君の羽飾りに触れて (四ヶ谷波浪)
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君の羽飾りに触れて

 どこか愁いを帯びた横顔を眺めながら。そういえば前にソロの笑顔を見たのはいつだったかしらと考える。あれ、本当にいつだろう。ソロは旅先であったことをいろいろ話してはくれるけど、ちっとも笑顔は見せてくれない。

 行く先々で出会った強かった魔物、美味しい料理、素敵な風景。他にもたくさん。ソロはいつだって丁寧に話してくれる。つい、ワクワクして、私も戦いたかったなぁなんて言うとソロはいつだって「もしアリーナがいたらすぐに終わっちまうよ」なんて言うんだ。

 

「ねえ、今度はどこに行くの?」

 

 本当は、私もソロの旅に着いていきたいなと思うのだけど。今度はブライもクリフトも許しちゃくれないわ。泣いても笑ってもきっとあの旅が最初で最後の旅だったんだもの。できるものなら二人とも連れて四人旅ができたらいいのにね。ただの夢だけど。

 

 でも。例えば二人とも許してくれたとしても。そう、誰が許してくれたとしてもね。ソロが許してくれないと思うわ。心底心配だけど、ソロはその、一人旅が一番いいって考えてる。

 

「んー……あー、そうだな、移民の町かな。まだ近いし」

「じゃあ、その次はエンドールへ?」

「そうだな、もし関所で止められても飛んでったら一緒だし。トルネコの顔見て、そのまま定期便に乗って大陸を渡ってもいいな」

「たしかエンドールから出ているのはハバリア行きね。じゃあそこからずーっと南下したらモンバーバラじゃない! マーニャとミネアに会えるなんていいわね!」

「おう、アリーナの分までよろしく言っておいてやるさ」

 

 膝の上のネコのミーちゃんをゆっくり撫でながら。優しい顔をしているのに、ソロはまたふらふらとどこかに行ってしまうんだろうな。じゃあ次に会えるのはいつになるのかしら。

 

 とはいえ、マーニャにもミネアにも、ちっとも会っていないけど。他の人もね。でもあの二人には感じていない不安があるの。だってソロったら、いつかそのままどこかに消えてしまいそう。あの二人ならどこででも元気にやってるだろうなって思えるのに。

 

 あの旅が終わってからソロはどこにも腰を落ち着けないで、どこにも「ただいま」を言えないで。ひとりでぐるぐる何度も世界を回りながら、たまーにサントハイムにも顔を出してくれる。これはもう何回目かの来訪だもの。優しいソロは私たちを心配させないようにって思っているのかな。

 

 ソロが来てくれると私は喜んでちょっぴりお上品で、お城の中を走ったり壁を蹴破らない「サントハイムのお姫さま」をおさぼりして、お客さまであるソロをもてなすの! ってお父さまを説得して、こうしてお城の屋上とか、厨房のすみっことか、そのあたりで楽しく取り留めのないお話をする。

 玉座の間はダメよ。お父さまとか大臣とかが揃ってるとソロはまたちょっぴり勇者みたいな顔をして、よそ行きの顔になっちゃうから。

 

 私がたまには……たまにはね、ううんいつもだけど、「お姫さま」をおさぼりしたいみたいに、ソロだって「元勇者」をおさぼりしたいんだってことは聞かなくても分かっていた。なんていうか今のソロはただのソロなんだ。

 

 ふわふわと、やさしくそよぐ風がソロの髪飾りを揺らす。ソロはあの旅の途中では見たことのない、羽飾りのヘアバンドをいつからか付けるようになっていた。そういえばちっとも天空の装備をした姿を見なくなったわ。天空のかぶとはスタンシアラに返したのかな。

 

