天衣無縫の巫女 レイム (神降ろし)
しおりを挟む

初の段

思いつきな為不定期更新です。
よろしくお願いします。








 彼女の姿を見た時───ボクはこれが夢だと思った。

 だってボクの目には、彼女が()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 満月を背後に空を飛ぶ姿はあまりにも幻想的で、現実離れしすぎて、そして───あり得ないことに既視感を覚えたんだ。

 

 

 その空を駆ける少女の姿に────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も散々だわ……」

 

 

 少女───博麗霊夢(はくれいれいむ)は散歩コースの公園を後にし、自宅があるとある神社の石段を上っていた。

 軽々と上っているが実はこの石段、下手な神社の石段よりも急である。それに段数も神社のものにしてはかなり多い。

 はっきり言うと霊夢は怠いと感じている。元来の怠け者である霊夢は少しでも怠いと感じればすぐさま楽な方に流れようとするのだが、それをすると稀に来る保護者()()の一人がペナルティーを課すため、彼女は()()()()()()()()()()()()()という選択肢がとれない。忌々しいことだが、その不自由さが必要なのだとは理解している。だからこそ忌々しいという表現になるのだが。

 そもそも自分たちがやっていることを己はやってはいけないという枷をはめるのが気に食わない。………ので、今夜に限り内緒で、黙って跳んで帰ってきたのだ。

 バレればただでは済まないが、其れも繰り返せば嫌でも慣れるというもの。消耗を軽減する方法など幾らでも身につくのだ。

 

 

 鬱憤を溜めながら、けれど吐き出せなくなる程には溜め込まず、もやもやとした状態で霊夢は階段を上った。

 

 階段を上り切った奥の奥、薄気味悪い夜の中ぼんやりと形として見えるのは古ぼけた……けれど神秘的な存在感を漂わせる神社であった。

 霊夢はその神社の横を通り過ぎ、

 

 

「ただいま」

 

 

 玄関をがらがらと音を少したてて開き、振り向いて靴を脱ぎ捨てる。揃えるのも面倒臭いと言いたげだ。

 この神社には彼女以外誰もいない。神社の元の持ち主である神主は、捨て子であった霊夢を拾ってから十年経った日にふらっといなくなってしまったのだ。尤も、五年前の時点で霊夢は一通りの家事を問題なくこなせるようになっていたため、何の問題もなかったのではあるが───。

 霊夢自身そのことに対して文句はあるが、悲しみはない。普段から適当に生きている彼女にとって、そんなものは些事でしかないのだから。

 問題なのは、その後に知り合いだと言ってきた高齢長身金髪でムキムキの、見るからにただならぬ存在感を放っていた現保護者擬きである。

 神主とは古くからの知り合いで、自分がいなくなった後の神社と霊夢を頼むと言われたから来たという老人は、その存在感に似合わず普通に挨拶と参拝をした後で、非常に常識的な対応をしてきた。

 当時の霊夢は老人のあまりにも途轍もない存在感に委縮する───ことはなく、訝し気に首をひねるだけで動揺は全くと言っていい程なかった。

 その様に老人は逆に困惑を少しと、だが聞いていた通りの反応をした霊夢に丁寧に此処へ訪れた説明と今後の相談をし始めた。

 

 

 要約すると───

 

 ・神主は、老人に霊夢の後見人になるよう頼んだ後に行方をくらました

 ・今後は自分か他の知り合いが様子を見に来る

 

 

 ───との事らしい。

 

 

 それに対して幼い霊夢は特に考えもせずに二つ返事で了承した。………そしてそれが運の尽き。

 それからというもの、稀にとは言え奇人変人が来るわ来るわ。霊夢の身を守るためと言ってお節介を焼く助平なオヤジに、これまた勿体ないと変な地蔵やら手作りした変な道具を置いていく道着姿のちょび髭、どう見ても堅気には見えない傷だらけの大男、姿を見せないのに気配でそこにいると分かる忍びのような謎の人物が参拝しに来た。そしてあの老人の、霊夢と同年代の孫も。

 

 正直な所、面倒臭いというのが霊夢の本音だった。

 だが、了承したのは自分なのだから、それを撤回するというのも霊夢には嫌だったらしい。

 

 結果、霊夢はそんな変人たちが来ることに適応した。

 害がないし、面倒ごとは持ち込まない。そしてお賽銭を入れているのだから無下にするという選択肢が霊夢にはなかった。

 

 

「そういえば、先月は秋雨(あきさめ)さん来なかったわね………」

 

 

 霊夢は思い出したようにぽつりと呟いた。

 不定期とはいえ完全にではなく、その月に一、二回程の周期でお参りに来ている変人たちが、先月には一度も顔を出さなかったのだ。

 因みにその月に来る人物も決まっていたりする。決まっていないのは月の何曜日に来るというのがないくらいか。 

 そして先月は秋雨という、お地蔵置き兼ヘンテコ道具を置いていくちょび髭の番だったりする。

 

 

「………なんか、来ないと逆に落ち着かないわね。まあ、地蔵だった場合は投げ返すだけだけど……一応あのヘンテコ道具だったら便利だから使っているのに(暇つぶしに)」

 

 

 おかげで先月は暇だったな~と息をするように不満を溜めていく霊夢は、まあいっかと考えるのをやめ、畳の上に寝転がった。

 そして、ふと閃いたのか……両目をぱっと開いて立ち上がった。

 

 

「そうだわ……こっちから出向こう」

 

 

 ついでに差し入れという建前として、貰い過ぎて余っている菓子類やらを押し付けに行こう。

 そんな副音声を胸に秘め、霊夢は深く考えることなくあっさり決めた。

 

 

「前々から何してるか気にはなっていたのよね………うん、明日行きましょう。決めた」

 

 

 そう言って霊夢は今の話題をすっかり決めたものとして頭の隅へ追いやり、今晩の献立をまたもや気分のまま決める作業へと移ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってわけで、来たわ」

 

 

「来ちゃったか………」

 

 

「ええ、来たわ。だってそっちが来なかったんだもん。落ち着かなかったからこっちからね」

 

 

 そう言うと秋雨───岬越寺(こうえつじ) 秋雨(あきさめ)はアチャーっと額に手を当てて己の失敗を恥じた。

 

 

「取り敢えず、門の中に入れてくんない?ほら、差し入れ持ってきたし」

 

 

 霊夢はほれっと両手に持つ袋いっぱいの差し入れを見せて、『梁山泊』と書かれた古びた道場門の前で立ちふさがる秋雨に道を空けるように言う。

 それに困ったように、けれど表情には出すことなく秋雨は敷地内に霊夢を入れるのを渋る。

 

 

「今、内弟子の修行中でね。境内で火炙り………腹筋と背筋の準備運動をしているところなんだよ」

 

 

「それが何だってのよ、別に気にしないし。っていうか、弟子なんてとったのね、あんた等」

 

 

「まあね。でもまあ………そうか、君は〝そう〟だったね。うん、それならいいか」

 

 

 

 ふと、思考し結論が出た秋雨は、首をかしげる霊夢を見て頷き、入る事を許可して門を開けた。

 

 

 そして─────

 

 

 

「し、死ぬぅぅぅううううううう!!!!」

 

 

「あぁ成程、本当に火炙りされながら腹筋背筋やってるわ」

 

 

「中々に効率的だろう?」

 

 

「あら!霊夢さん、こんにちは。まあまあ、差し入れですの!!」

 

 

「お、珍しいね。霊ちゃんが来るなんて」

 

 

「なぁにぃ?霊夢が来ただぁ?……おお!本当に来てんのか。よッ霊夢」

 

 

「めずら、しい………」

 

 

「チュー!」

 

 

 

 

 

 

 

 これは─────幻想なき世、神秘なき世にて、自身もその神秘を失いながら、されどその身の〝天生〟は変わらずに在り続けた少女の()の話。

 

 

 

 

     




感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壱の段

ちょっと短いです。
後、今回の話は梁山泊の主要キャラとメインヒロインである美羽と霊夢の関係についてぼんやり書いています。


やっぱり霊夢には追いかける人が一人はいないとな~って思うのですが、だからといってたの東方キャラを出すのはなんか違うと思いました。
それしちゃうと東方クロスオーバーでいいですし。

あくまでも、博麗霊夢を描きながらケンイチの世界で物語りたいので、他の東方キャラはなしの方向で行きます。


ので、ご了承ください。


それではどうぞ。





 幼い頃の(わたくし)から見た彼女の第一印象は───『敵わない』というものでした。

 あれは、おじいさまと世直しの旅から帰ってきた頃のことでした。

 途中で『ちょっと寄るところがある』と言い、その目的地へと向かい、神社の石段にしてはかなり多いものを上り、上り切った後に、赤く立派な鳥居を抜けたその先───古いながらも神秘的な神社………()()()()()()()()()()()()()同世代の少女───博麗霊夢さんはそこにいました。

 此方を覗くその澄み切ったガラス玉のような瞳が、私には恐ろしく思えてなりませんでした。

 

 

 ………けれどそれ以上に、どうしようもなく────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひとごろしぃぃぃぃいいいいいい~!!!!?」

 

 

「随分と元気ね。あんだけ声張り上げられるんだから」

 

 

「おっと、火が弱くなっている。うちわうちわっと………」

 

 

 そう思い出したように霊夢から離れた秋雨は、境内に置いてあるうちわを取ると火元まで行き、しゃがんでぱたぱたと煽り、火を更に燃え上がらせた。

 

 

「ぎぃやぁぁぁぁああああああああ!!!!!」

 

 

 それにつられて秋雨が先ほど言っていた内弟子であろう少年の腹筋背筋の速度が速まった。表情の強張りもより増した。

 

 

「これは火加減が難しくてね、常に側で扇がないと火力が弱くなってしまう」

 

 

「あら、じゃあ今来たのは不味かったかしら?」

 

 

「いや、君が来て中断したおかげで兼一君の()()が分かったよ。声が大きいということは、それだけ息を吐き出すということだからね。つまりは余力があるということ───よってもっと腹に力を入れられるッ!!

 

 

 そう目を光らせながら秋雨は扇ぐ力を増していった。兼一という名なのだろう少年が声なき声を上げながら、まな板に載せられ、尻尾を掴まれた活きのいい魚のように荒ぶっていた。

 『おたすけ~』と言いたげな死力を尽くしている兼一を置いておき、霊夢は梁山泊にいる一人一人に目を通し、どう見ても隠しきれてない巨体に目が留まった。

 

 

「アパパパパ………」

 

 

「あの人はまだ会ったことないわね………」

 

 

「ん?………ああ、まだアパチャイの奴には会ってなかったな、霊夢は」

 

 

「アパチャイさんっていうのね、あの人」

 

 強面で頬から鼻にかけて横断する一文字の傷がある男───逆鬼(さかき) 至緒(しお)が、隅っこで隠れて此方を窺っている巨漢を紹介した。

 

 

「彼奴の名はアパチャイ・ホパチャイ。まあ……悪い奴じゃあねぇから、宜しくしてやってくれ」

 

 

「ふぅん?……」

 

 

 霊夢は逆鬼の何か含んだ物言いに目を細め、その紹介された男───アパチャイを両目で視界に収めると、アパチャイもまた霊夢の視線に合わせて見合った。

 十秒ほど、無言で視界を合わせた二人は、そのまま距離を詰めると、霊夢が手を差し出し、アパチャイもまたそれに応じた。

 

 

「初めまして、博麗霊夢よ。今後ともよろしく」

 

 

「アパチャイだよ!コンゴト~モヨロシクだよ!!」

 

 

 微笑む霊夢に対し、満面の笑みで答えるアパチャイ。ソレを見守っていた周囲は安堵の溜息をついた。それに目ざとく気づいていた霊夢だったが、あえてそこには触れなかった。安堵している様子から、何か問題があったのだろうが………もう解決しているのだから詮索する必要もないだろうというのが四割。後詮索するのが面倒くさいというのが六割。───というのが霊夢の頭を占める考えだった。

 

 

「それにしても…本当に珍しいね、霊ちゃんが来るなんて」

 

 

「別に、暇だったのと……後は大量にあった菓子類やらのお裾分けよ」

 

 

 さり気なく霊夢のお尻を触ろうと背後から近寄ってきた助平な男───() 剣星(けんせい)の手から半身をずらして回避する霊夢。ついでにその手首を軽く触れたまま、自身の手首を返して───

 

 

「お~っと危ないね」

 

 

 ()()()()()前に剣星が自身の重心を右前脚に集中して踏みとどまった…………が───

 

 

「おッ───?」

 

 

 更に霊夢自身の左足が踏みとどまっている右足の膝裏に蹴りを入れ、再び重心を崩したと同時に霊夢から見て前方に投げ飛ばした。

 

 

「なッ───」

 

 

 それを海老ぞりしながらその眼にとらえた兼一は驚愕し両目を見開いた。

 

 

「(馬師父が投げられたッ!?)」

 

 

 今日日内弟子となった兼一だが、それでもこの梁山泊にいる全員がとんでもない程の達人だというのは心身ともに理解している(理解させられた)。だからこそ、そのとんでもない達人の一人である剣星を、ああも簡単そうに投げ飛ばした霊夢と呼ばれた少女の実力に驚きが隠せない。

 

 

「やれやれ……今のは良かったけど危ないね、霊ちゃん」

 

 

「…チッ!そのまま頭から行けばよかったのに」

 

 

「酷いね……」

 

 

 投げられた剣星は頭から落ちる前に左手を地面について受け身を取っていた。受け身を取られた霊夢は舌打ち一つ上げるが、そこまで不快でもなさそうであった。どうせ受け身を取るのだからいいだろうと言いたげに。それにやれやれと首を振りながら体勢を元に戻した剣星は、霊夢の腕が鈍っていないことに感心したようだ。

 

 

「ふむ、相変わらず見事な投げじゃ」

 

 

 其処へ突如聞こえてきた威厳ある声の方向に目を向けると、其処には金髪で長髪な霊夢の良く知る人物───風林寺(ふうりんじ) 隼人(はやと)が顎に手を当て感心した様子で此方を見ていた。

 

 

「試されるのは別に構わないけど………一言言ってくれる?暇つぶしには来たけど、面倒は嫌よ」

 

 

「ホッホッホ、それは失敬。じゃが武術家の〝(さが)〟と言うもんじゃよ、若き才能のある者へのちょっかいは」

 

 

 どうだか………と訝し気に眉を寄せる霊夢に達人たちはにっこりと笑みを深めるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様を遠目から見ていた兼一はいつの間にか(しゃちほこ)のように反ったままその光景を見ていたが、いつの間にやら火力が増し過ぎていた火の熱さに悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

「あっっっっつうぅぅぅぅぅううううううううううぃッ!!!!!!?」

 

 

「あ、火加減間違えた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───その後、霊夢は持ってきた菓子折りを長老の孫である風林寺 美羽(みう)に渡すと、どうせ暇だからと縁側で行われる兼一の修行を鑑賞することにした。

 秋雨に今回は何をやるのか聞くと、今日は初日だからわりと軽めだよと言って、にっこりとアルカイックスマイル(仏のような笑み)を浮かべていた。

 

 その内容は簡単に言うとこうだ。

 

 

 ・恐怖を克服させるために両膝と両腕に林檎を出来る限り乗せ、それを刀を持った梁山泊の中で最も若い達人であり武器の担い手───香坂(こうさか) しぐれが林檎だけ斬る

 

 ・逆鬼が兼一の両足を持って駆け回り、兼一は自身の両手のみ地面に着けて走る

 

 ・アパチャイと自由に組み手する

 

 

 霊夢はその内容を見た時、最後のだけ死ぬんじゃない?と今日一番の勘が冴え渡るのが分かった。

 

 

 修行を見届けた後、丁度いい時間になったため、霊夢はそろそろ帰ろうかと縁側から立ち上がった。すると───

 

 

「あ、レイムさん。もう帰られるのですか?」

 

 

「ん、そうね。神社をずっと空けとくわけにもいかないし、美羽の方から秋雨さんとかに言っといてくれる?」

 

 

「はい、わかりましたわ」

 

 

「じゃ」

 

 

 霊夢の願いに一つ返事で了承した美羽に頷くと、霊夢は道場門の方へと歩いていく。

 

 

「霊夢さん」

 

 

 その背中に、美羽の声が通った。霊夢は背を向けたまま立ち止まり、美羽の言葉の続きを待った。───空気が鋭さを帯びるのが分かったから。

 ほんの数秒でしかないのに、数分に引き伸ばされてしまったかのような静けさが辺りを包む。それを作り出しているのは二人の少女。

 片や自然体のまま、いつ何時何処からでも対処が出来ると無意識ながらも確信している赤いリボンが特徴的な黒髪の少女。

 片や身体を微かに震わせながら、自身の胸の内から湧き出る気を押さえつける様に力ませる金色の髪の少女。

 二人には、否───金色の髪の少女には少なくない因縁があった。

 

 

「また、いらして下さいね」

 

 

 彼女は追う者だ。未だ届かないと自認しながら、それでもと『星』に手を伸ばす少女だ。

 言葉にするのは本音。言葉に乗せるのは宣言。

 

 

 

 

─── 何度だって挑みます ───

 

 

 

「気が向いたらね」

 

 

 対して黒髪の少女が返すのは簡素な言葉。だが、それに籠められたものはどこまでも傲岸不遜な魔王のようなもの。

 自身に向けた言葉の裏なんぞ、考えなくとも伝わっている。故に───

 

 

 

 

─── 何時でも来なさいな ───

 

 

 

 そうして霊夢は梁山泊を去った。どこか、いつもよりも嬉しそうにしながら───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神秘ある世でなくとも、その身が〝博麗霊夢〟であるならば、必ず相対する者は無数に、それこそ星の数ほど現れる。

 誰もが彼女という星に魅せられて、引き寄せられて、手を伸ばすのだ。

 しかしながら、彼女という星に手を伸ばし、()()()()()()()()()は、何時何処であろうと───〝金色の髪をした普通の少女〟なのだ。

 

 

 

 




誤字脱字報告や、感想・評価・お気に入り登録などよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弐の段

取り合えず手早く更新です。
独自設定および独自解釈の部分が出てきますのでご注意ください。
後、今回霊夢は出てきません。
ですが、霊夢が主に扱っている武(作者のイメージ)の説明を軽くしております。


それではどうぞ。





「ころ……され…る…」

 

 

 霊夢が梁山泊を去り、兼一は今日の修行を終え、離れでクタクタになって倒れ伏していた。シクシクと涙を流しながら。

 この修行のプランを考えた秋雨によると、今日のあれでさえ───〝今の兼一の下限を知るためのモノ〟でしかないのだそうだ。

 つまり、明日からが本当の地獄めぐりが始まるという。兼一はそれに涙した。自身で決めたことながら、覚悟したことでありながら、それでさえ尚足りないということを先に思い知らされたのだから。

 そして、追い打ちのように自身の決意の下に隠したほんのちょっぴりの欲は、今の現状が砕かれたことを物語っていた。

 

 

「一つ屋根の下……美羽さんとのラブラブ……儚い夢だった……ッ!」

 

 

 そう、この涙は悲しみではなかった。自身の細やかな欲を逆手に取られたことの悔し涙だった。

 

 

「………やれやれ、少し元気づけてやろうかね」

 

 

 その悔しなく声を聴きながら、ちょっと大人げなかったかなという反省と、今後のためにも希望を持たせようという手心が剣星を動かした。…………その裏に割とマジの下心を隠しながら。

 

 

 

 その後、梁山泊の者だけが知る掘り当てた温泉を覗きに行こうと剣星が兼一を誘い、しぐれが仕掛けた無数の罠を死に物狂いで掻い潜り、到頭温泉に到達した───と、思ったらそこにいたのは美羽やしぐれではなく、長老だったというオチになる。

 

 

 

 こうして、兼一の内弟子としての一日目が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(そういえば……あの赤いリボンが特徴的な人───博麗霊夢さんだったか………。一体どういった人なんだろう?)」

 

 

「よそ見してんじゃねえッ!!」

 

 

 「ぎぃやぁぁぁあああああ───」という悲鳴を叫びながら、兼一は前に梁山泊を訪れた見知らぬ人───霊夢のことを思い出していた。そこに容赦をしないのが逆鬼である。一瞬だけであっても修行のことから外れた思考をした兼一の隙を見逃さず、自身の剛腕で兼一を吹き飛ばした。

 

 

「痛ててててッ………」

 

 

「ったく……何考えてやがんだ、まだ休憩じゃねえぞ兼一ッ!!」

 

 

「す、すみましぇん………」

 

 

 しゅんと小さくなってしまった兼一に逆鬼は頭を掻きながら、兼一に問う。このままでは修行の再開が出来ないと考えたらしい。

 

 

「で──何が頭に過ぎったんだ?」

 

 

「ええっと……前に此処を訪ねて来た僕と同い年くらいの女の子がいたじゃないですか」

 

 

「ああ?……ああ、霊夢のことか」

 

 

「はい、その霊夢さんと師匠たちって何か関係があるのかなって、ふと思い出したんです」 

 

 

 それを聞いて逆鬼をはじめとした、兼一の修行を見ていたアパチャイとしぐれを除く三人も言いづらそうにしていた。アパチャイとしぐれは縁側でオセロをしていた。それに対して兼一は首をひねる。

 何か深い関係でもあるんだろうかと疑問に思い、聞こうとしたとき長老がヌルッと姿を現した。

 

 

「わしの古い知り合いの娘であり、今現在わしらがあの子の後見人でもあると、そんなところじゃ」

 

 

「うおッ!!?長老!!って後見人………?」

 

 

「そうじゃ。あの子の親がわしを頼ってきてな。初めは断ったんじゃが……理由を聞いてしまえば断るわけにもいかなくてのう」

 

 

「理由って………」

 

 

「バカヤロウッ…少しは察しろ。じじいも、霊夢がいねぇとこであんま()()は話すなよ」

 

 

 兼一は理由を聞こうとしたが、逆鬼はそれを止め、長老が話そうとする部分を変えるよう注意した。それは秋雨も同じようで、無言で長老に訴えている。

 長老もこれはうっかりと反省した様子でこの話題を進ませないように区切りをつけた。

 

 

「と言うわけで、ざっくりと言ってしまえばわりと深い関係じゃ。もうこの話題は言えんが……ほかに気になる事でもあるのかの?」

 

 

 兼一は逆鬼が言った()()の話題は、これ以上聞かない方がいいことなんだと理解し、それならと頭をひねって思い出そうとして、剣星が投げられた時のことが頭に浮かんだ。

 

 

「じゃあ……あの子も武術をやってるんですかね。あんな凄い技を持てるみたいだし」

 

 

「それは違うね、ケンちゃん」

 

 

 武術をやっているかどうか、それを否定したのは剣星だった。

 

 

「え?でもそれなら馬師父を投げ飛ばしたあれは………」

 

 

「違うと言っても、〝凄い技〟という部分が違うという意味ね」

 

 

「???」

 

 

 チッチッチと指を振って告げる剣星にますます意味が分からない兼一。それを今から説明するらしい。

 

 

「説明はおいちゃんより相応しい人がいるね。選手交代ね、秋雨どん」

 

 

「承知したよ」

 

 

 そう言って今度は秋雨が前に出てきた。

 

 

「霊夢がやった剣星を投げた技、あれはただの投げだよ。技として何ら珍しいものでもない」

 

 

「えッ───」

 

 

「学校で習う柔道の基本的な投げと同一のものだよ、原理はね」

 

 

 兼一は嘘だぁ~と言いたげに、眉間にしわを寄せるが、秋雨は嘘じゃない嘘じゃないと首を振って否定する。

 

 

「いいかね、先の場面で注目するべきなのは霊夢の投げ()()じゃない。その投げに入る前の霊夢自身の状態と動きにも注目するべきだ」

 

 

「状態と動き?」

 

 

「そう、君は気づいていなかったが……霊夢は剣星を投げる以前、半身になってその手を躱した瞬間から〝全身の脱力〟に入っていた。その後、相手の手に触れる寸前からかなり深めの〝呼吸〟を行ってもいたね。これが投げに入る前の霊夢の状態。そして動きに関してだが、君の目に分からなかった範囲だと、剣星は一度投げられるのを耐え、霊夢が瞬時に入り身から崩しに入り投げていたのは見えてたかい?」

 

 

「あの一瞬で……いえ、ただ手首を返したらいつの間にか馬師父が投げられていたことしかわかりませんでした」

 

 

「うん、素直でよろしい。といっても、あの流れるような入りは私としても実に見事と言いたいね。実に綺麗な投げだった」

 

 

「───と、此処までがあの子がどう動いていたかの説明だ。此処からはどうやって手首の返しで投げが出来るのかの説明だ」

 

 

 そう秋雨は言うといつの間に用意したのか、二メートル半の大きさの投げられ地蔵が置いてあった。

 秋雨は投げられ地蔵の手を軽く握ると兼一の方へと視線を向ける。

 

 

「取り敢えずは見てみるといい」

 

 

 そう秋雨が軽く告げると、兼一は地蔵の握った手を凝視する。どう見ても力をそれ程込めているようには見えない。

 

 

「今私はこの握っている方の手に握手程度の力しか込めていない。そして此処からが口だけで説明するのが難しい」

 

 

 告げた瞬間、秋雨はその握った方の腕を軽く()()()()()()()。そして回り切る瞬間、秋雨は地蔵を握っている手を放し、放された地蔵は勢いを止められずに兼一の目の前まで投げ飛ばされた。

 

 

「うわぁあああッ!!?」

 

 

 悲鳴を上げて逃げようとしたところ、間一髪のところで地蔵に当たらずに済んだ兼一。その足元には頭が地面に突き刺さっている地蔵の姿があった。

 

 

「これが、『合気道』の投げさ」

 

 

「合気道………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─── 合気道 ───

 

 

 『天地の“気”に合する道』の意を持つ―――表の()()である。

 

 

 合理的な体の運用により体格体力によらず相手を制することが可能であるとしている点が特徴的なこの武道は、女・子供の身であったとしても何の問題もない。

 近代以降、戦闘としての武術より見せる技を持つ武道の多くが「剣道」「柔道」「空手」とスポーツ分野としての技術的に特化していったのに対し、「合気道」では投・極・打・当身・剣・杖・座技を修し、攻撃の形態を問わず自在に対応し、たとえ多数の敵に対した場合でも、技が自然に次々と湧き出る段階まで達することを求める武本来の求道的要素が今でも強く残っている珍しい武道である。この武道は、その道の中で最もあらゆる環境下での適応を可能としているオールマイティーなのも特徴の一つである。

 

 「精神的な境地が技に現れる」と精神性が重視され、武術に近しい術理をベースにしながらも、理念としては、武力によって勝ち負けを争うことを否定し、合気道の技を通して敵との対立を解消し、自然宇宙との『和合』『万有愛護』を実現するような境地に至ることを理想としている。『和の武道』『争わない武道』『愛の武道』などとも形容され、欧米では『動く禅』とも評される。

 

 そして近代の表側───稽古式の修行で数少ない達人級(マスタークラス)が生まれた武道でもあった。

 表側である武道を修める者において、よほど才能がある者であったとしても最終到達できる階位は精々が『妙手』であり、決して達人級の域にまで上ることは出来ないとされていた。

 理由は多様に考えられるが一番の要因としては生死を別つ尋常でない実戦経験のなさが挙げられる。

 稽古式の武道はその全てが、相手に後遺症を残す技を禁止している。それは武道の根本が、敵を倒すためではなく、自身の心を高める為のモノだからだろう。

 如何に相手を打ち倒すか──ではなく、如何に自身を高めるかに重きを置いている武道では、死線を越えた先にある境地まで到達することが至難だったのだ。

 

 しかし、その限界を壊したのが合気を術としてではなく、道として歩み生み出した開祖である。

 その凄まじさは開祖が亡くなった後にでも未だ消え去ることのない偉業であった。活人に生きる者達に希望を見出させてしまう程に。

 されど、その開祖以降に達人級に到達し得たものは未だいない。故に、その域に達せたのは開祖当人が尋常ではない才覚を持っていたからではないかとまで言われ、表に生きる者達にさえ、『嘘くさい』『やらせなのではないか』という疑念が浮かんでしまうのも多い。

 

 けれど確かにいたのだ。武を術としてではなく、道として歩み続け、遥かなる高みへと達した人が。

 

 

「とまあ、これが我々───梁山泊の知る合気道の成り立ちだ」

 

 

「凄いんですね………武道で達人に至るってことは」

 

 

「ホッホッホ、そうじゃのう。あれは正に天稟の才覚と海千山千を越える研鑽の果ての賜物じゃよ。かと言って、武術で達人の域に至るのもまた至難のモノじゃがな」

 

 

 長老の言葉に圧倒される兼一。その合気道という武道が如何に奥が深いものなのかを知った。

 

 

「となると……霊夢さんのあの投げは、技がすごいんじゃなくて───手首のひねりだけで投げられるくらい功夫が凄いって事なんですよね」

 

 

「お、気づいたか。そう、武道は武術に比べると…禁止された技やそもそも動きに取り入れてない技が多く、決まった型でしか技を撃てないというものが多い」

 

 

「ま、だからこそその決まった技の練度をどれだけ高めることが出来るのかっつうのが武道の本筋だ」

 

 

「その観点から見ると、霊ちゃんの功夫はおいちゃんたちから見てもかなりのモノね。師となる人物がいないという点を加味すると、今ケンちゃんがやってる修行の一段上の事を毎日やっても追いつくのは難しいね」

 

 

「げッうそぉ!!?」

 

 

 ただでさえ死にかけているこの修行以上の事をやっても追いつけないかもしれないと、この師匠たちに言わせる彼女の実力に、兼一は戦慄した。

 

 

「もしかして……美羽さんよりも強い?」

 

 

「私がどうかしましたの?」

 

 

「どひゃぁうううッ!!!?」

 

 

 突如自身が話題に出していた人物の声が聴こえ、兼一は情けない声を上げ、美羽のいる方へと顔を向けた。其処には空になっている洗濯籠を持った美羽がいた。

 

 

「み、美羽さん。洗濯干すの終わったの」

 

 

「ええ、これから私も自主的に始めようかと……ケンイチさんは休憩ですか?」

 

 

「いいや、少し修行に身が入っていなかったから何か気になる事でもあるのかと聞いてみると」

 

 

「コイツが霊夢が使ったただの投げが凄い技なんじゃねぇかって言いだしてな」

 

 

「そこから更に霊ちゃんが使っていた武道の話をちょっとしていたのが今終わったところね」

 

 

「まあ、レイムさんの武についてですか、それなら確かに……」

 

 

 口に手を当てて兼一が疑問に思ったという点について理解を示した。そこで兼一は聞きづらそうにしながらも、自身の興味が勝り、あることを聞いてみた。

 

 

「美羽さんと霊夢さんってどっちが強いんですかね?まあ、今の僕にはどっちも強いとしか分かんないけど………」

 

 

 その言葉を口にした瞬間───一瞬、美羽の雰囲気が鋭いものへと変わったように思えた兼一。しかし、すぐさまそれは鳴りを潜めてしまった為、気のせいだったのかなと首を傾げていると──

 

 

「二十五戦二十五敗」

 

 

「え?」

 

 

「私が、霊夢さんと勝負して完敗した回数ですわ………」

 

 

「なッ───」

 

 

 

 美羽のその言葉と、彼女の悔し気な表情に兼一は言葉を失ったのだった。

 自身の目標としていた憧れの彼女でさえ、あの赤いリボンが特徴的な少女に一度も勝ててはいないという事実は、兼一には到底信じることが出来なかった。

 

 

 

「あの人に、私は一度として勝ち星を上げたことがありません」

 

 

 

 その時の美羽の顔は、どこか獰猛な獣のようで、無邪気な子供のような、綺麗で怖い、そんな顔をしていた。  

 

 

 

 

 




誤字脱字チェック・感想・評価・お気に入り登録等よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

参の段

更新です。
今回も話も何も進まない日常会です。
ケンイチの本編って戦いがないとストーリー進まないんですよね。


でも戦いだけだと物語として成り立ちませんし、個人的にケンイチってかなり小説として書くのが難しいです。


という愚痴でした。
それでは本編どうぞ。


「ちぇすッ!!!」

 

 

「ほい」

 

 

 威勢のいい掛け声とともに胴付近に放たれた兼一の正拳突きは、その突きが当たる位置に置いてあった彼女の右手によって完全に勢いを殺されると同時に、兼一の拳に擦り付ける様に(てのひら)を反時計回りに回されたことで、兼一本人もその回転に巻き込まれ畳の上から境内を経由し、最後には砦にぶつかって崩れ落ちた。

 

 

「ご…………」 

 

 

「思ったより吹っ飛んだわね………まあ、これで分かったでしょ」

 

 

「そうだね。だが霊夢が折角今回ばかりとは言え、立ち合いを申し出たというのに、兼一君は力み過ぎだ。やれやれ………勿体ない」

 

 

 霊夢が思っていた以上に、投げ跳んでしまった兼一に驚き、その様を見て秋雨は呆れたように、これ見よがしに溜息を一つついた。そして件の兼一は目を点にしながら真っ白になって未だ「ご……ご……」と奇怪な鳴き声で固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───何故、兼一が霊夢に投げ飛ばされるようなことになったのかというと、数十分前に遡る。

 

 初めて霊夢が梁山泊に訪れて以来、暇さえあれば手土産を持って梁山泊と神社を行ったり来たりするようになって暫く経った。霊夢が訪れていたその日のその時間帯は丁度、秋雨が兼一を四方八方に投げ飛ばしているところであった。

 いつものように美羽に土産を渡し、受け身の修行をしている兼一を境内で逆鬼と同じように胡坐をかきながら見ていると───

 

 

「ねえ、それって受け身になってんの?」

 

 

「む?」

 

 

「え?」

 

 

 ───と、今投げられた兼一ともうすでに極めに掛かろうとしていた秋雨へ向けて、疑問を零した。

 

 

「今兼一さんのやってる受け身ってなんか………うん、()()()よね」

 

 

「ガーーーーーンッ!!!」

 

 

 霊夢のいきなりの不細工発言に兼一はショックのあまり口からもショックの効果音が流れた。秋雨は霊夢の発言をよく吟味し、その上でもう言いたいことが分かったのか納得したように頷く。

 

 

「ああ……そういうことか。確かに、合気の視点からしてみれば不細工極まりないだろうね」

 

 

ブサイク………ブサイク……ボクはブサイク───」

 

 

 失意のまま兼一は体育座りで「の」という字を畳に書いていた。ショックが大きすぎたらしい。あちゃーっと、いじけている兼一の肩に手を置いて慰めようとする秋雨。

 

 

「霊夢が言いたいことは違うよ、兼一君」

 

 

「ウゥゥゥゥゥ~師匠~」

 

 

「君の受け身の取り方が、合気の視点では不格好だったということだよ」

 

 

「合気の、視点???」

 

 

「そう、らしいわね。まあ、他の武術の受け身の取り方なんて知らないけど、少なくとも私には不細工にしか見えなかったわ」

 

 

 霊夢は説明する。今まで視た兼一の受け身の取り方は()()()()()()で、それでは衝撃を完全に殺しきれていないと。

 それに兼一は疑問に思いながら反論する。師匠たちから教わったのはこの受け身の取り方しかなかったと。秋雨と寝転がっている逆鬼は何も言わず、けれど何故かニィと笑みを浮かべていた。

 それを見た兼一は不気味に思い、霊夢はちょっとイラっとする。だが、それ以上に見てられないという感情が強かったため、面倒臭いながら動き出す。

 

 

「型は何でもいいのよ。ただ、そこに受け身を取るにあたって大事なモノが抜けてるってこと」

 

 

「大事なモノ?」

 

 

「ま、兼一さんのこれまでを見た限り、言葉よりも実際にやってみた方が早いでしょ」

 

 

 そう告げると霊夢は立ち上がり、兼一たちの方へと歩いてくる。そして───

 

 

「秋雨さん、ちょっと変わってくれる?今回だけ、兼一さんと立ち合いたいから」

 

 

「ゑ」

 

