キノコのほうしを目指して (野傘)
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吾輩はキノコである。名前はまだない

注意!
当作品は原作に無い独自要素・独自設定・独自展開が大量に詰め込まれた作者の趣味全開の小説となっております。
閲覧の際はご注意ください。


 吾輩はキノコである。名前はまだない。

 どこで生まれたかはとんと見当がつかぬ。気が付いた時には薄暗いジメジメした森の中、同胞たちと腐葉土を貪り食っていたことだけは記憶している。

 ある雨の日のこと、吾輩がいつものように木陰で雨宿りをしていたところ、突如轟音と共に降って来た“かみなり”に撃たれ、その衝撃で己がかつて人間であったことを思い出した。

 吾輩は所謂転生者というものらしい。

 おぼろげな記憶によれば、どうやら吾輩の前世は日本という国でしがないサラリーマンをしていた平凡な男であったらしい。前世の己に関する情報はそれ以上に思い出せぬが、思い出す価値もないようなつまらぬ人生を送ったということであろう。

 しかして前世の記憶には役に立つものもあった。それが今生にて生を受けたこの『世界』についての知識である。

 木を見れば、そこには尻に黄色い棘を生やした赤白の巨大な芋虫。

 今の吾輩はこの芋虫が"いもむしポケモン"ケムッソと呼ばれていることを知っている。

 次の瞬間、這っていたケムッソが何者かにかっさらわれる。下手人は前世の燕に似た鳥。

 吾輩はその鳥が"こツバメポケモン"スバメと呼ばれていることを知っている。

 そして水たまりに映る、今世の己の姿を見る。そこに映っているのは、練色の傘に緑の斑、そして緑の二足を持つ何とも言えぬ表情のキノコの怪物(モンスター)。それはかつて前世でプレイしていたとあるゲームに登場するキャラクターそのものであった。

 "きのこポケモン"キノココ。それが今世における吾輩の種族である。そう、何の因果か吾輩は『ポケモン』の世界にキノココとして転生していたのであった。

 

 前世の記憶を思い出し、己が元々は人間であったことを自覚した吾輩であったが、さりとて生活に特段の変化は無かった。考えてみれば当然、今生の吾輩はキノココである。人であったころの知識を得たとて、人の営みを送ることは出来ぬ。

 前世の記憶を思い出した当初こそ最早人の姿に戻れぬのかと思い悩みもしたが、よくよく考えてみれば前世の自分に戻れたとて、それが一体何になるのか。

 仮に人の姿を取り戻したとしても、この"世界"には吾輩の頼るべき家族も友人も居らぬ。さらに今生をキノココとして生を受けた吾輩に身分証明など出来る筈もなく。勿論、平凡なサラリーマンであった者が大自然を生き抜く術を持ち合わせている訳もなく。必然、待っているのは野垂れ死にであろう。

 翻ってポケモンであればどうか。吾輩には生まれた時より共に暮らす同胞(キノココ)たちがいる。大自然に産まれ落ちたこの身には、生来この地を生き抜く力が備わっている。そして、ポケモンに社会的な障壁や柵など何もない。我が身を縛るのは大いなる自然の理のみ。腹が減れば食べ、眠くなれば眠る生活のなんと素晴らしきか。

 結局、悩んだところで人に戻れるかどうかなど分からぬのだから、悩むだけ無駄というもの。それに己に関する前世の記憶は、己が人間であったという自覚のみ。既にキノココとしてこの世界で生を受けて幾年、吾輩にとってキノココとして生きるということは最早自明のものとなっている。

 なれば前世は前世、今生は今生。吾輩は人の記憶を持ったキノココとして生きるのみである。果たしてそう決意した吾輩は、再び同胞たちと共に腐葉土を貪る生活に戻ったのだ。

 

 さて、同胞と共に腐葉土を貪る日々を送っていたある日、とある出来事が吾輩の所属する群に起こった。襲い掛かって来たドクケイルを群れで撃退した直後、同胞の一匹が進化の時を迎えたのだ。

 キノガッサという新たな姿を得た同胞を、吾輩は他の同胞たちと共に祝福する。実にめでたいと、同胞たちは祝砲のように頭部より胞子を吹き出していた。

 その姿を見た吾輩の脳裏に、前世より引き継いだとある知識が浮かび上がる。

 話は変わるがポケモンには"キノコのほうし"というわざが存在する。くさタイプに分類されるわざで、かけた相手を眠らせる効果を持つ。その点だけならば"さいみんじゅつ"や"うたう"といった他の催眠技とさほど変わらぬが、このわざには他の催眠技にはない驚異的な特徴がある。

 それは命中率が100%であること。他の催眠技の命中率がせいぜい50から75程度のところを100%。即ち、使用すれば確実に相手を眠らせることが出来るのだ。

 ねむり状態になった相手はその間ほぼ何もすることは出来ず、こちらが一方的に有利となる。そんな状態を確実に引き起こせる点で"キノコのほうし"というわざがどれほど強力であるか分かるだろう。

 しかしその強力さ故に、代償として"キノコのほうし"は使い手が限られるという弱点が存在する。"()()()のほうし"の名が示す通り、前世において所謂キノコがモチーフとなったポケモンにしか扱えないのだ。

 そして吾輩の記憶にある限り、その使い手とは正統派からは程遠い冬虫夏草(パラス系統)吾輩ら(キノココ系統)のみ。

 即ち、"キノコのほうし"とは吾輩らにとってのアイデンティティと言っても過言ではない。

 それにも関わらず、この"キノコのほうし"は吾輩らキノココ系統が習得するのが非常に困難な代物なのだ。

 吾輩ら(キノココ系統)が"キノコのほうし"を習得するレベルは何と54*。しかも、キノガッサに進化してはならず、キノココのままそのレベルまで到達しなければならないというのだ。

 能力(ステータス)で劣るキノココ(進化前)でそのレベルに至るのは正しく苦行。パラセクト系統が進化後もレベルアップで習得できることを思えば、どうしても習得難易度を上げたいという世界の意志(ゲーフリの調整)を感じざるを得ぬ。

 しかし、いかに過酷とて諦める訳にはいかぬ。何故ならば今生の吾輩はキノココ。そしてキノココと言えば"キノコのほうし"。"キノコのほうし"が使えぬなどということは、この世界における唯一正当なるきのこポケモンとしての誇りが許さぬ。吾輩は決意した、必ずや"キノコのほうし"を習得して見せると。

 

 というわけで、"キノコのほうし"習得を決意した吾輩は早速修行を始めることにした。やることは単純、目に付いたポケモンに片端から喧嘩を売るのである。

 キノココが"キノコのほうし"を覚えるレベルは54。無論、一介のキノココである吾輩に自らのレベルを知る術などありはしないが、先の同胞が外敵の撃退を経てキノガッサへ進化したことを鑑みれば、この"世界"にもバトルを行うことで経験値を取得し、レベルアップするという概念が働いている可能性が高いと見たのだ。

 もしかすれば他の可能性も無いわけではないが、しかし前世の記憶によればポケモンとはバトルを通じて成長するものだという。なればこの方法こそが"キノコのほうし"へ至る近道であると思い至ったのである。

 さてさて、近くを歩いていたジグザグマ(まめだぬき)に喧嘩を売って叩きのめしたり、その辺の木にぶら下がっていたナマケロ(なまけもの)に喧嘩を売って叩き落としたり、空を舞うアゲハント(ちょうちょ)に喧嘩を売って逆に叩きのめされたりしていたある日、吾輩はふと気が付く。このまま修行を続けてレベルアップをするとなれば、"キノコのほうし"を覚えるより先にキノガッサに進化してしまうのではないか、と。

 キノココがキノガッサに進化するレベルは23。"キノコのほうし"を覚えるレベル54よりよほど早い。そして一度キノガッサに進化してしまえば、もう"キノコのほうし"を覚える手立てはない。

 これは困った。"キノコのほうし"を覚えるにはレベルアップする他ないが、レベルアップしてしまうと"キノコのほうし"が覚えられぬ。前世の記憶には進化キャンセルなるものが存在したが、アレはトレーナーの干渉があってのこと。野生ポケモンが自らの意志で進化を止められるのかは不明である。あるいは「進化せぬ」という"不変の意志(かわらずのいし)"があれば野生であろうが進化を止められるのかもしれぬが……。

 と、そこまで考えたところで、吾輩の脳裏にとあるアイテムの存在が天啓のように浮かび上がった。そう『かわらずのいし』である。

 『かわらずのいし』は進化の石と呼ばれるアイテムの一種で、もたせたポケモンの進化を止める効果がある。まさに吾輩にとって打って付けのアイテムであった。

 これは是非とも手に入れなければ。そう思う吾輩であったが、しかし、それがどこで手に入るのかは皆目見当が付かなかった。おぼろげな前世の記憶を辿ろうとも、所在地を思い出す気配はさっぱり無い。肝心なところで役に立たぬ記憶である。

 一縷の望みをかけ同胞たちにも声をかけてみるが、同然の如く誰も知らぬ。

 生まれてよりこの方、この森より一歩も出たことのない同胞たちがその存在を知らぬのだ。ならば『かわらずのいし』はこの森には無いのであろう。ならば必然として森の外に求める他ない。

 そんなところで再び前世の記憶から情報が浮かび上がって来る。そう言えば、ポケモンには石の専門家が住まう街があった筈。名前は確か……、『カナズミシティ』であっただろうか。仮に吾輩たちが住むこの森が前世でいう『トウカのもり』にあたるのだとすれば、『カナズミシティ』はすぐ近くであった筈。それにこの森が『トウカのもり』でなくとも、どのみち外に出ねば『かわらずのいし』は手に入らぬのだ。ならばここは思い切って住み慣れたこの地を離れるべきではないのか。

 そうと決まれば善は急げ。吾輩は早速同胞たちにこの森を離れて旅に出ることを伝えた。初めは何を言ってるんだコイツはと言わんばかりであった同胞たちも、吾輩の本気が伝わったのだろう、聞き終わったころには狂人を見る目で吾輩を見ていた。

 解せぬ。

 とはいえ、何のかんのと言いつつも吾輩と同胞は生まれた時より共に暮らす間柄。今までの行動が祟って引き止められこそしなんだが、野垂死なれては寝覚めが悪いと旅立ちにあたり餞別を送られることとなった。同胞より手渡されたのは、丸々とした洋ナシに似た黄色い果実。前世の記憶によればそれは『オボンのみ』という名で呼ばれている"きのみ"であった。

 これはありがたい。『オボンのみ』にはポケモンの体力を回復させる効果がある。旅先で傷を負った際に、応急とはいえ回復できる手段があるのは非常に助かることだ。

 かくして、数多くの同胞らに見送られ吾輩は故郷である森の奥を旅立った。目指すは『かわらずのいし』、そしてゆくゆくは"キノコのほうし"を習得すること。

 ついでにこの世界の様々なところを巡ってみるのもよいかもしれぬ、そんなことを考えながら吾輩は木漏れ日の中をスタスタと往くのであった。

*
第三世代(RSE/FRLG)まで。第四(Dpt/HGSS)~第六世代(XY)では45レベル、ORAS以降は40レベルで習得。




ちなみに作者が初プレイしたのは「サファイア」でした。


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吾輩は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の悪漢を除かなければならぬと決意した

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当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。















吾輩は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の悪漢を除かなければならぬと決意した。吾輩には人の定めた法(ルール)が分からぬ。吾輩は、一介のキノココである。腐葉土を貪り、目に付いたポケモンに喧嘩を売って暮らしてきた。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。


 同胞たちと別れ、故郷を後にした吾輩は只管に森の外を目指し、スタスタスタスタと歩いていた。

 木々が立ち並び昼間でも薄暗い森の景色は、生まれた時よりこの地に暮らす吾輩にとって最早見飽きたものであったが、それも見納めになるかもしれぬと思えば不思議と惜しくなるものだ。

 そんな感傷に浸っていた吾輩の元に、森林の静けさを吹き飛ばす激しい戦闘音が届く。しんみりとした感情など吹き飛ばすような無粋な音に、吾輩は思いきり顔を顰める。旅立ちの感傷が全くもって台無しだ、一体どこの輩であろうか。

 大方、アゲハント同士の縄張り争いであろうと当たりを付け、ならばどれ一目見に行ってやろうと吾輩は音のする方へと歩みを進める。  

 この森では日々生存競争こそ起こっているが、本格的なバトルというものは滅多にお目にかかれない。なぜならどちらかの体力が尽きる前に、大抵の場合は不利を悟った側が逃げ出すからである。野生のポケモンは生きるために余計な争いはしないのだ。

 しかし、そうなれば修行と称して日々積極的に他ポケモンに喧嘩を売っていた吾輩は相当な異端である。群れの同胞たちがバカを見る目で見ていたのもむべなるかな。やはりこれも吾輩が人としての知恵を持つ故か。

 そう思考しながら歩いていれば、やがて眼前に木々が途切れ拓けた空間が見えてくる。人間どもが使う林道であろう。バトルもそこで行われているようで、戦闘音もますます大きくなっていた。

 さてさて戦況は如何なるものかと、近くの茂みに潜んで覗き見れば、そこに居たのはアゲハント(野生ポケモン)たちではなく、ポケモンを連れた人間(トレーナー)たちであった。

 

 これは驚いた、まさかトレーナー同士の本格的なポケモンバトルであったとは。

 見れば人間たちの数は四人。片方は珍妙な衣装に身を包んだ男女。骨のようなマークの黒いバンダナに、青白の横縞シャツと靴下という勘違いした海賊のような装いで、それぞれの手持ちであろうガチガチと歯を鳴らすポチエナの後ろにてニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべている。

 そんなコスプレ海賊に相対するのは、赤いバンダナが特徴的な恐らく10を少し超えた頃であろう少女と、その背に隠れるようにして震える眼鏡の中年。そしてその手持ちポケモンであろう、スバメ(こツバメ)アチャモ(ひよこ)。しかし、スバメの方はすでに力を使い果たしたのかぐったりと地面に倒れ伏し、アチャモの方も体のあちらこちらに傷を負い、今にも倒れそうな様子であった。

 場の戦況は明らかに少女不利(中年はどうみてもトレーナーではない)。しかし、少女の目は死んではいない。追い詰められた状況を前に若干の焦りこそあれど、諦めずに打開の策を探っているようであった。

 はてさて、少女は次に如何なる手を打つのやら、と興味深くバトルの様子を伺っていた吾輩であったが、次の瞬間、信じられぬものを見た。

 少女が"ひんし"のスバメを戻そうとボールに気をやったその隙に、コスプレ海賊がポチエナにスバメを襲い掛かるよう指示したのだ。指示を受けたポチエナの牙がスバメに届かんとする刹那、間一髪のところでモンスターボールより照射された光線が届き、スバメをボール内(安全な場所)へと連れ戻した。

 その光景を目にした瞬間、吾輩は激しい義憤の情を覚えた。何ということだ、既に力尽きた手合いにいたずらに傷を負わせようとするとは。成る程確かに自然界において手負いの敵に確実に止めを刺すことはあり得るだろう。しかし、それは自らの安全を確保するためのこと。断じて、かの如く吐き気を催す嗜虐と悪意のもとで行われるものではない。

 さらに言えば彼らが取り行っているのはルール無用の生存競争(サバイバル)ではなく、ルールに則って行われるべき決闘(バトル)である筈。敗者を執拗に嬲るなど、獣にも劣る恥ずべき行為であった。

 吾輩は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の悪漢を除かなければならぬと決意した。既にこの身は人ならぬポケモン(畜生)なれど、かつては確かに人であった。そして道理に悖る輩を見逃してやるほど、人間性というものを捨ててもいなかった。

 沸き上がる激情に身を任せ、吾輩は隠れていた茂みより飛び出した。

 

 吾輩は飛び出した勢いのまま悪漢のポチエナへ渾身の"ずつき"をお見舞いした。意識外からの攻撃に驚いたのだろう、ポチエナは思わずといった様子で怯んでしまう。怯んだことで出来た隙を見逃さず、吾輩はポチエナめがけて至近距離から特製のほうしをぶちまける。

 この"ほうし"は吾輩がバトルにおいて優位に立ち回るべく特別に配合したもので、吸い込んだ相手()体力(どく状態)肉体の自由(まひ状態)精神の自由(ねむり状態)のいずれかを奪う(にする)効果がある。

 その分射程距離が短く、離れれば離れるほどその効果が減衰するという弱点があるが、この至近距離ならば問題はあるまい。事実、吾輩のほうしを浴びせられたポチエナはその身を痙攣させ、身体が動かぬことに驚いているようであった。

 と、そこへ悪漢からの指示を受けたもう一匹のポチエナが吾輩に噛み付いてくる。四足特有の爆発的な加速に鈍足の吾輩は避ける間もなく、その身に牙を突き立てられた。

 鋭い牙が練色の傘に食い込み、吾輩の身体に痛みが走る。だが問題ない。この程度の痛み、修行の際に幾らでも味わった。

 

 話は変わるが、吾輩たちキノココ系統のポケモンは進化後(キノガッサ)のせいか、攻撃偏重で打たれ弱いイメージがある。しかし、進化前である吾輩(キノココ)能力値(ステータス)はむしろ"ぼうぎょ"や"とくぼう"に長じた、いわゆる耐久型なのである。流石に、進化を果たした強力なポケモンたちには通じなかろうが、ポチエナ(未進化)相手ならばこの通り、屁のルンパッパ(河童)であった。

 それだけではない。噛み付きの衝撃で吾輩の身体よりほうしが漏れる。これは先程もう一匹のポチエナに浴びせたものと同じものだ。本来、このほうしは相手の攻撃に合わせて発動、相手の追撃を封じるとともに吾輩に有利な状態を生み出すカウンターとして作り出したもの。果たしてそれはこの場において想定通りの役割を発揮する。

 噴出したほうしに気がついたポチエナは慌てて離れようとするが、もう遅い。みるみる内にポチエナの我が身に牙を食い込ませる力が失われてゆく。ふむ、どうやら彼奴は精神の自由を奪われた(ねむり状態を引いた)らしい。

 彼奴(ポチエナ)は吾輩の身体を離すと、しばらく抗うように首をふっていたが、やがて力尽きたように倒れ伏し、その意識を暗闇へと沈めた。

 さてさて、悪漢どものポチエナを一時拘束することに成功した吾輩であったが、まだ終わりではない。吾輩のほうしの効果は未だ修行中であることも相まって、ポケモン相手ではせいぜい持って十数秒ほど。安全を確保するにはこの間に彼奴らをひんしにまで追い込む必要がある。しかし、生憎吾輩にそのような火力の持ち合わせがなかった。

 先に述べた通り、吾輩らキノココは耐久よりの能力値(ステータス)を有している。そして、そうした耐久よりのポケモンというのは往々にして、相手への攻撃能力が控えめであることが多い。無論、キノココというポケモンもその例に漏れず、攻撃力は控えめであった。但し、この控えめな攻撃力については、吾輩らキノココ系統は進化をすることによって劇的に改善されるのだが、それはまた別の話である。

 

 閑話休題。

 

 さて、結論から言えば、吾輩がこの十数秒間にポチエナ二匹をひんしにまで至らせるのは無理である。どう頑張ったところで火力が足りぬ。

 故に、吾輩の役割はここまで。トドメを刺す役割はそれに相応しい者に任せよう。そうして吾輩は身を翻し、横っ跳びに跳び退る。

 瞬間、吾輩のすぐ側を猛火を纏った火矮鶏(アチャモ)が疾走する。

 その燎原の火が如き疾駆に、自由を奪われた彼奴ら(ポチエナ)が反応できる筈もなく。哀れ二匹は天に向け、勢いよく吹き飛ばされることと相成った。

 少し遅れて、ベシャリという情け無い音と共にその黒い毛皮をさらに黒く煤けさせた彼奴らが降ってきた。うむ。見れば彼奴ら、完全に目を回している。清々しいまでのK.O.(ノックアウト)であった。

 一方それを成したアチャモはと言えば、傷だらけの体で若干フラつきながらも、誇らしげな様子で立っている。成る程、傷を癒さず敢えて自らを危機に追い込むことで、その身に宿るほのおの力を猛らせたか。

 危機(ピンチ)からの逆転は英雄譚の王道。それを見事にこなして見せた(アチャモ)の素晴らしいショーマンシップに、吾輩は惜しみない称賛を送る。

 

 ブラボー! おお、ブラボー!

 

 もし吾輩に手があったのならば、割れんばかりの盛大な拍手を送ったことだろうに。この時ばかりは我が身がキノココであることが悔やまれた。

 ふと見れば、悪漢どもが手持ちをボールに戻し、コソコソと尻尾を巻いて逃げ出そうとしていた。全くもって見苦しい。ポケモン(ペット)トレーナー(飼い主)に似るというが、彼奴ら(ポチエナ)は曲りなりにも吾輩らに立ち向って来た。それに比べてこ奴らの何と醜いことか。あんまり腹がたったので、吾輩は悪漢どもに向けて土産とばかりに、これでもかとほうしをばら撒いてやった。少々離れていたのでそれほど効果はあるまいが、人間相手なら十分であろう。精々数日間、節々の痛みに苦しむがいい。

 清々した気分で吾輩が振り返ると、そこにはこちらを見るバンダナ少女とアチャモの姿。よくよく見ればアチャモの体は傷だらけのまま。どうやら少女にはキズぐすりの持ち合わせが無かったらしい。

 ならば丁度良い。吾輩は素晴らしい逆転を見せてくれた礼に、餞別で受け取った『オボンのみ』を差し出す。少女は初め不思議そうな顔をしていたものの、吾輩の意図が伝わったのか、差し出された『オボンのみ』を受け取りアチャモに与えていた。早速『オボンのみ』を啄み体力を回復したアチャモ。先ほどよりも元気そうな様子で何よりである。

 さて、諸々ひと段落したところで少女はあらためて吾輩に助けられた礼と自らの身の上を語った。彼女はジョウト出身であり、ごく最近ここホウエン地方は『ミシロタウン』に越してきたのだという(余談であるが、この時点で吾輩の生まれ育ったこの場所がホウエン地方であると確定した)。ひょんなことから襲われていたポケモン博士を助け、なんやかんやでその時使用したポケモン――彼女のアチャモである――とポケモン図鑑を受け取り旅に出た。そして現在一番目のジムを目標に『カナズミシティ』を目指しているのだという。

 さらに彼女は話を続ける。長くなったので少々内容を要約すれば、カナズミジムは岩タイプのエキスパートであり自分達のパーティ(アチャモとスバメ)だけでは不利、そこで岩タイプに相性のよい草タイプであり、先ほどのバトルで抜群の活躍をした吾輩を是非パーティに迎えたい、自分たちと一緒に旅をしないか、ということであった。

 バンダナ少女(ポケモントレーナー)からの勧誘に吾輩は少し考え込む。ふむ、単純なレベルアップという観点からみればこれはとても魅力的な提案と言えるだろう。何せポケモントレーナーとはポケモン育成の専門家、得られる経験値の量は段違いだ。事実、トレーナーに育成されたポケモンは、野生のそれに比べ遥かに早い速度で成長するという。少なくとも吾輩が単独で修業するよりずっと効率的なレベルアップが見込めるであろう。

 だが一方で不安点もある。彼女の手持ちになるということは、即ち吾輩の生殺与奪の権を彼女に預けるということだ。戦闘相手や使用するわざ、育成の方針などの全てを彼女に任せることになる。吾輩の目的は"キノコのほうし"の習得。そのためにはキノココのまま延々とレベルアップする必要がある。果たして彼女は手っ取り早く強くなる(進化する)ことを拒絶し、弱い(未進化)まま戦い続ける吾輩を受け入れることが出来るのであろうか。

 確かに彼女は真摯に自らの手持ちと向き合う人物であろう。僅かな間だが、彼女が手持ちポケモンたちと深い絆を結んでいるのを見てもそれは分かる。しかし彼女は同時に、どこまでも貪欲に勝利を求め続ける"決闘者(ポケモントレーナー)"でもあるのだろう。先の勝負で追い詰められた際に見せた、あの目の光をみれば分かる。果たして彼女は勝利に拘泥することなく、ただ只管に己が我儘を突き詰める吾輩を手持ちに入れ続けることに耐えられるであろうか。

 深く深く、どこまでも真剣に、考えに考え――そして吾輩は少女の提案を断ることにした。

 吾輩の意思を察したのか、バンダナ少女は残念そうな表情を受かべる。

 すまぬな少女よ。吾輩にはどうしても譲れぬ目的(ユメ)がある。そのためには其方と共に行くワケにはいかぬのだ。しかし袖振り合うのもまた他生の縁。丁度吾輩もカナズミに用事がある。カナズミジム攻略の際には、修行も兼ねて一肌脱ごうではないか。

 といった内容を吾輩は身振りで何とか少女に伝える。果たして彼女は理解したのかしていないのか――恐らくは前者であろうが――再びその表情をほころばせたのであった。

 

 かくして始まったばかりの吾輩の旅に一時、バンダナ少女という同行者が出来た。

 何、旅は道連れ世は情け。ほんのわずかの間に過ぎずとも、道連れとは心強きものである。

 

 なお、この後吾輩のことをお気に入りのポケモンであると捕獲しようとした中年に思いきりほうしを浴びせてやったのだが、それはまた別の話である。




森で出会ったキノコと少女。共に目指すはカナズミシティ。
そこは『自然と科学の融合を目指す』、絢爛豪華の巨大都市。
その地に在りしは岩のリーダー。堅牢堅固の石部金吉。
果たして二人は如何にして、その堅き守りを打ち崩すのか。


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転石苔を生ぜず

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当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。













転がる石には苔が生えない。では転がらぬ石には?


 『自然と科学の融合を追及する街』カナズミシティ。ホウエン地方西部に位置するこの街は、巨大企業デボンコーポレーションが本社を置く同地方最大都市である。

 コンクリートと石畳に覆われた大地に、摩天楼が林立する都市の風景。前世において飽きるほど見たその光景も、大自然の元生まれ落ちた今生の吾輩にとってはどこか異質で新鮮に映る。

 樹々を取り去り地を均し、河を埋め立て山を削り、自然そのものを作り変えながら、拡大発展続ける絢爛なる都市文明。いやはや、何とも凄まじき人類の(わざ)よ。暮れつつある太陽のもと、夜闇を追いやらんとばかりに輝きを増す街を眺め、吾輩は何とも言えぬ感慨を抱いていた。

 

 それはさておき。

 吾輩たちがカナズミシティに到着し、真っ先に行ったことは中年をデボンコーポレーションへと送り届けることであった。

 中年はどうやらデボンの研究員だったらしい。なんでもトウカのもりをうろついていたところ、持っていた重要書類を先程のコスプレ海賊ども――アクア団というらしい――に奪われそうになり、慌ててバンダナ少女に助けを求めたのだとか。

 なぜ、重要書類を持ちながら森をうろついていたのかはサッパリ分からぬが、ともかくそういった訳で吾輩らはデボン研究員の中年を連れて、彼奴が勤めるデボンコーポレーションの本社ビルまで行くこととなったのだ。

 しかし、この後が悪かった。重要書類を持ったまま森をフラフラしていた中年は、当然の如く上役より大目玉をくらい。さらにはセキュリティ問題だのなんだのということで、事情を聞くため吾輩たちまで拘束される始末。散々質問された後、やっと解放されたころには、既に日もとっぷり暮れていた。

 全くもって腹立たしい。完全なる善意でもって助けた、バンダナ少女に何たる仕打ちか。情けは人の為ならずとは言うが、こんなことになるならば情けなどかけるだけ損というものである。

 とかく、人の世とは住み難きものよとつくづく思った。

 

 憤慨する吾輩を宥めながら、バンダナ少女はポケモンセンターへ歩みを進める。

 曰く、今夜はポケモンセンターにて宿を取るのだという。彼女の言にフムフムと頷く吾輩であったが、そこではたと気が付く。吾輩はトレーナーの居らぬ野生ポケモン、果たしてポケモンセンターに入ってよいものなのだろうか。

 結論から言えば問題はなかった。

 バンダナ少女の後に続き、ポケモンセンターに入った吾輩であったがそのことが咎められることは無く。むしろ、回復のため手持ちを預けた際にバンダナ少女が野生のポケモンであるとさらりと述べたことで、吾輩の方が驚いたくらいであった。漏れ聞こえた話によれば、どうやらポケモンセンターには手持ちポケモンの回復の他、心あるトレーナーが持ち込んだ傷ついたり、衰弱したりした野生のポケモンなどを治療し、保護する役割もあるのだとか。

 どうやら吾輩もそういった類いとして扱われるとのことで、ついでに怪我や病気が無いか検査もしてもらえるらしい。何やらブオンブオンと鳴るSFちっくな機械に乗せられじっとしていること数秒、軽快な音楽と共に検査結果が表示された。当然の如く結果は問題なし、健康そのものであった。

 そうこうする内にバンダナ少女の手持ちの回復も終わり、吾輩たちはそろって共に食事を摂る。

 この時、吾輩は初めてポケモンフーズなる食品を味わった。ポケモンフーズとはこの世界に最も広く普及した、ポケモン用の食餌である。ポケモンの生命維持に必要な栄養素が全て含まれ、さらに保存が効いて持ち運びも容易いという万能糧食であり、ポケモンと共に旅するトレーナーにとっては必需品だそうだ。

 姿形特質が千差万別のポケモンという種族にたった一種のみで対応できる食料品を作るとは、ある意味すごい技術である。そんなことを思いながら一口かじってみれば、何とも言えぬハイカラな味がした。これが文明の味というものか、取り立てて美味という訳ではないが、三日に一回程度ならば食べてみても良いかもしれぬ、そのような味であった。

 

 さて、次の日。吾輩たちはカナズミシティのとある建物の前に佇んでいた。

 建物の名は『カナズミジム』。そう、吾輩たちがこの街に訪れた本来の目的、ジム挑戦である。

 すでに一晩休んで体調は万全、取るべき戦略も打合せ済み、絶好の攻略日和であった。

 ふと、吾輩は傍らに立つバンダナ少女を見た。ジムを見つめるその面持ちには、どこか不安の色が伺える。

 是非も無し。何せバンダナ少女はこれが初挑戦のジムである、今までと比較にならぬ強敵を前に身が竦むのも無理はない。

 ふむ、ならばここは一つ、人生の先達――前世と今生を合わせれば少女よりは年長であろう――として吾輩が彼女の緊張を解きほぐしてやろうではないか。

 吾輩は隣に佇む少女へと飛びつき、わしゃわしゃりとくすぐってやる。飛びつかれた少女は驚き、身をよじって振りほどこうとする。その拍子に少女の腰元よりモンスターボールが転げ落ち、中より彼女の手持ち(アチャモとスバメ)が飛び出した。

 一頻りくすぐって満足した吾輩は、泣き笑いで腰砕けとなった彼女を解放してやる。バンダナ少女が荒い息を吐きながら、いきなり何をするのかとこちらを見れば、そこには彼女を見る仲間たち(彼女の手持ちポケモンたち)の姿。

 少女よ、気負うことはない。其方には絆を結んだ仲間(手持ち)たちが居る。ジムリーダーの実力は分からずとも、此奴らの実力は其方が良く知っている筈。其方はただ此奴らをの力を信ずればよい。さすれば此奴らは、必ずや其方の思いに応えるであろう。

 吾輩に同意するかのように鳴く二体。

 それに、だ。其方には吾輩という助っ人も付いておる。くさタイプである吾輩が居れば、いわタイプジムなどお茶の子さいさいよ。そうして吾輩も胸を張り、鳴き声を上げてやった。

 果たして、バンダナ少女に吾輩らの意思が伝わったのか、彼女の表情は険が取れた落ち着いたものとなっていた。

 うむ、よい表情だ。これなら実戦においても気負うことなく力を発揮出来るであろう。さあ、いざ往かんカナズミジム。ジムリーダーなぞ何するものぞ。

 そう勇みながら吾輩は、バンダナ少女に続いてジムの門をくぐったのであった。

 

 しかし、カナズミジムに一歩足を踏み入れた吾輩たちを迎えたのは、吾輩らを篩い落とさんとするジムトレーナーでも、吾輩らを試さんとする高慢なジムリーダーでもなく、多種多様の化石・鉱物たちであった。

 ジムの内装はさながら博物館の如く、あちらこちらに化石が陳列され、壁面には古代に生きたポケモンたちを模した巨大オブジェが飾られていた。

 はて、腕に覚えのあるトレーナーたちが集う修行の場であると聞き及び、てっきり道場のような雰囲気を想像していたが、これはどう言ったことか。どちらかと言えば腕利きのトレーナーよりも、休暇の学生どもが集いそうな雰囲気である。

 バンダナ少女も同様に、困惑した表情を浮かべて周囲を見回していた。

 どうしたものやらと周囲を見回す吾輩たちを見兼ねたのか、ジムの職員であろう人物が話しかけて来た。そこで吾輩たちは驚愕の事実を知る。何と現在、ジムリーダーが学校(トレーナーズスクール)に行っているため、ジムへの挑戦は出来ないというのだ。

 何ということだ。勢い込んでやって来たにも関わらず、出鼻を挫かれる形となってしまった。

 しかし、いないものは仕方がない。がっくりと肩を落とし、吾輩たちは今しがた入って来たばかりの扉を出ようとして――反対側より飛び込んできた少女と思いきり鉢合わせることとなった。

 あんまり慌てて入って来たためか、少女は吾輩のことが見えなかった――余談であるが今生の吾輩の身長は40センチ前後である――のであろう、丁度彼女の足が吾輩の顔面にめり込む形となり、憐れ、吾輩は思いきり蹴飛ばされる羽目となった。

 前世の世界においては――或いは今生の世界にあっても――見目麗しい少女に蹴られることを「ご褒美である」と抜かす輩もいるようではあるが、生憎ながら吾輩はそのような癖は持ち合わせておらぬ。いくら相手が少女であろうと蹴られるなど御免被る。

 そんな益体も無いことを考えつつ見事な放物線を描いた吾輩の体は、展示物のショウウィンドウに勢いよくぶつかることで止まり、やれやれ酷い目にあったと立ち上がろうとしたところ、さらに衝撃で落ちてきた展示物に潰されることとなった。

 目から火花が飛び、記憶が無くなる(1 2の……ポカン!)かと思うほどの衝撃。一体吾輩が何をしたというのだ、と思いつつ吾輩はその意識を手放したのであった。

 

 次に意識を覚醒させた時、吾輩が真っ先に行ったことは己の記憶に齟齬がないかを確認することであった。

 

 吾輩は何者か? 

 ――吾輩はキノココである。名前(ニックネーム)はまだない。

 

 吾輩はどこで生まれた? 

 ――前世は日本という国でサラリーマンをしておった。今生においてはトウカのもりにて、気が付いた時には腐葉土を貪る生活しておった。

 

 吾輩はここに何をしに来た? 

 ――バンダナ少女の助っ人として、ジム攻略の手伝いのためである。

 

 吾輩の目標は? 

 ――きのこポケモンの誇りにかけて、"キノコのほうし"を習得すること。

 

 うむ、どうやら記憶は正常なようだ。頑丈なポケモンの身で良かった、これが人間のままであったら間違いなく病院に入院する羽目になっていただろう。

 と、ようやくそこで吾輩は目を開く。果たして回復した視界に真っ先に映ったのは、心配そうにこちらを見つめる二人の少女の姿であった。

 一人は吾輩の同行人、赤いバンダナが特徴的なトレーナーの少女。

 そしてもう一人。額を出し、後ろを大きなリボンで結った特徴的なおさげ髪の少女。年の頃はバンダナ少女とそれほど変わらぬだろうが、中々に利発そうな雰囲気を醸し出していた。

 しかし、中々見事なデコである。中にしっかりと頭が詰まっているのだろう、実に将来有望そうだ。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、動かない吾輩の様子にもしや動けぬほどの大怪我なのかと、少女たちが泣き出しそうになってしまう。

 おっと、これはいかん。と、吾輩はすぐさま立ち上がる。そして少女たちに心配御無用とばかりに、軽快なステップで飛び跳ねて見せた。

 吾輩の元気そうな様子に、少女たちはホッと胸を撫で下ろした。

 

 さて、意識が回復したところで、あらためて吾輩たちはデコ少女より謝罪を受けることになった。不注意とはいえ危うく吾輩に大怪我を負わせてしまうところだったと、真摯に頭を下げる少女。一介のポケモン相手だからと有耶無耶にせず、誠実に対応しようとするその姿に吾輩は一気に好感を抱いた。

 

 何、気にすることはない。結果として吾輩に怪我はなかったのだ。終わり良ければ総て良し、吾輩への謝罪はそれで十分である。

 

 と、そのようなことを身振り手振りで伝えたのであるが、デコ少女はそれでは納得いかないらしい。詫びとして、吾輩たちにジムリーダー足る自分への直接挑戦権を与えようと提案してきた。

 なんとデコ少女は、このカナズミジムを預かるジムリーダーその人であったのだ。

 これは驚いた。利発そうであると思ってはいたが、まさかその年で一城を預かる身であったとは。それこそ星の数ほどいようポケモントレーナーたちの中に在りて、ジムリーダーという肩書はそう軽いものでは無い筈。今だ少女と言ってよい年齢でありながら、その肩書を任せるに足ると認められたデコ少女に、吾輩は内心で舌を巻く思いであった。

 

 デコ少女が言うところによれば、通常ポケモンジムは選抜のため、挑戦者たちに"課題(ジムチャレンジ)"を課すのだという。その内容はジムごとに千差万別であるが、ともかくその課題(ジムチャレンジ)を突破することで初めて、挑戦者たちはジムリーダーに挑む権利を得るのだ。

 そして今回、デコ少女が提案してきたことは、吾輩たちにこの課題(ジムチャレンジ)を免除し、真っ先にジムリーダー足る自分に挑めるよう取り計らうというものだった。

 これは吾輩たちにとって願ってもみない提案だった。勿論、一にも二もなくデコ少女の提案を承諾し、吾輩たちは早速ジムリーダーに挑戦を申し込む。デコ少女はそれを笑って受け入れると、立ち上がり吾輩たちに付いてくるよう促した。

 

 デコ少女に案内され、吾輩たちが通されたのはこのジムの最奥部。巨大なドラゴンポケモン(カイリュー)の化石の前に設えられた決闘場(バトルコート)であった。

 吾輩たちを決闘場(バトルコート)の所定の位置に立たせたデコ少女、自らは反対側に陣取ると、彼女の纏う雰囲気が一変する。柔和な少女のソレから、不敵な強者の、挑戦者(チャレンジャー)の実力を試さんと待ち構える門番(ジムリーダー)のソレへ。

 相対せし強者を前に吾輩たちの身体に震えが走る。しかし、それは恐怖によるものに非ず、己より高みに座す者へ挑む武者震いなり。

 

 これより始まるは決闘者(トレーナー)同士、誇り(プライド)を掛けた一世一代の大勝負(ポケモンバトル)

 一度始まればどちらかが勝利を栄冠を手にし、どちらかが一敗地に塗れるまで終わることは無い。

 されど、両者に敗北への恐怖なく。心を満たすは、飽くなき勝利への渇望のみ。

 双方、己が武器(モンスターボール)を手に構えたならば。

 いざ尋常に、勝負――開始ぃ!

 

 試合開始を告げる審判の声と同時に、バンダナ少女(チャレンジャー)デコ少女(ジムリーダー)はモンスターボールを放り、各々の手札を開帳する(手持ちポケモンをコートに出す)

 ジムリーダー・ツツジ(デコ少女)。先鋒を務めるのはイシツブテ(がんせきポケモン)。彼女が精通するいわタイプの代表格である。

 対して、挑戦者(チャレンジャー)ハルカ(バンダナ少女)。先鋒として繰り出したのは、相性有利な吾輩(くさタイプ)ではなく……。

 ボールより飛び出し、羽ばたきと共に対空したのは、黒白のツートンカラーに赤い胸元が特徴的な鳥ポケモン。スバメ(こツバメポケモン)であった。

 

 ハルカ(バンダナ少女)がスバメを繰り出したのを見て、ツツジ(デコ少女)の眉が僅かに顰められた。

 大方、自らのエキスパートタイプ(いわタイプ)に対し、わざわざ相性不利なタイプ(ひこうタイプ)のポケモンを繰り出すとは、一体何を考えているのか、といった具合であろう。

 無論、先鋒へのスバメの起用は考えがあってのものだ。

 スバメは、イシツブテからの投石攻撃をひらりひらりと躱してゆく。当たれば一撃で勝負を決せられるであろう投石を、しかしスバメは空中を縦横無尽に飛び回り、紙一重の距離で回避する。

 当たらぬ攻撃にイラついたのか、イシツブテはがむしゃらになって投石を増やす。しかし、投石を増やしても増やしても、天を舞うスバメを捉えることは出来ず、逆にスバメはその飛翔速度をますます上げていく始末。

 無数に放たれる投石はしかし、彼奴らに吾輩らの戦術を隠すよい隠れ蓑となった。

 スバメの両翼が徐々に徐々に硬質な輝きを帯びてゆく。

 投石が中空を覆い尽くさんばかりの勢いになり、そこでツツジ(デコ少女)がようやくスバメの変化に気が付いたが、しかしもう遅い。

 ついに己が出せる最高の速度に至ったスバメは、その勢いを維持したまま空中にて宙返り。目にも止まらぬ速さにてイシツブテへと急降下していく。

 瞬間、イシツブテへと叩き込まれる"鋼翼一打(はがねのつばさ)"。スバメの出せる最高速度(トップスピード)にのせて打ちこまれた()()は、見事イシツブテの真芯(きゅうしょ)を捉え、その体力を"ひんし"にまで至らせた。

 よし、と小さくガッツポーズを決める吾輩たち。これで一匹持って行った、と確信する。

 

 しかし、相手はジムリーダー。数多の挑戦者(チャレンジャー)を下してきた歴戦の猛者。相対するツツジ(デコ少女)に動揺はなし。

 瞬間、先の一撃で以って"ひんし"に至らしめた筈のイシツブテが動き出す。狙うは攻撃後、その速度を緩めたスバメの背中。

 全力の一撃の後、僅かにその意識を緩めていたスバメ。迫り来る投石に対応出来ず、まともに相性不利(こうかはばつぐん)の攻撃を受け、ただの一撃で"ひんし"状態となってしまった。

 意識を失い墜落するスバメに慌ててリターンレーザーを照射し、ボールに戻すハルカ(バンダナ少女)

 それを見ながら吾輩は当初の予定が狂ったことに内心、歯噛みすると同時に、ジムリーダーの実力の凄まじさへ戦慄を覚えていた。

 

 まさかあの必殺の一撃(弱点+急所)を耐えるとは、何とも呆れた"がんじょう"さよ。さらに返す刀で反撃し、逆にこちらの先鋒を戦闘不能にするとは。あの一撃でもって一体戦闘不能に持っていくつもりが、予定が狂ってしまった。

 しかし、大筋に問題はない。元々、一撃で以って敵先鋒を下した後、次のポケモンの戦術を引き出し退場するのがスバメ(先鋒)の役割。多少順番は前後すれど、その分中堅たる吾輩がカバーしてやれば良いだけのこと。想定外の事態に対処してこそ、助っ人の面目躍如である。

 

 ひんしのスバメがボールに回収されたのを確認した後、吾輩は勢いよく決闘場(バトルコート)へと飛び込んだ。

 さて、まずは残党(イシツブテ)の処理からだ。吾輩は先のダメージにふらつくイシツブテ目掛け、"くさ"の力を這わせると、その体力(HP)を思いきり"すいとって"やる。

 先の一撃で既に限界であったのだろう、吾輩の攻撃を受けた彼奴(イシツブテ)はあっさりとその体を地へ沈めた。

 倒れ伏した彼奴をツツジ(デコ少女)が回収するのを見ながら吾輩は思考する。

 ここまでは予定調和。問題は()である。

 果たして、イシツブテを回収し終えたツツジ(デコ少女)が、中堅、と同時に大将となるポケモンを繰り出してきた。

 白い光と共にボールより飛び出せしは、全身が青みがかった岩石で構成された、磁石が如き赤い鼻と眠ったような容貌を持つ"いわ"ポケモン。その名は"コンパス"ポケモン・ノズパス。ジムリーダー方大将を務める最大戦力であり、ツツジ(デコ少女)が何よりも信を置く(のエース)ポケモンであった。

 

 来おったな、ノズパス。彼奴はツツジ(カナズミジムリーダー)の代名詞と言えるポケモンだ。

 ノズパスというポケモンの持つ特徴はといえば、何を置いてもその圧倒的な防御能力であろう。前世のゲーム的な"能力値(ステータス)"で言えば、比較的低い"とくぼう"ですら90、最も高い"ぼうぎょ"に至っては135に達する。能力値(ステータス)は100あればその能力が高()()と判断されることを鑑みれば、正しく驚異的といって良いだろう。

 現在、ハルカ(バンダナ少女)の残りの手札(てもち)は吾輩とアチャモ。ツツジ(デコ少女)がノズパス一体であるのに対し、総数では優っている。しかし、この内のアチャモには"いわ"タイプに対する有効打がない。何としてでも吾輩が彼奴(ノズパス)を仕留める必要があり、そのため戦況は実質五分五分といって良いだろう。

 挑戦者(吾輩ら)の勝利条件は、吾輩が敵方大将(ノズパス)を下すこと。そのためには何とかしてノズパスの防御を突破する必要がある。しかし、真正面から打ち破るのは難しい。あの防御力の前では生半可な一撃など何の痛痒にもならんだろう。ましてや吾輩(キノココ)は耐久よりのポケモン。その吾輩が彼奴に攻撃を仕掛けたところで、結果など目に見えている。

 即ち正面突破は不可能。ならば必然、取るべき手段は搦め手となる。

 

 さて、先ほど語ったノズパスというポケモンの長所を覚えているだろうか。彼の長所とは即ち、驚異的な防御能力である。では、逆に彼奴の短所とはどこであろう。

 一部驚異的な能力値(ステータス)を有するポケモンは往々にして、それ以外の能力を切り捨てることでバランスを取っている。無論、伝説のポケモン(出場制限)ケッキング(マイナスとくせい)のような例外はあるが、それでも大半のポケモンに当て嵌まる世界の法則(ゲーフリの意思)だ。

 そして、それはノズパスにおいても例外ではない。では彼奴がその驚異的な防御能力と引き換えに切り捨てた能力値(ステータス)とは何なのか。

 

 ――それ(ぼうぎょ、とくぼう)以外の全て(こうげき、とくこう、すばやさ、HP)である。

 

 ノズパスが決闘場(バトルコート)に降り立ったのを視認した瞬間、吾輩は彼奴目掛けて走り出す。

 当然、彼奴(ノズパス)も反応するが、彼奴(ノズパス)の"すばやさ"の能力値(ステータス)は鈍足の吾輩(キノココ)をも下回る低水準。即ち吾輩の方が"すばやい"(先制できる)のだ。

 瞬く間に――といっても外野から見れば呆れるほど遅かったであろうが――彼奴(ノズパス)の元へ辿り着いた吾輩は、彼奴へ向け思いきり"ほうし"をまき散らしてやる。

 吾輩のほうしをたっぷりと吸い込んだノズパスの顔が苦痛に歪む。

 此度、彼奴にまき散らしたほうしは、先の悪漢どもに使用したものと違い、ほうしの成分配合を変えることでランダムであった状態異常の発生を、確実に引き起こせるよう性質変化させている。*1

 その効果は吸い込んだ相手の体力を奪う(をどく状態にする)というもの。彼奴は今、自身の体力が内側から削り取られる不快な感覚を味わっているだろう。

 さらに言えば吾輩の策はそれだけではない。

 ノズパスが眼前の吾輩に向け、磁力で以って浮遊させた岩石をぶつけてくる。

 吾輩は押し寄せてきた岩石がぶつかるのと同時に、自ら後ろへと跳躍。投石の勢いを利用し、彼奴と距離を取ることに成功した。

 無論、吾輩とて無傷とはいかなった。岩石がぶつけられた部分に痛みが走り、吾輩の肉体がダメージを受けたことを知らせる。

 しかし、問題はない。感ずる痛みは先日ポチエナに噛みつかれた時よりもずっと弱く、負ったダメージは擦り傷程度。戦闘継続に支障はなかった。

 さらに次の瞬間、吾輩の肉体に"くさ"のエネルギーが流れ込み、先に負った傷を瞬く間に癒す(HPを回復させる)

 ツツジ(デコ少女)は与えたダメージを瞬く間に回復されたことに驚愕し、すぐさまそのカラクリに気が付いた。

 見れば、彼奴(ノズパス)の青みがかった体表に僅かに緑色のシミのようなものが浮いている。その正体は、先の攻防にて吾輩が接近した際に、毒のほうしとともに吹きかけてやったもう一つのほうし。

 このほうしは吸い込んだ相手の体内に寄生、その体力を奪うことで成長し、奪った体力の一部をパスを通じて吾輩に分け与えるという代物だ。相手の体力を奪い、吾輩へと還元するという一見非常に強力な効果を持つこのほうしではあるが、しかし、明確な弱点というのもまた存在する。このほうしはその存在維持に吾輩との――正確に言えば吾輩が味方と認識するものとの――パスが必要不可欠で、例えば寄生相手が有効射程を離れる、モンスターボールに戻されるなどしてその繋がりが途切れれば瞬く間に死滅してしまうのだ。さらにこれと同系の技は"やどりぎのたね"という呼称で知られており、くさタイプのわざの中でも比較的ポピュラーなものとしてその対策法――一度ボールに引っ込める――が広く普及しているのも、欠点の一つと言えるであろう。

 しかし、ことこの場において、それは大きな問題とならない。

 ポケモンバトルはルール上、常に*2決闘場(バトルコート)に手持ちポケモンがいることが必要とされ、交代要員なしにポケモンをボールに戻すことは相手に対する降参と見なされる。

 そして現在、ツツジ(デコ少女)の手持ちで戦闘不能となっていないのは、決闘場(バトルコート)にいるノズパスのみ。

 即ち、ツツジ(デコ少女)は実質上、"やどりぎのたね"の回復手段を封じされたに等しい。

 後は、吾輩が"ひんし"にならぬよう立ち回り、「どく」と「やどりぎ」によって彼奴(ノズパス)の体力が尽きるのを待てばよい。

 これこそが吾輩が考案した対ノズパス用戦術、その名も「転がらぬ石に苔を生ぜよ」作戦である。

 

 攻撃回避に専念し、決闘場(バトルコート)をちょこまかと逃げ回る吾輩。

 ほれほれどうした。先ほどから狙いが定まっておらぬぞ。

 彼奴(ノズパス)からの投石を華麗なステップで回避し、あらぬ方向へ岩を飛ばした奴に煽りを入れてやる。

 吾輩は自らの勝利を確信していた。

 彼奴(ノズパス)の体力は吾輩のほうし(「どく」と「やどりぎ」)によって奪われる一方で、彼奴(ノズパス)の攻撃がこちらにダメージを与えることはなく。遮二無二なって行う投石攻撃も、大半があらぬ方へ行くばかりで吾輩のことをまるで捉えられてはおらぬ。

 ふむ、毒がとうとう頭にまで回ったか、あるいは疲労のあまり混乱状態にでもなったか。まあ、どうでもよいか。

 吾輩はこの場において王手をかけておる。既に勝利は目前、わるあがきなど無視しても構うまい。

 正直に申せば、この時の吾輩はひどく慢心していた。

 自らの立てた策が上手くいったと思い込み、最早彼奴は手も足もでまいと油断していたのだ。

 吾輩は知らなかった、目の前で相対せしが何者であるかを。

 吾輩は嘗めていた、数多の挑戦者を一蹴してきた門番(ジムリーダー)の、その実力の何たるかを。

 吾輩は忘れていた、どこまでも貪欲に勝利を求める決闘者(トレーナー)の、その真の恐ろしさを。

 

 都合何度目かの投石。珍しく吾輩に向かって放たれたそれを、吾輩は危なげなく回避しようと横っとびに跳び退る。

 瞬間、飛び退いた先の空間にあった何かに阻まれ、顔面をしたたかに打ち付けてしまう。

 痛みに呻きながら眼前を見れば、そこにあったのは先の投石によって投げつけられていた岩石封。さらによくよく確認すれば、吾輩の周囲三方がこの岩石封によって囲まれているのに気が付いた。

 嫌な予感を感じた吾輩はすぐさまその場を離れようとするが、次の瞬間全身を電流が駆け抜けたことで失敗する。駆け抜けた電流によって肉体が痙攣し、吾輩はその場より一歩も動くことが出来ない。どうやら彼奴が鼻先より"でんじは"を発し、吾輩の肉体の自由を奪った(をまひ状態にさせた)らしい。

 せめて、次に何が来るのか確認しなければと吾輩は、"まひ"した体を無理やり動かし彼奴の方を振り向いて――そこに「絶望」を見た。

 体勢を整え、ゆったりと拳を構えるノズパス。その拳へと徐々に徐々に、"ほのお"のエネルギーが集っていく。集ったエネルギーは収束し、ノズパスの拳を青みがかった本来の体色から、赤く赤く、燃えるような色合いへと変化させた。

 迸る"ほのお"のエネルギーを前に、吾輩の本能が最大級の警報を発する。

 まずい、まずい、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。()()はダメだ。

 吾輩の身に満ちる"くさ"の力が教えてくれる、()()を喰らえばおしまいである、と。

 天敵(ほのお)タイプの存在を前に、吾輩は本能的に逃れようとするが、しかし痙攣する肉体は言うことを聞かない。

 やがてノズパスの拳に"ほのお"のエネルギーが充填される。

 そうして奴は拳を振りかぶり、吾輩目掛け"赤熱の拳(ほのおのパンチ)"を振り抜いた。

 

 "赤熱の拳(ほのおのパンチ)"が無防備な吾輩の体に突き刺さる。

 初めに感じたのは我が身を焼く強烈な痛み。

 次に感じたのは凄まじい衝撃。

 殴り飛ばされた吾輩の体は、背後にあった岩石封を粉砕するに飽き足らず、そのまま決闘場(バトルコート)の壁面に罅をいれてようやく停止する。

 ズルズルと力無く場外に滑り落ちる吾輩。

 打ち込まれた"ほのお"のエネルギーが肉体を苛み、激しい痛みによって呼吸すらも儘ならぬ。

 辛うじて意識こそ保っているものの、体に全くといっていいほど力が入らぬ。

 誰がどう見ても戦闘不能。完全無欠の"ひんし"状態であった。

 力無く倒れ伏す吾輩に悲鳴を上げて駆け寄ろうとするハルカ(バンダナ少女)。しかし、そんな彼女にツツジ(ジムリーダー)は冷徹に告げる。すぐさま控えのポケモンをコートに出すべし、さもなくば降参と見なす、と。

 ハルカ(バンダナ少女)が足を止め、此方(吾輩)彼方(ジムリーダー)を交互に見やる。その顔には葛藤があった。

 吾輩は、そんなハルカ(バンダナ少女)にアイコンタクトを送ってやる。吾輩のことは気にするな、この程度で死にはせぬ。それよりも其方は己が勝負(バトル)に集中せよ、と。

 果たしてハルカ(バンダナ少女)は、後ろ髪を引かれるような顔をしながらも踵を返し、決闘場(バトルコート)控えのポケモン(アチャモ)を繰り出した。

 

 さて、ハルカ(バンダナ少女)にアイコンタクトを送り何とか勝負(バトル)を継続させた吾輩であったが、その内心は忸怩たる思いであった。

 一体何をしているのだ吾輩は。

 助っ人だのなんだのと嘯き、自らの策に慢心し、格上の敵を前に油断するなど何様のつもりか。

 そも彼らジムリーダーは各タイプのエキスパート、それが己が専門とするタイプを知り抜いておる。ならば、弱点となるタイプに関しても当然対策を取っているに決まっておろう。

 それを有利タイプだから何だのと、「転がらぬ石」だったのは吾輩の方ではないか。

 しかし、後悔先に立たず。吾輩は諦観に満ちた表情で決闘場(バトルコート)の戦況を見る。

 現在次々と放たれる岩石封を、アチャモは何とか決闘場(バトルコート)を走り回ることで避けている。しかし、ダメだ。あのままの調子ではいずれ逃げ道を失い直撃するだろう。吾輩が残したほうし(「どく」と「やどりぎ」)によるダメージも、先ほどツツジ(ジムリーダー)が使用した"きずぐすり*3"によって体力を回復されたことで水泡に帰している。

 そしてアチャモに"いわ"タイプに対する有効打はない。

 この勝負(バトル)、吾輩たちの敗けだ。

 

 この時、吾輩は既に勝負(バトル)の行く末は決まったと思った。

 此方に有効な手札は無く、逆に相手は一撃さえ当てれば勝ち。この絶体絶命の状況下、逆転なぞ不可能であると。

 しかし、吾輩は忘れていたのだ。

 危機(ピンチ)からの逆転は英雄譚の王道。そしてハルカ(バンダナ少女)アチャモ(その相棒)は、正しくそれを成し得る英雄(主人公と御三家)であったことを。

 

 ノズパスの岩石封の一撃がアチャモの体に突き刺さり、彼の体が大きく吹き飛ばされる。

 ああ、これで終わりか。

 そう吾輩が諦念と共に敗北を予期した、次の瞬間。吹き飛ばされた(アチャモ)の体が眩い光に包まれる。

 それは大いなる生命の御業。ポケモンという種族がその身に蓄積された力を爆発的に解放し、その器を一段階上の物へと昇華させる神秘の現象。いと貴き進化の光であった。

 光に包まれアチャモの姿が変わってゆく。幼く、小さな肉体はより大きく、より強力なものへ。可愛らしかった翼には戦いに適した鋭い爪が生え揃い、大地を掴む足はより駆けるのに相応しい強靭なものへと変化した。

 そして光が収まった時、既に幼き矮鶏(アチャモ)の姿はそこに無く、代わりにあったのは若き軍鶏(ワカシャモ)の雄々しき姿であった。

 ワカシャモは変化した己が肉体の調子を確かめるように二、三、軽くステップを踏むと、次の瞬間、爆発的な加速でもってノズパスへと接近する。進化を経て飛躍的に向上した彼の身体能力は、ノズパスに一切の行動を許さず。勢いのまま放たれたのは闘気を込めた"二連蹴撃(にどげり)"。

 果たして、"いわ"も砕く"闘気(かくとう)"の二連撃を受けたノズパスは、肉体を包む岩塊に罅を入れられ、そのままその場にドウと倒れ伏し、ついにはピクリ動かなくなった。

 ――ノズパス、戦闘不能! 勝者、挑戦者(チャレンジャー)・ミシロタウンのハルカ!

 挙げられし試合終了の旗。読み上げられた勝者の名は、ミシロタウンのハルカ(バンダナ少女のもの)であった。

 そしてその名を聞き届けるのと同時に、吾輩の意識は暗闇に閉ざされた。

 

 次に目を覚ました時、吾輩が見たのは何度目か分からぬバンダナ少女の心配そうな顔。周囲を見ればやたらとSFちっくな機械が並ぶポケモンセンターの治療室。

 なるほど。吾輩はひんしとなった後、ここに運び込まれて治療を受けていたということか。

 バンダナ少女に力いっぱい抱きしめられ、圧殺されそうになりながら吾輩は内心、そう独り言ちた。

 危うく今生の生を終えそうになる寸前、ようやく解放された吾輩。

 そんな吾輩に、バンダナ少女は誇らしげな様子で手にしたバッジケースを見せてくる。ケースの中には煌びやかに輝く『ストーンバッジ』。彼女がこの街(カナズミシティ)のジムを攻略したことの、その証であった。

 バンダナ少女は吾輩に助力の礼を言う。今回、カナズミジムを攻略出来たのは吾輩のおかげである、吾輩の助力なくてはカナズミジムを突破し、こうしてバッジを手にすることも出来なかった、と。

 彼女の礼に笑みを持って応える一方、吾輩は内心で忸怩たる思いを抱いた。

 吾輩に彼女の礼を受ける資格はない。

 今回のジム戦、突破出来たのは純然たる彼女の実力によるものだ。吾輩は格上相手に油断し、無様に敗北したのみ。

 これで助っ人などお笑い草だ。

 どうやら吾輩は前世の記憶というものの影響か、知らず知らずのうちに自らを強者であると勘違いしていたらしい。前世の記憶がどうした、人の知恵を持つからどうした。

 この"世界"には吾輩など及びも付かぬ強者どもがいくらでもいるのだ。彼らに比べれば吾輩など一介のキノコ、純然たる弱者に過ぎぬ。慢心、油断などしてる余裕など吾輩には無い。これより相対する者に対して決して手を抜かず、常に全霊をもってことに当たるべし。 

 吾輩は敗北(しょうり)の苦い味を噛みしめつつ、そう誓うのであった。

 

 さて、治療も終わりポケモンセンターを出た吾輩たち。

 そこでふと、吾輩は既にバンダナ少女との約定、ジム戦への助っ人を果たしていることを思い出す。

 ならば、これにてバンダナ少女と吾輩の旅は終了ということだ。

 そうか、吾輩と彼女らとの旅はここで一度終わるのか。思えば長いようで短い間であった。

 吾輩はこの二日間で起きた鮮烈な思い出の数々を振り返り、この二日間の彼女との旅路がまこと善きものであったと感慨に浸る。

 そして隣に不思議そうな表情で佇む彼女に吾輩は、別れの挨拶をしようとして。

 

 ――まってぇー!

 

 街中に突如響き渡る、情けない中年の声によって掻き消された。

 

 ふむ、どうやら彼女との旅はもう少しだけ続きそうである。

*1
なお余談だが、このほうし成分の配合を変えることが出来るようになったのは、先の悪漢戦の後のこと。あの戦闘で得た経験値により、レベルアップしたことで扱えるようになったらしい。これは吾輩にとって、この世界にも確かにレベルアップという概念が存在していることを裏付ける、新たな証左であった。

*2
交代時やそらをとぶ、あなをほる等を除く。

*3
ジムリーダーは一試合に一度だけ、どうぐによる回復が許可されている。



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老人と海賊

10/24
全面的に内容を改稿いたしました。すでに旧バージョンの方をお読みいただいた方は申し訳ありません。


注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。





























老人はライオンの夢を見る。


 カナズミシティに響き渡る情けない悲鳴。吾輩はその声にどこか聞き覚えがあった。

 それは隣に佇んでいたバンダナ少女も同じであったようで、吾輩たちは顔を見合わせ、揃って悲鳴が聞こえてきた方へと向かう。

 果たして、そこに居たのは見覚えのある中年の姿。昨日吾輩たちが助けたデボンの研究員であった。研究員の中年はゼエゼエと息を切らし、道端にて座り込んでへばっておった。取り敢えず知り合いとなれば放置しておくのもまずかろうと、吾輩らは研究員の中年を助け起こし何があったのか話を聞くこととする。

 研究員が語ったところによれば、此奴は先の事件にて大目玉を食らった後、汚名返上のためとある"にもつ"の管理を任されたのだとか。ところが、あろうことか任された初日に管理部屋に賊が入り込み、その"にもつ"を奪われてしまったのだという。このままでは管理不行き届きで最悪クビになってしまう。そうなる前に奪われた"にもつ"を何としても取り戻さねばならない。しかし、自分はポケモントレーナーではない*1ため、賊に対抗する手段がない。そこで先日の戦闘でアクア団(悪漢ども)を追い払った吾輩らの実力を見込み、どうにか"にもつ"を取り返してはもらえないかということであった。

 いくら悪漢を追い払うだけの実力があるとはいえ、十を過ぎただけの子供に縋るというのはいい歳こいた大人としていくら何でも情けなさすぎるのではなかろうか。

 そう思う吾輩であったが、しかし当のバンダナ少女はと言えば大分困っているようであるから、と中年の頼みを引き受けるようである。

 バンダナ少女は少々お人好しが過ぎるのではないか。まあ、此奴の境遇には同情すべき点も無い訳ではない。それに断った結果、知り合いが露頭に迷うのも寝覚めが悪い。仕方があるまい。吾輩も尻ぬぐいに協力してやろう。

 という訳で中年の頼みを引き受けた吾輩たち。中年曰く賊は街の東の方へ逃げていったという。吾輩たちはその言葉に従い、街を東に向かって駆けてゆくのであった。

 

 さて、タッタタッタと街を東の方へ走り続け、いつのまにやら街はずれのカナシダトンネルへとやって来てしまっていた吾輩たち。するとトンネルの入り口に、何やら人だかりがあるのが見えた。吾輩たちは逃げていった賊に関係しているのではと、人だかりの内の禿の老人に話を聞いてみることにした。

 そのキャモメを連れた老人が言うには、この辺りを散歩していたところ突如海賊のような恰好をした二人組がトンネルへと入って行き、中でトンネル堀をしていた男が追い出されたのだという。

 しめた。(アクア団)の連中、どうやらトンネルが行き止まりとなっていることを知らなかったらしい。実に好都合だ、これで奴らは袋のラッタ(ねずみ)。これ以上逃げられることを気にしなくて済む。

 さあ、連中からさっさと荷物を取り返し、あの憐れな中年の職を守ってやらねば。老人に礼を言い、吾輩たちはカナシダトンネルに走り込んで行く。奥へと続く一本道を駆けてゆけば、やがて袋小路にて立往生する悪漢(アクア団)どもの姿。

 さあ、もう逃げ場はないぞ悪漢(アクア団)どもめ。さっさと奪った"にもつ"を返し、神妙にお縄に付くがよい。

 しかし、連中は悪漢(アクア団)ども。簡単に縄につくような手合いでなし。最早逃げられぬと見るや、奴らはモンスターボールよりポチエナを繰り出し、こちらへ向かって嗾けてくる。

 この期に及んで抵抗するか、その意気やよし。しかし吾輩はともかくとして、バンダナ少女(ジム攻略者)を嘗めて貰っては困る。バンダナ少女よ、やってしまえ。

 こちらへ迫るポチエナを確認した少女は、対抗するように腰元よりモンスターボールを投げ放つ。開閉スイッチが押され、光と共に飛び出したのは、先の戦いにて新たな姿を獲得した彼女の相棒(ワカシャモ)。こちらがワカシャモを繰り出したことで足を止め、警戒の唸り声を上げるポチエナたち。そんな奴ら(ポチエナ)若き軍鶏(ワカシャモ)は一瞥くれてやると、主人(バンダナ少女)の命に従い、目にも止まらぬ速さで奴らとの距離を詰める。

 次の瞬間、放たれたのは豪脚による蹴り二連。憐れポチエナたちは鎧袖一触、弱点タイプ(こうかはばつぐん)の攻撃を食らってそのまま地面に伸びてしまうのであった。

 

 瞬く間に手持ちポケモン(ポチエナ)を倒され、恐れ戦く悪漢(アクア団)ども。

 さあ、悪漢(アクア団)どもよ、手持ちポケモン(ポチエナ)たちは伸びている。貴様らに抵抗する手段は残されていない。とっとと奪った"にもつ"を返し、大人しくお縄につけ。

 そう言って悪漢(アクア団)どもに降伏を促す吾輩たち。この時点で吾輩たちは既に勝利を確信していた。なぜなら奴らには最早降伏する他に道は残されていないからだ。そう――、

 ()()()()()()()()()()

 

 ――UPAAAA!!!

 

 トンネルにドゴーム(おおごえポケモン)もかくやという叫びが響き渡った。

 

―――

 

「――UPAAAA!!!」

 

 入り口方面よりトンネル中に響き渡る咆哮。

 ドゴーム(おおごえポケモン)もかくやというそれは、閉ざされたトンネル内に幾度も反響し、その場にいた全員が思わず身を竦ませる。

 次に聞こえたのはドシドシという足音。それは何者かがこちらへ近づいてきていることを示していた。

 やがてトンネルの入り口の方から、その足音の主が飛び込むように姿を現す。

 

「テメェらッ! ナニヤッテルンだッ!」

 

 現れたのは身長2メートルを超えようかという浅黒い肌の巨漢。ゴーリキーもかくやと鍛え抜かれた上半身を惜しげもなく晒し、その胸には自らの所属を誇示するように海賊の骨を模した「Α」のマーク(アクア団のシンボル)があった。

 

「「ウ、ウシオ隊長!」」

 

 したっぱたちから「ウシオ」と呼ばれた男性はその巨躯に見合わぬ身軽さで跳躍し、軽々とハルカたちの頭上を飛び越えてしたっぱたちの前に着地する。

 ズシンっ、と衝撃が響いた。

 

「ホウコクをウケてキテミれば、ガキ一人にナニをテコズッテるんだッ!」

「うっ……。す、すいやせん。隊長」

「で、でも、あのガキやたらと強くて……」

「イイワケすルんジャあ、ねエ!!」

 

 ドォン! とトンネルの床を踏み鳴らし、ウシオはしたっぱ達を黙らせる。

 

「イイか! コノコトはもうアニィにツタエてアる! オメェらは後でオシオキの「ぐりぐり」ダ!」

「「そ、そんな~~~!」」

 

 ウシオからの無常な宣告に、悲鳴を上げて膝から崩れ落ちるしたっぱ達。そんな彼らを無視して、ウシオはぐるりとハルカたちの方へ向き直る。

 

「オウホウ! ジコショウカイがまだだっタな! オレッちの名は"ウシオ"! アクア団サブリーダーの"ウシオ"ダ!」

 

 自らをアクア団のサブリーダーであると名乗ったウシオ。予期せぬ敵幹部の登場に驚くハルカ。そんな彼女の驚愕を余所に、ウシオはさらに言葉を続けた。

 

「オイ、オメぇ! オレッちのカワイイシタっぱどもをブッとバスとは、中々ヤるじゃネーか!! ――よォーし決めタゼッ! オメぇは! オレッちがジキジキに! ポケモン勝負(バトル)でモミつぶしてヤル!!」

 

 そう言ってウシオはハルカたちへ向け、手にしたモンスターボールの開閉スイッチを押す。

 

「イっくぜェェ!」

 

 瞬間、何かが凄まじい勢いでボールから飛び出した!

 

 

―――

 

 

 筋肉達磨(ウシオ)のボールから何かが飛び出し、黒い影が吾輩たちのすぐ側を通り過ぎる。轟ッ! という音と共に風圧が吾輩たちを襲い、バンダナ少女の髪を激しく靡かせた。

 それが収まるか収まらぬ内に、吾輩たちの背後より何かが崩れる音が鳴り響く。見れば、トンネルの天井の一部が崩落し、入口へと続く道が塞がれていた。どうやら吾輩たちはこの狭い洞窟に閉じ込められてしまったらしい。

 崩落した通路より視線を上にやれば、そこには先ほどボールより射出され、吾輩たちを閉じ込めた下手人の姿。"きょうぼうポケモン"サメハダー。奴は射出された勢いのままトンネルの壁面に衝突、強固な岩盤を砕き割ってめり込むように停止していた。

 その姿を見て吾輩は(サメハダー)が先ほど何をしたのか悟る。なるほど。ボールより飛び出した瞬間、溜め込んだ海水を放出することで急加速し、さながらロケットの如く空中を飛翔(ロケットずつき)したか。

 何という破壊力。吾輩では手も足も出なさそうな岩盤をこうも容易く砕くとは。これ程までに鍛え上げられたポケモンを見るにこの筋肉達磨(ウシオ)、下手をすればその実力は先のジムリーダー(デコ少女)を凌駕するやもしれぬ。

 しかし、疑問もある。なにゆえ奴は吾輩らを直接狙わず、背後の岩盤のみを狙ったのか。あれ程の威力の突撃、もし吾輩らに直撃すればひとたまりも無かったろう。だが、先の飛翔コースは明らかに吾輩らを避けていた。

 ――ならば必然、それこそが奴の狙い。この吾輩たちが閉じ込められた状況こそ、奴が行おうとしたことに他ならない。では何故、奴は吾輩たちを閉じ込めようとしたのか、その答えは割合すぐに得られた。

 崩落した通路を見て、高笑いする筋肉達磨(ウシオ)。奴は壁面にめり込んだサメハダーを回収し、今度は別のボールを取り出す。

 

「フゥーハッハッハ! イイ感じニぶっこワレやがっタ!! ――さア! つぎはオメエのデバンだ!!」

 

 その言葉と共にボールが地面に叩きつけられ、中から新たなポケモンが飛び出した。

 飛び出したのは青い体に長い耳、毬のような尾を備えたポケモン。"みずうさぎポケモン"マリルリであった。

 が、その体はマリルリにしては妙に筋肉質だ。全身が無駄にパンプアップされていて、途轍もなくむさ苦しい。おまけにそんな体型にも関わらず、顔はマリルリのままなのだ。アンバランス極まりない、正直に言ってとても気色が悪かった。

 吾輩の感想はさておき。ボールより飛び出した後、無駄にキレのあるポージングを決めながら着地したマリルリ。その姿にしたっぱどもは歓声を上げ、それを聞いた吾輩はゲンナリした。そんな吾輩たちを余所に筋肉達磨(ウシオ)は大声で、マリルリに"わざ"を命ずる。

 

「ヤレっ、マリルリ! "みずあそび"ダ!」

 

 筋肉達磨(ウシオ)の命令を受け、マリルリが口元に力を込める。次の瞬間、凄まじい勢いで水が吐き出され始めた。

 

 瀑布が如き勢いで吐き出された水は最早「水遊び」などという次元ではなく、「滝行」と言った方が正しいだろう。その様相は吾輩に前世でよく見た水を吐く獅子頭のオブジェ(お風呂とかにあるヤツ)を思い起こさせた。

 いや、そのような暢気なことを考えている場合ではない。

 密閉された空間に大量の水が供給され、瞬く間にバンダナ少女の腰当たりにまで水が貯まる。

 大量の水。彼奴等この空間を水で満たし、吾輩らを溺れさせるつもりか? だが、吾輩の予想とは裏腹に、水がバンダナ少女の胸のあたりにまで達したところで、マリルリは水を吐き出すのを止めた。

 周囲一体は完全に水没し、吾輩たちはそれなりに広さのある池の中、獰猛な笑みを浮かべる筋肉達磨(ウシオ)と対峙することとなった。

 

「うおおおおおおおお! 出た! ウシオ隊長の水場死合(アクアリングデスマッチ)だ!」

「Hooooo! 流石隊長だ! 子供相手にも容赦ねえ!」

 

 現れた水の場(フィールド)に騒ぎ出すしたっぱども。筋肉達磨(ウシオ)が奴らに応えるように高々と拳を突きあげると、したっぱどもからさらなる歓声が上がる。したっぱどもは何時の間にやら、どこからか「Α」のマーク(アクア団のシンボル)がプリントされたタオルまで取り出して振り回していた。実にうるさい。

 

「オウホウ! マタセちまってワリィな! ナニせ、オレッちのポケモンはコウヤッテ(フィールド)をトトノえてヤらなけりゃ、マトモにバトルもデキねえからヨゥ!」

 

 したっぱどもの喧しい声援を背にして、相対する吾輩らにそう告げる筋肉達磨(ウシオ)。その言葉で、吾輩は筋肉達磨(ウシオ)が何故一帯を水没させたのかを察した。――同時に吾輩らがまんまと奴らの土俵にのせられてしまったということにも。

 

「ダが! コレでヨーヤくコイツ(サメハダー)をアバレサセてヤることがデキる! さあ! オレッちと! オメェとで! アツくタギろうゼええええええええ!!」

 

 筋肉達磨(ウシオ)が取り出したモンスターボール。それより飛び出したのは先ほど回収されたサメハダー。水棲のポケモン故に地上に於いてはその動きに制約を課されていた(サメハダー)だが、この場においては正しく"水を得た魚の如く"。水面を裂きながら凄まじい勢いで吾輩たちに突進してきた。

 水中(ここ)(サメハダー)縄張り(テリトリー)。こと水中機動において(サメハダー)の右に出るポケモンはいない。(サメハダー)にとって吾輩らは縄張りに迷い込んだ憐れな獲物という訳だ。

 

 状況は格段に吾輩たちにとって不利。相手は格上、場は奴らの支配下。

 なれどバンダナ少女に諦観なし。逆境にありてなおその瞳、未だ力を失わず。いやむしろ逆境無頼にありてこそ、英雄(しゅじんこう)の煌めきはより強くなるというもの。

 バンダナ少女はボールより、残った最後の手持ち(スバメ)も解き放ち、全身全霊の覚悟を以て眼前の大敵を迎え撃つ。それは仲間たち(手持ち)もまた同じ。迫り来る脅威(サメハダー)を前にして、己の持ちうる武器を静かに構える。

 ――さあ、決闘(ポケモンバトル)の始まりだ。

 

 水面を引き裂き、吾輩たちの元へ迫るサメハダー。その脅威を真っ先に迎え撃ったのは、バンダナ少女が率いる軍勢(パーティ)の誇り高き一番矢。

 (スバメ)は黒白の翼を羽ばたかせると、鋭く一声。一陣の早矢風(ハヤテ)となりて水中を進むサメハダーへと飛翔する。それはまさしく開戦の鏑矢。瞬く間に(サメハダー)の元へとたどり着くスバメ。彼はその身が傷つくことも厭わずに、"勇気の飛翔"(ブレイブバード)を以て、冷酷無比の「海のギャング」へと突攻した。

 全霊の一撃がサメハダーに直撃し、直進するその勢いを僅かに弱める。しかし、(スバメ)もまた無事では済まず、全霊の一撃(ブレイブバード)の反動に加え、奴の体を覆う鋭い楯鱗(さめはだ)が彼の体を傷つけた。だが(スバメ)は怯むことなく、持ち前の根性で以って、サメハダーをこの場に釘付けにすべく突撃を繰り返す。

 いい加減スバメの突撃を煩わしく思ったのか、サメハダーは進撃を一時停止。己が頭上を舞う目障りな小鳥(スバメ)目掛け、牙だらけの大口にて飛び掛かる。

 サメハダーの牙がスバメを捉えるその寸前、バンダナ少女の手元よりリターンレーザーが向けられる。果たして、既のところでスバメは光の粒子となって安全な場所(モンスターボール)へと回収され、サメハダーの牙は虚しく空を噛むこととなった。

 

 さて一の矢が放たれれば、続けて二の矢も放たれるというもの。スバメを追って中空を舞ったサメハダー目掛け、飛来する物体が一つ。練色の傘に緑の体、まん丸ボディの吾輩である。吾輩は近くにいたワカシャモに頼み、彼奴が宙を舞うのに合わせて、吾輩を思いきり蹴り飛ばすよう頼んだのである。

 果たして、ワカシャモは見事にその頼みを全うしてくれた。蹴り出された吾輩の体は丁度彼奴に届くコースを描いておる。吾輩は彼奴の体へ向け飛翔する間、蹴り出された際に僅かに残留したワカシャモの闘気に意識を向ける。闘気、即ちポケモンの有する"かくとう"の属性が込められた力。吾輩たち(キノココ)が有するのは基本的に"くさ"の力のみ。しかし、進化を経てキノガッサに至れば、"かくとう"の力もまた有するようになる。即ち、吾輩の肉体には"かくとう"の属性を扱えるだけのポテンシャルが秘められているということだ。故にこそ、吾輩は残留した闘気に干渉が出来るのだ。

 残留した"かくとう"の属性に干渉、肉体に吸収し、その指向性を解析する。解析を終えたのならば、お次は我が身に保有する生体エネルギーへ、解析した"かくとう"の指向性を入力。体外へと放出する属性(タイプ)を"くさ"より"かくとう"へ変換。続けて変換された"かくとう"の生体エネルギーを、外部へと出力する型に流し込む("わざ"を形作る)。選択した型は吾輩の最も得意とする"吸収(ドレイン)"の型。本来、"くさ"の属性(タイプ)を以て運用されるそれは、流し込まれた"かくとう"の属性(タイプ)によってその性質を変化させる。

 エネルギーによる干渉(とくしゅ)から肉体接触を伴う干渉(ぶつり)へ。

 出力されたのは"吸精の拳(ドレインパンチ)"。しかし吾輩の体は無手故に、敢えて名付けるとするならば"吸精突撃(ドレインタックル)"と言うべきか。まあ、名前は今はどうでもよい。重要なのはこれが(サメハダー)に対しての有効な一打をなり得ること。そうして"吸精突撃(ドレインタックル)"を纏った吾輩は、中空より落下し始めた(サメハダー)の無防備な背中へと激突した。

 激突の瞬間、鋭い楯鱗(さめはだ)が吾輩の体を削り取り、少なくないダメージを受ける。だが、この程度なんの事はない。次の瞬間、纏っていた"吸収(ドレイン)"の"かくとう"エネルギーが奴の体を打ち貫き、奪った体力(HP)の一部を吾輩へと還元する。

 弱点である"かくとう"の一撃を食らい、(サメハダー)も少なくないダメージを負ったのだろう。苦痛に呻くように空中で身を捩らせ、再び水中へと飛び込んでいく――その後背に吾輩をしがみつかせたまま。

 

 さて、先の飛翔において吾輩は自らの得意とする"くさ"のエネルギーではなく、態々外部より吸収した"かくとう"のエネルギーを用いて攻撃を行った。これが何故かと言えば、吾輩の"くさ"エネルギーの扱い方の問題だ。吾輩が"くさ"タイプの"わざ"を使う際、ほうしや物理的接触を伴う場合を除き、大地を媒介とすることで相手に"わざ"を届かせている。これは未だ保有する生体エネルギー総量が少ない(レベルが低い)吾輩では、"わざ"単体のエネルギー量が足りず途中で霧散してしまい、距離のある相手に対しては最早"わざ"の型を保つことが出来ないからだ。今回、吾輩と(サメハダー)との間には膨大な水が存在している。"みず"のエネルギーは"くさ"のエネルギーを活性化させるが、水そのものは大地と比べれば"くさ"のエネルギーを通しにくいのである。故に、吾輩は(サメハダー)に"わざ"を届かせるために、何としてでも奴に近づく必要があったという訳だ。

 そして思惑は成功し、吾輩はまんまと奴の体に取り付くことができた。ここまで近づけていれば、大地の補助が無くとも"わざ"を奴に届かせられる。さあ、どう料理してくれようか。

 

 ほうしをまき散らして奴の身体の自由を奪うか?

 ――いや、ダメだ。水棲のポケモンたるサメハダーはエラ呼吸。吸い込ませることで初めて効果を発揮するほうしでは効果が薄かろう。

 

 ならばこのまま奴の無防備な背中を物理的に滅多打ちとするか?

