伏黒のヒーローアカデミア (アーロニーロ)
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プロローグ

あらすじ通りリハビリ作品です。楽しんでいただければ幸いです。


 オギャー、オギャー!

 

 手術室内に一方的にフルボリュームで泣き喚かれ、コミュニケーションが一切通じない赤子の鳴き声が響き渡る。それはその場に居合わせた誰もが新しい命の誕生を告げる声であることを理解させられる。

 

「赤ん坊の泣き方ってすごいね」

 

 医者に抱き抱えられた赤子を見て分娩台に乗せられた女性———赤子の母は息も絶え絶えになりながら微笑み、そう呟く。だが、

 

「しっかりしてください!気をしっかりと持って!」

 

 すぐそばにいた主治医は微笑む女性に必死に声をかける。まるで怒鳴りつけるような声はどこか引き止めようとするようにも聞こえた。実際、引き止めようとしていた。出産時に大量に血を流したことが災いし、この世から去ろうとする彼女を。

 

「先……生。もし、私が……死んだら」

 

「死なせない!!」

 

「伏黒さん!しっかりとして下さい!普段の溌剌さはどこに行ったんですか!?」

 

 術台にいる彼女を除いて主治医が看護師が皆、顔に焦燥を浮かべながら何としてでも意識を保たせ命をこの世に繋ぎ止めようと奔走する。そんな様子を見た彼女はふと微笑むと再度言葉を紡ぐ。

 

「赤ちゃんのこと……あの人に…頼みます」

 

「そんなこと後で旦那さんと話し合えばいい!貴方は生きるのです!」

 

「自分の……体です…よ?自分がよく……理解して…います。だから…どうか」

 

「そんなこと聞きたくありませんよ!伏黒さん!もう喋らないで!」

 

 言葉を紡ぐたびに機材に表示される心拍数が緩やかに下がり続ける。いよいよもって余裕のなくなった医者たちの顔に影が差し始める。

 

「最期に……顔を…見せてください」

 

「ッ、わかりました!ほら、よく見てください!貴方の産んだ命です!だから、最期なんて言わないでください!独り立ちするその日まで何百何千回と見続ける顔なんですから!」

 

「無事に……生まれて…よかったぁ。貴方の……名前は『恵』。あの人が……珍しく自主的に…考えた名前…だから」

 

 大切にしてね?その一言を告げた瞬間、彼女の体から力が抜けた。目に生気が感じられなくなり。鼓動を図る機材からピーという音が鳴り響く。

 

 この日、一つの命が生まれた。そして同時に一つの命が終わった。

 

 

〜14年後〜

 

 あれから少年は成長した。

 

「ギャッ」

 

 …すくすくと成長した。

 

「グェェェェェ!」

 

 ……そう元気いっぱいに。

 

「も、もう勘弁してくださいぃぃい!」

 

 …………死んだ母の分もしっかりと。ただし、

 

「全員、土下座」

 

 割と間違った方向に。

 

 

 植蘭中学校。地元では割と有名な中学校であり、文武両道を謳い文句にしている中学校。しかし、近年内部での虐めや不良などの発現によって知名度が悪い意味でアップしている。一応それでも傑物高校など多少名の知れた高校に行っているものいるために未だに名門校として名のある中学として見られている。

 

 桜の舞い散る今日この日、ズタボロになっている(・・・・・・・・・・)植蘭中学校の校門の前ではおおよそ数十人に及ぶあちこちに怪我をこさえた不良たちの土下座が観測された。

 

「なぁ」

 

「ヒィッ!」

 

「ビビんなよ。単純にクイズをするだけだ」

 

「「「「「へ?」」」」」

 

 そう言い放った少年——伏黒恵の言葉に呆気に取られる不良たち。そんな様子を尻目に話は進んでいく。

 

「じゃじゃん。ここで問題です。何でこうなったでしょーか?はい、そこの」

 

「へ?」

 

「数の子みてぇな髪型した最前列のお前」

 

「え、俺ェ!?」

 

 土下座の状態から顔を上げて突然の質問に声を強張らせながら戸惑う金髪リーゼントという現代に中々見ないような髪型をした不良少年。そんな彼は恐る恐る顔色を伺うように発言する。

 

「え、えっと、俺たちが登校に待ち伏せして。攻撃したから?」

 

「はい、大正解」

 

「ぶ、ぎゃあァァァァ!」

 

「「「「「「よ、横山ァァァァ!!!!」」」」」

 

 正解とともに顔面を蹴飛ばされて向かい側の壁まで飛んでいく金髪リーゼントを見てその場にいた不良は1人残らず絶叫した。

 

「叫ぶな、近所迷惑だろうが鬱陶しい」

 

「「「「「いや!今の光景見て叫ばない方が無理だと思うんですが!!??」」」」」

 

「叫ぶなって言ってんだろ。つーか、俺に喧嘩ふっかけた段階でお前らの自己責任だろうが。しかも、お前らは『個性』を使ってたしな」

 

 『個性』それはこの世界のほぼ全ての人類が手にする固有の能力のことである。

 

 ことの始まりは中国・軽慶市から発信された『発光する赤児』が生まれたというニュース。以後各地で『超常』が発見され、原因も判然としないまま時は流れる。

 

 世界総人口の八割が何らかの特異体質である超人社会となった現在。生まれ持った超常的な力である『個性』を悪用するが増加の一途をたどる中、同じく『個性』を持つ者たちが“ヒーロー”として(ヴィラン)や災害に立ち向かい、人々を救ける社会が確立されていた。

 

 そして、個性を使うにはそれなりの資格がいる。それこそ、下手な弁護士の免許を取った方が楽とも言われるほどの努力の果てに得られる資格が。これが無い状態で『個性』を使えば———正当防衛や人助けなどの場合を除き———人生の設計図にそれなりの傷がつく。ましてや、人に向かって意図的に放つなどの事をすれば問答無用で(ヴィラン)認定されてもおかしくないのだ。故に、伏黒の言い分に一分の隙間無いと言える。

 

「これに懲りたら二度と俺の前に面出すんじゃねぇよ」

 

「……けんな」

 

「あ゛?」

 

「ふざけんなって言ってんだぁ!!」

 

 側に置いてあったバックを持って立ち去ろうとする伏黒に向けて茶髪の男が声を荒げて唾を飛ばしながら引き止める。その様子を見た伏黒は明らかにめんどくさそうにため息を吐くと気怠げに尋ねる。

 

「なんなんだよ、お前?お前らの馬鹿騒ぎに付き合わされてとっくの昔に登校時間を過ぎさせられている身としては殺意しかわかねぇよ?」

 

「おい!馬鹿やめろって!」

 

「うるせぇ、腰抜けども!舐められっぱなしで終われるわけねぇんだよ!俺は間違ってもお前らとは違うんだ!」

 

 伏黒の態度が苛立ちを増長させたのか目を血走らせながら怒りに燃えている男は周りの静止を無視して突き進む。拳を振り上げると同時に拳が黒く染まる。どうやらこの男の『個性』は硬化系の個性らしい。直情的で真っ直ぐに向かってきた攻撃に対して伏黒は上半身だけを晒すことで回避して相手の勢いを利用したカウンターで顔面を殴り飛ばした。当たりどころが悪かったのか不良は一瞬で気絶し膝から崩れ落ちた。それを見届けた伏黒は告げる。

 

「他人と関わる上での最低限のルール。分かるか?」

 

 その質問に不良達は戸惑いながらも答える。

 

「……分かりません」

 

 その返答に伏黒はため息を吐きながらも解答を告げる。

 

「『私はあなたを殺しません。だから、私を殺さないでください』だ。"殺し"を何に置き換えてもいい。要は相手の尊厳を脅かさない線引き。互いの実在を成す過程のことをルールって言うんだ。それをまぁ、破ったことを威張り散らして腫れ物扱いされて、さぞかし居心地良かったろうな」

 

 そう告げると今度こそ言うことを言ったと言わんばかりの態度でその場を去ろうとする伏黒。すると、不良の1人が尋ねる。

 

「……俺たちはお前の周りで確かに騒いだ。だけど、お前に実害が及んだ覚えが全くない」

 

「……」

 

「俺らはお前になんかしたか?」

 

 その質問に伏黒は振り返らずに返答する。

 

自分(テメェ)で考えろ。それが出来ねぇなら死ね」

 

 そう告げると今度こそ伏黒は校門を潜り登校する。目の前に「コラー!」と言いながら叱りつけようとする校務員を見て億劫になりそうな気分を抑えてルーティンじみた1日が今日も始まりを告げた。

 




とりあえずここまで学校が始まって中々感覚が掴めませんが緩やかにそれでいて早めに投稿できるように頑張っていこうと思います。


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プロローグ②

プロローグ②です。多分、③でプロローグは終わりです。


「皆ー、進路希望調査を行うよー。って言っても大体はヒーロー科だろうけどねー」

 

 教壇に立つ教師が間延びした声でそう告げるとその言葉を肯定するかのようにクラスメートの皆が個性を発動させながらアピールする。

 

「はーいはい、皆んなー。無断で個性の使用はー禁止だーからなー」

 

 教師の一言に少しだけ頭が冷えたのか異形系の個性持ち以外のクラスメートのほぼ全員が個性を引っ込める。そんな様子を微笑ましく思ったのか教師はニコニコと笑いながらとある一人の進路希望を話す。

 

「そう言えばー。拳藤さんはー、雄英志望ーでしたっけー」

 

「ちょ、先生!」

 

 拳藤と呼ばれた少女は進路希望を明かされたことに驚きをあらわにする。しかし、教師の告げたその一言と共にクラス中の目線が拳動へと向けられた。

 

「ちょっと、拳藤!アンタ本気なの!?」

 

「雄英って、あの国立の!?今年の偏差値が79で倍率が確か300倍なんでしょ!?」

 

 一気に押し寄せるクラスメートの反応にことの発端となった教師に対して恨みがましい目線を送った後に苦笑いしながら返答する。

 

「うん、本当だし知ってる。無茶無謀かもしんないけど、まぁ…やるならてっぺん狙ってるから」

 

 拳藤がそう言うとクラスメートが色めき立ちながら口々に「お前ならいけるよ!」や「頑張って!」や「応援してるよ!」などの言葉が返ってくる。予想だにしない反応に拳藤が照れていると。ガラガラという扉が開く音が響く。誰が入ってきたのかと確認すべく目線を向けた瞬間、クラスの空気が死んだ。

 

「遅くなりました。申し訳ありません」

 

 教師に近づき伏黒はそう告げると自身の席に着席しようとする。通り過ぎるたびに奇異の視線や女子からは「ヒッ」などの黄色い悲鳴(笑)が響き渡る。そんな様子でも伏黒は我関せずの態度を貫き退屈そうに窓を眺める。そんな様子を見た教師は流石にこの空気はまずいと判断して。伏黒に遅れた理由を聞く。

 

「あのー、伏黒君はー何で今日ー遅れたのかなー?」

 

「不良連中に待ち伏せされて攻撃されたんでバトってたら遅れました」

 

 そして、話題の晒す方向を明らかに間違えたと悟るのは伏黒の発した言葉が理由でクラス内の空気が数度下がったことで証明された。明らかに気まずくなった空気を涙目になりながら必死に空気を盛り上げようとする教師は授業を開始した。

 

 

 全ての授業が終わり放課後になった。伏黒は最後の6限で進路調査書の提出と今朝あった喧嘩で聞きたいことがあるとのことで生徒指導室に呼び出されることになった。荷物をまとめながらクラスに入ってから授業以外に言葉を発することのなかった伏黒は言いつけ通り生徒指導室に向かおうとする。が、

 

「伏黒」

 

 呼び止められる。声の発信源に目を向けるとそこには朝、雄英に行くと騒ぎになっていた拳藤一佳がそこにはいた。眉間に皺を寄せたその顔には明らかに「不機嫌です」と書かれていた。

 

「もう喧嘩しないって言ったよね?」

 

「保護者面すんな」

 

 拳藤一佳の一言に伏黒は朝の不良連中と同じトーンで言葉を返す。伏黒は悪人が嫌いだ。更地のような想像力と感受性で一丁前に息をするように見えるから。伏黒は善人が苦手だ。そんなどうしようもない連中を許してしまうようなこと格調高く捉えて吐き気がするから。そんな伏黒から見た拳藤一佳という少女は幼稚園からの幼馴染という長い付き合いから容易に判断できるような典型的な善人だった。

 

「気持ち悪りぃ」

 

 嫌悪感たっぷり煮詰まったような一言と侮蔑の視線を向けた後に生徒指導室へと向かうべく前を向いた。すると、

 

 バシャ

 

 後頭部に軽い衝撃とともに少しだけ緩くなった甘い香りのする液体が伏黒の顔面を覆う。ビキィッと効果音がしそうな青筋を浮かべながら振り返ると、

 

「あ、ゴメン……流石に中身が出るとは思わなかった…」

 

 申し訳なさそうな顔をした拳藤一佳がそこにはいた。その顔から察するに流石に故意でやったのではないと察することが出来る。しかし、それでも頭から緩いベタつくジュースを浴びせられればおとなしい人間でも腹が立つくらいはするだろう。伏黒も拳藤の善性を知ってる身としては苛立ちを覚えはしたが流石に殴りかかるまではしなかった。気まずそうにする拳藤と苛立っている伏黒の睨み合いが続くいていると。

 

「ちょっ、拳藤。どうしたの?」

 

 第三者がこの睨み合いに参戦してきた。伏黒の顔と頭の惨状を見てギョッとすると、

 

「あー、とりあえず拳藤だけでも回収していい?伏黒君」

 

「ハァ、別に……好きにすればいいよ」

 

 伏黒がそう言うと名前の知らない少女は申し訳なさそうな顔をした拳藤を連れてその場から去っていった。それを見届けると伏黒は生徒指導室に向かうよりも先に頭を流すべくトイレへと向かった。

 

 

「伏黒ォ、あのなぁ、進路希望を出していないのはもうお前だけなんだよ。いつも進路希望調査には白紙で提出していたし、進路相談にも来ない。しかも、いつもすぐに居なくなってしまうときた。本当にもうギリギリなんだぜ?早いところでは、公立高校では今月の下旬にも願書の受付が始まる。はっきり言ってお前ならどんな高校でも合格できる筈だ。それだけの学力はあるんだから。ヒーロー科の学校でもだ。例え、雄英高校でも士傑高校でも、お前の個性なら」

 

「以前も言いましたが、俺はヒーローにはなりません」

 

「……ハァ、なんでだよ言ってみろ」

 

「リスクとリターンが釣り合って無いからです」

 

 誰かが言ったヒーローという職業は常に命懸け、と。これに関して伏黒の答えは全く持って同意見であった。『個性を人に向けて使ってはいけない』という不文律を平然と破る人間を相手取るのははっきり言って正気の沙汰では無いと感じられる。ましてやヒーロー側は相手が強くても殺してはいけないと言うルールがあるのだ。『人の役に立ちなさい』『自己犠牲の精神は絶対です』などの心情を掲げたヒーローという職は善人嫌いな伏黒にとって吐き気がするように感じられた。仮にヒーローになろうものなら一週間と経たずに禿げると内心確信している。それに何より伏黒から見てヒーローという職は形骸化しつつあるように感じられたのだ(・・・・・・・・・・・・・・・)。何が悲しくて嫌な職業を嫌々しなければならないのかと想像しただけで伏黒はうんざりとした。

 

「なら、将来はどうするんだ?」

 

「まず、高校卒業後には大学へ行きます」

 

「おう」

 

「ある程度国家資格を入手後に株関連の仕事につきます」

 

「…おう」

 

「あとは3、40歳まで適当に稼いで物価の安い国で残りの人生を謳歌しようと考えてます」

 

「……お前本当に中坊か?枯れすぎだろぉ」

 

 伏黒の夢のない人生設計を聞き、教師は憐れみの目を向けながらため息を吐く。

 

「並木先生はなんだって態々俺を有名校に行かせたがるんですか?」

 

「んなもの俺の経歴のためだからな決まってんだろ?」

 

 自己中心的な考えをあまりにも澄んだ目で言うものだから一瞬だけ感動した、と後の伏黒が語るほどの綺麗な目をした男のクズ発言だった。生ゴミを見る目で見てくる伏黒に耐えきれなかったのか並木と呼ばれた男は目を逸らして頭を掻きながら言葉を続ける。

 

「んじゃあ、後一週間待つ。気が変わったら言えよ?」

 

「経歴のため、ですか?」

 

「それもある。でもそれ以上に人生と仕事は似ててな?つまらないとやりがいがないんだよ。だから、つまらない人生よりも楽しい人生の方が多少はやりがいがあるだろ?お前にはそんなあっさり放棄できるような人生を歩んで欲しくないんだわ」

 

 ニヒルに笑いながら並木はそう告げる。初めからそう言えば尊敬できるのにと内心呟きながら。生徒指導指導室を後にした。

 

 

 伏黒が生徒指導室で進路調査書について話を聞かれていた同時刻、拳藤は友人と共に帰宅していた。

 

「大丈夫だった?拳藤」

 

「大丈夫だけど、なんで?」

 

「なんでって。だってあの伏黒君だよ!?顔は良いよ?めちゃくちゃ良い!なんだったら告白しようかと考えたこともあったさ。でも、素行の悪さだけなら歴代で最も悪いって言われてるからね!?あの子!」

 

 その言葉を聞いて拳藤はまたか、と思いながらも苦笑いしながら決まったセリフを吐いた。

 

「アイツは確かに素行は悪いよ?でもね、悪党じゃないよ」

 

「オヤオヤァ?それは小さい頃からの幼馴染だから?それとも…」

 

 拳藤がフォローした瞬間、ニヤニヤといやらしく笑いながら下衆な勘繰りをする。拳藤はその様子を見て額に手を当てて頭を抱える素振りを見せる。フォローするたびにこのような反応をされるのは両手では足りないほどある。確かに、拳藤から見ても伏黒の顔立ちはよかった。それでも、

 

「異性、って言うよりも手のかかる弟って意識が強いかなぁ」

 

 そう締め括ると相手は好奇心に満ちた顔から少しだけつまんなそうな顔に変わった。

 

「へー、意外。てっきり昔から恋仲かと思ったんだけどなぁ。でも、そっか。伏黒君ってそんなに悪い人じゃない「いいや、伏黒は極悪だよ?それもえげつない程にね」……え?」

 

 拳藤の説明を受けて少しだけ伏黒に対する印象が変わったと思ったと同時に声をかけられる。聞き覚えのない声に拳動と一緒に振り返ると下卑た笑みを浮かべた男が複数人いた。そして、次の瞬間。強い衝撃が二人の体を叩いた。

 

 

 進路についての話が一通り終わって家に帰るべく下駄箱から靴を取り出し始めようとした時、校門が騒がしいことに伏黒は気づいた。別に野次馬すべきでもないと判断した伏黒は少し大回りをしてもう一つの校門から通って帰ろうとする。が、そうはいかなかった。

 

「伏黒は、!?伏黒はどこ!?」

 

 切羽詰まったような声が自身の名前を叫んでいることに気づいたからだ。突然の出来事に訝しみながら声のした方へと向かう。野次馬が多く道の邪魔になったが、「邪魔だ」と一言かけるとモーセのように人混みが真っ二つに割れた。声のした方へと歩みを進めていくとそこには頭から血を流した女がそこにはいた。この事態に流石の伏黒も目を見開き驚く。

 

「おい、どうした!?」

 

 焦りながらも頭に負担をかけないよう出来るだけ声を抑えて訪ねる。そして、あることに気がつく。

 

「お前、拳藤と一緒にいた……」

 

 そう頭を怪我していた少女は、あの時拳藤と一緒に下校しようとしていた少女だったのだ。そのことに気がつくと同時にあることにも気がついた。

 

「おい、拳藤は何処だ」

 

 何処にもいなかった。一緒に下校していたはずの拳藤が何処にもいなかったのだ。流石の事態に先程は落ち着きを持って対応できていた伏黒も心を乱された。そして、少女の一言に伏黒の心情はさらに掻き乱された。

 

「攫われた」

 

「は?」

 

「攫われたって言ったの。いきなり襲われて、拳藤が私だけでもって必死に応戦してくれて」

 

 そこまで聞いた瞬間、伏黒の頭の中が真っ白になった。しかしそれでも予想だにしない出来事に取り乱しながらもなんとか立ち直り、落ち着きを取り戻す。そして、少女が何か持っていることに気がつく。

 

「おい、それはなんだ」

 

「え、これ?ブラウス。拳藤がこれを持たせて来てから逃げろって」

 

「いや、わかった」

 

 少女の話を聞いて拳藤という少女が想像以上に強かであることと自身の小4の頃に話した自身の個性について覚えていたことを再確認させられたら伏黒はため息を一つ吐くと同時に目に怒りと報復を誓った心意の炎が宿る。そして、左手の中指と薬指の間を空けて、両手の親指、右手の4本指で犬の影絵を表現すると、一言言った。

 

「『玉犬』」

 

 影が鳴動を開始する。するとすぐに影が物理法則を無視して二次元的なものが三次元的になる。そして、二匹の白い犬と黒い犬が形を象ると同時に遠吠えを行った。

 

「へ?」

 

 突然の出来事に少女は呆気に取られていた。それもそのはずだった。伏黒は普段から喧嘩をする際には一切個性を使用することはなかった。故に教員や拳藤を除けば皆から無個性であると思われていた。そんな伏黒が初めて人前で個性を使用した。呆気に取られた少女は伏黒の顔を見ると「ヒィ!」と悲鳴を上げた。周りの人間も伏黒の顔を見て1、2歩その場から離れた。

 

「おい」

 

「は、はい!」

 

「そのブラウス貸せ」

 

「わ、わかりました」

 

 そう言うと少女は恐る恐る伏黒にブラウスを渡す。ブラウスを受け取った。そのブラウスを犬に嗅がせると。犬は校門の前まで行って一声吠える。その後を追うべく伏黒がバックを置いて走ろうとする。すると、

 

「あ、あの!」

 

 声をかけられる。伏黒は振り返らなかったが、声の音からして先ほど怪我をした少女であることは察することができた。一度、走るのをやめて言葉を待つ。

 

「拳藤を助けて」

 

 切実に心の底から出た本音を伏黒は。

 

「わかってる」

 

 そう一言だけ返して。薄暗くなった道を玉犬と呼ばれた犬を先頭に走り始めた。




・並木思考……植蘭中学校の生徒指導員。個性は《並列思考》。2つ以上のことを同時に脳で処理することができる。割とすごい個性だが本人はマルチタスクができて便利程度にしか思ってない。

・少女……植蘭中学校の生徒。名前も浮かばなかったため少女としか書かなかった。


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プロローグ③

少し短めです。


 

 私の名前は拳藤一佳

 今は中学三年生。

 私には不本意ながら幼馴染みがいる。

 最高に手のかかる幼馴染みがいる。

 幼稚園からの腐れ縁ってやつだ。

 

 アイツと出会った時のことは今でも憶えてる。

 いっつも1人だったし、1人だけ達観して。何を考えているのかわからなかった。正直な話、声をかける時は本気で勇気が必要だった。で、実際に声をかけた時の反応がこうだった。

 

「はじめまして。私、拳藤一佳って言うのよろしくな!」

 

「黙れ、消えろ」

 

 この一言をかけられた私はまだ幼稚園児。言われた瞬間、泣いた。案の定、そんなこと言った伏黒は先生に叱られていた。それでも我関せずの態度を貫いていた。初めての屈辱に幼い頃の私は躍起になって話しまくった。それを数カ月ほど続けてようやく折れた伏黒は私と、拳藤一佳と話をするようになった。初めのうちは慣れなかったが流石に伏黒との付き合いも一年も立つ頃には慣れるようになっていた。

 

 そして、小学校に上がる頃にはアイツが、伏黒がどういう人間なのかがハッキリとわかるようになっていた。寂しがり屋で信じられないくらいのお人好し。後、強がりなツンデレ。それが何年もの月日を得て私が伏黒に対して抱いた印象だった。

 

「何、ボーっとしてんだ?」

 

 声をかけられる。伏黒の声ではなく、先ほどまで応戦していたやつのリーダー格の奴の声だった。誰の個性か知らないけどどう言う訳か体の自由が効かなかった。

 

「別に。複数人でよってたかって女ボコるような奴に言う必要ないでしょ?」

 

「口の減らねぇ奴だなぁ、オイ。まあ、でもこう言う奴が折れた時は良いんだよなぁ」

 

「ハン!群れなきゃ何もできない奴らがよく言うよ」

 

「……口には気をつけろよ女。ここは俺たちだけの秘密基地みてぇなもんでな?誰にもバレないし誰にも気づかれない。俺たちはいつでもヤレるんだからな。それにテメェのお友達の伏黒も俺と似たようなもんだろ?」

 

 コイツらと伏黒が同列?その言葉を聞いた私は怒りよりも笑いの方が勝って鼻で笑ってやった。あ、痛っ顔面殴られた。何やらギャーギャーと喚いているのが聞こえるが無視を決め込んだ。

 

 アイツの家族と言える人物は父親だけだった。そんな父親は伏黒が小学生になる頃には別の女と一緒に蒸発したらしい。少しの間だけ伏黒は影で泣いていた。慰められて目を真っ赤に腫らしたアイツは無愛想に告げた。

 

「ありがとう。なんかあったら俺が助けてやる」

 

 私はそれをよく覚えているしあの時の言葉も忘れることは決してないだろう。……だけど、不覚にも胸が高鳴ったのは内緒だ。そこからはまあ、荒れに荒れた。いじめてる奴とかそう言う奴に片っ端から喧嘩を売りまくっていた。特に中学1、2年生の時は酷くて地元周辺の不良・半グレを全てボコったせいで伝説が出来上がっていた。それをネタに何度か揶揄ったことも何度かあったのを覚えている。

 

「あー、もういいわ。人質にとって伏黒のボケをボコそうと思ったけど、やめだ」

 

「……ハッ、勝てないから人質とったの?ダサいねアンタ達」

 

「おうおう減らず口も叩けるだけ叩け。もう時期そんなことも言えなくなる。ああ、ちなみにヒントは『男と女』な?」

 

 男はそう言うと同時にうちのスカートをずらしはじめた。いきなりの出来事に頭が白くなり顔が引き攣る。それを見た男は満足気な顔をしながら自身のズボンもずらしていく。周りを見ると周りの連中も下卑た笑みを浮かべてこちらを見てくる。

 

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 

「良い顔だなぁ。今後も同じことするかぁ?」

 

 助けて。

 誰か助けて。

 

 声が出ない。力が入らない。下着をおろした男が私に覆い被さろうとする。ここからされることなんて簡単に予想がつく。いろんな思い出が駆け巡る。そして最後に映ったのは─

 

『ありがとう。なんかあったら俺が助けてやる』

 

 涙で目を赤く腫らして仏頂面でそう告げる伏黒(アイツ)の顔だった。

 

「助けてよ」

 

 あの時の約束を今果たしてよ。

 

 バチィィィィィ!!!

 

 瞬間、電撃を伴った体当たりが乾いた空気を高く鳴らした。

 

『ギャアァァァァァァァァァァ!!!!』

 

 私に覆い被さろうとした男はドア諸共吹き飛ばされて、その近くにいた4、5人も電撃の巻き添えを喰らう。いきなりの出来事に誰も反応しきれない。目を閉じた私は目を開けて現状を確認する。するとそこには、

 

「随分としおらしいな。普段からそうすれば?」

 

 この現状でデリカシーのかけらもないことを仏頂面で告げる幼馴染がそこにはいた。

 

「遅いよ、バカッ」

 

 遅い、遅すぎるよ。遅すぎて涙が出て来たよ。そんな私を見た伏黒(幼馴染)は自身の上着を私に着せると振り返る。

 

「な、何をしに来やがったんだぁ!」

 

「何をしに来た?んなもん簡単だろ?あの時、言ったんだから」

 

 伏せていた顔を上げる。あまりの形相に何名か悲鳴を上げていた。

 

「全員、ぶち殺しに来ました」

 

 

 そこにいた全員——拳動を除いて——がビビり散らかしていた。未だかつて伏黒はブチギレだことがなかった。半グレや不良に喧嘩を売っていたのも純粋に気に入らないと言う理由だけで実際にキレたから喧嘩をふっかけたことは一度もなかった。そんな伏黒が今日、生まれて初めて自身の感情に振り回せて暴れることを誓った。故に、

 

「この人数差で勝てるわけ「うるせぇよ」ギャアァァァァバァァァァァ!!」

 

 一切合切全ての攻撃に手心を加えなかった。もちろん、人を殺さないように考慮はしてある。しかし、言ってしまえば殺さない範疇内ギリギリの攻撃を放つことになんの躊躇も今の伏黒には存在していなかった。

 

「アイツ無個性じゃあねぇのかよ!?しかも、電撃系の個性!?強個性じゃねぇか!?」

 

「違ぇよ。上を見ろ」

 

「は?上?」

 

 伏黒の言葉通り不良たちは上を見る。少し高めの天井が不良達の目には広がっておりそこには骸骨の目の部分を模したような仮面をつけた大きな怪鳥が不良達の頭上を自由に舞っていた。それを見た不良達は

 

「馬鹿正直に教えてくれてありがとさん!撃ち落としてやるよ!」

 

 笑みを浮かべながらそう言うと、何名の手や体から岩、衝撃波など様々な攻撃が怪鳥を撃ち落とすべく放たれる。しかし、

 

「ギャアァァ!」

 

「は?ふざけんな!なんだよ!室内だぞ!なんだよその機動力はよ!?」

 

 全て回避され、逆に電撃を浴びた体当たりで蹴散らされて終わった。

 

「なんだよ、お前の個性はなんなんだよ!?」

 

「教えてやる義理はねぇよ」

 

「なら、教えなくて良い!守りながらじゃあ、お前も自由に戦えないだろ!?」

 

 そう言いながら接近して来た不良2人に対して伏黒は一人は踵落としを決めて鎮めた後にもう一人には頸動脈洞を圧迫して絞め落とした。

 

「お前ら忘れてないか?個性抜きでも俺に勝てなかったんだぞ?それに俺の動きが制限されたからってお前らが強くなったわけじゃないんだよ」

 

 その言葉を聞いて不良達は絶望した。距離を取れば怪鳥に電撃で攻められる。接近戦を持ち込めば伏黒に叩きのめされる。どう足掻いても八方塞がりだった。命乞いでもすれば見逃してくれるかと考えたが目を見て明らかに火に油を注ぐだけだとすぐにわからされた。廃墟とかした室内で絶叫が止むのに5分とかからなかった。

 

 

 死屍累々。今この場をの現状を表すのにこれほどふさわしい言葉があるだろうか。伏黒と拳動以外の人間は一人残らず意識を失っていた。あるものは電撃であるものは打撲でだ。そして、今最初の一撃を喰らって真っ先に倒れた男に伏黒は問い詰めていた。

 

「目ぇ覚めたか?」

 

「やめろぉ!俺が悪かったから、もう勘弁してくれぇ!」

 

「拳藤さらった奴が誰かと思ったら。朝、最後まで絡んできたお前かよ」

 

 そう拳動をさらった計画を立てて実行に移した主犯格は朝、伏黒が最後に気絶させた硬化系の個性持ちの男だった。自身の不始末がきっかけで起きた事件に伏黒は犯人に対する嫌悪感と怒りよりも拳動に対する罪悪感の方が強く湧いた。

 

「お、お前が悪いんだろぉ!」

 

「は?」

 

「俺に逆らって!俺に意見して!俺に背いた!だから俺は何も悪くない!」

 

「ああ、もういいよ、お前。本当に黙れ」

 

 伏黒は呆れていた。怒るわけでも殺意が芽生えるわけでもなく。呆れていた。そして、人は怒りを通り越すと呆れてしまうことを伏黒は知った。胸ぐらを掴み無理矢理上半身を上げる。そして、宙を舞う電撃を纏った怪鳥を見舞おうとする。すると、不意に足音が近づくのがわかった。伏黒達以外の人間がいなくなったためか足音は嫌にはっきりと聞こえていた。

 

「ハハ、ハハハハハハ!お前の負けだ!伏黒ぉ!」

 

「あ?」

 

「俺の兄貴はなぁ、ヒーローなんだよ」

 

「へぇ、で?」

 

「わかんねぇ奴だなぁ!中坊がプロヒーローに勝てる訳ねぇだろ!万が一の保険のために取っておいたのさ!それに勝てたとしてもテメェはヒーロー活動しているやつをぶちのめしたことでヴィランとして扱われる」

 

 いや、腐りすぎだろ。伏黒は目の前の男の発言に現在のヒーロー社会の腐りっぷりが想像の斜め上をいっていることに驚きを隠さなかった。そして、伏黒以上にヒーローの腐りっぷりに唖然としていた人間が一人いた。

 

「な、なんだよ、それ!ヒーローがそんなことしていいのかよ!?」

 

 拳動だった。ヒーローを目指している拳動にとって不良の吐いた先程のセリフはショックを受けるには十分すぎた。

 

「知るかよバ〜カ!これで俺の勝ちだぁ!」

 

 哄笑が廃墟に響き渡る。勝利を確信した男が放つ下卑た笑い声は廃墟内によく響いた。そして、人影が現れた。

 

「ハァ」

 

 ため息に似た声が廃墟に響いた。



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伏黒恵:オリジン

ORT 黒衣 もんじ サクサクラ シャルラッハロート 怠惰の極み stuka とんとろ丼 龍蛇の水銀 イシュリー 転凛虚空 妖識 クロウェル えぃt 博麗 霊夢 舟屋 三途集 赤馬零児 赤波四浪 マグ屋 魁人 なんちゃって 二代目 エンプティ 朝宮シキ 土いじり _ryo 紅月 らい おーか メンミグ 黒崎将馬 @Eiji ライアークラウン ✝みsoshiru_✝ 煌大 くまさん0124 白銀竜 かるぁ 名無しさんです 白華虚 ベニマル ガイラ あ! トッシー天丼 しらすの権化 村人BLACKRX バツネコ tkeido パンプキンダンプティ 佑崎 1000%戦犯 ランハナカマキリ 
戦闘員18号 しゃぼんだま。 Joan 紫月 幸 ランドルフィン 

お気に入り登録ありがとうございます。


 男の容姿は『異様』その一言に尽きた。包帯状のマスクを身に着け、赤のマフラーとバンダナ、プロテクターを着用していた。刃こぼれした日本刀と数本のサバイバルナイフを所持している姿はヒーローというよりもヴィランのそれだった。

 

「おい。あれがお前の援軍か?随分とヴィランっぽいが?」

 

「違う」

 

「は?」

 

「誰だ……アイツは」

 

 伏黒は不良の言葉に疑問を覚えながらもヴィランのような風貌をした男に目を向ける。すると、

 

「ハァ……お前の言っているヒーローと呼んでいる贋作はこれか(・・・)?」

 

 そう言いながら男は片手に持っていたものをこちらに向けて無造作に投げつける。飛距離が足りなかったのかこちらに届くギリギリのところでドチャっという音を響かせながら落下する。半回転して止まったそれを見た瞬間、伏黒を除く二人は悲鳴を上げて伏黒も目を見開き凍りついた。それは人の頭だった。半回転して止まった理由は鼻がつっかえただけだったのだ。

 

「あ、兄貴…」

 

「ハァ……お前ならわかっていると思うが……ソイツはヒーローの名を名乗りながらヴィランと結託し…お前の悪行を揉み消し続けた。ハァ……故に粛清した。ただ、それだけだ」

 

 兄の死に言葉もでないほど焦燥し切った不良を侮蔑の目線を送り続けるヴィラン。伏黒は怪鳥——《鵺》をしまいすぐに数と機動力の勝る《玉犬》を呼び出す。しかし、

 

「やめておけ」

 

「ッ」

 

「お前の戦闘は……ハァ…見させてもらった。その歳で見事なものだった。……個性の扱い方も上手い。それに……俺の隙を常に伺い続けているのも悪くない。お前とそこの女は……見逃してやる」

 

「……その保証はどこにある。証明できんのか?」

 

「ハァ……なら、俺に挑むか?一向に攻めてこずに情報を分析した今なら……俺とお前の戦力が離れてることくらい……ハァ、分かると思ったんだがなぁ」

 

 その言葉を聞き伏黒は顔を顰める。実際、目の前のヴィランの言う通りだった。不良を見下している時でさえもこちらどころが全員に気を配っているため、隙がどこにも見当たらないのだ。故に伏黒がその時選んだ選択は一つだけだった。

 

「拳藤!チンピラ!今すぐに逃げろ!」

 

「は?」

 

「なっ!?」

 

 拳藤と癪だけど意識のある不良を逃す。それだけだった。

 

「ちょっと、伏黒!アンタ本気なの!?」

 

 拳藤は呆気に声が裏返るほど動揺して、チンピラに関しては声が出ないほど呆気に取られていた。

 

「本気も本気だ」

 

「何ふざけたこと言ってんの!今のアンタのやってることって、アンタが普段から忌み嫌ってる善人のやってることでしょ!」

 

「ああ、そうだ。自分でやっておきながら吐き気がするッ。だけど、全員生き残るにはこれしかねぇんだよ!でも、とか言うなよ。現状、こいつを前にして動けんのは俺だけなんだからな!」

 

 二の句を告げようとした拳藤の言葉を遮るように怒鳴りつけるように喋る。それを聞いた瞬間、拳藤は言い返せなかった。拳藤が目の前のヴィランに睨まれて、殺気をばら撒いたその時から足がすくんで動けないことを伏黒は察知していた。不良に関しては兄が死んだ上に殺気を浴びせられて半ば自失していた。その言葉を聞いた拳藤は顔をくしゃりと歪めて下を向き、顔を強く叩いた後に手を巨大化させて動かない不良を掴み上げる。

 

「絶対に生き残れよ!」

 

 そう言いながら壁に向かい巨大化させた拳を叩き込んで破壊した。相変わらずの高火力ぶりに軽く引いていると。

 

「行かせるとでも?」

 

 拳藤に、いや、不良に向けて小型のナイフを飛ばす。速度は信じられないほど早く着弾すればもれなく死は確定するほどの威力を持って不良へと向かっていった。が、

 

「させねぇよ」

 

 その一言ともに白と黒の影が動く。白い影がナイフを弾きながら周りの気絶してる不良達も隅へと弾き、黒い影が伏黒を守るように前へ出る。その様子を見たヴィランは「ハァ」とため息をつくとこちらを睨む。

 

「動けない者、戦闘意欲のない者、これらを手早く脱出させる。いい判断だ」

 

 だが、と一区切りすると重心を低くして構える。それに合わせて伏黒も左手は相手のあご先の位置に右手を相手の中段を突ける位置に配置して構える。

 

「俺はアイツを殺す義務がある。ぶつかり合えば当然……

 

弱い奴が淘汰される訳だ、さぁ、どうする

 

 全身の汗腺から汗が吹き出すのが分かる。先程までの殺気は小手調や相手を図るためのものであることを否が応でも諭され、軽く後ろに後退する。息が荒い、怖い。でも、

 

(耐えろッッッ!)

 

 軽く一呼吸をして息を整えて体の震えを抑える。そして、打倒すべきヴィランを見据えて睨み返す。

 

(相手はどう考えても実戦経験も純粋な戦闘能力も遥か格上。勝つ……というのは明らかに無理がある。できるのか?俺に。いや、出来るかじゃねぇ)

 

「やるんだよ!!《鵺》!」

 

「ほう、2体同時に出せるのか。……これで実質2対1。いや……お前も合わせれば3対1か……ハァ、面倒だ」

 

 そう呟くヴィランに向けて伏黒は牽制を兼ねた《鵺》を飛ばしながら接近した。

 

「ハァ……珍しいな。この手の類の個性持ちが近接戦闘を挑むとは。……面白いッ」

 

 喋り続けるヴィランに向けて拳を連続で叩き込む。しかし、首を傾けて、上半身を逸らし、激しく動きながら全てを回避される。時々、《玉犬》二匹が合間を縫って攻撃を仕掛けてくるもそれすらも回避していく。

 

「ハァ……どうした?さっきよりも動きが悪いぞ。数を増やしたのが……原因か?」

 

 図星だった。影から出てきた分の動物は全てオートで動き回り、伏黒本人に合わせられるように行動してくれる。しかし、割と万能に移るこの個性はその反面欠点も存在する。それは許容量である。伏黒の個性はいわゆる召喚士のような個性であり影絵で作った動物を作るたびにMPのようなものをゴリゴリと消費する。万全の状態であれば2体同時に扱うのはまだ大丈夫。しかし、連続での戦闘でMPを半ば使い切っている伏黒にとって。

 

「ハァ……自身の首を自分で締めるとはな。愚策もいいところだ」

 

 割と本気で洒落になってないのだ。息が切れやすくなる。体の力が抜けていく。だが、諦めない。だって死にたくないから。故に、伏黒は一か八かの賭けに出た。

 

「《鵺》!」

 

 空を舞い続ける巨大な怪鳥の名を呼び地面に突撃させる。すると、地面がひび割れて土煙が舞う。ヴィランは一瞬、訝しみながらも伏黒の狙いを悟りため息を吐く。

 

「自身よりも速い相手に目の前を塞ぐ……ハァ、愚策だ。俺の見込み違いか?」

 

 そう言いながら振り返ると伏黒と目が合うヴィランは伏黒の行動を先読みして背後から来るのを察知していた。呆れ果てながら片手に持っていた刀を振り切ろうとする。が、

 

「なッ」

 

 何かに止められたように刀が動かなかった。目線を向けるとそこには刀の刃に噛み付く二匹の玉犬の姿がそこにはあった。自身が一本取られたことに笑みを浮かべて伏黒に向き直る。次の瞬間、動けないように足を踏み抜き、ヴィランの顔面に深々と拳が突き刺さった。

 

 

「はぁ、はぁ、痛ってぇ……」

 

 伏黒は血が滴る腕を押さえながらうめいた(・・・・・・・・・・・・・・・・)。ヴィランは信じられないことに殴られたタイミングに合わせて左胸のポケットにあるサバイバルナイフを引き抜き、伏黒の拳に合わせてカウンターのように斬りつけたのだ。凄まじい反射神経に戦々恐々としながらも、

 

「《鵺》!《玉犬》!畳みかけろ!」

 

 伏黒は無力化すべく玉犬と鵺に追撃を加えるように指示を出す。あの程度であのヴィランが倒れるわけがない。ここまでの戦闘でそのことを悟っている伏黒に容赦という感覚はなかった。しかし、

 

「──レァロ」

 

 こちらからでも見えるほどの長い舌が何かを舐めとった。その行動を見た伏黒はあまりの不快感に鳥肌が立つ。

 

「おい、お前何をして———あ?」

 

 不快感を払うべく自身も距離を詰めようとした瞬間。突如その動作が止まる。それどころか、体が思うように動かなくなり、ついには無防備な状態で地に伏してしまった。

 

「な、どういう、ことだッ。クソッ、体が動かねえ!?」

 

 どれだけ力を込めようとしても指先がピクリとも動きはしない。何故体が動かないのか。それを考えようとする伏黒だったが、それは出来なかった。何故なら────。

 

「ハァ、詰みだ」

 

 眼前に佇むヴィランが、既にその手に構えていた錆びついた日本刀で伏黒の首を切り落とそうとしていたからだった。錆び付いているにもかかわらず軽く触れただけで首からわずかに血が出てきた。

 

「いい判断だった。最後の最後で見誤ってたよ。さて……ここからは質問の時間だ」

 

 そう言うとヴィランは伏黒の肩にサバイバルナイフを突き刺した。

 

「ガァッ!」

 

 いきなりの出来事に口から悲鳴が漏れる。肩を起点に全身が発火したかのような感覚に襲われる。視界がチカチカと白く光るような錯覚に襲われて個性が緩んだ(・・・・・・)

 

 すると、少し離れたところでバチャっという水っぽい音が聞こえた。ヴィランが音のした方に目を向けると黒いタールのやうな液体がそこにあり数秒もしないうちに消えていったのを見た。

 

「ハァ……なるほどな。集中力や他の強い刺激に精神がいくと個性は解除される訳だ。……今後は気をつけるといい」

 

「ッグ……ハハッ、お優しいんだな」

 

「それは今後のお前の反応による。……ああ、そう言えば自己紹介がまだだったな。ハァ…俺はステインだ」

 

 そう言いながら場違いな自己紹介をするヴィラン——ヒーロー殺しを見て伏黒は在らん限り睨みつける。そんな伏黒を尻目にヒーロー殺しは問いかけた。

 

「お前は何故ヒーローを目指す」

 

 意味がわからなかった。自身が最も忌み嫌う存在であるヒーロー。それを何故目指しているのかと、ヒーロー殺しに問われたからだ。そんな問いに対して伏黒は鼻で笑いながら言い返す。

 

「ヒーロー?はっ、くだらねぇよヒーロー殺し。俺はそんなもん目指しちゃいねぇ」

 

「ハァ……何を言っている。貴様は」

 

「どうでもいいんだよ。どいつもこいつも。善人面してる奴らも悪人ぶってかっこいいと錯覚してる連中も!全員「なら、なんでアイツらをお前は助けた?」……効率が良かったからに決まってる」

 

「いいや違う。効率よく助けるのであれば、お前の理論に則ればお前はあのクズを見捨てるべきだった。ハァ……そして、俺があの社会の癌を殺そうとしている間に不意打ちという手もあった。……でも、お前はそうしなかった。もう一度だけ聞くぞ?何故だ?」

 

 言葉が出なかった。普段であれば面倒くさそうに聞き流すか、個人の勝手だろうと言って煙撒くかなどちらかなのに。目の前にいるステインという男の言葉から発せられる重みには虚言を許さないという凄みを感じさせられる。そう、はっきり言えば良いのだくだらないと思っているのが本心だと。なのに、

 

「わからねぇ」

 

「あ?」

 

「わかんねぇよ、んなこと」

 

 伏黒の口から出たのは戸惑いと疑問だった。なんだってこんなことで悩んでいるのか。なんだって自身が間違いないと思っていた本音がすぐに出ないのかと。すると、

 

「グ、ガァァァ!」

 

 いきなりステインが肩に刺さったサバイバルナイフを少しずつずらし始めた。あまりの激痛に口から絶叫が漏れる。痛い、痛い、痛い、痛い!今すぐに痛みの発生源を抑えたい。だけど、体の自由が効かずに声だけが漏れ続ける。

 

「残念だ。見込み違いとはな。何かを成し遂げるには何事にも信念がいる。ない奴弱い奴は当然のように淘汰されていく。ハァ……ましてや、信念や自身の思いを気付けていないなど論外だ。お前ならもしかしたら、と思ったのだがな」

 

「何を、言ってる」

 

「お前には関係のないことだ。ではな、正しき社会の供物よ」

 

 そういうと右手にもう一つのサバイバルナイフを持ち、首へと持っていく。この時伏黒は確信する。後、4、5秒もしないうちに自身が死ぬことを。これは決して避けられないことであることも。しかし、その結果は覆された。

 

「やめろ!」

 

 伏黒の上半身をすっぽりと覆えるほどの巨大な手が聴き慣れた声とともにステインに向けて放たれる。しかし、

 

「次から次へと……」

 

「なんで、今の避けられんだよッ」

 

 ステインはそれすらも伏黒の上から飛び退くことで回避する。

 

「おい!一歩、退がれ!」

 

 地に伏している伏黒が援軍——-拳藤に向かって叫ぶ。それを聞いた拳藤はすぐさまバックステップする。すると、比喩表現抜きで目にまとまらぬ速さで刀を振るったステインがそこにはいた。もし、伏黒が助言しなかったら自身の首が飛んでたかも知れない。そう理解した瞬間背筋が凍ったが、それを無視して再度巨大化させた拳を払うもこれを躱される。

 

「巨大化の……いや、拳だけ限定させた巨大化の個性か?ハァ…いずれにせよ言われたことは無いか?挙動が大雑把だと!」

 

「…ッ!あうっ!」

 

 回避と同時に放たれた数本のナイフが寸分違わず、拳藤の巨大化させた拳に刺さった。そして、距離を詰めて宙を舞う血液をステインは口に含んだ。瞬間、拳藤も伏黒同様いきなり体の自由が奪われたかのようにその場に崩れ落ちた。

 

「ハァ……友を助けにきたか……思想は悪くない。だが、いかんせん思想と実力が釣り合っていないな」

 

 崩れ落ちた拳藤を見下ろしながらそう呟くステインは再度伏黒に目線をよこす。

 

「ハァ……やはり解せないな。先程まで命の危機にありながら自身の傷に悶えた男が友のために傷の痛みを押して回避を促した。わからん。何故そこまで他人を想えるのに何故思想がないのだ。ああ、それとも」

 

 そう言うと片手に持っていた錆び付いた日本刀の鋒を拳藤の首へと突き付けた。

 

「おい!なんの真似だ!」

 

「普段であればこんなことはしないのだがな。今からお前の本質を測る。窮地にこそ人は本質を見せる。今のお前は子供の癇癪と同じだ。ハァ……どうやらお前は自身の死線では窮地たり得ないようだからな。そら、早く答えを出せ。でなければ友が死ぬぞ?」

 

「〜〜ッ!」

 

 体が動くようになったがそれすらも忘れて伏黒は完全に焦っていた。目の前の男はやる。今の言葉のどこにも虚言がないことなどここまでの戦闘で明らかだからだ。伏黒はすぐさま考える。血を流しすぎた影響か中々思考が纏まらない。頭がズキズキと痛む。何故こうなったと思いながらある言葉を、伏黒自身の起源を思い出す。

 

 それは、『不平等な現実のみが平等に配られる』と言う言葉だった。これは伏黒の父親が出て行った時に気づいたことだった。そして今、疑う余地のないほど善人である拳藤は現在進行形で傷ついている。それ故に思い当たる。

 

「思い、出した」

 

「ハァ……なんだ。言ってみろ」

 

「報われて欲しかったんだ。俺は、そいつに」

 

 訝しみながらこちらを見るステインを睨みながら伏黒は立ち上がった。動くたびに傷口が痛む。正直なところ泣きたいくらい痛い。て言うよりも少し涙目だ。それでも、

 

「因果応報は全自動じゃない。悪人は法のもとで初めて裁かれるんだろう。多分、ヒーローとかそう言う奴はそんな"報い"の歯車の一つなんだろうよ。ああ、思い出した。そうだ俺は。ありがとよ、ヒーロー殺し。色々と思い出せたよ。だから目指してやるヒーローを。そして、少しでも多くの善人が平等を享受できるように

 

—————俺は不平等に人を助けるよ

 

 胸を張ってそう言える目標を思い出して口にできた。瞬間、カチリと体内で歯車がはまったようなそんな不思議な感覚に襲われた。力が溢れ出そうなほどみなぎる。思考が冴え渡る。なんでだか知れないが今ならなんでもできそうな気がした。

 

「ハァ……『不平等に人を助ける』か、矛盾だ!全てを救うべきヒーローとしてあるまじき考えだ!だが、いい!とてもいいぞ!伏黒とやら!それにその覇気!なるほど、ここからが本番というわけだ!」

 

 ステインは拳藤に押し当てていた錆び付いた日本刀を持ち直して上半身を低く構えることで限りなく早く攻撃しようと体制を整え、伏黒は左腕内側に右手拳を押し当てた上で頭の中で浮かんだ言葉を唱える。

 

布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)

 

魅せてみろ!伏黒!

 

 ヒーロー殺しは突進する。相手を試すために。新しいヒーローの卵(・・・・・・・・・)が口だけでないかを見定めるために。増強系の個性ではないにもかかわらず信じられない速度を出しているヒーロー殺し。伏黒を中心に悪意も善意もない力の本流が渦巻く中、伏黒は最後の言葉を紡ごうとする。

 

八握(やつかの)

 

 そこまで述べた瞬間、ヒーロー殺しは何かを察知してその場から飛び退いた。飛び退いてすぐに銃弾がヒーロー殺しのいた地点に数発着弾する。

 

「そこで止まれ!無駄な抵抗はやめて大人しくしろ!」

 

「ハァ……無粋な」

 

 どうやらヒーローが到着したらしい。周りに複数名の警察官もいた。突然の横槍に苛立ちを隠せないほど顔を歪ませながらステインは拳藤が開けた大穴へと飛び込んだ。

 

「待て!」

 

「いいのか?その男はかなり出血しているぞ?」

 

 そう言うとヒーローは伏黒の方に目をやる。ステインの言う通り、伏黒の上半身は制服の色が元々赤かったのではないと言うほど血に染まっていた。ヒーローが目線を逸らした一瞬でステインは逃げ出した。

 

「いずれまた会おう。伏黒、そしてそこの少女よ」

 

 そんな言葉を残して。ヒーロー殺しが去ったことを確認した途端、緊張が抜けたからか糸が切れたように伏黒は膝から崩れ落ちた。

 

 

 後日談と行こう。まず初めにボロッカスにやられた伏黒と拳藤だったが、速攻で病院へと搬送させられた。

 

 こっ酷くやられたように見えた伏黒だったがそこまで酷くなかったらしい。そこそこな量の体内の血が抜けていた点を除けば一週間程度様子を見たら退院していいとのことだ。手を抜かれたことは知っていたが、ここまでとは思っても見なかったから流石に腹が立ったのは内緒だ。

 

 拳藤に関しては一応病院に搬送させられたがガーゼと包帯を巻かれた後、次の日には退院していた。拳藤の見舞いにこようとしていた人間が泣きながら来ていた。それを見た時、幼馴染がここまで周りに愛されていることを知った。

 

 そして、入院して二日経った今、

 

「まさか見舞いが私だけって……。アンタどんだけ友達いないのよ」

 

「……悪かったな、友達いなくて」

 

「あと、そう言えばあの不良のリーダー格がさ自首したよ」

 

「へぇ、意外だな。後ろ盾が無くなったからか?」

 

「さぁね。でも、周りから見たらそうでもなかったらしいよ」

 

 拳藤が見舞いに来ていた。手に巻かれた包帯は未だに解けないがここまで元気に見舞いに来ているあたりもう大丈夫なのだろう。そう思った伏黒はふと質問をする。

 

「お前、どうするんだ」

 

「ん?何がだ?」

 

「ヒーロー。目指すのか」

 

「……」

 

 そう聴きたいこととはこのことだった。今回の一件で拳藤は誘拐された挙句に軽く犯されかけた。そしてトドメと言わんばかりのヒーロー殺しの乱入だった。正直言って心が折れても、ヒーローという道が折れても仕方ないように思えた。だけどそれは杞憂だった。

 

「目指すよ」

 

「……なんでだ。あんな目にあったんだぞ」

 

「だからだよ。今回の一件で苦しんでるかもしんない奴だっているかも知んないだろ?だったら、尚のことやる気が出てな?後、自分の未熟さもね?それに…」

 

「それに?」

 

「憧れたんだ、目指したくなんのは当然だろ?」

 

 歯を見せながら大きく笑う拳藤を見て伏黒は思っていた以上に幼馴染は強かであることを再確認させられた。その様子を見てため息を吐くと拳藤は要件が済んだのかその場から去ろうとする。立ち上がろうとした直前に何かを思い出したかのように伏黒の顔を見て告げる。

 

「伏黒」

 

「なんだ」

 

「ありがとう、私を助けてくれて」

 

 微笑みながらそう告げる拳藤は伏黒が今まで見てきたどんな笑顔よりも綺麗で彼女の整った容姿と相まって、その姿はまるで一枚の絵画のように輝いていた。

 

 それこそ伏黒が思わず一瞬見惚れるほどに。

 

 呆気に取られた伏黒はふと笑みが溢れて言い返した。

 

「おう、どういたしまして」

 

 それを聞いた拳藤は心底幸せそうに満足げな顔をすると病室を後にした。

 

 

「よーう、伏黒」

 

「……なんすか?並木先生」

 

 拳藤が病室を去ってすぐに入れ違うように並木が伏黒の病室に入ってきた。それを見た瞬間、伏黒の頬が熱を帯びるのを感じた。来た感じからして明らかにあの会話を聞かれていたのだ。そう思いながらも一縷の望みにかけて聞かれてないことを望みながら並木先生と向き合う。が、

 

「いやースマンな、邪魔するつもりじゃなかったんだが……」

 

「……ッ」

 

 がっつり聞かれていたらしい。瞬間、伏黒は神がいないことを悟り、こいつを消すべきなのかもしれない、一瞬本気でそう思ったらしい。

 

「んま、冗談はさて置き。俺が来たのはさ、伏黒。進路相談についてだ」

 

 そう言うとバックの中から少しだけ皺のある進路希望調査書と一本の鉛筆を取り出した。

 

「退院は最低でも一週間後なんだろ?だったら、今この場で決めろ。言っとくが無理言うなとか言うなよ?これでも割と伸ばした方「ヒーロー科で」……なんだって?」

 

「ヒーロー科でお願いします。雄英の」

 

 それを聞いた瞬間、並木先生は明らかに未確認生物を見るかのような目で伏黒を見た方思うと、伏黒の額に手を当てて熱がないかを調べる。割とイラッとしながらも自身のこれまでの行いが招いたことだったから軽く手を払って済ませた。すると、並木先生は普段のふざけた態度を変えて真剣に伏黒と向き合った。

 

「なんでだ。言っとくが幼馴染が選んだからは無しだぞ」

 

「夢です」

 

「は?」

 

「夢を見たくなった。ただそれだけです」

 

 大真面目に伏黒がそう告げると並木先生は一瞬呆気に取られた顔をした後に吹き出して大笑いした。大笑いしすぎて騒がしいと看護師に注意されたほどだった。

 

「あー、了解したぜ伏黒。だけど、今の内申書じゃあ、難しいことぐらいはわかるよな?」

 

「覚悟の上です」

 

「うん、わかった。お前の覚悟はよく伝わった。難しいと思うが先生かわいい生徒のために頑張っちゃうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げて礼を言う伏黒に並木先生は少しだけ微笑むと頭を撫でる。伏黒は渡された調査書に希望校を書くと並木先生に渡す。それを受け取り記入漏れがないかを確認した並木先生はその場を後にした。

 

 一週間後、伏黒は問題なく退院。周りの目が以前よりもいい意味で変わったことに戸惑いながらも雄英の試験へと着々と準備を進めていった。

 

 

 そして、2月26日。いよいよ入試本番の日を迎える。




伏黒恵……身長175cm。個性《影絵》。影で形どった動物などを現実に引っ張り出す個性。作り上げられた動物はそれぞれ固有の能力を持っており。玉犬の場合は共有、鵺の場合は帯電と割と万能。新しく影絵の動物を追加するには形どった際に作った動物と一対一で戦い勝利する必要がある。

ヒーローを目指す理由が大雑把すぎましたかね?難産だったうえにようやく本編です。描きやすくなるといいなぁ。


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雄英入試、そして結果。

お気に入り登録が増えててビックリしています。読んでくださってる皆さんありがとうございます。


 2月26日。雄英高校ヒーロー科入試当日。伏黒はというと特に変わった様子も無く、いつもと同じような生活を送っていた。朝、簡素な朝食を食べて食器を洗った後に仏壇にある母の写真立てに手を合わせる。淀みなく一通りの作業が終わった後に身支度を整えた伏黒は家を出る準備をする。玄関で靴を履いて、玄関を開ける。するとそこには、

 

「よう」

 

 白い息を吐いて笑いながら挨拶をする拳藤がそこにはいた。それを見た伏黒は驚くことはなかった。理由はステインとの交戦以降、互いの欠点を克服し合うために組み手や個性の訓練などを行うために拳藤が伏黒の家まで足を運んで共に行動することが多かったからだ。それに元々伏黒と拳藤の家は大分近かった。待ち構えていた拳藤を見て伏黒は少しため息を吐くとそのまま歩みを進めた。

 

「ちょっと、幼馴染に挨拶もなし?」

 

「今日は雄英の試験だぞ?むしろ人を迎えに来るだけの余裕のあるお前が羨ましいよ」

 

「お、なんだ?緊張してるのか、伏黒?珍しいな」

 

「ああ、そうだよ。悪かったな」

 

 伏黒がつっけんどんにそう言い返すと拳藤は本気で意外そうな顔をした。実際、伏黒はかなり緊張していた。過去に自身のやりたいことがわからずになぁなぁで人生を無駄に浪費しながら過ごしてきた彼にとって生まれて初めてやってみたいこと、目指したいものに向けての試練なのだ。伏黒にとって今日この日に至るまでに並々ならぬ努力を積んできたつもりなのだ。故に今の伏黒は正直な話、寒さも相まって震えそうなほど緊張しているのだ。その様子を見た拳藤は少しため息を吐くと緊張をほぐすために過去の話をする。

 

「そんなことより、あん時の凄かったなぁ。あの『舎弟事件』」

 

「やめろ。なんで今そんな勉強してきたことが飛びそうな話題を出してきた」

 

 『舎弟事件』。その事件を語るには今から約半年以上前に遡る必要がある。

 

 あれはステインに関する事件の終了後、ある程度の事情聴取が終わり事件が過去のものになろうとしていた時だった。放課後になり自主勉兼、個性や自身の身体能力を高めるトレーニングを行うべく学校の校門から出ようとした時だった。

 

 校門の前に複数人のヤンキーや不良など日陰者と名のつく者たちの筆頭格がそこにはいた。当然伏黒は初め御礼参りやもしかしたらステインの一件でボコったことで面子が潰れたことに対する報復だと思っていた。故に適当なところに必要最低限しか入っていないバックをそこら辺に置き喧嘩の準備をする。ステインの一件以降、拳藤と並木先生との約束で喧嘩は禁止だと言われているが、条件として『喧嘩を売られた場合にのみある程度怪我をさせないように対処するのであれば喧嘩しても良い』と言うことになった。伏黒は流石に喧嘩は避けられないと半ば確信しながら不良たちに話しかける。

 

『おい、何の用だ』

 

 普段よりも声を低めに目つきを悪くしながらそう問いかけると不良たちの目線が一斉にこちらに向いた。どう来ても対処できるように構えていると、

 

『『『伏黒さん、お勤めご苦労様です!』』』

 

 一斉に筆頭格全員がモーセのごとく道を譲り頭を下げ、腹の底から出したかのような声で伏黒を出迎えた。あまりの出来事に伏黒は頭の中が真っ白になったと言う。いきなりの出来事に思考が追いつかずに全ての挙動か止まった。関わらないように遠巻きで見ていた学生たちも何事かと音の発生源によるほどだった。すぐさま衝撃から立ち直った伏黒は何故このようなことをするのかと問う。すると、どうやらあの事件でまだ意識があった奴がいたらしく。自分たちを助けた挙げ句、主犯格であった男を助けた度量に惚れたとのことだった。そしてその話を事件の関係者たちに片っ端から話したらしい。それを聞いた伏黒は本気で頭を抱えた。伏黒が頭を抱えている間も口々に、

 

『伏黒さん、本当にありがとうございましたぁ!!』

 

だの。

 

『オレらがこうやってちゃんと生きて学生やっていけてるのは、伏黒さんのおかげッス!』

 

だの。

 

『この恩、忘れません!』

 

 言ってきた。これはどう足掻いても、何を言っても聞きはしないことを伏黒は悟っていた。あの時の伏黒の気持ちを表すなら「どうしてこうなった」だろう。一応言っておくが、伏黒の個性に洗脳系の能力を持った影絵の動物は現状は一体もいない。

 

 そこからはまあ大変だった。集まる野次馬、またコイツかと言わんばかりの顔をした担当の教師、遠目で伏黒を指差して爆笑する拳藤と並木先生。なんとか不良連中を撒いた次の日を迎える頃には事件後に印象が変わったと心の距離を詰めてくれる人たちは拳藤を除いて一人残らず遙か彼方へと遠のいていった。挙げ句の果てに伏黒についた渾名は『植蘭の龍』。あまりのダサさに、そして因果応報といえど自身に対する仕打ちに伏黒は本気で涙したとのことだ。

 

「あん時はホントに笑ったなぁ」

 

 ケラケラと笑いながらそう語る拳藤を睨め付けながら恨みがましく伏黒は言う。

 

「笑い事じゃねぇよ。危うく、進路が絶たれるところだった」

 

「本当にね。でも、あの一件以降ここら一帯の不良連中は一切合切悪さしなくなってその上、街に貢献するようになったって理由で進路を取り消されることはなかったじゃん」

 

「それはあいつらがなんでもするって言ってたから『半グレやめて真っ当に生きろ。無理なら互いに協力し合え』って頼んだからだ」

 

 素直に言うことを聞いた時は驚きを隠せず思った以上に義理堅かったことを伏黒は知った。しかもその後、自身達が伏黒の夢の足枷になるかもしれないと関わるのをやめる徹底ぶりだった。

 

 因みに完璧に余談だが、伏黒と拳藤の二人とも両者ともに不良をまとめ上げて街に貢献させたということから『植蘭の平和の象徴』と言われていることにまだ気が付いていない。

 

 ケラケラと笑う拳藤とその言葉に突っ込みを入れながら歩く伏黒は互いに緊張を解きあっていく。すると、

 

「お、着いたな」

 

「みたいだな」

 

 伏黒と拳藤は目線をまっすぐ向ける。するとそこには"雄英高校ヒーロー科試験説明会場"と書かれた看板がそこにはあった。

 

「んじゃ、このまま行こうか。伏黒」

 

「まあ、筆記の番号はほぼ同じだからな」

 

 各々、そう言いながら雄英の会場に入っていった。

 

 

 あれから筆記試験が終わった。元々地頭のいい上に努力の怠らなかった伏黒にとって雄英の試験すらそこまで難しいものではなかった。自己採点で最低でも470点以上は取れていることを確信しながら実技試験を待つ。内容はどんなものなのかと考えていると、一人の男が壇上に出てきた。

 

『受験生のリスナー!!今日は俺のライヴにようこそー!!エヴィバディセイヘイ!!!』

 

 突然出てきた男はいきなりそう叫び、両手を高らかに挙げた。明らかに滑ったからか会場が静まりかえる。

 

『こいつはシヴィー!!なら受験生のリスナーに実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!!アーユーレディ!?』

 

 さらに男は続けて声を張り上げた。依然沈黙が保たれる会場。それでも平常心を保てるのはプロ故なのかそれとも純粋に鋼のメンタルを持ち合わせているからなのか。いずれにせよこのヒーローはある意味で凄いなと思いながら伏黒は眺める。その後も会場の空気など気にせずに男は話を続ける。

 

『入試要項通り!リスナーはこの後!10分間の、模擬市街地演習を行ってもらうぜ!!!』

 

 そして、実技試験の説明が始まった。要点を掻い摘んで説明すると。

 

・実技演習試験では都会を模した会場の中で他受験者と競い仮想敵ロボットと戦う。ロボットを無力化・行動不能にするとヴィランポイントが加点。

 

・敵ロボットは3種。倒してポイントになるロボット各1P、2P、3P。

 

・各々のやり方"個性"で仮想敵を行動不能にしてポイントを稼ぐ。

 

 と言うものだった。

 

「行動不能、ねぇ」

 

 伏黒は最後に説明された『行動不能』の言葉を見て仮想敵は破壊するだけでなく。

動けなくするだけでもポイントが入る(・・・・・・・・・・・・・・・・・)ことを悟る。しかし、その反面。人間にのみ効果を示すタイプの個性持ちはどうするのかと考える。すると、

 

「質問よろしいでしょうか!!」

 

 この広い雄英のホールの中でもよく響く声で質問をする男が現れた。伏黒は声の大きさに顔を顰めながら声の発生源へと目を向ける。するとそこにはthe委員長といった風貌のメガネがいた。こう言う質問する時はマイクとか使わないのかと思っている伏黒を尻目に話は進む。

 

『オーケェ!!言ってみ!!』

 

「プリントには4種の敵が記載されております!誤載であれば日本最高峰である雄英において恥ずべき痴態!!我々受験者は基盤となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!」

 

 眼鏡は熱く語りかけるかのように話していた。それを見た伏黒は痴態とは言い過ぎでは?と思ったとのこと。そして、眼鏡はギュルンという効果音がつきそうな勢いで振り返りながら伏黒の後ろあたりを指さす。

 

「ついでにそこの縮れ毛の君!!先ほどからボソボソと、気が散る!!物見遊山のつもりなら即刻、ここから去りたまえ!!!」

 

「すみません……」

 

 振り返ると緑髪の天然パーマの少年は恥ずかしそうに小さくなりながら謝っていた。

 

(さっきからブツブツ言ってたのコイツか……)

 

 謎の音に気づいた伏黒は納得すると前を向きなおる。すると、目の前で試験の概要を説明していた男が捕捉して説明した。曰く、この4体目の仮想敵は倒してもポイントにならない巨大敵ロボットとのこと。ゲーム風に言うなればドッスンに位置するものだと言う。それを聞いた委員長風のメガネは勢いよく礼を告げるとその場に座った。思っていた以上にアグレッシブな奴が多いことに驚いていると、

 

『俺からは以上だ!!最後にリスナーへ我が校の"校訓"をプレゼントしよう!かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!《真の英雄とは人生の不幸を乗り越えてゆく者》と!!……"Plus Ultra"!!!それでは皆、良い受難を!』

 

 壇上で説明していた男は最後にそう締めくくりその場を後にした。最後の最後で告げられた言葉に伏黒は頬をわずかに上げて笑い、その場を後にしようとする。すると、

 

「おい!伏黒!」

 

「あ?なんだ?」

 

 拳藤が声をかけてきた。試験も間近だというのに何事だと思い聞き返すと。

 

「互いに頑張ろう!」

 

「――――」

 

 出てきたのは励ましだった。幼馴染のお人好しぶりに吹き出してくつくつと笑うと。伏黒も

 

「こっちのセリフだ」

 

 そう言い返した。完全に肩の力の抜けた二人は今度こそ各々の試験場へと足を運んだ。

 

 

「……デケェ」

 

 バスで試験場に着くなり伏黒が第一声に放った言葉はその一言に尽きた。比喩表現なしで街一つが伏黒の目の前に広がっていた。あまりの広さに伏黒以外の受験生達も感嘆の声を上げていた。すると突然、

 

『ハイ!!スタァァァァトォォォォ!!』

 

 マイクから先ほどの男の声が聞こえた。だが受験生一同は何が起こったか全く分かっていない様子だった。かく言う伏黒も一瞬固まった。

 

『どうしたあ!?実践じゃ「《玉犬》!」カウントなんざねえんだよ!走れ走れぇ!賽は投げられているぞ!』

 

 試験官の言葉を言い切る前に伏黒は反応して、二匹の玉犬を影から呼び出す。少ししてから他の受験生も動き出したのを後ろから聞こえる振動でわからされた。伏黒が曲がり角を曲がった瞬間。

 

『標的補足!!ブッ殺す!!』

 

 カタコトな日本語で話しながら建物をぶち抜いてきた1pヴィランが現れる。が、

 

「《玉犬》。噛みちぎれ」

 

 伏黒の前を走っていた2体の玉犬に噛みちぎられた。完全に壊れた仮想敵に近寄ると伏黒は素手で全力で叩いてみる。

 

「なるほど、本気で殴れば2、3発もあれば壊せる程度か。工夫すれば一撃で壊せそうなあたり、脆いって言ったのは案外嘘でもなさそうだ」

 

 そう判断した瞬間、伏黒の中で策は決定した。

 

「《玉犬》。お前らは率先して2、3Pの仮想敵を壊しまくれ。生身の俺じゃ無理そうだからな。わかったな?じゃあ、行ってこい」

 

 そう言った瞬間、二つの白と黒い影が伏黒の元から飛び出す。伏黒は近くに落ちてた棒状のスクラップを握る。

 

「……意外にしっくりくるな」

 

 そう呟くと伏黒は前を向き仮想敵と受験生の群れへと突っ込んでいった。

 

 

「これで12体目」

 

 ショートした1Pヴィランを尻目に手持ちのスクラップを器用に払い続ける。現状、伏黒()壊した仮想敵の数は1Pヴィランが10体、2Pヴィランが2体と通常であれば不合格が確定するほど低いものだった。しかし、

 

(確か雄英のヒーロー科入試の実技試験の合格の平均は大体30後半から〜40P程度だと聞いてる。一旦、情報をまとめるか)

 

 それはあくまでも伏黒恵のみが獲得したポイントを言えばの話だ。玉犬の持つ能力。それは『共有』。玉犬に下した命令が履行されるたびに伏黒本人にうっすらとだが伝わるように出来ているのだ。現状、伏黒が分かっているだけでも玉犬・白が壊した仮想敵は2Pヴィランが5体、3Pヴィランが6体。玉犬・黒が壊した仮想敵は2Pヴィランが8体、3Pヴィランが5体と伏黒自身のポイントと合わせれば73P稼いでいるのだ。それでも伏黒は油断することはなかった。万が一、億が一にでも落ちる可能性があるその可能性を少しでも潰すために伏黒はスクラップを払い続ける。残り時間も2分を切った頃に、

 

 ゴオンッ、ガゴンッ、ズドンッ

 

 という強い地震が起こったのかと勘違いするような地鳴りが響いた。伏黒を含む全ての受験生は一斉に強い地鳴りの発生源に目を向けた。するとそこには周りの建物を優に二回りほど超える大きさを誇った4体目の仮想敵がそこにはいた。

 

「デカすぎんだろッッ!」

 

 そう伏黒が悪態を吐きたくなるほどにその仮想敵はデカすぎた。多くの受験生が悲鳴を上げ、一斉にその場から逃げ出した。正直、受験生を殺しにきているとしか思えなかった。壊す方法は無いこともないがはっきり言ってこの試験の場ではなんのメリットもないことはここにいるすべての受験生が理解している。伏黒もその場から離れるべくその場から離れようとする。すると、

 

「ケロ……」

 

 蛙のような、しかし、どこか女子特有の高めの声が聞こえた。目線をやるとそこには瓦礫に足を挟んだのか身動きの取れない蛙のような見た目をした女子生がそこにはいた。それを見た伏黒は、

 

「《玉犬》!」

 

 気づけば個性を自身の元に戻していた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。そして再度、玉犬を呼び出して瓦礫を破壊する。

 

「ケロ、あなた……なんで?」

 

 目を見開く女子生を見た伏黒は「知らねぇよ」と答えると両膝を引き寄せて抱え込み、傷病者の手首をつかんで——ようはおんぶをして——全力でその場から離れた。0Pヴィランは巨体故か愚鈍だったためあっさりと逃げられた。ある程度離れた場所に着くと蛙に似た女子生を他の受験生に預ける。そして、0Pヴィランの元へと向かっていった。後ろから声が聞こえてくるがガン無視を決め込んでパルクールの要領で建造物の屋根を伝って0Pヴィランへと近づく。伏黒が0Pヴィランを仕留めようとする理由はある。まず一つ目にあのヴィランがあのまま———流石にあり得ないと思うが———市街地で暴れて受験生の元に向かっていったら尋常じゃない被害を被ると判断したから。二つ目にまだ避難しきれていない人間がいると思えたから。そして最後は、

 

「ここまで来たら、最後までやった方がッ、いいだろッ」

 

 そう言うとあらかじめ索敵兼、万が一の時のために上下で旋回させていた鵺(・・・・・・・・・・・)を呼び戻す。そして、指示を出して再度飛ばす。伏黒はもう一度だけ前を見る。あんまりな質量差に軽く笑うと、軽く助走をつけて片手に持っていた棒状のスクラップを全力でセンサーらしきところに投擲する。スクラップは運良く深々と突き刺さった。当然、それだけでは当然0Pヴィランは止まらない。

 

「行け《鵺》。最大出力だ」

 

 伏黒は不敵に笑いながらそう言うとバチバチバチと空気が震えるような音共に黄色い電気を帯びた鵺がスクラップ目掛けて突っ込む。スクラップはアースとしての役割を持って鵺の電気が0Pヴィランに侵入。たちまち電子回路を破壊して0Pヴィランは沈黙した。

 

『試験終了ーーー!!!!!』

 

 こうして雄英高校ヒーロー科の入試は幕を閉じた。

 

 

 雄英高校ヒーロー科の入学試験が終わり、一週間が過ぎた。実技試験の後、受験生はバスで雄英高校まで運ばれ、そこで解散となった。入試の結果は一週間後くらいに手紙で通達すると言っていたので、今日か明日くらいには結果が分かるだろう。正直な話筆記の面では伏黒は落ちる気は全くしてなかった。しかし、実技の面では最後の最後で甘さが出たと少しだけ悔いていた。あれから拳藤とともに筆記の解答をともにしたり、周りから雄英の試験はどんなもんだったかと聞かれることで時間を過ごしながら日々を送っていた。

 

 そんなある日ポストを見ると「雄英高等学校」という文字が書かれている手紙が届いていた。それを見た瞬間、伏黒はフーッとため息を吐くと手紙を持って部屋の中で開ける。すると中からメダルのようなものが出てきた。なんだこれは、と訝しげにそれを見ていると、メダルから急に映像が映し出された。そして

 

『私が投影された!!』

 

 人気No.1ヒーロー《オールマイト》が映し出された。突然の出来事に呆気に取られたがそれでもオールマイトの会話は続いた。

 

『なんで私が投影されたのかって?実は今年度から雄英で教師として働くことになってね!!』

 

 世間話をする要略でとんでもないことを喋り続けるオールマイトに思わず伏黒は。

 

「マジかよ」

 

 と、本気で驚いていた。これは流石に予想外だった。かの有名な海外からですら平和の象徴と名高い存在であるオールマイトが教鞭を払うのだ。驚かない方が無理があるだろう。

 

『んじゃあ、巻きで後もつっかえてるから結果を発表しよう!まず、筆記試験!476/500!やるじゃないか、少年!筆記面は問題なく合格さ!次に実技試験!こっちもとんでもないよ!敵P73!これだけでもすでに君は今年度のトップ層だ!』

 

 伏黒はそれを聞いた瞬間、一気に全身の力が抜けて倒れ込み達成感が身体中を巡った。そして少しだけ涙腺が緩んだような気がした。そこまでなってあることに気がつく。

 

「ん?『これだけ』?」

 

『恐らく画面越しの君は『これだけ?』って思ってるんじゃないかな?』

 

「はい、言ってますね」

 

『先の入試では判断材料は敵Pのみにあらず!そう!それが救助P!』

 

 そこまで聞いた瞬間、胸が高鳴った。

 

「救助p?」

 

『それは他人を助けるために自らの身を犠牲にする心意気さ!!これは審査制でね、最後の最後で自身の試験よりも少女の救助と周りの救助を取った!素晴らしいよ伏黒少年!救助P48!!合計、121P!ぶっちぎりの1位だ!』

 

 そこまで聞いた瞬間、あの時あの女子生を助けたのは無駄ではなかったことを遅まきながら悟り、伏黒は手で目を覆った。

 

『来いよ!ここが君のヒーローアカデミアだ!』

 

 最後にそう言い残して映像は消えた。本気で嬉しかった。生まれて初めて何かを全力で取り組んだ。自暴自棄にならずになりたいものをちゃんと見れた。そして努力の末にヒーローへの第一歩を踏み込めた。そう自覚した時には伏黒は上を向いて拳をギュッと握りしめていた。すると、

 

「伏黒!」

 

 外から聴き慣れた声が扉を押し開けて自身の部屋に乱入する。彼女の拳藤の目には希望とやる気に満ち溢れていた。恐らくだが拳藤も合格できたのだろう。だからこそ、伏黒も不細工な顔になりながらも笑って答えた。それを見た瞬間、拳藤は伏黒に全力で抱きついた。普段であれば伏黒は弾いていただろうが喜びのあまり抱きしめ返していた。

 

 大きめな仏壇に飾られていた一枚の女性の笑った顔の写真は普段よりも嬉しそうに笑って見えた。




玉犬の『共有』は作者の考えたオリジナル能力ですので気にしないでください。

少しだけ伏黒くんのキャラ崩壊が過ぎましたかね?


