレットとブレイブは使える魔法が異なっていた。

 マーガレットは、治癒魔法や身体強化などの支援魔法。

 ブレイブは、滅竜剣や広範囲の攻撃魔法。

 これもそれぞれの抱く光魔法へのイメージの差異からくるものだった。

 

「あちらは随分と盛り上がっているようですね」

「ま、同じ光魔法の使い手だからな。二人にしかわからないこともあるんだろう」

 

 マーガレットとブレイブが話していることにより、必然的にスタンフォードはセタリアと会話をすることになった。

 婚約者の手前澄ました顔をしているが、その心中は穏やかではない。

 お互いに浮気現場を目撃したようなものなのだ。

 いくら家同士の決めた婚約といえど、貴族としての体裁を考えれば異性と休日に出掛けるのはあまり褒められた行為ではない。

 

「ラクーナ先輩とは随分と仲がよろしいんですね」

「兄上のことで親身になって話を聞いてくれるからな」

 

 お互い婚約者がいるのに別の異性と休日に出掛けていることに、二人は全くと行っていいほど触れなかった。

 その話題に触れてはならないと、お互いに察していたからだ。

 

「本当にそれだけですか?」

「……どういう意味だ」

 

 普段はすぐに身を引くセタリアが珍しく引き下がらなかったことに驚きながらも、スタンフォードは言葉を濁すように言葉を返した。

 

「殿下のあんなに楽しそうな顔、初めて見ましたので」

「中等部にいた頃は毎日楽しく過ごしていたぞ。初めてということはないだろ」

「いえ、中等部の頃の殿下は失礼ですが、ご自身の力に酔っているだけという印象でした。しかし、今日ラクーナ先輩と話している姿はとても穏やかな表情を浮かべていました」

 

 セタリアはそこで言葉を区切ると、スタンフォードの顔を正面から見据えて笑みを浮かべた。

 

「そういうリアこそ、ブレイブとは随分と仲が良いみたいだな」

「ええ、彼は興味深い人ですから」

「何せ竜殺しで光魔法の使い手だからな。リアが興味を持つのも無理はない」

 

 ブレイブは入学前の竜殺しの噂と異形種事件の一件で一躍有名人となった。

 そのため、多くの生徒達がブレイブに興味を持っていた。

 しかし、何気なく呟いたスタンフォードの言葉をセタリアは否定した。

 

「いえ、そうではありません」

 

 セタリアはどう説明したものかと悩んだ様子で語りだした。

 

「私にもよくわからないのです。ブレイブを見た瞬間、今までに感じたことのない高揚感を覚えました。まるで長い間無くしていたと思っていた宝物を見つけたような……そんな感覚でした」

「なるほどな……」

 

 それは原作通りの流れだ。

 ポンデローザから聞かされていた通りの流れに、スタンフォードは納得したように頷く。

 

「王国のため、セルペンテ家のために行動する。自分の意志は後回し。そうやって生きてきたつもりだったのですが、彼には今まで他の方から感じなかった何かを感じたのです」

 

 セタリアは公爵家であるセルペンテ家の令嬢として恥ずかしくないように厳しい教育を受けてきた。

 セルペンテ家は野心家であり、守護者の家系でありながらも地位があまり高くないこともあり、代々王族と婚姻をして徐々に権力を手にして公爵家まで上り詰めたのだ。

 そんなセルペンテ家を背負って立つセタリアは誰にでも平等に優しい。

 そして、それは特別な存在を作らないという意味でもあった。

 スタンフォードは婚約者であるため彼を立てるように行動してきたが、特別な感情は抱いていない。

 だからこそ、ブレイブを見て感じた何かが気になったセタリアは、他の生徒よりもブレイブに接触していたのだ。

 

「殿下、申し訳ございません。あなたという婚約者がいながら、最近の私の行動は目にあまります」

「気にするな。僕も似たようなものだ」

 

 スタンフォードはセタリアの謝罪を手で制した。

 そもそも複雑ではあるものの、原作通りにブレイブとセタリアがくっつく展開はスタンフォードとしてもありがたいところなのだ。

 

「それにあだ名呼びもブレイブが勝手に呼んでるだけだし、ブレイブに限らずいろんな生徒の相談に乗るため休日を使っている君がブレイブと出かけていたところで責めるつもりはない」

「えっ……あ、いえ、寛大なお言葉、感謝いたします」

 

 普段のスタンフォードらしからぬ寛大な言葉に怪訝な表情を浮かべた後、セタリアは深々と頭を下げた。

 

「それにしても、特別な何かねぇ……」

 

 ただの礼儀がなってない馴れ馴れしいだけの奴じゃないか。いや、正体は知ってるけども。

 そんな言葉をスタンフォードは心の中に留めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 謎の少女レモンヌ

 一通り自分のことを話したセタリアは、スタンフォードにマーガレットのことについて尋ねる。

 

「殿下はラクーナ先輩のどこが気に入ったのですか?」

「どこが気に入った、か」

 

 スタンフォードは改めてブレイブと談笑しているマーガレットを見つめる。

 今日にいたるまでマーガレットと接してきた中で、スタンフォードの中での印象は〝大事に巻き込まれた普通の女の子〟というものでしかなかった。

 マーガレットと過ごす時間は、荒んだスタンフォードの心に癒しを与えるが、どうしても恋愛感情が芽生えない。

 その理由をもう一度考えてみる。

 そこでふと、スタンフォードは自分がマーガレットを恋愛対象として見ることができない理由に思い当たった。

 

「そうか、お婆ちゃんみたいな感じなんだ」

「お婆、ちゃん?」

 

 マーガレットから感じる和む雰囲気。

 それは前世における自分の祖母と話しているときに感じているものと似ていることに気がついたのだ。

 無条件で自分に優しくしてくれる存在。

 その条件に最も当てはまるのは、スタンフォードの前世での祖母だった。

 

「お婆様、とおっしゃっいますと、先代王妃のレオーナ様ですか?」

「へ? ああ、まあ、そうだな! こう、物腰の柔らかさとか似てるだろ?」

「そう、でしょうか?」

「似てるんだよ! ラクーナ先輩、本当にお婆様にそっくりだから!」

 

 うっかり前世の感覚で口を滑らせてしまったため、スタンフォードは慌てたように誤魔化した。

 

「……へぇ、スタンフォード君って私のことそんな風に思ってたんだ」

 

 必死に弁解していたため、声が大きくなっていたこともあり、スタンフォードの言葉はしっかりとマーガレットに届いていた。

 

「あっ、いや、違くて……」

 

 珍しく圧を感じるマーガレットにスタンフォードは狼狽する。

 

「ど、ドラゴニル! 君はラクーナ先輩と話してみてどうだった!?」

 

 対応に困ったスタンフォードはブレイブへと会話を振った。

 こいつなら自分より失礼なことを言うだろうという期待をしたのだ。

 実に小さい男である。

 

「そうだな……一年で光魔法をかなり使いこなしてるみたいだし、本当に凄い先輩だと思う。俺と違って人を治療できるし尊敬するよ。ほら、俺って攻撃魔法ばっかりだから」

「あはは……照れるなぁ」

 

 しかし、スタンフォードの思惑に反してブレイブは百点満点の返答をした。

 照れたように笑うマーガレットを見て、スタンフォードはガックリと肩を落とした。

 

「あれ、スタンフォード殿下じゃないですか。こんにちは!」

 

 完全にスタンフォードの株が下がりきったところで、メガネをかけたどこかで見たことがある少女が話しかけてきた。

 

「えっと……」

 

 面識はあるようだが、名前が思い浮かばない。

 困ったスタンフォードは改めて少女の姿をじっくりと眺める。

 銀髪のポニーテール、動きやすそうなラフな服装、切れ長のつり目、瓶底メガネで見えにくくなっているが目元には泣きぼくろ。

 スタンフォードは目の前の少女が誰なのかに思い当たった。

 

「まさか、ポ――」

「はい、レモンヌです。思い出していただけましたか?」

 

 レモンヌと名乗った少女は、素早くスタンフォードの言葉を遮る。

 

「あ、ご学友と一緒だったのですね。邪魔をしてしまい申し訳ございません」

「あの、あなたは?」

 

 置いてけぼりをくらっていた三人を代表してセタリアがレモンヌに尋ねる。

 それに対して、レモンヌは人好きのする笑みを浮かべて答えた。

 

「あたしはレモンヌと申します。先日、道に迷っていたところを殿下に助けていただいたんです」

「殿下が?」

「はい、なので改めてお礼を申し上げようと思いまして」

「あ、ああ、そうなんだ」

 

 もちろん、そんな事実はない。

 しかし、レモンヌの意図を理解したスタンフォードは全力で乗っかることにした。

 

「へぇ、スタンフォードも優しいとこあるじゃん!」

「この前なんてお年寄りの荷物を持ってあげていたんですよ。殿下ってホント身分に関わらず優しく接してくださるんですよ」

「そうなんだ! やるじゃん、スタンフォード君!」

「はは……人として当たり前のことをしただけだよ」

 

 真っ赤な嘘であるため、罪悪感を覚えながらもスタンフォードはレモンヌに話を合わせた。

 

「それじゃ、お邪魔してしまってすみません。あたしはこれで失礼します!」

「ああ、またな」

 

 レモンヌに別れを告げ、スタンフォード達は目的地であるカフェに向かう。

 それから四人はカフェに到着し、それぞれ飲み物を注文した。

 

「スタンフォード殿下。先ほどのレモンヌさんは平民の方ですか?」

「あ、ああ、そうだな。仕事で学園街の方にも来てるみたいなんだ」

「……そうですか」

 

 苦し紛れのスタンフォードの説明に、セタリアは疑問符を浮かべながらも先ほど寛大な対応をしてもらったこともあり、この場においての追及は控えた。

 

「ラクーナ先輩、あなたは世界樹の巫女の末裔とのことですが、ご家族も光魔法を使えるのですか?」

「どうだろう、物心ついたときから孤児院で育ったから両親の顔も知らないんだ」

「……すみません、配慮が足りませんでした」

「気にしないで! 孤児院のみんながいたから寂しくなかったし!」

 

 マーガレットの境遇を聞いたセタリアは、踏み込み過ぎた話をしてしまったことを謝罪した。

 そんな中、先ほどから難しい顔をしていたブレイブが口を開いた。

 

「なあ、世界樹の巫女って何なんだ?」

「君はそんなことも知らないのか……」

 

 国王からも信頼されている辺境伯の息子だというのに、何も知らないブレイブにスタンフォードは呆れながらも説明をする。

 

「世界樹の巫女はこの国に根を張る世界樹に代わって土地を守護する者さ。レベリオン史の授業で何を聞いていたんだよ」

「い、居眠りなんてしてないぞ!」

「してたんだね……」

 

 世界樹の巫女とは、この国において歴史の授業で必ず学ぶ存在だ。

 人々が豊かな土地を巡って争いを繰り返し、この国は荒廃していた。

 そんなとき、この国に根差す世界樹〝ユグドラシル〟は心の清い人間を選び、自身の実を与えて力を与えた。

 原初の魔導士、それが世界樹の巫女だった。

 

「初代レベリオン王は世界樹の巫女の側近だ。巫女と同様に魔力を得たご先祖様は他にも魔力を得た者達と共にこのレベリオン王国を作ったんだ」

「ほえー、そうなのか」

「君は本当に何も知らないんだな……」

 

 ほとんど全てを知っている身であるスタンフォードは何も知らないブレイブに嘆息する。

 それから他愛のない話を続け、食事をとった一同は解散した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 茶をしばきながらも作戦会議

 マーガレット達と別れた後、スタンフォードは近くで待っていたレモンヌと合流した。

 

「マジでごめん! あたしのせいだ!」

「いや、フォローに来てくれて助かったよ、ポン子」

 

 学園街の先にある平民街の喫茶店に入ると、席に着くなりレモンヌ――変装したポンデローザは顔の前で手を合わせて深々とスタンフォードに謝罪した。

 

「まさか、ハートとブレイブのイベントが併発するとは思わなかったわ……」

「やっぱりそういうことだったのか」

 

 本来、BESTIA BRAVEにマーガレットは登場しない。

 彼女がいないIFの世界がBESTIA BRAVEだからである。

 この世界にはマーガレットが存在するため、今回のように二作品のイベントが重なるという事故が発生してしまったのだ。

 

「てか、ストレートパーマかけたのか?」

 

 スタンフォードはさらさらの髪をポニーテールにまとめたポンデローザをマジマジと観察する。

 普段の竜巻の如く巻かれた巻き髪は、流れるようなストレートヘアーになっていた。

 

「元々こういう髪質なの。普段の髪型はメイドのビアンカがセットしてくれてるわ」

「あれ、毎朝セットしてたのか……」

「そりゃそうよ。あそこまでの巻き髪が天然物なわけないでしょうが」

 

 普段の巻き髪が天然パーマだと思っていたスタンフォードに、ポンデローザは呆れたようにため息をついた。

 

「おや、レモンヌちゃん。彼氏かい?」

 

 テーブルの上に紅茶と茶菓子が置かれるのと同時に、初老の男性がポンデローザへと気さくに話しかけてきた。

 

「もう、違いますよー。ただの友人です」

「ほっほっほ、そうかい。まあ、ゆっくりしていきなよ」

 

 それに対して、ポンデローザも笑顔を浮かべて親しげに対応する。

 男性がカウンターの奥に戻っていく背中を眺めながら、スタンフォードは不思議そうに尋ねた。

 

「あの人は?」

「この店のマスターよ。気晴らしにこの格好でよく来てたら、いつの間にか常連になっちゃってね」

 

 ポンデローザはヴォルペ公爵家の令嬢であり、この国の第一王子の婚約者だ。そんな彼女は公私共に完璧な令嬢であることを求められる。

 しかし、本来のポンデローザの性格は、自由奔放で興味のないことにはどこまでも無関心の勉強嫌いな性格だ。

 見栄や格式、世間体で雁字搦めになった貴族社会が彼女に与えるストレスは計り知れないものだった。

 そのため、ポンデローザはこうしてガス抜きのために変装をして平民街で自由に過ごす時間を作っていたのだ。

 この喫茶店は、ポンデローザの好きな紅茶の銘柄バロネットルドエという日本にはなかった銘柄の茶葉を扱っていることもあり特に気に入っていた。

 

「やっぱり、普段から完璧な令嬢として振る舞ってるとストレス溜まるのか?」

「まーね」

 

 ポンデローザは茶菓子をつまみながら気怠げに返事をする。その姿は初めて会ったときよりも、心なしかふっくらしてきたようにスタンフォードは感じた。

 

「ポン子、もしかしてお前……太った?」

「んなっ!? けほっ、けほっ!」

 

 ポンデローザは驚愕のあまり茶菓子を喉に詰まらせてしまった。そのまま苦しそうにせき込んだあと、優雅さの欠片もない所作で紅茶を一気に飲み干して叫ぶ。

 

「そんなわけないじゃない! 運動だってしてるのよ!」

「消費した分を上回る量食べてたら太るだろ」

「さっきから太る太るって、女の子に体重の話したらダメだってお姉ちゃんから習わなかったの!?」

 

 デリカシーの欠片もないスタンフォードの発言にポンデローザは激高する。

 それに対して、スタンフォードは怪訝な表情を浮かべて答える。

 

「うーん、姉さんが体重を気にしてるとこみたことないからなぁ。ダイエットもしてた様子ないし」

「違う、そうじゃない……」

 

 どこかズレたことを言うスタンフォードに、ポンデローザはこめかみを押さえる。

 

「あんた、コミュ力どころかデリカシーもないの?」

「あると思うか?」

「ないわよね……」

 

 深いため息をつくと、ポンデローザは冷たい視線をスタンフォードへと送った。

 

「ていうか、ニートだったならスタンこそ太ってたんじゃないの?」

 

 ポンデローザは、メガネをかけた太った男性がポテトチップスを貪りながらベッドで寝ている様子を思い浮かべていがなら問う。

 

「体重とニートは関係ないだろ。むしろ俺の方はかなり痩せてたぞ」

 

 両親と顔を合わせた日には決まって腹を下していたスタンフォードにとって、栄養失調による体重減少は日常茶飯事だった。決して健康的な痩せ方ではなかったが、太っているよりはマシだと本人は思っていた。

 

「前世で私が太ってたみたいな言い方やめてくれる? 確かにちょっとぽっちゃりしてたとは思うけど……」

「自称ぽっちゃりって大体ぽっちゃりどころじゃないよな」

「殴るわよ」

 

 悪役令嬢らしい凄みのある表情を浮かべるポンデローザに、冗談だと謝罪しながらスタンフォードはフォローを入れる。

 

「肉体年齢的には十代なんだし、今から食生活を改善すれば大丈夫だろ」

「そ、そうよね。まだ十代だものね! 十代、だものね……」

 

 スタンフォードのフォローに対して、ポンデローザは自分に言い聞かせるように言った後、脇腹の肉を摘まんでガックリと肩を落とした。

 そんなポンデローザを横目に、スタンフォードは先程のセタリアの様子を思い出しながら紅茶を飲んでいた。

 普段から優しく、ポンデローザと並んで賞賛されるほどの公爵令嬢セタリア・ヘラ・セルペンテ。

 誰にでも優しい自身の婚約者の姿を思い浮かべたスタンフォードは、怪訝な表情を浮かべて問う。

 

「そういえば、ハートの方のスタンフォードルートだとリアはどうなるんだ?」

「マーガレットとの仲を見て、気を利かせて自分から婚約破棄をするのよ。セルペンテ家もミドガルズとの戦いに大きく貢献したってことで、さらに地位が向上するわ。ラスボス戦への参加は結構重要みたいね」

 

 少なくともスタンフォードのルートに入ってセタリアが不幸になることはない。

 王子との婚約が白紙になったところで、地位がきちんと保証されている。

 それを再確認できたスタンフォードは、安心したように胸を撫で下ろした。

 

「あれ、ポン子はどうなるんだ?」

 

 原作の大まかな流れについてはポンデローザから聞かされている。

 各キャラクターの細かい行く末までは聞かされていなかったため、それぞれがエンディングを迎えた後にどうなるか気になっていたのだ。

 

「普通にハルバードとそのまま婚約続行で幸せそうにしてたわ」

「他の攻略対象相手だと絶対死ぬのに?」

「言ったでしょ、あなたには可能性があるって」

 

 得意げな表情を浮かべたポンデローザはまだ話していないスタンフォードについての秘密を打ち明けた。

 

「覚醒したスタンはベスティアシリーズにおいて覚醒したブレイブ君と並んで最強クラスって公式が明言してるの!」

「えぇ……」

 

 まさか公式設定でそんな潜在能力を秘めているとは思いもよらず、スタンフォードは困惑する。

 自分本来のポテンシャルを発揮できれば最強になれる。

 可能性があることについては嬉しくないわけではない。

 だが、ポンデローザから寄せられる期待がスタンフォードには重かった。

 

「僕が覚醒できなきゃポン子は生きられない、か」

「そゆこと。ま、あんまり重く考えなくてもいいわ」

「え?」

 

 自分の命が懸かっているというのに、ポンデローザはおつかいを頼むような感覚で告げる。

 

「自分が助かりたいから頑張る。そのついでにこの女も助けてやっていい。そのぐらいに思ってくれればいいわよ」

「何で、だよ。生きるか死ぬかが僕次第なんだろ。僕が死ぬ気で頑張らないとポン子は死ぬんだぞ?」

 

 死にたくない。

 その一心でポンデローザは今日まで生きてきたはずだ。

 なのに、どうして。

 理解のできないポンデローザの行動にスタンフォードは困惑した。

 

「てい!」

「あだっ!?」

 

 そんなとき、責任感とプレッシャーで強ばっていたスタンフォードの額に衝撃が走った。

 突然の痛みに瞑った目を開けると、そこにはデコピンの構えをしているポンデローザがいた。

 

「バーカ、もうあんたにそこまで背負わすつもりはないっての」

 

 そう言うと、ポンデローザは呆れたように肩を竦めた。

 

「人の命ってのは重いもんなの。そんなもん一方的に背負わせるなんて真似しないわよ」

「ポン子……」

「確かに期待はするけど、あなた一人に背負わせるつもりはないわ。そのための〝当て馬同盟〟じゃない。だから一緒に頑張ろ?」

 

 ポンデローザの言葉が心に染み渡っていく。

 スタンフォードの前世において、心の支えになっていたのは昔と変わらずに接してくれた姉だった。

 その姉からも見放されたと思ったまま、死後に異世界転生を果たした。

 地位と権力に加え、周囲とは一線を画す魔法を持ち、調子に乗った。

 そして、増長したプライドをブレイブという主人公によって粉々に砕かれた。

 打ちのめされても、また立ち上がれるようになったのはポンデローザのおかげだ。

 

「……ああ、ありがとう」

 

 それをスタンフォードは強く自覚するのだった。

 

「さて、今後のことを話し合いましょ」

 

 空気を変えるように両手を叩くと、ポンデローザは話の本筋を今後の方針へと戻した。

 

「次のイベントだけど、時期的に校外演習での異形種事件になると思うわ」

「ついに戦闘イベントか……それってBESTIA HEARTの俺のルートでもあるのか?」

「ええ、雷竜に挑んでボロボロになったところでブレイブ君が登場してぶった斬るっていう感じ。戦闘パートがないだけで概ねBESTIA BRAVEと変わらないわ」

「ライザルクってどんな竜なんだ?」

「見た目的にはユニコーンとドラゴンを足して二で割ったような感じね。ギザギザの角と雲みたいなモコモコの毛が特徴よ」

 

 ベスティアユーザーにとって最初の関門とされるボス、雷竜ライザルク。

 ポンデローザはゲームでの見た目を、前世の記憶を頼りにスタンフォードへと教えた。

 ライザルクは、竜の頭と前足、尻尾、そして馬のような胴体と後ろ足を持つ竜だ。

 雷雲と共に現れると伝承にも記されている古代の竜なのだ。

 

「竜成分強めの麒麟みたいな奴ってことか」

「キリン?」

「動物園にいない方な」

「あっ、そっちか」

 

 首の長い動物の方を想像しているポンデローザに、スタンフォードはすかさず補足する。

 ポンデローザと一緒に過ごす内に、スタンフォードはすっかり彼女の思考を理解できるようになっていた。

 

「ライザルク戦はハートとブレイブのどっちにも存在するイベントなら、まず確実に発生すると見ていいだろうな。問題は生徒に出る被害だ」

「そうね。ムワット森林は広いから被害を最小限にするためには生徒会の協力が不可欠だわ」

 

 スタンフォードはポンデローザから原作のストーリーの概要を聞いてからいろいろと対策を考えていた。

 ライザルク戦が発生する場所は、魔法の合同演習で行く予定の〝ムワット森林〟だ。

 演習内容はいくつかのチームに分かれて魔物を狩り、魔物のランクに応じて点数が入るというものである。

 この演習では、教師だけでは監督役の人数が足りないため、上級生からも人員が駆り出される予定だ。

 生徒会からも何人か監督役を決める予定のため、ポンデローザは監督役に志願する予定だった。

 

「にしても、ムワット森林て……名前まんまじゃん」

「ベスティアシリーズというか、制作会社のcre8あるあるね。割と地名はそのまんまだったりするのよ」

「変な苗字にならなくて良かった……」

 

 ベスティアシリーズの制作会社であるcre8では、ゲーム内に登場する地名が日本語や擬音語をカタカナにしただけの地名が度々登場する。

 スタンフォードは、王子であるため国名がきちんとしたものになっていることに安堵した。

 

「ポン子だけじゃ事前に避難させることは難しいだろ。ライザルクの出現ポイントだってわかってないんだろ?」

「そこは何とかなるわ。ライザルクが出現するのはスタンとヨハンのいるチームだもの」

「僕とあいつが目印なのかよ……」

 

 スタンフォードの脳裏ににこやかな笑顔を浮かべたヨハンの顔が過ぎる。

 露骨に顔を顰めたスタンフォードは、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

 

「でも、原作通り俺とヨハンが同じチームに配属されるとは限らないんじゃないか?」

「そこなんだよねー。もしチーム分けが原作とバラバラになったら当たりが付けにくくなるのよ」

「一応、僕とヨハンが分かれたらポンデローザがヨハンの方を監視するって方法があるけど……」

「確実じゃないんだよねー」

 

 原作での出来事はあくまでも大きな指針程度にしかならない。

 既にスタンフォードとポンデローザ、マーガレットとブレイブの共存というイレギュラーな存在がある以上、細部まで原作通りになるという保証はどこにもなかったのだ。

 そんな中、スタンフォードはある案を思いついた。

 

「なあ、ラクーナ先輩をこっち側に引き込めないか?」

「えっ、マーガレットを?」

「あの人なら深い事情も聞かずに力を貸してくれるんじゃないか? あの人がいれば多少の被害なら光魔法の治癒でカバーできると思うんだ」

 

 マーガレットの光魔法による治癒は異常な回復力を持つ。

 肉体の欠損すらも治癒できるマーガレットさえいれば、多少の被害はないのと同義だ。

 

「あー、それは難しいと思うわ」

 

 しかし、ポンデローザは残念そうに首を横に振った。

 

「だって、あたし嫌われてるし」

「何でだよ」

「スタンと当て馬同盟を組んだとき、あたしが何でボロボロの格好してたか覚えてる?」

 

 スタンフォードはボアシディアンに腕の骨を砕かれた後のことを思い出す。

 

『言うことを聞かないペットの鳩を追い回していたら木から落ちたんですの……』

 

 ポンデローザとは、彼女が土埃に塗れてボロボロの状態で出会った。

 そのときは気にする余裕がなかったため聞かなかったが、今思えばかなり不自然な状況である。

 

「確か、言うことを聞かないペットを追いかけてたんだっけっか?」

「そうよ。あたしのペットの鳩がマーガレットの頭によく糞を落とすの。名前はぼんじりっていうんだけどね」

「待って、情報量が多い」

 

 何故ペットの鳩がマーガレットの頭に糞を落とすのか。

 何故こんなファンタジーの世界で名前がぼんじりなのか。

 疑問は多いが、スタンフォードはそれらについては一旦捨て置くことにした。

 

「で、それが何でラクーナ先輩に嫌われることになるんだ」

「ぼんじりが粗相をする度に謝ってはいるんだけど……あたしって公爵家の令嬢だから人前で簡単に頭を下げる訳にはいかなくてね。そんなことが入学時からずっと続いてるから、あたしからの嫌がらせだと思われてるみたいなの」

 

 原作において主人公であるマーガレットが選択肢を間違えた際、ポンデローザの鳩が頭上に糞を落としてくるという演出があった。

 その名残なのか、ポンデローザの飼っている鳩は度々マーガレットの頭上に糞を落としていた。

 

「じゃあ、そのぼんじりにやめるよう――まさか無理なのか?」

「あの子、自分より頭の悪い人間の言うことを聞かないのよ。あたしもしょっちゅうバカにされてるわ」

「じゃあ、ケージにでも閉じ込めておけばいいだろ」

「いつの間にか勝手に開けてるのよ。普段はメイドのビアンカが面倒を見てくれてるんだけど、マーガレットといるときになるとどこからともなく飛んできて糞を落としていくの」

「嫌がらせに特化しすぎだろ」

 

 無駄に賢いぼんじりの行動に、スタンフォードは呆れたようにため息をついた。

 

「あたしだってマーガレットと仲良くなろうと思ったわ。でも、あの子がいつも邪魔してくるのよね……」

「何ていうか、ご愁傷様……」

 

 ポンデローザはやるせない表情を浮かべてため息をついた。

 ぼんじりは彼女なりに思い入れがあるペットだった。

 そのうえ、原作に登場するキャラクターであるぼんじりを学園から遠ざければ、どのような影響が出るか判断できなかったこともあり、下手に対応が取れなくなってしまったのだ。

 

「まあ、誤解があるようなら俺が解いておくぞ」

「解けるといいんだけどねー……」

 

 深いため息をつくと、ポンデローザはすっかり渋くなってしまった紅茶を一気に飲み干した。

 

「ま、くよくよしててもしょうがないか! そもそも原作のこのイベントでマーガレットは直接的な介入はしないし大丈夫でしょ!」

「立ち直り早っ!」

 

 ポンデローザは紅茶を飲み干すのと同時に元気を取り戻した。

 先ほどまで落ち込んでいたというのに、この立ち直りの早さ。

 スタンフォードは、いかに彼女が転生後に逞しく生きてきたかを垣間見た気がした。

 

「どんなメンタルしてんだよ」

「友達からはよく形状記憶合金メンタルって言われてたわ」

「そこは鋼メンタルでいいだろ……」

 

 一体どんな感性の友達だったのか。

 きっとポンデローザに似て、自由人なんだろう。

 そんな友人がいることを羨みながらスタンフォードは席を立つ。

 

「今日はフォロー助かったよ」

「いいってことよ!」

「それじゃ、先に帰るよ」

 

 会計の半分の額を置くと、スタンフォードは店を出ようとする。

 そこでふと、思い出したように足を止めた。

 

「ああ、そうだ。その恰好、似合ってるな」

「にひひっ……そういうことはマーガレットに言いなさいな」

 

 貴族令嬢らしからぬ人懐っこい笑顔は、普段のポンデローザが人前で見せる笑顔よりも一段と魅力的なものだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 改めて自覚する自分の現状

お待たせしました!
カクヨム版で一章が終わったので、これからまとめて投稿致します!


「……暑っ」

 

 あまりの暑さに身に着けていた外套を脱ぐ。

 スタンフォードが身に着けている外套は王族専用のもので、学園で身に着けているのはスタンフォードとハルバードの二人だけだ。

 この外套は魔力を流すと瞬時に硬化する特殊な繊維で出来ているが、どうにも風通しが悪かった。

 照りつける日光を浴びながら、スタンフォードは一人思いに耽る。

 

「結局、僕は何も変わってなかったんだな……」

 

 転生してから周囲に持て囃されて過ごしてきた自分に訪れた大きな挫折。

 それは奇しくも前世で就職した際に味わった挫折と感覚が似ていた。

 

 スタンフォード――才上進は幼い頃から器用で、勉強も習い事も少し学んだだけですぐに理解することができた。

 小学校の頃は勉強もスポーツもできる絵に描いたような優等生だった。

 友人だってたくさんいた。クラスの女子から告白だってされたこともある。

 だが、そんな日々は長くは続かなかった。

 中学生になった辺りから、トップに立てなくなったのだ。

 原因は簡単だ。

 進は四月二日が誕生日の遅生まれ。

 実質、周囲の子供達よりも一歳差がある状態だったのだ。

 これによって幼少期は周囲に差を付けられた。

 

 だが、その差は成長と共に失われる。

 自分は天才なんだと信じて疑わなかった進は、無意識の内に周囲の人間を凡人だと見下して生きていた。

 これには両親が彼のことを周囲と比べてとりわけ優秀なのだと持て囃していたことも原因の一端である。

 そんな凡人達に抜かされることは彼のプライドが許さなかった。

 その結果、進はスポーツでトップをとることは諦めて勉強に力を入れた。

 中学生程度の内容ならば努力すれば学年一位を取ることも難しくはなかった。

 名門私立でも学年上位を取り続けた進は周囲からも頼られる存在になっていった。

 

 しかし、彼の無意識の内に人を見下す性格は、彼の周囲から人を遠ざけていくことになる。

 友人がいなくなっても、彼は態度を改めることはなかった。

 頼れる友人がいなくても一人で何とかする能力を持っていた進にとって、友人の有無は大きな問題にならなかったからだ。

 受験で特に躓くこともなく、有名大学に入学した。

 姉が大学受験で失敗していたこともあり、両親はさらに進を持て囃すことになる。

 

『本当に進は優秀ね! さすがは私の子ね!』

『ああ、父親としても誇らしいよ』

 

 裕福な家庭で何不自由ない暮らし。

 進にとって勉強は苦ではなかった。何も考えずに言われたことをやっていれば結果がついてくるからである。

 両親に言われた通りの道を進めば間違いはない。

 そう思っていた進にとって不思議だったのは、いつも両親に反抗ばかりしている姉の存在だった。

 

『どうして姉さんは父さんや母さんの言うことを聞かないんだ?』

『私はあの人達の操り人形じゃないから』

『僕は言う通りにしてここまで失敗知らずだよ。姉さんが失敗だらけなのって、二人の言うことを聞かなかったからじゃないの?』

 

 なかなかに酷い言葉である。

 ずっと優秀な弟と比べられ続け、嫌な思いもたくさんしてきたはずの姉を見下すような言葉をかけているのだから。

 

『確かにね。でも、あの人達の言いなりになって手に入る幸せなんて欲しくないの』

『楽に幸せになれるならそれでいいんじゃないのか?』

『失敗も成功も全部私が決めたこと。それなら後悔しないでしょ』

『わかんないなぁ。失敗しないに越したことはないってのに』

 

 最初は姉の言葉の意味がわからなかった。

 それを理解できたのは就職してからだった。

 学歴と口八丁で内定をもらった大企業。

 職場環境も良く、給料も高い。

 周囲の人間が喉から手が出るような環境だったのにも関わらず、進は職場に馴染めなかった。

 目標も何もなく、仕事では失敗ばかり。

 自分より下だと思っていたはずの同期にはどんどん抜かされ、その内後輩にも抜かされるようになった。

 このままこの環境で働く自信がなくなった進はそのことを両親に相談した。

 すると、両親は今まで彼を持て囃していたことが嘘のように手のひらを返した。

 

『もう大人なんだから甘えないでよ。それくらい自分で考えなさい』

 

 母さんが言ったんじゃないか。

 子供は黙って親の言うことを聞いてればいいって。

 

『そりゃ仕事なんだから辛いこともあるだろ。甘えるなよ』

 

 父さんが言ったんじゃないか。

 この会社は大企業だから就職すれば楽ができるって。

 精神的にどんどん追い詰められていった進の心を救ったのは姉だった。

 

『よくそんな環境で今まで頑張ってこれたね。すごいじゃん』

 

 姉だけは彼の感じている不満を〝甘え〟だと切り捨てることなく、しっかりと受け止めた上で相談に乗ってあげていた。

 

『大体、社会人経験のないあの人達に相談しても無駄に決まってるでしょ。あの人達は子供を自分達のステータスとしか思ってないの』

 

 吐き捨てるように言うと、姉は言い聞かせるように告げる。

 

『やりたいことなんてある人の方が少ないわ。進は給料よりも働き甲斐を求めるタイプみたいだし、ゆっくり見つけていけばいいと思うよ』

『姉さんは今の会社にいて辛くないの?』

『まあ、進のとこほど給料が高いわけでもないけど、自分がやりたいって思った仕事を出来てるから満足はしてるよ』

 

 姉はITベンチャー企業に就職していた。

 残業することも多く、給料もそこまで高いわけではなかったが、彼女は働き甲斐を感じていた。

 

『だから嫌ならスパっと仕事辞めちゃうのもありよ? 辛かったら逃げてもいいんだから』

『逃げても、いい……』

 

 辛かったら逃げてもいい。

 この言葉にどれだけ救われただろうか。

 それから逃げるように仕事を辞めた進のニート生活が始まったのであった。

 

「今思えば、あれからずっと逃げたまんまだな……」

 

 スタンフォードとしての人生も前世と変わらない。

 生まれ持ったもので成功し、そのまま挫折を知らずに過ごしてきた。

 努力をしなかったわけではないが、才能に胡坐をかいていたことは否めない。

 前世の失敗から何も学ばず、周囲を見下し続けてきた。

 

『この程度、僕でもできるけどみんなはどうしてできないんだい?』

『おいおい、魔法の名門の出なんだからもっと努力しなよ。才能に胡坐をかいてちゃ大成できないよ。だから、僕みたいに平凡だけど努力している人間に負けるんだよ』

『僕なんて大したことないよ。むしろ、これくらいできて当然だろう?』

 

 これで自分は謙虚に振る舞っていると思っているのだから驚きである。

 周囲から反感を買っても、スタンフォードが表立って責められることはなかった。

 スタンフォードが周囲から反感を買う裏で、セタリアが周囲へのフォローを欠かさなかったからである。

 

 しかし、頭を下げる婚約者を放っておいて、スタンフォードは権力にすり寄ってくる令嬢達を侍らせて際限なく調子に乗っていった。

 将来は側室にしてやってもいいだろう。

 当時のスタンフォードは、名前も覚えていない令嬢達に対してそんな風に思っていた。

 

 結果、ブレイブという〝真の主人公〟が現れたことで、スタンフォードの天下は終わりを告げることになる。

 それから、スタンフォードは自分の行動を反省して今日まで生きてきたつもりだった。

 ブレイブと出会って挫折こそしたものの、現状は原作の流れを知っているポンデローザの言う通りに動いているだけ。

 ポンデローザには感謝している。

 

 だが、このままでいいのかという疑問は頭から離れなかった。

 

「……僕は、このままで、いいんだろう、か……」

 

 段々と意識が朦朧としてくる。

 思うように体が動かせない。

 息苦しさを感じながら、そのままスタンフォードは意識を手放した。

 

「……すか……大丈夫ですか!?」

 

 スタンフォードが目を覚ますと、そこは救護室のベッドの上だった。

 近くには見覚えのない女子生徒が座っている。

 

「お体の方は大丈夫ですか? 救護室の先生のお話では熱中症とのことでしたが……」

 

 スタンフォードは、直射日光が当たる場所で長時間考え事をしていたせいで熱中症になってしまった。

 意識の朦朧としているスタンフォードを見つけたこの女子生徒が救護室まで運んたのだった。

 

「ああ、少し怠いけど大丈夫だ。君が運んでくれたのかい?」

「はい、様子がおかしいと思って声をかけたのですが、返事がなかったので……」

 

 癖のある茶髪と目が隠れるほど長い前髪。

 意識のないスタンフォードを運べたということは、それなりの腕力の持ち主である。

 表情を窺うことはできないが、純粋に善意で助けてくれたのだと理解したスタンフォードは、素直に礼を述べた。

 

「そうか。ありがとう、助かったよ」

「い、いえ、ご無事なら良かったです」

 

 元気を取り戻したスタンフォードを見て、女子生徒は安堵したように胸を撫で下ろした。

 

「では、私は生徒会に呼ばれているのでこれで失礼致します」

「生徒会に?」

 

 生徒会に呼び出されるなんて余程のことがなければありえない。しかし、目の前の女子生徒からは問題児という雰囲気は感じ取れない。

 

「はい、心当たりはあるのですが……」

 

 女子生徒はどこかゲンナリとした様子で項垂れる。

 

「心細いなら僕が付き合おうか? 生徒会には知り合いもいるし、救護室まで運んでくれた礼も兼ねてどうだろう?」

 

 生徒会は王族や上級貴族の巣窟みたいな場所だ。

 王族であるスタンフォードですら行きたくないと思うほどの場所である。

 そんな場所にそこまで位の高くなさそうな身分の生徒が足を運ぶのには抵抗がある。

 そんなスタンフォードの気遣いに、女子生徒は嬉しそうな声を上げる。

 

「ホントですか!? 助かります! って、生徒会に知り合いがいるってすごいね」

「そんな大したものじゃない。上級貴族の巣窟みたいな場所だけど、身分関係なく接してくれる人もいるってだけさ」

 

 スタンフォードは他の生徒会メンバーを除外してマーガレットのことだけを思い浮かべる。

 マーガレットは平民育ちということもあり、感覚は平民そのものだ。

 その点でいえば、前世は日本で暮らしていたポンデローザも該当するが、彼女は人前では公爵家の令嬢として振る舞わなければいけないため、身分関係なく接してくれる可能性は存在しないだろう。

 救護室を出ると、スタンフォードは今の自分が王族の象徴である外套を身に着けていないことに気がついた。

 

「外套は着ないとまずいよな」

「えっ」

 

 スタンフォードが外套を羽織った瞬間、女子生徒の動きが止まった。

 女子生徒は恐る恐るといった様子でスタンフォードへと尋ねる。

 

「あの、そういえばお名前を窺っていませんでしたけど……」

「ああ、すまない。僕はスタンフォード・クリエニーラ・レベリオンだ」

「はぅ……やっぱり……」

 

 この世の終わりと言わんばかりの声音で呟くと、女子生徒はガックリと肩を落とす。

 その様子に首を傾げながらも、スタンフォードは女子生徒に名前を尋ねた。

 

「えっと、君は?」

「わ、わわわ、私はステイシー・ルドエと申します!」

「ルドエって、確か紅茶の銘柄の……」

 

 スタンフォードは、ふとステイシーの家名からポンデローザが好きな紅茶の銘柄であるバロネットルドエが頭に浮かんだ。

 ミルクティーにするとおいしいのよ! と熱弁するポンデローザの姿は記憶に新しい。

 そんな明後日の方向に思考を働かせているスタンフォードに、ステイシーは震えながら謝罪をする。

 

「先程は殿下と知らずに失礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした!」

 

 失礼な態度なんて取っていただろうか、とスタンフォードは怪訝な表情を浮かべた。

 

「助けてくれたのに失礼も何もないだろ」

「い、いえ! 王家の方への態度としては不適切でした!」

 

 そういうことか、とスタンフォードは合点がいったように頷く。

 スタンフォードの悪評は学年単位で有名だ。

 されに噂に尾ひれがついて、現在の彼の評判は地に落ちている。

 むしろ他クラスとはいえ、スタンフォードの顔を知らないステイシーの方が珍しいくらいだ。

 そんな地位だけは最高に高い碌でなしの人間に対して、過剰に怯えるというのも仕方がないことだった。

 

「安心してくれ。恩人を悪いようにするわけがない」

 

 熱中症になった自分を介抱してくれたのだ。

 事なかれ主義が多い学園の生徒で躊躇わずに他人を助けられる人間に不義理を働くつもりなど、スタンフォードには微塵もなかった。

 

「ありがとう、ございます……?」

 

 ステイシーはスタンフォードの態度に怪訝な表情を浮かべた。

 噂では、身分を笠に着て威張り散らしている典型的な上級貴族という話だったため、噂と現実の差に困惑するのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 爆発するマーガレットの不満

 生徒会室の前に立ったスタンフォードは扉をノックをする。

 

「入れ」

「失礼致します」

 

 入室許可を得ると、スタンフォードは堂々と室内へ入っていった。その後ろを怯えながらもステイシーが付いていく。

 生徒会室では、スタンフォードの兄であり、生徒会長のハルバードが書類仕事を行っていた。

 室内を見渡せば、そこにはポンデローザやマーガレット以外にも、生徒会役員がいた。

 

「スタンフォード。何か用か?」

「生徒会に呼ばれている生徒がいたようでしたのでお連れしました」

「そうか。ご苦労だったな」

 

 書類の手を止めると、ハルバードは抑揚のない声でスタンフォードを労う。

 そこには弟への情などは欠片も含まれていない。

 あくまで一生徒として扱うというハルバードの公平性が見て取れる態度である。

 

「あ、スタンフォード君。生徒会室に来るなんて珍しいね!」

「こんにちは、ラクーナ先輩。いつもと変わりないですよ」

 

 スタンフォードを見かけたことで、マーガレットが挨拶をする。

 原作のイベントを利用する形で交流を重ねたことで、今ではすっかり人前でも親し気に接する仲となっていた。

 しかし、そんなマーガレットの態度を咎める者がいた。

 

「……ラクーナさん。スタンフォード殿下はこの国の第二王子。そのような口のききかたは失礼なのではなくて?」

 

 ポンデローザは貴族令嬢の元締めのような立場に祭り上げられてしまっている。

 礼儀作法に厳しく、誰よりも気高い公爵家の令嬢。

 それが周囲から見たポンデローザという人間だった。

 

「すみません、少々馴れ馴れしかったですね」

「気にしないでください。この学園では身分は関係ありませんから」

「表向きは、でしょう?」

 

 ポンデローザの鋭い視線がスタンフォードを捉える。

 周囲から見れば、それは敵を見るような目つきだったが、真意はスタンフォードにきちんと伝わっていた。

 スタンフォードは頷く代わりに肩を竦めると、いつものようにポンデローザに喧嘩腰で話しはじめた。

 

「さっきから随分とラクーナ先輩に突っかかりますね。彼女のことがお嫌いなんですか?」

「あら、私は親切心で言っていましてよ。この学園に光魔法を持つ特待生として入学した生徒。周囲からどう思われるかは想像に難くないでしょう?」

「なら、嫌味ったらしい言い方はおやめになったらどうですか」

「オホホ、ごめんあそばせ。嫌味に聞こえるなんて思いもしませんでしたわ」

 

 バチバチと二人の間で火花が散るように空気が張り詰める。

 張り詰めた空気の中、ステイシーはただただ怯えていた。

 実際のところ、二人の間では「合わせてくれてサンキュ!」「どういたしまして」というやり取りがアイコンタクトだけで行われているのだが。

 

「まったく、二人共相変わらず仲悪いねぇ。喧嘩するほど仲が良いってか?」

 

 そんな張り詰めているように見える空気の中、生徒会にいた一人の男子生徒が口を開いた。

 灰色の長髪を掻き上げると、男子生徒はへらへらと軽薄な笑みを浮かべる。

 レベリオン王国騎士団長の息子、ルーファス・ウル・リュコス。

 彼は幼い頃からハルバードの側近のような立場にあり、剣の腕も魔法の腕も立つ天才と言われている。

 彼もまたBESTIA HEARTでは攻略対象の一人だった。

 

「おっと、俺様のことは気にせずに続けてくれ」

「……興が覚めましたわ」

「僕は元々興なんて乗っていませんけどね」

 

 ルーファスはスタンフォードとポンデローザの口論を止めるために、茶々を入れた。

 口論の着地点を見失っていた二人もこれ幸いと、ルーファスの意図を汲み取って口論を止めた。

 そこでスタンフォードは、先ほどから縮こまっているステイシーの存在を思い出し、彼女が生徒会に呼び出された訳を尋ねることにした。

 

「それで兄上、ルドエはどうして生徒会に呼ばれたのですか?」

「お前にも関係することだ、スタンフォード」

「僕にも?」

 

 ハルバードの視線が鋭くなるのを感じたスタンフォードは、反射的に身構えた。

 身に覚えは全くないが、知らない内に何かをやらかしている可能性はある。

 嫌な予感を覚えるスタンフォードと、いまだ怯えたままのステイシーに向かってハルバードは淡々と告げた。

 

「先日、鍛錬場で高威力の攻撃魔法の乱射により被害が出た。被害者はそこにいるルドエ嬢だ」

 

 高威力の攻撃魔法という単語を聞いた瞬間、スタンフォードの背中を冷たい汗が流れる。

 

「その魔法は四大魔法である火属性、水属性、風属性、土属性のどの属性にも該当しない攻撃魔法だったそうだ」

「……つまり?」

「この学園で四大魔法以外を使用できる者は限られている。俺、マーガレット、一年のドラゴニル、そしてスタンフォード、お前しか該当者はいない」

 

 スタンフォードはさりげなく視線をポンデローザに向けてみるが、彼女は小さく首を横に振った。

 つまり、これは原作にない出来事ということになる。

 

「強力な攻撃魔法を扱わないマーガレットは除外、俺もその日は生徒会の業務で鍛錬は行っていない。となると、だ」

 

 原作にない出来事ということは、大したことのない日常の些細な出来事であるか、スタンフォードやポンデローザなどのイレギュラーな存在によって発生した出来事ということになる。

 そこまで考えたとき、スタンフォードはこの出来事が自分が原因で引き起こされたものだということを理解した。

 

「お前かドラゴニルのどちらかになるわけだが、ドラゴニルもその日は鍛錬場は使用していない。必然的に下手人はスタンフォードになるというわけだ。ルドエ嬢、今日君を生徒会室に呼んだのは他でもない」

 

 そこで言葉を区切ると、ハルバードはステイシーを真っ直ぐに見据えて問う。

 

「現在になっても被害届が提出されないのは、スタンフォードが権力を振りかざして君を押さえつけているからと耳に挟んだ。これは事実か?」

「なっ……」

 

 まさかの事態にスタンフォードは唖然とした。

 確かに彼はここ最近、レールガンの原理を利用した攻撃魔法の制度を上げるために速射の練習を行っていた。うまくいかない現状に苛立ち、鍛錬の際は八つ当たり気味に魔法を乱射していた自覚もあった。

 しかし、今日の今日までスタンフォードは自身の鍛錬によって被害が出ていたことも知らなかったのだ。

 

「い、いえ、その……」

 

 ステイシーは困ったようにスタンフォードの顔色をチラチラと窺う。

 その仕草は、まるでハルバードの言葉を肯定しているようにも取れてしまった。

 

「なるほど、やはりそう――」

「スタンフォード君がそんなことするはずないじゃないですか!」

 

 納得しかけたハルバートの言葉をマーガレットが遮る。

 突然声を荒げたマーガレットにハルバードは目を見開いた。マーガレットは普段から物静かで、人のやることなすことに口を挟んだりはしない。そんな彼女がここまで感情的にハルバードに口を挟むことは初めてだったのだ。

 驚いたのも束の間、ハルバードは淡々と告げる。

 

「この愚弟の中等部からの行動を見ていればおのずと真実は見えてくる」

「中等部までしか見ていないから全く真実が見えていないんじゃないですか!?」

「君がこいつの何を知っている? 幼い頃から天才と周囲に持て囃され、自惚れて自尊心だけが肥大化した愚か者。それがスタンフォードだ」

「違います! スタンフォード君は困っている人に手を差し伸べることができる優しい人です!」

 

 息を荒げながらも、マーガレットは必死でスタンフォードを擁護する。

 それを止めようともせず、ルーファスは楽しそうに二人のやり取りを眺めている。

 スタンフォードとポンデローザはお互いに視線を送って、アイコンタクトでこの状況をどうするか思案しており、ステイシーに至っては予想以上の大事になってしまったことで、ただただ震えていた。

 

「中等部までの彼の話は伺っています。周囲を見下し、まるで王様のように振る舞っていたそうですね」

「ああ、そうだ」

「でも、彼は変わりました。スタンフォード君は自分が調子に乗っていたことを反省して、努力しています」

「その結果がこの騒ぎだ。何も変わってなどいない。こいつは噂に違わぬ〝王家の面汚し〟だ」

「スタンフォード君は――」

 

「そこまでですわ!」

 

 先ほどからタイミングを見計らっていたポンデローザがマーガレットの言葉を遮る。

 これ以上、原作にない出来事でマーガレットとハルバードの仲が拗れるのを防ぐためだ。

 

「あなた、誰に口を聞いているかわかっていまして?」

「学園では身分は関係ありません。私達は同じ学び舎の生徒でしかないはずです。たとえ一国の王子であろうと、間違っていると思ったからそれを指摘したまでです」

 

 いつもはポンデローザに対してすぐに謝罪して引き下がるマーガレットだったが、感情が昂っているせいか歯止めが利かなくなっていた。

 

「では、あなたは無礼講だと言われたら国王相手にも無礼を働くというの?」

「無礼を働いた覚えはありません」

 

 毅然とした態度でマーガレットはポンデローザに真っ向から対立する。

 本音を言えば、ポンデローザも「もっと言ったれ!」と思っていたところだったが、彼女の立場上、注意をしないわけにはいかなかったのだ。

 

「普段は大人しくしているのに、今日はまた随分と感情的ですこと。スタンフォード殿下が貶されたことがそんなに嫌でしたの?」

 

 さりげなくスタンフォードへの好感度の確認も兼ね、ポンデローザはカマをかけてみる。

 すると、マーガレットは頭を押さえてどこか苦し気に答えた。

 

「……家族なのに相手を知ろうともしないで、一方的に決めつけることに腹が立っただけです」

「だそうだ、ハルバード?」

「我々は家族である前に王族だ。普通の家庭とは訳が違う」

 

 揶揄うようなルーファスの言葉もハルバードは淡々と受け流す。

 これで一区切りがついたと思ったポンデローザは締め括るように告げる。

 

「ともかく、ハルバード殿下に意見するなんて無礼ですわ。思うところがあっても、抑えるのが礼儀というものですわ」

「……それなら、ポンデローザ様は私に言いたいことをはっきりとおっしゃれば良いのではありませんか」

「へ?」

 

 まさか自分に飛び火するとは思っていなかったポンデローザは、つい素の状態で間抜けな声を漏らした。

 

「毎回毎回、ペットの鳩に糞を落とさせて嫌がらせなんてしないで、文句があるならはっきりと言えばいいじゃないですか!」

「ですから、それはわざとではないと何度も言っているじゃありませんの」

「あんな絶妙なタイミングで鳩が私の頭の上で糞をするなんて偶然、そう何度もあるわけないじゃないですか!」

 

 完全に置いてけ堀にされているスタンフォードはマーガレットの態度を見て怪訝な表情を浮かべる。

 普段ならこんなに周囲を引っ掻き回す人じゃないのに、どうしてここまでマーガレットは激高しているのか、と。

 

「ラクーナ先輩、落ち着いてください……」

「スタンフォード君は黙ってて!」

「あっ、はい」

 

 温厚な人間ほど怒らせると怖い。

 それほどまでに、マーガレットのポンデローザに対する不満は溜まっていたのだ。

 

「ぼんじりがあなたに粗相をするのは、わたくしの躾がなっていないからであって、悪意はありませんの」

「本当に躾ようとしているんですか? 躾ける気がないだけじゃないですか」

「何ですって?」

 

 躾ける気がない。

 その言葉は、長年運命に翻弄され続けてきたポンデローザの心に深く突き刺さった。

 ポンデローザは自分が悪いと思っていながらも、言葉を紡ぐことを堪えられなかった。

 

「わたくしだって好きでこんな状態になっているわけではありませんわ……!」

「こっちは実害が出てるんですよ! いっつも礼儀作法で注意してくるのに、自分のペットの躾もできないんですか!?」

「それは……!」

 

 この口論、どちらに非があるかと言われれば間違いなくポンデローザに非があるだろう。

 そんなことはポンデローザも理解しているが、一度火が着いた感情は止めることができないものだった。

 

 マーガレットが不満を溜めこんでいたように、ポンデローザも不満を溜めこんでいた。

 転生してから死亡する未来を回避するために必死になって行動していたのに失敗続きだった彼女もまた、堪えていたものが溢れ出してきてしまったのだ。

 この状況を止めるとなれば、鶴の一声が必要だ。

 そう思ったスタンフォードは助けを求めるようにハルバードへと視線を向けたが、彼は興味深そうに二人の口論に耳を傾けていた。楽しそうに笑っているルーファスに至っては論外である。

 もはや誰にも止めることができない。

 そんな状況の中で、突然大声を上げた者がいた。

 

「私のために争わないでください!」

 

 それはすっかり存在を忘れ去れていたステイシーだった。

 ポンデローザとマーガレットの怒りは霧散し、その場にいた全員の思考が一致する。

 

 お前は何を言っているんだ、と。

 

 全員からの視線に耐え切れなくなったのか、ステイシーは震えながらもおどけたように言った。

 

「………………な、なんちゃってー」

 

 ステイシーは彼女なりにこの場を収めようと動いたのだ。

 まさか、下級貴族の女子生徒が二人の口論に割って入るとは思わなかったため、冷静なハルバードですらも口を開けて固まっているほどである。

 

 しばしの静寂の後、ルーファスが涙を流すほど笑い転げた。

 

「あっはっはっは! あんた、おもしれー女だな!」

「ぶふっ!?」

 

 おもしれー女

 ルーファスの何気なく放った一言。それはスタンフォードの笑いのツボを的確に突いた。

 

「スタンフォード?」

 

 突然スタンフォードが吹き出したため、ハルバードは怪訝な表情を浮かべた。

 

「はっ……いえ、何でも、ないです。失礼、致しました……!」

 

 必死に笑いを堪えると、スタンフォードは表情を取り繕った。

 

「なあ、スタ坊よ。俺様は何かおかしいこと言ったか?」

「す、すみません。本当に何でもないんです……」

 

 すっかり険悪な空気が霧散したことによって冷静になったのか、マーガレットは顔を青ざめさせながら深々と頭を下げた。

 

「その、ポンデローザ様。申し訳ございませんでした!」

「いえ、この件に関してはわたくしに非があります。頭を上げてくださいな」

 

 ひとまず形だけではあるが、ポンデローザとマーガレットも場の空気に流されて和解する。

 場の空気が落ち着いたところで、スタンフォードは首を傾げながら口を開いた。

 

「あれ、何の話をしていたんでしたっけ?」

「お前の話だ。スタンフォード」

「ああ、そうでした」

 

 元々はステイシーがスタンフォードの魔法の鍛錬によって被害を受けたという話だった。

 話が本題に戻ったところで、スタンフォードはステイシーへと向き合い、深々と頭を下げた。

 

「ステイシー・ルドエさん、この度は誠に申し訳ございませんでした」

「えっ、スタンフォード殿下?」

 

 王族であるスタンフォードが下級貴族である自分に頭を下げたことによって、ステイシーは目を丸くする。

 

「知らなかったとはいえ、君には迷惑をかけてしまった。今後、魔法の鍛錬をするときはもっと周囲に気を配るよ」

「あ、頭を上げてください!」

 

 ステイシーは慌てたように、スタンフォードに声をかけた。

 

「私は気にしていませんから! わざとではないことがわかっていたからこそ、被害届を出さなかったんです!」

「ルドエ嬢、それは本当か?」

「もちろんです! 神聖なる世界樹ユグドラシルに誓って嘘偽りは申しておりません!」

 

 淀みなく堂々とした様子でステイシーがそう言ったことで、ハルバードは納得したように頷くと、視線をスタンフォードへと移す。

 

「そうか。ならば、この話はここで終わりだ。スタンフォード、お前も普段の行動には気をつけろ。今回のような話が出たのはお前の素行が原因だ」

「……肝に銘じます」

 

 再び頭を下げると、スタンフォードは改めて自分の今までの行動を反省した。

 

「ポンデローザ、先ほどのマーガレットとの件で話がある。付いてこい」

「……承知致しましたわ」

「ルーファス、マーガレット、ここは頼んだ」

 

 短くそれだけ告げると、ハルバードはポンデローザを連れて生徒会室を後にした。

 すれ違いざま、ポンデローザは小さく折りたたんだメモをスタンフォードのポケットに素早く忍ばせた。

 メモを広げてみると、そこには〝後で少し話したいから、部屋に向かうね〟と書かれていた。

 

「すれ違い通信かよ」

 

 ひとまず苦難を乗り切ったスタンフォードは重たい疲労を感じながらも、生徒会室を後にするのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 落ち込むポン子

「うぅ、やっちゃったよー……」

「いつまで落ち込んでんだよ。ポン子らしくもない」

「だってぇ……」

 

 寮にあるスタンフォードの部屋に来たポンデローザは酷く落ち込んでいた。

 マーガレットとの口論、ハルバードからの注意を受けたことによって彼女の精神は擦り減っていた。

 いつもならすぐに復活するポンデローザだったが、こうも連続で畳みかけられるとさすがにすぐには立ち直れなかった。

 

「マーガレットがあんなに感情的になるなんて……」

「珍しいよな。あの人、基本的には物静かなのにな」

 

 マーガレットは困っている人がいれば積極的に助けるタイプの人間ではあるが、基本的に争いごとは避ける傾向にあった。

 ましてや身分が上の貴族に喧嘩を売るようなことは今まで一度もなかったのだ。

 ポンデローザに対しても、普段から避けるか当たり障りのない対応をしていた彼女がこうまで感情を顕わにするなど、思ってもみなかった。

 心のどこかではいつか仲良くなれるだろうと希望を抱いていたポンデローザにとって、今日の口論でマーガレットに言われた本音は彼女の心を抉るには十分すぎる鋭さを持っていたのだ。

 

「なあ、ポン子。前世の話でもしないか?」

「前世の? 急にどうしたのよ」

「いや、せっかく同じ転生者同士なんだし、こういう会話ができるのも醍醐味かなって思ってさ」

 

 スタンフォードはこれ以上しおらしいポンデローザを見ていると調子が狂うと思い、話題を変えることにした。

 

「前世ねぇ……好きだったゲームの話や推しのVtuberとかの話はできるけど、わかんない人には結構つまんないと思うよ?」

「確かに好きなジャンルはかぶってないかもな」

 

 スタンフォードとポンデローザは同じオタクといっても、好きなジャンルが決定的に異なっていた。

 ちょっとしたネットで流行ったネタなどは共有できるが、趣味の話になると話が合わないことも多々あった。

 

「じゃあ、学生時代の話とか聞かせてくれよ」

「話題振るの下手ねー」

「悪かったな……」

「ううん、気遣ってくれてありがと」

 

 今まで自慢話を一方的にするというコミュニケーションの取り方をして生きてきたスタンフォードにとって、相手を気遣って話題を振るというのは苦手分野だった。

 そんな不器用な優しさを感じたポンデローザは笑顔を浮かべる。

 

「そうだなぁ、あたし頭はあんまり良くなかったからなぁ」

「知ってる」

「殴るわよ」

 

 スタンフォードの軽口にいつものように強気で返すと、ポンデローザは前世を振り返るように語りだした。

 

「前世でのあたしは成績はいつも赤点だらけで先生に怒られてばかりだったわ」

「だろうな……」

 

 スタンフォードには、バツだらけの解答用紙を抱えて教師に説教されているポンデローザの姿が容易に想像できた。

 

「でも、仲の良い子はそれなりにいたわ。正直、周りとどっかズレてて変なことばっかりするあたしの行動を楽しんでただけだったと思うけど」

「つまり、クラスのマスコットみたいな扱いだったのか?」

「そうね、そんな感じ」

 

 ポンデローザは前世において周囲に愛される人間だった。

 ただそれは可愛くて面白い子という愛玩動物的な愛され方だった。

 遠巻きに見て楽しむ。

 当時の彼女の周囲にいた人間はそんな接し方をしていた。

 

「でも、心から仲良くしてくれた子もいたんだ」

 

 昔を懐かしむようにポンデローザはどこか寂し気に呟く。

 

「その子はしっかり者のようで、どっか抜けてて、変なとこで頑固だったなぁ。あたしが周りの子達に笑われてるのを本気で怒ってくれる子だった」

「へぇ、いい友達じゃん」

「あたしにとっては唯一無二の親友よ」

 

 ポンデローザは心から誇らしげにそう言って笑顔を浮かべた。

 それからスタンフォードへと友人の話題を振った。

 

「スタンって友達はいるの?」

「友達ねぇ……今も昔も勝手に纏わりついてくる奴らならいくらでもいたけど」

「それは友達じゃないでしょ」

 

 スタンフォードは前世ではとにかく勉強ができ、人に教えるのもうまかった。

 友人らしい友人こそいなかったものの、勉強家で有名だったこともあり試験前になるとこぞって学力に自信のない者が集まってきていたのだ。

 

「でも、勉強を教えたことがきっかけで仲良くなったりしなかったの?」

「バカのノリはうざいから合わなかったって、当時の僕は思ってた」

「あんたマジで周りの人間見下して生きてきたのね」

 

 素で自分以外を見下していたスタンフォードに、ポンデローザは若干引いていた。

 

「反省はしてるよ……」

 

 人を見下して生きてきたことによって返ってきた数々の出来事を思い出し、スタンフォードはバツが悪そうな表情を浮かべた。

 

「最近はどうなの?」

 

 ポンデローザに尋ねられ、スタンフォードは最近の自分の交友関係を思い返す。

 関わりがある人間といえば、マーガレット、セタリア、ブレイブ、ヨハン、その他家の付き合いがある者達、そしてポンデローザだ。

 

「リアは婚約者、ブレイブは論外、ヨハンは昔からやたらと話しかけてくるだけ、ラクーナ先輩とは良い先輩後輩関係だとは思う。友達って言えるのはポンデローザくらい、か」

「あっ、友達だって思ってくれてたんだ……へへ、何か照れるわね」

 

 スタンフォードに友達だと言われたポンデローザは口元を緩めて嬉しそうに呟いた。

 

「でも、もっと信頼できる友達はいた方が――って、言ってもあたしもいないのよね。家の付き合いで仲良くしてる子達はいるけど、とても友達とは言えないし」

「あの取り巻きの二人は?」

「フェリシアとリリアーヌは分家の子達だもの。こっちがフランクにすると逆に困らせちゃうの」

 

 普段からポンデローザにお供しているフェリシアとリリアンヌは、ヴォルペ家の分家に当たる家の出身である。

 幼い頃からの付き合いではあるが明確な上下関係がある以上、親しくはできなかったのだ。

 

「それにあんまり深入りすると、辛くなるのはこっちだし」

「どういうことだ?」

「あ、気にしないで。独り言」

 

 誤魔化すように笑うと、ポンデローザは手をひらひらと振りながら話題を変えた。

 

「それより、ライザルクのイベントも近いんだから鍛えておきなさいよ。スタンが直接戦うわけじゃないにしても魔物と戦うんだから油断は禁物よ」

「それは言われなくても大丈夫だ」

 

 スタンフォードは毎日のように見る〝ブレイブに舞台上で負ける悪夢〟のおかげで鍛錬に身が入っている。

 少なくとも、彼は一般的な魔物に負けるほど弱くはなかった。

 

「むしろ、そっちより俺は明後日のラクーナ先輩の誕生日イベントの方が心配だ」

「た、誕生日!?」

 

 誕生日という単語を聞いた途端、ポンデローザは目を見開いて立ち上がった。

 

「知らなかったのか?」

「完全に忘れてた! どうしよう!?」

 

 原作では主人公であるマーガレットの誕生日はプレイヤーが自由に設定でき、その日付になると自動的に他のイベントを無視して誕生日イベントが始まる。

 この誕生日イベントは、ストーリーの本筋を無視した突発的イベントだった。

 そのため、ポンデローザは誕生日イベントの存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

「というか、わかってたなら報告してよ!」

「いや、ベスティアシリーズに詳しいポン子なら把握してると思ってて」

 

 ポンデローザはこれまで原作知識を利用してスタンフォードをサポートしてきた。

 その知識は細部までに渡り、細かなズレすらも修正してイベントの発生条件、日時も正確に絞り込んでいた。

 そのため、スタンフォードは今回も無意識の内にポンデローザが何とかしてくれると思い込んでしまっていたのだ。

 

「報連相! 社会人の基本でしょ!?」

「会社の上司みたいな怒り方しないでくれよ、トラウマなんだ……」

 

 ポンデローザのあまりの剣幕に、スタンフォードは会社員時代を思い出して萎縮しながら呟いた。

 そんなスタンフォードの様子など気にも留めずにポンデローザは慌てて部屋を飛び出そうとする。

 

「こうしちゃいられない! プレゼントを買いに行くわよ!」

「もう店は閉まってる時間だろ。寮の門限もある」

 

 スタンフォードは半ばパニックになって飛び出そうとしているポンデローザの腕を掴んで止める。

 