 ――否。吾輩の持ちうる物理攻撃はその大半が"くさ"のエネルギーを用いぬ力業(ノーマルタイプ)。奴への有効打となり得るかは疑問だ。それに奴の体は鋭い楯鱗(さめはだ)に覆われ、接触した相手をカウンターの如く傷つける。しがみついている現在も吾輩の体は少しずつ削り取られておるのだ。物理で攻撃しては吾輩の体力の方が先に尽きかねぬ。

 

 ほうし(補助)もだめ、体技(物理)もだめとなれば、残るはエネルギー(特殊)による干渉攻撃の一択である。

 吾輩はこの身に宿す"くさ"のエネルギーを活性化、身に纏っていた"吸収(ドレイン)"の型へと流し込む。流し込まれた属性(タイプ)の変化により、その"わざ"の性質もまた変化する。先ほどとは逆に、肉体接触を伴う干渉(ぶつり)からエネルギーによる干渉(とくしゅ)へ。

 さあ、食らうがよい。これなるは今の吾輩が出せる最大級のエネルギー(特殊)攻撃。その名も"大吸精(メガドレイン)"である。

 瞬間、サメハダーの体を根状に張り巡らせた"くさ"エネルギーが覆った。

 

 這いずるように、絡みつくように、菌糸束を思わせる"くさ"エネルギーがサメハダーの体に張り巡らされる。侵食した"くさ"エネルギーは奴の生体エネルギーへと干渉し、それを吸い上げて吾輩へと還元していく。

 自らを侵す菌糸束に紛れもない脅威を感じたのか、奴は背部に居座る吾輩を振り落とそうと矢鱈滅多に暴れ出す。奴はトンネルの壁面へと突撃し、背部を壁面へと押し付けそのまま削り取るように泳ぎ始めた。一方の吾輩も振り落とされまいと、"大吸精(メガドレイン)"との接続を強め、気を緩めれば一瞬で意識を失いそうな(戦闘不能となりそうな)衝撃を還元された生体エネルギーを流し込み、秒単位で回復することで必死に耐える。さあ好きなだけ暴れるがよい、()()()()()()()()使()()()()()()()

 そうこうする内、"大吸精(メガドレイン)"で体力を吸い上げられている状態で散々暴れ回ったからか、奴の速度が少し弛んだのを感じた。この時を待っていた。吾輩は張り巡らされた"くさ"エネルギーのラインを通じて、奴の生体エネルギーへと干渉する。これは大地を媒介としない、吾輩から直接的に張り巡らせたラインだからこそできる芸当だ。干渉したのは奴の体をコントロールするヒレ。その動きをほんの少し奪取することで、吾輩は()()()()()()と奴の進路を変更する。

 

 奴の進路上、そこには吾輩たちの放つ三の矢(最後の矢)。迫り来る「海のギャング」(サメハダー)を見据え、己が闘気を"ふるいたたせる"若き闘鶏(ワカシャモ)の姿があった。

 佇むワカシャモの姿を見た吾輩は全力を以てサメハダーの肉体を操作、水面より飛び出させ中空へと再び身を踊らさせる。

 サメハダーが空中へと飛び出さんとする直前、ワカシャモはその脚力を以て高々と跳躍し、洞窟の天井を蹴り飛ばすことで反転、膨大な"闘気(かくとうのエネルギー)"を足に纏い、飛び出したサメハダーへ向け跳蹴を繰り出した。

 これこそが吾輩たちの立てた作戦。奴の機動力に追いつけるスバメでは奴を倒しきるだけの火力がなく、逆に奴を倒しきれるだけの火力を備えたワカシャモでは奴の機動には追いつけない。故の協力。二匹の能力を生かし、足りない分は吾輩が補う連携。一の矢(スバメ)で以って敵を攪乱し、二の矢(吾輩)で以って敵をおびき寄せ、三の矢(ワカシャモ)で以って敵を討つ。

 そして吾輩らの作戦は今まさに結実の時を迎えている。奴の体は空中に有り、自慢の機動力は発揮できない。蓄えた水も底を尽き、始めに見せたあの空中機動も行えまい。一方のこちらは既にワカシャモが完璧なタイミングで跳蹴を放っている。込められた"かくとう"の力を食らえば、幾ら奴とて一溜まりもないだろう。さらに吾輩に油断はない。例えワカシャモの跳蹴が外れても、そのまま奴を仕留められるようにより強く、"大吸精(メガドレイン)"との接続を意識する。

 そうこの時、吾輩に油断は無かった。先のジムリーダー戦での反省を以て、奴を確実に仕留められるよう気を張った。この戦い(バトル)、吾輩は文字通り全霊を掛けて臨んだのだ。

 

 そして奴の実力は吾輩たちの全霊を上回るものだった。

 

 衝撃(インパクト)の瞬間、(サメハダー)が行ったのは逃げることでは無く、逆に攻撃を迎え入れることだった。鼻先に向けて放たれた跳蹴を、奴は僅かに身を捩って狙いを逸らし、自らの口腔で以って受け止めたのだ。

 ありえない。口腔とは内臓へと直結する重要器官。どれだけ体を鍛えようとも、体の内側を鍛えることは出来ぬ。そんな内側に敵の攻撃を受け入れる? それは正しく自殺行為に他ならない。一応、牙を噛みしめることで最低限の防御を施したようだが、ワカシャモの攻撃はそんなもの容易く砕き割り、脚が彼奴の口腔内に深々と突き刺さる。衝撃が彼奴の体を揺らし、蹴爪によって傷つけられた口腔より血が流れる。

 だが、そこまでだった。

 与えられた衝撃は奴の意識を刈り取ることはなく。そのままワカシャモの勢いも止まる。ここで吾輩は少しの違和感を感じた。先ほどサメハダーの口へと蹴りを叩き込んだ際に、ワカシャモの勢いが僅かに削がれたように思えたのだ。

 そして察した。

 そうか、ワカシャモよ。汝は命を奪うことに躊躇したか。口腔内へと叩き込んだ一撃。あれが真の威力を発揮していればサメハダーは戦闘不能を免れなかっただろう、いやそれどころか内臓を傷つけられ命の危機にすら陥ったかもしれない。その予感がワカシャモの攻撃を僅かに鈍らせ、結果として奴は多大なダメージを負ったものの未だ健在という訳だ。

 甘い、とは言うまい。寧ろ高潔と言うべきであろう。恐らくかのワカシャモは生まれた時より人と共に在ったポケモンだ。そして人と長らく在ったが故、人の倫理より強い影響を受けておる。いくら自らを脅かす敵相手であろうとも、命を奪うことに対し躊躇を覚えたのはそれが要因だ。

 だが平時においては尊ばれるべきその性も、ことこの場においては仇となる。或いは、(サメハダー)はこれすらも読んでいたというのか。

 瞬間、砕け散ったサメハダーの牙が生え変わる。ズラリ並ぶ鋭い牙が突き刺さったままのワカシャモの脚をガッシリと咥え込んだ。これはいかん。吾輩は奴の動きを止めんと"大吸精(メガドレイン)"に意識を向けようとして、奴の口腔から爆発的な水の奔流が放たれたのが先だった。

 生え揃った牙を丸ごと粉砕して放たれた"高圧水流(ハイドロポンプ)"。それは攻撃後の無防備なワカシャモの胴へと突き刺さり、その体を勢いよく水面へと叩きつける。果たして"高圧水流(ハイドロポンプ)"の直撃を受け、水面に叩きつけられたワカシャモの体が力無く浮かぶ。それは彼の意識が完全に失われ、"戦闘不能(ひんし状態)"となったことを示していた。

 吾輩は最後にワカシャモの体がリターンレーザーの光に包まれるのを辛うじて確認し、再び水中へと戻っていった。

 

 吾輩たちの用意した三の矢がへし折られた。しかしまだ矢は二本残っておる。三の矢がダメだったならば、二の矢たる吾輩がトドメを刺せばよいのだ。吾輩は奴の体から残った生体エネルギーを吸い上げんと、"大吸精(メガドレイン)"に力を入れようとして、その繋がり(パス)が絶たれているのに気が付く。原因はすぐに分かった。奴の体表に猛烈な冷気が纏わりついていたのだ。

 冷気の出どころは奴の口腔。何と彼奴め、自身の進行方向へ向け"冷凍光線(れいとうビーム)"を放っておった。瞬く間に奴の周囲の水が凍り付き、その体表を覆ってゆく。いかん。このままでは吾輩も諸共に凍り付いてしまう。"くさ"の天敵たる"こおり"のエネルギーを前にして、吾輩は急いでサメハダーより離れる。

 何という奴だ。いくら"みず"タイプで"こおり"に対しては耐性を持っているとはいえ、一歩間違えればそのまま凍り付いて動けなくなっていたかもしれぬというのに。

 水面に浮き上がった吾輩に奴の背びれが迫る。と、そこへ上空より舞い降りる影。ボールより再び繰り出されたスバメが吾輩を掴み、中空へと飛び上がる。ガキン、と先ほどまで吾輩が浮かんでいた位置をサメハダーの大口が通り過ぎた。

 ふむ、間一髪。助かったぞスバメよ。汝が居らねば先ほどの時点で吾輩は一巻の終わりであった。しかしこの状況、如何がすべきか。何とか奴の攻撃より逃れはしたものの、奴は未だ健在で今も宙を飛ぶ吾輩たちを追って来ておる。今のままではジリ貧、何とかして奴を倒す策を講じねば。

 そんな事を思案していた吾輩。そこでふと、吾輩は先ほどよりスバメの飛翔速度が落ちていることに気が付く。いや確かに吾輩を掴んでいる分、普段より速度が落ちていることは確かだが、それにしてもあまりにも遅すぎる。一体これはどういうことか。そこでようやく吾輩は周囲の気温が極端に低下していることに気が付いた。先の攻防にて体温が下がっていたため気が付かなかったのだ。

 周囲を漂う不自然な冷気。出どころは勿論眼下にて吾輩たちを追跡するサメハダー。奴め、"凍える風(こごえるかぜ)"などという小技まで使えるのか。"みず"タイプらしく器用なことだ。

 みるみるうちに吾輩たちの飛翔速度が落ちる。吾輩やスバメの体表には霜が付着し、その体温を奪ってゆく。ふと、眼下に見えていたサメハダーの姿が見えないことに気が付いた。

 突如として吾輩の体が中空へと投げ出される。掴んでいたスバメが吾輩を投げ飛ばしたのだ。何故かと体を捻って背後を見れば、そこには水を噴出し凄まじい速度(アクアジェット)でスバメへと飛び掛かるサメハダーの姿。なるほど奴の襲撃を察知し重り(吾輩)を投げ離したか。

 重り(吾輩)を離したことで多少速度を取り戻したスバメ。最後の力を振り絞って翼を羽ばたかせ、何とか直撃を避けることには成功する。だが完全に回避することは出来ず、サメハダーの楯鱗(さめはだ)に接触しダメージを負ってしまう。そして既に最初の攻防にて多大なダメージを受けていた(スバメ)にとっては、ここまでが限界だったようだ。意識を失い、木の葉のようにヒラリヒラリと落下するスバメ。そんな彼にリターンレーザーが照射されるを見ながら、吾輩は水面へと着水した。

 体側の傘を浮き輪代わりにして、どうにか水面に浮かぶ吾輩。だが吾輩に出来るのはそれだけ。短足無腕の吾輩ではとてもではないが水場にてまともに動くことなどできず、仮に動けたとしても(サメハダー)の機動力に到底は及ぶまい。

 

 詰みだな、これは。

 吾輩はこの状況を盤上遊戯で言うところの詰みであると理解する。もはやバンダナ少女には戦える手持ちはおらず、協力者である吾輩にも彼奴を倒す手段は存在しない。この勝負(バトル)において吾輩らが勝利することは不可能であろう。

 だが、まだ勝負はついておらん。既に勝利はないが、敗北したわけでもない。目指すは引き分け(ドロー)、この身を引き換えにしてでも奴の動きを封じてくれるわ。さすればバンダナ少女にも多少の選択肢が出来よう。後は彼女の運しだい。そして吾輩はバンダナ少女(英雄)より感じ取れる、ある種の運命力というものを信じておった。どうにも理由は分からぬが、彼女ならば問題ないと信じられるのだ。それは最早朧気にしか思い出せぬ、前世の記憶というものが吾輩に知らせておるのだろうか。

 眼前には水面を切り裂くサメハダーのヒレ。そう遠からず吾輩は奴の攻撃によりその意識を断たれるだろう。だが、タダではやられてやらぬ。オタチ()ならぬこの身なれど、盛大な最後っ屁をかましてやろうではないか。

 ざばり、と。サメハダーが水面よりその凶悪な面を覗かせる。開いた大口にはズラリと並ぶ鋭い牙。迫り来るサメハダーの顎に、しかし吾輩は逃れようとはせず、むしろ頭頂を奴に向け、喜び勇んで飛び込んでやる。瞬間、凄まじい衝撃と共に奴の牙が吾輩へと突き刺さった。

 

 感じたのは激痛。ブチリ、ブチリと吾輩の身体が引き千切られる音が聞こえる。先のジムにて体感した弱点タイプによる痛みとも異なる、ただただ強大な力による痛み。遥か格上相手からの桁外れのダメージを受け、吾輩の意識は一瞬で闇に沈む。

 だが、これでよい。咬撃(こうげき)の瞬間、吾輩を襲った激しい衝撃。それが吾輩の体内を刺激し、たっぷりと詰め込まれていたほうしが奴の口腔内へ向けて、これでもかとまき散らされる。幾らエラ呼吸でほうしの効果が薄くとも、直接口腔内にぶちまけられれば話は別。さあ、「海のギャング」よ。滅多に味わえぬ森の幸、トウカのもり特産毒キノコの味はいかがかな。意識が闇に呑まれるその刹那、吾輩は奴へそう皮肉ってやったのだった。

 

 

―――

 

 

 無防備なキノココを"かみくだ"いたサメハダー。その体がビクリと震える。そうして何度か身悶えた後、サメハダーは咥えていたキノココを思いきり吐き出した。

 勢いよく吐き出されたキノココは、まるで水切り石のように水面を何度か跳ね、バシャリと浮かんで動かなくなる。

 一方のサメハダーはどうやら"まひ状態"となったらしい。時折体を痙攣させ、動きも明らかに鈍っている。

 

「――キノちゃん!!」

 

 水面に浮かび、動く様子のないキノココを見てハルカ(バンダナ少女)は悲鳴を上げる。キノココは先ほどの攻撃でサメハダーに思い切り噛み付かれていた。サメハダーの咬合力はポケモンの中でも一、二を争う。鉄をも砕き、タンカーすらバラバラにするというその力を食らって無事で済む筈が無い。

 

「オウホウ! 中々ヤるじゃねエか! まさカ、サメハダーにワザと噛み付かセて、"まひ"サせるとはヨゥ! ソレにオレッちのサメハダーの攻撃を食ラって、マだボールに戻らねエとは! タフだナ、オイ! ――だガ、これでトドメだ! ヤレ! サメハダー!!」

 

 しかし、ウシオはハルカがボールにキノココを戻さないのを見て、キノココが未だ健在であると判断したようだ。サメハダーに指示を出し、動かないキノココにトドメを刺そうとする。

 勿論、ハルカがキノココをボールに戻さないのには理由がある。

 ()()()()()()()()()――()()()()()()

 あのキノココはあくまで、ハルカにくっついて来ているだけの野生のポケモン。一度手持ちに加えようとして断られたが、何故か一緒に付いてきている不思議なポケモンだ。彼は彼女の手持ちではなく、故にボール(安全な場所)に戻せる筈も無い。

 意識のないキノココにサメハダーが迫る。"まひ状態"のためか先ほどと比べて速度は遅いが、確実にキノココを狙っていた。"ひんし状態"の今、もし先と同様の一撃を貰ってしまえばキノココの命が危うい。そう悟った時、自然とハルカの体は動き出していた。

 サメハダーの牙がキノココに触れる、その寸前。キノココの元へと辿りついたハルカはぐったりとした彼の体を抱え込み、サメハダーより庇う。

 

「あぐっ……!」

 

 ザクリ、と飛び掛かったサメハダーの牙が彼女の肩口を切り裂き、感じた痛みに彼女は思わずうめき声を上げる。切り裂かれた傷口から鮮血が流れ出し、彼女の周囲を赤く染める。

 

「――!? オイ! オメエ、正気カ!? 何でポケモンを庇っテンだ!? ポケモンの"わざ"を人間が喰ラったりしたら、下手スりゃ死ぬぞ!!」

 

 自らの身を呈してキノココを庇う少女(ハルカ)に驚愕するウシオ。彼は何故トレーナーであるハルカがポケモンを庇うのかと疑問を口にする。そしてハルカはそんな彼への回答を、無意識のうちに口にしていた。

 

「決まっ、てる……でしょ! キノちゃんは……、この子は……!」

 

 痛みで意識が朦朧とし、呂律もうまく回らない。それでも一言一言つっかえながら、彼女は自身の答えをはっきりと言い切った。

 

「あたしの、友達なんだから――!」

 

 顔を上げ、しっかとウシオたちを睨みながらそう言い切った少女。その瞳には思わず気圧されてしまいそうな、強い強い光が宿っていた。

 

「チッ……! クソが、冷めチまっタぜ。――マアいい、目的のブツは手に入ッたンだ! オイ、シタっぱども! ズラかるぞ!」

「「へ、へい!」」

 

 興が削がれたのか、はたまた少女の言葉に何か思うことがあったのか、ウシオはこの場より撤退することを決める。部下たちにそう伝えた後、ウシオは自身の手持ちポケモンに戻って来るよう声を掛け――

 

「サメハダー! オメェもさっさと――!? オイ、サメハダー!? ドウしたんだ!?」

 

 その様子がおかしいことに気が付いた。

 この時ウシオは知る由も無かったが、サメハダーは自身を傷つけられた痛み、そして先の戦いにて掻き立てられた闘争心によって、極度の興奮状態にあった。そんなところにハルカ(獲物)の血がまき散らされたのだ。振りまかれる血の匂い、それが齎す本能的な興奮はすでに極限状態にあったサメハダーの、残った僅かな理性を消し飛ばすのに十分だった。

 

「サメハダー? ッ!? ――ウオオオオオオオゥ!?」

 

 突如、ウシオの懐から莫大な光が漏れる。その光に呼応するようサメハダーの肉体も同様の光に包まれる。薄暗い洞窟を照らす桁外れの虹色の光、ハルカは思わず顔を背けた。

 やがて光が収まれば、そこには姿の変わったサメハダー。全身に黄色い古傷が浮かび上がった凶悪な姿形。メガシンカしたその姿、名をメガサメハダーと言った。 

 メガサメハダーはユラリとハルカたちの方を向くと、長く伸びた吻部より無数の棘を伸ばし、彼女ら目掛けて凄まじい勢いで突進し始めた。

 

「クソッ! ナンで勝手にメガシンカを……!? オイ、サメハダー!! オレッちの言うコトを聞きヤガレ! ボールに戻るンだ!」

 

 ウシオが何度呼び掛けようともサメハダーに届く様子はない。業を煮やしたウシオがボールに戻そうとリターンレーザーを照射するが――

 

「ナン……、ダト……!?」

 

 リターンレーザーが弾かれた。全身から放たれる莫大なメガシンカのエネルギーが、リターンレーザーを消し飛ばしたのだ。

 

「うわわわわわ、隊長! 流石に殺しはマズいですって!」

「おいガキ! 何してんだ、すぐに逃げろ!」

 

 最早アクア団たちですらメガサメハダーを止められない。ハルカはせめてこの子だけでも、と"ひんし"のキノココを強く抱え込み――。

 

「――破ァ!」

 

 次の瞬間、轟音と共に飛んできた岩がメガサメハダーに激突し、その体を吹き飛ばした。

 岩が飛んできた方向を見れば、そこに居たのは一人の老人。傍らには老人のポケモンだろう、キャモメとルンパッパがいた。

 

「――ゴニョニョたちが妙に騒ぐ故、気になって来てみたが。まさかこんなことになっておるとはのう」

 

 よく見れば道を塞いでいた瓦礫の一部が無くなっている。老人がこちらに来る際に吹き飛ばしたらしい。メガサメハダーに投擲したのはその余りだろう。

 よいしょ、と音を立てて水に飛び込み、ハルカに近づいてくる老人。ハルカはその老人に見覚えがあった。

 

「あなた、さっき入り口で会った……!」

「ほっほ。さっきぶりじゃのお嬢さん。――ん? あんた怪我しとるのか。ふむ……ピーコちゃん、頼めるかの」

 ――ぴひょー!

 

 老人の呼び声に応え、ピーコちゃんと呼ばれたキャモメがハルカたちの元へ降り立つ。すると、ピーコちゃんの体から"みず"のエネルギーがあふれ出し、ハルカたちを覆い尽くすほどの巨大な水のリングが発生した。周囲を水のリングに取り囲まれ、驚いた表情を浮かべるハルカ。そこで彼女は気付く、肩口に負った傷から痛みが少しづつ消えていることに。

 

「"アクアリング"。通常は使用者の体力を少しずつ回復させる"わざ"じゃが、長ずればこのような扱い方もできるのじゃ」

 

 そう言って再びほっほと笑う老人。ハルカはそんな老人に礼を言おうとして、突如瓦礫を砕きながら現れたメガサメハダーによって遮られた。

 あふれ出るメガシンカのエネルギーが傷口を刺激し、メガサメハダーの興奮をますます高める。彼は自らに攻撃を加えた相手にターゲットを変更したのか、湧き上がる衝動に身を任せ、凄まじい勢いで老人に突撃してくる。

 

「――笑止。理性を失った獣風情が、儂に挑もうなど40年早い」

 

 老人の言葉は()の如く静か。されど込められた覇気は嵐にうねる大海が如き激しさを持っていた。

 『横綱』、と老人が一声掛ければ、ずずいと老人の手持ちであろうルンパッパが前にでる。だが、その在り方は常のルンパッパに在らず。歳月を経て通常のそれよりも長く伸びた体毛は、口元にてさながらドジョッチ髭が如き様相を呈し、細められた瞳はまるで糸のよう。ルンパッパ特有の陽気さは欠片もない静謐な佇まいは、水面に浮かぶ一葉の蓮を思い起こさせた。

 彼等(老人とルンパッパ)の付き合いは60年に及ぶ。最早、細かい指示など必要ない。ルンパッパ(『横綱』)が膝を打ち鳴らし、片足を高々と振り上げた。一拍の間を置いて、振り上げた足が水面を激しく打ち据える。次の瞬間、凄まじい衝撃と共に踏みしめた足元より見上げるほどの大浪が立ち上がった。

 迫り来る大浪に、しかし狂乱のサメハダーに一切の怯みはなく。鼻先に膨大な"こおり"のエネルギーを収束、大浪に突っ込むと瞬く間の内にその一部を凍り付かせてしまう。さらにサメハダーは自らの体を回転させ突破力を高めると、そのまま凍り付いた浪を粉砕してみせた。

 理性を消し飛ばしながらも、なお"わざ"の冴えを失わぬサメハダー。その技量に老人は内心舌を巻きつつ、しかし一切の焦りなし。何せこの程度の手合いならば、彼が現役時代の時にいくらでも相手してきた。彼らが相手だったならば、そこからさらにもう一手打って来ただろう。それが無い以上、所詮相手は暴走した獣ということだ。

 メガサメハダーが流水を纏い、ルンパッパを粉砕せんと飛び掛かる。生半可な相手ならば触れた瞬間に打ち砕かれるであろう必殺の一撃を前にして、しかしルンパッパ(『横綱』)は尋常なき古強者であった。

 彼はメガサメハダーの牙が到達するその寸前、両掌を構え柏手を打つ。音速の数倍という速さで打ち鳴らされたそれは、衝突の瞬間、衝撃波と共に轟くような大音響(ソニックブーム)を発生させる。至近より浴びせられた衝撃波と音波(ねこだまし)に打ち据えられ、無防備な腹を晒してしまうサメハダー。そして、その隙を逃す『横綱』ではなかった。

 

 いざや一番、見合って見合って。発気揚威(はっけよい)

 

 張り手、一発。掌底がメガサメハダーの腹に食い込み、衝撃と共に吹き飛ばす。吹き飛ばされたサメハダーの体はウシオの側を通り過ぎ、背後の壁に巨大な皹を入れてようやく止まった。その姿は既に常のサメハダーへと戻っており、もう意識はなかった。

 

「サメハダーー!?」

「嘘だろ!? 隊長のサメハダーが一撃で!?」

「暴走してたとは言え、メガシンカしてたんだぞ!?」

 

 メガシンカポケモンの力は凄まじい。それこそ通常ポケモンでありながら、保有するエネルギーは伝説のポケモンにすら匹敵し兼ねない程に。

 

「自分の手持ちポケモンくらいキチンと手綱を握っておけ、未熟者が」

 

 それを暴走状態であったとは言え、事もなげにあしらい。たったの一撃で戦闘不能にまで追いやった。それはこの老人の実力が、自分達を遥かに超えているからに他ならない。

 

「ジ、ジジイ! テメェは……テメェはイッタいナンなンだ!」

 

 目前の敵の桁違いの実力に、ウシオは思わずといった風に老人へと問いかける。

 

「――儂か? 儂の名はハギ。引退した元船乗りの楽隠居じゃよ」

 

 ウソを吐け。ウシオは思わずそう叫びたくなった。メガサメハダーを一撃で伸せるような存在が、単なる船乗りであってたまるものか。

 

「……ハギ……ルンパッパ使い、……元船乗り……! まさか! あのハギか!?」

「!? どうした!? オマエ何か知ってんのか!?」

 

 老人が名乗ったハギという名。それを聞いたしたっぱの一人が何かに気が付いたように、その表情を変える。

 

「あ、ああ。間違いねえ。ハギって名前の矢鱈と強えルンパッパ使い何て一人しか思い浮かばねえ! ――()()()()()()()()()()()()!! "みず"使い、『海嘯』のハギ! 50年前のポケモンリーグに君臨していた四天王(バケモンども)の一人だよ!!」

 

 四天王。それはポケモンリーグにおけるチャンピオンに挑む最後の門番。数多のトレーナーとの戦いを勝ち抜き認められた、その地方における最強の5人。星の数ほどいるトレーナーたちの、限りなく頂点に近い怪物たちである。そして目の前の老人はかつてそんな怪物たちの一角だったのだという。

 超級の実力者を前にして、ウシオとしたっぱ(アクア団たち)は思わず一歩後ろに下がった。

 

「ほっほっほ。また随分と懐かしい名じゃのう。――で、それを聞いて貴様らはどうする?」

 

 ハギ老人の全身から滲み出る圧倒的な覇気。遥か高みから発せられたそれにアクア団たちは思わず怯んでしまう。

 

「おお、そういえば。貴様ら何やら"にもつ"をデボンコーポレーション(ムクゲのところ)から盗んどったらしいのう。こっちのお嬢ちゃんはそれを取り返しに来たのだとか。――ふむ、では貴様ら。今なら見逃してやる故、その"にもつ"を返してとっと去れ」

 

 盗んだ"にもつ"を返してとっとと去れ、そうアクア団へと告げるハギ老人。

 

「返さぬというのなら――仕方あるまい。海を拡げるなぞと嘯く貴様らに、儂が海の何たるかを教授してやろう」

「……Guu……ッ!」

 

 遥か高みからの屈辱的な発言にウシオは思わず歯噛みする。盗んだ荷物を持ち帰り、リーダー(アオギリ)に届けるのが今回の任務。ハギ老人の提案――いや、要求を呑むことは即ち任務達成を諦めることと同義。アオギリを慕うウシオにとって、彼の期待を裏切ることは何よりも辛い。だが……、

 

(ここでオレッちがツカマッたらアクア団の、アニィのヤボウにトンデモねエ影響がデチマう……!)

 

 それだけは何としてでも避けねばならなかった。

 

「――――クソがッ! ジジイ! ツギに会ッタら絶対にぶっとバしてヤル!」

 

 そう捨て台詞と共に、ハギ老人に"デボンのにもつ"を投げ渡すウシオ。

 

「ズラカルぞ、シタっぱどもッ! ――マリルリィ! "あなをほる"だッ!」

 

 彼の命令を受けたマリルリは洞窟壁面を殴りつけ、膨大な土煙を発生させる。果たして土煙が収まった後、ウシオとしたっぱ(アクア団たち)の姿はどこにもなかった。

 

 

―――

 

 

 さて悪漢ども(アクア団)を追っ払い、やつらが盗んだ物を取り返した後、儂はお嬢ちゃんたちをカナズミシティまで送り届けることにした。お嬢ちゃんのポケモンをポケモンセンターに、お嬢ちゃん自身も病院にの。ピーコちゃんの"アクアリング"で多少回復したとはいえ、やはり流血しておったからの。

 取り返した"にもつ"はカナシダトンネルの入り口にてデボンの研究員に渡してやった。"にもつ"を渡された時は喜んでおったが、負傷したお嬢ちゃんを見た途端、慌てふためいておったな。自分のせいでお嬢ちゃんが怪我をした、と。研究員の様子があんまり情けなかったから、一発叱りつけてやった。お主がやることは慌てることではない、この事を上に報告し、しっかりと責任をとることじゃ、と。そうしたら、何やら覚悟を決めた顔をしとったな。うむ、あれならば大丈夫じゃろう。

 お嬢ちゃん――名をハルカちゃんというらしい――を病院に送り届け、その後お嬢ちゃんのポケモンを代わりにポケモンセンターに連れて行く。その内の一匹、キノココは驚いたことにお嬢ちゃんのポケモンではなく、何と野生のポケモンなのだという。何でも一度仲間に勧誘したが断られてしまったのだとか。だが、その後も何故かお嬢ちゃんに同行しているらしい。何とも変わったポケモンだと話すお嬢ちゃんの顔は、ポケモンに対する愛情に溢れておった。

 ――彼女の負った傷。アレはこのキノココを庇った際に付いたものだそうじゃ。失礼じゃったが、それを聞いた時儂は思わずこう疑問を口にしてしまった。手持ちでもないポケモンになぜそこまでするのか、と。そうしたらお嬢ちゃんは事もなげにこう答えよった。この子(キノココ)は友達。友達のために当然のことをしたまでだ、と。

 どこまでもポケモンに向き合い、危機においては自身が傷つくことすら厭わず、時に命すらを賭けるその姿勢。儂はこの子は良いトレーナーになる、そう思ったのじゃ。

 ポケモン勝負(バトル)において最後の最後に勝敗を決めるのは、結局のところトレーナーとポケモンの絆の強さじゃ。絆が深ければ深いほど、ポケモンはトレーナーの信頼に応えようと素晴らしい力を発揮する。それこそひんしに至るようなダメージを受けてさえ、トレーナーを悲しませまいと持ち堪えるほどに。

 その点、お嬢ちゃん(ハルカちゃん)は極めて才能に溢れておる。自らの危機に命を賭けようというトレーナーに、応えぬポケモンはおるまいて。うーむ、確か今はブッキー(ムクゲ)の倅がチャンピオンじゃったか……。これはひょっとすると……ひょっとするかもしれんな。

 荒唐無稽な、しかしどうもそんな気がしてならない予感に儂はいつのまにやら笑みを零しておった。

 くはは。久方ぶりのバトルだったせいか、どうも血が滾っとるようじゃわい。ふむ、そうさな久方ぶりにゲンちゃん(ゲンジ)と一戦交えるか。ああ、都合がつけばブッキー(ムクゲ)も呼んでやろう。何十年振りかの三つ巴じゃ。

 旧友たちとの数十年ぶりの真剣勝負(ガチンコ)を想い、儂の足取りも自然と軽くなっていく。

 そうこの時、儂の心は確かに、50年前のあの頃に戻っていたのだった。

*1
"ポケモントレーナー"という語が指し示す意味には、それぞれ広義のものと狭義のものがある。広義の"ポケモントレーナー"はポケモン協会認定のトレーナーIDを所持し、ポケモンを捕獲・飼育出来る資格を有する者、狭義の"ポケモントレーナー"はその中でも特にポケモンバトルを専門とする者を指す。今回の場合は後者の意味合い。




ウシオがマリルリを使用するのはポケスペのオマージュです。

ポケスペのウシオのマリルリは目付きが悪い→目付きが悪いのはウシオの性根が歪んでいたから→ポケモンはトレーナーによって強く影響を受ける→ORASのウシオは筋肉モリモリマッチョマン→つまりその手持ちのマリルリも影響を受けてマッチョになるのでは(名推理)


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潮風と共に去りぬ

注意!

当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。

また当話には原作におけるとあるキャラクターを貶める表現が含まれています。閲覧の際はご注意ください。













さらば友よ。我らの旅路が再び交差するその時まで――願わくばその旅路に幸いが多からんことを。


 吾輩が目を覚ましたのはSFちっくな機械の並ぶポケモンセンターの治療室であった。

 うむ、この景色も大分見慣れてきたな。

 もはや馴染みの感すらある光景に吾輩は一人頷く。違いがあるとすれば今回は側にバンダナ少女がいないことくらいか。

 と、そこへ赤いバンダナをピコピコ揺らしながら、同行人の少女がやって来る。こちらに気付いたバンダナ少女へ吾輩は軽快なステップで息災なことを伝えてやった。

 

 余り動くなと女医より怒られた。

 吾輩は少しヘコんだ。

 

 さて、いつもの三倍ほどブオンブオンと鳴る機械に乗せられた後、治療を終えた吾輩はバンダナ少女に思い切り抱き締められていた。

 万力の如き締め付けに負傷より回復したばかりのボディが悲鳴を上げるが、吾輩はそれを無視しバンダナ少女にされるがままとなる。

 仕方あるまい。結構な心配をかけさせてしまったのだ、この程度甘んじて受け入れよう。出来れば吾輩が意識を失う前に解放してくれることを願うばかりだ。

 

 今回も何とか意識を失う寸前で解放された吾輩。そこでふと、バンダナ少女の左肩が包帯で覆われているのに気が付く。疑問に思う吾輩の視線に気が付いたのか、バンダナ少女は吾輩が気絶した後のことを話す。

 何と、その傷は吾輩を庇ったことで受けたものだったのか。吾輩が無事であればそれで良いと、何でもないことのように語る少女の姿に吾輩は驚愕と共に強い自責の念に駆られた。

 彼女が傷を負ってしまったのは紛れもなく吾輩の所為である。吾輩が野生のポケモンであった故に、彼女は吾輩をボール(安全な場所)に戻すことが出来ず、それが原因となって傷を負うという結果となったのだ。何が狙うは引き分け(ドロー)だ、笑わせる。彼女の選択肢を増やそうとして結局危険に晒しているではないか。

 いや、そもそもだ。究極的に言ってしまえば吾輩が弱いからこうなったのだ。スバメも、ワカシャモも彼女の手持ち(仲間)は皆強敵に立ち向かうだけの勇気も、手段("わざ")も持っている強者だ。ジムリーダー戦、筋肉達磨(ウシオ)戦でどちらも見事な活躍を見せていた。

 翻って吾輩はどうか。ジムリーダー戦も筋肉達磨(ウシオ)戦も、どちらも小賢しく立ち回っただけで大局には一切影響を与えておらん。吾輩は能力値(ステータス)も、使える"わざ"も、何より在り方そのものも、どうしようもなく弱いのだ。

 ああ、やはり吾輩などバンダナ少女(しゅじんこう)手持ち(仲間)に相応しくないのだろう。

 なるほど今からでも頭を下げれば、彼女は吾輩を手持ちとして迎えいれてくれるであろう。しかし、彼女の手持ち(仲間たち)がドンドンと強くなっていく中、それを横目に吾輩一匹だけが弱い(役立たずの)ままでいることなど、()()()()()()()()()()()

 

 ――それでも。

 吾輩は思う。

 ――それでも、楽しかったのだ。

 バンダナ少女と共にしたこの数日間の旅はどうしようもないほど楽しかった。

 仲間たちと共に強敵に挑むのが嬉しかった。

 夢に向かってひた走る、バンダナ少女の姿は眩しかった。

 この旅がこれで終わるのかと思うと寂しかった。

 もう少しだけ続けたくなるくらいに、この旅は吾輩にとって良きものであったのだ。

 ああ、少女よ。願わくば――

 

 と、そこでしょげ返っていた吾輩の様子を心配そうに見つめるバンダナ少女に気が付いた。それを見た吾輩は内心を押し隠し、努めて元気に振る舞ってみせる。

 なに少女よ、何の問題もありはしない。ちょっとセンチメンタルな気分に浸っていただけである。ほれこの通り吾輩は元気そのもの。だから心配などご無用だ。

 バンダナ少女は急に雰囲気を変えた吾輩のことを訝し気に眺めていたが、渋々といった感じに納得したようである。

 

―――

 

 さて、バンダナ少女に連れられてポケモンセンターを出た吾輩。そんな吾輩たちを待ち構えていたように、上質なスーツを来た男が声を掛けてきた。自らをデボンコーポレーション社長秘書だと名乗った男。曰く、デボンの社長が吾輩たちに直接会って今回の件に対する謝罪と礼をしたいのだとか。

 用向きがあるならばそちらから出向けば良かろう、何故吾輩たちが態々赴かねばならんのだ、とは思ったが、バンダナ少女の持ち前のお人よしと秘書を名乗る男の丁寧な物腰に、毒気を抜かれた吾輩は素直に男に付いて行くことにした。

 

 男の後をノコノコついて行き、辿り着いたのはホウエンが誇る大企業、デボンコーポレーションの社長室。

 流石は大企業の社長室。見事な調度品が飾られた豪華な部屋である。だが、それ以上に部屋中に飾られた多種多様の化石・鉱物が目に付いた。それでも化石・鉱物が部屋の雰囲気を乱すことなく、むしろ部屋にしっくりときているのは流石と言ったところだろう。――聞いた話によれば、これらは社長自ら集めたコレクションだったらしい。社長は何でもとてつもない鉱物マニアだとか。後に社長の息子もまた石マニアであると知った時、血は争えぬと納得したものであった。

 そんな社長室の奥、代表取締役のデスクに座るのがデボンコーポレーション社長ツワブキ・ムクゲ氏。紫紺のスーツを身に纏う、ロマンス・グレーの老紳士である。その顔は年齢を感じさせながらも非常に整っており、若い頃はさぞやモテたであろうと思わせるものであった。

 

 何やら電話を掛けていたツワブキ氏は吾輩たちに気がつくと、すぐに電話を切り上げる。そして吾輩たちに設られたソファに座るよう勧めると、自身も対面へと腰掛けた。

 対面にて向かい合う形となったツワブキ氏と吾輩たち。そんな吾輩たちにツワブキ氏が行ったことは、吾輩たちに頭を下げ、此度の一件の謝罪を述べることであった。

 曰く、今回の一件にてバンダナ少女が傷を負ったのは我々の責任。先ずは謝罪させて欲しい、と。そして掛かった治療費はこちらで負担させて貰った上、さらに何かしらのお詫びの品を用意したい、と言った。

 ホウエンが誇る大企業のトップが、いくら傷を負わせる要因となったとはいえ一介の少女とポケモンに過ぎぬ吾輩たちに頭を下げる。大企業の社長の頭というものがそうホイホイ下げられるほど安くないのは吾輩でも分かる。それを分かった上でツワブキ氏は頭を下げたのだ。吾輩はツワブキ氏の真摯な姿勢に感心すると共に、成る程これが組織の(トップ)を務める人物の姿かと内心舌を巻いた。

 勿論、お人好しのバンダナ少女には効果覿面である。彼女は自分より遥かに歳上の社会的地位のある男性に頭を下げさせることに耐え切れず、慌てた様子で頭を上げて欲しいと言った。しかし、それでもツワブキ氏は頭を下げるのを辞めず、結局数分間の押し問答の末、ようやく頭を上げるのだった。

 うまいな、と思う。こうして真摯に頭を下げる姿勢を見せることで、吾輩たちはもう社長からの謝罪を受け入れる他なくなった。先手を打って謝罪することで、吾輩たちにゴネる隙を与えず、賠償を自分たちが用意したものだけで済ませる。別に反省の色が見えないといってこれ以上の賠償を要求しようなどという気は毛頭ないが、相手を納得させた上で自らの被る被害を最小限に留めるやり方に、吾輩はこれが大企業社長を務めるものの器というものかと、素直に感心したのだった。

 

 さて、ツワブキ氏が謝罪を終えると、次は吾輩たちが詫びの品を受け取る番であった。

 ツワブキ氏が用意した品は二つ。一つはムロタウン行きの船の手配。何でもカナズミ―ムロ―カイナ間を移動するため、デボン社が保有する船――カクタス号というらしい――を操縦士付きで貸してくれるのだとか。

 これはありがたい。バンダナ少女の次なる目的地、ムロタウンはホウエン本土より離れた離島である。海を渡る手段を持たないバンダナ少女は、どうやって向かうべきか頭を悩ませていたのだ。うむ、これぞまさしく"渡りに船"といったところであろうか。

 内心、「うまいこと言ってやった」と、したり顔の吾輩。そんな吾輩を余所に次なる品の用意をするツワブキ氏。吾輩は少しだけ悲しい気持ちになった。

 

 そんな吾輩の感情はさておき、ツワブキ氏は秘書の男性に声を掛けると、何やら手のひらほどの大きさの箱を持ってこさせる。そして秘書が持ってきた箱を目の前のデスクに置くと、ゆっくりとそれを開けた。

 隣にいたバンダナ少女が息を呑むのが分かった。かく言う吾輩も目を丸くし、明らかになった中身を驚きをもって見つめる。

 箱の中身はポケモンを捕獲する『モンスターボール』であった。だが、そんじょそこらのボールではない。ボール上半分に施された()()()()にマゼンタの突起、そして開閉スイッチの上に堂々と刻印された『M』の文字。

 吾輩の目が間違いでなければ、これは全ポケモントレーナー垂涎の代物。あらゆるポケモンを確実に捕獲するという至高のボール――『マスターボール』であった。

 これは驚いた。まさか『マスターボール』をこんなところでお目にかかれるとは。吾輩はこの"世界"のことを前世の知識としてしか知らぬが、それでも()()が途轍もない希少品であることは知っている。それがこの"世界"で生まれ育ったバンダナ少女ならばなおさらであろう。

 震える声で『マスターボール』を指差し、ツワブキ氏に何度も本当にこれを貰ってよいのか確認するバンダナ少女。ツワブキ氏はそんな彼女に、これはデボン(我々)からのお詫びの気持ちだ、是非とも受け取って欲しい、と言って『マスターボール』を手渡す。バンダナ少女は震える手でそれを受け取ると、まるで危険物を扱うようにそっとバッグにしまった。

 

 ツワブキ氏からの謝罪を受け入れ、詫びの品も受け取った吾輩たち。これで吾輩たちがここに訪れた目的は達成された訳だが、それが終わった後も吾輩たちはまだ社長室にいた。若いトレーナーと話す機会もあまりないから、とツワブキ氏が吾輩たちと少し雑談することを望んだのだ。吾輩たちとしても特に問題は無かったので、ツワブキ氏との雑談に付き合うことにした。

 始めは当たり障りのないことを話していたが、バンダナ少女がうっかり社長室中に飾ってある鉱物のことに触れるや否や、途端にツワブキ氏がヒートアップ、立て板に水といった勢いで石について語り始めた。マニアという人種は語り始めたら止まらない。部屋に置いてある鉱物について、その性質や希少性、美しさなどを聞いてもいないのに熱心に解説しだし、挙句の果てに図録まで持ち出す始末。

 正直に言って内容のほとんどがちんぷんかんぷんであったが、ツワブキ氏が高速で捲っていた図録の中に吾輩は見過ごせぬものを見つける。吾輩の様子に気が付いたバンダナ少女は、気を聞かせてツワブキ氏に目的のページまで戻るように言ってくれた。目的のページにまで辿り着いた吾輩は、ツワブキ氏に一声鳴きその手を止めさせる。そのページに載っていた鉱物、それは吾輩が今求めてやまぬ代物。持たせたポケモンの進化を抑制する不思議な石、通称『かわらずのいし』であった。

 おお、これなるは『かわらずのいし』。紆余曲折あって先送りとなっていたが、吾輩がカナズミシティに赴いた目的は本来この"いし"の情報を得るためである。それがこのような形で手に入るとは、世の中何が起こるかわからない。やはり情けは人の為ならず、というものか。

 ということで、早速吾輩は『かわらずのいし』が何処にあるのかを確かめんと目を皿のようにして図録を覗き込んだ、のだが……。

 

 ダメだ、字が読めん。

 

 よくよく考えれば今生にてポケモンとして生を受けた吾輩。そんな吾輩が文字を読めるよう教育を受けている筈もなく。眼前に記された全く未知の文字体系を前に、膝を屈する他なかった。

 あな口惜しや。喉から手が出るほど欲しい情報が目の前にあるというのに、吾輩の知識不足故に手に入れることが出来ぬ。吾輩は血涙を滴らせんとばかりに目を見開き、前方の図録を睨みつけた。

 が、そこに伸ばされるアリアドス(蜘蛛)の糸。吾輩の意を察したのか、バンダナ少女が代わりにツワブキ氏へこれは「どこで手に入るのか」と質問をしてくれたのだ。

 ありがとう、我が友よ(バンダナ少女)

 助かったぞ、我が友よ(バンダナ少女)

 全くもって持つべきものは友である。

 

 バンダナ少女の質問を受け、ツワブキ氏は実に丁寧に解説をしてくれた。何でも『かわらずのいし』は、『ムロタウン』に程近い『石の洞窟』で産出されるのだとか。

 なるほど『ムロタウン』に程近い、と。……バンダナ少女の目的地もまた『ムロタウン』、となればバンダナ少女に同行するのが最も効率的か。

 うむ、そう言う訳だバンダナ少女よ。後、もう少しだけ世話になるぞ。そう意図を込めて、吾輩はバンダナ少女の顔を見上げた。生憎バンダナ少女には伝わらなかったようで、彼女は不思議そうな表情を浮かべていた。

 

 ふと、ツワブキ氏が突然なにかを思い出したかのように、そういえば、と声を上げる。曰く、ムロタウンには今、石マニアであるダイゴという男が滞在している、もしかすれば彼が力になってくれるかもしれないとのことだった。

 気になった吾輩たちがダイゴというのがどのような男なのか聞くと、何とツワブキ氏の息子なのだという。彼もまた社長譲りの石マニアであり、珍しい石を求めてホウエンはおろか世界中を回っているそうだ。

 なるほど。つまりそのダイゴという男、親が金持ちであることを良いことに、いい年こいて*1定職*2にも付かず好き放題の放蕩三昧と。

 ――うむ、典型的なボンボンのドラ息子という奴だな。

 吾輩はそんなチャランポランな人物に幼気な少女(バンダナ少女)を会わせては、悪い影響を受けてしまうのではないかと心配になった。

 

 吾輩の心配を余所にツワブキ氏は、それならばとその場でドラ息子(ダイゴ)への手紙を一筆したためると、もし出会ったのならば渡して欲しいと吾輩たちに託してきた。正直に言えば吾輩はあまり気が進まなかったが、バンダナ少女の方はいつものようにお人好しを発揮し、吾輩が何かする間もなく二つ返事で引き受けていた。

 ……バンダナ少女よ、其方はホイホイ他人の頼みを引き受け過ぎだ。

 吾輩はこのお人好しの少女が将来、悪人に騙されて非道い目に遭いはしないかと本当に心配になった。

 

 

―――

 

 さて、ツワブキ氏との対談を終えた吾輩たちは、現在『トウカの森』に来ていた。

 ツワブキ氏が手配してくれた船の出立準備が整うのは速くとも明日になるとのことで、少し時間が出来たバンダナ少女と吾輩。そこで吾輩は『トウカの森』に存在するとあるものを思い出し、これからの冒険に役立つかも知れぬと、バンダナ少女を誘ってやってきたという訳である。

 

 おっと、ここだここだ。

  

 見渡した風景の中に、お目当ての目印を見つけた吾輩は、バンダナ少女の裾を引き、林道横の茂みに潜って行く。

 林道を外れ、森のポケモンたちのみが知る秘密の道を通って少し行けば、そこに広がっているのは鈴生りに実を付けたオレンの林。吾輩たち『トウカの森』の住人だけが知る秘密の果樹園である。うむ、本当は森の仲間のみが知る場所なのだが、バンダナ少女ならば教えても問題なかろうて。

 鈴生りのオレンの木を見上げ目を輝かせるバンダナ少女。彼女は早速手持ちたちをボールより出だすと、共に『オレンの実』の収穫を始めた。

 手持ちたちの活躍もあり、あっという間に両手いっぱいの『オレンの実』を手に入れた吾輩たち。

 うむ、これだけ有れば当面は十分であろう。沢山収穫したが、果樹園全体の総量から見れば微々たるもの。森の仲間たちの分はしっかりと残されておる。

 ……バンダナ少女がもし欲の皮を突っ張らせ、この場の全てを自らのものとしようとしたらどうしようかと思ったが、どうやら杞憂であったようだ。彼女はこれだけ有れば十分と、両手いっぱいの『オレンの実』を得た時点で収穫を切り上げていた。

 森の恵みはそれを求むる者たち全てのもの。得て良いのは自らにとって必要な分だけ。己のことのみを考えて、恵みを独り占めにしようとする者は手痛いしっぺ返しを食らう。バンダナ少女はそれをしっかりと弁えた"足るを知る"者であったようだ。笑顔で礼を言うバンダナ少女を見ながら、吾輩はそう内心独り言ちたのであった。

 

 ところでバンダナ少女よ。今回収穫した『オレンの実』だが、少し吾輩に分けてもらえるだろうか。いや勘違いするでないぞ、吾輩はただ旅先で傷を負った際に回復できる手段を備えておきたいだけだ。決して吾輩も食べたかったとか、そういう訳ではない。無論のこと、キノココの我が身では聳えるオレンの木に手が届かず、落ちているオレンを食する他無かったことも断じて関係がない。

 

 バンダナ少女は笑顔で『オレンの実』をくれた。

 もぎたての『オレンの実』はじつに美味かった。

 手持ち達からは生暖かい目で見られた。

 ……いや、違うのだぞ?

 

 

―――

 

 明くる日。一晩休んで英気を養った吾輩たちは、ツワブキ氏より指定された時間にカナズミシティの港へと向かう。港に着いた吾輩たちを出迎えたのは、何とも立派なクルーザーであった。

 なるほど、これがカクタス号か。吾輩たちだけのためにこのような船を用意するとは豪勢なものだ。吾輩は資産家(ブルジョワ)の持つ財力に圧倒される思いであった。

 それは隣のバンダナ少女も同じであったようで、絢爛豪華なクルーザーを一目見て、口をポカンと開いたまま魂消けたように固まっていた。

 うーむ。バンダナ少女とてジムリーダーの娘としてそれなりの暮らしをしておった筈。その彼女をしてここまでのリアクションを取らせるとは、富裕層恐るべし。

 

 カクタス号の船の旅はあっと言う間であった。流石は高級高性能のクルーザー、そんじょそこらの船とは出力が違う。104~106番水道を圧巻のスピードで駆け抜けるのを見るのは実に爽快で、吾輩も随分とはしゃいでしまった。因みにはしゃぎ過ぎて、危うく船より落ちそうになったのは秘密である。やはり無手無腕の吾輩が船べりでステップを踏むのはまずかったか。

 

 それはさておき。吾輩たちが船に揺られ、到着したのは『青い海に浮かぶ小さな島』ムロタウン。ホウエン地方南西部の離島に存在する小さな田舎街である。主要産業は漁業とポケモンジム目当てのトレーナーに対する観光業。その他、町外れにある『石の洞窟』は珍しい石が産出されるらしく、その手のマニアが良く訪れるのだとか。後、最近原始時代に描かれた壁画が見つかったとのことで、町の新たな観光資源にしようと盛り上がっているらしい。

 というのが吾輩が聞いた『ムロタウン』の概要である。道中、バンダナ少女が観光パンフレットを読み上げてくれた。

 

 『ムロタウン』に到着した吾輩たちが真っ先に向かったのは町外れの『石の洞窟』である。ここに吾輩の目的物である『かわらずのいし』があるからだ。それに吾輩たちにはドラ息子(ダイゴ)の件もある。彼奴がいつまで『ムロタウン』に滞在しているか分からない以上、早めに会っておきたかったのだ。幸い、町で聞いたところドラ息子(ダイゴ)は今朝から『石の洞窟』に潜っているらしい。という訳で入れ違いにならぬ内に吾輩たちは『石の洞窟』へ急いだという訳である。

 さて、『石の洞窟』に辿り着き早速中へ入った吾輩たち。内部はあちらこちらに照明が設えられており、洞窟の割にはかなり明るかった。壁画を見に来た観光客のために整備されたらしいものらしい。

 ……その割には観光客がほとんどおらず人気が無かったが。どうやら壁画の知名度はまだまだ低いようだ、『ムロタウン』の役人にはもう少し宣伝を頑張って欲しいものである。とはいえ、お蔭で実にスムーズに壁画まで辿り着けたので、その点においては吾輩たちにとって好都合であった。

 壁画の間に入った吾輩たち――実は壁画の間に行くか、もっと奥へ行くか迷ったのだが。奥はまだ未整備であり、吾輩はともかくバンダナ少女が立ち入るのは難しそうであったため、先に比較的整備された壁画の間へ行くことにしたのだ――はそこに佇む一人の青年を見つけた。

 その銀の髪を持つ青年は何かを感じ入るように原始の壁画を見つめている。ちらりと見えたその横顔は非常に整っており、何処となくツワブキ氏の面影があった。

 間違いない。アレがツワブキ氏の言っていたドラ息子(ダイゴ)であろう。ツワブキ氏によく似た全くもって腹立たしいほど整った顔をしておる。これだけの顔だ、さぞやモテるのだろう。一体どれだけの女を泣かせてきたのやら*3。正直に言ってこのような男に幼気な少女(バンダナ少女)を会わせることが今更になって不安になってきた。

 しかし吾輩たちはツワブキ氏よりこの男宛ての手紙を預かっておる。近づかぬ訳にもいくまい。

 ……仕方ない、ドラ息子(ダイゴ)がバンダナ少女に不埒な真似をせぬよう吾輩がしかと見張っておくとしよう。

 そう思ってドラ息子(ダイゴ)を睨み付ける吾輩。ふと、その視線がドラ息子の奥、彼奴の見つめる壁画へと移り――吾輩は其処に"神"を見た。

 

 壁画に描かれていたのは二柱の荒ぶる神々の戦い。

 左方には大いなる大地の化身。日照と干魃を呼び、岩漿を以て海を埋める山神の荒御魂。

 右方には偉大なる大海の化身。嵐と雷雲を呼び、大浪を以て陸を削る海神の荒御魂。

 神々の戦いは正しく災害そのもの。周囲にはその発露より逃れようと逃げ惑う、人間とポケモンの姿もあった。

 それは古人(いにしえびと)が描き残した大災厄の記憶。遥か未来の末葉たちまで、決して忘れず伝えようという祈りが込められた、古い古い記録であった。

 

 凄まじい。

 壁画を見て、吾輩が真っ先に抱いた感想がそれであった。決して巧いという訳ではない、しかしこの絵からは描き残した者たちの「畏れ」がありありと伝わって来る。

 これなるは原始の"神"。人の力など遠く及ばぬ自然神。おそらく古人(いにしえびと)はどうしようもなく強大な自然の発露を目の当たりにし、そこに"神"を見出したのだろう。そしてその似姿を此処に描き残した。

 描かれた当初の目的がなんであったのかは分からぬ。信仰のためか、戒めとするためか、或いは閉じ込めるためか。少なくとも今分かるのは、この壁画には後の世に残そうという強い祈りが込められていることだけだった。

 

 古人(いにしえびと)の壁画に圧倒されていた吾輩は、そこでハタと気が付く。いかん、壁画に見とれてドラ息子から目を離してしまった。慌ててドラ息子の方を見れば、彼奴は既に手紙を受け取り、バンダナ少女と何やら話している様子。

 それを見た吾輩は大急ぎで彼奴とバンダナ少女の間に立ち塞がり、両者の間にて壁を作る。

 ええい、離れんかドラ息子。我が友(バンダナ少女)にチャランポランが移ったらどうしてくれる。

 ドラ息子をバンダナ少女より引き剥がさんと、吾輩は二人の前をぴょいんぴょいんと跳ね回る。その様子にバンダナ少女は困惑し、ドラ息子は苦笑いを浮かべていた。

 

 この時の吾輩たちの間には何とも弛緩した雰囲気が漂っていた。だが、次の瞬間その雰囲気は一変する。

 突如として吾輩たちを震動が襲った。壁画の間全体がガタガタと揺れ、天井からは砂埃が落ちてくる。予期せぬ地震でバランスを崩し、危うく倒れそうになるバンダナ少女。咄嗟にドラ息子が助けに入ったことで倒れずに済んだ。その際ドラ息子がバンダナ少女に触れるが、緊急事態故いた仕方なし、今回は見逃してやる。

 しばらくして揺れが収まると、吾輩たちは安全のため一度洞窟の外に出ることにした。洞窟より出でた後、ドラ息子は町の様子を見にいく、と手持ちであろうエアームドを繰り出しそのまま"そらをとん"で去って行った。

 一方のバンダナ少女はと言えば、彼女もドラ息子と同様に『ムロタウン』に戻るようである。

 

 ――そうか。ならば、吾輩たちの旅はここで終わりか。

 

 『ムロタウン』へと歩み出した少女に吾輩は追従することなく、砂浜にて立ち止まり鳴き声を一つ上げる。吾輩が付いて来ていないことに気が付いたバンダナ少女が不思議そうな表情で見つめてきた。吾輩はそんな彼女にゆっくりと首をふる。

 

 ――バンダナ少女よ、ここでお別れだ。短い間ではあったが、其方との旅は楽しかったぞ。

 

 吾輩の目的はこの『石の洞窟』にて『かわらずのいし』の手に入れること。其方がムロに戻るのであれば、吾輩たちの目指す場所は異なることとなる。故に、もう行動を共にする必要もない。これにて吾輩たちの旅路は別たれ、双方己が道を往くのだ。

 

 少女は吾輩の意図を察したのか、顔に驚愕を浮かべ――次に寂しげな表情となる。

 

 元々はカナズミジムに挑戦する彼女を、目的ついでに助力したのが始まりだった。本来はカナズミジムへの挑戦が終われば、そこで別れるつもりだったのだ。しかし何の因果か、悪漢の幹部に挑むこととなり、果てはこの離島まで共に赴くこととなった。

 彼女たちと吾輩は元より同行人の関係、理由が無ければお互いの旅路に干渉することもない。少々長く共に居過ぎたが、吾輩たちの関係は互いの目的を達したらそれで終いの、そんな関係であった筈なのだ。

 

 ――いいや、それらは言い訳に過ぎん。

 

 バンダナ少女と共にしたこの数日間の旅はどうしようもないほど楽しかった。

 仲間たちと共に強敵に挑むのが嬉しかった。

 夢に向かってひた走る、バンダナ少女の姿は眩しかった。

 彼らとの旅が終わるのかと思うと寂しかった。

 いっそのこと吾輩も彼らの一員(手持ち)に――そう思わせる程にこの旅は良きものであったのだ。

 

 だが駄目だ。駄目なのだ。

 今の吾輩(キノココ)では彼女(しゅじんこう)の手持ちに相応しくない。

 正直に言おう、今の吾輩は弱い。どうしようもなく弱い。それは単純な能力値(ステータス)というだけではない。何よりも己に対する信頼が弱いのだ。

 キノココという種族が持つ最大の特徴は『キノコのほうし』。使えば相手を必ず眠らせる強大な技である。キノココはそれを習得できることが最大の強みだ。だが、それは裏を返せばキノココという種族の強みが『キノコのほうし』()()無いということでもある。『キノコのほうし』が無ければ吾輩は一介の未進化ポケモンに過ぎぬのだ。

 そして『キノコのほうし』の習得には未進化状態での苦行の如く長き修練(レベルアップ)が必要となる。仮に吾輩が彼らの一員(手持ち)となったとすれば、訪れるのは他の手持ち(仲間たち)が強くなるのを横目に吾輩一匹だけが弱い(役立たずの)ままでいる未来。

 それでもバンダナ少女は吾輩を見捨てはしないだろう。手持ち達もそんな吾輩をバカにしたりなどすまい。だが駄目なのだ。そのような状態に、誰よりも()()()()()()()()()()()

 

 吾輩は其方らの足手纏いになりたくない。だから其方とは共に居られない。

 

 ――しかし

 

 それでもなお、其方が吾輩と共に在りたいと言ってくれるのならば。

 

 吾輩が『キノコのほうし』(自らの誇り)を修得した暁。其方の仲間(手持ち)に相応しいと胸を張って言えるようになったその時に、どうか吾輩を其方の仲間(手持ち)として迎え入れてはくれぬであろうか。

 

 果たして吾輩の意思が通じたのか。しばし見つめ合った後、バンダナ少女は徐に己がバンダナをしゅるりと解くと、吾輩の体に巻き付ける。

 その際にかけた言葉は唯一つ、「またね」。

 踵を返しムロタウンへと去り行く少女。

 彼女が振り返ることはない。なぜなら旅路の果てに再会を約束したのだから。

 彼女がすることは決まっている、己が旅路をただ進むこと。なぜなら進んだ先で再び見えることを信じているのだから。

 

 未来を目指し己が旅路を歩む我が友(ハルカ)のその眩しき背中を吾輩はいつまでも見つめていたのだった。

 時折その姿が滲んだように思えたが、それは潮風が目に染みたせいだろう。

 

 きっと、そうなのだ。

 

 

―――

 

 去り行く我が友(ハルカ)の姿が見えなくなっても、しばらくその場で佇む吾輩であったが、やがて踵を返して彼女とは反対方向へ歩みだす。

 友との再会は約した。ならば吾輩のすべきことは唯一つ。

 ――強くなること。

 我が友(ハルカ)と再び見えた時、胸を張って彼女の仲間(手持ち)に相応しいと言えるように。

 そのために真っ先にしなくてはならないこと。それは一刻も早く『かわらずのいし』を手に入れることだ。さあ、いざ往かん『石の洞窟』。待っているがよい『かわらずのいし』、必ずや吾輩が手に入れて見せよう。

 

 そうして再び『石の洞窟』へと辿り着いた吾輩は、洞窟の入口より少しだけ様子を伺う。ふむ、どうやら余震などもないようだ。これならば大丈夫であろう。

 といって吾輩はトコトコと洞窟の中へと入ってゆく。目指すのは壁画の間へ続く分かれ道のその反対側、先に入った際に断念した奥の未整備区画である。

 先のバンダナ少女とドラ息子との会話を漏れ聞いたところ、『かわらずのいし』というのはこちら未整備区画のさらに深い場所でよく見つかるらしい。――あのドラ息子、趣味人なだけあってその辺りの知識は豊富なようである。

 と、そんな益体もないことを考えていた吾輩の前にそそり立つ険しい崖が現れる。うむ、相変わらず険しさだ。専用の装備なくば人間ではとても登れんだろう。これのおかげで先ほどバンダナ少女と共に来た際は奥に行くことを断念したのだ。

 だが、登攀が困難なのは人間だけの話。()()()()()()()()()()()()()()

 吾輩は崖より突き出したでっぱりを見つけると、一跳びで跳び乗った。そのままさらに上のでっぱりを探し、ひょいひょいと跳び乗っていく。

 ポケモンの身体能力というのは実に素晴らしい。バトルの際に度々発揮されるこの力があれば自然の障害物程度この通り、実に容易く乗り越えることが出来る。こうした時にはやはりポケモンの肉体というのは便利である。

 そうして容易く崖を乗り越えた吾輩の目の前には、さらに洞窟奥深くへと続く穴がぽっかりと口を開けておった。先は長い、どんどん行こう。吾輩は一切の躊躇なく、黒々とした穴へと飛び込んでいった。

 

 穴を降りて少しすると再び広い空間に出た。差し込む光は極僅かで周囲はかなり暗い。人間では一寸先を見通すのにも一苦労するだろう。だが、問題ない。キノココアイは透視力。この程度の暗闇などポケモンの身体能力を以てすれば物の数ではない。地上とほとんど変わらずに活動可能である。

 げに恐ろしきはポケモンの環境適応能力か。本来は薄暗い森の中に住む吾輩であっても、洞窟内で何の問題もなく活動できるのだ。これが仮に吾輩が苦手とする環境であったとしても、案外平気で生きていけるのかも知れぬ。もしかすれば世界には従来とは全く異なる環境に居住し、その環境に即した姿に適応変化したポケモンがいるかも知れんな。

 

 そんなことを考えていると、突如背後より敵意を感じ、吾輩は急いでその場から跳び退く。一拍遅れて先ほどまで吾輩が立っていた床が突撃してきた何者かによって踏み砕かれた。

 むむ、考え事の最中に襲ってくるとは。貴様、何奴か。

 襲い掛かった下手人の姿をよく見れば、大きさは吾輩とそう違いなく。体表に微かな光を反射して煌く、鋼の鎧を纏った四足獣。"てつヨロイポケモン"ココドラであった。ココドラは敵意に満ちた瞳で吾輩を睨み、フンフンと鼻息荒くこちらへと向き直る。

 なるほど、縄張りを侵した吾輩を制裁せんとしたか。貴様の縄張りを侵したのは吾輩の非だ、それは詫びよう。だが吾輩とてそう容易く倒されてやる訳にはいかん。――「目と目があったらポケモンバトル」はこの"世界"の倣い。かかってくるがよい、今宵の吾輩は血に飢えておる。

 吾輩の闘志を感じ取ったのだろう。ココドラは勢いよく吾輩に突撃してきた。

 

 なお、勝負(バトル)はあっさり吾輩の勝利で終わった。決まり手は初手"吸精突撃(ドレインタックル)"からの"大吸精(メガドレイン)"である。

 幾ら相性有利の相手とはいえ、ここまで簡単に勝利できたことに少し驚く。どうやらバンダナ少女と共に挑んだ強敵たちとの戦闘は、吾輩を以前より強く(レベルアップ)させたらしい。

 ――ならば益々気を引き締めねばならん。

 彼女と数日共に旅しただけの吾輩ですら"コレ"なのだ。今後も共に旅をするであろう彼女の手持ちたちは、再会した暁にはどれほど強くなっているのやら。いざ手持ちに加わった際に吾輩一人だけ足を引っ張るような有様では勇んで別れた意味がない。日々追いつき追い越せの精神で修業せねばなるまいて。吾輩はさらに強くなった彼ら(ハルカの手持ちたち)を思い、ますます精進していくことを決心した。

 

 さて先ほど吾輩が勝利したココドラであるが、先ほどとは打って変わって妙にペコペコした態度で接してきた。丁度よかったので此奴に『かわらずのいし』の在処を知らぬか聞いてみると、何とそれらしきものを見たことがあるという。何でもその場所まで案内してくれるということだったので、吾輩は取り敢えず此奴に付いて行ってみることにした。

 道中、吾輩たちにズバット(こうもり)イシツブテ(がんせき)が襲い掛かってきたが、その悉くを返り討ちにしてやった。鎧袖一触である。

 それにしても襲撃が妙に多いような気がするが、これはどういったことであろうか。そんな吾輩の疑問にココドラが答えてくれた。曰く、ここ最近妙に地震が多く。それにおかしな恰好をした人間が度々入り込んでくるため、皆気が立っているのだという。

 ふむ、()()()()()()()()()()()か。それを聞いた吾輩の脳裏に海賊コスプレの悪漢(アクア団)どもの姿が思い浮かぶ。

 

 おい、ココドラよ。そのおかしな恰好の人間というのは青っぽい服を着た海賊のような連中か?

 

 ところが、ココドラの回答は否だった。彼曰く、その人間たちは皆一様に()()()()()を着ていたのだとか。

 「青」ではなく、「赤」。なんだあの連中(アクア団)ではないのか。しかし青い服の悪漢集団のみならず、赤い服の変人集団まで活動しているとは、ホウエン地方は一体どうなっているのだ。何ともきな臭いものである。

 

 と、そんな会話を続けていると、とうとう目的地に辿り着いた。そこは台座のように盛り上がった地面に巨大な岩が鎮座する広場のような場所。そこでふと吾輩の目に飛び込んでくるものがあった。()()目にした吾輩は大急ぎで巨大な岩の元へと駆け寄っていく。吾輩が見つけたもの、それは吾輩が求めてやまぬもの。

 おお、これなるは『かわらずのいし』! 間違いない、ツワブキ氏の図録に記載されていた通りだ。やったぞ、とうとう吾輩は手に入れたのだ!

 

 ねんがんの かわらずのいしを てにいれたぞ!

 

 故郷を出た当初の目的が叶い、狂喜乱舞する吾輩。有頂天になるあまり華麗なステップの他、ムーンウォークまで披露してしまった。観客(オーディエンス)がいれば今頃拍手喝采であっただろう。唯一の観客であるココドラはドン引きしていたが、今の吾輩は気分がよい。芸術を解さぬ与太者にも寛容に接してやろうではないか。

 目的の物が見つかり、此奴(ココドラ)にはもう用は無いのでこのまま解放してやる。

 吾輩が案内ご苦労、もう行ってよいぞと伝えると、ココドラはまるで危ない人物から離れるようにソソクサと立ち去っていった。

 

 

―――

 

 念願叶って上機嫌の吾輩はそのまま鼻歌など歌いつつ帰路に就く。出口を目指して元来た道を引き返していたところ、そこで聞きなれぬ耳障りな叫び声を耳にした。

 

 ――ウイイイーーーーーーーッ!

 

 はて、これは一体何の鳴き声か。『石の洞窟』に響く耳障りな声に胸騒ぎを感じ、吾輩はその音が聞こえてきた方に向かうこととした。

 気づかれないようひっそりと音源へと近づいた吾輩。そこで吾輩はとある二匹のポケモンを発見した。

 一匹は"くらやみポケモン"ヤミラミ。宝石のような目をギラつかせ、爪に邪悪なオーラを纏わせながらもう一匹に迫っている。

 対するもう一匹は――、アレは何だ?

 ヤミラミに詰め寄られ、怯えたような表情で後退る見たことのないポケモン。下半身は岩塊のようである一方、上半身はまるで妖精、あるいは人間の少女を思わせる人型の形状。どこか猫にも似た頭部には大粒の桃色金剛石が冠の如く戴かれ、後頭部からも同色の結晶がさながら二つ結いの髪のように垂れ下がっていた。

 うーむ。もう一匹は前世においても今生においても見たことのないポケモンだ。その何とも煌びやかでファンシーな見た目は、前世でちらりと見かけた女児向けのアニメなどに出てきそうな具合である。

 

 さて、吾輩はどうすべきか。

 ヤミラミの主食は宝石。ならば奴の目的はあのファンシーなポケモンの捕食であろう。何せ全身が煌びやかな宝石で包まれている、奴にとっては極上のご馳走に見えるに違いない。

 一方のファンシーポケモン。彼女は――外見から取り敢えず少女と判断する――傍目に見ても怯えきっており、真面に抵抗する気概があるようにも見えぬ。恐らくそう遠くない内にヤミラミに捕食され、命を落とす筈だ。

 もしこれが単なる生存競争であるならば、吾輩が介入する理由は無い。食う、食われるは自然の常であり大いなる理そのもの。大自然の定めた掟に吾輩は逆らうつもりは無い、のではあるが……。少々気になる点がある。

 それはヤミラミの頭部にバンドで取り付けられた人工物(カメラ)の存在。明らかにあのヤミラミは人間が関わっている。さらに先ほどから感じる違和感もそうだ。あのヤミラミ、明らかに食欲だけでは動いていない。うまく説明できぬが、動きにヤミラミ自身ではない何者かの意志を感じるのだ――それも人間特有の強烈な悪意を。

 人間が悪意を以てポケモンを傷つけようというのならば、元・人間の吾輩が義憤以てそれを挫くことは大自然の理を逸脱するものではない。大手を振って介入することが出来よう。

 

 ……色々と御託は並べたが、吾輩自身は既に彼のファンシーなポケモンを助けるつもりであった。悪意を以てポケモンを傷つけようとする人間に対する義憤もそうだが、何より吾輩自身見たことのないポケモンが気になって仕方なかったのだ。やれやれ、この"世界"に人ならざる者(ポケモン)として生まれ落ちても、吾輩は未だ人間性(エゴ)というものが捨てられんらしい。

 そうと決まれば行動開始だ。

 

 ヤミラミの背後、丁度()()()に位置する場所へ陣取った吾輩は頭頂部の噴出孔に体内で生産した"ほうし"と"くさ"エネルギーを収束させる。収束した"くさ"エネルギーの力によって、噴出孔内の"ほうし"を圧縮、物理的破壊力を伴う()()を作成する。

 

 ――これは先のサメハダーとの戦いにて、大地を媒介としない遠距離での物理攻撃手段の必要性を痛感した吾輩が、新たに編み出した攻撃技。

 

 作成した弾丸をさらに噴出孔内に"くさ"エネルギーで形成した銃身(バレル)へと装填する。そこで噴出孔を開き頭頂部を前方へ向ける吾輩、照準はヤミラミの後頭部である。そこでさらに吾輩は装填された弾丸に、さらに"くさ"エネルギーを充填していく。

 弾丸にに充填された"くさ"エネルギーが終に爆発寸前に至った時、吾輩は意図してその制御を手放した。制御が失われた"くさ"エネルギーは噴出孔内で炸裂し銃身(バレル)によって指向性を与えられ、装填された弾丸を勢いよく外界へと射出した。

 

 ――その名も"種子銃(タネシガン)"である。……本当は前世で見たように圧縮した"ほうし(タネ)"を"機関銃(マシンガン)"の如く連射する想定だったのだが、まだまだ未完成で連射が利かぬ。要修行である。

 

 射出された弾丸は見事にヤミラミの後頭部を打ち抜き、強い衝撃を与えられたヤミラミはその場でふらりふらりと揺れた後、パタリと倒れて動かなくなった。完全に気絶したようである。

 倒れた拍子に零れ落ちたカメラを尻で踏みつぶし、ファンシーなポケモンに近づく吾輩。取り敢えず「大丈夫か」と声を掛ければ、命の危機を脱した安堵からか、ファンシーポケモンはピイピイと泣き出してしまう。何やら幼いポケモンのようにも見受けられる故、いたしかたないとも言えるが、気絶したヤミラミの前(こんなところ)で泣かれ続けられるのも困る。吾輩は仕方なく、泣き続けるポケモンの手を引いて比較的安全そうな場所を探すのであった。

 

―――

 

 洞窟内に手頃な横穴を見つけ、一先ずそこへ潜り込んだ吾輩たち。そこで吾輩は助けたファンシーポケモンが何者であるのかを聞こうとしたのだが、件のファンシーポケモンはまだグズグズ泣いておる。

 

 ええい、泣くでない。それでは話が出来んではないか。……仕方がない、吾輩の『オレンの実』を一つやるからこれで泣き止め。

 

 そう言って吾輩は秘蔵の『オレンの実』を一つ、ファンシーポケモンに渡してやる。手渡されたファンシーポケモンは取り敢えず泣き止んだものの、掌の上の『オレンの実』を不思議そうに見つめるばかり。

 

 なんだ貴様、『オレンの実』(これ)を知らんのか。これはな、"きのみ"というもので食べるものだ。

 

 といって吾輩はもう一つ『オレンの実』を取り出し、見本とばかりに目の前で食ってやる。うむ、美味い。少々鮮度が落ちているが、これはこれで乙なものである。

 吾輩の様子を見ていたファンシーポケモンは恐る恐るといった具合に『オレンの実』を一口齧り、パッとその顔を輝かせた。どうやら味がお気に召したようである。そのままパクパクと食べ続け、あっという間に全て頬張ってしまった。先ほどまでの泣き顔はどこへやら、今はすっかりご満悦の表情である。

 今泣いたヤミカラス()がもう笑う、という言葉もあるが、幼児の感情というのはとかく変わりやすいものらしい。取り敢えず泣き止んだようで何よりだ。

 

 何? もっと『オレンの実』は無いのか、だと? 意外と図々しいな貴様。

 

 吾輩がもう一つ『オレンの実』をくれてやれば、ファンシーポケモンはそれをあっという間に食べ尽くす。そうして落ち着いたところであらためて、吾輩はこのファンシーポケモンが何者であるのか聞くことにした。

 貴様は何者かという吾輩からの問いに応えて、彼女は自らの身の上を話し出す。

 曰く、彼女はこの洞窟の地底深くに存在する「世界で最も美しい国」こと「ほうせきの国」の生まれであり、そこに住まう者たちの姫なのだという。生まれてこの方ずっとその国で暮らしてきた彼女は民たちから漏れ聞いた、「外の世界」というものに憧れを抱き、どんなところなのか一目見てみたいと願っていたらしく、お付きの者の隙をついてコッソリと抜け出してきたのだとか。

 

 「世界で最も美しい」、「ほうせきの国」のお姫様。…………これまた何ともファンシーな話である。ますます前世で見た女児アニメ染みて来た。ポケモンは不思議な生き物だというが、こういった不思議さは何だか違うような気もする。

 吾輩には此奴の語る話が俄かには信じられなかった、が、さりとて此奴が嘘を吐いているようにも思えない。

 となれば吾輩が自身の目で事の真偽を確かめる他ない、それに「世界で最も美しい」と豪語する国が一体どのようなものなのかも気になる。どれ、ここは一つその「ほうせきの国」とやらを一目見てやろうではないか。

 そう思った吾輩はファンシーポケモンに、その「ほうせきの国」へ行くことは出来ないのかと聞いてみたところ、ファンシーポケモンは「是」と返し、さらに自分を助けてくれた礼に手ずから「国」を案内してやると言った。

 

 ふむ、生まれた時よりその国で暮らしていたという者が案内してくれるとなれば心強い、よろしく頼む。

 

 かくして偶然助けたファンシーなポケモンに連れられて、吾輩は『石の洞窟』の奥深く「ほうせきの国」を目指し、出発したのであった。

 

 ……ところで貴様、お付きの者の隙をついてコッソリと抜け出してきたと言ったが、このまま帰ってもよかったのか。

 

 吾輩の言葉を聞いたファンシーポケモンは分かりやすく顔を青ざめていた。

 

 ……此奴、姫という割にはどうにもお転婆である。いや、姫というものは概してお転婆であるのが相場というものか。よし決めた、このファンシーポケモンのことは今後、お転婆姫と呼ぶこととしよう。うむ、ピッタリだな。

*1
25歳

*2
現職のチャンピオン

*3
偏見である




※主人公はダイゴさんがチャンピオンであること知りません。















 『石の洞窟』の奥深く、滅多に人が立ち入らぬ場所にそれはあった。
 ()()()()()()にも見つからぬよう、巧妙に隠蔽を施されたそこは人工的に掘り抜かれた広い空間。
 内部には幾つもの計器が置かれ、その間を揃いの()()()()()()()()()()が忙し気に行き交っている。
 その中の一人、計器を見ていた男は送信されていたデータが突然途切れたことに気が付いた。そして最後に送られてきた映像データを確認したところで、男の顔に驚愕が浮かぶ。
 男は計器のデータが入った携帯端末を片手に席を立つ。このことを自らの上司に報告するために。

「失礼いたします。()()()()、ご報告したい内容が」
「…………何?」
 男にカガリと呼ばれた少女。十代の半ば頃であろう幼さの残る顔立ちに、童女のようにも見える小柄な体躯。身を包む赤い制服は他の人間とやや異なるデザインであった。
 しかし見た目で侮るなかれ、この少女こそが男の上司。男が所属するマグマ団の幹部にして、この作戦の指揮を執る人物である。
 掛けられたぶっきらぼうな言葉に男は冷や汗をかく。リーダーより任せられた今作戦の進捗が捗々しくなく、ここ数日この上司は不機嫌なのだ。
「…………見つかった? …………ターゲット」
「――いいえ、それはまだ」
「…………じゃあ…………すぐに戻って、…………捜索作業。…………全然進んでない…………、ミッション…………リーダー・マツブサからの」
「――はい、作戦の進捗については重々承知しております。しかし、これを」
 そう言って男から差し出された携帯端末を、ひったくるようにして受け取るカガリ。彼女は手早く端末を操作し、男の指定した映像データを確認する。興味なさげに映像を見ていたカガリはしかしそこに映っていたモノを認識した途端、突如としてその表情を驚愕へと変える。
「! …………これっ……て…………!」
「ヤミラミ部隊の一匹から映像データが途絶えました。確認してみましたところ、()()()
 そこに映っていたのは一匹のポケモン。岩塊のような下半身と少女のような上半身を持つ、全身を煌びやかな桃色金剛石(ピンクダイヤモンド)で覆ったその姿。間違いない、このポケモンは――
「…………ディアンシー…………!」
 "ほうせきポケモン"ディアンシー。メレシーの突然変異体。あまりの希少さ故に研究がほとんど進んでいない、幻のポケモンの一種だった。
 ディアンシーの持つダイヤモンドの輝きは世界一と称されるほどに美しい。もし世に出たならば、それがどれほどの値が付くのか分からないほどに。しかし、その美しさもさることながら、ディアンシーの持つ能力こそがその価値を引き上げている。
 ディアンシーの持つ能力。それは炭素を操作し圧縮させることで大量のダイヤモンドを一瞬で精製するというもの。精製するダイヤモンドの性質はディアンシーの意志によって自由自在。その気になれば天然のそれと寸分違わぬ性質を持つものすら量産出来る。
 宝飾だけではない。工業でもダイヤは使用されている。そして人工ダイヤを作るのにもそれなりにコストがかかるのだ。だが、ディアンシーならばそのコストを限りなく「0」に出来る。
 もし、手に入れることが出来ればその存在はマグマ団に、引いては人類社会そのものに莫大な利益を齎すだろう。
 それが今まさに()()に居るのだ。ならば人類社会の更なる発展を目指すマグマ団(彼ら)が取るべき行動は一つだった。
「如何いたしますか、カガリ様」
「…………決まってるよ♪」
 腰かけていた椅子から立ち上がり、部下からの問いかけに応えるカガリ。その顔はかつてないほどの歓喜に満ち溢れていた。
「…………ディアンシーが齎す利益………それはボクたちマグマ団の……………リーダー・マツブサの理想実現のための……………大きな力となる。……………発令、…………"エクストラミッション"。…………ターゲットは……ディアンシー…………! 全ては…………リーダー・マツブサのため…………、人類社会の更なる発展のために……………………ァハハッ……♪」

 誰も知らぬ地下深く、赤き悪意(マグマ)が動き出す。


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国境の長いトンネルを抜けると「ほうせきの国」であった

注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。
















「人の目の 届かぬ 遥かな地の底には 美しい ほうせきたちの国が あるという」
――ホウエン神話断章『大地の女王』より


 長い。

 

 「ほうせきの国」に続くトンネルを往く最中、吾輩はそう思った。

 「ほうせきの国」を目指して出立してどれだけたったのか。現在吾輩はお転婆姫の後に付いて地下深くトンネルを下り続けていた。

 ただこのトンネル、只管に長い。しかもただ長いだけでなく、狭い。人間ではとても入ることが出来ないほどに。さらに内部がやたらと曲がりくねっており、方向感覚が掴み難い。正味、お転婆姫の案内が無ければ吾輩は確実に散々彷徨った挙句、この地にて果てていただろう。その在り方はどこか前世にてよく聞き及んだ迷宮(ダンジョン)を想起させた。

 

 延々と続く殺風景なトンネルの景色に飽きてきた吾輩。前方にて迷いなく歩みを進めるお転婆姫に「ほうせきの国」まで如何ほどかと聞けば、あと半分ほどだとか。

 やれやれ今しばらくこの景色が続くというのか。げんなりとした口調で吾輩が呟くと、それを聞きつけたお転婆姫は何やら意味ありげな含み笑いをしている。一体どうしたのかと問えば、もうすぐ面白いものが見られるという。

 はて、面白いものとは一体何なのだろうか?

 お転婆姫はその問いには答えず、ただついて来れば分かると言うのみ。まあ、いずれ分かるか。と、吾輩は先に進むお転婆姫の後に付いて、殺風景なトンネルを歩くのであった。

 

 さらにトンネルを少し進んだところで、お転婆姫が立ち止まって前方を指差した。見てみろというお転婆姫の言葉に従った吾輩は、そこで前方より光が漏れているのを見つける。

 何と、こんな地下深くに光とは。

 先のトンネルにある光源といえば、時折生えている"ひかりごけ"か光るキノコの類い程度で、光量もたかが知れていた。だが、前方より漏れる光は明らかにそれらと一線を隔している。一体なにがあるのやらと逸る気持ちのままに、速足で前方の光源へと辿り着いた吾輩は見えた景色に思わず、おおと声を漏らした。

 吾輩の眼前に広がる風景。それは光輝く地底湖であった。恐ろしく澄んだ水を満々に湛えた広大な湖が、自ずから光を発し周囲を照らしている。

 絶景かな。正しく自然が生み出した神秘の光景そのもの。日の光届かぬ地底に自ら輝く湖とは。

 ふと吾輩は、一体いかなる絡繰で湖が光り輝いているのか気になった。そこで地底湖の底を覗き見て、すぐにその種を理解した。湖を照らす光源の正体、それは湖底より無数に突き出した結晶体。これら無数の結晶が光を放つことによりこの地底湖全体を照らしているのである。

 圧巻の景色に見とれていた吾輩を、お転婆姫がチョイチョイと引っ張る。曰く、そろそろ先に進もうとのこと。吾輩としてはもう少しこの景色を堪能していたかったのだが、案内人がいうのならば仕方がない。素晴らしき風景を惜しみつつ、吾輩は彼女の後に続いて近くの横穴へと潜っていくのであった。

 

―――

 

 ディアンシー(お転婆姫)キノココ("吾輩")が立ち去り、常の静けさを取り戻した輝きの地底湖。しかし、その静けさはしばらくして再び破られることになった。

 

――ウィィ!

 

 入り口から覗く宝石眼と耳障りな鳴き声。瞬間、数十体のヤミラミがワラワラと地底湖へと侵入してきた。ヤミラミたちはその鋭い爪を洞窟の壁に食い込ませて這い回り、"ターゲット"の痕跡を探す。

 

――ウィ!? ウィィィィィ!