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登校、そして試練

遅くなって申し訳ありません!レポートがあって少し遅れました。ですが、ペースをこれ以上落とす気はないので今後ともよろしくお願いします。




「実技総合成績出ました。」

 

 時は遡ること、一週間。場所はモニター室。前方の大画面に受験生の名前と成績が上位からズラリと並ぶ。それを見た教師陣から感嘆の声が複数上がった。ここでは全会場の実技試験の様子を映し出すことが出来、雄英の教師陣はそこから受験生を観察していた。教師陣がモニター室で試験の様子を見る目的として、どのような生徒がいるのか見極める為というのもあるが、それに加え救助Pの審査をしなければならないという理由もある。

 

「救助ポイント0点で同率(・・)2位とはなあ!」

 

「後半、他が鈍っていく中、派手な個性で敵を寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」

 

「もう一人の拳藤って子は純粋な戦闘能力もそうだが、協調性がいいなぁ。初対面の相手とここまで連携が取れるとは」

 

「対照的に敵ポイント0点で8位」

 

「アレに立ち向かったのは過去にも居たけど…ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね」

 

「思わず、YEAH!って言っちゃったからなー」

 

 ガヤガヤと特に目立った行動を取り続けた受験生の名をあげて話しを続ける。そして、

 

「にしても1位の子。確か伏黒恵だっけ?女の子みたいな名前してる割に男の子なのは驚いたなぁ。しかし取得ポイントが121って」

 

 次の注目が伏黒へと移った。

 

「三桁越えを見んのっていつ以来?」

 

「スタートって言った瞬間に動いてるわね彼。突然現れた仮想敵に対しても足元から現れた犬?にしっかりと迎撃させてる。そしてあえて固まらずに戦力と役割を分散させて効率的にポイントを取ってる」

 

「対応力、判断力、破壊力ともに良好ってか?」

 

「ああ、しかも」

 

 そう言いながら映像を巻き戻して伏黒がスクラップで一方的に仮想敵を打ちのめしながらポイントを稼ぐシーンが映し出される。

 

「本人の戦闘能力も高い」

 

「いーねぇ。こう言う個性ってどうしても本人が弱くなっちゃうからなぁ。弱点を潰してるところも高評価だ」

 

「初めは徒手空拳で挑んでるあたり実は素手の方が強かったりしてな」

 

「戦闘能力も重要だが。それ以上に」

 

 そう言うと今度は映像を早送りにして伏黒が個性を解除して蛙に似た風貌の少女を助けた後に0pヴィランに挑むシーンへと移る。

 

「他人を率先して助けるこの精神面よ」

 

「これ見た時よぉ俺一瞬固まっちまったもん。『え?そこで助けに戻る?』的な感じで」

 

「救助ポイントに気付いてたとか?」

 

「いや、終了の合図を聞いた瞬間にしゃがみ込んでため息をついてる。恐らく、というかほぼ間違いなく打算抜きだろ」

 

 稀に見る100ポイント越えの受験生の映像を見て大盛り上がりの雄英教師たちにふと教師の1人がとあることを口にする。

 

「ですが、伏黒恵は3年の序盤まで喧嘩三昧であった記録がございますが」

 

「え!?マジィ!?」

 

「資料をちゃんと見ろマイク」

 

 そう言うとマイクと言われた男性教師は伏黒恵のプロフィールが書かれた資料に目を通す。そこには確かに中学生時代の伏黒恵の活動に『不良達との喧嘩に明け暮れていた』と記されていた。それを見て軽く目を見開くマイクを見た男は同時に伏黒についての指摘に追撃を行う。

 

「いくらポイントが高くて人間性がよかろうと流石に我慢の効かない輩がヒーローになれますかね?」

 

 割ともっともな指摘に押し黙る雄英教師一同。すると、少し高くそれでいて少しだけ低く感じるような中性的な声が静まり返った空気の中で声を上げる。

 

「確かに彼の過去はお世辞にも良いとは言えない。けれど今回の試験でみんなも見た通り彼は自身の利益を捨ててでも誰かを助けようと思える心がある。それに『不良と喧嘩し続けた』って記録があったけれど、彼が喧嘩する時はいつも限って『いじめられていた学生がいた時』とも記されているじゃあないか」

 

 確かにそう書いてあった。これは並木先生自身が書いた文であり少しだけ本人によって書いたものかもしれない。しかし、同時に事実であるのだ。

 

「故に見定めよう彼のことを。公共の場でのみお人好しになるだけの男なのか、それともヒーローの卵なのかを。だから、頼めるかい?相澤くん?」

 

「元々そのつもりだったんでしょう?」

 

 無精髭を生やした男が気怠げにそう言うと中性的な声の持ち主はニコリと笑って答えた。それを見た男はため息を吐いて椅子に座った。

 

「それじゃあ特殊な事例だが、彼だけ先に相澤君の受け持つクラスA組に所属ってことでいいかな?」

 

 そう言うと周りな教師たちも『異議なし』と答えるとスクリーンはまた別の受験生を映すのだった。

 

 

 あれから二ヶ月ほど経ち、4月になり桜が舞い散る季節となった。伏黒は仏壇の前で手を合わせて「いってきます」と言うと雄英の制服に着替える。鏡の前で着なれない服の身だしなみを整えて家を出る。

 

「よ、伏黒」

 

 家を出てすぐに出迎えた幼馴染の新たな制服姿を見て本当に自身が高校生になったことを自覚する。

 

「おう、拳藤」

 

「お、普段通り無愛想に無視か、ぞんざいに返されると思ったら普通に挨拶を返すとはね。それに伏黒、制服姿スゲー似合ってるよ」

 

「そりゃあどうも」

 

 普段通りの何気ない会話を拳藤と伏黒はし続ける。両者ともにいつもと違う点があるとするならば共通して新しいヒーローとしての第一歩を踏み出せたことに対する胸の高鳴りがあることだろう。

 

「伏黒は何組?」

 

「A組」

 

「ありゃあー、私はB組だ。残念。違うクラスだね。あ、そうそう、伏黒さぁ。大丈夫?友達できる?」

 

「お袋かお前は。余計なお世話だ」

 

 拳藤の心配事に伏黒は苛立ちながらそう返す。雄英に到着しても互いに他愛のない会話を続けていく。すると、『1ーB』と大きく書かれてあるドアの教室に着いた。

 

「それじゃあ、私はここで」

 

「おう、じゃあな」

 

 「問題起こすなよ〜」と言い、手を振りながら拳藤はB組の教室のドアを開ける。それを見た届けた伏黒は1ーAへと向かうすると歩いて数分もしないうちに目的の場所に到着する。そこには伏黒を縦に三つ以上重ねても余るほどの巨大なドアが存在していた。

 

「バリアフリーか?」

 

 ふとそんなことを言いながらドアを開ける。大きさに見合わず思った以上に軽かったためドアの開け方が粗くなり少々申し訳なくなった伏黒だった。教室に目をやると広いクラスには誰一人としていなかった。早く来すぎたと内心ぼやきながら黒板に貼られている書類を見て指定の席に着席する。すると、扉を開く音が聞こえて来る。目線を向けるとそこにはあの日同じ会場にいた蛙顔の女子生がそこにはいた。

 

「あなた、あの時の」

 

「……おう」

 

 相手も予想外だったのか軽く目を見開きながらこちらを見て来る。伏黒自身も少しだけ驚いたがそれ以上にどう接すれば良いのかがわからなかった。これで相手があの時会場で見た委員長風の男なら、植蘭で見たチンピラのような男なら適当に流すか、睨み返して対応するか出来たのだが流石に明らかに大人しめの女子相手にはどうすれば良いのか分からず思わず素っ気なく返事をしてしまった。それでも相手は気にしなかったのか自身の席に荷物を置いた後に伏黒の席へと足を運ぶ。

 

「ケロケロ、あの時は本当にありがとう。あなたのおかげで足を捻挫した程度ですんだわ。そしてごめんなさい。私のせいで最後の最後でポイントを取れなかったでしょう……」

 

 礼を言った後に俯きながら申し訳なさそうにそう言う相手を見て流石に気まずくなった伏黒はため息を吐きながら言葉を返す。

 

「……別に良い。あの時は俺が勝手に助けることを選んだんだ。その行動に悔いはねぇ。それにヒーロー目指してるんだ。人を助けて当然だろ?」

 

「あなた、本当に優しいのね。私、蛙吹梅雨(あすいつゆ)って言うの。梅雨ちゃんって呼んでほしいわ」

 

 伏黒の言葉を聞いて顔を上げると——わかりにくいが——軽く笑みを浮かべながら握手するためか手を差し出す。伏黒は拳藤を除けばここまでフランクに接する相手は初めてだったため少し戸惑いながら差し出された手を握り返す。

 

「おう、よろしく頼む。蛙すっ……梅雨ちゃん。俺は伏黒。伏黒恵だ」

 

「ケロ、自分のペースで良いのよ。それに可愛いくて良い名前ね伏黒ちゃん」

 

 そう言うと蛙吹は自分の席に帰っていった。蛙吹も伏黒もそこまで饒舌な人間ではないため教室に静寂が保たれたまま時間が経つ。その間、沢山のクラスメートが教室に入ってきた。ピンク色の肌をして触角を生やした女子生や葡萄に似た紫色の玉のようなものを頭につけた男子生、伏黒に迫るほどの高身長の髪を後ろにまとめた女子生、入試説明の際に委員長のようだと思えたメガネも入ってきた。その中でも特に伏黒が印象を覚えた男がいる。それは、

 

「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」

 

「思わねーよ、てめー!どこ中だよ端役が!」

 

 伏黒の目の前の席で委員長メガネと口論をしている爆発したかのように跳ねた薄い金髪に赤目の三白眼が特徴的な男だった。見た目といい発言内容といい明らかに伏黒がボコってきたチンピラのそれだった。よくこんなのが受かったな、と内心ある意味で感心している。そんなことを考えている間に教室に人が集まってきてそれに比例するように騒がしくなっていった。すると、

 

 

「お友達ごっこがしたいなら余所へ行け。ここは…ヒーロー科だぞ」

 

 寝袋に入ったままの人間がゼリー飲料を一瞬で飲み干しながら、そう言い切った。小汚い上に怪しい。それにそれなりに場数を潜り抜けてきた伏黒が気を抜いていたとは言え察知できないほどの隠密能力。不審者かと考えた伏黒は咄嗟にスマホを取り出そうとするが、次の一言でその行動を中止した。

 

「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね……担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 なんと担任とのことだった。見た目完璧に不審者であるにも関わらず担任の教師、しかもここの教師は一人残らずプロヒーローのため目の前にいる男もその1人だと知った時、伏黒は、というかクラスメートは内心で『先生!?しかも担任!?』と思ったに違いないだろう。驚きながらも担任の教師の話は続く。

 

「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」

 

 そう言うと戸惑う生徒たちを残し教室を出た担任——相澤は、言葉通りグラウンドに向かっていった。クラスメートも置いていかれる訳にもいかず慌てて更衣室に向かい着替えてグラウンドに向かう。

 

「「「個性把握テストォォ!?」」」

 

 いきなりの発言にグラウンドに集まったばかりの生徒たちは声を揃えてざわめく。

 

「入学式は!?ガイダンスは!?」

 

 赤いほっぺたとショートボブにした茶髪の女子は困惑を含めた声を出して問い詰める。

 

「ヒーローになるんならそんな悠長なことしてる暇はないよ」

 

「なるほど。この学校の謳い文句は"自由"。なら、教師側も然りってことですか?」

 

「そう言うこと。理解が早くて助かるよ、伏黒恵」

 

 考えていた中でも最悪の答えに伏黒は頭を抱えた。目の前の男の言葉が正しければ生徒手帳に記載されている一切合切の予定表はもしかしたら意味をなさないかもしれないからだ。この授業が終わったら伏黒は予定を組み直すことを決意した。

 

「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。中学の頃からやってるだろ?個性禁止の体力テスト。俺はあれが非合理的に思えて仕方がない。文部科学省の怠慢だよ。そうだなぁ、誰にやってもらおうか。ああ、そうだ。実技一位の伏黒。お前からやってみろ」

 

「なっ!?」

 

「はい、わかりました」

 

 チンピラ擬きが驚愕しているところを見て少し疑問に思いながらも相澤から渡されたボールを受け取り線の中に入る伏黒。

 

「中学時代は?」

 

「……確か67〜70ぐらいだった気がします」

 

「じゃあ個性を使ってやってみろ。円からでなきゃ何しても良い。早よ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、伏黒は。

 

「《鵺》」

 

 影の中を媒介に手で影絵を作ることで、対応した生き物鵺を呼び出した。

 

「ボールを持って旋回しろ」

 

 そう言うと鵺と呼ばれた巨大な怪鳥は足でボールを掴むと一気に上空へと登っていきある程度登るとそのまま円を描くように飛び続けた。

 

「伏黒」

 

「はい」

 

「あれはいつまで飛べる」

 

「維持したままなら日が落ちてもいけます。でも、射程距離は1キロなのでそれ以上離れれば強制的に解除されます」

 

「……わかった」

 

 そう言うと相澤は手にあった機材を伏黒とクラスメートたちが見えるように見せつける。そこには『測定不能』の文字が書かれていた。

 

「「「「うおーーーーー!!!!」」」」

 

「測定不能ってお前!」

 

「なにこれ!?すごいおもしろそう!!」

 

「個性思いっきりつかえんだ!?流石ヒーロー科!!!」

 

「……面白そう、ね」

 

 伏黒の結果を見て口々に楽しそうに『面白い』と告げるクラスメート。それを相澤が聞き見た瞬間、伏黒は相澤から感じる温度が数度ほど低くなったような錯覚に襲われた。

 

「お前らヒーローになる三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのか?……そうかよしわかった。今回のトータル成績最下位のものは強制的に除籍処分とさせてもらおう」

 

 まるでさも当たり前のように新入生を除籍すると告げる相澤。その言葉に周りの人間が全員固まるとすぐに悲鳴があがった。

 

「はあぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

「そんなん有りぃ!?」

 

 口々に叫ぶ生徒を冷ややかな視線で見る相澤。そんな様を見て伏黒が何度目かわからないため息を吐く。相澤の声は先程と大差ないにもかかわらずよく響いたように感じられた。

 

「生徒の如何は教師(おれたち)の自由」

 

 絶句する生徒達に構わず、相澤は不気味な笑みを浮かべたまま愉快そうに愉しそうな告げる。

 

「ようこそ。これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 今日この日、伏黒恵の初めの試練が始まった。




近いうち、というか今日明日には投稿します。

UA 11,920、お気に入り518件。ここまでたくさんの方に読んでいただいて作者感無量です。

修正しました。読んでうちに今後の展開であんまり意味ないと思えたのとやはり相澤先生らしくないと思えたのが理由です。節操なしに変えてしまい申し訳ありません。


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試練、そして虚言

読んでいただきありがとうございます。


「最下位除籍って!?入学初日ですよ!?いや、初日じゃなくても理不尽すぎる!!」

 

 誰かが皆の心を代弁するかのような抗議の声が上がる。当たり前だった。この雄英という狭き門を通るためにここにいる誰もが惜しみない努力と研鑽を重ねてきた。それを目の前の教師は一笑に伏すかのように除籍することを告げたのだから。それでも相澤は譲らない。

 

「自然災害……大事故……そして身勝手な敵達にいつどこから来るか分からない厄災……日本は理不尽にまみれている。そういうピンチを覆していくのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったのならお生憎。これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。"Plus Ultra"さ。全力で乗り越えてこい」

 

 相澤がそう不敵に告げる。それを見た者たちの反応は様々だった。ある者は気を引き締めて、ある者は好戦的に笑い、ある者はどこか憤る。そんな中、伏黒は新しき受難を受け止め踏破することを胸に誓い次の競技へと移っていった。

 

 ――――これより雄英より課された第一の受難、『個性把握テスト』が開始された。

 

 

 第一測定、50メートル走。

 

 50メートル走は書いて字の如く50メートルをいかに短い時間で走るかを競う競技である。この種目は記録自体を重視するというよりも、計測時のコンディションを把握するという点で大きな指標となる。この種目でのトップは飯田の3.04秒だ。どう走ったものかと頭を回していると伏黒の番がきた。隣にいるチンピラ風のクラスメートが明らかに喧嘩腰でこちらを見てくるがそれを無視してスタートラインに着く。そしてふとあることを思いつく。

 

「相澤先生」

 

「なんだ」

 

「個性使えばどんな方法でもいいんですよね」

 

「白線から出なければ良いよ」

 

 そうと決まれば伏黒はやり方を決めた。屈んでクラウチングの姿勢をとりながら地面に手をつかずに待機する。『ヨーイ』と聞こえ、伏黒とチンピラ風のクラスメート爆豪は構えたと同時にスタートの合図がかかる。

 

「《蝦蟇》」

 

 両手でカエルの頭の影絵を作る。すると、足元の影から伏黒の胸の高さほどの大きさを誇る大きなカエルが現れる。周りがギョッとしているのを尻目に頭に伏黒を乗せた蝦蟇は隣から鳴り響く爆音と爆破の余波を上手いこと回避しながら二度跳躍して50メートルを渡り切る。

 

 結果、50メートル走……伏黒恵5秒55→4秒62。爆豪勝己5秒58→4秒13

 

 という結果となった。爆豪がこちらを見て「ハッ」と鼻で笑ったのを無視しながら表示された結果を見て伏黒は上々であると判断した。それでもやはり自身の機動力が課題であることを理解して改善するにはどうするか考えるようになった。

 

 第二測定、握力。

 

 握力は難しい動きを必要とせず、短時間で安全に測定することができるため、高齢者の筋力測定に適していると言える。握力は下肢の筋力やその他多くの部位の筋力と相関関係が高いため、全身の筋力の程度を知るための指標として用いられるのだが、今回は個性ありきの体力測定。故に、

 

「《玉犬》。咬め」

 

 何も手を用いて測る必要はどこにもないのだ。伏黒は玉犬の2体の内の一体を呼び出すと口を開かせて握力計を噛ませる。少し噛みにくそうにしている玉犬を見て申し訳ない気持ちになったが玉犬は伏黒の命令を遂行すべく持てる全ての力を使って握力計のグリップ部分に噛み付いた。

 

 結果、握力……伏黒恵67キロ→214キロ

 

「あれ、有りぃ!?」

 

 伏黒の測定法に流石に疑問に思ったのか生徒の1人が指を刺しながら相澤に問う。すると、

 

「個性をうまく使えてるから良し」

 

 そう言って伏黒の結果は許容された。

 

 第三測定、立ち幅跳び。

 

 この種目は空を飛べる鵺を持つ伏黒にとってさほど問題にはならなかった。伏黒は鵺を再度呼び出すと鵺の上に乗った。鵺の方も伏黒が乗ったことを確認すると空へと羽ばたく。空を飛ぶ伏黒を見て「おー」という感嘆があちこちからもれる。伏黒はそのままグラウンドを一周してきた。

 

「伏黒。その状態も日が暮れても維持出来るか?」

 

「はい、流石に一日中乗った試しはありませんが多分出来ます」

 

 その言葉を聞いた相澤が手元の液晶に手入力で記録を打ち込み、ソレを生徒たちに見せる。

 

 結果、立ち幅跳び……伏黒恵3メートル10センチ→測定不能

 

「また、測定不能が出たー!」

 

 再度測定不能を叩き出した伏黒を見てざわめくクラスメート達。それを聞きながら伏黒は鵺の上から降りる。すると、視線を感じた。振り返ると爆豪と赤と白の左右非対称な姿が特徴的で赤髪の下、左目を中心に火傷の痕がある少年、轟焦凍がそこにはいた。やたらと敵視するような視線に自身が何をしたのか伏黒は疑問に思いながら次の競技へと移って行った。

 

 第四測定、反復横跳び。

 

 これに関しては伏黒はこれといった記録は出せなかった。理由は単純で自身の個性が活かせる要素がなかったからだ。初めはどうしたものかと悩んでいたが、思い浮かぶ前に自身の番が来てしまったとのこと。この記録で強いて上げることがあるとするならば葡萄頭の男がやたら良い記録を出していたことだろう。

 

 結果、反復横跳び……伏黒恵62回→61回

 

 伏黒はこの結果に少し凹んだ。

 

 第五測定、ソフトボール投げ。

 

 ここでは麗日という女子生が∞という結果を叩き出していた。すると1人の生徒が伏黒の測定不能と麗日の∞どう違うのかを問う。曰く、

 

「麗日のは限界迎える前に大気圏に突入してそのまま永遠に浮き続けるから∞。対して、伏黒のは限界はあるがこちらの方がメーターが振り切れるのが早くて測定できないから測定不能。どっちも結果は同じもんだから気にしなくて良いよ」

 

 とのことだった。その言葉を聞いた伏黒も納得して二度目のソフトボール投げに移行する。この時、相澤に今度は正確な射程距離を図りたいから真っ直ぐ飛ばしてほしいと頼まれる。今度は鵺の口にボールを咥えさせるとそのまま青空目掛けて飛んでいった。しばらくして伏黒は鵺が解除されたことを悟ると相澤に視線を向ける。すると相澤は手に持っていた記録を伏黒に見せつける。そこには1045メートルと記載された結果が表示されていた。

 その結果に納得すると次の緑谷へと測定を譲る。すれ違いざまに顔を見たが完全に青ざめておりピンチであることをありありと告げていた。

 

「緑谷くんはこのままだとマズイぞ……」

 

「温存してるのかと思ったけど顔色を見るにそうは思えないしな」

 

「ったりめーだ。無個性のザコだぞ!」

 

 上から飯田、伏黒、爆豪の順でそれぞれ緑谷に対してコメントする。そして伏黒は最後の爆豪のセリフに疑問を覚える。

 

「無個性なのか?」

 

「そうだっつってんだろ!」

 

 念のため確認するように問うと爆豪はキレながらそう言い返してくる。正直な話、あの試験はそう易々と合格できるような試験内容ではなかった。ならば武術面で秀でているのかと思ったがそうでもなかった。なぜなら今までの記録は確かに平均よりは良いものだったがどう考えても個性抜きの伏黒よりも記録が低いからだ。再度緑谷の顔を見る。すると、先ほどとは打って変わって覚悟を決めたような顔をしていた。

 そして緑谷は全身を使いボールを投げ飛ばす。

 

 結果、緑谷46メートル。

 

 平均よりもやや高いがその程度だった。何がしたかったのか意図が掴めずにいると。

 

「な…今確かに使おうって…」

 

 絶望した表情で緑谷はそう呟いていた。本人にとっても想定外だったことをありありと顔に表している緑谷に伏黒は益々疑問を募らせる。すると、相澤は髪を掻き上げて困惑する緑谷に近づいた。

 

「個性を消した。つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

 

「消した…!あのゴーグル…そうか!視ただけで人の個性を抹消する個性!抹消ヒーロー・イレイザーヘッド!!」

 

 聞いたことのないヒーロー名に伏黒は首を傾げながら『個性を消す個性』という特異的な個性に少しだけ興味を持てた。緑谷に対して何やらブツブツと小言らしきことを言って配置に戻る相澤を見てさらなる疑問も浮かんだ。

 

「なぁ爆豪、だったか?」

 

「あ゛あ゛ぁ!?」

 

「あいつは本当に個性が使えないんだよな」

 

「そうだっつってんだろ!?」

 

「お前とあいつは幼い頃からの付き合いなのか?」

 

「良い加減にしろよ、テメェ。口開けば質問ばっかしやがってよぉ、オイ」

 

 何がそんなに癪に触るのか爆豪は機嫌を悪そうにそれでいて律儀に全ての質問を返す。最後の言葉に関しては否定しないあたり幼い頃からの付き合いなのだろう。故に疑問に思えた。

 

「ならなんで」

 

「あ゛?」

 

「なんで相澤先生は緑谷に対して『個性を消す個性』を使用したんだ?」

 

 そう言った瞬間、爆豪は分かりやすいくらい固まり緑谷に視線を向ける。そこには先ほどと同じフォームでボールを投げようとする緑谷がいる。違う点があるとするならば

 

「SMASH!」

 

 掛け声と共に遥か彼方へと飛んでいったボールくらいだろう。相澤の方に視線をやると驚愕しながら目を見開いている。

 

「先生…! まだ…動けます」

 

 緑谷は指の痛みに涙を浮かべる。変色して腫れ上がった人差し指は明らかにへし折れている。しかしへし折れた指すらも握り込み、力強い拳を作って相澤にアピールする。それを見た相澤は思わず目を見開きニヤリと笑う。指一本であれほどの威力。もし、腕一本丸ごと使えばどれ程の威力を出すのか伏黒はゾッとしながらもとても興味を惹かれた。

 

「どーいうことだ!ワケを言え!デクてめぇ!」

 

 そこに一人ブチ切れた爆豪が右手を爆破させながら緑谷に襲いかかる。流石に指一本とはいえ骨の折れている人間に襲い掛かろうとする爆豪を伏黒は蝦蟇を呼び出して動きを止めようとする。が、その前に。白い包帯のような布地がまるで生き物のように爆豪に絡み付いた。

 

「ぐっ……。なんだこの布、固てぇ……」

 

「炭素繊維に特殊合金を混ぜ込んだ捕縛武器だ。ったく、何度も個性使わすなよ……俺はドライアイなんだ。時間がもったいない、次、準備しろ」

 

 そう言うと相澤は爆豪に巻き付けていた布を外して次の種目を受ける場所に足を運ぶ。それにクラスメートは着いていく中で爆豪だけが立ち止まり焦ったように緑谷を見ていた、

 

 第六測定、長座体前屈。

 

 この種目の際に伏黒は自身の持てる最大級の大きさを誇る影絵を呼び出す。

 

「《大蛇》」

 

 影が浮かび上がると同時に長く長く伸びていく。名前の通り見た目はまんま大蛇であったが、どう贔屓目に見ても15メートルほどの大きさがあった。大蛇が現れるのと同時にクラスメートの何名かが悲鳴をあげる。蛙吹に関しては個性の都合上なのか大蛇を見た瞬間、完全に固まっていた。伏黒は配置につくと両脚を両箱の間に入れ、長座姿勢をとる。壁に背・尻をぴったりとつける。箱を押す大蛇の尾の先端を握りながら大蛇が伸びきる限界まで待つ。そして伸び切ったことを確認すると伏黒自身も伸びて測定する。

 

 結果、長座体前屈……伏黒63cm→15m64cm。

 

 相澤が結果を測定したことを確認すると。体を元に戻して大蛇を元に戻す。本来の使い方とはだいぶ違うが現在に至るまで良好な結果を得られていることに伏黒は実感を得ていた。しばらくして蛙吹の測定の際に蛙の特性を生かして舌を使って測っているのを見て、伏黒はそういう測り方もあることを知った。

 

 第七測定、持久走。

 

「この雄英は全体的に広く大きいところもうりでね。グラウンドは一周で大体1キロくらいある。今から5周、ようは5キロ走ってもらおうか。当たり前だがズルはなしだ。それさえ守ればどんな風に走っても良し。じゃあ、よーいスタート」

 

 その言葉の合図と共にクラスメートの全員は一斉に走り出した。その中でも抜きん出ていたのはやはりと言うか当たり前と言うかふくらはぎにエンジンのような器官が備わっている飯田だった。しかも、50メートルの時は加速しきれていなかったのか明らかに50メートルの時よりも早かった。

 そんなことを鵺に乗りながら考えていると、背後からエンジン音が響く。何事かと思い振り返ると後ろからバイクで走行している八百万と呼ばれていた女子生が追い縋ってきた。ご丁寧にヘルメットまでしており、これもありなのかと思い相澤に目をやる。すると、OKという意味なのか親指を突き出した。それを見た伏黒は少し精密さを欠けさせて鵺の速度を上げた。

 

 結果、持久走……第1位 飯田天哉 第2位 伏黒恵 第2位 八百万百。

 

 という結果となった。結局飯田には追いつくことは出来ず、八百万と伏黒のデッドヒートの末に同一2位という結果に終わった。途中で速度に目が行きがちで鵺の制御が甘かったことを反省する伏黒は次に生かすことを心に誓った。

 

 第八測定、上体起こし。

 

 これもこれといって特筆すべき点はなかった。初めは自身の背中に影絵の動物を挟んで行おうと思ったが、流石に現実的ではないと判断して普通に行った。

 

 結果、上体起こし……45回→47回。

 

 因みに八百万は腹筋ワ○ダーコアを作り出して62回。葡萄頭の峰田という男は地面に貼り付けた個性『もぎもぎ』の反発を生かして69回と好記録を叩き出していた。

 

 上体起こしを最後に全ての個性把握テストは終了した。トータル最下位が除籍となる。21名全員が集められてその前に相澤が立つ。隣を見ると緑谷の顔色は明らかに暗い。それもそうだった。ソフトボール投げ以降は指が折れた痛みでどれもひどい結果だったからだ。いくらソフトボール投げの記録が上位に食い込めるほど高くとも一つだけでは余りにもスコアが足りなかった。祈るように目を瞑る緑谷から伏黒は相澤に目線を向ける。

 

「んじゃ、パパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括表示する」

 

 そう言うと3Dホログラムで結果が表示される。伏黒は自身順位を確認する。すると、1位の横に伏黒の名前が記載されていた。自身が思っていた以上の結果を出せて安心しているとまた負の感情が混じった視線を感じる。それも後ろと真横から。目線を向けると明らかにヒーローの卵がしていい顔ではない状態の爆豪と鋭い目線でこちらを見てくる轟がそこにはいた。勘弁してくれと、内心愚痴りながらも21位の最下位の欄の名前を見る。そこにはやはりと言うべきか緑谷の名前が記載されていた。流石に初日とはいえ同級生がしかもクラスメートが除籍になることに気まずく感じていると。

 

「ちなみに除籍はウソな。君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

 

 相澤はハッと鼻で笑いながら結果を消す。その言葉を聞いた大半は固まり次の瞬間には『ハァーー!?』と叫ぶ。かく言う伏黒も完全に呆気に取られており、声には出さなかったが目を見開き口をひくつかせて固まっていた。しかし、八百万は

 

「あんなのウソに決まっているじゃない…ちょっと考えればわかりますわ……」

 

 と言っていた。しかし、伏黒にはそれが嘘には感じられなかった。なまじ、ヒーロー殺しとまで言われているステインと相対している身としてはあの時の除籍する、という言葉には本気の意思を感じさせるほどの凄みがあったからだ。けれど真実は誰にもわからない。目の前の教師を除いて。

 

 

「そゆこと。これにて終わりだ。教室にカリキュラムなどの書類あるから目ぇ通しとけ」

 

 そう言って相澤は緑谷に保健室利用届けを渡すとその場から去って行った。最後の最後まで掴みどころのない担任に自身がヒーローになるまでの道の厳しさを伏黒は再確認させられた。

 

 個性把握テストを終えて、雄英高校初日の生活が終わった。




感想もありがとうございます。今後も批評などどうぞよろしくお願いします。

ちなみに個性把握テストの結果は
第1位 伏黒恵
第2位 八百万百
第3位 轟焦凍

となっております。


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戦闘服、そして戦闘訓練

まさかまさかの10,000字越えですよ。長いので気をつけてください。


 食事を終えて食器を洗い仏壇に手を合わせて制服を着る。いつも通りのルーティンを行ったのちドアを開けて伏黒は歩き始める。昨日のことを考えながら個性把握テストを通して理解した自身が改善すべき点を。深く深く考える。故にこそ気づかなかった。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 幼馴染である拳藤の接近に。拳藤からすればいつも通り声をかけたが1回目は反応せずにいたため肩を叩いて声をかけたつもりだった。しかし、深い思考の海に潜っていた伏黒にとっては拳藤が突然現れて話しかけたように感じられた。咄嗟に飛び退いた後に流石にのめり込みすぎたと反省して挨拶をする。

 

「おう、大丈夫だ。おはよう」

 

「昨日どうしたんだ?朝のお前はそんな調子だし。A組はガイダンスにもいなかったしさぁ」

 

 拳藤は昨日から少しというかかなり様子がおかしかった幼馴染が少しばかり心配に思えた。困惑顔でこちらを見てくる拳藤を見て伏黒も流石にこれ以上引きずるわけにはいかないと思考を切り替えて昨日の個性把握テストについて軽く話す。すると、

 

「はぁ!?個性把握テストォ!?」

 

「ガイダンスなんてしている意味ないからってA組だけやらされた」

 

「何それ超おもしろそう!」

 

 拳藤は普段の頼れる姉御を思わせる雰囲気を消して年相応の反応をしながら目を輝かせていた。そんなに楽しみか?と思いながら拳藤の最後に言った『楽しそう』という言葉には気をつけたほうがいいと説明した。

 

「え?なんで?」

 

「昨日お前と全く同じこと言った奴がいてな。その言葉をきっかけに個性把握テスト最下位者には除籍っていう特典がつくようになったよ」

 

「はぁ!?」

 

 今度の反応には驚愕と伏黒に対する若干の猜疑心が込められていた。伏黒も疑うのも無理はないと思えた。いくら自由な校風とは言えど除籍はやりすぎだと世間一般ではそう思える。ただし、もし払い落とすための行為だとしたらよくできていると伏黒が思っていると。頭を抱えた拳藤がそこにはいた。

 

「大丈夫か?」

 

「え?結局出たの?その除籍者」

 

「出てない。合理的虚偽だって」

 

「なんだよー!脅かすなよー!」

 

 除籍者が出てないことを確認するとすっかり肩の力が抜けて安心した顔でため息を吐いてその後にケラケラと微笑んだ。しかしそれでも伏黒は忠告する。相澤を、プロヒーローを前にした一個人としての助言を。

 

「確かに除籍者は出なかった。だけど、拳藤。舐めないほうがいい。うちの担任が最下位を除籍するって言った時、ステインみたいな真剣さを感じる凄みがあった。やるからには全力でやったほうがいい」

 

 そう言うと拳藤は苦虫を噛み潰したような顔をした。自身が理由とは言えコロコロと顔色を変える拳藤を見て伏黒は情緒不安定な奴だ、と思っていた。少しだけ悩むような素振りを見せると拳藤は顔を上げて伏黒と目線を合わせて礼を言う。

 

「サンキュー伏黒。今度なんか奢るわ」

 

「いらねぇよ」

 

「ていうか心配くらいしてもいいだろうがよー」

 

「そんなもん必要ねぇだろ。お前の個性なら握力やらソフトボール投げとか手を使った測定で上位か一位は狙えるだろ」

 

 伏黒の脳内に思い浮かぶのは自身と軽い会話をしながら個性抜きで胡桃の硬い皮を指先の力だけで砕いたあの光景だった。伏黒のぞんざいな扱いに拳藤は「なんだよ、なんだよー」とブーブーと文句を垂れる。そんな様子を見た伏黒は心配しない理由を「それに」と言った後に付け加える。

 

「お前の実力の高さに関しては俺がよく理解している。だから、お前なら出来る」

 

 伏黒は顔を逸らしながらそう言った。言い切っておきながらなんだが、伏黒にとっても真正面から相手を認めて褒めて励ますことは初めてだったため、かなり恥ずかしかったのだ。伏黒の言葉にキョトンとした顔を浮かべる拳藤。しばらくしてから伏黒の言葉の意味を噛み砕いて飲み込み少しずつ頬が緩んで気分と共に上に上がっていき、思わず抱きしめる。

 

「お前は本当に素直じゃないなぁ!」

 

「やめろ!触るな、抱きつくな!撫で回すな!」

 

「いいじゃないか。これくらい!」

 

 そう言いながら拳藤は少し顔を赤くした伏黒の頭を撫でくりまわす。恥ずかしく思いながらも流石に鬱陶しく思え始めた伏黒は咄嗟に引き剥がそうとする。が、筋力面では伏黒よりも拳藤の方に分があるうえに個性の都合も相まってどう足掻いても勝てないのだ。真正面から抱きついてきたとはいえ抱きしめるが絞技になっていったため伏黒からしても少しだけ苦しかった。故に抜け出すと同時に伏黒はその場からも脱出した。後ろから聞こえた「じゃあな〜」という声を聞きながら伏黒にとっての1日が始まった。

 

 

 午前中は必修科目である普通の授業が行われる。この授業を行う教師たちですらプロヒーローの面々なのだから、雄英には驚かされる。因みに数学がエクトプラズムというヒーローで英語が入試の際に説明を行なっていたプレゼントマイクという教師だった。そこまで高望みをしていたわけではないが教え方や内容は普通だったことは少しだけ拍子抜けだった。昼頃には道中でばったりと出くわした拳藤と共に食事を済ませた。食事の面ですら手抜かりの無さぶりに雄英の倍率が高すぎるのも納得ができた。

 

 そして午後のヒーロー基礎学。

 

「わーたーしーがー!普通にドアから来たー!」

 

 テレビで1日に一回は聞くほど聴き慣れた声がドアを力強く開いた。知ってはいたがドアから現れたのはオールマイト。筋骨隆々の肉体と力強く跳ね上がった二つの前髪、明らかに生まれる世界線を間違えたであろう画風の違い。それを見た瞬間、クラスが一気に沸きたった。

 

「「「おおおおおおおおおお!!!」」」

 

「オールマイトだ……!!!」

 

「すげぇや!わかってたけど本当に先生やってるんだな!」

 

 意気揚々と鼻歌混じりに教壇へと近づくオールマイト。そして教壇の前に立つと手に持っていたプレートを突き出す。そのプレートには『BATTLE』と書かれていた。

 

「今回の授業で行うのは〜、こちら!戦闘訓練!そしてそいつに伴って入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえたコスチューム!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、クラスの盛り上がりのボルテージが増して中には喜びのあまり立ち上がるものもいた。かく言う伏黒も胸を高鳴らせていつの間にか笑みを浮かべていた。すると、教室の壁が迫り出して、戦闘服コスチュームが入っている番号の書かれたロッカーが現れる。

 

「着替えたら、順次グラウンドβに集まるんだ!」

 

「はーい!!」

 

 それぞれコスチュームを受け取ると目を輝かせながら更衣室へと向かっていった。

 

 

 更衣室でケースを開けると、要望に沿って完璧に作り上げられたコスチュームが入っていた。胸と首元にある金色のボタンを除いて上下共に黒寄りの紺色の服。そうとしか言いようのないものでどこか制服のようにも見えた。赤髪の切島は「地味じゃね?」と割と遠慮なしに言ってきた。軽く物申したくなったが、面倒に思い無視をした。確かに見た目は地味だが機能性を重視したもので通気性はいいが燃えにくく濡れにくい。その上防刃、防弾性能もあると言う優れものなのだ。最後に腰にベルトとポーチをつける。着替えを済まし、駆け足でグランドに出る。

 一年A組の生徒達はそれぞれがあらかじめオーダーしていたコスチュームを身に纏い、グラウンドに集合した。見た目は人それぞれ。武器の様なモノを搭載している者もいれば、伏黒同様普通の私服とあまり変わらない格好の者もいる。しかしそのどれもが自身の個性に最適な形をしていることを意味している。オールマイトは生徒達のコスチューム姿を見ながら嬉しそうに言った。

 

「格好から入るってのも大切なことだぜ少年少女!自覚するのだ。今日から自分は、ヒーローなんだと!さあ始めようか有精卵ども!!」

 

 最後に入ってきた緑谷を見た伏黒が真っ先に思ったことは。

 

「オールマイトみてぇ」

 

「えー!?そ、そうかなぁ……?」

 

 目を泳がせながらしどろもどろに告げるあたり伏黒の予想は当たっているのだろう。実際、緑谷の見た目はエメラルドグリーンを基調としたジャンプスーツで白いラインが入ったシンプルなデザインだった。そして特徴的なのは二つの触角のようなオールマイトの髪型を思わせると布地と笑顔を模した形状のマスクだった。

 

「まあ、いいんじゃねぇか?」

 

「ふ、伏黒くんこそ。黒を基盤とした服が、その、えっと、あー、かっこいいよ!」

 

「無理して褒めんな。地味なのは自覚してる」

 

「あ、デクくんに伏黒くん」

 

 互いにコスチュームについて指摘しあっていると声をかけられる。声からして恐らく麗日お茶子だろう。声のした方に目線を向けると軽くギョッとした。頭はヘルメットのようなものを被っているのだが、問題はその下。採寸でも間違えたのかボディーラインを強調するようなボディースーツにも似た格好になっていた。

 

「なんつー格好してんだよ」

 

「いやぁ…… 要望ちゃんと書けば良かったよ~。パツパツスーツんなった」

 

 照れ臭そうに頭をかくあたり本人も恥ずかしいことはわかった。要望通りの格好でないことに安心しながら緑谷に視線を向けると顔を赤くしながらワタワタしていた。すると、足元を軽くノックされたためそこに視線を向けると。コスチュームも相まって葡萄にしか見えない峰田がそこにはいた。訝しみながら峰田を見つめると親指を突き出して、

 

「ヒーロー科最高」

 

 そう告げてきた。言いたいことはわかるがあけすけだなと思いながら伏黒は

 

「おう、そうだな」

 

 と、適当に答えた。何やら驚愕した顔でこちらを見てくる峰田を置き去りにして前に出る。全員そろったことを確認したオールマイトが話し始めた。

 

「さあ、戦闘訓練のお時間だ!君らにはこれから敵組とヒーロー組に分かれて2対2の屋内戦を行ってもらう」

 

「基礎訓練もなしに?」

 

「その基礎を知るための実践さ。ただし、今回はぶっ壊せばOKなロボじゃないのがミソだ」

 

 そらそうだな。と伏黒がオールマイトの言葉に納得していると。

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

 

「ぶっ飛ばしてもいいんすか?」

 

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか?」

 

「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか?」

 

 矢次に質問を飛ばす生徒達。ちなみに上から八百万、爆豪、麗日、飯田の順番だ。いくら平和の象徴と謳われるNo. 1ヒーローのオールマイトも雄英では新人教師。経験のないことをすれば当然のごとく。

 

「んんんん〜〜〜!聖徳太子ィィィ~!」

 

 対処に困らせる。セリフ的に「いきなりたくさん質問されても困るよ」的な意味合いなのだろうかと場違いなことを考えている間にオールマイトは今回の授業の説明をする。

 

 屋内での対人戦闘訓練であった。生徒は『ヴィラン組』と『ヒーロー組』の2対2のコンビに分かれて屋内戦を行う。 

 

 状況設定は『ヴィランがアジトに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている。ヒーローは制限時間内にヴィランを捕まえるか核兵器を回収する事。ヴィランは制限時間まで核兵器を守るかヒーローを捕まえる事』である。核兵器の回収はタッチする事。捕まえるには捕縛テープを相手に巻き付ける必要がある、との事だ。ここまでカンペを読んで喋っているあたりオールマイトも新米なのだと考える伏黒。そしてふとあることを思い出す。

 

「2組なら1人余りますけどどうするんですか?」

 

「その辺は大丈夫。相手側は少しだけ難しいかも知んないけど3対2で行ってもらうよ!」

 

「わかりました」

 

 とりあえず納得した伏黒が下がると、オールマイトは他にも質問がないかを確認する。特に確認できなかったためオールマイトは何処からか箱を取り出して皆にクジを引かせていく。結果はご覧の通り。

 

A:緑谷、麗日

B:障子、轟

C:峰田、八百万

D:爆豪、飯田

E:芦戸、青山

F:口田、佐藤

G:上鳴、耳郎

H:常闇、蛙吹

I:尾白、葉隠、伏黒

J:瀬呂、切島

 

 伏黒の番が来た時に引いて出た番号は『I』だった。コンビが決まるとオールマイトは次に箱に手を突っ込んで最初の対戦カードを決める。

 

「最初の対戦カードはこいつらだァ!!AとD!!AがヒーローでDが敵だ!他の者はモニタールームに向かってくれ!」

 

「「「「はい!!」」」 」

 

 オールマイトの指示通りAとD以外の生徒はモニタールームに向かった。そして、本当の意味でこの授業が開始した。

 

 第一戦目、Aチーム緑谷、麗日 vs Dチーム爆豪、飯田。

 

 結果はAチームの勝ち、なのだが。勝ったチームがボロボロで負けたチームがほぼ無傷という結果で終わった。試合内容は一言で言うならば『危険』もしくは『壮絶』これに尽きた。麗日と飯田の戦闘では核を巡った鬼ごっこであったが、緑谷と爆豪の戦闘は終始、爆豪が殺気を放ち正直殺すのではないか?と疑問に思うほど荒れていた。特に爆豪がサポートアイテムを用いて緑谷を建物の一角諸共爆破した時は一時中断すべきとの声が出たほどだった。最後の最後で緑谷が機転を聴かせて麗日をサポートして麗日はそのサポートを生かしきって見事に核を手に入れていた。

 

 思った以上に荒れていたため自身も気を引き締めようと思っていると。

 

「次の対戦カードはこれだァァ!BとI!まさかまさかの推薦1位と実技1位の戦闘だァ!Bがヒーロー役、Iはヴィラン役だ!さっきのチームの反省点を生かして頑張ってくれよなァ!」

 

 思っていた以上に早く自身の出番が来ていた。伏黒がBチームに目線を向けると轟と目がかち合う。轟は測るように目を細めるとチームメイトの元へと向かった。伏黒もチームメイトに呼ばれて建物へと向かっていった。

 

 

 所定の場所について核を設置する。そして互いの情報をすり合わせるために自己紹介をする。

 

「はいはーい!私の名前は葉隠透(はがくれとおる)!個性は見ての通り透明化!葉隠もしくは透、あだ名でもいいから好きな方で呼んでもいいよ!」

 

「じゃあ次は俺で。俺は尾白猿夫(おじろましらお)。個性はご覧の通り尻尾。一応、尻尾を交えた近接格闘が得意だ。よろしく頼む」

 

「わかった。よろしく葉隠、尾白。俺は伏黒恵。個性は影絵」

 

「「影絵?」」

 

「ああ、見せた方が早いか」

 

 伏黒はそう言うと手で犬を形どり、「《玉犬》」と言う。すると、影が蠢きながら白と黒の二種類の犬が形作られる。それを見た2人は驚き、葉隠は玉犬に手を伸ばそうとする。

 

「こんな感じだ」

 

「凄〜い!ねぇねぇ、触っていい!?」

 

「嫌がらない程度ならな」

 

 やったー!と言いながら玉犬を撫で回す葉隠を見ていると尾白も撫でたそうにこちらを見てくる。特に断る理由もないため玉犬・白を足元まで呼ぶとお座りさせて尾白に差し出す。そして撫で回している2人を見ながら作戦会議をする。

 

「取り敢えず。お前らどちらか2人の個性について知らないか?」

 

「轟くんと障子くん?私、障子くんは知らないけど轟くんなら知ってるよー」

 

「なんだ言ってみてくれ」

 

「えっとねぇ。個性把握テストで氷を使ってた!50メートル走とかでは氷を次々重ねて高速で移動してたよ!」

 

 腹をみせた玉犬・黒の腹を撫で回しながら轟の個性についてわかっていることを言う葉隠。それを聞いた伏黒は現状分かっている情報だけで轟の個性について軽くまとめてみる。

 

「なら氷の操作か生成系の「あ、でも。作った氷に手を当ててジュワーって溶かしてたよ?」……なら温度を操作する個性か?まだ不明だが、暫定的に温度操作ということにしよう。葉隠、ありがとう」

 

「どーいたしまして!」

 

 そう言うと再度玉犬・黒の腹に顔?を突っ込んで匂いを堪能し始めた。次に尾白に顔を向ける。尾白は玉犬・白の顎を撫でてたが伏黒の視線に気づいたのか「ゴホン」とわざとらしく咳をしてから伏黒と向き合う。

 

「轟のは言ったから。障子のだよな?よくわからないけど肩から生えた2対の触手の先端に、腕とか複製してたな。後、喋る時は口とかも複製してた」

 

「体の一部を作る個性?取り敢えずありがとう尾白。後、そろそろ始まるから立ち上がろうな?」

 

 そう言うと尾白と葉隠は惜しむように玉犬から離れる。玉犬も立ち上がるといつでも戦えるように準備をする。するといきなり葉隠が手袋もブーツも脱いぎ始めた。

 

「これでよし!じゃあ私3階に行ってチャンスがあったら捕まえてくるね!」

 

「あ、ああ、わかった。伏黒、葉隠の奴手袋とった途端に見えなくなったけどまさか服着てないんじゃねぇのか

 

「そりゃあねぇだろ」

 

 実際は尾白の予想通り葉隠はここにくるまで手袋とブーツ以外は何も身につけずに全裸であった。しかし、外で公衆の面前で全裸など狂気の沙汰であると伏黒は尾白の意見を完全に否定する。葉隠がその場から離れようとした瞬間。

 

「「バウ!」」

 

 玉犬が2体同時に吠えた。次の瞬間、足元が天井が壁が凄まじい勢いで凍りついていくのがわかった。

 

「跳べ!」

 

 伏黒は跳びながら咄嗟に叫ぶ。尾白は咄嗟に跳ぶことで足が凍りつくのを回避できた。しかし、葉隠は突然の出来事に反応しきれない。このまま足が凍りついて身動きが取れなくなる、はずだった。瞬時に動いた玉犬が葉隠を跳ね飛ばすことで葉隠はなんとか氷結を回避できた。一瞬だけ放心した葉隠はすぐに正気に戻りこちらに駆け寄る。

 

「ごめん!伏黒、尾白、大丈夫!?」

 

「全員無事だ。だけど玉犬は捕まった」

 

 自身と尾白の無事を葉隠に報告した後に玉犬が捕まったことを告げる。伏黒の視線の先には足首あたりまで足が凍りついた玉犬・白の姿がそこにはあった。寒いからか痛いからか「クゥ〜ン」という鳴き声をあげる玉犬。

 

「ごめん伏黒!」

 

「大丈夫だ解除すれば戻る」

 

 そう言った後に伏黒は玉犬・白を影に戻るよう指示を出そうとする。しかし、その直前であることを思いつく。失敗すれば負けは確実だが相手の対応次第ではほぼ間違いなく勝てる策を。解除をやめて尾白と葉隠に向き直る。玉犬を戻さずにそのままにしている伏黒に疑問を覚えていると。

 

「お前ら。俺の策に乗ってみないか?」

 

 伏黒は先ほど浮かんだ計画を2人に話した。

 

 

「凄まじいな……轟」

 

「そうか」

 

 驚嘆にも似た障子の言葉にそっけなく返す轟。2人は今氷の迷宮と化した建物の中を散策していた。氷を使う轟にとって氷の道は慣れたものだが慣れない障子にとっては注意しなければ何度か足を滑らしかけるほど歩きにくい道と化していた。

 

「障子。本当に三人中二人は止まったまんまなんだよな」

 

「ああ、音からして二人とも身動きが取れない状況にある。恐らく、というかほぼ確実にお前の攻撃に囚われている」

 

「……そうか」

 

 自身の攻撃により一人を除いて捕まっているのかという質問に障子は間違いないと答える。その言葉を聞いた轟は少しだけ肩透かしを食らっていた。轟の父エンデヴァーによって何年も轟は鍛えられ続けていたとはいえ全国の選りすぐりのヒーローの卵が集う雄英の生徒がこうもあっさりと捕まったからだ。ましてや三人中一人は実技試験で1位をとっていたのだから尚更だった。一階は探し終わり二階へ向かおうとした時、

 

「轟!来るぞ!」

 

 障子がとある方向を見て身構える。轟もその方向へと視線を向けると真っ直ぐと此方へと直進してくる伏黒の姿があった。それを見た轟はため息を吐いた。

 

「策が無くなったから自暴自棄か?」

 

 そう言うと同時に右半身を起点に大量の氷が殺到する。普通のヴィランであればこの時点で詰みであるが伏黒は殺到してきた氷を足場にして回避する。それを見た轟と障子は驚愕して動きが鈍る。その隙をついて伏黒は轟の鳩尾に向けて全力で拳を放つ。

 

「ガッ!」

 

「轟!クソッ!」

 

 激痛にうずくまる轟を見て立て直した障子は自前のガタイを生かし、伏黒を捉えるべく突っ込む。が、

 

「隙だらけだぞ?」

 

 相手の勢いを利用して人中に向けて拳を放ちぐらついた障子に向けて蹴りを放ち距離を取る。

 

「俺だけなら倒せると思ったか?」

 

 そう言いながら相手の動向を伺う伏黒。立ち直った二人を見た伏黒は再度攻撃を仕掛ける。そこからは乱戦が続いた。障子が肉弾戦で挑むが技量面で抗う伏黒。轟も氷を飛ばして援護しようとしたがそのたびに伏黒が障子を盾に攻撃をさせないように行動する。焦ったく思った轟が遠回りしてその場から離れようとしたがその前にサポートアイテムの閃光弾で身動きを封じる。三人の一進一退が続く中、均衡が崩れた。

 

「捕まえたぞッ!伏黒!」

 

 放たれた蹴りに耐えた障子が伏黒の足を掴む。掴まれた伏黒は驚きのためか目を白黒させる。足元を見ると障子の足元の氷が不自然に盛り上がっていた。轟が障子のタイミングに合わせて障子の足元の氷を競り上げることでブレーキとなったのだ。足を掴んだまま障子は伏黒を加減して壁に叩きつける。

 

「ガッ」

 

 加減していたとはいえあまりの衝撃に一瞬だけ息が詰まる。そして轟はその隙を見逃さなかった。伏黒に駆け寄り右肩に触れて凍らせる。全身を氷に覆われた伏黒は身動きを封じられた。

 

「拍子抜けだって言ったが前言撤回だ。対人戦強すぎんだろッ」

 

「強いって言うよりも上手かった。俺を何度も盾にされたりして最後の方でしか本領を発揮できなかった。轟、急ぐぞ。思ったより時間を取られた」

 

 そう言いながら少しボロボロになった轟と障子はそのままその場を離れようとする。すると、

 

「もういいぞ」

 

 伏黒がそう言った。どう言う意味か問うべく轟が伏黒に近づく。次の瞬間、伏黒の影から飛び出たナニカの鋭い打撃に轟は顎を撃ち抜かれ一撃で意識を闇の中へと落とした。

 

「なっ!?どういうことだ!」

 

「答え合わせはお前が起きたらするよ」

 

「それはどう言ゔっ」

 

 伏黒の言葉に対して問い詰めようとして言葉を発そうとしたが首筋に強い刺激が走った。くらむ視界の中振り返ると宙に浮かんだスタンガンがそこにはあった。

 

『ヴィランチーム、WIN!』

 

 オールマイトの声が建物全体に響き渡り……伏黒・葉隠・尾白チームは勝利した。

 

 

「おーい轟少年、障子少年。目が覚めたかい?」

 

 その声を聞いて轟と障子は少しずつ意識を覚醒させる。目の前にいたオールマイトに戸惑いながら先ほどまでの思い出して苦虫を噛み潰したように表情を歪める。

 

「オールマイト。俺たちは負けたのか?」

 

「うんそうだね。君たちが気絶してから大体4、5分程度かな」

 

「……そうか」

 

 障子と轟は再度突きつけられた現実に再度頰を歪ませる。そして自身がなぜ負けたのかを轟は問う。するとオールマイトは、

 

「それを今から説明する。だから、おいで。立てないなら肩貸すよ」

 

 差し出された手を二人は握ると立ち上がり大丈夫なアピールをする。それを見たオールマイトは大丈夫だと確信すると二人をグラウンドへと案内する。するとそこでは「ドンマイ!」やら「あんなの誰もわかんねぇし騙されるよ!」と言った声で出迎えられた。

 

「じゃあ!Iチームが何をしたのか見てみようか!」

 

 そう言うとスクリーンに氷で覆われた部屋が映し出された。

 

 

「お前ら。俺の策に乗ってみないか?」

 

 伏黒は先に行こうとする葉隠を引き止める。自身が浮かんだ策を説明するために。

 

「策って何?っていうか、白い玉犬ちゃんを元に「元には戻さない」……へ?」

 

「玉犬はこのまま囮にする」

 

 伏黒は自身の影で作り上げた玉犬を囮にすることを提案した。その言葉を聞いた尾白と葉隠は一瞬固まる。そしてすぐに伏黒の提案を却下する。流石にヒーローの卵が足凍らせた犬を放ってはおけないと。伏黒はその反応をあらかじめ予想していたためこれは自身の影でできているもので怪我しても自身の影に戻れば元に戻ると説明する。そう言うと二人は渋々ながら落ち着く。それを見た伏黒は自身の案を説明する。

 

「まず、二人には俺の影に入ってもらう」

 

「ちょっと待って。そんなこと出来るのか?」

 

「出来る。気になるなら触ってみろ」

 

 伏黒の言葉におずおずと伏黒の影に触れる。すると、二人の手が伏黒の影に沈んでいった。「うおっ!」と二人が飛び退くのを見ると説明を続ける。

 

「俺が今から単騎で二人に挑んで捕まる。そしてその時に轟と障子を倒して欲しい」

 

「あっちから影に侵入されることはないのか?」

 

「俺が許可しなきゃ入れないから平気だ」

 

「えーっと。私、そもそも男2人不意打ちで一撃で倒せるほど逞しくはないよ?」

 

「なら、俺のサポートアイテムのスタンガンを貸してやる」

 

 自身の案を聞いた尾白と葉隠はそれぞれ侵入されることはないのか、倒すにはどうすれば良いのかと質問していく。侵入に関しては許可なしでは侵入できないと説明すると尾白は納得して、倒す方法としてスタンガンを渡すとわたわたとしながら葉隠は受け取った。

 

「障子がいる以上早めに決めて欲しい」

 

 そう言うと尾白と葉隠は「頑張ってくれ」や「失敗したら許さないからなー」と言うと次々には伏黒の影に飛び込む。それを見届けた伏黒は2人に礼を言うと悪い笑みを浮かべて轟と障子へと挑んでいった。後は伏黒の計画通りにことが進んでIチームは勝利をもぎ取った。

 

 

 視聴が終わった2人の反応は呆気に取られていた。誰も予想ができなかった。むしろ予想できるはずがなかった。影の中からヴィラン役が飛び出てくるなど。2人が悔しそうな顔をしているとオールマイトがそのまま講評を行う。

 

「今回のMVPは伏黒少年だ!理由はみんなもわかる通り見事なまでの作戦立案、そして2人に自身以外戦えるものはいないと思わせるまで粘り続けた戦闘能力と判断能力!どれも素晴らしかったぞ!」

 

 モニタールームでオールマイトは伏黒を手放しで褒める。伏黒は「ありがとうございます」と言いながら深々と頭を下げた。

 

「他にも褒めるべき人がいるぞ!わかる人!?」

 

「はい、オールマイト」

 

 AチームとDチームでも見事なまでに講評を行っていた八百万がまた手を挙げる。

 

「Iチームだと思えます。いくら合図があったとは言え、タイミングを合わせて轟さんを吹き飛ばして見せた尾白さん。そして気づかれることなく障子さんを仕留めて見せた葉隠さん。この2名も見事な対応であったと思えますわ」

 

 八百万の言葉に照れ臭そうに頰をかく尾白と葉隠。そんな様子を見たオールマイトはまたも悔しそうに八百万を褒める。

 

「くぅ〜またまた大正解だ!八百万少女!しかも今回は全員が各々最適解の動きをして見せた!仮にあったとしても視野を広げる、と言ったところかな?では、次行ってみよう!」

 

 オールマイトがそう言うと伏黒は疲れて力が抜けたのか壁に寄りかかり脱力する。屋内、高火力、動揺、この3つがなければ伏黒は負けていたことを自覚していた。それだけ障子と轟は強かった。個性上、近接面で障子が強いのは分かっていたが、轟も伏黒が想定していた以上に強かった。正直なところ負けていた可能性も十二分にあり得たのだ。ある程度疲れが抜けて次の試合を見ようと顔を上げると。目の前に轟がいた。

 

「……次は絶対に負けねぇ」

 

 強い思いを乗せた言葉をどこか悔しそうに言った。その言葉に伏黒は「おう」とだけ答える。それを聞いた轟は再度スクリーンへと向かった。伏黒も立ち上がると画面越しのクラスメートの行動を見た。




戦闘シーンがやはり難しいですね。


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戦闘訓練、そして反省会

UA 25,835。お気に入り 804件。ありがとうございます!今後もがんぱって行こうと思いますのでどうぞよろしくお願いします。


「お疲れさん!初めての訓練にしちゃあみんな上出来だったぜ!それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば!着替えて教室にお戻り!」

 

 最後の組の戦闘訓練が終わり、その講評も済むとオールマイトは生徒達にそう言い残し、目にもとまらぬ速さで走り去っていった。その速さはこの後何か用事でもあるのかと問いたくなるほどだった。各々が教室に戻る頃には下校時間になっていた。コスチュームから制服に着替えた後に教室に到着してすぐ。

 

「なあ!放課後は皆で訓練の反省会しねぇか?」

 

 クラスメイトの1人がそう提案する。声のした方に目線を向けるとそこには赤いツノのような髪がトレードマークの切島がそこにはいた。見た目通りの陽キャぶりに率先して案を出したことを納得する伏黒。

 

「あ、それいいじゃん!やろうやろう!」

 

「お、いいな。参加するぜ」

 

「あ、俺も」

 

 切島の言葉を皮切りにピンク色の肌をした女子、芦戸が手を挙げて参加を表明し、多くが参加する事になった。

 

「全員参加か?おーい、爆豪。お前はどうする?」

 

「……」

 

 切島が声をかけるも爆豪は無言のまま教室を出て行った。今日の訓練で緑谷に負けた事がよほど響いているのだろう。実際、緑谷との戦闘の後は俯いたまま一言も声を発さなかった。プライドの高い者が負けるなどのことがきっかけで起こることは二つほどあることを伏黒は知っている。

 一つ目が敗北を糧にして更なる向上に取り組むこと。こういう類の人間は中々に厄介で何度プライドをへし折っても相手を打倒すべく更に強くなり挑み続けることもある。

 二つ目は敗北をきっかけに成長も止めてしまう者。肥大化した自尊心が崩れて足を止めればまるで滑り落ちるかのように成長の伸び幅が短くなる。こうなってしまうと向上心や挑むこと自体に恐怖を覚えるようになってしまう。

 伏黒の目には少なくとも今の爆豪が後者のようにうつった。

 

「ありゃ、帰っちまった。まぁいいか。って、轟もか?」

 

「悪ぃ、今日は用事があるんだ」

 

「そうか、引き留めて悪ぃな。じゃあまた明日な」

 

 また、轟もそう言って帰った。それを見送った伏黒は自身もバックを持って出ようとする。すると、ガッツリと切島と目が合う。

 

「伏黒も!?なんか用事あんのか?」

 

「……いや、特に何もないが」

 

「なら反省会やんねぇか!?あんま時間かけねぇからさ。な?」

 

 少しだけぐいぐいと切島は伏黒を反省会に誘う。流石の伏黒もそこまで言われると断りにくくなる。少しだけこの後の時間を考え込んでから本当に特にない上に他人から見て自身はどう見えるのかを知るいい機会だと思い残ることを決める。拳藤に今回は一緒に帰れないことをLI○Eで送ると取り敢えず切島に参加することを告げる。

 

「いいぞ。よろしく頼む」

 

「おう、さっきも言ったけど長時間はやらないぜ。今回指摘されたところを踏まえればなんか見つかんじゃねぇのかって理由で集まってるわけだしな。それに伏黒もまだ話してない奴いるだろ?反省会も兼ねた交流会として打って付けだと思わねぇか?」

 

 後光が出そうなほどの陽キャオーラを引っ提げた切島の提案に伏黒は荷物を下ろして席に着くとそれと同時に反省会が始まった。立ち話でワイワイと騒いでいるようにみえるが、実際は真面目に訓練を振り返っている。見た目で案外判断できないもんだなと1人眺めていると。

 

「ところで伏黒の個性って結局なんだったんだ?」

 

 ふと稲妻模様のメッシュの入った金髪で、釣り目で眉の薄い顔のチャラ系男子生徒である上鳴が話題の矛先をこちらに向けてきた。顔を上げると何名かが顔をこちらに向けていることが確認できる。参加した以上自身の個性の説明をすべく手で犬を型取って玉犬を呼び出して説明をする。

 

「尾白と葉隠には説明はしたが、個性は影絵。手で象った動物を呼び出す個性だ」

 

「へぇー、んじゃあ。あれなの?個性把握テストで出てきたやつらもお前の影な訳?」

 

「そういうことだ」

 

「他にはいないのー?」

 

「個性把握テストで見せたのが全部だな」

 

 一通り説明すると皆が納得したように頷く。その後、芦田が玉犬を撫でていいか聞き始めたため、嫌がらない程度ながら良いと言うと女子勢を中心に一斉に玉犬へと群がった。八百万がソワソワしながらジャーキーを生成しているのを見ていると鋭い目つきに赤い瞳の黒い鳥のような風貌をした常闇がこちらに近づいてきた。

 

「なんだ?」

 

「似た者同士故に引き寄せられた」

 

「似た者同士?ってことはお前も」

 

「ああ」

 

 伏黒の予想を常闇は肯定する。すると、影のようなモンスターが腹部から現れた。思ったよりも大きいなと思いながらマジマジと観察する伏黒。

 

「これが俺の個性ダークシャドウだ。俺の中に眠る闇をエネルギーにしている」

 

『ソウ言ウコッタ!ヨロシクナ!』

 

 常闇がダークシャドウと呼ばれた影型モンスターの紹介を終えると共に流暢に喋り始めた。しかも、明らかに常闇以上に気さくに。自意識を持った個性、伏黒の玉犬なども自意識はある。しかし、喋ることはない。未だかつて見たことのない個性驚きながらもに世界は広いことを改めて確認させられていると、常闇が伏黒に向けて手を差し出す。

 

「似た個性を持ったもの同士がこうして出会えたのも何かの縁。ヒーローに至るまでの覇道を共に歩み続けようではないか」

 

「……ああ、よろしく頼む常闇。それにダークシャドウ」

 

 差し出された手を伏黒が握り返すと常闇はフッと笑いダークシャドウは『コンゴトモヨロシクナ!』と言いながら伏黒と常闇の手の上から手を握りしめる。握手を終えて手を離すと伏黒は反省会というわけで常闇、蛙吹チーム対八百万、峰田チームの話をする。

 

「そう言えば常闇。訓練で何があったんだ?訓練終了後は峰田と八百万は目に見えて落ち込んでたが」

 

「……黙秘をさせてもらう」

 

「おい待て、何があったんだ」

 

 質問した瞬間、目を背けて黙秘権を行使する常闇。墓場まで持っていくと言わんばかりの態度に流石の伏黒も困惑する。一応、口の軽そうなダークシャドウに聞いてみても『アー、ソノ、ダナァ……。マァ、オレモ秘密ッテコトデ……』と言葉を濁した。本当に何があったのか是非とも気になったがあんまりしつこいと相手にも迷惑だと思い大人しく引き下がる。すると常闇は話題を切り替えるように伏黒の話をする。

 

「しかし、俺としてはお前の作戦に驚かされた。よくあんなの思いついたな」

 

「それめっちゃわかるわー!俺なら建物凍らされて身動きが封じられかけたら焦ってなんもできねぇもん」

 

「あと、近接戦が強かったわね伏黒ちゃん。2対1でも一歩も引いてなかったわ」

 

「すまない俺も聞かせてくれないか。お前から見て俺はどうすべきだったか聞きたい」

 

 伏黒の話をしていた瞬間、上鳴と蛙吹と障子がこちらに来て割り込むように話しかける突然のことに伏黒は軽く驚きながらも運が良かっただけだと軽く受け流す。

 

「運が良かった?」

 

「どういうことなの?」

 

「あそこが動くことの限られた閉所で相手が2人いて、2番目だったからな。あそこが1番目でだだっ広いところなら俺らが負けてた」

 

 そこまで言うと上鳴と蛙吹と障子と常闇の4人とも首を傾げる。それを見た伏黒は流石に説明が足りなさすぎたかと軽く頰をかくと再度説明を開始する。

 

「多対1でやる時は必ず狭い通路とかでやるのが定石なんだよ。そうすれば相手もまともに動けないし、嫌でも1対1に持ち込めるからな」

 

「ケロ……でも、あの通路ある程度広かったわ。それこそ2人同時でも通れるほどに」

 

「そこは障子の巨体を利用した。そうすることで轟の氷結を防いだ。障子に関しては1回目で爆豪が高火力ぶっぱで建物を破壊したことで『建物の破壊はヒーローチームから見ても良くない』って思うだろうから率先して挑んでみた。そしたら案の定、動きにくそうにしてたよ」

 

 そこまで言うと蛙吹は納得したのか感心したように頷く。そしてその後に多々ある腕の一部を口に変えた障子が伏黒に問いかける。

 

「……つまり。俺があの時すべきだった行動は多少建物を破壊してでもお前を攻めるべきだった、と?」

 

「そう言うことだ」

 

「なるほど参考になる」

 

 実際のところ障子が建物の壁を破壊して戦うフロアを広くされていたら負けが濃厚になっていた。伏黒としてもあんだけ喧嘩三昧の日々を送っておいてその経験を生かせずに負けようもんならそれはそれでショックを受けていただろう。すると今度は常闇が質問をしてきた。

 

「もし、2人が離れたらどうするつもりだったのだ?それこそ計画がご破算だったのではないか?」

 

「そこは俺が一人一人相手取るつもりだったよ。万が一核にたどり着いたとしてもそこは玉犬たちに対応してもらうことにしてた。戦闘になればいやでも建物に戦闘の余波が響くだろうからな」

 

「そこまで考えてたのか……」

 

 目を見開き驚く常闇を見た後に玉犬達の様子を見る。するとそこには力なく横たわる玉犬とそれを撫で回すクラスメイトの姿があった。「ケテ……タスケテ…」と言いたげな目でこちらを見てくる玉犬をガン無視していると切島が緑谷について話題を上げる。

 

「そう言えば緑谷はまだ保健室だしな。大丈夫かよアイツ・・・」

 

 第一回戦の際、緑谷の右腕は個性を使った反動でボロボロになり、更には左腕が爆豪の個性の『爆破』によって火傷と裂傷を負っていた。どちらの腕もボロボロになっている。試合後、気を失った緑谷はすぐに保健室へと運ばれたのを伏黒やクラスメイトは見ていた。その話が話題に上がると他のクラスメイトも心配し始める。すると、扉が開いていく。クラスメイトのほぼ全員が視線をそこに向けるとギプスを付けた緑谷が入ってくるのが確認できた。

 

「おぉ~緑谷来た!お疲れ!」

 

 切島を筆頭に何名かのクラスメイトは緑谷が戻ってきたのを見ると、今度は緑谷の方へ向かった。そして今回の緑谷の活躍を褒め称える生徒達。緑谷は若干戸惑いながらそれらに対応していたが、爆豪がいないことに気付くと急いで教室から出て行ってしまった。そして校門の前で爆豪に追いつくと何やら話し始めた。伏黒は一区切りついたのか話終わり帰っていく爆豪を見て心配事は杞憂であると思った。それを見届けた伏黒はバックを持って席を立つ。

 

「あれ?もう帰るの?伏黒」

 

「悪りぃ。家帰ってメシつくんねぇといけねぇから」

 

「そうか、もうそんな時間か。よしわかった。伏黒また明日なぁ!」

 

 切島が手を振って伏黒に別れを告げると伏黒も「おう」とだけ答える。目があった常闇や蛙吹にも軽く手を振ると2人とも同じく手を振って答えた。そしてそのまま教室を出て家に帰宅する前に食材を購入してから入学二日目はこれで終了した。

 余談だが伏黒は個性の発動効果範囲に出て自身の影に玉犬が戻ってくるまで玉犬を置いて行ってしまったことを忘れていたと言う。

 




伏黒くんにとって相性の悪い個性は増強型や硬化系です。故に切島くんとかめちゃくちゃ相性悪いです。


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反省会、そして遭遇

この間見たら日間ランキング46位になってました。ありがとうございます!そして皆さん普段から誤字報告もありがとうございます。


 入学三日目の朝。問題なく雄英に到着できた。ただ、ここに来るまで、というか現在進行形で一緒にいる拳藤に道中で「あんた……友達できたんだねぇ…」と母親面された上によよっという泣き真似までされて少し腹が立ったことを除けばいつも通り平凡な日常だ。すると、

 

「教師としてのオールマイトはどんな感じですか?」

 

 1人のマスメディアが伏黒にマイクを持って声をかけてくる。いきなりの出来事に少し驚かされたが考えてみればあのオールマイトが教師となった事は日本全国を驚かせ、大きな話題となったことは今朝の新聞を読んで把握している。前の方を見ると包囲網と言わんばかりの数のカメラとアナウンサーがいた。逃げ切るのも手間だと思った伏黒は、

 

「時間ないんで一言だけでいいですか?」

 

「はい!勿論です!」

 

「意外と素人臭いところもありますけど、たまに経験談も交えて話してくれるんで良い先生だと思いますよ」

 

 とだけコメントする。しかし、それが悪手であったのはカメラと共に詰め寄りながら話しかけてくるアナウンサーを見て悟る。隣を見るといつの間にか拳藤にもマイクを突きつけており、拳藤の顔は苦笑いを浮かべているが内心イラついているのが長年の付き合い故に手に取るようにわかった。

 

「どんな感じに!?どんな内容ですか!?」

 

「あの、一言だけと」

 

「そこを何とか!」

 

 余りにもしつこすぎてうざったくなった伏黒は拳藤の手を握りしめて走り出す。突然手を握られた拳藤は目を白黒させていたが伏黒はそれに気づかず雄英の門を通過した。手を離して拳藤の顔を見ると少しだけボーっとしていたので顔の前で軽く手を叩いて目を覚まさせる。「うおっ」と驚きながら上体を逸らした拳藤は申し訳なさそうに笑うと礼を告げた。その後、クラスが違うため途中で別れて伏黒は教室に入室する。

 

「おはよう。伏黒ちゃん」

 

「昨日ぶりだな。友よ」

 

「おはよう。伏黒」

 

 ついてすぐに先日連絡先を交換した蛙吹と常闇と障子が話しかけてきたため軽く駄弁る。すると、相澤が教室に入って来た。それぞれが席に戻り着席すると相澤は手元の資料を軽く整えた後に話し始める。

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった。爆豪、お前もうガキみたいなマネするな。緑谷、個性の制御が出来ないから仕方ないじゃ通さねえぞ。俺は同じ事言うのが嫌いだ。個性の制御さえ出来ればやれる事は多い。焦れよ緑谷」

 

 そして、爆豪の行動と緑谷の個性の制御に対して苦言を呈した。指摘された爆豪と緑谷はそれぞれ俯き、焦燥に駆られていたが少なくとも伏黒の目には諦めが一欠片とも確認することはできなかった。2人を確認した後にタフな奴らだと思いながら前を向き、相澤の話を聞く体勢を取る。

 

「さて、HRの本題に移ろうか。急で悪いが君たちに……」

 

 話し始めた相澤からゴゴゴッという効果音が聞こえて来そうなほどの威圧感を感じる。また、除籍ありきの個性把握テストのようなものを行うのかとクラスメイト全員が身構えていると。

 

「君らには学級委員長を決めてもらう」

 

(((学校っぽいの来たー!)))

 

 割と学校ぽいイベントにクラスメイトがホッとしながらも心の中で声を上げる。安心してすぐに皆が一斉に手を挙げて立候補し始めた。本来ならば普通科など通常の学科であれば集団を導く学級委員長という役職は雑務としてみなされ誰も手をあげることはない。しかし、ここはヒーロー科。集団を導くという面においてはトップヒーローとしての素質を問われることがあり、ヒーロー科の生徒からは人気が高いのだ。一人一人、というか伏黒を除く全員が自身をアピールする。一人だけ「女子全員膝上から30cm!」とかいうクソみたいなアピールをする葡萄(峰田)を除けば一通りまともなことを言っていた。すると、

 

「静粛にしたまえ!」

 

 皆が我も我もと立候補する中、飯田の声が轟いた。皆が一度アピールを止めるほどハッキリとした声は教室に響いた。彼曰く、やりたいからなれるのでは無く、周囲の信頼があってこその職務とのこと。故に投票式の多数決で臨むべきだと。伏黒は素直に感心した。立派だと思えた。ただし、

 

「その聳え立つ右手がなければもっと立派だったよ」

 

「伏黒の言う通りだ!何故発案した!?」

 

 多数決を望みながら学級委員になりたいと言う意思が全く隠せていない飯田に対して伏黒を筆頭に様々なツッコミが突き刺さる。ただ内容としては割と正論だったためか相澤は早く決まれば良いと飯田の意見を採用すると寝袋に入って二度寝を実行した。マジかこの教師、と戦々恐々としつつも配られた紙に名前を書く伏黒。伏黒はこの場をまとめ上げた手腕、咄嗟に意見ができるその姿勢から飯田を選んだ。そして結果は、

 

「僕、三票ーーー!!?」

 

 まさか自身が選ばれると思っていなかったのか結果を見て驚きの声をあげる緑谷が学級委員長に選ばれた。黒板に記された他の票を見ると。伏黒、麗日、轟、八百万、緑谷を除く全員が一票ずつ綺麗に入っていた。因みに伏黒、轟、麗日が0票で八百万が2票、緑谷は叫んだ通り3票だった。この結果に憤る爆豪を尻目に飯田が黒板を凝視していた。

 

「い、1票!?一体誰が!すまない、名も知らない誰か!君の期待には応えられなかった!」

 

「他に入れたのね……」

 

「お前もやりたがってたのに……何がしたいんだ飯田…」

 

 八百万と砂藤が呆れた様にそう言っていたが伏黒からすると多数決って自身に入れられるのか?と疑問に思っていた。取り敢えずは委員長が緑谷、副委員長が次点で票の多かった八百万ということになった。1人を除いてこの結果に誰も文句を言わずに委員長決めは終了した。

 

 

 午前の普通科目の授業が終わった昼休み。伏黒は真っ先にランチラッシュの経営する食堂へと向かうとメニューの中でも比較的安い日替わり定食を注文して適当に空いている席に着く。実の所、伏黒は昼食の時間を何よりも楽しみにしている。ランチラッシュの料理はクックヒーローの名に恥ないほどの腕があり、自身が普段作る料理よりも何倍も美味かったりするのだ。今回のメニューは白米、ほうれん草の胡麻あえ、焼き鯖、味噌汁だった。少しにやけそうな衝動を抑えながら手を合わせた後に箸を手に取り食べようとした時、

 

「ケロ、お隣いいかしら?伏黒ちゃん」

 

「ならば俺は前を良いか伏黒よ」

 

 食べようとした手を止めて独特な呼び方をする男の声と枕詞にケロとつける声のした方に目をやる。すると予想通りそこには蛙吹と常闇がそれぞれの昼食を持って現れた。因みに蛙吹は自作なのか弁当だった。

 

「いいぞ」

 

 断る理由もなかったため問題ないことを告げると先程言っていた通り蛙吹は隣に常闇は真正面に座ってきた。誰かと食事するということ自体、幼馴染以外を除けば片手で数える程度しかない伏黒にとって実質誰かと食事は初体験なのだ。話の話題の振り方に難儀していると。

 

「そういえば伏黒ちゃん。0票だったけど誰かに投票したの?」

 

 蛙吹が話題を振って来た。話題を振ってくれたことに内心感謝しながらも伏黒は答える。

 

「ああ、飯田に投票した」

 

「ほう。自身に投票しなかったとは……。何故だ?」

 

「あいつが委員長らしく思えたからだ」

 

「ケロ、確かに飯田ちゃんは見た目が完璧に委員長に見えるものね」

 

 伏黒は受け取り方が少しだけ外れた蛙吹の言葉にクスリと笑いながら「そんなとこだ」と答える。すると、2人が伏黒の顔を見て軽く目を見開いていた。そんな2人に戸惑いながらも伏黒は問いかける。

 

「……なんだよ」

 

「いや、なんと言うかだな……」

 

「わたし思ったことなんでも言っちゃうの。だから、気を悪くさせてしまったらごめんなさいね、伏黒ちゃん」

 

「よっぽどな内容でもない限り気を悪くしねぇよ。なんだ言ってみろ」

 

「伏黒ちゃんって、そんなに優しく笑えるのね」

 

 蛙吹の言い分に伏黒はキョトンとした顔をすると何度か顔を揉みしだく。そして、そんな様子を見た2人は軽く笑うと「変じゃなかった」とだけ告げた。少しだけ恥ずかしくなった伏黒は軽く目を逸らしながら話の内容を変えた。

 

「あー、お前らはなんでヒーローを目指したんだ?」

 

「なんで?また、急なことを聞くのね伏黒ちゃん」

 

「まあ、だが気になったのであれば言うが単純に憧れたからだ。そんなもんだろう?ヒーローを目指す理由なんて」

 

 常闇は割と普遍的な世間一般が考えることをそのまま口にする。確かにその通りだ。常闇の言う通りそれが当たり前なのだろう。ここにいるほぼ全てが憧れを胸に抱き、夢へと向かっていくのだろう。

 

「ケロケロ、わたしはね、伏黒ちゃん。ちっちゃい頃にピンクと暗めの青色の髪の毛をした女のヒーローが活動してる姿を見て成りたいと思ったの」

 

「さぞ立派やヒーローなのだな」

 

「でもね……そのヒーローは何年も前に捕まっちゃったの……。それがとても悲しかったわ」

 

 「ごめんなさい。少しだけ暗い話をしてしまったわ」と言いながら申し訳なさそうな顔をする蛙吹に伏黒と常闇は軽く笑って「問題ない」とだけ言った。それを見た蛙吹は安心した様にケロケロと笑う。これもまた一つの形なのだろう。誰かに助けられたから。このヒーローになりたいと願ったから。ヒーローになると思えたのだろうと。なりたいにも色々な種類があることに考えさせられていると。

 

「伏黒ちゃんはどうなの?」

 

「俺か?」

 

「確かに気になるな。お前の起源が、オリジンというやつが」

 

 蛙吹は何故伏黒がヒーローになりたいと思う様になったのか聞き始めた。常闇も興味津々なのかこちらを見てそう告げた。そう聞かれて伏黒は一瞬言い淀んだが別に恥ずかしい理由でもないと思い、告げる。しかし、

 

「俺は……」

 

 ウウーーー

 

 告げようとした瞬間。突如として校内放送用のスピーカーから警報が鳴り響く。突然の出来事に伏黒や蛙吹、常闇だけで無く周りの雄英生全員がざわめく。伏黒も食事を止めて周りを見渡していると、スピーカーから避難指示が告げられた。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難して下さい』

 

「セキュリティ3?すみません、先輩。どう言うことですか?」

 

「校舎内に誰かが侵入して来たってことだ!こんなの初めてだ!ほら君たちも早く!」

 

 事態を把握するために近くの先輩らしき人に声をかける。するとどうやら少なくとも2年以上いる先輩方にとってもこの事態は始めてのことらしく。少しだけ周りが慌ただしくなって来ていた。すると、

 

「伏黒ちゃん、常闇ちゃん。侵入者ってあれのことじゃないかしら」

 

 蛙吹の指を指した場所に常闇共々目線を向ける。するとそこには何十人ものカメラやマイクを持ったマスコミ達が雄英の敷地内に殺到していた。これを見た伏黒は顔を顰めて常闇と蛙吹は唖然としていた。

 

「マスゴミ共が」

 

「ケロ、口が悪いわよ伏黒ちゃん。それにしてもとんでもないわ……」

 

「ああ、全くだ。確かに朝の道中で散々質問はされたが、まさかオールマイトのことのためだけに天下の雄英に白昼堂々と乱入するとは……」

 

 蛙吹は伏黒の乱暴な口調を諌めながらも常闇も同じように呆気に取られた様にそう呟いた。実際、今のマスコミのやっていることはヴィラン一歩手前どころか半歩入り込んでいると言ってもおかしくはなかった。食事を邪魔されて苛立ちながらも立ち上がると背後から大量の人が流れ込んできた。

 

「伏黒ちゃん!」

 

「伏黒!」

 

 流された影響で蛙吹と常闇に置いていかれたが。

 

「大丈夫だ。先に行ってろ」

 

 そう告げて伏黒も人の波に流されていった。こういう時は下手に抗わずに流れに従った方が賢い選択であることを知っているため力を抜きながら流される伏黒。途中で幼馴染に壁ドンするとかいうイベントを除けば何の問題も無く流されていった。すると出入り口の様な道が見えたため、人の隙間をすり抜ける様に縫って抜けると出入り口にたどり着いた。

 

「はぁ…。ここどこだ?」

 

 近くにあった案内図を見てここが職員室に近いところであることを知った伏黒は遠回りをして自身も外に出ることを決意する。コツコツと誰もいないが故に伏黒の足音が廊下に響き渡る。騒がしい雄英に似つかない空気の中歩んでいると。職員室の戸が開く。教師かと思い、丁度いいからこのまま外に連れてって貰おうと声をかけようとする。

 

 が、それはすぐに中断させられた。何故なら職員室から出てきた男の見た目はとてもではないがヒーローらしくなかったからだ。当然、ヴィランらしいヒーローも実在する。だが、目の前に現れたこの男は明らかに一線を画していた。雰囲気も何より見た目が異様では済まされなかった。くすんだ白い髪。そして異彩を放つ全身を死体に掴ませていたその様相(・・・・・・・・・・・・・)。明らかに異常だった。目を見開く伏黒の視線に気づいたのか男の顔がこちらに向く。

 

「はぁ……なんだよ。人がいるじゃねぇかよ。人払いは完璧じゃなかったのか?その格好からして生徒か?」

 

「お前、誰だ。明らかにこの雄英の教師じゃないな」

 

「オイオイ、ヒーローの卵が見た目で判断すんのか?なってないなぁ」

 

「舐めんな。初日に全教師の顔を覚えた。何よりお前からは悪意しか感じねぇんだよ」

 

 刺々しくそう告げる伏黒に目の前の男は指の間から見える目を細めながら「へぇ」と感心した様にこちらを品定めしてくる。その間伏黒はどうこの場から切り抜けるかを考えていた。今の伏黒に個性は使えない。というか使ってはいけない。理由は人に向けての許可のない個性の使用は初日の説明でされているからだ。ヒーローの卵がこれを破って仕舞えば慣れが起きて何度も使う様になることを抑えるためとのことだ。何より戦闘せずにこの場から切り抜けて経験豊富な教師を呼ぶのがよっぽど良いと判断したからだ。すると、何かを思い付いたのか目の前の男の顔が隠れているにも関わらず喜悦に歪む。

 

「なあ、お前今いくつだ?」

 

「……教える義理は無いだろうが16だ」

 

「そうかそうか新入生か!それはめでたいなぁ!」

 

「……何が言いたい」

 

「いやさ。ゲート壊しただけじゃあさ物足りないなぁって思ってさ。宣戦布告のためにもお前さぁ」

 

 死んでくれよ。殺意と悪意を撒き散らしながら目の前の男、いやヴィランはそう告げる。そこいらのチンピラのぶっ殺すや爆豪のぶっ殺すという言葉が希薄に思えるほど目の前のヴィランの言葉には悪意が乗っていた。そして次の瞬間。目の前にヴィランの手が迫っていた。その動きには予備動作がほぼ無く、淀みなく殺しにくるあたり何人も殺し慣れていることが窺える。が、

 

「舐めんなって言ったろうが」

 

 その攻撃がたどり着く前に伏黒は鳩尾に向けて全力の前蹴りを叩き込んで距離を取る。

 

「ケホッ……。お前……本当に新入生か?殺意向けられて動揺せずに対処とか手慣れすぎだろ」

 

「そりゃどうも。あんたこそ手抜いてくれてありがとよ。お陰で楽に避けられた」

 

 ヴィランの言葉に対して皮肉で返すと不愉快そうに顔を歪めた。そんなヴィランを見ながら伏黒は内心冷や汗をかいていた。ヴィランの個性はおそらく増強系では無く発動系なのだろう。だというのに早過ぎた。手を抜いていたから着弾前に攻撃できたが回避は難しいことを悟る。何発かはカスることを覚悟しながら伏黒は構える。

 すると、本気になったのか先程よりも数段早い速度で間合いを詰めるヴィラン。初手で指一本が頬を掠めたが特に効果は見られない。ここまで来て伏黒はヴィランの個性は麗日と同じように五指で触れなければ発動しない類の個性だと予想を立てる。その後も何度かわざと数本分の指が掠める程度には回避を遅らせて避け続ける。膠着状態が続いて内に転機が訪れる。

 

「ぁ」

 

 伏黒の放ったフックが見事にヴィランの顔面に突き刺さる。顔についていた手が飛んでいく。素顔は横を向いていて完全には見えないが引っ掻き傷なのか傷があった。どういう訳か固まるヴィランの鳩尾に上体を低くして肘鉄を叩き込む。手応えはあった。が、それは掴まれて崩れ始めた(・・・・・)肘を見て錯覚であったと悟る。近距離でアッパーを決めて咄嗟に距離を取る。様子がおかしくフラフラと手を取りに行っていることに疑問を持ちながらも様子を見る伏黒。すると、手を拾い上げたヴィランは

 

「お父さん」

 

 そう呟いた。そう呟いただけで伏黒は怖気が走った。目の前の男はヒーロー殺しとなんら変哲がないほどにヤバいヴィランであると。そう理解した瞬間、伏黒の行動は早かった。除籍を覚悟で個性の使用に踏み切った。手を犬の形に象る。影が揺めき始め伏黒は玉犬を呼び出そうとする。が、虚空に現れた黒いモヤの様なものを見て中断して飛び退く。

 

「迎えに来ましたよ、死柄木。遅いのでこちらから来ましたよ。何があったんですか?」

 

「黒霧。ちょっと面倒なのがさぁ。俺の邪魔をして来たんだよ」

 

 死柄木と呼ばれた男は黒霧と呼ばれた男に対して伏黒に指を指してそう告げる。顔と思しき場所を伏黒に向けると目らしきものを細めてこちらを見て来た。

 

「なるほど……ヒーローの卵ですか。死柄木を相手取って生き残るとはとても有能なのですね」

 

「おいッ、手を貸せ黒霧。コイツ殺すぞ」

 

「無理です死柄木。ヒーロー達がこちらに向かっています」

 

「クソッ、おいお前。絶対に殺すから」

 

 そう告げると死柄木は黒霧の中に溶け込んでいった。すると同時に黒霧は小さく萎んでいき目の前から消えた。空間転移型の個性だろうかと思い気を抜く伏黒。すると、

 

「おい」

 

 すでに三日目で聴き慣れてしまった声が後ろから聞こえる。恐る恐る振り返ると伏黒の肘をとんでもない形相で見る相澤と戸惑っているプレゼントマイクがそこにはいた。

 

 

 ことの顛末を余すことなく全て話した。死柄木と呼ばれた男が職員室から出てきて交戦したこともその死柄木は黒霧と呼ばれた空間転移型の個性持ちに回収されたことも全て。話終わった伏黒に相澤は脳天に向けてチョップをかました。いきなりの痛みに伏黒は目を白黒させると前を見る。そこには険しい顔をしている相澤がいた。

 

「……なんだって戦闘した」

 

「……逃げることができないほどの相手だったからです」

 

「……なんかあったら緊急連絡するように言ったろうが」

 

 確かにその選択肢も存在した。確かに硬直していたときは出来たかもしれない。それでも伏黒は自身の行いが間違っていることだと分かっていても取った選択肢に間違いはないと確信できていた。

 

「お、おい。イレイザー……。いくらなんでもよぉ。伏黒は新入生だぜ?しかもヴィランの方は雄英に侵入出来るだけの腕もあったんだ。除籍とか無しにしようぜ?なぁ……」

 

 普段の明るい調子を消してオロオロとしながら諭してくるプレゼントマイクに軽くため息を吐くと。

 

「別に伏黒を除籍にするつもりはねぇよ。見た感じ逃げる余地もなかったぽいしな」

 

「……ならなんでダメなんですか」

 

「ルール上での問題なんだ。伏黒」

 

 伏黒の言い分も正しい様に相澤の言い分も正しかった。個性を使用していなかったとはいえ、ヒーローの免許はおろか仮免まで持っていない一生徒の独断の戦闘行為など将来が危ぶまれるほどのものなのだ。故に相澤は叫びたい『もっと後先考えろ』と。それでも言えなかった。もしここで校舎内をよく知らない伏黒が誤って生徒達のいる場所に逃げ込もうものなら目も当てられない雄英史上どころか高校史上最悪の大惨事となっていた可能性もあったのだ。

 

 相澤は深く深呼吸をする。目を閉じて落ち着かせる様にそして目の前の生徒である伏黒を見る。伏黒は最初に言っていた。「覚悟ありきでやりました。除籍されても文句は言いません」と。そしてその言葉は目を見て何一つ嘘をついていないこともわかった。もう一度、手を伏黒の頭に持っていく軽く目を細めて受け入れる伏黒と慌てて止めようとする友人に対して「大丈夫だ」と告げて伏黒の頭にそっと手を添える。

 

「伏黒」

 

「なんでしょうか」

 

「取り敢えず。礼を言わせてくれ。ありがとう。お前が足止めしなければ大惨事が起きてたかもしれん」

 

 自身の言葉に目を見開く伏黒を見せた年相応の顔にそんな顔もできるのかと軽く笑うと今度は注意を促す。

 

「それでもお前のやったことは世間一般から見れば間違っていることだ。除籍にはしないがお前には課題を出す」

 

「なんですか?」

 

「人に頼ることを学べ、伏黒」

 

 その言葉を聞いて伏黒は首を傾げた。相澤がこう言ったのには理由がある。伏黒には家族がいない。母親は伏黒が生まれた直後に亡くなり父親は伏黒が小一に上がる前に蒸発したと聞いている。その後も親戚にたらい回しにされ幼い段階で一人暮らしを余儀なくされた伏黒には誰かに頼るという意識が本当に少ない。これは相澤自身が小、中の教師からのデータをもとに判断したことである。

 

 そしてこの予想は当たっている。もし、連絡できていたとしても伏黒は恐らく1人で対処していたであろう。それこそいつものように。故に相澤は注意した。もっと周りを見ろと。ここはお前のヒーローアカデミアなのだと。未だに不思議そうな顔をする伏黒にため息を吐くと、

 

「今日は覚悟しろよ。夜遅くまで事情聴取だ」

 

 そう告げた。あからさまに嫌そうな顔をする教え子(問題児)に対して軽く笑うと伏黒を連れて教室へと戻っていった。

 

 

 伏黒はリカバリーガールに崩れた肘を治してもらった後教室に戻った。戻ると外に伏黒が見えなかったことに心配していたのか蛙吹と常闇が「大丈夫か?」と聞いて来た。その後のA組は緑谷が委員長の座を飯田に譲ったことを除けばいつも通りの授業で終わった。そして相澤の言葉通り事情聴取が行われた。と言ってもそんな仰々しいものではなく相手の個性や侵入方法などについてだった。校長や周りの教師に1時間ほど根掘り葉掘り聞かれると今日はもう帰っていいと言われた。聞かれ過ぎて疲れ切って門を潜ると。

 

「よ」

 

 門のすぐそばに座っていた拳藤に声をかけられた。

 

「お前なにしてんだ?」

 

「お前を待ってたんだよ。連絡してもでないからすごい焦ったんだぞ」

 

 そう言われて自身のスマホに目線を移す。すると、正直言って引くレベルの数のLI○Eと通話履歴が記載されていた。ええ、と言った意味合いを込めた視線を拳藤に送ると顔を赤くして弁明して来た。

 

「いや……普段送ったら数分程度で返ってくるのに全然返ってこなかったからつい……」

 

「お前……これクラスメイトにやるなよ。絶対引かれるから」

 

 幼馴染が心配してくれたのはよくわかったが幼馴染の重さにドン引きする伏黒。取り敢えずこの場にいるのもなんだと思い拳藤と歩調を合わせて歩き始める。そして、昼頃に2人に聞いた質問を拳藤にもする。

 

「拳藤、お前はなんでヒーローを目指したんだ?」

 

「んー、内緒!」

 

「はぁ?」

 

 割と真剣に聞いていたため拳藤の解答にイラッとしながら拳藤の顔を見る。夕日に照らされて赤く染まる幼馴染の顔を見てため息を吐くと少しだけ歩くスピードを上げる。それに慌てて着いてくる拳藤を見て明日はどうなるのかと軽く呟いた。




とある幼馴染の独白。

「拳藤、お前はなんでヒーローを目指したんだ?」

 その言葉に私は言い淀む。思い出すは幼いあいつの顔。いつも独りぼっちで苦しそうに悲しそうにしているあいつ。
 幼稚園の頃、粘りに粘った末に友人となった後の私はどうしてやればいいのかわからなかった。友人となってもあいつは何の変化もなかったからだ。だからいつも通り接した。そうすれば皆が幸せだと思ったから。転機が訪れたのは小一の頃。あいつの父親が蒸発した時のことだった。話を聞いた時はあいつが大丈夫かと話しかけに行った。結果はこうだった。

「関係ないだろ」

 そう冷たく返されて終わり。はっきり言って腹が立った。助けてやろうとしたのになんて口聞くんだと。もう知らないと。それ以降、あいつと関わるのを一時期やめた。そして話すのをやめて一ヶ月ほどしてあいつを体育館裏で見つけた。何してんだと声をかけて驚いた。目を真っ赤に腫らして涙を流す伏黒の姿に。涙を流すところなんて想像できなかった。だって、私の知ってるコイツは強かった。腕っ節も個性も。だから助ける必要なんてないと勘違いしていた。それに気づいた瞬間わたしは疑問に思った。「誰がコイツを助けるのだろう」と。素直ではない、天邪鬼なコイツを。そう思った時、小さなわたしは考えて思いついた。ああ、わたしがコイツのヒーローになってやろうと。
 これがわたしのヒーローとしての起源(オリジン)。故に言えないのだ「お前のためになりたいと思えた」などと。だから茶化した。目の前の幼馴染の顔に苛立ちが刻まれて早歩きになった。それを見た私は相変わらずだなーと思いながら伏黒の背を追いかけた。

思ったより長くなりました。


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遭遇、そして窮地

すみません遅くなりました。長くはなりましたのでどうかご容赦ください。


 

 

 次の日、再びヒーロー基礎学の時間がやって来た。教壇に立った相澤が『RESCUE』と書かれたプレートを生徒に見せて説明を始める。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう1人の3人体制で見る事になった。内容は災害水難なんでもござれの人命救助レスキュー訓練だ」

 

 それを聞いたクラスメイトの反応は様々だ。今回も大変そうだと呟く上鳴と芦田やそれこそヒーローの本業だと気合を入れる切島、水中なら自身の独壇場だと言う蛙吹。いずれも浮き足立つクラスメイトに相澤は話の途中だと一睨みして鎮めると、コスチュームの着用は各自で判断して訓練場まではバスで移動すると言い放ち、すぐに準備を始めろと生徒たちに告げた。

 

 あの後伏黒は帰り道に襲撃される様な特殊なイベントもなく、いつも通りの生活を過ごして今に至る。昨日の相澤の発言通りどうやらスケジュールを変更することはないらしい。伏黒は渡されたコスチュームを片手に前回侵入して来たヴィランに対して思考を巡らせた。クラスメイト全員が制服からコスチュームに着替える。緑谷は前回の戦闘訓練でコスチュームが壊れてしまったため、体操服を着ていた。それを見た伏黒はそのままバスの下へ向かう。

 

「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列で並ぼう!」

 

 準備を済ませてバスが待機している場所へ行くと、飯田がキビキビとした動きでクラスメイトを並ばせていた。だが、乗り込んでみると。

 

「こういうタイプだった、くそう!!!」

 

「意味なかったなー」

 

 バスの席は対面型で飯田の予想していた席とは違っていた。それを見た飯田はあからさまに悔しがり、その隣に座っていた芦戸は慰めなのかダメ出しなのかよくわからない言葉をかける。クラスメイト全員が着席したことを確認するとバスが動き出した。バスが目的地に到達するまでの間、バス内で雑談が始まった。

 

「私、思ったことをなんでも言っちゃうの緑谷ちゃん」

 

「あ!?ハイ!蛙吹さん!」

 

「梅雨ちゃんと呼んで。あなたの個性、オールマイトに似ている」

 

「えっ!?そうかな?僕はえっと、その……」

 

 蛙吹の指摘にあからさまに動揺しながら否定する緑谷。それを聞いた伏黒は確かに似ていると思えた。それと同時にある種の疑問が浮かんだ。仮に緑谷の個性がオールマイトの様なゴリッゴリの増強系だとするならば扱いが下手くそすぎるからだ。まるで個性が最近発現したかのように(・・・・・・・・・・・・・・)。個性の発現したては個性の力は弱く体の成長、または純粋な鍛錬に合わせて成長していくものだ。故に危険だから使えなかったとは、なり難い。それにあのいじめられっ子の様な緑谷が隠せる度量も意味も無いとしか思えない。それに爆豪の個性把握テストでの物言い。気になり多少不躾だが聞いてみようとすると。

 

「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねえぞ。似て非なる個性だぜ」

 

「はぁ……」

 

 切島が蛙吹の指摘を否定する。ホッとする緑谷を尻目に伏黒は話しかけるタイミングを見失った。そんな2人を尻目に切島は腕を硬化させながら続けた。

 

「しっかし、増強型のシンプルな個性はいいな。派手で出来ることが多い!俺の硬化は対人じゃ強ぇけどいかんせん地味なんだよなぁ」

 

「僕はすごいかっこいいと思うよ!プロにも十分通用する個性だよ」

 

 少し自虐気味に自身の個性を説明する切島を緑谷は目を輝かせながら否定する。緑谷の言葉に「お!そうか!?」と少し喜んでいる様に見える切島を皮切りにそれぞれが個性の話に移行する。

 

「プロな~。しかしやっぱヒーローも人気商売みてぇなところあるぜ?」

 

「派手で強いって言ったらやっぱり轟と爆豪。多彩さで言ったら伏黒だよねー」

 

 派手で強いと言われた爆豪は「ケッ」とだけ答えて、轟に関しては無反応だった。多彩と言われた伏黒も「多彩っつっても課題が多いの間違いだからな?」とだけ答えた。すると、その言葉に爆豪が反応する。

 

「ただの器用貧乏野郎だろうが」

 

「伏黒ちゃんはともかく爆豪ちゃんキレてばっかで人気でなさそう」

 

「んだとコラ!出すわ!」

 

「ホラ」

 

 爆豪の言葉を聞いた蛙吹が人気でなさそうと言う。爆豪はキレながら否定するが返す言葉すらキレているあたり説得力が皆無だった。そんな様子を見ながら伏黒は何度か頷くと口を開く。

 

「会って間もないうえに会話も片手で数える程度しかないねぇのに、既に性格が肥溜めみてぇな奴って認定されてる辺りヤベェなお前」

 

「影野郎!なんだテメェのボキャブラリーはコラ!ぶっ殺すぞ!」

 

 伏黒の言葉に全力で噛み付く爆豪。伏黒の言葉に何名かが「確かに」と頷くと今度は周りに睨みを効かせていた。そんな様子を見た緑谷はどういう訳か戦々恐々としていた。すると、流石に騒ぎすぎたのか寝ていたはずの相澤が低い声で注意するようになった。大きなドーム状の建物の前でバスが止まる。相澤に引率されて中に入る。それと同時に前もって相澤に言われた通り伏黒は玉犬を影から呼び出す。何故出したのかと言う問いに対して相澤自身が出す様指示したと相澤本人の口から告げられた。皆が疑問に思いながらもそこにはテーマパークを思わせるほどの広さと様々な施設が存在していた。

 

「水難事故、土砂災害、火事、etc.……あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も、ウソの災害や事故ルーム(USJ)!」

 

 著作権的な意味合いで心配になるネーミングセンスに伏黒はやりたい放題だな、と内心苦笑いを浮かべる。この施設の名前を言いながら現れたのは雄英教師であるスペースヒーロー「13号」。宇宙服に似たコスチュームを着ていて素顔は見えないが、災害救助の場でめざましい活躍をしていることで有名で紳士的なヒーローとしても人気が高い人物である。

 

「わー!私好きなの13号!」

 

 ファンだったのか歓声をあげる麗日を筆頭に13号を見たクラスメイト達は大いに盛り上がった。13号が静かにする様なポーズを取ると同時に委員長の飯田が鎮まるよう皆に告げると鎮まりかえる。静かになっことを確認した13号は説明を開始した。

 

「えー、訓練を始める前に、お小言を一つ二つ…三つ……四つ……」

 

 13号の増えていく小言の数に困惑しつつも生徒たちは彼の話に耳を傾ける。13号の個性はブラックホール。瓦礫だろうが光だろうがなんでもかんでも吸い込みチリにしてしまう個性。そして、その個性で災害から人を救い上げている。

 

 だが、それは同時に簡単に人を殺せる力でもあると彼は言う。実際、13号の言う通りだった。伏黒の玉犬も爆豪の爆破も緑谷の超パワーもやろうとも思えば簡単に人を殺せるのだ。故にそれを自覚させるために先に行われた相澤の個性把握テストで自身の秘められた能力を知り、オールマイトの授業で人に向ける危険性を知らしめさせた。そしてこの授業ではその(個性)を人命のために使っていくことを覚えて欲しいと締めくくり13号は話を終えた。伏黒は今までのイロモノとは違い、手放しに尊敬できる教師の到来に「おぉ……」と言いながら拍手を送る。伏黒だけでなく周りの生徒達も。

 

「素敵ー!」

 

「ブラボーブラボー!」

 

 など喝采や拍手をもって13号の演説を誉めた堪える。

 

「そんじゃあ、『ガウ!ガウガウガウガウッ!!ガルルルルルルッッ!!』

 

 13号の演説が終わり相澤がクラスメイト達を牽引しようとした瞬間、玉犬が二匹とも相澤の後ろ目掛けて牙を剥いて吠え始めた。突然の出来事と玉犬の代わり様に目を白黒させるクラスメイト達。吠える玉犬を見た爆豪は伏黒に食ってかかった。

 

「おい、影野郎!自分の飼い犬くらい「先生来ました」無視すんなゴラァァ!!」

 

 食ってかった爆豪を完全にスルーした伏黒にさらに爆豪の形相がさらに悪化した。しかし、伏黒はそれも無視して相澤の言葉を待つ。振り返る相澤の視線の先には広場の噴水の前に黒いモヤが漂っていた。見えた何人かが首を傾げるが伏黒は見覚えがあった。

 

「伏黒。あいつか?」

 

「はい。間違いないです」

 

「ったく。昨日の今日で来るとはな……」

 

 相澤が憤ると同時に数十cmほどの黒いモヤが数m以上に拡大する。すると人が1人現れる。悪意をその目に宿した1人の人間(昨日のヴィラン)が。それを確認した瞬間、相澤は叫んだ。

 

「一固まりになって動くな!13号、生徒を守れ!」

 

 急激に増大した黒いモヤからは手だらけの男を筆頭に脳みそを剥き出しにした大男など悪趣味な格好をした人間が次々に姿を見せる。突然の出来事にまたいきなり始まってるパターンの授業かと何名の生徒達は疑う。しかし、その空気を引き締めるかの様に相澤は再度叫ぶ。

 

「動くな!あれは……敵だ!」

 

 その言葉を聞いた伏黒は皮肉だと思わされた。命を救うという訓練を受けられる授業に現れたプロ達が相対し、向き合い続けている途方もない悪意を見てそう思わざるを得なかった。