 

「いいよ」

 

 

「ゑ」

 

 

「おう、やっちまえやっちまえ」

 

 

「ゑ」

 

 

「じゃ、やりましょうか」

 

 

「ゑ」

 

 

 こうして、何時も見ることに徹していた(在住ではないが一応)梁山泊唯一の〝武道家〟博麗霊夢が、梁山泊一番弟子・白浜兼一に稽古を求めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───その結果が先程のものであった。

 

 暫くして復帰した兼一は、正座して真正面に同じく正座している秋雨と、その隣に胡坐をかいている霊夢と一緒に先程の一戦を振り返った。逆鬼は酒が切れたと言って何処かへ出かけて行った。

 

 

「さて、兼一君。今の一戦で受け身はとれたかな?」

 

 

「いえ、全く取れませんでした。それどころか、投げられた勢いそのものさえ軽減できませんでした………」

 

 

「そりゃ、あんな力んでたら出来るものも出来ないわよ」

 

 

 呆れたような声音で告げる霊夢の言葉は正しい。先程の兼一は誰がどう見たって力み過ぎであったのだから。だが、それだけとも言い切れない。霊夢の投げに対応できなかったのはもっと根本的な部分が出来ていなかったためである。

 

 

「まあ、兼一さんが今やっているのは土台作りであって、技の修行じゃないから仕方ないかもね」

 

 

「合気では最も最初に覚えるべきものだからね───〝脱力〟と〝呼吸〟は。今はそれ以上に兼一君の基礎を上げる為にどんどん投げ落として痛みに慣れさせるのが目的だったんだよ」

 

 

「あ~そういうこと。っていうかそこまでしないと駄目なのね、兼一さんって」

 

 

「うん、才能ないからね」

 

 

「ぐふぅ───ッ」

 

 

「傷ついてるわよ?」

 

 

「いいのいいの、事実だし」

 

 

「……ッ(この鬼師匠~)」

 

 

 歯を食いしばって悔し気に涙を流す兼一とあまりにもあんまりな物言いをする秋雨に霊夢はちょっと引いた。が、残念ながら霊夢は秋雨側(鬼師匠側)であった。すぐに面倒だと切り捨てて今回の要点を話す。

 

 

「さっき秋雨さんが言った通り、兼一さんが受け身を取る上でやんなきゃいけないこと。それは脱力───それも、〝全身の脱力〟よ」

 

 

「全身の脱力………」

 

 

 

 合気道は無駄な力を使わず効率良く相手を制する合気道独特の力の使い方や感覚を『呼吸力』や『合気』などと表現し、これを会得することにより、また同時に合理的な体の運用・体捌きを用いて、()()()()()()()()()相手の攻撃を無力化し、年齢や性別、体格や体力に関係なく相手を制することが可能になるとされている。

 

 そんな合気道の技の基本形態は全部で五つある。

 

 1.合気道の技は一般的に、相手の攻撃に対する防御技・返し技の形をとる

 

 2.相手の攻撃線をかわすと同時に、相手の死角に直線的に踏み込んで行く「入身」や、相手の攻撃を円く捌き同方向へ導き流し無力化する「転換」など、合気道独特の体捌きによって、自分有利の位置と体勢を確保する

 

 3.主に手刀を用いた接触点を通して、相手に呼吸を合わせて接触点が離れぬよう保ちつつ、「円の動き・らせんの動き」など「円転の理」をもって、相手の重心・体勢を崩れる方向に導いて行く

 

 4.相手の側背面などの死角から相手に正対し、かつ自分の正中線上に相手を捕捉することにより、最小の力で相手の重心・体勢を容易にコントロールし導き崩す

 

 5.体勢の崩れた相手に対し投げ技や固め技を掛ける

 

 現代の合気道の形態は主にこの五つのプロセスを踏んで技を繰り出す。

 合気道の基本的な投げ技は一教・四方投げ・入身投げ・小手返しといったモノ。

 それらは受ける相手がいて成り立つ技である。だが技をかけられる者がいたとしても、合気道の知識や基礎足る呼吸法・脱力を体得していない者に対して振るうのは絶対にダメだ。

 それら二つを体得していない者に投げ技以外をかけた場合、良くて大怪我、悪くて即死だ。尤も即死というのは打ち所が悪かった場合だが、それでも危険なことに変わりはない。

 ()()()()()()()()()に技をかけるというのはそれだけ危険なのだ。

 重心を瞬時に読み取ることが出来る者ならば、素人に技をかけたとしても、受け身を取らせることが出来るのだろうが、だからと言って素人にかけていい技は基本的な投げ以外は禁止されている。

 

 

「だから、合気道の稽古は脱力と呼吸が出来ない奴には投げ以外禁止なのよ。まあ、兼一さんは呼吸は別の武術でこれから覚えるとして……脱力は今から覚えるのは無理にしても、知ってはいた方が良いと思うわよ。受け身以外にも至る所で転用できるから」

 

 

「例えば身体が疲れ切っている時に全身の脱力をすればその疲れを一時的にだが誤魔化すことが出来る。若しくは、技の威力を上げる時にも脱力は使われるね」

 

 

「後、脱力と呼吸を組み合わせれば軽い打撲とか切り傷とかに対しての回復速度が上がるわ。より極めれば深手を負っても自力で出血を止めたりも出来るようになるわね」

 

 

「なんでそれを最初に教えてくれなかったんですか………」

 

 

「だって君、才能なかったんだもん」

 

 

「チクショーーーーーーッ!!!!!」

 

 

「また泣かせた………」

 

 

 秋雨の言葉にはもっと別の意味が隠れていたのを霊夢は見逃さなかった。

 彼が言いたいのは、その基礎を行うための土台すら出来ていなかったのだということ。そしてそれを素材から作り出すのが予想以上に時間がかかったということ。

 それを要約してしまうと結局は兼一の才能がないということになるため、身も蓋もないなと霊夢はため息を零した。

 

 

「でもまあ、もう少し基礎を積めば全身の脱力は兎も角、部分的な脱力は教えてもいいんじゃない?」

 

 

「シクシク………え?」

 

 

「そうだね。もう少し積んで脱力を覚えれば、()()修行は格段に楽になるだろうね」

 

 

「だ、そうだけど?」

 

 

 霊夢はそう()()()()()()()()()兼一を見た。瞬間───兼一の脳内に秋雨の言葉が駆け巡る。

 

 

「(修行が、格段に楽になる………楽になる………)───何してるんですか、岬越寺師匠」

 

 

 兼一の目が変わったことに気付いた秋雨はフッと笑みを浮かべて兼一を見る。霊夢は一瞬哀れなものを見る目で兼一を見た後、立ち上がって境内へと向かう。

 

 

「修行を再開しましょう!!」

 

 

「よく言ったッ!!」

 

 

 そして両者は立ち上がって修行を再開した。──────見事、秋雨の言葉に乗せられて。

 秋雨は確かに言った。───“今の修行”は格段に楽になると。

 だが、決して()()()()()()()が楽になるとは言っていないのだ。

 寧ろ、秋雨はこう考えている。

 

 

 ・脱力と呼吸を習得すれば、兼一君の回復力が向上する

 

 ・回復力が向上すれば土台作りの効率が上がる

 

 ・つまりは修行の時間が増える

 

 ・或いは、よりきつい修業が行える

 

 ・兼一君は楽になるためにより深く呼吸し、より脱力に力を入れる

 

 ・よって修行の純度がさらに上げられる

 

 

 

「くッ──まだまだぁッ!!!」

 

 

 嗚呼、哀れ───白浜兼一。彼は自ら地獄の深度を深めていることに気付いていなかった。

 気付いた頃にはもう遅い。地獄は下ることは出来ても、這い上がることは地獄に住む鬼神たちですら出来ない。

 いずれこうなる事は解っていた。何せ、白浜兼一は自ら地獄の窯の蓋を開けたのだから。

 

 霊夢は神道の巫女である。

 仏教徒でもなければ唯一神を崇める信徒でさえない。

 だから、兼一少年の死後を祈ることはない。

 死んでも仏になれるなどと言わないし、最後の審判なんてあるとも言わない。

 ただ言えるのは────死体の処理は任せなさいという、厳しい現実だけだった。

 

 

 




誤字脱字チェック・感想・評価・お気に入り登録等よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

肆の段

更新です。

今回は短いです。

後、今回はしぐれどんの武器作り用の鉄ってどこから仕入れているの?という疑問に対する独自設定があります。

正直製鉄の知識ないけど、ケンイチ世界の職人であり達人ならこれ位できるかなって。







 ─── 梁山泊 ───

 

 

 それはスポーツ化した現代武術に溶け込めない豪傑や、武術を極めてしまった者達が集う場所。

 前回霊夢が来てからまた暫く経ったある日。漸く時が来てしまった………。

 

 

「兼一君はそろそろ“本格的な技”の修行に入ってもいいと思うんだが………どうだろうか?」

 

 

 『ツァラトゥストラはかく語りき』という題名の本を読み進めながらそう告げるのは哲学する柔術家───岬越寺 秋雨

 

 

「そうね、かなりきつい修業だけどそろそろかね」

 

 

 秋雨のように真面目な本を読んでいるのかと思えば、別の意味で良い子なら絶対見ない本を読みながら秋雨の言葉に肯定の意を示すあらゆる中国拳法の達人───馬 剣星

 

 

「おいおい、兼一は身体に恵まれてるわけでもねーただのガキだ!あんまり急いで技の修行に入ると…死ぬぜ」

 

 

 左の親指のみで身体を支えながら腕立て伏せならぬ指立て伏せを行いながら、剣星とは逆に否定の意を見せる喧嘩100段にして空手家───逆鬼 至緒

 

 

「ゆっくりゆっくり教えれば、アパチャイ、兼一なら生き延びると思うよ!」

 

 

 そこへ兼一ならば生き延びるという信頼を寄せ───しかして、最もその信頼を自ら砕くのが裏ムエタイ界の死神───アパチャイ・ホパチャイであった。

 その証拠に師匠達の中でも(比較的)加減を心得ている逆鬼から「おめーが言うな!!」とお叱りを受けて、アパチャイはシュンとなった。

 

 

「ま、いいんじゃない?私は関係ないけど…見た感じ、壊れはしないと思うわよ───はい、私の勝ち」

 

 

「クッ…また負けてしまいましたわ………」

 

 

 互いに向かい合い、その間に置いてあるトランプの置き方からしてスピードだろうか………よそ見をしながらでも勝負事には勝つと言わずとも示すのは未だ通り名無しの“無名”───博麗 霊夢である。

 反射神経と判断力を鍛えるのに最適と言われて始めた遊びに霊夢を誘い、そこでもまた負けて割とショックを受けた様子の風を斬る羽───風林寺 美羽

 「見てから動くんじゃ遅いわよ」と厳しいことを言う霊夢に、「ぷく~……」とぐうの音の代わりに頬を膨らませ、じとーっとした目線を向ける悔し気な美羽。

 

 

「取り合えず、本人にも聞いてみたら?現在“休憩中”の兼一さんに」

 

 

 もう一回と迫って来そうな美羽から離れるために立ち上がった霊夢は、兼一がいる場所に指を差しながら本人の解答を待つ。

 

 

「あのう……これって休憩中と言えるんでしょうかね………」

 

 

「45……46……47……48……止まる…な」

 

 

 最後に、話題に挙がっていた本人であり、現在休憩用の腕立て伏せを行っている史上最強の弟子───白浜 兼一

 その上に乗って兼一の腕立て伏せの回数をカウントしているのは剣と兵器の申し子───香坂 しぐれ

 

 

「っていうか、そういう生きるだの死ぬだの物騒なこと言わないでくれます!!?」

 

 

「いや~君的にはどうかなーと思ってね。さらに本格的な技の修行だが……どうする?きつ~いけど始める?」

 

 

「………どれくらいきついですか?」

 

 

「前回霊夢が来た時に呼吸と脱力を覚えた方がいいよと言ったのは覚えているかね」

 

 

「はい、覚えてます。……騙されたことも覚えてます」

 

 

「まあまあ……それでざっくり言うと───その2つを習得しないと蘇生させる回数が増えます

 

 

「………もう少し待ってもらっていいです?」

 

 

「待つってどれくらい?明日?」

 

 

『………始めたくてうずうずしてたんだなぁ~』

 

 

 秋雨を除く、今ここにいる全員が兼一を哀れに思ったのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの会話からまた数日が経ち、何があったのか兼一は前回とはまるで違う目つきで秋雨へと技の修行を頼んだ。秋雨はその兼一の様子からもう問題ないなと判断し、快くその申し出を引き受けた。

 そして始まるや否や、今までの修行が本当に此方を配慮していたのだなと納得させられるような怒涛の技の数々に兼一は全身から冷や汗が噴き出した。

 比較的マシだったのが逆鬼の技だった辺り、教えたくてうずうずしていたのは秋雨だけではなかったのだなと、何時ものように暇つぶしに来ていた霊夢は思うのだった。

 正直、逆鬼が弟子に対して一番過保護だと傍から見て感じた霊夢。だが、それを口にしたところであの男は認めやしないだろう。

 次は剣星の技か───と思われたが、兼一が参ってしまい、それ以降に教えようとしていたしぐれはいじけていた。それを不憫に思ったのか、霊夢は───

 

 

「あ、しぐれ。前に頼んでいた(やじり)の作り方、今日でもいい?」

 

 

「ピー――……ンッ!」

 

 

 ───と、霊夢が告げれば水を得た魚のように勢いよく何度も首を縦に振って霊夢の腕を掴み引っ張り始めた。

 

 

「早く……やろう」

 

 

「じゃ、そういうことで」

 

 

 一瞬で二人が姿を消してしまったのを見た兼一は「忍者か…?」と固まり、秋雨は何時もより柔らかな笑みを浮かべていた。その他の師匠達もどこか微笑まし気だ。

 

 

「じゃあ、手始めにこれ等の型を千回───やってみようか?」

 

 

「いや~ん」

 

 

 両手を頭に当てて目を点にしながら力なき叫びを上げる兼一。

 自身で選んだ道であるが故に、逃げ道など当然ないのである。今回は自覚出来てよかったね。By秋雨

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は変わるが、何故先程霊夢が鏃の作り方をしぐれに教わろうとするのか。それは沈んでいたしぐれが哀れだったのも少しはあるが、本命としては霊夢の仕事に関係するものであるからだ。

 鏃とは───矢尻とも言い、矢の先端部分のことを指す。つまり、矢を放った時に突き刺さる部分のことを言う。

 鏃の素材は石であったり、金属であったり、勿論鉄であったりと種類は豊富である。

 霊夢が今回しぐれに教わろうとしているのは鉄の鏃である。

 何故、それが必要になったかと問われれば、霊夢の職業柄必要になるものであるというのが理解しやすいだろう。

 

 霊夢は神社の巫女である。その神社の名を博麗神社。

 だが、他にその神社で働いている者はおらず、全て霊夢一人で管理しているのである。

 つまり、良く初詣などで買うお守り、風車、熊手などと言った小道具や神社に来たからには必ず引くという者もいる御神籤など、何から何まで全部霊夢の手作りなのである。

 よって社務所などは当然ない。

 ではどうやって売っているのかと言われれば注文式である。博麗神社の前神主曰く、注文されてから作るのが本物であって、前もって作ってあるものでは有難味がないらしいのだ。

 霊夢はそれに従い、注文を受けてからこれまで作っていた。

 だが、ある日気付いたのである。

 

 

 ───そういえば、破魔矢を作ったことってなかったな、と。

 

 

 破魔矢とは、正月の縁起物や神具として神社・寺院で授与される矢である。

 破魔弓と呼ばれる弓とセットにすることもある。

 このほか、家屋を新築した際の上棟式に呪いとして鬼門に向けて棟の上に弓矢を立てる。新生児の初節句に親戚や知人から破魔矢・破魔弓を贈る習慣もある。

 正月に行われていた弓の技を試す「射礼(じゃらい)」という行事に使われた弓矢に由来するとされている。

 元々「ハマ」は競技に用いられる的のことを指す。これを射る矢を「はま矢(浜矢)」、弓を「はま弓(浜弓)」と呼んだ。

 「はま」が「破魔」に通じるとして、正月に男児のいる家に弓矢を組み合わせた玩具を贈る風習が生まれ、後に一年の好運を射止める縁起物として初詣で授与されるようになったのである。

 日本では古来、呪術をかける事は少ないが、呪術に対する破邪の慣習は多くある。

 一般に破魔矢の先が鋭く尖っていないのは、目標とする人や物自体ではなく邪魔が発する邪気・邪意・邪道・邪心等の妖気を破り浄化する用を為せばよいので、鋭利な刃物である必要が無い為である。

 一般には破魔矢のみがよく流通しているが、正式には、破魔弓で射て初めて邪魔を破り浄化する効力を発揮する。

 一般人が破魔矢を持つ意味は、破魔弓は神や神主や破邪の能力を有する者が持って方向と力と気を定めて構え、破魔矢の所有者は破りたい魔に対する矢を提示する形で射られる、との仕組から来る。

 

 

 これが一般的に伝わっている破魔矢であり、霊夢はその矢の大事な部分である鏃を自身の手で作れるようになろうと思ったのだった。

 今まで依頼されたことがなかったから、存在を忘れていたが、重要な道具であることには変わりない。だから、霊夢はそれも作ってみようと思ったのである。

 そうなると、どうせ作るならば古い仕来りに乗り、本格的な矢として機能するような破魔矢を作ろうと、いつもの面倒臭がりが影も形も見せずやる気が霊夢を突き動かした。

 そうしてしぐれに作り方の伝授を頼んだという話に繋がるわけである。

 

 

「鏃の大きさ…は、どの位……だ」

 

 

「それは一通り作れるようになってから決めるわ。買い手に合わせて作るのが博麗だし」

 

 

「分かっ……た、では…素材集めから……始める」

 

 

「了解よ」

 

 

 

 

 

 

 此処より先の事は語れない。そんな方法で鉄の製造から始めている二人のことを想像で補完してほしい。

 敢えて一言で言うとしたら───鍛冶職人を舐めてはいけない、ということか。

 

 尚後日、兼一が二人で何をやっていたのかを聞き出した結果───兼一の顎が外れてしまう程の狂気的所業だったと、彼は語っている。

 

 

「どっから武器を作る鉄を集めているのかと思ったら……そんな方法だったなんて………()()()()()って、もう何でもありだな、達人」

 

 

 ───と現実逃避をしながら語った兼一は何を聞かされたのだろうか。

 そして、それについていける霊夢はやはりあちら側(非常識側)の人間なのだなと改めて実感する白浜兼一なのだった。

 だが、霊夢がそれを聞けばこう返しただろう。

 

 

「あんな非常識連中と一緒にしないでくれる?ってか、美羽がいないとまともに生活できないアレ等よりはマシでしょ」

 

 

 ──と、確かにと思う部分もあるが、正直五十歩百歩である。

 だって、兼一にとってはどちらにしても掛けられる技が生死を分けるのに変わりないのだから。

 

 

 

 

 

 




因みに漫画本編にある風林寺島に霊夢さんは行ってません。
その時は巫女としての仕事をしており、海水浴に行っていたことなんて全然知りません。もし知ったら自分だけ誘わなかった梁山泊に対して暫くお土産無しにしていたでしょう。


誤字脱字チェック・感想・評価・お気に入り登録等よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伍の段

更新です。
今回も短いです。
今回、特に原作と変化のない部分は飛ばしております。
要するに、七巻から十巻丸々を飛ばしてます。
序盤の兼一君の話って殆ど兼一君目当ての敵ばっかで、基本受け身で自身に害がなければ動かない霊夢は動かしにくいです………。
まあ、だから幻想郷で異変が起きた時の気迫が恐ろしいのですが。
美羽さんの修行が本格化するのも第一期終わったあたりですし。

霊夢が本格的に戦闘するのはやっぱり闇の襲来編に入ってからじゃないと書けないです。だからといって、一気に飛ばすのもどうかとも個人的に思ってしまうので、もうしばらく日常回で我慢してくれると助かります。

以上、文章力と構成力のない作者のいいわけでした。
後、タグに原作既読推奨も追加しておきました。


ぶっちゃけラグナレク編をちゃっちゃと終わらせて霊夢を本格的に動かしたいです。

それではどうぞ。



「必殺技が欲しい………?何、誰か殺したい人でもいるの?」

 

 

 目つきを鋭くして兼一を睨む霊夢。兼一からしてみれば、普段よりも霊夢の機嫌が悪いように見えた。何かあったのだろうか。

 

 

「い、いやいやッ!!そういうんじゃなくて……ただボクも武術家として、誰も見たことのないような派手な技が欲しいなぁ……なんて思いまして」

 

 

「ふぅん……ま、頑張れば。私には関係ないし、興味もないわ」

 

 

 そう言って本当に興味がなさそうに踵を返して縁側で横になってしまった霊夢。いつもと全く違う態度の霊夢に困惑を見せる兼一は、こっそりと秋雨に問うた。

 

 

「なんかあったんですか、霊夢さん………」

 

 

「なんでも破魔矢の売れ方が思っていたのと違っていたみたいでね。ちょっと……いや、かなり不機嫌なんだよ」

 

 

「ああ……あの(とんでも製法の)。……どう違ったんですか?」

 

 

「最初は普通の依頼で作っていたらしく、その出来が大変すばらしいと評価されたんだ。しかし、暫くすると今度はなんと同業者から破魔矢の依頼をされてしまってね。それも受けたのだが……その次は破魔矢だけでなく、熊手やら風車、絵馬、御神籤……最終的にはその神社特有の御守りまでも依頼してきたらしくてね」

 

 

「やってられるかってなったの。何で私が他所の神社の小道具作んないといけないのよ。だから依頼してきた似非神主連中に小道具作りの全てを()()()()叩き込んで来たわ。ったく……」

 

 

「とまあ、ご覧の通り大変ご立腹なわけだよ」

 

 

「納得しました………」

 

 

 神職関係の闇を垣間見てしまった兼一は、今日の霊夢さんはそっとしておこうと思ったのだった。

 

 尚その後、本題である必殺技ならぬ、決め技を習得したいと駄々をこねた兼一は「どうせ地味な技しか知らないんでしょ」と師匠達を煽り、そしていずれも喧嘩に使用は出来ない危険度MAXな技を見せられたことで、改めてこの人達に常識は通用しないのだなと思い知らされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で───何で私まで来なきゃいけないのよ」

 

 

「まあまあ、息抜きだよ。剣星のオゴリだし、羽を休めるのも気分転換の内だよ」

 

 

 「別にもう何とも思っていないんだけど………」と言いながらもしっかり来ている霊夢。それを微笑まし気に見る秋雨と師匠達。

 兼一の必殺技騒動から一夜明け、昨日の夜に忍び込んだ剣星の娘である馬 連華が兼一と二人っきりで息抜きにプールへと遊びに行っていた………が、そうは問屋が卸さないと父である剣星が発信器を着けており、二人の会話を盗み聞きして先回りしたというのが現状である。因みに霊夢にそのことを伝えたのは長老だ。  

 

 

「あら、霊夢さんは入らないんですか?プール」

 

 

「私、水着持ってないし買ってもないからいいや」

 

 

「え、持ってないんですの!!」

 

 

「だってこれまで必要なかったし。プールに行くって言われたのも今朝のことだしね」

 

 

 と、一人短パンにパーカースタイルで浮いている霊夢に「売店に売ってありますから買いましょうよ~」と美羽が迫ったが、やはりと言うべきか霊夢は鬱陶し気だ。

 そんな霊夢を見つめる少女が一人。霊夢はその視線の主が見覚えのない人物であることに気づく。この少女が剣星の娘かと即座に理解し、一瞬だけ視線を向けたが───

 

 

「………猫みたいな奴ね、頭も」

 

 

「ニャッ!!」

 

 

 ───と、一言連華にとって失礼な発言をし、連華への興味を失ったのか美羽の手を振り切ってビーチチェアに寝転がった。後ろでギャーギャー騒ぐ連華の声を無視したまま。

 連華は表面上ではなんて失礼な奴だと怒りながらも、その内心は霊夢への戦慄しか無かった。周囲がリラックスした自然体の者たちばかりである事を含めても、ひときわ際立つ霊夢の存在感に。

 

 

「グルルルル………(何、あの子………人が大勢いる中で、しかもあの達人集団の中にいてもなお()()()()()()()ような存在感…!!まったく意味わかんないわ)」

 

 

「戦慄しているね、連華」

 

 

「パパ………」

 

 

 唸っている連華の後ろから、ヌッと姿を見せる剣星。いつもならばここでお尻の一つでも触っているところだが、実の娘はその範囲外らしく、そういった目では見ないのだ。

 それに、今の剣星の目は割と真面目な話をする時のものだ。普段はアレでも、締めるべきところではきちんと締めるのである。

 

 

「あの子もまた、在住はしていないが梁山泊の娘ね。名を博麗霊夢───武道家ね」

 

 

「武道家…?“アレ”が武道家だっての?冗談でしょ………」

 

 

「“アレ”でもね。実力的にも弟子クラスの規格は()()超えてないね」

 

 

「それって、きっかけ一つで“超える”って事じゃないの………」

 

 

 剣星の言葉を聞いた連華はうすら寒いものを感じていた。見たところ年齢は自分とそう変わりない少女が、ああも異質な空気を纏っているのだから。そして剣星が言ったことが本当ならば、まず間違いなくあの博麗霊夢という娘は連華より格上だ。もし連華が霊夢に挑んだとして、甘めに見積もっても勝てる確率は一割もないだろう。………正直、兼一よりも梁山泊の一番弟子に相応しいとさえ思う。だが、そこから幾段か格が下がるとは言え、あの風林寺の孫娘が梁山泊の弟子扱いではない時点で、何か別の採点基準があるのだろう。

 

 

「正直に言うと、霊ちゃんがいるのもパパが梁山泊に滞在している理由の一つにはなってしまったね」

 

 

「まだ何かあんの………ってもしかして───」

 

 

「“闇”案件───であるのは確かね。これ以上は言えないね」

 

 

「──!」

 

 

 そう告げたのを最後に剣星は会話を切り上げ、ビーチチェアに寝転がっている霊夢をどこからか取り出したカメラで激写していた。

 連華はもう一度霊夢を無言で見つめる。そしてその数秒後に、魂が飛び出ている兼一の方へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢は暫くビーチチェアで仮眠をとっていたが、なにやら騒がしい音がしたことで飛び起きた。その騒ぎの方向へと視線を向けると、見知らぬ男二人と闘う兼一の姿があった。

 またかと呆れながら、霊夢は観戦している師匠達の傍に近寄る。

 

 

「お、起きたか霊夢」

 

 

「見て見て!兼一、友達出来たよ!今、友達と修行してるところよ!」

 

 

「あらそう……で、本当は?」

 

 

 アパチャイの純粋な言葉を優しく受け止めて、真実を剣星に問う霊夢。何故剣星に問うのかと言われれば、彼らと一番関係が深そうなのが剣星だと、霊夢の直感が囁いたからである。

 

 

「無断で飛び出してきたウチの娘を連れ戻しに、白眉叔父が寄越した弟子二人と兼ちゃんの腕試しね」

 

 

「成程ね……飲み物買って来ようか?」

 

 

「もうあるぞい」

 

 

 状況を理解した霊夢は早速、師匠達と同じように見物しようと床に座った。

 霊夢が見物するのは主に兼一の方である。いつも来る度に名物になりそうと思ってしまう程、生死の境を彷徨っている兼一の実力が地味に気になっていたのだ。まあ、本当は一番気にしている娘がなぜ伸び悩んでいるのか、今のところ実力に変化がそれ程見られない理由がどれ程のモノかという品定めというのもある。………霊夢自身はそうとは意識していないが。

 

 

「下半身はしっかりしてるわね。それに比べて上半身が貧弱すぎるけど」

 

 

「まだそっちの()()はやってないよ。これからこれから」

 

 

 ぽつりと呟く霊夢の言葉を聞いて、秋雨はニィと口元を釣り上げて哂う。それを横目に見た霊夢は、兼一へ「ご愁傷様」と届かない念を送った。

 一方、兼一はと言えば眼鏡の男を倒した後、サングラスの男へ投げ技を放ってプールに落としたが、勢い余って投げた本人も一緒にプールの中に落ちてしまっていた。

 

 

「そういえば兼一さん、呼吸の“吸い溜め”って習得してるの?」

 

 

「してないね」

 

 

「してないんだ」

 

 

「「……………」」

 

 

 それってマズいんじゃないかと思う霊夢だったが、秋雨が動かないところを見るに、まだ大丈夫なのだろうと思考を止めて見物し続けることにした。

 だが、ぷくぷくと浮かび上がっていた泡がどんどん少なくなっていくのを見て、やっぱりマズいのではと霊夢が思い始めたその時───

 

 

「陸でやれ!!金魚かおぬしらは!?」

 

 

 そうツッコミを入れた長老の、左足を振り上げた衝撃がモーセの如くプールの水を真っ二つに割ったことで、水中で戦っていた二人の姿を露わになる。

 そんな非常識な現象を起こした長老を見て、相変わらず出鱈目な人だと呆れた霊夢は一足早く帰る準備を進めるために、見物の人だかりから離れたのだった。

 

 

 その後、騒動が終わったことで全員が帰る準備をしていた時、支配人から何故か年間パスポートを渡される梁山泊一行。

 帰宅後は兼一たちの誤解が解けて、白眉の弟子たちに頭を下げた。

 白眉が寂しさのあまり、碌に店も開けない状態になってしまっていることを聞いた連華は、仕方なしと梁山泊から中華街へ帰ることを決めたのだった。

 その直後、連華は兼一に対して「今までの戦いの中で何度も決め手となる技を使っている」と助言をし、中華街へと帰っていった。

 

 兼一が自身の必殺技──もとい、決め技を自覚するのはもう少し先のことである。

 

 尚、霊夢は一足先に神社へと帰宅していた。美羽は何も告げないで帰ってしまった霊夢に少しだけ膨れ、今度来た時のために霊夢用の水着も用意しておこうと決意したのだった。

 

 

 

 

 




感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

陸の段

更新です。
今回もちょっと展開を急ぎます。
この頃辺りでやっと霊夢が動かせるかな。

後、美羽さんってこの頃の原作だと修行ってどうしてたんでしょうね。
相手が二段程格上か二段程格下しかいなかったから、自身よりも一段上の相手との組手が出来てないんですよね。だから、後半にならないと成長できない。
まあ、相手がいると修行ではなくともで戦いの中で成長する程の出鱈目具合だから調整も難しいんですけどね。


尚、この作品には霊夢とかいう才能も精神性も自身の完全上位互換がいる為隙あらば成長するから原作よりも恵まれてるんですけどね。


一応感想欄で触れている方々がいたので言っておきますが、現在の霊夢の実力の階級は弟子級最高位としていますが、技の練度・気の習得段階・心技体の純粋な力量はその限りではございません。
弟子級最高位というのは、例として出すと、原作で弟子クラス最強状態に一時的に至った兼一がそうです。


一応目安としてそう設定しておりますのでご理解ください。


それではどうぞ。


「あ。負け犬の…顔だ」

 

 

 ─── ぐさぁ~ ───

 

 

「あ、ホントだぜ。顔見りゃ分かんぞ!あんまり勝手に負けんなよな!」

 

 

 ─── ドシュ ───

 

 

「兼一、負けたって本当かよーッ!?」

 

 

「負け犬としてペットコーナーに写真を投稿ね」

 

 

 買い物から帰ってきた兼一に対して告げられた師匠達の言葉はあまりにも無情だった。

 何があったかと言われれば、買い物の寄り道として駄菓子屋に行ってみると、其処には今兼一が争っている喧嘩チーム『ラグナレク』のリーダーがいたのだ。しかもリーダーは兼一の幼馴染にして親友であったのだ。最初は昔話に花を咲かせていたのだが、武術の話へと変わった瞬間、彼の雰囲気は一変した。互いの主張が互いにとって相反するものであったため勝負となったのだが………

 

 

「少しは気を使え―――ッ!!負け負け言うな―ッ!!師匠共―ッ!!!」

 

 

 ───ご覧の通り完敗したようだ。今の兼一は正に空元気である。

 

 

「負けたんじゃないやい!十年ぶりに会った奴だったから勝ちを譲ってやっただけだ!!次に会う時が奴の命日だ―――ッ!!」

 

 

「ではそうするために今から修業を始めるかね?」

 

 

「うひッ!!?」

 

 

 とうとう虚勢まで張り始めた兼一に対して目を光らせて修行をするかと提案する秋雨に、兼一の精一杯の空元気が萎んでいった。

 

 

「今の兼一さんに完勝する位なんだから、実力的に“開展(かいてん)”は過ぎてんじゃない?」

 

 

「あら?霊夢さん、この時間帯に来るなんて珍しいですわね。何かあったんですか?」

 

 

 普段ならばもう神社に帰っているか、若しくは用事があって来ないはずの日の霊夢の声が聴こえた美羽は、その声が聴こえた方向に目を向けた。其処には普段の服装ではなく、道着姿の霊夢が正座していた。

 

 

「ん、ちょっとね。急で悪いけど、暫く此処に泊まることにしたのよ。長老には伝えておいたから」

 

 

「はぁ……それはいいのですが、何故道着姿で?」

 

 

「“()()()()”してたからよ」

 

 

「────!!」

 

 

「もう終わったけどね。今は“()()()”の終わり」

 

 

 その言葉を聞いた美羽は驚きを隠せず、目を見開いて固まってしまっていた。それを鋭い眼差しで、しかし直視はせずにすぐさま目を閉じてしまう霊夢。そしてゆっくりと流れる様に立ち上がると美羽に背を向け、そのまま歩いて部屋から出て行ってしまった。

 美羽は自分でも認識できないうちに呼吸を止めていたことに、霊夢が出て行った後に気付いた。その後、大きく深く息を吐き出した。美羽の目には、少しだけ()()()()()()()()があった道着が映っていた。ソレが意味することは即ち────

 

 

「いつ見ても凄まじいものだったよ、霊夢の“アレ”は」

 

 

「秋雨さん………」

 

 

「焦ってはいけないよ、美羽」

 

 

「そうね、美羽は美羽、霊ちゃんは霊ちゃんね」

 

 

「馬さん……」

 

 

 声をかけた二人だけではなく、逆鬼やしぐれ、アパチャイも美羽へ微笑んでいた。美羽は彼等の優し気な顔に、いつの間にか入れていた全身の力を抜いて、安心したように微笑み返した。

 だが、美羽の武人としての本能は間違いなく刺激されていた。霊夢が告げた()()()()が済んだという言葉は、それだけ彼女を緊張させるに足るものだったのだから。

 

 

 

 ───尚、兼一はその話題に触れる以前に梁山泊の師匠全員から自身が完敗したという事実を突きつけられて、毎度のことながら落ち込んだ時の解消法である「の」の字を畳に書いており、まったく話を聞いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて朝を迎え、そしていつもの修行の時間となったのだが、兼一の心は荒れに荒れており、修行の方も完全にやけくそ気味で全く身に入っていなかった。

 霊夢は遊びに来ていた兼一の妹──ほのかとオセロや囲碁、将棋で戯れていた。尚、勝敗は七勝一敗と、最後のオセロによる一戦以外霊夢が勝ち越している。

 そんな不貞腐れている兼一に、珍しく自分から声をかけた長老は、梁山泊の達人一同が驚きに固まる一言を言い放った。

 

 

 ───ワシ直々の修行を受けてみないか

 

 

 戦慄している達人たちを余所に、兼一は今の己のままでは足りないとその申し出に頷いたのだった。

 ひそひそと心配をしている秋雨たちを見ながら、霊夢はまったく別の方向───兼一の()()()の乱れをじっと見つめていた。

 

 

 そうこうしている内に、旅の準備を終えた兼一と長老の旅立ちを見送るため、霊夢を除く全員が正門に立ち合っていた。

 長老は一週間後の夜に戻ると告げたが、美羽は兼一の方を心配そうに見つめていた。そんな美羽の不安を安らげようと、腕を振り上げて元気いっぱいだと言葉と共にアピールする兼一。