 

 その内の一体が洞窟の床に僅かに残された、極上の宝石の痕跡を見つけ出す。人間にとっては観測など不可能なそれを、ヤミラミたちは本能的陶酔感で以って感じ取ることが出来た。

 溢れそうになる唾液を抑えながら、ヤミラミは痕跡が付近の横穴の一つに続いていくことを確認、情報共有のため仲間たちを呼び集める。

 彼の声で集まるヤミラミたち。なるほど確かに陶酔を誘う宝石の痕跡は地底湖の横穴の一つに続いている。ならばこのことを"リーダー"に報告して、次の指示を貰わなくては。

 そう考えたヤミラミたちは、自分たちの背後にピッタリと付いてくる"持ち主不明"の影に向かって鳴き声を上げた。

 

 ヤミラミの声に反応するように、影よりボウ、と赤い光が浮かぶ。揺らめく赤い光は周囲の影ごと浮かび上がり、徐々徐々にその輪郭をハッキリとさせていく。

 光は単眼に、影は肉体に。

 そうして、影があった場所にいつしか一匹のポケモンが姿を表していた。

 2mを超える人型の長身に、赤い単眼が浮かぶ被り物のような頭部と長い腕。下半身はさながら亡霊(ゴースト)の如くか細く揺らめき、樽のような胴には顔の様にも見える紋様があった。

 その名は"てづかみポケモン"ヨノワール。ヤミラミ部隊を率いるリーダーである。

 普段は影に潜み、ヤミラミ部隊の後を付いて行くヨノワールが実体化した。それはヤミラミ部隊に新たな指示が下されることを意味する。

 影なる異空間より三次元空間へと姿を現したヨノワール。そのアンテナに主人からの指示が届く。追跡を続行せよ、と。それを受けてヨノワールは指示通り、ヤミラミ部隊へ更なる追跡の続行を命ずる。

 リーダーからの新たな命令にヤミラミたちは耳障りな鳴き声を上げると、ディアンシー(ターゲット)の追跡を再開する。痕跡を追ってヤミラミ部隊が横穴に侵入していくのを確認した後、ヨノワールは再び影へと潜航するのであった。

 

―――

 

「凄い! 凄いぞ! 本当に地中深くにこんな大空洞が存在するなんて!」

「見てみろ! 湖の底、『地脈結晶』があんなに! ……おい! ちゃんとデータ記録しているか!?」

「勿論です!! バッチリキッチリしっかり取ってますよ!!」

 

 『石の洞窟』奥深く、マグマ団の前線基地は興奮と熱気に満ち溢れていた。それも当然、前線のヤミラミ部隊より送られてきた映像はマグマ団にとって極めて重要な発見であったからだ。

 昔、とある学者が発した仮説。ホウエンの地下には巨大な空洞が存在し、そこには惑星の核より湧き上がる莫大な"自然エネルギー"を内包した未知なる『世界』が存在する、というもの。

 発表と同時に一笑に付されたその論文は、しかし数十年の月日を経た後マグマ団によって"再発見"され、彼らの目的・陸を拡げる超古代ポケモンへの手がかりとして調査が進められてきた。

 通称、『地脈世界』。ホウエン地方で極まれに発見される、何の属性(タイプ)も持たないプレーンな力を保有する特殊な石、『地脈結晶』からそう仮称された世界は、正しく前人未到の新世界(フロンティア)

 次世代のエネルギー源として注目され、しかしその希少性故にほとんど研究が進まなかった『地脈結晶』がこれほど大量に存在している場所の発見は、まさに人類社会にとって巨大な利益を齎す大発見であった。

 

 しかしそれはあくまでも副次的なもの。彼らの本当の目標(ターゲット)は別にある。

 

「…………ァハハ♪…………。…………あった…………本当に…………『地脈世界』…………! …………眠る場所…………超古代ポケモン(グラードン)の…………!!」

 "たいりくポケモン"グラードン。超古代ポケモンと称される存在の一柱。遥か原始の時代に片割れたるカイオーガと争い、死闘の果て地中深く眠りについたという伝説のポケモン。マグマ団が自らの理想のために追い求める存在である。

 神話の最後にて語られる地中深くにて眠りについたという記述。そこから逆算される、地底深くにはグラードンが移動し眠るだけの広大な空間が存在するという仮説。そしてそれは今まさに目の前で証明された。

 ならばメインターゲットもこの地にこそある筈だ。

「…………メインターゲット……………最後のキー……………プロジェクト・AZOTHの……………! ある………ここに……『紅い貴石』……導く……ボクたちを……………超古代ポケモン(グラードン)へ!」

 

 ふと、データ観測を行っていた団員の一人が声を発する。

「ヤミラミ部隊の生体データに変化有り。どうやらディアンシー(ターゲット)の痕跡を発見したようです」

「…………分かった……………。……………命令して……………『追跡続行』……………」

「ハッ。ヨノワール(ヤミラミ部隊指揮官)に伝達、『追跡ヲ続行セヨ』」

 カガリからの命令を復唱し、団員が手元の機械を操作する。するとヤミラミ部隊の視界がヨノワールに注がれ、そして再度ディアンシー(ターゲット)追跡に移った。

 

 ヤミラミが再度追跡に移ったのを確認し、命令を下した団員の男は手元の装置を見つめる。

 

(……ホムラ様が作られた()()()()()()()()()()()()()()機械。そしてトレーナーからの直接指示なく動くポケモンたちか……)

 

 こちらが直接指示を下さずとも動き出したヤミラミたちを見て改めて感慨深く思う団員。

 遠隔からポケモンに指示をだす技術は遥か昔から研究されてきたものであるが、今なお達成が困難とされている。その最大の理由は遠隔での指示をポケモンが理解出来ないという点だ。

 訓練によってある程度の指示は可能なのだが、やはり直接的にする場合とでは精度に雲泥の差が出る。テレパシーを使用可能なエスパータイプのポケモンや、電気信号を理解可能な一部のでんきタイプのポケモンたちに対する遠隔指示は比較的うまく行くのだが、全てのポケモンに対する遠隔指示可能な技術というのは未だ確立されていないのが現状だった。

 そこでホムラは発想を逆転させた。全てのポケモンに遠隔から指示を出すのが困難ならば、遠隔指示が可能なポケモンを司令塔として他のポケモンにこちらの指示を伝えさせればいい、と。幸いポケモンは他種同士のコミュニケーション、特に同タイプ間のコミュニケーションにおいてかなりの精度での意志伝達が可能であることが証明されている。そうした発想の元作り出されたのがこの機械だった。

 

 『紅い貴石』を捜索する今ミッションにて、捜索役として選定されたのがヤミラミだった。ヤミラミは宝石を主食とする生態を持つため、宝石を探知する能力に優れている。元々洞窟に生息するため、光の届かぬ地底での活動も十二分に可能。小柄な体躯は人間では入り込めない狭い隙間も探索することが出来る。何よりホウエン地方に一般的に生息するポケモンのため、数を揃えることにコストが掛からないのも魅力だった。

 『紅い貴石』捜索では当初から人間が立ち入れない環境での活動も想定されていた。そのためヤミラミたちについてはトレーナーによる直接的な指示ではなく、司令役のポケモンを通じ遠隔で指示を送ることが決定された。そこで司令塔として白羽の矢が立ったのがヨノワールだ。

 ヨノワールは頭部のアンテナを通じた電波コミュニケーションを行うことが分かっており、遠隔指示装置での指示が可能なポケモンの一種だ。さらにヤミラミと同じゴーストタイプのポケモンであり、部隊内でのコミュニケーション精度も問題はない。そして最終進化形態というだけあって戦闘能力も高く、外敵などの不足の事態に対する対応能力も優れていると、まさに部隊運用の指揮官として打って付けであった。

 こうした経緯で組織されたのが『紅い貴石』捜索用のポケモン部隊、通称ヤミラミ部隊であった。幾つかの地点での試験運用を終え、この『石の洞窟』・『地脈世界』捜索任務で初めて実戦投入されたヤミラミ部隊(探検隊)は、今まさに人の立ち入れぬ地の底(ダンジョン)にて十分にその性能を発揮していた。

 

―――

 

 輝きの地底湖を離れ、さらにトンネルを潜っていく吾輩たち。吾輩は先の美しい景色を見た後で、再びあの殺風景なトンネルの風景を見なければならんのかと若干気落ちしていたが、生憎それは杞憂に終わる。

 地底湖を過ぎてしばらくの後、周囲の景色が一変したからである。

 そこは四方八方より伸びる無数の結晶によって埋め尽くされた結晶洞窟。結晶は先の地底湖のソレと同様の性質を持つのか仄かに光を放っており、洞窟内は地上より遠く離れた地底にも関わらず真昼の如く明るかった。

 先の地底湖にも勝るとも劣らぬ絶景を前に吾輩の目はこれ以上なく光輝いていた。

 

 そこから先の道程はまさに絶景の連続であった。

 地下水脈より流れ落ちる雄大な滝。人の背丈ほどもある光輝くキノコの林。何処かへ流れゆく岩漿(マグマ)の大河。太古の昔に死に絶えたポケモンたちの死骸が変じた輝く無数の宝石たち。

 目に映る物全てが新鮮でかつ驚愕すべきものばかりであり、前半の殺風景な景色とは何だったのかと、吾輩は心の底からこれらの風景を楽しんだ。

 だが楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもの。キラキラと輝く結晶をまじまじと見つめていた吾輩に、もう間もなく「ほうせきの国」に到着するとお転婆姫から声が掛かった。

 何ともう着いたのか。あと半分と地底湖にて言われた時より、全くと言ってよい程時間の経過を感じなかった。驚く吾輩にお転婆姫はしたり顔で、道中楽しんだようで何よりだと言った。そしてさらに今まで見た景色よりも「ほうせきの国」の景色の方が凄いという。

 先の景色は全て絶景、それらを押し並べて凌駕すると豪語したお転婆姫。吾輩はその発言を聞いて俄然楽しみになって来た。そうして一体如何なる景色が見られるのかとワクワクしながら、長い長いトンネルを抜けたそこは――正しく「ほうせきの国」であった。

 

 その景色、絢爛にして玲瓏。

 地中深くにぽっかりと空いた広大な空洞。底面から天井、そしてそれを支える柱に至る構造物の全てが無数の光り輝く結晶によって覆われている。

 結晶の色は刻一刻と移り変わり、見る者を決して飽きさせることは無い。

 特に目を惹いたのは空間の中心地、一際巨大な紅い結晶。天井と底面より伸びる結晶によって支えられたそれは、広大なる地下空間全てを照らし出すような強い光を放ち、さながら王宮か玉座の如く「ほうせきの国」の中心に堂々と鎮座していた。

 

 何という美しさか。「世界で最も美しい」と豪語するのも頷ける。この景色を見るためならば、例え全財産はたいたとて惜しくはあるまい。前世にて聞き及びしアガルタ(地底の理想郷)も、この景色を前にしては形無しよ。いやむしろ「ほうせきの国(ここ)」こそがアガルタ(地底の理想郷)か。

 

 目の前の景色にただただ圧倒される吾輩を見て、お転婆姫はこれでもかとばかりに胸を張り、どうだ見たかすごいだろうとこれ以上無きしたり顔。常の吾輩であれば若干イラついたであろうその顔も、これを前にしたならば一切気にならぬ。

 吾輩は素直にお転婆姫へ、この素晴らしい景色への称賛とそれを見せてくれたことへの礼を言う。

 お転婆姫の胸がますます張られ、顔のしたり具合もますます強くなった。敢えて擬音で表すならば、ドドドドドヤァァァァァァ、といった具合である。

 

 故郷の賞賛を受け気分が良くなったのか、ならばもっと間近にて見せてやろうとお転婆姫が申し出る。なんとこの煌びやか国を内側より見れるのか。吾輩はありがたく申し出を受け、お転婆姫の後に付いて「ほうせきの国」内部へと足を踏み入れた。

 

 光り輝く大地に降り立ち、お転婆姫の案内にて「ほうせきの国」内部を見て回る吾輩。ふむ、「国」とはいうが人工的な家屋や施設といったものは見られない。あるものは全て天然自然のもののみ。いや、この地に人工的(そのようなもの)など寧ろ無粋か。在るが儘であるが故にこの地は美しいのだ。

 ふと、吾輩は底面より伸びる巨大な結晶の柱に近づきその表面に触れてみた。鉱石の持つ熱くもなく冷たくもない無機質な質感。しかしその内部にはどこか躍動するエネルギーを感じた。

 

 む?

 

 結晶内部にて閃くエネルギーにどこか引っ掛かるものを覚えた吾輩は、意識を集中させ更にこのエネルギーを探ってみる。

 感じ取ったのは吾輩たちにとってとても馴染み深い感覚。そう、これは吾輩たち"くさ"タイプのポケモンが日常的に吸い上げている……。

 そこで吾輩は気が付いた。成る程、内部にて躍動し、結晶を光輝かせているものの正体は"自然エネルギー"か。

 

 "自然エネルギー"とは大地や大気、水など生命体を除いた遍く全てに存在するエネルギーである。"「自然」エネルギー"の名が示す通り、自然界では極々ありふれた力で普段は意識されることは無いが、ポケモン・人間などを含む生命体はこれを吸収することで生体エネルギーを精製しているため、生命体にとって欠かすことが出来ないものだ。

 吾輩たち"くさ"タイプのポケモンは保有するタイプの関係上、極めて"自然"に近い存在。"わざ"の使用時などこの"自然エネルギー"を意識することも多い。故に吾輩はこの結晶内の力の正体に気がつく事が出来た言う訳だ。

 

 そして、その内包するエネルギーの莫大さにも。

 

 結晶内部に感じ取った馴染み深い"自然エネルギー"。しかしその量は馴染み深いものではなかった。 

 吾輩をしてその心胆を寒からしめる、あまりにも莫大な力。"自然エネルギー"は生態系の維持に無くてはならぬものだが、同時にあまりに過剰な"自然エネルギー"は大規模な自然災害を呼ぶ。以前、トウカの森が大嵐に襲われる直前、猛り狂う"自然エネルギー"の奔流に驚き大急ぎで安全な場所に避難したことを覚えておる。

 ――吾輩の見立てが正しければこの空洞内に存在する"自然エネルギー"の総量は先の嵐など鼻で笑えるほど。もし仮にこの地にある全ての"自然エネルギー"が一度に流出したならば、それは星を滅ぼす大災厄となるだろう。

 吾輩はそんな未来が訪れることの無いよう心中にて祈った。

 

 さて、お転婆姫と共に「ほうせきの国」を見回っていた吾輩たちであったが、そこでふと気が付く。はて、先ほどより吾輩たち以外の生物の姿が見当たらぬ。「()」というからには住人がいて然るべき筈、にも拘らず「ほうせきの国」にには全くといって良いほど人気(ポケモン気)がない。疑問に思った吾輩がお転婆姫に問うてみるが、彼女も常であれば多くの民が居る筈なのにと不思議そうに首を捻るばかり。どうやら煌びやかなる地下の王国は常ならぬ静けさに包まれているようであった。

 が、その静けさはすぐさま破られることとなる。突如として空洞内に響く喧噪。ガヤガヤとしたそれはどこか焦りの感情が含まれているように思える。喧噪は徐々に近づいて来ているようだ。吾輩は何が起こっても対応できるよう、お転婆姫を背にして身構えた。やがてガヤガヤとした音が一際大きくなり、次の瞬間、空洞内に空いた横穴から沢山のポケモンが飛び込んできた。

 飛び込んできたポケモンたちは全て同じ種族で、大きさは吾輩(キノココ)より一回り小さい程度。岩塊より宝石を突き出したその姿はどことなくお転婆姫の下半身に似ている気がするが、お転婆姫とは違い金剛石のような青みがかった色合いであった。

 宝石の原石そのものといった彼らの風体を見て吾輩は直感する。なるほど彼らが「ほうせきの国」の住人、お転婆姫の言うところの「民」たちか。ならば吾輩もお転婆姫に倣い、彼らのことを「ほうせきの民」と呼ぼう。

 吾輩が内心そんなことを考えている間にも、「ほうせきの民」たちは次々と空洞内に飛び込んでくる。原因はすぐに分かった。飛び込んできた民たちの最後尾、その後ろにギラギラと輝く宝石の瞳が迫っていたからだ。

 「ほうせきの国」より漏れ出た光に照らされて、姿を現したのは"くらやみポケモン"ヤミラミ。なるほど、宝石を主食とする彼奴ら(ヤミラミ)にとって、宝石そのものと言ってよい「ほうせきの民」たちはまさしく恰好の獲物という訳か。

 しかしこれは困ったことになった。折角の「ほうせきの国」観光も、住人が襲われている状態では碌にできまい。さて、どうすべきか。

 ――食う、食われるは自然の掟。単なる同情心で以ってこれに介入することは自然界を生きる者として控えるべきであろう。

 ――だが、仮にこのまま「ほうせきの民」たちが襲われるのを放置した場合、吾輩が「ほうせきの国」より帰る際に道案内をしてくれるものが居なくなってしまうやもしれぬ。それは困る。確かにこの地下空洞は魅力的な場所だが、吾輩はまだ地上にてやるべきことがある。何よりこの地(地下空間)は吾輩が本来生きる場所ではない。この地の住人の助力なくば冗談抜きで死にかねぬ。ならばここは自らの命を守るため、彼らに積極的に助力すべきであろう。

 と、刹那の間にそう思考した吾輩は襲い来るヤミラミ達の爪から「ほうせきの民」らを救い出すべく足の力を込めた。が、どうやら吾輩の助力は不要であったようだ。

 ヤミラミの邪悪な爪が最後尾にいた「ほうせきの民」の肉体に届かんとするその瞬間、バチィ! という音とともに爪が紅い膜のようなものに阻まれる。紅い膜はさらにヤミラミの全身を包み込み、まるで弾力あるゴムのようにその体を「ほうせきの国(地下空洞)」外へと弾き出した。

 

 ――ウィイイイーー!?

 

 通路へと弾き飛ばされたヤミラミは一体何が起こったのかと言わんばかりに目を瞬かせ、再度洞窟内に侵入しようと試みる。が、結果は一緒だった。ならばとお次は複数体で試してみるが、やはり侵入することは出来ず、しかも今度は仕置きとばかりに紅い膜から光を浴びせられ、黒焦げとなって戦闘不能となっていた。

 仲間たちが戦闘不能となったことに恐れをなしたのか、横穴の奥深くへと逃げていくヤミラミたち。「ほうせきの民」らはその様子を見ながら喜ぶようにピョンピョンと跳ねておった。

 

 ふむ。天敵を自らの本拠地に連れ込むのはどうかと思ったが、どうやら何かしらの防衛機構があるからこその選択だったらしい。吾輩は存在そのものがファンシーなこの「ほうせきの国」が外敵より身を守る術を持ち合わせていたことに感心した。

 

 ピョンピョン跳ね回る「ほうせきの民」らに吾輩は取り敢えず「大丈夫か」と声を掛ける。その声で吾輩たちの存在に気が付いたのか、「ほうせきの民」らはこちらに振り向き、何やら興奮した様子で向かってくる。

 むむ、これは侵入者と勘違いでもされたか、と身構えるが、彼らはそんな吾輩など目もくれず、背後に佇むお転婆姫目掛けて殺到していく。

 あっという間に大勢の「ほうせきの民」に取り囲まれるお転婆姫。「ほうせきの民」は口々に彼女の無事を確認し、怪我一つないことを知ると安堵の表情を浮かべ、そして次々に歓喜のジャンプを披露していた。

 

 お転婆姫が民に囲われ騒がしくしている一方、吾輩は一人蚊帳の外にて集団の様子をぼんやり眺めていた。

 まあ、お転婆姫もコッソリ抜け出したと言っておったし、「ほうせきの民」(彼ら)も随分と心配したのだろう。水を差す訳にもいくまい。

 ……しかし、ああやって仲間たちに取り囲まれる姿を見ていると、故郷(『トウカのもり』)同胞(キノココ)らを思い出す。彼らは息災であろうか。同胞たちと別れてそれほど期間を経ている訳ではないが気にはなる。まあ、大丈夫か。群れにはキノガッサとなった者もおるし、何より故郷(『トウカのもり』)同胞(キノココ)らのホームグランド。ちょっとやそっとでは危機など訪れまい。今日も今日とて腐葉土を貪り食っているであろう。

 遠く離れた故郷を思い感傷に浸る吾輩。そんな吾輩の元に気が付けば大勢の「ほうせきの民」がやって来ていた。「ほうせきの民」は吾輩を取り囲み口々に感謝の言葉を伝えて来る。どうやらお転婆姫が事の顛末を話したらしい。見れば彼女はお付きの者であろう数匹の「ほうせきの民」に囲まれてお説教を受けているようだ。分かり易く涙目になってプルプルしていた。

 そこで吾輩の視線に気が付いたお転婆姫が助けを求めるようにアイコンタクトを送って来るが、当然無視だ。お転婆姫はショックを受けているようだが当然である。彼女がお付きの者の目を盗んで抜け出した挙句、危険な目にあったのは事実。しっかり叱られて反省するがよい。

 ガミガミと叱られるお転婆姫から視線を外すと、そこには苦笑いを浮かべた「ほうせきの民」の姿。どうやら姫のお転婆ぶりはこの国では周知の事実らしい。姫がご迷惑をおかけしたようで申し訳ないと、丁重な謝罪を貰った。

 

 何、気にすることはない。お転婆姫を助けたのは吾輩の意思によるもの。迷惑なぞとは思っておらん。それに彼女を助けたお蔭でこのような素晴らしい景色を見ることができたのだ。むしろ感謝せねばなるまいて。

 

 そう言って笑い飛ばしてやれば、「ほうせきの民」も同じように笑みを浮かべる。吾輩と彼らとの間に和やかな空気が流れた。と、よい雰囲気となったところで吾輩は気になっていたことを聞いてみることにした。

 

 先ほどはヤミラミたちより大慌てで逃げておったが、一体如何なる理由であのような事態となったのか?

 

 吾輩の質問に「ほうせきの民」は快く答えてくれた。曰く、数日前にお転婆姫の姿が見えなくなったことに気が付き、「民」総出で探しに出たのだとか。しかし探せど探せど見つからず、一度体制を整えるため国に戻ることになったという。その途中、この近辺では見かけることが無かったヤミラミ(天敵)たちの大群に遭遇し、命からがら逃げることとなったのだとか。

 そこで吾輩はふと、先の事態でヤミラミが紅い膜のようなものに弾き飛ばされていたことを思い出し、そのことも「ほうせきの民」に聞いてみた。

 彼らの回答によると、アレは「ほうせきの国」の護り、悪しき心を持つ者を弾く聖なる結界なのだとか。何でも「ほうせきの国」に仇為す者から国を護るため先代の女王が貼ったもので、女王の死後は『大地の玉座』――国中央に座する紅い結晶のことだ――に遺された女王の遺志によって保たれているのだという。あの結界がある限りこの国へ天敵が侵入することはなく、『大地の玉座』ある限りこの国は不滅らしい。

 ふむ、他所者である吾輩に対して彼らが警戒心を抱かないのはこれが原因か。もし吾輩に悪しき心有らばあの結界に弾かれてこの国には入れない、この国に入ることが出来た時点で吾輩が「ほうせきの国」に仇為すことは無いと判断できる、と。いやはやこのような結界が存在するとは驚きである。"ひかりのかべ"や"リフレクター"といった超常の防壁が実在する世界とはいえ、悪意あるもののみをピンポイントで弾く結界などというものを作りだした先代の女王に感心すると同時に、吾輩はもし仮に結界が無くなることがあらば彼らは一体どうするのだろうと思った。

 

 気になった吾輩はさらに「ほうせきの民」に質問をしようとして、しかし聞くことは出来なかった。お付きの者に連れられてお転婆姫がやって来たからだ。

 お付きの者たちに大分絞られたのだろう、お転婆姫はグズグズと泣き腫らした顔をしていた。彼女はお付きの者に促され、改めて吾輩に命を助けられた礼を言う。同時にお付きの者たちも姫を助けたことに対する礼と迷惑を掛けたことへの謝罪を述べ、深々と頭を……いやさ、全身を下げた。

 

 深々と頭を――「ほうせきの民」たちは全身を――下げる彼女らに対し、吾輩はこう言った。

 

 丁重なる気遣い痛みいる。しかし、姫を助けたのは吾輩の意思によるもの、迷惑を掛けられたとは微塵も思わん。それに助けた礼は既に姫より頂いておる。故、これ以上の謝意は無用にて。

 

 吾輩の言葉で下げていた頭――全身――を上げるお転婆姫とお付きの者たち。お付きの者の一匹――他の「ほうせきの民」に比べ髭の長い御仁――は深いため息を吐きながら、姫のお転婆ぶりには困ったもの、これよりはますます気を引き締めて見張らねばならぬ、と呟いた。御仁の言葉に他のお付きの者たちもそうだそうだと頷く。お転婆姫はガーンと言わんばかりの表情でショックを受けていた。

 

 ――ふむ。

 

 吾輩はお付きの者たちに、何故そこまで頑なにお転婆姫を外に出そうとせぬのかと問うてみた。彼ら曰く、お転婆姫はまだ未熟。自身の身を守る能力もないため国外に出すのは危険。出るとしてももっと成長してからだ、ということであった。

 

 なるほどなるほど、お転婆姫を外に出せぬのは彼女が未だ未熟であるからと、自身の身を守る能力が無い以上天敵たちが蔓延る外の世界に出す訳にはいかんということか。

 ――つまり裏を返せばお転婆姫が未熟で無ければ、自らの身を守る能力を持ったのならば彼女が外に出ることを認める、と。そういうことだな?

 

 という吾輩の返しに、うぐと言葉を詰まらせる髭の御仁。

 

 いたずらに厳しくしたところで、納得しなければ子供というものは反発するものよ。そして見る限りお転婆姫は自らの処遇に納得しているようには思えん。いずれ隙を見つけて再び脱走しようとするであろうな。――次に脱走した際、吾輩のようなものが再び現れるのかは分からんが。

 

 そう、もし仮に彼女が再び抜け出し危機に陥ったとて、その際に彼女を助ける者が再び現れるのかは分からんのだ。今回はたまたま吾輩が存在したからよかったものの、一歩間違えればそのまま命を落としていたのやも知れぬ。仮に命を落とすことが無くとも、悪意ある人間に攫われれば一生望まぬ場所での生活を強いられることもあり得るのだ。

 故にこそ吾輩は提案する。

 

 其方らが教えてやればよいのだ。彼女(お転婆姫)に身を守る術を――戦い方(バトル)を。

 

 彼女が自由を得た上で自身の身を守る最も簡単な方法。それは彼女自身が危険を退けられるほどに強くなることだ。未熟なのが心配ならば成長させてやればよい。自らの身を守る能力がないというならば身につけさせてやればよい。彼女が力を身につければお付きの者たちとて文句は無かろうし、何よりお転婆姫自身の安全にも繋がる。彼女も自らの自由のためならば努力を惜しむまいて。

 

 吾輩の言葉を受けて、何やら額を突き合わせるお付きの者たち。お転婆姫は我が意を得たりと言わんばかりにうんうんと頷いておった。……全く調子のよい奴である。

 

 とはいえ他所者に過ぎぬ吾輩が言えるのはここまでであろう。お転婆姫の処遇についてはあくまで「ほうせきの国」内部の問題。これ以上の干渉は筋違いであろうて。

 この提案も元々は「ほうせきの国」に帰っては叱られると青い顔をしていたお転婆姫に、多少のフォローは入れてやると約束した故に行ったものだ。

 それに吾輩自身も彼女が心配であったという理由もある。最も弱く情けないポケモン(コイキング)とて多少の攻撃手段は持ち合わせているのだ、天敵を目の前にしながらそれに抵抗する術を持たぬというのはあまりにも憐れであろう。

 

 と、吾輩がそのようなことをつらつらと考えている内にお付きの者たちの話合いも終わったようだ。お付きの者たちの一匹――かの髭の長い御仁だ――が吾輩の元へやって来る。

 

 して吾輩の提案は如何であったか? 何々、吾輩の提案は御尤もである、しかし自分たち「ほうせきの民」はあまり戦闘(バトル)が得意では無く、さらにここ最近は戦闘(バトル)そのものもほとんど行っていないため自分たちが姫に戦闘(バトル)を教えることも難しい。そこで天敵を打倒して姫を救った存在であり、さらに外の世界の戦闘(バトル)にも詳しいという吾輩に姫を鍛えて欲しい、と。

 ふむふむなるほど………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?

 

―――

 

 『石の洞窟』内・マグマ団前線基地。

 『地脈世界』発見により基地内に満ちていた興奮と熱気は現在、ジリジリとした苛立と焦燥へと変化していた。

 

「…………またダメ…………」

 

 原因は彼女、指揮官であるカガリが全身から不機嫌なオーラをこれでもかとまき散らしているためであった。彼女が苛ついている理由は二つ。

 一つは結晶洞窟に侵入して以降、急激にヤミラミ部隊との通信状況が悪くなり、思うようにデータが取れなくなったこと。

 そしてもう一つはまさに今目の前で起こっていることだ。

 スクリーンに映されるヤミラミ部隊より送られてきたノイズ混じりの映像。そこに映っていたのはディアンシー(ターゲット)の潜伏すると思われる空洞に侵入しようとして、紅い膜に阻まれるヤミラミの姿。ヤミラミは反撃のように放たれた紅い光を浴びて、全身を黒焦げにした後動かなくなる。続けて鳴った音声がヤミラミに取り付けておいたセンサーの機能が停止したことを伝えた。

 先ほどからずっとこの調子だ。

 目の前の空洞にディアンシー(ターゲット)がいる可能性が高いにも関わらず、幾らやってもあの紅い膜によって阻まれ侵入することが出来ないのだ。ヤミラミが弾かれるのならばヨノワールはどうかと試してみたものの結果は失敗。さらに反撃の光線を浴び、流石に一撃で"ひんし"となることはなかったものの、手痛いダメージを負ったのだ。

 

「…………何…………アレ…………? …………まだ…………? …………結果…………解析の…………」

「申し訳ありません。解析を進めてはいるのですが、何分通信状態が悪いためデータの取得がうまくいかず……」

「…………そう」

 

 そう言って黙り込むカガリ。まき散らされるオーラがさらに強まった。側に控えていた団員の男は冷や汗を垂らし、頼むから早く解析終わってくれと心中にて祈る。果たして彼の祈りが通じたのか数分後、解析結果が出たという報告がカガリの元に齎された。

 

「…………それで…………?」

「ハッ、ご報告します。件の"紅い膜"ですが、アレはどうやら"トリックルーム"や"ワンダールーム"のような範囲内に特定の法則を押し付ける力場であることが分かりました。範囲は空洞内の全て。発生源は空洞中央部の『地脈結晶』と考えられます。――それとこの力場ですが、どうやら高密度の"フェアリータイプ"のエネルギーを帯びているようです」

「…………"フェアリータイプ"…………。…………そう…………分かった…………」

 

 報告を聞き何やら考え込む様子のカガリ。小首を傾げ、茫漠とした視線を虚空に彷徨わせる。

 そうしてしばらく考えた後、カガリは再び口を開いた。

 

「…………使おう…………()()…………。…………持って行ってるんでしょ…………?」

()()……? と、言いますと()()()()()()のことですか? 確かに部隊にはボールを携帯させておりますが……」

「…………うん…………"フェアリータイプ"のエネルギー…………出来るでしょ…………突破…………()()なら…………」

「はあ……。確かに()()()()()()ならば恐らく可能とは思われますが……。ということはあの結晶は」

「…………壊す……出来ないように……展開……紅い膜…………」

「――宜しいので?」

「…………うん…………。…………『紅い貴石』…………発している…………エネルギー…………"ほのお"と"じめん"…………。…………じゃない…………"フェアリー"…………。…………問題ない…………」

「了解しました」

 

 カガリからの命を受け、団員は手元の機械を操作しヨノワール(ヤミラミ部隊指揮官)へと指示を送った。

 

 

 「ほうせきの国」へと続く横穴の一つ。

 ヨノワール(ヤミラミ部隊指揮官)は主人より次なる指示を受信する。彼は受信した内容通りに、ヤミラミ部隊の一匹が携帯していた荷物を探って目的のものを取り出した。

 それはとあるポケモンが収められたモンスターボール。ヨノワールはボールに内のポケモンに向け主人からの指示を伝達する。果たしてボールは了承したと言わんばかりにガタガタと震えた。

 指示が伝達されたことを確認したヨノワールはボールを地へと放る。開閉スイッチが押され、中から地響きと共にポケモンが飛び出すと同時に空洞中を揺らしながら壁面へと潜航していく。

 

 「目標(ターゲット)空洞中央部の結晶(『大地の玉座』)命令(オーダー):『蹂躙セヨ』」

 

 与えられた命令に従い、彼は空洞中央部を目指し潜航する。()()()()()()()()()()()()()()()




ヤミラミ部隊の元ネタは『探検隊』シリーズのあの方々です。


以下拙作独自用語など


・『地脈結晶』
 ホウエン地方で極まれに発見される石の一種。進化の石と同等の性質を持つが、内包するエネルギーは特定の「属性(タイプ)」を持たないプレーンなもの。保有するエネルギーの性質を容易く変化させることができるため次世代のエネルギー源になるのでは注目を集めたが、その希少性故に研究はほとんど進んでいない。
 イメージはリメイク版『目覚めの祠』最深部にあるあの結晶。

・『地脈世界』
 ホウエン地方の地下に存在する巨大空洞に付けられた名称。命名者はマグマ団。数十年前にとある学者が発表した論文にて仮想的にその存在が示唆された。
 発表された直後は学会にて一笑に付され忘れ去られたものの、数十年後にマグマ団によって再発見。超古代ポケモンの手がかりを求めた彼らの調査により、その存在が証明されることとなった。
 内部には星の内核より湧き上がる莫大な"自然エネルギー"を基盤とした独自の生態系が存在すると目されている。







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鉱国の興廃この一戦にあり

お待たせいたしました。
地脈世界編その2となります。一応、地脈世界編は次回で終わる予定です。


注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。




























「誉あれ 大地の女王 力有る石を統べる者よ 輝かしき地下の支配者よ 人と神を繋ぐ 二色の宝珠を作りし者よ どうかどうか今一度 我らの祈りに応え給え」
――ホウエン神話断章『大地の女王』より


 どうしてこうなった。

 

 今の吾輩の心境を一言で言えばこうであろう。

 

 「ほうせきの民」にお転婆姫への戦い方(バトル)指導を請われた吾輩。はじめの内は「未だ修行中の身故、姫の指導などとても」と断っていたものの、何のかんのと言い包められ、結局お転婆姫への戦い方(バトル)指導を引き受けることになってしまった。

 

 もう一度言おう。どうしてこうなった。

 

 吾輩は物見遊山で「ほうせきの国(ここ)」を訪れた筈だったのに、いつの間にやら姫の指導などさせられることになっておる。

 

 ……仕方がない。引き受けてしまった以上指導はせねばなるまい。とはいえ吾輩は「キノコのほうし」を会得するための武者修行の途中。それに我が友バンダナ少女との約束もある。余り長居する訳にもいかん。

 ということで吾輩が指導するのはお転婆姫が最低限戦える力を付けるまでだ。これだけは譲れん。

 吾輩の出した条件に「ほうせきの民」達も文句は無かったようで、かくして吾輩はお転婆姫が最低限戦えるだけの実力を付けるまで面倒を見ることになったのであった。

 

 そう言った訳でさっそく指導開始だ。お転婆姫よ、貴様には一刻も早く強くなってもらうぞ。

 

 お転婆姫に対して吾輩が真っ先に行ったことは、彼女が使える"わざ"を尋ねることであった。

 "わざ"はポケモンバトルにおける最重要要素である。ポケモンバトルとは極端に言ってしまえば互いの"わざ"の撃ち合いであり、"わざ"が使えなければバトルすることは不可能であるからだ。お転婆姫の現状の実力を確認すべく"わざ"を確認するのは当然であった。

 が、お転婆姫は吾輩からの質問に対し首を捻るばかり。嫌な予感がしたので尋ねてみれば、どうやらお転婆姫は生まれてこの方"わざ"というものを使ったことがないらしい。

 

 …………そこからか。

 

 まあ、仕方がないと言えば仕方がない。"わざ"とは即ち「型」だ。生体エネルギーを"わざ"に変換する力の流れを知らなければ"わざ"を使うことは出来ん。そして吾輩たち野生のポケモンが新しく"わざ"を覚えようと思ったら、ほとんど他のポケモンが使用するのを見て盗む他ない。

 大抵のポケモンは生まれた後に群れの仲間や或いは他の野生ポケモンが使用するのを見て自然と"わざ"が使えるようになるものだが、お転婆姫は生粋の箱入り。「ほうせきの国」内部は聖なる結界に守られており「ほうせきの民」たちも滅多に"わざ"を使うことが無かったのだろう。結果、お転婆姫は"わざ"を見る機会がほぼ無く今まで来てしまったという訳だ。

 

 なればどうすれば良いか? 答えは簡単だ。手本を見せてやればよい。

 

 という訳だ、お転婆姫。貴様にはまず"わざ"を使えるようになってもらう。今から吾輩が手本として"わざ"を使ってみせるから、しっかりと見ておれ。

 

 お転婆姫が元気よく了承したのを確認し、吾輩は早速"わざ"を放つ。選択したのは"種子銃(タネシガン)"*1であった。

 何故この"わざ"を選んだかと言えば、これが吾輩が使えるものの中で最もお転婆姫にとって参考となるであろう"わざ"だったからだ。

 吾輩の"わざ"のレパートリーは"すいとる"や"大吸精(メガドレイン)"といった"吸収(ドレイン)"系、"たいあたり”や"ずつき"と言った力業(ノーマルタイプ)、「ほうし」を利用した変化技、そしてそれ以外の計四種類。

 この内、「ほうし」を利用した変化技はお転婆姫にはどうやっても使用出来そうにない故却下、"吸収(ドレイン)"系の"わざ"も基本的にくさタイプ専門の分野であるため、見るからにいわタイプであるお転婆姫の参考にはならんと却下、力業(ノーマルタイプ)については少し迷ったがやはり覚えるからにはやはりタイプ一致の方が良かろうとこれも却下。結果、残ったのがこの"種子銃(タネシガン)"のみであったという訳だ。

 "種子銃(タネシガン)"もくさタイプの"わざ"ではあるが、物理的実体を相手に飛ばすという「型」は多くのいわタイプの"わざ"に共通する「型」。お転婆姫も比較的参考にしやすい筈。

 

 ではお転婆姫よ。吾輩を真似して実際に"わざ"繰り出してみよ。

 

 吾輩の言葉にお転婆姫はコックリ頷くと、両掌を突き出しエネルギーを集中させる。「型」は吾輩が先ほど見せたものと同じ、しかし感じるエネルギーの属性(タイプ)は"いわ"である。

 エネルギーの高まりと共にお転婆姫の掌にはキラキラと輝く結晶が形勢される。やがて高まりが最高潮へと達するとお転婆姫は収束させたエネルギーを解放、構えた手より結晶の弾丸を打ち出した。

 打ち出された弾丸はフラフラと1mほど飛翔するとエネルギーが切れたのかそのまま垂直に地面へと落下、コロコロと数cmほど転がって融けるように消え去った。

 

 …………まあ、初めてならばこんなものだろう。

 

 "わざ"を繰り出したことに大はしゃぎするお転婆姫を横目に、内心でそう独り言ちる吾輩。お転婆姫が繰り出した"わざ"はハッキリ言ってほぼ"わざ"の程すら成していないものであったが、それでも何かしら繰り出せただけ上出来であろう。とはいえ、戦闘(バトル)で使用するにはまだまだ程遠いのも事実。お転婆姫が戦闘力を身につけるまで先は長そうである。

 

―――

 

 という吾輩の予想は良い意味で裏切られることになった。理由は単純。このお転婆姫、凄まじく筋が良い。

 先の"わざ"を練習すること数度、たったそれだけでお転婆姫は"結晶弾(いわおとし)"を物にした。その完成度はすぐさま実戦(バトル)での使用に耐えうるほどである。

 それだけではない。吾輩がどうしてもと請われて披露してやった"大吸精(メガドレイン)"。お転婆姫はこの"わざ"の持つ大地を媒介としてエネルギーを伝達する点を模倣し、大地よりエネルギーを――それもお転婆姫が本来持ち得ない"じめんタイプ"のエネルギーを噴き上げるという新たな"わざ"を会得して見せたのだ。

 

 ハッキリ言って恐ろしい才能である。吾輩とてここまで短期間に複数の"わざ"を会得することなど不可能であるのに。いやはや、(ポケモン)は見かけによらぬというがあまりにも意外過ぎる。まさかお転婆姫(生粋の箱入り)にここまでの才能が備わっているとは。いや、むしろここまでの才能を持ちながら、今の今まで腐らせていた環境の方に驚くべきか。

 いずれにせよ、これは僥倖である。思ったより早く指導を終えることが出来そうだ。

 

 さて、短期間でお転婆姫が二つもの攻撃技を会得したことで、吾輩は順序を早めより実戦的な指導に移行することを決めた。

 

 具体的には吾輩との模擬戦(スパーリング)である。

 

 お転婆姫の構えた両掌にエネルギーが集まる。その速度は先と比べ物にならない程早い。瞬く間に輝く結晶が形勢され、そしてすぐさま結晶弾として打ち出された。結晶弾は紙一重で避けた吾輩を掠めて飛翔し、背後にあった結晶を砕いて消滅する。

 結晶弾を撃った隙を突き、お転婆姫に接近を試みようと足に力を込める吾輩。だが足元に躍動するエネルギーの流れに気が付き、咄嗟にその場から飛び退く。瞬間、先ほどまで吾輩が立っていた場所に、大地から"じめんタイプ"のエネルギー(だいちのちから)が迸った。

 

 中々やるではないか。だが、吾輩とて指導を任された身。そう易々と勝利をくれてやる訳にはいかぬ。

 

 噴き上がった"じめんタイプ"のエネルギーの余波で、周囲には濛々とした土煙が立ち込めている。煙る視界の中、吾輩が先の"わざ"より逃れたことを認識したお転婆姫。どうやら次なる一手を思案しているようだが、生憎その次の一手を許す気はない。

 お転婆姫が攻撃のため再び両掌を構えようとして、()()()()()()()に気が付く。原因は彼女の周囲、パラパラと舞う土煙に混ぜた吾輩の"ほうし(しびれごな)"。

 さらに彼女の身体を拘束したのはそれだけではない、いつの間にやらお転婆姫の体表を深緑の菌糸束がびっしりと覆っている。その正体は吾輩が大地より伸ばした"くさタイプ"のエネルギーである。お転婆姫はしまったという顔をしたがもう遅い。

 

 ――"大吸精(メガドレイン)"。

 

 吾輩はつなげた経路(パス)を通じ、お転婆姫の体力(HP)を吸い上げてやる。お転婆姫は拘束を解くことが出来ず、そのまま体力(HP)全てを吸い取られ目を回して倒れた(ひんし状態となった)

 

 さて、模擬戦(スパーリング)も終わり、吾輩は目を回して伸びているお転婆姫へ拾った結晶片(げんきのかけら)*2を含ませてやる。

 しばらくしてパチリと目を覚ましたお転婆姫。あと少しで勝てそうだったのにと悔し気な様子であった。

 

 吾輩が勝つのは当然だ。幾ら修行中の身とは言え、昨日今日訓練を積んだだけの素人に負けるほど弱くはない。

 さて戦い(バトル)についての講評だが。先程は自らの"わざ"を繰り出すことと吾輩自身の動きに集中し過ぎたな。お蔭で地中より這い進む"大吸精(メガドレイン)"の菌糸束に気付くことが出来なかった。――まあ、仕方あるまい。幾ら才があるとは言え貴様はまだまだ経験不足。もう少し経験を積めばあまり意識せずとも"わざ"を繰り出すことが出来るようになるだろう。そうすれば周りに注意を向ける余裕もできる筈だ。

 

 ――と未だ経験不足であり、精進せよとお転婆姫に伝えた吾輩。しかし、内心ではまた別の感想を持っていた。

 経験不足故に吾輩が勝つのは当然と答えていたが、あれは少々見栄を張ったものだ。先の戦い、油断すれば負けていたのは吾輩の方であった。お転婆姫の経験不足に付け込み、"ほうし(しびれごな)"という搦め手を用いることで勝利したが、真正面からの力比べとなれば恐らく敗北は免れなかったであろう。正直に言えば、単純な能力値の面においてお転婆姫は吾輩なぞとっくに凌駕しておる。恐らくお転婆姫の種族的基礎能力がずば抜けて高いのだ、それこそ吾輩(キノココ)なんぞとは比べ物にならんほどに。

 

 ……何と言うかこれ程の才能を目の当たりにすると、最早嫉妬すら湧かんな。むしろどこまで成長するのか若干楽しみになって来た。 

 おっと、いかんいかん。あまり肩入れしすぎるな。お転婆姫との師弟関係はあくまで彼女が戦える力を身につけるまでの短期間のもの。吾輩には叶えねばならぬ目的(ユメ)がある。そのために長期間彼女と共に居る訳にはいかんのだ。

 うーむ、旅に出でてよりこっち、どうも絆されやすくなって敵わんな。気を引き締めなくては。

 

 と、吾輩がそんなこと考えていた所、吾輩の講評を受けたお転婆姫がもう一回と模擬戦をせがんできた。

 

 分かった分かった、付き合ってやるからそう引っ張るでない。というか今の貴様に引っ張られると普通に痛い。

 

 次は勝つぞと意気軒昂のお転婆姫。そんな出藍の弟子にグイグイと引っ張られながら、吾輩は次の模擬戦で使う戦術の思案を始めるのであった。

 

―――

 

 その後、吾輩はお転婆姫にせがまれるまま幾度も模擬戦を行った。いつの間にやら周囲には「ほうせきの民」の観客(ギャラリー)まで出来ていた。彼らもお転婆姫がここまでの才能を持っているなどとは思わなかったのだろう。当初はハラハラした面持ちで見守っていたが、現在では吾輩と互角に立ち回るお転婆姫の姿に歓声など上げる始末。

 ……何と言うか本当に調子がよいな貴様ら。お転婆姫も中々に調子がよい性格であったが、間違いなく此奴らの影響であろう。

 おい、貴様ら見世物ではないのだぞ、散れ散れ。そこな髭の御仁、自作の結晶棒(ライトスティック)を振り回すでない。変な掛け声をかけるのも辞めろ。お転婆姫もそれに応えるでない。

 ……おい、今吾輩に向かってブーイングした者は誰だ。お転婆姫の"わざ"の的にしてやるから出てこい。誤魔化して無駄だぞしっかり聞こえていたからな。

 

 そのようにワチャワチャと騒いでいた吾輩と「ほうせきの民」たち。だがその空気は一瞬にして霧散する。突如「ほうせきの国(地下空洞)」全体を地響きが襲ったからだ。震動する空洞に右往左往する「ほうせきの民」たち。曰く、この地がこれほど揺れるのは初めてのとのこと。通常の地震であれば揺れるのはもっと地上に近い場所、深域にある「ほうせきの国」に振動がくることはほとんどないらしい。それが示すことは即ち、今「ほうせきの国」を襲うこの揺れは通常の地震に因るものではないということだ。

 

 そんな吾輩の予想はすぐさま正しいものであったことが証明された。空洞を襲う地鳴りがますますひどくなる。震源地は……()()()()()()()。震動が最高潮に達した瞬間、「ほうせきの国」の床の一部が崩落しポッカリと開いた竪穴から、この地震を起こした下手人が這い出してきた。

 まず見えたのは10m近い長大な体。「ほうせきの国」に満ちる結晶の光によって鈍く輝く鋼の体表は、この世のあらゆる金属の中で最も硬く、金剛石をも凌駕するという。どこか円匙(シャベル)にも似た形状の頭部には、岩盤を噛み砕く凶悪な顎が備えられ、さらにその先には暗黒の地中をもハッキリと見通す鋭い瞳があった。

 土中より現れた恐るべき威容を持つ"はがね"ポケモン。その姿は紛れもなく、"てつへびポケモン"ハガネールであった。

 

 ハガネール。イワークの進化系にして、ポケモンの中でも屈指の巨体を誇る"はがねタイプ"の代表的存在。なるほど確かに彼奴は地中深くに住むポケモン、地の底に存在する「ほうせきの国」に現れてもおかしくはない。何よりここには"自然エネルギー"が豊富に蓄えられておる。それを狙ったのだとすれば……。

 という吾輩の想定は、しかしすぐさま「ありえない」と騒ぐ「ほうせきの民」たちによって否定される。曰く、あの種族の生息地はこの地下空洞のさらに深層。この場所まで登って来ることなどまずあり得ない。よしんば何かの拍子に深層を離れたとしても、ここまで接近される前に必ずその存在を感知できる筈だ。それこそ()()()()()()()()()()()()()のでもない限り、と。

 

 ――虚空から突如としてポケモンが出現する。常識的に考えればあり得ない事象だ。だがしかし、吾輩はそれに極めて近い現象がこの"世界"では当たり前に存在していることを知っていた。

 『モンスターボール』。10mを超える巨体すらも掌大の大きさに縮小する文明の利器。開閉スイッチ一つで納めたポケモンが飛び出す機能は、それを知らぬ者からすれば()()()()()()()()()()()したのと同じである。

 

 だが、仮に(ハガネール)がトレーナーの手持ちポケモンとすれば一体何が目的で……?

 そう疑問に抱いた吾輩の思考は、しかし途中にて中断された。ハガネールが洞窟内に響き渡る咆哮を上げたからだ。見れば「ほうせきの国」の護り、悪しき者を拒む紅い結界がハガネールの全身に纏わりつき、竪穴へと押し戻さんとしている。……だがどうも効き目が悪いようだ。

 

 成す術なく押し返されたヤミラミとは違い、ハガネールは結界より齎らされる圧に抗って……いや拮抗している。ハガネールはさらに体節の突起を地面に食い込ませると、その地点を抑えとして頭部をさながら削岩機(ドリル)の如く高速で回転させ始めた。岩盤すら抉るハガネールの大顎にさらに高速回転が加わったことでその破砕力が跳ね上がり、抑え込む結界が悲鳴を上げる。やがてハガネールの全身を覆っていた結界に罅が入り、次の瞬間、硝子が割れるような音と共に砕け散った。

 

 「ほうせきの国」が誇る絶対の護りが粉砕された。その事実に驚愕のあまり茫然と立ち尽くす「ほうせきの民」たち。だがハガネールは彼らには目もくれず、目的(ターゲット)へ向かって一直線に進軍を開始する。彼奴の視線の先にはあるのは「ほうせきの国」中心、『大地の玉座』。

 進軍するハガネールを阻むように『大地の玉座』より次々とヤミラミを黒焦げにした紅い光線が放たれる。だが、こちらも効果が薄いようだ。体表に次々と着弾する光線を意にも介さず、彼奴は只管に『玉座』へ向かって直進し続ける。

 

 と、ここで漸く吾輩たちは(ハガネール)の狙いが『大地の玉座』であることに気が付いた。

 まずい。『大地の玉座』は「ほうせきの民」曰く国の要、結界を維持する国の最重要施設だ。そんな者に敵を近づけさせる訳にはいかん。かと言って吾輩にあの巨体を押し留めることは無理だ。筋肉達磨(ウシオ)の戦いでサメハダーに仕掛けたように"大吸精(メガドレイン)"で以って体を操るにも、あれはいくら何でも大きすぎる。出来たとしても精々体節の一部分程度のもの。それにアレは対象に密着せねば使えん。この距離では吾輩が奴に到達するより先に、確実に奴が『大地の玉座』へと到達する。

 

 駄目だ、打つ手がない。吾輩では奴を止められない。手詰まりの状況に臍を噛む思いの吾輩。ならばいっそのこと一縷の望みをかけて奴へと突撃するかと吾輩は足に力を込めて、そこで周囲にいた筈の「ほうせきの民」たちの姿が見えなくなっていることに気が付いた。まさか逃げたのか、いやそんな訳はないと慌てて見渡し、彼らが壁面より突き出した一際大きな結晶の上に陣取っているのを発見した。

 

 何をしているのかと近づくと、彼らは意識を集中させ足元の結晶へ自らの生体エネルギーを流し込んでいるようだ。やがて流し込まれた生体エネルギーの影響か結晶の色がそれまでの無色から薄桃色へと変化する。またそれに伴って、結晶から感じ取れるエネルギーも属性を持たないプレーンなものから、何かしらの"属性(タイプ)"を帯びたものへと変わっていた。そして結晶の輝きが目の眩むばかりになった時、陣頭にいた髭の御仁より"発射"の号令が飛んだ。

 

 瞬間、結晶より巨大な"属性(タイプ)"エネルギーの弾丸が放たれる。弾丸は飛翔の途中で分裂し星を象った形状へと変化。山なりの軌道を描いてハガネールの周囲に着弾すると、凄まじい光と共に大爆発を起こした。爆発はハガネールの巨体を余さず包み込み、目も眩むような輝きがその姿を隠す。それだけではない、着弾の余波によるものか余剰のエネルギーが周囲へと拡散し、一帯に霧が立ち込めたかのような不可思議な"(フィールド)"が形成された。

 放たれた光量に吾輩は思わず目を背け、同時に内心で舌を巻く。何と凄まじき"大技"よ。結晶に蓄えられた自然エネルギーに"属性(タイプ)"が込められた生体エネルギーを流し込むことで性質を変換、"属性(タイプ)"の大砲として撃ち出したか。いやはや国防はあの結界に頼り切っているものと思い込んでいたが、まさかこんな隠し玉があるとは。

 

 だが、強力な力にはそれなりの代償があるらしい。エネルギーを解き放った結晶にもう先の輝きは無く、どことなくくすんだ色合いへと変化していた。さらに生体エネルギーを注ぎ込んだ影響からか、「ほうせきの民」たちもゼエゼエと息を切らしその場にてへたり込んでいた。この様子では次弾を撃つことも難しいだろう。

 それでもあれ程までのエネルギーを叩き込んだのだ。きっと(ハガネール)もただではすまないと光が収まりつつある着弾地点に吾輩は視線を向け、

 

――ゴアアアアアアア!!!

 

 咆哮と共に光を消し飛ばしながら現れる、(ハガネール)の姿を見た。

 

 敵の威容、未だ健在。砲撃を浴びながらもその勢い、些かの衰え無し。

 何という奴だ。あれ程のエネルギーを食らってまるで堪えた様子もない。吾輩はハガネールの恐るべき防御能力に戦慄しつつも、その絡繰について思考する。

 

 ――あれ程の"属性(タイプ)"エネルギーを浴びながら大きなダメージを受けた様子は無い。単なる能力値(ステータス)による防御ではないな。確かゲームにおける(ハガネール)の"とくぼう"の値は"ぼうぎょ"に比してそれほど高い訳では無かった筈……。となれば原因はもっと異なるもの――"属性(タイプ)"相性によるダメージ軽減か!

 

 先の砲撃は高密度の"属性(タイプ)"を帯びていた。恐らくそのタイプがハガネールの持つ"はがね"・"じめん"のどちらかに軽減されたのだ。故に奴はそれほどのダメージを負わなかったのだろう。

 先の砲撃ダメージが低かった絡繰は分かった。理由が分かれば対策のしようはある。砲撃に使えそうな結晶もまだ幾つか存在している。ならば、と吾輩は砲撃が効かなかったことに意気消沈する「ほうせきの民」たちへと呼びかけた。

 

――我に策あり、と。

 

 吾輩の言葉を聞き「ほうせきの民」の目に力が戻る。そして彼らが言葉を発しようとして、しかし大きな振動によって遮られた。

 

 (ハガネール)がとうとう『大地の玉座』に到達したのだ。ハガネールは鎌首をもたげ、『大地の玉座』を支える結晶の柱へと自慢の大顎を叩きつける。衝撃が空洞を揺らし、柱の一部が削り取られた。それだけに飽き足らずハガネールは再び大顎をもたげると、何度も何度も柱に向かって叩きつけ始めた。

 

 奴め、どうやら柱を圧し折るまで続ける気らしい。

 

 ハガネールの攻撃に柱が悲鳴を上げておる。最早一刻の猶予もない。吾輩は「ほうせきの民」たちに策を明かし、協力してもらえないかと頼み込む。民たちは吾輩の言葉に力強く頷き、疲労困憊の身体に鞭打って大急ぎで別の砲撃用結晶へと移動する。

 

 そうして再び砲撃用結晶の上に陣取った「ほうせきの民」たち。しかし先程とは異なり、陣頭指揮を執るのは髭の御仁では無く、吾輩である。

 

 吾輩の合図と共に「ほうせきの民」たちが一斉に生体エネルギーを結晶へと注ぎ込む。だが先とは違い、流し込まれる生体エネルギーに属性(タイプ)は無い。今回において彼らの役割は砲撃に指向性与えることだけ、砲撃に属性(タイプ)を与えるのは吾輩の役目だ。

 吾輩は砲撃用結晶に菌糸束を張り巡らせ、繋げた経路(パス)を通じて生体エネルギーを流し込んでいく。その際に出力する属性(タイプ)は"()()()()"。重たい水を押し込むような感覚を覚えながらも、吾輩は必死で"かくとうタイプ"に変化させた生体エネルギーを流し込んでいく。やがて結晶が先と同様の目も眩むような光――流し込まれた属性(タイプ)の違いからか色は濃い橙色であったが――を放ち始めた。同時に足元の結晶内のエネルギーが臨界に達したことを察し、吾輩は制御役である「ほうせきの民」たちに"発射"の号令をかけた。

 

 瞬間、結晶から放たれる"かくとう属性(タイプ)"エネルギーの弾丸。放たれた弾丸は飛翔の途中で巨大(キョダイ)な「拳」を象った形状へと変化。ハガネールを横合いから思いきり殴りつけるようにして着弾し、その身を包む大爆発を引き起こした。

 

 それを見届けた吾輩は疲労困憊で座り込む。砲撃にごっそりと生体エネルギーを持っていかれたのだ。

 想像以上にキツイ、一発撃っただけでも倒れそうだ。

 

 ……一発だけの吾輩ですらこれなのだ、二発目となる「ほうせきの民」たちの状態はさらに酷い。そのほとんどがその場より立ち上がることも出来ず、さらに幾匹か意識を失っている者さえいた。

 だが、それだけの甲斐はあった。吾輩たちが放った弾丸の属性(タイプ)は"かくとう"。"はがねタイプ"であるハガネールにとっては弱点となる属性(タイプ)だ。その力を何倍にも増幅させた弾丸を正面から受けたのだ、奴にとって確実に痛打となったであろう。

 果たして光が晴れたその場には"かくとう"の弾丸によって打ち据えられ、地に伏すハガネールの姿があった。 

 大敵が倒れたのを目の当たりにして俄かに騒めく「ほうせきの民」たち。誰かが呟く声が聞こえた。

 

 ――やったか……? と。

 

 世の中にはジンクスというものがある。一種の俗信・迷信のようなもので、その中でも特に縁起の悪いものやことを指す言葉だ。黒猫に横切られるのは不幸の前触れ、というのはよく知られた例であろう。

 ……何故吾輩がこんなことを唐突に考えたのかと言えば、この状況にピタリと当て嵌まるジンクスがあるからだ。先程誰かが発した「やったか」という言葉。この言葉が発せられた時、大抵の場合は()()()()()()

 

 ああ、嫌な予感がする。

 

 そんな吾輩の感じ取った嫌な予感は――当然の如く現実となった。

 バチリ、と閉ざされていたハガネールの瞳が開かれる。続けて全身をくねらせながら起こした奴は洞窟に響き渡る怒りの雄たけびを上げた。

 

――ゴアアアアアアア!!!

 

 地下空洞中を震撼させる咆哮。吾輩たちはその音量に思わず身を竦ませる。

 ギロリ、とハガネールが怒りに満ちた視線をこちらに向ける。どうやら奴は先の一撃を受けたことで吾輩たちを()()と判断し、ターゲットの前に排除することを決めたようだ。

 ガパ、とハガネールの巨大な顎が開かれ、ポッカリと空いた口腔に破壊的な力が収束する。奴から離れた場にいてなお感じ取れる強大なエネルギーを前に吾輩たちは悲鳴を上げる体に鞭打ち、意識のない仲間は無理やり背負って、全力でその場から退避する。

 そして吾輩たちが皆その場より離れた直後、ハガネールより"破壊光線(はかいこうせん)"が放たれた。文字通り射線上にあるもの全てを破壊するエネルギーの大奔流に、吾輩たちが先ほどまで立っていた結晶は数秒と持たず粉砕される。さらにそれだけでは飽き足らず、結晶内部に残された自然エネルギーと結び付き、大爆発を引き起こした。

 爆風によりコロコロと転がされる吾輩の体。地面より突き出した結晶に思いきりぶつかることでようやっと停止する。顔面を襲う痛みをこらえながら背後を振り返れば、そこには恐るべき破壊の爪痕があった。

 先の爆発は砲撃用結晶を地下空洞の壁ごと粉砕したようだ。爆心地には円形の破壊痕が残されており、結晶の外殻が抉られたことで洞窟本来の黒々とした地肌が覗いていた。

 

 危なかった。あんなものを真面に食らえば一巻の終わりだろう、危うく短いポケモン生をこんなところで終えるところであった。幸い大急ぎで退避したお蔭で犠牲となった「ほうせきの民」たちは居らぬようだ。それだけが不幸中の幸いと言えるだろう。

 

 だが状況は最悪だ。ハガネールは既に反動から回復し、再び『大地の玉座』に体を叩きつけている。にも関わらず吾輩にはもう打つ手がない。「ほうせきの民」たちは皆散り散りとなってしまった。砲撃用結晶自体はまだ幾らか存在するものの、アレを動かすには彼らの協力が不可欠。しかし吾輩たちに再び結集する時間はない。砲撃を放てるだけの人員が集まるより先に、『大地の玉座』の方が崩れ落ちるだろう。見れば『玉座』を支える結晶柱には既に幾つもの罅が入っておる。このままではそう長くは持つまい。

 しかしどうすればよいのか。先の砲撃は吾輩たちの唯一といってよい切り札であった。それが通じなかったのだ。吾輩にはもう切れる手札も、講じられる策もない。正しく万事休すの状況に、吾輩は我が物顔で『玉座』を蹂躙するハガネールを精一杯睨み付けてやる他無かった。

 

 ……?

 

 ふと「ほうせきの国」中に断続的に響いていた衝撃音が止んだ。見ればハガネールが結晶柱への攻撃を停止させ、何かをジッと見つめている。

 

 何故だ。何故奴は停止した……?

 

 その理由は直ぐに分かった。奴の視線の先、『大地の玉座』の上にとあるポケモンが陣取っていたからだ。

 『大地の玉座』の紅い光に照らされて、しかし色褪せることなき桃色金剛石の輝き。紛れもなく我が弟子"お転婆姫"であった。

 

 ……あのバカ弟子! 何を考えている! まさか(ハガネール)と戦おうとでもいうのか……? だとすればあまりにも無謀。戦い(バトル)を覚えたばかりの素人にあんな怪物の相手など務まる筈ない。何故だか(ハガネール)は停止しているが、再び動きだせばその時点でお陀仏だ。それに例えハガネールの攻撃が当たらずとも『大地の玉座』の上(あんな場所)にいたら確実に崩落に巻き込まれる。

 

 ええい仕方があるまい……!

 

 吾輩は手近にあった結晶へ向かって"大吸精(メガドレイン)"を繰り出した。菌糸束を思わせる深緑の線が結晶を覆い、蓄えられていた自然エネルギーを吸い上げ吾輩へと還元する。一挙に流れ込む無色の力に吐き気を催すが、意思力で以って抑え込み、我が身を駆動させる生体エネルギーへと変換していく。

 

 オエップ……やはり自然エネルギーを一挙に取り込むのは堪えるな……。だがこれで先の砲撃による消耗分は回復した。戦闘になったとしても問題はなかろう。さあ、頼むから双方そのまま動いてくれるなよ。

 内心でそう祈りつつ、吾輩は短い脚に力を込め『大地の玉座』目掛けて走り出したのであった。

 

―――

 

 「ほうせきの国」中央、『大地の玉座』。

 「ほうせきの国」で最も高い位置にあると言ってもよいこの場にディアンシー("お転婆姫")は立っていた。相対するハガネールはこの場にいてようやく視線がつり合う程の巨体。しかし、そんな存在を前にしても彼女が億することはない。

 

 何故なら自らはこの国の長たる"姫"故に。"姫"たる自分が国の危機にありて何もせずにいられようか。

 "わざ"の一つも使えなかった以前の自分であればいざ知らず、師より教えを受けた今の自分には戦えるだけの力がある。なればこそ国を脅かす敵を前に背を向けることなど出来はしない。

 自分はもう「民」らに守られるだけのか弱き存在ではないのだ。この国を侵す外敵を討ち果たし、「民」らにそれを証明してみせよう。

 

 と、そんな思いを胸に大敵(ハガネール)と対峙するディアンシー("お転婆姫")

 当然のことながら彼女の行動は愚行である。どこの世界に自らより遥かな格上相手に単独で挑む王がいようか。それが一騎当千の勇士であればいざ知らず、彼女は昨日の今日でようやっと戦い方を身につけただけの素人。幾ら戦い(バトル)の才能があるとは言え無謀という他ない。

 しかし時として愚か者の無謀な一手が、不利な戦況をひっくり返す奇貨となりえることもまた事実。お転婆姫のこの行動は偶然にも、(ハガネール)の攻撃を停止させることに成功していた。

 

 ハガネールは酷く困惑していた。原因は彼の目の前、目標(ターゲット)の上に陣取りこちらを睨み付けてくる桃色のポケモンだ。彼に与えられた命令(オーダー)眼前の結晶(ターゲット)の破壊。しかし同時に、彼は自身が今参加している作戦の最終目標がこの桃色のポケモンを捕獲することであるのを理解していた。

 故に迷う。与えられた命令(オーダー)は遂行しなくてはならない。しかし、今眼前の結晶(ターゲット)を破壊してしまった場合、巻き添えでこのポケモンが死ぬ可能性がある。そうなってしまっては作戦そのものが失敗してしまう、どうすべきか。

 命令と目標の二律背反に彼の脳が悲鳴を上げる。不毛な思考にリソースを取られ、彼は目標(ターゲット)への攻撃を一時中断、活動を停止させ――それが彼の命取りとなった。

 

 混乱し動きを止めたハガネールの直下へ莫大なエネルギーが収束する。力の出処は――相対するディアンシー(お転婆姫)

 彼女が使用しようとしたのは"だいちのちから"。本能によってタイプ相性を理解していた彼女は自らの手札の中でハガネールに最も相性のよい"わざ"を選択したのだ。

 それだけでは無い。大地を通じ送り込んだ"じめんタイプ"のエネルギーは途上にて結晶内部の自然エネルギーと合流し、その規模と威力を大幅に引き上げる。膨れ上がった"わざ"はさらに周囲よりエネルギーを引きつけ、瞬く間に先の砲撃を凌駕する規模に至る。

 「ほうせきの国」に蓄えられた自然エネルギーを吸収し、今にも爆発せんとする力を必死に制御するディアンシー。無論、彼女にこれほどまでの力を御した経験などない。しかし何故か彼女にはこれの制御方法が分かった。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。かくしてディアンシー("お転婆姫")は導かれるまま、キョダイな"じめんエネルギー"をハガネールの足元へと集中し――解放した。

 

―――

 

 解放の直前、ハガネールは漸く自らの足元に集うエネルギーに気が付いた――既に手遅れ。瞬間、大地より噴き上がったキョダイな砂塵が"はがね"の体を呑み込む。

 足元より放たれた"じめんエネルギー"の大奔流。その直撃を食らったハガネールは瞬時に自らの敗北を悟る。弱点となる属性(タイプ)の、それも肉体を包む鋼の鎧が意味を為さないエネルギーによる(とくしゅ)攻撃を食らったのだ。体力(HP)は凄まじい勢いで減少しており、遠くない内に彼は力尽きる(ひんし状態となる)だろう。

 そこまで理解した時、ハガネールは考えるのを辞めた。代わりに身を委ねたのはポケモンの持つ()()()()()。自然界を生き抜いた強者としてのプライドが自身の敗北を拒むように眠れる闘争本能へ火をくべた。

 

 与えられた命令(オーダー)は結晶の破壊――否、そんなことはもうどうでもよい。倒す。何としてでも目の前の敵(ディアンシー)を倒す。

 倒す。目の前の敵を倒す。倒す倒す倒す倒す倒すタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオスタオス倒すッ!!!

 

 理性など疾うに消し飛んだ。後に残るのは極限まで高められた闘争本能のみ。

 

 力だ、力が欲しい。寄越せ、力を寄越せ。敵を倒せるだけの力を――!!

 

 ――それは奇跡か偶然か。ハガネールの"極限"にまで至った闘争本能がその肉体を徐々に変質させ始める。より強く、より戦いに相応しい形へと。

 元よりポケモンとは闘争の中で成長し、より強大な姿へと進化する種族。敵を打倒する力を欲した彼が更なる力を得るために、その姿を変えようとしたのも当然のこと。

 奇しくもこの場には()()に必要なエネルギーが存在した――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ビシリと体側の突起と尻尾が砕け散る。代わって肉体から突き出したのは美しく輝く()()()()()()。体節の側面も同様に砕け、断面には青い円環が浮かび上がる。破砕された金属片は落下することなく、彼の首回りを浮遊旋回。とりわけ特徴的だった顎には新たな突起が生え揃い、さながら軍用円匙(ショベル)の如き容貌へと変化した。

 其は進化にありて進化に非ず。進化を超えたシンカの力。極限の闘争本能が齎したポケモンの覚醒形態――メガシンカである。

 

――オオオオオォォォォォォォ!!!!

 

 体節と金属片が高速で回転する。同時に旋回する結晶から莫大なエネルギーが噴出し、メガハガネールの体に沿って螺旋状の力場を形成、その体を一つの武器へと変貌させた。

 顕現したのは大地を穿つ巨大な螺旋錐(ドリル)。万象を貫く螺旋錐(ドリル)と化したメガハガネールは自らを覆う"じめん"の力場へ、その切先を向けた。

 

――"螺旋衝鑽(ドリルライナー)"

 

 大地より噴き出す砂塵の壁に、虹の螺旋が激突した。

 

―――

 

 ディアンシーは自らの操る大地の奔流に強い抵抗が来たのを感じ取った。内側から"わざ"を食い破らんとするエネルギーの高まり、それはもはや災害に等しい大地の奔流にかき消されることなく、むしろ徐々に拮抗しつつある。

 秒単位で膨れ上がる力にディアンシーの本能が警鐘を鳴らす。まずい、このままでは大地の奔流が破られかねない、と。ディアンシーはがむしゃらになって更なる自然エネルギーを搔き集め、内部のエネルギーを抑え込もうとした……が、相手の方が速かった。

 地より噴き上がる砂塵の壁、その壁面に穴が穿たれる。内部より姿を現したのは高速回転する虹の螺旋。壁面を穿たれたことで噴き上がる奔流の勢いが少しずつ弱まっていく。そして虹の螺旋がさらに回転を速めると、際限なく高まるその力に耐え切れなかったのか砂塵の壁は揺らめくように姿を消した。

 

 自らを抑え込んでいた砂塵の壁は消滅した。最早、"螺旋衝鑽(ドリルライナー)"を阻むものは何もない。虹の螺旋は最後に残った砂塵の残滓を一瞬で消し飛ばすと、勢いのまま『大地の玉座』上の(ディアンシー)目掛け突撃する。

 大規模な力を行使したことで消耗し、動くことの出来ないディアンシー。彼女の小さな体に恐るべき破壊の力が襲い掛からんとした――その瞬間、真紅の輝きがディアンシーを護るように拡がった。『大地の玉座』より発せられた超高密度の"いわ"と"フェアリー"のエネルギー、それが真紅の障壁となり破壊の虹を阻んだのだ。展開された障壁の強度は「ほうせきの国」を覆う結界を遥かに凌ぎ、タイプ相性による不利すら物ともせず、メガハガネールの"螺旋衝鑽(ドリルライナー)"を押し返さんと拮抗する。

 

 真紅の障壁と虹の螺旋、ぶつかり合う両者の力比べにやがて変化が訪れる。真紅が虹を徐々に押し返し始めたのだ。

 考えてみれば当然。両者の出力は拮抗している、ならば勝負を決めるのは如何にその出力を維持し続けられるか。『大地の玉座』は「ほうせきの国」に満ちる膨大なエネルギーを統御し、次々と注ぎ込める一方で、メガハガネールの力はひんし寸前状態から身を削って放った蝋燭の最後の輝きだ。既に限界寸前だったところへさらにメガシンカの負担も加わり、その出力を維持することが既に難しくなっていた。

 勝負の天秤は少しずつ、「真紅」に傾きつつあった。

 

 紅い障壁の圧力がさらに強まったのを感じたメガハガネール。理性など欠片も存在しない闘争本能に支配された状態の彼は、しかしだからこそ無意識より来る囁きに忠実だった。永きに渡り大自然の生存競争を勝ち続けた彼の持つ()()。闘争本能に支配されてなお肉体に染み付いたそれが、この状態に於ける対抗策を無意識の内に実行させた。

 向かい来る圧力に対しメガハガネールは、己が纏う"螺旋衝鑽(ドリルライナー)"の切先を僅かに下げる。掘り抜けぬほどに堅い岩盤にぶち当たった時は進路を僅かに逸らし、掘り進める場所を見つけるまで繰り返す。そうすることで初めて通り抜けることが出来る進路が見つかるのだ――こんな具合に。

 逸れた虹の切先が、球状に展開された紅の障壁の表面を滑るように動き、その進路を変更する。進行方向にあるのは『大地の玉座』を支える()()()

 メガハガネールの"螺旋衝鑽(ドリルライナー)"を押し返すほどの障壁。それ程の障壁を展開するのはいくら『大地の玉座』とて、本体に極近い領域のみが限界。自らを支える結晶柱に同等の障壁を貼ることは不可能であった。

 ハガネールの行動は彼にとって最適解であり、同時に奇しくも当初の命令(オーダー)を達成することとなったのだった。

 

 虹の螺旋の切先が結晶柱を捉える。既に先の攻撃にて罅が入っていた結晶柱が虹の破壊に耐えきれる筈もなく、秒と経たずに砕け散る。

 瞬間、支えを失った『大地の玉座』が崩落を始めた。

 

―――

 

 巨大な砂塵がハガネールを包んだと思ったら、ハガネールが虹の螺旋となって突撃していた。一体何が起こっているのだ、まるで訳が分からんぞ。出てきたハガネールの姿も何だかいつもと違うような気がしたが、気のせいか……? 少なくとも結晶柱に砕いて停止した姿は吾輩が前世にて見慣れたハガネールである。

 一瞬見えたハガネールの異形の姿に疑問を抱くが、今はそれに(かかずら)っている暇はない。

 

 支えとなる結晶柱を失った『大地の玉座』が崩落する――その上にお転婆姫を乗せたまま。

 ええいクソが、やはりこうなったか。お転婆姫の姿を『大地の玉座』に確認してより、こうなる気はしていたのだ。故にこそ吾輩は鈍足を押して必死に走っているのだが。

 崩れ落ちる『大地の玉座』へ向かうべく短い脚を全力で動かしながら、同時に吾輩は崩落音に負けぬよう力の限り叫ぶ。

 

 お転婆姫、そこから跳べ! 吾輩が受け止めてやる!

 

 吾輩の声が届いたのか、お転婆姫はハッとこちらを向き、意を決したように崩れゆく『大地の玉座』から跳んだ。

 崩落より跳び出した桃色金剛石の体は重力に引かれ勢いよく落ちていく。吾輩はお転婆姫の落下位置に当たりを付けると、その場所目掛け全力で跳び込んだ。

 

 間に合ええええええ!!

 

 ……ここで落ちてきたお転婆姫を華麗にキャッチすることが出来たなら恰好もついただろうが、生憎キノココ足る我が身は無手無腕。受け止めるためには体を張る他なかった。

 吾輩は跳び込んだ勢いのまま地面へと激突、顔面を下にした状態でスライディングする。地面との摩擦によって跳び込んだ勢いが弱まったところで、吾輩の上に勢いよくお転婆姫が降って来た。

 お転婆姫の尖った下半身が吾輩の体に突き刺さり、顔面も合わせて悶絶するような痛みが吾輩を襲う。しかし気合で耐えて立ち上がり、お転婆姫を連れてその場より退避する。この場は崩落よりある程度離れているため巻き込まれる心配は無いが、衝撃で砕けた結晶が飛んでこないとも限らないからだ。

 地面より突き出た結晶の影に隠れた吾輩たち。ここなら結晶が飛んできたとしても安全であろう。吾輩たちは結晶の影より、轟音の止んだ玉座を覗き見る。そうして吾輩たちの視界に飛び込んできたのは、あまりにも無惨な景色であった。

 

 あれ程の威容を誇った『大地の玉座』が完全に崩れ落ちている。国中を照らしていた紅い光も、微かな燐光が瞬くばかりで今にも消え入りそうな程に弱まっていた。心なしか「ほうせきの国」中の結晶も今までより少し暗くなった気がする。

 お転婆姫は崩れ落ちた『大地の玉座』にフラフラと近づき、辛うじて形を保っているばかりの巨大結晶を茫然と見上げる。その姿は傍目に見ても沈痛そのものであった。それは近寄ってきた「ほうせきの民」たちも同じで、誰も彼もが崩れ落ちた『大地の玉座』を茫然と或いは悲痛な表情を浮かべて見つめていた。

 ……無理もない。吾輩は話に聞いただけだが、『大地の玉座』とは国の護りの要であるのと同時に、彼らの慕う先代女王が残した忘れ形見。特にお転婆姫にとってアレは顔も知らぬ"母"との唯一といってもよい繋がりである。それが永遠に失われたのだ、その心情は察して然るべきであろう。

 吾輩は掛ける言葉が見つからず、気まずい思いでその場を後にする。……本当はお転婆姫の先の無謀を咎めようと思っていたのだが、あの様相を前にしてとてもそんなことは出来なかった。

 

 悲嘆に暮れるお転婆姫と「ほうせきの民」から離れ、吾輩が向かったのは『大地の玉座』を崩壊させた下手人の元。その下手人――ハガネールは崩れた結晶の山に半身を埋め、身じろぎ一つせずに倒れていた。

 見る限りでは完全に戦闘不能となっているようだ。吾輩は念のため数度ハガネールの体を(つつ)き、さらに"種子銃(タネシガン)"までぶつけてみたが、全く反応はない。ハガネールは完全に沈黙して(戦闘不能となって)いた。

 ……一先ず「ほうせきの国」を襲った危機は去ったようだ。幸いなことに「ほうせきの国」の住人に一人の犠牲者も出ていない――代わりに「ほうせきの国」には無視できないほどの被害が出てしまったのだが。とは言え襲い来た脅威を撃退したのも事実だ。多少、気を緩めても問題なかろう。

 直面した危機を乗り越え、ほっと一息ついた吾輩。落ち着いたところでふと、吾輩の脳裏に初めに抱いた疑問が蘇る。「何故ハガネールが「ほうせきの国」を襲ったのか」だ。

 吾輩の予想が正しければこのハガネールは()()()()()()()()()()()()()だ。だとすれば「ほうせきの国」を襲ったのはトレーナーがそうするよう指示したことになる。だが、地底深くにある「ほうせきの国」はそもそもとして人間の知覚が及ぶ領域ではない。もしこの領域を知覚したのだとしたら、一体どうやって……?

 そこまで考えた時、吾輩の脳内に電流が走る。思い出されたのは吾輩が「ほうせきの国」に来てからの、いや来るまでの出来事。

 お転婆姫を襲った()()()()()のヤミラミ。「ほうせきの民」が出くわしたヤミラミの群れ。結界によって「ほうせきの国」からはじき出された姿。そして、その後に現れた執拗に『大地の玉座』を狙うハガネール。これらの事象が全て繋がっているのだとすれば……。

 

 そうして吾輩は最悪の結論に思い至り――弾かれたように走り出す。

 

 いかん! 吾輩の予想が正しければ「危機」はまだ去っていない!

 

 果たしてその予想を裏付けるかのように、走り出した吾輩の元へ耳障りな叫び声が響き渡った。

 

――ウイイイーーーーーーーッ!!!!

 

 

―――

 

 ()()の潜む横穴にまで響き渡る轟音。

 同時に今の今まで()()を阻んでいた、"()()()()()"のエネルギーが消え去るのを感じる。

 どうやらハガネールは命令(オーダー)を遂行したようだ。

 

 ()はゆっくりと横穴の出口、地下空洞(ほうせきの国)への開口部に手を伸ばす。伸ばされた()の手は何の抵抗も無くスルリと地下空洞(ほうせきの国)へと入って行った。

 

 それを確認した()は背後にて控える無数の部下たちへ、主人より与えられた命令(オーダー)を伝える。

 

 「目標(ターゲット):ディアンシー。命令(オーダー):『目標(ターゲット)ヲ捕獲セヨ』」

 

 受けた部下たちは命令(オーダー)を蹂躙の喜びに身を震わせながら、次々と地下空洞(ほうせきの国)へ飛び込んでいく。

 

――"エクストラミッション":ディアンシー捕獲作戦。第二段階へ移行。

*1
単発の未完成タネマシンガン。未だ連射が効かないため主人公はこう呼称している。サトシのフカマルの「りゅうせい」のようなもの

*2
「ほうせきの民」曰く、「ほうせきの国」内部の結晶にはポケモンをひんし状態から回復する効果があるのだとか。何でもこの国の秘伝らしい。姫の指導を任せるからにはと、特別に教えてもらった




・メガストーン/キーストーンを用いないメガシンカについて
 本編にてハガネールがメガストーン/キーストーンを用いずメガシンカをしているが、これは厳密に言えばメガシンカではなくその大本となった現象であるため。
 拙作独自設定としてメガシンカ形態とは極限の闘争本能に支配されたポケモンが、周囲のエネルギーを吸収し限界を超えることで至る一種の覚醒形態としている。そのためこの形態に至ったポケモンたちは(例外を除いて)一種の暴走状態にあり、自身の身すら顧みず、力尽き果てるまで荒れ狂う。
 自然界において自身の限界を超えるような強烈な闘争本能に支配されることなど滅多にないためこの覚醒に至ることは極めて稀だが、至った個体は必ず周囲に尋常でない影響を及ぼすため比較的人間の目に留まりやすく、荒れ狂う異形のポケモンの記録が幾つも残されている。
 メガストーン/キーストーンによるメガシンカはこの覚醒形態をトレーナーとの絆によって制御出来る状態で発現させたもの。




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以て六尺の孤を託す

大変お待たせいたしました。
地脈世界編最終話となります。


注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。





































戴冠の時、来たれり


――ウイイイーーーーーーーッ!!!!

 

 「ほうせきの国」に響く耳障りな鳴き声。吾輩にとって聞き覚えのある()()が聞こえてきたのは、崩壊した『大地の玉座』のすぐ近く。先ほどまで吾輩が居り、そして今も「ほうせきの民」たちが居る筈の場所だった。

 

――いかん!

 

 吾輩は沸き上がる焦りに突き動かされるまま短い脚を全力で動かし、「ほうせきの民」らの元へと急ぐ。

 果たして再び『大地の玉座』へ戻って来た吾輩が見たのは、逃げまどう「ほうせきの民」とそんな彼らに襲い掛かるヤミラミたちの姿であった。

 

 遅かったか……!

 

 敵の襲来を予期出来なかったことを悔やむ気持ちが湧き上がる。が、今は悩んでいる暇はない。「ほうせきの民」(彼ら)を助けるのが先決だ。

 吾輩は今まさに「ほうせきの民」に飛び掛からんとするヤミラミ目掛け、思いきりドロップキックを放つ。横からの思わぬ攻撃に吹き飛ばされるヤミラミ。さらに吾輩は倒れたヤミラミに向け、たっぷりと"体の自由を奪うほうし(しびれごな)"を浴びせてやる。憐れ、大量のほうしを吸い込んだヤミラミは全身を痙攣させ倒れ伏した。

 仲間の一匹が倒されたことでヤミラミたちが吾輩の存在に気が付くが、吾輩はそのまま奴らに向かって大量のほうしをぶちまけ、ほうしによる障壁を形成することで牽制、こちらに近づけさせないようにする。ほうしの効果は長くは持たんが、少しだけ時間が稼げればそれでよい。

 

 ほうしによる障壁の中、吾輩は助けた「ほうせきの民」に吾輩が居らぬ間に何があったのか手短に尋ねる。

 その「ほうせきの民」曰く、「ほうせきの国」に繋がる横穴より突如として数十体のヤミラミが侵入し、自分達に襲い掛かってきたのだとか。あまりに突然の出来事で誰も有効な手が打てず、結果ヤミラミたちに追い立てられることになったらしい。

 

 事情は把握した――ところでお転婆姫はどうした?

 

 吾輩がそう尋ねると「ほうせきの民」は、混乱の内でよく分からなかったが、恐らくお付きの者たちと共に逃げているのでは、と答えた。

 

 そうか……、分かった。――そろそろまき散らしたほうしの効果が薄れて来る頃合いだ。取り敢えず吾輩はお転婆姫を探して合流することにする。貴様も早く安全な場所へ逃げろ。

 

 吾輩の言葉にコクコクと頷くと、「ほうせきの民」はヤミラミたちのいない方角へぴょんぴょん跳ねて逃げていく。それを見届けた吾輩は薄れゆく障壁に"種子銃(タネシガン)"を打ち込み、そのまま吾輩自身も飛び込んでいく。「ほうせきの民」がうまく逃げられるよう少しでも時間を稼ぐためだ。

 障壁の向こうには複数体のヤミラミが集っていたようで、内一匹は先ほど打ち込んだ"種子銃(タネシガン)"がクリティカルヒットしたのか、顔面を押さえて這いつくばっている。

 

 隙だらけだ。

 ――"大吸収(メガドレイン)"

 

 瞬間、這いつくばったヤミラミに深緑の菌糸束が纏わりつき、その体力(HP)を吸い上げ吾輩へと還元する。瞬く間に行われた攻撃にヤミラミは抵抗する間もなく倒れ、そのまま戦闘不能となった。

 再び仲間を倒されたことでヤミラミたちに動揺が走る。吾輩はその隙を逃さず、こんな時のためにと用意した隠し玉を使った。

 

――喰らえ! "閃光茸(キノコフラッシュ)"!

 

 瞬間、吾輩の体より眩い虹色の光が放たれた。

 "閃光茸(キノコフラッシュ)"は「ほうせきの国」に来る道中で見た光るキノコの林にインスピレーションを受け、地底に存在する輝く結晶の性質を真似して編み出したものだ。効果は恐らく通常の"フラッシュ"と同様、しかし何故か放たれる光はやたらキラキラした虹色の輝きだ。なぜ虹色になるのかはさっぱり分からんが、そのフィーバー!な光り方を吾輩は密かに気に入っていた。

 光を直視してしまったヤミラミたちは一時的に視界を奪われ、吾輩を捉えることが叶わない。後は吾輩の為すがままだ。まともに動けなくなった連中をあっという間に叩きのめし、全員戦闘不能にした。

 

 ふむ、吾輩の攻撃数発で戦闘不能になるか。どうやら連中、個々での実力はそれ程高くないようである。

 だが問題は数だ。奴ら矢鱈と数が多い。この数を相手取るには吾輩だけでは手が足りん*1。やはりもう一匹戦力となる存在が欲しい。そして今、「ほうせきの国」にて吾輩と同等に戦える(が背中を預けられる)存在といえば()()()()

 衆寡敵せず。数で劣る吾輩たちが、数で勝るヤミラミ達に対抗するためには、やはり戦力を集中させるべきであろう。吾輩はお転婆姫(戦力となる存在)と合流すべくその場を後にした。

 

 ワラワラと寄り付くヤミラミたちを蹴散らしながら「ほうせきの国」中を走り回る吾輩。そんな吾輩の視界に一際ヤミラミたちが集っている箇所が映る。

 むむ、あそこだけ妙に連中が多いな。

 よくよく見ればヤミラミたちの奥に沢山の「ほうせきの民」の姿がある。彼らは天敵(ヤミラミたち)を前にしても他の「民」らとは違って逃げようとはせず、むしろ体を張って立ち向かっているようであった。どうやらあそこには戦う能力が低い彼らが体を張ってでも守ろうとする何かがあるらしい――無論その正体など考えずとも分かることだが。

 

 しかしどうにも解せぬ。少し前ならばいざ知らず、今のあ奴はかの怪物(ハガネール)相手に喧嘩を売るくらいに無鉄砲だ。そんな者がこの状況で大人しく守られているなどとは考えにくいが……?