「ぐぬぬ……じゃあ、明日の放課後に学園街へ行くわよ」

「おいおい、二人で出かけるのはまずいだろ」

「レモンヌの恰好で行くから大丈夫よ」

「なら、大丈夫か……」

 

 こうして急遽、マーガレットの誕生日イベントへの準備が始まるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 プレゼント選び

 翌日、スタンフォードとポンデローザは学園街の噴水広場で待ち合わせをしていた。

 読書をしながら噴水の前に立っているスタンフォードの元へと変装したポンデローザが駆け寄る。

 

「ごめんね! 待った?」

「今ちょうどこの小説を読み終わったところだよ。ナイスタイミング」

 

 スタンフォードはさり気なくポンデローザを気遣う。

 本当はかなり気になる部分を読み進めていたのだが、ポンデローザが忙しい身であることはスタンフォードも重々承知している。

 生徒会の仕事に、成績を維持するための勉強。

 それに加えて変装をしてこっそり学園を抜け出てくるとなれば、時間がかかっても仕方ない。

 

「それにしても、忙しいのによく時間作れるな」

「そこは努力の賜ね。スケジュールさえ組んじゃえば、隙間時間なんて案外作れるものよ」

 

 元々ポンデローザはスケジュールを組むという行為が苦手だったが、死にたくないという思いから必死で原作のイベントをまとめ時系列を整理していたおかげでスケジュールを組んで動くことが身についたのだった。

 

「何か仕事出来る奴の言葉って感じだな」

「まあね! こう見えても前世では、長期の海外出張もこなしたことだってあるんだから! ……そのせいで推しの配信見る暇なくて若干病んだけど」

「どっぷりサブカルに浸かってるなぁ」

 

 良かった、いつものポン子だ。

 ポンデローザの根っからのオタク具合を再確認したスタンフォードはどこか安心したように苦笑した。

 

「それで、誕プレどこで買う?」

「えっ、ポンデローザに任せようと思ってたんだけど」

「あんたねぇ、アドバイスならともかく丸投げはないでしょ」

 

 ポンデローザは、誕生日プレゼントについてスタンフォードが丸投げする気満々だったことに深いため息をついた。

 

「ひゃ!?」

 

 そのとき、一陣の風が吹いた。

 建物と建物の間から発生した強い風はポンデローザのスカートを捲り上げる。

 

「「…………」」

 

 風が止み、二人の間に静寂が訪れる。

 気まずい空気の中、まず口を開いたのはスタンフォードだった。

 

「ま、待て、見てない。僕は何も見てないぞ!」

 

 嘘である。

 スタンフォードはポンデローザのスカートが風で捲れ上がった際に、バッチリとフリルの着いたピンク色の下着を目に焼き付けていた。

 

「い……」

 

 スタンフォードは咄嗟に殴られることを覚悟し、目を瞑り歯を食いしばる。

 しかし、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。

 

「いやぁ、見苦しいもの見せちゃってごめんね!」

 

 目を開けると、ポンデローザは困ったように笑っていた。

 

「へ?」

「あたし、こう見えても中身はスタンと結構歳近いんだよ? そんな女のパンツ見ても嬉しかないでしょ」

「いや……まあ、そうだな」

 

 むしろそっちの方がいいんだが、という言葉を咄嗟に飲み込む。

 よく見てみれば、ポンデローザは耳まで真っ赤になっていたからだ。

 ポンデローザに恥をかかせるのも悪いと感じたスタンフォードは、あえていつものようにデリカシーのない発言をすることにした。

 

「ま、色がベージュじゃなかったのは高評価だな」

「一言余計、よっ!」

「かはっ……」

 

 拳を腹に受けながらも、スタンフォードはポンデローザがいつもの調子に戻ったことで胸を撫で下ろした。

 それから二人は学園街の女子生徒に人気の装飾品店を回っていた。

 

「このハートのネックレスとかいいんじゃないか?」

「うわっ、重……」

「何で引いてるんだよ」

「いや、距離感考えなよ。いきなりハートのネックレスはないでしょ」

 

 ポンデローザはスタンフォードの選んだプレゼントに逐一ダメ出しをしていた。

 スタンフォードは女性へのプレゼントはアクセサリーがいいと思い、良さげなものを見繕っていたのだが、それは悉くポンデローザに否定されてしまった。

 

「あんた女の子にプレゼントしたことないでしょ」

「はっ、僕だって――」

「お姉さんは除外で」

「うっ」

 

 用意していた回答を先に言われたスタンフォードは言葉に詰まる。

 

「ちなみにお姉さんには何あげたの?」

「ゲームソフト」

「でしょうね……」

 

 こめかみを押さえると、ポンデローザは深いため息をついた。

 

「ポン子は何もらったら喜ぶんだ?」

「食べ物系」

「お前もブレないな……」

 

 ポンデローザはスタンフォードの問いに即答する。

 相変わらず食い意地が張っているポンデローザに呆れるスタンフォードだったが、彼女の言っていることもあながち間違いではなかった。

 

「いや、普通に親しい後輩からのプレゼントなんだから、消え物の方が良いと思うわ」

「なら、最初からそういう店に回れば良かっただろ」

「あたしだってアクセとか見て回りたかったの」

 

 拗ねたように髪の毛を弄り出すポンデローザを見て、スタンフォードは察する。

 マーガレットの誕生日プレゼントを選ぶという目的こそあるものの、ポンデローザも気分転換をしたかったのだ。

 スタンフォード自身、ポンデローザと店を回るのが楽しかったこともあり、それ以上文句を言うことはなかった。

 

「じゃあ、アロマとかどうだ?」

「悪くないわね。マーガレットの好みの香りはわかる?」

「いや、知らないけど」

 

 スタンフォードは、マーガレットの学内での様子は聞き齧ったことはあるが、趣味などの話はあまり聞いたことがなかった。

 むしろ、自分の話を聞いてもらうことの方が多かったくらいである。

 親睦を深めたといっても、結局のところマーガレットについては不明なことの方が多かった。

 

「こういうときスマホがあればなぁ」

「確かに遠距離の連絡手段って手紙くらいだもんね」

 

 この世界には当然だがスマートフォンは存在しない。

 連絡手段として使えるものといえば、お互いの位置が離れていてもわかる魔石という道具くらいである。

 

「スマホに代わる魔道具でもあれば良かったんだけどな」

「cre8さんも設定で念話の魔道具くらい出してくれれば良かったのに」

 

 とにもかくにも、連絡手段がないことにはマーガレットの好みをこの場で聞くことは困難である。

 どうしたものかと首を捻っていたスタンフォードだったが、そこであることを思い出した。

 

「あ、普通に小説でいいじゃん」

「そういえば、あの子も読書家だったわね」

 

 マーガレットは演劇を見るのも好きだが、小説を読むことも好きだった。

 プレゼントに好きな小説を渡すことは悪くない手だと思いながらも、ポンデローザは念のために確認する。

 

「でも、マーガレットがどの小説持ってるかとかまで把握してるの? 持ってるのと被ったら最悪じゃない」

「大丈夫だ。ラクーナ先輩が読むのはミステリー系だ。あの人が欲しがってる作品がいくつかあるからそれを買えばいいんだよ」

「なるほど、それならありかもね」

 

 納得したように頷くと、ポンデローザはスタンフォードがどの小説を買うのか確認する。

 

「何を買うかは目星はついてるの?」

「そこは大丈夫だ。少なくとも、ポンデローザよりは全然詳しいから安心してくれ」

「釈迦に鉄砲ってやつね」

「説法な。罰当たりすぎるだろ」

 

 その後、書店で目当てのミステリー小説以外にもいくつか自分用のものを購入して二人は帰路に着いた。

 

「これで誕生日イベントは何とかなりそうね」

「ちなみに、原作での僕は何をプレゼントしたんだ?」

 

 スタンフォードは参考までに、原作のスタンフォードがマーガレットに何をプレゼントしたのかを尋ねた。

 

「ハートのネックレスよ」

「はぁ!? じゃあ、最初に選んだ奴で良かったじゃん!」

 

 自分の選択が原作通りだったことを告げられ、スタンフォードはポンデローザのダメ出しに対して抗議する。

 そんなスタンフォードに、ポンデローザは肩を竦めながら答えた。

 

「原作での誕生日イベントはストーリー本編の時系列を無視して発生するの。あたしなんてまだ仲良くなってないのに発生したせいで、違和感すごかったんだからね?」

「な、なるほど……」

「この世界は確かにゲームがベースになってるし、時には世界の強制力すら感じることもある。でもね、全部が全部ゲーム通りってわけじゃない。あたし達も、マーガレット達もみんな生きてる人間なんだから」

 

 この世界はゲームの世界観を元にした世界であっても、ゲームそのものではない。

 珍しく神妙な面持ちになったポンデローザは最後にそう告げると、いつものような無邪気な笑みを浮かべてスタンフォードを応援した。

 

「それじゃ、明後日の誕生日イベント頑張りなさい」

「ああ、今日は付き合ってくれてありがとな」

「いいのよ、あたしも楽しかったし! じゃ、あたしは先に戻ってるから」

 

 元気良く駆けていくポンデローザの後ろ姿を見送りながらも、スタンフォードはいつも世話になっている彼女に何か恩返しがしたいと思ったのだった。

 




変装したポンデローザ

【挿絵表示】


眼鏡なしver

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 誕生日イベントでの分岐点

 マーガレットの誕生日当日。

 スタンフォードは寮の裏手にマーガレットを呼び出していた。

 

「ラクーナ先輩、誕生日おめでとうございます」

「えっ、私の誕生日覚えててくれたの!?」

 

 スタンフォードからプレゼントを手渡されたマーガレットは驚いたように目を見開く。

 

「開けてもいいかな?」

「どうぞ」

 

 マーガレットが包みを開けると、先日スタンフォードが購入したミステリー小説が出てくる。

 ふと、スタンフォードは乱暴に破かれた包装紙を見て、思ったよりも雑な人なんだなと苦笑した。

 

「わぁ! これ私が読みたかったやつだ! 本当にもらっちゃっていいの?」

「ええ、そのために買ったんですから」

「わざわざありがとね! やっぱりスタンフォード君って優しいよね」

 

 マーガレットは本当に嬉しそうに小説を抱きかかえる。

 それを見て、スタンフォードは複雑そうな表情を浮かべた。

 

「そんなことありません。これは普段お世話になっていることへのお礼のようなものです」

「それが出来るから優しいんだよ。スタンフォード君が昔は酷い振る舞いをしてたってことは聞いたけど、それは昔の話。今の君は変わろうと努力してる。だから、ハルバード様の言葉なんて気にしちゃダメだよ」

 

 いつものようにマーガレットは優しい言葉をかけてくる。

 確かに自分はこのままではいけないと思っている。

 本当に自分は変われているのか。

 先日の生徒会室での一件で、スタンフォードは自分の行動に自信が持てなくなっていた。

 

「これは内密にしていただきたい話なのですが」

「ん?」

 

 それでもスタンフォードは、思い切って自分の意思で行動することにした。

 どうしても放っておけなかったことがあったからだ。

 

「実はラクーナ先輩の誕生日プレゼントを買う際に、ポンデローザ様に相談に乗っていただいたんです」

「え……?」

 

 スタンフォードの言葉にマーガレットは驚いたように固まった。

 無理もない。

 彼女にとってポンデローザは嫌がらせをしてくる苦手な人物だ。

 そんな人間が自分の誕生日を祝うためにスタンフォードの相談に乗ったなど、信じられない出来事だろう。

 

「ポンデローザ様は本心からあなたと仲良くなりたいとずっと思っています。でも、兄上の婚約者で公爵家の令嬢という立場上、それは難しいんです」

「でも、鳩の件は?」

「それは本当に躾がなっていないのと、鳩がポンデローザを嫌っているせいです。あの鳩、自分より賢くない人間の言うことを聞かないそうなんです」

 

 そこで言葉を区切ると、スタンフォードは懇願するように言った。

 

「あなたの思っている以上に、ポン子はバカで真っ直ぐな人間ですよ。それを表に出せないだけなんです。どうかそれだけはわかってあげてください」

「そっか……」

 

 深々と頭を下げるスタンフォードを見て、マーガレットはどこか納得したような表情を浮かべた。

 

「裏ではポンコって呼んでるんだね」

「あっ、いや、それは」

「大丈夫、言いふらしたりしないよ。内緒だもんね」

 

 慌てて弁解しようとするスタンフォードを手で制すると、マーガレットは深いため息をついた。

 

「到底信じられない話だけど、スタンフォード君が嘘をついているとも思えない。次会ったときは二人だけで話してみるよ」

「なんなら僕もその場にいきますよ」

「あっ、そっちの方が話しやすいかも」

 

 ひとまず、ポンデローザの本心については納得したマーガレットだったが、気がかりなことがあった。

 

「スタンフォード君はポンデローザ様とは仲が良いの? 今の感じからするに、結構仲良いみたいだけど」

 

 マーガレットから見て、スタンフォードとポンデローザはかなり険悪な関係だった。

 それがかなりの仲良しとなると、とてつもない違和感があったのだ。

 

「裏でも結構喧嘩はしてますけど、コミュニケーションの一環みたいなものです」

「喧嘩するほど仲が良いってやつ?」

「そんな感じです」

 

 軽口を叩けるということはそれだけ気の置けない仲ということでもある。

 スタンフォードにとってポンデローザはまさに気の置けない友人という存在だった。

 

「何か貴族って面倒臭いんだね」

「今更気がついたんですか?」

「より面倒臭いって思ったんだよ」

 

 スタンフォードが冗談めかして言うと、マーガレットは苦笑した。

 

「スタンフォード君も人前と私といるときじゃ雰囲気変わるよね」

「ええ、これでも一応この国の第二王子ですから」

 

 周囲から疎まれているせいで忘れがちだが、スタンフォードは王族である。

 そのため、人前にいるときは意識的に気を張っていた。

 

「ううん、そうじゃなくて」

 

 スタンフォードの言葉に首を振ると、マーガレットは素直に自分の感じたスタンフォードの印象を話し出した。

 

「私といるときは自然体っていうかさ、普通の男の子みたいな感じがするんだよね」

「最初に会ったときに素が出ちゃいましたからね。今更取り繕う必要もないと思って」

「でも、私は今のスタンフォード君の方がいいと思うよ。素の状態で接していればもっと周りと仲良くなれると思うんだ」

 

 マーガレットは、以前からスタンフォードが何故周囲から疎まれているのかが不思議だった。

 彼女から見たスタンフォードは、気遣いのできる良い後輩だったからだ。そんな彼が過去の振る舞いが酷いという理由だけでここまで疎まれているのは、偏見から来る近寄り難さが影響していると考えていたのだ。

 

「やっぱり王族、貴族だからそうはいかないの?」

「同学年のヨハンはかなりフランクに人に接していますが、僕は彼ほど器用じゃないから難しいと思います」

 

 スタンフォードは、貴族として最低限の礼を保ちつつ、誰にでも気さくに接するヨハンの姿を思い浮かべる。

 ヨハンが砕けた態度で接しても嫌われないのは、偏に彼のコミュニケーション能力あってのものだ。

 コミュニケーション能力が皆無な自分が、ヨハンと同じ立ち振る舞いをする姿はどうしても思い浮かばなかった。

 

「ポンデローザ様に対しても裏だと私といるときみたいな感じなの?」

「いや、むしろもっと砕けてると思います」

 

 普段、ポンデローザと会話しているときはお互い同じ境遇の転生者ということも相まって、かなり砕けた態度で会話をしている。

 到底貴族同士の会話とは思えないだろうが、そんな距離感がスタンフォードには心地良かった。

 

「へぇ、見てみたいなぁ」

「ポン子の奴、僕といるときは口調全然違いますからね。あいつが周囲から貴族令嬢の鑑なんて言われているのが疑わしくなるくらいですよ」

「そ、そんなに?」

「ええ、あいつ前にペットの鳩が言うこと聞かずに逃げ回ってるの追いかけてたせいで、全身土埃がついて自慢の縦ロールに葉っぱが付いてる姿になったこともあるんですよ? それから――」

 

 スタンフォードは今まで見たポンデローザの行動を語った。

 心底楽しそうにポンデローザについて語るスタンフォードの言葉を遮ることなく、マーガレットは神妙な面持ちでただ相槌を打ちながら話を聞いていた。

 それからスタンフォードの一方的な話が終わったとき、マーガレットは静かに口を開いた。

 

「スタンフォード君、楽しそうだね」

「え?」

「ポンデローザ様の話をしてるときのスタンフォード君、すごくイキイキしてるよ」

「そう、でしょうか?」

 

 自覚がなかったため、スタンフォードは困ったように首を傾げた。

 

「うん、私決めた」

 

 そんなスタンフォードを見て、マーガレットは瞳に決意を宿した。

 

「私、ポンデローザ様と友達になるよ!」

 

 そう宣言したマーガレットの心からは、ポンデローザに対するマイナスな感情は一切なくなっていたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 竜という魔物

 マーガレットにプレゼントを渡し終えたスタンフォードは意気揚々と寮に戻った。

 恋愛イベントとして成功とは言い難いが、スタンフォードは満足感に包まれていた。

 マーガレットがポンデローザと友達になると言った。

 それはマーガレットに嫌われていると悩んでいたポンデローザにとっても朗報になるからだ。

 心なしかスタンフォードは軽やかな足取りで階段を上った。

 階段を上がりきると、寮の共有スペースでポンデローザがティーカップを片手に参考書とノートを広げて勉強に勤しんでいた。

 スタンフォード達の住んでいる滅竜荘では、各階に円形の広い共有スペースがあり、その円周上に各々の部屋がある。広々とした空間のため、ポンデローザはときどきこの共有スペースで勉強することがあった。

 

「あっ、スタン。おかえり」

「……ポン子、勉強なら自室でやれよ」

 

 部屋ならともかくここは共用部だ。

 寮にはハルバードやルーファス、ブレイブ、セタリア、マーガレットもいる。

 あんまり素の姿でくつろぐには適しているとはいえない場所である。

 

「だって、こっちの方がいろいろ快適なんだもん」

 

 共有スペースは大理石の床にふかふかの高級ソファー、他にも各種豪華な設備が整っている。人によっては、自室よりもくつろいで勉強ができる環境とも言えるだろう。

 

「その気持ちはわからないでもないけど、ここは共有スペースだぞ?」

「別にいいじゃない。相変わらず細かいわねー」

「共有スペースは私物化しないほうがいいだろ。ただでさえ優秀な人間が多いんだ。他の奴にバカにされても知らないぞ」

 

 ポンデローザは勉強が嫌いだ。

 それでも立場上、普段から貴族令嬢のお手本になるように行動しないといけないため、苦手ながらも成績の向上に努めている。

 しかし、現在の彼女はどう見ても勉強が捗っているようには見えなかった。

 参考書とノートの上にはスコーンの食べカスが散らばっており、ペンに関しては床に落ちたままである。

 こんな姿、他の生徒には到底見せられるものではない。

 

「へぇ、あたしのこと心配してくれるんだ」

「いや、もう二年生なのに、まだ魔法の基本的特徴の項目を覚えてなかったんだ、と思ったら嘆かわしくなってきてさ」

「バカにしてるのあんたじゃない! というか、二年生の内容なのにスタンにわかるわけないじゃん!」

 

 ポンデローザは頬を膨らませて、上から目線で自分をバカにしてくるスタンフォードを睨む。

 それに対してスタンフォードは呆れたように肩を竦めて彼女のノートに記載された間違いを指摘した。

 

「普通このぐらいわかるだろ……魔力運用式の項目とか、間違いだらけだぞ。正直、何でこの途中式からこの解が出てくるのかまるで理解ができない。あっ、ここも間違ってる。増強魔法はそもそも火属性だから、土属性の公式使っても解は出ないはずなんだけど」

 

 次々にポンデローザの間違いを指摘していくスタンフォード。

 スラスラと正しい答えを導いていくその姿に、ポンデローザの表情がどんどん青褪めていった。

 

「何で二年生の内容なのに理解できるの!?」

「僕はテストの点数のために勉強しているわけじゃないからな。授業の内容も本質的な部分を理解すれば暗記することなんて限られてる。基本がしっかりと頭に入っていれば応用だって簡単だ」

 

 スタンフォードの雷魔法は王族にのみ継承される特殊な魔法だ。

 その扱いの難しさは他の魔法とは比べ物にならないため、魔法理論の基礎の部分はしっかりと勉強していたのだ。

 

「や、やめろ……その言葉はあたしに効く……」

 

 前世の学生時代にも言われた言葉を思い出したポンデローザは、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 

「よくこの体たらくで成績上位維持できるな」

「試験範囲の問題は参考書からそのまま出ることも多いの。最悪、試験前日に解答ごと丸暗記すれば何とかなるものよ」

「典型的な勉強できない奴のそれじゃん……まあ、普段から真面目に勉強しようという姿勢がある分マシと思うべきか」

 

 スタンフォードは得意気に胸を張るポンデローザの姿に深いため息をついた。

 

「ポン子って魔法演習だとかなり優秀って噂なんだけど、基礎理論を大して理解してないのによく高度な部類に入る氷魔法を使いこなせるな」

 

 魔法には四大属性というものがあり、これは火、水、風、土の四属性からなる。

 その中でも、ポンデローザの使用する氷魔法は水属性の派生魔法に当たり、普通の魔法よりも高度な魔法なのだ。

 

「あたしは感覚的に使ってるからねー。イメージさえしっかりしていれば、案外何とかなるもんよ」

「そういえば、ドラゴニルも同じこと言ってたな。はぁ、これだから天才タイプは……」

 

 ポンデローザは理論ではなく、感覚的に氷魔法の使い方を理解していた。

 幼い頃より厳しい鍛錬を積んだきた甲斐あって、彼女が感覚的に魔法を使用できるようになったのだ。

 

「あっ、そうだ。そんなに勉強できるなら、こっちの方教えてくれない?」

 

 ポンデローザは近くにあった参考書の中から自分の苦手科目の参考書を取り出す。

 彼女が取り出した参考書は〝古代竜史〟というタイトルの参考書で、これは〝竜の生態と文化〟という授業で使っている参考書だ。

 この学園では学科の専門科目に限らずさまざまな授業を受けることができるが、その中でも竜の生態と文化は竜殺しの物語が人気のレベリオン王国ならではの授業である。

 これは選択科目であり、別に取らなくてはいけない授業ではないのだが、竜に関する知識を身に着ける機会は少ない。

 原作でも敵は基本的に竜のため、学んでいて損はないとポンデローザはこの授業を選択したのだ。

 

「どこがわかんないんだ」

「聞いといてなんだけど、わかるの?」

「竜は男のロマンだよ。小さい頃から気になっていろいろ調べてたら知識が身に着いたんだ。それに王族なら閲覧制限のある書物も見れるしね」

 

 竜と騎士と英雄は男のロマンである。スタンフォードもその例に漏れず、憧れ故に知識を身に着けたのだ。

 

「で、何がわからないんだ?」

「この〝竜の分類〟ってどんな基準で分けられてるのかよくわからなくってね。見た目とか、行動とか、詳しく書いてないのよ。この参考書」

 

 そう言ってポンデローザはため息をついた。参考書を見てみると、竜の分類という項目には種別ごとの代表的な竜の名前こそ載っているものの、どういった基準で分けられているのかまでは記載されていなかった。

 

「うわぁ、こんなんで金取るのかよ。やっぱり学校指定の参考書って微妙だな」

「でしょー!? でも、買わないと先生がうるさいし、買うしかなかったのよね」

「何か大学時代のデジャブだな」

「ファンタジーの世界で単位が危うい大学生みたいな思いはしたくなかったわ……」

 

 剣と魔法の世界だというのに、やっていることは現実の学生と同じ。

 そのことに嫌気が差していた二人はゲンナリした表情を浮かべた。

 

「文句を言っててもしょうがない。基本的なところから説明するよ」

 

 気を取り直して、スタンフォードは竜の生態に関する基礎の説明を始めた。

 

「まず、ここにも書いてあるように竜の種類は大きく三つに分けられる。一つは一般的な魔物のように高い知能を持たない小竜。特徴としては体が小さくて、性格がおだやか奴が多いってところかな」

「実質トカゲって認識でいい?」

「あながち間違いじゃないよ。遺伝子的に竜の血を引いてるだけと言われてるからね」

 

 小竜は竜種の中でもそこまで強い魔物ではないとされている。

 ほとんどが前世で言うところの爬虫類と似た生物なのだ。小竜で狂暴な種類といっても、せいぜいコモドドラドンに似た竜くらいだ。

 

「二つ目は人間ほど高い知能は持たない代わりに、強靭な肉体を持つ幻竜。特徴としては巨躯に高い攻撃力、火を吐くための火炎袋とか特殊な体内器官ってところかな」

 

 幻竜は小竜と違い、その全てが危険な魔物として分類されている。

 そもそも目撃例が限りなく少なく、幻の存在と言われているくらいなのだ。

 最近二人が対策を進めている原作イベントでの敵〝ライザルク〟やブレイブがドラゴニル領で倒した個体もこの幻竜に分類される。

 

「三つ目は高い知能を持ち、普段は人間のような姿を取っている竜人。特徴としては人間と同じような文化を持って生きていたってところかな。こいつらに関しては説明はいらないだろ?」

「そうね。この竜人って、大昔に滅竜の守護者が中心になって滅ぼしたっていう〝竜王国ミドガルズ〟の勢力ってことでしょ」

「ああ、ポン子が言ってた原作の後半に出てくるような敵は、大体竜人に分類されるよ」

 

 竜人は人型の竜種であり、人間と同等の知能を持つ魔物である。

 原作における敵勢力のミドガルズもほとんどがこの竜人で構成されていた。

 一通り、スタンフォードから竜の生態や文化について説明を受けたポンデローザは、頭から煙が出る勢いで疲れ果てた。

 スタンフォードは内容を噛み砕いて説明しつつも、参考書では足りない部分をしっかりと補っていたが、一気に濃い内容を聞かされたポンデローザは頭を全力で回転させていた分限界がきたのだ。

 

「はぁ、竜って厄介な生き物なのね。こんな生き物のレポートを最後に書かなきゃいけないなんて……単位取れるかな」

「勉強って思うから身が入らないんじゃないか?」

 

 授業の単位が取れるか不安がっているポンデローザを見て、試験前にいつも自分を頼ってきたクライスメイト達の姿が思い起こされる。

 

「だから、これは勉強じゃなくてベスティアシリーズの設定集を見ていると思えばいいんだよ」

「……天才か?」

 

 彼らは決まって勉強嫌いで、スポーツやゲームに熱を上げていた。

 そんなクラスメイト達を勉強させた工夫とは、好きなものと勉強を結びつけることだった。

 

「しかも、原作では見れなかったような裏設定すら、この世界には資料が溢れてる。それを授業の一環として学べるんだぞ」

「う、裏設定……その発想はなかったわ!」

 

 ポンデローザは目を爛々と輝かせ始める。

 これで少なくとも公爵家の令嬢が単位を落とすなどという前代未聞の出来事は起きないだろう。

 ほっと胸を撫で下ろすと、スタンフォードはふと、原作でのラスボスのことが頭に過ぎった。

 

「そういえば、ベスティアシリーズのラスボスって蛇竜ミドガルズオルムなんだろ」

「そうよ。原初の竜とも言われてるわね」

「そいつも竜人なんだろ。だったら、人間社会に紛れ込んだりしているんじゃないか?」

「原作では力を封印されていて、ラストで復活するって流れなのよ。ま、これに関しては今はまだスタンが気に掛けるような問題じゃないわ。まずはライザルク戦に集中するべきよ」

 

 スタンフォードの疑問に対して、ポンデローザは端的に回答する。

 心なしか早口になっているポンデローザに、スタンフォードは怪訝な表情を浮かべた。

 

「わかった。まずは一番の難所を乗り越えるのが先決だもんな」

 

 しかし、ポンデローザが話す必要がないと判断したのならば、追及するべきではない。

 そう考えたスタンフォードは、先の展開について考えるのをやめて目の前のことに集中することにしたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 運命の組み分け発表

 

 校外演習でのグループ分けが発表された。

 スタンフォードとしては、ここが運命の分かれ道となる大事な組み分けだ。

 四人一組で行われるこの演習では、原作ではスタンフォードとヨハンが同じグループになる予定だった。

 張り出された組み分け表には、原作とは違う組み合わせが記載されていた。

 

[KING:スタンフォード・クリエニーラ・レベリオン ジャッチ・ボーギャック ガーデル・ウィンス ステイシー・ルドエ][監督生:ルーファス・ウル・リュコス]

 

[QUEEN:セタリア・ヘラ・セルペンテ ムロハル・ケモーラ カーヤ・ノソル マチルダ・ナンバーズ][監督生:マーガレット・ラクーナ]

 

 

 

……………………………………………………

…………………………………………

………………………………

……………………

…………

 

 

 

[JOKER:ヨハン・ルガンド リザーナ・カッテイル ニッカ・ベガ ヒューズ・ピラーマン][監督生:ポンデローザ・ムジーナ・ヴォルペ]

 

 組み分け表には、それぞれ一年生を四人一組に振り分けた内訳とそれぞれの組に着く監督生が記載されていた。

 

「……ヨハンとは一緒じゃないみたいだな」

 

 ポンデローザの話では、スタンフォードはヨハンと同じグループになる予定だった。

 そうなると、ヨハンか自分のいる組の近くにライザルクが現れる可能性が高い。

 ポンデローザもその可能性を考慮して、ヨハンのいる組の監督生としているのだとスタンフォードは納得した。

 ちなみに、ブレイブの組はセタリアとブレイブの妹を除く原作ヒロイン達で固まっていた。

 

「あ、あの、スタンフォード殿下」

「ん、ルドエか」

 

 スタンフォードが組み分け表の前で神妙な面持ちのまま立ち止まっていると、ステイシーが遠慮がちに声をかけた。

 

「同じ組ですね。当日は宜しくお願い致します」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 一見するとそっけない態度に見えるが、その実スタンフォードは内心では小躍りするほど喜んでいた。

 同じ組だからってわざわざ声をかけてくれるなんていい奴じゃないか!

 悲しいことにスタンフォードは同級生との会話に飢えていた。

 

「演習といえど、油断していれば命に係わる。できればルドエの魔法を教えてくれないか?」

「私は土属性の硬化魔法を使います。あの、そこまで強くないのであまりお役に立てないとは思います」

 

 硬化魔法は魔力消費が少なく、土属性の魔力を持つものが最初に覚える魔法でもある。

 自身の肉体を岩肌のように硬化させることで、防御力を上げるこの魔法は上級者になれば使用する者は減っていく。

 なぜなら、自身の肉体を硬化させるよりもより頑強な土の壁を生み出した方が安全だからである。

 逆に言えば、硬化魔法をいつまでも使っている者は、土魔法の使い手としては三流ということになるのだ。

 

「でも、いざというときに盾になるくらいはできます!」

「いや、しないよ」

「でも、それくらいでしかお役に立てないかと……」

 

 ステイシーは俯いて制服の裾を掴む。

 スタンフォードもステイシーのことは良く知らない。

 今まで周囲を自分を引き立たせるモブキャラクターとして見ていたスタンフォードは、改めて周囲の人間を知る努力をすることにした。

 

「どうしてそんなに自信がないんだ?」

「本来なら私がこの学園にいるのも奇跡のようなものなんです」

 

 ステイシーは自嘲するように語り出す。

 

「ルドエ家は元々牧場を経営していた一族なんです。それで偶然牛の病気から流行り病の特効薬を作ることに成功して、流行り病を防いだ功績を認められて貴族になったんです。本来なら貴族としての血が薄いルドエ家の人間に魔法が発現することなんてなかったのですが、たまたま私には土属性の魔法適正があったので、この学園に通えることになったんです」

 

 スタンフォードは記憶を辿り、平民から貴族になった者を思い出そうとする。

 しかし、昔のスタンフォードは自分が関わることになるであろう名家の貴族しか覚えておらず、何度思い出そうとしてもルドエ家は紅茶の銘柄というイメージしかなかった。

 

「何か、物語の主人公みたいだな」

「そんなことないですよ。物語の主人公みたいな人はドラゴニル君のような人のことを言うんです」

「それは……そうだな」

 

 またブレイブか。

 反射的に顔を顰めそうになるのをぐっと堪える。

 

「そういえば、前から気になってたんだが、どうして生徒会室で俺に味方するようなことを言ってくれたんだ?」

 

 スタンフォードは話題を変えるため、生徒会室での一件のことについてステイシーに尋ねる。

 あの一件はスタンフォードの不注意が招いたことだ。

 それなのに被害者であるステイシーはスタンフォードに対して恨んでいるような素振りは一切なかった。

 

「えっ、だって事実ですし」

「いや、でもルドエは被害者だろ。どうして俺を庇うようなことを言ってくれたのか気がかりでな……」

 

 スタンフォードは周囲から嫌われている。

 それは態度や普段の行いが原因だ。

 名前を聞いただけでも決して良い印象を受けないであろう彼を庇うなど、まずあり得ないことだった。

 そんなスタンフォードに対して、ステイシーは苦笑しながら語りだした。

 

「私、才能がない分努力しなきゃと思って、鍛錬場には結構通っているんです。ですから入出記録表で、殿下が遅くまで鍛練場で努力していたことは知っていたんです」

 

 ステイシーには魔法の才能がない。

 魔力量も質も他の生徒には劣る以上、周囲よりも努力しなければいけなかった。

 そこで知ったのが才能がありながらも、努力をしているこの国の第二王子の存在だった。

 

「失礼ながら、そのときは殿下のお顔は知りませんでしたし、悪い噂だけは知っていました。きっと怖い人なんだろうと思ってはいましたが、それでもあなたの実力が才能だけではない。努力の上にもあるものだとも知っていました」

「ルドエ……」

「ですから、魔法の鍛錬に夢中になって周りが見えなくなるほど集中していたのならば、それはわざとではない。ただそのことを理解していたから、生徒会室ではああ言っただけなんです」

 

 スタンフォードはステイシーの言葉にどこか救われた気分になった。

 周囲から嫌われて自業自得とはいえ、偏見で見られることの多い自分を真っ直ぐに見ていてくれた。

 その事実に胸が熱くなるのを感じたのだ。

 あまりの優しさに涙が浮かびそうになるのを誤魔化して、スタンフォードは会話を続ける。

 

「そ、そうか、ありがとな。ところで、卒業後はどうするんだ?」

「家に帰って家督を継ぐ予定です。両親からはできるだけいろんな家の人との人脈を作っておいた方がいいと期待はされていますが、こんな成り上がり貴族の相手なんて誰もしてくれませんから」

 

 ステイシーは入学してから、他の貴族達から相手にされず周囲からは孤立していた。

 成績も飛びぬけて良いわけでもなく、魔力にも恵まれなかった。

 マーガレットのように疎まれることはなかったが、ステイシーはクラスの中でも影が薄かった。

 そのため友人らしい友人もおらず、ステイシーはただ領地に帰った後に役に立てるようにと、勉強をするだけの毎日を送っていたのだ。

 

「じゃあ、目標達成だな」

「ほえ?」

 

 予想外のスタンフォードの言葉に、ステイシーは間抜けな声を漏らす。

 

「熱中症のときと生徒会室での恩もある。困ったときは頼ってくれ」

「殿下……!」

「スタンフォードでいい。僕も周囲からは孤立しがちだからな。同学年の友人に憧れていたんだ」

「では、私のこともステイシーと呼んでください!」

「ああ、これからよろしくな。ステイシー」

 

 勢いよくステイシーが頭を下げる。

 反動で頭を上げた際に、前髪で隠れていた彼女の素顔が露わになる。

 その表情は、普段の根暗さが嘘のように輝いていたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 ぼんじりとの邂逅

 ステイシーと別れたスタンフォードは昼食を取るために学食へと向かっていた。

 スタンフォードのいた廊下から学食へ向かうには中庭を経由するのが近道だった。

 中庭に出ると、談笑していた生徒達が一斉に黙り込んで移動を始める。

 

「はぁ……」

 

 他の生徒達から避けられていることは理解していても、この扱いにスタンフォードが慣れることはなかった。

 ため息をついて顔を上げると、どこかで見たことのあるような鳥が空を飛んでいた。

 

「あれは……」

 

 スタンフォードが鳥に気づくと、鳥は優雅にスタンフォードの元へと滑空し始めた。

 

「クルッポー!」

 

 スタンフォードの前に降り立った鳥――穢れのない白銀の羽毛が特徴的な鳩は、翼を折りたたんでスタンフォードへと頭を下げた。

 

「もしかして、お前がぼんじりか」

「クルッ」

 

 その鳩とは思えない知能の高さに、スタンフォードは鳩がポンデローザのペットであるぼんじりだと気がついた。

 スタンフォードの姿を確認し、王族だと判断して優雅に礼をする。

 そんな鳩離れした姿にスタンフォードが唖然としていると、慌ただしく中庭に駆けてくる者がいた。

 

「ぼんじりー! 校内を飛び回ってはいけません! またお嬢様に怒られますよ!」

「お前は……ポンデローザ様のメイドのビアンカだったか」

「す、スタンフォード殿下!?」

 

 ぼんじりを追いかけて駆けてきたのは、ポンデローザのメイドであるビアンカだった。

 ビアンカはスタンフォードの元にぼんじりがいることを確認すると、顔を青褪めさせた。

 

「大変申し訳ございません! ぼんじりが粗相を……!」

「いや、大人しいものだよ。賢い鳩だな」

「クルルッ」

 

 ぼんじりはスタンフォードの肩に飛び乗ると、顔を摺り寄せる。それを見たビアンカは驚きのあまり目を見開いた。

 

「あの誰にも懐かなかったぼんじりが人に懐いてる!?」

「……そんなに驚くことなのか?」

「天地がひっくり返ってもあり得ないことです!」

 

 そこまで驚くことでないと思っていたスタンフォードは、ビアンカの反応からいかにポンデローザがぼんじりに苦労させられているかを察した。

 

「苦労しているんだな」

「ええ、まあ……」

 

 普段からぼんじりの面倒を見ているというビアンカに、スタンフォードは深く同情した。

 

「前から気になっていたんだが、どうしてポンデローザ様はこいつを学園に連れてきたんだ?」

「それは……」

 

 ビアンカは眉間に皺を寄せ、服の裾を握りしめる。

 話すべきではない。

 でも、話すことで何かが変わるのならば。

 迷った末に、ビアンカはスタンフォードになら話しても良いという判断をした。

 

「これはここだけの話にしてほしいのですが……幼い頃、ポンデローザ様は、その、自由気ままな方でした」

「それは僕も知っている。あいつの奇行は有名だったからな」

 

 ポンデローザは幼い頃は自由奔放な性格で、落ち着きのない令嬢ということで有名だった。

 階段から転げ落ちたり、木から転落するなど、普通の貴族令嬢ならばあり得ない行動を繰り返していたことは、当時関わりの薄かったスタンフォードでも知っていたくらいだ。

 

「でも、それとぼんじりのことに何の関係があるんだ?」

「お嬢様が明るくなられる前のことです。あの方は何度も命を絶とうとしていたのです」

「なっ」

 

 告げられた衝撃の事実にスタンフォードは絶句した。

 メンタルの強さに定評のあるポンデローザが自殺未遂を繰り返していたなど、到底信じられなかったのだ。

 

「幼い頃のお嬢様は〝ニホンに帰りたい〟とよく仰っていました。階段から転げ落ちるときも、木から飛び降りるときも、これなら帰れるかもしれないからと言って、制止する私達使用人の声など聞いてもいませんでした」

 

 どうしてポンデローザが自殺を図ったか。

 それは偏に日本に帰りたいという想いが強かったからだった。

 

「お嬢様はいつも泣いていました。何を言っているのかはわかりませんでしたが、とても辛い思いをされていたことだけは確かでした」

 

 家族や友人もいて、趣味もやりたいこともたくさんあった。

 そんな人間が突然命を絶たれ、訳も分からず自分が死ぬ未来が待っている世界に転生する。

 一体どれほどの絶望だっただろうか。

 スタンフォードは同じ転生者として、胸が苦しくなるのを感じた。

 

「いつも泣き喚いて駆け回るお嬢様を慰めていたのがぼんじりでした。ぼんじりはお嬢様が泣き出すと、静かに寄り添って翼で涙を拭っていました。当時のお嬢様は、ぼんじりが傍にいないと眠れないほどに追い詰められていたのです」

「だから、こいつのせいで苦労しても傍においていたのか」

 

 ポンデローザはぼんじりは自分より賢くない人間の言うことは聞かないと言っていた。

 てっきり嫌っているのかと思っていたが、事実は違った。

 

「でも、それならどうして今はこいつに嫌われているんだ?」

「それはおそらくぼんじりが世界樹の巫女の末裔様を嫌っているからだと思われます」

「ラクーナ先輩を?」

 

 スタンフォードは意外そうな表情を浮かべ、肩に乗っているぼんじりを見つめた。

 マーガレットは動物に好かれるタイプだっただけに、何故ぼんじりが彼女を嫌っているのか理解できなかった。

 

「理由は私にもわからないのですが、とにかく世界樹の巫女の末裔様が気に入らないみたいでして……」

「それでポンデローザ様がラクーナ先輩と仲良くしようとすると、それを阻止しようとしていたわけか」

 

 自分が大切に思っている飼い主が、蛇蝎の如く嫌っている相手と仲良くすることが気に食わない。

 そんなぼんじりの行動はどこか人間臭く、とてもただの鳩には思えなかった。

 

「それにしても、どうして僕にその話をしたんだ?」

「最近のポンデローザ様はスタンフォード殿下の話を楽しそうに語られるので、噂とは違って仲がよろしいのだと判断したのです」

 

 対外的には、スタンフォードとポンデローザは犬猿の仲ということになっている。

 しかし、いつもポンデローザの面倒を見ているビアンカの目は誤魔化せなかった。

 

「そうか、あいつが羨ましいよ。うちのメイドは不愛想な仕事人間だからな」

 

 スタンフォードは自分のメイドであるリオネスのことを思い出す。

 感情のない目で言われた仕事を全うする機械のようなメイド。それがスタンフォードから見たリオネスだった。

 

「リオネス様もきっと心ではスタンフォード様のことを気にかけておられますよ」

「だといいけどね。それじゃ僕はもう行くよ。ぼんじり、もうラクーナ先輩に糞を落とすなよ?」

「クルッ……」

 

 スタンフォードの言葉に、ぼんじりはどこか不満げに鳴くのであった。

 

「それにしても、あのポン子が自殺未遂か……」

 

 スタンフォードは何度も見てきたポンデローザの素の笑顔を思い出す。

 ポンデローザは幼い頃から孤独と絶望を抱えながらも懸命に生きてきた。

 大切な友人や家族と別れ、全力で楽しんでいた趣味も全て奪われた。

 それでも彼女なりに、現状をどうにかしようともがき苦しみ、貴族令嬢の鑑とまで言われる存在になった。

 それに比べて自分はどうか。

 自分をこの世界の主人公だと疑わず、周囲を見下して尊大な態度で振る舞って生きてきた。

 前世のことなど、知識以外は不必要な記憶だと異世界転生を心から喜んでいた。

 その結果が〝王族の面汚し〟だ。

 

「あいつ、今どんな気持ちで僕に協力してるんだろうな……」

 

 何故だか無性にポンデローザに会いたくなったスタンフォードは、駆け足気味に食堂へと向かうのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 すれ違う主人公と悪役令嬢

 一年生の郊外演習の内容が決まったこともあり、生徒会メンバーはいつも以上に忙しなく働いていた。

 王立魔法学園内での生徒会での仕事内容は多岐に渡る。

 学内のトラブル解決、生活態度の指導、授業の補佐、などが代表的だが、仕事内容を全て挙げていけばキリがないだろう。

 激務である代わりに立場は半教師と言っても過言ではなく、生徒会での仕事量をこなすために特別単位が支給される。

 そのため、他の生徒達が授業を受けている時間も、生徒会メンバーは一年生の郊外演習の事前準備に時間を割いていた。

 

「ポンデローザ。今度の郊外演習の際、ムワット森林に異変がないか確認してほしい」

「それは異形種の生息情報ないし、突然変異の原因がないか調査をして欲しいということでしょうか?」

「話が早くて助かる」

 

 ハルバードの言いたいことをポンデローザは瞬時に理解する。

 原作の流れを把握しているということもあるが、長年彼の側にいたこともあり、ポンデローザにとって口数の少ない彼の意図を察するのは容易いことだった。

 

「おいおい、ハルバード。そういう話は婚約者様だけじゃなく俺様達にしたらどうだ?」

「今回の郊外演習はあくまでも一年生の魔法演習が主体だ。故に監督生としての職務と調査を平行して行うのはポンデローザだけでいい」

「つまり、信頼してるってことか。そいつは、仲がよろしいことで」

 

 ルーファスはつまらなそうに天を仰ぐ。

 王子であるハルバードに対してこのような態度が許されているのは、彼が守護者の家系ということもあるが、幼い頃からの付き合いであるということもある。

 そのため、今更ポンデローザもルーファスに態度のことを指摘することはなかった。

 

「ルーファス、お前はスタンフォードが問題を起こさないか注意していろ」

 

 今回の演習では、スタンフォードの組はルーファスが監督生として受け持つ予定となっている。

 原作とは違う組み分けにポンデローザも初めは焦っていたが、ライザルクの出現場所は()()()()()()

 むしろ、戦闘において現状最強クラスの戦力であるルーファスがスタンフォードの組の監督生についたことは喜ばしいことだった。

 

「言われなくてもわかってるさ。スタ坊の奴、昔から調子に乗りっぱなしだからな。ま、最近はどこかの誰かさんのおかげで落ち着いてはいるけどな」

 

 揶揄うようにルーファスは視線をマーガレットへと向ける。

 

「スタンフォード君――殿下が変わってきているのは、彼自身が変わろうとしているからです。私はただ相談に乗ってあげただけです」

「それにしちゃ、自分以外の人間全てを見下してるようなスタ坊が随分と懐いているようだが……色仕掛けでも使ったか?」

「おやめください、ルーファス様。神聖な生徒会室でそのような下品なお話、貴族としての品格を疑いますわ」

 

 下世話な話をしようとしたルーファスをポンデローザが諫める。

 

「そうか?」

「ええ、そうです。それにスタンフォード殿下にはセタリアさんという婚約者がいますの。まるでラクーナさんが彼に不貞を働こうとしている疑いをかける発言は慎んでくださいな。ラクーナさんに失礼ですわ」

 

 ポンデローザがマーガレットを庇うような発言をしたため、マーガレットは驚いたようにポンデローザに視線を向ける。

 

「そいつは悪かったな、マーガレット。だが、婚約者がいる貴族の恋愛はよくある話だろ。中等部はスタ坊だって婚約者ほっぽってハーレム作ってたんだぜ? あれはちとやりすぎだが、将来のために側室を見定めるって意味じゃ悪い手じゃない、まあ、婚約者に対する配慮は最悪だったが」

 

 ルーファスはポンデローザの注意に対して、マーガレットに謝罪しつつも、へらへらとした笑みを浮かべて反論する。

 

「学園時代に婚約者とは別に恋人作るなんて、どの貴族もやってる。そもそも貴族なんて家のため、国のため、民のために人生を捧げるんだ。学生時代くらい自由にしてもいいだろ。なんなら将来側室も作れて一石二鳥だ」

「ルーファスの言っていることも間違いではない。我らのように守護者の家系血筋ならば、世継ぎをより多く残すことは最も重要なことだ。……それにしてもお前は言葉を選ばなすぎるがな」

 

 ルーファスの言葉に、ハルバードはため息をつきながらも同意する。

 魔力の質と量は必ずしも遺伝するわけではない。

 強い魔力を持った両親から魔法の才能がない子が生まれることなどよくあることだ。

 

「ルーファス。ポンデローザの言う通り、言葉は選べ。我らは表だって良いことだとは言えない立場なんだぞ」

「だからこそ、防音完璧なこの部屋で言うんじゃねぇか」

 

 ルーファスにはまるで反省した様子はない。

 彼の辞書にオブラートという文字は存在していなかった。

 

「あの、私は大丈夫なので、ルーファス様。仕事してください」

「ええ、まったくですわ」

 

 無駄口を叩くなと、言外にポンデローザとマーガレットはルーファスを責める。

 そんな抗議もどこ吹く風。

 ルーファスは両手を挙げて勝ち誇ったように告げる。

 

「残念、俺様の分の仕事はもう終わってるんだな」

「あら、それはちょうど良かったですわ」

 

 ポンデローザはニッコリと微笑むと、マーガレットの分の書類の一部をルーファスの前に置いた。

 

「これはラクーナさんに失礼な発言をした罰ですわ」

「おっと、こいつは手厳しいな」

 

 おどけながらも、ルーファスは大人しくマーガレットの分の書類に手を付け始めた。

 

 

 

 午前の仕事が終わり昼食の時間がやってくる。

 取り巻きであるフェリシアとリリアーヌと昼食を取るため、食堂へ向かおうとしたポンデローザにマーガレットが声をかけた。

 

「あの、ポンデローザ様。ありがとうございました」

「いえ、わたくしはルーファス様の言動が不快だったから注意したに過ぎませんわ」

 

 あまり長く話していると、いつぼんじりが来るかわからない。

 

「それではわたくしはこれで」

 

 これ以上仲が拗れるのを防ぐため、ポンデローザは逃げるように食堂へ向かった。

 

「話、できなかったな……」

 

 そんなポンデローザの背中を見送りながら、マーガレットはガックリと肩を落とすのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 とにかく会って話がしたかっただけ

 王立魔法学園の食堂はいつも生徒達で溢れている。

 お昼時には混雑する食堂をスタンフォードは堂々たる姿で歩いていた。

 モーセの海割の如く生徒達はスタンフォードを避けていく。

 そうして歩いている内に、他の生徒とは違って自分を避けない生徒と出くわした。

 

「あら、スタンフォード殿下。寂しくお一人で昼食ですか?」

「はっ、ポンデローザ様こそ分家のご令嬢以外にご友人はいらっしゃらないでしょうかねぇ。まったく、どうして行く先々にあなたがいるんだか」

 

 一瞬で頭を切り替えて煽り合う。

 言葉とは裏腹に目的の人物であるポンデローザと出会えたことで、スタンフォードは安堵のため息をついた。

 

「わたくし達はこれから昼食をとるのですが、用がなければどこかへ行ってくださらないかしら(どうしたの? 何かあった?)」

「おやおや、用がなければ未来の義姉に話しかけてはいけないのですか。まあ、用があると言えば用はありますけどね(ごめん、ちょっと話したいことがある)」

 

 巧みにアイコンタクトを織り交ぜつつ、意思疎通を図る。

 二人は隠れてやり取りすることに慣れていたため、この手のコミュニケーションはお手の物だった。

 

「はぁ、仕方ありませんわね。フェリシアさん、リリアーヌさん。申し訳ありませんが、本日は殿下と昼食をとることに致します。何やら厄介な事情がおありのようですから」

 

「「かしこまりました!」」

 

 ポンデローザの後ろに控えていたフェリシアとリリアーヌは、スタンフォードに向けて優雅に礼をすると速やかにその場から立ち去った。

 

「では、あちらのテラスで昼食をいただきましょうか」

「ええ、あそこならば国家機密に関わるであろう会話も聞こえないでしょうからね」

 

 二人はそれぞれ昼食を注文すると、テラス席へと向うのであった。

 

「で、話って何?」

 

 昼食を頬張りながら、ポンデローザが単刀直入に尋ねる。

 この学食のテラス席は上級貴族のみが使用できる場所で、周囲には防音魔法が張られており、内密な話をする際に使用される。

 予めスタンフォードが周囲に聞こえるような声で〝国家機密に関わる〟と言ったため、近くには誰一人として生徒が近づいていなかった。

 

「校外演習の組み分けのことだ」

「ふぁあ、ふぉのふぉとね」

「飲み込んでからしゃべれよ」

 

 ポンデローザは注文したシチューを頬張りながらも納得したように頷いた。

 

「スタンとヨハンが別の組になっちゃったからね。監督生の割り振りのときにヨハンの班はあたしが監督生になるって志願したの」

「問題は僕とヨハン、どっちにライザルクが来るかだな……」

 

 原作ではスタンフォードとヨハンは同じ組に割り振られており、その組の付近にライザルクが出現する。

 こうして二人が別れた以上、どちらかの元にライザルクが出現する可能性が高かったのだ。

 原作では名前のないキャラクターである残り二人のもとに現れる可能性も考えられたが、スタンフォードとポンデローザは今までの経験からそれはないと踏んでいた。

 

「原作での重要キャラクターは大きなイベントで必ず決められた運命を辿る、か」

「実際、今まであたしとスタンっていうイレギュラーがあっても原作での流れ自体は大きく変わらなかった。スタンは周りから避けられるようになったし、あたしが攻略対象に干渉しようとしてもダメだった。人間関係だってゲームと変わってない。ここまでくればこの世界には原作通りの流れから逸れないように抑止力的な何かが働いているって考えた方がいいと思うの」

「何かタイムリープものっぽくなってきたな。そうだ、僕なりにいろいろと考えてきたことがあるんだ」

 

 スタンフォードはポケットからメモを取り出して、ポンデローザに見せながら説明を始めた。

 

「原作では複数のルートがあった。それぞれのルートに行くには条件があって、それを満たすことで一本線だった共通ルートからそれぞれのルートへと向かう」

 

 スタンフォードはペンで紙に描いた線をなぞり、複数に枝分かれした線の内一本を選ぶ。

 

「ポン子の話じゃ僕達が生き残れるのは〝スタンフォードルート〟だけだ」

 

 ペンで枝分かれした線の一つに印をつけてスタンフォードは続ける。

 

「このルートにいるかどうか、それは原作でのイベントがおおよそ本筋通りになることで見分けがつく。でも、今回の組み分けで原作通りの組み分けにはならなかった」

 

 スタンフォードは印をつけた線の上に大きく〝?〟と描いた。

 

「おそらくだけど、現時点ではルートは確定していない。ふとしたことがきっかけでハートのそれぞれの攻略ルート、もしくはブレイブの方のルートに流れる可能性があるんだと思う」

「タイムリープアニメとかでよくある世界線の移動ってやつ?」

「ああ、だから僕達は原作のイベントで条件を満たして〝スタンフォードルート〟に居続ける必要があるんだ」

 

 そう締め括ると、スタンフォードはメモをポケットにしまった。

 

「やっぱり、スタンって頭いいのね。前世では理系だった?」

「一応な。あとその言い方は文系が頭悪いって言ってるみたいだからやめとけ」

「でも、あたしは文系卒でバカだったよ?」

「それはバカだったポン子が文系の大学に進学しただけだろ……」

 

 呆れたように肩を竦めると、スタンフォードは組み分けについて他にも気になっていたことをポンデローザに尋ねる。

 

「そういえば、演習に兄上は来ないのか?」

「ハルバードは忙しいのよ。生徒会メンバーがごっそり抜ける以上、しょうがないことだけどね」

「あの人も迂闊に動ける立場じゃないからな」

 

 ハルバードは王立魔法学園の生徒会長を務めている。

 執務もある以上、学園を留守にするわけにはいかなかったのだ。

 それに加えて、今回はスタンフォードが校外演習に参加する。

 万が一、予想だにしない事故や事件が発生して王位継承権を持つ王族が同時に亡くなることを防ぐ意図もあり、ハルバードは今回監督生としては参加できなかったのだ。

 

「あと、他にも――」

「おっ、ここガラガラじゃん!」

 

 他にも気になることを尋ねようとしたとき、能天気な声が学食のテラスに響き渡った。

 

「あれ? スタンフォードに……誰?」

「ドラゴニル、お前何でここにいる」

 

 テラスにやってきたのは、ブレイブだった。

 

「ブレイブ・ドラゴニルさん。ここは上級貴族以外使用禁止の場所でしてよ。あと申し遅れました。わたくし、ヴォルペ公爵家の長女ポンデローザ・ムジーナ・ヴォルペと申します」

「ムジーナ……」

 

 何が引っかかったのか、ブレイブはポンデローザのミドルネームを呟くと神妙な表情を浮かべた後、一般生徒立ち入り禁止の場所に入ってしまったことを謝罪した。

 

「すみません、まさかそんな場所があったなんて知らなくて」

「あなたは高等部からの入学ですし、まだ不慣れなところもあるでしょうから今回は不問と致しますわ。次回以降、気をつけてくださいな」

「はい、ありがとうございます! ポンデローザ先輩!」

 

 元気良く返事をすると、ブレイブはテラスから去って行った。

 

「あっ、やべ。言動についての注意忘れた」

「あいつはそんな細かいとこまで気にしないだろうから大丈夫だろ」

 

 完全にブレイブの気配が消えたことを確認すると、スタンフォードとポンデローザは脱力したようにイスに腰掛ける。

 紅茶を飲んで落ち着くと、ポンデローザはブレイブの印象について感慨深そうに呟いた。

 

「前にも見たけど、今のがブレイブ君ねぇ。常識に疎くてうっかりで問題を起こすって感じが、まさに主人公だなぁ」

 

 感慨深そうにポンデローザは一人で頷く。

 彼女にとって、間近でブレイブと接する機会は少なかった。

 原作主人公の一人の性格が想像通りだったことに、ポンデローザは安堵していた。

 

「不安要素があるとすればセタリアね。現状、あの子が何考えてるのかわからないのが不安要素なのよね。マーガレットが存在する以上、スタンフォードルートのセタリアだとは思うんだけど、ブレイブ君に興味津々なのが何か変なのよね」

「僕が知る限りじゃ、リアはブレイブに興味は持っているみたいだし、このままくっついてくれるのが一番都合がいいんだけど」

 

 スタンフォードは希望的観測を述べた。

 このままブレイブとセタリアが結ばれれば婚約破棄もしやすくなる。

 マーガレットと結ばれなければ生き残れない以上、二人が恋仲になることはスタンフォードにとって非常に都合が良かったのだ。

 

「ちなみに、これも原作にあったイベントなのか?」

「うん、本来ならこのテラスに入って、スタンと鉢合わせして嫌味を言われるイベントだけどね。おふざけ選択肢用のイベントって感じよ」

「あー、〝か、体が勝手に……〟みたいな奴か」

「そのネタ懐かしいわね! スタンって本当に年下?」

「好きなソシャゲとコラボしてたから知ってるだけだよ」

「あー、そういう入り方もあるのか。あたしは好きなVが実況配信やってて内容知ったのよね。タイトル自体は知ってたんだけど、ゲームハードがなかったからさ」

「まあ、かなり昔のゲームだからな」

 

 選択肢が存在するゲームでは、ライターの遊び心で少しふざけた選択肢というものが存在する。

 例えば、ヒロインの入浴中に風呂を覗くか覗かないか、という選択肢だったり、本来硬派な主人公でもこういうイベントの際は普段と違っておかしな行動を取ったりするのだ。

 

「それで、何の話してたんだっけ?」

「何か言いかけてなかった?」

「そうだ。僕と同じ組になった奴らについてだ」

 

 話が脱線しかけたため、スタンフォードは話を戻した。

 ついつい前世のネタで盛り上がってしまうのは二人の悪い癖である。

 

「確か、この前生徒会室にきたステイシー、あとジャッチにガーデルだったわね」

 

 ポンデローザも監督生として郊外演習の資料は確認していたため、スタンフォードの組についても把握していた。

 しかし、スタンフォードと同じ組の者については、特に原作で登場したキャラクターというわけではなかった。

 

「全員、原作では名前も出てないわ。少なくとも、原作に関わる重要人物じゃないと思っていいわ」

「ステイシーはともかく、ジャッチは炎魔法の名門ボーギャック家の嫡男、ガーデルも風魔法の名門ウィンス家の嫡男だ。モブキャラって言うのには引っ提げた看板が豪華すぎる気もするけど」

「名門って言っても、守護者の家系じゃないし、ベスティアが覚醒する可能性もないもの。原作の本筋には影響はないでしょ」

 

 基本的にこの世界で魔法の名門と呼ばれる家の者は、魔力の質も量も一級品である。

 しかし、原作では守護者の家系でないとベスティアに覚醒できないため、ゲーム内ではモブ扱いであることが多かった。

 

「ちなみに二人とは面識あるの?」

「中等部の頃は、結構魔法の運用についてアドバイスとかしてたからな。友達ってわけじゃないけど、険悪ってわけでもないよ」

「なら、この機会に友達になっちゃいなよ。火属生と風属性のエキスパートなんだから味方なら心強いでしょ」

 

 ポンデローザは友人の少ないスタンフォードを心配していた。

 魔物を討伐するというチームワークが不可欠な演習で同じ組になれば、心も開きやすい。

 そう考えて〝今後、味方いると心強いから〟という大義名分を与え、友人を作ってはどうかと提案した。

 

「前向きに検討して善処してみるよ」

「行動起こす気ゼロだ、こいつ……」

 

 顔を顰めて予防線を張るスタンフォードに、ポンデローザはこめかみを押さえてため息をついた。

 

「まあいいわ。最後にライザルク戦のおさらいでもしよっか」

「僕の元にライザルクが出現したら、時間を稼いでる間にポン子がブレイブを連れてくる。ポン子のところに出現したら、時間を稼いでる間に僕がブレイブを連れてくるって感じでいいよな?」

「うん、それで問題ないと思う」

「それ以外のときはどうするんだ」

「二人で迅速にブレイブ君を連れて行くって感じで」

「アバウトすぎないか?」

 

 あまりにも抽象的で大雑把な作戦に、スタンフォードは不安そうな表情を浮かべる。

 そんなスタンフォードを安心させるように、ポンデローザはいつものように明るい笑顔を浮かべた。

 

「大丈夫! 泥船に乗ったつもりでいなさい!」

「だから大船な……」

 

 いつも通り呑気なポンデローザに呆れつつも、スタンフォードはどこか安心感を覚えるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 悩む主人公と踏み台転生者

 郊外演習の前日。

 緊張で眠れないスタンフォードは鍛錬場に行き、念入りに調整を行っていた。

 

「攻撃速度は問題なし、肉体強化も上限は前より上がってるな……」

 

 一つ一つの技を実戦で使用できるか入念に確認していく。

 問題があるとすれば自分の精神的弱さだ。

 スタンフォードの肉体には、ボアシティアンとの戦いで魔物に対する恐怖が刻み込まれている。

 たとえキレのある技を持っていても、実戦で身体が竦んでしまっては意味がない。

 どんなに調整を行ったところで安心などできるはずもなかった。

 

「あれ、スタンフォード?」

 

 そんなとき、誰もいないはずの夜の鍛錬場に来訪者がいた。

 

「ドラゴニル、また君か」

 

 やって来たのはブレイブだった。

 鍛錬場にブレイブがいることに対して、スタンフォードは特に驚きはしなかった。

 何故なら、この邂逅はスタンフォードが原作ファンから〝スタン先生〟と呼ばれるきっかけとなる〝スタンフォードの鍛錬イベント〟だと理解できたからだ。

 

「スタンフォードも明日の演習が不安で寝れないのか?」

「僕は万全を期すために最終調整をしているだけさ。君と一緒にしないでくれないか」

 

 図星を突かれたスタンフォードは見栄を張る。

 何度も心を折られたというのに、スタンフォードのプライドの高さは筋金入りだった。

 

「そっか、やっぱりスタンフォードは凄いな」

「何だよ、嫌味か?」

 

 自分より凄い人間に凄いと言われたところで嬉しくもない。

 不機嫌そうに鼻を鳴らすスタンフォードに、ブレイブは苦笑した。

 

「違うって。前から思ってたけど、そうやって人一倍頑張れるのってなかなかできることじゃないと思う」

「はっ、そいつはどうも」

 

 ブレイブはスタンフォードにとってコンプレックスの象徴のような存在だ。

 本人に悪気がないとわかっていても、彼の賞賛を素直に受け取る気にはなれなかった。

 

「それにしても、スタンフォードって良い剣使ってるよなぁ」

「当然だろう。この剣は王家お抱えの鍛冶職人が作った一級品なんだからね」

 

 スタンフォードは少し自慢げに剣を掲げる。

 

「魔剣ルナ・ファイ。僕の魔力を吸って切れ味を増す剣さ」

 

 使用者の魔力を吸収し、何倍にも増幅させて切れ味を増す魔剣。

 王家の血筋として申し分ない魔力の質と量を持つスタンフォードにとって、この剣はもはや自分の体の一部のように馴染んでいた。

 試しに魔力を流し込んでみれば、刃から電光が溢れ出して刃は神聖な輝きを放つ。

 

「すげぇ! ちょっと触らせてくれないか?」

「嫌だね。これは僕にとって王族である誇りのようなものだ。君のように簡単に剣を壊すような人間には、死んでも触らせたくないね」

「あははっ、それもそうか!」

 

 スタンフォードは目を輝かせるブレイブに冷ややかな視線を送る。

 ブレイブはこれまで何度も滅竜剣を発動した際に、剣が耐え切れず破損してしまうことが多々あった。

 そんな人間に自身の誇りともいえる剣を触らせたくはなかったのだ。

 会話はそこで途切れ、お互いに鍛錬に集中する時間が訪れる。

 電光が走り、光が夜の闇を切り裂く。

 魔法が止むとブレイブはぽつりと呟いた。

 

「どうして俺は光魔法が使えるんだろうな」

 

 それは独り言だった。

 しかし、いつも脳天気な調子のブレイブとは思えないほど声音に憂いを帯びていたため、スタンフォードは驚きながらも声をかけた。

 

「何だよ、藪から棒に」

「いや、俺って自分が何者なのかもわからない状態だからさ」

 

 ブレイブはスタンフォードの言葉に答えて話し始める。

 

「実は俺、ドラゴニル家の血は引いてないんだ。目が覚めたら記憶も何もない状態の俺を父さんは息子として育ててくれた」

 

 ブレイブの中にある最も古い記憶は、ドラゴニル領の山にある祠で目が覚めたときの記憶だ。

 自分が誰なのか、何故その場にいるのか。

 何もかもがあやふやだった。

 どんなに周囲に優しくされようと、ブレイブの心にはいつだって靄が掛かっているような状態だった。

 神妙な面持ちでブレイブは語り続ける。

 

「ドラゴニル家に不満があるわけじゃない。両親は暖かく俺を迎えてくれたし、領民も優しいし、妹も俺を本当の兄貴のように慕ってくれている。でも、自分が何者かわからないってのは思った以上に不安でさ」

「世界樹の巫女の末裔であるラクーナ家しか持たない光魔法を宿す存在。確かにおかしなことだらけだね」

「そうなんだ。どうして俺に光魔法が使えるのか、それがわかれば自分が何者かってこともわかる気がするんだけど……」

 