 それでも、梁山泊の面々は緊張した面持ちで二人を見ていた。

 

 

「果たして兼一君は耐えられるのだろうか………」

 

 

「おいちゃんがいないから死んだら蘇生できないね……」

 

 

「そんなにやべぇとこでやるってのか………?」

 

 

「後ろからこっそりついていくってのはどうよ」

 

 

「それでも絶対ばれ……る」

 

 

「聴こえておるぞ、おぬしら」

 

 

 こそこそと話していた秋雨たちの会話の内容を驚異の聴力で聞き取り、気を込めた言葉で牽制する長老。

 それに対して彼らは瞬時に兼一には気づかれない速度で散会し、傍から見れば見事な擬態をした笑みで手を振り、兼一たちの出発を見送る体勢をとっていた。

 まったく、と言葉にせずに呆れた長老は、準備が出来たので早々と梁山泊から足早に遠ざかっていく。

 

 

「あ、長老待ってください!じゃあ弟子一号、行って参ります!!師匠っ!美羽さんっ!!あ、それと霊夢さんにもよろしく言っておいてください!!」

 

 

 そして───二人は強くなる修行のため旅立ったのであった。

 

 

 

 一方、ただ一人道場で正座をしていた霊夢は、二人が出立したのを感じ取ると、閉ざしていた刀剣のような鋭い瞳をゆっくりと開け、道場に戻ってきた彼らの内のただ一人に向けて、“剣による全力の振り下ろしによって生じた斬撃”に等しい絶大な気をぶつけた。

 

 

「さて、こっちも始めましょうか───美羽」

 

 

 霊夢に気当たりを向けられた人間───美羽はそれを受け止めた瞬間、反射的に真横へと飛び退き、自身の体内武術レベルを一瞬で上限いっぱいにまで引き上げ、その気を放った張本人───博麗霊夢へと体を向け、全身から闘気を迸らせた。

 

 

「やれやれ……早速か」

 

 

 秋雨の言葉は呆れの意を含んでいたが、それとは別に声色は楽し気だ。言葉にはしなかったが、梁山泊の残った全員が今の秋雨と同じ気持ちだろう。

 霊夢は昨日の()()()が起きた時点で、こうすることを決めており、そして長老を除く全員に了承をとっていた。霊夢が何をしようとしているのか───それは美羽を除く全員が把握している。

 では何故、美羽に知らせていなかったのかと言われれば、それはただ単に霊夢の気分的なものでしかない。

 何となくという、ただそれだけの理由で霊夢は美羽にこれから始めることを伝えなかったのだ。

 

 では───どういうつもりで先程の気当たりを美羽へ放ったのか。

 

 

「あっちが修行してるんだから、こっちも進めておいた方がいいでしょ」

 

 

「それにしたって、霊夢さんの方から修業をしようと言い出すなんて………おじいさまと言い、何かあるんですの?」

 

 

「あるっちゃあるわね………でも、()()アンタには教えない」

 

 

 警戒心をむき出しにしている美羽に対し、霊夢の纏う雰囲気はどこまでも静かであり穏やかだ。先程の抜き身の刀のような気を放った張本人とは思えない程に。

 霊夢が口にした「今のアンタには教えない」という言葉───美羽には心当たりがあった。それも、指摘されれば否定できないし、自身もどうにかしようと悩んでいた問題が。

 前回霊夢が来た時から、なにやら自分のことをじっと見つめてくる目が気になっていたのだ。その視線の意味は「問い」。

 

 ──“そのまま”でいいの?という美羽の武人としての矜持に触れる問いかけだ。

 

 兼一が内弟子になってから今に至るまで、美羽が行ってきた修行の質は落としていない。けれどそれで、()()()()()()()で彼女に追いつけるのかと言うと、否と断言する。

 だが、それでもこれ以上修行に時間を当てるわけにも、修行の質を向上することも出来ないでいた。

 簡潔に言うと美羽は現在伸び悩んでいた。そして霊夢はそれを見抜いていた。

 もしかしたら、霊夢が梁山泊を訪れるようになったのは、()()()()()()()を知っていたが故なのかもしれない。毎日欠かさず博麗神社へ挑みに行っていたのに、兼一が梁山泊に来てからというもの全く行かなくなってしまったからかもしれないと、美羽は思った。勿論、それが自惚れであると美羽は理解している。

 彼女の性格からして此方が理由になることはあり得ない。いついかなる時も、彼女の行動理由は彼女自身。それが博麗霊夢という少女なのだと知っているから。

 だから、霊夢の方から修業の相手を申し出たことも、やはり彼女がやらねばならないと何らかの理由で思ったが故───

 

 

「分かってるようだから言わないけど……どうする?やる?やめる?」

 

 

「やりますわ」

 

 

 霊夢の煽るような言葉に美羽は即座に了承の意を返し、自身も道着へと着替えて霊夢のいる領域に上がる。

 兼一が来るまでは何時も挑みに行っていた神社の巫女。挑む度に、自身の成長と、それ以上の進化を重ねていく彼女との埋められぬ差を埋めようと足掻いた日々。

 衰えていたとは思っていない。けれど成長したとも思えない今の己。

 だからこそ、兼一が修行に出たことに美羽は感情の面では心配を、武人としての性では感謝をしていた。

 そして幸運は続き、美羽の目標としている人物が、あちらの方から手合わせを申し出てくれた。

 

 

「何本勝負ですの?」

 

 

「私が飽きるまで」

 

 

 相変わらずの物言いだ。普段と変わらず、自身のしたいことをしたいようにやる。義務として行うべきことは最低限の力で。自身のやりたいと思うことであっても余力を残した上で。

 いつ何時であったとしても、全力を振るわない霊夢の事が、武人としての美羽は嫌いだった。そしてそんな彼女の全力を引き出せない自分自身も嫌いだった。

 まだ、其処に行けるとは思えない。寧ろ昨日の霊夢の発言からすると力量の差は更に広がってさえいる。

 

 故に───休憩はおしまい。此処からまた“昇る”のだ。空にまで手が届くほどの霊峰を。

 

 

「いきます───ッ!!!」

 

 

「小手試し……といきましょうか」 

 

 

 美羽が挑み、霊夢が受ける。

 兼一が自身の幼馴染にして親友にもう一度挑むための修行を始めたように、美羽もまた初めて出会った時から手を伸ばすと決めた幼馴染にして目標への挑戦を再開した。

 

 

 

 

 

   




感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

漆の段

更新です。


次回でラグナレク編も終われると思います。
その次は漸くという程でもないですけれど、霊夢を本格的に動かせるようになります。
戦闘描写も頑張んないといけませんね………苦手なんですけれども。
まあ、其処も挑戦する意味でケンイチの二次を書いてますから、頑張ります。


それではどうぞ。

あと、今回も短いかもです。








 ─────受け止められる

 

 

 此方が放つ、本気の片手突き。もしこれを美羽と同じ弟子級である兼一が身構えたところで、瞬時に放たれた六発の拳の内の三発を見れれば上出来と言うところの速度を誇る突き。それを、あまりにも自然体で、あまりにも容易く、まるで此方が態と力を抜いていたのかと錯覚してしまう程、綺麗に受け止めてしまう彼女。

 

 

 ─────投げられる

 

 

 全力でないにしても、間違いなく本気で放った突きは彼女の掌にある。つまり、自身の腕は完全に伸び切ってしまっている。

 いつものことだからこそ解る。こうして隙を晒してしまっている己に対して、容赦をかけらも見せてくれない彼女ならば、如何様にでもすることが出来ると。

 ならばここから己は挽回する手立てがあるのか?いいや、ない。

 此方が彼方に勝っている点など、攻撃に転用出来る技の豊富さのみ。それ以外の基本性能が余りにも違い過ぎる。もう片方の腕が空いていることなど何の気休めにもなりやしない。

 

 よってここから、己が為すべきことはただ一つ。()()()()が来るのか見極めること。

 巴か、小手か、上手か、将又刈り技か。いずれにせよ、彼方の投げが来ることには変わりない。そして最早それが回避不可能であるのは解っている。

 ならば、その技に対して身構えるのではく、全身を脱力させ全てを委ねるのが正解だ。その正解にたどり着くまでにも、それを行動に移せるようになるまでにも、一体どれ程投げ飛ばされた事か。

 

 

 ─────今回()片手投げか

 

 

 最早極まり過ぎて大概雑に放たれる片手投げ一つとっても、()()()()()()()()()()()()というだけで一撃で戦闘不能に落とす決め技になりえる。

 だからこそ、彼女がいつも言っている全身の脱力がいかに有効かがよく分かる。技への対処法ばかり学んできた己では、永遠に攻略出来なかったであろうから───()()()()()()

 

 彼女の放つ投げは、本当にただの投げでしかない。そこに高度な術理はないし、虚実もへったくれもない。───故に対処法は存在しない。

 投げられる段階に入った時点で、こちらにはもう抵抗のしようがなくなってしまう。下手に力を入れてしまえば、それさえ利用されて叩き潰されるのだ。

 

 だから、彼女の投げに対する対処法は、対処しないこと。全身から力を抜いて素直に投げられること。それこそが()()()である。

 

 

「受け身、巧くなったわね」

 

 

 そして彼女──霊夢さんの言葉を聞きながら、(わたくし)は笑顔で今日も投げられたのでした。

 

 

 

 

 

 

「ウフ、ウフフフ……」

 

 

「何笑ってんのよ。気持ち悪い」

 

 

「今なら何言われてもいいですわ~」

 

 

 美羽は自身が投げられ、霊夢の手が離れた瞬間から全身の脱力を解き、身体が畳に当たる寸前で右手を叩きつけ、その反動を利用して跳び上がったのだ。

 漸く初見殺しにして一撃必殺の投げを潜り抜けた美羽の心は有頂天一歩手前である。それもこれまで行ってきた組手の中で完璧に近い全身の脱力が出来たことが嬉しい。そして何よりあの霊夢が自身の受け身を褒めたことが一番嬉しくてたまらない。

 

 

「秋雨さんに特訓を頼んだ甲斐がありましたわ」

 

 

「まったく………それで、脱力の感覚はつかめたの?」

 

 

「あ、はいですわ。ですが感覚をより強くつかみたいので、もう一戦お願いします」

 

 

「あっそう………私はソレでもいいんだけどさ」

 

 

 呆れ顔で美羽を見つめる霊夢に、キョトンと首をかしげる美羽。霊夢は無言で縁側の方を指差し、美羽へ其方を向くように促す。美羽は疑問に思いながらも指を差された方へと顔を向け───日が傾いているのが分かった。

 

 

「あ゛ッ゛!!」

 

 

「夢中になるのはいいけど、今日は買い溜めする日じゃなかった?」

 

 

 そう、今日は梁山泊一番弟子である兼一と長老が修行に出てから丁度一週間経った日。

 梁山泊では一週間に一度買い溜めをすると決まっているのである。

 そして、今日は荷物持ちである兼一はいない。よって、兼一以外の梁山泊にいる者に荷物持ちを頼まなくてはいけないのである。おまけに、仕入れ先は何の記念なのか超特売日───いつもよりも出費が少なくて済む日なのである。

 そのことを思い出した美羽はすぐに道着から普段着に早着替えし、即座に梁山泊の師匠達を招集しに離れへ向かった。

 

 

「そんなに嬉しかったのね………アイツ」

 

 

 それを見ていた霊夢は、そんなにも自身との組手に夢中になっていた美羽に呆れ半分、感心半分で見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い出しの帰り道、アパチャイ、しぐれはおまけとして美羽に許可を貰い買ったソフトクリームをなめていた。逆鬼はそんなものよりも酒が好きであるし、秋雨も遠慮したようだ。尚、今回の買い出しに美羽が連れ出したのは剣星を除く全員である。剣星は残念ながら接骨院で仕事があるため、そちらの方に残った。それで、霊夢の方はと言うと、一週間も神社を空けていたから一旦戻って整理してくると、買い物途中で別れてしまった。………荷物持ちから逃れる為のうまい言い訳だ。

 

 

「しかし、兼一の奴がいねーと買い物がめんどくせーな」

 

 

「いなくなって初めてわかる弟子の便利さ」

 

 

「でも、こんだけ買い込んでおけば当分、大丈夫よ!」

 

 

「まあね」

 

 

「あれ、美羽の奴は?」

 

 

 会話に入ってこないことから美羽が近くにいないことに気付いた逆鬼は、きょろきょろと辺りを見回し、そして後方で立ち止まり、しゃがみこんでいる美羽を発見した。

 

 

「おーい、美羽!置いてくぞ」

 

 

「新しい子が来てますわ~♡あ~~~んもう♡攫って逃げたいですわ!」

 

 

 逆鬼の声が全く届いておらず、美羽は子猫に夢中になっていた。

 美羽は大の猫好きである。猫のことになれば思わず我を忘れてしまう程の猫好きである。そしてこうなってしまえば最低でも一時間はこのまま自分の世界に閉じこもるのである。

 

 

「チッ、先帰るぞ!!」

 

 

 逆鬼も舌打ちはしているものの、それは面倒臭いと言うよりもしょうがないなという諦めからきているモノであった。

 だが、美羽はそれに気付かず猫に夢中のまま。猫が歩いていく先を自身も追っていけば───

 

 

「牛乳ッ!?」

 

 

「キサラちゃんッ!?」

 

 

 ここ一週間、猫がいるところの先々で出会う猫友───南條キサラと目が合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、私が神社に戻っている間に不良共がやってきて、んでそっちの連中が命を張ってこの様と」

 

 

「初対面ですっごいドストレートに言うじゃない………」

 

 

「喧嘩に命張るのは流石にアホでしょ。それに素人の拳で人は死なないわよ」

 

 

 「大袈裟ね……」と呆れ混じりに溜息を吐きながらも包帯を巻いていく霊夢。その裏表のない正論に武田も宇喜多もたじろいでしまう。

 霊夢が誰でどういった人物なのかを美羽から聞いていた武田だったが、あまりにもその言葉がグサグサと突き刺さるモノだから参ってしまう。

 そんな時、丁度向こうからガシャンという音が聴こえてきた。霊夢はうんざりしたように向かいを見て、暴れるロングヘアーの男の方へと足を進めた。

 霊夢が神社へ戻っていた間、美羽たちはラグナレクの構成員たちに襲われていたのだそうで、それで見事勝利して退けられたのは女性陣だけだったのである。霊夢はそれを梁山泊に戻ってきた時に聞き、こうして処置を手伝わされていることを面倒に思うのだった。

 

 

「ラララララ~私は行かねばならないのです!!お放しなさい!!」

 

 

「そんなに行きたいなら行かせてやるわよ。夢の世界にね」

 

 

「ラララ、その心魂を震わせるような音色の貴女は───」

 

 

 ロングヘアーの男、ジークフリートこと本名、九弦院 響は背後から聞こえてきた妙に耳に馴染む声の方へと振り向き、突如腹部を襲う鋭い衝撃によって意識を手放した。視界がブラックアウトする寸前、彼の瞳に映ったのは面倒臭そうな顔をしていた美しい少女であった。

 

 

「よし、これで大人しくなったわね」

 

 

「おいおい……痛みを与えていないのは分かるが、患者に対して荒すぎるよ、霊夢」

 

 

「この方が手っ取り早いでしょ」

 

 

 武田は霊夢のあまりにも鋭い突きと怪我人に対する容赦のなさに固まってしまった。振り返った霊夢の表情が無であったこともその恐怖を加速させる。よって、彼は処置を大人しく受けようと誓った。

 

 

「で、どうするの?一応兼一さんの知り合いっぽいけど」

 

 

 ジークフリートを大人しくさせた後、ベッドの上に放り投げて包帯を巻いていく霊夢は、秋雨たちに問う。一体これからどうするのかと。

 

 

「そりゃあ、行くさ……ッ」

 

 

 それに答えたのは秋雨たちではなく、美羽の方で処置されたボロボロのキサラだった。これまたあの中華娘とは別方面で猫っぽいなと胸の内で思う霊夢は、キサラの方を見ながら無言で続きを促す。

 

 

「今、ラグナレクって連中と最終決戦中なんだ。まだ逃げている仲間もいる………あたしたちが駆け付けないとッ」

 

 

「医師としては許可できないね」

 

 

「立っているのもやっとの状態ね。それで一体何するね?」

  

 

「戦えないのならば………応援、するまでッ!!!」

 

 

 突如───暗闇に沈んでいたジークフリートが意識を覚醒させて飛び上がった。霊夢は確実に意識を奪った筈の男が、たった数分で目覚めたことに少なからず驚いていた。

 

 

「フレーフレー、し・ん・ぱ・く!!!」

 

 

「かなり痛い筈ね」

 

 

「無茶をする………だが、アパチャイ君」

 

 

「アパ」

 

 

 秋雨がアパチャイに頼むと、アパチャイはジークフリートが横になっているベッドを彼ごと持ち上げる。

 

 

「絶対安静のまま、応援をすると言うならば全然構わんよ」

 

 

「おいおい……」

 

 

 目を光らせながらニィと口元をつり上げて不気味な笑みを浮かべる、楽しそうな秋雨と梁山泊の男共に、美羽も霊夢も本日何度目かもわからない呆れを見せた。

 と言っても、霊夢もまた見物するつもりではあったのだから人のことを言える立場ではないのだが。

 なにせ霊夢の直感が、その決戦によって自身の今後の全てが変わってしまうと告げていたのだから。そして美羽も、兼一も。間違いなくこの先の未来で、世界を巻き込むほどの動乱が起こると───未だ一つも外れたことのない霊夢の直感が断言していたのだ。

 

 

 

 

 




感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捌の段

更新です。

今回は長めです。
取り合えず、ラグナレク編終了です。
ケンイチ世界での博麗のこともちょこっと触れます。
次回からやる闇編の伏線ですね。

オリキャラこと先代博麗もちゃんと絡みます。
闇編に入れば。


それではどうぞ。




 兼一が長老と共に一週間の山籠もり修行中、何時の間にやら出来ていたグループ・新白連合は喧嘩チーム・ラグナレクの総攻撃を受けて、『総督』新島(にいじま) 春男(はるお)も絶体絶命のピンチを迎えていた。

 しかし、ラグナレク第四拳豪・ロキはその場を利用し、第二拳豪・バーサーカーをリーダーとする新体制を宣言し、反乱を起こした。………が、バーサーカーは現ラグナレクのリーダーにして第一拳豪・オーディーンを裏切ってなどいなかった。そしてバーサーカーは新生ラグナレクを名乗ったロキを含む九名を一瞬にして打ち倒し、ロキの野望は潰えたのだった。

 

 ロキを倒したバーサーカーはオーディーンの側で待機し、オーディーンはその直後にラグナレクの下級兵たちに円陣を組ませ、新白連合を取り囲んだ。

 再び絶体絶命の窮地へと追い込まれた彼等の真上───大きな衝撃音と共に落下してきたのは、今もなお修行の途中であるはずの白浜 兼一であった。

 

 

「あの廃工場で戦っているのかね?」

 

 

「ええ……………」

 

 

「ピク…ニック♪」

 

 

「煙が上がってるね」

 

 

 丁度その頃、怪我人を引き連れて梁山泊一行が見物に来ていた。…………重箱と大きな風呂敷を持ちピクニック気分で。尚、ピクニック気分でいるのは怪我人と美羽、そして霊夢を除く全員である。尤も、霊夢は霊夢で意図は別として、お昼の弁当は持参してきているのだが。

 

 

「どれどれ……大勢いるね~~~」

 

 

「あぱ。本当よ」

 

 

「えっ?どこ、どこですか!?」

 

 

 怪我人の内、最も重傷であった男ジークフリートは自身の痛みに耐えながら、秋雨たちが見つめる方向を凝視するも、工場群が見えるだけで人一人見つけることも出来なかった。

 そこへどこから持ち出したのか、剣星がかなり高性能な望遠鏡を取り出して、ジークフリートへ貸し与える。

 ジークが望遠鏡を覗いた直後、目を光らせながら此方へ急接近してくる巨漢の老人が見えたため、思わず飛び上がってしまった。そしてその件の老人は何時の間にやら最も後方にある大木に寄り掛かっていた。ジークは「風神様!?」と、今しがた目の前で起きたことが信じられない様子で呆然としている。

 

 

「皆の者、久しいの。今戻った」

 

 

「予定より早かったわね、長老」

 

 

「ん?まあの。兼ちゃんがどうしても友人の元へ駆け付けたいと言ったのでな。ワシも本気で走ったわ」

 

 

「あれ?兼一さんは?肝心の兼一さんは何処ですの?」

 

 

 きょろきょろと辺りを見回す美羽をよそに、霊夢は廃工場の中央付近───大勢が少数を囲っている所に立つ兼一が()()()()()。そして霊夢は美羽の背中をつついて兼一がいる場所を指差す。

 

 

「あそこよあそこ、敵陣のど真ん中。落ち着いてよく視なさい」

 

 

「むむむ………」

 

 

 霊夢にそう言われたことで美羽は荒んでいた心を落ち着かせ、つい最近やっと習得した全身の脱力を用いて心を深く鎮め、ゆっくりと瞳を閉じ、そして再度瞳を開いた。

 

 

「あっ、()()()()()()!はっきりと!!」

 

 

 ピョンピョンとはねて視えたことを喜ぶ美羽を横目で見ていた長老はそのことに驚き、目線を霊夢や秋雨に移して全てを察すると、納得と同時に感心した。自分たちが山籠もり修行している間に、美羽もまた自身の目標へ向かう修行を再開したと感じ取ったのだ。

 

 

「ホッホッホ、美羽の方も順調に修行を再開したようじゃの。そら、更によく視てみよ。修行明けというのに、やる気に満ち溢れておる兼ちゃんの姿を!!」

 

 

 そのことを嬉しく思い、長老は笑みを浮かべて兼一の方へとまた視点を戻したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行を中断し戻ってきた兼一が早速バーサーカーと争うのかと思いきや、修行によって疲れがたまっている兼一を抑え、先ずは剣星の兄・槍月の弟子にして第六拳豪・ハーミットがバーサーカーと対峙することとなった。相反する努力と才能という主張と共に激突する二人、結果としては「努力は才能を凌駕する」と断言したハーミットがその勝負を征した。

 その発言が聴こえていた美羽は、ちらりと横目で霊夢を見る。何か反応があるかと気になって見てみたが、霊夢は普段通りの様子だった。普段通り───何にも興味がないと言いたげな静かな目をしている。

 数秒彼女の横顔を眺めていた美羽だったが、すぐに廃工場へと視線を戻した。

 

 

「よしよし、メインイベントだぜ」

 

 

 逆鬼が笑みを浮かべて見つめる先で、兼一とオーディーンが真っ向から対峙していた。

 

 

「それで、どうよ。兼一の修行の成果は」

 

 

「ほっほっ、その辺りの不良程度ならば楽にあしらえる程度にはしといたわい」

 

 

 自信満々に答える長老が最後に残した「その辺りの…不良レベルなら…のう」という呟きを梁山泊の全員が拾っていた。美羽はそのことに一抹の不安を覚えるも、兼一のこれまでのこと(生と死の狭間を行き来する修行)を思い出し、彼の強さを信じることにした。

 

 とうとう───二人の“制空圏”が触れ合い、全力の突きの応酬が始まった。一週間前とは別人のように実力が増していた兼一に、霊夢も美羽も少なくない驚きを表情に浮かべていた。

 一体何をすればこの短期間で、あれほど完成度の高い“制空圏”を才能のない兼一に習得させることが出来たのだろうと。

 

 

「「先に開展を求め、後に緊湊に至る」……、緊湊に至った一つ上のレベルの者同士の戦いは、殴り合うと言うよりむしろ陣取り合戦に近くなるね!」

 

 

「如何にも。将棋や碁と同じ」

 

 

「付け焼き刃にしちゃ、よく仕込んだじゃねえか」

 

 

「ほっほっ」

 

 

 感嘆の言葉を告げる逆鬼だったが、兼一ではなくオーディーンを名乗っている少年の方へと目線を向けた途端、普段以上にその視線の鋭さが増した。

 

 

「しかしあの眼鏡……ただの不良じゃねえな。実戦用の武術を誰かに学んでやがる…」

 

 

「ふむ……如何にもそのようじゃ。ワシのよく知っておる男の流れが良く見え隠れしちょる………ほれ、噂をすれば師匠のお出ましじゃよ」

 

 

「「───ッ!!」」

 

 

 師匠達全員が向ける視線の先、より廃工場に近い屋根の上に誰かがいた。霊夢も其方へ視線を向けるも、すぐさま“今はどうでもいい相手”と判断し、対決中の兼一らへと視線を戻す。

 師匠達が極めて殺気に近い視線を向けた相手───名を、緒方(おがた) 一神斎(いっしんさい)

 果たして本名なのか、偽名なのかは分からないが、極めて危険な男であるという認識は間違っていない。

 

 

「ほーーー梁山泊御一行も見物か~~~~」

 

 

 緒方は遠目から此方を睨みつける数名からの気当たりに笑みを返す。だが、そこに見慣れない気が()()()()()ことに気付いた。

 あまりにぼやけていて、けれど大きな、其処にいるのかいないのかもはっきりとしない気は、梁山泊がいる大木付近から発せられているようにも思える。

 

 

「………?誰かいるのか……いや、気のせいか」

 

 

 「はてさて、梁山泊の弟子とうちの弟子。勝つのは一体どちらかな?」と、明らかに楽しみながら見物する緒方。

 彼が気のせいだと思った気の持ち主───その正体を知り、驚愕と共に猛烈な感情を掻き立てられるのは、この後すぐの事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新白連合とラグナレクの決戦にてバーサーカーは敗れ、兼一とオーディーンこと龍斗の戦いが始まってから暫くのこと───。

 長老である風林寺 隼人の修行を受けた兼一の実力は、以前より飛躍的に上昇していた。だがそれでも、龍斗の実力は兼一のはるか上を行く。

 常に兼一を凌駕し続ける龍斗だったが、ジークフリートから龍斗の持つリズムを読む能力を教えられた兼一の、梁山泊の師匠になりきるという荒業により自らの攻撃のリズムを狂わせられる。幾度となくリズムが変貌する兼一に、予知能力が使えなくなった龍斗は初めて劣勢に立たされる。だが───

 

 

「まだ、だッ!!───コ ォ ォ ォ ォ オ オ オ オ オ ッ゛ !!!」

 

 

 瞬間───長老たちは龍斗の纏う気が急激に膨張するのを感じ取った。霊夢はその姿を見て不快げに眉を顰め、すっと音もなく立ち上がった。だが、そんな霊夢の前に秋雨が無言で左手を出し、止まるよう制した。彼の表情もまた、霊夢のように険しく、そして誰かに向けて怒りを放っていた。

 

 

「あやつ…動の者の気と静の者の気を同時に発動しよった……ッ」

 

 

「動と静、相容れぬ二つの気を発動するなど……言ってしまえば、密閉した瓶の中で火薬を爆発させ続けるようなモノね。確かに一時的には強力で正確無比な攻撃が可能かもしれんがね……」

 

 

「良くても肉体……最悪精神が崩壊して廃人になりかねねぇぜ!!」

 

 

「許せぬ……己の弟子を実験に使うなど……ッ───霊夢ッ!?」

 

 

 突如───自身を制していた秋雨の一瞬の隙を突き、疾風の如く駆け抜けていった霊夢。その尋常ではない速さは水面を駆けても尚健在であり、既に川の中間にまで到達していた。それに逸早く反応したしぐれを始めとし、順に長老、アパチャイ、逆鬼、剣星、最後に秋雨の順で霊夢を追いかけた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、静と動の気を同時に発動した龍斗に兼一は手も足も出ず、とうとう止めを刺されてしまうという場面に来ていた。それを見た緒方は兼一をこのまま潰してしまうには惜しい人材と思ったのか、二人とも連れて帰ることにしたようだ。屋根と屋根を飛び越えていくその様は、自身の弟子であり、弟子級上位に位置している龍斗でさえ未だ不可能な達人技と言う他ない。

 ───そんな緒方へ、()()()()()()()()()……()()()()()()()という実感を押し付けた者がいた。

 

 

「何────クッ!!!!?」

 

 

 投げ飛ばされたという実感を得て、瞬時に身体を空中でひねることで体勢を立て直す。しかし投げられた勢いを殺しきれていなかったのか、平面の屋根が直角に曲がってしまう程の衝撃で降り立った緒方は、すぐさま自身の気を開放し、己を投げた張本人を探し出す。

 

 

「一体何者だ……?」

 

 

「私は兼一さんの師匠じゃないけれど……まあ、言うべきことは変わらないからいいわよね」

 

 

「───ッ(思いのほか若い声だ……それに女か?)」

 

 

 誰かもわからず、何処で会ったかもわからない声の主に当たりをつけ、その声のするところへと視線を向けた。すると─────

 

 

「弟子の喧嘩に…師匠が出てんじゃないわよ」

 

 

 其処には、自身の弟子と梁山泊の弟子……双方とそう変わらないくらいの年齢の、しかしその二人を足したとしても決して届くことのない、何故今まで近くにいたことに気付けなかったのかと思う程の気を持った、特徴的な赤いリボンと巫女服が似合う美しい少女が凛として佇んでいた。

 己の弟子と同じくらいの齢の少女が達人級である自身を投げ飛ばしたのかと、緒方は呆然とする。───そしてそれが運の尽き。

 

 

「やれやれ………言いたいことは言われてしまったが、まあそういうことだよ。緒方一神斎」

 

 

 霊夢の隣に降り立った秋雨を始めとした梁山泊の達人たち全員が、緒方を取り囲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ取り敢えず、黙って見とけっちゅうことじゃ、()()ちゃん」

 

 

「……………ッ!!」

 

 

 歯を食いしばって苛立ちを抑える緒方に、長老は不敵な笑みを浮かべて返すのみ。緒方は梁山泊の者共を一瞥した後、先程己を投げ飛ばした巫女服姿の少女───霊夢へと視線を戻す。

 その頃にはもう苛立ち以上に彼女への興味が勝っており、ニィと口元を釣り上げて不気味な笑みを浮かべていた。

 

 

「知らなかったなぁ……梁山泊がもう一人弟子を取ってたなんて。それに、白浜兼一君とは別格も別格、次元違いの弟子じゃないか」

 

 

「違うわよ」

 

 

「霊夢、やめなさい」

 

 

 否定の意を告げる霊夢に対し、言葉によって制しようとする秋雨。それにワザとらしく反応する緒方は、少女から更に情報を引き出さんと声を張り上げる。

 

 

「違う!?ならば君は梁山泊の何なのだね!!」

 

 

「梁山泊の弟子って言うよりも、梁山泊が私の後見人なのよ」

 

 

「霊夢ッ!!」

 

 

「どうせいつかはバレることよ。隠してもしょうがないわ」

 

 

 諫める秋雨にごく自然に返す霊夢。確かにその通りだと思ったのか、秋雨は黙ってしまう。それは長老らも同じらしく、その様を見た緒方はもう我慢できないと嗤いながら霊夢へ問う。

 

 

「ならばッ!!!ズバリ問いかけよう!!君は一体何者だッ!!」

 

 

 達人級の本気の気当たりを放ちながら、緒方は両の手を広げて構えをとる。格下であったのならばこの気当たり一つで十分。だが、そうではないと確信しているが故に、だからこそ本気の本気で放つのだ。観の目で見ても尚、底が知れない彼女の全てを見通すために。

 

 

「霊夢───博麗 霊夢よ」

 

 

 呼吸が止まるのが分かった。

 余りに無防備。余りに自然体。けれどどこにも隙は無く、攻めれば全てを返される。

 彼女の実力は数々の弟子たちを見てきた緒方の経験から言えば、大雑把に見たとしても未だ達人級には及んでいない。しかし、その評価を覆して有り余るほどの絶大な気の波動。

 彼女が内包しているであろうモノは、果たして如何ほどか。──────()()()()。それこそが緒方を戦慄させた理由である。

 更には、彼女の顔には微塵も恐怖が浮かんでいない。それどころか、警戒さえしてないのだ。この己が放つ気に対して───微塵も。

 そして、彼女が名乗った“博麗”の姓。

 

 

「ハ…ハハ……ハハハ…ハハハハハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ッ !!!!!

 

 

 狂ったように嗤う緒方。その興奮につられてか、放たれる気もまた絶大なモノへと膨れ上がる。されど暖簾に腕押しと言わんばかりに、何一つとして心を乱すことなく佇む霊夢。 やがて落ち着きを取り戻したのか、気の収束を始めた緒方は、人差し指を霊夢へ突きつけて言い放つ。

 

 

「そうかッ、君が()()()()()かッ!!」

 

 

 納得したとも取れる発言をしながら、緒方は次第に物欲しそうな眼を霊夢へ向ける。

 

 

「いいなぁ…梁山泊。今代の博麗の少女を獲得するなんて。でも、君を見る限り、まだ思想的には()()()()ってわけでもないんじゃないかい?」

 

 

 その言葉を告げた途端、全方位から途轍もない気当たりが緒方に向けられる。

 

 

「怖い怖い。でも図星だろ?彼女は全く否定してないよ」

 

 

 達人級の敵意を全方位から向けられながら、緒方は片時も目線を霊夢から逸らしていない。そんな緒方に霊夢は訝し気にしながらも、どうでもいいと言いたげに言葉を吐き捨てる。

 

 

「当たり前でしょ。活人だの殺人だの……鬱陶しいにもほどがあるわ」

 

 

「っハハハ!!……なら()()()()に来ても───「けどね……」……!」

 

 

「そっちに行ったとして、私が得るものは何もないわ。だから勧誘なんてしないでね」

 

 

「……………」

 

 

 はっきりと拒絶の意を告げる霊夢に、緒方は二の句を継げない。その様に長老は心底ざまぁみろと無言で告げた。無論、他の師匠達も同様に。

 その返答を聞いて、緒方はひどくがっかりしていた。どうせならば自らの意思でこちら側へ来て貰いたかったと。

 

 

「まあ……今は()()()()()()()と知れただけでも良しとするか………」

 

 

 今は諦める。言葉の裏にそんな念を隠しながらも諦めきれていない緒方は、一先ず自身の弟子と梁山泊の弟子との決着を見届けることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 そして、苛烈を極める幼馴染同士の喧嘩は、とうとう最終局面へと至った。

 ラグナレク最強の第一拳豪・オーディーンこと朝宮(あさみや) 龍斗(りゅうと)と対峙する兼一は、静動轟一という武術においてタブーとされる技を用いて圧倒する龍斗に対し、自身がこれまで培ってきた信念の拳で立ち向かう。そして、極限状態の最中───兼一は一度のみ霊夢に教えてもらった“全身の脱力”を会得し、相手の驚異的な力を逆に利用することで見事、朝宮龍斗を撃破したのだった。

 

 こうして、ラグナレクと新白連合の抗争は終結に導かれた。だが、これで終わりではない。寧ろこれからが始まりなのだと、時を置かずして兼一たちは知ることになる。

 それは兼一だけではない。美羽も、梁山泊も、新白連合も、霊夢も、果てには世界までも巻き込むほどの大戦へと発展していくのだが………今回は此処まで。

 今は、兼一個人の因縁に終止符を打てたことを純粋に喜ぶとしよう。

 

 

 そう、霊夢は彼女らしくない笑みで帰ってきた兼一と迎えに来た美羽を見つめるのだった。

 

 

 

 

 




感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

玖の段

更新です。


今話は繋ぎです。
今回もちょっと博麗のことに触れます。
後、邪神様の霊夢に対するスタンスが決まりましたことを報告させていただきます。
二択の内、やっぱりこっちの方が上手く書けそうだなという判断です。


それではどうぞ。


「あ、アリが一生懸命餌を運んでら……大変そうだなー」

 

 

 空を溶かし込んだような淡い水色の髪を後ろで結った髪形。頬にある鳥の翼を模したタトゥー。そして赤と青のオッドアイ。そんな只ならぬ空気を身に纏うその青年は、思わず出てしまったと言いたげな、けれど欠片も「大変そうだ」とは思っていない声音で足元のアリを見下ろしていた。

 

 

「何をしている?さっさと来い、(しょう)

 

 

「あ、ハイ先生」

 

 

 翔───と呼ばれた青年は声のする方向へと振り向き返事をすると、足元にいるアリを踏み潰して己が先生と呼んだ男の乗るボートへと飛び乗った。

 

 

「ハハ!翼のない、地を這う虫なんて……いっそ踏み潰してやった方が幸せですよね!!」

 

 

 先ほどとは違い、今度は本気でそう思って言葉にした青年は、踏み潰したアリを嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梁山泊……それは武術を極めてしまったが故に、表側のスポーツ武道に馴染むことが出来なかった者たちが集う場所!!