 考えても埒が明かぬ。ここは手っ取り早く本人に聞くとしよう。

 

 そう思い立った吾輩は集りに集ったヤミラミたちに向け突撃を開始した。

 

 夢中で「ほうせきの民」に襲いかかるヤミラミの後頭部にドロップキックをぶち当て、押し倒す吾輩。仲間に一匹がいきなり倒れたことでヤミラミたちに一瞬動揺が走る。その隙を逃すことなく、吾輩はヤミラミたちに向かって大量の"体の自由を奪うほうし(しびれごな)"をまき散らしてやる。ほうしを吸い込み次々と痺れるヤミラミたち。吸わなかった者たちも慌てて口を抑え、ほうしの効果外へと逃れていく――誤って一部の「ほうせきの民」も巻き込んでしまったが非常時故仕方なし、やむを得ない犠牲(コラテラル・ダメージ)ということで許して欲しい。

 ともかく吾輩はほうしの障壁を作りヤミラミたちを牽制することに成功した。その間に「ほうせきの民」たちは急いで態勢を立て直す。そんな彼らを横目に吾輩は集団の中心、彼らが守っている存在の元を目指し駆けて行く。

 

 果たして集団の中心部、数多くの「ほうせきの民」に囲まれて彼女はいた。輝く桃色金剛石を身に纏う「ほうせきの国」の至宝にして、我が出藍の弟子・お転婆姫である。お転婆姫は常の元気さは何処へやら、地べたを見つめ気落ちした様子で佇んでいた。

 

――ようやっと見つけた。探したぞ、お転婆姫よ。

 

 そう声をかけると、吾輩に気が付いたのかお転婆姫は顔を上げる。が、直ぐに視線を逸らし、再び俯いてしまう。

 どうやら先の『大地の玉座』が失われた動揺より立ち直れていないようであった。

 

 ……気持ちは分かるが今は「ほうせきの国」存亡に関わる非常事態。一人でも戦力となる者が必要だ。すまんが力を貸してくれ、吾輩一匹では奴等全てを相手取るのは不可能だ。

 

 と、吾輩はお転婆姫に助力を求めるが、お転婆姫は黙ったまま首を振るばかり。

 一体どうしたというのだ。つい先ほどハガネールと相対していた時の無鉄砲さは何処へ行った。正直、吾輩がこのように助力を請わずとも勝手に闘っているものと思っていたのだが。

 そう吾輩が疑念を口にすると、お転婆姫は逡巡するように数度口を開いては閉じることを繰り返した後、ポツリと呟いた。自分はもう戦わ(バトルし)ない、と。

 

――今、何と言った?

 

 お転婆姫からの予想外の言葉に耳を疑い、吾輩は思わず聞き返す。それに対してお転婆姫、今度ははっきりと、自分はもう戦わ(バトルし)ない、戦うべきではない、と言い放った。

 そこから堰を切ったようにお転婆姫が話し出す。曰く、自分などほんの僅かに"わざ"が使えるだけの戦い方など知らぬ素人。そのような存在が戦場に居ても邪魔なだけ。それに自身は「ほうせきの国」の姫である身、万が一にでも傷つくことがあってはならない。そして何より『大地の玉座』が崩壊したのは自分が出しゃばったがため、即ちこの国が危機に陥っているのは自分の所為だ。これ以上出しゃばって彼らを危険に晒すような真似は出来ない。故に、自分はもう戦わない。「民」らの言うことを聞いて、大人しくしているべきなのだ、と。

 

 そう思いの丈をぶちまけ、再び俯いて地べたを見つめるお転婆姫。

 

――ふむ、そうか。

 

 彼女が吐露した思いを受けて、吾輩は一つ頷く。

 

――貴様の考えはよーく分かった。自らの実力を過信して危険な場所に飛び込み、挙句『大地の玉座』を崩壊させてしまったことを悔やみ、もう二度とそのようなことを起こさぬよう戦うこと(バトル)を行わない、と。そういうことだな?

 

 念を押すようにお転婆姫へ問いかけると、その通りだと言わんばかりに肯首するお転婆姫。

 

――そうかそうか、なるほどな。……色々言いたいことはあるが、お転婆姫よ。取り敢えず歯を食いしばれ。

 

 えっ、と顔を上げたお転婆姫。その頬目掛け吾輩は少量の"かくとう"エネルギーを叩きつけてやる。パァン、と鋭い音と共にお転婆姫の首が僅かに傾く。吾輩はそのままもう片方の頬にも同じように"かくとう"エネルギーを放つ。再びパァンという音が鳴った。

 一体何をされたのかと目を丸くし、頬を押さえ茫然とこちら見るお転婆姫。

 

――"めざましビンタ"だ。何やら寝ぼけたことをぬかしていたのでな、これで少しは目が覚めたか。

 

 戸惑うように吾輩を見つめるお転婆姫。吾輩はそんなバカ弟子に()()()を指摘してやる。

 

――『『大地の玉座』を崩壊させてしまったのは自分の所為、故もう二度とそうならないよう戦うこと自体を辞める』……アホか、貴様。それで『大地の玉座』崩壊の責任を取っているつもりか? ハッキリ言おう、それは単なる"逃げ"だ。貴様が今やっているのは自身がしでかした失態から目を背けること以外の何物でもない。真に責任を感じておるというのならば、貴様がやるべきことは唯一つ――『ほうせきの国』を救うために戦うことよ。

 

 お転婆姫が目を見開く。

 

――それに、だ。『大地の玉座』崩壊は貴様だけの責任ではない。……吾輩らが放った結晶砲撃が(ハガネール)に通じなかった時点で、既に吾輩らは敗北していた。吾輩らに(ハガネール)を止める術はない、『大地の玉座』が崩壊するのは時間の問題であった。恐らくだが、吾輩だけでなくこの「ほうせきの国」に居た者全てそう思ったであろう――だが貴様だけは違った。誰もが諦めていたあの時、貴様だけが(ハガネール)に臆することなく立ち向かい、そして打倒してみせたのだ。

 

 そう、お転婆姫はあの時確かにハガネールを打倒したのだ。その後の反撃によって結局『大地の玉座』は崩壊してしまったが、それはむしろあの状況から反撃を行った敵の方を褒めるべきであろう。故に――

 

――他ならぬ吾輩が保証しよう。貴様は確かにあの時、「ほうせきの国」を脅かす危機より「国」を守った。自らに外敵を打ち倒せるだけの力があると証明してみせたのだ。

 

 だからこそ、

 

――今、吾輩が背を預けられるのは貴様だけだ。今、「ほうせきの国」を危機から救えるのは吾輩と、他ならぬ貴様だけなのだ。

 

――だから頼む、お転婆姫よ。我が出藍の弟子よ。吾輩と共に戦ってくれ。「ほうせきの国」を脅かす敵を共に打ち払ってくれ。

 

 お転婆姫の目を見つめ、吾輩はそう告げた。

 

 吾輩の言葉を受け、お転婆姫の瞳が揺れる。やがて彼女は意を決したように口を開き、吾輩に何かを返そうとして……しかし、吾輩がその言葉を聞くことは出来なかった。

 

――ウイイッ!!

 

 背後から再び聞こえてきた耳障りな鳴き声、そして"わざ"がぶつかる衝撃音。どうやら吾輩の張ったほうし(しびれごな)の障壁が消えたらしく、ヤミラミたちがまた「ほうせきの民」に向かって攻撃してきたようだ。

 前線にて戦う彼ら(「ほうせきの民」)の救援に向かわねばなるまい。そう言って、くるり、と踵を返し、お転婆姫に背を向ける。そのまま前線へと走り出す吾輩。後ろは見ない。既に吾輩が伝えるべきことは伝え終わった。後は彼女自身が決めることだ。尤も――

 

 とそこまで考えた所で吾輩は思考を中断した。視界にじゃあくなツメを振りかざし、今まさに「ほうせきの民」に襲い掛からんとするヤミラミの姿を捉えたからだ。

 

――させるものか!!

 

 吾輩はその場から前方へと全力で跳躍、ヤミラミの顔面目掛けてドロップキックを放つ。しかし、迫る吾輩に気付いたヤミラミが咄嗟に後ろへ跳んで回避したことで空振りに終わる。

 

 チッ、敏い奴め。

 

 避けられたことに内心で舌打ちしつつ、吾輩は勢いそのまま地面に着地しようとする吾輩。だが、地面に降り立つその間際、背後より別のヤミラミが迫り来ていることに気が付く。

 

 やられた……! 着地狩りか!

 

 着地のためほんの少し意識を集中させた隙をついた見事な着地狩りだ。吾輩の動きに合わせた完璧なタイミング。どうやら始めからコレが狙いだったようだ。連中は「ほうせきの民」より先に目障りな吾輩の方を無力化するつもりらしい。

 既に身体は着地の姿勢に入っている。空中にいるため咄嗟の動きも出来ず、イザという時の"ほうし"も先の障壁で大量に消費したためしばらくは使えない状態。今の吾輩に振り下ろされるじゃあくなツメから逃れる術はなく、甘んじて攻撃を受け入れる他なかった。吾輩はせめて受けるダメージを抑えんとして全身に力を込める。

 そうしてじゃあくなツメが吾輩に振り下ろされ――ることはなかった。振り下ろされるその刹那、飛来した何かがヤミラミの胴体を直撃し、その体を吹き飛ばしたからだ。おかげで吾輩は一切のダメージを負うことなく、悠々と着地することが出来た。

 

 さて、ヤミラミを吹き飛ばした飛来物、吾輩はそれが何であったのかがしっかりと見えていた。そして()()()()()()()()()()も。

 先ほどヤミラミを吹き飛ばしたもの――それは高速で打ち出された()()()。そうアヤツが最初に習得し、そして最も習熟した"わざ"だ。

 

 ニヤリ、と吾輩の口角がつり上がる。

 

 ゆっくりと振り返れば、果たしてそこに居たのは吾輩の思った通りの存在。結晶弾を撃ちだした姿勢で残心する我が出藍の弟子(お転婆姫)の姿。

 

 そうだ。そうだ、そうだとも。吾輩は信じておったぞ。貴様がこの程度でへこたれることなどあり得ん。必ずや立ちあがり、再びこの「国」のために戦わんとすることを。

 

 フワリと吾輩の元へやって来るお転婆姫。その顔に既に迷いの色は無かった。

 吾輩は近づいてきた彼女にこう言ってやる。

 

――何だ、ずいぶんと遅かったではないか。……それで? 貴様はここへ何をしに?

 

 お転婆姫も笑って答える。無論、押し入ってきた不届き者どもから「国」と「民」と守るため、と。そして付け加えるように、吾輩が手こずっているようだったため手を貸しに、とも。

 

――ハッ! 言うではないか。ならばその手並み……精々連中に見せつけてやるがよい。

 

 そう言って視線を周囲に向ければ、そこには吾輩たちを取り囲ようにズラリと居並ぶヤミラミたちの群れ。薄々感づいてはいたが、先ほどまであれほど攻撃を加えていた「ほうせきの民」たちへ今はほとんど牽制程度の戦力しか貼り付けておらんことを見るに、やはり連中の狙いはこのお転婆姫だったらしい。

 ならばこそ好都合。あの程度の数ならば「ほうせきの民」たちのみで対処できる筈。お蔭で彼らを守るための意識を割かずに済む。吾輩たちはただ、こちらに襲い掛かってくる敵を相手すればよいだけだ。

 言葉は不要、とばかりに自然と背中合わせとなって構える吾輩とお転婆姫。吾輩は周囲を取り囲むヤミラミたちの数を数える。()()()()の……ふむ、ざっと二十体と言ったところか。それに対するこちらの戦力は吾輩とお転婆の二体。その数は20対2とまさしく多勢に無勢。衆寡敵せず、圧倒的に不利な状況であった――連中(ヤミラミたち)の方が。

 

 考えてもみよ、吾輩はヤミラミ程度十体は問題なく蹴散らせる。そして吾輩と同等の実力を持つお転婆姫もそれは然り。これで戦力比は五分五分。さらにそこに息の合った師弟の連携が加わるのだ。これで戦力はさらに倍、いや十倍は跳ね上がる。つまり敵と吾輩らとの戦力差は実質20対200。吾輩らの圧倒的有利である。

 うむ、一分の隙も無い完璧な理論だ。何やらお転婆姫が呆れた目でこちらを見ているが気のせいであろう。……何? その理論絶対に間違っている、だと? 吾輩の地元では息のあったコンビの間で1+1が200になることなど常識だぞ。

 

 お転婆姫からの視線がますます冷たくなった。何故だ。

 

 軽口を叩き合い、随分と弛緩した空気を醸しだす吾輩とお転婆姫。そんな吾輩らの様子を隙と見たのか、連中(ヤミラミ)たちがじりじりとにじり寄り包囲を狭めて来る。

 ふむ、このくらい近づけさせておけば外れることも無い、か。では、お転婆姫よ――開戦の号砲といこうか。

 吾輩の言葉にお転婆姫はニヤリと笑って頷き、

 

――"結晶弾(いわおとし)"

――"種子銃(タネシガン)"

 

 次の瞬間、両掌と砲口からエネルギーを纏った弾丸が射出された。

 

 "くさ"と"いわ"の弾丸がヤミラミを捉え、その体を容易く吹き飛ばす。吹き飛ばされた個体は戦闘不能(ひんし状態)となったのか、そのまま目を回して伸びてしまう。

 遠距離による一撃で仲間が倒されたことで、これ以上距離を取るのを危険と判断したのだろう。ヤミラミたちは金切り声上げて次々に飛び掛かってくる――が、

 

――おおっと良いのか? 近距離(それ)は吾輩の間合いだぞ?

 

 飛び掛かってきたヤミラミたちに絡みつく無数の菌糸束。吾輩はそうして繋がった経路(パス)から連中の生体エネルギーを吸い取ってやる。

 

――"大吸収(メガドレイン)"

 

 体力(HP)を吸い上げられ、瞬く間に三匹のヤミラミが倒れる。ふむ、他の連中は効果範囲から退避することで逃れたか。まあ、大吸収(メガドレイン)は本来単体の相手を対象とする"わざ"。地脈のエネルギーを用いて効果対象を広げたが、それでもこの程度で精一杯であろう。問題はない、元より連中全員を捉えられぬことなど織り込み済み。だからこそ()()()()()()()のだ。

 効果範囲より逃れ、警戒するように吾輩の動きを伺うヤミラミたち。だが次の瞬間、連中がガクリと膝をつく。と同時に、経路(パス)を通じて吾輩の体へと奴らの生体エネルギーが流れ込んだ。

 その原因は連中の体表に浮かぶ緑色のシミ。吾輩が大吸収(メガドレイン)に乗じて放った、吸精胞子(やどりぎのたね)である。これがヤミラミたちから生体エネルギーを吸い上げ、吾輩へと還元しているのだ。そして奴らに全員に吸精胞子(やどりぎのたね)を仕込めたことは、()()()()()()()()()()ことを意味した。

 

 吸精胞子(やどりぎのたね)は対象が戦闘不能(ひんし状態)となるまで体力(HP)を吸い上げ、経路(パス)が繋がった相手に還元する"わざ"だ。この効果は、例え"わざ"を繰り出したポケモンがひんし状態となっても、味方と認識するものが居る限り自動的に経路(パス)が繋がり、維持され続ける。効果から逃れるには経路の移譲対象となる存在を全て戦闘不能とするか、有効射程内から逃れる、もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()してから経路(パス)そのものを断つしかない。

 ……今この場には連中を引っ込めるトレーナーもモンスターボールもない。現在、吾輩が味方と認識する(経路の移譲対象となる)存在は「ほうせきの国」の住人全て。そして地脈によって強化された有効射程は……結晶洞窟全域に及ぶ。

 つまり連中が吸精胞子(やどりぎのたね)より逃れるためには「ほうせきの国」の住人全員をひんしとするか、結晶洞窟そのものから逃げる他ない。即ち、連中の詰みである。

 仕上げに吾輩は膝をつくヤミラミたちに向かって"しびれごな"を振りまいてやる。果たして、体力を奪われまともに動けなくなった奴らが逃れる術は無く、一匹残らず"まひ状態"となった。後は吸精胞子(やどりぎのたね)が奴らの体力(HP)を奪い尽くすのを待てば良い。

 

 まずは一つ、吾輩の勝利であった。

 

 さて、吾輩を狙った十体程のヤミラミを無力化し、勝利を収めた吾輩。お転婆姫の助太刀でもしてやるかと背後を振り返れば、そこには吾輩の倍の数はあろうヤミラミを相手に立ち回るお転婆姫の姿があった。

 どうやら連中、空洞中に散らばっていた仲間たちを呼び集めたらしい。ワラワラとお転婆姫に飛び掛かっては彼女の操る岩塊に吹き飛ばされることを繰り返していた。

 

――ふむ、自らの周囲に岩塊を滞空旋回させることで敵を牽制、相対する敵を限定する、か。それにエスパータイプ顔負けの物体操作……やはりアヤツは才能の塊だな。流石は我が出藍の弟子よ。が、しかし……

 

 お転婆姫の死角、そこに複数体のヤミラミが突撃する。それに気が付いたお転婆姫は横目で岩塊を操り、ヤミラミたちを吹き飛ばそうとした。しかし迫る岩塊にヤミラミたちはワザと激突、何匹かを犠牲にして岩塊を食い止め、一匹を岩塊防御の内側に侵入させることに成功する。

 お転婆姫は岩塊を操ることに集中していたために対処が遅れ、すでにヤミラミは攻撃態勢に入っていた。そしてヤミラミのじゃあくなツメがお転婆姫に振り下ろされ――る前に、吾輩の放った種子銃(タネシガン)がヤミラミを吹き飛ばした。

 そのまま吾輩はお転婆姫を囲むヤミラミたちの頭を踏みつけジャンプ、タイミングよくきた岩塊に飛び乗り、お転婆姫のすぐ側の地面へ華麗に着地した。

 

――何やら手こずっているようだな、手を貸してやろう。

 

 先ほどの意趣返しを込めてそう言ってやると、お転婆姫はムッと頬を膨らませる。

 

――はっはっはっ。何、単なる意趣返しだ。そうむくれるでない。とは言え、わざを出すことに集中して周囲への注意が疎かになっていたな。まだまだ未熟、精進せよ。

 

 吾輩からの指摘に少し悔し気な表情を受かべるお転婆姫。

 

――その悔しさは連中(ヤミラミ)にぶつけることだな。何、安心しろ。今この時は吾輩が貴様の目となってやる。死角の敵は引き受ける故、貴様は精々目の前の敵に集中するがよい。

 

 その言葉にお転婆姫は、見てなさいと言わんばかりに鼻を鳴らし、再びヤミラミたちに向き直る。吾輩も呵々と笑いながらお転婆姫の背後、隙を伺うヤミラミたちと対峙する。再び互いの背中を預け合う形となった吾輩たち。

 

 さあ、第二ラウンドと洒落こもう。

 

 お転婆姫の操る岩塊の隙間から、吾輩はこちらを伺うヤミラミに"種子銃(タネシガン)"を打ち込んでいく。吾輩の出現によってお転婆姫の死角は消滅し、ヤミラミたちはお転婆姫に一体ずつ真正面から挑む他なくなっていた。無論、一対一で奴らにお転婆姫が負ける道理はなし。決死の覚悟で挑んだヤミラミを、"結晶弾(いわおとし)"で、"地脈裂吼(だいちのちから)"で、"浮遊する岩塊(げんしのちから)"で次々と葬り去っていく。

 挑んでいった仲間たちが鎧袖一触と転がされる様を見て、流石にこのままでは勝ち目なしと判断したのかヤミラミたちの攻勢が止む。一方の吾輩も奴らが回避に専念するようになって"種子銃(タネシガン)"が当たらなくなったこと、また岩塊の防御の隙間から狙い撃つのにも限界があることから、攻撃を一時停止していた。吾輩たちとヤミラミたち双方の攻勢が止み、バトルフィールドに凪のような空白が生まれる。

 

 うーむ。これで連中が「ほうせきの民」らの元へ向かうのも厄介だ。……ここいらで一網打尽とするか。

 

 吾輩は小声でお転婆姫に尋ねる。

 

――吾輩が一時奴らの動きを止める故、貴様は奴らを一度に仕留めて欲しい。出来るか?

 

 お転婆姫はコクリと頷き、動きが止まっているなら何とでもと答える。

 

――よし、ならば吾輩が合図したら……

 

 奴らに聞こえないよう吾輩はお転婆姫に策を伝えた。

 

――ではいくぞ、一、二の今!

 

 吾輩の合図で吾輩らの周囲を浮遊旋回していた岩塊が、辺りを囲うヤミラミたちに向かって無差別に吹っ飛んでいく。警戒していたヤミラミたちは驚きこそしたものの、危なげなくコレを回避した。

 ……あわよくばこれで何匹か持っていければと思ったが、そう上手くはいかんか。しかし、それはあくまで上手くいったら儲けもの程度のこと。こうして奴らの視線を吾輩らに集めることこそが本命よ。

 狙い通りにヤミラミたちは突如防御を解いた吾輩らを警戒し、一体何をしようというのかと言わんばかりにこちらを凝視している。さあ、たっぷりその目に焼き付けるがよい。

 

――"閃光茸(キノコフラッシュ)"!

 

 瞬間、吾輩の体から激しく輝く七色の閃光が放たれた。

 

 奴ら(ヤミラミ)の宝石眼には瞼が無い。故、強い光を感じても咄嗟に瞼を閉じて防御することが出来ず、不意を打たれれば直視せざるを得ないという訳だ。結果、吾輩のフィーバー! な光を浴びたヤミラミたちは視界を完全に失い、各々が眼を抑えて這いつくばることとなった。

 

 よし! これで連中の動きは完全に止まった。後は貴様の番だ、お転婆姫よ。ん? どうした? 何々、自分も似たようなことが出来そう? これなら連中なぞ一捻り? ……よし、やってしまえ。

 

 吾輩の許可にお転婆姫は一つ頷くと、目を閉じ意識を集中させる。彼女の生体エネルギーが属性(タイプ)エネルギーへと変換され、漏れ出した余剰のエネルギーによって彼女の体がほんのりと輝き出す。

 躍動するエネルギーの流れから、使用している"わざ"の型は"閃光茸(キノコフラッシュ)"と同じ――だが注がれるエネルギーの総量は桁違いだ。

 

 カッとお転婆姫が目を開いた。既に変換作業は終わり、彼女の体内では巨大な属性(タイプ)エネルギーの塊が外界へと出力されるのを今か今かと待っている。

 

 そしてたっぷり一呼吸の間を置いた後、ソレは凄まじい閃光(スパークル)となって解き放たれた。

 

――"輝煌閃耀(マジカルシャイン)"

 

 瞬間、ヤミラミどもに降り注ぐ色とりどりの光の礫。七色の輝きが空洞を照らす様は美しいが、それが齎す効果は凶悪そのもの。

 

 圧倒的な属性(タイプ)エネルギーが込められた光は見た目のファンシーさとは裏腹に恐ろしい破壊力を有している。それが全方位からヤミラミたちに襲い掛かったのだ。無論、先の閃光茸(キノコフラッシュ)によって目を眩まされた連中にこれを避ける術は無く。憐れ、ヤミラミたちは全身黒焦げとなって一掃されることとなった。

 

 プスプスと煙を上げ、死屍累々と倒れ伏すヤミラミたち。そんな連中の様子を見て、お転婆姫はフンすと鼻を鳴らす。そして吾輩の方を振り向き、どうだ、すごかろうと言わんばかりの顔を向けてきた。

 

――うむ、素晴らしい火力である。流石は我が出藍の弟子よ。

 

 火力 is パワー。火力 is ジャスティス。やはり圧倒的な力で敵を薙ぎ払うのは心が躍る。自身が相対するのはゴメンだが、傍から見る分にはこれほどスッとするものはあるまい。

 技巧を凝らした戦運びも悪くは無いが、やはり敵を上回る力を以て正面から打ち破ってこその王道よ。吾輩は素晴らしきエンターテインメントを披露してくれたお転婆姫に、混じり気無しの称賛を送った。

 

―――
 

 

 吾輩たちを囲む戦闘不能(ひんし)状態となったヤミラミの輪。その一角に何やら()()()()と動くものを見つけ、吾輩たちは瞬時に警戒を強める。

 

――ウィィ……

 

 折り重なった体から這い出してきたのは何匹かのヤミラミたち。どうやらひんし状態の仲間の体が偶然にも盾となり、お転婆姫の閃光から逃れることが出来たらしい。

 

――ウィィ……? ウィッ!? ウィ、ウィヒィィィィィ!?

 

 ヤミラミたちは状況を確認するように周囲を見渡し、死屍累々と倒れ伏す仲間たちの姿に驚き、そしてそれを為した吾輩らの存在を認識すると、目で見ても分かる程に怯え始めた。

 

 お転婆姫はまだ生き残りがいたか、成敗してくれようと属性(タイプ)エネルギーを充填させ、連中に向かって歩み出す。吾輩もまた彼女の後に続いて一歩踏み出し――

 

 

 

 

 

 

================================================================

 

――ヤミラミ部隊の損耗率、許容値を突破。

 

――敵戦力を上方修正。

 

――作戦規定に従い指揮個体の待機命令を自動解除。

 

――『ヨノワール』出撃する。

 

================================================================

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾッと、全身に悪寒が走る。感じ取ったのは精神を削る強烈な"プレッシャー"。大いなる自然界に生きることで鍛えられた吾輩の生存本能が今、最大級の危険を告げていた。

 

 "敵"が、来る。それもヤミラミたちとは比べ物にならない程の"強敵"が――!

 

 吾輩は全力で周囲を見渡し、"敵"の姿を見出そうとした。

 

 どこだ!? どこに潜んで――ッ!?

 

 姿は見えぬ、しかし放たれる"プレッシャー"が"敵"いる方角を吾輩に教えてくれた。その方向は()()――吾輩らの足元から。

 見ればズルズルと独りでに動く持ち主不明の影が「ほうせきの国」の底面を這い進んでいる。その進行方向にはヤミラミを捉えんと歩みを進める()()()()

 お転婆姫はまだ這い進む影に気が付いていない。

 

――いかん!! お転婆姫!!

 

 言葉では間に合わんと判断した吾輩は咄嗟にお転婆姫へと飛び掛かり、彼女の体をその場より弾き飛ばす。

 次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()()吾輩の体(お転婆姫が居た空間)を鷲掴みにした。

 

 突如として突き飛ばされ、さらに地面から巨大な手が伸びるのを目にし、驚愕の表情を受かべるお転婆姫。そんな彼女の目の前でズルリと影が立ち上がる。ゆらゆらと揺らめく赤い光を中心に、徐々徐々に曖昧な輪郭が形を成していく。

 光は単眼に、影は肉体に。

 現れたのは亡霊を思わせる不気味な人型のポケモン。吾輩の知らぬポケモンではあったが、その姿にはどこか見覚えがある。

 

――その亡霊の如き姿に、火の玉を思わせる赤い単眼……。コヤツ、"おむかえポケモン(ヨマワル)"の系譜に連なる者か……!

 

 見知らぬポケモンの姿に見知ったポケモンの面影を見た吾輩は、その正体に当たりを付ける。が、そんな吾輩の思考はすぐさま中断されることになった。

 

 ミシミシミシィ……!

 

――ぐわああぁぁぁぁ!!

 

 (ヨマワルの系譜に連なるポケモン)が吾輩の体を万力のような力で締め上げたからだ。凄まじい力で"しめつけ"られ、吾輩の口から思わず苦悶の声が漏れる。

 何とか脱出しようと藻搔くが、その度に奴の締め上げる力が強まり吾輩の体力(HP)がガリガリと削られていく。先の戦いで仕込んだ"吸精胞子(やどりぎのたね)"から流れ込む生体エネルギーによって何とか耐え忍んではいるが、削られるスピードに回復量が追い付かない。このままでは吾輩の体力が先に尽きる、一刻も早く脱出せねばならなかった。

 吾輩は今にも飛びそうな意識の中、必死に生体エネルギーを練り上げを体の自由を奪う"ほうし"(しびれごな)を生産する。まひ状態になれば多少拘束は緩むだろう、と目論んだのだ。

 だがその目論見は外れる。奴め、吾輩が何か仕掛けようとしているのを見抜いたらしい。拘束をそのままに、吾輩の体を凄まじい勢いで地面に叩きつけた。

 

――ぐえ……!!

 

 叩きつけられた衝撃で吾輩の意識が一瞬飛ぶ。練り上げていた生体エネルギーの流れが寸断され、作っていた"ほうし"がその効果を発揮しないまま霧散する。

 意識が朦朧とし、力の抜けた吾輩の体。奴はそんな吾輩をさらに数度地面に叩きつけた後、思いきり放り投げた。

 投げられた勢いのまま放物線を描いて飛ぶ吾輩をお転婆姫が受け止める。そのまま彼女が吾輩の口に結晶片(げんきのかけら)を放り込むと、供給されたエネルギーにより吾輩の意識は一気に覚醒した。

 

――ゲホッ! ゲホッ! ハアハア……、助かったぞお転婆姫……!。

 

 吾輩はお転婆姫に感謝を述べつつ立ち上がり、少し離れた場所にて悠然と佇む強敵を睨みつける。

 

――恐るべき手合いよ。不意を突かれたとはいえ、吾輩がほぼ何も出来ずに戦闘不能(ひんし)に追い込まれるとは……!

 

 目の前の敵が見せた恐るべき実力に吾輩は内心で冷や汗を流す。今までもジムリーダー(デコ少女)のノズパスや筋肉達磨(ウシオ)のサメハダーといった強敵と戦ったことはあったが、奴はそのどれをも凌駕しているように思えてならない。

 こちらの戦力は吾輩とお転婆姫の二匹に対し、向こうは恐らく一匹と数の上では吾輩たちの有利。だが吾輩は結晶片(げんきのかけら)のお蔭で何とか戦闘不能(ひんし)からは復帰したものの、奴から与えられたダメージが回復しきっていない手負いの身。お転婆姫も持てる力は吾輩を上回るとはいえ、未だ技量に不安が残る。先の攻防から垣間見た奴の実力を加味すれば――吾輩たちの完全な劣勢であった。

 

――敵は強大、正攻法では二匹掛かりでも勝てぬ……。ならば、取るべきは搦め手――!

 

 そうだ。敵の実力に手が届かんというのならば、こちらが届くところまで引き下げてやればよい。状態異常で以って拘束し、その隙に最大火力を叩き込んで沈めるのだ。それ以外に吾輩らに勝機はないだろう。

 ならば決まれば吾輩がやるべきことは一つ。奴をどうにかして状態異常にすることだ。吾輩は如何なる隙も見逃さぬよう奴の一挙手一投足に注意を払う。そうでなくとも奴の実力は今の吾輩らを遥かに凌駕しているのだ。一瞬の油断が命取り、目を離すことなど出来なかった。

 

 残念ながらこの時、吾輩は奴の力を見誤っていた。今までの強敵たちのように搦め手を用いれば勝てぬまでも対抗は出来るだろうという吾輩の見通しは、()()()()()()()()を相手取るにはあまりにも甘すぎたのだ。

 

 そんな吾輩の甘すぎる見通しのツケは、この後イヤと言うほど払わされることとなる。

 

―――

 

 何とかして奴を状態異常にするという難題。吾輩は一つの隙も見逃すまいと奴の行動をつぶさに観察する。すると吾輩の視界が奴の微かな動きを捕らえた。奴がこちらを見据え、その口元を僅かに歪ませたのだ。

 

――? ……!!

 

 明らかなる嘲笑。

 奴は吾輩たちを見下し、嘲っていた。

 

 それに気づいた途端、吾輩の内心に途轍もない怒りが湧き上がる。

 

――おのれぇ……! 吾輩らをコケにしおったな……! 許すまじっ! そこを動くな、目にもの見せてくれるわぁ!! …………あべしっ!

 

 怒りが堪忍袋の緒を引きちぎり、吾輩は頭に血が上った勢いのまま奴へと突撃しようとして――お転婆姫の手刀が頭頂に振り下ろされた。目玉が飛び出るような衝撃に思わず吾輩の足も止まる。

 そのままお転婆姫は吾輩の頬をむんずと引っ掴み、パァン! パァン! と平手打ち。

 

――イダダダダダダ!! ……な、何をするかいきなり!!

 

 突然の脳天手刀打ち(チョップ)と往復ビンタに抗議の声を上げる吾輩。そんな吾輩にお転婆姫は、それはこちらの台詞だと返す。突然怒り出したかと思えば、奴に向かっての突撃。何故いきなりそんな無謀なことをするのか、と。

 吾輩はその言葉でハッと気が付く。

 そうだ。遥か格上を相手にして、怒りに任せた突撃など愚の骨頂。普段の吾輩であるならばそのようなこと、衝動的であろうと行う筈が無い。では何故――いや、考えるまでもない。

 吾輩が怒りに支配されたのは奴を観察していた時、そして吾輩自身に原因が無いのであるならば、残る可能性は奴が何か仕掛けたということだけだ。そして吾輩の有する記憶(前世の知識)にはそれらしき"わざ"の存在があった。

 

――"ちょうはつ"か……!

 

 "ちょうはつ"、相手を挑発して怒らせるあくタイプの変化技。だが、その効果は相手を単に怒らせ判断力を低下させるものではない。

 

――フンッ! フンッ、フンッ! ……ダメだ、"ほうし"が生成出来ん……!!

 

 "ちょうはつ"の持つ真なる効果、それは掛けた相手の変化技を一切封じるというもの。奴の術中に嵌った吾輩の体は、どれだけ命じようとも状態異常を引き起こす"ほうし"を生成することはない。

 吾輩らは敵の状態異常という微かな勝機を完全に失ったのだ。

 

――クソッ……! 搦め手を完全に封じられた……! どうする……? 真向からの殴り合いなど、とてもではないが出来んぞ……!

 

 戦術の一つを封じられ、焦った吾輩は次の一手をどうすべきか思考しようとする。が、奴はそんな悠長なことを見逃してくれるほど甘くなかった。

 思考のために吾輩が意識を外したほんの一瞬で奴の姿が掻き消える。

 

――なっ!? 消えっ――!?

 

 次の瞬間、奴は吾輩の背後に移動し――既に攻撃を終えていた。

 

――"潜 影 瞬 撃(かげうち)"

 

――ぐはッ!!

 

 背後からの奇襲に吾輩は為す術なく吹き飛ばされる。幸い"わざ"そのものの威力は然程大きくないのか一撃で戦闘不能(ひんし)となることはなかったものの、無抵抗で受けたため吾輩の体は大きく吹き飛ばされ、お転婆姫と分断されてしまう。

 

――お転婆姫!!

 

 瞬間移動にも等しい奴の攻撃に反応が遅れた所為か、お転婆姫はまだ迎撃の準備が整っていない。奴はそのまま巨大な両掌で無防備なお転婆姫に掴みかかる。万力にも等しい力を有する剛腕が、彼女の華奢な体を捕らえた。

 

 だが、お転婆姫も然る者。見かけには分からずとも既に迎撃の準備を整えていたようだ。

 巨掌が彼女の体を捕らえたその瞬間、彼女は体内にて練り上げた"破壊の光(マジカルシャイン)"を解放。全方位に放たれた虹の光が、自らを包み込もうとする奴の掌を弾き飛ばす。

 それだけではない。お転婆姫は間髪入れずに結晶弾(いわおとし)を発射、その反作用でもって奴の腕の間合いより逃れる。さらにそのまま周囲に"浮遊する岩塊(げんしのちから)"を生み出し、奴目掛けて次々と撃ち出す。

 

 迫りくる無数の岩塊、しかし奴に微塵も動揺はない。

 

 ギチリと、拳が握られる。

 バチリと、拳に力が篭る。

 

 纏うは"かくとう"、構えるは正拳、放たれしは――

 

――"岩 砕 拳 ・ 乱 打 の 型(いわくだき:ラッシュバージョン)"

 

 岩をも砕く、拳の連打。

 

 殺到する無数の岩塊、奴はそれを無数の突きで以って砕いていく。

 

 投げる。砕く。投げる。砕く。投げる。砕く。投げる。砕く。

 

 投石と拳撃の応酬。拮抗しているように見えるその戦いは、しかし徐々に均衡が崩れていく。

 

 投げる。砕く。投げる。砕く。砕く。投げる。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。砕く…………。

 

 お転婆姫の投石速度を奴の迎撃速度が上回り始めたのだ。

 原因は彼女の岩塊を操る精度が急速に落ちてきたためであった。

 無理もない。"浮遊する岩塊(げんしのちから)"は無数の岩塊を浮遊させ操る性質上、どうしても制御に多くの精神力(PP)が必要となる。多用すればそれだけ消耗し"わざ"の精度は悪くなっていく。

 それだけではない。恐らく、奴から放たれる強烈な"プレッシャー"がお転婆姫の精神力の消耗をさらに加速させているのだ。

 

 お転婆姫の投石が徐々に鈍る。その隙を奴は見逃さない。ラッシュの速度をさらに跳ね上げ、投げつけられた岩塊を全て砕く。そして守りの消えたお転婆姫本体目掛け、全力の拳を振り上げる。

 お転婆姫は振り上げられた拳を見て、これ以上の投石を無意味と判断。咄嗟に残った岩塊を眼前に集め、即席の盾を作りだす。無数の岩塊が集まった分厚い防壁。奴とて砕くのは容易ではあるまい。よしんば砕かれたとて、その勢いは多少なりとも削がれる筈。実際お転婆姫もそう判断したのか、岩塊を砕いた後の奴を迎撃せんと力を溜めていた。

 

 だがその予想を、奴は軽々と飛び越える。

 

 眼前に現れた岩の壁に、奴は振り上げた拳を()()()()()()()()()()、代わって()()()()()()()()()()()()()()

 振り下ろされた拳は、しかし洞窟の地面を砕くことは無く、代わりに足元にあった()()()()()()()()()()()()()()

 

――"潜 影 打 手(シャドーパンチ)"

 

 ズルリと影が伸び、奴とお転婆姫の影が接続する。瞬間、お転婆姫の映る影より実体化した奴の拳が襲い掛かった。

 

 岩塊による防御をすり抜け、襲い来る影の拳。彼女は瞬時に危機を察し、拳との間に防御用の結晶弾を作りだす。しかし、所詮は急造のソレ、奴の力を前に結晶弾は呆気なく砕け散り、影の拳がお転婆姫へと突き刺さる。

 

 打ち込まれる凄まじい衝撃。

 桃色金剛石の体が洞窟の宙を舞った。

 

 一方、最初の攻防にて吹き飛ばされた吾輩は、奴とお転婆姫が激突する戦場へ向けて全速力で足を動かしていた。一刻も早くお転婆姫を助太刀せねば、と。しかし、そんな吾輩の眼前で彼女が奴の攻撃により大きく吹き飛ばされる。

 

――いかん!!

 

 それを認識した瞬間、吾輩はすぐさま全身にブレーキをかけて方向転換、走って来た勢いそのままにその場より全力で跳躍する。目指したのは吹き飛んだお転婆姫の進行ルート上。果たして吾輩はぶつかった衝撃によってお転婆姫の勢いを相殺、彼女を受け止めることに成功する。とはいえ、流石に全ての衝撃を殺しきることは出来ず。お転婆姫は受け止めた吾輩諸共地面を転がり、数メートル進んだところでやっと停止した。

 

――うぐぐぐぐ……なんという力……! お転婆姫! 大丈夫か!?

 

 吾輩は起き上がった後、すぐさまお転婆姫の容態を確認する。

 彼女は苦痛に顔を歪めているものの意識はハッキリとしており、戦闘不能(ひんし)状態となってはいなかった。どうやら直前に展開して結晶弾の防御が拳の威力を削いでくれたようだ。

 だが、幾ら戦闘不能(ひんし)状態とならなかったとは言え、彼女の負ったダメージはあまりにも大きい。吾輩を支えに何とか立ち上がったものの、その際攻撃を受けた箇所を庇っており、何もせずに佇む今も若干姿勢がふら付いている。

 かく言う吾輩とて状態は似たようなものだ。洞窟底面の結晶に菌糸束を這わせ、蓄えられていた自然エネルギーで体力を多少回復したものの本調子には程遠い。

 何より奴との戦いが始まって以降、奴からの攻撃を凌ぐばかりで吾輩たちからの有効打は何一つ与えられておらん。

 

――強すぎる……!

 

 吾輩の脳裏に敗北の二文字がチラつく。

 

 ……今まで対峙してきた者たちとの戦いでは、まだ吾輩にも抵抗の余地があった。正面からでは敵わずとも搦め手で、仲間との連携で、圧倒的格上相手にも勝負が出来ていた。

 だが奴は違う。搦め手は真っ先に封じられ、仲間(お転婆姫)とは分断されて連携する隙はない。吾輩たちは奴と勝負すら出来ていないのだ。

 

――どうする……どうすればいい……!

 

 絶望的な現状を前に何とか打開策を探す吾輩。しかし、そんなものが土壇場で都合よく出てくる筈もない。

 

 ノズパス(ジムリーダー)を相手にした時、吾輩の後ろにはアチャモ(仲間)がいた。

 サメハダー(アクア団幹部)を相手にした時、吾輩はバンダナ少女を逃がすだけの時間が稼げればよかった。

 だが今は違う。奴の目標はお転婆姫だ。そしてお転婆姫はこの「ほうせきの国」の"姫"。「ほうせきの国」を、「民」を見捨てて自身だけ逃げることなど出来る筈もない。彼女を逃がすためならば最低でも「民」の全てを逃がす必要がある。

 それだけの時間を吾輩一人で稼ぐことなど不可能だ。というより状態異常を封じられた現状、捨て身で挑んだとて足止めにすらならん可能性が高い。

 かと言って奴を打ち倒せるかと問われれば、それもまた難しい。残念ながら今の吾輩とお転婆姫が死力を振り絞っても、奴に勝てるビジョンが全く見えん。

 

――詰み……否! 諦めるな! 考えろ、考え抜け! 考え続ければ必ず突破口はある筈……!

 

 悲観的な考えを頭を振って振り払い、挫けそうな心を無理やり奮い立たせる。大丈夫だ、考え続ければ突破口は見つかる、と。だが、敢えて言おう。考えねばならぬ時点で吾輩たちの敗北は決定していた。

 何故か? 答えは簡単。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 吾輩が思考へと意識を割いたその瞬間、奴の姿が掻き消える。

 

――!! しまッ――!!

 

 それは先の焼き直し。一瞬の隙を突いた奴の奇襲攻撃。

 

――"潜 影 瞬 撃(かげうち)"

 

 だが、強力な奇襲攻撃も分かっているなら対処は可能。

 吾輩とお転婆姫は咄嗟にその場より飛び退き、奴からの攻撃を避けようとする。

 タイミングは完璧だった、先と同じ攻撃であったのならば吾輩たちは十分に避けることが出来ただろう――そう、()()()()()()()()()()()()()

 

 恐ろしいことに、奴は吾輩たちが先の攻撃に対応してくることすら予測していたのだ。

 吾輩たちの背後に出現した奴は吾輩たちに瞬撃を行うことなく、代わりに正拳の構えを取る。振り下ろされた拳は奴の足元、吾輩へと伸びる影に沈み込んだ。

 

――"潜 影 打 手(シャドーパンチ)"

 

 瞬間、眼前へと出現する影の拳。恐るべき速さで迫るソレを、空中で身動きのとれぬ吾輩が避けられる訳がなく。果たして、金剛石(ダイヤモンド)をも砕く鉄拳が吾輩の顔面に突き刺さった。

 

 暗転する視界。全身を苛む激痛。体を支える全てが揺るがされ、途轍もないダメージと共に吾輩の体が吹き飛ばされる。

 

――ガッ……ハッ……!!

 

 吹き飛んだ吾輩の体が何かにぶつかり、衝撃で息が止まった。

 そのまま重力に従ってズルズルと滑り墜ちる吾輩。視界が歪み、ぶつかったものが何なのかを確かめることすら出来ない。

 

 だが、吾輩の意識はまだ絶えていなかった。

 即ち、吾輩はまだ戦闘不能(ひんし)とはなっていないということだ。

 

 身心を襲う激痛を歯を食いしばって耐える。

 ともすれば崩れ落ちそうになる両足に力を込め、大地を掴んで立ちあがる。

 

 と、そこでようやく視界が戻って来る。真っ先に映ったのは砕けた結晶の山、崩れ落ちた『大地の玉座』の残骸だ。どうやら吹き飛ばされた吾輩はこの残骸にぶつかって止まったらしい。

 

 背後から激しい戦闘音が聞こえてくる。振り返れば、いつのまにやら作りだした結晶剣を振り回し、奴からの猛攻を凌ぐお転婆姫の姿があった。

 奴の桁外れの力を前にして、致命的な攻撃を逸らしつつ紙一重で渡り合うお転婆姫。やはり彼女の戦いの才能はずば抜けている。だが、それでも奴の実力には及ばない。彼女に出来ることは辛うじて攻撃をいなし続けることだけ、自ら攻撃を出す余裕は無い。このまま彼女の一人で続けたとてジリ貧となるのが関の山、どれだけ助けになるかは分からんがすぐさま助太刀に向かわねば。

 

 そうして足に力を込めたところ、ふと奴の単眼が揺らめくのが見え――

 

――そ こ を う ご く な(くろいまなざし)

 

 ガキリ、と吾輩の足が縫い留められる。

 

――なっ……!?

 

 足がピクリとも動かない。どれだけ力を込めようと、まるで拒絶するかのように微動だにしない。

 『くろいまなざし』、"ゴースト"タイプの変化技。前世の知識(ゲーム)では相手を戦闘から逃げられなくする"わざ"であったが、まさかこのようなことも出来るとは……!

 

 奴とお転婆姫の目まぐるしく行われる戦闘。とてもではないが種子銃(タネシガン)で奴のみを狙い撃つことなど不可能。大吸収(メガドレイン)もダメだ。菌糸束を伸ばすには時間が足りない。

 

 今の吾輩に打つ手はない。ただただ、奴とお転婆姫の戦いを傍観する他無かった。

 

 奴の剛腕が振り下ろされ、結晶剣が砕かれる。

 得物を失ったお転婆姫。そのまま自らを捕らえようと迫る腕に、しかし彼女は逃れることはせず、逆に一歩踏み出して体ごと奴にぶつかっていく。

 お転婆姫の行動が予想外であったのか、奴の反応が一瞬遅れる――それこそがお転婆姫の狙いであった。

 

――"輝煌閃耀(マジカルシャイン)"

 

 お転婆姫の体から光の礫がはじけ飛ぶ。

 超至近距離で放たれた破壊の光が奴の体を吹き飛ばした。

 

 さしもの奴とて密着した状態で炸裂した"わざ"に対処するのは難しかったらしい。吹き飛んだ先で焦げた胴を押さえ、思わずといった様子で膝を突く。吾輩らが奴に対して初めて有効となりうるダメージを与えた瞬間であった。

 一方、奴を吹き飛ばして距離を取ることに成功したお転婆姫。彼女は手元に新たな結晶剣を作りだすと切先を奴に向け、油断なく構える。膝を突いた奴に対しこれ幸いと追撃を行うことはない。ダメージを与えたと見せかけ、油断して近づいたところにカウンターを打ち込まれることを警戒してだ。奴との間に大きな実力の隔たりがある以上、警戒し過ぎるに越したことはない。

 そして彼女の懸念は正しかった。

 膝を突いていた奴が何事も無かったかのように立ち上がる。大腕を構えるその姿は強壮で些かの陰りも見えない。やはり先の膝を突いた姿はお転婆姫を油断させる演技であったようだ。

 考えてみれば当然、奴はこれまでの戦いでダメージらしいダメージを受けていない。体力(HP)はほぼ万全の状態であった筈。それに奴に近しい存在であろうサマヨール("てまねき"ポケモン)は耐久に優れたポケモン。奴もその傾向を受け継いでいるとするならば、先の攻撃で果たして如何ほどのダメージを与えられたことやら。

 

 だがこの時そんな吾輩の思考とは裏腹に、奴自身はダメージを与えられたことを重く受け止めたらしい。

 

 ――奴の纏う雰囲気が変わる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうやら奴はお転婆姫を捕えるべき獲物ではなく、倒すべき敵として認識したようだ。

 故に、全力で勝負を決めにかかった。

 

 奴が腹の前で両掌を構える。

 向き合うようにして構えられた掌、その狭間に強大極まりないサイコパワーが収束する。両掌の間から見える景色は奇妙に歪み、どうやら集ったサイコパワーが何かしらの力場を形成しているようであった。

 

 瞬間、吾輩の直感が全力で警鐘を鳴らす。

 ()()を完成させてはならない。()()が完成したらお終いだ。

 

 それはお転婆姫も同じだったようで、力場の完成を阻止すべく奴へと攻撃を放とうとした。エネルギーの流れから、選択したのは光の礫(マジカルシャイン)。現状の彼女の有する最大火力の"わざ"であった。

 

 だが、今まさにお転婆姫が"わざ"を放たんとしたその時、奴の単眼が赤く揺らめいた。

 

――禁 縛 定 身(かなしばり)

 

 途端に彼女の体に異変が起こる。彼女の体内を巡るエネルギーの流れ、それが奇妙に捻じ曲げられた。つい先ほどまで"わざ"の型に沿っていた筈の結合が解かれ、テンでんバラバラになって拡散していく。

 繰り出さんとした"わざ"が不発となり驚愕の表情を浮かべるお転婆姫。驚愕は動揺を呼び、彼女の動きが止まる。そしてその時間は吾輩たちにとってあまりにも致命的なタイムロスであった。

 

 ギパリと奴の腹の口が開き、空いた隙間から力場に向かって()()が吐き出された。

 吐き出されたのは混じりけ無しの黒い球体。あまりにも黒すぎるために三次元上に在りながら立体感のまるでないそれは、さながら空間に空いた穴を思わせる。

 ――いや、違う。あれは正しく穴なのだ。一度落ちたら最後、光すらも脱出できぬ深い深い底なしの穴。全てを吸い込む闇の真空(ブラックホール)だ。

 

 瞬間、全てが黒に墜ちる。

 ねじ曲がった重力に引かれて大気が、大地が、奴の前方に存在する全てが、闇の真空(ブラックホール)目掛けて()()していく。

 

 それは吾輩たちとて例外ではない。

 吾輩は必死で『大地の玉座』の残骸にしがみ付き、引き寄せられぬよう踏ん張る。あんなもの(闇の真空)に吸い込まれれば一巻の終わりだ。

 幸いにして闇の真空(ブラックホール)の吸引力は本体から離れれば離れるほど弱まるようで、それなりの距離を隔てた吾輩は何とか踏ん張ることが出来ていた。

 だが、奴により近い位置にいたお転婆姫は違う。逃げる暇もなく強大極まりない重力を真面に受けることとなった彼女は、手にした結晶剣を地面へと突き刺し闇の真空(ブラックホール)より放たれる力に辛うじて抗っている状態だった。

 

 中々吸い寄せられない彼女の様子に焦れたのか、奴から放たれる重力が一段と強くなる。余りの吸引力にお転婆姫の体が地面より浮かび上がった。お転婆姫は吸い込まれまいと必死で結晶剣を持つ手に力を込める。

 

――マズい……!

 

 今、お転婆姫を支えているのは地面に突き刺した結晶剣とそれを握る彼女の手の力だけ……そう長くは保つまい。闇の真空(ブラックホール)に呑み込まれるのは時間の問題だ。一刻も早く彼女を重力圏から救い出す必要があった。だが……

 

――クソッ!! どうすれば……!!

 

 現状、吾輩は闇の真空(ブラックホール)より発せられる引力に抗うのに精一杯。とてもではないが彼女を助けに行ける状態では無い。何より肝心の彼女を救い出す術が吾輩には無く。焦燥に苛まれつつも、吾輩はただただ手を拱いている他無かった。

 

 そしてタイムアップの時がきた。

 

 突き刺さった結晶剣が絶え間ない負荷に耐えきれず砕け散る。

 支えを失った彼女の体が宙に浮き、闇の真空(ブラックホール)へと吸い寄せられる。

 遮るものは――何も無い。

 

――お転婆姫!!!!

 

 吾輩の口から悲鳴が漏れる。数秒後に彼女の体が闇に呑まれるのことを予期し、吾輩の心を絶望が満たした……その時。

 

『――――』

 

 不思議な声が聞こえてきた。耳で聞くのとは違う、頭の中に直接響くようなそんな不思議な声。

 

 ……誰だ、貴様? 何? 「あの子を助けたい」……だと? 彼女を救う方法があるというのか!? 「そのためには吾輩の協力が必要」……? 分かった、吾輩に出来ることなら何でもしよう。 ん……? 「何故お転婆姫(あの子)のためにそこまでするのか」、だと? 何を言っている。仮初とはいえお転婆姫は吾輩の弟子、師が弟子のために体を張るのは当然であろう。

 

 吾輩の答えを聞き、コロコロと上機嫌に笑う声の主。

 そんな声の主に吾輩はどうしても言わなくてならないことがあった。

 

――後、吾輩は"ヒトノコ"などではなくキノコ……アビャビャビャビャビャビャ!!!?

 

 だが、吾輩の言葉は最後まで続けられることは無かった。突如として吾輩の体内からゴッソリと生体エネルギーが吸い取られたのだ。大量の生体エネルギーを一度に失い、あっという間に暗くなる視界。

 意識を失うその刹那、吾輩が見たのは崩れ落ちた筈の『大地の玉座』から凄まじい光が放たれる光景であった。

 

 

―――

 

 

 崩れ落ち、力を失った筈の『大地の玉座』が突如として輝き出す。その煌きは健在であった時と変わらずに――否、健在であった頃を凌駕するほどの光量で以って「ほうせきの国」(大空洞)を紅く染め抜く。

 やがて光は収束し、眩い輝きと共に『大地の玉座』の残骸から()()が飛び出した。

 

 『大地の玉座』から飛び出したもの、それは内に()()()()()()()()()()()を持つ桃色の「宝玉」。何処となくディアンシーによく似た配色を持つこの「宝玉」は「ほうせきの国」に伝わる秘宝であり、歴代女王に受け継がれし「王権の象徴(レガリア)」であった。

 「王権の象徴(レガリア)」足る「宝玉」――外界においてディアンシナイト(メガストーン)とも呼称されるソレが現れたということは、即ち「ほうせきの国」に新たなる"女王"が誕生することを意味した。

 

 ()()()()()()()()()()が注ぎ込まれ「宝玉(ディアンシナイト)」が励起する。次の瞬間七色の凄まじい煌きを放ちながら「宝玉」は飛翔した。向かう先は無論、今まさに闇の真空(ブラックホール)に呑まれんとしていたお転婆姫(ディアンシー)の元。

 そして飛来した「宝玉」が彼女の体に触れた瞬間、()()()()()()()()が彼女の体を包み込んだ。

 それは先のハガネールが起こしたものと同様の事象。しかし、トレーナーとの絆(人間の生体エネルギー)メガストーン(媒介となる石)が介在することで引き起こされたソレは暴走などとは無縁の――真なる形のメガシンカ。

 

 眼前にて発生した世界の在り方をも揺らがせるメガシンカのエネルギーにより、闇の真空(ブラックホール)力場がかき乱される。結果、制御の失われた闇の真空(ブラックホール)はその存在を保つことが出来ず、跡形もなく消え去った。

 

 

 光り輝く繭の中、ディアンシーは自らに()()が流れ込むのを感じ取る。

 

 それは彼女が知らない筈の数多の経験。

 それは彼女が良く見知った不思議な感覚。

 

 それは産まれてより彼女と共に在った。

 その本質を産まれて初めて彼女は知った。

 

 これは記録だ。自らの先代が――歴代の女王たちが残した魂の記録。

 百代を経て蓄積された高密度の戦闘経験(けいけんち)

 

 流れ込む数多の戦闘経験(けいけんち)が彼女の肉体と精神を秒単位で変生(成長)させる。それは彼女がこの「国」を、ホウエンの地下を統べる支配者に相応しいと認められた証。新たなる女王を"女王"足る存在に至らしめる継承の儀だ。

 

 変生が終わる。

 光の繭が解け、成長したお転婆姫(ディアンシー)がその姿を現す。

 

 ――否、彼女は既に"姫"に非ず。

 

 顕現したるその姿。頭頂よりたなびく絹の如きベール。下半身はかつての原石の如きソレから、磨かれ抜いた宝石のドレスへ。額に戴かれた桃色金剛石は大地の心臓(ハートマーク)を模った絢爛豪華なる王冠(ティアラ)へと変わっていた。

 

 戴冠の時、来たれり。

 座して称えよ。その名、『メガディアンシー』。

 遍くホウエンの地の全てをしろしめす『大地の女王』である。

 

 『大地の女王(メガディアンシー)』が眼を開く。彼女よりあふれ出た光が「ほうせきの国」を照らし、かつての美しき風景が見る影もなく荒れ果てたその様を克明に映し出す。

 

 何たる無惨。何たる荒廃。幼き自身では力及ばす、愛する故郷を、民たちを、そして大恩ある師を随分と傷つけさせてしまった。

 

 ジロリ、と"女王"は眼前にて構えを取る不届き者(ヨノワール)を睥睨する。

 

 不遜にも『大地の玉座』を崩し、「ほうせきの国」を土足で踏みにじった不心得者どもに、"女王"として自ら犯した罪の報いを受けさせねばなるまい。

 

 "女王"から発せられる圧倒的なまでの威圧感。並みのポケモンであれば対峙するだけで意識を失いかねないソレを真面に浴びて、しかしヨノワールの戦意は未だ軒昂。油断なく構えを取り続ける。

 

――目標(ターゲット)から発せられるエネルギー量の急上昇を確認。

――対象の脅威度を五ランク引き上げ。

――対象戦闘能力、自己(ヨノワール)を凌駕するものと推定。

――戦術策定……最大火力による速攻が最善と判断。

――"闇の真空(ブラックホール)"再展開。

 

 ヨノワールが両腕を突き出しサイコパワーの力場を形成、再び万物を吸い込む黒球を作りだす。重力がねじ曲がり、闇の真空(ブラックホール)へと洞窟内のあらゆるものが墜ちていく。

 対して『大地の女王(メガディアンシー)』が行ったことは、片手を軽く掲げることだけ――それだけで十分だった。

 

 "女王"の令に呼応して、「国」中の遍く地脈結晶から莫大なエネルギーが湧き上がる。エネルギーはやがて無数の桃色金剛石の結晶を象り、"女王"の背後に滞空する。

 

 結晶に内包されるエネルギー量は単体で"はかいこうせん"に匹敵。

 数は数百を超えていた。

 

 "女王"が掲げた手を振り下ろす。

 瞬間、背後にて滞空する無数の結晶が輝き、内包したエネルギーを解放した。

 

 放たれたのは超高密度のエネルギーを纏った光線。幾百条ものそれは寸分違わず闇の真空(ブラックホール)へと殺到する。万物を吸い込む暗黒球は殺到する破壊光とて例外なく、次々とそれを吸い込んでいった。

 

 吸い込む。

 吸い込む。

 吸い込む。

 吸い込む。

 吸い込む。

 吸い込……めない。

 

 ヨノワールは驚愕する。手元で闇の真空(ブラックホール)が悲鳴を上げていた。絶え間なく飛来する光線のその膨大なエネルギー量を前に容量超過(キャパシティ・オーバー)を引き起こしていたのだ。

 "暗黒天体"の名を冠するとは言え、闇の真空(ブラックホール)も所詮はポケモンの作りだした"わざ"の一つ、その力にも限界があった。

 ビシリと黒球に罅が入る。とうとう闇の真空(ブラックホール)が限界を迎えたようだ。それに認識した瞬間、ヨノワールは一切の制御を放棄し全力でその場から退避する。

 

 おかげで彼は命拾いをすることが出来た。

 

 黒球がガラスのような音を立てて砕け散る。刹那、溜め込まれていた膨大なエネルギーが解放され、巨大な桃色の奔流となって迸る。あふれ出た力が洞窟の壁面を直撃し、()()()()()()()()大空洞の一部を崩落させた。

 間一髪のところで破壊の奔流より逃れることに成功したヨノワール。だが、無傷でとはいかなかった。奔流にギリギリで接触してしまった彼の片腕は黒く焼け焦げており、最早使い物にはならないだろう。無論、両腕による制御が必要な闇の真空(ブラックホール)も使用不可能となった。

 

――対象の脅威度を最高ランクに変更。

――片腕に著しいダメージ、当作戦における闇の真空(ブラックホール)再使用は不可能。

――戦闘を継続した際の勝率……0.0000001%。

――これ以上の作戦継続が困難と判断。作戦規定に従い撤退を……ッ!?

 

 "女王"の圧倒的な力を前にこれ以上の戦闘は困難と判断したヨノワール。彼は即座に撤退を決断、その身を影へと沈めていく。だが……

 

――逃がすとでも?

 

 ギチリと影への潜航が止まる。絶大なサイコパワーが彼の体を拘束し、彼の意思を無視して中空へと引きずり出す。

 

 ことこの地に在る限り、支配者たる"女王"の御手より逃れる術はない。何故ならここは「ほうせきの国」。彼女が治め、彼女が統べる、彼女の王国。この地において彼女の令は絶対、彼女こそが法。

 そして彼女は既にこう定めた。

 "女王の御前に引き出されし罪人、何人たりとも逃げるに能わず"。

 故にこの結果は必定、沙汰を待つ罪人(ヨノワール)に逃げることなど許されないのだ。

 

――危険。危険。危険。危険。危険。危険。

 

 自由が利かない体、警鐘を鳴らし続ける本能。

 彼は必死に身を捩り、拘束から抜け出ようと藻搔く。だが、まるで細やかな抵抗を嘲笑うかの如く彼の体は空中に縫い留められたまま。

 そうして()()()()()()を続ける彼の目に、"絶望"が飛び込んできた。

 

 罪人(ヨノワール)を見下ろすように、中空に悠然と佇む『大地の女王(メガディアンシー)』。その背後に美しく輝く無数の金剛石(ダイヤモンド)が渦を巻く。

 先のエネルギーが象っていただけの物とは違う、"女王"の能力によって生み出された正真正銘本物の金剛石(ダイヤモンド)。その数は千をゆうに超え、万か億、あるいはそれ以上。

 煌く無数の金剛石(ダイヤモンド)が描き出す螺旋模様。見る者全てを圧倒するこの世のものとも思えない程に美しい光景だが、その裏に内包された力は何処までも破壊の意思に満ち満ちている。

 それは『大地の女王(メガディアンシー)』が作り出した"世界で最も美しい処刑の刃"。万物を削り破壊する嵐の具現である。

 

 『大地の女王(メガディアンシー)』が手を掲げる。

 令に従い、渦巻く金剛の螺旋がその速度を上げる。

 

――危険。危険危険危険キケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケ――ッ!

 

 "女王"が掲げたその手を振り下ろす。

 

――"金 剛 嵐 舞(ダイヤストーム)"

 

 瞬間、万物を削り飛ばす金剛の嵐が出現した。

 

 美しき金剛の螺旋が渦を巻き、不届きなる罪人を削り飛ばさんと迫る。金剛嵐舞(ダイヤストーム)に呑まれるその刹那、彼女はヨノワールが一瞬、目を見開いたように見えた。

 だがそれも一瞬のこと。すぐさま輝く金剛の嵐に呑まれ見えなくなる。ヨノワールを呑み込んだ金剛嵐舞(ダイヤストーム)はそのまま大空洞の壁面へと到達、進行ルート上にあるもの全てを破壊しながらその力尽きるまで暴れ狂う。

 果たして嵐が収まったその時、残ったのは大空洞に刻まれた巨大な炸裂痕と大量の瓦礫、そして――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 フワリとヨノワールの側に降り立つディアンシー。ピクリとも動かぬその体はヨノワールが完全に戦闘不能となっていることを示していた。

 

――ウィヒィィィィィ~~~~~!!

 

 ふと、彼女の視界が「ほうせきの国」から全速力で逃走しようとするヤミラミたちの姿を捉えた。どうやら指揮官(ヨノワール)が倒されたことで、最早勝ち目なしと悟ったようだ。

 だが幾ら敗残の雑兵といえども、「国」を荒らした侵略者が逃げ出すのを黙って見逃してやるほど"女王"は甘くない。彼女がクイ、と指を曲げれば、瞬く間に大空洞の床より巨大な結晶柱が迫り上がり、彼らが逃げ込もうとした横穴を塞ぐ。

 

――ウィイッ!?

 

 それだけではない。逃げ出そうとするヤミラミたちの周囲にも無数の結晶が突き出し、彼らをすっぽりと包み込むドームを形成する。

 

――ウィ、ウィ……ウィヒィィィィ~~~~~!!

 

――"輝煌閃耀(マジカルシャイン)"

 

 "女王"が再び指を曲げれば、途端に七色の光がドームを満たす。果たしてドームに閉じ込められたヤミラミたちに、逃げ場などある筈もなく。()()()()()()()()()()を粉砕され、全身黒焦げとなって、先に倒れた同胞たちの仲間入りをすることとなった。

 

 侵略者を全て撃退し「ほうせきの国」に再び静謐が戻った。

 それを確認した"女王(ディアンシー)"は再度宙を舞うと、彼女のことを今か今かと待ちわびる「民」らの元へと向かう。

 新たなる女王を迎えんと、かつての『玉座』の跡地にて整然と居並ぶ「ほうせきの民(メレシー)」たち。その様は常の陽気さとは打って変わった、どこまでも厳粛な面持ちであった。

 やがて宙よりフワリと女王(ディアンシー)が『玉座』に降り立つと、(メレシー)たちは一斉に臣下の礼を取る。平伏し自らへの忠誠を誓う臣下らを照覧し、女王(ディアンシー)は大儀であると声を掛ける。

 そんな彼女の御前に静々と進み出たのは一際長い髭を蓄えたメレシー。「ほうせきの国」の長老であり、女王(ディアンシー)にとっては付き人として幼き頃より共に過ごしてきた個体であった。

 長老(髭長のメレシー)が高らかに女王の即位を宣言し、居並ぶ「ほうせきの民(メレシー)」たちは口々に祝福を送る。

 背後では役目を終えた『大地の玉座』の残骸が淡い光を発していた――さながら一人前となった娘を寿ぐかのように。

 

 

―――

 

 

 『石の洞窟』内・マグマ団前線基地。

 

 あれ程までに騒がしかった基地内は今、奇妙な沈黙に包まれていた。

 その原因は唯一つ。強烈な光に包まれたのを最後にノイズを映すだけとなったモニターを見ながら無言で佇む、カガリ(マグマ団幹部)の存在。

 先ほどまでモニターに映し出されていたヤミラミ部隊からの映像、それが一つ一つ消える度に彼女から口数と表情が抜けていく。反比例するように強まるのは重苦しい不機嫌なオーラ。無差別にまき散らされるそれを前に、団員たちは黙り込む他無かった。

 

「……通信途絶。ヤミラミ部隊……全滅しました……」

 

 沈黙を破り、観測担当が恐る恐るそう告げる。

 

「………………回収は?」

 

 感情の見えない平坦な声でカガリが観測担当に問うた。ヤミラミ部隊の回収は可能か、と。

 問われた観測担当は少し逡巡した後――ゆっくりと首を振った。

 

「……絶望的です」

「………………………………………………………………………………………………………………そう」

 

 長い長い間を開けた後、ぼそりと呟くように返事をするカガリ。まき散らされるオーラがさらに膨れ上がった。

 

作戦(ミッション)失敗(フェイラー)…………!)

 

――…………ギリ…ギリィィィィ……!!

 

 苛立ちの余り、音を立てて歯軋りをするカガリ。

 だがそれもむべなるかな。

 

 "エクストラミッション"・ディアンシー捕獲作戦は失敗した。目標(ターゲット)を確保することは出来ず、さらにヤミラミ部隊の全滅というとんでもない損害を被ることとなったのだ。

 これで部隊編成にかけたコストは全て水の泡。メインターゲットである『紅い貴石』捜索にも多大な影響が出るだろう。特に指揮官であるヨノワールを失ったのが痛かった。

 あのヨノワールはマグマ団の虎の子の一つ。対ジムリーダー・四天王を相手にも対抗可能な決戦戦力だ。当然、育成にも多大なコストがかけられており、そう簡単に補充できるものではない。

 そんな貴重な戦力を、幾ら権限を与えられているとはいえ己が独断で別作戦に導入し、しかも喪失させる……。はっきり言ってとんでもない失態だ。どうあがいても処分は免れないだろう。

 

 ――最悪の事態というものは往々にして、それが最も起きて欲しくないタイミングで起きるものだ。

 

 突如として「ドオン!」という破砕音が響き、振動が基地内を僅かに揺らす。突発的な出来事にざわめく指令室。そこへ団員の一人が何やら慌てた様子で飛び込んでくる。

 

「で、伝令! 『石の洞窟』側の擬装が破られました! 侵入者です!」

 

 そう言って手持ちの端末から隠しカメラの映像を見せる団員。そこに映っていたのは、崩れ落ちた擬装ともうもう上がる土埃のみ。だが次の瞬間、土埃の中から一人と一匹のポケモンが姿を現す。

 現れたのは全身を鋼の鎧で覆い、逞しい双角を備えた二足歩行のポケモン――"てつヨロイポケモン"ボスゴドラ。標準より大柄な体躯に、画像越しでも分かる程の圧倒的な力強さ。間違いなく数多の戦いを潜り抜けた猛者である。

 無論のこと、そんなボスゴドラを従えるトレーナーもまた尋常の存在ではない。

 傍らに立つ一人の青年。艶めく銀色の髪に端正な顔立ち、街を歩けば道行く人皆が振り返りそうな容姿のその青年は、しかし彼ら(マグマ団)にとって最も出会いたくない存在。

 

「…………チャンピオン…………!」

 

 ポケモンリーグチャンピオン・ダイゴ。

 気付かれないよう何重にも警戒していた筈の相手、それが基地へと通ずる入り口に立っていた。

 

 (…………ダメ…………!)

 

 プロジェクト・AZOTHは道半ば、表立った行動は出来ない。只でさえ対立組織(アクア団)に押されて劣勢の状態にあるのだ。今の段階でチャンピオン(ポケモンリーグ)に目を付けられる訳にはいかない。

 故に彼女の決断は早かった。

 

「…………撤退(エヴァキュエイション)…………………………逃げるよ!」

「「「――はっ!」」」

 

 発したのは即時の撤退命令。

 発せられた部下たちは迅速に行動を開始した。

 

「観測班、データの回収を急げ! 出来るだけでいい!」

「監視班、全人員を即時指令室へ! 絶対に姿を見られるなよ!!」

「脱出路を除く通路の隔壁を全て閉鎖! 奴を少しでも足止めしろ!」

 

 事前に定められた作戦規定により、凄まじい勢いで撤退準備を済ませ、脱出口から次々と逃げていく団員たち。あっという間に人のいなくなった指令室にポケモンの"わざ"が放たれ、持ち出せなかった機器を破壊していく。

 果たして、チャンピオン(ダイゴ)天井が崩落した(隔壁が作動した)通路を潜りぬけた時、そこにあったのは完全に破壊しつくされたがらんどうの空間だけであった。

 

 

―――

 

 

「……逃げられた、か」

 

 原型を留めない程に破壊され尽くした機器が転がるがらんどうの空間でダイゴはそう呟いた。彼は周囲に残る痕跡と熱量から、機器類はつい先ほど破壊されたものだと判断する。彼が目の前で発生した崩落に対処している間に、ここの主たちはまんまと逃げおおせたようだ。

 

(……洞窟の野生ポケモンたちが妙にざわついているから、気になって調べていたけれど)

 

 ――()()()だったみたいだ。

 

 彼のボスゴドラは石の洞窟(ここ)の出身だ。故に、擬装が施された壁面の僅かな違和感にも気付くことが出来た。

 恐ろしく巧妙な擬装が施された壁を破壊してみれば、内部には明らかに人工の空洞が広がり、そして辿り着いた先には短時間で()()()()()()なまでに破壊された機器類、と。

 

(……ここにいた人間はよっぽど自分たちが何をしているのか知られたくなかったらしい)

 

 作った通路を崩落させてまで彼を足止めして時間を作り、証拠の隠滅を図った。そこまでして知られたくないこととなれば、必然的に後ろ暗いことと相場が決まっている。

 

(おやじからの手紙にあった青い服の集団(アクア団)かとも思ったけれど……)

 

 初めに思い浮かんだのは最近ホウエン各地で騒ぎを起こしているアクア団という組織によるもの、という可能性。だがその可能性はすぐに否定された。彼は空洞内で回収した、燃え残りの書類を見る。

 書類は黒焦げでその内容はほとんど判別できなかったが、辛うじてこれを記した組織の名前だけは読み取ることが出来た。

 

(……"マグマ団"、か)

 

 海洋(アクア)の名を冠する集団に対する、大地(マグマ)の名を冠する集団。

 

(どうやら、ホウエンに潜むモノは一つだけじゃないみたいだね)

 

 愛する故郷の裏に蠢く複数の悪意。それを知って、しかしダイゴ(リーグチャンピオン)に動揺はない。

 

(例え相手が誰であろうと関係はない。ボクがやるべきことは唯、この地(ホウエン)を乱す存在を全力で止めること)

 

 それだけだ――。

 

 

―――

 

 

――ハッ!!

 

 萎び切った肉体にエネルギーが供給され、吾輩の意識が覚醒する。

 そして意識を失う直前の出来事を思い出し、吾輩は急いで跳び起きた。

 

――一体どうなった? お転婆姫は……!?

 

 思い出されるのは奴の作りだした闇の真空(ブラックホール)に、今にも吸い込まれんとしていたお転婆姫の姿。不思議な声によれば彼女を救うには吾輩の力が必要とのことだったが……、いつのまにやら気を失ってしまっていた。果たして彼女は無事なのか。

 幸いにして、吾輩の疑問は直ぐに解消された。

 吾輩のすぐ目の前、心配そうにこちらを見つめるお転婆姫の姿があったからだ。どうやら彼女が萎びキノコとなっていた吾輩に結晶片(げんきのかけら)を含ませることで"ひんし"状態より蘇生させたらしい。

 

――おお! お転婆姫! よかった、無事であったか……む?

 

 安否を心配する吾輩に、手をひらひらと振ることで自身が健在であることアピールするお転婆姫。彼女が無事なようで吾輩はホッと胸を撫で下ろすが、そこで微かな違和感を感じる。

 

 コヤツ、本当にお転婆姫か? 何だかいつもの雰囲気が違うような……?

 

 吾輩が抱いた違和感、それはお転婆姫の雰囲気が先ほどまでとは異なっていることだった。常の彼女は最も無邪気で溌剌としている筈なのだが、今目の前にいる彼女はとても理性的で落ち着いた雰囲気を漂わせていて――言ってしまえば物凄く大人びていた。

 子供の成長は早いというが、この変わりよういくら何でも早すぎだ。感覚的にだが、吾輩が意識を失っていたのは恐らく数時間程度のこと。そんな短時間でどうやったら幼げな少女が、酸いも甘いも噛み分けた大人の女性のようになるのだ。全くもって訳が分からん。

 

 お転婆姫の急激な変化に頭を捻る吾輩であったが、今はそんなことをしている場合ではないと気付く。

 

――そうだ! お転婆姫、連中は……奴は一体どうなった!?

 

 吾輩が意識を失ったのは、「ほうせきの国」の途轍もない危機の最中。かの恐るべきポケモンに圧倒され、手も足も出ずに追い詰められていた所である。意識を無くした後のことが気になるのも当然であった。

 そんな吾輩の疑問にクスリと笑うお転婆姫。曰く、自分がこうして健在で目の前にいる以上、奴らは退けられたに決まっているだろうに、と。

 

 ……言われてみれば確かにそうである。奴らの目的はお転婆姫、そして当のお転婆姫が目の前で健在であるということは、即ち奴らが目的を達成することなく退けられたということに他ならなかった。

 

 むむむ、と唸る吾輩の様子を見て、コロコロと上機嫌に笑うお転婆姫。彼女は軽く揶揄っただけだ、と言って吾輩に事の顛末を教えてくれた。

 

――ふむふむ。吾輩の協力によって"女王"に即位し、この大地を統べる力を手に入れることが出来た。その力があれば奴など鎧袖一触、瞬く間に討ち果たした、と……なるほど、分からん。

 

 彼女の説明は実に簡潔、"女王"に即位→パワーアップ→K.Oという流れ。だが、どういった理由でそうなったのかはサッパリ分からぬ。何度か説明を求めるものの、婉曲的な言い回しが多くどうにも要領を得なかった。……まあ、取り敢えず「ほうせきの国」を襲った危機は去った、ということが分かれば十分である。

 

 ……奴を打倒する様子を嬉々として語る彼女はこれ以上ないしたり顔。擬音で表すならば、ドドドドドヤァァァァァァといった様子であった。うむ、このしたり顔振りは間違いなくお転婆姫である。どうやら女王に即位し大人びたとて、根っこの部分はそう変わらんらしい。

 

――うーむ……しかし、貴様が"女王"に即位したとなれば、もう貴様のことを「お転婆"姫"」とは呼べんな……。陛下と呼んだ方が良いだろうか?

 

 というか自然と今通りの態度で接していたが、これも改めた方が良いのでは……? 流石に不敬罪での無礼討ちは勘弁してもらいたいが……。

 

 という、吾輩の言葉に彼女は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、ケラケラと腹を抱えて笑い出した。そして、自分と吾輩は師弟の関係、それは"女王"に即位したとしても変わらない。だから別に今まで通りの態度で接して貰って構わない。後、呼び名についても吾輩の好きなように呼んで構わない、と言った。

 

――ふむ、そうか……ならば遠慮なく、これからも"お転婆姫"と呼ばせてもらおう。よろしく頼むぞ。

 

 そんな吾輩の言葉に、果たしてお転婆姫は笑みを浮かべたまま鷹揚に頷いたのであった。

 

 

―――

 

 

 さて、現在(いま)の話が終わったならば、次は未来(これから)の話だ。

 "お転婆姫"は吾輩に対し、何やら見せたいものがあるのだという。

 

 はて、一体なんであろうか。

 

 そう思う吾輩を尻目にお転婆姫がクイッと指を動かせば、何やらフワフワと大きな物体がこちらへ近づいてくる。吾輩は近づいてきたソレによく目を凝らし――その正体に仰天した。

 

――コ、コヤツはッ!!

 

 近づいてきた()の正体、それは全身を結晶で雁字搦めに拘束された、ヨマワルの系譜に連なるあのポケモン(侵略者)であった。

 

――お、お転婆姫!? 何故コヤツがここに!?

 

 散々に苦しめられ大敵の登場に驚く吾輩。そんな吾輩にお転婆姫が言うには、コヤツには己が犯した罪の贖いをさせるため、「ほうせきの国」へ奉仕させるのだとか。

 

――いや、罪を償わせるという理屈は分かるが……こんなのを「国」にとどめ置いて大丈夫なのか?

 

 といった吾輩の疑問に、問題ないと答えるお転婆姫。奴の体を拘束する結晶にはポケモンの"わざ"を封じる効果が付与してあり、破ることは不可能。仮に逃げ出したとしても、この大地に在る限りは"女王"足る自分から逃れることは出来ない。もし少しでも不埒な真似をすればすぐにでも叩きのめしてやるのだという。

 

 それに、とお転婆姫は続けて。

 

 打ち負かした相手を隷属させ、使役するというのは「ほうせきの国」の伝統。自身もその伝統に則り、女王としてこの身の程知らずにキッチリと上下関係というものを叩き込んでやる、と言った。

 

 ……意気込みを語るお転婆姫はとても()()()()を浮かべていたが、どうしてだろうか、吾輩にはその笑みが恐ろしく見えてならない。

 そう思った吾輩はこれ以上の詮索を辞めておいた。わざわざ藪を突いてハブネーク()を出すことはあるまい。知らぬが仏という言葉が示す通り、世の中には知らない方がよいこともあるのだ。

 

 さて、侵略者どもの処遇を聞いた後、吾輩は「ほうせきの国」の展望について話を聞く。

 今回の騒動によって「ほうせきの国」は随分と荒れた。美しかった景観は台無し、空洞内は穴だらけで壁面もあちこちが崩れ、地上へ続く横穴も幾つか塞がってしまっている。何より国の象徴にして護りの要である『大地の玉座』も崩れ去ったままだ。復興は容易ではあるまい。

 だが、そんな吾輩の心配とは裏腹に、お転婆姫に気負った様子はない。それは彼女だけではなく、「ほうせきの民」たちも同様だ。荒れ果てた「ほうせきの国」をちょこちょこと動き回る彼らに暗い感情は微塵もなく、むしろどことなく浮かれているようにも見える。彼らの様子を不思議に思う吾輩に、お転婆姫はその理由を説明してくれた。

 彼らが浮かれている理由、それは国を挙げての引っ越しを行うからだという。

 何でも「ほうせきの国」は新たに女王が即位する度、都度遷都を行うのが習わしなのだとか。何故遷都を行うのかというと、現在の「ほうせきの国」を構成する大結晶群は全て、先代女王が地下空洞を流れる自然エネルギーの流れを塞き止めることで作りだした言うなればダム湖のようなもの。この地に留まり続ければ、やがてエネルギーが決壊し大災害を引き起こす危険性がある。故に、女王が代替わりする度に遷都を行うことで、エネルギーの流れを元に戻して決壊を起こさないようにしているのだとか。

 また『大地の玉座』についても、アレは次代の"女王"が育つまで「国」の護りを代替するもので、新たな女王が即位すれば自然と崩れ去るため固執する必要はないらしい。今回はまだお転婆姫が"姫"であった時に崩されてしまったために動揺したものの、結果として無事新たな"女王"が誕生したので問題ないとのことである。

 

――フムフムなるほど、そう言った訳であったか。

 

 お転婆姫より説明を受け、その理由に納得した吾輩。

 

――しかし、そうなれば……

 

 既に「ほうせきの国」復興の目途は立っていて、お転婆姫も新たなる女王として「民」らに認められている。吾輩の助力は不要であろう。

 それに彼女は襲い掛かって来た侵略者達へ勇敢に立ち向かい、吾輩とそう変わらぬ立ち回りを見せたばかりか、吾輩でさえ敵わなかった大敵を見事打倒してみせた。

 このことは即ち、吾輩の出した最低限戦えるだけの実力を身に着けされるという条件をとっくにクリアしているということであり――吾輩がこの「国」を去る時がやって来たということだ。

 

 ということで吾輩がお転婆姫にもうすぐこの「国」を発つことを伝えると、彼女は一瞬驚いた様子を見せるも、すぐさま寂し気な笑顔を浮かべながら吾輩の「ほうせきの国」に対する貢献の礼を述べ、自ら地上への案内を申し出る。

 吾輩は"女王"自らの案内に恐縮しつつも、その申し出をありがたく受けることにした……本音を言えば吾輩自身、お転婆姫(愛弟子)との別れを惜しんでいたというのもあるが。

 

 ともあれ、「ほうせきの国」を発つことを決めた吾輩。だが、旅立ちはそうスムーズにとはいかなかった。吾輩がもうすぐこの「国」発つことを聞きつけたらしい「ほうせきの民」たちが、何故だか吾輩の元に次々と押しかけてきたのだ。

 

 なんだなんだ貴様ら、いきなり大勢で押しかけて来よって。何? 吾輩が居なくなると寂しくなる、もっとここに居ろ? 申し出は嬉しいが以前伝えた通り、吾輩には果たさねばならぬ約束がある故そうそう長居をする訳にはいかん。何、今生の別れという訳でもなし。縁があればまた会えようさ。

 ………は、"女王"の伴侶? 吾輩が? 待て待て待て待て、貴様ら何を言っている。なになに、お転婆姫と吾輩が何やら随分と仲睦まじい様子だったので、てっきり()()()()ことかと思った? いやいやいやいやいや、そんなわけ無かろうが。吾輩とお転婆姫はあくまで師弟の関係。そう言った感情なぞ微塵もありはしない、全くもって性質の悪い勘違いである。ほれ、お転婆姫も何か言って――お転婆姫? おい、待て貴様なぜそんな満更でもないような顔をしている!? おい、貴様ら! そんな、"やっぱり"みたいな目で見るんじゃない!!

 ヤ、ヤメロー! ヤメロー! 吾輩はこんなところで人生の墓場に入るつもりはないぞーー!!

 

 

―――

 

 

 ザクリ、ザクリとお転婆姫の後に続き、暗い殺風景なトンネルを歩む吾輩。ここは地下空洞(「ほうせきの国」)より地上へと繋がる横穴の一つ。入ってきた時に使った横穴は塞がってしまったため、吾輩らは別の横穴を通って地上を目指しているのだ。

 

 あの後、すったもんだ末に何とか「ほうせきの民」誤解を解いた――と思いたい――吾輩は、彼らに盛大に見送られようやく「ほうせきの国」を発つことが出来た。

 

 地上へと続く道を一歩ずつ進む吾輩とお転婆姫。二匹の間に会話は無い。既に語るべきことは語り尽くしたというのもあるが、何より囃し立てる「ほうせきの民(バカども)」の相手をして疲れていた。

 ふと、前方に微かな明かりを感じ、吾輩は目を凝らした。見れば遠くの方から光が差し込んでいる、どうやら出口に着いたようだ。

 

 ここから出口までは一本道、一人でも迷うことはなかろう。

 

 そう思った吾輩はお転婆姫に道案内はここまででよいと伝える。お転婆姫は名残惜し気な表情を浮かべるも、吾輩の言葉に同意し歩みを止めた。

 

――うむ、ここまでの道案内助かったぞ、お転婆姫。すまんな、"女王"たる貴様にわざわざ道案内をさせてしまって。

 

 女王に即位したばかりの忙しいであろう身で、直々に吾輩を地上まで送り届けてくれたお転婆姫に礼を述べる吾輩。彼女は笑って、自身と吾輩は師弟であり友人でもある仲。旅立つ友人を見送るのは当然のこと、礼など無用だといった。

 

 と、そこで彼女が浮かべる表情を真剣なものに変える。曰く、吾輩に頼みたいことがあるとのこと。

 

――頼み事? 一体なんだ?