「移民の街でホフマンは元気にやってるかなあ。そうだ、パトリシアも」

「懐かしいわ、パトリシア! そういえば、パトリシアがホフマンさんのお馬さんだってこと、旅が終わってから知ったわ」

「アリーナはホフマンさんとはほとんど入れ違いだったもんな。しかもパトリシアのこと、ほとんど借りたまま貰っちまったような感じだったからなあ。でももう、俺には馬車は必要ないし。なら元の持ち主に返すのが正しいよ。そもそもはちょっと借りるって話だったんだ」

「そうなんだ」

「おう。ブランカ王国の東の方に砂漠があってさ。それを越えようと思ったんだが、やっぱ生身じゃキツくてな。それで近場で馬車を持ってたホフマンに……」

 

 不意に言葉が途切れた。後ろから聞き覚えのある早足気味な軽い足音が近づいてくるのに気づいて、顔を見合わせて、一緒に振り返る。そこにはやっぱりクリフトがいた。両手に何か包みを抱えて、ちょっぴり眉をしかめて。でもホッとした様子なのは隠しきれていない。

 

「こんなところにいたんですか、姫さま! あぁソロさんも!」

「お前の姫さま、借りちまって悪いな」

「いいえ! ……ちょっと! 恐れ多くも私の……じゃありませんし、もう! その生温かな目線はいささか不服ですよ!」

 

 ぶつぶつ言いながらもクリフトは何かを抱えたままソロの隣に腰を下ろした。なんだかんだクリフトはブライより私のお転婆を許してくれることの方が多い。

 

 こうしてみんなで一緒に城壁に座って足をぶらぶらしているのはとっても気持ちがいいわ。いつもならすぐにはしたない! って怒られちゃうけど、ソロがいるとお作法について怒るのは後回しにするらしくって助かるわ。

 

「そのですね! ええと、せっかくソロさんが来てくださっていることですし、食事時ではありませんがここまで旅をされてきたのです、とりあえず軽くつまめるものでもと思いまして……」

「おっちょうどいい弁当だな。二、三個貰ったら早速出発するか。なぁ貰っていいか?」

「え?」

「もう行っちゃうの? なら半分くらい持ってちゃえばいいわよ」

「ありがとな」

 

 流れるように包みからサンドイッチを出したクリフトから受け取って、それで、颯爽と立ち上がって。同時にさらりとソロの指がヘアバンドの羽飾りを撫でる。優しい手つきで、愛おしそうに。

 

 あぁもう、気まぐれな風みたい。誰か捕まえておかなきゃ、すぐに見えないところまで駆け抜けちゃうんだろうな。でも、ソロを捕まえられるひとはもういなくって……そう、かつてはいたんだわ。ソロの耳元でふわふわ揺れてる羽飾りが、……。

 

 私たちは、ソロの悲しみを知っている。ふるさとに戻れない痛みをまざまざと見たんだもの。だからいつだって無理に引き止めることは出来ない。せいぜい気まぐれな来訪を歓迎することしか出来ない。

 ソロは私たちのそばを吹き抜ける風になったんだもの。

 

「また来てね! きっとよ!」

「おう。じゃあアリーナ。ブライにもよろしくな」

「え、え、ソロさん、まさか姫さまみたいにそこから飛び降りる気じゃないでしょうね!」

「そのまさかだよ。じゃあなクリフトも。元気でな」

 

 城壁からぴょんと身軽に地面へ。そのままさっさと高い草丈の中に紛れてしまって、あっという間に見えなくなってしまう。瞬く間に、風らしく。

 

 どうして。あの時、ソロはロザリーさんを生き返らせることを選んだのだろう? シンシアさんを選んだって、誰も責めなかったのに。だって、だって、戦いが終わった後。ソロは故郷だった場所であんなに悲しんで、泣いて泣いて、そんな想いをしていたわ! 今も! ソロはずっと寂しい顔をしていたわ。

 

 自分の大事な人を選んでよかったのに。みんなそう思っていたのに。でもソロは勇者らしく、世界が一番平和になる道を選んだ。

 

「あーあ、行っちゃった。今日は移民の町に泊まるのかなあ」

「ソロさんの足なら日暮れ前にたどり着くでしょうけど……あぁ、またサントハイムに泊まっていただくことができなかった」

 