 

 

「ええ─────ッ!?梁山泊をやめろ!?」

 

 

 其処に、ごく普通の高校一年生がいた。名を───白浜兼一!!

 

 

「つまりボクには才能がないから、もう梁山泊には置いておけないってことですか!?」

 

 

 そんな白浜少年は今、梁山泊をやめるよう師匠たちに迫られていた!!

 

 

 なぜそうなってしまったのかと言えば近頃、兼一の周辺に明らかにそこらの不良とは一線を画す武術家たちが顔を合わす度に襲い掛かってきたためである。

 その襲ってきた武術家たちは皆、兼一の持つ肩書きである『史上最強の弟子』の称号を求めて勝負を挑んできたのだ。それも、尋常なものではない───殺し合いとして。

 梁山泊の師匠一同は、その襲撃を“闇”によるものだと確信している。故に、これ以上一般人である兼一を巻き込むべきではないと思い、こうして梁山泊をやめるよう迫っていたのだ。

 尚、そのために打ったサル芝居は兼一にあっさり見破られてしまった為、正直なところを渋々……(一部だけ)告げた。しかし──────

 

 

「あはは。みんないやだなぁ。ボクがその程度のことで───「はい、わかりました」と素直にやめるとでも思ったんですか!?たとえ破門されたってボクは梁山泊(ここ)を動きませんよ!!

 

 

 兼一の覚悟はもうすでに決まっていた。

 闇の襲撃として遣わされた一人の少女───そのあまりにも悲痛な覚悟で以て自身を殺しに来た彼女を思えば、もう二度とそんなことを覚悟させてしまうような連中に対して屈することは出来ない。そう……兼一は決意していた。

 元々、彼は誰もが見て見ぬふりをする悪を片っ端から倒すために武術家の道へと入ったのだから、この返答は決まっていたようなものである。そう、縁側に腰掛けながらその様子を黙って窺っていた霊夢は思った。その隣で立ち聞きしている美羽もやはりと確信していた様子だ。

 その言葉に、秋雨は「流石は我等の弟子!」と得意げになり、続いて逆鬼も嬉しそうにし、そして長老はこれで何の憂いもないと安心して兼一へ告げた。

 

 

「うむ、兼ちゃんはもう……自分の死に場所は自分で決められる男になったということじゃな!!」

 

 

「え?死?」

 

 

「一時はどうなるかと思ったが、本人に死の覚悟があると聞いて安心しました」

 

 

「そうね。まあ人間十六年も生きれば十分ね♪」

 

 

「え?……死?」

 

 

 兼一は目が点になった。この師匠たちは何を言っているのだろうと。自分が覚悟したのは闇と戦い抜く覚悟であって、死ぬ覚悟ではなかった筈だが…………。そんな風に混乱している兼一へ、長老が闇の現在の狙いを告げる。

 

 

「闇は己たちの弟子に史上最強の称号を与える為ならば殺人も厭わぬ。恐らく……奴らの()()()()()の目標は兼ちゃん、そなたの首じゃ!!

 

 

 ドドンッ!!!───という文字が見えてきそうな程の迫力を見せる長老を含む師匠たちの姿に、兼一は今度こそ真っ白に染まった。まさか……まさかまさか、敵の狙いが自分だとは思っていなかったのだ。

 何だ、何がいけなかった。兼一の脳内がこれまでの死闘の日々を振り返った。ただ自分は見て見ぬふりをせずに、振り掛かる火の粉を払っていき、嘗ての因縁に決着をつけただけの筈。凡そ生き死にを繰り返しながらの修行の日々以外、兼一にとって記憶を保っていられたものはこれくらいしかない。ないのだ。

 

 

「因みに、このままのペースで修行をしても兼一君の実力では最長でも四か月で死亡することが判明している」

 

 

 何やら不吉なことを言われているが、兼一の耳はその言葉を右から左へと聞き流すのみ。ソレが脳内へと到達することはなかった。

 

 

「秋雨のカオス統計学はよく当たるからのう……。で、どのくらい修行の量を増やせば闇の精鋭相手に生き延びられるのじゃ?」

 

 

「如何せん、相手は質がいいのでね………霊夢の見せた全身の脱力と呼吸を不完全ながらにも使って見せたのを加味すると、ざっとこれくらいは理論上可能かと」

 

 

 そう告げて弾き出された結果を用紙にまとめ長老に手渡す秋雨。

 その時になって漸く正気に戻ってしまった兼一は果たして運が良いのか悪いのか。ちらっと長老が見つめる用紙を脇から覗こうとするも─────その結果に絶望した。

 

 

「ほう……!三倍がいいところじゃと思っておったが……喜べ兼ちゃん、()()()()()()()()()()()()()()()そうじゃ!!」

 

 

「いやぁぁぁぁあ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ッ !!!!!!

 

 

 ─────こうして、『梁山泊一番弟子改造計画・第一弾』が当人の覚悟足らずに始まったのである。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太平洋を航行する、タイタニック号を思わせる豪華客船。

 船内ではさぞや各国を代表する富豪や著名人が楽しくやっているのだろうと、庶民ならば嫉妬心を灯すような船だが、この船が客船ではなく個人の所有物であることを知れば腰が抜けてしまうかもしれない。

 この船の持ち主は今、拳聖を名乗っている緒方一神斎。若輩とはいえ押しも押されぬ闇の特A級の達人であれば、この程度の船を一隻や二隻所有するのも大したことではないのだろう。梁山泊とはえらい違いである。

 緒方は最後に来た同朋を用意した席に座らせると円の中央に立ち、自身を囲うようにして並ぶ八つのモニターに目を通す。

 そして緒方が手をあげて部下に合図すると、八つの内七つのモニターがパッと起動し、七つのモニターに世界各国に散らばる“彼等”を映し出した。

 

 

「便利なものですな。こうして世界各国に散らばる闇の同志たちとこうも簡単に会うことが出来るのですから」

 

 

『前置きはいい。急に要請を出し、我等を集めたのだ。何かあるのだろう、拳聖』

 

 

 『月』のエンブレムが映し出されたモニターから、突き放すような鋭い声が緒方に届く。緒方はその言葉に肩をすくめるが、「まあまあ、もうちょっと付き合ってくださいよ。私とて本当なら独り占めしたい内容なんですから」と笑ってその催促を拒否する。それに納得はしていないが、一応聞き届けることにしたのか『月』のエンブレムの声の主は押し黙った。それを見届けた緒方は、本当ならば言いたくないと勿体ぶる仕草を見せるも、それはそれで危険だと少しの葛藤を覚えつつ、自身を落ち着けるため息を一つ吐くと、先程まで浮かべていた笑みを消して告げる。

 

 

「今代の博麗が見つかりました」

 

 

 瞬間───発言した緒方を除く全員の息を呑む音が響いた。一瞬の空白。その後に満ちるは、ドス黒いまでの気の奔流。モニター越しからでさえ目に見えて分かる気の圧に、付き添いとして来ていた───あの翔と呼ばれた青年は冷や汗が頬を伝うのを感じた。

 

 

「(こっわ……先生方がここまで闘気をむき出しにするとか、その博麗ってのはそんなに凄いのか?)」

 

 

「翔」

 

 

「!はい、先生」

 

 

「博麗について気になるか」

 

 

「はい……先生方がここまでやる気になるってどんな奴なのかなって…」

 

 

 翔の疑問は尤もであると、彼が先生と呼び慕う九人の闇の達人の誰もが口を開かぬ中、『水』のエンブレムのモニターに映る人物が口火を切った。

 

 

『博麗………或いは活人にして殺人、或いは兇拳にして正拳、或いはその何れにも属さず、自らのみを行動指針とする業深き者共のことじゃ』

 

 

「だが、その実力は本物だと聞いている」

 

 

 唯一モニター越しではなく、直接翔へと語る『空』のエンブレムを持つ男が続く。

 

 

『その歴史は無敵超人と同じく、戦国の世にまで遡るのでしたかな』

 

 

 『無』のエンブレムを持つ達人が確かめるように呟く。

 

 

『カカカッ!!博麗は武器組頭領のじっさまと死合うて行方を晦ましたと聞いておるわいのう。アレは間違いであったか?』

 

 

 闇の達人たちの中でも一際強大な気を持つ『王』のエンブレムの達人が緒方へ向けてギョロリと視線を向ける。緒方はそれに淀みなく答えた。

 

 

「いえいえ、それは間違いないですよ。()()()()()は間違いなく消息を絶ちましたから。私が会ったのは()()()()()です」

 

 

『ほう、()()()()()()かわいのう……』

 

 

『当代の博麗に会っただと?』

 

 

「ええ、彼女は間違いなく博麗と名乗りましたから。年の頃は我等の弟子と同程度であると思われます」

 

 

『なんと!!我々の弟子と同じ年齢の子供だと!?それも女!!』

 

 

『それならば何故連れて来なかったのじゃ。未熟な女子と言えど、その者は博麗であったのじゃろう?ならば()()()()に引き込むのもたやすかろうに』

 

 

 モニターに映る誰もが口々に驚愕の声を上げる中、ただ一人冷静に何故連れてこなかったのかを問いただす『水』のエンブレムを持つ達人。一方、翔は口々に告げられる博麗という存在に興味を持ち、そして当代の博麗が自身と同じ年齢であるという情報に更に惹かれた。あと、女の子だという情報にも。 

 緒方はそう聞かれると思っていたと笑みを浮かべるも、すぐにそれは悔し気な歯軋りへと変わった。

 

 

「要因は二つあります。一つは、もうすでにあの子を梁山泊が囲っていたこと。そしてもう一つは、あの子───当代の博麗の底を計り切れなかったことにあります」

 

 

『計り切れなかった、じゃと?』

 

 

『それは本当なのか、拳聖』

 

 

『………』

 

 

 困惑の言葉を口にしたのは、『水』と『月』の達人。そしてそれを聞いた瞬間から時が止まってしまったかのように『王』は不気味に黙し、それ以外の五人も言葉にせずとも困惑を露わにしていた。

 翔もまた、緒方の発言に戦慄を隠せない。己が敬愛している先生方の内、最も弟子を多く取り、その弟子たちの可能性を見出してきた緒方をして、その弟子級であろう少女の才能の底を計り切ることが出来なかったと言っているのだから。同朋たちも、緒方の素質を見抜く眼力を信用しているが故に、その驚きは大きなものとなった。

 

 

「現時点の実力は、達人級には未だ到達してはいないでしょう。しかしあの立ち振る舞い、技の練度、一挙手一投足の全てに至るまで隙が無い。私の本気の気当たりにもまるで気にした様子がない、完璧な自然体でしたしね。なによりも………彼女自身の気の総量は既に特A級の達人にさえ匹敵……いや、或いは凌ぐ程にまで高まっていましたよ」

 

 

 緒方自身、無意識であるのであろう。当代の博麗である少女のことを言葉にする度に、彼自身の気が高まり溢れ出ようとしていた。そして緒方のその様を見れば、どれほど信じ難くともそれが嘘偽りのない真実なのだと理解させられる。

 今度という今度こそ、闇の達人たちは黙してしまった。

 

 

『蓋世之才……やっと現れおったわいのう……』

 

 

 たった一人───『王』のエンブレムを持つ男を除いて。

 その言葉に反応したのは三人。『水』と『無』と、そして未だ達人に至らない翔である。その言葉を疑問に思う翔だったが、それを問うことはしなかった。いや、出来なかった。

 『王』のエンブレムを持つ男の纏う気の神々しさに、誰もが言葉を出すことが出来なかったのだ。『王』という人間を少しでも知っている者であれば、この神々しい気を纏う者が『王』本人であるとはとても信じられないだろう。現に、『王』ともう一人を除く全員が、彼の見せたことのない雰囲気に呑まれてしまっていた。───まるで、そこに“神”が降臨したかのように。

 辛うじて、普段と様子の違う『王』に呑まれなかったのは、彼と同じく“兇気”をその身に宿す緒方のみ。されど緒方も困惑はしていたのか、驚いた表情をしながらも問いを投げかけた。

 

 

「蓋世之才とは………どういう意味で?」

 

 

『ん?なんじゃ、知らんのか。……まあ良いわいのう。蓋世之才───字の通り、“一つの世を覆う程の才覚を持つ者”を指す言葉だわいのう。中国由来の言葉じゃが、まあ妥当な評価よな』

 

 

『神童では、ないのだな?』

 

 

『カカカッ!!その程度の者なんぞ、比較にもならんわいのう。たかが()()()()()()()()()()()しか持たない者が、()()()()()()を持つ者と比べること自体愚かしいわ』

 

 

 その存在を知っているかのように話す『王』に、他の者は二の句を継げない。その様を嗤いながら『王』は言葉を続ける。

 

 

『そういった者達の中で、貴様らも知っている存在がいるわいのう。風林寺のじっさまやら、武器組頭領のじっさまやら───』

 

 

 ──────この、我とかのう

 

 

 そう言われ、彼らは漸く実感する。この場にも一人、彼自身が言い放った蓋世之才を持ち、幾多の戦乱を越え、今もなお闇の頂点に君臨する武の神がいるということを。

 神に選ばれし才能の持ち主が、数多の戦乱を乗り越える事でのみ至る事ができる、究極の存在───超人がいることを。

 そして改めて戦慄する。この傲岸不遜な『王』に、自身と同じ才を持つと言わしめた当代の博麗の器に。

 

 

『それよりもだ………若造、今代の博麗の名は何と言う。姓だけがわかっとるわけでもあるまい』

 

 

「っはは、そうでした。すっかり忘れてましたよ。………彼女の名は───博麗霊夢。未だ活人にも殺人にも道を定めていない、未完の大器ですよ」

 

 

 闇の達人一同は、その言葉に目を光らせる。道が定まっていないと、確かに緒方はそう言った。

 今は梁山泊に囲われているとは言え、それでも未だあちらに染まっていないとなれば、考えることは皆同じであった。

 翔もまた、今の己自身を完全に上回ると断言された博麗の少女に思いを馳せた。一体どんな子なのだろうと。

 

 

 そして、『王』のエンブレムを持つ仮面の男は、同朋であろう闇の達人たちを()()()()()()()眺めていた。

 

 

 

 

 

 




感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾の段

更新です。


今回の話は霊夢の武道関係者(オリキャラ)が出てきますので、そういうのが大丈夫な方はご覧ください。
兼一の世界って武術関係者とかかなり多いですよね、モブキャラとして出ても。
特に日本系統の武道・武術家が。
流派が複数あるのも関係してるのでしょうか。

それにしたって作中で出てる超人級三人の内二人が日本武術って………いや、インドネシアとは言え邪神様もアジア系民族でしょうし………東洋系武術が強いって事なのでしょうか。
作中で出てる西洋武術で達人級って割と少ない気がする。


後、今回は闇の襲撃編の導入としてかなり字数が多めです。
今作の兼一君は本編の二倍の修行を積んでいるため、これくらいはできると想定していますので、ご了承ください。


ではどうぞ。





「ったく………最近ホント過保護になってきたわよねぇ…秋雨さんたち。神社を長期間放っておくから休業用の看板立てに戻るだけって言っても一人にはできないとか言うし。そんな無節操な連中だったら梁山泊にいても安心できないっての」

 

 

 梁山泊を離れ、神社へと戻った後─────()()()()()()()()()()()()()()()()()を足蹴にする霊夢はそう不満を吐き捨てた。全員が全員、意識を手放しており、けれどどこにも傷跡らしきものは見られない。それはそうだろう。何せ全員───霊夢が一撃で投げ落としたのだから。 

 

 

「あ、いたいたッ!!無事ですかい、()()()()()!!」

 

 

 階段を駆け上がる数十人単位の足音が聴こえてくる。すわ増援かとも思ったが、聞き覚えのある声がしたことで霊夢はキョトンとした目で彼等を見つめた。

 

 

「あら、“道門(どうもん)”の人たちじゃない。もうこっちは片がついてるわ」

 

 

「ハァ、ハァ………すいやせん、お嬢。まさかこっちが本命とは」

 

 

「それは別にいいのよ。それより、そっちの方は大丈夫なわけ?」

 

 

「へい、全員無事ですぜ。“翁”もぴんぴんしてるし、何ならお嬢の所まで一番に駆けつけたかったって言ってるぐらいで」

 

 

「無茶しないよう言っといてくれる?私としては常連客のお爺さんが倒れる方が心配よ」

 

 

 霊夢へと親し気に話しかけたのは、どう見ても堅気には見えない屈強な男たちだった。彼等はここいらでは有名な“夢想合気道門会”という道場兼活動団体である。よく極道の者と間違われたりもするが、彼らが行っている活動は主にボランティア活動や警察への情報提供、お祭りがあれば神社付近で屋台を催すという健全なものばかりだ。裏取引だの密売だのは一切やっていない。その証明として、彼等道門は武器などを一切所持しておらず、暴力沙汰になれば無手で相手を無傷のまま鎮圧するようにしているのだ。その際に使用されるのは主に“合気道”と、どこかで見覚えのある武道である。

 

 それもそのはず。なにせ霊夢は、彼等の師である“翁”と呼ばれる人物に気に入られて合気道の基礎的立ち回りと理念を教わったのだから。

 

 

「ハハハ、ちゃんと言っておきます………それにしても、相変わらずの手並みですなぁ。この人数を無傷且つ一人で無力化するなんざ、可能なのは翁ぐらいなんじゃねえですかい?」

 

 

「なっさけないわねぇ……そこは自分も出来るようになるって付け加えときなさいよ」

 

 

「ハハハ……精進しまーす」

 

 

 霊夢が翁に気に入られており、この博麗()神社当代の巫女でもあるためか、門下である彼等も霊夢のことを“博麗のお嬢”と呼び慕っているのである。霊夢の実力的にも、性格的にも。

 

 

「それで、私の方が本命って事らしいけど、裏側関連かしら」

 

 

「そうだろうっつうのが翁の見解です。俺ら道門が博麗と繋がってるって情報を頼りにこっちへ仕掛けてきて、そんでこの神社の場所の情報を入手した途端に数人立ち去ったのを確認してます」

 

 

「やっぱり………でもそれにしては、()()()よね」

 

 

「様子見……ですかい?」

 

 

「かもね……なんにしても、暫く神社を空けておくのは確定だなぁ」

 

 

「となると、ウチに来るんですかい?」

 

 

「いいえ、それじゃ間違いなく死人が出るわ」

 

 

 断言した霊夢に、道門の彼等の頬を冷や汗が伝った。それほどまでにヤバイ連中だったのだと改めて認識したためだ。

 霊夢は神社の賽銭箱の下にある床をずらし、そこに置いてあった看板を手に取って地面に突き刺した。そして既に荷造りしておいた荷物を背負うと、堂々と鳥居の真ん中を歩いて階段を降りていく。

 

 

「んじゃ、私が留守の間……時々でいいから神社の様子見といてくれる?」

 

 

「へい、それは構わねぇですけど……どこに行くんで?」

 

 

 霊夢は振り返り、先程までの面倒そうな雰囲気を一変させ、楽し気な笑みを浮かべて答えるのだった。

 

 

「奇人変人のたまり場───よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃───梁山泊では“闇”の弟子集団“YOMI”の無手組の一人にして、一影九拳であるアレクサンドル・ガイダルの一番弟子───ボリス・イワノフが部隊を率いて道場破りに来ていた。

 しかし、正門から突入した直後───発動した罠によって一名脱落。その後、そんなものは序の口だと言わんばかりに梁山泊の奇人変人達人の三重揃った連中によって一人、また一人と脱落していき、とうとうボリス自身も達人である逆鬼に見つかってしまい、窮地に追いやられていた。

 

 

「ク───ッ!!(なんだ此処はッ……右を見ても左を見ても特A級の達人級しかいないではないかッ!!?)」

 

 

「まずいよ、(きみ)

 

 

 秋雨がボリスの部隊の一人を軽々と持ち上げながら、眉間に(しわ)を寄せて告げる。

 

 

「道場破りにしても手順はちゃんと踏んでくれないと」

 

 

「そうよ、一人相手するのに一万円よ!!」

 

 

「まあ、負けた後の怪我の治療代もいただくね」

 

 

「ふっふっ…ふ」

 

 

 目を光らせながらフフフと不気味に笑う梁山泊の達人一同。その異様な気の奔流にボリスは呑まれかけるが、自身に課せられた命令を思い出し、気合いで踏みとどまる。

 

 

「自分はYOMIのボリス・イワノフ!!闇の命により、この道場を制圧に来たのだ!!道場破りなどではない!!」

 

 

「何!?闇だと!!」

 

 

「ほう、YOMIね………ここが活人拳を極める達人たちの集う場所───梁山泊と知った上でかね?」 

 

 

「───!!?」

 

 

 秋雨の返しにボリスは戦慄する。道理で各地の道場とは違い、文字通り別格な強者たちがいるはずだ。此処こそが……闇の宿敵にして、自分たちYOMIが倒さねばならない“史上最強の弟子”がいる魔境。そして、YOMIのリーダーが用心しろと告げた“今代の博麗”がいる場所。

 

 

「だが、それでも任務は遂行される!!来い!梁山泊!!!」

 

 

 ボリスは構え、全力で練り上げた気を発動した。それでも絶望的な状況に変わりはない。目下敵対するのは特A級の達人が五名。どれほど死力を尽くしても弟子級の枠組みを出ない己では手も足も出ずに瞬殺されて終わりだろう。それでも命令は絶対である。無謀であることは理解している。だとしても、命惜しさに己を曲げる選択肢などボリスの中にはないのだ。

 

 

「ほう……中々の静の気だ。やはり質がいい(我等が弟子とは違って)」

 

 

「ふ…むむ、出来る…な(兼一とは違って)」

 

 

「俺の気当たりにもピンピンしてたからな。ホント敵ながら天晴れだぜ(兼一の奴とは違って)」

 

 

「この子らもしっかり鍛えられてるね。おいちゃんに向かってきた時も全力だったね(兼ちゃんと違って)」

 

 

「アパパパパパ………」

 

 

 ボリスの静の気を見て、己の弟子と比較し、「やっぱ出来が違うなぁ~」としみじみ思う師匠達。彼等の言葉の裏の本音を兼一本人が聞けば、きっと本気で泣いてしまうだろう。

 そんな物思いに耽っている師匠たちと戦闘態勢に入ったボリスを縁側で見ていた美羽は、よく知る人物の気を正門付近から感じた。それが意味するのはつまり、その人物が弟子級の自分でも感じ取れる程強大な気の持ち主であるということ。間違っても兼一ではありえない。

 

 

「戻ったわよ」

 

 

「も、戻りましたぁ~………」

 

 

「あら、霊夢さん。それに兼一さんまで。お帰りなさいですわ」

 

 

 瞬間───引戸(ひきど)付近で三人の声を聞き取った剣星がまずいと思うも、時すでに遅し。彼が止める間もなく、外にいる人物によって勢い良く引戸が開かれてしまった。

 

 

「今道場破りの方々がいらしてますわ」

 

 

「あっそう。方々って事は結構な収入になりそうね」

 

 

「もぅ~霊夢さん、ちょっと言い方が酷いですよ(事実ですけど)……師匠方──ッ!!弟子一号・白浜兼一、只今戻りましたぁーーッ!!」

 

 

「弟子だとッ!?」

 

 

 まず初めに敷居を越えてきたのは兼一。続く形で美羽と霊夢も室内に入ろうとした瞬間─────

 

 

「最強の弟子──ッ!!!」

 

 

 ボリスは瞬時に狙いを兼一に絞り、前傾姿勢で突進してきた。いきなりのことで兼一は咄嗟に反応することが出来なかったが、後ろにいた美羽と霊夢が兼一の肩に手を置いて一瞬で引き倒したことで、紙一重でボリスの強襲を回避する。

 しかしボリスはそれに動じることなく、体勢を崩した兼一へ向けて右腕で突きを放った。その攻撃を外させようと美羽も側面からボリスへと突きを放つが、それに対してもボリスは冷静に対処する。彼は瞬時に己の空いていた左腕をガードに回して美羽の突きを受け止めた後、兼一に向けて突き出していた右手を美羽の手首へ回し、その身体を引き寄せる。そして左手で美羽の服の襟を掴むと、ガラ空きの鳩尾に向けて右膝蹴りを容赦なく放つ───

 

 

「邪魔よ」

 

 

 ───が、霊夢の足払いによって軸足としていたボリスの左足が蹴り払われた。そのせいで美羽に向けて繰り出した膝蹴りは上手く力が乗らず、体重を支えていた左足が崩れたことでボリスの身体が左側へと倒れていく。そして駄目押しと言わんばかりに───

 

 

「美羽さんに手を出すなぁッ!!!!」

 

 

 美羽を掴んでいたボリスの手を払い、本気の右前足蹴りを兼一は放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガッ!?───ッくぅぅぅう!!!」

 

 

 体勢が崩れたところへと不意打ち気味に放たれた兼一の右前足蹴りによって、ボリスは大きく吹き飛んだ。畳に叩きつけられそうになるも即座に受け身を取って衝撃を逃がした後、すぐさま後転をしてボリスは立ち上がる。だが兼一から喰らったダメージは依然として残っており、ボリスは蹴りを喰らった右腹部を押さえながら肩で息をしている状態だった。

 

 

「くぅ………ッ(何が起こったッ!?自分は確かに金髪の女の攻撃を読み切り、攻勢に転じたはず……ッ!!)」

 

 

 顔を上げたボリスの目に映った人物は二人。

 一人は男にしては小柄な、けれど実戦的に鍛え上げられた肉体を節々から覗かせた、己が今まで体感したことのない異様な気配を感じさせる男。

 もう一人は男よりもさらに異質。何一つ気を練った様子がない自然体の状態のまま、ボリス以上の強大な気を発している黒髪の女。どちらが上かと問われれば、間違いなく女の方だと誰もが断言するだろう。そして何よりも、女の方は明らかにボリスよりも格上だった。

 だがしかし、先程腹部を貫かんばかりの衝撃を放ったのは男の方であるとボリスは直感した。

 

 

「貴様、何者だ!!!」

 

 

 殺気とも闘気とも取れない怒気を放ちながら、兼一が叫ぶ。

 

 

「自分はボリス・イワノフ。闇の弟子集団YOMIが一人………そして、“一影九拳”アレクサンドルの一番弟子だ!!」

 

 

 困惑しながらも兼一の叫びに応じるボリス。ここでようやく、兼一と霊夢は目の前の存在が敵であることを理解する。

 

 

「美羽さん!!大丈夫ですか!?」

 

 

「はい!不覚を取りましたが、大丈夫ですわ!!」

 

 

「反射的対処に頼ってるからそうなるのよ。また脱力を忘れてたわね……アンタ」 

 

 

「きゅ…急なことで頭になかったのですわ!!」

 

 

 呆れ気味に半目を寄越す霊夢に、失敗を認めながらもムキになって腕をぶんぶん振りながら反論する美羽。兼一は眼前の敵に油断なく備えながらも、元気な美羽の姿を見て怪我がなくて良かったと心から安心した。が、それはそれとして───兼一は自分が激怒していることを感じていた。そして、その怒りが今にもはち切れんばかりに膨らみ続けていることも。

 

 

「YOMIだと……ボクのいない間に梁山泊に上がり込んで………無事だったとは言え、ボクの一番……大切な人を……ッ!!」

 

 

 兼一は閉眼し、溢れんばかりの怒りを以て全身に力を籠め、大きく息を吐くことでそれを放出する。全身の脱力を行い、再び大きく、けれど徐々に呼吸を開始した。そして───開眼。

 

 

「YOMIというのは悲しい人たちですね……武術をただの暴力としてしか使えないなんて」

 

 

「(怒りを力として転換し全身を緊張させ、呼吸によって余分な力を放出すると同時に全身の脱力も怠らず、見事に“静の気”を練り上げた!?これはちょっとびっくり)」

 

 

 そう、秋雨が感じた通り───今の兼一は見事に“静の気”の発動に成功していた。それも、先程ボリスが梁山泊一同に決死の覚悟で練って見せた“静の気”と何ら遜色ない程の気を。

 一方、ボリスは困惑していた。先程まで怒髪天を突いていた兼一にあった僅かばかりの殺気さえ、今は欠片も感じ取ることが出来ないでいたからだ。

 

 

「(今まで戦ってきたどのファイターよりも異質!これだけの気を練り上げて尚、殺気を感じ取ることが出来ん!!)」

 

 

 だが、いずれにせよボリスのやるべきことは変わらない。これほどの特A級の達人等に囲まれては、どの(みち)己の命はないとボリスは認識していた。ならば任務達成は不可能でも、せめて最強の弟子である兼一と刺し違える覚悟を決める。

 

 ボリスは兼一の不意を打つため、突進に見せかけて両手を地面につき、側転の動きで撹乱させて相手の懐に飛び込んだ。

 

 

「(取ったッ!!)」

 

 

 ボリスは自身の背中が兼一の背中にピタリと張り付いたのを感じ取り、空いている両腕のどちらかを取ろうと自身の腕を伸ばす──────

 

 

「双纒手ッ!!」

 

 

 ─────が、兼一はボリスの動きを冷静に見ていた。張り付かれた瞬間に両手を自身の真横へ持っていき、それと同時に右足と共に体の重心を後ろへ。そしてほんの一瞬であるが、重心を移動したことでボリスと自身の間に生まれた空間に両手をねじ込み、自身の重心を右足から左足へ流し、足から送り出された力を背中の筋肉で増幅させ、技を放ったのだ。

 

 

「ぐぅああああああ!!!」

 

 

 対して、技を喰らってしまったボリスは悲惨だった。なにせ自身の攻めを利用される形で放たれた双纒手の威力たるや、自身の内臓さえ揺さぶる絶大な威力だったのだから。

 だが、再び吹き飛ぶもボリスは踏みとどまった。明らかに形勢が不利になったにも関わらず、鋼の意志で再び立ち上がる。

 

 

「おのれ……ッ!!(焦るなッ…焦るなボリスッ!戦場では焦った者から死んでいく。どれほどの危機的場面であろうとも、諦めず敵の分析を続ければ必ず勝機はあるのだから!!)」

 

 

 ボリスはフラフラとしながらも、先程よりも研ぎ澄ました静の気を練り上げる。そして漸く己が焦っていたことを自覚する。そんな己を戒めるように、ボリスは「いついかなる時も冷静に」という師の教えを思い出し、遅ればせながら相手の分析から始め直した。

 何気ない仕草、手足の動き、重心の配置……それらを観察し、分析することで敵の実力や格闘スタイルに至るまで理解する。そうして丸裸にした敵の情報を基に戦うことこそが、ボリス・イワノフの真骨頂なのだから。

 

 

「(!!!?………何だコイツ!?)」

 

 

 だがしかし、分析の結果が相手の全てだとは限らない。ボリスは二度目の困惑を露わにしていた。

 ボリスが兼一を観察し分析した結果、わかったことは「只の凡人」だというその一点のみ。それも本来ならば相対した時点で三回は殺せていると確信出来る程の才能の無さ。

 だと言うのに、先の一撃を放ったのは間違いなく目の前の小動物のような男だと言うのだから理解に苦しむ。頭がどうかしてしまったのではないかとさえ思ってしまう己がいた。

 

 

「消えろ、不思議動物!!」

 

 

 訳の分からない小動物を一刻も早く目の前から消すため、ボリスは容赦なく兼一の顔面目掛けて膝蹴りを放つ。しかし、兼一はまたもや冷静にそれを躱し、逆に足を取ってボリスを投げ倒した。

 

 

「グ───ッ(おかしい、何故私が倒れている!?)」

 

 

 瞬時に立ち上がり、またも攻めるボリス。蹴りも、突きも、投げも、極めも……間違いなく殺したと確信した端から反撃を喰らってしまう。

 相手からの攻めは大したことはない。急所を狙わない攻撃など怖くも何ともないからだ。だが、此方が攻めに転ずれば、一転───全ての技が悉く打ち破られる。

 ボリスは理解できなかった。目の前にいる男の、目の奥から感じ取れる光が。

 これまで彼が戦ってきた実力者は皆、どこか目に暗い闇を宿している者ばかりだった。だと言うのに、その闇を一切見せないどころか、むしろ真逆の光さえ放つ兼一のことがボリスには理解できなかった。

 

 

「へへ……兼一の奴、押してるぞ」

 

 

「攻めは下手糞だが、敵の攻撃に対する反撃はうまく決まっている。このままいけば、まず勝てるだろう」

 

 

「いつの間にやら、呼吸の方も身につけさせちゃって……」

 

 

「兼一さん、ここまで立派になって……」

 

 

「出来の悪い弟がようやく巧く出来た姉の…心境」

 

 

「はい、アパチャイだよ。うん、お前の子供は預かったよ」

 

 

 観戦する師匠達+美羽と霊夢の二名が、これまでの修行の全てをついに結実させた兼一を感心したように眺めていたところ、アパチャイは一人、敵の無線を手に取って誰かと通信していた。

 

 

「おーい、ボリス・イワノフ~~~!!電話だよ!!リーダーとか言う人からの!!!」

 

 

「!!!」

 

 

 アパチャイのその言葉を聞いて固まってしまうボリス。目の前の敵との交戦を止めて通信に出るべきかどうか。兼一は迷いに迷っているボリスを見るに見かねて「どうぞ」と通信の許可を出した。そして───

 

 

「なにぃ~~~撤退だと!!?」

 

 

 ボリスに撤退の命令が下された。それに反論するボリスだったが、リーダーの命令は絶対なのか、最終的には歯を食いしばりながらも命令に従うことを決めた。

 闘気を鎮め敵対の意志を収めるもボリスは兼一を睨み、彼に向かって懐から小さな円盤のような物を投げ飛ばす。兼一はそれをつかみ取り、疑問に思いながらもボリスを睨み返した。

 

 

「まだ名を聞いていなかったな、最強の弟子……」

 

 

「白浜……ボクの名前は白浜兼一だ!!」

 

 

「そうか……最強の弟子、兼一よ………それはYOMI流の決闘状だ!!貴様を殺してそのエンブレムを取り戻す!!」

 

 

 ボリスは指を差しながら、兼一へ向けてそう宣言する。そして今度はその指を霊夢の方に向けて、こう続けた。

 

 

「そして、今代の博麗であろう少女よ!!これより“闇”は、貴女を勧誘しに何度でも訪れるだろう!いついかなる時でもだ!!」

 

 

「はぁ?そっちの幹部的な奴に行かないって言ったはずだけど?」

 

 

「拒否しようとしても無駄だぞ。一度目の勧誘を拒絶した時点で、貴女の意思とは関係なく連れて行こうとする者も現れるのだからな!!」

 

 

『!!!』

 

 

 ボリスの発言に霊夢は大いに面倒そうにし、兼一と美羽の二人は驚愕を、梁山泊の師匠達はついに来てしまったかという諦めと、これから巻き起こるであろう修羅場への覚悟を決めた。

 その言葉を最後に、ボリスたちは梁山泊から立ち去った。兼一はそれを追いかけようとするも、秋雨に止められる。

 

 

「何故止めるんです!!」

 

 

「始まってしまったからだよ」

 

 

「!!!」

 

 

 秋雨の言葉に兼一はようやく察する。

 

 

「闇と梁山泊との……いや、殺人拳と活人拳の全面戦争がね!!」

 

 

