咲けや笑顔は水都の華・勝手に2輪め (不可泳河童)
しおりを挟む

咲けや笑顔は水都の華・勝手に2輪め

豊穣を祝う祭り、水都祭。

お酒が嫌いな花騎士が、その認識を改めている頃。

別の場所でこの祭りを楽しもうとしていた花騎士が2輪ーー

 

「わぁぁ、すごい人ですね!それに美味しそうな匂いがたくさんします!」

はしゃいだ歓声をあげたのはネムノキ。

 

「まだ少ないですね。これからもっと人が増えます。ごみごみです」

対照的に落ち着いた様子なのはエノテラだ。

 

「まだ人が増えるのですか? それはそれは……ふふっ、大変そうですね」

「その時はちゃんと掴まってください。はぐれてしまっても、エノテラは責任を取りません」

 

話している間も、エノテラは確かな足取りで喧騒を掻き分けていく。ネムノキはキョロキョロと辺りに目を奪われながらも、どうにかエノテラに付いていった。

やがてエノテラは、一軒のパスタ屋に入店した。案内されたのは店外の向い合わせの席だった。

 

「ここはワインが美味しいお店です。この後お酒をたくさん飲むなら、ここで少しお腹に入れておくと良いですよ」

 

さっそく給仕が訪れ、冷たい水とメニュー表を差し出してくれた。ご注文がお決まりになりましたらお声がけください。そう言って場を辞そうとする給仕を、エノテラは表も見ずに呼び止め、トマトパスタと赤ワインを注文した。

 

「私も同じものをお願いします」

 

かしこまりました。と、差し出したばかりのメニュー表を手早く回収し、給仕は笑顔で去っていった。

 

「見なくて良かったのですか?」

 

エノテラが尋ねると、ネムノキは少しいたずらっぽく微笑んだ。

 

「このお店に来たことがあるエノテラ殿が真っ先に注文されたのですから、絶対に美味しい、と思いました」

「なかなかの名推理です。でもこのお店の一押しメニューはクリームパスタですよ。今日のエノテラはトマトの気分でした」

「それでは、また後日このお店に来てみなくてはいけませんね」

「食べるのが好きなんですね。どうして今までの水都祭に来なかったんですか」

「私も来たかったのですが、身内の許可を頂けなくて。特に去年は、害虫も出ていた祭りなんかもってのほかだーって、大反対されてしまって」

「仕方ありませんね。あの時はエノテラもひどく悪酔いして、ベロベロね、でした。噂を聞いたら、大事なお嬢様をそんな所に出したくないと思うものなのでしょう」

 

お待たせしました。と、料理に先んじてワインが運ばれてきた。給仕は慣れた手つきでボトルを開け、グラスに注ぐ。

間もなく料理も出来上がります、しばらくお待ちくださいませ。と一礼して給仕が去ると、二人はどちらともなく乾杯した。

ネムノキは普通に飲み、美味しいと感想をもらしたが、エノテラが口に含んだワインを、じっくりと転がしている事に気づいた。その様子を、飲み込むまでの間、興味深げに見つめているのだった。

 

「……気になりますか?」

「はい。味わわれているんですね」

「お酒は初めの一口が一番美味しいです。舌は慣れますし、酔うと味覚は麻痺します。なので最初だけは、じっくり楽しむ事にしています。試しますか?」

「え、でも私は一口目をもう飲んでしまいましたし……」

「お冷やを多めに口にすればリセットできます」

 

言われるがままにネムノキは水を飲み、それからワインを口に含み、今度はじっくりと味わった。

何気なく飲んだ一口目には気付かなかった甘酸っぱさやまろやかさが、じんわりと舌を優しく包んだかと思うと、お酒特有の刺激が、イタズラをするかのように小突いてくる。ワインのいくつかの表情を、ネムノキは優しく受け止めるように、ごくりと飲み下した。不思議と体の中から暖かくなるような心地がに、ほぅ、と吐息がもれた。

 

そうしている間に料理も届き、表の通りを行き交う人も増えてきていた。

 

 

「こちらのパスタも美味しいです。アネモネ殿が来られなかったのは残念ですね」

「友達とハロウィンの歌の練習があると言ってました。アネモネさんは真面目ですから。エノテラだったらバックれてこっちに来ます」

 