 

「ヴィランンン!?馬鹿だろ!?ヒーローの学校に入り込むとかアホすぎんだろ!」

 

「上鳴。馬鹿なのは大いに認めるがここまで頭数揃えて白昼堂々と侵入できるあたりアホじゃねぇよ」

 

「伏黒の言う通りだ。しかも、確かこの施設にはセンサーもあるって話だ。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」

 

 絶叫する上鳴に対して伏黒と轟が冷静に判断してつっこむ。思っていた以上に考えて侵入してくるヴィランを見て周りの空気がひりつく。すると相澤は生徒と13号に向けて的確な指示を飛ばす。

 

「13号、避難開始。学校に電話試せ。センサーの対策も頭にある敵なんだ、電波系のヤツが妨害している可能性がある。上鳴!お前も個性で連絡試せ」

 

「ッス!」

 

「先生。真ん中の脳みそ剥き出しのヴィランに気をつけてください。玉犬の毛が逆立ってます。こんなの見たことがない」

 

「分かった。お前は下がってろ伏黒」

 

 指示を出された上鳴は手からバチバチと放電して連絡できないかをためし始める。行こうとする相澤に真ん中のヴィランの危険性を伏黒が説くと相澤は礼を言ってゴーグルを着けて首元に巻いている捕縛武器を構えることで戦闘準備を開始する。

 

「先生は!?1人で戦うんですか!?」

 

 臨戦態勢をとっている相澤にヒーローに関して人一倍詳しい緑谷は個性などから相澤が集団戦に向かないことも知っていた。故に引き留めようとする。すると、

 

「ヒーローは一芸だけでは務まらん」

 

 そう言いながら相澤はヴィランの群れへと跳躍して突っ込んだ。撃ち落とそうとするも個性が発動しないことに困惑するヴィランに対して相澤は体術と縛術を一方的な戦闘を開始した。

 

「すごい……!相澤先生は多対一こそが専門だったのか…」

 

「言ってる場合か!早く逃げるぞ!」

 

 伏黒は冷静に分析している緑谷の胸ぐらを掴むと引きずる様にその場から遠ざける。目の前に出入り口の門が届く寸前で。

 

「させませんよ」

 

 黒いモヤの様なヴィランが行手を阻んだ。突然目の前に現れたヴィランに対してクラスメイト達は咄嗟に距離を取った。すると目の前の黒いモヤは紳士的にそれでいて丁寧に自己紹介を開始した。

 

「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思っての事でして」

 

 そのヴィランの言葉に生徒の多くが息を呑んだ。当たり前だ。オールマイトをあの平和の象徴を殺すと目の前のヴィランは言ったのだ。絶対的なパワーと親しみ深いキャラクターによって、長年不動のNo.1の座に君臨し続け、存在そのものが犯罪の抑止力足り得ている伝説的ヒーローを。

 

「殺すって。殺す算段でもあんのか?あの筋肉ダルマを」

 

 ヴィランに話しかける伏黒に対して13号を筆頭に一部を除いたクラスメイトはギョッとする。伏黒は13号に軽く目配せをすると察してくれたのか軽く頷く。すると、顔と思しき場所を動かしてヴィランはこちらを見ると目を細める。

 

「あなたは昨日の……。優秀だと思ってはいましたが、ヒーロー科でしたか。なるほど納得です。……取り敢えずあなたの問いに対して言えるのはYESとだけですよ」

 

 ヴィランが肯定の意を示すと周りがざわめく。薄々察していたものもいただろう。しかし、それ程の戦力で襲撃しに来ているというのにここにはオールマイトが居ないという事実が生徒たちに重くのしかかっていた。その様子を見た伏黒は軽く笑うと再度13号に向けて目配せを行う。すると13号のコスチュームの指先が開く。それを見た伏黒はちゃんと相手が自身の意を汲んでくれたことに安堵する。気体相手でも吸い込めば勝ちが確定するか身動きの封じれる不意打ちが決まる。次の瞬間、爆豪と切島がモヤヴィランに向けて強襲をかました。

 

「その前に俺たちにやられる算段は考えて「切島、爆豪!そこどけ!13号先生の射線上だ!」……へ?」

 

「危ない危ない。それにしても、なるほど……。情報を吐き出させるために話しかけているのかと思いましたが。その実、自身に注意を向けることで13号に不意打ちし易くさせるためとは……。どうやら貴方は卵は卵でも金の卵らしい……」

 

 爆破と打撃によって散っていったモヤ状の身体を再構築するヴィランに自身の考えた策がバレたことに苦虫を噛み潰したような顔をする伏黒。せめて弱点はないかと玉犬を呼び寄せて弱点を探る伏黒。すると、

 

「散らして、嬲り、殺す」

 

 モヤヴィランの体から黒いモヤがクラスメイト達を包み込む様に溢れだす。包み込まれる寸前で匂いが強い部分を探り当てた玉犬が伏黒に場所を伝える。理解した伏黒は遠目の場所にいる麗日に「胴体、首元」とだけ告げると伏黒の視界は完全にモヤに包まれると気づけば岩場にいた。咄嗟に着地すると周りから3回ほどドサという音が聞こえる。構えるとそこには八百万と上鳴、耳たぶがプラグで出来ている耳郎がいた。飛ばされた人員の関連性に疑問を覚えていると。

 

「お!来た来た!死柄木さんの言ってた餓鬼どもだ!」

 

「可哀想だなぁ、哀れだなぁ」

 

「男の方も片方は軽薄でなよっちそうだなぁ。もう片方は……ハハ、イケメンかよ。殺そ」

 

「待て待て、女は殺すなよ?後で輪姦すんだから。発育いいなぁ、オイ」

 

 岩場のゾーンで待ち構えていたヴィランはニヤニヤとしながら口々に囃し立てる。その言葉を聞いた3人が顔を顰めている間、伏黒は人数を数えていた。そして数え終わると玉犬を呼び出し臨戦態勢を整える。すると、

 

「ピャアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 ガチの絶叫が岩場のゾーンに響き渡る。ギョッとしながら目線を悲鳴の上がった方に向ける。そこには数の子のような髪型をした男がいた。伏黒は身に覚えのある髪型に気がつくと目を細めて絶対零度の如き視線を送る。

 

「ふ、ふふふ、伏黒さぁん!?」

 

「お前、なんでここにいる?」

 

「いや、あの」

 

「まあ、いい…そこで馬鹿みたいに突っ立ってろ」

 

「ヒイィィィィィィィィィィ!!」

 

 怯えまくるヴィランに相手側も味方側も揃って困惑する中、伏黒は数の子頭とつるんでる段階で戦力の平均がその程度しかないことを悟る。それを理解した伏黒は後ろを振り向くと指示を出す。

 

「八百万、縛るもん出せ。耳郎と上鳴は索敵兼撃ち漏らしの迎撃を頼む」

 

「ふ、伏黒は?」

 

「コイツらは俺1人で充分」

 

 指を鳴らしながらそう告げると一瞬だけ場が静まり返る。次の瞬間、敵側から爆笑が巻き上がる。味方からも「無茶だ」などと声が聞こえてくる。

 

「イ、イキリすぎだろぉ!?優等生さんよぉ!どのタイミングでお仲間に泣きつくか」

 

 楽しみだ。そう言い切ろうとしたのか誰にもわからない。なぜならそう言い切る前に伏黒の拳がヴィランもどきのチンピラの顔面に突き刺さったから。そのままヴィランを地面に叩きつけて拳を引き抜く。ヴィランは気絶し、鼻が凹んでいるのを敵側は確認できた。場が再度静まり返る。それを見た伏黒は首を傾げながらヴィランに告げる。

 

「来ないのか?」

 

 そう言った瞬間、怒鳴り声が辺り一面に響き渡る。若干一名を除いて顔を真っ赤に染めたヴィラン達は伏黒目掛けて殺到した。

 

 

〜10分後〜

 

「ガァッ!ま、待ってくれ…も、もう俺は戦えない……ゲェ!」

 

 命乞いをするヴィランの鳩尾に拳を打ち込み、前屈みになったタイミングで延髄に目掛けて肘打ちを叩き込む。

 

「やってられるか、チクショウ!大体、計画と違ぇぞ!何やってんだ、あの黒霧って野郎は!?」

 

 逃げようとするヴィラン目掛けて玉犬を飛ばして捕らえるよう命じる。玉犬達は命じられるがままヴィランの足に噛み付いて倒す。仰向けになり痛みに叫ぶヴィランの顔目掛けて数回踏み付けを決めて気絶させる。

 

「取り敢えずはこれでラストっぽいな……」

 

 踏みつけたヴィランの顔面から足を退けて八百万と上鳴、耳郎の元へと向かう。3人の反応はさまざまで八百万は気絶したヴィランを伏黒の指示通り縛り上げる。上鳴は「無双ゲーかよ……」と呆然とした様子でつぶやく。耳郎は軽く引いていた。伏黒が耳郎の元へと着くと質問した。

 

「他に敵はいるか?」

 

「え?あーっと多分」

 

「地面とかは確認したか?」

 

「じ、地面?」

 

 伏黒の言葉を聞いて耳郎は耳たぶのプラグを地面に突き刺す。すると、目を見開いて右側を指さして叫ぶ。

 

「あそこ!ヴィランがいる!」

 

「チィッ!」

 

 耳郎が叫ぶと同時に地面の中から1人のヴィランが飛び出してきた。動きなどからすぐに先程までのチンピラのような輩とは違うことがわからされた。ヴィランは手から電気を迸らせると人質にするためかチンピラを縛っている八百万の元へと向かう。接近に近づいた八百万が体から何かを作製しようとした瞬間、巨大な蛇がヴィランを咥えて地面に叩きつけた。

 

「ガァッッ!?」

 

「《大蛇》。そのまま絞め落とせ」

 

 伏黒がそう言うと大蛇はヴィランに巻きつく。あまりの大きさにヴィランの姿が見えなくなる。何度かバチバチと音が響くが大蛇は意に返さずに締め続ける。10秒もしないうちに音が止むと大蛇は締め付けを解除してその場から消える。首を耳郎に向けると耳郎は首を横に振った。人数を数えて撃ち漏らしがないことを確認すると伏黒はフゥと軽く息を吐いて突っ立っている数の子頭の元へと向かう。

 

「よぉ」

 

「お、お久しぶりです。伏黒さぁん!?」

 

 伏黒は自身の名前を言おうとする数の子頭の腹に拳を叩き込む。そして終わったことを報告しにきた八百万に対して伏黒は目の前で悶え苦しむ男も縛るよう指示を出す。縛り終わる頃には息を整え終えた男と目線を合わせる。

 

「俺が知りたいことわかるよな?」

 

「も、もちろんですよぉ、伏黒さん。えっと、首魁が手だらけ男で「そこは知ってんだよ。知りたいのは切り札」……あの黒い脳みそ剥き出しの奴が対オールマイト兵器だそうです」

 

 ボスが誰なのかを言おうとする男に対して伏黒は知ってると一蹴し、切り札がなんなのかを聞き出す。すると、予想通りの回答が飛び出してきた。他に知ってることはないかと聞くと涙目になりながら首を縦に振るう。それを見た伏黒はため息を吐くと立ち上がり3人の元へと足を運び3人がそれぞれ伏黒に感想を告げる。

 

「お疲れさん、伏黒。いやぁ、チートすぎんだろぉ、お前……」

 

「それに関しては同感。途中で他のヴィラン達逃げてたもん」

 

「あれは壮絶でしたわね……。まさか本当に縛るだけで終わるとは……。念のためいくつか作ろうとしていた準備は無駄になりましたわね」

 

 半ば呆れが混じった目線でこちらを見てくる味方に気まずそうに目線を逸らすと話題を切り替える。

 

「それで?この後どうする?」

 

「とにかく皆と合流する事が先決だよね」

 

 伏黒の質問に耳郎は合流すべきだと提案した。伏黒もその提案には賛成だったため耳郎の提案に賛成する。八百万も賛成だったようで耳郎の提案にさらに付け加えた。

 

「ですが、私たちはUSJのどこに飛ばされたのかわかりません。ヴィランとの遭遇を極力避けながら出入り口を見つけましょう」

 

「OK!了解!」

 

 八百万の考えに上鳴はテンション高めにそう答える。全員の意見が満場一致で決まりその場から去ろうとする。すると、

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

 後ろから声をかけられる。声の主は先程縛った数の子の頭だった。何事かと振り返ると焦ったように喋り始めた。

 

「思い出した!一体だけ黒モヤと手野郎と脳みそ野郎以外にヤベェ奴がいるんだ!気をつけてくれ!」

 

「ヤベェ奴?」

 

「ああ!なんつーか。虫みてぇな奴だった!手野郎の奴がよぉ使役してるっぽくて。逆らってきた同胞をそいつに殺させてた!」

 

 虫みたいな奴と言われて一瞬、異形型の個性が頭にパッと浮かんだが、使役という単語を聞いて脳みそヴィランのような奴を頭に浮かべる。伏黒は礼に近づいてチョークスリーパーを決めて絞め落とすとドン引きする3人と共に出入り口を発見すべく歩き始めた。

 

 

「いやー!伏黒、マジでチートだわ!中距離は影の動物で対応して近距離なら近接戦でボコすとか!」

 

「確かに隙が全然なかったもん。手助けしようとしても邪魔になるってすぐにわからされたなぁ、あれ……」

 

「お二人とも緊張感をお持ちになってください。ですが、確かに戦闘面では伏黒さんは頼りになりますわ。この調子で伏黒さん中心で陣形を組むのもありですわね」

 

 玉犬を伏黒の前に1匹、3人の後ろに1匹と展開しながら歩き続ける。戦闘が終わった後からか4人の空気は少しだけ緩んでいた。実際、伏黒もだいぶ気を緩めていた。オールマイトを殺すと言われた時は流石に警戒したが蓋を開ければチンピラの集まり。まともなのは最後の電気個性くらいだったからだ。

 

「伏黒さん、次は私達も参加させていただきますわ」

 

「あーうちも同じく。流石にあんたに頼りっぱなしわ」

 

「ヒーローとして……なぁ?」

 

 3人の言い分を聞いて思ったのはやはり皆はヒーローの卵なのだという感想だった。誰一人として楽をしようなどと思わずに負担を少しでも減らそうとする姿勢に少しだけ感心して礼を言おうと振り返る。

 

「は?」

 

 口から出た言葉は疑問だった。信じられなかった、あり得なかった。だって八百万、耳郎、上鳴のすぐ後ろに6つの目を持ち下半身を蛹のような膜で覆われた虫の幼虫と人を混ぜたかのような異形がそこにはいたから。3人は伏黒の反応に疑問に思ったのか顔を顰める。

 

「あー、別にお前の実力を疑ってるわけじゃあねぇよ?」

 

 上鳴が先ほどから何かを喋っているが何一つ言葉が頭に入ってこない。玉犬はどうしたと視界を巡らせる。危機が迫ったり悪意があれば反応するはずの玉犬を探す。するとそこには首がもがれた玉犬の死体が転がっていた。目を見開く、それと同時に異形は手を振り上げると手にエネルギーらしきものを収束させる。

 

 それを見た伏黒の行動は迅速だった。鵺を呼び出し八百万の服を掴ませて手前に引き寄せる、残った玉犬が耳郎の服に噛み付いて引き寄せる、上鳴は引き寄せては遅いと判断した伏黒が殴り飛ばすように突き飛ばした。そして、異形の手が振り下ろされた。瞬間、何かがくるくると宙を舞う。

 

「ちょっ」

 

「きゃっ!」

 

「痛ってぇ!何すんだよ伏ぐ…ろ……」

 

 引き寄せられた二人は軽く叫んだ。突き飛ばされた上鳴は文句を言うべく顔を上げて口を止めた。そして自身の股の間に滴る血に(・・・・・・・・・・・)「ウッ」と軽く慄いた。伏黒は顔を顰める。手首から先のない感覚に、焼けた鉄を押し付けられたかのような激痛に、ボタボタと止めどなく溢れ出る血液に。

 

 ベチャ。何かが落ちる音がした。水気のある音のする方に目線を向ける。そこには伏黒の消失したはずの手首から先があった。皆の目が見開かれる。それを見た異形は手を広げてケタケタと笑う。無邪気に楽しそうに子供のように3人の様を嗤う。

 

 伏黒達は勘違いしていた。自身の"力"が今の今まで通用していたのだと錯覚していた。敵、プロの世界。それら全てを何も見えてはいなかったのだと。



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窮地、そして呪い

今更ですが、バーが真っ赤に染まってることに喜びを隠せない作者です。どうぞこれからもよろしくお願いします。


 自身の手が落ちていく。それを見た伏黒は痛みに蹲るわけでも叫ぶわけでもなく。この場から離れられる最善の策を考えていた。

 

キンッ

 

 地面に何かが落ちる音がする。次の瞬間、あたりに光が溢れる。異形は咄嗟に目を瞑る。しばらくして目を開けるとそこには大量の血痕しか残っていなかった。それを見た異形はニチャっと嗤うと獲物を再度探し始めた。

 

 

「ぐうぅぅぅぅっっ!!」

 

 伏黒は閃光弾の炸裂と同時に八百万や耳郎、上鳴を引きずりながら岩陰に隠れ大蛇の能力を使用する。脱け殻でカモフラージュして感知されずに隠れられる便利なシェルターを作った後に今更思い出すかのように主張してきた傷の痛みに悶えた。視界が痛みのあまりチカチカと光るそんな錯覚を覚えながらも個性を解除しないように必死に歯を食いしばる。片手を切り飛ばされて自身の戦闘能力のほぼ全てが削られた。もしこれで個性を解除すれば大蛇を除いた全ての影を使用不可能になるからだ。

 

「伏黒!大丈夫かよ!?」

 

「大……丈夫に、見えるかよッ!八百万!包帯と縛るもんくれ!」

 

「作り終わりましたわ!」

 

 心配する上鳴に対して痛みに耐えながらそう答えると、渡されたワイヤーで切断面の周りを縛り、傷口を包帯やガーゼなどで圧迫して固定した。床に転がっていたはずの手はいつのまにか氷が敷き詰められた袋の中に入れられていた。荒くなった息を深呼吸することで息を整える。

 

「悪りぃ。誰でもいいから外の状況確認してくれねぇか?」

 

「わ、わかった!」

 

 大蛇の皮をそっと捲り上げた耳郎は外の状況を確認した。外の奥の岩肌へと行くのを見る。それを報告しようとした瞬間、顔がこちらに向いたことも確認した。それを耳郎は完全に見届ける前に慌てて入り直す。

 

「ごめん。バレたかも」

 

 青い顔をしながらそう告げる耳郎を見て伏黒は顔を上にあげて天を仰ぐ。その様子を見た耳郎は「ごめん」と再度謝るが伏黒は大丈夫だと告げて外に出ようとして告げる。

 

「俺が足止めしてやる。お前らその間に逃げろ」

 

「「「は?」」」

 

 伏黒の口から出た言葉を聞いた3人は一瞬理解できないとでも言いたそうな顔をした。しかし、それも一瞬のこと。すぐに顔色を変えて伏黒の服の裾を掴んで止めようとする。

 

「何を、言ってますの?」

 

「おいおい……。冗談にしてもつまんねぇぞ?伏黒」

 

「う、うちの所為ならいくらでも謝るから!だから全員で逃げよう?それに場所がわかんないからどうしようも「出口なら鵺に見つけさせてある。鵺の案内に従えばお前らだけでも逃げられる」で、でも!」

 

 伏黒の言葉に全力で反対する3人。そんな3人に出入り口の発見は鵺が達成していてそれに着いていけば逃げることが出来ると説明する。しかし、それでも3人は伏黒の服を離さなかった。寧ろ力を強めて決して離さないようにしていた。それを見た伏黒はさらに決意を深めた。ああ、なんて優しい連中なのだろうと。この3人は生き残るべきだ。この3人は報われるべきだ。

 

報われるべき3人を逃さねばならない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 と。だからこそ考えた。思考を巡らせた。この3人の手を振り解くにはどうするべきか。そして思いつく。一瞬、煩悶するが伏黒は口を開いて告げる。

 

「そんな震えた手足でか?」

 

「ッ」

 

「それ……は…」

 

「前の戦闘でも役に立たなかったお前らがあのバケモンと戦う?冗談だろ?」

 

 3人の顔と全身を見ながら伏黒はつまらなさそうにそう呟く。事実、3人の顔色は青く体は震えていた。当たり前だ、ついこの間まで中学生だった彼、彼女らは伏黒のように喧嘩をしたこともヴィランと遭遇して死にかけたこともないのだ。クラスメイトの左手が飛び滴り落ちる大量の血液を見れば誰でも怖がる。寧ろ怖がって当然なのだ。3人の力が緩まるのが感じる。後もう一押しだと理解した伏黒はそのまま言葉を続ける。

 

「逃げて、そして連れてこい。援軍を」

 

「!」

 

「轟でも爆豪でも緑谷でもいい。高火力のやつを。言い方が悪かった。悪いな、今から言い換える。助けてくれ」

 

 振り返り3人にそう告げる。3人は苦虫を噛み潰したような表情をすると今度こそ伏黒の服の裾を離す。伏黒は3人を騙すような結果となった事実に申し訳なさを覚え、3人の恐怖心に漬け込んで誘導する様はヴィランみたいだと自嘲する。そのまま脱皮の殻の外に出て異形のヴィランを探す。するとソイツは10秒ほどで見つかった。退屈してたのか表情に何も浮かべていなかった異形は伏黒を見つけるとまるでおもちゃを見つけたかのように口が裂けそうなほどの笑みを浮かべた。そんな笑みに対して伏黒も苦笑いするようにして答えると互いに拳を握りしめ戦闘が始まった。

 

 

 抜け殻がボロボロと崩れていく。それと同時に3人の目の前に巨大な怪鳥が舞い降りる。伏黒は言っていた。この怪鳥についていけば自身達は逃げることが出来ると。そうすれば無事でいられると。そして助けを呼んでほしいと。しかし、3人は気づいていた。伏黒の言葉が詭弁であることを。だからこそ3人は前を向いた。

 

「逃げる?」

 

あいつ(伏黒)を置いて?」

 

「そんなもの……」

 

「「「こっちから願い下げだ(です)!!」」」

 

 目に心意の炎を灯して。伏黒の言葉は確かに3人の心に響いた。しかし、伏黒は忘れていた。雄英にいる皆が本気でヒーローを目指しているという事実に。そう易々と折れない連中であるという事実に。

 

「皆さん!作戦がありますわ!」

 

「なんだ言ってみろ!」

 

「何をすりゃあいいの!?」

 

「先程の言葉とは矛盾しますが。今の伏黒さんには囮になってもらいますわ」

 

 

 剛速の拳が自身顔目掛けて迫ってくる。それを伏黒は最小限の動きで回避するも少しだけ、かする。かすめた拳が伏黒の頬の皮をうっすらと剥がす。カウンターの要領で相手の勢いを利用した伏黒の拳が異形の顔に直撃する。しかし、「アハ♪」と軽く嗤うだけで異形はさらに攻撃を続けた。それを見た伏黒は攻撃を回避しながら顔を顰めた。

 

 ずっとこれだった。何十回も攻撃を叩き込んでも未だに目の前の怪物の余裕を崩せない。当然ダメージを与えられないと言うわけではない。隙を見て玉犬の牙は浅くはあれども通ってはいる。それは周りに散らばった血痕が証拠として残っている。が、それを一笑にふすようにズチュという音共に肉体が再生していく。普段拳藤と組手をしていたため直撃は避けられているが速度だけはバカにできない拳が伏黒の体にかする度に血が出てくる。このままでは自身のほうが先に倒れることを察した伏黒はどう打開すべきか考える。すると、

 

「あ?なんの真似だ?」

 

 異形がいきなり距離をとった。なんの真似かと相手の挙動に警戒をしていると異形が下半身に手を伸ばし蛹の殻のような部分を掴む。そして、ビリッビリッという音を立てながら引きちぎる。

 

「動きやすくなりました、ってか?」

 

 いくら殴っても玉犬が噛みついても一向に効いた気配を感じられない。でも、今はそれでもいい。3人を出来るだけ遠くに流すためにもーー

 

 ヴンッ

 

 そこまで考えた瞬間、伏黒の体全体に凄まじい勢いで何かがぶつかった。あまりの勢いに伏黒の体は宙を舞い、岩山の頂上部に叩きつけられた。

 

「あっ……がっ………。んだ…今のッ…」

 

 咄嗟に受け身をとったが、あまりの衝撃に一瞬だけ息が出来なくなる伏黒。まるで壁が高速でぶつかってきたかのような衝撃に頭がぐらつきながらも顔を上げると目の前に黄色いオーラらしきものを両手の拳に纏わせて振り被るヴィランがいた。それに気づいた伏黒は咄嗟に腕で顔を庇う。しかし、攻撃の威力を軽く軽減できた程度にしかならずガードを貫き顔に直撃する。ヴィランの一撃は岩山諸共伏黒をぶち抜く。

 

 あまりの衝撃に一瞬意識が飛びかけ目が白目を剥くもすぐに立て直す。体をググッと小さくして体に黄色い光を溜めているヴィランがいた。次の瞬間、バッと両手を広げたヴィランの体から黄色いドーム状のエネルギーが放たれる。

 

「〜〜ッ!防御しろぉ!《大蛇ィィィ》!!

 

 右手で不意打ちのために取っておいた大蛇が影から現れる。伏黒を守るように伏黒の体に巻きつくのと同時に大蛇の体越しから感じられるほどの熱量が伏黒に襲いかかった。

 

「ぐ……ゔぅ……ゔゔゔゔ!!」

 

 ジリジリ、じゅうじゅう、ボロボロと大蛇の体の隙間から吹き込むエネルギーが伏黒の肌を焼く。痛い痛い痛い辛い辛い辛い!!何だって俺はこんなことを俺はしている!今までみたいに妥協して生きてけばいいのに!そうすればこんな痛い目を見ないで済んだかもしれないのに!逃げたい!逃げたい!死にたくない!アイツらを庇わなければこうはならなかったんじゃないか!?頭に後悔がよぎり続ける。逃げたくなる気持ちが浮かぶたびに言葉が浮かぶ。

 

『報われるべき人を助けろ』

 

 浮かんで歯を食いしばる。唯一自身が見つけた自身だけの『本物』を掴んで離さないように「考えるな!」と一言叫んで体を襲う熱量に抗う。熱源が収まると同時に大蛇が防御を解除する。大蛇の全身は強い熱を浴びたためか焼け爛れたようにボロボロだった。大蛇は傷を無視して異形のヴィランに顎門を開いて突貫する。しかし、噛み付く直前で異形のヴィランがエネルギーを纏った手を薙ぎ払う。それと同時に大蛇の上顎が消し飛ぶ。遠くに避難させた玉犬を呼び出して構える。そして悟る。自身が死ぬことを。だからこそ全てを出し切るべく涙で歪む視界を拭い覚悟を決めて前に出る。

 

 瞬間、極大の電撃を纏った鵺(・・・・・・・・・・)が異形のヴィランの延髄に向けて全速力の体当たりをかました。

 

「グ、ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「は?」

 

 突然与えられた決定打に絶叫するヴィランに信じられないものを見る目で鵺を見る伏黒。だって当たり前だ。鵺にはそんな指示を出してない。仮に戻って来る時があるのは全員避難させたらだ。だからあり得ないのだ鵺の背中の上に黒いメッシュを入れた男がいるなど(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「鵺!……でいいんだよな!?そのまま伏黒を回収しろ!」

 

 呆気に取られる伏黒と悶え苦しむヴィランを無視して伏黒だけを回収すると上鳴はその場から離れた。

 

 

 鵺がある程度飛ぶと伏黒を地面に下ろす。伏黒はうまく着地出来ずにその場で座り込む。前を見るとそこには耳郎と八百万がそこにはいた。伏黒の傷を見た2人は傷ましいものを見る目で見てすぐに傷の処置を行う。八百万も耳郎も前の応急処置の授業を行っていたためか傷の処置が正確だった。あまりの出来事に脳が処理出来ずフリーズしてた伏黒だったがすぐに睨みつけて怒鳴る。

 

「お前ら!何やってんだ……!せっかく俺が時間を!」

 

「言ってる場合か!」

 

「そうだぜ耳郎の言う通りだ!俺が来なきゃ伏黒、お前死んでたろ!」

 

 耳郎が傷を的確に対処して上鳴は周りを気にしながら伏黒の言葉に反論する。新しく消毒液や包帯を精製した八百万が耳郎にそれらを手渡すと伏黒の肩に手を添えて諭し始める。

 

「伏黒さん。落ち着いてください」

 

「大丈夫だ、落ち着いてる。後、怪我ありがとよ。もう少しだけやれそうだ……!」

 

 肩に添えられた手を伏黒は跳ね除けると再度ヴィランと戦うべく立ち上がる。その際、側に座っていた鵺を呼び出す。戦闘準備が整ったことを確認すると歩き始めようとする。しかし、八百万に手を掴まれることで阻まれる。手を握りしめ引き止めようとする八百万に鋭い視線を送る。八百万は伏黒の視線に体をビクッとさせながらも今度は決して離そうとしなかった。

 

「このまま行っても犬死ですわ!死ねばあなたの家族が悲しむに「俺に家族なんていねぇよ」……え」

 

 伏黒の言葉に八百万は固まる。信じられない言葉を聞いたかのように。八百万だけではない上鳴も耳郎も驚いていた。伏黒はそのまま言葉を続けた。

 

「お袋は俺を産んですぐにくたばった。親父に関しては俺が小一の頃に新しい女作って消えた」

 

「で、でも!それでも親だけでなくとも親族の方々が!」

 

「俺が生まれる前に何しでかしたのかわかんねぇけど、俺は誰にも引き取られなかったよ。たらい回しにされ続けて小一の頃からずっと一人暮らしだった。……親父が最後の最後で俺のことを考えてかはわかんねぇけど、置いてった通帳がなけりゃ死んでたかもな」

 

 自身の過去を自嘲しながら話す伏黒を見て絶句する3人。そんな3人を尻目に伏黒は自身の言葉を続ける。

 

「分かるか?俺がお前らを含めたA組の中で1番何も背負ってないんだよ。仮に俺が死んでも誰も悲しまねぇ。だから、手ぇ離せ」

 

 そう言った瞬間、上鳴がこちらの胸ぐらを掴み伏黒にヘッドバットをかました。いきなりの出来事にぐらつく頭を押さえながら上鳴を見る。すると、あまりの勢いでぶつけたためか頭から出血していた。

 

「いきなり「俺は!熱血系とか柄じゃあねぇから、一回しかこういうことやんねぇし、今から言うことも一回しか言わねぇ!俺たちは!悲しみます!」……お前は何を言ってるんだ」

 

 いきなり胸ぐらを掴まれ、ヘッドバットされた後の言葉に流石に呆気に取られる伏黒。出会って間もないと言うのに悲しむほど仲良くなった奴はいない。お前の勘違いであると告げると今度は八百万と耳郎の二人に呆れられた顔をして言ってきた。

 

「はあ……。あのですね伏黒さん。上鳴さんの言う通りわたくし達も悲しみますが、クラスメイトの方々、特に普段から仲良く話していた蛙吹さんと常闇さんも間違いなく悲しむと思いますわ」

 

「それは……」

 

「それにあんたの家族はいないかも知れないけどさぁ。友達とかいるでしょ?」

 

「友達……」

 

 耳郎の言葉で思い出すのは元気はつらつな幼馴染の笑顔。あれは俺が死んだら悲しむだろうかと考えたら確かに悲しみそうだと思えた。反論がないことを見た八百万はそのまま言葉を続ける。

 

「伏黒さん。あなたは信じられないかも知れません。ですが、策があります。あのヴィランを倒す策が。協力していただけませんか?」

 

 手を差し伸ばしながら少し不安気にそう八百万は締めくくった。論は穴だらけ、私情が混じって、伏黒を引き止めるための言葉であるのは丸わかりだ。不安気なのも心配の現れなのだろう。だがそれでも八百万と耳郎、上鳴の言葉は伏黒から冷静さを取り戻させるには十分すぎるほどだった。

 

「……何をすれば良い」

 

 自身の頭を数度ガシガシとかいたあとに伏黒は3人に向き直るとそう告げた。3人の顔がわかりやすいほど明るくなる。そして八百万は自身の策について話し始めた。

 

「はい!でしたらまずは伏黒さんと上鳴さんの2名にはあのヴィランをここまで誘導して欲しいのです」

 

 

 ヴィランは探していた。自身にここまでの醜態を晒させた張本人達を。口から「フーッ、フーッ」という荒い息と体から滲み出るオーラ、そして癇癪を起こしたかの如く倒壊した周りの景色がヴィランの不機嫌さを物語っていた。見つからない。索敵能力の乏しいヴィランは他の場所で憂さ晴らしを行うべく足に力を込める。

 

「おい」

 

 すると後ろから声が聞こえた。力を込めた足を止めて振り返るとそこには先ほどまで自身に無様にやられていた男が立っていた。ああ、憂さ晴らしに丁度いい。そう思いながら口元に笑みをこぼして近づこうとする。すると、

 

「指向性!100万V!ver鵺!」

 

「グ、ギャアアアア!!」

 

 再度、あの時と似たような痛みが自身の体に走った。あの時と同様、背中に何かがぶつかったと同時に信じられないほどの痛みが全身を走る。痛みが収まった頃に顔を上げるとあの時自身にダメージを与えた張本人に出くわす。体に殺意がほとばしる。怒りのあまり食いしばっていた歯にヒビが入るほどだった。

 

「うおおぉぉ!?怖っ!あのヴィランの顔怖っ!!」

 

「ならどうする逃げるか?」

 

「当たり前でしょお!!?」

 

 サンドバッグと憎むべき敵がそう言うと自身の目の前から逃げ出した。両者とも何が何でも殺すべく動き出す。ネズミのようなチョロチョロと不規則に動き回る2人だが絶対に逃がさない。片方は巨大な鳥の上に乗って焦りながら逃げ、もう1人は走りながら逃げ続けていると開けた場所が見える。初めは罠を疑ったが絶対的な力を持っているのだ全てを叩き伏せよう。そう思いそのまま突き進む。二手に別れた2人を追うべく開けた場所にでた。次の瞬間腕に何かが直撃する。ビリビリと痺れる腕を立ち止まって確認した後に前を見る。そこにはあの時殺そうとした女の1人がいた。

 

 主人の命令通り目についたものを殺戮すべく手にエネルギーを溜めて放とうとする。避けようとするが避ける方向も見切れる自身にとって仕留めることは容易だ。しかし、手からエネルギーが放たれると同時に手が蹴り上げられて軌道がそれた。目を見開き驚くとそこには先ほどまでいいように殴られていた男がいた。面倒に思った自身は先にこいつから仕留めようと痺れていない手にエネルギーを溜めて振るおうとする。が、今度は痺れていない手と足に目に見えない何かが直撃する。再度感じた不快な感覚に「アアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!」と叫びながら女の方に駆け寄る。足は痺れていたがこの程度の間合いを潰すのは容易だった。あっさりと女の首を掴む。このまま首をへし折るべく暗い喜びに浸りながら力を込めようとする。すると、

 

「ねぇ……。言葉分かるかわかんないけどさぁ。共振って知ってる?」

 

 何やら話を始めた。絶望でもしたのかと期待してニヤニヤと笑いながら話を聞く。

 

「音とかの振動と振動がかけ合わさって振幅を増大させることで起こる破壊現象らしいのよ。……上鳴も八百万も伏黒もここまでキメたんだ。ここでキメなきゃロックじゃあないでしょ!」

 

 そう言いながら女がプラグらしきものを突き刺してきた。瞬間、比喩表現抜きで自身の体が内側から爆ぜた。絶叫も許さないほどの苦痛はあの時の男から食らった攻撃の比では無かった。

 

「八百万!」

 

「わかりましたわ!上鳴さん!」

 

「わかってる!」

 

 顔を上げると何かが自身に照準を向けている。逃げなければ。そう思い足に力を入れる。が、足に走る痛みがそれを阻止した。後ろを見ると黒い犬が自身の足の腱を噛みちぎっていた。

 

「逃がすわけねぇだろ」

 

 遊んでいた男の言葉に苛立ちが加速すると何かが炸裂する音が複数回聞こえる。前を見た瞬間、返しのついた大量の鏃が自身に迫っていった。腹、胸、脚、首、太もも、おおよそ体の前面には全て直撃した。引き抜きこの場から離れなければ。そう思い体の再生に集中し、治ったと同時に体に力を入れる。が、微動だにしなかった。

 

「その鏃は特殊なものでして。傷を塞げは塞ぐほど関節をより強固に固めていく仕組みですわ。伏黒さんとの戦闘であなたが怪我を負えば再生するのは把握済み。そして、これでトドメですわ!」

 

 目の前でしゃべるもう1人の女の言ってることは理解できなかった。だけども自身がはめられたことはよく理解させられた。体に何かが打ち込まれる。しばらくして体に本格的に力が入らなくなっていくのを感じた。

 

「今あなたに打ち込んだのは筋弛緩剤の一種。念には念をと致死量の倍以上を打ち込みました。これで詰みですわ」

 

 わからない。目の前の女が何を言っているのかわからない。なんだってこんな連中に負けたのかわかない。勝とうと思えば簡単に勝てた相手だと言うのに。無理解が頭をしめながら名もない怪物は眠るように崩れ落ちた。

 

 

 異形のヴィランが沈黙する。念のため伏黒が近づいて確認するとこれ以上動く様子は見られなかった。それを八百万達に伝えると安心したように崩れ落ちた。

 

「よかったぁぁ!」

 

「いやマジでよかった!相手がうちらのこと舐め腐ってたおかげでなんとか上手くいった!」

 

「正直……何度かミスをするのではないかと冷や冷やしてました……。ですが、皆さんありがとうございます。皆さんのおかげで成功できましたわ」

 

 上鳴は仰向けに倒れ込むと絶叫して、耳郎は軽くため息を吐くと相手のおかげで勝てた面もあったと言う。八百万は皆のおかげでなんとかなったと礼を告げた。そんな様子を見た伏黒は申し訳なさそうに顔をしたに向けるながら喋った。

 

「悪りぃ」

 

「ん?」

 

「いや、もっと早くお前らと協力してたらどうにかなったんじゃないかって」

 

 実際、その通りだった。伏黒の頭には皆を逃すことしか頭になかった。故に途中からは完全に自分だけでどうするかとしか考えていなかった。申し訳なさそうに謝る伏黒を見て3人も喋った。

 

「悪りぃはこっちのセリフだよ。ごめんな。あん時びびって動けなくて」

 

「は?」

 

「まぁね。うちらがあん時落ち着くまでの間、あんたが戦ってなかったら全滅してたのは間違いなかったからね」

 

「伏黒さんもあまり気負わないでください。あなたのおかげで今の私達があるんですよ?」

 

 誰一人として伏黒を責めなかった。それどころか誰もが伏黒に感謝した。初めは呆気に取られた伏黒もそんな連中がおかしくて吹き出して笑ってしまった。そして顔を上げて「ありがとう」と笑いながら礼を告げた。すると、ドンッ!と凄まじい音が響く。音の発信源を見ると笑みを浮かべていないオールマイトがそこにはいた。

 

「行くか?」

 

 伏黒がそう言うと3人とも首を縦に振るい立ち上がる。立ち上がった3人を追うべく伏黒も立ち上がり歩もうとした瞬間、前のめりに倒れた。

 

「伏黒?」

 

 上鳴の声が遠くから聞こえるように錯覚する。緊張が抜けたためか体から力が抜けていく。くらむ視界の中、焦った3人の顔が見えて意識が途絶えた。




すみません。オリジナルの戦闘がマジで難しかったため長くなりました。納得いかない場合や誤字脱字はどんどんコメントしてください。

 一応、ヤオモモが最後に致死量の筋弛緩剤を叩き込んだ理由ですが。そこまでしなければならないほど追い込まれていたからだ、とでも考えておいてください。


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呪い、そして夢の中

UA50,418、お気に入りが1,046件ありがとうございます!まさかUAが50000を超えて、お気に入りが1,000件を超えるとは思いもしませんでした!日間ランキングにものって作者は有頂天です!皆さん普段から『伏黒のヒーローアカデミア』を読んでいただきありがとうございます!今回もどうぞよろしくお願いします!


 ふわふわと揺蕩う。

 

 ふらふらと揺らいでいく。

 

 冷たくともどこか心地よく感じられる暗い黒い()の中を。

 

 そして気づく。

 

 ああ、まただ。またこの夢だ。あの日、ヒーロー殺しと出会ったあの日から個性を使えばほぼ間違いなく見る夢だ。黒く暗い()の中で動物達が現れては消える。2匹の白と黒の狼のような犬が。羽を広げれば伏黒以上の大きさを誇る頭蓋のような仮面を被った怪鳥が。人1人丸呑みできそうなほど大きな蝦蟇が。そんな蝦蟇すらも捕食できてしまいそうなほどの巨躯を誇る大蛇が。他にもモヤがかかって見えなかったが様々な生き物が現れては消える。

 

 そんな中、伏黒は底にたどり着いたのか足が地につく。そこには何もなかった。ただただ広がる何もないはずの黒の中に何かが現れる。複数体の玉犬が蝦蟇が遠吠えをする。まるで絶対的なナニカに道を開けるかのように。すると、奥の方から何が現れる。それは4、5メートル以上を誇る人型の何かだった。手には剣をつけ、尻尾のようなものが見え隠れしていた。顔の方を見ようとしたが先程の生き物達と同様にモヤがかかって見えなかった。ふと、体が上昇していく。まるで世界から拒絶されるかのようにフワフワとそれでいて凄まじい勢いで上昇していく。視界に光が差し込み始める。そして、

 

『ガコンッ』

 

 歯車が回る。意識の浮上とともにそんな音が耳に響き渡った。

 

 

 目が薄らと開く。それと同時に眩しい光が目に差し込む。いきなりの光量に一瞬視界が真っ白に染まって目を窄める。しばらくして慣れてきた伏黒は再度目を開く。目を開いた場所は一年前に一度見た光景——病院によく似ていた。状況を把握すべく体を起こそうとする。が、まるで鉛でも着せられたかのように体が動かなかった。それだけではない。平衡感覚を失ったかのように頭がぐるぐると回り吐き気を催した。いまいち把握しきれず困惑していると。

 

「おや。目が覚めたのかい」

 

 老人の声が聞こえた。声の高さから恐らく女性だと判断しながら首だけでも音のした方に目を向ける。そこには小柄で優しげな老婆がいた。一瞬誰かわからなかったが、今までの出来事を照らし合わせてすぐに正体に気づけた。

 

「どうも……リカバリーガール……。こんな…格好で申し訳……ありません……」

 

 目の前にある人物、恐らく自身の怪我を治してくれたであろうリカバリーガールに礼を言おうとする伏黒。しかし、伏黒の口から出た声は疲れからか全く覇気がこもってなかった。

 

「無理すんじゃないよ。体の血液が1割強程度は抜けてたよ。傷口の止血が無けりゃ本当に死んでたかもしんないよ。アンタがそんなに動けないのは出血の影響と私の個性で少し無理に治したのが理由だよ」

 

「でも……。普通に動けて…ました」

 

「アドレナリンがドバドバと出てたからだよ。闘いが終わったこととオールマイトが来たことのダブルパンチで緊張が抜けてぶっ倒れたのさ」

 

 そこまで言われて自身の体に感じる重さの理由とあそこまで動けていたのにも関わらずいきなり倒れたことに対して理解する伏黒。自身が思っていた以上に危険であったことを遅まきながらいやでも理解させられた。リカバリーガールの言いつけを無視しながら重たい体も持ち上げる。上体を起こそうとする伏黒を見てリカバリーガールは軽く睨みつけてくる。すると、ある事実に気がつく。

 

「手が……」

 

「相手の個性と実力、そして自身の運と周りの判断に感謝しな。切り口が鋭く滑らかだったから出来た芸当さね。もしも切り口が荒くて傷口が壊死してたり燃やして無理に止血させたら、今頃あんたの手の部分にあんのは素手じゃなくて義手だったよ」

 

 咎めるように発されるリカバリーガールの言葉を聞いて、伏黒は初めて存在しないと思っていた運と周りの判断が自身を五体満足にしたのだと知る。切り落とされてそこそこの時間が経ったにも関わらず、すでに手を握りしめることが出来、感覚も感触もあることがわかる。リカバリーガールの個性と純粋な技術に感謝すると同時に感嘆する。すると、

 

「今日はもう動けないだろうからこのまま寝な。後、アンタの彼女かい?アンタが負傷したこと知ったら顔色変えて来てたよ」

 

「……彼女?……それって、サイドテールで…オレンジ色の?」

 

「そうだよ」

 

 リカバリーガールが来た人物が恋人なのか?という問いを投げかけてくる。その問いに身に覚えがないが故に首を傾げ、思い浮かんだ人物の特徴を告げるとリカバリーガールは肯定する。

 

「ああ……なら幼馴染です。恋人では…ないですよ…」

 

「そうなのかい?意識のないアンタ見てあの子あんなに泣いてたもんだからてっきり恋仲なのかと思ったよ」

 

 それに対して伏黒は否定するとリカバリーガールは軽く驚きながらもそう告げる。そんなリカバリーガールをよそに伏黒は何故倒れたことがバレたのかと思考を巡らせて恐らくクラスメイトの誰かがバラしたのだろうと勝手に結論付ける。そして、拳藤が泣いたという事実を受け入れてニヒルに笑った。すると、そんな様子を見たリカバリーガールが訝しむように伏黒を見る。

 

「……何がおかしいんだい」

 

「いや……俺は自分のことを……自己完結して生きてた…って思ってたので……。案外…人との関わりも……あったもんだなって…」

 

「呆れたね。まさか今の今まで自分の力だけで生きてきたと思ってるのかい?だとしたらとんだ傲りだよ」

 

 伏黒の呟くような一言にリカバリーガールはため息を一つ吐くと呆れたように、というか実際に呆れながら伏黒の考えを奢りであると告げる。目線を向けながら伏黒は問う。

 

「……人は独りじゃ生きていけないと?」

 

「陳腐な言い回しになるけどね。それでも事実さね。それともう寝な。明日は休みだけど、退院は明後日だよ」

 

 伏黒の問いに当たり前と返すリカバリーガール。その後に退院のタイミングを伝えて伏黒の額に指を当ててぐっと押す。普段であれば争うこともできたはずがあっさりとベッドの上に引き倒される。腕につけられた点滴を目で追うと花瓶の置かれた机の上に自身のスマホが置かれていた。何着か来ている拳藤のメッセージを眠りに落ちるまでのあいだ返し続けていた。

 

 

 あれから二日たった。ミイラ男と化した相澤先生やコスチューム姿ではない13号と出くわして守りきれなかったことに関して謝られる、拳藤とそのお友達がベッドで寝たきりの伏黒の見舞いに来て、少しだけ鬱陶しく質問責めされた、などのことを除けば入院と検査は滞りなく行われた。

 

「よし。腕は問題なく動くようだね。予定通り退院おめでとう」

 

「ありがとうございました」

 

「あんまり怪我すんじゃないよ。アンタの幼馴染もそう言ってだろう?」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 正直な話。初日の質問攻めや説教は寝たきりの伏黒がマジ切れするほど鬱陶しかった。心配してくれていたのはよくわかったがまだ疲れが抜けきっておらず頭が痛かった伏黒にとって拳藤のよく響く声は伏黒の頭にもよく響かされた。その後、どういう訳か揶揄われている拳藤を見てザマァと思いながら伏黒は二度寝に移行していた。

 

 制服に着替えて保健室の外に出る前にリカバリーガールに一礼してから出た後に体を捻る。久しぶりに体を動かしたためか体の至る所からバキバキと音が鳴り響いた。最後に伸びをして伏黒は1ーAに向かう。特にこれといった問題もなく到着する。するとあることに気がつく。普段から明るいはずの教室からあまり会話が聞こえないことに。疑問に思いながらも引き戸を開ける。

 

「おはよう」

 

「おう!おは…よ……う……」

 

 すぐ近くにいた切島に挨拶すると笑顔を浮かべ切島は挨拶を返す。が、どういう訳か言い切る前に固まって動かなくなる。そんな様子に伏黒は首を傾げながらも周りを見渡す。すると、全員が全員伏黒の方を見て固まっているのがわかった。何が何だかわからずに困惑していると、

 

「ふ」

 

「ふ?」

 

 切島が何かを呟き始めた。聞き取れた部分だけを伏黒は復唱する。その直後、

 

「「「「伏黒、復活早ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」」

 

 クラス中の言葉が一つになる。そして声が教室内を叩いた。あまりの大きさに想定よりも遥か上をいく盛り上がりぶりに、伏黒は一歩引いた。すると、クラスメイトのほぼ全員が伏黒に駆け寄ってくる。あまりの勢いと熱に正直逃げたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えてクラスメイトに向き合う。

 

「おい待て。なんだこの騒ぎは」

 

「何が『なんだこの騒ぎは』だ!マジでビビらせやがって!」

 

「そーだ!そーだ!私たち全員心配したんだからなー!」

 

 位置的な意味で真っ先に駆け寄ってきた切島と芦田がそれぞれの思いを口にする。

 

「だからって騒ぎすぎだろ……」

 

「腕もげたって聞いたんだよ!?出血多量でぶっ倒れたって聞いたんだよ!?」

 

「寧ろ心配しない奴はいないだろ?」

 

 騒ぎ過ぎだとつっこむと葉隠が見えないながらも全身を使って憤りながら捲し立て、尾白は呆れたようにどこか責めるように伏黒を諭す。収拾がつかなくなったことにどうしたものかと思っていると蛙吹がこちらに来ていることに気がつく。

 

「……よぉ」

 

「ケロ……伏黒ちゃん…。3人から聞いたわ…」

 

 話す内容も思いつかずに取り敢えず挨拶をすると俯いた蛙吹がボソリと呟く。話の内容からして間違いなくあの攻防での会話のことだろう。そう確信すると上鳴、耳郎、八百万の順番に余計なことをしたなという意味を込めた目線を向ける。上鳴は知らねとでも言いたげな顔をして、耳郎と八百万は気まずそうに目線を逸らした。すると、

 

「伏黒ちゃんは……。私のこと友達だと思ってなかったのかしら」

 

「別にそうは思って「そう思うとね、私ね色んな嫌な気持ちが溢れてね……」

 

 とっても悲しい気持ちになったの。そう締めくくられて流石に気まずくなった伏黒は蛙吹の顔を見る。そして、こちらに来て最大の驚愕に襲われる。

 

 蛙吹は泣いていた。ポロリポロリと。ケロケロと鳴きながら泣いていた。ギョッと目を見開く伏黒。近くにいた切島と芦田と葉隠と尾白に目を向ける。するとこれは自身で解決しろと目線で返された。

 

 伏黒は突っかかってきた連中を泣かせたことはある。だが、お友達だと健気に言ってくる女の子を泣かせたことは一度もないのだ。慌てて周りに目線を向けるも答えは先ほどと同じ。いよいよ混乱してきた伏黒は廊下に目線を向ける。するとそこには相澤がいた。最後の綱として相澤に目線を送るも目も見えないというのに「泣き止ませなかったら除籍な?」とでも言いたげな圧が送られてきた。いよいよ切羽詰まってきた伏黒はどうしたものかと前を向く。

 

「困り顔だな。友よ」

 

 そこには常闇がいた。思わぬ救いの手にどうすればいいのかと声に出さずに目線で問う。すると常闇ははぁ、とため息を吐いた後に「まさか、本当に他人との付き合いがなかったとは……。孤高故、か」と、どこから仕入れてきたのか情報なのか割と簡単に予想できることを口にした後に伏黒に指を指す。

 

「やるべきことは簡単だ友よ。『謝る』ただそれだけだ」

 

「……いいのか?そんなので」

 

「寧ろお前は深く考え過ぎだ。臭い台詞だが友情というやつは複雑に見えるがお前が思っている以上に単純だ」

 

 常闇のセリフを噛み砕き、「取り敢えずとかそんな考えを捨ててあまり深く考えずに謝るべきである」ということを理解する伏黒。本当にそれでいいのかと悩みながら伏黒は蛙吹の顔を見る。一度深く息を吐いた後に伏黒は蛙吹をこちらに引き寄せて顔を伏黒の胸の部分に押し付ける。

 

「悪りぃ梅雨ちゃん。俺はお前の言う『お友達』ってのが良く分かんねぇんだ」

 

「……知ってるわ。3人から聞いたもの」

 

「だからお前がそんなに傷つくとは全く思ってなかった。本当に悪かった。嘘くさく感じるかもしれねぇから信じなくてもいい。そして教えて欲しいんだ『お友達』って奴を」

 

 「迷惑ならいい……」と言いながら伏黒は落ち着かせるように蛙吹の頭を撫で回す。ある程度泣き止んできた時に蛙吹は

 

「そんなことでいいなら……。だから約束して無茶はしないって」

 

 と答える。伏黒は「ああ」とだけ答えると蛙吹は少しだけ伏黒の服を掴む力を緩める。そして涙を拭うように伏黒の胸部分の制服に顔を擦り付ける。その後に伏黒が何度か蛙吹の背中を軽く叩き、蛙吹を離す。今度こそ教室に入るべく顔を上げる。すると、明らかに教室の空気がおかしかった。女性陣は八百万を初め口に手を添えて「まあ!」とでも言いたげな雰囲気を出し他はキャーキャーと小声で騒ぐ。男性陣に目を向けると緑谷などは顔を赤くして、峰田や上鳴は「これがイケメンかー」と血の涙を流しながらこちらを見てきている。最後に常闇に顔を向ける。

 

「おい」

 

「……なんだ」

 

「なにこれ?」

 

「……その、俺としては軽く頭を下げると思ってたんだ。それでその後は二度とこんなことはしない、と約束して終わりだと」

 

「で?」

 

「その……。皆はお前が抱きしめるとは思ってなかったのだ、友よ」

 

 少しだけ頰を赤くして頰をかく常闇に対して伏黒の目が少しずつ腐り始める。恐らくだが、というか常闇の言動からして軽く謝って約束すればそれで終わりだったのだろう。しかし伏黒は蛙吹を慰めるためとは言え抱きしめてしまった。男女が互いを抱き寄せるや抱きしめるは高校生成り立たての彼ら彼女らの目に初々しくも甘酸っぱく写ったことだろう。天を仰ぎ、後ろを振り返る。そこには全身を包帯で覆った相澤(ミイラ男)がそこにはいた。

 

「みんな席付け」

 

 その一言で皆が席に着く。泣いたためか、抱き締められたためか少し照れ臭そうにした座る蛙吹を見届けた後に伏黒も座る。皆の視線を受けながらも出来るだけ無視を決め組む伏黒。そして、

 

「皆んな元気そうで何より。伏黒もアオハルできるだけの余裕があってよかったよ」

 

 悪意有りなのか無しなのかよくわからない相澤の一言に顔を赤くした伏黒は今すぐに保健室に戻りたい衝動と共に顔を机に押し付けた。

 

 

 着席してすぐに相澤が始めた説明の内容は雄英体育祭についてだった。机にうつ伏せになりながら聞いていた伏黒も雄英体育祭については知っていた。雄英体育祭は雄英高校で行われる日本の一大イベントであり。個性を使用して日本各所から集められた優秀な生徒らが競い合うというもの。TVでも放送され、高視聴率をキープ中な日本のビッグイベント。スポーツの祭典と呼ばれたオリンピックに代わり、全国を熱狂させている。 かく言う伏黒も電気代という面で余裕があった際に見た時と見た回数こそ少なかったが興味を示すほどだ。すると峰田が、

 

「中止にはしねぇのかよ……」

 

 と、慄くように呟いた。そんな言葉に対して中止にすべきではないかと言う意見も出たらしい。しかし、逆に開催することで雄英の管理体制が万全であることを示すためでもあるとのこと。その代わり、警備も例年の5倍に強化するとのこと。そして何よりこの体育祭には重要な面がある。それは他のヒーローたちも見ると言うことだ。それもスカウト目的のために。

 

「年に1回、計3回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ。その気があるなら皆んな気張って行け!」

 

「「「「「ハイッ!!」」」」」

 

 相澤の言葉に羞恥からなんとか抜け出した伏黒を含めたクラス全員の声が室内に響かと同時に皆の心に新たな日がともった。

 

 

 授業を全て終え、時間は過ぎて放課後になる。あの後、主に女性陣の質問攻めや峰田の蛙吹の抱きしめた感触に関しての質問などの面倒方を除けばこれまで通りの生活だった。普段以上に疲れながらも家に帰り体育祭までの間に失った分を埋めるべく(・・・・・・・・・・)自主練をしようと荷物をまとめる途中で教室の外が騒がしいことに気がつく。

 

「うおぉぉ……何事だぁ!?」

 

「何だよ出れねぇじゃん!何しに来たんだよ!」

 

「勘弁しろよ……」

 

 麗日と峰田が教室の前の光景を見て声を上げる。そこにはB組の生徒やそれ以外の学科の生徒達がA組の前の廊下に集まって教室を除いていた。伏黒はこのままでは帰らないとめんどくさげに呟くと爆豪がズカズカと歩いて吐き捨てるように話す。

 

「敵情視察だろうよ。敵の襲撃を耐え抜いたヤツらだもんな、体育祭の前に見ときたいんだろ。ンなことしたって意味ねぇからどけモブ共!」

 

「知らない人のこととりあえずモブって言うの止めなよ!」

 

「今更だろ」

 

 もはやA組には見慣れた爆豪節に対して、後ろから飯田が鋭いツッコミをかます。伏黒はもはや手遅れだと思っているため意味はないと飯田の肩を叩いて諭す。すると

 

「噂のA組、どんなもんかと見に来たが随分と偉そうだよなぁ。ヒーロー科に在籍するヤツは皆こんななのかい?こういうの見ると幻滅するなぁ」

 

 するりとブーイングをあげる生徒たちの間を抜けて青寄りの紫色をした髪と目の男が現れて話し始める。

 

「ア゛ァ゛?」

 

 チンピラのような顔と態度で目の前の生徒を睨む爆豪に対して一歩も引かずに言葉を続ける。

 

「普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴、結構いるんだって」

 

「……何が言いてぇ」

 

「そんな俺らにも学校側はチャンスを残してくれてる。体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ」

 

 この言葉を聞いてクラスメイトの何名かは固まる。それは事実だ。伏黒は入院の最中暇でリカバリーガールがそばにいた時にこっそり聞いていたのだ。それを聞いた時は自由さでは雄英は常に自身の上をいくと伏黒は思わされたらしい。

 

「敵情視察?少なくとも俺はいくらヒーロー科とはいえ、調子に乗ってっと足下ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しにきたつもり」

 

 大胆不敵な言葉。その言葉には一切の虚言は含まれていなかった。つまりは目の前にいるこの男は本気の本気でヒーロー科の連中を蹴落としてでも這いあがろうとしているのだ。それに伏黒は気づくと頰が僅かに上がり笑みの形を作る。目の前にいた数名が伏黒の笑みを見て2、3歩下がった。それを見て伏黒は口元を手で覆う。するとすぐにB組の男が現れる。

 

「おうおう!隣のB組のモンだけどよぉ!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ったんだがエラく調子づいちゃってんなぁオイ!!」

 

 そして爆豪の言動が気に食わなかったのか爆豪に噛み付いてきた。A組の生徒達はざわめきじっと事の発端である爆豪に視線が行く。伏黒はそんな連中を無視してそのまま家に帰宅しようとする。

 

「おいおい!伏黒ォ!ヘイト集めまくった爆豪に文句ねぇのかよ!?」

 

「興味ねぇよ」

 

「ハァ!?」

 

「……フン」

 

「「上に上がれば問題ねぇ/関係ねぇ」」

 

 伏黒と爆豪はそう告げるとそのまま教室を出て行った。互いに教室を出て道が分かれると伏黒はリハビリ兼新たな手札を揃えるべく珍しく目をギラギラと光らせる。道中で偶然会った拳藤の腕を掴む。

 

「ちょっと!なに!?」

 

「リハビリに付き合え。拳藤」

 

「へえ……珍しいじゃん。あんたから誘ってくるなんて」

 

「嫌ならいい」

 

「いや、私も久々にあんたと戦いたいからさ。いいよ受けたげる」

 

 その後、拳藤の付き合いと共に二週間、リハビリとトレーニングをして、日本最大の催しである雄英体育祭に向けて準備を進めていた。

 

 そして、2週間はあっという間に過ぎて雄英体育祭本番当日が訪れた。




ようやく伏黒にお友達が出来ましたね。

え?拳藤?あの子は伏黒にとって兄弟みたいな認識が強いですのでお友達ではありませんよ?


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夢の中、そして体育祭

遅くなってしまって大変申し訳ありませんでした。


 雄英高校体育祭当日。会場には多くの人であふれかえっていた。日本を代表する催しなので毎年人はたくさん集まるのだが、今年は例年に比べてもその数は多い。

 その中でも特にその傾向にあるのは1年のステージであった。通常であればラストチャンスにかける熱や経験値からなる戦略が見応えのある3年にスポットライトが当てられる。しかし、先週起きた雄英襲撃事件があった。それを全員乗り越えて生き残った1年の世間での話題はそれほどまでに大きかった。

 そして警護として各地からヒーローも呼ばれたことも相まって今年の雄英体育祭は通常以上の人を呼び寄せる結果となった。

 

「コスチューム着たかったなー」

 

「公平を期すためだ。気持ちはわかるが諦めろ」

 

 体操着を見ながら不満そうに呟く芦戸。伏黒もコスチューム有りならば宣伝のためにアピールもできる。が、それでは流石にコスチューム無しの学科には不平であるため伏黒は諦めろと告げる。他のクラスメイトは緊張を紛らわすためか誰かと話す者、ストレッチをして体を伸ばしてほぐす者、深呼吸をする者、特にこれといって変化のない者など様々だった。すると、

 

「緑谷」

 

 クラスでもトップクラスの実力を誇る轟が緑谷に向けて話しかけた。皆の視線が轟と緑谷に注がれる。

 

「えっと……。轟君、何?」

 

 緊張していたのか息を大きく吸いながら心臓部に手をやっていた緑谷は困惑顔を浮かべながら轟に呼び止められたことに対して首を傾げながら聞き返す。

 

「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う。」 

 

「へ!?……まぁ、うん」

 

「けどお前、オールマイトから目かけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが……お前には勝つぞ」

 

 あと数分もしないうちに入場するにも関わらず轟が目を見開く緑谷にそう言い放ち、じっと見据える。控え室に緊張が走る。突然の挑発的な宣戦布告に周りが驚く。切島は直前になってやめろと肩を掴まれて言われるが、轟は仲良しごっこではないのだから言うと手を振り解く。すると、緑谷はオドオドと下を見ながら言い返す。

 

「轟君が何を思って僕に勝つって言ってんのかは分かんないけど……そりゃ君の方が上だよ……。実力なんて大半の人に敵わないと思う……。客観的に見ても、ね……」

 

「……」

 

「緑谷もそういうネガティブなこと言うなって……」

 

「でも……!普通科の皆んなも本気でトップを狙ってるんだ!僕だって……遅れをとるわけにはいかない。だから、僕も本気で獲りに行く!」

 

 緑谷が静かに、しかし強い意志をこめてそう宣言する。珍しくはっきりとした物言いに切島は目を見開きながら緑谷に伸ばした手を伸ばして自身の席に戻る。轟も緑谷の言葉に「……おお」とだけ告げると戻ろうとする。が、その直前になって今度は伏黒に顔を向ける。突然目線を向けられたことにため息を吐きそうになるのをグッと抑えて伏黒は轟に目線を向ける。

 

「伏黒……。お前もだ」

 

「……言っとくが俺はオールマイトに目をつけられてねぇぞ」

 

「そうじゃねぇよ。同学年の奴が、いや、お前が初めて俺に対して敗北を味わせたんだ……。だから、お前にも俺は勝つ」

 

「……そうかよ。ついで扱いされてみたいで腹立つがよくわかったよ」

 

 くだらなそうに轟を見て伏黒はそう告げる。実際、伏黒はかなり轟のことが嫌いだったりする。なにせ轟は伏黒はおろかどのクラスメイトに対してもそうだが見ようとしないのだ(・・・・・・・・・)。まるで誰か別の奴に対して言っているかのようだった。

 

 冷ややかな伏黒の目線と轟の睨みつけるような目線がかち合う。数秒ほどして飯田の呼び出しの合図が聞こえたため互いに目を声のする方に逸らした。待機室の空気が最悪となった中、雄英体育祭が始まった。

 

 

『雄英体育祭!ヒーローの卵たちが、我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!どうせテメーらアレだろ、こいつらだろ!?ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!』

 

 通路を歩くにつれて、徐々に実況と歓声が大きくなっていく。しかし進み続ける足は決して止まらずに歓声の方へと進んでいく。するとゲートの出入り口らしきところに人がいた。口には出さずに手の動きだけでA組の進行を一度止める。そして、

 

『ヒーロー科!!一年!!!A組だろぉぉぉぉ!!?』

 

 その言葉と共に外に出るよう促される。その合図と共に歩き始めるA組。すると外の光がA組のメンバー達の体を叩くと同時に、歓声も360度、全方向から叩いてきた。キラキラとカメラのフラッシュが生徒達を捉え続ける。このようなならない状況にある者は緊張し、ある者は普段通りに、そしてある者は好戦的に笑って答えた。その後、普通科や経営科など全ての雄英生達が出揃った。すると、

 

「選手宣誓!!」

 

 SM嬢のような過激なコスチュームに身を包む長身でナイスバディな美女が壇上に上がると鞭を鳴らしながらそう大声で告げた。それと同時に——声だけで判断したが——-男性陣を中心に再度大きな盛り上がりを見せた。因みにA組では峰田が大きく反応していた。18禁ヒーロー、ミッドナイトのファンは当然ながら男性が多い為、仕方ない事なのだろう。

 

 実は伏黒はミッドナイトと面識がある。出会ったきっかけは戦闘訓練の後に爆豪が泣きながら緑谷に何か告げているのを見ていた時のこと。ミッドナイトがカメラを乱射しているのを伏黒は発見していた。そのことを後日聞くと「幾ら払えば黙ってくれる?」とマジ顔で財布片手に聞いてきた時にこの学校はもうダメかもしれないと伏黒は本気で思わされたと言う。

 

「1ーA代表!伏黒恵!!」

 

「ケロ……。伏黒ちゃんなのね。A組の代表って」

 

「まあ、入試成績1位なだけはあるからな」

 

 周りから集まる視線を一心に受けながら伏黒は堂々と歩き続ける。途中で「ヒーロー科入試の、な?」やどこか嫌味などのものを含んだ視線を向けられたが特に臆することなく伏黒は壇上に上がる。そしてマイクをマイクスタンドから取り外しながら始めた。

 

「『宣誓。僕たちは〜』的なこと考えてた、っていうか言おうと思ってたんですけど。始まる前にあんだけ挑発されると流石にイラッときたんでらしくないけど言わせてもらいますね?

 

 ―――俺1位を取ります(頂点を目指します)。だから、それ以外はどうぞご自由に。どうか安心して2位を目指してください。以上です」

 

 一瞬、整列された生徒一同がシンと静まり返る。すると次の瞬間、生徒一同のブーイングの嵐が巻き起こる。内容は「調子に乗んなA組オラァ!」や「品位を貶めるのはやめろぉ!」や「上等だ!この影野郎!!」などだった。そんなブーイングに対して伏黒は「ハッ」と鼻で笑うことで返すとさらにブーイングの勢いは増した。持っていたマイクを「クール系の見せる熱い感情……。ああ……いいわぁ」と顔を赤く染めるミッドナイトに渡す。壇上から降りるとA組の生徒達は戦々恐々とした目で見られながら元の列を戻った。すると、協議が決まったのかスクリーンに映像が映る。

 

「さーて、それじゃあ早速第一種目に行きましょう!いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!さて運命の第一種目!今年は……コレ!!」

 

 スクリーンにデカデカと『障害物競走』の文字が現れる。そして矢継ぎ早にミッドナイトは障害物競走のルールを説明し始める。

 

「計11クラス全員参加のレースよ!コースはこのスタジアムの外周約4㎞!我が校は自由が売り文句!コースを守れば何をしたって構わないわ!

 

「へぇ……なんでも、ねぇ」

 

「さあさあ、位置につきまくりなさい!」  

 

 ミッドナイトの言葉の中にあった一言に伏黒は反応しているとすぐ近くにあったゲートが音を立てて開き始める。11クラス全員が並んで位置につくとゲートのランプが減り始める。3つのランプが消えた瞬間、

 

「スターーーーート!!」

 

「《鵺》。飛べ!」

 

 ミッドナイトの声がスタジアムに響き渡る。それと同時に全生徒が動き出し始める。伏黒はそれを見ながら鵺を呼び出し、飛び乗るとゲートを越え、スタジアムを超えて(・・・・・・・・・・・・・・・・)誰よりも早くコースに入った。

 

「「「「あれ、有りぃぃぃぃぃ!!!?」」」」

 

 宙を舞う、伏黒を見てほぼ全員の生徒が指差して叫ぶ。それに対してミッドナイトは、

 

「コースを守ってるからありよ!!言ったでしょう!なんでも(・・・・)って!それより良いの!?トップの伏黒君はもう第一の関門に行ったわよ!」

 

 ミッドナイトの言葉にギョッとしながらも周りの生徒たちは足を再度動かし始めた。そのことを伏黒は後ろを振り返って確認すると小さな声で「余計なことを……」と呟いた。すると、上空にいるにも関わらず目の前に壁ができた。前を向き顔を上げる。するとそこには、

 

『さぁ、いきなり障害物だ!まずは手始め、第一関門!こんな早く出番が来ると思ってなかったロボ・インフェルノ!』

 

 雄英の実技試験に登場したお邪魔ギミックが何台も点在していた。突然の出来事に驚きながらも思考はどこから資産を出しているのかと言う疑問に切り替わる。

 

『仮想ヴィランロボットがお相手だ!』

 

 だがそれでも。伏黒にとって巨大ギミックはただでかいだけで鈍く隙間も大きかったため穴の空いたザルにしか映らなかった。

 

「大した壁になってねぇよ」

 

 そう呟きながら伏黒は巨大ギミックの間をすり抜けていく。何台か巨大ギミックの体の上に仮想ヴィランも存在していたがそれも難なく回避していく。すると直後、背中に冷気を感じた。振り返ると最初にいたお邪魔ヴィランが氷漬けにされていた。驚きながらも下を見るとこちらを睨んでくる轟がいた。目線がかち合うと伏黒は鵺の速度を上げた。

 

『伏黒、独走状態!!っていうか、飛行個性持ちはメッチャ有利じゃん、不平等じゃねぇの!?そこんとこ、どうなんだイレイザーヘッド!』

 

『世の中そんなもんだろ。そもそも個性ありきの競技な以上、平等も不平等もありはしねぇよ。それにこの学校の校訓はなんだよマイク』

 

『YEAAHHHHHH!!勿論知ってるぜ!『Plus Ultra』ってなぁ!!』

 

『そう言うこった』

 

「ちっ……(出遅れちまった、クソッ。やっぱりと言うか予想通りこう言う競技タイプは万能型の伏黒によく刺さるな)」

 

 舌打ちをしながら轟は多少体が冷えるのを無視しながら氷を後ろに放出して速度を上げ始めた。初めの凍結で大分ふるいにかけることは出来たが伏黒が空を飛べるなどを考慮するのを忘れていた轟は急いで次の関門に向かった。周りのA組達も急いで伏黒と轟を追った。

 

『そうこうしている間にぃぃ!1ーA伏黒恵!早くも第二関門、ザ・フォールに到達ぅ!』

 

「大層な綱渡りだな。まあ、俺には関係ないけどな」

 

『おーっと!それも関係なしと伏黒、上空を飛んで攻略かぁー!?』

 

 足場を使わずとも鵺に乗れば上空を旋回することで移動できるためそのまま進もうとする。瞬間、不自然なまでに強力な風が伏黒と鵺の体に襲いかかった。

 

「なっ!?」

 

 突然の出来事に鵺は飛行の体制が崩れ、そしてその上に乗っていた伏黒はバランスを崩して自由落下を開始した。しかし、伏黒はすぐさま鵺を仕舞い、蝦蟇を呼び出すと舌をすぐそばにあった縄に巻き付かせて落下の勢いを利用して第二関門のスタート地点から二つ目の岩場に着地した。

 

『ナイス反応だ伏黒恵!だが、これでわかったな!?縄を渡ろうとした瞬間!空を飛べるタイプの個性にはランダムで風が吹くように出来ている!!飛ぶ高度が高ければ高いほど風の強さは増す!バランスを崩して奈落の底に……なーんてならないよう気をつけNA!!ちなみに落ちても中腹あたりに網が貼ってあるから怪我のほうは心配すんな!』

 

「エンターテイメントしすぎだろこの学校は……。蝦蟇、悪いが地道に、それでいて早めに頼む」

 

 伏黒は蝦蟇にそう頼む。すると蝦蟇は「ゲコッ」とだけ答えて綱をしっかりと掴んで移動し始めた。アンバランスすぎて立つのに苦労しそうだと思っていたが、綱は思っていたよりもしっかりとしていたようでそこまでグラつくことはなかった。そんな様子をプロヒーロー達は画面越しで見続けていた。

 

「1位の奴が圧倒的すぎるぞ!?」

 

「エンデヴァーの息子さん、か?」

 

「いや、エンデヴァーの息子さんは第2位の氷を出してる子だ」

 

「エンデヴァーの息子を抑えて第1位かよ……」

 

「個性も強い。だがそれ以上に突然バランスを崩して落ちても冷静に対処できる判断能力、呼び出した?個性に瞬時に捕まることのできる運動能力、どれをとってもプロヒーローに勝るとも劣らない」

 

「早速、サイドキック争奪戦だなぁ!」

 

 思い思いの言葉を言いながら画面越しに見える伏黒に対して評価を下し続けるプロヒーロー達。そんなこともつゆ知らず伏黒は難なく第二関門を突破すると蝦蟇を解除して走り始める。するとすぐに後ろから誰かがたどり着くのがわかった。来んのが早えよ、と1人愚痴をこぼしながらも伏黒は第三の関門に到達した。

 

『先頭を独走中の伏黒を筆頭にあと少しで追いつきそうな轟、爆豪と続いて、下は団子状態!上位何名が通過するかは公表してねえから、安心せずに突き進めよ!そして早くも伏黒が最終関門にさしかかる!かくしてその実態は……怒りのアフガンだァァァァ!地面は地雷原!上空には本日お披露目の対空兵器が待ち受けているぞ!どっちとも見た目と音は派手だから失禁必至だぜ!』

 

『人にもよるだろ』

 

 その言葉ともに柵の外からドローン型の仮想ヴィランが飛び出してきた。これを見た伏黒はリスクありならば鵺に乗って飛べるが、リスクがデカすぎると判断。蝦蟇で一飛びすれば辿り着けるかと言われれば絶対に無理。そう判断した瞬間、蝦蟇をしまって影から玉犬・黒を呼び出す。

 

「嗅ぎ分けろ玉犬」

 

「ワフッ!」

 

 伏黒の言葉に玉犬・黒は吠えると地面に鼻をつけて匂いを嗅ぎ始めた。しばらくすると顔を上げて何かを避けるように先を進み始めた。伏黒も玉犬・黒が通った場所をなぞるように進み続ける。

 

『……なあ、イレイザー。これってもしかして……』

 

『わかってはいた事だが、見事に見抜かれてるな。伏黒恵、個性《影絵》。影で呼び出した動物を使役する個性。個々のスペック値は通常の動物の上をいくらしい。嗅覚の優れている犬。そんな犬の嗅覚が強化されてるのだとしたら回避は余裕だろうな』

 

『なんでもありじゃねぇか!空も飛べて、足場の悪いところも難なく攻略できて、終いにゃあかなり巧妙に隠した地雷原も簡単に攻略って!』

 

 プレゼントマイクがチートだチート、とぼやいているのを無視しながら伏黒は玉犬の後に続く。順調に進んでいき中腹地点まで到達した。だがしかし、

 

「おい」

 

 後ろからパキパキと何かが凍りつくような音ともに声が聞こえてきた。背筋に嫌な予感が走り咄嗟に飛び跳ねる。すると、先ほどまで立っていた地点に霜が走り、次の瞬間には凍りついていた。声と個性から轟だとすぐにわかったがいくら何でも早すぎる。そう思い振り返る。そして何でこんなに早く自身に追いつけたのか伏黒は理解した。

 

「良いのかよ。道作っちまって」

 

「追いつく方が優先だ。違うか?」

 

 轟は地雷のあった地点を無視して一直線に凍らせることで最短ルートを作り上げたのだ。当然、轟にもリスクはある。安全地帯を作った以上、後ろから迫ってくる後続たちは安全にその道を通れるのだから。伏黒は轟も切羽詰まっていたことを確信すると同時にまだ自身が有利であることを悟る。足場が限られている状態で伏黒は轟に上段蹴りを放ち牽制する。轟は伏黒の蹴りを躱すと触れて氷漬けにして身動きを封じようとしているのか伏黒に掴みかかる。

 

『伏黒と轟が並んだァァァァ!!喜べマスメディア!お前ら好みな展開だァァ!!』

 

 するとスタジアムの方から歓声が上がる。伏黒は轟が思っていたよりも近接戦に秀でていたため手間取っていた。少し伏黒の顔に焦りが浮かぶ。すると、

 

「待てや!影野郎!半分野郎!俺を無視してんじゃあねぇーー!!」

 

「ここに来て爆豪かよッ……」

 

「チッ、面倒くせぇ奴が」

 

 爆豪が掌を爆破させながらこちらに飛んできた。空中を飛んでいる時にドローン型の仮想ヴィランに爆撃されていたのか体操服が汚れていた。

 

「……飛んでくるとはな。さてはお前馬鹿だろ」

 

「ア゛ア゛!?なら、半分野郎の作った道を走れってか!?ざけんな!俺は俺の道を行くんだよぉ!!」

 

「よそ見してる暇あんのか、伏黒」

 

 煽りながら徒手空拳で2人を迎撃し続ける伏黒、隙を見て伏黒を凍らせようとする轟、そんな2人に爆破と打撃を叩き込みながら戦う爆豪。一進一退の攻防が繰り広げられる。観客席から伝わる歓声がさらに高まるのを感じる。その時、鼓膜を破るような大爆発が後方で起こった。伏黒を含めた3人が戦いを止めて後のする方向に目を向ける。するとそこには、大量のドローン型の仮想ヴィランを(・・・・・・・・・・・・・・・・)引き連れた緑谷が(・・・・・・・・)空から降ってきた。

 

「なっ!?」

 

「デクァ!?」

 

「ヤベェな。これはッ」

 

 緑谷が着地して駆け抜ける。その次の瞬間。緑谷を追っていたドローン型の仮想ヴィランは伏黒、轟、爆豪目掛けて突っ込み地雷の誘爆も相まって信じられない大爆発を引き起こした。

 

『ヤベェェェェェェェ!!!大・爆・発!!え?これ本当に大丈夫?威力が洒落になってねぇけど?』

 

 あまりの爆発に緊張からか歓声が一度止まる。すると煙の中から伏黒が咳をこみながら飛び出した。

 

『生きてたァァ!!無傷ってわけじゃねぇけど走れるだけの余裕はあるっぽくてよかったー!あれ?爆豪と轟は?』

 

 体が煤まみれとなった伏黒の登場にプレゼントマイクを筆頭に観客が再度歓声を上げる。大体4、5秒もしないうちに目を血走らせた爆豪と顔を歪めた轟が煙の中から現れる。

 

「影野郎!デクゥゥ!!」

 

「やってくれたなッ……」

 

 それぞれ口から恨言がこぼれ出る。大爆発が起こる直前に伏黒は鵺を呼び出し抱きしめるように防御させ、轟は氷のバリアを貼ることで衝撃を防ぐ、爆豪は最大火力の爆破で爆破を相殺した。この段階で伏黒が一手先をいっていた。轟と爆豪が走り出そうとした瞬間、伏黒は鵺に最大火力の電撃を放たせたのだ。当然回避する術もなくもろに電撃を受けた2人はその場に倒れ込む。伏黒はそんな2人を尻目に緑谷を追いかけた。目の前に緑谷の背中が見える。それを見た伏黒は全力で駆ける。しかしそれでも、

 

『誰が予想出来た!?今一番にスタジアムに還って来たその男

 

――――――緑谷出久の存在を!!!』

 

 緑谷を追い抜くことは出来なかった。緑谷のゴールするとプレゼント・マイクの実況と共に、空気が震える程の大歓声があがった。悔しかった。爆豪や轟ばかりに目がいきすぎて緑谷の存在を完全に頭の中から外していた。現実を受け入れ前を向く。大歓声の中、伏黒恵の第一種目の結果は2位で終えた。



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体育祭、そして第二種目

 

 

「予選通過は上位42名!残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい!まだ見せ場は用意されているわ!」

 

 全生徒が走り終え、もしくはリタイアして第一種目は終わりを告げた。予選突破の42名中、40名がヒーロー科の生徒であり、残りの2名は普通科の男子とサポート科の女子であった。青い顔をした青山を見て「落ちたのか…」呟いていると、ミッドナイトの言葉が続く。

 

「そして次からいよいよ本番よ!ここからは取材陣も白熱してくるよ!キバりなさい!!!さーて、第二種目よ!私はもう知っているけど~~何かしら!?言ってるそばから…コレよ!!」

 

 ミッドナイトの背後に現れるスクリーンにデカデカと映し出される『騎馬戦』の文字。これを見た一部の生徒は苦々しく顔を顰めた。特に上鳴は顕著だった。騎馬戦である以上チーム戦は確実。上鳴のような体に纏わせたり、自身を中心に放出される類の個性は不利もいいところだろう。参加者がそれぞれの反応をしているとミッドナイトの説明は続く。

 

「参加者は2~4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ。基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、異なる点も有るわ。まずはポイント。第一種目の結果にしたがい各自にポイントが振り当てられるわ!」

 

 ミッドナイトの言葉を聞き伏黒はある程度のルールを把握できた。つまりは組み合わせによってポイントが変動するということなのだろう。となると――元から期待はしてなかったが――爆豪や轟のような強者であっても高ポイントとなるが故に狙われやすくなる分、いくら先ほど活躍しても第二種目払い落とされることなのだろう。ルールはようできてると内心感心する伏黒。すると、

 

「与えられるポイントは下から5ポイントずつ上昇するわ!そして……一位に与えられるポイントは1000万!!」

 

 伏黒の思考を止めるだけの言葉がミッドナイトの口から飛び出す。顔を上げて顔を緑谷に向ける。そこには全身から変な汗をかいた緑谷がいた。

 

「上を行く者には更なる受難を!雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ。これぞ"Plus Ultra"!予選通過一位の緑谷出久君、持ちポイント1000万!!」

 

 自身のポイントが205ポイントであるにも関わらず、一位になった途端跳ね上がった。つまりは1位と組んでも組まずとも1位になれる機会が得られるというわけなのだ。しかも、ポイントやこの種目を乗り切ることだけを考えるわけにはいかないのだ。自身の手の内をこの後戦うかもしれない相手に見せる可能性もあると言うことだ。ここまでの情報をまとめて伏黒はこの競技はよく出来てると伏黒は思わされた。

 

「個性発動アリの残虐ファイト!でも、あくまでも騎馬戦ということを忘れちゃダメよ!!?悪質な故意に行われた崩しの攻撃は1発アウトよ!……それじゃあ、これより15分間の交渉タイムスタート!!」

 

 ざわめく生徒たちを尻目にミッドナイトはそう締めくくった。それと同時に伏黒はチームメイト探しを始めた。伏黒は自身が下でない限り特に問題はない。手を封じられない限り自身の個性が攻防一体の万能型であることを把握してるからだ。それ以上に心配なのは誰かに声をかけられないということだったがそれは杞憂に終わった。

 

「伏黒!俺と組め!」

 

「ケロ、私と組みましょう。伏黒ちゃん」

 

「ウチと組もうよ伏黒」

 

 考え込んでいる伏黒に砂藤や蛙吹、耳郎などを筆頭に一斉に声をかけてきたからだ。交渉開始わずか数秒足らずで話しかけられたことに驚きながらも伏黒は誘った理由を問う。

 

「何で俺なんだ?緑谷(1000万)よりかはマシだろうがそこそこ狙われるぞ?」

 

「でも奪われずに逃げ切れば問題なし!」

 

「それに伏黒ちゃんの個性なら迎撃して逆にハチマキ(ポイント)を奪うことも可能でしょう?」

 

「……そうかい」

 

 どうやらクラスメイトの中でメリットとデメリットを天秤にかけた結果、伏黒と組んだほうが本戦に勝ち残れる可能性が高いと判断したようだ。思っていた以上に信頼されてこそばゆく思う反面、少し予想外の事態に戸惑い悩まされる伏黒。10秒ほど考え込み伏黒は話しかけてきた中の1人に声をかけた。

 

「尾白。俺と組まないか?」

 

「え?俺ェ!?」

 

「すまないが他は別を当たってくれないか?」

 

 尾白を指名した後にそういうと周りに群がっていたクラスメイト達は散り散りにその場から離れていった。それを見届けると伏黒は困惑顔の尾白と向き直る。

 

「なんで俺なんだ?蛙吹とかいい奴いっぱいいただろ」

 

「確かにそうかもな。でも、それ以上に近距離で迎撃できる奴が欲しかった」

 

「どう言うことだ?」

 

「俺の個性だって万能じゃあないんだ。突破されることだってある。爆豪あたりに超近接戦に持ち込まれたらかなりきつい。そこをお前にカバーしてほしい」

 

 実際その通りだった。伏黒の個性の対応範囲はあくまでも中距離や遠距離であって近接などは無理をすれば出来ないことはないがあまり得意ではないのだ。しかし、チームを一度組んだ際に尾白の格闘術の有用性を知っている伏黒は個性の弱点を埋めることが出来ると考えられたのだ。

 

 伏黒の説明を受けて尾白はしばらく悩むそぶりを見せた後に頷くと手を差し出し「よろしく頼む」と告げる。それを見た伏黒はニヤリと笑うと尾白の手を取る。

 

「後は機動力の確保だな」

 

「あてはあるのか?」

 

「まぁな」

 

 そう言うと伏黒は後ろに目線を向ける。そこには腕を組みながら傍観する常闇がそこにはいた。尾白も伏黒の目線の先をたどりそれを確認する。そんな尾白に対して伏黒は「そろそろ他のメンバーを探すぞ」と告げると尾白は「おう」と返事をして伏黒の後を追った。

 

 

 ――――おい待てフザケンナ。

 

「おいおいおい!伏黒ォ!ヤバくねぇか!?」

 

 あれから10分経過した。伏黒のチームメンバー。現在、尾白のみ。何故こうなった。そんなことを考えながら軽く絶望し、焦り散らかす尾白を尻目に伏黒は軽く遠い目をした。あの後、常闇に声をかけたのだ。理由は当然機動力の確保のため。他にも同じく影の個性のため相性が良いと言う点でも選んだのだ。が、結果はあえなく惨敗。常闇曰く、

 

『伏黒よ我が友よ。お前とはただ友であるだけでなく宿敵でもありたいのだ』

 

 だそうだ。初めは言っている意味がわからなかった。それでも意味を咀嚼して自分なりに解読してみて『お前とも戦ってみたい』的なことを言ったのだと解釈した伏黒はなるほどな、と納得して常闇と別れた。断られたのは予想の範疇だったため驚きはしなかった。仕方ないと納得すると他に声をかけた。

 

 ここから伏黒にとっての予想外が勃発し続けた。

 

 佐藤や蛙吹、耳郎、切島、芦戸などを筆頭に他のA組に声をかけていった。正直なところ伏黒は自信の保持したポイントや初めにかけられた声の数にまぁ、いけるだろとたかを括っていた。

 

 しかし、伏黒は舐めていた、というか忘れていた。A組の行動力の速さを。

 

 伏黒が声をかけて帰ってきた返答のほぼ全てが『悪ぃ、もうチームメンバー揃ってるわ』だった。これには伏黒と尾白は予想外。最終手段として腹を括って緑谷と組もうとしてすでにチームが出来上がっていたのを確認した時、軽く頬に汗が伝うのを感じた。内心焦りながらもなんとか現状を受け入れてB組やC組に声をかけ初めて、断られた。

 

 これには流石の伏黒も目を白黒させた。だって、いくらなんでも予想外だったのだ、しょうがないだろう?

 

 ちなみに断られた者たちは一応にこう返してきた『お前たちA組とじゃ実力が合ってないもんなぁ』と。目に宿る敵意や嫉妬を見て伏黒は『もしかして開会の言葉が不味かったのでは?』と悟る。この考えは当たっていた。B組達は伏黒の開会式での言葉に当てられて反発を抱いたのを理由にチームを組もうとしなかったのだ。最後の綱である拳藤に断られた段階で時間を巻き戻したい衝動に駆られながら現在に至る。最悪、尾白に肩車してもらいながらやることを視野に入れながら尾白に指示を出す。

 

「尾白、悪いがここからはお前だけで勧誘してくれ。俺じゃあ話が拗れる」

 

「お、おう、わかった。あんま期待はすんなよ」

 

 そう言うと尾白は人混みの中に紛れ込む。それを見届けると伏黒は申し訳なさと予想外の出来事に対する疲れからその場で軽く座り込む。「はあ……」と軽くため息を吐きながらどうしたもんかと頭を悩ませていると。足音が二つほどこちらに向かってくるのがわかった。伏黒は振り返り確認する。するとそこには尾白がいた。しかし、

 

「尾白?おい、どうした」

 

 目に生気が一切宿っていなかった。まるで、意識がないかのように。突然の出来事に困惑していると、

 

「おい、伏黒さんよ」

 

 気怠げな声が聞こえてきた。バッと振り返る。するとそこには紫色の立った髪と濃い隈が特徴的な少年がいた。声の印象通り気怠げでどことなく影があった。A組でも拳藤から聞かされたB組でも見ない顔から伏黒は消去法である人物に特定した。

 

「心操、だったか?普通科の」

 

 伏黒がそう告げると目の前の少年は目を見開き驚いていた。その反応に伏黒は予想があたったのだと悟る。そして、面倒な相手だと思わされた。何故ならば彼はこの体育祭での唯一の普通科の生徒(・・・・・・・・・)であるからだった。

 

「驚いたな。上にいる連中は下なんて見たことないと思ってたよ。でもまぁ、自己紹介は重要だな。―――心操人使だ。よろしく頼むよ。A組(エリートさん)

 

 まるで挑発するかのような自己紹介と共に差し出された手を見て軽く目を細める伏黒。尾白が来たタイミングを考慮すると洗脳系であることを伏黒は予想立ててながら手を取らずに返事をした。

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 ここまで言った時、意識がぼやけ始めた。『返答で発動する』そう理解した瞬間、自身の迂闊さを呪った。相手の顔をが喜悦で歪むのを見ながら伏黒の意識が深く落ちていった。

 

 

 ふわふわと揺蕩う。

 

 ふらふらと揺らいでいく。

 

 冷たくともどこか心地よく感じられる暗い黒い海影の中を無念と共に。

 

『ガコンッ』

 

 歯車が回る。意識が薄らと明るくなる。

 

『ガコンッ』

 

 歯車が回る。意識が明瞭になる。

 

『ガコンッ』

 

 歯車が回る。これを最後に世界から拒絶されるかのようにフワフワとそれでいて凄まじい勢いで上昇していく。視界に光が差し込み始める。そして――――

 

 

「存外大したことなかったな」

 

 意識を失い傀儡と成り果てたヒーロー科(エリート達)を見てそう嘲笑う。ヒーロー科3名を同時に手玉取る男―――心操人使は半ば勝ちを確信していた。遠中距離を伏黒の《影絵》で牽制、あるいはポイントの獲得に回し、近距離を攻められたら尾白の《尻尾》でカバー、威力が足りなければ庄田の《ツインインパクト》でそれを補っていく。一位を獲得せずとも確実に次の試合に参加できると。

 

 しかし、忘れていた。

 

「それじゃあ、指示に従ってもらうぜ皆んな(手駒)

 

 自身と組んでいるこの男(伏黒恵)は。

 

「ああ、そうさせてもらう」

 

 倍率300倍の中の最高位に位置付けられた人間であることを。後ろから返答が返ってくる。決してあり得ない事態に背後を振り向くとこちらを見下ろす伏黒がそこにはいた。

 

「なん、で」

 

「解けたからじゃねぇの?」

 

 嘘だと受け入れられず咄嗟に聞けばそれが事実であると告げるように返答が返ってくる。

 

「おら。起きろ尾白」

 

 そう言いながら隣に立つ尻尾を生やした男の頭をこづく。すると「んぁ」っと寝起きのような声をあげると辺りを見渡す。伏黒から事情を説明され、目を見開き心操を見る。この状況に最も焦っているのは言わずもがな心操だった。自身の個性はあくまでも初見殺し。一度喰らって立て直せばいくらでも対策が出来るからだ。

 

「さて、話し合おうか」

 

「ハッ!話し合うだと?この状況で話し合うだなんて随分と余裕じゃねぇか!なぁ!主席さんよぉ!」

 

「悪いが余裕がなくてな。ちゃっちゃと済ませるぞ」

 

 自身の言葉に伏黒が反応し返答する。その瞬間、自身の感覚に伏黒が操れる感覚が伝わる。しかし、

 

「わかってると思うが無駄だ」

 

 その感覚とすぐに解けて無くなった。心操はその事実に歯軋りをする。

 

「種は単純だ。俺の影の中で《蝦蟇》を展開させて足を痛くなるまで縛ってる。軽くこづくだけで解けるんだったらこれで十分だと思ったんだが、どうやら問題なかったみたいだな」

 

「種なんぞ微塵も聞いてないんだよッ」

 

 なんてことなさそうに語る伏黒を見て心操は自身がここまでであることを悟る。当たり前だ。なにが悲しくて洗脳した挙句自身のことを駒扱いして来る輩を味方につけたいと思うのだ。事実隣にいる尾白はかなり険しい顔をしている。だからこそ、

 

「それじゃあ、お前の考える作戦とやらを教えろ」

 

 伏黒が今までのことがなかったようになんと事なく心操の作戦を聞いて来るのは予想外であったのだ。

 

「は?」

 

「おい、伏黒。正気か?」

 

 心操も驚いたがそれと同じくらい尾白も驚いていた。だってそうだ。操られそうになったのは同じなのに何も言わずに受け入れようとしてるのだから。

 

「こいつは俺らを操ろうとしたんだぞ?」

 

「だったらどうした。残り時間少ない中で他のメンツを探すか?無理だろ」

 

 伏黒の言葉に時間を見る。表示される残り時間は2分にも満たない。その間で新しいメンバーを集めて作戦を考えることが無理であることを尾白は歯噛みをする。

 

「クソッ」

 

「コイツは俺を含めたヒーロー科3人を出し抜いたんだ。初見殺しぶりや頭の回転の速さはこんなかじゃあダントツだろ?だったら引き入れて損はねぇよ。それに」

 

「それに?」

 

「アイツは必死に上を目指そうと足掻いてる。その足掻きに俺もお前も引っかかったんだ。文句を言う筋合いはねぇだろ」

 

 そこまで伏黒が言うと渋々とはいえ納得したのか尾白は引き下がる。それを見届けると伏黒は再度、心操と向きなおり手を差し出す。

 

「で?どうする。手を取るのか取らないのか」

 

 心操は混乱していた。何故なら初めてだったから。『洗脳』という『ヴィラン向き』の個性。他人だけでなく友人からもヒーロー向きではないと言われ続けていた。なのになんでまた俺の手を取れるのだ、と。

 

『後、1分よー!』

 

 後ろからミッドナイトの声が聞こえて来る。考える時間はあまりにも少ない。頭を掻きむしって目の前に差し出された手を取る。

 

「せいぜい動き回れよッ、伏黒恵」

 

「そうか。じゃあ、うまく使ってみろよ」

 

 紆余曲折あったが今ここに伏黒チーム完成した。

 

 

「それじゃいよいよ始めるわよ!!」

 

 交渉時間の15分が過ぎ、ミッドナイトが開始の笛を鳴らす準備をしながら生徒達に言う。

 

《さあ起きろイレイザー!15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに12組の騎馬が並び立ったぁぁ!!》

 

《…中々面白い組が揃ったな。》

 

 騎手に伏黒。前騎馬に心操、後騎馬に尾白と庄田。

 

《さあ上げてけ鬨の声!血で血を洗う雄英の合戦が今の狼煙を上げる!!》

 

 会場にマイクの声が響き渡ると、伏黒は騎馬の4人に声をかける。

 

「それじゃあ、お前(心操)の予定通り俺を中心に尾白が近接を迎撃して庄田がそのアシスト、心操は油断した輩を煽り散らすでいいな」

 

「ああ」

 

「……わかった」

 

「…」

 

 伏黒の言葉に1人は抑揚なく、1人は不服そうに答え、1人は意識がなく沈黙を持って答えた。騎馬三人の役割を確認し終えると、ちょうどマイクの声が再度響く。

 

 《よ~し組み終わったな!準備はいいかなんて聞かねえぞ!!さあ行くぜ!残虐バトルロワイヤルカウントダウン!》

 

《スリー!ツー!ワン!》

 

 「スタート!!!」

 

 ミッドナイトが合図がした途端、一斉に全ての騎馬が走り出す。今ここに第二回戦騎馬戦が始まった。



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第二種目目、そして結果

 

 

 視点が高いと、意味も無くワクワクする。これは不思議と皆が思うことではないだろうか。高すぎるとこではダメな人間や馬鹿でなくともある程度高い程度だとテンションは上がるものではないだろうか?