 そう───始まってしまったのだ、霊夢の予感の通りに。これからが面倒だなと、霊夢は一人緊張感とは無縁の様子で壁にもたれかかっていた。

 そんな霊夢を普段とは違う鋭い視線で、見極めるような目を向ける長老。そんな視線を向けられていると分かった上で、彼女は普段通りのままであった。

 

 

  




感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾壱の段

ちょっと間が空きましたが更新です。

今回は霊夢の特性というか、この世界風に落とし込んだ東方世界の霊夢の技が一つ出てきます。
技名は出しませんけど、東方作品をプレイ済みの方ならなんとなくわかると思います。
東方原作を知らなくても、兼一世界で弟子級範囲なら割と反則級の技なのでどれだけヤバいかは理解できると思います。


それではどうぞ


 

 

 

 打倒、梁山泊を宣言した殺人拳の武闘集団“闇”とその弟子集団“YOMI”が、いよいよ本格的に日本へと侵攻開始した。

 その彼等の目的で判明しているのは、二つ。

 一つは、梁山泊の“史上最強の弟子”である白浜兼一の打倒による最強の称号の獲得。

 もう一つは、“今代の博麗”である博麗霊夢の勧誘、或いは強制的な誘拐。

 どちらにせよ、梁山泊にとって深刻な問題であることは間違いない。特に霊夢に関しては、奪われれば間違いなく梁山泊にとっての敗北が確定する。

 だからこそ、長老を筆頭とした梁山泊の達人たちも、今まで後回しにしてきた()()()()()()を決行しようと決意したのであったが──────────

 

 

「あーー?今更修行ー?んなの嫌に決まってるでしょ」

 

 

 この通り───博麗霊夢は大の修行嫌いなのである。

 誤解が無いよう言っておくが、霊夢はやるときはちゃんとやる。だが、それはそれとしてやらなくても良いことは梃子でも動かずやらないという、兼一の真逆を行く性格をしていた。それでいざと言う時に何が為せるのかと言われれば、大抵のことを為せるのだから手が付けられない。才能があり過ぎるあまり、初見であったとしても直感で見事正解を引き当て、そのまま物事の根幹を掴み取ってしまい、徐々に上達するという段階さえ飛び越えて完了という結末に至ってしまうのだ。

 

 

「第一さ、“上方修正”はもう済んでるっての。これ以上は過剰よ」

 

 

「しかしだね………」

 

 

「第二に、秋雨さんの()()()での基礎鍛錬は、私にとっては時間の無駄にしかならないわね」

 

 

「ぐッ………」

 

 

 霊夢の物言いに、まず秋雨が轟沈。霊夢の言う通り、彼女が梁山泊へ来るようになる以前から、暇潰し用と称して秋雨が基礎鍛錬用の道具を渡していたのだが、霊夢はそのまま本当に()()()()にしてしまう程基礎が出来上がっているのである。今更霊夢の下限を測ったとしても、前よりも上達しているという結果以外に分かることはないと秋雨も薄々察していたのだった。

 

 

「やれやれ、此処はおいちゃんの出番ね」

 

 

「剣星さんのもいらないでしょ。硬功夫だっけ?それ以外教わることなさそうだけど………それにその技法は私よりも美羽に必要でしょうに」

 

 

「ぬ………」

 

 

 秋雨の次に前に出てきた剣星が霊夢に授けようとしていた技も、霊夢の相変わらず凄まじい精度の勘によって言われる前に看破された挙句、しかもそれを一番必要としているのは美羽の方だと言われる始末。実際、霊夢の功夫は剣星をして見事と言える程にまでに積み上げられている。修行と言えるようなことは殆どしていないにもかかわらずコレなのだから、本当に凄まじいと言う他ない。何より霊夢に授けられるものが硬功夫しかないという指摘が見事に当たっている。さらに言うならば、霊夢以上に美羽に必要という指摘も当たっていた。

 

 

「至緒さんやらアパチャイさんもって言うのはやめてよね。空手には興味ないし、ムエタイに関してはそもそも性格上私と合わないだろうし」

 

 

「うッ………」

 

 

「アパァ………」

 

 

 逆鬼とアパチャイに関しては、口に出す前に霊夢の裏表のない率直な言葉によって傷ついていた。

 最早、残るは長老としぐれの二人のみ。しかし、霊夢の中ではこの二人の内、長老は既に論外扱いされていた。理由は霊夢に対して授けるものがあったとしても、それを授ける為の場所も時間も限られるためだ。 

 更に言うならば、霊夢と長老が修行をするとして、その形式が全て組手一択なのも論外扱いされる理由の一つである。この二人が暴れると梁山泊そのものがもたないのだ。そしてそれは秋雨たちも同じ。よって霊夢に施せる何かがあるとするならば、それこそ基礎鍛錬に限られてしまうのである。

 

 ───そんな会話を背景に、兼一は投げられ地蔵RXを二つ背負いながらのスクワットを千回課せられていた。

 

 

「とんでもない会話をしてるよ……この人たち」

 

 

「よそ見は駄目………だ」

 

 

「あ、兼一君はそれ終わったら次組手ね」 

 

 

「くうおおおおおおおおお───ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白浜兼一、高校一年生。

 ある日、スキー林間学校に美羽たちと共にやってきた最中、吹雪の山中で自らを“王”と名乗るYOMIの刺客───ラデン・ティダード・ジェイハンに遭遇する。

 史上最強の弟子討伐の権利を最初に与えられたジェイハンは、兼一が林間学校でスキー場へやってくる事を知り、スキー場一帯を丸ごと貸し切る事で、兼一を待ち伏せしていたのである。

 侍女であるシャームに迷子の少女を演じさせ、兼一を学友たちから引き離したジェイハンは、彼らを匿うふりをして自らの居城へ兼一たちを誘い込んだのだった。

 

 しかし、兼一たちを歓迎する踊り子たちの中に、生きた『プンチャック・シラット』の動きを見た美羽はすぐさま逃亡を決意する。

 窓から脱出した兼一たちをジェイハンはスノーモービルで追跡し、不慣れな雪の中でも兼一を苦戦させる程の実力と容赦のなさを見せつけた。

 されど夫婦手を用いた兼一に逆転されたジェイハンは手下を用いるなどの卑怯な戦法を取り、兼一は深手を負ってしまう。だが、そんな中ででも信念を持って立ち向かった結果、紙一重で勝利を掴み取ることが出来た兼一。しかし兼一にはその余韻に浸る暇さえ与えられず、戦いを見物していた名も顔も解らないジェイハンの師により、無様な戦いの代償として雪崩を引き起こされてしまった。

 死を覚悟したジェイハンは、兼一を谷本 夏の運転するスノーモービルに投げ入れて助けたが、彼自身は雪崩に呑み込まれて消息を絶ったのだった。

 

 そして、重傷を負いながらも見事生還することが出来た兼一は、今──────

 

 

「うぅおおおおおおおおおおおああああああ───ッ!!?」

 

 

「ク………ッ!!」

 

 

「お、兼一さんも受け身が取れるようになってきたわね。感心感心♪」

 

 

 美羽と共に霊夢に投げ飛ばされまくっていた。

 霊夢が呟いた通り、兼一も初回に比べれば随分と受け身が取れるようになっていた。尤も、美羽が一回転で衝撃を殺し切っているのに比べれば、兼一は十を超えるほど転がってようやく殺し切る程度の差があるのだが。 

 

 なぜこうなったかと問われれば、霊夢の修行のやり方を秋雨たちが妥協した結果と言える。どうあっても霊夢に動いてほしい達人たちは、自身の弟子である兼一と美羽をぶつけることである程度の()()以上を引き出させ、今の霊夢の実力を見極めようと考えたのだ。霊夢もまた、それ以上はもう妥協しないと言わんばかりに目を光らせる彼等を前にして、仕方なしと受け入れた。

 

 その結果がこれである。そもそも霊夢と実力が離れすぎている兼一はともかく、ある程度霊夢の投げに対処出来るようになった美羽でさえ、彼女の“制空圏”を崩すきっかけすら掴めずにいた。

 

 

「シィ───ッ!!!」

 

 

 投げ飛ばされた美羽が、膝を突いた状態から立ち上がると同時に放った左腕の突きは、前傾姿勢による体重が加算され、速さ以上に重さを籠めた一撃として霊夢へと迫る。

 しかし霊夢はそれを前にしても何ら力むことなく、ただ掌を向けるだけで迎え撃つ。美羽の拳が霊夢の掌に吸い込まれるようにして衝突する寸前、美羽は自身の突き出した拳を霊夢の掌に触れる直前で強引に引き戻した。そして霊夢がそれに気を取られた隙に、軸足としている左足に重心を乗せて踏み込み、引き戻した拳の勢いを右足へと移し、そのまま右足を振り抜いた。

 

 

「甘いっての」

 

 

 されどだ…………美羽が拳を受け止められる寸前で引き戻し、その勢いをそのまま利用して放った本命の右足蹴りでさえ、霊夢にとっては見てから対処出来てしまうものでしかない。こちらへ迫る蹴りへの対処など、空いている左腕一つで十分。手の裏で美羽の蹴りを受け止め、その後に起きる衝撃を流れるように右腕から右掌へと移動させ、丁度大振りの攻撃を出したことで硬直していた美羽の胸元へ、掌底として返した。

 

 

「ガハ───ッ!!」

 

 

 今度という今度こそ、受け身は取れない。美羽はそのまま吹き飛ばされ、壁に激突する──────

 

 

「美羽さんッ!!」

 

 

 ───よりも前に、兼一が抱き留めることで阻止された。兼一も美羽が喰らった衝撃を肌で感じて身震いする。あと少し力む力の程度とタイミングを外していれば、自身も巻き込まれていただろうからだ。

 

 

「無事ですか、美羽さん!!」

 

 

「大丈夫、ですわ。兼一さん、ありがとうございます」

 

 

 幸い、美羽は霊夢の掌底が来る直前に聞こえた呟きを拾っていたため、脱力することに注力できていた。そのお陰でダメージはそれほど酷くない。だが、それでも兼一の目には、美羽の精神的なダメージはかなりのもののように映った。そんな心配をよそに、美羽は兼一の支えを跳ね除け、またもや構えをとって霊夢を睨む。一方、霊夢は飄々とした態度で美羽たちを見ていた。

 

 

「とうとう出ましたわね……“返し技”」

 

 

「そりゃね。脱力を習得してるんだから、“投げ”以外も問題ないでしょ」

 

 

 「これからは色々出していくわよ」と笑みを浮かべながらも、構えという構えを取らない霊夢。それでも彼女の放つ気の強大さと制空圏の強固さが緩まることはない。

 兼一もようやく霊夢の制空圏を見えるようになったのだが、見えたからと言って何一つ好転などするはずもない。寧ろ、霊夢の制空圏のあまりの異常さに身の毛がよだつ程だった。なにせ霊夢を覆う制空圏は、()()()()()()()()のだから。

 通常、制空圏は()()()()()()範囲をテリトリーとして展開するものだ。だが、霊夢の制空圏は違う。彼女の制空圏は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それが意味するところは即ち─────両手のみならず、()()()()()()()()()()()()()ということに他ならない。まるで意味が分からなかった。

 

 

「呑まれないで、兼一さん」

 

 

「う、美羽さん。……そう言われても、二重に張り巡らされる制空圏なんて反則でしょう!!?」

 

 

「私からすれば、なんで制空圏を一つしか張れないかの方がわかんないわ。二つあった方が安心感が違うでしょ?」

 

 

「イヤ、そうですけどッ!!やるやらない以前に出来ませんって!!」

 

 

「諦めてくださいまし、兼一さん。霊夢さんと我々では観えている視点が違うらしいので………」

 

 

「美羽さんッ!?」

 

 

 諦めたような不貞腐れたような顔をしながら、そう告げる美羽の姿に兼一は困惑する。こんな、どうしようもないと言うような雰囲気を出す美羽など今まで一度も見たことがない。

 

 

「んじゃ、まだまだ続けるわよ。秋雨さんたちも満足してないみたいだし」

 

 

 そう言って縁側にいる師匠たちを半目で睨む霊夢に、彼らはにこやかな顔で手を振っていた。兼一もその様を見て、まだ終わらないのだなと諦め、潔く霊夢へ挑む覚悟を決めることにした。しかし溜息は吐く。

 

 

「はぁーーーッ……ボク、女の子に手を上げられないのに………」

 

 

「丁度いいじゃない、受け身の練習に」

 

 

「岬越寺師匠には褒められましたけどね………黒帯級だって」

 

 

「黒帯で足りるの?」

 

 

「足りましぇん………」

 

 

 師匠たちでさえ、ぐうの音しか出させなかった霊夢の言葉は兼一にも猛威を振るっていた。次々と出る兼一の言い訳を聞いて、霊夢は容赦なくその逃げ道を潰していく。───元より逃げ道などないが。

 諦めもつき、弱音も吐き、言い訳を吐いて、ようやく覚悟を決めた兼一は、霊夢に言われた通りに受け身を重点的に取ることにした。それを見て、ここまで行っても情けないなと霊夢は思った。

 

 

「じゃ、今度はこっちから─────攻めるとしましょうか」

 

 

 ゆっくりと近付いてくる霊夢の全身から溢れ出す気の奔流に、冷や汗を流す二人だった。

 

 

 




ということで、二重に張り巡らされた制空圏とかいうどうやったら突破できるのという反則技でした。
制空圏って両手しか使ってないんですよね、基本的に。
だから両手両足も使ったらもう鉄壁じゃねとう頭の悪い発想で二重制空圏とかいうのだしてみました。


感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾弐の段

更新です。

今回はDオブD編の導入として書いたため、文字数が少なくなってしまいましたのでご了承ください。
後、今回霊夢のセリフはございませんのでそれもご了承ください。
なんかこの人本当にやるときとやらないときの差が激しくて………どうでもいい、或いは面倒臭いと思っている時は大分口数減りそうだなという勝手なイメージがあります。


それではどうぞ。




 結局のところ─────秋雨たちは、霊夢の今の実力の()を見抜くことが出来なかった。唯一解ったことは、霊夢一人に対し、美羽と兼一の二人を当てたとしても、未だまともな戦いが成り立たないということのみ。兼一に至ってはそもそも組み手として成り立ってすらおらず、良くてサンドバッグか転んでも起き上がるダルマが表現として的確だろう。つまり、実質美羽一人で戦っていたに等しかったわけだが………霊夢曰く「これまでよりは動きと受け身が良くなっていた」と圧倒しておきながらも中々の高評価であった。

 当の美羽は、霊夢からそんな評価を得たことに対して悔し気にしながらも、何処か嬉しそうであったように兼一の目には映った。

 

 

 それから暫し日数が過ぎるも、梁山泊一同の生活が変化するということはなかった。…………いや、一時梁山泊に最大の危機が訪れたことはあったが。

 それは──────────梁山泊の財政破綻によるものであった

 何故そうなってしまったのかと問われれば、理由は主に二つある。もっとも、大まかに言えば一つしかないのだから、その原因など最早分かりきったことだろう。

 ズバリ─────収入がすっかり無くなってしまったのだ。

 不定期にある収入はともかく、今まで定期収入源として大きな役割を担っていた接骨院は、梁山泊のすぐ裏手に近代設備の整った大病院が出来て以来、患者をそちら側にごっそりと奪われてしまった。

 結果─────収入もなく出費ばかりが嵩んでいき、自然と財政が破綻したわけである。

 

 そこで美羽は仕方なく、新島が立案した子供武道体験入門なる企画を承諾した。

 そうして行われた子供武道体験入門で、梁山泊は思わぬ弱点を暴き立てられることとなった。

 それは─────梁山泊の面々が子供とのコミュニケーションが貧弱であるということである。

 誰も彼もが、身勝手に動く感性の子供に振り回され、彼らと上手く接することが出来ないでいた。

 秋雨は自身のリズムとスタンスに巻き込むことでしか子供たちを先導することが出来ず、しぐれはしぐれで自身が幼少期使っていた本物の苦無を子供に持たせる始末。中でも酷いのが逆鬼であり、顔が怖いという理由でそもそもの子供受けが悪かったため、碌に近寄ることすら出来なかったのである。………因みに剣星は、横浜の中華街まで出稼ぎに行っており難を逃れていた。

 

 だが、その対応力マイナスな面子を補ってなお、お釣りがくるほど子供たちとの交流に長けた者が梁山泊には存在していた。

 一人は、アパチャイ・ホパチャイ。普段から公園などで子供たちと交流をしていた経験がここで生きたのか、和気藹々としていた。

 二人目は、意外にも博麗霊夢。なんと子供たちの扱いをアパチャイ以上に心得ていたのだ。今は休業しているが、神社で巫女をしていた頃にも今と同じように子供たちと接することがあったのだろう。

 それに加えて美羽と兼一の二人も、頼りない師匠たちよりよほど子供の接し方は心得ていたため、何とか最後までフォローすることが出来た。

 そうしてどうにかこうにか子供たちの体験入門を終えることができ、後日感謝の手紙と共に様々な物を送ってもらったことで、梁山泊の財政は何とか首の皮一枚繋がったのである。

 

 他に何があったかと言われれば、兼一が地下格闘場へ師匠二人と共に初体験しに()()()程度だろう。当然ながら、本当に逝ってはいない。ただし精神的にはもう何度も死にかけ、肝が冷えすぎて冷凍されるレベルでカチンコチンになってしまったらしい。その時のことを思い出して、兼一は命がいくつあっても足りないと美羽や霊夢に語っていた。

 

 そんなこんなで、兼一以外はいつもとそれほど変わりない日常を過ごしていた。

 

 では、今の彼らが何をしているかと問われれば───────

 

 

「まあ本当にぃ!?南の島へのご招待ですの!?」

 

 

 ───────旅行の準備に取り掛かっていた。

 

 美羽が目をキラキラと輝かせながら、長老を見つめて詳細を語るよう急かす。長老はそんな美羽を微笑まし気に見ながらも、その質問にはきちんと答えていた。

 

 

「ほっほっほっ。そうじゃ、おぬし等も含む全員分の招待状が入っとる」

 

 

「ここんところ、かなり切り詰めていたからな。思う存分豪遊しようぜ」

 

 

 旅支度をしながらそう告げる逆鬼も、心なしか普段よりも雰囲気が柔らかい。

 兼一は、普段より柔らかな雰囲気を出す師匠たちをよそに、一人面倒くさそうな顔で寝転がっている霊夢を疑問に思うも、それはそれとして楽しみだという気持ちもあった。だが、一体誰がいつそんな懸賞に応募したのだろうかと再度疑問に思う。

 

 

「へー……ホテルも全部タダなんですか、凄いですね。で、誰が応募して当たったんです?そんな凄い懸賞」

 

 

「ほっほっ。誰も出しとらんよ、そんなもん」

 

 

「招待状が届いたのさ」

 

 

 誰も応募していないと否定する長老の言葉に付け加えるようにして答える逆鬼。招待状という響きに、兼一の第六感は警鐘を鳴らした。それも微妙に悪い方向のものだと告げるものが。根拠となる存在が今、己の側にいるというのに兼一は気づくことができない。だが、その悪い予感は不安を乗せて波のように兼一の心に広がっていく。それを感じながら、兼一はさらに問うた。

 

 

「招待状?」

 

 

「懸賞に応募したわけでもないのに………い、一体誰から招待状が?」

 

 

「ん?“闇”からじゃ」

 

 

 兼一の悪い予感は、当たってしまったようである─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つのことを学び、極めようとする者達が一定以上集まれば、誰が一番なのかを知りたくなるのは人間の性である。

 それは本能と言い換えてもいい。ソレは何も人間だけに限ったことではないのだから。

 だが、だからと言って何も考えずにその本能に従うわけにもいかない。故に、人は本能の言うままに従いながらも知恵ある存在として考えた。ルールを定め、それに従って勝敗を決める手法。武術のみならずスポーツや果ては料理に至るまで、いつの時代にも権力者たちの手で広く大きく行われてきたもの───それこそが大会である。

 表の世界で最も有名な大会と言えば、やはりオリンピックが一番に挙げられるだろう。

 そして、表の世界のスポーツ選手が自分達の腕を他者と競い合わせたいという願望があるように、裏の世界を生きる武術家にも同じ願望がある。

 また当然、表の大会がメディアに大々的に放送されるのに対し、裏の大会は往々にして血生臭く、表沙汰にならないものになりがちだ。

 参加者は賞金首や殺人犯が当然のようにいるし、観客は殺人、女、薬などの腐臭を纏った悪党たち。では、彼等の中で頂点に君臨した者に与えられるのは栄光か、それとも単なる実力の証明か。

 

 先にも述べた通り、表があれば裏があるものだ。当然、武術の世界─────特にスポーツ程度の武道に満足出来ない者たちの世界においても、やはり表と裏がある。

 それは別の言い方も出来る。そう───活人拳と殺人拳だ。活人拳の代表格が梁山泊と呼ばれ、殺人拳の代表格が“闇”と呼ばれるように。

 

 

 ─────“闇”の世界で最も有名な『大会』に、“DオブD”というものがある。

 

 

 正しくは、“Desperate fight of Disciple”─────略して、“DオブD”。

 『弟子の死闘』という名の通り、二十歳未満の弟子級たちのために開催される武術大会だ。

 裏社会では伝統ある大会で、実戦武術家たちの登竜門として扱われている。ここで優勝した武術家の中には今は達人として名を轟かせている者も数多い。尤も、本当の意味での達人─────“達人級”ではない者も多いのだが…………。

 

 

「今回のDオブDには、YOMIの連中も参加するってんだ。んで招待状には、うちの弟子と今代の博麗を参加させるようにって書いてあったぜ」

 

 

「つまり、“闇”の目的である“史上最強の弟子”の称号を懸けた勝負を正々堂々リングでやろうという訳ね。そしてあわよくば、もう一つの目的である霊ちゃんの確保も………と言ったところだろうね」

 

 

「ボクたち全員を招集した上で二兎を得ようとするとは……いい度胸……だ」

 

 

 しぐれがそう告げたのを皮切りに、師匠たち全員の目が爛々と光る。兼一は、そんな彼等が恐ろしいやら頼もしいやらで口元を引きつらせていた。

 

 

「…………………………」

 

 

 そんな様を見ながらも、霊夢だけはじーっと長老の方へと視線を向けていた。霊夢は長老から発せられる奇っ怪な気を感じ取って怪しんでいたのである。しかし、()()が起こるであろう場所は、今この場ではないと霊夢の勘が告げていた。であれば、()()()()()場所は十中八九……いや、間違いなく例の南の島だろう。そして長老の気は霊夢だけではなく、美羽や兼一にも向けられていた。

 霊夢はそんな避けられない何かを起こそうとしている長老に対し、諦めにも似た覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兼一と美羽が学校へ行き、霊夢が自分に宛てがわれた部屋に戻った後、未だ縁側にたむろしている師匠たちは先程までの穏やかな雰囲気を霧散させて話し合っていた。

 

 

「しかし兼一の手前、ああは言ったがよぉ………ちっと危なすぎねぇか?」

 

 

「ほっほっ。逆鬼君は優しいからのう」

 

 

「茶化すな!!そんなんじゃねえっての………ったく」

 

 

 趣味の鳥獣戯画を眺めながら逆鬼を茶化す長老に、逆鬼は誤魔化されることなく言い逃れは許さないと眼光を鋭くさせる。それは逆鬼だけではなく、秋雨たちも同様だ。そんな彼らの様子に仕方なさげに長老はため息を一つ吐くと、顔を彼らの方へと向けて告げる。

 

 

「考えあっての事じゃよ。彼、兼ちゃんは今ドンドン強くなっとるが、最大の弱点は…………勝負度胸がないことじゃ!!」

 

 

「そっちもそうだが、俺が言いてぇのは兼一の事だけじゃねえよ」

 

 

「無論、分かっておる。霊夢の方もわしが何とかする準備はしておる。それに良い機会というのは兼ちゃんだけでなく、霊夢や美羽にも言えるんじゃよ」

 

 

「今回のDオブDは、実力的にも今の兼一君ならば丁度いい者ばかりではあるが………流石に組み手を再開した美羽や今の霊夢に通用する弟子級は殆どいないのでは?」

 

 

「ほっほっほ!!わしに秘策アリじゃ」

 

 

 秋雨たちの疑問や心配をよそに、長老はニィと口元を釣り上げて意味深に笑うのだった。

 

 

 

 




感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾参の段

更新です。

今回も導入です。
次回からようやくDオブDの緒戦スタートになると思われますのでご了承ください。


それではどうぞ。



「やれやれ………困った友情じゃのう」

 

 

 そう溜息と共に呆れを零す長老の眼前に佇むは、兼一の悪友にして今まで特に出番らしい出番もなかった新島率いる新白連合の者たちであった。

 どうやら梁山泊の師匠たちの会話を盗み聞き、それを組織内部で拡散したようだ。

 盗み聞きした内容は今ここに集まっている面子から察するに、まず間違いなく“DオブD”のことだろう。

 そんな船の出航を止める彼等に対し、既に赤兎馬二号に乗り込み景色を眺めていた霊夢は面倒臭がりながらも振り返り、一人一人確かめるように直視する。そしてそれを終えた霊夢は、つまらないと言いたげに溜息を零した。

 

 

「駄目ね。時間の無駄だからさっさと行きましょ」

 

 

「なにぃ!?」

 

 

 霊夢の発言に怪訝な顔を見せる新島。そう言えば存在だけは兼一から聞いてはいたが、今までついぞ出会うことのなかった梁山泊所属の少女がいたことを思い出した。今さっき、自分たちに再び背を向けた少女が件の少女かと思い至った新島は、自慢の観察眼を発揮しながら先の発言の真意を問い質す。

 

 

「おいおい、時間の無駄だぁ? それは一体どういう意味だ?(何だ? ……()()()()()()()()()()()()()、だと? ……それにこの独特の悪寒……ケッ、やはり神職関係者とは相性が悪いな……!)」

 

 

「あーー? 堂々と()()()()()()を寄越すのやめてくれる? 気持ち悪いわ。それに時間の無駄ってのはその通りでしょ。あと、その前に言ったじゃない───()()()って」

 

 

『…………ッ!!?』

 

 

 その言葉を言い放つと共に、霊夢は再度視線を新島に向ける。瞬間─────視線を向けられた新島は、時間が止まってしまったかのように硬直した。それは新島だけではなく、新白連合の全員が漏れなくそうであった。

 霊夢の視線の先にいない兼一はそんな彼等に困惑してしまう。霊夢に視線を向けられた連合の皆が、まるでその場に縫い留められたかのように急に静止してしまったからだ。

 霊夢の視線の先─────新白連合の全員が陥った感覚。それは先に寄越された、確かめるような視線とは違う─────そこら辺の石ころでも見るかのような、どうでも良さげな彼女の視線に身体が凍りついてしまったのだ。

 武田はそれが気当たりではないことを瞬時に理解した。だが、同時に困惑もしていた。

 気当たりであれば、兼一の師匠たちと同じ“特A級の達人”である自身の師から毎日のように浴びせられているおかげで、ある程度の耐性が付いている。

 だが、これは違う。どうしようもない程大きく、重く、そして極めて異様な感覚であった。今までの経験で最も近しい感覚で言うならば、これはそう、自身が一度折れてしまった時の絶望と似たような───── 

 

 

「秋雨君、船を出せッ!!」

 

 

 瞬間─────長老の叫び声に新島たちは正気に戻るも、一足遅かった。そして長老がそんな彼らの一瞬の隙を見逃すはずもない。

 長老は彼らが静止している内に兼一の服を掴み、舵を握っている秋雨へ投げ飛ばす。兼一を受け取った秋雨はレバーを引き、動力部にいるアパチャイと逆鬼へと指令を送った。

 

 

「突撃速度!!!」

 

 

 そして静止していた赤兎馬二号は急加速で発進する。新島たちが駆け出すも時すでに遅く、船はもう沖へと離れてしまっていた。

 届かぬ領域に行ってしまった船に手を伸ばしながらも掴む場を失ってしまった新島たちは、自身の掌や体を見下ろしながら、先程までの感覚を振り返っていた。

 

 一体あれは何だったのか───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 DオブDの会場であるデスパー島─────その島にある、要塞のような出で立ちの巨大な建築物。その更に内部にある、教会のような荘厳な雰囲気を漂わせた玉座の間。

 その玉座に座るは、この島の支配者であるフォルトナであろう人物。更にはDオブDを仕切るために招かれた、闇の無手組の頂点たる“一影九拳”が一人─────ディエゴ・カーロと闇の弟子集団“YOMI”の二人もいた。

 

 

「しかしまさか、闇の九拳の一人である貴方が態々取り仕切ってくださるとは思わんかったよ。お陰で今からワクワクして夜も眠れない始末………何せこれで今回の“DオブD”は最高の出来になること間違いなしじゃからのう……」

 

 

「ハハ───ッハッハッ!! トーゼンだ、デスパー島の主、フォルトナ殿!! 私こそが真のエンターテイナー!! 明日、観客は一人残らずワクワクさせられる………この“笑う鋼拳”ディエゴ・カーロによって!!」

 

 

 異名通り、『笑顔』のマスクを被った覆面レスラー、ディエゴ・カーロが愉快げに言い放つ。

 闇の大義や武術家の主義など二の次で、何よりも“エンターテイメント”を重視する彼は、一影九拳屈指のトラブルメイカーである。尤も、九拳全員が一癖どころか最低でも三癖以上持っている者しかいないため、それはお互い様であるのだが。

 

 

「それは上々………それはそうと、わしを驚かせるゲストを招待したそうじゃないか。一体誰かね?」

 

 

 満足げに頷いたフォルトナは、今思い出したのかディエゴが招待状を送ったという人物への興味を口にする。その問いにディエゴはピタッと動きを止め、そしてニィと口元を釣り上げて、クックックと歯を軋ませて笑う。

 

 

「闇を差し置いて最強を名乗る愚かな者共………その名は梁山泊!! そして、闇が今最も注目を向けている時の人───博麗!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場であるデスパー島に着いて早々、梁山泊一行を出迎えたのは大きな正門だった。その出で立ちは、長老が地獄の門と表現するほど悪趣味極まりない装飾をしていた。

 兼一は敵の本拠地だということを重く受け止め、もうこの時点で戦いは始まっているモノだと捉えていた。その為、緊張感と警戒心は普段の五割増し。敵地にしては割と低いと受け止めるべきか、それとも五割程度になってしまう程、普段の緊張感が高いのか………兼一に限って言えば後者だろう。

 

 正門を潜り抜けると、兼一たちを迎えたのは美女たちが寛ぐ巨大なプールだった。剣星がその光景を目にした瞬間、すぐさま暴走───興奮状態になり、制止した門番を巻き込みながら門の内部へと飛び込んで行ってしまう。

 そんな剣星を放って長老は招待状を全員分差し出し、一行は特別ルームにまで案内されることとなった。

 それからも終始警戒心を露わにする兼一だったが、それを余所に豪勢なサービスを満喫する師匠たち。あのデタラメな師匠たちはともかく、普段通りマイペースな霊夢と美羽を見て、兼一はもしやおかしいのは自分の方なのではと疑い始めていた。

 

 部屋に着いて正装に着替えた後、皆で集まった場所はDオブDの前夜祭が行われるという大きなパーティー会場であった。

 裏社会でも最も有名な大会の一つだけあって、その前夜祭もまた華やかなものだ。

 選手である参加者を除けば、列席者には男女共に仮面で顔を隠した者が多く、さながら仮面舞踏会といった体を成している。

 まるで中世の貴族社会にタイムスリップしたかのようなパーティー会場にて、仮面をつけず極普通の格好をした極普通の少年が一人。言うまでもなく兼一である。

 DオブDへ招待してきたのは闇。となれば、DオブDそのものが確実に罠。パーティーの食事に毒でも混入されているかもしれない。

 兼一は悪く言えば小市民根性、良く言えばまともな危機感に従い、警戒心を五割から九割に増加させていた。だと言うのに師匠たちはまるで普段と変わりなく、むしろ普段より悪乗りさえしているようにも見えた。

 

 

「まったく………少しは警戒心を持ってくださいよ。仮面舞踏会なんて……人様に顔向け出来ない人でも紛れ込んでるかもしれないじゃないですか」

 

 

「お、兼ちゃんも勘が鋭くなってきとるのう。感心感心」

 

 

「ゑ?」

 

 

「いやまったく。各国の大富豪が集まったと言えば聞こえはいいが、その実ルール無視の惨い戦いが見たくて集まった………マフィアや武器商人、麻薬カルテルのボスと言った碌でもない連中ばかりだよ

 

 

 秋雨の言葉をしっかり最後まで聞き届けた兼一は、自身の体が頭から真っ白に染まっていくことを感じながら、目を点にしたまま硬直していた。(イメージではあるが)その後、サラサラと自身の体が砂のように崩れていくのも感じた。兼一の小市民的精神は極限の緊張感に置かれすぎたせいで、もう限界に達していた。

 美羽が自分が側にいると必死に慰めるも、兼一はあちら側に行ったまま戻ってこない。そんな二人を眺めながら、兼一が普段目にしている姿とは違い、巫女服にスリットが入った袴をはいた霊夢は一人、壁の柱に腕を組んで寄り掛かっていた。その近くでは、しぐれが刀を持ちながら待機している。

 

 

「相変わらずねぇ………」

 

 

「まったく……だ。兼一は度胸が足りな…い」

 

 

「それもだけど、警戒心の割に判断が遅すぎるのもねぇ。ま、そこが飼いならされた小動物みたいで気に入ってるんでしょ、美羽もしぐれも」

 

 

「むむむ……それほどでもある…なぁ」

 

 

 マイペースなしぐれと霊夢は普段あまり会話をしない。が、梁山泊の師匠達の中で霊夢と最も相性が良いのがしぐれであった。その為、普段は会話をせずとも側にいることは何かと多い。双方ともに互いに何か頼み事があれば迷わず引き受けるという………二人の性質を知る者であれば、随分と仲が良いのだなと断定するくらいには相性が良いのである。それは霊夢が梁山泊を訪れる前、秋雨を筆頭として神社に訪れていた頃から判明していたことだ。因みにそれに関して、参拝数に比例して霊夢との交流が最も多かった剣星がちょっとショックを受けていたのは全くの余談である。

 

 そんなことをしている間に、今回のDオブDのエグゼクティブ・プロデューサーであるディエゴの紹介があったのだが、二人ともまるで興味なし。完全に無視をしながら小皿に料理を取って食べていた。

 そんな時──────────

 

 

『し~~~~~~んぱ~~~~~~~くッ!!!』

 

 

 突如、不快な声と共に巨大スクリーンが切り替わり、これまた不快な顔のマークが現れた。霊夢は目を鋭くさせてそのスクリーンを見つめる。そして兼一の方に一瞬目線を送ってその様子を窺うも、彼もまたこの事態に困惑している様子だったこともあり、すぐにスクリーンへと目線を戻した。どうやら彼らは自力でここに辿り着いたらしい。

 

 秋雨らも、あまりに無謀な行動をした彼等に呆れ混じりの苦言を呟いていた。目的は既に分かっている。だからこそ無謀なのだ。

 

 

『我々新白連合は『DオブD』参加を要求する!!!』

 

 

 兼一の悪友である新島率いる新白連合が、裏の闘技大会であるDオブDに殴り込んできた。

 

 その後の顛末はある意味では予想外であり、またある意味では予想通り─────新白連合のDオブD参戦が認められることとなった。そして、そんな無茶をした代償がどんなものになるのかを当人たちは分かっていない。だが、命懸けのものになるのは間違いないだろう。結局、霊夢の制止も無駄に終わったわけであるが、霊夢は最早どうでもいいことだと彼らに対する興味を失っていた。その為、霊夢の口から彼等を非難する言葉が出るどころか、一目会いに行くことすらなかった。

 

 ──────────彼らと再び会ったところで、霊夢が言うべき言葉は何一つ変わらないだろうから。

 

 

 こうしてDオブDの前夜祭は終わり、そして朝日と共に大会の始まりが告げられたのであった─────。

 




