転生先が百合キャンセラーのバケモンとかどうにかならなかったんですか!? (サク&いずみーる)
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「二次元に行けたらいいな」とか思っていた時期が俺にもありました

「ヒュージに転生する話って見ないよね、よし書き逃げする前提で作るか」という軽率な試みです!
報告さえいただければ、うちのオリ主を各自の二次創作に使っていただいても構いません。
どうぞうちの子を各地に派遣してくださいませ→その内見た目イラスト描き上げます。



 『アサルトリリィ』

 

 それは、人類を脅かす謎の生命体『ヒュージ』と、それらに対抗するために人々を守り、導く少女たち『リリィ』の戦いの物語である。

 時に笑い合い、時に悲しみ。

 時に伝承の名を授かった武器『CHARM』を手に戦場を駆ける。

 その中で少女たちが成長し、友情を深め、仲間との絆を強くしていく。

 

 ──要するに女の子が百合百合して、空気読めないバケモンをぬっ殺す話だ。

 

 あのアニメのエンディングなんて、その道の人間なら「ヒュッッ」とでものたまって狂乱したことだろう。

 ああ、でも作品に合わせて言うなら「イノチ感じちゃってる!」なんだろうか。

 二次創作作家がその腕を振るってくれそうな燃料投下だ。

 人形が原作だったことは最近知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故そんな話を急にしたかと言うと。

 

 そんな百合百合ワールドに転生したからである。

 

 

 

 

 死んだ自覚なんてないまま、気づいたらこれよ?

 しかも相当マズい事態になった。

 この際だから、死んだ死んでないはどうでもいい。

 『アサルトリリィ』世界に転生しちゃったのも全然いい。

 問題はその転生先の体だ。

 

 

 

 なんせ、あろうことか『特型ヒュージ』に転生していたのだから。

 

 

 ヤバいなんてもんじゃない。

 先述の通り、ヒュージはリリィの……いや、それどころか全人類の敵だ。

 ヒュージ抹殺を掲げる乙女たちにエンカウントしてみろ、即座にスクラップだ。

 マッドな科学者サークルに捕まってみろ、人間すらモルモット扱いの連中がヒュージで遊ばない道理がない。

 結局、どこをどう通ってもデッドエンド直行の未来しか見えない。

 だが、『俺』は物語でよく見る「一回死んでるから今更死ぬのもねぇ(達観)」なんて思考にはなれない。

 むしろ、みっともなく生き延びようとすらするタイプだ。

 かと言って、人が死ぬことを良しとできるタイプでもないから……

 

 

 

 

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 目の前の異常に、少女たちは言葉を失った。

 そう、異常だ。

 CHARMとの略式契約すらなしに戦場に来た『一柳(ひとつやなぎ)梨璃(りり)』も。

 ガーデンたる百合ヶ丘女学院のエースである『白井(しらい)夢結(ゆゆ)』も。

 後に「百合ヶ丘の至宝」と称される『楓・J・(ジョアン)ヌーベル』も、言葉が出なかった。

 もちろん「ヒュージが奇襲を仕掛けてきた」ことや「見たこともないヒュージの出現」にも驚きはあった。

 だが、それすら凌駕する異常がここにはあった。

 

 ──ヒュージがヒュージを攻撃している。

 

 「共食い」ではなく、「攻撃」である。

 しかも、少女たちに攻撃の流れ弾が来ないように庇うような動きさえある。

 リリィに対する敵意が一切ないのだ。

 ヒュージと言えば意思疎通は不可能、人類を絶滅させるためだけに現れたような、正真正銘の『バケモノ』である。

 その、はずだ。

 

「キュイーッ!!」

 

 攻撃しているのは新種のヒュージ。

 ミドル級よりは多少大きく、ラージ級よりはまあ小さいという中途半端な体躯。

 しかし、その姿はどこか威容すらある。

 何故なら、その姿は伝承において森羅万象の頂点に立つと言われた生物──ドラゴンによく似た姿をしているのだから。

 

「何ですの、あのヒュージ……!?」

「分からない……けど、今まで聞いたことのないヒュージであることは間違いないわ」

「まるで私たちを守るように……」

 

 『新種』がついにヒュージを押し倒す。

 これが人間の男女ならラブコメの波動があったかもしれないが、実際はヒュージ同士の取っ組み合い、そんなものはありはしない。

 尤も「取っ組み合い」と呼ぶには、あまりにも一方的過ぎた。

 『新種』の殴打がヒュージの外殻を砕く。

 『新種』の鋭爪がヒュージの肉体を裂く。

 『新種』の尻尾がヒュージの触手を絡めて引きちぎる。

 じたばたと抵抗するヒュージも何のその。

 容赦なくただのガラクタへと変えていくではないか。

 いや、それよりも問題は──

 

「どうするんですか? この後」

 

 ──『新種』が眼前のヒュージを仕留めた後にあった。

 

 ヒュージを討ったからといって『新種』がそれで満足するとは考えられない。

 その後にリリィたちや百合ヶ丘を襲撃する可能性だってある。

 敵意がない? そんなものは根拠たり得ない。

 

「警戒しておくに越したことはないわ」

「ええ。わたくしたちに挑むことがどれほど愚かな行為なのか、きっちり教えて差し上げますわ」

 

 故に各々、手の中のCHARMを握り直す。

 そもそもリリィの使命は「人に仇為すヒュージを討伐する」ことだ。

 なら、『新種』であろうと攻撃された時はやり返す。

 そう考えていた。

 

「キュイー……」

 

 とうとう1体のヒュージが永遠に沈黙する。

 『新種』はどこか気怠げに視線を少女たちへと向けた。

 リリィたちはCHARMを構えて警戒を怠らない。

 当然の反応に『新種』は気まずそうに後頭部を掻くような仕草。

 表情なんてないはずなのに、そいつには冷や汗すら見えそうで。

 ……なんというか、いちいち人間くさいヒュージだった。

 

「ッ……!」

「! 来るわよ!」

「ええ!」

「はいっ!」

 

 『新種』が体を起こす動きを見せた。

 やはりヒュージはヒュージ、結局は戦いなど避けられない。

 巨大な翼が広がり天を覆う。

 そして、翼を羽ばたかせて宙に浮いたかと思うと──

 

 ──そのまま何もせずに撤退した。

 

 まさかの、誰もが「最も可能性が低い」と推測した選択肢である。

 しかもご丁寧に、行き先は百合ヶ丘でもケイブやネストでもない方角だった。

 本当に何もない、強いて言えば自然しかない場所へと向かっていた。

 

「あ、あれー?」

「この場合、どうすればいいのでしょう?」

「……一度戻って報告しましょう。小さな焦りは、やがて大きな失敗になりかねない。分からない時はガーデンに判断を仰ぐのも一つの手よ」

 

 そうして、3人の乙女は帰っていく。

 人間にはヒュージの考えなど、分かりはしない。

 

 まあ、だからと言って。

 逆も然りとは限らないわけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

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(ッッッッッぶねえええええ!!!)

 

 去っていく少女たちを見て、内心は渾身のセーフポーズ。

 いやホントに危なかった……!

 ここで「追うわよ!」みたいな流れになってたら詰んでたぜ?

 やっぱ第一印象って大事なんやなって……

 

「みゃー」

 

 わっ、真っ黒ネコチャン!

 そのまますり寄ってくる。

 今ヒュージなのに、警戒されることなく脚にすりすりされる。

 あーあれかな……そういや前世でも結構動物に好かれてたんだよなあ。

 その影響引きずってんのかな?

 それとも『中身』がこんなんだって動物には分かる的な?

 んーむ、寄ってきた猫を吸ったり、撫で回したいところだけど。

 いかんせん、こんな体じゃどうしようもない。

 その代わり、好きなだけすりすりしとくれ……!

 

「にゃー」

「キュー」

 

 ──実のところ、『俺』が転生してからそこそこ日が経っている。

 おそらく、自我を得てから……1年、も経ってないくらい?

 しっかしまあ、気がついたら戦場って。

 イマドキの二次創作でありがちな展開だったな、でも実際あると堪ったもんじゃないがな!!

 そこから、「死にたくない死にたくない!!」と某蜘蛛ちゃんばりの生き汚さを発揮して、かろうじて生き延びた次第だった。

 ……人間とリリィは一度も殺してないゾ。

 で、一回だけヒュージネストとやらにお邪魔してみればこれがまた良くなかった。

 何が悪いって、全部悪いよそりゃ。

 でも群を抜いて悪かったのが、あの『感覚』だ。

 まるで頭の中を覗かれているような、体が大群に溶けていくような、大群が自分の中に入ってくるような。

 あの形容し難い、気持ち悪くなるような感覚に、人としての本能が拒絶を叫んだ。

 『同期』とでも言えばいいんだろうか。

 そして半ば逃げ出すようにネストを脱出した。

 

「ごろごろごろごろ……」

「……キューイ?」

 

 幸いにも、ネストに情報漏れはしてないと思う。

 もし漏れてんなら、ヒュージが俺を追ってくるはずだ。

 ばったり遭遇することはあれども、最初から俺目当てで来られたことは多分ない。

 だってこんなバグ、放っといたら何するか分かんないじゃん?

 排除するなり、取り込んで解析するなり、何か手を打つだろ。

 思考がどうというより、生物の本能的サムシングで。

 ……ところで。

 

「にゃあ」

「みゃーん」

「……(すりすり)」

「キュルル?」

「ぴぃぴぃ」

「キュイ!?」

 

 増えてね? しかも猫じゃねえのもいるんじゃね!?

 オイオイこちとらヒュージよ!?

 キミたちそんなに危機感薄くていいんですかね!?

 うわでも揃いも揃ってモッフモフやな!?(思考放棄)

 

「……」

「な〜う?」

 

 なんて、ね。

 ……こうして、動物たちが寄ってきてくれて思うのは。

 「人間ともこんな感じで歩み寄れたらたらいいのに」という淡い期待。

 まあ、俺が人語を話せない時点で無理な話だ。

 相手の話は分かるんだけども、こっちの意図が伝わらない。

 筆談という手段があるにはあるが、リリィがそんな隙を与えてくれるとは思えない。

 

 ほんっと、どうしたもんかねぇ……

 

 




【キャラ設定】その1

ヒュージに憑依転生した哀れな一般人。結構けろっとした性格。
ヒュージ体としての姿はミドル以上ラージ未満の大きさ。
アサルトリリィはアニメとゲームくらいは知っている。


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イルカって賢くてかわいいよね

いや、逃げ出すとは言ったけど1話で逃亡はさすがに早すぎるでしょと思ったので……



 アサルトリリィの世界において、少なくとも鎌倉は廃墟の割合が多かったと思う。

 あと、敵の集め方が鎌倉時代の思考だった気がする。

 とりあえず「人類絶対殺すマン」のヒュージご一行には地球上から退場してもろて……。

 で、唯一の「友好派」である俺は何してるかっていうと。

 

「キュッキュイー……」

 

 呑気に海で泳いでまっす。

 いや、厳密には体を洗ってるっていうか。

 そういう生活習慣を実行することで、人としての心を保っていこう、みたいな?

 ……「海水で体を洗うってちょっと」というツッコミは却下で。

 どうせ体はヒュージなんだから!

 こういうのは気分が大事なんだよ!!

 

「キュイー……」

 

 ちなみに、これが今世の俺の声らしい。

 イルカみてーな声なんだよなあ。

 おかげで現在、本家のイルカが群がっとります。

 うん、そのぐらい沖に来ないとこんな頭まで浸かれんのよ。

 そこそこ図体デカいんだから。

 これが結構不便。

 下手に浅い所にいたら体が隠れないし、リリィの皆さんに見つかるだろ。

 

 さてさて。

 前回逃げおおせてから、特に大きな動きは俺もあっちもしてない。

 強いて言えば、俺が道中エンカしたヒュージを一つ残らず駆逐したくらい。

 「俺の姿を見て生き残ったヒュージはいない……」を地で行く感じ。

 今までヒュージを倒してきて分かったことがある。

 俺の性能はどうやら防御力に振り切れてるっぽい。

 速度はそこそこあって、あとは平均的くらい?

 戦い方としては「火力でゴリ押す」じゃなくて「殴られてるけどとりあえずこっちも殴り続けよ!」ってとこ。

 多分、持久戦の方が得意な気がする。

 要はジェノサイド向きの性能じゃない。

 それができてたのは、まあ……今まで運良くミドル以下しか会わなかったってだけなんで。

 運勢の良さも伊達じゃないんだぜ。

 

「キュイキュイ♪」

「キューイ……」

 

 今後の作戦方針は実に明快。

 「日常パートはすっ込んでる」、これに限る。

 だって考えてもみてほしい。

 もしかしたら、今この瞬間。

 本編では取り上げられてなかっただけで、どこかのカプが「イノチ感じて」たら?

 残念ながら、俺にステルス機能は実装されてない。

 俺にそんな気はなかったとしても、警報に引っかかったらキャンセルしちゃうわけじゃないですか。

 ふっつーに嫌じゃん?

 そんなん当人たちどころか、オタクにも殺されてまうやないの。

 もちろん単純に、死にたくないってのもあるけど。

 俺は空気が読めるヒュージとしてスローライフで生きていくんや!

 

「キュッキュー♪」

「キュイー!!」

 

 さしあたり、まずは集まってきたイルカと戯れよう。

 んで、その後は良さげな拠点見つけて引きこもり生活するのが理想。

 平和にゆ○キャン△ですわな。

 ところでこのイルカの群れ、魚でも捕ってきたら懐きますかね?

 この体ならぶっちゃけ呼吸とかいらんから、イルカよりも潜水できる。

 よっしゃ行くか。

 では、流行語大賞にもなった某朝ドラのOPをBGMに!

 行ってきまーす!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「わー、いい景色……!」

 

 出会いと始まりの季節、それが春。

 そんな春の日差しに照らされた木々が眼下に広がり、鳥の声も相まって爽やかな音色を奏でている。

 森の向こうには、水平線だって見えるくらい澄み渡り、輝く海がキラキラと眩しい。

 なんとも心地良く、平和な光景であることか。

 自他共に認めるリリィオタクの小柄な少女『二川(ふたがわ)二水(ふみ)』がこぼした一言は、全てを物語っていると言っても過言ではない。

 

 この春に出会った梨璃と楓も、隣に腰掛けて同意する。

 それほど素晴らしい光景なのだ。

 そして、彼女たちを温めている足湯もまた、少女たちの心身を癒すという役割に一役買っていた。

 

「足湯なんてあるんだ。でも、いいのかな? 朝からこんな…」

「講義は明日からですから」 

「理事長の方針だそうですわ。学院はヒュージ迎撃の最前線であるのと引き換えに、リリィにとってのアジールでもあるべきだって」

「アジール?」

「聖域のことですわ。何人にも支配されることも脅かされることもない常世…」

 

 『要は大人が小娘に頼っていることへの贖罪ということだろう』と楓は締めくくった。

 仕方がない、ということはリリィなら誰もが理解していることだった。

 ヒュージに対する主な対抗手段はCHARMしかない。

 その頼みの綱たるCHARMも、マギクリスタルの性質上、まともに扱えるのは10代の少女のみ。

 自分たちが向かわばならない戦場に立てないことが、どれほど歯痒かったことか。

 故に「せめて力にならねば」という大人たちの意思が、ガーデンという名の箱庭を生み出した。

 そうして、ガーデンはリリィに安らぎをもたらす純然たる楽園──第二の故郷となり得る場所となった。

 だが、それはそれとして。

 

「ねぇ、ヒュージって人類の敵なんだよね?」

「え? それは当然ですよね?」

「そう、だよね」

 

「じゃあ、昨日のアレはなんだったのかな……?」

 

 「不安というほどでもなく、平穏というには少し引っかかる」くらいの、ほんの小さな違和感。

 それが頭の隅っこに居ついて離れない。

 梨璃の思考はなんとなく絡まったものとなっていた。

 

「昨日のアレ……あ、もしかして昨日乱入してきたっていうヒュージのことですか?」

「……うん」

「ヒュージがリリィを守るなんて、変わったこともありますのね」

「うん……」

「そのヒュージ、確か特型ヒュージとして近々個体名が付けられるそうですよ?」

「へぇ……」

 

 緩やかに加速する思考回路。

 過去の出来事を脳内再生する代わりに、梨璃は生返事を返した。

 その後に続く二人の会話も、もはや上の空だった。

 

 ──とても、人らしいヒュージだったのだ。

 

 突然すっ飛んできたかと思ったら、元々いた方のヒュージを握り拳作ってぶん殴るところとか。

 その後振り向いて、梨璃たちの方を見て胸を撫で下ろすような仕草とか。

 明らかに梨璃たちを狙ったような攻撃を仕掛けられた時、身を挺して庇ったところとか。

 そんなヒュージの攻撃に、怒ったように吠えたこととか。

 

 そして、ヒュージを仕留めた後に武器を向けられて。

 なんとなく悲しげに揺れた、目のような光とか。

 

 「アレ」を単なるヒュージと呼ぶには、あまりにも感情が剥き出しだった。

 飛び去る後ろ姿だって、どこか寂しげに見えた。

 逃げ出したヒュージも難なく倒せるほどの強さで。

 見た目だっておっかないのに、怖いとは不思議と思わない。

 むしろ、その力で人を守ったのだから優しいとすら思った。

 だから、あのヒュージは。

 

「──本当に、ヒュージなのかな?」

「梨璃さん?」

「あ、えっと……ごめんね! それで、なんの話だったっけ?」

「お父様の作るCHARMは世界一という話ですわ!」

「へ、へぇ……」

 

 できれば、遭遇したくない。

 できるなら、共闘することができないだろうか、なんて。

 そう考えたくなるのは、悪いことなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 銃声が響く。

 一定の間隔を保って、人の少ない訓練場に第2世代CHARM『ブリューナク』が吠えている。

 射手は白井夢結。

 回数を重ねるごとに、的に穴が広がっていく。

 

「──夢結」

 

 それを見守っているのは、同じく2年の『吉村・Thi(てぃ)(まい)』。

 その表情は何かを案じているようなもので。

 でも、自分では変えてやれないのがもどかしくて。

 

「──梅?」

「お、どうしたんだ?」

「いえ、全弾撃ち終わったから一旦引いただけよ」

「そうか!」

 

 夢結の意識がこちらに向いた途端、梅の表情はいつもの快活そうなものになる。

 

「ところで、何故まだここにいるのかしら」

「んー、ちょっと夢結を見てただけだゾ?」

「そんなことしている暇があるなら訓練に励みなさい」

「あはは、考えておくゾ」

「……」

「……」

 

 沈黙。

 誤解なきよう、この二人は仲が悪いわけではない。

 ただ、こういう関係なのだ。

 

「そういえば、昨日変わったヒュージに出くわしたんだってな! どんなヒュージだったんだ?」

 

 梅は途切れた会話を繋ぐための、何気ない話題を持ち出した。

 そんなつもりだった。

 

「そうね……ヒュージを倒し、でもリリィには攻撃しない個体だったわ」

「……え?」

「大きさはラージ級以下、ミドル級以上といったところかしら。それで──」

「──まるで、竜みたいな見た目?」

「ええ……ちょっと待って。何故貴女がそれを?」

 

 簡易的なCHARMの点検をしていた夢結の手が止まる。

 梅はあの場にいなかったはずだ。

 一瞬、「他の誰かに聞いた」という最もそれっぽい可能性もよぎったが。

 目の前の反応は、そんなものとは思えない。

 

 

 

 

「──梅、()()()()()()()()()()()()()

 

 夢結もあまり見たことがない顔をした梅は、ぽろりと衝撃の可能性をこぼしたのだった。

 




【キャラ設定】その2

動物にモッテモテ。転生してからはなんとなく動物と意思疎通できるようになったが、別に転生特典ではない。動物たちも本能で「あ、こいついい奴やんけ」と理解しているため、ついつい寄ってくる。
ヒュージとしての見た目イメージは、FGOのアルビオン+ラスバレの本家特型アンジェラス(形態変化してゴツい腕出てきたりしたアレ)を足して2で割った感じ。


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「攻撃は最大の防御」ってよく聞くけど、それって逆も然りなんじゃね?

イベントストーリーで「結梨ちゃん……(号泣)」になったから急いで書きました。でも全然先の話なんだよね。
課題もマシマシでつらい……


 虚空に開くは異次元への門

 

 門より流れるは歪なる悪夢

 

 来たれ、来たれ

 

 

 さあ

 

 開幕の狼煙は、今ここに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 大人しくしてようと言ったな、あれは嘘だ。

 

「キュッキュッキュイーッ!!」

「■■■■■■!?」

 

 目の前でケイブかっ開いたらやるっきゃねーよなあ!!

 しかも出てくる出てくるヒュージの団体様。

 よりどりみどりでいらっしゃーい!

 おかげで日常パート終わっちまったよ!

 ほんっとこいつら空気読まねえな!!

 

「キュ……イー!!」

 

 喰らえジャーマンスープレックス!!

 周りのヒュージも巻き込んだらァ!

 

 イルカと戯れて癒しを得た後。

 よっしゃ引きこもりするべと思って上陸したら、突然空間に『穴』が開いた。

 ……思わず思考が停止したのは仕方ないと思う。

 あっちも「え、なんか知らない奴がいるんだけど」とばかりに固まってたし。

 で、そっから一足先に我に返ってぶん殴ったらこれ(大乱闘)

 そりゃそうだろうね!

 「あれ、仲間か?」と思ってた得体の知れない奴がいきなりお仲間殺ってたら「なんだコイツ!?(応戦)」ってなるわ!

 俺だってそうする!

 

「キュッイー!」

「■■■■」

 

 あっオイコラ逃げんじゃねー!!

 人がいるだろう方向にスタコラした奴を蛇腹の触手でとっ捕まえて、固まっているところにフルスイング。

 普通は人間に存在しない器官を動かすって結構難しいねん……!

 翼? あれは肩甲骨の延長線みたいなもんだろ?

 

「キュイキュイキュイーッ!!」

「■■■■■■■■!?」

「キュイー!!」

 

 オラオラー! スモールミドル程度で俺を止められると思うなよ!!

 鎧が硬けりゃATK低くてもそれなりのダメージになんだぞー!

 ゲームと違って、その辺のステータスは明確に分かれてないからね。

 「クッソ硬い盾で殴ったら痛かろ?」みたいな感じ。

 丸っこいのを引っ掴んで叩きつけ、次のはグーパン。

 ……やーべ、一周回って楽しくなってきちった。

 「弱い者いじめダメ、ゼッタイ」なんて教わってきた善良な元市民だけど。

 ごめん、弱い者いじめめっちゃ楽しい……!

 人間相手にはしないから許してクレメンス!

 とか考えてたら既に大体潰し終わった後だった。

 体感は5……6分?

 辺りを見渡すと、スクラップになったヒュージがゴロゴロしてる。

 …………あ、マズった。

 楽しくなってて気づかなかったけど、流れてきた数と倒した数が噛み合わない。

 おおよそだとしても数が合わない。

 出てきた数はもっと多かった。

 

「キュイー……」

 

 うわ、うっわ。

 うわあああああー……!

 とうとうやらかした……!

 ケイブも消えてっから、そこから逃げられたな……

 あいつら絶対他のヒュージにチクったゾ。

 今まで数が少ないはぐれみてーな奴ばっか相手にしてたり、リリィが来るまでの時間稼ぎみたいなことばっかしてたのが仇になったんか。

 いや、今までバレずに切り抜けられたことの方が異常だったのか。

 ちっくしょう、次回以降は遭遇から敵判定ってか。

 あー……

 

「──キュイ?」

 

 あ? なんだアレ?

 天を仰いだ拍子に、いくつかの飛行機雲が見えた。

 この世界で呑気に飛行機が飛んでるのも不自然だよな。

 同時に、海の向こうに感じた歪な気配。

 しかも、さっきまで相手にしてたのよりデカい。

 ……あ、思い出したわ。

 確かアレ、防衛軍のミサイルなんだっけ。

 でも、大した効果はないという。

 現に、海上は大爆発を起こしたけど。

 来てるやつはピンピンしてる。

 なんつーかさ、あんなバカスカ撃っちゃって。

 国の予算吹き飛びそうだなあ。

 俺、公民の成績あんまりよくなかったけど、確か日本って借金まみれなんだろ?

 そんな拍車かけることして大丈夫なん?

 

「──! ──!」

「──」

 

 跳んでいく人影が1、2、3、4……9人。

 距離あるから、声はちゃんと聞こえないけど。

 あれが世界最高峰のレギオン──アールヴヘイム。

 なら、あのピンボールマシンみてーにポンポン飛び交ってるのがマギスフィアか。

 にしても速っ! パスはっや!

 

「──!」

 

 閃光が直下する、フィニッシュショットだ。

 一瞬、なんぞバリア的なものを張ったっぽいがパキッとやられた。

 すげーな、あれがノインヴェルト戦術……!

 ああいうのって、やっぱカッケーよな!

 ちゃんと見たのはこれが初めてかもしれん。

 つまり、今後下手打ちゃアレが俺に向けられるということで……

 

「…………」

 

 あーやめやめ!

 そんなん考えたらアカン!

 俺は引きこもって平和に暮らすんだから!

 あんなカッコいい必殺技を喰らう機会はないの!

 

「■■■■■■■」

 

 って、なんかいる!!

 つかヒュージがまたノコノコと出張ってはる!

 そんなに俺を引きこもりにするのが嫌ですかそうですか!

 ヒュージのくせに「外に出て日光浴しろ」ってか!?

 

「キュキュイー!!」

 

 あーもう!

 いいぜ、お望み通りやったらァよ!!(ヤケクソ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「構えなさい、梨璃さん」

 

 それは指示というより、宣戦布告に近かった。

 

「は、はい!」

 

 覚束ない手つきでCHARMを構える。

 しかし、「こうですか」と聞いて返ってきたのは容赦のない一撃だった。

 踏ん張りは甘く、体勢が崩れる。

 梨璃の手のひらがジンジンと痛みを訴える。

 

 ──ヒュージとは、通常の生物がマギによって怪物化したものだとされている。

 そして、マギという超常の力に操られるヒュージに対抗できるのは、同じくマギを扱うリリィのみ。

 

「マギを宿さないCHARMなど、それはただの刃物よ」

 

 ただの刃物では、ヒュージと戦うことはできない。

 つまり、戦場における戦力外……いや、状況によっては死に繋がるかもしれない。

 そうならないためにも、少女たちはここにいた。

 

「もっと集中なさい。そうすればCHARMは重く、強靭になる」

「っ……!」

 

 教えに従い、集中する。

 握った剣に力を込める。

 マギクリスタルが反応を示し、刃がマギの輝きを帯び始めた、というところで。

 

「くあっ……!」

 

 夢結が再びCHARMを叩き込む。

 そのたった二撃は、早くも梨璃に膝をつかせることを強いた。

 

「ああっ、梨璃さん!」

「素人相手になんてことを!」

 

 相手に打ち込ませるのではなく、自ら打ち込んでいくこの方法。

 しかも、最近CHARMを手にしたようなド新人に、優しさ皆無の一撃。

 『戦場で死なないため』と言えば聞こえはいいが、それにしたって厳しい。

 

「もう少し粘ってみせなさい梨璃さん」

「は、はい……」

 

 三度目、響く金属同士の衝突音。

 衰えを知らぬ一撃に、とうとう梨璃は息を切らして座り込む。

 手から離れたCHARMが重く虚しい音を立てて転がった。

 アメジストの瞳は、ただ冷たく少女を見下ろしていた。

 

「軽いわね」

「随分と手荒いですこと。わたくしにマゾっ気があればたまらないでしょうねぇ」

 

 割り込むように皮肉を飛ばしたのは楓。

 今までは手出しするまいと思っていたが、そろそろ限界だった。

 それが『運命の相手』なら、尚更のこと。

 

「夢結様のお噂は存じておりますわ。レアスキル──ルナティックトランサーを武器に、数々のヒュージを屠ってきた百合ヶ丘屈指の使い手」

 

 夢結は何も言わない。

 表情も微動だにせず、ただ言外に『何が言いたい』と見つめていた。

 

「トランス状態ではリリィ相手にも容赦しないとか」

「楓さん、それは……」

 

「──いいんです」

 

 遮ったのは、梨璃。

 力の入らない足で、無理やり立ち上がる。

 未だ覚束ない手で、転がったCHARMを握りしめる。

 俯いた顔に表情は見えなかった。

 

「わたし……私、みんなより遅れてるから……やらなくちゃ、いけないんです」

 

 ぱたり、と落ちる雫一つ。

 

「だからっ……続けさせてください!」

 

 それは、切実な懇願だった。

 自分が無力で未熟だと知っているから。

 憧れるリリィの隣で戦えるようになりたいから。

 

 そして、本人にそうまで言われてしまえば。

 結局は外野でしかない楓は何も言わない。

 今まで通り、観戦に徹するだけ。

 

「そう……なら、続けましょうか」

 

 夢結は淡々と告げる。

 表情も微動だにせず、ただCHARMを振るう。

 ──その猛攻にわずかな不安が交じっていることには、本人も自覚がないまま。

 

 最早『訓練』というより『リンチ』にも似た一方的な剣戟は。

 時間の許す限り続き、梨璃の身体に多くのアザを残す結果となった。

 

 




冒頭の謎ポエムは特に伏線でもなんでもないです。強いて言えば「ケイブ発生!」の様子をそれっぽく書いただけです。

【キャラ設定】その3

ステ振りは防御がぶっちぎり、次に速度、あとは平均くらい。「勝手に転生させられた上にあっさり死ぬとか絶対ヤダー!!」っていう執念がこのステータスを生み出した。
どのくらい硬いかっていうと、翼はシェルター並みで、本編で使ってた防衛軍のミサイルくらいならノーダメージ。
体も、多少CHARMに斬られた程度ならなんとかなる。高火力攻撃やレアスキル込みの攻撃はさすがに効く。


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何かえらいことになってた件について(白目)

なんか楽しくなってきちゃって、気づいたらできてました。でもほとんど本編と変わりないです。
ミドル級ってもっと大きいと思ってた。意外と小さいんすね。(漫画版や電撃ホビーウェブの図を見ながら)


 訓練が始まって1週間が経った。

 いや、相変わらず『訓練』とはとても呼べないものだったが。

 ギャラリーには人が増え、苦しげな声を上げながらも必死に食らいつき続ける少女を見守っている。

 

 

 

 ──夢結が思い返すのは、初めて『訓練』をした日の夜のこと。

 

 

「新入生相手に手荒いな、夢結は」

 

 声をかけたのは『川添(かわぞえ)美鈴(みすず)』──()()()()()()()()()()、夢結のシュッツエンゲルだった。

 

「これが私です。仕方ありません」

「嫌われるのが怖くない?」

「別に……構いません」

 

 抑揚のない淡々とした回答。

 夢結の目線は窓の外、話し手と視線を交わすことはない。

 

「本当はあの新入生が怖いんじゃないか?」

「怖いから遠ざけたい。受け入れる勇気がない」

「そんな……私は……」

 

 言葉に詰まる。

 否定しようにも間違いとは言い切れなかったし、肯定しようにも言葉が出なかった。

 

 ──そんな、月明かりの下でソメイヨシノが煌いていたあの夜。

 

 

 

(私が、梨璃を恐れている?)

 

 まさか、と内心で否定する。

 そして訳の分からない恐れを振り払うように、ブリューナクを打ち込み続ける。

 半ば憂さ晴らしのようで、手に力が入った。

 

「うあっ!!」

 

 もう何度目か、梨璃の身体が床を転がった。

 だが、今までと違うのはその後すぐに立ち上がれたことだ。

 跳ねた衝撃もあったとはいえ、ある程度は耐えたのだ。

 

「やった……! やりました、夢結さま──」

 

 喜ぶ間もなく、夢結が仕掛けてくる。

 まだ、終わっていない……!

 

(マギを、集中!)

 

 瞬時に応えるマギクリスタル。

 今までよりも強く構える、強く握りしめる。

 

 ──今までよりも強い激突。

 

 しかし、弾かれたのは梨璃ではなく、夢結の方だった。

 

「夢結様がステップを崩したとな!」

「ようやくマギが入りましたわね!」

 

 ギャラリーからは期待と喜びの声が上がる。

 『ジャイアントキリング』というとまた少し違うが。

 弱かった者が強者に一矢報いるというのは、いつだって人の心を動かすものだ。

 

 はらり、とわずかに黒い前髪が乱れる。

 梨璃には夢結の表情が少し険しくなったように見えた。

 

「今日はこのくらいに──」

 

 ──重く響く鐘の音。

 百合ヶ丘の守備範囲内で、ヒュージが出現したという合図だ。

 その場に居合わせた少女たちの雰囲気が変化する。

 

「行くわよ」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 ……と、言ったはずだったが。

 

「うう……」

 

 はて、何故自分はここにいるのだろうか?

 梨璃は自問自答していた。

 『今日の当番には私たちも入っている』と聞いて、付いて行ったら。

 何故か椅子に座らされてブラッシングされている。

 もちろん、憧れのお姉様にブラッシングされること自体に不満はない。

 むしろ、心底嬉しいとすら思う。

 だが、問題はそこではなく。

 

「あの……こんなことをしている場合では……」

 

 『出撃前にこんな呑気なことをしていていいのか』というところに問題があった。

 確かに、今までやっていた訓練で梨璃の髪はボサボサ。

 制服だってあちこち乱れている。

 でも、戦いに出る前にやるほど大切なことだろうか?

 

「──百合ヶ丘女学院のリリィたるもの」

 

 夢結の綺麗な手が、梨璃の靴下を太ももまで引き上げる。

 

「戦いの場に、こんな乱れた格好で立っては示しがつかないわ」

 

 凹んでいたパフスリーブを整える。

 乱れていた制服の襟をピンと張る。

 歪んでいたリボンタイを引っ張る。

 

 ……やっぱりもう少し引っ張る。

 

「苦しいです夢結様……」

「私も、慣れなくて……」

 

 不器用な手つきでも、整えてくれるのは嬉しいが。

 せめて「出撃できないかもしれない状態にはなりませんように」と願うことが今の梨璃ができる精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 梨璃はとりあえずなんとか出動ができたことに安堵した。

 リボンの部分だけは、こっそり適度に緩めておいた。

 到着地点は廃墟が多く、ぽつぽつとリリィたちが集まってきている。

 

「上陸まではまだ少し余裕がありそうですわね」

「あれ? 楓さんも出動なの?」

「今回はまだレギオンに所属していないフリーランスのリリィが集められていますわね。この時期にはよくある光景ですわ」

 

 辺りを見回すと、確かに群れているというよりはバラバラに集まってきている印象が強い。

 ある程度見て、ふと気がつく。

 『知り合い』の姿がないのだ。

 

「じゃあ二水ちゃんも?」

「あの方は後方で見学ですわ。実戦経験ありませんもの」

 

 その言葉に梨璃だけでなく、夢結も振り向く。

 なるほど、確かにいた。

 校舎付近の高台で、何ぞちまっこい茶髪が「皆さん頑張ってくださーい」と声援を送っている。

 あれが二水で間違いないようだ。

 

「初陣は梨璃さんだけですわね」

「は、はいっ! 頑張りま──」

 

「──貴女もここまでよ」

 

 気合いは十分な梨璃に、水を差すような言葉をかけたのは夢結。

 何を思っているのかも分からない、冷ややかな目だった。

 

「足手まといよ。ここで見ていなさい」

 

 突き放すような言葉。

 声のトーンも落ち着き払っている。

 

「……夢結様……」

「来いと言ったり、待てと言ったり……」

 

 唖然とする梨璃にも、不満げな楓にも。

 夢結はそれ以上反応を示すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度距離が縮まれば、敵の全貌が見えてくる。

 襲来したヒュージは、いかついダニにも似た姿だった。

 尤も、普通のダニはここまで巨大化しないし、あんな刺々しい甲羅も背負ってはいない。

 あとは、飛行機の翼の如き太い腕を取りつけて。

 中央にある単眼の中で、曲線状の視覚器を青く光らせれば、今しがた現れたヒュージの完成である。

 

「いつにも増して歪な形のヒュージですこと」

 

 楓の呟きは正鵠を射たものと言えた。

 そして。

 

「──飛んだ!?」

 

 ヒュージの巨体が嘘のように海面から浮き上がる。

 さらには、そのまま廃墟群の上を飛行しだした。

 その様子は、まるで古い映画に出てくる空飛ぶ円盤だ。

 

 着陸地点に大体の目星をつけて、夢結は駆け出す。

 ルートはジグザグと軌道を変えて、攻撃が来た時に備える。

 巨体故にか、ゆっくり着陸を試みるヒュージに対して。

 比較的身軽な夢結の方が速く到着する。

 そして──

 

「はあっ!!」

 

 風を纏ったような斬撃。

 その衝撃でヒュージは着陸に失敗し、墜落する。

 真下にいた夢結は抜け出して、巻き添えを回避していた。

 強く地を蹴り、ヒュージの背も越えるほど跳び上がる。

 そのくらい跳んで、分かったことがある。

 

(このヒュージ……『レストア』だわ)

 

 

 

 

 

「ふーん。レストアね」

「最近は出現率が上がっていると聞くのう」

 

 ──ヒュージから少し離れた場所にて。

 

 工廠科2年『真島(ましま)百由(もゆ)』と、同じく工廠科の1年『ミリアム・ヒルデガルド・v(フォン)・グロピウス』がいつの間にやら梨璃たちの隣にいた。

 「わっ」と梨璃が声を上げたのは無理もない。

 

「百由様……と、ミリアムさん! どうしてここに? 『レストア』って……何ですか?」

「工廠科とはいえ、私たちもこう見えてリリィなの。結構戦えるのよ~?」

「今日は当番と違うがの」

 

 自慢げな表情を見せた百由によると。

 

 レストア──正式名称は『レストアード』。

 『サバイブ』と呼ばれることもあるが、基本は同じ意味だ。

 損傷を受けながらも生き残ったヒュージが、ネストに戻って修復された個体を指す。

 何度か戦闘を生き延びているだけに、その辺のヒュージよりも手強い。

 そのため、各ガーデンでは要注意個体として喚起されているという。

 

「はあ……」

 

 説明の間にも、当然ながら戦闘は続いている。

 腕による攻撃を、夢結が軽やかに避けていく。

 痺れを切らしてか、ヒュージの体からミサイルのような球体が発射。

 しかし、それらも全て掻い潜り次なる一手を繰り出す。

 

「すごい、夢結様……」

 

 梨璃は眼前の光景に目を奪われた。

 憧れのリリィ、という贔屓目がなくともそう思ったことだろう。

 だって、今の自分ではできないことだから。

 

 だが、工廠科として鍛え上げた観察眼を持つ二人は彼女の動きに秘められた危険性を看破していた。

 

「じゃが、ちょっと危なっかしいのう」

「なまじテクニックが抜群だから、突っ込みすぎるのよね」

 

 ヒュージのトゲにブリューナクの一撃がめり込む。

 そう、めり込んだだけだ。

 叩き斬るつもりでいたのに、CHARMを振り抜けなかったのだ。

 

「っ!?」

 

 しかし、単に硬いというだけではなかった。

 もっと何か……トゲの中に何かがあった感触だった。

 まるで、芯のようなものが入っているような感覚。

 振り返って、付けたヒビを見る。

 間から覗く光は『芯』を反射しているものだ。

 

「あれは……っ!?」

 

 そんな風に気を取られていたせいで、飛び込んできたミサイルへの対処が遅れる。

 かろうじて構えたCHARMで、身体への直撃は避けたが。

 刃に食い込んだことで起きた爆発、その爆風までは避けられない。

 吹き飛び、無様に地面を転がった。

 

「くっ……!」

「そろそろ引けっ、夢結!」

 

 梅の言葉にも耳を貸さない。

 夢結はすぐさま体勢を整え、再び地を蹴って跳び立つ。

 

「はああああああっ!!」

 

 斬りつける、硬い、受け流された。

 それでも背を滑って駆ける。

 狙いを定めたミサイルが来る。

 飛んでくるミサイルを、今度は避けない。

 ブリューナクの腹で受け止める。

 

 ──自力で開けられないというのなら。

 

 先程と違って、着弾から爆発までにはわずかに間隔がある。

 その間に、振り下ろせば。

 

 ──敵の一手すら利用して、こじ開ければいいっ!!

 

 

 派手な爆発。

 一歩間違えば自らも危険に晒す賭けには勝った。

 ヒュージも驚き、悶えている。

 少なからずダメージを与えることには成功した。

 

 燃え盛る炎、巻き上がる砂塵。

 それらを掻っ攫う爆風によって、辺りが晴れた時。

 明らかとなった、残酷な光景。

 

 

 

 

 ──CHARMだ。

 

 

 それも一つ二つ、などという生温い数ではない。

 見渡す限り数多のCHARMがヒュージの装甲の下に隠されていたのだ。

 周囲に広がる火の海も相まって。

 突き立てられたCHARMたちはまるで、戦場の墓標だった。

 

「っ……!!」

 

 ギリッ、と食いしばる音。

 ──狂乱へのカウントダウンは、始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 怒り、驚き、悲しみ。

 様々な感情に揺さぶられたのは、何も彼女だけではない。

 

「CHARMが……」

「えっ……!?」

 

「あれって……」

 

「こいつ……どれだけのリリィを……!」

 

 

「マジか……」

「ど……どういうことですか?」

「CHARMはリリィにとって身体の一部。それを手放すとしたら……」

 

 ──そこまで聞けば、あとはどんな馬鹿でも察しがつく。

 つまり、あのCHARMたちは本当に『墓標』となってしまったのだ。

 

 

「はっ……あ……!」

 

 残酷な墓場の中で、夢結は胸をギュッと押さえる。

 渦巻く感情、想起される記憶。

 その全てがないまぜになって、苦しみへと昇華する。

 吐き出せなくて、逃げられなくて、心をどんどん切り裂いていく。

 

「もういい! 下がれ夢結っ!!」

 

 駆け寄った梅が、今度は肩を掴んで呼びかける。

 だが──

 

「うぅ……!!」

「あ……っ!」

 

 振り返った夢結の瞳はいつものアメジストではなく、血の如き深紅に染まっていた。

 明らかに冷静さを失った形相に、梅でさえも息を呑む。

 瞬間、美しい黒髪がじわりと燃え尽きる。

 辺りを舞う紅の粒子は、本当に火の粉だけだろうか。

 

「うぅ……っ」

 

 呼び起こされる記憶──夢結の中に根付く最も残酷で、最も悲しい記憶。

 

 

 『誰か』に迫る銀。

 自分にもたれかかる大切な人。

 『何か』を貫いた熱い感触。

 

 そして、満月に打ち上げられた『お姉様』と。

 苦痛の、ひめ、い──

 

 

 

「うああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 慟哭のような絶叫が、大気を震わせる。

 吐き出せなかった苦しみが。

 逃げ出せなかった心の痛みが。

 戦場を切り裂いて轟いていく。

 

 ──ルナティックトランサー。

 マギの力を意図的に暴走させることで、絶大な攻撃力を引き出すというレアスキルだ。

 ところが、このスキルによって一度トランス状態に陥ったリリィは理性を失い、敵味方の見境なくマギが枯れ果てるまで破壊の限りを尽くす。

 まさに、狂気と紙一重のレアスキル。

 本人からすれば呪いにも等しい代物であり、過去の出来事から夢結自身が封印したはずのスキルだった。

 

「それが何でまた……」

「主を失ったCHARMの群れが、夢結に思い起こさせたのね」

 

 何事も楽しそうないつもの表情から一転、百由の表情は苦いものだった。

 当時を知っているだけに、荒れ狂う友人の姿に胸が締めつけられる。

 

「それって……」

「夢結は中等部時代に、自分のシュッツエンゲルを亡くしてるの」

 

 その言葉に梨璃はドキリとした。

 だって、その話は。

 前に、アールヴヘイムに所属する1年生たちからなんとなく聞いたものだったから。

 

「その時にルナティックトランサーを発動していたことから、夢結に疑いがかけられたわ」

 

 実際、遺体には夢結のCHARMにつけられた刀傷もあったと言われていたが。

 それだけでは決定的な確信は得られなかった。

 結局、証拠不十分であるとして夢結への容疑は晴れることとなった。

 しかし、夢結自身、当時の記憶は曖昧なままだ。

 それ以来、彼女は己を苛み続けている。

 

 ──記憶がはっきりしない以上、自らの手で『姉』を殺めた可能性は消えていないから。

 

 見据える先、邪魔するものを尽く殲滅していく夢結。

 CHARMを振るう度に、攻撃の苛烈さも跳ね上がる。 

 斬って、叩いて、薙いで、潰して。

 破壊という破壊を重ねゆくさまは、狂戦士(バーサーカー)そのもの。 

 

「──私、行ってきます」

 

 梨璃の瞳に決意の光が宿る。

 持ち主に呼応するように、グングニルがルーンを映す。

 

「ダメ! 今の夢結は危険よ!」

「私、夢結様のこと少しだけ分かってきた気がします」

 

 百由の制止に、梨璃は小さく笑った。

 思い出したのだ。

 初めて夢結に出会い、助けられた日のこと。

 学院に来て再会し、話した日のこと。

 そして、出会った日のような、思わず見惚れてしまうような笑顔が見られなくなった理由も。

 ほんの少しだけ、分かった気がして。

 

「それ、答えになってないわよ!」

 

 マギによって強化された跳躍で、梨璃は夢結のもとを目指す。

 時々よろけてしまうところは、見ている側からすれば心配を煽られるが。

 それでも、少女は進み続ける。

 今もなお悪夢に苦しむ、大切な人のために。

 

「っ!? 梨璃さん!!」

「えっ?」

 

 しかし、戦場は油断を許さない。

 百由の声に振り返ると、迫るミサイルの群れ。

 さらに不運は重なる。

 

「わっ、きゃあっ!?」

 

 死角から飛んできたらしい別のミサイルが足場に着弾した。

 廃墟が崩れ、バランスも保てずに滑り落ちる。

 最初のミサイルは、完全に梨璃を的としている。

 これがある程度戦いに慣れたリリィ──それこそ夢結や楓であれば。

 落ちていく空中でも、何かしら対処できたのだろう。

 しかし、リリィとなって日も浅い梨璃には困難な話だ。

 

(出しゃばりだったのかなぁ)

 

 やけに遅く流れる光景の中。

 飛び出したことに後悔はないけれど、夢結の力になれなかったことだけは心残りで。

 迫る脅威に思わず目を閉じる。

 せめて、『誰かが夢結を救ってくれますように』と微かな祈りを込めて。

 

 ああ、でも。

 

(──やっぱり、死にたくないなぁ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉ざした視界に『影』が増す。

 遅れて風が来るものの、爆発による焼きつくような痛みはない。

 一体何事かと、うっすら目を開けて。

 

「──あ」

 

 驚きで梨璃の目が一気に開いた。

 

 広げた翼も、拾い上げてくれた腕も。

 あの日から一度も見かけていなかったけれど。

 確かに自分を助けた、中途半端な体躯の竜モドキ。

 

「キュイーッ!!」

 

 リリィを守る異端の特型ヒュージ──今は『ピラトゥス』と命名された異形は。

 戦場に咲き誇る華を、決して散らせはしない。

 

 




主「どうして出番が少ないんですか?」(某猫っぽく電話)


【キャラ設定】その4(今回はちょっとした補足)

前回から続いていた『お掃除』をやっと終わらせて新居探しを再開しようとした(1週間ぶっ続けというわけではない)
  ↓
なんか騒がしいなと思って、いざ来てみりゃルナトラキメてるわ梨璃ちゃんピンチだわですげーことになってた
  ↓
「ヤッベやらな!(クソアニメ風)」←今ココ


最後のシーンは書いてて「これアレやん、ダイナゼノン9話やんけ」ってなりました。ゴルドバーンかわいいね……


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人様のもの借りパクしちゃダメって習わなかったの?

「ルナティック」に月という意味はないって書こうとしたら、「ヨーロッパでは月が人を狂わせるとされたことに由来する」とか書いてあってサブタイトルに打ち込もうとした手が止まりました。


 呼ばれてなくてもジャジャジャジャーンっと!

 害獣(?)駆除にえんやこらして一息ついてたら、遠巻きに爆発が見えて「何事!?」って来てみたら。

 なんかもうエヴァみたいになってたっていうか。

 しかもルナトラキメちゃってる夢結様が大暴れで、ある程度の察しはついた。

 ちょっと目ぇ離した隙に話が進んではる……!

 とはいえ、介入すべきかどうかは悩んだ。

 だって、この話は普通に切り抜けられるわけだし。

 好感度UPは欲しいけど、下手に突っ込んで影響が出るのも気が引ける。

 とか思ってたら、原作にない『足場破壊』とかいう攻撃で地味に梨璃ちゃんピンチで一気に考えが吹き飛んだ。

 テメーここで梨璃ちゃん退場したら後の話どうする気だ!?

 なーんて、キレたところでどーせコイツら空気読まねえか。

 ニチアサとかの敵さんたちをもっと見習って欲しい、マジで。

 

「キュッキュイ?」

「えーっと……」

 

 無事を確かめるために、手の上の梨璃ちゃんを見ると。

 困惑気味に俺を見上げてきた。

 んー、かわいい(確信)

 

「あっ、また!」

「キュイー!」

 

 空気読めないミサイルですね、分かります。

 でも、そんくらいならこの身体には効かねえんだわ!

 梨璃ちゃん庇って攻撃をやり過ごす。

 とりあえずミサイルが一度落ち着いたのを見計らって、適当な足場に降ろす。

 大丈夫? ケガとかしてない?

 

「わっとっと……!」

 

 降りるのも危なっかしいなあ。

 じゃ、あとは適当なタイミングで頼んます。

 こちとら、夢結様の気を引いたり借りパクCHARM取り返したりで忙しくなるんで!

 さしあたっては、っと!

 

「キュイッ!!」

「■■■■!?」

 

 オッラ! こっち見ろィ!!

 ヒュージの目を狙って渾身の右フック。

 目を持つ生物なら誰だって目潰しは効く。

 あとはコイツの背中に上陸。

 つーか、広いなここ……

 いや、俺の今の身体もそこそこ大きいと思ってたけど。

 上には上がいるんやな……

 じゃなくて。

 

「キュー……ッイ!!」

「■■■■■■!!」

「キュイキュイ!!」

 

 突き刺さってたCHARMを思いっきり引き抜く。

 なんか苦情がきてる気がするけど無視無視。

 そもそもこれ全部オメーのじゃねえからな!!

 何借りパクした代物で『無限の剣製』ごっこしてくれちゃってんの?

 『これが自分の固有結界っす』ってか?

 やっかましいわ、『赤い弓兵』と『正義の味方』見習いに謝れ!!

 

「■■■■■!!」

 

 そんなことをしてたら、ミサイルが全面的に俺に向けられるようになってきた。

 よーしよし、これでヘイトはいただいたぜ。

 俺にとって、これによる被害は正直「爆発の煙で視界が悪い」くらいしかない。

 なので実質ノーダメージ。

 周りの皆さんには、その間にいろいろ準備とかしてもろて……

 

「ぁぁぁあああああ!!」

「キュ──!?」

 

 ──爆発とは明らかに違う、()()()()

 煙が晴れなくても分かる、淡く光る『白』と殺意の『紅』。

 ……まさか、そんな早くに食いついてくるとは思ってなかった。

 

「ヒュージ、ヒュージ……っ!!」

「キュイー……ッ」

「っう……ぐ……」

 

 でも当然っちゃ当然か。

 今の夢結様はルナトラ……いや、ルナティックトランサーの影響でリリィにすら容赦しないってんだから。

 ましてや、完全にヒュージの俺なんか憎くて憎くて仕方ないんだろう。

 たとえ『俺』がやったことじゃなくても。

 

「ぉねぇ、さまぁ……!」

「キュ──ッ!!」

 

 また一撃、今度は深めに持ってかれる。

 いくら防御特化といっても、ルナティックトランサーで火力の上がった攻撃に耐えられるほど無敵じゃない。

 

「ッキュイ!!」

「っ!」

 

 ──でも、俺は簡単には死なないし、死にたくないから。

 

 三撃目、マギを集中させた翼で防ぐ。

 多少めり込んでるけど、まだなんとかなる。

 取り返したCHARMは蛇腹の触手でまとめて持っておく。

 こんなの、文字通りの片手間でできるような仕事じゃないし。

 

「キュキュイッ! キュイー!!」

「あああああああああああああああああああっ!!」

 

 ……大丈夫、夢結様の注意も引けてる。

 やることはちゃんとできてる。

 安全に、確実に来られるようにはするから……その。

 

 お願い梨璃ちゃんなるべく早く来てー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──一閃。

 

「…………っ!」

「キュ……ッ!!」

 

 ──一閃。

 

「……ふ、うぅ……!!」

「──イーッ!」

 

 ──なお一閃。

 

「あぁぁああああ!!」

「キュイイー……ッ」

 

 束ねて三閃の剣撃が特型ヒュージ──ピラトゥスの身体を刻みつける。

 依然、止まない猛攻は暴雨の如し。

 一方で、ピラトゥスは何もしない。

 否──厳密には攻撃を防いだり、躱したりすることはあるが。

 夢結に対して、攻めの行動を取ることが一切なかった。

 

「キュイキュイ!」

「……ぁぁ……!!」

「■■■■■■■■■」

「キュイキュッキュイ!?」

 

 圧倒的にピラトゥスが不利だった。

 何せ、実質2対1の戦いだ。

 相手は共闘こそしていないものの、それぞれが厄介だった。

 レストアの攻撃はピラトゥスに直接ダメージを与えないが、ミサイルは視覚的妨害になる。

 その隙を突いて、夢結の高火力攻撃が迫ってくる。

 しかも、最も脅威である彼女には攻撃してはいけない。

 精々弾くこと(パリィ)はできても、反撃(カウンター)まではできない。

 そこまでいけば、完全に敵対行為になってしまうから。

 

「あぁああ!!」

「■■■■■■■!?」

「キュッキューイ!」

 

 しかし、小さき竜は諦めない。

 暴走する夢結の攻撃を誘導して、レストアの装甲を破壊させる。

 これで、深く突き刺さっていたCHARMが抜きやすくなった。

 すかさず回収、触手に回される。

 

 ──攻撃ができないからといって、勝算がないわけではない。

 というか、そもそも勝たなくていいのだ。

 ただ気を引き、ただ囚われたCHARMを奪い返せばいい。

 ただ、負けなければいい。

 つまるところは『持久戦』だ。

 そして──

 

「はぁ……はぁ……っ!!」

「キュイーッ!!」

 

 ──奇遇にもそれは、『そいつ』の最も得意な戦い方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は夢を見ていた。

 

 夢というものは大抵脈絡がなく、支離滅裂な内容である。

 宗教や地域によっては「神の啓示」とされることもあるらしい。

 夢の内容を占って楽しむ、という文化もあるそうだ。

 だが、彼女が見ている「夢」はそんな明るいものではない。

 

 何故なら「それ」は正真正銘、彼女自身に起きた過去であり。

 忘れもしない、「悪夢」なのだから。

 

 

 

 

 

 

「──夢結っ!!」

 

 2年前、あの日は満月だった。

 「月が綺麗」なんて呟いたら、「それは僕への告白かい?」なんて『姉』にからかわれたものだから。

 よく覚えている。

 

「あ──」

 

 戦場で油断してはいけないと知っていたのに。

 ヒュージの不意打ちに気づけなくて、『姉』が今までにないくらい切羽詰まった大きな声を出したものだから。

 よく、覚えている。

 

「……え?」

 

 そして、月が満ちた夜空の中。

 気づけば『姉』は赤を散らして、宙に浮いていた。

 まるで、磔にされたかのような光景は、現実味がなかった。

 それこそ夢であってほしかった。

 

「お姉様……? お姉、様……?」

 

 信じられなくて、信じたくなくて。

 縋るように呼んでも、いつものように話しかけてくることはなくて。

 返ってきたのは静寂のみ。

 

「……っ!」

 

 だらりと力なく垂れた手から、『姉』のCHARMがすり抜ける。

 虚しく響いた金属音は残酷な現実を突きつけた。

 

「うぅ……っ!!」

 

 一気に感情が押し寄せる。

 悲しい、悔しい、情けない。

 自分の大切な人を失ってしまうのが、怖くて泣き出したかった。

 でも、それ以上に。

 

「……よ……よくも……お姉様を……っ!!」

 

 大切な人を奪われたことに、怒りを抱いた。

 眼前の不届き者に、憎しみをぶつけずにいられなかった。

 この忌々しい敵を、叩きのめさずして。

 どうして、自分の不甲斐なさを払拭できようか……!!

 あらゆる負の感情を糧とし、復讐の炎が燃え上がる。

 

 

 

 

 

 

「お姉様を……返せぇっ!!」

 

 かつての復讐心のままに振るわれる刃。

 目の前の『そいつ』を圧倒する。

 

 ──こいつが、お姉様を……っ!!

 

 何をするでもなく、ただ回避と防御に徹しているのは不自然だ(かつてと違う)とは思ったが。

 仕掛けてこないなら都合がいい。

 仮に、これが何かの策略だったとしても。

 今の夢結はそれごとねじ伏せてやる気でいた。

 そして、強く力を込めたブリューナクが『ヒュージ』を捉えて──

 

「……っ?」

 

 ──この状況でも『そいつ』は笑っていた。

 本来ヒュージは感情を表現できるような機能はないし、見たところでそんなことは分からない。

 だが、『そいつ』は確かに笑っていると確信できた。

 それも、嘲笑っているのではなく、ただ何かを「信じている」という確証があるもので。

 

「キュ……キューイッ!」

「──夢結様ぁあああああああ!!!」

 

 見た目にそぐわない素早さで『そいつ』が身を翻したのと、CHARMを抱えた梨璃が飛び込んでくるのはほぼ同時だった。

 

「えやああああぁぁぁっ!!」

 

 未だ悪夢を見続ける夢結は躱された勢いのまま、ブリューナクを叩きつける。

 咄嗟の判断で梨璃もグングニルを構え、凄まじい音が鳴り渡った。

 

「す、すみません……」

 

 マギ同士の衝突に、二人のCHARMを光源とした青白い閃光が戦場を照らす。

 無鉄砲な行動だった自覚があったのか、梨璃が謝ったが。

 

『見ないで……』

「っ!」

 

 ──弱々しくも、確かに聞こえた声。

 悪夢から一瞬だけ目覚めた少女の、今にも泣き出してしまいそうな弱音。

 

「ああっ……!?」

「キュキュイー!?」

 

 それを聞いた梨璃は、勢い余って吹き飛んでいった。

 梨璃が飛んでいった方向に視線を向ける『ヒュージ』に、隙ありと言わんばかりに夢結が突撃。

 『ヒュージ』は慌てて翼を重ねて盾を成す。

 少女が溜め込んだ苦しみを、少しでも受け止めるために。

 




今回は中途半端なところで切りました。次のサブタイトルはもう決めてるので、そのためにこうなりました。
あと、感想とかくれたら喜びます。でも最近メンタル削られてるんでお手柔らかに……

【キャラ設定】その5

オリ主のモットーは『死ななければ安い』。この手の転生者にしては珍しく(?)死ぬことを怖がるし嫌がるが、「死なないために傷つく」ことや「誰かのために傷つく」ことに関してはあまり躊躇がない。
生きることに執着しているため、「(自分を含めた)誰かの死を前提とした犠牲」を最も嫌う。
もしエレンスゲに辿り着いていたら、この世界の人類を完全に見限っていたかもしれない。


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やはり百合は全てを解決する(確信)

アサルトリリィとシンフォギアという個人的に夢のようなコラボが決定したので、25日更新予定だったのを急遽変更しました。イヤァーッ!めでたいッ!!!!
あとこのタイトル使いたいがために、前回中途半端に終わりました(懺悔)



 飛んでいった梨璃はあの後、無事楓によって受け止められた。

 ……「どこ」で受け止められたのかは、何も語るまい。

 

「梨璃さん! 何なさいますの!?」

「バカかお前は!」

 

 戦場に居合わせたリリィたちが集まってくる。

 夢結の暴走への不安、突然現れた特型ヒュージへの疑念、梨璃の行動に対する驚愕。

 それぞれが浮かべる表情は異なっていた。

 

「……私、今、夢結様を感じました」

「何を仰いますの!?」

「マギだわ……CHARMを通じて梨璃さんのマギと夢結のマギが触れ合って……」

 

 ──それは、希望。

 醒めない悪夢から夢結を救い出す、一つの活路。

 

「そんなCHARMの使い方、聞いたことありませんわ!」

「じゃが、あり得るのう……」

 

 今、この間にも。

 夢結は過去に囚われながら戦っている。

 ついぞ誰にも打ち明けなかった想いに苦しんでいる。

 そんな彼女を、梨璃は放っておけない。

 

「私、前に夢結様に助けてもらったことがあるんです。今度は、私が夢結様を助けなくちゃ!」

 

 ──それは、決意。

 リリィとして、シルトとして。

 心のどこかで助けを求めるシュッツエンゲルを助けたいという、一つの想い。

 

「正気かお主!? あそこには夢結様だけでなく特型もおるんじゃろ!?」

 

 だが、一度飛び出せばもう止まらない。

 梨璃は既に向かっていた。

 

 ミリアムの危惧は尤もと言える。

 ルナティックトランサーを発動した夢結が最大の脅威であることは、最早言うまでもないが。

 それと同じくらい、謎の特型ヒュージ──ピラトゥスも警戒すべきではないかと。

 そう言いたいのだろう。

 

「──大丈夫だ」

 

 その警戒に待ったをかけたのは梅。

 何故だか「信頼」を向けていて、まるで古い知り合いを見つけたような口調。

 

「あいつは、大丈夫なんだ」

 

 近くにいた者たちは一瞬引っかかりを覚えたが。

 同時に、それどころではなかったと思考を切り替える。

 

「あーもう! 後でお背中流させていただきますわよ!」

「よーし、梅も行くか!」

 

 楓が、梅が。

 

「参りますか? 雨嘉さん」

「う、うん……!」

 

 少し離れたところにいた二人──『(くぉ) 神琳(しぇんりん)』と『(わん) 雨嘉(ゆーじあ)』が。

 

「私もCHARM持ってくればよかったかな?」

「ううぅぅぅ……わしも行けばいいんじゃろがぁっ!」

 

 半ばヤケになったミリアムが。

 次々と梨璃の後に続いて戦場へ跳んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……っ、はぁ……」

 

 終わらない。

 

「……ぁあ」

 

 終わらない。

 

「あぁぁああああああ!!」

 

 悪夢が、終わらない。

 理性は眠り、狂気が踊る。

 

「キュイッ! キュイーッ!!」

 

 必死に猛攻を捌くピラトゥス。

 おかげで翼はボロボロ、いかつい腕からは青の体液が垂れている。

 尻尾に至っては、先端の刃物が真っ二つだ。

 だが、触手に絡めたCHARMだけは死守していた。

 

「■■■■■■■■■」

「キューキュッキュイ!!」

「ぁああああ!」

「キュッキューイ!」

「■■■■■■!?」

 

 他のリリィたちも本格的に動き出したことで、完全に注意を引くことは叶わなくなったが。

 それでも、できるだけ少女たちの負担を減らそうと、小さな竜はレストアの背で大立ち回りを披露する。

 致命傷になりそうな夢結の攻撃は誘導して、レストアの背中に落とす。

 反応したレストアのミサイルは、ダメージにならないのをいいことに、自分に当てさせる。

 これで煙幕代わりにしているわけだ。

 こうすることで完全に避けられない致命傷の一突きを、軽傷程度に抑えられる。

 CHARMの奪還もほとんど完了し、あと二振り回収すれば終わりだ。

 

「ッキュイ!!」

 

 一振り──大剣のCHARMを掴み、思い切り引き抜く。

 

「■■■■!」

 

 案外あっさり抜けた、僥倖だ。

 もう一振り──おそらくグングニルであろう、酷く傷ついたCHARMに手を伸ばしたところで。

 

「ぅああああああっ!!」

 

 爆煙を斬り捨てて迫る白。

 その軌道の先には、囚われのグングニル。

 

「キュ────ッ!!」

「うぅぅ……っ!!」

 

 ──咄嗟の判断だった。

 夢結のブリューナクがピラトゥスの左腕にめり込む。

 

 確かに多少古くてもCHARMはCHARM、今の夢結の攻撃もなんともないかもしれない。

 でも、あんなにボロボロになったCHARMが砕かれてしまうかもしれない可能性もあったわけで。

 加えて、グングニルといえば梨璃の愛機である。

 それを砕かれてしまう、というのは。

 「梨璃との繋がりを完全に絶ってしまう」と言われているような気がしたから。

 

 ──んなこと、絶対にさせっかよおッ!!

 

「っ……!?」

「キュ──イイイイイイッ!!」

 

 斬り落とさんと食い込む刃を、腕を抉り取られる程度に留める。

 散々傷を付けられ、装甲の防御力はあまり期待できない。

 心なしか、腕から嫌な音。

 流れる蒼血の量が増す、堪える。

 焼けるような痛み、今だけ押し殺す。

 グンと腕を振れば、夢結と『肉』がいくらか飛んでいった。

 紅い眼光が、手負いの竜を睨めつける。

 

 でも、どうやらこれで充分だったようだ。

 仕事は一つ、完了した。

 

 何故なら、苦しんでいるヒロインを助け出すのは『怪物』の役目ではない。

 そういうことは、いつだって。

 

 

 

 

 

「────夢結様っ!!」

 

 ──誰かのために進む、主人公の役目だ。

 

「私に、身だしなみはいつでもきちんとしなさいって、言ってたじゃないですか!!」

 

 仲間たちが文字通り切り開いた道を行く梨璃。

 声に反応を見せた夢結。

 隙を狙ったレストアの腕はピラトゥスが蹴り飛ばす。

 何人たりとも、少女を止めることはできない、止めさせない。

 

「夢結様っ、私を見てください!!」

「えあああぁあぁぁぁっ!!」

 

 梨璃の訴え、夢結の絶叫。

 交わる、二人のCHARM。

 擦れた刃の中心から生まれたのは、マギの輝き。

 再び戦場を照らす光は、先程とは違って球状へと収束する。

 

 

『──がっかりしたでしょう、梨璃……?』

 

 CHARMを、マギを通して伝わってきたのは。

 数秒前まで猛然と武器を振るっていたとは思えないほどの、弱々しい声。

 「孤高のリリィ」と呼ばれた少女の、秘めたる本心。

 

『これが私よ……憎しみに呑まれた、醜く浅ましいただのバケモノ……っ!』

 

「──それでも、夢結様が私のお姉さまですっ!!」

 

 「違う」では説得力が足りない。

 「大丈夫」も合わない気がした。

 だから、「それでも」と。

 全てを受け入れた上で、夢結は夢結だと断言して。

 

「……っ!」

「夢結様ぁ!!」

 

 武器を手放し、真っ直ぐに夢結のもとへ。

 梨璃の温もりが、狂気に凍てついた夢結の心を溶かしていく。

 一人で苦しんでいた少女の悪夢に、夜明けをもたらす。

 

「っ、梨璃……!」

 

 小さく光った一粒の涙。

 白は、黒に。

 烈火は、宝石に。

 夢結は理性を取り戻し、『妹』を抱き止める。

 

 性懲りもなく迫るレストアの腕は、たった一撃で粉砕する。

 それは先ほどまでの憎悪ではなく、二人の絆が為した力。

 

「跳ぶわよ、梨璃」

 

 そして、今までで一番優しい瞳が梨璃を見つめた。

 

「はいっ、お姉さま!」

 

 CHARMを繋ぐ光の球体──マギスフィアが輝きを増していく。

 ふわり、と軽やかに二人の身体が舞い上がる。

 その様は、春風に吹かれる花弁(はなびら)のようで。

 

「私たち、マギに乗ってる……!」

「梨璃、行くわよ。一緒に……!」

「はいっ!」

 

 やがて、花弁は流星に変わる。

 真っ直ぐに、レストアヒュージ目がけて落ちていく。

 

「「やああああああああぁぁぁっ!!!」」

 

 

 ──着弾。

 閃光が歪な巨体を砕く。

 

 辺り一面を舞うマギの粒子は、少女たちの勝利を祝うようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──レストアとの戦いはこれで幕を閉じたのだった……

 

 なーんて、綺麗な終わり方ができそうで何よりです。

 いやー、よかったよかった!

 やっぱり、百合は世界を救うんやなって……

 え? お前死んだんちゃうのって?

 失敬だな、ちゃんと生きてらァ!

 夢結様が愛の力で浄化された直後、レストアくんが挟まろうとしてただろ?

 あれ吹っ飛ばした時の衝撃波で、俺もバランス崩して吹っ飛んだってだけだから!

 おかげで『ずべしゃあッ!』って勢いで顔面ダイブ。

 痛くないけど、反射で「痛い」とは思った。

 まあ痛いっつったら、こっちの方がよっぽど酷えよ。

 

「キュイ……」

 

 全身切り傷、翼は虫食い状態。

 たくましい腕なんかすーごいボロクソ。

 いくらヒュージっつっても、あんまり放送したくねえレベルだなこれ。

 ゆーて左腕以外は割と浅いんだけど。

 まあ、傷の浅い深いも俺には関係ないんだよな。

 

「ッキュ……イー……」

 

 じわりじわり、と無数の傷が塞がっていく。

 巻き込むといけないんで、最後に回収しておいた二つのCHARMは地面に置いておく。

 ──これが、俺が手にした『転生特典』らしいもの。

 前に本気で死にかけた時、「死にたくない」という執念が掴み取った代物だ。

 瞬時に治るわけじゃないけど、それでも十分速い再生能力。

 このおかげで、ヒュージネストに戻らなくてもなんとかなっていた。

 

「──まだヒュージがいる!」

「あれ、噂の特型じゃないの!?」

「傷が治っていくわ! 今のうちに仕留めないと!」

 

 あー……うん。

 まあそうだよね、そうなりますわな。

 俺の存在に気がついたリリィの皆さんが、CHARM持って跳んできていた。

 何人かは遠距離射撃でスタンバってる。

 やべーなこれ、ガチで頭回んない。

 どうしよう、今回割と頑張ったのにまだ好感度足りてないのか……

 とかアホなこと考えてたら、走ってくる音が聞こえた。

 

「っ、待ってください!」

 

 動かない俺を庇うように、前に出た桃髪っ子。

 というか梨璃ちゃんだった。

 え、ちょっと?

 

「この子は私を助けてくれたんです! 今回だけじゃなくて、前にもヒュージから守ってくれました!」

 

 他にも「リリィに攻撃するところを見たことがありません」とか。

 「ヒュージとは思えないくらい感情を持った子なんです」とか必死に訴えてくれている。

 え、大丈夫なん? そんなことして?

 もちろん、単なる『ヒュージ』としてじゃなくて『意思疎通ができ得る相手』として認識してくれてるのは本当に嬉しいけど。

 それ、事実上の人類への反逆みたいにならない?

 ほら、ちょっとみんな「何言ってんの」みたいな雰囲気になってるよ?

 

「そこを退きなさい」

「嫌です!」

「相手はヒュージよ、ここで倒さないと襲われるかもしれない」

「この子はそんなことしません!」

「貴女、自分が何をしているか分かってるの?」

「でもっ、この子には人の心があります!」

「……キュイ」

 

 ……もういいよ、梨璃ちゃん。

 これ以上俺を庇って梨璃ちゃんが悪者扱いされたりしたら、俺が堪えらんない。

 それでも死にたくないとか考えてる俺の浅ましさに自己嫌悪しつつ、立とうとした時。

 

 

「そいつは安全だゾ。私が保証する」

 

 梨璃ちゃんの隣に立ったのは、緑の髪を揺らすリリィ。

 吉村・Thi・梅、その人だ。




まあ、本家でもあんなことするくらいだから、梨璃ちゃんはオリ主を庇ってくれるんじゃないかなと。
次が今年最後の更新です。

【キャラ設定】 その6

生き延びることに執着していたおかげで『リジェネレーター』ばりの回復力を後付けの特典としてゲット。(ただし本家のリジェネレーターほど性能は良くない、回復速度的に)
防御力も相まって滅多に死にやしないけど、CHARMによる攻撃は回復がちょっと遅い。本当に意識を失うくらいでやっと慌てて急激に発動するくらい。
それでも、痛いものは痛いし、死ぬのも怖い。


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桜舞う夕暮れに

「よし、課題に手ぇつけるぞ!」(PC起動、課題ファイルを開く)
  ↓
3時間後
「どうして」(完成した7話、進展なき課題)

今年最後となるこの投稿は、短い上に大して面白くないと思います。


「私も、前にそいつに助けられたんだ。普通のヒュージなら、手負いのリリィを庇ったり、怪我した人たちを運んだりしないだろ」

 

 梨璃ちゃんの時とは違って、今度は分かりやすく周囲が戸惑った。

 言っちゃ悪いけど、新米の梨璃ちゃんが言うより、歴戦リリィな梅様の言葉の方が説得力があるのは事実だもんな。

 って、この人今なんて言った?

 俺が前に梅様を助けた?

 

「久しぶりだな! 元気にしてたか?」

 

 俺の方を向いて、梅様が気さくに話しかけてくる。

 なんかもう、昔の同級生に挨拶してるみたいな感じで。

 

「キュイ……」

「しばらく見かけなかったから心配してたんだゾ? あ、あの時助けてくれた人たちはみんな助かったらしいゾ!」

「……」

「もし、あの時助けてくれなかったら梅も死んでたかもしれない。ありがとな!」

「…………」

 

 嬉しそうに話してくれる梅様。

 でも、俺は応じることができない。

 だって、俺は──

 

「どうしたんだ? 梅のこと、覚えてないのか?」

「……キュイ」

「──っ」

 

 梅様の問いかけに、小さく頷いた。

 周囲は「ヒュージが人間の言葉に応じた」ことに、より戸惑っていたけど。

 俺も、多分梅様もそれどころじゃなかった。

 

 ──梅様に会った記憶が、俺にはない。

 

 記憶喪失とか、そういうんじゃないんだけど。

 大方、その時の俺が死にかけで意識が曖昧だった時に会ったんだと思う。

 だって、梅様はアサルトリリィではメインキャラの一人だ。

 会ったことあるなら絶対忘れない。

 それに『人助けするヒュージ』なんて、この世界には俺だけだ。

 たとえ、無意識状態だったとしても。

 命に執着する俺なら、人命救助くらいやりかねない。

 

 梅様の方も、一瞬だけ悲しそうな顔をした。

 そりゃそうだよな。

 お礼もまともに言えないでそのまま消息不明、しかも相手はヒュージだから捜索願いも出せるわけがなくて。

 それでやっと会えたと思ったら、そいつは自分のこと覚えてないっていうんだから。

 どうにもできないのが、酷く歯痒かった。

 

「……キュイ」

「気にすんな、お前が死んでないって分かっただけでも安心したよ」

「キュイ」

 

 罪悪感が、梅様の作り物の笑顔が、俺の心に深く突き刺さる。

 申し訳なさでいっぱいになる。

 身体の傷は癒えたみたいだけど、心の傷はそうでもなくて。

 ほんっと、情けないなあ……

 

「そうだ、アイツから取り返してくれたやつ」

 

 話を変え、梅様は俺の触手──厳密にはそれが巻きついたCHARMたちを指差した。

 主を亡くした、道具たち。

 

「ありがとな。それ、大事なものなんだ。返してくれないか?」

 

 当然の答えだろう。

 もちろん、俺もそのつもりだ。

 でも。

 

「キュッキュイ」

 

 首を横に振った。

 他のリリィたちが不穏な空気を帯びる中、ただ梅様は何か思うものがあったらしい。

 

「それを、どうするつもりなんだ?」

「キュイ」

 

 治った腕で指したのは、桜が咲く山。

 確か、『原作』で梨璃ちゃんが初めて『夢結様のシュッツエンゲル』にご挨拶に行った時。

 あの場所には桜──ソメイヨシノが咲いていた。

 その記憶を頼りに、示したつもりだったんだけど。

 ……その、合ってる?

 

「──分かった」

 

 どうやら心配なかったらしい。

 周りのざわめきと、梅様の優しい声が正解だと教えてくれた。

 そして梅様も俺の回答が『嫌だ』ではなく、『待って』だと気づいてくれたようで。

 

「梅も一緒に行く。また攻撃されるとか、堪ったもんじゃないだろ?」

 

 そんな申し出に、俺は再びこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ソメイヨシノが花を咲かせるには、冬の寒さが必要なの」

 

 夕焼けの空から、桜の雨が舞い落ちる。

 傷ついたかつての街と、百合ヶ丘女学院を見渡すこの山頂には。

 人類のために戦い、そして儚く散ったリリィたちが安らかに眠っている。

 

 昔はここに咲くソメイヨシノも、春の訪れを告げるように花開いて。

 季節の変わり目を知らせてくれたらしい。

 しかし、今や冬と春の境目は曖昧になってしまった。

 少しまばらに咲いた花たちの様子は。

 夢結には、まるで『いつ咲くべきか』と戸惑っているように思えた。

 

 カチャ、と静かにペンダントが開かれる。

 中には一人の少女の写真。

 小さく微笑む姿もまた凛々しい、美しいリリィだった。

 梨璃にとっては一度だけ会った、夢結にとっては特別な『姉』。

 

「この方が、夢結様のシュッツエンゲル……」

「そう……私の、お姉様……」

「川添、美鈴様……」

 

 もう二度と会えない人を想い、目を閉じる。

 

 ──これからの私たちを、どうか見守っていてください

 

 振り返った先には楓や二水、梅の姿。

 そして、本来ならこの聖域に踏み入ることを許されないはずの者もいた。

 

「……」

 

 浅くもなく、深くもなく。

 自立する程度に一つ一つ、丁寧に突き立てたCHARMの墓標たちに向けて。

 そして、その先にいる他のリリィたちにも向けて。

 ただ、頭を垂れて沈黙するピラトゥス。

 黙祷を捧げているというのは、言うまでもなかった。

 

「──本当に、ヒュージなのかな」

 

 いつかと同じ梨璃の呟きに、居合わせた誰もが考えさせられた。

 今まで戦ってきたヒュージは、なんの躊躇もなく人の命を奪ってきた。

 人々が築いてきたものを、容赦なく踏みにじり、蹂躙してきた。

 

 だから、リリィは躊躇うことなくヒュージを屠ることができる。

 

 しかし、ピラトゥスはむしろ人々を守ろうとしている。

 言葉は話せないが、話せないなりにコミュニケーションを取ろうともしている。

 そして何より、亡くなったリリィたちを偲ぶことができる『心』を持っている。

 

 この生き物は、本当に『人類の敵』なのだろうか。

 

「キュイ」

 

 おもむろに、ピラトゥスの頭が上がった。

 終わった、とでも言うように全員を見回す。

 

「じゃあ、それは返してくれるか?」

「……」

 

 一つだけ、損傷の激しさ故に、突き立てずに横たえていたCHARMを手にして。

 道を開けるように、ピラトゥスが身を引く。

 夢結と共に近づいてきた梨璃へ、そのCHARMを預けた。

 

「うん、ありがとう」

「……」

 

 そうして満足気に頷くと、ピラトゥスは跳躍する。

 ある程度地上と距離を取ってから、翼を打って去った。

 跳躍してから飛んだのは、風圧でなるべく荒らさないようにという配慮だったのだろうか。

 

「──なんて、報告するべきなんでしょうね」

「事実をそのまま話すしかありませんわ。結局のところ、その辺りの判断を下すのはガーデンですもの」

「そう、ですよね」

 

「分かってくれると、いいな」

 

 見守る少女たちは小さき竜の安寧を祈る。

 桜の雨が、穏やかに降り続けていた。

 




2話抜粋『夢結もあまり見たことがない顔をした梅』
→怖い顔(負の感情)なんて言ってない。

【キャラ設定】その7

この手にありがちな「人外としての意識に引っ張られて……」という精神汚染的な被害は特にない。考えや価値観もちゃんと人間寄り。
ただ、前世に比べるとわずかに情緒不安定と人間不信(リリィは別)が強化されている。



ついに明日がシンフォギアコラボ……!(準備運動開始)


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この度、お引っ越しいたしまして

はい、皆さま明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
あの……こんなプロットなし(ある程度の流れはある)の行き当たりばったりな作品に色評価がついたってマジですか……(戦慄)


 ──春の雨が降っていた3月。

 

「王雨嘉さん?」

 

 優しく差し出された、綺麗な手のひら。

 

「郭神琳と申します。名高い王家の方と同室なんて、光栄だわ」

「う、ううん! そんな……私なんて全然、ヘボリリィだから……!」

 

 自分なんかに取れない、なんて思ってしまって。

 癖のようにこぼれた、気後れした言葉たち。

 

 それが、彼女たちの始まり。

 

 少女は、行く末の不安を想い。

 少女は──生まれた感情を、笑顔の下にそっと隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 『特型ヒュージはクールに去るぜ……』なんて別れ方をしたけれども。

 結局あの後、百合ヶ丘の近くにある山で新居をゲットしてしまった。

 挙げ句、すぐに百合ヶ丘の皆さまに住所特定されてる始末。

 普通にカッコ悪いっすね!

 ははっ、どーぞ大いに笑ってくださいな!

 

「キュイキュイー」

「にゃあー♪」

「にゃーう!」

 

 でも、そこまで身構えることでもなかったらしい。

 というのも、ちょっと出かけた隙に新居前で待ち伏せなんてされてて。

 帰宅早々「やべーなデッドエンドが手招きしてんのが見えそう……!」なんてガタブルしていたら。

 

『そっちが敵対しないなら、こっちも見逃してあげる』

 

 という感じの宣言をされた。

 でもその代わり、定期的に監視とか調査には来るらしい。

 まあ、それくらいならいいかと思った。

 ここに来る前に比べたら全然好待遇だしな!

 

「にゃあー」

「キュイキューイ」

 

 あ、ご紹介します。

 こちらウチの同居人、もとい同居猫の皆さんです。

 この住宅の先客だったんだけど、どうやら心の広い猫だったみたいで。

 特に威嚇されることなく、ルームシェアさせてくれた。

 

 てか、今の俺『ピラトゥス』なんて呼ばれてんのな。

 ピラトゥスっつったら、スイスの伝承が元ネタだろう。

 人間くらいの、ドラゴンにしては小さい身体で。

 しかし、火を吐きまくるわ家々に放火するわ家畜をジェノサイドするわ、と凶暴さが侮れないはた迷惑な厄介者。

 そいつの血は猛毒で、触れただけで死ぬという。

 ドラゴンの伝承としては、ちょっとマイナーだと思う。

 え? なんでそんなの知ってるかって?

 いや……ほら、あるじゃん?

 やたらとドイツ語とか、北欧かギリシャ辺りの神話に詳しくなっちゃう時期。

 あるいは「闇の炎に抱かれて消えろっ!」とか言っちゃう時期。

 俺の場合、それがドラゴンとか龍関係の伝承に向いてたっていうか。

 おかげでその辺特化したというか……そんな感じです、はい。

 

「キュイー……?」

 

 いや、でもさあ。

 この見た目的には、むしろあっちじゃね?

 某『妖精騎士』の第三形態っぽくない?

 だいぶヒュージ寄りなデザインだし、腕ごっついけど。

 んー、どう思います?

 

「なー」

「キュッキュイー」

 

 ですよねー。

 「知らんがな」ってそっぽ向かれた。

 いやー、でもこれだよな!

 これが俺が長らく求めていたものですよ!

 こういうスローライフを送りたかったんだよ……!

 ……ここまで動物に囲まれるとは思ってなかったけど。

 さーてと、最近なんだかんだ忙しかったわけだし。

 もう一休みしますかねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 百合ヶ丘女学院は久しぶりに平和である。

 人々を害するヒュージの出現もなく、少女たちは学生らしい日常を謳歌している。

 一部では何ぞ『ルナティック』な大爆発が起きたり。

 『とある変わり者』について興味津々なマッド気味な学生が、ウキウキで物騒な実験道具を持ち出そうとして止められたりしたらしいが。

 ……何はともあれ、今日の百合ヶ丘は平和である。

 

 

「うん……うん……大丈夫。それじゃ……」

 

 ──ある寮の一室にて。

 窓辺で電話をしていた雨嘉は、小さく息をついた。

 邪魔にならないように、と気を遣っていた神琳はようやく口を開く。

 

「お母様ですか?」

「……うん」

「ご実家のアイスランドは、今は夜の11時といったところかしら?」

「うん。心配して、毎日電話をくれるんだけど……」

 

 いくら心配だからといっても夜中に、それも毎日娘に連絡するというのは。

 それなりに難しいことであるはずだ。

 それを実行できる、ということは。

 

「──大切に想われているのね」

 

 「子どもを愛さない親などいない」とは言うが。

 彼女の場合、本当に良い親に恵まれたのだろう。

 神琳はどこか羨むように微笑んだ。

 

「ううん。私は姉や妹に比べて出来が悪いから……だから……心配、なんだと思う」

 

 ところが、雨嘉の表情はあまり明るいものではなく。

 卑下するような言葉で、母親の真意と自分の思い込みをすり替えていく。

 

 そんな彼女に抱いた想いを、神琳は心の片隅に押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「梨璃。貴女にお願いがあります」

「はーい! なんなりと!」

 

 

「──レギオンを作りなさい」

 

 

 幸せにぴょこぴょこ髪を揺らす梨璃に、紅茶を一口啜った夢結が告げた。

 ちなみに。

 この一言に至るまでには、なかなかに見当外れな解釈があり。

 さらには、なかなかにネガティブな思考を経由して。

 結果、どうにもポンコツな答えが導き出されたことも付け加えておこう。

 

「分かりました!」

 

 夢結を慕ってやまない梨璃は即答。

 「お姉様」に応えるべく、『いざ実行へ……!』というところで。

 ふと、気がつく。

 

「え……レギオン、って何でしたっけ?」

「あいたっ!」

「わっ、二水ちゃん!?」

「あ……ご、ごきげんよう……あはは……」

 

 リリィなら知っていて当然なはずのことを知らない、という事態に。

 ()()()居合わせた二水もすっ転んだ。

 

「二水さん、お願いします」

「はっ、はい! レギオンとは、基本的に9人一組で構成されるリリィの戦闘単位のことです!」

 

 もっと厳密にいうと、各ガーデンによってレギオン発足のための規定は異なる。

 例えば、必要人数。

 連携必殺技──ノインヴェルト戦術に重きを置く百合ヶ丘では9人を原則としているし。

 東京に位置するエレンスゲ女学園や神庭女子藝術高校のトップレギオンは、5人で成立している。

 他にも、メンバーを集めるのは生徒かガーデンか、というように。

 ガーデンごとに個性があるのだが、まあそれはともかく。

 

「ところで二水さん」

「はっ、はい!?」

「『お祝い』、ありがとうございます」

 

 『お祝い』──リリィ新聞の一面を堂々と飾った出来事について。

 夢結は笑顔を、それもあまりよろしくないタイプの笑顔を二水へ贈った。

 はっきり言って、キレている。

 そりゃあもう激おこだった。

 何しろ、この新聞を作ったのが目の前にいる三つ編み少女なのである。

 そんな圧を向けられては、二水も「ど……どういたしまして……」と引きつった笑いで後退するのが精一杯だった。

 

「けど、どうして私がレギオンを……?」

「貴女は最近弛んでいるから、少しはリリィらしいことをしてみるといいでしょう」

「リリィらしい……? ……はぁ」

 

 まず、ここからして微妙に食い違っている。

 そもそも、夢結が「弛んでいる」と思っていたものは、「大好きな姉と一緒にいられる幸せ」を噛みしめていたものである。

 確かに表情は弛んでいた……どころか「でろっでろ」ではあった。

 だが、そういうことではない。

 

「分かりましたお姉さま! 私、精一杯頑張ります!」

 

 そうとは知らず、元気に息巻く梨璃。

 

 しかし、夢結はこの試練に対して成功する確率は極めて低いと踏んでいた。

 もちろん、今の梨璃を見下しているわけではない。

 現実的に考えて「新人のリリィがレギオン結成に必要な人数を集めることは難しい」という、一般論に基づいた判断である。

 できないことは仕方がない。

 むしろ、その失敗をバネに次へと進めば良い。

 そう考えていた。

 

「なんたってお姉さまのレギオンを作るんですから!」

「んぐっ……!?」

 

 ところが、またも話が食い違う。

 自分の思っていた内容と違うことに、今回は気づいた夢結が飲んでいた紅茶を吹き出しかける。

 なんとか乙女のプライドを死守するも、その間に話があれよあれよと進んでいて。

 

「では早速勧誘ですっ!」

「ま、待って二水ちゃ〜ん!」

 

 「違う」とか「そうじゃない」と口を挟む隙もなかった。

 結局、致命的な誤解を抱いたまま。

 二水と梨璃は張り切って飛び出した。

 

「そういう意味では……」

 

 取り残された夢結の呟きが虚しい。

 ……なんというか。

 「このシュッツエンゲルにして、このシルトあり」という感じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──それから、少し経って。

 

 場所は変わり、訓練場に来た夢結。

 いつかと同じように、梅と共に的を撃ち抜く。

 

「夢結は何を気にしてるんだ?」

 

 一息ついたところで、梅が口を開いた。

 CHARMの硝煙が小さな柱を作っているところは、まるで主の代わりにため息をついているようにも見える。

 

「……え?」

「梅が6発撃つ間に夢結は10発も撃った。気が焦ってる証拠だ」

「相変わらず……人のことをよく見てるのね」

 

 どうやら、無意識だったらしい。

 夢結は困ったように友人を見た。

 

「おう! 梅は誰のことも大好きだからな!」

 

 そう言い切った梅の表情は輝くような満面の笑み。

 前よりも良い関係になったのは、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 根を詰めて過ぎても強くはなれない。

 本当に強い者は、引き際を知っているものだ。

 ということで、二人は小休憩を挟みつつ。

 夢結は「気が焦ってる」原因について、事情を話してみた。

 

「へーえ。自分のシルトにレギオンを作らせるなんて、やるな」

「私は梨璃に自分のレギオンを作るよう言ったつもりだったのに……」

「夢結らしいな。なあそれ、私入ってもいいか?」

「貴女までそんな……」

「あはは〜」

 

 梅は笑った。

 嬉しかったのだ。

 少し前までの夢結では考えにくかったような、困り顔が見られたことが。

 それだけではない。

 梨璃と出会ってから、夢結はいろいろな表情を見せてくれる。

 ずっと気にかけてきただけに、本当に嬉しい変化だった。

 

「そういえば、貴女」

「うん?」

 

 だが、嬉しい変化というのは、実は夢結だけではなかったりする。

 

「いい顔で笑うようになったわね」

「え? 私、そんなに笑えてなかったか?」

「そうじゃなくて……何て言えばいいのかしら」

 

 少し考えるように夢結は黙り込む。

 それを梅は急かすことなく、ただ待っている。

 

「私は他人(ひと)の感情だとか、そういうものには疎いのだけれど」

 

 ──それは割とみんな知ってる。

 

 そんなツッコミが喉まで出かかるが、梅はグッと飲み込む。

 

「前は何というか、どこか無理して笑っているように感じていたのよ。何かがずっと引っかかっているみたいな……そういう笑い方だと思ってた」

 

 でも、と続いた言葉は夢結にささやかな笑みをもたらして。

 

「今の梅は、そういう引っかかりもなくなったように見えるわ」

 

 梅ははっとした。

 もちろん、その「引っかかり」に心当たりはある。

 夢結のこともそうだし、今までちょっとした心残りだったピラトゥスのこともそうだ。

 

 ──ピラトゥスの居場所が分かった翌日。

 調査の役目を名乗り出た梅は、少しだけ話をした。

 もちろん、ほとんど一方的に話しただけだったり。

 初めて会った時のことなんて覚えてない、というから最近の話をしただけ。

 それでも、小さな竜は的確に相槌を打ったり。

 時には、話せないなりに少々大袈裟なリアクションで返してきたりしてくれた。

 それが、今までの心配を埋めていくようで。

 その反応を周りで見ている他のリリィの表情も、次第に柔らかくなっていって。

 とても安心したのだ。

 

 それに、だ。

 あんなに自分のことで手一杯だった夢結が。

 こうして他人(ひと)のことを気にかけられるまで余裕が出てきたのも、なんだか感慨深くて。

 「ちゃんと自分のことも見てくれていた」というのも、やっぱり嬉しくて。

 

「……梅?」

「ははっ、夢結も梅のことが大好きなんだな!」

「なっ……! 揶揄わないで頂戴!」

「えー、恥ずかしがることないだろ?」

 

 だから梅は笑った。

 他でもない、友人が「いい顔」と言ってくれた笑顔で。

 




・本編最終回まで終わらせる
・UA10万を超える
この2つをクリアしたら、特別なことをしたいなんて思っています。いやもう、完全に自己満足ですけど。

【キャラ設定】その8

百合ヶ丘の近くの山に最近新居を構えた。とはいえ、偶然見つけたクソデカい洞穴(多分、過去にミサイルかなんかが刺さってできた穴)に入るってだけの話。大きさが丁度いい感じで気に入った。
入ってみたら奥に何匹か猫がいたが、持ち前のモテスキルで共存に成功した。住まわせてもらっている家賃代わりに、食料調達で納めている。
一番大きくて洞穴にいることが多い縞猫を、オリ主は個人的に『おーやさん』と呼んでいる。

シンフォギアコラボ、現時点でひびみくだけ来ません(絶唱顔)
その上、年明け早々からしぇんゆーイベで「この運営やべーな」と確信しています(尊死)


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寝てる場合じゃねえ!!!

何故、話として進展もしない本家4話にあたる部分を書いたのか? ボクぁしぇんゆーが好きだからだよ!!!!
ところで、1番最初に「書き逃げする前提」って言ったの覚えてますか(白目)


 部屋での過ごし方というのは実に個性が出るものだ。

 例えば──雨嘉の今の過ごし方は、自ら作ったテラリウムを眺めること。

 これによって、彼女は心に癒しと落ち着きを得ていた。

 だが、逆に言えば癒し云々はともかく。

 「そうでもしないと心が落ち着かない」という雨嘉の心境を表しているとも言える。

 

「神琳はレギオンに入るの?」

「ええ。貴女もせっかく留学してきたのだから、交流するといいわ」

「……」

 

 雨嘉は目も合わせない。

 ただ、心ここにあらずといった様子だ。

 

「ところでこれ、読みました?」

 

 話題を変えようと神琳が差し出したのは、一冊の新聞。

 学院が公式に出したものではなく、生徒が自主的に発行したものだということは雨嘉も知っていた。

 ……この新聞が原因で一悶着あった、というのはさすがに知らないだろう。

 

「『週刊リリィ新聞』……? こんなの読むんだ……『ユリ』さん?」

「雨嘉さんも見たでしょう? この前の戦い」

「……うん」

「技量もバラバラで息も合っていない。なのに、不思議な迫力があって……」

「……うん」

 

 依然として合わない目線。

 返事もやはりどこか上の空で、中身がない。

 

「わたくしの話、退屈?」

「うん……あ、そ……そんなことないよ!」

 

 流れのままに言ってしまって。

 しまった、と思うも時すでに遅し。

 慌てて否定する傍ら、雨嘉は自己嫌悪に陥る。

 

「──この前の戦いといえば」

 

 再びもたらされた話題に、今度は応えようと神経を張りつめる。

 その様子がなんだかおかしくて、神琳は小さく微笑んだ。

 

「あのヒュージ、変わり者でしたね」

「『ピラトゥス』……だっけ。不思議だよね、人を守るヒュージなんて」

「ええ。でも、それ以上に面白いんですよ」

 

 くすくす、と次の反応を予想しつつ。

 神琳は続きを告げた。

 

「なんでも、人の言葉を理解して相談にまで乗ってくれるなんて噂もあるらしいわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 レギオンメンバーを集めるため、梨璃たちは一日で四苦八苦。

 具体的にはクラスメイトを勧誘しようとして、ガン飛ばされたり。

 他のリリィに声をかけたら、既に副隊長としてブイブイ言わせてたり。

 最初に誘った子が、何ぞキャラ崩壊していたのを目撃してしまったり。

 なんなら、梨璃が危うく『美味しくいただかれる』ところだったり……と。

 

 ダイジェストでお送りするにはいろいろ濃い出来事があったが。

 何はともあれ、4人は集まった。

 梨璃の経歴からすれば、順調と言っても差し支えないだろう。

 

「はああぁぁぁ〜……」

 

 盛大なため息と共に、ベッドへとダイブする。

 些かはしたないかもしれないが、梨璃のルームメイトは特に指摘しなかった。

 

「とはいえレギオンの人集めなんて、私には難しすぎるよ……閑さん、入ってみません?」

「それは無理ね。私も高等部に入ったら、自分のレギオンを持つって決めていたから」

「志が違いすぎる……」

 

 ルームメイト『伊東(いとう)(しず)』の強い決意に梨璃はとうとう撃沈した。

 夢結に言われたからレギオンを結成しようとしている梨璃と。

 以前から己の手でレギオンを率いるために動いている閑。

 どちらがより積極的に見えるかと聞かれたら、その差は歴然とするだろう。

 

「貴女のレギオンには楓さんだっているんでしょう?」

「うん……知ってるんだ」

「噂でね。楓さんは8つのレギオンから誘いを受けていたようだけど」

「え……?」

 

 そんな話は聞いてない、と言う間もなく。

 

「それと二川二水さん」

「はい?」

「あの方は『鷹の目』と呼ばれるレアスキルを持っているそうね。欲しがるレギオンは多いわ」

「ええ……そ、そうなんですか……?」

「情報収集と分析は得意なの」

 

 閑はどこか得意げに微笑んだ。

 

 普段の振る舞いがあまりに「アレ」だから忘れがちだが。

 楓は百合ヶ丘の高等部編入試験をトップの成績で合格した才媛である。

 その才能は頭脳だけにとどまらず、ヒュージを圧倒するほどの高い戦闘能力も開花させている。

 『レジスタ』 ──1つのレギオンに一人は必須と言われるレアスキルを持つことや過去の戦績。

 さらには司令塔としての実力もある、まさに「本物」。

 そんな彼女なら、引く手数多なのは想像に容易い。

 

 そして、二水自身の自己肯定感がかなり低いため、本人に自覚はないが。

 彼女もまた、周囲からの評価は高い。

 空から地上を見下ろすように状況を把握するという異常空間把握スキル『鷹の目』は、一人いるだけで戦術を大きく有利に動かす。

 それに、自他共に認めるリリィオタクとしての知識量は膨大だ。

 特にレギオン戦術に秀でた二水なら、その手の戦力になることは間違いない。

 他にも、見た目の小動物的愛らしさから目をつけられたりもしているが。

 それ相応に注目されるリリィの一人なのだ。

 

(みんなすごいんだ……何でもないのは私だけかぁ……)

 

 知らなかった。

 そんなに優秀なリリィたちが、自分のわがままに付き合ってくれたなんて。

 ぼんやりと天井を仰いで梨璃は考えた。

 ならば「どうして私の誘いを受けてくれたんだろう」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ッキューイ……」

 

 ところで。

 アサルトリリィで俺が推しているのは誰って話をしてなかった。

 ……まあまあ、ちょっと聞いてくれよ。

 寝起きで頭回ってない(アホ)がなんか抜かしおる、くらいでいいから。

 

 俺の推しは「この人単体!」ってわけじゃなくて、そのカプで好きなんだけども。

 神琳さんと雨嘉さん──所謂、『神雨』とか『しぇんゆー』と呼ばれるカプだ。

 俺って元々、髪が長いキャラにときめきやすい性質(タチ)なんだけど。

 そこから大雑把に性格的な好みで絞って、いいなと思ったのが件の2人だった。

 あとは「自信が持てない弱気っ子を励ましてくれる実力持ちさん」的な関係に惹かれていって、みたいな。

 しかも「弱気っ子も実はかなりの実力者」っていうのがまたいいよな。

 シュッツエンゲルとはまた違った、ルームメイトだからこその関係性というのも推せる。

 トドメとなったのは、やっぱりみんな大好きアニメのED。

 あれは俺も「ヒュッッ」ってなった。

 あんなん絶対「これから始めますわ」って構図だって!