 意外だった。

 スタンフォードにとってブレイブは自分がなれなかった主人公であり、何も考えずに力を振るって生きているのだと思っていたのだ。

 ブレイブもまたこの世界に生きて、悩みながらも生きている一人の人間なのだ。

 そんな当たり前のことにすら気がつかなかった。

 スタンフォードは、初めてブレイブを〝原作主人公〟ではなく〝ブレイブ・ドラゴニル〟として認識できた気がした。

 

「脳天気な君にも悩みがあったとは驚きだ」

「茶化すなよ。こっちは真剣に悩んでるんだぞ」

「そいつは悪かったね」

 

 欠片も悪いと思っていないスタンフォードの態度に、ブレイブは珍しく不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「君は光魔法をどう思っているんだ?」

「そうだな……知らない力のはずなのに、昔から使っているような不思議な感じだ」

「だから、あんな感覚だけで使いこなしているというわけか」

「俺にもよくわからないけど、力を出し切れていないような、もっと使いこなせていたような……そんな気がするんだ」

「光魔法は過去に一度絶えた魔法だ。資料も古い文献しか残っていないみたいだし、君はまだ光魔法の真価を発揮できていないんだろうさ」

 

 正直な話、スタンフォードはポンデローザからBESTIA BRAVEのストーリーについて聞かされているため、ブレイブが何者かは知っている。

 だが、たとえ憎い相手だったとしてもそれを自分の口から言うのは違う気がした。

 

「まあ、そんなことはどうでもいい。大した問題じゃないからね」

「なっ!? お前に何がわかるんだ!」

 

 長年の悩みをどうでもいいと切り捨てられ、ブレイブは怒りを顕わにする。

 それに対して、スタンフォードは言い聞かせるように告げた。

 

「君がやるべき事は、その訳のわからない内に手に入れた力を一日でも早く使いこなして大切な人を守ることじゃないのかい?」

「大切な人を、守る……」

 

 ブレイブは、スタンフォードの言葉を噛みしめるように復唱する。

 その言葉はブレイブの心に自然と浸透していった。

 先ほどまで怒りがあっという間に霧散していく。

 毒気の抜かれたブレイブをスタンフォードは真っ直ぐに見据える。

 

「君が悩みに気をとられている内に仲間が亡くなったら、後悔せずにいられるのか?」

「それ、は」

「わかったら、さっさと寝るんだね。僕はもう寝る」

 

 また上から目線で偉そうに語ってしまった。

 ブレイブに向けて発した言葉は、その全てが自分に刺さる言葉だった。

 

「……どの口が言うんだか」

 

 ふと、口から零れ落ちた言葉は、夜風でかき消されるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 決意を新たにいざイベントへ

 ついに運命の分かれ道である校外演習が始まる。

 帯剣したスタンフォードは深呼吸をして心を落ち着かせていた。

 

「スタンフォード君、きょ、今日はよろしくお願いしましゅ!」

 

 同じ組であるステイシーは緊張した様子でスタンフォードへと話しかけてくる。

 そんな彼女の緊張をほぐすため、スタンフォードは柔和な笑みを浮かべた。

 

「そう緊張するな。監督生もいるし、きちんと連携を取れれば危険はないさ」

「スタンフォード君は緊張しないんですか?」

「普段から鍛錬をしているからね。不安に思う要素なんて欠片もないさ」

 

 涼しい顔をしているがこの男、内心は恐怖と緊張で震え上がっていた。

 そんな彼の内心には気がつかず、ステイシーは純粋にスタンフォードを尊敬の眼差しで見つめていた。

 

「スタンフォード殿下、本日は宜しくお願い致します」

「殿下には敵いませぬが、組に貢献できるように全力で取り組みますぞ」

 

 ステイシーと話していると、同じ組であるジャッチとガーデルが挨拶にやってきた。

 ジャッチは制服を着崩して着ており、あまり貴族らしくない風体だが、スタンフォードが王子ということもあり、丁寧な態度で頭を下げる。

 ガーデルはジャッチとは対照的に、眼鏡をかけて身なりを整えた優等生といった印象の生徒だ。

 二人はスタンフォードとは中等部からの付き合いである。

 高等部に進学してからはクラスが別になったこともあり、疎遠になってしまったのだ。

 元々そこまで仲が良かったわけでもなかったため、スタンフォードにとって二人は知り合い程度の間柄だった。

 

「ああ、君達がいると心強いよ。こちらこそ、今日はよろしく頼む」

 

 それでも実力で言えば、二人は火属性と風属性魔法の名門の出だ。

 魔物と戦うことに対して恐怖が残るスタンフォードとしては、二人が同じ組であることは幸運以外の何ものでもなかった。

 

「そういえば、殿下。異形種事件の際のお怪我はもうよろしいのですか?」

 

 ジャッチは思い出したように、スタンフォードに怪我の具合について尋ねた。

 本来ならば、スタンフォードが異形種事件の際に負った骨折は治るのに時間のかかる怪我だ。

 プライドの高いスタンフォードが、怪我を隠して郊外演習に参加していることをジャッチは危惧していた。

 

「見ての通りだ。ラクーナ先輩に治癒の魔法をかけてもらった」

「そうですか、それは良かった」

 

 スタンフォードが腕を振り回して見せると、ジャッチは安心したように胸を撫で下ろした。

 

「それにしても光魔法はすごいものですな」

 

 スタンフォードの腕が完治していることを目の当たりにしたガーデルも、興味深そうに会話に参加してくる。

 

「あの人の治癒は肉体の欠損すら直せるからな。同じ光魔法の使い手であるドラゴニルが治癒を使えないのは残念極まりないよ」

「ドラゴニル殿の魔法は攻撃に特化しているのでしょうな」

「逆にラクーナ先輩は攻撃魔法がほとんと使えないらしい。本当、魔法って性格が出るものだね」

「ははっ、違いありませぬな」

 

 和気藹々とした空気が流れる。

 スタンフォードは、思ったよりもうまくコミュニケーションが取れていることに安堵し、ポンデローザのアドバイス通り、この演習を通してジャッチやガーデルとも友人になろうと思うのだった。

 組内での顔合わせが終わると、スタンフォードの組を担当する監督生であるルーファスがやってきた。

 

「監督生のルーファスだ。今日はこの組の監督生を任された。あんまり俺様の手を煩わせないでもらえると助かる……ふぅぁぁぁ……」

 

 いつも通りルーファスは退屈そうにあくびしながら挨拶をした。

 やる気のない監督生に、その場にいた全員が呆れた表情を浮かべる。

 ルーファスの実力は折り紙付きだ。

 彼は純粋な戦闘力で言えば、学園内では最強と言っても過言でなかった。

 いざというときの保険にはなる。

 スタンフォードにとってはそれだけで十分だった。

 

「すみません、ちょっと外します」

「おー、すぐ戻ってこいよ」

 

 スタンフォードはルーファスに断りを入れると、セタリアがいる組の方へと駆け寄っていく。

 

「ごきげんよう、殿下。どうされたのですか?」

 

 駆け寄ってくるスタンフォードの姿に気づいたセタリアは優雅に礼をする。

 緊張した様子など感じられないセタリアに、スタンフォードはマーガレットがいないか尋ねた。

 

「ラクーナ先輩はいるか?」

「はい、あちらで先生とお話されておりますが……」

 

 セタリアが示した方を見てみれば、そこには今回の郊外演習の責任者を任された教師と話し込んでいるマーガレットの姿があった。

 確認が終わったのか、マーガレットがセタリアの組の方へと戻ってくる。

 すると、マーガレットはスタンフォードが自分の担当する組にいたため、怪訝な表情を浮かべた。

 

「あれ、スタンフォード君。どうしたの?」

「折り入って先輩にお話がありまして、少し話せますか?」

「うん、まだ時間はあるから大丈夫だよ」

 

 あまり周囲に聞かれたくない話だったため、スタンフォードは少し離れた位置までマーガレットを連れて行くと小声で話し始めた。

 

「ラクーナ先輩、その、信じられないかもしれないですけど……今日の郊外演習では、生徒達に大規模な被害が出る可能性が高いんです」

「どういうこと? 詳しく聞かせて」

 

 告げられた穏やかでない内容に、マーガレットは真剣な表情を浮かべて先を促した。

 

「危険な幻竜である雷竜ライザルクが出現するかもしれないんです」

「ライ、ザルク……」

 

 ライザルクという単語を聞いた途端、マーガレットは頭に手を当てて顔を顰める。

 それも一瞬のこと、マーガレットはライザルクが出現する根拠について尋ねた。

 

「幻竜って、ドラゴニル領で久しぶりに観測された存在だよね。どうやってライザルクが出現するってわかったの?」

 

 幻竜は歴史上観測された数自体が少ない。

 ブレイブが倒したという幻竜ですら、数十年ぶりに観測された個体なのだ。

 それが突然、凶暴な魔物がいないとされるムワット森林に出現すると言われても眉唾な話でしかない。

 

「すみません、それについては話せません……。ふざけたことを言っているのはわかってます。でも、ラクーナ先輩の力が必要なんです。あなたの光魔法なら肉体の欠損すらも治癒できる。ラクーナ先輩が負傷した生徒を治癒して回ってくれれば被害は最小限に抑えられるんです」

「わかった。そういうことなら任せて」

 

 しかし、マーガレットはスタンフォードの言葉を微塵も疑うことなく承諾した。

 

「信じて、くれるんですか」

「スタンフォード君が嘘を言ってないのはわかるよ。みんなを助けたいって気持ちも伝わってきた。信じるのは当然だよ」

「ラクーナ先輩……」

 

 事情も聞かず二つ返事で協力を承諾したマーガレットに、スタンフォードは胸が熱くなるのを感じた。

 誰からも信頼されてこなかったスタンフォードにとって、マーガレットからの信頼を得れたことは何にも代えがたいものだったのだ。

 

「それじゃ、これを持ってて」

「これは……魔石ですか?」

 

 マーガレットはスタンフォードに金色に輝く宝石を手渡す。

 

「うん、魔力を込めると光でもう一つの魔法石の場所を教えてくれるんだ。あっ、監督生用のやつだからこれ内緒ね?」

 

 マーガレットが渡したのは、通信手段のないこの世界において、相手の居場所を確認するために生まれた魔道具だった。

 二つ一組のこの魔道具は、片方に魔力を込めるともう一方の魔道具がある場所を示す仕組みになっている。

 実を言えば、この魔石は既にポンデローザから受け取っていた。

 ポンデローザの居場所を確認するための魔石、そしてブレイブの組を担当する監督生の分の魔石。

 このイベントを乗り切るために必要なものは既に揃えていたのだ。

 

「ありがとうございます」

 

 心強い味方を付けたスタンフォードは、マーガレットに礼を述べると自分の組へと戻っていった。

 組へ戻る途中、スタンフォードはポンデローザが監督生を担当しているヨハンの組に視線を向ける。

 すると、ポンデローザは視線に気づき、一瞬だけスタンフォードの方を向いて片目を瞑って笑顔を浮かべた。

 

「絶対に誰も死なせない……!」

 

 決意を新たに、スタンフォードは拳を握りしめる。

 心に巣食っていた魔物への恐怖はもうなくなっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 組み分け〝KING〟

 郊外演習が始まると、ルーファス以外の全員が気を引き締めて森の中を歩いて行く。

 危険な魔物がいないとわかっていても、魔物との戦闘経験のない一年生にとっては、魔物が出現する場所というだけでも緊張するには十分だった。

 

「そう気を張りすぎるな。どうせ雑魚しか出てきやしないんだ。もっと楽しんだらどうだ?」

 

 いつでも魔法を発動できるように身構えているスタンフォード達に、ルーファスは散歩に出かけているような気楽さで告げる。

 

「そうですね。これでは気が持ちませんよね」

「ああ、いざというときに緊張して戦えませんってなったら本末転倒だな」

「うむ、ルーファス様の言う通りですな」

 

 監督生であるルーファスの言葉に、いくらか張り詰めていた空気が緩む。

 そんな中、スタンフォードだけは一切気を緩めることなく周囲に気を配っていた。

 

「スタ坊よ。何をそんなに警戒しているんだ」

「……僕は普通に辺りを警戒しているだけです。少なくとも、この周辺には魔物はいないようですが」

「お得意の索敵か。相変わらず、どういう理屈で運用してるんだかさっぱりだな」

 

 スタンフォードは電波を発して周囲に魔物がいないかを慎重に確かめる。

 緊張感をまるで緩める気のないスタンフォードに、ルーファスはどこか呆れたように告げる。

 

「緊張感を保つのはいいことだが、そんなに警戒しなくても周囲に魔物の気配なんて――」

「っ、いた!」

 

 スタンフォードの索敵に魔物の反応があった。

 即座に魔法を発動させたスタンフォードは、電磁力を発生させて地面から砂鉄を巻き上げる。

 

「〝鉄砂刃(くろがねさじん)!!!〟」

 

 スタンフォードは砂鉄を磁力で操り、黒い刃を形成して目視できるギリギリの位置にいた狼の魔物を三匹とも両断した。

 その場にいた全員があまりの出来事に絶句する。

 驚きのあまり声も出ないステイシー、ジャッチ、ガーデルの代わりに、ルーファスは冷や汗を浮かべながら呟いた。

 

「おいおい、あんな遠くの魔物まで感知できるのかよ……」

 

 学園最強と謳われているルーファスですら気づけない位置にいた魔物を遠距離から一撃で屠る。

 スタンフォードの独自の魔法運用についてはルーファスも幼い頃からよく知っていた。

 それでも、ここまで実戦で使いこなせるとは思っていなかったのだ。

 敵の位置をいち早く把握して遠距離からの不意打ち。

 これだけ見ればスタンフォードが相当な魔導士だということがわかる。

 当の本人は魔物との接近戦が怖いから、できるだけ遠距離攻撃だけで終わらそうとしていただけなのだが。

 その場に立ち尽くしていた一同だったが、ようやく自分達が魔物の出る場所にいると自覚して動き出す。

 

「今の魔法どうやったんですか!?」

 

 その中でもステイシーは初めて見る魔法に興奮したようにスタンフォードへと詰め寄った。

 

「ああ、今のは――」

 

 目を輝かせているステイシーに尋ねられ、スタンフォードは自慢げに自分の魔法について解説しようとする。

 そこでふと、スタンフォードは今までの自分のことを思い返した。

 得意気になって自分にしかわからない魔法の運用について語り、周囲を見下す。

 それによって、自分がいかに周囲に不快感を与えていたかを思い出したのだ。

 

「いや、そうだな……」

 

 また同じことを繰り返すところだったスタンフォードは何とか踏みとどまり、言葉を選び始める。

 

「これは砂鉄といって地面に含まれている金属だ。どの地面にも含まれているわけじゃないけどね」

「なるほど、これが砂鉄……」

 

 ステイシーは、スタンフォードが手に掬った砂鉄を興味深そう観察する。

 

「確かに単一の物質を操るのなら魔力は消費しなさそうですね。でも、土属性でもないのに、どうやってこれを操っているんですか?」

「僕の雷魔法は雷、つまり電気を操る魔法だ。電気は使い方次第でいろんなことができる。磁石は知っているかい?」

「はい、魔力を有していないのに、鉄に引っ付く不思議な石ですよね」

 

 この世界には磁界という概念こそないが、物質としては磁石は存在している。

 魔法という存在がある以上、大抵のことは魔法で済む。

 磁石も鉄を引きつけるという特異性から研究されていたが、磁石は魔力を有する石ではなかったため、不可思議な石とされる存在となっていたのだ。

 

「電気を操れば磁石と同じように鉄を引き寄せることができるんだ。僕はそれを応用して雷魔法で砂鉄を操っているんだ」

 

 スタンフォードは出来るだけ具体的に自分の魔法について説明した。

 

「魔法学会でも謎とされている磁石を再現するなんて……これ学会で発表したらとんでもないことになるんじゃないですか?」

「いや、そもそも雷魔法が使えるのは王族だけだし、僕も自分の魔法をいろいろ試していて偶然発見しただけだから、具体的な理論とかは語れないんだ」

「なるほど、試行錯誤の果てに得た偶然の産物というわけですか。努力家のスタンフォード君らしいですね」

 

 丁寧なスタンフォードの解説を聞いたステイシーは納得したように頷いた。

 

「出来ることは多い方が良いからね」

 

 スタンフォードはステイシーからの素直な賞賛に、照れたように笑顔を浮かべた。

 そこには、曖昧に単語だけを並べ、首を傾げる相手を見下す男の姿はもうなかった。

 それからも、魔物の出現をいち早く察知しては一方的に倒すということを繰り返していると、ルーファスが退屈そうに不満を漏らした。

 

「こりゃ俺様の出番はなさそうだな。まったく、退屈だ」

 

 個人的な不満を漏らした後、ルーファスは一応監督生という立場上、スタンフォードを注意する。

 

「スタ坊よ。一方的にお前だけが倒してちゃ、こいつらの演習にならん。少しは譲ってやれ」

 

 ルーファスの指摘に、ステイシー達の表情を窺う。

 彼らは一様に、魔物と戦わなくて良い安堵と自身の実力が発揮できない不満が混じった複雑な表情を浮かべていた。

 

「すまない。次の敵は君達に任せても良いかな?」

「任せてください!」

「はい、私達にお任せください」

「お心遣い感謝致しますぞ」

 

 スタンフォードの謝罪に、三人は笑顔を浮かべた。

 

「よし、じゃあきちんと連携をとって戦うようにな。スタ坊があっさり倒してるからって油断はするなよ?」

 

 今度はステイシー達にもしっかりと釘を刺すと、ルーファスは軽やかな足取りで歩き始めた。

 その姿を見て、スタンフォードは意外と周りを見ている人なのだと、ルーファスへの認識を改めた。

 引き続き電波による索敵を続け歩き続ける。

 すると、スタンフォードの索敵に多数の反応が引っかかった。

 

「魔物がいた。反応からして蜂型の魔物だな。中型の奴が一匹、その後ろに小型の奴が最低百十匹はいるな」

「ひゃ、百匹!?」

 

 スタンフォードから告げられた魔物の数にステイシーが悲鳴を上げる。

 小型といっても、魔物は魔物。

 ステイシーの反応も無理はなかった。

 

「蜂型ということは飛行しているのですかな?」

「ああ、そうだな」

「なるほど、では先に小型を片付けましょう」

 

 冷静に状況を分析すると、ガーデルは素早く全員に指示を出した。

 

「小型の方は私奴とジャッチ殿で引き受けましょう。ステイシー殿は中型の方を引きつけて時間を稼ぎ、殿下は彼女のフォローをお願いできますかな?」

「わかった」

 

 スタンフォードが遠くから索敵をしたこともあり、時間には余裕がある。

 作戦を確認していると、進行方向から不愉快な羽音が鳴り響いてきた。

 

「あれはヴェスピアだな」

 

 ヴェスピアは、人の拳ほどの大きさのミツバチのような魔物だ。

 針に毒こそないものの、顎が非常に発達しており噛みつかれると大怪我をすることもある。

 基本的に人や動物を襲うことはなく、縄張りに入ったものを攻撃するため危険度は低い。

 侵入者への攻撃も、追い払うことを前提としており、ヴェスピアによる死者が出た例は限りなく少なかった。

 また女王蜂は熱への耐性を持っていることも特徴の一つだ。

 魔物の姿を目視すると、ルーファスは眉を顰める。

 

「女王蜂がいるってことは巣の引っ越しか? だが、群れ全体の移動なら最低でも千匹はいてもおかしくないが……」

「巣の移動、極端に少ない群れの数、か」

 

 スタンフォードはルーファスと同じ疑問を持った。

 そして、答えを知っていることもあり、改めてムワット森林にライザルクが出現することは避けられないことなのだと悟った。

 

「来ますぞ!」

 

 ガーデルの号令で思考が現実に引き戻される。

 今は目の前のことに集中しなければ。

 スタンフォードは即座に後ろに下がり、それと同時にジャッチとガーデルが前に出る。

 

「小型の動きは私奴が封じますぞ! 〝嵐牢矢(テンペストフレッチャ)!!!〟」

 

 意気揚々とガーデルが矢を放つと、突風が発生してヴェスピアの群れを女王蜂と分断する。

 繊細な魔力操作によってヴェスピアの群れは風の檻に閉じ込められた。

 女王蜂以外一匹も逃さずに風の檻に閉じ込めたガーデルの手腕に、魔力操作には自信のあったスタンフォードも息を呑む。

 女王蜂は魔法を発動しているガーデルに向かって一直線に飛んでくる。

 

「キッシャァァァ!」

 

 その前に立ちふさがったのはステイシーだった。

 

「一対一なら任せてください! 〝硬化(ハドゥン)!!!〟」

 

 ステイシーは臆することなく女王蜂の強靱な顎を左腕で受け止めた。

 岩石の様に盛り上がった腕は傷一つ付くことなく、女王蜂の噛み付きをしっかりと防いでいた。

 

「よいしょ、っと!」

 

 可愛らしい掛け声とは裏腹に、ステイシーは女王蜂の硬い頭部を硬化した右拳で殴り砕いた。

 

「チッ、オレは雑魚の掃除役か、よ!」

 

 先程とは打って変わって荒々しい口調になったジャッチは両手剣を振るい、ヴェスピアが閉じ込められている風の檻に炎を放った。

 風で勢いを増した炎はあっという間にヴェスピアの群れを焼き払う。

 見事な連携で倒されたヴェスピアを見て、スタンフォードはポツリと呟いた。

 

「……もうあの三人だけでいいんじゃないか?」

 

 ここまで一人でほとんどの魔物を倒していた自分のことは棚に上げ、スタンフォードは驚いたように三人を眺めた。

 魔物を完全に倒したことを確認すると、ステイシー達は安堵のため息をつく。

 すると、ゆったりとした拍手の音が聞こえてきた。

 

「見事な連携だな」

 

「「「ありがとうございます!」」」

 

 ルーファスからの賞賛にステイシー達は喜びを露わする。

 学園最強と呼ばれているルーファスから褒められた。

 それは新米魔導士としては、とても誇らしいことだった。

 

「冷静に状況を把握し作戦を立てたウィンス、申し分ない威力の炎魔法を放ったボーギャック、硬化魔法を有効に活用しているルドエ。そして、いち早く魔物を感知したスタ坊。みんな優秀で末恐ろしいくらいだ。こりゃ最強の座を明け渡す日も遠くはないな」

 

 最後に冗談めかして講評を締め括ると、ルーファスはスタンフォードへと向き直った。

 

「見直したぞ、スタ坊」

「はい?」

 

 まさか、他人に興味のないルーファスからそんな言葉をかけられるとは思ってもみなかったため、スタンフォードは目を丸くして固まった。

 

「お前は思ったよりも、おもしれー奴だったみたいだな」

 

 楽しげに笑うと、ルーファスはスタンフォードの頭を乱暴に撫でる。

 

「ちょ、もう子供じゃないんですからやめてくださいよ!」

 

 ぼさぼさになった髪を整えながらも、スタンフォードは自分の周囲からの評価が段々と良くなってきているのを感じて笑みを零すのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 組み分け〝QUEEN〟

 校外演習はどの組も大きなトラブルが起こることなく順調に進んでいた。

 それはマーガレットが監督生を務めるセタリアの組も例外ではなかった。

 セタリアの組では、順調にお互いの実力を把握しながらも堅実に魔物を倒していた。

 今回、同じ組になったムロハル、カーヤ、マチルダの三名は同じクラスの者であり、最低限どのくらいの実力を持っているかは把握していたのだ。

 高い実力を持つセタリアと監督生として治癒においては右に出るものはいないマーガレットの存在。

 その影響か、この組は過剰に緊張はせず、気を抜いてもいないという理想の状態にあった。

 

「マーガレット先輩、どうか致しましたか?」

「えっ、何が?」

 

 全員がほど良い緊張感を持っている中、当の監督生であるマーガレットだけが落ち着かない様子で辺りを警戒していた。

 

「いえ、どうにも周囲をかなり警戒されているようでしたので……」

 

 自分達は何か先輩を心配させることをしてしまったのだろうか。

 セタリアは心配そうにマーガレットの顔を覗き込んで尋ねた。

 

「そ、それはほら、アレだよ! 監督生としてしっかりしなきゃって思ってね!」

 

 マーガレットは噓をつくことが下手だった。

 目を泳がせ冷や汗をかいているマーガレットをセタリアは怪訝な表情で見つめる。

 

「演習前にスタンフォード殿下と何かお話されていたようですが、それに関わることですか?」

「えぇっ、ううん!? 全然違うけど!?」

 

 セタリアの指摘に、マーガレットは声を裏返らせる。

 それはもう答えを言っているのと同義だった。

 

「前から思っていましたが、マーガレット先輩はどうして殿下にそこまで肩入れなさるのでしょう。彼は努力家ではありますが、周囲の機微に疎いところがあります。悪気なく周囲の人間を傷つけてきたことも一度や二度ではありません」

 セタリアの発言に、同じクラスであるムロハル、カーヤ、マチルダの三名は驚いたように目を見開く。

 基本的にセタリアは、婚約者としてスタンフォードを立てるように立ち回る。

 そんな彼女が、オブラートに包んでいるとはいえ、スタンフォードの評価を貶めるような発言をすることは初めてだったからだ。

 

「うん、そうだね。お兄さんのハルバード様から大体のことは聞いてるよ」

「では、何故……」

 

 理解できない。

 セタリアは自然と怪訝な表情を浮かべていた。

 彼女にとって、他人を自分の装飾品程度にしか思っていないようなスタンフォードがマーガレットを気に入ったということも驚きだったが、それ以上にマーガレットもスタンフォードを気に入っていることに疑問を抱かずにはいられなかったのだ。

 彼女の問いに対して、マーガレットは苦笑しながら呟くように言った。

 

「何でだろうね」

「と、言いますと?」

「何か放っておけないんだよね。本当に感覚的なものなんだけどさ」

 

 うまく説明できないもどかしさを感じながらも、マーガレットは言葉を紡いだ。

 

「セタリアさんにもない? よくわからないけど、この人は守らなきゃいけない、傍にいたいって感覚」

「それは……わかる気がします」

 

 マーガレットが語った感覚に、セタリアは心当たりがあった。

 自身がブレイブに抱いている感情。

 それはまさにマーガレットの言った言語化できない感覚的なものだった。

 初めて学園でブレイブに出会ったとき、全身が湧き立つような感覚を覚えたことは今でも彼女の心に深く刻まれている。

 セルペンテ家の地位を上げるための政略結婚の道具。

 それが自分の役割だと信じて疑っていなかったセタリアにとって、特定の異性に対して特別な感情を覚えることはなかった。もちろん、王家との繋がりを強固にするためだけに婚約者となったスタンフォードも例外ではない。

 

 しかし、ブレイブは違った。

 レベリオン王国では珍しい黒髪黒目の少年。

 初めて会ったはずなのに、昔から知っているような気がした。

 彼になら自分の全てを託しても良い。そんな風に思えたのだ。

 ドラゴニル辺境伯の息子と聞いて、まったく似てないと指摘すれば本当の息子ではないと打ち明けられたのはつい最近のことだ。

 だからこそ、ブレイブが何者なのか。自分が抱いている感情は何なのか。興味が尽きなかった。

 

「一体何なのでしょうね。この感覚は」

「本当にねー」

 

 二人は顔を見合わせて苦笑する。

 

「案外、私達って似た者同士なのかもね」

「世界樹の巫女の末裔様と似ているなんて恐れ多いですよ」

「勘弁してよ。私自身はそんな大層な人間じゃないんだから」

 

 セタリアの冗談めかした言葉に、本気で嫌そうな表情を浮かべた後、マーガレットは告げる。

 

「貴族って柄じゃないんだよ。国を巻き込んだ大事になっちゃったから開き直るしかなかったけどね。治癒魔導士(ヒーラー)だけに!」

 

 空気が凍る。

 今のは、()()き直ると()()()()()()()()をかけたマーガレット渾身のダジャレだった。

 もちろん、欠片も面白くないため、黙って話を聞いていたムロハル、カーヤ、マチルダの三名ですら、何か言った方がいいのではと目配せをしていたほどである。

 

「ま、まあ、マーガレット先輩は言葉遊びがお上手なんですね!」

「あははっ、面白いです!」

「……さりげない会話に遊びを含ませる。なかなかできることじゃないですよ」

「笑いにはうるさいこの私も完全敗北を求めざるを得ないようですね……」

 

 その場にいた四人全員が一斉に滑ったマーガレットのフォローに回る。

 

「いっそ殺して……!」

 

 マーガレットの目に一筋の涙が光る。

 ちょっとしたダジャレで場を和ませようとしただけなのに、どうしてこんなことに。

 マーガレットは、金輪際ダジャレを言わないことを心に固く誓った。

 後輩の前で滑った上にフォローされてしまったマーガレットは、しばらく拗ねたままだった。

 どうしたものかとセタリアが考え倦ねていると、突然索敵に魔物の反応があった。

 

「っ! 皆さん、気をつけてください。大型の魔物が一匹こちらに向かっております」

 

 セタリアは風魔法の使い手だ。

 空気の流れを読むことでスタンフォードほどではないが、かなりの広範囲の索敵が可能だった。

 大型の魔物が来るということもあり、マーガレットもすぐに気持ちを切り替える。

 監督性という立場上、緊急事態以外では手出しをすることはないが、スタンフォードからライザルクのことを聞いていたこともあり、最悪自分が介入することも視野に入れていたのだ。

 全員が臨戦態勢に入ると、木々の間から一匹の狼が飛び出してきた。

 

「グルルッ!」

「あれはメリノウルフ……?」

 

 飛び出してきた羊のような顔をした狼の魔物を見て、マーガレットは困惑したように呟く。

 メリノウルフは、羊のような毛皮を持つ狼型の魔物だ。

 羊の群れに紛れ込み、油断したところを襲うという変わった生態を持ち、その毛皮は貴族のドレスなどにも使用されており、高値で取引されている。

 通常、メリノウルフの体長は普通の羊と変わらないサイズだ。

 

 しかし、目の前の個体の体長は、優に通常種の三倍を超えていた。

 さらに、特徴的な毛皮は剥ぎ取られたように一部を残してなくなっていた。

 そこから竜鱗のような地肌が覗いてるのを見て、セタリアは息を呑む。

 

「これはボアシディアンのときと同じ異形種……!」

 

 あり得ないほどの巨躯に、羊の群れに紛れるメリノウルフが単独でいること。

 どう考えても異常事態だ。

 

「〝全体強化(オールエンチャント)!!!〟」

 

 マーガレットは即座に全員へと強化魔法をかける。

 眩い光がその場にいた全員を包み、身体能力を爆発的に向上させる。

 

「マーガレット先輩、感謝します!」

 

 セタリアは腰に帯剣していた細剣を抜くと、メリノウルフへと一直線に突撃する。

 

「スタンフォード君、どうか無事でいて……!」

 

 その背中を見ながら、マーガレットはスタンフォードの無事を祈った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 混沌とする校外演習

 ルーファスは、いち早く森の異変に気づいた。

 ムワット森林には、大人しい魔物しかいないはずだ。

 しかし、出現する魔物はどれも凶暴化――いや、何かに怯えるように攻撃的になっていた。

 

「一体この森で何が起こってやがる!」

 

 もはや演習どころではない。このままでは生徒に被害が及ぶ。

 そう判断したルーファスは懐から連絡用の魔石を取り出した。

 すると、全ての魔石が発光しておりこの異常事態が各所で発生していることを理解する。

 

「他の組が心配だ、ここは任せたいところだが……」

「大丈夫です! ルーファス様は気にせず他組の救援に向かってください!」

 

 即答するスタンフォードに、ルーファスは珍しく躊躇を見せた。

 スタンフォード以外の二人に視線を移すと、ルーファスは目を細める。

 

「スタ坊、お前の実力は申し分ない」

 

 ルーファスは不承不承と言った様子で、スタンフォード達にこの場を任せて他組の救援に向かうことにした。

 

「仲間がいるからって油断だけはするなよ。常に周囲に気を配って対応するんだ」

「わかりました」

「これはもしものときの回復薬(キュアポーション)だ。マーガレット特製だから効果は折り紙付きだ」

 

 最終的に、ルーファスはスタンフォードがいればこの組は問題ないと判断した。

 念のため、強力な回復薬をスタンフォードに手渡すと、ルーファスは木々の合間を縫って高速で去っていった。

 

「みんな、聞いていた通りだ。今、異常事態が発生している。このまま全員で魔物を撃破しながら撤退するぞ!」

 

「「「了解しました!」」」

 

 ステイシー達は迅速にスタンフォードの指示に従い動き始める。

 スタンフォードは逸る心を落ち着かせながら、ポンデローザから受け取った魔石を確認してブレイブの組がいる方向へと移動を始めた。

 ポンデローザから聞かされていたライザルクが出現する合図。

 それは竜の血を得たことによって異形種となった魔物の出現だった。

 

 ということは、だ。

 ライザルクは自分の元にではなく、ポンデローザが監督生を担当するヨハンの組に出現したことになる。

 ポンデローザの元にライザルクが出現したのならば、やることは決まっている。

 ブレイブを見つけて迅速に彼をライザルクの元へと連れて行く。それが自分の役割だと、スタンフォードは理解していた。

 

「あれ……?」

 

 スタンフォードは今までポンデローザが原作通りだからと言っていたため、それを疑うことなく信じてきた。

 今もヨハンの組の付近にライザルクが出現したことは疑ってはいない。

 だが、引っかかることがあった。

 何故、原作においてライザルクが出現する場所が自分とヨハンの組だったのか。

 ただスタンフォードが噛ませ犬としてやられるだけのイベントならば、世界の修正力によってライザルクはスタンフォードの元に出現するはずだ。

 それが今回、ライザルクはスタンフォードの元へ出現しなかった。

 

 そこまで考えたとき、スタンフォードはポンデローザが自分を戦闘に巻き込まないようにしていたことに気がついた。

 

『大丈夫! 泥船に乗ったつもりでいなさい!』

 

 どうしてポンデローザは適当な作戦でも、あんなに自信満々だったのか。

 その答えは単純だ。

 ポンデローザはヨハンの組にライザルクが出現することを予め理解していた。

 つまり、ポンデローザは初めから一人でこの件を何とかするつもりだったのだ――スタンフォードの命を危険に晒さないために。

 

「ポン子、無事でいてくれ……!」

 

 立ちふさがる木々の枝を切り伏せながら移動する。

 事態は一刻を争う。

 しかし、急いでいるときほど障害は現れるものだ。

 

「ウルォォォ!」

「くそっ、ハニートか!」

 

 スタンフォード達の前に巨大な熊の魔物が立ち塞がる。

 ハニートは、全身を黄色の硬い毛皮で覆われた魔物だ。

 ハチミツと果物を好んで食し、他の動物を襲うことはない。

 

 だが、目の前のハニートは通常個体よりも巨大化しており、胸の当たりが赤黒く染まっていた。

 涎を垂らして獰猛な唸り声を上げ、スタンフォード達を見下ろしているハニート。

 そこには、円らな瞳が女性から人気があり、街ではぬいぐるみも売っているほどの愛らしい魔物の面影は欠片も残っていなかった。

 

「まさかこのハニートって……!」

「異形種だ! 全員、気を引き締めろ!」

 

 スタンフォードは魔剣を抜き、魔力を惜しむことなく注ぎ込む。

 

「ステイシーは前衛、僕は隙を見て遊撃する! ジャッチ、ガーデル、攻撃魔法の準備を!」

 

「「「了解!」」」

 

 即座に指示を出すと、全員が即座に魔法を発動させる。

 

「〝全身硬化(フルハドゥン)!!!〟」

「ウルォォォ!」

 

 ステイシーが全身を岩石のように硬化させる。

 岩肌のように盛り上がったステイシーの肉体は、ハニートの振り下ろした腕を受け止めた。

 

「くっ、一撃が重すぎて防ぎきれません……!」

 

 しかし、予想以上の重たい一撃に、衝撃を受け止め切れなかったステイシーの体がよろけてしまう。

 体勢の崩れたステイシーを追撃しようとハニートが再び腕を振り上げる。

 

「〝武雷刃(ぶらいじん)!!!〟」

「ウォ!?」

 

 そこですかさずスタンフォードが雷を纏った高速の斬撃を放ち、ハニートの腕を切り飛ばす。

 ボアシディアンにやられた経験から、スタンフォードは異形種の肉体硬度が通常種よりも硬くなっていることを把握していた。

 そのため、斬撃を放つ瞬間はさらに魔力を大量に込めて放つことで、竜鱗のような硬度を持つ異形種の肉体に斬撃を通すことに成功したのだ。

 

「二人共、今だ!」

 

 スタンフォードは魔力を練っている二人に指示を出す。

 

「「了解!」」

 

 二人は息を揃えて魔法を放つ。

 旋風が炎を巻き込み、火力を増大させる。

 異形種のハニートを確実に葬り去るであろう一撃は――

 

「が、あっ!?」

 

 ――突然方向を変えてスタンフォードに直撃するのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 悪役令嬢は一人戦場へと立つ

「ブルァァァァァ!」

 

 突如目の前に現れた馬のような体と雲を纏っているかのような毛皮が特徴的な竜。

 稲妻のような形状の角からは電光が迸っており、いつ電撃が飛んできてもおかしくない状況だ。

 

「ライザルク……!」

 

 ゲームで何度も戦った通りの見た目。

 前世で見慣れたはずの竜を見て、ポンデローザは冷や汗をかいた。

 姿こそ見慣れていても、実際に対峙してみてその威圧感は尋常ではなかったのだ。

 ライザルクの周囲には、優に三百を超える小竜が飛び交っている。

 その全てがライザルクの指示に従うようにポンデローザ達を取り囲んでいる。

 ポンデローザは、既に全ての小竜が異形種になっていると判断し、扇子を懐から取り出してヨハンに告げた。

 

「……ヨハン、他の者を連れてお逃げなさい」

「しかし、それではポンデローザ様が!」

 

 自分だって出来ることならこの場から逃げ出したい。

 それでも現時点で原作の流れを大きく狂わせるわけにはいかない。

 覚悟を決めたポンデローザは、振り返ることなく戦闘態勢に入る。

 

「甘く見てもらっては困りますわね」

 

 扇子を勢いよく開くと、ポンデローザは魔力を全開で放出する。

 

「〝氷結の茨姫(アイシクル・バラギ)!!!〟」

 

 ポンデローザが氷魔法を発動させると、茨のような長髪を持つ女性の氷像が現れた。

 この氷像はポンデローザが前世で好きだった茨姫がモデルの女性Vtuberを模したものだ。

 茨姫の氷像は髪を伸ばし、ヨハン達の退路を塞いでいた小竜を拘束するのと同時に、氷付けにして砕いた。

 

「異形種の小竜達が一瞬で……!?」

 

 百を超える異業種の小竜を一瞬で撃破したことで、ヨハンは目を見開いた。

 

「さあ、お行きなさい!」

 

 ポンデローザは、監督生に配布されたマーガレットが魔力を込めて作成したポーションを渡すと、ヨハン達にこの場から離れるように促す。

 

「どうかご無事で!」

 

 他の三名もヨハンと同様に絶句していたが、退路が確保されたことで迅速に撤退を始めた。

 ヨハン達の姿が完全に見えなくなると、ポンデローザは素の口調に戻って呟く。

 

「原作より難易度爆上がりじゃないのよ。まったく……〝氷結盾(アイシクル・シールド)!!!〟」

 

 直後に飛んできた電撃を氷の盾で防ぐ。

 氷の盾は何とか電撃を防ぐことはできたが、半分以上が電熱で溶けてしまっていた。

 電撃を浴びつつも、茨姫の氷像は飛んでいる小竜を撃破していく。

 ポンデローザの氷魔法で作られた氷像は、単純な指示ならば指示がなくとも動くことができる。

 魔法は想像力が性能に直結する。

 本来自由気ままな性格のポンデローザと、氷魔法は驚くほどに相性が良かった。

 

「ホント、いい加減にしてよね!」

 

 苛立ったように叫ぶと、ポンデローザはライザルクに氷の槍を放つが、ライザルクは氷の槍に電撃をぶつけて攻撃を防御する。

 ポンデローザはこのイベントをほとんど一人で解決するつもりだった。

 ライザルク戦はBESTIA BRAVEにおける戦闘イベントの一つだ。

 BESTIA HEARTでは、スタンフォードルートでのみこのイベントが発生する。

 どちらの作品においてもスタンフォードは、ライザルクに挑んで敗北し、その後にブレイブがライザルクを倒すという流れだ。

 問題は、どうすればBESTIA HEARTのスタンフォードルートの展開になるかということである。

 BESTIA HEARTのスタンフォードルートでは、スタンフォードはBESTIA BRAVEと同様にライザルクに挑んで敗北する。

 BESTIA BRAVEでは語られなかったが、スタンフォードは自分が敗北したライザルクをブレイブが倒したことで悔し涙を流していた。

 そこにマーガレットが現れて治癒魔法をかけながら「勝てないとわかってて逃げずに立ち向かうなんて格好いいね」と告げるのだ。

 原作でのスタンフォードは、自分がライザルクに敵わないと知りつつも、虚勢を張って立ち向かっていた。

 彼のことをきちんと見ていたマーガレットは、そのことを理解していたのだ。

 

 つまり、このイベントを乗り越える条件は二つ。

 スタンフォードがライザルクに敗北すること。

 ライザルクをブレイブが倒すこと。

 この二つだけだとポンデローザは考えていた。

 

 しかし、スタンフォードと接する内に考えは変わっていった。

 たとえ、どんな理由があろうと命の危険がある場所へスタンフォードを送り出すことはできなかったのだ。

 ポンデローザは根っからのお人好しだ。

 彼女の前世での死因も、人を助けようとしたことによるものだった。

 ポンデローザは、自分の命が懸かっているからといって、人の命を危険に晒すようなことはできるだけしたくなかったのだ。

 そこでポンデローザは何とかスタンフォードが戦わずに済む方法を考えた。

 曲解すれば、このイベントはスタンフォードがブレイブへの劣等感を覚えるためのイベントだ。

 現在、スタンフォードはブレイブに対して原作以上に劣等感を覚えている以上、そこは問題ではないのだ。

 となると、問題はマーガレットの方だ。

 マーガレットは、乙女ゲームの主人公らしくプレイヤーが感情移入しやすいように個性が薄くなっている。

 マーガレット元い、プレイヤーがスタンフォードに魅力を感じる点は、実は努力家であり、他人のために必死になれるところだ。

 そこでポンデローザは、スタンフォードにブレイブを連れてくる役割を与えることにした。

 生徒を守るために、最も嫌っている人間を頼る。

 これもまた広い目で見れば自分よりも他人を優先しているように見えると考えたのだ。

 

 ずっと孤独を感じながら生きてきたポンデローザにとって、スタンフォードはたった一人の理解ある友人だった。

 だから、どうしても彼を守りたかったのだ。

 

「〝氷結の獅子王(アイシクル・レオ)!!!〟」

 

 ポンデローザは気持ちを奮い立たせると、獅子の獣人の氷像を作成してライザルクを真っ直ぐに見据える。

 

「あんたの相手はあたしの推しよ!」

 

 獅子の獣人の氷像は、ポンデローザが前世で最も好きだったVtuberを元に作成されている。

 魔法の性能を左右するものはイメージである以上、この獣人の氷像はポンデローザにとって、最強とも言える魔法だった。

 獅子の獣人と茨姫の氷像は並び立つように、ポンデローザの前に立つ。

 

「これやると貧血になるからあまりやりたくなかったんだけどね!」

 

 ポンデローザは、氷像達に高純度の魔力を大量に含んだ血液を送り込む。

 

「赤スパ投入!」

 

 真っ赤に染まった氷像達は一段と力を増す。

 

「別にあれを倒してしまって構わんのだろう? なんて言ったら死亡フラグみたいだけ、ど!」

 

 茨姫の氷像は、茨状の髪を編み込んで盾を作ると電撃からポンデローザを守り、獅子の獣人の氷像は果敢にライザルクの元へと飛び込んでいく。

 

「わかりやすい死亡フラグは逆に生存フラグなのよ!」

 

 そう告げると、ポンデローザは自分を奮い立たせるように叫ぶ。

 

「覚悟なさい、あたしの推しは最強なんだから!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 過去は消えない。それでも……

 スタンフォードは、何が起きたか理解することができなかった。

 魔法は確実にハニートを捉えていた。

 だというのに、何故自分に魔法が直撃したのか。

 

「チッ……」

 

 その答えは単純だった。

 意図的にスタンフォードを攻撃した者がいたのだ。

 かすかに聞こえる舌打ちを耳にしたスタンフォードは全てを理解した。

 ハニートは高火力の爆撃に余波で怯んでいる。

 

「ステ、イシー……!」

「っ! 〝剛拳硬化(ナックルハドゥン)!!!〟」

 

 かすれたスタンフォードの声が届き、あまりの事態に呆気にとられていたステイシーが動き出す。

 ステイシーは、拳を硬化させてハニートの眉間を全力で殴りつけた。

 

「ウ、オォ……」

 

 強烈な一撃を受けたハニートはそのまま地面に崩れ落ちた。

 

「スタンフォード君! 大丈夫ですか!?」

 

 持っていた短剣を硬化させてハニートに確実に止めを刺すと、ステイシーは慌ててスタンフォードへと駆け寄った。

 異形種を殺せるほどの威力を持った魔法をその身で受けたスタンフォードはやけどを負ったものの、魔法を軽減する外套を着ていたため致命傷にはならなかった。

 

「……どういうつもりだ」

 

 思ったよりも低い声が出た。

 無理もないだろう。スタンフォードは王家の外套を身に纏っていたため助かったが、普通ならば死んでいてもおかしくない一撃だった。

 それを向けられて怒らない方が無理な話である。

 スタンフォードから鋭い視線を向けられたジャッチは、敬語も忘れて慌てふためく。

 

「お、オレじゃねぇよ!」

「言い訳は見苦しいですぞジャッチ殿。貴殿は中等部の頃から殿下を憎んでいた。絶対許さないとよくおっしゃっていたではありませんか」

「それは……!」

 

 図星を突かれたため、ジャッチは言葉に詰まる。

 

「貴殿はスタンフォード殿下に苦汁を舐めさせられてきた。魔法の演習の度に恥をかかされたことを根に持っているのでは?」

 

 ジャッチは火属性魔法の名門であるボーギャック家の嫡男だ。

 彼は家からの期待を背負い、王立魔法学園で優秀な成績を残すことを課せられていた。

 そして、意気揚々と入学した学園でスタンフォードに出会った。

 スタンフォードは魔力運用に関する天才で、王族特有の雷魔法を今までにない運用方法で使用していた。

 それにより、同学年の中でもずば抜けていたはずのジャッチの話題は埋もれることになる。

 ただ実力で敵わないのならば、切磋琢磨して超えればいい。そう思えた。

 しかし、スタンフォードはことあるごとに周囲を見下していた。

 ジャッチは特にその煽りを受けていた。

 

『おいおい、本気で来てくれよ。君の実力はその程度じゃないだろ?』

 

『こんなこともわからないなんて、笑えない冗談は止しなよ。名門のボーギャック家の嫡男なんだから、このくらい出来て当然だろ?』

 

 当時のスタンフォードは自分に酔っていた。

 自分の力を誇示しては、それが当然のように振る舞い間接的に周囲を貶す。

 そんなことを繰り返されれば、誰だってスタンフォードを恨むようになるだろう。

 スタンフォードに悉くバカにされていたジャッチは、周囲からの評価も落ち、家名に泥を塗ったとされて両親から叱責を受けることもあったのだ。

 

「それはてめぇも同じだろうがよ!」

 

 スタンフォードに苦汁を舐めさせられてきたのは、ジャッチだけではない。

 ガーデルもジャッチと同様の目に遭っていたのだ。

 

「私奴は分別が付く人間ですぞ。演習中の事故に見せかけて王族を殺害するなど、恐れ多くてできませんぞ」

 

 ガーデルは冷静にジャッチの言葉を否定する。

 そのやり取りを見て、スタンフォードは唇から血が滲む程に歯を食いしばる。

 この事態を招いたのは、自分の愚かな行動によるものだと理解したからだ。

 

「……ボーギャック様の炎魔法は威力を重視したもので、精密な制御を度外視したものでした」

 

 先程から黙って成り行きを見届けていたステイシーが口を開く。

 

「風は炎を巻き込む。ボーギャック様はウィンス様に制御を任せるために威力重視の魔法を放った。違いますか?」

「なっ、てめぇオレを利用してスタンフォードの奴を殺そうとしたのか!?」

 

 ステイシーの指摘を受け、自分が利用されたことを知ったジャッチはガーデルに掴みかかる。

 

「これは事故ですぞ。異形種を倒そうと焦って手元が狂った。それでいいではありませぬか」

 

 胸ぐらを掴まれても、ガーデルは涼しい顔をしていた。

 

「不慮の事故で殿下は怪我をされた。日頃の行いが悪かっただけの話ですぞ」

「てめぇ……!」

 

 堂々としらを切るガーデルにジャッチが激高する。

 そのままジャッチは拳を振りかぶる。

 

「待ってくれ」

 

 それを止めたのは他でもないスタンフォードだった。

 

「何で止めんだ、スタンフォード! てめぇは殺されかけたんだぞ!」

「それは僕が悪い。ジャッチ、君にもずっと酷い態度をとってしまってすまなかった」

「え……」

 

 殺されかけたというのに素直に謝罪をするスタンフォードに、ジャッチは目を見開いた。

 スタンフォードは改めてガーデルに向き直ると、深々と頭を下げた。

 

「ガーデル・ウィンス。君の名誉を貶めるようなことをしてすまなかった。この前の異形種騒動で思い知った。僕は調子に乗っていたのだと」

「殿下? 何をおっしゃっているのですかな」

「君が僕を憎む気持ちはよくわかる。君にこんな凶行をさせてしまったこと、本当に申し訳ない」

 

 それは心からの謝罪だった。

 スタンフォードは歪んだ笑みを浮かべて凶行に走ったガーデルを見て思った。

 あれは僕だ、と。

 全ては自分の思い通りにいく、何故なら自分はこの世界の主人公だから。

 そんな風に自分本意な行動を繰り返し、周囲を見下す。

 そして、ブレイブのような自分より上の存在は決して認めることができない。

 ガーデルの思考は、昔のスタンフォードに通じるものがあった。

 

「ふ、ぐふふ……何を言い出すかと思えば」

 

 気色悪い笑い声を漏らすと、ガーデルはスタンフォードを睨み付けた。

 

「それで改心したつもりか!?」

 

 額には血管が浮かび上がり、先程とは打って変わって凄まじい形相でガーデルは叫ぶ。

 

「今更殊勝な態度を取ったところで、貴様のせいで貶められた俺の名誉は戻らない! 勝手に終わらせようとするな! 貴様のような奴は大人になった後、あの頃はガキだった、今では良い思い出だなんてふざけたこと抜かすような奴になるんだ!」

「ガーデル……」

「過去は消えない! 貴様のような奴は無様に自分の行いを後悔しながら死んでいくのがお似合いなんだよ!」

 

 ガーデルの言葉をスタンフォードは否定できなかった。

 それだけのことをしたという自責の念があったからだ。

 

「それに俺からしてみれば、貴様はまるで変わっていない!」

 

 ガーデルは地面に唾を吐き捨てて続けた。

 

「ご自慢の魔法を振りかざし、ルーファス様に注意されるまで一人で魔物を狩り、ルーファス様からはまともになったというだけで高評価をもらう。普段真面目に努力している者が評価されずに、貴様のような奴の方が評価されるのはおかしいだろ!?」

 

 普段から真面目に振る舞っている人間はそれが当たり前だと思われ、不真面目な人間が善行をしただけで評価される。

 スタンフォードの前世においてハロー効果によるゲイン効果と呼ばれていたこの現象は、ガーデルが最も忌み嫌うものだった。

 

「スタンフォードが凄いんじゃない! この俺だ! 全部、俺のおかげだっただろ!? この演習において誰が最も活躍した!? 誰がその都度、状況に合わせて最適な作戦を考えた!? 誰のおかげで魔法の火力が上がった!? 誰のおかげで魔物を引き付けやすくなった!? 全部、全部全部、俺のおかげだろうが!?」

 

 口角砲を飛ばし、目を血走らせながらガーデルは叫ぶ。

 その姿は自己顕示欲と承認欲求に塗れたかつてのスタンフォードそのものだった。

 スタンフォードはガーデルの心からの叫びを聞いて思った。

 僕は変わったつもりになって、何も変わっていないじゃないか、と。

 ポンデローザに助けられ、マーガレットに優しくされ、自分まで真っ当な人間になっていると思い込んでいた。

 その結果がこれである。

 

「使えない成り上がり貴族の女と火力バカのボーギャックをこの俺がうまく使ってやったから、ここまで順調にこれたんだよ!」

 

 しかし、再び沈みかけたスタンフォードの心を救い上げる者がいた。

 

「それは違います!」

 

 突如、ステイシーが大声を上げてガーデルの言葉を否定する。

 物静かで自分より立場が上の者に逆らわないステイシーがガーデルに真っ向から立ち向かったことで、スタンフォードもジャッチも、そしてガーデルも言葉を失う。

 

「確かにウィンス様の判断には何度も助けられました。ですが、それは私達全員の力を合わせた結果です。決してあなた一人の功績ではありません!」

 

 先程のスタンフォードへの批判はそのままガーデルに当てはまるものだった。

 自分のことを棚に上げ、一方的にスタンフォードを悪者にするガーデルに、ステイシーの堪忍袋の緒が切れたのだ。

 

「他人を道具としか思っていないあなたに、スタンフォード君を非難する権利はありません!」

「ぐっ……!」

 

 自分勝手な理屈でスタンフォードを殺そうとしたガーデルと、相手を真に正そうとするために正論を述べたステイシー。

 

 どちらに正当性があるのかは言うまでもないことだった。

 

「スタンフォード君、過去と他人は変えられません」

 

 そこで言葉を句切ると、ステイシーは髪をかき上げて、優しい笑みを浮かべて告げた。

 

「ですが、未来と自分は変えられます。私にもそのお手伝いをさせてください」

「ステイシー……ありがとう」

 

 スタンフォードは自分のような人間に、これほどの言葉をかけてくれたステイシーに心から感謝した。

 

「時間がない。助けてくれるか?」

「もちろんです!」

 

 ステイシーは満面の笑みを浮かべてスタンフォードへの助力を承諾した。

 すると、それに続くようにジャッチがスタンフォードの前に立った。

 

「殿下、オレも力を貸すぜ」

「ジャッチ、どうして……」

「てめぇのことは気に入らねぇが、今は緊急事態だ。あんたに従うぜ」

 

 ジャッチはスタンフォードの性格こそ嫌っているが、彼にとってスタンフォードは目標でもあった。

 ジャッチは、スタンフォードの実力は本物であると認めていた。

 だからこそ、この緊急事態ではスタンフォードに従うことに決めたのだ。

 

「ほら、ガーデル。てめぇも行くぞ。このままここに一人でいても異形種の餌食になるだけだ」

「……どうせ王族の殺人未遂で俺は極刑になる。異形種に食われて死んだ方がマシだ」

「バカ言うな。死ぬならきちんとスタンフォードに心からの謝罪をしてから死ね。ほら、行くぞ」

 

 ジャッチが異論は許さないといった声音でガーデル声をかけると、ガーデルは渋々従った。

 

「それじゃあ、まず――」

 

 スタンフォードが方針を説明しようとした瞬間、辺りに爆発音が轟いた。

 音源に視線をやれば、そこでは上空に積乱雲が広がり、煙が立ち上っていた。

 すると、スタンフォードの元に、ポンデローザのペットである鳩のぼんじりが飛んできた。

 

「クルッポー!」

「ぼんじり! お前どうして……」

 

 どうしてここにいるのか、そんなことは聞くまでもなかった。

 何だかんだでこの鳩も主人の命を助けたいと思っているからだ。

 

「案内してくれ!」

「クルッ!」

 

 あの場所にポンデローザがいる。

 スタンフォードは固く拳を握りしめると、この場で最も信頼できるステイシーにマーガレットから受け取った魔石を手渡した。

 

「ステイシー、これに魔力を込めればラクーナ先輩の元へ行ける。ラクーナ先輩と合流してブレイブをあの場所へ連れてきてくれ。監督生同士なら居場所も把握しやすいはずだ」

「わかりました!」

 

 魔石を受け取り、強く握りしめるとステイシーは力強く頷いた。

 

「それとラクーナ先輩へ伝言を頼む」

 

 スタンフォードはマーガレットの言葉を思い出す。

 

『私、ポンデローザ様と友達になるよ!』

 

「あなたが友達になるまであのバカは絶対死なせません、ってな」

 

 そう告げると、スタンフォードは雷魔法で肉体を強化してポンデローザの元へと駆けだした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 運命のライザルク戦 前編

 ぼんじりの案内の元、肉体のリミッターを外して全力で走り続ける。

 今だに落雷の音は轟いており、戦闘が続いていることを示している。

 ポンデローザは強い。

 水魔法を応用した高度な氷魔法の使い手であり、その実力は既に学生のレベルを超えているとも言われている。

 

 しかし、そんな彼女にも弱点がある。

 それは、熱を含んだ攻撃だ。

 格下の相手であれば炎ですら凍り付かせることも可能だが、敵は魔物の中でも最上位に位置する雷竜ライザルクだ。

 何度か鍛錬場でお互いの技を見せあったからこそ、スタンフォードは知ってる。

 電熱で溶けてしまう氷魔法は雷魔法に滅法弱かったのだ。

 

「ポン子!」

 

 必死に走り続け、ついにスタンフォードはポンデローザの元へと辿り着いた。

 ここにいるはずのないスタンフォードの声が聞こえたことで、ポンデローザは振り返って目を見開いた。

 

「ス、タン……どう、して……」

 

 ポンデローザは既に戦える状態ではなかった。

 自身の血を氷像に送り続け、防ぎきれない電撃を浴び続けた。

 彼女を支えているのは、スタンフォードを守りたいと思う心だけだった。

 

「ブルァァァァァ!」

 

 もはや原型がわからなくなるほどに欠けた氷像達はまるで意思を持っているかのように、ライザルクからポンデローザを守り続けている。

 しかし、それも束の間のこと。

 氷像達を破壊して、ライザルクは一直線に電撃を放つ。

 

「くっ!」

 

 気がつけば体が勝手に動いていた。

 ポンデローザに放たれた雷よりも早く動かなければならない。

 雷魔法の応用で肉体のリミッターを外す肉体強化では速度が足りない。

 もっと早く。

 雷のように――

 

「……何で来るのよ、バカ」

 

 気がつけばスタンフォードは雷を身に纏ってポンデローザを抱きかかえて移動していた。

 兄であるハルバードに出来て自分にはできなかった本来の雷魔法の真骨頂。

 前世の知識のせいで凝り固まった固定概念を打ち破り、ついにスタンフォードはそれを引き出すことに成功したのだ。

 

「助けにきた奴に言うことがそれ?」

「ううん……助けにきてくれて、ありがとう」

 

 息も絶え絶えのポンデローザは嬉し涙を流しながらスタンフォードに礼を述べる。

 優しくポンデローザをライザルクから離れた場所へと降ろすと、スタンフォードはポンデローザにポーションを飲ませる。

 マーガレットの光魔法の込められたポーションを飲んだことで、ポンデローザの血色が少しばかり良くなる。

 それを確認すると、スタンフォードは魔剣ルナ・ファイを鞘から引き抜いて構える。

 今の自分では到底敵わない相手だとしても、スタンフォードに逃げるという選択肢はなかった。

 

『逃げたっていいじゃない』

 

『ま、嫌になったら逃げてもいいと思うけどね』

 

 前世での姉とポンデローザの言葉が脳裏を過ぎる。

 スタンフォードは、前世を含めて今までさんざん逃げてきた。

 両親と向き合うこと。

 自分が天才ではないと認めること。

 何もかも人のせいにして、自分で考えることから逃げてきた。

 逃げることは恥ではない。

 ただ逃げるだけでは何も変わらない。

 

 逃げることは、立ち向かうための準備期間である。

 

 そのことをスタンフォードはようやく理解できたのだ。

 

「僕はもう逃げない」

 

 覚悟を決めて魔剣に魔力を流し込む。

 刃からは電光が溢れ出し、鋭い輝きを放ち始める。

 王家お抱えの一流の鍛冶師が打ち出した魔剣ルナ・ファイ。

 スタンフォードにとって、王族である自分の誇りともいえる魔剣。

 その魔剣はスタンフォードの魔力を食らい、神聖な輝きを放っている。

 ルナ・ファイを構えたスタンフォードは、精悍な顔つきでライザルクを見据える。

 そこには〝王家の面汚し〟と呼ばれた男の姿はなかった。

 

 あるのは、ただ大切な人を守る一人の勇者の姿だけだった。

 

「ポン子、バトンタッチだ」

 

 スタンフォードは、地面を蹴ってライザルクの元へと一直線に突っ込む。

 その姿は、稲妻そのものだった。

 

「次は僕が立ち向かう番だ!」

 

 ライザルクから電撃が放たれるが、スタンフォードは正面から電撃を浴びながら突き進む。

 スタンフォードは、電撃が効かない体質だ。

 それ故、彼は電撃に臆することなく正面から突っ込むことができるのだ。

 

「〝武雷刃(ぶらいじん)!!!〟」

「ブルッ!?」

 

 スタンフォードの魔力を帯びた斬撃は、ライザルクの硬き竜鱗すらも切り裂く。

 渾身の一撃だったが、致命的な傷を与えたとは言い難い。

 

「チッ、浅いか……!」

 

 恨めしげに舌打ちすると、スタンフォードは続けてライザルクに斬撃を放ち続ける。

 

「くそっ、どこもかしこもガチガチじゃねぇか!」

 

 竜の鱗と肉体は硬い。

 そんなことは、スタンフォードも知識の上では理解していた。

 だが、実際に戦ってみるとその硬度は想定以上のものだったのだ。

 

「腹を狙うしかないな」

 

 腹部には竜鱗がない分、攻撃が通りやすい。

 潜り込めれば痛手を負わせることは可能だ。

 その分ライザルクからの攻撃も受けやすくなるが、打開策は他には存在していなかった。

 

「〝鉄砂縛(くろがねさばく)!!!〟」

「ブルァ!?」

 

 スタンフォードは磁力を操作して砂鉄を巻き上げ、ライザルクの頭部を砂鉄で覆う。

 突然、視界を奪われて顔に砂鉄が纏わり付いたライザルクは、もがくように上半身を持ち上げる。

 その隙に、スタンフォードはすかさず攻撃を叩き込む。

 

「〝武雷尖刃(ぶらいせんじん)!!!〟」

 

 魔力をさらに注ぎ込み、切れ味を限界まで上げた魔剣ルナ・ファイによる電光の斬撃。

 

「ブルァァァァァ!?」

 

 その一撃は見事に無防備なライザルクの腹部にダメージを与えることに成功したのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 運命のライザルク戦 中編

 先程までと違い大きな傷を負ったことで、ライザルクはスタンフォードを獲物ではなく明確な敵と見定めた。

 全身から怒りを滲ませ、ライザルクは上空の積乱雲に電撃を放つ。

 すると、積乱雲から無差別に落雷が降り注いだ。

 振り注いだ落雷は、森の木々に直撃してスタンフォードの周囲を焼き払った。

 火事による煙が立ち上り、スタンフォードは咄嗟に口を覆った。

 

「……小賢しい奴だね」

 

 ライザルクの無差別雷撃による火事は、原作でも体力を半分削った際に起きる現象だ。

 周囲が火事の状態では、主人公であるブレイブの体力がスリップダメージによって減っていくというギミックがあった。

 スタンフォードとて人間だ。

 煙を吸い込めば、めまいや酸欠を起こす。

 体内に魔力を持つ人間は普通の人間よりも肉体が頑丈ではあるものの、長期戦はこれで不可能となった。

 呼吸を制限されたことで、スタンフォードの動きが鈍り始める。

 それに対して、手負いの猛獣となったライザルクは攻撃に勢いを増していた。

 

「ブルァ!」

 

 ライザルクが薙ぎ払うように竜鱗を纏った剛腕を振るう。

 スタンフォードには、自分に襲い掛かる剛腕がまるでスローモーションのように見えた。

 

「かはっ……!」

 

 煙で徐々に体力を削られていたスタンフォードは、ライザルクの一撃を躱すことができずに吹き飛ばされてしまった。

 吹き飛ばされたスタンフォードは木々を薙ぎ倒し、岩壁に叩き付けられた。

 あまりの衝撃に意識が飛びかけているスタンフォードにもライザルクは容赦しない。

 

「ブルルァ!」

 

 雷を帯びた角がスタンフォードへと迫る。

 辛うじて意識を留めていても、肉体が思うように動かない。

 スタンフォードは、そのままライザルクの突進を躱すことができずに角で腹部を貫かれた。

 

「が、あぁ……ご、ほっ」

 

 腹部に穴を開けられ、口から血が零れ落ちる。

 それは絶望的ともいえる光景だった。

 原作ではあっさりとライザルクに敗北したスタンフォードは、ここまでの重症は負っていなかった。

 魔物を恐れ、戦いを避けてきたスタンフォードはライザルクへと勇敢に立ち向かい、原作通りに敗北を喫する。

 それはどんなにあがいたところで運命を覆すことはできないという非常な現実だった。

 

「そんな、スタン……いやぁぁぁぁぁ!」

 

 轟音が響き渡り、燃え盛る森の中から吹き飛ばされたスタンフォードを目撃したポンデローザは涙を流しながら悲鳴を上げた。

 

「ポン子……僕は、大丈夫、だ……!」

 

 しかし、スタンフォードの目はまだ死んではいなかった。

 

「負けてたまるかァァァ!」

 

 その目に宿っていたのは、絶対に勝つという強い意志だった。

 

「〝鉄砂刃(くろがねさじん)!!!〟」

 

 スタンフォードは左手に砂鉄を集めると、一振りの剣を作り出してライザルクの角の根元に叩きつける。

 金属がぶつかり合うような甲高い音が轟く。

 高速で振動する砂鉄は、鋼鉄のように固い角に徐々に食い込んでいく。

 自慢の角にヒビが入ったことで、危険を感じたライザルクはスタンフォードから角を引き抜こうとするが、稲妻のような形状をした角はそう簡単には抜けなかった。

 

「その角、叩き切ってやるよ! 〝武雷尖刃(ぶらいせんじん)!!!〟」

 

 鉄砂刃で付けたヒビに、今度はルナ・ファイを叩きつける。

 

「ブルァ!?」

 