感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾肆の段

更新です。


新白連合の緒戦は原作と代り映えしないのでバッサリカットしております。
今回はダイジェストみたいな感じですのでご了承ください。
次回にようやく霊夢を含む梁山泊チームの戦闘が始まります。


それではどうぞ。





 DオブD───大会当日。

 兼一は用意された部屋で、鎖帷子、バンテージ、カンフーパンツ、道着を羽織って帯を締め、支度を終えると気合を入れるために両手で自身の頬を叩いた。

 本当はすごく怖い。今からでも日本に戻れるのならば戻りたいくらいだ。けれど、その恐怖を感じる度に、“闇”の魔の手が自分以外の誰かに迫るのだということを思い起こさせる。それだけは駄目だ。

 自分にとってかけがえのない人たちに危険が迫るのだけは何を置いても許せない。だから、兼一は拳を握るのだ。

 誰もが見て見ぬふりをする悪を片っ端から倒し、大切な誰かを守り抜くために─────。

 

 

「よしッ!! 行こう!!」

 

 

 兼一は信念を抱き、戦いの場へと自らの足で踏み入るのであった。

 

 

「おせぇぞ!! 兼一!!」

 

 

 心強い仲間たちと共に─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古代ローマのコロッセオを模した闘技場─────その内部の廊下を歩く新白連合の者たちと、その更に後方にいる梁山泊の達人たち。ただ歩いているだけであるにもかかわらず、彼等が纏う気の強大さには警備をしている衛兵らも思わず冷や汗をかいた。勿論、圧巻のオーラを纏っているのは新白連合の方ではなく、梁山泊の方である。だが、連合の最前方─────中央にいる三人の内、左側にいる少女も後方の達人たちと似たような雰囲気を纏っていた。ただ一人異質な気を纏うその少女こそ、言うまでもなく博麗霊夢である。霊夢は極々自然に歩いているだけ─────だと言うのに、連合の者たちでさえ思わず距離を置いてしまう程、その雰囲気は別格だった。

 

 

「ただ歩いているだけなのに空気が重いじゃなーい………兼一君、どうにかできないの、アレ」

 

 

 そう苦笑いしながら、兼一にひそひそと話しかける武田。目を合わせないようにしながらもさりげなく視線を向け、兼一にどうにかする方法は無いかと尋ねたが、兼一は「あれは何も考えず、ボーっとしているだけなので一番無害な状態なんですよ。梁山泊では日常的に見る霊夢さんです」と、自信満々に大丈夫と答えるのみ。兼一の発言に同意するように美羽も笑って頷いたのを見て、武田を含む連合の全員は「()()で無害なのか………」と、普段通りと言われた気を纏う霊夢をもう一度見た。

 

 気怠げな瞳に真っ白な肌。風に揺れて靡く長い濡羽色の髪。純正の日本人特有である顔立ちは非常に整っており、十人中十人が断言するほどの紛うことなき美少女である。─────ではなく、こうしてぶしつけな視線が複数向けられているにもかかわらず、霊夢はまったくの無反応。兼一の言ったことが正しいのならば、今の霊夢は確かに無害だろう。港の時の彼女と比べれば、だが……。あの時の霊夢であれば、新島に不愉快な視線を向けられたという理由だけで、相手をへし折ってしまう程の何かをこちらに向けてくるはずだ。ソレと比べて今の彼女のなんと大人しいことか。博麗霊夢という少女を改めて冷静に見てみれば、とても武術をやっているようには見えないほど可憐な美少女だった。

 

 

「あ、そろそろリングがある場所に着きますよ」

 

 

 兼一の声に連合の者たちはハッとなって身を引き締める。そして屋内からコロッセオの中央部に向けて歩き出し、視界が晴れた彼等が目にしたのは─────視界360度、全方位をぐるっと囲む、視界が切れることのない程の観客で埋め尽くされた闘技場であった。闘技場は四方八方から木霊する大歓声によって包まれている。そんな、テレビ中継でしか見たことのないような場所に自分たちがいると認識した瞬間─────武田を筆頭に連合の殆どの人間が空気に呑まれた。

 

 

「す、すこ~し、普通の格闘技場よりも規模が大きいね………」

 

 

「ううむ……うむ~~~うおお───ッ!! 呑まれねぇ……呑まれねぇぞ!!」

 

 

「大丈夫ですか? 武田さん、宇喜田さん」

 

 

「あれぇ~~~!? 何で兼一君大丈夫なのッ!? 一番呑まれてると思ったのに!!」

 

 

「えーーっと………なんていうか、今ここで死ぬわけじゃないから大丈夫かなって。緊張が三周くらいしたら落ち着いちゃいました。てへ」

 

 

「ただの開き直りじゃねえか!!」

 

 

 結果、連合の誰もがリングへの一歩を踏み出せず、半ば混乱状態に陥っていた。そんな彼らを尻目に、霊夢と美羽は兼一の側を横切ると、いつもの雰囲気のままリングへ続く階段を下りて行く。

 それを見た兼一が慌てて二人に続いたのを皮切りに、四番手に武田、五番手にフレイヤ、キサラと続々と足を進めて行った。その様子を注意深く観察する全チーム。その視線の意味は形だけの軽視か、或いは用心深さ故の警戒か。どちらにせよ、良くも悪くも注目の的であるのは間違いない。無論─────とある一人に関しては、完全なる警戒故の観察だろうが。

 

 

「あれが今代の博麗…………一人では荷が重いか……」

 

 

 大会に参加する二つの中国拳法チームの内の一つにして、かつて剣星が取り仕切っていた鳳凰武侠連盟とは不倶戴天の組織、黒虎白龍門会の先兵の一人─────太極拳の使い手、(かく) 誠天(しんてん)。彼は新白連合や梁山泊の弟子───つまりは剣星の弟子である兼一には目もくれず、無敵超人の孫娘である美羽には相応の警戒を抱く。だが、彼が一番の要注意人物として認識したのは、彼らの最前を歩く黒髪の少女─────博麗霊夢であった。

 

 

『新白連合と梁山泊チーム、少々手間取ったようだが、ようやく入場だ!! これで、DオブD参加16チーム全てが揃ったぁ!!』

 

 

 司会の言う通り、コロッセオの中央には十六の列が並び揃っている。梁山泊チームの列の先頭は兼一、続いて美羽、最後に霊夢の順で並んでいた。

 そんな大舞台にもかかわらず、霊夢は大きな欠伸を一つして明後日の方向を見ながら早く終わらないかなと面倒臭がっていた。美羽が後ろを振り向いて霊夢に注意を促すも、まったく聞く耳を持っていない。兼一はと言えば、いやに落ち着き払っている自分自身に不気味がっており、美羽と霊夢のいつものじゃれ合いを見るどころではなかった。この大会で最も連携の取れてないチームは間違いなく彼らだろう。

 

 

『さあ、ここで今回のエグゼクティブ・プロデューサー、一影九拳が一人、ディエゴ・カーロ様からの開会宣言だ―――ッ!!』

 

 

 VIP室から姿を現したディエゴはマイクを手に持ち、選手たちを見下ろす形でDオブDの開始を宣言する。

 

 

「これよりデスパレート・ファイト・オブ・ディサイプル………“DオブD”を開催する!!!」

 

 

 ディエゴの宣言を以て、裏の強者たちがその力を振るう異種格闘技大会─────“DオブD”が始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会開始における対戦カードは、幸運か将又(はたまた)不運にもか、昨日の前夜祭で飛び入り参加した学生集団─────新白連合チームと某国の特殊部隊チーム。

 闇の一影九拳が取り仕切る大会に乱入してきた意気込みは天晴れなれど、所詮は日本の学生の集まり。殺しのプロである特殊部隊チームに勝てるはずがない。会場を血で沸かせるための生け贄、ただの殺戮劇になるだろう─────という観客の予想は見事に外れ、蓋を開けてみれば新白連合の快勝と言っていい結果に終わった。

 J隊員は武田に一発場外KOされ、三人の下っ端隊員も場外乱闘であっさりトールに薙ぎ倒され、リーダー格のK隊長はフレイヤに敗れ、新白連合の損害は下っ端の水沼少年のみ。

 兼一は自身の知らぬ間に急激に成長していた武田たちに衝撃を受け、同時にやはり彼らは凄い人たちだったのだと改めて尊敬の念を抱いた。

 

 新白連合の全員が一皮剥けた姿を見せた第一回戦が終わり、五分の休憩を挟んだ後に第二回戦が始まる。─────が、その対戦相手は梁山泊一行の度肝を抜く存在だった。霊夢はデスパー島を訪れるより前、梁山泊で荷造りをしていた時に感じた嫌な予感はこれだったのかと納得すると同時に、呆れを含んだ溜息を零した。

 一方のチームである『キックボクシング・ハリケーンズ』の方は別にいいのだ。一人、矢鱈と強大な気を隠している反則者がいるが、そんなものは彼らの対戦相手を見てしまえば些細なことでしかない。

 そう、問題はもう一方のチーム─────いや、個人だ。

 

 

『キックボクシング・ハリケーンズ、カイエン大杉選手対………謎の青年、我流X!!!

 

 

「ほっほっ。お手柔らかに頼むわい」

 

 

 申し訳程度に縁日で売っているような仮面のライダー的なお面を着けてはいるが、その下から覗く立派に蓄えた髭は隠しようがない。何より金髪ロングで筋肉隆々の巨漢の男なんぞ、兼一たちが知る限り一人しかいない。我流Xなどとふざけた名前を名乗ってはいるが、どこからどう見ても『無敵超人』風林寺 隼人その人だった。

 それに対して断固抗議する姿勢を見せる兼一だったが、ディエゴはこれを完全スルー。非常にうるさい笑い声で兼一の言葉をシャットアウトし、強引に第二回戦を始めたのである。

 尚、カイエン選手は試合開始後、何もすることができず約十一秒で降参してしまった。観客には何があったのか分からなかったため、ハイパースロー再生の動画を流すことで、長老………我流Xが超高速足払いにより相手を転ばせ続けていたという出鱈目な強さが、彼らにもようやく理解できた。

 

 これで一勝となった我流Xは、突如相手チームに下らん芝居はよせと告げる。何のことかと困惑を見せる相手チームだったが、梁山泊の達人たちはその内の一人へと鋭い視線を向けていた。それに目ざとく気づいていた霊夢も無言で美羽と兼一の肩を掴んで意識を向けさせ、自身が違和感を覚えた人物へと二人にも分かるよう指を向ける。

 

 我流Xもまた、真っ直ぐに指を差してその人物へと告げる。

 

 

「さっさとリングに上がるのじゃ!! キックの魔獣………呂塞 五郎兵衛!!

 

 

 彼が指し示した人物は、キックボクシングチームの一人であるスキンヘッドの優男であった。ともすればチームの中でも最も影が薄く、最も弱そうに見えるその男。だが、大衆は騙せても真の達人の目は騙せない。

 男は五十代のキックの魔獣と呼ばれる“達人級”の武人だったのだ。兼一と美羽はそんな格上がこの大会に紛れ込んでいたことに驚愕する。霊夢は冷静に男の気の流れを読み取るが、数秒後の男の結末が見えてしまった為か、すぐに我流Xを名乗る長老の方へと視点を戻した。

 

 大方、DオブDの優勝賞金である1000万ドルに目が眩んで紛れ込んだのだろう。だが、無敵超人の首を取れるのならばそれの百倍の価値があると無謀にも宣い、弟子級程度では数回殺されて余りある連続跳び膝蹴りを我流Xに向けて繰り出した。

 

 ─────が、今回ばかりは相手が悪かった。彼に挑むのならば、“只の達人級”程度では赤子も同然。せめて“特A級の達人”くらいの実力でなければ、戦いの舞台にすら上がれないだろう。

 

 

「違う!! 百万倍じゃ!!」

 

 

 このように─────デコピン一発でリングを大きく越えて吹き飛ばされたことが、その証左だ。

 男はホームランさながらフォルトナ達のいる主催者席まで吹き飛ばされ、それを立ち上がったディエゴがあっさりキャッチする。

 

 

「ほれ見ろ! やはり達人級であったではないか、マスクマン!」

 

 

「フフ、失礼失礼。お陰で良いものが見れましたよ♪」

 

 

 その会話で兼一たちは長老が参戦した理由を察する。出場受付の時点で達人級が紛れ込んでいたと気づいた長老は、それを排除するためにあえて自分も参加したのだと。

 納得した様子の美羽と兼一に対し、霊夢はどこまでも用心深かった。だからこそ彼女は()()()()()()()()()()()()ということにも一人気が付いていた。何故気付いたかと問われれば、やはりいつもの“勘”である。これで終わりではないと─────決して外れることのない直感は、此度も鮮明に霊夢たちにいずれ訪れる未来を霊夢自身に突き付けるのであった。

 

 

 そして、続く第三回戦──────────とうとう兼一たち梁山泊チームの出番が来てしまった。

 相手となるのは、剣星関連で一方的な因縁を持たれている黒虎白龍門会の先兵たち─────中国三大武術チーム。

 彼等が身に纏う気は、兼一がこれまで対峙した“闇”の武術家たちと似た、暗く鋭い殺意が乗ったもの。

 兼一は警戒しながらも闘気を漲らせ、それを見て安心した美羽もグローブを両手に装着しつつ自身の体内武術レベルを引き上げた。

 

 

「ふぁあ~~ぅ………」

 

 

 そんなやる気満々な二人とは対照的に、霊夢は大きな欠伸をしながら、とてもこれから戦いの場に赴くとは思えないほどにリラックスしていた。

 霊夢のそんな態度に、武田は心配の声を上げた。

 

 

「おいおい………そんな闘志の無さで大丈夫なのか~い……?」

 

 

「心配ないよ、武田君」

 

 

 その心配の声に答えたのは秋雨であった。武田は秋雨の方へと振り返り、そして彼ら梁山泊の達人たちの堂々とした姿に圧倒される。なにせ彼らの内の誰一人として、霊夢を心配する様子を一切見せていなかったからである。

 

 

「兼一君はともかく、霊夢に関しては何も心配はいらない。少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()だろう」

 

 

「そうね、霊ちゃんの方()問題ないね」

 

 

 武田を含め、梁山泊の強さを知っている面々は、彼らほどの達人が全く心配はいらないと断言したことの重みを理解し、沈黙することしかできなかった。

 それが意味することは、即ち─────心配することすら烏滸がましいほど、霊夢が“強い”ということなのだから。

 

 

「んじゃあ………行きましょうか」

 

 

 伸びをして身体を十分ほぐし終えたのだろう霊夢は、極々自然体でまるで買い物にでも行くかのような気分のまま、リングへと歩き出したのだった。

 

 

 




感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾伍の段

ちょっと間隔空きましたけど更新です。

今回は申し訳ないですけど、兼一さんとか美羽さんの出番はありません。
いや、本当に難産でした。
兼一さん達を起用するならば別に原作通りでいいじゃんとなり、じゃあ霊夢も一緒に入れたらどうといわれてもそもそも相手側に何もさせずに終わりそうだなと考えたり。
ほんと、三対三だと相手の見せばなく終わるなとなってしまいまして。
というか書ききれないなというのもありました。

本当に、自分の展開力のなさに落ち込みます。
ので、今回はそれをご理解の上でご視聴ください。
この場面は、これが私の限界でした。

では、どうぞ。





 兼一たち梁山泊チームと相手側の中国三大武術チームが出揃った頃、突如リングに変化が訪れた。何の装飾もないリング中央部が沈んで暫くすると、垂直に立っている一本の木に日干し煉瓦の建物という、映画などでよく見る中国農村部の家を模した武舞台が出現した。霊夢は無駄なことにお金をかけてるなと感心半分呆れ半分で主催者席を見やり、視線をリングへと戻す。兼一や美羽も一時は驚いた様子だったが、何度も日常ではあり得ない光景を見てきた兼一はこういうこともあるかと受け入れ、美羽の方はそもそも場数が違うためこういう場面を見ても少々驚くだけにとどまった。尤も、美羽は「お金があればこんなことも出来るんですのね」と、少々別のことに意識を逸らしていたようだが。

 

 

『第三回戦はディエゴ氏注目の一戦、梁山泊チーム VS 中国三大武術チームだ!!』

 

 

 両チームが向かい合い闘志を高ぶらせるも、兼一は一人、相手側チームの目に己が映っていないことに気付く。彼等の視線の先は、一人は左隣にいる美羽に………残りの二人はあからさまに霊夢を警戒していた。兼一は、その視線を向けている相手こそが、彼らにとって真に警戒するべき実力者を指し示しているのだと気づいた。そして悔しいことに、それは正しいと兼一は自覚している。だが、それはそれとしてムカついていた。視点の先に自分がいないということは、それはつまり自身が戦力外扱いされているということ。いつものことではあるのだが、兼一としても敵から明確に侮られるのは決して愉快なことではない。

 

 そんな悶々とする兼一をよそに、ディエゴは(また)もや変則的なルール変更を言い出した。

 

 

『尚、この一戦はバトルロイヤル形式で行われます……………3対2 or 3()()1()で!!!

 

 

 ディエゴの発言に驚愕を露わにする会場の人々。そして、ディエゴは続けて語る。劣勢を強いられる側は二人を上限として選別してからリングに上がるようにと。つまりは、二人か、もしくは一人で三人と戦うようにと告げたのだ。もし選別した二人、あるいは一人が敗北した場合───残りの人物がリングに上がっても良いとして。逆に言えば、敗北しなければ上限以上はリングに上がることが出来ないということでもある。次いで更なる宣言─────

 

 

『そして、その劣勢を強いられるのは……………梁山泊チーム!!!』

 

 

 その発言に今度こそ兼一は怒りの声を上げて抗議する。新白連合の面々も同じく徹底抗議の構えだ。梁山泊のアパチャイを除く師匠らはディエゴの思惑に気付いたのか眉を顰める。が、抗議の文言を告げたところで先のように無視して強引に推し進めるだけだと予想し、大人しくその流れを見つめていた。尤も、二択の内の()()()()()()()()()()()()()()()、というのもあったが。

 

 

「んじゃ、私が一人の方ね」

 

 

「ちょ!? そんな簡単に決めないでくださいよ!!」

 

 

「なによ。一人でやるなら私が最適でしょ。それとも美羽にやらせるつもり?」

 

 

 兼一は即決した霊夢に思わず待ったをかけた。しかし、霊夢の返す言葉に二の句が継げず狼狽えてしまう。

 

 

「うぐッ………ってそうでもなくて、一人で戦うならボクが─────!!!」

 

 

「いえ、兼一さん。ここは霊夢さんに一人の方を任せましょう」

 

 

「美羽さんッ!? で、でも」

 

 

 それでもと言葉を振り絞る兼一に今度は美羽が待ったをかけ、霊夢に任せるよう促した。兼一は呆気にとられ、口から出かけていた言葉が引っ込んでしまう。こと梁山泊の女性陣には強気に出られない兼一であった。

 

 

「実力面においては言うに及ばず、性格的な面でも霊夢さんに一人を任せた方が良いというのは、兼一さんもお分かりの筈です」

 

 

「確かにそうですけど………」

 

 

「それに霊夢さんと一緒に戦うことになった場合………悔しいですが、私も兼一さんも霊夢さんに合わせることは不可能でしょう」

 

 

 兼一は、美羽の言葉に情けなくも納得しかできなかった。幼馴染であるが故の長い付き合いを経て性格を把握している美羽と、ごく最近になってようやく行動パターンが読めるようになってきた兼一は、霊夢が如何に面倒臭がりで気分屋で横暴なのかをよく理解していた。そして、断言できる。博麗霊夢は自身よりも劣る存在を決して共闘相手だと認識しない。最悪、保護対象───つまりは守るべき存在としか見られない可能性すらあった。

 そのことを思い出した兼一は、渋々霊夢の提案を受け入れることにする。……本当に渋々にだが。

 

 

「んじゃ決まりね。それじゃ─────行ってくるわ

 

 

「え?」

 

 

「へ?」

 

 

 霊夢の発言で兼一と美羽が固まっている内に、霊夢はさっさとリングへと上がってしまった。たった一人で─────

 

 

「う、うそぉぉぉぉおおおおおおおおおおお─────ッ!!!!?」

 

 

 一人で三人を相手することを決めるだけでなく、誰が先鋒になるかさえも霊夢一人で決めてしまい、結果─────霊夢一人で三人を相手にすることが決定されてしまった。チームメイトである兼一と美羽を置き去りにして、一人リングへと上がった霊夢の行動に度肝を抜かれたのは二人だけではない。ベンチでは新白連合のメンバー全員が度肝を抜かれていた。

 

 

「な、何やってんだ博麗の奴ッ!!? 一人になるのはしょうがないにしても、その上で先鋒になって三人を相手にするなんざ無謀すぎんだろ!!」

 

 

「先生方!! 彼女は本当に問題ないんですよね!!?」

 

 

「分からねぇ………博麗がどんな奴なのか、全く分析が出来ねぇ………ッ!!」

 

 

「強いのは間違いない………だが、その尺度が我々とは違いすぎる………」

 

 

 口々に不安を吐き出す連合のメンバー。再度、梁山泊の師匠達に問いかける武田に答えたのは秋雨だった。

 

 

「何度も言うけど問題ないよ。霊夢に関して言うならばね。それよりも剣星、先程から黙っているが………相手選手が心配かね」

 

 

「………………」

 

 

 秋雨の指摘に、剣星は帽子を深く被るのみで何も語らない。図星と見た秋雨だったが、それ以上追求することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視点は戻り、リング中央部─────相手側よりも早くにリングへと上がった霊夢は、極々自然体のままぐるりと周囲を見渡す。どこを見ても狂気と興奮に溺れた顔の観客しかいない。どいつもこいつも日常を過ごす平穏な一般人とは程遠い連中だと霊夢は思う。見渡し終えたのか、あるいは自身に向けられる感情にうんざりしたのか、霊夢はようやく対戦相手である三人へと視線を移した。彼等は未だにリングには上がっていない。だが、その鋭い眼光が霊夢一人へと向けられていることから、戦意がないわけではないだろう。

 

 

「先鋒がよりにもよって博麗か………」

 

 

「どうするの、郭」

 

 

「………問題ない。先鋒が馬剣星の弟子でなかったことは意外だったが……寧ろこれは幸運と捉えるべきだ。聞くところによれば、今代の博麗は梁山泊の一番弟子を遥かに凌ぐ程の実力者だそうだ。ならば博麗を討ち取れば、後に残る二人は恐れるに足らないさ」

 

 

「だが、問題は我等が博麗に通じるか………」

 

 

「ああ……一対一ならばまず勝てんだろうさ。だが、僕ら三人が集まれば世界最強だ!! それは博麗が相手でも変わらない」

 

 

 郭は及び腰な二人に案ずることはないと自信満々に告げると、リングへ向けて歩き出す。その後ろ姿を見た二人もようやく歩き出した。

 そしてリングへ上がると、郭は意味深な笑みを浮かべて霊夢に話しかける。

 

 

「驚いたよ、まさか先鋒が一人だとはね」

 

 

「あん? ……まあ、私連携とか趣味じゃないし。それにこんな面倒なこと、早目に終わらせたかったからね」

 

 

「ほう!! では、一人ならばすぐに終わらせられると?」

 

 

「そうね、まあアンタら次第なんじゃない?」

 

 

 どうでも良さげな様子の霊夢の挑発とも取れる物言いに、郭たちは額に血管を浮き上がらせるも、気を高めるのみで声を荒らげることはしない。慌てることはないのだ。確かに相手は明確な格上。一対一では相手にならないであろう強敵だ。だが、今回はこちら側にとって必勝とも言える布陣を敷ける三対一の戦闘である。自分たちが力を合わせれば、いかに相手が博麗と言えど敗北は必至だろう。

 

 

「(そう……勝つのは僕らだ)」

 

 

『さあ、両選手共にリングに上がりました!! それでは………試合開始!!!』 

 

 

「太極門、郭 誠天!!」

 

 

「八卦門、帳 射林!!」

 

 

「形意門、楊 鉄魁!! 参る!!」

 

 

「博麗霊夢、っと……御託はいいから、かかってらっしゃい」

 

 

 試合開始の宣言と共に、郭ら三人が霊夢へと襲い掛かる。対する霊夢は構えさえ取らず、ただ突っ立っているのみ。それを隙と捉えたのか、帳はすぐさま腰を捻り、掌を円の中心に向けたまま円周上を滑るように歩く“泥歩”という歩法で霊夢を囲い込む。それを見た美羽は帳が使う泥歩のあまりの速さに驚いた。あれを強引に突破するのは自分でも厳しいだろうと。

 霊夢はその様を見つつも特に構えらしい構えは取らない。強いて言うならば、右足を上げ、軸足としている左足でゆっくりとステップを刻んでいる程度か。まるで力みが感じられない軽やかな彼女の姿を油断と捉えたのか、郭は二人へ向かって叫ぶ。

 

 

「帳!! 楊!! やるぞ!!」

 

 

 その言葉に応じ、彼等は仕掛けた。霊夢の視界に映るは、三人が重なりながら放つ三位一体の絶技。容赦など欠片もない。先手にて必殺を放つと、博麗と対峙した時から三人は決めていた。相手が此方を舐めて本領を発揮しない内に倒しきる。

 

 

「本領を発揮出来ぬまま沈め、博麗!!」

 

 

 

─── 三頭竜六合陣 ───

 

 

 ─────三頭の竜が霊夢を喰らわんと襲い掛かった。それに合わせるように霊夢も両腕を上げるが、もう遅い。この技は反射的対処を逆手に取った奥義。たとえ一つの竜に対処できたところで、残り二つの竜の牙が対象を喰らう回避不能の必殺技。

 

 

 ─────次の瞬間、リングに木霊したのは三つの鈍い打撃音。間違いなく決まったかに思われた郭ら三人の全霊の拳は、霊夢の()()()()()()によって完全に受け止められていた。

 

 そんなあり得ない光景に、時が止まったかのように腕を突き出したまま固まる三人。そして、その隙を霊夢が見逃すはずもなく─────

 

 

「本領を発揮出来ない、だっけ……」

 

 

 中央の拳を受け止められている帳は、霊夢の右足裏の指に掴まれたまま振り落とされてリングへと文字通り沈む。

 

 

「見て分かんないならアンタらは兼一さん以下ね」

 

 

 交差した両掌で受け止められている楊と郭の拳は、途轍もない力で握られているせいで引き離すことが出来ない。同時に自分たちの力が抜けていることにも気付いた。だが、そんなことに気を取られる間さえ霊夢は与えてくれなかった。霊夢が交差した腕を解くのに釣られて、楊は下へ向けて重心を崩され、郭は頭上へと持ち上げられる。

 

 

「私はさっきからずっと臨戦態勢よ」

 

 

 重心を崩された楊は、自身の右側へと強烈な力で引っ張られていることに気づく………が、気づいた時には既に背中から地面へと叩きつけられた後だった。

 

 

「危機感も実力も足りなかったわね」

 

 

 そして最後、拳を掴まれたまま霊夢の頭上に掲げられた郭は、自身の体に一切力が入らない状態で、楊と同じく背中から地面に叩きつけられた。

 彼が正気に戻った時には既に遅く、その全身を突き抜けるような衝撃が襲い掛かり、呼吸さえままならない程の激痛が訪れていた。

 最後に郭が見たのは、長く美しい黒髪の少女の姿。そして郭は悟る。

 一人では荷が重いという自身が下した評価でさえ、彼女が相手では不足に過ぎたのだと。

 

 

「(こ、これが…………博、麗………ッ)」

 

 

 どうしようもない程の絶対的な差がそこにはあった。それをようやく認識した郭らは、その領域の高さに怯えたまま、意識を手放したのだった。

 

 

 




今回霊夢がやったこと

三方から時間差で一つに対処したらもう二方から攻撃来るんでしょ?
だったら一つを片手で、もう一つはもう片手で、最後のは片足で掴んでしまえばいいじゃん。という、実力差があるから使える頭の悪い対処法でした。

因みに没案は

片足で空中まで跳んで攻める方向を上に限定させ、その上で二重制空圏を自身を回転させながら展開して迎撃するとかいう 「制空螺旋転」って技を出そうかなと思いましたがちょっとダサいなと思って辞めました。


それでは感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾陸の段

更新です。
今回は外野の連合に対する秋雨たちの説明回です。

それではどうぞ。


 

 瞬く間の交戦─────たった一度の衝突によって訪れたあまりにもあっけない決着により、先程までの大歓声は夢か幻だったかのように、コロッセオ内にいる全ての人間が静まり返っていた。

 彼等の視線の先は、リング中央部にて凛として佇む長い黒髪の少女───霊夢のみ。その周囲三方で倒れ伏す、郭ら中国三大武術チームの三人は視界に入ってすらいなかった。

 その理由はただ一つ。会場全ての人間が、博麗霊夢という小柄な少女が発する異様な覇気に呑まれてしまっていたからだ。数少ない例外は、今現在の彼女以上の階級に身を置く、真の達人たちのみ。同じチームであるはずの兼一や美羽でさえ、先の一瞬の決着と霊夢が身に纏う空気に圧倒されてしまい、言葉が出てこない。

 兼一は兎も角、美羽でさえ言葉を失くす程の気を霊夢が発することなど今まで一度たりとも無かった。そんな、今まで見たどの彼女の雰囲気とも一致しない、明確な闘気と呼べるほどの覇気。

 それは、日常で見る彼女とは真逆のもの。自分たちの体が何十倍にも重くなってしまったかのような、思わず彼女という存在を見上げてしまうような、高い領域にいると確信する程の存在感。

 そんな雰囲気を纏う霊夢は、自身へ視線を向けるコロッセオ中の人間をぐるりと見渡した後、最後に兼一たちへと視線を向けた。それを見て目を伏せた霊夢は、先ほどまでの異様な気を霧散させる。

 

 

『しょ、勝負あり───ッ!!!! 博麗霊夢選手、中国三大武術チームをたった一度の交差で、それも一撃で三人諸共撃破してしまったぁ───ッ!!! あまりに一瞬のことで私を含む会場の全てが静まり返ってしまいましたが、一体何が起こったのでしょうか!!?』

  

 

 直後に響く、決着を告げるアナウンス。その響き渡る声を聞いてようやく我に返った観客は、コロッセオが揺れ動くほどの大歓声を轟かせる。それを無視しながら霊夢はリングから降り、悠々と兼一たちの元へと戻っていった。

 

 

『ハァ───ハッハァ───ッ!!! 何が起こったも何も、単純だよ。彼女───博麗霊夢があの三人よりも遥かに強かった!!! 今回に限ってはそれ以外に言うことはないな!!』

 

 

 ディエゴの興奮したような笑い声がコロッセオに響く。普段以上に興奮した様子の彼から告げられた言葉は、子供でも理解できるほど非常に単純なものだった。だからこそ、言い訳のしようがない程に完全無比な決着であったのだ。

 

 

「マジかよ………俺のセンサーに引っ掛からなかった博麗の奴は兎も角、あっちの三人は決して無傷で完勝出来るような奴らじゃなかったぜ………ッ!!」

 

 

 新島の戦慄は当然のものだ。彼はその戦闘能力こそ低いものの、それを補って余りある程、分析能力と周囲の把握力・判断力に優れている。だからこそ、これまで命の危機に瀕しても生き残り続けることが出来ていたのだ。そんな彼にとって、自身の眼力は他の何よりも信頼する武器に他ならない。そんな己の眼が危険だと判断した三名があんなにもあっけなく敗れてしまったことに、新島は新白連合の誰よりも戦慄していた。

 

 

「君の認識は正しいね」

 

 

 そんな新島の肩へ手を置き、その認識は間違っていないと告げるのは、普段とは違い真剣な表情でリングを見つめる剣星であった。

 

 

「おいちゃん、嘗てあの中の一人を弟子に取ろうと思ったことがあったね」

 

 

『!!!』

 

 

 その言葉に、新島だけでなく連合の面々も驚愕を露わにする。普段の彼は女性のエッチな姿を見ることに執念を燃やす正真正銘の変態オヤジだが、同時に今まで兼一を鍛え続けた達人たちの一人でもある。そんな彼が、あの中の一人を直弟子に取ろうとしたと言っているのだ。それだけで彼ら三人が生半可な実力ではないことが分かる。

 

 

「生憎と断られてしまったがね。それでも………当時のおいちゃんが弟子に取ろうと思う程度の実力は備えていたね。それからも功夫を高め続けていたのならば、まず間違いなく今の兼ちゃんどころか美羽でも危うい戦いになる筈ね。それに霊ちゃんに放とうとしたあの陣………弟子級一人の実力で破るのは至難の技ね」

 

 

「えっ、そうなんですか!? それにしては彼女は簡単そうに破ってましたけど………」 

 

 

「そう観えたかね?」

 

 

「秋雨先生………」 

 

 

 武田の発言に対し、試すように問いかける秋雨。彼もまた、連合の面々では見届けられなかった戦いの全容を理解する人物の一人だ。

 

 

「あのマスクマンは省略していたが、霊夢が彼ら三人を破ることが出来た要因は幾つかある。だがその前に───剣星」

 

 

「解ってるね。まずは相手側三人が何をやろうとしていたのか、解説するね」

 

 

 剣星は語る。あの技は実力者であるほど嵌ってしまう妙技であると。

 彼等、中国三大武術チームが繰り出そうとした陣は、三位一体の合わせ技だ。

 彼等の技─────“三頭竜六合陣”は、太極拳の螺旋、八卦掌の円、形意拳の直線の動きを自由に組み替えることで、弟子級では見抜けない変幻自在の攻撃を繰り出す連携技である。

 ある程度優れた武術家───それこそ美羽クラスならば、例えば「螺旋の動き」を見れば「螺旋の動きに対する防御」を反射的に取ることができる。しかし、この陣は「螺旋の動き」を見せた後に「円の動き」や「直線の動き」で攻撃する事によって、その反射的防御を無効化させることができる。つまり、「螺旋の動きに対する防御」を取っているせいで、他の動きによる攻撃に対応できなくなるのだ。一人がわざと誇張した動きで攻撃することでこれをフェイントとし、それに対応しようとした相手の隙を突いて残りの二人が異なる動きで仕留めるという、まさに絶招(ぜっしょう)と呼ぶに相応しい技だ。無論、どの動きをフェイントにして、どの動きを本命にするかは使う者の自由自在であるため、初見であろうとなかろうと、どの動きの武術が来るかを見抜くことさえ出来ない。

 

 

「円と見るや線! 線と見るや螺旋!! どうしても前の動きが後を引いてしまう。そこに生まれた虚を突くことこそがあの陣形の秘密ね」

 

 

「とんでもないね………じゃあ博麗はそれを一人で突破したってのか。一体どうやって………」

 

 

「ここからは私が説明しよう」

 

 

 フレイヤの疑問に答えるべく、秋雨が解説を引き継ぐ。

 

 

「先ほども言ったが、霊夢があの陣を破ることができた要因は幾つかある。一つは、あの子が六合陣を張られた直後からしていた見切りの目────観の目だ」

 

 

「見切りって………ただ突っ立ってただけじゃないのかい? 構えも取ってなかったし………」

 

 

 怪訝な表情のキサラに、秋雨は否と返す。

 

 

「あれは攻撃への未練を完全に捨て、敵の分析に神経を集中させていたが故のものだ。霊夢は初めから相手が何か仕掛けてくると感づいていたのだろう。そうでなくとも、あの子は普段から“無形”を心掛けている。よって、どの体勢からでも対処が可能なのだよ」

 

 

「でも、あの陣形はその対処で生まれた虚を突く技なんだろ? だったら───」

 

 

「そこでもう一つの要因────霊夢が形成していた制空圏が活きてくる」

 

 

 宇喜田の言葉を途中で遮り、秋雨は二本目の指を立てた。

 

 

「確かに制空圏ってのがあるなら、どこから攻撃が来ても対処出来るが………それでも捌けるのは両腕だけで────ってまさか!?」

 

 

「な、何か分かったのかい、新島?」

 

 

 新島の狼狽え様に、思わず武田は問い掛ける。すると恐る恐ると言った様子で首だけ武田の方へと向けた新島は、武田に逆に問い返した。

 