 あれで「イノチ感じる」がもう隠語みたいな扱い受けてるもんだから笑うしかねえ。

 と、まあざっくり言うとそんな感じで。

 この2人がアサルトリリィにおける最推しなわけよ!

 ちなみに、2位は王道の『ゆゆりり』で3位はゲーム版行って『たかなほ』。

 

 そんな俺がこの世界に生まれた以上、見届けたいと思うもの。

 言わずもがな、自信をつけるために雨嘉さんが神琳さんを狙撃するシーンだ。

 あの雨嘉さんの少し低い声と、アステリオンで最後に受け止めるシーンが大好き過ぎてすごいリピートした記憶がある。

 あとあれは、めっちゃ神琳さんの顔の良さが分かる場面だとも思ってる。

 ……本当は、お風呂で背中合わせしてるシーンが見たかったけど。

 俺は野郎だし、そうでなくてもこの身体じゃ無理だべ。

 

「キュイー……」

「……みゃー?」

 

 そういや前はレストアくんフルボッコ回もとい、ゆゆりり初の共同作業だったな。

 俺の推し回はその後……ああああああああ!?

 

「……!?(ビクッ)」

「フーっ!!」

「シャーっ!!」

 

 やべーよ寝起きでオタク語りしてる場合とちゃいますやん!!

 え!? あれから何日経った!?

 いや、それ分かったところで実際にいつ頃レギオンメンバー集めてるとか分かんねえよ!

 まさかもう終わった!?

 ちっくしょう、だとしたら一生後悔するぞこれ!!

 なんて、朝から頭抱えて同居猫からクレームと爪をいただいていると。

 

「──えっと……」

 

 声が聞こえた。

 え、と思って見るとそこにいたのは黒髪とえちえt……独特の制服に、CHARMをこさえた女の子。

 というか今しがた(俺の中で)話題に上がった雨嘉さんだった。

 

「あなたが特型ヒュージ……ピラトゥス、だよね?」

「キュイ……」

 

 あ、はい。そうですけど。

 え? なんでこんな朝っぱらからここにいんの?

 

「その……相談に乗ってくれるって、聞いたから」

 

 

 

 

 

 

 

 おもてなししようにも、お茶とか出せるわけがないんで。

 とりあえず、同居猫の中から一番大人しくて人に慣れた子を渡しておいた。

 雨嘉さん、生の猫は怖いから苦手って聞いたことがあるからな。

 その辺考えた結果だった。

 

「キュイ」

「あ、ありがとう……? ふふっ、かわいい」

 

 おずおずと身体を撫でられても、一切動じない。

 うん、大人しくしててえらいぞ。

 そして雨嘉さんもめっちゃかわいい(確信)

 

 話を聞いて、分かったことがいくつかある。

 まず、何故か俺がカウンセラーみたいな扱いをされているらしいこと。

 最近、どーりでここに来るリリィ増えたなと思ったらそういう?

 でも俺、話聞いてリアクション返してるだけで、ほとんど何もしてないんだよなあ。

 次に、まだ雨嘉さんは所属レギオンを決めあぐねているらしいこと。

 これには俺も『ッしゃおらァ!!』とガッツポーズをキメて、雨嘉さんたちをビックリさせた。

 サーセン、気をつけます。

 最後は、雨嘉さんが自分の自信と実力のなさに悩んでいること。

 ヒュージである俺に相談しに来たってことは、藁にもすがるような気持ちなんだろう。

 

「情けないよね、私……」

 

 ぽつり、と雨嘉さんがこぼした自らを蔑む言葉。

 確か優秀な姉と妹に挟まれて、それがコンプレックスみたいになったんだっけ。

 うーむ、十分に雨嘉さんもすごいと思うけどなあ。

 だってこの人、こないだのレストア戦で俺を避けてミサイルだけ撃ち抜いてたんだぜ?

 おかげで、夢結様に首を刎ねられずに済んだわけだし。

 

「キュイ! キュッキュ……キュイ!」

「え?」

「キュイキュ!」

「何……?」

「キュキュイ……」

「……」

「……」

「キューイッッッ!!」

「ひぇっ!?」

 

 伝 わ ら ね え ! ! !

 「そんなことないよ」とか「前だけ向いて」とか言いたいんだけど……!

 んなー!! 身振り手振り使っちゃいるけど、やっぱ人の言葉が話せないのすーげえ不便!

 何!? これが人類が統一言語を失った弊害ですか!?

 あ、俺もう人類じゃねーな!(錯乱)

 

「あの、聞いて!」

「キュイ……?」

 

 苛立ち荒ぶった俺に、必死に呼びかける雨嘉さん。

 おかげで、ある程度落ち着いた。

 ……んで、何かな?

 

「あなたが何を言いたいか、ちゃんとは分からない……でも、励まそうとしてくれたのは分かったよ。ありがとう」

「……キュイ」

「この子は返すね」

「にゃおん」

 

 来た時よりは、多少すっきりしたような表情。

 こうして誰かに発散できただけでも、全然違うんだろう。

 でも、俺からは何もできてない。

 どうしよう、と考えて一つ閃いた。

 

「キュイッ!」

「まだ何かあるの?」

 

 戻ろうとする雨嘉さんを呼び止めて、地面に爪を立てる。

 あるじゃないか、ちゃんと伝える方法が。

 梨璃ちゃんたちと出会ったあの日、手段として考えていたものが。

 

「キュイ!」

「これ……!」

 

 俺からの簡潔な、でも一番分かりやすい『メッセージ』に。

 雨嘉さんは一瞬目を見開いて、俺の方を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 昨日に引き続き、メンバー集めに向かう前に。

 梨璃は付き合ってくれている2人に、改めて向き合う。

 

「二水ちゃんも楓さんも、ありがとう」

「梨璃さん?」

「藪から棒に何ですの?」

「私、2人のこと勝手に当てにしちゃって……」

 

 楓も二水も一瞬、なんのことか分からずに顔を見合わせる。

 だが、そんなことかとばかりに微笑んだ。

 

「梨璃さんだって頑張っているのは、ご自身のためばかりではないんでしょう?」

「うん、私はお姉さまのために……」

「ならそれと一緒です」

 

 それに、梨璃は『勝手に巻き込んだ』というような口振りだが。

 2人だって自分の意思で梨璃に協力している。

 迷惑だと思っていれば二水はともかく、楓ならとっくにこの件から手を引いている。

 そうなっていないのは、梨璃の人徳が為した成果だ。

 

「何じゃ何じゃ何じゃ〜? 辛気臭い顔が3つも並んどるのう」

 

 何やら特徴的な口調の声。

 声の主は、楓たちが腰かける階段の上の方。

 年頃の少女としては、少しはしたない座り方をしたミリアムだ。

 

「何ですの? ちびっ子2号」

「2号?」

「私1号!?」

「百由様から聞いたぞ。梨璃のレギオンを作るとか」

「いえ、あの……お姉さまのレギオンで……」

 

 言い淀む梨璃を遮り、ミリアムは彼女たちにとっての朗報を告げた。

 

「わしでよければ入っていいんじゃがの」

 

 あまりにも唐突であっさりした承諾に。

 二水も「がのっ!?」と驚く。

 

「えっ、いいんですか!?」

「わしは元々、夢結様の戦い方に興味があるのじゃ。確か、レギオンには属さないと聞いとったが……」

「ではここに捺印を〜」

 

 こうして予想外の新メンバーゲットに至った梨璃たち。

 幸先のいい再開に舞い上がる少女たちを見て、「苦労しとるんじゃの〜」とミリアムは遠回しにエールを送ったのだった。

 




途中から錬成される怪文書に「我は汝、汝は我……?」とペルソナみたいな気分になってました。(内容があまりに自分のこと過ぎて)

【キャラ設定】その9

オリ主の推しカプは以下の通り。
1位 しぇんゆー
2位 ゆゆりり
3位 たかなほ
たかなほがランクインしたきっかけは、知っている中の人が演じていたから。関係性や巨大感情どうこうは実は後からついてきた理由。

ちなみに、オリ主の推しは作者の推しを反映したもの。そりゃ怪文書もできあがるわ。


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ただの(原作通りの)しぇんゆーが来るぞ! 総員構えろ!!

──前回、雨嘉さんと話して見送った後くらい。

主「よーし、そろそろやな! この辺りで見るのが一番見やすいか、なっと!」ドポン
(ここからしばらく待機)


 思わぬ収穫を得て、張り切る梨璃たちが向かったのは。

 百合ヶ丘に併設される学生寮──その新館。

 モダンな建築様式であるこの寮には、基本的に1年生が多く暮らしている。

 

「わたくしを一柳さんのレギオンに……?」

「ええと、お姉さまのレギオンで……」

 

 梨璃たちとはクラスメイトの郭神琳。

 二水の紹介によると、中等部時代から活躍する台北市からの留学生であり。

 幼少期から百合ヶ丘女学院に所属する、いわゆる『生え抜き』のリリィ。

 その実力は1年生ながら、高く評価されているとのことだ。

 

「そう。とても光栄だわ」

「えーと、それは……?」

 

 ──先日の勧誘の記憶が蘇る。

 「光栄だわ」とかなんとか言われて『お、引き込めそうだぞ』と思ったら既に引き抜かれていたという。

 この台詞が出たら警戒が必須であることを学んだ記憶である。

 

「謹んで申し出を受け入れます」

「へ……ほんとですかぁ!?」

 

 良い意味での裏切りに、ささやかに身構えていた梨璃は大歓喜。

 二水に至っては有名なリリィを引き込めた興奮のあまり、鼻血を堪えるので精一杯だ。

 

「ありがとうございます! 梨璃って呼んでください!」

「はい、梨璃さん」

「で!」

 

 そして、今まで会話に入ることもなく。

 黒猫のストラップをぶら下げた携帯電話を弄っていた雨嘉に注目が集まる。

 たまたま梨璃と目線が合ってしまった雨嘉は、慌てて目を逸らすが。

 それくらいで集まった視線は散らないのである。

 

「あなたは?」

「……私?」

「クラスは違いますが、同じ1年生の王雨嘉さん。ご実家はアイスランドのレイキャビクで、お姉様と妹さんも優秀なリリィです」

「姉と妹は優秀だけど、私は別に……」

 

 ここまでくると、一種の条件反射のように出てくる謙遜の言葉。

 しかし、他の姉妹との実力差を引け目に感じているのは。

 どうしようもないくらいの本音で。

 

「どうですか? せっかくだから神琳さんと一緒に……」

「私が、レギオンに……?」

 

 心が揺らぐ。

 迷って、躊躇している。

 ──そうやって、もたついているものだから。

 

「──自信がないならおやめになっては?」

 

 神琳がやんわりと。

 だが、はっきりと告げた。

 

「え?」

「うん……やめとく」

「ええっ!?」

 

 あっさりと引き下がる雨嘉に、驚くばかりの梨璃。

 楓は「素直ですこと」と半ば呆れたように呟いた。

 

「な、なんでですか!?」

「神琳がそう言うなら、きっとそうだから……」

 

 そう語る雨嘉の表情は、明らかに満足とは程遠いもので。

 どこか引っかかるその顔つきに、梨璃は納得がいかない。

 故に、問いかける。

 

「あの、お二人は知り合って長いんですか?」

「いえ。この春に初めて」

「だったら、どうして……?」

 

 大して知らない相手に対して、どうしてそこまで言えるのか。

 その答えを、神琳は持っている。

 

「わたくしはリリィになるため、そしてリリィであるため。血の滲む努力をしてきたつもりです。だから……というのは理由になりませんか?」

 

 その場で思いついたようなものではなく、前から考えていたような返答に。

 一瞬だけ、梨璃は言葉をなくした。

 

 そもそも、リリィになるということ自体が簡単な話ではない。

 元々持っているリリィとしての適性や素質はもちろんのこと。

 積み上げていく努力は、並大抵のものでは足りやしない。

 それこそ文字通り、血反吐を吐くようなものだってある。

 さらには、リリィになった後でも慢心することなく己を磨き上げていかねばならない。

 そして、何年も何年も続けてきたその成果が、自信へと繋がっている。

 神琳はさらっと言ったが、それだけ重みがある言葉なのだ。

 

「私は……才能も経験も、神琳さんみたいな自信も持ち合わせてないけど……」

 

 リリィになって半年も経っていない梨璃に、その言葉の重さは分からない。

 ましてや、神琳が持っているようなものなんて。

 梨璃はほとんど持っていない。

 ──でも、だからこそ。

 

「ううん、だからっ! そんなの確かめないと分かりません!」

 

 ──断言できる。

 誰かの言葉ではなく、自分の目で見て判断するべきだと。

 

「……っ!」

 

 梨璃の言葉に、雨嘉は今朝の出来事を思い出す。

 戻ろうとした自分を呼び止めて、小さな竜が伝えた『メッセージ』。

 

 

『大丈夫』『がんばれ』

 

 

 そんな2つの言葉を書きつけた奴は。

 その後、猫にしばかれていたのがどうにも締まらなかったが。

 それでも、雨嘉は確かにエールを受け取っていた。

 

「また分からんちんなことを……」

 

 何ぞお菓子を頬張る楓は「ま、そこが魅力なんですが」と彼氏面である。

 ……食べながら話す姿は、お嬢様的にどうなのか。

 と、その時。

 

「……ぷっ」

 

 突然、神琳が吹いた。

 何事かと見てみれば、もう耐えられないという風に笑い出したのだ。

 

「……うふふふ……あははっ……!」

 

 一体何がツボに入ったのか。

 目の端に涙が浮かぶほど笑っていた。

 その場の誰もが、彼女が笑っている意味を図りかねて見つめている。

 やがて、神琳の笑いも落ち着いたようで。

 

「はー……失礼。梨璃さんは、雨嘉さんの実力の程を知りたい、というのですね?」

「うぇっ!? 私そんな偉そうなことは……」

 

 わたわた、ぶんぶんと手を振って梨璃は弁明しようとするが。

 雨嘉はもう決意を固めていた。

 

「……ありがとう一柳さん。私、やってみる」

「えっ?」

 

 不思議な竜の応援に、梨璃がくれたチャンス。

 ここまで背中を押してもらったのだから。

 応えたい、応えてみせなければ。

 

「これでいい? 神琳」

「──でしたら、方法はわたくしにお任せいただけますか?」

 

 茶柱が立った淡い色のお茶を一口飲んだ神琳は。

 ふわりと、意味深に微笑んで提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「私の姉も妹も、今もアイスランドに残ってヒュージと戦っているの」

 

 そう切り出したのは雨嘉。

 山と廃墟に囲まれた場所で、一緒に来た梨璃にぽつぽつと語る。

 

「一人だけ故郷を離れるように言い渡されて……私は必要とされていないんだって思った……」

 

 周囲から『劣れる次女』なんて評されて、自信をなくして。

 自分に才能があるなんて思ってはいなかったし、自慢の姉妹だとも思っていたけれど。

 それでも、姉や妹と比べられるのはつらかった。

 そして、その矢先に母親から言い渡されたのが──百合ヶ丘女学院への転校。

 

「ごめんなさい。百合ヶ丘は世界的にもトップクラスのガーデンよ。ただ……故郷を守りたいっていう気持ちは特別、っていうか……」

「うん。それ、分かるよ」

 

 梨璃は優しい笑みと共感を以て答える。

 彼女もまた、故郷想いのリリィなのだから。

 

 不意に、振動と共に伝わる着信音。

 発信者は──神琳。

 

『雨嘉さん。こちらが分かる?』

 

 どこにいるのかと視界を巡らせ、見つけた。

 自分たちの反対側、何かを反射して煌めいた光を。

 おそらくあれだろう、と結論づける。

 

「あ、うん……」

 

『そこから、わたくしをお撃ちなさい』

 

 告げられたのは、予想もしていなかった一言。

 思わず、一瞬だけ言葉が理解できなくなる。

 

「え……」

『訓練弾なら大丈夫よ』

「そんなわけ……」

『装填数10発──きちんと狙えたら、わたくしからはもう何も申しません』

 

 それだけ言うと、神琳は雨嘉の異論反論も聞かずに。

 そのまま一方的に切ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──雨嘉たちのいる地点、その反対側。

 

「大丈夫。貴女ならできるわ」

 

 通信が終わった端末に語りかける神琳。

 その言葉には、密かに「信頼」が込められていて。

 

「……直に言ってあげたらいかが?」

 

 声をかけたのは、腕を組んで佇む夢結。

 彼女もまた、招かれた者の一人だ。

 

「……お立ち会いご苦労様です。夢結様」

「お構いなく。梨璃に頼まれましたから」

「──あら?」

「どうかしたのかしら?」

 

 訝しむ夢結に、神琳が小さく微笑んだ。

 

「いえ、どうやら『変わった観客』もいたようですね」

「変わった観客……?」

 

 最初は、意味が分からなかった夢結も。

 神琳の視線を辿って、理解に至る。

 何故いるのかは、彼女には理解できなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうして」

 

 戸惑いに揺れる雨嘉は、唖然とするしかない。

 神琳の考えが理解できなかった。

 いくら訓練弾といっても、当たれば怪我だってする。

 打ち所が悪ければ、死ぬこともあり得る。

 それなのに、何故──

 

「雨嘉さん、猫好きなの?」

「え……? う、うん……」

 

 突然投げかけられた、脈絡のない質問に。

 別の思考を巡らせていた雨嘉は驚きつつも、なんとか応じることができた。

 

「かわいいねぇ、この子」

「……うん」

 

 この子──ゆらゆら揺れる、黒猫のストラップを指して笑いかけてくる梨璃。

 本人はただ、思ったことを言っただけなのだろう。

 でも、そんな何気ない一言が深く心に残って。

 

「あっ!」

「え、何?」

「あれ! あの子!」

 

 声を上げた梨璃が指差す先は、対岸の神琳たち……ではなく。

 それより手前に広がる、湖のような大きな水溜り。

 実は割と深いそこから、頭を半分だけ出した『何か』がいた。

 水面から突き出ているくすんだ銀色の角なんて。

 雨嘉に至っては、今朝見たばかりのものだ。

 

「あの子、なんでここにいるのかな?」

 

 こちらを見て、控えめながら手を振っている呑気なピラトゥスに。

 思わず揃って手を振り返す。

 そして、雨嘉だけは。

 そいつが来た意味が、なんとなく分かった気がして。

 

「……これ、持っててくれる?」

「え……? うん」

 

 ──故に、覚悟は決まった。

 携帯を預けて、準備を整えていく。

 その手に構えるのは、第2世代CHARM『アステリオン』。

 右目に展開するのは、彼女が獲得したレアスキルの証。

 

 ──天の秤目。

 遠く離れたものも寸分の誤差もなく把握し、使用者に異常な視力をもたらす。

 雨嘉のようなスナイパーや中長距離戦を得意とする者にとって。

 非常に相性が良いレアスキルだ。

 

「遠距離射撃? 目標は何なの?」

 

 レアスキルが生み出した、マギのスコープが映し出す世界。

 狭まった視界が見せたのは、ただ一人。

 

「──神琳」

「へっ!?」

 

 

 ──撃ちなさい、雨嘉さん。

 

 ──撃って、貴女が一流のリリィであることを証明なさい。

 

 弱く吹く風に、想いを馳せる。

 神琳の心中は、彼女自身にしか分からない。

 

 

「あぶあぶあぶ危ないよ雨嘉さん!」

「……一柳さんと神琳は私にチャンスをくれたの。ピラトゥスには『頑張れ』って背中を押してもらった。だから私もあなたたちを信じてみる……!」

「え? チャンス……?」

 

 一つ、呼吸を整える。

 心を落ち着かせ、指を引き金にかける。

 不安も迷いも、全て振り切って。

 

 

 放たれた初撃が、空気を裂いて標的(神琳)に迫る。

 

 

 ──着弾。

 弾丸に込められたマギが、青い稲妻と化して周囲に散開する。

 練習用とはいえ、その威力は十分だ。

 ところが、狙われた張本人はなんともない。

 むしろ、ふっと微笑んで余裕すら窺える。

 

 ──雨嘉たちのいる対岸線の距離は約1km。

 そして、アステリオンの弾丸の初速は毎秒1800mだと言われている。

 これを計算すると──時間にして、人間の瞬きと同じくらい。

 

「──狙いが正確なら、躱せます」

「なるほど、正確ね」

 

 だが、言うは易く行うは難し。

 『できる』と断言した上に、実行して見せた姿は。

 やはり、彼女もかなりの実力者だということを物語っている。

 とはいえ、いくら彼女の実力が高いからといって。

 素手で対応できるほど、人間離れしているわけではない。

 当然ながら、先の狙撃を受けて無事なのは対抗手段があったからだ。

 

 ふと、夢結は傍らにて主を待つCHARMが目についた。

 

「いつものCHARMは使わないのね」

 

 いつもの、とは神琳専用のCHARM『媽祖聖札(マソレリック)』のことだ。

 今の神琳が手にしているのは、わざわざ上級生から借りてきた黒いアステリオン。

 色こそ違えど、雨嘉と同じ機体である。

 

「対等の条件にしておきたいので」

 

 神琳は静かに笑っていた。

 

 

 

 2発目──命中、弾かれる。

 

 3発目──命中、弾かれる。

 

 4発目──命中、弾かれる。

 

 5発目──命中、弾丸が砕ける。

 

 6発目──命中、弾丸が木っ端微塵になる。

 

 7発目──命中、弾丸が真っ二つになる。

 

 

 一定の間隔を保って飛来する訓練弾の全てが、正確に神琳を捉えている。

 少しでもタイミングや狙いがズレようものなら、神琳とて無事では済まない。

 しかし、全てが噛み合った状況では、そんな心配も必要ない。

 続く8発目、といったところで異変が起きる。

 

「……っ! 風が……」

 

 今までそよ風程度だったのが、一気に木々を揺らす強風へと変わった。

 長距離射撃において、風の変化は天敵だ。

 重力、距離、角度、弾の速度……様々な要素を考慮し、計算してきた苦労も。

 一瞬の突風という、小さな横槍で致命的に崩れてしまう。

 

(弾が……逸れる……)

 

 幸いにして、マギの銃弾は普通の弾とは違う。

 ある意味、超常の代物といえるマギは、多少は外部からの影響を軽減する。

 だが、それにだって限度が存在する。

 わずかにアステリオンの角度を修正、発射する。

 

 ──8発目も命中、マギがスパークを引き起こす。

 

(また風が……やり過ごす?)

 

 再度吹き付ける風、しかも今までよりも強い。

 ピラトゥスが浸かっている周囲の水が、大きく波を打っている。

 一瞬、雨嘉は風が止むのを待つことを考えたが。

 

 ──『大丈夫』

 

(……ううん、いける!)

 

 すぐにその考えを打ち消す。

 風の流れに合わせて、トリガーを絞る。

 

 ──9発目、マギの火花と稲妻の中で少女が不敵に笑った。

 

 もう一度修正して、最後の1発を撃つ。

 

 同時に、神琳がCHARMを切り替える。

 それは弛まぬ努力が為した、まさに早業。

 待っていたとばかりに、盾型の機体は瞬時にマギを巡らせ。

 

「はっ!!」

 

 魔力の弾丸を、そのまま弾き返した。

 

「……あっ!?」

 

 そのままの軌道、そのままの速度。

 だが、思いも寄らぬ方向転換に雨嘉の表情が強張る。

 

 ──『がんばれ』

 

 それでも、諦めることだけは絶対にしない。

 即座に立ち上がり、CHARMの姿を銃から剣へ。

 そして──

 

 

「くぅっ!?」

 

 変形完了と着弾は、ほぼ同時。

 間一髪、アステリオンは主人に応えたのだ。

 

「っはぁ……はぁっ……!」

 

 張り詰めていたせいで、忘れていた呼吸を思い出し。

 雨嘉の肺が酸素を求めて、激しく息を乱す。

 弾丸を受け止めた部分は赤く熱を帯び、マギの残滓が小さくスパークする。

 

「……10発」

 

 目の前で起きたことを見届けていた梨璃は。

 ただ呆然と呟いて。

 

「あっ!」

 

 再び鳴った着信音で我に返った。

 早く伝えたいと言わんばかりに震える携帯を、元の持ち主に返す。

 

 

『お見事でした、雨嘉さん』

「……神琳」

『貴女が優秀なリリィであることは、これで誰の目にも明らかだわ』

 

 成果は、称賛と是認。

 結果が出せたことに、雨嘉はほっと息をついた。

 

「うぅ〜……やったぁ!」

 

 その知らせを聞いた梨璃は。

 まるで、自分のことのように諸手を挙げて飛び跳ねる。

 遠目に梨璃の反応を見たピラトゥスは、掲げた手で拍手を贈った。

 

「ありがとう、梨璃」

「え?」

 

 唐突な感謝と名前呼びに。

 後者はともかく、前者はされるような心当たりがない梨璃は、ぴたりと固まる。

 

「梨璃がこの子を褒めてくれて……私、あなたのレギオンに入りたいって思えたから……」

「それが、ありがとう?」

「……うん、ありがとう」

 

 本人からすれば、何気ない一言だったのだろう。

 でもそれは、雨嘉にとっては嬉しい言葉だったから。

 

「──すぅ……っ」

 

 その感謝は、まだ伝えるべき相手がいる。

 雨嘉は深く息を吸う。

 方向は、水面の傍観者に。

 

「あなたもっ、ありがとう!」

 

 やはり、最初にお礼だけ言われるとみんなこうなるのか。

 一瞬だけ、ぽかんとしていた小さな竜だったが。

 少女の晴れやかな笑顔を見て、弾むような鳴き声で応えてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました、夢結様」

「いえ。貴女も見事だったわ」

 

 振り向きざまに礼を言う神琳に。

 夢結は心からの称賛で返した。

 

「──わたくし、雨嘉さんが妬ましかったんです」

 

 ふと、空を見上げた神琳が意外な一言をのたまった。

 

「エリートの家に生まれ、才能にも恵まれて……なのに本人は自信を持てなくて悩んでいるなんて」

 

 神琳が背負う過去からすれば、雨嘉は本当に恵まれている。

 「故郷」のことも、実力のことも。

 時に、死にもの狂いで掴み取り。

 時に、それでも掴めなかった彼女にしてみれば。

 それほどの苦労もなく、しかし恵まれた自覚がないその振る舞いは──

 

「何なのよこの子はって、腹も立ちませんか?」

 

 ──出会ったあの日から、密かな苛立ちを抱かせていた。

 

「ずっと……腹を立てていたの?」

「はい。でもこれでスッキリしました」

 

 普段聞いている淑やかな言動や表情が。

 今しがた聞いていた話と、どうにも結びつかないのが。

 なんとなく既視感があって。

 

「……私が言うのもなんだけれど、貴女もなかなか面倒な人ね」

「よく言われます」

 

 神琳はにこやかに、でも清々しい笑顔で。

 指摘を認めたのだった。

 




主「なんか今回出番少なかったけどしぇんゆー回だったからヨシ!」

【キャラ設定】その10

実は前世ではかなりのカナヅチだった。根本的に「泳げない」というよりは、息継ぎが致命的に下手で「呼吸ができなくなる」ということが怖くて仕方なかったため。
今の身体では呼吸とかに気を回す必要がないため、なんとなく水泳技術に磨きがかかっている。
……克服の方法が「呼吸しなければいい」とかいうあまりにも人間やめてるやり方なのはツッコんではいけない。

この後、しぇんゆーはしっかりイノチ感じた模様(過呼吸)


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なんか拾っちゃったんだけど

前回「オリ主かわいいね」という反応が多く上がっておりましてちょっと驚きました(笑)
作者「やったね! みんなオメーのことかわいいってさ!」
オリ主「解せぬ」

それはそれとして前回に比べて文字数の落差がエグい……!!


 この前のしぇんゆー回、やっぱすげーわ……(余韻)

 にしても、あれだったな。

 あの狙撃シーンって、『やきう』だ『ハチナイ』だってよく言われるじゃん?

 それ最初聞いた時「お前ら、弾を打ち返したら何でも野球判定になるのおかしくね?」って思ってたんだよ。

 だって一応銃弾だぜ? 

 でも、実際見て分かったわ。

 あれは確かに野球だった。

 想像以上にベースボールしてた。

 生で見るとやっぱりいろいろ違うよな。

 叶うなら、その後のお風呂で背中合わせするシーンも。

 見たかったなあって……!

 いや、その、別に全然下心とかじゃなくて!

 ただ髪下ろした雨嘉さん綺麗だから見たかっただけなんだけど!!

 ほら俺って髪長い女の子推しがちじゃん?

 でも「いつも髪結んでるけどたまに髪を下ろす女の子」はもっと刺さるっていうかさあ!?

 だからほんっとただ髪下ろした雨嘉さん綺麗だから見たかっただけなんだけど!!(2回目)

 

 

 ……閑話休題(それはそれとして)

 

 

「にゃあう!」

「キュイ……?」

 

 今の俺は平和な日常を噛みしめつつ。

 たま〜に我が家に来る猫の導きを受けていた。

 ちょっとした夜のお散歩の気分。

 でもどうやら『あのご飯欲しいー!』っていう軽いお願いじゃなくて、もっと重要度が高い案件らしい。

 案内の端々に焦りが見えるから。

 

「にゃあー!」

「キュイ?」

 

 そうして連れてこられたのが、百合ヶ丘から少し離れた旧市街地。

 暗いし瓦礫でごちゃついてっけど、俺の目はそんなの関係ない。

 ……この身体に慣れてきた自分が怖いなあ(白目)

 確かこの辺、猫の溜まり場なんだっけ?

 ちなみに情報のリソースは同居猫と梅様。

 既にいた何匹かが群がっているのが分かった。

 はいはいみんなお邪魔しますねー。

 

「みっ!?」

「にゃあ」

「ふー……?」

 

 驚き、警戒、困惑、安心……いろんな意味合いの視線を受けながら。

 俺が目にしたのは。

 

「──ッ!!」

 

 小さな体に広がる、赤い池。

 確かに、一刻を争う事態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 季節は6月、かつてはよく雨が降ると言われたこの時期だが。

 今ではそうでもないらしい。

 

 昼間は、レギオンメンバーを集めるために奔走したり。

 個人情報の漏洩に半泣きになったり。

 「妹」の誕生日が目前であると知った「姉」が、こっちもこっちで奔走していたり。

 なんなら、翌日の早朝から外出できるように生徒会にかけ合ってみたり……と。

 実に……実に賑やかな時間が流れていたものだが。

 夜になれば、すっかり落ち着いていた。

 

 一部、『むしろここからが勝負だ』と言わんばかりに張り切る者もいるが。

 大抵の者は夢の世界へと向かった後だろう。

 そんな、ほとんど静寂に満ちた世界で。

 

「──イ」

 

 沈黙を裂く影、一つ。

 

「──キューイ……」

 

 あまりに静かなものだから、より一層虚しく響く声。

 時間が時間なだけに、申し訳ないというのは理解していた。

 

「キューイ……」

 

 だが、事態が事態だということも理解してほしかった。

 気づいて、と段々鳴き声に不安が混ざり始める。

 

「キューイ……!」

 

 早く、早く……!

 急がないと、この手の中の小さな灯火が絶えてしまう……!

 

「キューイッ!」

 

 もう、必死だった。

 ただただ、縋るように。

 自分じゃどうにもできないから。

 

「キューイッ!!」

 

 ──残響、後に静寂。

 それが「お前には何もできない」と言外に突きつけられている気がした。

 

 

 

「おいっ、何があった!?」

 

 ──でも、完全に見放されたわけではなくて。

 真っ先に異常を感じた金髪の少女『安藤(あんどう)鶴紗(たづさ)』が、文字通り窓から飛び出してくる。

 

「キュッ、キュイキュイ!」

「なっ……!? すぐに医務室に運んでくる!」

 

 差し出された『それ』に、目を見開いた鶴紗は。

 託された小さな命を胸に抱いて走っていった。

 

 

「キュイ……」

 

 取り残された闇の中、涙も流せない眼が揺れる。

 願いは聞き届けられた、だから。

 

 この祈りも、届きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──ピラトゥスの幸運なところは。

 何も、リリィが応じてくれたことだけではない。

 抱えた『事情』故に、医務室の世話になりがちな鶴紗が来てくれたというのもある。

 ある程度は、医療器具の置かれた場所と扱いを覚えている彼女のおかげで。

 風前の灯火だった命はなんとか救われたのだから。

 

「それにしても、酷い……」

 

 ピラトゥスが運んできたのは、ボロボロの黒猫だった。

 血がべったりとつき、パッと見ただけでもたくさん傷がついている。

 それだけではない。

 左耳は欠け、尻尾は半分に千切れている。

 何があったのか、それとも誰にやられたのかは分からない。

 分からない、けど。

 

「お前は、必ず助けるからな」

 

 泣き叫ぶように吠えていた小竜が託した、この命は。

 絶対に手放さないように、と。

 弱く鼓動を打つ体に触れて誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 まだ朝日が昇っていない早朝、白井夢結は目を覚ます。

 日付は6月19日、(シルト)たる一柳梨璃の誕生日だ。

 つまり、今日が勝負。

 

 日頃から梨璃にも口酸っぱく言っている身だしなみを整える。

 百合ヶ丘のリリィたるもの、如何なる時もきちんとした格好でいなくては示しがつかないのだ。

 前日に準備しておいた持ち物たちを確認──問題なし。

 手には、大事な外出届。

 そこに記された時間は、陽が沈んだ頃。

 ……さすがに用件の欄に「シルトの誕生日プレゼントを買いに行く」なんて、馬鹿正直に書くような素直さも度胸も持ち合わせがなかったのか。

 ただ簡潔に「私用」と書いてあるのがなんとも夢結らしい。

 

「ふぅ……」

 

 行き先は甲州──梨璃の生まれた故郷。

 今ここに、ちょっと不器用な「お姉さま」の旅が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 ……出発早々。

 駅の改札に引っかかってしまう辺り、夢結は己の旅が早くも前途多難であることを悟った。

 




実はこれより前に鶴紗さんとはエンカウント済みのオリ主。

【キャラ設定】その11(今回は補足)

決してリリィたちが薄情だったわけではなく、単に寮の防音が優秀だっただけ。オリ主が悪い奴じゃないというのは百合ヶ丘ではもう周知の事実であるため、もし気づいたらみんな来てくれてた。
鶴紗さんが来てくれたのは、夜中に目が覚めちゃってなんとなく外を見たらオリ主が騒いでたことに気づいたから。

ここまでが去年のうちにストックしておいた分です。
ちょっと課題に集中するので投稿が遅れるかもです。いつもこの『転生ヒュージの話』を読んでくれる人たちに感謝を。
次の投稿まで少し待ってていただけると嬉しいです。


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この話、猫の出番多くない?

すいませんねいっぱい待たせちゃって!!
それはそれとして『Heart+Heart』は「あのね」しか言えなくなっちゃう夢結様が好きです。ワケありの不器用お姉様……


 朝日が昇り、目が覚めた少女たちは。

 まず中庭にピラトゥスが陣取っていることに驚くことだろう。

 授業中に居眠りする学生のように、腕を枕にして地に伏せているのだ。

 (今のところ無害とはいえ)ヒュージが百合ヶ丘の敷地にいるというのも、リリィたちの心臓に悪い。

 中には反射的にCHARMを手に取ったリリィもいたという。

 そのリリィは一切悪くない。

 

 

 

「キュイ……」

 

 そして、様子のおかしいピラトゥスは昼になっても居座っていた。

 

「なんか、元気ないですね」

「そうですわね」

 

 気になったのか、話しかけるリリィもいたが。

 ピラトゥスはもそっと動くだけで、特には反応しなかった。

 いつもなら、話しかけるとオーバーリアクションで返してくるため。

 人懐っこさがあり、話している方も楽しくなる。

 それが、今はほとんど見られない。

 

「『元気ない』といえば、梨璃さんも元気ありませんでしたね」

「一度も夢結様をお見かけしていませんもの。今日は梨璃さんのお誕生日ですのに、あの方はどこをほっつき歩いていらっしゃいますの!?」

「確か甲州まで『私用』で……とのことです。梨璃さんのお誕生日プレゼントのためなのは想像つくんですけど、わざわざ何を探しに行くんでしょうか?」

 

 加えて、今日ははしゃいでも許される梨璃も落ち込み気味だった。

 もちろん、人に『おめでとう』を言われたら『ありがとう』くらいは返す。

 人にプレゼントをもらったら、嬉しそうに笑ったりもする。

 しかし、何でもない時は小さくため息をついている。

 ピラトゥスほどではないが、やはり気分は上がりにくいらしい。

 

「とにかく! 落ち込んでいらっしゃる梨璃さんのため! この楓・J・ヌーベル、盛大なパーティーをご用意してみせますわ!」

「……その心は?」

「落ち込んだ梨璃さんに喜んでいただき、そのハートもわたくしのものに……うへへ」

 

 二水の「ブレないですねー」という、さらっと入った毒もなんのその。

 中庭を陣取る小さな竜は気になるが、その原因が分からないので打つ手がない。

 故に、落ち込んでいる原因は明確な梨璃の方からどうにかしようと──決して「愛する人」を優先しすぎてピラトゥスを疎かにしているわけではなく。

 その場を離れようとして。

 

「──ずっとここにいたのか、お前」

 

 わずかに息を切らした金髪の少女がピラトゥスに声をかけた。

 その声に、ここに来て初めて明確な反応を示す。

 今まで反応が芳しくなかったのに、急に動き出したピラトゥスに周囲もぎょっとした。

 

「キュイ……!」

 

 半ば身を乗り出すように少女──鶴紗に迫った小さき竜は。

 

「あの子、さっき目を覚ましたよ」

 

 もたらされた朗報に、諸手を挙げて喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 よがっだぁあああああ゛あああ!!

 生きてたってあの黒猫!

 一時はどうなるかと思った……!

 だって、あんな血ィ流しといてさあ!?

 それでもまだ小さく息してっから「助けなきゃ」って思うじゃん!?

 でも俺じゃ何もできねえからホントどうしようかと……!!

 

「今、先輩が連れてくるから待ってろ」

「キュイ!」

 

 無事を確認しようにも、俺が見に行くとかまず無理なんで。

 わざわざ黒猫を連れてきてくれるのはありがたい。

 いやホント、頭上がんねえっす。

 鶴紗……ちゃん、うん。

 鶴紗ちゃん、でいいか。

 とにかく鶴紗ちゃんの言う「先輩」って、十中八九あの人だよな。

 動物に愛される、天才肌のサボり魔さん。

 

「よっ! お前のことだったんだな、鶴紗が見せてやらなきゃって言ってた奴は」

 

 予想通り現れた梅様は、大きめのバスケットを抱えていた。

 中身は当然、件の黒猫。

 あちこち白い包帯が巻かれているのが痛々しいけど。

 それでも生きていてくれたことに変わりはない。

 ああ、よかったなんて。

 手を伸ばしたところで。

 

「ッ!? うー……ッ!!」

 

 黒猫はバスケットの端に縮まるように身を寄せた。

 半分になった尻尾はしっかりと震える体に巻きついている。

 耳は完全にたたんだ状態。

 ひげもこれ以上ないくらい後ろに向いている。

 頭はバスケットに敷かれた毛布スレスレ、目なんて大きくかっ開かれている。

 ──猫がこうなった時のことを、俺は知っている。

 

「どうしたんだ、この子……」

「……怯えてる。こいつ、ピラトゥスに怯えてるんだ」

 

 久しぶりにそんな反応を見た。

 今の姿になってからは初めてだ。

 

 ──『前世』で、まだ単なる一般人だった頃。

 動物の保護施設に行って、猫に触ろうとした時。

 同じような反応が返ってきた。

 動物に好かれやすい俺が珍しい、と思って聞いてみたら。

 その猫は、前の飼い主から虐待を受けていたらしい。

 それで人間に対して怯えるようになったのではないか、と。

 あの時の反応に、よく似ている。

 

「違うな、『ヒュージ』に怯えてるんだ」

 

 一瞬、言葉の意味が理解できなくて。

 梅様の顔と黒猫を交互に見る。

 

「梅もこいつの治療にちょっと手を貸したから分かるんだけど、体に付いた傷がヒュージと戦ったリリィに付く傷と同じだった」

「じゃあ、この耳と尻尾も……」

「ああ。他のヒュージにやられたんだろうな」

 

 嬉しい、と言ってしまっていいのか。

 最初から俺が容疑者から外されていることに、信頼されているということを実感する。

 鶴紗ちゃんが目撃してたっていうのもあるんだろうけど。

 今まで積み重ねてきたことは無駄じゃなかったことが、俺を冷静にする。

 

「ほら、こいつは大丈夫だゾ?」

「お前をここに連れてきたのはあいつだ」

 

 初対面の動物が今の俺を見た時の反応は。

 大抵が、警戒と驚愕の2択だったりする。

 中には初見で俺の『本質』を見抜いてじゃれてくる、肝が据わりすぎた奴もいたけど。

 『本来の反応』を向けられて俺も動揺しすぎた。

 

「キューイ……」

 

 俺はお前を傷つけたりしない、という想いを込めて。

 できるだけ優しく伝える。

 手は出さない、それなりに距離を置く。

 あっち側の反応をじっと待つ。

 大切なのは、焦って積極的になりすぎないことだ。

 そして、もし相手から手を伸ばしてきてくれた時には。

 優しく、だけどもしっかりと握ってやること。

 

 ……『前世』での受け売りなんだけどな。

 

「……にゃあ」

 

 まだ震えている、尻尾もそのまま。

 あちこち怯えのサインは残っている。

 でも、少しだけ頭をもたげて弱く声を上げてくれた。

 

「……!」

「……にゃあっ」

 

 怖いし、不安だろうけど。

 『とりあえず信じてはみる』という意思が見えた。

 それだけでも、充分すぎる成果だ。

 

「……キュイ」

 

 しばらくこの子を頼みます、と2人に向かって頭を下げる。

 言葉は通じなくても、想いは通じたみたいで。

 

「任せろ」

「怪我が治るまで、ちゃんと面倒見るからな!」

 

 うん、この2人なら安心だろう。

 不安が氷解する、これで憂いはない。

 ほんと、いい人たちに巡り会えたもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ピラトゥスの反応は良くなり、一度住処に帰っていったが。

 依然として、梨璃の方は芳しくなかった。

 当然だ。

 日が落ちても夢結はまだ戻ってこない。

 楓と二水がパーティーを開いて祝ってくれたのは嬉しいが。

 やはり、大切な日に大切な人がいないというのは心にくるものがある。

 加えてレギオンメンバーの件だって、今日は全く進展がなかった。

 

「だ、大丈夫ですよ梨璃さん! 夢結様はもうすぐ戻ってくるはずですから!」

「ええ、夢結様は最近少し……いえ、なかなか……いえ、かなりポンコツ臭が漂ってきましたけれど、梨璃さんを悲しませるような方ではありませんもの」

「お主、本人がいないからって言いたい放題じゃな……」

「あはは……心配かけちゃってごめんね」

 

 梨璃の笑みも、そろそろ元気がなくなってきた。

 早く夢結が戻ってこないものか、と顔を合わせていると。

 

「──にゃー」

 

 どう入ってきたのか、ラウンジに来たのは1匹の猫。

 困惑に包まれた簡易的なパーティー会場、ただ雨嘉には来訪者に心当たりがあった。

 

「あ……その子、この前の……」

「知っているんですか? 雨嘉さん」

「うん。多分ピラトゥスに会いに行った時、触らせてくれた子だと思う」

 

 そんな猫が一体どうしたのか、と戸惑う中。

 件の猫は梨璃の元へ行くと、足をてしてし叩いた。

 痛くも何ともない猫パンチが、『何かを訴えている』と気づくには少々時間がかかった。

 

「どうしたの?」

「にゃーん」

 

 梨璃が反応すると、猫はすたすたと歩いていく。

 ある程度離れて、振り向きざまにまたひと鳴きする。

 

「『付いてきて』って言ってるみたいですね?」

「何か伝えたいことがあるんじゃないかな……?」

「……私、行ってきます!」

 

 梨璃の胸の中に、淡い期待が生まれる。

 猫の導きのままに進む度に、足取りが軽くなる。

 困惑の種は、予感の芽に変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 さて、時を同じくして。

 芳しくない表情の少女がもう一人いた。

 夢結である。

 

 わざわざ早朝から遠い甲州の地まで行って。

 ラムネを2つ──梨璃と一緒に飲みたいと思い立って買った、瓶入りのラムネを店主のご厚意でもらった小型のクーラーボックスに入れて。

 ちょっと柄にもなく、浮つくようなドキドキするような不思議な気持ちになっていたら。

 帰りの駅で『喉が渇いた』と駄々をこねる子どもがいたものだから。

 苦労して手に入れたラムネを2本ともあげてしまったのだった。

 

 もちろん、そのことに関して後悔はしていない。

 自分は正しいことをしたのだ、というちょっとした達成感もある。

 だが、それはそれとして。

 達成感を上回る落胆がある、というだけなのだ。

 

 どうしたものか、と疲れた足取りで歩いていると。

 不意にガサッという音。

 

「っ!」

 

 振り返った先にいたのは、1匹の黒猫。

 だが、ところどころに巻かれた包帯やよたよたとした歩き方が気になる。

 気になって近づいてみようとしたところ。

 

「あ、夢結」

「どうも」

 

 頭や服に葉っぱ、という少し野生的なアクセサリーを付けた二人組に出くわした。

 というか、梅と鶴紗だった。

 コソコソと茂みから出てきたその様子と、普段の梅の行動からして。

 夢結のように、予め許可を得ているわけではなさそうだ。

 

「……ここは学院の敷地ではないでしょう。何をしているの? それに、その猫は……」

「あー、こいつか。それはな……」

 

 帰路につきながら、梅は今日の出来事と事情を話した。

 ピラトゥスに、傷ついた黒猫を任されたこと。

 そして、この黒猫の住処に心当たりがあった梅が、一応確認のためにそこに行っていたこと。

 案の定、そこが黒猫がよく来る場所だったと分かったため、とりあえず帰ってきたこと。

 鶴紗が付いてきたのは、任された責任と単純な猫好きとしての興味である。

 助けたこともあってか「仲間に入れてもらえたかもしれない」とは彼女の言葉だ。

 

「……仲がよろしくて、結構ね」

「あれ、校則違反とか言わないのか?」

「私の役割ではないでしょう。というか、今日はそんな気力が……」

 

「寂しがってたゾ、梨璃」

「え……?」

 

 寂しがっていたという理由がいまいち見えてこない夢結。

 確かに、最近の梨璃は夢結にべったりだ。

 だが、直接伝えていなかったとはいえ、夢結がどこに行ったかは学院に聞けば分かることだろうに。

 そこまで寂しがりな子だっただろうか。

 

「誕生日なのに夢結が朝からずっといないんだもんな。おまけに今日もレギオンの欠員埋まらなかったみたいだし」

 

 しかし、梅の話を聞いて己の推測が見当違いだったことを知る。

 誕生日は、この世に自分が生まれた大切な日だ。

 そんな日は大切な人と一緒に過ごしたい。

 そんな単純で当然のことが、どうして分からなかったのか。

 

「あ、でもあれだろ、夢結はラムネ探しに行ってたんだろ?」

「……何故それを……」

 

 むしろ何故バレていないと思ったのか。

 梅は面白そうに笑った。

 

「だってよりによって誕生日にシルトをほったらかしてまで、他にすることあんのか?」

「……ええ、ないでしょうね」

「だろだろ!? 早くプレゼントしに行ってやれよな!」

 

 死んだ目をした夢結と、ワクワクしている梅の温度差。

 この微妙な食い違いに気がついたのは、鶴紗が一番乗りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢結も事情を話した。

 その話を聞いた2人の感想は一つ──『ドンマイ』だった。

 

「そっか……そりゃご苦労だったな。けど、良いことしたじゃないか」

「別に、後悔はしていないわ」

 

 本心6割、強がり4割の発言。

 なんとなく見え透いていたが、触れないでやることも優しさである。

 

「まぁ、間の悪いことはあるもんだよなぁ」

「にゃあー」

「……んっ?」

 

 不意に、鶴紗に抱きかかえられた黒猫が包帯の巻かれた前足を伸ばす。

 その先には、反射して光った何か。

 

「これ……」

「どうした?」

 

 鶴紗と黒猫に続いて、梅と夢結も寄ってくる。

 光ったものが入っていたのは、植物が絡みついた古いゴミ箱。

 そして、『光ったもの』の正体は独特な形のガラス瓶。

 

「これは……?」

 

 何故だろう、なんか嫌な予感がする。

 具体的には、これをつい最近見たという既視感が夢結にはあった。

 その傍目に、梅はこれまた植物に覆われた──自動販売機を見つけた。

 

「ん……んん?」

 

 何を売っているのかは蔦と闇で分からない。

 ダメ元で硬貨を入れてみる。

 すると、自販機の窓の奥から明かりが灯った。

 

「あ、節電モードか」

 

 早速、お金が入ったことで開くようになった扉を開ける。

 手を突っ込んだ梅が取り出したのは──さっき見たガラス瓶の、()()()()

 

「『ラムネ』……」

「にゃー……」

 

 ……『灯台下暗し』とは、よく言ったもので。

 一体何のために早朝から出かけたのだろう、と。

 

「……」

「あっ、夢結!」

 

 必要なかった疲労と、今日一番の落胆に。

 思わず、夢結は膝から崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あ……! お姉さまっ!」

 

 何はともあれ、なんとか辿り着いた夢結を出迎えたのは。

 彼女の「妹」──梨璃だ。

 夢結を見つけるや否や、見て分かるほどぱぁっと顔を輝かせて飛び出した。

 主人の帰りを待っていた犬はこんな感じだろう。

 

「梨璃……」

「お帰りなさい、お姉さまっ!」

 

 反対に、夢結は申し訳ない気分だった。

 誕生日なのに、梨璃をほったらかした挙句。

 プレゼントも大したものを用意できなかったのだから。

 

「どうして……?」

「猫ちゃんが連れてきてくれたんです。きっと、お姉さまが来ることを教えてくれたのかな?」

「そう……」

「……お姉さま?」

「……少し、準備があるから。先に待っていてもらえるかしら」

「はいっ!」

 

 一足先に戻っていった梨璃を見送って。

 夢結は小さく、だが深いため息をついた。

 

「梅」

「なんだ?」

 

 夢結は相変わらず目を合わせず。

 

「大丈夫かしら、こんなプレゼントで」

「夢結が選んだんだし、梨璃も喜ぶだろ!」

 

 梅は相変わらず笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢結は帰還を報告し、鶴紗と(主に)梅は後で呼び出しを食らった後。

 

「うわぁ……!」

 

 テーブルに広げられた2種類のラムネ──結局自販機で買った瓶のラムネと、昨日買ってラッピングまでしたお菓子のラムネに。

 皆の予想通り、梨璃はキラキラと目を輝かせた。

 

「ほほう、これが噂のラムネか」

「お姉さまが……私のために……?」

「どうだ、梨璃!」

 

 不安そうな夢結に代わって、何故か梅がドヤ顔を披露する。

 

「嬉しいです! これ正門のそばにある、自動販売機のラムネですよね!」

「やはり知っていた……」

「ええ……そうね……」

 

 ザクッ、と夢結の心にダメージが入った。

 それには気づくことなく、梨璃は心底嬉しそうに続ける。

 

「お休みの日にはよく買いに行ってたんですけど……やっぱりお姉さまも知ってたんですね!」

 

 ……もうやめてあげてほしい。

 純粋に喜んでくれているだけに、夢結のダメージが尋常ではなかった。

 「そうは見えませんが……」とボヤく楓、大正解である。

 

「所詮、私は梨璃が思うほど大した人間ではないということよ……」

「え!? そんな! 夢結様は私にとっては大したお姉さまですっ!」

「断じてノーだわ……貴女がそこまで喜ぶようなことを、私ができているとは思えないもの……」

「そんなのできます! できてますよ!」

 

 なるほど、これは重症だ。

 梨璃がこれだけ言っても、夢結のネガティブな思考は止まらない。

 普通は、いくら誕生日だからってわざわざ朝っぱらから遠出したりはしない。

 故に、称賛されてもいいくらいだが気づかない。

 

「じゃ、じゃあ、もう一個いいですか?」

 

 夢結の承諾の言葉に、立ち上がって両腕を広げる。

 一瞬だけためらって、でも『誕生日だから』と自分に言い訳して。

 

「お……お姉さまを私にくださいっ!!」

 

 大胆な告白を、ついに実行した。

 

「は……!?」

「梨璃さん過激ですっ!」

 

 外野の反応もなんのその……というよりは。

 後ろ向きに回り続ける思考のせいで、気にかけるほどの余裕がない夢結は。

 だらりと力を抜いた姿勢で自身を差し出した。

 

「……どうぞ」

「はいっ!」

 

 今日一番の元気で嬉しそうな梨璃の声。

 そんな彼女の次なる行動は──

 

「「!?」」

 

 ──夢結をギュッと抱きしめることだった。

 しかも、人前で堂々と、である。

 

「……私……汗かいてるわよ」

「……ぶどう畑の匂いがします」

 

 それは、夢結が梨璃のために頑張っていた何よりの証。

 結果はどうあれ、努力は無駄ではなかったと。

 故郷を想い、「プレゼント」に喜ぶ梨璃の笑顔が心を温かくする。

 

「──やっぱり……私の方がもらってばかりね」

「お、お姉さま……?」

 

 柔らかく微笑んだ夢結が、腕を背中に回す。

 『生まれてきてくれてありがとう』という気持ちを込めて。

 『出会ってくれてありがとう』という気持ちを伝えるように。

 

「梨璃、お誕生日おめでとう」

「ふわっ……!?」

 

 不器用ながらに、梨璃を強く抱きしめた。

 

「は、破廉恥ですわお二人とも!」

「ごごご号外ですぅ!」

 

 周囲の騒がしい声も届かない。

 今だけは完全に2人の世界に入っていた。

 

「はぁ〜〜……」

 

 これ以上ないくらいの幸せに、梨璃の頬がほんのりと色づいていく。

 

 ……ところで。

 今までの行動から、なんとなく察しがつくと思うが。

 この白井夢結という少女は不器用である。

 どのくらい不器用かというと、こうなるくらいには不器用だ。

 

「あ……?」

 

 なんか人体から鳴っちゃいけない音がする。

 具体的には締め上げられてるみたいな。

 というか、自分(梨璃)の体から。

 

「お……お姉さま……う、嬉しいんですけど……」

 

 急激に梨璃だけ現実に引き戻される。

 どんどん腕の力が強くなっていって、圧迫感が増す。

 

「あの……くっ、苦しいです……!」

「なんて熱い抱擁です!?」

「お姉さま……私、どうすれば〜……!」

「わしが聞きたいのじゃ」

 

 (シルト)をサバ折りするつもりなのだろうか。

 夢結は話を聞いていないし、助けを求めようにも周りもお手上げだった。

 

「夢結様がハグ一つするのも不慣れなのは分かりましたから、梨璃さんも少しは抵抗なさーい!!」

「はわわわわわわ……!?」

 

 ──ボフっ、と。

 ついに幸せと物理的な苦しさでオーバーヒートを起こした梨璃がダウンした。

 目をぐるぐる回して、湯気すら見えそうなその姿は。

 いかにも『限界です』という風だ。

 

「梨璃!?」

 

 こちらもようやく現実に戻ってきた夢結が、腕の中でぐったりする梨璃に軽く動揺していると。

 

「あっははははははははは!」

 

 梅は心底面白いものを見たとばかりに。

 大口を開けて笑い出した。

 

「楽しそうね……梅」

「はー……こんな楽しいもの見せられたら、楽しいに決まってるだろ! あはははは!」

 

 夢結が睨むも、ほんのり赤くなった顔では怖くない。

 腹を抱えて大笑いする梅には何を言ってもダメだろう、と諦めた。

 

「私にできることは、このくらいだから……」

「ははは……そ、そんなことないゾ、夢結」

「……?」

 

 笑いすぎたあまり、出てきた涙はピッと拭って。

 

「さっき鶴紗と決めた。今更だけど、梅と鶴紗も梨璃のレギオンに入れてくれ!」

「生憎個性派だが」

 

「あ、あのー……だから、私じゃなくてお姉さまのレギオン……えっ!?」

 

 ようやく復活した梨璃は、言葉を理解すると一拍遅れて驚く。

 その傍ら、二水は鼻にティッシュを詰めて「これで9人揃っちゃいますよ!?」と興奮気味だ。

 

「あらあら、これは嬉しいですね♪」

「おめでとう、梨璃」

「なんじゃ騒がしい日々じゃのう」

「梅は誰のことも大好きだけど、梨璃のために一生懸命な夢結のことはもっと大好きになったゾ!」

 

 それは嘘偽りない、梅の本心。

 今まで見守るだけで何もできなかった梅の代わりに。

 過去の苦しみから連れ出してくれた梨璃が変えてくれた。

 そんな梨璃に『姉らしいことをしたい』だなんて言って。

 プレゼントを探して空回りする、そんな愛すべき姿は。

 以前なら、本当に考えつかないものだから。

 

「梨璃!」

「はっ、はいっ!?」

 

 まあ、こんな日くらい「姉」としてカッコつけさせてやろうじゃないか。

 何せ大切な「妹」の誕生日だ。

 そんな日くらい、皆が笑顔で終われたっていいだろう?

 

「まっ、今日の私らは夢結から梨璃への誕生日プレゼントみたいなもんだ」

「遠慮すんな。受け取れ」

「梅様、鶴紗さん……こちらこそよろしくお願いします!」

「これは……汗をかいた甲斐もあるというものね……」

 

 ようやく夢結の表情からも、不安が消え去る。

 梨璃の誕生日は嬉しい出来事で終わりを迎えた。

 

 

 ……ところで。

 

「それはそうと! お二人いつまでくっついてますの!?」

 

 もう我慢ならないとばかりの楓の声は、ラウンジによく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──すっかり静かになった真夜中の百合ヶ丘、そのラボでは。

 

「はー! 終わったー!!」

 

 世界有数のアーセナルとして名を馳せる真島百由が叫んでいた。

 幸いにして、窓や扉は完全に閉まっている。

 そうでなければ翌朝、彼女にクレームが来ているだろう。

 

「さってとぉ! 完徹の毎日にもこれでお別れ! 私は寝るのよ! これからっ!」

 

 実に5日目の徹夜。

 半ば気絶する形で途切れる前も含めると、1週間以上にも及ぶ戦い(論文作成)だった。

 そりゃテンションだって(ハイ)になる。

 この騒がしさ極まる独り言は当然の結果といえた。

 

 数分後、彼女が発している謎の笑い声が寝息に変わった頃。

 窓ガラス越しに月明かりが照らしたのは。

 完成した論文──ではなく、1枚の紙切れ。

 何度も書き加えて、何度も線で消して。

 ボロボロになったメモのタイトルにはこうあった。

 

 「特型ヒュージ『ピラトゥス』の研究結果と考察について」と。

 




課題に死に物狂いになっている間に、ラスバレ1周年のしぇんゆーASMRメモリアで過呼吸からの泡吹いて階段から転げ落ちて何故か耳をかっ切りました(実話)
何あのしゅけべメモリア……!?!?

【キャラ設定】その12(今回はおまけ小話)

『誕生日の後日談』

 百合ヶ丘女学院ではピラトゥスが近辺に住みついて以来。
 定期的に調査隊を派遣している。
 今は『危険性があるから監視する』というよりは。
 『謎多き生態を解明するため』という側面の方が大きい。

 さて、その調査隊だが。
 人数はレギオン1つ分。
 分析に優れた工廠科から2〜3人、残りは普通科のリリィで埋める。
 今では希望者を募って抽選で結成することになっている。
 もはや無害判定の小竜はちょっとした人気があった。
 そんな抽選を今回は勝ち抜いた一人が、一柳梨璃である。

「来たよー! ……って、あれ?」
「なー」
「猫ちゃんしかいない?」

 いつもピラトゥスが住処にしている洞穴には、猫が数匹。
 だが、肝心のピラトゥスの姿は見当たらない。

「え、いないの?」
「猫ちゃんならいるんですけど……」
「おっかしいわねー、あいつには来るタイミング伝えてあるはずなんだけど」

 ヒュージでありながら、人の話──最近では文字すら読み書きできることも発覚した、高度な知能を見込んで。
 週一の昼頃に来ると伝えていたのだが。
 一体何があったのか、と考えたところで。

「キュイ?」
「「あ」」

 いた。のそっと出てきた。
 しかも、森の方から。

「ちょっと時間過ぎてるよ……って、何その格好ずぶ濡れじゃん!?」
「わっ、あちこち海藻も付いてる!」
「ホント何してきたの!?」
「キュイー」

 『サーセン』とでも言いそうな軽い会釈を振りまきつつ。
 小さな竜は梨璃の姿を見るなり、一直線に寄ってきた。

「どうしたの?」
「キュイ!」
「ふわぁ……! 綺麗……!」

 大事そうに握りしめていた手を開くと。
 黒い手の中で、星のようにシーグラスがきらめいていた。

「すごーい! これを私に?」
「キュイキュイ!」
「でも、なんで?」
「キュイ!」

 ピラトゥスが地面に爪を滑らせる。
 『6/19』と書かれたその数字は、梨璃には心当たりしかない日付で。

「私の、誕生日?」

 ブンブンと頭を縦に振る。
 ついでに、先端に刃物が付いた尻尾もゆらゆら。
 そんな姿に、誰もが思わず顔を綻ばせる。

「えへへ、ありがとうっ!」

 梨璃が見せた、花が咲くような笑顔に。
 小さき竜は嬉しそうに頷いた。

 ──なお、遅刻したことはしっかり怒られた。


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個人的に一番好きなのはサーモン、鮭じゃなくてサーモン(圧)

前回偉そうに寮のこと書いたけど、百合ヶ丘の寮から中庭(?)って見えるのか?(全く位置どり把握してない)
あと、サブタイは大体その場の気分で決めています。


 Heart+Heartは2番サビ前の吐息みたいに歌うところが良い(挨拶)

 そんな俺は今、海で魚を捕まえているところですねー。

 前回、梨璃ちゃんのとこに行ったであろう猫。

 あれって、俺が差し向けた奴なんだよ。

 その時、交換条件で『ちょっと良い飯が欲しいなー、獲ってきてくれたらお願い聞いてもいいんだけどなー?』ってチラチラされて。

 で、海女さんごっこしてるってわけ。

 後悔はしてない。

 だって俺の(命以外の)犠牲で梨璃ちゃんが笑顔になるなら、別にいいかなって(諦観)

 おかげで、たづまいが『9人や、ウチらを入れて』とレギオン加入したはず。

 アイドルも演劇も、9人いないと始まらないしな!

 

「──ッ!」

 

 あ! 来ました!

 来ましたよーマグロ!

 『前世』の俺もなかなかありつけなかった活きのいいマグロ!

 あいつこれ要求しやがったからな!!

 なまじっか泳ぐの速いから苦労するのにな!?

 しかも獲っても俺食えないのが惜しまれる……!

 マグロは魚の中で2番目に好きなんだけどなー!!

 

「!?」

「──!!」

 

 獲ったどー!

 デカいの獲ったどー!!

 ひゃー、活きがいいっすねー!

 苦労するとは言ったが、獲れないとは言ってない。

 とっとと持って帰らないとな、魚は新鮮さが命だから。

 ……それに。

 

 『原作』に基づいて考えたら。

 梨璃ちゃん誕生日回の後は、確かまた厄介なヒュージが来てたはず。

 どんなイレギュラーがあるかは分からない。

 行けるなら行かないと。

 え? 最初に危惧してた『原作介入』の話?

 いや、忘れてたわけじゃないんだぜ?

 でもどうせ、土壇場で考えが吹き飛ぶだろうし。

 もういいやって。

 それに、本来なら平和で年相応の暮らしができるはずの女の子たちに。

 任せっきりっていうのも、なんか違うじゃん?

 野郎なら、それくらい頑張らないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 レギオン『ラーズグリーズ』──通称『一柳隊』の発足。

 梨璃はてっきり『白井隊』だと思っていたらしいが。

 このレギオン自体、彼女の働きで生まれたようなものだ。

 満場一致で梨璃が隊長に着任した。

 もちろん、夢結も未熟なシルトを支えてくれるとのことだ。

 ただし、弛んでいれば「責任を持って突っつく」とも付け加えて。

 

 そして、今の一柳隊はというと。

 

「──ここで見学、ですか?」

 

 一柳隊総出で来たのは、廃墟群の屋上。

 パラソル付きのテーブルやティーセットまで用意してある。

 

「私たちの戦闘を見学するなら、特等席でしょ?」

「あの夢結がシルトのために骨折りするなら、協力したくもなるでしょう?」

 

 世界最高峰のレギオン『アールヴヘイム』の2年生──『天野(あまの)天葉(そらは)』と『番匠谷(ばんしょうや)依奈(えな)』は。

 からかうような、微笑ましいような目で夢結を見た。

 そもそも、アールヴヘイムのような凄腕のレギオンが、結成したばかりの一柳隊に協力しているのは。

 初代アールヴヘイムとして関わりがあった、夢結からの頼みだったからだ。

 そして、あの『夢結』が。

 こうしてシルトのために、頼ってきてくれるなんて。

 

「ふふ……夢結をこんなにかわいらしくしちゃうなんて、あなた一体何者なの?」

「え? 私はただの新米リリィで……」

「ありがとう、天葉」

 

 少しだけ圧を感じる夢結の礼も、天葉は「貸しだから」と軽く返した。

 だって、あの『夢結』が。

 「シルトに近づく同級生にちょっとやきもちしている」だなんて。

 当時を知る者からすれば、その変化がかわいく見えて仕方ない。

 

「ノインヴェルト戦術が見たいんでしょ? お見せする間もなく倒しちゃったら、ごめんなさいね」

 

 そう言う依奈も、どこか微笑ましそうな様子で。

 2人が行った後も、なんだかむずがゆくて気まずい雰囲気になってしまった。

 故に、雰囲気を変えようと夢結が問いかける。

 

「時に梨璃……貴女レアスキルは何か分かったの?」

「え? あれから何も……私にレアスキルなんて、ないんじゃないですか?」

 

 あはは、と頬を掻く梨璃の言葉に。

 ふと、ルームメイトの『(はた) (まつり)』の言葉を思い出す。

 

 

 ──レアスキル『カリスマ』

 

 類い稀なる統率力を発揮すると言われる、支援と支配のレアスキル。

 それが、梨璃のレアスキルではないかと見当をつけていた。

 そして暗に「夢結が梨璃の手の内にある」という可能性も示唆していて。

 尤も、そう考えたくはないのだが。

 

「そう……気にすることはないわ。何であれ、私のルナティックトランサーに比べれば……」

「いけません! そういうの!」

 

 夢結の自嘲を遮って、梨璃が立つ。

 

「そんな風に自分に言うの……お姉さまは、何をしたって素敵です!」

 

 その言葉が、彼女の本心であることが分からないわけではない。

 その想いが、信じられないわけではない。

 でも、それを真正面から受け止められるほど、自分のことを受け入れたわけでもなくて。

 

「……そうね。そうありたいと、思うわ」

 

 目線も合わせずに、そう返す。

 願望じみた返答だったけれど、梨璃は黙って座った。

 

 

 

 

 

 

 海からの襲撃者は水柱を上げてやってくる。

 ジャラリ、としなる鎖のムチが派手にやるそれは──

 

「私たちに陽動を仕掛けた!?」

「ヒュージのくせに小賢しいじゃない!!」

 

 攻撃というよりは、注意を引く陽動。

 あの小竜は別として、考える知能もないはずのヒュージにしてはおかしい動きだ。

 さらに。

 

「あっ!?」

「■■■■■■■■■!」

 

 水面から飛び出し、ついに(あらわ)となるヒュージの姿。

 そいつの姿を一言で言えば、イカが最も近いだろう。

 耳障りな咆哮を上げるそいつの『目』にマギの光が宿る。

 

「押されてるな。アールヴヘイム」

「ええ。あのヒュージ、リリィをまるで恐れていない……」

 

 何もかもが今までのヒュージとは違っていた。

 それも、悪い意味で。

 

「こいつ、戦いに慣れてる!?」

「アールヴヘイムはこれより、上陸中のヒュージにノインヴェルト戦術を仕掛ける!」

 

 天葉の号令で、レギオン全体の動きが変わった。

 作戦開始の合図は、CHARMに特殊弾が装填される音。

 瞬間、メンバーの表情にわずかな緊張が走る。

 

「よく見ておきなさい」

「は、はい……」

 

 ノインヴェルト戦術とは『9つの世界』を意味する、謂わばリリィの必殺技。

 マギスフィアを、9つの世界に模した9本のCHARMでパスしながら成長させ。

 ヒュージに向けて放つ戦闘法だ。

 その威力は絶大で、あらゆるヒュージに対する決定打となる。

 ただし、それと引き換えにリリィのマギとCHARMを著しく消耗させる。

 まさに、文字通りの諸刃の剣。

 成功すれば必勝、失敗すれば危険が跳ね上がる。

 

 

「不肖、遠藤(えんどう)亜羅椰(あらや)! フィニッシュショット、決めさせてもらいますっ!!」

 

 そう、成功すれば必勝──()()()()()

 

「何!?」

「フィニッシュショットを止めた……?」

「嘘っ!?」

 

 直前で展開したのは『マギリフレクター』。

 ヒュージが持つ防御手段であり、今までもこれを使う個体がいなかったわけではない。

 しかし、ノインヴェルト戦術を防ぐほどの強度を誇るものは見たことがない。

 

「何じゃ──!?」

「えっ……!?」

 

 そして、夢結は確かに見た。

 マギリフレクターの端にブレて浮かぶ、ルーンを。

 しかも、それにはどこか見覚えがあって。

 

「こんにゃろぉおおおおおおおっ!!」

 

 天葉のダメ押し、マギの輝きが強さを増す。

 ギリギリとせめぎ合って、そして──

 

 

 ──パキリ、と音が聞こえた。

 

 

 幾分か威力が弱まってしまったが、マギによるバリアは破れ。

 マギスフィアが着弾する。

 

 巻き起こる、核弾頭も真っ青の派手な爆発。

 立ち上がる、マギの(いかずち)を纏った黒煙。

 代償は、天葉の愛機『グラム』の全壊。

 天葉本人が無事なのは、彼女のシルト『江川(えがわ)樟美(くすみ)』が特注のパラソルで回収していたからだ。

 

「もう……天葉姉さま、危ないです……!」

「不本意ですが、アールヴヘイムは撤退します」

 

 アールヴヘイムの主将が実質戦闘不能となった結果だった。

 武器もないのにヒュージと戦うなんて、無謀もいいところだ。

 さらに言えば、最近のアールヴヘイムは外征続きで疲労もそれなりに蓄積している。

 よって、それらを考慮した彼女の判断は正しい。

 

「──くっ!」

 

 しかし、その判断を自分が受け入れられるかどうかは別であり。

 撤退せざるを得ないことが、悔しくて仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「アールヴヘイムが、ノインヴェルト戦術を使って仕損じるなんて……」

 

 それは「世界最強クラスのレギオンですら敗れ得る」という現実。

 「世界最強」は「無敵」とイコールで結ばれているわけではないのだ。

 そして、梨璃は気がつく。

 

「っ!?」

「梨璃さん!」

「あのヒュージ、まだ動いてます!」

 

 燃える朱の中に佇む、異形の姿に。

 

「黙って見てたりしたら、お姉さまに突っつかれちゃいますから!」

「どさくさ紛れに、一柳隊の初陣ですわね」

 

 だからとて、絶望はしない。

 むしろ、一柳隊の士気は満ち溢れている。

 それに、だ。

 

 ──突然、海の匂いを連れた風が一つ。

 

「あっ……!」

「キュッキュイーッ!」

 

 翼を広げてどこからか飛んできたのは、リリィと友好を結ぶ異形──ピラトゥス。

 大方、異常を察知して駆けつけたのだろう。

 

「一緒に戦ってくれるの?」

「キュイッ!」

「ありがとう!」

 

 何にしろ、頼もしい援軍であることに間違いない。

 だが、油断は禁物だ。

 何せ相手は、アールヴヘイムすら退けたヒュージなのだから。

 

(お姉様……私たちを守って)

 

 夢結のペンダントを握る手に力が込もる。

 今は亡き「姉」に縋ってしまうのは、隠し切れない不安の表れだった。

 

 ──共闘、開始。

 




メインストーリー2章履修後の作者
「うちのオリ主、神琳さんと聖恋ちゃんの声を聞いて宇宙猫になりそうだし、来夢×聖恋の関係を知ったら死にそう」

そしてUA1万越えしました! これも全て皆様のおかげです! それに伴い、少し本編とは関係ない情報を解禁します。
以前「UA10万と本編完結したら〜」みたいな話をしたと思いますが、あの自己満足の内容は「他の作家さんの作品とコラボする」というものです。個人的に好きな作品の作者さんにお願いして、うちのオリ主を本格派遣したいのです。ね? 自己満足でしょ?


【キャラ設定】その13

前回のおまけ小話でもあったオリ主の「尻尾ゆらゆら」は完全に無意識。もちろん意識すれば自由に動くが、特に何も考えていないと感情に合わせて動く。ちなみにオリ主自身はまだその癖に気づいていない。


そろそろ公開できるネタがないので、みんな活動報告の『質問箱』に質問投げて……気まぐれに拾ったり拾わなかったりします。


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敵のパワーアップイベとか1ナノも嬉しくない……

ごめんなさいpixivで吸血鬼パロしぇんゆー作ってたら遅れました!
ところで、みんなこの作品なんて呼んでるんです? 個人的にはずっと『転生ヒュージの話』って呼んでんですけど、Twitterでは『百合キャンセラー』って呼ばれてるっぽいんですよね。


「ヒュージがノインヴェルトを無効化するとはな……損害は?」

「人的な損失はありません。ただ、CHARMが半壊6に全損1。これだけでも甚大な損害です。アールヴヘイムは当面、戦力外となるでしょう」

 

 ──百合ヶ丘女学院理事長室にて。

 戦場のリリィたちを見下ろすのは、このガーデン唯一の男性であり。

 理事長代行を務める御老公『高松(たかまつ)咬月(こうげつ)』と。

 百合ヶ丘の全レギオンを統括する『ブリュンヒルデ』の役割を担う3年生『出江(いずえ)史房(しのぶ)』だった。

 「リリィは兵器だ」と考えている人間も、少なからず存在するが。

 咬月の考え方は少女たちを第一としたもので、極めて良心的と言えた。

 

「リリィが無事なら何より。バックアップは?」

「非公式に戦闘に居合わせていた一柳隊が、一時的に引き継いでいます」

「一柳隊……結成されたばかりじゃな」

「はい。実力者は多いものの、何せ個性派揃いなので、レギオンとして機能するのはまだ先かと……あ」

 

 端末に送られてきた情報に、思わず史房の声が漏れる。

 「どうした」と問いかけられ、報告を続ける。

 

「バックアップに追加戦力、例の特型ヒュージです」

「確か、ピラトゥスと呼ばれている個体だったか……」

 

 ヒュージでありながら人を守る、異端の怪物。

 最近の調査では、人間と同レベルの知能を有するとされる竜。

 その特殊さ故に、咬月は存在こそ上層部に報告したが。

 今では、居場所や目撃したという報告はしていない。

 

「──史房君は、ピラトゥスをどう考えている?」

「そう、ですね」

 

 咬月──理事長代行の言葉の意味を考える。

 実際に会った時のことを思い出しながら。

 じっくり、自分の中で意見を組み立てていく。

 

「とても、ヒュージとは思えませんでした」

 

 それこそ「あれは着ぐるみで、中身に人間が入っている」と言われても信じてしまえるくらいには。

 

「最初はCHARMを向けて警戒しながら近づいたんです。普通は武器を向けられたら、向けられた方も警戒しますよね」

 

 しかし、小さな竜は違った。

 

「もちろん、多少怯えたりはしていました。でも、敵意が全くなかったんです。しばらく後になって、どうしてあの時何もしてこなかったのか尋ねてみたら……なんて返ってきたと思いますか?」

「……何と返ってきたのかな?」

 

「『だって悪い人じゃないから』ですって」

 

 ヒュージに感情を表す機能はないはずなのに。

 その時の『当然でしょ?』と言わんばかりに、きょとんした反応を思い出して。

 史房は小さく微笑んだ。

 

「ほう……」

「ヒュージが『人類の敵』で、リリィが『人々を守る存在』だということを理解しているみたいなんです」

 

 だからこそ、自分はあいつら(ヒュージ)とは違うと。

 そう証明するために、同族を屠っている。

 リリィと積極的にコミュニケーションを取っている。

 何か楽しい話を聞かせれば、面白そうに頷くし。

 何か愚痴を聞かせれば、励ましてくれるし。

 何か悲しい出来事を聞かせれば、一緒に悲しむ。

 

「そんな『心』を持ったピラトゥスに、もしCHARMを向けろと言われたら……」

 

 ──どうしても躊躇してしまう。

 

 もちろん、万が一ピラトゥスが人を襲ったとなれば。

 最終的に、仕留めることはできると思う。

 しかし、すぐにできるかというと難しいのだろう。

 

「……そうか」

「リリィとしては、正しくない考えだということは分かっています。ですが……」

「いや、その判断は間違っていないと思っている」

 

 その一言と共に、咬月が引き出しから取り出したのは。

 少し分厚い1冊の紙束。

 表紙には「特型ヒュージ『ピラトゥス』の研究結果と考察について」とある。

 

「それ、百由さんの……」

「このレポートの内容を簡単に言うとじゃな──」

 

 それは、未だ仮説段階にいる着想の一つ。

 しかし、最も辻褄が合う仮説である。

 だが、いずれにしても。

 

「特型ヒュージ『ピラトゥス』は元人間だったかもしれんということらしい」

 

 彼女を驚かせるには、十分過ぎる代物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──ビュッ、と風を切る音。

 

「キュイー!」

 

 一番槍を務めたのはピラトゥス。

 素早くヒュージの前に出たかと思うと。

 

「キュイッ!!」

「■■■!?」

 

 以前と同じ、『目』を狙った一撃を食らわせた。

 しかも、角を利用した頭突きときた。

 小さき竜の狙いは、やはり囮。

 

「■■■■■!」

「キュッキュイ!」

 

 翼を打って高度を稼ぐ。

 自分のものとよく似た鎖の触手が追ってくる。

 やはり、同族からの攻撃は動揺するものなのか。

 完全に注意はピラトゥスに向いた。

 

「練習通りにタイミングを合わせて!」

「は、はいっ!」

 

 その間に夢結と梨璃が接近する。

 着地と跳躍を繰り返して、小さな竜が作った隙に合わせるように。

 眼前の巨体を捉え、夢結は気づく。

 

(古い傷のあるヒュージ? これもレストア?)

 

 やけに最近は出くわすようになった、と考えたのは一瞬。

 その辺りの考察は後回しだ。

 

「「はああぁぁぁっ!!」」

 

 呼吸も合わせた2人が、ヒュージの身体を抜けた。

 これで倒れるなんて、微塵も思っていないが。

 ダメージくらいは与えられた。

 その証拠に、ヒュージは金属が擦れ合うような耳障りな声を上げている。

 

 しかし、異変はすぐ起こった。

 

 

 ヒュージの巨体が、()()()()()()()()のだ。

 

 しかし「倒したのか」と訊かれたら「違う」と言える。

 触手はピラトゥスを追うことを中断したが。

 依然としてうねっていて、『息の根を止めた』とはとても言えない。

 

「何ですの!?」

「キュイ……!」

「あっ……」

「あの光はっ……」

 

 驚いたのはそれだけではない。

 かっ開いたヒュージの間──つまり、ヒュージの中にあるものが光っている。

 

「……あっ?」

 

 マギが巡る血管の如き模様。

 それが剥き出しになった『肉』に突き刺さるのは。

 

「あれは……CHARM……!?」

 

 青い光を放つ金色(こんじき)の大剣。

 しかも、その剣には梨璃ですら──否、()()()()()()()見覚えがあった。

 あれは2年前、初めて梨璃が出会った日に。

 夢結が持っていたものと同じだから。

 

「あっ……」

 

 そして、夢結も覚えていた。

 忘れるわけがない。

 だって、あの満月の悪夢の日まで使っていて。

 『()()()()()()()()()()、あのCHARMだった、か、ら……?

 

「あれ……私のダインスレイフ……」

 

 ……いや、待て。

 今、自分は何だと思った?

 ダインスレイフで『姉』を貫いた?

 そんなまさか、そんなの、まるで──

 

 ──自分が、美鈴様を『殺した』みたいじゃないか。

 

 眠っていた記憶が目を覚ます。

 

 

 『赤』が滴り落ちる。

 大剣が貫いたのは『異形』ではなく、『人間』。

 傷だらけの『お姉様』は、夢結に何かを伝えていた。

 

 ──分からない。

 

 夢結は動けない。

 目の前と過去が混ざり合って、分からなくなる。

 足が縫いつけられてしまったように、動かなくなる。

 

「ぅっ……」

 

 その隙にも、鎖の触手はじわじわと迫っていて。

 戦場での油断は死に繋がることくらい、身を以て知っているのに。

 

「お姉さま!!」

「キュッキュイ!」

 

 飛び出したのは梨璃。

 夢結に代わって、銀を防ぐ。

 遅れて飛んできたピラトゥスも応戦する。

 剣で弾く、拳ではね返す。

 剣でいなす、翼で滑らせる。

 

「お願い!」

「キュイッ!」

 

 タイミングを合わせて、触手同士でぶつける。

 梨璃目がけてきた触手の一つを、竜の手が掴んで払う。

 まともに飛べる分、ピラトゥスの方が若干余裕はあるものの。

 その分を梨璃のフォローに回していて、結局ギリギリだ。

 

「くうぅぅぅっ!?」

 

 目まぐるしく世界が回る。

 防いだ反動で、少女と小竜の距離が開く。

 

 それが、マズかった。

 

「あっ──」

 

 好機とばかりに、梨璃のもとへ触手が殺到する。

 

「キュイッ!!」

 

 しつこい触手を振り切って、ピラトゥスが駆けつけるも手遅れ。

 梨璃は、球体となった鎖の中に閉じ込められた。

 

「梨璃!?」

 

 ようやく現状を理解した夢結に、津波の如く銀が迫り──

 

「キュイーッ!!」

 

 直前に割り込んだ影が、夢結の体を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ぁっ……」

 

 間一髪だった。

 もし咄嗟にピラトゥスが、夢結を掴んで跳んでいなければ。

 相応の質量を持った触手が、叩き潰していたかもしれない。

 だが、それは今の彼女にとって。

 最も気がかりなことではない。

 

「梨璃……みんな……どこ?」

 

 地面に転がった夢結が見たのは。

 朦々(もうもう)と広がる、黒い砂煙と。

 目の前に浮かぶ、淡く光る鎖の球体。

 

 ジャラリ、と音がする。

 

「あぁっ……!?」

 

 鎖の球体が解けると──中身は空っぽ。

 守るべき、導くべきシルトの姿はどこにもなかった。

 

「はぁぅ……!?」

 

 重なる──眼前の敵がもたらした現実が。

 

「……梨璃……美鈴様……っ!」

 

 重なる──今とかつて、消えた2人が。

 

「ぁぅっ……」

 

 重なる──あの満月の悪夢が。

 胸を押さえていたって変わらない。

 

「ぅぅ……っ」

 

 ──同じだ。

 

 また夢結は、大切な人に守られて。

 でも、自分は何もできなくて。

 その結果、また大切な人を失って。

 そんなことを繰り返している。

 

「うぅぅぅぅ……」

 

 過去と今が一つとなった瞬間、狂乱の炎が少女の瞳に燃え上がる。

 

 

 

 

「う……うわあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 その咆哮は、どこまでも憎悪が込もっていて。

 それでいて、どこまでも悲痛な叫びだった。

 

 狂気に満ちた闇の中、手探りで得物に触れると。

 

「あああぁぁっ!!」

 

 白い獣と化した少女が、武器を手に駆ける。

 傷を負うことも厭わない姿は。

 まるで本物の獣のようだった。

 

「うっ……!!」

 

 ヒュージに呑まれたダインスレイフが光を放つ。

 夢結を、破滅へと(いざな)うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さま!」

 

 心配そうに、訴えるように叫ぶ梨璃ちゃんの声も届かない。

 物理的な距離としても、今の心の距離としても。

 

「夢結様、なんて戦い方……」

「あれじゃ近寄れんぞ」

 

 ──結論からして、原作通り梨璃ちゃんは無事だった。

 しっかり梅様に救出されていた。

 びっくりだよな……本編でも残像が残ってんだって。

 俺は何度見直しても見えなかった。

 あの、動体視力的に、一時停止が追いつかねえの……!

 

「かわいいシルトを放って何やってんだ!」

「夢結様、ルナティックトランサーを……」

 

 トラウマスイッチもとい、ダインスレイフの顕現と。

 『梨璃ちゃんを殺された』という誤解をトリガーに。

 完全に夢結様は暴走していた。

 大切なものを守れなかった、と思い込んで。

 死に急ぐみたいな、自棄っぱちの戦い方だ。

 

「私、行かなくちゃ……!」

 

 梨璃ちゃんが再び激戦地に跳ぶ。

 

「梨璃さん! 今の夢結様は……」

「キュッキューイ!」

 

 案ずるな、俺もお手伝いに行きますよっと!

 ちゃんとした意味で夢結様をなんとかできるのは梨璃ちゃんだけだからな。

 なんたって主人公だもの。

 

「ううっ!!」

「キュイッ!!」

「■■■■■■!?」

 

 はいこら邪魔しなーい!!

 あっちは忙しいんだから!

 こっちはバケモン同士仲良くやろうや?

 まー俺は仲良しする気は微塵もないがな!!

 

「お姉さまぁ!!」

「ううぅ……!!」

 

 2人のCHARMがぶつかり合う音が。

 俺が拳で捌く音とシンクロする。

 梨璃ちゃんも俺も防戦一方。

 つか、こいつも前のレストアくんより火力上がってない?

 え、気のせい?

 

「あああぁぁっ!!」

「お姉さまっ、引いてください! 傷だらけじゃないですか!!」

「■■■■■■■■■■■」

「キュ──キュイキュイ!!」

 

 鍔迫り合い中の2人を狙うなっつってんの!

 体当たりで軌道を逸らす。

 やっぱり攻撃力増してるし、相変わらず空気読まねえし……

 ダインスレイフなんてもん使ってるからか?

 だとしたらあの魔剣、どこの作品でもロクなことしねえな!

 

「梨璃さん! 普通なら今ので2、3回斬られていますわ……!」

「敵に集中、っせんか!」

 

 ガラン、という音が響く。

 少しだけヒビの入った、グングニルを梨璃ちゃんが手放したから。

 少しずつ、少しずつ歩み寄って。

 

 ──包み込むように、夢結様を抱きしめた。

 

「っ……!」

「私なら大丈夫です……梅様やみんなが助けてくれたんです!」

「はぁ、はぁ、はぁ……っひゅ……」

 

 呼吸がままならなくなる夢結様。

 でも、その手にはしっかりブリューナクが握られていて。

 

「はぁ、は、は……ひゅ……ふっ……!」

 

 梨璃ちゃんの背中にかざして、止まる。

 苦しそうに息を整えながら。

 大切な人を傷つけないように、踏みとどまっている。

 

「ここを離れましょう!!」

「ダメ……あのダインスレイフは、私と……お姉様の……」

 

 嗚咽混じりの声は切実で。

 

「だから……!」

 

 白かった髪は、元の黒に戻りつつあったけど。

 頬を伝う血のような紅を宿した眼は、過去を見ていた。

 

「お姉さまっ!!」

「……!?」

 

 弱々しく夢結様の肩が跳ねる。

 抱きかかえて離脱しようとする梨璃ちゃん。

 

 ──そこに銀の触手(あんにゃろ)が迫っていた。

 

 

「キュ────ッ!!」

「あ……!」

 

 ……どうして土壇場の判断が、いっつもこうなんだろう。

 

 梨璃ちゃんの代わりに触手が貫いたのは、割り込んだ俺の胴体。

 俺の血で青くなった触手は、梨璃ちゃんの前で止まった。

 貫通したそれを、俺が掴んでるから。

 

「ヒュージに、貫かれて……」

「キュ……キュイーッ!!」

「っ!」

 

 「構うな、早く行け」と。

 必死に訴える。

 人間と違うんだ、これくらいじゃ死なない。

 梨璃ちゃんは、梨璃ちゃんにしかできないことがあるんだろ?

 言葉は通じなくても。

 俺の危機迫った雰囲気は、伝わったみたいで。

 キュッと唇を結んで、跳んでいった。

 

「行って、梨璃!」

「すみません! すぐ戻りますから、ちょっと待ってもらえま……あいたっ!」

「大丈夫か梨璃!?」

「大丈夫です〜!」

「本当に大丈夫か……?」

 

 フェードアウトでコケる梨璃ちゃん。

 なんというか、締まらないなあ。

 まあ、おかげでいい感じに気が紛れた。

 

「っ、ピラトゥスが!」

「お前っ!!」

「すぐに──」

 

 砂塵の間から見えた、俺の現状を知った人たちが。

 駆けつけようとするのを制する。

 だから、死なないってば。

 これはむしろ、好都合だ。

 なんせ相手はこれで、逃げらんねえ……!

 

「キュ──!」

 

 素早く身体を一周。

 鎖を軽く巻きつける。

 そして、全力で地面を蹴りつければッ!!

 

「──イイイイイイッ!!」

「■■■■■■■■!?」

 

 いくらか抵抗を感じた後。

 不意に軽くなる感覚に変わった。

 やりィ、1本取れたぜ!

 ずるりと腹から触手を抜く。

 当然バチくそ痛いし、土手っ腹に風穴こさえた状態でスースーする。

 正直、気持ち悪い。

 でも、なんとか耐えられてるのは。

 『転生特典』が少しずつ治してくれてるのと。

 アドレナリン効果みたいなもんなのかなあって、思ったりして。

 

「ッキュイー……」

 

 もぎ取った触手を掲げれば、みんなひと安心してくれた。

 風穴は驚かれたけど。

 心配おかけしましたー……

 

「待ってろって……?」

「持ちこたえろという意味でしょうね」

「人使いが荒いゾ、うちのリーダーは」

「どうする? わしらも他のレギオンと交代するか?」

 

 言い方こそ前向きじゃないように聞こえるけど。

 だからって、ここで引き下がるような一柳隊じゃなくて。

 

「ご冗談でしょ!? リーダーの死守命令は絶対ですわ!」

「そこまでは言ってないと思いますけど、楓さんに賛成です!」

 

 楓さんも、背負われた二水ちゃんも。

 『じっとしてなんていられない』という意思を持っている。

 

 ……待って? 『背負われた二水ちゃん』?

 アニメ見た時から思ってたけど、なんで楓さん二水ちゃんを背負ってるです?

 いや、経緯もなんとなく想像つくし、シチュ的にも全然いいんですけどね?

 「かえふみ」も全然好きですけどね??

 

「あのヒュージはCHARMを扱い切れず、マギの炎で自らを焼いているわ」

 

 え、あ、はい。

 そうですね。

 マギの炎ってあれか、周りのモワモワしたやつか。

 そのままくたばってもらえると非常に助かるんだけど、そうもいかない。

 

「夢結様が復帰するなら、勝機はあります」

 

 要するに時間稼ぎですね神琳さん。

 任せてください、それ俺の得意分野ですんで!

 

「貴方はその傷が塞がってから復帰をお願いしますね?」

「キュイ……」

 

 奪った触手を手に、ブンブンしてたら神琳さんに止められた。

 んー、チャージモードしてろと。

 逆らったら怖い気がして、素直に回復待ちしておく。

 早く塞がらねえかなー……

 




前に百由様が徹夜して作った論文は、冒頭のレポートとは別物です。今回登場したレポートは結構前から作ってあって、理事長代行に渡してありました。


【キャラ設定】その14(質問箱から)

『ピラトゥスって一柳隊以外のキャラはどれ位知ってるのでしょうか?』

一応アニメとラスバレは通っているので、ヘルヴォルとグラン・エプレのメンバーに関する簡単なプロフィールや関係性は履修済み。
ただ、ラスバレ自体はプレイしていなかったため(想像以上に容量が重かったから)、イベントストーリーなどはほとんど知らない。「あ、そういうメモリアあったんだ」くらいの認知。自己紹介動画みたいなのは見た。
舞台版やゲームオリジナルのメンバーは全く知らないし、アールヴヘイムもアニメで結構喋ってたメンバー以外はあまり知らない。


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真っ直ぐ系主人公は弱々メンタルヒロインに特効です

いつもと違う時間帯にUAとお気に入りが爆発的に増えてて、驚きのあまり飲んでいた麦茶が気道に入りました。
いや本当「何事!?」ってぐらい突然ブワってなったから一周回って怯えてるまでありますよ……でもありがとうございます……!(というか何故ここまで増えた……?)



 ──それは、ここ(現実)ではないどこか。

 

「ヒュージからもたらされた、マギの知識。それが、ヒュージに対抗する力をヒトに与えた……」

 

 白い空に、青い大地。

 天地の色がそのままひっくり返った世界に二人きり。

 

「リリィも、ヒトがヒュージ化した姿と言われている」

 

 抱きしめてくれているのは、夢結のシュッツエンゲル。

 なのに、呼吸が乱れる。

 安心するはずの抱擁に、胸の苦しさが増していく。

 

 ──ああ、そうだった。

 

「リリィだけが、マギに操られることなく自分の心を保つという──その一点を除いて」

 

 また、夢を見ているのか。

 これは幻想、会えるはずのない幻。

 幻に温もりなんて、あるはずがない。

 

「それだけが、リリィとヒュージを決定的に分け隔てる」

 

 握った黄金の大剣に、この大地のような『青』が伝う。

 それは、どこか彼女の涙にも見えて。

 

「夢結。自分を思い出して……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──梨璃が辿り着いたのは、古い隠れ家の中。

 指輪を重ねるように、夢結の手に触れれば。

 薄暗い空間を、マギの淡い光が照らした。

 

「お姉さま……」

「見ないで梨璃……私を見ないで……」

 

 心配そうな梨璃に、夢結は弱々しい声で拒否をこぼす。

 

「ルナティックトランサーは、とてもレアスキルなんて呼べるものじゃない……こんなもの、ただの呪いよ」

 

 スキルを発動した瞬間、何もかも憎くなって。

 狂気と憎しみに呑み込まれて。

 周りにあるものを傷つけずにはいられなくなる。

 守りたいものすら、壊してしまう。

 

「……呪われているのよ、私は……」

 

 顔を覆う手に、力が込もる。

 

「美鈴様を殺したのは私だわ……! 私が……この手で……あのダインスレイフで……」

「お姉さま、しっかりしてください!」

「嫌よ! 私もヒュージと何も変わらない……!」

「夢結様!」

「いや……来ないで!」

「こっち向いてください!」

 

 駄々っ子のように、今まで抱えていたものを溢すように。

 拒絶を繰り返す夢結に、梨璃は何度も訴える。

 

「美鈴様はヒュージと戦ったんです……お姉さまのせいじゃありません!」

「そんなの梨璃に分かるわけない!」

「分かります! お姉さまがこんなに想っている人を手にかけるはずないじゃないですか!」

 

 確かに梨璃は、美鈴とまともに話したことすらない。

 夢結のことすら、全てを知ることはできないだろう。

 でも、断言できた。

 だって、目の前にいる少女は。

 どうしようもなく悲しんでいるから。

 

「私には貴女を守れない……」

 

 ほら、今だって。

 

「シュッツエンゲルになる資格もない……!」

 

 大切なものを守るために苦しんでいる。

 

「一人でいたかったわけじゃない……一人でしかいられなかっただけよ……私には、何の価値もない……」

 

 傷ついてほしくないと泣いている。

 だから──

 

「お姉さまとシュッツエンゲルになれて私、すごく嬉しかったんですよ?」

「分からない……私には分からないわ、貴女の気持ちなんて……私に、愛されるのが、嬉しいなんて……!」

 

 ──精一杯の気持ちを込める。

 言わなきゃ伝わらない。

 言えなかった人の想いも、自分なりに考えて。

 

「美鈴様だって、きっと私と同じです!」

「貴女に何が分かるのよ!!」

「分からないけど、分かります!」

 

 こつん、と合わせる額と額。

 心と心を通わせるように。

 

「お姉さまがルナティックトランサーを発動したら、また私が止めます」

 

 ──それは、誓い。

 夢結の肩を掴んで、離さない。

 憧れていた「孤高のリリィ」ではなく、不安と恐怖に揺らぐ一人の少女を繋ぎ止めるために。

 

「何度でも止めます。何をしても止めます」

 

 ──それは、覚悟。

 梨璃は約束を違えない。

 それがリリィのあるべき姿だと思うから。

 

「例え──刺してでも」

 

 そして、シルトがこんな覚悟を決めた以上。

 もう、守護天使(シュッツエンゲル)は迷わない。

 「だから」と呟いた梨璃の手を取って。

 

「ありがとう、梨璃……」

 

 夢結は不器用な微笑みを向けた。

 泣きはらしたせいで、(いささ)か不格好なものになったかもしれないけれど。

 

「はい、お姉さま……!」

 

 その成果は、梨璃の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒィーハァーッ!

 風穴がとりあえず塞がった野郎が行きマースッ!!