 

 突然のことに疑問符を浮かべる吾輩。そんな吾輩に彼女は懐よりあるものを取り出して手渡す。

 渡されたのは一塊の『()()()()』。洞窟内に微かに差し込む光を反射しキラキラと美しく輝くそれからは、膨大なエネルギーと共に微かに"ほのお"と"じめん"の属性(タイプ)を感じ取ることが出来た。

 

――お転婆姫、これは……?

 

 さながら大地を巡る星の血液(マグマ)そのものが結晶化したような宝石。一体何なのかとお転婆姫に問えば、曰くこれは先代の「ほうせきの国」"女王"が、人間たちの祈り(生体エネルギー)を素に作り出した『力のある石』だという。かつて彼女の一族と人間たちとの間に交流があった時代、大地(かみ)との更なる絆を求めた人間たちの頼みにより作り出されたが、ある愚か者がその力を誤ったことに使い大地(かみ)の怒りを買ったため、先代女王によって回収され地の底(「ほうせきの国」)に封印されたのだとか。

 それでもこれは本来人間の元に在るべきもの。代替わりを経て、彼女はこの「貴石」を再び人間の手に返すことにしたのだという。だが、この「石」が再び誤った使い方をされるのも困る。そこで「外の世界」を良く知っており、かつ信頼のおける吾輩にこの「石」の担い手に相応しい人間を見極め、託して欲しい――というのが彼女の頼みごとであった。

 

 ふむ。なるほど、これを託す人間を見つけて欲しい、か。『力のある石』……、「力」というのもは往々にして人間を惹きつけるものであり、手にした者は常にそれを使う誘惑に晒され続けるものだ。故、託すのに相応しき者とはその誘惑を跳ね除け、「力」を正しきことに使えるだけの意思を持つ者となる。

 そこで吾輩の脳裏に思い浮かんだのは、大敵に怯むことなく立ち向かう勇気ある少女(ハルカ)の姿。

 

――相分かった。可愛い弟子の頼みだ、引き受けよう。何、「力」を持つに相応しき者となれば吾輩にも心当たりがある故。

 

 そう言って吾輩は手渡された「()()()()」をしっかりとしまい込んだ。

 

 さてお転婆姫からの頼みも引き受けたことで、吾輩がもう地下空洞に残すことは無い。そろそろ出口へと向おう。といって歩き出そうとした吾輩をお転婆姫が呼び止めた。最後に聞きたいことがあるのだという。

 

 曰く、「ほうせきの国」は良きところであったか? と。

 

 彼女からの質問に吾輩は少し考え、こう答えた。

 

――実に素晴らしい「国」だった。あそこで見たこと、聞いたこと、そして体験したことは少なくとも今生において忘れることはないだろう。

 

 吾輩の言葉を聞き、嬉し気に顔を綻ばせるお転婆姫。そして彼女は決意に満ちた表情を浮かべてこう言った。

 

 自分はあそことは異なる場所で新しい「ほうせきの国」を作る。その「国」もまた彼の地に負けない程、素晴らしい「国」とするつもりだ。だからこそ、自身が国造りを果たした暁には――

 

――是非とも訪れて欲しい。

 

 彼女が作る新たな「国」への招待。

 無論、吾輩の答えは決まっていた。

 

――勿論だ。その時はまた案内を頼むぞ。

 

 吾輩の返答にニッコリと笑みを浮かべるお転婆姫。

 吾輩が嫌というまで案内してくれるそうである。

 

 やれやれ、また果たさねばならぬ約束が増えてしまった。だが、嫌な気分など微塵もない。果たして彼女がどんな「国」を作り上げるのか、今から楽しみである。

 

 さあ、今度こそ思い残すことは何もない。吾輩はお転婆姫に別れを告げ、出口()に向かって走り出す。

 近づくたびに徐々に強くなっていく光。同時に、微かに潮の香りと波の音を感じ取る。そうして出口を抜けた先に――

 

――おお……!

 

 抜けるような青空と見渡す限りの大海原が広がっていた。

 久方振りの日差しに、力一杯伸びをする吾輩。うむ、輝く結晶による幻想的な光も良いが、やはり日光は格別だ。吾輩ら(キノココ)は本来それほど日光を好む種族ではないが、それでも薄暗い地下に長くいた滞在した後となれば、暖かな光が恋しくなるもの当然と言えよう。

 満足いくまで日光浴を楽しんだ後、吾輩は出てきたこの場所の探索に移る。どうやらここは砂浜と岩場があるだけの小さな島らしい。地下空洞へ続くトンネルのあった岩に乗って周囲を見渡せば、四方を海で囲まれているのが分かった。

 

――むむむ……!?

 

 ふと、水平線の向こうに何かが見えた気がして、吾輩は目を凝らす。よくよく見れば遠景に微かに背の高い建物のようなものが幾つもあった。どうやらあそこに街があるらしい。

 うむ、ならば次なる目的地はあそことしよう。そうと決まれば善は急げ、吾輩は街の方角に向かって駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ……どうやって街まで行こう?

 

 

―――

 

 

 ホウエン地方・とある街。

 取り立てて都会という訳でもないが、しかし田舎という訳でもない。ゲームならば描写すらされないような、そんなどこにでもある小さな街にそれは在った。

 街角にひっそりと佇む古びたビル。一見して目を惹くようなが所もないそれは、しかし外見から想像もつかない程に頑強な構造をしており、さらに異常なまでに広大な地下施設を持つ建物であった。無論、周辺住人はこのビルにそのような機能があることなど知る由もなく。このことを知るのはこの施設を建造した()()()()()の構成員のみ。

 その組織の名はマグマ団。人類にとっての理想の世界を目指し、大地を拡げんと暗躍する秘密結社である。この施設はそんな彼らの拠点の一つであった。

 そんな施設の最奥部、組織を束ねる首領(リーダー)の執務室には今、三人の男女の姿があった。

 

「紅い貴石」捜索部隊(ヤミラミ部隊)に対する独断での目的外作戦投入。作戦失敗による部隊の喪失。『地脈世界』探索拠点の失陥。チャンピオンの介入を許したことで、ポケモンリーグに我々の情報が渡った可能性――。これが何を意味するのか、理解しているな()()()

 

 その内の一人、独特な形状のメガネ(メガメガネ)をかけた神経質そうな赤髪の男性が眼前に立つ少女に向け、淡々と告げる。

 

「………………はい………………………………リーダー……()()()()

 

 男性の名は「マツブサ」。マグマ団を束ねる首領(リーダー)の地位にある人物である。

 そんなリーダーに対し少女――カガリは言葉少なながらも肯定の意思を示した。

 

「……そうか。理解しているのならいい」

「ウヒョヒョヒョ! プロジェクトの大幅な遅延に、部隊の損失、以後の組織活動の制限と……カガリにしては珍しい、随分と大きなミスではないですか!」

「…………ッ」

 

 そんな彼女に対しマツブサは、理解しているのならそれでよいと言う。代わって彼女に言葉をかけたのは、同じく最高幹部である男性。ふくよかな体型とどこかマクノシタ(こんじょうポケモン)にも似た顔立ちが特徴の彼の名は「ホムラ」。その地位はマグマ団サブリーダー……組織のNo.2であり、カガリにとってはリーダーを除く唯一の上司と言える存在であった。

 そんな彼からあらためて自身の失態を突き付けられ、ギリッと歯噛みするカガリ。言い訳はしない、なぜなら彼の語ったことは全て事実だからだ。

 

「――カガリよ、お前を『地脈世界』探索任務から外す。後任は……ホムラ、お前が引き継げ」

「ウヒョヒョ! 了解いたしました!」

「カガリ、お前は次の任務まで待機だ」

「…………はい」

「以上だ。下がれ」

 

 幹部二人に沙汰を伝え、執務室を下がらせたマツブサ。彼は二人が立ち去ったのを確認すると、椅子に深く座り直し、これからのことについて思案する。

 

(「紅い貴石」捜索部隊……特に指揮個体(ヨノワール)を失ったのは痛手だ。あれ程の個体となれば補充することは容易ではない。部隊の再建は恐らく不可能……となれば「紅い貴石」捜索は大幅な方針転換が必要になるか)

 

 マツブサは思考する。部隊壊滅によって従来の捜索方針は瓦解した、プロジェクト・AZOTHの進捗についても当初より大幅な遅れが見込まれる。部隊を編成するために投じたコストも水の泡。マグマ団は今作戦において相当な損害を被ることとなった。

 

(――だが)

 

 収穫もあった。

 

(『地脈世界』に関する詳細な情報……特に『地脈結晶』に関するデータが得られたのは大きい。これで「紅い貴石」に関する研究も進む筈だ)

 

 サンプルが少なすぎるために遅々として進まなかった『地脈世界』に関する研究は、今回の作戦によって得られた大量のデータにより飛躍的な進展が見込める状態。既に研究部門では持ち帰ったデータに対し、フルスピードでの解析が始まっている。この分ならばそう遠くない内に「紅い貴石」が発するエネルギーを機械で探知することも可能となるだろう。となれば捜索にかかるコストも随分と軽くなるはずだ。

 

(……しかし、()()()()()()か……)

 

 マツブサはそこでふと、報告にあった今作戦の目標(ターゲット)について思いを巡らせる。

 

(ディアンシー……『大地の女王』。神話断章において『蒼海(うみ)の王子』と並びその名を讃えられる、煌びやかなる地底の支配者。そして……)

 

 それはおとぎ話にも等しい話。ホウエン地方に伝えられる神話において、本流から外れた傍流の神話集――ホウエン神話断章にて語られし『大地の女王』の御業。

 

(「宝珠(たま)造り」の伝説。『力ある石』より人と神とを繋ぐ二つの宝珠(たま)を作りだした者、か……。或いは貴様(ディアンシー)を捕らえることが出来たのならば、我々の理想はすぐさま叶えられたのやもしれん)

 

 だが――

 

我々(にんげん)ディアンシー(貴様)なんぞの力に縋るつもりない。……大地(しぜん)を征するのは人の業。大地の化身(グラードン)を目覚めさせるのはあくまで我々(にんげん)の手でなければならない)

 

 マツブサははなからディアンシーの力など当てにはしていなかった。そもそも……

 

(我らの理想に貴様ら(自然)が賛同することなど有り得ない。我らの理想(文明)が行きつく先とは、即ち貴様ら(自然)の定めた秩序を破壊することも同義なのだから)

 

 故に(秩序を敷く者)の協力など得られよう筈がない。

 

(だからこその「紅い貴石」、だからこそのプロジェクト・AZOTH――貴様の手を借りずとも、我らは我らの手で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 座して見ていろ大自然。我らの科学(武器)は必ずや、お前の全て屈服させる。

 

(さあ、何処にある。プロジェクト・AZOTH最後の鍵……我らを超古代ポケモン(グラードン)へと誘う、導きの「紅い貴石(ルビー)」よ)

 

*1
無論、比喩的な意味である。吾輩に手は元々ない




祝え! 新たなる女王の誕生を!(預言者風)


はい、前回投稿より早2か月。BDSPが発売され、"キノコのほうし"がキノガッサの基本技に追加されたことに驚いております作者です。
ルビー・サファイアでの初登場より20年、とうとうキノガッサは造物主の軛より抜け出せたようです(めでたい)。

さて、当話を持ちまして地脈世界編は終了となります。
特にオリジナル要素多めの展開となりましたが、楽しんでいただけましたでしょうか。

次回は閑話という形で、主人公と別れた後のハルカの動向について書く予定です。
リアルが少々多忙ということもあり、また期間が空くかと思いますが、気長にお待ちいただければ。


以下、解説など。

・キノココ
 この物語の主人公。異世界からの転生者。"キノコのほうし"を目指して武者修行の旅を続ける一般通過風来きのこ。前世の記憶を持つ関係か、体内に人間の生体エネルギーを持っている……が本人はそのことに気が付いていない。
 彼自身は知りえないことであるが、人間の生体エネルギーを有することにより、実は共に戦うポケモンの成長速度を飛躍的に高める力がある。これはトレーナーに捕獲されたポケモンが、野生のそれと比べものにならない程早く成長するのと同様の原理。いわば歩く「しあわせたまご」のようなもの。
 しかし、上記の代償として彼自身の成長は通常のポケモンと比べて遅い上、さらに能力値が同レベルの個体と比較して劣っている。これは人間の生体エネルギーでは、ポケモンの持つ身体スペックを完全に発揮しきれないため。要は、エンジンに対して合わない燃料を使っている状態。
 彼が"キノコのほうし"を会得するまで、まだまだ時間はかかりそうだ。

・ディアンシー
 『大地の女王』。ホウエン神話断章において『蒼海の王子』、『星空の巫覡』と共にその名を讃えられる、煌びやかな地底の支配者。数多の結晶を操り、大地そのものを支配するとされる。
 彼女の持つ力、その正体は地脈操作。大地を流れる自然エネルギーにアクセスし、これを自由自在に操ることが出来る。彼女と敵対するということは即ち、ホウエンの大地全てを相手にするのと同義。因みにこの能力によって、彼女はトレーナーの介在なしでの任意のメガシンカが行える。
 まず間違いなく、『地脈世界』における最強の存在。陸に於いて比肩しうるのはそれこそ荒ぶる大地の化身(グラードン)ぐらいのものだろう。
 先代女王の時代はもっと地上に近い位置に居を構えており、人間とも交流があった。その際に彼らの頼みを受けて人と神と繋ぐ二色の宝珠を作り出したという。

・ヨノワール
 「ほうせきの国」を襲った大敵。マグマ団が有する切り札の一つ。凄まじい実力で主人公とお転婆姫(即位前)を圧倒した。
 個体としての強さならば四天王の手持ちにも引けを取らない超級の実力者。マグマ団にとってもそう補充がきかない存在であるため、不測の事態に備えてディアンシー捕獲作戦においても当初は突入せず待機するよう命令されていた(これは当初ヤミラミたちだけでも作戦遂行が可能と判断されていたからでもあるが)。
 が、ディアンシーたちの奮闘の結果、想定外のスピードでヤミラミたちが壊滅し、また「ほうせきの国」周囲に満ちる自然エネルギーの影響で電波障害が発生したために新たな命令が届かず、結果作戦規定に従って突入するという、戦力の逐次投入のような形となってしまった。
 それでも当初はその圧倒的な実力で主人公とお転婆姫(即位前)を敗北寸前まで追い詰めたが、流石にお転婆姫(女王モード)(メガディアンシー)には敵わず敗北。ボコボコにされ取っ捕まった上に、侵略の罰として「ほうせきの国」への奉仕が強制される。
 ブラック企業(悪の組織的な意味で)からブラック企業(労働的な意味で)にスカウト(強制)された彼の明日はどっちだ。

・「ほうせきの国」
 ホウエン地下に広がる大空洞、通称・『地脈世界』に存在する「国」。なお便宜上「国」と呼称しているが、その実態は女王であるディアンシーを中心としたメレシーたちのコロニーであり、人類が想像する「国家」とは在り様が異なる。本編時点では主人公がディアンシーに案内された結晶空洞に居を置いている。
 本編においても語られるようにこの結晶空洞は「ほうせきの国」先代女王が地脈操作の力を用いて意図的に作りだしたもので、内部はメレシーたちにとって理想的な住環境となっている。『大地の女王』はこの"都"によって群れの安全を確保し、同時にその地を自然エネルギーの結節点として『地脈世界』の全てを支配するのである。
 また、結晶空洞には『地脈世界』を統べる都としての機能の他、もう一つの重要な役割がある。それは次代女王を保護・養育する揺籃としての役割である。
 この結晶空洞は地脈=大地を流れる自然エネルギーを塞き止めることで、内部を常に高密度の自然エネルギーが満ちる状態となっており、次代の女王たる個体(姫)は空洞内に満ちる自然エネルギーを吸収しながら成長し、やがて成体となって『大地の女王』の力を継承、新たなる女王となる。即ち、この結晶空洞はディアンシーにとっての、言わば子宮なのである。

・『大地の玉座』
 結晶洞窟中央に座する巨大な紅い結晶体。先代女王の遺志によって悪しき者を遠ざける「ほうせきの国」の護り。この結晶ある限り「ほうせきの国」は不滅だとされる。
 その正体は先代女王の遺骸が変じた、歴代女王に受け継がれる「力」の結晶。ディアンシーの半身とも言える「宝玉」――ディアンシナイトを核として形成され、内には先代を含む歴代女王の"記憶(けいけんち)"と莫大な生体エネルギーが存在している。
 結晶空洞を子宮と例えるならば、こちらは言わばへその緒にあたる存在。大地より自然エネルギーを汲み上げ、経路(パス)を通じて少しずつ流し込むことで次代の女王たるディアンシーを成体へと成長させる機能を持つ。そしてディアンシーが成体=力を受け継がせるのに相応しい器を得た時、自身に蓄えられた"記憶(けいけんち)"と生体エネルギーの全てをディアンシーへと継承し、砕け散る。
 『玉座』より力を継承したディアンシーは新たなる『大地の女王』(メガディアンシー)へと変生(成長)するが、その際に歴代女王の記憶から力の使い方や戦闘方法を学ぶため、継承時点で既にポケモンとしての実力はほぼ完成している。メレシーたちが姫たる個体にバトルなどの指導しないのもこれが理由。態々それほど戦いに優れた存在でもない自分たちが指導するよりも、女王の記憶を受け継ぐまで揺籃に留め置く方が効率が良いため。最も、当代の姫たるお転婆姫は未成熟の身で揺籃内を飛び出すというとんでもないことをやらかしたが。
 ……本編時点においてお転婆姫(当代のディアンシー)は、まだ力の継承に耐えられるだけの器を有していない文字通りの未熟な状態であった。
 しかし、(トレーナー)との特訓やハガネール、ヤミラミ、ヨノワールとの戦闘によってお転婆姫は急成長、一挙に成体へと近づく。それでも継承に至るには僅かに器が足りなかったが、たまたま手に入った人間の生体エネルギーを用い、メガシンカのメカニズムを踏むことによってお転婆姫の器を一時的に拡張、その間に力を流し込むことによって器の状態を固定させることで継承に耐えられるだけの器を作りだした。その結果、本来よりかなり早い段階での女王戴冠が叶ったのである。


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幕間:暮雲春樹 前編

キノココが地下世界を観光していた時の地上の話。
長くなりそうなので前後編に。


注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。


「はあ……」 

 

 水平線を眺めながらハルカはため息を吐く。

 ムロタウンジムを難なく突破し、無事二つ目のバッジを手に入れたハルカ。彼女は次なる目的地・カイナシティを目指し、109番水道を進む(カクタス号)の上にいた。

 石の洞窟で新たな仲間を加え、彼女の旅は正しく順風満帆と言ってよいものであったが、しかし彼女が浮かべる表情はどこか物憂げなものであった。

 

「はあ……」

 

 再びため息を吐く彼女。そんな彼女を心配してか、腰のボールより手持ちポケモンが飛び出してくる。

 

「チャモちゃん……、スバちゃん…………ドラちゃんも……」

 

 飛び出してきたのは三体。オダマキ博士より譲り受けた最初の相棒・ワカシャモ。旅に出て初めてゲットしたポケモン・スバメ。石の洞窟で仲間となった新入り・ココドラ。

 各々が心配そうな表情を浮かべてこちらを見る手持ちポケモンたち。ハルカはそんな彼らを見回して、

 

(キノちゃん……)

 

 ここにはいないもう一匹の仲間(友達)を思い出し、胸が詰まった。

 そのポケモン……キノココはトウカのもりで出会い、彼女と一時道を共にした不思議なポケモンだ。モンスターボールには入らず、手持ちでも無かったが、それでも彼女にとっては大切な仲間の一匹だった。

 

(キノちゃん、大丈夫かな……) 

 

 石の洞窟で別れることとなったキノココを思い、彼女の胸に一抹の寂しさと微かな不安がよぎる。共に旅をして幾らか成長しているとはいえ、彼はいまだ未進化ポケモン。果たして過酷な自然の中、たった一匹で生きていけるのか、と。

 

(――ううん。大丈夫)

 

 しかし彼女は心中にてよぎった不安をすぐに打ち消す。何故なら彼は野生のポケモン、彼女と出会う前からこのホウエンの自然で生き抜いてきたサバイバーだ。例えどのような場所であろうとも逞しく生き延びるに違いない。

 

(それに――)

 

 何より約束したのだ。旅路の果て、彼が目的を果たした暁に再び会おう、と。

 ポケモンの言葉が分からないハルカに、彼が本当にそう言っていたのかどうかは分からない。けれども彼女は確信していた、旅の行く末で彼とは再び(まみ)えることを。

 ならば――

 

「……うん!」

 

 目を瞑ってぴしゃりと頬を叩き、気持ちを切り替える。再び目を開いた彼女の顔に、先ほどまでの物憂げな表情はない。

 

「チャモちゃん、スバちゃん、ドラちゃん。ゴメンね、心配かけて。もう大丈夫だから」

 

 手持ちたちに心配かけさせたことを詫び、自らはもう大丈夫であると告げるハルカ。

 

「次に会った時、あの子(キノちゃん)はきっともっと強くなってると思う……だから、あたしたちも負けないようにしないとね!」

 

 (キノココ)は旅路の果て、もっと強くなって帰って来る筈。だったら自分たちも彼に負けないくらい強くなろう。そして再会した時に見せつけてやるのだ、旅路の果てに自分たちがどれだけ強くなったのかを――それこそ彼に一緒に来なかったことを後悔させてやるくらいに。

 

「よーし、みんな! 街に着いたら早速、次のジム戦に向けて特訓だよ!」

 

 クヨクヨするのはもうお終い。やる気満々といった表情で次なるジムへ向けての特訓を宣言するハルカ。手持ちたちは彼女の元気そうな姿を見て安堵し、そしてその熱意に応えるように気合十分とばかり鳴き声を上げた。

 

 

―――

 

 

 カイナシティはホウエン地方南部に位置する港街である。古くから海上交通の要所として栄えた大きな街で、『ヒトとポケモン、そして自然が行き交う港』という別名が示す通り、ホウエン内外からやってきた多くの人が行き交う非常に活気に満ちた場所だ。

 さて、カクタス号を下船しカイナシティの市街地へと降り立ったハルカ。漂う潮風の香りとホウエンらしからぬ異国情緒あふれる街並みは故郷であるアサギシティにどこか似ていて、彼女を懐かしい気持ちにさせた。

 とは言え観光するのはまた後、今は特訓が先だ、と彼女が真っ先に向かったのは街の南に広がる砂浜。広い砂浜にはいくつもパラソルが立ち並び、多くの海水浴客で賑わっていた。砂浜に辿り着いたハルカは周囲を見渡し、ある一人の海水浴客に目を付ける。泳ぎ疲れて休んでいたのだろう海水浴客の男性、その足元には幾つかのモンスターボールが転がっていた。向けられる視線に気が付いたのか男性も彼女の方へ顔を向け……その腰元にボールが収められているのを見るや、好戦的な笑みを浮かべてモンスターボールを構える。

 トレーナー同士、目と目が合う……それ即ちポケモンバトルの始まりの合図。この世界において普遍的な、トレーナー同士の暗黙の文化である。勿論ハルカもそれは承知の上。腰元よりモンスターボールを取り出し、軽く頷くことで挑戦を受け入れた。

 バトルに合意した二人が移動したのは砂浜の一角、拓けた場所に設えられた決闘場(バトルコート)。そう、この砂浜は海水浴だけでなくポケモンバトルもまた楽しめる場所。街中では中々出来ないポケモン同士の全力のぶつかり合いが出来るためか、それを目当てにやってくるトレーナーもいる人気のバトルスポットなのである。ジム戦に向けての特訓を考えているハルカにとって、まさにうってつけの場所であった。

 

「へっへっへ。お嬢ちゃん、よりによって俺に目を付けるとはツキが無え。俺はタツロウって言ってな、この浜じゃ負けなしで通ってるトレーナーなんだぜ」

 

 相対するハルカへ自らの実力を誇示するように言う男性、口上によって相手を委縮させ勝率を上げようという魂胆か。だが、そんな口上を受けたところで彼女に微塵も動揺はなく、寧ろ好都合であるとさえ思っていた。彼女の目的はジム戦を見据えての特訓、ならば相手はより強い方が効率がよい。

 

「――ミシロタウンのハルカです。負けなし……ということは貴方はこの浜で一番強い人、ってことですよね。だったら、胸を借りるつもりで挑ませていただきます」

「ハっ、豪胆だな。いいぜ、負けたら俺の胸貸してやる! 行けっ! ゴーリキー!」

「――スバちゃん!」

 

 互いにボールを放り投げ、バトルコートに各々の手持ちを繰り出す。

 さあ、ポケモンバトルの始まりだ。

 

 

―――

 

 

「ふぅ……」

 

 海の家に設えられたハルカは一息吐く。

 

「うーん……やっぱり十人抜きは少しやり過ぎたかな?」

 

 自称「浜で負けなし」のタツロウをあっさりと下したハルカ。彼が敗北した際に周囲のギャラリーからどよめきが上がっていたため、彼が浜の実力者であることは本当だったようだ。そんな彼が敗北した……ならば彼を打ち負かした少女を打倒出来れば自分こそが「浜」最強を名乗れるのでは? といった風に考えたのだろうか、彼女たちの試合を観戦していたギャラリーから次々と挑戦者が現れ、ハルカに勝負を仕掛けてきたのである。彼女としても別に断る理由もなし。我も我もとやって来る挑戦者をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……立て続けに十人のトレーナーを下したのであった。

 とは言え、流石に十人も立て続けに相手したら疲れもする。それは彼女自身もそうであるし、彼女の手持ちたちもまた同様。ということでコッソリとバトルコートを抜け出し、海の家にて一休みしていた訳である。

 

「ほっほっほ、お疲れさんじゃな」

 

 そんな彼女に掛けられる声。突然話しかけられたことに驚いた彼女が振り返れば、そこにいたのは何とも懐かしい顔ぶれ。

 

「……ハギさん!?」

「ほっほ。久しぶりじゃの、ハルカちゃん」

――ピヒョー!

 

 頭にキャモメを乗せた髭の老人・ハギ老人であった。彼は引退した元船乗りで、ハルカとはカナシダトンネルのアクア団襲撃事件で知り合った仲であり――元ホウエンリーグの四天王でもあった。

 

「いやいや、先ほどのバトルは中々に見ごたえがあったのう。ほい、これは良いバトルを見せて貰った礼じゃ」

 

 と言って、よく冷えた「サイコソーダ」を差し出すハギ老人。どうやら先ほどのバトルを観戦していたらしい。

 

「ど、どうもありがとうございます。えと……、どうしてハギさんがこんなところに……?」

「何、ちっとムクゲの奴(デボン社長)に頼まれてな。アヤツのところで開発した品を造船所に届けに来たんじゃ」

 

 先日のこと(アクア団の襲撃)もあるからのう、と付け加えるハギ老人。どうやらデボン社長が自社の開発品を奪われないよう、腕利きの友人に護衛を頼んだというのが理由のようだ。

 

「そうなんですか……」

「うむ。まあ、儂としても元々カイナ(こっち)方面に用事があったでの。その()()()じゃな――おお、そうじゃった!」

 

 と、そこで何かを思い出したかのように懐をゴソゴソと探るハギ老人。お目当てのものを探り当て、取り出したソレをハルカに差し出した。

 

「ほれ、ハルカちゃんにはこれを渡しておこう」

「あ、ありがとうございます。……『海の科学博物館・プレオープン特別展示会入場チケット』?」

「うむ、少し前に懸賞だか何だかで当たったものなんじゃが。生憎、儂はそういったところには行かんでな。まあ、ハルカちゃんが良ければ使っとくれ」

「あはは、そういうことですか。分かりました、ありがたく受け取っておきますね」

 

 そう言ってチケットを受け取るハルカ。バッグにしまいつつ、時間があればいってみようかな、と思った。

 

 

―――

 

 

 その後、少し雑談をした後にハギ老人は去っていった。預かった品を造船所のクスノキという人物に届けるらしい。

 一方のハルカはハギ老人と別れた後、休憩を終えて砂浜のトレーナーたちとのバトルを再開する。挑戦者たち次々と打ち破り連戦連勝のハルカだったが、幾ら実力で劣った相手とて数を重ねれば疲労は免れない。指示に対する手持ちたちの動きが少し鈍くなってきたのを感じ取り、ここで今日の特訓を切り上げることにした。

 ギャラリーから惜しまれつつも砂浜を後にしたハルカ。手持ちたちの体力を回復させるべく、その足でポケモンセンターへと向かう。幸いにして手持ちたちが受けたダメージは少なく、回復もすぐに終わった。

 回復した手持ちたちを連れポケモンセンターを出れば、まだ日も高い時間。さてどうしようか、とハルカは思案する。このまま宿を取って休むにしては時間が早すぎる、かと言って再度特訓するというのも疲労回復の観点から避けたい。

 

(あっ、そういえば)

 

 そこでハルカはハギ老人から渡されたチケットの存在を思い出す。

 

(……行ってみようかな?)

 

 ハルカ自身、そこまで海に対して興味がある訳でもなかったが、時間潰しには丁度よいだろう。それにハギ老人からのせっかくの厚意だ、無駄するのも気が引けた。

 マルチナビで調べてみると、今いる場所(ポケモンセンター)からも近いようだ。そうと決まれば話は早い、ハルカは『海の科学博物館』へ向けて早速歩き出した。

 

 

―――

 

 

「ほえー……」

 

 博物館を見上げ、思わずホエルコの鳴き真似のような声を漏らすハルカ。無理はない、何せリニューアルされた『海の科学博物館』は想像していたよりずっと大きな建物であったからだ。

 カイナシティの東側、海岸沿いの広大な土地を占有する大規模研究施設、それが『海の科学博物館』である。元々は広く海洋に関する知識を伝える施設としてカイナシティによって設立されたこの博物館は、数年前とある企業の協力を得ることで展示施設の大規模改修を実施。数年がかりの工事を経てつい先日ようやく完成したのである。そして現在、完成を記念して一般客受け入れ前の特別展示会を行っているという訳であった。

 

「ええっと、入り口はどこに……きゃっ!」

「おっと、これは失敬」

 

 博物館の広大な敷地を歩き回り、入場口を探すハルカ。キョロキョロと周囲を見ながら歩いていたためか、不意に現れた人物にぶつかり思わず尻もちをついてしまう。

 ぶつかったのは上等なスーツを着こなす男性。彼は倒れたハルカを助け起こすように手を差し伸べる。

 

「大丈夫ですか?」

「痛たた……。ごめんなさい、余所見しちゃって……」

 

 自らの不注意を謝罪しつつ、ハルカは差し伸べられた手を掴み立ち上がる。そうして男性と目を合わせ――

 

(――ッ!!)

 

 ゾっ、と全身に怖気が走った。

 原因は――男性の眼。まるで深い海のような、(くら)(くら)()()()()

 

(――怖い)

 

 男の(あお)く冷たい瞳に、ハルカはさながら底知れぬ深淵を覗き込んだような、気を抜けば呑み込まれてしまいそうな、そんな感覚を覚えた。

 

「――どうされました?」

「……ッ! ……いえ、大丈夫……です」

 

 こちらを気遣うような男性の声で、ハルカはハッと意識を取り戻す。気が付けば男性の瞳は平凡な黒色となっており、先ほどまで湛えていた(あお)い光はどこにもない。

 

(何だったの、今の……)

「いや、申し訳ない。こちらも不注意でした。……どこかお怪我などされていませんか?」

「だ、大丈夫です……。お構いなく……」

「そうですか。しかし、自覚症状が無くとも万が一という可能性もあります――こちらを」

 

 そう言って男性は懐から名刺を取り出す。

 

「もし何かありましたら、こちらにご連絡を。出来る限りの補償はいたしますので」

「……あ、はい。ありがとうございます……」

 

 断れる雰囲気でもなかったため、恐る恐る差し出された名刺を受け取るハルカ。視線を紙面に落とせば、そこには男性が何者であるのかが書かれていた。

 

(『SSS(スリーエス)カンパニー 最高経営責任者(CEO)』……()()()……、さん)

 

 名刺を見つめるハルカに、それでは、と告げて男は立ち去った。

 

 去り行く彼の後ろ姿を見ながらハルカは思う、怖い人だった、と。

 倒れた彼女を助け起こし、連絡先までよこしたことを考えれば悪い人ではないのかもしれない。だが、あの寒気がするような(あお)い瞳が、どうしても拭えない不安感を彼女に抱かせる。

 基本的に初対面での人の好き嫌いというものをしないハルカであったが、何故だろうか、『シズク』と名乗ったあの男性に対してだけはどうしても好意的になれそうもない。はっきり言えばあまり関わり合いになりたくなかった。

 

 シズクの姿が見えなくなったことを確認した彼女は、手近にあったゴミ箱へ名刺を突っ込み急いでその場を離れる。捨てることにほんの少し罪悪感を抱くが、それよりも恐怖感が勝った。何よりあの男性から受け取ったモノ、それだけでもあの(あお)い瞳が思い出されて気味が悪い。一刻も早く手放したかった。

 脳裏に再びあの深淵を思わせる(くら)(あお)い輝きが思い浮かび、ブルりと身震いをするハルカ。彼女は頭を振ってすぐにそのヴィジョンを掻き消そうとした。

 

「すうう……はああ……」

 

 "ざわめく"心を落ち着かせるよう、深呼吸を繰り返す。同時に目を瞑って自身に言い聞かせるように、ハルカは内心で大丈夫、気のせいだと呟く。

 上記を繰り返すこと数度、果たして彼女の心を満たしていた"ざわめき"は少しずつ収まっていった。

 

 心を落ち着つかせ、常の平静さを取り戻したハルカ。彼女は気を取り直して博物館入場口を目指す。シズクについては出来るだけ意識しないことにした――そうでもしなければ、またあの(あお)い輝きを思い起こしてしまいそうだったからだ。

 

 やっとのことで入口を見つけ、ようやく展示会の会場に入ることが出来たハルカ。

 内部は試験営業(プレオープン)期間中ということもあってか、見物客も疎らで空いている。博物館といえば人でごった返しているものという印象だったハルカにとって、ガラガラの館内はどこか新鮮に映った。

 見物客が少ないのならば、じっくり展示物を眺められるチャンスだ。ハルカは会場を自由に散策し、気になった展示物があれば立ち止まって眺めていく。

 展示物は『海の科学博物館』の名の通り、海洋にまつわるものが多い。一般人に海についての知識を拡げることを目的としているためか付随するキャプションも分かり易いものが多く、専門知識を持たないハルカであっても非常に興味深く展示を見ることが出来た。

 その中でも彼女が一等気になったのは、最近新たに発見されたという海底空洞についての展示だった。何でも125番水道『あさせのほらあな』付近の海底に大規模な空洞が見つかったのだという。現在、調査プロジェクトが発足中とのことで、キャプション内には数十年前に発表され、与太話とされた『ホウエン地下に広がる大空洞』を提唱した論文についての言及もあった。

 

(『ホウエン地下に広がる大空洞』かあ……)

 

 地下、大空洞。なぜだろうか、ふと彼女の脳裏に(キノココ)のことが思い浮かんだ。

 (キノココ)と別れた後、そういえばどうやって孤島であるムロタウンから出るつもりなのだろうか、と心配になったハルカはジム戦を終えた後、彼を探しに再度『石の洞窟』を訪れていた。その際、偶々洞窟内に居たダイゴの手も借り洞窟内を隈なく探しまわったものの、結局(キノココ)は見つからず、泣く泣く捜索を諦めてムロタウンを後にしたのだ*1

 もしかしたら、あの時『石の洞窟』で(キノココ)が見つからなかったのは、(キノココ)が『石の洞窟』のさらに地下にある『大空洞』まで降りて行ったからではないか。

 

(まさか、ね)

 

 そんな突拍子もないことを思い付き、即座に「いやいや、ないない」と否定した。無理も無い。彼女自身、幾ら自分で考えたとしてもあまりにも荒唐無稽にすぎる、と思ったくらいだ。

 ハルカは知る由もなかった。まさかそんな荒唐無稽な想像が、そのままドンピシャリで的中しているなどとは*2

 

 

―――

 

 

 さて、一通り展示を見終わって満足したハルカ。マルチナビで時刻を見れば、既に結構な時間をここで過ごしたらしい。目的である時間潰しも出来たため、彼女は展示会から出ることにした。

 ハルカが退場しようと出入り口を兼ねた受付まで戻ってきたところ、何やら受付が騒がしい。どうやら誰かが受付で揉めているらしかった。

 

「ですので、チケットが無ければ展示会場へは……」

「だーかーらー! 儂は館長に呼ばれて博物館(ここ)まで来たんじゃい!」

――ピヒョ~

 

 気のせいだろうか、ハルカは漏れ聞こえるその声に物凄く聞き覚えがあった。

 

「――ハギさん!?」

「ん? おお、ハルカちゃんか!」

――ピヒョー!

 

 というか、ハギ老人だった。

 

 揉めているのが知り合いということもあり、取り敢えず何があったのか話を聞くことにしたハルカ。

 ハギ老人が掻い摘んで説明した内容によれば、彼が依頼された荷物を届けに造船所へ訪れた時、届け先である筈のクスノキ館長が不在だったらしい。なんでも取引先の社長からの急なアポイントで『海の科学博物館』へ行っているとのこと。機密のこともあってクスノキ館長へ直接渡すよう頼まれていたため、ハギ老人は仕方なく造船所で館長の帰りを待つことにした。

 ところが待てど暮らせど館長は帰ってこない、いくら何でも遅すぎる。造船所のツガ氏という人物に確認してみるも、彼もまた首を捻るばかり。いい加減焦れたハギ老人、とそこへクスノキ館長からツガ氏に連絡が来る。何でも用事が長引いてしまい造船所に戻れそうもない、悪いが博物館まで荷物を持ってきて欲しい、と。

 

「という訳で博物館(ここ)に来たんじゃが……」

「チケットが無いと入れないと足止めされた、と」

「そうなんじゃよ。あの受付の嬢ちゃん、融通が利かんくての。全く、儂は館長に呼ばれて来たんじゃと言うとるに……」

 

 そう言って疲れたように、ハアとため息を吐くハギ老人。ハルカはそんな老人にどう返せばよいか分からず、曖昧に笑うほか無かった。

 と、そこへ受付の女性が二人の元へやってくる。どうやら館長と連絡がついたらしい。館長は二階の展示会場で待っているのでそちらへ向かって欲しいとのことだった。

 

「やれやれ、ようやっと積み荷を降ろせるわい。ハルカちゃんもスマンかったの、年寄りの愚痴に長々と付き合わせてしもうて」

「いえ、これくらい全然大丈夫です。……あの、ハギさん。すみません、荷物の受け渡しにあたしも着いて行っていいですか?」

「む? 別に構わんが……」

「ありがとうございます。ちょっとだけ気になったことがあって――」

 

 

―――

 

 

 『海の科学博物館』二階・展示会場。

 見物客が一人もいないガランとした会場に一人の男が佇んでいる。男の名はクスノキ、この『海の科学博物館』の館長にしてクスノキ造船所の代表を務める人物である。

 

(うーん、遅いなあ……)

 

 クスノキは手持ち無沙汰な様子で、時折腕時計を見ながら周囲を見渡していた。彼はこの場所でとある人物と待ち合わせをしており、その人物の到着を待っているのだ。だがいくら待てども件の人物は現れず、クスノキはいい加減焦れてきていた。

 

(荷物の受け渡しは博物館(こっち)でと言ったのは向こうなのに……。いや、確かに土壇場で急用が入ってしまったのはこちらの落ち度ではあるけども……)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()急遽入った「SSSカンパニーCEO(シズク)」との会談。その内容は折からの『海底洞窟』探査プロジェクトへの資金提供の話だったが、クスノキはこれを断っていた。

 確かに資金提供の話は魅力的だったが、潜水艇のパーツを作ったデボンの手前、ライバル会社から資金提供を受けるのは気が引ける。何より「SSSカンパニー」は元々ダイキンセツホールディングスを買収して大きくなった会社。古巣との因縁も相まって、付き合うのに気が進まなかった。

 

 今は無きかつての古巣を思い出し、何となく憂鬱な気分になるクスノキ。

 と、感傷に浸っていたところで彼に声が掛けられる。

 

「もし、そこな御仁。あんたが館長のクスノキさんかね?」

「え、ええ。私がクスノキですが……」

 

 声が掛けられた方を見れば、そこに居たのは頭にキャモメを乗せた髭の老人。少し離れた位置には十代頃だろうか、リボンバンダナが特徴的な少女の姿も見える。

 

「おお、それは良かった。儂はハギと申しましてな、ご依頼を受けた荷物をお届けに参りましたですじゃ。お待たせしてすみませんでしたのう」

「あ、ああ! 貴方がデボンの! いや、すみません。連絡を受けた印象ではもう少しお若い方なのかと……」

「――ふむ。まあ、儂はデボン社長の古い知り合いでしての、荷物を届けるよう頼まれただけの部外者ですじゃ。連絡はデボンの別の者が行ったのでしょうや。……まあ、それは置いておきまして。ほい、こちらが依頼された荷物ですじゃ」

「おお、ありがとうございます! いやあ、良かった。これでやっと探索プロジェクトを進められる……! 早速造船所に戻って作業を……!」

「ほっほっほ、それは重畳。――ああしかし、館長さん。スマンが今少しこの場にてお待ちいただけるかな?」

「は、はあ……?」

 

 待ちわびた荷物を受け取り大喜びで造船所に戻ろうとするクスノキ。しかしハギ老人はそんな彼を押し留め、もう少しこの場で待機するように言う。

 ハギ老人の穏やかな、しかし有無を言わせぬ物言いにクスノキは思わず頷いてしまう。

 

「忝し。何、ちょっとした野暮用ですじゃ。すぐに方が付きましょう。――ハルカちゃん、スマンが()()を頼むぞ」

 

 そう言ってハギ老人は踵を返し、階下へと降りていく。

 

「??? ハギさんはいきなりどうしたんだ? それと君は一体? ハギさんから頼まれていた何かようだったけど……?」

「あたしはミシロタウンのハルカです。ハギさんの知り合いのポケモントレーナーで、ええと、ちょっと説明するのが難しいんですが……――ッ!」

 

――ジリリリリリリッ!!

 

 瞬間、館内に大音量の非常ベルが鳴り響いた。

 

 

―――

 

 

 『海の科学博物館』一階・展示会場。

 クスノキ館長の元を離れ、階下の展示会場へと降りて来たハギ老人。彼は鋭い目つきで周囲を見渡す。

 

(見つけた)

 

 彼方此方に視線をやること数秒、()()()()()()を見つけ出した老人は真っ直ぐその人物の元へと向かった――モンスターボールより己が相棒(ルンパッパ)を出しながら。

 

「あー、そこのスタッフさんや。ちょいとよろしいかの?」

「――な、何でしょうか……?」

 

 ハギ老人が声を掛けたのは博物館のスタッフの一人、帽子を目深く被った男だった。声を掛けられた彼はハギ老人に返事を寄こすものの、視線を逸らし必死に目を合わせないようにしている……()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うむ、実はアンタに頼みたいことがあってのう。スマンが帽子を取って顔を見せてくれんか?」

「ッ! ああ、すみません! そういったことは我々お受けしてないんですよごめんなさいね! では申し訳ありませんが他に業務がありますのでこれで失礼いたしま――ッ!」

 

 ハギ老人からの頼みを断り、まるで逃げるようにソサクサとその場を立ち去ろうとする男。だが、それは進行ルート(逃げ道)を塞ぐようにハギ老人の相棒(ルンパッパ)が立ちはだかったことで失敗する。

 ルンパッパより放たれる湖面の如く静かな、しかし確かな威圧感に男は思わずたじろいでしまう。そんな男に対してハギ老人は淡々と言葉を続ける。

 

「――ならば言葉を変えようか。貴様、儂と会ったことがあるじゃろう」

「い、いいえ! オ……私はあなたのことなんて見たことも聞いたこと「()()()()()()()()」も……」

 

 ハギ老人が呟いた地名、「カナシダトンネル」。それを聞いた男の顔色がサッと変わる。

 

「今さら誤魔化そうとしても無駄じゃ。その顔、儂はよーく覚えとる。――貴様、デボンから荷物を奪ったアクア団じゃな?」

 

 確認するように、しかし確信を持ってハギ老人は目の前の博物館スタッフ(アクア団員)にそう告げた。

 

「……………………チィ! バレちまってんなら仕方ねえ! やれ、グラエナ!」

 

 既に正体を見破られていた以上、最早誤魔化す意味もない。それまでの口調をかなぐり捨て、男はボールより手持ちポケモン(グラエナ)を解き放つ。

 

「――『横綱』ァ!」

 

 牙を剥き出し、グラエナがハギ老人へと迫る。しかし老人(ポケモンリーグ元・四天王)に焦りなし、この程度脅威の内にすら入らない。迫るグラエナにハギ老人が行ったのはただ一言、相棒を呼ぶことだけ――それだけで十分だ。

 あっという間に彼我の距離を詰めたグラエナ。まさにハギ老人へと飛び掛かからんとしたその時、グラエナの首に"かくとう"エネルギーを纏った手刀が叩き込まれる。

 

――劈瓦手刀(かわらわり)

 

 高レベルのルンパッパ(『横綱』)による手刀の一撃。果たして、"きゅうしょ"に叩き込まれた弱点タイプ(効果抜群)の攻撃はグラエナの意識を一瞬で刈り取り、ただの一撃で戦闘不能(ひんし状態)へと至らせた。

 

「グラエナ!? ちくしょう、ウシオ隊長に散々シゴかれたのにコレかよ!」

 

 リベンジに燃えるウシオの特訓に突き合わされ、とうとう進化するまで強くなった相棒(グラエナ)。それがまともに攻撃すら出来ず沈められる。

 彼我の実力差をこれでもかと見せつけられ、アクア団のしたっぱは四天王という存在の化け物振りに恐怖すら覚える。だが――

 

(よくやったぜ、グラエナ!)

 

 自身がハギ老人(元・四天王)に敵わないことなぞ初めから分かっていた。故、相棒に求めたものは打倒ではなく時間稼ぎ。一瞬でも老人とその手持ちの意識を自分から逸らせればよかった。

 そして相棒はしっかりと役割を果たしてくれた。お蔭で彼は()()に辿り着くことができたのだ。

 したっぱが辿りついたのは壁際に据え付けられた警報装置。そして彼は()()()()、拳を作動ボタンへ叩きつけた。

 

 

――ジリリリリリリッ!!

 

 

 瞬間、館内中に響き渡る大音量のベルの音。

 定められたプログラムに従い、正面玄関を含む外部との出入り口全てに隔壁が降ろされる。同時に全ての照明が落とされ、非常灯の赤い光が室内を照らし出す。

 隔壁により展示会場は外部からの干渉を遮断された。さらに二階へと繋がる階段にも隔壁が下がっており、クスノキ館長と分断されてしまっている。

 ――それだけではない。

 ハギ老人が周囲を見渡せば、いつのまにやら臨戦態勢のポケモンたちの集団(ベトベターやパールル)が彼を囲むようにして陣取っている。その後ろにはポケモンたちのトレーナーであろう集団。トレーナーたちは博物館スタッフの制服を着た者から一般的な服装を身に纏った者まで様々だったが、共通しているのはその全てが展示会会場に居た者であったと言うことだ。

 どうやらこの特別展示会、スタッフから見物客に至る関係者全員がアクア団の手の者で占められていたようである。

 

「……なるほどな。全ては儂を『デボンの荷物』から引き剥がすための罠か」

 

 思えば今回の受け渡しには不自然な点が多かった。

 急遽の受け渡し場所変更。繋がらぬ連絡先。入場口での不自然な足止め。クスノキ館長との認識齟齬。

 今思えばそれらは全て、この状況を作りだすための罠だったということだ。

 

「やれやれ、よくもまあこんなジジイ相手に大掛かりな仕掛けをこさえたものじゃわい。貴様らのリーダーはよっぽど金を持っとるようじゃの」

「コッチはそれだけアンタのことを評価してるってことよ、ポケモンリーグ元・四天王サマ」

 

 そう答えたのは取り囲むアクア団員の中でも一際存在感を放つ女性。褐色の肌に毛先の跳ねた特徴的な髪、整っているがややキツめの印象を与える顔立ちにメリハリのある体を受付嬢の制服に包んだその女性の名は――『イズミ』。

 アクア団を率いる幹部の一人であった。

 

「ほう、さっきの受付の嬢ちゃんか。アンタのような別嬪さんに評価されるとは光栄じゃのう」

「はっ、こんだけの人数に囲まれてるってのに余裕だね。流石は元・四天王サマってかい。……リベンジに燃えてるウシオには悪いけど、アンタはここで消えてもらう。アタシら(アクア団)の計画をこれ以上邪魔されちゃあ堪らないんでね」

「おお、それは困ったのう。儂は老い先短い身の上じゃが、娑婆にはまだまだ未練がある。こんなところで消えてしまうのは遠慮したいの」

「減らず口を……! アンタたち、やっちまいな!」

「「「ヘイ!」」」

 

 イズミの号令と共に一斉に攻撃指示を出すしたっぱたち。指示を受けたポケモンがハギ老人へ次々と"わざ"を放ってゆく。

 

――冷凍ビーム

――10万ボルト

――火炎放射

 

 絶え間なく放たれる無数の特殊攻撃。炸裂した"わざ"の激しい光でハギ老人の様子を伺うことは出来ない。

 

(――四天王・『海嘯』のハギ、そしてその手持ちのルンパッパといえば、近接戦闘の達人ってことで有名だ)

 

 ハギ老人が閃光に包まれる様を見ながらイズミは思案する。

 「潜水艇のパーツ(デボンのにもつ)」奪取任務の最中、カナシダトンネルにてウシオが元・四天王と交戦、敗北したと報告を受けたイズミ。リベンジに燃えるウシオの頼みもあり、彼女は交戦相手である元・四天王ハギについて情報を調べ上げていた。

 だが、ハギが四天王として活動していたのは今から50年も前のこと。引退して以降はバトルの世界から遠のいていたこともあり、思うほど情報を得ることは叶わなかった。

 そんな中で得られた数少ない情報が、ハギのエースであるルンパッパは近接戦闘の達人だったというもの。ならば、とイズミが考えた対抗策というのが、今目の前で行われている遠距離からの飽和攻撃だったのだ。

 

(……これで仕留められれば世話はないんだけどね)

 

 もっとも、内心では四天王という怪物をこの程度の攻撃で仕留められるなどとは微塵も思っていなかったが。

 そして、そんな彼女の予想は――

 

「笑止」

 

 紛れもなく正しかった。

 

――パァン!

 

 突如として響く破裂音。同時に老人を取り囲んでいたポケモンの一匹が悲鳴と共に吹き飛ばされる。

 

――パン! パン! パン!

 

 続けて再びの破裂音。それが連続で響くと共に複数体のポケモンが吹き飛ばされ、そのまま戦闘不能となる。

 続けざまに数体の仲間が戦闘不能となったことで、ポケモンたちに動揺が走り……"わざ"の放射に切れ目が出来た。

 

――パパパパパァン!

 

 瞬間、連続して響く破裂音。

 同時にハギ老人を取り囲んでいたポケモンたち全てが吹き飛ばされ、その全員が戦闘不能となった。

 

「――!」

 

 突如としてポケモンたちを襲った謎の現象。トレーナーとして鍛えられたイズミの目はその正体を捉えていた。

 

(アレは、水の……弾丸?)

 

 ポケモンたちを戦闘不能(ひんし状態)へと至らしめたものの正体、それは凄まじい速度で飛来した水の弾丸。高速で打ち出された水の弾丸がポケモンたちの急所を正確に打ち抜き、彼らを戦闘不能とさせたのだった。

 正体は分かった、では誰が行った? ――そんなもの決まっている。今、この場にいるのは味方(アクア団)を除けばたった一人しかいないのだから。

 

「貧弱。軟弱。柔弱。あまりにも貧相が過ぎる、"わざ"の鍛え方が足りんな。……大方、わざマシンによる付け焼き刃なんじゃろうが」

 

 声が、響く。

 静かな、しかし強烈な圧力を持った声が。

 

(チッ、やっぱりこれで倒れるタマじゃあないか)

 

 出来れば当たって欲しくなかった予想が的中し、イズミは内心で舌打ちをする。彼女の眼前、"わざ"が途切れ閃光が収まったそこには無傷のハギ老人が悠然と佇んでいた。

 見れば老人の傍ら、相棒たるルンパッパ(横綱)の掌から水が滴り落ちている。どうやらポケモンたちを一撃で戦闘不能とした水の弾丸はあのルンパッパが放ったものらしかった。

 

「……驚いたね、アレだけ攻撃を受けといて無傷かい。噂に違わぬ化け物っぷりだね、四天王ってのは。……一体どうやって凌いだのさ」

「さての、教えてやる義理はないわな。それと儂はあくまで「元」四天王……とっくの昔に引退したロートルよ。探せば今の儂より強い者なぞ五万と居るわい」

 

 ウソを付け、お前より強いのが五万といて堪るか。

 危うく飛び出しそうになった言葉をイズミはすんでのところで呑み込んだ。

 

 イズミは知る由もなかったが、ハギ老人が攻撃を凌いだ方法はとても単純なものであった。殺到する攻撃を認識した瞬間、ハギ老人はピーコちゃん(キャモメ)にある"わざ"を指示し、その効果でもって攻撃を遮断したのである。

 その"わざ"とは"ワイドガード"。対象が全体となる攻撃から味方を守る、"いわ"タイプの変化技である。しかし、通常この"わざ"で防げるのは"じしん"や"ふぶき"、"いわなだれ"といったいわゆる全体攻撃技のみ。ハギ老人に放たれた"れいとうビーム"や"かえんほうしゃ"は単体を対象とする"わざ"、"ワイドガード"では防げない筈だ。

 ではどうして今回、"ワイドガード"でそれらの攻撃を防ぐことが出来たのだろうか。それには"ワイドガード"という"わざ"の持つ性質が関係していた。

 "ワイドガード"は"まもる"から派生した"わざ"の一つであり、「生体エネルギーの防壁によって外部からの属性(タイプ)エネルギーによる干渉を遮断する」という共通した「型」を有している。唯一の違いは、"まもる"が分厚い防壁によって自分単独を守る"わざ"なのに対し、"ワイドガード"が薄く広い防壁によって味方全体を守るという点だ。そのため"ワイドガード"は全体を対象とする=属性(タイプ)エネルギーが拡散された各個への干渉力が低い"わざ"は防げるものの、属性(タイプ)エネルギーが収束された単体対象の"わざ"は防げないのである――だが、それは裏を返せば"わざ"の属性(タイプ)エネルギー干渉力が低ければ、防ぐことは可能ということだ。

 あの時、ポケモンたちが放った"わざ"は、対抗策のためにわざマシンによって付け焼刃で覚えさせられたもの。修練によって会得した"わざ"ではなく、また"わざ"の習熟もしていなかったため属性(タイプ)エネルギーの収束が甘かった。そして属性(タイプ)エネルギーの収束が甘ければ、それだけ余分なエネルギーが拡散し対象へと与える干渉力も弱くなる。

 それだけではない。拡散した属性(タイプ)エネルギーが近くにあった別の属性(タイプ)エネルギーに干渉し合い、その力を平準化させる現象を起こしていた――分かりやすく言えば放たれた"わざ"のエネルギーがお互いを相殺し合い、その威力を大幅に削いでいたのである。

 結果としてピーコちゃん(キャモメ)の"ワイドガード"はハギ老人に向けて放たれた"わざ"、その全てを防ぐことに成功したのである。とはいえ、これはピーコちゃん(キャモメ)の高い練度とハギ老人の経験からくる判断力に依るところも大きい。まさに並みのトレーナーでは成し得ない、元・四天王ならではの絶技であった。

 

 閑話休題。

 

(はあ……仕方ないね)

 

 部下に倒れたポケモンたちの回収を指示しつつ、イズミは内心でため息を吐く。彼女の与えられた役割は陽動。別動隊が「潜水艇のパーツ(デボンのにもつ)」を奪うまで、ハギ老人を一階(ここ)に釘付けにしておくのが仕事だ。

 勿論、邪魔だてする元・四天王(ハギ老人)を排除できるに越したことはない。そのためのプランA(遠距離からの飽和攻撃)だった。だが、当のハギ老人に飽和攻撃をあっさりと凌がれたことでプランAは瓦解した。正直に言えばもう少し時間を稼げるかと思っていた彼女にとって、これ程までに早く作戦を瓦解させられたのは予想外だった。

 故に彼女は選択する。

 

「アンタたち、プランBだよ。とっとと撤退しな。――ハギ老人(こいつ)はアタシが相手する」

「「「ヘ、ヘイ!」」」

 

 部下たちを先に撤退させ、イズミ一人で足止めをする。それがプランBだ。

 

「ほう、たった一人で挑むか。嬢ちゃん、よっぽどバトルに自信があるようじゃの」

「まさか。アンタみたいなバケモン相手に有象無象(したっぱたち)が掛かっていったところで、まとめて蹴散らされるだけ。だったらアタシだけのがまだマシってだけさね。……それに、アンタが相手をするのはアタシだけじゃあない――()()()()()()()()

 

 そう言って手にしたボールを投げるイズミ。投げられたボールの数は……合計五つ。

 

――グルルル……!

――ギャウ!

――ガウウ!

――フウゥゥゥ……!

――バウウワン!

 

 空中にて開かれたボール、飛び出してきたのは五頭のグラエナ(かみつきポケモン)。彼女らは地面に着地した途端、瞬時に臨戦態勢を取り、ハギ老人たちに向け各々"いかく"の唸り声を上げる。

 

「むう……!」

 

 相対した五頭のグラエナたち。先のポケモンたちとは比べ物にならない程鍛えられたその姿を見て、ハギ老人はイズミへの警戒度を一挙に引き上げる。

 

「――さあ、狩りの時間だよ」

 

 イズミ(リーダー)のその言葉を合図に、グラエナたちは獲物(ハギ老人)目掛け一斉に駆けだした。

 

 

―――

 

 

 さて、グラエナというポケモンは野生下に置いて基本的に群れを作って生活する種族だ。強力なメスの個体を頂点とする10匹程度の群れを形成し、リーダーの命令には絶対服従。狩りの際は一糸乱れぬチームワークでもって獲物を追い詰め、その成功率は50%~70%と自然界において驚異的なまでに高い数値を誇る。

 即ち、グラエナというポケモンの強みとは複数頭による連携にあると言える。そのため主に少数での戦闘がメインとなる公式バトルのルールとは相性が悪く、グラエナはそれほど強いポケモンとはみなされていなかった。では、そうしたルールが適用されないバトルにおいては? グラエナの最も得意とする複数頭連携を生かせる状況下において、その強さはどれ程のものなのか……その答えがここにあった。

 

――グルワアアア!!

 

 一頭のグラエナが咆哮と共にルンパッパへと飛び掛かる。剥き出しの牙に走る稲妻……"かみなりのキバ"だ。

 

――ぬうん!

 

 四足ポケモン特有の爆発的な加速による攻撃。しかし、ルンパッパは見事な体捌きで以ってヒラリと躱し、逆にグラエナの頸をガッシリとホールド、そのまま締め落としにかかる。

 だが――

 

――ギャウウウ!!

 

 瞬間、死角より飛び出た別のグラエナの冷気を纏ったキバ(こおりのキバ)がルンパッパの腕に突き立てられ、その体にダメージを与えた。

 

――墳ッ!

 

 持ち前の剛力を以って噛みついてきたグラエナを振り払うルンパッパ。振り払うことには成功したものの拘束が緩み、捕えていたグラエナを解放されてしまう。

 解放されたグラエナは素早く距離を取り、ルンパッパの掴みの間合いより脱出。振り払われたグラエナもまた手の届かぬ位置へと逃れていた。

 ならばと、その両掌に水を集めるルンパッパ。先の有象無象を打ち抜いた水の弾丸(みずでっぽう)でグラエナたちを仕留めようとする魂胆か。しかしルンパッパが攻撃にその意識を向けた瞬間、背後から意識の隙を突いた別のグラエナが襲い掛かる。

 

――ガウアアア!

――!

 

 "ふいうち"。攻撃動作を取る際の一瞬の隙をついて相手に一撃を食らわせる"あく"タイプのぶつりわざ。文字通りに不意を突かれたルンパッパは思わずたたらを踏み、掌に溜めた水を零してしまう。攻撃動作を中断され、大きな隙を晒すルンパッパ。勿論それを見逃す彼女らではない。体勢を整え、爆発的な速度で"かみつき"に掛かった。

 強靭な顎で噛み付かれ、少なくないダメージを負うルンパッパ。すぐさま持ち前の剛力を以って追い払うも、その時すでに噛みついたグラエナたちは離脱していた。

 意識の隙を突いた間合いの外側からの一撃離脱戦法(ヒット&アウェイ)。四足ポケモン特有の高い機動力と数の利、群れの統率力を存分に生かしたそれは地力で遥かに勝る筈のルンパッパ(四天王)を見事に翻弄し、その体力を少しづつ、しかし確実に削っていた。

 

「ぬう……!」

 

 相棒(ルンパッパ)がグラエナたちに翻弄されるのを見ながら、思わず歯噛みするハギ老人。今直ぐにでも相棒を助けに入ってやりたいが、老人にはそれが出来ない理由があった。

 

――グルオオオ!!

「チィ! ピーコちゃん、"ワイドガード"じゃ!」

――ピヒョーーー!!!

 

 ハギ老人へ向けて放たれる"あく"タイプを纏った強烈な音波(バークアウト)。しかし、音波は老人に到達する直前、ピーコちゃん(キャモメ)の貼った"ワイドガード"によって防がれる。

 攻撃の来た方向へ目をやれば、そこに居るのは勿論グラエナ。他の個体よりも一回り大きい――恐らくリーダー格と思われる個体が、先ほどよりハギ老人にピタリと張り付きその動きを逐一妨害しているのだ。お蔭で老人は一々攻撃に対処せねばならず、相棒(ルンパッパ)へと指示を出すことが出来ないでいた。

 

「厄介じゃのう……!」

 

 老人の見立ててでは、張り付いているグラエナの練度(レベル)は他のグラエナよりも一回り高く、恐らくピーコちゃん(キャモメ)を上回っているだろう。

 ピーコちゃん(キャモメ)は老人の現役時代からではない、ごく最近になって新たに手持ちとなったポケモンだ。当然、その練度は高くはなく――それでも並のポケモンとは比べ物にならないが――さらに使える"わざ"も主に補助技がメイン。強引にグラエナを突破することは難しかった。

 

 さらに厄介なのはそれだけではない。

 

――バウウワン! ワオーン!!

 

 非常ベルを掻き消し、館内に響く"とおぼえ"。仲間を鼓舞するように発せられたそれは、グラエナたちの闘争本能を刺激しさらなる力を引き出させた(その攻撃力を高めた)

 先ほどからこれだ。一匹のグラエナがサポートに徹し、群れ全体の能力値を底上げしているのだ。

 

(何とも恐るべき連携よ、これが"群れ"の強さか! こうなると分かっていれば、他の手持ちたちも携帯してきたものを……。儂も耄碌したか……!)

 

 現在、ハギ老人の手持ちは『横綱』(ルンパッパ)ピーコちゃん(キャモメ)のみで、他の手持ちたちは置いてきてしまっている。年老いた彼らへの負担とこの後に予定していた()()()()を鑑みての判断だったが、それが裏目に出た形であった。

 だが、後悔しても仕方がない。今やるべきは何としてでもこのグラエナたちを突破すること。

 

(スマンの、ハルカちゃん。すぐに方を付けるのは難しそうじゃ……! 儂が合流するまで、何とか耐えとくれ……!)

 

 知り合いの少女が健闘することを祈りつつ、ハギ老人は全身全霊を以ってグラエナたちと対峙した。

 

 

―――

 

 

(あっっっぶな……。ちょっとでも遅れてたら一匹落とされてたよ、今)

 

 一方、ハギ老人と対峙するイズミ。表面上平静を装いつつも、その内心は冷や汗にまみれていた。

 グラエナたちに仕込んだ集団戦術、群れのリーダーを介して複数体のポケモンを統率する技法は実に上手く稼働している。お蔭で遥か格上のルンパッパ相手に互角に立ち回ることが出来ていた。

 そう、互角。連携能力で以って攪乱し、複数体で挑み、トレーナーと引き剥がしてやっと互角の戦況に持ち込めているのだ。

 

(実質3vs1のトレーナーなしであの子ら(グラエナたち)と互角って、ほんっっっとにイカレてるよ。おまけにさっきから何発も攻撃をぶち当ててるってのに、全っっっ然ダメージを受けてるように見えないんだけど! ああ、もう! こっちは一発喰らったら終わりだってのに!)

 

 だからプランBなんて嫌だったんだ、とイズミは声には出さず愚痴をこぼす。

 無理も無い。プランBとは即ち次善策、プランA(最善策)が上手くいかなかった時の保険のようなもの。どうしたって最善策から劣る点が出てくる。

 グラエナたちは覚える"わざ"が物理技メインである関係上、どうしても近接戦闘を選ばざるを得ない。そして相手取るルンパッパは近接戦闘の達人……即ちプランBとは遥か格上の相手に対し、相手の最も得意とする土俵で戦わなければならないというリスクを抱えた策なのだ。

 

(今の戦況はあの子ら五匹の連携が取れているからこそ。もし一匹落とされでもしたら、そこから一気に崩される)

 

 そうなってしまえばもう打つ手はない。そして先ほど、寸でのところで逃れたもののまさに一匹落とされかけた。

 この互角の戦況はそう長くはもたないだろう、イズミは冷静にそう判断する。故に――

 

(――頼んだよ()()()()

 

 彼女は祈る。

 

(とっととパーツを奪っとくれよ。アタシが何とか抑えてる間に、さ)

 

 己が最も信頼する男が目的を達してみせることを。

*1
その際に出会ったのが新しい手持ちであるココドラなのだが、それはまた別の話

*2
同時刻、「ほうせきの国」では一匹のキノココがくしゃみをしていた




お久しぶりです、作者です。
とうとう発売されました「LEGENDSアルセウス」。皆様楽しんでおられますでしょうか。私は作中で明かされたとある人物の正体に、思わずアイエエエ!と驚いてしまいした。

さて、今回はキノココが地下世界で観光している間に起こった地上での出来事、主人公の宿命か旅先でやっぱりトラブルに巻き込まれたハルカさんたちの話。
強力な助っ人はおりますが、それに伴ってアクア団も戦力を増強した模様。実質、原作より少しハードモードな状況ですが、彼女には頑張っていただきたいものです。

リアル事情のため後編投稿も遅くなりそうですが、どうか気長にお待ちいただければ幸いです。


以下、設定語り。興味の無い方は読み飛ばしていただいて構いません。

・「SSS(スリーエス)カンパニー」
 ホウエン地方に拠点を置く大企業。本編の10年ほど前に設立され、ベンチャーながら経営者の優れた手腕と革新的な環境負荷低減技術によって瞬く間に企業規模を拡大。当時落ち目であったダイキンセツホールディングスを買収・関連事業を吸収することでデボンコーポレーションに並ぶホウエン屈指の大企業となった。
 メイン事業である環境負荷低減技術開発の他、その豊富な資金を生かして数多くの分野に投資・出資を行っており、ホウエン政財界に強い影響力を持っている。……あくまでも噂話であるが裏で反社会的勢力と繋がりがあり、活動資金の提供や事件のもみ消しなど行っているとも。とはいえ噂は噂、表向きはいたって健全な企業である――表向きは。

・シズク
 「SSS(スリーエス)カンパニー」最高経営責任者。ものの10年ほどで新興のベンチャー企業をデボンに匹敵する大企業に押し上げた男。慇懃な口調が特徴で、奇妙に印象に残り難い顔立ちをしている。
 シズク……一体、何者なんだ……。

・イズミ
 アクア団幹部の一人にして紅一点。リーダーであるアオギリとは幼馴染の間柄。団員からは姉御と呼ばれて慕われている。
 元デボンの研究員であり、アクア団を技術面で支える柱の一人。というか幹部の男連中(アオギリ、ウシオ)がその辺りを丸投げしているため、彼女が技術部門を実質取り仕切っている。色々な意味で組織に欠かせない人物である。
 また幹部に上り詰めるだけあってかポケモンバトルの腕前も一級品。特に複数体のポケモンを用いた連携戦術を得意とする。
 相棒ポケモンはグラエナ(♀)。ちなみに本編で繰り出したグラエナたちは一匹が母親で、他の四匹がその娘。母グラエナはイズミが幼い頃から育てたパートナーであり、イズミのことを実質的な親=群れのリーダーと認識している。


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幕間:暮雲春樹 後編

注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。

























蝙蝠安んぞ飛燕の志を知らんや


 館内に鳴り響く大音量。それは非常事態の発生を告げるベルの音。同時に隔壁が作動し、階下へと続く階段が封鎖される。

 照明が落ち、一挙に暗くなる館内。赤い非常灯の輝きだけが周囲を照らしていた。

 

「な、なんだ!? 一体何が起こっている!?」

「(! やっぱり……!)クスノキさん、落ち着いて! あたしから離れないようにして部屋の隅に!」

 

 突然の警報に狼狽えるクスノキ。そんな彼を落ち付かせ、部屋の隅――()()()()()()()へと移動させる。

 

(……何か、仕掛けてくるのは想定していたけど)

 

 彼女が展示会で感じた微かな違和感。ハギ老人の愚痴を聞いている際に、展示会場をふと横目で見てようやっとその正体に気が付いた。彼女が展示会に入ってから出るまで、見物客が全く変わっていなかったのだ。

 これはおかしいと思った彼女は念のためハギ老人に同行し――そして案の定であった。

 

 とはいえハギ老人と分断されたのは想定外だった。これでクスノキを守れるのは現状、ハルカただ一人。

 

(多分、したっぱくらいなら何とかなる……。けど、幹部(ウシオ)クラスに来られたら)

 

 恐らく守り切れないだろう。

 ハルカは自身の実力を客観し、そう判断する。彼女の今の実力はジムバッジを二つ入手した程度。並みのトレーナーを上回ってはいるが、本物の実力者を相手にすれば力不足もいいところだ。

 

(それでも――)

 

 やるしかない。

 

(今ここにいるのはあたしだけ、"デボンのにもつ"を……クスノキさんを守れるのはあたしだけなんだ)

 

 それに、

 

(ハギさんから言われたんだ、「()()を頼む」って)

 

 ならば彼女の果たすべき役割とは、即ち。

 

(だったらあたしの役目は、ハギさんが戻って来るまで何としても耐えること――!)

 

 手持ちたちの入ったボールを見つめ、握る。

 カタカタ、と微かに揺れるボールに、ハルカは手持ちたちが彼女と同じ気持ちであることを感じ取る。

 

(うん――!)

 

 顔を上げ、油断なく館内を見据えるハルカ。その表情に既に不安の色はなかった。

 

 

―――

 

 

――ゴッ!!

 

 

 非常ベルを掻き消すように階下から響く激しい戦闘音。どうやらハギ老人とアクア団とのバトルが始まったらしい。

 

 と、同時にガコン、と天井の一部が外れ、中から人影が飛び降りて来た。

 

「!」

「うわっ! な、何だ君たちは!?」

 

 表れたのは二人の男性。青と白の縞々模様のシャツに、「A(アンノーン文字)」を象った髑髏模様のバンダナを身に纏う海賊のようなその姿――紛れもなくアクア団のしたっぱたちであった。

 

「へっへっへ、"なんだかんだと聞かれたら"」

「"答えてあげるが世の情け"、ってな! ――俺たちはアクア団! 自然を汚しまくる今の社会をぶち壊し、ポケモンたちが安心してくらせる世界を築こうとしている組織さ!」

 

 クスノキからの問いに堂々と名乗りを上げて答えるしたっぱたち。何やら御大層な大儀を掲げての口上だったが、その態度はどうみても場末のチンピラのソレであった。

 

「おうおう、おっさん。テメェの持ってるそのパーツ、うちのリーダーが欲しがっててな!」

「怪我したくなきゃ大人しくよこしな!」

 

 チンピラらしく流れるように恫喝を行うしたっぱ。口調こそ路地裏で行われるカツアゲ染みているが、対象が財布などではない機密パーツのあたり、彼らがチンピラではない本物のテロリストであることを伺わせる。

 

「な、何をバカなことを! これは超深度探索用の特注パーツだぞ! 君たちのようなよく分からない連中に渡せるわけがないだろう!」

「へっ! そうかよ、だったら仕方ねえ。無理やり奪うまでよ! ――行けっ、グラエナ!」

「ゴルバット! テメェもだ!」

 

――バウ!

――キー!

 

 したっぱたちからの要求を、そんなもの呑める訳ないと突っぱねるクスノキ。と言っても彼らが「はいそうですか」と素直に引き下がる筈もなく。当然のように力尽くで奪おうとポケモンを繰り出してきた。

 ボールより飛び出し、クスノキを威圧するように鳴き声を上げるグラエナとゴルバット。その姿にクスノキは思わず「ヒィ」と悲鳴を漏らす。

 と、そこでクスノキとポケモンたちの間に割り込む者がいた――ハルカである。彼女はモンスターボールを両手に構え、クスノキを守るように立ち塞がる。その瞳には強い決意の光が宿っていた。

 

「クスノキさん、下がって。ここはあたしがやります」

「ああん、何だテメエ? ……ああ、元・四天王のジジイと一緒にいたガキか」

「とっととそこを退きな嬢ちゃん。じゃねーと怪我するぜ」

「――退かない。クスノキさんの()()がどれだけ大切なものなのかは分からないけど……でも、あなたたちみたいな人に渡しちゃいけないものだってことくらいは分かるから」

 

 だから退かない、とハルカは告げた。

 生来の気質か、はたまた父親(センリ)の教育の賜物か、とにかくハルカはこうした他者を理不尽に傷つけようとする輩がどうしても許せなかった。

 故に、今目の前でクスノキを傷つけようとするならば、彼女は躊躇なくその前に立ち塞がる。それはハギ老人にこの場を頼まれたということもあるが、何よりこんな奴ら(アクア団)を好き勝手させてはならないという、彼女の心の声に従ったものだった。

 

「チッ! いっちょ前に正義の味方気取りやがって、クソ生意気なガキだ。仕方がねえ……あんまり気は進まねえが、ちっと痛い目にあって貰おうか! ――やれ! グラエナ!」

「へっへっへ、世間知らずのお子様に大人の怖さってヤツを教えてやるよ! ――ゴルバット! やっちまいな!」

 

――バウ! バウウオオ!

――キーッキッキ!

 

 トレーナーの指示を受け、各々キバをギラつかせながらハルカへと迫る二匹。トレーナーならぬ只人であれば恐怖に慄き、逃げ出してもおかしくない圧力を前にして、しかし彼女はあくまで冷静。両手に二つのボールを構え、己が信頼する相棒(てもち)たちを繰り出した。

 

「チャモちゃん! スバちゃん!」

 

 光に包まれ飛び出したのは、若き軍鶏(ワカシャモ)勇敢なる子燕(スバメ)。彼らもまたトレーナー(ハルカ)と同様に一切の怯みなく、己が翼を羽ばたかせ、あるいは豪脚を踏み込んで迫り来る敵に立ち向かう。

 

 さあ、ポケモンバトルの始まりだ。

 

 

―――

 

 

 先陣を切ったのはハルカが率いる軍勢(パーティ)の誇り高き一番矢、黒白の翼を羽ばたかせる勇敢なる子燕(スバメ)。彼の相手は己と同じ、空を領域とする吸血蝙蝠(ゴルバット)である。

 ゴルバットも自身に向かって来るスバメを己が相手(獲物)と見定めたのか、空中にて方向転換。スバメ目掛け大口を開き音もなく飛翔する。  

 瞬く間に接近し、互いに出方を伺うように旋回する両者。見ればその体躯の違いは一目瞭然であった。片やハルカの手持ちであるスバメ、その大きさはおよそ0.3mほど――これはスバメとしては標準的な体躯――である。片や相対せしゴルバット、その大きさ何と1.8m。標準*1を上回る大柄な個体であった。両者の大きさの差は単純計算で6倍。150㎝の人間ならば9mの巨人と相対しているようなものである。

 しかしそれ程の体躯差を持つ敵と相対しながら、スバメの心中に恐怖など欠片もない。なぜならこのスバメという種族、体躯矮小なれどその気性、勇猛にして果敢。エアームドのような大型の鳥ポケモンと互角に渡り合う姿が確認されたこともある程である。

 

 それだけではない。

 

――己がかつて対峙したイシツブテ。アレの"がんじょう"さと比べれば、目の前の敵の何と柔そうなことか。

――己がかつて対峙したサメハダー。アレの強靭さ比べれば、目の前の敵の何と貧弱なことか。

 

 彼の内に刻まれた、かつて対峙した大敵たちとの戦いの経験(きおく)。それが目の前の敵を恐るるに足りぬと告げている。ならばこそ、どうして恐れ戦く必要があろう。相手はたかが少々体が大きいだけのゴルバット。彼の大敵たちとは比較にすらならぬ。

 

――さあ、かかってこいトリモドキ。己が自慢の翼打にて叩き落としてくれる。

 

 一たび間合いに入ったならば、直ぐにでも翼打の一撃を叩き込んでやろう、とスバメは己が翼に力を込めた。

 

 

 初めに仕掛けたのはゴルバットの方だった。

 旋回していたゴルバットは突如として加速し、距離を取ればくるりと宙返りを一つ、スバメと向かい合うようにして静止飛行(ホバリング)を始める。

 

 唐突に距離を取ったゴルバットに警戒するスバメ。何か仕掛けてくるつもりか、とその動きを注視する。

 果たして彼の予想は正しかった。静止飛行(ホバリング)するゴルバット、忙しなく羽ばたくその翼より"ひこう"エネルギーが放出される。体外へと放たれたエネルギーは与えられた指向性のもと渦巻く空気の流れを生み出し、翼の周囲に(くう)を切り裂く不可視の刃を発生させた。

 

――裂空刃(エアカッター)

 

 瞬間、解放された無数の刃がスバメへと襲い掛かった。

 三次元上に弾幕の如くばら撒かれた風の刃はその不可視の性質も相まって躱すことは至難。並みのポケモンであれば避け切れずに切り刻まれるのがオチだろう――そう、並みのポケモンならば。

 

――片腹痛し。風読みたる(スバメ)を相手に風の刃か。

 

 迫り来る不可視の刃に対しスバメが行ったことは飛翔する翼の角度を僅かに変えることだけ――ただそれだけで不可避の筈の風の刃が彼の横をすり抜けた。

 

――!?

 

 時に鋭く、時に緩く、変幻自在に軌道を変えて、曲芸飛行さながらにスバメは風刃の弾幕の僅かな隙間を掻い潜る。ひゅるりひゅるりと飛ぶ様は、まるで優雅に舞を舞うが如く。果たして刃の幕を抜けたその時、彼の小さな黒白の体には一筋の傷すらも無かった。

 己が必殺の風の刃を無傷で突破され驚愕するゴルバット、ならばと再び裂空刃(エアカッター)を放つ。しかし結果は先の焼き直し。否、むしろ風の刃に乗ってさらに飛翔速度を上げる始末であった。

 

 なぜスバメにこのようなことが行えたのか。それは彼の一族(スバメ)が心得る風読みの技にあった。彼の所属するスバメという種族は季節によって"渡り"をする習性がある*2。遥か数千km彼方の南方の地を目指して行われる"渡り"、その間のスバメたちの移動距離は一日に三百kmとも言われている。勿論、それだけの距離を己が力だけで飛翔することなど不可能だ。ではスバメたちはどのようにしてこれだけの長距離を飛翔しているのだろうか。

 答えは簡単……()()()()のだ。海洋上に発生する上昇気流を捉えることで飛翔高度を稼ぎ、滑翔することによってスバメはこれほどの飛翔を可能としているのである。だがそれは同時に常に上昇気流を掴み続けなければ海洋上に真っ逆さまということでもある。だからこそ彼らは気流の流れを読み解き、風を乗りこなす術を身に着けた。

 それこそが風読みの技。大気を流れる自然・属性(タイプ)エネルギーの流れを瞬時に察し、最も効率的な飛翔方法を選び出す種族技能。時に大嵐の只中すらも飛翔するスバメにとって、裂空刃(エアカッター)の弾幕なぞ目隠ししても通り抜けられる程度のそよ風に過ぎない。

 

 風の刃を悉く躱し、逆に加速すらしてみせたスバメはみるみる内にゴルバットとの距離を詰めていく。

 一方のゴルバットも最早裂空刃(エアカッター)では仕留めきれぬと悟ったか、大口を開け自慢のキバを妖しく光らせながらスバメ目掛けて飛翔する。

 瞬く間に目と鼻の先にまで接近する両者。次の瞬間、飛翔する両者の影が交差し――

 

――"飛燕返し(つばめがえし)"

 

 衝撃。ゴルバットの巨大な口腔へ渾身の"飛燕返し(つばめがえし)"が叩き込まれる。片翼に感じ取る手ごたえに、スバメはゴルバットを仕留めたと確信し――

 

――!?

 

 打ち付けた翼に痛みが走る。

 見ればゴルバットは苦し気な表情を浮かべつつも健在。さらに打ち付けた片翼にはゴルバットのキバが突き刺さり、巨大な口でガッシリと抑えこまれていた。

 このままではマズいと直感し、ゴルバットを振り払わんと藻搔くスバメ。だがゴルバットは噛みつく力をますます強め、彼の脱出を許さない。

 

――"きゅうけつ"

 

 そして発動するドレイン(吸収)わざ。傷口から生体エネルギーが吸い上げられ、スバメの肉体から力が抜けていく。

 

 なるほど、確かにスバメの"飛燕返し(つばめがえし)"はゴルバットの口腔を穿ち、その身に痛打を与えることに成功した。

 だが、与えられたのはあくまで痛打。大幅に体力(HP)を削りこそしたがひんし状態に至らしめる(戦闘不能にする)ことは叶わず……そのままゴルバットの反撃を許してしまったのだ。

 その原因は……抗い難き地力の差。未進化ポケモンと進化を果たしたポケモンの間に聳え立つ、どうしようもない能力値(ステータス)の壁と、それが齎す理不尽なまでの力業であった。

 

――ッ!

 

 力が抜けつつある体を根性で動かし、何とか脱出を試みながらスバメは内心で歯噛みしていた。

 

――何たる無様、過去の大敵に劣ると思って油断したか。

 

 ハルカ率いる軍勢(パーティ)の一番矢として、ツツジ(カナズミジムリーダー)ウシオ(アクア団幹部)トウキ(ムロジムリーダー)といった強敵と交戦し続けてきたスバメ。数多の強敵に立ち向かったことにより彼の身心は鍛えられ、野生に在りし時より飛躍的な成長を遂げていたが、されど彼は未だ一介の子燕(スバメ)に過ぎず。進化を果たしたポケモンを相手とするには地力が不足していた。

 

 届かない。

 今の己では後一歩、(ゴルバット)に届かない。

 

 吸われ続けた体力はとうとう危険値下回る。

 "ひんし"までの猶予はなく、最早脱出のために藻搔くことも儘ならない。

 

 力が抜ける。

 心が折れる。

 彼の内を諦念が支配する。

 

――すまない、我が主(ハルカ)よ。(スバメ)はもうここまでだ。

 

 そして彼は暗闇へと意識を落とし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――諦めるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜだろう、ここに居ない筈の(キノココ)の声が聞こえた。

 

 ああそういえば、己のことを初めて"誇り高き一番矢"と呼んだのは(キノココ)だったか。

 思い出される不思議な仲間、練色傘のキノコポケモン。(ハルカ)の手持ちでもなく、共にした期間も短かったが、それでも(ハルカ)のために共に戦った仲だ。

 最後は己の夢のために(ハルカ)のもとを離れたが……。しかし(ハルカ)は言っていた、再び見えるその時には(キノココ)はきっともっと強くなっている、と。

 (ハルカ)がそう言うのだ。(キノココ)はきっと己を鍛え、見違えるほど強くなって帰ってくるのだろう。

 

 ――ならば己はどうか。

 今の己は(キノココ)に自らが(ハルカ)の"誇り高き一番矢"であると名乗れるのか。

 旅路の果て、強くなった(キノココ)と胸を張って再会できるのか。

 

 スバメの心に炎が灯る。

 

 否、断じて否!

 このような体たらくで我が友(キノココ)に顔向けできる筈もない!

 

 スバメの体に力が戻る。

 

 この程度の苦境が何だ。(キノココ)の歩む旅路は過酷にして孤独。頼る者も無くたった一人で己を鍛えているのだ。

 己には頼れる(ハルカ)もいる、信頼できる仲間(手持ち)たちもいる……奴と比べて何と恵まれていることか。

 

 ならばこの程度のこと、はね返してみせねば話にもならん!

 

 腑抜けた身心に喝を入れ、スバメはその意識を取り戻した。

 彼は己が力を振り絞り、翼が傷つくのも厭わずに全力でゴルバットを振り払いに掛かる。

 既に"ひんし"となったと思っていたゴルバットはスバメが再び抵抗を始めたことに驚くも、すぐさま地力の差で以って抑え込む。

 

 そう未進化ポケモンと進化済ポケモンの地力の差。両者の間には依然、その巨大な壁が立ちふさがっている。これを超えない限りスバメには勝ち目がない。

 

――己は勝つ! (ゴルバット)に勝つ! 勝たねばならんのだ!