 私たちは足をぶらぶらさせながら、残ったサンドイッチにかぶりつく。さぁっと風が吹き抜けて、取り残された私たちの髪をばさばさと揺らす。

 

「不謹慎だけど。あの旅が続いた方がソロにとっては良かったのかもしれないわ」

「……えぇ、姫さま」

 

 どうか、私たちの大事な仲間に安寧を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついため息が出た。いくらか威厳が削がれようが仕方ないだろう。我がデスパレスの玉座に、なんのいわくもないただの剣を背負った「元勇者」が来るとはな。誰か止めなかったのか。いや止めた上なのか。全く頭が痛い話だが、……魔族というのは力に重きをおく存在である。

 一応は止めたらしい部下どもは揃いも揃って完全に叩きのめされたのか、顔やら腕やらを腫らしながらも半ば尊敬の目であいつを見ていた。

 誰にも致命傷がないのはまったくもって器用なことである。

 

「ようピーちゃん。今日もちゃんと魔族の王さまやってるか?」

「……どこぞの風来坊よりは真っ当にな」

「はっはっは。まさか。オレはしがらみのない旅人。誰にも迷惑をかけちゃいないさ。誰よりも真っ当な元勇者だ。そんでお前は人間に自動的に敵視される魔族の王。ちゃーんと末端のスライムまで支配しておいてくれなきゃまたオレの出番が来るかもしれねぇし」

「……それで、何の用だ」

「あーあまったくつれないね。ピーちゃんにはもうちょっとユーモアというか、再会の喜びとか、そういうのはないもんか?」

 

 あやつは耳元の羽飾りを撫でながら、これみよがしに辺りを見回した。

 

「前に来た時はゆっくりじっくり眺めている時間はなかったけどさ。なんつーか、デスパレスってところどころ色遣いがどこもかしこも禍々しいねえ。城の屋根は紫だし、玉座の色も紫だし。まぁセンスが変わってるってことで。

 なぁシンシア。どうよ。俺の元仲間のピーちゃんのお城は見応えあるか? 一線を画すっていうか、テイストが違って見ごたえあるんじゃないか。もしかして、ここにシンシアの仇はいるのかな。なぁどうして欲しい? とりあえずピーちゃんから倒しとく? 元凶っちゃ元凶だし。被害者ではあったけど、間違いなく加害者側だろ」

 

 終始おどけた冗談口調だったが、目は笑っていない。しかし奇妙なことに殺意もない。よどんだ光のない目は私の顔をしばらく眺めていたが、死体のような温度のなさは変わらなかった。

 いつしか、こいつ以外は衣擦れひとつたてずに静まり返っていた。異様な光景に近くの部下たちの鼓動まで聞こえてくるような錯覚さえ覚えた。哀れみとも恐怖ともつかない、形容しがたい感情を抱く。

 

「まあいっか。いいよねシンシア。今更っちゃ今更だし。やるならさ、元の姿に戻った瞬間大事なロザリーの前でぐさっとね。さっくりぶっ殺した方が良かったんだよ。でも俺はそうしなかったし。なんでだろうな。シンシア、なんでだろう? 今でもわかんなくてさ」

「……おい、誰かこの客人に椅子と茶でも出しておけ」

「どうも。元勇者を客扱いしてくれるとは感動ものだよな。マスタードラゴンにでも宣伝しておくか! 思ったよりは優しいねえ。そうだ、ピーちゃん、デスパレスの観光名所ってドコ?」

「まずはそのふざけた呼び名をやめろ」

「ほいよ。ピサロ、とびっきり美人なシンシアの前では変に大人しいな。やっぱりロザリーに似てるのか? 確かに同じエルフだけど、俺には全然違うように見えるんだけどな。この前ロザリーにも聞いてみたけど、ロザリーはよく分からないって言ってたよ」