 俺が引きちぎったやつ1本に加えて、残った一柳隊が斬ったのが1本。

 敵さんの触手は残り2本でござんす。

 

「先端部は大松3丁目と6丁目交差点に展開中!」

 

 地理苦手だからそんなこと言われても分からねえ!

 片方は神琳さんと鶴紗ちゃんが牽制している。

 

「あのダインスレイフ、絶対取り戻す!」

「無論です! ヒュージがCHARMを使うなんてっ、あり得ませんわ!」

 

 梅様が一気に加速する。

 これが噂の『縮地』か、すげえ……!

 じゃ、ちょっち手助けしますかね!

 

「キュイッ!」

「■■■!?」

 

 楓さんの言う通り、ヒュージにCHARMは扱えない。

 でも、ヒュージがヒュージを扱うくらいはできる。

 どういうことかっていうと。

 

「キュッキュイ!」

「助かるゾ!」

 

 引きちぎった触手を鞭とかに見立てて、ガラ空きの触手を絡めとる。

 梅様は俺の意図を汲み取って、触手を足場に駆ける。

 んぐぬぬ……抵抗するんじゃねえ!

 足に力を入れて、爪を地面に食い込ませ。

 俺が備える蛇腹の触手や刃物付きの尻尾を。

 地面に突き立てて足元を固定。

 火力割り増しと防御特化じゃ、力比べに限度がある。

 

「でりゃ!!」

 

 その間に、梅様はヒュージに取りついたっぽい。

 

「あっ、くそ!」

 

 次いで取りついたのは鶴紗ちゃんと楓さん。

 一人じゃダメでも、みんなでなら。

 

「お前らっ!?」

「急ぎましてよ」

 

 ──誰もが戦っている。

 ダインスレイフを取り戻そうとする3人も。

 

「ふっ!」

「はっ!」

 

 雨嘉さんと神琳さんも。

 

「わしも目立ちたい!」

 

 ミリアムちゃんも。

 

「わ、私も行かなくちゃ……!」

 

 初陣の二水ちゃんですら、自分の役目を果たそうとしている。

 ここで、俺がへばってるわけにはいかんだろ……ッ!!

 

 

 

「待って!」「待ちなさい!」

 

「へっ!?」

 

 おおっ! 主役は遅れて登場するってやつですね!

 ヒュー、かっけえ!

 しかもさらっと手ぇ繋いじゃってまあ……これはもう勝ち確演出ですわ!

 

「梨璃さん! 夢結様!」

「二水ちゃんはそこにいて!」

 

 飛び上がった2人が二手に分かれる。

 ヒュージの胴体目がけてCHARMが火を吹いた。

 驚きと苦痛に、耳障りな悲鳴が上がる。

 

「──抜けた!!」

 

 その声が聞こえたと同時に、抵抗する力が弱まる。

 

「ッキュキュイ!!」

 

 よっしゃきたァ!

 全体重をかけるように、急激にぐりんと一回転。

 このくらいの力なら俺のもんじゃい!

 

「──■■■■■!!」

「キュイ!!」

 

 3本目獲ったりィ!!

 よっし、ちょいとねんねしてろッ!

 地面を蹴りつけて一気に肉薄。

 グン、と切り傷だらけの腕を引き絞って……!

 

キュッキュ(勇者)……」

 

 さあ、今回は特別意訳でお送りします!

 それでは皆さんご唱和くださいッ!!

 

「── キューイ(パーンチ)ッッ!!!」

 

 本家ほどの威力は出ないけど。

 それでもヒュージをひっくり返すくらいはできた。

 腕1本でその図体が起こせるならやってみろってんだ!

 

 ……って、調子こいたこと思ったのがマズかったんだろうな。

 迫った横薙ぎの『銀』がその証拠だった。

 戦場で慢心ダメ、ゼッタイ(戒め)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダインスレイフの奪還を果たした3人が着陸。

 次々に一柳隊メンバーも集まって、やがて全員が到着した。

 

「はー……取り返したゾ」

「っ死守命令、果たしましたわ……」

「だ……大丈夫ですか? 皆さん」

 

 決死の作戦に息を切らす3人。

 その隣の廃墟に、勢いよく何かが突っ込んだ。

 

「わっ!?」

「キューイ……」

 

 崩れた瓦礫から顔を出したのは小さな竜。

 腹部をさすっている様子からして。

 ヒュージの触手で薙ぎ払われたのだろうか。

 

「大丈夫ー!?」

「キュイキュイー」

 

 サムズアップで返す余裕くらいはあるらしい。

 それに安堵した梨璃は、改めて取り戻したCHARMに目を向ける。

 何度見ても、あの満月の日に見た黄金の大剣だ。

 

「これが……あのヒュージに……」

「これ、やっぱり夢結が使ってたダインスレイフだな。傷に見覚えがある」

 

 使っていた本人も「ええ」と肯定した以上、ほぼ確定だろう。

 

「■■■■■■■■■!」

 

 ──戦場に轟く、ヒュージの咆哮。

 触手を3本もぎ取られ、ピラトゥスから渾身のパンチを食らったというのに。

 推定とはいえ、ラージ級以上のヒュージというのは伊達ではない。

 

「あいつ、まだ動いてる……」

「キュイ……」

 

 触手のみならず、CHARMまで奪われたせいか。

 心なしか怒り狂っているようにも見えるが。

 だが、そもそもCHARMはリリィのものである。

 お門違いもいいところだ。

 しかしどうするか、と沈黙した時。

 

「あの……!」

 

 まっさらな水面に石を投げるように、声を上げる者が一人。

 一柳隊のリーダー、梨璃だ。

 

「私たちでやってみませんか?」

「何をです?」

 

 梨璃が提案するのは、結成したばかりのレギオンがやるには無謀な一手。

 だが──

 

「ノインヴェルト戦術です」

 

 開いた手のひらの上には、必殺の弾丸。

 ──挑戦する価値は十分にある、逆転の一手だ。

 




メッセージ機能(?)使って直接メッセージくれた人ごめんなさい! あの、作者はちょっとしたトラウマ持ちなもんで、あれ使って返信するのが怖くて仕方ないんです……一応目は通しましたけどお返事返すのは無理です、ごめんなさい……でも感想は返してて楽しいからください……!(わがまま)


【キャラ設定】その15(質問箱から)

『ピラトゥスの前世ってどんな感じやったん?』

20代前半の大卒社会人。年が比較的近い弟と年の離れた妹がいる、一般家庭に生まれた。
学生時代はそこそこオタクしてた。好きな声優のライブに行ったりするくらいには。
割といろいろ器用だし動物にモテていたけど、人間には特別モテるというわけではない。でも、一度だけ恋人がいた。


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この子たちいっつもケーキ入刀で幕を閉じるじゃん(合掌)

多分、いつでも新婚花嫁さんの気分なんだよ(適当)


 無謀を提案した張本人(梨璃)は、まず上級生を頼ることにした。

 

「梅様。最初、お願いできますか?」

 

 「私だといきなり失敗しちゃいそうで」とも付け加えて。

 なるほど、賢明な判断だ。

 ノインヴェルト戦術は絶大な威力を誇る分、失敗が許されない戦法である。

 それなら、何度か経験している梅に任せた方が成功率は上がる。

 そう考えた結果なのだろう。

 

「ははは。人使いが荒いゾ、うちのリーダーは」

 

 そうは言うものの、梅は楽しそうに笑った。

 日焼けした指で挟む特殊弾越しに、次のターゲットを探して。

 

「じゃあ、梅の相手は……」

 

 パチリ、と。

 エメラルドの瞳が捉えたのは、アクアマリンの瞳。

 梅と二水の目線がかち合う。

 

「え、わ、私ですかー!?」

「ほんじゃあ、ふーみんが撃って?」

 

 ピンっと、高額な代物に対する扱いとは思えない仕草で。

 あまりに軽々しく弾かれた弾丸は。

 よく回転し、綺麗なフォームを描いたまま。

 吸い込まれるように、二水が抱えたグングニルに装填された。

 そのスタイリッシュ過ぎるセットに、思わずピラトゥスの拍手が飛ぶ。

 

「ぎゃあー!?」

「キュイー……!」

「あはは、褒めても何も出ないゾー?」

「感心しないでくださいよぉ! っていうか梅様何するんですか!? 何を撃つんですかまさかヒュージですか!?」

「梅をだよ。ほら撃て!」

 

 あまりに軽く、テンポよく進む事態と。

 『先輩を撃て』という要求に二水の混乱は加速する。

 

「えぇ!? 気は確かですか梅様!? 私、人を撃つなんて訓練したこt」

「はーやーくー!」

「はいぃぃ!!」

 

 哀れ、二川二水。

 もはや涙目で「ひぃー!」と情けない声を上げながらも。

 しっかりノインヴェルト戦術のスタートを切った。

 

「マ、マギスフィアが……!」

「感じるぞ! これが二水のマギか!」

 

 CHARM『タンキエム』で受け止めたマギスフィアは、二水の瞳を思わせる水色だった。

 その色も梅がマギを注入することで、黄色に変わっていく。

 

「■■■■■■■■」

「キュッイキュイ!!」

「そっちは頼りにしてるゾ!」

「キュイ!」

 

 マギスフィア持ちの梅を狙った一撃を、ピラトゥスが奪った鎖の触手で弾いた。

 呆けてられないとばかりに飛翔。

 ノインヴェルト戦術の準備時間を稼ぐ。

 

「じゃあ次は……」

「え!? 私!?」

「わんわん! CHARM出せ!」

 

 駆けてきた梅のマギスフィアを、CHARMごと受け止める雨嘉。

 しかし、いつまで経っても離れない。

 同極の磁石を強引に重ねようとした時のように、反発する感覚はあるものの。

 一向に梅が離さないのだ。

 

「梅様、近くありません……!?」

「前に夢結と梨璃がやってたんだ! こうすればパスは外れないだろ!」

 

 まるで、バトンを手渡しするような零距離でのパス。

 マギの色が緑に変わる。

 

「こんなの、教本にない……!」

「おっし! 今度はわしに寄越すのじゃ!」

「そんなにがっつかないで……!」

 

 (雨嘉)から、(ミリアム)へ。

 

「ちゃんと狙うんじゃぞ……鶴紗!」

「斬っちゃったらごめん」

 

 (ミリアム)から、(鶴紗)へ。

 

「っほらよ、神琳!」

「もっと優しく扱えません!?」

 

 (鶴紗)から、オレンジ(神琳)へ。

 

「気をつけて、思った以上に刺激的ですよ!」

「望むところですわ!」

 

 オレンジ(神琳)から、()へ。

 一柳隊が繋いだマギスフィアが移ろい、成長していく。

 

「■■■■■■■■!」

「キュッキュイ!!」

「■■■■■■!?」

「させないっ!」

 

 本能的に危険を察知してか、ヒュージが残された1本の触手で妨害を試みるが。

 小さな竜は、それを許さない。

 引きちぎった鎖を手に巻き、触手を殴りつける。

 ノインヴェルトの役目を終えた少女たちも、牽制の銃撃を撃ち込む。

 触手1本で突破できるほど、この戦士たちは甘くない。

 

「うふふ……! わたくしの気持ち、受け止めてくださいな梨璃さん!」

「み、みんなのだよね!?」

 

 嬉々として突き出されたマギスフィアを受け取ろうとして。

 

 ──バキッ、とグングニルの刃が折れた。

 

 

「わたくしの愛が強過ぎましたわ!?」

 

 空高く飛んだマギスフィア。

 このままでは、ここまでの努力が水の泡となってしまう。

 

 ──だが、彼女がそんな結果には至らせない。

 

「いいえ、限界よ! 無理もないわ!」

 

 既に梨璃のグングニルは、暴走した夢結と一戦交えているため。

 ヒビも入っている上に。

 マギスフィアの零距離パスという予想外の方法によって、通常よりも多くのマギが充填されている。

 傷ついたCHARMに、過剰なマギ。

 『楓がどうこう』というよりは、なるべくしてなった結果だ。

 

「梨璃、いらっしゃい!」

「お姉さま!」

 

 伸ばされた手に応え、梨璃が跳び立つ。

 繋いだ手の反動を利用して、空中で緩やかに回り。

 互いの腰に手を回すような体勢になる。

 

「行くわよ、このまま!」

「はい!」

 

 マギスフィアを挟み込むように。

 そっとCHARMを重ね合う。

 

「大丈夫、できるわ!」

「……はい!!」

 

 その顔に不安はない。

 だって、この手を支えてくれるのは──

 

 

「「やあああああああああぁぁぁぁっ!!!」」

 

 光が異形の身体を食い破る。

 削られていくヒュージから、マギが散っていて。

 まだ油断してはいけない、と分かってはいるが。

 この戦いもこれで終わるのだろうと思うと、ほっとする。

 

「梨璃……」

 

 ふと、光の中で優しい声が聞こえた。

 隣の夢結は、温かく梨璃を見つめていて。

 

「──私は貴女を信じるわ」

「お姉さま……?」

 

 梨璃が何か続きを聞く前に。

 

「何やってますの!?」

「ほら行くぞ!」

「さっさと離れるのじゃ!」

 

 一柳隊のみんなが2人を引っ張って離脱する。

 

 直後、大きな衝撃とエネルギーを伴って。

 ヒュージは吹き飛んだ。

 

 ──ヒュージ、討伐成功。

 一柳隊は初陣に白星を飾ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 全てが片づいた。

 赤みを帯び始めた空に、タンポポの綿毛のような粒が舞う。

 これが、全てマギの粒子。

 

 みんな、空を見つめて草原に寝そべっている。

 腕を目一杯伸ばしてるような、お転婆っ娘もいるけど。

 大仕事した後だし、それくらい許されるだろ。

 さて、と……

 

「キュ……イ……」

 

 ──俺の身体に、何かしらの異変が起きている。

 身体の内側が熱い。

 頭が痛い。

 時々、視界がぼんやりと揺らぐ。

 ヒュージが風邪なんて引くはずがないのに、風邪みたいな感覚がする。

 『前世』でだって滅多に引かなかったんだけどなあ。

 ──異変が起こっているのに、思考が軽いのは。

 熱に浮かされているのと「これで死ぬことはない」と分かっているから。

 前に本気で死にかけた時は、もっと怖かった。

 「死」が本気で自分に迫っているのが、よく分かった。

 それがないから……まあ、大丈夫かなって。

 

「キュイ……」

 

 尤も、休まないといけないのは変わらないと思う。

 傷はある程度塞がってるし、疲れを感じない身体とはいえ。

 人としての心を保つために、休まなきゃ。

 

「キュ──ッ」

 

 ふらつく、踏ん張る。

 落ちそう、持ち堪える。

 飲んで酔った時とはわけが違う。

 この図体を支えられる子はいない。

 自力で、戻らないと。

 

「キュー……ッ」

「どうしたの?」

「大丈夫か?」

 

 心配の声は、申し訳ないけど無視。

 本当にヤバくなってきた。

 マギの粒が掠ったところがジンジンする。

 

 遠く感じる、でもあと少し。

 ……こりゃ着陸はスライディングかもしれないわ。

 猫、いないといいな。

 何かあったら、おーやさん辺りが百合ヶ丘に助けを求めに行くかな。

 ヤバい、本当にマズい。

 思考が回らなくなってきた。

 

 ──重く響く音。

 ああ、やっぱり墜落したか。

 でも、しっかり住処には入ってる、俺すげえ。

 見回してみる。

 ……よかった、誰もいない。

 

 ──安心したら、急にねむたくな、って……

 

 

 

 ぷつり、と意識が途切れた。

 




オリ主「ノインヴェルトの時の皆さん、言い回しがえっちくない??」

そして皆さん、お待たせしました。ついに次回、皆さんがメンタルブレイクを食らった「あの子」が参戦します……!

【キャラ設定】その16(質問箱から)

『ピラトゥスの大きさはミドル以上ラージ未満だけれど、強さはどれくらい?』

相性にもよる。そもそもオリ主が火力型・攻撃型ではなく、「防御特化の硬さを逆手に取って攻撃している」という特殊なタイプであるため。要するに「死なないけど強くはない」タイプ。
普通のヒュージ相手なら以下の通り。
ミドル以下→単騎無双可能
ラージ→持久戦や撹乱なら単独でもいける
ギガント以上→リリィとの連携で勝算あり(ただしサポートにしか回れない)、単騎なら即逃亡
特型相手なら相性を見極めて、良ければやれるだけやるし、悪ければ逃げる。


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あ、ありのまま起こったことを話すぜ!(以下略)

今回で新たなタグが追加されます。「その手の話はなぁ……」という人はすぐに離れるのです、いいね?
さて、何人お気に入りが減るかなぁ……?


 ──CHARMを扱うヒュージを倒し、数日が経ったある日。

 

「全く……派手にやらかしてくれたものね」

「昨日って、戦闘ありましたっけー?」

 

 一柳隊は海岸に来ていた。

 本来なら、白い砂浜と青い海がきらめいて。

 美しい景観を生み出しているこの場所だが。

 それらを台無しにしているのが、巨大な残骸。

 かろうじて生物っぽさがある歪なオブジェどもは、全てヒュージの亡骸だ。

 

「いえ、昨日は何もなかったはずです」

「共食いでもしたんじゃろか」

 

 ミリアムの言葉に、二水は鼻声でその可能性が低いと答えた。

 そもそもヒュージを形づくるのは、例外なく全てマギの力だ。

 故に、ヒュージはものを食べることがない。

 人間らしい振る舞いを心がけている、というピラトゥスですら。

 魚を獲ってくるのは、一緒に住む猫のためだという。

 

「マギを失えば、ヒュージは巨体を維持できず、その場で崩壊するはずよ」

 

 ヒュージの軟組織は一晩もあれば、無機質にまで分解される。

 骨格も、数日で同じ末路を辿ることだろう。

 

「それがまさに今」

「この臭い……まだマシな方」

 

 それでも、ヒュージとの戦闘経験がある方の雨嘉ですら。

 鼻を覆ってしまうほどの異臭が漂っている。

 

「う……」

「大丈夫ですか、雨嘉さん? 顔色が悪いように見えますが……」

「うん……ちょっと気持ち悪いかも……」

「少し休みますか?」

「ううん、まだ大丈夫」

「ですが……」

 

 突如「あっ!」と梅の声が上がる。

 

「梅、これからあいつのところに行くんだけど、誰か一緒にどうだ?」

 

 梅の言う『あいつ』が、ピラトゥスのことを指すのは周知の事実だ。

 しかし、公式の調査隊でもないのに頻繁に行くのもどうなのだろうか。

 それに、今はここでの仕事があるだろうに。

 

「私も行く」

 

 すっ、と鶴紗の手が挙がった。

 嬉しそうに笑うと、梅は雨嘉の元にも飛んできて。

 

「わんわんも一緒にどうだ?」

「え……?」

「それはいいですね。梅様、わたくしもご一緒させてもらえませんか?」

「しぇ、神琳?」

「おう! きっとあいつも喜ぶゾ!」

 

 さらっと雨嘉と神琳を巻き込んでいった。

 当の雨嘉は思わず、ぽかんと呆けた表情。

 「呆けた顔もかわいらしいですよ」と神琳に言われて赤くなったのは。

 2人だけの秘密である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 進む、進む。

 生い茂る草を踏み、出っ張った岩を越える。

 それなりに険しい道だが、リリィにとってはさほど苦ではない。

 むしろ、ちょっとした鍛練になる。

 それに異臭が漂っていた海岸から、ある程度離れているため。

 自然らしい、美味しい空気に満ちている。

 

 ──意外なことに、夢結は梅の提案をあっさり認めた。

 てっきり、サボりも同然の申し出を「下級生まで唆して……」と頭を抱えて。

 良くても『渋々許可してくれるが、お小言くらいはあるだろう』と雨嘉は考えていた。

 それがお小言もなしで。

 

「半分ほど人数を残しておいてもらえるなら、私は構わないわ」

 

 で、終わりだなんて。

 真面目な夢結にしては珍しい。

 

「梅様、ありがとうございます」

「んー? 何が?」

「雨嘉さんのことです」

「え……?」

 

 ドキリ、と心臓が跳ねた。

 

「雨嘉さんの顔色が悪いことを見抜いていたんですね。だから、空気の綺麗な山奥に誘ってくださったのでしょう?」

「あはは、何のことか梅にはさっぱりだゾ!」

「ふふっ、そういうことにしておきますね」

 

 そういうことだったのか、と納得する。

 あの時、やけに夢結が雨嘉の方を見ていた気がしたのは。

 そういう彼女なりの気遣いもあったのだろう。

 

「あ、あのっ、ありがとうございます!」

「気にすんなー。梅の気まぐれだからな! それに……」

「?」

 

「ここに来たのは、ちょっと胸騒ぎがしたからなんだ」

 

 一瞬にして、梅の表情が引き締まる。

 

 ──ピラトゥスと共闘した、あの直後。

 どこかおかしい様子で、小竜は住処へ戻っていった。

 その後、梅が真夜中に確認した時は、翼にくるまって転がっていた。

 さらにその後、定期派遣の調査隊が向かったものの。

 いつも温厚なはずの猫たちが、小動物とすら手を組んで。

 今までが嘘のように、激しく威嚇。

 中には、引っ掻いてまで妨害するものまでいたらしく。

 結局、様子を見ることすら叶わず、断念したという。

 

 もちろん、リリィと猫なんて『その気』になれば力の差は明白だ。

 だからと言って、無理に突破しなかったのは。

 妨害する動物たちが、どこか必死そうに見えたから。

 

「問題は邪魔してくる動物をどうするか、なんだけど……」

「猫だけなら、猫缶とか持ってるんですけどね」

「いろんな動物に慕われていますね、ピラトゥスは」

「普通のヒュージなら、倒して突破すればいいだけなのに……」

 

 どうしたものか悩みつつ。

 進んでいると、例の洞穴も近くなって。

 

「にゃー……!!」

「ふしゃぁ!!」

 

 少女たちの行き先に気がついた動物たちが。

 道を塞ぐように集まってくる。

 

「そりゃバレるかー」

「どうします?」

「縮地を使えば行けなくはないけど、こいつら相手に使うのはなぁ」

 

 脳内に撤退の二文字がチラつき始めた、その時。

 

「なー」

 

 動物たちの後ろから、鳴き声。

 その声が聞こえた途端、徐々に道が開ける。

 声の主は、他よりも大柄でがっしりした縞猫。

 ピラトゥスと共に、洞穴で見かけることが多い猫だ。

 

「おあー」

「え、いいのか?」

「なー」

 

 尻尾を揺らして招いている姿は、どこか焦っているようにも見える。

 周りの動物たちを見回すと、今度は何もしてこない。

 

「この子たちのリーダーなのかもしれないな」

「っとにかく、早く行こう!」

 

 残りの距離を一気に駆け抜け、あっという間に到着。

 洞穴は意外と奥行きがある。

 だが、梅が見た時は手前の方に倒れていた。

 だから、当然手前にいたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え」

「……は?」

 

 

 今まで見てきた『小さな竜』ではなかった。

 それは、()()人の後ろ姿だった。

 色素の抜け落ちた、真っ白で長い髪。

 所々見える肌は、やはり透き通ったように白い。

 座り込んだ様子は、可憐な少女そのもの。

 

 しかし、後ろ姿でも分かる()()()()()()()()()()が。

 後ろ姿だからこそ分かる、()()()()()()()()()()()が。

 『そいつ』が人外であることを。

 どうしようもなく、物語っていて。

 

「お前……」

 

 声に反応し、『そいつ』が振り返る。

 顔立ちは、かわいらしい少女だった。

 蜂蜜のような色の瞳が、少女たちを見つめる。

 だが、少女たちの目を引いたのは左目に広がる黒い痣。

 それが、整った顔立ちにアンバランスさをもたらしている。

 振り返った『そいつ』は、黒く厳つい手と少女たちを見比べて──

 

 

 

 

 

 

 

 

「────キュイ……」

 

 ……今までヒュージの言葉を、正確に理解できたことがない4人だったが。

 目の前の()小竜が『へるぷみー』を発していることだけは。

 初めて理解できたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──前略、前世の家族たちへ。

 

 優秀な妹は学校を楽しんでますか?

 心底仲の悪かった弟は受験に失敗しましたか?

 まだ仲良しの両親は元気ですか? できればもう少し枯れててください。

 学生時代、深夜に原付免許のために勉強してたら、隣の寝室から『盛り上がってた』声が聞こえて集中できませんでした。

 一応一発で受かったけど、覚えてる限り根に持つからな。

 俺は、アニメで見ていた(アサルトリリィ)世界に『人類の敵』として生きています。

 そして今では、何故か半人外系美少女に路線を切り替えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いや、俺が一番この状況に納得できてねえよ!!!

 なんっっっっだこの状況!?

 朝起きたら虫に変身してた野郎だって真っ青だよ!!

 何!? 目ぇ覚ましたらTS(一応まだ推定)してたって何!?

 『もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……』ってか?

 こんな怪文書送られてきたら身内全員俺の脳内構造を疑うこと間違いなしだろ!?!?

 

 ……気を取り直して。

 ドーモ、俺です。

 風邪っぽいものでダウンしたと思ったら、梅様たちに新形態をお披露目していたらしい転生者でございます。

 その後、無事にサルベージされて百合ヶ丘の病室にぶち込まれた次第。

 っていうか、腕と尻尾が邪魔……

 背中の翼は、どうやら任意で引っ込められるっぽい。

 あと顔のアザっぽいのも。

 でも、全体的に身体がゴツくて寝られん。

 今はとりあえず、検査の結果待ち。

 窓に張りついてる一柳隊の皆さんに手を振っておく。

 そして、目線を移した先。

 

 静かに眠っている、薄紫の髪の少女。

 この子が──後の『一柳結梨(ゆり)』ちゃん。

 最期まで、リリィとして仲間を守った女の子。

 ……ダメだ、『結末』を知ってるだけに、見てるだけで泣きそう。

 いや、泣けてるのかな?

 今のこの身体だとどうなんだろう?

 

「あの……祀様はどうして?」

「言い忘れていたけど、私も生徒会の役員なの。といっても、代理なんだけど」

 

 入ってきたのは、ママデビューが約束された梨璃ちゃんと。

 夢結様のルームメイトの祀様。

 実は、既に祀様とは面識があったりする。

 

「キュキューイ」

「久しぶりね。まさか、こんな再会とは思わなかったけど」

「二人とも、知り合いなんですか?」

「ピラトゥスの居場所が分かった次の日に、ほとんど生徒会の役員で構成された調査隊を派遣したのよ。その時に、私も同行したから」

「へぇ……」

 

 まあ、ホント少し話しただけなんだけどね。

 ていうか俺の声まだこれなん?

 人間ボイスの実装はまだですか??

 俺の声帯どうなってんの??

 

「まだ話せないのね」

「キュイー……」

「でも、表情が豊かになったから前より分かりやすくなりましたね?」

「キュイ?」

 

 マジ?

 だとしたら結構コミュニケーションが楽になったんじゃね?

 今までジェスチャーとオーバーリアクションで乗り切ってきたから、それは助かる。

 あれだけで感情表現はなかなかキツいんよ……

 

 その後、もう少し2人と何気ない会話……まあ、相変わらず俺はこんなんだったけど。

 とにかく話を聞いているうちに、梨璃ちゃんが何か用事を思い出して出ていった。

 確か、戦術とかそういうのを夢結様に訊きに行くんだっけ。

 でも間に合わないんだよなあ。

 ……頑張れ学生!

 

「さて、と」

 

 今まで楽しく話していた祀様の雰囲気が、少しだけ変わる。

 ピリッと身が引き締まる感じ。

 

「梨璃さんもいなくなったことだし、貴方のことを聞いていくわよ」

「キュイ……!」

 

 ひー……!

 これは、ちょっと……面接を思い出す。

 緊張するなあ……!

 

「ふふっ、そんなに緊張しないで? 何も、貴方のことを問い詰めようとしてるわけじゃないから、もっと気を抜いてくれていいわ」

 

 どうやら顔に出てたらしい。

 いやもう、本当に。

 どうして百合ヶ丘のリリィってみんな優しいんですかね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「帰ってきませんわね、梨璃さん」

「自分が助けたから、世話を焼きたいのでしょう。責任感の強い子だから」

 

 梨璃以外の一柳隊メンバーはラウンジに集まっていた。

 リーダーを待ちながら、束の間のティータイムである。

 

「気になるなら、貴女も行けばどうなの?」

「治療室はおしゃべり禁止なんですのよ。せっかく梨璃さんといたところで、黙ったままどうしろと?」

「見舞えよ」

「意外だなー。『黙っていてもできることはありますわ!』とかなんとか言うかと思ってたのに」

「なるほどその手がありましたわ!」

 

 天啓を得た、とばかりに楓の目が輝くが。

 「あるかー!!」というミリアムのツッコミに両断された。

 こうは言っても、楓だって場を弁えるため。

 これが本気ではないことは分かっている。

 ……いや、でも。

 実際はどうなのだろう……?

 

「そういえば、梅様はあの子……ピラトゥスのところには残らなかったんですね?」

 

 雨嘉がポロッとこぼした言葉に、二水やミリアムが「確かに」と反応する。

 何かと気にかけている節があるようだったし。

 そもそも、今回様子を見に行くことを提案したのだって彼女だ。

 

「まぁ、心配してないわけじゃないんだけど」

「だったら、どうして?」

「今回はもう大丈夫かな、ってさ」

 

 そう答えた梅はどこか、いつもと違って大人びた顔をしていた。

 伊達に長い間、離れていたわけではない。

 それでも信じていた梅の強さを、垣間見た気がして。

 下級生たちは密かに尊敬の念を高めた。

 当の本人は、少し照れくさそうに「それに、先輩がそんなんだと後輩に示しがつかないだろ?」と付け加えたが。

 

「あっ、お姉さまー!」

 

 ようやく来た、梨璃の弾む声。

 声と同じく、ちょっと嬉しそうな顔がかわいらしい。

 

「梨璃、どうしたの? そんなに慌てて……あの子が目を覚ましたの?」

「いえ、まだ寝てます。ぐっすり」

 

 トスッ、とテーブルに置かれたのは教本がいくつか。

 そのどれもが付箋付き。

 本からはみ出るカラフルなそれは。

 いかに彼女が努力を重ねているかが窺える。

 

「私、お姉さまに戦術理論の講義で教えてほしいことがあったんですけど──」

 

 ──間が悪く、鳴り響いた予鈴の音。

 時間は、時に無慈悲である。

 

「ああー間に合わなかったぁ! これから講義なんです! ごきげんようお姉さま!」

 

 夢結が何か言うまでもなく。

 梨璃は慌ただしくラウンジを後にした。

 他のメンバーも支度を整えていく。

 

「夢結は授業ないんだっけ?」

「取れる単位は、1年生の時に全部取ってしまったから」

 

 リリィはいつ出撃するか分からない。

 その上、普段は年相応の学生として生活している。

 故に、ガーデンは学業に関して臨機応変だ。

 『立て続けにヒュージの対応に追われていたら、単位が足りなくて留年した』では、あまりに報われない。

 ちなみに、夢結のような生徒は少なくない。

 その代わり、相当な努力を要する。

 

「あっそ。じゃあなー」

「ごきげんよう」

 

 羨ましそうなジト目の梅を送り出す。

 ああ見えて、彼女は勉強熱心だ。

 ……できれば、訓練もあれくらい真面目であってほしい、と夢結は思う。

 

「……?」

 

 ふと、目についた1冊の本。

 四つ葉のクローバーと『一柳梨璃』と書かれたシールからして。

 彼女の教本であることは間違いない。

 大方、慌てて飛び出していったから忘れてしまったのだろう。

 

「全く……そそっかしいんだから」

 

 そっと本を撫でてみる。

 届けることも考えたが、このままでもいいかもしれない。

 

 そんなことを思う夢結は、優しい笑みを浮かべた。




『何故あんな暴動じみた行動になったのか(特別意訳)』

猫1「な、なんかあいつちょっとずつ人間っぽい姿になってんやけど……」
猫2「ファッ!?」
おーやさん「……とりあえず本人が目ェ覚ますまで他の人間寄せつけんな、ぜってー本人すら度肝抜かれるのに第三者が見たらパニックだぞ」
猫一同「うっす」


【キャラ設定】その17

マギに当てられたことで、ガワだけ一部人間の姿になった。
今までもノインヴェルトの近くにいてマギを浴びたことはあったが、前回のは零距離パスというある意味規格外な方法で装填されたため、より大量で高純度なマギになった。それが今回の原因。
TFの途中みたいな中途半端な姿になったのは、倒されたヒュージのマギも混ざっているから。

シャーペンの書き殴りですが、オリ主ビジュアルをお納めくだせぇ……(教えてくださった方ありがとうございます!)

【挿絵表示】


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方向性の違う無自覚3連発

そういえば初期の頃、感想を送り続けてくれたことで作者のモチベーションを支えてくれていた人は今どうしているんだろう……と考えてたりする今日この頃。


「あれ? えっと……あの教本どこやったっけ?」

「キュイ……」

 

 どこにもない、と探し始める梨璃ちゃん。

 ……俺、知ってるよー。

 今頃、夢結様が寂しそうに読んでると思う。

 

「へっぷし!」

 

 ──今時、なかなか聞かないくしゃみ。

 結梨ちゃん……いや、まだ『ユリちゃん』って呼ぶか。

 とにかくユリちゃんが目を覚ました。

 梨璃ちゃんは、もう「ぱあぁぁ……っ!」って勢いで顔を輝かせて。

 

「具合はどう? 気分は? どこから来たの? 名前は? 年はいくつ?」

 

 これがマジでグイグイ来る。

 なんだろう、新手のナンパかな?

 

「あっ、急にいろいろ言われても困るよね。ごめんね? 私、一柳梨璃!」

「り……り?」

「うん!」

「ふふ……ふふふ……!」

「えっ? なんでそっち向いちゃうの? いいでしょ、笑ってる顔見せてよぉ」

 

 そゆとこ、そゆとこだと思うんだ梨璃ちゃん。

 その距離の詰め方。

 だから『女たらし』とか言われるんだぞ。

 そして、手をどけたユリちゃんがふわっと笑って……

 あ、アカン(確信)

 これは見惚れてまいますわ。

 何この異常な美少女率。

 俺いらないじゃん、ねえこの空間尊いが過ぎない??

 

「えっ? 指輪が……」

 

 さりげなく触れていた手。

 梨璃ちゃんが付けていた指輪が淡い光を放つ。

 

「これ、私のマギじゃない」

「──そう、その子はリリィよ」

「祀様……と百由様」

「ごきげんよう梨璃、それにあなたも」

「キュイー」

 

 現れた2人はにこやかに微笑んでいる。

 ……なんだかなあ。

 こう、祀様のにこやかな笑みは普通に優しそうな感じなんだけど。

 百由様が同じことすると危ない感じがするんだよな。

 マッドだから?

 まあ、百由様はまだマシな方なんだけどね。

 

「ちょうどさっき2人とも結果が出たところでね」

 

 まずはユリちゃんの結果発表から。

 保有マギの値を示すスキラー数値は50だったらしい。

 確か、50以上がリリィになれるかどうかのボーダーラインなんだっけ?

 

「ちょっと心許ないけど、リリィはリリィね」

「スキラー数値50って……私がリリィに受かった時の数値と一緒です!」

「あら奇遇ね」

 

 梨璃ちゃんは、ユリちゃんに目を向ける。

 当の本人は何も分からない様子で、こてんと首を傾げるばかり。

 

「この子が、リリィ?」

「で、次があなたなんだけど……」

「キュイ……?」

 

 え、なんで祀様の方見たんです?

 なんでそんな難しめな顔になるんです?

 

「簡潔に言うとね、保有マギだけなら数値はカンストだったわ」

 

 はいー……?

 

「身体がヒュージになったからかしら、人間ならあり得ない量のマギよ」

「え? ヒュージになったからって、どういうことですか?」

「あ」

 

 梨璃ちゃんの質問に、百由様は『しまった』という表情だった。

 ため息ついた祀様は「まあ、その内話そうとは思っていたからいいわ」と呆れた様子。

 さすがに、ユリちゃんに聞かせるのはアレだからか。

 俺に話していいか許可だけ取って、ちょっと出ていった。

 ユリちゃんは少しむくれてたけど。

 

 ──どうやら、俺のことは『G.E.H.E.N.Aによる強化実験の果てに肉体がヒュージ化したが、何らかの影響を受けて自我を取り戻した(もしくは維持に成功した)人間』だと思われているらしい。

 前に質問してきた祀様が、そういう感じのこと言ってたから。

 そういうことにしておいた。

 そうした理由は2つ。

 

 1つは、そう言い張れるだけの証拠を見せているから。

 感情を持ち、人の言葉を理解できるだけならともかく。

 読み書きもできるほどの知能は、ただのヒュージにはまず得られるもんじゃない。

 既に「それだけの知能があった」と考える方が現実的なはず。

 もう1つは、今後の俺のためだ。

 俺の性格上、いつかポロッと前世の経験を話してしまうかもしれない。

 その時に怪しまれないようにするためだ。

 「これは俺が人間だった時の話なんだけどさ」で乗り切るってわけ。

 

 ……まあ正直、あのマッド集団に問い合わせされたりしたら、一発で分かる話なんだけどね。

 尤も、信頼ないからその真実も信じてもらえるとは思えねえ。

 アイツらなら冤罪の100個や200個被っても問題ないよな!

 ちなみに、自分や身内の名前、実験されてた時の記憶は分からないで押し切った。

 記憶喪失ほど便利な言い訳ってないと思う。

 

「えーと、続けるわね? 保有マギはカンスト、おそらく100は超えてると思っていいわ」

「キュイ……?」

「極端な話、他のリリィと同じようにCHARMを持ったら爆発待ったなし、って言ったら分かりやすいかな?」

「キュイ!?」

「あはっ、伝わったようで何より!」

 

 そんな数値が出たのか……

 くっ、俺のCHARMデビューは遠のいたぜ。

 

「それと一応、レアスキルについても調べてみたの。そしたらあったのよ、レアスキル」

「キュキュイ!?」

「とはいえ、完全に制御できてない感じかな。だから、そのスキルに覚醒する兆しがあるくらいに思っておいて」

 

 頭の中の先頭民族が「ウソでしょ……」って言ってんのが聞こえた。

 いやいや待て待て待ちなさい!

 俺ヒュージだよね、ヒュージなんだよね!?

 中身はともかく身体はさあ!?

 なのにレアスキルってどうなってんの??

 

「レアスキルは『ユーバーザイン』ね」

「……???」

 

 思わず首を傾げたのは仕方ないと思う。

 だってアニメとゲームで聞いたことねえもん。

 そんな俺の仕草に、百由様はしっかり説明してくれた。

 

 ──ユーバーザインというのは、所謂(いわゆる)超感覚と呼ばれるスキル。

 自分の気配を隠したり、飛ばしたりすることができる。

 敵味方関係なく気配を消すことができ、全く相手に気取られずに行動できるのだとか。

 しかも、それだけじゃなくて、気配や存在をものに移せるらしい。

 まさに、敵の陽動・攪乱向きのレアスキル。

 

 ……要するに隠密特化のレアスキル、という風に解釈しておいた。

 なるほど、そういうことだったか。

 今までちょっと謎だったんだよな。

 だって普通、そこそこ大きい図体してた俺がうろついてたら。

 リリィはもちろん、防衛軍とかが気づかないわけないじゃん。

 なのに、普通の人間に見つかって攻撃されたことは、ほとんどない。

 もちろん、偶然リリィに鉢合わせて危ない目に遭ったことはあるけど。

 それだって、『あっちから追ってきた』というよりか。

 『たまたまそこでバッタリ会いました、そしたらヒュージだったんでいっちょ潰す(殺意)』って感じだったし。

 ……っ、ちょっと悪寒が走った。

 少し待って。

 

 ふー……気を取り直して。

 

 完全に制御できてるわけじゃない、っていうのはマジだと思う。

 だって、俺もそんなマジもんステルスが常時発動してた、って自覚がなかったわけだし。

 しかも、直接出くわしたリリィにはバレてたし。

 多分あれだ、レーダーやマギを操れない者には認識できないけど。

 マギが使えて、俺を目視していたら見える……とかだったんじゃね?

 生き残りたいと思ってたら、そんな代物をパッシブスキルにしてたとは……

 いやー、この身体も侮れんわー。

 

「りり!」

「ごめんね、戻ってきたよ!」

 

 話し終えた梨璃ちゃんと祀様が戻ってきた。

 めっちゃユリちゃん嬉しそう。

 んー、かわいい(にっこり)

 ちなみに、百由様は入れ替わるように出ていった。

 ……帰る直前で俺の首元を測ってたのがすごい気になるけど。

 

「……あなたも大変だったんだね」

 

 俺のところに来た梨璃ちゃんは、本当に心配そうな目で。

 真っ直ぐに見ていて。

 

「キュ──」

「もう、大丈夫だからね」

 

 そっと、俺を抱きしめた。

 身体の装甲は邪魔だろうに、それにも構わず。

 優しい声で、呼びかけた。

 

 ……ヤバい。

 なんか、この……なんていうかさ。

 こんなちょっと真面目そうな雰囲気で、こういうこと考えるのは良くないって重々承知してんだけど。

 普段は元気で明るい、年頃の女の子ってイメージの梨璃ちゃんなのに。

 今は、溢れる慈愛と母性がすっごい……!

 開けたらアカンタイプの扉がオープンしようとしてる……!

 鎮まれ遠い過去の、原初(乳児期)の俺。

 今お前が目を覚ましたら一番アホな理由で百合ヶ丘を去ることになるぞ……!!

 

「ああっ!?」

「キュイッ!?」

 

 ちょ、耳元で叫ばんといて……!

 

「いっけない! 明日の実技の練習忘れてた!」

 

 バッと俺から離れて、荷物を手にした梨璃ちゃん。

 でも、その歩みを止めたのが。

 

「ん?」

「……りり?」

 

 ギュッ、と制服を引っ張るユリちゃん。

 

「ない……ない!」

「えっ? あの、大丈夫だよ。また来るから」

「りり、いかない」

 

 その姿は、生まれたての雛鳥が持つ刷り込みのような。

 それか、幼い子どもが出かける親を止めるような。

 本人にもまだ自覚がない、不安の現れにも見えた。

 

「梨璃さんはもう行かなくちゃいけないの。代わりに私で我慢して?」

「ないっ! いーっ!」

「ああっ……ハートブレイク……」

「キュイー……!」

 

 祀様は呆気なくフラれた。

 あの、元気出してくだせえ……!

 

「ありがとう……」

「あの……私、いた方がいいんでしょうか?」

「じゃあ、こうしましょう?」

 

 祀様の提案はこうだ。

 梨璃ちゃんは当面、ユリちゃんのお世話係になる。

 その間の学業やレギオンの諸々は学院側からもフォローする、ということ。

 なるほど……原作通りだな!

 

「そんな、そこまでしてもらわなくても……」

「この子たちのことは、理事長代行直々に任されているのよ。梨璃さんがいてくれれば私も安心だし、レギオンの人たちには私から伝えておくから」

 

 えっ、俺のことまで一緒くたにされてんですか?

 俺そこまで手のかかる存在じゃないんだけどなあ……

 いや、存在自体が爆弾なのか。

 

「あっ、いえ……それは私から言わせてください」

 

 そして、自分のことはしっかり自分で話そうとする梨璃ちゃん。

 こういうところは偉いと思うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 保護した少女にまた引き止められる、という一悶着はあったが。

 とりあえず、梨璃は控え室に集まっていた一柳隊のメンバーに。

 今までの事情を全て話した。

 

「あの子、リリィだったの?」

「どこの誰か分かったのか?」

「それは……何も思い出せないみたいで」

 

 単純に心配する者、少し考え込む仕草が見える者。

 一柳隊の反応は、少しばらつきがあった。

 

「差し出がましいですが梨璃さん、少々入れ込みすぎではありませんか?」

 

 神琳の指摘は現実的なもので。

 

「あの子にだって、家族や大切な友達がどこかにいるんです! それを思い出せないって……自分の全部がなくなっちゃったのと同じだと思うんです! だから……せめて一緒にいてあげたくて」

「だとしても、それが梨璃さんの役割である必然性のないことは分かってらっしゃいます?」

「それは……そうなのかもしれないけど」

 

 いつもは梨璃の発言に全肯定気味な楓も。

 今回は甘やかすことなく、問いかける。

 

 人の世話をする、ということは曲がりなりにも『人の命を背負う』ということに等しい。

 ましてや、相手は完全な『記憶喪失』──自分で考えて動くことは難しいだろう。

 つまり、戦場で共に戦う仲間たちとは違う。

 当分の間は、梨璃が全てを握っている。

 軽率な判断は、下手をすれば戦い以上に危うさを生む。

 ──故に、一柳隊の司令塔を担う2人は厳しい言葉を向けていた。

 

「貴女は一柳隊のリーダーよ。その穴は、誰にも埋め合わせることはできません」

 

 夢結は一柳隊の副隊長として、梨璃のシュッツエンゲルとして。

 その事実を述べる。

 

「埋められないものは埋まりません」

 

 が、と続いた言葉は。

 

「それでも何とかするしかないでしょう。心配しないで、梨璃」

 

 梨璃の想いが、間違いではないことを示していた。

 そもそも、リリィは助け合いだ。

 1人がダメなら、2人で。

 2人がダメなら、レギオン(9人)で。

 支え合っていけばいい。

 

「は、はい! ありがとうございます、私のわがままで……」

「わがままではないわ。それは思いやりよ。堂々となさい」

 

 夢結の判断を「シルトに甘い」と言う者がいるかもしれない。

 だが、それは違う。

 夢結は梨璃が悩んで、自分で考え、そして導いた答えだと知っている。

 誰かに頼ったものではなく、自分で出したものだと分かっている。

 だから、信じたのだ。

 

「こんな時代だもの。誰だって、身近な誰かが傷ついているわ」

「手の届くところにいるなら、手を伸ばしたいよね」

「そうだ。梅は羨ましいゾ!」

「気持ちは分かる」

「わたくしだって、異存ございませんわ」

「何でも申してみぃ!」

「私もお手伝いします!」

 

 そして、それは一柳隊の総意でもある。

 彼女たちだって「誰かを助けたい」という想いは同じなのだから。

 本当に素敵な仲間に恵まれたんだな、と梨璃の胸が熱くなる。

 

「みんな……ありがとうございます! じゃあ行ってきます!」

 

 かくして、梨璃は憂いなく。

 『少女』のもとへ向かっていった。

 

 わずかな時間、控え室は沈黙に包まれる。

 

「一度言い出したら聞かなくて、それでいて一度に幾つものことをこなせるほど器用ではないのだから」

「本当に。退屈しないお方ですわ」

 

 全く、誰かとそっくりなシルトになったものだ。

 そう思う楓の耳がふと、ある音を捉えた。

 

「ん?」

 

 カタカタ、と鳴るティーカップ。

 中の紅茶は、振動で波紋を生み出している。

 地震だろうかと思ったが、それにしては違和感がある。

 

「……?」

 

 じゃあ何が、と少し行儀悪く下を見ると。

 震源はあっさり見つかった。

 

「……どうかなさいまして? 夢結様」

「何か?」

 

 きょとんとした顔で楓に答えた夢結。

 「姉」らしく、かっこよく送り出したと思ったらこれ(貧乏ゆすり)だ。

 しかも、テーブル上のティーカップに伝わるとか相当である。

 さらには当人、無自覚ときた。

 

「夢結様……そうは言ったものの、どこか落ち着かないのではありません?」

「多少……」

「胸の内がザワザワと?」

「かも、しれないわね」

「ささくれがチクチクと痛むような?」

「何故それを……」

 

 夢結自身も理解していないらしい感情に。

 段々楽しくなってきた楓は。

 

「夢結様。それはヤキモチです!」

 

 ──ビシッと指を突きつけて、断定した。

 

 

「ヤキモチ? 私が、誰に?」

「もちろん梨璃さんの大事なあの子に、ですわ」

 

 さて、ここまでくれば他人の感情に疎い夢結でも。

 目の前の少女が、どういうことを考えているかは分かる。

 

「……楽しそうね楓さん」

「ええそりゃもう。一匹狼として仲間からも恐れられた夢結様が、梨璃ロスで禁断症状とは。ぷぷ〜ですわ!」

「梨璃ロ……!?」

 

 楓の言葉を肯定するように、ローファーの音が大きくなる。

 貧乏ゆすりが激しくなっている証拠だった。

 明らかに動揺している。

 

「こと、このことにかけては、わたくしに一日(いちじつ)の長がございましてよ〜!」

「威張ることか?」

 

 ドーナツを手に取った鶴紗の呟きは尤もだが。

 心底楽しそうな楓と、動揺しまくりの夢結には届かない。

 結局、周囲のメンバーも苦笑いするほかなかった。

 




なお、オリ主の話もしっかりしていた模様。

【キャラ設定】その18

オリ主の前世の記憶は転生の反動なのか、オリ主自身の情報が分からなくなっている。
例えば、家族や友人の顔や名前は思い出せるけれど、自分の顔や名前は元々あったデータが消えてしまったかのように思い出せない。家族の名字も、自分自身の情報になるためか分からなくなっている。
他にも、『自分の誕生日の思い出』は覚えていても『自分の誕生日』は思い出せない……などがある。
どんなアニメが好きだったとか、どういう風に育ってきたかとか、自分の個人情報以外は大抵覚えている。
結局のところ、思い出はちゃんと覚えているため、本人はあまり気にしてない。


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名前は大事、古事記にもそう書いてある

オリ主が人型っぽくなってからお気に入りが増えたのを見て「みんな性癖が曲がってんだなぁ」と微笑ましい気持ちになっていた作者です。


「ただ、不思議なんですよねぇ」

「?」

 

 タブレット端末を弄りながら、二水は呟いた。

 

「あの子……あ、梨璃さんが見つけた女の子ですよ? あの子がリリィなら、どこかに行方不明のリリィがいるはずなんですけど……」

 

 厳密に言えば、行方不明になったリリィは過去に何人も存在する。

 だが、『少女』の特徴に一致する者がいない。

 それが、どうにも二水は引っかかる。

 

「最近リリィに覚醒したとか?」

「ああ! それなら、でも……」

 

 神琳の助言に一瞬納得するも。

 やはり、何かが引っかかる。

 そんな彼女に、ソファーに寝転がっていた楓は組んだ足を動かして。

 

「それならわたくしのお父様にも聞いてみますわ。超一流CHARMメーカー『グランギニョル』の情報収集能力は、この学院以上ですもの〜」

「うわー……いけ好かねぇー……」

 

 梅のジト目に「事実ですわー」と足をパタパタ。

 ……超一流CHARMメーカーの娘が、そんなに行儀悪い格好でいいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ……今、俺はすごいものに直面していた。

 

「りり、あーん」

「もー、自分で食べられるでしょ?」

「りりがいいんだもん。あーん」

「自分で食べるの!」

 

 何これ、ハートフルが過ぎない?

 あえて言語化するなら、お母さんに甘えるちっちゃい子を見てる気分。

 なんていうか、あったけえ……!

 オタクが言う『てぇてぇ』とはまた違う感情だぞ。

 できれば、もっと見てたいね……!

 

「ふふっ。梨璃さん、お母さんみたいね」

「キュイキュイ」

「おかあさん……?」

「せ、せめてお姉さんと言ってください!」

「おねえさん……?」

 

 いや、間違いなくお母さんだろ(断言)

 このシーンで、一部オタクが幼児退行し出したくらいなんだし。

 野郎が幼児退行とか、阿鼻叫喚の地獄でしかねえ。

 

「……やっぱり、あまり食べる気が起きない?」

「キュイ……」

「でも、一応頑張って食べた方がいいわ。身体が人間に近づいたことで、栄養補給が必要になったかもしれないでしょ?」

「キューイ……」

「体が受けつけないってことはないみたいだし、ゆっくりでいいから」

 

 祀様が俺の食事の進み具合を見て、優しく声をかけてくれる。

 どうやら、この身体には味覚がないっぽい。

 元々、ヒュージだった頃の体には必要ない機能だったから。

 まあそうなるか、とは薄々思ってた。

 今は一応「食べる」って行為自体はできるけど。

 味がしないものを食うって、なかなかキツいんだわ。

 うーん、今度辛いもん食ってみようかな?

 確か辛味は味覚じゃなくて、痛覚だったはず。

 痛覚はある程度正常だから、イケるか……?

 

「ねぇ、そろそろ2人に名前を付けてあげたら?」

「はえ?」

「名前がないと何かと不便でしょ? それに、この子の『ピラトゥス』って名前も元はヒュージとしての名前だったわけだから、人としての名前を付けてあげたいじゃない」

「わ、私がですか?」

「まぁせめて、梨璃さんが保護した子の名前くらいは梨璃さんが、ね」

「キュイ……」

 

 名付けイベかあ……そうだなあ。

 ゲームとかなら割とあっさり、創作系ならじっくり考えて付けるタイプなんだけど。

 『ピラトゥス』って名前も、いつの間にか勝手に付けられてたやつだし。

 第一、この名前もあまり気に入ってなかったというか。

 ドラゴンぽくないっていうか。

 だから、前々から自分の名前は考えてあった。

 

「キュッキュキュイ!」

「え、何?」

「キュイ……キュッキュイ!」

「やっぱり分からないわ……ごめんなさい」

「キュイー……」

 

 やっぱダメかあ……

 んー仕方ない、じゃあ適当に2人に名前を決めてもろて……

 

「──『あるん』?」

「キュイ……!」

 

 え、伝わってる……!?

 

「その、『あるん』って何?」

「そういってた」

「……もしかして、この子の名前?」

「キュイ! キュッキュイ!」

 

 そう! 俺の名前です!

 ゴツい手で自分を指しながら頷く。

 ──元々考えていた名前は『アルビオン』だった。

 やっぱり、ヒュージとしての姿がそれっぽく見えたから。

 それをちょっとアレンジしたのがこれ。

 念のため、男女両方に使えそうな名前にした。

 ちなみに『アルン』な!

 カタカナでな!

 

「ていうか、言ってること分かるの?」

「んー、なんとなく? あ、カタカナで『アルン』だって」

 

 なんとなくで伝わる精度かこれ……!?

 でも、これならユリちゃんを通して正確なコミュニケーションを図れるってことじゃないですか!

 勝ったなこれは!!

 

「それじゃあ、貴方の名前はアルンね」

「キュイッ!」

「で、次はこの子の名前ね」

「?」

「あっ、それならとりあえずなんですけど──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──それから2、3日経ったある日。

 小さき竜改め、竜の少女となった『そいつ』は。

 

「──ッキュキューイ!」

「っ!?」

 

 あろうことか、勢いよく理事長室に乗り込んでいた。

 

「ピラトゥス──いや、アルンと名乗ることにしたのだったな」

「キュイキュイ」

 

 コクコクと頷くアルン。

 その仕草は年相応の少女そのものだ。

 

 保護されたもう一人の少女とは違って、アルンの身体はしっかりしていた。

 謎の多さ故に、何度も検査に駆り出されてはいるが。

 リハビリ自体は必要ないとされている。

 しかし、その見た目が注目を集めるため、少しの間は病室にいてほしいという話だったはず。

 なんなら『本人にそういう話もした』と報告も聞いている。

 つまりは、だ。

 

「脱走、とは褒められた真似ではないと思うが?」

「キュイ……」

 

 自覚はあるらしい。

 悪戯を咎められた子どものように目を逸らした。

 とはいえ、わざわざ言いつけを破ってまで来たということは。

 何かしらの用事があったのだろう。

 『ピラトゥス』と呼ばれていた頃から、聞き分けがいいと評判だったから。

 考えなしにリリィとの約束を無視するような者ではないはずだ。

 

「何か(わし)に用があったのではないかな?」

「キュイッ!」

 

 咬月の問いにまたブンブンと頷く。

 一体どこから持ち出してきたのか、小さいまな板のようなものを手にしていた。

 華奢な身体に釣り合わない、厳つい腕の爪でガリガリと削る。

 下に木屑が落ちていることから、何かを彫りつけて伝えようとしているのは間違いない。

 

「キュイ! キュキュイ」

「……これを持てと?」

「キュイ」

 

 突きつけられた木の板を持つ。

 そこには拙い字で『高松』と書かれている。

 言わずもがな、咬月の名字である。

 

「キュイ……?」

 

 まず、微妙に木屑の付いた黒い爪が、板と咬月を指し示す。

 

「儂の名前じゃな」

「キュイキュイ」

 

 頷いたアルンは次に、板を咬月から取り上げた。

 そして胸の辺りで板を持ち、文字が咬月から見えるようにする。

 爪は自分と板を交互に指していた。

 

「うん……?」

「キュイ……」

「それが君の人間時代の名前だった?」

「キュイー……!」

 

 もどかしそうな表情と焦れったそうな足踏み。

 彼もわざと外しているわけではないため、渋い顔である。

 大きく書かれた『高松』の下に小さく『アルン』と付け加えられる。

 そこから、うんうん唸る御老公とキュイキュイ唸る竜っ子が。

 絵面的にシュールなにらめっこを続けること十数分。

 

 

「──儂の名字を使いたい、ということじゃな!」

「キュイーッ!!!」

 

 ──ついに決着。

 人語に訳すなら『それーっ!!!』とでも言うような指差しに。

 年甲斐もなく、わずかに咬月のテンションも上がる。

 百合ヶ丘の生徒がいたら二度見されそうな光景である。

 

 ……少し落ち着いた後。

 改めて咬月とアルンが向き合う。

 

「キュッキュイ?」

「『高松』という名字自体は珍しくはないからのう……儂としては構わんよ」

「キュイ!」

 

 満足したようで、人間らしい名字をもらった竜の少女は。

 深々と礼儀正しく一礼した。

 去り際に、尻尾をゆらゆらさせていた様子は。

 咬月の心に小さな和みをもたらした。

 

 

 

「あっ! どこに行ってたんですか!!」

「キュ──」

「ほら行くわよ。百由さんが検査のために待ってるから」

「キュイー……」

「ああほら、そんな露骨に嫌そうな顔しないの! 本当に苦しいことはしないんだから!」

「キューイー……!」

 

 ……できれば、脱走の共犯扱いはされたくない。

 密かにそう思う咬月である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──さて、少女と竜っ子が保護されて1週間弱。

 夕方の優しい光が、カフェテラスを照らしている。

 その中で、静かに夢結が本を読んでいると。

 

「──ごきげんよう、お姉さま」

 

 しばらく聞いていなかった声。

 その主は、やはり久々のシルト。

 

「お隣、いいですか?」

「ええ、どうぞ。梨璃」

 

 まともに顔を合わせることもできなかった2人。

 久しぶりに聞けた「姉」の、優しい声に。

 梨璃の中で、抑えていたものが一気に溢れてきて。

 

「っ、ご無沙汰してましたお姉さまぁー!!」

 

 半ば飛び込むように、夢結へと抱きついた。

 「うぅー……」と上げる声は寂しさの表れだ。

 

「どうしたの、しゃんとしなさい」

 

 そうは言うものの、夢結の声はどこか嬉しそうで。

 

「ああっ! それっ私の教本! お姉さまが持っててくれたんですか?」

「さぁ? たまたまよ」

「ありがとうございますー!」

 

 ……クールを装うこの少女が。

 ここ最近ずっと『梨璃ロス』で貧乏ゆすりを繰り返していた、なんて。

 もし伝えたら、梨璃は信じるのだろうか。

 

「全く……聞いてられませんわ!」

「さぁ、これで涙を」

「泣いてませんわ!」

 

 背後の出歯亀は無視しておく夢結。

 ふと、梨璃がいる方とは反対の肩に、重みと温もりを感じた。

 梨璃の真似なのか、夢結に寄りかかっている藤色の頭が見える。

 

「貴女、この間の……」

 

 足元にすら届きそうだった長い髪を、2つの三つ編みにしてまとめていたり。

 百合ヶ丘の制服に身を包んでいたりすること以外は。

 出会った時と変わらない、少女の姿があった。

 

「おぉ! 元気になったかー」

「って、その制服!」

「うん。正式に百合ヶ丘の生徒にしてもらえたって」

「編入された、ってこと?」

「まぁかわいい♪」

 

 後ろで出歯亀もとい、待機していた一柳隊のメンバーが。

 少女の姿を認めて、次々と顔を出す。

 

「ほら、ご挨拶して? こちらは夢結様だよ」

「ゆゆ?」

「もうっ、ちゃんと練習したでしょ? 自己紹介しようよ」

「なんで?」

 

 「ふえ〜……」なんて声を上げて困った様子の梨璃と、小首を傾げる少女。

 

「なんじゃ梨璃とこの娘……」

「姉と妹って感じです」

 

 ミリアムと二水の言葉がまんまそれである。

 

「ちょっと貴女たち狭いわよ……」

「もっと詰めろ」

「梅も見たいゾ!」

 

 1つのソファーに10人も集まれば、そりゃ狭くもなる。

 再度無視していると、少女の視線が一点に集中していることに気がついた。

 

「これ何?」

「スコーンよ。食べたいの? 食いしん坊さんね。誰かさんのようだわ」

「私ですか!?」

「食べていい?」

「ちゃんと手を拭くのよ」

 

 梅は「夢結にもう一人シルトができたみたいだ!」と指摘したが。

 これはもう、姉妹を通り越している気がする。

 むしろ、その……あれだ。

 

「妹というか……」

「母と娘じゃな」

「ゆゆ、お母さん?」

「産んでないわよ」

「じゃお父さん?」

「違いますから」

 

 訂正を重ねて、夢結は紅茶を口にした。

 少女がスコーンを手に取り始めた傍らで、楓は皆が気になっていたであろう問題に触れる。

 

「んで、この子の名前は分かったんですの?」

「ああ、それがまだ記憶が戻ってなくて」

「それじゃあ、今まで何て呼んでたんだ?」

「えっ!?」

 

 ここ一番のドキッとしたような表情。

 名前を聞いただけなのに、どうして焦っているのか。

 

「1週間近くありましたよね?」

「それは……」

 

 まさか、ずっと『あの子』『あなた』と呼んでいたわけじゃあるまいに。

 それではあまりに不便だ。

 第一、梨璃はそういったよそよそしい呼び方を好まない。

 梨璃のことだから、仮にでも名前を付けているはずだ。

 よっぽど変わった名前でも付けてしまったのだろうか?

 

「言ってごらんなさい、梨璃」

 

 答えるように促した夢結は、再び紅茶を一口啜って──

 

「──『ゆり』」

「んぐっ!?」

 

 いつかと同じように紅茶を吹き出しかけた。

 だって、聞き覚えしかない名前だったから。

 

「はぁ!?」

「ああっ!? それは……」

 

 梨璃が何か弁明する間も与えず、『ゆり』と名乗る少女が口を開く。

 

「わたし、ゆり。梨璃が言ってた」

「そ、それは本名を思い出すまでの世を忍ぶ仮の名前で……」

「それ、私が付けた夢結様と梨璃さんのカップルネームじゃないですかぁ!」

 

 梨璃があたふたと言い訳するも。

 ある意味、名付け親となった二水は大興奮である。

 

「いえっ! あの、そっそれは……」

「あら、いいんじゃないでしょうか」

「似合ってる……と思う」

「なんか愛の結晶、って感じだな」

「一緒に猫缶食うか?」

 

 一柳隊全体としては、名前に対して賛成ムードだった。

 さっき夢結は、親ではないと言っていたが。

 二人のカップルネームが少女の名前となった辺り、「二人の娘」というのも間違いではなくなりつつある。

 

「いつの間にやら既成事実が積み重ねられてますわ……!」

 

 1名ほど別の焦りを感じている者がいるが。

 まあ、それはさておき。

 

「じゃあ、決まりじゃの」

「その名前でレギオンにも登録しちゃいますねー」

「二水ちゃん!?」

 

 さらっとタブレット端末を手にしていた二水が。

 勝手に重要事項っぽい手続きを進めていた。

 

「名字はとりあえず一柳さんにしときますねー?」

「ええっ!?」

「まぁ……いいんじゃないかしら、梨璃」

「おいひい」

 

 名字が梨璃と同じとか、もはや確信犯である。

 夢結もクールぶっているが、満更でもない様子。

 さらには名前も2人から一文字ずつ取って。

 

 ──『一柳結梨』

 それが少女の名となった。

 

 

 

「──『アルン』もこっち来て一緒に食べよ!」

 

 スコーンを飲み込んだ結梨が、突然誰もいない方向へと呼びかける。

 聞いたことのない名前に、誰もが疑問符を浮かべた。

 ──梨璃以外は。

 

「その、『アルン』って……」

 

 

 誰なの、と夢結が尋ねようとして。

 言葉が止まった。

 結梨が見ていた先に、いつの間にか『何か』がいたのだ。

 

 目深に被ったフードを突き破る角には、見覚えしかない。

 チラリと見えた人外の足は、靴なんて履けるわけがなく、剥き出しの状態。

 不格好なシルエットなのは、ゴツい腕のせいなのだろう。

 おかげで、小さな子どもが布団を被ってできるお化けのそれだ。

 だが、普通に考えれば目立つはずの『そいつ』に。

 ついさっきまで、誰も気がつかなかったのだ。

 

 パサッと上手いことフードを脱ぐ。

 やはり、正体は竜の少女。

 しかし、前に会った時と違うところが1つあった。

 ──首元に、メカニカルなチョーカーを巻いていることだ。

 頭をバリバリ掻いて、気まずそうな表情で。

 

『え、と……その』

 

 発したのは、いつも聞いていたイルカのような声ではなく。

 無機質で感情のない、機械的なもの。

 なのに、台詞はどこか困惑している。

 急に姿を現したことに、竜の少女が初めてまともな『言葉』を発したことに。

 梨璃と結梨以外の皆の方が驚いているというのに。

 

『お久しぶりです。高松アルン──そういう名前になりました』

 

 なんだか微妙な表情をした竜っ子──『高松アルン』は。

 視線に耐えられなくなって、一礼することで目を逸らした。




『ピラトゥス』という名は大人が勝手に付けた名前です。オリ主はその事実をリリィから聞いていたので、ちょっと不満でした。
で、理事長代行に名字をもらいに行ったのは「一柳隊の誰かから名字もらったら俺の心臓がもたん」というオタクスピリットに基づいた考えです。

【キャラ設定】その19

オリ主の身体機能は半人型となった今でも不完全な状態。
味覚や声帯は全く使えない。(でもイルカみたいな音は出る。メカニズムは作者ですら謎)
感覚系は気温的な寒暖差が分からないし、痛覚は尻尾や翼などの「普通の人間は持っていない部分」には全く通っていない。
味覚以外の五感は嗅覚が少し鈍くて、他は人間よりもいいかもしれない。生存ガチ勢だから、なるべくしてなった結果と言える。
あと強いて言えば、ヒュージとして生きてきたことで野性の勘的なものが鋭くなった。


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やっぱり空気読んでほしいなあって(静かなる怒り)

18話抜粋『帰る直前で俺の首元を測ってた』
→チョーカーのサイズを合わせるためだった。

それはそれとしてホワイトデーイベ……! そらくす最後あれ絶対口移しだったろ!?


 ──あの後、いろいろ検査が控えてたから。

 軽く挨拶だけして、さっさと別れてしまった。

 代わりに質問攻めに遭ってるかもしれない梨璃ちゃんには申し訳ないけど。

 本当は、もう少し後になってから会うことを想定してたんよ。

 それを早くもバラす結梨ちゃんェ……

 いや、家族団らんみたいなシーンを見ようとしてた欲望剥き出しの俺が悪いんですけども。

 諸々のタスクを終えた後、いろんな人たちに許可をもらいに行って。

 正式に百合ヶ丘を歩き回る自由と、一柳隊に所属する権利をもらった。

 ただし、翌日からとのこと。

 メディカルチェックとかは、引き続きあるっぽい。

 

 

 ──んで、その『翌日』なわけですが。

 

『改めて──特型ヒュージ ピラトゥスもとい、高松アルンです。よろしくお願いします』

 

 一柳隊の控え室で、頭を深く下げる。

 梨璃ちゃんと結梨ちゃん以外の目線が、痛い……!

 あ、結梨ちゃんは既に指輪を付けてます。

 

「あの、本当にお話できるようになったんですか?」

『……梨璃ちゃん、どこまで話した?』

「ううん。私じゃうまく説明できない気がしたから、話せるようになったってことだけ」

『なるほど』

 

 うん、まあこれそこそこ複雑っていうか。

 俺が自分で話したかったから、ちょうどいいか。

 

『厳密に言えば、オレが話しているわけではないです』

「……その首に巻いているものと関係があるのかしら?」

『はい。百由様に作ってもらいました、人工声帯の一種だそうです』

 

 これがまた何悶着かあったんだけど、その辺は割愛しておく。

 

『そもそも、人間ってどうやって話せているのか……仕組みを知っていますか?』

「確か、声帯を震わせることで音を出して、口や舌で言葉にするって聞いたことがあるような……」

『大方そんな感じです』

 

 やっぱりみんな勉強してるんだなあ……

 感心しながら、自分の首──正確には喉の辺りを指す。

 

『喉の奥にある声帯という膜を、息で震わせて声を出す。その声帯に命令を出しているのが、脳の『運動性言語中枢』っていうところらしいです』

 

 ちなみに、この部分がやられると。

 言葉を理解できても、声を出して話すことができなくなるんだって。

 ヒュージに脳があるかは分からんが。

 少なくとも、俺がこうして考えたりできてる時点でお察しだと思う。

 

『でも根本的に、この身体には声帯がないそうです』

「え? 貴方、前まで声を出していたじゃない」

『あれ別に声帯から出ていたわけじゃないらしいですよ。仕組みも原理も見当つきませんけど』

 

 続けますね、と付け加えて。

 

『口も一応舌もあるのに、声帯だけがない。ドライヤーはあるのにコンセントがどこにもないみたいな状態ですね、多分』

 

 専門家じゃないから、例えに自信が持てない。

 ネットでよく見る、例えが上手くて分かりやすい人たちが羨ましいぜ……

 

『なら、どうするか? 結論は、コンセントなしで起動するドライヤーを作ればいい、というのが百由様の答えでした』

 

 自分の首──今度はチョーカー型の人工声帯をつつく。

 

『これには高性能なAIと、ちょっとした電流を流す装置が組み込まれています』

「人工知能によって声を生み出す、ということですわね」

「じゃあ、電流の装置の方は?」

『生物は脳や体の指令を電気信号で伝えています。ヒュージも一応カテゴリー的には生物ですから、電気信号が関係しているはずです。それを応用した形がこれになります』

 

 声だけが出ても、言葉にはイントネーションというものがある。

 文字で書けば分かるものも、音の抑揚次第で大きく変わってしまう。

 例えば、「『カキ』を食べた」って聞いたとして。

 抑揚がない『カキ』を聞いても、果実の『柿』か貝の『牡蠣』かちょっと迷うと思う。

 

 これによって、思い描いた文字やイメージを信号で伝えて。

 出力化した時に、より正確に伝えられるようになるらしい。

 さらには、口の動きに合わせて起動するから。

 頭で思い描いていることが、全部ダダ漏れになることはない。

 プライバシーは守られてまっせ(安堵)

 おまけに完全防水で、ある程度の衝撃にも耐えられるとか。

 いやはや、時代は進みましたなあ。

 

『まぁ、この首輪にはもう一つ役目がありまして』

「役目?」

「拘束具の一種ですね」

『はい、神琳さん正解です』

「え?」

 

 その辺りは梨璃ちゃんも聞いてなかったから、目に見えて驚いた顔をしている。

 

「わたくしには経験がありませんが、犬を飼う時には首輪をしますよね?」

「うん。『この子はうちのワンちゃんです』って分かるように、付けた方がいいって」

「そもそも飼い犬の首輪は『飼い犬ですよ』というアピールもそうですが、犬がむやみやたらと噛まないようにするための安全策の一つでもあるそうです」

「そんな、動物と同じ扱いみたいな……!」

『とはいえ、形だけだよ。実際にそういう機能が入っているわけじゃないから』

 

 一応、とりあえずは受け入れてもらえたけど。

 百合ヶ丘全てのリリィが、良く思ってくれているとは限らない。

 元人間とはいえ、ヒュージに悪感情を抱くリリィなんてたくさんいるだろう。

 だから、分かりやすく縛りつけて。

 そうやって、ひとまず妥協しようということだ。

 

『受け入れてもらえただけでも救われる想いだから、梨璃ちゃんが気にすることじゃないよ』

「……うん」

「梨璃……?」

「結梨ちゃん……ありがとう、大丈夫だよ」

 

 『悲しい匂い』でもしたのかな。

 きょとんと顔を窺う結梨ちゃんを、梨璃ちゃんが抱きしめた。

 ふむ……これは。

 空気が、重い……!

 

『えと、その……とりあえず一柳隊に入ってきていいという許可もいただいてきたので、いいですか?』

「あ、はい! 分かりました!」

 

 雰囲気を変えたいと思って、発言したら。

 二水ちゃんも同じことを考えていたのか、真っ先に反応してくれた。

 あ、その手に持ったタブレットはストップ。

 

『登録は待って』

「え、どうしてですか?」

『上にバレたら良くないっていうか、存在を残すような書類とかはちょっと。一応、生徒会とかには話を通してあるから所属自体はできるけれど』

「あー……確かにそうですね、了解です」

 

 その辺り面倒なんだよなあ。

 ごめんね、二水ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 登録といえば、と二水は新たな話題を引っ張り出す。

 

「昨日は勢いで結梨ちゃんをレギオンに登録してしまいましたけど……」

 

 ちらっと結梨の方を見る。

 当の本人は首を傾げていたが。

 

「リリィとしての資質があると認められて、正式に学院の生徒に加わったということは、結梨ちゃんにも競技会に参加資格があるってことになりますよね?」

「えっ? 結梨ちゃんも?」

「まだ気が早いわ」

 

 保護者代わりの梨璃は、まさかの話題に一瞬呆けた顔。

 夢結は過保護な親のような意見で返した。

 

「あ、アルン……さんはどうなんでしょうかね、参加できますか?」

『参加は止められた。でも、見学する分にはいいって』

「大丈夫なんですか? 存在がバレたらマズいって言ってたのに」

『最近はレアスキルが上手いこと扱えるようになってきたから。リリィ相手ならまだしも、一般人くらいなら誤魔化せるよ』

 

 アルンは無感情な声とちぐはぐな、ふにゃりとした顔。

 レアスキル『ユーバーザイン』による気配の遮断──昨日、竜の少女が突然姿を現したタネだ。

 結梨の指摘がなければ、誰も気がつかなかった。

 その実績からして、単なる思い上がりではないようだ。

 

「アルンさんは参加されないようなのでいいとして……スキラー数値は確認されているとはいえ、結梨さんはいわば仮免のリリィなのでしょう?」

「そうですよ。それに結梨ちゃんは、ついこの間歩き回れるようになったばかりだし、記憶だってあやふやなままで……」

 

 そんな子に危ないことをさせていいものなのか。

 言外に、そう告げる梨璃の表情は不安そうなもので。

 

「梨璃、『きょうぎかい』って?」

「もうすぐ戦技競技会っていうイベントがあるんだよ」

「結梨さんは、お風呂で泳ぐのに夢中で、お話を聞いていなかったわね。アルンさんは何か聞いていますか?」

『要するにリリィの運動会みたいなものですよね? 祀様からなんとなく聞きました』

「うんどうかい……?」

「一口に言ってしまえば、百合ヶ丘女学院のお祭りみたいなもんじゃの」

 

 それは、一切の記憶がない結梨にとって未知の世界。

 色とりどりの言葉と情報で、ただ自由に。

 純白のキャンバスに、自分だけの世界を描いていく。

 

「お祭り……それって楽しいの?」

「ど、どうかな……? 私は少し気後れするところもあるけど……」

「雨嘉さんは難しく考えすぎじゃないかしら?」

「めんどくさい……」

「他のクラスや一柳隊以外のレギオンのリリィもみんな集まるから、賑やかになるのは間違いないなー」

「みんな……? 梨璃たち以外にも、たくさんの人がいるんだね」

 

 期待と賑やかさを増していく会話。

 今の結梨にとっては一柳隊のメンバーと、世話役の(はた) (まつり)が関係の全てだ。

 それが一気に広がるというのは、実に興味深いことなのだ。

 

「うん、たくさんいるよ!」

「みんな出るってことは、梨璃も?」

「うん。私も詳しいことはまだよく分かってないけど……」

 

 二水の語るところによると。

 学年別やクラス対抗の種目は、ある程度決まっているが。

 それ以外の種目に関しては、どういったものなのか、誰がエントリーするかも未定なのだという。

 

「2人1組で自由参加できる競技があるなら、梨璃さんとご一緒させていただくところですのに」

「そんな種目があったら、出場者はシュッツエンゲルばかりになりそうじゃな。わしにも、誰か相手がおればのう」

「梨璃と一緒にお祭り……結梨も出てみたい!」

 

 未知なるものは、既知へと覆したい。

 人間が持つ、知性的な欲求の一つだ。

 その欲求のままに、結梨は願いを口にする。

 

「あら、ペア競技のパートナーの座は譲りませんわよ?」

「引っ張るのか、その話」

「夢結様に梨璃さんの隣を奪われて、この上新参の子にまでなんて……!」

「楓、一人で対抗心を燃やし始めてる……」

『多分報われないっていうのが悲しいところですよね』

「ふふふっ。未発表の種目もまだありますから、今後のお楽しみですね」

 

 戦場に立てば、誰かのために戦って咲くリリィも。

 こうして談笑する姿は、ごく普通の学生と変わらない。

 年相応の、本来の少女たちの光景がそこにはあった。

 

「早々に発表されて確定している競技といえば、2年生の個別対抗戦だったかしら」

「おう! 梅たちの大一番、タスキ集めだな!」

「わざわざ戦技競技会でやるからには、単なるタスキ集めではなさそうじゃが……」

『そういえば、百由様がすごい張り切っているのを検査の合間に見たことがあるけれど……関係ありますよねこれ』

「裏方で何かの競技に噛んでおると言っとったし、間違いないじゃろ。はぁー……嫌な予感しかせんわい」

 

 微妙な表情で顔を見合わせるミリアムとアルンを余所に。

 梅は今からでも楽しそうだ。

 

「何にしろ、腕が鳴るゾ!」

「あまり浮かれすぎないようにね」

 

 いくら競技会が控えているからといって。

 リリィとしての日常に変わりはない。

 人々を脅かすヒュージの出現があれば、少女たちはCHARMを手に取る。

 それが、リリィの使命だから。

 

「はいっ、お姉さま! ちゃんと講義を受けて、訓練をして、それから──」

『あっ』

 

 ──遮るように、重く響く鐘の音。

 言わずもがな、ヒュージ出現の合図だ。

 百合ヶ丘のリリィはもちろん、山奥に住んでいた竜の少女ですら知っている。

 

「警報……!?」

「夢結が言ってたそばから、リリィとしてのお勤めだな」

「これから講義の時間でしたのに、全く……空気を読みませんわね」

「どうしたの? みんなから、さっきまでと違う匂いがする」

 

 ただの学生から、人々を守る戦乙女へ。

 敵は人間の都合なんて、考えてはくれない。

 

「ええっと……ごめんね、結梨ちゃん。私たち、今から出かけないといけないの。だから、いつものお部屋に戻って待ってて?」

「出かける……? 梨璃、行くってどこへ?」

「大丈夫。ちょっとの間だけで、すぐ戻ってくるから。さっき出てきたお部屋までの道、分かるよね?」

「……ない……」

「あ、あの……結梨ちゃん? もし帰るのが難しいなら、この控え室で待っててもいいから──」

「──行かないで」

 

 何かは分からない。

 だが、彼女なりに何か確信めいたものがあったのだろう。

 『梨璃が危険なことをしに行く』という、不安が。

 

「ゆ、結梨ちゃん、手を離してくれないと……私、行かなくちゃ」

『……仕方ないなぁ』

「わっ……!?」

 

 不意に、アルンが結梨を脇から持ち上げる。

 それによって、結梨は強制的に梨璃から引き剥がされた。

 掲げられた腕の中でジタバタ暴れるが、竜の少女はびくともしない。

 下りようと体を捻っても、それに合わせて腕を動かしてくる。

 まるで子猫同然の扱いだ。

 

「離してよアルン!」

『今回は、オレが結梨ちゃんを見ておくから。梨璃ちゃんは自分の仕事をしてきな』

「ありがとう!」

「動けるレギオンは、すぐにでも現場へ向かうはずよ。私たちも急ぎましょう」

「あっ、お姉さま……は、はいっ!」

 

 未だに抵抗を続ける結梨に、後ろ髪を引かれる想いはあったが。

 ここで立ち止まっては、傷つく人だって出かねない。

 

「結梨ちゃん、ごめんね? また後でちゃんとお話するから!」

「あっ、梨璃っ!」

 

 申し訳なさそうな顔で、振り切って。

 梨璃を始めとした一柳隊は、控え室を後にした。

 部屋に残されたのは、結梨とアルンの2人だけだ。

 

 

「……アルン」

『何かな』

 

 ぽつりと呼ばれた名前に。

 無機質な声が応える。

 

「なんで梨璃、行っちゃったの?」

『誰かを守るためだよ』

「誰かって?」

『そうさねぇ……』

 

 静かになった控え室の中、アルンはじっくりと考えて。

 

『例えば……本当に例えばの話だよ? これから梨璃ちゃんが行った先で、怪我してボロボロで帰ってきたら、結梨ちゃんはどう思う?』

「絶対やだ……悲しい気持ちになる」

『そうだよね』

 

 掲げていた腕を、結梨の足が付くまで下ろす。

 

『それと同じだと思う』

「同じ……?」

『誰かが傷つけば、悲しむ誰かがいる。そうならないように、梨璃ちゃんたちは出かけたんだ。この世界は、皆がリリィみたいに自分の身を守れるわけじゃないからさ』

「だから、リリィは誰かを守るために……」

 

 黒く大きな手を離しても、もう結梨は梨璃を追いかけようとはしなかった。

 アルンの考えを、自分なりに噛み砕いているのだろう。

 

 ──子どもというのは、最初は総じて純粋だ。

 まっさらで、無垢なる賢者。

 何者にも染まっていない、故に世界を単純に見ることができる。

 だからこそ、なのだろう。

 

「じゃあ、梨璃たちのことは誰が守るの?」

 

 結梨は『本来の常識』に辿り着く。

 リリィにだって、傷ついたら悲しむ誰かがいるのではないかと。

 この世界の大人たちが目を背け、覆い隠した『あるべき姿』にうっすらと気がついている。

 『竜の少女』として今を生きている『転生者』は。

 前世の()()()平和な世界で、()()()真っ当に生きてきたから知っている。

 この世界に組み込まれてしまった『歪み』も、かつての『日常』も。

 だから、なんとなく『そういう質問』が来ることは分かっていて。

 

『仲間で、助け合っているんだよ』

 

 でも、同時にどうしようもないことも分かっていた。

 現実問題、対抗できるのはリリィだけだ。

 大人が戦地に立ってどうにかできる話なら。

 前世のどこかの国と同じく、大人がどうにかしていたはずだ。

 

『お互いにお互いを守って、そうやって助け合っている。リリィはそうしているはず』

 

 よくもまあ、そんなことが言えるもんだ、と内心自嘲した。

 そうやって他人事みたいに、年端もいかない女の子をバケモノどもとカチ合わせて。

 自分はのうのうと屋内にいるわけだ。

 

 今は百由に止められているから?

 今は結梨がいるから?

 そんなの、口実だろう。

 単なる言い訳のきっかけだろう。

 いくら死ぬのが怖いとはいえ、どうせ一筋縄じゃ死なないのだから。

 本来なら、戦場に立つべきは『お前』だろうが……!!

 

「……アルン?」

『……何?』

「怒ってる匂いがした」

『……そっか』

 

 ヒュージの体でもそんな匂いとかするのか、なんて考えて。

 

『ちょっと考え事していただけだから』

「大丈夫?」

『大丈夫。とにかく、今は大人しく待っていようね』

「うん」

『で、梨璃ちゃんたち帰ってきたらお迎えしようか』

「するっ!」

 

 結梨にはその『本質を見抜ける純粋さ』を持ち続けてほしい、と。

 満面の笑みを浮かべる少女へ、密かに願った。

 




おかしいですね……二次創作のつもりが、いつの間にか理解もできない論文と専門資料を漁って専門っぽい文章を作成してました。ところどころ噛み合ってなくても許してください……ボクぁ文系なんだぞ……

【キャラ設定】その20

現時点でのオリ主の身長はそこそこ小さい(角は含まない)。具体的には「鶴紗さんより気持ち大きいかな……?」くらい。
人外部分(主に腕)に構成するマギを割いていたら、胴体が小さくなった。
体重も実は見た目ほど重くはない。「腕が重くてよたよたする……」みたいなかわいいエピソードは特になく、むしろヒュージ体の時よりも身軽に動けている。


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ストレス発散した意味なくね?

友人「お前ボーイッシュと女の子の百合が好きって言ってたけど、それ普通にNLでよくね?」
作者「バッッッカてめ『相手が男の子だと思ってたら実は女の子だったけどそれはそれとして好きな気持ちは変わらなくて困惑する女の子の感情』からしか摂取できん栄養素だってあるんやぞ!?」
友人「でもNLも好きなんだよな?」
作者「普通に好き」

基本的に雑食なオタクはお得なのです。


「じゃあ始めるわよー! あ、それ私が作った処分予定のやつだから、できるなら遠慮なく壊しちゃってー!」

『了解です』

 

 ──一柳隊が出撃した後、控え室に祀が来た。

 なんでも、アルンに「戦闘データを取るから来てほしい」という百由の召集があったそうだ。

 結梨を一人にしていいものか、と迷っていたが。

 そのために来たという祀の後押しもあって、役目を交代した。

 自己嫌悪でムシャクシャしていたアルンにとっては、ありがたいタイミングである。

 

 そして、指定された場所に来るや否や。

 軽い説明……要するに『的をぶっ潰せ』という指令を受けて。

 さらに「準備があるから」と待たされ、約20分。

 で、今に至る。

 待ちくたびれたとばかりに、肩をぐりんぐりん回してやる気は充分である。

 上を見上げれば、ドローンがホバリングの真っ最中。

 前を見れば、百由の傍らに鉄屑の小山。

 ……どう考えても嫌な予感しかしなかった。

 

「──それじゃ、開始っ!」

 

 合図と共に駆け出す。

 人外の足が地面を削った。

 黒い豪腕はマフラーか何かのように、後ろになびかせる。

 手始めに、一番槍のドローンを叩き落とす。

 直後、迫る弾幕。

 驚いた顔を見せたアルンだが、反応は実に早い。

 横にかっ跳んで、犯人を睨む。

 

『撃ってくるとか聞いてませんよ?』

「そりゃ言ってないもの。訓練弾だから安心して、痛いけど」

『ふざけんじゃねぇです』

 

 声こそフラットなものの。

 表情は言葉以上に気持ちを代弁していた。

 とはいえ、ギブアップなんて以ての外。

 やけくそ気味に、まとめて薙ぎ払った。

 しかし、既に大量のドローンが包囲網を固めている。

 なるほど、処分予定でもなかなか性能が良いらしい。

 

『……流石は百由様だ』

 

 早くもアルンを追い詰めてきた機械たち。

 だが、囲まれた程度で竜の子は負けない。

 一斉射撃が来る。

 腕にマギを固めて防御、そのまま突き進む。

 1カ所手薄な部分を見つけて。

 ドローンが一瞬止まったのを見極める。

 

『よい、こら、さっと』

 

 殴る、蹴る、砕く、薙ぐ。

 CHARMがなくとも、己の身体一つで突破する。

 この程度なら、何度も切り抜けてきた。

 それどころか、さらに数が多いことだってあった。

 ある時はヒュージ相手に、ある時はリリィ相手に。

 前者なら容赦なく屠り、後者なら傷つけないように逃げ回り。

 仕留めるために、生き延びるために。

 その成果もあって、体捌きと見切りは抜きん出ていた。

 

「半分もやっちゃうなんてねぇ……なら、これはどうかしら?」

 

 ピピッと鳴った不穏極まりない音。

 音の主は、あの鉄屑──もとい、歪な形のヒュージだ。

 

『だから、聞いてないって言ってますよね』

「ついでだから試作品も動かしちゃおうと思って」

『オレへの事前通告は?』

 

 思わず、ドローンの1体を地面に叩きつける。

 『前世の記憶』からして、これの改良版が競技会の代物なのだろうか。

 

「■■■■■!」

 

 機械の異形が突っ込んでくる。

 その図体を活かした一撃を、掴んで受け止める。

 余波で砂埃が踊った。

 

『重っ……』

 

 刃物とかそういった小細工はないが。

 質量頼りの攻撃は立派な脅威だ。

 無防備なリリィ相手なら、それだけで肉片に帰することができる。

 尤も、身体の頑強さが取り柄の──防御特化の肉体を持つアルンには。

 有効打とは言い切れないのだが。

 

 競り合う、踏ん張る。

 力比べに負けそうな足を、前へと進めようとして。

 ざり、という音を聞いた。

 押し負けて後退している。

 

『くそ、前なら拮抗くらいできたのにっ』

 

 苦い顔が隠し切れない。

 その隙に、ドローンがガラ空きの横っ腹を狙っていて。

 

『やば──』

 

 咄嗟の判断。

 尻尾の先端に付いた刃で切り裂いた。

 周囲のドローンも巻き込むように、連鎖的に爆発させる。

 辺りは煙に包まれて、状況が不明瞭になる。

 

「あれ?」

 

 メカヒュージが腕を振るい、晴れた視界を目にして。

 百由は困惑した。

 竜の少女の姿がどこにもなかったのだ。

 ドローンが根こそぎ破壊されているのは分かるが、あの子まで破壊されては困る。

 と、冷や汗が出てきたところで。

 

『どうやら、モノになってきているみたいですね』

 

 声が聞こえた。

 ドローンの雲が晴れた空に、竜の翼が広がる。

 

「ちょ……!? まだ飛べるなんて聞いてないわよ!」

『まぁ言ってませんし』

 

 意趣返しのつもりか、舌を出して目を逸らすアルン。

 翼を打ち、一気に急降下。

 黒い爪を突き出すように構える。

 身体が小さくなって、力は弱まったが。

 位置エネルギーと重力はいつだって、小柄な戦士の味方なのだ。

 

 ──ズガン、と響く衝撃。

 細かな鉄の破片が、雨の如く降り注ぐ。

 風穴をこじ開けられた機械の異形と、それを為した異形を纏いし少女の姿があって。

 

『オレの勝ちです。良いデータは取れましたか?』

 

 振り向いた勝者が、鉄屑の雨の中で笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 さーて、鬱憤ばらs……じゃねえや戦闘データのチェックも終わって。

 無事に戻ってきた一柳隊、っていうか梨璃ちゃんがしごかれてた。

 その後、遅めの昼飯だってんで便乗させてもらった。

 食堂の人に味覚云々の事情を話したら、快く辛味系調味料を貸し出していただきまして。

 なかなか刺激的だったぜ……!

 ていうか、前は辛いもん得意じゃなかったんだけど。

 味覚がないからかな?

 意外と楽しめてしまった。

 今度はもっと強めなやつに挑戦してみようと思う。

 なお、ミーさんと結梨ちゃんには距離を置かれた、物理的に。

 2人とも甘党だもんね、しょうがないね。

 午後はみんな講義、俺はメディカルチェックの結果を聞いたりして。

 時間は、思った以上にあっという間だった。

 

 

「はぁ……どうしてこんなことになったのかしら?」

『……本当ですね』

「楓とアルン、頭が重いの?」

『まぁ、だってこんなつもりじゃなかったし……』

「予想を超える展開になってしまって、どうしたものやらと……」

 

 揃って頭を抱えたのは俺と楓さん。

 今いる場所は、前世ですらお世話になったことのないスイートルームみたいな部屋。

 3部屋ほどブチ抜いたという、だだっ広いこの部屋は楓さんの一人部屋だ。

 こうなったのには理由がある。

 

 

 

 ──夕方に、一柳隊でまた集まった時のことだ。

 

 

「えっ? 結梨ちゃんたちを寮に?」

「ええ。リハビリが済んだ以上、結梨たちをいつまでも治療室に住まわせておくわけにはいかないでしょう?」

 

 結梨ちゃんは百合ヶ丘の学生として登録された。

 だから、しばらくしたらお引っ越しになるんだろうなとは思ってた。

 でも、ちょっと待ってほしい。

 

『え、オレもですか?』

「そういう風に理事長代行から通達があったわ」

『オレ、前の住処に戻ることを前提に考えていたんですが』

「学院内なら自由に動き回ってもいいかもしれないけれど、あそこは違うわ。最低でも、1人はリリィが同伴しないと無理でしょうね」

 

 ぐぬぬ、女の子を地べたで寝かせるなんて真似はできんぜよ……!

 そんなことしたら野郎として終わってらァ……

 

「そっかぁ……結梨ちゃんたちも私たちと一緒に暮らせるんだね!」

「梨璃といっしょに!?」

『でも、部屋割りはどうする気です?』

「こちらで相談して決めてほしいと言われているけれど……一人部屋を割り当てられるわけじゃないから。メンバーのベッドの空き状況で、自ずと決まってくるわね」

 

 確か、梨璃ちゃんのところはルームメイトがいたはず。

 閑さん、だったっけ。

 

「私の部屋、埋まっちゃってます……」

「梨璃といっしょはダメなの……!?」

「結梨ちゃん……あ、でも私のベッドで一緒に寝れば──」

「そういう訳にはいかないでしょう」

 

 それはそれで素敵な光景だとは思うけどね。

 俺? そら床でゴロ寝よ。

 ……いや、そもそも梨璃ちゃんたちの部屋にお邪魔する前提な時点でおかしいわ。

 

「わたし、梨璃といっしょなら狭くてもいいよ?」

「わたくしも一向に構いませんわ!」

「いや、規則で二人までと決まっておるじゃろう! それに、どちらにしろお主は関係ない!」

 

 楓さんと梨璃ちゃんを同じベッドに入れたら、確実に梨璃ちゃんが危ない。

 主に梨璃ちゃんの貞操的な意味で。

 「食っちまいますわぁ」ってされちゃう。

 基本ゆゆりり派の俺としては、簡単には看過できない問題ですぞ!

 

「申請してベッドを増やしてもらうわけには……?」

「難しいでしょうね。仮に申請が通ったとしても、諸々増設されるまで治療室に……というわけにはいかないわ」

『ですよねぇ』

「それじゃあ、私のところも難しいですね……」

「わたくしたちも、既に相部屋になっていますし」

「うん……」

 

 しぇんゆーのとこは本当にダメ(鋼の意志)

 俺が持たないから。

 

「生憎じゃが、こっちも同じじゃの」

「みんな、ルームメイトはもう決まってるから」

 

 ミーさんも鶴紗ちゃんも、やんわりとお断り。

 せめて、結梨ちゃんの引き取り先だけでもね……

 

『やっぱりオレ、単独で山に戻って──』

「「ダメ(です)」」

『ぐぬ……』

 

 一柳隊全員に止められた、解せぬ。

 

「あれ? そういえば、一人部屋に住んでるやつ、誰かいたような……?」

「……あ。そういえば」

「ああ、確か広い部屋を割り当てられていた人が……」

「割り当てられたのではなく、勝手に部屋を広くしたやつじゃな」

「え」

 

 徐々に視線が一人に集中する。

 その主というのが──

 

「……わたくしですの!?」

 

 

 ──という経緯があったわけで。

 

 

 

 おかげで落ち着かないったらない。

 だって、何も知らない結梨ちゃんはともかく。

 庶民派の元一般人がこんなところにいても、なあ?

 あー……昼間にストレス発散したのに、別ベクトルのストレスがまた溜まっていく……

 いや、楓さんの部屋自体に不満があるわけじゃないんだよ。

 ただ……目につくもの全部高そうっていうのがさ?

 今の俺、こんな身体してるから傷つけそうで怖いんだって……!

 

「まさかわたくしの部屋で、結梨さんたちを引き取ることになるなんて……」

『オレは最後まで反対していたんですけれどね』

「梨璃といっしょがよかったなぁ……」

「ええ、わたくしもですわ……」

 

 結梨ちゃんはともかく、楓さんはまず無理だろ……とは言わないでおく。

 夢を持つって大事だと思う。

 

「はぁ……もしもわたくしと梨璃さんが初めから相部屋だったなら、学院での生活がさらに充実したものになってましたのに……」

『楓さん最初に梨璃ちゃん突っぱねてたらしいじゃないですか』

「もちろん、講義やレギオンのミーティングでご一緒できるだけでも……いえ、百合ヶ丘女学院に入った日に、運命的な出会いを果たしたあの瞬間だけで至福の極みというものですが〜」

『ガン無視かよ』

 

 さすが「過去にはとらわれない」というだけある。

 耳の都合がよろしいようで。

 

「楓も梨璃といっしょにいたいんだね」

「もちろんですわ! 叶うのであれば、それこそ揺り籠から墓場まで……!」

『イギリス福祉のスローガンですか』

 

 そもそも揺り籠(スタートダッシュ)の時点で出遅れてるんですがそれは。

 

「結梨も……梨璃といっしょにいると、すごく幸せ」

「それはそうでしょうとも。貴女はしばらく梨璃さんが付きっきりで、二人きりの贅沢な時間を過ごしたんですもの。はっ、もしかしてアルンさんも……!?」

『いや、自分のことはできるだけ自分でどうにかしていましたよ。結梨ちゃんと同室ではありましたけれど、検査に駆り出されることも多かったので』

 

 それこそ、検査が多くなって来てからは。

 飯か寝るかでしか病室に戻らない日もあったし。

 楓さんは「ふぅん」と納得した様子で。

 

「まぁ、梨璃さんと分け隔てられた我が身の不運を嘆いたところで、どうにもなりませんわ」

 

 あっさり切り替えたらしい。

 

「……今はまだ。いずれはきっと……!」

 

 でも、どうしてだろう。

 背景がメラパチしてはる幻覚が見えそうなんですが?