 決死の思いで魔力を注ぎ込んだルナ・ファイは切れ味を増し、見事ライザルクの角を両断することに成功した。

 

「ざまぁ、みろ……!」

 

 おぼつかない足取りで立ち上がると、スタンフォードはライザルクに挑発的な笑みを向けた。

 辛うじて意識がある状態だというのに、スタンフォードはライザルクへと立ち向かい続ける。

 今の彼を突き動かしているのは、絶対にポンデローザを守るという強い意志だけだった。

 痛みなど忘れ、朦朧とする頭で剣を振るい続ける。

 

「負けないで…………負けるなスタァァァン!」

「当たり前だァ! 絶対、勝つ!」

 

 ポンデローザの言葉を聞いたスタンフォードは、力を振り絞りライザルクに攻撃を続ける。

 その姿はまさに、手負いの獅子そのもの。

 致命傷を負ったはずなのに、未だに自分を追い詰めるスタンフォードにライザルクは恐怖を感じた。

 

「まだまだ……ぐっ!?」

 

 剣を振り上げた瞬間、スタンフォードは身体が言うことを聞かなくなったかのように止まる。

 スタンフォードは血を流し過ぎたのだ。

 彼の身体は限界など疾うに超えていた。

 

「ブルァァァァァ!」

 

 今度こそ確実にスタンフォードを仕留めんと、ライザルクの攻撃が迫る。

 

「〝滅竜光刃(めつりゅうこうじん)!!!〟」

 

 スタンフォードを仕留めんとする一撃は、いつまで経っても襲ってこなかった。

 何故ならライザルクの腕は光の刃によって切り飛ばされていたからだ。

 

「スタンフォード、大丈夫か?」

 

 ボロボロのスタンフォードの前には光を纏ったブレイブが立っていた。

 その神々しい姿はまさに勇者と呼ぶに相応しいものだった。

 ステイシーはマーガレットと合流した後、ブレイブの元へと向かって状況を伝えた。

 もはや一刻の猶予もないと判断したブレイブは、自身を光魔法で強化して駆けつけたのだ。

 

「……あと少し遅かったら僕が一人で倒していたところさ」

「こんな状況で強がるなよ」

 

 血反吐を吐き、立っているのもやっとのスタンフォードへブレイブは苦笑すると、マーガレットから渡されていたポーションを手渡した。

 

「マーガレット先輩特性ポーションだ、飲め」

「ああ、ありがたくもらうよ」

 

 ここで意地を張っても仕方ないので、スタンフォードは素直にポーションを飲み干した。

 すると、腹に開いた風穴が辛うじて塞がっていく。

 重症であることには変わりないが、これで放っておけば死ぬ状態からは回復できた。

 スタンフォードの応急処置が終わったことを確認すると、ブレイブは強い意志を持って告げる。

 

「悪いけど、ここから先は滅竜剣が使える俺に任せてもらうぞ」

「仕方ないね。今回は譲ってあげようじゃないか」

 

 ブレイブの言葉に歯嚙みしながらも、スタンフォードはブレイブに背を向けて歩き出した。

 自分の手でライザルクを倒せなかったことは悔しいが、今はポンデローザの治療の方が優先すべきことだった。

 倒れ伏すポンデローザの元へ行くと、スタンフォードは悔し気に謝罪する。

 

「ポン子、ごめん。僕じゃ敵わなかった」

「そんなことない。スタンのスピードならいつでも逃げれたのに、こうしてブレイブ君が来るまで持ちこたえてくれたじゃない」

 

 そんなスタンフォードの手を優しく包み込むと、ポンデローザは健闘を称えた。

 

「だから胸を張りなさい!」

「ああ、そうだな」

 

 神々しい光を纏ってライザルクへと立ち向かうブレイブを見て、二人は笑顔を浮かべた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 運命のライザルク戦 後編

 もはやこのイベントでの勝利は確定した。

 そう思ったのも束の間のことだった。

 

「くそっ!」

 

 ブレイブは予想以上に苦戦していた。

 ライザルクから放たれる広範囲の電撃。

 それを浴びるたびにブレイブは動きを封じられてしまっていたのだ。

 何とか電撃をかいくぐってライザルクに接近しても、光魔法が集中して発動できず、先程腕を切り飛ばしたときのような威力がでない。

 ポンデローザはその光景に見覚えがあった。

 

「ゲームで苦戦してたときみたい……」

 

 原作でのライザルク戦で、プレイヤーは周囲に放たれる電撃に苦戦することが多かった。

 目の前でライザルクと戦っているブレイブはまさに、プレイヤーがライザルクに苦戦している光景そのものだった。

 

「しまった、剣が……!」

 

 ブレイブの剣にヒビが入る。

 ブレイブの使用している剣は、学園街で販売しているごく普通の剣だ。

 質こそ悪くはないが、使い手であるブレイブがあまりにも規格外過ぎて、とうとう限界が来てしまっていたのだ。

 あと一回でも滅竜剣を発動させれば、ブレイブの剣は折れるだろう。

 状況は再び絶体絶命となった。

 

「僕の、せいだ……」

 

 スタンフォードは震えるように呟く。

 

「僕が、ブレイブの踏み台になりたくないからって、一緒に鍛錬をしなかったからブレイブは苦戦しているんだ」

 

 ブレイブが苦戦しているのは、スタンフォードが彼との鍛錬を避けたから。

 そのことに気がついたスタンフォードは、血が滲むほどに拳を握りしめて立ち上がった。

 

「また安静にしてなきゃダメよ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。自分のケツは自分で拭く!」

 

 スタンフォードはポンデローザの制止を振り切ると、再びライザルクの元へと向かう。

 

「ブルルァ!」

 

 一際強力な電撃がブレイブへと放たれる。

 しかし、その電撃はブレイブに当たる直前に大きく軌道を変えた。

 

「スタンフォード?」

 

 ブレイブが不思議そうに横を見ると、そこには左手を掲げて電撃を吸収しているスタンフォードの姿があった。

 

「ドラゴニル、雷は僕が引き受ける。振り向かずに突っ込め!」

「わかった!」

 

 スタンフォードと鍛錬をしなかった影響でブレイブが雷を躱せないのならば、自分が雷を引き受ければいい。

 そう結論づけたスタンフォードは飛んでくる全ての電撃を自分の元へと引き寄せる。

 ブレイブは高速でライザルクへと接近すると、滅竜剣を発動させた。

 

「〝滅竜穿牙(めつりゅうせんが)!!!〟」

 

 光を纏った高速の突き。

 ブレイブが放った滅竜剣は、ライザルクの胴体を掠めただけだった。

 

「ブルァァァ!」

「ぐっ、あ……!?」

 

 致命傷を与えられなかったことで、ブレイブはライザルクの電撃を纏った腕による薙ぎ払い攻撃をまともに受けてしまう。

 地面に叩き付けられ、体が跳ね上がる。

 

「ちく、しょう……」

 

 そのまま地面に倒れ伏したブレイブは意識を手放しそうになる。

 剣も限界を迎え砕けてしまった。

 

 もう無理だ、これじゃあ戦えない。

 

 ブレイブが諦めようとしたとき、強烈な光がライザルクの元へと放たれた。

 

「〝雷神砲(トールガン)!!!〟」

「ブルルァ!?」

 

 スタンフォードはブレイブの折れた刃を両手で持ち、レールガンの要領で放ったのだ。

 

「はっ、電撃は効かないと思って油断したな……レールガンは実弾なんだよ!」

 

 地面に這いつくばるブレイブの目に飛びこんできたのは、自分よりもボロボロになっても戦い続けるスタンフォードの姿だった。

 その姿を見て、ブレイブの瞳に光が蘇る。

 俺は何をしてるんだ。一番苦しいのはスタンフォードじゃないか。

 

「俺だって……まだ戦える!」

 

 気力を振り絞ってブレイブが立ち上がる。

 

「折れた剣でも、まだ滅竜剣は出せる!」

 

 ブレイブは全力で魔力を注ぎ込む。

 すると、折れた刃から光が伸びて刃を形成した。

 

「遅いお目覚めだね。何ならそのまま寝てても良かったんだよ?」

「はっ、言ってろ」

 

 軽口を叩き合うと、二人は横に並んで剣を構えた。

 

「ぶった切る!」

 

 ブレイブは再びライザルクへと剣を構えて突っ込む。

 追い詰めているはずなのに、何度も立ち上がる。

 その姿に恐怖を覚えたライザルクは頭上の積乱雲に向かって電撃を放った。

 ライザルクから電撃を吸収した雷雲は無差別に雷を落とした。

 広範囲に渡り落雷を振りまく積乱雲に、ブレイブの動きが止まる。

 積乱雲を放置すれば、ポンデローザだけではない。森にいる他の生徒達にまで被害が及ぶ。

 そうして迷っている間に、とうとうブレイブの滅竜剣に耐えきれなくなった折れた剣が完全に砕け散る。

 

「くそっ、どうすれば……!」

「ドラゴニル、受け取れ!」

 

 スタンフォードは躊躇なく、自分の魔剣をブレイブへと投げ渡した。

 

「言っただろ、雷は僕が引き受けるってな」

「っ! ……ああ、わかった!」

 

 スタンフォードは両手を掲げて落雷を全て自分の元へと吸い寄せる。

 

「〝避雷針(ひらいしん)!!!〟」

 

 膨大な量の雷がスタンフォード目掛けて落ちる。

 スタンフォードは雷魔法を体内に宿す影響で電撃の類いには耐性がある。

 しかし、その量には限度があった。

 

「ぐ、あぁぁぁぁぁ!?」

 

 限界を超えた量の雷が体内からスタンフォードを焼く。

 口や目から血を零しながらも、スタンフォードは必死に雷を吸収し続ける。

 

「こう、なったら……!」

 

 スタンフォードは体内の魔力を一瞬にして空にする。

 魔導士にとって魔力は第二の血液のようなもので、空になれば当然命に係わる。

 一歩間違えれば死に直結する行為をスタンフォードは躊躇なく行った。

 

 ――今はただブレイブが敵を倒すための踏み台になればいい。

 

 絶対にライザルクを倒すという決意を宿したスタンフォードはブレイブに向かって叫んだ。

 

 

 

「ブレイブ、ブチかませぇぇぇ!」

 

 

 

「任せろ! 〝滅竜聖剣(めつりゅうせいけん)!!!〟」

「ブルァァァァァ!?」

 

 スタンフォードから受け取った魔剣ルナ・ファイはブレイブの膨大な魔力を吸収し、天を突き抜けるほどの光の刃を生み出す。

 ブレイブ渾身の一撃は上空の積乱雲ごとライザルクを真っ二つに切り裂いた。

 全ての力を使い切ったスタンフォードは、力なく仰向けに倒れる。

 

「はは、はははっ……」

 

 意識を失う直前、眼前に広がる青空を眺めながら、スタンフォードは笑みを零した。

 

「僕達の、勝ちだ……!」

 

 そう宣言すると、スタンフォードはゆっくりと意識を手放すのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 戦いを終えて

 スタンフォードが目を覚ましたとき、そこは学園の救護室のベッドの上だった。

 ふと手に温かさを感じ、目を向けるとそこには眠ったまま手を握っているマーガレットの姿があった。

 

「ラクーナ先輩?」

「……ん? あっ、スタンフォード君起きたんだ!」

 

 スタンフォードが目覚めたことに気がつくと、マーガレットは飛び起きて詰め寄ってくる。

 

「体の方はもう大丈夫なの!?」

「ええ、ラクーナ先輩の治癒魔法のおかげで傷は全回復してます。さすがですね」

 

 スタンフォードがライザルクから受けた傷は完治していた。

 ブレイブがライザルクを倒した後、駆けつけたマーガレットは即座に治癒魔法をスタンフォードへとかけた。

 許容量を超える落雷を吸収し、全身がボロボロになっていたスタンフォードは一刻を争う状況だった。

 元々ガーデルから受けた傷と、ライザルクとの戦いで負っていた傷をポーションで誤魔化して戦っていたこともあり、こうして目覚めるまでスタンフォードは三日も眠り続けていたのだ。

 

「良かった……でも、失った分の血や魔力までは回復に時間がかかるからまだ安静にしてなきゃダメだよ」

「わかってます。それより、あの後はどうなったんですか?」

 

 スタンフォードはライザルクを倒した後のことをマーガレットに尋ねる。

 スタンフォードの問いに、マーガレットはどこかやつれた様子で答えた。

 

「死者は一人も出なかったけど、異形種にやられた重傷者がそれなりにいてね。監督生達も庇いながら戦ってたから、守り切れないことが多くてさ」

 

 今回の郊外演習では、多くの異形種が出現した。

 それにより各組には被害が出ていたのだ。

 

「ルーファス様がフォローに回ってくれなかったら被害はもっと増えてたかもね。それでも、あちこち駆け回って治癒魔法使いまくったから疲れちゃったよ」

「それでも死者はいなかったんですね。良かった、本当に良かった……」

 

 スタンフォードは改めて、ルーファスを自由に動ける状態にして良かったと、自分の判断が間違っていなかったことに安堵した。

 

「それじゃあ、私はハルバード様を呼んでくるね」

 

 そう告げると、マーガレットは救護室を出ていった。

 マーガレットが出ていったことを確認すると、スタンフォードは歯を食いしばり、ベッドのシーツを硬く握りしめる。

 

「結局、僕は原作に踊らされただけか……!」

 

 自然と目から涙がこぼれ落ちる。

 今回のイベントにおいて、スタンフォードは自分がブレイブを引き立てるための存在以上になれなかったことを痛感した。

 スタンフォードは強い。

 原作のスタンフォードよりも努力し、工夫もした。

 それでも、運命を変えることは叶わなかった。

 ライザルクと戦ったときは、無我夢中でポンデローザを助けようとしていたため押さえ込まれていた劣等感が再びスタンフォードの身を焦がす。

 スタンフォードは、ブレイブが全力で戦える場を整えるくらいしかできなかった自分の弱さを悔やんでいた。

 そうしてスタンフォードが無力感に打ちひしがれていると、救護室の扉が開いた。

 

「スタンフォード、目を覚ましたようだな」

「……兄上」

 

 涙を拭うと、スタンフォードは姿勢を正す。

 救護室にやってきたのは、ハルバード、ルーファス、ポンデローザの三人だった。

 ポンデローザは一瞬だけスタンフォードに視線を移すと、扇子を広げて顔を隠した。

 よく見てみれば、その肩は小刻みに震えていた。

 

「災難だったな」

「ええ、まあ……」

 

 ハルバードの言葉に、スタンフォードはどこか気まずそうに答える。

 兄弟としての情など皆無の兄が自分を心配しているわけがない。

 わざわざ見舞いに来た目的がわからずにスタンフォードは困惑していた。

 重い空気が流れた後、ハルバードは普段と変わらない厳かな調子で口を開いた。

 

「王は常に気高く絶対的な存在でなければならない……」

「……わかっております」

 

 スタンフォードはどうしてわざわざハルバードが自分の元まで足を運んだのか察した。

 ハルバードは常々、王族としての振る舞いをスタンフォードへと注意していた。

 つまり、これはいつものお説教なのだ。

 

「敵は幻竜であるライザルク。ポンデローザは身を挺して生徒を守った。お前はその後、無謀にもライザルクに挑んだ。相違ないか?」

「……間違いございません」

「そうか」

 

 まるで処罰を受ける罪人のような心持ちで、スタンフォードはハルバードの言葉を待つ。

 すると、後ろにいたルーファスとポンデローザがハルバードに待ったをかけた。

 

「待てよ、ハルバード。スタ坊は自分の名声のために挑んだんじゃねぇ。そこのポンデローザを守るためにライザルクと戦ったんだ。きちんと滅竜剣が使えるドラゴニルを呼んだ上でだ」

「そうですわ、ハルバード様。スタンフォード殿下が駆けつけてくださらなければ、今頃わたくしはこの世にいませんでしたわ」

「わかっている」

 

 二人の言葉に短くそう答えると、ハルバードは改めてスタンフォードに向き直って告げた。

 

「スタンフォード。守るべき者達を守り切った。それだけは誇るといい」

「えっ……」

 

 ハルバードの言葉の意味がわからず、スタンフォードは固まった。

 後ろの二人も同様である。

 

「邪魔したな」

 

 それだけ告げると、ハルバードは身を翻して去っていく。

 去り際、ハルバードの口元は少しだけ、ほんの少しだけ吊り上がっていた。

 

「はははっ、あいつも素直じゃねぇな! 良かったなスタ坊!」

 

 心から楽しそうに笑うと、ルーファスもハルバードに続いて救護室を後にする。

 

「もしかして、兄上に褒められた?」

 

 二人がいなくなった後、スタンフォードはようやく自分が兄に褒められたことを自覚した。

 どんなときも厳しく、自分を褒めたことなど一度もなかったハルバードが褒めてくれた。

 その事実に、スタンフォードは埋まることのないと思っていた兄弟の溝が、少しだけ埋まった気がしたのだった。

 

「スタン!」

「ちょ、ポン子!?」

 

 ハルバードとルーファスが去ったことを確認するや否や、ポンデローザは泣きながらスタンフォードへと抱きついた。

 

「うわぁぁぁん! 無事で良かったよぉぉぉ!」

「落ち着け! 落ち着けって!」

「死んじゃったと思ったんだからね、バカぁぁぁ!」

 

 ポンデローザは激情に身を任せて泣きじゃくる。

 力強く抱きついてくるポンデローザを振り払うこともできず、スタンフォードはおろおろすることしかできなかった。

 結局、スタンフォードはポンデローザが泣き止むまで何も出来ずに固まったままだった。

 

「……ごめん、取り乱した」

「いや、別にいいんだけど」

 

 落ち着きを取り戻したポンデローザはスタンフォードから離れた位置に俯いて座っていた。

 

「いろいろ言いたいことはあるけど、今回のイベントは成功ってことでいいのか?」

 

 スタンフォードは一番確認したかったことをポンデローザに尋ねる。

 

「結果的に言えば原作通りね。少なくともBESTIA BRAVE、BESTIA HEARTのスタンフォードルートからは外れた結果にはなってないわ」

「僕がライザルクにやられて、ブレイブがライザルクに勝つ、か」

 

 世界の修正力。

 スタンフォードの脳内にそんな言葉が過ぎる。

 今回の一件、偶然が重なって原作通りの展開になった。

 もしかしたら自分の意思など関係なく、結果は変わらなかったのではないか。

 そんな思いがスタンフォードの胸中を渦巻いていた。

 

「僕が戦った意味、あったのかな……」

 

 無力感に襲われたスタンフォードは自嘲するように呟く。

 

「何言ってんのよ。あったに決まってんじゃない」

 

 スタンフォードの呟きをポンデローザは一蹴する。

 

「ベスティアシリーズはルートに関係ない人物は容赦なく死ぬわ。あたしだって下手したら死んでたし、原作でモブ扱いだった生徒達なんてもっとあっけなく死ぬわ。このイベントでは少なからず死者が出る。それをなくせたのはスタンが命懸けで頑張ったからよ!」

 

 ポンデローザはスタンフォードに詰め寄ると、スタンフォードの行動が無駄ではなかったことを力説した。

 

「でも結局、僕はライザルクに勝てなかった。ブレイブにも……本当に格好悪いよ」

「勝てないとわかってても、逃げずに立ち向かうなんて格好いいじゃない」

「えっ……」

 

 ポンデローザの言葉にスタンフォードは虚を突かれたように固まった。

 誰からも認められず、劣等感に苛まれ続けていたスタンフォードの心にポンデローザの言葉が染み渡っていく。

 

「スタンフォードは負けてない。ゲームと勝利条件が違うんだから、そこは間違えないように!」

 

 眩い笑顔を浮かべるポンデローザを見て、スタンフォードは思う。

 この笑顔を守れたのならば、自分の行動は無駄ではなかったのだと。

 

「ポン子、ありがとう」

「何よ、お礼を言うのはこっちの方だっての」

 

 二人はお互いに勝利を分かち合い、笑い合った。

 

「……お邪魔、だったかな?」

 

「「えっ」」

 

 急に声をかけられて二人が勢いよく振り向くと、救護室の入り口には果物を抱えて苦笑しているマーガレットが立っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 ようやく友達へ

「ラクーナ先輩。一体いつからそこに?」

 

 完全に思考停止して固まっているポンデローザに変わって、恐る恐るスタンフォードがマーガレットに尋ねる。

 人差し指で頬を掻きながら、困ったような笑みを浮かべると、マーガレットは言葉を選びながら答えた。

 

「えーと、その、ポンデローザ様がスタンフォード君が無事だったことを、こう、喜んでたところからかな?」

「それ最初からじゃないですか……」

 

 ポンデローザとのやり取りを全て見られていたことに、スタンフォードは気まずさを覚えた。

 ようやく思考が回り出したポンデローザは居住まいを正すと、いつものように尊大な口調でマーガレットへと話しかけた。

 

「こほん……ラクーナさん。部屋に入るときはノックをするのが礼儀というものですわ」

「いや、ノックはしたんですけど……」

「あ、う……」

 

 いつもマーガレットに注意するときの勢いで乗り切ろうとしたポンデローザだったが、あっさりと撃沈する。

 そこには貴族令嬢の鑑と呼ばれる公爵令嬢の姿はどこにもなかった。

 

「ポン子、もうラクーナ先輩の前で取り繕うこともないだろ」

「そうは言っても……」

「周りには誰もいないんだし、この機会に仲直りしとけって」

「はぁ……わかったよ」

 

 スタンフォードに窘められ、ガックリと肩を落とすとポンデローザは素の口調で話し始めた。

 

「話を聞いてたのなら今更かもしれないけど、こっちがあたしの素なの。何ていうか、今まで迷惑かけちゃってごめんね。特にぼんじりのこととか」

「その件についてはもう気にしてませんよ。まあ、糞を落とされるのは勘弁してもらいたいんですけど」

 

 マーガレットはポンデローザの謝罪をあっさりと受け入れた。

 スタンフォードから話を聞いていたこと、ライザルク戦で命を懸けて戦ったこと、そして先ほどの心からスタンフォードを心配する様子を見ていたため、ポンデローザが根は優しい人間だということを理解できたからだ。

 しかし、ようやく和解できるという空気の中で救護室に乱入者が現れた。

 

「クルッポー!」

「ぼんじり!?」

 

 それはポンデローザの飼っている鳩のぼんじりだった。

 ぼんじりは敵意を剝き出しにしてマーガレットへと襲い掛かる。

 

「はい、ストップ」

「クルッ!?」

 

 今まさにマーガレットへと襲い掛からんとした瞬間、スタンフォードがぼんじりを取り押さえる。

 

「絶対仲違いさせるマンもほどほどにしておけよ?」

「クルル……」

 

 スタンフォードの手の中でぼんじりは不満げにしながらも、大人しく唸るだけだった。

 

「嘘、ぼんじりが大人しくなっちゃった……」

「前に会ったときに何か知らないけど懐かれたんだよな」

「あたしの言うことなんて聞いたことないのに!」

 

 ポンデローザは大人しくなったぼんじりの様子を見て、納得いかなさそうに頬を膨らませた。

 

「何で私この子に嫌われてるんだろう」

 

 マーガレットは怪訝な表情を浮かべてぼんじりの瞳を覗き込む。

 そこには、いまだにマーガレットに対する敵意が見て取れた。

 

「「さ、さあ?」」

 

 たぶん原作主人公だからとは言えず、スタンフォードとポンデローザは目を泳がせた。

 

「そうだ! スタン、普段はぼんじりのこと任せてもいい? スタンには懐いてるみたいだから、あんたの傍にいれば今度はマーガレットに攻撃とかしないと思うの」

「いいのか? こいつが傍にいないと寝れないんじゃないのか」

「なっ、誰から――って、ビアンカしかいないわよね……」

 

 深いため息をつくと、ポンデローザはスタンフォードに告げる。

 

「あたしはもう大丈夫、今はスタンがいるから孤独感もそんなに感じないし」

「そういうことなら、引き受けるよ」

「クルッポー!」

 

 二人のやり取りを理解しているかのように、ぼんじりは嬉しそうに鳴き声を上げた。

 

「それじゃ、ぼんじりちゃんの件も解決したことですし、改めてよろしくお願いします、ポンデローザ様」

「人前じゃなければ、敬語はなくていいって」

 

 苦笑交じりにポンデローザがそう告げると、マーガレットは一瞬虚を突かれた表情を浮かべた後、満面の笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、これからよろしくね、ポンちゃん!」

「何でスタンといい、マーガレットといい、変なあだ名をつけるのかな……」

 

 口ではそう言いながらも、ポンデローザはどこか嬉しそうに笑った。

 

「あっ、私のこともメグって呼んで」

「メグ?」

 

 ポンデローザをあだ名で呼んだこともあり、マーガレットは自分のこともあだ名で呼ぶように促した。

 

「うん、街で暮らしてた頃は周りにそう呼ばれてたから」

「……すごい偶然もあったものね」

 

 複雑そうにそう呟くと、ポンデローザは笑顔を浮かべてマーガレットをあだ名で呼んだ。

 

「わかった。これからよろしくね、メグ」

「うん!」

 

 こうして二人は晴れて友人関係となった。

 これで少しでもポンデローザの孤独が埋まればいい。

 微笑ましい二人の様子を眺めながら、スタンフォードは心からそう願うのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 罪と罰

 王立魔法学園には、一部の上級貴族だけが使用できる密会用の場所がいくつか点在している。

 スタンフォードとポンデローザが度々使用している場所の一つ、学園内にある聖堂の奥にある懺悔室。

 そこは特殊な魔法で防音処理がされているため、貴族同士で秘密の話をするにはもってこいの場所だった。

 

「……来たね」

「今更何のようだ」

 

 スタンフォードの呼び出しによってやってきたのは、郊外演習の際にどさくさに紛れてスタンフォードを殺害しようとしたガーデルだった。

 スタンフォードは郊外演習での一件を口外しなかった。

 数少ない目撃者であるステイシーとジャッチにも口止めをして、ガーデルが自分を殺そうとしたことは外部に漏れないようにしたのだ。

 

「君の今後について話そうと思ってね」

「今後も何も王族の殺害未遂は重罪。極刑以外ないだろ」

 

 ガーデルは吐き捨てるようにそう言う。

 そこにはスタンフォードに対する謝意や反省などは微塵も含まれていなかった。

 

「そうやけになるな。ウィンス家の名門の嫡男が王族殺害未遂で処刑なんていろいろまずいだろ」

「未来のない俺には関係のないことだ」

 

 ガーデルは何もかも失敗し、捨て鉢になっていた。

 ガーデルにとってスタンフォードを害そうとした行動は衝動的なものだった。

 そして、その衝動的な行動が失敗に終われば、後に残るのは後悔と自分を守るための自尊心だけ。

 自分が処刑されるという結果を変えられないのならば、最後まで自尊心を守るために平気な振りをするしかない。

 そんなガーデルの内心はスタンフォードにとって手に取るようにわかるものだった。

 

「今回の一件、なかったことにさせてもらう」

「貴様の慈悲など受けない」

 

 スタンフォードからの寛大な言葉をガーデルは一蹴する。

 彼にとってその条件を呑んでしまえば、スタンフォードは器の大きい人間だと認めることになってしまうからだ。

 

「これは慈悲なんかじゃない。決定事項だ」

「……何?」

「考えてもみろ。このまま処刑すれば君は何の反省もすることなく『自分は間違っていない、悪いのはスタンフォードだ』と死ぬだけだ。それの何が罰になるんだ」

 

 スタンフォードは自分と似ている部分のあるガーデルをこのままにしておくことはできなかった。

 被害者は自分で、目撃者はステイシーとジャッチのみ。

 事件を隠蔽するのは難しいことではない。

 

「だから君が一番嫌がることをさせてもらう。今日この時をもってガーデル・ウィンスはスタンフォード・クリエニーラ・レベリオンの臣下になれ。大嫌いな僕の臣下として精一杯働いてもらう。これが僕から君に与える罰だ」

「何、だと……」

 

 王族の臣下になる。それは普通の貴族ならばこれ以上ない程に名誉なことだ。

 だが、スタンフォードを心から嫌っているガーデルからしてみれば、それはこれ以上ないほどに自尊心を傷つける知らせだった。

 

「誰が貴様の臣下などになるか!」

「ウィンス家にはもう伝令を飛ばしてある。今頃君の両親は息子の出世を喜んでいることだろうね」

「貴様ァ……!」

 

 ガーデルは親の仇でも見るような形相でスタンフォードを睨み付ける。

 まだガーデルは自分の罪を自覚できるほど心に余裕がない。

 そう判断したスタンフォードは、ガーデルの心に余裕ができるまでは彼にとっての悪者でいようと決めたのだ。

 

「自害しようというのならば止めはしない。ただその場合、君は〝王族の臣下になった途端に自害した〟名誉をどぶに捨てた愚か者として有名になるだろう」

「はっ、貴様が主としてふさわしくないから自害したという可能性だってあるだろう?」

「僕がどんな人間だろうと、王族の臣下になることで得られる人脈からウィンス家が得る利益は大きい。君はそんなこともわからない愚か者かな?」

「ぐっ……!」

 

 言葉に詰まったガーデルは、力なく項垂れるとスタンフォードに尋ねた。

 

「……何故、そんな提案をする。貴様は俺に何を求めているんだ」

 

 自分を殺そうとした人間を生かして、臣下にするなど通常ならばあり得ない行動だ。

 自尊心の塊で周囲を見下していたスタンフォードがそんな行動を取るなど、ガーデルには理解不能だった。

 そんなガーデルに対して、スタンフォードは深々と頭を下げて告げた。

 

「僕だけじゃどうしようもないことがたくさんある。それを乗り越えるために君の力が必要なんだ。だから力を貸して欲しい」

 

 風魔法の名門であるガーデルの実力は折り紙付きだ。

 今度、激化していくであろう戦いを乗り越えるためにも優秀な能力を持つ人間は必要不可欠だ。

 だからこそ、スタンフォードはガーデルの力を欲した。

 

「……承知致しました」

 

 憎い相手であるスタンフォードが、自分の力が必要だと言って頭を下げてきた。

 そのことが、ほんの少しだけガーデルの溜飲を下げる結果となった。

 

「此度の件、誠に申し訳ございませんでした。また愚かなこの身に余る寛大な処分、心から感謝致します。このガーデル、粉骨砕身の精神でスタンフォード殿下にお仕えさせていただきます」

 

 どこまでも事務的で全く心が籠もっていない言葉。

 それでも、スタンフォードはガーデルの謝罪を受け入れることにした。

 

「ああ、君のこれからの活躍に期待しているよ」

「はっ!」

 

 形から入ることも大切だ。

 慌てずゆっくりと臣下となったガーデルに向き合っていこう。

 スタンフォードはそう心に誓うのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 宣戦布告

 校外演習の一件が片付き、学園には一時的に平穏が戻ってきていた。

 幻竜であるライザルクを討伐したことで、ブレイブの評価は鰻登り。

 対するスタンフォードはというと、そこまで変わっていなかった。

 スタンフォードの奮闘によって生徒への被害は最小限に抑えられた。

 ライザルクもスタンフォードがいなければ、ブレイブ単独で討伐は不可能だっただろう。

 しかし、今までの評判の悪さも相まって、スタンフォードの活躍はブレイブの輝かしい功績の前に霞んでしまっていたのだ。

 

 結局のところ、周囲からの信頼というものは日頃の積み重ねが大切なのだ。

 

「よう、スタンフォード!」

 

 そんな中でも、変わったこともあった。

 

「今日の放課後、一緒に鍛錬しないか!」

「悪いけど、今日は用事があるんだ。またにしてくれ」

「何だよ、連れないなぁ」

 

 教室内でブレイブがやたらとスタンフォードに話しかけてくるようになったのだ。

 そんな彼をスタンフォードの元へとやってきたセタリアがやんわりと諫める。

 

「ブレイブ。あまり殿下を困らせてはいけませんよ」

「……リアも大変だな」

 

 すっかりブレイブのストッパー役という立ち位置になったセタリアに、スタンフォードは同情する。

 特にブレイブの原作ヒロイン組とはまだ打ち解けていない時期でもあるため、これからはもっと心労が重なることになる。

 

「本当、苦労するだろうなぁ……」

「……殿下、何故可哀そうなものを見る目で私を見ているのですか?」

 

 セタリアは怪訝な表情を浮かべながらも、何故か悪寒がして身震いした。

 そんなセタリアは一旦置いておき、スタンフォードはブレイブに提案をする。

 

「ブレイブ、今日は無理だが鍛錬ついでに今度いい鍛冶師を紹介するよ。市販の剣じゃ、君の滅竜剣に耐えられないだろうしね」

「いいのか!?」

 

 ブレイブの使用していた剣はライザルク戦で砕け散った。

 現在、授業では学園から貸し出された剣を使用しているブレイブだが、今後も竜との戦闘は続く。

 毎回、スタンフォードが剣を貸すわけにもいかないので、いっそのこと最初から強力な魔剣を持たせた方が良いという判断だった。

 原作でも、主人公はドロップしたアイテムと稼いだ金銭で装備を整えていく。

 装備も主人公の強さを構成する重要な要素なのだ。

 

「ことあるごとに僕の剣を貸したくないからね」

「ありがとな!」

「それじゃ、僕はこれで」

 

 以前よりも良好になったブレイブとの関係に苦笑しながらスタンフォードは教室を後にした。

 荷物を持って教室を出ると、そこには待ち構えていたかのようにヨハンが立っていた。

 

「やあ、スタンフォード殿下。奇遇ですね」

「毎度毎度、待ち伏せするように立っているのは何なんだ」

「あはは、いいじゃありませんか」

 

 スタンフォードは内心で警戒しながらも、表面上はいつもと変わらぬ調子でヨハンとの会話を続ける。

 

「で、今日は何の用だ?」

「いえ、お体の方はいかがかと思いまして」

「ライザルクにこっぴどくやられたとはいえ、ラクーナ先輩が治癒魔法をかけてくれたおかげでこの通りさ」

 

 スタンフォードは腕を大きく回して怪我が完治していることをアピールした。

 それを見たヨハンは大袈裟に安心した素振りを見せる。

 

「それは良かった! 三日間も目を覚まさなかったと聞いて心配していたんですよ?」

「そいつは悪かったね」

「相変わらず世界樹の巫女の末裔様の光魔法は規格外ですね」

「まったくだ」

 

 二人して上辺だけの会話に興じる。

 スタンフォードもヨハンも分かっている。

 こんな会話に意味などない。

 しばしの間、お互いに無駄な時間を過ごしていると、ヨハンが口火を切った。

 

「しかし、此度の殿下のご活躍。周囲の連中はあまり理解していないみたいで残念です。殿下は命を賭してライザルクと戦い、見事ブレイブがライザルクを討伐する手助けをしたというのに」

 

 ヨハンは大仰な動作で残念そうにスタンフォードの評価が変わっていないことを嘆く。

 一見すれば煽っているようにも聞こえるその言葉に、スタンフォードは笑顔を浮かべて答える。

 

「言わせておけばいいさ。今までの愚行を考えれば妥当な評価だ」

 

 強がりでも何でもなく、本心からでた謙虚な言葉にヨハンは初めて飄々とした態度を崩して怪訝な表情を浮かべた。

 してやったりという表情でスタンフォードはヨハンを真っ直ぐに見据える。

 

「ヨハン、一つだけ言っておく」

 

 そこで言葉を区切ると、スタンフォードは決意を込めて告げる。

 

「僕は負けない」

「……ブレイブに、でしょうか?」

「自分に、だ」

 

 それは今まで嫌なことから逃げ続け、無様を晒してきた自分自身への宣戦布告だった。

 ヨハンへとスタンフォードは堂々と自身の決意を語る。

 

「僕はこれから王族としては目も当てられないような無様を何度も晒すことになるだろう。だけど、何度だって立ち上がってやる。だから、安心してブレイブなんかに現を抜かしていればいいさ」

 

 一方的にそう告げると、スタンフォードは外套をはためかせて去っていくのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 前期を終えて

 一年の前期の授業も全て終了し、試験結果が公表された。

 校外演習での事件は予測不能の事態だったため、例外なく全ての生徒に最高評価が付けられることとなった。

 それ以外の授業の結果は、例外なく厳格な試験によって決定された。

 

「な、何とかフル単取れた……」

「お疲れ様」

 

 頭から煙を吹き出さんばかりの勢いでテーブルに倒れ込むポンデローザをスタンフォードは労う。

 ただでさえ勉強嫌いだというのに、今回はライザルクの一件も重なったのだ。

 ポンデローザの心労は他の誰よりも重いものだった。

 

「何か余裕そうなのムカつくんだけど」

「別に普段からもっと勉強してれば試験前に焦ることもないだろ」

「かー、ぺっ」

「振りでもはしたないからやめろって」

 

 勉強ができる者特有の決まり文句を言ったスタンフォードに、ポンデローザは痰を吐く振りをして悪態をつく。

 

「うぅ……せっかく試験が終わって長期休暇だっていうのに、気が重いよぉ」

「生徒会は休暇中でも仕事あるもんな」

「せっかく二度目の学生生活なのに、夏休みがないに等しいなんておかしいと思わない!?」

「夏休みくらいで大袈裟な……」

「うるさい! スタンは毎日が夏休みだったからそんなこと言えんのよ!」

「それを言われると何も言い返せない……」

 

 長期休暇。それは学生にとって解放感に満ち溢れた夢の時間だ。

 特に前世で社会人の休みの少なさに絶望した経験のあるポンデローザにとっては、待ち遠しい休暇期間のはずだった。

 しかし、度重なる異形種や竜の出現で生徒会は仕事に追われることとなり、長期休暇の間も調査などで潰れることになってしまったのだ。

 去年はそれなりに休めていただけに、ポンデローザは不満を爆発させる。

 

「大体こういうのは国や学園の上層部がやるべき仕事でしょ!? どんだけ生徒会に権力持たせてんのよ!」

「文句は製作会社に言えって」

「ンン゛……cre8さんに不満はありません!」

「ファンの鑑だな」

 

 転生しても原作ゲームの製作会社へのリスペクトを忘れないポンデローザに、スタンフォードは呆れたようにため息をついた。

 悩んだ末、ポンデローザは休暇を取るためのアイディアを思いつく。

 

「そうだ! 異形種の出現をでっちあげて、調査って名目で旅行に行けばいいのよ!」

「とんでもないこと言い出したぞこの女」

 

 長期休暇を取ることに取り憑かれているポンデローザの暴挙にスタンフォードは戦慄する。

 

「大丈夫よ。長期休暇の間はイベント発生しないし!」

「そういう問題じゃないと思うけど……」

「ねぇ、スタンの友達の貴族で実家が広大な領地を持ってる子とかいない?」

「そうだな……」

 

 上目遣いでポンデローザから懇願されたスタンフォードは、仕方なく自分の交友関係を思い返す。

 一番有力なのはブレイブの実家であるドラゴニル領だが、今後原作の流れで訪れる可能性がある以上、干渉するのは良くない。

 ガーデルは自分への殺害未遂を許したこともあって逆らえないだろうが、領地の条件がポンデローザの希望にそぐわない。

 セタリア、ジャッチも同様の理由で頼れそうにはなかった。

 そこで、ふとスタンフォードはステイシーの実家のことを思い出した。

 

「ステイシーの実家ならありかもしれない」

「ステイシーちゃんって、前に生徒会室に来た紅茶の銘柄のモブキャラちゃん?」

「その言い方はあんまりだろ。いや、わかるけども」

 

 ステイシーは目元が隠れるほど前髪が長く、これと言った特徴のない女子生徒だ。

 原作では登場しないため、彼女は文字通りモブキャラではあった。

 

「ステイシーの実家は領地で牧場を経営しているんだ」

「牧場!?」

 

 牧場という言葉にポンデローザは涎を垂らしながら過剰反応する。

 もうスタンフォードは彼女が何を考えているか手に取るようにわかってしまった。

 

「あのな観光牧場じゃないんだから、牧場グルメ的なものを期待してもないと思うぞ」

「いや、ナポリタンやオムライスもあるこの世界ならきっと、ジェラートや肉汁たっぷりのハンバーグ、生キャラメルだって存在するはずよ!」

「ダメだこいつ、完全に脳を食欲に支配されてる……」

 

 どう見ても食べ物のことしか考えていないポンデローザを見て、スタンフォードは頭を抱えた。

 

「じゅるっ……何を言ってるの。あたしはいたって真面目よ」

「涎を拭いてから言え」

 

 スタンフォードの指摘もあり、涎をハンカチで拭うとポンデローザは姿勢を正してこれからのことについて語り始めた。

 

「まず、今回のライザルク戦であたし達は決定的な戦力不足を思い知ったわ」

「まあ、それはそうだな」

 

 スタンフォードは改めて今回の騒動を振り返る。

 ポンデローザ、スタンフォードの力不足はもちろんのこと、ブレイブのレベリングが決定的に足りなかった。

 ブレイブは雷を操る敵に対する戦い方をスタンフォードから学べず、武器は市販の剣を使用していた。

 ゲームでいえば、プレイヤースキルを磨くこともせず、装備を整えない状態でボス戦に挑んでしまった状態だった。

 

「ブレイブ君を鍛えるのはもちろんのこと。仲間を増やす必要があるわ」

「そうだな。一人じゃ倒せない敵も仲間がいれば倒せるからね」

 

 スタンフォードは、この校外演習で仲間の大切さを思い知った。

 特に、前世から今まで周囲とのコミュニケーションに難があったことを自覚したからこそ、今後は人間関係に関する部分を改善していこうと思っていたのだ。

 

「信頼できる人間を集めて異形種調査の名目で強化合宿を行う。原作にない出来事でも、原作にそもそもいなかったステイシーちゃんのとこでやるなら本筋への影響もないはずよ!」

「でも、僕やブレイブをどうやって連れて行くんだ?」

「後期からは一年生も推薦で生徒会に入ることになるわ。あたしとメグでスタンとブレイブ君を指名すれば問題はない。そうすれば生徒会見習いに仕事を教えるって名目ができるわ!」

「職権乱用もここまでくれば清々しいな」

 

 ただ長期休暇に遊びたいだけだというのに、ここまで悪知恵が働くポンデローザに呆れながらもどこか楽しさを感じていた。

 

「よーし! 当て馬同盟ファイト!」

「おー!」

 

 二人は拳を高く掲げると、いつものように作戦会議を締めくくるのであった。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます!
もしよろしければ評価の方をお願い致します。
執筆の励みになりますので感想などもドシドシをお待ちしております!

これにて一章の締めとなります。
次章もお楽しみに!

ツイッター
https://twitter.com/snk329


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 ~悪役令嬢~
第44話 絶望の悪役令嬢


大変長らくお待たせいたしました。
二章の方がどうにも長くなってしまったのと複数サイトでマルチ投稿して管理がうまくできなくなってきたので、まだカクヨム版の二章は完結しておりませんが、隙を見て投稿させていただきます。


 ただ人を助けようとしただけなのに、どうしてあたしがこんな目に合わなければいけないのか。

 新たにこの世に生を受けたときから、ポンデローザ・ムジーナ・ヴォルペは毎日のように自分の境遇を嘆いていた。

 ベスティアシリーズはポンデローザにとって一番好きなゲームのシリーズだった。

 自分がベスティアシリーズの世界に転生してしまったことはすぐに理解できた。

 そして、ポンデローザという死ぬ運命にあるキャラクターに転生したことはポンデローザにとって絶望でしかなかった。

 日本に戻れることにかけて前世と同じ死因で死のうとした彼女を誰が責められようか。

 前世が充実していた彼女にとって、この転生は救いでも何でもなかったのだ。

 それからしばらく塞ぎがちだったポンデローザだったが、このまま何もしないわけにはいかないと立ち上がった。

 

 この世界はゲームではない。ならば、自分に立つ予定の死亡フラグを全て潰してしまえば自分は死なずに済む。

 

 そう思って、彼女はゲームの攻略対象達と接触することにした。

 前世から行動力のあったポンデローザは早速行動を起こした。

 攻略対象達に会いに行き、原作知識を元に彼らが抱える悩みを早めに解決して強くなるための方法を伝える。

 

 それを行った結果、ポンデローザは攻略対象からの信頼を失った。

 

 当然である。交流のなかった人間から自分の抱える問題を言い当てられ、解決案を提示される。

 そんなもの受け入れられるわけがない。

 特に当時は生真面目だったルーファスは、公爵家の令嬢に相応しくない行動を繰り返すポンデローザを毛嫌いしていた。

 ポンデローザに振り回されたことで迷惑をこうむっていたことから、ヴォルペ家には正式に苦情が届き、ポンデローザはより一層厳しく躾けられることになってしまったのだ。

 自由を奪われ、強制的に原作通りの流れに押し戻される。

 そんなことを繰り返している内にポンデローザは、次の手を打つことにした。

 それはBESTIA HEARTの移植版である〝BESTIA HEART~金色の英雄~〟の隠しルートに行くことだった。

 そのルートは唯一ポンデローザが生き残ることができるルートだった。

 レールを外れることはできない。ならば、レールを切り替えて自分の望むルートに進むしかない。

 

 苦しかろうと、悲しかろうと、寂しかろうと、歩みを止めることは許されない。

 

 こうしてポンデローザはお転婆で手が付けられない令嬢から、表向きは貴族令嬢の鑑と呼ばれる存在になっていくのであった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ねぇ、ミカ。ハートの移植版始めたんだけど、ポンちゃんってこんな良い子だっけ?」

 

 落ち着いた雰囲気の喫茶店で、一人の女性が怪訝な表情を浮かべて友人へと問いかける。

 

「メグは選択肢間違う度に鳩に糞落とされてイライラしてたから、そう思うのも無理ないか。移植版はポンデローザのエピソードも結構追加されてるの。人気キャラだからバックグラウンドを強化してのエピソード追加なんてよくある話よ」

 

 メグの疑問にミカは買ったばかりの乙女ゲーム雑誌を読みながら淡々と答える。

 

「いや、私も別にポンちゃんのこと嫌いじゃないから」

「そうなの?」

「性格はあんまりだけど、一途なのは可愛かったからね。ベスティアシリーズの前にやってた乙女ゲーで、主人公が攻略対象の取り巻きの女に殺されたりしたから、余計に可愛く見えたくらいよ」

「メグがやる乙女ゲーは本当に殺伐としてるね……」

 

 メグが好んでプレイしているゲームでは、人が容易く死ぬような殺伐とした世界観のものが多い。

 伝記物、歴史物、どれも妖怪などが出てきてストーリー上では簡単にキャラクターが命を落とす。

 ミカは普段は優しい友人が殺伐とした世界観を好んでプレイしていることに、若干闇を感じいていた。

 

「それより、学園祭イベントって戦闘はあるの? 長期休暇期間に強化イベントあるなら取り逃ししたくないんだけど」

「あー、一応回復魔法のパラメーターは上げておいた方がいいよ。スタンフォードルートだと、一定以上回復魔法の数値ないとフラグ折れるから」

「相変わらず隠しルートは容赦ないなぁ」

 

 ベスティアハートのスタンフォードルートでは、少しでも条件を達成できなければ容赦なくフラグが折れてルートから外れてしまう。

 現実でいうところの夏休みに当たる期間の内に、主人公の回復魔法のパラメータを上げることは必須だった。

 

「てか、あたし結構ネタバレみたいになっちゃってるけどいいの?」

「うーん、ストーリーのネタバレじゃないし、この期間の内にこれやっといた方がいいっていうアドバイス程度なら大丈夫だよ。私はそういうの自分で見つけてプレイしたいってタイプじゃないし」

「ならいいんだけど」

 

 会話が一段落した二人は、注文していたケーキや紅茶に手を付け始める。

 好物であるチーズケーキを幸せそうに頬張っていると、メグはふと気になっていたことをミカに尋ねた。

 

「そういえば、ベスティアシリーズって普通に日本の食べ物とか出てくるよね。オムライスとかナポリタンとか」

「言われて見ればそうよね。まあ、中世ヨーロッパ風の世界観ってだけで、中世ヨーロッパそのものじゃないからね。ゲーム内がインフラ整備されてない衛生観念最悪な世界ってやでしょ?」

「あははっ、それはそうだ。ゲームの中くらい綺麗な方がいいもんね」

 

 メグはミカの最もな言葉に笑いながら同意した。

 だが、やはり設定部分が気になるのかすぐに思案顔になる。

 

「でも、こういうのって実際どうやって出来てるんだろうね」

「メグはすぐ設定部分にツッコミ入れるよね」

「だって、気になるじゃん」

「魔法がありゃ何とかなるでしょ」

 

 ミカは設定部分よりもストーリーやキャラクターの魅力を重視するタイプだったため、特にこういった設定部分に関しては気にしていなかった。

 

「魔法が万能過ぎるなぁ」

「魔法なんだから万能でいいじゃない」

「ミカって結構細かいこと気にしないタイプだよね」

「だっていちいち気にしてたらキリがないじゃん。嫌なことは忘れる、細かいことは気にしない。それが精神衛生上一番楽なんだから」

 

 ミカは細かいことは気にしない性格だった。

 メグは以前からそんなミカの性格を羨ましく思っていた。

 

「出た形状記憶合金メンタル」

「前から言おうと思ってたけど、それ言いづらくない?」

「まあ、そうなんだけど、鋼メンタルって感じじゃないんだよね。次の日になったら忘れるだけで、一応傷つきはするし」

「それ褒めてないよね?」

 

 揶揄られていると思ったのか、ミカは不機嫌そうに頬を膨らませる。

 

「ごめんて。私のチーズケーキも食べて良いから」

「ホント!? やったー!」

 

 メグからチーズケーキをもらったミカは一転して上機嫌になる。

 

「……ちょろい」

「ん、何か言った?」

「ううん、何も」

 

 幸せそうにチーズケーキを頬張るミカを見て、メグは口元を緩ませる。

 ミカといると本当に飽きない。

 叶うならばずっと友人でいたい、そんな風にメグは思った。

 

「あっ、そうだ。学園祭イベントはスタン先生がすっごい格好いいから見逃しちゃダメよ! 涙腺崩壊間違いなしなんだから!」

「おっ、ついにスタン先生も勝利するときがくるんだね!」

「えっ、いや、それはー……」

「待って、何そのリアクション」

 

 メグの言葉にミカは複雑そうな表情を浮かべる。

 それを見たメグは、スタンフォードが格好いいというイベントでも勝利を掴めないことを理解してしまった。

 

「と、とにかく格好いいんだから!」

「あのキャラ人気なのに不憫だよねぇ」

 

 目を泳がせながら誤魔化そうとするミカを見て、メグは深いため息をついた。

 そして、シナリオの都合とはいえどれだけ努力しても敗北を喫する運命にあるスタンフォードへ同情した。

 

「それにしても、ミカは本当にスタン先生好きだよね」

 

 スタンフォードのことになると目の色が変わるミカに、メグは呆れたように苦笑する。

 

「メグは好きじゃないの?」

「好きだけど、性格が割と弟と似ててちょっとね……」

「弟君か……そういえば最後にあったのは中学のときだっけか。典型的なお坊ちゃんタイプで、プライド高そうだったもんね」

「悪い子じゃないんだけどね」

 

 どこか疲れたようにメグはため息をつく。

 家族のことになると、メグはいつも憂いを帯びた表情を浮かべる。

 ミカは踏み込むべきではないと判断して、話題を変えることにした。

 

「そうだ、今度一緒にベスティアラジオの公開収録一緒に行かない?」

「あれ、ラジオなんてやってたんだ」

「うん、この前アニメ化したからね。パーソナリティはルーファスとスタン先生の声優さんなんだ!」

「へぇ、その人達は私も知ってるしアーカイブ聞いてみようかな」

 

 有名声優が担当しているラジオということもあり、メグはミカの提案を二つ返事で了承するのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 後期生徒会メンバーの推薦

 生徒会室では主要メンバーを集めて会議が行われていた。

 会議の内容は先日の校外演習の一件以来、各地に異形種化した魔物が出現し始めたことについてだ。

 生徒会長を務めるハルバードは、机の上に異形種の出現ポイントをまとめた地図を広げて話し始めた。

 

「ここ数日だけでも異形種の発見数が爆発的に増えている。出現場所はどこも人の少ない魔物の生息地だ」

「まるで実験でもしているみたいですね……」

 

 異形種の出現ポイントをまとめた地図を見たマーガレットは神妙な面持ちで呟く。

 マーガレットの言葉に頷くと、ハルバードは話を続ける。

 

「マーガレット、君の言う通りだ。この騒動はおそらく複数人による組織的な犯行、そして何かの実験を行っている可能性がある」

「実験ねぇ。一体何の実験だって言うんだ?」

 

 いつもは会議中も退屈そうにしているルーファスですら、興味を持ってハルバードの言葉を聞いている。

 それだけここ最近起きた事件の数々は歴史上稀に見る異常事態だったのだ。

 

「蛇神竜ミドガルズオルムの復活」

「……そいつは笑えねぇ冗談だ」

 

 ルーファスは珍しくニヤけた笑みを引き締め、一瞬だけポンデローザへと視線を向けた。

 

「俺も半信半疑ではある。だが、滅多に現れない幻竜の出現、竜の特性を持った異形種、また調査班から入った情報によれば異業種の出現地には〝竜の紋章〟が刻まれていたとのことだ」

「竜王国ミドガルズが復活したとでも?」

「その可能性もあるということだ。可能性がある以上は調査も必要だ。ポンデローザ」

 

 そこで言葉を区切ると、ハルバードはポンデローザへと視線を向ける。

 ポンデローザはハルバードからの説明を引き継ぐように、そのまま話始めた。

 

「状況は切迫しています。そこでわたくしからある提案をさせていただこうと思いますの」

 

 そう前置きをすると、ポンデローザはある提案を持ち掛けた。

 

「まだ前期は終わってはいませんが、生徒会の皆様には一年の生徒会メンバーを選出していただきます」

 

 本来、二年生が一年生の生徒会メンバーを推薦するのは後期に入ってからだ。

 その予定を前出ししてでも、一年生の生徒会メンバーを決める理由がポンデローザにはあった。

 

「後期から生徒会に入るメンバーも我々の仕事を傍で見て早く覚えてもらう。異形種騒動で忙しくなる以上、生徒会の手は増やした方がいいと思いましたの」

「なるほどねぇ。そいつには俺様も賛成だ。使える奴は多いに越したことはない」

 

 書類仕事が減り、面白そうな事件に集中できるということもあり、ルーファスはポンデローザの提案に賛成する。

 

「そして、いくつかある異形種の出現予想地に、この長期休暇を利用してわたくし達も赴こうと思いますの」

「異形種の出現予想地、というと?」

「ドラゴニル領、ムワット森林に幻竜が立て続けに出現した以上、広大な土地には竜すら出現する可能性がありますわ」

 

 ここからが本題である。

 ポンデローザにとっては、長期休暇を生徒会室の書類仕事で終えるか、調査と言う名目で出かけることができるかがかかっているのである。

 

「一年生のステイシー・ルドエさんのご実家でもあるルドエ領ですわ」

「なるほど、確かにルドエ領の土地は広大ですよね」

 

 ステイシーの実家では、とにかく農業や酪農などが盛んだ。

 そこで魔物達が暴れれば、影響は領内に留まらない。

 

「それだけではありませんわ。ルドエ領では、牧場、農場が数多く存在しますわ。そこで異業種や竜が出現したら、国内の食料問題にも繋がる可能性がありますの」

「ルドエ領から出荷される穀物、食肉の量は膨大だ。ポンデローザの言う通り、あの領で異形種が暴れれば飢饉とまではいかずとも食材の値段が高騰することは間違いないだろうな」

 

 ハルバードは考え込むように頷く。

 

「そこでルドエ領の守護を目的として、戦力としてわたくしと推薦する一年生ブレイブ・ドラゴニル、マーガレットさんと推薦する一年生であるスタンフォード殿下の四名で向かいたいと思いますの」

「ちょっと待った」

 

 これまでポンデローザの案に肯定的だったルーファスが待ったをかけた。

 

「今の話ならルドエ領は最重要防衛拠点だ。しかも王族であるスタ坊まで行くんだろ。不測の事態に備えてもう一組戦力を連れていった方がいいと思うぜ?」

「もう一組、とおっしゃいますと?」

「ここにいるだろ。戦力としては申し分ない男がよ」

 

 ニヤリと笑うとルーファスは得意気に自分を指さした。

 予想外の提案に驚きながらも、ポンデローザは動揺を隠して努めて冷静に尋ねた。

 

「ちなみに推薦する一年生はどなたですの?」

「ステイシー・ルドエだ」

 

 その発言に、黙って成り行きを見守っていた他の生徒会メンバーが口を開いた。

 

「ルーファス! 生徒会は守護者の家系の者を選ぶのが暗黙の了解のはずだ!」

「そうだ! 特に優秀でもない生徒をお前の気まぐれで採用するなどあってはならない」

 

 生徒会メンバー達は口々にルーファスを非難する。

 歴代の流れを無視して、いきなり血筋も成績も優秀ではない生徒を推薦するなど、異例のことだったのだ。

 

「はっ、あの子は優秀だぜ。この俺が監督生をして間近で実力は確認した。何か問題あるか?」

「そこまで言うなら根拠を示せ、ルーファス」

 

 さすがにハルバードもルーファスを信用しているとはいえ、ステイシーを生徒会メンバーに入れるのならばそれなりの根拠が必要だった。

 

「あの子は魔力の量も質も三流だ。だが、魔物と戦う覚悟は誰よりもあった」

 

 ルーファスはハルバードの目を真っ直ぐに見据えてそう告げる。

 

「土属性魔法を使う奴はわかるだろうが、硬化魔法は自分と触れている物にしか発動させられない。だからこそ、大抵の場合は土を隆起させて防壁を作る」

 

 通常、土魔法は防御魔法として運用することが基本だ。

 敵からの攻撃を防ぐとき、多くの者は土魔法で防壁を作成し、自分自身が硬化して防ぐことはしない。

 何故ならば、硬化を破られた瞬間死に直結するからだ。

 

「あの子はそれができない。故に自身の肉体を硬化させて盾とする方法を選んだ」

「それのどこが優秀だと言うんだ!」

「おいおい、わかんねぇのか? 自分を殺そうと襲い掛かってくる魔物の攻撃を直接自分の肉体で受けるんだぞ。それができる奴がこの学園に何人いると思う?」

 

 ルーファスの言葉に、飛び交っていた批判の言葉が一気に収まった。

 

「あの子は肝が据わってる。だから気に入った。これが俺様の推薦理由だ」

「そうか。では、書類は用意しておくように」

 

 他人に興味がないルーファスが珍しく〝気に入った〟という評価をした。

 その事実に驚きながらも、ハルバードはステイシーの生徒会入りを容認したのであった。

 ちなみに、本人の意思はそこには介在していない。

 ポンデローザとマーガレットは、上級貴族から突然生徒会入りを強制されることになるであろうステイシーに同情するのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 つまんねー者達

「待てよ、ポンデローザ」

 

 生徒会室を出ると、ルーファスがポンデローザを呼び止めた。

 

「珍しいですわね。ルーファス様がわたくしを呼び止めるなんて」

「〝貴族令嬢の鑑〟なんて呼ばれたあんたが、調査って名目で後輩達の修行合宿なんてぶっ飛んだ提案をしたんだ。そりゃ呼び止めもする」

 

 ルーファスはポンデローザの提案の意図に気がついていた。

 将来有望な後輩、それも近い未来必要になるであろう即戦力を鍛えるための合宿。

 まるで未来に起こることを見越して、いや予知しているかのような戦力の整え方。

 ルーファスには、いつも格式や体裁を気にするポンデローザがそんな提案をしてきたことに疑問を持ったのだ。

 

 そして、久しぶりに面白いことが起きそうだと判断してポンデローザの案に乗っかったのだった。

 

「ルーファス様には気づかれてしまいましたか」

「ハルバードの奴だって気づいてるだろうよ。それでも止めなかったのは今後のことを考えれば有効な策ではあるからだ。不愛想に見えるがあいつも何だかんだであんたのことは信用してるってことだ」

 

 本当に意図に気づいたうえで問題ないと判断されるだけの材料は揃えてある。

 ポンデローザの提案は、格式や体裁を気にする彼女だからこそ用意できた案でもあった。

 ルーファスは珍しく真剣な表情を浮かべて告げた。

 

「まるで未来を知っているような用意周到ぶりだ……久しぶりにガキの頃に誰かさんから聞かされた与太話を思い出したよ」

 

 その〝誰かさん〟は冗談交じりにルーファスへ挑発的な笑みを向ける。

 

「あら、今更信じる気になられたのですか?」

「まさか、到底信じられる話じゃない」

「でしょうね」

 

 ルーファスは、この数ヶ月で貴族令嬢のお手本という存在から逸脱しつつあるポンデローザを見て、昔のことを思い出していた。

 

「なあ、ポンデローザ。どうしてお前は()()()()()

「わたくし以外の全てがそうあることを望んだから。それだけですわ」

「なるほど、つまんねー答えだ」

 

 ポンデローザの答えにルーファスは吐き捨てるように呟く。

 建国時から代々レベリオン王国の騎士団長を務めている剣豪一家リュコス家の嫡男。

 今でこそ不真面目な印象が強いルーファスだったが、幼い頃は家名を背負い真面目で責任感のある男だった。

 剣の才能も、魔法の才能も歴代最高と称えられた彼は段々と毎日に退屈し始めた。

 そんなルーファスは、最近になって幼い頃のポンデローザが〝おもしれー女〟だったと感じ始めていたのだ。

 だが、ポンデローザもまた原作に抗うことをやめ、原作通りで生き残れる道を探して誰もが認める貴族令嬢となった。

 そんな今のポンデローザはルーファスにとって〝つまんねー女〟だったのだ。

 

「昔、言ってたな、〝敷かれたレールを歩くだけじゃ自分の人生じゃない〟ってな」

「ええ、そのようなことも言いましたね」

 

 幼い頃のルーファスは家のため、国のため、と家の言いつけ通りに過ごしていた。

 リュコス家の家訓である〝剣に心は不要、ただ主の敵を斬る剣であれ〟をルーファスは正直に守っていた。

 

 そんなルーファスに接触してきたのが、当時奇行の目立つポンデローザだったのだ。

 ポンデローザはルーファスの抱える悩みを原作知識から理解していた。

 だからこそ、彼女は幼い頃にその悩みを解決してしまえばルーファスが心強い味方になると思って行動を起こした。

 ルーファスは、王国を守る剣として育てられたが、段々とその在り方に疑問を抱くようになった。

 貴族として生まれた以上、家の命は絶対。

 それも王国の未来に関わる立場なら尚更のことだ。

 それがルーファスを苦しめることになった。

 家訓に従い心のない剣とならなければいけないというのに、いつまで経っても自分は家に縛られることを不満に思ってしまう。

 周囲の人間はそんな未熟な自分に気がつかずに、歴代最高の騎士になると褒めそやす。

 そんなときにポンデローザが突然やってきて告げた。

 

『敷かれたレールを歩くだけじゃ自分の人生じゃないわ! もっと自分に正直になっていいじゃない!』

 

 自分の悩みを見透かし、自由に生きようと告げた彼女の提案を当時生真面目だったルーファスは受け入れることができなかった。

 それが出来たら苦労しない。

 背負った立場に責任感を持っていたルーファスは、ポンデローザを拒絶したのだ。

 

「あの頃の俺様はバカだった。あんたの手を取っていればこんなつまんねー毎日を送ることもなかったんじゃないかって今でも思う」

「あら、今からでも遅くないのでは?」

「もう遅ぇよ。肝心のあんたがつまんねー女になっちまったからな」

 

 結果的にルーファスは、原作通り周囲の人間から興味を失い、自由に振る舞いつつも仕事はきちんと行う人間となった。

 文句を言う人間は実力で黙らせればいい、どうせ誰も自分を超えることはできやしないのだから。

 

「俺様もあんたも自分の人生を歩めない人間ってことだ。卒業後は大人しく家訓通り〝主を守る剣〟になるさ」

「その分、学生時代は自由に振る舞うと?」

「ああ、文句を言ってくる奴は叩き潰せばいい。どうせ俺の振る舞いに文句をつけるのは実力のないつまんねー奴だけだ」

 

 肩を竦めると、ルーファスは力なく笑った。

 ルーファスは自分の人生を歩むことを諦めていた。

 だから卒業までは今を精一杯面白く生きる。

 それこそが、ルーファスが普段好き勝手に振る舞う理由だった。

 

「一つ聞かせろ。お前は運命に抗うことは諦めたのか?」

「どう、でしょうね」

 

 ルーファスの問いに対して、ポンデローザは困ったように苦笑して答えた。

 

「抗ったところで無駄。だからこそ流れに身を任せ、不本意な方へと流れないように舵を取る。それがわたくしの答えですわ」

 

 死という運命に抗おうとしても原作通りの流れに押し戻される。

 それならば、原作通り生き残れる道へ進めばいい。

 ポンデローザの答えは最善の解答だった。

 だが、ルーファスが求めていた答えではなかった。

 

「そうかい。お互いつまんねー人間になっちまったな」

「ええ、本当に」

 

 抗うことをやめた者同士で肩を竦めると、二人はそれ以上言葉を交わすことはなく別れるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 装備強化

 郊外演習での事件もあって学園側は警備を強化した。

 異形種騒動に続いて起きた二度目の事件。

 重傷を負ったのが二回とも王子であるスタンフォードともなれば、事件の関連性を疑うのは当然のことだった。

 

「ブレイブ、君の剣が出来たみたいだけど、今日は空いているかい?」

「もちろん大丈夫だ!」

「じゃあ、行くよ」

 

 マーガレットの回復魔法のおかげですっかり回復したスタンフォードはブレイブを連れ立って教室を出て行く。

 珍しい取り合わせに周囲の生徒達は頭上に疑問符を浮かべていた。

 ここ最近ブレイブはスタンフォードに積極的に話しかけていた。

 共にライザルクを討伐した者として、ブレイブは一方的にスタンフォードに友情を感じていたのだ。

 ライザルクの一件に関しては、残念ながら目撃者があまりにも少なかったこともあり、周囲からはスタンフォードがライザルクに敗れた後にブレイブが討伐したという認識をされている。

 

 しかし、スタンフォードにとってあの一件は自分を変える大きなきっかけになったため、周囲の評価が変わらなかったところで差して気にはしていなかった。

 

「それにしても長期休暇前に出来上がると思わなかったぞ」

「何といっても王族お抱えの鍛冶職人だからね。仕事が早いし、質も良いんだ」

「いいのか? 俺の剣を作るためにそんな凄い人に頼んじゃって」

「王族の僕が王族お抱えの鍛冶職人に頼んだ。何か問題があると思うかい?」

 