 

「なぁ………制空圏ってのは、()()()可動範囲で形成するんだよな?」

 

 

「え? ああ………そうだけど」

 

 

「ならよう………()()で制空圏を形成するって事は可能なのか?」   

 

 

『!!!?』

 

 

 瞬間─────連合の切り込み隊長ら全員に稲妻が走った。それは誰も疑問に思うことすらなかった、あり得ない領域の話だったからだ。少なくとも彼等が知る限りでは、そんな無謀なことを試した者など、弟子級達人級問わず聞いたこともない。

 それは何故か────そもそもの話、人間の足が両腕程に動くはずがないという共通認識があるからだ。実際、足技を得意とするキサラでさえ、足を両手程器用に動かせる領域にはたどり着いてない。

 当然だ。人間の意識上────足とは自身の体を支え歩くという行為のみに限定されている。それ故、物を掴んだり、指を別々に動かしたりといった、両手特有の複雑な動きや力加減は至難であるのだ。

 しかし──────────

 

 

「理屈の上では、人間の足の可動域は両腕以上だ。人間が足と腕を両方伸ばした時、例外はあるものの大概は足の方が長いだろう? 更に言えば、足は腕の約三倍の力を持つと言われている。つまり、制空圏を築く上では、両足の方が両腕以上の効力を発揮するのは自明の理ということだ。………それをあの子は実際にやってのけた訳だよ。それも両腕にも制空圏を築いた上でね」

 

 

 確かに、理屈の上では通る。通ってしまう。両腕で捌き切れないならば、そこに両足を追加してしまえばいい。何とも頭の悪い発想だが、それを実現させてしまえるのなら、それが如何に凶悪な効果を発揮するのかは霊夢が先程証明してみせた通りだ。要するに、霊夢は最初から相手の出方を見極めることを目的としていた。そして真に恐るべきは、霊夢が技の本質を理解した瞬間、迫り来る攻撃が己に届くその一瞬の内に、尋常ではない速度で一点の瑕疵もない判断を下したことだろう。まず片足で拳を一つ受け止め、続いて二方向から来る攻撃を今度は両手で捌き、そして最後に相手の力を己の力に上乗せさせ、同時に三人へと反撃した。これこそが、あの一瞬の攻防の全容だ。なんという出鱈目さ、なんという法外さなのか────。

 

 

「そして思い出してみたまえ。あの子は右足を上げて、左足でステップを踏んでいただろう? あれは右足だけでも制空圏を築きやすくするための構えだよ。いやはや………兼一君に言った例え話を実際にやってのけてしまうとは、天晴れとしか言いようがないな」

 

 

 連合のメンバーは、いたく感心した様子の秋雨の発言に驚くやら呆れるやら、とんでもない話を聞いてるだけで疲れ果ててしまった。そして、同年代であるにもかかわらず、あれ程の実力を見せつけた霊夢にうすら寒いものを感じざるを得なかった。

 

 

「それにしても………これで()()ね、長老」

 

 

「うむ………今までも片鱗は見せておったが………今回の試合で、あの子は()()()()()()()

 

 

 剣星の発言に同意する長老。その眼光はどこまでも真剣であり、どこか嬉し気で、同時にどこか不安気な色を内包していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梁山泊チームの試合が一撃で終わってしまったことで兼一と美羽の出番もなくなってしまったため、試合が終わったその日の夜、彼等は自室のベランダに座り込んでいた。それも体育座りで。

 兼一は自分が出なくてホッとするやら、霊夢が自分よりも強いと分かっていても女性に全てを任せてしまった情けなさやらで、複雑な気持ちになっていた。美羽の方はと言うと、折角やる気満々でいたのに霊夢一人が片付けてしまったのでいじけていた。霊夢はベランダで仲良く並んで落ち込んでいる二人を呆れたように見つめて暫くした後、部屋の中へと戻って行ってしまった。

 

 

「う~~~………結局、何も出来ませんでした………」

 

 

「それは私もですわ………よよよ~」

 

 

 兼一は自身も意気消沈していたものの、珍しく落ち込んでいる美羽を何とか元気づけようと顔を上げて隣を見た。

 

 

「凄かったですもんね、霊夢さん。情けないですけど……ボクじゃあ、同じことはできませんし」

 

 

「それに関しては私も似たようなものですわ。あの後、馬さんに相手チームの陣形について聞きましたが、私一人で攻略できるような代物ではなかったですし」

 

 

「美羽さんでもですか!?」

 

 

 驚く兼一に美羽は苦笑いを浮かべ、出来ないと判断した理由を答えた。

 

 

「私、幼い頃からどんな場面でも反射的に対処出来るよう訓練してましたの。ですが、今回の相手チームが繰り出した陣形はそれを逆手に取るものでしたわ。霊夢さんに指摘されて意識的に切り替える鍛錬もしてはいるのですが………まだ完璧ではありません。だから一人での勝利はまず不可能だったでしょう」

 

 

 美羽は空を見上げながら悔しそうにそう告げた。兼一はその横顔を見て、彼女が本当に悔しがっているのだと感じ取った。頑張って手を伸ばしても、どんどん手が届かないほど遠くへ行ってしまう星のような彼女のことが心底妬ましいと。

 

 

「なら二人なら………ボクたち二人なら勝てたでしょうか」

 

 

「─────」

 

 

 突然─────芯のある声色で呟かれた兼一の言葉が、美羽の奥底に響いた。美羽は思わずと言った形で兼一の方へと顔を向ける。そこには、どこまでも真剣な表情の彼がいた。そして兼一は言葉を続ける。

 

 

「美羽さんと力を合わせて挑めば、突破出来たでしょうか」

 

 

 彼は真剣に聞いている。二人で力を合わせれば、あの陣形を突破出来たのかと。

 考えもしなかった。同じ梁山泊のチームであるのに、いつの間にか彼をいない者としていた。彼女と同じ条件で、自分一人で敵に挑むのだと思い込んでいた。

 だが違う。それは違うのだ。自分は確かに彼女を追う者ではある。けれど、己は()()()()()()()()()()()()。いつの間にか────それを履き違えていた。

 

 

「ふふ………ふふふ……ッ」

 

 

「え!? 何か変なこと言いましたか、ボク!!」

 

 

 いつからだろう。そのことを気付かせてくれた彼────兼一のことを、美羽が意識するようになったのは。

 

 

「いいえ────きっと出来ますわ。二人でなら」

 

 

 美羽は慌てる兼一へと微笑んだ。本当に嬉しそうに。兼一はそんな彼女を見て一瞬息を呑み、そして応えるように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが終わり、昼間の騒めきが嘘のように静まり返った月夜の下─────そこには二つの人の影。

 一人は、空の青さを映したような水色の髪を持つ端正な顔立ちの男。もう一人は、空の黒さを閉じ込めたような瞳を持つ黒髪の美少女。

 月明かりをスポットライトにするかのように屋根の上で対峙する二人は、両者共に顔立ちが美しく整っているだけあって、さながら歌劇の一幕のようですらあった。

 

 

「初めまして、博麗霊夢さん。自己紹介をしてもいいかな?」

 

 

「いいわよ、別にしても。どうせ今は暇だしね」

 

 

「そっか、良かったよ。名前も言わせてくれないものかと思ってたから」

 

 

「別に、襲い掛かってこないなら話くらい聞くわよ。それに今日はもう面倒臭いからやり合う気はないし」 

 

 

「アハハッ………聞いてた通り、すっごい気分屋だね。っと……それよりも自己紹介、自己紹介─────」

 

 

 爽やかな雰囲気でありながら、只ならぬ気配を醸し出している青年は居住まいを正すと、しっかりと霊夢を見つめながら名乗る。

 

 

「闇の弟子集団、YOMIのリーダーにして、一なる継承者───(かのう)(しょう)って言うんだ。よろしく、今代の博麗さん」

 

 

 瞳の奥に妖しい光を灯しながら青年────叶翔は、眼前に凛として立つ霊夢へと微笑んだ。

 

 

 




速報────霊夢さん、弟子級の壁を越えました。
これで霊夢さんも妙手ですね!!!
きっかけ一つで成長するのが天才という兼一世界ならきっかけなくても殻を破る才能があったっていいじゃない。

それでは感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾漆の段

更新です。

今回は会話文の多めで構成してます。
後、本作における叶翔に対する霊夢の扱いも書いてあります。
本作の霊夢さんならこうするかな~と想像しながら書いてました。


それではどうぞ。





 堂々と自身が闇の弟子集団であるYOMIのリーダーであり、そして一なる継承者なる存在だと明かした、叶翔と名乗る青年。そんな彼のことを霊夢は特に警戒する様子もなく、極々自然体で受け入れた。その理由としては今の霊夢が戦う気分ではなかったというのもあるが、彼がどことなく自身の幼馴染に雰囲気が似ており、その上で戦意が全く感じ取れなかったからというのが大きい。

 

 

「YOMIのリーダーね………私の名前は知ってるようだから名乗らなくてもいいわよね」

 

 

「え~~直接、貴女自身から聞いたわけじゃないし………俺もやったんだからさ、名乗ってくれない?」

 

 

「って言われてもねぇ………今更紹介するようなことあったかしら? ……あ、好きなものとか言った方がいい?」

 

 

「いや、お見合いとかじゃないし………名前だけでいいよ別に。それに俺好きな人いるし……

 

 

「あらそう。んじゃ────職業巫女、現在梁山泊居候の博麗霊夢よ」

 

 

 叶翔が居住まいを正して丁寧な自己紹介をしたのに対し、霊夢の名乗りは何とも淡白なものだ。若干眠気が混じっている辺り、叶翔が告げた内容に対して本当に興味がないというのが窺える。そのことに彼は地味にショックを受けていた。本題に入る前から聞く耳さえ持ってないんじゃないかと思わせる霊夢に、彼は早くも会話が続くだろうかと不安を覗かせていた。

 

 

「………ま、いっか。それじゃ、単刀直入に言うけど────俺たちと一緒に来ないか、博麗さん」

 

 

 そう、闇人(やみうど)の青年は霊夢へ告げる。その表情は何処までも真剣で、曖昧な返答など許さないと言わんばかりに霊夢へ刃の切っ先を向けていた。されど、それですら霊夢の心魂を奮わすには至らない。その眼差しだけで人を殺せそうなほどの気迫を感じながらも、それを向けられている霊夢に変化は見られない。

 ─────当然だとも。“一なる継承者”にして美しき翼を持つ者(スパルナ)の異名を持つこの男が、いかに天に与えられた武才を持ち、常に死と隣り合わせの修行を潜り抜けてきた()()()屈指の実力者で、今の美羽でさえ凌ぐ程の実力を持っていたとしても、それは()()()()()()()()()()()のものでしかない。

 最早、弟子級では相手にならない領域─────即ち、“妙手”の域に達した今の霊夢にとっては、格下の気当たりなど態々意識して感じる必要もないのだから。

 

 

「前にも言ったと思うけど………私がそっちに行っても得るものは何もないわ。だから行かない」

 

 

 故に、霊夢が叶翔の勧誘に頷くわけがないのだ。叶翔もそれが分かっていたのか驚く様子はなく、苦笑いを浮かべて差し出していた手を引っ込めて溜息を吐いた。

 

 

「やっぱりそうだよなぁ………」

 

 

「割と残念そうね」

 

 

「割とっていうか………かなりショックを受けてるよ、俺は」

 

 

「そんなに私に来てほしかったの、アンタは」

 

 

「まあね……会う前はそれほどでもなかったんだけど………会ってみたらかなりの美人さんだし。話してみたら割と気が合いそうだって感じてさ、かなり真剣にこちら側に来て欲しいって思ったよ」

 

 

 そう語る叶翔は、本当に残念そうに落ち込んでいた。そしてそんな彼に、霊夢も珍しく同意するような言葉を告げた。

 

 

「確かにそうね。私も初めて話すってのに、それほど抵抗を感じなかったわ。美羽と話しているみたいで気が楽よ」

 

 

「え、博麗さんって美羽と結構仲が良いの?」

 

 

 霊夢が告げた美羽という名前に反応する叶翔。彼は目を丸くして興味津々と言った様子で霊夢へ尋ねる。

 

 

「霊夢でいいし、呼び捨てでいいわよ。それ程、歳も離れてないっぽいし。美羽のことは、そうね………まあ、幼い頃からの付き合いだし、仲はまあまあ良いんじゃない?」

 

 

 何でもないように告げる霊夢の言葉を聞いて、叶翔は益々残念そうに顔を歪めた。そして夜空を見上げて唸り声をあげた後、再び霊夢へと顔を向けて同じことを問う。

 

 

「うぅ………なあ、本当にこっち側に来る気ない?」

 

 

「美羽と仲良いって聞いてから露骨ね。得るものがないから行かないって言ってるでしょ」

 

 

「でもさぁ………美羽と仲良いなら、やっぱりついて来てほしいんだよね。美羽は今夜、俺が連れていく予定だし……仲が良い貴女が一緒に来てくれれば、あの人も安心してくれるだろ?」

 

 

 そんな必死な叶翔の様子に、霊夢は面白いものを見たと言いたげにニィと口元を釣り上げた。叶翔は霊夢のその笑みに嫌な予感がしたのか、ほんの少しだけ後退る。

 

 

「ふぅん……アンタ、美羽のこと好きなんだ?」

 

 

「な………ッ!?」

 

 

 霊夢の訳知り顔での発言に衝撃を受けたのか────叶翔は口をはくはくと動かすのみで声も出せず、段々と頬が赤く染まっていった。そのことに彼自身も気づいたのか、ぶんぶんと首を振って胸に手を当てて、「落ち着け……落ち着けッ!!」と自己暗示をかけていた。

 それを眺めていた霊夢は、くつくつと笑う。

 やがて彼も落ち着いたのか、腰に手を当て真剣な様子で返答する。

 

 

「ま、まぁ……初めて見た時に、この人が俺の運命の人だって確信したしね。この人となら俺は闇の空を共に飛べるって」

 

 

「一目惚れだったんだ?」

 

 

「そう、なんだろうな………とにかく、この人を守りたいって思ったんだ。あの儚げで寂しそうにする美羽を────」

 

 

「…………」

 

 

 夜空を見上げて手を伸ばしながら語る叶翔の言葉に、霊夢は茶化すような笑みを止めて真面目に聞き入った。その言葉はどこかの誰かさんが口にしていたものと、まるっきり同じだったからだ。叶翔とは正反対に武術の才能はまったく無く、一人では何も出来ないと言うのに大勢の仲間に恵まれた誰かさんに。けれど、根っこの部分は同じなのだろうなと霊夢は感じ取った。それだけ真剣に美羽のことを思っているのだと感じた霊夢は茶化すのをやめることにした。そして霊夢は、自身の考えを纏めるとすぐさま実行に移した。

 

 

「そうね………私への勧誘は拒否するけど、美羽への勧誘は止めないわ」

 

 

「え─────?」

 

 

 唐突に、霊夢の立場上あり得ない発言が飛び出てきたことに、叶翔は呆然としてしまった。そんな彼を置き去りにしたまま、霊夢は話を続ける。

 

 

「ただし────ちゃんと同意を得た方が良いわよ。あの子のことが本当に好きなら」

 

 

「……………」

 

 

 それは純粋に、善意からの忠告だった。美羽のことが本当に好きなのであれば、彼女のためを思っての行動だろうと彼女本人の同意は絶対に必要であると霊夢は告げる。霊夢は幼い頃からの付き合いであり、親族である長老以上に美羽のことをよく理解していた。

 

 

「あの子は力に物を言わせる連中はあんまり好かないわ。だから、あの子を射止めるつもりなら、まずは真剣に美羽と対等の立場になる事。そして自分の力を示すのではなく、自分の思いをちゃんと言葉にすることよ」

 

 

「………なんで────」

 

 

 叶翔には、霊夢のことが分からなかった。今、立場上では敵同士でしかない人物に対して、己が燻らせている想いを好いた相手に告げるよう勧めているのだから。だが、霊夢はどこまでも本気だった。本気で叶翔の恋路を後押ししようとしていた。

 その理由を問う叶翔に、霊夢は自分でも頭を悩ませながら告げる。

 

 

「何となくよ、特に理由はないわ。でも強いて言うなら、不公平だと思ったから───かしらね」

 

 

「不公平?」

 

 

「美羽のことが好きって思っているのが、アンタだけじゃないからさ。なのにその気持ちを伝える機会すらないのって、ちょっと不公平じゃない?って思ったのよ」

 

 

「な───ッ!?」

 

 

 霊夢の発言に叶翔は狼狽え、自身の思考を急加速させた。自分以外にも美羽に惚れている人物がいるという発言。そして霊夢の発言から考えるに、その人物は既に己の気持ちを美羽に伝えていると推察される。しかも最悪なことに、彼にはその人物に心当たりがあった。  

 

 ───それは初めて美羽に出会った時、衝動のまま連れて行こうとした自分を邪魔した、空も飛べない蟻のような奴。身の程知らずにも美羽のことを守ると告げた、不快極まりない雑草のような男。

 

 

「(アイツか───ッ!!!)」 

 

 

「立場だのなんだの関係なく、誰かを好きになるってのは何時だって唐突らしいからね。あと、恋は戦争って話も聞いたことあるし。私はまだ経験したことないけど………争うなら同じ条件での方が後腐れないじゃない?」

 

 

 「よくわかんないけど……」と言いながらも、霊夢が本心から己の恋路を後押ししていると理解した叶翔は、困惑半分嬉しさ半分に微かに笑みを浮かべた。暫くして、叶翔はポケットに手を入れ、何かを掴むとそれを霊夢の方へと差し出した。霊夢は首を傾げるが、貰えるものなら貰っておこうと左腕を伸ばして手のひらを上に向ける。それを確認した彼は、霊夢の手のひらに何かを落とした。

 それは髪留めだった。しかもただの髪留めではなく、小型のナイフが仕込まれている特別製の髪留め。

 

 

「それ、美羽の物なんだ。貴女の方から返しておいてくれ」

 

 

「自分で返さないの?」

 

 

 霊夢の疑問に彼は困ったように笑うと、「ちょっと良い感じの貰い方じゃなかったからさ、今からだとちょっと俺の考えも纏まってないし」と言って首を振った。霊夢は「ふ~ん」と呟くだけで深くは聞こうとはしなかった。霊夢がそのまま受け取ったのを確認した叶翔は、霊夢に背を向けて遠ざかる。

 

 

「じゃあ、今日はここまでかな。助言と後押しありがとう、霊夢()()

 

 

「別にいいわよ。あと、呼び捨てでも構わないってば」

 

 

「ハハハ!! それはちょっとまだ出来ないかな………でも、貴女とはこれからも仲良くしたいと思ったよ」

 

 

 叶翔は背を向けたまま、別れを告げるように右腕を振った。それを見届けた霊夢も、彼に背を向けて屋根の上から飛び降りようとする。が、その直前─────

 

 

「あ、それと!! 勧誘の件は俺まだ諦めたわけじゃないから!! そこんとこよろしく───ッ!!!」

 

 

 背後から彼の叫ぶ声が聞こえてきた。それも、霊夢にとっては嬉しくない内容のものが。霊夢は素早く後ろを振り向くも既に叶翔の姿は無く、屋根の上には霊夢ただ一人がぽつんと取り残されていた。

 

 

「まったく………面倒臭いわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、新白連合の武田、フレイヤ、トールの三人は、明日の試合のため調整を兼ねた特訓をしていた。

 それは明日以降の試合が熾烈極まるものになると確信するが故。彼らがその考えに至ったのは、間違いなく霊夢の存在が大きいだろう。

 今日の試合において彼女が瞬く間に為した所作のいずれもが、彼ら弟子級の武術家たちを超越する領域のものだった。彼女と相対した中国三大武術チームの誰もが、一対一であったとしても自分たちでは勝てたかどうかも分からない強者たち。それを三人同時に、しかも無傷で倒していた霊夢の姿は彼らにとって悪夢に斉しい光景だった。そして、仮に自分たちが試合を勝ち進めたとしても、霊夢と当たると意識した瞬間、体の震えが止まらなくなってしまった。

 だからこそ、そんな不甲斐ない自分たちを変える────は言い過ぎにしても、それを誤魔化す程度には意識を逸らそうと、こうして特訓に身を入れていたのだが──────────

 

 

「今夜は折角気分が良かったのに、どうしてこうなるんだか………」

 

 

 武田、フレイヤ、トールの三人の眼前に佇むは、空の青さを映す髪色をした青年───叶翔が呆れたように溜息を吐く姿があった。

 散歩をする、ただの観光客ならばいい。たった一人で散歩する姿を不審には思うものの、別段絡む理由などないのだから。

 大会参加者だとしても、別にいい。自分たち以外は世の中の裏側に属した人間ばかりだと理解しているため、どれほど暗い気を纏っていようと納得出来るのだから。

 だが─────この男は違う。何もかもが違う。ポケットに手を入れながらただ突っ立っているだけだと言うのに、武田たち三人全員に全く隙が無いと思わせるほどのものがあった。相手は極々自然体での立ち振る舞いしかしていない。それなのに、その姿を見ただけで彼らは息をすることさえ躊躇われた。まるで、あの時の霊夢に感じた寒気と同じ─────いや、それよりもはるかに深い水底のような闇を。

 

 

「何処の誰だか知らないけど………これだけは言える。アンタ、闇の者だね」

 

 

「へぇ……闇を知ってるんだ。まあ、この大会に出てるんだから裏側もある程度は知っていてもおかしくないか………それで、ただ散歩をしてるだけの闇人に、なんで戦闘態勢なんて取ってるわけ?」

 

 

「今君が言っただろ、闇人だからさ。それも新島の言っていた情報が正しければ、YOMIのリーダーの特徴にそっくりなんだ。そんな相手を警戒しない方がどうかしてるんじゃなーい?」 

 

 

 そう告げて、ファイティングポーズを取った武田は自身の気を練り上げる。フレイヤも同様に、己の得物である杖を構えながらじりじりと間合いを詰めようとしていた。トールは今までに感じたことのないほどドス黒い闘気を放っている男への集中力を高めるためか、黙したまま構えを取っている。三者三様に警戒する彼らを見ても、叶翔は一切態度を変えない。むしろ極限まで警戒しているであろう彼らを哀れみを籠めた目で眺めていた。“その程度で警戒しているつもりなのか”と言わんばかりに。

 

 

「俺、今夜はもう誰かとやり合う気なかったんだけどなぁ………でもま、しょうがないから構ってやるか。そっちからちょっかい掛けてきたわけだし─────」

 

 

 そう呟き終えるのと同時に─────叶翔の纏う気が消失した。瞬間、武田たちは周囲の気温が一瞬で氷点下まで突き抜けたように感じ取った。そして脳内で鳴り響くアラーム音。それは極限状態に追い込まれた生物が感じる第六感。自身の危機を知らせる最終警告。武田たち三人はその第六感に身を任せ、反射的に体を動かしたが──────────

 

 

「加減はしたから、こんなもんで死ぬなよ? 殺意も何も乗せてない拳なんだから」

 

 

 ─────それでも尚、哀れになるほど遅かった。叶翔が放った拳が直撃し、自分たちが地面に倒れ伏した後になってようやく己が殴られたことを認識するほどに。ただ一人────武田を除いて。

 

 

「ぐ………ッ!!!!」

 

 

「ひゅー……勘の良い奴もいたんだ? でもま、今日はこれでおしまい♪ そのままだと風邪ひくぞ~じゃあね~」

 

 

 そう告げて口笛を吹きながら、叶翔はポケットに両手を入れて歩き去る。その後ろ姿を武田はただ見上げることしか出来なかった。

 そうして叶翔が去った後、倒れ伏したフレイヤとトールを見つめ、自らも立ち上がることができない事実を受け止めて、武田は涙を流した。その程度のことしか、今の彼にはできなかった。

 

 

 




美羽が攫われても攫われなくても倒される武田さんたちでした。
でも今回叶翔くんはかなりご機嫌だったので殺意は乗ってませんので命に係わる程の重体ではないです。尚心はポッキリ逝った模様。

それでは感想や評価の程よろしくお願いします。
お気に入り登録もしてくれるとうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾捌の段




もの凄く期間が空いてしまいました。
色々リアルの方が忙しくて書く暇がなく、此処まで空いてしまい申し訳ないです。
なんとか一区切りついたのでまた更新を再開したいと思いますので、宜しくです。
もう前回の書いていた感覚が消えてますが、それでも更新し続けたいと思います。

それでは、ご覧ください。





 

 

 

 霊夢が叶翔と別れて、数分も経たない間に新白連合の主力である武田、フレイヤ、トールの三人は抵抗すら許されずに完敗した。唯一意識を失わずに済んだ武田は、それでも身体以上に心に深い傷を負ってしまっていた。その後、部屋に戻っていない三人を心配した美羽と兼一は、彼らを探しに外へ出て傷だらけの三人を発見。すぐさま剣星と秋雨等二人に三人の容態を見せたのだった。

 結果はアウト────到底次の試合までに回復出来る傷ではないと診断された。唯一人、武田だけは試合可能なまでに回復したのだが、心の傷はそう簡単には治らない。気丈に振る舞っているが新白連合総督である新島はその虚勢を見抜き、戦力にはならないと判断。厳しい状況ではあるが、それでも手下を失うよりはまだマシだと割り切って明日の試合は新島を含む残る三人で闘うこととなった。

 

 

「皆、酷い怪我だ………!」

 

「足に一撃、腹に二撃、トドメの顎に一撃ってところね」

 

「その上、与えたダメージは表面よりも内に残るように刻まれている。これは相当の使い手が行ったものだろう」

 

 

 狼狽える兼一に、剣星と秋雨は二人のダメージを詳細に語る。唯一、顎への一撃のみを回避したことで武田は意識を保っているが、それを含めても傷の深さは気を失っている二人と変わらない。そんな彼等を見て何も出来なかったことに涙する宇喜田。彼は友人達にこれ程の重傷を負わせた者に対して強い怒りが湧き出ていた。そしてそれは姉貴分であるフレイヤを負傷させられたキサラも同じ。

 

 そんな、怒りと悲しみを同居させる二人を冷めたように見つめていた霊夢は部屋を一人退出する。

 その後ろ姿を長老は悲しそうに見つめるだけ。

 

 

「自業自得と言ってしまえば確かにそれだけじゃが………それではあまりにも寂しいではないか、霊夢よ」 

 

 

 彼女が去った後に、本当ならば霊夢に聞かせるべき言葉を彼女がいない部屋で一人告げる長老。

 ソレは諦めか、抵抗か。どちらにせよ、長老が霊夢に直接その言葉を伝える勇気がなかったのは間違いなかった。

 そして、心休まることなく次の日を迎えた。

 

 

 

 歓声が包む中、悠然とコロシアムへと向かう選手達。

 第一回戦の時とは違う。

 表舞台では経験出来ぬ死線を乗り越えてきた本物の武術家だけが、今ここに残っているのだ。

 初戦で兼一と美羽が対峙しなかったあの三人が弱かったわけではない。寧ろ今大会に於いても確実に上位に位置し、もしかすると最上位にさえ届きうる程の実力者達だった。そんな彼らが敗退したのは、()()()()では届かない者が相手だっただけのこと。

 故にこそ、会場に集う選手達の視線が向けられるのはただ一人。

 緊張感など欠片もなく、幾多の殺気を当てられようとそれに応える気など一切ない。

 唯々自分が感じるまま、趣くがまま、身勝手に生きる少女────博麗霊夢が其処にいた。

 

 

「ペットボトルでもいいから緑茶持ってくればよかったかな」

 

「怖いよぉ……ボクに向けられたものじゃないのに皆の視線が怖いよぉ………」

 

「兼一さん、しっかり!!」

 

「ケンイチ……呑まれた」

 

「やれやれ……まだ試合は始まってないよ」

 

「だらしねぇな、霊夢の奴を見習えよ」

 

「そうね。霊ちゃん程じゃないにしろ、度胸は付けておくべきね」

 

 

 霊夢はマイペースにもお茶を欲し、兼一は自分に向けられていない殺気に怯え、美羽はそんな兼一を慰めていた。

 その後ろで師匠等は、兼一の覚悟を決めた時以外のメンタルの弱さに呆れ返っていた。

 そんな、梁山泊ではいつもの事として片付けられる様子を尻目に、DオブD二日目の開始を告げるディエゴの声が響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 DオブD二日目、第一回戦は一影九拳の一人、ディエゴ・カーロの弟子にしてYOMIの一人レイチェル・スタンレイと、同じくYOMI所属にしてその弟、イーサン・スタンレイが舞台へと上がった。対する相手は今大会に参加した中国三大武術チームと流派を別つ、二つ目の中国武術チームの二人の男女である。

 

 ディエゴは自身の弟子が出るためか、リングも彼女に相応しいモノへと変更する。それに噛みつくのはやはりと言うべきか、未だ常識を捨てきれていない兼一。明らかな贔屓だと声高に叫ぶも、ディエゴは口笛を吹いて誤魔化した。

 納得がいかない兼一を余所に始まる第一回戦。先制したのは中国武術チームの片割れだった。激しい乱打に成す術なく攻撃を受け続けるレイチェル。

 YOMIの先兵たる彼女の実力とはこの程度なのだろうか────そう思ったのもつかの間、レイチェルはあれだけの攻撃を受けながら全くダメージを負っていなかった。

 

 周囲が驚くままに、今度はレイチェルの攻撃が始まる。

 その技は激しく・大きく・派手な、見る者を魅了する技だった。

 その武の名を、ルチャ・リブレ。

 メキシカンプロレスの代表とも言える派手なスポーツ武術である。その武術は見た目通りかなり大きな予備動作を必要とする技が多く、それに比例するように攻撃のインパクトも大きい。その上、ルチャの技とは掛ける側よりも、掛けられる側の方にこそ相応の実力が求められる危険な武術なのだ。

 よって、ルチャの受け身の取り方を知らないレイチェルの対戦相手はもろに大ぶりな一撃を食らってしまう。加えて、このリングは正しくプロレスリング。加えられた衝撃が跳ね返るようになっているのだ。言うなれば、受け身の取れない状態で食らった攻撃の二倍のダメージが襲い来るようなものだ。

 

 結果は当然レイチェルの完勝。倒れ伏した相手を足蹴にしながらポーズを取り、観客にアピールをしていた。

 相方がやられたことで激昂した男は、怒りのまま背後からレイチェルへ向けて拳を突き出した。しかし、その拳が届くことはない。何故なら、届く前に彼────イーサンの拳が男を叩きのめしていたのだから。

 

 倒れた男の顔へ容赦なくその丸太のように太い腕を振り絞って鉄のような拳打を放つイーサン。

 止まることのない乱打。相手が気絶していようがしていまいが関係ない。絶命するまで叩き潰さんとするイーサンの様子に観客は恐れ慄く。

 観客の間に漂う空気を察知したレイチェルはハッとなってイーサンを止めにかかる。だがイーサンは止まらない。仕方なしと、レイチェルはイーサンの頭を思いっきり蹴り飛ばした。

 漸くレイチェルの顔を見たイーサンは、鬼のような姉の形相に悲鳴を上げて蹲った。

 イーサンは止まったものの、レイチェルにとって肝心要の観客の反応は白けていた。それに納得がいかないレイチェルはこの空気を変えんがため、丁度視界に入った霊夢と兼一────感情の比重は霊夢の方が重かったが、彼女と目が合うと思わず顔を背けてしまったため、仕方なく兼一のみに視線を向け、彼をイケニエにすることを決行。

 丁度個人的な恨みも持っていたため、事実にちょっと出まかせを混ぜて兼一を『口撃』するレイチェル。その余りにもあんまりな『口撃』によって心にダメージを負ってしまった兼一は彼女に背を向けてコロシアムから逃走する。泣きながら逃げていく兼一をほんのちょっとだけ哀れに思う霊夢なのであった。

 

 

 第一試合が終わり、休む間もなく行われた第二試合。

 対戦するのは古代パンクラチオンチームとブラジリアン柔術チーム。

 この対戦は先ほどの試合のような派手なパフォーマンスはなく、徹底したチーム戦術で相手を打ちのめした古代パンクラチオンチームが勝利を収めた。

 いつの間にか戻ってきていた兼一は、特出した派手さはないものの、あくまでも二対一で相手を潰しにかかる彼等に何か鬼気迫るようなものを感じていた。

 しかし、その兼一の感想に彼らを気にする余裕はないと美羽は切り捨てた。当然だろう。なにせ、次の試合は今度こそ自分達の出番なのだから。

 

 霊夢は美羽のように準備運動もせず、兼一のように狼狽えることもしない。ただし、いつもとは明らかに雰囲気が違っていた。それも仕方のないことなのかもしれない。なにせ彼らの対戦相手はどう見ても年齢詐称をした、“我流X”を名乗るあの長老が相手なのだから。

 

 

「我流~~~~~…………────X(エッッックス)!!!!!