「私もその場にいたのを忘れたのか?」

「そうだっけ。いやぁ、何度も行ってると記憶が混同しちまったよ。

 じゃ、シンシアとそのへん見て回るから。なんか攻撃されたら殺さない程度に返り討ちにしとくからな!」

「好きにしろ」

 

 どこかふわふわとした足取りのあやつの姿が消えると、ようやく凍りついていた空気が少し緩んだ。

 

 おそるおそる、一番近くにいた部下が口を開く。普段ならば私に対してこのような無駄口を叩くことはないのだろうが、まぁ、少しは分からなくもない。疑問くらいは涌くだろう。

 

「あの方は……その」

「とうに亡くした恋人の幻聴を聞いて狂っている。見た通りだ」

 

 あやつは世界を回ることに執心しているようだ。デスパレスを散策して満足すれば出ていくだろうが。

 

 さて、ロザリーに会わせるには刺激が強くなってしまったか。少し前まではあのようなことはなかったが、いつの間にあそこまで狂ったのやら。

 

「ただの狂人と見て侮るなよ。奴は以前よりも鋭い。返り討ちにされたくなければ触れないことだ。そのうち出て行くだろう」

 

 いや。私が言えたものか。決してそう言ってやらないが。せいぜい激昂を誘うだけだろう。最早怒ることもないかもしれないが。

 私は今でも正しいことをしたと思っている。今でも。この先謝ることもないだろう。

 

 しかし、あの痛みは知っていた。私はその怒りを外に向けようとした。あやつは怒りも憤りも内側へ向けて、結果狂った。それだけの違いだった。

 

 私には、突き詰めればロザリーさえいればいい。ゆえに、あやつがロザリーヒルに現れる時には念の為同行しなくてはならないか。狂ったあやつがロザリーに何を話すかわかったものではない。

 

 遠くでかつて「勇者」を討ったことで褒賞を取らせた部下の悲痛なる断末魔が響いていたが、私は黙って首を振っただけに留めた。そして決してあやつに報復するなと指示を出したのみ。先ほど私に剣を向けなかったのはあやつなりの理性だと知っていた。

 

 奴が去ってから。何度も何度も叩きつけるように引きずられた部下の死体が、見るも無惨に滅多刺しにされていたのを見て、私は想う。ロザリーが死んだ日のことを思い出す。

 

 探し求めていた「勇者」……いや。ソロと私は紙一重だったのだと、今は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンシア。どう、世界は広かった?」

 

 靴にはべったりと、赤黒い染み。それをまったく気にする素振りもなく、羽飾りをつけた青年は川にかがみこんでひとりとめどなく喋っていた。

 彼は茫漠と微笑んでいた。

 

「楽しかったのならよかった! 色んなところを見てきたけど、まだ行ってないところがあるんだ。どこだと思う?」

 

 丁寧に丁寧に手を洗ってから愛おしそうに羽飾りに触れた。羽飾りはよくよく見れば焼け焦げた跡があったが、丁寧に修復されていた。

 

「空の彼方にお城があるんだ。名前はそのまんま、天空城!」

 

 おもむろに立ち上がった彼は空を仰ぐ。眩しそうに空を仰いで目を凝らす。もちろん天の彼方を肉眼でとらえることはできなかったが気にしたそぶりもなく。

 

「お城の王さまはドラゴンで、住人は真っ白い翼が生えた天空人っていうんだ」

 

 おどけたように彼はくるっと回って自分の背中を見せつける。その背にはもちろん何もなかったが。

 

「俺の、産みの母さんは天空人らしいよ。だからかな、この前エラソーな王さまドラゴンは天空城に住まないかって誘ってきたけど、シンシアが待ってると知ってたから断ったよ」

 

 羽飾りに触れたまま、彼は朗らかに笑う。

 

「ねえ、今度は空へ行こうか。俺、何度も行ったことがあるからルーラでひとっ飛びさ。ちっとも心配いらないよ」

 

 そして、そっと誰かの手を取るような仕草をして。

 