 スタンフォードも、今ではブレイブとの会話にも普通に応じるようになった。

 本人は決して友人関係だとは認めていないが。

 馬車を手配して、鍛冶職人のいる街へやってきた二人は、真っ直ぐに工房へと向かった。

 道中、初めて見る景色にブレイブは大はしゃぎだった。

 今まで領内で暮らしており外へ出たことがない分、それはもうすごいはしゃぎようだった。

 あちらこちらへと立ち寄ろうとするブレイブを諫め、スタンフォードはやっとの思いで工房へと到着した。

 

「おお、スタンフォード殿下! 待っておりましたよ!」

 

 工房に入ると、屈強な肉体をした髭面の男性がスタンフォードの元へと駆け寄ってくる。

 

「やあ、ガリウム。調子はどうだい?」

「はっはっは、殿下からの注文のおかげでうはうはですよ!」

「そいつは良かった」

 

 豪快に笑うガリウムにスタンフォードも自然と笑顔を浮かべた。

 ガリウムはスタンフォードが信頼できる数少ない人間だ。

 スタンフォードは日本の知識を活かして様々な武器のアイディアをガリウムへと持ち込んでいた。

 鍛冶の腕を極めたガリウムにとって、新たな挑戦ができるスタンフォードの注文は喜ばしいものだったのだ。

 

「それで、そこにいらっしゃるのが例の?」

「ああ、竜殺しのブレイブだ」

「初めまして、ドラゴニル辺境伯の嫡男ブレイブ・ドラゴニルといいます」

 

 ブレイブはガリウムへと畏まった様子で自己紹介をする。

 

「がははっ! そう畏まらんでくだせえ! あっしはただの鍛冶職人ですよ!」

 

 ガリウムは豪快に笑うと、早速完成した魔剣を工房の奥から持ってくる。

 

「では早速ですが、まずブレイブ殿の剣から」

 

 ガリウムが魔剣を鞘から抜くと、鋭い輝きを放つ刃が露わになる。

 

「こちらは殿下から受け取ったライザルクの素材を使って仕上げやした。魔力を蓄積する力はもちろん、切れ味も相当なもんですぜ」

 

 ブレイブの魔剣はライザルクから剥ぎ取った毛皮や骨を素材として作られた。

 鍔の部分には雷雲のような毛皮があしらわれており、その刃はどうやって鞘に収まっていたか不思議な程に大きかった。

 

「この魔剣は鞘から抜くと変化するんでさあ!」

「……相変わらずとんでもない剣を作るね」

 

 謎の技術力にスタンフォードが苦笑していると、ブレイブは目を輝かせて魔剣を眺めていた。

 

「ほ、本当にこれもらっちゃっていいんですか!?」

「ええ、代金は殿下からもらってますからね!」

「ありがとうな、スタンフォード!」

「代金は戦闘力で払ってもらうから気にすることはないさ」

 

 スタンフォードとしても今回の出費はかなりのものだったが、それでブレイブの戦力が強化されるのならば安い出費だった。

 

「それで、その魔剣の名前は何て言うんだい?」

「へへっ、よくぞ聞いてくださいました! こいつは魔剣ソル・カノル、殿下のルナ・ファイと同じで魔力を吸収して切れ味を増す魔剣ですぜい! さらに、光を吸収することで刃の大きさも自由に変えられるんでさあ!」

 

 得意気にガリウムは魔剣ソル・カノルの効果を説明する。

 従来のルナ・ファイと同等どころかそれ以上の性能に仕上がっていることに、さすがのスタンフォードも驚きを隠せなかった。

 ガリウムの技術力にスタンフォードが戦慄していると、ソル・カノルを受け取ったブレイブは目を輝かせて礼を述べた。

 

「スタンフォード、本当にありがとう! これで俺はもっと戦える!」

「強い魔剣を手に入れたくらいで調子に乗るな。もっと強くならないとこの前のライザルクの二の舞になるぞ。ガリウム、ルナ・ファイの改良はどうなったんだい?」

 

 スタンフォードは自分にも言い聞かせるように告げと、ガリウムにルナ・ファイの改良の具合を尋ねる。

 それに対して、ガリウムは待ってましたとばかりに改良を加えたルナ・ファイを持ってきた。

 

「こちらが改良したルナ・ファイでさあ」

「ほう、随分と手に馴染むな」

「鍔と柄の部分を改良して、ライザルクの角も素材として使ってやす。以前よりは雷魔法に特化しやしたが、より殿下の専用武器となったのなら問題はないかと」

 

 スタンフォードは軽く魔力を込めてみたが、少量の魔力でもかなり増幅されて刃に反映されているように感じた。

 ルナ・ファイは稲妻のような形をした鍔の部分も相まって、まさに雷属性の武器という見た目になっていた。

 

「相変わらずいい仕事をしてくれるね。前払いの料金で足りるのかい?」

「ええ、十分でさあ!」

「そうかい。それじゃあまた仕事を頼むときは連絡するよ」

 

 そう告げると、スタンフォードとブレイブはガリウムの工房を出るのであった。

 

 帰り道、スタンフォードは今後の流れを確認するためにブレイブへと尋ねる。

 

「そういえば、ブレイブ。君も生徒会からの推薦を受けたんだろう?」

「ああ、何故か関わりのないポンデローザ先輩から推薦もらったんだが……」

 

 ブレイブは一度しか話したことのないポンデローザから推薦をもらったことに怪訝な表情を浮かべていた。

 

「あの方は純粋に今後を見据えて強い奴を推薦したんだろうさ。ありがたく受け取っておけ」

「それもそうだな」

 

 スタンフォードのフォローに対し、ブレイブは特に疑問を持つこともなく頷くのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 生徒会推薦メンバー

 前期の最終登校日。

 生徒達は一斉に廊下へと駆けだした。

 

「みんなどうしてあんなに急いでるんだ?」

「自分が生徒会メンバーに選ばれたか気になっているんだろうさ。今回は異例の処置だから事前に通達されてるっていうのにね」

 

 廊下へと駆けだしていくクラスメイトを不思議そうな顔で見送るブレイブへとスタンフォードが説明する。

 今回の生徒会メンバー発表は前例と異なり、前期が終わる前に発表されることになった。

 そのため、推薦された生徒達には事前に通達が来ていたのだ。

 

「お二人も生徒会メンバーに選ばれたのですか?」

 

 座ったまま話しているスタンフォードとブレイブの元へセタリアがやってくる。

 

「も、ということはリアも選ばれたか。まあ、当然といえば当然だけど」

「ええ、生徒会長自らの指名でしたわ」

「兄上が?」

 

 スタンフォードは、ポンデローザからセタリアが原作でも生徒会メンバーにいたことを聞かされていたため、特に驚いた様子はなかったが、推薦人がハルバードだったということには驚きを隠せなかった。

 生徒会長からの推薦。それは次期生徒会長最有力候補と言っても過言ではないからである。

 

「リアは人をまとめるのうまいから適任だな!」

「少々荷が重い気もしますが……」

 

 セタリアはこめかみに手を当ててため息をつく。

 その理由はスタンフォードにも理解できた。

 BESTIA BRAVEのストーリーでセタリアは他のヒロイン達と衝突し、友人関係になるまでにはかなり時間がかかっていた。

 時期的にも衝突している真っ最中である今、生徒会メンバーに選ばれるであろう他のヒロイン達とうまくやっていく自信がないのであった。

 

「他のメンバーも気になるし、僕達も張り紙を見に行くとしよう」

 

 スタンフォードは、だいたいの生徒会メンバーを把握してはいるものの、きちんと原作通りになっているか確認するために廊下へと向かった。

 廊下の掲示板前は生徒達でごった返していたが、スタンフォードの姿を見るや否や、さっとモーセの海割りの如く道ができる。

 

「おお、すげぇなスタンフォード!」

「この現象をプラスに捉えられる君の方が凄いと思うけどね」

 

 生徒達が避けて出来た道を歩いて行くと、掲示板の前には見知った顔があった。

 

「ステイシー?」

「あっ、スタンフォード君……」

 

 掲示板の前では困惑した表情を浮かべたステイシーが立っていた。

 まさかと思い張り紙を見てみると、そこには――

 

【生徒会執行部 推薦生徒】

 

 スタンフォード・クリエニーラ・レベリオン

 

 セタリア・ヘラ・セルペンテ

 

 ブレイブ・ドラゴニル

 

 アロエラ・ボーア

 

 ステイシー・ルドエ

 

 ステイシーの名前があった。

 

「ど、どうして私が……」

 

 ステイシーが混乱するのは無理もない。

 特に秀でた点もなく、家柄もこの学園では下に位置するステイシーが生徒会メンバーに選ばれたのだ。

 他の生徒達もどうして自分ではなく、ステイシーが選ばれているのか怪訝な表情を浮かべているくらいである。

 

「ポン子の仕業……じゃないよな」

 

 ポンデローザは原作から離れることを嫌う。

 本来ならばもう一人のヒロインが入る枠にステイシーが入っていることは、ポンデローザの意図しない部分である可能性が高かったのだ。

 

「僕はラクーナ先輩の推薦、リアは兄上からの推薦、ブレイブはポン子からの推薦、アロエラは本家の嫡男であるサングリエ様の推薦、となると――」

 

 原作とは違う流れになっていることでスタンフォードは考え込み、ある結論に至った。

 

「ルーファス様の仕業か……」

 

 今思えば、ルーファスは珍しくステイシーに対して興味を示していた。

 生徒会室や郊外演習での出来事がこの原作改変を起こした可能性は大いにあった。

 ポンデローザが慌てて連絡を取ってこないということは、この原作改変は生存ルートへ進むに当たって大きな問題はない可能性が高い。

 一応後で確認するとして、スタンフォードはひとまずステイシーに祝福の言葉をかけることにした。

 

「良かったなステイシー。大出世じゃないか」

「私に務まるでしょうか?」

「何、僕を含めてみんなでサポートするから問題ないだろう。そうだよな?」

 

 スタンフォードは横にいるブレイブとセタリアに目線を向ける。

 

「ええ、わからないことがあったら何でも聞いてください。これから同じ生徒会メンバーとして宜しくお願い致しますね、ルドエさん」

「俺も助けてもらう側だと思うけどよろしくな! ステイシー!」

 

 スタンフォードの意図を察したのか、二人とも笑顔を浮かべて頷いた。

 

「みなさん、ありがとうございます……!」

 

 心強い仲間が出来たことで、ステイシーはほっとしたように胸を撫で下ろした。

 

「ちょっとちょっと! アタシだけ除け者にしないでくれる?」

 

 そんな四人の元に、燃えるような赤い髪のポニーテールと勝ち気な表情が特徴的な女子生徒がやってきた。

 

「そういえば、アロエラも生徒会メンバーだったな」

「そういえばって何? アタシはおまけってわけ? はー、セタリアと一緒なら他はどうでも良いってわけ?」

「いや、そんなことは言ってないだろ」

 

 アロエラは不機嫌そうに鼻を鳴らしてブレイブに詰め寄る。

 

 アロエラ・ボーア。

 BESTIA BRAVEのヒロインであり、ストーリー開始時点で既に主人公に惚れている最も攻略が簡単なキャラクターだ。

 攻略難易度の低さと序盤戦闘の火力要員としての能力の高さから、プレイヤーには愛されているキャラクターだが、彼女の魅力はそれだけではない。

 アロエラは火属性魔法の応用である破壊魔法が使える。

 その反動で、衣服が弾け飛ぶというサービス要員でもあった。

 プレイヤーの中には彼女の衣服が弾け飛ぶ演出を見るためだけに戦闘を長引かせるという者までいたほどである。

 

「スタンフォード殿下もいたんですね」

 

 スタンフォードの姿を見るや否や、アロエラは無表情になる。

 

「これでも王族だからね」

「これから宜しくお願い致します」

 

 慇懃無礼に頭を下げるアロエラを見て、スタンフォードは苦笑する。

 基本的にスタンフォードはBESTIA BRAVEのヒロイン達には嫌われている。

 中でも人を見下す人間が大嫌いなアロエラとスタンフォードの相性は最悪と言ってもいいだろう。

 それでも表向きは礼儀を崩さない当たり、アロエラは性格の割に理性的だった。

 

「ルーファス様、どうして……」

 

 そんなやり取りをしていると、アロエラの横で呆然と立ち尽くしている水色の髪を肩口で切りそろえたタレ目の女子生徒がいた。

 

「コメリナもいたのか」

 

 コメリナ・ベルンハルト。

 ルーファスのリュコス家の分家に当たるベルンハルト家の出身であり、彼女もBESTIA BRAVEのヒロインである。

 クールな性格でさり気なく主人公をサポートしてくれる存在だったが、ストーリーでは影が薄く、〝空気ちゃん〟や〝コメ何とかちゃん〟と呼ばれることも多かったキャラクターである。

 

 ブレイブは貼り紙の前で立ち尽くすコメリナに声をかけようとしたが、それをアロエラが止めた。

 

「あー、コメリナのことはそっとしておいてあげて」

「どうしてだよ」

「察してあげなさいよ。この子、アタシと同じように本家のリュコス様から推薦されると思ってたからショックなのよ」

 

 生徒会メンバーの推薦基準はさまざまだが、推薦基準の多くを占めるのは家柄だ。

 コメリナは学園内でもトップクラスの成績を残しており、魔法の腕も確かだ。

 そんな彼女が本家の人間であるルーファスに選ばれなかったのはかなりショックな出来事だったのだ。

 

「これ、本当に大丈夫なのか……」

 

 早くも起きた原作改変の歪みを目の当たりにしたことで、スタンフォードはポンデローザと作戦会議を開く必要性を感じるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 生徒会メンバー顔合わせ

 放課後、一般生徒達は前期の授業が終わった解放感に満ち溢れ、長期休暇の予定を語らいながら寮へと戻っていく。

 そんな中、生徒会推薦メンバー達は現生徒会メンバーとの顔合わせもあり生徒会室に呼ばれていた。

 

「よく来たな」

 

 無表情のまま生徒会長であるハルバードがスタンフォード達を歓迎する。

 全くといっていいほど歓迎されている気はしないが、これでもハルバードなりに優秀な生徒達を歓迎していた。

 

 人望、成績、魔法、家柄、全てにおいて優秀なセタリア。

 人望や性格に難があるが、この国の第二王子であり、魔法運用において右に出る者のいないスタンフォード。

 成績はいまいちだが、それ以外の全ての能力が特出しているブレイブ。

 現生徒会メンバー、セルド・ヒュース・サングリエの遠縁でありながらも、サングリエ家の血を濃く引き継いだ分家出身であるアロエラ。

 

 そして、他人に全く興味を示さないあのルーファスが興味を持ったステイシー。

 ハルバードは改めて全員の顔を見渡すと、淡々と告げた。

 

「本来ならば歓迎会を開くところなのだが、今の生徒会は手が足りない。軽く自己紹介をした後に、さっそく仕事を覚えてもらう」

 

 ハルバードの言葉にブレイブとアロエラ、ステイシーが息を呑む。

 ある程度裏事情を知っているスタンフォードとセタリアは、表情を変えずに続きを待った。

 

「俺は生徒会長を務めているハルバード・クリエニーラ・レベリオンだ。この国の第一王子ではあるが、意見することを恐れる必要はない。機嫌を悪くして処刑を行う王族など、物語に出てくる暴君くらいだ」

「だとさ、お前らも文句があったら気軽にズケズケ言ってけよ?」

「ルーファス、貴様は軽薄すぎる」

 

 茶化すように言ったルーファスに対して、眼鏡を直しながらセルドが呆れたようにため息をついた。

 

「というわけで、紹介に預かった軽薄すぎるルーファスだ。よろしくな。生徒会じゃ、庶務をやってる。ま、要するに雑用係だ」

「この生徒会の庶務はそんな簡単なものではないがな」

 

 ルーファスは特にかしこまることもなく自己紹介をする。

 何を言っても無駄なことは理解しつつも、後輩の前であるためセルドは一応注意をした。

 

「あまり彼を見習わないようにしてくれ。仕事さえすれば何をしても良いなど、間違っても思ってくれるなよ?」

「それはもちろんです」

 

 推薦メンバーを代表してセタリアが答えると、セルドは満足そうに頷いて自己紹介を始める。

 

「僕はセルド・ヒュース・サングリエ。生徒会では会計を担当している。君達には期待しているよ」

「は、はい!」

 

 分家という立場だからか、アロエラは緊張した様子で上擦った返事をした。

 

「マーガレット、何をボサッとしているんだい。次は君の番だ」

「あっ、そうでした」

 

 後ろの方でボーッと立っていたマーガレットは、セルドに促されたことで一歩前へと出てきた。

 

「マーガレット・ラクーナです。生徒会では書記をやっています。スタンフォード殿下、セタリア様、ブレイブ君、ステイシーちゃんは面識があると思いますが、改めて宜しくお願いします」

「この人がブレイブと同じ光魔法の使い手……」

 

 唯一マーガレットと面識のなかったアロエラは神妙な面持ちでマーガレットをまじまじと見つめた。

 ドラゴニル辺境伯爵とは縁があり、昔からブレイブのことを知っているアロエラとしては、ブレイブ以外に光魔法の使い手がいることは知っていても、どういった存在かは知らなかったため、気になっていたのだ。

 

「マーガレットさん。アロエラさんを仲間外れにするような発言はいただけませんわ」

 

 そこで真打登場とばかりに、扇子を開いてポンデローザが登場した。

 

「これから一致団結して生徒会とし尽力していただくのに、疎外感を感じさせるような発言は慎みなさいな」

「あはは、すみません。配慮が足りませんでした」

「わかればよろしい」

 

 扇子を閉じて頷くと、ポンデローザは改めて勢いよく扇子を開いて自己紹介を始める。

 何でわざわざ扇子を閉じたのだろうか。

 その場にいた全員がそんな疑問を抱いたが、口にすることはなかった。

 

「わたくしはポンデローザ・ムジーナ・ヴォルペ。生徒会副会長を務めさせていただいております。以後、お見知りおきを」

 

 そして、再び華麗な手つき扇子を閉じる。

 その様子を見て、内心スタンフォードは「こいつ、演出のために無駄なことしてるな」と呆れていた。

 その後、三年生、一年生を含めて全員の自己紹介が終わると早速仕事のレクチャーが始まった。

 

「で、何で僕がポン子と組むことに?」

「ブレイブ君に副会長の仕事教えても仕方ないでしょ。あたしの推薦理由は戦闘力と彼の出自なんだから」

 

 副会長最有力候補であるスタンフォードは、仕事のレクチャーという名目でポンデローザに連れ出されていた。

 

「ブレイブは庶務ってところか」

「そうね。ブレイブ君は書記も向いてないし、会計も無理だもの」

 

 それぞれの適性からセタリアは生徒会長、ブレイブは庶務、ステイシーは会計、アロエラは書記という仕事の割り振りとなった。

 スタンフォードはもちろん副会長候補として育てられていくことになる。

 

「にしても、全員推薦だったら選挙もしないなんて独裁もいいとこだよな」

「貴族が通う学校よ? 今更でしょ」

「ま、推薦理由に家柄が入ってくる時点でお察しか」

 

 スタンフォードは改めてこの学園の特異性を噛み締めると、ポンデローザへと尋ねる。

 

「なあ、ブレイブの方のヒロインのコメリナが生徒会入りしてないのは大丈夫なのか?」

「ああ、そのことなら問題ないわ」

 

 スタンフォードの疑問に対して、ポンデローザは特に焦った様子もなく告げる。

 

「コメリナちゃんは私達が目指すルートには登場してこないの。BESTIA BRAVEのルートでも出番が少なくて〝空気〟って言われてたくらいよ」

「でも、裏方として活躍してた可能性がある以上、生徒会メンバーにいないのはまずくないか?」

「そう思って、彼女には原作通りの動きができるように別の枠を用意したわ」

 

 得意気に鼻を鳴らすと、ポンデローザは原作から乖離している状況の対策を述べる。

 

「ルーファスがこっちの思い通りに動かないのは想定済みよ。コメリナちゃんには生徒会特別調査班のリーダーを務めてもらうことになったわ。ハルバードには想定外の事態に対応するには手が足りないって名目で納得してもらってるから安心して」

「さすがの手の速さだな」

「ごめんね。本当は先に伝えておきたかったんだけど、長期休暇前でバタバタしててさ」

「大丈夫だよ、ポン子が忙しいのはわかってるから」

 

 ポンデローザは申し訳なさそうに両手を合わせる。

 スタンフォードとしては、ポンデローザは忙しい中必死に原作知識を整理して対策を練ってくれている。

 そのことに日頃から感謝しているスタンフォードとしては、ポンデローザを責めるつもりは毛頭なかった。

 

「ていうか、長期休暇中は恋愛イベントは進まないのか?」

「ランダムイベント以外は特にないわ。それにメグも連れてルドエ領に行くわけだし、今回に関しては原作通りに動かなくても大丈夫よ」

「わかった。それじゃ、今回はルドエ領での鍛錬に集中させてもらうよ」

 

 スタンフォードは、ほっと胸を撫で下ろすと生徒会の仕事の引継ぎに集中する。

 

 しかし、心のどこかでしこりが残るのを感じていた。

 

 ポンデローザは原作通りに事を進めたがるきらいがある。

 目指しているのが唯一の生存ルートである以上、それも仕方のないことではある。

 先のコメリナの一件に、長期休暇の計画の件。

 一見、原作と乖離しても柔軟な対応を取っているように見えるが、そこには人の感情を考慮していない気がしてしまったのだ。

 一抹の不安を覚えながらも、スタンフォードは何かあったら真っ先にフォローに回ろうと心に決め、近い内にコメリナと接触する必要性を感じるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 原作よりも見るべきもの

 寮に戻ったスタンフォードは早速行動を起こした。

 コメリナの状況を把握するためにまず尋ねるべき人物の部屋の前に立つと、スタンフォードは控えめに扉をノックした。

 

「どちら様でしょうか?」

 

 扉の向こうからメイドが応対をする。

 

「スタンフォードだ。リアへ取り次いでほしい」

「これは殿下! 失礼致しました。すぐにお呼びいたします」

 

 セタリアを訪ねてきた人物がスタンフォードだとわかると、メイドはすぐにセタリアへと取り次いだ。

 寮の共有スペースへ移動し、茶菓子と紅茶を用意して二人は席に着く。

 

「それで殿下。何か御用でしょうか?」

「コメリナ・ベルンハルトについて聞きたいことがある」

 

 そう切り出すと、スタンフォードはコメリナについてセタリアが知っていることについて尋ねた。

 

「君から見たコメリナはどんな人物だ」

「努力家であり、他人への興味が薄いという印象を受けます」

 

 そこで言葉を区切ると、セタリアは少しだけ表情を綻ばせる。

 

「ですが、殿下が知りたいのはそういったことではなさそうですね」

 

 セタリアは、ここ最近のスタンフォードの変化を快く思っていた。

 家の命で婚約者となり、好き勝手に振る舞うスタンフォードのフォローばかりの毎日を送ってきた。

 だからこそ、スタンフォードがこうして他者を思いやって行動していることを嬉しく思っていたのだ。

 

「彼女は昔の殿下と似たところがあります」

「僕に?」

「ええ、努力家ではありますが、他者への興味が著しく低く、周囲を見下しているきらいがあります。私も最近名前を憶えてもらったくらいです」

「僕が言えたことじゃないが、貴族としちゃかなりヤバイ奴だな」

 

 貴族社会では、人脈がモノをいう。

 いくら国内でも力を持つリュコス家の分家の出とはいえ、コミュニケーション能力がない者は将来的に良い地位につける可能性は低くなってしまうだろう。

 

「マーガレット先輩が現れる前、彼女は数少ない治癒魔法の使い手でした。この学園でいえば、使い手は彼女しかいません」

「治癒魔法は光魔法、水属性の二属性しか扱えない上に、習得には血の滲むような努力が必要だ。広範囲の治癒が可能なラクーナ先輩に、自己回復が可能なブレイブが現れたとなれば……」

 

 努力家で周囲より秀でていると自負している人間。

 そんな人間が自分の上位互換のような人間と出会ったとき、どんな気持ちになるかはスタンフォードには痛いほど理解できた。

 

 そして、打ちのめされているところに起きた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という現状。

 そこに追い打ちをかけるように、お情けのような処置で追加された生徒会調査班という役職。

 

「結構メンタルやられちゃってるんじゃないか?」

「おそらくは。ですが、私はまだ彼女と信頼関係を築けておりません」

 

 原作の時間軸的にも、セタリアと原作ヒロイン達は打ち解けてはいない時期だ。

 ブレイブ周辺のことにはほとんど干渉していなかったこともあり、ブレイブ周辺の人間関係はほぼ原作通りになっていた。

 

「生徒会に協力する立場が彼女を苦しめることになる以上、このまま彼女を放っておくのはよろしくありません」

「同感だ。だが、君が励ましたところで彼女の心には響かないだろうな」

「ええ、それは私もわかっております……」

 

 スタンフォードの指摘に、セタリアは心苦しそうに歯噛みする。

 成績優秀で誰からも慕われ、現生徒会長直々に推薦されたセタリアにコメリナが心を開くことは考えにくい。

 持っている者が優しく接したところで、持たざる者は惨めさを感じてしまうからだ。

 

「それじゃ、生徒会としての初仕事でもするか」

「殿下が、ですか?」

 

 言外に自分が動くと言ったスタンフォードに、セタリアは驚いたように目をしばたたかせる。

 

「生徒会長の補佐は副会長の仕事だろう? 候補ではあるけど、兄上は君を次期生徒会長に据えようとしていることだしね」

 

 そう言って、スタンフォードは紅茶を一気に呷って去っていった。

 はためく外套の中心で輝く獅子の刺繍を眺め、セタリアは呟く。

 

「今の殿下の方が私などより何倍も生徒会長に相応しいと思いますけどね」

 

 その頼もしい背中を眺めていると、何故だが懐かしい気持ちになる。

 スタンフォードに助けられたことなど一度もないはずなのに、絶対に何とかしてくれるという安心感を抱いたのだ。

 

 セタリアは不思議な感覚に怪訝な表情を浮かべながら、残った茶菓子を片付けるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 プライドの高い人間への接し方

 スタンフォードなりに考えた結果、コメリナを煽って焚きつけるという方法は真っ先に除外された。

 ポンデローザに叱咤された自分はそれでもう一度頑張ろうと活力が湧いたが、この方法はとにかく人を選ぶ。

 スタンフォードとコメリナには似たところがあるとしても、スタンフォードで通用した方法がそのまま通じるとは限らないのだ。

 スタンフォードの場合は努力していたといっても、表向きには周囲から褒め称えられ、血筋や環境にも恵まれていたこともあり、〝甘え〟があったことは否めない。

 死ぬ気で心血を注いで努力していたかと言われると肯定はできないのだ。

 

 それに対して、コメリナはスタンフォードと違って心血を注ぐほどの努力をしていた。

 建国の英雄である王と守護者の家系は総じて高い魔力を持って生まれる者が多い。

 そんな中で分家とはいえ、守護者の血筋の者としては他に劣る魔力を持ってコメリナは生まれた。もちろん、魔力の質も量もステイシーのような血が薄い者と比べれば圧倒的に多くはある。

 コメリナは質と量で劣るのならば希少性で勝負することにして、血の滲むような努力を重ねて治癒魔法を習得した。

 他にも自衛のための攻撃魔法なども磨き上げ、座学の成績も常にトップを取っていた。

 彼女が周囲を見下しているのは、限界まで努力もせずに現状に甘んじている者が多いからだった。

 

 つまるところ、彼女は自他共に認める努力で伸し上がった人間なのだ。

 そんな人間の努力を否定するような煽り方をしては、さらに弱った精神に追い打ちをかけることになりかねないとスタンフォードは考えていた。

 

「新たな魔法運用の提案――はダメだな。プライドを逆なですることになりかねない……」

 

 自分と似たところがあるならフォローもしやすいと高を括っていたスタンフォードだったが、実際に彼女へのフォローを考えてみると、自分と似た性格の人間のフォローがいかに難しいかを実感することになってしまった。

 

「……どんだけ面倒臭い性格してるんだか」

 

 自分の性格の面倒臭さを実感したスタンフォードは、改めてこんな自分に根気強く接してくれたポンデローザに感謝した。

 それからいくつか案が浮かんでは消え、最終的にスタンフォードは自分が思いつく最善の案を実行することにした。

 

「悪いなぼんじり。一働きしてくれないかい?」

「クルッ」

 

 肩に止まっていたぼんじりに指示を出すと、ぼんじりは素直にスタンフォードに従った。ポンデローザとはえらい違いである。

 スタンフォードとコメリナには同じクラスという以外に接点はない。

 ブレイブのことも劣等感から意識しているだけで、特別親しいというわけでもない。

 そんな孤高の存在であるコメリナに、学校が長期休暇に入ってしまった今どう接触するか。

 

「クルッポー!」

 

 答えは簡単だ。

 

「待って……!」

 

 自分の元へとおびき出せばいいのである。

 ぼんじりは勲章を咥えてスタンフォードの元へと戻ってきた。

 その勲章はコメリナにとって大切なものだった。

 学園の初等部に通っていた際にもらえる最優秀生徒である証。

 歴代でも王族か、守護者の直系の血筋の者しか授与されたことのない優秀な魔導士である証。

 この勲章はBESTIA BRAVEでもコメリナルートの重要アイテムだ。

 勲章をなくして必死に探すコメリナを主人公が手伝い、夜通し共に探して見つけることでコメリナが心を開くイベントがある。

 それだけこの勲章はコメリナにとって大切な物なのだ。

 それをぼんじりに盗んで持ってこさせたのだ。

 

「この勲章はコメリナ・ベルンハルト、君のものだね?」

「それ、大切な物。返して……」

「ああ、うちのぼんじりが迷惑をかけたようだね。すまなかった」

 

 スタンフォードは謝罪すると、素直にコメリナへ勲章を返した。

 それから畳みかけるように続ける。

 

「お詫びといってはなんだけど、一緒にお茶でもどうだい? 奢るよ」

「いらない。私、忙しい」

 

 口数の少ないコメリナはたどたどしくスタンフォードの誘いを断った。

 頑張って告げた慣れない誘いの言葉をすげなく断られて内心へこみつつも、スタンフォードはめげずに続けた。

 

「そう言わずにさ。面倒を見ている鳩が粗相を働いたというのに、詫びの一つもしなかったなんて知られたら、王家の面汚しなんて呼ばれてしまう。僕を助けると思ってさ?」

「心配いらない。殿下、もう呼ばれている」

「……結構言うねぇ」

 

 王族であるスタンフォードに対して、コメリナは歯に衣着せずに辛辣な言葉をかける。

 そこでスタンフォードは苦笑しながらも下手に出る。

 

「実際君の言う通りさ。僕は〝王家の面汚し〟と言われても仕方ない人間だよ。実はお詫びというのは方便でね。君と繋がりを作れるチャンスを逃したくないだけなんだ」

「繋がり?」

 

 コメリナはスタンフォードの言葉に怪訝な表情を浮かべる。

 どうやら取りつく島はあったようだ、とスタンフォードは内心ほくそ笑んだ。

 

「実はずっと君に教えを請いたいと思っていたんだ」

「教え、請う?」

「ああそうさ! あの治癒魔法を()()()()()に習得した()()()君に是非とも教えを請いたいんだ! 僕も後がなくてね。ブレイブを超えるくらいの実力を示さないと王位継承権を剥奪されかねないんだ! どうか、僕を助けると思って協力してくれないか? この通りだ!」

 

 コメリナを褒めつつも、スタンフォードはとにかく下手に出て自分に協力してほしいと頭を下げた。

 劣等感と承認欲求に苦しんでいる者が求めているものは、自分を認めてくれる存在だ。

 友人など、自分に気を遣っていると考えることもない赤の他人。それもプライドが高い王族が頭を下げ教えを請いたいと願ってきた。

 

「わかった。少しだけ、付き合う」

 

 他人に興味のないコメリナでも、スタンフォードの願いを無下にすることはなかった。

 第一段階は成功した。

 

「ありがとう! 本当に助かるよ!」

 

 スタンフォードは安堵したように胸を撫で下ろすと、笑顔を浮かべてコメリナに礼を述べた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 棚ぼた新技獲得

 それから二人は長期休暇中も解放されている食堂へと向かった。

 珍しい組み合わせのため、席に着いた二人を興味深そうに周囲の生徒達が眺めてきたが、コメリナは毛ほども気にしていなかった。

 

「何、教えて欲しい」

 

 無駄なことが嫌いなコメリナは単刀直入に尋ねる。

 それに対して、スタンフォードは予め用意していた返答を口にした。

 

「治癒魔法についてだ」

「治癒魔法。殿下、使えない」

「理論を応用したいんだ。僕の魔法は運用方法が独特でね。自分の知識だけで運用するには限界があるんだ。そこで、治癒魔法では右にでる者はいない君に魔法の運用方法について学べば自分の魔法に応用できるんじゃないかと考えたんだ」

 

 魔法には基礎的な運用理論があり、そこから属性ごとに様々な運用理論がある。

 しかし、属性ごとに運用が違うと言っても共通している部分はある。

 生徒の中にはお互いに違う属性でも、お互い属性魔法の運用理論を教え合ってそれを参考に自己流の魔法理論を確立していく者も多く存在している。

 スタンフォードの言葉に納得したコメリナは、まず自分の教える理論に無駄がないか確認をするためにスタンフォードの魔法運用理論を尋ねることにした。

 

「殿下の魔法運用、教えて」

「もちろんさ」

 

 待ってましたとばかりに、スタンフォードは自分の魔法運用理論を丁寧に説明した。

 スタンフォードの説明が終わると、コメリナは渋い表情を浮かべて頭を抱えることになる。

 

「体内の電気信号、磁力の操作……殿下、無茶苦茶」

「やっぱり問題あったかい?」

「違う。殿下、特殊過ぎる」

 

 スタンフォードの魔法には科学知識を応用したものが多く存在する。

 魔法と科学の融合。それはコメリナにとって理解できなくはないが、とても難解なものだった。

 

「すまない、説明がわかりづらかったかな?」

「殿下、悪くない。難しいだけ。理解はできた」

 

 コメリナは悔し気に呟いた。

 下に見ていた者が自分よりも優れており、教えを請われたのに力になれそうにないなど思ってもみなかったのだ。

 

「えっ、今まで誰も理解できなかったのに、君は理解できたのかい!?」

 

 しかし、そこでスタンフォードはすかさずコメリナを持ち上げにかかる。

 

「うん、だいたいだけど」

「やっぱり君に相談したのは間違いじゃなかったよ。他の連中は首を傾げるだけで、欠片も僕の魔法運用を理解してくれなかったからね」

「そういえば……」

 

 コメリナには心当たりがあった。

 スタンフォードは事あるごとに自分の魔法をひけらかすように自慢して、それを理解できない周囲から顰蹙を買っていた。

 実際はスタンフォードが説明する気のない自慢をしていただけなのだが、コメリナはそこまで細かくスタンフォードのことを見ていなかった。

 

「僕の成長には君が不可欠だ。どうか力を貸してくれないか?」

「二言はない。任せる」

 

 プライドが高く周囲を見下している人間が自分の実力を認めてくれている。

 その事実にコメリナは僅かに口元を綻ばした。

 

「治癒魔法理論の応用じゃないけど……殿下の理論、電気信号操作が使えそう」

「というと?」

「肉体のリミッターが外せる。なら細胞分裂、促進することもできるはず」

「えっ」

 

 スタンフォードはコメリナの発想に絶句する。

 丁寧に説明したとはいえ、知識のない人間が一度聞いただけの知識から導けるようなレベルのものではなかったからだ。

 コメリナは口を開けて呆けているスタンフォードの反応を見て満足げに笑った。

 

「治癒魔法、理論似てる。ある程度体の仕組み、実験したから理解できる」

 

 治癒魔法は怪我を直す魔法だ。

 幼い頃から実践的に鍛練を積むには、診療所などで手伝いをするなどが一般的だが、コメリナはもっと手っ取り早い方法を取っていた。

 自分自身を傷つけ治癒する。その後の経過や体感での変化など、彼女は狂気的とも言える方法で治癒魔法の鍛錬を積んでいた。

 研究者気質ということもあり、コメリナはスタンフォードの日本で得た科学知識をうまくかみ砕いて自分の中で消化していた。

 

「なるほど、努力を怠らず鍛錬を積んで、知識も蓄えるだけじゃなく実践して試す探求心。そこからくる理解力に関して、間違いなく君の右に出る者はいないね」

「それほどでもある」

 

 素直に感心するスタンフォードの言葉に、コメリナは誇らしげに胸を張った。

 

「早速試してみる」

「えっ」

 

 怪し気に目を光らせると、コメリナはテーブルの上のナイフを手に取った。

 

「ちょうどナイフある」

「待って待って、ちょっと待とうか」

 

 スタンフォードの背筋に冷や汗が流れる。

 そのまま放っておくと切り刻まれそうだったため、スタンフォードは慌ててコメリナを諫めた。

 

「落ち着いてくれ。先に理論を聞かないと魔法も発動できないよ」

「ごめん、先走った」

 

 スタンフォードの言葉を聞いて正気に戻ると、コメリナは自分の考えた魔法運用について説明した。

 

「手順、リミッターを外すときと同じ。電気信号、操作して細胞分裂を促進する。それだけでいいはず」

「わかった。試しにイメージしてみるよ」

 

 スタンフォードはコメリナの言った通りに魔法が発動できるか試してみた。

 今は怪我をしていないが、感覚的に魔法が発動できることは理解できた。

 

「うん、これなら発動できそうだ」

「はい、ナイフ」

「そんなキラキラした目で刃物を渡してきたのは君が初めてだよ……」

 

 大人しい普段の姿とは打って変わって、コメリナは目を輝かせて身を乗り出してきている。

 そんな彼女に呆れながらも、スタンフォードは掌をナイフで軽く切った。

 

「〝高速修復(ラピッドリペア)〟」

 

 そして、魔法を発動するとあっという間に傷口が塞がった。

 

「できた……! できたよ! すごい!」

 

 コメリナの精神的フォローをするだけのつもりが、有用な魔法の会得に繋がった。

 スタンフォード自身、この魔法を会得できたことはまさに棚から牡丹餅だった。

 元々攻撃方面ばかりに目が行っていたスタンフォードにとって、これは大きな進歩だったのだ。

 

「ありがとう! やはり君に相談して大正解だったよ!」

「うん、うん……! 良かった! それと……」

 

 コメリナはスタンフォードが新たな魔法を会得したことを自分のことのように喜び、今度はお願いをしてきた。

 

「殿下の理論、水魔法に応用できる。もっと教えてほしい」

「僕の知識で良ければ喜んで」

「ありがとう」

 

 お礼とばかりにスタンフォードは水や液体に関する科学知識を知っている限りコメリナに話した。

 メモを取りながら真剣にスタンフォードの話を聞いていたコメリナは、一通り説明を聞き終えると突然跳ね上がるように立ち上がった。

 

「はっ……!」

「ど、どうしたんだい?」

 

 突然様子の変わったコメリナにスタンフォードは恐る恐るといった様子で声をかける。

 

「……水魔法で血を作れば、光魔法の治癒魔法と差別化ができる。光魔法の治癒じゃ失った血や魔力は回復しない。もしそれを回復できれば、私の治癒魔法はまだまだ進化できる。でも、血液型をどう判別すればいい? 全部のパターンを記憶して血液型ごとに運用理論を組む。ダメ、それじゃ効率が悪い。ベースの運用理論は変えずに血液型を判別して、相手に合った治癒魔法を作るなら判別を即座にできるように変える? 一番の問題は血液型の判別方法。水魔法で作った血液での輸血で副作用を避けるためには必須。また実験で血液型を判別する方法を探す必要がある……」

 

 しかし、スタンフォードの声は既にコメリナには届いていなかった。

 

「殿下、ありがとう。私、もっと上に行く」

「あ、ああ、僕も力になれたようで何よりだよ」

 

 コメリナは、生徒会メンバーに推薦されなくて落ち込んでいたのが嘘のように目を輝かせていた。

 新たな知識と自分の魔法を高められる可能性という希望。

 それはコメリナの心に巣食っていた闇を晴らしてくれたのだ。

 新しいおもちゃを与えられた子供のような笑顔を浮かべて駆けていくコメリナを見て、スタンフォードは笑顔を浮かべた。

 

「もっと愚痴とか聞いたり、いろいろしようとは思ってたけど必要なさそうだね」

 

 この様子ならばコメリナは自分の努力が評価されないと心を曇らせることもない。なぜならば、今の彼女はさらなる高みを目指して研鑽することしか頭にないからだ。

 

 これからのコメリナは間違いなく心強い戦力になってくれる。

 そう確信したスタンフォードは、自然と口元が綻ぶのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 異形種調査について

 長期休暇に入り、多くの生徒達は実家に帰省する中、生徒会関係者達は生徒会室に集められていた。

 

「さて、以前から計画していたことだが、我々生徒会も直々に動いて最近この学園周辺で起こっている異変の調査に乗り出す。マーガレット、資料を頼む」

「わかりました」

 

 ハルバードはそう切り出すと、マーガレットに作成した資料を配布するように促す。

 

「調査場所はドンブラ湖、アカズキー遺跡……ふぁ!? ルドエ領!?」

 

 資料に示された調査地の中に実家の名前があったステイシーは驚きのあまり素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。

 

「ルドエさん」

「す、すみません……」

 

 ポンデローザに注意され、縮こまるようにステイシーは席に着く。

 ステイシーが落ち着くのを確認すると、ハルバードは淡々と続ける。

 

「ルドエ嬢、資料の通りだ。ポンデローザ、ルーファス、マーガレット、スタンフォード、ドラゴニル、そしてルドエ嬢、君達六名で異形種の調査に向かってもらいたい」

「まさか、私が推薦されたのって……」

「いや、それは関係ないぜ?」

 

 ステイシーは調査地が自分の実家だったからこそ生徒会メンバーに選ばれたのだと思ったが、それはルーファスによって否定される。

 

「俺様はあんたが生徒会メンバーとしてやっていける人材だったから推薦した。ただの伊達や酔狂だけで推薦したりしねぇよ」

「えっ、じゃあ……」

「あんたを推薦したのは俺様だよ」

 

 基本的な判断基準が面白いかつまらないの二つであるルーファスだが、何だかんだで彼は重要な場面でふざける人間ではない。

 ステイシーを推薦したのも、彼女が生徒会の仕事をこなせて戦力としても有用だったからである。

 そんな二人のやり取りを見たアロエラは慌てたようにコメリナへフォローを入れた。

 

「こ、コメリナ、あんまり気にしちゃダメだよ? こうして生徒会に呼ばれている以上、あんただって有能とは思われてるんだからさ」

「ん、大丈夫」

「えっ……」

 

 先日とは打って変わって、コメリナはルーファスからの推薦をもらえなかったことをまるで気にしていなかった。

 あまりの変わりようにアロエラは困惑する。

 そんな彼女を置いて話は進んでいく。

 

「アカズキー遺跡の方にはセルド、セタリア、アロエラの三名で向かってくれ」

「承知した」

「かしこまりました」

「せ、セタリアと一緒か……」

 

 現状、恋敵と思い込んでいる相手で折り合いが悪いセタリアと同じ組にされたことでアロエラは表情を引き攣らせた。

 

「そして、コメリナをはじめとする生徒会特別調査班はドンブラ湖へと向かってくれ」

「承知。殿下、臣下借りる」

「ああ、せいぜいこき使ってくれ」

 

 生徒会室には特別調査班の代表としてコメリナ一人が来ていたが、特別調査班にはジャッチやガーデルなどの名家の出の者も選ばれていた。

 ガーデルがスタンフォードの臣下になったという話は、一年生の間では有名な話だ。

 コメリナは主人であるスタンフォードに断りを入れて笑顔を浮かべた。

 滅多に笑うことのないコメリナが笑顔でスタンフォードに話しかけたことで、セタリア、ブレイブ、アロエラの三人は驚いたように二人の顔に視線を向けた。

 そんな落ち着きのない一年生達の様子は歯牙にもかけずにハルバードは会議を締めにかかった。

 

「調査に必要な支給品の手配は済んでいる。他に必要なものがあれば個人でまとめておくように」

「詳しいことは資料を参照してくださいな。それと、会議中の私語は慎むように」

 

 こうして生徒会室での会議はお開きとなった。

 会議が終わった途端、セタリア、ブレイブ、アロエラの三人はスタンフォードへと詰め寄った。

 

「スタンフォード殿下、一体何をしたのですか?」

「そ、そうですよ。何でコメリナがあんなに元気になってるんすか!」

「いつの間に仲良くなったんだ?」

 

 ようやく顔と名前を覚えてもらったセタリア、光魔法でかろうじて興味を持ってもらえたブレイブ、昔から付き合いのあるアロエラからしてみれば、コメリナとスタンフォードが仲良くなっていることには疑問符しか浮かばなかった。

 予想通りの反応に苦笑しながらも、スタンフォードは答える。

 

「偶然会ったときに魔法に関する話をして気が合っただけだよ」

「うん、殿下と話合う。すごく楽しい」

 

 コメリナは本当に楽しそうにスタンフォードの言葉に頷いた。

 

「コメリナ、マジなの? だって、その、スタンフォード殿下よ?」

「何かおかしい? 殿下、優秀。あと、良い人」

 

 スタンフォードに対してマイナスイメージの強いアロエラはコメリナを心配するが、コメリナは不思議そうに首を傾げるだけだった。

 それからコメリナは思い出したかのように立ち上がると、ステイシーの元へ歩み寄った。

 

「そうだ。ステイシー・ルドエ」

「は、はひぃ!」

 

 突然名前を呼ばれたことでステイシーは、悲鳴のような叫び声をあげた。

 

「絶対負けない。これ、宣戦布告」

「えっ、あ、はい?」

「じゃあ、私戻る」

 

 一方的にそれだけ告げると、コメリナは生徒会を出ていった。

 

「どうやらライバル視されたみたいだね」

「いやいや、コメリナ様と私じゃ格が違いすぎますよ!?」

「コメリナはそうは思ってないってことだろうさ」

 

 どこか楽しそうに笑うと、スタンフォードは生き生きとしたコメリナの表情を思い浮かべていた。

 

「あなた達、ここは放課後の教室ではありませんわ。いつまでおしゃべりをしているつもりですの?」

 

 わいわいと盛り上がっていた空気が一瞬にして凍りつく。

 全員が振り返ると、そこには不機嫌そうに鼻を鳴らすポンデローザが立っていた。

 

「早く仕事に戻りなさいな」

 

 その一言で全員が蜘蛛の子を散らすように解散して各々の仕事に取り掛かかるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 原作知識を持つ者だからこその苦悩

 生徒会の仕事を終えたポンデローザは疲れた表情を隠さずに、ふらふらとした足取りで学園を出た。

 普段ならば他の生徒の目を気にして毅然とした姿を維持しなければならないが、今は長期休暇ということもあり学園に生徒の姿はない。

 多少はしたない振る舞いをしたところで人目につくことはないのだ。

 解放感と疲労感からポンデローザは伸びをしながらあくびをする。

 

「ポンちゃん、一緒に帰ろ」

「うひゃい!?」

 

 完全に油断していたポンデローザは令嬢らしからぬ素っ頓狂な叫び声をあげた。

 

「もう、メグ。驚かさないでよ」

「ごめん、そんなに驚くと思わなかったから」

 

 拗ねたように頬を膨らませるポンデローザに対し、マーガレットは苦笑しながら謝罪した。

 スタンフォードの奮闘もあり、すっかり友人関係となった二人はこうして周囲に人がいないときは気を遣わずに接することができた。

 元々気が合うのか二人はあっという間に意気投合し、長年の友人だったかのような関係を築いていた。

 マーガレットは額に汗を浮かべ、手で顔を仰ぎながら呟く。

 

「それにしても暑いなぁ……」

「もう火生月だものね」

 

 この世界には日本と同じように四季がある。

 春夏秋冬に対応し、風生月(ふうせいづき)火生月(かせいづき)土生月(どせいづき)水生月(すいせいづき)という季節が存在し、それぞれ四大属性に対応した魔力が活性化する季節となっている。

 これはBESTIA BRAVEにて追加された要素であり、戦闘時にそれぞれの属性を持つキャラクターが敵味方共にバフが掛かるという仕様だった。

 現在は火属性の魔力が活性化する火生月。日本でいうところの夏に当たる季節だった。

 

「魔法で冷やしたげる」

「おっ、めっちゃ涼しい! ありがとね、ポンちゃん」

「ふふっ、どういたしまして」

 

 ポンデローザは魔法を発動させると、冷気を生み出してマーガレットに纏わせた。

 冷気は照り付ける日差しから発生する熱気を打ち消す。

 こういった日常生活へ魔法を応用できるのも、普段からのたゆまぬ努力の成果である。

 

「そういえば、荷物ってもう準備終わった?」

「ふふん、愚問ね。今日帰ったらメイドのビアンカに手伝ってもらうわ!」

「全然進んでないんだね……」

 

 一見、いつも通りのポンコツぶりを発揮しているのかと思いきや、ポンデローザはどこか無理に明るく振る舞っているように見えた。

 

「ねえ、ポンちゃん。何か悩み事ある?」

 

 友人として放っておくことができなかったマーガレットは心配そうにポンデローザの顔を覗き込んだ。

 

「どうしてそう思うの?」

「んー、何となく」

「メグには敵わないわね」

 

 力なく笑うと、ポンデローザは観念したように自分の内心を吐露し始めた。

 

「……あたしって最低な人間だと思ってさ」

 

 そう前置きをすると、ポンデローザは語りだす。

 

「昔からこんな性格でね。周りのことを考えずにいつだって自分本位に振る舞ってきた。それじゃダメだって気がついて周りが求める人間になったのにこの様だよ」

 

 それはポンデローザが初めて他人に零した弱音だった。

 

「スタンと出会ってからいろんなことがうまくいき始めたけど、それはスタンが頑張ってくれているからで、あたしは何もできない」

「そんなことないと思うけど」

 

 マーガレットは詳しい事情までは知らない。

 それでもポンデローザが一生懸命頑張っていることだけは理解できた。

 だが、他ならぬポンデローザ自身がそれを否定する。

 

「工夫もせずにがむしゃらに頑張ってることは〝努力〟って言わないのよ」

 

 ポンデローザは唇を噛み、拳を握りしめる。

 今回のコメリナの一件。

 スタンフォードがフォローしてくれたから良かったものの、きっかけは自分の浅慮な行動だった。

 

「結局あたしは自分が可愛いだけなの。スタンのために命を懸けられるのだって、スタンが自分に必要な存在だって思ってるから。きっと他の人だったら見捨ててた」

 

 ポンデローザは心のどこかで損得勘定が働いてスタンフォードを助けたのだと思っていた。

 元々ポンデローザは困っている人を放っておけない性格をしていた。

 その結果、彼女は見ず知らずの青年が歩道橋から落ちるところ助けようとして命を落とした。

 充実した毎日を失い、彼女に待ち受けていたのは新たな生を受けた世界での過酷な運命だった。

 

 最初こそ、原作知識を元にうまく周囲と信頼関係を築いて困難を乗り切ろうとした。

 彼女にとって、この世界は大好きなゲームの世界でもあった。

 原作知識を持つ自分ならば何とかなるだろう。

 転生時のショックから立ち直った彼女は前向きにそう考えていた。

 

 しかし、原作知識というものは毒にも薬にもなる代物だった。

 全てのルートを暗記するほどに何度もプレイしたゲーム。

 声も、しゃべり方も、姿も、性格も、行動も、何もかもがゲームと同じ人間達。

 周囲にいる彼らを、ポンデローザはどこか一線引いた存在としてしか見ることができなかった。

 

「あたしは人を人とも思えないクズよ。自分が死ななければ、最終的に他の誰かが死んでも……たぶん、何も思わない」

 

 人を助けたことで自分が不幸な目に遭った。原作知識を持ってこの世界に生まれてしまった。

 自分なりに周囲を助けようと行動しても、その全てを否定された。

 そして、今のポンデローザという人間が出来上がったのだ。

 俯くポンデローザに、首を傾げたマーガレットが言葉をかける。

 

「それって悪いことなのかな?」

「えっ」

 

 あまりにもマーガレットらしくない発言に、ポンデローザは驚いたように口を開けたまま固まった。

 

「言い方悪いけどさ、赤の他人が亡くなったって実感わかないじゃん。それこそ親しい人の死でもない限り、心が痛むなんてポーズだけだと思うよ」

「でも、あたしが行動すれば助けられた命かもしれないのに」

「何でも背負い過ぎじゃないかな。人にできることなんて限られてるんだよ?」

 

 マーガレットはどこか遠い目をして告げる。

 

「善行をしなかったところで悪行をしたわけじゃない。それにポンちゃんはきっと自分が行動しなきゃ誰かが死ぬ場面に直面したら勝手に体が動いてるんじゃないかな」

「そんなこと……」

「あるよ。よくわからないけど、あなたはきっとそうする」

 

 根拠はないが、どこか確信めいたものをマーガレットは感じていた。

 ポンデローザは困った人を放ってはおけない。それをすることで自分に被害が来ることを理解しているから、必死に自分を殺してそう振る舞っているのだ。

 

「無責任なこと言ってごめんね。でも、そうやって自分を抑えつけるポンちゃんを見てるの苦しいんだ」

 

『そうやって自分を抑えつけてる古織さんを見てるの苦しいんだよ』

 

 ふと、マーガレットの顔が前世の友人とダブったようにポンデローザは感じた。

 

「何か、メグってあたしの親友と似てるわ」

「親友?」

 

 奇しくも同じ愛称で呼んでいた友人のことを思い出し、ポンデローザは儚げに笑った。

 

「もう会えないとっても大切な親友よ」

「……亡くなったの?」

「似たようなものね」

 

 死んだのはあたしの方だけど、とポンデローザは寂し気に心の中で独り言ちる。

 

「そうね、あたしがこんな体たらくじゃあの子も安心できないだろうし、いっちょ頑張りますか!」

「おっ、ちょっとは元気出たみたいだね」

「まだ空元気だけどね」

 

 少しだけ元気を取り戻したポンデローザはマーガレットと共に寮へと戻る。

 そして、改めて気を引き締めると荷物と共に原作知識を整理するのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 調査地への出発の日

 学園を出る当日、調査に出かける生徒達をハルバードは見送っていた。

 学園に残るメンバーは生徒会長であるハルバードと三年生のメンバーだけだ。

 その他の生徒達はそれぞれ異形種調査のために、各地へと調査へ赴くことになる。

 

「皆、くれぐれも無茶をしないようにな。いざというときは撤退してくれ」

 

 ハルバードの言葉に集められた者達は真剣な面持ちで頷いた。

 

「では、あとは宜しく頼んだぞ」

 

 そう告げると、ハルバードは生徒会室へと戻っていった。

 

「さて、それでは各々馬車に乗り込んでくださいな」

 

 まるで引率の先生のようにポンデローザが手を叩くと、調査へ向かう者達は学園の前に停車している馬車へ向かい始める。

 

「ガーデル、ジャッチ、少しいいか?」

「はい、何でございましょう」

「おう、いいぜ」

 

 スタンフォードがガーデルとジャッチを呼び止める。

 ライザルクの一件以来、スタンフォードはこの二人とは良好な関係を築いていた。

 ガーデルは臣下として表向きは従順であり、ジャッチは最近スタンフォードが変わり始めたことを理解していた。

 少なくともジャッチとは、頼みごとを無下にされない程度には仲良くなることができていた。

 

「特別調査班のリーダーのコメリナだが、口下手なところがあるからフォローしてあげて欲しいんだ」

「あの子声も小せぇし、口数少ねぇもんな」

「確かに、指示出しをするときに齟齬は発生しそうですな」

 

 コメリナは基本的に人とのコミュニケーションが苦手だ。

 本人が相手の気持ちを考慮しないということもあるが、物事を端的に伝えすぎて他者と摩擦が発生することは目に見えていた。

 

「調査班の他二人は先輩だし、喧嘩して調査どころじゃなくなったら困るからね。どうか力を貸してほしい」

 

 スタンフォードがそう頼むと、ガーデルは口元を吊り上げて得意気な笑みを浮かべた。

 

「ほほう、つまりこの私奴の力が必要というわけですな」

「悪いね。頼れる人間が少なくてさ」

「はっはっは、殿下の今までの行動を考えれば妥当ですよ。ま、このガーデルにお任せくだされ!」

 

 ガーデルの態度に気を悪くすることもなく対応するスタンフォードを見て、ジャッチはスタンフォードに耳打ちする。

 

「なあ、スタンフォード。あいつ今からでもしょっ引いた方がいいんじゃねぇか?」

「いいんだよ。調子に乗せておく分には実害はないから」

「殺人未遂犯してあの態度はねぇだろ」

 

 ガーデルは下手をすれば処刑どころか家名に傷をつけかねない大罪を犯し、それをスタンフォードに許してもらったのだ。

 恩に感じるどころか増長している様子のガーデルを見て、ジャッチは不快そうに眉を顰めた。

 自分のために怒ってくれているという事実にどこか嬉しさを覚えつつも、スタンフォードは苦笑しながらジャッチを宥めた。

 

「あの手のタイプは余程のことがないと変われないんだ。大目に見てやってくれないか」

「余程のことはあったと思うけどなぁ」

 

 納得がいっていない様子のジャッチだったが、被害者であるスタンフォード本人が納得しているため、これ以上は口を挟まないことにするのであった。

 

「……一応、ガーデルの方も注意しとく」

「ありがとう、助かるよジャッチ」

 

 元々自分を敵視していたジャッチの協力に礼を述べると、スタンフォードは自分の乗り込む場所へと向かった。

 完全に引率の先生と化しているポンデローザの元へと向かうと、そこにはいつもの取り巻きの二人の姿があった。

 

「ポンデローザ様、どうかお体にはお気をつけて!」

「我々も調査地は別ですが精一杯お役に立って見せます!」

「ええ、お二人もお気をつけて」

 

 ポンデローザの取り巻きのフェリシアとリリアーヌも生徒会特別調査班に所属しているため、コメリナ達と共に行動を共にすることになる。

 スタンフォードはポンデローザから、見た目は高飛車なように見えて二人共根っからのお人好しだと聞いていた。

 ガーデルやジャッチもついているのならば、あまり心配の必要はない。

 フェリシアとリリアーヌが馬車に乗り込んだのを確認すると、スタンフォードはポンデローザに話しかけた。

 

「ポンデローザ様、わざわざ取り纏めご苦労様です」

「このくらい大したことありませんわ」

「それで、馬車はどういう組み分けで乗るのでしょうか?」

「三人ずつに分かれて乗りますの。あなたとわたくし、マーガレットさん。ルーファス様とブレイブさん、ルドエさん。リオネスとビアンカは使用人用の馬車でルドエ領に向かいますわ」

 

 ルドエ領の調査では、使用人も何名か付き添うことになっていた。

 そのため、スタンフォードお付きのメイドであるリオネスやポンデローザお付きのビアンカも付き添うことになっていた。

 

「それでは、わたくし達も馬車へ乗り込みましょうか」

「ええ、ここで無駄口を叩いていても仕方がありませんからね」

 

 二人は会話を打ち切って自分達の馬車へと乗り込んだ。

 

「「やっぱり気を遣わなくていい密室は落ち着くね!」」

 

「二人共楽しそうだね」

 

 馬車に乗り込んだ途端に浮かれた様子でトランプなどの暇つぶしの品を手荷物から取り出し始める。

 

「大富豪やりましょ!」

「ババ抜きだろ!」

「えっと……ルールは教えてね?」

 

 こうして馬車はルドエ領へ向けて出発するのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 ルドエ領に到着

 ルドエ領には激震が走っていた。

 原因は王立魔法学園へ通っている長女のステイシーからの手紙だった。

 貴族としての歴史も血も薄い一族であるルドエ家。

 その中でもそれなりの魔力を持って生まれたステイシーが、高名な魔道士を輩出している学園に通えるだけでもルドエ家にとっては大事だったのだ。

 そんな中知らされた生徒会からの領内調査の知らせは彼らの度肝を抜くには十分な出来事だった。

 

「娘が遠いところに行ってしまった気分だ……」

 

 領主であるゴーマ・ルドエは、娘から届いた手紙に目を通して頭を抱えていた。

 娘が上級貴族や王族、突出して優秀な生徒しか入ることが出来ない生徒会に入ったという知らせには飛び上がるほど喜んだ。

 元々、元気に卒業してくれればそれでいい。もしも他の貴族との繋がりを作ってくれたら嬉しいくらいに考えていたのだ。

 それがまさかの生徒会入りである。父親としても領主としても鼻が高かった。

 

 しかしだ。

 まさか、その生徒会メンバーが長期間の調査のためにルドエ領にやってくるなど、誰が予想できただろうか。

 そのうえ、やってくるのはこの国の第二王子や公爵家の令嬢、騎士団長の息子など、まるでこの国の未来の重鎮を上から選んで連れてきたような顔ぶれだ。

 質素な生活をしているルドエ領でそのような高貴な者達のもてなしをしなければならない。

 考えただけでも胃が痛くて仕方がなかった。

 

「あなた、大丈夫?」

 

 ゴーマが執務室を出ると、妻であるステラ・ルドエが心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「ああ、すまない。今日のことを考えたら胃が痛くてね」

「大丈夫よ。ステイシーと仲良くなってくださった方もいらっしゃるんでしょう? きっとお優しい方ですよ」

「それはわかっているのだが、こんなことルドエ領でも初めてのことだからなぁ……」

 

 ゴーマは不安そうな表情のまま、歓迎の準備を始める。

 もし失礼があれば、被害を被るのは領民や娘であるステイシーだ。

 両手で頬を叩き、気合いを入れ直すとゴーマは領主らしく堂々たる姿で来客を出迎える準備に取り掛かった。

 

 

 

 ルドエ領は学園からは離れた位置にあり、馬車移動では四日ほどかかる。

 

「……体中が痛い」

 

 ルドエ領に到着すると、ポンデローザは腰を摩りながら渋い表情を浮かべていた。

 馬車での移動はとにかく体に負担がかかるのだ。

 

「新幹線だったら一時間ちょっとなのになぁ……」

 

 それは王族用の馬車であっても例外ではなかった。

 

「ポンちゃん、良かったら治癒魔法かけようか?」

「お願い……あー効くぅ」

「湿布張ったときみたいなリアクションやめろ。そうだ、雷魔法でも出来るかもな……」

 

 気持ち良さそうな表情を浮かべているポンデローザを見て、スタンフォードは今度電気マッサージが出来るか試してみることにした。

 

「それじゃ、降りようか」

 

 ここから先は公の場所だ。

 マーガレットの言葉に、スタンフォードとポンデローザは表情を引き締めて馬車から降りた。

 

「ここがルドエ領か」

 

 良い言い方をすれば、自然に囲まれている。

 悪い言い方をすれば、何もない。

 ルドエ領は牧歌的な雰囲気漂う領地だった。

 馬車から降りると、既に他の者達は荷物をまとめて待っていた。

 

「ふぅあぁぁ……やっと着いたな」

「すみません、交通の便が悪いのでご負担をかけてしまいました」

「気にするなって、ドラゴニル領だって似たようなもんだし、こういうのは慣れっこだから」

 

 ルーファスは長旅の疲れから眠そうにあくびをしていた。

 それに対して、ステイシーとブレイブは特に疲れた様子はなかった。

 

「スタンフォード様、お荷物をご用意致しました」

「あ、ああ、ありがとう」

 

 いつの間にか馬車から荷物を降ろし終えたメイドのリオネスがスタンフォードの側に立っていた。

 仕事が早く優秀なメイドではあるが、表情一つ変えないことから、スタンフォードはリオネスにどこか苦手意識を持っていた。

 全員が馬車から降りたところで、ルドエ領の領主であるゴーマが笑顔で全員を出迎える。

 

「皆様、ようこそおいでくださいました。何もない辺鄙な土地故に碌なお持てなしもできませんが、どうかご容赦くださいませ」

「いえ、こちらこそ突然の調査依頼にご協力していただき感謝致しますわ。わたくし、ヴォルペ公爵家長女ポンデローザ・ムジーナ・ヴォルペと申します」

「娘さんには普段から世話になっております。私はルーファス・ウル・リュコスと申します」

 

 ポンデローザに続いてルーファスが礼儀正しく頭を下げたことで、ブレイブとステイシーはぎょっとした表情でルーファスへと視線を向けた。

 

「ルーファス先輩って敬語使えたのか……」

「い、意外です……」

「あのな、ルーファス様だって貴族だぞ? どこでもあの態度なわけないだろ」

 

 そう思われても仕方ないとはいえ、失礼な感想を漏らす二人に呆れたようにため息をつくと、二人に続くようにスタンフォードは自己紹介をした。

 

「初めまして、レベリオン王国第二王子スタンフォード・クリエニーラ・レベリオンと申します。ステイシーさんには普段から学園で何かとお世話になっております」

「す、スタンフォード君! 大袈裟ですよ!」

「郊外演習では命を助けてもらったからな。大袈裟なことはないだろ」

 

「な、何と……」

 

 いつの間にうちの娘は一国の王子と親しくなっていたのか。

 スタンフォードとステイシーの気さくなやり取りを見たゴーマは絶句していた。

 

「初めまして、マーガレット・ラクーナです。私は貴族といっても去年までただの町娘だったのであまり気を遣わなくて大丈夫ですよ」

「おお、あなたがあの世界樹の巫女の末裔様でしたか!」

「あはは……そんな大層なものじゃないですよ」

 

 気を遣わなくてと言った側から畏まるゴーマを見て、マーガレットは苦笑するしかなかった。

 

「俺はブレイブ・ドラゴニルです。これからよろしくお願いします」

 

 最後にブレイブが自己紹介をして、その後は宿泊用の施設へと案内された。

 

「すみません、何もない土地で不便をおかけしてしまって……」

 

 領地に着いてからというもの、ステイシーは謝り倒していた。

 いくら親しくなったとはいえ、普段から豪勢な生活になれているスタンフォード達に不便をかけていることに申し訳なさを感じていたのだ。

 

「構いませんわ。観光目的で来たわけではありませんもの」

 

 嘘つけ、長期休暇にのんびりしたいから来ただけだろうが。

 一見、寛大な態度を取っているように見えるポンデローザにスタンフォードは冷ややかな視線を送っていた。

 

「そうそう、何もないってのも案外悪くねぇもんだぜ、ステっち」

「そう言っていただけると助かり――ステっち?」

 

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。

 ステイシーは聞き覚えのない呼び方をしてきたルーファスを怪訝な表情で見つめた。

 