 

 

《さあ各チームのポイントはどうなっているのか?7分経過した現在のランクをスクリーンに表示するぜえ!ってあら?ちょっと待てよコレ。A組緑谷以外パッとしてねぇってか…爆豪…あれ!?》

 

 会場にどよめきが走る中そんなことを考えていると

 

「おい!伏黒、それに心操!本当にこれでいいのか!?」

 

「問題ねぇよ。というかさっきも説明してたろ」

 

「こればっかしは俺の個性の問題だ。焦らされてイラつくのはわかるがもう少しだけ待ってくれ」

 

 チームメイトの1人である尾白から焦りの混じった声で抗議をする。それを伏黒と心操は諌めて落ち着かせる。尾白が焦るのも無理はない。何せ今の伏黒チームはなんとビックリ0ポイント。こうなった原因を説明するには今から8分ほど前に遡る必要がある。

 

 

「はぁ!?初手でポイントを全部捨てるぅ?!」

 

「ああ、そうだ」

 

「……策あるんだろうがなんでだ?まぁまぁ、博打もいいとこだろ」

 

 ギリギリ喧騒に紛れるほどの声で叫ぶ尾白にいつものペースを崩すことなく応答する心操。策があるからやれるのだと納得しつつも理解はできない伏黒は心操に尋ねる。

 

「もう知ってると思うが俺の個性は《洗脳》だ。こいつは乱戦の中でこそ真価を発揮する」

 

「まぁな。事実、何も知らない状態で名前を呼ばれたら反射的に答えるもんな」

 

 事実、いきなり大声で声をかけた際に反応してしまうのは先天的に人間が持っている防衛本能的な反射であるから周りがよほど見えていない限り否が応でも反応してしまうものだ。

 

「だが騎馬戦。こういうタイプとは相性が悪いんだよ」

 

「なんで……って、ああそういうこと」

 

「おい、1人で納得すんな伏黒。どういうことだ」

 

「単純だ。個性解除の条件にあるんだろ?」

 

「そうだ」

 

 伏黒の予想に心操は当たりだと告げる。この競技が始めに行われた戦闘訓練のように一度自身の守るものを取られたらそこで終了といったタイプだったら心操の個性は無双ゲーよろしく反則じみた効果を示していただろう。

 

 だがしかしこれは騎馬戦。取られたらそこで終了ではなく取り返してもいいのだ。

 

「心操の《洗脳》は俺がかなり低めの威力でこづいても解除できたんだ肉体や個性のぶつかり合いが前提とした競技とは死ぬほど相性が悪い。ぶつかり合って体のどこかにぶつかれば十中八九B組の小男が目を覚ますぞ」

 

「だったら「今からでも説明するってか?それこそ無理だろ。俺に対する周りからのヘイトっぷりはお前が近くでよく見てただろうし俺は勝つためにも信じれたけどこいつが洗脳した相手を信じるってほど柔軟な考えを持ってる奴とは限らんだろ」……そういえばそうだった」

 

 伏黒の説明に反論しようとする尾白に伏黒が今までのことを思い出させると頭が痛いと言わんばかりに手で頭を押さえる。尾白の頭には一瞬、B組の小男こと庄田を後ろに回せばいいと提案しようとしたが洗脳を解除しないようそこ(後ろ)に気を回して相手どれるほど周りが緩くないことを思い出してやめた。

 

「だからポイント全部手放すってわけか」

 

「そういうことだ。それに待つのは辛いだろうが下位にいた俺が把握してて上位にいたお前らが把握できてない相手の個性や動き方の観察にもなる。はっきり言って良いことずくめだろ」

 

 ……こいつ思ったよりも強かだな。

 

 伏黒と尾白の胸中の考えは一瞬だけ共通した。ヒーローを目指す輩は強固性、没個性に関わらず良くも悪くも目立ちたがり屋だ。それ故に前に出ようとせず後ろで次の競技に賭けようとする。その考えはわからないでもないが実行しようとなるとそこそこ度胸はいる。順位がどの程度か把握できないとなると尚更。

 

「まぁな。となるとポイントを奪いにかかるのは」

 

「ああ、最低でも残り時間が数分頃になった時に賭ける」

 

「なるほどなぁ。いけっかなぁ」

 

「心配になんのはわかるが騎馬を組め。個性のことも考えて俺が上でいいか?」

 

「元からそのつもりだ。やるからには勝つぞ」

 

 心操の言葉と共に全員が配置について騎馬の形をなす。伏黒はその上に乗るとポイントの書かれた鉢巻を巻いて登った。

 

 

 そして現在に至る。途中、ポイントをどう手放そうと考えた直後にポイントを奪われて煽り散らかして来る男や伏黒の幼馴染である拳藤に勝負をふっかけられてポイントがないことをアピールして訝しめられるなどのイベントがあったが敵の攻撃の余波を回避しつつ庄田の洗脳が解けないよう問題なく立ち回れている。

 

 そしてあれから7分ほど経過したが注意するチームがいくつかある。

 

 まず始めに10,000,320Pの緑谷チーム。

 

 前騎馬に常闇、後騎馬が麗日とサポート科の発目という布陣。観察しているとかなりバランスがよく常闇の《ダークシャドウ》が迎撃してサポート科の発目のサポートアイテムで機動力を確保しその機動力を麗日の《ゼログラビティ》で無重力状態にすることで損なわないようにアシストしている。

 

 次に665Pの爆豪チーム。

 

 これに関しては伏黒からするとチームのメンバーが割と予想通りだった。芦戸の個性《酸》で足場を溶かして瀬呂の個性《テープ》を用いて機動力の確保、爆豪の《爆破》によるトリッキーな動きに対応している。そして攻撃の面では切島の《硬化》で前騎馬のことを考慮せずに遠慮なく攻撃できるといった布陣。

 

 ノリが良くどの面子も爆豪(理不尽大魔王)の動きに対応できることから仲間割れによるガタ付きに期待はできない。特に警戒すべきは範囲が広く、意外とスペックの高い瀬呂だろうか。

 

 そして

 

「ん、電撃が来るぞ。下がれ」

 

「「了解」」

 

 伏黒の言葉に従ってその場から飛び退いた瞬間、黄色い光と共にパチっ、と最初の音が鳴ると同時に――――バチバチバチバチ!!!! っと、唐突な電流の嵐が巻き起こる。

 

「よくわかったな」

 

(雄英襲撃時)にアイツの電撃を鵺が喰らってるからな前兆くらいは掴める」

 

「で、あれがお前が警戒してるっていうサラブレッドの」

 

「そう、轟」

 

 最後に615Pの轟チーム。

 

 一言で言うと強い。それに尽きる。

 

 騎手の轟は攻守共に優れ、前騎馬の飯田はとても速く、機動力は無視できず、現にヒットアンドアウェイを難なくこなせている。後騎馬の八百万の地頭の良さは場に適応する物を即座に生み出せし、合図があるとはいえ同じ後騎馬の上鳴の電撃や相手の攻撃にも難なく対処出来ている。上鳴はいわゆる足止め要因。直撃せずとも数百万Vの電撃は確実に相手を足止めできる。本当に隙がない。

 

《何だ何した!? 群がる騎馬を轟一蹴!》

 

《上鳴の放電で確実に動きを止めてから凍らせた……さすがというか……障害物競走で結構な数に避けられたのを省みてるな》

 

《ナイス解説!!》

 

「後もう1発電撃を放ったらいくぞ」

 

「わかった」

 

「おい、本当なのか?あいつのキャパ」

 

「命かかったあそこ(USJ)を乗り越えるためにも手の内をお互いに明かす必要があったんだ。あいつの性格が終わってない限り間違いねぇよ」

 

 アイツはアホだがろくでなしではないからまずあり得ないなと伏黒は内心付け加えておく。

 

「なるほどね。ああ、そうだ伏黒ちょっとやりたいところがあるんだがいいか?」

 

 心底意地の悪そうな顔をした心操がこちらを見上げて来る。伏黒はそれを見てなんなのか気になり、尾白はゲンナリとしていた。

 

「いいぞ。どこだ」

 

「あの銀色のやつだセリフといい、いかにも御し易い」

 

「わかった」

 

「お前ら絶対碌な目にあわねぇぞ……ってああ、手を貸してるのは俺もか」

 

 はは……っと煤けた声で笑う尾白を連れて伏黒一行は鉄哲チームの方へと向かった。そして

 

「よお、鉄哲さんよ」

 

「あぁ?」

 

 気軽に話しかけるように伏黒が声をかけると鉄哲はなんかようかと言わんばかりに振り返る。そんな鉄哲を見て伏黒は柄こそ悪いが善人であることをなんとなく察する。いきなり現れたことに警戒しているのか騎馬全員が臨戦体制を取る。そんな騎馬に伏黒は

 

「タイマンしないか?」

 

 にへら、と笑いながら好戦的にそう告げた。

 

「は?」

 

 いきなりの申し出に呆気に取られる鉄哲チーム。初めは意味がわからなかったのか固まっていたが言葉の意味を理解したのか騎手が目を輝かせながら拳をガキンッガギンッと打ち鳴らし始める。

 

「いいなあ!男らしくて好きだぜそう言うの!なぁ!やろうぜ!」

 

「ちょっ、鉄哲。お前正気か?」

 

 鉄哲の言葉に驚きバンダナを巻いた男が諌める。他のメンバーも同じような反応であったが鉄哲は引き下がる様子がないことを察したのかこちらに対してドンと身構え始める。そして、

 

「クッ、クククク……」

 

 嘲りの混ざった声が心操の口から漏れ出した。

 

「あ?なんだ何がおかしい」

 

「A組の出涸らし風情がいきってんだぜ?これが笑わずにいられるかよ」

 

 その言葉を聞き、一瞬理解できなかったのかポカンとした顔をした鉄哲チーム。間をおかずして

 

「あ゛ぁ?」

 

 ビキィッという効果音が聞こえてきそうなほどの青筋を浮かべながら鉄哲はキレた。他のメンバーも口にこそは出さずとも一応に怒りを露わにしていた。

 

「なんだと」

 

「言葉のままだろう?片やお行儀よく授業を受けているだけのB組と片や文字通り死線を乗り越えて頭角をあらわにしているA組。初めから観客どもが求めてるのはヒーロー科じゃなくてA組だ。お呼びじゃないんだよお前らは」

 

「そこから先は考えてものを言えよ。俺単体ならまだしもみんなを馬鹿にすんじゃねぇよ」

 

「おお怖い。これ以上喋ると殴られそうだ。それは嫌だからなフォローを頼むぜ伏黒。そらかかってこいよ」

 

 

B組(噛ませ犬共)
 

 

 そこまで心操が言った瞬間ブチっと何かがちぎれるような音が聞こえた気がした。俯いていた鉄哲チームは一応に憤怒を顔に浮かばせながら喋る。

 

「不遜ここに極まりましたねっ」「まァ、なんだお望み通り本気でやってやるよ」「ふざけんじゃあねぇぞ!」「上等だコラァァ!」

 

 そう喋ってしまった。

 

「はい、お仕舞い」

 

 鉄哲チームに二の句は告げられなかった。目から光は消え失せてそこに意思は感じられず誰がどう見ても戦闘できる様子ではなかった。

 

「ポイントを全て差し出せ」

 

 心操の言葉につき従うように鉄哲は頭に手をかけて鉢巻を振り解くとポイントを握りしめた手を前に差し出す。それを伏黒が《蝦蟇》を呼び出して受け取る。

 

「あとは行動しろ、安全にな」

 

 心操がそう命じると敵を避けながらその場からゆっくりと離れていく鉄哲チーム。ポイントを握りしめた伏黒は首に巻き、尾白と心操にその場から離れるように命令する。

 

「ああ、超胸が痛い…」

 

「安心しろ俺も痛い」

 

「表情が微塵も変わってないんですがそれは」

 

 伏黒は尾白が泣き言を言うためそれっぽくフォローするもあっけなく見透かされてフォローはあえなく失敗する。次に心操に声をかけた。

 

「よくやったが大丈夫か?俺以上にヘイトかっただろうし後が怖いぞ?」

 

「元から覚悟の上だ。なんの問題もねぇよ」

 

 あっけらかんと問題なさそうにそう言う心操を見て「そうか」と一言づける伏黒。あたりを見渡すと轟が出したであろう氷塊に足を取られて足止めを喰らい緑谷チームと轟チームの事実上の一騎打ちが行われていた。

 

「どうする?行くか?」

 

「まだ待て。さっきも言ったがこっちの都合上、1番の脅威が上鳴の電撃なんだ。1発でも喰らえば庄田が目を覚ましてチームとして機能し無くなる。だから「トルクオーバー!レシプロバースト!!」…なんだ」

 

 伏黒の言葉に被せるように凄まじいエンジン音が鳴り響く。それは

 

《なあ~~~~~!!??何が起きた!?はや~~~~~!!!飯田!そんな超加速があんなら予選で見せろよ!!あっちゅー間に1000万奪取!!!! 》

 

 一位の座が入れ替わる狼煙であった。実況のマイクが興奮した様子で声を上げる。そして何が起こったのか分からないのか飯田を除いた三人が戸惑ったように飯田を見ている。そしてそれは伏黒も同じだった。しかし注目していたのは他の3人とは違い飯田の足元にあった。まるでエンストを起こした(・・・・・・・・・・・・)かのようにマフラーから吐き出される黒い煙。

 

「いくぞ」

 

「は?電撃は?」

 

「予定変更だ。俺も無茶するからお前も無茶しろ」

 

 いきなりのことに驚く心操に伏黒はかなりあやふやな言葉をかける。その言葉に心操は大きくため息を吐くと覚悟を決めた顔で前を見る。

 

「……ああ、クソ。今日ヘイトのバーゲンセールかよ」

 

「なんか奢ってやるから許せ」

 

「割にあってねぇんだよっ。尾白!ちょっと早いが迎撃準備!」

 

「いいのか?」

 

「ああ、じゃあいくぞ…」

 

 心操が近づきながら大きく息を吸う。

 

「おい!サラブレッド半分野郎!」

 

 心操の言葉に該当する箇所があった自覚があったのか轟が振り返る。ここで「なんだと」言ってくれれば楽だったのだが、無口なのが災いして一言も喋らない。轟もその場から離れようと前を向き直そうとする。が、しかし

 

「血に恵まれた奴はいいなぁ、オイ!さぞかし親には甘やかせれて恵まれた上に苦労のない生活を送っていたんだろうなぁ!!」

 

 その言葉に轟は見てわかるほど固まる。伏黒は轟の弱点を似たもの同士であるが故に(・・・・・・・・・・)なんとなく察していた。それは親に対する憎悪、あるいは否定。その反応は頑なに炎を使わないことやヒーロー基礎学の際に話に上がったエンデヴァーに対する態度であった。そしてその予想はあまりにも的を得ていた。

 

「なんだとッ」

 

 振り返り反応する轟。次の瞬間には目から光が消え失せ、固まる。

 

「1000万ポイントをぶん投げろ!はやく!」

 

 それに間髪入れず半ば絶叫に近い形で命令する心操。それに応じるように素早く1000万の鉢巻を握りしめて空目掛けてぶん投げた。それと同時に動くのは緑谷、爆豪、そして掌印無しで呼び出した(・・・・・・・・・・)鵺を操る伏黒だった。それでも

 

「ヤベーぞ伏黒向こうが早い!」

 

 尾白の言う通り爆豪と手を振りかぶった緑谷がはやく鉢巻に到達しかける。

 

 しかし伏黒に焦りはなかった。雄英襲撃以降伏黒は自身の弱点に向き合っていた。それは凡庸性。尖ったところがないが故の決定力の無さ。ふるいに振えば残るのは巨大なものか尖ったものかを知っている。今の丸いままの自分じゃあ間違いなくふるいに落ちると理解していた。それはあのヴィラン相手にした際に味わった火力の無さで嫌というほどわからされた。

 

 そこで編み出した。玉犬に並んで最も利用する鵺を用いた自身の超秘を。一度使用すれば電撃が1時間ほど使用できなくなる上に鵺の肉体に大きな負荷がかかるため多用できない自爆技を。

 

 その技の名は

 

「【迅雷(じんらい)】」

 

 瞬間、間近にいたはずの爆豪と緑谷の放った風圧を置き去りにして鵺は駆ける。電気の通り道を通り舞い上がる1000万の鉢巻を掴み主人である伏黒に投げ渡す。

 

『3』

 

 伏黒は天高く右手を伸ばす。

 

『2』

 

 

 手の平に、1000万のハチマキが落ち、握りしめる。

 

 

『1』

 

 

 モニターの順位も変わり、これにて。

 

 

『タイムアーップ!!!!』

 

 第二種目目である騎馬戦は終わりを告げた。





迅雷
→鵺が作った電気で作ったレールの間に鵺を置き、電流と磁界を発生させて発射する技。言ってしまえば疑似レールガン。速度は亜音速より少し早めくらいのもよう。


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結果、そして休息


10/7

日間ランキング5位ありがとうございます。


 

 マイクの声が会場に鳴り響いた。その声を聞いた生徒達は全員その場で騎馬を崩す。

 

 《んじゃ早速上位4チーム見てみようか!まさかまさかの大・逆・点!エンターテイメントしてくれるぜ〜!!一位、伏黒チーム!》

 

 マイクが伏黒チームを呼び上げると伏黒は疲れたように大きく息を吐くと鵺を労いながら仕舞い、心操は顔にうっすらと笑みを浮かべながらぐっと拳を握り、尾白は申し訳なさそうな顔をし、庄田は訳が分からなさそうにあたりを見渡す。

 

「お疲れ鵺。今はゆっくり休め」

 

「っし」

 

「嗚呼、罪悪感で胸が痛い」

 

「え?は?え?」

 

《二位、轟チーム!》

 

「はあ。まぁ二位なら上々と言ったところでしょうか」

 

「悪い。最後の最後で迷惑をかけた」

 

「轟くんのせいじゃないさ!俺たちは最善を尽くしてここにいる。今は胸を張ろう」

 

「うぇ~い…」

 

 

《三位、爆豪チーム!》

 

「あ~んもう少しだったのに!」

 

「思うこともあるけど、まあ三位なら良いだろ」

 

「そんなこと思うかよ…アイツが」

 

「だァァァァァァァ!!クソがァァぁぁぁぁぁ!!」

 

《四位、緑谷チーム!》

 

「〜〜〜〜〜〜ッッッッッ!!!」

 

「わ!すっごい涙!」

 

「ああ…ベイビー達を活かしきれませんでした…」

 

「そう言うな。今はひとまず勝利に酔いしれよう」

 

《以上の四組が最終種目へ進出だァ!!それじゃあ一時間ほど昼休憩挟んで午後の部だぜ!じゃあな!おいイレイザーヘッド、飯行こうぜ!》

 

《寝る》

 

《ヒュー!》

 

 チーム全員の名前を呼び出すとプレゼントマイクが漫才を織り交ぜながら午後の部の開始時刻を告げる。そして会場にいる人全員昼休憩の時間となった。

 

 

「テメェ!影野郎!なんだあの技!あんなん聞いてねぇぞ!」

 

「そりゃあ、言ってなかったからな」

 

 爆豪がキレ散らかしながらこちらに向かってくるのをスルーし、

 

「ケロ、伏黒ちゃんあんな超秘を隠してたなんてずるいわ」

 

「狡いって……。あれは飯田のあー、レシプロ?とか言う技と同じでほぼほぼ自爆技だ。乱発出来ないし。もっと言えばしばらくは鵺が使えねぇよ」

 

 蛙吹の言葉に誤った使い方だと説明しながら食堂へと向かっていく。途中で蛙吹と別れ、歩いて行くと

 

「よぉ」

 

「……嫌味でも言いに来たのか伏黒」

 

 如何にも不機嫌です、と顔に書いてあるような態度を取る拳藤がそこにはいた。こういう競技の後にはあまり態度に出さず、家に帰ってから発散させるタイプの人間だと知っている伏黒からすると本気で悔しがっているのがすぐにわかった。

 

「五位とは惜しかったな」

 

「喧嘩売ってんのか一位」

 

「あー、すまん」

 

 慰めるつもりで言ったがかえって煽るような結果になったことを察して咄嗟に謝る伏黒。拳藤はそんな様子を見て軽く「ハァ」とため息を吐くと伏黒に対して謝る。

 

「悪い完全に八つ当たりだわ。分かりづらいけどあんたが慰めてくれたのは何となく察してたんだけどね。後、最終種目も頑張んなよ。応援してるから」

 

 そう言いながら笑う拳藤を見て少し無理をさせたなと思いつつも「おう」と答える伏黒。そのままその場から去ろうとして拳藤に食事に誘われ、一緒に行動していると。

 

「よう、伏黒」

 

 紫色の天パに目つきの悪さが特徴的な心操と尾白がそこにはいた。一瞬、珍しいと思ったが尾白が思い詰めた顔をしていることからなんかあったことを理解すると拳藤に許可を取って一緒に行動することにした。食堂から各々の頼んだメニューを――心操のは約束通り伏黒が奢った――頼むと4人で椅子に座り、伏黒が軽く拳藤のことを紹介する。

 

「こいつはヒーロー科でB組の拳藤一佳。一応は幼馴染ってやつだ」

 

「よろしく頼むぜ。尾白に心操」

 

 伏黒が拳藤を紹介している時にB組と言ったあたりで2人がマジかこいつとでも言わんばかりの顔でこっちを見てきた。

 

「なんだその顔は」

 

「え、いやお前、幼馴染のクラスメイトに対してあんな作戦決行したの?え?マジで?」

 

「は?手加減するよかマシだろ」

 

「それにしたって限度があんだろ…」

 

 尾白が伏黒の発言にドン引きしていると拳藤が不思議そうにこちらを見ながら尋ねる。

 

「あんなこと?」

 

「ん、ああ実はな」

 

 伏黒は一から十まで全て説明したそちらのクラスメイトの庄田を洗脳したこと、鉄哲なる人物を筆頭にB組を散々こき下ろして煽った後に洗脳したことを。すると思い当たる節があったのか拳藤は頭が「ああ、だから…」と呟く。

 

「なんだやっぱりキレてたか?」

 

「まぁ、確かにキレてはいたな」

 

「やっぱ、洗脳もしたこともこみで謝ったほうがいいか…」

 

「洗脳云々に関しては気にしてはいなかったと思うからいいと思うぞ」

 

「は?」

 

 拳藤の言葉に1番反応したのは心操だった。目を見開き身を乗り出しているあたり本当に信じられないといった態度がありありと伝わってくる。

 

「いや、あり得ないだろ」

 

「ん?ああ、そこを気にしてたのか。心操だったか?安心しろよ。塩崎はともかくB組の男衆は基本単細胞でね。侮辱にはキレても上手く立ち回った奴に対してキレたりはしねぇんだ」

 

 ケラケラと笑いながらそう言う拳藤に心操は愕然としていた。心操からすれば洗脳された輩は確実に警戒するか怯えた目でこっちを見てくるかのどちらかであったから。

 

「なんだそりゃ」

 

「ま、そういうもんだ。あんま気負う必要は無いと思うぞ?まぁ、でも侮辱云々に関しては謝っとけよ?伏黒、お前もだからな。協力した以上はお前も共犯なんだから」

 

「ん、まぁわかった。で、尾白はどうしたんだ。さっきから悩んでるみたいだが」

 

「……顔に出てたか?」

 

「まぁな」

 

「実は…」

 

 尾白の悩みを指摘すると尾白はポツリポツリと話し始める。曰く、今回の騎馬戦では心操は相手を洗脳して撹乱し、伏黒は土壇場で超秘を用いて最高の結果を得てみせた。それに対して自身は何もせずに2人に従うだけだった。だから、最終種目には出ないほうがいいのでは無いのだろうか。とのことだった。

 

「気にしすぎだろ。それに尾白の役割は近づいてきた奴らの迎撃だ。結果的に活躍はしなかったけど存在が牽制にもなってたから役割は果たしてたと思うぞ」

 

「んー、私はどっちでもいいかなぁ。その辺りを判断すんのはあくまでも本人次第だしね。ま、後悔しない方を選べばいいんじゃない?」

 

「俺は伏黒と同意見だ。というかそれ以上に掴んだチャンスを手放すなんて考えられん」

 

 3人の意見を聞いた尾白は少し考える素振りを見せると「最終種目までには答えを出すわ」とだけ言ってその場から離れた。それを見た心操と伏黒は自身も食事を食べ終わっていることもあり、全員がその場で解散することとなった。

 

 その後、伏黒と心操でB組の席まで行って鉄哲チームのメンツに頭を下げたことやA組連中がチアリーダーのコスプレをしていたことは割愛とする。

 

 

《さあ昼休憩も終わっていよいよ最終種目発表だ!》

 

 昼休憩が終わりいよいよ午後の部開始時刻。会場にプレゼントマイクの実況の声が響き渡りとそれに呼応するように空気を振るわせるほどの歓声を挙げ盛り上がりを見せる会場。

 

《最終種目は進出4チーム総勢16名からなるトーナメント形式!!一対一のガチンコバトルだ〜〜!!!》

 

 最終種目の試合内容ら毎年違うらしく、サシで勝負する形式なのは共通なのだそうだ。因みに余談だが昨年はスポーツチャンバラだったらしい。そう考えると今年の試合内容は誰もが不都合なく力を振るえる分アピールが最大限出来る内容だと考える伏黒。

 

「それじゃ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始となります。レクに関しては進出者16名は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。じゃ一位のチーム…「あの、俺最終種目降ります」

 

 Lotsと書かれた箱を出しながら説明するミッドナイトの言葉を遮りながら庄田が手を挙げて最終種目の辞退を申し出た。それを聞いた周りがざわめき始める。無理もないことだ。最終種目の参加券を今このタイミングで放棄するということは今までの足掻きが無に帰すということなのだから。

 

「本当にいいの?庄司くん」

 

「はい、構いませんミッドナイト先生。それにプライド云々以前に何もしていないものが上がるのはこの大会の趣旨に反するものだと思わせました」

 

 B組の庄田が辞退を申請にミッドナイトは本当にいいのかと問うと頑なに断り続ける。皆がミッドナイトの裁定に興味を持ち見つめる。

 

「そういう青臭い話はさ…好み!!!」

 

「いいのかそれで…」

 

 ミッドナイトの言葉に思わずつっこむ伏黒。そんなこんなで庄田の辞退は認められた。それで代わりに誰が入るのかとなった際に名前が上がったのが。

 

「拳藤。君が出てくれ」

 

「は?私?」

 

 庄田は拳藤を推薦した。

 

「いやいや、私は確かに5位だから繰上げで参加できるかもだけど、後半は何も出来なかったし参加させるなら鉄哲あたりがいいんじゃ…」

 

 突然の推薦に流石に戸惑ったのか最後あたりは自身が何もできなかったと推薦を断ろうとする拳藤。そしてその言葉に待ったをかけたのは

 

「いや、俺も拳藤を推すぜ」

 

「ちょっ、鉄哲。あんたまで」

 

 拳藤が推していた鉄哲だった。鉄哲の言い分は確かに最後まで自身らは行動できていたのかもしれないが最後の最後で伏黒チームに完膚なきまでに叩きのめされた。その段階で足掻いた云々よりも敗北した自身よりもまだ動けた可能性のある拳藤を推したいらしい。

 

「鉄哲…本当にいいのか?」

 

「いいぜ!それに悔しいがB組最強(・・・・)は間違いなくお前だ。お前だったら伏黒だろうが勝てると思ったしな!」

 

 豪快に笑いながらそう言う鉄哲を見て拳藤は一度目を閉じて目を開くと覚悟を決めてミッドナイトに自身が参戦できるように申請する。その発言は認められて拳藤が繰り上がってトーナメント進出という形になった。そして再度くじ引きを始め、全員が引き終える。

 

「抽選の結果、組はこうなりました!」

 

 ミッドナイトの言葉に合わせ、モニターにトーナメント表が映し出された。

 

一回戦

 

心操vs緑谷

轟vs瀬呂

尾白vs上鳴

飯田vs発目

芦戸vs常闇

伏黒vs八百万

拳藤vs切島

麗日VS爆豪

 

「うっし、気張って行きますか」「B組の拳藤だったか、よろしく頼むぜ!」

 

「やるからには全力で行かせてもらう」「望むところだー!」

 

「伏黒さん……」「八百万か…油断は出来ないな」

 

「飯田さんでしたか?少しお話が…」「む、君は確か発目くんだったか」

 

「あァ?麗日?」「ヒィィィィィ!!!」

 

 トーナメントを見た生徒達は各々が様々な反応をしていく。そんな中でプレゼントマイクの声が会場に響く。

 

《それじゃあトーナメントはひとまず置いといて。it'sつかの間!楽しく遊ぶぞレクリエーション!!》

 

 その掛け声と共にレクリエーションが始まった。いかにも学生らしい内容だっだが、最終種目を迎える人間のほとんどは参加することがない。あるものは精神を統一させ研ぎ澄まし、またあるものは敢えて参加することで緊張を解きほぐしていた。

 

 それぞれの抱く思いとは別に時間はあっさりと過ぎて行く。そして

 

 

《Hey guys!Are you ready!?》

 

「「「Yeaaaaaaaaaaaaaaah!!!」」」

 

 レクリエーションの時間が終わるのと同時にセメントスの個性を用いた会場の作成も終わりを告げる。そしてそれはついにトーナメントが始まることを意味していた。会場はトーナメントの開始を今か今かと待ちきれない様子で、プレゼントマイクの呼びかけにノリノリで応える。

 

 《いよいよやってきましたが、やっぱりコレだぜガチンコ勝負!!!最後に頼れるのは己のみ!心・技・体に知恵知識、総動員させて駆け上がれぇ!!!》

 

 プレゼントマイクの言葉が会場に響き渡る。プレゼントマイクの言葉と会場の四隅にある炎が荒ぶるのに合わせるように会場のボルテージが今までにないほど最大限に盛り上がる。

 

《第一回戦!成績の割には何だその顔!ヒーロー科、緑谷出久!VS普通科と侮るなかれ!第二種目で第一位は伊達じゃあない!普通科、心操人使!》

 

 プレゼントマイクに紹介されると同時に現れる両選手が大勢の歓声を浴びながら入場する。

 

《ルールは簡単!相手を場外に落とすか行動不能にする!あとは「参った!」とか言わせても勝ちのガチンコだ!怪我上等!こちとら、我らがリカバリーガールが待機してっから!道徳・倫理は一旦捨て置け!!だが勿論命に関わるようなのはクソだぜ!!アウト!ヒーローは敵を捕まえるために拳を振るうのだ!そんじゃあ早速行ってみよう!レディィィィィ!スタート!!!》

 

 開始と同時に両者の間で何やら会話が起こる。遠くからで聞こえることはないが十中八九、心操が緑谷のことを煽っているのがいやでもわかる伏黒と尾白。そしてその勘は的中した。心操が喋るのをやめた次の瞬間、「なんてことを言うんだ!」という声が観客席に届くほど聞こえ、それと同時に緑谷が不自然に固まった。

 

《オイオイどうした!?大事な初戦だ。盛り上げてくれよ!緑谷!開始早々完全停止!?》

 

 プレゼントマイクも困惑気味に実況する。周りも同じようで観客席からはどよめきが生じる。

 

「これは…心操の勝ちか?」

 

「伏黒くんは何か知ってるの?」

 

「ん?まぁな、尾白も味わったんだがあいつの個性は《洗脳》。発動条件は単純なくせして強制力がアホみたいに高い。まさに初見殺しだ」

 

「伏黒の言ってることは事実だ。実際、俺も気がつけば意識を乗っ取られてた」

 

 そんなと麗日が呟き周りも戦々恐々としていた。そしてふと八百万があることに気がつく。

 

「尾白さんも?も、と言うことは伏黒さんまさか貴方も」

 

「ああ、してやられた」

 

「そう、ですか」

 

「いや待て。そうだ操られてたことで忘れてたけどお前どうやって心操の洗脳から抜け出したんだ」

 

 八百万の気づきに尾白も思い出したように伏黒に詰め寄る。尾白の言葉に今度は伏黒に目線が集まる。難攻不落に思えた心操の個性の突破口に皆が興味を持つ。

 

「どうやったん伏黒くん」

 

「攻略法って訳じゃねぇよ。運良く洗脳のかかりが浅くて白昼夢見ているような状況だったんだ。だからせめて何かできないかと思って個性を暴発させてその衝撃で解けた。ただそれだけだ。だからまだ緑谷に反撃の目はあるが望み薄だぞ」

 

「そんな……デク君!」

 

 麗日は伏黒の説明を聞いた後にフィールドに目線を戻す。そこには緑谷が自ら場外へ進んでいっているのだ。

 

 麗日の他にも伏黒の言葉になるほどと言いながら納得し、試合を注視する。しかし伏黒は嘘をついていた。伏黒が解いたのではなく、事実は伏黒の影の中にいる顔の見えない巨人と思しき何かが解いたと言うことを。

 

 故に伏黒からすれば最早緑谷に勝ち目はないと思っている。それこそ自分の個性同様彼の個性に意思でもない限り。伏黒が緑谷の負けを確信したその時、

 

 ブォォォォォォォォォォン!!!

 

 突然衝撃波がフィールドを襲い、強い風が吹き荒れる。強風が収まると、その衝撃で洗脳が解けたのか、寸前の所で口元を抑えた緑谷が場外になるの堪えている姿があった。

 

《緑谷踏とどまったァァァ!!!》

 

「「「うおおおおおおお!!!」」」

 

「緑谷君!!!」

 

「よ、よかったぁ!!」

 

「は?」

 

 皆が一応にまさかの事態に諸手を挙げて叫ぶか喜ぶ中、伏黒の中では疑問が渦巻いていた。あそこからの心操の個性の脱却はあり得ない。個性を食らった伏黒だからこそこれは断言できる。もしかしたら伏黒の言い訳通りかかりが甘くて個性を意図的に暴発させたのかもしれない。だったら、だったら何故、

 

「お前はそんなに呆然としている…」

 

 緑谷が浮かべる顔は喜びややってやったと言う達成感ではない。間違っても窮地を脱した人間が浮かべるのない感情、『戸惑い』だ。そして伏黒の頭に浮かぶのは自身と同じ個性を通した第三者の影響と言う考え。

 

 そしてその考えに至った瞬間、さらなる疑問に陥った。何故なら自身と同じ何かを呼び出すタイプの個性ならいざ知らず緑谷の個性は超が付くほどのゴリッゴリの身体強化系。他者の意思がかいするのと超パワーはまるで結びつかない。

 

 元々、伏黒にとって緑谷はおかしな人物ではあった。0か100かにしか調節できないベタ踏みの個性の使い方、これに関しては緑谷がつい最近発現したと言ってはいた。非日常が日常になった今日あり得ないということ自体あり得ないのかもしれない。

 

 が、これも深く考えればおかしな話だ。爆豪とはそれこそ幼稚園からの付き合いらしい。なまじみみっちくめざとい爆豪が気づかなかったということは受験に深くのめり込み周りが目に入らなくなる中学3年の初頭頃になる。そんな雄英に行くか行かないかという進路を決める重要な地点というタイミングで都合よく発現するものなのだろか。

 

 そしてまた頭の中にとある事件を思い出す。それはヘドロ事件。当時、ニュースで大々的に報道されたあの事件、テレビをあまり見ない伏黒ですら知っている爆豪と緑谷が巻き込まれたあの事件、オールマイトが解決したあの事件を。そしてさらにオールマイトという単語が頭によぎる、

 

「緑谷…それにオールマイト…」

 

 伏黒はぶつぶつと2人の名前を呟きながら考えを巡らせる。オールマイトの急遽な雄英教師の申し出、いやに目をかけられる緑谷、似通った2人の個性。そこまで考えてある考えが頭に浮かぶ。

 

「継承された?」

 

 それならばあり得る。他者から授かった授かったものならばあり得る。伏黒にとって個性は個人の世界だと考えている。個性という世界が肉体や精神に引っ張り、それらは形を成していくのだと。もしも他者からの個性だとしたら?他人の世界とも言えるものを譲り受けたのだとしたら?意思の一つや二つが介入してもおかしくはない。残留思念なんて言葉があるくらいなのだから。

 

「心操君場外!緑谷君、2回戦進出!」

 

 そこまで考えるとミッドナイトの声が会場に響き渡り、その声で意識が浮上する。フィールドを見ると背負い投げでも喰らったのか地面に仰向けで倒れる心操がそこにはいた。周りからも安堵の声が聞こえてくるが伏黒はそれどころではなかった。伏黒の視線は緑谷に注がれる。とっぴな発想な自覚はある。穴だらけな予想でしかないのはわかる。だがそれでも考えざるを得ない。もしかしたら緑谷が次のオールマイトなのではないのかと。

 

 思わぬ事実に唾を飲む伏黒。今度聞いてみてから考えるかとそんなことを思って自分をひとまず納得させると行われる第2回戦に目を向けることにした。



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休息、そして一回戦


11月28日のアンケートを見たのですが、ifストーリーを組み込もうと思います。


 

《続きましてはこいつらだ!優秀!優秀なのに拭いきれないその地味さは何だ!?ヒーロー科、瀬呂範太!VS予選3位2位と推薦入学者の名に恥じぬ成績とはまさにこのこと!甘い(マスク)に騙されるなぁ!ヒーロー科、轟焦凍!!それでは最終種目第二試合レディースタート!》

 

 第一回戦の第二試合がプレゼントマイクの声と共に始まる。伏黒の予想としてはこの戦いは拮抗すると予想していた。それはひとえに瀬呂の実力の高さにある。個性が派手かつ高威力な轟は言うに及ばずだが、瀬呂の実力や個性は派手さこそないにせよ汎用性が尋常じゃない。

 

 縛るもよし、投げるもよし、先端に石なり何なりを括り付けて鈍器にするもよしとなんでもござれだ。おまけに個性抜きにしても瀬呂の判断能力などは騎馬戦で爆豪の動きについていったことから高いものだと容易に想像できる。

 

 だが、ここで伏黒はとあることを忘れていた。轟の全力を決してみたことがないということだ。勝負は一瞬だった。

 

 開始の合図が鳴った直後に速攻で瀬呂がテープを射出し、轟の身体に巻き付け、そしてそのまま場外に引っ張り出そうとする。このまま轟が引きずり出され、瀬呂の勝利かと思われたその時、

 

 パキ、ピキピキピキピキピキピキッッッッッッッ!!

 

 空気がひび割れる音を立てながら地面が急速に凍っていく。そして次の瞬間、

 

 ドゴォォォォォォォォォン!!!!

 

 会場を揺らすほどの地鳴りのような音が会場中に響き渡る。それと同時にフィールドには巨大な氷塊が出現していた。それはあまりにも大きくこの会場には収まることなくもし天井があれば食い破って外に突き抜けてしまう程だった。誰も彼もが唖然としてその光景を見る。口数の多いプレゼントマイクですら解説と実況を忘れて言葉を失うほどに。

 

「瀬呂くん……動ける?」

 

「動ける訳ないでしょ…痛ぇよぉ…」

 

「瀬呂くん行動不能!」

 

 左半身を氷漬けにされながらミッドナイトは念の為続行するか瀬呂に問うも瀬呂はセロハンテープを射出する器官を含めた胸から下を全て凍らされて動けずギブアップを宣言。轟の勝利が告げられると同時に自然と辺りからドンマイコールが流れる。クラスメイト全員が言葉を失くす中で氷を溶かしていく轟の背中は伏黒から見てひどく悲しげに映った。

 

 

《会場が乾いて第二試合!見た目は普通でも繰り出される第3の腕である尻尾を尋常じゃない!ヒーロー科、尾白猿夫!vsスパーキングエレクトリカルボーイ!上鳴電気!》

 

「同じクラスだからって容赦はしないぞ」

 

「こっちの心配してる場合か?」

 

「あ?」

 

「俺とお前、相性最悪だろッ!」

 

 開始直後、上鳴の体の表面からバチバチという音が鳴り始める。そして大きく上半身を振りかぶり振り下ろすと尾白の視界を覆うほどの雷光が包み込み、そして――――!

 

〜10秒後〜

 

《瞬殺!!!敢えてもう一度言おう瞬・殺!!!》

 

《あの馬鹿…》

 

「ウェ……イ…」

 

「二回戦進出は尾白くん!」

 

「うっし!」

 

 間抜けヅラを晒しながら地に伏して気絶する上鳴の姿とガッツポーズを決めながら喜ぶ尾白がそこにはいた。

 

 尾白のやったことは単純、上鳴が初手で最大火力かそれに準ずるほどの威力で放電することを予想して騎馬戦で把握した攻撃の範囲外まで移動。鳩尾に前蹴りを放ち悶絶させて動きを封じると半歩下がって距離を取ると尻尾を用いた鉤打ちが上鳴のこめかみに炸裂。結果、上鳴の意識はあっさりと沈んでいった。

 

 尾白は元々地味なことが災いして目立たないが近接格闘能力は伏黒並みで個性も混じればそれ以上に高い。故に油断した相手から勝利をもぎ取ることなど容易い。伏黒が尾白の戦闘が終わり次の次が自分の番だと思い出し、控え室に向かった。

 

 

 初めて見た時は顔はいいが退屈そうな男、それが私の彼に対する評価でした。教室でいつも退屈そうにしていた。それが例えオールマイトが受け持ち、評価してくれる授業でさえも表情ひとつ変えずに淡々と受け答えする彼を動かす材料足り得なかった。しかし、その評価はとある事件をきっかけに一変することになりました。

 

 そう、死柄木なる男が主犯のヴィラン達によるUSJ襲撃事件でのことでした。

 

 その時に私を含めた耳郎さん、上鳴さん、彼の4人は山岳エリアへと飛ばされました。初めて見る生で見るヴィラン達。その時に突き刺してくるヴィラン達の視線のなんと卑しいことか。すぐに道具を生成して迎撃しようとしたが、それよりも前に彼が全滅させてしまった。私たちが出来たことなど彼が倒していったヴィランを捕縛し続けるという残飯処理のような役割のみだった。そして全てのヴィランを倒し終えた時に浮かべた彼の顔はやはり無表情でした。一体全体何をすれば彼の感情は動くのだろうか。そう思わせるほどに彼からは何も感じられない。少し早歩きになりながら相澤先生の元へと向かおうとする。

 

 そんな時でした。先ほどのヴィラン達が霞んでしまうほどの存在に出会ったのは。

 

 6つの目を持ち下半身を蛹のような膜で覆われた虫の幼虫と人を混ぜたかのような異形はあっという間に圧倒的であった彼の腕をもいだ。彼が咄嗟の判断でサポートアイテムを使っていなければ私達も同じ目にあっていたかも知れない。それほどの強敵。初めは皆で逃げようと提案した。だってそうでしょう?プロでもない私たちが叶うはずもない相手ですもの。

 

 しかし、そんな状況で彼が提案したのは私達のみが脱出し、彼だけが残って応戦するというものでした。

 

 初め聞いた時は耳を疑いました。個性の起点でもある手を奪われてやれることなんて一つもないくせに何を言っているだと。私達の言葉に対してそんな彼の口から出てくるのはいずれも突っぱねるような酷い言葉のみ。どれもこれもが私が浴びせられたことない言葉ばかりでした。それでも私たちは反論できませんでした。恐怖で体が動かなかったから。それを見た彼は掴まれていた裾を払ってヴィランへと足を運んで行った。その時に私は見てしまったのです。初めて見る慈愛と非愛に満ちた彼の顔を。おそらくこれがきっかけ。胸が僅かに高鳴りました。

 

 去っていく彼を見てボロボロになりながらも戦う彼を見て私から恐怖が消え失せました。どうやら2人も同じらしく、作戦を聞き入ってくれました。そうして作戦通り彼を救出しましたが、彼からで出来たのは怒りだけ。手当した傷を確認するとすぐに行ってしまいそうになりました。家族のことを話題に引き止めようとした瞬間、彼の口からはとんでもないことがわかりました。

 

 それは彼には家族と言える存在がないということでした。

 

 あり得ない、そう思いました。孤児という存在があることくらいは私も知り申しておりました。それでも会うのはもっと先だと少なくともクラスメイトに存在する筈がないと思っていました。そうして語られる彼の凄惨な過去には絶句することしか出来ませんでした。そして思わされるました。嗚呼、彼はなんと『孤独』なのだろうと。愛を知らずに『孤独』を引きずって尚、戦おうとする彼はなんと強いのだろうと。それに気づいた私の胸はもう一度、そして先ほど以上に強く高鳴りました。呆然とする中で上鳴さんが引き止めてくれなければきっと彼を逃してしまっていたかも知れません。

 

 引き止まってくれた彼に作戦を言い渡し、見事私達は6つの目を持ち下半身を蛹のような膜で覆われた虫の幼虫と人を混ぜたかのような異形を倒すことに成功しました。そしてオールマイトが来てくださったのと彼が倒れるのは同時でした。皆で慌てて顔を覗くと彼の顔は険しさが消え失せ、可愛らしい寝顔を浮かべていました。それを見た上鳴さんや耳郎さんは安堵していましたが、私だけは違いました。

 

 

 

ほしい

 

 

 

 

 そんな浅ましい感情が私の中で入り乱れていく。嗚呼、ダメです。万人を愛して救うべきヒーローが傷つき進んでいく人間を諌めずに愛してしまうなど。それでも感情は抑えられません。見れば見るほど、処置をすればするほど(◾️黒)の顔が愛おしく思えてくる。欲しい、欲しい、欲しい、彼のことが。彼の『孤独』が愛おしい。それを理解(わかって)してしまってばもうダメでした。嗚呼、

 

彼の『孤独』を独り占めにしたい!

 

 こうして八百万 百()伏黒恵()に恋をしました。

 

 

《さてさて気を取り直して第五試合!立てば芍薬!戦えば上位陣!創る姿はまさに万能!ヒーロー科、八百万百!vs入試実技では2位と40点以上突き放し、第二種目では逆転を見せてくれたが次は何を魅せる!?ヒーロー科、伏黒恵!》

 

 第五試合にて八百万と伏黒が向き合い、両者がフィールドに入場して準備を整える。

 

《レディー、スタートォ!》

 

「ねぇ、伏黒さん」

 

 プレゼントマイクの号令と同時に八百万は何もすることはなく伏黒に問いかけてくる。これには伏黒どこらか観客すらも困惑している。嵌める為の行動ならいざ知らず、今の八百万には戦いに挑む気迫はおろか、むしろ友愛すら感じるのだから。伏黒は八百万ご奸計を張り巡らせるタイプの人間ではないのはこの短い期間でもわかっているつもりだった為、構えを解く。

 

「私が勝ったら何かいたたげませんか?」

 

「それ、今言う必要あるのか?」

 

 八百万の口から飛び出して来たことに伏黒は思わず突っ込む。こんな性格だったかと思いながら伏黒はミッドナイトを見る。八百万に戦闘の意欲があるのか否かを確認する為である。ミッドナイトも困惑して何も言ってこないあたり、失格でもなんでもないらしい。それに対して伏黒は大きくため息を吐く。

 

「やる気がないなら出てってもらうぞ。【玉犬】」

 

 そう言いながら伏黒は【玉犬】を呼び出すと八百万目掛けてけしかける。少なくとも伏黒は八百万との戦闘では勝ちを確信していた。何故ならこのような『よーい、ドン』という場面ではものを構造を思考して作り出すというモーションがいる八百万の個性ではどうしても後手に回るからだ。しかし、どういうわけか体から創り出した道具が攻守走共に優れている【玉犬】を弾いている。伏黒も突っ込もうと思ったのだが、流石に何が飛び出してくるかわからない以上は不用意に突っ込みにくい。そうして八百万が複雑な機材を作り上げると【玉犬】を吹き飛ばす。ここまで動ける奴だったかと疑問に思っていると道具を下げて再度問いかける。

 

「もう一度、お聞きしますわ。―――私が勝ったら何かいたたげませんか?」

 

「……言わなきゃダメか?」

 

「恩返し、とでも思っていただければ」

 

 伏黒は八百万に問い返すとUSJでの応急処置を引っ張り出してくる。それを聞いた伏黒は痛いところを突かれたと思いながら、少し考え込む。周りのどよめきをBGM代わりにして考え込んだ果てに結論を出す。

 

「何でもいいぞ」

 

「――――なんでも?」

 

「叶えられる範囲、っていう枕詞がつくがな」

 

 伏黒は向き合って八百万にそう言うと驚いたように固まった。固まった八百万を見て伏黒は流石に叶えるにしても上限がある為、言葉を付け加える。すると、

 

「でしたら、でしたら。おおおおおお付き合い、なんてことも…」

 

《は?》

 

《おい、マジでどうした》

 

 伏黒の内心を代弁するかのように解説であるプレゼントマイクと相澤が困惑したような表情と声を見せる。告白された伏黒も流石に聞き違いかと思った。しかし、八百万を見るが上気した顔に上擦った声と描くように忙しなく空を切る指先が嘘偽りでも無ければ聞き違いでもないことを告げる。それに気づいたのはどうやら伏黒だけではなかったらしく、A組のほうから興奮と喜悦を込めた悲鳴が漏れ出て、B組の方から恐怖を込めた悲鳴が漏れ始める。人生初の告白を前に伏黒は困惑しながら耳年増と思われるミッドナイトに助けを求める。が、

 

「ミッド」

 

 ナイト先生と言い切ることが出来なかった。それほどまでに表情もR-18だった。八百万の方を向き直ると答えを今か今かと待っていた。流石に告白なんて思い切ったことをしてくる相手を無碍にすることが出来ず、大きくため息を吐くと応える。

 

「まあ、叶えられる範囲って言ったからな。いいぞ」

 

「言質とったりぃぃぃ!!!」

 

 伏黒の言葉を聞き届けた八百万はガッツポーズを取りながら声高々に叫ぶ。突然のことに伏黒がビクっとなっているのを無視して八百万は言葉を続ける。

 

「私が正妻です!浮気は許しませんわ!!お付き合いしたあかつきには私の家でパーティを開きましょう!!家に父と母の親戚も招いて盛り上がりますわ!!料理は私と貴方の2人の好物はマストですので!!テンション上がってきたぁぁぁぁぁ!!!!

 

 最後には普段のお嬢様口調を崩しながら、乙女にあるまじき表情を浮かべて叫ぶ八百万。これには伏黒も観客もドン引き。唯一、盛り上がっているのはミッドナイトのみとなった。

 

「勝てたら、の話だがな」

 

 こんな茶番をさっさと終わらせるべく、隙だらけとなった八百万目掛けて詰め寄ると蹴りを放つ伏黒。位置は(ジョー)。当たれば一撃で脳震盪を起こして倒れる。それがどんな超人であれど例外では無い。今この瞬間は八百万の手元から数多の道具が離れている。防ぐにしても生成は間に合わないだろうし、間に合っても後ろで控えている【蝦蟇】が第二の矢となって待ち構えている。防ぐ手立ても潰した攻撃を前に八百万はなす術もなく倒れ伏す。

 

 ガキンッッッッッッッッッッ!!!

 

 筈だった。

 

「何だ、それは」

 

 足が痺れるのを無視して伏黒は思わずと言った様子で八百万に問いかける。それは黒い盾だった。それだけならまだ理解はできた。しかし、それ以上に不可解なのは伏黒が死角になって捕えられるはずのない【蝦蟇】の舌を防いでいる盾が同じ性質を帯びているからだ。確かに八百万は優秀だ。頭も回れば、それに見合った万能に近い個性を持っている。しかし、考える以上は必ずラグが生じるはずだ。にも関わらず、八百万は同時に道具を生成できている。伏黒の質問に対して八百万は優しく笑う。

 

「液体金属ですわ伏黒さん」

 

 瞬間、八百万の腰あたりから黒く光る液体が放出される。そしてそれは鋭い槍の形を模ると伏黒目掛けて殺到し始める。それに対して伏黒は【蝦蟇】の舌を自身の体を巻き付かせると無理矢理元いた場所に戻させる。そして間をおかずに黒い槍が降り注ぐと容易くセメントを叩き割った。

 

《おおっとぉーー!!八百万の攻撃がセメントスの補修したフィールドを容易く叩き割ったぁ!!》

 

 プレゼントマイクの言葉に先程の困惑はどこへやら。観客が一斉に湧き出すのと八百万の一撃の重さに戦慄する伏黒。セメントスの操るセメントは硬い。それもその筈、爆破に超パワー、氷結や熱などの個性を用いての戦闘に耐えることを想定して作られているのだから。しかし、八百万の一撃は違った。黒い槍は深々と地面に突き刺さっている。形が貫きやすいのを加味してもおかしい威力だ。

 

「やるな」

 

「フフ、ありがとうございます伏黒さん」

 

「随分と早いな。あの時に使わなかったのが気になるレベルだ」

 

「意地の悪いことを言わないでくださいまし…」

 

 伏黒の言葉に対して気まずそうに目を逸らす八百万。その反応からどうやらUSJ以降に考えついた能力と判断できる。恐らくだが、八百万がいつものように生成するのではなく、液体金属に絞ったのは液体であれば様々な形を有することが出来るからだと考えられる。そうすれば『考える→創る』のモーションから『考える』のみに絞れて創るというラグを解消できるからだろう。おまけに八百万の個性で作られたものは半永久的に残り続ける。カロリーの消耗も抑えることが可能なのだ。よく考えられていると思わされるが、それ以上にもう少し情報が欲しい。伏黒がそう思っていると、

 

「考える暇があるとお思いで?」

 

 伏黒が考え込んでいると八百万は両手を間に出す。すると、それに連動するかのように液体金属が四つに分かれると先端を鋭くさせて槍のような形となって伏黒に向かってくる。しかし、液体金属は伏黒を素通り。操作ミスかと思いきや、

 

 ド ド ド ド ドッッッッッ!!!

 

 液体金属の形状が変化すると伏黒目掛けて覆い隠すかのように殺到する。伏黒の敗北を誰もが思いながら液体金属が解除されると何処にもいないことに気がつく。困惑が頭に浮かぶのと伏黒が影から飛び出すのは同時だった。そして【大蛇】を継承したことで大きくなり、形状が変化した【鵺】を呼び出した伏黒は空を飛ぶ。それを追い縋る液体金属を回避しながら八百万目掛けて飛び出す際に回収した拾っていた石ころを投擲。しかし、これを八百万はもう一度作り上げた液体金属によって弾く。

 

《ま・さ・に、攻防一体ィィ!!八百万の新技を前に伏黒なすすべも無しかぁぁ!!??》

 

《これは中々に厄介だな》

 

《おおっとここでミイラマンからの解説もくるぞぉ!》

 

《誰がミイラマンだ。八百万の弱点はまだ日も浅いから断言することは出来なかったが、選択の多さにあった。個性が個性だけに選択肢が多い。それ故に悩んで一手遅れる可能性すらあった》

 

《Ho Ho、でも見た感じ》

 

《完全に克服してるな。形状も不安定だから攻撃の予想もしずらいと来た。これは攻略法を見つけなきゃ伏黒の負けが確定するぞ》

 

 解説である相澤の言葉に笑みを深める八百万。飛んでいた伏黒も地面に着地する。そして理解する。液体金属の射程距離はだいたいこのフィールド全域。火力はそこを見せていない以上は確定できないが、【玉犬】以上。速度も【鵺】には劣るが走っている伏黒に追いつくくらいなら分けない。しかし、電動率はかなり高いらしく【鵺】の電撃を放って液体金属に通した際に切り離していることからわかっている。しかし、同じ手が通じるとは限らないので確実とは言えない。攻防一体の上に変幻自在かつ速度もそこそこな液体金属。はっきり言って厄介極まりない代物だ。しかも八百万の思考の速さも考慮すれば厄介さが際立つ。そんな相手に対して伏黒が出した結論は、

 

全て問題無し(・・・・・・)

 

 【鵺】と寄り添う伏黒はそう言った。それに反応したのはやはりというか八百万だった。

 

「強がるのはよした方がよろしいかと。現に貴方は私の攻撃に手も足も出ていないではありませんか」

 

「それはどうかな?」

 

 伏黒はそう言うと手影絵は両手を反対に向かせて人差し指で頭、下のほうの手で足、上のほうの手で中指と人差し指を立てて耳を見立てる。殺到する液体金属を呼び出した【鵺】に対処させて新たなる式神を呼び出す。その名も、

 

「【脱兎】」

 

 その言葉と共に伏黒の影がゆらめく。それを見た八百万は身構えていると、

 

「は?」

 

 思わず呆気に取られた声を出す。そこにいた動物は白い毛皮に覆われ、長い一対の耳を持つ。そして赤いくりくりとした目と小さな鼻は敵の動向から決して晒さない。八百万の目線の先には抱える程度の大きさでもフンスと鼻息を荒くする――――1匹の白兎がそこにはいた。それを見た八百万は

 

「これはまた珍妙な……」

 

《可愛EEEEEEEEEEEEEEE!!》

 

 思わぬ式神の登場に困惑する八百万をよそに【脱兎】の可愛さに叫ぶプレゼントマイク。

 

《こ・れ・は、完全に予想外!伏黒から送られてきた使者はまさかまさかの可愛い子兎だぁ!》

 

 これには周りも予想外だったのか、「えぇ…」や「超可愛い!」や「何考えてんだアイツ」と十人十色といった反応だった。しかし、それでも八百万は違った。

 

「警戒すんだな」

 

「ええ、当たり前ですわ。貴方程の人物が何の策も無しに呼び出すとは思えませんもの」

 

「その判断は正しいよ。俺の影から生み出された動物は誰もが固有の能力を持ってる。鵺だったら電気とかな。とりわけ脱兎は俺の手持ちの中でも最も弱いが能力は間違いなく最強だ」

 

 その言葉と同時に伏黒の影からもう1匹の【脱兎】が飛び出してくる。

 

「なるほど、そういう能力ですか」

 

「わかったっぽいからいい加減ネタバレといこうか。脱兎の能力はいわゆる増殖。その最大増殖数は」

 

 大体五千羽以上だ。その言葉と共に脱兎の影が爆発したかのように広がる。そして広がった影一つ一つが兎となり、伏黒の周りにドームと見間違うほどの規模となった。そして伏黒が手を振り下ろすと八百万目掛けて殺到する。しかし、それを見た八百万は冷静に対処し、脅威でないと判断すると伏黒目掛けて液体金属を向ける。しかしそれは、

 

 【脱兎】が八百万の顔面目掛けてドロップキックをかましたことで中断させられた。

 

「なぁ!?」

 

 まさかの非力と思っていた兎が見せる綺麗なドロップキックに驚いた八百万は咄嗟に液体金属を盾に変換して防ぐ。

 

 ガギィンッッッッッ!!!!

 

 すると、先程の伏黒の一撃以上の音が鳴り響く。まさかの威力に驚いていると伏黒の作戦に見当をつける。

 

「まさか!?物量で押し潰す気ですの!?」

 

「そういうことだ」

 

「甘いのではなくて?私の液体金属は「全自動じゃないんだろ?」……何故、そう思ったので?」

 

 伏黒が八百万の言葉を遮ってそう聞くと伏黒は自身の頭をトントンと叩いた後に八百万を指差す。そのモーションに八百万は不思議そうな顔をして触れると頭にひりついた痛みが走る。驚いているあたりハイになって気が付かなかったようだ。先ほど投げた石に隠すように伏黒は【鵺】の羽も添えていた。殺傷能力はゼロだし、害すほどの威力もない。しかし、相手に当てることはできる。そして伏黒は液体金属が防がなかったことを見て八百万の液体金属は八百万の手動によって動かしているのだと判断する。

 

「それに八百万(お前)自身は生身以上、増強系には及ばないにせよ常人の攻撃よりも威力のある【脱兎】の一撃を防がないという手立てはない。さて、5,000近くいる【脱兎】の攻撃をどの程度防げるんだ?」

 

 その言葉と共に【脱兎】の群れが八百万目掛けて殺到する。咄嗟に八百万がドーム状に展開することで防ごうとするが、電撃を帯びた【鵺】が容易く破壊する。そうして襲いかかる【鵺】を何度か弾くと八百万はドーム状とまではいかないが、上蓋を外した円錐状にして防いでいく。上から降り注いでくる【脱兎】を弾いたり、時たま液体金属の結界を破壊する【鵺】によって開けられた風穴から飛び出してくる【脱兎】を弾いたりなどしていると

 

「クゥ…ッ」

 

 八百万の顔から汗が流れ始める。何せ全自動ではない以上、動かすにはそれ相応に頭を使う必要がある。全方向から襲いかかってくる【脱兎】を弾けば頭が追いつかなくなるのは当然である。ジリジリと攻撃が当たっていく中、地面がボコッと音が鳴る。八百万が音の発生源に目線を向けると地面から伏黒が飛び出し、八百万の顎をかちあげた。不意打ちということもあり、脳みそを揺らされた八百万は液体金属の制御を手放してしまう。その結果、液体に戻ってしまう金属。それを見た伏黒は【脱兎】を足場に八百万の背後に移動すると首に腕を回して緩めだが、チョークスリーパーをかける。

 

「詰みだ、八百万」

 

「八百万さん行動不能とみなし、二回戦進出は伏黒くん!」

 

 伏黒の言葉と共にこれ以上は戦闘できないと判断したミッドナイトは伏黒の勝利を告げる。すると、湧く観客。それを聞き届けた伏黒はチョークスリーパーを解除しようとするが、八百万に手を添えられて引き止められる。

 

「どうやって、セメントを掘り進めて…」

 

「気づいてなかったっぽいが、俺は【鵺】を引っ込めて【玉犬】を呼び出してた。で、そいつに頼んで穴を掘ってお前のところまで辿り着いた。あのまま攻め立てるにしても液体金属は厄介極まりないからな。下を行かせてもらった。セメントはともかくその下は土だからな、掘り進めるのは楽だったよ」

 

 伏黒が指差す場所に目線を向けると伏黒が出てきた穴からひょっこりと顔を出す【玉犬】。それを見た八百万は首の力を抜いて伏黒の顔に頭をつける。伏黒はそれを避けて起き上がるとその場から去っていく。すると、

 

「私、諦めませんわ」

 

 後ろから八百万の声が聞こえてくる。後ろを振り返ると八百万の目には未だに力強いものが宿っているのがわかる。恋する乙女は何とやら。厄介な奴に目をつけられたと思いながら伏黒はフィールドを後にした。

 

 



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一回戦、そして似たもの個性

 

《まだまだ続くぞ第七試合!クラス1の盾男!その硬さは盾であると同時に矛でもある!漢気魅せれるか!ヒーロー科、切島鋭児郎!vs対するはB組きっての女傑!可憐な見た目に惑わされるなぁ!ヒーロー科、拳藤一佳!》

 

「悪いが譲られたもんだからな。負けるつもりはないよ」

 

「おっしゃあ!かかってこいやぁ!」

 

 そう言うと拳藤へ体を左足を前に大きく半身にし、脚を蟹股気味に前後に広げて配置。腰を深く落とし、左腕は肘を少し曲げ胸の高さ位に構え、切島はいつものように拳を前にぶつけ合うとガキンという音共に体を構えアウトボクサーに似た構えをする。

 

「なあ、伏黒。あの子お前の幼馴染なんだよな」

 

 尾白の言葉に若干一名(エロ葡萄)が何やら「快活系美少女と幼馴染、だとッ」と慄き、青春の匂いを嗅ぎつけた女性陣が「伏黒に女の影が!?」とキャーキャー騒ぐなどがあったが、スルーして伏黒は振り返り尾白と顔を合わせる。

 

「そうだがどうした?」

 

「ならあの子の戦い方も知ってるわけだ、それを踏まえてどっちが勝つと思う?」

 

 尾白の質問に伏黒は2人の個性と戦闘スタイルについて少し考え込んでから自身の考えを言う。

 

「……確実にどっちが勝つとは言いにくいが、場合にもよるな」

 

「場合?」

 

「ああ。もし切嶋が攻めを主軸に戦うならワンチャンあるが、防御を主軸に戦うんだとしたら悪いがかなりぶが悪いぞ」

 

「そこまでか?切島の《硬化》の個性を忘れてないか?あの硬さもそうだがアイツ自身のタフネスさはなかなかだぞ?」

 

「そうだな。だが、もし拳藤の個性の威力が切島のタフネスよりも上だったら?まあ、こんな考えせずとも試合でわかるだろ」

 

 そう言って伏黒はフィールドに目を向ける。

 

《それでは第七試合スタート!!!》

 

 それと同時に試合が開始。そして次の瞬間、

 

 ドゴオオオオオォォォォォォォォンンンン!!!

 

 まるで車同士の衝突音にも似た鈍い音が会場に響き渡る。全員がフィールドに目をやるとフィールド上には腰を深く落とし、縦にした拳を前に突き出した拳藤とその延長線上の場外に切島を中心に切島の1.5倍はある巨大なクレーターが出来上がっていた。

 

《マジ、かよ…》

 

《これはまた》

 

 静まり返った会場に皆の胸中を代弁するかのようにプレゼントマイクと相澤の言葉が響く。そしてそれはA組内部でも。

 

「嘘、でしょ」

 

「おいおいヤベェーなお前の幼馴染」

 

「伏黒の言葉から強いことはわかってたつもりだがまさかここまでなんて…」

 

 中学時代からの付き合いである芦戸は絶句し、下心が10割を含めた目で拳藤を見ていた峰田はドン引きし、戦々恐々といった面持ちで尾白はうめく。他にも切島のタフネスさをUSJや騎馬戦などで嫌というほど知っていた爆豪などは目を見開き驚愕していた。

 

「拳藤の個性は《大拳》。書いて字の如く自身の両拳を巨大化させることができるっていうやつだ」

 

 静まり返ったからかA組の陣営に伏黒の声がよく聞こえる。その声に釣られて皆の視線が伏黒による。

 

「地味な個性だが、拳の大きさに比例して重量と膂力が変異する。元々アイツのフィジカルが高いのもあるが実家が中華系の武術道場を営んでてな、《大拳》と崩拳が合わさった結果威力はご覧の通りだ」

 

 そこまで話して尚、絶句するものもいたが爆豪のような好戦的な人物は至極楽しそうに深く笑うと次の試合での出番のためA組の陣営から離れていった。

 

 そんな中、拳藤が即攻を仕掛けたのは伏黒にとっても少し意外だった。そんな中で伏黒はふととある存在を思い出す。それは切島に似た個性を持つ鉄哲の存在を。そこまで気がつくと成長してるのはなにも自分だけではないなと再確認させられた。

 

 

《第一回戦最後の第八試合!中学からちょっとした有名人!堅気の顔じゃねえ!ヒーロー科爆豪勝己!vs俺こっち応援してえ。ヒーロー科麗日お茶子!》

 

 爆豪と麗日がプレゼントマイクの紹介のと共にフィールドに入場する。

 

《それでは第八試合スタート!!!》

 

 そして間をおかずに開始の合図が響く。それと同時に麗日が爆豪に向かって走り出す。恐らく爆豪に触れて身体を浮かし、主導権を握るつもりなのだろう。事実、麗日の個性は触れさえすれば格上相手であっても優位に相手どれる強個性。だが、

 

 ボンッッ!!

 

 相手はあの(・・)爆豪。麗日の行動をあっさりと見切ると右手を振るい、同時に麗日目掛けて爆破を浴びせる。これは誰もが予想できていたことだった。爆豪の反射神経は尋常じゃない。何せ相手の動きを見てから反応できるのだから(・・・・・・・・・・・・・)

 

 それはA組ならば全員が知っているはずなのに同じことを繰り返す麗日に疑問を持つ。すると、ふと爆豪の爆破によって生じた煙から何かが飛び出す。その行先に目線をやって伏黒は麗日のやりたいことの意図を察する。確かにこれならば一発逆転が狙えないこともない。

 

 その後はほぼほぼ一方的だった。重心を低くしながら突撃する麗日に容赦なく爆破を浴びせる爆豪。それが何度も行われた。それが原因からか客席からはブーイングが巻き起こる。確かに爆豪は側から見れば女を嬲るクソ野郎に映るのだろう。だがしかしそのブーイングはお門違いではないのかと伏黒は少し呆れる。今なお麗日が足掻きながら構築する()を知らないとするならば尚更。すると、

 

《今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?素面で言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ!帰って転職サイトでも見てろ!さっきの伏黒のブーイングといいお前らは何を見てきたんだ!爆豪はここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろ。本気で勝とうしてるからこそ、手加減も油断も出来ねえんだろうが!》

 

「本当にかっこいいな、イレイザーヘッド…」

 

 解説席から相澤が怒気を含んだ声でそう言った。思わず伏黒がヒーロー名で読んでしまうほど相澤は真剣に怒っていた。まあ、もっともそれ以前にたかだかこの程度で爆豪が凹むほど柔な神経をしていないことはA組の全員が知っている。そしてそれは麗日にも言えることだった。

 

「ありがとう爆豪くん……。油断してくれなくて」

 

「あ゛?」

 

 麗日は朧げな目でそう言うと手のひらを合わせる。すると壊れたフィールドの欠片を空中に蓄え続け、絶え間ない突進と爆煙で爆豪の視野を狭めたことでそれを悟らせなかった瓦礫が流星群のように一斉に降り注ぐ。

 

「勝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!」

 

 裂帛の勢いとともに自重を軽くして突撃する。自身が瓦礫に当たるか可能性も視野に入れずただ貪欲に勝利を求めて。しかし、

 

BOOOOOOOOOOOOM!!!

 

 爆豪が空に向かって掲げた手のひらから超火力の爆破が打ち出す。たったそれだけで麗日の足掻きを一笑に付すかのように瓦礫を一掃する。その衝撃波は麗日本人をも巻き込み吹き飛ばすほどだった。それでもと麗日は立ち上がって足掻こうとするも体がそれについていかずダウン。ミッドナイトが覗き込んで麗日を確認すると、

 

「麗日さん行動不能!二回戦進出は爆豪くん!」

 

 戦闘続行は不可能と判断し、高らかにそう告げる。こうして爆豪勝己の二回戦進出が決まった。そして一回戦の全ての試合が終わった。

 

 

 爆豪が勝利したのを見るとやたら早歩きで次の試合へと向かう緑谷。それとすれ違うように1人の人物が現れる。

 

「なんのようだ拳藤」

 

「お前に会いたくてきた、じゃあダメか?」

 

 一回戦で凄まじいゴリラっぷりを見せた拳藤がそこにはいた。拳藤はニコッと笑いながらそう言う。すると「軟派影野郎」と言いながら血の涙を流す峰田と上鳴が伏黒の二の腕をしばき、少し凹んでいた麗日を含めた女性陣のボルテージが上がり騒がしくなる。ここに味方はいねぇのかと嘆きながら軽く睨むと拳藤は手を挙げて降参のようなポーズを見せながら隣に空いた席に座る。そして、あることに気がつく。

 

「なあ、拳藤」

 

「ん、なんだ」

 

「なんか近くね?」

 

「……」

 

 伏黒の質問に対して拳藤は沈黙をもって返す。気のせいでもなんでも無く、近い。いつもなら席一つ分は確実に開けるのに今では密着しているくらいだ。まさかと思うが八百万の告白を間に受けてるのではないかと思い聞こうとすると、後ろから衝撃がくる。何事かと思いながら振り返るハンドサインで『余計なことを言うな!』と指示される。初見なのに見切れたことに疑問を抱きながら拳藤を見るとうっすら耳が赤いことに気がつく。伏黒はこれ以上の質問は無粋だと思い、内容を切り替えることにする。

 

「どっちが勝つと思う?」

 

「うーん、私はそっちのことは詳しく知らないけど、どっちが勝つかでいうなら言うまでもなく、轟じゃね?」

 

《二回戦第一試合!今回の体育祭両者トップクラスの成績!緑谷ァァ!VS轟ィィ!まさしく両雄並び立ち…今!スタァートッ!!!》

 

 プレゼントマイクの合図と同時に轟が氷結攻撃を仕掛ける。それに対して緑谷は指を犠牲にしたぶっぱでそれを迎え撃った。氷結攻撃を防がれた轟だがなおも氷結を出し続ける。そのたびに指を犠牲にして氷結を砕く緑谷。この構図が5度ほど繰り返された段階で緑谷の負けが濃厚なことを再度認識させられる。

 

「やっぱりこうなるか…」

 

「んー、まずいねこれ。緑谷だっけ?多分持久戦に持ち込みたいんだろうけど先に潰れるよ」

 

「え?なんで持久戦に?」

 

 伏黒と拳藤がこの状況を見て緑谷の分の悪さにうめく。そんな2人の会話を聞いた麗日がなぜ持久戦なのかと聞いてくる。

 

「単純な話だ。轟や爆豪みたいなタイプの個性には限界値があんだよ。麗日、お前にもあるだろ」

 

「あ」

 

「緑谷は多分だがそれを狙ってる。まあ、もっともそれも叶わないだろうがな」

 

「お、おかしいって!デクくんの戦い方はもっとこう……」

 

「クレバーに立ち回ってるってか?だがそれをやるには轟と緑谷は相性が最悪すぎる」

 

 伏黒の言い分は的を得ていた。緑谷の戦い方は相手の行動を予測、いわゆる先読みすることで相手よりも先んじて行動し、生まれた隙に漬け込むというものだ。それは戦闘訓練の際に爆豪との戦闘で爆豪が大ぶりの攻撃を振り切る前に掴んで投げたことから確認された。しかし、

 

「緑谷の先読みは相手の動きを何度もかつ詳しく見たことあることが前提だ。お前ら轟の戦い方を氷ブッパ以外で知ってる奴いるか?」

 

「それはっ」

 

「それに緑谷が勝ったところであの怪我じゃあ、次の試合には出られない。緑谷の試合はこの第二回戦で終了だ」

 

 麗日が反論しようとするも本人も事実であると理解しているからか少し唸ってからフィールドに向き直り、応援する。すると訝しむ拳藤が伏黒に問う。

 

「お前のクラスメイト何がしたいんだ?」

 

「なにってなんだ?」

 

「そのまんまの意味で緑谷だっけ?アイツなんていうか勝つことにこだわってるって感じじゃあないっていうか…」

 

 拳藤の言葉を聞いた伏黒は緑谷に目線を向ける。鬼気迫るところは周りに興奮以上に戸惑いを与えるほどだ。なりふり構わぬ戦いは確かに勝利を前提とした戦い方とは思えないところがある。

 

 そんな緑谷に対しても轟の攻撃の手は緩まず、ついには左腕をも個性によって壊してしまった緑谷。しかし轟は緑谷の手数を捨てた一撃も自身の背後に氷を生み出し、場外負けになるのを防いだ。轟がトドメを刺そうと氷結攻撃を緑谷に浴びせたが、

 

 バキキキキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!

 

 へし折れた指で轟の攻撃を防ぐ緑谷。常軌を逸した防ぎ方に轟を含めA組の生徒達が驚いて緑谷を見る。そして緑谷は痛々しいではすまないほどに変色した右手の指を握りしめると大きな声で轟に宣言した。

 

 「全力でかかって来い!!」

 

 その言葉を聞いた轟はあからさまに不機嫌になる。勝負を急いだのか、それとも接近戦でも勝機を見出したからか緑谷のもとへ駆け出す。が、

 

「遅いな」

 

 第三者である伏黒がそう漏らすほどその動きは普段の一回りほど遅かった。そんな動きを相対する相手が見逃すはずもなく、左足が上がったタイミングで緑谷は腹に自身が壊れない範囲で強化された一撃をお見舞いした。轟が端のほうへと吹き飛ぶ。轟の半身を見ると霜が降りており、口からは白い息が漏れていた。さらに、

 

「攻撃も鈍いし規模が狭い。いよいよMP切れか?」

 

 簡単に避けられる轟の攻撃に底が見え始める。伏黒が考察している間にも緑谷は轟の体にエグめの威力を誇る拳を何度か叩き込むことに成功していた。これは予想に反して緑谷の勝ちか?と伏黒が思っていると

 

「君の!力じゃないか!!」

 

 魂を捻り出すかのように緑谷や轟にそう言う。そこまで聞いて伏黒はようやく理解し、同時に呆れた。緑谷は試合中にも関わらず轟を救おうとしていたのだ。しがらみや怨讐から。極まったお人好しぶりに軽く眩暈がしそうだが、それは轟から放たれる熱波によってさまたげられる。

 

 伏黒も隣に座る拳藤、A組の生徒や会場の観客も皆目の前の光景に目を奪われる。2人の間に何があったのかはわからない。だが、泣きそうだがどこか楽しそうに笑う轟の顔にはしがらみなど何もかもが無くなったかのように見えた。

 

 何度か2人が会話を交わした瞬間、同時に攻撃態勢に入る。轟が炎を出しながら大氷塊を緑谷にぶつける。が、それを緑谷は左足で超跳躍してそれをかわし、右足で大氷塊を足場に轟目掛けて突っ込む。緑谷が向かってくるのを目で捕らえた轟は周りの氷が一瞬で蒸発するほどの熱量を誇る炎を解放。緑谷は超過強化された右手を轟は全てを燃やし尽くす左手を突き出す。

 

 瞬間、冷やされた空気が熱さられて膨張し視界が一瞬白く染まるほどの光と衝撃が発生。セメントスの個性を用いて作った複数枚のコンクリートの壁を難なく粉砕。近くにいたミッドナイトの体が余波で宙に舞うほどの爆風が巻き起こった。

 

「ヤッベーなお前のところやつら」

 

「あそこまでのバカ火力を出せんのはアイツらくらいだ、一緒にすんな」

 

 呆然と呟く拳藤に伏黒は心外だとでも言いたげな態度を取るも凄まじいまでの破壊力に内心驚愕する。少しずつ土煙が晴れていく。そこには背後に展開した氷を支えにフィールド上に留まる轟と場外で気を失い崩れ落ちる緑谷の姿があった。

 

「み、緑谷君場外。轟君、三回戦進出!!」

 

 こうして凄まじいインパクトを残した第一試合は轟の勝利となった。2人の戦いを見届けた伏黒は席を立つ。

 

「そろそろ出番だ。行ってくる」

 

「おう、気をつけてけよ」

 

「それが戦うかもしれない奴に送る言葉かよ……」

 

 伏黒が呆れたようにそう言うと彼女は満面の笑みで快活に笑い返す。そんな拳藤に一瞬笑みをこぼすと控え室へと向かった。

 

 

 二回戦第二試合。尾白VS飯田はこれと静と動の戦いと言う言葉がよく似合っていた。飯田にはどう足掻いても追いつけないと悟っていた尾白はどっしりと構えて迎撃の構えをし、それに対して飯田が個性《エンジン》を用いた高速のヒットアンドアウェイで削るの繰り返し。

 

 最終的に飯田が超必であるレシプロバーストを起動。途中までは徒手空拳と個性《尻尾》の複合技で応戦していた尾白だったが、次第に追いつけなくなり超加速によって威力が高められたブラジリアンキックでノックダウン。勝者は飯田という形で終わりを告げた。

 

《似た個性同士の戦い!勝つのは一体どっちだぁ〜?ヒーロー科、常闇踏影!vs同じくヒーロー科、伏黒恵!レディー!スタート!!》

 

「ダークシャドウ!」

 

「【玉犬】」

 

 そして迎えた第三試合。プレゼントマイクの宣言と同時に常闇は腹から自身によく似た影のような存在を顕現させ、伏黒は手を犬のように形取ると足元の影からシェパードほどの大きさを誇る狼が現れる。

 

「オラァ!」

 

 ダークシャドウの伏黒の頭ほどある拳が迫る。玉犬と共に伏黒は回避、外れたダークシャドウの一撃はコンクリートに深々と突き刺さる。ダークシャドウの一撃はひどく重い。おまけに基本物理攻撃が効かないこともあり弾かれることはあっても怯むことないと下手な増強系の個性持ちよりも遥かに厄介な性能を持つ。

 

 故に伏黒が出来るのは回避か、玉犬を用いていなすかのどちらかだった。攻防がある程度続いた時、いきなりダークシャドウの動きが止まる。

 

「何故だ…」

 

「あ?」

 

「何故本気でこない!我が友よ!」

 

 常闇が激昂する。その様子に伏黒は怪訝そうな顔をしながら聞く。

 

「なんのことだ」

 

「惚けるな!貴様の玉犬は2匹で1匹のはずだ!何故、黒しか出さずに白を出さない!」

 

 その言葉を聞いて伏黒は「あぁ」と常闇の言いたいことを理解して納得する。そして常闇の質問に答える。

 

「出さないんじゃあない。出せないんだ」

 

「なに?」

 

「そう言えばお前らに俺の個性の詳細は話したことなかったな。俺の影絵で作った動物は多少壊されたくらいだったら修復はきくんだ。だけどな?完全に壊されたら二度と元には戻らねぇ」

 

「なんだと…まさか」

 

「そうだ。先の襲撃で俺の【玉犬・白】と【大蛇】は完全に壊された。二度と呼び出すことはできない」

 

 その言葉を聞いた常闇は目を見開きダークシャドウも「マジカ…」と驚愕する。攻防をやめて話をする2人にプレゼントマイクが何事かと実況するのを聞きながら常闇は口惜しそうな顔をするとダークシャドウを構えさせる。

 

「残念だ友よ。お前とは出来れば万全な状態で「話は最後まで聞けよ」…なんだ」

 

 攻撃を仕掛けて来させようとする常闇を手で制すると伏黒は言葉を続ける。

 

「ここからが俺の個性の面白いところでな。壊れた影絵の動物の特性、性質、性能ありとあらゆるものが他のものに引き継がれるんだ」

 

 伏黒の言葉に再度目を見開き驚愕する常闇。そんな常闇を尻目に伏黒は再度、手を犬の形で型取る。

 

「そしてこれが【玉犬・白】の性質を引き継いだ新たな【玉犬】だ。来い」

 

【玉犬・渾】

 

 伏黒の言葉と共に玉犬の体が影で覆い尽くされ、丸い球体となる。それは少しずつ膨張していきやがて直径が伏黒と同程度の大きさへと至る。そして影の球体は揺籃の時を終えたかのように砕け散る。

 

「ウオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 そこに【玉犬・黒】の代わりに現れたのは背中の毛が荒々しく逆立て目と牙を剥いた凶暴な顔つきの伏黒1人をすっぽり覆えそうなほどの巨躯を誇る人狼だった。

 

「悪いな遺憾せん継承が遅くてな、おかげで手間取った。じゃあ、続きといくか」

 

「ああ!来い!」

 

「そうさせてもらう。行け、玉犬」

 

 伏黒の言葉と共に玉犬とダークシャドウが動き爪と拳が衝突する。少しの拮抗が起こったがそれはすぐに破られる。

 

「ヌオッ!」

 

 押し負けたのはダークシャドウだった。爪を振り切った玉犬はそのまま四足歩行へと移行し、ダークシャドウに詰め寄ると爪や牙を用いて攻め立てる。当然ダークシャドウはやられっぱなしでいるはずもなく反撃しようと拳を振るうも機動力でも上をいかれあっけなく避けられては再度攻撃されるを繰り返していた。

 

「くそッ。ダークシャドウ!」

 

「よお、常闇」

 

「しまっ、がぁっ!」

 

「遠中距離主体の奴の手駒が離れたらそりゃあ本体を攻めるわな」

 

 ダークシャドウのことで集中しすぎた常闇に伏黒はあっさりと接近し、背負い投げを敢行。常闇は受け身を取る間もなく地面に叩きつけられる。そんな常闇の腹に伏黒は脚を置いて押さえつける。

 

「ナッ、踏影!」

 

「意識を戦闘の外に持ってくなんて随分と余裕だなダークシャドウ」

 

「グエッ」

 

 常闇に意識を持ってかれたダークシャドウは一瞬だけ視線を玉犬から外してしまう。その一瞬はあまりにも大きくすぐさま玉犬に取り押さえられ、ダメ押しと言わんばかりにいつのまにか顕現していた【蝦蟇】に手と胴体を押さえつけられる。

 

「一応聞くがまだやるか?」

 

「クソッ、参った…」

 

 自身も動けず攻めの要でもあるダークシャドウも完封されることを悟ると悔しさを滲ませながらそう宣言する。

 

「常闇君降参!伏黒くん三回戦進出!」

 

《決まったァァァァ!!!似たもの同士勝負勝ったのは伏黒恵!!つーか、玉犬の姿が変わってなかったかぁ!?》

 

《確かにあれは俺も初見だな。伏黒は隠蔽したりするような性格ではない。となるとつい最近になって気づいたか?》

 

 プレゼントマイクと相澤の声が響く中、伏黒は黙って踵を返す。こうして伏黒の準決勝進出が決まった。

 

 

《二回戦第四試合!!A組のギャング爆豪勝己!!vsB組の女大将、拳藤一佳!!》

 

「こいやぁ、メリケン女ぁ」

 

「ガラ悪っ。地元でよく見たチンピラかよ」

 

 爆豪は手を前に出して前傾姿勢に、拳藤は体を左足を前に大きく半身にし、脚を蟹股気味に前後に広げて配置。腰を深く落とし、左腕は肘を少し曲げ胸の高さ位に。右腕も同じように少し曲げ胸の位置くらいにして構える。

 

《レディー、スタート!!!》

 

 合図とともに爆豪が爆破をブーストに拳藤へ肉薄する。

 

《センテヒッショー!!!》

 

《後手に回れば切島の二の舞だ。取る判断としては間違っちゃいねぇな》

 

 その言葉と同時に爆豪は手始めと言わんばかりに拳藤の横面目掛けて爆破をかます。が、これは巨大化した拳になんなく塞がれ。拳藤はすぐさま拳を縮めると爆豪目掛けて掌底を放つ。直撃しようとする瞬間、拳が拡大。あわや当たると思われるも、爆豪は片手で爆破をすることで回避。飛び退く際にわざと爆破を強めて攻撃にも成功する。

 

《初ヒットは爆豪だー!》

 

 プレゼントマイクの言葉に会場が盛り上がる。勢いづかせてはいけないと判断したのか拳藤は今度は自分から攻めに転じ、拳、脚、膝、拳、脚、脚、肘のコンビネーションが至近距離でめぐるましく拳藤の乱撃が放たれる。

 

「チィッ」

 

 たまりかねた爆豪は咄嗟に飛び退き空に退避しようとする。が、

 

「逃げんなぁ!」

 

「なッ!」

 

 拳藤は見逃さず即座に左手を最大限まで拡大させて振り下ろす。結果、拳藤の剛力によって煽られた風は強風となって爆豪に襲い掛かり、大きく体勢を崩す。そんな爆豪に勢いのまま立ち上がった拳藤が、その場からまっすぐに縦の拳を突き出す。それは切島を下して見せた技、【逕庭拳(けんていけん)】。宙に浮いた状態で体勢を崩した爆豪の胴体に吸い込まれるように拳藤の拳が突き刺さる。

 

 しかし、そこはA組きっての才能を持つ爆豪。拳が胴につきたてられる寸前。拳が当たる直前に掌を拳と胴の間に滑り込ませることで受け止めることには成功した。が、

 

「ごっがァァァァ!!」

 

 そのまま掌ごと腹に押し込まれる。しかも、インパクトの瞬間に拳にねじりが加えられたおまけ付きで。しかし負けじと麗日戦で見せた最大火力を拳藤目掛けて両手で放つ。瞬間、爆豪がまるで弾かれたのように場外目掛けて飛んでいく。凄まじい勢いで飛んでいく爆豪に誰もが拳藤の勝ちを確信する。が、

 

「〜〜〜ッッッッッんなところで終われるかァァァァ!!!」

 

 咄嗟に体を回転させながら爆破をして軌道修正。結果、場外に行かず地面に叩きつけられるで済んだ。

 

《まさに一・進・一・退!!どちらも引くことなく食らいついていくぅぅ!!つーか爆豪、よく拳藤の一撃を食らって立ってられるな!》

 

《あの時の最大火力のブッパで完全に芯を捉えられるよりも前に飛び退くことが出来たんだろ。でなきゃ今の一撃で終わってた》

 

《2人が息を荒くしていく中、会場のボルテージは上昇(あが)っていくぅー!!マジでどうなるか俺たち教師陣営もまるで見当がつかねぇー!》

 

 プレゼントマイクの言う通り会場は大盛り上がりを見せる中、2人は限界を迎えていた。

 

 拳藤は自身の【逕庭拳(けんていけん)】が決まった時、勝ちを確信していた。にも関わらず爆豪によるゼロ距離全力爆破を避けることもできずモロに喰らってしまった。

 

 一方、爆豪は【逕庭拳(けんていけん)】を喰らった影響で腹から灼熱のような痛みを感じていた。そしてさらに致命的なことに挟み込んだ掌が完全に壊れているのか動かないのだ。

 

 故に2人は覚悟を決めた。この一撃に全てを賭けると言う覚悟を。爆豪は砕けた手を無理矢理動かし爆破させ天高く飛ぶとさらに爆破を用いて拳藤目掛けて回転しながら近づく。それに対して拳藤は左足を大きく下げ解放した掌を前に持っていき、拳を弓のように大きく引いて構える。そして互いが技の射程距離に入った瞬間、必殺の一撃が解放される!