「シンシア。空を越えて、ドラゴンの王さまに会いに行こうね」

 

 呪文を唱えかけて、何かを思い出したように。楽しそうな微笑みを不意に消し去った。

 

「そうそう。俺の実の父さんはね、雷に撃たれて死んだんだって」

 

 彼は、昏く、低く、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは天空城内部。似つかわしくない翼なき青年は、翼を持ったある女へ近づいていった。足取りは雲の上を歩くかのようにふわふわと。しかし、まっすぐにたどり着く。その場の誰にも届かない言葉を続けながら。

 

「ねぇシンシア。俺の両親は俺を育てたから死んだんだと思ってる。シンシアだってそうだ、俺がいたから死んだんだ。そうだろう? 俺がいなきゃ勇者を殺すためにピサロが攻めてくることなんてなかったし、俺がいなきゃシンシアはモシャスなんて使わなかったし、俺がいなきゃ父さんも母さんも今も幸せだったさ」

 

 不穏な言葉とは正反対に、歌うように朗らかな口調で喋りながら。そのくせ誰に何をされても青年は話すのをやめなかった。不審に思った天空人たちが彼を取り押さえようとしたが、難なく振り払われただけだった。

 

「俺はなんで、あの優しい両親に育てられた? そりゃあ本当の両親がいなかったからさ。なんでいなかったかって? 禁忌を犯したとやらで産みの両親の片方は天に連れ戻されて。もう片方は本当に天に召されてたから。俺の両親からしたら知るかよって感じだよな。いや、血の繋がらない俺を育ててくれるくらい優しい二人だから同情するかもしれないけど、あぁ、なんて言うんだろうなあ」

 

 皮肉げに笑いながら、彼は目の前の天空人の女を見下ろしていた。女はいつしか涙を流しながら青年を見上げていた。それ以外何もできないようであった。

 

「シンシア! ほら見えるかい。言った通り背中に翼があるだろ? ここの住人、天空人さ。地上では見れないし珍しいだろう?

 ……ねぇ、シンシア、笑ってよ」

 

 青年の無邪気な声が、だんだん嗚咽へと変わっていく。形ばかり浮かんでいた優し気な微笑みが崩れて、光のない目が溢れる涙に沈む。

 

「ねぇ、聞こえないよシンシア。聞こえないんだよ。どこにも見えない、どこにいるの。君を探していたんだよ、ずっと。でもどこにいるんだ? 俺には見つけられない」

 

 泣きに泣いて、それでも青年はそこにいた。女は青年を見上げながら、決して、せめて抱きしめることさえ許されないことを知っていた。この期に及んで命は惜しくなかったが、全て奪われた青年の目の前で雷に打たれることを流石に良しとは出来なかった。

 いくら自分が彼にとっては他人も同然でも。

 

「シンシア! ねぇシンシア! 笑ってくれよ、いつもみたいに!」

 

 力任せに頭を掻きむしって、羽飾りを抱きしめたまま泣きわめく青年に、とうとう駆け寄った天空人の女は、それでもなんと声をかければいいのか分からずに、口ごもる。青年に確信を与えることは言ってはならなかった。当たり障りなく、ただの天空人として彼を慰めることしか許されない。

 しかし彼女が言葉を見つける前に。気配に気づいたのか、青年は不意に顔をあげて女の顔を見た。涙でぐしゃぐしゃの顔に、ぼんやりと炎の宿った目が女を射抜いていた。

 

「なぁあんたが禁忌を犯さなきゃ、今も……」

 

 その青年の顔は、ひどくその女に似ている。今更、その意味を理解していないわけではないだろう。

 

「シンシアは笑ってたのになぁ!」

 

 いつしか女は、愛する人が「天罰」と称して同胞に殺されたことを知らされた日を思い出していた。

 

 とうとう女はたまらず青年を抱きしめようとしたが、彼はそれより素早く身を引いて、決して許そうとはしなかった。



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