「いつまでも苗字呼びってのも味気ねぇと思ってな」

「いやいやいや! リュコス家の嫡男であるルーファス様にあだ名で呼ばれているなんて、驚きすぎてお父さんが倒れちゃいます!」

「気にするのはそこなんだ……」

「スタンフォード殿下と友人関係の時点で今更ですわね」

 

 どこかズレた発言をするステイシーに、マーガレットもポンデローザも苦笑する。

 このままだと本当にのんびりしたまま一日が終わりそうな空気だったため、スタンフォードは話題を異形種の調査へと戻した。

 

「それで調査はどうするんですか」

「二人一組に分かれ、地図の北から順に調査する予定ですわ」

 

 ポンデローザは領主からもらった地図を広げ、ペンで印を書き込んでいく。

 

「組み分けはどうしますか?」

「ルドエさんは土地勘がありますし、方向音痴のブレイブさんと組んでくださいまし」

「わかりました」

「何か悪いな」

 

 BESTIA BRAVEにおいて、主人公が方向音痴であるという設定はないが、プレイヤーは隠しアイテムを取るためにわざと間違った道に進むなど、遠回りをすることが多い。

 街でも目的地に着くまでに寄り道をしまくるプレイヤーは、ゲーム内から見たら方向音痴に見えるというネタがファンの間で流行った。

 この世界でブレイブが方向音痴なのは、原作におけるプレイヤーの行動が反映されているのではないかとスタンフォードは考えていた。

 

「そして、ルーファス様はわたくしと組んでいただきます」

 

 ポンデローザは、この機会にスタンフォードとマーガレットの距離を縮めるために同じ組で調査に行かせようとしていた。

 

「待ってください。ルーファス様はラクーナ先輩と組むべきです」

 

 しかし、スタンフォードがそれに待ったをかけた。

 

「理由を聞かせていただけますか?」

 

 あんたどういうつもりよ! と言わんばかりに、ポンデローザは威圧感を放ってスタンフォードを睨み付けた。

 突然凍り付く空気の中、スタンフォードは冷静に理由を述べた。

 

「先日、コメリナの協力もあって自己回復の魔法が使えるようになったんですよ。回復できる奴は分散させた方がいいでしょう?」

「あらあら、先日使えるようになったばかりの魔法を随分と過信していますのね(バッカ、調査なんて方便なんだから少しでもメグと一緒にいなさいよ!)」

「これでも魔法運用に関しては優秀ですのでご心配なく(ここじゃ二人きりになる時間も取りづらいし、作戦会議の方を優先しただけだっての)」

 

 本音の方でも喧嘩しながら、睨み合う二人にブレイブやステイシーが息を呑む。

 そんな二人の間にマーガレットが割って入る。

 

「二人共、喧嘩しないの。とりあえず、今日の組み合わせで調査してみてうまくいかなかったら変えればいいと思うよ」

「それも、そうですわね……」

「僕はそれで構いませんよ」

 

 ひとまず矛収めた二人に、張り詰めた空気が緩む。

 

「やれやれ、こりゃ先が思いやられるな」

 

 紅茶を飲みながら成り行きを見守っていたルーファスは、呆れたように肩を竦めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 異形種調査初日

 スタンフォードとポンデローザはルドエ領内の調査のため、森の中を歩いていた。

 

「まったく、人の気遣いを無駄にして……」

「まだ言ってるのかよ」

 

 ポンデローザは先程からずっとこんな調子である。

 彼女からしてみればマーガレットとのフラグ回りは最優先事項だった。

 スタンフォードもそのことには異論はないが、長期休暇の間に回収しなければならないイベントはないと聞いていた。

 それならば、もっと原作からの乖離点を考慮した上でしっかりとした打ち合わせを行う方が優先だと考えていたのだ。

 

「今回の異形種調査、本当におかしなことは起きないんだろうな」

 

 元々この異形種調査は、原作においてストーリーイベントが発生しない長期休暇を利用して全員の地力を鍛えるためのものだ。

 生徒会全体を巻き込んで行っているもののため、これがきっかけでコメリナのときのような歪みが生じることだってあり得る。スタンフォードはそれを危惧していた。

 

「あたしの予想じゃ、この領地に異形種が出る可能性は限りなくゼロに近いわ。他の二カ所は出たとしても問題にするほどじゃないわ」

「どうしてそう言えるんだよ」

「まず、異形種自体は戦い方が確立されて高い魔力がある実戦経験のある人間なら負けないわ」

 

 スタンフォードが最初に戦ったボアシディアンの異形種は、その特性も強さもわかっていない初見の状態だったからこそ、教師であるサーバンやスタンフォードも痛手を負わされた。

 調査が進んだ今ではその弱点なども解明され、異形種の強固な素材から作られる武器や魔道具も増えてきており、生徒達には試供品として支給されている。

 

 そういった理由で、現在の異形種は魔法学園の一年生でも注意して戦えばそこまでの脅威にはならないほどに危険度が下がっていた。

 むしろ、竜の特性を持つ素材を手軽に手に入れられる存在としてありがたがっている者もいる始末である。

 

「そもそもBESTIA BRAVEでは、この時期にはフィールドで稀に異形種が出るようになってるのよ。でも、異常に強い個体はいない。ストーリーイベントに出るクラスの奴が裏で出ることはないわ」

「そんなのが出ていればストーリー上必ず触れられるから、か?」

「そういうこと」

 

 スタンフォードの言葉に頷くと、ポンデローザは得意げに笑った。

 BESTIA BRAVEでは、ライザルクの一件以来フィールド上にランダムに異形種の魔物が出現する仕様となっている。

 そうなってくると、当然このルドエ領にも異形種が出現している可能性はあった。

 しかし、その可能性をポンデローザは否定する。

 

「それにこの領は安全性が段違いよ。ルドエ領はこの世界にとって重要な場所だもの」

「ルドエ領が?」

 

 ルドエ領は原作に登場しない土地であり、ステイシーという原作キャラ以外の人物の故郷だ。

 スタンフォードには、ポンデローザが言うように世界的に重要な場所だとは思えなかった。

 

「おかしいとは思っていたのよね。この世界にあるオムライスやナポリタンみたいな日本で生まれた料理や文化。それがどこで生まれてたのか」

「まさか……」

 

 ポンデローザの言わんとしていることを理解したスタンフォードは、衝撃の事実に冷や汗をかく。

 

「そう中世ヨーロッパ風の世界に存在しない文化の多くがこのルドエ領で生まれたの。あまり知られてないけどね」

「ルドエ家ってそんなにすごいことしてたのかよ……」

「それに日本発祥の料理じゃないけど、サンドウィッチもルドエ領発祥ね。調べたら土魔法の名家ミガール家の四女で、ルドエ家に嫁入りしてきたリーシャ・ルドエってご先祖様もいたの。彼女は砂を自在に操ることから〝砂の魔女(サンドウィッチ)〟って呼ばれてたらしいわ。そのリーシャが魔法研究の片手間に食事を取れるように考案したものがサンドウィッチってことになってるみたいね」

 

 ポンデローザがあげたもの以外にも、人々が当たり前に使っているものの起源を辿ると不自然なまでにルドエ領に行きつくことになる。

 スタンフォードは恐る恐る自分の中で導き出した答えを口にした。

 

「つまり、ルドエ家は世界観を構築するための重要な存在ってことか?」

「間違いないと思うわ。医療関係が発達しているのもルドエ領の貢献だしね」

「そういえば……」

 

 スタンフォードは以前、ステイシーからルドエ家が貴族になった経緯を聞いていた。

 ルドエ家は昔、疫病を止めるための薬を偶然発見して爵位をもらい貴族となった。

 それすらも偶然ではなく、この世界において文化の構成という重要な立ち位置にいる存在だったからだという見方もできるのだ。

 

「それにステイシーちゃんの見た目、どこかで見覚えがあると思ってたの」

「まさか原作登場キャラってことか?」

 

 スタンフォードの疑問に、ポンデローザはどう言ったものかと悩ましげな表情を浮かべた。

 

「そうとも言える、わね。原作登場キャラっていっても、モブの女子生徒なんだけど」

「モブってことは名前はないキャラってことか」

「ええ、あの子の見た目はモブの女子生徒の立ち絵とそっくりなのよ。こっそり見に行ったけど、妹さん達も揃って同じ見た目だったわ。並んで立ってるとこ見たらモブ女子生徒がわらわら集まったときのゲーム画面を思い出したくらいよ」

 

 BESTIA BRAVEでは、メインキャラクター以外にも立ち絵があり、モブキャラクターには、モブキャラクター用の立ち絵があった。

 モブキャラクターの立ち絵は、メインキャラクターを引き立たせるために地味な見た目に仕上げられており、前髪で目が隠れ、それ以外にこれといった特徴のない見た目をしていたのだ。

 

「ルドエ領はこの世界の文化の一部を構成する位置づけにある存在と見て間違いないわ。世界からそういう運命を背負わされた存在なら、ここにミドガルズの魔の手が伸びることは限りなく低いと見て良いわ」

「それはメタ的な視点が過ぎるだろ。確かに決められた運命にある程度左右されるのは僕も実感しているけどさ……」

 

 スタンフォード自身、自分がライザルクを倒すことができないといった世界の修正力を感じた身であるため、ポンデローザの言っていることは理解できた。

 しかし、ポンデローザの考えがあまりにも原作を基準にしすぎているものだということには、どうしても一抹の不安を感じてしまうのだった。

 

「大丈夫よ。ルドエ領に異形種が出たとしても人手はあるし、しらみつぶしに探せば被害は最小限に留められるわ。釈迦の鉄砲も数撃ちゃ当たるってね」

「下手な鉄砲な。お前の中でのお釈迦様トリガーハッピーすぎるだろ」

 

 そんなスタンフォードの内心を知ってか知らずか、ポンデローザは自信たっぷりに答え、いつものようにスタンフォードはため息をつくのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 初日の調査を終えて

 調査日初日の夜。

 ルドエ領で採れた野菜や酪農品から作られた料理が食卓に並んでいる。

 貴族の食事として見ればラインナップは質素だが、取れたての野菜や新鮮や酪農品などが使われていることもあり、栄養バランスは普段の貴族の食事よりも良いものが揃っていた。

 

「じゅるっ……」

「ポンちゃん、涎垂れてるよ」

 

 並べられた食事を眺め、涎を垂らしているポンデローザにマーガレットが慌てて耳打ちする。

 

「はっ……いけないいけない。ちょっと浮かれてたわ」

 

 ポンデローザは改めて表情を引き締めると、手を叩いて全員に食事を取るように促した。

 

「では、皆さん。調査初日お疲れ様でした。まずは明日への英気を養うために食事を取りましょうか」

 

 ポンデローザの言葉に従って全員が席に着くと、メイドであるリオネスとビアンカの二人がすぐに料理を取り分けたり、飲み物を注いだり、テキパキ動き始める。

 

「スタンフォード様、本日は調査お疲れ様でした」

 

 リオネスは相変わらず無表情のままスタンフォードを労う。

 幼い頃から彼女はずっと事務的にスタンフォードに接してきた。

 ブレイブに嫉妬して拗らせていたときは、勝手に自分を内心バカにしていると思い込んでいたスタンフォードだったが、こうして見ると王家への忠誠心から仕事熱心なだけだという風にも見える。

 

「いや、君も荷物の整理から食事の準備までご苦労だった。いつもすまないね」

 

 スタンフォードは改めてリオネスへと感謝の気持ちを伝えた。

 

「っ……いえ、仕事ですので」

 

 その瞬間、スタンフォードは生まれて初めてリオネスの表情の変化を目の当たりにした。

 一瞬、ほんの一瞬だけ目が泳いだ。

 欠片も表情を動かさなかったリオネスがである。

 

「そんなに僕が素直に感謝するのっておかしいのか……いや、今までの行いを考えれば当然か」

「何ぶつぶつ言ってるんだ、スタンフォード? 食べないのか?」

「もう取り分けた分食べたのか。手品かよ」

「いやぁ、ここの飯うまくってさ」

 

 ブレイブは優雅とは程遠い勢いで食事をかき込んでいく。

 一応、彼も辺境伯という国内でも大きな力を持つ貴族の出だというのに、貴族らしさは欠片も見当たらない。

 

「ったく、君だって一応ドラゴニル辺境伯の息子だろう。少しは行儀よくしたらどうだい?」

「ドラゴニル領ではそういうのは教わらなかったんだよ」

 

 ブレイブは元々学園に通う予定ではなかった。

 ドラゴニル辺境伯もブレイブの存在を表に出すつもりはなく、それ故に彼は貴族教育を受けていなかった。

 

「あー、そうか。君の場合は事情が特殊だったな」

 

 ストーリー上、ブレイブが学園に通うことになったのは事故のようなものだった。

 そのことを思い出したスタンフォードは納得したように頷いていた。

 

「それに食い意地が張ってるのなら、アロエラの方がすごいぞ。あいつ、俺の倍以上食うからな」

「そういえば、ボーア家や本家のサングリエ家は高い魔力を有する代わりに大食い体質の者が多いんだったな」

「あっ、これ本人気にしてるみたいだから内緒な?」

「何が内緒だ。余裕で拡散しているじゃないか」

 

 慌てたように口元に人差し指を持っていくブレイブを見て、肩を竦めるとスタンフォードは自分の分の食事に手を付け始めた。

 スタンフォードが食事に手を付けたタイミングで、全員の注目を集めるようにポンデローザが発言する。

 

「皆さん。食事中ですが本日の調査結果からあるご提案があります」

 

 目の前の取り皿にある料理を全て平らげると、ポンデローザはそう切り出す。食い意地が張っていたのは一人だけではなかったようだ。

 

「本日、一日調査をしましたが異形種の発見どころか、ミドガルズの痕跡すら見つけられませんでした」

「そりゃ初日だからな」

「三組に分かれかなりの広範囲に渡っての調査を行いましたわ。今日だけでもかなりの範囲を捜索できましたの」

「ほほう、それで?」

 

 ルーファスはポンデローザの思惑を見抜いているため、楽しげに先を促した。

 

「このルドエ領は国内でも作物や酪農品の生産量が段違いですわ。生徒会としてもルドエ領は調査地であると同時に異形種から守るべき土地だと判断していますの」

「ルドエ領で異形種が暴れて畑や家畜が被害を受ければ、国内の食べ物が値上がりして大変ですもんね」

「ええ、護衛という目的もあるわたくし達は長期休暇の大半をこの領で過ごすことになります。そこで探索を午前のみに集中させ、午後からは魔法や戦闘の鍛錬の時間に回すことを提案しますわ」

 

 ポンデローザがそういうのと同時に、ルーファスとマーガレットも同調するように告げる。

 

「剣術や体術に関しては俺様が直々に稽古をつけてやる」

「回復は任せてね」

 

 先輩三人の言葉に、ブレイブもステイシーも目を輝かせた。

 

「最強の男に稽古をつけてもらえるのか……!」

「す、すごい! 是非、お願いします!」

 

 扇子を一振りするだけで数百を超える魔物を倒す魔導士であるポンデローザ。

 学園では最強と呼ばれ、剣豪一家リュコス家の歴代最高の才能を持って生まれたルーファス。

 世界樹の巫女の末裔であり、高度な治癒魔法が使えるマーガレット。

 この三人が付きっ切りで鍛えてくれるというのだから、実力不足を感じていた一年生組達からしたら願ったり叶ったりな状況であった。

 

「ブレイブ、ステイシー、やるぞ」

「おう! 負けないからな!」

「私も精一杯頑張ります!」

 

 二人と同様に、スタンフォードもまた静かに闘志を燃やしていたのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 大きな実力差

 牧歌的な風景の中。

 のどかな雰囲気に似つかわしくない激しい剣戟の音が響き渡る。

 

「オラオラァ! ライザルクやった実力はそんなもんか!?」

 

「かはっ……!?」

「ぐっ……!」

「けほっ……!」

 

 ルーファスは高速で動き回るスタンフォードとブレイブの攻撃を二振りの剣でいとも容易く防ぎ、ステイシーの硬化すらも剣を一振りしただけで破る。

 魔法を一切使用していないのにこの実力差である。

 ボロボロになって地に伏せる三人に対し、ルーファスは汗一つかいていない。もしも、ルーファスがライザルクと対峙していたらルーファスは無傷とまではいかなくとも、単独撃破していたことは間違いないだろう。

 

「俺様相手によく善戦した方だな。個々の能力は高ぇが、連携がまるでなっちゃいねぇ。バラバラな動きするお前らにスタ坊が合わせて動いてるせいで、全員の尖った部分が活かせてねぇんだよ」

 

 一通り言いたいことを言うと、ルーファスは剣を鞘に納めた。

 

「ま、長期休暇が終わる前に俺様から一本取るくらいにはなってくれよ」

 

 去り際に告げられた言葉にスタンフォード達は歯噛みする。

 見せつけられた圧倒的な実力差。

 これを埋められなければ、今後発生するであろう戦いに着いていくことはできない。

 

「もっと強くならなきゃ……!」

「ああ、そうだな!」

「わ、私も頑張ります!」

 

 決意を新たに三人が体を起こすと、マーガレットがすぐさま治癒魔法をかけてくる。

 

「みんなお疲れ様。治癒魔法かけるね」

「ありがとうございます、ラクーナ先輩」

「私はこれくらいしかできないから。ああ、そうだ。体力や魔力とかは回復できないから、そこは注意してね」

 

 眩い光が三人を包み込み、体中の傷を癒していく。

 三人の治療が終わるのと同時に、ポンデローザがやってきた。

 

「さて、次はわたくしの番ですわね」

 

 体中から冷気を発しているポンデローザは、既に扇子を開いて臨戦態勢に入っていた。

 

「わたくし、ライザルクに敗北してから腕を磨いていましたの」

「お、お手柔らかに……」

 

 スタンフォードは顔を引き攣らせると、ブレイブ、ステイシーと共にポンデローザへと挑む。

 ポンデローザの魔法は氷。電熱や光ならば有利に戦えるはずだ。

 そう考えてスタンフォードとブレイブは最初から全力で魔法を放出させる。

 

「弱点をそのままにしておくとでも?」

 

 ニヤリと笑うと、ポンデローザは扇子を閉じて狙いを定めて氷魔法を発動させた。

 

「なっ」

「えっ」

 

 スタンフォードとブレイブは剣が腕ごと凍り付いたことに目を見開く。

 

「範囲を絞り、魔力を集中させればわたくしは炎をも凍らせることができますわ」

 

 ポンデローザは自由に氷の彫像を作り出して攻撃することを基本としてきた。

 しかし、ライザルク戦での敗北から自分の魔法運用が感覚に基づいた雑なものだと痛感することになった。

 そこで基礎に立ち返ることにして、少ない魔力を効率よく運用しているステイシーに目を付けたのだ。

 

「いい見本をありがとうございます、ルドエさん」

「へ? ……きゃあ!?」

 

 隙が出来てしまったスタンフォードとブレイブを庇うように前に出たステイシーは一瞬にして凍らされ身動きが取れなくなってしまう。

 そのまま大量に氷の彫像を作られてしまい、ポンデローザに攻撃が届くことはなく鍛錬は終了した。

 

 結果、全員まとめて首から下を氷漬けにされて身動きが取れなくなるという惨敗に終わるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 鍛錬の後は整えよう

 ルーファスとポンデローザのしごきに耐え、マーガレットの治癒魔法によってゾンビの如く戦い続けた一年生組はゲッソリした様子で二年生の後ろを歩いていた。

 

「……ひたすらボコボコにされたな」

「……突っ走ってばかりでごめん」

「……お役に立てず、すみません」

 

 異形種が発生し、ライザルクという幻竜が暴れまわった校外演習を乗り切ったことで、三人は自分の強さに自信を持っていた。

 ステイシーはともかく、スタンフォードとブレイブに関しては同学年の中では彼らに敵う者はいない上に、上級生と比べてもその戦闘力はトップクラスだ。

 それがこの様である。

 いくらルーファスとポンデローザが強いといっても、ここまでとは思わなかったのだ。

 

「ほら、三人共いつまでも落ち込んでないで元気出そ?」

 マーガレットは苦笑しながら三人を励ますように声をかける。

「ったく、だらしねぇな」

「仕方ありませんわ。魔力はほとんど空、急激な肉体の破壊と再生を繰り返したのですもの」

 

 呆れたように肩を竦めるルーファスをポンデローザが諫める。

 実のところ、ポンデローザも多対一の戦いが得意とはいえ、この三人を相手取るのはなかなか骨が折れた。

 先輩としての威厳を保つために気丈に振る舞っているが、内心では疲労困憊なのだ。

 そのため、彼女はルーファスに対して「こいつはバケモノか……」と恐れおののいていた。

 そんな生徒会一行の元へ、ステイシーそっくりの少女が駆け寄ってきた。

 

「皆様、調査お疲れ様です!」

「……ミガリー、今日もありがとう」

「いえ、姉様も調査ご苦労様です!」

 

 彼女はミガリー・ルドエ。ステイシーの二個下の妹であり、魔法適正は皆無のため実家の仕事を手伝いながら暮らしている。

 今回の調査においてミガリーは生徒会一行の世話役を請け負っていた。

 

「それではお荷物などお預かりします!」

「今日も頼むぜ、ミガちゃん」

 

 ルーファスは笑顔を浮かべながら腰に付けた二振りの剣をミガリーに預ける。

 ルーファスに続くように、スタンフォード達も各々武具を預け始める。

 

「そんなに持って大丈夫? 重くない?」

 

 マーガレットは重い荷物を抱えたミガリーを心配して治療器具を預けるか迷った。

 

「大丈夫です! 私、こう見えても力あるんです!」

「す、すごいね……それじゃお願いしようかな」

 

 ミガリーは笑顔を浮かべてマーガレットから治療器具を受け取った。

 大量の荷物を抱えて軽やかな足取りで先頭を歩くミガリーを見ていたスタンフォードは、驚いたように呟く。

 

「ステイシーの妹って、力持ちなんだな」

「ルドエ領では力仕事も多いですからね。私なんて周囲の魔物退治にも参加していたので、かなり筋力付いちゃいました」

「そういえば、熱中症になった僕を運んでくれたのもステイシーだったな……」

 

 スタンフォードは以前、熱中症で気を失っていたところをステイシーに運んでもらったことがあった。

 意識のない男性を軽々と運べる時点で、ステイシーには他の女子生徒とは比べものにならないほどの腕力ある。

 そのルーツがルドエ領での生活にあったと理解し、スタンフォードは興味深そうに周囲を見渡した。

 

「お風呂の準備も出来ておりますが、本日もお風呂が先でよろしかったですか?」

「ええ、まずはお風呂ですわね」

 

 ポンデローザは口元を吊り上げると、いつもより弾んだ声で告げる。

 

「さあ、皆さん! サウナで整えましょう!」

 

 ポンデローザが声高に宣言するのとは対照的に、その場にいたほとんどの者が怪訝な表情を浮かべた。

 この世界にはサウナが存在する。

 一部の貴族の間ではサウナ愛好家、通称サウナー貴族が存在しているが、普通の公衆浴場には存在しないため、サウナの認知度は低い。

 ルドエ領は体が資本の業務が多い。だから体調を整えるために、温泉もサウナも文化として昔から根付いていたのだ。

 

「……サウナで整えるって何ですか?」

 

 その場にいた者を代表してブレイブが尋ねると、ポンデローザは堂々と答える。

 

「ふっ、サウナで体を温め、水風呂で冷やす、そして外気浴! これを繰り返すことで心身共に整うのですわ! レベリオン創世記にも書かれていることですわ」

「そんなわけないでしょうに……」

 

 サウナで整う、というのは日本におけるサウナ愛好家であるサウナーの用語だ。

 そんな用語がこの異世界にあるわけがないとスタンフォードは呆れたようにため息をついた。

 しかし、そこでステイシーは思い出したかのように告げる。

 

「そういえば、建国の英雄である初代国王ニール様がサウナを作ったという説もありましたね」

「あるの!?」

 

 本当にあると思っていなかったスタンフォードは珍しく人前で素っ頓狂な叫び声を上げた。

 

「あらあら、スタンフォード殿下。あなた王族だというのにそんなこともご存じなかったの?」

「……生憎、僕は自分の研鑽に関係ない無駄な情報はあまり入れてこなかったものでしてね」

 

 得意げな表情を浮かべるポンデローザに、スタンフォードは何か負けた気持ちになり、悔しそうに憎まれ口を叩いた。

 

「ていうか、ステイシーはよく知ってたな……」

「ルドエ領ではサウナは昔からある文化ですから、起源が気になって調べたことがあるんですよ」

「本当にすごいな、ルドエ領……」

 

 またしても日本文化がルドエ領に根付いていることを実感し、スタンフォードは自分の友人がとんでもない存在なのではないかと思えてくるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 サウナ(女湯)

 温浴施設に到着した一行は、男湯と女湯に分かれた。

 

「ステイシーちゃん、一つお願いがあるんだけど」

「はい、何でしょう?」

 

 脱衣所で服を脱ぎ終えると、マーガレットはステイシーに対してあるお願いをした。

 

「お風呂の中に入ったらポンデローザ様の様子がいつもと変わると思うけど、そのことは口外しないで欲しいんだ」

「はい? よくわかりませんが、わかりました……」

 

 意図の掴めない頼みに、ステイシーは困惑したまま頷く。

 

「そういうことだからはしゃいで大丈夫だよ、ポンちゃん」

「はぁ……気を遣い過ぎですわ」

 

 ポンデローザは口調を崩さずにマーガレットの気遣いに苦笑する

 

「こほん……ルドエさん。権威とは服の上から着るものであって――」

「はいはい、そういうまどろっこしい言い訳はいいから」

「メグって案外容赦ないわね……」

 

 未だに取り繕おうとするポンデローザの言葉をマーガレットは強引に遮る。

 

「えっと……?」

「こっちが素なのよ。公爵家の令嬢だとどうしても普段はしっかりしなきゃいけなくてね」

「はぁ……なるほど」

 

 突然様子がガラリと変わったポンデローザにステイシーは困惑していた。

 

「さすがにポンちゃんもお風呂くらいは伸び伸び入りたいだろうし、ステイシーちゃんが黙っていてくれるなら、こっちの方がいいかなって」

「それは嬉しいけど、先輩としての威厳とかあるでしょ。まったく、メグは強引なんだから」

「お二人は仲がよろしいんですか?」

 

 ステイシーは未だに混乱しているが、それでも二人のやり取りから仲が良いのは感じ取れた。

 

「まあね、いろいろあったけど今は親友だよ」

「表ではあまり親しくしすぎないようにはしてるけどね」

「公爵家の令嬢ともなると大変なんですね……」

 

 本当は仲が良いのに、立場のせいで表向きは仲良くしづらい。

 ステイシーは、自分とは違う身分の高い貴族の苦労を知ってポンデローザに同情する。

 

「そういうわけだから、ステイシーもあたしとメグ、あとスタンしかいないときはフランクに接してくれていいから」

「えっ、スタンフォード君も知ってるんですか!」

「うん、あいつもあたしの素を知ってる数少ない人間よ」

「仲悪そうでしたので何か意外です」

 

 傍から見れば犬猿の仲の二人が仲が良いと知ったことで、ステイシーは驚いたように目を見開いた。

 

「まあ、言いたいこと言い合える仲って奴よ。それよりサウナよ、サウナ!」

 

 それとなくはぐらかしつつ、ポンデローザはタオルを持って浴室へと入った。

 生徒会一行が泊まっている来客用の宿泊施設には大浴場がついており、男湯女湯のどちらにもサウナと露天風呂がついていた。

 

「サウナの時間だぁぁぁ!」

「あの、ラクーナ様……」

「あはは、これがポンちゃんの素だよ」

 

 意気揚々とサウナの扉を開けるポンデローザを見て、おろおろしているステイシーにマーガレットは優しく微笑みかける。

 それから慣れた手つきでタオルを敷いて座ると、ポンポンと自分の横の席を叩いた。

 

「さ、今日の疲れをしっかりとろっか」

「はい!」

 

 それからサウナを堪能している間、三人は今日の鍛錬の話を始めた。

 

「ステイシーはあれね。自分がすごくないと思ってるけど、実はすごいタイプの人間よね」

「私が、すごい?」

 

 唐突にポンデローザから褒められたステイシーは怪訝な表情を浮かべる。

 家柄も実力も足りていないと思っているステイシーにとって、ポンデローザほどの人物から褒められるとは夢にも思っていなかったのだ。

 

「魔法学園でも優秀だったって噂の〝砂の魔女〟リーシャの血を引いているとはいえ、ルドエ家は魔道士の血がほとんど入っていない。何代にも渡って薄まった血じゃ、魔力の量も質も他の魔道士には劣るわ」

 

 そう前置きをすると、ポンデローザは続ける。

 

「それでもあなたは工夫を重ねた。硬化魔法を自分にかけることによって体内で魔力を循環させるのは効率がいいけど、自分が傷つくことを恐れてそんなことをする魔道士はいない。魔力が低いなら尚更よ。それでもあなたはそれを武器に硬化魔法を磨き続けている」

「ルーファス様には破られてしまいましたけどね」

「この国の最強の剣になる予定の男の一撃を防がれたら、あいつの立つ瀬がないわよ」

 

 そう言ってポンデローザは苦笑する。

 もしもルーファスの一撃が完全に防げるとしたら、その人物は国内でも最強の防御力を持つ者となるだろう。

 

「そういえば、そのリーシャさんはどうしてルドエ領に嫁入りしたんだろ。学園の歴史に残るほど優秀だったなら引く手数多だったんじゃないかな?」

 

 そこでふと、マーガレットは素直に頭に浮かんだ疑問を口にした。

 ステイシーの先祖であり、ある意味ステイシーが魔力を発現することが出来た要因でもある大本の血筋、リーシャ・ルドエ。

 そんな彼女がどうして爵位をもらっただけで魔力適正が皆無の一族に嫁入りしたのか。

 マーガレットの疑問にはステイシーが答えた。

 

「リーシャ様はご実家であるミガール家から疎まれていたそうです。妾の子でありながら一族では随一の魔力の高さを誇り、四女という立場もあって余所に嫁入りするしかなかったと聞いています」

「うわぁ、やっぱり貴族ってそういうのあるんだ」

 

 実力があるのに家族に潰される。

 そんな貴族の嫌な現実を見せられたマーガレットは不快そうに顔を顰める。

 

「ルドエ家はその当時爵位をもらったばかりでしたし、魔法適正もなく家自体の力もないルドエ家はリーシャ様を追いやるのにはちょうど良かったみたいなんです」

「聞けば聞くほど可愛そうだね……」

「でも、リーシャ様はあまり気にされていなかったそうです。彼女は伸び伸びと魔法の研究をしながら領地の発展に貢献してくださいました。ちなみにミガール家はリーシャ様以降優秀な人材に恵まれずに没落してますね」

「何か追放系のスローライフモノみたいね……」

 

 前世で飽きるほど見た物語のような流れに、ポンデローザは神妙な面持ちで呟いた。

 

「私はリーシャ様の残した書物を参考に魔法に関しては独学で勉強したのですが、私の魔力じゃなかなか再現できないことも多くて、魔法学園に入学してからも結果は奮いませんでした」

「でも、そのおかげであたしも魔法運用に工夫することができたわ。やっぱり努力してる人の運用方法は参考になるわね」

 

 もしポンデローザがライザルクに敗北したまま、自分の魔法運用を見直さなければ、スタンフォードやブレイブには手も足も出なかっただろう。

 

「でも、私なんて本当に大したことないんです。今日だってブレイブ君やスタンフォード君の足を引っ張ってばかりで……」

 

 ステイシーは今日の鍛錬を思い出して俯く。

 今日の鍛錬でステイシーはほとんど何もできずに倒されてしまった。

 集団戦においては味方の盾になるのが役割だというのに、それを全く果たせなかったことを気に病んでいたのだ。

 

「わかってないわね。足を引っ張ってるのはあなたじゃない。ブレイブ君よ」

「え?」

 

 落ち込んでいるステイシーに、ポンデローザは呆れたように告げる。

 

「正直、今日の講評をするならブレイブ君が一番ダメね。仲間を信じてるって言えば聞こえはいいけど、何も考えずに突っ込むのはただの無謀よ。単独ならそれでも何とかなるほどの強さはあっても、集団戦においてそれは愚策でしかないわ」

 

 ブレイブは今日の鍛錬ではとにかく前に出て攻撃をひたすら繰り返していた。

 ルーファスには見切られ、ポンデローザには意表を突かれて反撃される。

 それは彼が無策で突っ込んでいたからに過ぎない。

 

「スタンはスタンでブレイブ君の動きを気にしすぎて実力を出せなくなってるわ。あいつ、なまじ器用で何でも出来ちゃうから選択肢が多くて判断が遅くなる傾向にあるのよね」

「そう考えると、スタンフォード君って器用貧乏なのかな」

「実力を発揮できれば器用万能になれるんだけどねぇ。特にブレイブ君への劣等感からなのか、前に出ることに躊躇いが強く出てるわ。何より、二人ともステイシーちゃんの役割を考慮しないで突っ込んでるせいで、三人で組んでる意味がまるでない。あんな協調性のない二人と組まされたら実力を発揮できないのも仕方ないわ」

 

 ブレイブは元よりスタンフォードにも協調性というものはない。

 最近は自己主張の激しさもなりを潜めているが、前世から長年染みついたものはなかなか拭えないものだ。特にそれは戦いという場面では顕著に出る。

 ライザルク戦でのブレイブとのコンビネーションは、本当にたまたま噛み合っただけのものだったのだ。

 現在のスタンフォードは周囲に気にして動くことはできても、今度は逆に周囲を気にしすぎて二の足を踏んでしまうことも少なくはなかった。

 

「そうね。ステイシーの落ち度を挙げるとすれば、強引にでも二人を引っ張っていかなかったことかしら」

「あの二人を、引っ張る?」

 

 予想もしていなかった言葉をかけられた。

 ステイシーにとって自分は日陰の存在であり、先陣を切って指示を飛ばすなど考えても見なかったのだ。

 

「あの協調性のない二人をまとめることができるのはセタリアだけかと思ってたけど、案外あなたにもできるんじゃないかしら」

「そうだね。ステイシーちゃんならきっとできるよ」

 

 二人から激励をされたことで、ステイシーの心に火がともる。

 

『未来と自分は変えられます。私にもそのお手伝いをさせてください』

 

 過去の自分の行いを悔いるスタンフォードへとかけた言葉。

 

「私……頑張ります!」

 

 それを嘘にしないためにも、ステイシーは一念発起するのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 サウナ(男湯)

 女湯で今日の鍛錬について語り合っている最中、男湯でも同様にサウナで今日の鍛錬についての話が繰り広げられていた。

 

「ブレイブはまずチームワークってものを覚えろ。スタ坊がフォローしてあれはねぇわ。仲間がいるから何とかしてくれるなんて考えで突っ込むのは信頼じゃねぇ。ただの無責任な丸投げだ」

「はい……」

 

 ルーファスは歯に衣着せずに淡々と今日の鍛錬の講評を述べる。

 

「スタ坊もスタ坊だ。ブレイブが前に出るなら自分はそれに合わせる。それ自体は悪かねぇが、ステっちを放置したのはいただけねぇな。しかも、放置している癖にそっちもフォローした方がいいのか迷って動きがバラバラになってる。戦場で優柔不断なんてもってのほかだ」

「そう、ですね……」

 

 ルーファスの講評を聞いていたスタンフォードは前世で優しく上司に怒られていたときのことを思い出していた。

 あのときはプライドが邪魔して素直に聞き入れることは出来なかったが、今思えば細かく丁寧に指摘してもらえることがいかにありがたいか実感できる。

 ルーファスもそれに漏れず、どういった部分が良くなかったのかを正確に指摘してくれた。

 

「ったく、てめぇらはホントに集団戦に向かねぇな」

 

「「返す言葉もないです……」」

 

 とはいえ、怒られるという状況はどうしてもへこむものだ。

 俯く二人に、ルーファスは頭を乱暴に掻きながら告げる。

 

「だが、初撃は悪くなかった。一瞬でも対応が遅れてたら防ぎきれなかっただろうな。きちんとした連携さえ覚えれば俺にも一撃入れることもできるかもな」

 

 そう言ってルーファスは体を冷やすためにサウナ室から出た。

 

「連携か……」

 

 スタンフォードと二人でサウナに残ったブレイブはため息をつきながら呟く。

 

「昔から一人で剣を振る場面が多かったから、みんなと力を合わせるってどうにもイメージできないんだよなぁ」

「校外演習のときはどうしてたんだい?」

「俺とアロエラが勝手に動いてたのをコメリナがフォローしてくれてたよ」

「うわぁ……」

 

 いかにも好き勝手に動きそうな二人と組まされたコメリナにスタンフォードは同情した。

 

「そういえば、コメリナとはどうなんだい。仲は良いのか?」

「どうだろうな。向こうは光魔法に興味を持っただけって感じだし、世間話をするような仲じゃないな」

 

 原作においてもコメリナはブレイブの魔法に興味を持っただけであり、好意を抱くようになるのは固有のルートに入ってからだ。

 

「あの子は気難しいところがあるからね」

「本当によく仲良くなれたな」

 

 ブレイブはコメリナとの会話の難しさを知っているため、素直にスタンフォードに感心していた。

 

「理系同士話が合ったってだけだよ」

「リケイ?」

「ああ、ごめん。考え方が似通ってるってことさ」

 

 コメリナは理論を元に実験を繰り返し、努力の果てに実力を身につけた人間だ。

 その考え方は理系の人間よりの考え方であり、スタンフォードとは馬が合ったのだ。

 

「コメリナも協調性って面じゃ優れているわけじゃないけど、冷静に分析して相手に合わせることはできる」

「そうだな。俺はコメリナにもスタンフォードにも合わせてもらってばっかだよ」

 

 ブレイブはため息をつくと、俯いて呟いた。

 

「何でだろうな。剣を振ってると回りが見えなくなるんだ」

 

 神妙な表情を浮かべたブレイブに、スタンフォードは黙って話を聞く姿勢をとる。

 

「ただ目の前の敵を切り伏せろ。そんな思いが内側から沸き上がってくるんだ……まるでそれが使命かのように」

「まるでリュコス家の家訓みたいだね」

 

 ブレイブの独白を聞いたスタンフォードは、そんな感想を零した。

 

「剣に心は不要、ただ主の敵を切る剣であれ、だっけか?」

「ああ、リュコス家の初代守護者が掲げた言葉らしい」

 

 今度はスタンフォードが独白するように呟く。

 

「これは僕の持論だけどね。心のない武器には大切な人を守ることはできないと思うんだ」

 

 そう前置きをすると、スタンフォードは続ける。

 

「リュコス家の家訓も、あくまで敵を倒すことを優先しろってのを剣に例えているだけだと思う」

「でも、それじゃあ今までと同じじゃないか」

「解釈次第って奴さ。剣を二振り持っているのに一本だけで戦うか?」

 

 スタンフォードはそう言うと、珍しく柔和な笑みを浮かべた。

 

「人を強くするのは覚悟だと僕は信じてる。だから心だけはなくすな。僕は心ある好敵手(とも)と戦いたいんだ」

 

『少なくとも俺は心ない武器じゃなくて心ある戦友(とも)と戦っているつもりだけどな』

 

「えっ……」

 

 そんなスタンフォードの姿が顔の思い出せない誰かとダブった。

 記憶にない誰かの言葉に困惑しつつも、ブレイブはサウナ室から出るスタンフォードを追った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 剣を振る理由

 男性陣が風呂から上がったとき、女性陣は既に風呂から上がっていた。

 

「おっ、女性陣はもう上がってたみたいだな」

「何故、あなた達の方が長風呂になっているのですか」

「いやぁ、思ったよりサウナが気持ち良くてな。こりゃ一部の貴族がハマるのも納得だ」

 

 ルーファスは笑顔を浮かべ、用意されたコーヒー牛乳を一気に呷った。

 ちなみに、スタンフォードはフルーツ牛乳、ブレイブは普通の牛乳を選んでいた。

 

「ポンデローザ様、こちらの味もいかがですか?」

「あら、ありがとうございます。いただきますわ」

 

 ミガリーがポンデローザにルドエ領の牧場でとれた牛乳から作られたジェラートを渡す。

 

「……いやいやいや」

 

 あまりにも自然すぎて見逃しそうになったが、その光景にスタンフォードは突っ込まざるを得なかった。

 

「一体いくつ食べたのですか、ポンデローザ様」

 

 ポンデローザの横に積み上げられたジェラートが入っていたであろう容器。山のように積み上げられたそれを見れば、彼女がどれだけ大量のジェラートを食したかがわかるだろう。

 そんな光景を間近で見ていたマーガレットとステイシーはただただ苦笑していた。

 

「これも調査の一環ですの。こうしてルドエ領がいかに国にとって重要な地であるか舌を持って確かめているのですわ」

「その言い訳には無理があるでしょうに。というか、そんなに食べたらお腹壊しますよ」

「あら、わたくしは氷の魔導士ですわよ? 冷たいものには耐性がありましてよ」

 

 ポンデローザは得意気な表情表情を浮かべると、さらにジェラートに手を付けた。

 

「太っても知りませんよ」

「オーホッホッホ! サウナで汗を流したからゼロカロリーですわ!」

「絶対プラマイゼロになってない……てか、浮かれすぎだっての」

 

 スタンフォードは、旅行気分でどこか浮かれているポンデローザの様子に呆れたようにため息をついた。

 そんな普段より素の部分が顔を出しているポンデローザをルーファスは厳しい目つきで見ていた。

 

 

 

 鍛錬の疲れを癒し、全員が就寝した頃。

 スタンフォードは一人、外に出て夜空に輝く星を眺めていた。

 前世では都心に住んでおり、星など見たことがなかった。

 転生してからは自分の力の研究に没頭し、この世界の景色を楽しむということもしなかった。

 段々と周囲にも気を配れるようになり、遠くない未来に戦いの日々が来ると知った今。

 スタンフォードは、僅かな平和な時間を噛み締めていた。

 

「よぉ、スタ坊。眠れないのか」

「ルーファス様、いつの間に……」

 

 ただのんびりと夜空を眺めていると、音もなく現れたルーファスがスタンフォードの隣に腰掛けていた。

 

「迷ってんのか」

 

 そして、唐突にそんなことを言ってきた。

 

「何のことですか?」

 

 質問の意図が分からずにスタンフォードが聞き返すと、ルーファスはニヒルな笑みを浮かべて告げる。

 

「今日のお前の剣筋を見てりゃわかるっての」

「……腐っても剣豪一家最強の男なだけはありますね」

「おいおい、俺様は腐っちゃいねぇさ。腐ってんのは周りの方だ」

 

 ルーファスは珍しく遠い目をすると、話題をスタンフォードの悩みへと戻した。

 

「それで何に悩んでんだ?」

「らしくないじゃないですか。あなたはそんな風に僕を気にかけたりしてこなかったでしょう」

 

 ルーファスとは守護者の家系の者の中で最も付き合いが長い。

 彼は幼い頃から第一王子であるハルバードの傍についていた。

 スタンフォードとも顔を合わせたことは一度や二度ではない。

 しかし、スタンフォードとルーファスは特段親しかったわけではない。

 すれ違えば会釈をする程度の間柄。それがスタンフォードとルーファスの関係だった。

 

「そうだな……ずっとスタ坊は才能を腐らせてるつまんねー奴だと思ってた」

 

 ルーファスは苦笑すると、初めて自分の胸中を吐露した。

 

「俺様はガキの頃から()()()()ことばかり考えてた。家の言いなりになってただ言われた通りになろうとしていた。そんな自分が自分で嫌いだったよ」

 

 家名を背負い必死に剣を振るってきたルーファス。

 彼は自分の意志で剣を握っていたわけではない。そして、無心にならねばと思いながらも、ずっと自分のあり方について悩んでいたのだ。

 

「スタ坊、お前は他とは違う気がしたんだ。才能も実力もあって、あの完璧人間のハルバードでさえ敵わないと内心思うくらいにはすげぇ奴だった。そんなお前が堕ちていく姿を見て、俺様は心底ガッカリした。また一人、おもしれー奴がつまんねー奴になっちまったってな」

 

 スタンフォード以外の誰かを思い浮かべながら、ルーファスは吐き捨てるように言った。

 

「俺様は心底思ったね。こいつらみたいにはなりたくないってな」

「そう思われても仕方ないですよね……」

 

 ルーファスの言葉に、スタンフォードの胸が痛む。

 どうしてもっと早く自分の愚かさに気づけなかったのか。

 そうすれば、もっと多くの人間を味方に出来ていただろうに。

 俯くスタンフォードに対し、ルーファスはどこか寂し気に呟く。

 

「ま、俺様も結局はつまんねー奴の仲間入りしちまったがな」

「え?」

 

 常に自信家で傲岸不遜な態度のルーファスらしくない意外な言葉に、スタンフォードは驚いたように彼の顔を覗き込んだ。

 そこに浮かんでいたのは、彼らしくないしおらしい表情だった。

 

「学園じゃ自由に振る舞っちゃいるが、結局はガキの抵抗ってやつさ。俺様は自分の意志で生きてるって叫びたいだけなんだ。卒業後は予定調和のように騎士団長を引き継いでハルバードと共にこの国を支える人間になるだろうよ」

「兄上に仕えるのが嫌なんですか?」

「あいつは数少ない俺様の理解者ではあるが、面白みの欠片もねぇからな。嫌いじゃねぇが剣を捧げたいかと言われれば、首を横に振らせてもらうさ。どうせ剣を捧げるならこいつのためなら命だって惜しくないって思わせてくれるような奴に仕えてぇってだけだ」

 

 ルーファスほどの男がそこまで思えるような人間はそうそういない。

 そもそもハルバードという欠点のない未来の絶対的な王を超えるような人間など、この世に存在するのかも怪しいと考える人間の方が多いだろう。

 

「で、それが僕を気に掛ける理由とどう関係するんですか?」

「鈍い奴だな。最近のスタ坊には期待してんだよ」

 

 スタンフォードはルーファスが剣を捧げるに足る人間に成りうる。

 そう遠回しに告げられたスタンフォードは驚きのあまり絶句した。

 

「お前は変わった。そのきっかけはポンデローザなんだろ?」

「それは――」

「ははっ、わかりやすい奴だな。全部表情に出てんぞ」

 

 乱暴に頭を撫でると、ルーファスは楽しそうに笑った。

 

「お前が悩んでるのは、あいつのことなんじゃねぇのか?」

「ええ、まあ」

 

 全部お見通しだったようだ。

 ため息をつくと、スタンフォードは観念したように白状した。

 

「ポンデローザ様――ポン子はブレイブの実力に打ちのめされて自分の運命に絶望していた僕がもう一度立ち上がるきっかけをくれたんです。だから、彼女の力になりたいと思っています。思っているんですが……」

 

 ポンデローザは原作に固執しすぎて人の感情を無下にするところがある。

 それも仕方のないことだとスタンフォードは理解していた。

 自分の命が掛かっており、何とかしようと幼い頃から奮闘し、悉く原作の修正力に阻まれてきたのだ。

 

 だから彼女は原作に固執する。

 周囲をただの駒としか見れなくて孤独を味わおうとも前に進むしかないのだ。

 そんな彼女の心を救えないことをスタンフォードはずっと悩んでいた。

 

「一つだけ言っておく、俺様はあんな人を人とも思わない氷の女は信用できねぇ。あいつは俺達に真剣に向き合っているようで、俺達じゃない誰かを見ていた」

「確かにそうかもしれません……でも、本当はポン子だってそんな人間じゃないんです! あいつは誰かのためなら自分よりも人を優先するようなお人好しなんです。でも、それを環境が許してくれないだけで……一番苦しんでるのはポン子なんです」

 

 ライザルク戦でポンデローザはスタンフォードのために命を懸けて戦ってくれた。

 それはスタンフォードが同じ転生者という立場だったからこそ、正しく人として向き合えたからだと理解していた。

 

「わーってるよ。あいつがやけ食いしてるときは昔から辛いことを忘れようとしてるときだったからな。ここ最近、やけに明るいのだってそういうことなんだろうよ」

 

 頭を乱暴に掻くと、ルーファスはぶっきらぼうに告げた。

 

「救いたいってスタ坊が思うんなら迷うこたねぇさ。あいつの氷をお前が溶かしてやりゃいい」

 

 ルーファスは拳でスタンフォードの胸を叩くと、心底楽しそうに笑った。

 

「明日からはもっと厳しくいくぞ。俺様を失望させんなよ?」

「上等です!」

 

 真っ直ぐな瞳で自分を見据えてくるスタンフォードを見て、ルーファスは心が高揚するのを感じていた。

 

 こいつはおもしれー奴になりそうだ、と。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 ルドエ領の千年樹

 午前は領内の調査、午後からはルーファスとポンデローザによる鍛錬。

 このサイクルを繰り返したことで、一年生組の三人は確実に成長していた。

 ポンデローザに関しては、もう三人に押され始めているくらいである。

 

「まさか、ステイシーと一緒に調査することになるなんてね」

「異形種が出ても十分対処できるからとはいえ、思い切った判断ですよね」

「いざというときの連携の練習も兼ねてはいるだろうけどね」

 

 一年生組の三人が強くなったことで、調査の組み合わせは安全重視から連携重視に変更になった。

 二人組は連携の基礎でもある。

 数日の調査を経て異形種はこの地に出現しないという判断になったこともあり、ルドエ領での調査はより修行染みたものになってきていた。

 

「それにしても、今のステイシーなら学年上位も狙えるんじゃないか?」

「どうでしょう……私単体での戦闘力はそこまで高くありませんから」

 

 ステイシーはこの数日で飛躍的に戦闘力を上げていた。

 実践で魔物を相手にするよりもはるかに高度な鍛錬によって、肉体だけではなく魔法の練度も急激に上昇した。

 

「ジャッチ君やガーデルと戦えばまだまだ手も足も出ないと思いますよ」

「あの二人は名門の出だからなぁ」

 

 スタンフォードは、コメリナと共に調査に出向いている友人と臣下の顔を思い浮かべる。

 二人共、影は薄いが実力だけは学年で上位に食い込むほどの魔導士なのだ。

 魔導士の血が薄いステイシーが数日の鍛錬で抜かせるほど甘くはない。

 

「校外演習が終わってからは、ジャッチ君には個人的な鍛錬に付き合ってもらったりしていたので、実力の差は痛いほどに痛感させられます。やっぱり遠距離攻撃ができないのは魔導士として痛手ですね」

「ステイシーはパーティを組むこと前提の魔法だからな。ていうか、ジャッチとは仲良いんだね」

「ええ、彼は見た目は怖いですけど優しい人ですから」

「仲良くやってるようで良かったよ。ガーデルは……聞くまでもないか」

 

 ジャッチには君付けしていてガーデルが呼び捨ての時点で、ステイシーとの仲は聞くまでもないことだった。

 ステイシーが複雑そうな表情を浮かべていたため、どう話題を変えたものかと思案していると、前方からスタンフォードが面倒を見ているポンデローザのペットのぼんじりが飛んできた。

 

「クルッポー!」

「ぼんじり?」

 

 ここ数日、ぼんじりはルドエ領内を自由に飛び回っており、就寝の時間になるといつの間にかケージの中に入っているということを繰り返していた。

 自然豊かなルドエ領で文字通り羽を休めているのだとスタンフォードは思っていたが、現在のぼんじりはどこか興奮状態になった。

 

「どうしたんだよ」

「クルッ! クルルッ!」

「あっ、おい!」

 

 ぼんじりは器用に翼で森の奥を差すと、再び飛び立つ。

 ぼんじりは知能の高い鳩だ。嫌いな相手に嫌がらせをすることはあっても、スタンフォードに対して意味のないアクションを起こすことはそうそうない。

 

「ステイシー、ぼんじりが何か見つけたらしい。追うぞ」

「わかりました」

 

 何か意味があるのだと感じたスタンフォードは、ステイシーと共にぼんじりの後を追った。

 それからしばらくぼんじりを追いかけて走っていると、森の中で開けた場所に到着した。

 そこには一本の大樹が聳え立っていた。

 

「あっ、ここって……」

 

 大樹の前に立ったステイシーは、何かを思い出したように辺りを見回した。

 

「何か知ってるのかステイシー?」

「はい、これは千年樹です」

 

 大樹の幹に触れると、ステイシーはどこか懐かし気に語りだした。

 

「ルドエ領にはご神木として大切にされている大樹があって、千年樹と呼ばれているんです。小さい頃、嫌なことがあったりすると何度もここにきていました」

「小さい頃って……魔物とか大丈夫だったのか?」

「あはは、硬化魔法があれば怪我をすることはありませんでしたから」

 

 ステイシーは生まれつき魔法が使えたため、幼い頃から領内に住まう魔物の駆除にも参加していた。

 ルドエ領には強い魔物がいないこともあり、ステイシーは特に大きな怪我をすることもなく領内を自由に歩き回っていたのだ。

 

「この大樹はレベリオン王国建国時の千年前から生きていると言われているんです。それでルドエ領ではこの大樹をご神木として扱っているんです」

「千年か。そいつはすごいな」

 

 図らずも歴史ある場所に来たことで、スタンフォードは興味深そうに千年樹を眺めた。

 気分は世界遺産に来た観光客である。

 

「クルル!」

「ぼんじり、何か見つけたのか?」

 

 スタンフォードが千年樹の周囲を歩いていると、ぼんじりが興奮したように地面をつついていた。

 

「そこに何かあるのでしょう――あ痛たた!?」

 

 不思議そうにステイシーが地面を覗き込んでいると、ぼんじりは突然ステイシーの左手をついばんだ。

 

「こら、ぼんじり!」

「うぅ、痛い……せめて掌にしてください」

 

 相手がぼんじりだったこともあり、ステイシーは硬化魔法をかけなかった。

 そのため彼女の手の甲からは血が滴り、ぼんじりがつついていた地面に数滴の血が落ちた。

 

「マジでごめん……」

「いえ、この程度の傷は大したことないですから……〝硬化(ハドゥン)〟」

 

 苦笑しながらステイシーはついばまれた左手のみに硬化魔法をかける。

 すると左手が岩のように隆起し、あっという間に血が止まった。

 

「結構便利だよな、硬化魔法」

「地味ですけどね――って、えぇ!?」

 

 スタンフォードが硬化魔法に関心していると、突然ぼんじりがつついていた地面が光りだして大きな穴が開いた。

 

「「うわぁぁぁぁぁ!?」」

 

 突然地面が消失したことにより、スタンフォードとステイシーはそのまま成すすべもなく穴に落ちていくのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 初代守護者

 穴に落ちたスタンフォードとステイシーは大きな空間に出たことを感じ取ると、即座に受け身を取った。

 身体能力が高い二人は、そのまま怪我をすることもなく地面に着地した。

 

「ここはどこだ?」

「千年樹の下にこんな空間があったなんて……」

 

 二人が落ちた先にはおびただしい数の魔導書や魔法実験用の器具などが存在していた。

 スタンフォードは周囲を見渡しながら、机の上に置いてあった古びた手記を無造作に手に取った。

 そこにはリーシャ・ルドエの名前が記載されていた。

 

「どうやらここはリーシャ・ルドエの工房みたいだね」

「ご先祖様の?」

 

 魔法の研究を活動の主体としている魔導士は、研究のために自分の工房を持つことが多い。

 リーシャも嫁ぎ先であったルドエ領で、魔法を研究するために領内に自分の工房をこさえていたのだ。

 

「そんな話は残っていませんでしたが……あっ」

 

 ルドエ領内にリーシャの工房があったという話は聞いたことがなかったステイシーだったが、何かに気づいたように上の穴を見上げた。

 

「さっき、ぼんじりさんがつついていた場所は工房の入り口で、リーシャ様の血を引く私の血が付着したことで入り口が開いたのではないでしょうか」

「なるほどね。確かにそれはありえるな」

 

 納得しかけたスタンフォードだったが、そこで、ふと何かが引っかかった。

 それはぼんじりの行動だ。

 ぼんじりはまるで千年樹の下に何かがあるとわかっているかのような様子だった。

 さらには、ステイシーの手をついばんで出血させて、工房の入り口の鍵を開いた。

 知能が高い、などという言葉では片付けることができないぼんじりの行動に、さすがのスタンフォードも狐につままれたような気持ちになっていた。

 

 そんなとき、工房の奥から声が聞こえてきた。

 

『人と話すのなんて何年振りかしらね』

 

「「誰!?」」

 

 二人は突然現れた存在に、臨戦態勢を取った。

 空気が張り詰める中、姿を現した女性は飄々とした様子で告げた。

 

『そう警戒しないでよ。あたしは思念体。実態がない以上、害はないわ』

 

「ポン、子?」

 

 現れた女性の顔を見て、スタンフォードは呆気にとられた。

 その姿はポンデローザそっくりだったのだ。

 違う点を挙げるとすれば、ポンデローザのトレードマークである巻き髪がただのポニーテールだったという点くらいである。

 

『あんなポンコツ娘と一緒にしないでくれる?』

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、女性は優雅に一礼してから自己紹介をした。

 

『あたしはムジーナ。あなたなら名前を聞けば誰かわかるんじゃない?』

 

「ムジーナって、初代守護者の一人じゃないか!」

 

『そうね。それでもってこの国の初代王妃であり、女王だった女よ』

 

 得意げに笑うと、ムジーナはステイシーにも視線を向ける。

 

『そっちの子は、この工房の主の子孫の子ね』

 

「は、はい! ステイシー・ルドエと申します!」

 

『よろしくね』

 

 畏まったように頭を下げるステイシーに、ムジーナは優しい笑みを浮かべた。

 

「それで、どうしてムジーナ様はこの場所に?」

 

『この工房は元々あたしの思い出の場所でね。ちょうどいい洞窟があったってリーシャが勝手に工房化しやがったのよ』

 

「な、何かすみません……」

 

 先祖であるリーシャがムジーナの思い出の地を荒らしたことを知り、ステイシーは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

『気にしないで。リーシャも未練がましく魂で漂うあたしを実体化させてくれたから、恨んじゃいないわ。ちょっとムカついただけよ』

 

「未練?」

 

 ムジーナは偉大な女性として歴史にその名を残している。

 初代国王ニールと共に敵国ミドガルズ王国との戦いに勝利し、国王の死後も王国の繁栄に貢献した。

 戦場では、竜人の大群をたった一人で殲滅したこともあり、彼女は〝氷結女帝(アイシクル・エンプレス)〟と呼ばれていた。

 ヴォルペ家も最も濃く王族の血を引いている名家として、今も繁栄している。

 そんな彼女が抱える未練というものがスタンフォードには気がかりだった。

 

『ミドガルズオルムのことよ』

 

「っ!」

 

 ムジーナの告げた名前に、スタンフォードは息を呑んだ。

 ベスティアシリーズにおけるラスボスの名前であり、スタンフォードやポンデローザが死の運命を背負った元凶。

 その名前が初代守護者であるムジーナから告げられたことで、スタンフォードは今後に関わる重要な情報が聞けることを期待した。

 

「それって、レベリオン王国に厄災を振りまいたって言われる蛇神竜ミドガルズオルムのことでしょうか?」

 

『ええ、あたし達にとっては憎んでも憎み足りない存在よ』

 

 ムジーナは悔しげに拳を握りしめると、痛々しい表情を浮かべる。

 

『初代国王――いえニールはミドガルズオルムに殺された』

 

「えっ、そんなはずは……」

 

 レベリオン創世記では、ミドガルズオルムは初代国王であるニールが倒したことになっている。

 歴史との食い違いにステイシーは怪訝な困惑した表情を浮かべた。

 

『歴史っていうのは必ずしも正しく伝わるわけじゃないの』

 

 ため息をつくと、ムジーナは語り出した。

 

『ミドガルズオルムはとにかくしつこい奴よ。あいつはニールに倒される前に闇魔法で転生の準備をしていたの』

 

 蛇、転生という単語を聞いたこともあり、スタンフォードの脳内に、前世で流行っていた料理動画の〝はい、エドテン♪〟というフレーズが頭に思い浮かんだが、すぐに振り払った。

 

『倒しきれなかったミドガルズオルムの本体は、ニールの墓に今も厳重に封印されているわ。長い時を超えて転生し、生き続けているミドガルズオルムは今、本格的に復活しようとしている』

 

 ムジーナが告げた衝撃の事実にステイシーが息を呑む。

 スタンフォードは、原作通りの流れだったこともあり、落ち着いて先を促した。

 

「あなたはどうしたいんですか?」

 

『ミドガルズオルムを消し去りたい。ニールが作り上げたこの国を守りたいの』

 

 はっきりとムジーナがそう告げると、スタンフォードも真っ直ぐにムジーナの目を見て答えた。

 

「ミドガルズオルムは僕達が倒します」

 

『ふふっ、やっぱりあなたニールそっくりだわ』

 

 スタンフォードの決意を目の当たりにしたムジーナは、懐かしさを噛みしめながら笑顔を浮かべた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話 レべリオン創世記(真)

 話に一区切りついたところでしばらく呆然としていたステイシーが口を開いた。

 

「あ、あのー……ムジーナ様はニール様とどのように出会ったのでしょうか?」

 

 ステイシーは興味津々といった様子でムジーナに初代国王ニールとの馴れ初めを尋ねた。

 ステイシーは大の歴史好きである。

 歴史に記されていないことを当時の人間から聞けるとなれば、好奇心を押さえることは不可能であった。

 

『最初に出会ったのはこの場所よ。当時あたしは世界樹ユグドラシルを祭る巫女の一人でね。荒くれ者の集団〝クリエニーラ族〟に浚われて、蛮族共のアジトに連れ去られた』

 

「それでその危機を救ってくださったのが、初代国王ニール様だったのでしょうか!」

 

『いいえ、その蛮族の頭領がニール――本名はクリエニール。男達の慰みものにされそうになっているあたしを気に入ってくれてね。パートナーになったの』

 

「「えぇぇぇぇぇ!?」」

 

 さすがにこれにはスタンフォードもステイシーと一緒に叫ばざるを得なかった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてそこからレベリオン王国建国に繋がるんですか!」

 

『いろいろあったのよ』

 

「いやいやいや! いろいろで片付けちゃダメでしょ! 教えてくださいよ!」

 

 重要な部分を全て端折ろうとするムジーナに、さすがのスタンフォードも詳しい説明を求めた。

 

『どこから話したものかしら……』

 

 顎に手を当てて悩ましげな表情を浮かべる。

 それから静かに建国までの経緯を話始めた。

 

『元々ニールは国から迫害されたりして居場所を失った人達をかき集めて集落を築いていたの。それで豊かな土地を求めて世界樹の根元の集落に目を付けた』

 

「えぇ……」

 

 完全に侵略者じゃないか。

 自分の先祖に抱いていた誇り高い戦士のイメージがガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのをスタンフォードは感じた。

 

『でも、世界樹を祭る巫女の一人は世界樹から実を与えられ、光魔法という超常の力を持っていた。だから何の力も持たない妹のあたしを人質として狙ったの』

 

「ストーップ! えっ、あなた初代世界樹の巫女の妹なんですか!?」

 

 さすがに情報が渋滞してきたため、スタンフォードは一旦ムジーナの言葉を遮った。

 ステイシーに至っては、混乱のあまり固まったままである。

 

『血が繋がってるってだけよ。はっ、あんな奴、もう姉だとは思ってないわ』

 

「一体何が……」

 

『そこはレベリオン王国建国に関して重要じゃないからいいのよ』

 

 吐き捨てるようにそう告げると、ムジーナは再び語り出す。

 

『浚われたあたしは運が良くてね。世界樹の実の片割れを持っていた』

 

「片割れ?」

 

『ええ、世界樹の実はチェリーの実とよく似ていて一房に二つの実がついてるの。おね――ラクリアはその片方を食べて、もう片方は祭壇に祭っていた。それをチェリーの実とすり替えてくすねたのよ』

 

「言っちゃ悪いけどあんた本当に巫女かよ」

 

 ニールも大概だが、ムジーナもなかなかに酷いことをしている事実に、スタンフォードは頭が痛くなった。

 

『集落の外でこっそり食べようと思ってたらクリエニーラの連中に浚われちゃって、下っ端連中に犯されそうになっているとこでニールが現れてね。必死に命乞いしたわ。集落の連中はどうなってもいい、あたしだけは助けてってね』

 

「うわぁ……」

 

 前世で流行ったくっ殺せという有名なミームとは真逆の状況に、スタンフォードは引いていた。

 

『それで世界樹の実をニールに渡したの。実を食べたニールは雷魔法を発現させた。あたしは彼を腕の立つ流浪の戦士として集落に連れ帰って、世界樹の土地を狙う集団を落としていったの。ニールの雷魔法のことはラクリアと同じように世界樹から恩恵を授かったってごまかしてね。集落の連中はバカばっかりだったからちょろかったわ』

 

「何だろう。知れて良かったような、知りたくなかったような……」

 

 レベリオン王国の成り立ちが蛮族による乗っ取りだったことを知ったスタンフォードは複雑そうな表情を浮かべた。

 

『ちなみに、世界樹の実の種はアジトのすぐ近くに埋めて育てたわ。土地が良かったこともあって世界樹はすぐに実をつけたわ。あたしを含めて何人かが実を食べて、魔法を発現させて、原初の魔道士が生まれたの』

 

「おいおいおい、それじゃあ、ルドエ領の千年樹って……」

 

『第二の世界樹ってことになるわね。ルドエ領も元々はクリエニーラ族のアジトがあった土地ね』

 

 世界的に重要な位置づけにあると予想していたとはいえ、まさかそこまで重要な土地だとは思っていなかったスタンフォードは息を呑んだ。

 ステイシーに至っては、もはや頭から煙が出そうなくらいに混乱している始末である。

 

「それじゃこの木にも世界樹の実が?」

 

『残念だけど、実は初代守護者が食べた分しか稔らなかったし、それ以降は木の繁殖もできなかったわ』

 

 もっと稔ってくれれば楽だったんだけどね、と残念そうに呟くとムジーナは続ける。

 

『この木に残っているのは根を張ったルドエ領を守る機能だけ。ま、それがあるおかげでこの土地にはミドガルズオルムも手を出せないんだけどね。あいつは元々世界樹を守るための存在だったし』

 

「だからさらっと重要な情報を出さないでくださいよ」

 

 再び出てきた新事実にスタンフォードは完全に項垂れる。

 そろそろ情報が渋滞するどころか、交通事故が起きそうな勢いである。

 

『事実なんだから仕方ないでしょ? ミドガルズオルムも元々は共にレベリオン王国を守っていた存在なのよ。あいつはあたし達を裏切ってミドガルズ王国を作り上げて攻撃してきたから返り討ちにした。それだけのことよ』