そう言ってエノテラはワインをあおった。既に3杯目であり、すぐに次のワインでグラスを満たした。

 

「まあ、そんなことをしたら、お友達が悲しみますよ?」

「その時は友達とバックれて水都祭に来ます。二人とも楽しめてWin-Winです」

「あーっ、エノテラさんなのだ!」

 

人通りの中から声をあげ、人の間をを縫ってやってきたのはヒョウタンだった。

比較的元気の良い花騎士だが、少し息を切らしていた。

 

「クルミちゃんを見なかった? 迷子になっちゃったみたいなのだ」

「エノテラは見てません。ネムノキさんは見かけましたか?」

「申し訳ないのですが、私も見ませんでした」

「そっか。仕方ないのだ」

「あの、クルミさんとは任務でご一緒したことがありますが、しっかりした印象があります。はぐれた時の待ち合わせ場所など、決めていませんでしたか?」

「そういえば言っていた気がするけど……思い出せないのだ」

「それはあなたの方が迷子なのでは」エノテラがポツリと呟いた。

「決めていたのでしたら、クルミさんはそこで待っててくださると思います。行き違いにはならないはずですから、きっと見つけられますよ」

 

ヒョウタンの顔がぱぁっと明るくなった。

 

「その通りなのだ! 頑張って探してくる! エノテラさん、ネムノキさん、ありがとう!」

 

ヒョウタンは来たとき以上に元気よく、人混みに飛び込んでいった。

 

 

「エノテラは何もしていませんが」

そう言ってエノテラはグラスを傾けた。

 

「私たちも、はぐれてしまった時の待ち合わせ場所を決めておきましょうか」

「そうですね。では、ムギ・ブルワリーにしましょう。花騎士の誰かがいるでしょうし、お酒も料理も一級品です」

「良いですね。それでは後で一度はぐれましょうか」

 

ネムノキが笑みをこぼし、エノテラが少しばかり、珍しいものを見たような顔つきになった。

 

「ネムノキさんからそんな冗談が出るなんて、エノテラは驚きです。誰かの影響ですか」

「そうですねぇ、団長殿と自由な傭兵さんの影響でしょうか」

「それはそれは。悪い団長と傭兵がいたものです。そういえば、ネムノキさんはどうして今年は水都祭に出て来られたのですか? 毎年反対されていたのでしょう」

 

そうですね……と、ネムノキは少し思案した。

 

「私が少し変わったように、あの方も少し変わられて、私を大事な箱に無理矢理入れようとはしなくなりました。簡単に言ってしまうと、過干渉と過保護をやめたのです」

「良い変化ですね。それも誰かの影響でしょうか」

「きっと多くの方の影響でしょう。色々な方が少しずつ考えが違っていたからこそ……だと私は思います。とはいえ、羽目を外しすぎれば、今でも大目玉はもらってしまうでしょうね」

「そうですか。今日は自分のペースを守ってくださいね。酔いつぶれたら介抱はしますが、お酒の量には口出しをしません。ネムノキさんの分量は、エノテラには分かりませんから」

「はい、気を付けます」

 

 

二人が和やかに会食を楽しんでいると、喧騒の遠くから

\ 喧嘩だー! /

と叫ぶ声がした。

耳に届いたそれは決して大きな音ではなく、ネムノキは喧騒の1つとして気にも留めなかった。

しかしエノテラは違った。弾けたようにするどく立ち上がると、キッと声のした方を睨んだ。その勢いで倒れた椅子の音で、かえって周囲が静まったほどだ。

 

「エノテラ殿?」

「すみませんネムノキさん、会計をしておいてもらえますか。害虫が出ているかもしれないので、エノテラは行きます」

 

害虫という言葉に、周囲の客がざわめく中、ネムノキは静かにエノテラの意志を受け入れた。

 

「わかりました。私もすぐ後を追います」

「ありがとうございます。あっちに行きます」

方角を指し示すと、エノテラはすぐに駆け出していった。

 

 

 

人混みを嫌い、建物の上にとび移り、風のように駆けるエノテラ。その立ち回りは衆目を集めたが構わず、眼下の様子を見ながら進んだ。

とある場所で不自然な人の空白があった。その中心で二人の男が、今にも掴みかからん勢いで口論している。

以前の水都祭での醜態が頭をよぎる。

上から辺りを見回すが、害虫の姿はない。

人混みにも、建物の影にも。

ハズレでしょうか。そう思った時。

 

っにしやがんだテメエ!!