 

 

榴弾砲・着弾(ハウザー・インパクト)ォォォォ!!!」

 

 

破城拳・一天(はじょうけん・いってん)!!!」

 

 

 片や落下と同時に加速、爆風により回転まで付加して突っ込んだのち、生身での最大威力の爆風を放つ榴弾の如き一撃。

 

 片や背骨を含む全身27箇所の関節の回転を連結加速させることで音の壁をを超える打突の瞬間に拳を拡大させて放つ最強の英雄(オールマイト)に準ずるほどの威力を誇る一撃。

 

 ぶつかり合った衝撃は馬鹿げたまでの暴風を巻き起こし会場全体を包み込む。伏黒は身を乗り出して勝負の結末を見守る。勝負を制したのはクラスメイト(爆豪勝己)幼馴染(拳藤一佳)かを見届けるため。土煙が腫れていき、フィールドが視認できるようになる。結果は、

 

《ダ、ダブルノックダウン〜〜??!これは一体どうなるんだぁー!!》

 

 プレゼントマイクの言葉にミッドナイトがドローを宣言しようとした瞬間、ズル…ズル…と何かが這いずるような音が聞こえてくる。会場全員の目線がそちらに向かう。最強の一撃のぶつかり合いを制したのは

 

「拳藤さん戦闘不能!爆豪くん三回戦進出!」

 

 ミッドナイトの宣言と同時に膨大な歓声と万雷の拍手が鳴り響く。誰もが爆豪と拳藤の勝負を讃える中、爆豪、轟、飯田、伏黒のベスト4が揃ったことでいよいよ体育祭も大詰めとなった。





まだ準決勝も決勝戦も残ってんのに決戦のノリで書いてしまった。


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似たもの個性、そして準決勝


 最後のエンデヴァーが伏黒をぶん殴ったシーンは流石に変えました。理由はいくらNo.2とはいえヒーロー免許取り消しになるかもしれないからです。


 

 

 伏黒はモニター越しに準決勝の対戦表に目を通す。準決勝の対戦カードは、

 

第一試合・轟VS飯田

 

第二試合・伏黒VS爆豪

 

 と言う感じだった。何故、プレゼントマイクの宣言を聞かずにモニター越しなのかと言うと伏黒は今会場にはおらず、

 

「大丈夫か?拳藤」

 

「あはは…めっちゃ痛かったけど、リカバリーガールのおかげで頭の包帯を除けば完治済みだ」

 

 リカバリーガールの管理する医務室にいた。あの後、立ち上がった爆豪も白目を剥いて気絶したため急いで医務室に運ばれていった。それを見た伏黒は心配になり、席を開けて拳藤の様子を見に来た結果来訪と同時に目を覚ました拳藤とでくわす。

 

 安心した伏黒は少し声をかけた後にその場から去ろうとしたのだが、拳藤に引き留められたのとリカバリーガールから一緒にいたきゃ一緒にいていいと肘鉄ぶちこまれながら許可が出たため拳藤の隣に座っている。

 

 場に沈黙が流れる。普段は悪態をつきながら話すことができるのに今だけは何を話せばいいのかわからない。惜しかったな、頑張ったな、と様々な言葉が頭に浮かぶがどれもが慰めにしかならず励ましにはならないことを伏黒は知っている。

 

「いやー!負けた!爆豪やっぱ強いわー!」

 

 沈黙を破ったのは拳藤のほうだった。後頭部をかきながら笑ってそう言う彼女を見た伏黒は呆気に取られる。

 

「……大丈夫か?」

 

「ん?まぁね。確かに悔しいけど負けをいつまでもずるずると引きずってらんないしね。そう考えると意外と大丈夫さ」

 

 いつものように快活に笑う拳藤を見て伏黒は嘘だと理解する。悔しくないわけがない、本当は泣いてしまいたいことくらい何年も付き合いがあるからわかってる。だけど今この瞬間何をすればいいのかわからない。医務室のモニターから聞こえる実況も今は無視してどうしたものかと考える。

 

 そんな時、ふとリカバリーガールの授業を思い出す。その考えに一瞬顔を顰めるがこの現状をどうにか出来るならと一度ため息を吐くと実行に移る。

 

「……伏黒?」

 

「なんだ」

 

「何してるの?」

 

「見りゃわかんだろ。ハグだよ」

 

 自身の胸元に拳藤の頭が来るよう伏黒が自分の元に引き寄せるとハグを実行する。突然のことに戸惑う拳藤。そんな拳藤と湧き上がる羞恥心を無視しながらハグを続ける伏黒。

 

「言い方が悪かったな。なんでハグしてくんの?」

 

「リカバリーガールの授業で言ってたろ。30秒ハグをすると3割のストレスを解消させるって」

 

「いやだから私は「大丈夫ってか?舐めんな10年以上の付き合いなんだぞ。お前の下手くそな嘘くらい見透かせるわ」

 

 拳藤の言葉に伏黒は遮るようにそう言うと胸の中にいる拳藤は押し黙る。そして少ししてからポツリポツリ話し始める。

 

「つらかった」

 

「おう」

 

「くやしかった」

 

「知ってる。隠せてなかったからな」

 

「機会を与えてもらったのに勝てなかった」

 

「そうだな」

 

「お前と、戦いたかった」

 

「そうか」

 

「悪い、伏黒。出番近いのわかってるけど、もう少しだけ、こうさせて」

 

 拳藤の言葉に伏黒は強く抱きしめることで応える。抱きしめてから気づいた。よく鍛えられて強いと思っていた拳藤がこんなに細くて柔らかくて男勝りな性格で女にモテてはするけども1人の女であることを。小さく震える拳藤の背を軽く撫でながらそんなことを考える。

 

 そしてそれはモニター越しから聞こえる《轟くん決勝進出!》という声とともに終わりを告げる。それを聞いた伏黒は拳藤から離れ、医務室のドアノブに手をかける。拳藤は「ぁ」という声を出して名残惜しそうにしていたが、すぐに顔を引き締めると

 

「伏黒。私が見てる。だから頑張れ」

 

 つきものが落ちたかのような顔で微笑みながらエールを送る。

 

「おう、行ってくる」

 

 伏黒はそう一言だけ告げると医務室を後にした。

 

 

《さあ続いて準決勝第二試合!期待値マックス!ヒーロー科、爆豪勝己!vsここまでほぼノーダメ!果たしてこのまま無傷で完勝出来るのかぁ!?ヒーロー科、伏黒恵!》

 

 プレゼントマイクの実況と共に両選手が入場し、互いがにらみ合うかのように向かい合う。

 

 

《準決勝第二試合スタート!!》

 

 プレゼントマイクによる開始の合図が響き渡る。

 

「死ねやぁぁぁ!!」

 

 同時に爆豪が手のひらで爆破を連発させ、一気に伏黒目掛けて突撃する。そして伏黒に直撃する直前に伏黒の顔目掛けて大きめの爆発を起こす。咄嗟に手をクロスさせて伏黒は攻撃を防ぐ。が、それは爆豪にとって攻撃であると同時に移動手段でもあった。伏黒の頭上を通過するように飛ぶと、背後に着地し右手の大振りと共に先ほど以上の大爆発を見舞おうとする。

 

 しかしそれは伏黒の影から飛び出した玉犬・渾によって防がれ、爆豪は逆にカウンターを貰ってしまう。

 

「痛ってぇなぁ、クソがッ」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

《両者被弾!しかしどちらも互いに一歩も譲らないぃぃ!!》

 

《実力は拮抗してるな。近接では爆豪が有利だろうが、伏黒がそれを許すはずもない。こりゃあ、わかんねぇぞ》

 

 黒煙が徐々に晴れていき、少し顔に傷がついた伏黒と獣を思わせるほど前傾姿勢になりながら口の端から垂れた涎を拭う爆豪が悪態を吐く。そんな2人に対して実況のプレゼントマイクを大盛り上がりとなり、相澤は結果が見えないと呟く。そんな中で異なる感想を持つ人間がいた。それは、

 

「このままだと。かっちゃんが負ける…」

 

 爆豪の幼馴染でもある緑谷出久の存在だった。緑谷だけがこの状況下で爆豪が負ける可能性が高いと断言していた。その呟きを聞いていた切島は近づくと緑谷に問う。

 

「爆豪が負けるって……なんでそんな。相澤先生の言う通り拮抗してんじゃねぇか」

 

 事実、切島の言う通り。爆豪は玉犬と伏黒のコンビネーションを紙一重で交わし続けている。そこに負けの要素はまるで見えないほどに。

 

「前の拳藤さんとの戦いでかっちゃんはすごい大怪我をおったでしょ?」

 

「ああ、でもそれはリカバリーガールに治してもらったじゃんか!」

 

「完治はしてた。だけど、完治したってことはそれ相応に体力を削れることでもあるんだ。僕も大怪我を負ったことが何度もある分リカバリーガールにお世話になってるから大怪我から完治までもってかれるとすごい疲れるし、その疲れがとれるのにすごい時間がかかるのを知ってる」

 

 緑谷はそれは切島くんも同じでしょ?と言うと試合に目線を向ける。緑谷の言葉に似たような記憶があるからか口を噤む切島。

 

 その時ふと試合を見ているとあることに気がつく。爆豪の顔や制服にうっすらと打撲後や切り傷が見えることに。それは伏黒の攻撃が玉犬の爪が掠り始めていることを意味していた。伏黒がいくら強くとも神がかった反射神経を持つ爆豪に面の攻撃を除けば攻撃を当てるのは至難の業だ。初めは伏黒が爆豪の動きに対応し始めているのかと思ったのだが、違った。第三者目線からでもわかるほど爆豪の動きが鈍くなっていたのだ。

 

「さっきプレゼントマイク先生も言ってたけど伏黒くんはここまで怪我らしい怪我を負ってない。つまり、ほとんど消耗なしでここまで来てるんだ」

 

「おいおいおいおい!どうすんだよ、マジでヤベェじゃねぇか!」

 

 切島は緑谷の言葉を聞いて爆豪がピンチであることを否が応でも理解(わから)される。そしてその嫌な予感はすぐに的中した。

 

「ガッッ」

 

 伏黒のボディーブローが爆豪の鳩尾に直撃する。威力に耐えかねたのか爆豪の口から肺から搾り出すように息が漏れる。そこから逃れようと掌から爆発を放とうとするが、それよりも早く玉犬が爆豪の頬に拳を叩き込む。

 

 満身創痍。その言葉がよく似合ってしまうほど今の爆豪はボロボロだった。そしてそんな爆豪を見た伏黒は

 

「おい……テメェなんの真似だッ」

 

 バシャという水にもよく似た音共に玉犬の顕現を解除した。

 

「爆豪、棄権しろこれ以上は蛇足だ」

 

 伏黒はそう告げる。その言葉に爆豪は理解する。目の前に立つこの男はあろうことかこれ以上は無駄であると言っていることに。

 

「舐めプかましてんじゃあねぇぞ、影野郎ォォォォ!!!」

 

 視界が赤く染まるほどの怒りを爆豪が支配する。倦怠感で鈍くなるなった体を叩き起こし両手を爆破させてまだまだ戦えるアピールをしながら爆豪は睨みつけるが動かない。それはまるで伏黒の手持ちが出てくるのを待つかのようだった。

 

「いいのか?本気でやる羽目になるぞ?」

 

「舐めプのクソカスを倒してなんの意味があんだよ!俺が欲しいのは完膚なきまでの一位だ!!全力で来ねぇと意味ねぇんだよ!!」

 

 伏黒の問いにまるで愚問だとでも言うかのようにそう吐き捨てる。伏黒はそんな爆豪を見て緑谷のことをとやかく言ってはいたがやはり幼馴染だなと思うと同時に大きくため息を吐くと片手で指を牙に見立てた大口を表し、左手で顔を形容した構えをとる。

 

「今から呼ぶのは手持ちでも最高の戦闘能力を持つ個体だ。死んでも文句言うなよ」

 

「勝ち前提でものをいうんじゃねぇ、何様だテメェはよぉ!!」

 

「―――来い、【虎葬】」

 

 瞬間、伏黒の影が大きく変動する。影は高く高く登り始め、伏黒の身長の1.5倍ほどの大きさになると止まる。しかし横幅は伏黒の倍以上に膨らみ続け、その正体が露わとなる。それは虎だった。しかし普通の虎とは異なり、【玉犬・渾】と同じく二足歩行で尻尾は二股に分かれていた。

 

《伏黒がまた新しい個体を出しやがったぁぁぁぁぁ!!》

 

 プレゼントマイクの言葉に追従するように場のボルテージがさらに引き上がる。いかにも戦闘特化と言わんばかりの見た目をする【虎葬】を見た爆豪は凶悪に笑いながら再度戦闘態勢をとる。

 

「行け、【虎葬】」

 

 伏黒の言葉と共に【虎葬】は爆豪目掛けて飛びかかる。

 

「ハッ、トロイんだよ!」

 

 そう言いながら爆豪は飛び退く。実際、【虎葬】は【玉犬】よりも遅い。先ほどまで伏黒の手持ちの中でも最上位に位置づけられるほどはやい玉犬を相手していた爆豪からはひどく緩慢に見えたのだろう。が、それでも伏黒の言った戦闘能力最高は伊達ではなかった。

 

 バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!

 

 【虎葬】の振り下ろしがフィールドに直撃。結果、観客席にまで届くほどのヒビが刻まれた。あまりの破壊力に着弾した衝撃で軽く飛ばされながらも立て直した爆豪は自身を【虎葬】の目線に合うほどの高さにまで自身を持っていく。そして、

 

閃光弾(スタングレネード)!!!」

 

 昼間でも視界が白く染まるほどの光が爆豪の手から放たれる。伏黒が作り出す動物はただでさえ鋭い五感をさらに鋭くする。それ故に目の前で太陽と見紛うほどの光を浴びた【虎葬】は呻きながらたたらを踏む。そんな相手に攻撃の手を緩めるほど爆豪は緩くない。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ!!!トドメじゃ死ねやァァァァァァァァ!!」

 

 脇腹にむかって強めの爆破を何度も放つと最後に手の痺れを無視して最大火力の一撃を放つ。しかし、それでも【虎葬】は焦げついた毛を除けば目立った傷がみられないほどにタフだった。それどころか怒りを露わにしたのか両手を振りまわしながら爆豪に攻撃を続けた。

 

《超・高火力アーンド超・高耐久!!戦う姿はまさに重装歩兵!!爆豪、どうやってこの苦難を乗り越えるのかぁー!》

 

《しかもここに伏黒も追加されるからな事実上、2対1だな》

 

「2対1?違うな。【鵺】」

 

 ダメ押しと言わんばかりに伏黒はこの場に【鵺】を顕現させる。

 

《ここに来て【鵺】!?よ、容赦ねぇ〜〜!!ていうか【鵺】の見た目変わりすぎだろぉ!》

 

 プレゼントマイクの言う通り【鵺】の見た目は一変していた。顔面が髑髏を模した仮面はそのままだが色合いが茶色から白に変わっており、胴体に生える羽がまるで蛇の鱗のような形状をして臀部からは蛇によく似た尻尾が生えていた。そして何より2メートル程度の大きさが明らかに【虎葬】並と明らかに3メートル以上はあった。

 

「そりゃあ【大蛇】を継承したからな。姿も変わるさ。―――行くぞ!」

 

 伏黒がそう言うと同時に駆けるとそれよりも早く【鵺】は爆豪目掛けて飛んでいく。【虎葬】相手にヒットアンドアウェイを繰り返していた爆豪の元に【鵺】が電気を纏ったぶちかましを繰り出す。

 

「なっ!ガッッッ」

 

 突然の出来事に対処しきれずに直撃。纏った電気で体の自由を奪われると示し合わせたかのように伏黒の蹴りが顔に視界が元に戻った【虎葬】のパンチが腹に直撃。再度フィールドを這いつくばることとなる。

 

 上空に逃げようものなら【鵺】が地上で戦おうものなら【虎葬】と伏黒がいる。誰の目を見ても爆豪の負けは確定だった。しかしそれでも、

 

「上等だぁぁぁぁぁ!!」

 

 爆豪は折れずに笑う。そこからはほぼ一方的だった。【虎葬】が盾をなし、その盾を利用しながら戦う伏黒と触れれば電気によって痺れさせられる特性の持つ【鵺】の攻撃の前にはさしもの爆豪も対処し切れることはなく。最終的に全力の爆破をしようと溜めた瞬間、見逃さなかった【虎葬】の全力の一撃により弾かれて場外。

 

 決勝戦に進出したのは伏黒恵となった。

 

 

 ザー、ザー、ザー

 

 決勝戦に進出が決まった伏黒は一度体から出た汗を流すためにシャワーを浴びることにした。上から降り注ぐシャワーの水を浴びながら伏黒は自身の手を見る。

 

 試合内容は完勝にも思えるが伏黒からするとあまり余裕のない試合だった。虎の子である【虎葬】を相手に良い立ち回りをする爆豪に焦って【鵺】を出すのはあまり良い判断ではなかった。手の内を全て晒したことも痛いがそれ以上に2体同時、しかも中々の燃費を誇る2体を出したことや今の今までの試合で式神を出し続けたのはこと伏黒にとってかなりの消耗であった。

 

 シャワーを止め、体を拭き着替えるとそのまま部屋を出る。髪が濡れた重さで前に落ちて少し視界が遮られる。乾かそうと思ったが決勝までの時間を考えれば少なくとも元の髪型に戻る程度には治ると思ったのかそのままにした。このまま控え室に向かおうと曲がり角を曲がろうとする。

 

 ドン

 

 誰かと体がぶつかったら。視線を上げるとそこには鍛え上げられた肉体は全身に炎を纏ったようなデザインのコスチュームを着こなし、伏黒が見上げるほどであるから190cm以上もの巨体を持つ大男がそこにはいた。伏黒はこのヒーローを知っている。

 

「エンデヴァー…」

 

「む、君は」

 

 フレイムヒーロー《エンデヴァー》。オールマイトに次ぐNo.2ヒーロー。人気などはオールマイトには負けているものの「事件解決数史上最多」という輝かしい実績の持ち主だ。新聞やら町ゆく先に飾ってあるテレビなどにもよく映っていることから伏黒もよく知っていた。体がぶつかったことを謝ろうとした瞬間、

 

 エンデヴァーが炎を宿した手をこちらに向けた。

 

「は?」

 

 いきなりの出来事に突然の出来事に脳の処理が追いつかない。ある程度離れた距離からでも熱さを感じるほどの熱量を向けられた事実を受け止めるとすぐに何事かと問う。しかし、

 

「あの、「黙れ、動くんじゃない」いやだからなんなんですか」

 

「惚けるな!何故、何故お前がここにいる!!」

 

 伏黒の言葉を遮るほどの怒声がエンデヴァーの口から発せられる。尋常じゃないエンデヴァーの様子に伏黒は目線をエンデヴァーの顔に向ける。するとそこには焦りと警戒、そして怯えを顔に宿したNo.2ヒーローがいた。

 

「【異能殺し(・・・・)】、禪院甚爾(・・・・)!!」

 

 理解しきれぬまま事態は進む。それら起こりうる出来事が伏黒の理解の外をいくように。





【虎葬】
→体高が3メートルほどの巨大な虎。見た目は上半身に対して下半身が貧弱な人狼ならぬ人虎。見た目はリゼロ のガーフィールの獣化状態を想像してくれるとわかりやすい。

【鵺】(新型)
→【大蛇】を継承した姿。尻尾が生えて差し渡しが大体3メートルほどになった。電気の威力も高まってたり羽が少し鱗っぽいなどかなり変わったが顔はあまり変わってない。


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準決勝、そして決勝

 

 

 コポコポとコーヒーの炊かれる匂いが医務室に香る。その中で伏黒恵は非難を込めた目線を送り、そんな伏黒にエンデヴァーはひどく気まずそうな顔をしていた。リカバリーガールが出来上がったコーヒーをカップに注ぐと伏黒に差し出す。

 

「大丈夫かい?ほら、熱いから気をつけな」

 

「ありがとうございます。おかげで完治しました」

 

「そうかい。一応、あんなことがあった後だからね。相澤と山田に事情を説明したら気を利かせて機材トラブルってことで5分ほど準備が延長したから少し休みな」

 

「すんません。ご迷惑をかけます」

 

 思わぬ気遣いに咄嗟に伏黒は頭を下げて礼を言う。礼を言う伏黒にリカバリーガールはにっこりと笑う

 

「礼儀正しいねぇ。でも、謝る必要はないさね。謝るべきなのは」

 

 フンッ!という声と共に隣に座っていたエンデヴァーの足目掛けて杖を振り下ろす。エンデヴァーは「うぐ」という声をあげると

 

「こいつの方だよ」

 

「……謝罪が遅れた。すまない」

 

 と、一言謝った。何故、伏黒が医務室にいるのかというとあの後髪を上げて顔を見せながら名前を言うとエンデヴァーはギョッとした顔で炎を引っ込めた。その後一体全体なんでこんなことをしたのか聞くために場所を考えたところ雄英校に関わるものしか立ち入れない医務室で説明すると言われて今に至る。

 

 伏黒としても勘違いで殺傷能力に全振りしたような個性を向けられて流石に納得はいかなかったが、流石にあそこまで申し訳なさそうな顔をされては文句も言えなかった。それに何よりも気になることが多すぎた。

 

「別に大丈夫です。それより禪院って、あの(・・)禪院ですか?俺と禪院家になんの関係が」

 

 そこまで言うとエンデヴァーは不思議そうな顔をして、

 

「甚爾の息子、あるいは縁者ではないのか?」

 

 と聞いてきた。聞かれたらところで伏黒は自身の現状を説明する。母が自身を産んだ直後に死んだこと、父は基本的に女と共に出かけることが多すぎて名前は愚か顔すらも覚えていないことを。そこまで聞いたエンデヴァーは少し顎をなで、熟考してからしばらくして話し始める。

 

「恐らくだが君の父の名前は甚爾であっていると思う」

 

「似ているからですか?」

 

 伏黒が流石にそれだけだったら納得できないと暗にそう含めながら問うとエンデヴァーは首を横に振い否定する。

 

「確かにそれもあるが時系列にあるんだ」

 

「時系列、ですか?」

 

「そうだ。君はあの時、俺の【異能殺し】と言ったことを覚えているか?」

 

「まあ、薄らとは」

 

「端的に言うと【異能殺し】は禪院甚爾という傭兵の二つ名だ」

 

 そして語られるのは今から20年近く前の話だった。犯罪行為が街を歩けばほぼ毎日出くわすほど今とは比べ物にならないほど治安が悪い時代。(ヴィラン)の実力も今以上のものだったらしい。当然、ヒーローだけでは手が足らず自分の身を守れないお偉いさん方は個人で傭兵などを注文していたらしい。その中でも有名だったのが、

 

「俺の親父(暫定)だったと」

 

「そうだ」

 

「だったらなんで【異能殺し】なんですか?物騒なことこの上ない」

 

 伏黒の言葉に何かを思い出したのか頭を痛そうに抑えるとエンデヴァーは苦々しく語る。

 

「君の父が依頼を受託していた相手というの金払いのいい客だった。それが善悪関わらずにだ。それでも見放されなかったのは仕事の成功率が100%と必ず遂行したという実績にある。どんなに強力な個性持ちであろうとも強靭な五体を用いて勝利をもぎ取り続けた。そうして仕事をこなし続けていくうちにこう呼ばれるようになった」

 

「【異能殺し】と。モロにヴィランじゃないっすか」

 

「あんまり大きな声では言えないが公安の連中も依頼してたからかヴィラン認定はされてなかったがな」

 

 さらっととんでもないことを言うエンデヴァーの言葉を無視してあんまりにあんまりな事実に今度は伏黒が頭を抱える番だった。何故ならば

 

「アンタも俺の親父の被害者だったと」

 

「被害者というよりも戦ったことがあると言うのが正しいな。後にも先にも敵対したものでアイツより強いやつはいなかったほどだ」

 

 強いという面では誇ったほうがいいぞ。とかなり的外れなことを言ってくるエンデヴァー。あんまりフォローになってない言葉に伏黒はため息を吐くとあることを思い出す。

 

「そう言えば時系列ってなんですか?」

 

「ん?ああ、一時期【異能殺し】が活動を停止していた時期があったんだ。その時期というのが今から18年から16年前。君が生まれた、あるいは君が生まれるまでの間、アイツが結婚生活を送ってた可能性のある時期なんだ」

 

 そこまで聞いた伏黒は思わず天を仰ぐ。念のため知ってるかどうかはわからないがリカバリーガールに聞いたところエンデヴァーの言葉に嘘はないことを言った。今この瞬間、伏黒にとって禪院甚爾という存在が父親(暫定)から父親(確定)にすげかわった。となると後は父がどうなったかだが、

 

「その驚きようからして親父は死んだっぽいですね。あの莫大な預金は親戚のじゃなくて親父のだったわけだ」

 

「確かに10年ほど前に【異能殺し】としての禪院甚爾と出会した。その際には気に食わないがメリケン…オールマイトと共同で捕縛に移った。結果的に致命打は与えられたが、逃げられてしまってな。あの時君に個性を向けたのは甚爾がここにいては多くの人間に被害が出ると思ったからだ。それにあれほど強くしぶとい男が死ぬとは思えない」

 

「No.2とNo.1の共同で?そんなに強いんですか?」

 

「ヒーローは人を殺してはいけないからな。仮に殺しがありだったら俺とサイドキックだけで挑んでる。まあ、生かす殺すを抜きにしてもアイツは強い。動きはじめの速度がオールマイトよりも速いだけじゃなく、真正面切って殴り合えたのほどの増強型の個性に極まったアングラ系の武器術や体術も合わさってほぼ敵なしだったよ」

 

 そこまで聞くと伏黒は時間のこともあり、エンデヴァーに礼を言ってその場から去る。少しだけ重くなった足取りを決勝戦で発散させてやろうと誓って。

 

 

とある医務室での幕間

 

「全く嫌になる程似てるなあの男は」

 

 つい先はほどまで隣にいた伏黒という男が完全に去ると同時にブスっとした顔をしながらそう呟くエンデヴァー。そんな様子を見たリカバリーガールは茶々を入れる。

 

「そう言えるだけの余裕があって何よりだよ」

 

「……なんのことだ。御老人」

 

「年寄り扱いするんじゃないよ。忘れたのかい?アンタ昔、【異能殺し】に手酷くやられたじゃないかい」

 

 リカバリーガールの言葉にエンデヴァーはズキッと胸を抑える。そんな様子に強がりを言ってたのだと知ったリカバリーガールは軽くため息を吐くとその場から去る。医務室で1人になったエンデヴァー。体から発せられる炎を解除するとスーツを捲り胸元を見る。そこには生々しく刻まれた深い太刀傷が戒めのように刻まれていた。

 

 それを見たエンデヴァーはオールマイトとは違ったある種の超越者を思い出す。こちらに向かって牙を剥き出しにした猛獣を思わせる笑みを浮かべ、手に持った野太刀で切り掛かってくる瞬間を。そして不快そうな顔をして舌打ちをすると体から炎を再点火。そのまま立ち上がり、医務室を後にした。

 

 

《機材トラブルで待たせちまったなオーディエンス!!これより始まるは雄英高校体育祭のラストバトル!一年の頂点がこの一戦で決まる!いわゆる決勝戦!ヒーロー科、轟焦凍VSヒーロー科、伏黒恵!》

 

 プレゼントマイクの実況にスタンド達は過去一の盛り上がりをもって応える。今この瞬間、一年という括りの中での最強が揃った。片や推薦入学者でかつNo.2ヒーロー・エンデヴァーの息子である轟。そしてもう片方は入試成績トップにして万能とも取れる個性で体育祭では第一種目、第二種目ともに轟の上を行き続けた伏黒。

 

 まさに頂上決戦。二年生を含めてもなお最上位に位置付けられるほど逸脱した実力を持つ2人の行く末に観客は愚かその場にいる生徒、教師、下見に来た一部を除いたヒーロー達が息を呑み注目する。フィールドにいる伏黒と轟は互いに睨み合い静寂を保つ。そしてこの沈黙は

 

《レディ〜!!スターーーート!!》

 

 プレゼントマイクの合図と共に轟によって破られた

 

 バキキキキィィィィィィィィィィィィ!!!

 

 地面に手を当て小山と見紛うほどの大氷塊を生み出し、目の前にいる伏黒目掛けて一気に放出した。瀬呂戦で見せた氷結には及ばないにせよそれでも凄まじい規模の氷塊がスタジアムに形成される。

 

《おぉーっと!轟、開幕早々に瀬呂同様に氷をブッパ!まさかまさかの速攻勝利かぁ〜〜!?》

 

《アホ言うな山田。あの程度で敗れるほどアイツ(伏黒)は柔じゃねぇよ》

 

《イレイザー!山田って言うのやめて!》

 

 繰り広げられるプレゼントマイクと相澤の漫才の言う通り、誰もこれで終わったなどとは思っていかった。現に轟も大質量の攻撃を行ったにも関わらず一向に警戒を解く様子がない。皆が一様にフィールドを見守る。すると、

 

 ガガガガガガガガガガ

 

 まるで何か鋭いもので削られていくような音が聞こえ始める。その音を聞いた轟はすぐさま半身から冷気を垂れ流す。そして、

 

 ボゴォォォォッ!!

 

 氷塊が凄まじい勢いでぶち破られる。氷塊に開いた穴からは【玉犬・渾】が現れるとそのあとを追うように伏黒が出てくる。

 

《やっぱりと言うか伏黒無事ぃぃぃぃ!!しかもあの氷塊をもぐらみてぇに掘り進めやがったぁ!!って、あれ?なんで【玉犬】?こういう時って火力の高い【虎葬】のほうがいいんじゃ…》

 

《火力の高さだけ見ればな。【虎葬】の場合は火力は高くとも他の影絵と比べると愚鈍だ。攻撃して氷塊砕くよりも早く氷漬けになるのが関の山だ。それに対して【玉犬】は火力や耐久面でこそ劣るが速度や回転数は圧倒的だ》

 

《なるほど、だから【玉犬】を選んだと!》

 

「モグラってそんなケッタイな!」

 

「轟の火力もヤベェけどそれに対応しきる伏黒も相当ヤベェな!」

 

 最初の攻防で再度観客に格の違いを実況と共に知らしめる二人。そんな2人を見たスタジアムのボルテージがひっきりなしに上がっていく。そしてそれに比例するように2人を取り巻く空気は張り付き始める。

 

「自分より速い輩に目の前を塞ぐなんて愚策がすぎる。それに強個性だから知らないが攻めが大雑把すぎるぞ」

 

 氷塊から出てきた伏黒の言葉を聞いた轟は今度は直接触って凍らせようとする。それを見越していた伏黒は轟の足が上がると同時に【玉犬】をけしかける。想定外の速さに対応しきることが出来ず、無造作に掴まれる轟。咄嗟に凍らせようともするもあらかじめ伏黒から轟についての情報を吹き込まれていた【玉犬】が炎を放つ左半身を掴むことで氷結を避ける。

 

「ガアァァ!!」

 

 【玉犬】は口腔から力強い咆哮を漏らしながら場外目掛けて轟を投げ飛ばす。

 

「チッ」

 

 轟は空中に投げ出されながらも冷静さを失うことはなく手が地面に触れるとそこを起点に氷壁を展開。そこをまるでスケートのように滑ると場外を回避する。回避ついでに展開した氷壁を【玉犬】目掛けて放つが難なく避けられ大口を開けた【玉犬】に噛まれそうになる。しかしそれも回避すると左手で【玉犬】の首を掴む。掴まれそのまま放火されて【玉犬】が戦闘不能になる。ということはなく轟は不自然に固まる。その隙を逃すはずもなく轟の頬に拳を叩き込むと同時に飛び退く。

 

《左側を掴んだり、飛び退く前に殴り飛ばしたり、前者は間違いなく指示なんだろうが後者はおそらく【玉犬】の意思によるもんだな。伏黒のセンスもいいがアイツの個性自体もひどく優秀だ》

 

《ホウホウ》

 

《轟も動きはいいし個性も一級品なんだが……攻撃が単純だ。緑谷戦以降から調子が崩れてるなぁ。しかも伏黒はどこか俺に似ている。どんな事情があれあんな隙見逃すはずがない。あ、ほら》

 

《え、なに?って、うげぇ!?伏黒の奴、【虎葬】を出してやがる!おいおいまさか轟はこのまま爆豪の二の舞かぁ!?》

 

 プレゼントマイクの言葉に観客の目線が伏黒の方へ向く。するとそこにはそばに【虎葬】を待機させた伏黒が轟の動向を見守っていると軽くため息を吐く。

 

「驚いたな。まるでやる気が感じられん」

 

「あ?」

 

「さっきからやることといえば馬鹿の一つ覚えみたいに氷ばっか出すことだけ、工夫の一つでもあるのかと思ったら特に無いし。これなら爆豪のほうが遥かに戦い甲斐があった」

 

「それは……」

 

 煮え切らない轟の態度に伏黒は再度ため息を吐く。

 

「もういい。終わりにしよう」

 

 そう告げると【虎葬】は爪を限界まで剥き出しにし、片手を引き絞りクラウチングスタートと見紛うほど低い重心の構えを取る。

 

「何を……」

 

「お前には関係ないことだ。決めるぞ【玉犬】」

 

「くっ」

 

 轟の言葉を興味なさげに振り切ると伏黒は【玉犬】とのコンビネーションを轟に見舞う。伏黒の蹴りを避ければ【玉犬】の爪が避けた先に置いてあったかのようにタイミングを合わせて轟に迫る。そんな2人を跳ね除けようと氷を放とうとしても放たれる前に潰されるか放てても伏黒の元に戻った【玉犬】がぶつかる前に全て粉砕する。先ほどの爆豪と同様に半ばリンチに近い状態にまで轟が追い込まれていく。

 

「ぐは……っ!!」

 

 放った氷塊を【玉犬】の手によって鑿岩機のように砕かれると轟の腹に伏黒の重い一撃が入る。肺に息が詰まり、一瞬息が出来なくなったと同時に胸ぐらを掴むと背負い投げの要領でそのまま地面に叩きつける。仰向けに倒れるとそれを見下ろした伏黒が底冷えするような視線をおくりながら侮蔑を含めて喋る。

 

「じゃあな、運に恵まれただけの凡愚」

 

 【虎葬】を使うまでもなく伏黒の勝ちを観客が確信しつつある中、

 

「しっかりしろ!伏黒!」

 

「頑張れ!轟くん!」

 

 B組のスタンド席から拳藤のA組のスタンド席から緑谷の声が聞こえた。その言葉に伏黒はB組のほうから飛んできた叱責に轟はA組から飛んできたエールに反応する。拳藤の言葉を聞いた伏黒は黒く染まっていた思考が少しずつ晴れやかになっていくのを感じると大きくため息を吐き、緑谷のエールを聞いた轟は左半身に炎を纏いながら立ち上がる。

 

「どうやらお互いに多少は肩の力が抜けたっぽいな」

 

「そうみたいだ」

 

「……俺は今から最大の一撃を放つ。だからお前も放て、それで締めにしよう」

 

 ボウッッッッッッ!!!

 

 伏黒の言葉に轟は音を立てながら激しく炎が吹き荒れることで肯定の意を示す。それを見た伏黒は【虎葬】の元まで下がると【玉犬】を影に戻して近くで胸の前で両手を手前にひろげ親指を交差し鳥が羽をひろげるようなポーズを取ると【鵺】を呼び出す。

 

「【鵺】+【虎葬】。―――【雷跳虎臥(らいちょうこが)】」

 

 その言葉と共に【虎葬】と【鵺】が混ざり合う。しばらくすると虎葬の腕から始祖鳥のように羽を生やし、二股の尻尾が一本にまとまり蛇のようになり、顔の前面全体を頭骨にも似た仮面で覆われたような奇妙な生き物がそこにはいた。

 

《うおぉおぉぉい!おま、伏黒ぉ!そんなことできたのかよ!》

 

「ついさっき思いついたんだ。即興にしちゃあ悪くない出来だろ?」

 

「ああ、そうだな」

 

 プレゼントマイクの言葉と共に盛り上がり会場が最高の盛り上がりを見せる。そんな様子は伏黒と轟の耳には入らない。先に仕掛けたのは伏黒のほうだった。

 

 まるで限界まで縮めたバネのように【雷跳虎臥】は弾かれたように轟目掛けて襲いかかる。伏黒は説明していなかったが、【虎葬】には他の式神と同様に特徴的な能力を持つ。それは一言で表すとするなば『溜め(チャージ)』である。特定の姿勢、つまりは先ほどのクラウチングスタートにも似た姿勢のまま力を溜めれば貯めるほど威力が増すというものだ。その破壊力は絶大、セメントスの作り上げたコンクリートの壁を何枚もぶち抜く程に。

 

 しかもここで【鵺】が混ざったことで威力はさらに跳ね上がる。それは自身の肉体に電気の負荷をかけられた【虎葬】は限界を超えた身体能力を得ることとなる。跳ね上がった身体能力から繰り出される一撃の破壊力はかのオールマイトに迫るほど。轟から5歩手前のあたりで拳を前に突き出す。それは空手で言うところのノーモーションの逆突きに近い形で一気に解き放つ絶対の一撃。

 

 轟!!!

 

 【鵺】による電撃を含んだ烈風の塊は嵐と見紛うような凶器となって轟に襲いかかる。そして轟も自身の視界に映る空気を限界まで冷却する程の大氷塊を【雷跳虎臥】目掛けて放ち、そしてすぐさま膨大な熱量を宿した手を前に出すことで緑谷戦で見せた時以上の爆発がフィールドに巻き起こる。

 

 ドゴォォォォォォォン!!!

 

 力の奔流同士がぶつかり合い会場全体を揺らし、歓声全てを飲み干すほどの爆音は余波で窓ガラスを叩き割るほどのほどの衝撃が駆け巡る。そして、ミッドナイトら片方の観客席側の壁から衝突音を聞き取る。土煙が駆け足で音のした方に近寄ると気絶して壁にもたれかかっている姿を確認した。

 

「轟君場外!勝者、伏黒くん!」

 

 ミッドナイトの言葉に一度周りが静まり返ると一拍置いてからスタジアムが歓喜に沸く。

 

《決まったぁぁ!!以上で全ての競技が終了!!今年度雄英体育祭一年優勝はA組伏黒恵ぃぃぃぃぃぃぃ!!!》

 

 歓声の中、右腕が吹き飛んだ【雷跳虎臥】に礼を言って影に戻すと周りに目を向ける。360度全ての方向から送られる歓声にこそばゆく思いながら拳を天高く掲げるとさらに観客が沸く。しばらくしてから伏黒はフィールドから去った。





雷跳虎臥(らいちょうこが)
→伏黒が自身の個性と見つめ直し結果、2体の式神を合わせて顕現させて生み出された個体。組み合わせは【虎葬】と【鵺】。元々、OFAの出力50%近くの膂力を誇る【虎葬】が【鵺】の電気によって肉体を強化されて80%近くまで強化された。フルチャージまでのためはOFA100%の一撃に匹敵するほど。


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決勝、そして閉幕

 

 

「今年度雄英体育祭一年の全日程が終了!それではこれより表彰式に移ります!」

 

 ミッドナイトの言葉と共に白いスチームと花吹雪を舞わせながら表彰台が下から現れる。一位~三位までの生徒である伏黒、轟、爆豪がその台の上には立っており、観客や生徒達から拍手で迎えられた。伏黒が爆豪と同率で3位だった飯田がいない事に疑問を持つと、

 

「三位には爆豪くんと飯田君がいるんだけどちょっとおうちの都合で早退になっちゃったのでご了承くださいな♡」

 

  質問するよりも前にミッドナイトは飯田が表彰台にいないわけをメディアを意識しながら手短に話す。その答えに伏黒は納得する。

 

「それではメダル授与よ!!今回特別にメダルを贈呈するのはこの人!」

 

「ハーッハッハッハッ!!」

 

 ミッドナイトが手をバッと広がると突然空から高らかな笑い声が聞こえてきた。その声に目線を向けると何者か―――というか1人しか該当しないが―――空から舞い降りる。

 

「私がぁぁぁ!メダルを「我らがオールマイトォ!!」持ってきたぁー!!」

 

 メダルを持って登場したオールマイトとミッドナイトのセリフがダダ被りになって凄まじいぐだぐだ感が生まれる。これにはオールマイトも無言で圧力をかけながらミッドナイトを見つめ、ミッドナイトは「カブッた…」と言いながら手を合わせて謝る。

 

「そ、それでは!三位からメダルの授与を行います!」

 

 若干気まずそうになりながらも立て直して舞台の進行を続けていくミッドナイト。オールマイトもそれに従うように3位からメダルを渡していく。

 

「さて爆豪少年、3位おめでとう!と、行っても全然納得できてなさそうだね」

 

「……」

 

「凹む気持ちはわからないでもない。ぶっちゃけその年でそこまでやれる人間はまずいないそう言えるほど君の戦闘センスは本物だ。しかも間違いなく入学時から成長しているときた!故に挫折は初めてなんだろう。だからこそこれを傷と受け止めてバネにして活かしていこう!」

 

 オールマイトの言葉に反応すること無く、普段とはうって変わって終始下を向き無言を貫く爆豪。そんな爆豪にオールマイトはいくつか言葉をかけるとそっとメダルをかけてハグをする。そして次に轟の下へ向かう。

 

「さて次に轟少年。最後のアレ、ベタ踏みだったが中々やるじゃないか!しかし、()を使うとは何か心境の変化でもあったのかな?」

 

「緑谷戦できっかけをもらって……分からなくなってしまいました。だけど最後にあいつ(緑谷)の声援と伏黒の言葉でもしかしたらと思って使いました。オールマイト、あなたがヤツを気にかけるのも少し分かった気がします。俺はアンタみたいなヒーローになりたかった。……だからここから始めます。今まで目を背けてこと親父(エンデヴァー)に全てを押し付けていたことを全部見つめ直します」

 

「……顔つきが体育祭前後とまるで違うな。君の過去に何があったのかは知らないがそうやって向き合おうとするだけでも相応の勇気がいる。それを乗り越えたら君はきっと今日の君よりも強くなれる。私が保証しよう」

 

 轟の言葉を最後まで聞き終えるとどこか眩しそうな顔で黙りこむ。少ししてからオールマイトが喋ると先と同様メダルを首にかけ、ハグをして次に進むオールマイト。そして一段登って伏黒と向き合う。

 

「そして最後に伏黒少年!伏線回収おめでとう!」

 

「伏線回収?……って、ああ」

 

 オールマイトの言葉に伏黒は一瞬怪訝な顔をしてそんなことを言ったかと考えるも開幕の挨拶でそれっぽいことを言っていたのを思い出す。

 

「いやぁ〜それにしても君強すぎるぜぇ!爆豪少年からもらった1発を除けば怪我らしい怪我を負ってないじゃあないか!」

 

「そうですが、どの試合も最高に苦戦させられましたよ」

 

「くぅ〜!オマケに謙虚ときた!ヒーローの鏡かな!?」

 

「そう言っていただけてなによりですよ」

 

 ヘラっと笑う伏黒にオールマイトはメダルをかけハグをする。そして何より伏黒はハグしてきたオールマイトにハグし返すと。

 

「あんたの緑谷(後継者)は恐ろしいほどヒーローしてるな」

 

 と、オールマイトにしか聞こえないほど小さな声で囁く。その言葉にオールマイトの体が伏黒からガバッと離れると信じられないといった顔でこちらを見てくる。それ見た伏黒はあの時の不明瞭であった仮説がほぼ間違いないものであると確信する。

 

 少し呆然とするオールマイトをミッドナイトが声をかけると我に返り「HAHAHAHA、すまないね!」とアメリカンに笑いながら謝ると周りに向かって振り返る。

 

「さあ!今回の勝者は彼らだった!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!競い、高め合い、さらに先へ登っていくその姿!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!てな感じで最後に一言!皆さんご唱和ください!せーのっ!」

 

「お疲「「「Plus れUltra!さ!!ま」」」でしたー!!」

 

 オールマイトとそれ以外の全員の言葉がまるで合わず周りからBOOOOOOOOO!!!というブーイングが湧きそれをオドオドしながら対応するNo.1ヒーロー。そんな最後まで締まらない状況の中で雄英体育祭は終わりを告げた。

 

 

 体育祭終了後、A組のクラスに戻り相澤から今後の予定について口頭で説明が終わると伏黒は荷物をまとめて帰ろうとする。

 

「伏黒少年、緑谷少年!少しだけ時間をくれるかい?」

 

 するとオールマイトもに引き止められる。伏黒はこうなることを予想していたため問題ないと告げる。

 

「大丈夫です」

 

「え、えっと僕も大丈夫です」

 

 あらかじめ拳藤が来た時は先に帰ってくるよう言って欲しいと常闇に頼むと緑谷と共にオールマイトに着いていく。仮眠室に案内されるとオールマイトは伏黒と緑谷を置いてあった大きめのソファーに座るように促す。

 

「あ、あの!オールマイト!一体呼び出してどうしたんですか!?」

 

「要件は「俺がアンタに体育祭で言ったことの詳細についてですよね」……頼めるかい?」

 

「はい、分かりました」

 

 首を傾げる緑谷をよそに伏黒は体育祭で建てた仮説の全てを明かす。それを話していくうちに緑谷はみるみると顔を青くしていき、オールマイトは眉間を抑えていかにも頭が痛いと言いたげな顔をする。

 

「な、なんで、そんな…」

 

「きっかけは心操戦での出来事だった。洗脳を解けたお前を見て疑問を抱いた」

 

「でもあれは伏黒君が洗脳の掛が甘かったからって」

 

「そんなわけ無い。俺もガッツリかかってたさ。解けたのは単純な話、お前と同様に個性に介入する何者かが関わったからだ」

 

 そこまで伏黒が話すと緑谷は「えっ」と言って固まりオールマイトも目を見開き驚愕していた。

 

「それってどういうこと?」

 

「さぁな。だが少なくとも俺の個性の中にいる何かが介入したっていうのは事実だ。まあ、後はオールマイトと緑谷が個性だけでなく距離感も近しいことや緑谷の個性が最近発現したことを考えた結果、この考察に至ったってわけだ」

 

 追加で違うなら違うで否定してもらっても構わないと伏黒が言うと静観を決め込んでいたオールマイトの体から不自然に白い煙が漏れ出し始める。咄嗟に身構えるも慌てふためく緑谷に疑問を抱き構えを解く。

 

 そこにはトレードマークの二本の角のような髪が力なく垂れ下がり、画風もがらりと変わってまるで子供の落書きのような骨ばった姿に落ち窪んだ頬を曝け出したオールマイトがいた。

 

「」

 

 絶句、もはや声も出ないとはまさにこのこと。あまりの事態に思考が追いつかず頬をひくつかせながら言葉がまるで出てこない状態となった伏黒。

 

「この姿で話すのは初めてだね」

 

「」

 

「全くすごいぜ君は。君が初めてだよ情報なしでOFA(ワン・フォー・オール)にたどり着いた人間は」

 

「」

 

「さて、今から話すことは全て真実だ。それでも疑わずに聞いてほしい」

 

「」

 

「あの、オールマイト」

 

「ん?なんだ、緑谷少年」

 

「伏黒君がフリーズしてます」

 

〜20分後〜

 

 あの後、2人が慌てながら伏黒の意識を取り戻し、目覚めた伏黒にこうなった経緯と個性についての詳細を語る。全てを語った伏黒は情報過多で頭を抱えていた。

 

「つまりオールマイトの個性は代々引き継がれてきた凄い個性で今代の継承者に緑谷が選ばれたと」

 

「その通り」

 

「代々引き継がれてきた云々は知らなかったですが、まさかここまで予想通りとは思いませんでしたよ」

 

「いや実際、僕もすごい驚いたよ」

 

 緑谷が伏黒に感心している間にあまりにも重すぎる事実に伏黒は今の現代社会が思っていた以上に深刻であることを嫌でも理解させられた。

 

 オールマイト。それは長年不動のNo.1の座に君臨し続ける伝説的ヒーローにして正義の味方の代名詞とも言える存在。総理大臣や大統領の名前は知らずともオールマイトの名前は知っているなんて話があるくらい有名だ。

 

 そして何よりただ有名なだけでは無い。さらに特筆すべきなのはその力。腕力は腕っぷし一本で天候を変え、走って跳べば空を突くビル群をたった一歩で飛び越えるほど。

 

 その力と名声はカリスマ性を産み。超人社会は今とは比べ物にならないほど混乱しており、個性を悪用する犯罪が当たり前のように横行し、人々は犯罪者の影にいつも怯えながら暮らしていた昔日。彼はそんな世の中で誰よりも多くの人々を救い出し、凶悪なヴィランを次々と打ち倒すことで犯罪への抑止力となり混迷の最中にあった社会の在り方を一変させた。

 

 言うなればたった1人の人間が時代を作ったのだ。しかもオールマイトの名に影響されてヒーローを目指すものも少なくなく新しい時代を作るきっかけにもなりつつある存在。まさに英雄、まさに超人。

 

 そんな存在が消えればどうなる。それはかつての個性黎明期であり、まだ個性が異能と呼ばれていた頃の超常社会の到来を意味する。オールマイトという名前に堰き止められていた連中が一斉に動き出し、目も当てられない事態となる。仮にエンデヴァーやホークス、ミルコなどのヒーローたちが力を合わせてもオールマイトの影響力には及ばない。それほどまでに濃く、強い存在なのだ。

 

「割と余裕がなかったと」

 

「そう言うことさ。故に後継者が必要だった。皆を煌々と照らす太陽のような平和の象徴が」

 

「そこまで行けば信仰の対象になりそうですね」

 

 伏黒がそうつっこむと「ハハ、太陽は言いすぎたかな!?」といつものように惚けると聞いていた通り口から血反吐を吐き出す。いざそれを目の当たりにすると引退が秒読みの段階にあることをまざまざと実感させられる。伏黒はハァァァァァァァと長い長いため息が口から漏れ出ると同時に現実を受け止める。

 

「すまないが誰にも言わないでくれないかい?」

 

「言うわけないでしょ、というか言えるわけがない」

 

 もっとも言ったところで信じるものはまず皆無だろうと伏黒は思いながらオールマイトの頼み事を受け入れる。すると今度は黙っていた緑谷がおずおずと手をあげる。

 

「あの、伏黒くんは事情を説明するために呼んだのはわかるんですが僕はなんのために呼ばれたんですか?」

 

 その言葉に伏黒も気になった。確かにその通りだった。仮に伏黒に自身のことを説明するだけであれば緑谷の存在は必要ない。むしろわかりやすい緑谷は事実を隠すにはいささか不適格がすぎる。その疑問にオールマイトは顔を引き締め真剣な顔をして説明する。

 

「聞く限り伏黒少年の個性は特殊だが、OFAはその上をいく特殊な個性だ」

 

「まあ、でしょうね。継承型の個性なんて聞いたこともない」

 

「そんなOFAはとある一つの個性から生まれた存在なんだ。―――名をAFO(オール・フォー・ワン)。個性を奪い、与える個性だ」

 

 枯れ枝のように細い拳からギチッという音が聞こえるほど拳を力強く握りしめるオールマイトを見て只事ではないと過去であると確信する伏黒。

 

「皆は…1人のために……」

 

「名は体を表すとはまさにこのことだな」

 

「これは超常黎明期。人の枠組みの悉くが壊され法すらも意味をなくし混沌と破滅が織りなす世界で最も混乱した時代の話だ」

 

 オールマイトの言葉になんら嘘偽りはない。現代でも田舎町では異形系の個性が穢れだからと言われて迫害されている事実が存在している。個性というものが世界人口の8割を占めるこの世界でだ。それが微塵も超常に馴染んでいない約100年前の世界であればどうであろうか。個性が発現された初期の頃はヨーロッパ諸国でかつて行われていたとされる魔女狩りが再発し、数えきれないほどの血が流れたとされている。それは当然、日本でも似たようなことは起こっていた。

 

「そんな時代にいち早くまとめ上げた人間がいた。都市伝説でもいい。君たちも聞いたことがあるんじゃないか?彼は敵対した人物の個性を奪い自身に信奉する人間に与えることで着実に勢力を広げていき、瞬く間に"悪"の支配者として君臨した」

 

「まるで信仰宗教の教祖様だな。聞いたことないはずだ。そんな過去を歴史の教科書に載せられない」

 

「…その話がどうワンフォーオールと繋がるんですか?」

 

「さっきも言ったが奪い与える個性だが与えることなど心に甘く寄り添いシンパを増やしていったんだが、当然欠点もあった。与えられた者の中には力に耐えきれず自我が崩壊し物言わぬ人形に成り果てたそうだ。丁度、脳無のようにね」

 

 息を飲み込む緑谷に伏黒は虫に似た異形のヴィランを思い出す。そして他にも切島あたりから聞いた黒く脳をむき出しにしたヴィランがこちらに襲撃をしてきたことを。

 

「しかし中には個性と個性が複合し合う事例もあった。―――そして彼には弟がいた。病弱だが正義感の強い男だった…!そんな彼に善意からか悪意からか何を思ったか知らないが個性を与えた。しかし無個性と思われていた彼には個性があったんだ!個性を与えるという何の意味をなさない個性が!」

 

「なるほど与えるとストックするという個性が混ざり合い生まれたのが」

 

「そう!OFA(ワン・フォー・オール)さ!」

 

 オールマイトは手を大きく広げて力強く説明する。さっきから理解に及ばないほどの話をされて驚きの連続だが、それが事実だとするとそれは何ともまあ、

 

「皮肉な話だな」

 

「ま、正義は悪の中に生まれると言うこともあるさ」

 

「……成り立ちはわかりました。でも、何だってそんな大昔の人の話なんかをしようと思ったんですか?」

 

「個性を奪う個性だ。不老の個性があってもおかしくないさ。それを手に入れたAFOは当時の社会情勢もあって手に負えなくなった。結果、初代は託すことにしたんだ。今は勝てずともいずれ覆すことのできるように、とね。そして私の代で討ち取った!!…筈だった。だが奴は生きていた。君たちはいずれその巨悪と戦う日が来る…かも知れない」

 

 オールマイトは、というかヒーローはヴィランを極力殺さない。それは世界の共通でありヒーローとヴィランの最大の違いとも言える。それほど殺しはヒーローにとって最終手段、ましてやオールマイトほどの実力ともなれば捕まえられなかったヴィランはいない。そう思われていた。

 

「酷な話をしている自覚は「頑張ります」

 

 オールマイトが言葉を続けようとすると緑谷は力強くそう答え遮る。

 

「オールマイトの頼み…何がなんでも応えます!貴方がいれば僕は何でも出来る……出来そうな感じですから!」

 

「――――」

 

 自信なさ気にそう答える緑谷に伏黒は緑谷らしいと思う反面、その言葉を聞いたオールマイトの深刻そうな顔に疑問を覚える。普段であれば笑って応えるオールマイトがまるでその頃には自身がいないと確信しているかのように。それを誤魔化すように伏黒は話題を逸らす。

 

「これを俺に話した理由は何で何ですか?明らかに無関係なことこの上ないですが」

 

「ああ、ここから先は私の我儘になる。予め言っておくが断ってくれても構わない。伏黒少年、良ければ何だが。―――緑谷少年の手助けをしてやってくれないか?」

 

 話を晒した瞬間、目の前で平和の象徴が頭を下げて緑谷のアシストをしてほしいと頼まれる伏黒。これなら大人しく帰ったほうが良かったかと内心思わされる。

 

「ちょ、ちょっとオールマイト!いきなり何を!」

 

「……何で俺なんですか?」

 

「ひとえに君は優秀だ。それこそ過去の私を凌ぐほどに。長くヒーローとして生きてきたが、塚内くんという友達を得て気づいたんだ。人は1人では生きていけない。それがどれだけ強くなろうともだ」

 

「要領を得ません。それに緑谷には充分周りに恵まれてる。俺が加わったところで変わりありませんよ」

 

「緑谷少年は酷く無茶をする。それを今日の体育祭で嫌と言うほど思い知らされた。そんな時に隣にいるべきなのは私のような老兵ではなくヒーローの新しい種である君たちなのだ。それに何より事情を知っている者が隣にいるという事実はひどく安心できるものなんだ。無茶を承知で言ってるのはわかってる。断ってくれても構わない。どうかお願いできないか」

 

 そう言いながらオールマイトはさらに深く頭を下げる。伏黒はこの目の前の平和の象徴は本当に緑谷に全幅の期待と信頼を置いているのだと理解すると軽く頭を掻いてオールマイトの顔を上げさせる。

 

「あんまり期待はしないでくださいよ」

 

「え、じゃあ」

 

「できる範囲で良ければ」

 

「―――ありがとう!伏黒少年!」

 

 伏黒が了承するとオールマイトは再度深く頭を下げる。人に物を教えられるほどの力はないし教え切れる自信もないが一からやだてみようと思いながら伏黒は緑谷と向き合う。

 

「明日は空いてるか?」

 

「え?まあ、一応は」

 

「ギプスは?」

 

「明日取れる、筈」

 

「じゃあ明日訓練場で集合な。予約はそっちで取っといてくれ」

 

「え、う、うん!伏黒君!ありがとう!」

 

 底抜けに明るく礼を言う緑谷にバツが悪そうにしながらバックを取った伏黒は仮眠室からその場を後にした。

 

 

「えっらい、話になったもんだな」

 

 電車の乗り換えを2度行う際に何度か「体育祭の子だ!」と言われて詰め寄られることが多々ある中、伏黒はようやく歩いて帰れる範囲の駅に着くとホームを降りて家路を歩く。オールマイトに聞かされたコミックじみた話は今なお伏黒を驚かせていた。

 

「それにしても……ハッ」

 

 植蘭中始まって以来の問題児と謳われていた自分が随分と偉くなったもんだと自嘲する。そうこうしている間に伏黒は自身の住まいであるアパートに到着する。するとそこには

 

「……なにやってんだ。拳藤」

 

 アパートの前でビニール袋片手に座り込む拳藤がそこにはいた。伏黒の声に反応したのか伏せていた顔を上げると。顔を明るくする。

 

「おかえり、伏黒」

 

「おかえり、じゃねぇよ。え、ちょっと待てずっとここにいたのか?」

 

 今は午後の6時。いくら夏場とは言えうっすらと暗くなってくる時間帯。終わったのが3時頃であったため、あれからこのクソ暑い中3時間も玄関前で待っていたのかと戦慄する伏黒。

 

「え、ちょっ、ちょっと待て!違う!違うからな!?今さっき来たばっかだから!?十分くらい前に来てそろそろ帰るかってなったタイミングでお前が来ただけだからな!?」

 

「そ、そうか」

 

 伏黒が軽くと言うかドン引きしているのに気づいたのか慌てながら手を振って否定する拳藤。その様子を見た伏黒は慌てように疑ったが少なくとも嘘の気配は見られなかったため信じることにした。

 

「まあいい。取り敢えず上がれよクソ暑いだろ?」

 

 ポケットから鍵を出してドアを開けると先に拳藤が入るように促す伏黒。お言葉に甘えてと拳藤が入ると扉を閉めて鍵を掛ける。

 

「久々に来たけどミニマリストというか相変わらず味気ない部屋だな」

 

「ほっとけ。で、何のようだ」

 

「ん、ああ。それはな」

 

 そう言うと拳藤は部屋の中央にある丸机にビニール袋を下ろして中にあった箱を開ける。中には2つのケーキが入っていた。

 

「……何でケーキ?」

 

「いや。お前今日優勝したろ?そのお祝いだよ」

 

「いや、何考えてんのお前?今日お前も出場してたろ」

 

「それでもお前を祝わない理由にはならないよ」

 

 そこまで言う拳藤に伏黒は軽く絶句しながらも少ししてプッと吹き出して笑い始める。そんな伏黒に怪訝そうな顔をする拳藤。

 

「ククク、いや何でもねぇよ拳藤。ありがとうな」

 

「お、おう。じ、じゃあ、食べようか!?」

 

 伏黒は笑いながら礼を言うと拳藤は少しキョドりながら食べるように促す。伏黒は「ああ」とだけ言うとケーキを口に運ぶ。

 

 不思議と今日食べたケーキは普段食べるよりも美味く感じた。



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閉幕、そしてコードネーム


最近になって両面宿儺とワンピースのクロスオーバーを書いてみたいなって思ったけど確実にエタるなって思って書くのやめました。

後、今回は一万字に迫ったためまあまあ長いです。


 

 あの晩、拳藤主催の伏黒が優勝したことを祝った。2人きりで盛り上がりこそしなかったかが、一人暮らしの伏黒にとっては珍しい経験でもあった。そして次の日

 

「それじゃあ。約束通り特訓といこうか」

 

「うん!よろしくね、伏黒君!」

 

 伏黒は緑谷と共に雄英に来ていた。あの後、緑谷はどうやら許可が取れたらしく相澤に3時まで使っていいと許可がおりた。それが『トレーニングの台所ランド』、略してTDLである。余談だが2人揃ってこの略し方はちょっと不味いのではと思った。

 

 緑谷の両手は完治したらしくギプスが外れていた。しかし、右腕から見られる生々しい傷跡や腕の形が歪なのを見るにこちらに来てまだ時間が経っていないがかなりの無茶をしてきたことが窺える。

 

「それで今日は何をするの?」

 

「まあ…そうだな。取り敢えず個性を基礎から学ぶってことから始めるか」

 

「こ、個性の基礎?」

 

 伏黒が悩んで提案したことに緑谷は不思議そうに首を傾げる。そんな緑谷を見ると伏黒は両手をあわせ犬の頭を表現すると【玉犬・渾】を呼び出す。

 

「ふ、伏黒君!?」

 

「ひとまず実践形式でお前の動きを見る。出来ることを最大限やってみろ」

 

「ちょっ!そんないきなり…ってうわぁぁ!?」

 

 いきなりの提案に驚く緑谷目掛けて【玉犬・渾】は爪を立てずに拳を地面に叩きつける。緑谷が咄嗟に避けるとさっきまで立っていた場所に【玉犬・渾】の拳が突き刺さる。

 

 それを見た緑谷は伏黒が全力ではないが本気でこちらに攻撃していることを否が応でも理解したのか覚悟を決めた顔をしてブツブツと呟くと足からバチバチと緑色の稲妻にも似た光が見え始める。右に避けようとしてそれに追い縋るろうと【玉犬】の重心が右に向いた瞬間、方向転換して左に跳んで【玉犬】の攻撃範囲から逃れる。

 

 予め緑谷が引き出せるOFAの出力を聞いていた伏黒らたった5%ぽっちなのにも関わらず一歩で5メートル近く跳べることに驚愕しつつ緑谷の長所を再認識する。確かにOFAの性能は凄まじい。しかし緑谷の最大の武器というのは得た情報を使って攻略法を考えそれを最高速度で実践するというところにある。現に大会で最も使う頻度の高かった【玉犬】に対してしっかりとフェイントをかましていた。だがそれでも

 

「ちくしょう!やっぱり振り切れないか!」

 

 【玉犬】を振り切るのは今の緑谷ではどう足掻いても不可能だった。諦めたのか止まって振り返ると【玉犬】が拳を倒れ込むように除け、ガラ空きになった顎目掛けて一撃見舞おうとする。しかしそれは【玉犬】が首を軽く左にずらすことで回避すると驚く緑谷の顔面を掴んで押さえ込み拳を叩き込もうとする。

 

「はい、そこまで」

 

 その直前に伏黒が個性を強制解除。【玉犬】の形が不定形となりバシャという音共に崩れ去る。伏黒が緑谷の元へ歩いていくと緑谷は呆然としながら寝転がるっていた。

 

「絶対に当たったと思ったのに……」

 

「なんて言うかお前は固いっていうか意識がチグハグだ。いくら先読みの能力が高くてもそれじゃあ意味がない。だから今お前は寝そべってるんだ」

 

 欠点をいくつか挙げる中で伏黒は緑谷の個性の扱いの致命的な弱点を悟る。本来であればあり得ないが元々無個性であったが故の弊害とも言えるものだった。そんな時、ふとある疑問が浮かんでくる。

 

「というかオールマイトはOFAの使い方を教えてないのか?」

 

「あの、なんていうかオールマイトは僕と違って感覚派で特に教えられるようなものがなかったぽくって」

 

「いや、そんな奴を一年の教師にすんなよ」

 

 何となく察してはいたが、オールマイトまさかまさかの感覚派。100歩譲って3年か2年ならわかる。緑谷の件や色々と実績があるとは言え、まだヒーローのいろはを習うべき一年坊に感覚派をあてがうなんてマジか?と思いつつ伏黒は毒ずく。

 

 伏黒はいっそのこと指摘してやろうかと考えたが直ぐにやめた。欠点を指摘したのにこれ以上は蛇足だと判断したからだ。わからないんだったら何でもかんでも指摘していいという訳ではない。考えぬいた時に導き出した答えは教えたとき以上に身に付きやすい。それに緑谷の能力を考えればそっちの方がためになる。

 

 それでもこれっぽっちでハイお終い、はいくら何でも無理があると思い伏黒はもう少しだけアドバイスする。

 

「お前は判断能力や分析能力、他にも思い切りや決断力は高い。それは騎馬戦や障害物走で知ってるし利用法も理解してるのはわかった。じゃあ何でこうも一方的に負けたと思う?」

 

「……ごめんわからない」

 

「元々無個性だった弊害だな。お前は個性自体を特別視しすぎてる」

 

「それってどういう…」

 

「こっからは自分で考えろ。ってことで一旦休憩だ」

 

 伏黒はそう言いながら引き留められるのを無視して緑谷の元を離れると近くに置いてあった水筒を開けて中に入れてあったお茶を飲む。そうして数分ほどぶつぶつと呟く緑谷を眺めながら待っていると、

 

「そうか!OFAは、個性は体の一部!別に必殺技ではなかったんだ!だったら、もっと…もっとフラットにOFAを考える!」

 

「考えに至るのがはやいな」

 

「あ、伏黒君!もっかい【玉犬】を出してくれない!?」

 

 緑谷の注文に伏黒はいいぞとだけ答えると影から再度【玉犬・渾】を顕現させる。考えに至るのが早いことに驚きながらもそれは妥当であったと伏黒は考え直す。思考は元々柔軟だった。それは戦闘訓練や体育祭だけでなく今この瞬間も伏黒の前で見せていた。

 

 【玉犬】が緑谷に向けて突撃する前に緑谷は腕に発動させたOFAで地面を砕くことで生じた大ぶりの石塊を【玉犬】目掛けて投擲する。【玉犬】がそれを爪を用いて問題なく弾いている間に視野が狭まり生まれた【玉犬】の死角に回り込むと再度強化した腕で一撃を見舞おうとする。

 

 が、それを読んでた【玉犬】はその一撃を受け止めると緑谷を振り回して地面に叩きつけようとする。それも読んでいたのか緑谷の足からバチバチと緑色の稲妻にも似た力が漏れ出る。が、それが足全体に行き渡るよりも早く地面に叩きつけられた。

 

「やっぱり、イメージ喚起してからじゃあ間に合わないか…」

 

「惜しいな。さっきよりマシだがまだ固い。オールマイト、いや切島を思い出してみろ」

 

「ん?切島君を?」

 

 伏黒の助言に不思議そうに首を傾げるが無駄なことを言う筈がないと思った緑谷はブツブツと考え始める。すると何か思いついたのか呟きが止まり顔が少しずつ明るくなる。そして、考えに至ったのか伏黒のいる方へ顔を上げる。

 

「そうか!」

 

「わかったか?」

 

「うん!そうだよ、戦闘訓練で切島君は個性を発動させている時は何もピンポイントに一部分だけを硬化させてたわけじゃなかった!全身を気張るように固めてたんだった!」

 

 緑谷のテンションが高まり声が跳ねるように明るくなる。そしてそれに比例するかのように先ほどまで一部分だけに集中していたはずの緑色のエネルギーが腹を中心に体全体に巡り始める。

 

「それに初めからスイッチを入れとけばさっきみたいに一手遅れるなんて事もなくなる!そう!全身に行き渡るように、満遍なく広がるようにすれば!全身を常時身体許容上限(5%)にすれば!」

 

 そして緑谷がそう言い終わる頃にエネルギーは緑谷の全身に行き渡った。この力を緑谷は後にこう呼んだ『フルカウル』と。それを見届けた伏黒は【玉犬】に声をかける。【玉犬】はまたかと少し嫌そうな顔をしたが緑谷を見ると唸り始めた。

 

「どの程度保つ」

 

「わっかんない」

 

「じゃあ、やるか?」

 

「お願い!」

 

 勢いよく頼む緑谷を見た伏黒はようやく辿り着いた答えに少しだけ頰が緩む。これこそ増強系が本来あるはずの姿。一部一部を使い分けて強化してた頃はどうしても相手の後手に回ることが多かった。だが、これを全身に張り巡らせて使いこなせたとするならば。いままでの緑谷とは一線を画すほどの力を得られる。

 

「ひとまず5分、いや3分だ。そこから始めてみよう」

 

「わかっ、た!」

 

「余裕があればでいい。その間に【玉犬】に一発入れてみろ。それじゃあヨーイ、ドン」

 

 合図と同時に手に持ったスマホに設定された3分のタイマーが起動する。それと同時に【玉犬】が駆ける。未だ慣れていないのか【玉犬】の一撃を喰らうと体に巡らせていたエネルギーが消え失せる。

 

「どうする、やめるか?」

 

「っ!」

 

 仰け反りながらも伏黒の言葉に緑谷は歯を食いしばると。すぐに腕だけにエネルギーを収束させて地面をぶっ叩く。それで生じた土煙に緑谷は身を投じる。

 

「それじゃあさっきと同じだな」

 

 伏黒の言葉を肯定するように【玉犬】は問題なく前に進み緑谷に一撃かまそうとする。しかし、それは凄まじい勢いで投擲された石塊によって阻まれる。先ほど以上の速度で飛んできた石塊に【玉犬】は少しの間足を止められる。するとその隙をついて緑谷が土煙から現れる。それを見た伏黒は先ほどの行動が再度全身にエネルギーを張り巡らせるための布石であったと悟る。

 

 足を止めた【玉犬】目掛けて緑谷は飛びかかりながら右腕を振り下ろす。しかし【玉犬】はこれを咄嗟に前に進むことで回避すると緑谷の背後を取る。

 

「うぅしろ!」

 

 そうして振り返ると【玉犬】が拳を倒れ込むように除け、ガラ空きになった顎目掛けて一撃見舞おうと上半身を起き上がらせて蹴りを見舞おうとする。先ほどと同じ手段に伏黒は疑問を抱き【玉犬】はどこか呆れたように避けると先ほど同様、緑谷の頭目掛けて手を振り押そうとする。が、緑谷がいないことに気がつく。その事実に固まる【玉犬】。

 

「SMAAAAAAAAAASSSH!!!」

 

 そんな【玉犬】の頭目掛けて上にいた緑谷が掛け声と共に拳を叩き込む(・・・・・・・・・・・・)

 

「考えたな」

 

 伏黒は第三者であったが故に見ていた。あの時、緑谷は蹴りを放ったのではない【玉犬】の頭上に回り込むため一手だったのだ。基本的に緑谷は二次元的に戦い続けていたこともあって【玉犬】は三次元的には動かないと思っていた。それ故に生まれた思考は【玉犬】が緑谷を見失い隙を生むには十分すぎるほどだった。

 

 視覚外から一撃を貰い、たたらを踏んだ【玉犬】を見て伏黒は個性を強制解除する。それと同時にスマホからアラームが鳴り3分経過していたことを知らせる。それと同時に緑谷は個性を解除するが先ほどとは違って顔をこれでもかと明るくしながら伏黒の元へと向かってくる。

 

「や!やった!見た、見ててくれた!伏黒君!僕今すっごい個性を使いこなせてた!」

 

「語彙力が終わってるぞ。……まあ、でも【玉犬】を殴り飛ばせたのは大したものだと思った。今のを体育祭でやれてたら爆豪相手でもいい線いってたと思うぞ?」

 

 伏黒の言葉に嘘偽りはなかった。いくら油断していたとはいえ個性を得て間もないいわば小学生と何ら変わらないほどに個性の扱いが下手くそな人間が【玉犬】に一撃を加えるというのはあくまでも目標であって実際にできるとは思わなかった。

 

「じゃ、じゃあ!もう一回お願い!今のを忘れたくないんだ!」

 

「いいぞ。【玉犬】もやる気だしな。次は俺も参戦するがいいか?」

 

「願ってもない!」

 

 伏黒が【玉犬】と共に前に出ると先ほどよりも澱みなくエネルギーを全身に巡らせる緑谷。それを見た伏黒は伸び盛りもいいところだなと思いつつ笑うと緑谷目掛けて突っ込んだ。

 

 

「お疲れさん」

 

「伏黒君もお疲れ」

 

 あれから昼休憩や小休憩を挟みながらひたすら戦い続けTDLの使用時間が終わりを告げたこともあって雄英から出てくる2人。入る時と少し違う点があるとするならば伏黒はこれといった怪我が見当たらないが緑谷は全身に怪我が見て取れた。普段であればリカバリーガールに見てもらうところだが、今回出張ということもあって治癒を施してもらうことができなかった。

 

「今日は本当にありがとう。伏黒君がいなかったら僕は個性を無駄遣いしてたところだよ」

 

「別にいい。そういう約束だからな」

 

「あの、その、かなり厚かましい自覚はあるんだけど「明日はやらないからな」…ですよね」

 

 明日も特訓に付き合ってくれないかと頼み込む緑谷の言葉を遮って伏黒は半ば食い気味に断る。肩を落として凹む緑谷だが伏黒は何も面倒だからやらないのではない。今日は体育祭明け。本来であれば互いに消耗して体を休ませるべき期間であったのだ。1日だけならまだ良かったのだが、連日ともなれば伏黒はともかく手術するレベルの大怪我を負った緑谷には無茶があった。

 

 伏黒がオールマイトに頼まれた注文は緑谷に無茶をさせないこと。頑張りに手を貸すことはあっても無理難題や無茶には使い時でない限り決して手を貸さないと誓った。故に伏黒は緑谷の願いを断ったのだ。

 

「それじゃあ、また明後日」

 

「うん、また明後日会おう。伏黒君」

 

 そう言うと校門を出てお互いに違う道を歩む。こうして伏黒と緑谷との特訓は幕を閉じた。

 

◇ 

 

 体育祭の後の振替休日が終わり、今日から普通の学校生活が戻る。だが雄英体育祭が行われたことで伏黒にとっては普段が普段ではなくなっていた。

 

「ねぇ君って伏黒恵くんだよね」「優勝おめでとう!」「あ!雄英の一位の人だ!」「へぇ、あれが伏黒。テレビで見るより少しガタイがいいな」「チッ、個性に恵まれただけの奴だろ」「ハァハァ、ん、伏黒君かぁ…」

 

 雄英に来る道中での歩き、電車、それら全てで伏黒は声をかけられた。内容は様々で伏黒の存在に気がついてただ声をかけた者、素直に優勝を祝う者、カメラを向けて写真を撮る者、感想を述べる者、嫉妬からか悪態をつく者、……何故か興奮する者と十人十色だった。

 

 多少覚悟していたとはいえ、伏黒はあまり注目されることというか善意を当てられることに慣れていない。雨のベタつきも相まって少しだけストレスが溜まっていた。気分が下がりながら教室に入るとそこには普段よりも騒がしくもどこか嬉しそうに話し合うクラスメイトの姿があった。

 

「お!おはよう伏黒!その気怠げな様子を見るにお前も相当に相当人波に揉まれたみたいだな!」

 

「仕方ないと思うわ。私も何人かに声をかけられたけど伏黒ちゃんはその比じゃなかっただろうし」

 

「実際、我が友の烈火の如き活躍ぶりは皆の心を掴んでいた」

 

「羨ましい疲れかただな。俺に至っては子供達にドンマイコールだぜ?マジで泣けてくるわ」

 

 どうやら伏黒以外にも体育祭を機に多くの生徒が一般人に声をかけられるようになったようだ。というかそれもその筈で雄英の体育祭は唯一全国の放送を許された高校であるためその影響力は尋常じゃないくらい大きい。故にプロだけでなく一般市民たちの目にどの学校よりも早く映るためアピールすることが出来てしまう。改めて雄英のスゴさを実感する生徒達。すると少ししてから担任の相澤がクラスに入ってきた。

 

「おはよう」

 

「「「おはようございます!」」」

 

 一度示し合わせたかのようにピタリと喋る声が聞こえなくなるも相澤の挨拶に元気よく挨拶を返すA組の生徒達。

 

「早速だが今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ」

 

 その言葉にクラスに緊張が走る。伏黒としては相澤がこのセリフを吐くときが今のところ雄英体育祭かクラス委員を決める時とかなり学校ぽいことをやる時の前振りだと思ってる。後、相澤が思ってる以上にエンタメしてるとも思ってる。しかし今回は前回に引き続き意外と重要な内容で静けさの中、相澤が口を開く。

 

「コードネーム。所謂、ヒーロー名の考案だ」

 

「「「「胸膨らむヤツきたァ!!!」」」」

 

 諸手を挙げて歓喜に沸くA組だったが相澤の圧により一瞬で静かになる生徒達。静かになったことを確認した相澤が説明を続ける。

 

「というのも先日話したプロヒーローからのドラフト指名に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2~3年から。つまり今回一年のお前らに来た指名は将来性に対する興味が高い。卒業までにその興味がそがれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある」

 

「頂いた指名がそのまま自身へのハードルになるんですね!」

 

「そう。で、その集計結果がこれだ」

 

相澤が手に持っているリモコンのスイッチを押すと、黒板に「A組指名件数」という文字が浮かび上がり、その下に各生徒への指名結果が横棒グラフで映し出された。

 

伏黒:4056

轟:3652

爆豪:3488

飯田:352

常闇:301

尾白:205

上鳴:202

八百万:108

麗日:20

切島:14

 

「例年はもっとバラけるんだがな。今回は例年よりも盛り上がった影響からか表彰に上がった三人に注目が偏った」

 

「だぁ~、白黒ついた…」「伏黒ちゃん凄いわ。3000通り越して4000を突入してる」「ふ、俺も精進せねばな」「おう…ありがとう」「ヒーロー事務所ってこんなにあんのな」「…流石ですわ伏黒さん」「ほとんど親の話題ありきだろ」「わぁ~指名来てる~!わぁ~!」「無いな!あんな無茶な戦い方すっから怖がられたんだ」「うん…」

 

 上から高い順に表示される指名結果。伏黒、轟、爆豪の大会でのスリートップが突出しているが麗日や切島を除く指名されたメンバーも3桁に突入しているあたり先ほども確認させられた雄英体育祭の影響力の凄まじさを物語っている。

 

 それ見た上鳴は上を向いて少しだけ嘆き、蛙水と常闇は伏黒を八百万は轟を流石だと賞賛し、伏黒と轟はそれに応え、麗日は飯田の肩を揺らしながら目に涙を浮かべさせて喜び、峰田は緑谷の肩を叩きながら指摘すると緑谷は微妙そうだがさもありなんといった顔をした。各自、様々な反応を示していると、再び相澤が口を開く。

 

「この結果を踏まえ、指名の有無に関係なくいわゆる職場体験に行ってもらう」

 

「職場体験?」

 

「ああ。お前らはUSJん時一足先に敵ヴィランとの戦闘を経験してしまったが、プロとの活動を実際に体験してより実りある訓練をしようってことだ」

 

 そこまで聞いた伏黒はこの学校の教育の力の入れ具合に改めて驚嘆する。誰が言ったかプロはいつだって命懸け。その言葉に見合うように犯罪率が低くなった昨今であってもプロヒーローの殉死率は決して低くない。

 

 そこに学生を放り込むとなるとそれ相応のリスクを背負う羽目になる。それを許しているということはよほどプロ側の実力が凄まじいか、学校側が信頼されているか、あるいはその両方か。いずれにせよ何にせよ学びきれてない一年を送り出す度胸と資産は凄まじいものである。

 

「そこで必要となるのが……」

 

「そう!ヒーロー名よ!」

 

 突然教室の扉を開き、中に入ってきたミッドナイトが相澤の言葉を横取りする。

 

「学生時代に付けたヒーロー名が世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!」

 

「…まあそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうの出来んからな。将来自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まりそこに近づいていく。まさに『名は体を表す』ってことだ。いい例はオールマイトとかな」

 

 相澤の説明が終わると生徒達は配られたフリップポードに自分のヒーロー名を考え始めた。そしてそこから15分後。青山が席を立ち教卓にフリップボードを置くとヒーロー名を発表。

 

I can not stop twinking (キラメキが止められないよ☆)

 

 まさかの短文である。ありなのかとクラスメイトの誰もが思う中、ミッドナイトは「うーん、Iを取ってcan'tに短縮したほうがいい」と言っているあたりありらしい。そして次に芦戸が前に出る。嫌な予感が伏黒の中を巡るとその予感は的中する。

 

「エイリアンクイーン!」

 

「大喜利か」

 

 飛び出したネーミングに伏黒は思わずつっこむ。まさかまさかの血が強酸性のアレである。流石にミッドナイトもやめたけと待ったをかける。「ちぇー」と言いながら下がる。場を行きにくそうな空気が満ちる。するとなんて事は無さそうな顔をしながら蛙水が手を上げると発表する。

 

「小学生の頃から考えてたの。フロッピーよ」

 

 先ほどの二つ(ネタ枠)とは打って変わってとても安心感を覚えやすいヒーローネームが登場。そしてこれをきっかけに凝り固まった空気も流れが良くなり様々なヒーローネームが飛び出してくる。

 

 切島の烈怒頼雄斗(レッドライオット)、耳郎のイヤホンジャック、障子のテンタコル、瀬呂のセロファン、尾白のテイルマン、砂藤のシュガーマン、芦戸のピンキー、上鳴のチャージズマ、葉隠のインビジブルガール、八百万のクリエイティ、轟のショート、常闇のツクヨミ、峰田のグレープジュース、口田のアニマ、麗日のウラビティ。ポップだったり格好良さに寄せてたりと様々な名前が出てきた。

 

「思ったよりもスムーズ!残りはやり直しの爆豪くんに飯田くんと緑谷くん。あとは伏黒くんね!」

 

 ミッドナイトの言葉にクラスメイトの視線は4人に当てられる。それを受けた伏黒は少しだけ焦っていた。考えのある爆豪や考えの多すぎる緑谷とは異なり、伏黒はそもそもヒーローネームを考えるという概念がこの授業を受けるまでの間、一度もなかったのだ。ならば自身がヒーローを目指すきっかけを思い出すも内容が重いしあまり参考にはならないと旦那。

 

「悩んでるわね。伏黒くん」

 

 いつの間に机に肘を置いて顔が恐ろしく近い距離にいるミッドナイト。顔が近いのもそうだが服装がよく規制にかからないなと言いたくなるレベルということもあって伏黒は咄嗟に顔を横に向ける。

 

「すみません。こういうの考えるのって何気に初めてですので」

 

「え、一度もないの?ホラ、幼稚園とか小学生、或いは厨二病を患った時とか!」

 

「俺が厨二を患った前提で話を進めるのはやめてください。……憧れるようになったのは一年位前なんですよ」

 

 伏黒の言葉に「なるほど…」と言い口元に手をやり熟考するミッドナイト。そうしてしばらくしてから口元に当てていた手を伏黒に指す。

 

「伏黒くん。あなたの個性は多彩さが売りよね?」

 

「まあ、八百万には劣りますが…」

 

「だったらそれを題材にしてみたら?そこに影を織り込むのもありだしね。それでピンと来たらそれにしなさいな」

 

 そう言うとミッドナイトは伏黒の席から離れると教卓に戻る。少し考えをしている間に飯田がヒーローネームを飯田にしているのを見かける。やはり名前でいいのかと考えているうちにミッドナイトの言葉が頭を巡る。そして、

 

「あ」

 

 ふと浮かんだ言葉をそのまま書くと伏黒は教卓にフリップボードを置いて発表する。

 

「シャドウヒーロー《シャドウシュピール》で」

 

「いいわね!意味はなんて言うの?」

 

「ドイツ語で影の演劇です」

 

「うん!多彩さと影が見事にマッチしてていいと思うわ!」

 

 こうして伏黒のヒーローネーム《シャドウシュピール》が誕生した。あとからできた緑谷は《デク》にしてOKが出たが、爆豪は《爆殺卿》にしたがさっきの《爆殺王》同様にヒーローがつけていい名前ではないと却下されていた。



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ヒーローネーム、そして職場体験


今回は前回とは違ってせいぜい六千文字と少なめです。


 

 

「なあ、伏黒。お前はどこを受けようと思ってんだ」

 

 一時限目をフルで使ったヒーロー名の考案後はいつものようにヒーローに課せられる法律や通常の高校でも執り行われるような授業が行われ、今は昼休憩の時間となった。そして伏黒は現在、食堂で出会した拳藤と共に昼飯を食っていた。

 

「まだ検討中だ4000件もあるからな」

 

「4000!?はぁー、さっすが体育祭優勝者。私の4倍かよ」

 

 拳藤は驚いていたが、伏黒も拳藤に申し込まれた事務所の数に驚いた。確かに伏黒の4000件は脅威だ。それでも今大会のスリートップを除けば伏黒の知る限り最高値だし何だったら3桁超えて4桁に突入しているのは普通じゃない。

 

「お前はどうなんだ拳藤」

 

「んー、私はミルコにしようかなって思ってる」

 

「ミルコってあの?」

 

「うん、まあね」

 

 それを聞いて伏黒は再度驚愕する。ラビットヒーロー《ミルコ》。ヒーローの前にあるラビットの言う通り個性が《兎》。そこだけ聞くと弱そうに聞こえるが侮るなかれ実力は個性《ドラゴン》というインパクトも強さも凄まじいリューキューを差し置いて日本に存在する女ヒーローNo.1。ヒーロー全体で見ても必ずトップ10入りを果たすほどの超が付く有名ヒーロー。

 

 特筆すべき点は美しい見た目もそうだがその実力。メディアを意識せずただひたすら愚直なまでに自身の強さを魅せるだけでランキング入りを果たしているのだ。そして何よりも特徴的なのが

 

「事務所を構えずにサイドキックも連れない独自の活動体系を取り入れてるんだったか?後進には完全に興味ないと思ってたぞ」

 

 そう弛むべき仲間がいない。たった1人の腕っぷしでヒーロー界を駆け巡る姿は女ヒーローやヒーローを目指す女性にとって憧れの的となっている。

 

「いやぁ、私も初めは何かの間違いだと思ったよ?でも本当だってわかったら断る理由なんてどこにもない。私の欠点を克服するために今最も必要な人だと思うから」

 

「機動力か?」

 

「うん」

 

 そう言いながら拳藤は自身の拳を見つめる。確かに拳藤は強い一発の重さだけ見たら間違いなく一年の中でも緑谷に並んで最高峰に位置づけられるほどに。体育祭で必殺技を撃ち合う前に爆豪の全力爆発を喰らってなければ押し勝ってたのは間違いなく拳藤だと断言できるほどに。しかしその実、弱点がある。それこそが機動力。

 

 あの四方数十メートルに囲まれ限定された空間だったからこそ拳藤は爆豪相手にそこそこ優位にとれた。しかしこれが範囲の広い場所であったらそうはいかなかったかもしれない。現に伏黒も拳藤との組み手では広く使って撹乱する戦法で必ず挑むほどだ。

 

「それさえ克服すれば私は必ず今以上に強くなれる。そん時はお前もぶち抜いて一位の座に着いてやるよ」

 

「やれるもんならやってみろ」

 

 猛々しく笑う拳藤に伏黒はフッと笑うとその挑戦を受け取る。その後はお互いに笑いながら話に花を咲かせていると、拳藤が思い出したかのようにある話題を上げる。

 

「そう言えばお前のヒーローネームは何なんだ」

 

「あ?あー……《シャドウシュピール》」

 

「なんて?」

 

「《シャドウシュピール》。影の演劇って意味だ」

 

 伏黒の言葉に以外だったのかポカンと呆気に取られる拳藤。しばらくすると軽く吹き出してくつくつと笑い始める。

 

「…なんだよ」

 

「クク、いやだって、あの伏黒がちゃんとヒーローネーム考えるとは思ってもなくて」

 

「そう言うお前は何なんだ」

 

 拳藤が笑う姿に伏黒は少しムッとしながらさぞやいい名前なんだろうなとでも言いたげに問いかける。

 

「私?私は《バトルフィスト》。イカしてるだろ?」

 

「お前らしいよ」

 

 胸を張ってそう答える拳藤に伏黒はため息を吐きながらそう答えると昼飯のカレーを一掬いして口に放り込む。そうしていると雄英の食堂に取り付けられているテレビからヒーロー殺しのニュースが流れてくる。

 

「ステインか…」

 

「懐かしいな。あれから大体、一年くらいか?」

 

 伏黒にとってヒーローを目指すきっかけとなったヴィラン、【ヒーロー殺し】ステイン。伏黒はあれから色々と調べてみたのだが、わかったこととというのが各地でランダムにプロヒーローを襲撃してきた凶悪犯でこれまでに17人を殺害・23人を再起不能に追い込んでいることとクラスメイトの兄を再起不能にした存在であるということくらいだ。

 

「懐かしいって…伏黒君。ヒーロー殺しと会ったことあるの?」

 

「誰だ?」

 

 伏黒は懐かしさと忌々しさがブレンドした何とも言えない感覚に浸っていると後ろから声をかけられる。誰かと思い振り返ると食べ終わったのか空のプレートを持った緑谷と麗日、そして飯田がそこにはいた。

 

「盗み聞きって…お前、趣味が悪いぞ」

 

「ご、ごめん。でも聞こえてきちゃって」

 

「ま、気にすんなって。伏黒はこう言ってるけどこんな場所で話してた私たちが悪いから気にしなくていいよ」

 

 伏黒が一言文句を言うと申し訳なさそうにする緑谷。そんな緑谷に対してこちらも悪かったとフォローをする拳藤。すると今度は少し食い気味に飯田がこちらに詰め寄ってくる。

 

「すまない。どんなヴィランだったんだ?」

 

 朝から騒がしいことに対して委員長らしい小言を一言も言わなかったことから違和感があった。そしてその違和感は飯田の目を見て確信する。濁っていたのだ。普段は恐ろしいほど真っ直ぐな目である筈なのに。そんな飯田を見て伏黒は溜め息を吐くと

 

「言わねぇよ」

 

「ッ。何故だ」

 

「知りたきゃ鏡でも見ろ」

 

 飯田の質問には答えないと素っ気なく応える。飯田がヒーロー殺しに興味を持ってこんなドス黒い目をする理由はわかっていた。兄であるヒーロー【インゲニウム】がヒーロー殺しによって再起不能にさせられたことだろう。故に何をしようとしているのかもわかっている。飯田は伏黒がテコでも話さないと悟ったのか険しい顔をしながらその場から離れていく。

 

「ちょっ!伏黒くん!そんな言い方はあらへんやろ!」

 

「何でだ。いつになるかわからないが、クラスメイトが斬殺されたってニュースを見る可能性を減らしたんだ。これ以上ない配慮だろ」

 

「そんなに強いの?ヒーロー殺しって」

 

「一年くらい前にヒーローが個人で汚職を行ってたって事件あったろ?その現場に居合わせててな。まあ、ヒーローが汚職を行う前に首だけになってたけどな。その首だけにした犯人がステインだった。その関係者逃すために戦ったんだが……結果は惨敗だった」

 

 しかもあからさまに手を抜かれたし、と伏黒が言うと麗日と緑谷は信じられないといった顔で伏黒を見つめていた。一年A組のクラスメイトの中でも伏黒は格別に強い。遠中近、全ての間合いをほぼ完璧にカバーできる強個性やそれに驕らず鍛えられた肉体と体術も合わさってほとんど隙がない。

 

 現に雄英体育祭では怪我らしい怪我を負うことなく馬鹿げた攻撃範囲を持つ轟や機動力、攻撃力共に優秀な爆豪を抑えての優勝を果たしているほどだった。

 

「う、嘘やろ?」

 

「本当だよ。緑谷は以前、相澤先生が一芸だけじゃあヒーローは務まらないって言ってたろ?」

 

「う、うん」

 

「ステインはその逆。用いる技術全て、ヒーローを狩るってことに一芸特化させた人間だ。それ故に弱個性だけどアホみたいに強い」

 

「あの事件、ステインも関わっていたのか……。そうかだからその日のニュースでステインの個性の詳細が明かされたのか!」

 

 目を見開く2人を尻目に伏黒は飯田のことを思い出す。恐らくだが飯田はヒーロー殺しが現れた保須市に行く。何せヒーロー殺しは癖か何だかは知らないが現場に現れては必ず4人以上のヒーローに危害を加える。今、伝えられているだけでも【インゲニウム】で2人目。ということは後、もう2人を狩るまで保須を離れることはあの信念を貫くために全てを捧げたあの男に限ってまず有り得ない。

 

 もしもそれを飯田が気づいていた上で行動しているのだとしたら。

 

「そん時は飯田の命日だな」

 

「そんな恐ろしいこと言わんといてや!」

 

「だったら説得しとけ。言っとくが話した感じステインは私怨で動くタイプは女子供関係なしに殺ると思うぞ」

 

 伏黒の言葉に声を荒げる麗日は頭を抱えると緑谷と共に飯田を追ってその場を離れる。

 

「お前も手加減しないなぁ」

 

「ああでも言わないとマジで手遅れになるのが関の山だろ。って、そうだ拳藤。お前に頼みたいことがあって職業体験先を選ぶの手伝ってくれないか。ヒーローには疎いんだ」

 

「ん、わかった。どれどれ…って多過ぎだろ!!」

 

 拳藤が伏黒が懐から出したリストを見るや否や、大きく声を上げる。

 