 

 吐き捨てるようにそう言うと、ムジーナの体が薄れ始める。

 

『どうやら魔力の限界みたいね』

 

「そんな……もっと情報を……!」

 

 まだ自分の知らない重要な情報がある。

 そう感じたスタンフォードは、懇願するようにムジーナに縋り付いたが、彼女は寂しそうに首を振った。

 

『最後にこれだけは言っておくわ』

 

 そして、スタンフォードを真っ直ぐに見据えて告げる。

 

『あのポンコツ娘をよろしくね……』

 

 最後にそれだけ告げてムジーナの思念体は完全に消えてしまうのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話 国家機密級の新情報

 スタンフォードとステイシーの持ち帰った情報を、一同は神妙な面持ちで静かに聞いていた。

 

「こりゃまたとんでもない情報が出てきたな……」

 

 いつもは軽薄な笑みを浮かべているルーファスですら、明かされたルドエ領の秘密には冷や汗を浮かべていた。

 

「はぁ……ご先祖様の魂がまだこの世にあったなんて、一体どうなっているのかしら」

 

 ポンデローザはポンデローザで、原作に全くない情報が出てきたことで困惑していた。

 

「でも、この情報の価値は大きいですよ。敵はミドガルズで確定。その上、彼らの手の及ばない安全な土地を見つけることができた」

「ルドエ領としても、もしものときは全面的に協力します。……お父さんもその頃には復活していることでしょうし」

 

 この情報は当然ステイシーの父であるゴーマにも報告された。

 突然もたらされた現存する国家機密を凌ぐ情報に、ゴーマは白目を剥いて倒れてしまったのだった。

 

「ニール、ムジーナ……ラク、リア」

 

 一方、ルドエ領の秘密をしったブレイブは、頭を押さえながら初代国王と初代守護者、そして初代世界樹の巫女の名前を呟いていた。

 

「ブレイブ、どうしたんだい?」

「……いや、何か思い出せそうな気がしたんだが、何も思い出せなくて」

 

 ブレイブはもどかしげな表情を浮かべ、必死に記憶の糸を手繰るが、記憶が戻ることはなかった。

 原作において主人公であるブレイブの記憶が戻るのはストーリーの終盤だ。

 今はまだそのときではない。

 仮に知っている知識を話したところで自身の手で取り戻さなければ、ブレイブは自分という存在を確立することはできない。

 そう判断したスタンフォードは一旦ブレイブの件は置いて話を進めることにした。

 

「それとポンデローザ様。ひとつ窺いたいのですが、ぼんじりは一体何者なんですか?」

「どういうことでしょう?」

「ぼんじりは、ステイシーですら知らなかった砂の魔女リーシャの工房を見つけ出しました。しかも、リーシャの血を引く者の血が入り口を開く鍵であることも知っていたみたいです。これは賢い鳩という言葉では片付けられることではありません」

 

 リーシャの工房を見つけたぼんじりの行動に違和感を持っていたスタンフォードは、ぼんじりがただの鳩ではないと踏んでいた。

 ポンデローザは肝心な情報をスタンフォードに伝えていなかったりすることも少なくはないため、ぼんじりの件も何か重要なことを伝えていないのではないかと疑っていたのだ。

 

「そう言われましても、ぼんじりはお父様から与えられた鳩ですので、詳しいことは……」

 

 ポンデローザは本気で困惑していた。

 マーガレットに糞を落とすという、原作での役割を果たすために知能が高く生まれただけと思っていただけに、そんなにぼんじりのことは重要視していなかったのだ。

 それが原作でも語られていない重要な秘密を握っている可能性が出てきた。

 この件は、原作頼りのポンデローザにとって頭の痛い話だったのだ。

 

「クル?」

 

 当のぼんじりは首を傾げるのみ。

 人間の言葉を話せるわけでもないぼんじりが真実を語れるわけでもなく、ぼんじりについての謎は謎のままだった。

 

「ハトリンガルでもあれば良かったのでしょうけどね」

「いや、ハトリンガルって……」

 

「んなことより、問題はミドガルズオルムじゃねぇのか?」

 

 解決しようがない問題よりも、目の前の問題を重視した方が良いと判断したルーファスは、二人のやり取りを遮って話をミドガルズオルムのものへと戻した。

 

「実際問題、どう奴の復活を阻止する?」

「初代国王様の墓にさらに厳重な封印をかけるとか……」

「封印の仕方も伝わってねぇから無理だな」

「ですよねー……」

 

 ステイシーの思いついた案は即座に却下された。

 

「俺が、斬る」

 

 そこで、ずっと黙っていたブレイブが口を開いた。

 

「ミドガルズオルムは俺が斬らなきゃいけない……そんな気がするんだ」

「クルルッ、クル?」

 

 そんなブレイブの前にぼんじりが飛び、何かを問いかけるように鳴いた。

 

「ああ、きっと斬ってみせる」

 

 まるでぼんじりの言葉を理解しているかのように、強い決意を瞳に宿してブレイブは頷いた。

 

「ブレイブ、君はぼんじりの言葉がわかるのかい?」

「いや、何となく『お前にできるのか?』って言われてる気がしたから……」

 

 スタンフォードの問いに対して、ブレイブは困ったように笑いながらそう答えた。

 スタンフォードもブレイブの言葉に納得したように頷いた。

 

「動物的第六感ってやつかね。まあ、どっちにしろ現状やることは一つだ」

「そうですね」

 

 ステイシーもスタンフォードの言葉に頷くと、一年生組の三人はルーファスを真っ直ぐに見据えて宣言する。

 

「「「まずはルーファス様(先輩)から一本取る!」」」

 

「ははっ、そいつは楽しみだ!」

 

 それに対して、ルーファスは肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべるのだった。

 

「あの、わたくしは……」

「ほ、ほら、ポンちゃんは最近押され気味だから」

「くっ、そう簡単に負けてたまるか……!」

 

 完全に熱い空気の中、置いてけぼりにされたポンデローザは頬を膨らませて拗ねているのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話 餓狼噛砕

 穏やかな午後の時間。

 牧歌的な風景に不釣り合いな、眩い光を纏った斬撃が飛び交う。

 

「また魔力が上がったみてぇだな」

「くっ、〝滅竜光刃!!!〟」

「おっと……滅竜剣はさすがに受けきれねぇな」

 

 ルーファスは単身で突撃するブレイブの猛攻を時に受け止め、時にいなし、時に躱し、完全に防ぎきっていた。

 

「さて、そろそろいつものように――」

「ブレイブ君、私が受けます!」

「任せた!」

 

 ステイシーの指示が来たことでブレイブはすぐに後方へと跳び、入れ替わるようにステイシーが前に出た。

 

「〝硬化(ハドゥン)〟」

 

 ステイシーは腕のみを局所的に硬化させて確実にルーファスの斬撃を防いだ。

 

「へぇ、ステっちもやるじゃねぇか」

 

 初めて自分の攻撃を防がれたことで、ルーファスは感心したように口笛を吹いた。

 

「私だって成長しているんです!」

「だが、もう一撃は受けきれねぇだろ?」

 

 ルーファスは二刀流の剣士だ。

 もう一振りの剣がステイシーの硬化を破らんとばかりに襲いかかる。

 しかし、ステイシーは焦った様子もなく、冷静に指示を飛ばした。

 

「スタンフォード君!」

「〝鉄砂縛(くろがねさばく)!!!〟」

 

 ステイシーの指示と同時に、地面から磁力によって砂鉄が巻き上げられる。

 スタンフォードは巻き上げた砂鉄をルーファスではなく、ステイシーへと纏わせた。

 

「〝金属硬化(メタルハドゥン)!!!〟」

「なっ……」

 

 激しく金属がぶつかり合う音が響き渡る。

 砂鉄を身に纏ったステイシーは、ルーファスの攻撃を受け止めきっていたのだ。

 砂鉄に魔力を浸透させて硬化させる。

 その硬度は、ステイシーが自身の肉体にかける硬化魔法とは一線を画す。

 初めて攻撃を完全に防がれたルーファスは驚いたように目を見開く。

 そして、その一瞬の隙をステイシーは見逃さなかった。

 

「魔力を流し込めば私にだってこの技が使えます。〝鉄砂縛(くろがねさばく)!!!〟」

「ルーファス様、悪く思わないでくださいよ!」

 

 ステイシーがスタンフォードの技を真似て使い、ルーファスを砂鉄で拘束する。

 そこから砂鉄を通してスタンフォードは電撃を放った。

 無差別な放電と違い、電撃は砂鉄を伝ってルーファスに襲いかかる。

 砂鉄は通常の鉄よりは電気を通しにくいが、それでもスタンフォードの魔力から放たれる電撃を通すには十分だった。

 

「ぐっ……!」

「ブレイブ君、今です!」

 

 生身で電撃を受ければさすがのルーファスも動きが止まる。

 砂鉄と電撃で拘束されたルーファス。

 そこへ魔力を剣に送り込んだブレイブが斬りかかった。

 

「任せろ! 〝滅竜光刃!!!〟」

 

 もはや火力の高い滅竜剣を防ぐ術はルーファスにはない。

 そのままルーファスは為す術もなく、ブレイブの斬撃を浴びるしかないはずだった。

 

「えっ……」

 

 しかし、ブレイブの滅竜剣は宙に浮く二振りの剣によって受け止められていた。

 

「ったく、この俺様が魔法まで使うはめになるとはな」

 

 電撃で痺れているはずのルーファスはニヤリと笑うと、いとも簡単に砂鉄による拘束を解いて立ち上がった。

 

「見事な連携だった。俺様が魔法を使わない前提なら十分通用するだろうな。だが――」

 

 そのままルーファスは自分の周りに漂っていた砂鉄を両手に集め始めた。

 

「スタンフォード君! 砂鉄が操れません」

「僕もだ……しまった! ルーファス様の魔法は……!」

 

 突然砂鉄が操れなくなったことでステイシーは慌てたように叫ぶ。

 ルーファスの魔法を知っているスタンフォードは、悔しげに歯噛みする。

 

「ほお、砂鉄ってのはいいもんだな。こんなに魔力が浸透しやすい金属は初めてだ」

 

 ルーファスは砂鉄を操り、剣を作り出す。

 その間にも宙に浮いた二振りの剣は、独りでにブレイブへと襲いかかる。

 

「何で、剣が、勝手に……!」

「俺様が魔法で自動迎撃仕様に改造したからな。ま、さすがに俺様ほどの腕前はないから安心しな」

「これが、ルーファス様の金属魔法……」

 

 ルーファスの魔法は土属性魔法の応用である金属魔法だ。

 彼は周囲に存在する金属を自在に操ることができる。

 ある意味、騎士という存在に対して天敵ともいえる魔法である。

 

「スタ坊にも見せるのは久々だったか。んじゃ、篤と味わいな!」

 

 ルーファスは砂鉄を固めて無数の剣を生み出した。

 ルーファスほどの技量がないにしても、魔法で強化された砂鉄の剣は強固で、それが複数で襲いかかってくる。

 数の有利などあってないようなものだった。

 

「〝全身硬化(フルハドゥン)!!!〟」

 

 全方位から襲いかかってくる剣に対して、ステイシーは全身を硬化させることで対応する。

 

「ブレイブ、合わせろ! 〝武雷尖刃!!!〟」

「了解! 〝滅竜光刃!!!〟」

 

 スタンフォードとブレイブは魔剣に魔力を込めて最大火力の斬撃で周囲の砂鉄剣を薙ぎ払いながらルーファスへと突撃する。

 

「悪ぃ、さすがに抜かせてもらうわ」

 

 ルーファスは獰猛な笑みを浮かべると、腰から二振りの剣を抜いた。

 

「〝餓狼噛砕(バイゼンヴォルフ)!!!〟」

 

 ルーファスが剣を抜いたのと同時に放たれた斬撃。

 それはスタンフォードとブレイブの攻撃を押し除けるばかりか、そのまま二人を切り裂いた。

 

「あのバカ……!」

 

 血飛沫を上げて倒れる二人を見たポンデローザは、血相を変えてマーガレットへと叫ぶ。

 

「メグ、早く治癒魔法を!」

「わかった!」

 

 即座にまずい状況だと理解したマーガレットは、使用できる治癒魔法の中でも高位のものを使用した。

 

「〝高速治癒(ハイヒール)!!!〟」

 

 マーガレットが魔法を唱えると、眩い光がスタンフォードとブレイブを包み込み、一瞬で傷口を塞いだ。

 気絶した二人に息があることを確認すると、安堵のため息をついてポンデローザはルーファスへと詰め寄る。

 

「……ルーファス様、何を考えていますの!? あの技、スタンフォード殿下とブレイブさんでなければ真っ二つになっていましたわ」

「悪ぃ悪ぃ、こいつらがあまりにもやるもんだから、つい本気出しちまったよ」

「つい、じゃありませんわ!」

 

 全く悪びれた様子もなく、ルーファスは楽しげに笑う。

 ポンデローザが反省した様子のないルーファスに説教をしようとしていると、ステイシーが泣きそうな声で叫んだ。

 

「あの、ルーファス様! この剣、そろそろ、止めてもらえませんか……!」

「やっべ、忘れてたわ」

 

 未だに無数の砂鉄剣から攻撃をされていたステイシーを見て、ルーファスは慌てて魔法の発動を止めた。

 砂鉄から魔力が失われ、崩れ落ちていく。

 風に飛ばされる砂鉄を眺めながら、ルーファスは独り言のように呟く。

 

「ははっ、成長速度エグすぎだろ……!」

 

 この短期間で三人がかりとはいえ学園で最強と呼ばれる自分を追い詰めた。

 その事実にルーファスは珍しく高揚していたのだ。

 

「よし、スタ坊とブレイブ叩き起こしてもう一戦いくぞ!」

「バカですかあなたは!? 今日の鍛錬はこれで終了ですわ!」

「そうですよ! 二人共、絶対安静にしなきゃダメです!」

 

 こうして、ルーファスが本気の一撃を放ってしまったせいでスタンフォードとブレイブは絶対安静となり、今日の鍛錬は強制的に終了することになったのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話 原作の修正力

 一年生組の三人が大きな成長を見せた鍛錬の翌日。

 スタンフォードは熱を出して寝込んでしまった。

 考えられる原因として挙げられるのは昨日のルーファスの一撃による傷だ。

 マーガレットがすぐに治療したとはいえ、放っておけば致命傷になる一撃だったのだ。熱が出てもおかしくはなかった。

 

「何か申し開きはありますか?」

「俺様もスタ坊もやるべきことを全うした結果だ。一年生達の成長の方が成果としちゃ大きいだろ」

 

 メイドのリオネスからスタンフォードが熱を出したという知らせを聞いたことで、生徒会一行は午前の調査を中止して今後についての話し合いをしていた。

 

「まあまあ、ポンデローザ先輩。俺もスタンフォードもルーファス様が本気を出してくれたことには感謝していますから」

「いや、何であなたはピンピンしていますの?」

 

 憤懣やるかたない様子でルーファスに詰め寄るポンデローザをブレイブが宥める。

 昨日死にかけたとは思えないほどにブレイブは元気だった。

 

「ブレイブ君は私と同じで体内に光魔法を宿してるから、他の人より体が頑丈なんだと思うよ」

「そういえば、風邪とか引いたことないな……」

「私も引いたことないんだよねぇ」

 

 マーガレットもブレイブも風邪や病気にかかったことはなく、怪我をしても自分ですぐに治せてしまう。

 ポンデローザは改めてこの二人が()()()だったということを痛感した。

 

「スタンフォード君も体は頑丈な方だと聞いてますし、きっと元気になりますよ。あとでお見舞いに行ってあげましょう!」

 

 ステイシーは場の空気が重くならないように努めて明るく振る舞って、スタンフォードの見舞いに行くことを提案する。

 

「それはご遠慮願います」

 

 しかし、それに待ったをかける者がいた。

 

「あっ、ごめんなさいリオネスさん。今は大勢で押しかけたら迷惑ですよね。容態が安定してからに――」

「そうではありません」

 

 ステイシーの言葉を遮ると、リオネスは淡々と告げる。

 

「皆様はこの国の未来を担う存在でございます。スタンフォード様の熱の原因が怪我か病気かわからない今、皆様をスタンフォード様のお部屋へお通しするわけにはいきません」

「お堅いねぇ。そんな大事でもないだろ」

「この国の未来を守るために最善の処置をしているまでです。スタンフォード様のお世話は私一人でさせていただきます」

 

 ルーファス相手にも臆することなく、リオネスははっきりと告げた。

 リオネスは先代から王家に仕えている。

 そのため、王家に対する忠誠心は人一倍厚い。

 取り付く島もなく、リオネスはスタンフォードの寝室へと戻っていった。

 そこでルーファスは先程まで自分に食ってかかっていたポンデローザがやけに神妙な表情で考え込んでいることに気がついた。

 

「ポンデローザ、何か気になることでもあったか?」

「……いえ、何でもありませんわ」

 

 ルーファスに声をかけられたポンデローザは気持ちを切り替えるように笑顔を浮かべる。

 

「本日は一旦休養日としましょう。みなさん、スタンフォード殿下のことが気がかりで調査や鍛錬に身も入らないでしょうし、ゆっくりと心と体を休めてくださいな」

 

 そう告げてポンデローザも自室へと戻っていった。

 自室に戻ると、ポンデローザは険しい表情を浮かべて自身のメイドであるビアンカに声をかけた。

 

「ビアンカ、お茶を用意してくれる。紅茶じゃなくてハーブティーの方ね」

「かしこまりました。あまりご無理はなさらないでくださいね」

 

 ポンデローザが紅茶ではなくハーブティーを欲しがるときはきまって精神が不安定なときだ。

 それを理解していたビアンカは心配そうな表情を浮かべてハーブティーを用意した。

 

「ありがと」

「いえいえ。何かありましたらまたお呼びください」

 

 ビアンカはハーブティーをポンデローザの前に出すと、すぐに部屋から退出した。

 ポンデローザにとってビアンカはこの世界における数少ない信頼できる人間だ。

 何せ彼女は原作に登場することはない。

 原作の本筋にも一切関わってくることもなければ、自分の素を知っている。

 その上、原作に振り回されて傍から見れば奇行を繰り返しているようにしか見えないポンデローザを根気よく支えてくれたのだ。

 こうして考え事に集中したいときは自然と一人にしてくれる。

 改めて自分のメイドの気遣いに感謝しながらも、ポンデローザは原作についてまとめたノートを開いた。

 

「スタンの発熱は休暇中のランダムイベントと見て間違いないわね……」

 

 BESTIA HEARTの方の恋愛イベントにはランダム発生イベントというものが存在する。

 これはストーリー本編に関わらないイベントであり、単に選択肢によって好感度が稼げるイベントだった。

 スタンフォードの隠しルートに入ると、スタンフォードのランダムイベントも発生するようになり、熱を出したスタンフォードを看病するイベントが休暇中のみ発生するようになる。

 今回のスタンフォードの発熱も原作による修正力の結果だとポンデローザは思っていた。

 

「でも、どうしてルドエ領で看病イベントが?」

 

 しかし、今回のイベント発生には不自然な点があった。

 それはイベント発生場所である。

 原作において看病イベントは休暇中のみ発生する。場所は寮内だ。

 それがこうして遠征中に発生した。

 

「学園に通っている最中には一切風邪を引かないスタンフォードが熱を出した。ルーファスの攻撃による怪我が原因かと思ったけど、マーガレットの治癒魔法で傷はすぐに塞いだのに、どうして?」

 

 世界の修正力によってスタンフォードが熱を出したのだとしても、どうしても拭えない違和感がある。

 そもそも学園内で過ごしていたときは一切熱を出さなかったスタンフォードが、原作で何故熱を出したのか。

 ランダムイベントだから深い理由はないと割り切ってしまえば簡単だ。

 だが、ルドエ領の存在など、この世界では原作において設定やストーリーの流れを補完するような存在がある。

 ランダムイベント一つとっても、無意味なことなど存在しないはずだった。

 

「そもそも、もしルドエ領に来ていなかったら、スタンはどうやって熱を出していたの?」

 

 マーガレットやブレイブはほどでないにしろ、そもそも魔道士は魔力を持たない人間に比べて肉体が頑丈に出来ている。

 熱を出して倒れたとなれば、魔法の副作用を心配されるか、周囲から貧弱だと笑われるかのどちらかである。

 事実、スタンフォードはライザルク戦で死の淵を彷徨う大怪我を負ったときも、特に後遺症などもなく復活した。

 

「何かが、おかしい……」

 

 思考が堂々巡りになりかけたそのとき、ポンデローザは違和感の正体に気がついた。

 

「待って、風邪や病気に治癒魔法は効かないのにどうして原作だと治癒魔法で熱が収まったの?」

 

 治癒魔法で治せるのは怪我などの外傷だけだ。

 それを原作の看病イベントでは治癒魔法で治していた。

 

「まさか……」

 

 パズルのピースが塡まっていく。

 ある可能性に行き着いたポンデローザはため息をついて、天井を仰いだ。

 

「やっぱり、どうあがいたところで原作通りの流れに押し戻そうとする存在はいるみたいね……スタンルートを目指して正解だったわ」

 

 力なく笑うと、ポンデローザは白紙のページに〝スタンルートほぼ確定〟と記載してノートを閉じた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話 進む悪役令嬢

 状況を整理して部屋を出たポンデローザはすぐに行動を開始した。

 

「あれ、ポンちゃん。どうしたの?」

「ちょっとお願いがあってね」

 

 ポンデローザはマーガレットの部屋を尋ねていた。

 原作におけるイベントを乗り越えるには原作通りの結末が不可欠だ。

 今回の看病イベントでは、マーガレットの看病が鍵になる。

 逆に言えば、マーガレットが看病しなければスタンフォードの熱は下がらない可能性があるとまでポンデローザは考えていた。

 

「スタンの看病をお願いしたいの」

「えっ、でもリオネスさんが面会謝絶だって……」

 

 スタンフォード付きのメイドであるリオネスから面会謝絶を言い渡されてたマーガレットは、突然のポンデローザからの頼みに困惑していた。

 

「リオネスはあたしが何とかするわ。メグはあたしがリオネスの気を引いている間にスタンの看病をしてほしいの」

「看病するのは別にいいんだけど……光の治癒魔法は病気の類いは治せないよ?」

「それでもお願い」

「わかったよ。ポンちゃんがそこまで言うなら試してみる」

 

 ポンデローザがあまりにも真剣な表情をしていたため、マーガレットは納得できない部分があってもスタンフォードの看病を引き受けることにした。

 それからポンデローザはリオネスの気を引くために、スタンフォードの部屋へと向かった。

 控えめにノックをすると、すぐにリオネスが顔を出した。

 

「何かご用でしょうか?」

「ちょっと話せないかしら」

「申し訳ございません。今はスタンフォード様の看病で手一杯でして」

 

 食い気味に断りを入れると、リオネスは扉を閉めようとする。

 そこですかさずポンデローザは悪そうな笑みを浮かべて言った。

 

「それはどうかしら」

「……どういう意味でしょうか」

 

 ポンデローザの発現の意図が掴めず、リオネスは警戒心を露わにする。

 

「あなたならこの意味がわかるのではなくて?」

「心当たりがございません」

「そ、ならこのことはわたくしの心の中にしまっておきましょう」

 

 意味深な言葉を残し、妖艶な笑みを浮かべたポンデローザはそのままスタンフォードの部屋の前を去ろうとする。

 

「お待ちください」

 

 それを部屋から顔を出したリオネスが呼び止めた。

 

「あら、殿下の看病で忙しいのではなくて?」

 

 ほら釣れた、とばかりにポンデローザは口元を吊り上げる。

 改めてリオネスの方を振り返ると、彼女はいつもと変わらない無表情のまま告げた。

 

「何か誤解をされているようですので」

「事実でないのならば問題ないでしょう」

「そうもいきません。私は王家に忠誠を誓った身。公爵家令嬢であるポンデローザ様に不信感を抱かれたままでいることは許されません」

 

 食い下がるリオネスを見て、ポンデローザは再度問いかける。

 

「あなたの弁明は殿下の看病よりも重要なこと?」

「スタンフォード様の容態は安定しております。急に容態が悪化することはないかと」

 

 先程スタンフォードの看病を理由にポンデローザの用事を断ったというのに、今度は目を離しても大丈夫だと言った。

 リオネスの掌返しをポンデローザはあえて肯定した。

 

「ふふっ、そうでしょうね。彼はハルバード様のスペア、第二王子という代替品でしかない。わたくし達に病気が感染するより、彼が一人犠牲になるだけの方がいいですものね」

「発言を謹んでいただけますか。今のは王家に対する侮辱に当たります」

 

 あえてスタンフォードを軽んじるような発言をしたポンデローザを、リオネスは少しだけ表情を険しくして諫める。

 そんなリオネスに対して、ポンデローザは強い口調で告げる。

 

「あなたこそ発言を慎みなさい。誰に向かって口をきいていますの?」

「っ!」

 

 ポンデローザは扇子を開いて殺気を放つ。

 それだけでリオネスは動けなくなってしまった。

 

「王家に仕える使用人だからと自分が偉くなったと勘違いしているのではなくて? わたくしはポンデローザ・ムジーナ・ヴォルですわ。主のために立場を超えてでも尽くすのならば、多少の無礼は見逃しますわ。ですが、主の病を建前に無礼な態度を取るのは見逃せませんわね」

「……大変失礼致しました」

「よろしい。では、ついてきなさい」

 

 ポンデローザはそのままリオネスを連れて外へ出て行く。

 身分を笠に着て権力を振りかざす。

 普段のポンデローザならば絶対にやらないことだ。

 

 しかし、当の本人は強引なやり方だったとしても、これでいいと思っていた。

 こうでも言わなければリオネスは動かない。

 原作通りの流れを作るためならば、心が痛もうがどうでもいい。

 その姿はまさにフィクションの中の悪役令嬢だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話 泡沫の夢

 熱に魘されていたスタンフォードは朦朧とする意識の中、メイドであるリオネスを呼んでいた。

 

「……リオ、ネス……いない、のか……」

 

 しかし、いくら呼んでも傍にいるはずのリオネスは返事をしない。

 転生してから風邪などかかったことのないスタンフォードは、久方ぶりの熱に魘される感覚に苦しめられ続ける。

 

「……くそっ」

 

 意識は朦朧としていて、段々と視界がぼやけていく。

 身体が熱い、息苦しい、何も考えられない、楽になりたい。

 無限にも感じられる時間の中、ついにスタンフォードは意識を失った。

 

「ここは、どこだ……?」

 

 目を覚ますと、そこは薄暗く散らかった部屋だった。

 床には食べ終わった菓子の袋やペットボトルなどが転がっており、液晶モニターは付けっぱなしになっていた。

 画面内では、広大なフィールドの中でプレイヤー不在のキャラクターが今か今かと再始動の時を待っている。

 

「僕の、部屋……だよな?」

 

 その光景には見覚えがあった。

 前世で過ごしていた実家にある才上進の部屋。

 会社を辞めてからはほとんどの時間をこの部屋で過ごしていたのだ。見間違うはずもない。

 

「そっか、風邪引いたんだっけか……」

 

 長年の不摂生のツケが回ってきたのだと、進はため息をつくと再び眠ろうとベッドに戻ろうとした。

 そのとき、部屋のドアが控えめにノックされる。

 

「進、大丈夫?」

 

 部屋に入ってきたのは、進の姉だった。

 

「ねえ、さん?」

 

 昨日も見たはずなのに、姉の顔を見た途端に進は何故か懐かしさを感じていた。

 

「風邪引いたみたいだけど、まだ熱あるでしょ。あの人達は面倒なんて見てくれないから辛かったんじゃない?」

 

 進の姉はコンビニで買ってきたスポーツドリンクやゼリー飲料をテーブルの上に置きながらため息をつく。

 

「ったく、成人してるとはいえ、熱出して寝込んでる息子置いて友達と優雅にランチとか、雀荘に行ったりとか、ホントしょうもない連中よね。出かけるならおかゆの一つでも作ってけっての」

「しょうがないよ。あの人達にとって僕は恥でしかないんだから」

 

 自分は社会に馴染めなかった不良品だ。両親にとっては恥ずべき存在でしかない。

 誇れるものなんて何もない。

 自分は無価値なゴミだ。

 身体が弱っていることもあり、現在の進は思考も沈みがちだった。

 

「そんなことないわよ。前にも言ったでしょ、進はまだやりたいことが見つかってないだけだって」

「……気休めはやめてくれよ」

 

 進の姉はいつだって優しい。

 優しいからこそ、進はその言葉に甘えてしまっていた。

 

「ニートの弟なんて恥ずかしくて当然だ。養ってもらってる身で偉そうなこと言えないよ。やりたいことなんて見つかる気もしない。今の僕はただ逃げてるだけだ」

「別に逃げたって――」

「よくないよ。逃げ続けてるだけじゃダメなんだ」

 

 不思議な気持ちだった。

 何かを成し遂げたわけでもないのに、自然とそんな言葉が出てきたのだ。

 

「僕はもう逃げたくないんだ。立ち向かいたい」

「そっか」

 

 そんな進の言葉を聞いた進の姉は、自分の言葉を否定されたというのに嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「あっ、BESTIA BRAVEもうこんなに進めたんだ」

「えっ、BESTIA BRAVE?」

「うん、前に貸したハート終わったからブレイブの移植版自分で買ってたじゃない」

 

 進の姉がつけっぱなしになっている画面を指さす。

 そこには、スタンフォードが操作キャラになっており、パーティには主人公であるブレイブ、ポンデローザ、コメリナがいた。

 

「スタン先生にポンちゃんパーティで使えるようにするの難易度高いのにすごいね。高難度クエスト必須のコメリナの育成までしっかりしてるし、ガチガチのパーティじゃない」

 

 進のプレイ画面を見た進の姉は感心したように頷いていた。

 

「ホント、進ってゲームセンスあるよね。普通、攻略情報もなしにこんなガチパにならないでしょ」

 

 呆れつつも進の姉はどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「無我夢中だっただけだよ。ゲームを進めていくときに必要だと思ったから頑張ったってだけで、難易度が高いなんて思ってないって」

「自然にそういうことができるのをセンスあるって言うのよ。本当にすごいことだから、もっと誇りなさい」

 

 進は不思議な気持ちになっていた。

 ただゲームを効率よくプレイしていただけのはずだ。

 それなのに、姉の誉め言葉には違う意味が含まれている気がしたのだ。

 

「レベリングもすごいしてるし、学園祭イベントも楽勝ね」

「学園祭イベント?」

「忘れたの? ハートの方にもあったでしょ。スタン先生の負けイベント」

 

 進の姉のいう通り、BESTIA HEARTはクリア済みのはずだ。

 だというのに、一向に記憶からはプレイしたときの記憶が蘇ってこなかった。

 

「負けイベント?」

「うん、だって主人公が勝たなきゃストーリー進まないんだから、視点を逆にしたら負けイベントになるでしょ」

 

 進の姉はさも当然のように告げる。進も姉の言葉は当たり前のことのように思えた。

 それでも、どこかでスタンフォードが絶対に負けることに納得できない自分がいた。

 

「……スタンフォードが主人公に勝つ方法ってないのかな」

「ハートの方はそもそもシナリオゲーだし、ブレイブの方にもスタン先生が勝てる設定はされてないみたいだよ。バグ技でキャラクター切り替えたままイベント戦行く方法は出てたけど」

 

 進の言葉に悩まし気に答えると、進の姉は思い出したかのように告げる。

 

「てか、熱下がるまではゲームはほどほどにしなよ。それとお粥作っておいたから後で食べておきなさい」

 

 それだけ告げると、進の姉は部屋を出ようとする。

 それを進は慌てて呼び止める。どうしても言わなければいけないことがあったからだ。

 

「姉さん!」

「何?」

 

 

「ありがとう」

 

 

 どうしても伝えたかった言葉。それを伝えるのと同時に薄暗かった部屋が眩い光に包まれ始める。

 進の言葉に笑顔を浮かべた進の姉は、光に包まれながらも進へ告げる。

 

「進、あんたならきっと大丈夫。だって今のあんたには心強い仲間が付いてるもの」

 

 視界の全てが光で溢れ何も見えなくなる。

 再び目を覚ますと、そこは日本の実家ではなくルドエ領で寝泊まりしている部屋だった。

 不思議と体が軽い。

 先ほどまで高熱に魘されていたはずだったというのに、どういうことなのか。

 唐突に体調が回復したことで、怪訝な表情を浮かべていると部屋に誰かいるのを感じた。

 

「姉、さん?」

「ん、スタンフォード君。起きたんだ」

「あ、ああ、ラクーナ先輩か……いや、何で先輩がここに?」

 

 一瞬、前世の姉がいるように見えたが、目を擦ってよくよく見てみればそこにいたのはマーガレットだった。

 

「何かリオネスさんに面会謝絶って言われちゃったから、ポンちゃんが引き付けてる間に看病しに来たんだ」

「あいつは何やってるんだ……」

 

 スタンフォードはランダムイベントが発生する可能性については、ポンデローザから聞かされていた。

 休暇中のみ発生する看病イベントについても、存在こそ知っていたがまさかルドエ領にいる間に発生するとは思っていなかったのだ。

 ポンデローザがわざわざリオネスを引き剝がしてまでマーガレットを向かわせたのは、イベント絡みだからだろう。

 現にあんな高熱が一瞬で治ることなど、原作の修正力絡みでなければあり得ない。

 

「でも、治癒魔法が効いたみたいで良かったよ」

「治癒魔法って風邪の類には効かないはずじゃないんですか?」

「私もそう思ったんだけど、ポンちゃんが大丈夫だって言うから試してみたの」

 

 マーガレットは心底不思議そうに首を傾げていた。

 その様子を見て、またポンデローザが特に説明もせずに一人で動いているのだとスタンフォードは呆れたようにため息をついた。

 

「とにかく、ラクーナ先輩のおかげですっかり元気になりました。ありがとうございます」

「熱が下がっただけだから、まだ無茶はダメだよ。忘れてるかもしれないけど昨日は死にかけたんだから」

「あはは……そうでした」

「それじゃ、私はそろそろ行くね」

 

 ルーファスの一撃を受けて致命傷を負ったときも治癒魔法で助けられたのだ。

 その後、高熱を出したのだから安静にした方が良いに決まっていた。

 

「あっ、一応お粥作っておいたから後で食べてね」

 

 部屋から出るとき、最後にそれだけ告げるとマーガレットは去っていった。

 

「ん、何か忘れているような……?」

 

 マーガレットの言葉で何かが引っかかった気がしたスタンフォードだったが、何が引っかかっているのかはついぞ思い出すことはできなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話 原作を補完する存在

 ポンデローザに連れられて外へ出たリオネスはただの一言も発することなく彼女の後ろを付いてきていた。

 リオネスからしてみれば、ポンデローザから言いがかりで王族暗殺の疑いをかけられているようなものだ。

 重苦しい空気の中、ポンデローザが唐突に立ち止まる。

 

「ここなら大丈夫そうですわね」

「……ここは?」

「調査の結果わかったのですの。ここは千年樹の根が集中している場所ですわ」

 

 ポンデローザもただバカンス気分でこの長期休暇を過ごしていたわけではない。

 ルドエ領がこの世界において重要な場所だとわかってからは、頭を切り換えて情報収集に専念していたのだ。

 

「竜人は全てミドガルズオルムの因子を受け継いでいる。異形種もそれと同じ。だから、この場所で竜の因子を持つ者は力を制限される」

「ですから、それと私に何の関係があるというのですか?」

 

 ポンデローザの意図が分からず、リオネスは問いかける。

 それに対してポンデローザは答えずに続けた。

 

「あなたは竜という生き物についてどう思いますの」

「私は一介のメイドにすぎません。王家の敵だという認識以外に特に知識はありません」

「はぁ……そうですか」

 

 淡々とした返答にため息をつくと、ポンデローザは懐から自身の武器でもある扇子を取り出した。

 

「わたくし、まどろっこしいのは嫌いですの」

「っ、ポンデローザ様!?」

 

 ポンデローザは扇子を構えて冷気を放出し、氷の手錠で彼女の両手を拘束した。

 一切手加減するつもりのない全開の魔力放出。

 冷静なリオネスですら、魔力を抑える気のないポンデローザには普段の無表情を崩した。

 

「単刀直入に言いますわ。あなたこちらに鞍替えする気はなくて?」

「仰る意味が、わかりません」

 

 あくまでも知らぬ存ぜぬを貫き通すリオネスに対して、ポンデローザは冷酷な表情を浮かべたまま最終通告をする。

 

「ならあなたには物言わぬ氷像となっていただきますわ」

「こんなことが許されるとでもお思いですか! 私は――」

「ミドガルズオルムの配下、ですわよね?」

 

 ポンデローザは氷で刃を作り出し、拘束したままのリオネスのメイド服を切り裂く。

 

「随分と人間に擬態するのがうまいみたいですが、竜の本能には抗えないみたいですわね」

「くっ……!」

 

 リオネスの服の下には竜鱗が浮かび上がっていた。

 それは紛れもなく彼女が竜の因子を持つ者である証拠だった。

 

「竜は氷に弱い。子供でも知っていることですわ」

 

 竜は太古より寒さに弱い。

 爬虫類が寒さに弱いように、竜もまた本能的に氷結系の魔法を苦手としていた。

 ポンデローザの氷魔法によって、肉体を守るため擬態で消していた竜鱗が浮かび上がっていたのだ。

 

「……なるほど、その様子だと私のことを前から疑っていたのですか」

 

 観念したようにリオネスは呟く。

 それは彼女がミドガルズオルムの手の者だと認めたということだった。

 

「単なる消去法ですわ。学園で起こった異形種事件、内部に裏切り者がいないとあり得ない。あとは情報を整理していけば自ずと答えは出る」

 

 原作には、ボスモンスターである竜以外にミドガルズオルムが放った刺客は出てこない。

 しかし、彼の手の者がいなければ成り立たない事件もまた多く存在する。

 部外者が入り込みにくい学園内に発生した異形種、休暇中のみ発生する看病イベント、治癒魔法で回復できたスタンフォードの高熱、それらは原作における歪みを補完する存在がいれば説明がつく。

 

「あなたの仕業でしたのね、リオネス」

「…………」

 

 リオネスは何も答えない。

 いつものように無表情でポンデローザを真っ直ぐに見据えたままだ。

 

「どういう経緯でミドガルズオルムの言うことを聞いているのか、どうやって王家に潜り込んだのか。そんなものに興味はありませんの。あなたはスタンフォード殿下に苦難を与えるための存在だということはわかっていますの」

 

 ポンデローザはリオネスに対して怒りを覚えていた。

 スタンフォードが何故事あるごとに過酷な目に合うのか。

 それは裏でリオネスが動いていたからに他ならない。

 原作の修正力の一部とも呼べる存在。

 今までさんざん原作に踊らされてきたポンデローザからすれば、リオネスの存在は許しがたいものだったのだ。

 

「では、どうされるおつもりで?」

「簡単な話ですわ。リオネス、あなたはこちらに寝返るか、ここで死ぬか選んでいただきます」

 

 ポンデローザはリオネスを消せば、スタンフォードに対する苦難は減らせると考えていた。

 また味方につけることができれば、原作の修正力を手玉に取ることができる。

 今のポンデローザからは、誰かを殺すことになっても止まる気はないという覚悟が滲み出ていた。

 

「もし寝返るというのなら、あなたはこれまで通りミドガルズオルムの命令通り動いてもらって構わないわ。ただし、敵側の情報をこらちにも渡してもらうわ」

「二重スパイということですか」

「ええ、そうなるわね」

 

 氷の手錠で拘束されたリオネスは、ため息をつくと静かに答える。

 

「……なるほど、私に選択肢はないということですか」

「それはこちらの味方になるということでいいのかしら?」

「ええ、ポンデローザ様の仰る通り、この地では何故か竜の力が行使できません。よしんばこの地を離れられても竜に対抗できる戦力が集中していますから、詰みというやつですね」

 

 ポンデローザがこのような強引なやり方をしたのも、千年樹の根が張る土地ではリオネスが力を封じられていると判断したからだ。

 ここで取り押さえてしまえば、竜の因子を持つリオネスは抵抗することができない。

 あとは生徒会メンバーで監視しながら学園に戻れば、それで済む話だ。

 ルーファスとブレイブさえいれば、リオネスがどんなに強い竜人だろうと下手に動くことはできない。

 竜殺しとも言えるメンバーが揃っている以上、リオネスに抵抗することは不可能だといえるだろう。

 

「それでは、いったん戻ってあなたの処遇を皆さんと話し合います。言葉だけではまだ信用できませんものね」

「承知致しました」

 

 ポンデローザは氷の手錠を解くと、リオネスを解放する。

 そして、改めてリオネスに戦意がないことを確認すると、そのまま背を向けて歩き出した。

 

 

 それがいけなかった。

 

 

「ご、ふっ……!」

 

 ポンデローザは背中から腹部を貫かれていた。

 口から血を零しながらも視線を下に向けてみれば、そこには自分の鮮血で染まった竜の腕があった。

 

「ハッ、どうやらお頭が足りてない部分は変わってないみたいだねぇ」

 

 背後から聞こえてきた楽し気な言葉に、ポンデローザは恐怖を覚えた。

 恐る恐る振り向けば、そこには今まで見たことがない笑みを浮かべたリオネスが立っていた。

 

「確かにこのクソったれな地でアタイの力は制限される。でもよ、それはルドエ領に住まう者が対象なんだよ。だからあのクソ王子にもアタイの毒は効いたのさ」

「リオ、ネス……あな、た!」

「ケッ、油断したなポンコツ令嬢。サシでやり合えば勝ち目はなかったが、油断してるバカの背中ほど狙いやすいものはない」

 

 今までの無表情が嘘のようにリオネスは口元を吊り上げると、地面へと崩れ落ちるポンデローザを嘲笑う。

 

「じゃあな!」

 

 リオネスは歪んだ笑みを浮かべ、容赦なく毒液滴る竜の腕をポンデローザへと振るった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話 猛毒の竜と堅牢な盾

 万事休すかと思われたその瞬間――

 

「〝硬化(ハドゥン)!!!〟」

 

 鈍い音が響き渡り、振るわれた竜の腕による一撃は受け止められた。

 

「良かった。間に合いました!」

「ステ、イシー……?」

 

 血を吐きながらも見上げてみれば、霞む視界には腕を硬化させているステイシーの姿があった。

 

「チッ、目隠れ嬢ちゃんか」

 

 あと一歩でポンデローザを仕留められたところで邪魔が入り、リオネスは舌打ちをする。

 

「どう、して……ここが?」

「ぼんじりさんが異変を知らせてくれたんです」

「クルッポー!」

「ぼんじりさんは危ないので下がっていてください」

 

 ぼんじりはステイシーの言葉に頷くと、心配そうにポンデローザの元に降り立った。

 普段は不遜な態度のぼんじりだったが、何だかんだでポンデローザのことは主人として心配していたのだ。

 

「近くにいたのは私だけでしたから救援としては心もとないかもしれませんが、全力で守らせていただきます!」

「ハッ、やれるもんならやってみな!」

 

 リオネスの顔は竜鱗で覆われ、瞳孔も爬虫類のように縦長のものへと変化していた。

 常に冷静で忠義に厚いメイドの姿はもうそこには存在していなかった。

 そこにいたのは王国に仇なす一人の竜人だった。

 

「雑魚が増えたところでアタイは止まらないよ。ここであんたらは消す。後は異形種騒ぎをでっち上げて、ただの使用人のリオネスに戻らなきゃならないんでね」

「私はルドエ家の血を受け継ぐ人間です。竜種であるあなたは手出しができないはずです」

「ったく、面倒臭いねぇ……まあ、目的はほぼほぼ達成してるからいいんだけど」

 

 リオネスは吐き捨てるようにそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ごっ、ふ……」

 

 ステイシーが怪訝な表情を浮かべていると、背後で再びポンデローザが吐血する。

 

「ポンデローザ様!?」

「咄嗟に傷口を凍らせて止血したのはさすがだけど、アタイの毒は徐々に体を蝕む。で、目隠れ嬢ちゃんはポンコツ令嬢が死ぬまでにアタイを倒せるのかい?」

 

 楽しくて仕方がないといった様子で、リオネスは両手を広げて無防備な体勢を取る。

 

「何だったら打ってくればいい。ほら、今ならノーガードさ」

「だったら遠慮なくいきます! 〝剛拳硬化(ナックルハドゥン)!!!〟」

 

 ステイシーは拳を集中的に硬化してリオネスの無防備な顔面を殴りつける。

 毎日のように行っていた鍛錬により、ステイシーの硬化魔法は各段に精度が上がっている。

 鋼鉄のように硬化した拳を正面から受ければ、常人ならばひとたまりもないだろう。

 

「へぇ、割と痛いもんだね」

 

 だが、目の前にいるのは硬き竜鱗で全身が覆われた竜人だ。

 リオネスはステイシーを嘲笑うように、無防備な状態を維持する。

 

「全然、効いてない……!?」

「そりゃそうさ。この土地のせいでアタイから攻撃できないだけで、目隠れ嬢ちゃんの攻撃が強くなったわけじゃない」

「くっ……まだまだァ!」

 

 ステイシーは自分の力不足を痛感しつつも、必死にリオネスを殴り続けた。

 

「ダメ、ステイシー……それじゃリオネスの思う壺よ……」

 

 息も絶え絶えのポンデローザは、ステイシーを止めようとするが掠れた声はステイシーの耳に届くことはない。

 

 ポンデローザには、リオネスの狙いがわかっていたのだ。

 千年樹の守りによって、リオネスは自分からステイシーに手を出すことはできない。

 そんな状況でも、ステイシーを倒すため方法はあった。

 

「そら、どうだい? アタイを殴りつけて飛び散った毒が効いてきたんじゃないかい」

「はぁ……はぁ……」

 

 ステイシーの体中から煙が立ち上る。

 それはリオネスの竜鱗から飛散した毒液が原因だった。

 

「冥土の土産に教えてやるよ。アタイの本当の名はヒュドラ。数多の毒竜の頂点に立つ存在さね!」

「……スタンフォード君の高熱はあなたの仕業だったんですね」

「ああ、そうさ。あの物臭剣士がバカやってくれたから自然な流れだったはずなんだけどねぇ」

 

 リオネスは忌々し気にステイシーの背後に倒れ伏すポンデローザを睨みつける。

 

「昔からアタイの潜入任務の邪魔だったんだよ。未来でも見えてるんじゃないかって思ったことも一度や二度じゃない」

「じゃあ、あなたが……!」

 

 リオネスは長年に渡って王家を欺き、ミドガルズオルムの命令通りに動いていた。

 その過程で、自分の運命を変えようとあがくポンデローザの行動が邪魔になることも少なくなかった。

 

「あんた自身お頭が足りてないのもあったけど、裏で手は回させてもらったよ。ま、そんなことしなくても、奇行ばかりのポンコツ令嬢の言葉なんて誰も聞きやしなかっただろうけどね!」

「くっ……」

 

 リオネスの言葉に言い返せず、ポンデローザは歯噛みする。

 そんなポンデローザの様子を見て、満足げな笑みを浮かべるとリオネスはようやく構えを取った。

 

「さて、そろそろ終わらせるかね」

 

 リオネスは千年樹の影響下では、ステイシーに対して攻撃しようとしても身体が金縛りにあったように動かなくなる。

 そのため、彼女は標的をポンデローザへと絞った。

 

「溶けて消えな!」

 

 リオネスは口から大量の毒液を吐き出し、ポンデローザの上空へと放った。

 

「ポンデローザ様! ぼんじりさん!」

「来ちゃダメ……!」

「クルルッ!」

 

 それはリオネスが意識的に攻撃することができないステイシーを倒すための策だった。

 瀕死のポンデローザを攻撃すれば、ステイシーは絶対に彼女を守るために身を挺して庇うだろう。

 あとは毒液を全身に浴びたステイシーが勝手に死んでいくという算段だった。

 

 しかし、毒液が落ちて辺りを包んでいた煙が晴れると、そこには砂鉄で覆われた球体があった。

 

「〝鉄砂球(くろがねさきゅう)〟……私だって成長しているんです」

「これって、スタンの技じゃ……」

「ええ、土属性の魔導士の私でも使えるように魔法運用を工夫したんです」

 

 ステイシーはルドエ領に帰郷してからというもの、自分の魔法の伸ばし方について属性が近いルーファスや、精密な魔法運用が得意なスタンフォードからアドバイスをもらっていた。

 

 そして、先日見つけた先祖であるリーシャ・ルドエの工房で見つけた魔導書に記されていた砂魔法の魔法運用を見て新たな魔法を思いついたのだ。

 先祖であるリーシャが得意としていた砂魔法。それは土属性の魔法を効率よく運用するためのものだった。

 砂は粒子が細かく魔力が染みわたりやすい。砂鉄も同様である。

 先祖と友人の魔法から着想を得たステイシーは、少ない魔力消費で今まで以上の規模の防御魔法を使うことに成功したのだ。

 

「限界まで硬化すれば毒液だって遮断できるんですよ。もちろん、私の肉体もです」

 

 ステイシーはそう言うと、ほとんど溶けて布切れになってしまった服を振り払う。

 服の下から出てきた彼女の引き締まった肉体には、毒液で溶かされた跡は一点もなかった。

 

「バカな!? アタイの毒液が効かないなんて!」

「あまり硬化魔法を舐めないでください!」

 

 ステイシーは再びリオネスへ向かって突進していく。

 

「だが、目隠れ嬢ちゃんの攻撃力じゃ、アタイの防御は破れない!」

「全魔力解放……〝造形砂鉄(ぞうけいさてつ)!!!〟」

「んなっ!?」

 

 ステイシーは制御下に置いた大量の砂鉄を、自身の右腕に纏わせてドリルを形成した。

 

「ありゃ、まず――っ!?」

 

 硬化魔法が掛かり回転しながら襲い掛かるドリルには身の危険を感じたのか、リオネスは慌ててよけようとしたが、足が動かなくなっていた。

 足元を見てみれば、足首から下が完全に凍り付いている。誰の仕業かは一目瞭然だった。

 

「舐めんじゃ、ないわよ……!」

「こぉんの、ポンコツ令嬢がァァァ!」

 

 最後の力を振り絞ったポンデローザに文字通り足止めされたリオネスは、余裕をなくして叫び散らした。

 

「あなたの竜鱗もこれなら貫けます……〝鉄螺旋(くろがねらせん)!!!〟」

「がっ、あァァァァァ!?」

 

 高速で回転するドリルはリオネス自慢の竜鱗をいとも容易く貫いた。

 リオネスを撃破したステイシーはポンデローザの元へと駆け寄ると、急いで彼女を抱え上げた。

 

「ステイシー、あなた強くなったわね……」

「皆さんのおかげです。それより、急いでラクーナ様の元へと連れていきますね」

 

 倒れ伏すリオネスには目もくれず、ポンデローザを抱えたステイシーは急いでマーガレットの元へと向かうのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74話 長い年月を経ての裏切り

 服を溶かされた半裸のステイシーがポンデローザを抱えて戻ってきたことで生徒会一同は騒然となっていた。

 ルーファスはすぐに戦闘があった場所へリオネスを捕縛しに向かい、マーガレットはポンデローザに治癒魔法をかけ、メイドのビアンカはステイシーに着替えを持ってきた。

 ルーファスが瀕死の状態で逃げようとしているリオネスを捕縛して帰ってきたことで、事態はやっと落ち着いた。

 

「それで、今後どうするかだ」

 

 鎖と氷で厳重に拘束されたリオネスの前に生徒会一同は集まり、全員を代表してルーファスが口を開いた。

 

「この竜人は王都に連れ帰って幽閉するのは良いとして、問題は情報だ。こいつはミドガルズオルムの手下だろ。だったら、さっさとあることないこと吐かせた方がいい」

「ないことは吐かせちゃダメだと思いますけど……」

 

 ルーファスの言葉にステイシーが呆れたようにツッコミを入れる。

 ルーファスはリオネスに詰め寄ると、普段のおちゃらけた雰囲気を感じさせない気迫でリオネスを問いただした。

 

「てめぇらのやろうとしてることは割れてるんだ。とっとと吐け」

「ハッ、そんなに情報が知りたきゃ拷問でもしてみればいいさね。下等生物如きの拷問なんざたかが知れてると思うけどね」

 

 人間ならば致命傷だった傷を負っても、リオネスは余裕の笑みを浮かべていた。

 

「リオネス……」

 

 そんな彼女をどこか複雑そうな表情でスタンフォードは見ていた。

 

「おっ、どうしたクソ王子。いっちょ前に傷ついてんのか?」

「いや、確かにショックだけど、君がそんな風に感情むき出しで話してるところを見るのが新鮮だったから驚いちゃってね」

「……は?」

 

 出来るだけ場を和ませようと苦笑しながら告げた言葉に、リオネスは呆気にとられたように間抜けな声を零した。

 

「くだんねぇな」

 

 毒気を抜かれたように呟くリオネスへ、今度はポンデローザが詰め寄る。

 

「リオネス、あなたの目的はスタンフォード殿下暗殺ではありませんの?」

「さあな」

「殿下達が幼い頃から王家に仕えていたのは、ミドガルズオルムの復活の際に守護者の血を引く人間の戦力を削るため。違いますの?」

 

 ポンデローザの問いに対して、リオネスは考え込むように俯いた。

 

「かー、ぺっ!」

 

 黙り込んだと思ったら、リオネスはポンデローザの目に向かって唾を飛ばした。

 当然、彼女の唾には毒が含まれている。

 

「ぎゃぁぁぁ! 目が! 目がぁぁぁ!」

「ポンちゃん!? 〝治癒(ヒール)!!!〟」

 

 目を押さえて床を転げ回るポンデローザに、慌ててマーガレットが治癒魔法をかける。

 毒で焼かれた視力が戻ったポンデローザは涙目になってリオネスを睨みつける。

 

「やってくれましたわね……!」

「ひゃはは! 唾飛ばされたくなきゃ猿轡でも嵌めておくんだったな!」

「ったく、埒があかねぇな」

 

 子供のようなやり取りをしているポンデローザとリオネスを見て、ルーファスは呆れたように肩を竦めた。

 罪人の尋問中とは思えない空気の中、スタンフォードは静かにリオネスへと問いかける。

 

「リオネス、一つ聞かせてくれ」

「あぁん?」

「君から見た僕はどういう人間だった」

 

 予想外の質問をされたリオネスは驚いたように目を見開いた後、素直にスタンフォードへの印象を語り出した。

 

「そうさねぇ……ガキの頃から無駄に頭は良かったし、天才だとは思ってたよ。だけど、生まれつき性格が捻れ曲がってたから堕とすのは簡単だったってとこかね」

「堕とす?」

「ああ、そうさ。あんたみたいな自分以外をゴミと思ってるようなクズは良い駒になるからねぇ」

 

 歪んだ笑みを浮かべるリオネスの言葉に、スタンフォードはある可能性に思い至る。

 

「じゃあ、昔から僕が何かするたびに褒めていたのは……」

「ひゃっはっは! 本心な訳ないじゃないか! 煽てりゃ簡単に調子に乗ってくれるんだ。どんどん増長していくあんたを見てるのは笑いが止まらなかったよ!」

 

 高笑いするリオネスを見ていると、スタンフォードは胸が痛むのを感じた。

 自分はリオネスに良いように踊らされていたのだ。

 それを理解したスタンフォードは何も言えずに俯いてしまう。

 

「とんだ外道ですわね」

「おいおい、人聞きが悪いねぇ! アタイは仕事熱心だっただけさね」

 

 吐き捨てるようなポンデローザの言葉に、リオネスは笑いながら天を仰いだ。

 

「しっかし、アタイも焼きが回ったみたいだね。目隠れ嬢ちゃんみたいな半端者に倒されるなんてさ」

 

 その瞳には諦めが浮かんでいた。

 彼女はミドガルズオルムの命令で王家に使用人として潜入していた。

 その任務が失敗した以上、ミドガルズオルムの元に戻ることもできないだろう。

 

「もし、仮に君を釈放すると言ったらどうする」

 

 スタンフォードの言葉に、その場にいた全員がざわつく。

 寛大を通り越して甘すぎるとも言えるスタンフォードの言葉に、リオネスは煽るように告げる。

 

「おっ、情でも沸いたか? 随分とお優しくなられたようで」

「違う、仮の話だ。釈放するつもりはない。僕は君が何を考えているか知りたいだけなんだ」

 

 真剣なスタンフォードを小バカにするように笑うと、リオネスは答える。

 

「アタイが何を考えてる、か。そうさね、もし釈放されたら学園に戻って大暴れしてやるさ。堅物王子には負けるだろうが、学園を半壊させるくらいはできるだろうね」

「僕達に協力するつもりは?」

「これっぽっちもないね」

 

 はっきりとリオネスは拒絶の意思を示した。

 彼女は何があっても仲間になることはない。

 それを理解したスタンフォードは苦しげにルーファスへと告げる。

 

「……わかった。ルーファス様、リオネスはルドエ領の牢に閉じ込めておくのが良いと思います。ここなら彼女も本来の力を発揮できないでしょうし、王都に連れ帰るのはリスクが高いと思います」

「それもそうだな。牢屋は俺様の魔法で強化しておく」

 

 こうしてリオネスはルドエ領に幽閉することが決定した。

 それに対して、ステイシーが慌てたように口を挟んだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! ルドエ領にリオネスさんを幽閉するんですか!?」

「千年樹の力もあるし、その方がいいだろ」

「ああ、お父さん。負担を増やしてごめんなさい……」

 

 とんでもない爆弾を抱えることになったステイシーは、胃薬が必須になるであろう父親の姿を思い描き、ガックリと項垂れた。

 

「ああ、そうだ。クソ聖剣」

「俺?」

 

 ルーファスに連れられて連行される直前。

 リオネスは完全に蚊帳の外にいたブレイブに向かって告げる。

 

「お前がさっさと覚醒しないと、たくさんの人間が死ぬことになるよ。ご主人様も待ってるんだ、とっとと覚醒することだね」

 

 それだけ言い残すと、リオネスはルーファスに連行されていった。

 残されたブレイブはリオネスの言葉の意味がわからずにため息をついた。

 

「覚醒って、何なんだ……」

「今よりもっと光魔法を使いこなせるようになれってことだろ」

 

 思い悩むブレイブにそう言葉をかけると、スタンフォードは悲しげにリオネスの背中を見つめるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75話 調査結果報告会

 長かったルドエ領での調査も終わり、後期の授業が始まる前にスタンフォード達は学園へと戻ってきていた。

 アカズキー遺跡の調査を行っていたセタリアや、ドンブラ湖の調査を行っていたコメリナも特に怪我もなく学園に帰還した。

 学園に戻り、寮で一晩休んだ後に一同は生徒会室に招集された。

 

「まず、みんなご苦労だった」

 

 生徒会メンバーが全員揃った生徒会室で、ハルバードが調査に向かっていた者達に労いの言葉をかける。

 

「君達の尽力のおかげで異形種について重要な情報が集まった」

 

 ハルバードは各地の調査資料に目を通しながら告げる。

 それからハルバードは手始めに、セタリア達が調査に向かったアカズキー遺跡について話し始めた。

 

「まず、アカズキー遺跡の方だが、今まで多くの調査隊が通ることができなかった開かずの間を攻略し、この国に伝わる神器を持ち帰った。これはミドガルズと戦う上で大きな成果だ」

 

 ハルバードの言う神器とはこの国に伝わる神聖な力を持つ武具のことである。

 古の時代より封印されていたそれを異形種調査のついでで手に入れられたというのならば、それは大きな成果である。

 しかし、何故かセルドとセタリアは疲れ切った表情を浮かべていた。

 

「だが、創世紀から存在すると言われているアカズキー遺跡を跡形もなく破壊したのは問題だな。ミドガルズの件もある以上、老朽化と異形種が想定外に暴れたことにして誤魔化しておいたが……」

 

「「面目ない……」」

 

 こめかみに手を当ててため息をつくハルバードにセルドもセタリアもバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「も、申し訳ございませんでしたァァァァァ!」

 

 そんな中、歴史ある遺跡を破壊した犯人、アロエラは泣きながらハルバードに向かって深々と頭を下げた。

 創世紀から存在するアカズキー遺跡の内部には複雑な魔法がかかっており、建物は劣化せず、遺跡内には罠や絡繰り仕掛けなどが多く存在している。

 異形種が出現する中、アロエラは破壊魔法の暴発を繰り返し、最奥にある最難関の謎解きを無視して扉を破壊した。

 そして、アロエラの破壊魔法に耐え切れなくなり崩れ落ちる遺跡を、セルドとセタリアと共に脱出したのだった。

 

「セルド、彼女は君と同じ血筋の子のはずだ。どうにかできなかったのか?」

「情けない話ですが、アロエラの〝破壊魔法〟のバカげた威力は先祖返りによる血の濃さが原因でして……」

「意図せず暴発するというわけか……まあ、終わったことは仕方がない。今は過去の遺物よりも目の前の敵の方が問題だ。アロエラ・ボーア、今回の件は不問とする。次は同じことを繰り返さないように鍛練に励め」

「ぎょ、御意!」

 

 大きな成果と同時に大きなやらかしを起こしたアロエラは縮こまりながら後ろへと下がった。

 

「さて、ドンブラ湖の調査結果だが、こちらも大きな成果を上げているな」

 

 続いてハルバードはコメリナ達が向かったドンブラ湖の報告書に目を移した。

 

「ドンブラ湖には幻竜である水竜ペスカウルスが住み着き、周囲の水棲の魔物も異形種化していたそうだが、ペスカウルスを撃破した上に異形種も完全に駆逐。このまま放置されていたのならば、ドンブラ湖周辺は異形種で溢れかえっていたことだろう」

「幻竜を討伐!? それに異形種を完全に駆逐!? ドンブラ湖ってかなり広かったんじゃ……」

「みんな、頑張った……!」

 

 スタンフォードが驚いたようにコメリナの方を見ると、コメリナは得意気な表情を浮かべて胸を張っていた。

 さすがに討伐時に無傷とはいかなかったが、死傷者もなく幻竜を討伐したとなれば充分過ぎる戦果である。

 

 問題にするほどの出来事は起きない。

 ポンデローザの考察とは違う結果に、スタンフォードはポンデローザへと視線を送る。

 

「ドンブラ湖に水竜……あー……」

 

 ポンデローザはスタンフォードの視線に気づかずに一人でブツブツ呟くばかりだった。

 その様子を見て、スタンフォードはまた何か忘れてやらかしたな、とため息をつく。

 

「最後にルドエ領だが……ステイシー・ルドエ。君はかつてない戦果を挙げてくれたな」

「へ?」

 

 まさか自分の名前が真っ先に出るとは思わなかったステイシーは間抜けな声を零した。

 

「ルドエ領に隠された歴史の真実、王家を欺いていた竜人の撃破、捕縛、どれをとってもこれ以上ない成果だ。リオネスの裏切りは非常に業腹だが、これでミドガルズが敵だと確定したことは大きいだろう」

「る、ルドエ領の秘密に関しては私の成果とは言い難いと思うのですが!」

「君はルドエ家の血を引く人間だろう。もちろん、ルドエ領を守り続けてくれた君の父上を含めたご先祖様には俺も頭が上がらない。初代国王ニールと王妃ムジーナに代わって礼を言わせてくれ、ありがとう」

「あぅ……恐れ多いです」

 

 真剣な表情を浮かべて礼を述べるハルバードにステイシーは涙目になっていた。

 彼女は元々位の低い貴族だ。それがこの国の第一王子であり、生徒会長でもあるハルバードに頭を下げられるということは恐れ多いことだった。これがスタンフォードだったのならば、友人関係ということもあり素直に受け取れたのだが。

 

「竜人、倒した」

 

 幻竜を倒したことで得意気な表情を浮かべていたコメリナだったが、ライバル視しているステイシーが幻竜よりも格上である竜人を倒したという事実に目を見開いていた。

 

「あ、あのコメリナ様?」

 

 黙ったまま物凄い目つきで自分を睨んでくるコメリナに、ステイシーは引き攣った笑みを浮かべる。

 

「負けない……!」

「ああ、また溝が深まった気がします……」

 

 出来ればゆっくりと仲良くなっていきたいと思っていたところを完全にライバル視されたことで、ステイシーはガックリと項垂れた。

 

「ちなみに、ステっちはスタ坊の砂鉄の魔法とポンデローザの造形魔法を合わせた新技使ってリオネス倒してたぜ。いやぁ、俺様も厳しく稽古をつけた甲斐があったわ」

「絶対、負けない!」

 

 

「ルーファス様ァァァ!」

 

 

 ルーファスが揶揄うようにステイシーを褒め称え、さらにコメリナがライバル心を燃やす。

 そんな騒がしいやり取りは、一人で考え事をしていたポンデローザが正気に戻って注意するまで続くのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76話 滅竜祭に向けて

 ポンデローザが騒いでいる者達を注意したことで、生徒会室には再び静寂が訪れる。

 一同が静かになったことを確認すると、ハルバードは口を開く。

 

「さて、異形種のことについては以上だが、これから君達にはもう一働きしてもらう必要がある」

 

 異形種調査という王国の行く末にも関わる調査を終えたこともあり、その場にいた全員に緊張が走る。

 

「滅竜祭の開催が迫っている。各クラスから実行員を募って運営を行うといっても、生徒会役員の君達にも積極的に動いてもらう必要がある」

「何だ、学園祭かぁ」

 

 再びミドガルズ絡みの案件だと身構えていたブレイブは、ハルバードの言葉に安堵したように胸を撫で下ろした。

 

「学園祭といっても、滅竜祭は我が校にとっては重要なイベントだ。何せ滅竜祭には多くの国の重鎮達が参加する。そして、来年の新入生もだ。些細なトラブルでも起こっては大問題だ」

 

 気が緩んだブレイブに対して、ハルバードは釘を刺すように告げる。

 

「それに今年の滅竜魔闘は荒れるだろうからな」

「滅竜魔闘?」

「ああ、学園で魔法を学んだ者達がしのぎを削り、己の優秀さを示す場だ」

 

 滅竜魔闘とは、滅竜祭で行われる一大イベントだ。

 参加者の魔導士は一対一の戦いを勝ち上がり、己の魔導士としての実力を示す。

 元々貴族には、闘技場で剣闘士の戦いを眺めるという娯楽があり、これはその風習を擬えて出来たイベントだった。

 

「今年の一年生は君達を含め、魔導士として優秀な者が多い。外部から治癒魔導士を毎年募っているが、今年は去年とは比べものにならないほどに重傷者が出る危険性がある」

 