 

男のひときわ大きな怒声がした。

見ると男二人がずぶ濡れになっている。その近くにはさっきまでいなかったはずの女が、カラのバケツを持っていた。

その女にエノテラは見覚えがあった。花騎士ベロペロネだ。

 

「頭を冷やしてあげたのよ。喧嘩の祭りじゃないんだから、するならヨソへ行ってやりなさいよ」

 

ぅるせえ!黙ってろ!

 

男が掴みかかり、人垣から小さな悲鳴が聞こえた。

ベロペロネは男の腕をたくみに捌き、あっという間にひねりあげ、ついでにもっていたバケツを被せた。ヒューと観衆から口笛が飛ぶ。

 

いてっ、イテテテテっ、おいやめろっ

 

バケツの中からくぐもった声を出す男。しかしベロペロネは何も喋らず、さらに腕を捻った。

ギャーと情けない悲鳴が続いた。

 

「あなたも、大人しくしていてください」

 

屋根から降りてきたエノテラは、喧嘩のもう一人の男の背後から腕をまわし、得物の刃をあてがった。

 

お、俺は別に何も……

 

男がおどおどと両手を上げたのを見て、戦意なしと判断したエノテラは刃を引いた。

 

「では大人しくどこかへ行ってください。面倒なので、見逃してあげます」

 

解放された男はそそくさと人混みの中へ消えていった。

一方、黙って腕をひねり続けていたベロペロネは、男が痛がる素振りしかしない事に呆れて、とうとう口を開いた。

 

「黙ってろって言ったのはあなただったでしょ。もういいわ。お祭りなんだから、喧嘩しないで楽しく飲みなさい。わかった?」

 

は、はいぃ……俺が悪かったです……ですぅ

 

「可愛くないわよ」

 

ベロペロネが腕を離し、被せていたバケツを外すと、男は捻られていた方の腕を押さえ、逃げるように走り去っていった。

一件落着を見て拍手を送る者。場を離れる者。後ろの方にいて、何があったのか今からでも見ようと前に出る者らが入り交じりながら、人垣がはけはじめる。

 

「ベロペロネさん」

「あら、エノテラさんじゃない。喧嘩をしていたもう一人を知らない?」

「そちらはエノテラがきつく懲らしめておきました」

 

表情1つ変えずに嘘をつくエノテラ。

 

「それより、今の喧嘩は害虫の仕業ではありませんか」

「やっぱりそう思うわよね。でも違ったみたい。周りを見てみてよ。カラのジョッキを持っている人がいっぱいいるでしょ。他に喧嘩もないしね」

「ムカムカ……そうですか」

「なんで不満そうなのよ。前みたいな害虫の仕業じゃなくて良かったじゃない」

「そうなんですが、せっかくお嬢様とデートしていたのに、駆けつけたらつまらない事で、ムカムカです」

 

「エノテラ殿ー!」

後から追いかけてきたネムノキが合流した。

 

「大丈夫でしたか。何かあったみたいですけど、やはり害虫が?」

「なるほど、お嬢様ってネムノキさんの事だったのね」

「そうです……えい」

「きゃっ!?」

 

エノテラはネムノキの後ろに回り込み、腕をまわしてお嬢様の華奢な体を抱きすくめた。

 

「食べ歩きが好きなお嬢様と、グビグビニコニコの予定でした」

「え、エノテラ殿…が、害虫は……」

「こちょこちょ」

「ひゃっ、はは、や、やめてください、あはははっ、エノテラ殿ーっ」

 

ひとしきりじゃれついた後で、エノテラとベロペロネは事のあらましと、以前の害虫騒ぎについて説明した。

人を直接襲うより、安酒のようなものを勝手に注いで回る害虫。それによって引き起こされた花騎士同士の喧嘩。ある花騎士によってその効果が中和できた事。

エノテラが喧嘩の声に過敏に反応した理由についても合点がいき、自分の水でも同じことができただろうか。などとネムノキが話していた時だった。

 