 

「──さて。もういい時間ですし、今夜のところはお休みしましょう。結梨さんは、こちらのベッドをお使いになって……」

 

 ──ぐぅー……と誰かの腹の虫が訴えている。

 俺の身体は、まだ空腹の概念がないから鳴るわけないし。

 楓さんだったら面白いけど、そんなキャラじゃないんだよなあ。

 と、いうわけで。

 

「あ……」

「……随分元気にお腹が鳴ってますこと。先ほど皆さんと夕食を食べたばかりですのに」

 

 まあ、消去法を使うまでもないんだけど。

 犯人は結梨ちゃんだ。

 

「もうちょっと何か食べたいなぁ……」

「ダメですわ。寝る前だというのに余分なものを口にしたら、健康に悪いですわよ?」

「うぅ〜……」

「そんな風に悲しそうに訴えかけても、いけないものはいけませんわ」

『なんか、意外かもですね。楓さんが甘やかさないのって』

「ここで甘やかしても結梨さんのためになりませんもの」

 

 夜中のつまみ食いに幸せを感じる人も多いっていうけど。

 楓さんは律せるタイプなんだな。

 忘れがちだけど、基本は理性的なタイプだもんね楓さん。

 ……梨璃ちゃんのことは別として。

 ちなみに、俺は前世でも夜中につまみ食いするタイプじゃなかった。

 なんていうか、食に対するやる気がないっていうか。

 (もっぱ)らオタクとしての欲に費やしてたから。

 

 あ、また鳴った。

 

「我慢してお休みしないとダメ……?」

 

 ワァッ……?!

 キラキラの美少女オーラが見える……!

 ぐあッッッッ……やめなさい!

 そうやって雨風に打たれる子犬みたいな眼差しで見るんじゃあないよ!

 屈しちゃうでしょーが!

 

「…………」

 

 ほらこれ絶対楓さん揺らいでるじゃないですか!

 

「うぅ……」

 

 結梨ちゃんの目が、心なしか潤んでいるように見えた。

 ……楓さんが時計と扉をチラッと見始めて。

 

「……アルンさん」

『何です?』

「この子の好みをご存知ありません?」

『マジか』

 

 屈しちゃったかあ……

 まあ、とはいえ。

 

『好き嫌いがあるようには思えませんけれど……あ、前に梨璃ちゃんが持ってきていたアレなら好評でしたね』

「アレ、ですの?」

『はい』

 

 俺も加担する辺り、甘いのかなって。

 いや、だってほら。

 女の子のうるうるお目々見ちゃったらもう無理だろ(諦観)

 

「はぁ……仕方ありませんわね、もう」

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 ……そんなわけで。

 

「わぁ……!」

「ラムネ菓子が売れ残っていて幸いでしたわ。それが最後の一つでしたから、幸運に思いなさい」

 

 こっそり購買まで行ってきた楓さん。

 え? 俺が行けばよかったって?

 購買の場所知らないし、黙認はするけど共犯にはなりたくなかったし(責任転嫁)

 

「これ、梨璃が一度持ってきてくれたことあるよ!」

「そう。やはりわたくしの勘を信じて正解でしたわね」

『……』

 

 「アドバイスしたのは俺なんだけど」って言いたい気持ちを抑える。

 少なくとも前世では長男だったので。

 我慢できますよー。

 

「前に梨璃がわたしに食べさせてくれたんだ。あ〜んって」

「あ、あ〜んですって!?」

「うん。あ、アルンもしてもらってた」

『ちょっ』

「なんですって!?」

 

 結梨ちゃん!!!!!!!!!

 やべーな、めっちゃ睨まれてる……!

 

『ち、違うんですって。最初は力の加減が上手くできなくて、箸とかフォークとかもまともに持てなかったんですよ。それで梨璃ちゃんがやってくるから……』

 

 なんなら、最初のうちは全力で遠慮した。

 でも、すごい分かりやすく落ち込むもんだから負けたよね……

 なお、その後に死に物狂いで猛特訓を重ねた。

 今ではフォークとかスプーンなら、ある程度使えるようになった。

 というかしたんだよ、意地で。

 

「くっ……! わたくしだって、そんな甘いひと時を過ごしたいと日頃から思っていますのに……!」

 

 ハンカチがあったらすごい食いしばってそうな顔。

 俺に悪気も下心も一切なかったことは伝わったからか、それ以上は何もなかった。

 「そういった距離感の近さも、梨璃さんの魅力ですものね」って感じで。

 で、できたお人で……

 

「あむっ。ふふふ、おいひい〜」

「……人の気も知らずに、幸せそうな顔をしてくれますこと」

『本当ですね……』

 

 油を注いだ本人は呑気にラムネを食べている。

 でも、それを見ていて気が抜けるっていうか。

 

「結梨さん。そのラムネを食べ終えたら、ちゃんと歯を磨いてベッドに入りなさいな。これ以上のわがままには付き合えませんわよ?」

「うんっ! えへへ」

「もう……」

 

 ため息の割には、全然嫌そうじゃなくて。

 やっぱり楓さんって良い人なんだよな、って思う。

 面倒見のいいお姉さんと、ちょっとお転婆な妹みたいな光景を傍目に。

 俺は持ち込んだ寝具を整えた。

 




『最近やっと慣れてきたんです』

楓「ところで、何故そんなズタボロのマットや布団を持ち込んで寝てますの?」
オリ主『……朝起きたら、こうなっているんですよ』
楓「あ、身体がその状態ですものね……」
オリ主『しかもこれ5枚目なんです。想像できます? 目ぇ覚ましたら毎回布団とか諸々がえげつない姿に変わり果てていて、それを苦笑いで取り替えてもらう心境が』(遠い目)
楓(じ、地雷を踏み抜きましたわ……!?)

【キャラ設定】その21

今のオリ主のステータスはそれなりに変化している。
身体が小さくなってある意味身軽になったことで、素早さは少し上がった。ただし、今までどうにかなっていた力比べは不利。
マギが圧縮されたような状態なため、人外部分の防御力は比較的上がった。その代わり、人型部分が不安定気味に。
ヒュージ体が防御寄りのパワー型とするなら、半人体は防御寄りのバランス型。でも結局「どっちかっていうと」レベルだから、脳筋ならぬ鉄壁バカなのは変わらない。

前回の話、めっちゃシリアスみたいになってて「すまねぇ……」ってなりました。いや、そんなつもりじゃなかったんですって。


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前は早起きどころか起床って行為自体が苦手だったわけですが

楓さんって、デフォルトはシンフォギアのマリアさんみたいな人だと思うんですよね。デフォルトは。


 夜は明け、日の光が部屋を照らす。

 気持ちの良い朝である。

 

「ふぁ……あぁ〜っ……!」

「昨夜のお腹の虫に負けず劣らず、大きな欠伸ですわね。ほら、しゃんとなさって? 制服のリボンタイが歪んでますわよ」

 

 起きたばかりの結梨の身だしなみを、楓が整えていく。

 寝ぼけ眼を擦って、なんとか起きる努力はする。

 ふと、彷徨った目線の先。

 既に畳まれたボロボロの寝具を見つけて。

 

「アルンは……?」

「もうとっくに出ていきましたわ。寄り道をするとかなんとか」

 

 わざわざ楓が起きるのを待って、直接伝えてから行くという。

 書き置きができないなりの、なんともご丁寧な方法だった。

 

「もう朝ごはんの時間……?」

「朝食には少々早いですが、そろそろ部屋を出ないといけませんわ。講義の前にミーティングと訓練がありますから」

「みーてぃんぐ……?」

「梨璃さんたちと、大事なお話し合いをするのですわ。昨日もみんなで集まっていたでしょう?」

 

 梨璃、と聞いただけで眠たい目がパチっと開く。

 表情の変化は、朝日を浴びた蕾がきらめくようで。

 

「梨璃も来るの!?」

「あら、ちょっと背筋が伸びましたわね。ふふっ、分かりやすい子」

「わたしも行く。がんばって起きるね!」

 

 純粋そのものな笑顔の花を咲かせた。

 

「ええ、そうしてください。貴女も一柳隊の一員なのですから」

「ひとつやなぎ……梨璃たちの……?」

「ちゃんと一人前のリリィとして振る舞えるようになれば、お優しい梨璃さんのことですから、きっと褒めてくれますわ」

 

 対して、楓はというと。

 

「そして、そのように結梨さんを導いたこのわたくしにも……ふふ、ふふふっ!」

 

 何ぞ、魂胆が見えそうな笑顔。

 もしも、竜の少女が居合わせていれば『2人って真逆ですよね』くらいは零したことだろう。

 それほどに、結梨との対比が際立った。

 

「よ〜し……!」

「そうそう。そうやって伸びをして、眠気を飛ばして……」

 

 しかし、張り切ってもどうしようもないということは。

 往々にしてあるもので。

 

「ふあ……ん〜……」

「あぁもう……やっぱり目が覚めていないじゃありませんか」

 

 あわや再び夢の中。

 こくりこくりと揺れる頭と、大きな欠伸は。

 幼い子どものそれだ。

 

「ほら、フラフラしていないで、しっかりお立ちなさい。待ち合わせのラウンジまで急ぎますわよ」

 

 それでも、ほったらかしにしないのは。

 「梨璃に任された」というだけではない、彼女の優しさもあるわけで。

 

「あら、制服の肩が汚れてますわね。これは……ラムネ菓子の粉? もう、本当にこの子ったら……」

 

 もしも、竜の少女が居合わせていれば『もはや母性が見えますね』くらいは零したことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──百合ヶ丘女学院の中庭にて。

 

「あれ……? 楓がいなくなっちゃった。ここ、どこだろう?」

 

 楓がいなくなったというのに、特に慌てるでもない結梨がいた。

 ……厳密に言うなら、結梨の方がいなくなった側なのだが。

 迷子というのは得てして、『自分が迷っている』という自覚がないものだ。

 そんな結梨の前を、小さい『黒』が通りかかる。

 

「にゃぁ」

 

 ごく普通の黒猫だ。

 だが、結梨にとっては初めて見る生き物だった。

 

「あなたは誰? お名前はなんていうの? わたしは結梨」

 

 好奇心のままに近づき、話しかける。

 だが、猫が言葉を話すなんてあるはずがなく。

 さらには、その常識に気がついているかどうかも怪しい。

 

「お前、あまり校舎には近づいちゃダメだぞ。渡り廊下を汚したら、掃除が大変──って、結梨?」

「えーっと……梨璃といっしょにいた……」

 

 現れた金髪の少女、しかし結梨は名前が思い出せない。

 あまり、ちゃんと話したことがないのだ。

 

「安藤鶴紗。こんなところで何してる? 楓は?」

「そう、楓。楓といっしょに歩いてきて……それで……」

「あ、大丈夫? なんかフラフラしてるみたいだけど……」

「みーてぃんぐ……梨璃とお話……」

「……なんとなく事情は分かった」

 

 大方、眠たいだけだろうと見当をつけた。

 そして、振り回されている楓に密かな同情の念を送る。

 振り回している張本人は、猫をじっと見つめていた。

 

「ねぇ、この子は何?」

「猫だよ」

 

 「猫……猫……」とオウム返しで呟く結梨。

 カーネーションピンクの瞳とゴールドの瞳が目線を交差する。

 

「にゃおん」

「にゃおん?」

「にゃー」

「にゃー……?」

 

 ……なんだこのほのぼの空間。

 

「……珍しい。この子が自分から初対面の人に近づくなんて」

「じ〜っ……」

 

 例外はアルンくらいだと思っていたが。

 そんなことはないのだろうか。

 何にしろ、鶴紗ではこうもいかないので羨ましいものだ。

 

「ねぇ、この子、触ってもいいかな?」

「うん、触るなら優しくな。でも、その子──」

 

「しゃーッ!」

「あっ!?」

 

 鶴紗が忠告を終える前に、黒猫は威嚇して宙返り。

 あっという間に走って逃げてしまった。

 

「やっぱり。いきなり触るのは無理だったか……」

「猫〜、待って〜っ!」

 

 逃げた猫を追って、走り出す結梨。

 本来の目的を忘れているのではないか。

 

「あ、ちょっと待って! これからミーティングに行くんでしょ!」

「うん、この子もいっしょに連れてく〜」

 

 どうやら、忘れているわけではないらしい。

 猫がミーティングに参加する、というちょっと魅力的な提案に。

 一瞬だけ、いいかもなんて考えて。

 

「っいや、ダメだからそれは!」

 

 ──そんなことされたら、多分内容に集中できなくなる。

 

 致命的なミスに繋がりかねない誘惑に、なんとか抗って。

 結梨を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『いやぁ、付き合ってくれてありがとうございます』

「気にすんな。梅とアルンの仲だろ?」

 

 外に出て、いっちょ中庭走り回ってみようかと思っていたら。

 偶然にも梅様とエンカしたので、寝ぐらにしてた山に行ってきた。

 「1人はリリィが同伴してないとダメ」だもんな。

 言いつけは守ったよ。

 

「にしても、あいつら驚いてたな。アルンがまともに話せるようになったの」

『おーやさんは首輪見て「そういう趣味か」って引いてましたね』

「あの大きい縞猫か。なんでそう呼んでるんだ?」

『オレが来る前からあそこに住んでいたらしいので。あの辺の猫をまとめたり、面倒見てくれているのもあいつなんですよ』

 

 ちなみに、俺が来る前までエサとかやりくりしてたのもおーやさん。

 すごい賢いし、そこいらの猫の中では最強なんだって。

 それもあって、この辺の猫はみんなおーやさんに頭が上がらない。

 まあ、飢えてたのを助けてもらった奴も多いらしいから。

 割と慕われてるんだろうな。

 義理人情に厚いヤクザみたいな感じ。

 

 とか思ってたところで、金色お目々の黒猫が走ってきた。

 んー……? 足に力入れてー……?

 

『ぶわっ』

「ふはっ!」

 

 跳んできた。

 いやもうこれ『飛んできた』って言ってもいいだろ。

 顔にベシャッとくっついてきた。

 こいつ、ジャンプ力えげつないんだよなあ……じゃなくて。

 

『ちょ、離れてくれませんかね? オレの視界がモフいことになっているんだけれど』

「しゃー!!」

『しゃーじゃねぇよ降りろよ』

「にゃあ!!」

『鳴き方変えればいいわけじゃねぇんだよ降りろったら』

「ふへ、あっはははははははは!」

 

 梅様、笑ってないで剥がしてくださいよ!

 つーかこいつマジで腹がモフい……

 ヤバい、この腹に籠絡されるわけにはいかんのよ!

 そうやって、しばらくもたついてたら。

 

「さっきの子、確かこっちのほうに……」

 

 聞こえた声の方向を向く。

 多分、結梨ちゃんの声。

 

「はーっ、結梨じゃないか」

『……もしかして、こやつと追いかけっこでもしていた感じ?』

 

 ……今の俺、普通の人なら二度見するような格好だと思う。

 でも、結梨ちゃんはそこには触れてこない。

 見たことない猫が気になる結梨ちゃんにとっては些事か。

 

「にゃあ」

「あっ、その子! わたしにも触らせてほしいの!」

「いいけど、結梨に上手くできるかな?」

『ていうか普通に剥がしてほしいくらいなんですが』

「結梨さーんっ!」

 

 遠くの方から結梨ちゃんを呼ぶ声。

 続いて、こちらに向かって走ってくる音2つ。

 一人は楓さんで……あと、誰だ?

 

「おっ。結梨が一人で歩いてるなんておかしいと思ったけど──」

『えっ、結梨ちゃん一人だったの?』

「はぁ、はぁ……やっと見つけましたわ。一体どこをほっつき歩いているのかと思えば……!」

「楓のお出ましだな。それに鶴紗も一緒か」

「さっきそこで会った」

 

 「というか」と前置きした鶴紗ちゃんは。

 これまで誰も指摘しなかったことについて、やっと追及する。

 

「アルンのそれ、何があった?」

『うん。そろそろツッコミが欲しいと思っていたから、とてもありがたい』

 

 なんともシュールな光景だと思う。

 感覚で、猫の足と尻尾がプラプラしているのが分かるもん。

 事情を話したら、鶴紗ちゃんは「猫吸い放題か……!?」って羨ましがってた。

 危ないおクスリみたいな言い方やめようね、結梨ちゃんがいるんだから。

 

「もう、この子ったら。昨日の今日で心配ばかりかけて……」

『母親みたいなこと言ってますね』

「あっははは、楓は結梨と上手くやってるみたいだな」

「そ〜っと、そ〜っと……」

 

 結梨ちゃん、声出てるよー。

 大方、もっぺん挑戦しようとしてるんかいな?

 

「その子は気難しいんだ。私だって、撫でさせてもらうまで大変だった」

『そうかな?』

「お前は懐かれすぎなんだよ」

 

 大丈夫だと思うけどなあ。

 この辺の猫、大半はデレたらこっちのもんよ?

 それにみんな賢いし。

 

「ちゃんと人の話を聞きなさい、結梨さん」

「あ、楓だ」

「今気づきましたの!?」

『結構容赦ないね、結梨ちゃん』

 

 楓さんにそんな無自覚パンチができるの、あとは梨璃ちゃんくらいだと思う。

 

「ほら、早くラウンジに行きますわよ。皆さんを待たせてしまいます」

「お、そうだな。梅たちもそろそろ行かないと遅刻だ」

「遅くなったら、梨璃に叱られるかもしれないよ」

「そうなの? じゃあ、すぐ行く! ──猫、また今度ね」

『そろそろ降りような』

「にゃあ」

 

 ふいー……やっとこさ降りたな。

 いざ離れるとモフモフが恋しいだなんて、思ってないんだからねっ!

 

 ……やべーな、野郎が言ったと思うときめェわ。

 

「さぁ、急ぎますわよ。今度は迷子にならないように、手を繋いで」

「うん!」

 

 はぐれないように手を繋ぐって、とても良い文化だよな。

 これが恋人同士のシチュエーションなら、尊さでダメージを食らってたけど。

 今はどっちかっていうと、お姉さんとちっちゃい子のそれ。

 よって回復効果が臨めます。

 尊さには、癒してくれるタイプと攻撃してくるタイプがあるのだ。

 オタクなら知ってるね!

 

「あ、待って。鶴紗とも……はい」

「私も、手を繋ぐの!?」

「おっ、楽しそうだな。じゃあ、鶴紗のもう一方の手は梅がもらうゾ!」

 

 左から、楓さん、結梨ちゃん、鶴紗ちゃん、梅様……という。

 なんか手繋ぎ鬼みたいな構図ができ上がった。

 それか、4人家族が手繋いでるみたい。

 微笑ましいなあ(にっこり)

 

「え、これ何……? 私たちは何をしているんだ……?」

「みんなー行くよー!」

「あ、待ってくれ。ほら、アルン」

『え』

 

 ナチュラルに、梅様が少し日に焼けた手を差し出してくる。

 いや……その、さ。

 もちろんガチで嫌がってるわけじゃないんですよ?

 

「ほら、梅の手はガラ空きだゾ?」

『こんな空間にオレみたいな不純物が入っちゃマズいでしょ』

「アルンもいっしょー!」

「貴方も一柳隊の仲間でしょうに」

「こうなったら道連れだ、諦めろ」

『鶴紗ちゃんまで無慈悲……』

 

 ──結局、『通り道の邪魔になるから、広い道限定で』という妥協案になった。

 くっ、俺は弱い……

 




戦技競技会に行く気配なくてごめんね……でもラスバレくんがあのストーリーばらまいた時点で「あ、入れなきゃ」ってなったんじゃ……


【キャラ設定】その22

実は転生して以来、まともに睡眠が取れたことがない。
ヒュージ期はそもそも睡眠がいらない身体だったが、「人の心を忘れないようにするため」として目を閉じてじっとするくらいはしていた。でも、ヒュージだったからこそ完全に寝られなかった(寝込みを襲われるかもしれないから)
半人体になってから、ようやく仮眠くらいは取れるようになったが、それも睡眠と呼ぶには程遠い。


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子どもって好奇心に正直だから(震え)

前書きネタが特にないので、いつも感想を送ってくれる方やお気に入り登録、そして高評価をくれる方々に感謝を。
誤字報告も助かっています。でも『先頭民族』は誤字じゃないよ、わざとだよ……


 ミーティングは特に問題なく、あっさり終わった。

 楓さんがぐったりしてたり、急に元気になったり……そういうのはあったけど。

 みんな講義に出たり、それぞれ寄るところがあったりで。

 みんなバラバラに出てった。

 かくいう俺もその一人で、また検査があるわけです。

 ていうか、百由様って単位とかどうなってんだろうね。

 夢結様みたいに、取れる分はもう取ってあるとか?

 うーむ、あの人ならそういうのすっ飛ばして卒業論文さらっと出せそうじゃね?

 

「じゃあ、お願いねー」

「キュイー」

 

 久しぶりに地声を聞いた気がする。

 今の俺は人工声帯とマントをキャストオフした状態だ。

 下手すりゃ壊しかねないから。

 ──中途半端ながらも人っぽい姿を得た俺だけど。

 「これ、前のピラトゥスって呼ばれてた姿に戻れないの?」って百由様は考えたらしい。

 そんな疑問を解決するべく、屋内の広い場所まで来た。

 可逆系TFはロマンだもんな。

 俺もそれができるなら、戦闘で使い分けられて便利だと思う。

 名前に不満はあったけど、見た目は気に入ってたし。

 

 しっかし、どうしたもんかな……

 生まれてこの方、意識してメタモルフォーゼとかしたことないからなあ。

 まあ当たり前だけど。

 

「──ッ」

 

 適当に、ありがちな感じに。

 身体に力を込めてみる。

 ……ぶっちゃけ、元の姿には戻れると思う。

 人型になった時から、ちょっとした窮屈な違和感があったんだよ。

 だからまあ、直感なんだけどね。

 

「────キュ」

 

 ──メキッ、という感覚。

 きた、と思った。

 

「──ッ!」

「あ──」

 

 押し込めていたものが、殻をこじ開けるような感覚。

 元々人間やめてた手足が肥大化する。

 身体が、硬さを増していくのが分かる。

 見ていた世界が、少しずつ高くなる。

 尻尾も長く、太くなる。

 意外なのは、思っていたほど痛くないこと。

 軽い成長痛みたいな痛みはあるけど、全然許容範囲だ。

 

「キュイー!」

 

 翼を軽く広げる。

 いやはや、解き放たれた感がたまりませんなあ。

 

「ホントに戻れちゃったわね」

「キュイ!」

「今度は人型になれる?」

「キュイキュイー」

 

 そりゃできると思いますけどねー。

 また身体に力を込める。

 今度はただ力むんじゃなくて、体全体を縮こませるイメージ。

 押し込んで、抑えて、封じ込む。

 

「キュキューイ!」

 

 「じゃじゃーん!」って言ったつもり。

 思った以上にあっさり人型になったなあ。

 なお、いつものゴツい腕やら尻尾やらは健在。

 それ以上はやっぱり進まないか……

 

「それじゃあ、今日はヒュージの時の身体をメインに調べてみるわ。よろしくね?」

「キューイ!」

 

 はーい、頑張りまーす!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 てな感じで。

 人になったり竜になったりを繰り返して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の検査は早めに切り上げることができた。

 その割にはいろいろ分かったらしい。

 俺の頭じゃ専門用語だらけで理解なんてできなかったけどな!

 念仏聞いてる馬の気持ちが分かったぜ……

 

『いつものくださいなー』

「はーい」

 

 何はともあれ、昼休み。

 ちょっと顔馴染みになりつつある百合ヶ丘のキッチンスタッフさんに注文。

 いつもの、って言えるようになると嬉しいよね。

 

「あ、そうだ。すごいものあるけど、使ってみない?」

『すごいもの、ですか?』

「調味料の話。ちょっと前に、半分冗談のつもりで仕入れたバカがいてね」

『……ちょっと見せてもらっても?』

「待ってて」

 

 程なくして戻ってきたスタッフのお姉さん。

 その手には、黒いキャップに真っ赤な中身の入れ物。

 ラベルには唐辛子の幽霊みたいなやつが描いてあった。

 ……顔合わせ早々、やべー予感しかしない。

 顔が引きつってるのが自分でも分かる。

 

「はいこれ」

『これ、試した人いるんですか?』

「ええ。酔っ払ったうちの職員が1人と、辛いもの好きっていう生徒が3人」

『……対戦結果は』

「全敗だったよ。うちのバカは失神したらしいし、生徒さんもしばらく痛みが引かなかったって」

『危険物じゃん』

 

 マジかよ……うわ、俺でも知ってるやつ入ってる。

 『キャロライナリーパー』って、世界記録叩き出したやつじゃなかったっけ。

 これは少なくともJKのお口に入れちゃアカンやろ……

 

『使うかどうかは今後考えることにするので、もらっていいですか?』

「むしろそうしてくれると助かるよ。うちじゃ処分に困ってたから」

 

 なんでも、食べ物を無駄にするのは後味が悪いそうで。

 というか食べ物に関わる仕事をしている人間が、食べ物を粗末にするってどうなの、という問題があったと。

 

『じゃあ最初から仕入れない方がよかったのでは?』

「よく言っておきます」

 

 受け取るだけ受け取って、マントの内ポケットに入れといた。

 なお、昼飯に使うのは普通の唐辛子系調味料にした。

 さてさて、どの辺りの席を使おうかねー……うん?

 

「まずは、戦技競技会についての意気込みを聞かせてください!」

「意気込み……と言われても難しいですね。できる限り日頃の成果を発揮できればいいなと……」

 

 二水ちゃんが手帳片手に、知らない子に何か聞いてる。

 リリィ新聞の取材か?

 分からないのは、梨璃ちゃんと楓さん、結梨ちゃんが傍らにいること。

 ……思い切って聞いちゃえ。

 

『何しているか聞いても?』

「あっ、アルンさん!」

「二水のお手伝い!」

 

 楓さんの説明によると、こうだ。

 戦技競技会を盛り上げる一環として、二水ちゃんはリリィ新聞特別号の発行を決意。

 そのメインが、出場する有力者や二水ちゃん個人が気になるリリィへのインタビュー記事だそうで。

 ところが、インタビュー予定のリリィが多すぎて一人でやってちゃ間に合わない。

 そこで、3人にお手伝いを頼んだということらしい。

 まずは、二水ちゃんがお手本を見せる、というのが今現在。

 

『大変だねぇ……』

「ええ、でも二水さん本人がご自分の意思でやっていらっしゃることですから」

『そりゃ良かった』

 

 うむ、好きなことがあるのは良いことだ。

 

「それじゃ、注目しているリリィはいますか? ルームメイトや先輩、他のレギオンの人でも構いませんよ」

「白井夢結様ですね。私の周りでも大勢の子が気にしているので……」

「やっぱり! ですよねぇ!」

 

 夢結様はやっぱり人気あるんやなあ。

 でも、この人も二水ちゃんが注目してるってことは、何か光るものがあったってことだよな。

 やっぱ百合ヶ丘すげー……と思った矢先。

 ある種とんでもない爆弾が放り込まれた。

 

「夢結のこと気になるの? じゃあ梨璃は?」

 

 結梨ちゃんだあ。

 

「結梨さん、突然何を訊いてらっしゃるの?」

『ちょーっと静かにしてようね、この人困っちゃうから』

 

 あれだ、ちっちゃい子の純粋な疑問アタックだ。

 『赤ちゃんってどうやってできるの?』みたいな。

 いや、全然レベルが違うし結梨ちゃんの方がマシなんだけどね?

 

「梨璃……?」

「梨璃は梨璃だよ。ほら」

「ど、どうもー……一柳梨璃です、あはは……」

「あ……そうか、一柳さん」

『あれ? 知っているんです?』

「結構有名ですよ。夢結様のシルトで、同じレギオンに所属しているっていう……」

「夢結のことは気になるのに、梨璃は気にしてないの? 他の人もそうなの?」

『ヘイヘーイ、ストップ結梨ちゃん』

 

 どっちにしろ、この程度の『待て』に従う結梨ちゃんじゃなかった。

 やめたげて! 純粋さは時に人を傷つけるんだぞ!

 

「ゆ、結梨ちゃん、私のことはいいから……」

「この子も一柳隊のメンバーなの?」

「結梨さんのことは気にしないでいただけるかしら? 好奇心旺盛なお年頃なのですわ」

「は、はぁ……」

 

 楓さんも大変だ……と思う間もなく。

 結梨ちゃんは「誰かきた!」と、てってけ走っていった。

 

「今度は、わたしがお話を聞いてくるね!」

『……うん?』

「ちょ、ちょっと結梨さん!?」

 

「ねぇ! 『いんたびゅー』してもいーい?」

 

 アカン(確信)

 これ絶対無自覚で爆弾発言かますゾ。

 

「インタビュー?」

「結梨さん、まず挨拶は『ごきげんよう』と教えたでしょう!?」

「そうだよ結梨ちゃん!」

『違う、そうじゃない』

 

 SNSでよく見かけたコラ画像が脳内でチラついた。

 ちなみに差し替えた元ネタは、ヴァンパイアハンターを演じた俳優さんだったはず。

 ハーフヴァンパイアって、それだけで響きがカッコいいよね。

 俺は武器に心が踊ったぜ。

 ……話がそれた。

 

「貴女たち1年生? 何をしているのかしら?」

「あなたは、夢結のこと気にしてる?」

「ゆ、結梨ちゃん! まずはちゃんと事情を説明しないと──」

 

 ゴーイングマイウェイな今の結梨ちゃんに。

 二水ちゃんのアドバイスが届くはずもなく。

 

「夢結って、白井夢結さんのこと? そりゃ、同じリリィとして気にならない人の方が少ないでしょうけど……」

「夢結と競争したいんだ? じゃあ、『いきごみ』を教えて!」

「夢結さんと競う意気込みですって? 貴女、一体何を……」

 

 うをおおおーい!!

 待て待て待てーっ!!!

 2年生以上は確定の相手にケンカ売ってるみたいになってるんだが!?!?

 

「わっ」

『結梨ちゃんマジで待って?』

 

 慌てて蛇腹の触手で結梨ちゃんを回収。

 この体でも触手が出るのは、今回の検査で把握済み。

 上級生の人は俺の触手に驚いたようで、結梨ちゃんと俺を交互に見ていた。

 

「ごめんなさいっ! 結梨ちゃんはまだ難しいことは分からなくって!」

「これには複雑な……いえ、そうでもない事情があるのですわ」

 

 梨璃ちゃんと楓さんが弁明する。

 上級生さんは、特に楓さんの方を見るなり。

 合点がいったとばかりに頷いて。

 

「貴女たち、白井夢結さんのいる一柳隊ね。戦技競技会を目前にして、わざわざ夢結さんの話題で興味を引いて……一体、どういう了見かしら?」

「ひえぇぇぇっ! ご、ごごごご誤解ですぅっ!」

 

 楓さんが出てきたのが悪手だったらしい。

 火に油を放り込んだように機嫌を損ねてしまった。

 あーもう、無茶苦茶だよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、楽しかったぁ。最後はみんなで謝って走って逃げるのが『いんたびゅー』

なんだね!」

『絶対違う』

 

 どっちかっていうと、近所の窓ガラスを割った野球小僧の所業なんよ。

 ……あの後、梨璃ちゃんと二水ちゃんは。

 上級生の圧に耐え切れず、結梨ちゃんを連れて逃げ出した。

 そういえば昼飯を食ってなかった俺が、上級生さんに。

 最初の1年生さんには、楓さんが丁重にお詫びした。

 出だしを大いにミスっただけだったから、ちゃんと説明して頭を下げればちゃんと許してもらえた。

 というか、普通に上級生さん良い人だった。

 具体的には、俺のことを何かと気遣ってもらったくらいには。

 なんなら、改めて二水ちゃんが謝りに戻ってきた頃にはちょっと仲良くなりました。

 

「いろいろ大変でしたけど、とりあえず今日のところはありがとうございました」

「そんな。私たち、今日はなんの役にも立ってないのに」

「手伝うって言ってくださっただけで嬉しかったですし、それに……とっても楽しかったですから! ふふふっ、なんだか結梨ちゃんが一緒だと、梨璃さんがもう一人増えたみたいです」

「えぇぇっ!? 私、結梨ちゃんみたいなことしてたの!?」

『あー……うん。割とそうかも』

 

 CHARMと契約もしないで夢結様に付いてったりね。

 普通は上級生から持ちかけるらしいシュッツエンゲルの契りも、梨璃ちゃんからアタックしたりね。

 特型ヒュージで危ないはずの俺を庇ったりね。

 ……今思えばとんだ武勇伝の持ち主だな。

 

「わたし、梨璃に似てる?」

「なんというか……全てが新鮮で、無垢な感じが梨璃さんっぽいというか……」

「確かに梨璃さんの魅力といえば、その純粋さですわね」

『現にそのおかげで、オレも助けられてきたわけですし』

 

 「とはいえ……」と楓さんはため息。

 ぐったりと控え室のソファーにもたれる。

 

「まだ午後の講義も訓練も残っているというのに、どうしてわたくしはこんなに疲れているのかしら……」

『……お疲れ様です』

「次の『いんたびゅー』もがんばるね!」

 

 ……保護者同伴は確定じゃん。

 今日の午後は暇だから、俺も手伝おっかな……

 




インタビューの部分はラスバレでは教室だったみたいですが、うちでは食堂(カフェテリア)になりました。

【キャラ設定】その23

マギ保有量はヒュージ体の時も半人体の時も変わらない。ただ、ヒュージとしては一般的な量である。
18話で『保有マギだけなら数値はカンストだった』と言われていたのは、ガワをマギで作っているから。例えるなら「マギで作った小さいスーツに体を押し込んでいる」状態。なので「保有量を除外したリリィの適性」としてのスキラー数値は割と平凡。


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「尻尾を追いかけ回す」ってこういうことじゃないと思う

こんなにラスバレストーリー引きずるつもりはなかったのに、ずるっずるです。とはいえ、決めちまったものは仕方ないし、つまらなくても大事なシーンなので貫いてやります(断言)


「──競技会参加者へのインタビュー記事、ですか?」

「神琳と雨嘉にも、お話聞いてもいーい?」

「ふふっ、ご遠慮なくどうぞ」

 

 前回までの反省を活かし。

 身内(レギオン)の2人を尋ねることになった。

 結梨が慣れていない相手に質問すると、トラブルになりかねない……というか、なった。

 故に、ある程度慣れている一柳隊の仲間なら。

 気兼ねなく話も聞けるだろう、ということだった。

 

 ──要は、結梨のインタビューの練習相手だ。

 本来なら、二水が他のリリィに一通り聞き終わった後で。

 最後に一柳隊の記事を作る予定だったそうだが、そうも言っていられないらしい。

 ちなみに、二水は他のリリィにアポを取っているし。

 アルンは検査があるため、方が付き次第合流するとのこと。

 

「そういうことなら、積極的に協力しないと、ですね」

「うん」

「じゃあ、まずは2人の『いきごみ』を教えて!」

「そうですね……参加する以上は相手が誰であろうと、もちろん勝つつもりで臨みます」

「おぉー……!」

 

 流石は神琳、というべきか。

 『ワールドリリィグラフィック』のモデル経験もあるからだろうか。

 慣れた様子でインタビューに答えていた。

 しかも、自信のある強気な発言が彼女らしい。

 

「私は……いくら学院の催し物といっても、ヒュージとの戦い以外でCHARMを振るうのは、あんまり……」

 

 対照的に、雨嘉はあまり乗り気ではないコメント。

 しかし、決してやる気がないわけではない。

 彼女が持つ、優しさ故の考え方だ。

 

「雨嘉はみんなと遊びたくないの?」

「ううん、そういうわけじゃないの。ただ……」

「そんな踏ん切りのつかない雨嘉さんのために、わたくしに考えがあるんです」

「えっ?」

 

 神琳によると。

 百合ヶ丘の戦技競技会は何も、リリィとしての力や技術を競い合うだけではない。

 もっと穏便な、けれども一風変わった種目もあるそうな。

 

「それって一体どんな……!?」

「準備はこちらで進めておきますので。皆さんには当日までのお楽しみ、とさせて頂けませんか?」

 

 神琳はただにっこりと。

 意味深な微笑を浮かべるばかりだ。

 

「それはそうと、競技に使えそうな資料を独自に揃えてみたのですが……雨嘉さん、この本にご興味はおありですか?」

「『世界全史服飾図録』? 随分分厚い本……」

「お洋服がいっぱい」

 

 結梨も一緒になって覗き込む。

 ページ一面に様々な服が載っている。

 エレガントな印象を与えるドレスや、かわいらしい洋服。

 中にはエジプトのミイラ男、といったちょっと場違いな気もする衣装まで。

 とにかくジャンルを問わずに。

 『服飾』の定義に当てはまるものを全て詰め込んだような内容になっている。

 聞けば、古い時代の民族衣装から、各ガーデンの最新の制服事情まで。

 あらゆるデザインが網羅されているという。

 

「結梨、これがいい!」

 

 その中でも結梨が興味を示したのは、セーラー服の丈をうんと短くしたような服。

 プリーツタイプのスカートも短いため、露出はそれなりに多い。

 だがむしろ、かわいらしさの方が目立つ。

 快活な印象を与えてくれる『応援といえば』な衣装。

 つまり──

 

「これは──チア衣装ですね。確かにとてもかわいらしくて、結梨さんにお似合いですよ」

「チア……衣装?」

「頑張る人を応援する時に着るお洋服です」

「ふ〜ん……」

「えっと……これと競技会に、一体何の関係があるの?」

「それは……先程申し上げた通り、当日までのお楽しみです。ふふふっ♪」

 

 聞いても、神琳は意味深に微笑むばかりで。

 しかも、その微笑みが。

 何を考えているか分からなくて少し怖い。

 

「ところで雨嘉さんは、巫女服、猫耳、メイド。どれがお好きですか?」

「な、なんでそんなことを聞くの……?」

 

 ほら、例えば今とか。

 競技会とこの質問の関連性が全く見えてこない。

 

「ねぇ、神琳。その手に持ってる丸いのは何?」

「これは、巻き尺ですよ。結梨さん、少し手伝ってもらっても──」

 

 

 

「──キィーッ!」

 

「っ!?」

「わぁっ!?」

 

 2人の間を何かがすり抜けた。

 明らかに人ではない、小さい何か。

 青白い残像はマギのそれ。

 形状としては、ブレイドモードのCHARMにも通ずるものがあるが。

 動き回るだけならまだしも、普通のCHARMは鳴き声をあげない。

 ということは。

 

「まさか、ヒュージ……!?」

『ちょ、誰かあいつ捕まえてくださーい』

「キキィー!」

 

 遅れて走ってきたのは、検査に出向いていたはずのアルン。

 大きい布を網のように構えているのは、『アレ』を追っているからだろう。

 現に、竜の少女を認識するや否や逃げ出した。

 

『あーくそっ、すばしっこい……』

「何あれ、ヒュージ?」

『……オレの分身、みたいな?』

「え?」

「はい?」

 

 アルンの説明ではこうだ。

 検査の過程で、たまたま尻尾が切れてしまったのだが。

 痛みは特になく「とりあえずちょうどいいからサンプルにしよう」なんて。

 百由が拾い上げようとする直前で、尻尾が勝手に浮上。

 そのまま逃げ出したのだという。

 アルンがベースだからなのか、リリィや設備を破壊する素振りは一切ない。

 とにかく逃げに徹されている状態だ。

 

「あ、だから尻尾がないんだね」

『はいー……』

 

 確かに、いつもはマントの下から生えている刃がない。

 一体どれだけこの追いかけっこを続けているのか。

 アルンの顔には苛立ちが見え隠れしていた。

 

「わたくしたちも手伝います」

『……そう、ですね。すいません、助かります』

「で、わたくしたちはどうすればよろしいのかしら?」

 

 早期解決を選んだアルンは申し出を受け入れた。

 なりふり構っていられないのである。

 

『オレがここまで上手く誘導するので、これでとっ捕まえてください』

 

 バサッ、と持っていた布を梨璃に手渡す。

 

『あと最悪仕留める気でいるので、ダメそうなら殺っちゃってください』

 

 そう言い残して、竜の少女は『尻尾』が逃げた方向へと駆け出した。

 いつも鬱陶しがっていた尻尾がないからか。

 心なしか身軽そうな気もする。

 

「結梨はちょっと下がってて」

「うん」

「雨嘉さん、これ一緒に持ってくれる?」

「分かった」

 

 程なくして、「キィー!」という鳴き声が大きくなる。

 ドタドタと走る音も近づいている。

 

『お願いしますっ』

「「了解です(わ)!」」

 

 手始めに出たのは楓と神琳、司令塔組だ。

 まずは、楓がアルンと挟み撃ちにする形で立ち塞がる。

 ……実質『剣がそのまま向かってくる』という状況に対して。

 両手を広げて構えているだけ、というのはいろいろ不安だが。

 

「キィッ!」

「なぁっ……!?」

『お前ーっ』

 

 急に超低空飛行になった『尻尾』は。

 そのままするりと足の間を抜けた。

 

「なら、次はわたくしが!」

 

 神琳が超低空飛行を続ける『尻尾』を追う。

 マギによる身体強化も施しているのか、微かに体が光を帯びている。

 しかし、『尻尾』は机などの設備品を障害物と為し。

 自身は細身な身体を活かして、ジグザグと逃げていく。

 流石の神琳とて、障害物があっては追いつくことが難しくなる。

 

 ──だが、想定の範囲内だ。

 

「合わせて、梨璃!」

「うん、行くよっ!」

 

 障害物が邪魔なのはあちらも同じ。

 それを逆手に取って、待ち伏せしていた。

 雨嘉と梨璃が覆いかぶさるように、『尻尾』を捕まえる。

 

「キィッ!?」

「やった……!」

「捕まえたよー!」

 

 超低空飛行の『尻尾』は見事に布の中だ。

 バタバタともがくが、リリィ2人がしっかり布を押さえているため逃げられない。

 

 

 

 

 

 

 

 ……()()しっかり押さえていたのだ。

 

「──キ、キィッ!!」

「「あっ!?」」

 

 「逃げ道がないなら作ればいい」とばかりに。

 剣の見た目通りに、布を突き破って出てきた。

 もし、布越しにでも『尻尾』そのものを取り押さえていれば。

 結果は変わっていたかもしれないが、全ては後の祭りだ。

 

『布じゃ無理があったか……』

 

「なら……これは、如何でしょうか?」

「──キィッ!?」

 

 ヒュン、と空気を裂く音。

 振るわれた何かが、『尻尾』の身体──主に、剣なら鍔や柄に該当する部分へと絡みつく。

 神琳が放ったのは巻き尺。

 マギで身体強化しているため、簡単には振り切れない。

 しかも、絡みついた場所が場所なだけに切りにくいときた。

 

「楓さん!」

「ごめんあそばせ、梨璃さん!」

「ふえっ!?」

 

 追い越しざまに、楓が梨璃の制服からリボンを掻っ攫う。

 ふわりとしたリボンが、マギを通したことでピシッと立つ。

 それは梨璃も百合ヶ丘に来た初日に見たもの。

 百合ヶ丘の制服に仕込まれている、ヒュージの体さえ貫く針だ。

 

「乙女の聖域をすり抜けたこと、後悔なさいっ!」

「キ──」

 

 投擲されたリボンの針が、身体を串刺しにする。

 『尻尾』は墜落、ついに沈黙した。

 動きを封じられ、的と化した『尻尾』を仕留めることは。

 楓という少女にとって容易いことだ。

 

「これで解決、ということでよろしいかしら?」

『あ、はい。ご協力ありがとうございました』

 

 あまりにも鮮やかな2人の手際に、アルンは呆けていた。

 二段、三段と構えられた作戦に。

 司令塔の肩書きは、伊達ではないことを見た。

 

「ごめんね、捕まえられなくて……」

「まさか、突き破って出てくるなんて」

『大丈夫、ありがとう。むしろ、そんな装備渡しちゃってごめんね?』

「でも、そのおかげで目眩しになりましたから。良いではありませんか」

 

 神琳のフォローによって、暗くなりつつあった雰囲気がなくなる。

 結局、誰も怪我をしていなかったため。

 結果オーライ、ということになった。

 

『とりあえず、さっきの布は返してもらえる? それにこいつを包んで持ってくからさ』

「うん」

 

 破けた布を受け取り『尻尾』の回収、というところで。

 

『は?』

 

 アルンの声で、視線の先を辿れば。

 『尻尾』は淡い光を放つマギの粒子に変わっていく。

 そのマギも、やがて輪郭すら残さずに散らばる。

 だが、散らばったマギは吸い込まれるように、アルンのマントの中へ潜り込んだ。

 

『──あ』

「どうしたの?」

『なんか、自分のではないマギみたいなものを感じるような……』

 

 混じり物が少しだけ入ってくる感覚。

 だが、いつか一度だけネストに入った時のような不快感はない。

 むしろ、優しくて心地良いものを感じる。

 

「あ、生えた」

『え、ナニが? あ、そっちか。それにしても戻るとはなぁ……まぁ、百由様に相談だな』

 

 ずるん、とマントの下からいつもの刃が出てきた。

 どうやら、無事に尻尾が再生したらしい。

 アルンは頭を深々と下げる。

 

『何はともあれ、ご迷惑おかけしました』

「いえ、お力添えできたようで何よりです」

「尻尾が飛んでくるなんて驚きましたけど」

 

 頭を上げ、ふと結梨と目が合った。

 でも、どこか『心ここにあらず』という風で。

 

「……い」

『結梨ちゃん?』

「すごい……!」

 

 瞳の中で星が輝くように、キラキラしている。

 

「みんなすごかった! わーって追いかけて、シュッて捕まえて……これがリリィなんだね!」

 

 その輝きの名は、憧れ。

 『自分もああなりたい』という、子どもが持つ可能性の種だ。

 その眩しさに、思わずアルンは目を細めた。

 

『そうさ、すごいだろ? これでも、リリィが持つ力の一部だっていうんだから』

「うんっ!」

 

 興奮気味の結梨をどうどう、と宥めつつ。

 『ところで』とアルンは前置きして。

 

『わざわざ梨璃ちゃんのリボン、引っこ抜く必要ありました? 楓さんも同じ制服なんだから、自分のを使えばよかったのでは?』

「そこに梨璃さんがいらっしゃったらそうするでしょう?」

『さも当然みたいに言うな』

 

 ジト目で見ても、当の本人はいっそ堂々としている。

 逃げも隠れもしないのは、彼女の良いところだとは思うが。

 それにしても、もう少し後ろめたさを感じてほしい。

 被害者の梨璃に至っては苦笑いである。

 

「では結梨さん、改めて手伝ってもらってもいいですか?」

「うん、なんだか分からないけど。結梨、手伝うよ!」

「ありがとうございます」

 

 お礼を口にした神琳は、2人の方を向いて。

 

「梨璃さん、楓さんは雨嘉さんを押さえておいてもらえますか?」

 

 そんな指示を告げた。

 『インタビューに協力する代わり』とつけ加えれば。

 2人が協力しないわけがなく。

 

「これでよろしいかしら?」

「か、楓まで腕を……?」

「ごめんなさい、雨嘉さん。結梨ちゃんの初めてのインタビュー記事完成のために、少しだけ力を貸してください!」

「梨璃……!? そんなことしなくても、私はちゃんと答えるから……」

 

 あっという間に雨嘉は身動きが制限された。

 もちろん、リリィとしての本気を出して抵抗すれば振り切れるが。

 彼女の性格からして、そこまではしない。

 つまり、雨嘉にとっては『詰み』なのである。

 

「結梨は? 結梨は何すればいい? 結梨も雨嘉に抱きつけばいい?」

「結梨さんは、わたくしと一緒に雨嘉さんの身体のサイズを測りましょう」

 

 見せびらかしたのは、さっき『尻尾』の捕縛に用いた巻き尺。

 元々の用途はあくまで「身体の測定」だ。

 あんなアグレッシブな使い方は本来想定されていない、ということも念のため説明する。

 

「じゃあ、これを巻きつければいいの?」

「ええ、その通りです」

「ま、巻きつけないで……!」

 

 子どもというのは、面白そうならとりあえず手を出してみる。

 結梨もその例に漏れず、雨嘉の言葉が届いていない。

 「ぐる〜……ぐる〜……」と口にして、楽しそうに巻き尺を巻きつけていく。

 ……が。

 

「あれ? あれれっ……?」

「結梨ちゃん!?」

「わわわっ……っと!」

 

 ……一体何をどうやったのか。

 雨嘉に巻きつけていたはずの巻き尺は、結梨へと牙を剥いていた。

 おかげで今の結梨は、さっきの『尻尾』のよう。

 それか、少し前に見た本の中のミイラか何かだ。

 そんな格好で、勢い余って倒れ込む。

 

「あら……」

「ああもう! 結梨さんといると退屈しませんわね!」

「梨璃ぃ〜……起こして?」

 

 現状を引き起こした結梨は、なんかもう楽しそうにふにゃっと笑っている。

 周囲はそこそこ混乱中だというのに。

 

「結梨ちゃん、今助けるからね!」

「わ、私も手伝う……!」

「どうやったらそんな器用に自分をぐるぐる巻きにできるのか、不思議でなりませんわ……」

 

 呆れつつも、絡まった巻き尺をみんなで解いていく。

 なお、アルンは一人合掌していた。

 

「……何してるの?」

『やんごとない空間に想いを馳せているところです……はぁ』

 




UA4万を達成したので、続報です。5万行ったらコラボ予定の作家さんに許可だけもらってきます!

【キャラ設定】その24

半人体になってから、尻尾や触手を切り離すことで自律行動する従順なオリ主専用ヒュージ(名称はサーバント)を生み出す能力を獲得していたことが発覚。専用ヒュージは『何があっても絶対に人やリリィを傷つけない』というプログラムを心臓としており、それが崩された場合には即座に自害するようになっている。
(気持ち)攻撃重視の『グラディウス』、速度重視の『エール』の2種が主力となる。
ちなみに各種命名は後にオリ主がやった。
(今回あまり従順な個体じゃなかったのは、オリ主が完全に無意識だったし初めてやったから)


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情緒がジェットコースターしてる感じ

本作のスケジュールみたいなものを作ってみたらワクワクしてきた作者です。
つまらないのは分かってますから、感想をください……!! 感想一つで救われる命がここにあります(切実)


「梨璃、おかえり!」

 

 ヒュージとの戦いから戻った梨璃たち一柳隊を出迎えたのは。

 嬉しそうな表情を浮かべた結梨だった。

 

「ただいま、結梨ちゃん! アルンさんも来てたんだね?」

『今日はメディカルチェックだけだったから、早めに終わったんだ』

 

 アルンも小さく手を振る。

 尻尾はいつも通り、ゆらゆらと揺れていた。

 

「お留守番は退屈じゃなかった?」

「二水のお手伝いをしてたから大丈夫、途中からアルンも来たし」

「あっ。お願いしておいたインタビュー記事の書類、整理しておいてくれたんですね!」

 

 テーブルの上には、いくつかの紙の束。

 見ると、学年別に分けられているのが分かる。

 

「ここに書いてある数字の通り並べるだけだったから、簡単だったよ」

『オレが来た時には、もうある程度こんな感じになっていたよ』

「ありがとうございます! 結梨ちゃん、この短期間ですごい進歩ですね!」

「ふふふ〜、褒められちゃった」

「えらいね、結梨ちゃん」

 

 頭も撫でてもらって、結梨はすっかり上機嫌である。

 確かに、結梨の成長は目覚ましいものがある。

 百合ヶ丘で保護されて1ヶ月も経っていないというのに、身体機能を取り戻し。

 理解や知識をみるみる蓄えていく。

 今の結梨は、まるで水を吸っていくスポンジのようだ。

 

「はぁ……ようやく一息つけますわ」

『お疲れ様です』

 

 ため息と共に、楓がドカッとソファーにもたれる。

 お嬢様らしからぬ仕草に、一瞬だけアルンの顔が険しくなるが。

 その理由を近くで見てきたがために、労いの言葉で応じた。

 

「今日はまた随分元気がないのう」

「朝から夜まで結梨と一緒だから、いくらアルンがついてるとはいえ、楓が一番忙しいだろうなー」

「リリィ新聞のお手伝いもお願いしてしまってますし……」

 

 楓だって、一人の人間だ。

 優秀であるとはいえ、講義に訓練──さらにはリリィとしての出撃もある中で、結梨の面倒も見ている。

 それだけ多くのことをこなしていれば、疲れもする。

 

「あの……楓さん。私に何か助けになれることがあったら、言ってね?」

「ご心配には及びません! 梨璃さんの力になれると思えば、苦にはなりませんわ!」

 

 楓の切り替えの速さは凄まじいものだ。

 梨璃が心配してくれたらこれである。

 

「相変わらずだな……」

「でも、もし楓さんが疲れて倒れちゃったら──」

『大丈夫だよ』

 

 梨璃の不安を察したアルンが微笑んだ。

 その視線の先には──

 

「あら、結梨さん。またリボンタイが曲がってますわよ?」

「え? あ、ほんとだ」

「身だしなみには気を遣いなさいと教えているでしょうに。ほら、ちゃんとこうして……」

「ふふっ。楓、ありがとう」

 

 本当に疲れなんて感じさせない、優しい微笑。

 もし、結梨のことを本気で『手のかかる子』だと思っているなら。

 こんな表情はできない。

 『苦ではない』という言葉もあながち冗談ではなさそうだ。

 

「手慣れたものね」

「楓まで、お姉さんみたい……」

 

 神琳は微笑ましそうに、雨嘉は意外そうな反応を見せた。

 

「お茶を淹れてきます。少し外してもよろしいかしら」

「ええ。ミーティングを急ぐ必要もないから」

 

 楓が部屋を出たのを見計らって、アルンは口を開く。

 

『ね? 意外と楓さんも楽しんでそうでしょ?』

「……」

「どうやらいつもの『梨璃のため』ってだけじゃなくなってそうだなー」

『結局、なんだかんだ言って楓さん良い人ですから』

 

 顔を合わせた梅とアルンは、どこかニヤニヤした笑みを浮かべていた。

 その表情は揃って『面白いものを見た』と語っている。

 

「……ねぇ、梨璃。梨璃も楓も、毎日どこかへ出かけて、みんなで何してるの?」

 

 ──不意に、結梨がそんな質問を口にする。

 

「えっ? それは……」

「なんじゃ、やっぱり興味があるのか?」

 

 梨璃が言い淀んでいると、代わりにミリアムが反応を見せた。

 

「うん、わたしもいっしょに行きたい。梨璃のこと、みんなのこと、もっと知りたい」

「でも、結梨ちゃん……」

「目的意識を持つことは、悪いことではないわ」

 

 心配そうな梨璃に対して、夢結は肯定的な意見。

 「結梨を連れて行くかどうかは、別の話だけれど」と後に付け加えた上だ。

 『無知であるということは幸せだ』とは言うが。

 それは、同時に危険なものでもある。

 何故なら、知らなければ何かあった時に対処できない、ということだから。

 だったら多少なりとも知っておくのもいいだろう、そういう考えだった。

 

「実戦が早すぎるなら、まずは知識を得ることからじゃの。とりあえず社会科見学、ってことでどうじゃ?」

「『シャカイカケンガク』……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──場所は変わって、百合ヶ丘の工房。

 結梨ちゃんの『社会科見学』に俺も同伴した。

 いや、一応ね?

 俺も今日の結果を聞いておかないといけないからさ?

 

「ここは……?」

『工房だよ。ここでいろいろ作ったりしているんだ』

 

 なんなら、俺がメディカルチェック受けたりするのもここだったりする。

 おかげで行き方を完全に覚えてしまった。

 

「百由様おるかー?」

 

 お決まりのセリフ(?)に返事はなし。

 ……返事はね。

 

「……って、おらんのかい。なんじゃ調子が狂うのう」

「百由様が工房にこもってないなんて……」

「珍しいこともあるもんじゃな。明日、ヒュージの雨でも降るんじゃないかの?」

『嫌すぎる……』

「そんな不可思議な現象が起きるなら、是非とも観測してみたいものね〜」

 

 にゅっと現れた百由様に、面白いくらいみんなの肩が跳ねる。

 

「うわっ!?」

「びっくりした……!」

「百由様、いきなり後ろから話しかけられたら驚きますよぉ!」

「ごめんごめん。でも、やっぱりアルンさんは驚かなかったわねぇ」

『まぁ、なんとなく分かってましたし』

 

 第六感、じゃないけど。

 ヒュージだからなのか、マギの気配に敏感になってるというか。

 あれかな、気配を司るレアスキル持ちだから?

 ちなみに「分かってたなら教えんか!」ってミーさんに言われたけど。

 『気をつけとく』って返しておいた。

 教えるなんて言ってへんで(ゲスの笑み)

 

「それにしても珍しい顔ぶれね。梨璃さんと結梨ちゃんが一緒かぁ」

「結梨がリリィの役目について、興味が尽きんみたいでの。工房の見学に連れてきたんじゃ」

「ふぅん、なんだか梨璃さんが初めて来た時を思い出すわね」

 

 確かアニメでは、ゲームのチュートリアルみたいなことしてたよな。

 その前に綺麗に夢結様と入れ違いになってたのは地味に笑った。

 で、百由様がCHARMガチャに失敗してたっけ。

 

「わぁ……! これ、梨璃たちが持ってるのと同じだ!」

 

 早速結梨ちゃんが食いついたのは、半ばバラバラになったCHARM。

 確かに、梨璃ちゃんと二水ちゃんが使ってるのと同じのがある。

 

「おっ、修理中のグングニルね。お客様、お目が高い♪」

「それは何のノリじゃ……」

 

 あ、グングニルで思い出した。

 

『そういえば、前にヒュージから取り返したボロボロのCHARMってどうなったんですか?』

「ああ、あのグングニル?」

 

 CHARMもそんなに安い代物じゃないはずだ。

 あんなボロボロになっても、使えそうなパーツがあったら直してリサイクルする……くらいはしてそう。

 それを伝えてみたら、百由様は首を横に振った。

 

「確かにそうすることもあるにはあるけど、今回は本当にボロボロでね。その内、解体して廃棄処分する予定なの」

『……そう、ですか』

「状態の悪い部品を使って、CHARMに支障が出たらリリィの命に関わるから。それこそ、アーセナルとしては許されないことよ。だから、仕方がないわ」

 

 稀に、そのCHARMやリリィの形見のようなものとして。

 パーツの一部を残しておいたり、アクセサリーにリメイクしたりすることもあるらしい。

 でも、それは持ち主や関係者がやることであって。

 俺には何の決定権もないことだ。

 

「まぁ、他の子のCHARMを直したり、あなたの検査でそれも先延ばしにされてるんだけどね」

『ぐぅ……』

 

 耳が痛い話です……

 でも、それであのCHARMの引退が遅れてるんだから喜ぶべきなのか?

 ちょっと複雑な気分。

 

「この穴の中、ギザギザだぁ……梨璃は、これを使ってヒュージと戦ってるんだね」

 

 結梨ちゃんはCHARMのライフリングを覗き込んでいた。

 梨璃ちゃんは見やすいように銃身を支えている。

 

「来たばかりで、すっかり夢中ね。結梨ちゃん、アーセナルとしての素質まで備わってるかも?」

「えぇっ!?」

「適当に言っとるだけじゃろ」

 

 ミーさんは呆れたように零した。

 でも百由様は心外だとばかりに指を振る。

 

「好奇心は科学者に最も大切な素養の一つよ? 努力では身に付かない天然の、ね」

 

 説得力のある言葉だった。

 まぁ、そうだよね。

 興味のないことを突き詰めるなんて、無理だもんな。

 何事も「興味があるから」「好きだから」っていう気持ちがあってこそ極められるものだし。

 

「まぁ、結梨ちゃんが仮にこっちの道を志望しても、梨璃さんから取ったりはしないから安心して」

「は、はぁ……」

「ところで百由様。この時間に工房を留守にしとったのは、なんでじゃ?」

「ああ、戦技競技会の件で、学内の特別施設にね」

 

 あっ(察し)

 

「その怪しい笑い……また何か妙なものを弄っとるんじゃな」

「素敵なサプライズを用意してるから、当日を楽しみにしててよ? ぐろっぴ」

 

 俺知ってる、例の名前噛みそうなメカでしょ。

 何回か付き合わされたもん。

 

「あ、そうだアルンさん。はいこれ、今日のメディカルチェックも異常なし」

『あ、ありがとうございます』

「百由様の方が楽しそうなのは、気のせいじゃろうか……」

 

 さらっと俺に結果を告げた百由様。

 大丈夫、『原作』通りならミーさんと戦うことはないはずだから(白目)

 

 ……ふと、結梨ちゃんを見るとめっちゃミーさんを見つめてた。

 見つめられた本人も気がついたらしく。

 

「なんじゃ結梨。わしの顔に何かついておるか?」

 

 結梨ちゃんはミーさんと百由様を交互に見比べる。

 

「ミリアムと百由は、梨璃と夢結みたいな……えーと、シュツ……なんだっけ?」

「シュッツエンゲル?」

 

 梨璃ちゃんの助け船に「そう、それ!」と頷いて。

 

「ミリアムと百由は、シュッツエンゲル?」

 

 その時俺に電流走る──!!

 

「な、何を言うんじゃお主は!? そんなわけないじゃろう!」

「だって仲いいし、ミリアム嬉しそうだし」

『そう、そうなんだよ結梨ちゃん』

 

 発した声こそ無機質だけど。

 まともに気持ちが入ったら感嘆符でノインヴェルトできたな(錯乱)

 思わず結梨ちゃんの手を取って踊り出す。

 そうかそうかアニメ最終回のエンディングで急にもゆミリが契ってたのそういうことか!!

 確かに絡みはあったけどもそういうことだったか!!!

 俺が知らない間に結梨ちゃんがキューピッドになってたんやな!!!!(大歓喜)

 

『そもそもそんな顔真っ赤にしても説得力ないよ、顔に図星って書いてあるようなもんでしょ』

「うぐぐ……」

 

 よく鶴紗ちゃんのことを『ツンデレ』だっていうやつがいるけど。

 俺に言わせれば真のツンデレはミーさんだと思うね!

 やったぜ喜べおまいら宴だー!!

 

「あれれ〜、ぐろっぴ〜? 私といるの、そんなに嬉しいのかなぁ〜?」

「やめい! 百由様とシュッツエンゲルなんて、こっちの身が持たん!」

「えー? ぐろっぴ酷ーい!」

 

 ほらほら俺ァ知ってるんだぞ!

 そんな『ありえなーい!』とか言っといて近い将来くっつくんだろ!

 

「やっぱり仲いいねー」

「ふふ、そうだね!」

 

 結梨ちゃんと梨璃ちゃんが笑う。

 歓喜に狂ったまま、俺の脳内で「お赤飯炊かなきゃ……!」ってしてるやつが走ってったところで──

 

 

 ──相も変わらず、空気の読めないバカ(ヒュージ)どもがお出ましなすったらしい。

 

「──っと。おかしなことを言っておったら、別の問題が発生したようじゃの」

『はぁ……困るんだよなぁ、せっかく良い気分だったのに』

 

 チッ、と舌打ちが出た。

 結梨ちゃんが真似するかもしれないから、あんまりしない方がいいって分かってるけど。

 

「この音……ヒュージが出たんだ」

「やれやれじゃ。さっきも出撃したばかりじゃというのに」

「百由様。結梨ちゃんのこと、頼んでもいいですか?」

 

 梨璃ちゃんのお願いに、百由様が頷く。

 

「大したおもてなしはできないけど、任せといて。梨璃さんが留守の間、迷子にさせないよう見ておくくらいのことはできるから」

「梨璃、また戦いに行くんだね」

 

 結梨ちゃんは、やっぱり心配そうな顔をした。

 何度経験しても、何度言って聞かせても。

 不安なものは不安なんだろう。

 

「うん、結梨ちゃんはここで待ってて。必ず帰ってくるから」

「分かった」

 

 ……だから。

 梨璃ちゃんが先に行ったのを見計らって、俺が──少し前から実戦にも参加している俺が。

 

『結梨ちゃんさ、前に梨璃ちゃんたちのことは誰が守るのって訊いてきたよね』

「うん、『仲間で助け合ってる』ってアルン言ってた」

『あれ、ちょっと間違えた』

 

 結梨ちゃんを、安心させてあげないと。

 

『オレが、梨璃ちゃんたちを守る。絶対、無事に帰ってこられるようにするんだ』

 

 それが、俺の役目だと思うから。

 そう言い残して、急いで梨璃ちゃんの後を追いかけた。

 

 ──結梨ちゃんの不安が拭い切れていないことに、ついぞ気づくことがないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ヒュージとの戦闘において、ポジションというものは3種類ある。

 AZ──『アタッキングゾーン』と呼ばれる、レギオンの最前線に配置される危険な位置。

 TZ──『タクティカルゾーン』と呼ばれる、レギオンの中盤に配置され、ある程度の万能さが求められる位置。

 BZ──『バックゾーン』と呼ばれる、レギオンの最後方に配置され、サポートを主軸とする位置。

 どこにしろ、それぞれに重要な役割を担っているため。

 いずれにせよ、疎かにしていいポジションなんて存在しないのである。

 

 とはいえ、ポジションとの相性というものがある。

 例えば、AZは最前線であるため。

 必然的に、ヒュージに最も接近して戦うことになる。

 時に、敵を抑え込むタンク役も要求されることから。

 抜きんでた武勇が求められる。

 

 竜の少女──高松アルンはそのAZを陣取って戦うことが圧倒的に多い。

 異形の装甲による防御力、目に見えて分かる自己再生能力。

 現時点での主な攻撃手段が、拳などの超接近戦型であること。

 それらを考慮した結果、AZが適任だと判断された。

 というか、元からアルン自身が志願した。

 AZは役割的に、一瞬の油断が死に繋がるポジションである。

 意外だと思うだろうか?

 だが普段の言動を見聞きしていれば、なんとなく分かることではあるが。

 『死』を異常に恐れ、『生』に執着するアルンは。

 その反面、『傷つく』ということにはあまり躊躇を示さない。

 加えて、『リリィが戦場に立つ』ということに時折苦い顔をすることがある。

 

 

 ……まあ、これだけ長々と語っておいて何が言いたいかというと。

 

『どりゃっさぁー』

 

 無感情な声、だがブチギレの顔で。

 竜の少女が文字通りに敵をちぎっては投げていた。

 しかも、最前線で陣形もガン無視という脳筋もいいところの戦法。

 

「何ですのあの戦い方!?」

「ありゃ相当腹が立っとるのう……」

 

 楓は目を見開き、ミリアムは苦笑い。

 相手がミドル以下のヒュージしかいないから、まだ許されるものの。

 ラージ以上なら笑えない状況だった。

 だがまあ、そうでなくても特に咎められていないのは。

 

「アルン、2時の方向!」

『了解ですっ』

「アルンさん! 上空から追加で来ます!」

『墜としてきまっす』

 

 脳筋じみてはいるが、猪突猛進というほどではない。

 現に、梅や二水の指示を聞いて、即座に対応している。

 回避行動や防御もしっかりしている。

 ブチギレてはいるらしいが、冷静ではある。

 

『梨璃ちゃん伏せてっ』

「は、はいっ!」

 

 梨璃の背後に回っていたヒュージが、アルンの投げた亡骸で吹き飛ばされる。

 カバーも抜け目なかった。

 ドロップキックを決めて仕留めると、ヒュージ殲滅の報告が入る。

 

「ふー……」

 

 人工声帯を介さない、息だけの音が竜の少女から漏れる。

 この体で疲れを感じることがない、という話だから精神的なものなのだろう。

 

「お疲れ様でした」

『神琳さん……どうも。そちらこそお疲れ様です』

 

 そんなアルンのもとへ神琳が寄ってくる。

 雨嘉は二水や梨璃と話しているらしい。

 珍しい、と内心思っていると。

 

「今日は、何かありましたか?」

 

 神琳がそう尋ねてきた。

 

『そう見えます?』

「ええ。アルンさんは顔に出やすいタイプですから」

 

 それに、と前置きして。

 

「怒りを抱いてヒュージと戦うのはいつも通りなのですが、その後に思い詰めた表情をされるのは珍しいと思いましたので」

『……よく見てますよね』

「司令塔を担う以上、仲間の状態を把握するのも大切なことですからね」

『そうですかぁ』

 

 アルンはそう呟いて、神琳の瞳を見た。

 色違いの宝石の中に、乾いた笑顔の自分がいる。

 そんな世界から目を逸らし、現実へと引き戻した。

 

『たまにあるじゃないですか、センチメンタルになっちゃうみたいな』

 

 興奮が冷めて、急激に我に返った時の落差。

 あれが、今のアルンに起きている。

 要するに、八つ当たりして。

 その理由のくだらなさに後から自己嫌悪しているようなものだ。

 

『突発的にそうなることがあるってだけですから。異常なしです』

「なるほど」

『ていうか、正直オレにも分かりません』

「話してくださってありがとうございました」

『いえいえ、気にかけてくれて嬉しかったです』

 

 軽く頭を下げて礼を告げるアルン。

 まぁ、と小さく笑って続ける。

 

『本当にメンタルが折れてどうしようもなくなった時には、頼らせてもらいますね』

「はい、その時になったら存分に頼ってくださいね?」

 

 頼もしー、と零したアルンも。

 微笑んだ神琳も。

 仲間たちと帰路に就く。

 百合ヶ丘で待っている、もう一人の仲間がいるのだから。

 




「終わらせ方が雑」とか絶対言うなよ!? こっちも早く戦技競技会編行きたいんだからな!?
オリ主はメディカルチェックさえ受ければ出撃していいことになっています。なので、大抵は午後からしか出られません。

【キャラ設定】その25

実は前世の頃から錠剤が苦手。どうにも飲み込むのが苦手で「粉薬の方がまだマシ」と言ったほど。でも、粉薬も苦いから飲みたくない。それもあって体調を崩さないように気をつけていたら、いつの間にか体が丈夫になっていた。
どうしても錠剤が避けられない時は、専用のゼリーを使っている。今世でもそれを引きずっているため、検査で錠剤を飲む時にはお世話になっている。


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感謝の気持ちはちゃんと伝えておこう

作者には妹が2人いるのですが、真ん中の妹とは非常に仲が悪いです。
先日、ボカロを克服したので一番下の妹に嫌がらせみたいな感じでボカロを聞かせていたら(一番下はボカロ苦手、比較的仲は良い)真ん中がどハマりしました。
正直言って新手の地獄絵図です。


 控え室に集まった一柳隊の話題は。

 ようやく発表された競技会のプログラムについてで持ち切りとなった。

 未だにいくつか伏せ字になっている部分があったりするが。

 概ね予告通りの種目が揃っていた。

 

「わたしも出られるんだよね?」

「まだ決まったわけではないけれど……参加するにしても、まずCHARMと契約するところからね」

『CHARMいいなぁ……オレも欲しかったなぁ』

 

 広いスペースに身を投げ出したアルンに「行儀が悪いわよ」と夢結の軽い小言が飛ぶ。

 それを傍目に、梅はプログラムを見ていた。

 

「梅たちの出番は最後の方か〜。他にも学年別競技とかに出ないといけないから、午後まで体力を残しておかないとな」

「随分とやる気のようね」

「おう! 個別対抗戦ってことは、夢結とも勝負できるからな。純粋に楽しみだゾ!」

「──私も参加する以上、負けるつもりはないわ」

「そうこなくっちゃな!」

「お姉さまと梅様が……!」

 

 夢結と梅の戦い。

 初代アールヴヘイムの伝説を知る者なら、心が踊らない者はいない。

 多少聞きかじった程度のアルンですら、歴戦のリリィ同士の勝負と聞いて目を輝かせている。

 

「これは見逃せない展開になってきましたわね」

「はぁ、どうしてそんなに熱くなれるのか分からない……」

 

 対照的に、鶴紗だけがなんともクールな反応。

 いかにも興味なし、という振る舞いである。

 

『えー? ライバル同士の対決って胸熱だろ?』

「結局はただの競技会でしょ」

『うーむ、クール&ドライ……』

 

 目線を移すと、神琳と雨嘉が。

 

「雨嘉さんは雨嘉さんの舞台で、頑張りましょうね」

「あの……私、まだ詳しいことを聞かされてないんだけど……」

 

 こっちもこっちで何かあるようで。

 『前世の記憶』でどうなるか知っているアルンもワクワクが止まらない。

 

「うぅぅ……お姉さまと梅様。私、どっちを応援したらいいんでしょう?」

「そんなに真剣に悩んじゃって、梨璃らしいな」

『どっちも応援したらいいんじゃないの?』

 

 「それはそうなんですけど……」とまだ迷ってはいるが。

 張り切っているのは変わらないようで。

 

「私、やるからには全力で応援したいんです!」

「結梨も、全力で応援する!」

 

 健気な二人の様子が微笑ましい。

 そんなシルトと「娘」のシュッツエンゲルを見てみると、ちょっと落ち着かなそうだった。

 

「ははは、二人に応援される人は幸せ者だな。なー夢結?」

「そ、そうね……」

 

 夢結はピクッ、と反応すると。

 どこかぎこちない顔が返ってきた。

 どうやら、もう今からドキドキしているらしい。

 訊いた梅はニヤニヤしているし。

 アルンに至っては何も言わないが、それを見て口角が上がっている。

 

「それでしたら、折角ですし相応しい衣装を用意しては?」

「相応しい衣装……?」

「応援するといえば、やっぱりチアガールですよね!」

「おぉ! 本格的じゃなー!」

「いいんじゃないでしょうか? ちょうどこちらに資料もありますし」

 

 神琳がスッ、と出したのは『世界全史服飾図録』。

 前に結梨たちも見た、あの分厚い本である。

 

「神琳、こんな重い本、まだ持ち歩いてたの……?」

「なかなか衣装が決められなくて……」

「なんの? なんの衣装が決められないの?」

 

 不安剥き出しな雨嘉の声をさらっと聞き流して。

 神琳はパラパラとページをめくっていく。

 ちょうど以前見た時に、結梨が気に入っていたチア衣装のページで手を止めた。

 

「これっ、この衣装着たい!」

 

 パステルカラーのかわいらしい衣装。

 これにポンポンも持たせれば、見ているだけで元気がもらえること請け合いだ。

 

「こ、これを私と結梨ちゃんが着るの? ちょっと、派手すぎないかな……?」

「そんなことはありません! 是非とも梨璃さんには、この衣装を着ていただきたいですわ!」

 

 少し食い気味の楓に、何名かは呆れたり苦笑いしたりする中。

 チラッと梅が夢結を見る。

 

「夢結の感想はどうだ? これを着て梨璃に応援してもらいたいか?」

 

 訊かれた夢結は間を──結構な間を置いて。

 少し目線を逸らしたりして。

 

「…………まぁ……いいんじゃ、ないかしら」

「これは相当期待してらっしゃいますわね」

 

 たったそれだけの一言だが、本心は見え見えだった。

 

「梨璃、着よう! 着て応援しよう!」

「うん、結梨ちゃんがそこまで言うなら……着て応援しよっか!」

「やったー!」

 

 両手を挙げて喜ぶ結梨。

 神琳曰く『今からでも発注すれば、当日までにはギリギリ間に合う』ということで。

 この後にでも手を回してくれるそうだ。

 

「梨璃さんのチア衣装……これは、高画質の最新カメラが必要ですわね。望遠レンズも忘れないように……ふふ、ふふふ……」

 

 心底楽しみな、だが危ない笑顔を浮かべる楓。

 依然としてブレないのは、一周回って清々しさすら感じる。

 

「相変わらず、(よこしま)な笑いをしておるわ」

「梨璃を守らないと」

『楓さん、盗撮は犯罪だって知ってますか?』

 

 一部のセコムやストッパーが忠告する。

 そんな賑やかな光景に、梨璃は想いを馳せる。

 

 記憶が戻っていない結梨だからこそ。

 独りで苦しい思いをしてきたアルンだからこそ。

 より多くの、貴重な楽しい思い出が作れたらいいな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「競技会、もうすぐだね」

「嬉しそうだね、結梨ちゃん」

「梨璃やみんなといっしょにいられるから」

 

 結梨ちゃんの一言は、何気ないけど少し切実に思えて。

 『結末』を知っている俺も、一人にさせてしまう後ろめたさがあるだろう梨璃ちゃんも。

 その言葉に一瞬だけ黙ってしまう。

 

「……そうだね。お留守番させちゃうことも多かったし。競技会当日は、いっぱい楽しもうね」

「うん!」

 

 ……本当に楽しみなんだろうなあ。

 心底ワクワクしたような笑顔が眩しい。

 って、いかんいかん。

 これからやることがあるのにネガティブ思考になってきてる。

 カットカァーット!!

 

「当日を心待ちにするのも結構ですが、これから大仕事が待っていますわよ、結梨さん」

「お待たせ。少し遅くなってしまったかしら」

 

 入ってきたのは夢結様。

 「遅くなった」て、まだ10分前やんけ!

 全然余裕ですやん!

 

『いえいえ、全然そんなことないですよー』

「わざわざ時間を作っていただいて、ありがとうございます」

「それじゃ、結梨ちゃん。メモの準備はできてる?」

「いつでも大丈夫だよ!」

『心の準備は?』

「ばっちり!」

 

 指差し確認ヨシッ!

 じゃあ頑張ってこー!

 

「では、始めましょうか。私たちのインタビューを」

「結梨ちゃん、頑張れ〜……!」

「よく知る仲だからといって、粗相のないようにしなさいな」

 

 応援やアドバイスを受けて、張り切る結梨ちゃん。

 何かあったら俺や楓さんで、それとなくフォローするぞ!

 

「うん! それじゃあね……今の夢結の気持ちを、教えて?」

「競技会に向けての意気込みね」

 

 「そうね……」と一拍、間を置いて。

 

「競技とはいえ、恥ずかしい戦いはできない、というのが今の素直な気持ちかしら」

「恥ずかしい思いをしないように、がんばる?」

「ええ。日頃の成果を披露する場でもあるから、変な印象を与えるわけにはいかないでしょう。それに、一柳隊の名前も背負っているわけだし」

 

 「一柳隊」って名前を出した時、チラッと梨璃ちゃんの方を見たとこ。

 俺、バッチリ見ましたからね。

 恥ずかしい思い……普段、割と生き恥晒してる節あるもんな。

 主に梨璃ちゃん関連で。

 

「……」

 

 ……目が合った。

 やだなあ、何もやましいことは思ってませんよ?(目逸らし)

 

「夢結は、いちばんになりたいんだね」

「……そうね、どうせならそうなりたいと思うわ。でも、そう簡単にはいかないと分かっている。百合ヶ丘には、優秀なリリィが沢山いるのだから」

「それじゃあ……夢結がいちばん気になるリリィは?」

「気になる……強いて言えば、アールヴヘイムかしら」

 

 アールヴヘイムかあ……個人的カプとして気になるのは、やっぱ天葉様と樟美ちゃんの『そらくす』だろ。

 アニメ本編で、でろでろの甘々にくっついてた記憶が強くてな?

 甘々百合っぷるは良いぞ……!

 でも、一人のリリィとして気になるのは『(もり) 辰姫(たつき)』って子かな。

 ヒュージの声が聞こえるらしい、人見知り強めの女の子。

 巣籠もりしてた時期に会って、釣りスポットを教えた仲っていうか。

 

「おぉー、そういえばアールヴヘイムのリリィたちも、夢結が気になるって言ってたー!」

 

 あー……言ってたね、そういや。

 その時は俺も付いていったから知ってる。

 主に1年生組が気合マシマシだったイメージがある。

 

「これって、両想いっていうんだよね!」

「ええ……そう、なのかしら……?」

『いや、ちょっと違うと思います』

 

 思わず即行でツッコんだ。

 意味がちょっと違えのよ。

 

「ねぇ、梨璃は? 梨璃は気になるリリィ?」

「ゆ、結梨ちゃん……」

 

 引き合いに出された梨璃ちゃんは困り顔。

 この質問、実は結梨ちゃんがインタビューする度に出てくる話なんだよな。

 その度に梨璃ちゃんはこの顔になる。

 ただ困ってる、というよりは。

 恥ずかしいやら、戸惑っているやらのビミョい顔だ。

 夢結様は、また梨璃ちゃんをチラッと見て。

 

「そうね、梨璃の行動にはいつもハラハラさせられるわ。そういう意味では、気になるリリィかもしれないわね」

「お、お姉さま、それはどういうことですか!?」

 

 そんなこと言ってるけど、顔つきが優しいんだよなあ。

 「それに」と夢結様は続ける。

 

「貴女のことも気になるわ」

「結梨も?」

「ええ、貴女からはとても不思議なものを感じる。これはリリィとしての勘だけど、貴女はきっと良いリリィになれると思うわ」

「結梨が……いいリリィに……」

 

 結梨ちゃんは夢結様の言葉を、まるで体に行き渡らせるように。

 噛み砕いて、飲み込むように。

 小さく何度も頷いた。

 

「インタビューは、以上でいいかしら」

「……うん! ありがと、夢結! じゃあ、次は……」

 

 

 

 

 ──と、まあそんな感じで。

 順調に夢結様へのインタビューを終えたわけですよ。

 ほとんど俺たちのフォローも必要なかった。

 最初は『人を煽って、トンズラこくのがインタビュー』だと思ってた結梨ちゃんが。

 ここまで成長するなんてなあ……

 おじさんも感慨深いものがあるよ……!

 

「ふぅ……これで一柳隊のインタビューも終わりましたね!」

「え?」

『最後じゃなくない?』

 

 いかにもやり切った、って顔した二水ちゃんに。

 結梨ちゃんと俺が顔を見合わせる。

 ……さては、なんか噛み合ってないな?

 

「え? 一柳隊全員聞きましたよね? アルンさんと結梨ちゃんも含めて10人の……」

「二水ちゃんは?」

「はい?」

「『一柳隊全員』、なのでしょう? なら、二水さんも含めた11人が正しいのではなくて?」

 

 やっぱり、二水ちゃんと本人以外の全員に認識の食い違いがある。

 いや、だってさ?

 直接出るわけじゃない俺にすら聞いてきたのに。

 二水ちゃんだけハブるとか、ありえなくない?

 やり切ってないよ、某オーナーがすっ飛んでくるよ。

 

「で、でも……私のインタビューなんて読みたい人いますかね?」

「私は、インタビューを読みたいよ」

「結梨もー!」

 

 もちろん、俺と楓さんも手を挙げる。

 何故か、やたらと自己肯定感が低い二水ちゃんだけど。

 彼女だって、立派な百合ヶ丘のリリィだ。

 光るものをたくさん持っている。

 それに──

 

「──二水ちゃんも、一柳隊の大事な仲間の一人だもん!」

『オレの時に言ってたじゃん。それを忘れちゃ世話ないよ』

 

 そんな言葉たちに、二水ちゃんはハッとした表情を浮かべて。

 

『よし、もう1回メモの準備だよ結梨ちゃん』

「もうしてあるよ!」

『仕事早っ』

 

 優秀だね結梨ちゃん!

 

「じゃあ、始めよっか。最後のインタビュー!」

 

 

 

 

 

 閑話休題(よくできました)

 

 

 

 

 

 

「皆さん。今日までお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!」

 

 これにて一柳隊のインタビューは制覇。

 二水ちゃんは丁寧に頭を下げてお礼を述べた。

 

「どういたしまして。ですが、お礼には及びませんわ」

「二水ちゃんが困っていたんだから、当たり前のことをしただけだよ!」

「うぅ……二人とも……!」

 

 感極まる、って感じで。

 二水ちゃんは目に涙すら浮かべていた。

 

「二水さんったら大袈裟ですわね」

「アルンさんと結梨ちゃんも、本当に助かりました。結梨ちゃんには……お礼にこのお菓子、差し上げますね」

「スコーンだぁ! ありがとう!」

 

 そういや、一柳隊と顔合わせした時も食ってたね。

 って今食うんかい!

 メ○モンみてーな顔して食べてんね……

 

「アルンさんは食べ物とかじゃあまり喜ばないですよね」

『うん、まぁ……でも、お礼されるほどすごいことはしてないから』

「いえ! インタビューのアシスタントや記事に対する読者目線のアドバイスは、すごく助けになりましたから」

 

 「なので」と前置きした二水ちゃんは。

 心なしか胸を張って。

 

「今夜、私の部屋に来てください! とっておきのスクープをお見せしますね!」

『ありがたくお邪魔させていただきます』

 

 手を取るのは速かった。

 だって二水ちゃんのスクープだぜ?

 ぜってー『イノチ感じる案件』の詰め合わせだろ!

 ひー……! 今からでも脳内で『Edel Lilie』が流れそう……!(歓喜)

 

「まぁ、こんなんじゃ全然足らないかもしれませんが」

『いやいやいや十分が過ぎるってこれは』

 

 むしろリターンが大きすぎて、どうしたらいいんだか……!

 

「んっ、お礼……?」

「感謝の気持ちのことだよ。苦しい時や悲しい時、困っている時に助けてもらえると嬉しいでしょ? そんな時、『ありがとう』の意味を込めてあげるんだよ。頑張ったね、結梨ちゃん」

 

 梨璃ちゃんは優しく笑いかけた。

 褒められているということに、結梨ちゃんは無邪気な満面の笑みを浮かべて。

 

「うん! 結梨、がんばった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 太陽が地平線に沈んでいく。

 また、1日が終わろうとしているのだ。

 百合ヶ丘の生徒は、やっと今日の講義を終えた時間だろう。

 

「楓、おかえりー! アルン、楓帰ってきたよ」

『もうそんな時間か。早いねぇ』

 

 アルンは結梨の報告を聞いて、広げていたものを片づけていく。

 

「あら、先に控え室に行っていたのかと……どうしたんですのそれ」

『あー……これ?』

 

 ぱっと見、1枚の紙に何か文字を書いていたようだが。

 それ以上に、バキバキに折れた鉛筆の残骸が目に付く。

 

『字を書いていたんですよ、一種のトレーニングみたいな感じで』

「普通は文字を書くだけで、そうはならないですわ……」

『でも実際なっていると言いますか』

 

 詳しく話を聞いてみれば。

 力加減がある程度できるようになったからと、鉛筆で文字を書こうとしてみたら。

 思った以上に力が入ってしまって折れてしまった、という。

 そもそも、かろうじて使えるようになったフォークなどは金属で。

 鉛筆は木でできているのだ。

 強度が違うのだから、そりゃ加減も変わる。

 

「チャレンジ精神は立派なものですが、だからといって6本も使い潰すのは違うのではなくて?」

『どうしよう、戦場以外で楓さんに正論突きつけられるの、ちょっと納得できないですね』

「何故ですの!?」

 

 ……主に日頃の行いのせいである。

 しかもほとんど梨璃関連の。

 ため息を一つ、楓は結梨へと目を向ける。

 アルンが部屋にいた理由は分かったが、結梨が残っている理由が分からない。

 

「梨璃さんたちはもう待っているんじゃないかしら」

「楓、いっしょに行こう?」

 

 どうやら、楓を待っていたらしい。

 だが結梨は一人でも、もう百合ヶ丘で迷子になることはないはずだ。

 アルンがいるし、本人も「たぶん大丈夫だと思う」と言ったほど。

 

「まぁ、もし迷ったとしてもわたくしが探し出してあげますわ。もう慣れたものですし……ふふっ」

「それじゃ、楓が困ると思ったから」

「それはまぁ、困らないと言えば嘘になりますが──」

 

 冗談めかした楓の言葉に続いた、結梨の一言に。

 

「わたしが勝手にいなくなると、楓は心配するよね?」

 

 ──鉛筆の破片を払っていたアルンの動きが、密かに硬直した。

 

「わたしが歩けるようになってから、梨璃もずっと心配してた」

「梨璃さんは、そうでしょうとも」

「だから、楓も同じなのかなって」

 

 あるかどうかも分からないはずの心臓が跳ねた気がした。

 転生者だからこそ、『前世の記憶』を持っているからこそ。

 どうしても、結梨のことが引っかかってしまう。

 訪れるだろう未来が、脳裏をかすめて。

 ポロッと零した言葉の一つ一つが、遺言のように思えてしまう。

 

「それから、これを楓にあげたくて」

 

 差し出されたのは、一つのラムネ菓子。

 前に楓が買ってきたものと同じではあるが。

 

「わたくしが差し上げたもの……じゃありませんわね」

「梨璃に教えてもらって買ってきたんだ。楓にあげる」

「急にまた、どうして……」

「──お疲れ様でした。それから、ありがとう!」

「……結梨さん」

 

 ……まともな肉体じゃなくてよかった、とアルンは思った。

 この身体なら、涙は出ないから。

 人間の身体だったら、感情がごちゃ混ぜになって泣いていたかもしれない。

 今、自分がどんな顔をしているかなんて容易に想像できそうだ。

 

 ──これじゃあ、本当に遺言みたいじゃないか。

 

 

「……どういたしまして。後で、ありがたく頂きますわ」

「うん。それじゃ、早く梨璃のところに行こ!」

 

 そんな悩みなんて、結梨も楓も知るはずがなく。

 

「アルンも早く行こう!」

『……うん、すぐ行くよ』

 

 そして悟らせないように、アルンも暗い気持ちを押し込める。

 隠しごとは得意だ。

 貼りつけた表情は、紛れもない笑顔だった。

 




夢結様「では、始めましょうか。私たちのインタビューを」
作者「デートアライブかよ」

【キャラ設定】その26

半人体のオリ主は一度もまともな風呂に入れていない。というのも体はヒュージであるため、体液にヒュージ細胞が含まれている可能性を危惧しているから。
とはいえ、一応体を拭いたりはしている。でも、自分でやるにも限界があるようで……?


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遠足の前日に浮き足立っちゃう子ども的な

「アサルトリリィってFGO声優多くね?」って話をいただいたので、脳内でFGOパロを組んでみたらちょっと面白いことになりました。(FGOにわかが何かほざきおる)


「お待たせしましたぁ! リリィ新聞特別号、満を持して発行です!」

『ぱんぱかぱーん』

「おぉ〜!」

 

 競技会もいよいよ明日に迫ってきて。

 あーでもないこーでもない、と散々こだわり抜いた新聞が完成した。

 いやー、これがホントすごかったんだって。

 深夜テンションも相まって、二水ちゃんの目がギンギラだったもんよ。

 なんつーか、『これはっ!! こうじゃなくてっっ!!!』って感じだった。

 締め切りに追われる同人作家ってこんな感じなんだろうね。

 

「へぇー、夢結のインタビューが一番最初に載ってるんだな」

「『誰に注目してますか?』って質問で、最も多い回答を集めたのが夢結様でしたので」

『インタビューした人のうち、およそ3分の1くらいは夢結様って答えたみたいですよ』

 

 ちなみに2番目に多かったのは、アールヴヘイムの天葉様だった。

 やっぱ初代アールヴヘイムは強いわ(確信)

 

「新聞とは思えない、すごいボリュームですね」

「発行が当日だったら、とても終わるまでには読み切れなかったかも……」

「この完成度のものを用意できたのは、結梨ちゃんたちのおかげです! 改めて、ありがとうございます!」

「……あ」

 

 結梨ちゃんは、どこか落ち着かなそうな挙動を見せた。

 ちょっとそわそわしてる、というか。

 うーん、それもまたかわいいんですが。

 梨璃ちゃんはそんな結梨ちゃんに気がついて。

 

「結梨ちゃん、どうしたの?」

「お礼を言われるって、くすぐったくてうれしいね、梨璃」

「ふふっ」

 

 そっかあ……(にっこり)

 照れ顔もまたかわいいなあ。

 

「さぁ、あとはこの完成品を校内に掲示して、当日は受付で配布して……」

「こんな分厚い新聞、掲示できるのか……?」

『できるかどうかじゃない、やるんだよ』

「脳筋か」

 

 だって、二水ちゃんがあんなになってまで完成させた新聞だぜ?

 これで『掲示できませんでした』とかいうクソオチはあり得んて。

 「完成品といえば」と、神琳さんが口を開く。

 

「梨璃さん。頼んでいたもの、今朝届きましたよ」

「頼んでいたもの……?」

 

 一瞬、何のことか分からなそうにしていた梨璃ちゃんだけど。

 途中で「……あっ!」と声を上げて思い出したっぽい。

 

「梨璃とわたしの服!?」

「っ……!」

 

 なんで結梨ちゃんに次ぐレベルの反応を夢結様がしてんですかねえ……

 

「夢結、眉がピクッと動いたゾ」

「興味を隠し切れていませんわね」

『夢結様……』

「ミーティングに持ってこようかとも思ったんですけど……夢結様には本番まで、ご覧に入れない方がいいかと思いまして」

「ナイス判断じゃの」

 

 まあ、話を聞いただけでもこれだもんな。

 ワンチャン立ったまま気絶……なんてこともあり得る。

 弁慶かなんかかな?

 

「ですが、ちゃんとサイズが合っているかなどは、事前にチェックが必要でしょう?」

『まぁ、そうですけれど』

 

 なんだろう、嫌な予感がする。

 

「であれば、ここはわたくしにお任せください! さぁ梨璃さん、試着しに行きましょう!」

「え、楓さん……?」

 

 そら見たことか!!

 楓さんは立ち上がってやる気マックス。

 ステイステイ、楓さん座ってください?

 

「やめろ楓! 魂胆が見え見えじゃ!」

「何も魂胆などございませんわ!」

『……ふーん』

「ちょっ……!?」

 

 楓さんが持っていたバッグをするっと奪い取る。

 寄ってきた鶴紗ちゃんと一緒に中身を確認すると。

 いかにもスペックも値段も高そうなカメラとご対面。

 ぜってーこれで梨璃ちゃん撮るつもりだったゾ。

 

『これでよく潔白だって言い張れましたね』

「説得力がゼロ」

「衣装の確認は、当人たちでしていただきましょう」

 

 これには神琳さんも苦笑いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 場所は変わって、神琳と雨嘉の部屋に訪れた結梨と梨璃。

 ちなみに。

 こういったことに首を突っ込みそうなアルンは来ていない。

 衣装のお披露目を楽しみにしておきたいのと。

 安易に推しカプの部屋に入れない、というのが理由である。

 

 届いたという段ボールを開けてみれば。

 中には本で見たままのチアガール衣装が2つ入っていた。

 

「梨璃! これ、かわいい!」

「うん、結梨ちゃんにはとっても似合いそう!」

「梨璃にもきっと似合うよ」

「そ、そうかなぁ? そうだといいな。お姉さまに変って笑われないように……」

 

 他の一柳隊メンバーが聞けば『絶対に夢結なら喜ぶ』と即答されそうな台詞だ。

 ふと、梨璃は部屋の隅に固まっている段ボールに目が留まる。

 

「神琳さん、そっちの段ボールは?」

「これは……雨嘉さんのために用意した、とっておきです」

「……いっぱいありますねぇ」

「はい。後ほど鶴紗さんやミーさん、アルンさんにも手伝っていただいて、いろいろと試させていただく予定です」

 

 正直、意外だと思った。

 この手に関してはノリが良いミリアムやアルンはともかく。

 あまり興味を示さないだろう鶴紗まで巻き込むつもりとは。

 だが、何かと一人になりがちな鶴紗も、楽しんでくれたのなら。

 それは梨璃にとっても嬉しいことだ。

 

「いろいろ?」

「ええ、いろいろ。梨璃さんも楽しみにしていてください」

 

 やっぱり神琳は楽しそうに微笑むばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 単刀直入に言って、今の結梨は暇を持て余していた。

 衣装の確認も終え、手伝うようなこともなくなり。

 ほとんどの一柳隊のメンバーは用事があるから、と。

 あちこちに散らばっていった。

 唯一、暇な可能性がありそうなアルンも、どこに行ったか分からない。

 

(わたし、神琳や二水のお手伝いを始める前は、何をしてたんだっけ)

 

 そうやって、ぼんやりしていると。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 聞こえた呼吸に視線を下ろせば。

 木漏れ日に包まれて梅が眠っていた。

 

「あっ、梅──」

「しーっ」

 

 口元に指を立てて、結梨を止めたのは鶴紗。

 止められた結梨は、こてんと首を傾げて問いかける。

 

「鶴紗? そんなところにしゃがんで、どうしたの?」

 

 鶴紗は黙ったまま指を差す。

 示した先にいるのは梅……ではなく。

 彼女の腹の上を陣取って眠る黒猫。

 以前、結梨も会ったことがある猫だった。

 

「大きな声は出さないようにして」

「うん、分かった」

 

 気配を研ぎ澄ますように、鶴紗は意識を集中させる。

 まあ、すぐにふぅ……と息を吐いて。

 

「よし……ほら、今なら触れると思う」

「え?」

「猫だよ。触りたいんでしょ?」

「……あ、そっか」

 

 結梨にそんなつもりはなかったが。

 だからとて、またとないチャンスを無駄にする理由もない。

 

「手を伸ばすなら、静かに、そっとだぞ」

「そーっと……そーっと……」

「……」

 

 鶴紗のアドバイスを受け、ゆっくり手を伸ばす。

 ……思っていることが口から出ている辺り、少々静かとは言い難いかもしれないが。

 

 そしてついに、伸ばした少女の手が黒い毛並みに触れた。

 

「……あ」

「どうだ?」

「ふわふわしてる」

「結構触り心地、いいでしょ」

「うん。ふふふっ」

 

 思わず結梨の顔に、鮮やかな笑顔の花が咲く。

 小さな命の温もりが心地いい。

 そんな優しい手に反応してか、うっすらと月のような瞳が開いていく。

 

「にゃぁ……」

「あ……この子、起きちゃった?」

「しまった。油断してた」

「でも逃げないよ。ずっと触らせてくれてる」

 

 以前は触ろうとすると一目散に逃げられてしまったが。

 今はそんな素振りもなく、撫でられるがままの状態だった。

 

「今日はたまたま虫の居所がいいのかもね」

「虫の……?」

『──機嫌がいいってことだよ。多分、いいエサにでもありつけたんじゃないかな?』

「アルン!」

 

 いつの間にか現れたアルンは、名前を呼ばれて『いぇーい』なんて言って。

 黒くて大きな爪でピースサインを作った。

 

「どこに行ってた?」

『行ってたというか、今からだな。ちょっと百由様に呼ばれているんだ。あと、鶴紗ちゃんにお届けものですよー』

「にゃあ」

「お前……!」

 

 アルンの背中から飛び出したのは、耳の欠けた尻尾半分の黒猫。

 いつかアルンと鶴紗が助けた猫である。

 耳や尻尾はどうにもならなかったが、それ以外はすっかり治っていた。

 

『ウィザがね、鶴紗ちゃんに構ってほしくてきたんだよなー』

「うぃざ……?」

『こいつの名前だよ。思った以上に賢いし、オスだから「ウィザード」から取ってウィザ』

「へぇー……」

 

 ウィザと呼ばれた猫は喉をゴロゴロ鳴らして、鶴紗に近づいてくる。

 怪我の手当てや世話をしたこともあってか。

 ウィザはアルンよりも鶴紗によく懐いていた。

 彼女にとっては珍しいことであり、嬉しい例外でもあった。

 

「二人ともよかったなー。いっぱい触れて」

「あ、梅も起きてたんだね」

「そんなに耳元でたくさん話されたら、猫じゃなくたって起きるゾ」

「それもそうだね。ふふふっ」

『すいません。起こしちゃいましたか?』

「いーや、こんな楽しそうなの見逃す方が損だからな! ちょうどよかったゾ!」

 

 アルンの申し訳なさそうな顔に。

 梅は、にぱっと明るい笑顔を返す。

 仰向けの体を起こすと、黒猫はしなやかに降りた。

 しかし、立ち去ることはせずに結梨のそばでもうひと眠りするようだ。

 ウィザも鶴紗に甘えるようにすり寄ってきた。

 

「なぁなぁ、そんな楽しそうなことしてるなら梅も混ぜてくれよー」

「わ、私は別に……」

 

 猫に甘えられて緩みっぱなしの鶴紗の表情が一気に引き締まるが。

 ちょっと赤くなった頬が隠しきれない。

 おかげで梅もアルンも、からかったりニヤついたりしてくる。

 

(優しい匂い……楽しい匂い……いろんな匂いが混ざってる)

 

 穏やかで心地良い光景に、結梨は思う。

 

 この温もりは、とても大切なものだ。

 なくしたくない、失いたくない。

 できるなら、ずっとこの幸せな匂いの中にいたい。

 

(……みんな、同じ気持ちなのかな)

 

 そんな、ささやかな願いが。

 梨璃たちの抱く想いと同じだったのなら。

 




課題がつらいので、もしかしたら更新速度が落ちるかもしれません。
いよいよ次回から戦技競技会編です……!