 この滅竜魔闘では毎年怪我人が続出している。

 それでも中止にならないのは、王立魔法学園の滅竜魔闘を楽しみにしている有力貴族がいることと、治癒魔導士を完備しているからだ。

 それだけこのイベントは多くの人間にとって人気のイベントとなっていた。

 

「マーガレット、コメリナ、君達には治癒魔導士としての活躍を期待している」

「わかりました。怪我はしないのが一番ですけど、頑張りますね!」

「戦えない、残念……」

 

 マーガレットは待っていましたとばかりに張り切り、コメリナは治癒班に配属されるために出場できないことを残念がっていた。

 

「で、今年の優勝は誰だと思う?」

「出場者が決まっていないのに、優勝予想も何もないだろうに……」

 

 魔導士がしのぎを削る戦いという血気盛んなイベントに、ルーファスは声を弾ませる。

 それに対して、セルドはメガネを直すと呆れたようにため息をついた。

 

「ルーファス様が出るなら優勝は確定ですけど……」

「そんなつまんねーことしねぇよ。たぶんな」

 

 いつも通りの退屈そうな言葉。

 スタンフォードはその裏に、どこかいつもと違う強い決意のようなものを感じた。

 生徒会に所属する上級生は誰もが魔導士としては優秀だ。

 ふと、生徒会からの出場者が気になったスタンフォードは他の者にも声をかける。

 

「兄上やセルド様はどうされるんですか?」

「俺は来賓の方への対応がある。父上も来られるからな」

「僕もハルバード殿下と共に来賓の方への対応があるから不参加だ」

 

 ハルバードもセルドも生徒会役員としての仕事があるため、滅竜魔闘には不参加の予定だった。

 国王を含め国の重鎮達も、滅竜魔闘を見に来る以上、自分達ばかり参加側に回れないのだ。

 

 そこで、ハルバードは一年生達を見回して尋ねる。

 

「君達はどうする? 生徒会役員だからといって参加できないわけではないぞ」

「俺は参加します!」

「アタシも!」

「私も参加させていただこうと思っています」

「わ、私も参加します!」

 

 ブレイブ、アロエラ、セタリア、ステイシーは意気揚々と参加を表明する。

 男女で部門は分かれているが、彼らはこの中から優勝者が出てもおかしくないほどの実力者だ。

 

「スタンフォード、お前はどうする?」

 

 一人だけ考え込むように俯いたスタンフォードに対して、ハルバードは問いかける。

 

「僕も出ようと思います」

 

 顔を上げて真っ直ぐにハルバードを見据えてスタンフォードは答える。

 

「そうか」

 

 それを見たハルバードはどこか満足げな表情を浮かべると、短くそう告げた。

 

「あれ、ポンデローザ様は出ないのですか?」

 

 そこで先程からハルバードの後ろに控えて何も言わないポンデローザに、ステイシーは思い出したように尋ねた。

 

「わたくしは別件で忙しいので不参加ですわ」

「別件?」

「今回に関しては私用ですわ」

 

 ポンデローザの言葉に、スタンフォードは滅竜祭でも何かあると感じてポンデローザの方へと視線を向ける。

 スタンフォードと目が合ったポンデローザは、いつものようにアイコンタクトで返事をするでもなく、どこか悲しげに目を伏せた。

 そのまま生徒会室での会議が終わるまで、ポンデローザは表情に影が差したままだった。

 

 そんなポンデローザの様子が気がかりだったスタンフォードは、会議が終わって生徒会室を足早に去るポンデローザを追いかけるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77話 運命に立ち向かう覚悟

 生徒会室での会議が終わり、寮に戻ったポンデローザをスタンフォードが呼び止める。

 

「待てよ、ポン子」

「……ここは廊下ですわ。その呼び方はやめてくださいませ」

 

 ポンデローザは表向きの口調を崩さずにスタンフォードを注意する。

 

「悪い。じゃあ、場所を変えるぞ」

 

 迂闊だったと反省したスタンフォードは人目に付かない場所へとポンデローザを連れて移動することにした。

 寮の自室へとポンデローザを連れ込んだスタンフォードは、改めて尋ねる。

 

「どうしたんだよ。ルドエ領から戻ってから元気ないぞ?」

「あんだけやらかして元気盛り盛りなわけないじゃない」

 

 自嘲するように呟くと、ポンデローザは真剣な表情を浮かべて告げる。

 

「スタン、今回のイベントは〝負けイベント〟よ」

「負けイベント?」

「ええ、あなたはブレイブに負ける。これは覆せない流れよ」

 

 有無を言わせない圧を感じさせながらポンデローザは告げた。

 いつもとは比べものにならないほどにポンデローザは原作へこだわっていると感じたスタンフォードは、ポンデローザがそこまで言い切る根拠を尋ねた。

 

「その根拠は?」

「原作以外にあると思う? ブレイブじゃ当然操作キャラクターはブレイブ君だけ。当然勝つまでイベントは終わらない。ハートの方は負けたスタンフォードをメグが慰める恋愛イベントだし、どうあがいてもあなたは負けるの」

 

 BESTIA BRAVEでの操作キャラクターは当然ブレイブであり、スタンフォードと滅竜魔闘で戦う展開もある。

 そこでは、戦闘画面で敗北したとしてもやり直しとなり、勝つまでストーリーは進まない。

 

 BESTIA HEARTには戦闘システムがないため、スタンフォードルートのストーリーイベントとして滅竜祭でのストーリーが存在する。

 その場合、滅竜魔闘で敗北して悔しがるスタンフォードを慰めるといった内容のイベントが発生するのだ。

 

「移植版、操作キャラ切り替え、バグ……」

 

 そこでふと、スタンフォードは脳内に引っかかる言葉があった。

 どこで聞いたかは全く思い出せないが、思い浮かんだ単語はとても大切なものな気がした。

 スタンフォードはそこで、今まで聞いたことがなかったことをポンデローザに尋ねた。

 

「BESTIA BRAVEの移植版はどうなんだ?」

「移植版? そんなの出てないわよ。少なくともあたしが死ぬ前には出てないわ」

 

 思い浮かんだ一つの希望。

 移植版では操作キャラが変更可能で、スタンフォードを操作キャラとして選択できればブレイブに勝利することも可能なのではないか。

 そんな淡い希望はポンデローザの言葉によって否定された。

 

「とにかく、原作の流れには逆らえないの。また大怪我しないように今回はそこそこ力を出して負けておきなさい。せっかくの学園祭なんだし、メグとデートでもしておいた方がよっぽど有意義だわ。そっちは原作にもあるしね」

「さっきから聞いてれば随分と言いたい放題だな」

 

 ポンデローザの身勝手な言い分に、さすがのスタンフォードもカチンときた。

 

「原作原作って、ポン子は僕や回りの人達を何だと思ってるんだよ」

「何よ……どうせ決まった流れに戻されるなら初めから無駄なことはしない方がいいに決まってるでしょ」

 

 スタンフォードが珍しく怒気を含んだ言葉を発したことで、ポンデローザはどこかバツが悪そうな表情を浮かべる。

 

「この前のコメリナの件やルドエ領のことでわかっただろ。原作ばっかり見て動いてもダメなんだよ。原作に影響ない部分だからってやったことも影響が出てくるんだよ」

 

「そこはうまく調整──」

 

「できてないだろ」

「うぐっ……」

 

 ポンデローザは原作との乖離具合も考慮して、目指している唯一のルートから離れないように調整をしている。

 その調整は物語全体の流れを見て、重要人物がどういった動きをするかというものの調整だ。

 言い方は悪いが、チェスの盤上で駒を動かしているような調整の仕方だった。

 

「お前、原作の登場人物なら感情関係無しに原作通りに動くとでも思ってるんじゃないか?」

 

 チェスで駒を動かすときに、駒の感情まで考慮する者はいない。

 ポンデローザのやり方は、人の感情を考慮せずに原作の流れを重視したものばかりだった。

 

「じゃあどうしろって言うのよ……」

 

 ポンデローザは声を震わせて呟く。

 その目には大粒の涙が浮かんでいた。

 

「あたしだって、原作通りに動くなんて反吐が出るわよ! でも、しょうがないじゃない。あたしには原作しかないの!」

 

 ずっと蓋をしていた感情。

 それはスタンフォードの心を刺す言葉によって勢いよく外れてしまった。

 

「あんたはいいわよね! 転生しても何も知らずに呑気によろしくやってたんだから! あたしはね、ずっとずっとずっと……ずっと! 自分の運命をどうにかしようって頑張ってきた!」

 

 堰を切ったようにポンデローザは思いの丈を叫ぶ。

 

「どうしてうまくいかないのよ……あたしはこんなに頑張ってるのに!」

 

 それはポンデローザがずっと抱えていた悩みだった。

 

「あたしだって好きでこんなことしてない! 後悔だらけよ! やって良かったなんて思えたことなんて全然なかった!」

 

 ポンデローザとて、原作通りの流れにするために人の感情を無視することに何も思わなかったわけではない。

 むしろ、強い罪悪感を抱いていままで生きてきたのだ。

 

「攻略対象のみんなの悩みをどうにかしようなんて考えなきゃ良かった! そうすれば、信頼を失うことなんてなかった!」

 

 ポンデローザは幼少期、原作攻略対象の者の元へと押しかけてそれぞれが抱える悩みを解決しようとした。

 その結果、得られたものはなく、信頼を失ったあげく家からの指導も厳しくなった。

 

「あなたを助けようとライザルクに挑まなきゃ良かった! そうすれば、死にかけることもなかった!」

 

 スタンフォードが負けるとわかっていて死にかけることを嫌い、原作の穴をついてライザルクに挑んだ。

 その結果、自分もスタンフォードも死にかけることになった。

 

「生徒会特別調査班なんて作らなきゃ良かった! そうすれば、コメリナちゃん達が幻竜と戦うこともなかった!」

 

 ルーファスの予想外の行動を予測し、原作からの乖離を防ぐためにコメリナへ無理矢理役職を与えた。

 その結果、コメリナは原作の隠しダンジョンにある高難度クエストで出現する強敵と戦うことになった。

 もし、スタンフォードがコメリナを立ち直らせていなければ、コメリナ達が無事だった保証はない。

 

「ルドエ領に行こうなんて言わなきゃ良かった! そうすればリオネスに殺されかけることもなかった!」

 

 原作でのストーリーイベントが発生しない期間にルドエ領に向かえば、原作での出来事は起きないだろうと思っていた。

 その結果、原作通りにスタンフォードはリオネスの毒牙にかかり、自分も殺されかけることになった。

 

「だって、どうせ全部原作通りになっちゃうんだもん! あたしやあんたが何したって全部無駄になるの!」

 

 ポンデローザは原作に翻弄され続けた。

 どうにか原作通りにならないように、自分と周囲が幸せになれればいいと思っていた。

 だが、そのどれもが裏目に出て、強制的に原作の流れに押し戻される。

 いつしかポンデローザは自分の行動など、無意味なのではないかと思うようになってしまっていた。

 

「こんなことなら、転生前に人なんて助けるんじゃなかった……そうすれば転生なんてすることもなかったのに!」

「っ!」

 

 ポンデローザの言葉で、スタンフォードはある光景が頭を過ぎった。

 

『危ない!』

 

 前世での最期に見た光景。

 歩道橋から転げ落ちていく自分を必死に助けようと手を差し伸べる見ず知らずの女性。

 彼女こそ、ポンデローザの前世の姿だったのだ。

 

「そうか、そうだったんだ……」

 

 全てを理解したとき、スタンフォードの中での覚悟が完全に決まった。

 転生する前から自分を助けようとしてくれていた女性。

 そんな彼女に、スタンフォードはある提案を持ちかけた。

 

「ポン子、僕と賭けをしないか」

「え……?」

 

 唐突に告げられたスタンフォードからの言葉に、ポンデローザは困惑したように顔を上げた。

 

「僕が滅竜魔闘で優勝するのは原作の流れからしてあり得ないだろう? だったら、滅竜魔闘で優勝したら僕の勝ちだ」

「勝ったら何を望むの……」

 

 ポンデローザにはスタンフォードの言わんとしていることが理解できた。

 怯えた表情を浮かべるポンデローザに対して、スタンフォードは真っ直ぐにポンデローザを見据えて告げる。

 

「原作なしで君の運命を変える手伝いをさせて欲しい」

 

 かつてポンデローザは劣等感に苦しみ、嘆いていた自分を救ってくれた。

 だからこそ、スタンフォードは心からポンデローザを救いたいと思っていた。

 

「無理よ、だって原作がないとあたしは何もできない」

 

 自分にとっての唯一の存在価値。それを捨てることになる。

 ポンデローザにとって、原作は自分を苦しめるものでありながらも、たった一つの希望でもあった。

 

「それは違う!」

 

 しかし、それをスタンフォードは真っ向から否定する。

 

「僕は君に救われた。それは原作があったからじゃない! 君自身の言葉と行動に救われてきたんだ!」

 

 スタンフォードが挫折から立ち直り、徐々に周囲と打ち解けて充実した日々を送れるのはポンデローザが原作知識を持っていたからではない。

 彼女が共に寄り添い、自分を支えてくれたからなのだ。

 

「だから、今度は僕が君を救う番だ」

 

 そう告げると、スタンフォードは王家の外套を羽織って部屋を出る。

 今は一分一秒でも時間が惜しい。

 

 運命に立ち向かうため、スタンフォードは決意を胸に鍛錬場へと向かうのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78話 変わる評価

 スタンフォードが鍛練場へ着くと、そこには鍛錬中のブレイブとセタリアの姿があった。

 ブレイブとセタリアは目で追うのも難しいほどに高速で動き回り、剣を交える。

 光が溢れ、風が荒れ狂う。

 その美しい光景を見てスタンフォードは歯噛みする。

 

 これが主人公とメインヒロインか、と。

 

 自分やポンデローザとは違って未来が約束された二人は、今も順調に成長しながら仲を深めている。

 

「……いや、あいつらは悪くないよな」

 

 湧き上がる嫉妬心を深呼吸をすることで抑える。

 いくら自分達が運命に翻弄されているからといって、ブレイブとセタリアに当たるのは筋違いというものだ。

 

「おや、スタンフォード殿下ではありませんか」

「ヨハンか」

 

 心を落ち着けていると、前期以来会っていなかったヨハンが声をかけてきた。

 ヨハンはセタリアの分家に当たる家柄出身だが、

 

「実家には帰らなかったのか?」

「ええ、ルガンド家からもセルペンテ家からも特に呼び出しはありませんでしたからね。おかげで寂しい長期休暇でしたよ」

 

 肩を竦めると、ヨハンは苦笑しながら長期休暇中に暇だったことを告げる。

 

「それより、ブレイブはまた一段と強くなったみたいですね」

「ああ、あのルーファス様やポンデローザ様から直々に指導していただいたからな」

「なるほど。でも、まだ足りない」

 

 ヨハンはいつもの飄々とした表情を崩してそんなことを呟いた。

 

「ブレイブの力はあんなものじゃない。セタリア様が食らいついていけるのが証明です」

「セタリアだって守護者の家系で魔導士としては一流だとは思うけど……」

 

 初めてヨハンの言葉に熱を感じたスタンフォードは、怪訝な表情を浮かべる。

 ヨハンの言葉では、ブレイブとセタリアが本来渡り合うことも不可能な程に実力の差があることになる。

 スタンフォードは、魔導士として一流のはずのセタリアとブレイブにそこまで差があるとは思えなかった。

 

「ブレイブが本来の力を発揮できれば無敵なんですよ。それこそルーファスだって敵わないでしょう」

「随分とブレイブ贔屓だな。友人だから滅竜魔闘で優勝してほしいだけじゃないのか?」

 

 熱くブレイブの実力について語るヨハンに、さすがのスタンフォードも呆れたようにため息をつく。

 そんなスタンフォードに対して、ヨハンは当然のように告げる。

 

「いえいえ、彼が優勝するのは当然ですから。女子部門ではセタリア様が優勝する。どうです、お似合いの二人が揃って優勝なんて最高のシナリオでしょう?」

「それは僕に対する当てつけか?」

 

 別にセタリアに恋愛感情があるわけではなくとも、立場上婚約者ではあるのだ。

 ヨハンの発言はさすがに聞き逃せなかった。

 だが、ヨハンは王族に無礼を働くことなどまるで気にしていないように告げる。

 

「正直、殿下もそう思っているのではありませんか?」

 

 いつもは回りくどい言い方をしてくるヨハンが確信をついたように言う。

 何か心の変化でもあったのかとスタンフォードは勘ぐった。

 

「何だ、珍しく直球だな」

「殿下は変わられた。予防線を張る必要はないかと」

「そうか、僕としても無駄な会話が減ってありがたい限りだ」

 

 皮肉を込めてそう言うと、スタンフォードは本音を語った。

 

「セタリアは僕の傍若無人な振る舞いのフォローをいつもしてくれていた。感謝はしているが特別な感情はない。もし結婚するなら不満はないってだけだ」

「殿下にとってセタリア様は都合の良い女性だったということですね」

「さすがにそこは言葉を選べ」

 

 身も蓋もないヨハンの言葉に、スタンフォードは苦笑する。

 

「でも、ヨハンの言う通りだよ。セタリアだけじゃない、僕は周囲の人間を〝自分を引き立てる存在〟として見ていた」

「今は違うと?」

「ああ、僕は大勢の人達に助けられた。だから、今度は僕が助けたい。そう思ってる」

 

 スタンフォードの言葉に目を細めると、ヨハンは一人言を呟くように告げた。

 

「……なるほど、殿下ならばベスティアに覚醒することができるかもしれませんね」

「ベスティア、か。随分と話が飛躍したな」

 

 ベスティア、それはBESTIA HEARTでは固有ルートのキャラ、BESTIA BRAVEではブレイブのみが覚醒できる力だ。

 スタンフォードとポンデローザは原作において、敵によって無理矢理このベスティアを引き出された反動で死の運命を迎えることになる。

 

 しかし、ヨハンは今のスタンフォードならば正規の方法でベスティアに覚醒できるのではないかと告げた。

 

「ボクはレベリオン創世記が好きでしてね。守護者の血筋の者がベスティアに覚醒することは不可能ではないと思っています」

「レベリオン創世記ねぇ……」

 

 先日、ルドエ領でムジーナから正史について聞かされたばかりだったため、スタンフォードは複雑そうな表情を浮かべる。

 

「ベスティアは国を守るための特殊な力なんて言われていますが、ボクは違うと思っています」

「どういうことだ?」

「ベスティアは単純に〝守るための力〟だったのですよ。それが現代になって国を守るという都合の良い解釈をされた」

 

 ヨハンは確信めいた口調で続ける。

 

「国を守るためならもっと早い段階で覚醒するでしょう?」

「どうだかな。推測で語ったところで僕がベスティアに覚醒するとは思えない」

 

 バカバカしい、と一蹴しながらも、原作の流れをポンデローザから聞いていたスタンフォードは、その可能性もあると踏んでいた。

 乙女ゲームやギャルゲーで主人子やヒロインに対する愛情がきっかけとなり、守るための力に覚醒する。

 前世における王道ともいえる流れは、正確性にかけるレベリオン創世記よりも説得力があった。

 

「あれ、スタンフォードにヨハンじゃないか」

「お二人も滅竜魔闘に向けての調整ですか?」

 

 ヨハンと話をしている内に、鍛錬を終えたブレイブとセタリアが汗を拭いながらやってくる。

 

「たまたま一緒になっただけだよ。僕はライバルに手の内を明かすつもりはないからね」

「ご安心を。ボクは滅竜魔闘に参加しませんから」

「……お前、何しに鍛錬場に来てたんだよ」

 

 ヨハンはブレイブとセタリアの鍛錬を見に来ていただけという事実に気がつき、スタンフォードは呆れたようにため息をついた。

 

「せっかくですし、鍛錬ならボクがお相手しますよ」

 

 スタンフォードは、ヨハンの言葉にどこか挑発的な響きを感じた。

 ヨハンが相手をすると聞いて、ブレイブとセタリアは驚いたように目を見開く。

 

「ヨハンの本気って見たことないから羨ましいなぁ」

「聞いた話では、幼少期から魔力がもっとあれば本家の養子にしていたと言われているくらいの実力者と聞いております」

「ちょっと二人共、無駄にハードル上げないでくださいよ」

 

 スタンフォードもヨハンが本気を出しているところは見たことがない。

 いつも飄々とした態度で尻尾をつかませない曲者。

 そんな彼が心境の変化か、鍛練の相手をすると申し出てきた。

 

「さて、殿下。ヨハン・ルガンドがお相手させていただきます」

「受けて立つ。本気でこい、じゃないと鍛錬にならないからな!」

 

 おそらく相手にとって不足はない。

 そう判断したスタンフォードは、ブレイブとセタリアが鍛練を終えたことで空いた場所で剣を構えるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79話 飄々とした男の実力

 ヨハン・ルガンド。

 初代守護者の家系であるセルペンテ家の分家であるルガンド家の嫡男。

 いつも飄々として誰とでも仲良く付き合い、良い意味で貴族らしからぬ男子生徒だ。

 

 入学当時からブレイブのことを何かと気にかけており、今では親友と言えるほどに仲が良い。

 スタンフォードとも幼少期から付き合いがあり、スタンフォードとヨハンとは腐れ縁と言っていいだろう。

 

「それでは、殿下。先手はボクから行かせていただきますよ」

「ああ、来い」

 

 普段から実力も本音も隠しているヨハンが、どういう風の吹き回しか鍛錬の相手を買って出てきた。

 スタンフォードも過去に授業で風魔法を使用している姿を見ているため、どんな魔法を使用してくるかは理解している。

 ただ、ヨハンが本気で授業に臨んでいるところは一度も見ていないため、警戒を怠らずに剣を構えた。

 

「〝韋駄天(いだてん)〟」

 

 短く魔法を唱えた瞬間、ヨハンの姿が視界から消える。

 スタンフォードは予め雷魔法で反応速度を上げていたため、背後から襲い掛かる一撃を難なく防いだ。

 

「この一撃で決めるつもりでしたが、さすがは殿下」

「ったく、忍者かお前は」

「ニンジャ?」

「気にするな、こっちの話だ」

 

 音もなく背後に回り込んだヨハンに、スタンフォードは容赦なく放電をした。

「電撃というのは厄介なものですね」

「厄介なのはお互い様だ」

 

 しかし、ヨハンは再び音もなくスタンフォードから距離をとっていた。

 ヨハンは短剣を構えるでもなく、ただぶら下げたまま自然体で立っている。

 隙だらけのようで隙がない。

 スタンフォードの魔法は、範囲攻撃から肉体強化や回復まで使えるほどに応用が利く。

 そんな多岐にわたる攻撃手段を持つスタンフォードが攻めあぐねているという事実に、ブレイブもセタリアも固唾をのんで二人の戦いを見守っていた。

 

「〝鉄砂縛(くろがねさばく)!!!〟」

「〝封塵(ふうじん)〟」

 

 スタンフォードは磁力で砂鉄を巻き上げたが、ヨハンは突風で吹き飛ばして対処してしまう。

 

「小細工は効かないみたいだな」

「小細工という割に範囲が小さくはありませんがね」

 

 下手な範囲攻撃は通用しない。

 

「だったら、これしかないか」

 

 それを理解したスタンフォードは、全身に雷を纏った。

 

「〝迅雷!!!〟」

 

 今度はスタンフォードが、ヨハンの視界から消えた。

 雷の如き速さで繰り出される剣技を、ヨハンは風を纏って軽々と躱していく。

 常人ならば目で追うことも不可能な戦い。

 それをブレイブとセタリアは何とか目で追っていた。

 

「二人共速いな。俺でも目で追うのがやっとだ」

「私なんてほとんど見えてませんよ。でも、ヨハンはどうして避けてばかりなのでしょうか?」

「そりゃスタンフォードの攻撃は電撃を纏ってるし、まともに受けたら感電するからだろ」

 

 この戦いは明らかにスタンフォードが優勢だ。

 だというのに、セタリアには何故かスタンフォード優勢のようには見えなかった。

 手を抜いているわけではないスタンフォードが未だに攻撃を当てられていない。

 

「チッ」

 

 舌打ちをすると、スタンフォードは時折広範囲の放電も織り交ぜて攻撃を仕掛けるが、一向にヨハンに当たる気配はない。

 ヒットアンドウェイを繰り返すヨハンに、スタンフォードは焦りが募っていく。

 こんな体たらくじゃ滅竜魔闘で優勝なんて夢のまた夢だ。

 一度、ヨハンから距離を取ると、スタンフォードは呼吸を整えてから、後ろにいたブレイブとセタリアに告げる。

 

「二人共、今からちょっと大技を出すから周囲に被害が出ないようにしてくれないか?」

「おう、任せろ!」

「構いませんが、一体何を……?」

 

 ブレイブはスタンフォードの頼みを二つ返事で承諾し、セタリアは困惑しながらも承諾した。

 

「おやおや、大技を出すなんて手の内を明かしてしまっても良いのですか?」

「何、関係ないさ」

 

 余裕の笑みを崩さないヨハンに対して、スタンフォードは雷魔法を発動させる。

 

「〝鉄砂漠・砂原(くろがねさばく・さはら)!!!〟」

 

「なっ!?」

 

 スタンフォードは、鍛錬場の全ての地面から砂鉄を抜き取った。

 セタリアは大規模な地場操作に驚きながらも、風魔法で防壁を張ってスタンフォードとヨハンが戦っている場所以外に影響が出ないようにした。

 

「すっげぇ……」

 

 漆黒の砂嵐を見ながら、ブレイブはただ感心したように呆けていた。

 

「どんなにかき集めたところで所詮は砂粒。吹けば飛んでいきますよ」

「それはどうかな」

 

 スタンフォードはニヤリと笑うと、魔剣ルナ・ファイに大量の魔力を注ぎ込んで増幅させて地面に突き刺した。

 

 そして、ヨハンが大量の砂鉄を吹き飛ばした瞬間、轟音が鳴り響いて勝負はついた。

 

「僕の勝ちだな」

「……やりますね、殿下」

 

 砂塵が晴れると、そこには巨大な獣の爪で切り裂かれた跡のように地面に亀裂が入っており、その先にいたヨハンは制服中に切り傷が出来ていた。

 

「一体何したんだスタンフォード!?」

「これから滅竜魔闘で戦うことになる相手に教えるわけないだろう」

 

 興奮したように詰め寄ってくるブレイブを雑にあしらうと、スタンフォードはヨハンに手を差し伸べる。

 

「これで満足か?」

「……ええ、どうやら殿下はボクの予想を遥かに超える御仁のようですね」

 

 ヨハンは珍しくいつものような胡散臭い笑みではなく、本心から満足げな笑みを浮かべた。

 

「滅竜魔闘、楽しみにしていますよ」

「そこは親友を応援してやれよ」

「ええ、応援するのはブレイブです。ただ楽しみが一つ増えたという話です」

「お前は本当に失礼な奴だな」

 

 傷だらけの体をものともせず、ヨハンは軽やかな足取りで鍛錬場から去っていった。

 

「しかし、驚きました。ヨハンがあそこまで強かったとは……」

 

 そんなヨハンの背中を眺めながらセタリアは不思議そうに呟いた。

 

「何だセタリアは知っていたんじゃないのか」

「いえ、ヨハンとは本家分家の関係とはいえ、基本的に話すこともありませんから。それなりに風魔法が扱えるとはお父様から聞かされていましたが、まさかあそこまでとは思いませんでした」

「ま、あいつは君の監視役みたいなところがあるからな」

 

 監視役にしては、やけにブレイブとセタリアをくっつけたがっているような素振りが気になる。

 

 違和感を覚えながらも、スタンフォードはヨハンとの関係もこれから変わっていくのだろうと感じていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80話 情けは人の為ならず

 ヨハンとの手合わせを経て、スタンフォードはわかったことがある。

 自分は雷魔法を応用して様々な使い方ができるだけで、使いこなせているわけではない。

 多様な使い方ができるというのは戦術面において大きなアドバンテージとなる。

 しかし、圧倒的な力の前ではそれすら無意味となる。

 ヨハンの剣術はブレイブと非常に似ており、技量でいえばブレイブを上回っていた。

 もし、ヨハンにブレイブと同等の光魔法が宿っていたのならばスタンフォードに勝ち目はなかった。

 

 ルーファスとの鍛錬のときもそうだった。

 剣を極め、魔法すらも極めていた者に蹂躙される感覚。

 原作においてスタンフォードがブレイブに勝てない理由。

 それらを身をもって思い知らされたのだ。

 

「器用貧乏は一芸に秀でた者には敵わない、か……それが何だって言うんだ」

 

 それでも、スタンフォードは立ち止まるつもりなど毛頭なかった。

 器用貧乏が勝てないのならば、器用万能になればいい。

 一つのことを極められないのならば、手札を増やし続ける。

 何度も挫け、心が折れた。その末に覚悟が決まったスタンフォードの心はもう折れなかった。

 

「殿下、よく来た」

「こんな時間に悪いね、コメリナ」

 

 スタンフォードはさらに切れる手札を増やすため、コメリナの元を訪れていた。

 コメリナはスタンフォード達の住んでいる滅竜荘とは違い、別の寮に住んでいる。

 貴族の階級ごとに住む寮が分かれていることもあり、他の寮を訪れる生徒は限りなく少ない。

 帰省から戻った寮の生徒達が二人を見て噂話をするが、二人はそんな周囲の生徒達を歯牙にもかけずコメリナの部屋に向かった。

 

「うおっ、何だこれ」

 

 コメリナの部屋に入ったスタンフォードは目の前に広がる光景に度肝を抜かれた。

 

「新魔法、研究中」

「さすがコメリナ。研究熱心だね」

 

 コメリナの部屋には、様々な動物の血や自分から抜き取った血がガラスの容器に入れられて並べられていた。

 

「滅竜魔闘、出れない。治癒魔法、優先」

「失った血液すらも回復させる治癒魔法ってやつか」

「うん、まだ全然だけど」

 

 コメリナはスタンフォードから得た日本の知識を元に、治癒魔法をさらに伸ばそうと研究していた。

 

「人間、血に魔力がある。だから、回復できない」

「なるほどな。血液型だけじゃなくて魔力も個人差があるってことか」

「アロエラ、協力してくれた。でも、芳しくない」

 

 コメリナは度重なる実験の結果、人間の血液には大なり小なり魔力が含まれており、属性ごとに千差万別のそれを魔法で回復させることが困難だということを思い知った。

 血液を作るということは、それだけ難易度が高かったのだ。

 

「魔力抜きの血液を作ることはできないのか?」

「動物、できた。ネズミの実験、結果出た」

「えっ、マジか!?」

 

 異世界の知識だというのに、聞き齧った知識を自分のものとして消化する。

 元々日本で暮らしていたスタンフォードとはわけが違う。

 想像以上の成果を出しているコメリナに、スタンフォードは目を見開いた。

 

「でも、ダメ。今、役に立たない」

 

 スタンフォードは素直にすごいと思っていても、コメリナにとっては納得ができる成果は出ていない。

 今、コメリナを賞賛したところで逆効果になる。

 そう思ったスタンフォードは話題を変えることにした。

 

「そういえば、ドンブラ湖で幻竜を倒したんだってね」

「うん。竜、強かった。一人じゃ勝てなかった」

「ガーデルは足を引っ張らなかったかい?」

「むしろ逆。ガーデルいたから勝てた。性格、最悪だけど」

 

 自分の臣下となったガーデルが足を引っ張らなかったと聞いてスタンフォードは安堵のため息をつく。

 性格の面は改善されていないようだが、彼の捻じ曲がった性格がすぐに治るとも思っていないので、今は捨て置くことにした。

 

「でも、どうやって勝ったんだい?」

「リリ先輩、フェリ先輩、竜の攻撃凍らせてくれた。ジャッチ、周りの雑魚倒した。ガーデル、空中で竜拘束してくれた」

 

 コメリナは珍しく笑顔を浮かべると、水竜ペスカウルスとの戦いを振り返る。

 偶然、ペスカウルスと接敵したコメリナ達は即座に戦闘態勢を取った。

 ジャッチは周囲の異形種と化したワニの魔物を引き受け、ガーデルやポンデローザの分家筋に当たるリリアーヌとフェリシアはコメリナをサポートして戦った。

 ポンデローザと同様に気が強そうに見えるリリアーヌとフェリシアだが、二人共根はかなりのお人好しであり、不愛想なコメリナにもかなり協力的だったのだ。

 ガーデルは自身の名を上げるため、不本意ながらも全力でコメリナをサポートして勝利を掴み取ったのだ。

 

「みんな、ボロボロだった。私の魔法じゃ足りない」

「そんなことはないだろ。コメリナの治癒魔法がなきゃみんな死んでたかもしれないじゃないか」

「ガーデルのおかげ。ジャッチ、傷焼いて止血した。それないと、失血死してた」

 

 ペスカウルスとの戦いで全員が軽くはない傷を負った。

 その状況から生きて帰ってこれたのは、ガーデルの咄嗟の判断によりジャッジの炎魔法で傷を焼いて止血して出血を防いだことも大きかったのだ。

 

「メグ先輩、戦闘中でもすぐ治せる。ブレイブ、殿下、自分で治せる。私、集中しないと治せない。私、弱い……」

 

 スタンフォードのおかげで一時は立ち直ったものの、壁にぶつかったことで再びコメリナは落ち込んでいた。

 そんな彼女にスタンフォードは告げる。

 

「だったらやることは一つじゃないか」

「え?」

「治癒魔導士の仕事は傷ついた者を治療することだ。戦闘中だろうと戦闘後だろうとそれは変わらない。即効性がないのなら、回復力で上回る。考えてもみなよ」

 

 スタンフォードはそこで言葉を区切ると、自信を持って告げた。

 

「どんなにボロボロになったって、生きて帰って必ず治してくれる人がいれば――絶対に負けない」

 

「殿下……!」

 

 絶対に負けない。その言葉に秘められた決意は、コメリナの消えかけていた胸の炎を再び燃え上がらせる熱量を持っていた。

 

「君の魔法研究がなかなか進まないのは、君の成し遂げようとしていることがそれだけすごいことだからだよ」

「でも、ずっと結果でない。本当にうまくいくか、自信ない……」

「だったら僕も力を貸すよ。君の魔法運用理論は僕の魔法にも応用できる。ギブアンドテイクってやつさ」

 

 スタンフォードは日本の知識を得たコメリナが考える魔法運用から新技のヒントが欲しかった。

 情けは人の為ならず。巡り巡って自分にも返ってくるからこそ、協力は惜しまないつもりだった。

 

「じゃあ、殿下。頼み、ある」

「何でも言ってくれ」

「血、吸わせて」

 

「えっ」

 

 告げられたコメリナからの予想外の頼みに、スタンフォードは固まるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第81話 だから信頼できる

「ちょっと待て! 何で血を吸う必要がある!」

「血液、体内で解析する。だから、新鮮な血液欲しい」

 

 様々な魔法器具で実験をしていたコメリナだったが、実験の果てに自分が直接体内に血液を取り込んで分析する方が正確だということに気がついたのだ。

 

「空気触れずに取り込む。だから、吸う」

「酸化するのを防ぎたいってわけか……でもなぁ」

 

 スタンフォードは女子との触れ合いに慣れていない。

 会話するくらいならまったく問題はないが、自分の血を直接吸われるとなるとさすがに抵抗があったのだ。

 

「手を貸す、言った。何でも言ってくれ、言った」

「それを言われると何も言えないな……」

 

 何でも言ってくれと言った手前、断ることはできない。

 スタンフォードは諦めたように、コメリナの言葉に従うことにした。

 ひとまずシャワーを借りて体を清めると、ベッドに寝転がった。

 

「さあ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「じゃあ、遠慮なく」

 

 コメリナは表情一つ変えることなくスタンフォードの上に覆い被さった。

 

「ちょっと、痛いかも」

「構わないよ。痛みには慣れている」

 

 触れあう肌の感覚にドギマギしながらも、スタンフォードは覚悟を決めた。

 

「いく」

 

 短くそう言うと、コメリナは尖った犬歯を立ててスタンフォードの首筋に噛みついた。

 

「い゛っ!?」

 

 痛みがあったのは一瞬のこと。

 コメリナは痛みを沈静化させる魔法をかけながらスタンフォードの新鮮な血液を吸い始めた。

 大量の血を吸い出される感覚に頭がくらくらする。

 貧血による目眩を堪えていると、今度は謎の快楽が襲いかかる。

 首筋に強く吸い付かれ、血を吸い出され続ける。

 その感覚が何故か気持ち良かったのだ。

 

「はぁ、はぁ……終わった。傷を塞ぐ」

 

 新たな扉を開きかけたとき、コメリナは淡々とそう告げて傷口に治癒魔法をかけた。

 口元から血を垂らしながら、顔を少しだけ赤らめているコメリナの表情は妖艶であり、一瞬だけスタンフォードは見とれてしまった。

 普段が無表情なだけに、その表情はとても魅力的に見えたのだ。

 

「どうだ、何か掴めそうか?」

 

 頭を振って邪念を追い出すと、スタンフォードはコメリナに尋ねる。

 コメリナは少しの間、目を瞑って考え込むと小さく笑顔を浮かべて答えた。

 

「純粋な血液、採れた。解析もしやすい」

「力になれたようで良かったよ」

 

 もし、これでコメリナの治癒魔法が進化して血液も回復できるようになれば、今まで以上に無茶ができる。

 仮に滅竜魔闘で実力者と当たっても、温存を意識して力を発揮できないということは避けられるのだ。

 

「コメリナ、滅竜魔闘までに治癒魔法を完成させてくれるかい?」

「問題ない。殿下、求めるなら応える」

 

 結構な無茶を言っているというのに、コメリナはスタンフォードの頼みを二つ返事で了承した。

 その迷いのなさに、スタンフォードは驚きを隠せなかった。

 

「どうして、そこまで僕に……」

「殿下、欲しいものたくさんくれた。だから、私もあげる。それだけ」

 

 笑顔を浮かべてコメリナは嘘偽りのない自分の胸中を明かした。

 

「私、目標なくしてた。殿下、目標くれた。知識くれた。欲しかった言葉くれた。どれも宝物」

 

 本当に嬉しそうに胸を押さえるコメリナを見て、スタンフォードの中に罪悪感が沸いてくる。

 自分はただコメリナを利用しているだけだ。

 彼女の気持ちに最低限の配慮はあるものの、やっていることは彼女の力を利用していることに変わりはないのだ。

 

「僕は君のために何かをしたわけじゃない。君の力を利用したいから協力しているだけなんだよ」

「だから信頼できる」

 

 申し訳なさそうにしているスタンフォードに、コメリナはしっかりとした口調で告げた。

 

「私、私の力を必要としている人が欲しかった。殿下、私の力を求めてる。だから、とても嬉しいこと」

「コメリナ……」

「大丈夫」

 

 スタンフォードを安心させるように、コメリナは勝ち気な笑みを浮かべて告げる。

 

「私、信じてる。殿下、絶対優勝できる。私、力になる」

 

 その言葉を聞いた途端、スタンフォードの中に勇気が沸いてくる。

 絶対に運命を覆す。不可能に限りなく近いこともやってやれないことはない。

 そんな風に思えたのだ。

 

「ありがとう、コメリナ。僕は絶対に優、勝……あれ」

 

 コメリナに礼を述べると、スタンフォードの体がふらついた。先程、大量の血を吸い取られたため、スタンフォードは貧血になっていたのだ。

 

「殿下、貧血。今日、安静にする」

「ああ、悪いね」

 

 言われるがまま、スタンフォードはコメリナのベッドに横になった。

 そして、次の日。

 慌てて滅竜荘に戻り、身支度を整えたスタンフォードは学園に登校した。

 

「おはようございます殿下……あら、首のところどうされたのですか?」

「えっ、首?」

「はい、痣のようなものができていますよ」

 

 セタリアは素早く手鏡を取り出すとスタンフォードの前に差し出す。

 それを見てみれば、確かに首筋には痣ができていた。心当たりは一つしかなかった。

 

「スゥ――…………」

 

 どう考えてもコメリナに吸い付かれたときの跡である。

 魔法の実験のためとはいえ、婚約者にそれを指摘されるのは浮気がバレそうになっている気分だった。

 

「顔色も優れませんし、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ。問題ない」

 

 スタンフォードは狼狽しながら首を激しく横に振る。

 様子がおかしなスタンフォードにセタリアが首を傾げていると、タイミング悪くコメリナがスタンフォードの元へとやってきた。

 

「殿下、おはよう。体、大丈夫?」

「あ、ああ、何ともないよ」

「昨日、ちょっとやり過ぎた。反省してる……」

 

 コメリナの申し訳なさそうなその一言で周囲の空気が凍り付く。

 

「で、殿下? いつの間にコメリナとそんなに仲良くなったのでしょうか」

 

 セタリアはスタンフォードがどんな女性と関係を持とうがそれを追求するつもりはなかった。

 しかし、その相手がコメリナとなれば話は別である。

 基本的に人と関わりを持ちたがらないコメリナが相手ならば、どうやって彼女と親密な関係になったか気になって仕方がなかったのだ。

 

「ご、誤解だよ」

「スタンフォード、おはよう! おっ、首のとこ痣になってるけどどうしたんだ!?」

 

 どう弁解したものかと狼狽えていると、今度はブレイブがやってきた。

 

「私のせい。昨日、ベッドの上で――」

「コメリナァァァ!」

「はぁ!? スタンフォード殿下! どういうことか説明してください!」

 

 さらにはブレイブに付いてきたアロエラまで加わり、教室の空気は混沌とし始めた。

 

「誤解だぁぁぁ!」

 

 結局、その日は丸一日使って周囲の誤解を解くためにスタンフォードは奔走することになるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82話 滅竜祭開催!

 時間はあっという間に過ぎ去り、ついに滅竜祭の日がやってくる。

 滅竜祭に向けて、生徒会一同は滅竜祭実行委員会と協力して準備を進めていた。

 国の重鎮もやってくるということで、準備は他の学園以上に念入りに行われた。

 その他にも有力貴族や学園の生徒の親族など、多くの来賓がやってくるため警備も厳戒態勢である。

 最近では、異形種騒ぎなどで王立魔法学園の安全面も疑問視されている。

 この国の第一王子であり、現生徒会長でもあるハルバードは今回の滅竜祭は絶対に失敗できないと意気込んでいた。

 

 その結果、生徒会一同は過去最高に忙しい日々を送り、滅竜祭当日には既に疲労困憊の状態だった。

 

「……はぁ、生徒会ってマジで大変なんだな」

「午後から滅竜魔闘って、鬼のスケジュールよねー」

 

 校門周辺の見回りを行っていたブレイブとアロエラはゲッソリとした表情で続々とやってくる来賓達を眺めていた。

 

「何で女子の部が今日なのよ。男子の方が体力あるでしょうに」

「アロエラはそこらの男子よりも体力あるだろ」

「悪かったわね、女の子らしくなくて!」

「そうは言ってないだろ」

「あの、すみません。生徒会の方でしょうか?」

 

 いつものようにアロエラが一方的にブレイブに突っかかるというやり取りをしていると、小柄な金髪碧眼の少女が話しかけてきた。

 

「そうだけど、何か困りごとか?」

「バカ、どう見ても上級貴族のお嬢さんでしょ。敬語を使いなさい」

 

 アロエラは普通にタメ口で話しかけたブレイブの頭を引っ叩いた。

 服装から少女が良家の子女でありことは一目瞭然であり、服の素材には二人が感じ取れるほど強力な魔法までかかっていた。

 そこまで装備を持っている者は貴族の中でも限られる。

 

「申し訳ございません。どうか無礼をお許しください」

「いえ、お気になさらず。本日はお忍びで来ているので、あまりかしこまった対応をされてしまうと撒いた護衛に感づかれてしまうので」

「け、結構アグレッシブね……」

 

 良家の子女とは思えないアグレッシブな行動にアロエラは引き攣った笑みを浮かべる。

 護衛を撒いたという状況を考えれば、裏では問題になっている可能性もある。

 すぐにでも彼女を護衛に引き渡した方が良いのではないかとアロエラが迷っていると、少女は服の裾を摘まんで優雅に自己紹介をした。

 

「申し遅れました。私はフォルニアと申します。ニアとお呼びください」

「おう、よろしくなニア! 俺はブレイブだ」

「よ、よろしくね。アタシはアロエラよ」

「宜しくお願い致します。ブレイブ様、アロエラ様」

 

 フォルニアは年相応の無邪気な笑みを浮かべた。

 ブレイブとアロエラはフォルニアの件が騒ぎにならないように、学園を案内しながら生徒会室へと向かっていた。

 国の重鎮の娘である可能性を考えれば、ハルバードへの連絡は必須だと考えたのだ。

 

「へぇ、ニアは魔法が使えないのか」

「はい、微弱ながら水属性の適性はあるのですが、魔法を発動させることは叶いませんでした」

 

 フォルニアは苦笑すると、憧れてやまなかった王立魔法学園の校舎を眩い物を見るように眺めた。

 

「魔法が使えればこの学園にも通えたのですが……」

「魔法は生まれ持った素質だものね」

 

 アロエラはフォルニアに同情し、優しく頭を撫でた。

 どんなに貴族として位が高くとも、魔法が使えなければ魔法学園に入学することは叶わない。

 位の高い貴族だというのに、魔法が使えないというフォルニアが辛い思いをしていることは想像に難くない。

 

「でも、どうしてそんなに魔法学園に通いたいんだ?」

 

 偶然光魔法に覚醒し、半ば強制的に王立魔法学園に入学することになったブレイブは不思議そうにフォルニアに尋ねる。平和に領地で暮らせれば良いと考えていたブレイブにとっては、そこまでして魔法学園に入学したい理由がわからなかったのだ。

 

「兄達がこの学園に通っているのです。私と違って二人共優秀な魔導士でして、憧れなのです」

「へぇ、そんなにすごいんだ」

「はい! 自慢の兄達です!」

 

 フォルニアはアロエラの言葉に満面の笑みを浮かべて答える。

 その笑顔を見て、アロエラは本当に兄達が大好きなのだろうと微笑ましい気持ちになっていた。

 

「上の兄は自分にも他人にも厳しい人で、学園でも優秀な成績を収めていると聞き及んでいます。側室の子で魔法が使えない私は距離を置かれてしまっていますが、それでも憧れには変わりはありません」

「妹と仲良くするのもダメなのか」

「貴族として立場を重んじる方ですから」

 

 驚いた様子のブレイブに苦笑しながらもフォルニアは続ける。

 

「下の兄は昔から勉学、剣術、魔法、どれをやらせても天才と言われるほどにすごい人でした。側室の子であり、魔法が使えない私にも兄として優しく接してくださいました」

「へぇ、良いお兄さんじゃない」

 

 アロエラは頭の中で妹想いの優しい人格者の兄を思い浮かべた。

 アロエラにも腹違いの兄がおり、表向きはぶっきらぼうに見えるが自分には優しく接してくれるため、兄を慕うフォルニアの気持ちが良くわかったのだ。

 

「高等部に上がってからは全寮制となってしまったので、最近はお会いできていないのでこうして会いに来たのです!」

「なるほどな。だったら兄貴に会いに行こうぜ。俺にも妹がいるし、わざわざ会いに来てくれたら嬉しいからな」

「本当ですか!」

 

 ブレイブの提案にフォルニアは目を輝かせる。

 

「そういえば、ミモザちゃんって今日は来るの?」

 

 アロエラはドラゴニル家と昔から親交があるため、ブレイブの妹であるミモザ・ドラゴニルとも顔見知りだった。

 

「どうだろ。親父は来年入学するかもしれないから見に行くかもしれないって手紙くれたけど、ミモザからは何の連絡もなかったからな。たぶん来ないんじゃないか?」

「あの子ブラコンだし、絶対来るでしょ……」

 

 ミモザがブレイブを慕っていることはアロエラもよく知っている。

 きっとサプライズで来るつもりなのだろうと察したアロエラはそれ以上何も言わなかった。

 

「ちなみに、兄貴はどこにいるんだ?」

「それが私にもよくわからなくて……」

 

 フォルニアは兄達が学園でどういう立場にいるかぼんやりとしか知らなかった。

 

「だったら、生徒会室に行けば解決ね」

「それもそうか」

 

 こうしてブレイブとアロエラはフォルニアを連れて、改めて生徒会室に向かうのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83話 過大評価

 スタンフォードは生徒会役員として学園内を巡回していた。傍には臣下であるガーデルも控えている。

 

「そういえば、ガーデルは滅竜魔闘には出ないのかい?」

「今回は私奴の出る幕ではございませんからな」

 

 ガーデルはどこか気味の悪い笑みを浮かべる。その表情にスタンフォードは胸騒ぎがした。

 

「何かまた碌でもないことを考えてるんじゃないだろうな」

「まさか。この身は御身に忠誠を捧げております。そのような恐れ多いことは致しませぬ」

 

 その忠誠が紙よりも薄いものだということはスタンフォードが一番理解している。

 ガーデルはスタンフォードの臣下となってから、特に行動を起こしたりはせずにおとなしくしている。

 彼の性格を知っているステイシー、コメリナ、ジャッジからは相変わらずの性格の悪さと評されているものの、スタンフォードは今の彼は嫌いではなかった。

 

「スタンフォード殿下。あちらのお嬢さんですが、どなたかを探しているのでは?」

 

 二人で学園内を見回っていると、ガーデルが辺りを見回している少女の存在に気がついた。

 

「確かに誰かを探しているみたいだな。迷子かな」

「生徒会役員としてはお声がけした方が良いのではないですかな?」

「そうだな。ちょっと声をかけてくるよ」

 

 ガーデルに促され、スタンフォードは少女へと声をかけた。

 

「そこの君。誰か探しているのかい?」

「は、はい! 兄がこの学園に在籍しておりまして、本日は会いに来たんです」

 

 少女は学園の生徒の妹だった。

 それから少女は声をかけてきたスタンフォードを見つめると驚いたように目を見開いた。

 

「もしかしてスタンフォード殿下でしょうか!?」

「そうだけど、どうして僕を――ああ、この外套と生徒会の腕章か」

 

 スタンフォードの羽織っている外套は王族のみが着用を許されたものだ。また生徒会の腕章もしているのならば、外見からスタンフォードだと判断することはそう難しくない。

 少女は畏まったように頭を下げると、弾んだ声音で告げる。

 

「兄の手紙でお話は伺っております!」

「兄ってまさか……ブレイブの妹のミモザさんか」

 

 ポンデローザから当て馬同盟の作戦会議の度に耳にタコができるほど聞かされた名前。

 彼女こそブレイブの義妹であり、BESITA BRAVEのヒロインの一人ミモザ・ドラゴニルだった。

 

「はい! ミモザ・ドラゴニルと申します! って、え? スタンフォード殿下。何故、私の名前を?」

「ああ、いや。それはあれだ。ブレイブが君のことを話していたような気がしてね」

 

 まさか教え込まれた原作知識だと言うわけにもいかず、スタンフォードは曖昧に言葉を濁した。

 

「そうだったんですか! それだけでかのスタンフォード殿下に覚えていただけていたなんて光栄です!」

 

 スタンフォードは怪訝な表情を浮かべる。

 

 何か僕に対する好感度高くないか?

 

 ポンデローザから聞かされていた情報では、ミモザも他のヒロインと同様にスタンフォードを毛嫌いしていた。

 コメリナがブレイブなんて眼中にないくらいにスタンフォードに懐いてしまったのは完全に原作から離れているが、それ以外のヒロイン達は概ね原作通りの距離感に収まっている。

 

 強いて言えば、セタリアは原作と違ってスタンフォードを人として尊敬しているくらいで、アロエラとの距離感は先日のコメリナベッド事件のせいで遠くなった。

 ポンデローザの話では、ミモザは一年時に手紙でやり取りを行い、二年時から本格的に攻略が可能になるキャラクターである。

 何かと嫌味を言いながら主人公に突っかかるスタンフォードをミモザは毛嫌いしていた。それが原作での立ち位置である。

 予想と違う反応に困惑していると、ミモザは興奮したように続ける。

 

「兄は言っていました! スタンフォード殿下は努力を怠らず、誰にでも優しく接してくれる人格者で友として尊敬していると!」

「えぇ、それ誰ぇ……」

 

 ミモザからのあまりに高い評価にスタンフォードはつい素の口調で困惑してしまう。

 

「雷竜ライザルクとの戦いでは、生徒達を守るためにボロボロになりながらも戦い、誰にも触らせたくないとおっしゃっていた自身の魔剣を兄に貸し与え、周囲が兄だけを賞賛する中、特に驕ったりもしない。これが人格者ではなく何だと言うのですか!」

「ものは言いようだなぁ」

 

 スタンフォードとしては、郊外演習で救いたかったのはポンデローザであり、ライザルクに勝つために最善を尽くしただけのことなのだ。

 それをこうも都合良く解釈されては、どこか居心地が悪かった。

 

「僕は自分にできることをしたまでだ。むしろ、あの一件では力不足を実感したくらいだよ」

「兄の言っていた通り、謙虚な方のですね!」

 

 スタンフォードが否定してもミモザは目を輝かせるばかり。

 そんな彼女の反応を見て、スタンフォードはゲンナリとした表情を浮かべた。

 自分の実力をひけらかし、謙虚に見えるように振る舞い賞賛される。

 昔の自分が行っていた愚かな行為。言わば黒歴史。

 自分を客観的に見れるようになり、こうしてミモザから評価されることによって、スタンフォードは過去の黒歴史を掘り返されている気分になっていた。

 

「君のお兄さんは人が良すぎるだけだよ。あいつは何でも良い方に捉えるだろう? 僕が人格者なんてこの学園にいるだいたいの生徒は思っちゃいないさ」

「それはその方々に見る目がないだけでは?」

「違うよ。ブレイブは中等部の頃の僕を知らない。中等部の頃の僕は酷いものだったよ。それを知っている人間なら僕を好意的に見ることなんてないんだ」

 

 自分はこの世界の主人公なのだと調子に乗り、好き勝手に振る舞っていた中等部時代。

 それによって、ジャッジやガーデルなど多くの人間の名誉を貶めた。

 自分は大したことないと言いながら他人をこき下ろすことを謙虚に振る舞っていると勘違いしていた愚かな自分はスタンフォードにとっても唾棄すべき存在だった。

 

「ですが、今のスタンフォード殿下は違うのではないでしょうか」

 

 自嘲するようなスタンフォードの言葉に対して、ミモザは兄であるブレイブのように真っ直ぐな言葉を告げた。

 

「私は殿下のことを兄経由でしか知りませんが、兄は誰よりも側であなたのことを見ていたはずです。その兄があなたを人格者と判断したのならば、それは私にとって事実でしかありません」

 

 盲目的だな。

 スタンフォードはブレイブに対するミモザの信頼感に対してそう思った。

 ゲーム的に言えば、ブレイブとミモザの好感度が同期している。そんな状態だと感じたのだ。

 

「まあ、僕がどういう人間かは入学してから判断してくれればいいさ。君が入学するのを心待ちにしているよ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 ひとまずは彼女をブレイブの元へと案内しよう。

 待たせていたガーデルの元へと戻ると、スタンフォードはミモザを連れてブレイブを探しに行くのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84話 コメリナの血液占い

 ブレイブとアロエラはフォルニアを連れて生徒会室を目指していた。

 

「ニア、せっかくだからうちのクラスの出し物見ていくか?」

「是非!」

「絶対本来の目的忘れてる奴だこれ……」

 

 目指していたのだが、ブレイブがフォルニアを案内してあげたいという気持ちが勝り、寄り道に次ぐ寄り道を繰り返していた。

 

「ブレイブ様のクラスはどのような出し物をされているのですか?」

「うちのクラスはまとまりがないから、結局自分達の好きなことをそれぞれするって形になったぞ」

「セタリアが物凄く苦労してたわね」

 

 ブレイブのクラスにはスタンフォード、アロエラ、コメリナをはじめとして我の強い人間が多く存在する。

 そのため、クラスの出し物は縁日形式で教室の中で好きなことを行うという形に落ち着いたのだ。

 アロエラはクラスのまとめ役だったセタリアのゲッソリとした表情を思い出して苦笑する。

 

「あれは林檎飴ですね!」

 

 教室に入ったフォルニアは出し物の一つである林檎飴の屋台を見つけて目を輝かせる。

 

「おっ、いいとこのお嬢さんなのに林檎飴を知ってるのか」

 

 林檎を水飴でコーティングした菓子である林檎飴は平民街でもあまりお目にかかれない珍しい菓子だ。

 それをどう見ても上級貴族であるフォルニアが知っていることにブレイブは驚いた。

 

「兄が味はともかくお祭り気分を味わえるとよく話してくれていたので気になっていたのです!」

「ニアのお兄さんって一体……」

 

 フォルニアの兄ということは彼もまた上級貴族だ。それなのに、平民の文化に明るいということにアロエラは怪訝な表情を浮かべた。

 フォルニアは浮き足だった様子で林檎飴を一つ購入した。

 

「おいしいです! 確かに味はそこそこですが、何故か気分が高揚しますね!」

「それ褒めてるの?」

「俺は好きなんだけどなぁ」

 

 褒めているのか貶しているのかわからないフォルニアの言葉にブレイブとアロエラは苦笑する。

 どこかズレているお嬢様。

 一体彼女は何者なのかという疑問は尽きなかった。

 

「おっ、コメリナも出し物をしてるのか」

「ブレイブ、アロエラ。巡回、お疲れ」

 

 コメリナは黒いフードを被り、怪しげな雰囲気を醸し出している。

 彼女は射的や輪投げなどの出し物をしているクラスの中でも異質な血液占いの店を出していた。

 生徒会特別調査班に所属しているコメリナは滅竜祭においてはクラスの出し物に専念していた。

 滅竜魔闘では治癒班の仕事があるものの、それ以外の時間は基本的に非番だった。

 

「初めましてフォルニアと申します! あなたが王立魔法学園でも有名な最優秀治癒魔導士のコメリナ様ですね。先日は幻竜を倒したと聞いております。将来有望な治癒魔導士の方にお会いできて光栄です! どうか私のことはニアとお呼びください!」

「ふふん……それほどでもある」

 

 フォルニアには興味のなかったコメリナだったが、自分の功績に目を輝かせながら自己紹介してきたことで口元をほんの少しだけ吊り上げた。

 

「占っていく?」

「コメリナ、血液占いって何を占うんだ?」

 

 血液占いと聞いてブレイブは何をするのかピンと来ずに首を傾げる。

 この世界には血液型占いという概念もないため、得体の知れないコメリナの店は閑古鳥が鳴いていた。

 

「血、情報たくさん。将来、占える」

「血液占いって、あんたまさか……!」

 

 コメリナの新魔法の実験に友人として協力していたアロエラはコメリナの思惑を理解して戦慄する。

 

「実験体、たくさん」

「来賓で来てるお偉いさんで人体実験してんじゃないわよ!」

 

 コメリナはスタンフォード以外にも血液のサンプルを集めるために占いと称して血液を採取していたのであった。

 

「それで、どういったことを占っていただけるのでしょうか?」

「肉体の成長度合い、魔導士としての将来とかいろいろ」

「魔導士としての将来……」

 

 占いの内容を尋ねたフォルニアは魔導士としての将来という単語を聞いて表情を曇らせる。

 彼女は魔導士の適性がない。

 それ故に絶対に魔導士にならないという将来を改めて突きつけられるのが怖かったのだ。

 

「安心する。私、正確に占う」

 

 しかし、コメリナの魔導士としての優秀さはよく耳に入ってくる。

 もし自分に可能性があり、それが見つかっていないだけなら。

 そう期待せずにはいられなかったのだ。

 

「ニア、器に手を入れる」

「はい、わかりました!」

「躊躇ないわね……」

 

 フォルニアはコメリナの言うとおりに、台座に置かれた透明な器に右手を付けた。

 

「採血する」

 

 コメリナは器の中にある水に魔力を流すと鎮痛の魔法をかけながらフォルニアの指を浅く切って血を吸い出し始める。

 器の中の水に血液が混じり、コメリナの魔法によって成分が分離し始める。

 血液の成分分析を始めたコメリナは驚いたように目を見開いてフォルニアを見つめる。

 

「ニア、兄いる?」

「えっ、どうしてわかったのですか!?」

「すげぇなコメリナ! 本当に当たってるぞ!」

 

 ブレイブとフォルニアが興奮したようにリアクションをするため、周囲の客達も気になってコメリナの占いの館を覗き始める。

 コメリナは魔力を集中すると器の中の水を宙に浮かべて球体の状態で維持し始める。

 

「魔法適正、水属性。魔力の質、量共に一級品」

「えっ、私に魔導士としての適正はないはずなのでは」

 

 自分には才能がない。そう思っていたコメリナは占いの結果に驚きの表情を浮かべる。

 

「最後まで聞く。ニア、心肺機能雑魚。あと、取り込んだ魔力吸収率悪い。検査、適正低くて当然」

「つまりニアは燃費が悪い体ってことね」

「でも、魔法運用しだいじゃどうにかなりそうだけどな」

 

 フォルニアは魔法の才能がなかったわけではなかった。

 魔力の質も量も一級品だが、それを体に循環させる能力と回復させる能力が極端に低かったのだ。

 つまり彼女は才能こそあれど、それを発揮できない状態にあったのだ。

 魔導士としての適正を計る魔法器具は、器具の補助で擬似的に魔法を発動させるという仕組みのため精度は低い。

 これはコメリナのように血液の中に含まれる情報を詳細に分析できる人間などいないため、仕方ないことでもあった。

 

「体鍛えて、いっぱい食べる。これで多少改善できる」

「では、私は……!」

「ニア、魔導士になれる」

 

 コメリナは力強く頷くと、ニアの指の傷を治療して彼女の体に触れて魔力を流し込む。

 

「これ、サービス」

「一体何を?」

「魔力の吸収率上げた。私、水属性。調整可能」

 

 コメリナとフォルニアは同じ水属性の魔力を持つ。

 まだフォルニアの魔力の成分はコメリナもよく知っている自分と似通っていることもあって、多少はコメリナの手によって改善することができたのだ。

 

「頑張れ、後輩」

「コメリナ様、ありがとうございます!」

 

 コメリナは優しい笑みを浮かべ、涙を流して感激しているフォルニアの頭を撫でる。

 

「コメリナってあんな風に笑うんだな」

「アタシもコメリナのあんな笑顔初めて見たわ」

 

 いつも無表情のコメリナが優しい笑みを浮かべたことで、ブレイブもアロエラも、クラスメイト達も驚きを隠せなかった。

 

「ニア、兄によろしく」

「はい、後でお会いしたときにお伝えしておきます!」

 

 フォルニアはコメリナに深々と頭を下げる。

 

「結局ニアの兄貴って誰なんだろうな」

「コメリナは何かわかったみたいだけど」

 

 余談だが、この一件によりコメリナの近寄り難い雰囲気は多少改善され、クラスメイト達も積極的に話しかけるようになるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85話 二組の兄妹

 巡回をしながらも生徒会室に向かっていたスタンフォード達、ブレイブ達。

 

「おや、ブレイブ?」

「おっ、スタンフォード」

 

 何の因果か、二組は同時に生徒会室の前に到着した。

 

「そうだ。ちょうど君を探している子がいて――」

「お兄ちゃん!」

「スタン兄様!」

 

「「は?」」

 

 スタンフォードの言葉を遮り、フォルニアがスタンフォードに、ミモザがブレイブへと抱き着く。

 

「ミモザ! 来るなら来るって言ってくれれば良かったのに」

「えへへっ、お兄ちゃんを驚かせたくって。アロエラちゃんも久しぶり!」

「少し見ない内に大きくなったわね、ミモザ」

 

 ミモザとアロエラは仲良さそうに手を取り合っていた。

 そんな二人を見て、スタンフォード達は固まっていた。

 

「あぁ、紹介が遅れたな。こいつは俺の妹でミモザだ」

「改めましてミモザ・ドラゴニルです。兄がいつもお世話になっております」

 

 ミモザは礼儀正しく再び深くお辞儀をした。

 

「スタンフォード殿下がここまで案内してくださったんです」

「そうだったのか。ミモザが世話になったなスタンフォード」

「いや、僕は生徒会役員として当然のことをしたまでだ」

 

 スタンフォードは、兄妹揃って頭を下げてくるのを制すると自分に抱きついてきているフォルニアに目を向けた。

 

「というか、ニア! お前護衛も付けずに何で滅竜祭に来てるんだ!?」

「護衛は撒いてきました!」

「相変わらずの行動力だね……」

 

 胸を張るフォルニアに対して呆れるようにスタンフォードは笑う。

 

「皆さま、改めましてレベリオン王国第一王女フォルニア・シンバ・レベリオンと申します。以後お見知りおきを」

 

 スカートの裾を摘まんでフォルニアは優雅に一礼する。その姿は王族に恥じない高貴なオーラを纏っていた。

 

「そういえば、カールは来てないのか?」

「カールはどうせ魔導士になれないのに魔法学園を見に行っても仕方ない、って言ってました」

「あいつも相変わらずだね」

 

 フォルニアには双子の兄であるカールもいたが、彼もフォルニアと同様に魔導士としての適性がなかったため、王立魔法学園に足を運ぶことはしなかったのだ。

 

「待って待って、ちょっと待って!」

 

 あまりの情報量に脳がパンクしていたアロエラは、そこで会話に割って入っていった。

 

「ニアの言ってた優しいお兄さんってまさか……」

「はい、スタン兄さまのことです!」

「えぇぇぇ!?」

「……何か言いたげだね。気持ちはわからないでもないけど」

 

 アロエラは生徒会メンバーの中で現状、一番スタンフォードのことをよく思っていない。

 過去の自分の行いも加味すれば彼女の反応は正常とも言えた。

 

「ニアは側室の子で雷魔法も発現しなかった。王位継承権がない弟妹達は基本的に僕達とは接触を避けるように教育されていたんだ。そういう状況で僕がこっそり二人のところに遊びに行っていたから慕ってくれているんだよ」

「スタン兄様は王位継承権を持つ身でありながら私と分け隔てなく接してくださいました。私にとっては最高の兄です!」

「なるほどね……」

 

 アロエラは二人の関係にどこか納得した表情を浮かべた。

 アロエラにも腹違いの兄がおり、彼もまた立場を超えて自分に優しくしてくれた。

 フォルニアがスタンフォードを慕う気持ちは理解できないでもなかったのだ。

 

「そうだ、ニア。兄上は来賓の対応で忙しいから合うのは厳しいと思うよ」

「そうですか……残念ですがお仕事なら仕方ありませんね」

 

 ハルバードは現在、第一王子として、生徒会長として来賓の対応をしている。

 フォルニアとの関係もあまり良くないため、むしろスタンフォードは安堵していた。