 

 

 某仮面ラ〇ダーの登場シーンのようなポーズを取る我流Xに、兼一は冷や汗を、美羽は拳を握り締め、霊夢は全身から力を抜く。

 どうあがいても弟子級の枠組みに収まらない相手を前に、彼等三人は覚悟半分諦め半分の面持ちで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リングに上がった四人。彼ら三人の中で一番背が高い霊夢ですら見上げる程の巨躯を持つ我流Xは、その両手を大きく広げ三人を覆い隠さんばかりに威嚇していた。それこそ兼一がかつて一度死を覚悟した、熊と再度向かい合った時のように。いや、熊の方がまだマシだと体を震わせる。

 なにせ相手は無敵超人────兼一も美羽も彼に修行をつけられたからこそ、ここまでの強さを手に入れることができた。………何度も死の淵を覗きながら。

 そんな出鱈目な彼が、果たして弟子に情けをかけてくれるだろうか。いや、あり得ない。身内だからこそ、彼は情け容赦なく仕留めにかかるだろう。

 

 そう、()()()()()────────────────

 

 

「ぶろろろろろろろろろろろろ────ッ!!!!!!!」

 

 

  

 ────────拳の風圧だけで、兼一、美羽、霊夢の三名を容易く吹き飛ばした。

 

 

「クゥゥゥ───ッ!!!?」

 

「ウワァァァアアアアアアアア───ッ!!!!」

 

「チ……ッ!!」

 

 

 その対応はまさに三者三様。美羽は堪えようとするも体勢を崩し、兼一はそもそも構えることさえ許されず、霊夢は敢えて拳によって起こった風に身を委ねる。

 当然、最も早く体勢を立て直したのは霊夢であり、くるくると回転しながら木の枝に着地する。そして、すぐに二撃目に備えんと我流Xを睨む。残る二人は受け身を取る事さえ許されず、それでも何とか場外ギリギリで踏みとどまっていた。

 

 

「あれは────ッ!!!」

 

 

 何かに気付いたのか秋雨は思わず声を上げる。それに追随する形で剣星もまた我流Xの意図を見抜く。残るアパチャイ、しぐれ、逆鬼は口を大きく開いて唖然としていた。すぐに正気に戻りはしたものの、正気とは思えない我流Xの暴挙に何かを察している二人へ吼える逆鬼。それに答えたのは秋雨だった。

 

 

「あれは、(0)(.)(0)(0)(0)(2)(パーセント)組手だ」

 

 

 (0)(.)(0)(0)(0)(2)(パーセント)組手。

 それは────その昔、美羽がまだ幼い頃、武術の上達の節目に毎度行われた組手の事である。

 古来より、血の繋がった者が肉親に武術を伝えるというのは想像以上に難しい。それ故に、伝承するために師は姿を変え、或いは実戦の中でその技を伝えていた。そして、無敵超人・風林寺隼人の伝授方法こそがコレ────(0)(.)(0)(0)(0)(2)(パーセント)組手なのである。

 その名の通り、己の実力を完璧なまでにジャスト0.0002%に抑えた上で、一切の情を捨てて闘う非情の組手。目は閉じ、攻撃は大振りにし、心拍を抑え、機動力も亀並に鈍くはするが、それでもその攻撃は一切の情がない本気の拳だ。

 

 

「だが、それはあくまでも美羽に向けてのもの。美羽以外の要素を含んだ状態では更にその倍率は上がっている筈だ」

 

「特に、霊ちゃんがいるというのがまずいね」

 

「ああ、あの子はもうすでに弟子の枠組みを破っている。故に長老がどれ程その上限を上げるか………」

 

「お、おい………まずいなんてもんじゃねぇだろそれ!!」

 

「ヤバ……イ」

 

「アパパァ………」

 

 

 彼等の視線の先、正しく死戦となるであろうリングの上で霊夢はその構えを解いてしまっていた。

 闘気も抑え、両手もぶらんと何も力を入れていない状態で視線だけを我流Xに向けていた。それに対して我流Xは、のしのしとまるで怪獣映画のように霊夢へ一歩一歩近づいていく。

 それでも霊夢は構えない。ただ彼女もまたゆっくりと我流Xへと歩を進めた。

 いよいよ互いにぶつかり合う────────かに思われたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「え」

 

「な……ッ」

 

 

 それを見ていた兼一と美羽はどうして二人はすれ違っただけで攻撃しなかったのか────そんなことを考える間もなく、我流Xが二人へ向かって拳を突き出した。

 

 

「ぶろろろろろろろろろろろろ────ッ!!!!!!!」

 

「うわッ!!!?」

 

「まさかッ!!」

 

 

 放たれるは風の拳。先のような暴風とは言わないまでも、疾風の如き速さで迫りくる衝撃に兼一と美羽はその場から飛びのいた。起こった衝撃が二人の髪を揺らす。休む間もなく放たれ続ける拳の連打。それはまるで兼一と美羽を引き離すかのように放たれていたが、当然そんな意図を掴む余裕のない二人は風の拳を避けることにのみ専念する。そして、腕の可動域限界である真横についた美羽は我流Xの懐へと勢いよく飛び込んだ。

 

 

──── 飆移風切り羽 ────

 

 

 美羽は両手を地面につけ逆立ちした状態から身体を捻じり、そのまま足を振り下ろす。しかし我流Xの拳の圧によって技を当てることはおろか、またもや宙へと飛ばされてしまった。

 

 

「美羽さんッ!!!」

 

 

 美羽に遅れる形で駆け出す兼一。その視線は宙を舞う美羽へと注がれるも、一瞬にして意識を我流Xへ全神経を集中させ、無意識に制空圏を形成した。次いで起こる衝撃。

 

 

「グゥワァ……ッ!!!」

 

 

 辛うじて我流Xが放った拳を弾き飛ばされるように躱す兼一は、そのままゴロゴロと転がりながら衝撃を体から逃す。霊夢に散々投げられて身につけた受け身の取り方が役に立った。

 その間に宙に飛ばされた美羽も空中でぐるりと一回転すると、まるで重力を感じさせない体捌きで地面へ降り立つ。

 

 

「コォォォォォ…………」

 

 

 まるでロボか超人のような呼吸音を響かせながら、我流Xはリングの中央を陣取る。

 その我流Xの右方向には美羽。左方向には兼一。そして後方には霊夢。陣形的には彼を取り囲む形にはなっているものの、一ヶ所だけ機能していない場所があるため、陣形として十全に機能しているとは言い難い。

 それは後方にいる霊夢だ。彼女はまるで闘う気概を見せておらず、正座したまま両目まで閉じて沈黙してしまっていたのだ。

 

 

「どうしちゃったんだろ、霊夢さん」

 

「………そういうことですの」

 

 

 困惑する兼一に対し、美羽は霊夢の意図を理解した。

 

 

「この修行────(0)(.)(0)(0)(0)(2)(パーセント)組手は、あくまでも兼一さんと私だけのもの!!そういうことですのね………!!!」

 

 

 そう、この修行はあくまでも美羽と兼一の為の修行。一足早く弟子の枠組みから抜けた霊夢が行うにはあまりにも()()()()。つまるところ、霊夢は開始直後の一撃で我流Xの拳に乗せられた意図を察したのだ。

 

 

 

お主は後じゃ

  

 

 そう告げる長老の意志を、霊夢はくみ取ることにした。

 どうせ先か後かの話。ならば()()の入らない後で相手をする方が楽でいいと霊夢は判断した。

 よって兼一も美羽も、この修行に於いて霊夢を頼ることは許されないし、何より霊夢本人がそれを許さない。

 

 

「さて、始めようかの」

 

 

 例え0.0002%と言えど、その拳に容赦はなく。これを超えられなければ実の孫娘であろうと殺すという決死の修行。

 兼一達にとって最も高く、最も死に近く、されど絶対に越えなくてはならない試練が立ち塞がったのだった────────。

 

 

 

 







久しぶり過ぎてちょっと文章スタイルが変わっているかもしれませんが、それでもなんとか続けますので、これからもよろしくお願いします。
感想や評価・お気に入り登録等してくれると嬉しいです。
それではまた次回お会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾玖の段



更新です。
今回、兼一君が原作より強くなった理由をさらに細かく説明しています。
例に溺れず独自設定です。
後は、ちょっとだけ兼一君強くなっているため原作とは異なった展開でもあります。
それでも良い方はご覧ください。







 

 

 

「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 迫る剛腕。それを躱すも、次いで来る余波で吹き飛ばされる。だが、そんなことに構っている余裕はない。すぐに受け身を取って、立ち上がる間もなく振るわれる追撃を辛うじて避ける。それでもやはり拳圧は兼一の身体をたやすく吹き飛ばす。しかしそれは彼の狙い通り。

 まともにあの剛拳を喰らうよりも、まだその余波で吹き飛ぶ方がダメージが少なくていい。それに我流Xの意識は僅かながらではあるが此方に向いたままだ。ほんの僅かでも此方に意識が向けられているのなら、後は美羽が攻撃してくれる。

 兼一は信じていた。例え、自分が打ちのめされようと、美羽ならば必ずその攻撃を届かせてみせるだろうと。だから、自分がやるべきことは少しでも我流Xの猛攻を耐え凌ぐことだ。

 悔しいが、どうあがいてもこの超人を攻略する術が兼一には浮かばない。寧ろ下手なことをすれば美羽まで危険にさらしてしまう。それは何よりも嫌だった。

 

 

「だから──ッ………意地でもボクは耐え抜くッ!!!」

 

 

 そんな、覚悟を決めた兼一を見て、長老は心底驚いていた。

 普段はうじうじとしていて、いざという時以外全く真価を発揮出来ない兼一。そのいざという時にも自身の力を引き出すのにかなりの時間を有する身でもあった。だが、何がかみ合ったのかは知らないが、今の兼一は完全に自身がやるべき役割というモノを完璧に果たしていた。それも、誰に何かを言われるでもなく自分の意志で。

 

 これもまた、霊夢という特異な存在を知ったが故か。

 霊夢に出会い、触れ合ってからの兼一の成長速度ははっきり言って異常だった。彼女が梁山泊に初めて訪れる前までは、本当に蝸牛の如き遅さでしか成長出来ていなかったのに、彼女が来て、そして彼女が得意とする「脱力」と「呼吸」を会得してからというもの────今までの修行速度は二倍ほど上がっているのだから恐ろしい。

 

 美羽ほど頻繁に触れ合ったわけではない。霊夢に手解きを受けたわけでもない。ただ、たった一度組手をして投げ飛ばされただけ。たったそれだけで、兼一は精神的にも技術的にも大きな飛躍を果たしていた。

 

 なぜこんなことが起きたのか────長老には心当たりがあった。

 霊夢の技は、見る者を釘付けにしてしまう程の、それはもう美しい流れで行われる。その組み立て方は同系統の柔術を扱う秋雨からしてみても文句のつけようがない程だ。故にこそ、その技を掛けられた者も、その流れに沿わされるのだ。間違った形を正常な形に戻すように。結論から言えば、兼一の間違った動きを調()()()()()のではないかというのが長老の推察だ。それもたった一回の組手だけで。

 

 しかし、それでも疑問は残る。たった一回の稽古で兼一の動きが調律されたというのならば、何故霊夢と何度も組み手をしている美羽はその恩恵を受けるのに時間が掛かったのか。恐らくそれは、美羽と兼一の気質の違いによるものだろう。

 

 兼一が静の気質であるのに対し、美羽は動の気質を持つ者。そして、霊夢は兼一と同じく静の気質の持ち主だった。

 

 霊夢と組手をした時点の兼一はまだ自身の気質を理解していない段階であったが、それでも何となくそちらの適性を持っていたことは師匠達は見抜いていた。それに、兼一は物覚えが悪い反面、言われた事は素直に実行する性格だ。反面、美羽は動の気質を持つ者である通り、対峙した相手を超えんとする性格であった。加えて、美羽は兼一とは逆に物覚えがいい反面、言われたことを独自に解釈してしまう癖がある。恐らくこれこそが霊夢の技を対処するのに時間が掛かった要因だろう。

 素直に水の流れに乗った兼一と、流れを自分なりの方法で超えようとした美羽。彼らのこの差異が、呼吸や脱力の習得難易度の差になったのだろう。

 

 それを踏まえて見れば、ほら──────── 

 

 

「我流ゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウ!!!!!」

 

「クゥ──ッ!!!」

 

 

 我流Xの攻撃を防御しようとして、また吹き飛ばされた。

 

 なんと、未だ格上である美羽と辛うじて回避し続けている兼一の食らったダメージの比率は殆ど差がないのである。尤も、兼一が全力で制空圏を築き、意識の全てを防御と回避に振っているのに対して、美羽は攻撃と防御の両方を均等に振っている上に、我流Xの攻撃は範囲が途轍もなく広いため、一概には同じと言えないが………。

  

 

「二人とも予想以上の成長じゃ。じゃが、()()()()ではワシを満足させることは出来んぞ!!

 

((来るッ!!!))

 

 

 矢張りと言うべきか、いよいよと言うべきか、我流Xも兼一以上の範囲を誇る制空圏を発動してきた。

 我流Xと兼一の背丈、腕の長さからして凡そ三倍の広さを持つ制空圏。その領域へ、美羽は飛び込んだ。

 

 

「ちえりゃあああ────ッ!!!」

 

 

 当然領域を侵した美羽を我流Xが見逃すはずもなく、無数の拳打が包み込むように美羽に迫る。だが、美羽は額から汗を垂らしながらもニヤリと笑う。

 これで、我流Xの意識が美羽に割かれた。そんなチャンスとも言える場面を、今の兼一が見逃すはずがない。

 

 

(制空圏ッ──からの無拍子でッ!!!)

 

「セイアアア────ッ!!!」

 

 

 我流Xと兼一の制空圏が重なり合い、息を付く間もなく懐に飛び込んだ兼一は、自身が誇る最強の一撃を繰り出す!!

 

 

「ハァァァ────ッ!!!」

 

 

 美羽もまた自身へ迫る拳打の壁に怯むことなく、我流Xの意識が兼一に注がれた瞬間を見逃さず、これまた自身の決め技とも言える一撃を放つ!!!

 

 

 

── 無拍子ッ!! ──

 

 

── 鏡飆(きょうひょう)風切り羽ッ!! ──

 

 

 天地上下別々から繰り出される決死の技へ、我流Xは今出せる全霊で応えることにした。

 

 

 

── 流水制空圏 ──

 

 

 

流れる水が、一切の無駄を洗い流し、敵と己の境を断ち切った

 

 

 

 

「ゥゥゥゥァァァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!

 

 

 

 ふと、霊夢は閉ざした瞳をぱっちりと見開き、刮目した眼でその光景を静かに見つめる。

 完全に地面から足を離したまま、流水に流されても尚転がり形変わらぬ()のように、少年の拳が超人の胸を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────」

 

「ッ!!?ハァァッ!!!!」

 

 

 動きを、いや呼吸さえ止めた我流Xへ、少女の二撃目が放たれる。その一撃は我流Xの仮面を揺らした感触のみ。クリーンヒットとはいかなかった。跳び蹴りの状態のまま空中を無防備に浮く美羽は遅れてくる脱力感に支配され、そのまま墜落する。

 

 

「グ………ッ!!」

 

 

 仰向けに倒れた美羽は、そのまま起き上がることが出来ず、顔のみを我流Xへ向ける。彼は、兼一の頭に手を置いていた。そして、先ほどまでの敵意が嘘のように彼の頭を優しく撫でていた。

 兼一は何が起こったのか分からなかった。我流Xに何をされたのか、その時自分が何をしたのか、何故自身の拳が届いたのか、何故、自分は今長老に頭を撫でられているのか。

 

 

「兼ちゃん」

 

「────────」

 

「見事じゃ」

 

 

 我流X………長老は、そう優しく言葉を掛けると兼一の頭を掴み、リングの外へ投げ飛ばした。

 

 

「──────ぅぇぇぇぇええええええええええええええええ!!!?

 

 

 それに続くように美羽の首袖を掴むと、秋雨達のいる場所まで放り投げた。

 

 

「きゃあああああああああ!!!!」

 

 

 瞬時に動いたアパチャイに受け止められる兼一に、着地の衝撃も与えず軽やかに美羽を受け止める秋雨。場外の更に外側まで投げ飛ばされた二人は完全に力が抜けており、これ以上動くことさえ困難だった。それを見た審判は当然場外に出た二人を失格とする。会場は一瞬の空白の後、竹を割るような大歓声が巻き起こった。

 

 

「何が……何が起きたんだ?」

 

「兼一さん、覚えていませんの………?」

 

 

 梁山泊・新白連合のホーム席で腰掛けることが出来る程度まで回復した美羽は、未だ回復していない故に仰向けに寝かされている兼一へと恐る恐る尋ねる。

 兼一はまったく自覚していなかった。自分が何を為したのかを。

 秋雨は顎に手を当てて思考を巡らし、ある程度予想を立てた上で未だリングの端で正座している霊夢の方を見た。霊夢と絡み合った視線に、秋雨は漸く自身の仮説が正しいと認識する。

 

 

「成程……全ては脱力と呼吸か」

 

「秋雨どん、何か分かったのかね?」

 

「ああ、結論から言えば兼一君の最後の一撃────アレは完全にまぐれだ」

 

「まぐれだと?そんなのにあのジジイが当たったってのか!?」

 

「単なるまぐれではない。長老の技と()()()()()()()()ことによる奇跡と言っていい」

 

 

 驚きどよめく梁山泊一行と新白連合の面々。

 それはそうだろう。あれだけ手も足も出ていなかった兼一と美羽が、奇蹟に等しいまぐれだとしても長老に一撃当てるなんてことは不可能だからだ。それも、あの風林寺隼人が編み出した百八の奥義の内一つを出させた上でまぐれが起こりうるなど、到底現実的とは思えない。

 

  

「長老の奥義の一つ、流水制空圏は私も見たことはある。

 あれは究極的に言えば“観の目”と“合一”の合わせ技だ。

 相手の動き・意識・心の全てを合一し、自身の流れに相手を巻き込む。

 だからこそ、相手はまるで鏡と対峙しているかのような錯覚に陥る。

 そして、完成形ともなれば相手の攻撃は当たらず、自身の攻撃は一方的に当たるという現象が起こる技だ」

 

「だから、その技にどうやって破ったってんだよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()

  

「噛み合った……だと?」

 

 

 困惑する逆鬼に、秋雨は言葉なく頷く。そして最初の結論に戻る。

 

 

「先の長老は、流水制空圏を二人への攻撃ではなく、無力化にのみ意識を向けていた。

 無駄な動きを優しく変え、不自然な態勢を力を抜いてもいいようなリラックス出来る形にする方法でね。

 しかし、途中から兼一君に無駄な形は()()()()()()()

 よって、形を正す流水は兼一君を通り抜け、兼一君の拳が長老に届いたというわけだ」

 

「そうか!!それで脱力と呼吸なのね!!」

 

 

 秋雨の説明によって、剣星もまた答えにたどり着く。

 あの時兼一は、流水制空圏に乗せられた時、無我夢中で拳を叩き込むことにのみ意識の全てを注いでいた。故に、其処に思考が絡むことはなく、身体が力み過ぎるということがなかった。そこから兼一は無意識に脱力と呼吸を行っていたのだ。偶然にも最小・最短・最速のカタチで動いた兼一は、流水制空圏の波に攫われることなくその拳を長老へと届けることができたのだ。

 

 

「例え、同じ状況に百万回陥ろうと今の兼一君では再現不可能の奇跡が起きた。それが先の一撃だよ」

 

「………しっかし、奇跡が起きたっていうが、そんなら運よく合格したってのか?それじゃあ………」

 

「いや、合格は間違いないよ。なにせ、兼一君はあの戦いで自分の役割を自力で理解し、それに徹することが出来ていたからね。

 成長という形を見せたのだから、それが無くとも合格と言えるだろう。だから、流水制空圏の方はあくまでもおまけだ。

 あの技を直に体験させることで次の修行の際の到達点を明確にするためのご褒美だろう」

 

「美羽の方もね。

 多少時間はかかったものの、初めから“動の気”の『発動』を行い、修行中にコントロールも出来ていた時点で長老は合格と見做していたね。霊ちゃんとの組手をしてた甲斐があったね」

 

 

 その秋雨と剣星の言葉にどこか照れ臭く、それでいて嬉しい気持ちになった二人。美羽も兼一も、己が確実に成長出来ているのだと漸く実感した。もしかしたら、長老はそのために二人に修行をつけたのかもしれない。今の自分達の実力を自覚させた上で、更なる高みへ昇らせるために。

 

 

「さて、メインイベントだ」

 

「やれやれ……やっとか」

 

「ワクワク…!」

 

「霊ちゃんが何処まで至っているのかが注目ね」

 

「アパチャイ、レイムが本気で闘うの初めて見るよ!!楽しみだよ!!!」

 

 

 解説も終わったことで、秋雨達の意識もリングへと戻った。当然、観客も血走った目でリングに立つ二人に注目していた。

 兼一は首だけを動かしてリングを見る。未だ力が入らないが、それでも何とかといった形で。

 美羽も先の戦いの余波で大木も何も無くなった、まっさらなリングを凝視している。

 

 

『ククク……他の九拳達には悪いが、一足先に拝見させてもらうとしよう。今代博麗の武を………ッ!!!』

 

 

 誰も彼もが二人の男女に視線を注ぐ。比重としては彼女の方がやや多いだろうか。その理由があるとすれば、やはり未だ本気を見せていない彼女の力を見たいという願望故か。それを可能とするのは今大会に於いて、我流Xしかいないというのはこの場にいる全員が確信している。

 

 

「待たせたのう……霊夢」

 

「別に。最後に面白いのが見れたからいいわ」

 

 

 霊夢は既に右足を上げ、左足でステップを踏んでいた。当然、前回の試合でそこに込められた意味を知っている梁山泊・新白連合の面々は無意識に唾を飲み込む。

 我流Xもまた溢れ出る闘気を更に高ぶらせ、最初から制空圏を形成する。これは誰がどう見ても0.0002%どころではなかった。

 

 

「なあ、秋雨。因みに今ジジイの奴が何%か聞いていいか………?」

 

「聞かない方が良い。それよりも、準備しておいた方が良いよ」

 

「………だろうな」

 

 

 梁山泊師匠等は席を立ち、一人一人が等間隔で子供達の前に出た。

 兼一の両サイドには秋雨と逆鬼が。美羽の前には剣星。連合の前にはアパチャイとしぐれがそれぞれ立つ。

 今更なんでそんなことを、なんて思う者はもういない。彼等が前に立つということは、それだけのことが起きるという事だと子供達は察している。故に、改めて思う。

 

 ─────博麗霊夢とは何者なのかと。

 

 

「さて、兼ちゃんや美羽程に甘くはせんぞ」

 

「あら、丁度お茶が欲しかったところよ。()()緑茶がね」

 

「ほっほっほ、それはお主次第じゃ。苦いを通り越して辛いになるやもしれんぞ?」

 

「生憎辛い物は嫌いなのよ。だからお茶を飲んだら帰るわ」

 

「では熱々の茶をしばくとするかの」

 

 

 売り言葉に買い言葉。

 これから闘うにしては暢気な、されどその裏に隠された刃のなんと鋭きことか。

 互いに神に斉しき才覚を持つ二人。しかし、経験値に於いては長老が勝る。よって、この闘い、霊夢が何処まで()()()()()というのが本題になる。

 先の熱狂が夢かと思う程静まり返ったスタジアム。その中央で我流Xと霊夢は見つめ合う。

 ステップを踏む霊夢が一際大きく飛ぶ。まるで翼でも生えてるかのように空を舞う霊夢。彼女の視線は既に彼には注がれておらず、唯々虚空を眺めている。やがて空から舞い降りる天使のように地に足を着けた瞬間────────────────

 

 

 

「シ────────ッ」

 

 

 

 

────────赤と白の二色の閃光が我流Xへと奔り抜けた

 

 

 







次回はやっと霊夢と長老の激突です。

感想や評価、お気に入り登録等よろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弐拾の段




最近家のズレたブロックとかを補修するために一から掘ったりモルタル作ったりしてへとへとになってました。

それはどうでもいいとして更新です。
なんか、無印のドラゴンボールみたいな戦闘描写になりました(笑)
でもま、我流Xの技にも似たようなのあるから仕方ないですよね。



 

 

 

 まるで、雷でも落ちてしまったかのような、リングを一瞬で白に染め上げる激突。次いで来る残響。飛び上がった霊夢の姿を見たのを最後に、もう観客の目と耳は使い物にならなくなった。今無事なのは予め備えていた“緊湊”を迎えた弟子級以上の者達のみ。当然、それ以下の者である新島を含む新白連合の人間は戦闘員、非戦闘員を問わず観客同様に目と耳を潰された。

 故に、今リングの中央で行われる“闘い”を目にしているのは真の武術家のみ。

 

 

「シィ──ッ!!!」

 

「ヌォオ────ッ!!」

 

 

 握りしめられた剛拳を放たれる直前で蹴り上げ、二撃目となる衝撃波ごと己から逸らす霊夢。そのまま地に着けていたもう片方の足さえも宙に躍らせ、迫っていた我流Xの足払いを回避する。だが、そこで回避して終わりなどということはなく、既に蹴り終わっている片足を自身の頭よりも更に後ろへと回す。バク宙で攻撃を回避した霊夢の体がぐるりと一回転する刹那、残るもう片方の足は我流Xの顎を穿っていた。

 人体の急所への攻撃を受け、当然怯む我流X。彼は僅かに後方へ身体を傾けるも、軸足となる左足がめり込む程にしかと地を踏みしめる。受けた攻撃で傾いた体の体重移動さえも利用して、お返しとばかりに霊夢の後頭部へ向けて回し蹴りを放った。

 されど霊夢は狼狽えない。自身が持つ、信頼を超えた確信とまで言えるほどの“直感”により、その攻撃は予測出来ていた。霊夢は自身の背を体の稼働域限界まで反らすことによって紙一重で蹴りを躱す。その様はまるで重力を感じさせず、どうすればそうなるのかと言いたくなるまでにデタラメな動きで放物線を描きながら後方へと降り立った。

 

 

「す、凄い………ッ」

 

「私達二人でも一撃当てるだけでやっとでしたのに………」

 

「嘘……だろ、あんなにあっさり」

 

 

 目の前の光景に感嘆の声しかあげられない兼一。

 自身と霊夢との差を改めて見せつけられる美羽。

 辛うじて言葉を吐き出す事が出来たキサラ。

 それ以外の選手達も各自のベンチで瞳孔を開き切るほどに二人の闘いを凝視していた。

 兼一と美羽が本気で挑んで尚一撃しか決められなかった相手を、彼女は単独且つ無傷のまま一撃を入れてみせたのだから他の選手達は堪らない。

 梁山泊の師匠達はと言えば、全く狼狽えていなかった。それも当然だろう。彼等は皆、梁山泊に霊夢が訪れるようになる前から霊夢を見て、触れ合い、時には組手をしたりしていたのだから。今の彼女ならばこれ位出来ても何もおかしくはない。

 ならば彼等以外の達人級たるディエゴはどうなのかと言えば、笑っていた。ソレはもう、今までとは比べ物にならないほど飛び切りの笑顔で。まだまだ上澄みではあろうとも、あの無敵超人に無傷で攻撃を当てた時点で間違いなく己の弟子よりも強い。なんなら現段階の“一なる継承者”よりも強いだろう。この時点で、一影九拳の弟子達であるYOMIでは彼女を倒すことは不可能と確定した。然らば、後は今の彼女の“限界”を把握し、()()()()()()()()()()を送るかを吟味しなくてはならない。ともすれば、己を含む一影九拳の何れかが出向かねばならないということも………ありえなくはないのだから。

 

 

「………ムンッ!!!!」

 

 

 突如、我流Xは仮面越しに両目をギラリと輝かせた。どうやら視界を閉ざすハンディキャップは霊夢には不要と判断したらしい。

 それに気づいた霊夢も再び片足でステップを踏み出す。こちらも先程よりも跳ねる滞空時間を長くしたようだ。

 

 

我流ゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!

 

 

 次なる先制は我流X。気当たりを乗せた超速音波攻撃を広範囲で放ったのだ。それはあり得ないことに質量を持ち、最早暴風が襲ってきたかと思うほどのモノだった。

 それに対し、霊夢は浮いた足が地面に着くや否や、前のめりに倒れるように体を落とす。その数瞬後に、霊夢の頭上を過ぎ去る暴風。そのまま暴風はスタジアム上部へと吹き荒びながら消えていった。────瞬間、霊夢は左足を前に出しリングを踏みしめると、たった一歩で我流Xの懐へ潜り込む。しかし我流Xは高速で摺足を行い、後方へと退避。続けざまに拳打による衝撃波を乱れ打つ。

 霊夢は慣性など知ったことかとばかりに反動もなくピタッと立ち止まり、肉眼では見える筈のない空気の乱打を一つ一つ丁寧に躱してみせる。

 この程度の小技では無駄撃ちでしかないと悟った我流Xは更に腰を落とし、左足を前に踏み込み、両手を腰辺りまで持っていく。ギギギと強く擦れるような音を立てる我流Xに、霊夢はここに来て初めて構えらしい構えを取る。その構えは空手の天地上下の構えのように、右手を上へ、左手を下へ置きながらも、両足を横に開くのではなく、前後に開いていた。

 

 そして、我流Xによって放たれるは常識外れの中の常識外れ………まるでフィクションの漫画のような出鱈目な技。

 その名は────────

 

 

── 梁山波(りょうざんぱ)ッ!!!! ──

 

 

 それは某有名漫画のかめ○め波のような構えから、勢い良く両手を突き出すことで発生する拳圧に強烈な気当たりを乗せた“我流X百八の奥義の内の一つ”────それが霊夢へ向かって放たれた。

 あり得ない技を垣間見た子供達は口を大きく開けて呆然としていた。それはどう見ても“波”だった。子供の頃に漫画やアニメで観て憧れ、一度は自分でも出来ないかと試し、そしてあれは空想の産物なのだと悟ってまたひとつ大人への階段を上る………そんな誰もが知る“波”だった。

 

 されど、霊夢は動じない。迫り来る極大の衝撃波を前に、霊夢の構えは変わらず。なにせ、この技を受けるのは二度目のこと。そして初見の時でさえ辛うじてだが攻略は出来ていた。ならば、その程度の技など恐るるに足らず。

 完璧に超えて見せよう─────

 

 

── 虚空(こくう)(なが) ──

 

 

 当たり前のように、霊夢はその衝撃の塊に触れながら反時計回りに両手を廻し、その上で両足を体ごと滑らせ、全身遍く全てを使って衝撃の塊を誰もいない場所へ投げ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆──────────────◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────驚天動地とはまさにこのことか。

 

 我流Xの放った現実ではありえない技を、これまたあり得ないことに霊夢は完全に流してみせた。観客も、選手達も、達人達を除いた誰もがここが現実なのかと己の目と頭を疑った。もしかしたら空想の世界に迷い込んでしまったのではないか、自分達が見たかったモノが夢として出てきてるのではないかと、あり得ない現実から逃避していた。しかし、頬を引っ叩いても目の前で起こったことは変わらない。その証明として、我流Xの前方の地面は何かが放たれたかのように放射状に抉れた跡が残っており、それは霊夢の前で螺旋状に抉れた地面を最後に途切れていた。これではもう逃避しようがない。

 

 ──────結果、絶叫と聞き違える程の熱が込められた大勢の声がかつてないほどコロッセオに轟いた。

 

 見たかったモノ、それを遥かに上回る最高のショーが見られた。

 誰もが一度は想像し、しかし現実では実現不可能だと思っていたバトルが見られた。

 それは一体どれ程の価値があるのだろうか。ある者はあり得ないと未だ現実から逃避し、ある者は人目も憚らず笑い転げる。また、ある者は充血してしまう程目を開いたまま立ち尽くす。ソレは観客だけではない。選手達もだった。

 尚、ディエゴは変わらず最高のショーだと言いながら笑い転げている。

 

 気が狂ったように歓喜の叫びを響かせる観客を余所に、漸く正気に戻った子供達は各々が驚嘆に心揺れ動かす。

 

 

「な、何だあれぇぇ───ッ!!!?」

 

「“()”だ……ッ、“波”が出たぞ兼一!!!?」

 

「無敵超人百八秘技の一つ───“梁山波”だね。両手を腰まで持っていく構えから、勢い良く両手を突きだすと同時に強烈な気当たりを発し、敵を吹き飛ばす必殺技ならぬ否殺技だ。拳圧と気当たりで敵を吹き飛ばす技なため、気当たりを受け流す技術を身に付けた者には効かないのだが、その技術を持っていなければ問答無用で倒せる技だ。尤も、霊夢にはもう効かないようだが」

 

「何しれっと解説してるんですか!!っていうか出来ちゃっていいんですかアレ!!?現実に漫画を持ってきちゃっていいんです!!?」

 

「コツさえ掴めば誰でも出来るよ、あの技は」

 

 

 驚き叫ぶ新白連合の面々へと丁寧に説明をする秋雨。それに突っ込む兼一と、どうにも常識からまだ抜け出せない子供達はギャーギャーと騒ぎ、しばらく落ち着く様子はない。それを後目に、美羽は別のところに注目していた。それは先の霊夢が繰り出した“流し技”だ。目には見えないが、確かにそこに在る風を掴み、その流れを変える技───“虚空流し”───あれは如何様にも転用出来る起点技だと美羽は見抜いた。………そして、同時に思う。

 

 “アレは、自分でも出来るのではないか”と。

 

 あの技を自分の動きに取り入れ、独自に発展させることが出来れば、もっと彼女に近づくことが出来るかもしれない。見た目こそ大振りな動きではあったが、それはあくまでも我流Xの技を受け流す為が故。他の技ならばあんな大振りにはならず、最小限の動きで受け流すことも可能な筈だ。それに、ただ会得するだけでも格上の気当たりを受け流すことが出来るので自分の身体が怯むこともなくなる。まさかあんな方法があったとは思いもしなかった。理屈は分かった。やり方も今まさに刮目して観た。ならば後は出来るまで繰り返すのみ。美羽は周囲の叫びをシャットアウトしてしまう程、霊夢が繰り出した技に魅入っていた。

 

 

「コォォォォオ オ   

 

 

 そんな、外野の興奮を余所に我流Xは深く呼吸をし、自身の脈拍を正常な状態に戻していく。

 ───つまり、また倍率が上がった。

 

 

「スゥゥゥゥゥゥゥゥ──────」

 

 

 いよいよ霊夢も不味いと思い始めたのか、自身の“無形”を崩し、またも先の構えを取りながら誰が見ても解るように深く呼吸をする。しかしそれも段々と小さくなり、無音へと近づく。やがて彼女の周囲からは音という音が消えていった。

 

 

「ウシッ、やるか───」

 

「そろそろね」

 

「兼一君、連合の諸君。くれぐれも我々の前に出ないようにね」

 

「やる、ぞ」

 

「アパアパーーゥッ!!!」

 

 

 梁山泊の達人達が一斉に抑えていた気を解き放った。有無を言わさず子供達を抑え込む彼等に、兼一達は驚いた。何を今更と。あの闘いで被害が出ると予想したから自分達の前に出たのではないかと。その疑問を読み取った秋雨は答えた。

 

 

「少し違う。霊夢と長老……我流Xが衝突する前に席を立ったのは、我々が()()()()()()()()()を見たかったからだ。そして、それももう終わった」

 

「!!まさかッ!?」

 

「美羽さん?」

 

 

 続けるように剣星は話す。

 

 

「美羽は知っている筈ね。霊ちゃんは“武道家”としての顔ともう一つ───“武術家”としての顔もあると」

 

 

 それは美羽以外にとっては初耳だった。

 

 武道家とは何かを打ち倒すために武を修めるのではない。高みへと昇るために研鑽を積む者だ。そして、兼一は秋雨達から聞かされていた。博麗霊夢は武道家であると。

 そう、それは間違っていない。彼女が振るう合気の技は、基本的な合理のもと行われるものでしかなく、どこにも超人的な技法を必要とする技はなかった。言うなれば、頑張れば誰でも出来る技だ。

 

 

「おかしいと思わなかったかね?あれ程の武才を見せる霊夢が、果たして武道家で収まるものかと」

 

 

 秋雨は問う。天才的な格闘センスを持つ霊夢の存在を嗅ぎつけた途端、闇の達人達が挙って追っ手を嗾けてきているというのに、それを退ける術を持っていないと本気で思っていたのかと。無論、武道家としても並の武術家では歯が立たないだろう。YOMIの構成員でも、今の霊夢ならば圧勝してみせる筈だ。だが、()()()()()()が来ればどうだろう?

 妙手が殻を破った末に至る達人級の猛者ならば、あるいはそれさえ凌ぐ程の特A級の達人達ならば、霊夢は抵抗さえ許されない。────断言できる。いくら弱者を退ける術を持っていても、強者を傷つける術を持たない状態では、いかに霊夢と言えど勝てはしない。

 

 

「霊夢の育ての親が彼女の元から去ったその時点で、あの子は闇に対して無力だったのだ」

 

「だからこそ、おいちゃん達は暇さえ見つければ霊ちゃんの元へ行き、()()()()()()()()()をやってきたね」

 

「ボクも、得物の扱い教え、た」

 

「ええ!?そうだったんですか!!?」

 

 

 驚く兼一に、美羽は無言で頷く。博麗霊夢という少女は、ともすれば過酷な幼少期を過ごした美羽よりも更に危険な日々を過ごしていたかもしれないのだ。いつ彼女の身元が割れるかしれない。最悪、彼女の天稟の武才を見抜かれるかもしれない。そうなれば、もう彼女にとって安全な場所などどこにも無くなってしまう。だからこそ、先代博麗は自身のありとあらゆる全てを以て霊夢を守ろうと奔走した。結果として先代博麗は梁山泊の面々に霊夢を託し、己は霊夢から遠ざかる道を選んだ。霊夢を想うが故に、そうしなければいけなかった。

 

 

「我々としても、彼女を闇に渡すわけにはいかなかった。だが、だからと言って彼女の自由を奪う権利は我々には無い」

 

「あの頃の霊ちゃんは本当に普通のカワイイ女の子だったね。けれど、歳を重ねていくにつれてその才覚が目覚めつつあったね」

 

「俺がガキだった頃よりもアイツの成長速度はとんでもなく速かった。毎度毎度、会いに行く度に別人のように洗練されてたっけな」

 

「よって、我々梁山泊は彼女に授けることにした。達人の(わざ)ではなく、達人の(ごう)を」

 

「簡単に言えば、誰かを倒すという、意志……」

 

「兼ちゃんに課した基礎の改造とは真逆。基礎がいらなくなるほどの組手をね」

 

「その結晶こそ、今から見せる霊夢本来の武。合気を基盤とした全く新しい武闘術─────────夢想合気柔拳術だッ!!

 

 

 秋雨が言い放つのとほぼ同時、霊夢はリングの上をまるでスケートリンクかのようにスーっとスライドし、我流Xの仮面目がけて、その()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 







次回に続きます。
感想や評価、お気に入り登録してくれると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。