「うっわ、凄いなこれ!エンデヴァーにギャングオルカやベストジーニスト、それにホークスまで…!有名どころのバーゲンセールかよ!マジでとんでもないな」

 

 伏黒に寄せられたリストを見ながら何やら楽しそうに騒いでいる。一通り目を通した拳藤は伏黒に尋ねる。

 

「今のところここだって思える場所はないのか?」

 

「無い。ハッキリ言って名前は知ってても何してる連中なのかはあんまり知らないしな」

 

「お前…。いや、ヒーローに興味持ったの最近だったよな。えー、じゃあお前の性格的に戦闘系の職業先の方がいいよな。となるとエンデヴァーとかギャングオルカ、エッジショット、後は……」

 

 何件か声に出して候補を上げていく。すると拳藤はある名前に目が行く。

 

「サー・ナイトアイ?」

 

「誰だそれ?」

 

「オールマイトの元サイドキック。かなり有名だぞ?」

 

 それを聞いた伏黒はかなり驚く。あの1番強い状態を発揮できるのが1人で戦う時ですと言われても疑わないほどに強いオールマイトがサイドキックをもっていたという事実に。

 

「そんな奴いたのか」

 

「うん。確か何年か前に少しの間だけサイドキックを勤めてたんだよ」

 

「そうか……。よしこれにするわ」

 

「え、いいのか?もうちょっと考えなよ」

 

「正確にはこのヒーローを第一候補にして他のヒーローのことも調べながら決めてくだけだ。まだ確定じゃねぇよ」

 

 伏黒の言葉にもう少し慎重に選べと焦る拳藤。流石に今速攻では決めないと告げると拳藤は安心したようにホッと息を吐く。そして時計を見ると昼休憩が終わりかけていることを知る。

 

「お!じゃあ今日はここまでだな。またな【シャドウシュピール】」

 

「じゃあな【バトルフィスト】」

 

 何故かヒーロー名で伏黒を読んでくる拳藤に伏黒も同じくヒーロー名を呼んで別れを告げる。振り返ると快活に笑う拳藤が手を振っていたため伏黒も手を振りかえしその場を後にした。

 

 3日後、伏黒は数ある選択肢の中からヒーローを選び出して相澤な提出。そして時は流れ、いよいよ職場体験当日となった。

 

 

「全員コスチューム持ったな?本来なら公共の場じゃ着用禁止の身だ。落としたりするなよ」

 

「は~い!!」

 

「伸ばすな。はい、だ。芦戸」

 

「はい…」

 

 職場体験当日。A組の生徒達はそれぞれの選択した職場体験先へと向かうべく、駅に集合していた。相澤は芦戸の返事に対して軽く注意した後に生徒達を送り出す言葉をかける。

 

「わかってるとは思うがくれぐれも体験先のヒーローに失礼の無いように。行ってこい」

 

「「「はい!!!」」」

 

 元気よく返事をした生徒達はそれぞれの職場体験先へと向かう準備をする。伏黒は与えられた嫌にハイテクなアタッシュケースにも似たバッグを持って駅へと向かう。

 

「伏黒ちゃんはどこに向かうの?」

 

「梅雨ちゃんか。俺は都内だ。それもそう遠くはない」

 

「そう。私は海辺の方だから少しだけ遠いの」

 

「俺は九州の方だからな。飛行機で移動だ。それでは蛙水、伏黒。互いに健闘を祈る」

 

「おう」

 

「ケロ、常闇ちゃんもね」

 

 話しかけてきた蛙水と常闇が互いに話しかけそれぞれが頑張るようエールを送るとその場で解散する。そして伏黒が電車に乗る為に改札を通ろうとすると、ふと緑谷が飯田に話しかけているのが目に入る。

 

「飯田君!本当にどうしようもなくなったら言ってね?友達だろ?」

 

 その横で麗日も心配そうに飯田を見つめていた。それに対して飯田は明るくもどこか不安を抱かせるような笑みを浮かべ、

 

 「ああ」

 

 一言返事をすると飯田はそのまま行ってしまった。それを見た伏黒はこれは望み薄か?と飯田の行く末に一抹の不安を覚えつつも自己責任だなと思い直し、自身が望んだ職業体験場所へ向かうべく改札を通った。

 

 

「此処か…」

 

 電車に乗って約1時間。普段であれば長いと思える距離も他のクラスメイトが飛行機や新幹線を用いて移動していることを考えるとかなり近いなと、伏黒は考え直す。目の前に広がる長方形の潔癖な建物はいかにもな空気を漂わせ否が応でも伏黒の身を引き締めさせる。自動ドアを通り、目の前にあるドアをノックする。

 

「失礼します。雄英高校1年の伏黒恵です。職業体験の件で来ました」

 

 しかし応答がなく疑問に思うと薄ら部屋から何やら機械の駆動音と女性の大きな声が聞こえてくる。流石に妙だと思い多少不躾だとは思いながらも伏黒は扉を開ける。するとそこには

 

「アッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」

 

「何だ大きな声が出るじゃないか」

 

 リーマン風の男が下乳出したコスチュームを着こなす女性をTICKLE HELLと書かれた機械につないでこしゃばしてる光景が目の前に広がっていた。

 

「」

 

 伏黒。目の前に広がるあまりの光景にオールマイト時以来のフリーズ。すると扉を開けた音に反応したのかリーマン風の男が振り返る。ギロリという効果音がつきそうなほど目つきの悪さにメガネをかけた姿は格好も相まってインテリヤクザという言葉がしっくりきた。

 

「おや?ああ、職場体験生…もう着たのか。だがノックも無しに入り込むのは礼儀がなってないな」

 

「」

 

「おまけに無視か……。礼儀知らずだが、まあいい。ここに来たからには自己紹介はいらんだろうが礼儀としてやらせてもらおう。―――私はサー・ナイトアイ。一時的とは言え今日から君の上司に当たる人間だ。次は君の番だ。できればユーモア溢れたものを頼む。大きな声でな」

 

 そう言いながらナイトアイは先に着くとなかなかの無茶振りじみたことを言いながら伏黒に自己紹介を促す。あまりの出来事にフリーズしていた伏黒だったが自意識を取り戻すと懐を探りスマホを取り出すと、

 

『ハイ、110番です。事件ですか事故ですか』

 

「事件です。サー・ナイトアイを語るリーマンがヒーローと思しき女性を機械で拘束してこちょばしてます」

 

 迷うことなく警察に通報した。

 



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職業体験、そして実力差

 

 

「あーーッははははははははははははははははははははは!!!!」

 

 胸に1000000の数字が書かれたヒーロースーツを着て赤いマントを羽織ったこれぞthe ヒーローといった風貌で筋肉質の男が事務所のど真ん中で呵呵大笑といった具合で目尻に涙を浮かべながら笑っていた。そんな様子を見たナイトアイは険しい顔をすると。

 

「笑うなミリオ」

 

「これが笑わずにいられますか!?」

 

 少し気まずそうな顔をしてミリオと呼ばれた男に笑うのを辞めるよう支持する。

 

「だ、だって、ングw、職場体験、ブフw、に来た1年にフヒw、つ、通報されたって、コフw、しかも淫行って、クヒw、嗚呼ダメだ、アハハハハハハハハハ!」

 

 途中まで耐えていたのだが限界がきたのか再度床に転げながら笑い始める。

 

 あの後の処理は割と大変だったのかナイトアイは手で頭を押さえる。遡ること10分前、伏黒が何やってるのか理解したサー・ナイトアイは急いで駆け寄ると伏黒のスマホを奪取。すぐにリモートに切り替え机にしまってあったヒーロー許可証や身元を証明する身分証などを見せて自身が本物のナイトアイであることを証明する。何度か疑われたが最終的に信じられてナイトアイの手に手錠(わっぱ)がかけられることはなくなった。

 

 そして帰って来たミリオという男が肩で息をするナイトアイを見て不思議に思い伏黒に何があったか問われたため伏黒が一から十まで説明すると吹き出して爆笑し、今に至る。

 

「あー、面白かった!いやー、初手で上司を淫行で通報するってユーモア全開で良いじゃないですか!」

 

「あれはユーモアとは言わん」

 

「いーや!言いますね!それに俺は気に入りましたよ!」

 

 少しして笑いから立ち直り、ナイトアイにそう言うと顔を体ごと伏黒に向けると伏黒目掛けて歩き始め、手を伏黒に差し出しながら自己紹介をする。

 

「俺は通形ミリオ!一応、雄英校3年だから君の先輩にあたるな!ヒーローネームはルミリオン!」

 

「ヒーロー科の伏黒恵です。ヒーローネームはシャドウシュピール。よろしくお願いします、先輩」

 

 伏黒は差し出された手を取って握手に応じるとミリオ力強く手を振って笑いながら振るう。そこで伏黒はミリオの筋力に驚かされる。さらによく見てみると体幹がしっかりとしていて殆どズレていない。

 

(強い)

 

 ふざけてはいるが思わずそう確信してしまうほど強さを実感させられると。握手をやめてナイトアイに向き直り、伏黒もそれぞれに習った。それを見たナイトアイは指でズレたメガネを治すと一から説明開始した。

 

「それじゃあ改めてサー・ナイトアイだ。座右の銘は『ユーモア無き世に笑いはない』だ。今回君を選んだのは他でもないメリットを感じたからだ」

 

「メリット、ですか?」

 

「復唱するのはとても良いことだ。索敵能力に戦闘、どれをとっても一年の枠を超えている。流石だ」

 

 伏黒は「ありがとうございます」と言いながら座右の銘の割にユーモアさの欠片もないことに困惑。本当にオールマイトのサイドキックだったのかと疑問に思もうが、それ以上に醸し出される風格にはプロヒーローとしての貫禄をありありと感じさせられる。

 

「今我々は警察の協力のもと、様々な事件を追っている。そこで目に止まったのは君だ。今回は戦闘面では私達に任せて君には犯人の捜索を願いたいというわけだ」

 

「……戦闘面では期待してないと言われた気がしましたよ」

 

「事実だ」

 

 そこまで言われると伏黒は流石にキレた。確かに現役バリバリのナイトアイや今伏黒の後ろにいるミリオと比べれば未熟なのかもしれない。しかしそれでも伏黒が乗り越えて来た受難の数や質は決して侮っていいはずはないのだ。それを見透かしていたのかナイトアイはさらに言葉を続ける。

 

「不服といった顔だな。しかし私からすれば今の君にはそれ(索敵)以外の旨みを感じない。社会にどう貢献できるのか、他者に対してどう貢献できるのかを示してみろ」

 

「だったら現場に行かせてください。言葉よりも行動の方がアンタを分からせられそうでしょ」

 

 伏黒の言葉にナイトアイはホウと言うと少しだけ頬を緩めた。その様子にミリオは「おお!」と驚く。少し考えてからナイトアイは伏黒に指示を出した。

 

「シャドウシュピール、だったか?示したければ現場以外に1日1時間、いや20分だけミリオと戦え。それで一発でも入れられたらお前の実力とやらを認めよう」

 

「上等ですよ」

 

「そうか。今日は一時解散だ。詳しいことはミリオから聞くといい」

 

 そういうと先ほど縛られていた女性―――バブルガールの持ってきた書類に目を通し始める。それを見た伏黒は出て行こうとするミリオの後を追って退室する。すると、

 

「いやー!いいね君!」

 

 伏黒の肩を掴みながらミリオは満面の笑みを浮かべ、嬉しそうにそう言った。

 

「いいねって何がですか?」

 

「サーが珍しく機嫌がいいんだ!少しだけど君を認めてる証だよ!」

 

「は?機嫌がいい?あれが?」

 

 思わず上司をアレ呼ばわりする伏黒。思い出すのはナイトアイの表情。無愛想極まりないあの顔を見たら子供は間違いなく泣き出す。それが容易に想像できた。そして何よりアレより(機嫌が悪くなった姿)があるとか逆に見てみたい気持ちがあった。

 

「いーや、機嫌はいいね!何せ僅かにだけど笑ってたろ?それがその証拠なのさ!」

 

「あれ笑ってたのか……」

 

 伏黒がそう呟くと「そうそう!」と言いながらミリオは肩を叩く。ここまでの会話で伏黒はミリオという男か裏表のない究極の善人であることを理解する。底抜けに明るく周りすらも巻き込んで笑わせようとする姿はどこかオールマイトを彷彿とさせた。

 

「それでまだ巡回まで時間はあるしその間にサーの指示通り組み手でもしようか?」

 

「いいんですか?確かに先輩は強そうですが、巡回前に怪我しない保証はないでしょう」

 

「ハハハハ!!ありがとう!だけど心配無用さ!なにせ俺はルミリオン!まだ未熟だからオールとは行かずとも100万の人を笑わせて救う予定の男!後輩の君を可愛がることくらいわけないさ!」

 

 歯を見せ胸に親指を当てながら笑うミリオに嘲りや慢心はないことから本気で伏黒を完封できると思っているのがわかる。不思議とその態度に怒りは覚えず少しだけ気が抜けるような感じはオールマイトに似通った何かを感じさせた。

 

「お手柔らかにお願いします」

 

「おっしゃあ!じゃあ、コスチュームに着替えて地下のフロアに集合ね!」

 

 そう言うとミリオは地下は伏黒は更衣室に向かった。

 

 

「うんうん!イカしてるじゃないか!」

 

「ありがとうございます」

 

 伏黒の胸と首元にある金色のボタンを除いて上下共に黒寄りの紺色のコスチュームを見たミリオは満足気にそう頷きながら褒める。地下に広がる少し広めのフロアでは戦いに備えた準備運動をする伏黒と戦う気満々のミリオが相対していた。

 

「よし、じゃあいつどっから来てもいいよ。胸を貸したがるからね!」

 

「よろしくお願いします」

 

 ミリオは先手を伏黒に譲ると伏黒は様子見ということで攻守走すべてに優れた【玉犬・渾】を呼び出す。相手は雄英の先輩。ナイトアイのセリフから見てもかなりの信頼を置かれていることから強さは間違いなく伏黒より上なのは容易に想像できた。

 

「テレビ越しでも見てたけど迫力もあっていい個性だね」

 

「行け、【玉犬】」

 

 伏黒の言葉が合図となって【玉犬】は爪を剥き出しにしてミリオに殴りかかる。やりすぎかと思うかもしれないがプロから完全に信頼を獲得している以上は気が抜けないため全力で挑むことにした。僅か一歩で数十メートルあった差が一瞬で縮まる。そして【玉犬】の爪が顔に目掛けて迫るが、一向に避ける気配がない。回避も防御も不可能な域に達して伏黒はミリオの顔面が吹き飛ばされる未来を想像した。

 

「は?」

 

 が、【玉犬】の爪はミリオの顔に当たることはなく、まるでそこには誰も存在していなかったかのようにすり抜けた(・・・・・)

 

「おいおい、顔面かよ」

 

 なんて事なさそうに語るところから錯覚ではないことは確定だった。すり抜けてもなお爪を用いて攻撃する【玉犬】を見ながら伏黒はある答えに到達する。

 

「すり抜け、いや【透過】か?」

 

「大当たり!それじゃあ、今度はこっちから行くぞ」

 

 ミリオが腰に当ててた手を解くとまるで地面に溶け込むかのように消え失せる。伏黒は【玉犬】に索敵をさせるも匂いすらも消え失せたのか【玉犬】があたりに目線送って困惑していた。それを見た伏黒はコスチュームに追加されていた手のひらサイズの円錐状のサポートアイテムを取り出して考察する。

 

「(消えるタイプの個性が真正面切って堂々と突っ込んでくるとは思わない。となると現れるとするなら)後ろ!」

 

「またまた大当たり!でも、喋る暇があったら攻撃しよう、ねっ!」

 

 伏黒はそう言いながら振り返ると後ろの地面からびっくり箱よろしくミリオが急に現れる。ミリオは伏黒の後頭部目掛けて拳を放つ。が、

 

「元からそのつもりですよ」

 

 伏黒がそう言うと円錐状のサポートアイテムのスイッチを押す。するとプシュという音共に凄まじい勢いで伸び始める。これこそ伏黒が上鳴や芦戸のような素手で触れてはいけない類の相手がいたことを考えて制作を頼んだサポートアイテム、その名も《如意金箍(にょいきんこ)》。最遊記に登場する斉天大聖をモチーフとしたもので伸縮自在で硬度も中々と使い勝手が良く、他にもとある特殊なギミックがある。が、それは今は割愛。

 

 いきなりのサポートアイテムの登場に驚きを見せるミリオ。ここまでは伏黒の予想通りだった。胸を貸すと言うセリフから相手は間違いなく伏黒を下に見ていた。そんな相手に反応出来ないふりをする事でさら油断を誘ってミリオよりリーチのある《如意金箍》でカウンターを決める。後出しだが、放たれる速度は《如意金箍》のほうが早い。確実に不意をついた一撃。普通であれば喰らって倒れるか倒れずとも間違いなく怯みはする。当たらずとも不意をついた以上、確実に伏黒よりも一手遅れるはずだった。

 

 しかし相手は伏黒は知らないが雄英の頂点に立ち、あの相澤をしてエンデヴァーを差し置きオールマイトに最も近いと言わしめた男。断じて普通の枠組みに入れていい存在ではなかった。

 

「いい反応だ!しかし必殺!ブラインドタッチ目潰し!」

 

「なぁ!?」

 

 伏黒のサポートアイテムに怯みもせず、腕を突っ込むとすり抜けていき伏黒の目玉目掛けて指を入れようとする。怯みもせずに突っ込んでくるミリオに驚かされ、目が指に入ろうとする事態に伏黒は目を閉じて行動が止まってしまう。

 

「ほとんどがそうやってカウンターを画策するよね!ならば当然、そいつを狩る訓練!するさ!」

 

「ぐッ」

 

「お!やるねぇ!」

 

 ミリオの拳が当たる直前。伏黒は目を閉じながらでも咄嗟に腕一本だけでもガードに回す。するとほぼ同時に肘あたりに強い衝撃が走る。そして間をおかずして【玉犬】の拳がミリオの立つ場所に叩き込まれる。

 

「ほらほらどうしたどうした!?足を止めてちゃあサンドバッグになっちゃう、ぞ!」

 

「ギャンッ!」

 

「がぁ!?」

 

 が、これもすり抜けて回避すると逆に【玉犬】の顎にアッパーをかましてその勢いのまま固まる伏黒に足払いをかけた後に再度ボディーブローを叩き込む。今度は防ぐ事ができず、伏黒は【玉犬】共々地面に転がさせる。それを見たミリオは何度か満足そうに頷くと凄く楽しそうな声を出した。

 

「うん、いいね!とってもいい!俺のこと完全に初見なのに反応したのもいいけど、俺の攻撃を一発だけだったが目を瞑った状態で防いでた!咄嗟の判断能力がずば抜けてるぜ!【シャドウシュピール】!」

 

「掠らせもし、なかったくせして、よく言いますよッ」

 

 すぐに立ち直った【玉犬】は伏黒の前に立って唸りながらミリオを警戒し、起き上がった伏黒はどつかれた鳩尾をさすりながら呼吸を整え回復に専念する。HAHAという言葉が背景に聞こえて来そうな声でミリオは笑うと伏黒に問いかける。

 

「僕の個性ってなーんだ?」

 

「さっき大当たりって言ってた【透過】でしょう。……まあ、あのワープみたいな挙動の理由は分かりませんけど」

 

「うーん、正直な子だ!ワープの理屈は俺の体が物体に重なった状態で個性を解除すると、体が物体の外側へと瞬間的に弾かれるんだ。その際の姿勢や体の向きを調整することで弾かれる方向をコントロールして地面を伝ってあらゆる場所へと移動するってすんぽーさ!」

 

 伏黒は呼吸が整ったのを確認しつつそこまで聞くとまるでゲームのバグみたいだと思わされる。攻撃をすれば透かされて、逃げようと距離を開ければ擬似ワープで詰められる。相手側からしたらたまったもんじゃない個性に思わず伏黒は「反則じみてるな」と呟く。するとそれを聞いていたのかミリオは少し首を横にふって否定する。

 

「うーん、反則ってのは少し語弊があるな」

 

「はあ?」

 

「反則な個性だったんじゃなくて反則な個性にしたのさ」

 

 そうして始まる通形ミリオの個性の説明。ミリオの個性には致命的な欠点が存在する。それが透過という部分にある。ミリオの透過は全てを透過する。そう全てだ。個性の発動中は、肉体が無差別に光や音、空気さえもミリオの体をすり抜けてしまう。全身に個性を発動すると、何も見えない。何も聞こえない。呼吸さえもできない一時的に完全な無感覚状態へと陥るのだという。

 

 それだけでも厄介だというのにまだ欠点がある。個性の発動中は地面まで透過してしまうため、足の裏にまで個性を発動すると、地球の中心に向かって「落ちて」しまうのである。 そのため、例え、壁を透過する際にもそれなりの工程がいる。

 

 1、こちら側の足以外全身を透過させる→2、向こう側の足の透過を解除して接地→3、残った方の足を透過させ壁抜け完了

 

 といったように、ごく簡単な動作にもいくつかの工程を踏む必要があるのだとか。そこまで聞いて伏黒は絶句した確かに透かせるという面に関しては強いかもしれないが、工程があまりにも多すぎる。伏黒だったら間違いなく一手どこらか3手も置かれる自信があるほどに。

 

「うんうん。いい反応だ。君の考えている通り案の定俺は遅れた。ビリッケツまで一瞬で落ちたさ。だからこそ必要だったんだ誰よりも早い『予測』と『分析』が。そしてそれを得るための経験が。長ったらしくなったね。―――ようこそサー・ナイトアイのヒーロー事務所へ。短い間だろうが君の姿勢次第で得られる経験は君を間違いなく強くする。俺が保証しよう」

 

 腕を組みながら力強く笑うミリオに伏黒は背筋を興奮で震わせる。口の端に垂れた涎を拭うと立ち上がり《如意禁錮》を握りしめ構える。はじめは来る場所を間違えたと本気で後悔していた。しかし今ではここに来てよかった、そう思えるほどの現実で満ち溢れていた。伏黒の様子を見たミリオは笑い返すと地面に溶けこむ。

 

 そこから残り15分間。伏黒はミリオに一撃も加えられなかった。しかしそれでもこの20分間は伏黒にとってこの職業体験が何にも変え難い黄金の経験になる。そう確信できた。

 

 

「いやー!彼、強いですね。サー!」

 

「そうか」

 

 伏黒が疲れて休憩している間に明るく報告するミリオに対して抑揚を感じさせずに答えるサー・ナイトアイ。互いに対極的な彼らだが。彼らはどこか嬉しそうに話し合う。

 

「サーが選んだのもわかりますよ!確かにあの子は化けたら俺以上に強くなるし、今の段階でも俺に喰いつけてる。十分にやれると思います!」

 

 あの後、15分間確かに伏黒はミリオにかすり傷一つ合わせることができなかった。しかしそれでも指摘されたところを修正して取り込んでいき、打てば面白いように響く伏黒がミリオにとって何よりも伸び代のある存在に思えた。

 

「これならあの一件も協力させてもいいんじゃないですか?」

 

「死穢八斎會か?そちらは調べはじめというのもあるが彼にはまだ分不相応だ。仮に協力するのだとしたらこの一件だな」

 

 サー・ナイトアイはそう言いながら机の中にある一枚の手配書を引き出す。それを見たミリオは頬を引き攣らせながら「この一件も十分にヤバい。ヤバすぎてお先ダークネスですよ」と呟く。

 

「指名手配犯、【クリエイター】。彼にはこの一件の解決に協力してもらうこととする。ミリオ、いやルミリオン。お前はシャドウシュピールに協力して事件の解決に急げ」

 

「了解です!サー!」

 

 ナイトアイの注文にミリオが敬礼のような格好をして休んでいる伏黒の元へと向かう。それを見送ったナイトアイは【クリエイター】が引き起こした事件や形跡に目を光らせ始めた。



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実力差、そして接敵①

 

 

 20分間にも及ぶミリオとの模擬戦が終わると伏黒は倒れ込むように休憩した。この後のパトロールも考慮してか、あの後ミリオは伏黒に対して後々引きづるような攻撃を加えることなく流すようにして相手していた。

 

 それだけで伏黒はミリオとの彼我の実力差を否が応でも理解させられて悔しく思う反面まだ改良の余地のある自分に対してひどく喜ばしい感情に包まれていた。そしてミリオがナイトアイに何か報告している間に息を整えて立ち直るとミリオから指示を出され外に出ると共に歩き始めた。

 

「流石に緊張しますね」

 

「お!そう言えばパトロールは初めてかい?」

 

「コスチューム着てやるのは初めてです」

 

 伏黒がそう言うとミリオは少し意外そうな顔をする。実は伏黒は植蘭中に在学していた際、最後の3年生の頃の間は夜間に拳藤とパトロールしていた経験があった。理由は今までやらかしていたことに対する反省の意を示すという情けない理由だったが、この経験は夜間に怪しい動きをしてないか探すという注意力の発達に大いに役に立った。

 

「そいつは上々!ま、詳しい活動は明日説明するとして今回はパトロールの巡回ルート、そしてやってはいけないことと今回君に協力してもらう犯人の軽い説明といこうか!」

 

 ツイテオイデヨー!!と言いながらワサワサと動く姿に伏黒はさっきまで自身を圧倒してみせて、力強い迫力を見せた人物と同じとは思えないなと思わされる。そうして歩きいて巡回ルートを通りつつ、やってはいけないことの説明を開始する。

 

「まず初めにやってはいけないことなんだけど。サーの許可無しでサーの私有地の外での個性の使用はよっぽどのことがない限り無しだ。仮に身の危険を感じたら逃げに徹するにしてくれるとありがたい」

 

「ん?そこは追ったりしないんですか?」

 

「い〜質問だ。君は確かにヒーローの原石だ。そう原石であってカッティング済みではない。言わばギリギリ一般の学生の枠組みなんだよね」

 

 そこまで言われて伏黒はミリオの言いたいことを察する。法律の都合上、一般人の個性の使用は固く禁じられている。理由は言うまでもなく危ないから。以前の13号が言っていた通り個性は使いようによって凶器と化すのは酷く簡単だ。

 

 そしてそれらの個性の私情での使用の禁止の決まりを守れずに破るものをヴィランと言うのだ。そして私情での個性の使用を許されたものこそがヒーローと呼ばれている。

 

 確かに伏黒はいまだに免許の無い人間。いくら雄英に通ってるとはいえ言ってしまえばヒーローの後ろに候補生という単語がついたひよっこ以下かギリギリひよっこを名乗れるかという存在なのだ。伏黒はミリオの言葉に納得する。そして同時にふとある疑問が浮かぶ。

 

「それならミリオ「外ではルミリオン」…ルミリオンはどうなんですか?俺と同じ学生ですが」

 

 呼び方に注意をされて訂正しつつも伏黒はミリオに問いかける。自身がダメだと言うならばミリオはどうなのだ、と。仮にダメでいちいち、1人ずつ許可を取らなければ個性の使用ができないと言うならばかなり効率が悪い。相澤風に言うと合理的では無いというやつだ。そんな伏黒の問いに笑いながらミリオは答える。

 

「これは君が1年後に受ける話なんだけど。雄英生徒は2年生になると『仮免取得試験』っていうのを受けることになるんだけどね?合格して仮免許を取得するとなんとビックリ緊急時に限りプロヒーローと同等の権利を得られるんだ。つまり独断でヴィランとの戦闘、事故・事件からの救助活動等が出来るって訳!」

 

 因みに俺は取得済みさ。と言いながらミリオは懐から腰のポーチから財布を取り出すとヒーロー活動許可証と書かれたカードを取り出して伏黒に見せる。そこまで聞くと伏黒は何故ナイトアイが自身の足で伏黒の案内をしなかったのか得心がいく。

 

 単純に同じ学校の先輩後輩だから話しやすいだろうという安い考えだけでなく、万が一ミリオがカバーし切れないほどの被害が生じた時、伏黒の個性の使用をミリオが独断で許可することができるから伏黒とミリオを共に行動させているのだと。

 

「意外に考えてますね」

 

「そりゃあ、サーだからね!あの見た目で思慮深くないってのはまず無いさ!…いや、案外無邪気で可愛いか?」

 

「ただひたすらに不気味ですよ。それに大人の無邪気はただの邪気でしかない」

 

 伏黒の言葉にミリオは指を指して「辛辣ぅ〜」と言いながら戯けながら次の話題に移る。

 

「次に今回追ってる犯人なんだけどね。ヴィラン名でクリエイターと呼ばれてる組屋鞣造という男なんだ」

 

「組屋鞣造?」

 

「うん。君も聞いたことない?最近、人の顔の皮でできたブックカバーが出てきたの」

 

 そこまで聞くと伏黒はそこそこ前に見たニュースを思い出す。確か内容がヒーローが裏販売を行っていたヴィランの家宅を捜索した際に人皮で作られたブックカバーが出てきたというもの。連日報道されてたというのもあるがそれ以上に人の体を使って作品を作るという単語が余りにもインパクトが強いこともあって記憶に残っていた。

 

「その犯人が組屋鞣造だと?」

 

「そ。裏のブローカーが色々と話してくれたみたいでね。詳しい話や特徴は明日、サーが纏めてくれた資料に目を通しながら説明するとしよう」

 

「わかりました」

 

 そこから約2時間ほど歩きながら相手するヴィランと巡回ルートの説明をしていた。その他にも道中ではひったくりを起こしたヴィランの捕縛をミリオが行い、よそ見しながら運転している男が危うく老人を轢きかけるところで個性の使用許可の降りた伏黒が助けるなどした後に事務所に戻ると何度か組み手を行って職業体験の一日目が終了した。

 

 

「それではこれよりクリエイターこと組屋鞣造の説明を始める」

 

 職業体験2日目の朝、事務所に来た伏黒を確認するとサー・ナイトアイが手元にあった資料をミリオやバブルガール、伏黒に配ると組屋鞣造の説明を開始した。

 

「組屋鞣造。年齢は戸籍からぬかれてたこともあって不明。推定30歳前後。個性は【作成】。字面の通り自身が干渉したものを自在に作製するというものだ。現状、死者が30名にも及びうち11名はヒーローとされている。1週間ほど前にここらで目撃情報、及び裏のブローカーの情報からこの街に現れることがわかった」

 

 伏黒は資料に目を通せば通すほど相手が強敵であるということを否が応でもわからされる。しかも重軽傷を負った人間がいないと書かれているため接敵した相手を間違いなく殺しているということになる。相手の体を使って作品にするところが『シリアルキラー』という単語がよく似合っている。

 

「作戦の都合上、二手に分かれて行動する。組む相手は昨日と同様に私とバブルガール。そしてルミリオンとシャドウシュピールだ」

 

「はい!」

 

「了解しました!」

 

「わかりました」

 

「シャドウシュピール。お前に個性の使用を前もって許可しておく。ただしわかってると思うが見つけても深追いはするな。ルミリオンの指示に従え」

 

 サー・ナイトアイは念入りに伏黒に対して戦闘を避けるように注意する。怪我されたら面倒を被るのは間違いなくナイトアイの事務所だとわかってはいる。だが、そこまで忠告されるとバトルジャンキーに見えたかよほど頼りないかと勘繰ってしまう。

 

「……わかりました」

 

 伏黒は少しムッとしつつも意味はわかっているため噛み殺して頷き肯定する。その様子にナイトアイは頷くとその場で解散を促す。そして伏黒は外に出て【玉犬】を出しながらミリオと行動する。するとミリオは伏黒の顔をニコニコしながら見ている。

 

「…なんすか」

 

「いやー、なんか懐かしいなーって思ってさ!俺も昔はサーにめちゃくちゃ信頼されてなくてさ。かなり苦心したもんだよ」

 

「それもあります」

 

 伏黒の気が少し晴れないのはナイトアイの対応だけではない。ミリオとの戦闘にもあった。次の日、ある程度動きを把握した伏黒は再度ミリオに挑んだのだが、これまた惨敗。ミリオのまるで未来で見えていると言われてもおかしくないほどの動きに伏黒は少し自信をなくしていた。その様子を察したミリオはああ、とだけ言うと伏黒にアドバイスした。

 

「シャドウシュピールはさ。もうちょい正直になりなよ」

 

「…偽ってるつもりはありません」

 

「ハハハハハ!嘘つきって訳じゃないさ!なんで言えばいいんだろう。んーとね。君はいささか結果を重視しすぎじゃあないかな?」

 

「実際、重要でしょう」

 

 伏黒が思い出すのは3年時のステインとの一戦。あの時、伏黒の個性の無断での使用や今まで暴れてきたにも関わらず今なお世間では伏黒が持て囃されているのは自身が結果を示し続けてきたからだ。伏黒はそう信じて疑わない。しかしミリオはその考えを否定こそしなかったが、別の考えを促し始めた。

 

「確かに結果は重要さ。どんな物事にも付きまとう。でも、結果に至る『過程』ってやつのほうが俺は重要だと思うんだよね。俺だったらサーに出会い培ったという『過程』が今の俺を作ってる」

 

 伏黒が思い浮かべるのは拳藤の顔。今の伏黒を形成しているのは他ならない拳藤がいたからこそだと思っている部分があることを伏黒は自覚している。そしてその『過程』のおかげで雄英に入学し、ここに立っているのだと。

 

「そして気がつけばその『過程』に『今』の俺は楽しまされて満たされてた。今のシャドウシュピールは少し窮屈そうだ。本当の君はさ、もっと強いんじゃない?」

 

 ミリオはニッコリと笑いながらそう締めくくると前を向いた。伏黒は歩きながらも自身の手を見つめる。そしてふとリカバリーガールの『1人で生きていけるものではない』という言葉を思い出しながら何を楽しめばいいのだろうと考える。するとそばに居た【玉犬】の毛並みが逆立ち始める。

 

「先輩」

 

「ん?…その様子だと手掛かり見つけた?」

 

「【玉犬】があのパーカー男を見て興奮してます」

 

 ここに至る前に伏黒はナイトアイから渡された遺留品の中で組屋鞣造と戦闘になったヒーローが負わせ、流した血の染みついた布切れを渡されていた。伏黒はそれを【玉犬】に嗅がせると見つけ次第、反応を見せるよう命令していたのだ。

 

「反応が尋常じゃない。この反応だとかなり近しい人物。もしくは」

 

「本人の可能性もあり得るって訳ね。オッケー、捜索開始10分後に見つけるなんてもってるねぇ君。サーにも位置情報を送っといた。それじゃあ追うぞ、シャドウシュピール」

 

「了解」

 

 ミリオは伏黒にそう命じるといつものパトロールと同じように談笑しながら違和感のない程度にパーカーの男の後を追う。初の尾行とあって流石の伏黒も少し不慣れだったがなんとかそれっぽい態度をとって誤魔化す。するとパーカーの男が路地裏に消えていくのが見られた。

 

「バレましたか?」

 

「んー、わかんないなぁ。取り敢えず俺が前に出るからシャドウシュピールは後ろにいて。ヤバくなったら速攻で逃げれるように構えとくように」

 

 そう言いながらまず初めにミリオから路地裏に入るとその後を追うように伏黒も入る。パーカーの男を見ると少し歩いてから路地裏の曲がり角を曲がったため姿が見えなくなる。

 

「おっしゃ、見失わないように後を追うぞ。ついておいでシャドウシュピール。……伏黒くん?」

 

 普段であれば引くほど早く返ってくる筈の返事がないことに疑問を持って振り返る。するとそこに伏黒の姿が見えなかった。

 

「〜〜ッ!クソ!してやられた!単独犯じゃなかったのか!?」

 

 1人で先走った可能性があるかもしれない。しかしミリオはまだ2日とは言え伏黒が真面目で言われたことをホイホイと破るような不誠実な男ではないことは短い間でも十分に確信していた。故に疑ったのは犯人と伏黒の行動を除く、第三の共犯者がいるという可能性だ。

 

 個性の線を疑ったが、【作製】という個性からそれは可能性が薄いと判断。書類や証言などから単独犯ではないのかと愚痴りつつもすぐさま曲がり角を曲がっていったパーカー男の後を追うために個性を用いてショートカットしながら進む。しかし、そこには誰もいなかった。

 

「頼むから無事でいてくれよッ」

 

 ミリオは迷うことなくナイトアイに連絡して伏黒が攫われたということ同時に位置情報を送信する。送信したミリオは【透過】の個性を用いて急ぎながら散策を開始する。そうしている間に伏黒の無事を祈ることしか出来なかった。

 

 

「よぉ、伏黒恵くん」

 

 気がつくと配管が入り乱れる日の当たらない場所に伏黒はいた。それは突然の出来事だった。何もない、壁しかない場所からいきなり腕が現れ喉を圧迫することで声が出ないようにされながら引き摺り込まれたのだ。そして目の前には先ほどまで追っていたパーカーの男が立っていた。

 

「自己紹介といこう。挨拶は重要だからな。俺の名前は「組屋鞣造なんだろ」…なんだよ知ってんのかよ。だったらこれはいらねぇな。変装だか何だか知らねぇけど暑苦しくて仕方なかったんだ」

 

 伏黒が自己紹介を遮るとパーカー男―――組屋鞣造がパーカーを脱ぎ捨てる。そこに現れたのは上半身裸の上にエプロンを着用した筋肉質な体格の男。髪型はスキンヘッドで顔の目のパーツに当たる部分全てが真っ黒に染められた奇妙な姿が現れる。見た目にも目がゆくがそれ以上に目を惹くのは。

 

「人皮か…」

 

「お!よくぞ気づいた。お目が高いねぇ」

 

 伏黒の口から嫌悪感が全面に押し出された言葉が漏れでる。その言葉に対して感心したようにそう呟く組屋鞣造。お目が高いも何も肝心のポケット部分が人の顔でできていたのだ。伏黒は確信する。この目の前にいる人間に少なくとも慈悲はいらないのだと。伏黒が構えるとそれに同調するかのように組屋鞣造は腰に穿いてあった手斧を取り出す。

 

「お前の肌いいなぁ。そうだ、マントを作ろう。ヒーローだしな。きめ細やかで肌触りの良さそうなやつを」

 

 そう言うと組屋鞣造から仕掛ける。確かに早いがミリオと比べるまでもないと判断すると【玉犬】を呼び出そうとする。しかし、

 

「呼べないよ」

 

「ッ!」

 

 相手の言葉通り影が揺らめくだけで【玉犬】は飛び出す事はなかった。突然の出来事に驚かされるものミリオの「急な事態でも止まらない。止まるのは行動し終わった後」という言葉を思い出し、その場を回避する。その反応を見て「いいねぇ」と呟く組屋鞣造。伏黒は突然のことに困惑しつつも引き摺り込まれたことを思い出して辺りを警戒する。

 

「そんな事しなくても俺1人だ。工房(アトリエ)に呼び込むのは材料だけって決めてるんだ」

 

「敵の言うことをまざまざと信じると思うか?」

 

 組屋が1人だけだと告げるも伏黒は信じられないと否定して辺りの警戒を続ける。その様子に「だよなぁ、初対面の相手を信じろってほうが無理な話だよなぁ」と的外れなことを呟くと考え込み始める。伏黒は打ち込むべきかと考えるが相手の能力や敵の数が不明なこともあって踏み出せずにいた。すると、思いついたのか顔を明るくして説明する。

 

「俺の個性はな?【作製】って言うんだ」

 

「それは知ってる。警察が全部把握してたぞ」

 

「あれ?じゃあなんで…。ああ、そうかもしかして詳細は知らないのか」

 

「どういう、ことだ」

 

 伏黒は警戒しつつスマホから位置情報を送信すると出来る限り相手の手の内を明かすべく話を続ける。すると組屋は嬉しそうにしながら話を続ける。

 

「俺はクリエイターだからさ。作ったものの性質を100%引き出せるんだ」

 

 組屋がこんな風にね、と言うと顔でできたエプロンのポケットに手斧を突っ込む。するとそこから明らかにポケット以上の大きさを誇っていた手斧がポケットにおさまっていく。それを見た伏黒は目を見開き驚愕する。

 

 あり得ない。そんな四次元ポケットじみたサポートアイテムはこの世界のどこにも流通している筈がない。仮に開発されたのなら間違いなく世に知れ渡っているのだから。ならば個性?それもあり得ない。確かに組屋の個性は【作製】だが、作られる代物は装飾品などでサポートアイテムなどではないのだから。そこまで考えを巡らせると組屋の「100%引き出せる」という言葉が頭を過ぎる。

 

「お前ッ!まさか!」

 

「そう、そのまさかだ。俺が加工した奴が人間だったらな?生前そいつが持ってた個性を俺も使えるんだ」

 

 意外と加工には苦労するんだぜ?と宣う組屋を尻目に伏黒は本気で焦り始める。あまりにも悍ましい事実だ。しかしそれ以上に外付けとは言えかつてオールマイトを半殺しにし、あまつさえ今なお苛む傷を負わせたオールフォーワンと同じ個性を複数持つ人間であるということなのだから。

 

「このポケットの個性は【ワームホール】っていうんだ」

 

「俺が個性を使えない理由は?まさか【抹消】とか言わないよな」

 

「【抹消】?……ああ、イレイザーヘッドのことか。そんな高尚なもんじゃないよ。今履いてるズボンの効果だ。個性【決闘】。一対一を強いる個性だ。君の個性、呼び出して戦うタイプだもんな」

 

 最大2体の式神を呼び出して多対一に持ち込んで真価を発揮する伏黒の個性。そんな個性に対して組屋の口から出た情報は聞く限り相性最悪なものだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから対策は万全さ」

 

「聞いてた?」

 

「じゃあ、始めようか。出来るだけ動くなよ。戦いで傷がつけば作品に支障をきたすからな」

 

 その言葉と共に組屋はポケットから手斧を抜き取ると伏黒目掛けて突っ込んだ。





☆組屋の作品ポイント♡

エプロン
→個性【ワームホール】を持つイギリス人女性の体を満遍なく使った作品。バレリーナであり、在日した際に踊っていた時に姿が目に映った。美しい白魚のような肌が眩しいこともあって全身で味わいたいと考えエプロンとなった。しかし職業柄白ではダメだと判断。泣く泣く黒に染めた。繋がっている場所は工房(アトリエ)の倉庫。使い捨てのポケットを作成しており、それはたった一度だけマーキングを施した場所に繋がることができる。片手で数える程度しかないからご利用は計画的に。

ズボン
→個性【決闘】を持つ日本人の高校生の下半身と背中の皮を用いた作品。紅頼雄斗に憧れを抱き、その精神性と個性も相まって絶対に将来は憧れた人になろうと度胸と強さをつけるべく路地裏で道ゆくいかにもヤバそうな人に喧嘩を売りまくっていた。記念すべき百勝目で組屋と出会い、今や一心同体の存在となった。

手斧
→個性【??】を持つ日本人中学生の大腿骨を持ち手に刃の部分は残りの骨を1600℃で溶かして金属に混ぜ込んだ作品。個性は単純かつ低出力と没個性。そのことも相まって虐められっ子であった。そんな時に会ったのが組屋。同じ目線に立って相談に乗ってくれた彼のことをヒーローだと思っていた。そんな彼が死の間際に組屋の本性を知った時、何を思ったのか。


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職業体験、そして接敵②

 

 組屋の荒々しくも力強く振り下ろされた手斧を回避すると伏黒は鋭くかつ素早い速度で横に薙がれた棍を相手目掛けて叩きつける。しかしこれは組屋が屈んで回避される。回避して体勢が低くなった組屋は地面を背にし、地を這いながら横蹴りを放ち、伏黒はこれをギリギリで回避する。

 

 伏黒は後ろに大きく飛び退くとその場で腰を深く落とし、棍を相手に向けて警戒して組屋はニターっと笑いながらゆっくりと立ち上がり腕から力を抜きつつも伏黒から視線を切る事なく警戒を続けていた。

 

 日の当たらない薄暗くも寒気を感じそうな空間でヴィランとヒーローの卵による一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

「ハハハハハハハハ!!!本当に強いじゃないか伏黒くん!」

 

「チィッ!」

 

 呵呵大笑といった具合で大口を開けた高笑いをする組屋に伏黒は盛大に舌打ちをして応える。あれから約10分、伏黒は組屋から放たれる攻撃の数々をひたすらに紙一重で避けたり、組屋の行使できる個性の全容が把握できないこともあって展開したサポートアイテムである《如意金箍》で防御や攻撃をする事で応戦していた。

 

 ミリオとナイトアイに出会う前であった伏黒であれば慌てふためき本来のスペックを晒すことなくこの10分間で間違いなく仕留められていただろう。しかし伏黒はわずか1日と半分とかなり短い時間とはいえ学んでいた。常に視野を広く持ち死角を殺すこと、万が一予想外のことがあって難しくとも予測を忘れないことを。その甲斐もあってか伏黒は今怪我らしい怪我を負わずにいた。そして同時に伏黒は悟っていた。自身以外の要因が今の自分を無傷で済ませているのだと。

 

「どうしてだ…どうして首とかを狙わない」

 

 伏黒が思わずそう呟く。そう、組屋はあれからほとんど急所を狙わなかった。それどころか狙う場所は決まって腕や鎖骨、体のど真ん中の急所がある正中線をなぞるようにしか攻撃してこなかった。今この場で逃せば【工房(アトリエ)】の場所を突き詰められた以上、警察とヒーローが一挙に押し寄せるのは目に見えている。故に組屋が伏黒を全力で殺しにかかってこないことはあり得ないからこそ伏黒の頭から疑問が取れない。

 

「ん?だってマントを作るんだぞ?なのに素材となる場所を傷つけたら作品に影響をきたす」

 

 そんなこともわからないのか?とさも当然のように宣う組屋。それを見た伏黒は息を呑むと同時に目の前に立つ人間が相互理解不能どころか理解してはいけない類の人間(怪物)であると理解させられる。

 

「うーん、にしても伏黒くんの言う通りだ。このままズルズル長引かされても賢い君のことだとっくに救援とか呼んでるだろ?……ハァ、仕方ないか」

 

 フードは諦めよう。その言葉を吐くと同時に伏黒の視界から組屋が消え失せる。回避できたのはミリオとの特訓ではなく今いる場所の足場が滑りやすかったという理由だった。いきなりの加速に目が追いつかなかったのと喰らいつけてたと思ったら遊ばれていたという事実に怒りを覚える。何となくだがミリオを相手したことも思い出し、後ろに回り込んだと考える。そして伏黒は振り返りながら後ろに目掛けて《如意金箍》を振るう。すると

 

 ガキィィィンッ!!

 

 金属と金属がぶつかり合った音が下水道と思しき場所に響き渡る。

 

「おお!やるねぇ!指導者がよかったのか、なッ!」

 

 受け止めた伏黒に組屋は心からの称賛を送ると技など一切ない力技で競り合っていた《如意金箍》を上目掛けて弾き飛ばす。《如意金箍》が手から離れ、凄まじい力に振り回された右腕は容易く上がった。その隙を見逃す組屋ではなく、ガラ空きになった伏黒の鳩尾目掛けて空中で回転すると回し蹴りをかます。

 

「カハッッ」

 

 防ごうにも防ぐ手立てがなく吹き飛ばされる伏黒。鳩尾を蹴飛ばされ、壁に叩きつけられたことも相まって肺から空気を搾り取られたように息を吐く。頭の衝突は避けたはずが避けきれなかったのか頭が切れて頭部から血が流れる。それでも伏黒はいきなりの身体能力の向上に視野を入れて分析する。そして組屋の手に持つ手斧に目線がいく。

 

「ッ…手斧かッ!?」

 

「大ッ正解。いやー、完全にふいをついたと思ったのによく避けれたなぁ、今の攻撃。まあ、そのおかげで君の皮を傷無しで加工できそうだ」

 

 いやー、今日は運がいいなぁと宣いながら何やら物思いに耽りニヤニヤと笑う組屋。考える内容はおおよそ伏黒の及ばない下卑たことなのだろうと思いつつも伏黒は組屋に問いかける。

 

「依頼人は誰なんだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、組屋はピタリと固まり思考を解除して目線を伏黒に向ける。驚いた顔をしながら今度は組屋が伏黒に問いかける。

 

「驚いたなぁ。いつ俺が依頼受けた人間だって気がついたんだ?」

 

「ハイになって気が付かなかったのか?俺にあった直後あたりでお前『聞いてた通り』って言ってたんだぞ?」

 

「プレゼントマイクの実況かもしれないぜ?」

 

「映像越しなら見てた、だろ。人間、情報の殆どを視覚に頼ってんだから」

 

 伏黒がそう締めくくると組屋は俺の馬鹿、とだけ言うと禿げた頭をポリポリと掻く。その様子を見た伏黒は恨まれる覚えは確かにあるが命を狙われるほどか、と思わされる。が、ふとあるヒーローとの会話を思い出し考えを改める。

 

「ま、答え合わせはしねぇよ。個性無しにも関わらずここまで時間を食わさせるのは流石に予想外だった。知りたきゃ俺を捕まえてからにしな」

 

 そう言いながら嘲笑うと組屋は手斧を大きく振りかぶる。狙いは頭蓋骨。本来であれば硬い頭部を割るのは至難の業だが、今の組屋は身体能力を強化されている。手斧の切れ味も相まって何の抵抗もなくスッパリと切り分けるだろう。それは戦っていた伏黒がよくわかっていた。

 

 この状態では抵抗も出来ないし、出来たとしても【決闘】の効果で式神を引き出せない。ならばせめてダイイングメッセージを残そうかと考えるがそれを見逃すならば何十人もの人間を殺しておいてヒーローや警察から逃げ切れるはずがない。

 

 詰み、その言葉が走馬灯と共に頭を駆け巡る。リフレインするのは16年もの間生きてきた軌跡や拳藤に助けられたことやステインを通してヒーローになろうとしたこと。

 

 ではなかった(・・・・・・)

 

 思い出したのはミリオの「少し窮屈そうだ。本当の君はさ、もっと強いんじゃない?」という言葉と雄英体育祭で行った騎馬戦での出来事。伏黒は考える。何故あの時、自分は上鳴の電撃を察知できた(・・・・・・・・・・・)?、と。

 

 影に【鵺】を仕込んでいたから?それとも何度も見ていたから?いずれの考えも浮かぶがこれではないと否定して消える。そうしている間にある考えに至る。目の前に迫る絶死の一撃を前に伏黒はどうせであればと【玉犬】の構えを取る。

 

 そして組屋の身体が宙を舞った。少しの間を置いてから組屋の身体は雑に地面に着地する。

 

「あ゛?」

 

 何故、自分が今天井を見上げている?何故、今の俺の視界はドロドロに歪んでいる?何故、今俺の顎が砕けているのだ?何故、何故、何故、何故、何故。組屋の頭に無理解が支配する。

 

「ああ、こういうことか(・・・・・・・)

 

 組屋は何とか立ち上がると声のした方に目線を向ける。そこには伏黒恵が立っていた。しかしそれはあり得ない。組屋は知っているどの程度の勢いで叩きつけられれば人が動かなくなるのかを。組屋は知っている個性無しで人の膂力でここまで人が吹き飛ばないことを。組屋は知っている人間の瞳孔は間違っても縦に割れないことを(・・・・・・・・・)

 

はんは(なんだ)ほはえ(お前)

 

「ん?ああ、悪い顎砕けてるせいで何言ってるかわかんないけど俺の今の状態を聞いてるんだよな。俺の個性はさ【影絵】って言って影で模した動物を引っ張り出せるっていうものだ」

 

 伏黒は淡々と自身の個性について説明する。それは雄英体育祭を見ていた大体の人間が知っていることで今の状態を表す情報には何一つとて繋がらなかった。組屋の口からボタボタと血が流れる。そうしている間にも伏黒は喋り続ける。

 

「俺は体育祭で不思議な体験をした。それが【鵺】の出来ることが俺にも出来るようになった感じだった。初めは【鵺】の思考が流れてきたと思ったんだ。だけど個性が使えない状況になってようやくわかった。―――あの時、俺は影の中で展開した式神の能力及び性能そのものを自分に投影して引き出してたんだ」

 

 そこまで聞いた組屋は目を見開く。理解したから伏黒の言っていることを。そう仮に伏黒の言っていることが事実ならば組屋の纏うズボンの効果は何ら意味をなくす。【決闘】はあくまでも一対一を強制する結界型の個性。別に個性そのものを封じるものではない。だが、伏黒の個性は呼び出して使う類のものであったがために封じることができた。

 

 しかし今その前提は壊れて呼び出さずに性能と特性のみを引き出すことに成功していた。これでは個性を封じることができない。そんな組屋の考えをよそに黄色く染まり縦に開いた瞳孔で伏黒は見つめる。

 

「必殺、【嵌合纏(かんごうまとい)】。…即興にしてはいい名前でいい出来だな。さて、じゃあやるか」

 

 そこまで伏黒は言うと組屋の視界から消え失せる。先ほどとは真逆の状態になりながらも長年培ってきた経験を活かし止まってはいけないと判断した組屋はその場から離れるように飛び出す。が、

 

「遅いな」

 

「〜〜〜ッ」

 

 伏黒からは逃げられなかった。伏黒の発動させた【嵌合纏】。その対象となった式神は汎用性が高く、最も足の速い【玉犬】だった。【玉犬】の最高速度はOFAの40%ほどに及び下手な増強系よりも遥かに早く、緑谷との模擬戦でも余裕を持って翻弄できたほどだった。そんな速度を持つ【玉犬】相手に緑谷のフルカウルに並ぶ程度の速度しか出せずその上、手負いの輩が振り切れるはずもなく。

 

「堕ちろ」

 

 【玉犬・渾】に似た形に変貌を遂げた伏黒の手が組屋目掛けて振り下ろされる。咄嗟に手斧でガードするもそれは紙屑のように容易く砕かれ、防御の意味をなさないまま組屋は地面に叩きつけられる。

 

「〜ッ!〜〜〜〜〜ッッッッッ!!」

 

 顎が砕けた影響で満足に話すこともできずに地面にもがく組屋。その上に跨るようにして伏黒は着地する。

 

「動くな。動いた瞬間、攻撃する」

 

「――――――」

 

 伏黒の言葉に組屋は停止する。伏黒の言葉、そして目に宿る力からは嘘の気配を感じなかったから。だからこそ(・・・・・)組屋は伏黒の忠告を無視してポケット目掛けて手を伸ばした。忠告を無視した相手に伏黒は迷うことなく拳を振り下ろそうとする。しかし、瞬間的にある考えが頭を過ぎる。

 

 それは今の自分がどの程度の力で殴れば相手は死なないで済むかということだ。今の伏黒はあくまでもヒーロー。目の前のヴィランのように人を殺す存在ではない。そしてこの逡巡は五体を強化された相手にとってあまりも隙だらけな状態だった。

 

 ポケットから居合い抜きの要領で植物の実を連ねた形によく似た刃紋の嶺部分がやや大きく膨らみ、膨らみ部分に穴の空いた太刀を抜く。咄嗟にその場から飛び退き伏黒は攻撃を回避する。目の前には野太刀を持った組屋が目を血走らせながら荒い息で見つめていた。

 

 今まさに組屋が手に持つ武器こそが組屋鞣造の傑作である野太刀『竜骨』。2人の人間を惜しみなく使い個性の複合に成功させた唯一の作品。

 

「この状況で取り出したってことは、それが虎の子ってことでいいよな」

 

 伏黒の問いに組屋は砕けた口からヒュー、ヒューと息を漏れ出す。砕けた顎をカバーしていた手を外して両手で持つと剣先を伏黒の左拳に向けた所謂、平正眼の構えを取る。これが最後の一撃だと察する伏黒はそれに対して左手を前に出し、右手を後ろに引いた構えで左足を前に出し、右足を後ろに引いたボクシングにおけるオーソドックスな構えをして迎え撃つ。

 

 初手は余裕がなく早期な決着を望む組屋からだった。作品のことなど忘れたかのように伏黒の心臓目掛けて突きを放つ。それに対して伏黒は『竜骨』の刃の腹部分にパリィの要領で拳で叩き軌道を逸らし、組屋の顔目掛けて残しておいた左の拳を叩きつける。

 

 しかしそれを組屋は大きく上体を逸らすことで回避。そして伏黒はよろける組屋に迷うことなく攻撃を続ける。それを全てすんでのところで受け続ける組屋。その後も武器の大振りの一振りを回避したり、伏黒の蹴りを野太刀の腹の部分で塞ぐなどの攻防が7度ほど続き、強めに組屋の攻撃を弾いた伏黒が加減の感覚を覚えこの一撃で意識を刈り取ろうとした瞬間。組屋は後ろを向き(・・・・・)峰部分からジェット噴射のように飛んで逃げ出した。

 

 これこそ『竜骨』の能力。『竜骨』で受けた衝撃を蓄積し、使い手の意図に合わせて蓄積した力を峰から放出するというもの。本来であれば相手の攻撃を『竜骨』で受け続け、タイミングを図ってカウンターを放つ武器なのだがこれ以上の戦闘は危険だと判断した組屋は逃げのために使用した。突然の出来事に伏黒は驚きつつも呆れながら止まると一度【嵌合纏】を解除してすぐに再度発動させる。

 

 それを見た組屋は警戒しつつも逃げ切れる確信を抱く。この下水道は組屋にとっておおよそ10年近い付き合い。どこに逃げればどこに繋がっているのか全て把握している。自身の傑作をこんな形で使うという事実に悔しさを感じる。しかし今はとにかく扉を潜ればこちらのものだと思い、『竜骨』の推進力を利用しながら移動する。目の前に扉が見え始め自身の逃げを確信する。

 

 しかしその確信を否定するのは組屋の体に走る電流だった。

 

「はひゃッ?」

 

 間の抜けた声が組屋の口から漏れ出ると同時に『竜骨』を手放し、手放された『竜骨』があらぬ方向に飛び出していく。再度無理解が組屋の頭を支配するとその答えを持った伏黒が歩み寄る。

 

「俺の持つ《如意金箍》はただの棍ではない。これには特殊なギミックがあって【鵺】の電気を貯蓄出来る。【鵺】の体力不足で電気の生成が出来なくなった時に帰還電撃で引き戻して回復させるためにな。まだ試作ってこともあってそこまでの威力はないが―――帰還電撃の延長線上にいた奴の不意をついて痺れさせるくらいの威力はあるさ」

 

 伏黒の言葉に組屋は首だけを動かすと目線を吹き飛ばしたはずの棍へと向ける。その間に伏黒は鳥類に似た手を人と犬の合いの子のような手に変えると組屋の首を掴んで持ち上げる。

 

「あんだけ好き勝手やったんだ。なのに今になって怖くなったから逃げたいです、ってか?

 

 ―――舐めるのも大概にしろよ

 

 伏黒の顔と声が怒りに染め上がる。そうして伏黒は拳からギチギチと音が鳴るほど握りしめると組屋の首から手を離す。涙を流して口から掠れた呼吸音を流しながら一瞬の間だけ宙を漂う味わう組屋目掛けて拳を叩き込んだ。4、5メートルほど地面と平行飛んだ組屋は何度かバウンドして体を壁に叩きつける。

 

 そうして動かなくなった組屋の呼吸音を【嵌合纏】で強化された聴覚で聞き取ると腕のリストバンドと思しきリングから仕込んであったワイヤーを取り出すと伏黒は授業で習ったように縛り上げる。

 

 縛り上げて行動が完全に停止したのを再度確認。するとアドレナリンが解けて気が抜けたのか【嵌合纏】が勝手に解除されて伏黒はその場に座り込む。

 

「嗚呼、しんど……」

 

 ―――組屋鞣造(クリエイター)vs伏黒恵(シャドウシュピール)

 

 勝者、伏黒恵(シャドウシュピール)





嵌合纏(かんごうまとい)
→影の中で展開した式神の能力及び性能そのものを引き出すことのできる能力。例えば影の中で【玉犬】を展開して嵌合纏を発動させると【玉犬】の持つ固有の能力とフィジカルを伏黒に投影し、まるで伏黒が【玉犬】になったかのような性能となる。


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接敵、そして因縁①

 

 疲れが体を支配する中で伏黒は何とかミリオかナイトアイに合流しようとその場から脱出しようと思考を巡らせる。すると、

 

 ガタッ

 

 近くで物音が鳴る。それを聞いた伏黒は体に力を入れ直し、立ち上がると【玉犬】を展開する。連続使用や怪我のこともあり、伏黒の頭の奥がズキズキと痛む。しかしそれを無視して進むと豆腐型の小部屋が存在していた。

 

工房(アトリエ)……」

 

 ふと、伏黒の頭に組屋の言っていた工房の存在が過ぎる。まさかと思いながら扉を開ける。中からは強烈なまでの死臭と血生臭い匂いが解き放たれる。思わずえづきそうになるのを必死に堪えながら見渡す。中にある人の体で作られた様々な作品の数々。人の脊髄で出来たハンガーラック、人の皮膚をつぎはぎに繋ぎ合わせて作った布団、人の顔を集めたようなフェイスマスクなど趣味の悪い品々に伏黒は顔を顰める。

 

 するとこのキツイ匂いが入り乱れる中もあり少しだけ時間が掛かったが【玉犬】が音の主を見つけたのか大きく吠える。吠えた方向に伏黒が《如意金箍》を展開しつつ進むとそこには頭の上には輪っかがあり、背中には羽を生やした全身真っ白な少女がいた。一瞬、組屋の共犯を疑ったが服や肌、髪の荒れ具合から組屋に攫われてから何日も時間が経っていることがわかるとそれはないと判断した。

 

 伏黒が一歩詰めるとビクッと体を震わせる。それを見た伏黒はあの組屋といたという事実を思い出し、怯えさせない為にも一度歩くのをやめた。伏黒はどうしたものかと頭を掻く。

 

 「怪我はないか?」いや明らかに憔悴しきった人間が答え切れるとは思えない。子供ならば尚更。「他に敵はいないか?」いやこれはない。【玉犬】には周囲を警戒させてるし、なにより怯えた子供に対して言うセリフではない。

 

 あーでもないこーでもない、と考えているとふとある台詞が浮かぶ。伏黒は自分がこんな台詞を吐く日が来るのかと少しだけ自嘲すると出来る限り安心できるように微笑み、

 

「もう大丈夫、悪い敵はいない。何故って?俺が来た」

 

 某平和の象徴と同じ言葉を言って目線を合わせるためにも屈んで手を差し伸べる。目を大きく広げた少女は初めこそ警戒していたがヨロヨロと立ち上がり、おぼつかない足で伏黒の元へ歩く。少しして手と手が触れる距離まで近づく。そしておずおずと手を伸ばして伏黒の手を掴む。それが限界だったのか少女の目からボロボロと涙が溢れ始める。そんな少女を伏黒は引き寄せて抱きしめると安心しせるように背中を軽く叩く。

 

 

「本ッッッ当にごめん!!」

 

 病院に入院して見舞いに来たミリオの第一声がこれだった。

 

 あの後、泣き止んだ少女と共に伏黒は少しの間だけ休憩すると展開していた【玉犬】を用いて外に出るルートを探していた。幸いにも組屋は基本的に徒歩で外に出ていたこともあって組屋の匂いを辿っていれば外に出るのは容易だった。怪我もあって抱えるのが酷く苦労がいったが、距離はそこまでなかったこともあり凡そ10分程度で脱出できた。

 

 その後、伏黒はミリオ、もしくはナイトアイと合流すべく。ミリオの匂いを辿っているとそれよりも先にバブルガールと出会う。手を繋がれた少女と頭から血を流す伏黒を見て絶叫すると手慣れた様子で救急車を呼び出し、そしてその後すぐにミリオとナイトアイに連絡を入れる。

 

 すると救急車が来るよりも早く普段から浮かべていた笑みの消えたミリオが「伏黒くん!」と焦燥に塗れた声で伏黒に駆け寄る。そしてバブルガールと共に伏黒の怪我の処置と伏黒が保護をした少女のメンタルケアを行った。それから5分程度で救急車が来ると伏黒は近くの病院へと搬送され、今に至る。

 

「別にいいですよ。生きてるんですし」

 

「完全に俺の落ち度だ。ハッキリ言ってヒーロー免許を取り上げられても何の文句も言えない」

 

「本当に大丈夫ですよ。こういう職業だっていうのは俺も十分に理解してますから」

 

 伏黒の言葉にミリオは再度申し訳なさそうな顔をすると「すまないッ」と言いながら再度頭を下げる。今の伏黒に怪我は一つも見当たらない。別に組屋の攻撃が大したことなかったというわけではない。組屋の手斧を用いた連続の攻撃は腕に負荷を与えて捻挫させていたし、回し蹴りをモロに食らった胸部は骨が折れていた。頭を強く打ったこともあって危ないのでは?という声も上がったほどだ。

 

 今完治している理由は単純。運良く緊急搬送先に出張中のリカバリーガールがいたから。ただそれだけである。ミリオに頼み込まれてきてみると伏黒が頭に包帯を巻きながらベッドで横になっていたのだ。それを見たリカバリーガールが個性【治癒】を発動させて伏黒の怪我を完治させる。怪我の度合いも普段からバカスカと腕を壊滅的なまでに壊している緑谷と比べれば低く、今日にでもすぐに退院できるとのことだ。

 

「サーももうすぐ来る。今は体を休めなよ。ああ、そうだ。聞きたいことがあるなら今答えるから聞いてみな」

 

「そうですね…。ああ、そう言えばあの子は大丈夫ですか?」

 

「あの天使っ子?」

 

 伏黒が気になることといえば伏黒自身が保護したあの少女のことだった。組屋が世話していたのかこれといって栄養失調の気配は見られることはなかった。

 

 しかしそれでもヒーローの卵でもある伏黒が心の底から嫌悪できた異常者と一緒にいた事実がある以上は精神的に何かしら病んでいてもおかしくはなかった。伏黒の心配を察したのかミリオは安心させるように話す。

 

「体の方は大丈夫。だけど心の方は大丈夫とは言い難いかもね。明るい子だったらしいけど少し怯えてポツポツとしか話せてないからね。でも今は誇れ、シャドウシュピール!君のおかげで1人の少女の命が救われたのだから!」

 

 肩を叩きながらそうにこやかに話すミリオ。それを受けた伏黒は「はい」とだけ言って頷くとミリオは満足そうにその場から離れる。そしてそれと入れ替わるようにナイトアイが病室に入る。

 

「…怪我は大丈夫そうだな」

 

 伏黒の体を見渡すと少し間を置いてナイトアイがそう呟く。そんなナイトアイに対して伏黒はその場で頭を下げた。

 

「…なんの真似だ」

 

「すみません。ミリオ先輩の許可があったとはいえ指示を破って個性の使用に踏み切ってしまいました」

 

「状況が状況だ。謝ることじゃあない。それに倒せたのだ今は誇れ」

 

「運が良かっただけですよ」

 

 ナイトアイは誇れと言うが伏黒は運が良かったと自嘲する。伏黒の言葉は事実だった。組屋蹂造は強い。現場で叩き上げられてきたプロのヒーローを10名以上も殺しているのだから。間違っても強化されていたとはいえ怪我を負った伏黒が勝てる相手ではなかった。

 

 勝てた要因はひとえに組屋が伏黒を侮ってたこと、その侮りをついた一撃で顎を砕いたことで動きに制限をかけたこと、そして伏黒のいきなりの強化されたことで混乱したこと。これら三つの要因が揃っていたからこそ伏黒は組屋に勝てたのだ。もし初手で握ってたのが手斧ではなく『竜骨』だったら何もできないまま膾切りにされていた。

 

 万が一、この三つの要因のうち一つでも欠けていたら伏黒は間違いなく屍を晒していた、そう確信できるほど切迫していたのだ。

 

「あの時は2人が来るまでの間逃げに徹していれば良かったのかもしれません」

 

 伏黒がそう締めくくるとナイトアイは眼鏡から下の顔を片手で覆うとフーッと息を吐きながらゆっくりとおろしていく。そして少し俯いたかと思うと。

 

「貴様は阿呆か?」

 

 迷うことなく呆れたように伏黒に対してそう告げた。

 

「は?」

 

 思わぬ言葉に呆気に取られる伏黒。それなりに叱責を受ける覚悟はしていた。結果的に少女は助かったがそれはあくまで結果的に(・・・・) 、だ。最悪の場合、2人仲良く死んでいたことだって十分にあり得たのだから。

 

「ここまで堅物とは思ってもみなかった。そこそこ下に見てたからな、普通は『見返してやったぞ、参ったか』くらいは言われると思ってた」

 

「自覚はしてたんですね」

 

「まぁな」

 

 伏黒はナイトアイが思ってる以上にいい性格をしているなと思わされる。今の今までの伏黒を甘く見ていたような言葉が意図的に言っていたのだから。

 

「意外と必要なのだぞ?それに私はヒーローだ。道行人々もそうだが君のようなヒーローの卵を守ることを仕事としている。故に今回は無茶な真似は避けてもらって知ってもらう必要があったのだ。ヒーローとは何なのかを。だがしかし私が言うまでもなくヒーローが何なのかを君は知っていたらしい。すまない伏黒恵。私の目は未来を見通せても節穴だったようだ。―――君は既に立派なヒーローだよ」

 

 以前は気がする程度だった笑みも今回は伏黒がハッキリとわかるほど綺麗に笑うナイトアイ。それを聞いた伏黒は今までの行動は無駄ではなかったと知り胸の奥が少しだけ熱く感じた。そしてミリオの以前言っていた『過程』の意味を少しだけ理解できた。

 

「さて。これからお前には二つの選択肢がある。一つ目はこのまま病院でゆっくり休むこと。私はこれをお勧めする。体力の消耗が少なく怪我も完治したとはいえ怪我した事実には変わりないからな。二つ目はこのまま活動を続行し今回緊急で入った仕事の手伝いをする。後者は流石にアシストを頼むが、あまりお勧めはしない。案件が案件だからな」

 

 ナイトアイは指折りで数えて今後の方針について話を始める。伏黒はそれを聞きながら少し考えるとなんて事はなさそうに答える。

 

「後者の方で」

 

「…何故だ。経験ならば今回の一件で十分過ぎるほど得たはずだ」

 

「それでもなんて言いますか。生まれて初めてヒーローっていうのを実感できた。それを忘れないうちに体に覚えさせたいんです」

 

 伏黒の言葉にナイトアイは「ハー…」とだけ息を吐くと立ち上がって今後の展開を話し始める。

 

「お前の気持ちはよくわかった。今日はもう休め。事務処理などな私たちで終わらせる。そして明日、私たちは保須市へと向かう」

 

「保須市……。ッ、それってまさか」

 

「ああ、ヒーロー殺しについてだ」

 

 その言葉を聞いた伏黒は錆びつき刃こぼれが酷い刀とサバイバルナイフを持って立つステインの姿を思い出す。自身がヒーローを志すきっかけとなった因縁の相手を思い出して、背筋に緊張が走る。それを見たナイトアイはこれ以上励ましとかの言葉はいらないと判断してその場を後にすべくドアに手をかける。そしてふと思い出したかのように振り返る。

 

「忘れていた。お前宛に伝言だ」

 

「伝言?」

 

「ああ、あの少女からだ」

 

 思い出すのは憔悴しきって言葉も辿々しくしか話せない少女の姿。痛ましい姿で話すのにはもう少し時間がかかるのは明白なはずだった。それなのに話せたことに伏黒は疑問を抱き、その伏黒にナイトアイは告げる。

 

「『助けてくれてありがとう、ヒーロー』だそうだ」

 

 なんて事はない言葉の筈だった。助けられたからそれに相手は答えたただそれだけなのに。

 

「その気持ちを忘れるなよ。シャドウシュピール」

 

 そう言うとナイトアイは今度こそその場から去って行った。伏黒は自分が『生き甲斐』というものとは最も縁遠い人間だと思っていた。だけど何故だか頭にありがとうの言葉が過ぎると酷く胸が高鳴る。伏黒はそんな思いを胸に秘めながらしばらくすると疲れもあり眠りについた。

 

 

 あれから1日が経過して職場体験3日目に突入。リカバリーガールから「あんまり無茶すんじゃないよ」と言われた伏黒も体の倦怠感も取れて万全の状態に戻った。それを見たナイトアイも問題ないと判断したのか保須市へ行くことを許可した。

 

 電車に揺られながらナイトアイとバブルガールとミリオと伏黒、そして死穢八斎會の件で一時的にナイトアイの事務所から離れていたムカデの個性を持つセンチピーダーたち5名で保須に向かっていた。道中で過去にヒーロー殺しと接敵したことのある伏黒が注意しなければならない事や戦闘スタイルについての説明をしている間に保須市に到着した。

 

「おっしゃあ!到着したぞ〜、保須市ー!」

 

「ルミリオン先輩。落ち着いてください。みんな見てます」

 

 到着早々、世界の果てまで行ってきそうな番組なやるようなテンションではしゃぐミリオを伏黒は諌める。

 

「シャドウシュピール。お前は今回は私と回るぞ」

 

「わかりました」

 

「それじゃあ、その前に手を出せ」

 

 ナイトアイが今回は伏黒と共に行動するようにと命令し伏黒がそれを承諾すると手を出すように命じる。不思議に思った伏黒は首を傾げるも悪いようにはされないと思い迷う事なく差し出す。すると伏黒に触れたナイトアイの瞳が黄色からまるで精密機械を思わせる紫色の複雑な機構のように変わる。

 

 それを見た伏黒はナイトアイの個性の発動条件が触れる事だと理解する。そして触れたナイトアイは驚愕したように目を見開くとフーッと言いながら眉間を揉みほぐす。

 

「? どうしたんですか?」

 

 まだ会って数日とはいえ普段は見ないような顔をするナイトアイに困惑する伏黒。そんな伏黒にナイトアイは呆れたようにため息を吐きながら一言。

 

「なんだお前は。厄日ならぬ厄週か?」

 

「はぁ?」

 

 そう呟くナイトアイにどういうことかと聞こうとした瞬間、急にスーツ型のコスチュームの懐に腕を突っ込み何やら指程度の大きさの何かを何もない場所に投擲した。この意味もない行動の結果は、

 

「ぽきゃぁ!?」

 

 空から降ってきた何かに直撃することとなった。伏黒が声のした方に目を向けるとそこには脳をむき出し、灰色の肌をした怪物がそこにはいた。そして伏黒の頭をよぎるのは学友の情報。聞いていた姿と多少誤差はあるものの間違えようがない。

 

「脳無!」

 

 あの日、雄英のUSJを襲撃しオールマイトをも追い詰めてみせた個体と瓜二つな存在がそこにはいた。

 

 ドゴォォォォォン!!!

 

 伏黒の戦慄とした声とほぼ同時に爆音が鳴り響く。5人が音のした方角を見ると、建物の間から放たれる炎の赤い輝きとそれに伴う煙が立ち昇り、そのすぐ近くで羽を生やした脳無やUSJのタイプと同様に黒い肌の脳無と数体の脳無が暴れているのが確認された。

 

「サー!」

 

 それを見たミリオは駆け寄るのではなくナイトアイに指示をよこすように名前を呼ぶ。それを聞いたナイトアイは各自の行動に指示を出す。

 

「わかっている。予定変更だ!私はここにいる脳無の相手をする!バブルガール、お前は怪我した人間の搬送及び私のアシストを個性を使って撹乱しろ」

 

「わかりました!」

 

 バブルガールには自身の援護を。

 

「センチピーダー、お前は民衆に避難勧告を。それが済んだら他のヒーローと連携して戦え」

 

「わかりました」

 

 センチピーダーには避難勧告兼、他の場所での戦闘を。

 

「そしてルミリオン、お前は前回同様伏黒と共に行動しろ。かなりの苦難が待ち受けているが前回みたいにしくじるなよ」

 

「了解!」

 

「シャドウシュピール、聞いての通りルミリオンと行動しろ」

 

「わかりました」

 

 ミリオと伏黒には前回同様に共に行動するよう指示を出す。

 

「いい返事だ。では、行け!」

 

「「「「了解!」」」」って、そうだナイトアイ!脳無は!」

 

 ナイトアイがそう締めくくるとその場で行動しようと解散していく4人。その直前に伏黒は足を止めて脳無の詳細について説明しようとする。が、

 

「必要ない」

 

 そう言いながらナイトアイは突っ込んできた脳無に対して堂々と構える。あわや直撃すると思われた瞬間、跳躍し突き出された腕に手を添えて飛び乗ると再度跳躍。そして相手の剥き出しの脳目掛けて印鑑のようなサポートアイテムを投擲する。それを喰らった脳無は凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。

 

 それを見た伏黒は目を見開く。そんな伏黒にナイトアイは顎をクイッとだけして行くように再度指示する。伏黒はその指示に従うと少し前で待ってたミリオの元へと向かう。

 

「なんですか?アレ…」

 

 脳無と互角以上に戦うナイトアイ。それを見た伏黒は驚愕を禁じ得ない。ミリオの師匠な以上は強いとは間違いなく思っていた。しかし、ああも洗練された動きを見せられるほどの高い戦闘能力があるとは思わなかった。

 

「ん?【予知】だよ?って、アレ?知らなかった?」

 

「いや、知ってはいますけど。アレの発動条件って多分触れることですよね?一発目は明らかに未来視の個性を発動させていなかったのにああも綺麗に避けられるもんなんですか?」

 

「そりゃあ、サーだぜ?俺の師匠なんだ。やれて当然だとも」

 

 伏黒の疑問に目を閉じながらどこか誇らしげにそう語るミリオ。そんな言葉に伏黒はどこか納得するとミリオと共に走ってこの戦闘に巻き込まれた人々を助けに向かう。

 

「怪我はなさそうですが、痛むところはありませんか?」

 

「な、ないですぅぅ」

 

「でしたら、向こうで人を先導してるスーツ着たムカデの人の指示に従ってください」

 

「わ、わかりましたぁぁ」

 

 いきなり巻き込まれて興奮してるのかどこか涙声になっている妙齢の女性にヒーローの指示を仰ぐように指示を出す。それを聞いた女性は立ち上がると念の為にと伏黒が出しておいた【玉犬】と共にセンチピーダーの元へと向かった。

 

 伏黒は他にも怪我した人間、もしくは巻き込まれそうな人間がいないかを見渡す。すると意外なことに逃げ惑う人は多くても巻き込まれた人はあまりいない。上空から【鵺】に確認させるが怪我人などが確認できないのがその証拠だ。他のヒーローも集まり始め脳無との戦闘が激化する。そんな中で【鵺】に援護させている間にどうしたものかと考えていると、

 

「伏黒くん!?」

 

 聞き慣れた声が伏黒を呼び止めた。声のした方を見ると見慣れないコスチュームを着こなす緑谷がそこにはいた。

 

「緑谷!?なんでここに!」

 

「なんでも何も新幹線に脳無が突っ込んできてグラントリノに置き去りにされたからついてきたんだ!」

 

 まさかの学友との再会に伏黒は驚いていると他のヒーローから警察の避難勧告に従えと命令される。一先ずは指示に従いつつ、出来うる限りの行動を取ろうと考えていると。

 

「飯田くん、なんでこのタイミングでいなくなっちゃうんだ!」

 

 消火栓から溢れ出す膨大な量の水を操るヒーローが聞き覚えのある名前を半ば絶叫に近い声で叫ぶのが聞こえた。それを聞いた伏黒の頭を巡る『ヒーロー殺し』、『保須市』の単語。考え得る限り最悪の答えが伏黒の頭に浮かぶ。伏黒の隣からブツブツと何か呟く声が聞こえてくる。

 

「緑谷!」

 

「うん!わかってる!」

 

 伏黒が緑谷の名を呼ぶと緑谷も同じ考えに至ったのかより自然にフルカウルを起動するとすぐさまスマホを同期させて伏黒に自分の居場所を知らせるようする。一連の行動を行なって緑谷はそのまま飯田がいる確率の高い場所目掛けて走る。

 

「ルミリオン先輩!」

 

「なんだい、シャドウシュピール!」

 

「今から友人の飯田を緑谷と共に助けに行きます」

 

「そうか!…って、ハイィィィ!?」

 

 伏黒の言葉に思わず先頭の手を緩めて振り返るミリオ。昨日あったことも考えるとそれを許すわけにはいかないと伏黒に物申すべく注意しようとする。しかし、伏黒と目が合い文句を言ったところで聞かないと確信したのか大きくため息を吐く。

 

「安全第一!それが絶対の条件だ!」

 

「ありがとうございます」

 

「ああ、もう!本当に気をつけろよ!?今ここにルミリオンの名において伏黒恵!君の個性の使用を許可する!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、少し前に最後の被害者の避難を完了させた【玉犬】を解除すると【嵌合纏(かんごうまとい)】を起動させ、スマホを見ながら緑谷のスマホのGPSを頼りに追うためにその場を離れる。4、500メートル先にいる緑谷の元に秒で駆けつける。

 

「ふ、伏黒君!?何その姿、っていうか速っ!」

 

「今言うことかそれ?というか何してんだお前」

 

「え、ああ、うん!ヒーロー殺しの被害者の六割は人気のない街の死角で行われてるんだ。だから今、騒ぎの中心からノーマルヒーローの事務所辺りの路地裏を虱潰しに調べてるんだ!」

 

 緑谷の言葉に驚愕する伏黒。確かに伏黒もアレからヒーロー殺しについて調べ続けていたからヒーロー殺しが高頻度で路地裏を殺傷する場所に使うことは知っていた。それはひとえに伏黒にとってヒーロー殺しが因縁とも言える相手だったからだ。しかし、緑谷は違う。友人の兄の仇という縁遠い存在にも関わらずここまで詳細にヒーロー殺しのことを知っていたのだ。

 

「大丈夫だ。ヒーロー殺しと思しき奴は見つけた」

 

「え、どうやって!?」

 

「今の俺は【玉犬】のスペックをそのまま引き継いでる。【玉犬】の鼻と耳はいいからな。血の匂いも鉄がぶつかり合う音もしっかり聞こえてくる」

 

 緑谷の情報通に戦慄しながらも伏黒は発見したことを告げると今度は緑谷が驚く番となった。それを見た伏黒は「先に行く」とだけ告げると音と匂いの発生源へと駆ける。そして路地裏に差し掛かると。

 

「じゃあな、正しき社会の供物」

 

 そう言いながらインゲニウムによく似たコスチュームを着た男にトドメを刺そうとするヒーロー殺しが目に映る。それを見た伏黒は半ば反射のようにヒーロー殺し目掛けて跳躍し、殴り飛ばす。

 

 拳に感じる肉の感触と共にヒーロー殺しは吹き飛ぶ。それを飯田が呆然と見つめる中、伏黒は

 

「月並みな言葉だが、飯田。助けに来たぞ」

 

 そう告げると上がる土煙の中で立ち上がるヒーロー殺しを警戒し続けた。



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接敵、そして因縁②


今更ですが評価の投票数100突破、ありがとうございます。


 

 

 約一年越しの再会。そんな久々の再会に伏黒が思ったのは懐かしさや飯田の安否もそうだがそれ以上に『強い』、その一言だった。【嵌合纏(かんごうまとい)】を発動させた伏黒の一撃は重い。それは五体を外付けの個性で強化された組屋蹂造の顎を叩き割り、殺さないようにと気をつけながらも強めに殴ったら4、5メートルも飛ぶほどに。

 

 確かに伏黒の一撃はヒーロー殺しの顔面を捉えていたし、現に吹き飛びもした。だが、伏黒は先ほど放った一撃が完全に決まってないことを理解していた。それは何故か、軽かったのだ異様に殴り飛ばした際に感じたヒーロー殺しの身体が。本来ではあり得ない感触に伏黒は心当たりがあった。

 

化勁(かけい)か」

 

 相手の一撃をこちらの触れた接点でもって、相手と一瞬にして同化することで吸収するか、あるいはその一撃の方向性を逸らし、攻撃の軌道を変化させてやることで敵の技を無効にし反撃に繋げる高等テクニック。それだけで流しきれなかったからなのか大袈裟に後ろに飛ぶおまけ付きで完全に伏黒の一撃を殺し切った。何年か前に拳藤が使用していたのを思い出す。

 

「その声、ハァ…誰かと思えば伏黒か」

 

 ユラリと幽鬼のように土煙から姿を現すヒーロー殺し。やはりというかなんというか拳がぶつかったと思わしき跡はあっても怪我らしい怪我はまるで見られなかった。

 

「覚えてたようで何よりだよ、ステイン」

 

「ごめん!遅れた伏黒君!って、飯田君!」

 

「ハァ…増援か。面倒な」

 

 ヒーロー殺しが伏黒の手札を把握しているからなのか歩いてくる。それと同タイミングで緑谷が駆けつける。それを見たヒーロー殺しは警戒からか立ち止まると半歩下がって様子を見る。怪我人が2人いる以上、気をつけなければいけないことが3倍に増えていて流石にどうしたものかと迷った矢先に緑谷の登場は伏黒にとってありがたいものだった。

 

「それにしても『助けに来た』、か。随分とヒーローらしいセリフを吐く様になったじゃあないか。だがお前も知ってるだろ、伏黒。俺はそいつらを殺す義務がある」

 

「クソみたいな義務だな、オイ」

 

「そう言うな。一年前も教えた筈だしお前も知ってる筈だ。世の中にはヒーローを名乗ること自体が恥である存在にも関わらず嬉々として名乗ってくる害悪な存在がいる、と。だが、お前はそれでも俺の道を阻もうとする。王道なヒーロー精神大いに結構。だがな意思と意思がぶつかり合うんだ、そうなれば当然」

 

弱い奴が淘汰される訳だ、さぁ、どうする

 

 その一言で締めくくると同時に放たれるのは一年越しに感じるヒーロー殺しの殺気。緑谷の体から汗が吹き出し、伏黒は背筋に氷柱を突っ込まれたと錯覚するような冷たい感覚が全身を走る。変わらない。この目の前の男は過去も現在もそしてこれから様々なことが起こるであろう未来でもこの信念を捻じ曲げることはないのだろう。それを理解した伏黒と緑谷は拳を構えて迎撃の準備をする。すると後ろから飯田の声が響く。

 

「逃げろ!君たちにはなんの関係もない筈だ!」

 

「少し黙ってろ」

 

「そんなこと言うなよ…それにそれを言ったらヒーローは何もできないじゃないか!」

 

 飯田の言葉に伏黒と緑谷はそれぞれの意見を発することで断る。今の伏黒と緑谷の勝利条件は後ろにヒーロー殺しの個性によって身動きが取れなくなって転がる2人をカバーしつつエンデヴァー、ナイトアイなどの戦闘能力が高く対人戦に秀でたヒーローと接触すること。欲を言えば今この瞬間でヒーロー殺しを退ける。

 

「それに困っている奴がいたら手を差し伸べるのは当たり前だ。俺たちはヒーローなんだから」

 

「伏黒君の言う通りだ。それにオールマイトも言ってた、お節介はヒーローの本質なんだって」

 

 前傾姿勢になって構える伏黒とニッと笑いながらファイティングポーズを取る緑谷は各々の意見を述べる。それを聞いたヒーロー殺しは酷く喜ばしそうに笑うと

 

「ハァ……良い!」

 

 予備動作がまるで感じられない不可思議な動きで緑谷との間合いを詰めると刀を大きく振るう。

 

「なぁッ!?」

 

「【脱兎】!緑谷を弾け!」

 

 驚く緑谷を伏黒は【脱兎】を緑谷の足元で呼び出すことで緑谷は押し出される様な形で空へと弾き飛ばされる。何体かの【脱兎】は切り裂かれ影に戻ったものの群にして個である【脱兎】にとって痛手たり得ない。気にせずに突っ込む伏黒に緑谷へ切りつけた刀をすばやく翻して切りつけようとする。が、何かに引っ掛かったように動かなくなる目線を向けると刀にへばりつく複数体の【脱兎】がいた。ヒーロー殺しは咄嗟に武器から手放し、他の武器を取り出そうとする。

 

 しかし、それよりも早く伏黒と空に飛ばされた緑谷が一撃を放つほうが早かった。ヒーロー殺しがニヤリと笑いながら伏黒を見つめる間に両者の攻撃がヒーロー殺しをとらえた。今度こそ直撃して仕留めたと確信する2人。

 

「やるじゃないか2人とも」

 

 そんな考えを嘲笑うかの様に左手で緑谷の右手で伏黒の攻撃を受け止めるヒーロー殺しがそこにはいた。

 

「「は?」」

 

 思わず呆然としてしまう2人。確信していた。個性があくまでも拘束系であって増強系ではないヒーロー殺しがこの一撃を止めることが出来ないと。喰らえば気絶、あまくても確実に身動きに制限をかけられると。だが、現実は攻撃を容易く受け止めるヒーロー殺し。何事かと伏黒は考えながら視線が足元へと向かう。そこにはバキバキに割れたアスファルトが目にうつる。そして頭をよぎる化勁の2文字。

 

 そんな2人の生まれた隙を歴戦のヴィランであるヒーロー殺しが見逃す筈がなかった。まず左手で緑谷の腕を掴み経穴を突くと痛みで硬直する緑谷を伏黒目掛けて投げつける。伏黒は緑谷を咄嗟に受け止める。

 

 そうして両手の塞がった伏黒目掛けて舌根と雁上を、痛みと投擲によって身動きの封じられた緑谷に目掛けて稲妻と夜光と伏兎。それぞれ急所に当たる五箇所を両手で的確に撃ち抜く。痛みが全身を駆け巡り受け身も取れないまま地面に叩きつけられた2人は悶える。とりわけ伏黒よりも一発多く急所を打ち抜かれた緑谷はその場で吐瀉物を吐き散らかす。

 

 威力が高かったわけではない。組屋の一撃に比べれば雲泥の差だ。しかしそれでも鋭さと狙われた場所があまりにも違いすぎた。結果、個性を使わずしてヒーロー殺しは緑谷と伏黒の動きを封じるのに成功した。

 

「確かに悪くない一撃だった。だが、緑谷だったか?伏黒はまだしもお前の一撃は軽すぎる。それに2人ともその技を習得したのはかなり最近だな。ハァ…付け焼き刃な分、直線的で読むのは容易かったぞ」

 

 なんて事はなさそうにそう語るヒーロー殺しに伏黒と緑谷は絶句する。そうじゃないと。

 

 明らかに決まった一撃だった。オールマイトでもよろける程度には。にも関わらず目の前のヴィランは少し手をグッ、パーと握りを確認するだけでなんの痛手も負っていない。ここまで強くなかった筈だ。伏黒のそういう考えに気がついたのかヒーロー殺しは呆れた様に話す。

 

「1年間で強くなったのは自分だけだとでも?ハァ…甘いな、甘すぎる。確かに個性がバレて戦いづらくなった。だから俺が使命を投げ出すとでも思ったのか?」

 

 ヒーロー殺しの活動は一年前の伏黒との一戦以降、半年ほどピタリと止んでいる。それはひとえに伏黒と警察、ヒーローの手によって拡散されたヒーロー殺しの情報が理由だった。ヒーロー殺しの強みはあくまでも未知という部分にあった。個性が未知であったからこそ防ぐ手立てがなくやられてしまう。そういう事例が多かったから。しかし分かって仕舞えば対策のしようがある。結果的に今まで問題なく狩れていたレベルの相手に苦戦することとなった。

 

 故にヒーロー殺しは考えた。果たしてこのままでいいのかと。粛清すべき相手はまだまだいるのにここで折れていいのかと。否、断じて否である。しかし今の自身の力ではエンデヴァーなどには遠く及ばないどころか手の内が知られた以上、命を賭しても届かないことなど容易に想像できた。そこでもう一手増やすべくとあるものに手を伸ばした。

 

 それが『武術』である。今の超常社会において武術を嗜む者はいてもそれを専業としてのめり込む人間は皆無だった。理由は単純だ。武術のイロハを習うよりも個性を鍛えた方が早いからだ。

 

 武術は言ってしまえば砂で城を作るようなもの。より素晴らしく見せるには一つ一つ地道にそして繊細に学び、行動に移していく必要がある。それ故に扱えるようになるまでにそれ相応の時間を要する。それに対して個性は単純に辛いがそれだけ。鍛えれば鍛えるほど手早く、それこそ数ヶ月程度で強くなれる。それに現代社会において地味なものより華々しいものが目に映りやすいからこそ武術は個性黎明期から少しずつ廃れていった。

 

 しかし、ヒーロー殺しはというか一部の人間は違った。知ってしまったのだ武術の奥深さを。地味だが、身につけて達人と呼ばれる人間たちの領域に入り込むほどに磨いて仕舞えば手がつけられないほどの脅威を発することを。それに気づいたヒーロー殺しはすぐさま行動に移した。

 

 日に20時間を超える鍛錬の連続。終える条件は体が動かないと拒否反応を示した時か失神して強制終了するかの二択だった。狂気と妄執の狭間の中でヒーロー殺しの執念は花を咲かす。当時、トップ10入りを果たしていた具足系ヒーロー【ヨロイムシャ】に致命傷を与えるという形で。

 

 そうして一度は聞かなくなったヒーロー殺しの名はまたも大きく広まる。より強く、より拭い去れぬシミ(ステイン)となって。

 

「伏黒恵。お前は強くなった。力だけじゃない心もだ。あの攻防は俺を仕留めるのもあったが、注意を自身に寄せて怪我人を避難させるためのものだったとはな」

 

 そう言いながらヒーロー殺しはいつの間にかインディアン風の装束をしていたヒーローが消えていることを指摘する。

 

「ハァ…あの時展開された【脱兎】の数には疑問を覚えた。何せ体育祭で見せた規模は明らかに俺達を圧死させるほどだったからな。それ故に調整していたのかと思ったらなるほど逃がすために数を割いてたとは。昨今のヒーローの殆どはエンタメに拠りつつあるからなぁ。ハァ…お前のようなヒーローがまだいる事は喜ばしいことだ。ただ」