【キャラ設定】その27

結構手癖が悪い。ゴツい腕をしている今でも、その実力は何故か健在。
前世ではこの特技を駆使して、よく人のものを掠め取っていた。しかし、仕掛ける相手は大抵仲の良い知り合いで、手品のような感じで見せびらかしていただけ。ちょっとした冗談として、ほとんどはすぐ返した。


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ドキッ、リリィだらけの大運動会!

更新ペースの低下を感じる……
それはそれとして、いよいよ聖恋ちゃん実装ですね……! 貯めてきた3万もの石を全解放の時じゃ待ってろい!!!


 みんなに見守られながら、机の上に置かれたCHARMが起動する。

 コアの部分にはルーン文字が浮かび上がる。

 これで、結梨ちゃんは正式にCHARMと契約成立ってわけよ。

 

「おぉー……」

 

 原作通り、結梨ちゃんの相棒はグングニルだった。

 グングニルといえば、北欧神話の最高神 オーディンが使った武器だろう。

 『決して的を外さない』『敵を貫いた後、持ち主の手に戻ってくる』という伝承を持ち。

 オーディンの手で指し示せば『絶対なる勝利』を確約するとも言われる、まさに必勝の槍。

 

 

 

 

 ……なんだけども。

 俺的にはグングニルっつーか、『ガングニール』なんだよなあ。

 あーいかん、心の『司令』が叫び出しそうになっとる……!

 というか、この世界にOTONAが来たらもう最強なんじゃね?

 あの人が元の世界で無双できなかったのは、敵が『触れたらほぼ即死』とかいう人間特効だからであって。

 アサルトリリィでの敵は、触るだけなら普通は問題ないはず。

 ……転生させる人材、間違えたんじゃね?

 今からでも司令を異世界召喚しようぜ??

 あの人OTONAだし人格者だから、確実にリリィ側に来てくれるよ俺には分かるぞ!!

 

「ふん。北欧の田舎メーカーじゃなくグランギニョルでしたら、社割でワンランク上のが手に入りますのに」

「このグングニルは中古じゃが、わしら工廠科が丹精込めて全ての部品を一から組み直しておる。新品よか扱いやすいぞい」

 

 「あらそ」と輪の外でお茶を飲む楓さんは投げやりな返事。

 それに対して、ミーさんはちょっとムッとした顔だ。

 方や大手CHARMメーカーのご令嬢、方や優秀なアーセナル。

 どっちもプライドってもんがあるからなあ。

 ……それはそれとして。

 

『いいなぁ……やっぱりオレもCHARM欲しかったなぁ……』

「まぁまぁ。アルンさんはその人工声帯を改良してもらったんですよね? それはそれでよかったじゃないですか」

『そうだけどー……!』

 

 ──昨日の呼び出しの内容は、要するに人工声帯のバージョンアップ。

 今まで無感情だった声に、より人間らしい感情が入った。

 具体的かつメタ的に言うなら、台詞に感嘆符が入るようになった感じ。

 あと、喜怒哀楽も入るようになったし、声の強弱もつくようになったんやで。

 百由様ってやっぱすごいんやなって……

 

「よかったね。今まで声と表情がちぐはぐなのが、その……不気味だなって思ってたから」

『……割と容赦ないところあるよね、雨嘉さん』

「あ、そういうことじゃなくて……! えっと……!」

『雨嘉さんがしっかり意見を言えるようになってて嬉しい限りです……』

 

 胸の辺りを押さえて、被弾したオタクの構え。

 いや、自覚はあったからいいんだけどさ。

 そうやって、茶番にあわあわする雨嘉さんはかわいいなあってしてたら。

 

「ねぇ梨璃。リリィって、なんで戦うの?」

 

 前に聞かれたのと同じような質問を、結梨ちゃんがポロッと零した。

 

『それは前にオレが──』

「うん、でもわたしは梨璃たちからも聞きたいんだ」

 

 純粋で、でも強い意志を感じる目を向けられてしまえば。

 俺は何も言えなくなってしまう。

 でも、結梨ちゃんの考えは正しいものだ。

 前に答えたのは、あくまで俺という個人の意見でしかない。

 より多くの話を聞いて、自分の考えを固めていくのは大事なことだ。

 

「え……? えと……それは、ヒュージからみんなを守るため……」

「誰だって、怯えながら暮らしたくない。それだけよ」

 

 言い淀む梨璃ちゃんに対して、夢結様は淡々と答えた。

 伏せ目がちに答えたのは、何か過去の出来事を思い出しているからだろうか。

 ふと、結梨ちゃんが近づいてきて「くんくん……」と匂いを嗅ぎ始めた。

 

「……夢結、悲しそう」

「そう? 表情が読めないとよく言われるけど」

「なんだ、匂いで分かるのか?」

 

 夢結様の次は雨嘉さん、その次は梅様……という感じに。

 結梨ちゃんは一柳隊みんなの匂いを嗅いでいく。

 犬でも匂いから感情の判別は難しかろうよ。

 その特技は某長男の方では?

 ギャング……は味覚か。

 しかもあいつ嘘か本当かしか判断できなかったわ。

 ちなみに、しっかり俺も嗅がれた。

 だ、大丈夫かな?

 一応、体拭いたりしてもらってるんだけど。

 変な匂いとかしてなかったかな……!?

 

 なんて、一人でアホみたいな心配をしている隙に。

 結梨ちゃんは夢結様と梨璃ちゃんの間に、ぽすっと収まって。

 

「みんなも、悲しい匂いがする……」

 

 そう、不思議そうに告げた。

 

「誰だって、何かを背負って戦っているわ。そういうものかもね」

 

 神琳さんの言葉に、なんとなく重みを感じたのは。

 彼女が、故郷奪還に人一倍の想いを抱いているからなのか。

 それとも俺が知らないだけで、もっと背負っているものがあるからなのか。

 今の俺には分からないことだった。

 

「アルンは怒ってる匂いもした」

『まぁ、ね。ヒュージがいれば、リリィも傷つけられるわけだから。いい気はしないでしょ』

 

 ……それなりに隠してるつもりだったんだけどなあ。

 というか、悲しい匂いとか怒ってる匂いってどんな匂いなんだろうね?

 最後に、梨璃ちゃんに寄ってって匂いをすんすん。

 

「梨璃はあんまり匂わないのに」

「お気楽なのかな、私。はは……」

「いーんですのよ、梨璃さんはいつまでもそのままで。純真無垢さが、梨璃さんの取り柄ですもの〜!」

 

 今回は密かに楓さんに同意。

 こんな暗い感情、欲するもんでもないよ。

 持たなくて済むなら、それに越したことはない。

 

「ないものねだり……」

「じゃなじゃな♪」

 

 結梨ちゃんは再び夢結様をすんすん。

 

「あ、でも今の夢結は梨璃がいるから喜んでる。梨璃がいないと、いつも寂しがってるのに」

「そ……そうかしら?」

「夢結様が動揺してます……!」

「匂いはごまかせんようじゃの」

 

 そうですよ夢結様。

 結梨ちゃんの前で気持ちの隠しごとは無意味ですよ。

 なのでほら、素直にもっと梨璃ちゃんと絡んでください?(強欲)

 

「分かった! 結梨もヒュージと戦うよ!」

 

 その言葉に、誰よりも反応したのが梨璃ちゃんだった。

 

「無理しなくてもいいんだよ? まだ記憶も戻ってないんだし……」

「うん、ちっともわかんない。だから、たくさん知りたいんだ!」

 

 「好奇心は猫を殺す」なんて言葉があるけど。

 今にして思えば、この好奇心があんな結末を招いてしまったのか。

 そう思わずにはいられなかった。

 

「結梨ちゃん……」

「あははは、そんなこと言われたら断れないな」

「──これで、梨璃と同じになれる?」

『え、結梨ちゃん?』

 

 それってどういうこと、と聞き出す前に。

 パンっ、と神琳さんが手を叩く音。

 

「さて、結梨さんのこともひと段落したところで、次は雨嘉さんね」

「ふえっ?」

「これとこれ、この日のために用意したの」

 

 神琳さんが持っていたのは、ミニスカタイプの巫女服とちょっとフリフリなエプロンみたいなやつ。

 現時点であざとさマシマシな衣装だ。

 ……余談だけど、当時の実況で『夜のプレイの相談かと思った』って言ってたやつがいたらしい。

 それ聞いた時は思わず飲み物吹き出したよね。

 

「こーんなのもあるぞい?」

「はぁぅ〜……猫耳は外せない!」

 

 ミーさんも鶴紗ちゃんも、それぞれ衣装を持ち込んできた。

 隅っこに追い詰められた雨嘉さんに、もはや逃げ場なし。

 「ひげは……やめて……」と、せめてもの抵抗で精一杯。

 3人がかりで囲まれて、あれよあれよと身ぐるみを剥がされていく。

 

「神琳さんたち何してるのかな?」

「雨嘉さんをコスプレ部門に出場させるって」

「雨嘉さんを? ちょっと地味じゃありません?」

『楓さんそれはちょーっと聞き捨てならないですよー?』

 

 地味って。

 よりにもよって雨嘉さんを地味て。

 あのコスプレをキメた雨嘉さんの破壊力はすごいんだからなー!?

 

 ……ちょくちょく聞こえる「ひゃぁっ!?」とかいう声は無視の方向で。

 ちょっとえちえちなのよ。

 

「まだ何にも染まっていないのがいいそうです」

「そういうものですか」

「お前ホントに梨璃にしか興味ないんだな」

「そらそうですわ〜!」

 

 ブレない楓さんに、梅様ともどもジト目を送る。

 今に見てろよー……

 

「はっ!?」

 

 楓さんの反応に「そら見ろ」と思って雨嘉さんの方を見て。

 

『ぷあっ』

「アルンさんっ!?」

 

 ──尊さで目が灼けるかと思った。

 

 真っ白な巫女服に、メイドさんが着けるようなホワイトブリム。

 ミスマッチかと思ったら、これが存外イケる組み合わせだ。

 和洋折衷とは、こういうものを指すのだろう。

 どういう原理か、ぴこぴこ動く白の猫耳と三毛の尻尾も愛らしさに一役買っている。

 しかもあざと過ぎない程度にかわいいんだ。

 リボンやチョーカーなどの小物は、巫女服に合わせて赤色。

 編み込まれた赤い靴なんて、格好も相まって魔法少女みたいな印象を受ける。

 少し大きめに開いた胸元や、ニーソとスカートが生み出す『絶対領域』は。

 見る者の視線を惹きつけるに違いない。

 属性盛りすぎて渋滞を引き起こすかと思っていたけど。

 実際には、想像以上にまとまっているというか。

 白と赤を主体にした衣装に、雨嘉さんの黒髪と翡翠の瞳はよく映えた。

 

 

 

 

 ……いや、オタクが慣れない語彙を並べるもんじゃねえや。

 早い話、アニメで見ていたのと生で見るのは全然違った。

 ほら、よくライブや舞台を「映像より生で見ろ」っていうけど。

 あの心境に近いわ。

 破壊力と感動が直に伝わってくる……!

 

「やりましたわ」

「やりきったのう〜!」

「かわいい……!」

「おー! わんわんかわいいな!」

 

 これは、やったよ。

 やってくれたな一柳隊よォ……!(歓喜)

 着せ替え人形にされた本人は「えっ……」と困惑気味だけど。

 他の一柳隊メンバーからは大変好評だった。

 

「ちょっ、アルンさんが泡吹いてますわよ!?」

「あらあら」

「結梨、知ってる! こういう時は『えーせーへい』って叫ぶんだよね!」

「ちょっと違うと思いますけどね……」

「ははは! やっぱりアルンは面白いな!」

 

 あーもう、滅茶苦茶だよ……

 ……俺のせいなんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「さーて……本日の『客人』は?」

「15名が敷地内に侵入しています。また、ドローンが3機ほど」

 

 ──戦技競技会が、ついに開催された。

 しかし、生徒会長を担う史房の報告通り『招かれざる客』の姿も見られる。

 連中の存在はまさに『百合の楽園を踏み荒らさんとする邪魔者』と言えよう。

 

「素性は?」

「偽装していますが、大半は国内外の政府系組織です」

 

 中にはCHARMメーカー、反政府組織や自然保護団体と思われる者の存在も確認されているという。

 まだ分析の段階でしかないが。

 彼らの対象は一貫して『一柳結梨』にあることで間違いないようだ。

 

「アルン君に関心を持つ者は?」

「問題ないかと。存在にすら気がついていないと思われます」

『ユーバーザインとマントさまさまですねー』

 

 理事長代行と生徒会三役と共に、テントの影の中で。

 竜の少女──アルンが呟く。

 その表情は苛立ち、尾にすら不機嫌が伝達している。

 

 競技会の見学こそ許されたものの。

 素性が素性故に、見学できる場所も制限されているのだ。

 こうして見られるだけでも、ありがたいことだと分かってはいるが。

 やはり、気に食わないものは気に食わないものである。

 

『連中、ちょっと「めっ」ってしてきたらダメですか?』

「やめておきなさい。急に通信が途絶えたりしたら、逆に怪しまれるわ」

「というか、お前が手を出すと私たちが動いた時以上に問題になる」

『ダメかぁ』

「そもそも、やろうとしてることが絶対に物騒なことじゃない。却下よ」

『むえー』

 

 アルンの言う「めっ」──親指に該当するであろう爪で首元を掻っ切るジェスチャーに、全会一致で否決が下る。

 

「こちらは何を探ります?」

「情報のルートを徹底的に。通信の量とその行き先じゃ」

「挑発行為があった場合は?」

「出歯亀が分を超えた場合の対処は、諸君らに頼む」

「はい。結梨さんには指一本触れさせません」

『出歯亀って、今日日聞かないですよ……』

 

 人工声帯のバージョンアップで感情が乗るようになったことによって。

 不貞腐れた声でぼやくアルンに、何か思うものがあったのか。

 咬月は顎をさすりながら、少し考えて。

 

「──ドローンなどの無機物による挑発は、アルン君に任せるとしよう」

『えっ、いいんですか?』

「君はリリィを守りたいのだろう?」

 

 眼鏡の奥の、一見冷たそうな咬月の瞳に。

 気遣ってくれているような優しい光が見えた気がして。

 

『ありがとう、ございます……!』

 

 竜の少女は深く頭を下げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 競技会はクラス対抗戦から幕を開ける。

 梨璃たちの所属する1年椿組は、2人一組で技を競うことになっている。

 ペア作りに少女たちが動き回る中、楓は怪しい笑みを浮かべていた。

 

「お邪魔虫の入らないここならば、無防備な梨璃さんはわたくしの思うがままですわ〜!」

 

 しかし、嬉々として振り返り、握ったのは。

 梨璃ではなく、きょとんとした結梨の手だった。

 

「ん? 何故結梨さんがここに?」

「わたしも椿組だから」

「何ですって!?」

「編入されてもう1週間は経ってるよ」

「お邪魔虫2号〜……」

 

 なんなら、同じ部屋で今まで生活していたというのに、この仕打ちである。

 

「先生の話を聞いていないのですか?」

「生憎都合の悪いことは記憶に残さない性格(タチ)なので」

「ポンコツか」

 

 楓の言い分はいっそ清々しい。

 結局、梨璃は結梨と組むことになったため。

 楓の企みは砕け散った次第である。

 

「昨日練習した通り、いい?」

「うん!」

 

 標的は、上空に設置された百合ヶ丘のエンブレムが入った的。

 あれを誰よりも早く取ってくればいい。

 しかし当然ながら、ただのジャンプ程度では届かない位置にある。

 

 梨璃がCHARMで地面に円を描く。

 できあがった光の陣に、結梨が飛び乗ると。

 マギが渦巻き、結梨の体を天へと打ち上げた。

 リリィが空中戦に持ち込む際、マギで足場を作る技術がある。

 それを応用したのが、マギによる跳躍だ。

 

 もうすぐで的に手が届く。

 ついに結梨が手を伸ばし、掴むというところで。

 

「あーっ!」

「いただきっ!」

 

 コンマ数秒の差で、先に的を掴んだ少女の影が空を舞う。

 軽やかに着地した紫髪の少女──レギオン『ローエングリン』が一人『妹島(せじま)広夢(ひろむ)』は。

 取った的を指一本でスピンさせて、どこか挑戦的に笑っていた。

 

「初めまして! 初心者にしてはセンスいいのね」

「うー……!」

 

 結梨は幼い子どものように頬を膨らませる。

 しかし、広夢は決して馬鹿にしているわけではなかった。

 最近リリィになったばかりだと聞いていたのに、あれほどマギをしっかり扱えているというのは。

 紛れもない才能(センス)の一片といえる。

 加えて、ふらついたり軌道が逸れたりすることもほとんどない体幹の良さ。

 それらを正当に評価した上で、そう言ったのだ。

 

「やったね結梨ちゃーん!」

「できなかったぁー!」

「そんなことないよ、すごいすごい!」

 

 尤も、今の結梨がそこまで見透かすことはできなかったが。

 梨璃が抱きついてベタ褒めするが、やっぱり結梨は不満そうで。

 なんだか『負けず嫌いの娘と、娘の頑張る姿が嬉しい母親』のそれに見えなくもない。

 少なくとも、楓が「きぃーっですわ!!」とハンカチを噛むには十分な光景だろう。

 そんな2人を中心とした1年生たちを見守るのは、待機中の2年生たち。

 

「あははは、なんだかあの2人シュッツエンゲルみたいだ」

 

 楽しそうに笑う梅の言葉は、夢結の顔に優しい微笑みをもたらした。

 普段のクールな表情とは全く違った、慈しむような顔つき。

 下級生たちが気づくことは、ほとんどなかったが。

 その変化に気がついた同級生たちもまた、温かく見守っていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 その後も順調に競技は進んでいった。

 エキシビションでは、2つのCHARMを同時に扱うレアスキル『円環の御手』を駆使して『六角(ろっかく)汐里(しおり)』が。

 精神連結式起動実証機『ヴァンピール』をお披露目する2年生『長谷部(はせべ)冬佳(とうか)』が。

 炎を撒き散らす、格闘特化のガントレット型『ヤールングレイプル』を纏う1年生『ルイセ・インゲルス』が。

 それぞれ見事なCHARM捌きを披露し、大いに盛況を呈した。

 

 インターバルを挟んだ午後一番の競技は、混成レギオンによる的棒倒しである。

 ルールは至極単純、的か棒を仕留めれば勝ちだ。

 

「よし、がんばるぞ!」

「あ、私たちは見学ね」

 

 息巻き、はりきる結梨を留めたのは梨璃。

 そもそも、この競技は各レギオンから選抜されたメンバーで行うもの。

 声のかかっていない結梨はお呼びでないのだった。

 

「結梨、梅と代わるか? 習うより慣れろっていうだろ?」

 

 だが、不完全燃焼な結梨に梅が話を持ちかけにきた。

 

「そんなダメですよ! 結梨ちゃんはまだCHARMにも慣れてないですし、怪我したらどうするんですか!」

 

 梨璃の発言はまるで過保護な母親だ。

 心配なのは、梅とて重々承知しているし。

 なんならアルンの件もあるから、共感がないわけでもない。

 だが、やっぱり大袈裟な気がして。

 「へいへい」と半ば呆れた返事を残していった。

 止められた結梨は、やっぱり納得いかないとばかりにむくれていた。

 

 

 

 

 

 

 選ばれ、集った25人の戦乙女たち。

 学年もレギオンも違えど、その誰もが実力派のリリィである。

 余談だがアルンは『前世』で、登場人物の多さに困惑した。

 しかも、一部リリィの名前が読めなくて一時停止と巻き戻しを繰り返していたそう。

 

 ふと、ミリアムが参加者の中に知り合い──アールヴヘイム所属の1年生『田中(いち)』の姿を見つける。

 

「む……壱も出んのか」

 

 普段は、椿組のクラス委員長を務める真面目な性格をしているのだが。

 こういったイベント特有の雰囲気に中てられてか、なかなか気分が上がっているらしい。

 その証拠に、目が合ったミリアムを身振り手振りで煽ってニヤニヤと笑っている。

 

「あ!? 『ちびっ子には負けん』じゃとー!? んにゃろめぇー!!」

 

 ……何故そこまで正確にメッセージが伝わっているのかは、この際置いておくとして。

 元々見た目相応の精神を持つ──要するに、煽り耐性のないミリアムは。

 見事に挑発に乗ったのだった。

 

 ──競技開始の鐘が響き、上空に1つの煙が咲く。

 

 

「私とお手合わせお願いします夢結様!」

「こんな時でもないと構ってもらえませんから!」

「倒しちゃったらごめんなさいですー!」

 

 開幕早々、夢結のもとへ3人のリリィが駆けてくる。

 アールヴヘイム所属で、その中でも血の気多めな1年生たちだ。

 先日の二水たちによるインタビューで、夢結への挑戦を口にしていたのも彼女たちである。

 

「ちょっと! 抜け駆けしないでよ!」

 

 こういったことに関しては、真っ先に飛び出していきそうな亜羅椰を差し置いての突撃。

 

 3対1という、一見不利な布陣にも。

 夢結は怯えも焦りもしない。

 ただ足を引き、腰を落とし。

 その手に握るブリューナクを、地面と水平に構える。

 輝く瞳と剣先は、戦意の表れだ。

 

「こら! 夢結は敬遠しなさいって言ったでしょ!」

「しょうのない子たちねー」

「いいなぁ……」

 

 彼女の強さを知るが故の戦法を考えていたのに。

 依奈の指示は、ほぼ完全に無視され。

 天葉はやんちゃな子どもを見るような目。

 普段は大人しい樟美も、羨ましそうにしていた。

 

「お姉さま!」

「おー」

 

 梨璃の不安の声が飛ぶ。

 「いざっ!!」と重なる掛け声3つ。

 各々の得物が1人の少女に迫り──

 

「はっ!」

 

 ──まさに鎧袖一触。

 向かってきた少女たちを一気に吹き飛ばした。

 

 かつて初代アールヴヘイムの一員として、今は百合ヶ丘のエースとして。

 数多の戦場でヒュージを屠り、名を馳せてきた実力は伊達ではない。

 いくら現アールヴヘイムの1年生だからといって。

 歴戦の戦士は、数の利を取った程度で勝てるほど甘くはないのだ。

 

「もっと本気でいらっしゃい」

 

 夢結は余裕の笑みを浮かべている。

 強者は挑戦を拒まないのである。

 

「へへっ、迂闊じゃのう!」

「隙だらけよグロピウスさん!」

「じゃかあしいっ!」

 

 仕掛けてきた壱に、ミリアムは己が相棒『ニョルニール』を叩きつけて応戦する。

 CHARM同士の鍔迫り合いに、弾ける火花。

 ぶつかり合うのは刃と意地だ。

 

「私だって本当は夢結様にお相手してほしいけど、今日はあんたで我慢したげるわっ!」

 

 ハンマーにも似た大振りの武器を薙ぐ。

 黒塗りの片手剣が受け止める。

 打ち付けて、受け流す。

 振り抜く、斬り払う。

 2人の位置がぐるんと入れ替わる。

 何度目かの激突で、弾けるように離れた後。

 

「なんのっ! ひっさぁつ! 『フェイズトランセンデンス』!!」

 

 勝機とばかりに発動する、ミリアムのレアスキル。

 構えたニョルニールが開いて、強力なマギの光線を放出する。

 しかし、相手は回避に優れたレアスキル『この世の理』をS級で保持するリリィだ。

 いや、それがなくとも今の大雑把な攻撃では。

 壱を捉えるには至らない。

 

「避けてしまえばみな同じよ!」

「へっへっへ、避けてくれてありがとうなのじゃ……!」

「……あ!?」

 

 壱が気づく頃には、既に手遅れ。

 紫色の輝きは見事に、標的を木っ端微塵にしていた。

 ミリアムの本命は壱──の後ろの的。

 大雑把な攻撃も、動かない的に当てるのは容易いことだ。

 

 そもそもからして。

 何も、馬鹿正直にライバルと戦って倒す必要はどこにもない。

 本来のルールは『的か棒を仕留めれば勝ち』。

 雰囲気に中てられたことで、無意識に冷静さを欠いた壱の敗因であり。

 挑発を逆手に取って、戦略を組んだミリアムの勝因でもあった。

 

「わぁー!」

「ミリアムさんのフェイズトランセンデンス勝ちです!」

「ふぇいず……?」

 

 梨璃たちの歓声と、壱の悔しそうな顔に気を良くしたミリアムは。

 得意げに、仁王立ちで胸を張る。

 

「まー、わしがちょいと本気を出せばこの、くらい……ほわ……」

 

 パタリ、と。

 突然というべきか、当然というべきか。

 ミリアムが目を回して倒れた。

 ──フェイズトランセンデンスは、その強力さの反面。

 後の反動が凄まじいレアスキルである。

 

『ミーさぁん!?』

「救護班、急げ!」

 

 ……イベントの魔力というのは恐ろしいもので。

 「調子に乗りすぎるとロクなことにならない」ということが……まあ。

 少女たちの教訓にはなったことだろう。

 




書きたかったことが書けて満足している作者です……!

『上空に1つの煙が咲く』→出歯亀ドローンをオリ主が潰した。さらっと百合に挟まろうとしてたからね、仕方ないね。

【キャラ設定】その28

オリ主が普段使っているマントには特別な迷彩効果がある。これにマギを通してフードまで被ると、マギを扱えない人間から存在が認識されにくくなる。
しかし、それだけであればリリィなら気をつけていればすぐ見つけられる。マディックや過去にマギを扱っていた者なら、集中して意識を研ぎ澄ませていればなんとか見つけられる。動物などの本能頼りの相手は割とあっさり見つけてくる。
レアスキルと併用したり、完全な不意打ちだと歴戦のリリィですら見つけるのは難しい。
デザインは工廠科のポンチョに近い。


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「頑張れ」が支えてる

前回の書きたかったところ
「グングニルっつーか、『ガングニール』なんだよなあ」
「心の『司令』が叫び出しそうになっとる……!」
書き始めた時からずっと思ってたことなのでした。


「なかなか派手に決まったじゃない」

 

 ミリアムが目覚めて聞いた第一声は。

 どこかハイな百由の声だった。

 顔にかけられたタオルを剥がすと、竜の少女が見つめている。

 

『ミーさん大丈夫そう?』

「なんとかのう……とにかく助かったわい。アルンこそ、生徒会から離れてよかったのか?」

『こ、校舎にいるから大丈夫だと思う……多分』

「……いざとなったら、わしも説明してやろう」

『ありがと……』

 

 気遣い、心配してくれているアルンとは対照的に。

 やっぱり百由は興奮気味で、状況とズレている。

 だがミリアムは『まぁそういう人だから』と飲み込む。

 大体、研究者なんて個性派揃いだ。

 百由なら人の心には疎いから、この程度で心配はしないだろう。

 

「さぁ! お次はぐろっぴのエキシビションのために、私手ずからの仕掛けを用意しといたからぁ、存分に踊ってちょうだいね!」

「百由様……わしのフェイズトランセンデンスを何と思っとるんじゃ?」

 

 世界有数の天才アーセナルが知らないはずないだろう、とばかりに。

 体を起こしたミリアムと、タオルを受け取ったアルンのジト目が向く。

 

「えっ? そりゃあもう、リリィの保有するマギを一瞬で放出する、ちょっとヤバげなレアスキルでしょ?」

 

 ちなみに、S級に至れば枯渇で倒れることはなくなる。

 レアスキルの連用は難しいが、通常戦闘くらいならなんとかなるのである。

 保持者の例として、アールヴヘイムの某問題児がいる。

 とはいえ、残念ながらミリアムはそこまで上級者ではない。

 

「ちゅーことで見ての通り、わしのマギはすっからかんなので、今日は店じまいじゃ」

「あれ……」

 

 

 ──沈黙が降りた。

 

 

 さすがにマギが空になった状態で戦うと。

 今度は倒れるだけでは済まなくなってしまう。

 だから、ミリアムが欠場するのは分かった。

 マッドと評される百由とて、そこまで人の心がないわけではない。

 3秒の時間を要したが、天才的な彼女の頭脳は状況を理解した。

 

 したのだが──

 

「どーすんのよ! 今日のために私がどんだけ準備したと思ってんの!」

「悪かったのう! ちと調子に乗っちまったのじゃ!」

 

 ──だからと言って、完全に納得するかは別問題だった。

 ギャンギャン吠え合う2人を『まぁまぁ……』とアルンが宥める。

 

「じゃがどうせ、他に適当なやつがおるじゃろ」

 

 はた、と今度はアルンが固まった。

 

「どうかした?」

「何かマズいこと言ったかの?」

 

 突然のフリーズに。

 何か地雷を踏み抜いたか、と2人が一瞬顔を見合わせる。

 「ッスゥー……」と息を吸う音が、たっぷり9秒聞こえた後。

 主に百由の方をじっと見て。

 

『百由様、現地に行ってきてください。今すぐ』

「え、なんで──」

『駆け足ぃ!!』

「は、はいっ!?」

 

 疑問も異論も吹き飛ばす、雄叫びじみた催促に。

 ミリアムはビクッと跳ね上がり。

 上級生なはずの百由も、慌てて部屋を飛び出していった。

 残っているアルンは頭を抱えて小さく唸っている。

 

『いや、大丈夫……だと思う、けどなぁ……』

「わ、わしも見に行くぞ!」

『……じゃあ、背負って運んでいこう。一応ミーさん疲れてるからね』

「うむ、任せたのじゃ!」

 

 器用にマントの上から、想像以上に軽いミリアムの体を背負うと。

 リズミカルな足音を響かせて、廊下を駆けていく。

 駆けていく、とは言っても。

 決められた速度ギリギリだから、『走っている』とは違うのだが。

 

(俺の記憶通りなら、次の対戦相手は──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──百合ヶ丘女学院の校庭、その中央にて。

 相対(そうたい)するもの、2つ。

 

 1つは、異形の怪物。

 改造と改良を重ね、『オルビオ』と呼ばれる個体に似た姿となった機械である。

 角のようなドリルを回転させ、視覚器にあたるだろう3つの光が泳ぐ様子は。

 本物のヒュージと見紛う仕草だ。

 だが、丸っこい胴体の隅に付けられたハートマークは人工物の証で。

 なんなら、製作者の愛着すら窺えそうだった。

 

 もう1つは、無垢な少女──一柳結梨。

 契約を結んだグングニルを手に、ぼんやりと立っている。

 目の前の大物を「ほー……」と眺めている辺り、緊張感とは無縁だろう。

 それもそのはず、少女がまともに『戦闘』というものを行うのは。

 本当にこれが初めてなのだから。

 

「ちょ、ちょっとこれどういうことですか!?」

 

 引き合いに出されている本人以上に、動揺しているらしい梨璃が。

 指を差しているのは、そういう光景だった。

 

「見ての通り、午後のエキシビションマッチ」

「百由様が研究の一環で作成したヒュージロイドと、ミリアムさんの特別対戦のはずですが……」

「ああ、梅がみりりんの代わりに登録し直しといたゾ」

「そんなぁ……!?」

 

 さらっとカミングアウトした梅に。

 梨璃はなんてことを、とばかりに慌てていた。

 

「相手は百由の作ったなんかだろ? 大丈夫じゃないか?」

「百由様だから心配なのでは?」

 

 ……楓の指摘は尤もと言えた。

 梨璃たちの入学初日に、捕獲していたヒュージが脱走したり。

 まだ竜の少女が『ピラトゥス』と呼ばれていた頃、見るからにヤバそうな実験器具を持っていこうとしたり。

 他にも検査以外で呼び出されたアルンが、げんなりとした様子で帰ってきたり……と。

 『大丈夫』と言い切るには前科がありすぎた。

 

 不意に地面から、金属の帯のようなものが突き出る。

 いくつも出てきたそれらは、逆向きに伸びてきたものと交錯し。

 簡易的な柵を構築していく。

 やがて、柵はマギの跳躍でも届かないほどの高さに至り、1つの闘技場(コロシアム)を生み出した。

 

「あわわわわ……!」

「あらら、間に合わなかったか」

『あー……』

 

 一足遅く到着した百由と、ミリアムを背負ったアルンに。

 梨璃が飛びつくように打開策を求める。

 

「あぁっ、百由様! どうにかしてください!!」

「いやぁ、この檻、勝負がつくまで開かないのよ」

「じゃ、じゃあアルンさんが飛んでどうにか……」

『ごめん、生徒会に止められてるから無理だと思う……』

「えぇーっ!?」

 

 どこまでも現実は無慈悲である。

 しかも、何がタチ悪いって。

 申し訳なさそうに顔を歪めているアルンはともかく。

 百由の方は、ことの深刻さを理解していないときた。

 

「要は結梨が勝てばいいんだろ?」

「エキシビションだから、当然リリィが勝つようにセッティングして……ありますよね!?」

 

 何かに気がついた雨嘉の質問に。

 百由は元気に『否』を突きつける。

 

「その逆よっ! ゴリゴリにチューニングして、ぐろっぴもイチコロのはずだったのに……結梨ちゃんが危ないわ!!」

「百由様わしをどうする気だったんじゃ!? って慌てるのが遅いわ!!」

「名付けて『メカルンペルシュティルツヒェン』くんよっ!!」

「名前まであんのか! 余程お気に入りじゃの!!」

「初心者が無茶するのは、私の役目じゃなかったんですかぁー!?」

 

 漫才じみたやり取りの傍ら。

 梨璃はとうとう膝からがくりと崩れ落ちた。

 ミリアムを降ろしたアルンは『自覚あったんだ……』と半ば放心している。

 

「時代が変わったんでしょう」

「はい! 百合ヶ丘のゴシップは、今やすっかり謎の美少女──結梨ちゃんに取って代わられましたから!」

「二水ちゃんまで!?」

 

 あまりに慌てる梨璃を見ていて。

 なんかもう逆に冷静になってきたアルンは。

 元凶となったマッド(百由)へ近づいた。

 

『あれって何回目のやつなんです?』

「7の次だから……8回目ね」

『……ならいっか。結梨ちゃーん、やったれー!』

「アルンさんも!?」

 

 ついに本気で味方がいなくなったと嘆く梨璃。

 もう泣き出しそうですらあった。

 

 そんな、尋常じゃない不安を抱えた梨璃に。

 

「梨璃!」

 

 呼びかけたのは、他でもない檻の中の結梨で。

 

「わたし、やるよ!」

 

 その声には、不安も怯えも一切ない。

 ただ、これから為すことへの期待と。

 今までやりたかったことが、ようやくできるという喜びを抱いている。

 

「結梨ちゃん……!」

「わたしもリリィになりたいの! リリィになって、みんなのこともっとよく知りたいの! だから見てて!!」

 

 純粋に、好奇心のままに。

 梨璃の胸の内など知るはずもなく、掲げたCHARMごと手を振る。

 

「──信じなさい、梨璃。あの子はちゃんと見ているわ。貴女もちゃんとご覧なさい」

 

 夢結の言葉に、前を見ると。

 足を引き、腰を落とし。

 その手に握るグングニルを、地面と水平に構える少女の姿。

 

「あれは……」

「夢結様の型……」

 

 ──そう、それは先程と全く同じ動き。

 違うのは扱うCHARMくらいで、向きや構えた角度も夢結のそれだ。

 されど、宿す想いは模倣に非ず。

 瞳には、勇気を。

 剣には、覚悟を。

 新星は輝き始め、一輪の華が開こうとしている。

 

 一柳隊や竜の子はもちろんのこと。

 生徒会が、アールヴヘイムが、ローエングリンが。

 百合ヶ丘の誰もが結梨を見守っている。

 吹いた風が、相対(あいたい)する者たちを撫でていく。

 

「■■■」

「はっ!」

 

 先攻を仕掛けたのはヒュージロイド。

 腕を振るって繰り出す攻撃は単純そのもの。

 しかし、単純だからこそ効果があった。

 すかさず連撃が来る。

 弾いて、受け止めて、防御に徹する。

 

「うっ、ほわっ」

 

 巨体の一薙ぎは転がって避ける。

 初陣であるが故に、結梨は戦いの最適解が分からない。

 本能で避け、直感で動いているのだ。

 

「圧された時は間合いを取りなさい!」

「そう、相手のペースは崩すためにあるのよ!」

「止まらず動いて! 相手に隙を作らせれば、勝機はある」

 

 ──そこに、歴戦の戦士たちによる助言が加わったならば。

 少女は、さらに強くなる。

 

「ふっ!」

 

 防戦一方だった結梨が、ついに攻勢へ。

 振り下ろされた腕を駆け上がる。

 砂煙に隠れ、ヒュージロイドの捕捉が数瞬遅れた隙に。

 ダンッ!! と踏みつける音。

 

「えいっ!」

 

 跳躍した少女が迫る攻撃を打ち返す。

 着地の瞬間、結梨の動きはさらに加速した。

 まだできる、と本能が吠えている。

 もっといける、と心が訴えている。

 やってみせろ、とあの日の憧れが叫んでいる。

 少女の内に眠る「熱」たちが目覚め、燃えていた。

 

 目の前にはヒュージロイド──減速はしない、構わず疾走。

 

「ふっ、やぁっ!」

 

 地面すら抉る一撃をすり抜ける。

 大振りな攻撃の代償となった隙を狙えば。

 機械は後方へよろめいた。

 結梨が一撃を与える度、声援が強くなる。

 歓声が大きくなる。

 それらに紛れた、先達のアドバイスを的確に拾い。

 強さの炉にくべて、さらなる糧と為す。

 今や百合ヶ丘の全てのリリィが、結梨を応援していた。

 その言葉たちが、何者でもなかった少女を一人のリリィにする。

 

「みんな……」

 

 そんな光景を見回す梨璃。

 結梨が戦えている、ということにも驚いたが。

 それ以上に、これほど応援してくれる人たちがいると思っていなくて。

 不意に、夢結が梨璃へと問いかける。

 

「梨璃。私が最初に手ほどきした時のこと、覚えているでしょう? 最初に教えたのは?」

 

 忘れるわけがない。

 身体に刻み込まれた、その答えを口にする。

 

「はい。あえて受けて、流して、斬る……」

「そう。ほら──」

 

 促されて再び前を向く。

 飛び込んできた光景は、やけにゆっくりと見えた。

 空気を切り裂くように向かってきた腕。

 強力で、でも隙も大きい一撃をグングニルで受ける。

 火花が散る、押し潰されそう、でも負けない。

 

「「『あえて受けて──』」」

 

 弾いて、一瞬距離が開く。

 ヒュージロイドの体勢が崩れた。

 大きな隙を、リリィは見逃さない。

 踏み抜いた地面が、わずかに削れて舞い上がり。

 開いた距離を一気に詰める。

 加速をやめなかった少女が、衝撃波すら纏う勢いを味方にする。

 

「「『流して──』」」

 

 振りかぶったCHARMに。

 力も技術も想いも、全て込めて。

 その刃はより鋭く、重くなる。

 

「やあっ!」

「「『──斬る』!」」

 

 まず一閃。

 機械の胴体を横一文字に真っ二つ。

 しかし、まだ止まらない。

 

『ぶちかませぇーっ!』

「はあっ!!」

 

 声援に重ねて、さらに一閃。

 間髪入れずに放った剣撃が、ヒュージロイドに十字を刻みつける。

 内臓の代わりに内部のチューブを、体液の代わりに火花と電流を吐き出して。

 ガラクタになったヒュージロイドは沈黙。

 結梨が勝利を掴み取ったのは、誰の目にも明らかだった。

 

 今日一番の歓声が空気を揺らす。

 それは、今ここに見事に咲き誇ったリリィへの称賛と祝福だ。

 

「やったぁ! ……っと、失礼」

 

 立場も一瞬忘れて、史房が年相応の喜びを見せ。

 さっと何事もなかったように取り繕ったが、わずかに上がった口角は誤魔化しきれない。

 じっと見て表情一つ動かない咬月たちも。

 その心中にて、少女を称える拍手を送っていた。

 尤も、それは本人たちにしか知り得ないことだが。

 

「梨璃、みんな! 見てた?」

 

 舞い上がった細かな残骸の雨と。

 結梨が振りまいたマギの残滓が織りなす、ダイヤモンドダストにも似た光景の中。

 

「わたし、できたよー!」

 

 初めて手にした勝利と成功体験に浮かべる笑顔は。

 何よりも輝いていた。

 

「うわーん! 結梨ちゃんえらいよぉ〜!」

「うんうん。泣くな梨璃!」

 

 梨璃が泣きつき、結梨が頭を撫でていて。

 もはや、どちらが保護者か分からない。

 傍目に見ていたアルンは『そりゃ世代交代とか言われるかもなぁ……』と呟いた。

 

 だがまぁ、本当に泣きそうなのがもう一人いて。

 

「あぁぁ……私のメカルンペルシュティルツヒェンくんがぁ……」

「もうええじゃろ」

 

 時間と労力を散々費やした代物が。

 短時間で見るも無残なスクラップに変えられたのだ。

 いくらエキシビションだったとしても、結梨が無事だったといっても。

 製作者としては、心にくるものがあるのだろう。

 

「あ……」

 

 そんな傷心気味の彼女に届いた、解析科からの1通の着信。

 

 

 

 ──それが、残酷な真実への片道切符であることを知るのは。

 そう遠くない未来の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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 ……冷静に考えたらさ。

 俺、一柳隊に紛れて最前列で見てる場合じゃねえな。

 とっとと生徒会が待機してるテントに戻れよって話やんけ。

 だから結梨ちゃんのエキシビションの後に慌てて戻ったんだけど。

 『ここ人数減っちゃうから、むしろあっち(一柳隊)にいて(意訳)』と言われまして。

 とりあえずとんぼ返りした次第でーす。

 表向きには監視的な意味で。

 本音は俺に気を遣ってくれたのかな、とか思ったりして。

 マントだけじゃなく、ほんのりレアスキルも使ってるから。

 まぁ普通の人間には見つからないんじゃね?

 ……慢心はしてないよ、常に警戒マシマシだゾ。

 

「──さぁ、そろそろ時間ね。行くわよ」

「おう! いよいよ梅たちの出番だな!」

 

 CHARMを引っ提げて、上級生組が動き出す。

 二水ちゃん大興奮っすね。

 確か2年生のタスキ集めって、早い段階で発表されてたやつだよな。

 騎馬戦っぽいのを想定してたんだけど、CHARM持ってたら邪魔そうだし違うか。

 第一、あんな格好じゃできねえよ。

 中が見えちゃうじゃん。

 ……いや、それ言ったらさっきの、マギでジャンプする競技とか全否定か。

 

「おぉー……! 前に夢結に叱られた梨璃が遊んでたやつ!」

「あれは遊んでたわけじゃなくて……」

 

 上空には大量のドローンが徘徊中。

 どいつもこいつもタスキがかかっていて、めっちゃパタパタしてる。

 要はドローンたちからタスキをかっさらえって話ね、よっしゃ理解した。

 

「夢結様と梅様の戦い……」

「き、緊張してきました……!」

『なんで梨璃ちゃんが緊張してんの……』

「だってだってぇ……」

 

 すごいソワソワするじゃん。

 かわいいから別にいいけどね!

 

「梨璃さん、結梨さん。お二人も出番ですよ。一柳応援団、出陣です」

「あっ! そ、そうでした!」

 

 思わずバッ!! と振り返った。

 そういや俺も見てないのよ。

 やべーな、俺もワクワクしてきたぜ!

 衣装は更衣室に準備してある、と神琳さんが促すと。

 

「梨璃、行こっ!」

 

 結梨ちゃんが手を引いて、2人は行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──それから程なくして。

 

「お、お姉さまっ! 梅様っ! 頑張ってくださーいっ!」

 

 2人は装いを新たに戻ってきた。

 やっぱり本で見た時より全っ然かわいいな(断言)

 梨璃ちゃんは水色を、結梨ちゃんは白を主体にした衣装。

 さらには、本には載ってなかったポンポンのおまけ付きです。

 かわいいにかわいいを足したら最強なんやなって。

 これはクソデカため息が出そう。

 やはり、伝統的なチア衣装は正義だな……!

 

「おぉ……あれが図録に伝え聞く……!?」

「梨璃さ〜んっ! その衣装、とってもお似合いですわ〜っ!」

 

 これには楓さんもハイテンション。

 ブンブン手を振って梨璃ちゃんに声援を送っている。

 

「楓さーん、ありがとうございまーす! でも今はお姉さまたちを応援してあげてくださーい!」

 

 梨璃ちゃんからは笑顔で、お礼とド正論が返ってくる。

 思った以上に容赦なくてちょっと笑った。

 

「応援団の梨璃より、楓の方が弾けてる……」

「結梨の世話でぐったりしておった時とは完全に別人じゃの」

「生き返ったのか……」

『死んでないよ』

 

 楓さん、梨璃ちゃんに関することは全力だからね。

 仕方ないね。

 隙あらば狙ってくる辺り、油断ならないけど。

 この前は下着漁ろうとしてて目を疑ったね。

 

「そういえば、今回はアルンさんなんともないですね?」

『外だから自重して耐えてる、常識は弁えてるから』

「まるでわたくしが非常識みたいな言い分ですわね!?」

「……そろそろ来るぞ」

 

 鶴紗ちゃんがボソッと呟いた直後。

 

「2年生対抗競技、出場リリィ、入場──っ!」

「き、来たっ……!」

 

 校庭に響き渡るアナウンス。

 それを合図に、2年生がいっぱいやってくる。

 こういう時、目が合うとちょっと嬉しいよな。

 ちょいちょい知ってる人たちを見かける中に、夢結様の姿もあって。

 梨璃ちゃんたちを見た途端、一瞬目を見開いた。

 

「梨璃……その格好は……!?」

「お姉さまっ! 私、精一杯応援しますから! ですから、どうか……!」

「ええ、言われるまでもないわ。シルトの前で、恥ずかしい戦いはできないもの」

「くぅぅーっ……! 早速二人だけの世界を作っていらっしゃいますわね……!」

 

 ……あれだ、こういうシーンどっかで見たなと思ったら。

 中世を題材にした作品で、戦いに赴く騎士に恋人とかそういう人が見送りに来るみたいなやつだ。

 それか、も○のけ姫の冒頭。

 主人公が村から旅立つ直前で、女の子から首飾りをもらうシーン。

 ……でもあれ、途中で他の女の子にあげちゃうんだよね。

 元カノからのプレゼントを今の彼女さんに渡してるみたいで、いつも複雑なんだよなあ。

 

 閑話休題。

 

 

「出場リリィ各位、スタート位置に!」

「──行ってくるわね」

「行ってらっしゃいませ、お姉さま!」

 

 やっぱり騎士の方が似合いそう。

 なんて考えたところで、再び響くアナウンス。

 

「それでは──競技開始!」

 

 

 

 

 

 

 

「フレーっ! フレーっ! ゆーゆ! フレーっ! フレーっ! まーい!」

「わぁっ! 結梨ちゃん、お上手!」

 

 こっちはこっちで応援という仕事を全うしている。

 いやはや、頑張ってんねー。

 ちゃんとそれっぽくなっていて、一柳隊からは大変高評価です。

 

「CHARMの扱いはともかく、ポンポンは誰に習った……? いや、そもそもポンポンなんて付いてたか……?」

『あぁ、ポンポンは自作だよ。チア衣装っていえば、やっぱりポンポンはマストだろ?』

「振り付けは私がリリィ新聞のお手伝いのお礼代わりに、調べて教えてあげたんです。1日しか練習できませんでしたけど……」

 

 え、マジで?

 1日であの完成度なん?

 

「こんな感じでいいのかなー?」

「バッチリですよ、結梨ちゃんっ!」

 

 俺も前世で小学生の頃、運動会の出し物でダンスとか覚えたりしたけど。

 あれだって何日もかかったぜ?

 それを1日……いや、正確にはたった数時間程度で覚えたのか。

 雨嘉さんもその事実には驚かされたようで。

 神琳さんは感心して頷いている。

 

「先程の戦いぶりといい、すごい学習能力と吸収速度ですね」

「結梨ちゃんは日々成長してますから!」

「梨璃さんの仰る通りですわ」

 

 ちょっと自慢げな梨璃ちゃんと楓さん。

 今、すごい保護者っぽい感じがする。

 まあ、実際に保護者なんだけどさ。

 

「フレーっ! フレーっ! ゆーゆ! ガンバレガンバレ、まーいっ!」

「ねぇ見て、あの子。さっきのエキシビションの……」

「一柳隊にいる、新しく編入された子よね?」

 

 ポンポン持って応援してた結梨ちゃんに。

 外野の視線が集中しだす。

 中には2年生そっちのけで結梨ちゃんに注目してる人もいた。

 

「あれ、なんで……?」

「すごい、結梨ちゃん! 競技に参加してるお姉さまたちよりも目立ってますっ!」

『いいのかな、それで……』

「まぁ結梨さんにとっても、今日は大切な晴れ舞台ですものね」

「いい思い出になってくれるといいな……」

 

 梨璃ちゃんの言葉に、はっとなる自分がいた。

 思わず結梨ちゃんを見ると、キラキラした笑顔を振りまいていて。

 

「梨璃っ! 梨璃といっしょの格好で夢結を応援するの、すっごく楽しいね!」

 

 そんな笑顔を見ちまったら、まあいいかって思えてくるから。

 不思議だよなあ。

 

 ──その後も、なんやかんや(アクシデント)……は特になく。

 順調に前半戦は終了した。

 10分の休憩を挟んで再開だって。

 

「ふぅ……」

「お姉さま、お疲れ様です」

「梨璃……それは?」

 

 梨璃ちゃんが傍らの箱──クーラーボックスから2つの瓶を取り出す。

 1本は夢結様に差し出して、もう1本は梨璃ちゃんの柔らかそうなほっぺにぴとっ。

 絵面がめちゃくちゃ青春って感じで眩しいっす。

 

「ラムネです! 水分補給にどうぞ。冷たくて、とっても美味しいですよ!」

 

 ……これを嬉々として準備してるのを見た時。

 運動した後の水分補給にラムネってどうなんだろう、って思ったんだよ。

 スポドリとかの方がよくない? って正直思ったよ。

 でも、これはこれで梨璃ちゃんっぽいし。

 何より「これ、お姉さまたちに差し入れするんだぁ」ってルンルンなの見てたら。

 もう何も言えなくない?

 『そっかぁ』って答えるだろ、反射的に。

 

「ありがとう、1本いただくわ」

「なんだ、夢結だけずるいゾー」

『そんなこともあろうかと……結梨ちゃーん?』

「梅にもあるよー」

『塩分補給の飴もありますよー。噛み砕けるタイプなのでぜひどうぞ』

 

 運動したら塩分摂るのも大事だからね。

 汗が持っていっちゃうのは水分だけじゃないし。

 かといって、飴を舐めながらの運動も危ない。

 そういうのを考慮して選んできました!

 結梨ちゃんにも協力してもらって、食べやすいのを厳選したので。

 抜かりないんだな、これが。

 

「おー! ありがとなー」

『夢結様も1つどうです? あ、それとも「飴を噛み砕くのは行儀が悪い」ってタイプでしたか?』

「そうね……いつもはそうなのだけれど、今回はありがたくいただこうかしら」

 

 夢結様の綺麗な指が、個装の飴を摘んでいった。

 今回は寛容な辺り、夢結様も無意識のうちに気分が上がってるのかもしれない。

 

「……そういえば、梨璃。一つ言い忘れていたわ」

「はい、なんでしょう?」

 

 夢結様にしては珍しく、しっかり梨璃ちゃんと向き合って。

 真っ直ぐ目を見つめて。

 

 ……あ、耐え切れなくて目逸らしましたね。

 

「その服、とても似合っているわよ」

 

 でも、言うことはちゃんと言えた。

 その後、照れ隠しなのか飴を口にしてたけど。

 ずっと聴きたかっただろう言葉に。

 梨璃ちゃんは嬉しそうに、言葉を噛みしめる。

 

「お姉さま……あ、ありがとうございます!」

「──後半戦開始、1分前です」

 

 再開のアナウンスが聞こえた途端。

 飴を噛み砕く音が2つ。

 梅様は面白そうにバリバリ砕いて食ってるし。

 夢結様はちょっと味わってから飲み込んだ。

 2人とも顔が綻んでいたから、お気に召したらしい。

 

「それじゃ、行ってくるわね」

「お姉さま、頑張ってくださーいっ!」

「フレーっ! フレーっ! ゆーゆ! フレーっ! フレーっ! まーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──後半もヒートアップは止まらない。

 安定してどんどんタスキの数を稼いでいくのは夢結様と天葉様。

 さすがは新旧アールヴヘイムのメンバーだ。

 成果は並んでトップときた。

 他のリリィも追いつこうとしてるけど、その背中には程遠い。

 

「予想通りとはいえ、さすがだなー!」

「梅も、あれだけ大見得を切っただけのことはあるわね」

 

 梅様は「まだ余裕がありそうだな!」とカラカラ笑った。

 獲得したタスキは結構あるみたいだけど、2人にはあと一歩及ばない。

 しかし、梅様は時間が迫ってきても全く焦っていない。

 

「でもそうやって暢気に構えていられるのも今のうちだゾ! 梅には──これがあるからな!」

 

 そんな台詞を皮切りとして、残像を置き去りに梅様の姿が消える。

 いや違うな、消えたと錯覚させるくらい加速したんだ。

 『風になったような速さ』なんて例えがあるけど。

 今の梅様はまさに、それを実現してみせている。

 

「さぁ、ラストスパートだ! 一気に巻き返していくゾ!」

 

 ギュン、ともう一段ギアが跳ね上がったんだろう。

 ついに影も残像も残さない本気の速さへと至る。

 

「あれは梅様のレアスキル『縮地』!」

「しゅくち……?」

 

 一瞬だけ、滞空している姿が見えたかと思うと。

 再び梅様が『風』になる。

 空に蔓延るドローンのうち。

 梅様が通ったと思わしきルート上のドローンは、タスキがごっそり奪われていった。

 次々と梅様の『道』ができあがっていく。

 吉村・Thi・梅ロード……ちょっと語呂良くない?

 

「やっぱり速い……! 全然目で追えない……!」

『もはや時間差で来る風でしか存在が分からないって……』

 

 そうこう言ってる間にも、あと一歩だった梅様が。

 トップを往く2人に追いつき、抜き返した。

 初代アールヴヘイムの接戦に、会場が今日トップクラスの盛り上がりを見せる。

 これが激アツじゃなければなんだっていうんだ!!

 

「やっぱり、速度勝負なら梅様か……」

「お姉さまぁ〜〜っ!!」

「がんばれぇ〜〜っ!!」

 

 追い抜き、追い越し。

 トップが目まぐるしく入れ替わる。

 初代アールヴヘイムの大接戦は、時間いっぱいまで続いた。

 

 

 

 ……結局、勝敗はどうなったかって?

 そこは想像に任せるよ。

 




『あれって何回目のやつなんです?』
→試作品の中にはミサイルやらなんやらが付いたものもあった。そのまま採用されてしまうと原作通りに結梨ちゃんが勝てなくなるので、オリ主が調整と説得を繰り返していた。

【キャラ設定】その29

実は最近、夜な夜な部屋を抜け出しているらしい。ユーバーザインを駆使しているため、悟られることがない。
行き先は主に前の拠点。


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立つ鳥、跡を濁さず

最近本格的にメンタルがぐずぐずになってきたので『ブルーアーカイブ』なるゲームを始めてしまいました。
コハルちゃんが欲しいのですが、来る気配が皆無です。というか、最近の赤尾さん「そういう」キャラ演じがちだなぁ……(にっこり)



 結梨ちゃんのグラスが、だいたい目の高さまで上がる。

 わー……夕日でグラスとジュースがキラキラしてる。

 なんかむっちゃ綺麗……!

 

「こうやって……このくらい?」

「そうそう」

「中身のジュースを零さないように、きちんと持っていなさいな」

 

 梨璃ちゃんは一柳隊全員を見渡す。

 大丈夫だよ、みんな準備できてるよ。

 

「──お姉さま、みなさん。本当にお疲れ様でした!」

「お疲れさまでした!」

 

 カチン、カチンとグラス同士が軽くぶつかり合う音が心地いい。

 

 ──戦技競技会は無事に幕を閉じた。

 今はその打ち上げみたいなもん。

 夕飯前だし、ジュースだけの簡易的なやつだけどね。

 ちなみに俺はマグカップで炭酸をいただいてる。

 しかも強炭酸。

 ちょっと刺激的で、シュワパチいう音が面白い。

 前世を含めて、初めて飲んだな……

 

「これで何が終わるというわけでもないけれど……ひとまず夕食を摂って、今日までの疲れを癒しましょう」

「お姉さま、最後の競技、本当にかっこよかったです!」

「かっこよかった!」

「2人の期待に応えられたのなら、何よりだわ」

 

 そう言ってる夢結様だけど、どこか嬉しそうにしてるのは分かる。

 子どもたちに尊敬の眼差しを向けられる親みたいな感じ。

 

「梅もかっこよかったよ」

『縮地で一気に追い込みをかけるところなんてすごかったです!』

「はは、ありがとな! アルンは次こそ参加できるといいな」

『あれ見たら自分でもやりたくなりますもんね!』

 

 できれば今度こそ自分のCHARMが欲しいかな!!(強欲)

 

「結梨もエキシビションマッチ、かっこよかったゾ」

「確かに、結梨のあの戦いは凄かったのう。とてもCHARMを持ったばかりのリリィとは思えんかったぞ」

「すごく目立ってた」

「ですね〜!」

 

 結梨ちゃんは結梨ちゃんで大絶賛。

 そりゃあんな戦い見たら目が離せんってもんよ。

 結梨ちゃんが新人だって知っていれば、なおさらだ。

 なお、本人は「……わたし?」と無自覚。

 やっぱり、そういうとこも含めて梨璃ちゃんそっくりだよな。

 

「そうですよ。他のレギオンの方からも声援をもらいましたし!」

『知ってる? 百合ヶ丘の生徒会長もすごい褒めてたんだよ』

「衣装もとっても似合ってたもんね。みんな、結梨ちゃんのこと受け入れてくれたのかな……」

 

 ──後半、ぽろっと梨璃ちゃんが零した言葉を。

 俺は聞き逃さない。

 

『──受け入れてると思うよ』

 

 確かに、まだちょっと怪しんでる人もいるだろうし。

 後に「あんなこと」になってしまうだろうけど。

 でも少なくとも、あの時──あの瞬間だけは。

 百合ヶ丘にいる誰もが、結梨ちゃんを仲間だと思っていたはずだから。

 

『だって、こんなオレのことだって受け入れてくれてる人たちだもん』

 

 梨璃ちゃんは、はっとした表情で何度も頷いた。

 え、いや、ちょっ……!?

 そんな目ェうるうるさせんでも……!

 あの、泣かれると俺に特効ダメージが入るので勘弁してもろて……!!

 

「結梨、がんばった?」

「あぁ、すごく頑張ったゾ!」

「そっかー!」

 

 俺がアホみたいにオロオロしてる一方で。

 結梨ちゃんは褒められてご満悦だ。

 

「ですが、最終的にMVPをもぎ取ったのはまさかの……」

「本当にまさかじゃのう……」

 

 楓さんとミーさんは微妙な顔。

 ──原作通りに、雨嘉さんはコスプレ部門で最優秀リリィに選ばれた。

 心の準備はしてたけど、やっぱ破壊力すごかったよ。

 「にゃ〜ん」って。

 「にゃ〜ん」て!!(2回目)

 一応外だったから、なんとか意識は繋いだけど。

 やっぱり属性マシマシってオタクに特効だと思うんよな……!

 

「ダークホース」

「わんわんかわいかったからなー!」

「まぁ、目立ってはいましたわね……」

「雨嘉さん、本当に素敵でしたわ。悩んだ甲斐がありました」

 

 やっぱり大絶賛の好評価。

 でも、とうとう雨嘉さんは「うぅぅ……」と顔を覆ってしまった。

 そういや、この衣装って今後どうすんだろうね?

 そんな頻繁に着るようなデザインじゃないだろうし……

 やっぱり当時の実況民が言ってた通り『イノチ感じる』時に使うんかな?

 

「雨嘉、ずっと真っ赤になったままだね」

『それもまたかわいいですよ雨嘉さん!』

「や、やめてよ、もう……全校生徒の前であんな格好を……」

 

 やー、そうは言うけどね雨嘉さん。

 ヤケになったか知らないけど、あーた最後ノリノリだったじゃないの。

 「にゃ〜ん」て!!!(3回目)

 しっかも手の動きまで付けちゃってさ。

 えらくファンサしてましたやん?

 心のどこかでは楽しんではった雨嘉さんもいたんとちゃいます??

 

「見事な晴れ舞台じゃったの。神琳に話を持ちかけられた時は、何事かと思ったが……衣装の準備を手伝った甲斐があったのじゃ」

「ステージ前が大騒ぎで、後ろの方でしか見られなかった」

 

 などと関係者はコメントしており……なんてね。

 ちなみに、鶴紗ちゃんは俺が持ち上げた。

 だって見えにくそうだったし。

 

「気がついたら新聞の一面にも載ってるし……恥ずかしい……!」

『二水ちゃんすごいシャッターキメてたよね』

「だってあんなスクープ、見逃すわけないじゃないですか!」

『わぁ』

 

 何がすごいって、仕事が早えんだよ。

 競技会終わってそこまで時間経ってないんだぜ?

 

「雨嘉、泣いてるのか? よしよし」

「ふふふっ。妹に慰められる姉、といった光景ですね。羨ましいです」

「雨嘉はがんばった。みんなもがんばった。わたしも、がんばったと思う」

「結梨の言う通りよ。みんな頑張った、それでいいんだと思うわ」

『それに、こういうのは楽しんだもん勝ちってやつだよ』

「はい! 私、すっごく楽しかったです。みんなと一緒に、競技会ができて!」

「だな!」

 

 新しい思い出に、笑顔が咲いた。

 一柳隊の誰もが、年相応の笑みで。

 ……ああ、これは壊したくない光景だな。

 守りたい日常だ。

 その中で、結梨ちゃんが梨璃ちゃんに問いかけて。

 

「ねぇ、梨璃。わたし今日、ちゃんとみんなと同じになれた?」

「えっ?」

「結梨も、みんなと同じ、一柳隊の──」

 

 

 ──もはや聴き慣れてしまった警鐘。

 

 この世界で平穏は長く続いてくれないことを、嫌でも突きつけてくる。

 あーもう、ホンッットにさあ……

 なーんでこういう時ばっか出てきやがるかなあ!?

 しかも今日忙しいだろうからって、メディカルチェック受けてねえんだよ。

 俺出られねえじゃん。

 

「全く、こんな時にお邪魔虫が……今日くらいは空気を読んでくださってもバチは当たらないでしょうに」

 

 でも、CHARMはしっかり用意するんだよなあ。

 さすがだわ。

 って思ってたら、ミーさんも似たようなこと考えてたっぽい。

 それに対して楓さんは「リリィとして当然ですわ」って返してた。

 うわかっけえ……

 

「一柳隊の慰労会は、一旦お預けですね」

「……結梨は、またお留守番?」

「実戦は結梨ちゃんにはまだ早いから」

「まだ……」

 

 梨璃ちゃんはそう言い聞かせるけど。

 模擬とはいえ、一度戦闘を経験した結梨ちゃんは完全に納得してはいなかった。

 

「……じゃあ、いつ? いつだったら早くないの?」

 

 それは、どこか焦りを感じる訴えにも思えた。

 そうだよね。

 戦う力があるって分かってるのに。

 守られてばかりは、ちょっとつらいもんな。

 力になれないのは、悔しいもんな。

 

「そ、それは……」

「焦らなくても、いつか戦うべき時、戦わざるを得ない時が来るわ。貴女の意思に関わらず……」

 

 ……そっか。

 夢結様の話を聞いて、分かってしまった。

 あの時、結梨ちゃんは本能的に理解していたんだ。

 夢結様が言っていた「いつか戦うべき時」が今なんだって。

 加えて、そういう焦りが積もりに積もったもんだから──

 

「その日のための心構えをしておきなさい、結梨」

「……わかった」

 

 とりあえず、この場は飲み込めたらしい。

 結梨ちゃんはそれっきり、何も言わなかった。

 

『結梨ちゃんのことは、任せてください。オレが、責任持って必ず守りますから』

「頼んだわ」

「お願いします、アルンさん」

『もちろん』

 

 いつかと同じように、一柳隊は俺と結梨ちゃんを残して行った。

 違うのは、その後も黙っていたこと。

 傍らの結梨ちゃんは、良い表情とは言えない。

 

 ──なあ、結梨ちゃん。

 本当はそんな時、来ない方がいいんだよ。

 来ない方が、幸せなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「──解析科から、結梨ちゃんのDNAの解析結果が出ました」

「うむ……」

 

 すっかり日も落ちた頃。

 理事長室へ来た百由の一言目はそれだった。

 ──一柳結梨のDNAは、平均的な人の女性のものであることは間違いない。

 しかし、その「平均的」が小さな違和感を生んでいたのを。

 百由が見逃すことはなかった。

 

「何というか、()()()()()()んです。普通の人間はどこかしら偏っているのが当たり前なのに」

「要点を頼む」

 

 結論を促す咬月に、百由は一息吐く。

 求められたらズバッと結論を話す彼女にしては珍しく、一瞬だけ言葉に詰まる。

 ……それほど、重たい真実に辿り着いてしまったから。

 

「──彼女はヒュージに由来する個体、というのが私の結論です」

「人化したヒュージ、というわけか」

「驚かれません?」

 

 百由は怪訝な面持ちとなった。

 ピラトゥスについての仮説をまとめたレポートを渡した時は。

 多少なりとも目を見開くくらいの反応はあったというのに。

 今の咬月は、いつも通り冷静そのものだ。

 

「残念だが、先手を打たれた」

 

 冷静の根拠は──机に広げられた書簡。

 どこまでも黒い封筒と、血を固めたような封蝋は不吉な印象を与えた。

 その内容は──『研究機関G.E.H.E.N.AとCHARMメーカー グランギニョルが共同開発していた実験体の紛失を、国連に届け出た』というもの。

 

 実験体の紛失──人を人とも思わない言い回しに苛立ちを覚えるが。

 本題は、そこではない。

 ヒュージから作り出した幹細胞を元に生み出された人造リリィ、それが一柳結梨の正体であると。

 連中は断言したのだ。

 

「その表現……胸糞悪いです」

 

 いくらマッドサイエンティストと評されることのある百由も。

 こんな馬鹿げた話には不快感を剥き出しにした。

 だって、結梨は百合ヶ丘のリリィだ。

 自分たちの仲間で──何より、人としての心がある。

 そんな『少女』を、実験動物呼ばわりされるのは。

 到底、許せないことだった。

 

「……可能なのか?」

 

 咬月の質問に、苦々しい肯定が返ってくる。

 ヒュージのDNAは多層ゲノム重複を起こしているため。

 これまで地球上に現れた全てのDNA情報を備えている、と言われている。

 当然、その中にはもちろん人のものも含まれており。

 ヒュージのDNAは方舟であるという説を提唱した学者もいるほどだ。

 

「あぁ……まぁ、どうやったのかは知りませんけど、行為としては可能です」

「倫理を無視した完全な違法行為だな」

 

 怒りに、憤りに。

 (はらわた)が煮えくりかえりそうな気分の中。

 ふと、百由は気がつく。

 一見、ただの人間にしか見えない結梨と違って。

 今の百合ヶ丘には一目で分かってしまう──悪く言えば、爆弾のような存在がいたじゃないか。

 

「アルンさんについては、何か言及されてるんですか?」

「いや、連中は存在にも気がついていないらしい」

「そうですか……」

 

 一瞬だけ、荒ぶって熱を帯びた感情がなりを潜めた。

 結梨の件に紛れて、アルンの存在が影に潜んでいるなら。

 まだ打開策はあるかもしれない。

 

「あの、よろしいですか?」

 

 すっ……と手を挙げたのは史房。

 話に割り込むようで申し訳なさそうにしていた。

 

「そもそも、アルンさんって何者なんでしょうか? 元人間だったかもしれない、というのは理事長代行から聞きました。本人も人間だった頃の記憶がある、と言っていたそうですが……」

「そういえば、詳細までは話していなかったのう」

 

 よく考えたら、レポートも結局のところ咬月が預かったままだから。

 知らないのは無理もなかった。

 内容が内容なだけに、秘匿性も非常に高いのである。

 しまい込んだままの紙束を取り出し、史房に手渡す。

 軽く目を通している間に、咬月は百由へ説明を促した。

 百由は「あくまで仮説に過ぎないですけど」と前置きした上で語り始める。

 

「アルンさんは紛れもなくヒュージです。これは、どうやっても覆せない事実です」

 

 ──ただし、怪物となった経緯については。

 考えが枝分かれしていた。

 

「1つは先天性。生まれながらにヒュージだった」

 

 知能や感情は元々持っていたもので。

 何らかの方法で自我を育み、人間と変わらないレベルまで自力で発達させた。

 

 だが、それは可能性として極めて低かった。

 完全にヒュージとして生を受けたなら、周りはヒュージばかりのはずだ。

 生まれたばかりの生物は周囲に合わせて、模倣を重ねて成長していく。

 破壊と侵略を繰り返すヒュージに囲まれた環境で。

 人間を守るような思考が生じるとは思えない。

 

「でも、これが『人間を取り込んで得た自我』だとしたら?」

「っ!?」

「ヒュージだって一応生物ですから、進化の1つや2つ……していてもおかしくないですよね」

 

 ヒュージは食事を必要としない。

 しかし、『捕食した』という事例は過去にあった。

 それに以前、リリィごとCHARMを取り込んだヒュージが、百合ヶ丘を襲ったことがあったが。

 あれだって捕食とは少し違うのだが、『リリィの力を我が物にしようとした』ということは似ている。

 

 つまり、類似した手段によってもたらされたのが「人間らしい感情」だったと。

 その可能性を百由は唱えていた。

 

「もう1つは後天性。始めは純粋な人として生まれて、何らかの……いえ、人体実験によってヒュージになってしまった」

 

 狂化リリィ、というものが存在する。

 G.E.H.E.N.Aの人体実験を重ねすぎたことで、身体がヒュージに近づいてしまい。

 その果てに、完全にヒュージとなってしまったリリィを指す。

 ……これも、事例がなかったわけではない。

 ヒュージへと身を堕としたリリィは、ヒュージとして討たれる。

 理性をなくし、人類に牙剥く存在となってしまうから。

 

 だが、アルンの場合は何かの弾みで自我を取り戻した、と考えられる。

 最初は、意識を維持できていたものだと考えてもいたが。

 実験されていた記憶が一切ないことから「取り戻した」という説が有力になった。

 尤も、それも推測でしかなくて。

 「あまりに過酷な記憶だったから、無意識のうちに自ら封印した」ということも考えられるのだが。

 

「最初は、2つの可能性を並行して考えていました。でも、得られる情報や本人の記憶があまりに鮮明だったので、次第に後者の可能性が強くなっていったんです」

 

 アルン自身の「情報」については、分からないこともあるが。

 「思い出」ならたくさん覚えていたのだ。

 それに、やはり模倣や他者から取り込んだとは思えないほどの、豊かな感情と知性。

 人に寄り添い、人を気遣える「心」は元来のものだろう。

 

「もちろん、前者の可能性も未だに捨てきれません。誰かから奪った知能で、私たちを欺いているということも考えられる」

 

 だが、そうは思えなかった。

 ……そうは、思いたくなかった。

 だって、あまりに優しかったのだ。

 ヒュージから誰かを守ろうと必死だった。

 いつだって、傷つけられる誰かを──リリィを想って怒っていた。

 それが全部嘘だったなんて、考えたくなかったのだ。

 もちろん、そんな考えは「研究者」として良くないのは分かっている。

 しかし「人」としての感情が甘い考えを引き止める。

 

「それでも、私はアルンさんを信じたいです」

「……そうじゃな」

 

 少なくとも、一緒に過ごしてきた時間だけは。

 本物のはずだから。

 『仲間』と断ずる根拠なんて、今はそれで充分だった。

 

「私も同意見です」

 

 レポートを読み終えた史房も強く頷いた。

 ヒュージから生み出された人間と、人の身から堕とされた竜の子。

 そのどちらも、生い立ちは人間の悪意によって歪められているが。

 それでも、2人とも人の心を持つものだ。

 

「しかし連中は己共の不始末を晒してまで、彼女の──結梨君の返還を我々に要求してきおった」

「どうします?」

「……彼女が人でないとなると、学院は彼女を守る根拠を失うことになる」

 

 ──上に立つ者としての、苦渋の選択。

 命令に従えば、結梨は間違いなく非道な実験の餌食となる。

 だが命令に逆らえば、リリィと軍の衝突は避けられなくなる。

 さらにはガーデンも踏み荒らされ、アルンの存在も暴かれてしまう。

 そうなれば、百合ヶ丘のリリィたちの信頼は地に落ち、さらなる危険に晒されてしまうだろう。

 

 ……そんなことだけは、決してあってはならない。

 『多数を守るために、少数を切る(コラテラルダメージ)』──それが、咬月の出した結論だった。

 

 

 

 

 

 少女たちは世界を──人々を守るために命を懸けて戦ってきたというのに。

 

 世界は報いることなく、どこまでも残酷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──空を見上げる。

 散りばめられた星、静かに照らす丸い月。

 

『満月、かぁ……』

 

 ──想いを馳せる。

 バケモンの姿の俺に、梨璃ちゃんは手を差し伸べてくれた。

 梅様は、ずっと気にかけてくれていた。

 一柳隊は、俺にとって心地いい居場所をくれた。

 相手は人類の敵なはずなのに、百合ヶ丘のリリィはみんな仲良くしてくれた。

 ううん、リリィだけじゃなくて理事長代行も、スタッフの人たちも良くしてくれた。

 たくさん話しかけてもらった。

 たくさん教えてもらった。

 たくさん助けてもらった。

 

 たくさん、新しい思い出をもらった。

 

 

 ──それに、結梨ちゃん。

 

 俺が知らなかっただけで、いろんな人に愛されてたのが分かった。

 いろんな人が支えてくれてたのが分かった。

 すごく……すごく安心したんだ。

 

 だから、このまま終わらせちゃいけない。

 「責任持って必ず守ります」って啖呵切ったもんな。

 男に二言はないってもんよ。

 

 

 ああ、でも。

 

『約束、破っちゃうかもなぁ』

 

 ……いや、諦める気は一切ないし。

 そうならないように可能性を引き上げようとしてんだけど。

 

『破っちゃったらごめんな、()()()

 

 もしやらかしたら、土産話で許してくれるかな。

 

『……よし』

 

 ここからは、俺にしかできない仕事だ。

 結梨ちゃんの明日を、勝ち取るために。

 俺も生き残れる未来を、掴み取るために。

 

 布石は撒いた。

 最後のピース、手に入れてきますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、満月の真夜中。

 

 俺──高松アルンは、百合ヶ丘女学院から姿を消した。

 




【キャラ設定】その30(今回は自分用まとめ)

百由様のオリ主に関する仮説

1-1 生まれた時から人間っぽい思考を持つヒュージだった
→「周りもヒュージだったなら、中身もヒュージっぽく育つんじゃね?」(ほぼボツ)
1-2 人間を食べたら人間っぽい思考になった
→「前にもCHARM食べてたヤツいたし、ヒュージだって生物だもんなぁ」(ワンチャン)

2-1 元は人間かリリィで、ゲヘカスが弄って身体だけヒュージになった
→「価値観もちゃんと人間だし、いろいろ覚えてるっぽいぞ?」
(実験されてたって記憶が全くない)
→「つらすぎて封印した説?」
2-2 元人間、ゲヘカスが狂化させて完全にヒュージにした
→「これじゃね? 実験期の記憶がないのも噛み合うやんけ」(最有力)(今ここ)


もうそろそろネタがないから、活動報告の質問箱に質問置いてってくださいな!
気分次第でお答えしますぞ!



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ガラスは急激な温度差で簡単に砕ける

シンフォギアの方でもアサルトリリィコラボが実現したと聞いて、4000個(11連で200個)の石を一気に溶かしてやりましたっ!!! 全員無事に完凸なのです!!
シンフォギアはどいつもこいつも両想いカップリング済みなので、楓さんのSAN値が心配です。


 ──大丈夫。

 

 これは必要なことだ。

 これがないと、結梨ちゃんの未来は確実にない。

 多分痛いと思う、苦しいと思う。

 おそらく、何度も繰り返さないといけないだろう。

 しかも正直、成功するかも分からない博打だ。

 

 でも、やるしかない。

 

 『特典』のおかげで死にはしないと思う。

 ……もちろん、怖くて仕方ないけど。

 マジで死ぬよりは全然いい。

 

 

 

 じゃ、腹割ってやりますか……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──競技会の翌朝。

 

「梨璃、おそ〜い!」

「あはは……寝癖がなかなか直らなくて」

「全く、梨璃はしょうがないなぁー」

 

 頬を膨らませる結梨に、梨璃は困った笑みを返した。

 その光景はまるで、遊びに連れて行ってもらうのを待っている娘だ。

 

「ごめんね。お詫びに今日は、結梨ちゃんと一日中ずーっと一緒にいるから!」

「ほんと?」

「うん、今日は講義も訓練もないし」

「わかった、それで許してあげる」

「ふふっ、ありがとう」

 

 心底嬉しそうな結梨。

 それは、純然たる子どものそれで。

 花が開くように咲いた笑顔が眩しい。

 

「ねぇ、梨璃。わたしね、毎日がすごく楽しいんだ!」

 

 毎日が、多くの発見に満ちていて。

 様々な色が見えて。

 様々な想いの匂いがする。

 結梨にとっての日常は、全てが新鮮だった。

 本当に楽しそうな結梨を見ていると、なんだか嬉しい気持ちを分けてもらったような気がして。

 

「でもね、楽しいのはまだまだたくさんあるんだよ」

「まだまだたくさん!?」

 

 当然ながら世界とは、百合ヶ丘が全てではない。

 結梨が知らないだけで、もっと広くて。

 そして、もっと多くの新しいものがある。

 きっと、梨璃たちですら知らないこともあるだろう。

 

「今はまだ難しいけど、もう少ししたら街に遊びに行こう! 一柳隊のみんなも誘って……あ、そしたら私、結梨ちゃんに似合うお洋服やアクセサリー選んであげる!」

「なんだか楽しそう! 結梨も、梨璃の服選んであげる!」

「それじゃ、どっちがかわいくできるか勝負しよっか?」

「うん、しよう!」

 

 少女と少女の、何でもない約束。

 それは、紛れもなく「日常の断片」と呼べるものだ。

 

「あのね、梨璃──」

「ん? どうかした?」

 

 ふわり、と結梨が梨璃に抱きつく。

 抱きとめた腕の中、少女は瞳を輝かせていた。

 前に教わった「感謝の大切さ」を胸に、言葉を紡ぐ。

 

「梨璃、わたしを見つけてくれて、ありがとう。わたし、梨璃のこと大好き!」

「結梨ちゃん……」

「梨璃だけじゃない。夢結も楓も、二水も梅も、鶴紗も、神琳も雨嘉も、ミリアムも、アルンも──みーんな大好き!」

 

 感謝だけではない。

 結梨を取り巻く仲間たちが大好き、という想いも一緒に込めて。

 

「私だって同じだよ。ううん、きっとみんなも同じ気持ち」

「みんな、結梨のこと好き?」

「うん!」

「そっか、嬉しいなぁ」

 

 なんだかちょっぴり照れくさくなってきて。

 でも、やっぱり胸が温かくなる想いもあって。

 結梨は目を細めて微笑む。

 そんな結梨の頭を、梨璃は優しい手で撫でた。

 

「結梨ちゃんの髪、さらさらして触り心地いいね」

 

 髪に指を通せば、藤色の髪が絹糸のようにすり抜ける。

 

「えへへへ。梨璃に撫でられるの、気持ちいい」

「あ、結梨ちゃん、少し髪伸びたかも? 前、見えにくくない?」

「う〜ん……ちょっとだけ?」

 

 言われてみて、前髪をつまんでみる。

 手を離すと確かに、微妙に目が隠れるくらいには伸びていた。

 

「それじゃ、私が切ってあげようか」

「梨璃が?」

「かわいく整えて、みんなを驚かせてあげるとか!」

「……じゃあ、お願いしようかな」

 

 じゃあハサミとか持ってくる、と言い残して。

 梨璃は準備のために走っていった。

 

 

 

 

 

 

 程なくして、2人の少女は屋上へとやってきた。

 我ながら屋上で髪を切るってどうなんだろう、とは思ったが。

 天気も良いから別にいいか、と思考を切り替える。

 ……まあ、その後しっかり後悔した。

 

「……う、動かないでね結梨ちゃん」

 

 当然、外だから時折風が吹く。

 加えて、梨璃のハサミを持つ手もぎこちない……どころか震えている。

 提案しておいてなんだが、梨璃も上手くできるわけではないのだ。

 だったらなんで外でやろうと思ったの、と。

 自問自答したくなるのは、仕方ない話だった。

 

「動いちゃダメだからねー……」

「梨璃、落ち着け」

 

 散髪用ケープを羽織った結梨にも指摘される始末である。

 晴れた空の下、てるてる坊主のような格好をしているのは少しシュールだった。

 

「だ、だって前髪だよ〜?」

「ちゃちゃっと済ませて朝練するんでしょ?」

 

 前髪がくすぐったくて、思わず動いてしまう結梨。

 その様子に梨璃はますます不安になる。

 

 

 

 ──この平穏が崩れるまで、あと少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──理事長室に、百合ヶ丘の生徒会長たちが集まっていた。

 その用件は当然、一柳結梨について。

 

 ヒュージ研究の国際機関 G.E.H.E.N.Aに。

 フランスに拠点を置くCHARMメーカー グランギニョル。

 これら2つの企業は、捕獲したヒュージの体組織から幹細胞を生み出した。

 ヒュージのDNAには、過去に地球上に発生したあらゆる生物のDNAが重複保存されている、と言われる。

 彼らは人造リリィを作るため、その中からヒトの遺伝子を発現させようと試みたのだ。

 

 そして、今──

 

「──我々の保護しているのが、連中の言う実験体というわけだ」

 

 3人の生徒会長たち、その誰もが険しい面持ちだった。

 しかし、それは結梨に向けられたというよりは。

 非道な行為に手を染めた大人たちに対する憤りである。

 

「彼女がリリィでないとなれば、学院は彼女を匿う根拠と動機を失うことになる」

「我々に選択肢はない、というわけですね」

 

 ──本当に、やりきれない話だ。

 ガーデンのために、他のリリィのために。

 人間でなくなってなお、人々を守ろうとする者のために。

 

 たった一人の少女を、切り捨てなければならないとは。

 

 ──かくて、生徒会長たちは少女のもとへ向かう。

 依然として表情は険しいが、やらなければいけないことだ。

 

 だから。

 

「ごきげんよう」

「……ごきげんよう」

 

 すれ違った夢結が、胸騒ぎを覚えたのは。

 決して気のせいではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 カチャン、とハサミが床に落ちる。

 

「……そんな、嘘です、間違いです……そんなわけ、あるはずないじゃないですか」

 

 一柳梨璃の声は震えていた。

 目は大きく見開かれ、無意識のうちに3人から結梨を遮るように立つ。

 

「そこをおどきなさい、梨璃さん」

「……結梨ちゃんを、どうするんですか」

「……」

 

 生徒会長が一人、ブリュンヒルデ──出江史房は口を噤んだ。

 本来の彼女であれば『答える必要はない』とでも告げて突っぱねたはずだ。

 しかし、その一言が不思議と出てこなかった。

 理由を話せば、目の前の少女は要求を呑んでくれるのか。

 

 ──否、そんなはずはないだろう。

 さっきまで驚きと困惑に満ちていた梨璃の瞳には。

 既に覚悟の光が宿っていた。

 この光を浮かべた人間は、簡単には折れないことを史房は知っている。

 

「理由を、お聞かせ願えますか」

 

 見据えた先、振り返った先に夢結はいた。

 決して明るいとは言えない顔だが。

 その表情の割に、声は穏やかだった。

 

「……!」

「結梨は、私たちのレギオンの一員です。訳を知る権利はあるかと」

 

 ……何か、事情を察しているのか。

 思った以上に、咎めるような視線は強くなかった。

 その気遣いに応えるように、史房は口を開く。

 

「……残念だけど、G.E.H.E.N.Aとグランギニョルが開示した資料で、結梨さん──いえ、その個体はヒュージだと確認されたわ」

「ヒュージ……?」

 

 予想を上回る答えに、梨璃と夢結の表情が固まる。

 結梨を人間と見做さない呼称に心を痛める史房の説明を。

 生徒会長 ジークグルーネ『内田眞悠理(まゆり)』が引き継ぐ。

 

 ──結梨が見つかる直前の時期と、G.E.H.E.N.Aの実験船がヒュージネストに異常接近していた時期は一致していた。

 大方、ネストから発せられるマギを利用しようとしたのだろう。

 しかし、船はヒュージの襲撃で沈没。

 ほとんどの実験体は、発現することなく失われた。

 ……ただ一つの例外を除いて。

 それが、あの日の海岸に流れ着いたのだ。

 

「だ、だけど……皆さんだって知ってるはずです。結梨ちゃんは私たちと何も……なんにも変わらないって……!!」

 

 梨璃の声は震えていた。

 理不尽に対する、怒りを抱いていた。

 じゃあ、昨日までの声援たちは嘘だったというのか。

 みんなであれほど応援したじゃないか。

 仲間だと、受け入れてくれたじゃないか……!

 少女が握った拳に、ぐっと力が入る。

 

「それは、アルンさんが失踪したことにも関係があることですか」

「え……」

 

 今度は結梨の表情が驚愕に染め上げられた。

 ──夢結が楓から聞いた話によれば。

 楓が目を覚ました頃には、もう姿を消していたらしい。

 普段はどれだけ早く起きても、楓が完全に目を覚ますまで待っているというのに、だ。

 妙に思って、学院を探し回るも見当たらず。

 途中で会った梅にも協力してもらったが、それでも見つからない。

 果てには、前の住処にすらいないときた。

 

 生徒会長 オルトリンデ代行にして、夢結のルームメイトでもある秦 祀は「そう……」と小さく呟く。

 彼女は梨璃ともども、結梨とアルンの世話を任されていた身だ。

 特に結梨は梨璃に懐いていたから、自然と祀がアルンの面倒を見ていた。

 だから、なんとなく理由も察していて。

 

「あの子、野生の勘というか第六感……とでも言えばいいのかしら。そういうものがかなり優れているみたいだったから、ある程度察して行方をくらませたんでしょうね」

 

 今までの成果もあり、アルンが学院にいたという痕跡は一切残っていない。

 よって『高松アルンは最初から存在していない』ということにできる。

 ヒュージとリリィが共存していた、という事実(禁忌)をなかったことにできる。

 だが、結梨の存在は既に知られていた。

 それだけは、どうしようもなく手遅れだった。

 短く息を吸って、史房は告げる。

 

「──おどきなさい、梨璃さん」

「結梨ちゃんを、どうするんですか」

 

 先程と同じやり取り。

 しかし、両者共に先程より強い口調だ。

 

「……G.E.H.E.N.Aとグランギニョルは、引き渡しを求めています」

「引き渡されたら、結梨ちゃんはどうなるんです」

「……人間としては、扱われないでしょうね」

 

 夢結の言葉は、遠回しな──結梨に対する死の宣告だった。

 行き着く結末を、直感的に察したのだろう。

 だから、アルンはこのタイミングで姿を消したのかもしれない。

 

 ──誰よりも、死を恐れているから。

 

「……っ、なんで……なんで、そんなこと……」

 

 梨璃の白い肌に涙が伝う。

 方や、ヒュージから生み出されただけの、普通の少女。

 方や、異形に堕ちてなおリリィに寄り添う、優しき竜の少女。

 2人はただ、穏やかな日常を望んでいるだけなのに。

 自分たちの勝手な都合で歪めておいて、小さな幸せすら掴ませないというのか。

 

「梨璃……」

 

 不安そうに、結梨が手を握ってくる。

 手を覆う温もりに振り返って、涙を堪えて尋ねる。

 

「結梨ちゃん──結梨ちゃんは、どうしたい……?」

 

 それは、その後の命運を決定する問いであり。

 梨璃にとっては、最後の希望だった。

 

 もし、この手を取るなら──遠くへと逃げて、どこまでも抗うつもりだし。

 もし、諦めるというなら──本人の意思を尊重するつもりだった。

 ……でも、本当は結梨に生きていてほしくて。

 

「昨日は」

 

 ぽつり、と結梨が語る。

 

「梨璃や夢結やみんなと競技会できて、すごく楽しかった」

 

 まるで思い出に縋りつくように、手を握る力が強くなる。

 答えはもう、分かりきっていた。

 

「わたし、ずっとみんなと、いっしょにいたい……!」

 

 ──その言葉に、梨璃の為すべきことはもう決まっていた。

 何がなんでも、結梨を渡してなるものかと。

 人類への反逆なんて知ったことか。

 

 既に一度、似たようなこと──小さき竜を庇った経験もあってか。

 梨璃に躊躇なんてなかった。

 

「……ぁ」

 

 不意に、距離を詰めた夢結は梨璃を抱きしめた。

 

「──、──」

「っ!」

 

 何事かを囁いて、身を離す。

 離れていく梨璃は、完全に結梨を庇うように立っている。

 どこか、小竜を庇った時と似ているが。

 あの日とは違って、梨璃に迷いは一切なかった。

 

「梨璃、悲しい匂いがする」

「ごめんね。私、もう泣かないから!」

 

 涙を振り切る。

 制服から引きちぎったボタン──フラッシュバンが仕込まれた目眩しを地面に叩きつける。

 あまりの眩しさに、その場の全員が目を瞑る。

 次に目を開いた時、残っていたのは放られたケープのみ。

 2人はCHARMを持って逃亡したのだった。

 

「逃げた、か……」

 

 明確な命令違反だ。

 しかし、責めるような憎むような目をした者は一人もいなくて。

 

「でも、ある意味では正しい行動でしょうね」

「夢結さん、私たちは立場上──彼女を捕らえなければいけません」

 

 どれだけ気に食わないことでも、どれだけ腹が立つことでも。

 それが、立場に縛られる者の義務だから。

 そして、生徒会が捕まえた暁には。

 結梨を連中に引き渡さなければならない。

 

「あの子たちを捕らえるために、私たちは全力を尽くします」

「それが、生徒会としての役目ですものね」

 

 夢結に、それを咎めることはできないし。

 そんなことをする気もない。

 

「だから、私たちの代わりにお願いします」

 

 こんなこと、本来の史房なら言わなかっただろう。

 そうさせたのは、きっと竜の少女がいたからか。

 尤も、誰にとっても無自覚な変化なのだが。

 

「もちろんです。梨璃は私のシルトで、結梨は同じレギオンの仲間ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「結梨を学院で保護すべきです。結梨が危険な存在とは、私には思えません」

 

 厳かな空気の中、少女と御老公が向き合う。

 結梨の対応に、夢結は直談判に来た。

 咬月はただ、冷静な無表情で口を開く。

 

()()、ヒュージを心通わす相手と見なすことは、人類にとっての禁忌だ」

 

 何も知らない人々からすれば。

 ヒュージと同じ力を──マギを操るリリィですら。

 何か1つ間違えば、脅威と捉えられかねない。

 現に、防衛軍の部隊が百合ヶ丘に迫っている。

 咬月は理事長代行として、最悪の事態──人とリリィが争うということだけは。

 絶対に避けたかったのだ。

 その気持ちは、リリィである夢結も分かっている。

 

「なら、何故アルンさんのことは受け入れたのですか」

「……彼女は、人間だったからだ」

 

 彼なりに、誠実に真っ直ぐ答える。

 それは、少なくとも『アルンのことは味方だと認めている』ということで。

 ……受け取り方によっては『結梨のこともまだ諦めていない』ということで。

 理事長代行は、まだ見限ったわけではなかった。

 

 ──わたし、ずっとみんなと、いっしょにいたい……!

 

 脳を横切ったのは、先程屋上で聞いた結梨の願い。

 ささやかで、誰もが手にできるはずの望み。

 ……リリィを恐れる人々も皆、怯えているのは分かっている。

 でも──

 

「──私たちが自由に生きることを願うのは、不遜なことでしょうか」

 

 当たり前を手にすることすら許されないのか、と目を伏せる夢結へ。

 今度は咬月も口を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──梨璃が結梨を連れて逃亡した。

 その知らせは、瞬く間に学院中に広まった。

 

 

 

 

 

 

「梨璃さんが結梨ちゃんを連れて脱走……!? た、逮捕命令って……!?」

 

 アルンが一足先に逃げた、ということは聞いていたが。

 さすがに、これは何か悪い冗談だと思った。

 だって、結梨たちと一緒にリリィ新聞を作るのは、とても楽しかった。

 アルンが補佐を担ってくれて、とても助かった。

 来月もまた一緒に作ろう、と約束だってしたのだ。

 

(梨璃さん、結梨ちゃん、アルンさん……私は……)

 

 ──二水は、迷いを抱きながら。

 

 

 

 

 

 

「ヒュージから作られたリリィ……やっぱり、G.E.H.E.N.Aの奴ら……!」

 

 アルンの事情を聞いた時も、思っていたことだが。

 どこまで人の道を外れた罪を重ねれば気が済むのか。

 

「しゃぁっ!」

「っと、悪い。驚かせたね……」

 

 感情の昂りに反応した黒猫──ウィザが跳ね上がる。

 軽く謝罪を口にして、頭を撫でてやれば。

 ウィザはどこか不安そうに、頭をぐりぐりと押しつけた。

 

「……構ってくれる人が減ったら、寂しいよね」

「にゃあっ」

「私もだよ……」

 

 自分やアルンの過去のこともあり。

 同じような目に遭わせたくない、という想いが強くなる。

 あの笑顔を曇らせるような真似だけは、絶対にさせたくない。

 

(結梨には、つらい思いはさせたくない。G.E.H.E.N.Aなんかに、渡すもんか!)

 

 ──鶴紗は、決意を抱いて。

 

 

 

 

 

 

「梨璃さん……! どうしてお一人で……わたくしにも知らせず……」

 

 そう口にした直後に違う、と自分で否定する。

 ……正直、結梨には何かある、とは思っていた。

 加えて、アルンもそれを察していて何か行動を起こすだろう、ということも薄々考えていた。

 尤も、後者に至っては極めて低い可能性だと睨んでいたが。

 

 ここまでの事態、梨璃が詳細を把握していたはずがない。

 大方、突然のことで止むにやまれず。

 限られた選択肢の結果が、あれだったのだろう。

 今からでも梨璃の力になれることは、と考えて。

 頭を振って思い直す。

 

「……いえ、梨璃さんだけじゃありませんわよね。わたくしには、わたくしのやるべきことがありますわ」

 

 事の始まりはグランギニョル──彼女の父親が為したことだという。

 ならば、できることはある。

 

 ──楓は、使命を抱いて。

 

 

 

 

 

 

「神琳、緊急連絡見た……?」

「ええ、驚きはしましたが……事実、なのでしょうね……」

「アルンも、どこに逃げたのか分からないって。捕まってないといいんだけど……」

 

 逃げた2人の周辺に何かしら事情があるのは、分かっているつもりだった。

 だが、改めて突きつけられると重みが違った。

 そして、今にして思えば。

 妙に引っかかる発言たちが、頭を掠める。

 

 競技会で結梨が言っていた『リリィになりたい』という言葉。

 終わった後でアルンが、どこか思い詰めたような表情で口にした『必ず守りますから』という言葉。

 その言葉の真意も──

 

「──これからどう動くべきかも、夢結様たちとみんなで考えましょう」

「うん……!」

 

 ──神琳と雨嘉は、真実への追求心を抱いて。

 

 

 

 

 

「梅が一番乗りか。集まるのが早すぎたなー」

 

 まだ誰もいない控え室で、からりと零れた独り言。

 夢結のことは気になる。

 だが、今は梨璃のことで頭がいっぱいになっているはずだ。

 

 そして、何の前触れもなく姿を消したアルン。

 いくら同じようなことが前にもあったといえども。

 心配していないわけではない。

 動揺もした。

 けれども、アルンにも何か考えがあっての行動だったはずだ。

 なら、余計な心配はさせないように。

 任された仲間たちをどうにかするのが、自分の役割だ。

 リリィは助け合い、なのだから。

 

(二水たちのことは、梅が見ておいてやらないとな)

 

 ──梅は、上級生としての責任を抱いて。

 

 

 

 

 

 

「百由様おるか……? さっき来た緊急連絡じゃが……」

「ごめん、ぐろっぴ。ちょっと席を外すわ。急ぎでやることができたの」

 

 どことなく気の張った声で、工房の扉を開けば。

 部屋の主は、いつになく真剣な様子で何かの準備を進めていた。

 

「やること? 梨璃や結梨のことを放って──」

 

 何を、と言いかけたところで思い止まる。

 きっと、科学者として優れた彼女のことだ。

 この状況を切り開きうる『何か』を整えているのだろう。

 

「……ぐろっぴ、実はね──」

 

 不安がっていると解釈して。

 一旦手を止めて、説明しようとして口を閉ざす。

 ゲノム解析には、確かに人手がいる。

 しかし、まだ理事長代行の真意をどこにも悟られるわけにはいかないのも事実だ。

 何せ、自分たちがこれから為そうとしているのは。

 下手をすれば、人類への反逆とも捉えられかねない危険な行為だ。

 アルンが姿をくらませたことによって。

 最悪の事態に直行するリスクは避けられたものの。

 依然として、目の前の少女や梨璃のために奔走する夢結を巻き込むわけにはいかなかった。

 

「……のう、百由様」

 

 思考を巡らせる沈黙に、ぽつりと優しい声が落ちる。

 気になることはある。

 でも、言えないこともあるはずで。

 だから今は、何も聞かずに一言だけ。

 

「わしが見ておらんところで、体を壊さんようにの」

「精々気をつけるわ。ぐろっぴもね」

 

 深く尋ねてこない後輩に感謝して。

 止めていた手を動かす。

 

 ──ミリアムと百由は、お互いへの信頼を抱いて。

 

 

 

 

 

 

 誰もが想いを抱いて動き出す。

 一人ひとりが、誰かのためにできることを為す。

 

 全ては──罪なき少女たちを悪意から守るために。

 




【キャラ設定】その31

前世では炭酸が飲めなかった。コーラとかあの辺は完全にダメ。
サイダーならかろうじて飲めるけど、炭酸が抜けてないと苦手。
前回、強炭酸を飲んでたけど実は『ぐあぁ〜〜っ……!』って言いながら飲んでた。


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2つの逃避行、暗躍する思惑

7月にあるイベントに行きたくてバイトを探してるわけですが。
条件が合わないわ、普通に落ちるわ、1時間かけて現地に行って1時間半待ったけど誰も対応してくれなくて仕方なく帰ったら2時間かかった上に日焼けで皮膚が大惨事になって、危うく病むところでした。


 ──っていうわけなんだけど。

 いや、「ちょっと頼みがあるんだけどさ」って軽い感じで頼む内容じゃないことくらい分かってるよ?