 

「お祭りをお楽しみの皆様! 突然ですが重要なお願いがございます!」

 

 

拡声器を通したような、大きな声が辺りに響き渡った。何事かと辺りが耳を傾ける。

 

「現在、町の外にて害虫との戦闘が発生しております。押し返せてはいますが、念のため、念のため皆様には、反対の区画への移動をお願いします!」

 

避難を呼び掛ける声に続いて、また別の声が呼び掛ける。

 

「それから、これを聞いた人の中に花騎士の方はいらっしゃいますか!? 我こそはという猛者に、ちょーっと手を貸していただきたい! さぁ!挑戦者はいないかぁっ!」

「ヒペリカムさん、ちょっと抑えて抑えて」

「すみませんミズヒキさん、つい……」

「コホン! 繰り返します! 現在、町の外にて害虫とのーー」

 

連絡を聞いて、三人の意志は戦う事とすぐに固まった。

しかし、町の人の反応はバラバラだ。すぐ逃げる者と、そうでない者でないまぜになっていた。

 

「すみません、お二人は先に行っててください。私は町の人々を先導します」と、ネムノキの意思に

「それなら私も手伝うわ」ベロペロネが呼応した。

「エノテラは傭兵です。先に戦いに行きます」

「わかったわ、それじゃ、また後で」

 

三人、お互いの役割を尊重し、別れた。

 

 

「みなさん! 私は花騎士ネムノキです! これからみなさんを安全な場所へ誘導します! 慌てず落ち着いて、私に付いてきてください!」

 

ネムノキの呼び掛けに、逃げる人も戸惑っていた人も、次第に集まり人の流れができていった。

 

「みんなー! この列に続けば夢の聖女様が導いてくれまーす! 慌てないで付いていってくださーい!」

 

ベロペロネが人の列の形成を促す。

大きな混乱なく、避難は進んでいった。

 

 

 

ーーそして、戦場

 

 

「ちょっと、押し返しているんじゃなかったの?」

 

ヒガンバナが不満を漏らした。

当直警備の花騎士達による戦闘がすでにはじまっていた。

アリ、クワガタ、カブトムシ、タガメ……様々な種類のお酒好きの害虫が、コダイバナもかくやというほどの群れを成して水都に迫っていたのだ。

1体ずつはさほど強くはないものの、これだけの数では、なるほど避難も援軍要請も頷ける。

 

「うーん、なんかここまでお酒のにおいがする気がするのだ……」と、ヒョウタンがうなった。

「クルミちゃん、元気がなさそうだけど、大丈夫?」

「あっ、うん!大丈夫だよ」

 

ヒョウタンは無事にクルミと合流していた。

……と伝えたい所だが、実は先の呼び掛けを聞き、それぞれに討伐志願した結果、一緒になることが出来たのだった。

 

「この害虫達も、きっと元々はお祭りが好きな益虫だったんだよね」

哀れんだ様子のクルミ。

 

その肩をポンと叩く、ヒョウタンとは別の手があった。

「そうだな。悲しいことだ。だからと言って、手を抜いてやるわけにはいかん。私たちであの害虫達の悲しみも断ち切ってやろう」

クルミを諭し励ましたのはウメだ。

 

「水都祭を楽しんでいるみんなのために、一匹残らず倒しちゃいましょ~」

間延びした声で鼓舞するサクラ。

 

「くぅ~~! その名声は野を越え山越え森越え海越え湖も越え! 春庭全土にあまねく轟いているぞぉ! もう大丈夫だ! ブロッサムヒルが誇る双璧! ウメとサクラが来たあぁ!」

興奮のあまりに実況口調でヒペリカムが叫ぶと、それは前線で戦う部隊にも伝わった。

 

援軍が来た! あのブロッサムヒルの!?

これでなんとかなるかも! 「嘘っ!? 本物のサクラ様!? あ~っ恥ずかしい戦いは出来ないよぉ」

みんな!もう少し踏ん張るんだ!