 

 まだ細かい調整は無理みたいだがな。そう言いながら手についた伏黒と緑谷の血を舐め取り、個性を発動させる。体を巡る虚脱感を感じながら伏黒はいまだに逃すことができなかった飯田が目に映ると歯がみをする。

 

 全員を一気に運ばなかった理由は2人の傷の深さにあった。戦いを途中からしか見てなかった伏黒からすると目に見える傷だけが注意するものではなかった。もしかしたら頭を打っているかもしれない。そう考えると無闇に動かすのは不可能だった。しかしそれでも2人をカバーしながら戦うにはヒーロー殺しは強すぎた。だからせめて1人でも多く逃がせないかと考え飯田よりも傷が深めのヒーローを【脱兎】を用いて逃したのだ。

 

「確かに注意力を割く足手纏いがいない分には戦い易くなるだろうがこれならいっそのこと全能力を戦闘面に割くべきだったな。今からそこで寝転がるメガネ小僧を殺した後にゆっくりと逃したヒーローを殺させて、ッ!」

 

 ヒーロー殺しの言葉を遮るように伏黒は爆発したような勢いと共に起き上がるとヒーロー殺しの顔面目掛けて前蹴りを叩き込む。ヒーロー殺しは突然の出来事に驚きつつも反射的に顔面の前に手を差し込んで止めて地面にダメージを逃すと後ろに跳躍する事で威力を分散させる。しかし、それでも完全に殺しきれなかったのか鼻から一筋の血が流れ出す。

 

 ヒーロー殺しは鼻血を拭いながら伏黒を観察する。すると少しだけ様相が変わっていた。金色よりの黄色の瞳と縦に裂けた瞳孔は変わらない。しかし伏黒のガタイが良くなっていることに気がつくとヒーロー殺しは伏黒が何をしたのか察する。

 

「なるほど。【凝血】の効果を【玉犬】に押し付けたか、考えたな。だが、攻守走とバランスのいい【玉犬】が潰れた以上は問題なしだ。そのガタイにその瞳…おそらく【虎葬】か?一撃狙いはいいが速度で【玉犬】に劣る以上、こちらは回避に徹すればいいだけのこと。手早くお前の持つ手札全てを潰せば…ハァ、今度こそ終わりだ」

 

 ヒーロー殺しの言っていることは事実だ。近接戦闘で劣る伏黒では例え【嵌合纏(かんごうまとい)】で強化されていたとしても経験や動きを用いて翻弄され【凝血】で身動きを封じられる。千日手、その単語が浮かぶ中強化された肉体が聞き覚えのある声を捉える。それを聞いた伏黒は笑う。

 

「…気でも触れたか?」

 

「確かに俺だけだったら詰みだろうよ。だけど、お生憎様。俺には頼もしい先輩がいる」

 

「POOOOOOOWWWEEEEEEERRRR!!!」

 

 勢いよく叫びながら壁をすり抜けて拳をヒーロー殺し目掛けて放つミリオ。咄嗟の不意打ちに対しても攻撃に目を向けずに当たるであろう場所に対して手を添える。流石と言うかヒーロー殺しの添えた場所はドンピシャでミリオが狙いをつけた場所だった。しかしミリオの個性は【透過】。しかも精度が下手なプロの遥か上をいくほどに高い。

 

 ミリオの一撃は防御のみを擦り抜けると同時にヒーロー殺しの頬を捉えて吹き飛ばす。化勁でダメージを流す暇も与えられずに壁に叩きつけられたヒーロー殺しを見て伏黒はこの日初めて明確にダメージを与えられたと確信する。

 

「怪我は、あるっぽいけど大丈夫の許容範囲内っぽいな!後はそこの伏黒くんのお友達を助けれれば俺たちの勝ちだな」

 

「すみません、ルミリオン先輩。迷惑かけます」

 

「いや、今の君はあくまでも職場体験生だ謝る必要はどこにもない。それよりも報告頼む」

 

「相手はヒーロー殺し。実力は先輩並みかそれ以上です」

 

 伏黒の言葉にミリオはマジか、とだけ言うと少しだけ効いたのかふらついたヒーロー殺しと向き合う。

 

「やるな。ここまで明確にダメージを貰ったのはあの歳食った老害(ヨロイムシャ)」以来だ」

 

「そう言う君こそやるね。さっきから仕掛けようにも隙がない。無闇に突っ込んだところでカウンターを貰いそうだ」

 

 会心の一撃を防がれたにも関わらずミリオは顔に笑みを浮かべると余裕綽々といった様子で構える。ヒーロー殺しはミリオの実力を察したのか目を細めてホゥとだけ呟くと所持している大ぶりのサバイバルナイフを抜き構える。

 

「なぜ、この状況で笑みを浮かべる。お前は強い。故にわかる筈だ。今のお前では俺には勝てんと」

 

「そんなこと最初の一撃を叩き込んだ段階で察してたさ。それになぜ笑うのかって?そんなの簡単さ。この場を笑い飛ばせないやつが困ってる人を前にした時に安心させることができるもんかよ」

 

 ミリオがそう宣いながら笑みを深めるとヒーロー殺しは目を見開きそしてすぐに「良い、実に良い」と嬉しそうに目を細めて呟く。そんなヒーロー殺しを他所にミリオから仕掛ける。突っ込んできたミリオに対してサバイバルナイフを持つ腕を脱力させたかと思うと一瞬でミリオの眉間、心臓、股間目掛けてほぼ3度同時に突く。それは個性を発動させたミリオには届かず透かされる。

 

 前からの戦闘は分が悪いと見たからかミリオは地面に潜航すると今度は左側の壁から現れてヒーロー殺しの死角目掛けて飛び出し攻撃する。しかし、初見にも関わらず見越していたのか手を軽く振い小手から何本かのメスにも似た小さなナイフを取り出すと見もせずにミリオ目掛けて投擲する。

 

 顔面に放たれたナイフに顔パーツのみを透かすことで回避して攻撃に移るもいないことに気がつく。すると投擲と同タイミングで行動に移したヒーロー殺しが回収した日本刀を持ってミリオの肩目掛けて切り掛かる。しかしこれも気配を察知したミリオはこれも回避する。

 

「ハァ…口先だけではない。いや、それどころか俺が会ってきたヒーローの中でも5本の指に入るほど強いな」

 

「いやー、そっちこそヤバすぎでしょ。今の攻防でもうこっちの個性のタイミングを掴みかけてる」

 

 褒めるヒーロー殺しに冷や汗を流しながらミリオは答える。伏黒は疑問に覚えながらミリオを見るとマントが半ばから断たれているのに気がつく。それを見た伏黒は戦慄し、冷や汗をかくのも無理はないと思わされる。ミリオの個性はくらい続けた伏黒だからこそ初見では上澄のプロヒーローでさえも不覚を取るものだと確信できるほどにはうまい。

 

 にも関わらずヒーロー殺しは僅かな戦闘で長年培ってきた膨大な経験を用いてミリオの個性の解除タイミングを掴みかけているというのだ。あまりにも逸脱した実力に勝つどころかプロヒーローが来るまで生き残れるかと疑問を持ち始める伏黒。そんな伏黒の考えを察知したのか、

 

「シャドウシュピール、前を見ろ!そして助けてくれ!」

 

 割と情けないことを言い出すミリオ。突然のことに伏黒もヒーロー殺しも緑谷も皆、目を白黒させる。

 

「うん、この人強い。それこそ俺以上に。だから助けてくれないか?」

 

「足手纏いになるかもしれませんよ?」

 

「ならないさ!だって君はシャドウシュピール。昨日、1人の少女を笑顔に変えてみせた強いヒーローなんだから!」

 

 笑みを浮かべて全幅の信頼を口にするミリオに伏黒はポカンとした顔をすると呆れたように深くため息を吐く。少し頭を掻いて【嵌合纏】を解除して再度掛け直す。すると手がもう5本の指を持つ猛禽類のように変わり、目も瞳孔は黄色のまま白目の部分が反転して黒くなった。

 

「【鵺】か」

 

 伏黒の変わりようにヒーロー殺しは何に切り替わったのか察知すると刀とナイフを構える。ヒーロー殺しの様子にこの形態が正解だと伏黒は悟る。電撃は武術で流せないからだ。変化した伏黒を見たミリオは問題なしと判断したのか軽く耳打ちをすると再度突っ込もうとする。真正面から来たミリオに周囲を警戒しながら振り下ろす。すると、伏黒を避けながら現れた氷塊に刀は防がれるだけでなく絡め取られる。

 

 咄嗟に足を取られないように飛び退くと氷塊によって完全に見失っていたミリオが飛び出してくる。それは先ほどと同じだと考えたヒーロー殺しは迷うことなく残ったサバイバルナイフを振るう。が、突如としてミリオの影から現れた猛禽類のような手によって掴まれ、阻まれる。

 

 目を見開くヒーロー殺し。そうしている間にダメ押しと言わんばかりに体から電気を流し、ヒーロー殺しを感電させて身動きを封じる。あの時、伏黒がミリオに耳打ちされた内容はそろそろ轟が来るという内容だった。

 

 初めは怪我したインディアン風のヒーローの救助をしてエンデヴァーを呼んだら退避しろとミリオは命令した。しかしあまり褒められたことじゃないが会ってすぐに責任感の強い子であると察したのかミリオは駆けつけてくると判断。故にすぐに戻ってくる可能性が高いことを伏黒に告げた。結果、予想通り轟は戻ってきた。しかも轟とミリオの個性は相性がいい。透かすための障害物が多ければ多いほど撹乱やワープじみた動きに自由性が増すからだ。

 

 後は前もってミリオの影に隠れた伏黒がヒーロー殺しの一撃を防いで感電させる。そうすれば今この場で最も強いヒーローがヒーロー殺しに攻撃を叩き込める。

 

「POOOOOOOWWWEEEEEEERRRR!!!」

 

 そう叫びながら連続で放たれるミリオの拳はヒーロー殺しの体を滅多打ちにする。ヒーロー殺しは反撃しようにも体が電撃で痺れて上手く動けない。最後に放たれた大ぶりのアッパーを受けたヒーロー殺しは吹き飛んでいくが、空中で何度か回転するとその場で着地する。

 

「遅せぇよ」

 

「悪い。手間取った」

 

 影から這い出た伏黒は笑いながらそう悪態をつくと轟は真顔で申し訳なさそうにそう答えた。

 



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接敵、そして因縁③


コメント100件越えありがとうございます。これにてステイン編終了です。


 

 

「ごめん、シャドウシュピール」

 

「…無理でしたか」

 

「うん。今ので仕留めたかったって言うのもあるけど、やられた(・・・・)

 

 そう言いながらミリオは伏黒に手の甲を見せるするとそこには薄らと傷がついていた。それを見た伏黒は察すると顔を険しくさせる。信じられないことにあの乱撃の中で体がろくに動かないヒーロー殺しは自分が殴られると同時にミリオの拳に爪を立てて傷をつけたのだ。それを悟るのとほぼ同時にミリオは崩れ落ちた。

 

「ハァ…ハァ…」

 

 肩で荒く息をし、明らかに消耗しているヒーロー殺し。正直な話、痺れて化勁も使えなくなってた体でミリオの攻撃を何十発も喰らっているのに倒れないのは有り得ない。ならば何故無事なのか。答えは単純、殴られる度に僅かに立ち位置をずらすことで打点を殴られる度にズラしていたのだ。怪我こそ負うがそれでも被害は減らせる。故に立てるのだ。

 

 そして何とか立て直したかのように見えるヒーロー殺しは怪我など知ったことかと言わんばかりにこちらに突っ込んできた。しかし、

 

(遅くなってる)

 

 そう確信するほどヒーロー殺しの動きは精細さを欠いていた。無理もない。いくらズラしてたとはいえ、【鵺】の電撃に増強系では無いとはいえ中々重いミリオの打撃を何発も喰らったのだから。確かにミリオがいなくなったのは痛手だが、それ以上の結果を出してくれたミリオに心から感謝すると伏黒はヒーロー殺しの攻撃を防ぎ轟は個性を発動させてヒーロー殺しを攻撃しつつ小器用にミリオを氷塊で回収する。

 

「こいつらはやらせねぇぞ。ヒーロー殺し」

 

「気をつけろ轟。精細さを欠いてるけど十二分に強いぞ」

 

 片手から炎を出して牽制しつつ、足元からいつでも氷を放てる準備をする轟に伏黒は念のため忠告しておく。すると、轟目掛けてナイフが飛んでくる。

 

「危ねぇ!」

 

「お前もな!」

 

 咄嗟に伏黒が弾くと次の瞬間には目の前に迫っていたヒーロー殺しが右手に持ったサバイバルナイフで伏黒を切りつけようとしてくる。それは轟が展開した氷が防ぐと今度は口に含んでいた何かを飛ばしてくる。

 

 伏黒は轟に放たれた攻撃を防ぐことができず、氷の展開では遅いと判断した轟は顔をガードする。しかし防ぎきれず頬が僅かに裂けて血が垂れると胸ぐらを掴んで轟を引き寄せると血を舐めようとする。しかしこれは轟の展開する氷のほうが早く、舐められずに済んだ。

 

「一つ一つの動きが二択三択の迫ってくんのか。…強えな」

 

「あれでもかなり力を削いだんだ。我慢しろよ。それと轟、こいつの前で勝敗に焦って極力氷塊ブッパは止めろ。俺はこいつより速いけど早さ(・・)ではこいつに劣る。見失って背後からブスリとか嫌だろ」

 

 伏黒の言葉に轟は信じられないといった様子でヒーロー殺しを見る。事実ここまで消耗しておきながらヒーロー殺しは今なおそれが出来るほどの実力がある。

 

「何故…何故なんだ…やめてくれよ…。兄さんの名前を継いだんだ…。僕がやらなきゃ、そいつは僕が…!」

 

 飯田の言葉を聞いた轟は伏黒に迫る凶刃を氷壁を展開することで退けると同時に諭すように喋る。

 

「継いだのか、おかしいな…。俺の知るインゲニウムはそんな顔じゃなかったけどな」

 

「氷壁を展開すんなって言ったろうが!」

 

「ああでもしなけりゃお前がやられてた!と言うか伏黒、どうした?動きが荒いぞ!」

 

 次の瞬間にはいくつもの銀閃が走ると同時に伏黒の胴体の倍以上はある氷塊がバラバラに小分けにされていく。それを見た轟が左側の炎を展開するも氷壁に紛れて放たれたメスのようなナイフが3本突き刺さる。

 

「ツッ!」

 

「轟!」

 

「MP切れか?動きが荒いぞ、伏黒!」

 

 投擲したポーズで嘲笑いながらそう言うヒーロー殺し。それを見た伏黒は素早い動きで駆け寄ると

 

 パパパパン!

 

 軽快な音を鳴らしながら側頭部、肩、脇腹、腰をほぼ同時に感じるほど速く蹴りを入れる。しかし、

 

「速い、が軽いぞ!お前もいいがあの紅白小僧も、良い!」

 

 少しよろめいただけですぐに立て直すと伏黒の首に目掛けて刀を返すと峰打ちで伏黒の意識を断ち切ろうとする。これを伏黒は避ける余力が無くこのまま意識を絶たれる。

 

「ごめんやっと動けるようになった!」

 

 そうなる直前に再起動した緑谷がヒーロー殺しの体にタックルをすることで伏黒に当たる筈だった刀から無理矢理距離を取らせるとそのまま壁に押し付けるように引き摺る。

 

 ウザったく感じたのかヒーロー殺しは一度舌打ちをして肘撃を叩き込む。緑谷が腹部に走る痛みからか手放すのを見た轟が咄嗟に氷を放ってヒーロー殺しに緑谷との距離を取らせる。

 

「とけたのが最後に喰らったお前ってことは摂取量じゃなくて血液型っぽいな」

 

「ハァ…なるほど。個性の詳細までは明らかになっていなかったか」

 

 息を荒くして顔や体から脂汗を滲ませるヒーロー殺しは自身の個性の詳細は考察はされても結論にまでは至っていなかったのだと知る。

 

「まあ、もっとも。わかったところでって感じだけどな」

 

「ああ、あいつの個性は大したことない。問題は【鵺】の電撃喰らった直後にあんだけしこたま殴られておきながらあそこまで動けるあいつの動きだ。逃げようにも逃しちゃくれねぇ」

 

「となると僕たちでプロが来るまでの間、粘るしかない。動きが落ちた以上、ルミリオン?がいなくてもある程度は対処できるはずだ。伏黒君と僕が一緒に出血量の多い轟をカバーする。轟君は援護を頼む」

 

「危ねぇ橋だが、守るぞ3人で」

 

「この消耗具合で 3対1、か。ハァ…甘くはないな」

 

 3人で陣形の話し合いが済むのと同時にヒーロー殺しの放つ気配がさらに冷たくなるのを感じる。伏黒が右から緑谷が左から駆けるとその間を縫うように轟が炎を放つ。それ左側に避けて回避すると先ほどの勢いを取り戻したかのように早く刀を振るい緑谷の足を切り付ける。

 

「ぎゃ!!」

 

 鬼気迫るヒーロー殺しの表情から別に体力が戻ったわけでも立て直しきれたわけでも無い。ただ余裕がなくなり本気で伏黒や緑谷、轟達を仕留めにかかっているのだ。それに気づいた伏黒が電撃を帯びた猛禽類のような爪と軽い体から放たれる機動力で翻弄しながら攻撃を叩き込む。電撃がヒーロー殺しに伝わったが歯を食いしばって耐えながら伏黒を蹴飛ばして壁に打ち付けると刀についた緑谷の血を舐めながら轟目掛けて走る。

 

「ごめん!」

 

 緑谷はそう言いながら崩れ落ちるとすぐにポツリポツリと呟くような涙声が飯田の口から漏れ出す。

 

「やめてくれ……もう……僕は……」

 

「〜〜ッ!やめて欲しけりゃ立て!!!なりたいもんちゃんと見ろ!!」

 

 飯田の泣き言に轟は氷壁を展開しながらそう叫ぶ。氷壁がヒーロー殺しに切り刻まれるとそれを見越していたのか左側から炎を放つ準備をする。

 

「俺を忘れんなよッ!」

 

 それよりも早く立て直した伏黒がヒーロー殺しのマフラーを掴んで勢いよく地面に叩きつけると息を吐き出し固まるヒーロー殺しの鳩尾目掛けて拳を叩き込む。しかし拳が叩き込んだ瞬間、アスファルトが異様なまでにひび割れる。流されたと察した伏黒は咄嗟にその場から飛び退こうとするがそれよりも早くヒーロー殺しが刀で切りつける。そして伏黒から流れ出て落ちていく血を空中で舐めとり、動けなくなった伏黒を置いて再度轟の元へと向かう。

 

 それに対して轟は氷を繰り出して目の前のヒーロー殺しに攻撃する。だが、ヒーロー殺しは建物の壁や轟の氷を足場にし、縦横無尽に動き回ることで轟の攻撃を全て躱していた。

 

「右から!!」

 

 地に伏している内の一人である緑谷が轟に向かって叫ぶ。それを聞いた轟はすぐさま自身の右斜め前に炎を噴射するもこれを躱され、炎と轟の間に刀を挟み込む。

 

(ッ…んで、これを避けられンだよッ!)

 

「氷に炎。ハァ…確かに強力だが、個性にかまけすぎだ。言われたことないか?挙動が大雑把すぎると」

 

「バケモンが…」

 

 避けられたことに悪態を吐く轟の弱点を指摘しながら挟み込んだ刀を振り切ろうとするヒーロー殺し。氷を展開しようにも炎を出しながらではベタ踏みしか出来ない轟にとって周りを巻き込む戦い方は出来ず防ぐ手立てはない。しかし、ここにはまだいた。

 

「レシプロ」

 

 雄英高校一年A組委員長の飯田天哉(インゲニウムの名を継ぐ者)が。

 

「バースト!!」

 

 ガキィィィンッ!!

 

「チィッ」

 

 【凝血】の個性から立ち直った飯田が速攻でレシプロバーストを発動させるとヒーロー殺しの刀目掛けてムーンサルトを叩き込む。それに耐えかねた刀は半ばからへし折れる。そして一回転した飯田は元の体勢に立て直すとヒーロー殺しの側頭部目掛けて蹴りを放つ。しかしこれはすんでの所でヒーロー殺しが防ぐと蹴りの勢いを利用して跳びながら後ろに下がる。

 

「飯田!解けたか。意外と大したことない個性だな」

 

「轟君も緑谷君も伏黒君にも関係ないことで、申し訳ない…だからもう…二人にこれ以上血を流させる訳にはいかない!」

 

「吹っ切れたようで何よりだ。でもどうするつもりだ。無闇矢鱈に突っ込んでも膾になるだけだぞ」

 

「元より、ハァ…そのつもりだ」

 

 立ち直り伏黒と轟に並ぶ飯田を見てヒーロー殺しは憎々しげに見つめながら隠れた顔から窺えるほどの憤怒と共に言葉が漏れ出す。

 

「感化され取り繕おうとも無駄だ。人間の本質はそう易々とは変わらない。力もないどころか助けようとせずに殺意を優先させた精神的にも脆く弱いお前は所詮偽物にしかならない!英雄(ヒーロー)を歪ませる社会の癌そのものだ。誰かが正さねばならないんだ!」

 

「ブレねぇなぁ、オイ。少しは前途ある若者だって割り切って見逃そうって気にはならないのか」

 

「言ったはずだ。人間の本質はそう易々とは変わらない、と」

 

 あいも変わらず全く同じ主義主張を展開するヒーロー殺しに流石の伏黒も嫌気がさしたように殺意を収められないのかと茶々を入れるもそれは断じてないと言われて返される。

 

「時代錯誤の原理主義だ。飯田、人殺しの理屈に耳貸すな」

 

「いや、奴の言うとおりさ。僕にヒーローを名乗る資格は無い。それでも…折れるわけにはいかない。俺が折れればインゲニウムは死んでしまう!」

 

 涙を浮かべながらも静かな闘志と決意を胸に宿し、堂々と言い放つ飯田にヒーロー殺しはより深い殺意をたぎらせて目を細めると「論外ッ!」とだけ言って構える。そんなヒーロー殺しに対して轟が炎を放つことで迎撃しようとするも容易く避けられる。

 

 今の状況は可もなく不可もなくといった具合だ。今のヒーロー殺しは万全の状態とは程遠く、その甲斐もあって伏黒も轟も緑谷も飯田も多少斬りつけられて流血はしているがなんとか無事だ。だがその無事もいつまで続くかわからない。個性の都合上、ヒーロー殺しは多対一が苦手なのは考えるまでもなくわかってる筈。

 

 このまま戦っても消耗してプロが来る時間を稼がれてゲームセットとなるだろう。そしてそれはヒーロー殺しも承知の上だ。故に速攻で飯田を仕留めるべく本気を出したのだ。呆れ果てたまでのイかれた執着心。互いに決め手に欠けているため千日手に陥っているととある存在が伏黒の目に映る。まさかと思い電撃で半壊のインカムを使って小声で話しかける。轟の戦闘音もあってかヒーロー殺しに声が聞こえることはなく、インカムを所有している男、ミリオのみが伏黒の声を聞き取りグッと寝そべりながら親指を突き出す。それを見た伏黒はある作戦を考え付く。

 

「轟、俺が合図したらで良い!ヒーロー殺しを間に挟み込むように氷壁を展開できるか?」

 

「出来るが何をする気だ」

 

 轟の疑問に伏黒はミリオに向けて指を刺す。それを見た轟は納得したのかいつでも氷を展開できるように準備をする。

 

「飯田!お前はレシプロ起動して突っ込め!安心しろ怪我はさせない!」

 

「すまない、今のでエンストを起こした!轟君!君の氷で僕の足を凍らせてくれ!排気筒は塞がずにな!」

 

「邪魔だ、故に止まっておけ」

 

 伏黒が作戦を立案している間にメスにも似た小ぶりのナイフが轟目掛けて飛んでくる。それを伏黒が展開した《如意金箍》で弾くも、飯田のほうに飛んできた手持ちのサバイバルナイフは防ぐことが出来ず、飯田が縫い止められる。それを見た伏黒は舌打ちをすると轟の前に出る。

 

「俺が前衛を務めておく!その間に飯田の足を凍らせておけ!」

 

「わかった!」

 

 伏黒が刀を下に向けながら落下してくるヒーロー殺しを《如意金箍》で弾くと《如意金箍》の先端をヒーロー殺しに向けて溜めてあった電撃を放つ。突然の電撃を避けられるはずもなく、くらい痺れているヒーロー殺しの顔面目掛けて《如意金箍》を振るうと直撃したヒーロー殺しは大袈裟に転がって避けると壁に刺したナイフを使って大きく跳ぶ。それを見た伏黒は笑うと

 

「今だ!」

 

 轟に合図を送る。それと同じタイミングで飯田の足を凍結させ終わっていた轟は迷うことなく挟み込むように氷壁を展開させる。挟まれる形となったヒーロー殺しは氷壁にナイフを刺して足場を作る。するとヒーロー殺し目掛けて復活していた緑谷が右から拳を振りかぶり、左から飯田がレシプロを再起動させて飛翔し足を振りかぶる。そんな2人を冷めた目で見ながら折れた刀を用いたカウンターで飯田の首を刎ねるべく構えていると、後ろから気配を感じ取ったヒーロー殺しが振り返る。

 

 そこにいたのは拳を振りかぶるミリオの姿があった。

 

 目を見開くヒーロー殺しはミリオと飯田の血液型が一緒であったことを悟る。伏黒がミリオに伝えた作戦は氷壁を展開するから展開したら個性を発動させて奇襲をかけて欲しいと言ったものだ。そうこの氷壁は足場でも檻でもなく。ただ、ミリオが通るだけの道だったのだ。

 

「ファントム…」「デトロイト…」「レシプロ…」

 

 3点同時攻撃。万全のヒーロー殺しであっても持て余す攻撃を怪我を負い弱体化した状態で防げる道理はない。

 

「「行け」」

 

「メナス!!」「スマッシュ!!」「バースト!!」

 

 背中と左頬に拳が右の脇腹に蹴りが突き刺さる。それと同時に轟は氷壁を解き、地面に落下する3人を火で炙り滑りやすくなった氷で優しく滑るように受け止める。

 

「疲れてるとこ悪いけど警戒を解くな!」

 

 すぐ様立ち上がったミリオが警戒を解かないように注意すると4人全員がヒーロー殺しの動向を伺う。しかし、ピクリとも動かないヒーロー殺し。動かないのかと疑問に思うが念のためいつでも攻撃を透かせるミリオが近づいて目を開けさせて確認する。

 

「意識無しッ!気絶してる!」

 

 その言葉を聞いた4人は一斉に緊張が解けてその場で座り込んだ。

 

 

 ヒーロー殺しが所持していた武器を全て地面に置いて、轟と飯田とミリオは気絶したステインを縄で縛り上げる。初めは伏黒のサポートアイテムのワイヤーを使おうという話になったのだが、【鵺】の電撃でオシャカになっていたこともあって路地裏に都合よくあったロープを使うことに。縛り上げたステインを引きずりながら路地裏から出て先に出ていた伏黒や緑谷と合流する。怪我が酷い緑谷は比較的軽症な伏黒に背負われていた。

 

 するとそこに、

 

「む!?なっ!?…なぜお前がここに!!」

 

 新たな声がする。そこには黄色を主体としたスーツを着る小柄老人が足から空気を噴出しながら飛んでいた。

 

「あ!グラントリノ!」

 

 その声に反応する緑谷。グラントリノという単語にそういえば緑谷を受け持ってくれたヒーローも同じ名前だったなと伏黒が思っているとグラントリノは跳躍し、緑谷の顔面に叱りつけながら蹴りを入れる。

 

「座ってろっつったろ!!」

 

「すみません!」

 

 伏黒には当たらないように蹴りを入れるところを見るとひどく器用なことも窺える。

 

「誰?」

 

「僕の職場体験の担当ヒーロー、グラントリノ」

 

 伏黒の背中でぐったりしながら轟の質問に加減されてたとはいえ少し痛かったのか鼻をさすりながら答える緑谷。申し訳なさそうな緑谷を見て何を思ったのかグラントリノはため息を吐くと

 

「まァ…よぅ分からんがとりあえず無事なら良かった」

 

「ごめんなさい…」

 

 取り敢えずは無事であったことを安心するとこれ以上の小言を漏らすことはなかった。するとグラントリノに少し遅れて数人の大人がこちらに駆けつけてくるのに皆が気付く。

 

「エンデヴァーさんから応援要請承ったんだが…」「子供?」「ひどい怪我じゃないか!?今すぐ救急車呼ぶから!」「ん?って、おい、こいつ…」「えっ!?まさかヒーロー殺し!?」

 

 駆けつけたプロヒーロー達が縄で縛られているステインに気付く。その後すぐに病院と警察に連絡するプロ達。その間に緑谷と轟、飯田、伏黒は怪我の具合を聞かれていた。取り敢えず一番重症だと思われる緑谷をプロヒーローに差し出そうとする。

 

「ヴィラン!?」

 

 突如としてプロヒーローの声が響く。皆が一斉に声を上げたヒーローの目線を追う。するとそこには空から羽の生えた脳無がこちらに急降下しているのが見えた。

 

「全員、伏せろ!!」

 

 グラントリノが切羽詰まったように叫びながら伏せるようにと命令すると全員が一斉にその場で伏せる。しかしその中で伏黒に背負われていた緑谷が脳無の足に捕まり飛び去っていく。

 

「うわー!?」

 

「緑谷君!」

 

「血が…!やられて逃げて来たのか!?」

 

「クソッ!【鵺】!…ああ、もう!」

 

 連れ去られていく緑谷を助けるべく伏黒はすぐ様【鵺】を呼び出す。しかし現れた【鵺】は力なくその場でへたり込む。ヒーロー殺しの個性を押し付けていたことを思い出しながら伏黒は無力に苛まれる。その時だった。

 

 誰もが動けない中でバッッ!!っと黒い影が伏黒の横を駆け抜ける。すると突然、空中の脳無が羽ばたくのをやめて力なく落下していく。

 

「偽物が蔓延るこの社会も力を徒に振り撒く犯罪者も。粛清対象だ、ハァ…ハァ…」

 

 そう言いながら黒い影の正体であるヒーロー殺しが脳無の脳みそにナイフを突き立てて掻き回すと動けぬように脳無を地面に組み伏せる。

 

「全ては正しき、社会の為に」

 

 膨大な唾を口から垂れ流しながらそう呟くと脳に突き立てたナイフを大きく振るうことでトドメを刺す。

 

「少年を助けた!?」「バカ!人質とったんだ!」「躊躇無く人殺しやがったぜ!」「いいから戦闘態勢取れとりあえず!」

 

 全員が突然のヒーロー殺しの行動にフリーズしていると立ち直ったプロヒーロー達がヒーロー殺しに対して戦闘態勢をとる。

 

「なぜ一塊で突っ立っている!!?」

 

 すると十字路からNo.2であるエンデヴァーが一塊になっている者たちに注意しながら現れる。何故ここに?と伏黒が疑問に思ったが考えてみれば轟が職場体験の場所をエンデヴァー事務所にしている以上、いるのは当たり前だと納得する。

 

「こっちに敵が逃げてきたはずだが…」

 

「あちらは、もう…?」

 

「まあ、多少手荒になってしまったがな。後始末はナイトアイ達に任せてここまで来たのだが…して、あの男はまさかの…」

 

 エンデヴァーが一通り説明するのと同時に目線をヒーロー殺しへと向ける踠く緑谷を片手で抑えていると声に反応したのか「エンデヴァー…」と呟く。それを見たエンデヴァーは好戦的に笑う。

 

「ヒーロー殺し!!!」

 

「待て轟!!!」

 

 そして体から放つ炎の勢い強くするとヒーロー殺し目掛けて放とうとする。それを突如として全身から汗を流すグラントリノが引き止める。ヒーロー殺しがスッと体をエンデヴァーの方に向ける。そして、

 

贋作(にせもの)ォ…」

 

 目を覆う布が解け底冷えするほどの声が口から漏れ出した。その瞬間、エンデヴァーもグラントリノもミリオも皆が一斉に凍りついた。血を舐められたわけでもないのに誰もがそれ(ステイン)に釘付けになった。

 

「正さねば…誰かが…血に染まらねば…!」

 

 ヒーロー殺しが一歩歩く。それと同時に皆がろくに動かない足を引き摺るように後ろに下げる。

 

英雄(ヒーロー)を取り戻さねば!!」

 

 ヒーロー殺しが一歩を踏み締めるごとに放たれる圧が強くなる。それは百戦錬磨のグラントリノやエンデヴァーでさえ、思わず気圧されている。誰もが呼吸すらも止めてそれを食い入るように見る。1人の人間の放つ妄執と狂気の果てを。

 

「来い 来てみろ贋作ども」

 

 声は微塵も大きくない。肩を突き飛ばせば簡単に倒れてしまうと確信できるほど衰弱し切った半死人であることは誰の目にも明らかだった。なのにどうしてか加速度的に大きくなっていく圧力は皆が手を出せないほどに強くなる。

 

「俺を殺していいのは本物の英雄(オールマイト)だけだァァァァァァァ!!」

 

 その一言ともにこの日最大の狂気がヒーロー殺しから吹き出す。それは形となり巨大な影を生むと伏黒と同程度の大きさだったはずのヒーロー殺しを見上げるほどの巨人と錯覚させる。あまりの圧力に1人のプロヒーローが尻餅をつく。そして、伏黒は悟る。誰も動けないこの状況でヒーロー殺しが動くということは最悪全滅を意味しているということを。

 

布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)

 

 故に伏黒は迷うことなく決意する。自身の命と引き換えにしてでもこのヴィランを倒さねばならないと。両手を前に突き出してそう唱えるとあの日(ヒーロー殺しと初めて接敵した時)に使わなかった自身の個性における秘奥を開こうとする。そうして伏黒から放たれる暴威があたりを包み込み始める。ヒーロー殺しと伏黒があわやぶつかり合うまで秒読みとなる。しかしそれは

 

 カーンッ

 

 何か硬いものが地面を跳ねる音が響き渡ることで中断させられる。突然音が鳴り響き何名かが肩をビクッと跳ねさせる。そして先ほどとの違いに気がついたのはエンデヴァーだった。

 

「気を…失ってる…」

 

 そう呆然としながらエンデヴァーは言葉を発する。いつからかはわからない。しかしステインは立ったまま気を失っていたのだ。それが分かった途端、どっと息を吐き出すヒーローや緑谷達や構えを解除して呆然とする伏黒、そして中には座り込んでしまう者もいた。

 

 その後、改めてヒーロー殺しの拘束が完了すると警察へ引き渡されていく。特殊な拘束具に包まれ、ポール状の檻に入れられる光景を伏黒は見続ける。こうして伏黒にとって一年前から続く長い因縁は勝ったにも関わらずどこか敗北したような気持ちのまま終わりを迎えた。



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因縁、そして血縁

 

 

「僕たち生きてるんだよね?」

 

「死んでたら話せないだろ」

 

 病室の天井を見上げた緑谷はポツリとそう呟くと伏黒がツッコむ。あの後轟、緑谷、飯田、伏黒の4名は怪我の手当てのため病院に運ばれた。伏黒と轟は比較的軽症なこともあって傷を何針か縫った後に包帯を巻けばお終いだった。それに対して緑谷と飯田は手術を行わなければならない事態となった。

 

「あからさまに生かされたって感じだな」

 

「本気で殺しにきてたのは僕に対してだった。あの時、轟君と緑谷君と伏黒君が来てくれたのもそうだが、伏黒君の先輩が駆けつけてくれなかったら今頃…」

 

 緑谷は足を、轟と飯田は腕を見ながら思わず身震いする。あれだけ殺意を向けられて、あれだけ実力差が隔絶していたのに今なお呼吸ができているのはひとえにヒーロー殺しが生かすべき相手を生かそうと手加減していたからだ。病室の空気が暗くなるのとドアが開くのは同時だった。

 

「ん?おお、起きてるな怪我人共!」

 

 このした方に目線を向けるとそこには緑谷を担当していたグラントリノに飯田を担当してたマニュアル、そしてスーツを着こなす綺麗な八頭身に犬の頭を乗っけた男がそこにはいた。皆が一様に誰?と思わされるとグラントリノが紹介をする。

 

「こちら保須警察署所長の面構犬嗣さんだ」

 

「掛けたままで結構だワン」

 

 名は体を表すのレベル99とでも言うべき名前と見た目に思わず呆気に取られる伏黒。しかしそこから出てきた言葉はかなり手厳しいものだった。

 

 曰く、いくらヒーロー殺しを仕留めたとはいえ資格を未修得の輩が個性の使用に踏み切ったのはよくなく。よって規則違反として緑谷、轟、飯田を含めそれを受け持ったヒーローのエンデヴァーやグラントリノ、マニュアルに厳正な処分を降す旨が伝えられた。しかし、それに納得がいかないのが轟だった。

 

「待ってください。飯田がいなければネイティブさんは殺されてた。緑谷と伏黒は…いや待て伏黒にはなんで何も指摘がないんですか?」

 

 文句の一言を言おうとした時にふと伏黒に対して何の言及もないことに気がつく轟。そんな轟に対して面構は深くため息を吐きながら説明する。

 

「伏黒恵に関しては前もってヒーローから個性使用の許可を貰ってた。ハッキリ言ってヒーロー殺しに関わったことには文句を言いたいがしっかりと規則を守ったうえで行動している」

 

「だったらッ!」

 

「俺たちも無罪でいいのでは、と?結果オーライならば無罪放免にはならないんだワン。全くいい教育をしてるものだ雄英とは」

 

 面構の言い分に流石の轟も頭にきたのか「この犬ッ」と言いながらその場で殴り掛からんとする勢いで立ち上がる。憤る轟をグラントリノが片手で制すると面構が話を続ける。長かったこともあり要約すると内容は確かにこのままでは3人とも犯罪者になるがそれは世間に知られたらの場合。だったら今ここで握り潰せば万事解決という案だった。

 

「どっちがいい!?1人の人間としては…前途ある若者の"偉大な過ち"にケチをつけたくないんだワン!?」

 

 親指を突き出して力強くそう提案する面構。その意見に3人が反対する理由もなく。お願いします。と言いながらその場で深々と頭を下げる。それに対して面構えも頭を下げると

 

大人のズル(・・・・・)で君たちへの賞賛の声を奪ってしまうのは心苦しく感じてしまう。だから今ここで私から礼を言わせてくれ。『ありがとう!』」

 

 伏黒君もいいかな?と聞いてくる面構に伏黒は「断る理由がない」と告げる。そんな面構に飯田と緑谷はバツが悪そうに笑い、轟は微妙そうな顔をしながら「初めから言ってくださいよ…」と呟く。伏黒はこの光景を見てこれで全てが万事解決と思った。しかし、

 

「話が変わるが伏黒君。君は『禪院家』とはどういう関係だ?」

 

 先ほどとは打って変わって冷たい声が面構の口から飛び出す。伏黒の目に映った。腰にぶら下がっている手錠がゆらりと揺れる。『禪院家』の単語を聞いた皆が伏黒に驚愕の視線を向ける。それを見た伏黒はこのタイミングで聞くかと思うと、

 

「すみません。外ででいいですか?」

 

「構わないワン」

 

 ここ以外の場所で話さないかと提案する。それを聞いた面構は了承する。面構に案内される形で病室を後にする。少し歩いていくと談話室なる場所に案内される。そこにはもう1人警官がいた。黒髪ショートヘアで7:3分。特徴の薄い顔が逆に特徴的だが、ハイライトがないせいか嫌に無感情に感じさせる。伏黒が警戒した顔で見ているのに気がついたのか面構に文句を言う。

 

「面構さん。まさか、みんながいる前で禪院家のこと聞いたりしてませんよね?」

 

「揺さぶりをかける為だ。仕方ないワン」

 

「だからって。〜〜ッああ、もう!」

 

 面構の言い分に七三分けの男は苛立ったように頭を掻くと伏黒にソファにかけるように促す。そして一度頭を下げて謝罪すると自己紹介を始める。

 

「私の名前は塚内直正。ご覧の通り警察だ。さっきは面構さんがごめんな?いきなり『禪院家と何の関係があるんだー』なんて言われればそんな顔にもなるよね」

 

「……そう思うなら要件だけ言ってください」

 

 苛立つ伏黒に塚内はそりゃそうだというと通信機を取り出す。念のためにと身構えていると通信機らしき機器から声が聞こえてきた。

 

『ん?もう聞こえてんのか?』

 

 その声を聞いた瞬間、伏黒は目を見開く。忘れるはずがない。何せおとといに伏黒はこの声の主に殺されかけたのだから。

 

「組屋、鞣造」

 

『お、もう連絡とれんのか』

 

 組屋鞣造。ヴィラン名はクリエイター。30名以上の人間を家具や武器に加工していたシリアルキラー。30人の内、ヒーローが10名以上も犠牲にしたことから高い戦闘力を保有していた人の皮をかぶる怪物。しかしその悪行も伏黒が顎を砕いて再起不能にすることで

おとといには潰えることになった。

 

「顎砕いたからしばらく話せないと思ってたぞ」

 

『そこはリカバリーガールが治してくれたよ。だけど俺は年寄りが嫌いでなぁ。いくら個性がよくても年寄りは骨がスカスカでいけねぇ。使える用途はせいぜい皮財布くらいだろうよ』

 

 伏黒が嘲るようにそう言うと組屋はリカバリーガールに治してもらったと悍ましい内容を交えて説明する。すると静観していた塚内が伏黒と組屋の会話に割り込む。

 

「悪いが無駄話は無しで頼む。改めて聞くぞ。―――伏黒恵を殺害しようとした理由は禪院家からの依頼だった。これで間違いはないな」

 

 塚内の口から今回の組屋の行動が伏黒を殺すためのものであると同時に禪院家も関わっているのかと問う。

 

『ん?その声は腐敗した魚みてぇな目をした刑事さんか。いやーそこまで目は腐ってるしガタイも中の下なもんだから微塵も創作意欲が湧かなくて逆に覚えてたよ』

 

「質問に答えろと言った筈だ」

 

『怒るなよ、冗談が通じない奴め。まあ、その話は本当だ。前金も良かったし、何より伏黒恵の死体は好きにしていいって言うもんだからな。気前が良かったぜ』

 

 組屋の禪院家絡みの騒動であるという発言に伏黒は大して驚かなかった。事実上、天涯孤独な伏黒に繋がりらしい繋がりはない。となると自ずと降りかかる問題があるとするならば。

 

「親父絡みかよ」

 

『お!名前を知ってんのは意外だ。あいつもしかしてイクメンってやつだったのか?』

 

「知ってんのは名前だけ。あとは知らん。ついでに言うと知ったのも大体10日前だしな」

 

 伏黒がそう言うとやっぱりなと言った組屋がゲラゲラと笑う。伏黒や塚内、面構は組屋が一通り笑い終わるのを待つ。そしてこれ以上聞き出せることはないと判断したのか通話を切ろうとする。すると、

 

『なあ、お前ら。個性黎明期前の人間と今の無個性の人間は同じだと思うか?』

 

 組屋は不思議なことを言い出した。突然の問いに3人は一様に疑問を覚える。そして塚内と面構が無駄な話だと判断したのか誤魔化すのはよせと言って切ろうとすると今回依頼されたことと関わる重要なことだと言って通話を切ろうとすることをやめさせる。3人が顔を見合わせると塚内が答える。

 

「同じだろう。100年以上も前の人間は一様に個性がなかった。つまりは無個性だ。同じな筈だ、違わないわけがない」

 

『聞いてたのは伏黒に何だがな。まあ、答えはノー。昔の人間、いわゆる黎明期前の人間と今の超常社会を生きる人間はまるで異なる存在なのさ』

 

 組屋の言葉を妄言であると面構と塚内は思わされるがこの話が禪院家に繋がる可能性があると判断すると続きを待ち再度話を聞く構えを取る。

 

『知ってるか?無個性の人間は個性持ちの人間と同様に個性因子を保有しているんだ』

 

「待て、それは有り得ない。個性因子があるんだったら皆が個性を保有しているはずだ!だけどそれを持ってないからこそ無個性なんだ!」

 

『その認識が間違ってるんだ。いいか?人を車に例えるとわかりやすいな。要は個性因子がガソリンで個性がエンジンなんだ。エンジンはガソリン無しでは動かねぇだろ?無個性はこれと同じだ。個性はあるんだが、いかんせん体に流れる個性因子がほとんどゼロだ。故にエンジンたる個性が動かせない存在となる。故に個性が認識されることはなく無個性と判断されるんだ』

 

 話を聞く3人は息を呑む。仮にその話が本当だとしたら歴史がひっくり返る。狂人の発言である以上は確証のない話だと断じるのはすごく簡単だ。しかし相手はクリエイターと呼ばれたヴィラン。比喩表現無しに人をこねくり回して死してなお個性を動かすことに成功させることのできた正真正銘の怪物。人の身体を誰よりも知る第一人者でもある。少し震えた声で伏黒は問う。

 

「それと親父と何の関係がある」

 

『そう!ここからが面白い話なんだ!お前の親父、禪院甚爾は個性はおろか個性因子すら完全に持たないこの個性社会から置き去りにされたガラパゴス人間だった!』 

 

「それは有り得ない。エンデヴァーが言っていた。かつて親父がオールマイトと真正面切って殴り合うことができたほどの存在だったと」

 

 今度は伏黒の言葉を聞いて塚内と面構が驚愕した。オールマイトといえば今や神話の領域にいるゴリッゴリのパワーファイター。善戦した相手はいるが真正面で殴り合えた存在などごく最近にいた脳無以外には存在しないとされていたのだから。

 

『ただ消えるなんてのは有り得ねぇ。人間だって元々尻尾があったが今は尾骶骨になってんだろ?指と指の間に水掻きの名残りのようなものがあるだろ?それと同じさ。じゃあ、消えた個性と個性因子はどこに行った?って話になるよなぁ。なんと甚爾は消えた個性と個性因子の全てが身体能力に回ったんだ!ある意味でまじりっ気のない正真正銘の人間(・・・・・・・・)となったんだ!』

 

 その話を聞いた全員が有り得ないと思わされる。個性が身体能力に変わるという話は聞いたことがない。それが事実だとするならば禪院甚爾とは"個性"という超常の獲得という人類の進化とは別種の進化系統を確立した別枠の新人類となるのだから。与太話だと流そうにも組屋の言葉はあまりにも確信を得たように話すのだから流しきれない。そして塚内が理解する。

 

「なるほどな。だから禪院家は伏黒恵を殺そうとしたと」

 

『そう言うこった。何せ『禪院家にあらずんば人に非ず、個性があらずんば人に非ず』なんてセリフを素面で宣う連中だ。個性が無いにも関わらず超人地味た甚爾はさぞや目の上のタンコブだったろうよ。おまけに外で女作って餓鬼をこさえたのであれば尚更な。血に重きを置くアイツらにとってその血筋であらば伏黒恵も同罪なのさ』

 

 そこまで聞くと伏黒は目頭を揉みほくすと禪院家に纏わる噂話がすべて的を得ているのだと知る。そして自身に対する刺客はこれからも送られる可能性が高いのだと確信する。

 

「そろそろ時間だ、通話を切るぞ。あとはせいぜい余生をタルタロスで過ごせ」

 

 そう言って塚内が通話を切ろうとする。するとゲタケダと笑う組屋が「せいぜい頑張れよ伏黒恵」と呟き通話が終了する。この後の対応は迅速だった。まず初めに塚内と面構は今回の一件を伏黒に黙っておくようにと告げる。それに対して伏黒はあの場にいた人間たちに禪院家と自身の関係性の撤回をすることを条件とすると快く了承してくれた。

 

 こうして思わぬ形で行った組屋との会話は酷く重い現実を残して幕を閉じた。

 

 

 あの後、戻ってきた伏黒に緑谷と飯田、轟の3名が心配そうな顔をしながら伏黒を案じて駆け寄ってきた。そしてそんな3人に対して塚内と面構が先ほどの禪院家云々の話がイタズラによる誤解であったと説明。いくつかの説明にも問題なく答える。

 

 初めこそ疑っていたが塚内と面構の伏黒が捕えた組屋蹂造の件を織り交ぜながらの柔軟な対応によって3人の疑問は晴れてイタズラで伏黒を貶めた犯人に怒りの矛先が向いた。

 

「伏黒くんも大変だったんだね…」

 

「まだヒーローの卵なのにやっかみとかあんのか」

 

「むぅ。何か困ったことがあったら言ってくれ俺が相談に乗るぞ」

 

 三者三様に伏黒を励ます。いずれも心の底から伏黒のことを心配していることもあって伏黒は少しだけ心が痛かった。話を逸らすように怪我の件を上げる。轟は軽症で済んだが、やはりというか緑谷と飯田は重症だったらしい。医者曰くどっちも重症だったが、飯田の左手が取り分け重く少しだけ後遺症が残るとのことだった。その後、轟のハンドクラッシャー発言に珍しく伏黒が人前で笑いそのことでも盛り上がる。

 

 院内で笑い声が響く。それ故に気が付かなかった。ヒーロー殺しの一件で伏黒らが成長という形で影響を受けていたように、人知れず裏の人間にもそれは伝播していることに。

 

〜2日後〜

 

「今まで本当にお世話になりました」

 

「また会おうねー!伏黒くーん!」「本当にお疲れ様!」「最後まで君は立派だったよ」「……」

 

 伏黒が手を振って見送るバブルガールとミリオ、満足気に頷くセンチピーダーとあいも変わらず表情筋をピクリとも動かさないナイトアイに対して深々と頭を下げた。あれから2日間は街中であるひったくりや脇見運転などを除けばこれといって事件らしい事件はなくヒーロー事務所で事務処理などのいろはを学んでいた。

 

 2回連続での入院は流石のナイトアイにも堪えたのか退院早々に頭を下げてきたのは伏黒も驚いた。波瀾万丈という言葉がよく似合う1週間ではあったが。何一つとして無駄のない日々を過ごせたと伏黒は少しだけセンチメンタルになりながらそう考える。因みにだがミリオは伏黒と違ってインターン生ということもあって長めらしい。一通り、握手などして別れを告げると伏黒はナイトアイの事務所から去ろうとする。すると、

 

「シャドウシュピール」

 

 ナイトアイに呼び止められる。何の用かと振り返ると初日に見た笑ったか笑ってないかよくわからないような顔ではなく確かにハッキリと笑みを浮かべながら

 

「達者でな」

 

 そう一言だけ告げる。それを見た伏黒も笑い返すと今度こそ事務所を後にする。こうして明日への期待を胸に伏黒恵の職場体験は終わりを告げた。

 

 

「明日なんて来るんじゃなかった」

 

「伏黒恵さん!一言ください!」「伏黒さん組屋蹂造の件で一言!」「おっしゃ出てきたぞ!カメラ回せカメラ!」「おい!映らないだろ!?邪魔だ!」

 

 昨日のナイトアイ事務所での希望や期待は何処へやら伏黒の目玉がどす黒く濁る。その原因は目の前に広がる報道陣にあった。何でこうなったか。伏黒は達観しながら空を仰ぐとそう思わざるを得なかった。



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血縁、そして日常

 

 

 パシャ、パシャ、パシャ、ウィーン

 

 カメラがたかれる音や機械の駆動音が伏黒の住むアパートに響く。何の騒ぎだと出てきたお隣さんが引っ込むのを見た伏黒は無理もないと狭い通路に蔓延るマスコミ達に視線を向ける。

 

 何故こうなったのか?理由は5日前に仕留めた組屋蹂造にあった。初めこそステイン同様、今回の一件は伏黒を担当していたナイトアイが仕留めたことにしようとしていた。

 

 しかし、ここで問題が生じる。伏黒が助けた天使の個性と思しき少女が目撃者となっていたことだ。被害者でもあり本来であれば精神的に治るまでの間、様子をじっくりと見守っていく筈だった。そこで現れたのが野次馬精神をこれでもかと発動させたマスゴミが少女が1人になったタイミングで根掘り葉掘り聞きまくり、それをゴシップ風に編集すると世間へと投下。警察が介入するよりも早く世間に知れ渡る結果となった。

 

 これに困ったのは警察上層部の皆様方。もしかしたら伏黒が違反しているかも知れないのにも関わらず、何の下調べも無しに助けた事実だけをばら撒かれたからたまったもんじゃなかった。しかし、色々と調べているうちにヒーロー免許保有者が前もって伏黒の個性の使用の許可を出していたことや組屋蹂造の調査は独断ではなくナイトアイから直々に頼まれていたことが判明する。

 

 そこまでわかると皆は思う。「あれ?別に誤魔化す必要なくね?」と。そうと分かればそれが事実であると警察直々の太鼓判であると世間に公表してニュースとなって取り上げられる。タイミング的にヒーロー殺しが捕縛されたことや組屋蹂造の凶悪さ、そして罪状がヒーロー殺しを上回っていたこと、そして捕えたのが雄英体育祭で一位を取った学生ということもあって大盛り上がり。そして今に至る。

 

「おかしい。確かにニュースになってたのは知ってた。でもナイトアイと行動してた時はこんなことにならなかった筈…」

 

 伏黒はマスコミの圧に圧倒されて思わず後退りそうになる。確かに伏黒は1度か2度はインタビューに答えることはあったし、慣れておくという名目でテレビ出演も果たした。しかし、ここまで過激ではなかった。

 

 伏黒は預かり知らないことだが実はヒーロー殺しの一件から伏黒に対するインタビューや押しかけのようなことは度々あったのだ。しかし、それを事前に防いでいたのがナイトアイ事務所のみんなだった。ナイトアイが予知を伏黒に発動させて指示をとる。ある時は伏黒に巡回ルートを変えさせることでインタビューを回避し、待ち伏せする連中がいた日は伏黒に事務処理をやらせることでその日を終了させなどありとあらゆる手で良識あるマスコミは受け入れて過負荷になるようなマスゴミは避けていた。

 

 しかし、そうは問屋が卸さないのがマスゴミ共。ナイトアイの監視が無くなるや否や住所を特定して押しかけてきたのだ。

 

「すみません伏黒さん!クリエイターこと組屋蹂造の件で一言ください!」

「すみません、皆さんを相手してたら学校に間に合わないと思うので見逃してください」

 

「しかし、我々には報道の義務があるのです!」

「そして俺にも勉強して単位をとってヒーローを目指す義務が有ります。義務を持つのであれば俺の気持ちを汲み取ってくれませんか?」

 

「本当に一言でいいんです!」

「そう言って一言で済まさないのがアンタらだろうが」

 

 伏黒が頼むから道を開けてくれと優しく言っても何かにつけて言い訳して道を譲らないマスコミ達に対して伏黒の苛立ちがピークに達しようとしていた。もういっそのこと学校を休んでやろうかと思い始めた時。

 

「伏黒!ぶん投げろ!」

 

 ふと1週間ぶりに聞く懐かしい声が響き渡る。伏黒はそれを聞くや否や声のした方目掛けてバックをぶん投げる。そしてそれと同時にマスコミの群れを掻き分け、アパートの手すり部分にたどり着くとそこを足場に跳躍。着地と同時に転がることで受け身を取る。そして屈んだ伏黒に橙色の髪をサイドテールに纏めた快活な笑顔がよく似合う少女―――拳藤一佳がそこにはいた。

 

「悪い助かった」

 

「礼は後でいい!いいから走るぞ!」

 

 礼を言いながら伏黒は差し出された拳藤の手を取ると拳藤は伏黒を引っ張るように駆け出す。後ろから「待ってー!」だの「せめて一言ー!」だのと喋りながら伏黒達を追いかけるが軍人ばりに体を鍛えてるヒーローの卵に追いつけるはずもなく、伏黒と拳藤はマスコミ達を蒔くことに成功した。

 

 

「なあ、おいって。機嫌直せよ伏黒」

 

「……」

 

「ダメだ、聞いちゃいない」

 

 あの後、マスコミ達から問題なく逃げ切り電車に時間通り乗ることができた2人。しかし、ここでも問題が生じる。そう電車内の人間に絡まれ続けたのだ。組屋を捕まえたことに興味を持っているのは何もマスコミだけでなく一般人も共通のことだった。少し息切れしながら2人が電車に乗り込むと。

 

「あれ?伏黒恵じゃね?」

 

 と、誰かが言った。その言葉に一斉に周りの人間達は反応し、声のする方へと目線を向ける。そしてそこからはマスコミの二の舞。どんなヴィランだっただの大したもんだなどはまあ、良かった。しかしさらに深く根掘り葉掘りしようとした連中がいてそれが伝播し大騒ぎ。一度電車が止まって遅延する事態に。その後、次の駅で2人は降りると泣く泣く割り勘でタクシーに乗り込み今に至る。

 

 本人達の意図はないにせよ伏黒からすれば妨害に妨害、しかも自身だけならまだしも拳藤まで巻き込んだこともあって不機嫌の極みとなっていたのだ。

 

「すまない拳藤。完全に迷惑かけた…」

 

「いいって!お節介で巻き込まれにいったのは私のほうだ。お節介ってヒーローぽくて私は好きなんだ」

 

 伏黒が迷惑を詫びると拳藤はどこかで聞いたことのあるようなことを言って問題なさそうに笑う。それを見た伏黒の胸の内が少しだけ軽くなったのを感じる。拳藤のB組のクラスが見えてきたところでお互いに別々の道をいく。それでもやはり苛立ちが抜けないままA組のドアを開けると、

 

 七三分けをビシッと決めた爆豪とその周りで爆笑している切島、瀬呂がいた。

 

 朝っぱらから色々とマスコミやら民衆やらに絡まれていて機嫌が悪かったところに普段チンピラと見紛うような態度を取る爆豪がどういう訳かナイトアイ並みにキッチリとした髪型にしている光景にカウンターをくらい伏黒はその場で崩れ落ち、笑いを堪える。

 

「ッ!ッッッッッ!ッッッ!」

 

「おい見ろ!伏黒がゲラってる!」

 

「うぉー!マジだ!あいつ、母親の子宮に笑顔忘れたんじゃないかってくらい笑わねぇからメッチャレア!」

 

「ケロケロ。伏黒ちゃん凄い楽しそう」

 

「フッ、同感だな」

 

「おいコラ影野郎!何笑ってんだァ!?」

 

 蹲る伏黒に対してクラスメイトが口々にレアだ何だのと言い、それを見た爆豪がキレ散らかすという光景がA組内で繰り広げられる。そのことに顔をあげた伏黒はまたも吹き出す。伏黒は笑ってこの光景を見ながら自身がA組に戻ってきたのだと自覚した。

 

 

「そう言えばさ、クリエイターってどういうヴィランだったんだ?」

 

 伏黒が爆豪のビフォーアフターぶりにある程度してから笑い終えると、話の話題はヒーロー殺しと組屋蹂造の話に移る。初めは話すのを渋った伏黒だったがまあ、こいつらだったら迷惑だと思うタイミングで切り上げてくれるだろうと思い話す。

 

「USJに来たチンピラと本物のヴィランの違いがよくわからされた相手だったよ」

 

「なあ、その。本当だったのか?人の身体で家具とか作ってたって」

 

「まぁな。倒した後に捕まってた子供を見つけたんだが、そこが最悪でな。アイツのアトリエだったんだが、人の骨で作られたハンガーラックとか皮をつぎはぎに繋げ合わせた布団カバーとかあとは「ああ!もういい!それ以上はマジで大丈夫だからな!?」ブルーになるならあんまり深掘りすんなよ」

 

 伏黒の話す内容に想像してしまったのか顔がブルーになる上鳴や耳郎を筆頭としたクラスメイト。場が暗くなったこともあり話題を逸らす目的でそっちはどうだったのかと伏黒は問う。すると反応は様々で思っていた以上に刺激になった者もいれば、期待していたようなものではなかった者、何やらトラウマでもねじ込まれたのか爪をガジガジと噛む者と多種多様な反応が見てとれた。その後上がったヒーロー殺しの話題で伏黒を含んだ4人は無難に返すことでその場を流す。そうして時間を潰している間に相澤が来て授業が始まる。一時限目の法の授業が終わると全員がコスチュームに着替える。

 

「ハイ、私が来た。ってな感じてやっていくわけだけど。ハイ、ヒーロー基礎学ね!久しぶりだ少年少女諸君!元気だったかな!?」

 

 そして舞台はオールマイトが担当するヒーロー基礎学が行われようとしている場所に移る。ヌルッと入った出だしは普段のテンション高めなものとは違い蛙吹からネタが尽きたのか?とかなり辛辣な言葉をもらう。

 

「職場体験直後ってこともあるから今回は遊びの要素を組み込んだ救助レースさ!」

 

 尽きてないよ?無尽蔵だよ?と前振りした後に今回の授業内容を話す。それに飯田から救助訓練ならUSJで行うべきでは?という意見が出るが今回はあくまでもレースと言いながらルールを説明し始める。ルールは5人4組に分かれて1組ずつ訓練を行う。そして5組が各地点からスタート地点に待機してオールマイトが救難信号を出したらスタート。そして誰が1番に助けるのかという内容だった。

 

 因みに建物の被害は最小限にとオールマイトは爆豪に指を差しながらそう言うと爆豪が気まずそうに顔を逸らす。そうして始まった救助レース。1組目は緑谷、芦戸、飯田、瀬呂、尾白となった。それ以外のメンバーの出番があるまでの間はでかいモニター付きの待機場所で待たされることとなった。

 

「ねぇ、誰が一位を取ると思う?」

 

 きっかけは麗日の言葉だった。ただ待機してるのも退屈ということもあり、皆で誰が一位を取るかを予想してみた。切島は瀬呂を上鳴は尾白を峰田は芦戸を麗日と蛙吹は飯田に予想を立てた。それに対して緑谷の前評判は低かった。これに関しては無理もなく。戦闘訓練然りUSJ然り体育祭然り、行く先々で体のどこかをぶっ壊してることが理由だった。余談だが爆豪は緑谷を選んだ。最下位という意味で。

 

「伏黒ちゃんは誰が1番になると思うのかしら」

 

「お!クラス最強の予想かー!誰だ!?」

 

 すると1人であぐらをかきながらモニターを見る伏黒に話題が飛び火する。呼ばれた伏黒が振り返って少し考えると

 

「緑谷」

 

 とだけ告げる。その言葉に何人かは目を見開き驚くがその中でも1番顕著だったのが爆豪だった。

 

「オイオイ、影野郎。耄碌したのか?」

 

「そんな歳でもねぇよ」

 

「デクの野郎は0か100かの一発芸野郎だろうが!100で動けば明らかに飛び越しちまうから一位を取るのは無理に決まってんだろ!それとも何か?またリカバリーガールの元にお世話にでもなるのかァ?アァ!?」

 

「……どうした爆豪。以前から思ってたが緑谷を何故そこまで目の敵にする。それに何をそんなに焦ってんだ?」

 

 伏黒が至極不思議そうにそう問いかける。するとその言葉の何処に琴線が触れたのか知らないが手をダランと下げると同時に爆豪の手のあたりからパチパチという音と共に少しだけ焦げ臭い匂いがし始めた。

 

「そこから先の行動はよく考えろよ」

 

 伏黒はそれを見てそう言いながら目を細めると影が大きく揺らめき始める。あわや一触即発となりかけたところで「まぁまぁまぁまぁ!」と言いながら念のためなのか硬化した切島が割り込む。それに対して爆豪はチッと一度舌打ちをするとその場から離れ、伏黒は「悪い」と言いながら頭を下げる。空気が悪くなる中で切島は無理にテンションを上げて何で伏黒に順位予想を聞いてくる。

 

「予想だと最下位から芦戸、飯田、尾白、瀬呂、緑谷の順だな」

 

「何でその順なん?飯田くんとかもっと上の順位だと思たんやけど」

 

「怪我もあるがそれ以上に立地の悪さだな。障害物のせいで道が曲がりくねりすぎてる。最高速度を出す前に他の面子がまず到着するだろうさ。まあそれでも機動力があるから最下位は避けられてるんだが。後はまあさっきも話題に上がった機動力の差だ。尾白も瀬呂もああいう三次元的に動いてこそ真価を発揮するからな。後は直線移動では微妙に瀬呂が勝ってるから瀬呂が2位ってどころだな」

 

「おお〜、よく考えてる。じゃあデク君が一位な訳は?」

 

「見てりゃあ分かる」

 

 感心する麗日に伏黒が理由を大画面のモニターを見るようにと顎をクイッと動かして促す。麗日が伏黒から画面に目を移すのと同タイミングで「スタート!!」という音が聞こえ、待機中のメンバーが一斉に動き出す。初めに出てきたのは滞空性能の高い瀬呂で持ち前の個性を使って上を行く。前評判の通り瀬呂が一位を取ると思った矢先、緑色に輝くエネルギーを纏った緑谷が飛び出し、瀬呂をぶち抜いた。

 

「おおーー!!」「何、あの動き!?」「ッッッッッなぁッ!?」(ああ、言われてみりゃあなんだあの動き)「すごいピョンピョンと…何かまるで…」

 

「爆豪みたい、だろ?」

 

 あたりが騒がしくなり伏黒が麗日の思ったことを的中させる。すると心当たりがあると思しき伏黒に質問が殺到する。この反応にある程度予想していた伏黒は質問に答える。

 

「アイツは0か100かしか調整できないって言うと欠点だらけだった。だがそれは裏を返せばこのクラスの中で最も発展途上な存在ってわけだ。体育祭の次の日にアイツに特訓に付き合ってほしいって言われて付き合った結果、生まれたのがあれだ。アイツはあれを『フルカウル』って呼んでたな」

 

「まぁじで!?」

 

「じゃあ、骨折克服ゥ!?」

 

「1週間で…変化ありすぎでしょ…」

 

 緑谷の変化に各々が様々な言葉を出すも共通している感情は『驚愕』だった。その反応に『フルカウル』の考案に手を貸した伏黒はどこか満足気だがふともっと騒ぐと思ってた人物が黙っていることに気がつく。目線を向けるとそこには俯いて歯軋りをした爆豪がいた。

 

(これは…マズイな…)

 

 それを見た伏黒はそう思わざるを得なかった。世の中には問題なく感情を発散できる人間と出来ない人間がいる。出来ない人間は世渡りこそ上手だろうが何かのきっかけで許容量を超えるほどの出来事があると普段怒らない人間以上に恐ろしいことをすることもある。爆豪は展開的な前者。それは普段の反応を見れば明らかだった。しかしそれでも今回、爆豪は溜め込んだ。少し発散させるタイミングがないかと考え込むとゴールの合図が聞こえてくる。結果を見ると

 

「まあ、予想通りだな」

 

「凄いわ伏黒ちゃん。まさか全部当てるなんて」

 

 伏黒の予想通りの結果となった。蛙吹のように伏黒の予想通りの結果となったことに褒める者もいれば緑谷のまさかの急成長ぶりに驚く者もいた。

 

「次は俺の番だな」

 

「お手柔らかに頼むぞ、我が友よ」

 

「普段一緒に過ごすことの多い伏黒ちゃんと常闇ちゃんと一緒にレースなんて嬉しいわ」

 

 出番が来たと普段A組で一緒にいることの多い伏黒と蛙吹と常闇と切島と峰田がそれぞれ指定された場所へと移動を開始する。全員がその場に到着するといつでも出発できるように準備運動をする。

 

「お先」

 

 そしてスタートという合図とともに機動力で優れた蛙吹が先に動く。元々、蛙吹の身体能力は高い。そして特性は、カエルの身体能力をそのまま人間大にスケールアップしたものと言っても過言ではないこともあって天候的な意味での環境の変化には弱いが地理的な環境の変化には恐ろしく強い。このまま蛙吹がトップと思われた矢先、バッッ!!っと黒い影が蛙吹の横を過ぎ去っていく。そしてスタートから20秒ほど時間が経つとゴールの合図。驚愕する蛙吹が目線を向ける。するとそこには

 

「5歩半、か。5歩くらいでいけると思ったんだけどな」

 

 ゴールに辿り着いた伏黒がぶつぶつと呟きながら考え込んでいた。少し時間を空けてから蛙吹が到着し、その後ろから常闇、峰田、切島の順番で到着する。順位はやはりというか機動力が重要だったかと思わされる。オールマイトがアドバイスと共に期末テストの準備を頑張るように促すと伏黒は礼を言ってその場から去ろうとする。しかし、

 

「オイオイ!伏黒ぉ!今の何だよ!?」「とっても早かったわ」「オイラ、【玉犬】あたりの動物を展開するのを待ってたらお前一人で跳んでったからびっくりしたぞ」「驚愕を禁じ得ない」

 

 レースをしていたメンバーが一斉に伏黒を問い詰める。予想していたこともあって伏黒は振り返ると取り敢えず嵌合纏(かんごうまとい)の説明を始める。伏黒の説明が終わると一同は総じて驚愕する。

 

「オイオイ、近接ただでさえ強かったのにまた強くなったの?お前、どこを目指してんの?」

 

「辛辣だな」

 

「いやー峰田のいう通りだぜ。俺が個性ありきでもお前は俺のことを組み伏せられるんだぜ?それがさらに強化されたとなればめっちゃ厄介だろ」

 

「おまけに掌印を結ばずに発動できるからラグは無し。まさしく鎧袖一触」

 

 男メンバーの大半が反則だと言っている中で常闇は後方師匠面よろしく腕を組みながら満足気に頷いていた。すると蛙吹はおずおずと手を挙げる。

 

「なんだ?」

 

「それって【蝦蟇】ちゃんとも融合できるって訳よね。見せて欲しいわ、伏黒ちゃん」

 

「まあ、いいが」

 

 そう言いながら伏黒は影の中で【蝦蟇】を呼び出すとそのまま嵌合纏を発動させる。すると、

 

「あれ?なんか梅雨ちゃんぽいな」

 

「確かに」

 

「なんかマジでバリエーション多くて色んな方面でウケそうだな」

 

 と言われる。伏黒は気になって腰のポーチにある鏡を取り出して見てみると瞳孔が横になっていた。手もよく見てみると少しだけ大きくなっており、姿勢も少しだけ悪くなっていた。今の今まで【蝦蟇】の嵌合纏を使ったことがなかったこともあり、こういう変化があるのかと思わされる。

 

 蛙吹が伏黒に向けて手のひらを向けながら「合わせて欲しい」と言われる。不思議に思いながら言う通り手と手を合わせる。合わさると伏黒の方が蛙吹よりも手が大きい。何がしたいのか疑問に思っていると、

 

「ケロ。私、自分より大きい手の人あんまり見たことないからこういうの新鮮だわ」

 

 そう満足気に蛙吹は言う。蛙吹の手は個性の都合上、常人よりも少し大きめだ。コンプレックスでも抱いていたのかと思う反面、そろそろ恥ずかしくなってきたこともあり伏黒が離す。それは蛙吹も同じだったのか少し顔を赤くしながら「ちょっとだけ恥ずかしかったわ」と言う。それを見た切島と常闇はニヤニヤと笑い、峰田が血涙を流しながら「軟派影野郎!許羨ッ!」と言いながらどついてきた。

 

 他のグループも問題なくレースが行われ誰も怪我がないまま終了した。その後、峰田が覗き穴から女子更衣室を覗こうとして耳郎のイヤホンジャックを目に直に受けたというトラブルを除けば普通の座学が行われてその日は終わった。



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日常、そして期末

 

 

 ヒーロー基礎学が行われた次の日。朝のHRで相澤が神妙な顔をしながら生徒達に向かって話す。

 

「え~、そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが一ヶ月休める道理は無い」

 

「まさか…!」

 

 ざわざわと周りが騒がしくなってくる。伏黒やクラスメイトはここから先の展開が何となく読めていたか、騒がしくはあったが緊張感はゼロだった。そして一瞬騒めいた後に相澤がためるように静寂を保つと再び口を開く。

 

「夏休み、林間合宿やるぞ」

 

「「「「知ってたよ!やった~!!」」」」

 

 相澤の林間合宿発言に場の空気のボルテージが一気に跳ね上がる。林間合宿の単語を聞いた瞬間、肝試しや花火など夏定番の話題が上がる。あの生真面目な飯田でさえも場の空気を抑えずに「カレーだな!」と言う始末。因みにやはりと言うか峰田は風呂にのみ気が入っていた。

 

 すると相澤が強めの口調で水を刺すように忠告というか警告を入れる。

 

「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は補習地獄な」

 

「みんな!頑張ろうぜ!」

 

 割と残酷な宣告に切島は声を上げて皆に頑張るよう鼓舞する。その後のHRはこれといったことはなく終わって通常授業が始まった。久々にも感じられる普通の学校生活が続いた。体育祭や殺害現場に居合わせることあった職場体験と、慌ただしい日常を過ごした伏黒にとってはどこか心地よく感じられる平穏だった。

 

 そしてあれよあれよと時間が過ぎていき六月最後の週。期末テストまで残り一週間を切っていた。そんな切羽詰まった状況の中、

 

「「全く勉強してねーー!!」」

 

 20位&21位である芦戸と上鳴のドベ2人組が芦戸は笑うしかないのか笑いながら上鳴は焦りを浮かべながら天高く叫ぶ。

 

「「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねー!!」」

 

「確かに」

 

 冷や汗をかく常闇が芦戸と上鳴の言葉に思わず同意してしまうほど切羽詰まっていた。中間までは入学したてということもあって範囲も狭くこれといって問題がなかった。だが、体育祭や職場体験など度重なる行事が滞った勉強の範囲を広げ中間の比ではないほど広くなっている。

 

 それにたまに忘れかけるが雄英の偏差値は79と高校どころか大学を含めても最高峰。内容もまあまあハードなのだ。しかも問題はそれだけではない。期末は中間とは異なり、

 

「演習試験があんのが辛ェところだよなぁ」

 

「お前はなんでサラッと頭いいんだー!」

 

「馬鹿であれよ!お前ドが付くレベルのエロ助なのに馬鹿じゃないってどこに需要があんだよ!?」

 

「世界、かな?」

 

 そう峰田の言葉通り他の学校とは異なり雄英には学術試験以外にも実技試験も存在しているのだ。しかも内容はぼかさせており、救助訓練なのか戦闘訓練なのかも不明である。喚く上鳴や芦戸を緑谷や飯田が頑張れば何とかなると言うがなまじ順位が高いからこそ逆に励ましというより言葉の刃となって2人の突き刺さる。

 

「伏黒ぉ!お前、ヤオモモとか委員長に次いで頭いいんだろぉ!?助けてくれよぉ!」

 

「伏黒お願ーい!」

 

「悪いがパスだ。順位下がったし自分のことで手一杯だわ」

 

 えぇー!?と騒ぐ2人に伏黒は多少の申し訳なさも感じながら断る。これにはワケがあり、あの後もマスコミたちが騒ぎ立て伏黒の住むアパートに押しかけてくることが多々あったのだ。初めは学業が忙しいと言い続けて断っていた伏黒だったのだが、そうと言われるとなお聞きたくなるのがマスコミというもの。その後も伏黒のことを襲撃しそれが組屋蹂造の話題が冷めるまで何日も続いた。

 

 結果、集中出来なくなった伏黒はものの見事に順位を落とし、救助訓練とかでも相澤に少し休めと労わられる始末。故に今の伏黒は割と本気で焦っているのだ。伏黒がどうしても教えられないとわかったのか、ちぇーと言いながらその場を離れると八百万が手を上げて教えようかと言う。初めこそ自信はなさ気だったが、瀬呂や耳郎、尾白なども参加したい旨を伝えると意図せずして若干生まれの違いを見せつけながら元気よく了承していた。

 

 騒ぎに騒いで訪れた昼休み。伏黒はA組の緑谷、飯田、麗日と普段高頻度に共にいる3人を筆頭に蛙吹や葉隠、轟などとそこそこの人数で昼食をとっていた。その中で緑谷が不安そうに呟く。

 

「演習試験かぁ。内容不透明で怖いね」

 

「突飛なことはしないと思うがなぁ」

 

「筆記はな。あのエンタメを愛してやまない教員どもが意外性のない試験をやると思うか?」

 

「あり得そうや。筆記試験は授業範囲内から出るから、まだ何とかなるけど演習はなぁ」

 

 筆記の方は最悪詰め込めばいいかもしれないが悩むべきは演習の方だった。相澤曰く一学期でやったことの総決算、とだけしか言わずやってきたことと言えば戦闘訓練や救助訓練、基礎トレとかなり広い範囲で行っていたこともあってかなり不透明だ。

 

「試験勉強に加えて体力面でも万全に…うっ!?」

 

 緑谷のそろそろ御家芸になりつつあるつぶやきが始まりそうになった瞬間、言葉の途中で突然うめき声を上げる。

 

「ああゴメン。頭大きいから当たってしまった」

 

「B組の!?…えぇっと、物間君!!よくも!」

 

 緑谷が頭を押さえながら側に立っている金髪の青年の方を見る。伏黒はその姿と緑谷の言った物間という単語を聞いて拳藤が頭を痛そうにしながら問題児がいると言っていた名前もそんなんだったなと思いつつ顔を見る。

 

「君ら、ヒーロー殺しに遭遇したんだってね。体育祭に続いて注目浴びる要素ばっかり増えていくよねA組って。ただその注目って決して期待値とかじゃなくてトラブルを引きつける的なものだよね。あ~怖い。いつか君たちが呼ぶトラブルに巻き込まれて僕らまで被害が及ぶかもしれないなぁ!疫病神にたたられたみたいに、あ~怖……ふっ!?」

 

 思わず全員が口を出せなくなるほどにA組の生徒達に対して盛大に毒を吐く物間。それを見た伏黒は拳藤が手を焼くワケだと納得すると同時に呆れる。すると言葉が突如としてとぎれる。そして物間の身体が沈み込むと同時に聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「物間シャレにならん。飯田の件知らないの?」

 

「よう拳藤。お守りは大変みたいだな」

 

「ははは、まぁな。それにしてもゴメンなA組。コイツちょっと心がアレなんだよ」

 

 心がアレ。その表現はあんまりでは?と思う反面、まぁ言われてみればと思ってしまう伏黒。そんな物間を見てどこか反骨精神を全面に押し出したところとかが爆豪に似ているなと思っていると拳藤が面白いことを言い出す。

 

「アンタらさ、さっき期末の演習試験、不透明とか言ってたね。入試の時みたいな対ロボットの実践演習らしいよ」

 

「…どこ情報だ?」

 

「先輩経由。一応、確証のある情報だから安心しな」

 

 そこまで聞くと伏黒は確かにミリオ先輩あたりにでも聞けばよかったなと思い直すと取り敢えず拳藤に礼を言う。

 

「悪いな拳藤」

 

「いいって「良くないッ、良くないぞ拳藤!せっかくのアドバンテージを!この期末こそが憎きA組を出し抜く1番のチャンスだったん…だはっ!?」憎くはねぇつーの。あ、それと伏黒。今日は私の家集合な」

 

「おう、わかった」

 

 さっきまでグッタリとしていた物間が起き上がりながら拳藤に文句をつけるもその文句も黙らされて封殺(物理)される。そして黙ったのを見た拳藤は伏黒に集合場所を伝えるとその場から去っていく。

 

「…なんだよ」

 

 去っていく拳藤を見送った伏黒が振り返ると全員がニヤニヤするか意外そうな顔で伏黒を見てきた。

 

「いやーさ!なんかさ!こう、ね!?」

 

「普通に人付き合いが苦手そうな伏黒が珍しく親しくしてるのに驚いただけだ」

 

「言うじゃねぇか紅白饅頭。それと葉隠に麗日も笑ってんじゃねぇよ」

 

 変な空気に包まれて少し気まずくなった伏黒が悪態を吐くとどうしてか、麗日と葉隠はさらにニヤニヤと微笑ましそうに伏黒を見てきた。

 

 そして昼飯が終わり全員がA組に集まり拳藤から聞いたことを皆に説明する。すると、

 

「「やったぁ~~~!!」」

 

 教室では上鳴と芦戸が喜びの声を上げていた。これに関しては無理もない話だと同じく電気を扱う個性持ちの伏黒は思った。【嵌合纏】を使うようになって電気も自分の意思で使えるようになったのだが、いかんせん調整が難しく以前借りた頑強さや伝導率など全てにおいて限りなく人に近いものとして再現した人形に自身の最大限を図るべく全力で指向性の電撃を放ったのだ。

 

 すると、何とビックリ上半身と下半身が真っ二つ。これには伏黒もドン引きして上鳴にアドバイスを貰いながらようやく無意識に放っても問題ないレベルに漕ぎ着けることが出来たのだ。その点、ロボは楽でいい。気を使わずに多少体力を考慮していればクリアできる。少なくともA組のメンバーがしくじることはないだろう。しかし伏黒にはある予感がよぎっていた。

 

「なぁ、本当に例年通りか?」

 

「「へ?」」

 

 そう、果たして例年通りのロボを相手とした戦闘訓練では無いのではないかという予感だった。

 

「い、いやいやいや。伏黒の幼馴染もさ?ロボバトルって言ってたじゃん?それとも嘘ついてたって言うの?」

 

「アイツがそういうのはしねぇよ。だけどここ最近多いだろ?敵連合しかり組屋蹂造しかりステインしかり。色んなヴィランが暴れてるんだ。それを聞いた我らがスパルタ教師どもが黙ってると思うか?」

 

「教師と当たるって?いやー、それでもプレゼントマイク先生あたりだったらイケるんじゃね?」

 

「教師を舐め腐ってんのはこの際無視するが。忘れてないか?俺たちA組の担当にはオールマイトがいるんだぞ?」

 

 辺りに不気味な沈黙が満ちる。そして次の瞬間、上鳴や芦戸だけでなく他のメンバーも巻き込んだ阿鼻叫喚の渦が巻き起こる。

 

「1週間前になってそういう怖いこと言うの止めろよ本当にそうかもって思えてきただろ!」「ダメだって! 片手で天候変えてるような御仁と戦うのはマジで無理だって!」「十分で1000人救ったって聞いてさ!もしかしたら俺たちでも行けんじゃね?とか思ってたら勉強すればするほどどんだけイカれた伝説だったのかを知らしめた人に勝てるわけないじゃないですかやだー!」

 

 伏黒のあり得るかもしれない可能性を聞き絶望的すぎることを知ったA組たちは大混乱。その理不尽としか表現しようのない強さについて、USJの際に拳の衝突の余波がUSJ全体に響いていたことや戦闘が比喩表現無しに目にも止まらない物であることを生徒である彼らは嫌でも理解していた。騒ぎがデカくなったこともあって伏黒は言うべきではなかったかと少し反省していると、

 

「人でもロボでも同じだろうが!ようはぶっ飛ばしちまえばいいんだよ!!」

 

 爆豪が苛つきながら怒鳴ることで騒ぎが少しだけ収まり視線は爆豪へと向かう。

 

「いやでも相手がオールマイトの可能性だってあんだぜ!?」

 

「うっせぇな!!!んなもん知るかァ!!誰が来ようとこっちが準備して調整すればいいんだよ!!―――なぁ!?デク!」

 

「…!?」

 

 騒ぐ上鳴達に噛みつくと今度は急に緑谷に話を振る爆豪。先ほどまで伏黒の言葉を聞いて考えていた緑谷はハッとしながら爆豪の方を見る。それを見た爆豪は忌々しそうに顔を歪める。 

 

「個性の使い方、ちょっと分かってきたか知らねぇけどよォ、テメェはつくづく俺の神経逆なでするな!体育祭みたいな半端な結果はいらねぇ。次の期末なら個人成績で否が応にも優劣が付く。完膚なきまでに差ァつけてテメェぶち殺してやる!!!」

 

「…っ!?」

 

「轟ィ!伏黒ォ!テメェらもだ!!」

 

 爆豪は緑谷に対して指を刺して宣戦布告を行うと振り返り様に轟と伏黒に対しても宣戦布告する。普段以上に鬼気迫る様子に一同は息を呑むが伏黒はやはり疑問を抱く。

 

「久々のガチな爆豪、略してガチゴーだ」

 

「焦燥…?あるいは憎悪…?」

 

「どっちかって言うと焦燥だな」

 

「伏黒!何でそう思うんだ?」

 

 2人の呟きに割り込むように伏黒がそう言うと切島は伏黒の顔を見て何でそう思うのかを聞いてくる。常闇も声にこそ出さなかったが切島と同意見なのか伏黒に話を促させる。それを見た伏黒はハァとだけため息を吐くと

 

「アイツ、俺のこと影野郎(・・・)って呼ばずに伏黒(・・)って呼んでたんだよ」

 

「確かに」

 

「でも何に焦ってんだよ…」

 

「さぁな」

 

 切島の質問に伏黒はそれだけ答えるとその場を後にする。実のことを言うと伏黒は何となくだが爆豪が焦っている訳を察していたのだ。それは緑谷である。伏黒はかつてあの2人の間に何があったかは知らないが、それでもどういう訳か爆豪は一方的なまでに緑谷を敵視していた。話を聞く限りよくヴィラン認定されなかったと言えるほど過激なまでに。

 

 しかしこの問題は心が主な原因である以上は伏黒ではどうすることもできないため取り敢えず緑谷に任せることにした。

 

 

「部屋に上がるぞ拳藤」

 

「おう、いらっしゃい」

 

 拳藤宅に到着した伏黒はいつものようにインターホンをならす。すると中から拳藤によく似た女性―――拳藤母に歓迎され、伏黒は拳藤の部屋に上がる。カーペットが敷かれたところに丸テーブルを置くとそこに教材を広げる。拳藤母に渡されたお茶を含んだコップを受け取ると早速勉強会が始まった。基本は伏黒が教材にある問題を解いていきそれを拳藤が採点。そしてわからない点や間違った点などがあれば拳藤がそれを聞きながら問題を解いていくという流れだ。

 

 あんなことがあったからこそ今拳藤に勉強を手伝って貰ってはいるが伏黒は地頭が良い。でなければ中間で八百万、飯田に次いでのクラス3位を取ったりは出来ない。拳藤の真摯な教え方と伏黒が時々思い出す授業内容もあってかスラスラと解けていく。

 

「うん!こんなもんかな?」

 

 採点及び解説を行った拳藤は満足気にそう言うと休憩を言い渡す。それを聞いた伏黒は大きく息を吐くとその場にシャーペンを置いてリラックスした。

 

「全然悪くないじゃん。この様子だったらもう1日あれば後は自習でも問題なさそうだね」

 

「悪ぃな。お前にもクラスの付き合いがあったろ」

 

「いいって!それにどうしてか私がお前との用事があるって言うとアイツ等(B組女子)が騒いでそっちを優先しろって言ってくるし…

 

 何を勘違いしてるんだアイツらは…と拳藤は少し顔を赤くしながらそう呟く。伏黒はそう言えばアイツら(A組女子及び一部男子)も似た反応してたなと思い出しているとついでとばかりに昼飯後のことも思い出し拳藤に説明する。それを全部聞いた拳藤は

 

「ハァ!?」

 

「予想でしかないけどな」

 

「いや、でも、なんで?」

 

「最近のヴィランは活発だし。それを注視した教師どもがpulls ultra よろしく試練を課してくるのはあり得る話だろ?」

 

 麦茶を飲みながら言ってきた伏黒に驚く拳藤。まあ、確証はないとはいえありそうな話な上にそれが事実だとしたら演習試験はかなり狭き門となるからだ。拳藤は伏黒の言葉を咀嚼してしばらく考え込むと「あり得る」とだけ呟く。

 

「すまないな伏黒。仮説とはいえかなり確率が高い話を教えてくれて」

 

「別にいい。お前も昼飯の時に試験内容を教えてくれただろ?これで貸し借りはなしだ」

 

「なんだそりゃ」

 

 伏黒の言葉に快活に笑う拳藤。それを見た伏黒も釣られたように少しだけ笑うと再度勉強を開始。外が暗くなり始めた頃に伏黒は拳藤に見送られながら拳藤宅を後にした。



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期末、そして演習試験①

 

 

 期末試験前最後の週末が終わり、そしていよいよ期末試験が始まった。期末試験の内容は割と他の学校と変わらず3日間に渡る筆記試験と一回の演習試験に分かれている。初めに行われた筆記試験では飯田や八百万を筆頭に爆豪、轟、緑谷と確実に頭の良さなら5本の指に入るほどのメンツは顔色一つ変えずに解いていく。しかし当然ながら明るい者がいるということは暗い表情で解いていく者もいるということだ。それが芦戸や上鳴などの勉強が不得意な人間達だった。しばらくしてアラームが鳴る。

 

「全員手を止めろ!各列の一番後ろ、答案を集めて持って来い」

 

 アラームを聞いた相澤が手を止めるよう指示を出す。クラスメイト全員は相澤の指示通りに従い、各列の一番後ろの生徒達が答案を回収して行く。こうしてついに最後の科目の試験時間が終わった。

 

「よっしゃオラー!!」

 

「ありがとうヤオモモー!!」

 

「うっし」

 

 回収し終わって自由に動いていいと許可が降りた上鳴と芦戸は喜びの声を上げながら勉強を教えてくれた八百万に向かって飛び掛かるように感謝する。1週間前はかなり自信のなかった伏黒も手応えを感じたのか珍しくグッと拳を握ってガッツポーズを取る。そして伏黒はラインで拳藤に「手応えあり。ありがとう」と送る。他の生徒達も筆記が終わってホッとした様子だった。

 

 そうして間をおかずに行われるのが演習試験。場所は実技試験会場中央広場。そこでは万全の状態で挑む為にコスチュームを着たA組の生徒達と雄英の教師陣が相対していた。A組担当の教師が勢揃いしているのを見た伏黒は自身の予想が当たっていたことを半ば確信する。そうしている間に相澤からの説明が始まる。

 

「それじゃあ演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿に行きたきゃみっともねぇヘマはするなよ。諸君なら事前に情報を仕入れてると思ったんだが、何だそのテンションの低さは」

 

「いやー実は伏黒からかなーり怖いこと言われてましてね?」

 

「へぇ、どんな内容だ?」

 

「ホラ、教師陣とバトることになるんじゃないかってことらしくて…」

 

「ホウ、それはまた「大当たりなのさ!」

 

 相澤が首に巻いている特注の捕縛布の中から飛び出すようにでてきた片目に切り傷のあるネズミのような見た目をした校長が顔を出しながら伏黒の予想の当たりを告げる。

 

「これからは対人戦闘及び活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ!」

 

 試験内容の変更を告げられ、一部の人間は伏黒の前予想もあってああ、やっぱりね。といった表情をするものが大半だった。しかしそれでも受け止めきれなかったのか上鳴と芦戸あたりは煤けた顔でリアクションが取れないほど固まってしまっている。

 

「近年増加する個性犯罪を考慮した結果、ロボットを用いた試験では実践的ではないって声が集まってね。もう予想はついてるだろうけど言わせてもらうね。諸君らはこれから二人一組でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」

 

 その言葉を聞いてA組のメンバーは一斉に顔を引き締める。校長曰く普段みたいにペアの組と対戦する教師は既に決定済みのようで動きの傾向や成績、親密度、諸々を踏まえて独断で組んだとのことだ。

 

「轟と八百万のチームが、俺だ」

 

「「!!」」

 

 ニヤリと不敵かつ不気味に笑いながら捕縛布を構える相澤と思わぬペアに反応する轟と驚く八百万。

 

「そんで伏黒、緑谷、爆豪チームが」

 

「私が、する!!」

 

 何処からか現れたヒグマのようなガタイを持つオールマイトが相澤の言葉を引き継いで拳を握りしめながら現れる。まさかのペアに伏黒と爆豪、緑谷は思わず顔を見合わせる。そしてこのペアに伏黒は思わずよく考えられてると悪態を吐きたくなった。少なくともこの組み合わせはA組内でも最悪の部類だからだ。

 

「3人とも協力してかかってきなさいよ!!」

 

 手を握りしめて拳をつくったNo.1ヒーローが力強くそう告げた。

 

 

 時は遡ること約5日前。ヒーロー科を担当する教員全員が一つの部屋に集まって書類と睨めっこしながら考えていた。話題の内容は言わずもがな演習試験の内容についてだ。

 

 ヒーロー殺しステインと敵連合(ヴィランれんごう)は繋がっていた。

 

 誰が言ったかは知らないが今巷では死柄木とヒーロー殺しの性格を知ってる伏黒が知れば鼻で笑うような噂が大流行していた。

 

 そして教師陣は今ネットで出されては消されてを繰り返すヒーロー殺しの最後の演説じみた動画によるヴィラン達が活性化していく恐れがあるという資料を見ながら試験内容を考えていた。

 

 初めこそ毎度お馴染みのロボを相手にした試験にすればよいのでは?という話も出たのだが、今後増加する恐れのある個性犯罪を考慮するとロボとの戦闘訓練は実戦的でないというスナイプの意見に皆が賛同した結果、急遽試験内容が生徒vs教師へと変更された。

 

「それじゃあ、芦戸と上鳴の相手は校長がするということでいいですね?」

 

「「「「異義なし」」」」

 

「次に轟。ひと通り申し分無いが、全体的に力押しのきらいがあります。そして八百万は万能ですがいかんせん咄嗟の判断力や応用力に欠ける…。よって俺が二人の個性を消し、接近戦闘で弱みを突きます」

 

「「「「異議なし!」」」」

 

「そして伏黒と爆豪、緑谷ですが…オールマイトさん頼みます」

 

「む!?何故だい!?」

 

「この3人に共通しているのは『優秀』という点にあります。どうやら緑谷は体育祭後に伏黒との特訓で感覚をつかんだっぽいですね。個性をコントロールしきれてることが見て取れます。伏黒も短気なきらいはありますが、それを除けば協調性も高く遠中近どれをとってもひどく優秀。間違いなくヒーロー科最高峰でしょう。この2人は仲が良くたまに放課後になると特訓をしているところが見て取れるため本来であれば組ませる予定はありませんでした」

 

 

 しかし、と言いながら相澤が一呼吸置くと次の資料に目を向ける。

 

 

「問題は爆豪にあります。確かに爆豪は優秀です。戦い方次第では伏黒にも勝てるほどに。故に手元の資料を見て分かる通り爆豪は挫折を味わったことがない。それが理由からか最近では伏黒に突っかかる姿が見て取れます。おまけに緑谷との仲の悪さ…俺のクラスは奇数である以上、いやでも3人になってしまうのですがオールマイトさんなら問題ないでしょう」

 

 

「えぇっと…しりとりでもする?」

 

「「「…………」」」

 

「(全くよく見てるぜ、相澤くん…)さて着いたぞ。ここが我々の戦うステージだ」

 

 オールマイトが気を使うレベルの地獄のような沈黙と空気の悪さが漂うバスが試験会場に到着する。伏黒がバスから降りるとそこには大量のビルや建物が並ぶ市街地がそこにはあった。毎度毎度、何処からこんだけの資産を捻出してるのか伏黒が疑問に思っているとオールマイトの説明が始まる。

 

 内容は30分以内にヴィラン役であるオールマイトにハンドカフスを掛ける、あるいはチームメンバーのうちの誰か1人でもステージから脱出できればクリアというものだった。一見、普通の戦闘訓練に見えるが判断力の試されるこの試験。戦って勝つか、逃げて勝つかの判断が試される。しかし相手は遙か格上。幾千幾万ものヒーローがいながら平和の象徴を名乗ることを許された全能の名を冠する怪物(オールマイト)

 

「けどこんなルール無理ゲーだし逃げの一択じゃね!?って思っちゃいますよね?そこで私たちこんなのサポート科の人に作ってもらっちゃいました」

 

 テテテテン!!と黎明期以前に流行っていたとされる青狸がポケットからアイテムを取り出す音が聞こえてきそうな取り出し方をするとリストバンドらしきものを取り出すオールマイト。

 

「超圧縮おーもーりー!!!」

 

「ドラえもんか」

 

「え、嘘、知ってんの伏黒少年…」

 

「オールマイト?」

 

「え、ああ!!ごめんね?体重の半分の重さの重りを装着する!所謂ハンデってやつさ。古典的だが動き難いし体力も削られるぞ。今回は3人相手だからね特別に三分の一にしてもらったよ」

 

 伏黒の言葉に思わず反応してしまうオールマイト。それに対して緑谷が不思議そうにしていると慌てたように説明すると手に持っていた重りを右手に装着する。

 

「あ、ヤバ。思ったより重っ…」

 

「戦闘を視野に入れさせるためか、ナメてんな」

 

「HAHA…そいつはどうかな!」

 

 それじゃあ先行って持ってるねー、と言いながらオールマイトは柵を超えて市街地のレプリカの中に消えていく。それからしばらくして金網で出来たゲートが開くと伏黒と緑谷と爆豪は中に入ると指定された位置に着く。そして皆が位置についたのかリカバリーガールが開始の合図を宣告した。それを聞いた伏黒は出し惜しみなしで【玉犬】と【鵺】を取り出すと偵察に向かわせて爆豪と緑谷に向き合う。

 

「爆豪、緑谷。道中で作戦を練れなかったことは痛手だが即興で作戦をつくるぞ」

 

「うんわかった!かっちゃんも…かっちゃん?」

 

 伏黒の言葉に大きく緑谷が頷くと爆豪の名前を呼ぶ。しかし返答がなく開始地点に爆豪がいないことに気づく。目線を前に向けるとカツカツカツと靴底を鳴らしながら爆豪は無言で歩いていた。

 

「はぁ…」

 

「ちょっ!かっちゃん!」

 

「ついてくんな!」

 

 案の定予想できていた反応に伏黒は思わずため息をこぼす。それを見た緑谷は焦ったように爆豪の元に駆け寄ると引き留めようとする。しかしそれを爆豪は声を荒げて振り払う。

 

「ブッ倒した方が早いに決まってんだろうが!!」

 

「戦闘は何があっても避けるべきだって!!」

 

「落ち着け緑谷。爆豪は普段でこそああだが、無策で突っ込むタイプじゃないのは知ってるだろ。おい、爆豪。合わせてやるからオールマイトを倒す方法を教えろよ」

 

 過去に何があったのかは知らないが緑谷は滲み出る爆豪が苦手ですオーラを漂わせながら爆豪の考えを改めさせようとする。しかしそれを逃げ一択は極端過ぎるのではと判断した伏黒が爆豪にも策があるのでは?と判断して緑谷に言い聞かせる。すると緑谷も確かにそうだと判断したのか爆豪の言葉を待つ。しかし、爆豪の口から出た策は

 

「終盤まで翻弄すればオールマイトだって疲弊する!そこを俺がぶっ潰す!!以上だ!!」

 

「へ?」「はぁ?」

 

 策というにはあまりにも烏滸がましい杜撰すぎるものだった。何かの聞き間違いだと思い今度は伏黒が改めて問うも返ってくる答えは依然変わらないものだった。あまりの無策さに緑谷は唖然とし、伏黒は目頭を揉む。

 

「じょ、冗談だよね?かっちゃん」

 

「オールマイトが疲弊する前にこっちが疲弊するわ。お前がスロースターターなのは知ってるが裏を返せば本領を発揮するのはかなり遅いってことだからな?その間に音より速く動くあの筋肉ダルマを疲弊させる?笑わせるにも程が、ッ!…お前マジでいい加減にしろよ」

 

 ただただ倒すとしか言わない爆豪を緑谷が引き留め伏黒が諌めようとした瞬間、爆豪は肩に触れた伏黒の顔面に裏拳をかました。爆破で加速させるおまけ付きで。モロに喰らった伏黒は少しだけよろけると額に青筋を浮かべるほどキレる。それを見た緑谷が顔を青くしながら伏黒に駆け寄る。

 

「伏黒君!?大丈夫!?」

 

「これ以上喋んなや。ちょっと最近調子がいいからって喋んな、ムカつくから」

 

「気にするな緑谷。俺が悪かった。お前(爆豪)がそこまで臆病者だったなんて俺の見積もりが甘かった。素直に詫びるよ」

 

 怒鳴りこそしなかったが言葉の端に苛立ちを見せながらその場を去ろうとしている爆豪に伏黒が嘲りながら臆病者と謗る。するとそれを聞いた爆豪が足を止めて怒りに声を振るわせながら振り返る。

 

「今何つった?」

 

「ああ、悪いな。暴力を優先させる蛮族に言葉が通じると思ったこと自体が間違いだったみたいだな。気をつけるよ―――腰抜け」

 

 その言葉を聞いた爆豪は怒鳴らなかった。ただただ淡々と手のひらから爆破を展開させながら伏黒目掛けて歩いていく。それに対して怒髪天を突いていた伏黒もいつでも《如意金箍》を展開できるように構える。それを見て焦るのは緑谷だった。

 

「お、落ち着いてよ、かっちゃん!!それに伏黒君も腰抜けなんて言わないで!らしくないよ!?」

 

「止めるな緑谷。それにお前に追い縋られたというだけで焦って視界が狭まる奴のことを腰抜けと言って何が悪い」

 

「え?」

 

 伏黒と爆豪の喧嘩を何としてでも止めようとする緑谷は伏黒の言葉に反応して爆豪を見る。そこには爆破と向かってくるのをやめて苦い顔をした爆豪がそこにはいた。

 

「あ?何だよその顔は?図星つかれたからって随分としおらしい顔するなぁ、おい」

 

 それを見た伏黒がかつて植蘭中学の頃に戻ったかのように鼻で嗤いながらそう言うと爆豪は再度怒りに顔を歪める。

 

「テメェ如きに、何がわかんだ伏黒ォ!!」

 

「わかってたまるか。というかわかりたくもない。幼馴染が自分に迫る力を持ち始めたことに困惑してやることと言ったら足掻くことでも無く、ただ周りに当たり散らすことしか脳の無い奴のことなんかな」

 

「オーケィ、伏黒。そんなに死にたいみてぇだなァァ!!」

 

「それ言ってお前が誰かを殺してるところを見たことがないんだが。口が達者なのはお前の人間性からの表れからなのか?幸せな人生を送ってきているようで羨ましいよ」

 

「2人とも落ち着いてよ!!こんなんじゃいつまで経っても会話が成立しないじゃないか!!!」

 

 いがみ合う爆豪と伏黒にとうとう痺れを切らした緑谷が怒鳴ってやめさせようとする。足並みが揃わないどころか足並みが逆方向に行き続け、空中分解まで秒読みとなった瞬間、

 

ゴゴゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!