 でも、お前らのこと信じてっからさ。

 

 ……ホント、頼むよ。

 既にあいつは要求を呑んでくれたぜ?

 それに……これマジなお願いだから、さ。

 

 ……うん、ごめん。

 ああ、違うな。

 ありがとう。

 大丈夫、ちゃんとお礼は考えてるよ。

 みんなにも伝えといてくれ。

 期待してくれていいぜ?

 

 

 

 俺は、約束を守る男だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「どうするんですかどうするんですか!? アルンさんが行方不明な上に、結梨ちゃんがヒュージで、梨璃さんと一緒に逃げて逮捕命令って……!?」

 

 大半のメンバーが揃った一柳隊の控え室。

 まず、口火を切ったのは二水だった。

 

「少なくとも、アルンはむしろ放っておいた方がいい。あいつは本気で逃げに徹したら、リリィでも見つけられないからな」

 

 梅の提案に多少の心残りはあれども、全員が頷く。

 アルンは、かつて人間だったといっても。

 今や自他共に認めるヒュージの体だ。

 ただでさえ、結梨の一件で揉めているというのにアルンにも気を向けていたら。

 完全に『ヒュージを擁護している』と見做されてしまうだろう。

 そうなれば、現在進行形で逃げている結梨やアルンたちどころか。

 百合ヶ丘のリリィに「ちょっかい」をかける口実になりかねないのだ。

 いくら心配だとしても、アルンの方は信じるしかない。

 

「じゃあ、梨璃たちの方はどうする?」

「そんなの決まってますよ! だって結梨ちゃんがヒュージのはず、ないじゃないですか! 梨璃さんは間違ってないですよ!」

 

 雨嘉の問いに、二水は即答と断言を以て応じた。

 結梨は一柳隊の仲間だ。

 それは、誰がなんと言おうと揺らぐことなき事実なのだ。

 

「だけど、『学院から逃げた』ということは、ここも安全ではないと判断したということよ」

 

 アルンは直感(と原作知識)によって。

 梨璃と結梨は一度追い詰められたことで。

 逃亡という選択肢を導き、あるいは迫られた。

 その結果に、沈黙が降り立つ。

 

 

 やがて、ここに来て。

 ずっと沈黙を貫いていた鶴紗が口を開く。

 

「私はブーステッドリリィだ。昔、G.E.H.E.N.Aに体中を弄り回された」

「ブーステッドリリィ……?」

「リリィの能力を人工的に強化しようという試みです……」

 

 強化リリィとも呼ばれる、いわば改造人間だ。

 G.E.H.E.N.Aによってブーステッドスキル──通常のレアスキルにはない人工的なスキルを付与され。

 代償として、身体や精神への副作用を背負うことになる。

 当然、付与そのものにも壮絶な苦痛を伴うが。

 G.E.H.E.N.Aはリリィのことなど考えてはくれない。

 さらに、強化はヒュージ細胞を用いて施される。

 これは端的に言えば『強化すればするほど、リリィをヒュージに近づけている』ということを意味する。

 そして過剰に強化されたり、強化に耐えられなくなったリリィの末路が。

 完全なヒュージ化──狂化リリィだ。

 現状、アルンがこれに当たると考えられている。

 

 百合ヶ丘は代表的な反G.E.H.E.N.A主義のガーデンだ。

 G.E.H.E.N.A製のCHARMや、G.E.H.E.N.Aそのものとの接触を固く禁じ。

 強化リリィの保護や救出も積極的に行っている。

 鶴紗が今こうしていられるのも、百合ヶ丘のおかげだし。

 アルンが突き出されなかったのも、そういう理由が噛んでいた。

 

「百合ヶ丘に保護されて、やっと抜け出せた。G.E.H.E.N.Aは嫌いだ。信用できない」

 

 鶴紗は吐き捨てるように呟く。

 だから、結梨が連れて行かれるのが心底気に食わなかった。

 

 ──唐突に、扉の開く音。

 現れたのは今まで不在だった内の一人、白井夢結だ。

 

「──出動よ。梨璃には逮捕命令、結梨には捕獲命令が出たわ。二人を追います」

「それは……なんのためです?」

「一柳隊は、どの追手よりも早く二人を探し出し、保護します」

 

 神琳の質問にも堂々と答える。

 ただし、夢結のそれは独自の判断だ。

 異議のある者は従わなくても構わない、とも付け加えて。

 作戦に参加しない退出者を待つ。

 

「それって、学院からの指示とは違うよな?」

 

 梅が座ったまま振り返って、アメジストの瞳を見つめる。

 エメラルドの瞳は言外に『どういうつもりだ』と問いかけている。

 

「指示は学院ではなく、政府から出たものです」

 

 だけど、と続く言葉は。

 

「私たちはリリィよ。()()()()()()()を守るのは、当たり前のことでしょう?」

 

 仲間を助けたい、という一柳隊の総意に沿ったもので。

 少女たちの期待に応えるものでもあった。

 

「夢結様なら、そう言ってくれると信じていました〜!」

「あ……そういえば、楓は?」

 

 最後の不在者──楓の姿がないという指摘に。

 ミリアムが代わりに答える。

 

「あいつん家も今回の件に関わっとるようじゃからな。バツも悪かろう」

 

 楓の実家はCHARMメーカー グランギニョル。

 G.E.H.E.N.Aとの共同実験に加担した、いわば当事者だ。

 板挟みとなった今の彼女が、何を考えているのか。

 ここに集った少女たちには、分からないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──誰もいない静かな廊下に、楓はいた。

 何度かけても繋がらない携帯端末を耳に当て。

 わずかな苛立ちを滲ませて、壁に寄りかかっている。

 もはや聞き飽きたコール音。

 だが、それも終わりが見えた。

 聞こえていた音は途切れ、相手が応じたらしい。

 

『楓か』

「ようやく出てくださいましたわね、お父様」

『元気か?』

「ええ。ピンピンしていますわ」

 

 通話の相手は楓の父親──グランギニョルの総帥である。

 久しぶりの親子の会話だというのに、雰囲気は張り詰めていた。

 

『すまないが、今は都合が悪い。後でこちらから──』

「でしょうね。随分とやらかしてくれたものですわ」

 

 それもそのはずだ。

 楓は父親の台詞を遮って、不愉快そうに零す。

 続く総帥の言葉は謝罪から始まった。

 

『すまない。この件ではさぞ苦労をかけたと思う。だが会社のことに口を出すのは、たとえお前でも……』

「お父様が許すか許さないかは関係ありません。このままではわたくしがお父様を一生許せなくなります」

 

 婉曲な『関係ない』が再度遮られる。

 父親とはいえ、相手は世界規模の企業を統べる総帥だ。

 だが、楓は怯むことも怖気づくこともなく。

 毅然とした態度で応じている。

 己の信念に従って、真っ直ぐ立ち向かう。

 

 そんな娘の揺らがぬ意志がそうさせたのか。

 やがて、総帥は悔しげに語り出した。

 

『……G.E.H.E.N.Aからの提案は、愚劣極まりないものだった。心から軽蔑すべきものだ。ヒュージからリリィを作るなど……』

「ヒュージから作ったリリィならどうなろうと構わないということですか? 吐き気がしますわ」

『私はお前のような娘たちが、戦わなくて済むようになるならと、それを受け入れた』

 

 それは、弁明か懺悔か。

 言い訳がましく聞こえるかもしれないが、紛れもなく本心だった。

 G.E.H.E.N.Aとは違い、本当に善意や良心に基づいた選択で。

 少女たちが戦場に立つ異常性を正しく理解しているが故の、苦肉の策。

 間違いだと分かっている。

 悪だと分かっている。

 許されざる行為だ。

 ともすれば、罪人として裁かれても仕方がないことだろう。

 でも、だとしても。

 彼も彼なりに、大切なものを守りたかったのだ。

 

「CHARMメーカーの総帥とは思えないお言葉ですね。そのお志には感銘を禁じ得ませんが」

 

 皮肉を込めた称賛で、楓は口元を歪める。

 父親の考えが分からないほど、彼女は子どもではない。

 総帥が今でも苦悩していることくらい察しがつく。

 彼もまた、リリィを憂う人格者で。

 楓の自慢の父なのだ。

 だから。

 

「お父様は間違っています」

 

 ──妥協を、真っ向から否定する。

 そもそもからして、実験は失敗だ。

 だって、本来は一種の兵器として扱われるかもしれなかった彼女は。

 

「あの子、わたくしたちと何も変わりませんもの。結局、どこかに傷つくリリィがいることに変わりはありません」

 

 今、この瞬間にも。

 梨璃と結梨は悲しんでいる。

 そうやって妥協を重ねた結果。

 アルンは犠牲となり、苦しんだのではないか。

 

「お願いですお父様。わたくしに自分の運命を恨むような惨めな想いをさせないでください。マギを持ち、リリィになったことも。お父様の娘に生まれたことも」

 

 そんなものの先に、リリィたちの未来があるとは思いたくない。

 誰かの犠牲でしか成り立たない答えなど、どこまで行っても間違いでしかないのだ。

 総帥は『自分の過ちから目を逸らすな』と。

 そう言われた気がして。

 

『……分かった。今からでも、私がやれるだけのことはやってみよう』

 

 間違いを間違いと言える性格は、元リリィの母親譲りだろうか。

 真っ直ぐ育った愛娘を誇りに思う。

 そして──

 

「ええ、お父様……では、ごきげんよう」

 

 

 

 

 通信が途切れる。

 長く息を吐く音が、暗い部屋に染み渡る。

 ガラスの向こうには、華やかな街の明かりが思い思いに輝いていた。

 それは、一つひとつが人々の営みで。

 自分たちが開発したCHARMが、それを手にしたリリィたちが。

 ヒュージから守ってきた尊い光景だ。

 

「強くなったのだな、私の娘は」

 

 ──まだ15年程度しか生きていない少女に、説教じみた話をされたというのに。

 総帥の心は晴れやかで、口元には微笑が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 もう出発、というタイミングで控え室の扉に視線が集まる。

 楓がレッドブラウンの髪を揺らして現れたのだ。

 

「皆さん、お揃いですのね」

「「あっ……」」

「どこ行ってた?」

「ほんの野暮用ですわ」

 

 複雑な気持ちを含んだ視線も。

 特に気にするでもなく、受け止める。

 鶴紗の質問には、何かはぐらかすように答えた。

 

「梅たちは梨璃と結梨に付く。楓は?」

「はっ、残念ですわ〜。梨璃さんをお助けする栄光を、わたくしの独り占めにできないなんて」

 

 即答である。

 さっきまで父親を説得していた、とは一言も言わないし。

 そんな素振りも見せない。

 だが、どこかとぼけているような口振りに。

 神琳は何かを察し、色違いの瞳で鋭く見つめる。

 

「……今回の件、楓さんは何かご存知ではないのですか?」

「たとえ知っていたとしても、わたくしには関係ないことですわ」

 

 ──家がどうであれ、自分が一柳隊の味方であることに変わりはない。

 遠回しにそう告げた楓。

 やはり、彼女は頼れる仲間であることを実感して。

 

「そっか。んじゃ、決まりじゃな」

 

 こうして今、残された一柳隊は重大な任務を果たすべく動き出す。

 2人の少女を助けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 梨璃は必死だった。

 結梨がヒュージから造られた存在で、連行されると聞いて。

 連れて行かれたら、結梨が結梨でいられなくなるのは。

 夢結の話で、なんとなく分かった。

 だから、梨璃は結梨を連れて逃亡した。

 ……理由はどうあれ、明確な違反行為に変わりはない。

 それでも、何を犠牲にしたとしても。

 結梨の笑顔だけは、守ると決めたから。

 

「ここ、どこ?」

「……ヒュージに襲われて放棄された区域だよ」

 

 ──月明かりだけが照らす、廃墟の街(ゴーストタウン)

 かつては人が多く住んでいたのだろう。

 ところが、今となっては遠い過去の話で。

 そんな面影はなく、ただ街灯が虚しく光るだけ。

 ここに住んでいた人たちがどうなったか、少女たちには分からない。

 抗って、戦って。

 それでも守れなかった光景。

 ヒュージに居場所を奪われた人々がいる──その事実に、結梨はぽつりと零す。

 

「みんな、ヒュージを憎んでるよね。わたしのことも憎むのかな」

「そんなこと言っちゃダメ!」

 

 言葉を遮るように、結梨を抱きしめる。

 泣かないと決めたのに、堪えた涙が溢れそうで。

 

「ダメだよ……そんなこと言っちゃ……」

 

 見られないように抱きしめるけれど、どうしようもなく声が揺れていた。

 

「ごめん。梨璃、泣かないで」

 

 今にも泣き出しそうな梨璃の頭を撫でる。

 

 少女は、何一つ悪くない。

 ただ生まれて、ただ普通の毎日を過ごしていた。

 この先も、そんな小さな幸せを望んでいるだけだというのに。

 それを、罪だと咎められている。

 生きていくことすら、許してはくれない。

 今こうして追われているのが、何よりの証拠だった。

 そして、そんな謂れのない「罪」を背負わされたのは結梨だけではなくて。

 

「アルン、どうしてるのかな」

「……アルンさん?」

「アルンも、多分わたしと同じだと思うから。みんなに追われたりしてるのかな」

「それは……」

 

 完全な否定なんて、梨璃にはできなかった。

 確かに、アルンは隠密に関して群を抜いたアドバンテージを有する。

 夢結や梅のような歴戦のリリィを以てしても。

 「見つけるのが難しい」と言わせるほどだ。

 でも、それはあくまで「難しい」であって。

 「完全な不可能」ではないのだ。

 他のリリィたちがどういう決断を下したのか、2人は知らない。

 ただ、捕まって突き出されたりしようものなら。

 結梨と同じか、それ以上に酷い扱いを受けるのは目に見えている。

 故に、安心には程遠かった。

 

「わたしも、またみんなに会いたい」

「っ大丈夫、大丈夫だから……」

 

 自分にも言い聞かせるように、梨璃はまた腕に込めた力を強くする。

 バラバラになってしまった一柳隊。

 今は、夢結が助けてくれると信じて。

 

「そっか、この感じ……」

 

 梨璃にすら聞こえない声で、ぼんやりと納得する。

 

(何か足りないように感じるのは、寂しいからなんだ)

 

 生徒会長たちは、結梨をヒュージだと言った。

 アルンは特に何も言わなかったし、梨璃たちもあまり触れてほしくなさそうだったけれど。

 結梨の知る「普通」は、あんな翼や腕を持たない。

 説明されなくとも、アルンもまたヒュージに関係した何かなのは想像に難くなかった。

 ──ヒュージは、梨璃たちの敵だ。

 ならば。

 

(わたしは、梨璃たちの敵……?)

 

 だが、結梨は敵対なんてしたくない。

 梨璃たちを傷つけることは、絶対にできない。

 

 そう考えて、思い出したのは──初めてアルンと会った日のこと。

 明らかに梨璃たちとは異なる外見に。

 結梨は「それ、どうしたの?」と純粋な疑問を口にした。

 一瞬凍りついた梨璃を傍目に、()()()()()()()()()()()()

 

 ──オレ、みんなとはちょっと違うんだよね。

 

 

 そう、苦笑いしていた。

 あの時、どこか諦めた表情をしていた竜の少女。

 薄い雲に隠れた月を見上げたところで、不安は晴れてくれなくて。

 

(わたしは──わたしたちは、梨璃たちといっしょにはなれないのかな)

 




次回はとても大切になってくるシーンですが、短くなるかもです。

【キャラ設定】その32

結梨ちゃんの扱いが「保護」だったのに対して、オリ主の扱いは「監視」「共存」という扱いだった。
現状、確定でヒュージであるオリ主を保護するのはちょっとアレだったから。本人には話してあるし、了承も得ている。


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上層部の戦い(ジャイアントキリング)

苦節30年!(大嘘)ようやくバイトが見つかり採用されました! これでイベントに行けるぞ!!
あと思ってたより短くならなかった。


 あー、やっと会えた!

 久しぶりだな、ずっと探してたんだぜ?

 ん? あれ?

 その、後ろの……なんか体が丸っこくなってね?

 はー奥さんなのね、なるほd……え、ご懐妊!?

 じゃお前パパになるんけ……?

 うおわー……めでてえじゃん……!

 生まれたらお祝いの品物持ってくよ!

 もうね、うんっと豪華なやつ!

 

 あ、その代わりと言っちゃなんだけどさ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと俺のお願い、聞いてくれない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「──本日早朝に、捕獲命令を出したヒュージを百合ヶ丘のリリィが連れ出し、逃亡したという報告が複数寄せられている」

「事実です。今は彼女たちの身を保護するべく、学院を上げて対応中です」

 

 アルンの話題が一切出なかったことに、咬月は内心安堵する。

 やはり、上層部には『高松アルン』の存在がバレていない。

 

 ──政府の要人たちが集う会議室で。

 わざわざ東京に呼び出された咬月は、今回の件について尋問を受けていた。

 照明は存在を見せしめにするように、ただ1人を強く照らす。

 己に向けられている厳しい詰問の視線に。

 彼が臆することは一切ない。

 これは、彼にしかできないことだ。

 少女たちを守るためには、一歩も退けない戦いなのだ。

 

()()()()? 逃亡した()()()()()()()()()()()()だ。気をつけたまえ」

 

 あくまで結梨を人間とする咬月と。

 結梨をヒュージと見做して譲らない幹部たち。

 咬月は静かな怒りを、鉄仮面の下に隠す。

 

 ──マギという得体の知れない力の傀儡たるヒュージ。

 それに対抗し、人々を守るリリィ。

 一見、正反対に見える両者だが。

 「マギを操る」という点において。

 リリィが潜在的な脅威になり得る、と危険視されているのもまた事実だ。

 人間は未知を恐れるものだから。

 そんな「未知」を操る者を恐れるのは、当然の結果だろう。

 ──自分たちが「無意識な枷」を取りつけたことで。

 そういった害意を抱くリリィは、少なくとも百合ヶ丘にはいないというのに。

 

「今更リリィ脅威論を蒸し返されたくはないだろう?」

「何か言い分は?」

 

 随分と好き勝手言ってくれる幹部たちに。

 ため息を吐きそうになるが、整える程度の息に留める。

 

「はあ……彼女()()の願いは、ただ自由に生きたい。それだけです」

 

 彼女たち──結梨は人間である、と言外に確かな主張を含めて。

 『リリィは道具ではない』と告げる。

 しかし、そんな意図を汲み取ってか否か。

 官僚の一人が小馬鹿にしたように嗤う。

 取ってつけた「失礼」という言葉に、誠意がないのは明らかだった。

 

「そりゃ誰だってそうでしょう。そうは言ってもですよ。マギを扱えるのが人類にとってリリィだけなら、彼女たちにかかる負担というのもそういうものだと納得できませんか?」

 

 『恵まれた力で特別視される小娘には、当然の報いではないか』と。

 そんな本音が見え透いていて。

 咬月は『助けられておいてその態度か』と呆れた。

 眼前の大人には、もはや吐いてやるため息もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──同時刻、百合ヶ丘女学院にて。

 この学院の売店には、ちょっとしたイートインスペースがあるのだが。

 そこに集まったのは3人の少女。

 その内の1人──レギオン ローエングリンの主将『立原(たちはら)紗癒(さゆ)』。

 彼女の前に置かれているのは、売店で買ったパフェと某カップ焼きそばである。

 ……状況が状況だが、百歩譲ってパフェはいい。

 お嬢様学校的にカップ焼きそばも微妙だが、それもまあ……許容範囲としよう。

 でも、焼きそばにパフェという組み合わせはちょっとどうなんだろうか……?

 

「わぁ! コンビニなんて久しぶりだわ」

「浮かれないでよ。私たち追跡任務中なんだよ?」

「そういう広夢さんだって、デザート2つも買ってるよ?」

「エ、エネルギー補給だから!」

 

 同じくローエングリン所属『倉又(くらまた)雪陽(ゆきよ)』のからかうような言い方に。

 妹島広夢はほんのり頬を染めた。

 広夢の指摘通り、彼女たちは逃亡者たち(梨璃と結梨)を追う任務がある。

 その証拠に、傍らにはCHARMが立てかけてある。

 「エネルギー補給」とやらが終われば、少女たちはすぐにでも発つつもりだ。

 

「他のガーデンのリリィにも、出動要請が出たそうですね」

「えっ? 防衛軍だけじゃなくて、他所のガーデンまで?」

 

 どうやら、少女たちが思っている以上に大事(おおごと)になっているらしい。

 他校のリリィが、2人を見つけてしまえば。

 逮捕も連行もためらうことはないだろう。

 結梨のことも、梨璃の考えも部外者のリリィはほとんど知らないし。

 分かるはずがないのだから。

 ……少しの間考え込んでいた広夢は、ふと隣の友人たちを見る。

 

「……ねぇ、はっきりしておきたいんだけど私たちはどっちにつく?」

「『どっち』……? それって、命令に従わないこともある、っていうこと?」

「百合ヶ丘じゃなくて政府から出てる命令でしょ? 怒られません?」

 

 「怒られる」程度で済めば良い方なのだが。

 当然、それを知らない彼女たちではない。

 しかし、結梨のことを「正しく」知ってしまった以上。

 考えなしに従うのは違う気がしたから。

 

「……私は、自分で見て感じたものを信じたい。おかしいかな?」

「一つ間違えば、人とリリィ……リリィとリリィ同士の戦いになりかねませんよ」

「ならないよ。私たちはリリィでしょ? 敵はヒュージだけ」

 

 続いた台詞は確固たる意志を以て断ずる。

 だって、人やリリィはヒュージとは違って言葉が通じるから。

 意思の疎通ができるのに、争ったって仕方ないじゃないか。

 

「まぁリリィには、状況に応じた判断を下す権限が与えられてはいるけど。そのための訓練だって、受けてるものね」

 

 紗癒はそれだけ言い切ると、パフェを掬って口に運ぶ。

 心をも癒す甘さを味わう様子は、年相応の少女そのものだ。

 

「じゃあ私たちにとって今大事なのって、結梨はヒトかヒュージかってことよね」

「うん。じゃあ意見をまとめよう。結梨さんはヒトかヒュージか」

 

 色とりどりのパフェを手にする。

 この時点で、3人の少女たちの答えは決まっているようなもので。

 

「「「せーの……」」」

 

 

 

 ──ヒトっ!

 

 揃った声に、響く笑い声。

 百合ヶ丘に悪いリリィなんていない。

 それに、こんな反抗だって。

 みんなで一緒にやれば、怖くないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「──失礼だが、理事長代行は話を逸らしておられるようだ」

 

 官僚の指摘に、咬月は心が一筋の冷や汗を落としたのを錯覚した。

 確かに、彼はさりげなく話を逸らして時間を稼いでいた。

 圧倒的に不利なこの状況を覆す「手札」が揃うのを待っている。

 それなりに粘ってはいるが。

 話を逸らしているのがバレたとなると、そろそろ限界も近くなる。

 

 ……焦燥を押し殺す、冷静になれ。

 

「年端もいかぬ娘たちを、戦いの矢面に差し出すのです。我々が何のために戦っているのかは常に問い続けるべきかと」

「リリィを擁するガーデンには、この時勢にも関わらず破格の待遇を許してる。何のためか──明白だ。ましてヒュージを庇うリリィなど、あってはならん存在だ」

「怪物と対峙するものは、気をつけねばならない。自らもまた、怪物になってしまわぬように」

 

 どれもこれも、他人事で批判的な意見ばかりで嫌になる。

 リリィが命懸けで戦っていることなど、データ上の情報でしか知らないから。

 実際の戦場ではなく、机上の理論として高みの見物をしているから。

 もはや『リリィが戦線上で戦うのは当たり前だ』とすら考えているから。

 安全なところから好き放題言うだけというのは、さぞかし気分がいいことだろう。

 それが、咬月にとっては酷く不快だった。

 

「左様。我々も肝に銘じるべきでしょうな」

 

 不意に、ドアが開く音。

 視線を動かせば、入口からひょっこり顔を出した百由が手を降っていた。

 どうやら間に合ったらしい。

 

「……失礼。新しい報告が入ったようだ」

 

 入るように促すと、『救世主』はローファーの音を響かせて、つかつかと入ってきた。

 遠慮がないのが、実に彼女らしい。

 

「初めまして〜。百合ヶ丘女学院工廠科2年の真島百由です」

 

 重苦しく厳粛な雰囲気とは全く真逆の、軽くて高いテンション。

 場違い感は否めないが、この場の重要人物であることも事実だ。

 

「マギに関する論文は昨年だけで51、その界隈では『週刊百由』って呼ばれてますね」

「百由君」

 

 入場(エントリー)早々にマウントを取っていく百由を軽く窘める。

 「おおっと」なんて、わざとらしい反応の後。

 ──軽い謝罪の言葉を、反撃の狼煙とする。

 

「いきなり結論ですが、結梨ちゃんはヒトです。ヒュージじゃありません」

 

 官僚たちのどよめく声、刺すような視線。

 それら全てを軽く流せる度胸は、リリィとして鍛えられたものか。

 はたまた彼女元来のものか。

 

「はい論拠ですね? 結梨ちゃんのゲノムを解析した結果、99.9%の精度でヒトと一致しました」

「100%ではないのだな?」

 

 タブレット端末を操作し、資料やデータを開示していく中。

 一見すると不完全な結果に、ここぞとばかりに訝しむ声が飛ぶ。

 かかった、と百由の口元がわずかに上がる。

 指摘に対して、若き研究者は否定ではなく「肯定」を返した。

 

「はいもちろんです。100%のヒトというのは存在しません。だって私とあなた同じですか? 違いますよね? みんな違うんです」

 

 煽っているとも捉えられる口振りは。

 その実、論破には十分な証拠を語っていた。

 

 生命の生存戦略の根幹は、多様性の獲得にある。

 そのため、ゲノムは日々更新されている。

 故に、違っているのは当たり前。

 そもそもの話、こういったデータで100%という数値はまずあり得ない。

 誰もが99.9%のヒトである、と百由は説いた。

 

「だがヒュージだ!」

「それなんですが! 『遺伝子的にヒトであると認められたものは由来の如何を問わずヒトと見做す』という国際条約が、20年も前に発効されているんです」

 

 官僚の叫びも、百由はテンション高めに軽くあしらう。

 20年前──倫理的に不適当な研究が横行した時期だ。

 去年とはいえ、日本も批准した条約である。

 このような忌まわしい過去が、今の状況の役に立つとは。

 全く以て皮肉な話ではあるが。

 

「だがヒュージはヒュージだ! 例外などない!」

「ちなみにヒュージ由来の遺伝子は、結梨ちゃんがヒト化した時点で機能を喪失していることが確認されました。なんとこれは今回の当事者でもあるグランギニョル側から提供された資料からの裏付けです」

 

 それは、説得されたグランギニョル社総帥──楓の父親が送ったもの。

 あと一押しが足りず、行き詰まっていた百由を活路へと導いた最後の一片(ラストピース)

 「これがなかったらあと1日はかかってたでしょうね!」と半ば煽り倒すように笑えば。

 政府の人間たちは屈辱に歯を食いしばった。

 

 1日はかかっていた、という言葉は。

 裏返せば『1日もあれば辿り着くには十分だった』という意味になる。

 状況を覆せたのは、間違いなく彼女の才能と根気強さの賜物と言えよう。

 

「もう一度申し上げます。結梨ちゃんはヒトです!」

「ならば彼女は、リリィということでもありますな」

 

 完璧な証拠と完璧な理論。

 百合ヶ丘の勝利(結梨の証明)は言うまでもなかった。

 

 ……だというのに。

 

「ッ、命令違反は!」

「捕獲命令自体に根拠がなかったということです。撤回してもよろしいですかな?」

「我々の処置は適切だった!」

「事実が明らかでなかったのですから、致し方ないでしょう。()()()()()の処分は、学院が後日責任を持って下します」

 

 実にみっともなく、なおも噛みついてくる。

 今まで座してきた地位が生み出したプライドは。

 謝罪と容認を連中から覆い隠していた。

 加えて、人造リリィによってもたらされる利益はそれなりに大きい。

 そして初の成功例たる彼女を失えば、今まで費やしてきた費用や苦労が水の泡だ。

 それは、連中にとって許しがたいことだった。

 

「言うまでもないが、結梨君がリリィと分かった以上、前例に則り彼女の身は当学院で保護するものとします」

「認められるものかッ!!」

 

 本来ならば、ここで屈辱に震えるだけに留まっていたはずだが。

 官僚どもの一人が、青筋を浮かべて絶叫した。

 

「そんなデータはデタラメだ!」

()()がヒュージから生み出されたのは紛れもなく事実なのだぞ!!」

「どれほどの損害になるのか分かっているのか!」

「貴様らのガーデンに金を出しているのは誰なのか、よく考えたまえ」

「その気になれば、我々が支援を絶つなど造作もないことだぞ!」

「理事長代行、君は我々に従っていればいい……そんな基本的なことがどうして分からない?」

 

 そいつを皮切りにして『よく言った』とばかりに投げられる非難の数々。

 しかし、そのどれもが子どものわがままにも似た屁理屈と暴論ばかりで。

 それでいて半端に権力は持ち合わせているものだから。

 強迫じみた妄言が、現実になりかねないときた。

 例えるなら、わがまま放題の幼稚園児に機関銃(マシンガン)を持たせているような状況。

 ……本当に、どうやって切り抜ければいいのか。

 いよいよ咬月が頭を抱えたくなってきたところで──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はー……これだからお偉いさんってのは嫌だねぇ。自分の間違いを認めようとしないわ、子どもみたいに駄々こねだすわ……もう目も当てられないじゃん』

 

 

 

「だ、誰だッ!?」

 

 ──人間の肉声とは違う声。

 声の方向には、いつの間にか扉にもたれかかっていた『何か』がいた。

 放浪の旅人が着ていそうな、ボロボロのローブを身に纏い。

 目深にフードを被るも、隠しきれない角を有した『そいつ』は。

 だが、百合ヶ丘に直接関係する者なら、今や誰もが知る者でもあった。

 

「まさか……!?」

 

 ここに来て初めて明確な反応を見せた咬月の声に。

 『そいつ』が密かにぺろりと舌を出す。

 瞬間、ローブの中から2つの煌きが飛び出した。

 それぞれ、咬月と百由、政府関係者たちを一纏めに拘束する。

 一つは蛇腹剣に似たものが、咬月と百由を。

 もう一つは細かな結晶が散らばる尾の先端に、大振りのナイフを取り付けたようなものが。

 政府の人間たちを一気に縛り上げている。

 かつてヒュージと戦っていたという咬月は、今となってはただの人間と変わらない。

 そもそも、お役所仕事ばかりの政府の連中に至っては論外だ。

 この拘束だけで顔が青冷め、怯えて引きつっている。

 唯一抵抗できたかもしれない百由は、今回の用件が用件なだけに、対抗手段たるCHARMを持っていない。

 

 ──つまり、この場に居合わせた者たちに為す術などありはしないのである。

 

『お初にお目にかかります、とでも言えばいいのかな?』

 

 紳士のような礼を一つ、その拍子にフードが器用に離れる。

 完全に露わとなった、骨の如き色素の抜けた長髪。

 さらに目を引くのが、頭部に生えた人外の角。

 左眼周辺を覆う、インクをぶち撒けたような黒い痣。

 

『──知能を得た正真正銘のヒュージ、()()()()()だ。ちょっとした取引にきてみた』

 

 今ここに、法にも暴論にも縛られることのない──問答無用の伏せ札(ジョーカー)が顕現した。




紹介された捜索、みたいなやつで本作を選んでいただいたみたいで度肝抜かれました。
ところで、あの直談判のシーンどこでやったんでしょうね? あれは会議室、なのか……? 教えて有識者!

【キャラ設定】その33(質問箱から)

『アルン君は、前世の事をどれ位覚えているんですか?』

思い出なら割と色々覚えている。具体的には、幼少期の物心ついた辺りからの印象的な出来事なら確実に思い出せるくらい。
とはいえ、決して記憶力がズバ抜けていたとかではない。
その一方で、キャラ設定その18でも明かしたようにオリ主本人の情報はほとんど思い出せない。オリ主個人を特定できるような情報は全滅と言っていい。



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竜の逆鱗

楽しくなってまいりました……! 今回は怒涛の伏線回収ラッシュです。
作者が書きたかったシーン ベスト3にランクインした話、はっじまっるよー!


 ……よし、できた。

 いやはや、暗くても目が利くってホント便利よ。

 あとの問題は、これをどこにやるかだよなあ。

 即刻バレても困るし、見つからないまんまもダメだし……

 

 あ、これ……ふーん……

 これだ(確信)

 これに隠しとけばゴタついてる間はそれどころじゃないだろうし。

 ある程度落ち着いたら、どかすなりなんなりするっしょ。

 あの人そんなズボラな性格してないし。

 

 

 

 ちゃんとベストタイミングで見つかってくれよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「言葉を話すヒュージ、だと……!?」

『信じられないってか? でも現に目の前にいるんだわ、現実を見な』

 

 文字通り、この場を制圧した乱入者は首元をさする。

 メカニカルなチョーカーは、百由が作ったもので間違いない。

 

『まぁ厳密にはオレが話してるわけじゃないんだけどね。あ、これに()()()()()()()()()は無効化したから』

「え……?」

『オレの手綱を握ろうなんて思わないことだ。今のこれはただの便利な発声機だよ』

 

 悪い笑みを浮かべて百由を見やる。

 周囲には、彼女が仕組んだ罠が看破されたことに驚いているように映っただろう。

 しかし、百由は人工声帯に爆弾を取りつけた記憶などない。

 アルンの人工声帯の製作も、携わったのは彼女だけだ。

 つまり、これは(ブラフ)

 おそらく『百合ヶ丘がヒュージを保護していた』という事実に理由を持たせるためのもの。

 そして一瞬、どこか虚ろな右眼がぶつかる。

 

 ──合わせて。

 

 光を宿さないシトリンは、そう語っている気がした。

 ……正直、天才的頭脳を持つ百由にも今後の展開が読めない。

 ならば、ここは任せるしかない。

 そう判断して、それ以上の発言を控えることにする。

 咬月も早々に状況を理解し、目を伏せるに留めていた。

 

 じゃあ無駄話もアレなんで、と前置きして『人類の敵』を自称する者は机に腰掛けた。

 その表情は、今の張り詰めた雰囲気に反して、どこまでも楽しげだ。

 それが余計に連中の不安を掻き立てる。

 相手はヒュージだ、何が目的なのか分からない。

 取引しようにも、対価に何を要求されるかも分からない。

 狂った対価なら熟考は必須……いや、しかし。

 応じなかった場合、どうなる?

 報復と称してこの国を滅ぼされることだってあり得る話ではないか!

 それ以前に、果たして無事に生還できるのか!?

 そうやって、勝手にパニックに陥る政府の人間たちに。

 意識を向けさせる意味も込めて。

 

『オレの身体を売り込もうと思ってね』

 

 思いがけない提案に、その場の人間が固まった。

 そんなことにはお構いなく、『そいつ』は続ける。

 

()()()()()()()、先方に成果なしだと面目が立たないから、それが嫌だーって言ってるわけでしょ? ならオレの生体サンプルを土産にすればいいじゃん』

 

 暗に『ずっといた』というのも驚きだが。

 要は、自分を実験体として差し出せと言いたいわけだ。

 だが、『そいつ』がそんな行動に出たところで自身に何のメリットがあるのか。

 そこが分からない。

 

 いや、今重要なのはそこではない。

 ヒュージの考えなんて、人間に理解できるものではない。

 内心の恐怖を押し殺しながら、汗を滑らせて。

 官僚の一人が口を開く。

 

「……貴様の要求は、なんだ?」

『──アンタらが大揉めしてる人造リリィをヒトとして認め、今後一切手を出さないこと』

「……は?」

 

 思わず呆けた声が出る。

 どうしてヒュージが百合ヶ丘に与するような要求を……?

 

「何故そんなことを……?」

『いや、百合ヶ丘にはお世話になったからさぁ。人間の常識的な文化に「恩返し」ってあるじゃん? そういうの大事かなと思って』

 

 当然のことを話すような返答。

 まるで人間のような考えを語る『そいつ』が、あまりにも気の抜けた態度だったものだから。

 

「そっ、そんな取引、認められるものかッ!」

『えー……より上質なモルモットが手に入って先方もハッピー、そっちも面子が保ててハッピー、オレもお願いが叶ってハッピー! こんな平和でハッピーな取引、滅多にないと思うんだけど?』

「ふざけるな!」

『大真面目なんだけどなぁ』

 

 連中の中でも比較的若い男が吠えた。

 まだ白くない髪を逆立てて、批判の声を上げる。

 あとは先程の焼き増しだ。

 「ヒュージの分際で」やら「ヒュージの指示など受けない」やら文句不満をぶつけていく。

 調子に乗ったか、嘲笑の声が増えていく。

 大半を聞き流している『そいつ』には微塵も伝わらない。

 

「やはり、怪物は怪物を庇い合うものだな。なんとも悍ましい」

 

 だが、結梨のことと思わしき罵倒が上がった途端。

 ぴきり、と良くない気配が蠢いた。

 ……なるほど、これは驚いた。

 どうにも奴さんは『状況』というものを理解してくれていなかったらしい。

 優しく対応していたのが悪かったか、分かりにくい言い方が悪かったか。

 それとも連中の頭が悪いのか。

 一体どれが悪かったのか、はたまた全部が悪かったのか。

 皆目見当もつかないが──それなら、もっと明白に行こうか。

 

 ギイ、ガチャと不穏な音が批判を切り裂く。

 

『オッケーオッケー、納得できないなら他の提案もある』

 

 不穏な音の正体は、拘束している『尾』の一つ。

 先端の大振りナイフが大砲に変わる。

 その標的は、拘束された政府の連中。

 やけに重たく見える銃口がギラリと睨んでいる。

 

『「お前らの命と引き換えにオレの要求だけを通す」って平和じゃない方法とかどうよ?』

 

 誰かの喉がヒュッ、と鳴る。

 要は見せしめだ。

 人質なら正直、咬月と百由で事足りる。

 特に百由を失うのは避けたいだろう。

 なんせ彼女はトップレベルのアーセナルにして、実に優れたリリィでもある。

 世界からしてみれば、様々な意味で戦力になる少女と、ある程度替えが利く政府の役人が数名。

 天秤にかけるには、あまりにも釣り合っていないのは明白だ。

 

『要求を呑んでくれなければ、時間が経つごとに1人ずつっていう感じで』

「こんなことをして許されると思っているのか!?」

『許す? 誰が?』

「り、リリィが来れば貴様など敵では──」

『来るの? ()()()()()()()()()

 

 小馬鹿にした指摘。

 リリィが駆けつけるのと、この場で殺されるのと。

 どちらが早いかなんて、火を見るより明らかだ。

 わずかに尾が締め上げる強さを増す。

 それに焦った官僚が声を上げた。

 

「ま、待て! 冷静になれ!」

『「待て」? あはは、「待ってください」の間違いじゃないの? オレは極めて冷静だよ』

「ひッ……!?」

 

 忘れてはいけない。

 ここにいる者は例外なく、文字通り「生殺与奪の権利を握られている」状態なのだ。

 『そいつ』がその気にさえなれば、拘束している尾で一斉に絞め殺せる。

 先端に付いた刃で斬り殺すも、大砲で消し飛ばすも自由だ。

 なんなら、すぐに殺すも嬲って殺すも思いのまま。

 その証拠に、軽薄な笑みと口調の一方で。

 右眼のシトリンは全く笑っていない。

 光も映さぬ瞳は、まるでゴミを見るかのように思える。

 ここまで直に命の危険に晒されたことがないであろう官僚どもは。

 ようやく事態を理解できたらしい。

 

『まぁ、オレ堅苦しいの好きじゃないから。話し方自体は別にそのままでもいいけど、内容には気をつけた方がいいよ?』

 

 これが、枷なき竜の蹂躙。

 ヒュージは法や規律に縛られない。

 それ故に、上層部の思惑やしがらみも関係ない。

 ヒュージは罪を犯そうとも、その罪を裁く者はいない。

 それ故に、主導権を完全に掌握できる。

 混乱と恐怖で思考が止まる頭を、必死に回しながら。

 哀れな役人どもはどうにか生き延びる方法を考える。

 

「……脅迫の、つもりか?」

 

 震えた声、精一杯の強がりを込めた虚勢。

 それが分かるから『そいつ』はクスクス笑うだけ。

 

『まさか、これは()()()()だよ。だって──』

 

 

 ──誰だって、死ぬのは怖いもんねぇ?

 

 引き寄せられて、耳元で囁く『声』が聞こえる。

 虚勢が、思考が。

 もうそれだけで一気に砕けた。

 身を引いた『そいつ』が、ぼんやり光る左眼で見ただけで。

 反射的に体が震える。

 いつの間にか刃に戻っていた先端が、剣の腹で頬を撫でれば。

 嫌な汗がブワッと吹き出る。

 

『じゃ、そろそろ答えを聞かせてくれよ。自分たちのわがままを貫くか、オレの要求を通してくれるのか』

「わ、分かった! したがっ、従うからッ!」

「何でも聞くから、こ、殺さないで……!?」

『うん。話が通じるようになったのはいいことだ』

 

 恐怖で口が回らなくなった官僚を見て。

 すっかりいい気分の『狩人』は笑う。

 

 さて、ほとんどの官僚は完全に心が折れたのだが。

 まだ一人、しぶとい者がいた。

 ここで切り抜けることができれば、『こいつ』や百合ヶ丘に制裁を与えられる。

 怪物との取引? 冗談じゃない。

 所詮は証拠も残らない口約束だ。

 従ってやる義務もない。

 大方、人類への反逆として。

 百合ヶ丘が、多少知恵のあるヒュージと手を組んだに違いない。

 だから、生き延びさえすれば外部に伝えて……!

 

 

『まぁ、こんな口約束だけでお偉いさん一同が真っ当に応じてくれるとか1ナノも思ってないし』

「もがッ!?」

 

 密かに思考を続ける官僚の。

 こじ開けられた口の中に何かが入れられる。

 小さくてつるりとしたもの、それを一気に飲み込まされる。

 呆気にとられていた官僚たちの口にも、素早くぶち込んでいく。

 咳き込むも、すっかり喉を通ってしまった状態では意味がない。

 意図的に吐き出そうにも、拘束された状態ではできやしない。

 

「ッ!?」

『無理くりにでも遵守してくれるようにした』

「あ゛あああああ゛あッッッ……!!」

「があああああ!?」

 

 口の中が剣山を突き刺したような痛みに襲われる。

 喉は火を飲み込んだように灼けそうで。

 拘束されていなければ、床を転がっていた。

 それに熱い。

 まるで暖房の効いた部屋にいるみたいだ。

 汗も止まらない。

 それも、目に汗が入ってくるレベルで、だ。

 これは本当に不安や恐怖によるものだけなのか……!?

 もう一つの尾に拘束されている2人は多少汗ばんでいるが、こちらほどではない。

 飲まされたものが影響しているのは、回らない頭でも分かった。

 なら、一体何が……!?

 

『──発汗に発熱。効いてきたようで何よりだ』

 

 ノコギリにも似た歯を覗かせて。

 『異常の原因』が口角を吊り上げる。

 何をした、と訊こうとして。

 

『今お前らの体内に送り込まれたのは細胞に溶け込むヒュージ、言うなれば「ヒュージウイルス」といったところかな』

「ぇあ……?」

 

 質問する前に答えられる。

 しかし判明したのは、更なる絶望。

 

『普段は普通の細胞の一つとして偽装しているが、オレの任意でお前らの体はヒュージに変わるって代物でね。遠隔覚醒もできる便利な生物兵器さ』

「そんな、ものが……!?」

『このじっちゃんがオレのこと報告しなかったの不思議だっただろ? こいつのおかげで、じっちゃんはオレについて黙っててくれるようになったってわけ』

「なッ……!」

 

 嘘だと思いたくても、それを断ずることはできない。

 だって、そうでもなければ咬月が黙っていた理由がつかない。

 百由が何もしないのは、理事長代行が人質に取られているからだろう。

 そもそも、ヒュージは未だに生態が解明されていない部分も多い。

 ならば『そいつ』が、そんな機能を有している可能性は十分あった。

 その証拠に、咬月と百由は目を伏せて黙したままで。

 図星であることを容易に察した。

 

『別にこれがハッタリだと思うのも、オレとの約束を無視するのも大いに自由だ』

 

 尤も、その後は自己責任だけどね、と付け加えて。

 言外の強制力を理解させる。

 ニタリ、と弧を描く口元が恐怖心を煽る。

 

『なんなら病院……ああ、お前らと仲良しなG.E.H.E.N.Aのところでオレの言葉が本当か確かめるのもいいね』

 

 その場合、頭がおかしくなったと思われるならまだマシな方で。

 知的好奇心と権威に飢えたマッドサイエンティストの餌食になることもあり得る。

 もし後者なら、今の官僚どもは貴重なサンプルだろう。

 人間ですら、実験体なら真っ当な扱いをしない連中が。

 ()()()()相手に優しくしてくれるとは思えないことなんて、分かりきっている。

 

『まぁ、人類への貢献ってやつはできるんじゃない? よかったじゃん、お前らも人類のために命を捧げられるなら本望でしょ?』

 

 ──だって、下にそう教えてきたのは自分たちなんだし。

 

「い、嫌だああああああ!!」

「頼む! まだ死にたくない!!」

「たしゅっ、助けてくれ……」

 

 ついには、なり振り構わず泣き叫んでの命乞い。

 汗やら涙やら、顔から出る液体を全部振り撒くような光景に。

 

『あはは、随分わがままで自分勝手だよな。こういうヤツって』

 

 『そいつ』が嘲笑っている。

 満足したのか、足を組んで座っていた机から降りると。

 拘束していた尾を緩めて、官僚や咬月と百由を解放する。

 

『じゃあ思考が老害な諸君、賢明な判断を頼むよ。オレは「ヒュージ」だが、できるだけ平和で穏和なやり取りをしたいんでね』

 

 有無を言わさずに、実質的な隷属を取り付けた『死神』は。

 最後に楽しそうな笑い声を残し、一度部屋を退出した。

 その笑い声は、確かに政府関係者たちの魂にまで刻みつけられたのだった。

 




伏線がめちゃくちゃ回収されました。
伏線の答え合わせってしてもいいです? それとも自分たちで考えたいです?

【キャラ設定】その34

こういうタイプの逆転劇では力業でガン飛ばして脅して乗り切る、ヤの字スタイルが多いがオリ主は違う。
オリ主は状況を利用した恐怖による精神掌握からの、真綿をチラつかせて誘導していくスタンス。
要するに「怖がらせて正常な判断力を鈍らせ、その間に言質を取って退路も潰す」感じ。


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だって、あいつらバカじゃん

本当は前回の話とまとめようかと思っていましたが、なんとなく分割しました。今回は種明かし編です。


 ──それから、なんとか落ち着いた官僚たちは。

 戻ってきた『支配者』の指示で、連行の手筈を整えていった。

 人を呼び、鎖で縛って自由を奪う。

 状況だけを見れば、政府が優位に立てたように思えるが。

 その実、主導権を握っているのは全く逆だった。

 鎖の拘束なんて、気休めにもなりやしない。

 自分たちは、それよりも恐ろしい爆弾を文字通り飲まされたのだから。

 官僚たちはいつもの態度を取り繕うので精一杯だ。

 

「……ッ」

「理事長代行……」

 

 静かに歯を食いしばる咬月も。

 不安そうに見る百由も、何も言えなかった。

 

 確かに、これで結梨はヒトとして認められた。

 今後、容易に手を出してくることもないだろう。

 人を呼ばせる前に、官僚たちに対して『そいつ』が3つの釘を刺しておいたからだ。

 

 ──『オレが見てないからって、約束を破るなよ? 分かるから』

 

 ──『オレを殺さないでもらえるように話を通しておいて。じゃないと道連れね』

 

 ──『言うまでもないとは思うけど、一連のことは他言無用だから』

 

 官僚たちはまた泣きそうになりながら頷いた。

 だから、結梨はもう自由の身だ。

 

 ……だが、その代わりに。

 悪役を買って出た『竜の少女』は、自由を失った。

 かろうじて命の保証はされるようだが、また独りで苦しい思いをすることになるのだ。

 結局、誰かが犠牲になることに変わりはない。

 何か声をかけたくても、表面上は敵対関係で。

 脅し、脅された関係ということになっているから。

 心配の言葉をかけてしまえば、全てが無駄になる。

 それは『竜の少女』が最も望まないことだ。

 どれほどもどかしくても、それだけはダメだった。

 あまりにも報われなくなってしまうから。

 あまりにも、救われなくなってしまうから。

 

「さあ、来い」

『……』

 

 『そいつ』が連行者の指示に従って、歩こうとして。

 ふと、フードを被った顔を上げる。

 

 官僚たちは震え上がった。

 『そいつ』が歯を覗かせて嗤っていたから。

 咬月と百由は息を呑んだ。

 『そいつ』の右眼は最後まで光がなかったから。

 それぞれ違うものを最後に見届けて、『乱入者』は連れて行かれた。

 竜の尾は、揺らいでいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……では、失礼します」

 

 咬月と百由も、会議室を後にする。

 

「……っ」

 

 百由はぶるっと身を震わせた。

 いつも、肝心なところは竜の少女に助けられてばかりだ。

 共に戦ってくれるし、寄り添ってくれる。

 時には身を削ってでも守ってくれる。

 だというのに、自分たちは何も返せていない。

 当人は何でもないことのようにしているし。

 日頃から『温かく迎えてくれるだけでも十分なんだ』なんて言ってくれるけれど。

 それだけで納得できるほど、リリィは薄情ではない。

 

 いつになく沈んだ様子の百由に。

 しばらく歩いたところで、咬月が何か声をかけるため口を開こうとして──

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 ──背後から、()()()()()がかけられる。

 その声には、聞き覚えがあった。

 揃って振り返れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし、格好が先程とは違う。

 ボロボロのローブではなく、百合ヶ丘で着ていたマントを羽織っているし。

 声の調子からも分かるように、首に付けた人工声帯は前のものだ。

 や、と軽く手を挙げる仕草は『そこで見かけたから来ました』くらいのノリである。

 

「!?」

「あ、アルンさん!?」

『そうですよー』

「え、どうして……!?」

 

 まさかの展開に、咬月ですら驚きを隠しきれない。

 混乱するばかりの2人を、竜の少女は『まぁまぁ』と落ち着かせる。

 ──そして、ことの種明かしを始めていく。

 

『あれはオレの偽物です。今、目の前にいるオレが「高松アルン」の名をもらった本物です』

「はいっ!?」

 

 まず一言目からぶっ飛んでいた。

 そこから順を追って説明していくと、こうなる。

 

 先程まで会議室でやり取りをしていたのは、アルンの偽物──正確には、アルンが切り離して生み出した分身体。

 自我が弱く従順な、アルン専用ヒュージ『サーバント』の一種だという。

 本来なら、アルン本人より弱くなるはずだが。

 それではマズいと考えて、アルンと同じくらいのステータスになった個体らしい。

 

『そのせいで、今のオレは前より弱くなりましたよ』

 

 火力が死んだ、と苦笑するアルンは。

 確かに外見も少し変化していた。

 くすんだ銀の角は半分ほど短くなっていて。

 最大の特徴とも呼ぶべき腕は、以前だとまるで『人間の腕を横から(うず)めている』という感じだったのが。

 今は『手袋か何かのように人間の腕を突っ込んでいる』という感じになっていた。

 

『分体とはマギ的なパスで繋いで感覚を共有できるので、ずっと見ていました』

「なら、話していたのは……」

『はい。意識を被せてオレが話していたと言っていいです』

 

 だから、あれはアルン自身の想いであり。

 アルン自身の言葉でもあった。

 

『まぁ、既にパスは切ったので。今では、事前に与えた命令(プログラム)に基づいて行動するコピーでしかないですよ』

 

 意思は薄く、誰かの言いなりで動きつつ。

 生体データはアルンと全く同じ模造品。

 それは、連中にとっても都合の良い人形だろう。

 だが、百由には1つ心配があった。

 

「それって、本物じゃないってバレるんじゃないの?」

『どうせ、アイツらに「中身」のあるなしなんて分からないですよ。人やリリィすらモルモットにしか見えていないんですから、頭が空っぽでも気づくもんか』

 

 呆れた顔での即答。

 連中が重視しているのは、心ではなくデータだ。

 なら、あの程度で十分だろう。

 むしろ無駄な反抗をしない分、扱いやすいとすら考えそうだ。

 そもそもの話、連中にそんな良心があるなら。

 事態はここまで悪化しなかったのである。

 

 サーバントには『何があっても絶対に人やリリィを傷つけてはいけない』という命令が核とされている。

 それは、何者にも壊せない心臓とも呼べるものであり。

 この命令が破られた瞬間、サーバントは即時自壊するようになっている。

 つまり、あのコピーが人々に被害をもたらす心配はないということだ。

 

「いつの間にそんな力を……」

『前に尻尾が切れて動き回るやつが生まれたじゃないですか。あれからインスピレーションを得ました』

「インスピレーションって……」

 

 つくづく敵には回したくない存在だ、と咬月は思った。

 何より恐ろしいのは、官僚たちに飲ませたあのヒュージウイルスだ。

 規格外もいいところの未知なる能力。

 アルンの気分次第でヒュージになってしまう状況は、まさしく「手のひらの上」と言える。

 もちろん、信頼関係を築いてきた咬月は飲まされていないが。

 敵対すれば、アレを飲まされると思うとゾッとする。

 

「ヒュージウイルスなんて隠し球、予想以上に危ないわね。ちょっと見過ごせないかも」

『いや、そんな機能はオレにないですけれど』

 

 さらっと明かされる衝撃の事実。

 2人はまた目を剥くことになる。

 

「え? じゃあ、あれって……」

『その辺は全部まっさらなハッタリですよ?』

 

 マントのポケットから何かを取り出し。

 歩きながら呆ける百由に持たせる。

 手の感触で我に返った彼女は、渡されたものを見る。

 手の中にあったのは、普通の錠剤(タブレット)と唐辛子の幽霊が描かれた調味料の容器。

 そして、いつもアルンの検査で使っていた薬を飲みやすくするゼリーである。

 

「これは?」

『強いて言うなら、件のヒュージウイルスの材料ですね』

 

 実際に飲ませたのは、何の変哲もない錠剤。

 それをゼリーで包んで、調味料をふんだんにまぶせば。

 ヒュージウイルス(笑)の完成である。

 なお、表面は着色料で黒くしたため。

 中身は見えないようになっていた。

 

「じゃあ、あの発汗と発熱は?」

『あれも単純な話ですとも』

 

 初期症状として出ていた発汗と発熱。

 カプサイシンによる作用も確かに関係しているのだが。

 あれは本当に密かに、部屋自体の温度が上げられていたのだった。

 現に、外に出た途端。

 一気に冷えたような気がして、百由は一瞬震えたのだ。

 

『あの空間、実はオレもいたんですよ。誰よりも先に行って、少し空調をいじっていました』

「は!?」

「一体どうやって──」

『忘れていませんか? オレ、隠密と防御には自信があるってことを』

「あ、ユーバーザインね!」

『いぐざくとりー』

 

 あとはこのマントですねー、と付け加えたアルンは最後の種明かしに移る。

 

『ご存知の通り、ユーバーザインは敵味方関係なく気配を消すレアスキルです。コピーを背負って使えば、あっさり潜入できました』

 

 一応、政府の名誉のために弁明しておくが。

 警備員はしっかり仕事をしていたし、セキュリティもちゃんとしている。

 ただ、アルンの本気には届かなかったというだけなのだ。

 ユーバーザインによる隠密行動は、リリィですら見つけるのに時間を要する。

 ただの人間やカメラの監視を切り抜けることくらい容易い話だ。

 そこから空調システムに干渉して、会議室の制御権を一時的に掌握。

 あとは全員揃ったタイミングで、少しずつ温度を上げていくというわけである。

 

『ユーバーザインの隠密効果をコピーに移して、みんなが見つけたあの位置で待たせておけば「いかにもあそこで聞いていました」みたいに見えるでしょう?』

「待ってくれ。ならばその間、アルン君自身はどうやって?」

『そこでこのマントです。コピーにこれを着せなかったのは、何も百合ヶ丘との関係を誤魔化すためだけじゃないんですよ』

 

 アルンが纏うマントには、特殊迷彩が施されている。

 マギを通わせてフードを被れば、ユーバーザインほどではなくとも。

 相応の隠密行動を可能とする。

 その効果は、マギを扱えない人間から存在を認識しにくくするというもの。

 リリィなら注意を払っていれば、すぐに見つけられる程度の精度ではあるが。

 完全な不意打ちなら、絶大な効果を発揮する。

 あの場の人間は、まさかアルンが潜んでいるなんて夢にも思わないだろう。

 つまり、不意打ちには絶好の状況である。

 加えて同じ空間には、より注目を集めている(コピー)がいる。

 意識をそちらに集中し、本体(アルン)の気配を弱めておけば。

 自身にユーバーザインを使わなくとも、余程のことがない限りは気づかれないということだった。

 

 これが、ヒュージウイルスのトリックの全容。

 竜の少女が汗をかかなかったのは、コピーだからというよりは。

 ヒュージとしての体質が強く出る半人の姿だから。

 そして、咬月と百由がほとんど汗をかかなかった理由。

 これは、あの拘束が関係していた。

 

『ほら、途中からこの辺りキツくならなかったですか?』

「言われてみれば、そうじゃったな」

 

 示されたのは胸の下──ちょうど肋骨がある辺りだった。

 『半側発汗』といって、人間の体は肋骨に圧力がかかると汗が止まるようにできている。

 もちろん、体温を低下させる働きのある発汗を止めるということは。

 その分体温を上昇させるため、注意する必要がある。

 だが、時間に気を付ければ問題はない。

 こうして、あたかも「連中がウイルスを仕組まれた」ような状況を作り上げたのである。

 

「ははーん、やるわねぇ〜?」

『それに、ああ言っておけばあの老害(バカ)どもは「理事長代行がどうすることもできなかった」という事実を身を以て信じるでしょう?』

 

 あの手の分からず屋には口より体でってね、と小柄な策士は微笑んだ。

 

「しかし、バレないものなのか? 万が一、実際に精密検査を行えばすぐに分かるのではなかろうか?」

『はい、確かめれば分かりますよ。でも、()()()()()()()()()

「それはまた何故……」

『オレには分かります。アイツらは所詮、小物です』

 

 地位に縋りつき、権力を振りかざして。

 それを自分自身の力だと信じて疑わない小物だと。

 そんな小物に、『爆弾』の真偽を確かめる度胸などありはしない。

 だから『爆弾に見せかけた空箱』ということに気がつかない。

 シュレディンガーの猫は、確認していないからいつまで経っても結果が分からないのだ。

 人は未知を恐れるもの。

 何も知らずに怖がって、勝手に怯えて。

 そこを揺さぶれば、ある程度は思い通りに動かせる。

 そういった心理を利用したのだった。

 

『それよりも、早くみんなに連絡入れてあげてくださいよ。善は急げってやつですよ』

「そうだな。百由君」

「まっかせてくださいな!」

 

 端末を取り出すのを見届けると、アルンは外していたフードを被り直す。

 その動作に、咬月は怪訝な視線を向ける。

 

「どうかしたのかね?」

『一足先に戻らせてもらおうと思いまして。みんなに黙って出てきたから、早く謝りに行かないと』

 

 何でもないことのように零す一方で。

 蜂蜜色の瞳は、どこか覚悟を決めた目つきをしている。

 ただ帰るだけでこんな目をするだろうか。

 咬月は淡く胸騒ぎを覚えるが、引き止める理由を持ち合わせてはいなくて。

 

「……そうか。なら、百合ヶ丘で」

『はい。必ずです』

 

 そんな言葉を後に、アルンの姿が突然音ごと消える。

 おそらく、ユーバーザインすら使って行ってしまったのだろう。

 残されたのは、嬉々として報告する百由と。

 いつも通り鉄仮面の咬月のみ。

 

 ……その心中は、どうにも穏やかではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──夜明け前の廃墟群。

 その中を、8人の少女たちが進んでいく。

 間違っても、肝試しや夜遊びといった好奇心で訪れたわけではない。

 

「夢結。梨璃たちのいる場所、こっちで合ってるのか?」

 

 先陣を切る梅が振り返って確認する。

 夢結は確かな肯定を返した。

 

「梨璃には、西の無人の街に行きなさいと伝えてある。間違いないわ」

「梨璃さんたち、きっとお腹を空かせてますわ。早く見つけて差し上げないと」

 

 辺りを警戒していた神琳は、雨嘉がぼんやりしていることに気がついた。

 調子が悪い、というよりは何か考えているらしい彼女に。

 優しく声をかけてみる。

 

「雨嘉さん、どうかしましたか?」

 

 当の雨嘉は、もう一度考え込んでから。

 思っていたことを口にする。

 

「私たち、これで違反者になるのかな……って思って」

「はい! みんな逃亡者を助けようとしているのですから、立派な違反者ですね!」

「立派なのかな……?」

 

 政府の指示は、逃亡者を捕らえて結梨を差し出すこと。

 もちろん助けろ、とはどこの誰にも言われていない。

 独断行動もいいところだ。

 しかし、二水はいっそ清々しいまでに言い切った。

 

「私は、何があっても梨璃さんと結梨ちゃん、それにアルンさんの味方です! そう決めたんです!」

 

 違反上等、という二水の意見に反対する者はいない。

 むしろ、賛成の意すら見せるのが『一柳隊』というレギオンで。

 

「ははは、気持ちのいい思い切りだな」

「私も、梨璃たちを助けたい」

「リリィには、臨機応変な状況判断が認められています。結梨さんが危険な存在でないのなら、そのように対処するまでです」

 

 やはり、考えることは同じなのだということを実感して。

 ほんのり胸が温かくなる。

 

 ──不意に、誰かの携帯が鳴る。

 静かな街には、さほど大きくないはずの音がよく響いた。

 

「お、百由様からじゃな」

 

 ミリアムが端末に耳を当て、話を聞く。

 大して時間はかからなかったようで、一言返すとすぐに切って──その吉報を伝える。

 

「皆の衆! どうやら違反者にならずに済みそうじゃぞ!」

「え?」

 

 どういうことなのか、分かっていないメンバーもいる中で。

 早くに理解した夢結が小さく微笑む。

 

(百由……どうやら間に合ったみたいね)

 

 白みだした空を見上げて、窮地を凌いだ同級生に感謝する。

 夜明けは、もうすぐそこだ。

 




ここから伏線回収の答え合わせに入ります。一応、「まだ自分で考えたい」という人は各自ブラウザバックをお願いします。
いつものキャラ設定は活動報告にもまとめてあるので、そちらをご確認ください。






























では伏線答え合わせ、行きます!

23話抜粋「その手には、黒いキャップに真っ赤な中身の入れ物」
→酔った百合ヶ丘職員さんも意識が吹き飛んだあれ。ヒュージウイルスに使われた「調味料」はこれ。

24話抜粋「……オレの分身、みたいな?」
→たまたま尻尾が切れて、分身になることが分かったあれ。ここで「体を切り離せば分体ができる……これ、切る部分変えたらもう一人の自分作れないかな?」と思いついた。

25話キャラ設定抜粋「どうしても錠剤が避けられない時は、専用のゼリーを使っている」
→ヒュージウイルスに使われた「ゼリー」はこれ。実はここにも伏線を撒いていた。

34話抜粋「わずかに尾が締め上げる強さを増す」
→ここで味方の肋骨に丁度いいくらいの圧を与えると同時に、本体のオリ主が一気に空調を調節した。


13話キャラ設定抜粋「特に何も考えていないと感情に合わせて動く」
今回の抜粋「竜の尾は、揺らいでいなかった」
→「感情に合わせて動く」=「特に感情を持たないコピーは意図しなければ動かない」ということになる。

今回の抜粋「さっき連行されたはずの『竜の少女』」(伏線とは違うけど)
→そもそも前回から「アルンが」なんて一言も言ってない。

34話抜粋「光も映さぬ瞳」
→実はここで「百合ヶ丘のみんなが知ってるオリ主本人ではない」ということをほのめかしていた。


【キャラ設定】その35

今回登場したコピーは、オリ主のとっておきの切り札。影武者・身代わり専用サーバントで『フェッチ』と命名。由来は某妖精騎士の必殺技から。24話の出来事からインスピレーションを得て編み出された。
ただ、他のサーバントと違って体の一部ではなく、体全体を必要とする。31話冒頭で「腹割って……」というシーンがあったが、あれは本当に物理的に腹を割っていた。
しかも上手くいく保証はどこにもないし、中途半端なやり方だと先に『転生特典』が体を治してしまう。さらに、腹部は完全に痛覚が存在するため、壮絶な苦痛を味わうことになる。最初から上手くできるはずもなく、オリ主は成功するまで何度も何度も切腹を繰り返していた。
本来は一時的な身代わり程度の扱いなので、各種スペックは劣化していてオリ主はなんともないはずだった。しかし、今回は本来のスペックを維持させるためにオリ主自身のマギ保有量を少し削ったため、オリ主の方が弱体化した。
他のサーバントよりは思考ができるが、自我はやはり弱い。



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キミだけに捧ぐ、イノチの旋律

7月10日に人生初の同人イベに参加してきたわけですが、これがすーごい楽しかった……! またいつか行きたいですね!
それはそれとして、本作のオリ主を作るにあたって「シンフォギアの曲が似合う、身代わりサンドバッグ系主人公」というのをコンセプトにしています。


「いつまでここにいる? 梨璃」

「分かんない。勢いで出てきちゃったけど……」

 

 ガラスのなくなった窓の外。

 夜は明け、窓から直に柔らかい朝日が差し込む。

 結梨は、()()()()()()()に手を振り。

 梨璃は薄汚れた廃墟の床を見つめて『姉』の言葉を思い出す。

 

 ──逃げなさい、梨璃。西に無人になった街があるわ。今は時間を稼いで。

 

 ──私が必ず迎えに行くから。

 

 だから、あまり怖くはなかった。

 もちろん、不安がないと言ったら嘘になる。

 でも、梨璃が憧れた守護天使(シュッツエンゲル)は。

 約束を違えたりしないことを、(シルト)である梨璃は知っている。

 それに、今は夢結だけではない。

 一柳隊のメンバーだっているのだ。

 なんとかなる、どうにかしてくれると信じていれば、きっと。

 

「大丈夫。ここにいれば、お姉さまやみんながきっと来てくれるから」

「……ヒュージって、わたしに似てるのかな」

「えっ!? そんな、全然違うよ!」

 

 結梨がぽつりと呟いた疑問を、弾かれたように否定する。

 

「でもわたしヒュージなんでしょ?」

「……違うよ。結梨ちゃんは結梨ちゃんだし、普通の女の子だよ」

 

 見た目のことだけではない。

 話が通じるし、心がある。

 花が咲くように笑うし、怒った時は頬を膨らませるのがかわいらしい。

 ちょっと手はかかるけれど、周りの人を思わず笑顔にするような。

 そういう、普通の女の子だと梨璃は言う。

 

「……じゃあ、もしわたしがヒュージのところに行っても、そこにも居場所はないんだね」

 

 梨璃は何も言えない。

 百合ヶ丘を追われた今、ヒュージネストに行ったとて歓迎されない。

 生まれた場所も、育った場所も。

 今やほとんどが敵になってしまった。

 拠り所をなくした少女は、ふと空を見上げて。

 

「わたし、なりたくてこんな風に生まれたわけじゃないんだけどな」

 

 ……生まれてくる子どもが、親を選べないように。

 新たな命は、生まれ方も選べない。

 結梨の呟きは、今は行方不明の竜の子にも言えることだ。

 アルンとて、望んでヒュージに生まれ変わったわけではない。

 人間の悪意によって弄ばれ、歪んでしまっただけなのだ。

 

「梨璃もそんな風に思うことある?」

「そんなの……いつもだよ。お姉さまみたいにさらさらの綺麗な黒髪だったらなとか、いつも優しくてかっこよくなれたらいいなぁとか……」

「ふーん……じゃあきっと夢結は、()()()()()()()()()()()

「あ……」

 

 言われて気がつく。

 今の自分が、どれほど浅はかな考えを口にしたのか。

 夢結だって、ずっと悲しい想いを抱えてきた。

 

 ──これが私よ……憎しみに呑まれた、醜く浅ましいただのバケモノ……っ!

 

 ──ルナティックトランサーは、とてもレアスキルなんて呼べるものじゃない……こんなもの、ただの呪いよ

 

 大抵のレアスキルは選べるものではない。

 彼女が「呪い」と呼ぶルナティックトランサーも、夢結が望んで手にした力ではない。

 二度にわたって引き起こされた暴走。

 どちらも、夢結は泣いていた。

 大切なものを傷つけたくなくて。

 自分の力なのに、自分で制御できないことが悔しくて。

 弱音を叫んでしまうほどに、心がボロボロになっていた。

 少なくともそれは、梨璃も目の前で見ていたから知っている。

 

 他にも、梨璃が知らない苦しみや葛藤だって多く経験してきただろう。

 それを、上っ面だけ見て「羨ましい」だなんて思ってしまった。

 彼女が悲しい過去を背負っている、と知っていたのに。

 

「ごめん。何にもならなくていいよ……結梨ちゃんは結梨ちゃんのままでいい……!」

 

 結梨を強く抱きしめる。

 誰かになるんじゃダメだ。

 自分らしく、前に進まなければいけない。

 だって、他人の真似をしたって。

 結局、その『誰か』にはどうやってもなれないから。

 

「でもね」

 

 包み込んでくれる梨璃の腕ごと、抱きしめるように。

 結梨は自分の手を、そっと胸に当てる。

 

「梨璃が結梨って名付けてくれたから、わたしは『結梨』になったんだよ。それは、わたしとってもうれしい」

 

 想いを込めるように、思い出を噛みしめるように。

 そっと呟く。

 『誰か』になる以前に、まず『自分』すら曖昧だった少女に。

 『結梨』という定義(自分)をくれたのは、間違いなく梨璃だ。

 それは、結梨にとって最初で最高の贈り物だった。

 

「……大丈夫。帰る場所はきっとあるよ。みんなが作ってくれるから……」

 

 

 

 

「──ええ、一緒に帰りましょう」

 

 ──凛と響くも、優しい声。

 振り返ると夢結が、二水が、楓が、梅が、鶴紗が、神琳が、雨嘉が、ミリアムが──一柳隊のみんながいた。

 誰もが優しい表情で、梨璃と結梨を見ていて。

 

「お姉さま……みんな……!」

「理事長代行と百由が、政府を説得してくれたわ。結梨は人間で、リリィと認められた。もう大丈夫よ」

 

 その吉報に、じわりと目頭が熱を帯びる。

 嬉しくて、泣きそうになるけれど、もう少しだけ耐える。

 

「梨璃さんとの逃亡劇を少しは期待していたのに、もうおしまいですわ」

「梨璃の逮捕命令も撤回されたゾ。よかったな!」

「た、逮捕!? そんなことになってたんですか!? あれ、でもどうしてここが……?」

「あー……すごく、分かりやすかったです……」

 

 二水は答えにくそうに苦笑いした。

 2人が逃げ込んだ廃墟の周りには、防衛軍の戦車と兵士が取り囲み。

 百合ヶ丘のリリィも追いついて、包囲網を巡らせていた。

 まさに、一触即発。

 本当に、あと一歩のところだったのだ。

 ほんのわずかでも通達が遅れていたら、梨璃も結梨も捕らえられていたかもしれない。

 あとは、防衛軍が立ち去った後にアルンを見つけ出せば。

 全ては解決、今まで通りの日常だ。

 

 誰もがそう信じて疑わなかった。

 

 

 そういうハッピーエンドだと思っていた。

 

 

 

 

 

 でもそれは、物語の話で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実は、もっと残酷で苦いものだということを思い知ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ええ。交戦は行われることなく……え?」

 

 ──異変の始まりは、戻っていく防衛軍。

 ただ撤収するにしては、やけに慌ただしく戻っていく。

 今しがた届いた情報に、史房が見たのは。

 水平線に見えるヒュージネストがきらめきを放つところ。

 灯台に導かれる船の如く、姿を現したのは巨大なヒュージ。

 推定でもギガント以上はある、山のような体躯。

 そいつが海上を陣取っていた。

 それも、通常兵器やCHARMの攻撃が届かないような沖合を、だ。

 

 やがて、周囲を浮遊する小型のドローンにも似た個体が集う。

 その数、9体。

 1体1体が円状の魔法陣を展開し、円を描くように並ぶ。

 全てが光を帯び始めた瞬間。

 旧鎌倉市街地に待機していたレギオン『レギンレイヴ』──通称『水夕会』のリリィたちの脳内に本能的な警鐘が鳴り響く。

 

「っ、退避!!」

 

 水夕会副隊長たる六角汐里の絶叫と。

 鏡で日光を集めるように、一点に集中した光が発射されたのは。

 ほぼ同じタイミングだった。

 青白い砲撃は海を割り、地を焼く。

 結果として、少女たちへの直撃は免れた。

 砲撃精度自体は高くないらしく、衝撃波で吹き飛ばされるだけに留まった。

 

 しかし、驚くべきは繰り出された攻撃だ。

 

「……大気が、引き裂かれて……!?」

 

 威力そのものにも、確かに汐里は目を疑った。

 それ以上に、攻撃そのものがよく知っているものだったから。

 9体の小型ヒュージ、一点に集められたマギの光線。

 そうして生まれる、圧倒的な破壊力。

 

 ──その正体は、ノインヴェルト戦術。

 浮遊するヒュージが9体なのは、ノインヴェルト戦術に必要な正式人数をなぞっているからと考えれば納得がいく。

 だが、リリィの奥の手をヒュージが模倣してくるなんて誰が予想できるだろうか。

 

 

 

 

「なんだ、あのヒュージ……」

「マギを直接、攻撃に使ってる……!?」

「そんなことをしたら、あっという間にマギがなくなっちゃうのに……」

 

 その異常性に気がつき始めた一柳隊も、険しい表情になっていく。

 どうにかしようにも、彼我の距離が大きすぎる。

 まず、CHARMの通常攻撃は届かない。

 ノインヴェルト戦術も、パス回しの隙に砲撃が来たら終わりだ。

 本来はヒュージを牽制しながら、パスをするものなのに。

 これでは牽制もへったくれもありはしない。

 それに、もしパス回しを成功させてマギスフィアを育てたとしても。

 やはり距離の問題で、直撃は困難だろう。

 この超長距離の間に撃ち落とされるのがオチだ。

 

「あれが、ヒュージ?」

「うん……だと思うんだけど、何か……」

 

 まだまだリリィとしては未熟な梨璃ですら、海上のヒュージに違和感を覚えていた。

 

 ──ヒュージはマギに操られることはあっても、自ら操ることはない。

 ……そのはずだ。

 以前、ノインヴェルト戦術すら凌いだヒュージもそうだが。

 やはり何かがおかしい。

 今までになかった手を使ってくるようになってきている。

 

(どうして……)

 

 強いて心当たりがあるとすれば、取り込まれたCHARMが何かしら変化を与えたことくらいだが。

 そこまでは夢結とて分からない。

 だが、この状況がマズいことくらいは分かっている。

 何せあの砲撃が1発でも命中すれば、何人もの命や百合ヶ丘は地上から跡形もなく消える。

 しかも、こちらから攻撃を仕掛けることは困難ときた。

 これが絶体絶命でなければ何だというのか。

 

「あのヒュージ、やっつける?」

「うん。私たちも早く百合ヶ丘に──」

 

 戻ろう、という言葉を待たずに。

 結梨はCHARMを手に駆け出していた。

 砂浜と海の境界線を前に、少女はさらに()()()()

 

「あっ!」

「あれ縮地だ! 梅のレアスキル……!」

 

 纏ったマギのオーラ。

 残像を置き去りにするほどの速さ。

 その正体は梅もよく知っている。

 だが、使用者だからこそ「何かが違う」ということに気づく。

 

「結梨ちゃん、海の上を走ってます……!」

「見りゃ分かるけど、梅だってそんなのしたことないぞ!」

「フェイズトランセンデンス……わしの技を組み合わせたのじゃ……」

 

 違和感を看破したのはミリアム。

 フェイズトランセンデンスは彼女のレアスキルでもある。

 『縮地』で加速し、『フェイズトランセンデンス』で身体活性とマギの無限化。

 それはまるで「戦技競技会で見てきたレアスキルをコピーした」とでもいうような所業だ。

 しかし、レアスキルの併用は()()()()()()()であるはずだ。

 

「それってデュアルスキラー? それともエンハンスメント……?」

 

 神琳の唱えた可能性は、結梨の現状から最も連想されるもの。

 『デュアルスキラー』は1人のリリィが、何らかの方法で2つのレアスキルを使用することで。

 『エンハンスメント』は、使用者が持つ特定のサブスキルを数秒間だけレアスキルへと昇華させるスキルだ。

 ところが、後者は強化リリィの保有するブーステッドスキルで。

 前者に至っては机上の空論だ。

 「一応存在してはいる」くらいの扱いで、強化リリィですら成功例のない代物なのだ。

 だから結局、どちらも当てはまらないはずの可能性で──

 

「じゃが、すぐにマギを使い果たして終わりじゃぞ!」

「梨璃!」

「走ったって追いつけませんわ!」

 

 夢結や楓の制止を振り切って、梨璃も後を追う。

 言われなくても分かっている。

 普通のリリィはマギを足場にして海面に立ったり、跳躍して進むのが限界だ。

 それでは()()()()()()()()結梨には追いつけない。

 

 だが、それでも。

 梨璃は行かなければならなかった。

 

「まだ無理だよ、本当の戦いなんて……!」

 

 嫌な予感が、梨璃を突き動かす。

 次第に距離が開こうとも、追いかけ続けなければいけない。

 

 ──ここで諦めてしまったら、結梨が手の届かない遠くへ行ってしまう気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 駆ける、駆ける。

 海の上を誰よりも、何よりも速く。

 自分にしか見えない道を進むかの如く、走り抜ける。

 

 ミリアムの危惧──フェイズトランセンデンスの反動による枯渇は、結論として杞憂だった。

 無限化したマギで足場を作り続ける、確かにそれだけでも相応のマギを要する。

 レアスキルによるマギの無限化は、あくまで瞬間的なものでしかないはず。

 それでも、青天井にマギを行使できているのは。

 ()()()()()()()()()()()があったからだ。

 

(あそこ、()()()()()……!)

 

 海上のヒュージとヒュージネストが、マギで結ばれているのが見えた。

 ヒュージのマギと、ネストのマギが呼び合っているのだ。

 まるで、ヒュージがネストのマギを吸い取っているような状況。

 ネストからマギを供給されているとすれば、無尽蔵にマギを使えるということに他ならない。

 

 ──それと同じようなことが、結梨にも起こっている。

 もちろん、本人にその自覚はない。

 無意識のうちに、ヒュージネストからマギを横取りしているのだ。

 当然ながら、普通のリリィや強化リリィくらいでは不可能だ。

 それを可能たらしめるのは、結梨がヒュージから生まれたリリィだからである。

 

 ヒュージが接近する邪魔者を撃ち落とそうと迎撃を仕掛けてくる。

 その全てが、結梨を捉えるには至らない。

 高速で疾走し、光の乱れ撃ちを避けていく。

 

 ──止まらず動いて! 相手に隙を作らせれば、勝機はある

 

 それは戦技競技会で、結梨にかけられた誰かのアドバイス。

 どれほど強大な力を有していようが、当たらなければ意味を成さない。

 生きてさえいれば、チャンスは巡ってくる。

 そしてチャンスを逃さなければ、勝利は掴めるのだ。

 いくつも上がる水柱、少女は一気に跳躍する。

 

「結梨ちゃ──!」

 

 開き続ける距離の中、必死に追いつこうとする梨璃。

 しかし、結梨ほど速くはないがために。

 

「ああっ……!?」

 

 結梨を狙っていたうちの流れ弾が、梨璃に直撃する。

 かろうじてCHARMで防いだものの、弾けた光弾が四つ葉の髪飾りを砕く。

 その衝撃で体勢を崩し、梨璃は海へと突っ込んだ。

 それでも結梨は振り向かない。

 もしかすると、梨璃が止められたことにも気づいていないかもしれない。

 

 ──いつか戦うべき時、戦わざるを得ない時が来るわ。貴女の意思に関わらず……

 

 前に夢結が言っていたことだ。

 今の結梨なら分かる。

 それは、この瞬間だ。

 

 だって、ヒュージは何を攻撃した?

 ──結梨の居場所である、百合ヶ丘を攻撃した。

 では、ヒュージとは何だ?

 ──人類を脅かす、リリィの敵だ。

 そして、リリィとは何だ?

 ──ヒュージを倒し、大切なものを守る存在だ。

 

 

 

 

 なら、一柳結梨は何だ?

 

 

 

「やああああっ!!」

 

 叫んで己を奮い立たせる。

 海だけではなく、空すら駆けて敵を捉える。

 新生の主に応えるように、マギクリスタルコアがさらなる輝きを放つ。

 

 まずは1つ、浮遊する端末が縦一文字に叩き斬られる。

 ガラスの如く砕けた魔法陣を確認もせずに、また1つ。

 横に真っ二つにすれば、煙が青空に咲いた。

 

「──わたしだって戦える! だって百合ヶ丘のリリィだもん!!」

 

 グングニルの刃が極光を纏う。

 ネストとマギクリスタルコアから溢れた光が、共鳴するように弾けていく。

 尽きることなき無限のマギが、少女の武器を無敵の必殺剣へと変えていく。

 ──このヒュージを倒せば、自分だってリリィになったと証明できる。

 梨璃たちと同じリリィになるのだ。

 そうすれば、ずっと梨璃たちと一緒にいられると信じて──!!

 

 3つ、4つ、5つ──一気に切り捨てる。

 結果を確かめずに、水上を滑るように動き回る。

 同じ場所に留まるな、常に動き続けろ。

 百合ヶ丘を、守るために!!

 

「はぁっ!!」

 

 大きく振りかぶったグングニルが、瞬く間に何倍もの長さに伸びる。

 結梨自身もマギの輝きを帯びて、さらに出力を強めていく。

 そして──

 

「やぁあああああああああああああ!!!」

 

 ──振り下ろす。

 鞭のようにしなるマギの長剣を、巨大な襲撃者目掛けて。

 圧倒的な力が、ヒュージの体を食い荒らしていく。

 あれほど厄介だった敵は、呆気なく斬り伏せられ。

 あまりにもあっさりと終わりを迎える。

 そう、これで終わりだ。

 

 

 初めての実戦とは思えないほどの成果を掴み取った──()()()

 

「──あ」

 

 パキン、と砕けたマギクリスタルコア。

 木っ端微塵になってしまったのは無理もない。

 限界以上のマギを流し込まれ続けて、ここまで持ち堪えたのは最早奇跡だ。

 マギを失ったCHARMは、単なる鉄塊へと成り下がる。

 結梨もまた、限界を超えて力を出し切った。

 故に、結梨はもう動けない。

 逃げることも抵抗することも、叶わない。

 ヒュージを焼いた七色の光は、少女すら呑み込もうとしていた。

 

(梨璃──)

 

 だが、結梨は晴れやかな笑みを浮かべていた。

 後悔なんてない。

 あまりにも短い時間だったけれど。

 多くの思い出ができた、多くの仲間ができた。

 大切なものをたくさんもらった。

 そして、その大切なものたちを守って散るのだ。

 それに何の不満がある?

 

(──わたし、できたよ)

 

 独りになってしまうのは寂しくなるけれど。

 こんなにも温かい思い出があるから。

 胸いっぱいに思い出を抱きしめて、光に身を任せる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュイ──────ッ!!」

 

「え……?」

 

 ──そんな結末を是としない小さき竜が、流星となって飛来する。

 見たことはないけれど、その声は結梨にも聞き覚えがあって。

 

「アル──」

 

 少女の呟いた名は、開いた竜の(あぎと)に呑まれて。

 その意識を、一度手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「キュイ──────ッ!!」

 

 熱い。

 痛い。

 苦しい。

 ヤバいマズい本当にヤバい。

 咄嗟の判断で飛び込んだけど本当にマズい。

 これはマジで死ぬやつだ。

 飛び込んだ瞬間、尻尾と足が消し飛んだ。

 感覚が急に消えた。

 

 怖い

 

 怖い怖い死ぬかもしれない死にたくない

 

 怖い嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──

 

「キュ────────ッ!!」

 

 死の恐怖に狂いそうな思考を叫んで叩き戻す。

 吹き飛びそうな意識を痛みで繋ぎ止める。

 人間で一番硬いのは頭蓋骨だったはずじゃあそっちにマギを回せ守り切るんだ

 消された部分に回復力いかせるな頭に回して結梨ちゃんを守りきれ

 思考を止めるな考えろ考え続けろ!!

 

 ああああチクショウダメだダメだ全然足りない防御力が足りないマギが足りない何が足りないチクショウチクショウ翼が吹き飛んだ腕が吹き飛んだ胴体も吹き飛んだ散ったマギを取りこぼすな無駄にするな!!

 死にたくない死なせるもんか助けるんだ死んでやるもんか生きてみんなのところに帰るんだ!!!

 

 

 守るって、決めたんだ

 

 ()()()()約束したんだ

 

 だから、だから……ッ!!

 

 

 ここで折れるな

 負けんな

 退くんじゃねえ

 死ぬんじゃねえ

 あんな結末にさせてたまっかよおッッッ!!!!

 この中にある命、守ってみせろよ『アルビオン』ッ!!!

 

「キュ──ッ!!」

 

 ──ふと、走馬灯が見えた。

 死を逃れようとする脳の悪あがきだっけ

 

 百合ヶ丘の思い出が、一柳隊と過ごした日々が。

 前世の思い出が、あの子の笑顔がよぎって。

 

 CHARMパクったヒュージが吹き飛んで、ダインスレイフのヒュージは何、を──!!

 

「イイイイイイ──────ッ!!!」

 

 閃いた

 

 手を伸ばせ

 奪い取れ

 何がなんでもやってみせろそうじゃないと俺どころか結梨ちゃんも死ぬんだぞ!!

 他のヒュージどもにもできたんだ俺だってできるだろ俺たちの明日を掴むために──!!!

 

 ──繋がった、でも完全じゃない

 上等だ、引き出せる分全部奪ってやるよ

 命以外の全てを賭けるつもりで、運命に抗ってやらァッッ!!!