 

 状況は圧倒的な不利、されど勝利への渇望は轟々と燃え盛る。

 

 ポケモンとは生来、闘争の中で成長するもの。数多の戦いを経て、研鑽を積み、己が存在をより相応しい形へと昇華させる――それこそが本能。

 

 スバメが腹の底に力を込める。

 

 彼の肉体にはち切れんばかりのエネルギーが漲る。

 それは己の肉体が本能に従って蓄え続けた余剰の生体エネルギー。自らの存在を更なる高みへ押し上げるための「燃料」だ。

 既に「燃料」は必要なだけ満たされており、くべられるのを待つばかり。

 

――さあ、力を寄越せ! 目の前の敵を、討ち倒す……力を――!!

 

 そして、今――まさに「火種(勝利への渇望)」が「燃料(エネルギー)」へと投げ入れられた。 

 

 

 

 

――キュワローーーーーーーーーウッ!!!!

 

 

 

 

 瞬間、スバメが光に包まれる。

 それはポケモンという種が秘める神秘の発露――美しき「進化」の煌き。

 解放された爆発的なエネルギーは体内の隅々にまで行き渡り、肉体を恐ろしい速度で作り替えていく。

 より大きく、より強靭に――より戦闘に相応しいものへと。

 

 そして肉体を包む光が晴れた時、そこに子燕(スバメ)の姿は無く。

 代わってあったのは――猛々しき一羽の大燕。スバメの倍はあろう体躯に、艶めく黒白の翼。二本の尾羽は天を向いてピンと逆立ち、爪はさながら猛禽の如く。額から胸にかけてはその勇猛なる性質を示すかのように鮮やかな紅い羽毛に覆われ、(ゴルバット)を見つめる眼光はまさしく矢の如き鋭さであった。

 その名、"ツバメポケモン"オオスバメ。数多の戦闘経験を経て至った、スバメの新たなる姿(進化形)である。

 

 戦闘の中、新たなる姿へ至ったスバメ……いやさ、オオスバメ。彼は翼を打ち振るい、ゴルバットの拘束から逃れようとする。果たして進化を経てより強靭なものへと変化した肉体は、動揺し弛んだゴルバットの拘束をあっさりと振りほどき、彼を再び自由の身とした。

 拘束より逃れ、再び周囲を旋回しながらオオスバメは思考する。

 

――なるほどこれが「進化」する、ということか。

 

 体内に漲る進化前(スバメ)とは比べ物にならない力、彼は驚くと同時に納得する。

 

――これほどまでの力の差。確かに以前の己(スバメ)では(ゴルバット)に勝てぬのも道理。

 

 いざ進化を果たし、以前の己との圧倒的なまでの性能差を実感したことで、今更ながら(ゴルバット)との間にあった壁の大きさを痛感するオオスバメ。だが今、彼らの間に厳然とそそり立っていた筈の壁は――もうない。

 ならばこれより先は対等の戦い。共に進化を果たしたポケモン同士の純粋なる実力勝負である。

 

 オオスバメは翼を一打ち。再びゴルバットへ向け進路を変え、凄まじい速度で飛翔する。進化を経てより強靭となった翼が生み出す推進力は、瞬く間にオオスバメを最高速度へと至らせる。

 一方の相対するゴルバット。こちらへ向かってくるオオスバメを迎撃せんと大口を開け、キバを光らせ飛翔する。奇しくもその()()()()()()()()()()。違う点があるとすれば、片方が進化を果たしたことと――選択した"わざ"。

 

 飛翔する両者が瞬く間に距離を詰め……交差する。

 オオスバメより繰り出される翼打の一撃。それをゴルバットは先と同様、打ち込まれた翼へ自慢のキバを突き立てようとして――

 

――ガキンッ!!

 

 瞬間、途轍もなく固い()()に阻まれる。それは……()()()()()()()()()オオスバメの翼。

 そうオオスバメが先と同じ構図を作りだしたのは、全てこの状況を狙ってのこと。

 先の一戦で、オオスバメは相対する(ゴルバット)の技量がそれほど高くないのを見抜いていた。大方、技量を積まない内に進化を果たし、進化済ポケモンの地力の高さによるごり押しで戦って来たのだろう、と。ならばこちらが再び同じ動きで攻撃をすれば、全く同じ方法で迎撃するだろう、とも。

 果たして彼の考えは的中した。先と同じ構図で向かって来たオオスバメをゴルバットは全く同じ方法で迎撃しようとしたのだ。結果、ゴルバットはオオスバメの策に見事に引っかかった。

 

 衝突(インパクト)の瞬間、オオスバメは自らの翼にエネルギーを流し込み、とある"わざ"を発動させた。その"わざ"の名は"鋼翼一打(はがねのつばさ)"、硬い翼を相手に叩きつけて攻撃する"はがね"タイプの"わざ"である。

 そしてこの"鋼翼一打(はがねのつばさ)"、発動の際に纏う"はがね"の属性(タイプ)エネルギーにより、瞬間的ながら()()()()()()()()()を得るという特性がある。

 そんなものに思いきりキバを打ち付けたのだ。ただでさえ脆いキバが、鋼鉄に打ち付けられて無事で済む筈がなく。衝撃に耐えきれず、半ばからへし折れた。

 それだけではない。突如としてゴルバットの羽ばたきが止まった。どうやら衝撃で脳震盪を起こしたらしい。まさに千載一遇のチャンスであった。

 重力に引かれ、地上へと落下しようとするゴルバットから瞬時に離れたオオスバメ。彼はそのまま翼を折りたたんで急加速、自身の身も顧みぬ全力の突撃を敢行する。

 

――"勇気の飛翔(ブレイブバード)"

 

 果たして自傷覚悟で繰り出された"勇気の飛翔(ブレイブバード)"は見事ゴルバットを捉え、勢いのまま床に巨大なヒビを入れながら激突する。重力による加速も相まって、恐ろしい速度で叩きつけられゴルバット。当然の如く耐えられる筈もなく完全に意識を喪失した(ひんし状態となった)

 一方のオオスバメは自傷ダメージを負いつつも健在。翼を力強く羽ばたかせて飛翔し、勝者は己であると言わんばかりに鋭い鳴き声を上げる。

 

――ああ、(キノココ)よ見ているか? 己は一足先に高みへと至った(進化を果たした)ぞ! これで胸張ってお前に言える、己こそ誇り高き(ハルカ)が"一番矢"なり! と。

 

 ハルカvsアクア団二番勝負。

 一番、勝者――オオスバメ。

 

 

―――

 

 

――そうか、アレが勝ったか。

 

 姿を変えた朋友が勝利の雄たけびを上げる様を横目にワカシャモは思う。

 

――ならば、私も負けられんな。

 

 瞬間、襲い掛かる顎の一撃。ワカシャモの注意が削がれたと見て繰り出されたソレを彼は華麗な足さばきで回避する。そのまま流れるような動きでの蹴撃、攻撃した相手(グラエナ)に反撃をお見舞いする。

 蹴爪が胴体に食い込みその体を跳ね飛ばすものの、グラエナは空中にてひらりと宙返り、軽やかに着地すると再び戦闘の構えを取る。どうやらダメージを最小限に抑えたようで、その動きに一切乱れは無かった。

 

 先ほどからこれだ。

 ワカシャモは攻撃のたびに着実にグラエナへ反撃を叩き込んでいた。にもかかわらず、どうにも手応えが薄いのだ。それはグラエナがワカシャモからの攻撃に的確に対処し、ダメージを最小限に抑えていることもあるが、同時にワカシャモ自身、自らの攻撃が普段より弱くなっていると感じていた。

 "いつもより己の攻撃が弱い"、ワカシャモはその要因に心当たりがあった。それはバトル開始直後、グラエナより放たれた"いかく"の咆哮。体を芯から震わせるソレにワカシャモは僅かなりとも恐怖を抱いてしまった。無論、それ以降は持ち前の冷静さでもって心を鎮め、平静となってグラエナと対峙したのだが……。どうやら先に抱いた恐怖が肉体にこびり付き、攻撃の直前僅かに体を竦ませることでその威力を落としていたらしい。

 

 ならば行うべきは恐怖を払拭すること。"いかく"がポケモンの本能に訴えかけるならば、己も本能を鼓舞し対抗するのだ。

 

 構えを変える。

 手爪を眼前に交差させ、蹴爪を床に食い込ませ、腰を深く落とし力を溜める。表面上の動きは静か……されど内には生体エネルギーが激しく循環し、漏れ出た闘気が鶏冠を揺らしていた。

 構えを変え、体から闘気を立ち昇らせるワカシャモに、グラエナはこのまま座して見ていたのではマズいと判断したのか、それとも何かしら行動を起こされる前に決着をつけようとしたのか……ともかくとして彼はワカシャモへと攻撃を仕掛ける。

 牙を輝かせ疾駆するグラエナ、その牙が不動のワカシャモを捕える……瞬間、

 

――喔ッ!!

 

 咆号。

 大気を震わせる怒声、それは敵を威し自らを鼓舞する「鬨の声(ウォークライ)」。発せられる大音量を正面から浴び、グラエナは思わずしてたたらを踏んでしまった。

 怯んだグラエナをそのままにワカシャモはその身を躍動させ、炎の如く舞い踊る。

 

――"剣乱舞踏(つるぎのまい)"

 

 手爪を振りかざし、蹴爪を振り上げ、闘志を高める――戦いの舞踏。

 仕舞まで終えたワカシャモの、その様正しく気炎万丈。"いかく"の効果を振り払い、目の前の敵を討ち果たさんと気勢を上げる。

 

 蹴爪を高々と振り上げ、震脚。

 叩きつけた衝撃で蹴爪を床面に食い込ませ、回転。振り下ろした勢いを前方への推進力へと変える。

 繰り出されるは豪脚の一撃。遠心力を載せた恐ろしい威力の蹴りが、怯んだグラエナの無防備な胴体へと叩き込まれた。

 

――ズドン!!

 

 身体の真芯、生体エネルギーの集まる「当て所(きゅうしょ)」を捉えた一撃は、グラエナの体力(HP)を一瞬で削り取り……果たして吹き飛ばされたグラエナが再び立ち上がることはなかった。

 

 ハルカvsアクア団二番勝負。

 二番、勝者――ワカシャモ。

 

 

―――

 

 

「ゴルバット!?」

「グラエナ!?」

 

 ひんし状態となった自分たちのポケモンを見て悲鳴を上げるしたっぱたち。倒れた手持ちを大慌てでボールに回収しつつ、目の前の少女が想像以上の強敵であったことに慄く。

 

「嘘だろ……年末恒例団員対抗勝ち抜きトーナメント27位だった俺が負けた!?」

「おい待て! お前さっき女子団員に「俺結構やるんだぜ」って散々言っといて27位かよ!? そんなに強くもねえじゃねーか!」

「うるせえ! 48位のお前に言われたかねえわ! それにあの子俺のこと「わーすごいですねー」って褒めてくれたんだぞ!」

「あの子の順位16位だぞ!」

「マジかよ赤っ恥じゃねえか!」

 

 仲間割れでもしたのか、したっぱたちはお互いギャーギャーと喚き散らす。が、ハルカの手持ちたち(ワカシャモとオオスバメ)が爪を光らせながらにじり寄るとそれも止んだ。

 

「うおっ! ……ど、どうすんだよおい! このままパーツを奪えねえとヤべえぞ!?」

「知るか! クソっ! 丸腰のおっさんからパーツ一つ奪うだけの筈が、まさかこんなガキに邪魔されるなんて!」

「……うわっ! しかも作戦開始から時間が経ち過ぎちまってる! このままじゃリーダーにどやされるぞ!」

「おい、マジかよ! 畜生「ぐりぐり」だけはゴメンだああ~~!」

 

 任務の失敗を悟ったのか、何やら焦り始めた様子のしたっぱ。

 

「あなたたち! 何を言ってるのか分からないけど、抵抗はやめて大人しく――!」

 

 ハルカはそんなしたっぱたちに無駄な抵抗をやめて大人しくお縄につくよう呼び掛け――

 

 

 

「おい」

 

 

 

 声が聞こえた。低い、男の声が。

 

「――ッ!?」

「「ヒエッ……!」」

 

 その声を耳にした瞬間、弾かれたように顔を上げるハルカ。横でしたっぱたちが何やら悲鳴を上げていたようであったが、既に彼女にそんなものを気にしている余裕はなかった。それは彼女の手持ちたちも同様に、各々が最大級の警戒をしつつ声が聞こえてきた方向を注視する。

 

「テメエら……パーツ一つ奪うのにいつまで時間かかってんだ?」

 

 電気の落ちた薄暗い館内、したっぱたちが空けた天井の穴から新たに人影が降りてくる。薄暗い中で顔はよく見えないが、先ほど聞こえて来た声と体格から恐らく男性だろう。

 

「リ、リリリリリリーダー!?」

「こ、これには深い理由(ワケ)がありやして……!」

 

 ――その言葉を聞いた瞬間、ハルカは一瞬耳を疑った。

 

(――「リーダー」!? うそ……まさか!!)

 

 そう、したっぱたちの発した「リーダー」という言葉。これが正しいとするならば即ち――目の前の人影がアクア団を率いる首領に他ならないのだから。

 

 人影が、ハルカたちに向かって一歩踏み出す。非常灯の輝きに照らされ露わになったその姿は……正しく海賊の頭目といった出で立ちの男。

 日に焼けた褐色の肌に、鍛え抜かれた鋼のような体。頭には団の象徴(シンボル)が刻まれた青いバンダナを身に着け、蒼いボディスーツにも似た衣装に身を包む。伸ばされた髭は相手を威圧するかのように厳つく、彫の深い顔立ちがまるで傷のように目の周りに影を作りだしていた。一際目を惹くのは首から下げられたアクセサリーだろう。錨を模して造られたソレには丁度アンカーリングに当たる部分に、揺らめく炎のような紋様を持つ虹色の宝石らしきものが嵌め込まれていた。

 頭目らしく威風堂々とした足取りでこちらに歩み寄ってくる(アクア団リーダー)。彼は先のバトルで荒れた館内を一目みて、呆れたように声を出す。

 

理由(ワケ)……理由(ワケ)ねえ。……ま、大方、そこなガキンチョにバトルでこっぴどく負けた……ってところか」

 

 どうやら彼にはしたっぱたちの言い訳などお見通しだったらしい。縮こまるしたっぱたちから視線を外し、代わりにハルカの方へやる。

 

(――ッ!)

 

 (アクア団リーダー)の、まるで突き刺さるような強烈な視線。襲い掛かる圧倒的な重圧感(プレッシャー)を前にして、しかしハルカは屈することなく。むしろ、負けるものかと言わんばかりに睨み返す。

 まるで火花が散るかのような両者の睨み合い。(アクア団リーダー)は自身と対峙して一歩も引かない少女(ハルカ)の胆力に思わず「……ほう!」と感嘆する。

 

(中々イイ目をしていやがる。ただのオコサマトレーナーじゃねえって訳か)

 

 年の頃は十を過ぎたくらいか。その年で厳つい大人と張り合おうとするとは中々どうして胆が据わっている。見れば手持ちたちも相当に鍛えられているようだ。どうやら若いながらもその実力は一端のものらしい。

 

「――なるほどな、見れば分かるぜ。テメエの手持ち……相当鍛えられている。コイツら(したっぱ)がボロ負けしたってのも納得だ」

 

 「こりゃしたっぱ共、教育のしなおしだな」と思いつつ、(アクア団リーダー)は自らの部下たちを打倒した少女(ハルカ)へ混じり気なしに称賛を送る。

 

「俺の名はアオギリ。そこの野郎ども(アクア団)チームで頭張ってるモン(リーダー)だ。……その年でそんだけ手持ちを鍛えられる奴なんてそうはいねえ。誇っていいぜ、ガキンチョ。俺から見てもテメエは間違いなく実力者だ」

 

 敵からの突然の称賛にやや困惑するハルカ。だが、送られる称賛に悪意は微塵も感じない。アクア団リーダー(アオギリ)は純粋にハルカの実力を認めていているようだった。しかし、

 

「けどな」

 

 と、彼は言葉を続ける。

 

「――俺の方が(つえ)え」

 

 瞬間、膨れ上がる重圧感(プレッシャー)。ビリビリと肌で感じとったソレにハルカは思わず息を呑む。

 

「なあ、ガキンチョ。テメエなら分かるだろ? 俺とテメエの実力差って奴がよ」

 

 アオギリの言葉に無言を貫きつつも、ハルカは内心では認めざるを得なかった。間違いなく目の前の男(アオギリ)の実力は今の自分を上回っている。もしバトルを仕掛けられたら十中八九敗北するだろう。トレーナーとしての経験は浅くとも、彼女の類いまれな戦闘感覚(バトルセンス)がそれを事実だと告げていた。

 

「だからよう、そこを退け。俺の目的はそこのおっさんが持ってるパーツだ。それさえいただけりゃあ、手荒な真似はしねえ」

 

 だとしても……

 

「チャモちゃん! スバちゃん!」

 

 鋭い声で手持ちを呼び戻し、自らの前で臨戦態勢を取らせる……さながら背後のクスノキ(パーツ)を守るかのように。彼女が取った行動、それが意図することは明白だった。

 

「――確かに」

 

 相対する大敵(アオギリ)を見据え、ハルカは静かに言葉を紡ぐ。

 

「確かに、バトルの実力はアナタの方が強い。戦ったら多分……ううん、確実にあたしたちが負ける」

 

 目の前の敵が己よりも強い……そんなことは重々承知。

 

「でも……それが戦わない理由にはならない」

 

 逆境上等。追い詰められたその時こそ、英雄(しゅじんこう)の輝きは最も強くなる。

 

「あたしはハギさんに()()を頼まれた。だったら、あたしの役割はハギさんが来るまでここでパーツを守ること……それに」

 

 声に力を、瞳には闘志を。炎の如く煌めく精神は悪党などに屈したりはしない。

 

あなた達(アクア団)みたいな人の言うことなんて……絶対に! 聞かないんだからッ!!」

 

 最後はまるで叫ぶかのように、ハルカはアクア団リーダー(アオギリ)へ「否」を突き付けた。

 

 

「……吠えたな、ガキンチョ」

 

 少女が突き付けた「否」の回答。叩きつけられる猛々しき闘志。

 

「――だが、その意気やよし」

 

 それは正しく己に対する挑戦(バトル)の意思に他ならない。

 

「いいぜ、ガキンチョ。気に入った、()ろうや……ポケモンバトル」

 

 目と目が合ったらポケモンバトル。それこそがトレーナーの倣い。

 

「一匹だ。俺は一匹でテメエを倒す。もしテメエがコイツを倒せたんならその時は……この場から引いてやるよ」

 

 腰元よりボールを取り、構える。

 

「もっとも――出来るモンならなァ!!」

 

 両者、己が信ずる手持ち(武器)繰り出した(開帳した)ならば、

 

「行くぜッ!! ベトベトン!!」

 

 いざ尋常に、勝負(バトル)――開始(スタート)

 

 

―――

 

 

 アオギリの放ったボール。そこより光に包まれて飛び出したのは"ヘドロポケモン"ベトベトン。ヘドロで出来た流体の体を蠢かせ、()()()()()()()腕を振り上げて戦闘態勢を取る。

 

(ベトベトン!? でも、姿が……?)

 

 ベトベトンというポケモンは毒タイプの代表とも言えるポケモンだ。ホウエンのみならず、カントー、シンオウ、イッシュと比較的多くの地方に生息が確認されており、彼女もその姿を見知っていた。

 だが目の前のポケモンはシルエットこそ似通っているものの、彼女の知るベトベトンとは大幅に異なった姿をしている。

 油膜めいた七色のサイケデリックな体色に、白い結晶を体から生やすその姿。口や手から結晶が伸びる様はまるで牙や爪のようにも見えた。だが、何よりも違和感があるのはその()()()

 通常、ベトベトンというポケモンは常に強烈な悪臭を放っている。人に懐いた個体であれば多少は緩和されるらしいものの、それでも完全には無くなることはない。だが現在、彼女はベトベトンの目の前に居るにも関わらずそうした悪臭の類いが一切()()。それは毒素をまき散らすベトベトンの生態から考えれば明らかに異常。目の前の()()は彼女の常識からかけ離れたあまりにも異質なベトベトンであった。

 

「驚いてる顔だな。まあ、仕方がねえ。ホウエン(こっち)じゃコイツはあまり知られてねえからよ」

 

 見知ったポケモンの見知らぬ姿に驚愕の表情を浮かべるハルカ。ハンディのつもりか、はたまた手持ちに対する自信か、そんな彼女へアオギリは己が手持ち(ベトベトン)の正体を明かす。

 

「――『リージョンフォーム(地域変種)』つってな。"原種"とは異なる環境に適応し、その形質を変化させた言わば"亜種"って奴よ」

 

 『リージョンフォーム(地域変種)』。それは特定地域で確認される、従来知られていたポケモンと同種とされながらも見た目・形質などを異にする個体群の名称。一般によく知られた形質のポケモンーー"原種"――とは異なる環境・風土に適応し、その形質も大幅に異なっている場合が多い。

 例えばニャースなどが良く知られた例であろうか。一般的によく知られた"原種"のニャースは"ノーマル"タイプであるが、アローラで確認される個体は"あく"、ガラルで確認される個体は"はがね"のタイプをそれぞれ有しており、姿形や生態も原種とは異なるものとなっている。

 そして『リージョンフォーム(地域変種)』の個体は原種との区別のため、発見された地方名を冠して"○○の姿"と呼称されるのが通例。ならばアクア団リーダーのベトベトンは、

 

コイツ(ベトベトン)はアローラ地方で生息が確認された個体。言うなれば……"アローラの姿"ってところか」

 

 ベトベトン・"アローラの姿"。かつて深刻なゴミ問題に直面したアローラ地方に導入され、僅か数十年の内にその形質を変化させたポケモンだ。現在でもアローラ地方で発生する大量のゴミを食べることで処理し、自然環境と消費文明の共存を成立させる立役者である。

 だがしかし、彼らの主食であるゴミは原種の主な食糧であった工業廃液と比べて含まれる毒素が少ない。故に彼らは貴重な毒素(エネルギー源)を体外に放出しないよう新たな能力を獲得した。

 

「"アローラの姿"のベトベトンは毒素を体内に溜め込み、凝縮する性質を持っている。ほれ、その証拠にコイツは全然臭わねえだろ?」

 

 それこそが毒素の凝縮。体外へと毒素を漏らさぬよう凝縮し、体内で化学反応を起こすことでエネルギーとする能力。

 

「コイツの体から生える結晶はそうやって凝縮された毒素が結晶化したモンだ。人間じゃあかすっただけでも致命傷、ポケモンでもただじゃ済まねえ。精々、頑張って避けるこったな――行け」

 

 アオギリからの命を受け、ベトベトンが動き出す。

 ゴボゴボと流体の体を蠢かせるベトベトン。次の瞬間、彼の体からハルカ目掛け無数のヘドロ塊が射出される。

 

――吐泥爆弾(ヘドロばくだん)

 

 飛来する毒の塊、内包された毒素からハルカに直撃すれば命に関わるだろう。だが、己が(トレーナー)の危機を手持ちたちが見逃す筈もない。

 まず動き出したのはオオスバメ。彼は大きな翼を力強く羽ばたかせ、突風を起こしてヘドロ塊を押し返さんとする。次に動いたのはワカシャモ。彼は大きく口を開き、燃え盛る火を吐き出した。吐き出された火はオオスバメの突風に煽がれて見る見る内に大きくなり、やがて視界一面を覆う炎の壁となる。そうして突風で勢いを殺された吐泥爆弾(ヘドロばくだん)は次々と炎の壁に取り込まれ、水分を失い灰となって燃え落ちた。

 連携によりベトベトンの攻撃を凌いだ二匹。しかし攻撃はこれで終わりではない。いや、むしろここからが本番。ベトベトンというポケモンの能力値(ステータス)傾向は「こうげき」に優れた物理アタッカーだ。即ち彼の本領とは近接戦闘においてこそ。先の吐泥爆弾(ヘドロばくだん)など牽制に過ぎない。

 炎の壁に影が映る。二匹がそれを認識した瞬間、壁から伸びるサイケデリックな腕。ベトベトンが炎の壁を正面から突破してきたのだ。高い練度(レベル)と「とくぼう」にまかせた真正面からの接近、二匹は完全に不意を突かれた形となった。

 突然、目の前に現れたベトベトンに慌てて距離を取ろうとする二匹。しかし滞空していたオオスバメはともかく、正面で火を吹いていたワカシャモに咄嗟の行動は不可能であった。

 太いヘドロの触腕が逃げ遅れたワカシャモを捕える。ベトベトンはそのまま流体の体で以ってワカシャモの全身を包み込み、ギチリギチリと締め上げた。万力のような力で締め付けられ、ワカシャモは思わず苦痛の声を漏らす。さらに追撃と言わんばかりに、結晶牙でもってワカシャモを噛み砕かんと大口を空けるベトベトン。

 

「――チャモちゃん!? スバちゃん! チャモちゃんを!」

 

 苦しむワカシャモの姿に、すぐさまオオスバメへ救出を指示するハルカ。その指示が届くや否やオオスバメは翼を一打ち、朋友を救わんがため飛翔する。"ひこう"タイプの圧倒的加速力で接近したオオスバメは速度を維持したままベトベトンへと突撃、横っ面を思いきり叩きつけその体を弾き飛ばした。

 弾き飛ばされた衝撃でベトベトンの拘束が一瞬緩む。その隙を見逃さず、オオスバメはすぐさまワカシャモの体を掴んでその場から離脱しようとした。だが、その時すでにオオスバメへ()()()()()()が迫っていた。

 

――紫毒貫手(どくづき)

 

 瞬間、"どく"エネルギーを纏った「突き」がオオスバメに突き刺さる。高い「こうげき」の能力値(ステータス)から放たれるタイプ一致の物理技。先のゴルバットとの戦いでダメージを負っていたオオスバメに耐えられる筈がなく、彼を瞬きの内に"ひんし"へと至らしめた。

 

「スバちゃん!?」

 

 意識を失い地に伏せるオオスバメ。そして救出に失敗したことにより、ワカシャモもまた同じ運命を辿る。

 ベトベトンが腕を振り下ろし、叩きつけるようにしてワカシャモを解放する。解放され力無く床に転がるワカシャモ。彼は全身を毒に侵され動けないでいた。そんな彼にも容赦なくベトベトンはトドメの一撃を繰り出す。

 

――衝毒液(ベノムショック)

 

 ワカシャモに浴びせられる特殊な毒液。高密度の"どく"エネルギーが込められたそれは彼の体内の毒素と反応し、爆発的な勢いでその体を侵し尽くす。果たして数瞬も経たぬ内にワカシャモはその意識を闇に閉ざした。

 

「チャモちゃん!?」

 

 戦闘不能(ひんし状態)となった二匹をボールに戻しながら、ハルカは内心歯噛みする。主力である二匹が倒された。残っている手持ちは加わってから日が浅く、練度も及ばない新入りだけ。戦局は圧倒的に不利であった。

 

(それでも……!)

 

 勝算は微かだが、ある。彼が偶然にも覚えていた()()()を成功させられれば……!

 

「おいおいどうした? 出さねえのかよ、三匹目。テメエの手持ちが三匹いるってことはウシオの報告で知ってんだ。……ま、出さねえってんなら仕方ねえ。こっちは予定通り、とっととブツを回収させてもらうぜ」

 

 アオギリが合図を送れば、ベトベトンはハルカの背後――縮こまるクスノキ目掛けて勢いよく腕を伸ばす。

 迫る猛毒の触腕。しかしそれはクスノキに到達することなく、直前でなにかに阻まれた。

 

「ほう」

 

 ベトベトンの腕を防いだもの……それは突如として現れた岩の壁。まるでクスノキを取り囲むかのように岩塊が飛来し、ベトベトンの触腕を阻んだのだ。

 そして岩塊が飛来したのはクスノキの周りだけではなかった。ベトベトンの頭上にもまた現れる巨大な岩塊。鈍重なベトベトンは高速で飛来したそれを避けられず、成す術もなく押し潰された。

 

「なるほど、"がんせきふうじ"か」

 

 クスノキの周りに作り出された岩の壁。アオギリは瞬時に、これが"がんせきふうじ"を応用したものであることに気が付いた。"がんせきふうじ"は相手の進路を岩で塞ぎ、その速度(すばやさ)を落とさせる効果を持つ。その効果を応用し、クスノキの進路全てを塞ぐことで彼を守る即席の壁としたのだ。

 勿論、何もないところから突如として岩塊が出現することなどありえない。必ず"わざ"を使用した何者かがいる。そしてその"何者か"はすぐに見つかった。

 岩壁のすぐ手前、伸びていた触腕を弾き飛ばしながらこちらを睨みつける一匹のポケモン。小柄ながらも鋼の鎧に身を包み、四本の足で地を踏みしめる堅忍不抜(けんにんふばつ)のヨロイ武者。

 "てつヨロイ"ポケモン・ココドラ。ハルカの軍勢(パーティ)へ加わった新たな戦士(手持ち)である。

 

「ドラちゃん!」

 

 (あるじ)の指示に応え、ココドラが走り出す。進む先は()()()()()()()ベトベトンの元。

 そう、彼女らは確信していた。あの程度の攻撃であのベトベトンが倒される筈がない。敵は未だ健在である、と。

 

「ハッハア!! 来たかよ三匹目え!! オラ、ベトベトン! いつまで寝てやがる! まだ勝負(バトル)は終わっちゃいねえぞ!」

 

 果たして彼女らの確信は正しかった。大岩の下、極彩色の流体が蠢き自らを押しつぶす岩塊を持ち上げる。現れたベトベトンは未だ健在。流動の体が衝撃を殺し"がんせきふうじ"をほとんど無効化していた。

 だが、そんなことはハルカたちも承知済。元よりこの程度の攻撃で倒せるなどとは思っていない。"がんせきふうじ"はあくまで伸びる触腕を防ぎ、ココドラが接近する時間を稼ぐためのもの。つまりここからが本番だ。

 ベトベトンが持ち上げた大岩を接近するココドラ目掛けて"なげつける"。飛来する岩塊に対し、しかしココドラは避けるそぶりを見せず、逆に頭から勢いよく突っ込んでいく。迫り来る岩とココドラが正面から激突し――岩塊が砕け散った。

 考えても見れば当然のこと。固いもの同士が勢いよくぶつかればより固いものの方が勝つ。そして"はがね"は"いわ"よりも硬い、これはこの世界における不変の真理(タイプ相性)だ。即ち"はがね"タイプのココドラが"いわ"の塊を砕いたのは必然の結果。彼の身を包む黒鉄の鎧、砕けるものなどそうはいない。

 

――次はこっちの手番(ターン)だ!

 

 ベトベトンの攻撃を凌いだならば次はココドラの手番(ターン)である。彼は後肢を踏ん張り、前肢を思いきり床に叩きつける。インパクトの瞬間、彼の前肢から放たれる"じめん"エネルギー。それはエネルギーを纏う振動波となって床を伝い、ベトベトンへと到達する。

 

――地鳴(じならし)

 

 込められた"じめん"エネルギー(効果はバツグンの一撃)がベトベトンの体力(HP)を削り、揺さぶられた衝撃で体勢が崩れる。……が、攻勢はそこまでであった。

 なるほど、確かに弱点タイプによる一撃はベトベトンに少なくないダメージを与えることに成功した。体勢を崩されたベトベトンは――元々素早い訳でもないが――以前ほど機敏には動けないだろう。だが、それだけだ。所詮は格下の属性(タイプ)不一致"わざ"。ココドラとベトベトン、両者の練度(レベル)差を考えればいかに弱点タイプの"わざ"といえどひんしに至らしめるには力不足であった。

 

 そして――手番(ターン)が移った。

 

 "わざ"を繰り出し硬直したココドラへ、勢いよくベトベトンの腕が伸びる。拳に纏うのは混じり気無しの"かくとう"エネルギー。直撃すればココドラを確実に"ひんし"へと至らしめる破壊力を持った一撃が彼に迫る。

 ……残念ながら攻撃を繰り出した直後のココドラに、この一撃を避けることは叶わず。

 

――奮闘拳(グロウパンチ)

 

 彼の体に"かくとう"の一撃(四倍弱点)が叩き込まれた。

 

 

―――

 

 

「ハッ! 残念だったなガキンチョ。この勝負(バトル)――俺の勝ちだ!」

 

 ベトベトンの奮闘拳(グロウパンチ)がココドラに直撃(ダイレクトヒット)するのを見て、アオギリは己の勝利を確信した。

 なるほど確かにハルカのポケモンたちはよく鍛えられているだけあって、格上(ベトベトン)相手に一歩も退かず立ち回ってみせた。どうやら彼女を一端の実力者と見たアオギリの眼は確かだったらしい。

 だが、残念ながら所詮は一端止まり。将来ならまだしも、現在の未熟(低レベル)な手持ちたちでは遥か格上のアオギリには敵わない。故にこの結果は順当なもの。強者が弱者を実力差で下した、ただそれだけの話。

 

「見る限り幾つかジムを突破して自信があったみてえだが……所詮はまだまだ青臭えオコサマトレーナー。大人相手にゃ通用しねえってこった。ま、俺のベトベトンをそれなりに手こずらせたんだ。そこだけは褒めてや……?」

 

 なのになぜ、

 

「おい、ガキンチョ」

 

 彼女は、

 

「テメエ、()()()()()()()()?」

 

 笑っているのだろう。

 

 奮闘拳(グロウパンチ)がココドラに叩き込まれた時点でハルカは敗北した筈。しかし、彼女の顔に浮かんでいるのは諦念でも、絶望でもない――己の勝利を確信したかのような自信に満ちた笑み。

 

「何を勘違いしているの?」

 

 猛る闘志でギラギラと瞳を輝かせ、彼女は目の前の対戦相手(アオギリ)に告げる。

 

「まだ、勝負は――決着()いてないから」

 

 その言葉にアオギリは慌ててバトルフィールドに視線を戻す。

 そこにあったのは()()()()()()()()ベトベトンとココドラの姿。

 

(何だってんだ、確かにアイツ(ベトベトン)はココドラを"ひんし"に――!?)

 

 そう、確かにベトベトンの一撃はココドラを戦闘不能("ひんし"状態)に至らしめた筈。なのになぜ、()()()()()()()()()()()()()

 刹那、アオギリのトレーナーとしての経験がその答えを導き出した。

 

「"がんじょう"か……!」

 

 特性・"がんじょう"。"ひんし"に至る攻撃であろうとも、ギリギリで持ち堪えることができるココドラの特性だ。

 

「……だったらもう一発叩き込めば!」

 

 だが持ち堪えられたのは本当にギリギリ、もう一発でも喰らえばあっという間に戦闘不能("ひんし"状態)だ。故に、動けるのはほんの一手分。

 

 そう――それだけあれば十分だ。

 

「ドラちゃん!」

 

 アオギリが追撃を指示するより早く、ハルカの指示が飛ぶ。

 同時にココドラの周囲に浮かぶ、()()()()()()()()()()

 

――"鋼片(メタル)"

 

 これなるは(ココドラ)の切り札。本来であれば練度(レベル)が足りず、使えない筈の()()

 

――"炸裂(バースト)"!!!!

 

 "鋼片炸裂(メタルバースト)"である。

 ベトベトンから受けた一撃……そのエネルギーを吸収/増幅/反射して、炸裂した鋼片がベトベトンの体に突き刺さる。未だ扱える練度(レベル)に達していない関係上、発動した"わざ"は不完全なものであったが……それでもベトベトンを屠るには十分であった。

 果たして、己が叩き込んだダメージをそのまま打ち返されたベトベトン。そのまま地面へと倒れ伏し――起き上がることは無かった。

 

「この勝負(バトル)……あたしたちの、勝ちよ!」

「――――」

 

 己が信頼する手持ち(ベトベトン)が倒れ伏す様を見ながら、アオギリは絶句する。

 ありえない。手持ちの練度(レベル)差は圧倒的であった筈。それに相性が極端に悪かった訳でもない。自分が負ける要素など何処にもなかった。

 

「…………フハ」

 

 ありえない、ありえない、ありえない。

 

「ハハ……ハハハハハ……!」

 

 ありえない――故に、

 

「ダッハッハッハッハッハッハッハッハッハ――――!!」

 

 面白い。

 

 狂笑、哄笑、呵呵大笑。湧き上がる感情のまま、アオギリは腹の底から笑い声を上げる。突然笑いだしたアオギリに、ハルカはギョッとした視線を向けるが当の本人はどこ吹く風。

 

 面白い、面白い、これほど愉快痛快な出来事など久方ぶりだ。

 

 彼の心に渦巻くのは、強者と対峙した興奮と仲間が敗北した悔しさと……ほんの()()()()()()()

 目の前の少女(えいゆう)己という大敵(アクア団リーダー)に、力と技と根性で競り勝ってみせたのだ。ああ、その姿はまるで()に挑んだ嘗ての己のようで――。

 

「――気に入ったぜ、ガキンチョ。テメエの名はなんだ?」

 

 ならば、その名を聞かねばならない。大敵(おのれ)を打ち破ってみせた、若き強者の名を――!

 

「……ハルカ」

 

 そう問われたハルカは意外なほどアッサリと己が名を明かす。テロリストの親玉に自分の名を教えるなど、どうかしているとしか思えなかったが、なぜだろうか……目の前のこの男に対しては名乗ってもよいように感じた。

 それは実力者に対する純粋な敬意か、それとも一人のポケモントレーナーとしてのシンパシーか。ハルカは、少なくとも目の前の男(アオギリ)がポケモンに対して真摯に向き合っている、と――それだけは確信が持てた。

 

「……『ハルカ』、か。確かに覚えたぜ……テメエの名前」

 

 強敵(ハルカ)の名をしっかと心に刻み、アオギリは宣言する。

 

「次の勝負(バトル)の時、俺はテメエを全力でぶっ潰す。それまでにテメエは精々強くなっておけ――少なくとも俺と勝負できるくらいにはな」

 

 それはアオギリからの宣戦布告であり、同時に彼なりの激励。

 

「――当然」

 

 そんな彼からの言葉に、ハルカは拳を突き出すことで応える。

 

「次も勝つのは――あたしたちだから!」

 

 絶対に負けない、勝つのは自分たちの方だ。

 そう宣言する彼女の瞳には、ギラギラと輝く闘志が宿っていた。

 

 

―――

 

 

「ま、今回の勝負(バトル)はテメエの勝ちだ。約束通りここは退いてやるよ。……それに、今回はどっちにしろ時間切れみてえだしな」

 

 "ひんし"状態のベトベトンをボールに戻し、階下へ続く階段を見ながらそう呟くアオギリ。つられてハルカも同様に視線を階段へと移す。

 視線の先には隔壁で封鎖された階段。次の瞬間、轟音と共に隔壁がはじけ飛んだ。

 

「スマンのハルカちゃん。待たせた」

 

 吹き飛んだ扉の向こう、のっそりと現れるルンパッパ。体中傷だらけの状態ながらその威容は未だ健在。

 彼の隣に立つのはハギ老人、百戦錬磨の眼光で以ってアクア団リーダー(アオギリ)を見据える。

 

「ようこそ元・四天王、『海嘯』のハギ。その分だとイズミはやられちまったか」

「『イズミ』……あのグラエナの嬢ちゃんか。おお、中々に引き際を心得ておったよ。三体ほど倒したところで逃げられてしもうたわい。ありゃいい腕しとるの」

「ハッ! あんた程の実力者に褒められるとはうれしいねえ。優秀な部下を持って俺も鼻が高いぜ」

「ほうほうそりゃ良かったの。――では、貴様自身の実力も試してやろうか?」

 

 ハギ老人から膨れ上がる闘気。手持ちたるルンパッパがゆらりと構えを取る。

 

「そりゃ光栄だ。だが、今回は遠慮しておこう。今日のところはこのまま引き上げるつもりなんでな」

 

 しかし対峙するアオギリはどこ吹く風。飄々とした様子で今回はこのまま撤退するという。

 

「――逃がすとでも?」

「おおう、怖え怖え。思わず(ブル)っちまいそうだ……だがよ、アンタもそう余裕はねえ筈だぜ」

 

 逃がすまいと一歩踏み出したハギ老人に、アオギリは指摘する。

 

「見たところテメエの手持ち、イズミに随分と削られたんだろ。んで、そんな姿にも関わらず頑なに別の手持ちと交換しようとしねえ。じゃあ、考えられるのはテメエの持ってる手持ちがソイツら(ルンパッパとキャモメ)しかいねえってことだ」

 

 さらにアオギリは、テメエが俺たち相手にブラフなんぞやる意味ねえしな、と付け加える。

 

「そこのガキンチョに一匹やられちまったが、俺の手持ちはまだまだ残ってる。さて、テメエの手負いの手持ちで残った俺のポケモンを全て倒せるのかねえ?」

「………………」

 

 アオギリの言葉に無言を貫くハギ老人。

 残念ながら彼の指摘は当たっていた。臨戦態勢こそ取らせてはいるもののハギ老人の手持ちは手負いの状態。戦闘(バトル)自体は可能であるが、恐らく相当な実力者であろう目の前の男の手持ちを、全て倒せるかと問われれば難しいと言わざるを得なかった。

 

「こっちはガキンチョの顔を立ててこのまま引き下がるってんだ。ここはお互い矛おさめようや」

「…………フンッ」

 

 今回はここで引き下がるから余計なことをせず見逃せ、そう語るアオギリに対しハギ老人はしぶしぶといった具合に鼻を鳴らす。

 

「――いいじゃろう。仏の顔も三度という、先のカナシダトンネルの一件も含め今回までは見逃してやる」

 

 手持ちのコンディション。守らねばならぬ者(ハルカやクスノキ)たち。目の前の男の凡その実力。それら諸要素を全て勘定して、ハギ老人は彼らを見逃すことを決断した。

 

「しかし」

 

 と、彼は続けて、

 

()()()()()()。――次に儂の前に姿を見せたが最後、儂は持てる全力で以って貴様らを叩き潰す」

 

 ――故、覚悟しておけ

 

 そう、言い放った。

 

「――――ああ、胆に銘じとくよ」

 

 そう答えるアオギリの顔に浮かんでいたのは、どこまでも不敵な笑みであった。

 

「うし。テメエら、帰るぞ」

「「へ、へい!」」

 

 したっぱたちに撤退すると声を掛けると、アオギリはボールから新たにポケモンを繰り出した。

 ボールから飛び出たのは紫色の体色に、四枚の羽を備えたポケモン。"こうもり"ポケモン・クロバット。

 アオギリは己が傍らで滞空するクロバットへ"わざ"の指示を出す。

 

「クロバット、"くろいきり"だ」

 

 瞬間、クロバットの体から噴き出る真っ黒な霧。霧は見る見る内に館内へ広がり、アオギリたちの姿を覆い隠した。

 

「――ああ、そうだ。ガキンチョ、テメエにはコレを渡しとく」

 

 視界を覆う霧の中、ふと気が付いたようにアオギリから何かがハルカへ投げ渡される。

 警戒しつつもその飛んできた何かをキャッチしたハルカ。見ればそれは小さな巾着袋であった。はてこれは一体何なのかと疑問に思うハルカへ、アオギリから解説が飛んだ。

 

「そいつは『毒除丸(どくじょがん)』。どんな毒だろうがたちどころに下す秘伝の薬だ。俺のベトベトンの毒だって、それなら完全に治せる」

 

 投げ渡してきたのはどうやら解毒剤。ベトベトンの毒に侵された手持ちたちに使えとのことだった。

 なにやら怪しい気もするが、しかしアオギリが態々毒を盛るような理由もない。それに少なくとも彼はポケモンのことに対しては真摯だ。ならば信頼に足るだろう。

 そう判断したハルカは手渡された『毒除丸(どくじょがん)』をバッグに仕舞った。

 

 そうこうする内、徐々に霧が晴れて来る。

 やがて完全に視界が戻ったそこに、既にアオギリたちの姿は無かった。

 

 

―――

 

 

 アクア団の連中が立ち去ったのを確認した後、儂はクスノキ館長を造船所に送り届けたその足でポケモンセンターに向かった。手持ちの回復のためもあるが、先にセンターへ向かったハルカちゃんに話も聞きたかったからの。

 センターに辿りつき、負傷したルンパッパを預けた儂は、同じく治療が終わるのを待っていたハルカちゃんの元へと赴いた。そこで儂がいない間に二階で何が起こったのかを聞き出したのじゃ。

 彼女が言うには儂と分断された後、パーツを狙ったアクア団が侵入してきたらしい。やはり奴らの狙いは儂とパーツを引きはがすことじゃったか。儂を足止めして無防備になったところでパーツを奪うつもりであったが、しかしそうは問屋が卸さなかった。腕の立つトレーナーであるハルカちゃんが居ったからの。彼女は襲い来るアクア団を退け、見事に儂が来るまでパーツを守り抜いたのじゃ。

 とはいえ、まさかリーダーが直々に襲い掛かって来ていたとは思わなんだ。儂の足止めを行っていた嬢ちゃんが幹部級と考えれば、リーダーの実力はそれを上回っている筈。ハルカちゃんも良く勝てたものじゃのう。

 ハルカちゃん自身は「向こうがこちらを格下と侮っていたから勝てた」と謙遜するが、勝てたのは間違いなくハルカちゃんの実力もあってのことじゃ。並みのトレーナーでは――例えハンディがあろうとも――練度(レベル)で遥かに上回る相手に勝つことは出来まい。

 しかし、心配なこともある。今回の一件でこの子(ハルカちゃん)はアクア団に目を付けられた。少なくともこれ以降、連中が子供相手だからと侮ることはあるまい。必ず全力で以って排除してこようとする筈じゃ。

 

 ……正直、ハルカちゃんの身の安全だけを考れば即刻ジム巡りを中断させ、家に帰すのが無難じゃろう。ジム巡りは命に賭してまで行うようなものではない、アクア団の危険が去り安全になった後に行っても良い筈じゃ。儂もそう勧めたのじゃが……。

 

「ジム巡りを辞めるつもりはありません」

 

 そうキッパリと断られてしまった。ハルカちゃんは誰がなんと言おうとジム巡りを辞めるつもりはないらしい。一応、何故かと問うてみたら――

 

「約束したんです――友達と」

 

 聞けば彼女はジム巡りの果てに、友との再会を約束したという。だからジム巡りを辞めない、自分たちはこんなところで立ち止まる訳にはいかない、と。そう語る彼女の目には強い決意の色が見えた。

 こういった目をしとる者には何を言っても無駄じゃろうて。それなりの年月を生きとるが、こうした手合いが言葉なんぞで止まる訳がないことは良く知っておる。他ならぬ儂自身がその類いじゃからな。

 それに儂が何を言おうとも、ハルカちゃんは既にポケモンを手にした一人のトレーナー。こうしてポケモンを所持し共に旅をしている以上、その進退を決めるのはハルカちゃん自身じゃ。彼女がジム巡りの旅を続けることを選ぶというなら、それに儂が口を出す権利はあるまいよ。

 とはいえ、ハルカちゃんが旅を始めたばかりのトレーナーで、その実力はまだまだ本物の実力者には及ばないこともまた事実。旅を続ける以上、降りかかる火の粉は己自身の力で振り払わねばならん。故に彼女は今よりも更に強くなる必要がある。

 ハルカちゃんの才能を考えれば、恐らく放っておいてもいずれは実力をつける筈じゃ。しかし、ただ闇雲に修行するだけでは時間がかかる。ならば儂は先達として、彼女の()()()()()()をというものを見せてやるのが務めじゃろうて。

 そう思い立った儂はハルカちゃんに()()()()を提案したのじゃ。儂の提案を聞いたハルカちゃんは不思議そうな顔をしておったがこれを了承してくれた。

 これでよし。彼女ならばきっと()()から良き学びを得てくれるじゃろうて。

 

 

 しかし、ハルカちゃんから聞いたアクア団リーダーの名前……。確か「アオギリ」と言ったか。

 うーむその名前、何処かで聞いた覚えがあるような……?

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクア団アジト・アオギリの私室兼執務室。

 部屋の中、一人機嫌よく酒を呷るアオギリの耳に扉を叩く音が届く。

 

――コンコン

 

「おーう、誰だあ?」

 

――イズミです。アオギリ様、作戦結果の報告に参りました。

 

「何だ、イズミか。分かった、入れ入れ」

 

 訪ねてきたのが幹部のイズミであることを知ると、部屋に入るよう促すアオギリ。

 失礼します、の言葉と共に扉を開けイズミが部屋に入ってくる。小脇には報告書であろう紙束を抱えていた。

 

「――あら、一人でお楽しみになられていたようですね。出直しましょうか?」

「いや構わねえ、このまま聞こう。……お前も一杯どうだ?」

「……いえ、遠慮しておきますわ。一応職務中ですので」

「なあに、此処にはしたっぱ共はいねえんだ。構いやしねえよ。――それにその口調も、だ。んな畏まった口調なんて気色悪くてしかたねえ」

「………………………………ハア……そうさせて貰うよ」

 

 といって口調を幹部としての慇懃なものから、幼馴染としての砕けたものへと変えるイズミ。彼女はツカツカと歩み寄るとアオギリが差出したグラス……ではなく、その近くに置いてあった酒瓶の方を奪い取った。

 

「……ング……ング……」

「――ア゛ッ!? イズミテメエ、何しやがる!?」

 

 奪い取った酒瓶に口をつけ、中身をグビグビと飲み干していくイズミ。酒を奪われたアオギリが不満の声を上げるが、彼女が耳を貸すことはなく。

 

「プハァ! ……「何しやがる」だって? そりゃこっちの台詞だよ、このスットコドッコイ!!」

 

 飲み干した酒瓶をドンと置き、激しい剣幕でまくし立てる。

 

「アタシが必死こいて四天王(バケモン)の足止めしたってのに! アンタって奴は"一匹負けたら撤退する"なんて思いつきの口約束を律儀に守ったりしてさ! おかげでパーツは奪えず終い! 掛けた金も手間も全部パー! 文句の一つも言わなけりゃやってられないっての!!」

 

 人と手間と金を掛けて準備した作戦をその場の思いつきで不意にされ怒り心頭のイズミに、アオギリはバツが悪そうな顔で頬を掻く。

 

「あー……悪かったって……。俺も久々にイキのいいトレーナーと()ったんでな、ちと塩を送りたくなっちまって……。まあ、過ぎたことは仕方ねえ、計画についてはキッチリ帳尻を合わすからよ。今回のことは水に流してくれや」

 

 ()()()団だけに。

 

「下らないこと言ってんじゃないよ! 昔からアンタって奴はいつもそうだ! 大体――!」

 

 どうやら冗談は通じなかったようだ。この分だとお説教はしばらく続くだろう。

 アオギリが思いつきでやらかし、巻き込まれたイズミが終わった後にお説教。幼馴染である二人の「いつも」の光景。

 ガミガミと叱りつけるイズミを宥めながら、アオギリは早く彼女の気が静まってくれるよう祈るばかりであった。

 

 かれこれ数十分後。

 言いたいこと一通りぶちまけたのか、彼女のお説教も少しクールダウンしていた。

 

「――という訳だよ。分かったかい?」

「ああ、分かった分かった。今度から気を付ける。これでいいだろ?」

「ハア……アンタって奴は本当に……。まあ、いいさ。そんなところも含めてアンタはアタシらのリーダーなんだ。上司の無茶振りを認めてやるのも部下の度量さね」

「ありがとよ、イズミ。俺はお前のそういうところが好きだぜ」

「はいはい。……それで、次はどうするつもりだい?」

 

 取り敢えずは怒りの矛先を収めたイズミ。これからの動きをアオギリに問う。

 

「まず、機密パーツについては()()()の奴に任せる。元々パーツは潜水艇とセットでなけりゃあ意味がねえからな、パーツが取り付けられた後に潜水艇ごと頂いちまうのよ。そのための準備を奴には進めさせている、整い次第俺たちも動く予定だ」

「そう。それで、その間にアタシらはどうすんだい?」

 

 シズクが準備を進める間、アクア団本隊(自分たち)はどうするのか。

 そんなイズミからの問いにアオギリは待ってましたばかりに笑みを浮かべ、持っていた携帯端末を操作する。

 

「――()()()の奴からおもしれえ情報が入った」

()()()……? 確か、マグマ団に潜入させてる内の間諜(スパイ)だっけ。向こうさん(マグマ団)に何か動きでもあったのかい?」

「ああ。どうやら連中、超古代ポケモンの制御装置である宝珠(たま)を人工的に作りだそうとしているらしい」

 

 それはマグマ団に潜ませた間諜からの情報。

 

「超古代ポケモンの制御装置……」

「オウとも、中々に興味をそそられる話じゃねえか。――だからよ、俺たちも作っちまおうと思ってな」

 

 そういうとアオギリはさらに携帯端末を操作し、別に情報を表示させる。

 

「自然エネルギーが満ちる『地脈世界』、宝珠の核たる『赤い貴石』……そして()()()だ」

 

 表示されたのは「りゅうせいの滝」近くで発見されたとある隕石の情報。

 現在発掘プロジェクトが進行中のソレは一定の条件下でその種類を変化させる性質があるのだという。

 ある時はキーストーンに、ある時はメガストーンに……ならば、

 

「そんな性質の隕石に高濃度の自然エネルギーをぶち当てれば……どうなるんだろうなあ?」

 

 変化するだろう。当てられたエネルギーを吸収して、より相応しい形に。

 

「ま、そういう訳だ。荒事はちっと横において、俺たちはガクジュツ的なことをやってみようぜ」

 

 上機嫌な様子で次なる目標(ターゲット)を語るアオギリ。その瞳にはどこか狂気的な光が宿っていた。

 

 

 悪意の波は止まらない。

 例え一度引いたとて、それは次なる寄せ波の前兆に過ぎず。

 

 滄海(アクア)の獣は密やかに、深淵にて胎動を続ける。

 世界を始まりに還す――その時まで。

 

 

 

*1
ゴルバットの平均的な大きさはおよそ1.6mほど

*2
自然界に生息する野生個体の話。トレーナーに捕獲された個体や人間に育てられた個体においてはその限りではない




お待たせいたしました。これにてアクア団襲撃編は終了となります。
パーツは何とか守り抜きましたが、代わりにハルカがアクア団からロックオンされました。これで次会う時は一切情け容赦なく、本気かつ全力でバトルを挑まれるでしょう。やったね(よくない)。

巷では「LEGENDSアルセウス」のDLCに、まさかの第9世代発表と盛り上がりを見せておりますポケモン界隈。

新作『ポケットモンスター スカーレット/バイオレット』
作者は水御三家を選ぶつもりですが、皆さまはどの子を選びますか?

さて、次回は主人公のキノココのお話。
果たして地上に戻った彼の次なる旅路に、一体何が待ち受けているのでしょうか。
どうか気長にお待ちください。


以下、設定語り。興味の無い方は読み飛ばしていただいて構いません。

・ハルカ
 遥か格上のアオギリ相手に、ハンディありとはいえ勝ちをもぎ取ることに成功。なお代わりに彼からロックオンされた模様……。これも主人公の宿命か。次に戦う時は彼女の手持ちも相応に育ってる筈。頑張れハルカちゃん。

・オオスバメ
 ハルカパーティの誇り高き一番矢。戦いの最中に進化を果たす。
 危機(ピンチ)からの逆転は英雄譚の王道、彼もまた主人公パーティの一員なのだ。

・ココドラ
 ハルカパーティの新入りポケモン。キノココと入れ替わるように加入した。
 適正レベルに至ってないにも関わらず『鋼片炸裂(メタルバースト)』が使える何気にすごい個体。
 因みにパーティに採用した理由は完全に作者の趣味である。

・ハギ老人
 引退した元船乗りにして、元ポケモンリーグ四天王の老人。
 ハルカに「目指すべき頂」を見せるべく「あること」を提案した。
 なにやらアオギリという名前に聞き覚えがあるらしい。

・アオギリ
 アクア団を率いるリーダーにして、みんなのアニキ。
 自慢のベトベトンを倒して見せたハルカを強敵認定。次会ったら全力でぶちのめすと宣言した。
 その人情味溢れる性格と自己犠牲精神、ポケモンに対する真摯な態度で多くの人を魅了する、ある種のカリスマの持ち主。人間・ポケモン問わず多くの部下から慕われており、また彼自身も部下たちのことは大切に思っている。
 その最終目標は超古代ポケモンの力を使って人類文明を浄化し、ポケモンたちの理想郷を築くというもの。そのためならば自分を含めてアクア団がどうなろうと構わないとすら考えている。
 彼がなぜそこまで過激な思想を抱くにいたったのか……それはどうやら彼が幼い頃に出会った『とあるポケモン』が関係しているらしい。

・イズミ
 金と手間をかけた作戦を思い付きでパーにされ激おこ。
 アオギリを説教する様は完全にダメ亭主を叱る嫁のそれであった――説教の後に何だかんだ許してしまうのも含めて。

・ベトベトン(アローラの姿)
 アオギリの手持ちポケモン。原作と異なるリージョンフォームのベトベトン。
 元々はアクア団の前身となったとある環境保護団体に、「ポケモンを用いた産業廃棄物処理事業」のサンプルとして連れてこられた個体。在来種への遺伝子汚染が懸念され計画が中止となった後、行き場のなかった彼をアオギリが引き取った。現在ではアオギリパーティの一員兼、アジトのゴミ処理係として活躍(?)中。
 意外と人懐っこい性格のため、団員たちから密かな人気を集めている。

毒除丸(どくじょがん)
「泣く子はもちろん 暴れるポケモンも すっきり 体毒くだし その名も毒除丸(どくじょがん)」。
 どんな毒だろうが忽ち下す強力な解毒薬(※強力すぎるため人間は使用不可)。その効能は分解不能とされるアローラベトベトンの結晶毒すら解毒してみせるほど。アオギリの家系に伝わる秘伝の薬らしい。
 なお、これと同様のものがかつて『ヒスイ』と呼ばれた大地でも使用されていたのだとか。
 何でアオギリがこんなものを持っているのかは「LEGENDSアルセウス」のシンジュ集落に行けば大体分かる。だからみんな「LEGENDSアルセウス」、やろう(迫真)。


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エスケープ・フロム

注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。


 目を覚ますとそこは暗黒であった。

 

 視界の先に広がる一寸先も見通せぬ漆黒の闇に、全身を包む何とも言えぬ圧迫感。鼻腔には潮の香りが微かに漂い、吾輩は母の子宮の中とはこのようなものなのかとふと思った。

 だがしかし、子宮内とは決定的に違う点が一つ。吾輩の額に走る鈍い痛みだ。子宮内で額を痛めた赤子など聞いたことがない。いるとすれば一体どれだけ姿勢が悪かったのか。是非、一度お目にかかってみたいものである。

 

 勿論、吾輩がいるのは子宮などではない。

 吾輩がいるのは海辺の砂浜、そこに埋まっている状態であった。真っ暗なのも砂に頭を突っ込んでいるのだから当然である。

 さて、なぜ吾輩がそんな状態になっているのか? 話は吾輩が地上に出た直後に遡る。

 

 

―――

 

 

 水平線の向こうに見える街を目掛けて駆けだした吾輩は、そこでハタと気が付く。ここは四方を海に囲まれた小島、街へ向かうには海を渡らねばならぬ。しかし、吾輩は海を渡る手段を持ち合わせておらん。そもそもとして吾輩らキノココという種族はその体型上、水に対する適正が著しく低い。端的に言えば泳げんのだ。池などの穏やかな場所で短時間浮かぶ程度ならともかく、それなりの広さの海峡を身一つで渡るなど不可能。完全なる自殺行為である。

 つまり吾輩があの街に向かうには誰かしらの助けが必要不可欠ということだ。さらに言えば、ここは砂浜と岩しかない小島。凡そ食糧と呼べるものは一切なく、何とかして脱出しなければ吾輩はこのまま飢え死にである。一度地底へと戻りお転婆姫に助けを請おうかとも考えたが、残念ながら彼女と別れてよりかなり時間が経過している。あの複雑怪奇な地底洞窟で彼女と再び出会えるかは分からぬし、もし出会えなければ洞窟を散々彷徨った挙句の野垂れ死にだろう。

 

 自らが命の危機に在ることにようやっと気が付き、吾輩は全力で行動を開始した。

 まず吾輩は海岸に出来る限り大きな「SOS」を描く。前世と文字体系が異なるこの世界において、前世の文字による遭難信号にどれほど意味があるのかは不明だが何もしないよりはましだ。意味は通じずとも見た者の目を惹くことは出来るだろう。

 次に行ったのは小島の出来るだけ高い位置に陣取り、"閃光茸(キノコフラッシュ)"を乱発することだった。強い光を発して近くを往く者に吾輩の存在を知らせるのである。日中に行っているため効果は薄いのであろうが、この状況で夜まで待つつもりはなかった。

 果たして吾輩の決死の祈りが天に届いたか、生体エネルギーを全て搾り出す勢いで発光を続けることしばらく、光に気が付いた一羽のペリッパーが小島に降りてきてくれた。

 何事かと島に降り立ったペリッパーに吾輩は現状を説明し、どうにかこの島から脱出させてくれまいかと頼み込む。幸いにしてこのペリッパーは中々に話の分かる者で、交渉の末に秘蔵のきのみと引き換えで海峡の向こうに見える街まで送ってもらえることとなったのである。

 

 という訳で何とか無人島から離れることに成功した吾輩。しかし、助かったと思ったのも束の間。一難去ってまた一難、吾輩はさらなる災難に巻き込まれることとなった。

 

 吾輩を乗せて海上を飛ぶペリッパー。だが次の瞬間、吾輩らが飛ぶすぐ側を()()()()()()が高速で通り過ぎた。その際に「ごめんね!」という声が聞こえた気がしたが、生憎それを気にしている余裕は吾輩には無かった。なぜなら不意の出来事に驚いたペリッパーがバランスを崩し、その拍子に吾輩は空中へと投げ出されてしまったからだ。

 重力に引かれ、海面へと真っ逆さまに落下する吾輩。……ここで落ちていたのが海面だったのならば、まだペリッパーが回収してくれる目もあっただろう。だがそうはならなかった。不運なことに吾輩が落下した地点で丁度、ホエルオーが大あくびをしていたのだ。憐れ、吾輩は大きく広がったホエルオーの口に吸い込まれ、口腔内に閉じ込められることとなってしまったのである。

 

 真っ暗な口の中を出力を絞った"閃光茸(キノコフラッシュ)"で照らしながら、吾輩はどう脱出すべきが思案する。幸いにして呑み込まれずに済んだものの、かと言って再び口が開くのをこのまま座して待つという訳にもいかん。最悪の場合、次に口が開いた時に周囲が海の底だった、ということも考えられるのだ。一刻も早く脱出せねばなるまい。

 

 さてどうするか。と、頭を捻る吾輩の脳裏にふと、前世の朧げな記憶が蘇ってくる。

 

 ふむ、そういえば前世にて見た物語に大鯨に呑まれた者たちの話があったか。確かその者たちは大鯨の腹の内で火を焚くことでくしゃみさせ、その勢いで脱出していたと記憶している。

 所詮は創作(フィクション)の話ゆえ、どこまで参考になるのか分からんが、しかしこのままでは手詰まりなのも事実。ならば試してみても良いかもしれぬ。残念ながら吾輩の手元には火を起こす道具などないが、しかし代わりに状態異常を引き起こす"ほうし"がある。これをコヤツ(ホエルオー)の口内にぶちまけ刺激してやるのだ。

 そうと決まれば話は早い。吾輩は口内の丁度中央部に移動すると、全身に力を込めて、頭頂の噴出孔よりありったけの"ほうし"をまき散らした。

 

――"胞子結界(マッシュルーム)"

 

 体内に存在する"ほうし"をほぼ全て使いきる勢いでまき散らし、口内の空間は瞬く間にもうもうとした胞子の煙に包まれる。視界の全てが胞子に覆われてしばらく、突如として口内が震えだし――

 

 

――オオックショオオン!

 

 

 次の瞬間、吾輩はとてつもない速度で口から()()された。

 

――あああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!

 

 宙を切り裂き、岩場で休むキャモメを驚かせながら、凄まじい速度で飛翔する吾輩。荒ぶる風圧に抗いながら何とか進行方向を見れば、その先にどこかの砂浜が確認できた。このままいけば遠からぬ内に吾輩はそこへ()()するだろう。

 ――そう()()だ。断じて着地ではない。残念ながら吾輩には空中でバランスを崩さぬよう減速する術などなく、慣性のまま砂浜に激突する他なかった。

 とはいえ今生の吾輩はポケモンの身。頑丈なこの体なら激突にも耐えられる筈だ――そう信じるしかない。

 そうこうしている内にグングンと砂浜が近づいてくる。激突に備え吾輩は体に力を込めた。

 

 

――ドッゴオオオン!!

 

 

 刹那、轟音と共に砂浜の砂を盛大にまき散らしながら吾輩が着弾する。

 強い衝撃が体を襲うが、吾輩のポケモンボディは僅かなダメージで見事これを耐え抜くことに成功した……ここまではよかったのだ。

 

――ゴンッ!

 

 着弾の瞬間、吾輩の頭に響く鈍い音。同時に吾輩は意識が急速に遠くなっていくのを感じ取る。一体何が起こったのか、それを考える間もなく吾輩はそのまま気絶してしまった。

 

 

―――

 

 

 といった訳で吾輩は現在、頭隠して尻隠さずの姿勢で砂浜に突き刺さっているのである。

 まあ大方額に残る鈍い痛みから、恐らく着弾の際に何か硬いものに頭をぶつけたため気絶してしまったのだろう。着弾の衝撃には耐えられても、流石に脳天へ直接衝撃を与えられたら耐えられなかったという訳だ。とは言え現在、肉体には特に不調はない。あれ程の勢いで脳天をぶつけて気絶程度で済むとは、いやはや全くもってポケモンというのは頑丈極まりない生き物である。

 

 さあ、赤子の気分を味わうのもそろそろ飽きてきたところだ、とっとと脱出するとしよう。

 

 ということで吾輩は足を激しくバタつかせ、体を左右に動かすことで脱出を図る。奮闘することしばらく、吾輩の体はスポンと大地から抜け出した。そのまま体を振るわせ体表に付着した砂を落としていると、額からポロリと何かが剥がれ落ちる。

 はて、と剥がれ落ちたものを眺めてみれば、それはキラキラ輝く星型の宝石……「ほしのかけら」であった。なるほど、どうやら着弾の際にコレが吾輩の頭を直撃したらしい。

 

 ……ふむ、何かに使えるやもしれぬ。持っていくか。

 

 正直に言えばポケモンである吾輩にとって、ただ綺麗なだけの宝石など「綺麗だなあ」と思う以上の価値はないが。日の光を浴びて輝く「ほしのかけら」を眺める内に、何だか妙に気に入ってしまったのだ。アレだ、道端で落ちているイイ感じの棒を拾うのと同じ感覚である。という訳で吾輩は「ほしのかけら」を拾い上げ、懐にしまい込んだ。

 さて、なんやかんやあったが何とか小島を脱出しホウエンの大地を踏んだ吾輩。周囲を見回せば、ここは人気(ひとけ)の無い小さな砂浜であることが分かった。耳を澄ませば微かに喧騒が聞こえてくる。どうやら近くに人間の街が存在するようだ。その街が小島から確認した街であるかどうかは分からぬが、取り敢えず行ってみることにしよう。そう決心すると、吾輩はざわめきの聞こえる方へ歩き始めたのだった。

 

 

―――

 

 

 海岸線に沿って砂浜をトテトテと歩むことしばらく、せり出した小さな岬を超えたところで急に視界が開けてきた。同時に飛び込んでくる港街の風景。久方ぶりの文明の景色だ。

 

 さあ、ここまで来ればもうひと頑張り。

 

 吾輩は足に力を入れ直し、再び歩き出す。逸る心に歩みはほんの少し速くなっていた。

 

 歩き続けるさらにしばらく、パラソルが立ち並ぶ砂浜を通り過ぎ、文明の地を踏むこととなった吾輩。辿り着いたそこは無数の人と物が行き交う大きな港街。カナズミシティ(大都会)ともまた違う、活気に満ちた独特の空気を胸一杯に吸い込めば、潮風に混じって漂う不思議な香り。ふわりと鼻腔をくすぐったそれに、吾輩に海の彼方の異国の景色を想起し――いつになく高揚した気分となっていた。

 

 潮風が運ぶ異国の香りか……。やはり港はいい。彼方より来るもの、此方より去りゆくもの、各々出自の異なる者が出会いと別れを繰り返す……そんな港街の混沌とした、それでいてどこか陽気な雰囲気が吾輩は好きであった。

 

――むむ!

 

 その時、鼻腔をくすぐる香りの中に何やら気になるものを感じ取った。神経を集中すると何とも甘酸っぱい香りがどこからか漂って来るのが分かる。

 

――スンスンスン……。もしやこの香りは!

 

 その香りに何とも懐かしいものを感じ取った吾輩は、匂いを頼りにその出処を探す。漂う香りを辿りながら港町を歩くこと少し、吾輩が辿り着いたのは街の西側に位置する大きな市場であった。

 市場には露店が所狭しと立ち並び、ホウエンはおろか世界中から集まった種々雑多の品々が並べられている。またそうした品々を求めて多くの人々が集まり、市場は非常に賑わっていた。

 そんな人混みの中すり抜けながら、ますます強まる匂いの出処を探す吾輩。賑わう市場をあっちへフラフラ、こっちへフラフラ、彷徨い歩いた末にとうとうその出処に辿り着いた。

 

――おお……!

 

 その出処は一件の果物露店。店先には色とりどりの新鮮な果実が並べられて芳香を放っている。並べられている果実はどれも実に美味そうであったが、吾輩が目を惹かれたのはその中のただ一種……甘酸っぱい懐かしい香りのする真っ赤な果実である。この世界に生まれ変わってより以来見たことのない、しかしとてつもなく見覚えのあるその果実は、

 

――間違いない……! これは……『リンゴ』!

 

 『リンゴ』であった。

 

 『リンゴ』はバラ科リンゴ属に属する落葉高木で、その果実は前世(地球)においてその名を知らぬものなどほとんどいないであろう、最もメジャーな果物の一つである。

 ポケモンの世界に転生してより幾年、まさかこんなところで前世(地球)と同じ果物を見つけるとは。いや、この推定『リンゴ』が本当に前世における林檎と全く同一の存在なのかは分からぬが、しかし感ずる匂いは前世で嗅いだものと寸分違わず同じ。ならば味の方もまた同一なのではなかろうか。

 と、その時ギュルルと吾輩の腹の虫が鳴る。思い出せば地下より出でてからこっち、何も口にしておらんかった。エネルギーに満ちた「ほうせきの国」ではほぼ飲食が不要であったため、すっかり忘れていたらしい。

 自覚すれば尚更空腹が募って来る。そして目の前には実に旨そうな果実。

 

 食べたい。

 もの凄く食べたい。

 

 口の端から涎を垂らし、眼前の『リンゴ』を穴が空くほど見つめる吾輩。しかしどれほど望もうとも吾輩が目の前を果実を食すことは出来ない。なぜなら吾輩は野生のポケモン、人間社会にて使える貨幣など持ち合わせていないからだ。店のものを勝手に食べる訳にもいかぬ。「ひとのものをとったらどろぼう!」対価を払わずに他者の所有物を奪うのは立派な犯罪である。

 ……前世の吾輩(人間であったころ)ならばいざ知らず、今生の吾輩はポケモンの身。あるいは人間社会の規範(ルール)に従う必要などないのかもしれぬ……が、それでトラブルが起こっても面倒くさい。「郷に入っては郷に従え」――人界という異なる社会に入り込む以上、無用な波風を立てぬよう行動もなるべくその社会の規範(ルール)に則ったものとするのが吉である。

 しかし、意地を張ったところで空腹であることには変わりない。相変わらず目の前の果実は吾輩の目を捉えて離さんし、涎は止めどなく口から溢れ出ておる。いかん、このままでは本能に負けてしまう。店のものに手を出しお尋ね者となる前に一刻も早くこの場から離脱せねば。

 

――ハッ!

 

 その時、吾輩の脳に天啓が降りる。そうだ、アレが使えるやもしれぬ。

 ゴソゴソと懐を探り、取り出したのは先ほど拾った「ほしのかけら」。記憶によればこの宝石はそれなりの値段で売れた筈、これを対価として『リンゴ』と交換できぬだろうか。

 

 よし、ものは試しだ。一つ店主に掛け合ってみよう。

 

 という訳で、吾輩は中で何やら作業をしている店主を気付かせるべく、鳴きながら店先でぴょいんぴょいんと飛び跳ねた。跳ねること数度、吾輩の存在に気が付いたのか店主が作業を止めこちらを覗き込んできた。訝し気な表情を浮かべる店主に、吾輩は「ほしのかけら」を差し出し、身振り手振りでこれと『リンゴ』を交換してくれないだろうかと伝える。

 ジェスチャーを繰り返すこと数分、吾輩の意図が伝わったのか、店主は合点がいった表情で「ほしのかけら」を受け取り、代わって商品棚からとくだいサイズの『リンゴ』を吾輩の前に置いてくれた。

 

――おお、『リンゴ』……否、『とくだいリンゴ』だ!

 

 目の前に置かれた"とくだい"の紅い果実をキラキラと見つめる吾輩。さらに店主は吾輩の前に一つ、二つ……総計五玉の『とくだいリンゴ』を置いてくれた。どうやら「ほしのかけら」の代金分をキッチリ渡してくれたらしい。まったくポケモン相手に律儀なものである。

 

 さあ、いい加減腹の虫ももう限界だ。さっそく、実食といこう。

 

――ガツガツ! むしゃむしゃ! ガツガツ! むしゃむしゃ!

 

 一口齧るごとにあふれ出る果汁。口の中に広がる爽やかな甘みと酸味が実に美味である。その味は確かに前世で味わったものと同じ『リンゴ』の味。なればこの果実も間違いなくリンゴであろう。

 あまりの美味さに吾輩はあっという間に一玉平らげ、続けて二玉目に移る。

 

――ガツガツ! むしゃむしゃ! ガツガツ! むしゃむしゃ!

 

 二玉目、三玉目、四玉目……と次々に手を伸ばす吾輩。

 

――ガツガツ! むしゃむしゃ! ガツガツ! むしゃむしゃ!

――ガツガツ! むしゃむしゃ! ガツガツ! むしゃむしゃ!

――ガツガツ! むしゃむしゃ! ガツガツ! むしゃむしゃ!

――ガツガツ! むしゃむしゃ! ガツガツ! むしゃむしゃ!

――ゴクン!

 

 都合五玉の『とくだいリンゴ』を瞬く間に食べ尽くし、吾輩はげふ、とゲップを一つ。

 

 うむ、『とくだいリンゴ』は実に美味かった。腹も膨れてすっかり大満足である。

 

 店主は吾輩があれだけの量の『リンゴ』を一度に平らげのたを見て、目を丸くして驚いているようであった。

 まあ、実を言えば少々腹が苦しいのだが……。野生においては食べられる時に食べておくのが生き残るコツだ。それにあの大きさともなれば持ち運ぶのも容易ではない。そんな訳で少々無理してでもあの量を一度に食べ尽くしたという訳であった。

 

 さあ腹も満たされたことだ、そろそろ出立するとしよう。

 

 空腹を満たし元気を取り戻した吾輩は、店主にジェスチャーで精一杯の礼を示し、市場を後にする。

 

 吾輩の旅はまだまだ途中、あまりグダグダする訳にもいかん。

 何より"キノコのほうし"は未だ遥か彼方。立ち止まっている暇はないのだ。

 

 そんなことを考えながら、吾輩は次なる修行場所を目指して港町を出たのであった。

 

 

―――

 

 

 さて港街を後にし、街道を道なりに進む吾輩。丁度よい修行場所を探してスタスタ、スタスタと行く内に、いつの間にやら大きな橋の下の道を歩いておった。橋下の道はもさもさと下草が生い茂っていて視界が悪く、お世辞にも整備されているとは言えなかったが、人間ならばいざ知らずポケモンである吾輩にとっては問題なく歩みを進められる程度のもの。周囲には人っ子一人、ポケモンの一匹おらず、ただただ草の揺れる音だけが響く静かな場所であった。

 

 ふーむ、何とも寂しい場所だな。

 

 下草を掻き分け掻き分け進みながら、吾輩はそう思う。吾輩の知る限り、大抵こういった場所にはそれなり数のポケモンが生息しておるのが常だ。しかし、吾輩がこの道に分け入ってよりこっち、全くといってよいほどポケモンの姿を見かけておらん。気配を探れば幾つか、野生ポケモンらしき気配を感じ取ることは出来るのだが、何故だか隠れ場所に閉じこもっているようで動く気配がない。

 

 つまらん。縄張りを侵したとして攻撃してきたならば、返り討ちにしてやろうと思っておったのに。

 

 野生ポケモンとの戦闘(バトル)を想定していたにも関わらず、あまりに何もない街道の様子に拍子抜けしつつ歩みを進めていたところ――

 

――ん?

 

 ふと、吾輩の耳に何やら聞きなれぬ音が飛び込んでくる。

 

――ビビビビビビビビ

 

 それは草の揺れる音とは明らかに異なる、電子音を思わせる奇妙な音。

 

 はて、一体何であろうか?

 

 荒れ放題の緑道には似つかわしくない機械的な音が気になり、吾輩はその発信源を確かめんと音のする方へ向かう。伸び放題の草をかき分け進むこと少し、やがて下草の途切れた開けた空間に辿り着いた。

 

――あれは……

 

 そこで吾輩はあの電子音の主であろう、中空をフラフラと漂うとあるポケモンを見つける。

 丸い鉄球のような体に、馬蹄(ばてい)形の磁石が如き腕。体には三本の螺子(ねじ)らしきものが突き刺さり、その中心部には無機質な単眼が鎮座している。一見すれば生物とはとても思えん奇妙奇天烈なその姿は、しかし吾輩にとって前世からよく見知ったもの。

 ――"じしゃくポケモン"コイル。それが吾輩の見つけたポケモンの正体であった。

 

 なるほど先の奇妙な音はコヤツ(コイル)が発しておったのか。

 

 怪音の正体が分かり納得した吾輩。と、同時に新たな疑問も湧いてくる。

 

――何故コヤツ(コイル)はこんなところに居るのであろうか、と。

 

 吾輩の記憶が正しければコイルというポケモンは電気が食糧。故にその生息地は文明にほど近い領域であることがほとんどだ。しかし、ここは街からそれなりに離れた緑道の真っ只中。お世辞にもコイルにとって快適な環境とは言い難い筈……。しかし、現にコイルはここにいる。はてさて一体全体なぜなのだろうか?

 

 と、吾輩が思考しつつしばらくその様子を眺めていると、突如としてコイルの動きが止まり――次の瞬間、ギョロリと無機質な視線がこちらに突き刺さった。

 

――!

 

 感情の見えぬ単眼に射抜かれ、ゾワリとした感覚が吾輩を襲う。ザワザワと肌を撫でる形容し難い感覚。敵意とも戦意とも異なるコレは……敢えて表現するならば"捕食者に目を付けられた"、と言ったところか。

 

 なにゆえ電気食性のコイルがそのような感情を向けてくるのか――まるで意味が分からず混乱する吾輩であったが、目の前でコイルが馬蹄(ばてい)形の腕に電気を纏わせだしたことで、我に返る。

 

 ……いや、今理由を考えたところで仕方がない。少なくとも(コイル)が友好的な存在でなく、かつ攻撃を仕掛けようとしているのは確かだ。ならば、吾輩がすべきことは一つ。今まさに襲い掛からんとする外敵を打倒し、身の安全を確保することだ。

 

――すぅー……、ハァー……

 

 深く息を吸い込み、吐く。

 身に力を込め、腰を落とし低く構える。

 全身に生体エネルギーを巡らせ、相手のいかなる動きも見逃さぬよう神経を研ぎ澄ませる。

 これなるは臨戦の構え。一切の油断なき戦闘態勢。

 

――さあ、どこからでもかかって来るがいい。

 

 相対せし外敵(コイル)を見据え、吾輩はそう呟いた。

 

 果たしてその声が届いたのか否か、戦端を開いたのは(コイル)の方からであった。

 コイルが磁石の腕を前方に突き出し放電、自らと同程度の大きさの雷球を作り出し――撃ち放つ。球状となって放たれたそれが電撃としては幾分遅いスピード――それでも吾輩からすれば相当な速さであった――で迫ってくる。

 だが……

 

 ナメるな!

 

 迫る雷球をギリギリまで引き付けた後、吾輩は地面を勢いよく蹴ってジャンプ。雷球を飛び越えることで躱し、そのまま宙返りして着地する。

 なるほど、確かに雷球の速度は速かった。以前の吾輩であればその速度に対応出来ず、直撃するのは避けられなかったであろう。だがしかし、吾輩も「ほうせきの国(地下世界)」の戦いでそれなりには成長しておる。あの程度の速度ならば問題なく対応可能だ。

 吾輩はそのまま次の攻撃が放たれる前にコイルを粉砕せんと、足に力を込め……

 

――アビャバ!?

 

 背後からの衝撃で思いきり吹き飛ばされた。

 

 肉体を走るビリビリとした感覚に、吾輩は己が"でんき"エネルギーによる攻撃を受けたと判断する。しかし、目の前のコイルが電撃を放った素振りはない。一体どこから……。

 と、そこで吾輩は先ほど躱した雷球の存在に思い当たる。そうか、あれは一種の『必中技』であったか。

 

 ポケモンの"わざ"の中には相手に対し「必ず命中する」という性質を持ったものがある。俗に『必中技』と呼ばれる"わざ"だが、確か"でんき"タイプの中にもそう言った類の"わざ"があった筈だ。

 

――ぐぬぬ。

 

 不意を突かれたことに歯噛みしながら、吾輩は痺れる体を抑えて立ち上がる。

 幸いにして"でんき"属性(タイプ)の攻撃は"くさ"属性(タイプ)の吾輩に「こうかはいまひとつ」。負ったダメージそのものは少なく、戦闘に支障はない。

 

 しかし、どうすべきか。

 

 目の前のポケモン(コイル)には吾輩の持つほとんどの"わざ"の効果が薄い。原因は奴の有する"はがね"属性(タイプ)。この属性(タイプ)は吾輩の主力である"くさ"属性(タイプ)の攻撃を大幅に軽減する。その無機質な外観から吸い込ませねば効果が薄い"ほうし"も恐らく通用せんであろう。となれば、"麻痺胞子(しびれごな)"、"吸精胞子(やどりぎのタネ)"は使えんか。"蝕毒胞子(どくのこな)"に至っては論外だ、"はがね"属性(タイプ)に無効化されるのがオチであろう。

 

 ならば、吾輩の取るべき選択は一つか。

 

 吾輩は足に力を込め、駆け出す。目指す先は無論、眼前にて滞空するコイルの元。敵が自身へと迫り来るのを見たコイルは、再びあの雷球を撃ち放つ。

 瞬く間に吾輩へと接近する雷球。だが、吾輩は眼前に迫ったそれを避けようとすらせず、逆に勢いに任せて突っ込んだ。内包された"でんき"エネルギーが炸裂し、痛みと共にダメージを負うが、戦闘に支障なしと無視。足を止めることなく走り続ける。

 

 そうだ。どうあがいても『必中技』足る雷球を躱すことが出来ぬのなら、初めから躱さなければよいだけのこと。どうせ「こうかはいまひとつ」の攻撃だ、一撃で倒されることなどありえない。ならばこちらから食らう覚悟でぶつかり、逆に攻撃後の隙を突いて一撃を叩き込んでやればよいのだ。

 

 これこそ吾輩の選択。属性(タイプ)耐性と防御力に任せた正面突破である。

 

 知性の欠片もないような脳筋(ゴリ押し)戦法だが、他に有効な策がある訳でもなし。時に、勢いに任せた力押しこそが最良の戦術と成りえる場合もあるのだ。

 

 ――それに多少のダメージ程度ならば補填する手段も持ち合わせておる故。

 

 真正面から雷球に"たいあたり"し、そのまま突き抜けた吾輩に慌てた様子で次弾を作りだそうとするコイル。

 だが残念、吾輩が到達する方が早い。

 

 大地を両足で強く蹴り、跳ぶ。

 全身に纏う"かくとう"のエネルギー。使用するのは"吸収(ドレイン)"の型。

 喰らうがよい。これなるは吾輩の十八番(おはこ)鋼鉄(はがね)も砕く闘気(かくとう)の一撃――

 

――吸精突撃(ドレインタックル)

 

 果たして吾輩の全力の吶喊にコイルは対応することが出来ず、両者はそのまま中空にて激突。

 吾輩の纏う"かくとう"エネルギーがコイルの"はがね"の体をぶち抜いた。

 

 弱点属性(こうかはバツグン!)による攻撃であったこと、運悪く身体の真芯を捕らえられた(急所にあたった!)こと、そして何よりも自身より練度で勝る(レベルが高い)相手からの一撃であったこと……これらの要素が重なり合った結果、与えられたダメージはコイルの体力(HP)をあっという間に削り取り、コイルは二、三度空中にてフラフラと揺れた後、ガシャリと音を立てて墜落することとなった。

 奴が落ちるのとほぼ同時に、吾輩もしゅたりと地面に着地する。

 

 先の吸精突撃(ドレインタックル)によって、コイルから多量の体力(HP)を吸い取れた。

 お蔭で先の雷球によるダメージもほぼ回復済である。

 

 吾輩はそのまま油断なく地面に落ちたコイルの方を見やる。コイルは力無く地べたに横たわったまま完全に沈黙しており、ピクリとも動く様子は無かった。どうやら戦闘不能(ひんし)となったらしい。

 

 ひとまず吾輩の勝利であった。

 

 襲い掛かって来たコイルを撃退し、吾輩はふう、と一息。

 

 さて、これよりどうするか。

 

 結局、コヤツ(コイル)が吾輩を襲った理由は分からず仕舞いだ。だが一度襲われた以上、二度目三度目がないとも限らん。真正面からの立ち合いならば望むところだが、流石にこちらを捕食?しようとする相手との連戦は避けたい。速やかにここを離れるのが吉であろう。

 

 と、しばらく考えた末にそう結論付けた吾輩は、さっさとこの街道を抜けてしまおう、と一歩足を踏み出し……

 

――!