 

「どうしたのだクルミちゃん?」

「今アーモンドちゃんの声が聞こえた気がする……」

 

前線の士気が上がった所へ、真っ先に飛び込んだのはウメでもサクラでもなく、エノテラだった。

 

「聖女エノテラ、仕掛けたー!」ヒペリカムが叫ぶ。

 

十字刃を手に、陣の手薄な所へ弾丸のように突っ込む。

酒樽を背負った大型の害虫が、地を穿つ勢いの放水弾で迎え撃つが、そのことごとくをかわし、足元へ潜り込んだ。

 

ノメエェェェ!

 

懐に潜り込まれては放水攻撃は不可能。ならばと叩き潰そうとした脚をエノテラは切り裂いた。

一本、二本、そして三本目!

片側の脚を全て切断され、バランスを崩す害虫。

その背に飛び乗り、頭へと駆け、頭部と胴体の接合部に刃を深く突き立てた。

 

ノメエェェェン!

 

のたうとうにも片側の脚が無く、その場で止まりかけのコマのように回るばかりだ。放水もでたらめに撃つので、他の害虫が何体か巻き込まれてしまっている。

その背上でエノテラは振り落とされぬよう踏ん張りながら刃を抜き、今度は背後の酒樽を振り向きざまに思いっきり斬りつけた。傷口から酒臭い体液がこぼれ、放水の威力が目に見えて弱まる。

 

「みんな!エノテラちゃんに続くぞ!」

 

ウメの号令で援軍部隊が雪崩れ込む。

花騎士たちの士気の向上と、増援。大型害虫の劣勢により、小さな害虫達は、ノンデエェ!? ナンデエェ!? と浮き足立っているようだった。

逃げようとする前の害虫と、戦おうとする後続の害虫がぶつかって仲間割れを起こし、混乱が広がっていく。

 

「なんでって……」

 

ヒペリカムが大きく息を吸った。続く言葉は増援の、いや花騎士全員の想いを代弁するものだった。

 

「お祭りの邪魔をするからだあっ!!」

 

 

数に勝る害虫達だったが、避難誘導を終えたネムノキたちのさらなる援軍もあり、長い戦いは終始花騎士側の優勢のまま、日の入りと共に幕を下ろした。

 

「はぁ……しょぼしょぼです」

 

祝勝ムードかと思いきや、エノテラは落ち込んでいた。

水都祭は日の明るいうちがメインのお祭りだったからだ。

 

「まぁまぁエノテラ殿。最初のお店は美味しかったし、お店の人に事情をお話ししたら、こんなものをくださいましたよ」

 

ネムノキが見せたのは2枚の引換券だった。

料理を満足に食べずに店を出る事を申し訳なく思い、会計時に頭を下げるネムノキに、花騎士が戦ってくれるのだからと渡された、心尽くしのサービスだ。

 

「また一緒に行きましょう」

「はい。それは行きましょう。でも今日はネムノキさんをベロベロに酔わせてみたかったんです。前にホップさんから、はしゃいで飲みすぎた話を聞いていたので、見てみたいと思っていたのに」

「そんな魂胆があったのですね……」

 

ネムノキがクスクスと笑った。

 

「いえ、諦めません。エノテラは今から悪い傭兵になります。がしっ」

 

ハッと顔を上げたエノテラは、そう言って唐突にネムノキの手首を掴んだ。

 

「あの、エノテラ殿?」

「エノテラは悪い傭兵になりました。ですからお嬢様を夜の街に連れ回します」

「まぁ、それは困りましたね」

 

言葉とは裏腹に、ネムノキも楽しそうに聞いている。

 

「祭りは終わりましたが、夜も開いている美味しいお店の方が詳しいです。傭兵なので。はしご酒という、夜しか飲めないとっておきのお酒を教えてあげます」

「はしご酒……初めて聞きました。どんなお酒なんでしょう!? 楽しみです」

 

ネムノキは、本当に初めて耳にする、はしごというものが冠された不思議な名前に、心を踊らせた。

どう考えても、はしごとお酒は結び付かない。知らない人には。

 

「合意が取れましたね。今夜は寝かせませんよ」

「はい。連れていってくださいますか? 悪い傭兵さん」

 

エノテラは改めてネムノキの手を引き直し、昼の賑やかさがさめやらない夜の水都へと二人で向かうのだった。

 

 

 

おしまい

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。