 そして、生きてみんなのもとへ──!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 少女たちは見ていた。

 結梨が光に呑まれたのも、小さき竜が飛び込んだのも。

 

 そして『声』を、誰もが聞いた。

 

(──死なせるもんか)

 

「え?」

「何、この声……」

 

 力強く響く、決意の声。

 

(助けるんだ死んでやるもんか)

 

 誰も知らない声だけれど。

 ただ一人、聞き覚えがあって。

 

「──アルンだ」

「梅様……?」

「これっ、()()()()()()!!」

「待ちなさい、梅っ!」

 

 今にも飛び出そうとしていた梅の腕を、夢結がかろうじて掴んで止める。

 珍しく取り乱した仲間を取り押さえようと、異常を悟った楓や鶴紗も駆け寄ってきて。

 

「どうなさったんですの!?」

「梅が、この声を聞いた途端にっ、こうなって……!」

「離せ! 離してくれよ!!」

「しっかりしろ先輩!」

 

 エメラルドの瞳から、ポロポロと涙をこぼして。

 

「あいつ、いなくなるかもしれない……前にこの声、聞いた時もっ、そうだったから……!」

 

(生きてみんなのところに──)

 

 『声』はそこでぷつりと途絶えた。

 

 ……それから程なくして、光は爆発へと変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夕焼けで真っ赤に染め上げられた海岸は、さぞかし美しい光景を生み出していることだろう。

 その景色は、誰もが見惚れて感嘆の声を漏らしたに違いない。

 

 

 ──こんなことにさえ、なっていなければ。

 

「朝は、結梨ちゃんの髪を切ってたんですよ。少し、伸びすぎてたから……」

 

 海岸は、波の音以外には何も聞こえない。

 

「昨日だって、アルンさんは楽しそうにお話ししてくれたじゃないですか……」

 

 故に、震えるような梨璃の声でもよく聞こえた。

 砂浜に突き立てられた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは2人の辿った結末を察するには充分すぎた。

 

「結梨ちゃんとアルンさん、笑ってて……私も……なのに……」

 

 主を見失ったグングニルは、まるで墓標のようで。

 帰ってこない持ち主を待ち続けている。

 その前に、梨璃は座り込む。

 ただ、CHARMに縋りついて。

 

「なんで……」

 

 ぱたっ、と砂に水が落ちる。

 少女の問いに、答えられる者はいない。

 つい先程まで側にいた結梨も、つい先程戻ってきたアルンも。

 もう、そこにはいなくて。

 梨璃はそれを、すぐには受け入れられなかった。

 ……梨璃だけではない。

 誰もが、現実を受け入れられなかった。

 




課題やらバイトやらがド修羅場なので、これが今月最後の投稿です。気になるところで止めておくスタンス。

【キャラ設定】その36

本人に自覚はないが、オリ主の転生特典として「本気で死が迫る危機を認識すると、深層意識がテレパシーになって周囲に伝わる」という能力がある。謂わば隠しステータス。
この声は異能やマギの有無に関わらず聞こえるため、リリィどころか一般人でも聞こえる。


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スノードロップ

 百合ヶ丘女学院に、墓標が()()増えた。

 ヒュージと戦うリリィにとって、それ自体は珍しい話ではない。

 珍しくはないけれど、慣れることもできなかった。

 しかし、誰かが死んだということはどうしようもなく事実だから。

 少女たちはそれを受け入れる他ない。

 

「納得、できません」

 

 黙祷を捧げる中、静寂を破る者がいた。

 

「どうしてですか……どうしてお墓が1つだけなんですか……! あの子だって、守るために戦っていたのに!」

 

 その少女は一柳隊のメンバーではないけれど。

 それなりに「いなくなった者」との交流があったリリィだ。

 墓標に最も近い秦 祀は、掴みかかってくる勢いで迫る少女に。

 諭すように真実を伝える。

 

「アルンさんのお墓は建てられないの。表向きには、()()()()()()()ことになっているから」

「それ、どういう……」

 

 祀も、百由から聞いた話でしかないが。

 アルンは結梨を解放させるために、政府に乗り込んで。

 役人たちを誘導して、自ら身代わりとなった。

 ただし、差し出したのはアルンのコピーだ。

 それを連中はアルン本人だと思って連れていったのだという。

 

「もしかして、そのコピーを取り戻せば……!」

「いいえ。私たちが知っているアルンさんとは全く別物だそうよ。だから、仮にG.E.H.E.N.Aから取り返したところで意味はない」

「そんな……」

 

 連行された時点で、感覚や思考のシンクロは解除したと本人が言っていたらしい。

 だから、今はまともな思考を持たぬ空っぽな人形と変わらない。

 そもそも、そんなことをすれば。

 表面上だけでも等価交換として成り立っていた話を、正面から反故にしてしまう。

 そうなったら、連中はまた結梨をヒュージだと言い喚くだろう。

 アルンはそれを望まない。

 ……尤も、その結梨もいなくなってしまったが。

 

「あんまりじゃないですか、そんなの」

「……」

 

 何にしろ、少女たちが知っている『高松アルン』はいない。

 心は死んでしまったようなものなのに、肉体だけが生かされ続けている。

 故に、アルンの墓標は建てられない。

 もし建てられるとすれば、それは分身体が死んだ時だ。

 それも、貴重なサンプルを連中が簡単に手放すとは思えないから。

 いつになるのか分からない話だが。

 

「ええ、あんまりな話よ。でも、これはもう起きてしまったことなの。私だって、できることなら認めたくないけれど……」

 

 ……あまりに、あまりにも残酷な話だと祀も思う。

 百合ヶ丘を守るために、結梨を守るために。

 その身を犠牲にしたというのに、竜の少女がいた証は何一つ残せない。

 結局、結梨を守ることは叶わなかったけれど。

 彼女の在り方を守ったのも、守るために一人で足掻いていたのも紛れもなく事実だ。

 アルンを百合ヶ丘のリリィ全員が、完全に受け入れていたわけではない。

 それでも、リリィとしての心を持って戦っていたことは誰もが理解していた。

 

「……アルンさんって、何が好きなんでしょうか」

「そうね、味が分からなくなってからは食べ物に関心が持てなくなったって言っていたけれど、昔はグミが好きだったそうよ」

「じゃあ、今度いっぱい持ってこないとですね」

「きっと喜ぶと思うわ」

 

 せめて、記録にも残せない功労者に追悼を。

 少女たちは1つの墓前にて、2人の魂を弔った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ねぇ、二水」

 

 雨嘉が話しかけても、二水は何も反応しない。

 ペンを持ったまま、ただぼんやりとメモ帳を眺めているだけ。

 ……理由は、分かっている。

 

「二水、大丈夫?」

「ふえ!? あ、すみません、聞いてませんでした……」

 

 軽く肩に触れられて、ようやく気がついたらしい。

 謝る二水に「大丈夫」と返し、改めて覗き込む。

 余程使い込んでいるメモ帳だが。

 開いたページは真っ白だった。

 

「リリィ新聞、作らなくていいの?」

「……結梨ちゃんやアルンさんと、一緒に作るって約束していたんです」

「そう……」

 

 2人の名前が出て、なんとなく会話が途切れる。

 元々会話が得意ではない雨嘉と、身近な仲間を初めて失った二水。

 会話を弾ませるには、あまりにも空気が重たかったが。

 今はそれでよかった。

 

「二水さん、これで涙を拭いてください」

「あ、いつの間に……ありがとうございます」

 

 神琳がハンカチを差し出したことで、やっと二水は頬を伝う雫の存在に気がついた。

 お礼を述べて、ハンカチを受け取るけれど。

 自覚した途端、少しずつ少しずつ溢れてきてしまって。

 一向に止まってはくれない。

 

「私、こういうの初めてで……」

「……二水」

 

 この世界において、身近な人を失うことはもはや珍しくない。

 リリィの中には天涯孤独となってしまった者もいる。

 家族や仲間が生きている、というのは実はとても運が良いことなのだ。

 これが初めてだということは、二水は今まで恵まれていたことに他ならない。

 

「初めてでも、初めてでなくても……誰かの死というのは、とても悲しいものです」

 

 リリィは、その悲しみを背負って生きていかなければならない。

 それが、どれほど苦しくても。

 立ち止まることが許されないわけではない。

 ただ、留まり続けてもいられないというだけで。

 

「でも……私は、そんなに強くはありません……」

 

 1人で背負うのは難しい、と二水は言う。

 ……当然のことだ。

 そんなことができる人間は、大きく限られている。

 少なくとも、リリィになって間もないような少女には酷な話だ。

 それは泣き言や弱音なんかではない。

 むしろ、向き合おうとしている二水は頑張っている。

 ──だから。

 

「……私たちがついてるよ」

「雨嘉、さん?」

 

 神琳も強く頷く。

 

「心が悲しみで潰されてしまいそうなら、わたくしたちが支えます。支え合うのも、リリィですから」

「支え、合う……」

 

 1人がダメなら、2人で。

 2人がダメなら、レギオンで。

 それが人間──リリィの生き方だ。

 

「はい。皆さんで支え合って、少しずつ、前へ進みましょう」

「神琳さん、雨嘉さん……私、やってみます」

 

 二水の目元は、まだ涙でぐしゃぐしゃなままだ。

 悲しみも拭い切れたわけではない。

 でも、前に進んでみると決めたから。

 

「ふふ。それじゃあ、結梨さんに代わって、わたくしたちが新聞のお手伝いをしますね」

「うん、任せて」

「ありがとうございます」

 

 決意を固めたなら、もう周りが口を出すことはない。

 ただ寄り添って、支えてやるだけだ。

 

 ──竜の少女がしてくれていたように。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、猫缶食うか」

 

 鶴紗はいつも通りに、学院内の猫が集まる場所に来た。

 しかし、表情はいつも通りとはいかなかった。

 

「にゃあっ」

「……悪い。2人は連れて帰ってこれなかったんだ」

「にゃおおっ!」

「そんな不満そうな顔しないで、私だって怒りたいよ」

 

 結梨とアルンにあんな生き方を押しつけた連中に。

 行き場をなくした怒りが膨らんでいくのを自覚する。

 できるなら、胸ぐらを掴んででも問い詰めてやりたかった。

 

 ……復讐してやる、なんて発想に至れないのは。

 鶴紗が心優しい少女であることの証だ。

 一柳隊のメンバーにまで迷惑がかかってしまうし、鶴紗も人の命を奪えるほど冷酷ではない。

 それに、復讐なんて遂げても結梨は喜ばないだろうから。

 

「にゃっ」

「そういえば、ウィザは来ないんだね」

「にゃあ?」

「ちょっと、寂しいかもな」

 

 素直に触らせてくれるのは、あの傷持ちの黒猫くらいだったから。

 今目の前にいる三毛猫ではそうもいかないだろう。

 行き場をなくした手が、ゆっくりと膝の上に落ちる。 

 G.E.H.E.N.Aに実験されてもなお、生きようとする結梨とアルン。

 死にたいと願う、鶴紗。

 

「どうせなら、結梨じゃなく……」

 

 私だったらよかったのに、と言いかけて止まる。

 竜の少女が最も嫌がる言葉だったことを思い出したからだ。

 

 ──死にたいとか、絶対に言わないでよ。思っちゃうのは……百歩譲ってもう諦めるけれど、言うのは、本当にダメ

 

 ──大切な人が死ぬって、結構クるものなんだからさ

 

 ──少なくとも、オレや一柳隊は鶴紗ちゃんが死んじゃったら悲しいな

 

 

「……アルンの言う通りだ」

 

 いつになく真剣で。

 ともすれば泣きそうな顔で、静かに訴えていた。

 それは「ただ死に怯えている」というには何かが違っていた。

 

「これは、結構クるね」

 

 ──竜の少女が残した意志は、鶴紗の中で何かを変えて。

 

 

 

 

 

 

 

「工房になど、連れて来ん方がよかったんじゃろうか……」

「んー?」

 

 百由が作業に没頭する傍らで、ミリアムはそんなことを呟いた。

 二水同様、仲間を失ってしまったのは初めてのことだった。

 あんな結末を招いてしまったきっかけが、自分にもある。

 そう思うと、自分にのしかかる後悔のようなものが膨らんでいく気がした。

 

「CHARMに興味を持たせん方が、結梨にとってよかったのかもしれんと思っておったのじゃ」

 

 そう口にして「それも傲慢じゃな」と直前の言葉を取り消す。

 結梨は自らの意思で、リリィになることを望んだ。

 ただ、それだけのことだ。

 『自業自得』だなんて冷たい言葉で切り捨てるつもりは更々ないけれど。

 結局、結梨自身が選んだ道なのだ。

 その眩しく尊い覚悟を、どうして否定することができよう。

 

「あ、ぐろっぴ〜。そっちに置いてある携行食取ってくれない? 今ちょっと手が離せなくて……」

「……百由様はいつも通りじゃの」

 

 いっそ安心するくらいの変わらない様子。

 ミリアムは呆れたような、安堵するような微笑を零す。

 だが、忙しなく動いていた手がはたと止まって。

 一瞬だけ、工房が静かになる。

 

「……ねえ、ぐろっぴ」

「なんじゃ、百由様?」

「……私が、もっと早く動けていれば、結果は変わっていたのかな……?」

「百由様……」

「結梨ちゃんは確かにヒトとして認められた。でも、それは私たちだけじゃ掴めなかったかもしれない結果だったわ」

 

 現に、あれだけの証拠を突きつけられても。

 政府は自分たちの考えで押し切ろうとしていた。

 アルンの機転がなければ、事態はより一層悪化していたかもしれない。

 もし、もっと早く動けていれば。

 もし、もっと確実な証拠を掴めていれば。

 そんな『たられば』が止まない。

 

 「いつも通り」なんて見せかけだ。

 余計な心配をかけたくなくて、そう振る舞っているだけだ。

 アーセナルという誰かの生命線(CHARM)を任される立場である以上。

 過去に気を取られすぎて、誰かの未来を失うわけにはいかないから。

 それでも、全く気にしないなんてできなくて。

 

「……どうすれば、よかったのかな」

「さぁのう、わしには分からん」

 

 ミリアムは苦笑を1つ。

 どうやら思った以上に不安に揺らいでいるらしい上級生の目を見つめる。

 

「じゃが、百由様は徹夜でいろんなところを駆け回って、調べてくれたんじゃ。みんな、百由様には感謝しておると思うぞ」

 

 その言葉で、淡いサファイアの揺れが収まる。

 少しだけ、救われたような気持ちだった。

 罪悪感がわずかに軽くなったのを感じて。

 

「私は……したくてやったことだから」

 

 力のない小さな笑みが、口元に浮かんでいた。

 

「……それより、ぐろっぴは?」

「正直……しんどいのう」

 

 こんなにつらいものなのか、と内心呟く。

 

 ──竜の少女たちがいなくなったことを、ようやく実感しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……CHARMなんか持って、今から射撃訓練にでも行くのか?」

 

 指摘通り、夢結の手にはブリューナクが握られている。

 当の夢結は梅の方をちらりと見て。

 

「梅……貴女こそ」

「ここに来たら、誰かしらモヤモヤを抱えた1年生がいるんじゃないかと思ってたんだ」

 

 ただソファーで横になっているようにしか見えなかったが。

 こういう時の梅は違うことを、夢結は知っている。

 分かっているのだ。

 

「梅は、あまり喋るのは上手くないからな。こういうことに付き合ってやるくらいしか思いつかない」

「その気遣いだけで、言葉で伝えなくとも助けられたと感じている子はいるんじゃないかしら」

「……だったらいいけどな」

 

 励ますだけが力になる、というわけではない。

 受け止める、ということも救いになることだってある。

 苦しかったこと、悲しかったこと。

 一人で抱えていては潰れてしまいそうなことでも。

 誰かに話して、多少は楽になることだってあるのだ。

 そして今、梅が思う一番に手を差し伸べるべき相手の名が浮かぶ。

 

「なぁ、梨璃には会いに行ってやらないのか?」

 

 今回の一件で、梨璃は謹慎処分を受けた。

 結梨はヒトとして認められたが、梨璃が命令に背いて動いたことは事実だ。

 たとえ、それが間違いから出た命令だったとしても。

 完全に撤回されるまでは有効だ。

 命令を守ったり守らなかったりと、ちぐはぐな状態では仲間を危険に晒しかねない。

 確かに、百合ヶ丘のリリィには臨機応変な状況判断も認められている。

 だが、それはあくまで()()()()()()話であって。

 外部にはそれを快く思わない者もいる。

 だから、形式上だけでも梨璃を罰して。

 それで納得してもらおうということだった。

 まるで見せしめのような仕打ちに。

 百合ヶ丘のリリィは心を痛め、あるいは憤りを抱いた。

 ……そう思われているのは、彼女に対する救いであると言えた。

 そして、梨璃は何人たりとも面会を許されなくなった。

 

 ──シュッツエンゲルである、夢結を除いて。

 彼女だけは、許可さえ下りればわずかな時間ではあるものの会うことを許された。

 それは、学院からのせめてもの慈悲だった。

 そもそも、仲間を失った梨璃に対して。

 追い討ちをかけるような現状が間違いなのだ。

 だって、あんまりじゃないか。

 喪失感に沈む少女に、罰を求めるなんて。

 しかも、梨璃は何一つとして悪いことはしていないというのに。

 

「今は、一人にしておいた方がいいわ」

 

 夢結は首を横に振った。

 その根拠は──

 

「……私が、そうだったから」

「そっか」

 

 梅はそれ以上何も言わなかった。

 彼女もまた、夢結が辿ってきた道を見ていたから。

 夢結が『今はそうするべき』と考えたのなら、そうなのだろう。

 

「大切な人を喪うという悲しみ、できることなら梨璃には味わわせたくなかった……」

「それは……リリィである以上、難しいんじゃないか?」

 

 ……もちろん、夢結には分かっている。

 リリィである以上──否、この世界に生きている以上。

 その願いは単なる理想でしかない。

 現実はもっと残酷で、そんな世界で戦い続けなければならない。

 分かって、いても。

 

「でも、あの子の悲しむ顔は見たくない……」

 

 そう願ってしまうのは、どうしようもなくて。

 

「……少しは、自分のことも考えた方がいいぞ」

「自分のこと……?」

「ああ。夢結、ひどい顔してる……」

 

 言われて思わず自分の頬に触れた。

 鏡がないから確認はできないけれど。

 なんとなく、いい顔はしていないことは想像に難くない。

 

 しかし、それは夢結に限った話ではない。

 

「貴女こそ、人のことを言えないでしょう」

「あ……!」

 

 最初の指摘以来、ソファーと向き合ったままの体をぐいっと引く。

 一瞬の抵抗はあったが、不意打ちに対応しきれなくて露わになる。

 そこに見えたのは、目元をほんのり染めた梅の顔。

 夢結のため息が頬をかすめて、一瞬ひんやりとした。

 

『一度取り戻したものを再び失う方が、初めて失くすよりもつらい』

 

 そんな台詞があるらしい。

 もちろん、後者を軽んじるつもりはないが。

 その台詞は現実となって、梅に突き刺さっていた。

 梅本人の話と合わせれば、アルンが二度も目の前でいなくなったのだ。

 やっと、百合ヶ丘のみんなに受け入れられてきたというのに。

 上級生だから、普段そんな振る舞いを見せないから。

 ……身近にずっと苦しんできた仲間がいたから。

 ずっと抑えてきたけれど、本当は泣きたかった。

 絶望しきったわけではないけれど、やっぱりつらかった。

 折れてはいないが、それはそれとして悔しかった。

 メンタルの強さは自負しているが、限度というものがある。

 

「それに、梅も訓練をするつもりだったんじゃないかしら」

「そんなことは……」

「ソファーの後ろに隠したCHARMはどう説明するの?」

「う……」

 

 夢結が指差す先。

 わずかに覗く黄色の機体は、梅の相棒タンキエム。

 夢結は人の感情には疎いけれど、観察眼はそれなりに優れている。

 故に、CHARMの存在や梅の目元に気がついた。

 

「私も話すことが上手いわけではないから、話を聞くくらいしかできないけれど……貴女だけに抱え込ませたりはしないわ」

「……ああ」

 

 暗に『言わなければ何も聞いたりしない』と。

 でも『一人にはしない』とも告げられて。

 梅は横たえていた体をようやく起こす。

 自分だってつらいだろうに、不器用ながらも気にかけてくれた。

 なら、それに応えて前に進まなければ。

 

 ──竜の少女も、そう望んでいるだろうから。

 

「経験しているとはいえ、この悲しみには決して慣れないわね……」

「慣れなくていいと思う。大切な人を亡くして、悲しくなかったら──」

 

 

「──それこそ、本当のヒュージだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 最悪な寝覚めに楓は顔をしかめた。

 寝起きとはいえ、鏡の中には酷い顔の自分がいる。

 久しく忘れていた感覚──喪失感と悲しさがぐちゃぐちゃに混ざったような不快感。

 とても、慣れるものではない。

 

「わたくしの部屋、こんなにも広かったなんて……」

 

 一気に2人も同居人がいなくなったのだ。

 あれほど賑やかだったのが嘘のようで。

 殊更に喪失感が強くなる。

 隅の方に置かれたボロボロの寝具が物悲しかった。

 

「……くっ……」

 

 立ち止まってなどいられない。

 きっと梨璃は、もっと悲しんでいるはずだ。

 夢結だって、あれで結構脆いところがある。

 梨璃たちを支えてやらなくてはいけない。

 それが、今の自分がするべきことだ。

 

 そう決意したところで「くぅ……」と鳴る音。

 部屋にいるのは彼女一人だから、答えは一つしかない。

 

「あっ……も、もう、こんな時に締まらないですわね」

 

 ……最後に食事を取ったのはいつだっただろうか。

 まともに思考を動かすためにも、何か食べておかなくては。

 そう考えて辺りを見渡して、ふと視界に小さな青が入る。

 その正体は、いつかのラムネ菓子。

 

 

 ──それから、これを楓にあげたくて

 

 ──梨璃に教えてもらって買ってきたんだ。楓にあげる

 

 ──お疲れ様でした。それから、ありがとう!

 

 

 思い返される、かつての思い出たち。

 ちょっとやんちゃな結梨に、楓が振り回されて。

 そこにアルンも加わって、二人で結梨のフォローをしていた日々。

 大変だったのに、楽しくて。

 

「全く、散々世話を焼かされた割に、安い対価ですわ……」

 

 言葉とは裏腹に、楓の表情は穏やかで。

 とても優しい顔をしていた。

 ラムネ菓子を手に取り、一粒口にする。

 甘くて、爽やかで。

 でも、すぐに溶け出してしまう。

 それが結梨たちとの日々と重なるようで、少しほろ苦い。

 

「ふふ……ありがとう、結梨さん」

 

 今度こそ動き出さなくては、と。

 余韻に浸っていた目を開いた楓は。

 

「あら……?」

 

 ふと気がつく。

 ラムネ菓子が置いてあった位置に、畳んだ紙切れがある。

 まるで隠されるように置かれたそれが、妙に気になった。

 単なるゴミとして片づけるには何かが違う、と直感が囁く。

 

 四つ折りの紙を開き、中身を確認した楓は。

 

「これ……!」

 

 ──新たな使命のために、部屋を飛び出すことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──さあ、約束を果たそう。

 

 ──確かこの辺りだね?

 

 ──違う違う! それじゃないって!

 

 

 ──あった、あったよ! これじゃない?

 

 ──それだ!

 

 ──見つけた見つけた!

 

 ──待って、一回浮かべた方がいいよ!

 

 ──……それもそうだな。

 

 ──でもまだ見つからないようにね。

 

 

 ──じゃあ、次のバトンを託さないとな。

 




【キャラ設定】その37(質問箱から)

『アルン君は動物全般に好かれるようですが、逆に好かれない動物って何ですか?』

特にいない。人間から酷い目に遭わされた動物とかはさすがに距離を置かれるけれど、それも割と一時的。強いて言うなら人間には好かれないと思う。
魚や虫は普通の対応。追いかけられれば逃げるし、何もしなければ何もない。
逆にオリ主的にはハトが苦手。理由は察してあげて。


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パンドラの箱

今回は結構難産でした。いや、流れは決まってたけど細かいところとか擦り合わせみたいなところが難しかったっていうか、ねぇ?


 ──連中から預かったはいいけど、これどうするんすか?

 

 ──新入りが連れてくるのを待てばいい。俺たちの役目は待つだけだ。

 

 ──にしても、あいつも無茶してくれるなー……こんな姿になってまで。

 

 ──仕方ない。それが奴の生き方ってもんさ。

 

 ──あ、来たんじゃね?

 

 ──新入りが連れてきやした!

 

 ──よし、お前ら! 次に繋ぐぞ!

 

 ──おうッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「髪飾り……? あの四つ葉のクローバーのですか?」

 

 一柳隊の控え室でティーセットやお茶菓子を広げて。

 夢結が皆に持ちかけた相談に、楓は確認のために問う。

 

「そういえばなくなってたかも」

「夢結様、それを探すつもりか?」

「ええ」

 

 あの日、襲撃に来たギガント級ヒュージの迎撃によって。

 梨璃のトレードマークとも言える髪飾りはなくなっていた。

 シュッツエンゲルの特権で、梨璃に面会した時も。

 彼女は髪を下ろしたままだった。

 

「とはいえ、1人じゃ無理じゃろうな」

「まさか浜辺でなくした髪飾りを探す話とは、思いもよりませんでしたわ〜……」

「頼れと言ったのは、楓さんでしょう……」

 

 不満げに夢結が小さく頬を膨らませる。

 大方、海岸に流れ着いてはいるだろうが。

 それだって相当な面積がある。

 もし一人で探すのなら、1ヶ月あったって足りやしない。

 故に仲間を頼ったのは正解なのだが、それはそれとして難易度がすごかった。

 何せ、これから行おうとしていることは。

 砂漠で針を探すのと対して変わらないのだから。

 

「今の梨璃は、心に固い殻を作ってしまっているわ」

 

 後悔や悲しみをその内側に押し込め続ければ。

 いつかは自分で自分を呪うようになる。

 その苦しみを夢結は知っている。

 かつての自分が、そうだったから。

 周囲には手を差し伸べようとしてくれていた人もいたのに。

 見向きもしないで、ただ自分の世界に閉じこもってしまった。

 

 そうして溜め込んだ負の感情たちは、やがて自責の念へと変わり。

 自責の念は、呪いとなって我が身を刺す。

 経験者の話は重くのしかかった。

 

「まるで誰かさんのようですわね〜」

「梨璃にはそんな風になってもらいたくないの……」

 

 面会に行った時、梨璃からは感情という感情が抜け落ちているように見えた。

 以前は、ころころと表情を変える明るい少女だったというのに。

 

 ──えっ? あぁ、そうですね……なくなっちゃったんですね。

 

 自分の体調や髪飾りの存在にも気がつかないほど、梨璃は虚ろな目をしていて。

 その様子が過去の自分と重なって見えた。

 夢結はそれが堪らなく嫌だった。

 過去に囚われたままだった自分を解き放ってくれた梨璃が。

 自分と同じ結末を辿ろうとしているなんて。

 

「髪飾りを見つければ、梨璃さんが立ち直ると」

 

 断言は、できなかった。

 もしかしたら、そんなに上手く事は運ばないかもしれない。

 そもそも髪飾りそのものが見つからないかもしれない。

 

「……ああっもう! 分かりましたわ! やりゃあいいんでしょう!」

 

 迷いに揺れる沈黙をヤケクソじみた言葉で楓が吹き飛ばす。

 可能性があるなら、少しでも努力はしてみるべきだ。

 

「奇跡は自らの手で起こすものです。普通の人なら無理だとしても、わたくしたちにはレアスキルがあります」

「探し物に便利なレアスキルなんてあったか?」

 

 ドーナツを両手に、もしゃもしゃと頬張る鶴紗に。

 神琳は作戦を告げる。

 リリィは単一よりも、協力によって真価を発揮するものだ。

 それと同じでレアスキルもまた、組み合わせることで無限の可能性を引き出すことができる。

 

「特にわたくしのテスタメントは増幅系のレアスキルですから、それで知覚系のレアスキルを強化して──」

「そっか! 私の鷹の目を強化して貰えばいいんですね」

「あら、わたくしのレジスタだって知覚系ですわよ」

「ならばわしは、フェイズトランセンデンスでマギの供給か。雨嘉と鶴紗は……何じゃったっけ?」

「私のは天の秤目。ナノレベルで対象の位置を把握できる」

「ファンタズム。未来予知みたいなもん」

 

 仲間がいれば、可能性はどんどん広がる。

 抽象的だった作戦内容が鮮明に見えてくる。

 砂漠の中の針を探すことだって、先の見えない困難ではなくなってくる。

 思っていた以上に幸先が良さそうだ。

 

「知覚系が多いのは幸いね。ええと夢結様は……あっ!」

「私のルナティックトランサーなんてどうせ馬鹿みたいに暴れるだけで……」

 

 はっきり言って、神琳は油断していた。

 レアスキル関連で、ある種の地雷を抱えた夢結のことをすっかり忘れていたのだ。

 その結果が、これだ。

 (人のことは言えないが)少々厄介で面倒くさい夢結の爆誕である。

 どんよりした雰囲気を漂わせながら俯く上級生の姿に、神琳は己の失態を悟る。

 

「あー気にすんな! 私の縮地だって、ここじゃ役に立たないから!」

 

 慌てて立ち上がった梅のフォローがトドメになったのか。

 より一層落ち込み始めた夢結の心が7割ほど折れてしまい。

 なんとか立ち直らせる方が苦労したかもしれない、とは後の誰かの談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──さて、あんな風に言っておいて無責任な話かもしれないが。

 楓が今いるのは海岸ではなかった。

 適当に上手い理由を取りつけて、今日だけ探索から外してもらったのだ。

 いくらレアスキルを使ったからとて、1日で見つかるとは思えない。

 大方、今日は試行錯誤で終わりだろう。

 ミリアムのレアスキルの反動からして、神琳もそう判断すると考えてのことだった。

 

「百由様はいらっしゃいますか?」

「いるわよー……あーでもあんまり奥まで来ないでね、危ないから」

 

 楓が訪れたのは百由の工房である。

 何故ここに来たのか、と問われれば答えは一つ。

 

「お気遣いはありがたいのですが、わたくし危険に怯えるほどヤワじゃありませんのよ」

「あ、ちょ……!? って、楓さん?」

「ええ。一柳隊所属、楓・J・ヌーベルですわ」

「なぁんだ……ならいいや。入って」

 

 無遠慮にずかずかと入ってきた人物の正体が分かった途端。

 百由は遠回しな制止の声をかけることをやめた。

 彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから。

 

 工房のさらに奥──厳重に閉ざされた重厚な扉。

 頻繁に来るミリアムにすら入らせないような空間が、この先にある。

 普段はそこそこ口の軽い百由だが。

 本物の機密事項たる案件は、この中で作業を進めるようにしている。

 鍵を開け、カードキーで解除し……となんというか彼女らしくない(しっかりした)セキュリティー。

 それを超えた先に見えたのは──

 

「ごきげんよう、()()()()()()の皆さん」

「なっ……楓さん!?」

「大丈夫、彼女は訳知りだから」

 

 百合ヶ丘の特務レギオン『ロスヴァイセ』のメンバーが数人。

 驚く少女たちに百由はひらひらと手を振る。

 ロスヴァイセはメンバー全員が強化リリィ、という特殊なレギオンだ。

 ガーデンを親とし、基本的にガーデンの直命でしか出撃はせず。

 上層部の命令に応じて、秘匿性の高いミッションをこなすことを主任務としている。

 その中でも、強化リリィ救出作戦は特に重要な任務である。

 

 そんな彼女たちが取り囲んでいたものは、一言で表すなら「()()()()」だ。

 墨をぶちまけたように黒焦げで。

 体を縮めれば、人が1人収まってしまいそうな大きさ。

 そして、一対の角。

 こんな無残な姿になってしまっても、見間違えるはずがない。

 これがピラトゥス──高松アルンの成れの果てだ。

 しかし、楓は決して絶望しなかった。

 

「あいにく、お茶を出す暇もないんだけど──」

「それより、現時点での状況を教えていただけますか?」

「良い報告ができるわ」

 

 ふっ、と口元を綻ばせて。

 百由はタブレット端末を操作し、画面を見せる。

 

「これ、何だか分かる?」

「断面図……いえ、レントゲン写真でしょうか」

「そ。この物体のX線検査の結果ね」

 

 タブレットの中に映った『頭』は、どうやら中が空洞になっているらしい。

 一応、生物のカテゴリーには含まれていたため。

 口内に該当する箇所として、空洞なのは分かる。

 だが、特筆すべきはそこではない。

 

「何ですの? この白い影」

 

 ()()()()()()()()()()()()が問題なのだ。

 何も答えない百由に、楓はわずかな思考を連ねる。

 ──可能性に辿りつくのに、さして時間はいらなかった。

 

「……結梨さん?」

「大正解」

 

 頷く百由はそのまま説明を続ける。

 

 回収された竜の頭蓋をX線にかけたところ。

 中に人が入っていることが判明した。

 その状況に、今の楓と同じく『まさか』を思ってマギを判別する特殊な機械にもかけてみた。

 予想は──的中。

 膝を抱えるような形の白い影の中に、結梨のルーンが見えた。

 だが、得られた結果はそれ以上だった。

 

「しかも、アルンさんもまだ生きてる」

「そりゃそうでしょうね」

「やっぱり驚かないかー」

「というか、どちらも既にその『確証』はありましたので」

 

 自信と信頼に満ちた目を見て。

 百由は全てを理解した日に想いを馳せる。

 

 ──傷持ちの黒猫(ウィザ)に導かれた日のことだ。

 わざわざ百由を探しにきたらしい猫に連れられて見つけたのが、この『頭』だった。

 さらに、ウィザが咥えていたメモを読んだことで。

 それが多くに知られるべき代物ではないことを悟った。

 そして、その秘匿性の高さからロスヴァイセに依頼した。

 本来ならガーデンの命令でしか動かないレギオンだが、彼女たちは快く了承してくれた。

 アルンの境遇に対する同情、ということもあったが。

 それ以上に、今まで強化リリィたちが苦しんでいる時に助けになってきた──その恩返しもあったのだろう。

 『頭』の運搬を夜間に行い、今も()()している。

 

 こっそり戻ってきた百由をとっ捕まえたのが、楓である。

 諸々の言い訳を述べようとする百由に。

 『それはどうでもいい』とばかりに、楓が差し出したのは畳まれた紙切れ。

 その確証とやらを開いてみて、百由は全てを理解した。

 

 

『楓さんへ 頼みたいことがあります』

 

 その一言から始まった文章は、拙く歪んだ文字で綴られていた。

 ()()()()戸籍や身分証を用意しておいてほしいこと。

 あまり、このことを他の人に知られたくないこと。

 特に、今大変であろう一柳隊には黙っておいてほしいこと。

 これらを楓に任せきりになってしまったことへの謝罪。

 そして、楓に対する信頼の言葉。

 あの手で書くには苦労しただろうに、必死になって残そうとしてあって。

 端々に震えていたような跡があるのは、きっと書きにくいだけが理由ではないはずで。

 

『必ず戻ってきます。それまで信じて待っていてください』

 

 最後の言葉は切実さが滲んでいた。

 アルンは仲間に嘘を吐かない。

 できない約束は絶対にしない。

 だから、楓は動いている。

 アルンが『帰ってくる』と言ったなら、必ず帰ってくる。

 なら、それを信じるのが仲間の役目というものだろう。

 

 

「そうだったわね」

 

 過去を思い返していた百由は、そっと目を開いた。

 

「わたくしには、わたくしに託された役目がありますもの」

「じゃ、そっちはお願いするわ」

「ところで、百合ヶ丘の特務レギオンがまだここにいる理由くらいはお聞かせ願えますの?」

「あぁ、うん。それも必要なことだし、活路の一つなのよ」

 

 タブレットを再び操作すると、今度はサーモグラフィーのような図が液晶に映し出される。

 どの部分も寒色系で彩られた『頭』だが。

 ロスヴァイセのリリィが触れるところだけが、温かい色に変わっている。

 

「これはマギの量や密度をリアルタイムで測定しているんだけど、全体的に少ないのは分かるかしら?」

「ええ」

 

 百由曰く、今の状態を維持するのがギリギリな量である。

 なんなら、本人の生にしがみつくような潜在意識からして。

 本能的に中にいる結梨から、少しずつ奪っていることも考えられる。

 お互いがお互いを生かし合っている状態だ。

 とはいえリリィはマギが枯渇しても、多少ふらついたり戦えなくなったりするが。

 それは一時的な状態だ。

 マギの枯渇そのものが死に直結するわけではない。

 ところが、ヒュージとなれば話は別だ。

 奴らは体がマギの力によって成り立っているのだ。

 そしてそれは、肉体が完全なヒュージであるアルンも例外ではない。

 

「つまり、アルンさんのマギの枯渇は死を意味する……と」

「そう考えるのが妥当じゃないかな。それに、リジェネレーターで治るはずの身体が治ってない。そんなことする余裕もないくらいマギが足りてないってことでしょ」

「マギの補給のためにロスヴァイセがいる、ということですのね」

「そゆこと」

 

 いわば、この行為は輸血なのだ。

 幸い、というべきかは分からないが。

 強化リリィは総じて、マギの保有量やスキラー数値が高い傾向にある。

 彼女たちなら適任だろう。

 

「で、そっちの進捗はどうなの?」

「戸籍や身分証は正直わたくし一人でどうにかできる問題ではありませんので、お父様に相談してどうにかしてもらいますわ」

「グランギニョルさまさまねー」

 

 とはいえ、何も強引に押し切ったというわけではない。

 むしろ楓の父──グランギニョル総帥の方から快諾したのだ。

 結梨の件に関する贖罪、そして未だ知らぬ恩人のために。

 返せる恩を返したい、とのことだった。

 

「とにかく! 理論上はアルンさんをマギで満たせば、晴れて復活ってわけ」

「活路は、確かに見えてきましたわね」

 

 うんうんと頷いて、百由は傍らのドリンクを一気に飲み干す。

 勢いよく机に置き、スチール缶の音が響く。

 

「私はこの物体Xを『ピトス』と名付けることにした」

「確か、ギリシャ神話のパンドラに関連した名前では?」

「ええ。そのパンドラの箱がピトスなんだけど……ほら、外で『アルンさんの頭が〜』とか言えないじゃない?」

「なるほど、隠語ですね」

「そうそう」

 

 ──パンドラの箱。

 人類最初の女性であるとされるパンドラが、好奇心に駆られて箱を開けてしまったことで。

 世界にはありとあらゆる厄災が満ちてしまう。

 閉ざされた箱の中には『希望』が残された、そんな逸話だ。

 「パンドラの箱を開ける」という言葉が、現代では『災いのきっかけ』を意味することからも分かるように。

 あまり良いイメージのない命名に感じたことで、楓はいい顔をしなかった。

 

「まぁ、そんな顔するだろうなとは思ってたよ」

「でしたら何故……」

「『箱の中には希望が残され、世界には絶望が満ちていた』……これって今の状況に似てると思わない?」

「はい?」

 

 命を落としたことになっている結梨とアルン。

 それに対して、百合ヶ丘は悲しみに包まれている。

 特に、一柳隊のメンバーにはより大きな傷を残すこととなった。

 倒せど倒せど終わりなく現れるヒュージ。

 なるほど、言われてみればそう思えなくもない。

 

「箱の中に閉じ込められた希望──言い換えれば、箱さえ開けば希望が出てくるってことじゃない?」

 

 彼女なりの解釈に、楓の目が見開かれる。

 『希望』はなくなったのではなく、ただ隠れているだけ。

 存在はしているのだ。

 ならば、引きずり出せばいい。

 アルン()さえ目覚めれば、結梨(希望)もろとも出てくると。

 悲しみを喜びに。

 涙を笑顔に転じさせる存在。

 そんな願いが込められているのだ。

 

「絶望を振り払う、希望を秘めた箱……」

「そういう考え方なら素敵だと思わない?」

 

 それならば、その名前も悪くないように思えてくる。

 見えてきた未来に、百由の顔が輝いた。

 閉ざされた物語はまだ終わってなどいないのだ。

 




工房の奥の部屋は完全に捏造です。

【キャラ設定】その38

実はこうして原型を留めていられたのはマギリフレクターを用いたから。ただし本人も火事場の馬鹿力的なアレで無意識だったし、意識がちゃんとした状態では多分使えない。
本編にもいたリフレクター使いとネストからマギを使ってるヒュージからヒントを得た。
なおマギの繋がりが不完全だったため、身体を治す分までマギが奪えなかった。
もし、土壇場で存在を思い出せなければ2人揃って消滅していたし、どちらかが欠けていれば結梨ちゃんをギリギリ守れてオリ主だけが消滅していた。
さらにこのマギリフレクターが破壊された後、オリ主の表面に付着したことで中に空気が溜め込まれた状態に。これによって結梨ちゃんの生存率が引き上げられた。


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足りないもの

人生初のファンアートをいただいて大歓喜した作者です。すごいね、ファンアートって本当にもらえるもんなんだね……!


「昨日の失敗を踏まえ、今日は新しい組み合わせで行こうと思います」

 

 髪飾りの捜索、2日目。

 神琳の第一声はそれだった。

 昨日はテスタメント(神琳のレアスキル)で強化された鷹の目(二水のレアスキル)に。

 フェイズトランセンデンス(ミリアムのレアスキル)でマギを一気に注ぎ込んで探すことを試みた。

 しかし、本人曰く「見えすぎる」とのことで結果は失敗。

 負担がかかり過ぎた二水に加え、反動によってミリアムもダウンしたのだ。

 

「まず二水さん」

「また私〜!?」

「安心して。今度は二水さんの鷹の目のスキルを、皆さんに分担してもらいます」

 

 一点集中がダメなら、分散でやってみる。

 何事もトライ&エラーだ。

 

「さあ、いきますよ」

「ファイト一発!」

 

 構えた2人のCHARMがぶつかる。

 フェイズトランセンデンスによって、一時的に膨れ上がったマギが弾け。

 テスタメントで、一柳隊メンバーも鷹の目が使えるようになる。

 レアスキルの強化から、使用者範囲の拡大へと用途を仕向けたのだ。

 なお、ミリアムは反動で既にダウン済みである。

 

「おおっ! 何か鳥になったみたいだ~」

「これが鷹の目か」

 

 鷹の目を行使できている証に、皆の瞳が煌々とした赤に変わった。

 二水がいつも見ている景色に感心しつつ、本来の目的へ。

 首をきょろきょろ動かすだけで、いつもより辺りの光景が鮮明に見渡せる。

 曇り空を反射して暗い色の海。

 遥か遠くに位置するヒュージネスト。

 ひたすらにまっさらな砂浜。

 しかし探す範囲を広げても、それらしいものはどこにも見つからない。

 見ている範囲に対して、探しているものが小さいから。

 当然といえば当然ではある。

 

「とはいえ、まだまだ焼け石に水ではなくて?」

 

 しばらく探している内に、効果が切れた楓はため息を零す。

 「これなら、わたくしのスキルの方が……」と進言しかけて。

 ふと、足元に目を落とす。

 

(ん? これは……)

 

 見覚えのある『それ』を。

 楓はこっそりと拾い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 真島百由は天才である。

 生活がだらしないとか、ちょっとマッドな節があるとか問題は多々あるものの。

 ことCHARMやマギの知識や技術に関しては紛れもなく『本物』だ。

 さらに戦うアーセナルとしての評価は、普通科に進めない者の受け皿とみられる面もあった工廠科の地位向上に寄与した。

 その実力から得た『聖学工房の魔術師』の二つ名は伊達ではない。

 

「……」

 

 そんな彼女さえ唸らせる代物が、眼前の竜の頭蓋──『ピトス』と名づけられた物体である。

 表向きには死亡したとされる『高松アルン』の身体の一部にして。

 同じく命を落としたとされる『一柳結梨』を内包したものだ。

 マギの不足によって、ほぼ仮死状態のピトスに。

 リリィがマギを注入すれば、ピトスが開いて2人が戻ってくる。

 ……そのはずだった。

 少なくとも、理論や推測ではそうだった。

 

「んー……?」

「百由様……」

 

 しかし、依然としてピトスは沈黙したままだ。

 開くどころか動く気配すらない。

 

「やはり、手当たり次第にマギを注入したのが良くなかったのでしょうか……?」

「いえ、そういう問題じゃないと思う」

 

 この場における『手当たり次第』とは「不特定多数のリリィからのマギ」という意味ではない。

 

 例えば、これがリリィ同士で行う『マギ交感』──体内に蓄積した負のマギを中和する行為だったなら。

 不要なマギが混じらないように、相手を一人に固定して行うのが最適解だろう。

 だが、これはマギ交感ではなく単純な()()()()()だ。

 重要なのは量であり、必要になる量は一人では補いきれない。

 故に不特定多数でも大した問題はない。

 では、彼女の言う『手当たり次第』とは何を指しているのか。

 それはマギの種類だ。

 

「アルンさんって中身()はともかく、身体の方は紛れもなくヒュージそのものでね。ヒュージは正のマギだけじゃなくて、負のマギもエネルギーの一つとして扱ってるでしょ?」

「だから問題ない、と?」

「そうそう」

「でも、中にいる結梨さんに影響は?」

「私も最初はそれを危惧してたんだけど、杞憂だったわ」

「え?」

 

 百由の言うところによると、こういうことだ。

 先日補給に来たロスヴァイセのメンバーの一人が、誰にも内緒で負のマギを溜め込んでいたらしい。

 それでもマギの補給だけはしないと、とでも考えたのだろう。

 上手くコントロールして、正のマギだけを注ごうとしたら。

 なんとそのリリィの制御を振り切って、どちらのマギも吸われてしまった。

 それが分かったのは、負のマギによる体調不良が一気になくなったからだという。

 しかし、吸われた負のマギでアルンや結梨に何か影響が出てしまってはマズい。

 その後こっそり百由に事情を話して、確認してもらうと驚くことが発覚した。

 

「ピトスの中で、負のマギと正のマギが明確に分離されてたのよ。文字通り水と油……? みたいな感じに」

「じゃあ、結梨さんには何も影響がないと?」

「びっくりするくらいにね」

 

 それどころか、与えられた正のマギは結梨にも分けられている。

 そもそもからして、ヒュージにマギを直接分けること自体がリスクを伴うと考えられていたのだ。

 実際にはリリィに悪影響が出るどころか、負のマギを吸い取って調子を良くしてくれた。

 こうして良い誤算だらけな現状は大変喜ばしい限りである。

 

「負のマギは結梨ちゃんに影響が出ないところに隔離して、正のマギでコーティングする。そうやって封じ込めることで結梨ちゃんはもちろん、接触するリリィへの被害も極力抑えられるってわけ」

 

 しかも、集めた負のマギもちゃっかりエネルギーにしているときた。

 無意識でやってるんだろうから大したもんよ、と百由はカラカラ笑う。

 だが、そんな笑みも次第になりを潜める。

 

「つまり、エネルギー的な問題で目覚めないって線は消えた。もっと別の問題があるかもしれない」

「もっと別の問題……」

 

 中身を満たしたからといって、箱が開くとは限らない。

 根本的に開くためには、必要になるものがある。

 例えばそう──

 

「──『箱』を開くためには『鍵』がいる、とかね」

「その、鍵とは?」

「そーれが分かったら苦労してないわよー」

 

 再度頭を抱え出した百由。

 謎も課題も山積みで、思わずため息が出る。

 けれども、ここで折れてはいられない。

 楓はアルン関連の問題以外に、最近何やら他にもやることができたらしいし。

 一応上級生として、一人の科学者として。

 命を任された者として。

 できることは全て尽くさなくては。

 

「……よし、ちょっと休憩しようかな。30分くらい経ったら起こしてちょうだい」

「分かりました」

 

 さしあたっては、連日の徹夜で疲弊した頭を休めることにしよう。

 竜の少女だって、それくらいは許してくれるだろう。

 そんな結論を弾き出した百由は、夢の世界へと早急に旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──捜索から一週間、梨璃の謹慎処分が解除される日。

 今まさに、梨璃は部屋から出てくるところである。

 

「ごきげんよう、梨璃」

「夢結様、皆さん……?」

 

 俯く少女を出迎えたのは夢結や一柳隊だけではない。

 百合ヶ丘に在籍する多くの仲間(リリィ)たちが、廊下一帯を埋めつくさんばかりに集まっていた。

 皆が見守る中、差し出されたのは四つ葉の髪飾り。

 彼女たちは髪飾り探しに難航していた一柳隊に手を差し伸べ。

 百合ヶ丘の生徒全員でのレアスキルを用いた捜索によって。

 この髪飾りをついに見つけたのだ。

 

「梨璃さん。さ、これを」

「これ……」

「さぁさぁ。いつまでもご覧になってないで、さっさとお着けになって?」

 

 朝露を浴びた若葉の如く、明かりを照り返す髪飾り。

 梨璃はずっと見つめている。

 まるで、()()()()()()それを。

 

「これ……()()()()()()()()()()()?」

「えっ!?」

「私のなくしたのとそっくり」

「そっくり!?」

「同じものじゃ……?」

 

 予想外の発言に、その場が驚きと困惑に包まれる。

 小さく首を振って、梨璃はぽつりと零す。

 曰く、彼女が使っていた髪飾りには四つ葉の1枚にヒビがあったとのこと。

 しかし、渡された方にはそれがない。

 確かに言われてみれば、不自然な点が浮き彫りになってくる。

 梨璃が髪飾りをなくしてから、そこそこ日は経ったはずなのに。

 見つけた髪飾りは不自然なほど綺麗だ。

 しかもあの日、ヒュージからの攻撃が直撃したにも関わらず、である。

 本来なら、傷の1つや2つはあってもおかしくないというのに。

 

「ほほほほほ……それはリサーチ不足……」

「どういうことかしら? 楓さん」

「い……いやですわ夢結様。そんな怖い顔して……おほほほほ~……」

 

 場合によっては、CHARMかレアスキル(ルナトラ)が飛んできそうな雰囲気を放つ夢結。

 その剣幕に、楓は冷や汗が止まらない。

 発言次第では命が危ないだろう。

 かといって、事実を事実のまま伝える以外のことも思いつかなくて。

 諦めた楓はまず懐から何かを取り出した。

 

「これは?」

「これ……これ私のです!」

 

 あまりにも無残な姿に変わり果てた『それ』が。

 本来の梨璃の髪飾りだという。

 ボロボロに歪んでいるにも関わらず、判別がつく梨璃の目には驚くが。

 それ以上に謎なのは──

 

「──梨璃さんの髪飾りが2つ?」

「新しいのは、楓さんがご自分で作ったんです」

「汐里さん!?」

「どういうことだ?」

 

 頭をバリバリ掻いて、令嬢らしからぬ髪型になった楓は。

 髪を整えつつ、気まずそうに真実を語り出した。

 ……本物は2〜3日目に、浜辺で見つけていた。

 しかし、たとえ見つかってもこれでは梨璃を余計悲しませるだけだ。

 そう考えた末、汐里に相談。

 夜な夜な工作室に籠りきりで、同じような髪飾りを作っていたというわけである。

 

「では、今日の昼間見つけたのは……」

「あんな大がかりに捜されては、さすがに本物の在処がバレてしまいますから? 早起きして本物を仕込んでおいたんですの」

「わしらまで謀っとったとは……」

 

 次第に開き直るような、吹っ切れたような口振りに変わっていく。

 ここまで来たら最早ヤケクソだ。

 

「で、わたくしが最初にそれを手にして、昨夜できたばかりの偽物とすり替えたという寸法ですわ」

「楓が、そんな手の込んだことを……」

 

 だから、髪飾りを見つけた時に楓が真っ先に飛び出した。

 ……まさか上級生に飛び乗っていくとは思わなかったが。

 それもまた、他の部分でインパクトを強めておくことによって。

 本命を目立たなくすることを狙った作戦だったのだろう、多分。

 周囲の驚きの声が強くなる。

 楓はついにドカッと座り込んだ。

 

「ええ、ええ、ええ、ええ! 梨璃さんや皆さんを欺いたのは紛れもない事実ですわ! 煮るなり焼くなり好きになさってくださいまし! バレたらバレたで、わたくし一人が全ての責めを負えば済むことですもの!」

 

 いっそ清々しささえ感じる自供。

 正々堂々した性格の彼女らしいといえばらしい行動ではある。

 

「思いっきり汐里を巻き込んでるし」

「いえ、あたしは工作室をお貸ししただけで。何をなさっていたかはここで知りました」

 

 詳しい事情は教えることなく半ば強引に要求を通していた、と。

 要はそういうことで。

 言い方は悪いが、それなら汐里は利用されただけ。

 確かに責任を追及されることはないだろう。

 

「楓……」

「な……何ですの?」

 

 梅が少し低い声で見下ろす。

 その様子に、楓は一瞬身構えて。

 

「お前、いい奴だな!」

「うんうん」

「えっ?」

 

 本人からすれば予想外の反応に、思わず呆けた声が出る。

 そして、不意に飛び込んできた桃色が楓を包み込む。

 

「ありがとう、楓さん」

「ど……どういたしまして」

「それに皆さんも。楓さんの言うとおりかも。この髪飾りだけだったら私、つらいことしか思い出せないかもしれない」

 

 左手の中の歪んだ髪飾りは、確かに苦くて悲しい思い出になってしまった。

 だけど、と。

 その右手に握った新しい髪飾りは。

 

「こっちのもあれば……みんなの気持ちを感じて嬉しい気持ちになれるから。私には、どっちも本物です」

 

 百合ヶ丘の皆が、梨璃のために。

 元気になってほしい、励ましたいと。

 また笑顔を見せてほしい一心で頑張ってくれた。

 そんな温かい気持ちは、凍てつきかけていた梨璃の心を解かすのに事足りた。

 

「は……はあ。それはあれですわね、狙い通りってやつですわね。はは……」

 

 いつもはセクハラ紛いのスキンシップを仕掛ける側の楓だが。

 いざ梨璃から来られると弱いらしい。

 どこか照れたような表情は滅多に見ることがないものだ。

 その様子に夢結は柔らかい笑みを見せた。

 

「お立ちなさい。私からもお礼を言うわ。ありがとう楓さん」

「そんな! わたくしは梨璃さんのためにしたんです。夢結様にまでお礼を言われる筋合いはございませんわ」

「『シュッツエンゲル』として。姉として言っているの」

 

 夢結が素直に礼を言ったかと思えばこれだ。

 なんというか、マウントを取っているような発言。

 威勢を崩してやろうと楓は余裕の微笑を浮かべる。

 

「あーそれはあれですわね。『梨璃さんは私のものよ。渡さないわ』というわたくしへの牽制ですわね」

「ええ。その通りね」

「く~っ! 認めましたわね!」

「もうやめとけ。お前はよく戦った」

 

 鶴紗の辛辣な一言に、楓は「きぃ〜っ!!」と声を上げて。

 いつも通りとも呼べる光景が、少女たちの笑い声を誘った。

 

「ふふふ……あ、あれ?」

 

 梨璃の視界がじわりと滲み出す。

 瞳はやがて熱を溢して、それが涙だと理解するのに少し遅れる。

 周りも、突然涙を溢れさせる梨璃に困惑したが。

 それ以上に、一番驚いているのは本人で。

 

「どうしたんだろう……嬉しいのに、何で……っ」

 

 感情と反応が矛盾する。

 でも、一度自覚してしまえば止まらなくて。

 ついには声を上げて、拭いきれないほどの涙を流していた。

 

「お泣きなさい梨璃。今のあなたに必要なのは……何でもいい、自分の気持ちを表に表すことよ」

 

 泣いている姿は弱々しいけれど。

 それを咎める者なんていない。

 むしろ、それでいいのだと許されたことで。

 少女の中でずっと押し込められていたものが溢れていく。

 

「わたしっ……守れなかったんです! 結梨ちゃんを……私がっ、ちゃんとしなくちゃいけなかったのに……だからっ、アルンさんもいなくなってぇ……!」

 

 嗚咽混じりの本音を吐き出す。

 感情が決壊して、涙に変わっていく。

 ずっと悲しかった。

 悔しかった、情けなかった。

 レギオンの隊長なのに、世話役を任されたのに。

 大切な仲間を失ってしまった。

 自分が守らなければいけなかったのに。

 自分の代わりに、守ろうとしてくれた仲間まで失って。

 それが、今まで受け入れられなかった。

 

「うあああああああああああ……!!」

「貴女はできるだけのことをしたわ。あれは……誰にも防げなかった。アルンさんのことも、結梨のことも……決して貴女のせいじゃない」

 

 抱きしめてくれる姉の胸の中で、梨璃の泣き声が激しさを増す。

 その様子に、もらい泣きする者もいた。

 1週間も溜め込んでいた感情たちを吐き出し切るには、まだ時間がかかるだろう。

 でも、彼女は仲間を失ったことを受け入れた。

 ならば、たくさん泣いた後は前に進めるはずだ。

 つらいことは皆で支え合っていけばいいのだから。

 

 

 

(梨璃さん……)

 

 愛する人の悲痛な姿に、楓は心が締めつけられるのを感じていた。

 密かに爪が食い込むほど手を握りしめる。

 ……本当は、伝えてしまいたかった。

 2人はまだ生きている、と。

 だから、悲しむことはないと伝えたかった。

 でも、それでは竜の少女との約束を破ってしまう。

 

 そもそも、アルンが情報を伏せるように頼んだのは。

 ただでさえ仲間をなくして、心が不安定気味になった梨璃のためだ。

 確かに梨璃は強いが、念のためということだろう。

 正反対の情報を一気に流し込めば、混乱させてしまうかもしれない。

 いや、混乱するだけならまだいい。

 最悪の場合、壊れてしまうことも考えたのだろう。

 そういうアルンの考えも汲み取っているから、楓は何も話せない。

 そして楓なら約束を破れないと思ったから、アルンも彼女を選んだ。

 

(……全く、卑怯な方ですわね)

 

 戻ってきたら覚悟してくださいませ、と。

 楓は心の奥底で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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──……ここ、は?

 

 声に出してるつもりなのに、声が聞こえない。

 でも、自分がなんて言ったかは理解できる。

 ……何この変な感じ。

 

 ふと気がついたら、ここにいた。

 見上げれば雲一つない『青』が広がっていて。

 見下ろせば一面の『白』が咲いている。

 ……ああ、知ってる。

 この花のことを俺は知っている。

 あの子の誕生花だったから。

 あの子が大好きな花だったから。

 忘れない、忘れるわけがない。

 

──じゃあ、俺は死んだのか?

 

 答えてくれる奴はいない。

 必然的に、疑問は答えに変わった。

 俺は、死んだんだ。

 だって、俺の最後の記憶はこんな花畑じゃない。

 結梨ちゃんを守るために光に突っ込んで……

 

──っ、そうだ結梨ちゃんは!?

 

 辺りを見渡してみて、見えるのは花と空だけ。

 あの薄紫の髪は見当たらない。

 じゃあ、結梨ちゃんは大丈夫だったのか……?

 

──……なら、良かった。

 

 約束、1つは守れたみたいだし。

 危うく約束1つ守れない、とんだクズ野郎になるところだった。

 ()()()()()()()は……ずっと頑張って守ってきたんだけどな。

 年貢の納め時、ってやつか?

 生きてきた分の話で許してもらえるかな、なんて考えて。

 ……なんとなく『手』を見下ろす。

 『そこにある』って分かるはずなのに。

 輪郭がぼやけて、姿が認識できない。

 直接聞こえもしない声で乾いた笑いが出た。

 

 もう、疲れた。

 約束も守れないような奴で、ごめんな。

 そうやって、視界を閉ざそうとして。

 

「────」

 

──っ!

 

 青と白しかなかった空間に、()()()()()()()()を見つけて。

 思わず『駆け出して』、その腕を『掴んだ』。

 声はちゃんと聞き取れなかったけど、多分そうだ。

 相手はひどく驚いていたけど、その辺は許してほしい。

 

──そんな急いでないで、ちょっと俺とお話しましょうよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──()()()()()

 

 彼女だけは、今行かせちゃいけない気がしたから。

 




ここで伏線の解説を放り投げておきます。

37話最後のシーン、33話冒頭
→2話でじゃれてたイルカたち。「明らかな異変を感じたら、その場所に行って異変の痕跡っぽいものを海岸にいるはずの猫に渡してほしい」と頼まれた。
余談だが、本作ではここで父親デビューしたイルカの子どもが『真夏のエスコートナイト』に登場したイルイル。

38話冒頭、32話冒頭
→おーやさんを始めとした拠点の猫たち。「近いうちにイルカがなんか運んでくるから、それを隠しといて。で、隠し次第ウィザを百合ヶ丘に派遣しといて」と頼まれた。


【キャラ設定】その39(今回は自分用まとめ)

『ピトス』の仕組み仮説と現状

1-1 結梨ちゃんを守るので精一杯なマギの残量
→なんならそれでも足りないから、自然回復する結梨ちゃんから少しずつもらってる(身体を守られている結梨ちゃんとマギを受け取っているオリ主の生命線的な依存関係)
1-2 ロスヴァイセに頼んでマギを譲渡
→マギが十分集まればリジェネ発動で意識も戻る?
(オリ主の体は一応ヒュージだから、触ったら負のマギが入ってきたりしない……?)
→しない。

2-1 マギが集まっても開かないピトス
→「負のマギまで入れたのがマズかったんじゃね?」(そんなことない)
2-2 入れた負のマギによる結梨ちゃんへの影響
→「全然ないし、それどころか負のマギ入れたリリィが元気になっとるが?」(負のマギも自分でリサイクル)
2-3 開かないのは何故?
→「他になんかいるんちゃう? 知らんけど」(今ここ)



今回の話を書くにあたって本編10話を見返していたのですが、梨璃ちゃんが泣き出すシーンでぐずぐずにもらい泣きしました。危うく完成しなくなるところだった……


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ネメシア

モチベが死につつあることを感じている今日この頃。


 いつもの俺なら『イマジナリーセイバーだ!!!』とかほざいて一人で軽くハイになってたと思うんだけど。

 生憎今の俺にそんな余裕はないし、そんな場面でもないわけで。

 

「何のつもりだい?」

 

 ともすれば挑発しているようにも見える琥珀の瞳が俺を射抜く。

 そうだよ、咄嗟に腕掴んじゃったけどどうするつもりだよ。

 バカ正直に『オメーが夢結様の前に化けて出るからだよ』って言うのも違うだろうし……

 『Eランクの直感が俺に囁いたので』ってか? 却下だボケ。

 そういう場面じゃないんだってば。

 ……ああ、ダメだこりゃ。

 自分で思ってた以上にパニクってやがる。

 クソッ、何に動揺してんだ俺は!?

 ……って、まあ。

 強いて言えば全部に動揺してたわ。

 

──いや、なんか急いでるなと思ったので。なんでかなーと

 

 伝わるのか一瞬不安になったけど。

 鋭い目つきが少し柔らかくなった様子からして、一応なんとかなってるっぽい。

 

「君のことは知っているよ。ヒュージの肉体を有しながら、リリィの心を持って人類に味方する異端の竜」

 

 まあ、そのくらい『見てたよー』とか言われても驚かんけどな。

 イマジナリーお姉様ならやりかねない。

 そう、思った矢先に。

 

「──そして、()()()()()()()()()()()()()()()、謂わば『余所者』」

 

 続いた言葉はさすがに度肝を抜かれた。

 そこまで見透かされてんのかよ……

 無意識に身構える。

 ワンチャン敵対する線も浮上してきやがった。

 正直勝てる気がしないから避けたいルートだったんだけど。

 

「そこまで警戒しなくてもいいさ。僕に敵対の意思はないよ」

 

 君が敵にならない限りはね、と付け加えて。

 美鈴様はひらひらと手を振る。

 

「それに君に前世があると分かっただけであって、前世の内容そのものに触れたわけでもない」

──……それだけでも充分情報漏洩だと思いますけど。

「セキュリティーが甘いんじゃないかな」

 

 プライバシーはどこに行ったのか。

 その言葉は呑み込んでおく。

 おかげで気が紛れたし。

 

──それはさておき、何をそんなに急いでるんですか?

「急いでいるように見えたかい?」

──そりゃもう。

「そんなつもりはなかったんだが……」

 

 なんというか、掴みどころのなさそうな微笑み。

 顔も整ってるから『落とそう』と思えば落としてそうだよな……

 ……じゃなくて。

 

──なら、あまり下手に動かないでもらえます?

「どういうことかな」

──直接関わってるのか分からないですけど、あなたのシルトが美鈴様の幻影を見て苦しんでるんです。

 

 血迷ったとか、うっかりというわけではない。

 考えた上で言ったことだ。

 やっぱり変に嘘ついて、時間稼ぎみたいに引き止めても。

 それは単に問題を後回しにしてるだけ。

 ならいっそ、正直に言って解決や対策に繋げるべきだ。

 もちろん、目の前の美鈴様をどうにかしたからって。

 夢結様が幻を見なくなる確証はどこにもない。

 でも、どうにかできるヒントくらいは得られるかもしれない。

 

 それに……それ以上に。

 『アサルトリリィ』という作品(アニメ)に触れた時からずっと思っていたことがあって。

 せめて、そのことを訊かないと気が済まない。

 

「そうか……夢結が」

 

 小さく呟いた美鈴様は空を仰ぐ。

 どこまでも青い、澄んだ空を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「また徹夜?」

「ええまぁ、気にしないでー。好きでやってるから」

 

 百由に呼び出され、夢結は彼女の工房を訪れていた。

 CHARMのメンテナンスがある度に来てはいるのだが。

 来る度に、ここ一帯の汚さが更新されている気がする。

 以前それとなく聞いた時は「ぐろっぴに手伝ってもらってるのよー」と言っていたが。

 最早それも追いついていないように見える。

 

「毎日ご苦労様ね」

「えっ? あんた今私に気ぃ遣った?」

「いえ、別に……」

「うそうそうそ! 孤高の一匹狼としてリリィからも一歩引かれたあの白井夢結がよ!?」

 

 ……一体夢結を何だと思っているのか。

 それとも今までの行いのせいなのか。

 心底驚いた様子の百由に、ジトっと視線を向ける。

 まあ、照れを含んだその目では大した圧にならないのだが。

 それでも、視界の端に映った青白い光に。

 『世間話がしたくて呼ばれたわけではない』ということを理解する。

 

「あー、回りくどい前置きは後回しにして……後回しにしたら後ろ置き? 違うか、ごめんね」

 

 私もちょっと覚悟がいるのよ、と付け加えて。

 自分の頭に置いていた手を下ろす。

 ふー……と呼吸を整えて、真剣な表情で百由は本題へと切り込む。

 

「聞きたいのは、美鈴様のこと」

「CHARMのことではないの?」

 

 淡く光を放つ大剣──ダインスレイフが置かれていることから。

 てっきりCHARM絡みの話だと思っていた夢結には寝耳に水だった。

 

 そもそも、このCHARMは夢結が契約していたものだ。

 しかし2年前の甲州撤退戦で、最後に使ったのは美鈴である。

 とはいえ百由はその場にいたわけではないから、それを知っているはずがない。

 なら、何故知っているのか?

 答えはダインスレイフに隠されていた。

 

「このCHARMね、術式が書き換えられているの」

「えっ?」

「知らないか。じゃあカリスマのことは?」

「カリスマ? お姉様が?」

 

 百由は夢結の目を見て頷く。

 カリスマは本来、リリィ同士で使うレアスキルだ。

 仲間の士気を高め、結果としてレギオン全体の能力を向上させる。

 その性質から『支配のスキル』と称されることもある。

 だというのに、だ。

 

「美鈴様はリリィではなくヒュージに対してそれを使った形跡があるの」

 

 マギとはヒュージを使って、古い秩序を破壊し。

 新しい世界を生み出す意志だとする説もある。

 それが一体何者による意志なのかは謎だが、この際そこは問題ではない。

 最近百合ヶ丘の管轄で出現したヒュージの行動には、今までになかったパターンが現れるようになった。

 まるで何かがヒュージを狂わせ、闇雲な凶暴性が増しているようなそれは。

 ダインスレイフを回収した戦いの前後と一致する時期に起こった変化である。

 ここから導き出される答えは。

 『2年前に仕込まれていた何かに、そこでスイッチが入った』ということだった。

 

「心当たり、ある?」

 

 説明を終えて問いかける百由は。

 心なしか気遣うような優しい声をしていた。

 しかし、夢結は静かに首を振る。

 

「……お姉様は強くて優しくて、立派なリリィだった。それしか分からないわ。ごめんなさい」

「いいから。気にしないで」

 

 不自然なくらいに美鈴に関わる記憶(情報)が欠けている。

 『品行方正で、その立ち振る舞いには一点の曇りもない優秀なリリィ』

 それが皆の共通認識だった。

 何かちょっとした欠点くらいあってもいいはずなのに、そういった話が一切存在しない。

 加えて、公式の記録と想定されるレアスキルの齟齬。

 あれほど一緒にいた夢結ですら、『姉』のことを知らない。

 よく考えてみれば、おかしい話ではないか。

 小さかった違和感は、気づいてしまえば根拠を拾って大きく膨らんでいく。

 その変化は夢結も感じ取っていた。

 

「私ももう少し考えてみる。何か思い出せたら、また顔を出すわ」

「ええ、ありがとね」

 

 そして夢結は工房を後にする。

 確かに、この一件に関して成果はなかった。

 それなのに、百由の口元は緩やかな曲線を描いていた。

 

「そんな簡単に昔に戻れるわけない、って思ってたけど……」

 

 2人の間には甲州撤退戦から続く問題が残っている。

 ささくれ立ったそれのせいで穏やかに話す機会どころか、メンテナンス以外ではまともに取り合ってもらえないとすら思っていた。

 でも、こうして気を遣ってくれるくらいには関係が戻ってきている。

 

 それに『本来』ならば。

 白井夢結は『姉』の幻覚によって苦しめられ、不安と懐疑に精神を揺さぶられていたことだろう。

 しかし、ここにいる彼女は違う。

 確かに彼女の心は今も決して強くない。

 それでも仲間が支えてくれていることを知っている。

 前を向いて真っすぐ立っている。

 もちろん、人知れず動いている竜の少女のサポートもある。

 だが、最も彼女が『原作』以上に安定している理由としては。

 ()()()()()()()()()()()という予感が、何故だか彼女の中で根付いていることにあって。

 だから、前を向いていられる。

 蜘蛛の糸を掴むような弱く淡い希望な上に。

 推測でしかないから、誰にも伝えないけれど。

 

「思ってたより何とかなりそうね」

 

 そんな夢結の心情は分からないが。

 百由は嬉しい変化に頬を緩める。

 そして一人になった工房で、『弱く淡い希望』を確実なものに変えるために。

 彼女もまた動き出すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ヒュージとリリィの違いは何だと思う?」

 

 空から俺へと視線を下ろした美鈴様は、第一にそう言った。

 ヒュージと人間の間を行ったり来たりしてる俺にそれ訊くか。

 

──リリィには心があります。大切な人を守りたい、故郷を守りたいっていう意志の力が彼女たちを強くするんです。

 

 美鈴様は興味深そうに微笑みを深めた。

 

「リリィは迷いや弱さを抱えたまま戦う。人を超える力を持つことへの恐れや、それが命を懸けて守る価値のあるものだろうかという問いを抱えたまま……この違いは何だろうね?」

 

 ……内容が難しいったらない。

 勘弁してくれよ、俺も頭良いわけじゃないし。

 そもそも俺は哲学をしに来たわけじゃないんだ。

 夢結様なら『正しい答え』を返しただろうけど、俺は俺の答えを返させてもらおう。

 

──そんなの分かりませんよ。それが『心を持つ』ってことなんじゃないですか。

 

 俺にも聞きたいことがあります、と前置きして。

 了承も得ずに勝手に質問を投げかける。

 

──どうして夢結様に何も伝えなかったんですか?

「──何も、って」

──レアスキルのこと、美鈴様自身のこと……いや違うな、あなたが自分のシルトに抱いていた想いをなんで黙ってたんですか?

 

 今度は美鈴様の表情が苦くなる番だった。

 踏み込まれたくないデリケートな話だっていうのは簡単に察しがついた。

 

「君こそ、一体僕の何を知っている?」

──隠しごとを山ほど抱えて命を落としたことなら。

「ふーん……」

 

 ……怯むな。

 例え目の前のリリィ(亡霊)が射殺せそうな視線をぶつけてくるからって、今は目を逸らすな。

 自分に言い聞かせる。

 ここで退いたら何も進みやしない。

 意地で恐怖心を黙らせる。

 強く意志を灯せば、美鈴様がついに折れた。

 

「僕のレアスキルが何だか知っているかい?」

──カリスマ……いや、ラプラスですよね。

 

 アニメ本編では周りの認識とは違って、カリスマだったとされて。

 その後に上位スキルのラプラスじゃないかって言われてたはず。

 しかし、美鈴様は首を()()()()()

 

「僕のレアスキルはユーバーザインS級、君たちがラプラスだなんだって言っているものは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

──人体実験って、それは……!?

「『エンハンスメント』──ブーステッドスキルの一つ、とでも言えば分かるかな」

 

 言葉が出なくなった。

 つまり、美鈴様は強化リリィだったわけで。

 しかも本当のレアスキルは、俺と同じユーバーザイン。

 アニメで語られなかった事実に頭を殴られた気分だ。

 

「ユーバーザインは普通、超感覚を主な効果としているんだけどね。でも、S級にまで至ると他者の記憶すら操作できてしまうんだ」

 

 まぁ君が持っていたユーバーザインは普通のものだから安心してくれていいよ、なんてつけ加えてきたけど。

 全然、それどころじゃなくて。

 

「そんなことがバレたら何をされるか分からない……そう思っていたら、皆の記憶を弄って誤魔化していた」

──え

「そうやって誤魔化(ズル)し続けるうちに、こう思うようになったんだ。『今向けられているこの好意は僕が操作したものなんじゃないか?』ってね」

──じゃあ、夢結様のことも……

「うん。僕を純粋に慕ってくれていただろう夢結(シルト)でさえ、同じように記憶を改変したんじゃないかって考えていたよ」

──……っ!

 

 自分のことがバレてしまうのが怖くて。

 だから記憶を書き換えて誤魔化して。

 それを続けているうちに、疑心暗鬼が深まって。

 結果、他者の想いを信じられなくなってしまった。

 同時に、そうやって壊してきたことが自己嫌悪を強めて。

 自分のことを否定するようになったんだ。

 

──だから、自分と自分の世界が嫌になったんですか。

「そういうことさ」

 

 でも、と続きの言葉を語る美鈴様は。

 自嘲のそれから、眩しいものを見るような微笑みを浮かべて。

 

「夢結は──夢結だけは僕にとって特別な存在だ。あの子だけは僕が塗り潰してしまったこの世界に彩りを与えてくれる」

 

 もう届かないものに手を伸ばして。

 その手をだらりと下ろす。

 美鈴様の表情は自嘲の笑みに戻っていた。

 

「僕はそんな夢結を傷つけることだけは絶対にしたくなかった。だから、もし僕が僕を抑えきれなくなった時には殺してくれと頼んだんだ」

 

 でも、夢結様は『美鈴様を受け入れる』ことを選んだ。

 今聞いた話からして、それが『自分で作り替えた気持ち』に思えてしまって。

 純粋な好意として受け取れなくて、美鈴様は苦しんだんだろう。

 ……強化リリィであることやレアスキルを隠そうとした理由は分かった。

 それ故に、孤独になってしまったつらさも分かった。

 美鈴様が抱えてきた苦しみが理解できる、なんて言うつもりはないけど。

 だとしても。

 

──夢結様を想う、美鈴様の気持ちは本物だったんじゃないですか?

 

 琥珀の瞳が大きく見開く。

 話を聞いていても、やっぱりずっと考えていた。

 確かに、他人から寄せられた気持ちの真偽は分からない。

 向けられていた好意はレアスキルで弄ったものかもしれない。

 だからって、自分の中にある気持ちまでは嘘じゃないはずだ。

 

──好きだったんでしょ、大切なんでしょ。

「大切だからこそ抑えるべきなんだ。()()()()()()()、夢結が知るべきではないから──」

 

 その言葉を聞いた時、俺の中で何かが溢れた気がして。

 

──『好き』に邪な気持ちなんてないッ!!

 

 空間が震える。

 取り繕い気味の言葉遣いも振り切って、気づけば『叫んで』いた。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 

──誰かを大切にしたい気持ちに邪な気持ちなんてあるもんか! 妹を想うあんたの気持ちはどうしようもなく本物だったんだろ!

 

 半ば掴みかかるように訴える。

 

「だから、伝えてしまえば夢結を苦しめる枷になってしまうと……!」

──違うッ!!

 

 気持ちを伝えれば苦しめてしまう?

 自分の感情を枷にしたくなかった?

 そうじゃない、そうじゃないだろ……!

 

──伝えるのが怖かったんだろ!? 返ってくる気持ちが本物だって分からないから……!

 

 この世界は、俺のいた世界とは違う。

 元の世界以上に、死と隣り合わせなのが最早日常だ。

 昨日まで仲良く話していた人が、明日には二度と会えなくなっているかもしれない──そういう世界だ。

 だから、殊更に伝えるべきだったんだ。

 だって──

 

──死んだら、本当の想いは伝えられないんだぞ!!

 

 そして、伝えなかったからこそ。

 夢結様も美鈴様も、苦しんできたんじゃないのか。

 

 俺だって、伝えたいことはいっぱい伝えてきた。

 それでも足りなかったのに、もう伝えることは叶わない。

 大切な人と話せないのが、どれだけ悲しいことか。

 大切な人と触れ合えないことが、どれだけ悔しいことか。

 分からないはずないじゃないか……!

 

──それに『抑えられないから殺してくれ』って時点でおかしいだろ……! 『傷つけたくない』って言った口で一生モノの傷残そうとしてんじゃねーか!

「っぐ……」

 

 そもそもの話。

 『壊したくない』『傷つけたくない』なんて、まるで穢してしまうような言い方をして。

 触れないようにすることを、()()()望んでいるっていうなら。

 もっと方法があったはずだ。

 そう、例えば──そのユーバーザインS級を以て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか。

 知らなければ傷つけることもない。

 傷つけなくて済むから、抑える必要もなくなる。

 関係を『他人』に戻してしまえば、適切な距離が保てるだろう。

 百合ヶ丘に誤魔化し続けることができたんだ、それくらいやろうと思えばできなくはないはずだ。

 

 でも、結局しなかった。

 楽になれるかもしれなかったのに、それを選ばなかった。

 それは、つまり。

 

──夢結様の中から消えたくなかったんじゃないの?

「……っ!」

 

 夢結様に殺してくれって頼んだのも。

 『夢結様には自分のことを忘れてほしくない』って気持ちの表れなんじゃないのか。

 この方法なら、良くも悪くも忘れはしないだろう。

 女の子は拗らせると、そういう病んだ方法になるところあるから。

 尤もその頼みは、ある意味想定されていなかった形で叶えられてしまったわけだけど。

 

──『大切な人には覚えていてほしい』、それは真っ直ぐな想いだ。

「真っ直ぐな、想い……」

──あんたが抱いた想いは何も間違っちゃいない。そりゃダダ漏れっぱなしはどうかと思うけどさ、伝えるくらいならよかったはずなんだよ。

 

 歪んでいたのは、行程や行き着いた答えであって。

 始まりは真っ当なものだったはずなんだ。

 だから、さ。

 

──自分の想いに嘘なんてつくなよ。大切なその気持ちは隠すことないだろ。

「そうか……」

 

 散々言い散らしておいて、結局言いたいことが言えたかは自信ない。

 でも、美鈴様は穏やかな笑みを浮かべて。

 胸に手を当てた。

 もらった言葉を大切に込めるように、そっと。

 

 大切な人がいるからこそ世界に価値を見出す、その考えは俺にも分かる。

 ……俺と美鈴様。

 何かが違っていれば、互いに同じ道を通っていたかもしれない。

 やっぱりどこか似てるのかもな、なんて思うのはおこがましいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「梨璃さん! よかった、探しましたのよ?」

 

 少女たちは列を成して歩いていた。

 決してピクニックのような明るいものでもなければ、多少大袈裟な外征でもない。

 もっと大規模で、もっと深刻なものである。

 

 ──ヒュージネストから、3つの物体が射出された。

 弾道軌道の最高到達点は3800kmほど。

 予想される目的地は、地球を一回りした後に百合ヶ丘へ。

 要するに、ネストはヒュージをミサイルに見立てて攻撃を仕掛けてきたのだ。

 ネストにだって相当な負荷がかかるだろう。

 しかしそれ以上に、相応の質量を速度と距離を以て叩きつければ。

 辺り一帯を壊滅させ得る、絶大な破壊力となる。

 しかも、それが3発。

 負荷に釣り合う、壮絶な被害をもたらすことは想像に難くない。

 故に、咬月は百合ヶ丘の全生徒に退避命令を発令した。

 若き頃の己が経験した衝撃を、現在と重ねて。

 ……建物は壊れたら、また直せばいい。

 だが、人命は失われたら戻らない。

 そう考えての判断だった。

 

「楓さん! お姉さまはどこか知りませんか?」

「夢結様ですか? さぁ……わたくしたちより先に避難……なさる方でもありませんね」

 

 そういえば見かけないな、くらいの軽い気持ちで。

 合流した楓に投げかけてみると、彼女も知らないようだった。

 「あの夢結様がかわいいシルトを置いて先に避難するような聞き分けのいいシュッツエンゲルなわけありませんもの」と語る通り。

 梨璃としても、先に避難した線は薄いと考えていた。

 しかし、どこにいるのかという心当たりもなかった。

 『原作』の夢結と違って、特に幻覚に悩まされてもいないため。

 梨璃も引っかかるものがないのだ。

 一体どこへ、考えかけたところで。

 

「あ──」

 

 薄暗い空を引き裂く3つの光。

 それらは光の爆発を伴って、大地を大きくくり抜いた。

 驚く少女たちの注目をかっさらったミサイルから浮上する黒い球体。

 それもまた3つ。

 互いに共鳴し合うかの如く黒い波動を発しだす。

 空を埋め尽くすほど、避難するリリィたちに届くほど。

 不吉な何かが漂っている。

 ……胸騒ぎがした。

 心当たりはないとはいえ、もしかすると校舎に残って逃げ遅れたリリィや職員を誘導しているのかもしれない。

 

「私、戻って見てきます!」

 

 グングニルのコアにルーンが浮かび。

 地面に円を描いて、跳躍の構えを取る。

 

「なら、わたくしもお供しますわ!」

 

 続いて、楓もCHARMで円を描く。

 ところが。

 

「あ……!」

 

 ジョワユーズは土埃を立てただけ。

 光の陣は浮かぶことなく、楓の体が勢い余ってよろけた。

 咄嗟に梨璃が支えていなければ転んでいたことだろう。

 

「マギが、入らない……!?」

「大丈夫ですか?」

「え、ええ……どうして……」

「……先、行ってますね!」

 

 再び梨璃が円を描けば、ちゃんと光が形になる。

 今度こそ跳び立つと、校舎の方を目指していった。

 梨璃が去った後、楓は辺りを見回す。

 2人のやり取りを見ていた他のリリィたちが試しにCHARMを起動させてみるも。

 どうやらどのCHARMも反応しないらしい。

 最初こそCHARMの不具合を疑っていたが、周囲の状況を鑑みて確信に変わる。

 原因はおそらく空を覆っている黒いオーラだろう。

 なら、何故梨璃のCHARMだけが起動したのか?

 自分たちと梨璃との違いは何なのか?

 ……分からない。

 今は分からない、けれど。

 

「梨璃さん……どうかご無事で」

 

 確かなのは、現時点でほとんどのリリィが無力化されたこと。

 そして、まだ梨璃の力にはなれないということだ。

 悔しさに噛みしめた誰かの歯が、ギリッと音を立てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなタイミングで、何かが目覚めようとしていた。

 




オリ主は舞台版のことは何も知りません。美鈴様が抱いていた「邪な気持ち」も本当はどういうものかあやふやです。
ただ、視聴当時それを聞いて「激重だ、(意味深)のやつだ……!」とオタク特有の妄想に浸った後、冷静になって「本当は夢結様に恋愛感情を向けていたけど、それが良くないものだと思ってた……みたいな?」と考えていました。
作者の表現力が足りなくて上手く書けないのがもどかしいところ……

【キャラ設定】その40

感情的になると、言いたいことはあるのにまとまらなくなって支離滅裂になる(厳密には話の前後が繋がらなくなる)タイプ。
というか今回は謎の空間に飛ばされるわ、イマジナリーお姉様とエンカウントするわ、何ぞ経歴見透かされてるわで動揺しまくってたから殊更にぐっちゃぐちゃ。精神状態にデバフかかってる。
文面的には冷静に見えるが、転生者であることを見透かされた辺りから『声』が震えていた。


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Stand up‼︎

とにかく「完結させたらぁ!!」と、もはやヤケクソで走っている作者です。
前回サブタイトルは花の名前です。ちょっと調べてみたら「これや……!」と思ったね。


 ミサイルと化したヒュージの襲撃。

 それに伴う百合ヶ丘のリリィの退避命令。

 極めつけは、ほとんどのCHARMが突如として使用不能になったこと。

 少女たちが混乱に陥るのは無理もない話だ。

 

 百由の解析で、先の3体のヒュージは墜落時の運動エネルギーを利用して。

 地中深くに潜り込み、マギの結界を展開していることが分かった。

 件の結界が、CHARMを封じた大本であることも。

 マギの供給量が尋常ではなく、CHARMが起動しなくなったのもその影響だろう。

 ただ、あれほどの規模の駆体を構築しながら、リリィのマギにまで干渉してくることは想定外だ。

 

「マギをこうも湯水のように使うとは……」

「先に降りた3体のマギ反応は、ほぼ消失。新たに出現したヒュージに吸い尽くされたと思われます」

 

 しかし、敵の数が減ったからとて。

 安心できる要素は一つもない。

 3体分のマギを取り込んで、新手の1体が強力になった可能性もあるのだ。

 

「あのヒュージ……ここからでも、殺気を感じる」

 

 ヒュージが放つプレッシャーに、冷や汗が出るのを実感する。

 その強大な敵意と憎しみは、まるで──

 

「──『ルナティックトランサー』……」

「百由、今なんて?」

「結界の中心部にあるこの波形、ルナティックトランサーのによく似てる」

 

 もし避難が遅れていたら、リリィにも影響を及ぼしていただろう。

 その言葉を聞いて、視線が思わず遠くへ飛ぶ。

 視線の先で、巨大な化物(ヒュージ)少女(リリィ)が対峙していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 白井夢結は、実は一度避難していた。

 しかし楓や梨璃の考えていた通り、そんな素直に逃げてやらなかったのが彼女である。

 同級生たちの目を欺いて、百合ヶ丘女学院に単身戻ってきたのだ。

 何故そんなことをしたのか、と問われれば。

 『ちょっとした探し物』というところか。

 

「っう……」

 

 ところが、その道中で異変が起きた。

 突然襲ってきた鈍い頭痛。

 しかも()()()()()()()()()に、夢結は単なる体調不良ではないことを悟った。

 その証拠に、携えていたブリューナクが起動しなくなった。

 これでは、戻っても戦えない。

 

 だが、彼女には『当て』がある。

 そして、この頭痛も動けなくなるほどではない。

 だから。

 

「大丈夫……」

 

 自分に言い聞かせて、間接照明に照らされた道を進む。

 程なくして、辿り着いたのは百由の工房。

 明かりもない部屋で、ただ一つ青白く光る『それ』はよく目立った。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ──フラッシュバックする、かつての記憶。

 滴る『赤』、傷だらけの『姉』。

 何かを呟いて『黄金』を持ち去られる。

 

 ぐらりと揺れる心、少し頭痛が強くなる。

 でも深呼吸で整えれば、ほら大丈夫。

 

「……ふふっ」

 

 思わず小さく笑う余裕すらあった。

 今までに比べれば、なんてことない。

 これなら制御できる。

 過小評価でも自惚れでもなく、本気でそう感じた。

 

 右手で柄を握る。

 瞬間、本来の主が戻ってきたことを喜ぶかのように。

 CHARMのコアが、夢結のルーンを映し出す。

 

「貴方、まだ私を覚えていてくれたのね……」

 

 美しい黒髪が、マギと溶け合って白に染まる。

 瞳に燃えるような深紅が滲み出す。

 だが、少女は至って冷静で、確かに自我を保っている。

 

(あの子たちが戻ってくるまでは、私が何とかするわ)

 

 振り返って、工房の奥を見やる。

 まるで、そこに何があるのか分かっているように。

 ふっ、と微笑んだ。

 

「その間は力を貸して頂戴──私のダインスレイフ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ちょっと! ……じゃなくて、こら! そこのヒュージ!」

 

 顕現した赤いギガント級に啖呵切ったはいいものの。

 一言目が「ちょっと」な辺り、梨璃の人柄の良さがどうにも滲み出ていた。

 訂正して出た二言目も、やっぱり良い子な部分が抜け切れない。

 

「あなたの相手は私よ! 他の誰にも手出しはさせないんだからっ!」

 

 尤も、今求められているのは挑発の内容ではない。

 重要なのは少しでも時間を稼ぐことだ。

 どれだけ啖呵がほわっとしていようが、みっともなかろうがどうでもいい。

 とにかく敵の注意を引き、仲間が突破口を開くのを待つ。

 

 つまり、これは持久戦だ。

 竜の少女が得意としていた戦いである。

 

(アルンさんなら、どうしてたかな……)

「■■■■■■」

「わっ!」

 

 挑発に乗ってか、単なる本能か。

 マギの光弾が乱れ撃ちで飛んでくる。

 梨璃はすばしっこく跳ねて回避、着弾した所が小さな爆発を起こす。

 

 補欠合格、と聞くとあまり良いようには思えないだろうし。

 本人もちょっとした自虐ネタのようにしている節があるけれど。

 そもそも名門と称される百合ヶ丘に入学できた時点で、何か優れたものを持っているのだ。

 一柳梨璃がリリィとなり得た才能の一つが、この体捌き──いわば回避力である。

 自然の中で育まれてきた動体視力と反射神経。

 彼我距離の取り方やそれなりの身体能力が、彼女の命を繋いでいる。

 

(まずは、陽動の攻撃……!)

 

 シューティングモードのグングニルで撃ち込む。

 しかし、黒いオーラに吸い込まれてダメージを与えられない。

 

「っ!」

 

 煩わしいとばかりに飛び出した赤い『腕』が。

 地面を抉って梨璃に迫る。

 

「うわぁっ!?」

 

 降り注ぐ土塊をすり抜け、半ば飛び込むように避けていく。

 相手はネストのマギを大きく掻っ攫っていったヒュージだ。

 体躯としてならギガント級に並ぶだろうが、マギとしてはアルトラ級にすら迫りかねない。

 そんなものが質量を伴って直撃しようものなら、梨璃だって無事ではいられないだろう。

 ところが、梨璃の避けた一撃は地面から跳ね上がった。

 弧を描いたそれは止まらず、背後の校舎へと直撃。

 最初は結界が攻撃を抑えていたが、衝撃波までは防ぎきれないらしい。

 原型こそ保てたものの、窓ガラスは悉く砕け散っていくのが遠目に窺えた。

 

「っ、校舎が!」

 

 思わず振り向いた梨璃に、隙が生じるのは必然で。

 ヒュージもその隙を見逃さない。

 2つ目の『腕』を切り離して、再び梨璃を貫こうとして──

 

 

 

「ふうっ!!」

 

 割り込む影一つ。

 毛先を()()()白く染めた夢結が赤い一撃を阻んでいた。

 その手に握るは、黄金の大剣。

 以前回収されたはずのダインスレイフだ。

 

「お姉さま!?」

 

 真っ向から攻撃を受け止める。

 激しく弾ける火花が目を焼きそうだ。

 踏みしめた足元からも、強くマギを発していた。

 

「……大丈夫かしら、梨璃?」

「は、はいっ! あ、それ、ルナティックトランサー……? でも、え……?」

 

 振り返った夢結の瞳もまた、中途半端に色を変えていた。

 いつもの澄んだ紫に、紅が溶け込んでいる。

 何度か見てきたルナティックトランサーの暴走とはまた違う。

 姿は近づきつつあるが、理性を保っているようで。

 だというのに、扱う力は普段よりも跳ね上がっている。

 いや、そもそも今はCHARMが使えないのではないか。

 それに伴って、レアスキルも使用できないはずだ。

 だが、目の前で守ってくれている『姉』は。

 それらの不可能をひっくり返している。

 

「あとは、私に任せて。貴女はここから逃げなさい……!」

「あっ、待ってください!」

 

 ヒュージの攻撃を弾き飛ばすと、梨璃の制止を振り切って。

 『腕』を駆け上がって本体へと迫る。

 その隙に校舎を襲った『腕』が夢結を狙って戻ってくる。

 咄嗟に体勢を低くして、立てたダインスレイフの剣先で流せば。

 視界の上下で、文字通り火花が弾けた。

 

「……っく!!」

 

 さらに追い打ちとばかりに、3本目の『腕』が投げられ。

 大剣の腹でなんとか受け止める。

 火花の量が増え、一時的に視界の麻痺を察した。

 夢結は目を閉じて視力の回復を試みる。

 代わりに、他の感覚を研ぎ澄ます。

 かろうじて手から伝わる衝撃が、肌を掠める熱が。

 今の状況を大まかに伝えてくれている。

 

 直接攻撃と火力に特化したダインスレイフに。

 中途半端とはいえ、まともに機能してくれているルナティックトランサー。

 いつも以上に攻撃力に振り切れている今の夢結ですら、防戦に徹していた。

 しかし、それは決して絶望を意味するものではない。

 

「まだ、いける……!」

 

 一撃ですら脅威だというのに、彼女一人で三撃も対処できている。

 一方的に押し潰されるのではなく、拮抗できているのだ。

 ヒュージの攻撃は、質量とマギによる火力頼りの極めて単純なもの。

 質量は技術で流せる。

 マギによる火力はCHARMとレアスキルで対抗できる。

 負けていない、士気もある。

 ならば、まだ『次』に繋げられる……!

 

「あ──!」

 

 競り合っていた感覚が急に消えた。

 代わりに生じた浮遊感。

 閉ざした視界の中で、過去の経験から。

 『何かの拍子に弾き出された』ことを推測する。

 だからといって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに気づけるわけではなくて。

 

「離れてくださいっ!」

 

 故に、梨璃が突っ込んでくる。

 CHARM同士をぶつけることで、夢結もろとも射線からずらした。

 少なくとも、視覚を封じられた夢結を助けるなら最善策といえる。

 

「■■■■!?」

 

 まるで静かな水面に雫を落とすように。

 梨璃を中心として、マギの波動が広がっていく。

 先程と違うのは、その広がりが清らかなものであることだ。

 薄暗かった空が、地上が。

 わずかに明るさを取り戻していく。

 驚いたのか、ヒュージの砲撃が引っ込んだ。

 その反動で巨体がよろめいたが、それだけ。

 大したダメージには至っていない。

 落下していくだけのリリィなど、最早ただの的に等しい。

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

 邪魔をされた仕返しのつもりなのか。

 『腕』を撃ち出し、砲撃を構えて。

 

「っ、お姉さま……!」

「梨璃……!」

 

 捉えた景色の中、あるいは聞こえた音で。

 2人はそれぞれ状況を理解して。

 嫌な汗が背中を滑り落ちる。

 大切な人の体を抱きしめる少女たちに、魔の手が迫って──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ある程度ギャンギャン吠えてりゃ冷静にもなるわけで。

 結局言いたい放題言っても、もうどうしようもないって現実に行き着いた。

 だってほら、俺だってもう死んでるわけじゃん?

 あとできることっつったら、精々傍観者のお役目くらいよ。

 

──まあ、偉そうなこと言ったところで後の祭りなんですけどね。

 

 『声』のトーンは自虐的で。

 表情が出るなら、どんな顔をしてたんだろうか。

 

──死人に口なし、拱手傍観。俺も幽霊の仲間入りですよ。

 

 投げやりな気持ちが戻ってくる。

 

──約束も守れないクズだから、多分地獄にでも落ちるんでしょうね……

 

 罪悪感も、思い出して。

 

──いや、むしろ成仏もできないでずっと苦しんでんですかねえ。

 

 開き直ったような口振りで。

 

──でもやっぱり、もっと梨璃ちゃんとか、一柳隊のみんなと話したかったなあ。

 

 その実、未練たらたらで。

 

──結梨ちゃんだって助けてやれたんだし、みんなと笑ってるとこ、もっと拝みたかっ、たなあ……

 

 ……ああ、みっともねえ。

 一体どこまで情けなくなれば気が済むんだってくらいに。

 自分の中がぐちゃぐちゃになってく気がして。

 霧がかかる思考の中。

 ほんの一瞬、もう消えてしまいたいなんて思ったところで。

 

「その願い、自分で叶えてくればいいじゃないか」

 

 美鈴様は優しく笑っていた。

 今まで見たような、どこか暗さを感じるものじゃなくて。

 

──なん、で……

「ん?」

──なんで、そんなこと言えるんですか……?

「なんでって?」

──もう、みんなには会えないってのに。

 

「君が言ったんだろう? 『自分の気持ちに嘘はつくな』って」

 

 清々しくて、綺麗な微笑みだった。

 それに、と紡がれた言葉は。

 

「だって、()()()()()()()()()。みんなが繋いでくれている命、手放すわけにはいかないだろう?」

──……あ

 

 沈む思考の中に光を差して、思い出させる。

 弱気になっていた想いを打ち払って。

 

「僕だって、抱えてきた苦しみを和らげてもらった分は返さないとね」

 

 そうだ。

 絶対帰るって気持ちで、今まで布石を打ってきたんだろ。

 死んでやるもんかって、託してきたじゃん。

 いっぺん三途の川が見えたくらいで、何をウジウジしてやがる。

 自分だけならまだしも。

 みんなの努力まで無駄にするつもりか……!

 

「だから、僕とも約束だ」

──やく、そく……

 

 差し出された小指。

 美鈴様は琥珀の瞳を俺に合わせてくる。

 ……俺にとって『約束』という言葉は。

 世間でいうそれよりも、重い意味を持っている。

 だから、できない約束はしないし。

 結んだ約束は何が何でも守っている。

 

「どうか僕の分まで夢結を──大切なあの子の仲間たちを守ってあげてほしい」

 

 あの子と同じ目をしてると思った。

 

「そして、みんなに支えられたその命で生き続けてくれないか」

 

 そう考えたら、自然と『手』を伸ばしていて。

 

──任せて、ください。

 

 指と『指』を結んだ瞬間。

 何かが剥がれ落ちるような感覚がした。

 

──この命も、()()一人だけのものじゃないですから」

 

「……それがヒュージの肉体を持ちながらも、人の心を持つ君が出した答えかい?」

「そんな大層なもんじゃないですよ」

 

 みんなに繋いでもらった命。

 背負っている大切な人の想いや願い。

 まだ生きていられるなら、無駄になんてできるわけがない。

 

「でも、そこまで過保護に守ってあげようとする必要はないかもしれないですよ」

「?」

 

 きょとんとする美鈴様がちょっと新鮮で面白い。

 アニメ本編じゃ見られん表情だし。

 ああ、別に約束が守れないとかじゃなくてさ?

 もちろん必要とあらば、すぐに助けに行くよ。

 でも、ね?

 

「もう夢結様は、朝露みたいに脆くて儚い存在じゃありませんから」

 

 夢結様は周りに仲間がいる(一人じゃない)ことに気づけているはずだ。

 支えてくれる人がいると分かっているはずだ。

 ……実際に頼ることができるのかっていうのは、まあ。

 個人の根本的な問題になっちゃうんだけど。

 それでも、心の持ちようは少し変わってくると思う。

 ちょっとした余裕、みたいなね?

 

「……そうだね」

 

 白い花畑に風が吹く。

 花を揺らす音が心地良い。

 美鈴様は1つ、小さく頷いて。

 

「やっぱり、さっきみたいな砕けた話し方の方が僕は良いと思うな」

「うえっ!? あ、えと、んー……あっはは、はははー……で、きれば、忘れてもらえると助かりますけど……」

「無理かな」

「でっすよねぇー……」

 

 えぐい取り乱したから忘れてほしかったのに……

 うっわ、悪い顔してますわこのお姉様!

 また来ちまったら絶対ネタにされるな、いじられるな(確信)

 美鈴様、人をからかうの好きそうだもん。

 オオオオ……もういろんな意味で来られねえぞここ……!

 

「っと、どうやら迎えが来たみたいだ」

「迎え?」

 

──……!

 

 声が聞こえて、その方向を見ると。

 ぼんやりと人影が見えて。

 目を凝らして、明らかになる薄紫。

 

 ……うん? 薄紫?

 

「────アルンっ!!」

「っとぉおおおお!?」

 

 ふわふわと降下してきたのは一人の女の子。

 アイエエエ!? 結梨チャン!? 結梨チャンナンデ!?

 さすがに吐いたり漏らしたりはしないけど、気分は一般人がニンジャを見た時のそれ。

 結梨ちゃん無事なんじゃないの!?

 

「大丈夫、彼女は確実に生きているよ」

「え、あ、そうなんすか……」

 

 ビビった……ホンットに焦った……

 つーか、何()ろてんですか美鈴様!!

 こちとら大マジぞ!?

 

「ほら、その声を聞かせてあげなよ」

「……あ」

 

 そういや声出るようになってる。

 俺、今世ではこんな声してんのか……

 はっきりしてなかった身体も、ちゃんと分かる。

 しかも、あのゴッツい黒い腕じゃなくて。

 もっと人間らしい肌をした腕をしてる。

 ……ちょっと名残はあるけど、それはそれで良い。

 むしろロマンを感じる……!

 

「アルン、帰ろ? みんなが待ってるよ!」

「……うん。そうだな、帰ろっか」

 

 差し出された手を取る前に、美鈴様へと向き直る。

 

「色々と、ありがとうございました。あっちのことはオレに任せてください」

「こちらこそ。あまり早く来ないことを祈っているよ」

 

 ふわり、ひらりと花弁が舞い上がる。

 そういえば咲いていたこの花たちはそういう意味だったんだな、と思わず口元がほころぶ。

 

「ところで美鈴様、この花の意味って知ってますか?」

「……死の象徴、じゃなかったかな。花言葉は『慰め』、この花を贈り物として選ぶのは『受け取った人の死を願う』という意味になってしまうとか」

「まぁ、間違いじゃないです。というか、一般的にはそういうものとして通ってますし」

「この場所にはぴったりな花じゃないか」

 

 俺も、ここに咲いてるのを見て。

 真っ先にそれと結びついたから「死んだんだ」って思った。

 これ、一応ヒガンバナの仲間みたいなもんだし。

 そういうこった、って思っちまうよな。

 

 でも、思い出したんだ。

 あの子が教えてくれたことを。

 そんな逸話があるのに、この花を好き好んで欲しがったあの子の話を。

 

「スノードロップのもう一つの花言葉は『希望』」

 

 絶望の中に何度立たされても完全には折れなかった、強い少女の話だ。

 

「死という絶望を前にしてなお咲き誇る──逆境の中でも希望を示す花」

 

 

 ──こんな素敵な花が誕生花なんて、すごいと思わない?

 

 そう聞かせてくれた、あの笑顔が。

 胸を締めつけるほどに、眩しかったんだ。

 

「──そんな風に考えられたら、少し素敵だと思いませんか?」

「ふふっ」

 

 美鈴様は柔らかく笑っていた。

 それを見届けて、待ってくれている結梨ちゃんの手を取る。

 

「──行こう!」

 

 1歩、仮初の大地を蹴って踏み出せば。

 世界は光に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「やぁあああああああああああああっ!!」

 

 曇天に轟く、少女の叫びと一筋の『流星』。

 その流星が梨璃たちに迫る一撃を弾き飛ばす。

 

「何あれ……!?」

 

 流星の正体は、一振りの剣──CHARMだ。

 それも、いつか見たボロボロのグングニル。

 ところが、あの時のグングニルとは違う。

 フォルムは本来のものと違って厳つく、攻撃的な印象を受けた。

 内包しているだろうマギは禍々しく。

 リリィが扱う武器にしては、悪役じみた雰囲気が強い。

 だというのに、溢れるマギからはどこか懐かしさを感じた。

 

 それに、叫び声にも聞き覚えがあって。

 

 

 

 

「──今まで、たくさん迷惑をかけてきました」

 

 次いで聞こえた声は、初めて聞く声だった。

 

「たくさん心配かけたと思います。たくさん不安にもさせてきました」

 

 決して大きくはないのに、よく通る声。

 青い短髪、くすんだミルキーグリーンの瞳。

 ワイシャツの上から羽織った上着には、百合ヶ丘の校章が付いているが。

 そんな生徒は見たことがない。

 百合ヶ丘女学院の制服にはない、ショートパンツを履いているのも異質だった。

 

「でも、もう大丈夫です」

 

 しかし、尻尾のように靡く鎖も。

 腰の辺りから広げられた黒い翼も。

 頭に付いている小さな角なんて、見覚えしかなくて。

 

「百合ヶ丘女学院、レギオン『ラーズグリーズ』──一柳隊所属」

 

 少女たちが振り返った先に、ふわりと降り立つ。

 天使の如く現れ、されども悪魔の如き姿をした者は。

 

「高松アルン──現時刻を以て帰還、戦線に復帰します」

 

 『リリィの味方』として、あるいは『一柳隊の仲間』として。

 不敵で、頼もしい笑顔を見せた。

 




登場シーンはカッコつけたがりなオリ主。
ぶっちゃけこのシーンのために今まで頑張ってきたと言ってもいい……! 死の淵からの生還は夢があるってもんよ!!

【キャラ設定】その41

リリィのマギが体内に直接注がれたことで、中身も人間に近づいた姿になった。まだフレーバー程度に人外要素が残っているが(頭に角の名残、右手の指先に残った変色、腰の小さな翼、一対の尻尾)、これ以上は無理。
声帯や制限されていた感覚器官が一部使えるようになっている。その上、現状のスペックを本能的に理解しているため何ができるのかも分かっている。
要するに、今までで一番『安定した』形態。

オリ主ビジュアル、その『一番安定』がこちらになります! 
【挿絵表示】

で、こっちがカラー版です!
【挿絵表示】



オリ主の復活に必要なピースは『とにかく十分な量のマギ』と『ヒュージが有するマギ』でした。より一層人間に近づいた姿にはなったけれど、結梨ちゃんと違ってオリ主はどう足掻いても身体はヒュージのままなので。


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サブタイでふざけられるようになったってことは、どういう意味か分かるか?

勝ち確が見えたってことだよ


 ──時は少し遡る。

 夢結がダインスレイフを持ち出した直後。

 唐突に、ピトスが弾かれたように固く閉ざした(あぎと)を開いた。

 ごろりと縮こまった結梨を吐き出すと。

 淡いマギの光に包まれ、輪郭を曖昧にしていく。

 

「ん……」

 

 一足先に目を覚ました結梨は、それを見届けていた。

 まるで蛹から蝶へと羽化するような変化(メタモルフォーゼ)を。

 

「ふ、あ」

 

 やがて光は剥がれ落ち、露わになる新たな身体。

 あの不思議な場所で見たのと同じ姿だ。

 さしあたり、結梨には真っ先にすべきことがあった。

 

「ゆ、り……ちゃん」

 

 座り込んでいる竜の子は。

 初めて自力で話すこともあって、ほんの少しだけ舌が回っていない。

 そこに結梨は遠慮なく、ずいっと近づいて。

 

「これいる?」

「……ありがと」

 

 傍らに置かれていた衣服を差し出す。

 文字通りに生まれたままの姿──素っ裸のアルンは目を逸らしつつも。

 しっかりと受け取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っし、見た目の問題はこれでいいとして」

 

 外からは厳重なセキュリティーが施されたこの部屋だが。

 中から出ることは容易かった。

 2人の復活を見越して、百由がそう設定していたためである。

 アルンは次の問題に着目する。

 工房の中は人も灯りもない。

 故に、一対ある尻尾の片割れ──コードの先端に大振りなナイフを取りつけたようなものから放たれる微かな光で照らせば。

 あのダインスレイフが見当たらなかった。

 その事実から『割とクライマックス』らしいことを察する。

 

「どうする?」

「多分……今の外はヒュージと戦ってる最中なはずだから、まずはCHARMがないと出られないと思う」

 

 アルンはともかく、結梨が丸腰で戦場に出るのはマズい。

 とはいえ、結梨のCHARMはあの日コアが砕けてしまった。

 あれから百由が直していれば話は別だが、あのままでは使えない。

 そもそも直してあったところで、どこに保管されているかが分からない。

 だからといって、今の結梨に逃げろと言っても。

 素直に従うと思うには前科が邪魔だった。

 

「んえぇぇ……マジでどうすん──」

 

 不意に、ドクンと『脈動』を感じた。

 自分からではなく、工房内の何かから。

 

「アルン?」

 

 結梨の不安そうな声には、軽く頭を撫でて応じて。

 『脈動』の根源を探す。

 光がなくとも感覚で分かる。

 導かれるように辿っていく。

 答えはすぐに分かった。

 

「これ……」

「……グングニル?」

 

 ヒュージに囚われていたCHARMの中でも、最も損傷の激しいものだ。

 百由曰く、解体予定だというグングニル。

 それが確かにアルンを呼び寄せた。

 

「お前……」

 

 文字通りの壊れ物に対する触れ方で。

 グングニルに指を滑らせると、刃に紫電が奔った。

 己のマギと、グングニルに残されたマギが共鳴し合っているのを感じる。

 連れていけ、とCHARMが訴えているようだ。

 

「ふっ……!」

「何してるの?」

「武器作り」

 

 アルンの判断は早かった。

 ナイフの尻尾を引きちぎり、CHARMにかざす。

 痛みはなく、ただ感覚が途切れただけ。

 CHARMの紫電が激しさを増す。

 虚空をのたうち始めた雷が尻尾にぶつかる。

 大振りなナイフは分離、あるいは変形してパーツに変わった。

 それらはまるで、グングニルの損傷部分を補うように取りついていく。

 

 程なくして完成する、歪で刺々しい一振りの剣。

 増幅し、溢れたマギはアルンにとって身に覚えがありすぎた。

 

「あー、そういう……」

「?」

 

 あっさり融合、適合してしまった理由に納得して。

 CHARMの柄を手に取る。

 流れ込んでくる情報は、新たな武器のスペックについてだ。

 

「これ、結梨ちゃんも使えるかも」

「ほんと!?」

「うん。グングニルなら、結梨ちゃんも慣れてるしな」

「よーし……!」

 

 生まれ変わったことを喜ぶかの如く、纏わりつく紫電は。

 仮の主を傷つけることはない。

 むしろ従順に主を守り、力を高めてくれている。

 それは、やはり紛れもなくアルンのマギだからか。

 

「じゃ、お手並み拝見といこうか。お前もCHARMなら、今度こそ持ち主を守って見せろよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 俺、参上ッ!!