 

 背後にバチリと火花が散る音を聞きつけ、吾輩はとっさに飛び退る。

 瞬間、吾輩のいた地点へと着弾する電撃。それは明らかに攻撃の意図を以って行われたもの。

 

――新手!

 

 どうやら吾輩が考え込んでいる間に、新たな襲撃者が「おでまし」したらしい。

 気がつかなかったことに苦々しく思いつつ、吾輩は襲撃者の姿を確認せんと顔を上げ――

 

――……冗談であろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ビビビビビビビビ

 

――ビビビビビビビビ

 

――ビビビビビビビビ

 

――ビビビビビビビビ

 

――ビビビビビビビビ

 

 

――ビビビビビビビビ

 

――ビビビビビビビビ

 

 

――ビビビビビビビビ

 

 

 

 

 

 

 

――ビビビビビビビビビビビビビビビビ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウジャウジャ、ウジャウジャと視界を埋め尽くす鉄球の集団。数にして百を超えようかという"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)たちが怪音を発しながら吾輩を取り囲んでいた。

 

――ギョロリ

 

 無機質な眼が皆一様に吾輩を凝視する。

 突き刺さる無数の視線。先の捕食者に狙われる感覚が何倍にもなって全身に走る。

 ゾゾゾと背筋に寒気が走り、吾輩は思わず身震いした。

 

――これは……マズい。

 

 先の攻撃はコヤツらから放たれたもの。ならば必然、先のコイルと同様にコヤツらもまた吾輩を襲撃する意思を持っているということだ。

 そして現在、吾輩はそんな"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)たちに一分の隙もなく周りを囲まれている状態――ハッキリ言って大ピンチであった。

 

 敵の数はおよそ百、対する吾輩はたった一匹。数の差は絶対的に吾輩の不利。

 練度(レベル)差は恐らくコイルどもより少し上、レアコイルとは同程度か。

 属性(タイプ)相性は若干、吾輩が有利……が、この数を前にしては焼け石に水もいいところ。

 

 うむ、何一つとして勝てる要素がないな。正面突破では数の差で押し切られるだろうし、搦め手も吾輩の持ちうる手札はヤツラにことごとく無力化されておる。

 戦っては確実に負ける……ならば逃げるしかないのだが、しかしこうも囲まれてしまっては後ろを向いて逃げることも出来ない。

 

 ――と、なれば吾輩の取り得る手段は一つ。

 

 吾輩は全身にぐっと力を込める。

 

 そして"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)が次なる攻撃を放たんと、両腕に電気を帯びさせたその時。

 

――喰らえ! "閃光茸(キノコフラッシュ)"!

 

 七色の激しい輝きが吾輩の体から放たれた。

 

――!!?

 

 突然の眩い輝きを直視し、思わず怯む"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)たち。その隙を逃さず、吾輩は勢いよく浮遊するコイルの一匹目掛けて突撃する。

 

――吸精突撃(ドレインタックル)

 

 不意打ち気味に放たれた"かくとう"属性(タイプ)の一撃。喰らった衝撃でコイルは、そのまま背後にいた仲間を諸共弾き飛ばされる。結果、吾輩を囲う環にほんの僅かだが()()()()が出来た。

 

――今!

 

 吾輩は包囲の僅かなほころび目掛け、全力で走り出した。

 

 そう、これこそが吾輩のとり得る手段。

 襲い来る連中を粉砕しつつ、()()へと逃げるのだ。

 成功するかは、一か八か。されど襲われた相手に無抵抗など以ての外。それに吾輩にはこれよりほか手がない、ならばやる他ないのだ。

 

――そこをどけえええええええ!!

 

 閃光より立ち直り、再び吾輩を取り囲まんとする"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)たち。

 目の前に立ち塞がるコイルたち目掛け、吾輩は全力で突撃するのであった。

 

 

―――

 

 

 喰らえい!

 

――吸精突撃(ドレインタックル)

 

 放たれる"かくとう"の突撃。突撃されたコイルが複数体の仲間を巻き込み、あらぬ方角へ弾き飛ばされる。密集する"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)の壁に空く穴。そこへ向かって吾輩は走り出し――

 

――電撃波(でんげきは)

――電撃波(でんげきは)

――電撃波(でんげきは)

 

――!!

 

 瞬間、吾輩に向けて放たれる複数の"わざ"。『必中』の性質をもった雷撃は寸分違わず吾輩へと命中し、その体力をすり減らす。いくら耐性があるとはいえ、同時に何度も喰らえばそのダメージは無視することはできない。

 

――ぐぎぎぎ……!

 

 全身を襲う痛みを歯を食いしばって耐え、そのまま横っ飛びに突撃。空中に浮くコイルへと吸精突撃(ドレインタックル)を打ち込み、その体力を吸い上げることで何とか戦闘不能(ひんし状態)となることを回避する。

 

 ぜえぜえ……。くそ、数が多すぎる……!

 

 疲労困憊、荒い息を吐きながら吾輩は悪態を吐く。

 だがそれも仕方がない。何せ吾輩を襲う"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)はあまりにも多すぎた。都合百匹を超えるであろう群れ、倒しても倒しても数が減らない。

 おかげで逃走も遅々として進んでおらん。どれだけ包囲に穴を穿(うが)とうと、周りの連中の攻撃で包囲内に引きずり戻される。

 さらに体力(HP)こそ吸精突撃(ドレインタックル)で回復できるものの、溜まっていく疲労はどうしようもない。疲労を回復させるには休息をとる他ないが、残念ながらこの状況でそんな悠長なことをしている余裕はなかった。

 疲労により動きが鈍った体、低下した判断力……故にこそそれは必然であったのだろう。吾輩は致命的なミスを犯した。

 

 前を見据え、再び吸精突撃(ドレインタックル)を放たんと突撃した吾輩。だが発動の最中、纏う筈の"かくとう"エネルギーが霧散し"わざ"が不発となってしまう――連続使用によるガス欠(PP切れ)であった。

 

 ええい、よりにもよってこのタイミングで!!

 

 考える限り最悪のタイミングでのガス欠(PP切れ)に、吾輩は内心であらん限りの悪態を吐く――が、どうしようもない。バランスを崩し、突撃した勢いのままもんどりを打って転がる吾輩。それでも倒れた姿勢から大急ぎで立ち上がろうとして……

 

――磁鉄炸弾(マグネットボム)

――磁鉄炸弾(マグネットボム)

――磁鉄炸弾(マグネットボム)

 

――ぬわあああ!

 

 殺到する大量の金属塊。投げつけられたそれは磁性を帯びているのか、吾輩の体に次々とくっつきその行動を封じてくる。

 

――ぐぎぎぎぎ……!

 

 無数の金属塊に押しつぶされ身動きがとれぬ。何とか抜け出そうと藻搔いてみるものの、全身に纏わりついた金属塊はずっしりと重く、吾輩の力ではビクともしない。

 為す術もなく拘束された吾輩。さらに次の瞬間、頭上に猛烈な"はがね"エネルギーの収束を感じ取る。

 

 危機を告げる本能。吾輩は無理やり顔を捩り、エネルギーが集まりつつある方を見た。

 

 視線の先、吾輩の目が捕らえたのは中空に浮かぶ一匹のポケモン。

 どこか"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)の面影を残す、しかし決定的に異なる姿。

 円盤を思わせる扁平な体に、頭頂より伸びた大きなアンテナ。馬蹄型の磁石はユニットのように身体の下部に移動し、三つの瞳は身体の中央に直線状に並んでいる。

 さながら未確認飛行物体(UFO)を思わせるそのポケモンは、恐らく"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)たちを率いる群れの長なのだろう。周囲の連中とは別格の力を放っていた。

 

――ジバババン ジバババン ジバババン

 

 無機質な鳴き声を発しながら未確認飛行物体(コイルらの親玉)は中央の一際大きく赤い瞳に"はがね"エネルギーを集めていく。明らかなる攻撃の予備動作……その標的は紛れもなく吾輩であろう。

 ……収束するエネルギー量を鑑みるに、まともに喰らってしまえば戦闘不能(ひんし状態)となるのは免れまい。故に当たる訳にはいかない……が、吾輩は拘束されている状態。避けることは叶わない。

 残念ながら今の吾輩に出来ることといえば、未確認飛行物体(コイルらの親玉)を精一杯睨みつけやることくらいであった。

 

 そして奴の"はがね"エネルギーの収束が(チャージ)完了し……次の瞬間、銀色に輝く光線が発射された。

 

――鋼煌加砲(ラスターカノン)

 

 中空を睨む吾輩の視界が銀色に染まり、やがて何も見えなくなる。

 鳴り響く爆発音をどこか遠くに感じながら、吾輩はその意識を手放した。

 

 

―――

 

 

 鋼煌加砲(ラスターカノン)が着弾し、吸い付いた爆弾(マグネットボム)を巻き込んだ鋼色の大爆発を起こす。

 数十秒の後、煙が晴れたそこには衝撃で抉れた地面と戦闘不能(ひんし状態)となって転がるキノココの姿。

 

 数体のコイルが近づいて確認すると、戦闘不能(ひんし状態)となっているものの命に別状はないようだ。

 

 キノココの生存を確認したコイルたちは磁力で以ってキノココを持ち上げると、()()()()()()()に従い彼らの拠点へと運んでいく。

 

 かつて建設途中で開発中止となり、放棄された巨大ジオフロントーーニューキンセツへと。

 




⊃(◎)⊂<出荷よー

・キノココ
 我らが主人公。無人島から脱出したのも束の間、コイルたちにドナドナされる。

・ジバコイルwithじしゃくポケモン's
 元々はニューキンセツに生息していたポケモンたち。何者かによって「野生ポケモンの捕獲」を命じられ、110番道路で狩りを行っていた。
 キノココが110番道路を通った際にポケモンが少なかったのはこのため。


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ニューキンセツの空に

お久しぶりです。他の小説に浮気していたら遅くなりました。

今回は二話連続投稿となります。先にこちらからご覧ください。

注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。


――んが……

 

 どれくらい時間が経っただろう、吾輩は瞼に当たる微かな光で目が覚めた。

 気怠い体を起こして見渡せばどうやら吾輩は丸い台座のようなものに載せられているようであった。

 

 はて、ここは何処であろう?

 

 周囲に広がる人口的な景色。薄暗い部屋の中、チラチラと光を放つ無数の機械群……という何ともSF染みた光景を前に吾輩は困惑する。

 

 吾輩はかの未確認飛行物体(コイルの親玉)"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)たちに敗北し意識を失ったはずだが……。まあ、順当に考えればひんし状態となった吾輩をコイルたちがここに運びこんだのだろう。ふむ、となればアヤツラ(コイルたち)の目的は吾輩をここに運ぶことだったのであろうか。そうなれば連中の獲物を見つけた捕食者の如き視線の理由も説明がつく。

 

 連中が吾輩を襲った理由に合点がいき、取り敢えず納得する吾輩。同時に、この場に居続けるのはよろしくない、とも思う。

 

 何せここに連れて来るために連中が取った方法はお世辞にも穏当とはいえない方法だ。真っ当な目的ならばこちらに事情を伝えて協力を仰げばよいのだ。それを行わない時点でその目的が碌でもないものだと容易に想像がつく。ならば大人しくヤツラの目的に付き合ってやる必要などないだろう。とっととこの場所より脱出し、旅を再開するのだ。

 

 そうと決まれば、と吾輩は自らの載る台座より勢いよく飛び降りようとして――

 

 みよ~~~~~~~~~~ん

 

 弾力のある()()に阻まれ、そのまま台座中央まで押し戻されてしまった。

 

――な、なんだ!?

 

 中央部まで押し戻され、一体何が起きたのかと目をパチクリとさせる吾輩。

 

――……何か弾力のあるものに阻まれたような……?

 

 取り敢えずもう一度試してみようと、吾輩は台座の縁に――今度はそろりそろりと――近づいていく。そうして吾輩が一歩、台座の外に足を踏み出したその瞬間。ブオン! と光の壁のようなものが展開された。突然目の前に現れた壁に驚き慌てて足を引っ込めると、壁はすぐさま消失する。

 吾輩が再び一歩足を出すと、再度展開される光の壁。再度足を引っ込めれば、それに合わせて壁も元に戻る。どうやらこの壁は台座の縁に一定程度近づくと展開されるようである。

 ならば、と今度は助走をつけて勢いよく光の壁へと突撃してみれば、壁は弾力あるゴムのように伸びた後、反動で吾輩の体を台座へと押し戻した。

 

 ……逃げ出そうとするのは想定済、という訳か。

 

 どうやら単純な身体能力で突破することは無理そうである。ならば――

 

――"わざ"で以ってぶち抜く……!

 

 先の試みからこの光の壁は恐らく、何らかのエネルギー・フィールドの(たぐい)。ならばより強いエネルギーをぶつけてやれば打ち消せる筈だ。というかもうそれぐらいしか手立てがない。これでダメだったら本当にマズい。

 ……不安に思ったところで仕方がない。どっちにしろもう吾輩に残された手立てはこれしかないのだ。ならばそれを全力で行うまでのこと。

 

 意識を集中し、生体エネルギーを練り上げ、身体に力を込める。

 

――さあ、行くぞ!

 

 と、気合と共に吾輩は"わざ"を発動させようとして……

 

 プスン……

 

 ――発動しなかった。

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………は?

 

 一体なぜだろうか、吾輩が発動しようとした"わざ"が発動しない。吾輩は何かの間違いかと、再び"わざ"を発動させようとするが結果は同じ。その後、幾度と試してはみたがその悉くが不発に終わる。

 

 おかしい、何故"わざ"が発動せんのだ。

 

 発動しようとする"わざ"の悉くが不発となる異常事態に、吾輩はその原因を探ろうと、今度は神経をとがらせながら"わざ"を発動させてみた。

 

――!!

 

 残念ながら"わざ"は先と同様に失敗した……が、おかげで吾輩はなぜ"わざ"が失敗するのか、その理由が分かった。発動する寸前にエネルギーが()()()()()()()()のだ。それだけではない、意識を集中させたことで"わざ"のみならず、吾輩自身の体からも少しずつ生体エネルギーが漏れ出していることにも気が付いた。

 そうした漏れ出たエネルギーの行く先は……吾輩の頭上。吾輩の立つ台座をそっくり鏡移ししたかのような装置が、漏れ出たエネルギーを吸い上げていた。

 

 生体エネルギーを収集する装置の存在に気が付き、吾輩は自身がこの場に連れて来られた理由を察する。どうやら吾輩はエネルギーを吸い取るための生体電池という扱いのようだ。

 しかし、どうすべきか。このままここに座していても何れ生体エネルギーを搾り尽くされ、萎び茸となるのがオチだ。ならば一刻も早く脱出すべきなのであるが、残念ながら脱出のための有効な手立てがない。頼みの綱であった"わざ"による強行突破も使えず。現在、吾輩は割と詰んでいる状態であった。

 どうにか頭上のエネルギー吸収装置を破壊出来んものか、と試してみたが、単純にジャンプするだけでは装置には届かず。ならばと光の壁の弾力を利用し、三角跳びの要領で駆けあがろうとしてみたが……光の壁は実体のある壁ではなくエネルギー・フィールド。残念ながら、蹴り上げようとした瞬間に下の台座へ弾き飛ばされる結果に終わった。

 

 ……ダメだな、これは。

 

 脱出の試みが悉く失敗し、打てる手段がなくなってきた吾輩。じりじり吸い上げられる生体エネルギーに焦りを覚えつつ、次なる手を思案していたその時。ふと、周囲の機械が発する駆動音に混じって、微かに別の音が聞こえて来た。

 

――ビビビビビ ビビビ ビビビビ

――む!

 

 聞こえてきたのはどことなく電子的な響きを持つ音。吾輩はその特徴ある音を知っていた……何せ、つい数時間前に散々耳にしたのだから。音の発生源は徐々に近づきつつあるようで、聞こえる音も少しずつハッキリとしてくる。吾輩は意識を失ったフリをし、様子を伺うことにした。

 とうとう至近距離まで電子音が近づいてくる。と同時、ガシャリと扉が開き、薄暗い部屋に光が差し込んできた。

 

――ビビビビ

 

 差し込む光に照らされて浮かび上がるシルエット。鉄球のような丸い体に、馬蹄形の腕を持つそれは吾輩にとって忘れられよう筈もない存在。紛れもなく吾輩をこの地に連れ去った下手人――"じしゃく"ポケモン・コイルであった。

 ギョロギョロと感情の伺えぬ単眼で暗い室内を見回した後、フワフワと部屋の中に入るコイル。やがて部屋の隅で立ち止まると、壁の一角めがけて電撃を放った。瞬間、バっと明るくなる室内。どうやら電撃によって照明を作動させたようだ。

 

――ビビビビビ!

 

 明るくなった室内を確認したコイルは電子音にどこか満足気な感情を混じらせ、部屋の中央部へと進んでいく。

 

 一方の吾輩は最早、コイルのことなど眼中に無かった。光が灯り、明らかとなった部屋の中。そこには吾輩が捕らえられているのと同じ装置が幾つも並び、中には同じようにポケモンたちが捕らえられていたのだ。

 閉じ込められたポケモンたちは生体エネルギーを限界まで搾り取られたのだろう。皆一様に身じろぎ一つせず、装置の中で力無く倒れ伏している。ポケモンたちの衰弱しきった様子に、吾輩は今までにない焦りを覚えた。

 

 マズい。このまま手をこまねいていたら、吾輩も彼らの仲間入りだ。一刻も早くこの装置より脱出せねば……!

 

 そう焦燥感を覚える吾輩であったが、しかしこれといった手立てもない。まさしく八方ふさがりの状態であった。

 と、そうこうする内に、部屋の中央に鎮座する巨大な機械へコイルが小さく電気を放っているのが見えた。嫌な予感を覚えた吾輩は懐より「ほうせきの国」より持ち出した結晶片(げんきのかけら)を取り出し、大急ぎで口に含む。

 次の瞬間、吾輩を捕らえる装置が大きく駆動し、凄まじい勢いで生体エネルギーを吸い上げ始めた。

 

――あばばばばばばば!

 

 体内から恐ろしい勢いでエネルギーを吸い上げられ、見る見るうちに体に力が入らなくなっていく。吾輩は口に含んだ結晶片(げんきのかけら)を噛み締め、意識が飛びそうになるのを必死にこらえる。エネルギーの供給と収奪で明滅する視界。見れば他の装置のポケモンたちも苦悶の表情を浮かべていた。

 

――ふぎぎぎぎ! こ、こんな……ところ、で……!

 

 とうとう口内の結晶片(げんきのかけら)が砕け散り、吾輩の意識を繋いでいたエネルギーの供給が消失する。途端に暗くなり始める視界。どうやら根性で耐えるのにも限界があったらしい。

 ……もしもこの場で意識を失ってしまえば吾輩に最早抵抗の余地は残されん。一度生体エネルギーを吸い尽くされれば回復には長い時間を要する。そしてこの装置に捕まっている以上、生体エネルギーが回復することはありえない。そうなれば後は彼らのように死なぬギリギリのところで生体エネルギーを延々と搾られ続けられるだけ。当然のことながらバンダナ少女やお転婆姫()との約束も果たせず、"キノコのほうし"を習得するという吾輩の夢を叶うことはないだろう。

 ああ、そんなこと――

 

――認められるかアアアアア!!

 

 意識が戻る。心が燃える。こんなところで折れてなるものかと、全身全霊で奮起する。

 ……脱出のための手立てが思いついた訳でもない。未だ状況は絶体絶命、秒単位で生体エネルギーは削られ続けている状態だ。遠からぬ内に、今度こそ完全に意識を失うだろう。今のこれは言わば燃え尽きる蝋燭の最後の輝きのようなものだ。

 

 

―――

 

 

 逆境に陥った者には2つの選択肢が与えられる。即ち屈するか、それとも抗うか。

 

 逆境に屈するのは容易い。何せ単に諦めるだけなのだから。自身にはどうすることも出来ぬと投げ出し、全てを受け入れるのはとても「楽」だ。

 逆境に抗うのはとても困難だ。立ち向かえるかどうかすら分からぬ壁に、それでも挑むなどそうそう出来るものはいない。さらに挑んだところで成功するかどうかも定かではないのだ。多くの者がやがて諦めてしまうのも無理はないだろう。

 

 それでも……

 

――!?

 

 それでも、己を信じ抗い続ける者にこそ。

 

――な、何だ!?

 

 運命()はほほ笑むのだ。

 

 

―――

 

 

 吾輩の体から、突如として強烈な光が放たれる。

 次の瞬間、懐より独りでに()()()()()が飛び出した。

 

――こ、これは!

 

 目も眩まんばかりの()()()()を放ちながら中空にて浮かぶそれは、星の血脈(マグマ)を思わせる真紅の「宝石」。お転婆姫より預かった「紅い貴石」であった。

 吾輩の眼前にて「紅い貴石」の輝きがどんどん強まり、最早目も開けられなくなっていく。やがてその輝きは瞼を閉じてなお感じられるまでに至り――そして「紅い貴石」から膨大な星の息吹(自然エネルギー)が放たれた。

 

――うわっぷ

 

 周囲へ満ちる荒々しい無色の力。その濃度は地上などとは比べるべくもなく、「ほうせきの国(地下空洞)」と遜色がないほどであった。吾輩はこれ幸いと溢れる自然エネルギーを吸収し、削られた生体エネルギーを回復させる。

 

 さらに自然エネルギーが齎した影響はこれだけにとどまらなかった。

 

 突如として装置の駆動音が停止し、吾輩からあれほどまでに流れ出ていた生体エネルギーが止まる。見れば装置からバチバチと火花が上がっていた。どうやらエネルギーの過剰供給によりオーバーロードしたようだ。

 

 好機! 

 

 装置が停止したということは、脱出を阻むエネルギー・フィールドもまた停止したということに他ならない。即ち、待ちに待った脱出のチャンスである。この千載一遇の機会を逃す訳にはいかなかった。

 吾輩は一頻りエネルギーを放出し、光の収まった「紅い貴石」を急いで回収すると、勢いを付けて装置から飛び降りる。果たして、予想通り脱出を阻むエネルギー・フィールドが展開されることはなく。吾輩はあっさりと部屋の床に着地することが出来た。

 

 部屋の中はカオスの極みのような状態であった。室内には大量の自然エネルギーが充満しており。その影響か立ち並ぶ装置群が一様に煙を上げ、捕らえられていたポケモンたちが次々と脱出していた。解放されたポケモンたちは、この場に満ちる自然エネルギーを吸収したのだろう、先ほどまでの生きた屍のような状態が嘘のように元気そうな状態であった。

 

 あ!

 

 と、周囲の様子を観察していた吾輩の視界が、中空を大慌ての様子で逃げていくコイルの姿を捉える。

 捕らえたポケモンたちが一斉に解放されたのを見て、慌てて仲間を呼びに行ったのだろう。

 グズグズ留まっていては連中が再びやってくる可能性がある。一刻も早く脱出する必要があるだろう。

 

 なれば、と吾輩は右往左往するポケモンたちに声を掛ける。

 この場に留まっていてはまた捕まってしまう。すぐさま脱出しよう、と。

 幸いにしてポケモンたちも再びあのような目に遭うのはゴメンだ、と賛意を示し、吾輩たちは揃って部屋より駆けだした。

 

 ポケモンたちに聞いたところ、ここはどうやら人間たちが作った地下施設らしい。ならば、目指すべきは上。吾輩らは微かな空気の流れを辿っては、見つけた階段を片っ端から駆け上がり、ただひたすら出口を目指して走り続ける。

 途中、吾輩たちの存在に気が付いたコイルたちの散発的な攻撃はあったものの、数の利は吾輩らにある。一斉攻撃によってコイルたちを蹴散らし、吾輩らは進み続けた。

 

 そうして走り続けること少し、吾輩らは空気の中に潮と草木の匂いが混じっていることに気が付く。どうやら出口が近いようだ。久方振りの自然の香りに勢いづくポケモンたち。

 

 さあ、あともう少しだ。

 

 と、吾輩らが再び駆けだそうとした――その時。

 

――鏡光撃射(ミラーショット)

 

 突如として吾輩らを強烈な閃光が襲った。

 文字通り目が眩むほどの輝きを放つ光線を、吾輩は直感的に飛び退って躱す。瞬間、吾輩のいた地点へと着弾する"はがね"の光線。込められた属性(タイプ)エネルギーが爆発を起こし、衝撃で吾輩を含む数匹のポケモンたちが吹き飛ばされた。

 

 ぐっ……! 大丈夫か、お前たち。

 

 急いで体勢を立て直しながらそう問えば、誰もが直撃を免れたようで戦闘不能(ひんし状態)となったものはいなかった――この攻撃が所詮、挨拶替わりの牽制の一撃であったのもあるだろうが。

 

 ならば良し、と仲間たちの無事を確認した後、吾輩は先の光線を放った下手人……眼前に浮遊する未確認飛行物体(大敵)を見据えた。

 

 

――ビビビビビビビビ!

 

 

ジバババン ジバババン ジバババン

 

 

――ビビビビビビビビ!

 

 

 十数匹の"じしゃく"ポケモンを引き連れ、出口を塞ぐかのように通路へと陣取る未確認飛行ポケモン(コイルの親玉)。馬蹄形の磁石にバチリバチリと火花を散らし、奴は感情の読めぬ無機質な瞳でこちらをねめつける。

 

――親玉のお出まし、という訳か……。

 

 肌を焼くチリチリとしたプレッシャーから、目の前のポケモンの実力が取り巻きども(コイル・レアコイル)とは比較にならんことは分かる。周りのポケモンたちも彼の大敵の実力を感じ取ったか、皆一様に顔を険しくし、奴を警戒しているようであった。

 

 ……目の前には尋常ならざる大敵。されど奴を突破せねば脱出は叶わぬ。

 

――いかにすべきか……

 

 眼前の未確認飛行ポケモンを見据え、その障害を突破すべく頭を回す吾輩。だが、

 

――ギュオオオオ!!

――!? おい、待て! 貴様ら……!

 

 しかし吾輩が何かしらの策を思い付くその前に、すでにポケモンたちが突撃を開始していた。寄り合い所帯ゆえの弱点か、吾輩らはこの地下より脱出するという目的こそ同じだが連携が取れている訳ではない。そもそも同じ群れですらない野生ポケモン集団に、指揮系統なぞある筈もなく。吾輩らはなし崩し的に未確認飛行ポケモン率いる"じしゃく"ポケモンの群れと戦端を開くこととなってしまった。

 

――ええい! こうなっては仕方あるまい!

 

 正直に言えば格上であろう未確認飛行ポケモン相手に無策で突撃なぞたまったものではないが、なってしまったものは仕方ない。吾輩は体内の生体エネルギーを練り上げ戦闘の構えを取ると、混戦状態となった戦場へと突撃するのだった。

 

 

―――

 

 

 どっせい!

 

――吸精突撃(ドレインタックル)

 

 全身に"かくとう"エネルギーを纏って突撃、目の前を浮遊していたコイルを弾き飛ばす。同時に繰り出された"わざ"の効果によって奴の体力(HP)を吸い上げ、吾輩の内へと還元させる。吹き飛んだコイルはひんし状態となったのだろう、そのまま床に落ちて動かなくなる。構成員が戦闘不能となり防御の一角に穴が空いた、が、すぐさま別のコイルたちが現れてその穴を塞ぐ。

 

――ええい埒があかん!

 

 先ほどからこれの繰り返しだ。吾輩らが幾らコイルたちを倒そうとも、連中は抜群の連携で以って穴を埋め、吾輩らの脱出を阻み続けている。同族としての本能的連携能力の賜物か、はたまた少し離れたところで浮いている司令塔(未確認飛行ポケモン)*1の存在ゆえか……ともかくとして吾輩らの攻撃は連中に悉く防がれ、突破の糸口すら掴めておらん状態であった。

 

 ぬう。やはり各々勝手に攻撃している状態では連中には勝てんか……。

 

 幸い、戦場が狭い通路ということも相まって何とか包囲されることだけは防げているものの、このままではジリ貧もいいところである。吾輩らの目的はこの地下施設よりの脱出、連中を殲滅することではない。なので何とか連中の防御を抜けるだけの隙が作れればよいのだが……。

 

 と、そこで吾輩は脱出せんとするポケモンたちの中で、見事な連携を見せている連中が存在していることに気が付く。

 

――ルルルルオオォォォォ!!

――グアウ!

――ギャウ!

――ガオウ!

 

 それは一頭のライボルトを中核とするラクライたちの群れ。元々群れで生活する種族ゆえか、それとも同じ群れに所属していたからかは定かではないが、リーダーであるライボルトの指揮の元、実に淀みの無い動きでコイルたちを打ち払っている。

 

 ライボルト、か。確か前世の知識によればかの種族は自らの頭上に雷雲を作り出す力があるという。……ふむ、一か八か、試してみるか。

 

 ライボルトには雷雲を作り出す――即ち落雷を発生させる能力を持っていることを思い出し、そこでほんの僅かであるが、連中の動きを止められる可能性を思いついた吾輩。ワラワラとこちら群がって来るコイルどもを蹴散らしながら、彼らの元へと向かう。

 

――おおい、そこなライボルトたち! スマンが吾輩に少々協力してくれんか?

 

 吾輩が奮闘するライボルトたちにそう話しかけると、ライボルトたちは唐突に現れた吾輩の存在に怪訝な表情を浮かべる。とはいえ共通の敵を持つ現状、すぐさま攻撃されるということは無く。吾輩の言葉に耳を傾けてくれそうであった。

 そこで吾輩が思いついた策を明かすと、彼らは半信半疑であったが、しかし現状ジリ貧であることに変わりなしとして吾輩の策に乗ってくれることとなった。ありがたい、これで何とかなる可能性が出て来たぞ。

 

 だが、しかし問題もある。吾輩の策を実行する間、彼らはその場から動くことができないのだ。その間、無防備な彼らをコイルたちの攻撃から守る必要があるのだが、その役目を誰が担うというのか。

 ――無論、言い出しっぺの吾輩である。吾輩はこの策に望みを託したのだ。ならばその成就のため全力を振るうのは当然であろう。それに吾輩には「ほうせきの国」の戦いを経て考案したとある"わざ"がある。未だ完成度は十分とは言えぬが、この逃げ場の少ない限られた空間ならば十分威力を発揮できる筈だ。

 

 さあ、そうと決まれば早速行動開始だ。奴らに目に物見せてやる。

 

 

―――

 

 

――ギュオオオオオオン!!

 

 戦場に一際長く雄たけびが響く。それはライボルトによる作戦始動の合図。同時にラクライたちがリーダーの周囲に集い、一斉にその長い体毛をこすり合わせ発電を開始した。

 

――じゅうでん

――じゅうでん

――じゅうでん

 

 バチバチバチバチ!

 

 生み出された電気によって彼らの体から無数の火花が発生し、戦場に激しい音を響かせる。その音を聞きつけたコイルたち。何かしら仕掛けてきていることに気が付いたのか、一斉にラクライたちの元へと接近してくる。

 

 彼らの邪魔はさせん!

 

 と、そんなコイルたちの前に邪魔はさせじと立ちはだかる者があった。一頭身のまん丸ボディ、練色傘のキノコポケモン――即ち吾輩である。この策を成らせるためには何としてもライボルトたちのチャージを成功させる必要がある。故に、連中には指一本たりとも触れさせはせん。

 

 吾輩は全身に力を込めると、頭頂の噴出孔に"くさ"エネルギーを集中させる。使用する"わざ"の型は種子銃(タネシガン)。だが発射の直前、吾輩は形成された()()のエネルギーをオーバーロードさせ、発射した瞬間に炸裂させる。

 炸裂によって散らばった細かい弾丸が銃身(バレル)によって与えられた指向をそのままに、突撃してきたコイルたちへ面状にばら撒かれた。

 

 そう、これこそ「ほうせきの国」での経験より吾輩が考案した対多数用の新技。種子銃(タネシガン)の弾丸を発射直後に炸裂させることで、一発当たりの威力と引き換えにより多くの敵を捉えられるよう改造した新たな攻撃――その名も種子散銃(タネショットガン)である。

 

 狭い通路一杯に広がる"ほうし"の弾丸を勢いよく突撃してきたコイルたちが避けられる筈もなく、次々と弾丸に激突してはその勢いが削がれていく。残念ながら種子散銃(タネショットガン)は"くさ"属性(タイプ)の"わざ"ゆえに与えられるダメージは期待できんが、それでも当てれば動きを鈍らせることは出来る。吾輩は役割は時間稼ぎだ。今は奴らを足止め出来ればそれでよい。

 種子散銃(タネショットガン)を二度、三度とぶっぱなし、連中の動きを抑え込む吾輩。さあ、後はライボルトたちのチャージが完了すれば……!

 

――ギュオウ!

 

 と、その時ライボルトが短く鳴き声を上げた。チャージが完了した合図だ。見ればライボルトたちの頭上には膨大な"でんき"エネルギーを孕んだ黒雲が形成されていた。この距離でもビリビリ痺れるような感覚が伝わって来る。……これならばいけるやも知れぬ。

 視線の先、集った"でんき"エネルギーに危機感を覚えたのか、ようやく未確認飛行ポケモンが動き出した――が、もう遅い。

 

 奴が何か仕掛けようとする前に、すでに吾輩は叫んでいた。

 

――()え!!

――ギュルオオオォォォーーー!!

 

 

――神 鳴(かみなり)

 

 

 瞬間、咆哮と共に放たれる雷霆の一撃。凄まじい光と轟音が通路を満たし、視界の全てが白い輝きに包まれる。やがて荒れ狂う"でんき"エネルギーが収まり、視界が少しづつ回復してくる。目を二度三度しばたたかせれば、果たしてそこにあったのは吾輩の目論見通りの光景であった。

 一面が黒く焼け焦げた通路、かき乱された磁界によって身動きの取れなくなった"じしゃくポケモン"(コイル・レアコイル)たち、そして――"かみなり"の直撃を浴びて墜落した未確認飛行ポケモン(UFO)姿。

 

 よし! やったぞ!

 

 墜落し、身動きが取れない様子のコイルどもを見ながら内心ガッツポーズを取る吾輩。どうやら吾輩の目論見通り、策は成ったようである。

 

 さて、なぜ放たれた"かみなり"によりコヤツらはこうして身動きが取れなくなったのか。それにはコイルというポケモンの生態が関係している。

 前世の記憶によれば、コイルというポケモンは体側に存在するユニットから磁力を発することにより浮遊しているという。これは恐らく自身の発する磁力を惑星の地磁気とを反発させることによって自身の体を浮き上がらせているということなのだろう。そこから吾輩はならば、その磁力をかき乱してやれば奴らは浮遊することが出来なくなるのでは、と予想した。

 そして雷には周囲の磁場をかき乱す性質がある。吾輩はこの性質を利用し、付近の磁場に異常を起こさせることで奴らの動きを一時封じることが出来るのでは、と目論んだのだ。

 正直一か八かの賭けではあったが、見事吾輩の目論見は成功した。奴らはかき乱された磁場の影響で浮遊出来ず、地面を転がるままとなっている。

 

 さあ、もう吾輩たちの邪魔をするものは何もない。磁場の影響が消えコヤツらが再び動き出す前に、とっとと脱出しよう。

 

 突然の光と音、そしてバタバタと堕ちていったコイルたちに驚き右往左往するポケモンたちの尻を蹴り上げ、吾輩はさっさと逃げるように促す。ポケモンたちは脱出する道を阻んでいた存在が消えたことにようやく気が付くと、我先にと出口目掛けて駆けだしていく。吾輩とライボルトたちは念のため、コイルたちが動き出さぬか見張っていたが、逃げるポケモンの最後の一匹の姿が消えたことを確認して、ようやっと吾輩たちも出口を目指して移動することにした。

 

 

―――

 

 

 大敵である未確認飛行ポケモンとコイルたちを封じ、脱出の目途が立ったことで吾輩は内心安堵のため息を吐く。

 

 いやはや、突如として連中に連れ去られた挙句、生体エネルギーを吸い上げられる装置に閉じ込められた時にはどうなることかと思ったが……。今回も何とか無事脱出できそうだ。

 

 と、同時に吾輩は自身の窮地を救ってくれた「紅い貴石」についても考えを巡らせる。

 

 ……此度の窮地、この「紅い貴石」が無ければ本当に詰んでいた。これがエネルギーを吐き出し、かの装置をオーバーロードさせていなければ吾輩の旅はあのまま終わっていたであろう。偶然とはいえ、これを託してくれたお転婆姫には感謝せねばなるまいて。……しかし、

 

 吾輩は思う。何故この石は突然自然エネルギーを吐き出し始めたのか、と。

 

 お転婆姫よりこの「貴石」を授かった時、確かにその中に膨大なエネルギーが秘められていることを感じ取った。だがしかし、感じ取れたのは吾輩が「貴石」に触れてからだ。ただ見ているだけの状態ではこの石にそんなエネルギーが存在することなど一切に感知できなかった。つまりそれだけ強固に力が封じられていたということなのだが……。

 

 吾輩は懐に仕舞った「紅い貴石」に意識を向ける。「貴石」は先のエネルギー放出以降、再び静まってはいるものの、時折脈打つように僅かであるがエネルギーを外部に放出している。

 まるでアイドリングしているかのように。

 

 ……恐らくであるが"何か"が切っ掛けとなって、この「貴石」は今"励起"している状態なのだろう。その"何か"というのは……ふむ、そういえばお転婆姫はこの「貴石」は先代女王が『人間たちの祈り(生体エネルギー)を素に作り出した』もの、と言っていたな。「貴石」がエネルギーを放出する直前、吾輩は"こんなところで諦めてなるものか"と必死に抗っていた。まさか、その意志に反応したというのか……?

 

 意志に反応して励起する「貴石(いし)」。何だか駄洒落のようになってしまったが、その可能性は高いようにも思える。とは言え、吾輩は石の専門家などではない一介のポケモン。予想は立てられても実際のところはどうなのかは分からん。取り敢えず、これはお転婆姫からのお守り代わりということで納得しておく。それよりも今は脱出することが先決だ。

 

 と、吾輩は思考に没頭していた意識を呼び戻し、駆けることに集中する。供に走っていた筈のライボルトたちの姿が遠い。どうやら吾輩の鈍足の所為でおいて行かれたようである。若干ひどいような気もするが、まあ、対して親しくもない野生ポケモン同士の関係などこの程度のものだろう。別に怒るようなことでもない。

 そんな益体もないことを覚えつつ、吾輩は速度を上げようと強く踏み込んで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――鋼 煌 加 砲(ラスターカノン)

 

 

 

 

 

 瞬間、背後に莫大な"はがね"エネルギーを感じ振り向く。視界に映ったのは、磁場異常から回復し浮遊する未確認飛行ポケモンと――奴から放たれた鋼色に輝くエネルギーの弾丸。

 

 やられた――!

 

 思考に没頭し、警戒が緩んでいた隙を突かれた。だから奴の攻撃に気付けなかった。この距離ではすでに飛び退いて避けることも出来ない。

 

 ――ならば!

 

 鋼煌加砲(ラスターカノン)が直撃するその直前、吾輩は刹那の間に思考を巡らせ、瞬時に全身へ"かくとう"エネルギーを纏う。瞬間、直撃する"はがね"の大砲。吾輩は今にも炸裂せんとするそれを受け止め、全力で軌道を逸らす。

 刹那、大砲は吾輩の後方、斜め上の天井へとぶつかって炸裂。先の"かみなり"で脆くなっていた天井を崩落させた。

 

――ハア、ハア……。何とか直撃することは避けられたが……。

 

 横目で背後の様子を伺う吾輩。そこには崩落した瓦礫によって完全に埋められた通路があった。

 

――閉じ込められた……、という訳か。

 

 出口までの道を封じられ、思わず歯噛みする。これで吾輩は袋のラッタ(ねずみ)という訳だ。

 

 ビビビ ルルルル ジバババン ジバババン ジバババン

 

 眼前には不気味な電子音を響かせながら、浮遊滞空する未確認飛行ポケモンとその取り巻きたち。一方、逃げ遅れた吾輩は地下に一匹取り残されて出口も塞がれた状態。

 まさしく窮地。絶体絶命のこの状況に――しかし吾輩が諦めることはない。

 

 何、いままでも散々窮地に陥って来たのだ。いまさら、こんな程度の窮地で諦観など抱かん。正直、地下世界でかの"おむかえポケモン"の系譜と死合っている時の方がよほど危うかった。

 アレと比べれば目の前の敵など数段は劣る。かつての吾輩は――お転婆姫の協力があったとはいえ――曲がりなりにも"あれ"と立ち会えたのだ。ならば先より成長した吾輩ならば、この程度の相手やってやれないことはないだろう。それにあの時とは違い、吾輩の目的はこの施設からの脱出である。別に連中を悉く戦闘不能にする必要はない、ならば幾らでもやりようはある筈だ。

 

 狂った磁場の影響を脱し、次々と浮遊していく"じしゃく"ポケモンたち。再び立ちはだかった"はがね"の壁を前にして、しかし吾輩に一切の怯みはなく。如何にしてこの場を潜り抜けんか、と全力で思考を回す。

 

 UFOがユニットを閃かせ、吾輩は全身に力を込める。

 

 ――さあ、脱出劇(ポケモンバトル)の開幕だ。

 

 

―――

 

 

 さて、出口付近にて"じしゃく"ポケモンの群れと対峙した吾輩であったが、まず行ったのは連中からの全力の逃走であった。流石にあの袋小路で連中とやり合うのは分が悪すぎる。それに背後の出口が塞がれた以上、新しく脱出路を探す必要もあった。

 そこで使ったのが胞子結界(マッシュルーム)だ。大量の胞子を散布し、奴らの視界を奪うことで、何とか包囲を抜け出ることに成功したのである。

 

 そして吾輩は現在、新たな出口を探して施設内を走り回っているのであるが……

 

――磁鉄炸弾(マグネットボム)

――電撃波(でんげきは)

 

 逃走する吾輩に、背後から"必中"の属性を帯びた攻撃が迫る。

 

――そうなんども当たって堪るか!

――種子散銃(タネショットガン)

 

 接近する属性(タイプ)エネルギーの塊を察知した吾輩は"くさ"エネルギーの弾丸をばら撒いて迎撃、"わざ"の構成をかき乱して誘爆させる。面状に展開された弾丸に打ち抜かれ、必中技は中空にて爆発四散。吾輩に届く前にそのエネルギーをばら撒いて消滅する。

 これで厄介な必中技は処理できた……しかし、

 

――電磁砲(でんじほう)

 

 四散したエネルギーをぶち抜いて、高密度の"でんき"の砲弾が射出される。慌てて横っ飛びに飛び退ると、電磁砲(でんじほう)はそのまま壁面へと着弾。通路の壁を崩して吾輩の行く手を塞ぐ。

 

――ちぃっ!

 

 行く手を塞がれた吾輩は舌打ちを一つ。周囲を見渡し、横手にあった下り階段を降りて行く。

 

――これは誘導されているな……。

 

 先ほどからこれだ。連中、吾輩を遮二無二に捕らえようとするのではなく、通路を破壊して地下へ地下へと誘導しようとしている。恐らく吾輩を地上に出さんがためであろう。ここは奴らのホームグランド、地の利は奴らにある。吾輩は脱出が遠のくことを自覚しつつも、奴らの誘導に乗って地下へと逃げる他なかった。

 

――ええい、こんな状態ではいつまでたっても脱出なぞ出来んぞ!

 

 このままではいずれ逃げ場のない空間に追い詰められてのなぶり殺しだ。どうにかして奴らの追跡を逃れなくては。しかし、一体どうすれば……。

 と、そこまで考えたところで吾輩は一時思考を中断する。連中が再び必中技を放ってきたからだ。

 

――クソが! ゆっくり考えることも出来ん!

 

 迫る攻撃を種子散銃(タネショットガン)で迎撃しつつ、吾輩は己が逃走を的確に妨害してくる"じしゃく"ポケモンたちに思わず悪態を吐く。

 

 ああ、もう全くもって憎らしいくらいの連携だ。狭い中空をぶつかることなくスイスイと飛び回り、一矢乱れぬ動きでこちらを攻撃してくる。あんな磁石をぶら下げてよく互いに引っ付かない、もの……だ。

 

――?

 

 ふと、吾輩の脳内に疑問が浮かぶ。そうだ、連中は全身から磁力を発し浮遊しておる筈。だというのに、連中同士が反発し合ったり逆に引っ付き合ったりする様子はない。それどころか、周りの鉄製品すら引き寄せる気配すらない。一体何故だ?

 

 思い浮かんだ疑問を流すことなく、思考を研ぎ澄ませ深堀していく。

 

 ――予想としては、連中が発する磁力を体内で操作している、といったところか。しかし、あれほど磁力が乱れ飛ぶ中で他の仲間と一切反発も引き寄せも起こさずに浮遊するとは、どれほど繊細なコントロールを行っているのだろうか。

 

 この時、吾輩は半ば直感していた。吾輩が今抱く疑問の先に現状を突破する鍵がある、と。

 

 ならばもし、奴らの磁力コントロールを乱すことが出来れば――

 

 その時、吾輩の脳裏に天啓が走る。

 連中を一網打尽とする策が、瞬きの内に頭の中へ描き出されていく。

 

 吾輩の予想が正しければ、これで奴らの動きを封じることが出来る筈。勿論失敗する可能性はあるが、現状他に打つ手はないのだ。ならばこれに賭けてみるのも悪くはなかろう。

 そうと決まれば、と吾輩は進路を変更する。今までの上へと向かう道から、()()()()()()()へ。

 自身らの誘導が効いたと思ったのか、連中は吾輩が進路を下へと変更したことに気が付く素振りもなく。散発的に攻撃を仕掛けては、吾輩の後を追うばかり。

 

――いいだろう、貴様らの誘導に乗ってやる。ただし、誘い込まれているのは吾輩ではなく――貴様らの方だがな。

 

 内心でそう呟きつつ、吾輩は人工の通路をひた走る。目指すべき()()()()へ向かって。

 

 

―――

 

 

――ここだ。

 

 奴らに捕まらぬよう走って走って走り続け、とうとう吾輩は目的の場所へとたどり着いた。見覚えのあるそこは、他ならぬつい先ほどまで吾輩らが閉じ込められていた場所。生体エネルギーを吸収する機械が立ち並んでいたあの部屋だ。

 半開きの扉をすり抜けて中に入れば、「紅い貴石」から放出された濃密な自然エネルギーが体を包む。良かった、これで自然エネルギー濃度が下がっていたら、吾輩の策は全てパーになるところであった。しかし、この場にはしっかりと膨大な自然エネルギーが残されている。ならば吾輩の策もこれにて成る筈である。

 

――電磁砲(でんじほう)

 

 と、その時すさまじい轟音と共に部屋の扉が吹き飛ぶ。

 

――ビビビビビビ ビビビビビビ

――ジバババン ジバババン ジバババン

――ルルル ルルルル ルル

 

 吹き飛んだ扉から不気味な電子音を響かせ、手下を引き連れて未確認飛行ポケモンが侵入してくる。未確認飛行ポケモンは出口を塞ぐように陣取り、手下どもに吾輩を取り囲ませる。

 

 ――連中、吾輩のことを追い詰めたと思っているのであろうな。

 

 なるほど確かに、この部屋は袋小路だ。出入り口はたった1つで、そこを塞がれれば逃げ場はない。そしてすでに連中は吾輩を逃さぬよう出入り口に陣取っている。客観的に見れば吾輩は追い詰められた状態。連中が自らの勝利を確信するのも無理はない。

 眼前にて未確認飛行ポケモンがユニットを閃かせ、膨大な"でんき"エネルギーを収束させている。どうやらその一撃を以ってトドメとするつもりらしい。周囲の"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)たちもまた、各々"でんき"、"はがね"のエネルギーを収束させ攻撃体勢を取る。

 

――ジバババババ!

 

 そして、まさに奴が収束させた"でんき"エネルギーを解放せんとした――その時。

 

――!?

 

 ガン! という鋼同士がぶつかり合う音と共に奴の体が揺さぶられる。

 奴が慌てたように視線を遣れば、そこには自身の体に激突した手下のコイルの姿。突然の手下の衝突に、何が起きたのかと動揺したような様子を見せる未確認飛行ポケモン。だが、ことはそれだけでは終わらない。たて続けにガン! ガン! と響く金属音。空中を浮遊していた"じしゃく"ポケモン(コイル・レアコイル)たちが次々と衝突しているのだ。

 瞬く間に部屋中の"じしゃく"ポケモンたちが未確認飛行ポケモンへと引き寄せられ、部屋の中に巨大なコイルの塊が出現する。さらにさらに、塊から発せられる強力な磁力に吸い寄せられ、部屋に据え付けられていた機械群が次々と塊の一部となっていく。そうして出来上がったのはコイルたちと鉄製品が一塊になった金属団子。連中は自身の発する磁力と吸い寄せた金属の重量によって全く身動きが取れなくなってしまっていた。

 

――ふう……、何とかうまくいったか。

 

 連中の動きが完全に封じられたのを確認し、吾輩はホッと息を撫で下ろす。どうやら吾輩の立てた策はうまくいったようであった。

 

 さて、何故先ほどまで自由に動き回っていた奴らがこのような状態となったのか……それはこの部屋に満ちる自然エネルギーが原因である。自然エネルギーはその名の通り自然界に普遍的に存在するエネルギーで、人間やポケモンはこの自然エネルギーを吸収して自らの生体エネルギーへと変換している。即ち自然エネルギーはこの世界の生命体にとって生存に不可欠な物なのである。

 そしてこの自然エネルギー、高濃度になると同空間内に存在する生物の身体機能を活性化させる性質がある。体内に吸収する自然エネルギーの量が増加することで生体エネルギー量が上昇することが要因だ。これ自体は生物にとって害となるものではない。しかし、現在地上で暮らしているポケモンは地上の自然エネルギー濃度に合わせて感覚が調整されている。では、そんな生き物がいきなり高濃度の自然エネルギー空間に入り込めばどうなるのか――端的に言えば活性化した身体能力に感覚が追い付かず、能力が制御できなくなるのである。

 これが吾輩のような植物型のポケモンや獣型のポケモンならば、多少ふら付く程度の影響しかないが、連中のような能力の微細なコントロールが必要なポケモンたちにとっては致命的といってよい影響が出る。

 その結果が目の前の金属団子だ。連中は活性化した自身の磁力を制御出来ず、こうして互いに引き寄せ合い身動きが取れなくなったという訳である。

 

――とはいえ永遠にこのまま、という訳でもあるまい。

 

 自然エネルギーによる能力暴走は、身体が環境に慣れないことによる一時的なもの。高濃度環境に慣れれば、いずれ能力の制御も効くようになる。吾輩らポケモンの環境適応能力は高い。この金属団子状態はそうそう長く続かんだろう。

 故、吾輩はこの間にとっとと脱出する必要があるのだが……。

 

――む?

 

 と、そこでふと吾輩はかすかな空気の流れを感じ取る。

 

――どこからか空気が流れ込んでいるのか?

 

 もしかすれば脱出の糸口になるやもしれぬ、と空気の出処を探す吾輩。しばらく探した後、突き止めた空気の出処は衝撃で外れた空気供給管。近づいてみると、パイプを伝って地上から空気が流れ込んでいるようであった。

 

――ふむ。

 

 パイプの太さは吾輩の胴体と同程度。這い進めばどうにか通り抜けられそうだ。

 

――……よし、ここから脱出を図るとしよう。

 

 しばらく考えた後、吾輩はこの空気供給管を伝って脱出を試みることを決めた。何せ先の出口は連中によって潰されておる。これから出口を探そうにも、この広大な地下施設から他の道を見つけ出すのは手間がかかる。何より迷って時間を消耗した結果、回復した"じしゃく"ポケモンたちに再び追い回される危険性があった。

 ならば多少のリスクは覚悟の上で、恐らく地上へと繋がるこのパイプを這い進む方が脱出の可能性が高いと見込んだのだ。

 

 そうと決まれば、と、吾輩は出来るだけ体を縮め、暗く狭いパイプの中に入って行くのであった。

 

 そうして微かな空気の流れを頼りにせまっ苦しいパイプの中を這い進むことしばらく。吾輩が、何だか自身が"いもむし"ポケモンとなったように感じ始めた頃、ふと行く先に光が漏れているのを見た。

 

――おお、光だ……!

 

 吾輩が大急ぎで這い進めば、そこは頭上より光が降り注ぐ垂直のパイプーーまさしく、吾輩が求めてやまなかった出口に他ならなかった。

 

――やった! 出口だ!

 

 ようやっとたどり着いた出口だ。遥か頭上の光を目指し、上へ上へとよじ登っていく吾輩。そうして登り続けることしばらく、とうとう外まで体一つ分を残すのみとなる。

 

――ああ、ようやく出られる。

 

 久方ぶりの日の光に目を細め、鼻腔をくすぐる土と草の香りに頬を緩ませる。人工的で陰鬱な地下施設の空気とは違い、どこまでも爽やかな地上の空気は吾輩が自由の身となることをことさらに実感させた。

 

 さあ、こんなところからはとっととおさらばして、旅を再開しよう。

 

 目の前まで迫った希望の瞬間に胸を躍らせつつ、吾輩はパイプより這い出ようとして――

 

――……ん?

 

 丁度、体半分ほどパイプより這い出した時、気が付いた。

 

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………抜けん。

 

 

 体が、抜けない。

 どうやらこの空気供給管、先端部分が中より少し狭くなっているらしく、吾輩の体はそこで詰まってしまったのだ。

 

――ふうんぬぬぬぬぬ……!!

 

 どうにか脱出できんものかと吾輩は全身に力を込めて必死にもがく。脱出まであと体半分なのだ。こんな間抜けな理由で脱出失敗などゴメンである。――が、そうやってジタバタしたことがアダとなった。

 

――……あ゛!

 

 脱出しようとパイプの壁面を強く蹴り上げたところ、衝撃で吾輩の体が僅かに前進。結果、パイプの狭くなった部分へ胴体が完全にはまり込んでしまう。おまけにより深くハマった結果、足が完全に宙ぶらりんとなり、脱出のため踏ん張ることすら出来なくなってしまった。吾輩は全力で体を捩ってパイプから抜け出そうとするも、パイプにすっぽりハマった体は全く進むことはなく。

 

――だ……!

 

 八方塞がりの状態に、吾輩は思わず叫ぶ。

 

――誰か、助けてくれえええ~~~~~~~!!

 

 助けを呼ぶ声が、地下施設(ニューキンセツ)の空に虚しく響いた。

 

 

―――

 

 

 パイプに詰まったアホなキノコが助けを求めていたころ、ニューキンセツ・地下シークレットラボでは……

 

――ジババババババ!

 

 沈黙状態だった金属団子より、突如として大音量の電子音が鳴り響く。同時に金属団子が大放電。四方八方に電撃をまき散らしながら、凄まじい輝きを放つ。

 そして次の瞬間、張り付いたコイルを勢いよく引っぺがし、中から"じばポケモン"ジバコイルが姿を現した。

 

 彼の行ったことは至極単純、己が肉体に大電流を流すことで周囲の磁界を捻じ曲げ、張り付いたコイルたちからの磁力を打ち消したのである。とはいえ、大電流を体に直接流すことは相当無茶だったのか、宙を浮かぶ彼の体はあちこちが焼け焦げ、浮遊もまた若干ふらついたものとなっていた。

 しかしダメージを負ったとはいえ、その意識は健在。活動に支障はない。彼は高濃度自然エネルギー環境に適応し、再び自由となったコイルたちにキノココを捜索するよう指示を飛ばす。

 指示に従い、若干ふら付きながら散開するコイルたち。そしてすぐさまジバコイルの元へと報告が齎された。曰く、空気供給管の一部が破損しており、内部に僅かながら生体エネルギーの残滓を確認した、と。

 報告を受けたジバコイルは瞬時に逃げたキノココはそのパイプより地上へ向かった可能性が高いと判断。追撃をコイルたちに指示しようとして――

 

――……!

 

 ()()を認識した。

 

 

―――

 

 

 さて、唐突だがここで(ムゲンダイ)エナジーについて語ろう。

 (ムゲンダイ)エナジーとはデボン・コーポレーションによって開発された新型のエネルギーである。このエネルギーはメガシンカの際に発生する超大なエネルギーを人工的に再現したもので、ポケモンの生体エネルギーと人間の生体エネルギーをかけ合わせることで僅かな量のエネルギーから莫大な出力を得ることができる。その効率はたったポケモン数十体程度の生体エネルギーで大型ロケットを第二宇宙速度まで加速可能なほどだ。

 桁外れのエネルギー効率を叩き出す(ムゲンダイ)エナジーはまさしく夢のエネルギー資源であり、デボン・コーポレーションをホウエン最大の企業まで押し上げた最大の原動力であった。

 それで、だ。先も言った通り、(ムゲンダイ)エナジーはメガシンカ現象を人工的に再現したもの――つまり、発生のプロセスもまたメガシンカと同様だ。そしてメガシンカのプロセスとは人間とポケモンの生体エネルギーが特殊な石を媒介として掛け合わされることによって発現する、というものである。

 

 そこで考えてみよう。

 

 この場には生体エネルギー収集装置――吸収盤(アブソーバ)によって蓄えられたポケモンたちの生体エネルギーが存在する。

 

――第一条件:ポケモンの生体エネルギーの存在、クリア

 

 そしてこの吸収盤(アブソーバ)には主人公であるキノココも捕らえられ、生体エネルギーの収奪を受けた。……キノココは前世の影響か、その生体エネルギーは人間のものである。

 

――第二条件:人間の生体エネルギーの存在、クリア

 

 この部屋内には「紅い貴石」――人間の祈りから作り出された特殊な石から放たれたエネルギーに満ちている。

 

――第三条件:媒介となる特殊な石の存在、クリア

 

 最後に、先程ジバコイルの放った放電によって収集した生体エネルギーを貯蔵するタンクが破損、流出したエネルギーが混ざり合った。

 

――第四条件:エネルギー同士の掛け合わせ、クリア

 

 つまり、ここには今(ムゲンダイ)エナジー発生に必要な条件が全て揃っているということで、それが示すことは即ち――

 

 

―――

 

 

 ジバコイルの視線の先、そこにあったのは目も眩まんばかりに輝く虹色の光球。その正体は生成が開始された(ムゲンダイ)エナジーの繭だ。繭の内部では(ムゲンダイ)エナジーが恐ろしい速度で生成・蓄積され続けており、いずれ許容量を超えればその内包されたエネルギーを一挙に周囲へと放出するだろう。

 ポケモン数十体分程度の量で大型ロケットを惑星重力圏から脱出させるほどの出力だ。逃げ場のない地下空間でそんなものが無差別に放出されたらどうなるのかは……考えるまでもない。

 ジバコイルたちの本能が最大級の警鐘を鳴らす。

 

――今すぐ逃げろ、さもなければ死ぬ。

 

 野生ポケモンである彼らがその警鐘に逆らう筈もなく。生存本能に命ぜられるまま、ジバコイルたちは全速力でその場から逃げ出した。

 

 そして次の瞬間、光の繭が一際大きく膨れ上がり……大爆発が起こった。

 

 発生したエネルギーの波は部屋内に残っていた機械の残骸を跡形もなく消し飛ばし、さらに同フロアーに存在したあらゆる物体を根こそぎ粉砕する。

 影響はそれだけにとどまらず地下施設(ニューキンセツ)の半分が何かしらの被害を受け、脆くなっていた一部では建築構造そのものの崩壊すら引き起こし、ついでに爆発で発生した衝撃は地表付近に地震を発生させ、特に近傍のキンセツシティでは街全体が大きく揺れる騒動となる。

 

 そして発生した爆風の一部は、外れた空気供給管を通って上へ上へと駆けあがり――

 

 

―――

 

 

 パイプに詰まって身動きが取れず、にっちもさっちもいかなくなった吾輩。取り敢えず助けを求め大声で叫んでみたが、聞くものは誰もいない。しかたがないので、反動で抜けんものかと無駄に天空へ向かって種子銃(タネシガン)を放っていたところ……

 

 

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 

 

――!? な、ななな何だ!?

 

 突如、轟音と共に凄まじい振動が吾輩を襲った。建物を揺らすとんでもない振動に地震めいた感覚を覚える吾輩。振動はさらに激しさを増し、吾輩が何だか嫌な予感を抱いた……その時。

 

――? 何だか尻が妙に熱いよう、な……

 

 

 

 

 

 

 

ドカーーーーーーーーン!!

 

 大 爆 発。

 まるで尻が爆発したような衝撃と共にパイプが破裂。吾輩は遥か上空へ向け、天高く撃ち出されることとなった。

 

――ぬわーーーー!!

 

 信じられない速度でぐんぐんと上昇する吾輩の体。あっという間に木々の高さを超え、大きな建物すら超えて、雲に届きそうな勢いで空へと駆け上っていく。

 

『――ひゅあ!?』

――ぶべらっ!?

 

 だがしかし、吾輩の上昇は雲へ届くことなく停止する。空中にて()()()()()()と衝突したからだ。正体不明の固い何かに勢いよく頭をぶつけ、意識が遠のく吾輩。

 

――ああ、そらがきれいだなあ。

 

 意識を喪失する刹那、視界一杯に広がった空はとても澄んでいて――美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『び、びっくりした……。まさか空にキノコが撃ち上がってくるなんて……。思わず"リフレクター"貼っちゃった……』

 

『って、大変! このままじゃ地面にぶつかっちゃう! ストップ! ストーーーップ!』

 


爆発オチなんてサイテー!!

 

・キノココ

 コイルに攫われ何とか脱出……したと思ったらまさかの爆発オチ。天高く撃ち上げられて、空中にて"リフレクター"と激突。再び気絶する羽目に。

 

・見えない何か

 キノココが空中で激突した"リフレクター"を貼った、姿の見えない何者か。墜落しそうになったキノココを慌てて救助し、爆発やら何やらでボロボロの彼を治療する。

 その正体はみんな大好きあの子。そして当作のヒロイン(予定)である。

 

・ジバコイルwithじしゃくポケモン's

 爆発の直前、虚空に出現した()()()()()に飛び込み生き延びることに成功。が、リングが閉じてしまったためニューキンセツに帰ることが出来ず。仕方なく迷い込んだ先の大都市にて新生活を始めた。

 

吸収盤(アブソーバ)

 (ムゲンダイ)エナジー生成のため、デボン・コーポレーションが開発したポケモンの生体エネルギーを吸い取る装置。その起源は三千年、カロスの王が作り上げた【最終兵器】の動力源とされる。

 なお、シークレットラボに設置にされていた吸収盤(アブソーバ)はかつてダイキンセツホールディングスによって盗み出された設計図を元に作られた海賊版。本家デボン・コーポレーションの吸収盤(アブソーバ)は改良が進んでおり、ポケモンへの負担も大分軽減されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します、リーダー・マツブサ。至急、ご報告が」

「何だ」

「110番道路にて大規模な自然エネルギーの反応を感知しました。明らかに地上ではあり得ない量です。さらに解析班によれば、放出されたエネルギーに"ほのお"と"じめん"の属性(タイプ)エネルギーパターンを観測したとのこと」

「――何だと?」

「さらに現在、量こそ少ないですがキンセツシティ内部でも同様の反応が確認されています。――いかがいたしましょう」

「…………すぐに調査員を派遣しろ。発生した原因を探るのだ」

「了解しました」

 

*1
奴の大きさではこの狭い通路内で動きが相当に制限される。恐らくそれを見越して指示に徹しているのだろう



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幕間:仄暗い闇の底から

二話連続投稿の二話目。まだ前話をご覧になられてない方は、前話を先にご覧ください。

前話に入らなかったおまけ的な話。

注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。



2022/8/4 追記
当話の中で新作「スカーレット・バイオレット」で登場するキャラクターと同名のキャラクターが出てきておりますが偶然の一致であり、新作との関係は特にありません。

2023/10/1 追記
「スカーレット・バイオレット」登場キャラクターとの名前被りがどうしても気になったため、当該人物の名前を変更しました。


 ――カツン、カツン。

 

 ニューキンセツ下層、シークレットラボ。爆発の衝撃で全ての機器が吹き飛んだその場所に足音が響く。

 辛うじて生き残った照明に照らされて、薄暗い室内に浮かび上がったのは、この場に似つかわしくない上等なスーツを身に纏った男の姿。

 

 男の名はシズク。ホウエン屈指の大企業・SSS(スリーエス)カンパニーの最高経営責任者(CEO)であり――このシークレットラボを作り上げた人物であった。

 

「……」

 

 相当な金額を掛けて作り上げた施設が完全に崩壊したこの惨状、しかしそれを眺める彼の目に落胆・怒りといった負の色はなく。むしろ、興味深げですらあった。

 

「――いやあ、こりゃ酷い」

 

 と、研究室に飄々とした声が響く。

 同時に鳴る新しい足音。部屋に新たな人物が入って来る。

 

「あんなにあった機械が一つも残ってないじゃないですか。これじゃあ、再建は厳しそうですなー」

 

 まるで他人事のようなとぼけた口調でそう語る声。シズクはその声の主――自身の呼び出した人物へとゆっくりと振り返った。

 

「――ラジアさん」

「はいはい、ラジアさんですよっと」

 

 視線の先、立っていたのはマグマ団の衣装に身を包んだ女性。

 彼女の名は"ラジア"。マグマ団に潜入しているアクア団の間諜(スパイ)である。

 

「潜入任務ご苦労様でした。貴女の持ち帰った情報――『地脈世界』、『紅い貴石』、そして『いんせき』の情報は実に有意義で、リーダー(アオギリ様)もお喜びでしたよ」

「お褒めに預かり恐悦至極、と。ま、ラジアさんに掛かればこれくらいお茶の子さいさいですよ」

「それは重畳。では、私の依頼も期待してよろしいのでしょうね」

 

 というシズクの言葉に、勿論と返すラジア。彼女は懐から一冊のファイルを取り出し、シズクへと手渡す。

 

「こちらお求めの品――デボン・コーポレーションの最高機密、(ムゲンダイ)エナジーの情報でございます」

「――ありがとうございます。…………………………ふむ」

 

 ファイルを受け取ったシズクはパラパラとページを捲り、その内容を確認する。

 

「やはり(ムゲンダイ)エナジーの生成にはポケモンのみならず人間の生体エネルギーが必要……。なるほど、"種火"を注ぐためのキーストーンを加工した制御装置……。そして、ホウエン地方最大にして唯一のキーストーン産出地『南の孤島』ですか……」

 

 一通り目を通した後、シズクはパタリ、とファイルを閉じた。

 

「――ええ、とても素晴らしい情報でした。これで(ムゲンダイ)エナジー生成研究がさらに進むでしょう。良い仕事です、ラジアさん」

「ははーありがたき幸せー。……とはいえ、相手は天下のデボン。いくら優秀なラジアさんとはいえど、最高機密の奪取はそう簡単にとはいきませんでした……なので、ねえ?」

「ええ、分かっています。報酬には色を付けておきますよ。――こちらを」

 

 そう言ってシズクが取り出したのは小型のメモリ。

 

「我が社で開発中の新型ドリルの設計図です。マグマ団にはこちらをお渡しください」

「いやー、いつもありがとうございます。これで諜報活動もますますやりやすくなるというもの。幹部サマ様々ですなー」

 

 ニンマリと笑みを浮かべ、メモリを受け取るラジア。

 これでマグマ団内での信用が上がり、諜報活動がやりやすくなるとご満悦だった。

 

「――ええ、喜んでいただけたようでなによりです」

 

 そう言うシズクが浮かべる表情も、また満足気であった。

 

 

―――

 

 

 情報を交換し、当初の予定を終えた二人。

 そこで、ふとラジアが機器の吹き飛ばされ、伽藍洞となったシークレットラボを見ながら「それにしても」と声を出す。

 

「せっかくデボンにバレないように手間とお金を掛けて、こんな辺鄙なところに(ムゲンダイ)エナジーの研究施設を作ったっていうのに……これじゃあ全部水の泡ですねえ」

 

 ()()()団だけに――と、そう言ってけらけら笑うラジア。

 

「問題ありませんよ。既に予備も含めた生体エネルギーの収集は終わっています。近い内にこの施設は破棄する予定でしたので、むしろ手間が省けたくらいです。――それとそのジョーク、笑えないですね。考えた人間のセンスを疑います」

「ええ~。このジョーク、リーダー(アオギリ)の鉄板ネタなんですけど~。()()()()()()としてトップのセンスを疑うとかどうなんですかね~?」

 

 と、ラジアはどこかおちょくるような口調でそう返す。

 

「組織としての上下関係と個人のセンスは別です。少なくとも、私はそのような幼稚なジョークを面白いとは思えません」

「あっはっは、言いなさる! ――あなたが『組織としての上下関係』だなんて、そっちの方が笑えないジョークでしょうに」

「――ほう」

 

 空気が変わる。先ほどまでの友好的なものから、ひりついた剣呑なものへと。

 

「だってそうでしょ? 吸収盤(アブソーバ)――閉じ込めたポケモンの生体エネルギーを収奪する機械。かつてカロスの王が作り上げた【最終兵器】、その動力源を起源とする……言ってしまえば、ポケモンたちの犠牲の象徴だ」

 

 ラジアは言う、此処にあった物はポケモンたちを食い物にする文明の象徴だと。

 

「そんな機械を大量に並べて、あまつさえポケモンたちの苦痛もお構いなしに生体エネルギーの収奪する……。それってさ、「ポケモンたちの理想郷を築く」っていうアクア団の理念(リーダーの思想)とは相反するものだよね――なーんて」

 

 非難するに、糾弾するように、しかし最後は茶化すようにラジアはアクア団幹部(シズク)に向けてそう語った。だが、

 

「……ク、クク」

 

 そんな彼女に対して、シズクが返したのは――失笑。

 堪え切れなかったかのように、シズクは笑いを漏らしていた。

 

「アレ? 笑えるようなことを言ったつもりじゃ無かったんですけど?」

「ククク、ク……いえ、失敬。まさか貴女の口からそのような言葉が飛び出るとは思わず」

 

 こちらの方がよほど笑えるジョークでしたよ、というシズクに、ラジアはわざとらしく笑みを浮かべ

 

「え~、ラジアさんはアクア団の忠実な団員ですよ。幹部サマが団の理念にそぐわないことをしているのを見たら、そりゃ一言くらい言いたくなりますって」

「クク……"アクア団の忠実な団員"、ねえ。幹部の前でおくびも無く(のたま)うその厚顔さ、私は嫌いではありませんよ。マグマ団の二重間諜(ダブルスパイ)さん――いえ」

 

 

 ――『流星の民』

 

 

「!!!!」

 

 瞬間、ラジアの顔が驚愕に染まる。シズクの口から出た一言、それは誰にも明かしていない筈の彼女の秘密。

 咄嗟に彼女の手が腰元のモンスターボールへと伸び――

 

「おおっと、そう物騒なのは勘弁願いたい」

「――!?」

 

 その言葉と共に、ラジアの全身に細長い触手がからみつき、地面へと押し倒される。腰元をまさぐられ、隠し持っていた()()()()()()が入ったモンスターボールが取り上げられた。それに気が付いた彼女が抵抗しようとするが、全身を拘束する灰色の触手はその見た目に反して力が強く、ギチリと彼女を締め上げて身動きすることを許さない。さらに首筋には鋭い棘のようなものが宛がわれ、下手に抵抗すればそのまま首を掻き切られるであろう状態だった。

 ラジアが横目で確認すれば、そこには水色の体に赤い球を着けた大きな海月――"くらげポケモン"・ドククラゲの姿。どうやらシズクがあらかじめ部屋内に潜ませていたらしい。

 

(やられた――!)

 

 拘束され身動きが取れない状況に、ラジアは思わず歯噛みする。

 自身の正体がバレているなどとは微塵も思っていなかった故に油断した――その結果がコレだった。生殺与奪を握られた状況に、彼女は険しい顔で目の前の男を睨む。

 

「申し訳ありませんが拘束させていただきますよ。私は自らを害そうとした相手に丸腰で臨むほど勇敢ではないので」

「よく……言うよ……この、変態! か弱い女の子を……ッ! こんな、風に……縛っておいて……さ!」

 

 いけしゃあしゃあとそう述べるシズクに、悔し紛れで変態呼ばわりするラジア。

 なるほど、確かに傍目に見れば見目麗しい女性が長い触手で拘束されるという、一部のマニア(変態)が喜びそうな光景であった。

 が、当のシズクは表情を変えることなく、

 

「生憎ですがそういった趣味はありません。これはあくまでも"話"をするためのもの、大人しくして貰えればこれ以上危害は加えません。……それと凄腕の()()()()使()()を"か弱い女の子"などとは言いませんよ」

「ッ!!」

 

 "凄腕のドラゴン使い"。この言葉が出るということは目の前の男(シズク)がラジアの手持ちを把握しているということに他ならない。アクア団内はおろか、マグマ団内においてすら自身の本当の手持ちを見せたことはない筈なのに。

 

「何で――!」

「そのことを知っているのか、ですか。――企業秘密とだけ答えておきましょう」

 

 何故なのかとというラジアの問いに企業秘密だと答えるシズク。分かり切っていたことだが、素直に話す気はないらしい。

 

(使うか――?)

 

 追い込まれた状況ではあるが彼女には一応、まだ打てる手は残っていた。不意を打てば拘束を振り解くことも可能だろう。だが、あれは本当に奥の手だ。使えば彼女はタダでは済まない。それにわざわざ拘束したことを考えれば、現状でシズクが彼女を殺害するという可能性は低いだろう。

 ならば、と。ラジアは体から力を抜き、抵抗の意思を引っ込める。

 

「ハア……分かったよ、降参だ。私はあなたに危害を加えない……だからこの拘束を解いてよ」

「大変結構。最も、話が終わるまでは手持ちは預からせていただきますが」

 

 シズクが合図を送れば、ドククラゲはシュルリとラジアを拘束していた触手を解く。それでもドククラゲが側を離れることはない。これでは隙をついてポケモンを取り返すことも難しいだろう。

 そんなことを考えつつ、ラジアは拘束されていた部分を擦りながら立ち上がり、シズクを睨むように見る。

 

「――それで、何なのさ"話"って」

「なに、ちょっとした確認と提案です」

 

 シズクは言う。

 

「貴女の目的は『超古代ポケモン』の復活だ。貴女が我々(アクア団)に超古代ポケモンの復活方法を伝えたこともそのため。――そうですね?」

「……まあ、そうだよ」

 

 実際には、彼女の目的はその()()()()にあるのだが……その過程で『超古代ポケモン』を復活させるというのは間違いないし、そのためにアクア団に潜り込んだのも事実だ。故に彼女はシズクの言葉を肯定する。

 

「結構。そして私の目的もまた『超古代ポケモン』の復活――つまり、我々の目的は一致しています。ならば、協力できるのではないでしょうか」

 

 彼がラジアに提案したこと、それは自分と協力関係を結ばないか、というのもの。

 

「申し出を受けてくれるのならば、貴女の活動に必要な資金・品・人……全て私が用立てましょう。代わりに貴女は活動で得た情報を全て『私』に流してくれればいい。――簡単なことでしょう?」

 

 如何でしょう、と問うシズク。

 そんなシズクにラジアは思う。

 

(分かりやすいくらいの釘差しだなあ……)

 

 そう、彼女は既にアクア団の一員として諜報活動を行っている。当然、得られた情報はアクア団へと流している訳で、幹部である筈のシズクがその情報を得られない筈がない。それにも関わらずこうして協力関係を結ぼうなどと言って来るということは、即ち"アクア団"ではなく"自分(シズク)"に情報を上げろということなのだろう。

 それが示すことはつまり、この男(シズク)が"アクア団"とは……アオギリとは別の思惑を持っているということに他ならない。

 

(なるほどね。だから(ムゲンダイ)エナジーの情報奪取を団からの指令じゃなくて個人的に頼んできたんだ。……ってことは、この研究施設も研究内容も"アクア団"には知られてない――いや、知られたくないのか)

 

 実際、この研究の存在を明かされた時、おかしいと思ったのだ。アクア団の――アオギリの掲げる思想はこの世界を「ポケモンの理想郷」とすること。アクア団はそんなアオギリの思想に感化され集まった集団。ごろつきのような連中も多いが、ポケモンに対する姿勢だけは真摯だ。少なくともその点だけは、ラジアも評価していた。

 だがしかし、ここで行われている研究は明らかにその思想とそぐわない――いや、むしろ相反しているとさえ言える。文明の力でポケモンに犠牲を強いること、それはアオギリの何よりも毛嫌いする行為そのもの。例え幹部でも発覚すれば処罰は免れないだろう。

 故にこそラジアに目を付けたのだ。ラジアもまたシズクと同じく"アクア団"に対して脛に傷を持つ身。お互いの秘密を握っている以上、裏切る可能性は低い。手駒として使えると踏んだのだろう。

 

(多分、手荒な真似したのはわたしがバラすことを匂わせたからだろうなー……)

 

 あの時はその所業が個人的にムカついたこともあってついやってしまったが……とんだ藪ハブネーク()だったようだ。アレが無ければもう少し有利な形で交渉できただろうに……、と彼女は自身の軽率さを今さらながら後悔する。

 

(正直、()()()()と協力関係を結ぶなんて反吐が出そうだけど)

 

 だが、背に腹は代えられない。何より、ポケモンたちが相手の手に握られている現状でラジアに断るという選択肢はなかった。

 

「………………分かった、協力する」

「大変結構。ええ、よろしくお願いいたしますよ。共犯者さん」

 

 そう言って手を差し出すシズクに、しかしラジアは、

 

「そういうのはいいから、さっさとわたしの手持ちを返して」

「ククク、そうですか。――ドククラゲ、返して差し上げなさい」

 

 シズク(トレーナー)の指示を受け、ドククラゲが掴んでいたモンスターボールを投げ渡す。

 投げ渡されたボールをしっかりキャッチしたラジア。彼女は中のポケモンたちが無事であることを確認すると、ボールを腰元に仕舞い込み、あらためて目の前の男(シズク)と向き合った。

 

「――ねえ、これだけは聞かせて」

「何でしょう?」

 

 既にこの場に用はない。

 だがラジアはどうしてもシズクに問いたいことがあった。

 

「あんたさ、アオギリ(リーダー)の理想に惹かれて"アクア団"に入ったんじゃないの?」

「ククク、何を言うのかと思えば……。あんな傷心を引きずったガキの戯言なんぞ、真に受ける筈がないでしょう」

 

 ――最も、手駒を集めるお題目としては十分でしたが。

 

 そう言って、嘲るように、蔑むように自らの組織を嗤うアクア団幹部の筈の男(シズク)

 

 ラジアにはそんな彼の姿がまるで――。

 

 

―――

 

 

 ボーマンダの背に乗って『流星の民』は星空を翔ける。

 高空の澄み切った大気を浴びながら、彼女が思うのは先ほどのこと。

 

(まるで、"悪魔"みたいだった)

 

 脳裏に思い浮かぶシズクの笑み。自らの組織の理念を、アオギリの理想を嘲笑するその"悪意"に溢れた笑みは、まさしく"悪魔"そのものの姿。垂れ流される悪意を思い出し、彼女は思わず身震いする。

 そんな彼女の心情を察してか、騎乗するボーマンダが心配そうな声で鳴いた。

 

「あはは、わたしのこと心配してくれるのか。本当に優しいなあ、キミは。――うん、大丈夫だよ」

 

 そう言って安心させるように首筋を撫でてやれば、ボーマンダは気持ちよさそうに目を細めた。

 

(うん……大丈夫だ)

 

 彼女はボーマンダの首筋を擦りながら、何度も大丈夫だと繰り返す。それはボーマンダを安心させるためというよりも、まるで自分自身に言い聞かせているかのようで。

 

(……ポジティブに考えよう。わたしの正体を知られてたのは予想外だったけど、少なくともアイツが他人にそれをバラす可能性は低い)

 

 シズクが彼女の正体を知っているのと同様に、彼女もまたシズクの秘密を握っている。そのことを考えれば少なくともシズクの口から彼女の秘密が漏れることはない、と考えてもいいだろう。

 残念ながらシズクがどこからその正体を知ったのかは分からなかったが、彼女の活動を支援すると言った以上、彼女の行動を邪魔してくる……ということは考えづらい。ならばむしろ、資金・物資などを融通しやすくなり、より活動がしやすくなったとも言える。

 

(あっちはわたしのことを利用しようとしているんだ。だったら、わたしだってアイツを利用しつくしてやらなくちゃ)

 

 所詮、お互いの目的を達成するまで利用し合うだけの関係。

 だったら利用出来るだけ利用してやる。

 

(それに、アイツが『超古代ポケモン』を復活させようとしているのは間違いないみたいだし)

 

 シズクの目的が『超古代ポケモン』の復活にあるのは間違いない。彼女の持つ、一種の動物的直感がそれを事実だと告げていた。

 

(何でそれを"アクア団"としてじゃなく、"自分"で行おうとしているのかは分からないけど……)

 

 あの悪魔のような男が目論むことだ。どうせ碌な理由ではないだろう。

 だが、『超古代ポケモン』の復活は既定路線。『超古代ポケモン』が目覚めさえするのであれば、誰が目覚めさせようとも同じこと。それに()()の力があれば、『超古代ポケモン』を鎮めることなど容易い。例え悪用しようとしたところで、直ぐに再封印してしまえば被害は最小限で済む。

 ……その過程で出る犠牲は多少増えるだろうが、それでも世界が滅びるよりはマシだ。

 

(……わたしじゃなくて、()()()だったら)

 

 ――犠牲を出すことなく、世界を救えただろうに。

 

 そんな考えが脳裏に思い浮かんで――すぐに首を振って打ち消す。

 

(――何を考えてるんだ、わたしは。()()()()()()()()()()()ために、こうして動いてるんだろう)

 

 シガナ、シガナ。わたしの大切な■■。

 

 ■■に会いたい。会いたくて会いたくてたまらない。 

 でも、きっと二度と会うことはない。

 

 それでも――

 

(安心して、シガナ)

 

 彼女は誓う。

 

()()()、わたしが世界を救うから)

 

 彼方の■■へ、()()()()を救うと。

 

(例え、この身と引き換えになろうとも)

 

 決意を胸に彼女は飛ぶ。

 夜空を翔けるその姿はまるで、流星のように美しく――そして儚かった。

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『流星の民』が立ち去った後の研究施設。薄暗いその場所に、男は一人佇んでいた。

 

「クク、ク。『超古代ポケモン』の、復活」

 

 ああ、そうだ。あの女に語ったことは間違いではない。

 我が目的は紛れもなく『超古代ポケモン』の――カイオーガの復活である。

 

 だが――

 

「足りない、足りないのだよ」

 

 そう、足りないのだ。

 カイオーガをただ目覚めさせるだけでは、決定的に足りないのだ。

 

 ――世界を海に沈めるには。

 

 伝説(カイオーガ)では力不足。魔物(エネルギーの塊)では強度が足りず、例え原始の姿を取り戻した(ゲンシカイキ)とて、抑止の龍(レックウザ)がそれを阻むだろう。

 どれだけ伝説と呼ばれる存在であろうとも、所詮はポケモン――『星の理』に縛られる存在だ。理を覆すには至らない。

 

「そう……ポケモンのままならば」

 

 ならば答えはシンプルだ。

 ――()()()()()()()()()()()()()

 

 『ポケモン』ではなく、『神』ならば。

 理を覆すのは容易いだろう。

 

 そしてそのためのピースは、既に男の手にあった。

 

 懐を探り、取り出す。

 

 薄暗がりに浮かび上がったのは、青い(あお)い一枚の(プレート)

 奇しくも男の名乗る名と同じ名を持つそれは、世界(うちゅう)を形作る十八の属性(タイプ)――その内の一つを象徴するもの。

 

 

 

 

――うちゅう うまれしとき その かけら プレートとする――

 

 

 

 創生の力を宿す、神の欠片。

 

 

 

「ク、クク……ククククク」

 

 嗤う、嗤う、嗤う。

 

 

 

――クカカカカカカカカカ!!