 いや、スポンサー繋がり的には「アタシ、再生産!」の方がいいんかな?

 俺はとんでもねえクソデカ感情抱えた『緑色ちゃん』が好きです。

 梅様からは想像できないくらいキャラ違うんだよな……やっぱ声優さんってすごい。

 You〇ubeの一挙公開で見たけど、5話での暴走ぶりは良かった。

 とにかく! 生死の狭間からトンボ返りしてきたぜ!!

 

「アルン、さん……?」

「あぁ。結梨ちゃんもいるよ」

「梨璃ーっ!」

「あ……」

 

 後ろからひょっこり現れた結梨ちゃんは、呆然とする梨璃ちゃんに抱きついた。

 さっきCHARMをぶん投げたのは結梨ちゃん。

 飛んでる俺の背中に立って、思いっきりね?

 

「2人とも、生きて……?」

「うん。言ったろ、『責任持って必ず守る』って」

「だから──」

 

「「ただいま、梨璃(ちゃん)」」

 

「っ……!!」

 

 じわっ、と梨璃ちゃんの目に涙が滲む。

 一番背負い込んでたもんね。

 もう会えないと思ってたのに、また会えたらそうもなるよ。

 泣き出したって仕方ない。

 でも、梨璃ちゃんは強かった。

 ぐしぐし目元を擦って、涙をこらえて。

 

「おかえり、2人とも!」

 

 笑顔で迎えてくれた。

 ほんっと強くなったなあ……どうしよ、おじさんの方が泣きそう……!

 

「──おかえりなさい。結梨、アルンさん」

 

 柔らかい笑顔で声をかけてきたのは夢結様。

 髪はいつもの黒髪、瞳は紫色。

 手に持ってんのはダインスレイフ。

 レアスキルの恩恵か、原作ほど揺さぶり案件がないからか。

 暴走してた素振りはない。

 

「ただいまです。あまり驚かないんですね?」

「ええ。だって、貴女たちなら戻ってくるって信じていたもの」

「まさかの信頼フルバースト」

 

 いやあ、嬉しいねー!

 夢結様に梨璃ちゃんがいなかったら惚れてまうような表情ですことー!

 それに割とメンタルも安定してそう。

 これなら大丈夫かな。

 

「でも、一柳隊の皆にはしっかり説明なさい」

「うぐ」

「黙って独断でいろいろ危険な綱渡りをしてきたようだし」

「うぐぐ」

「特に梅は2度目だから、ちゃんと謝らないと泣くわよ」

「おおぉぉぉ……!」

 

 思わず目を片手で覆う。

 ええ分かってます、分かってますよ……!

 これが全部片づいたら土下座して回る予定なんで。

 楓さん、神琳さん……は分からんけど。

 初手からビンタもあり得そう。

 何気に一番怖いの梅様なんだよなあ。

 何してくるか、じゃなくて『どういう反応されるか』が分からない。

 初っ端から泣かれたら俺もう分かんない。

 フリーズする自信しかねえ。

 でも、これは俺がツケにしてきた問題だ。

 もちろん、ちゃんと向き合うから安心してほしい。

 

「梨璃、苦しいよぉ〜」

「あっ、ごめんね! 嬉しくってつい……」

 

 こっちはこっちで、ほっこりした雰囲気。

 久々に尊い光景が拝めたぜ(歓喜)

 ……ところで。

 

「──『バスタード』っ!!」

 

 突然の俺の叫びにみんな驚く中。

 結梨ちゃんに投げさせたCHARMが、独りでに飛んできて応じる。

 受け止めたのは赤いヒュージの『腕』。

 あんちくしょうめ不意打ち狙ってきやがった。

 テメーいくらここが戦場だからってよォ!!

 百合と声優同士のリプに割り込むのは万死に値するって知らんのかオオォン!?

 キッサマああ死にてーのかそうか殺してやろうか殺すぞ!!

 空気読めや空気を!!!

 キレても仕方ないのは分かってっけど、それはそれとして気が済まねーんだわ!

 

「これは……」

「お察しの通り、前に回収したあのグングニル──それがオレのマギやサーバントと混ざってできた武器『グングニル・バスタード』です」

 

 火花を散らす二振りを見て、夢結様は信じられないような顔をした。

 そりゃ俺だって予想外だったよ?

 でも、現になってんだから。

 使えるもんは使ってかないと勝てない。

 いくら原作では勝ってたとはいえ。

 そう思って油断してたら足元掬われた、とか笑えないだろ。

 俺はAUOじゃないからね、基本いつでも全力だぜ。

 

「あ、あれはオレか結梨ちゃんしか扱えないので気をつけてください。他のリリィが使うと、秒で内包されてるマギに呑まれるんで」

「はい?」

「最悪、命に関わりますよ」

「待って、何故そんな危険なものを扱えるの? 貴女はともかく、結梨まで」

 

 あー、そうっすね……

 その辺り説明したいのは山々なんすけどね!

 こう……そろそろバスタード君が自動操縦じゃ押し切られそうなんでね!

 

「その辺の説明はまた後にしません?」

「……そうね。梨璃、結梨! 早く退きなさい!」

「は、はいっ!」

「うんっ!」

 

 まだちょっと呆然とする梨璃ちゃんを、結梨ちゃんが引っ張る形で下がり。

 入れ替わりで俺が前に出た。

 留めてくれている剣の柄を握る。

 俺の中で有り余るマギ──みんなに分けてもらっただろうマギを流し込めば。

 バスタードはさらに力を増す。

 

「そぉーぅらっ!!」

「■■■■■!?」

 

 ブン、と振り抜けば『腕』が遠くまで弾かれた。

 うえーい、威力マシマシでやんの!

 

「みんなに分けてもらったマギのおかげで、腹が膨れてるっていうの? フルチャージな状態なんだわ」

 

 そうは言っても、身体には力が漲り。

 心はスッと軽くなってて。

 完全にヒュージだった頃でもなかったくらいの調子の良さだ。

 絶好調なんてもんじゃない。

 

「だから、食後の運動にちょいと付き合ってくれや! 動くスクラップよぉ!!」

 

 こんなの……負けるとか考えらんないだろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あれは……結梨ちゃん!?」

「何じゃと!?」

「生きていたというんですか!?」

 

 いつの間にかマギが使えるようになっていたかと思えば。

 状況把握のために、二水が展開した鷹の目は信じ難い光景を映していた。

 

「しかも、梨璃さんと夢結様以外に見たことない人がいます! 青くて短い髪で、え? 角と尻尾、って……まさか、アルンさんですかぁ!?」

「────っ!!」

 

 その報告に、梅の目頭がカッと熱くなる。

 ──生きていた。

 もう二度目にもなる生存報告だ。

 なのに、まだこんなにも嬉しいなんて。

 

「……梅様?」

「っ、大丈夫だ。ちょっと嬉しくなっちゃっただけなんだ」

 

 でも泣かない。

 後輩たちの前で弱いところは見せられない。

 さりげなく拭った熱が弾けて消えた。

 聞きたいことは山程ある。

 何故、どうやって戻ってきたとか。

 何故、人型になったのかとか。

 何故、楓はさして驚いていないのかとか。

 しかし、それよりもここは戦場だ。

 仲間が戦っている、自分たちも戦える。

 なら、見ているだけでは終われない。

 

「どうします? まだ近寄れる感じはしませんけど……」

「──ノインヴェルト戦術、してみませんか?」

「夢結様と梨璃の分はどうする?」

「2人もいるなら、そこに私たちがマギスフィアを届ければ……!」

 

 次々と紡がれる勝利への道筋に。

 一柳隊の士気と期待が高まっていく。

 

「んなこと仰られても、肝心なノインヴェルト用のバレットはどこにありますの?」

 

 だが、楓が指摘した現実に。

 白熱しつつあった議論が冷静さを取り戻す。

 基本的に、ノインヴェルト戦術の特殊専用弾は司令塔を担うリリィが持ち運ぶものとされているが。

 レギオンによっては隊長が持っていることもある。

 一柳隊は後者だ。

 つまり、この場に特殊弾は存在しないはず。

 ため息をついた楓は、ふと身に覚えのない感触に気がついた。

 

「あら?」

 

 違和感に手を突っ込んで取り出せば。

 正体はすぐに明らかになった。

 

「これ……」

「バレットです!」

「なんで楓が持ってんだ?」

「あの時……?」

 

 ──梨璃について行こうとした時。

 マギが入らず、よろけた体を梨璃が支えてくれた。

 おそらく、あのタイミングで忍ばせていたのだろう。

 

 彼女は最初から、一人でどうにかしようと思っていなかった。

 仲間に託し、その上で自分ができることを考えていた。

 一柳梨璃はその点において、もう立派な一人のリリィなのだ。

 

「とにかく作戦は始められる、ということじゃな」

「はい」

 

 勝利への道は開けた。

 足りないピースも揃った。

 机上の空論は実現可能な範囲にまで降りてきている。

 託されたのなら、全力で応えよう。

 それが、リリィの生き様というものなのだから。

 

「では、最初は雨嘉さんからお願いします」

「う、うん」

「その次は……二水さんですわね」

「えぇっ!?」

「わたくしが多少はカバーして差し上げますから、しゃんとしなさいな」

 

 テンポよく順番が決まっていく。

 もちろん、これはあくまで『予定』だ。

 実際に何が起こるか分からないのが戦いというもの。

 だがまあ、その時はその時だ。

 

「それでは、作戦開始ですわ!」

 

 司令塔の一声で、一柳隊は散らばっていく。

 信頼が勝利を掴む、ということを怪物に見せつけてやるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 駆け出す一歩。

 先行して飛んでくマギの斬撃2つ、目っぽいとこに当たった。

 飛びついて思いっきり追加をねじ込む。

 スパーク受け取れゴラァ!!

 

「■■■■■■■■■■!?」

「だらっしゃぁあああああああああああ!!」

 

 テンションは実にフルスロットル。

 気分はまさにロックンロール(錯乱)

 おうおう唸れバスタード!!

 お前の力はそんなもんか!?

 もっとやる気出せるんちゃうんけ!?

 

「す、すごい……!」

「……アルンさん、あんなに叫ぶような子だったかしら」

 

 若干引き気味に驚いてる声が聞こえる。

 夢結様、残念ながら元々そーゆー奴です!

 いつもは抑えてんですよ!

 でもちょっと今は現場復帰にテンションバグってまして!

 調子良すぎて止まんねーの!!

 

「アルンさん危ない!」

「全っ然大丈夫ー!」

 

 梨璃ちゃんの忠告はヒュージの『腕』が来てる、とかそういうのだと思う。

 その辺は対策してあるから問題ないねん。

 

「あれ……?」

 

 ほらね?

 俺が飛びついてる部分を避けて攻撃してやんの。

 すごいねー、まるで()()()()()()()()()()()()()()じゃん?

 まあ事実こいつにゃそう見えてるんだけどな!

 正体は俺のレアスキル『ユーバーザイン』。

 俺の位置情報をずらして認識させてる。

 実際コイツも絶賛混乱中だと思う。

 「めっちゃ顔痛えのにあいつあっちにおるやんけ!? なんでなん!?」ってなってそう、多分。

 だって、『腕』が迷い気味だし。

 大いに悩めー! そして大いに苦しめー!(外道)

 おかげで目の部分はぐっちゃぐちゃ。

 これでビームは撃てまい……!

 

「っしゃあ!!」

「■■■■■……!」

 

 思いっきり蹴りつけて一時離脱。

 マギで強化された脚力はでっかい図体を揺らがせた。

 そして、梨璃ちゃんたちのところに降り立つ前に。

 確かに見えた、翡翠の光。

 自然と口元がにやけるのを感じた。

 

「「マギスフィア!(?)」」

 

 梨璃ちゃんは安心したように、夢結様は驚いて見上げている。

 結梨ちゃんは……なんかもう楽しそう。

 いやあ、俺も高まってきたぜ!

 脳内で『君の手を離さない』がかかっとるで!

 結界外からの超長距離(ロングレンジ)パス……改めてすげえな!?

 いざ現場で見たら分かるけど!

 

「2人とも、もう戦えます?」

「ええ、おかげさまで」

「私も大丈夫です!」

 

 しっかりCHARMを構えて万全の様子。

 これで手がすっからかんなのは結梨ちゃんだけか。

 梨璃ちゃんもそこが心配らしい。

 

「わたしも戦う!」

「でも結梨ちゃんはCHARMが……」

「そんなら、はいこれね。あ、これだとノインヴェルトには参加できないから気をつけて」

「うん!」

「え、アルンさんはどうするんですか!?」

「そらもうオレはあれよ、これ()これ()

「本当に大丈夫かな……」

 

 心外な!

 今の右手は人外要素を残してるから、引っかくくらいはできるんだぜ!?

 あと強いて言えば、蹴りって手段もあるから!

 鎖……っつーか尻尾だって充分使えるぞ?

 そのまま振るうも良し、腕に巻いて殴るも良し。

 某アイドル大統領とか『金ピカ』を知らんのか。

 ……いや、前者は短剣メインだから違ったわ。

 

「まぁ、とりあえず信じてみてよ。足引っ張るつもりはないから」

「……無茶はしないでね?」

「もちもち」

 

 そんなに心配せんでも……

 まあ、それが梨璃ちゃんの素敵ポイントなんだけどね!

 おっと、それはともかく。

 視界の上の方で、目まぐるしく飛び交っては色を変えていたマギスフィアが。

 2人に目がけて光の尾を引いてくる。

 

「マギスフィアが来ます!」

「私が受けるから、フィニッシュは梨璃が! 結梨とアルンさんは援護を!」

「分かった!」

「はいはーい」

 

 完成まであと一歩、というところまで来て。

 ヒュージの赤い『腕』に青が走る。

 次の瞬間には、3つだった『腕』が9つになっていた。

 うん、知ってる(白目)

 

「えっ!?」

 

 一体何回夢結様を驚かせば気が済むのか。

 マギスフィアは横取りされ。

 赤いボディの上を滑るたびに、色鮮やかだった光が一転して、真っ黒く淀んだ色に塗り替えられていく。

 ぬあー!!! アニメで見てっから知ってたけど!

 やっぱバチクソ腹立つ!!

 百合の間に挟まるなと! あれほど言っとるやろがい!!

 1回くらい言うこと聞けよ!?

 あと人様のモンをパクんなっつってんの!

 お前ら借りパクがブームなのか!?

 殺されてーのか殺すけど!!

 戦略に組み込んではいるし対策もあるけどそれはそれとして溢れ出る殺意……!

 

「失敗だわ。逃げなさい、梨璃!」

「いえっ、お姉さまが逃げてください!」

 

 それだけ言って梨璃ちゃんが飛び出した。

 あのマギスフィアを取り戻すためだ。

 夢結様と結梨ちゃんも後を追う。

 怒ったような夢結様の声が聞こえて、胸の内から「てぇてぇ」が溢れ出す。

 んー、もう展開知ってる身からすればこれただの痴話喧嘩なのよね!

 だってその間にも手ぇ繋いだり、背中合わせで戦ってるもん。

 俺こういうの大好き(直球)

 できればずっと拝んでいたいけど、そうもいかんのが悲しいところ。

 そろそろ梨璃ちゃんが、黒くなったマギスフィアに追いつきそう。

 

「結梨ちゃん! マギスフィアを思いっきり跳ね上げて!!」

「分かんないけど分かった!」

 

 正直でよろしい。

 結梨ちゃんが一瞬加速して、梨璃ちゃんを追い抜く。

 多分縮地使ったなこれ?

 

「やぁっ!」

「あっ、マギスフィアが……!?」

 

 結梨ちゃんがバスタードで『腕』を叩きつける。

 シーソーの要領でマギスフィアは直角真上にかっ飛んだ。

 ちゃんと伝わってて安心した!

 

「これでいいー!?」

「超完璧っ!! 梨璃ちゃん夢結様、追ってくる『腕』を抑えてください!」

「何か策があるのね?」

「ばっちこいです!」

「お願いします!」

 

 高く打ち上がったマギスフィアを追って、翼を打つ。

 あのままじゃCHARMにはちょっと毒だ。

 今後のことを考えたら、まともに動くCHARMはなるべく残しておいた方がいい。

 手放された必殺の光を追う『腕』は梨璃ちゃんたちが逸らしてくれる。

 あとは竜の手を残した右手を伸ばして……!

 

「届けぇぇぇぇええええええええ!!」

 

 ──ずぶん、と右手が呑まれた感覚。

 腕の部分は不快だけど、手の部分は優しくて温かい。

 やっぱりそうか。

 負のマギで汚染されてるのは()()()()

 ガチで染めようと思ったら、多分時間も量も足りねえ。

 短時間でそんなことすりゃ、2つのマギが相殺し合って威力が落ちる。

 『攻撃の無効化』だけを狙ってんならそれで充分だけど。

 コイツが狙ってんのは、相手の攻撃を逆手に取った『カウンター』だ。

 だったら外側を取り繕いつつ、じわじわ浸蝕した方がいい。

 なるほど、そら賢い判断だ。

 だって、俺もそうするもんなあ!!

 

「ああぁぁぁあああああああああああああああ!!」

 

 気合いの絶叫。

 『外』と『中』を入れ替える。

 負のマギを押し込んで、綺麗なマギで覆い隠す(コーティング)

 ちゃんとやったことはないけど、俺はやり方を知ってる。

 これでエネルギーの総量を維持したまま、ノインヴェルト戦術は続けられる……!

 

「マギスフィアの色が……!」

「元に戻った!」

 

 あとは表面上は綺麗になったマギスフィアを。

 知ってるマギの気配がする方へ飛ばすだけ。

 

「行け、次に繋ぐためにっ!!」

 

 空気を殴りつける勢いで振り抜く。

 飛び出したマギスフィアが加速する。

 その先を遮るように出しゃばる『腕』。

 いくら梨璃ちゃんたち3人が頑張ってるとはいえ。

 9つも抑えられないことは織り込み済みだ。

 だから。

 

「させっかよぉ!!」

 

 鎖の尾を伸ばして、1つのガイドレールと成す。

 放った弾丸は止められない。

 でも、弾いたり逸らすことなら……!

 銀の道を辿って、急激に軌道を変える。

 『腕』は追いきれず、対応しきれずで抜けてくだけ。

 はっはー! テメーなんかに二度と渡すかバーカ!!

 と、俺の心の中で立った中指はともかくして。

 ジェットコースターばりのルートを滑走したマギスフィアは。

 さらなる加速のおまけ付きで、今度こそ空へ投げ出される。

 

 さあ、こっからが激アツ展開だぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「行くよ樟美!」

「はいっ、天葉姉さま!」

 

 竜の少女が繋ぎ止めたバトンを最初に受け取るのは。

 アールヴヘイム主将とそのシルト──天野天葉と江川樟美。

 途中で変えられた軌道の行く先は、樟美のレアスキル(ファンタズムS級)で予測済み。

 そして、少女が視た通りの未来が現実となっている。

 

 地を駆けて、駆けて。

 目指すは約束された着弾点へ。

 跳んでグラムの刃が受け止め、『腕』の軌道からわずかにズレる。

 次いで重ねたモノクロのグングニルが追撃を避けるに至らせる。

 押し込んで、一気に2人分のマギが注がれる。

 

「「やぁぁぁああああああっ!!」」

 

 既に9人を超えたマギスフィアが『次』を求めて空を滑る。

 下から狙った敵の一撃は、アルンが2人を鎖で引き寄せることで回避した。

 

「助かった!」

「ありがとうございます……」

「喋ってっと舌ぁ噛むかもですよっ、と!」

 

 ふんわり降ろす間にも、パスは続いていく。

 最早これは総力戦だ。

 

「壱! 亜羅椰!」

 

 アールヴヘイム司令塔──番匠谷依奈が繋ぎ、繋げるパス。

 しかし直後に響くパキン、という音は。

 通常のノインヴェルト戦術ではあり得ない音だった。

 

「これだけでCHARMが限界だなんて、どんだけのマギスフィアなのよ……!?」

 

 彼女の操るアステリオンの刃は見事に砕けていた。

 たった一度受け止めただけで、この有り様だ。

 確かに、9人分を超えたマギスフィアとはいえ。

 天葉と樟美が有するマギの量が、平均を上回るものとはいえ。

 果たしてここまで凄まじい壊れ方をするものだろうか?

 ……いやそんなことを考えている場合じゃない、と思考を一瞬で切り替えて。

 

「かなりヤバい奴よ! 気をつけて!」

「望むところ、っ!」

「あと頼むわよ──」

 

 田中壱のブリューナク、遠藤亜羅椰の赤いアステリオン。

 次へと託される度に、CHARMを壊していくその様は。

 CHARMごとマギを食らうかの如き光景だ。

 2人に引き継がれ、間もなく直下したマギスフィアは。

 

「「────みんな!!」」

 

 山の中に散開したリリィたちが次々にパスを繋げていく。

 ピンボールマシンにも似た速さで、木々を迷いなく抜けていく。

 『腕』が執拗に追ってくるが、変則的なパスルートに追いつかず。

 あるいはアルンの鎖に絡みつかれて阻まれる。

 

「いっけー!!」

 

 少女たちのマギを、想いを。

 喰らい、受け取り、託される。

 ノインヴェルト(9つの世界)を超えたマギスフィアは止まらない。

 

「やぁっ!!」

「仕方ないわね!」

「あっはははははー!」

 

 他にもローエングリンが、ロスヴァイセが、アールヴヘイムが。

 百合ヶ丘のリリィたちが次へ次へと繋いでいく。

 そして、皆が動いているのに。

 彼女たちだけじっとしている、なんてことはあり得ない。

 

「「私たちももう一度!」」

 

 梅と鶴紗が。

 

「「CHARMの限界まで!」」

 

 神琳と雨嘉が。

 

「「夢結様と梨璃さんに!」」

 

 二水と楓が。

 

「頼むぞ、わしの──!」

 

 そしてミリアムが、それぞれの相棒(CHARM)の名を叫んで最後の一押しに加わる。

 束ね、重ねた一柳隊のCHARMが網のようにマギスフィアを捉え。

 揃えた呼吸でバネの如く弾き出す。

 膨大な量を蓄えた極光に、いよいよ脅威を覚えたのか。

 ヒュージが『腕』を重ねて防御、あるいは二度目の略奪を試みる。

 しかし、全校生徒のマギを食らったそれは。

 ヒュージ如きに御せるものではない。

 CHARMを著しく消耗させた代わりに、絶大な威力を秘めた光が『腕』すら貫いて空を飛ぶ。

 

「……ははっ」

 

 爆発の煙を切り裂く絆の流星に、思わずアルンは口角が上がったのを自覚した。

 前世で『全校生徒によるノインヴェルト戦術』が凄まじい代物であることは、なんとなく知っていた。

 この世界に生を受けてからも、通常のノインヴェルトですらレベルが高いということを思い知らされてきた。

 だがやはり、実際に目の当たりにしてみれば。

 それが己の想像を遥かに凌駕するものであることを理解させられる。

 

 この先の選択を誤れば、自分に向けられかねない断罪の剣だ。

 本来自分のような存在を滅ぼす、浄化の光なのだ。

 だというのに、どうしようもなく魅入られていた。

 あるかも分からない心臓が、鼓動を増すような感覚は。

 きっと恐怖によるものではない。

 

「結梨ちゃん! 最後の仕上げ、行くぞ!!」

「うんっ!」

 

 何をどうする、とは言わない。

 この一言で、自分たちがすることは分かっているから。

 

 ──2人の邪魔は、させないっ!!

 

 マギと想いに共鳴したバスタードが力を増す。

 鎖の尾が『腕』を捕らえる。

 封じて、投げて、斬って、刺す。

 ノインヴェルト戦術には参加できないけれど。

 それなら、それなりの役目がある。

 戦場において、役割のない者など存在しないのだから。

 

「跳べっ!!」

「行ってくる!」

 

 封じた『腕』と鎖の道を駆ける。

 必殺の一振りを携えた少女たちの活路を、文字通り切り開くために。

 暗く、しかしどこか温かな力が膨れ上がる。

 歪で継ぎ接ぎな、混ざり物の力。

 なのに、嫌な感じはちっともない。

 

「やぁああああああっ!!」

 

(──あ)

 

 夢結と手を重ねて空へ跳び立つ中。

 あの日の光景によく似ている、と梨璃は思った。

 百合ヶ丘を守るために、結梨とアルンが姿を消したあの瞬間。

 あの攻撃に比べたら、小規模な一撃である上に。

 纏っているのは光ではなく、反転した闇なのだけれど。

 

「梨璃、夢結! いけるよ!」

 

 悪足掻きを試みたヒュージの『腕』が、バスタードの一撃で両断された。

 ──ただ決定的に違うのは。

 あの時のような、嫌な予感が全くしないこと。

 なら、不安も迷いも一切ない。

 

「ありがとう、結梨ちゃん!」

「梨璃!」

「お姉さま!」

 

 百合ヶ丘のリリィ全員のマギが込められた極光が。

 夢結のダインスレイフへ溶け込んで、光の剣となる。

 皆が繋いだ力を、2人(結梨とアルン)が拓いた道を進んで。

 2人(梨璃と夢結)で終わらせる。

 

「「はぁぁぁあああああああああああああ!!!」」

 

 まさしく一刀両断。

 赤い巨体は次の瞬間、大爆発を巻き起こす。

 荒れ狂う爆風、天すら焦がしそうな爆炎。

 少女たちは物陰に隠れてやり過ごす。

 

 

 

 

 

 ……ついに何も聞こえなくなった世界で。

 捕らえていた『腕』で成したシェルターと目を開ければ。

 雪のような光が舞っている。

 

「……やっぱすげぇや、リリィってのは」

 

 晴れた空を見上げて。

 竜の少女は眩しそうに呟いた。

 




前回のラスト、結梨ちゃんに「騎英の手綱(ベルレフォーン)っ!!」ってしてもらう案もあったのですが、それだとオリ主の服がバラバラになって最終決戦で全裸とかいう最悪のオチが見えたのでボツに。

【キャラ設定】その42

オリ主と結梨ちゃんが使っている禍々しい武器は『グングニル・バスタード』。サーバント『グラディウス』と融合したことで、損傷が激しくても扱えるようになってしまったボロボロのCHARM。
通常のグングニルよりも攻撃力と耐久性が高いが、シューティングモードへの変形はできない。上手く使用者と適合すれば、意思に応じた操作も期待できる。
適合してしまったのは傷だらけの手で7話でオリ主が持ってたから。気をつけていたと言っても、わずかにCHARMに体液が入っていた。
(イメージ的には入り込んだ砂鉄に反応して磁石がくっついてる感じ)
ヒュージ由来の代物だから、普通のリリィ(強化リリィ)には扱えない。オリ主が使えているのは100%ヒュージだからだし、結梨ちゃんが使えているのはヒュージの因子を持っていた上にオリ主のマギが溶け込んでいるから。(普通のリリィが使おうものなら、一気に負のマギに呑まれる)
要は『元悪役のヒーローが、悪役時代の武器を正義の力として使っている』みたいな激アツウェポン。

いよいよ次回で完結です……!




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これにて……大・団・円!!

「まぁもう入れんやろ」と思っていた日刊ランキングに再び本作の名前が載った件について……!(訳:とっても感謝)


「そりゃまだ終わらんよな……」

「どうかしたかね?」

「いや何でもないっす」

 

 いわゆる『もうちょっとだけ続くんじゃ』ですよ。

 アニメもまさかAパートで決戦が片づくと思わなんだ。

 まあ最後に一仕事あるわけなんだけど……

 

 え? 今の俺が何してるかって?

 そらあれよ、半壊した理事長室にいますけど?

 散らかった窓ガラスとか片づけてる。

 ……だって冷静に考えてもみろよ。

 身体が女の子(確定)とはいえ、中身は野郎なんだぜ?

 生で女の子の入浴シーン拝んだら、網膜焼き切れるって。

 で、その後オタクに殺されかねない。

 奴らの念は世界を越えると思ってるから。

 あと、前世でこのシーン見た時。

 リアルに気持ち悪い声が出て、年の離れた妹がドン引きしてたのは結構覚えてる。

 しぇんゆーの背中合わせが見られんのは非常に惜しまれるけど!

 非ッ常〜に惜しまれるけど!!(2回目)

 それに夢結様のポニテも好きなんだよなあ!!(血涙)

 

「アルン君は、皆と入らなくてよかったのか?」

「……一応、やめておこうかと。見た目はともかく、肉体そのものはヒュージなんで。体液に含まれるヒュージ由来のサムシングが何か影響を及ぼさないとも限らないじゃないですか」

「ほう……」

「だから、百由様辺りが解析終わって許可出るまではパスです」

「そうか」

 

 嘘は言ってない。

 だってさっきガラス拾って切っちゃった時。

 傷から出た血が青かったし、『やっぱ人間じゃないんだなぁ』って思ったもん。

 その辺の心配もちゃんとしてる。

 誘われた時もそんな感じの言い訳で乗り切った。

 ……結梨ちゃん以外は。

 

「結梨ちゃんがごねた時は焦りましたねー」

「なるほど、だから駆け込んできたと」

「そうなんすよ! もう言っても言っても聞かなくて……切り札を切られる前に逃げてきました」

「切り札?」

「泣かれるか『結梨のこと嫌い?』って言われる前に」

「ああ……」

 

 納得したように代行が頷く。

 マジで大変だったんだよ、これが。

 もうユーバーザインすら使って逃げ出したからな。

 『混浴』っつったって「学年を越えた混浴」であって、「性別(中身)を越えた混浴」じゃねんだわ。

 というか普通にほぼ裸みたいな女の子に囲まれるとか童貞にはキツいって。

 水着とかならまだしも、ねえ?

 百合ヶ丘なんて揃いも揃って美少女なんだしよォ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なーんて一悶着はあったけど。

 まあ、諸々片づけたり準備したりしてりゃ時間なんて、あっという間になくなるもので。

 気づいたら夜になってたってわけ。

 持ち運べるタイプの灯りが置かれ、ヒーターが置かれ。

 いろんな意味であったかい光が理事長室を照らしている。

 せっかく片づけた部屋はもはや別のものでごっちゃごちゃ。

 それはいいんだけどね?

 でも「タコ足禁止!」って書いてあるのにタコ足なのは心配。

 ……いや、非常事態だって分かってはいるんだけどさ。

 これ百由様の研究室で見たことあるけど、タコってないの見たことない気がする……

 タコ足って結構危ないんだぜ?

 前世の春休みに、母方の実家でタコ足火事起こしかけた経験から言うけど。

 

「これが、私たち百合ヶ丘女学院の管轄する──7号・由比ヶ浜ネストの現在の様子よ」

「はぁ……」

 

 百由様が示す画面を見て。

 梨璃ちゃんはピンと来てなさそうな返事。

 映ってるのがネストの主たるアルトラ級ヒュージなんだと。

 改めて見るとそんな格好しとるんかお前……

 膝抱えて丸くなってる人か、心臓みてーに見える。

 どっちにしろキモい。

 

「えと、あの……もしかしてこれ、海の底ですか?」

「そうそうそうそう! ちなみにアルトラ級ヒュージの全長は、400mとも1kmとも言われているのよ」

「デカすぎません?」

「よく分からないけど、すごいですね……」

 

 400m〜1kmって怪獣か何かかな?

 あ、でも特撮モノの大怪獣もそこまで大きくないか。

 ……って、それはともかく。

 ここ最近のヒュージは、このアルトラ級から大量のマギを半ば奪ってく形で供給されていたらしい。

 そうやって過剰な負荷をかけられ続けたせいで。

 今やネスト全体が事実上の活動停止状態になっているのでは、と推測されている。

 要は『マギが減って力が出ない……』ってとこだな。

 パン工場のジジイは来ないけど。

 

「殲滅するにはまたとない機会よ」

「せ、殲滅?」

 

 んー、せやな!(悪い笑顔)

 ニチアサ系のインターバル(変身シーン)で攻撃するのは炎上待ったなしだけど。

 相手がヒュージならその心配もなし。

 というか、いつもそうされてるし仕返ししたってバチ当たらんやろ。

 むしろ拍手喝采の推奨モンっしょ。

 

「そこで、一柳君にその任務を頼みたいのだ」

「っ!」

「はい……えっ、私!?」

 

 ……夢結様、ちょっと『ぐぬ……』みたいな顔しないでくださいって。

 確かに危険な仕事とはいえ、過保護気味じゃないですかね?

 一体どうやってアルトラ級を倒すのか、という梨璃ちゃんの質問に。

 生徒会長の一人である眞悠理様が、一振りのCHARMを示す。

 

「お前たちの方が馴染み深いだろうな。ダインスレイフ──いわば、この事態の元凶となったCHARMだ」

 

 美鈴様の書き換えた術式が。

 巡り巡って、由比ヶ浜に巣食うヒュージを狂わせてしまった。

 それをヒントに、アルトラ級を倒すための術式を仕込んだのが、今のダインスレイフ。

 バグをぶち込んで自滅してもらおうって話だ。

 百由様曰く「間に合わせの急ごしらえ」だってことだけども。

 ヒュージからすりゃ猛毒もいいところのえげつない劇薬だ。

 どれくらいなのか、興味本位で聞いてみたら。

 俺がうっかり触ったりしようもんなら即死らしい。

 おかげで今一番ダインスレイフから離れた位置にいる。

 だって触れただけで全身ドロドロに溶けるとか、どんなバイオ兵器さ?

 そんなショッキング映像、JKに見せたかねえよ。

 どこのアメリカ系ホラー映画だ。

 

 閑話休題(気ィつけよう)

 

「急ぐ必要があるということね」

「昼間の戦いを経て、私たちにはもうわずかなCHARMしか残されていないの。アルンさんは戦えるけれど、最低限の防衛が限界でしょうね」

「面目ない……」

「いや、仕方ないことだ。一人でカバーできる範囲には限りがある。だからもし今、ヒュージが現れてもほとんどのリリィには為す術がない」

 

 現状使えるCHARMはこのダインスレイフ。

 原作と違って折られなかった、梨璃ちゃんのグングニル。

 あと、夢結様がいつも使ってるブリューナクも何気に無事っぽい。

 確かに、あれってメンタルボロった夢結様が梨璃ちゃんにやられた奴だもんね。

 そこまで弱らなかった夢結様なら、そのイベントは回避しててもおかしくない。

 以上、少なくとも3つはまともに機能することが分かってる。

 

 でも結局、それだけで今後乗り切れるとは断言できない。

 俺も、攻撃特化のチートか転生特典でももらってたらよかったんだけどな。

 生き残るための『特典』なら結構あるっぽいけど。

 元々、殲滅戦より持久・防衛戦タイプなので。

 悔しいけど、バスタードを使ったとしても限界はある。

 

「これを扱うことができるのは、カリスマ以上のレアスキルを持つリリィだけ……そうでなければバグを送り込むどころか、自身が汚染される恐れすらあるわ」

 

 まあ、敵に毒を盛るのに自分がやられてちゃ本末転倒だよな。

 改めて、リリィすら壊しかねないとかヤバすぎだろこのバグ……

 そんでもって、それを制するカリスマも何者(なにもん)よ……?

 

「えっと、あの……カリスマって結局、何なんでしょう?」

 

 俺が思ってたことを梨璃ちゃんもポロっと零す。

 

 ──今日の梨璃ちゃんの戦い方は、通常のカリスマの域を超えているという。

 普通のカリスマを知らないから、俺は何とも言えないんだけど。

 そもそもカリスマくらいだと、全リリィにまで及ぶレベルの強いバフは難しいらしい。

 

「私たちもつい参加しといて何だけど、全校生徒でマギスフィアを繋ぐノインヴェルト戦術なんて……常識じゃあり得ないもの。仮説だけど、より上位のスキルを発現した可能性すら……」

「……『ラプラス』、ねぇ」

「待って、なんでアルンさんがそれを……」

 

 っべ、声に出ちった。

 

「噂程度に聞いたり、暇つぶしに資料漁ってポロっと知っただけです」

「ふーん」

 

 ラプラス、って聞いて思い浮かべるのはやっぱり『ラプラスの悪魔』か。

 それかポ〇モン。

 悪魔とか言ってる割に、意味合いとしては「全知全能の存在」「未来は既に決まっている」とか。

 むしろ神様みたいな存在的な扱いだったはず。

 ラプラス……悪魔……支配、全知全能……

 ……いや、まさかね?

 確かに梨璃ちゃんが小悪魔だったら、それはそれで良いと思うけどね?

 

 いかん……思考がいろんな意味で危なくなりそう。

 脳内議会はこれにて閉廷! 解散ッ!

 

「それでも、危険な任務には変わりないわ」

「……ええ」

 

 カップを置く音が、やけに大きく聞こえた。

 実質、梨璃ちゃんにしかできないこととはいえ。

 彼女一人に背負わせるには、大きすぎるリスクだってことは。

 みんな理解してるんだろう。

 夢結様としては、不安で仕方ないだろうし。

 梨璃ちゃんだって、拒否する権利はある。

 その時はまた頭ひねくり回して、別の方法を考えりゃいいんだから。

 

「あの……理事長代行、先生?」

「うん?」

 

 ……理事長代行先生、って呼び方すげえね。

 なんか渋滞を感じる。

 

「ありがとうございました」

「はて、儂が?」

「結梨ちゃんのこと……結梨ちゃんをずっと庇ってくれたって、百由様から聞きました」

 

 理事長代行は、わずかに目を見開いた。

 ……あの場所にいた大人たちの中で。

 結梨ちゃんを唯一、人間として見てくれていたのは彼だ。

 それどころか、日頃からヒュージだと自己申告している俺のことですら、人間として扱ってくれている。

 リリィと違って明確な対抗手段を持たないというのに。

 一切臆することもなく接している。

 

「じゃが……助けたのはアルン君だ。儂の手では、救うことは叶わなかった」

「──違う」

 

 ほぼ反射的に否定の言葉が零れた。

 確かに、結果として結梨ちゃんの命を守ったのは俺だけど。

 でも、尊厳(人の心)を守ってくれていたのは間違いなくこの人なんだ。

 

「俺と結梨ちゃんをリリィで──人間でいさせてくれたのはあんただよ」

 

 少なくとも、俺にとってはどれだけ救いになったことか。

 

「だから、誇っていいと思いますよ」

 

 代行はゆっくりと目を閉じる。

 まるで、赦されたことを噛みしめるように頷いて。

 

「ありがとう」

 

 低く、一言呟いた。

 滲む雫には、気づいてないフリをしておくことにした。

 ちょっと驚きはしたけど。

 

「──私、やります」

 

 梨璃ちゃんの声には強い意志があった。

 

「あの日、結梨ちゃんとアルンさんがいなくなって、心が冷たくなった気がしました。『なんで2人が』って、『こう動いていたらもっと違う結果になってたんじゃないかな』って……私は2人を失わなくて済んだけど、他の人も同じ結果になったとは限らないはずなんです」

 

 この世界の梨璃ちゃんは『原作』と違う未来を掴めたけど。

 何かを違えていれば、やっぱり原作通りになっていたかもしれない。

 歯車を理想の形に並べることができたのは、多分俺のおかげなんかじゃなくて。

 この子が掴んだ奇跡なんだと思う。

 

 

 だって、頑張る女の子は報われるべきだろ?

 

 

「仲間がいなくなって、悲しい思いをするリリィはもう……いてほしくないから」

 

 会ったばかりの頃とは違う、覚悟の色を宿した瞳。

 それは尊いものだけど、同時に危険も孕んでいるものだ。

 ──自己犠牲という名の、忌むべき美しさを。

 

「んなぁもー! 成長したなぁ梨璃ちゃんなぁー!」

「ぴゃっ!?」

「おじさんも嬉しいよ梨璃ちゃんが立派になってくれて〜!」

「あわわわ……!」

 

 完全に人間な左手で頭をわしゃもしゃする。

 さすがに抱きつくのはやめとく。

 某至宝さんみたいな変態扱いは心外極まるので。

 それにしても、梨璃ちゃん髪ふわさらやんね?

 ちょっとクセになりそう。

 でも梨璃ちゃんの髪に()()が付く方が早そうだから、名残惜しいけど手を引っ込める。

 ……これで多少は緊張和らぐんじゃない?

 

「その作戦、私も同行します」

「お姉さま……」

「梨璃、ちょっといらっしゃい」

「はいっ」

 

 夢結様は俺が乱した梨璃ちゃんの髪を手で梳かしながら話を進める。

 

「今の梨璃の言葉は、私の願いでもあります。私が梨璃を想い、梨璃が私を想う限り、私たちは必ず戻ります」

 

 ……すげえだろ?

 こんなかっけえこと言ってるのに、手は梨璃ちゃんの髪の中なんだぜ?

 俺が原因だし、俺は好きっつーか『むしろもっとやれ(切実)』だから。

 全っ然いいんだけどさ。

 これ代行とかどういう気持ちで見てんだろうね。

 目の前でめっちゃイチャつかれて。

 マジで『イノチ〜』じゃん。

 

「梨璃は、私が守ります」

 

 そしてさらっと誓いの言葉出すやん。

 

「じゃあ、お姉さまは私が守りますね!」

 

 そしてこっちもさらっとイチャつくやん。

 もしかして我々が見えてらっしゃらない??

 もう結婚した方がいいんじゃないか(野次)

 

「夢結……梨璃さん……」

「ごめんなさい。貴女たちには大変な思いばかりさせて」

「いえ、みんな自分のすべきことをしたのよ」

 

 あ、もしや百合ヶ丘では日常茶飯事すかそっすか……(尊死)

 みんな何事もなかったように話すじゃん。

 ……いや、そうでもなかった。

 理事長代行の眉がちょっと寄ってる。

 急に目の前でイチャつかれるから気まずいんか。

 唯一の完全な男性だもんなあ。

 なんかもう面白いと思ってる俺がいる。

 

 それから、代行が改めて作戦の参加を要請、そして了承を得たことで解散になった。

 決行は翌朝。

 今日はもう一柳隊のメンバーに伝えたら寝るだけ。

 大仕事に備えて、できるだけ休んでもらいたいからね。

 『伝えてきまーす』って先に出てった2人や、まだやること尽くしの百由様を見送って。

 俺は代行や生徒会の人たちに向き直る。

 

「何かな?」

「明日の作戦、オレも参加しようかなって」

「お前、ダインスレイフに触れたらどうなるか知らないはずがないだろう……!」

「あー……そうじゃなくて、そっちじゃなくて」

 

 一柳隊に伝えてくるってことは、『原作』にはいなかったあの子にも伝わるってことだ。

 つまり。

 

「結梨ちゃんがこのこと聞いて『はーいじゃあ良い子でお留守番してまーす』なんて想像できます?」

「「「…………」」」

 

 全会一致の微妙な反応(納得)だった。

 一柳隊や俺ほどじゃないにしろ、生徒会は結梨ちゃんといる時間がそれなりにあった。

 だから、心当たりもあったみたいで。

 

「それならもういっそのこと、結梨ちゃんについてく形で……うん? 俺についてくる形……? どっちでもいいか、とにかく俺も行った方が早いと思うんですよ」

「でも、何をするつもり?」

「お迎え、ですかね」

 

 『原作』では、ダインスレイフごとバグをブチ込んだ後。

 2人は制服を救難ポッドだかコクーンだかに変えて、漂流覚悟でネストの崩壊から抜け出していた。

 にしても、あの制服マジでどうなってんだろ……

 物理法則ガン無視してそうな形状なんだけど。

 めっちゃぷるぷるしてたっぽいのも訳わからん。

 素材何でできてんの???

 

 ……じゃなくて。

 

 描写こそなかったけど、一体発見までにどれだけ時間がかかるのか分からない。

 というかうら若き乙女が下着姿でほっぽり出されるのは現実的にいかがなものかと思うんだよな!!

 いやもうえっち通り越して綺麗なシーンだったし!

 見つかった時なんて「事後……?」みたいな雰囲気で床転がるくらいには狂ったよ!

 あんな聖画みてーな美しいもんが存在するのかって思うくらいには大好きなシーンっすよ!!

 でもおまいらの目に晒すわけにはいかんねん、俺も含めて……!(血涙)

 

 そんな個人的なオタクの考えは程々に抑えて説明すると『まぁそれなら……』と許可が降りた。

 俺なら防御特化だし、2人をネストの崩壊から守ってあげられる。

 殲滅戦よかよっぽど得意分野だ。

 『じゃあやっぱり結梨ちゃん連れてかなくてよくない?』みたいなことは言われたけど。

 あの子はあの子で大事なお役目があるので。

 

 あーどうしよ。

 なんか俺までちょっとドキドキしてきた……!

 寝よ(思考放棄)

 寝て明日に備えよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 オスプレイから、ふわりと零れる白が一つ。

 広大な雲海の中心を穿つように開いた『穴』へ、ゆっくりと降下していく。

 

「静かです……」

「ここはもう、海の中のはずよ」

 

 特注のパラソルとCHARMを手に。

 少女が2人、身を寄せ合っていた。

 見下ろす先には、相模湾に根付いた由比ヶ浜7号ヒュージネスト。

 狙うは、その主──アルトラ級ヒュージだ。

 

「結梨ちゃん、すごく行きたがってましたね」

「そうね。でも連れてくるわけにはいかないもの」

「アルンさんが何か話してましたけど、なんとかなったんでしょうか?」

「そこはかとなく嫌な予感がするのだけれど……気にしていても仕方ないわ。私たちはこれからのことに集中しましょう」

「はい……」

 

 手の中のCHARMを握りしめる。

 思えば、このダインスレイフこそが全ての始まりだった。

 甲州撤退戦にて、美鈴が夢結から取り上げ。

 マギコアクリスタルの書き換えという不可能を成して、ヒュージに変化をもたらし。

 奪われたCHARMは、また夢結の元へ戻ってきた。

 

 ──原典となる伝承において、ダインスレイフは『呪いの魔剣』と称されている。

 その名の如く、多くの呪いを刻んだとも言えるかもしれない。

 だが、残したのは呪いだけではない。

 この一振りがあったから、あの日梨璃を助けることができた。

 この一振りがあったから、あの赤いヒュージと戦えた。

 

 そして、この一振りで今。

 連綿と続いてきた呪いの鎖を断ち切ろうとしている。

 呪いを断ち、繋がりを紡いでいく。

 全ては一周し、どこまでも紙一重なのだ。

 

「怖い?」

「ちょっぴり、ですけど」

「……本当は私も少し、ね」

 

 不安も恐怖も確かに存在している。

 無事に帰ることができるか分からない。

 ダインスレイフのバグに呑まれてしまうかもしれない。

 そもそも、このバグ自体がアルトラ級に効くか分からない。

 だけど、少女たちが逃げ出したいと思うことだけはなかった。

 

「でも、私には梨璃がいる。だから大丈夫。貴女のことは、私が守るわ」

「っ、私も! お姉さまのこと、守りますから!」

「ふふっ、任せたわよ」

「はい!」

 

 迷いと共に、パラソルを手放す。

 雪のようなマギの中、白い傘も舞い上がっていく。

 構える黄金の切っ先を、眼下の敵に向ける。

 少女たちの手が重なり合った。

 淡い光がCHARMから溢れてくる。

 

「CHARMから……美鈴様を感じます」

「そう……」

 

 誓いを立てた今、2人に恐怖はなかった。

 眠りについてなお、威圧感を纏うアルトラ級を前にしたとて。

 絆によって心を繋げた少女たちが恐れることはない。

 

「行くわよ、梨璃」

「はいっ、お姉さま!」

 

 

「「はぁぁああああああっ!!」」

 

 

 ザグン、と大剣が突き刺さる。

 青の血飛沫を上げ、光を放ちながらダインスレイフが沈んでいく。

 ようやく取り戻したCHARMが、再びヒュージに呑まれたのだ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■?」

 

 しかし、今度は逃さない。

 ダインスレイフに込められた(バグ)が、確実にアルトラ級を捉える。

 ──その成果は、アルトラ級の自壊。

 体の至るところから青白い光を溢し、崩壊を始めた。

 苦しむ様子はあれど、暴れることも怒りの声を上げることもない。

 ただ、機械がプログラム通りにシャットダウンしていくのと同じだ。

 それが当然であるかの如く、プロセスに従って滅びの道を辿っている。

 

「梨璃!」

「お姉さまっ!」

 

 ──その代償は、今いるネストの崩壊。

 マギの力で押さえ込まれていた大量の海水が流れ込んでくる。

 もたもたしていると、梨璃たちも海の藻屑となってしまう。

 だが、この結果は想定の範囲内だ。

 故に、焦るほどではない。

 

「早く見つけてもらえるといいわね」

「みんななら、きっと大丈夫ですよ。それに、その間はお姉さまと二人っきりっていうのも悪くないです!」

「もう……貴女って子は」

 

 予定通りに、互いのリボンに指をかけようとして。

 ふと、降りてきた空を見上げる。

 

「────!」

 

「あの、お姉さま? 何か見えません?」

「……奇遇ね、私は声が聞こえたわ」

 

 少々悟り気味に固まった夢結の反応に、梨璃も幻覚でないことを察する。

 なら、何なのか?

 まさか、と思った矢先。

 その『まさか』は答えとなって現れた。

 

「キュッキュイーッ!」

「梨璃ーっ! 夢結ーっ!」

「え!? 2人とも──わっ!?」

「ちょっ……!?」

 

 なんでここに、という言葉を文字通り遮って。

 急降下してきた小さな竜は。

 「とにかく話は後」とばかりに、梨璃と夢結の体を潰さない程度に引っ掴む。

 そのまま崩れかけたアルトラ級の頭蓋を蹴って、急激に方向転換すると。

 迫る海水から逃れるべく、一気に空気を突き破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──結論からして、梨璃も夢結も助かった。

 ネストの崩壊に巻き込まれることはなく、無事で生きている。

 

 

 

 

 

 ……ただ『大丈夫』かというと、そうでもなかった。

 

 

「う……」

「……」

「梨璃と夢結、だいじょぶ?」

「ちょっと、休ませてほしい……かも……」

「キュイー……」

「アルンが『ごめんなさい』だって」

「大丈夫よ……早急に脱出しなければいけなかったのは事実だから……」

 

 乗せられた背中の上で梨璃と夢結が伸びていた。

 海底から一気に上空へと打ち上がったのだ。

 気圧やら加速度の問題で、一時的に体調を崩すのも無理はない。

 故に、2人がある程度回復するまでの間。

 本来の姿──しかし、以前より心なしか小さくなった体躯のアルンは滞空するに留めていた。

 

「結梨ちゃんはなんで平気なの……」

「なんでだろ?」

「キュイキュッキュイ?」

「『事情が事情だから、身体が丈夫なんじゃない?』だって」

「というか、アルンさん……人工声帯は……?」

「この身体じゃ使えなかったよ。あ、夢結。水飲む?」

「……いただこうかしら」

「お姉さま、私にもくださぁい……」

 

 結梨が背負っていた薄めのリュックから、水筒のような容器を取り出す。

 シュッツエンゲルの意地か、梨璃を優先して飲ませて。

 後から水筒を受け取る。

 ……事が事なので、飲み方のはしたなさは気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、しばらく休んでいればある程度は落ち着いたようで。

 

「キューイ?」

「もう大丈夫よ。百合ヶ丘に帰りましょう」

「キュイ!」

 

 夢結の指示に、いよいよアルンは翼を打って帰路へつく。

 当たる風が心地良いくらいの速度で進んでいるのは、2人を気遣っているからか。

 それとも、2人を見つけたから気が抜けているのか。

 加えて結梨は結梨で『2人を迎えに行く』という目的を達成していたため。

 すっかり満足して、梨璃の膝を枕に微睡んでいた。

 もはや緊張感とは無縁になった空間で、到着を待つばかりだ。

 

「──美鈴様は、お姉さまのことが本当に大好きだったんですね」

 

 風と翼の音以外は何も聞こえないような中、梨璃の呟きが混ざる。

 その声を、夢結はしっかりと聞いていて。

 

「美鈴様はあの時、何が何でもお姉さまを守ろうとしたんです。その思いがあのダインスレイフに強く、強く刻まれていて……私にも伝わってきました」

「……ヒュージを狂わせたのは、美鈴様の意図したことではないというの?」

「はい」

 

 それは、言うなれば想いの暴走。

 夢結に生きていてほしくて、死なせたくない一心で。

 自らの命すら懸けて、シルトを守ったのだ。

 そして、その強すぎる想いのひと欠片を汲んでしまったヒュージが。

 生き残るために、今までになかった手段を取ってきた。

 防御で、あるいは模倣で、あるいは略奪で。

 己を死の運命から遠ざけようとしたのだ。

 美鈴が夢結に向けた想いを、ヒュージもまた受け取っていただけなのだ。

 

「でも、私どうしても分からないんです」

「えっ?」

「だって……お姉さまのこと、好きなら好きでそれでいいと思うんですよね」

「キュイキュイ」

 

 本当に不思議そうに言う梨璃に、強く同意を示すアルン。

 首を後ろに回してまで頷く小竜の鼻先──になるだろう部分を撫でながら。

 桃の髪を靡かせる少女は「ねー?」と呟いて。

 

「でも、美鈴様はそういう自分を受け入れられなくて。だからって、自分を呪ったりすることないと思うんです」

 

 梨璃は、美鈴のことをよく知らない。

 アルンと違って、直接想いを聞き出したわけでもない。

 それでも、限りなく正解に近い答えに辿り着けた。

 

 物事なんて、案外単純にできているものだ。

 それを複雑にしているのは、大抵が自分自身か気難しい大人たち。

 ただ単純に、真っ直ぐに世界を見る。

 大人びてしまった人間ができなくなってしまうことができる、というのは。

 無力を自称する彼女の取り柄なのだろう、とアルンは思う。

 そういう存在が、きっと夢結たちには必要だったのだ。

 

(ほんっと、どこまで似たもん同士のシュッツエンゲルなんだか……)

 

「そんなことで?」

「キュッキューイ」

「うん、『そんなこと』じゃなくて、大事なことですよ。だから……私はそう思うんです」

 

 ギュッ、と絡めた指から伝わる温もり。

 この手から想いすらも伝えるように、強く握り合う。

 指輪が淡く光を放つのを、2人の少女と小さき竜だけが見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──キュイ! キュッキュイ!」

「見えてきたって!」

 

 ──見下ろす先、捉えた海の終わりとポツポツ見える点。

 どうやら百合ヶ丘女学院の生徒たちが出迎えてくれているらしい。

 短い空の旅も終わりが近づき、起こされた結梨の声が弾む。

 高度を下げていくと、その数が少なくなかったことが明らかになる。

 

「思った以上に賑やかなお出迎えね」

「キュイー」

「なんだか、ちょっと照れくさいかも……」

「いっぱいいるー! 嬉しいね、梨璃!」

 

 それだけ多くの少女たちが彼女たちの帰還を待っていた、ということに。

 4人は密かに、あるいは見て分かるほど喜びを噛みしめる。

 

「皆さ〜ん! 無事で良かったです〜!」

 

 それは誰の声だったか。

 もしくは出迎えた全員の心だったか。

 やがて、ゆっくりと小さな竜が降り立つと少女たちも集まってきた。

 アルンは鎖の触手を駆使して梨璃と結梨を降ろす。

 また、夢結は黒い腕を伝って自ら降りる。

 

「ありがとう、アルンさん」

「キュイッ!」

「みんなもありがとう!」

 

 帰りを待っていた少女たちは温かい目を向けて「おかえり」を口にした。

 その言葉は3人だけではなく、アルンにも向けられた言葉で。

 そっと自分の胸に触れて、実感する。

 独りではない、という心の温もりを。

 

『ただいま(!)』

「キュイーッ!」

 

 重なる3つの声、遅れて響く音。

 居場所はここにある、と示すように。

 小さき竜は翼を広げて、高らかに吼えてみせた。

 




【キャラ設定】その43

人型になったことで、マギをより正確かつ感覚的に察知する能力を獲得した。転生特典というよりは灯莉や辰姫のような、いわゆる第六感系の『異能』に近い。
リリィとヒュージのマギを判別することはもちろん、覚えれば誰のマギかも分かる。特に結梨ちゃんとはマギを分け合った関係上、離れた距離に関わらず正確な位置まで割り出すことが可能。これを活用すると、分割された部隊の位置情報や大まかな生存情報が把握できるため、大規模な戦略が広がる。(結梨ちゃんからもオリ主の居場所をほぼ正確に察知できるが、レアスキルまで使われると難しい)
この能力によって、オリ主への不意打ちはほぼ完全に無効化される。


これにて、ついに本編完結です! なんならハーメルンで小説書き出して初の完結でございます……!
書き逃げ前提の見切り発車で始まった本作がここまで辿り着けたのも、読者の皆様のおかげです。課題や深夜アニメに追われて更新頻度が下がっていく作者を見捨てず、温かく待ってくださった寛大な心に深い感謝を。
時にランキング入りしてひっくり返り、爆発的にお気に入りや読んでくれる人が増えて絶叫し……この作品を書いてよかった、と思えるような体験をさせていただきました。
幸せなことに投稿の度に毎回感想もいただけて、毎回面白く励ましてもらっている気持ちでした。ここすきとかも目を通して、自分が気に入っていたところに付いてたりするともう嬉しいのなんので……!
本当に皆様に支えられて駆け抜けた作品だということを実感しました。ありがとうございます!

さて本編は完結しましたが、今後は気が向いたらポツポツ番外編を投稿する予定です。あの話の裏であった出来事、その話ではこんなキャラと絡んでいた……など、いわば『ふるーつ』や『しないフォギア』の雰囲気です。
もう少しだけ、オリ主たちの物語にお付き合いいただければ幸いです。


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番外編 バレンタインは喜べない

試験やラスバレメモリアで死にかけたり、『先生』になったり『豆腐』になったり、陰キャ系ギターっ娘のssを書いてたりしてたらすっかり書けなくなってました。


 ──2月14日。

 

 かつては、ある聖人を祭る日とされ。

 今では人々が様々な想いを遂げる日とされる。

 あるいは乙女の聖戦が各地で起こる日と言えよう。

 

 その日を、人はバレンタインと呼ぶ。

 

 百合ヶ丘女学院のリリィも例外ではなく、チョコを片手に恋を実らせるべく奔走する生徒もいれば。

 既に絆を結んだ相手に、改めて想いを伝える少女もいる。

 

「うーん……」

「……」

 

 さて、その中で微妙な面持ちの少女が1組。

 もらってしまったチョコレートの小山を前に唸る少女──天野天葉。

 その小山を見てむすむすとささやかな不機嫌オーラを放つ少女──江川樟美。

 2人はシュッツエンゲルの契りを結んだ仲であり、周囲もそれを知っているはずだ。

 それでも止まらぬ乙女はいるもので、その結果がこれである。

 

 アールヴヘイム主将に相応しい実力の持ち主。

 その実力で掴み取ってきた輝かしい戦歴。

 そして明るく陽気な性格で、年上も年下も惹きつける魅力がある。

 その振る舞いから、ハートを射抜かれる少女も少なくない。

 ……まぁ、何が言いたいかというと。

 

「…………」

「あはは、そんな拗ねないでよ樟美。それもかわいいけどさ」

「……むぅ」

 

 天葉に撫でられながらも、やはりむすむすしている樟美。

 正直、気が気ではないのだ。

 『姉』が自分一筋なのは分かっているし、疑ってもいない。

 だが、それはそれとして面白くないのだ。

 それに、恋する乙女たちの中に某問題児ばりに強引な性格の少女がいないとも限らない。

 天葉は優しいから断り切れるか分からない。

 そういった不安と嫉妬手前のヤキモチでむすくれていた。

 

「それに、普通に日頃の感謝の気持ちとか、友達としてのプレゼントもあるから無下にはできないよ」

「それは、そうですけど……」

 

 そもそもの話、何はどうあれ一生懸命想いを込めて作られたものを。

 樟美の個人的感情で気安く捨てるのは、流石に悪い。

 ならどうするか、と考えたところで。

 

「……うわ」

「……?」

「お、アルンさんじゃない」

 

 軽く引いたような声を出したのは、通りすがりの竜の子。

 その表情がどことなく疲れ気味なのが珍しい。

 

「天葉様、あの……それ、全部もらったやつですよね。え、全部食べる気です?」

「そりゃそうだけど。これでも食べる量は多い方だから心配しないで」

「そうじゃなくて……いや、これ制覇できるのも中々なんだけどそうじゃなくて……」

「?」

 

 アルンは普段から物事ははっきり言うタイプだ。

 立場や関係に関わらず、思ったことは真っ直ぐ口にする。

 しかし、今のアルンは口を濁している。

 ふと、樟美の勘が囁いた。

 ──これ、何かあるよ、と。

 

「アルンさん、何かあるなら教えてくれませんか……?」

「樟美?」

「あー……そうやんなぁ、樟美ちゃんにとっては大問題だもんなぁ」

 

 いやそうじゃなくても問題だわこれ、と零し。

 何度か視線を泳がせて「う゛ー」と唸り。

 頭を掻いて、いよいよ決めたのか。

 苦い顔をしたまま、やっと口を開く。

 

「マギってさ、リリィならみんな持ってるのが常識ですよね」

「え? まぁ、うん」

 

 突然関係なさそうな話が飛んできて戸惑うも。

 一応、肯定する。

 

「リリィのマギって本当、隅々まで行き届いてるものなんですよ。つま先から髪一本に至るまで」

「はぁ」

 

 そう語りながら、アルンは小山の中ならいくつかのチョコの包みを手に取っていく。

 無作為に見えて、何かを狙っているような取り方にも見えた。

 天葉は不思議そうに眺めているが、樟美は少し予感があった。

 

「ところで『メンヘラ』って単語知ってます?」

「何それ? 樟美は?」

「うーん……聞いたことあるような……? でも、意味までは……」

「でも、それがどうしたの?」

「あーうん、いえ、確認のためなんで」

 

 手にしたチョコをコトン、コトンと並べていくと。

 アルンは手袋に覆われた指でそのチョコたちを指す。

 

「樟美ちゃん。ファンタズム使ってみ」

「は、はい……」

 

 ファンタズム──未来予知のレアスキルを言われた通りに行使する。

 視えるのは件のチョコレート。

 持っている手が黒いことから、アルンの手袋だと分かった。

 包みを解き、箱を開き。

 現れたのはかわいらしいハート型。

 

 ──それだけなら、樟美もむすむすが増すくらいで済んだ。

 パキッ、と。

 幻想の竜の手がチョコを割る。

 中から出たのは、ナッツでもフルーツでもない。

 不自然な()()()()()()()()()()

 しかも、1本だけではなく何本か。

 1本だけなら偶然かと(それでも料理を特技とする樟美からすれば言語道断なのだが)思えたかもしれない。

 しかし、これはもう確信犯だろう。

 

 ──リリィのマギって本当、隅々まで行き届いてるものなんですよ。

 

 脈絡がないと思っていたアルンの言葉が、ここで1つの繋がりを露わにする。

 現実に戻ってくるなり、バッ!! という勢いで樟美はアルンを見る。

 ファンタズムによるテレパスで共有していた天葉も、軽く驚いた様子で目を向けた。

 

「亜種だと爪とかもあるよ?」

「そうじゃなくて……! 何これ……!?」

「女の子って恋心拗らせると、好きな人に自分の一部を摂取してほしくなるみたいなんだよね。オレには一生……いや死んでも理解できなさそうだけど」

「あはは……」

 

 笑ってる場合じゃないです、と言おうとして。

 樟美はアルンがまたチョコを引き抜いていることに気づく。

 まだ何かあるのかと再びファンタズムを使うも。

 今度の未来に不自然な異物混入はなかった。

 とはいえ、アルンが目をつけたということは何かある。

 竜の少女は死んだミルキーグリーンの瞳で、乾いた笑みを浮かべた。

 

「……リリィのマギは体液にも紛れてる、って言ったらもう察しがつくのでは?」

 

 マジでいるんだね、そんなヤンデレ染みた女の子……と呟くアルンを傍目に。

 今度こそ天葉も固まった。

 

「体液、って……」

「汗とか唾液ならかわいいもんで、血液とか混ぜてる子もいるでしょうねぇ……」

 

 アルン曰く、自身の体液に含まれるヒュージ細胞の濃度と同じで。

 リリィの体液にもマギ濃度の割合があるという。

 濃いのはやはり血液で、薄いのは汗らしい。

 その濃度もアルンには筒抜けだ。

 

「さすがに()()()()()()()()()()()なのかは分かんないですけどね」

「どこからって……?」

「えーっと、腕切ったのか月一回のやつから採ったのかとか」

「ひっ……!」

「いやもうそれ以前の問題でしょこれ」

「ちなみにどれが血液チョコか聞きます?」

「遠慮しとく」

「天葉姉さま、今後は私がチェックしたもの以外は食べないでください……!」

「血が入ったチョコはちょっとあたしもなぁ……」

 

 青ざめて怯えたシルトに縋られては、肝の座った天葉も真剣に考えねばならない。

 その後、アルンの手を借りてチョコの仕分けをしていくと。

 実に3割ほど問題のチョコが出てきたわけである。

 

「じゃ、この3割はオレが預かって処分するってことでいいですか?」

「それは助かるけど」

「何か言われたら……そうさな、オレにつまみ食いされたとでも言い訳してください」

「え、食べる気?」

「いや……いくら体質的に問題なくても、気持ちが受けつけませんって。もったいないけど、普通に焼却処分」

 

 上着のポケットから取り出した袋に、処分するチョコをザザーっと流し込む。

 体質としてはヒュージであるため、上質なマギ入りのチョコレートはむしろご馳走と言ってもいい。

 だが、心がどうしようもなく人間である以上。

 そういったものを口にするのは嫌だった。

 そんな一連の動作は、どこか手慣れているようにも見えて。

 

「なんか、慣れてるね」

「……別に」

 

 珍しく素っ気ない返事。

 もう少し聞いてみよう、と思ったところで。

 

「アルンさーーーーんっ!!」

 

 三つ編みを揺らす小さな記者──一柳隊の二川二水が駆け込んできた。

 

「あらま二水ちゃん」

「大ニュースですっ! 百由様の作った薬で雨嘉さんがマギ酔いして神琳さんに犬耳が生えましたぁ!!」

「うわ出た二次創作特有のご都合主義と性癖詰め合わせみてーなシチュエーション!!」

「しかも神琳さんが部屋に『お持ち帰り』しましたぁ!!」

「それ犬やないな狼なんじゃね!?」

「今なら生徒会の皆さんも手が空いてないみたいなのでチャンスですよ!」

「オレには推しカプを見届ける義務があるっ!!!」

 

 樟美も若干怯える魂の咆哮の後。

 難ありのチョコが入った袋を勢いよく背負う。

 背負った姿はサンタクロースのそれである。

 

「それじゃ樟美ちゃん、天葉様を守ってあげてね」

「は、はい……!」

「っしゃぁ行くぞ二水ちゃん! 推しカプは待ってはくれんっっっ!!」

「ではお二人とも失礼しまーす!」

「またねー」

 

 嵐のように去っていった竜の少女と暴走記者を見届けた後。

 静かになった空間で、ふと思う。

 

 ──高松アルンは、実は一定数の支持がある少女だ。

 普段は気さくで、面倒見のいい性格をしている。

 さりげなく気遣いができるその優しさは、ひとたび戦場に立てば不屈の覚悟となる。

 誰よりも守ることに特化したアルンに助けられたリリィは多い。

 特に「守ってもらった時の横顔がもうすごい」とは本人も知らない話である。

 本人は「経歴も今もこんなんだし警戒されるのは仕方ない」と言うが。

 実際のところは、それとは裏腹な結果なのである。

 そしてここまで人気があるのは、間違いなくアルンが親身になってリリィに寄り添ってきた成果だった。

 

 まぁ、つまり……あれだ。

 そんな一部界隈では『ある意味第二の天野天葉』とも呼ばれるアルンが。

 モテないわけないんだろうな、と。

 

 しかし、あまり嬉しくなさそうな表情だった。

 あの疲れたような、今にして思えばどこか苦しそうな表情は一体──

 

「……天葉姉さま?」

「ううん、ちょっと考えごと。それよりも樟美からのチョコはないの?」

「!」

「あたしとしては一番欲しいチョコなんだけどなぁ」

「あります……! 一生懸命作ったので……!」

 

 心底嬉しそうに目を輝かせるシルトに、天葉も笑みが零れる。

 アルンのことは後でもいいだろう。

 あんな表情をするくらいだ、簡単に話せるような内容ではないはず。

 それに、アルンには一柳隊がいる。

 彼女たちに任せるのが適任かもしれない。

 

 今は、愛しいシルトからのプレゼントを味わうとしよう。

 




モチベが完全に尽きたなぁ……とは思ってます。だって完結はしたんだもん。


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番外編 考えるだけならタダなので

いいですか? これは4月1日に上げられた、ということを前提に読んでくださいね(圧)


「『後悔のない選択を』なんて、よく言うけどさ。後悔のない生き方なんて、どうやってもできないもんだよ。必ずどこかで『こうすればよかった』って思ってしまう……それが、心を持つってことなんじゃない?」

 

「……難しいね?」

「そーだよ? これはめたくた難しい問題なのさ。だから、たっくさん考えてみな? なーに、時間はたっぷりあるよ」

「うん! わたし、考えてみるね!」

 

 

 ──どうか、殺さないで(殺して)ください。

 

 

 

 ヒュージ研究機関『G.E.H.E.N.A』

 謎の組織の魔の手が一柳隊に伸びる──

 

「一柳隊は私の代わりに、誰か別の人を探した方がいいかもね」

「私、鶴紗さんを連れ戻してきます!」

「よっしゃよう言うた! それでこそ梨璃ちゃんや!」

 

 明かされる安藤鶴紗(ブーステッドリリィ)の真実。

 

「もうパパッと倒して帰ろうぜ、マッドと不愉快な仲間たちに構うことないって」

「待て、何かおかしい……!」

「鶴紗さん、危ない!」

 

 そして、迫られるあの日の清算。

 

「おい……こいつは何の冗談だ……! なぁ!!」

「まさか、これは……!?」

「倒せるか……? 私たちに、あれが……」

「……倒さなければ、誰かが傷つく。なら……リリィとして止めるしかないでしょう」

 

 その者は、知らなくてはならない。

 選択の代償とその報いを──

 

 

 

 

 

 

《新メモリア》

 

 安藤鶴紗──『夜に潜む』

「どれを倒せば終わりだ?」

 

 一柳梨璃──『伝えたい言葉』

「鶴紗さん、一人で戦わせたりしないからね!」

 

 白井夢結──『歴戦の貫禄』

「相手が誰だろうと手加減しないわ」

 

 高松アルン──『苛烈なる咆哮』

「邪魔を……するなぁっ!!」

 

 

 

「だって……こんなの、あんまりじゃないですか……! ただ『生きていたい』って、願っているだけなのに……!」

「……結局、人生に正解なんてないんだよ。その場の最善策も、いつかは最悪手になるかもしれない」

 

 その翼は、孤独な道を歩んできた少女に差し伸べられた手を必ず掴ませるために。

 その手は、手を伸ばし続ける少女を守護するために。

 全ては、あなたに生きていてほしいから。

 

「お前なら……私を殺せる?」

「死なせない……絶対に死なせるもんかよ!」

 

 いつかの選択は、間違いだったのだろうか。

 その答えは何処に──

 

 

 

 

 

 アサルトリリィ Last Bullet

 『ブーステッドフレンド ー決別の■■■■■■ー』

 開催

 

 

「こいつはオレが仕留める。いや、ヌルいな──こいつは、オレが”殺す”」

 

 

 

 

 

『貴方は、生きるべきですから』

「ごめん……今まで、ありがとう」

 




もう一度言います、これは『4月1日の午前中に』上げられた話ですからね??(ド圧)


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特別番外編 麻婆豆腐食べようぜ

まずはUA10万に感謝! そしてこの作品を書くきっかけになった作者さんとのコラボじゃ祝えィ!!! 無理言ってアサルトリリィ未修の方に書いてもらったぞ!!!!!
(以下、協力してくださった作者さんのメッセージになります)


アサルトリリィ界隈の皆様は初めまして、シンフォギア適合者も兼ねている皆様はお世話になっております。
普段はシンフォギア界隈で、『チョイワルビッキーと一途な393』という作品を、徒然なるままに垂れ流しております。
数多命と申します。
この度、『転生先が百合キャンセラーのバケモンとかどうにかならなかったんですか!?』と拙作『チョイワルビッキー』のコラボのお話を頂きまして、拙いながらも一筆したためさせて頂きました。
日頃からアサルトリリィを愛していらっしゃる方々に比べると、私が込めた愛なぞ微々たるものでしょうが。
代わりに敬意はたくさん練り込んだつもりです(笑)
こちら、UA10万突破記念も兼ねているということで、思いもよらぬ大役に戦々恐々としておりますが。
どうか、皆さまのお暇つぶしにでもなれたのなら、これ幸いでございますm(_ _)m




 

――――俺の名前は『高松アルン』。

少女達の愛で百合が咲き乱れ、バトルで火花が舞い踊るアニメ『アサルトリリィ BOUQUET』の世界に。

何の不幸か敵サイドである『ヒュージ』として目覚めてしまった転生者である。

ついこの前、なんとか結梨ちゃんを死なせることなく最終回を乗り越えることが出来たのだが・・・・。

 

「・・・・・あの」

 

隣では、とっっっっっっっっっっても見覚えのある琥珀色の瞳が、戸惑いを隠せていない。

まさか、会うことはないだろうと思った()()に会えるとは思わなかったが。

まあ、おいといて。

 

「これ、どうしましょう?」

 

いい加減現実に戻ろう。

()()が指さした先、ぐらぐらと煮えたぎる『紅蓮』を見る。

鼻につく唐辛子と山椒の香り。

ところどころにのぞく豆腐の白が、ラー油と豆板醤で真っ赤な料理にアクセントを加えている。

・・・・『外道麻婆』と名高いそれを前に、ため息をついてから。

顔を上げる。

 

『転生者二人で、泰山麻婆豆腐を平らげないと出られない部屋』

 

・・・・特大の秘密を、さらっと暴露してくれた額縁に。

もう一度ため息をついたのだった。

 

 

 

 

閑話休題(ひとまずどうするよ)

 

 

 

 

「――――へぇ、『アサルトリリィ』。そんなアニメ・・・・いやゲームもか?が、あったなんてねぇ」

「いやぁ、うっかり敵キャラに転生しちゃったもんだから、しばらくは毎日サバイバルだったよ」

 

無遠慮すぎる額縁にバラされたとはいえ、そのおかげで思ったよりも穏やかに話すことが出来ている。

多分あれだ、同じ被害にあった者同士のシンパシー的な・・・・。

 

「こっちでノイズに転生するようなもんかぁ、主人公サイドも殺意高かったんじゃない?」

「いわゆるサブキャラに当たる子達はそうだったかも。でも、梨璃ちゃん・・・・主人公枠の子達は、割と受け入れてくれたんだ」

 

ちなみに、俺の前にいる『立花響』さんは。

中身が転生者な、所謂成り代わりパターンというやつらしい。

 

『シンフォギアの4期と5期が決まって、うへうへによによしているうちにぽっくりしちゃったっぽいのよね』

 

と、明るく言っていた。

・・・・転生したということは、死を経験しているということだからな。

本人が明るく済ませているのなら、それ以上突っ込むのも野暮だろう。

 

「まあ、さすがに最初は警戒されてたけどさ」

「誰だってどこだって、そんなもんじゃないの?何にせよ、よかったじゃん」

 

そう言って、にっと笑う響さん。

俺が知っている彼女とはだいぶ違うけれど。

人と人とが繋がる様子を喜ぶのは、実に『立花響』らしいと思えた。

 

「オレとしては、立花響に妹がいるのにびっくりしてるよ。やっぱり転生者が介入すると、乖離するもんなんかね」

「いやぁ、わたし自身もわりと好き勝手してるから、その辺は何とも言えないところがあるけど」

 

あのライブ後の迫害に耐えられなくて、世界規模の家出をかましたって言ってたな。

その旅に未来さんが付いてきてしまったことも、話してくれた。

 

「でも、シンフォギアってだいぶハードな世界じゃん?そこで四期の辺りまでなんとかするってすごいことだと思う」

「へへへ、そうかな」

 

照れくさそうにうなじをかく響さん。

中身は別物と分かっていても、やっぱり『立花響』なのだと再認識させられる。

 

「そうだよ。オレ自身も原作に立ち向かった側だから、大なり小なりしんどさは分かっているつもりだし」

「ありがとう。でも、原作を乗り越えて、望んだ結果をつかみとったアルンちゃんもすごいと思うよ」

「こちらこそ、ありがとな。そう言ってもらえると報われるよ」

 

お互いのことをある程度話し終えてから、現実に戻った。

・・・・俺達の目の前にあるのは、依然ぐらぐらと煮えたぎる麻婆豆腐。

ある程度慣れてきたかなと思いもしたけど、やっぱり無理だわこの暴力的なまでにスパイシーな香り(くゎほり)

 

「・・・・何か、救済措置はないもんかな。ラッシーとか」

「炊き立てごはんならあったよ」

「うぉっ!?本当だ!?しかも業務用の炊飯ジャー!!」

「わたしもごはんは好きだけど、こんだけ食べれそうにないなぁ」

 

ちなみにラッシーは冷蔵庫に入っていた。

・・・・『食べきれないからハンデをくれ』と言える逃げ道を、潰されちまったよ。

 

「・・・・絶対やばいよね、これ」

「やばいだろうな、これ」

 

二人で、もう一度麻婆豆腐を見下ろす。

時間が経ったからか、表面の煮えたぎりは少し落ち着いていた。

 

「・・・・正直言うと食べたくないけど」

 

おもむろに、響さんが口を開く。

 

「このままここから出られないのも問題だよね」

 

そうなのだ。

ここは所謂『〇〇しないと出られない部屋』。

設定された条件以外での脱出は、決して許されない空間だ。

念のために、と部屋の壁を攻撃してみたが。

やはりびくともしなかった(備え付けの冷蔵庫は危うく倒れるところだった)。

 

(時間の経過も気になる。もし浦島方式で、元の世界の時間が早く進んでいたのなら)

 

(あまり手をこまねいていると、手遅れになる・・・・!)

 

俺が頭を抱えていると、響さんがれんげ(ラーメン屋とかでよく見る、まさに中華なあのスプーン)を手にする。

 

「響さん?」

「・・・・このまま手をこまねくくらいなら、いっそ突っ込む」

 

ひき肉数粒に豆腐ひとかけ、れんげの半分も染めないソースと。

ダメージが少なく済みそうな量をすくって、果敢に口に運んだ。

 

「あ、意外とおいしい。花山椒利いてる」

 

始めこそは、そんな感想が出てくる。

明るい顔に、俺も希望を持てそうだったんだが。

 

「アッ待ってこれ無理」

「響さんッ!?」

 

明るい兆しも、儚き夢のごとし。

ゴボォッ!とむせて倒れ伏す響さん。

口元を押さえた手指の隙間から、真っ赤なマーボーが喀血の如く零れ落ちていく。

 

「ごっほおっほえほえほえほ・・・・!!」

「あわわわわ、響さん、ラッシー(ポーション)を!」

 

やや粗雑にコップにラッシーを注いで渡すと、ひったくるように取られた。

ごっごっごっと、女の子らしからぬ音を立てて飲み下した響さんは。

空のコップをビールジョッキの様に、叩きつけて。

 

「がら"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"・・・・!!」

 

涙をいっぱいに浮かべながら、心の底からの言葉を吐き出したのだった。

 

「大丈夫?」

「・・・・・こ、これが・・・・舌にがっつり塩をまぶして、針を容赦なくぶっさした苦痛・・・・!!」

 

心底辛そうにしかめられた両目からは、涙がとめどなく溢れ出している。

口にすらしていない俺にも、どれほどの地獄なのか手に取るように分かる有様だった。

・・・・さすがは伝説に語られる麻婆豆腐。

一筋縄ではいかなさそうだ。

 

「・・・・でも」

 

でも、早いとここっから出たいのも本音だ。

俺達と現実が望んだ時間の流れ方をしているとは限らないんだから。

俺はもちろん、響さんにも待っている仲間たちがいる。

・・・・腹を、括るか。

 

「アルンちゃん?」

 

復帰しつつある響さんが見ている前で。

どんぶりに江戸時代もかくやとごはんを盛り、ラッシーを注いでいく。

 

「響さん、オレも覚悟決める」

 

でん、と。

響さんの分のどんぶりご飯とラッシーを置いてから。

俺もれんげを手に取って。

たっぷりとマーボーをすくい取る。

 

「一緒に、この部屋を出ようッ!!」

「・・・・いいね、乗った」

 

響さんも同じくれんげにたっぷりすくい取って、にやっと笑う。

一緒に深呼吸、二つ。

刺激的な匂いに、覚悟を決めて。

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」」

 

思いっきり、かっこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ルンさん、アルンさん!!」

「アルン!起きて、アルン!!」

「・・・・んあ?」

 

暗闇から、意識が浮上する。

光に眩みながら目を開けると、一柳隊のみんなが心配そうに覗き込んできていた。

どうやら倒れてしまっているらしい。

 

「覚えている?貴女、ヒュージに弾き飛ばされたのだけど」

 

結梨ちゃんの手を借りてなんとか起き上がると、夢結様が身を乗り出して語り掛けてくる。

・・・・そうだった。

巣を叩いて数は減ったとはいえ、ヒュージの襲撃は未だ続いている。

今日はそんな日常となりつつある出撃の一つだった。

戦闘のさなか、梨璃ちゃんが敵の攻撃に当たりそうになって。

・・・・うん、段々思い出してきた。

 

「アルンさん、よかった。起きなかったらどうしようかと・・・・!」

「ありがと、オレは大丈夫。梨璃ちゃんも無事でよかった」

 

目を潤ませる梨璃ちゃんの頭をひと撫でしていると、今度は梅様が口を開いて。

 

「そんで、アルンはよくない夢でも見てたのか?だいぶ魘されてたゾ」

「そうなん?」

「うん、すっごく心配だった」

 

結梨ちゃんに聞いてみると、どうやら本当らしい。

 

「まったく、うるさいったらありゃしませんでしたわ」

「とかいいつつ、楓も心配してたでしょ」

「そ、それは言わなくてよいことでしょうッ!?」

 

楓さんにも心配かけてたとなると、相当魘されてたっぽいな。

 

「夢・・・・夢・・・・そういえばなんか見てた気がするな」

「本当?どんな?」

 

結梨ちゃんにずい、と顔を寄せられながらも、頭をひねってみる。

・・・・もうすっかりぼやけた記憶に浮かぶのは、

 

「・・・・・赤?」

「赤?色のこと?」

「ああ、あとなんか『痛い』っていうのも強烈に印象にあるな・・・・」

 

なんだろう、こう。

ぐらぐらと煮えたぎる地獄の窯を覗き込んだような感覚が・・・・!

 

「よしよし、アルン。もう大丈夫だよ」

「あ、ありがとう結梨ちゃん・・・・」

 

いつの間にかバイブレーションしていたらしく、結梨ちゃんに頭を撫でられる。

ううう・・・・本当にええ子・・・・守れてよかった・・・・。

 

「まあ、何はともあれ。目標のヒュージは倒したのです、そろそろ帰投しませんこと?」

「賛成です!アルンさん頭打ってますし、早く医務室で見てもらわないと」

 

二水ちゃん他、一柳隊みんなの同意もあったことだし。

俺達は百合ヶ丘に帰ることにした。

 

「アルン、何かあったらすぐに言ってね?」

「ああ、その時は頼らせてもらうよ」

 

結梨ちゃんと並んで歩いたところで、ふと。

思い立ったことがあって。

思わず足を止めて、口を開く。

 

「――――なあ、みんな」

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「はい、立花特製麻婆豆腐だよ~」

「うゎ、赤。辛そー」

 

S.O.N.G.本部、自炊用のキッチン。

先ほどまで鍋を振るっていた響が、大皿に持ってきたのは。

スパイシーな香りをこれでもかと放つ、麻婆豆腐。

 

「でも辛さは抑えめだから、この花椒をお好みで入れて調節してね」

「ぉ、おう。でもなんでマーボー?」

 

香子と一緒にごちそうになっているクリスが問いかけると、響は少しだけ唸ってから。

 

「なんとなく!」

 

溌溂と、そう答えたのだった。




いただいたお話を微調整・誤字脱字チェックの後そのままコピペしています。いやもうめっっちゃ素敵な内容になっとった……!
数多 命さんに大きな感謝を!

チョイワルビッキーはこちらから読めます……!
https://syosetu.org/novel/117332/

なお、数多さんは現在『ひろがるスカイ!プリキュア』での二次創作も連載しておりますので、そちらもぜひ。プリキュアにわかの作者でも面白く読ませていただきました!


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特別番外編 思い出す話、もしくは、裏方のお話

UA10万に感謝のコラボ第二弾じゃオラぁ!!!(挨拶)
今回は、ぽけーさんの『もし百合ヶ丘の売店に「よく困ったことに巻き込まれる店員」がいたら』とのコラボになります! これも作者的には大好きな話でして、先に書かれたpixiv版はこの方の作品を参考にしていました。
時系列は転生ヒュージの話本編が『百合ヶ丘の店員』世界線で起こっていたら、という感じになっています。


「─なんだってこう入学初日の晴れ晴れしくも忙しい日に実験体ヒュージの脱走なんて起きますかねぇ困りますねぇ…購買部のオリエンテーションの時間、ズラしてもらわないといけないですし…」

「店員さん!」

「おや伊紀さん。高等部進学とロスヴァイセ隊長襲名おめでとうございます。慌てているところ申し訳ないんですけど、私も脱走ヒュージ捜索で呼び出し食らってまして…購買部は臨時休業なんですよ」

「いえ、その脱走ヒュージについてなのですが」

「はい?」

「脱走ヒュージ自体は、始末がついたらしいのですが、その」

「はぁ」

「脱走ヒュージを撃破したのが、同じヒュージらしくて…」

「…はい?」

 

 

「…うあー…」

「布由、伸びてないで仕事してよ。私だって教導官の業務あるんだから」

「私も購買部の業務ありますが…?こないだ例の…ピラトゥスでしたっけ、それの捜索に駆り出されたせいで年度初めの書類とか溜まってるんですよ。というか、『暗部』の事務処理なら他の人でもできますよね…?実働は私かロスヴァイセ担当とはいえ」

「愚痴が多い。かなり疲れてるみたい?今度うちでご飯にする?美穂も喜ぶと思うけど」

「お願いします…」

「…待って、生徒会からアラート」

「待って困りごとの予感が困りますあの」

「『ピラトゥス』が、レストアヒュージ及び白井さんと交戦中…?それに白井さん、ルナトラ使ってるって」

「はい私が止めに入る案件ですね太刀取ってきます本当に仕事増やしてくれて困ります!」

 

 

『─対象、霊園にて静止。レストアから回収されたCHARMを霊園に刺している模様』

『…弔っている?』

『まさか、ヒュージですよ?』

『にしても本当に静かね…理事長は?』

『鎌倉府との定例会議を急遽切り上げ、ここに戻ってくると、先ほど連絡が』

『警備課、展開完了』

『教務課教導官でまだ戦える者は私に続け!』

『非戦闘員はシェルターに避難、医療棟の動かせない子はできるだけ窓から離してください。在保健室組は誘導続けてそのままシェルターに入ります』

 

「─にぎやかですね」

「…私としては、あなたが割と平然としていることが気になるけれど

 

「これでも内心やべーですよ。私、最初は夢結さんがルナトラ使ったことくらいしか聞いてないんですけど。凪こそ平然としてますね」

「非戦闘員は退避、だからね」

「…愛妻家ですねぇ」

「ふふ」

 

 単発式狙撃銃型のCHARMを手に、校舎の屋上に伏せている同僚の見事な惚気にジト目を向ける。古なじみで、ちょうど同じ部屋で仕事していたからとスポッターと護衛を引き受けたことを若干後悔しつつ、背負った太刀の柄の感触を確かめながら双眼鏡を再度覗いた。

 

「…現場のリリィたちも警戒ラインは貼ったみたいですね。梅さんとかがかなりフランクに接してるのは不思議ですが」

「というより、全体的に困惑が強め、ね。もちろん私たちもそうだけど」

 

 警戒心に関しては、職員とリリィで違いそうだけどね、とも付け加えて、再度同僚─現役を退きながらも、教導官として復帰した凪はスコープの先に集中する。

 成程確かに、リリィたちは警戒線を構築こそすれ、明らかに理性が感じられおまけに同族を屠り天敵を守った謎の竜にどう感情と武器を向けるべきなのか分からないでいるようだ。

 逆に大人である職員側は、13年前の『とある事件』により、理性のあるヒュージにとんでもなく苦い経験を持つ者が多い。だからこそ、まだマギを扱える教導官はCHARMを、そうでない教導官や警備課の職員も、アンチヒュージウエポンか通常火器で武装し、万が一対象が暴れだせば一瞬でも隙を作ろうと潜伏している訳だが。

 

「…対象、未だ大きな動き、なし」

『マギの極度の励起も確認されず』

「…」

 

 避難なり配置なりが完了して、職員無線は一気に静かになった。時折代わり映えのしない状況報告が流れる以外、職員もリリィもそっと竜を見守っている。

 姿勢を低くして屋上に潜む二人の女性もそれは同じ─否、店員とも布由とも呼ばれていたメガネの女性のみ、落ち着かないように背中の太刀を撫でていた。

 

「…やっぱり、落ち着いてないじゃない」

「落ち着いていますよ。重ねてしまうだけです」

「…布由は、どう思う?どう考えても知性なり理性なり持ってそうな、あのヒュージのこと」

「どっちですか?出自か、人類へのスタンスか」

「どっちもよ」

 

 そう言って、地面に伏せる教導官服の女性は黙る。目と指先だけはCHARMに集中させ、耳を隣の同僚へと傾けていた。

 ややあって、再度同僚が口を開く気配。

 

「出自は、どうせゲヘナでしょう。スタンスは、分かりません。本当に理性を得ているのなら、だまし討ちの可能性もあります」

「それにしては、だいぶ友好的っぽいけど…動いた」

 

 天敵だろうリリィを前にして、あそこまで友好的な態度を隠れ蓑にできるなら、相当だろう、とのぞき込んだスコープの中。

 異端の竜は、少し距離を取ってから羽ばたいていた。

 

『対象、飛翔!』

『方向は?』

「屋上組から各位。対象は学外へと向かっている模様。送り狼、どうします?」

「各位、こちら藤見です。私が出ましょうか」

『…いいの?』

「遠目で確認するだけです。それ以上はしませんし、私情で変な手出しはしませんよ」

 

 竜の飛び立った方角を見据えて、無線に呟く。

 スコープから目を離した凪の心配するような目に手を振り、背中の太刀を背負いなおした。

 

『許可します。位置特定ののち、生徒会主導でリリィによる接触を試みますので』

「了解しました。藤見、アウト」

 

 無線の奥から、逡巡ののちに出されたゴーサインに謝辞を返し、階段へと向かう。道中で購買部も閉めておいて、移動はバイクでも使おうか、と算段を立てながら、屋内へと向かう扉の前で、再度先ほどのヒュージが飛び去った山の方を見た。

 

「理性のあるヒュージ、ね」

 

 苦く、それでいて愛おしい記憶に、奥歯を噛みしめながら。

 

 

 

 

 ─とまぁそんなことがあってからはや数ヶ月。

 

「おはようございます。アルンさん」

『おはよーございます。今日は午前中だけですけれどよろしくお願いします』

「いえいえー。むしろこっちからお願いしたいくらいですし。荷物運びとかルナトラ対処とか、すんごく助かっていますし」

『前者はともかく後者は購買部店員の仕事なのか…?』

 

 百合ヶ丘内に出店している購買にて、女性と機械音声の間の抜けたやり取りが響いた。

 カウンターに座り、ひらりと手を振りながら、定期的に発生するルナトラ持ちリリィを思い浮かべては顔に影がかかっているのが、この購買の主である店員こと藤見布由。それに対して苦労を垣間見て困惑する機械音声の少女が、先日の竜騒ぎの当人にして、なんか少女の見た目になっている人類に友好的なヒュージ─ピラトゥスことアルンであった。

 

「ルナトラ対処はけっこう大事な仕事なんですよ?私の先代もよく対応していましたし、引き継ぎ書のけっこう最初の方に書いてありました」

『嫌すぎる…』

「静かすぎるよりはきっといいですよ。もっとも、今みたいに体を張って対処したりするのは割と最近からですが」

 

 精神面に大きな影響を与える負のマギ、それを意図的に体に宿し暴走させるルナティックトランサーは、戦闘出力の多大な向上の代償として多感な少女の心を蝕むことが多い。

 ただ、戦闘でのイメージとは対照的に、平時においては人見知りや引っ込み思案、内心での自らへの自信のなさなど、内向的な方面にその症状が出やすく、そういった少女たちの日常のサポートやカウンセリングも布由の先代の仕事であった。

 …今のように、些細なきっかけでレアスキルが発動し暴れるのを止めるようになったのは、いつごろからだったか。

 

「…あれ、割と最近からですよね?何年前からでしたっけ」

『店員さん?』

 

 歳ですか?と聞こうとして、アルンは口を噤んだ。

 女性に歳の話は厳禁。自らの前世ですでに学んでいたことであった。

 

「…まぁ昔のことはいいでしょう。掘り返してもいい話そんなにないですし」

『そんなものなんですか?思い出せないオレが言うのもなんですけれど』

「全くない訳ではないんですけどね。仕事柄苦い記憶っていうものは多くて」

 

 それでも─それでも、今のように表面だけでも笑えるようになったのはいつからだったか。

 竜の少女を眺めるたび、不意に記憶が過去に戻りそうになるのは、未練か後悔か。当然彼女にはなんら関係はないし、『百合ヶ丘の大人たち』が危惧した最悪の予想─13年前と同じ手法でヒュージ化したヒトがアルンであり、『とある能力』を持つ特型ヒュージでもあるという予想─は、調査の結果否定もされているが。

 

『店員さん?』

「…いえ、大丈夫ですよ。今日はアルンさんによく呼ばれる日ですね」

『店員さんは、ちょっと心ここにあらずって感じですか?悩みごとがあるなら聞くぐらいはできますよ?』

「悩みごと…日羽梨さんと二水さんのアレソレ問題ってアルンさん解決できますか?」

『ゲヘナぶっ潰すなら喜んでやりますけれど、百合ヶ丘三大難問の一つをどうこうはさすがにちょっと…聞いた話的に力技もダメそうですし』

「力技、やろうと思えばできるんですね」

『契らないと出られない部屋に閉じ込めるとか』

「同じ力技で日羽梨さん突破するかもなのですが」

『オレの表皮で壁作っちゃえば頑丈なので突破できないですよ』

「あれ…思ってたよりガチですね…?」

 

 アルンは不器用ながらグッドマークを作った。なまじ声がまだ機械音声なだけにギャップはすごかったが、それはそれとして。

 

『本当に悩みごと、それなんですか?普段の店員さんなら笑い話にでもしそうなのに』

「『笑い話』にできるくらい日羽梨さんにとっていい環境になったのは確かですよ。…他の悩みもまぁ、ありますが」

『なら』

「でもこれは『過去』の話…それも、全ての決着がついて、エンディングが流れ切ったお話ですから」

 

 過去を背負うのは、大人の責任で、終わった過去に囚われるのも大人の特権だ。

 ならば、苛烈な『今』を、過去の話にできなかったこの瞬間を、戦い生き抜こうとしている彼女たちにしていい話では、きっとない。

 自ら手にかけた最愛の人と同じ、ヒト由来のヒュージを見かけるたびに、記憶が過去へと引きずられるなんて話も、きっと。

 

「プロローグもプロローグな『今』を生きるあなたたちに、他人が見終わったエンディングの良し悪しを引きずって欲しくはありませんから。勝手に重ねているなら、もってのほかです」

『重ねて…?』

「話はここまで。荷物運びましょう。新入荷のワールドリリィグラフィックは天葉さん特集なので、お客さん殺到しますよ。ついでに樟美さん嫉妬するんでアルンさん対処お願いしますね」

『さらっと難易度高いこと押し付けてません?店員さん?ちょっと??』

 

 どんどんと過去に連れて行かれそうな思考を、竜の少女へのちょっとした無茶振りでごまかして、裏手の倉庫へと向かう。

 ふと重ねてしまうほど、あの日々を振り切れたわけじゃないのだと、心の底に苦みを感じながら。

 

 

 

 それはそれとして。

 

「…」

『く、樟美ちゃーん?』

「天葉ねえさまは私のだから…」

『大丈夫誰も樟美ちゃんから天葉様取らないってうんそれはオレも知っているから』

「天葉ねえさまの載ってる本も、全部私の…」

『風向き悪くなってない?ねぇ』

「アルンさんも、私の味方してくれますよね…?買い占め、手伝ってくれますよね…?」

『店員さーんっっっっ』

「あー困りますー私は別件で取り込んでるのでこの案件はアルンさん対応してくれないと困りますー」

『オレが一番困っているんですけどぉ??』

 

 今日も変わらず、購買部は賑やかであった。

 




完成品を受け取って歓喜のあまり床ドラムしたのは想像に難くない。
こちらが『もし百合ヶ丘の売店に「よく困ったことに巻き込まれる店員」がいたら』のリンクになります!
https://syosetu.org/novel/259308/

これにて10万UA記念企画は以上となります!
ご協力してくださった方々に大きな感謝を!


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