 

 

 

 何者も見通せぬ闇の中、悪魔の嗤い声が木霊した。

 

 




この世界の"異物"は()()()だけではない。

・ラジア
 マグマ団に潜入中のアクア団員。同時に、アクア団の情報をマグマ団に流す二重間諜(ダブルスパイ)でもある。
 その正体はもちろん某『流星の民』。ラジアというのは組織に潜り込むにあたっての偽名(元ネタは彼岸花の学名"リコリス・ラジアータ"から)である。
 実は今作の彼女はとある事情により、原作から大幅に設定が変わっている。が、その事情について語られるのはまだ先――ゆらぐ世界の物語(エピソード・デルタ)を待たなくてはならない。
 ただ、ここで一つ明かすのならば――この世界の彼女の傍らに『ゴニョゴニョ』はいない。

・シズク
 アクア団幹部にしてSSSカンパニーCEOを務める男性。ニューキンセツ地下に(ムゲンダイ)エナジー研究施設を作り上げ、隷属させたジバコイルたちに野生ポケモンを捕獲させて生体エネルギーを収奪していた。アクア団の一人であるが、どうやら組織とは異なる思惑を抱いているようである。
 本来の歴史には存在しない筈の異物。こことは異なる次元、異なる世界線においてアクア団幹部であった男の名を騙る何者か。野望を胸に純粋なる悪意を以って、悪魔は策動を続ける。

 さあ、森羅万象一切よ。我が野望の贄となるがいい。

・しずくプレート
 「プレート にぎりしもの さまざまに へんげし ちからふるう」
 天地創世のおり、世界へ振りまかれたという神の欠片。世界(うちゅう)を形作る十八の属性(タイプ)の一つ、"みず"を象徴するプレート。属性(タイプ)の力を高める性質がある。
 その正体は高次元に存在する神の玉座――"生命根源"へと繋がる道標。資格あるものが手にすればその者は神に邂逅するという


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蕈竜相逢

注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。
また、今話には半公式ですが擬人化要素も含まれます。そちらについても苦手な方はご注意ください。


 う、うーん……ハッ!

 

 瞼を貫く強い光で目が覚めた。眼を開けると抜けるような太陽の光が目に入り、吾輩は眩しさで思わず目を(しばだた)かせる。

 

 うおっ、眩しっ。

 

 やがて光に目が慣れ徐々に視界がハッキリしてくると、そこで見えたのは広がる芝とテレビ塔らしき大きな鉄塔。目を動かして確認すれば、遠くには転落防止用の鉄柵が見え、さらにその向こうにはどこまでも続くホウエンの景色が広がっていた。

 

 どうやら吾輩はどこかの建物の屋上にいるらしい。

 

 はて、ここは何処であろうか?

 

 自身の居る場所を自覚し、頭を捻る吾輩。

 吾輩は確か地下空間より脱出しようとして、何やら天高く打ち上げられた筈であったが……。

 

 と、そこまで考えたところ、ふと吾輩の頭上に影が差す。

 

 一体何であろうか、と上を見上げてみるとそこにあったのは――

 

『あ、起きた!』

 

 こちらを覗き込む、人間の少女の顔であった。

 

 ……美しい少女だ。人形と見まごうほどに整った顔立ちに、喜色を浮かべこちらを覗き込む黄金の瞳。鮮やかな緋色の髪は長く伸ばされ、二つ結いにしている。特徴的なのはこめかみ辺りから後ろに跳ねた独特なくせ毛であろうか。両側頭部からぴょこりと伸びるそれは、さながら羽のようにも見えた。

 少女の顔と角度から、吾輩はどうやら座った彼女の膝の上に載せられているらしい。

 

 ……ふむ、状況から察するにもしやこの少女が吾輩のことを助けてくれたのであろうか。

 

『うん、そうだよー。いきなり空に撃ち上がってきてびっくりしたけど、でも落ちちゃったら大変だって思って慌ててキャッチしたんだ』

 

 ほう、そうであったか。

 

『そうそう。それでいざキャッチしてみたら、またまたびっくり体中ボロボロなんだもの。だから大急ぎで傷を治したんだけど――大丈夫? 痛いところはない?』

 

 うむ、大事ない。特に痛みもなく、すこぶる快調である。

 

『そっかー。よかったあ、急いで治したからどこか治っていないところがないか心配だったんだあ』

 

 特に問題はない、という吾輩からの返答にホッと胸を撫で下ろす少女。

 

 しかし、この少女は転落から救ってくれただけでなく、吾輩に治療まで施してくれたのか。まさしく命の恩人だな、これ以上なく感謝せねばなるまい。

 

『えへへへ~。いやあ、それほどでも~』

 

 吾輩が自らの命を救ってくれたことに感謝の念を表せば、少女は照れくさそうに"にへら"とほほ笑む。そんな表情でさえ絵になるのは、彼女が最上級の美貌を持つが故だろう。

 

『――そういえば』

 

 と、そこで少女が吾輩に疑問を投げた。

 

『あなた、飛べないのにどうして空に撃ち上がったりなんてしたの?』

 

 問いかけられた彼女の疑問。

 それは何故、飛べもしない吾輩が空に撃ち上がったのか、というもの。そんな彼女の疑問に、吾輩はこれまでの経緯とついでに今まで歩んだ旅路のあれこれを話すことで応えてやる。

 

 "トウカのもり"で生まれたこと*1。種の誇りのために"キノコのほうし"を会得せんと旅に出たこと。途中で出会ったバンダナ少女と友情を結び、再会を約して別れたこと。"いしのどうくつ"にて偶然襲われていたポケモンを助け、なんやかんやあって地下世界の王国を救うべく戦う羽目になったこと。いざ、地下から脱出したと思ったらコイルたちに捕まってしまい、再び脱出することとなったこと――などなど。

 

 吾輩が経験した冒険話に、少女は真剣に耳を傾け、時に驚き、時に笑い、時にハラハラと実に豊富なリアクションを見せてくれた。そんな彼女の反応に気を良くし、吾輩もついつい饒舌に語ってしまった。

 

『ほええ~。あなた、何だか凄い冒険をしてきたんだねえ。――いいな~。羨ましいな~。わたしもいつか旅とかしてみたいな~』

 

 吾輩の話を聞き終え、羨まし気な口調でそう言う少女。

 

 ふむ、"いつか"、か……。旅に出たいというのなら、別に出るのはいつでも構わんと思うが……。冒険譚を聞いた際の何やら羨まし気な様子といい、彼女には何か旅に出られぬ事情があるのだろうか。

 

『うん。お兄ちゃんがね、危ないからダメだって』

 

 身内の反対であったか。なるほど確かにそれは厄介だな。

 

『そうなの! でもお兄ちゃんったら、ズルいんだよ! わたしには危ないから外に出る時は一緒じゃなきゃダメって言う割に、自分は一人だけでホイホイお出かけしてるの!』

 

 ふむ、それだけ聞けば確かに理不尽だ。

 兄にその理由は問うてみたのか?

 

『うん、聞いたよ。そしたら、自分はいざという時の身の振り方を心得てるから大丈夫、でもわたしはまだ未熟で何かあったら大変だから……だって。もー、わたしだってもう一人前なのに。お兄ちゃんは過保護なんだよ』

 

 そう言って少女は口をとがらせる。

 ……何であろうか、ついこの間似たようなことに遭遇した気がする。脳裏に某地下世界の姫のことをちらつかせながら、年頃の娘というものはどこの世界でも変わらないということだろうか、と思う吾輩。

 

『だから、コッソリ抜け出してやったの』

 

 おまけにその後の行動までそっくりときたか。

 

 彼女曰く、自身が一人でも外でちゃんとやれることを証明するため、ここ最近、こうして兄の目を盗んで街へと繰り出しているのだという。

 

 ふむ……"ここ最近"ということは、少なくとも数回は外に出ているという訳か。その間、危うい目には遭わなかったのだろうか。

 

『ちっとも! わたしは一人前だからね、その辺りも抜かりはないのです!』

 

 そう言って自慢気に胸を張る少女。そのしたり顔はやはり吾輩にどこぞの姫を思い出させた。

 

 ……まあ、この少女は生粋の箱入りであったお転婆姫とは違い、それなりにはやれるようだ。ならば別に心配することはないだろう。それに"外"とはいっても人間の街ならば、危険というものもたかが知れている。

 特にこの少女は()()()()()()()()()()()()()()()しな。これほどの()()()()ならば人間相手にそうそうバレることもあるまい。

 

『えっへへへ~。そうでしょ、そうでしょ………………ひゅあ!?』

 

 吾輩から称賛を受けて得意気な様子の少女だった――が、その意味するところを理解した途端、分かり易く挙動不審となる。

 

『ナナナナ、ナンノコトカナー。ワタシハミテノトオリニンゲンデスヨー』

 

 目を左右にきょろきょろ、どう見ても動揺しきった状態で白を切る少女。

 

 ……いくら何でも誤魔化すのが下手過ぎる。これではほぼ自白しているのと同じではないか。

 

 さて、あらためて言っておこう。吾輩を助けたこの少女は人間ではない。人間そっくりに擬態したポケモンである。会話の最中に何となく怪しいと思いこうしてカマをかけてみたのだが、見事に引っかかってくれたようだ。

 

『えーと……えーと……。うぅ……バレてないと思ったのに……』

 

 それでも何とか誤魔化そうとしていた少女であったが、どうあっても誤魔化せないと気が付いたか、観念したようにそう呟く。

 

『……それで、一体いつから気が付いてたの?』

 

 まあ、割と最初からだな。ポケモンである吾輩相手に素で話しかけてきたことが疑念の始まりだ。それだけならばポケモンと会話できる人間の超能力者……という可能性もあったが、貴様には明らかに人間では不自然な点があった。

 

『それってどんな?』

 

 ふむ、まずは貴様の目だ。先ほどから見ていたが、貴様は極端にまばたきが少ない。人間は通常、1分間に15回~20回まばたきを行うのだが、貴様の場合、そもそも表情を作る時以外にほとんど瞼を動かしてすらいなかった。

 次は呼吸音だ。精神感応(テレパシー)での会話に口の動きを合わせることで誤魔化している所為なのだろうが、人間ならば音声を発する際に必ず伴う筈の呼気の音が全くなかった。

 そして最後に、"匂い"だな。現代文明の中で生きる人間の匂いには必ず、体を洗う際に使用する洗料や衣服に付着した香料など、化学製品の匂いが混じっている。しかし、貴様にはそういった化学製品の匂いが一切しない。見た目清潔そうで、さらに衣服を身に纏っているにも関わらず、だ。

 こうした点を総合した結果、貴様が人間ではなくポケモン——それもトレーナーの手持ちではない野生のポケモンであると結論付けた訳である。

 

 と、吾輩がそう語ってやれば、少女はむむむ、と眉を顰める。

 

『むう……。「まばたき」と「呼吸」と「匂い」かあ……、それは盲点だったなあ……』

 

 自身の擬態の粗を指摘され、唸る少女。

 だが、裏を返せばそれ以外はほぼ完ぺきであったとも言える。それにその粗とて、ここまでの至近距離でそれなりの時間をかけて観察しなければとても気付けなかっただろう。鋭敏な感覚を持つ吾輩らポケモンですら"これ"なのだ。人間ではまず間違いなく、彼女がポケモンと気付くことは不可能であろう。

 

 何やら難しい顔をしていた少女に吾輩がそうフォローしてやると、彼女は苦笑し、

 

『あはは……。でも、そうだね。それに改善点が見つかったなら、それを何とか出来ればもっと精度が上がるってことだから……むしろ今あなたに気付かれて良かったのかも』

 

 と、何やら納得したようにコクコクと頷く。

 そこで彼女は、あっ! と何か気が付いたように声を漏らし、次に両手を合わせ、懇願するようにこう言った。

 

『そうだ! 人間さんにわたしがポケモンだってことは言いふらさないでね! お願い!』

 

 いや、別に言いふらさんが。貴様のことを言いふらしたところで吾輩には何のメリットも無かろうが。それにそもそも吾輩らキノココは人間と言語コミュニケーションが取れん、言いふらそうにも言いふらしようがない。

 

 と、吾輩が少女の心配が杞憂であることを告げると、少女はそれもそうかと納得の表情。

 

『そっか。そう言えばわたしみたいな人間とお話できるポケモンって少ないんだっけ』

 

 その通りである。

 しかしそう言うということは、この少女は人間と会話可能な種族なのか。

 

 吾輩は自身が"人間とお話できるポケモン"だという少女の正体に考えを巡らせる。

   

 ――人間と意志疎通すること自体は基本的にどのようなポケモンでも可能だ。そうでなくてはトレーナーから指示を受けてそれに従って行動することなど出来ん。また一部のポケモンには精神感応を通じて人間と感情を通ずる者も存在するという。

 だが、人間の言語を理解した上で"会話"が可能なポケモンとなると相当に限られてくるだろう。

 

 それこそ人間たちの間で『伝説』と称されるような――

 

『そうだよ?』

 

 

 

 ……え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半ば空想染みた吾輩の考察、少女はそれをあっさりと肯定する。

 

『あなたにだったら別に見せてもいっか』

 

 状況が呑み込めず目を白黒させる吾輩を連れ、少女がやってきたのは人気のない資材倉庫のような場所。周囲に人の目が存在しないことを確認した彼女は吾輩の正面に立つと、スッと目を閉じる。

 

 ――!

 

 瞬間、少女が光に包まれる。

 頭頂からつま先まで、身に着けていた衣服さえも揺らめく光へと変じ、辛うじて人型のシルエットだけが分かる状態となった少女。次の瞬間、そのシルエットさえも崩れていき、その姿形を変えていく。

 長くまっすぐ伸びた首、背部から生えた一対の滑空翼。足はちいさいヒレのような形状に。腕も細く短い、折り畳めるような形へと。シルエットから読み取れる特徴は明らかに飛翔を得意とする生物のソレ。しかし鳥ポケモンとは明らかに異なるその姿は、どこか音速で飛行する航空機の様にも、水中を泳ぐ海洋生物のようにも見えた。

 やがて光が晴れれば、そこに居たのは一匹の優美なポケモン。

 

 果たして全身を紅白のきめ細かな羽毛に覆われたその姿を、吾輩は前世の知識にて知り及んでいた。

 

 なるほど『ラティアス』、か。

 

 "むげんポケモン"ラティアス。ドラゴン・エスパー属性(タイプ)を持つ、前世のおいて『伝説』と称されたポケモンの一匹。

 ――『伝説のポケモン』というのは稀少だ。それこそ超という言葉がいくつあっても足らんほどに。この世界の事情を良く知らん吾輩ではあるが、前世の記憶に残る『伝説のポケモン』の扱いから、その程度のことは容易に想像がつく。そんな稀少な存在を目の当たりしたのだ、吾輩は割とびっくり仰天していた。

 

『えっへへー! どう? これがわたしのほんとの姿だよ!』

 

 そう言って吾輩の前で得意気に宙でクルリと一回転してみせる少女――ラティアス。吾輩は初めて目の当たりにした『伝説のポケモン』の姿をしげしげと眺め、思わず唸る。

 

 うーむ……まさか本当に『伝説のポケモン』だったとは。

 

 記憶によれば彼女らの種族は人の言葉を解する高い知能と、ガラスのような羽毛で光を屈折させその姿を変える能力を持つという。先ほどの人間の少女の姿も、その能力で以って擬態したものだったのだろう。

 が、そこで吾輩はふと思う。先ほどまでの少女の姿……果たしてアレは本当に姿を変えただけのものなのか、と。"むげんポケモン"はその羽毛によって光を屈折させ姿を変える能力を持つと言うが、その理屈で言えば変えられるのは見た目だけ。元となる姿形は変わらず、必然的に触れた感触などは元のままの筈なのだが、しかし先ほど少女の姿で膝に載せられていた際に吾輩の感じた感触や体温は明らかに人間のソレであった。

 

 単なる光の屈折では説明の付かぬ彼女の超精度の擬態。疑問に思った吾輩が、一体いかなる代物なのかと問えば、ラティアスは得意げな表情でその絡繰りを教えてくれた。

 

『んふふ~♪ それはね~』

 

 彼女曰く、察しの通りあれは単なる光の屈折を利用した虚像ではなく、何でもエスパーの力を利用した作った着ぐるみのようなものだそうだ。

 メカニズムとしては、まず光の屈折を利用して人の姿を作り出し、次に"サイコキネシス"で人の形に合わせるよう力場を展開。そうして展開した力場にポケモン共通の身体縮小能力を利用して本体を潜り込ませ、動きを操作することによって疑似的な身体を形成するのだという。後は"ほのお"の属性(タイプ)エネルギーを用いて体温などを再現してやれば、傍目には人と変わらぬ実体が出来上がるそうだ。

 

 なるほど。"わざ"を複数組み合わせることで、あたかもそこに人が存在するように見せかけている……つまりは触れられる立体映像のようなものを纏っているという訳か。

 しかし、人型に合わせて"サイコキネシス"を展開して触感を再現するとは……。彼女は簡単そうに言うがハッキリいってとんでもない。展開した力場を人間の身体の動きに合わせて操作し続けるなど、一体どれだけ緻密な力のコントロールが必要となるやら。しかもただ歩くだけではない、走る跳ぶ座るしゃがむ……凡そ人間が取るであろうあらゆる動作をごく自然に再現しなくてはならないのだ。

 恐ろしいことに彼女はそれを軽々とやってのけている。しかも"ほのお"属性(タイプ)の技で体温まで再現するというおまけ付きで。何というか、本当に化け物(モンスター)染みた処理能力だ。エスパー由来の演算能力とドラゴン由来の地力、そして『伝説のポケモン』という極めて高い種族的ポテンシャルが合わさってようやく成せる、まさしく絶技といえよう。

 

『ふっふっふ~♪ すごいでしょ~? 実はこれ、同族(むげんポケモン)の中でもわたししか出来ない特技なんだよ』

 

 そう言って再び体を光で包み、次の瞬間またあの少女の姿となるラティアス。

 

 なんと! かの種族の中でも貴様にしか出来んとは驚いた。いやはや、何とも凄まじい。それほどの絶技を軽々と熟すとは、まさしく不世出の天才という訳か。

 

 彼女の持つ『伝説のポケモン』という特別な種族にあってなお際立つ才能に、吾輩は惜しみない称賛を送った。

 

『でへへへへへへ~♪ いやあ~♪ それほどでも……あるかな〜♪』

 

 溢れんばかりの称賛を浴びて、これ以上ないほど上機嫌な様子のラティアス。

 締まりのない緩み切ったそのニヤけ顔は、しかしやはり美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、おだてられ褒めそやされてすっかり気分を良くしたラティアスは、自らの正体を見破った褒美として吾輩にこの街を案内してやるという。吾輩としても特に断る理由はなし、ありがたく案内されることとした。

 

 『明るく輝く楽しい街』キンセツシティ。それがこの街の名前だ。資材倉庫を出た吾輩たちは広々としたアーケード街を散策する。アーケード街にはあちらこちらに商業施設が立ち並び、多くの人で賑わっていた。

 屋内とは思えんほど広々とした空間に、ほうと驚きの声を上げる吾輩。そんな吾輩の様子をクスクスと笑いながら、ラティアスはつらつらと街のことを教えてくれた。彼女曰く、この街そのものが1つの巨大なビルディングなんだとか。俄かには信じがたい話であったが、アーケードの一角に展示された町全体の模型を見せられれば信じざるを得ない。いやはや、何とも驚くべき技術力である。

 今世世界の人類が持つ、前世を凌駕した技術力に舌を巻く吾輩。と、そんな吾輩の鼻腔に何とも言えぬよい香りが漂ってくる。

 

 ん? この香りは……?

 

 スンスンと嗅いでみれば、鼻一杯に広がったのは甘い甘い菓子の香り。どうやらアーケードの一角、クレープ屋であろう店から生地の焼ける甘い香りが漂ってきているようだ。

 前世以来久しく嗅いでいなかった甘い菓子の香りに、何とも懐かしい気分となる吾輩。と、同時に思う。

 

 いや、良い香りだ。やはり、人間という種族の美食に掛ける思いというのはつくづく凄まじい。

 

 こうしてポケモン(人ならざるもの)となってあらためて気がつく。人間という種族は本当に旨い飯を食べるために情熱を注いでいるな、と。

 野に生まれ、大自然の理の元生きる吾輩たちポケモンにとって、食糧とは即ち食べられる状態にあるもののことだ。手に入れた食糧を食べやすいよう加工したり、貯蔵・保存したりすることはあっても、これほどまでに複雑な工程を経て"調理"をすることなど考えはしない。吾輩らポケモンが知能において人間とそれ程遜色ない……あるいは一部凌駕する種族が存在するにも関わらず、だ。

 恐らくだが、これは吾輩らポケモンという種族が人間と比べて遥かに"強い"ことが原因だろう。吾輩らのもつ"わざ"などの半ば本能に根差した力を駆使すれば、自然界において十全に生きていくことができる。故にどれだけ高い知能を持つポケモンであろうとも、生きる以上のものを求めることは無いのだ。

 だが人間は違う。彼らはポケモンと比べ遥かに脆弱だ。知恵を駆使し、道具を使って対抗せねば自然界を生きていくこともままならん。だからこそ、彼らは常に身の丈以上を求める。

 生存欲求に根ざした果てなしの欲望。それこそが人間という種族の特異性、人間に文明をもたらした原動力だ。その果てに彼らはこの星の生存競争に打ち勝ち、(あまつさ)え母なる自然そのものを作り変える業すら獲得した。それが良いことか悪いことかは分からぬが、少なくとも彼らはそうして生き延びてきた種族なのだ。その歩みの軌跡は誰にも否定は出来んだろう。

 

 と、まあ、料理の一つからこんな益体のないことを考えていた吾輩であったが、ここでふと隣に立つラティアスが先程より妙に静かであることに気がつく。

 はて。先程まで賑やかすぎるほどに賑やかであった筈だが、一体どうしたというのか。そう思って吾輩がチラリと彼女を見上げて見ると。

 

 ――じいいいぃぃぃぃぃぃぃ……。

 

 見ていた。

 滅茶苦茶真剣にクレープ屋を見ていた。

 

 サンプルが並べられたショーケースを穴が空くほど見つめるラティアス。その表情は真剣そのもの。ギラつく目付きはさながら獲物を前にした捕食者のソレを思わせる。

 よくよく見れば彼女の口の端から、少し涎が垂れているのが見えた。

 

 まさか……いや、これはどこからどう見ても……

 

 ————食べたいのか?

 

『……ひゅあっ!?』

 

 集中していたところに話しかけられ驚いたのか、ひゅあとおかしな悲鳴を上げるラティアス。

 

『べべべべ、別にー! 全然ー! 食べたいなー何てー! これっぽっちもー! 思っておりませんよー!』

 

 吾輩から問いに物凄い早口で"否"と返す彼女であったが、視線は変わらずクレープ屋へ釘付け、全くと言ってよいほど説得力が無い。

 

 ――ぐぎゅるるる……

『あ……』 

 

 そして鳴る腹の虫。口では何と言おうとも、彼女の身体は正直だった。

 

 ……別に吾輩相手に誤魔化す必要もなかろう。食べたければ素直に食べたいと言えばよいだろうに。

 

 吾輩がそう言ってやれば、ラティアスは何やら眉を八の字にし――

 

『うぐ……。うう……だって、わたしお金持ってないし……』

 

 そう口をとがらせ、拗ねたように言う。どうやら彼女には以前、空腹であったためクレープを食べようとしたところ、購入には金銭が必要と知らず、結局食べることができなかったという苦い経験があるらしい。

 そんなラティアスの話を聞き、吾輩は少し驚く。彼女は野生ポケモンであるにも関わらず金銭の概念を理解しているのか、と。

 

『むう、何だか馬鹿にされている気がする……』

 

 いや、別に馬鹿にしている訳ではない。逆に凄いと褒めているのだ。日々の糧を己が手で得ることが常識の野生ポケモンにとって、金銭を媒介とした価値交換というのは中々に理解しがたい観念だ。それを理解し、かつ人間の社会常識を尊重して力づくで奪うという選択を取らなかった……という点で彼女はとても冷静で頭が良いと言えるだろう。

 こと、人間というのは自らの定めたルールを破る者を酷く嫌う種族だ。例えそれが一方的なものであろうとも、従わない者に対して攻撃性を発揮し、はては排除しようとさえする。無論、野生ポケモンにとってはそんなこと知ったことではない……のだが、それが原因で人間とトラブルになることも少なくはない。その点、彼女の人間の社会常識を知った上でそれを尊重するという姿勢は、人に擬態し社会に紛れ込む上で極めて重要な能力と言えよう。

 

『ええ、と。褒められてる、のかな……?』

 

 擬態だけではない、彼女の人間社会へ溶け込む優れた能力に感心する吾輩。尤も、当の彼女はといえばどう反応していいものやらと少し困惑しているようだったが。

 

 ————ふむ……そういったことならば。

 

 吾輩はまだ、彼女に命を助けられた恩を返しておらん。ならばここは受けた恩に報いるべく、吾輩が一肌脱ぐとしよう。

 

 幸いにしてここはそれなりの大きさの街、多少の金銭ならばあの方法を使えば稼げよう。とは言えそのためにはラティアスの協力が不可欠。と、吾輩は早速ラティアスに話を持ちかける。

 

 ラティアスよ。貴様はあのクレープが食べたいのだろう? ならば吾輩に少々策がある。協力してくれぬか?

 

『……"協力"? うん、別にいいけど……。一体、どうするの?』

 

 そう言って不思議そうな表情を浮かべる彼女に吾輩は、耳を近づけその策を話してやるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

  

「うりうり~。ここか? ここがええんか?」

 ――グマーン……♪

 

 キンセツシティの中庭。吹き抜けとなったその場所で、マッスグマと戯れる一人の男がいた。

 男はキンセツシティ内のとあるオフィスに勤務するサラリーマンだ。時刻は昼時、既に昼食を済ませた男は午後の始業時間まで相棒相手に暇をつぶしているのだった。

 

『ねね! そこの人!』

「はい?」 

 

 と、そんな男に背後から声を掛ける者がいた。振り返ってみれば、そこにあったのは緋色の髪を二つ結いにした見目麗しい少女の姿。少女の腕の中には彼女の手持ちだろうか、リボンバンダナをスカーフ状に巻き付けた一匹のキノココが収まっている。

 容姿端麗な美少女と何ともいえない表情のキノココという奇妙な組み合わせに、ポカンと口を開ける男。

 

『? おーい? 聞こえてるー?』

「――はっ! おおっと、これは失敬。すまないね、ちょっとぼんやりしていたよ。――それで、僕に一体何の用かな?」

 

 そんな男に再度少女が声を掛けると男はようやく意識を取り戻し、げふんげふんと咳払い。あらためて何の用事かと尋ねる。

 

『うん。ええっとね、あなたってポケモントレーナーだよね? よかったら、この子とバトルして欲しいなって』

 

 少女が言った内容。それはトレーナー同士のバトルの誘い。

 

『この子、もっともーっと強くなりたいらしくて、バトルの相手を探していたの。それであなたのマッスグマが結構強そうだから、ぜひバトルがしてみたいっていって、だから声を掛けたの』

 

 それで一戦、どうかな? と問う少女に、男はしばし思案する。

 

(へえ、バトルのお誘いとはね。……この辺りじゃ見ないポケモンを連れてるし、旅のトレーナーなのかな?)

 

 連れているポケモンがこの辺りでは見ないキノココであることから、少女が旅のトレーナーであると結論付ける男。

 

(時間は……大丈夫そうか)

 

 チラリと時計を確認すると、午後の始業までまだ時間がある。一試合程度なら問題ないだろう。それにここ最近、仕事が忙しくて中々手持ちを運動させてやれていない。彼らの気晴らしにも丁度いいだろう。

 と、そう考えて、男は少女からの誘いを受けることにした。

 

「うん、いいとも。目と目があったらポケモンバトル。勝負を挑まれたらお相手するのがトレーナーの礼儀だしね」

 

 男からの承諾の返事に目を輝かせて喜ぶ少女。

 

『本当!? よかった~、断られたらどうしようかと思ったよ~。――よかったね、バトルしてくれるって!』

 

 そう少女が腕の中のキノココに言えば、キノココも返事をするかのように一声鳴く。自らの手持ちと信頼関係を築くのはトレーナーとしての基本。どうやら目の前の少女は、それをしっかり踏まえているようだ。年若いのに感心である、と男は頷いた。

 

 

 

 さて、街中に設られたバトルコートへと移動した二人。コートの片側に立つや否や、男は早速腰元よりボールを投げ放ち自身の自慢の相棒を繰り出す。

 

「行け! マッスグマ!」

 ――シャー!

 

 鳴き声と共に飛び出したのは男の相棒――"とっしんポケモン"マッスグマ。久方ぶりのバトルに意気軒昂とした様子で戦闘の構えをとる。

 

『じゃあ、お願い!』

 

 対するは、少女の掛け声と共にその腕から飛び降りてきたキノココ。見かけによらず軽やかな着地を決めると、泰然とした様子で対戦相手を見据える。

 

 バトルコートにて視線を交わす両者。高まる闘志をぶつけ合わせ、二匹の間に火花が散った。

 

「――マッスグマ、"すてみタックル"だ!」

 

 先手を取ったのはマッスグマ。トレーナーから指示が飛ぶや凄まじい速さで走り出す。しなやかな四肢が大地を削り、その体を爆発的に加速させる。

 マッスグマの走る速さはおよそ時速100キロ。直線限定とはいえ、地を駆けるポケモンでホウエンにこれを超える速度を持つ者はそういない。その分、小回りが利かず一度避けられれば大きな隙を晒すという弱点もあるが、そもこれほどの速度で迫る相手から瞬時に避けられる相手などほとんどいない。

 開幕から最大火力の一撃で敵を吹き飛ばす。これこそが男とマッスグマの最も得意とする型。男はこの戦法を駆使し、かつて4つのジムバッジを獲得したのだ。

 

(悪いけど、この一撃で終わらせてもらうよ)

 

 見れば少女は超高速で突進するマッスグマに驚き、自らの手持ち(キノココ)に指示を出していない様子。その素人臭い動きに男は少女がまだ旅を始めたばかりの初心者トレーナーだと見当をつける。

 駆け出し相手に遠慮のない最強攻撃は少々大人げないかとも思うが、もっと強くなりたいと言っていたのは彼女だ。ならば遠慮は無用。強さを求めるトレーナーに手加減など失礼、全力で以って相手をするのがトレーナーとしての礼儀だ。

 

(さあ、いくよマッスグマ。先達として、勝負の厳しさってものを教えてあげよう)

 

 と、まあ、こんなことを考えていた男だったが、残念ながら彼はどうしようもなく勘違いしていた。なるほど、確かに相対した少女がポケモンバトルの素人であることは確かだ。何せ、彼女はトレーナーどころか人間ですらないのだから、当然の如くバトル中にポケモンへと指示を出すことなぞ出来る訳がなかった。

 間違いだったのは、彼がその原因を少女のトレーナーとしての腕の未熟さ、と捉えたことだ。その結果、彼は常識としてそのような未熟なトレーナーに付き従うポケモンもまた未熟で――言ってしまえば雑魚であると考えてしまった。

 まあ、無理も無い。何せキノココは進化前のポケモン、ぱっと見それほど強くは見えない。そして手持ちポケモンの実力というのは、おおむねトレーナーの実力に比例する。時に自身の技量を大きく超える能力を持ったポケモンを所持するトレーナーもいるが、そういった手合いはポケモンの側が碌に指示を聞かず、バトルにならないことが大抵だ。そういった理由から、彼が相対したキノココの実力を見誤るのも仕方のないことと言えよう。

 

 彼は知らない。目の前のキノココが単なるキノココでないことを。

 彼は知らない。このキノココが日夜喧嘩に明け暮れた生粋の修行バカだということを。

 彼は知らない。このバカ(キノココ)がトレーナーの指示なしに、幾度も鉄火場を乗り越えて来た(ツワモノ)であるということを。

 

 瞬く間に彼我の距離を詰めるマッスグマ。彼はキノココを自らの射程に捕らえると同時に地面を強く踏み込み、体ごとぶつかっていく。

 

 ――捨身烈衝(すてみタックル)

 

 自身の身を省みない全霊のとっしん。その一撃は真面に当たればただでは済まないだろう。そう――

 

 ――!?

 

 ()()()()()()()

 捨身烈衝(すてみタックル)がキノココに繰り出された刹那、マッスグマの体がガクリと揺れる。その原因は彼の足先――絡みついた草が彼の足をひっかけたのだ。

 

 ――草結圏套(くさむすび)

 

 バランスを崩し、走って来た勢いのまま中空へと投げ出されるマッスグマ。そしてその致命的な隙を見逃すキノココではなかった。

 

 ――(フン)ッ!

 

 短い脚を振り上げ、震脚。気合と共に練り上げた生体エネルギーを属性(タイプ)エネルギーへと変換し、相対する敵に渾身の一撃を繰り出す。

 

 纏うは"かくとう"。

 帯びるは吸精(ドレイン)

 繰り出されるは――

 

 

 ――吸 精 突 撃(ドレインタックル)

 

 

 経穴(きゅうしょ)を穿つ、必殺の一撃。

 

 投げ出され、無防備となったマッスグマの土手っ腹に叩き込まれた、弱点属性(タイプ)の一撃。それはまさしくマッスグマにとっての致命の一撃となる。

 守りの薄い腹部という急所を的確に穿たれ、途方もないダメージを負ったマッスグマ。彼は勢いを殺せぬまま、地面へともんどりを打って転がり……そのままピクリとも動かなくなった("ひんし"状態となった)

 

「んな……」

 

 信頼する相棒が未進化ポケモンを相手にただの一撃で沈んだ。目の前で起こった状況が信じられず、男はポカンと口を空けて倒れ伏した(ひんし状態の)相棒を見ながら立ち尽くすばかりであった。

 

 そんな男を尻目に、コートの反対側ではバトルに勝利した少女とキノココがハイタッチを交わす。

 

『やった! 本当に勝つなんて、あなたすごいのね!』

 

 自らの手持ちポケモンに『すごいすごい』とはしゃいだ様子で話しかける少女。

 

『え、それ本当? ……うん、分かった』

 

 と、そこで少女は何やら会話するかの如く二言、三言呟くと、スタスタとバトルコートを横切り、反対側でぼんやりと突っ立っていた男の元へと向かう。

 

『えーと、今回のバトルはわたしたちが勝った訳だから――』

 

 そして彼女は駆け出しに敗北したショックで茫然と立ち尽くす男に話しかけ――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『んー! あまーい!』

 

 出来たてのクレープを一口齧りながら、ラティアスがそう満足気な声を漏らす。念願の叶って食せたクレープはどうやらお気に召したようである。吾輩としても一肌脱いだ甲斐があったというものだ。

 

 さて、何故文無しであったラティアスがこうしてクレープを味わえているのか。その答えは単純明快、吾輩らが先のバトルに勝利したからである。

 この地方には旅のトレーナーとバトルしたら、バトル後に腕試しの礼として懐が痛まぬ程度の金銭を対戦相手に渡すという風習がある。これは古来、成人の儀として相棒ポケモンと共に村々を巡ったという子供たちを支援するために、腕試しの対価という形で食糧や金銭を渡したことに由来するらしい。時代が変わった現代においてもこの風習は根強く残っており、今でも旅のトレーナーを相手に腕試しと称してバトルを仕掛け、バトル後に賞金として金銭を渡すものがかなり多いのだとか*2。吾輩らはその風習を利用させて貰った。

 即ち、擬態したラティアスをトレーナー、吾輩をその手持ちポケモンとしてトレーナーバトルを仕掛けたのだ。そして目論見通り、吾輩らのことを旅のトレーナーと思い込んで勝負を受けたトレーナーを粉砕、賞金をせしめてやったという訳である。

 

 最近ではバトル後の賞金を電子マネーでやり取りするのが主流らしいが、こうした野良バトルの賞金はまだまだ現金手渡しが主流。お蔭で吾輩らは金銭を手に入れることが出来たのであった。

 

 そうして手に入れたクレープを機嫌よくパクつきながら、ニコニコと笑みを浮かべるラティアス。

 

『ありがとうね! あなたのお蔭だよ!』

 

 弾ける笑顔で礼を言われ、吾輩は何ともむず痒い気分となる。

 

 何、吾輩は貴様に命を救われた身。この程度のこと礼を言われるほどでもない。それに吾輩もトレーナー戦という貴重な経験ができたのだ。むしろ礼を言うべきなのは吾輩の方だろう。

 

 そう吾輩が返せば、ラティアスは少し考える素振りを見せた後、にっこりと笑って、

 

『じゃあ、これはバトルのお礼ってことで。命を助けたお礼は……うん、わたしと友達になって、明日もまた遊ぶってことでどうかな?』

 

 と言った。

 

 ラティアスが望んだもの、それは吾輩と友誼を結ぶこと。……正直、命を救われた対価と考えればあまりにも安いが、しかしそれが彼女の望みとあれば是非もなし。それに短い時間であるが共に過ごす内に、吾輩は彼女のその屈託のない性格を気に入っていた。

 

 ……まあ、貴様がいいなら別にそれで構わんが。

 

『じゃあ、決まりだね! ――んふふふ♪ わたし、こうやってお友達が出来るのなんて初めてかも~♪』

 

 そう言って彼女を言葉を承諾すれば、ラティアスは花の咲くような笑みを浮かべて実に上機嫌な様子。そんな初めて友人(?)が出来たことに浮かれる彼女を、吾輩は微笑ましく見つめるのであった。

 

 

 

『あ、大変! もうこんな時間!』

 

 さて、しばらくご機嫌な様子であったラティアスであったが、ふと空を見上げると途端に焦った表情を浮かべる。何でもそろそろ兄が帰って来る頃合いらしく、自身も戻らなくてはマズいらしい。ならば、と急いでキンセツシティを出た吾輩ら。そのまま街はずれの人目に付かぬ場所へと移動し、そこでラティアスは擬態を解く。

 

『今日は本当にありがとうね! 街でこんなに楽しかったのは初めてだったよ!』

 

 いや、礼を言うのは吾輩の方だ。貴様のお蔭で随分と貴重な経験が出来た。

 

 互いに感謝を述べ合う吾輩ら。心によぎったのは一抹の寂しさ。楽しい時間はもう終わり、やはり気の合う友人と別れるのは寂しいものだ。されど――

 

『――それじゃあ……』

 

 うむ、それでは……

 

 今日はもうお別れ、でも明日になればまた会える。だからこそ再会に胸を膨らませ、笑顔でこう言うのだ。

 

 ――また、明日!

 

 と。

 

*1
吾輩が元人間の転生者であることは伏せた。説明が面倒であったし、特に言う必要も感じなかったからだ

*2
この辺りはバンダナ少女(ハルカ)から教わった




・ラティアス
 みんな大好き"むげんポケモン"。伝説のポケモンの一匹にして、数々の健全な青少年の性癖を破壊してきた魔性の存在。ポケモン二次創作界隈でも引っ張りだこの人気者である。
 前々話で飛んできたキノココに思わずリフレクターを貼った張本人。リフレクターに激突し、墜落していくキノココを何とか地面に激突する寸前でキャッチして救助し、爆発でボロボロだった彼を"いやしのはどう"で治療した。その後目覚めた彼に正体を見破られるも、紆余曲折を経て友誼を結ぶこととなる。
 普段はホウエン地方の秘境、南の孤島にて(ラティオス)と二匹で暮らしている。まだ若い個体であることもあってか体長は平均より小さい一方で、擬態について稀有な才能を持っており、その姿をほぼ人間と遜色ないレベルに変化させることが可能。この擬装は生物的な器官のみならず、センサー類にも作用するため、それこそデボンスコープのような専門の機械でも無ければ見破ることは不可能である。
 性格は非常に好奇心旺盛で割と食い意地が張っている。特に甘いものには目が無く、以前孤島を訪れた某御曹司から人間の菓子を分けて貰って以来その虜となっている。今回、住処である孤島をコッソリ抜け出しキンセツシティくんだりまでやって来たのも、元々人間に興味があったというのもあるが、半分くらいこれが原因だったり。
 ちなみに彼女が金銭などの人間社会について知識を持っているのはこの御曹司のお蔭。そして彼女が人間社会に興味を持つようになったのも御曹司の話を聞いたから。つまり大体御曹司の所為、まさに大誤算。
 拙作での擬態(擬人化)した容姿はポケスペのメイドラティアスを少し幼くしたイメージ。ポケスペといえばバトルフロンティア編~DP編の単行本の作者コメント部分にあったラティアスのイラストにやられた人も多い筈。作者もそーなの。
 コスプレラティアスには無限の可能性が秘められていると思うんだ(むげんポケモンだけに)。


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紅軍當立

注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。

2023/10/1 追記
「スカーレット・バイオレット」登場キャラクターとの名前被りがどうしても気になったため、当該人物の名前を変更しました。


 吾輩がラティアスと出会ってより数日。吾輩らは金を持ってそうなトレーナーを相手に勝負を仕掛けては勝利し、せしめた賞金で遊び歩くことを繰り返した。

 まあ、遊ぶとは言っても吾輩らは所詮ポケモン、娯楽の幅は人間と比べて大幅に狭まる。故にやっていたことと言えば精々食べ歩き程度のものだ。もっとも色気より食い気――もとい花より団子のラティアスにとってはそれこそ望む所であったようだが。

 手に入れた賞金を湯水の如く使い、気になった甘味を片端から堪能するラティアス。このままキンセツ中の甘味を制覇する勢いである。人間であればもっと有意義な金の使い方をしろと思うかもしれんが、ポケモンである吾輩らにとって金など娯楽くらいにしか使い道がない。後生大事に溜め込んでおく意味もないため、こうして好きなことに使うのが最も有意義な使い道であろう。

 

 こう語ると吾輩がまるでラティアスに貢いでいるかのようであるが、吾輩も吾輩でラティアスとコンビを組むことで多大なメリットを享受している。――それはトレーナーバトルをほとんどリスクなく行えることだ。

 トレーナーによって鍛えられたポケモンと戦うことで得られる経験値は、野生ポケモンとの戦いで得られるそれとは比べ物にならんほど多い。同練度(レベル)の野生個体と比べて明らかに強さが違うのだ。さらに、トレーナーからの指示という俯瞰視点からのサポートを受けたポケモンは、野生下での本能に任せたものと異なる、極めて戦略的な行動をとる。こうした行動に対応する経験を積むことで戦法の幅を広げることが出来るのだ。

 と言った具合に、"強くなる(レベルアップする)"という点でトレーナーとのバトルはまさしくうってつけなのである……が、野生ポケモンである吾輩とってトレーナーとのバトルは非常に高いリスクを伴うものでもあった。

 それは"対峙したトレーナーに捕獲される"可能性があるというリスクである。バンダナ少女(ハルカ)との約束がある以上、吾輩は他のトレーナーに捕獲される訳にはいかん。そうしたリスクが常に付き纏うため、例えどれほど魅力的であろうとも、吾輩はトレーナー戦を避けざるを得なかったのだ。

 しかし、ここにきて人間に化けられる協力者(ラティアス)が出来たことで話は変わる。相手のトレーナーに対し吾輩を彼女の手持ちポケモンとして認識させることで、捕獲されるリスクを限りなくゼロに抑えられるのだ。何せ"ひとのものをとったらどろぼう!"、常識的なトレーナーならば他人の連れているポケモンへ態々モンスターボールを投げる真似などせん。それが自身にバトルを申し込んできた相手ならばなおさらだ。

 さらにバトル後はラティアスの"いやしのはどう"によって体力まで回復してもらえるので、後先考えず全力でバトルが出来るというオマケつき。何と至れり尽くせりな環境であろうか。

 

 そんな環境下で数日間バトルに明け暮れた結果、得られた経験値により吾輩の練度(レベル)は相当に上がっている。――それこそ遥か彼方に在った"キノコのほうし"の端緒を掴めるくらいに。

 これも全て彼女の協力あってこそ。ならばせしめた賞金を渡すのに何を惜しむことがあろう。むしろ安いくらいである。

 

 と、まあこのように吾輩はトレーナーバトルで経験が積めて満足、ラティアスは得られた賞金で甘味を堪能し満足、と双方にとって大満足な日々を送っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この日も日課のトレーナーバトルを完遂した吾輩ら。ラティアスの"いやしのはどう"で傷を癒した後、手頃なカフェにて休憩をとる。そのまま店の名物だという巨大なパフェを笑顔で頬張るラティアスをぼんやり眺めていた吾輩は、そこでふと疑問を抱く。そういえば、彼女は一体なぜ人間の街に興味を抱いたのだろうか、と。

 ちらりと聞いた話では、彼女の住処である孤島はホウエンから遥か南方、人の寄り付かぬ絶海の只中に位置しているのだとか。そんな絶海の孤島に暮らしているとなれば、人間と関わり合うことはまずない筈だ。いくら彼女が好奇心旺盛な性格とはいえ、知りもしない状態で遥か遠くの人間の街まで出かけるなどとは考えにくい。必ず事前にそういったものがある、ということを知っていた筈。ならば一体どうやって人間の街の情報を手に入れたのだろうか。

 

『んー? どうしたの? さっきから私のことわたしのことを見てるみたいだけど?』

 

 と、吾輩の視線に気が付いたか、パフェを食べる手を止めこちらを不思議そうな表情で見てくるラティアス。ちょうどよい、吾輩は彼女にたった今思ったことをぶつけてみることにした。

 

『わたしが"人間の街に興味を持った理由"? ……あー、それは"お兄さん"のお蔭だね』

 

 ————"お兄さん"?

 

 ラティアスの口から飛び出した気になる単語。以前、(ラティオス)がいるとは聞いていたが言葉のニュアンス的にそれとは異なる存在であろうか。

 

『うん、お兄さんは人間だよ。たまにお家まで来て色々お話してくれるの』

 

 どうやらその"お兄さん"とやらは人間らしい。彼女が人間の街に興味を抱く切っ掛けとなったのもその"お兄さん"から話を聞いたからなのだとか。はてさて、一体どのような人物なのだろうか。

 

『えっとねー。お兄さんはねえ……』

 

 彼女が話すところによれば、その"お兄さん"なる人物と彼女らの先祖は、孤島に眠るとあるものを対価に自分達の住む孤島を人間社会から隠し、外界の悪意より守るという契約を交わしたのだという。そして"お兄さん"もまた先祖より続く契約に従い、時折彼女らの様子を見に来ているのだとか。

 ふーむ、なるほど。警戒心が強く滅多に人前に姿を現さないという*1"むげんポケモン"が自身の縄張りに人間を招き入れるというのは一体どういった訳なのかと思ったが、そういった絡繰りがあったのか。

 

 しかし、何世代にも渡って孤島をまるごと一つ隠し通すなぞ相当な手間であろうに……その"対価"というのがよっぽど魅力的であったのだろうか?

 

 彼女らの住まう孤島の存在を人間社会から隠し通し、外界の悪意より子々孫々に渡って守り続ける……という、途中で反故にしても仕方のないような契約を交わし、かつそれを現代に至るまで律儀に履行し続けている"お兄さん"の一族。吾輩はそんな彼らに感心するとともにそうしてまで彼らが得たかった"対価"というものが一体何なのか俄然気になってきた。

 

『あ、じゃあ見てみる? ちょうどわたし持ってるよ?』

 

 なんと、ラティアスはその"対価"を持ち歩いているらしい。恐らく大事なものであろうそれをこんなところに持ってきて大丈夫なのかとは思うが、しかしお蔭で見られるチャンスが出来たとなれば文句も言えん。若干の不安を残しつつも好奇心には勝てず、吾輩は彼女にその"対価"とやらを見せてもらうことにした。

 

『はい、これだよ』

 

 そう言って彼女が懐からヒョイと取り出したのは――掌に収まる程の大きさの一粒の宝玉であった。カフェの薄明りに照らされて薄紫の何とも妖しい光を放つ宝玉。その内には紫と緋色の二色で形作られた、揺らめく炎のようにも遺伝子のようにも見える不可思議な紋様が浮かび上がっていた。

 

 ――これは……

 

 差し出された宝玉のなんとも霊妙なる美しさに息を呑む吾輩。そんな吾輩の様子を見たラティアスは端正な顔にどこか得意気な笑みを浮かべ、この不可思議なる宝物の由来について語り出した。

 

『これはね、"キズナ石"っていうの』

 

 "きずないし"?

 

『そう。遥か昔、空の彼方から堕ちてきた神秘の石。対となる石を持つ者と絆を結び、ポケモン(わたしたち)に器を超えた力を齎すもの』

 

 普段の天真爛漫さとは真反対の厳かな口調で滔々と"キズナ石"の由来を語るラティアス。

 その姿は脳内に直接響くテレパシーも相まり、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。

 

『……って、お兄ちゃん(ラティオス)が言ってた!』

 

 ――が、すぐに霧散した。

 

 語りの最後、あっけらかんと付け加えられた言葉に思わずズッコケそうになる吾輩。

 

 いや、受け売りかい。あんな、さも伝承を受け継いできましたよ、みたいな雰囲気出しといて受け売りかい。

 

『だって、わたし絆を結ぶのも器を超えるのも見たことないんだもん!』

 

 そう言ってブーたれるラティアス。なんでも彼女自身、キズナ石の齎すという器を超えた力を見たことがなく、精々先祖から伝え聞いた事柄を知っている程度らしい。

 

『あ! でもでも、この石の持っている別の不思議な力なら知ってるよ!』

 

 と、そこでラティアスが伝承のような力ではないが、キズナ石の持つ別の不思議な性質を見せてやるという。

 そう言うが早いか手にした宝玉――キズナ石へ意識を集中させるラティアス。感じ取ったエネルギーの流れから、どうやら自身の生体エネルギーを宝玉へと注ぎ込んでいるようである。

 

『むーむむむ……! あっ、見て見て!』

 

 やがて注ぎ込まれた生体エネルギーが一定量を超えたところで、宝玉(キズナ石)に変化が起こる。なんと宝玉そのものがほんのりと光り始めたのだ。薄っすらとした虹色の輝きを示すその様は内に揺らめく紋様も相まって確かに神秘的……なのだが。

 

 ……………………これだけか?

 

『うん。これだけ』

 

 手にしたキズナ石をペカペカ点滅させながらそう言い切ったラティアス。別に隠された力があるとかそういう訳でもなく、本当にただ光るだけらしい。

 ――しょぼい。あまりにもしょぼい。仰々しい由来や歴史の割に発生する効果がしょぼすぎる。一族が何百年にも渡って島を守り続けた対価が、生体エネルギーに反応して光る(豆電球レベル)石などとは。いや、確かに珍品ではあるがもっと、こう何か……あるだろう。

 おまけに先ほど注ぎ込まれた生体エネルギーは結構な量であった。これでは一般ポケモンは光らせるのも一苦労だろう。そんな労力で得られるのが豆電球レベルの光とは。ハッキリ言って割に合わない。

 正直、この様では先ほど聞いたキズナ石の由来もコヤツ(ラティアス)の先祖が人間をだまくらかすために作ったホラ話にさえ思えてくる。

 

『失礼な! お兄さんだって"合ってるよ"って言ってたもん!』

 

 吾輩の感想に抗議の声を上げるラティアス。さらに抗議の意志を表したつもりか、手にしたキズナ石さらに高速でペカペカ点滅させる。無駄にまぶしい。

 

 分かった分かった。分かったからキズナ石の光で照らすのはやめんか、目がチカチカする。

 

『うぅ〜さっきからバカにしてー! あなただってバカみたいに光ってるくせに!』

 

 光っているのは貴様に照らされているからだ。

 

 抗議を軽くあしらわれたことに腹を立てたのか、罵倒なのかどうかもよく分からん言葉を投げかけるラティアス。吾輩は彼女に冷静に突っ込みを入れる。

 

『……え、もしかして気がついてないの?』

 

 が、そんな吾輩の様子にラティアスは驚いたような困惑したような表情を浮かべる。

 

 ――? 一体どうしたのだ、そんな信じられぬようなものを見る顔をして。

 

『だって……あなた、さっきからずっと光ってるよ……? それに何だか光も強くなってきてるし……』

 

 はっはっは、何をそんなバカなこと…………………………ホントに光っとるーー!?

 

 先ほどより吾輩の体が光っているなどというラティアスの戯言を何の冗談かと笑い飛ばす吾輩。が、ふと身体を見下げて見れば何とびっくり、本当に光っているではないか。確かに吾輩は自身の身体を発光させる"わざ"こそ持っているが、自身の意志に反して突如肉体が輝く珍生物になった覚えはないぞ。

 それに吾輩の"閃光茸(キノコフラッシュ)"で発せられる光はミラーボールの如き七色の光だ、こんな()()()()では……。

 

 いや違う、これは吾輩が光っているのではない!

 

 と、そこで吾輩は気が付く。これは吾輩の肉体そのものが光っているのではない、と。よくよく見れば光が発せられているのは全身からではなく……吾輩の懐から。同時に吾輩はこの光の元凶となったであろう存在に当たりを付け――瞬間、懐より()()が独りでに飛び出した。

 

 やはり、これか! 「紅い貴石」――!

 

 吾輩の懐より飛び出し浮遊するもの、それは吾輩の辿り着いた光源の正体。お転婆姫より預かった、紅く輝く神秘の宝石。先の地下施設にて突如として凄まじい光を発したこの石がいま再び、目も眩むような紅い光を放っていた。

 

「な、何だ!? 何か急に眩しくなったぞ!?」

「うわっ、あそこメッチャ光ってる!?」

「え、何!? 何かのイベント!?」

 

 人で賑わう喫茶店に突如発生した強い光。その源たる吾輩らに多くの人間の視線が突き刺さる……が、生憎吾輩にそれを気にしている余裕などなかった。

 

 い、イカン……! このままでは……!

 

『うう……、眩しくて目が……』

 

 脳裏に思い出されるのは地下施設での出来事。あの時、輝きが最高潮に達した「紅い貴石」は一体どうなった? 瞬間、次に訪れるであろう出来事を予測し、吾輩は「紅い貴石」を引っ掴んで逃げ出さんとした……が、時すでに遅し。浮遊する「紅い貴石」が一際強い光を発し――

 

 ――ぬわぁーーっ!?

 

『きゃあああ!?』

 

 刹那、貴石より膨大な自然エネルギーがあふれ出る。

 迸る星の息吹、惑星黎明の力を宿すエネルギーを浴びて周辺の電子機器が次々とショートを起こす。停電を起こし暗くなった店内に人間たちの悲鳴が響いた。

 

「うわああああ!?」

「何!? 一体なにが起こってるの!?」

「事故!? 事件!? まさか……テロ!?」

「テロ!? は、早く逃げないと……!!」

 

 突然の出来事でパニックに陥る人間たち。吾輩らはその混乱に乗じ、輝きの消えた『紅い貴石』を引っ掴んでさっさ逃げ出した。

 このまま警察でも呼ばれれば、真っ先に疑われるのは吾輩らだ。それは確かに事実なのだが、しかしここで身元のあやふやな吾輩らが捕まってしまうとそれはもうややこしいことになるのが目に見えている。故に一刻も早くこの場より離れる必要があった。

 ラティアスの能力によって透明化し、全力でその場から離れる吾輩。心中では店とその場に居合わせた不運な客へ謝罪しきりだ。

 

 ――せめてもの詫びとして、代金は多めに置いてきた。絶対にこんなもんで済むものではないが、今の吾輩らに出来るのはそれで精一杯であった。

 

 

 さてさて、どさくさに紛れて何とか騒ぎより脱出した吾輩ら。郊外の人目につかぬ場所まで辿り着き、ようやっと透明化を解いて一息吐く。

 

『うぅ……まだ目がチカチカするぅ……。さっきのアレ、一体何だったの……?』

 

 そう言って目を瞬かせるラティアス。どうやら先の強烈な閃光で目が眩んだらしい。そして呟いたのは先の現象は一体なんだったのかという疑問。吾輩は目をこすろうとする彼女を制止しつつ、その疑問に返答する。

 

 吾輩にも分からん。

  

 当然とも言えるラティアスの疑問、しかし吾輩に返せるのは吾輩自身もよく分からんということだけ。というか、むしろ吾輩の方こそ知りたいくらいである。

 

『ええ……あなたも知らないの……?』

 

 そんな吾輩からの回答に納得いかなかったのかラティアスは口を尖らせる。だが、どれだけ不満気な顔をされても分からんものは分からんのだ。吾輩が知っていることと言えばこの「紅い貴石」がお転婆姫の母親(「ほうせきの国」先代女王)によって人間たちの祈り(生体エネルギー)を素に作り出されたものであることぐらい。なぜ光るのか、何が条件で膨大な自然エネルギーを放出するのか……といった情報はまるで分からんのである。

 

『ええ!? そんな状態で「紅い貴石」(これ)を預かっちゃったの!?』

 

 吾輩がこの「紅い貴石」について何もしらない状態でホイホイ預かったことに驚くラティアス。

 

 ……仕方なかろう。

 

 お転婆姫より「紅い貴石」(これ)を預かった当初は単なる膨大なエネルギーを秘めた宝石だと思ったのだ。それにお転婆姫は吾輩の弟子にして友、吾輩を騙すようなことは決してせん。何より先と同じ事象が起きたのは吾輩が絶体絶命の危機において。まさかこんな何でもない状態でエネルギーを放出するとは思わなんだ。

 と、いった具合に吾輩が「紅い貴石」を預かった理由を語ると、ラティアスは納得いかない顔をしつつも一先ず矛を収める。

 

 とはいえ……

 

 本来であれば休憩を挟んだ後、もう何戦かするつもりであったのだが……こんな騒ぎになってしまった以上、吾輩らがキンセツシティをうろつくのはマズかろう。

 吾輩はラティアスに今日はここでお開きにすることを提案する。

 

『ううーん……でも、しょうがないかあ……』

 

 予定が狂い若干不満そうな様子のラティアスであったが、流石に今回ばかりはそうなっても仕様がないと思ったか、吾輩の提案にあっさりと肯首する。

 

『それじゃあ……、また明日ね』

 

 ……うむ。また明日、な。

 

 最早、お決まりとなった別れの言葉。再会を約するその言葉と共に彼方へと飛び去るラティアス。そんな彼女の姿を追いつつ、吾輩は心中にてこう思っていた。

 

 ――そろそろ、潮時か……。

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、調査結果を聞こうか」

「――ハッ!」

 

 ホウエン某所・マグマ団秘密拠点。

 人目に付かぬ地下深く建造された施設の一室で、マツブサは部下からの報告を受けていた。数日前、110番道路にて観測された大規模な自然エネルギー反応とキンセツシティ内で続く断続的な小規模自然エネルギー発生現象。地上では通常考えられないそれら現象に対し、マツブサは発生要因を探るよう指示をしていた。そして今日、ある程度の調査結果が出たとの連絡が来たため、こうして報告の場を設けたという訳である。

 

 マツブサから促しを受け、手元の携帯端末を操作する団員。すると壁面のスクリーンが起動し、調査結果を纏めた資料が表示される。

 

「まず、110番道路での大規模自然エネルギー発生事象についてですが……結論から言えば今回の調査ではその原因を特定することができませんでした」

 

 団員の口から真っ先に語られた調査結果――それは原因不明という不甲斐ないもの。しかし、それもむべなるかな。

 

「事象が発生したのは110番道路に存在する大規模地下施設――通称、ニューキンセツですが。内部はSSSカンパニー(アクア団のフロント企業)管理となっており、既に該当企業による調査が行われていたため潜入することは不可能でした」

 

 ニューキンセツ内部を管轄しているのはマグマ団と敵対するアクア団のフロント企業SSS(スリーエス)カンパニー。今回、彼らはその権限をフルに使いニューキンセツを厳重な監視下に置いている。残念ながらマグマ団にその監視網を掻い潜り、調査を行うことは不可能であった。

 

「不甲斐ない結果となってしまい申し訳……」

「いや、良い」

 

 調査が不甲斐ない結果に終わったことを詫びようとする団員であったが、しかしマツブサはそれを制し――

 

「ニューキンセツの監視網については私も承知済だ。すでに潜入中の諜報員から情報も得ている。よって余計な謝罪は不要だ、現在判明していることのみ報告しろ」

 

 マツブサには既にアクア団に潜入中の諜報員(ラジア)からニューキンセツの情報が上がっている。同時にSSSカンパニーで実施された調査結果も、だ。団員に調査を命じたのその裏付けを取るためであったが、しかしアクア団に捕縛されるリスクを冒してまで行う必要性は無い。よって謝罪は無用とし、現在判明している情報のみ報告するよう促した。

 意外なほど寛大なマツブサの言葉に驚く団員であったが、そのまま命令に従いニューキンセツを調査した結果の情報を報告していく。とは言え、団員から齎された情報は既にマツブサの知り得る程度で、特段有益なものはなかったが。

 

「ふむ、おおよそ把握した。……ニューキンセツの報告はこれで全てだな? では、次の報告に移れ」

「ハ、ハッ! それでは次の事象――キンセツシティで断続的に発生した小規模自然エネルギー反応についてですが……」

 

 マツブサからそう告げられ、慌てた様子で次なる報告へと移る団員。

 

「調査の結果、こちらの事象についてはエネルギーの発生源を突き止めることに成功いたしました」

「ほう……」

 

 団員のその言葉にマツブサの眉が僅かに上がる。小規模とはいえ地上ではありえない濃度の自然エネルギー発生反応。ならばそれは必然的に地上ではない、別のどこかから干渉があったことの証。そしてこのホウエンにおいて最も自然エネルギーが満ちている場所というのは「地脈世界」に他ならず、即ちこの事象には「地脈世界」が何らかの形で関わっている可能性が高いのだ。

 高温・高圧・広大な地下空間の調査は幾らマグマ団といえども簡単に行えるものではない。悲願であるグラードン発見のため、得られる情報は何であれ得たいのが実情なのだ。

 

「それで? その発生源とは一体なんであったのだ?」

「はい。こちらをご覧ください」

 

 マツブサからの言葉を受け、手にした携帯端末を操作する団員。すると壁面に表示されていた画面が切り替わり、一枚の画像を映し出す。

 

「これは……キノココ、か?」

 

 スクリーンに映しだされた画像、それは少女の腕に収まる一匹のキノココの写真だった。恐らく少女の手持ちであろうキノココは、オシャレのつもりなのか胴体部に白いラインの入った赤いリボンバンダナをスカーフのように巻き付けている。

 

「はい、キノココです。自然エネルギー濃度測定装置*2を用いた調査の結果、キンセツシティで発生していた自然エネルギーはこのキノココから発せられていたことが分かりました」

「ふむ……」

 

 発生源として伝えられた一見すれば何の変哲もないキノココの姿に、本当に「地脈世界」と関わりがあるのか考え込むマツブサ。

 

「――いや、待て」

 

 だがその時、彼の脳裏に思い起こされる記憶があった。それは前回、「地脈世界」を探索した際の報告――ディアンシー捕獲作戦の報告にあった記録。

 

「確か地下探索(ヤミラミ)部隊が地下大空洞に潜入した際、攻撃をしかけてきたポケモン(メレシーたち)の中に一匹だけ別種のポケモンが紛れ込んでいたと報告があった筈……」

「――! すぐに記録を出します!」

 

 手を顎に添え、独り言を漏らすマツブサ。漏れ聞こえた彼の言葉に団員はすぐさま端末を操作し、ヤミラミ部隊が撮影した映像データを表示させる。

 

「……! 映像を止めろ!」

 

 地下大空洞(「ほうせきの国」)に侵入してからの映像をしばらく眺めていた二人。と、そこでとあるものを見つけたマツブサは部下に命じて映像を止めさせる。

 

「――これだ……!」

 

 マツブサが目を付けたもの、それはヤミラミへと飛び掛からんとする練色の影。ヤミラミの体に取り付けられていたカメラからの映像は戦闘の激しさも相まって酷く乱れていたが、しかし明らかにメレシーとは異なる別種のポケモンであることは分かった。

 

「この練色の体色……確かにキノココのそれにも見えますが……、まさかこれとキンセツのあのキノココが同一個体であると?」

「断定は出来ん――だが、可能性はある」

 

 地下空洞に存在したキノココらしき影、そしてキンセツシティにいる高濃度自然エネルギーを発するキノココ。無論、それらが同一存在であると断定することはできない……が、何かしらの関係がある可能性は高いだろう。

 

 ならば答えは決まっていた。

 

「――すぐさま部隊を編成しろ。このキノココを捕らえるのだ」

「ハッ! 了解いたしました! ――指揮官の方はいかがいたしましょうか?」

「ふむ、丁度いい。待機中のカガリに命ずるとしよう。ヤツにも名誉挽回の機会を与えてやらなくては」

 

 部下に捕獲部隊の編制を命じ、席より立ち上がったマツブサ。"カガリにはこちらから伝えておく"と言い残し、部屋を後にしようとする。時間は限られた貴重な資源、一秒たりとも無駄にすることは出来ない。彼の一族に伝わる家訓である。何より――

 

(「えんとつ山」でのアクア団の動向も気になる)

 

 アクア団に潜入している諜報員(ラジア)からの報告――"えんとつ山にてアクア団に動きあり"。どうやらアクア団がえんとつ山にて何某かの企みを起こそうとしているようだ。

 

(「えんとつ山」は「地脈世界」に蓄えられた自然エネルギーの噴出点。プロジェクト・AZOTHにおける重要拠点の一つだ)

 

 そんな重要箇所で敵対組織(アクア団)をのさばらせておく訳にはいかない。多少のリスクはあろうとも、ここで連中の動きを阻害する必要がある。情報によれば「えんとつ山」の部隊は首領(リーダー)であるアオギリ本人が直接指揮を執っているとのこと。ならばこちらもマツブサ自ら部隊を率いる必要があるだろう。

 と、来たるアクア団への対抗作戦を思案しつつ部屋を出ようとしたマツブサ。だが――

 

「失礼いたします! リーダー・マツブサ! 至急、ご報告を!」

 

 次の瞬間、息を切らせた団員が部屋に飛び込んできたことでその動きは中断される。

 

「――既に報告の時間は終わっているぞ。私はこれより対アクア団に向けての会議がある、報告を聞くのはその後だ」

「ハアハア……! 申し訳ありません……しかし、我が組織の最終目標にも関わる一大情報です! 大至急、お耳にいれていただきたく!」

 

 荒く息を吐きながら、しかし必死の表情でマツブサに訴える団員。団員の尋常ならざる様子にマツブサはさわりだけでも話を聞くことにした。

 

「――次の会議まであまり時間はない。手短に報告しろ」

「ハッ、ハイ……! ありがとうございます……!」

 

 了承を得た団員は大急ぎで端末を操作、マツブサにとある映像を見せる。

 

「これは本日、調査部隊がとらえた映像なのですが……」

 

 映像に映っていたのはキンセツシティ内のカフェの一角。おそらくカフェ内の監視カメラを利用して撮られたその映像には、客であろう多く人間に混じって少女と共に席に座る件のキノココの姿があった。

 

「――件のキノココか。これが一体どうしたと…………!?」

 

 一見何も特徴のないキノココの映像、しかし次の瞬間それが一変する。

 少女の差し出した手を覗き込んでいたキノココ、その体から突如として真紅の光が放たれる。やがてその光は徐々に強まっていき、キノココの懐から眩い輝きを放つ()()()()が飛び出してくる。やがて宝石から画面を紅く染め上げる凄まじい光が発せられ――そこで映像が途切れる。

 

「映像は……以上です。また、この映像が撮られた直後、キンセツシティで先のニューキンセツ事象に匹敵する規模の高濃度自然エネルギーの発生を確認しました。リーダー・マツブサ、アレは……!」

 

 そこまで言って団員は気が付いた――マツブサの様子が先ほどまでと明らかに異なっていることに。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――フハ」

 

 笑う。

 

「――フフ、ハ。フハハ……」

 

 笑う、笑う。

 

「フフハフフハフフハハハァーーーーッ!」

 

 抑えきれぬ歓喜の情。いつものしかめ面はどこへやら、感情の赴くまま高笑いするマツブサ。そんな常ならぬマツブサの姿を茫然と見つめる団員たち。しかし、この時の彼にとり部下たちの視線も些末なこと。何故なら――

 

「見つけたッ……! とうとう見つけたッ、見つけたぞッ!」

 

 ようやく、長年の悲願が結実するのだから。

 

「プロジェクト・AZOTH最後の鍵!! 我らを超古代ポケモン(グラードン)へと誘う、導きの「紅い貴石(ルビー)」!!」

 

 遥か昔、大地の女王によって砕かれた「紅色の宝珠(たま)」の欠片――それこそが「紅い貴石(ルビー)」。大地深く眠りについた超古代ポケモン(グラードン)への道標であり、そしてその封印を解く鍵となるもの。人類の手の届かぬ遥かな地の底へと持ち去られたその欠片が、今再びこの地上(人類の領域)へと戻って来たのだ。

 これこそ神祐か、はたまた運命の導きか。実体なき神など信じぬマツブサなれど、そう感じざるを得なかった。

 

 故に――

 

「――発令(オーダー)

 

 マツブサは告げる。

 

「現時刻を以ってプロジェクト・AZOTHを次の段階へと移行する。同時にマグマ団所属全団員への秘匿命令を解除」

 

 雌伏の時は終わった。

 我ら、今こそ雄飛せん。

 

「以降の作戦行動において一切の隠蔽を不要とし、各員全霊を以って任務を遂行せよ」

「「了解(ラジャー)!」」

 

 マグマ団首領(マツブサ)による力強い宣言に団員たちはただ一言で以って答えると、すぐさま持ち場へと散開する。首領の発した令を組織全体に伝えるために。

 同時にマツブサは自らの携帯端末を操作し、幹部直通の回線を開く。

 

「――ホムラ、カガリ」

『ウヒョヒョ! お呼びですか、リーダー・マツブサ!』

『………………ハァイ』

 

 リーダーからの呼び出しにすぐさま応答する幹部二人。突然の呼び出しに何事かと問う彼らへ向け、マツブサはただ一言。

 

「――「紅い貴石」が見つかった」

『ウヒョッ!?』

『!!!』

 

 その一言で二人は全てを察する。即ち、我らの野望が動き出したのだ、と。

 

『………………エクセレント………………!! ………………マーベラス……………………!!』

『ウヒョヒョヒョヒョ! おめでとうございます、リーダー・マツブサ! ――と、なればプロジェクト・AZOTHも!』

「そうだ、次段階へと移行する。――ホムラ、カガリ。お前たちは部隊を率いて「えんとつ山」へと向かい、アクア団の動きを掣肘しろ。もはや隠蔽を気にする必要は無い、如何なる手段を用いても奴らの動きを止めるのだ」

『………………ラジャー………………ァハア………………♪』

『了解いたしました、リーダー・マツブサ!』

「私は自ら部隊を率い、「紅い貴石」奪取に動く。――我らの悲願、我らの理想を今こそ叶える時だ」

 

 そう全ては――

 

「『『人類の理想の社会のために』』!」

 

 

 何もかも焼き尽くす熱情と共に、ホウエンの大地に紅き悪意(マグマ)が流れだす。

 一度噴出したなら最後、その灼熱の流れが止まることは決してないだろう。

 

 己が野望(りそう)を成就させる――その時まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、カフェでの騒動が起きたその日の夜。ラティアスと別れ、一人黙々と修行に励んだ吾輩は今夜のねぐらへと向かっていた。

 

 ————ハア……。

 

 寝床へと向かうその最中、吾輩に何とも憂鬱な気分が襲い掛かり、思わずため息を吐いてしまう。

 

 ————何と言葉を掛けるべきか……。

 

 脳裏に思い浮かぶのは吾輩の新たな友人、天真爛漫なる"むげん竜"ラティアスの姿。

 明日、彼女と再び会うのがどうにも憂鬱でたまらない。

 

 ()()()()()()()などと言えば、絶対に駄々を捏ねるであろうなあ……。

 

 吾輩は彼女にそう告げた時の反応を想像し、再びため息を吐いた。

 

 ここまで言えば分かるであろうが、吾輩は明日キンセツシティを離れるつもりでいた。原因は――まあ、今日のカフェの一件である。あれだけの騒ぎを引き起こしてしまった以上、その原因たる吾輩がいつまでもこの街をうろついているのは危険だ。それは騒動の主犯として警察などに拘束される危険性も勿論だが、何よりも現状あの騒動をもう一度引き起こしかねないという可能性があるからだ。

 あの騒動を引き超した原因――「紅い貴石」の活性化。それが一体どういった要因によって引き起こされたのか分からん以上、何かの拍子に再び活性化することは十分ありえる。気になって吾輩一人コッソリ様子を伺っていたところ、幸いにも今回死傷者は出ていなかったようであるが……。しかし、あれ程のエネルギーだ。下手な場所で放出され、大惨事となってしまっては手遅れである。

 ……恐らくではあるが、先の吾輩を地下施設より吹き飛ばした大爆発も「貴石」より放出された自然エネルギーが原因。ならばあの爆発が再び起こらないなどとどうして言えよう。

 

 故に吾輩はキンセツシティを離れることとしたのだ。そしてしばらくのあいだ人間の領域に近寄らず、人里離れた地でこの「紅い貴石」の実験を行おう、とも。

 

 昼間ラティアスにも語った通り、吾輩はこの「紅い貴石」の性質を何一つとして知らん。何故光るのか、何を条件として内包したエネルギーを放出するのか……それらがまるっきり分からんのだ。これをどうにかしなければ吾輩が再び人間社会に入り込むことは不可能だろう。

 かと言って、この貴石を手放すことは絶対に"なし"だ。「紅い貴石」は我が友にして弟子であるお転婆姫が吾輩を信じて預けたもの、その信頼を裏切ることなど出来る筈がない。だが同時に、このまま放置していては人間社会に入ることも、ひいては我が友バンダナ少女(ハルカ)との再会の約束も果たせない。故にこそ吾輩はこの「紅い貴石」の性質を知り、どうにかしてその制御方法を見つけ出す必要があった。

 

 と、まあそのような訳でキンセツシティを離れることとしたのだが……問題は()()である。

 

 ラティアス。吾輩の命の恩人であり、新たな友となった存在であり、そして密かに妹分のように思っている存在。ここ数日間を共に過ごし、すっかり仲を深めた吾輩らであったが……この街を離れることを決めた以上、今の生活を続けていくのは不可能だ。

 まあ、それ自体は仕方のないこと。吾輩が旅を続ける以上この街を離れる時は必ず来る。いずれこうなるのは確定していたこと……なのだが、しかしまさかこれ程急に離れざるを得なくなるとは思わなんだ。

 彼女は今の生活をいたく気に入っている。それが急に出来なくなるとなれば……彼女の性格を考えてそれはもう盛大に駄々を捏ねるだろう。吾輩はそんな彼女を(なだ)(すか)してどうにか元の生活に戻さねばならんのだ。考えるだけでも憂鬱である。

 とはいえ彼女も悪気があって駄々を捏ねる訳ではなかろう。何せ話を聞くに、吾輩は彼女にとって初めての心許し合える友人なのだ。そんな存在と突然、離れ離れとなる……となれば彼女が反発するのもむべなるかな。吾輩もその気持ちはよく分かる――だからこそ余計に憂鬱なのだが。

 

 ハアアア……。

 

 内心の憂鬱が更に増し、ますます深くため息を吐く吾輩。

 

 ……いや、これ以上考えたところで詮なきことか。

 

 既に考え始めてから相当な時間が経っている、それだけ考えても思いつかぬなら考えるだけ無駄というもの。それにいくらクヨクヨ悩もうとも、やらねばならぬことには変わりはないのだ。ならばここは腹をくくって正直に伝えることとしよう。何、ラティアスはああ見えても頭はよい。時間はかかるであろうが、きっと分かってくれる筈だ――そう、信じよう。

 

 と、そこまで考えたところで寝床まで辿り着いた。キンセツシティの郊外、都市ビルの陰にある薄暗く湿った場所がここ最近の吾輩の寝床である。他種族からみればお世辞にも良いとは言えぬ環境であるが、きのこポケモンたる吾輩にとっては非常に快適な寝床であった。

 剥き出しの地面に腰を落ち着け、目を閉じる吾輩。明日のことを思いつつ、そのまま意識を手放そうとして――。

 

 

 

 

 ――!!

 

 

 

 

 瞬間、一挙に意識が覚醒する。

 

 ……何だ?

 

 それは野生に生きるもの特有の危機察知能力。弱肉強食の自然界にて生き抜き鍛えられた本能が、今まさに吾輩に警鐘を鳴らしていた。

 

 "今、何者かに狙われている"、と。

 

 本能の指し示すまま、吾輩は肉体の全神経を集中させ可能な限り周囲を探る。

 ――故に、暗闇より迫る()()に気が付くことが出来た。

 

 ――!!!

 

 とらえたのは微かな空気の流れ。瞬間、吾輩は直感従って全力でその場から飛び退る。

 

 ――裂空刃(エアカッター)

 

 飛び退った直後、先ほどまで吾輩の居た地点へと降り注ぐ無数の空気の刃。圧縮された風が剥き出しの土を抉り取り、巻きあがった土がパラパラと降り注いだ。

 

 ぬう……!

 

 しかし攻撃は終わりではない。降り注ぐ土煙を跳ね飛ばし、何かが高速でこちらへ突っ込んでくる。宵闇と煙によりほとんど視界の利かない中、辛うじて見えたシルエットは明らかに四つ足のポケモン。

 シルエットから放たれる独特の威圧感。吾輩をそれ受けて僅かに身を竦ませる。

 

 この感覚……恐らくは、"いかく"――! そうか、ならばコヤツは――!

 

 全身を襲った身の竦むような感覚。その正体が恐らくポケモンの特性・"いかく"よるものだと悟った吾輩は、飛び込んできたポケモンの正体に当たりを付ける。

 吾輩目掛け突き進む黒い影。四足ポケモン特有の加速力で以って突き進むそれは、しかし今の吾輩にとって十二分に対処可能な速度でしかない。走り寄る影をぎりぎりまで引き付け、攻撃を仕掛けた瞬間にひらりと身を躱す。予想通りヤツの攻撃は空を切り、ガキン、という牙を打ち付ける音が響く。

 空振りによって生じた明確な隙。吾輩をそれを見逃さず、躱した勢いのままヤツの無防備な土手っ腹に攻撃を叩き込んでやる。

 

 よくも寝込みを襲ってくれたな。これでも喰らうがよい。

 

 

 ――吸精突撃(ドレインタックル)

 

 

 攻撃後の隙を突いた見事なカウンターアタック。腹部へと叩き込まれた()()属性(タイプ)の一撃に、ヤツはたまらず吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる黒い影。しかし、先ほどの"いかく"により思った程ダメージが出なかったのか、フラつきながらも何とか立ち上がって再び戦闘体勢を取る。

 

 ――その時、薄暗いその場所に月光が差し込み、吾輩を襲撃した下手人の姿が露わとなる。

 

 月明りに照らされ浮かび上がったその姿。墨色の背中と四肢に灰色の腹部、そして月明りを反射し光る赤い瞳を持つ四つ足のポケモン――"かみつきポケモン”グラエナ。

 

 ふん、やはりな。

 

 露わとなった敵が予想通りであったことに鼻を鳴らす吾輩。先の攻防にて感じ取ったヤツの実力、それは今の吾輩ならば軽く伸せる程度のもの。ならば恐れることはない。吾輩はとっとと掛かってこいと言わんばかりに再び戦いの構えを取る。

 

 さあ、かかってくるがよい。以前ならばいざ知らず、今の吾輩ならば貴様程度……!?

 

 だが、そんな吾輩の勢いはヤツの背後に無数の赤い目が光るのを見たことで止まる。

 瞬間、背後の暗闇より走り出たのはヤツと同じグラエナたち。みな一様に唸り声を上げ、吾輩を執拗に"いかく"する。

 

 さらにさらに、敵はそれだけではない。

 

 チィ……そうか、()()()()もいるのか……!

 

 中空より響く微かな羽音。僅かに視線を上にやれば、まるで月に覆いかぶさるように飛ぶゴルバットとズバットたち("こうもりポケモン"の集団)の姿。なるほど先の裂空刃(エアカッター)を放ったのはコヤツらという訳か。

 地にはグラエナ、空にゴルバットとズバット。両者の視線が揃って吾輩に突き刺さる。

 

 ……種も属性(タイプ)も異なるポケモンたちが争うこともなく連携を取るという、野生では絶対にありえない行為。ならば必然として連中は野生のポケモンなどではなく――トレーナーによって訓練を受けたポケモンであるということだ。

 そしてそれはすぐさま証明される。月明かりが強くなり、ヤツらの背後に佇む赤い服を纏った人間の集団を照らし出した。

 

 赤服たちが手にした機械へしゃべりかければ、途端に強まっていくヤツらの闘志。

 肌を突き刺すような闘志とそこへ混じるねばりつくような悪意に、吾輩は思わず身震いする。

 

 どうやら吾輩はいつの間にか狙われる立場となっていたらしい。

 

 ――スマンな、ラティアス……。

 

 吾輩を害そうとする数多の敵と対峙しながら、内心にて詫びる。

 

 ――約束は、守れなさそうだ。

 

 彼女と交わした再会の約束、"また明日"。残念ながらそれを守ることは出来ないだろう。

 

 赤服の指示が飛び、連中が一斉に飛び掛かって来る。

 迫り来る脅威に抗わんと吾輩は力を込める。

 

 これより始まるは決死の戦。敗北は即ち死と同義、生き残るには勝ち抜くよりほか方法はなし。

 

 さあ、さあ、覚悟を決めたなら、いっちょご死合い願おうか。

 

 楽しい、楽しいポケモンバトル(サバイバル)の始まりだ。

 

 

*1
無論、目の前の少女のような例外は居ようが。

*2
字義通り周囲の自然エネルギー濃度を測定する装置。先の「地脈世界」調査の結果を受けて開発された。





マグマ団、始動。


・キノココ
 ラティアスという協力者を得たことでトレーナー相手に存分に実戦経験を積む。
 お蔭で短期間でのレベルアップに成功、"キノコのほうし"の端緒がようやく見えてくる。
 しかし、順風満帆な修行生活から一転。お転婆姫からの預かりものが暴発し、マグマ団に付け狙われる立場となった。

・ラティアス
 伝説のむげん竜の片割れ。出会ったキノココとコンビを組み、人の姿に化けられる能力でキンセツ生活を満喫する。
 彼女の種族は南の孤島に眠る神秘の宝石"キズナ石"=メガストーンとキーストーンを守る一族なのであるが、人間との交流が少なすぎたためかその力を見る機会がなく、大切なものであるとは知りつつもその真なる価値には気づいていない(この辺りは兄であるラティオスの過保護の所為もある)。
 故に彼女は知りえない、まさか軽い気持ちで取った行動が友人に危機を齎す切っ掛けとなったなどと。
 
・マグマ団
 最重要ターゲット「紅い貴石」を補足。
 悲願達成を前にあらゆる隠蔽をかなぐり捨てて行動を開始した。

 人知れず地下深くにて鍛えられた灼熱の牙、逃れられるものなどいはしない。







以下、本編中に入らなかった本作独自設定語り

・キズナ(いし)
 メガストーンおよびキーストーンを指す古称。
 古の時代、人間たちと絆を結んだ"むげんポケモン"たちはこの石の力により姿を変え、遥か大空を舞ったという。しかし、姿を変えた彼らの圧倒的な力に目の眩んだ人間たちが同胞を次々と狩るようになった時、"むげんポケモン"たちは幻影の力を以て人間たちの前から姿を消した。
 それ以来、彼らは人の目の届かぬ秘境にて力の淵源たるキズナ石を守りひっそりと暮らすようになったのだ。

・"お兄さん"
 ラティアスの知り合いである人間の青年。南の孤島に住まう"むげんポケモン"と契約し、その住処を外界の悪意から守護する役割を担う一族の出身で、時折彼らの様子を見に孤島を訪れていた。
 その正体は前話で語ったとおり、現ホウエンチャンプにしてデボンの御曹司たるダイゴさん。彼らツワブキ家は古くからむげんポケモンと交流があり、彼らを守護する対価としてキズナ石=キーストーンを受け取るという契約を交わしていた。ホウエン地方におけるキーストーンはそのほとんどが南の孤島で産出されるため、それを独占したツワブキ家はホウエンほぼ唯一のメガシンカ使いとして並ぶ者なき権勢を誇るようになる(他のメガシンカ使いである流星の民・ルネの民は閉鎖的な性質からほとんど外界と交流を持たず、メガシンカの力が知られることもなかった)。
 デボンコーポレーションがホウエン最大の企業として君臨することとなったのも、この代々受け継がれた権力基盤のお蔭。また、デボン躍進の原動力となった∞エナジー=メガシンカ現象の人工再現にいち早く目を付けたのも、ツワブキ家がこうしたメガシンカを独占する立場であったため。
 なお、こうしたメガシンカの寡占状態が続いたために民衆へのメガシンカの認知(これは"むげんポケモン"を守るためにツワブキ家が情報規制を敷いたのも原因である)がほとんど進まず、結果としてカロスが発祥の地とされるようになったという経緯がある。
 ちなみに「むげんのふえ」も元々は"むげんポケモン"と円滑な交流のためツワブキ家の先祖によって作られたもの。ダイゴさんがこれを持ってるのはそのため。

・「紅い貴石(ルビー)
 大地の民の神宝。遥か昔、大地の女王によって砕かれ、地の底へと持ち去られた「紅色の宝珠(べにいろのたま)」の欠片。「地脈結晶」を核として人間の祈り(生体エネルギー)と膨大な星の息吹(自然エネルギー)を込めることで作りだされた。
 古くは大地の民が彼らの奉ずる神であった大地の化身(グラードン)と交信するために使用されたもの。彼らはグラードンのこと旱魃を齎す荒ぶる大地の化身であると同時に太陽を恵みを齎す豊穣の神であると考えており、「紅色の宝珠(べにいろのたま)」はそんなグラードンの荒魂を鎮め和魂となす祈りを届けるためのものであったらしい。
 そうした背景のためか、人間の強烈な意思と生体エネルギーに反応し活性化する、キーストーンとほぼ同一の機能を持つ。ただし、キーストーンと違い莫大な自然エネルギーを内包しているため、活性化状態となると自然エネルギーを周囲に放出する性質がある。
 本編にて活性化したのも上記の理由が原因。一度目のニューキンセツの時はキノココの"こんなところで倒れてたまるか"という強烈な意思に反応して、二度目のカフェでの一件は絆を結んだポケモンによるメガストーン活性化=メガシンカ要請に呼応する形で活性化した。


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