 

 ハリケーンが横向けで襲いかかってきた。そう言われても納得してしまうほどの轟音を響かせながら3人のはるか前方より巨大な風圧が凄まじい勢いで襲いかかる。その衝撃と風圧の凄まじさは辺り一帯が吹き飛ばされ、ビル群は半壊し、信号機や歩道橋などは抉り取られたかのような破壊跡と共に跡形も無く消し飛ばされた。その勢いは3人にも及び、伏黒と爆豪は顔を抑えて堪えるが緑谷は耐えきれずその場で尻餅をついた。

 

「さて、(脅威)が行くぞ!」

 

 これまで味わってきた苦難を上回る受難が今始まる。



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期末、そして演習試験②

 

 いつだったかオールマイトをメインとした番組がやっていた時の話だ。内容はオールマイトにとってのヒーローとはというありきたりなものだった。そして番組の時間が中盤に差し掛かったところで番組主催者がとあることを聞いたのだ。

 

 ――――オールマイトが戦って建物を壊したところを見たことがないんですが、そういう個性なんですか?

 

 と。それに対してオールマイトはいつものようにアメリカンに笑うと首を横に振って否定すると

 

 ――――周りを壊さないように気を遣っているだけさ!

 

 と答えた。それを聞いた主催者はおー!と言って周りも称賛の声で溢れていた。しかし、それを聞いたヴィラン達や評論家達は戦慄した。オールマイトの言葉が事実だとするならばオールマイトは今の今までヴィラン相手に本気で戦ったことが殆どないということになるからだ。

 

 それほどまでに信じられない事実だからだ。天候を変えるほどの破壊力を持つオールマイトの一撃にまだまだ余裕があるということは。そして今回、演習試験にてオールマイトから周りを気遣うという意識はなくなり完全に枷が外れていた。

 

 それはつまり拳を振るった衝撃で生じたハリケーンと見紛う一撃を放った今この瞬間こそがオールマイトの力の剥き出しの姿なのだ。舞い上がる土煙の中から、カツカツカツという足音と野太い声が聞こえる。

 

「街への被害などクソ食らえだ!」

 

 オールマイトの声は確かに大きい。それはきっと周りを鼓舞するためや救助すべき人間を呼ぶためにそうなったのだろう。しかし、今回は普段と全然違った。

 

(((何だ…何なんだ…この威圧感は!!!)))

 

 言葉そのものが質量を帯びたような感覚が伏黒達に重くのしかかってくるように襲いかかる。それは何処かヒーロー殺しが最後に発した威圧感によく似ていた。

 

「試験だなどと考えていると痛い目見るぞ。私は(ヴィラン)だヒーローよ。真心込めてかかって来い」

 

 その言葉と共に右足で地面を強く踏みつけると、風のように駆ける。それと同時に威圧感がさらに強くなって襲いかかる。それを感じた伏黒は背筋が粟立つような感覚に襲われる。咄嗟に逃げの選択が浮かぶが戦闘能力は疎か機動力も膂力も果ては経験すらも3人束ねても足元にも及ばない以上、逃げは下策と判断。

 

 チラッと緑谷を見るが半ば信仰の対象に近いオールマイトが襲いかかってくることに衝撃を覚えたのか動けないと判断し、まだ冷や汗をかいているが笑っている爆豪がまだ動けると判断するとアシストに回ろうとする。

 

 爆豪がオールマイトをギリギリまで引きつけると左手と右手を包み込むようにして突き出す。

 

閃光弾(スタングレネード)!!」

 

 すると爆豪の手を起点に太陽を思わせる眩い光が溢れ出す。流石のオールマイトも目は鍛えてなかったのか目を覆うように右手でカバーする。

 

「オールマイト!!言われねぇでも最初から俺は!」

 

 爆豪が掌から爆破を発生させて空中に浮くと猪突猛進にオールマイト目掛けて突っ込む。しかしオールマイトは目をすぐにカバーしたこともあって視界が戻ると爆豪を捕まえるべく手を伸ばす。が、

 

「おおっと!?」

 

「チッ!邪魔すんな!伏黒!!」

 

 【嵌合纏】を発動させた伏黒が爆豪の影から飛び出すと手首を蹴り飛ばしてオールマイトによる爆豪の捕縛を防ぐ。それに対してオールマイトは驚き、爆豪は舌打ちをしながら悪態を吐くとオールマイトの顔目掛けて全力ではないが強めの爆破を連発する。

 

「うーん!いい連携…って言いたいところだけどこれは伏黒少年のアドリブかな?それとだ、爆豪少年。私を仕留めたいんだったらっ!」

 

「なっ!?ガァッ!!」

 

「本気で打ち込まないとな」

 

 空中でオールマイトの顔面に爆破を連発してた爆豪がバランスを崩すとオールマイトは爆豪を掴んで地面に叩きつける。爆豪の体勢を崩すためにオールマイトのやったことは単純だった。ただ全力で拳を放たずにその場で旋回させた。ただそれだけ。それだけで体幹の優れた爆豪が一発で体勢を崩すほどの強風を引き起こしたのだ。

 

「そして君もいつまで引き篭もってるんだい?伏黒少年」

 

「チッ!」

 

 大きく肺から息を絞り出すように吐き出す爆豪を見たオールマイトは自身の影目掛けて拳を放とうとする。するとたまったもんじゃないと言わんばかりに影から伏黒が飛び出し、せめて一撃を喰らわせようとするもかわされて終わる。

 

「爆豪少年を囮にして奇襲をかけようとしたのかな?悪くない判断だが、協力したほうがよっぽどいいとおじさんは思うんだよね?」

 

「片や意固地になって、片や崇拝から。いずれも思考停止した輩と足並み揃えるほどお人好しにはなれませんよ、オールマイト」

 

「くうぅ〜!手厳しいぜ!でもさ、それって私に1人で挑むことほど勝ち目があることなのかい?」

 

 そう言うとオールマイトは先ほどよりも速く突っ込んでくる。人が認識できる以上の速度を加算した一撃を伏黒に見舞おうと拳を突き出す。しかし、

 

「もとよりそのつもりですよ」

 

 それは伏黒の一本背負いによって防がれる。

 

 伏黒がやったことはオールマイトが突っ込んできて拳を突き出すためにブレーキをかけるその瞬間を見抜くためにじっと待って構える。そうして伏黒の顔面スレスレまで拳が近づくとギリギリで避け、オールマイトの胸目掛けて突っ込んだ。そして伸び切った肘とスーツの胸ぐらを掴み、オールマイトが起こしてみせた勢いを利用して地面に叩きつけた。

 

 それを見た爆豪や緑谷は目を見開いて驚く。そしてゲハッと爆豪のように息を吐き出すオールマイトも同様だった。オールマイトは寝たきりでいるはずも無く、追撃を加えるべくオールマイトの喉目掛けて踏みつけようとしてきた伏黒の一撃をかわすと先ほどまで頭部のあった場所に手をやり足を掴んで無理矢理投げる。

 

「ゴホッゴホッ…マジで驚いたな」

 

「俺が普段相手にしてんのが拳藤なんでね。まあ、もっとも。流石に生身で投げれるほどの技量は俺にはありませんから【嵌合纏】で【虎葬】を使ってますけどね」

 

「パワータイプの対策は万全って訳だ。いやー!驚いた!…で?それ後何回やれるんだい?」

 

 目に見えてダメージを受けたオールマイトは何てことなさそうに伏黒に問いかける。伏黒の顔には尋常じゃないほどの汗が噴き出していた。当たり前だ。確かに拳藤の一撃はオールマイトにも届くほどだ。しかし、そこに込められた念、思い、経験は段違いだ。しかも食らえば一発KO間違いなしの一撃はたった一度で伏黒の精神を大幅にすり減らしていった。

 

「………」 

 

「ま、言わなくていいとも。君は後でゆっくりと仕留めさせてもらおう。色々と戦力を削いだ後でねッ!」

 

 黙ったままの伏黒にオールマイトは笑ってそう言うと及び腰になって出口へと向かおうとする緑谷の前に回り込む。

 

「どこへ行こうというんだい?緑谷少年。まさかと思うがチームを置いて逃げるのかい?」

 

「〜〜ッッッッ」

 

 伏黒からしても緑谷が完全に戦う前から戦意喪失しているのが容易に理解できた。少しでもオールマイトから離れようとしたのかフルカウルを発動させて飛び退く。

 

「【蝦蟇】!緑谷に舌を巻き付けろ!」

 

「うぇぇ!?伏黒君なにを!?」

 

「焦んな!周りをよく見ろ!」

 

 咄嗟に伏黒が発動させた蝦蟇に無理矢理地面に引き戻される緑谷。何事かと伏黒に問うと緑谷に対して周りを見ろと言われ周りを見る。

 

「危ねぇだろうが!デクゥゥ!!」

 

 そして緑谷の目に空を飛んでいた爆豪が映る。そして悟る。自身が跳んだあの瞬間にはすでに爆豪がいて伏黒がいなければ衝突していたことに。伏黒はぶつかればこれ以上拗れる可能性も考えて咄嗟に衝突を避けた。しかしそれは歴戦の英雄にとって致命的すぎるスキとなった。

 

「SMAAAAAAAAASSSSHッ!!!!」

 

 伏黒の腹部に致命的な一撃が突き刺さる。それと同時に10メートル近く地面と並行しながら飛んでいくとビルに直撃する寸前で伏黒はビルの壁にへばり付くように着地する。一瞬、「ヤベ、やり過ぎた」と思って助けようとしたオールマイトもまさかこの一撃に耐えるかと驚き壁に張り付いた伏黒を見て得心する。

 

「なるほど今の伏黒少年は【蝦蟇】を纏ってるわけだ。たしか【蝦蟇】は打撃とか衝撃に強いんだっけ?おまけにギリギリだったけど受け止めるんじゃ無くて後ろに飛んで地面から足を離すことで体に衝撃が巡るのを抑えたと。いやー、改めて思うけどマジでやるね!純粋にゴリッゴリのパワーファイターに戦いなれてるだけだと出来ない芸当だ!」

 

 オールマイトの心からの賞賛に壁から降りると【蝦蟇】を解除して【玉犬】を纏い直す。

 

「職場体験先はアンタの元サイドキックだ。予測や演算はいやってほど先輩方に仕込まれたよ」

 

「なるほどナイトアイの。納得がいったよ。それで伏黒少年?いつまで痩せ我慢してるんだい(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 その言葉と共に伏黒の膝がガクガクと笑い出す。そして間を置かずしてその場で崩れ落ち、【嵌合纏】が強制的に解除されると口からヒュー、ヒューという浅い呼吸音が漏れ出す。流しきれなかった。最強の一撃は打撃に強いはずの【蝦蟇】の耐久性と持ち合わせた技を貫通して伏黒を行動不能一歩手前まで追い込んだ。

 

「ゲロっちまったほうが楽だぜ?」

 

「ヒュー、ヒュー…ング、誰がッ」

 

「全く強情な。で、他の2人は……全く何やってんだい」

 

 緑谷と爆豪が何をしているのか気になったオールマイトが後ろを振り返るといがみ合う2人が目に映り呆れた。そしてスタスタと歩き近くにあったガードレールを引っこ抜くと天高く跳躍した。

 

「逃げたい君には〜〜こいつをプレゼントだッ!」

 

 そう言いながらオールマイトはガードレールを緑谷目掛けて拘束するように打ち込むとすぐに爆豪の鳩尾目掛けて拳を突き刺す。いきなり生じた胃を押し出すような衝撃に爆豪は耐えきれず吐瀉物をぶちまけながら飛んでいくと地面に転げ回される。

 

 そして少しだけ落ち着いた伏黒が立ち上がるとオールマイト目掛けて走る。それを予測していたオールマイトは振り返ると目の前に澱んだ色の液体が迫ってくる。それは伏黒の吐瀉物だった。「きちゃない」と言いながら重心を低くして回避すると同時に踏み込もうとする。

 

「うおっ!?」

 

 すると急な段差が生じたかのように足場が消えてバシャッという水にも似た感覚を味わう。足元を見てみると自身の足がいつの間にか伸びていた伏黒の影に飲まれていた。そして伏黒の影から4体の【蝦蟇】が現れ、オールマイトの四肢を封じるように舌を巻き付ける。

 

「畳みかけろ!!」

 

 伏黒の言葉と共に影が大きくゆらめくと拳を大きく振りかぶったチャージ完了済みの【虎葬】が現れる。足を取られて四肢も封じた。この状態からでは反撃は愚か回避も不能。そして伏黒は以前の対話でオールマイトの弱点をよく知っていたため、この一撃で仕留められると確信していた。

 

 唯一の誤算があるとするならば伏黒は人を相手していたつもりだったが、相手は人の形をした【天災】であったというところにある。

 

「Oklahoma…SMAAAAAAAAASSSSHッ!!!!」

 

 体を急速回転させる。ただそれだけで拘束していた【蝦蟇】を遠心力で振り飛ばし、チャージが少なかったとはいえ【虎葬】の一撃をまるでコマのように弾き飛ばす。このままでは破壊されると判断した伏黒は【蝦蟇】も【虎葬】も解除して巻き込まれ宙を舞いかけた自身を【玉犬・渾】に回収させる。

 

 そうして次の一手を打つべくもう一体の式神を呼び出そうとした瞬間、凄まじい虚脱感と頭痛に襲われる。そしてその反応から自分の許容限界を越え始めたことを悟った。

 

 伏黒の個性は遠距離、中距離、近距離、全てに対応したオールラウンダー。おまけに呼び出された式神達も固有の能力を持つなどただ対応できるだけで無く一体一体がひどく強い。一見弱点のない強個性に写るがその実、弱点を抱えていた。

 

 それは燃費の悪さにある。この個性はいわばゲームにおける召喚術師(サモナー)に似ており、呼び出すにはゲームにおけるMPが必要となる。しかもそれだけで無く式神の固有の能力の使用や維持するだけでもMPをゴリゴリと消費していく。ただ維持するだけならいくらでも維持できるが、戦闘などが関わってくるとそれは消費が凄まじい。

 

 そしてMPが底をつきかけると体がそれに反応する。まず初めに頭痛。頭の奥がピキィーンといった風な感覚に襲われる。次に虚脱感。体から凄まじいストレスと共に筋力が衰えていくのと似た感覚に襲われる。そして最後に顔からの出血。許容限界をはるかに超えた場合にのみ起こる現象で目や鼻、耳に口と顔がある場所の穴という穴から血が流れ出す。

 

 伏黒は今まさに個性使用限界の第二段階へと移行していた。そんな様子を見たオールマイトはこれ以上の戦闘は難しく、出来ても問題なく対処できると思ったのか踵を返して爆豪の元に歩み寄る。

 

 そしてまるで諭すように優しく話しかける。何をそんなに焦っているのだ、と。まだまだ発展途上の君には可能性があるんだ、と。爆豪はそれに対して息を荒くしながら吐き捨てるように言う。

 

「黙れよオールマイト…!あのクソ共の力ぁ借りるくらいなら……負けたほうがまだ…マシだ」

 

 その発言に何を思ったのかオールマイトは少し黙り込むとせいぜい悔いのないようにと言って手を振り上げる。しかしそれよりも速くたどり着いた緑谷が爆豪の横面を殴り飛ばす。

 

「負けた方がマシなんて…君が言うなよ!!」

 

 完全に予想外だったのか固まるオールマイト。それを他所に緑谷が伏黒の元へと2回跳躍して駆けつけると伏黒の裾を掴んで路地裏に跳ぶ。

 

「大丈夫、伏黒君!?」

 

「これを見て大丈夫と思うならなかなかの節穴ぶりだなッ」

 

「ご、ごめん…」

 

「冗談だ。で、さっきから騒がしいそこのボロクズはどうすんだ」

 

「ボロクズはテメェもだろうが!影野郎!」

 

「元気いっぱいで何よりだよ」

 

 伏黒は爆豪が自身を影野郎と言っているのを聞くとボコられた影響か多少は余裕が生まれたのを確信する。その後、色々と爆豪と緑谷との間に問答があったが最終的に爆豪が自分の顔を小爆破することで気合いを入れ直し3人でここからどうしたものかと相談する。

 

〜30秒後〜

 

「どこぉ見てんだぁ!!?」

 

 爆破でブーストしながら爆豪が路地裏から飛び出してオールマイトの後ろに回り込む。そして振り返ろうとするオールマイトの顔面目掛けて爆破をする。そして、

 

「デク、影野郎!」

 

「避けろよ爆豪」

 

「ごめんなさいオールマイト!!!」

 

 路地裏から飛び出してきた緑谷とその影から現れた伏黒が爆豪の手榴弾の形をした籠手のサポートアイテムのピンを引き抜きゼロ距離で凄まじい爆発を浴びせる。

 

「走れ!アホども!」

 

「言われんでもッ」

 

「あ、うん!」

 

 そして直撃を確信した伏黒が【嵌合纏】を発動させ、肩が外れかけた緑谷が無理矢理戻して『フルカウル』を発動させるとその場から急いで逃げ果せる。そしてそこから全力で走り続ける。道中で障害物などの心配はあったが、信じられないことに鉄筋が組み込まれたはずの建物も舗装された道路も関係なく全てがオールマイトの初めに放った拳圧で破壊し尽くされていた。

 

「オールマイト追ってくる様子がないね……まさか気絶したんじゃ…」

 

「そんな訳あるか。あんなので倒れるんだったら平和の象徴を名乗ってないだろ」

 

「聞こえてんぞ影野郎ォ!…だが腹立つけど同意見だ。次もし追いかけてきたら多少キツイが全力の爆破で追い払うぞ」

 

「わかった、ッ!爆豪!緑谷!受け身を取れ!」

 

 走りながら作戦会議をしていると伏黒が【玉犬】の耳で音を捉える。何か凄まじい風切り音と共に勢いよく迫る巨大なナニカがせまる。伏黒は迷うことなく爆豪の足を掴むと全力で緑谷に向かって投げ飛ばす。そしてすぐに衝撃に備えるべく、後頭部と頭を手で覆う。

 

 次の瞬間、覆った手を貫通するほどの衝撃が伏黒を襲うと背中を凄まじい力が押さえ込む。

 

「HAHAHAHAHAHA!!やるじゃないか!流石に熱かったぞー!」

 

 伏黒は転がりながら向け身をとって起き上がる。そこにはところどころ焦げながらも怪我らしい怪我が見当たらないオールマイトがいた。起き上がった爆豪が怒鳴ろうと起き上がると緑谷共々絶句する。

 

「速、すぎる」

 

「嘘だろッ。俺のサポートアイテムの許容限界ギリギリまで貯めた最高火力を同時に放ったんだぞ、効いとけや!人として!!」

 

「これでも重りのせいでトップギアじゃないんだぜ?それで手詰まり、ってことでいいのかな?さてとどうしたもんか……よし!埋めるか!」

 

 末恐ろしいことを言っているのが頭に入らないほど3人は驚愕する。対峙してわかった、どこまで見積もっても甘いと思った方が良かったことを。耐久力も速度もパワーも何もかもが全てにおいて強い。そしていやでもわからされる、目の前に立つこの男こそが世界一高い壁(最強にして最高のヒーロー)なのだと。そしてそれを理解した伏黒の中にノーリスクの単語が消え失せる。

 

《報告だよ。条件達成した最初のチームは轟・八百万チーム!》

 

「お!相澤くんを出し抜くなんてやるなぁ!ねぇ?君たちはどう思う?」

 

「じゃあ、俺たちもそうさせてもらいますよ」

 

「またまた強がっちゃって、ッて、うおぉぉぉぉぉ!!??」

 

 伏黒がオールマイトの足を掴んで電流を流す。そうして指がめり込むほどの力でオールマイトの足首を掴むと遠く目掛けてぶん投げる。これこそ伏黒の使える(・・・)奥の手、【雷跳虎臥】を用いた【嵌合纏】。膂力とタフネスさをオールマイトには及ばないにせよ準ずるほどに近づけた姿。そしてダメ押しに【蝦蟇】を呼び出す。

 

 【嵌合纏】は奇しくも緑谷の『フルカウル』とよく似ている。それ故に自身のフィジカルを大きく超えるものを用いた【嵌合纏】は肉体を著しく壊すのだ。伏黒の体からブチブチと何かが千切れていく音と共に激痛が走る。そして許容限界を超えた式神の召喚が原因で目からポタポタと血が流れ始める。

 

「行け爆豪、緑谷!」

 

「伏黒君!」

 

「〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッ!!!行くぞデクゥゥゥ!!」

 

 尋常ならざる伏黒の様子に緑谷は悲鳴のように伏黒を呼ぶが、伏黒の覚悟を察した爆豪が歯を割り砕かんばかりに噛み締めると、緑谷の手を取ってぶん投げるとその後を追うように『爆速ターボ』を用いて後を追う。

 

「New Hampshire SMASHッ!!!」

 

 それを見たオールマイトは手を引き絞ると自身の前に向かって正拳突きをかます。すると一発目は慣性の方向に逆らうように急ブレーキをかけられる。そしてすぐに二発目を放つことでまるで逆再生でもするかのような勢いで急速移動する。

 

「させるかぁ!!」

 

 伏黒は自分の肉体に電気の負荷をかけることで、限界を超えた反射速度と【虎葬】の掛け合わせで生まれた身体能力を用いて体当たりの要領で割り込んで無理矢理止めにかかる。しかしそこはオールマイト。ただ突っ込むのではなくその勢いを利用して拳を放つ。それを伏黒はなんとか抑えにかかるも、止められなかったため呼び出した【蝦蟇】を用いて足を縛り付けることで漸く止めることに成功する。

 

 しかし体の負荷も相まって止めることで精一杯だった伏黒は迫り来るオールマイトの大きい掌から逃れることが出来ず、地面に叩きつけられる。

 

「寝ときな伏黒少年。そういう身を滅ぼすやり方はもう懲りてる」

 

「知るかよ。ここまで来て失敗しましたが1番あり得ねぇんだよ。それがキツイって言うならせいぜい噛み締めておけ」

 

 伏黒はそう言うと【虎葬】を解除。【鵺】のみを残すことでダメージを喰らって無理矢理発電した電気をオールマイトにしがみつき全力で放出する。伏黒のことを離そうとするオールマイトに必死にしがみつく。すると少ししてオールマイトが大きくよろめき、伏黒の裾を誰かが掴むと伏黒の体がオールマイトから離れていく。薄らとしていく意識の中で伏黒は「暴れんな!」と言う声とパァァァン!という空砲にも似た音が聞こえたと同時に伏黒は気絶した。



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演習試験、そしてnext stage





 

 

 演習試験が行われたあの後に伏黒が目を覚ました。伏黒は身体中から感じる倦怠感と共に一体全体何があったのかと疑問に思っていると側にいた緑谷が一から十まで説明した。なんでもあの後、伏黒を助けるために爆豪と緑谷が戻ってきたようで伏黒に気を取られているオールマイトの横面を緑谷が殴り飛ばした後に爆豪が伏黒を回収したとのこと。

 

 それを聞いた伏黒が緑谷と爆豪に礼を言うと照れ臭そうに「どういたしまして」と言い、爆豪は顔をそっぽむけながら「…貸し1だ影野郎」とだけ答える。緑谷も爆豪も倒すことは出来ずともオールマイト相手に勝利をもぎ取ったという事実が2人に余裕をつくったのだと伏黒が気づくと少しだけ微笑んだ。

 

 何はともあれ、多少の負傷があったものの勉強、身体能力全てを使うこととなった期末試験は、こうして幕を閉じたのであった。

 

 

 そして、演習試験が行われた翌日の朝。

 

「み、皆……合宿の土産話、っひぐ……楽しみにっ……ううっ、してるっ、がらぁ……!」

 

 伏黒が登校したそのときから嗚咽を漏らしていた芦戸が悲壮さを全面的に押し出しながらそう言う。嗚咽を漏らして泣いているのは芦戸だけだが、どうやら演習試験を合格できなかった人間が他にもいたらしく、芦戸のパートナーであった上鳴は一切の感情が抜け落ちた表情で俯き、目を伏せる切島と天を仰ぐ砂藤がクラスの一角で一様に真っ白に燃え尽きていた。

 

 初めは登校していたクラスメイトは互いにこの学校に来てから味わった中でも最大とも言えるような難関をクリアした事実に喜び合っていたのだが、芦戸と上鳴が登校してきた瞬間、状況は一変、一気に静まり返る。そして爆豪を手懐けられるほどのムードメーカーの切島に助けを求めようとするも同じく死んだ魚の目をしながら登校してきた切島と砂藤を見て今度こそ空気が死んで悲壮すぎる空気がクラス中を包みこんだ。

 

「まっ、まだわかんないよ! どんでん返しがあるかもしれないよ……!」

 

「よせ緑谷。それ、言ったらなくなるやつだ……」

 

 緑谷が何を言えばいいのかわからないが必死になって励まそうとすると瀬呂はいわゆるフラグ的なことを心配したのか緑谷の肩に手を置いて首を横に振ると無慈悲なツッコミを入れている。

 

「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄…そして俺達は実技クリアならず…これでまだ分からんのなら貴様の偏差値は猿以下だ!!」

 

「落ち着け長ぇ…ったく、分かんねぇのは俺もさ。峰田のおかげでクリアしたけど寝てただけだ。とにかく採点基準が明かされてない以上は…」

 

「同情するなら何かもう色々くれええええええ!!!」

 

 上鳴がやけくそ気味に早口になって叫ぶと緑谷の目玉目掛けて指を突き出す。他の面々は叫ぶことはなかったがさめざめと泣いていた。上鳴の叫びに瀬呂はツッコミを入れるがそれと同時に自身にもそれが該当しているのかもしれないと言いながら冷や汗をかく。

 

「結果は結果だ。甘んじて受け入れろ」

 

「納得できてたまるかぁーー!!」「ちったぁ、慰めろ伏黒さんよぉぉぉ!!!」

 

 伏黒の言葉に思わず叫ぶ上鳴と芦戸。しかし伏黒としても芦戸達の対戦相手を聞いたこともあってその結果は割としょうがないものだと思っていた。なにせ切島・砂藤チームの相手はセメントスで芦戸・上鳴チームの相手は根津校長、瀬呂・峰田チームの相手はミッドナイトとどう考えても重りがハンデになってない個性持ちなのだから。

 

 寧ろ食らったら一発アウトと下手するとこの試験ではオールマイト以上に厄介なミッドナイトを出し抜いたとされる峰田。そして他にも当たりたくないと思っていたプレゼントマイクを相手に欠けることなく勝利した耳郎と口田にビックリしてたくらいだった。

 

 そうこうしていると教室のドアが勢いよく開かれ、相澤が入ってくる。

 

「予鈴が鳴ったら席に着け」

 

 最早手慣れたと言わんばかりに一秒と掛からず流れるように全員の着席が完了するA組。相澤はそれを確認すると教卓に出席簿を置いてしゃべり始める。

 

「おはよう。今回の期末テストだが、残念ながら赤点が出た。したがって林間合宿は…」

 

 いつものように前振りもなく早速本題を切り出す相澤。その話題が出た瞬間、切島と砂藤と芦戸は悔しげな顔をし、上鳴は腹を括ったからなのか騒いでも無駄と思ったからなのかは知らないが釈迦のアルカイックスマイルよろしく微笑みながら悟ったかのような表情をする。

 

 これは終わったな、と誰もが皆で林間合宿に行けないことを確信していると相澤の口から

 

「――林間合宿は、全員で行きます!」

 

「「「どんでんがえしだぁ!!!」」」

 

 クワッ!!という効果音がしそうな笑顔を浮かべながら林間合宿の全員参加を宣言する。誰もが全員の参加が出来ないと思っていたこともあり驚愕する。そしてそれ以上に芦戸と切島と砂藤はガッツポーズをしながら天高く歓喜に叫び、上鳴は参加出来ないと確信し切っていたこともあったからか叫ぶことも出来ず、呆然とした顔をしていた。

 

「行っていいんスか俺ら!?」「本当に!?」「嘘じゃないっスよねぇ!?」「よっしゃオラァァァ!!」

 

「落ち着けお前ら。切島の質問に関してだが、まぁな。赤点者だが筆記の方は0名だ、おめでとう。そして実技で切島、砂藤、芦戸、上鳴、あとは瀬呂の5名が赤点だ」

 

「うぇええ!?……まあ確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんなぁ…」

 

 下手するとクリア出来ずの人より恥ずかしいぞ…と言いながら瀬呂は恥じるように手で顔を覆う。

 

 今回の合否の判定は相澤曰く、今回の試験は結果もそうだが、敵側は生徒に勝ち筋を残しつつ、課題とどう向き合うかを見るように仕向けてクリアするという過程に重きを置かれていたのだと言う。叩き潰すという言葉も追い込むためのものだとのことだ。

 

 その言葉に伏黒は確かに合否は時間制限内でのクリアだけではないなと思う反面、最後の最後で気絶した自分もかなりヤバかったのでは?と思い、軽く冷や汗をかく。そんな様子に気がつくことはなく相澤は言葉を続ける。

 

「それに林間合宿はあくまでも鍛えるための合宿。赤点取った奴らこそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。言ってしまえば合理的虚偽ってやつさ!」

 

「「「「ゴーリテキキョギィィィーーーーー!!!!」」」」

 

 相澤は今度はカッ!という効果音がしそうな顔でそう言う。すると先ほどまで落ちたのが確定していた4人組は輪郭がボケるほどの勢いで「ワァイ!!!」と叫んびながらはしゃぐ。

 

「またしてもやられた…!!流石は雄英だ…!!しかし!二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!!」

 

 ガタッという音を立てながら立ち上がって挙手すると飯田はそう言う。その言葉に後ろの席に座る麗日が「わぁ、飯田くん水差す」と呟き、相澤は意外にも「確かにな。省みるよ」と素直に返す。そして周りを見据えるとただし、と続ける。

 

「当然だが、全部が全部嘘って訳じゃない。赤点は赤点、それは事実だ。故にお前らには別途で補習時間を設けている。ぶっちゃけ言って学校に残っての補習よりキツいからな」

 

 相澤の言葉にいつの間にか瀬呂も加わってはしゃぎ回る補習5人組は硬直するとあからさまにテンションが低くなっていくのがわかる。それもその筈。初日に除籍を言い渡そうとする相澤をしてキツイと言わしめるほどの補修。考えるだけでも十二分に恐ろしい。

 

 全ての説明が終わるのとHR(ホームルーム)が終わるのはほぼ同時だった。チャイムの音を聞いた相澤は「林間合宿については帰りで説明する」とだけ言って教室を後にした。

 

 ヒーローの法の授業や英語の授業などが行われて全ての授業が終わって放課後となる。そしてその際に林間合宿についてを大雑把に話すと帰りのHRで合宿のしおりが配られた。

 

「期間は一週間か」

 

「結構な大荷物になるね。早め早めに準備しないと……」

 

「ん?合宿先海があんのか。俺、水着持ってねぇな」

 

「お、伏黒もか?」

 

「暗視ゴーグル」

 

 最後の峰田の持ち物は何に使うのかはあえてスルーするが、各々が持ち物リストに目を通して確認しながら必要なものに口を溢す。一週間の外泊ともなると、着替えの用意だけでも大変な訳で。伏黒としてはいくら父親の遺産(?)があるとは言え、ある程度はバイトでも生活を補っていることもあってどの程度資産を崩すかを考えていく。

 

「あ、じゃあさ! 明日休みだし、テスト明けだしってことで、A組みんなで買い物行こうよ!」

 

「おお、いいねそれ! 何気にそういうの初じゃね!?」

 

 表情が見えないにも関わらずどうしてか笑っているとわかる葉隠がそう提案する。それに真っ先に反応した上鳴はその提案に乗り気だった。ただ、いきなりということもあって参加できないものが何名かおり、女性陣からは家の事情で蛙吹が男性陣からは面倒くさいということで爆豪と入院中の母の見舞いで轟が不参加となった。

 

「伏黒はどうするー?」

 

「参加で頼む。キャリーバッグと二着ほど服を買っておきたい。すまないが服の選択の手伝いも頼む。そういうのには疎いからな」

 

「オッケー!任せとけ!」

 

「このGFC(グレート・ファッション・コーディネーター)の上鳴様に任せておけ!」

 

「で、できる範囲でよければ…」

 

 そういうわけで1年A組の9割の面子で、休日ショッピングに出かけることとなったのだった。

 

 

 強い陽射しに青い空。喧しく感じる蝉の鳴き声に、青い空に映える大きな入道雲。夏真っ盛りという言葉がよく似合うような景色がそこにはあった。時期が時期ということもあって梅雨が心配されたが、今朝の天気予報では夕立や天気雨などの心配はないと言っていた。しかし、あそこまでどデカい入道雲があるため一雨降る可能性はあるように感じられる。

 

「ってな感じでやってきました! 県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!その名も――木椰区ショッピングモール!」

 

「「「「ひゃっはー!盛り上がってきたー!!」」」」

 

 芦戸の言葉に世紀末にいそうな人間の叫び声を上げながらはしゃぐ面々。今いる木椰区ショッピングモールは先ほどの芦戸の説明通り県内最大の規模を誇るショッピングモールである。品数も最大規模で増強系や精製系、果ては異形系など様々なジャンルに対応できるように様々な店舗が並んでいる。

 

「個性の差による多様な形態を数でカバーするだけじゃないんだよねティーンからシニアまで幅広い世代にフィットするデザインの物が取り揃えられているからこそこの集客力と親子、兄弟、姉妹、友人、恋人、様々な組み合わせがいることから簡単に推察できるんだよねしかもそれだけじゃなくて「緑谷、そろそろよせ。幼子が怖がる」

 

 ついて早々に発動する緑谷節に常闇が待ったをかけることでなんとか中断させる。じゃあ早速、欲しいもの求めて別行動。となる前に周りの人間から

 

「お!? あれ雄英生じゃね? 一年生たちじゃね!?」「うわマジじゃん! うぇーい! 体育祭うぇーい!」「クリエイター捕まえた伏黒じゃね!?おーいサイン!サインくれよ!」

 

 チャラい大学生か高校生のノリで絡んでくる者もいればサインを求めて寄ってくるものもいた。因みにサインに関しては伏黒はちゃんと答えた。

 

「サインってヤバいな伏黒…。まあ、兎も角ウチ、キャリーバッグ買わなきゃ」

 

「あら、では一緒に見て回りましょうか」

 

「お、悪い俺もいいか?」

 

「ええ、是非とも」

 

「ん、全然いいよ」

 

「悪いな2人とも」

 

 八百万と耳郎がキャリーバッグを購入するために行動すると聞いた伏黒は参加していいかと聞くと八百万と耳郎は快く受け入れた。それに対して伏黒は一言だけ礼を言って振り返る。

 

「おい、切島。服選びは後ででいいか?」

 

「おう、行ってこい。俺は先選んで待ってるからなー」

 

 そうこうしていると自然と目的ごとにグループが分かれていった。最終的に切島が「なんかみんな目的バラけてっし、自由行動にすっか!」と提案をした。その意見に反対する者もおらず、その場で目的が同じなメンツが固まり解散した。

 

 

 伏黒、八百万、耳郎がたどり着いたのはキャリーバッグやリュックサック、日常的に使用するようなバッグなど多岐にわたる種類を扱っている鞄の専門店だった。

 

「スゲェな。鞄って一口にいうだけでもこんなにあんのかよ」

 

「私も普段は個別の専門店にしか出入りしませんから、右も左も鞄しかないなんて新鮮ですわ……!」

 

「……しれっとヤオモモの口からブルジョア発言が出て行き慣れてないことはわかったけど伏黒はどうなん?」

 

「完全に専門外。どれがいいのかとか全くわからん」

 

「おっけ。じゃあこの手の店に通い慣れてんのは私だけってことね」

 

 片やそもそもそこまで金がないこともあって新しいものを買う機会が圧倒的に少ない伏黒と片や金持ちすぎて庶民の店に行ったことのない八百万。方向性は違えどどちらも行き慣れていないというところは共通していた。故にこの手の店に慣れている耳郎に全てが委ねられた。

 

「やっぱり大きいほうがいいのか?」「あー、1週間って言っても洗濯もあるしそこまで大きすぎる必要はないと思うぞ?」「あの?耳郎さんに伏黒さん。商品に勝手に触ってもいいんでしょうか?」「何言って…ああ、そういうことね大丈夫だよヤオモモ」「ん?…うおッ。なんだこのバッグ」「ちょっ、伏黒!触ってもいいけどそれはやりすぎ!中身聞きたきゃ店員さんを尋ねろ!」

 

 あーでもないこーでもないと八百万(ブルジョア)伏黒(貧困層)の二人組という固体と液体レベルで異なる2人に揉みくちゃにされながら耳郎はなんとか手綱を握り続ける。そうして10分後。

 

「耳郎、マジで助かった」

 

「私の方からも礼を言わせてください。とても楽しかったですわ耳郎さん」

 

「2人が楽しそうでなによりだったよ…」

 

 自動ドアから納得のいく結果でしたとでも言いたげな顔をした八百万と伏黒が耳郎に一言礼を言うと少々くたびれた様子の耳郎が笑って答える。そんな様子の耳郎に伏黒は再度礼を言って地図を頼りに切島の待つ服屋へと向かう。

 

「悪い遅れた」

 

「問題ねぇよ。俺の方も服選び終わったところだしな。そんじゃ、お前の服選びをはじめっか!」

 

 一足早く集合場所に到着していた切島を見かけた伏黒は早足でそこに向かうと少し遅れたことに対して謝罪する。切島はなんて事はなさそうに笑って流すとそのまま自身が服を購入した店へと案内する。到着するとそこには先ほどの鞄専門店とは違い男女関係なく買えるような感じでは無く、男物専用の店といった感じだった。

 

 到着すると切島からどんな服がいいかと問われた伏黒は今着ているような服のように肌触りのいいものがいいと言うと切島はいくつか見繕い伏黒と共に更衣室へと向かった。

 

「しっかしよぉー、林間合宿行けんのは嬉しいんだが、わかってたとはいえ流石に補習きちーな…」

 

 伏黒が更衣室で着替えているため息混じりにそう呟き始めた。いきなりの話題に伏黒は困惑しつつも切島もテストに落ちていることに思うことがあったのだろうと思い納得する。

 

「まぁな。言っちゃあなんだが、相手が悪すぎたとしか言いようがない」

 

「本当によぉ…。壊しても壊しても壁が迫り上がってくんだぜ?」

 

「まぁ、聞いた感じ脳筋地味たやり方だったらしいしな」

 

 伏黒の言葉に対して半ば泣き言に近いことを言う切島。伏黒は凹む切島の言葉に切島自身にも問題があったような口ぶりで指摘すると思うことがあったのか「うぐっ」と言って黙り込む。伏黒はああは言ったがコンクリートが使われていない場所がほぼない現代社会においてセメントスの個性は捕縛や戦闘面ではほぼ無敵に近い。おまけに救助面でも名を馳せているあたり本当に万能だ。

 

「どうだ?」

 

「お!いいねぇ!」

 

「そうか…。じゃあこれと似たのを数点買うわ。選んでくれてありがとう」

 

「そ、それでいいのか伏黒?」

 

 淡白な伏黒の反応に困惑する切島をよそに伏黒は金を支払って会計を完了させる。切島はそんな伏黒に少しだけ呆れると、ふとある考えが頭に浮かんだ。

 

「仮に、仮にだ伏黒」

 

「なんだ」

 

「お前が俺だったらどうやってセメントス先生を攻略したんだ?」

 

 その質問に対して伏黒はすぐには返せなかった。自分自身ではないたらればを速攻で返すのが難しいのもそうだが、それ以上に相手が相手なため悩まされる。そして考えているうちにふとある答えに至る。

 

「周りはよく見たか?」

 

「え?」

 

「いや、だって今回の課題はあくまでも抜け道があったんだろ?話を聞いた感じお前も砂藤も猪突猛進に真っ直ぐしか進まなかったぽいしな。もしかしてだけど一部分を薄くしてたりして周りをよく見たら突破できるようにしてたんじゃねぇの?」

 

 伏黒の意見に対して切島は思い当たる節があったのか一瞬固まると直ぐに頭を抱えて蹲る。それを見た伏黒はここでは迷惑になると言うと切島はハッとしながら顔を上げると店の外に出た。すると横にあったレディースの服を専門に扱っている店から先ほど別れた八百万、耳郎の2人が出てくる。

 

「お前らも服選びか?」

 

「そうですわ。その…恥ずかしい話ですが。最近になって私の服がキツくなってきまして……それで耳郎さんに」

 

 伏黒の問いに対して八百万は少し照れくさそうにしながら答える。見た感じ変わってはいないがその手の話題に触れれば痛い目を見ることを拳藤から学んでいる伏黒はそれ以上深掘りしなかった。

 

 しかし、なんで耳郎の顔が煤けているのかと疑問に思っていると、煤けているのと同時に八百万をどこか怪物でも見るかのような目を向けていることに気がつく。その目線を辿ってみると八百万のある部分に目がいき、伏黒はその辺りで話題を変えることにした。

 

「そう言えばお前らはどこを職場体験先にしたんだ?」

 

 これ以上はいけないと思った伏黒は咄嗟に浮かんだ話題を切り出す。そして今まで熟考していた切島が真っ先に反応すると顔を上げて発言する。

 

「俺はフォースカインド!いやーやっぱり武闘派のヒーローは強い!」

 

「私はウワバミですわ。あまりヒーローらしいことはしてくださりませんでしたが…」

 

「うちはデステゴロ。索敵ばっかであんま活躍できなかったかなぁ…」

 

 各々が体験先のヒーローの名前と共に感想を述べる。ヒーローに対してあまり詳しくない伏黒としては体育祭の昼休みの際に軽く話したデステゴロ以外に知らなかった。「伏黒は?」という耳郎の質問に対してナイトアイの名前を述べると周りから歓声が聞こえてくる。 

 

「オールマイトの元サイドキックの!」

 

「なんでそこ選んだの?」

 

「単純にワンマンなオールマイトのサイドキック務めてたっていうくらいだから期待してみただけだ」

 

「確かにオールマイトのサイドキックといえば彼くらいですものね。……そうでしたわ!職場体験といえば私、拳藤さんとも少しの間でしたが一緒に仕事をしましたの!」

 

「なに?アイツ、確かミルコのとこで仕事してたんじゃ…」

 

 拳藤と共に仕事していたという八百万の言葉に伏黒は思わず反応する。伏黒としては職場体験前にはミルコから指名を受けたと聞いていたこともあって何事かと思わされる。一瞬、見栄を張ったのではないかと疑った。しかし、冷静に考えて張るタイミングを間違えすぎだしそういう人間ではないと確信していることもあってその考えは伏黒の頭から消え失せる。

 

 伏黒の反応に対して八百万は丁寧に説明する。なんでも初めは事務所がないこともあってミルコが直々に向かいに行く筈だったらしいのだが、向かっている真っ最中にヴィランによる事件が発生。解決に向ったはいいのだが、中々の強敵だったらしくかなりの足止めを喰らったらしい。

 

「ウワバミのもとで働いて2日目ほどでミルコが拳藤さんのことを抱えて出ていきましたわ。一緒にテレビのCMに出れたのもそうですが、話していてとても楽しい人でしたわ」

 

「そうかい。そいつは「フフ…」なんだ八百万。いきなり笑い出して」

 

 伏黒の言葉を遮るように笑う八百万に少しだけ怪訝そうな顔しながら伏黒は問いかける。すると

 

「いえ、拳藤さんはよく伏黒さんのことを話していたので本当に2人は仲が良かったんだなぁと思いまして」

 

 その言葉を聞いて伏黒は「アイツは…」と呟き悪態を吐きそうになる。それに過剰反応を示したのは共にいた耳郎と切島。何せヒーロー業は酷く多忙だ。それこそ色恋にうつつを抜かす暇などないほどに。トップヒーローであればあるほどその話題から遠のいており、エンデヴァーのように早めに身を固めたタイプを除けばほとんどが独身だというのが実情だ。

 

 そしてその卵であるヒーロー科の面々でさえも勉強、実技、勉強、実技、勉強、実技の繰り返しと間違っても花の高校生がすごすような生活ではない。

 

 単刀直入に言ってしまえばA組の面々は色恋など浮ついた話に酷く敏感で飢えているのだ。それこそそれっぽい話が出れば餌をばら撒かれたピラニアのような勢いで喰らいつく程度には。 

 

 そうして始まるのは切島、耳郎による質問攻めの嵐。伏黒は恨みがましく八百万に目線を送ると目をキラキラとさせながら質問しようとしているのを見て睨んでも無駄だと悟る。これ以上沈黙を貫いても面倒になるだけだと思うとそれっぽいこと言って誤魔化そうとする。

 

 すると4人のスマホが同時に通知音を発した。クラス全体か、あるいは一時的に登録した買い物メンバー用のメッセージグループに誰かが連絡を入れたのだろうと思いつつ、画面に目を落とすとそこには

 

 ―――緑谷が死柄木(ヴィラン連合の頭目)に接触したという文が記載されていた。

 

 そしてそこから伏黒が昼頃に入ったショッピングモールから脱出できたのは空が橙色に染まり始めた夕方頃となった。どうやら別行動を始めたほとんど直後、緑谷が一人きりになったタイミングで死柄木弔に出くわし、個性で命を握られながらしばらく言葉を交わしたとのことだ。そして、麗日が緑谷の下に戻ってきた際に死柄木弔は追ってくるなという警告を残してその場を去っていった。

 

 その後、麗日の通報によりショッピングモールは一時的に封鎖され、区内のヒーローと警察が緊急捜査にあたったものの死柄木が見つかることはなかった。緑谷は事情聴取のために警察署に連れて行かれ、伏黒を含めた生徒達は強制的に帰宅を余儀なくされた。

 

 

 翌日の学校、朝のHRにて、相澤先生の口からも事の顛末が語られた。しかし内容に関してはクラスメイトの共有しているラインで全てこと細やかに伝わっていることもあってそこまで驚かれることはなかった。

 

「……とまぁ、そんなことがあった訳で敵の動きも考慮し、例年使わせてもらっている宿泊場は急遽キャンセルとなった。行き先に関しては当日まで明かされないのであしからず」

 

「「「「えぇぇーーーー!!」」」」

 

 周りから困惑の声があがるが伏黒としては中止されないことに驚きを隠せないほどだ。何せ相手はヴィラン連合。移動はワープ持ちの個性を持つ黒霧がいる以上、どんなセキュリティをしていてもまず後手に回る。そうなった場合、侵入されて雄英の信頼が地に落ちるのも十二分にヤバいが最悪、侵入された上に生徒になにかしらの被害が出たともなれば信頼云々の話ではなくなる可能性が沸くかも知れないからだ。

 

 行き先が当日まで明かされないのが救いだなと思いつつも終業式が行われ、一年間学校で過ごしたのではないかと錯覚してしまうほどあまりにも濃い前期は幕を閉じた。

 

 

 学校が終業式ということもあって午前中に帰ることのできた伏黒は自身のアパートの郵便入れをみると何か手紙が入っているのがわかる。何かに抽選したわけでも、身内がいるわけでもないため来た郵便物に間違いではないかと思いながら宛先を見ると自身の名前と住所も記載されているため間違いではないと確認し、封を開ける。中に入っていたのは―――



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next stage、そしてI・アイランド①

 

 

「おおお!!すっごーーい!!!」

 

 拳藤が目の前に広がる光景に思わずといった様子で驚きの声を漏らす。空港を出てすぐであるにも関わらずそこにはまるで遊園地も見紛うような光景が広がっていた。その光景に圧倒されていたのは拳藤だけでなく伏黒と爆豪(・・)もそうだった。

 

 あの日受け取った封筒の中に入っていたのはI・アイランドの招待券だった。それを見た伏黒は思わず目を見開き声に漏れるほど驚いた。I・アイランドとは海外に浮かぶ巨大人工移動都市である。そこには世界中の科学研究者たちの英知が集まったまさにサイエンスハリウッドのような島として有名だった。

 

 なんでも雄英体育祭に優勝したことからこの地への招待券が送られたということが同封された書面に書かれていた。その事実に流石は雄英と戦慄する伏黒。すると封筒の中には1枚ではなく3枚の招待券が入っていた。なんでもどうせならば家族で来れるようにと伏黒の戸籍を調べたのだろう。納得しつつもならばとっくに2人とも亡くなっていることも確認しとけよと思わされる。

 

 どう残りの2枚を使おうかと迷っているとどうせならば貸のあるやつや知り合いに渡そうと思い、2人ほど連絡する。1人目の拳藤に連絡すると二つ返事で興奮したように行くと言い、2人目の爆豪に連絡すると初めは施しは受けねぇ的なことを言っていたが、貸を返すためというと納得しながら行くと言った。

 

 2人にはヒーローコスチュームを着た上で来るようにと告げると連絡を切った。そんな訳で今まさにI・アイランドの地に降り立つことになった三人であった。

 

「集まれ2人とも。まずはチェックインからだ」

 

「呼ぶなよ。わかってっから」

 

「わかったー!」

 

 そうしてコスチュームを着込んだ3人が生体認証によるゲートを通って自身の情報を登録させるとそのままホテルへと向かう。I・アイランドは確かに観光のように楽しむという面でも優れているが今回はなんと個性やヒーローアイテムの研究成果を展示した個性技術博覧会《I・エキスポ》が開催されるらしく伏黒達は今回その博覧会への参加権も得ていた。ホテルのチェックインが完了してそれぞれが一泊分の荷物を部屋に置いてコスチュームに着替えると向かい合う。

 

 伏黒は渾を主体とした色合いのコスチュームを着て、爆豪は毎度お馴染みの爆弾をイメージしたようなコスチュームを着こなしていた。壊されていた手榴弾型のサポートアイテムのことを伏黒が聞くとどうやら予備があったとのことだ。

 

 少し遅れて現れた拳藤のコスチュームはノースリーブのチャイナ服にマスクといった普段の自身の戦闘をイメージしたものであった。

 

「何気に初めてだな。お前のコスチューム見んの」

 

「私も初めてだよ。お前のコスチューム見んの」

 

「ケッ、惚気てんじゃねぇよ!で、どうすんだ影野郎?」

 

 爆豪の茶々を受け流しつつ言葉を受け止めると伏黒は少しだけ考え込んでから提案してみる。

 

「せっかくだ、観光と行くか」

 

「いいねぇ!出来るだけ色んなもの見ときたいしね!」

 

「チッ、面倒クセェ…」

 

 伏黒の提案に拳藤は本当に嬉しいのか溌剌に笑いながら賛成し、爆豪は悪態こそついたものの反対の意思はないのか先に行くように歩き始める。

 

 こうしてパーティーの時間までI・アイランドを観光することにした三人。行く先々でさまざまなアトラクションやサポートアイテムを体験していく。そこにあるものに共通しているものなど何一つなくただひたすら飽きが来ない娯楽に拳藤を筆頭に爆豪や伏黒も笑みをこぼす。そして一通り味わっていると岩場のあたりから歓声が聞こえてくる。

 

「あぁ?なんだ?」

 

「アトラクション…にしては規模が狭いな」

 

「行ってみればわかるだろ」

 

 どんな事をやっているのか気になった三人は観客席に足を運ぶ。そうして辿りつき、フィールドに目線を向けるとそこでは何やらゲームのような催しをしていることが分かった。盛り上がっていたのは先ほどの人物がクリアしたからなのだろう。

 

 そして次のチャレンジャーが来た際にルールの説明が始まる。ルールはかなり単純で目の前の岩山にいくつかの仮想敵が設置されていて、それらをいかに早く撃破できるかというものだった。聞き終わると同時にチャレンジが開始するとチャレンジャーが全ての標的の破壊を完了すると「23秒!」という声が聞こえてくる。周りが盛り上がっているのをみるにかなり早いタイムであることが伺える。伏黒はこんなものもあるのかと思っていると、

 

『そこの日本人の方!どうですか、参加してみませんか!?』

 

 実況が伏黒を指しながら誘ってきた。一瞬、誰に言っているのか分からず周りを見渡すが、指している指の後を追うと伏黒を指していることに気がつく。

 

「俺ですか?」

 

『はい!その通りです!』

 

「ハッ!行ってこいよ影野郎!そんでその後、俺がそのタイムをぶち抜いてやるからヨォ!!」

 

「お!いいねぇ!それじゃあ私もそれに参加しようかな!」

 

 伏黒は名指しされたことに驚いていると爆豪と拳藤がノリ気になりながら言外に言ってこいと告げる。渋々といった様子でフィールドに立つべくゲートから出てきてスタートの合図を待つ。そして

 

『ヴィランアタック!レディー…ゴー!!』

 

 開始の合図と共に伏黒は【嵌合纏】を発動させて岩山を2歩で踏破すると【鵺】と【蝦蟇】を呼び出す。三手に分かれた【鵺】と【蝦蟇】、そして【玉犬】を纏った伏黒はそれぞれが目に入ったヴィランを模したロボを片っ端から破壊していく。そして最後の一体を伏黒が破壊するとタイムが停止する。

 

 しかし一向に歓声が湧かないどころか実況の声もあがらないことに疑問を抱き戻ると口をポカンと開けながら絶句する実況がいた。

 

「タイム」

 

『え?、あ、え?えーっとタイムは……な、な、な、なんと驚愕!まさかまさかの一桁突入!は、8秒!!?と、当然ですが一位です!!』

 

 伏黒がタイムを言うように告げるとハッとした様子で実況はタイムを確認すると目を見開き何度か噛みながらタイムを発表する。その答えにざわめいていた場が静まり返るとドッと湧くように歓声が響き渡る。

 

 万雷の拍手を送られながら退場する伏黒。しかし、伏黒としては自身にとって有利な条件だったしもっとタイムを縮められたなと反省していた。そして入れ替わるように爆豪がフィールドに出た。それを見届けるべく観客席に戻るとそこには

 

「かっちゃん!?それに伏黒君!?」

 

 緑色を主体としたコスチュームを着こなすもはや見慣れたそばかす顔の緑谷がそこにはいた。しかもそれだけでなくその後ろには麗日、八百万、耳郎、飯田の姿までもが確認できた。

 

「伏黒のクラスメイトだったか?お、八百万もいるじゃんか久しぶり」

 

「け、拳藤さん!?どうしてここに!?」

 

「伏黒が雄英体育祭で優勝したろ?そん時の報酬で《I・エキスポ》の参加券をもらったぽくってさ、チケットも3枚あったからって誘われたんだ。ほら、爆豪もいるだろ?」

 

 拳藤はそう言いながら親指で岩山の方を指す。指を指した方向にはゲートの合図と共に岩山まで迫ると凄まじい速さで敵を撃破していく爆豪の姿があった。

 

《これは凄い…!!クリアタイム12秒!?第2位です!!》

 

「「「おおおおおお!!!」」」

 

「だあぁぁぁぁぁ!!!クソがァァァァァァァ!!!もう一回だ、もう一回!!!」

 

 先刻(伏黒)ほどではないが実況や会場が驚きの声を上げる。しかし結果に満足できなかったのか地団駄を踏みながらキレ散らかすと再度挑戦を要求する爆豪。それに対して実況は挑戦をしたければ間を置いてからと言われ舌打ちした後にフィールドから去ろうとする。そしてタイミング悪く身を乗り出して見ていた緑谷と目が合う。

 

「何でテメェがここにいるんだァ!!??アアァァン!!??」

 

「や、やめようよかっちゃん…人が見て…」

 

「だぁから、何でだっつってんだァ!?」

 

 さっきのことを見られたことがよっぽど腹が立つのか恥ずかしかったのかは知らないが緑谷達の存在に気付くと途端に血相を変え、先ほどのヴィランアタックよりも早いのではないかと疑うほどの勢いで一直線に緑谷の下へ飛んでいった。そして文字通り唾を吐く勢いで問い詰める。そんな2人の間に割り入ったのは飯田で間に入り込むと同時に爆豪を諫める。

 

「なんで彼はあんなに怒ってるの?」

 

 緑谷の後ろでそれを見ていた金髪の女性は不思議そうに呟く。それに関しては耳郎が「いつものことです」と呆れたように言い、麗日が「男の因縁です」と少しキリッとしながら言い、伏黒が「誰だか知りませんが気にしたら負けですよ」となんてことなさそうに言う。

 

 そろそろ爆豪の顔つきがヤバくなったことを察した伏黒はため息を吐くと

 

「緑谷と爆豪、どっちが速くクリア出来んだろーなー」

 

 と言ってみる。すると状況は一変。先ほどまで何でいるのかと問い詰めていた爆豪がやるだけ無駄だとキレ始める。緑谷もそれに対して宥めるように頷いていたのだが、嵌めたのかそれとも天然からか麗日が「やってみなきゃ分からないんじゃないかなぁ」と言い、「うんそうだねぇ」を連呼していた緑谷がそれに対しても肯定してしまう。

 

 と言うわけで緑谷のゲーム参加が決定した。

 

《さて、飛び入りで参加してくれたチャレンジャー!一体どんな記録を出してくれるのでしょうか!?敵アタック、レディーゴー!!》

 

 開始の合図と共に意外と乗り気だったのかそれともやるからには本気を出すつもりなのか《フルカウル》を発動させた緑谷は凄い速さで走り出していく。そして一気に岩山を飛び越えていくと、いつものように拳でロボ敵をどんどん壊していき、戦い方もオールマイトに似ていることもあって会場の注目を集めていく。

 

《これは凄い!14秒!第三位です!!》

 

「「「おおおおおお!!」」」

 

 結果は14秒と爆豪に惜しいところで届かないといった結果となった。その結果を見た周りは拍手を送ると緑谷は少しだけ照れくさそうにしながらその場を後にした。それに対してクラスメイト兼、外野の反応は

 

「凄いわ!デク君!」「ハッ!雑魚が!」「ん~~~惜しい!!」「流石だな緑谷君!」「おー、やるなアイツ。体育祭の時と別人じゃんか」「まあ、お見事!ところで一位はどなたなのですか?…え?伏黒さん?8秒!?」「《フルカウル》の発動が早くなった…。マジで個性の扱いに慣れてきてるな…」

 

 と様々だったが若干一名を除けば皆が一様に緑谷の叩き出した記録を褒めちぎっていた。すると少しして再度、歓声でフィールドが緩れる。何事かと思い雄英校生と見知らぬ外国人が目線を岩山に向ける。すると岩山が氷に覆われて氷山のように成り果てていた。

 

 これほどの氷結を行える個性は相当であると伏黒達が目線を向けるとそこには白い息を吐く轟がいた。

 

「轟君!?」

 

《これまた凄い!12秒!!現在同率2位に躍り出ました!!》

 

「「「おおおおおおおおお!!!」」」 

 

 まさかの雄英生徒の追加に思わずと言った様子で叫ぶ緑谷。その声に反応したのか轟が緑谷に目線を向ける。 

 

「彼もクラスメイト?」

 

「そんなとこです」

 

「凄い!流石ヒーロの卵!」

 

 ここまでド直球に褒められたことは中々なかったため――あったとしても取材の方便などくらい――素直に照れる伏黒。すると爆豪はすっかり頭に血が上ってしまっているのか何やら突っかかっている。爆豪と轟との会話?で分かったのだがどうやら招待を受けたのは父親(エンデヴァー)の方だったらしくその代理とのことらしい。

 

 こんな喧嘩腰の爆豪を普段から真面目で通ってる飯田が許すはずもなくこれ以上、醜態を晒さないためにも皆で止めるように指示を出す。いつものクラスメイトの様子に少しだけ呆れているとフィールドにいつの間にか拳藤が出場していた。

 

《さあ!今日午前の部最後の挑戦者です!!一体どんなパフォーマンスを見せてくれるのでしょうか!?》

 

「やんのか、拳藤」

 

「まぁな。最後っぽかったし丁度いいでしょ」

 

 伏黒の言葉に対して前を向きながら手を振ってそう答えるとスタートの合図を待つ。そして

 

『ヴィランアタック!レディー…ゴー!!』

 

 開始の合図と共に個性を発動させて左手を巨大化すると全力で地面を叩く。するとその勢いに押されるように拳藤の体が大きく跳ねる。すると中盤くらいの高さまで岩山に突っ込んでいくと、次は右手を巨大化させると岩山に叩きつけて再度跳躍する。

 

 今度は岩山の倍近くの高さまで跳ぶと、いつの間にか握っていた――後から聞くと叩きつけた際に岩盤を毟り取ったらしい――人1人包み込めるほど大きい手に握られていた岩を程よい形の石が残るように潰すとロボ敵目掛けて投擲する。

 

 するとまるでとてつもなく巨大な散弾銃が放たれたかのようにフィールド全域から土煙が上がる。そして同時にタイムアタックも終了した。

 

《き、記録は…えっ!ええぇぇぇぇぇぇ!!!??な、7秒!!??な、なんと先ほどに続いて一桁台が出ましたーーーー!!!しかも記録更新!!!信じられません!?》

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」

 

 塗り替えられないと思われていた記録を可憐な女性が塗り替えたこともあって会場がどっと沸く。そしてまさかの結果に生徒達も驚きの表情を浮かべていた。

 

「な、7秒!?嘘でしょ!?」「あんの、メリケン女ァァ!!」「うっわ、マジか」「ええ…B組の子、スッゴ…」「凄まじいな」「アイツ、ゴリラ振りに拍車がかかってんな」「え、ええ……?」「け、拳藤さん。体育祭でも凄まじい方だとは思ってましたけどもここまで強くなってたなんて…!」「す、凄い…!!!一瞬で終わっちゃった…とんでもない人ね!」

 

 A組全員が思い思いの言葉を吐いていると拳藤は振り返ると伏黒に向かって快活に笑いながら手でVサインを送る。こうしてこの催しは最終的に拳藤の記録が最高値となって一旦終わり、昼食休憩を挟んだ。



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next stage、そしてI・アイランド②


データが消えると本気で人って頭が真っ白になるんですね。というわけで出したいと願ってた人の登場です。


 

 

 あれから来ていたヒーロー科の面々と色々なところを見て周り、I・アイランドにあるアトラクション、設備の全てを堪能した。そして全員がエキスポ参加の時間が近いと言うことでその場で解散となった。

 

「どうだ!似合ってるだろー」

 

 そう言いながら宿泊先から支給された正装を自慢げに伏黒に見せつける拳藤。拳藤の今の格好は胸から上の肩や背中が見えるベアトップだが同色のオーガンジーを首元まで重ねて、胸元と背中が透けているアメリカンスリーブと呼ばれるノースリーブの一種になっている。上半身はぴったりと体のラインを出しつつ、ミモレ丈のスカート部分はオーガンジーを重ねてふんわりと可愛らしい。

 

 普段見慣れない幼馴染の姿に伏黒は戸惑いつつも顔を背けて「似合ってる」とだけ告げる。それに対して拳藤は嬉しそうな顔をしながら頬を掻くと伏黒の服装も褒める。そう言われて伏黒も自身の格好を見る。今の伏黒が着ている格好は白を主体とした黒紋付羽織袴という言葉がよくあった服装だった。家紋なしの無地の黒い羽織に、下に着ているのは夏ということもあってタンクトップのように袖なしの白い長着、そして袴も長着と同様に白い無地のものでそれを黒い帯で締めているという格好だった。普段から着慣れていないと言うこともあって戸惑いこそしたが、褒められるとそう悪い気はしなかった。

 

「で、爆豪は?」

 

「パスだそうだ」

 

 爆豪なのだが、エキスポ自体には興味がないのか単純に緑谷と行動するのが嫌なのかは知らないが、参加しないことを伏黒達に告げた。それでも念のためとホテルから支給されている正装だけは部屋に置いてきた。

 

「待ち合わせは18時半にセントラルタワーの……何番ロビーだっけ?」

 

「7番ロビーだな」

 

 そう言うと伏黒は拳藤に手を差し出す。それに対して拳藤は不思議そうに首を傾げる。

 

「ん?どうした?」

 

「いや、こういう時ってエスコートするもんだろ?」

 

 なんてことなさそうに言う突然の伏黒の発言に拳藤は一瞬呆気に取られるが、すぐに笑って「おう!そうだな!」と言うと伏黒の手を取った。そうして正装に着替えた伏黒は拳藤をエスコートしながらセントラルタワーのロビーへとたどり着く。10分前には到着したのだが、今のところ集まっているのは飯田、轟、上鳴、峰田の4人だけだ。

 

 アルバイトで来ていた上鳴と峰田がいることに疑問を持って伏黒が聞く。その質問には飯田が答えた。なんでも本来レセプションパーティには参加できないが、メリッサの好意でチケットをおすそ分けしてもらっており、こうしてパーティに参加できることになったらしい。拳藤の正装に興奮している峰田と上鳴の姿を見て納得していると、

 

「――ごめん! 遅くなっちゃって!」

 

 指定された時間よりも少し遅れて深紅色のストライプのスーツにクリームカラーのシャツと黒に近い紺色の蝶ネクタイとばっちり正装を決めた緑谷が登場した。それに対して飯田が遅れたことに苦言を溢していると女性陣が遅いことに気がつく。普段は抜けてはいるが真面目さだったら飯田に負けず劣らずの八百万が珍しいと思わされる。それに対しては拳藤はそこそこ人数も多く、何より全員女子だから格好には手間取りたいんでしょ、という言葉に皆が納得する。そして納得と同時に再びロビーのドアが開いた。

 

「ごめん、遅刻してもうたぁ」

 

「すみません、耳郎さんが……」

 

 申し訳なさそうにしている麗日と八百万、八百万の後ろに隠れるようにしてロビーに入ってきた耳郎。

 

麗日は撫子色の可愛らしいオフショルダーのワンピースドレス。八百万はオパールグリーンのエレガントなプランジング・ネックのロングドレスとそれぞれの良さを引き立てており、よく似合っている。そんな女子たちの登場に再度騒いだのは上鳴と峰田だった。拳藤同様に麗日も八百万もスタイルが良いからだろう。

 

「うう、ウチ、こういうカッコは……その、なんとゆーか……」

 

八百万の後ろから恥ずかしそうに出てきた耳郎はアザレアピンクのシックなワンピースドレスに黒のボレロ。可愛らし過ぎないドレスとシンプルなボレロは耳郎のパンクロック好きなボーイッシュさの良さを活かしている。

ソワソワと落ち着きのない耳郎に、上鳴がサムズアップした。

 

「馬子にも衣装ってヤツだな!」

 

「女の殺し屋みてー」

 

「褒めてねぇだろ。気にすんな普通に似合ってるぞ。そのパンクっぽさとかお前らしさが出てる」

 

 伏黒の言葉に顔を赤くして俯くと「あ、ありがとう」と戸惑ったように礼を言う。耳郎が耳と同化したイヤホンジャックを峰田と上鳴に突き刺して心音を流しながら。そして遅れてメガネを外して青いドレス姿の美しくドレスアップしたメリッサがやって来た。それを見た峰田と上鳴はここ1番の盛り上がりを見せた。全員集まったということもあっていざエキスポに向かおうとした瞬間、

 

『I・アイランド管理システムよりお知らせします。警備システムにより、I・エキスポエリアに爆発物が仕掛けられたという情報を入手しました。I・アイランドは現時刻をもって、厳重警戒モードに移行します。島内に住んでいる方は自宅または宿泊施設に。遠方からお越しの方は近くの指定避難施設に入り、待機してください。また、主な主要施設は警備システムによって、強制的に封鎖します』

 

 という機会音声と共にロビーの窓の防火シャッターが音を立てながら次々と閉じられていき、入り口が塞がれていく。突然のことに戸惑いながら伏黒は咄嗟に外部と連絡が取れるかを確認するため、スマホを起動する。すると普段Wi-Fiを接続の確認をできる部分に圏外と示されているのを見て軽く舌打ちをする。

 

「携帯が圏外だ。情報関係は全部アウトっぽいな……。拳藤!エレベーターは!」

 

「エレベーターも反応なーし。他のも確かめてるけどこりゃダメだ」

 

 携帯が圏外なことを告げるとすぐに拳藤にエレベーターなどの電子機器の使用は可能なのか問う。しかし無情にも反応がないとだけ告げる。その言葉に峰田は顔を青ざめて冷や汗をかく。それもその筈、エレベーターでロビーから出ることも、外に救けを呼ぶことも出来ないのであれば当然である。

 

「爆発物が設置されただけで、警備システムが厳戒モードになるなんて……」

 

 訝しげにしているメリッサ。どういうことかと聞くと確かに爆発物の設置は警備ロボとかが動くことはあっても厳戒モードが作動するほどの事態とは思えないかららしい。その言葉に伏黒は同時にタルタロスと同等のセキュリティを誇るI・アイランドで爆発物がそう簡単に設置出来るものなのかと疑問に思う。仮にそれができる人間なのだとしたらかなりの手練ということになる。すると混乱する場を落ち着かせるためか緑谷の口からある情報が飛び出す。

 

「会場にはオールマイトがいるんだ」

 

「オールマイトが!?」

 

 驚く飯田と「ならば問題はなさそうですわね」や「確かにあとは待ってれば問題なしだな」という安堵の声があたりから聞こえてくる。しかし伏黒としてはタルタロス並みの警備を潜り抜けられる人間がたとえオールマイトと言えどそう易々と捕まるものなのかと疑問に思う。緑谷も嫌な予感でも感じたのかメリッサにパーティ会場への行き方を聞くと非常階段の方を指定される。そして壁越しからでも情報を得ることのできる耳郎を連れて会場まで足を運ぶ緑谷。

 

 そして10分ほど経過して帰ってきた緑谷から与えられた情報は控えに言っても最悪なものだった。情報は緑谷の指示のもと会場の上階から非常階段の踊り場に戻った三人が待機していた面々に情報共有をすることとなった。青い顔して帰ってきた段階でここにいる面々は嫌な予感がしていた。緑谷と耳郎から状況を聞かされた面々は事態がそこまで大きなものだったとは思っていなかったのか言葉を失っている。

 

 そんなみんなを前に、飯田が口火を切った。

 

「オールマイトからのメッセージは受け取った。俺は、雄英校教師であるオールマイトの言葉に従い、ここから脱出することを提案する」

 

「飯田さんの意見に賛同しますわ。私たちはまだ学生、ヒーロー免許も無いのに、敵と戦うわけには……」

 

 至極真っ当な言葉が飯田と八百万の口から溢れでる。飯田に関してはヒーロー殺しの一件もあってかその言葉に対して嫌に強い重みを感じた。それに対して同じくヒーロー殺しとの案件に関わってしまった伏黒は待ったをかける。

 

「俺は反対だ」

 

「ッ、何故だ!免許もなしそんなことをすれば!」

 

「まあ、ヴィランと変わらないわな。だけど、脱出するって言ってもどうやってだ?メリッサさんの言葉が事実ならタルタロス級なんだろ?この建物の警備力」

 

「じゃ、じゃあ……救けが来るまで、大人しく待つしか……」

 

 その言葉に反論していた飯田は押し黙る。タルタロスと言えば死刑すら生ぬるいとされたヴィランの行きつく成れの果て。囚人の居房がいくつかに区分されて個性の危険性、事件の重大性によって振り分けられ、危険性の高い者ほど地下深くに収監、脳波やバイタルサイン等から収監者による個性発動が感知され次第、部屋に取り付けてある機関銃にて処分するという鬼畜仕様。そんなヤバいところから脱出する方が無理なのでは、という伏黒の言葉に上鳴は助けが来るのを待つしかないのでは?という言葉と共に皆が押し黙る。すると、

 

「うーん、私は助けたいかな?」

 

 少しだけ考えていた拳藤が何を思ったのか救出を提案する。

 

「本気か?」

 

「おいおいおい、敵と戦う気か!?相手はタルタロス級の警備を潜り抜ける奴なんだぞぉ!?」

 

「んー、そこなんだけどさ。本当に潜り抜けたの?」

 

 峰田の言葉に対して拳藤は至極不思議そうに問い返す。その言葉に皆が一様に疑問を抱く。だってそうだ。ここにいるということは侵入することが出来たということなのだから。しかし、10年以上の付き合いである伏黒は察することができた。拳藤の言いたいことを。

 

「内通者がいる、と?」

 

「寧ろそっちのほうが可能性高いだろ」

 

「あり得ない!!」

 

 その言葉に全員が目を見開き驚くと同時にその可能性が頭から抜けていたことに気がつく。唯一、ここで3年間もの間過ごしてきたメリッサだけは声高々に否定していたが、同時にここの警備力の凄まじさを知っているからか少しだけあり得るかもしれないという顔をする。

 

「それに私たちはヒーローの卵だ。最近だとヴィランを倒すところに目が行きがちだけどヒーローの本質は人助けだろ?」

 

「つまり無理に戦わずにオールマイトたちプロヒーローを救け出そうってか!?不意打ちと人質ありきとはいえオールマイトの動きを封じる奴らだぞ!?」

 

「じゃあ、ここでダンマリ決め込んで待ち続ける?待ってる間に人死が出ないなんて誰が保証出来るの?」

 

 拳藤の言葉に伏黒を除いた全員が俯いて黙り込む。伏黒としては全然救出に賛成だった。というよりもやれることがそれ以外に存在しない。肝心のヒーローは人質を取られて動けず、逃げようにもタルタロス級の警備力の前では不可能。しかも緑谷と伏黒以外は知らないがオールマイトの活動は制限時間がある。緑谷と会った時にオールマイトもこのI・アイランドにいることは確信していた。親友であるとされるデヴィット・シールドにはトゥルーフォームを明かしている可能性は高くともその他には確実に明かしていない。ここでトゥルーフォームがバレるということは本当に平和の象徴という時代の柱がへし折れることと同義だ。故に伏黒は救出に専念すべきであると考えている。

 

 すると緑谷と轟、耳郎のほうから声が上がる。

 

「拳藤さんの言う通りだ。助けよう!」

 

「俺も同感だ。たとえ違法だとしても、止めるために動きたい」

 

「うちも同じ意見かな。このまま何もせずに引きこもって終わったら世間は納得しても、ヒーロー目指してるうちは納得できない」

 

「緑谷くん!」「轟さん!?」「耳郎、お前まで!?」

 

 3人の決意に、八百万と上鳴が驚きの声を上げる。二人とて、助けたくない訳ではない。しかし違法行為をするという事に対して、二人は即座には決断しきれなかったのだ。

 

そんな中で、麗日が声をあげた。

 

「ウチも、出来ることがあるならしたい!人として、ヒーローになるならない以前の問題やもん!デクくんも、そういうつもりやろ?」

 

「麗日さん……」

 

「意志は固いんだな。……わかった。無理だけはしない。それが約束出来るなら!俺も協力しよう!」

 

 ヒーロー殺しと接敵した3人が助けにいくと言い切った姿を見て保須市での出来事を思い出したのか一度目を瞑って深く息を吐くと飯田も条件付きで救出案に賛同した。その他の面々も腹を括ったのか八百万、上鳴と続いて救出に賛同した。そして最後に峰田が泣き喚きながら賛同した。

 

「行こう、みんなを救けに!」

 

「「「おう!」」」「「「「うん!」」」」

 

 こうしてヒーロー科によるヒーロー救出作戦が実行された。

 

 

 10階、20階、30階、40階と目まぐるしく階層が変わるのを見ながらヒーロー科の面々はエレベーターもエスカレーターも使えないこともあって非常階段を登り続けていた。普段から下手な軍人以上に鍛えられていることもあってか未だに泣き言を言うものはいても脱落者はいなかった。メリッサがついていくとなった時は緑谷を中心に反対の声も上がったが、セキュリティを解除できる人間はメリッサしかいないということで同行を許可した。身体能力に関してはヒーロー科の人間達についていけるのかと言う声も上がったが、

 

「ごめんなさい伏黒くん。【玉犬】ちゃんを借りちゃって」

 

「あなたにはここの司令塔であるセキュリティを取り戻すって言う重要な役割があるんです。疲れてそれが出来ないんじゃあ、今やってること自体が御破算になる。ですので気にしなくて大丈夫ですよ」

 

 そこに関しては伏黒が【玉犬・渾】を呼び出して背負わせることでその問題は解決した。一部から消耗しすぎないかと言う声も上がったが、戦闘ならいざ知らずメリッサほど軽い人間を持ち運んだだけでバテるほど柔ではないと告げると皆が納得してくれた。そうして60階に差し掛かったところでいよいよバテてきたのか緑谷や拳藤、轟に飯田、伏黒と戦闘に特化した面々はいまだに余裕があったが、拘束型の個性持ちの人間などは少しだけペースダウンし始めていた。

 

「め、メリッサさんっ…ゼェ、あと、何階…ハァ、ですか?」

 

「最上階まで200階だから、あと140階ね!」

 

「嘘だろ、オイ!?」

 

 息も絶え絶えといった様子でメリッサに後何階かを聞いた上鳴は帰ってきた返事に思わず絶叫する。そんな様子に張り詰めていた緊張が少しだけほぐれる。そして80階に差し掛かったところで問題が生じた。

 

「この先シャッターが閉まってる!」

 

「そんな…」「マジかよ!」「ここまで来たのに!」

 

 あんまりな事実に皆が一様に叫ぶとメリッサはどうにか出来るのか【玉犬】から降りてシャッターに近づく。するとフラフラで足元もおぼつかない峰田が近くにあった緊急階段を出る扉に手をかける。

 

「う、上に行けないんだったら、横から行けばいいだろぉ〜」

 

 その言葉にメリッサは操作をやめて声のした方に目線を向けると「ダメッ!!」と叫ぶ。しかしその叫びが届くよりも前に峰田は扉に手をかけ開けてしまう。それを見たメリッサは【玉犬】に飛び乗るとすぐに走るように指示する。それに疑問を抱きながらも指示に従って一斉に走り出す。そしてその疑問の答えはすぐにやってきた。

 

「シェルターが!」

 

 目の前の奥から順番にシェルターが降りてくる。それを見た全員が急いで走り出すも間に合わないと悟る。それを見た伏黒は【嵌合纏】を発動させ【虎葬】を纏うと閉まりかかっているシェルターに向けて全力で拳を叩き込む。そしてシェルターが吹き飛ぶと目の前にあった一つの扉に向けてもう一度拳を放つ。

 

「ここに逃げ込むぞ!」

 

 伏黒がそう言うと一斉にすぐそばにあった部屋に入ったところ、そこは一室丸々フロアを使っている大きな部屋が広がっていた。天井はとても高く、3階分の吹き抜け構造のようで多くの植物が植えられている。

 

「メリッサさん。このエリアは?」

 

「植物プラントよ。個性の影響を調べてるの」

 

「なぁ、吹き抜けになっているし、轟の氷で上の階に出ちまえば……」

 

「待って!あの中央にあるエレベーター!」

 

 時折り床に耳のイヤホンジャックを刺して索敵をしていた耳郎の声で、全員が部屋の中央にある黒い柱のようなエレベーターを見た。その電光板の数字が徐々に上がってきている。

 

「誰か来る……!?」

 

「なぁ、あのエレベーターを使えば最上階まで行けるんじゃ……」

 

「無理よ。エレベーターは認証を受けている人しか操作出来ないし、シェルター並みに頑丈に出来てるから破壊も出来ないわ」

 

 それを見た全員が近くの茂みに隠れると、上鳴がアイデアを出す。伏黒もいいと思ったのだが、思っていた以上にセキュリティは厳しいらしくメリッサにその案は不可能であると否定される。電光板の表示が79から80へ変わり、音を立ててエレベーターが開いて中から男が二人出てきた。片方は細長い男でもう片方は逆に丸く太い男だった。男たちはキョロキョロと周囲を見回しながらエレベーターを降りて歩いていると、荒々しい声を出した。

 

「見つけたぞ、クソガキども!」

 

 見つかってしまったと緑谷たちが茂みの中で身体を強張らせていると、聞きなれた声が聞こえた。

 

「ああ?今なんつったテメー!」

 

 その声に思わず全員が反応する。茂みの向こうを見ると、正装を着込んだ爆豪がヴィラン相手にメンチを切っていた。

 

「なんであそこに爆豪がいんだよ!?」

 

「俺だって知るか!」

 

 上鳴が思わずといった様子で小声ながらも伏黒に問い詰めると伏黒もなんでいるのか、寝てるんじゃなかったのかと内心思いつつも知らないと主張する。あの後聞いたのだが、どうやら爆豪はエキスポに興味はないがこのまま寝ているのも退屈だと思ってたらしい。だが行かないと言った手前、ついていくのもなんだと思って1人で行動することにしたらしい。そんなこんなでいろいろと探索していたら80階にたどり着いたらしい。

 

 あまりの間の悪さにヒーロー科全員とメリッサが思わず頭を抱える。

 

「なんでお前ここにいる?」

 

「そんなもんテメェらには関係ねぇだろうが、アアァン!?」

 

 一瞬どっちがヴィランだかわからなくなったが、今この瞬間で爆豪の通常運行の対応は不味すぎた。それに苛立ったのかノッポの方のヴィランは目を細めると何も言わずに右手が手袋を破いて2倍ほどの大きさに変わる。敵の右手からはまるでガラスのような波動が数メートル先に居る爆豪目掛けて放たれた。しかしそこはA組の中でも最高峰の反応速度を持つ男、攻撃に気づくことはできた。しかし出来たのは気づくことだけ、個性の出だしはどうしようもなくヴィランよりも遅れてしまった。

 

 あわや直撃するといったところで轟から放たれた巨大な氷壁をヴィラン目掛けて巻き込むようにすることで防がれた。

 

「この個性は……舐めプ野郎か!!」

 

「轟、拳藤!お前らは残ってあとは先に行け!轟!緑谷達を上に連れてけ!」

 

「了解した!」

 

 伏黒の指示に対して轟はすぐに応答すると人が何人も乗れるほどの氷塊を作り上げてエレベーターのように緑谷達を上に連れていく。

 

「伏黒くん!」

 

「君は!?」

 

「良いから行け!ここを片付けたらすぐに追いかける」

 

 伏黒の迷いのない言葉に、全員が心配する気持ちをこらえて先を目指す事に意識を切り替える。それを見届けた伏黒は轟と拳藤と並び立つ。するとほぼ同時にスプーンでくり抜かれたような跡と共に2人組のヴィランが無傷で現れる。

 

「拳藤、お前は爆豪と組め。」

 

「了解!」「俺に命令すんなや、影野郎!!」

 

「じゃあ、お前は俺とか?」

 

「そう言うことだ、よろしく頼むぞ轟」

 

 小さく丸い方の相手が紫色の肌になると同時に伏黒達が見上げるほどの大きさに変貌すると大きく吠える。そして氷をくり抜くようにして抜けてきた男も構えるとヒーローの卵vs ヴィランの戦闘が始まった。

 

 

「思いの外、呆気なかったな」

 

 無傷の轟は2人の関節を固定するように氷結させるとそう言う。あの後、伏黒の指示通りに分かれ戦闘が発生した。確かになんでヴィランになったのかと聞きたくなるような相手だった。

 

 しかしヴィラン達が相手したのは一年ヒーロー科の中でも最上位に位置付けられる面々だった。紫色の肌をしたヴィランは体躯に見合った力をしていたのだが、その力の面で拳藤の方が圧倒している上に個性の影響からか思考も鈍く攻撃パターンが凄く単純だった。拳藤が攻撃を弾き、爆豪が爆破するを繰り返すと最終的に拳藤が手に乗っけた爆豪を投げ飛ばし、その勢いと回転を利用した最高火力の爆破でヴィランの1人を仕留めた。

 

 次に伏黒と轟ペアなのだが、初めこそ火力が明らかに今まであってきたヴィランの中でも最高値ということもあって攻めあぐねていた。しかし、伏黒が轟の展開した氷を用いて影から影へと移動しては殴るを繰り返した結果、大きな隙が生まれるとトドメに火力の高い轟が炎を放って終了した。

 

 拳藤のハイタッチに応えた伏黒はスピーディーにヴィランの討伐を済ませたことに安心していると

 

「なんじゃあ?最近の若いのは餓鬼の子守りも出来んのか?」

 

 後ろの方から声が響いた。それに轟、拳藤、爆豪、伏黒は全員が個性を起動して構える。そこには低身長で筋肉質、達磨の様な太い眉に丸顔の初老の男がいた。個性の影響からか禿頭にアイスラッガーのような髪のみを残すといった印象に残りやすい出で立ちをしている。服装もギッチギチのTシャツに短パン、そして腹巻という半世紀ぐらい前の服装をしており、お世辞にも綺麗とは言い難い。 あまり強そうではない出立ちに皆が警戒を緩めていた。

 

 しかし、伏黒は違った。知っているのだこの気配を。退廃的で濁り切ったその目は組屋蹂造のそれと瓜二つだったのだ。それを理解した瞬間、影から【虎葬】を呼び出すと突撃させて吹き飛ばす。

 

「おい!テメェ影野郎!何先走ってんだぁ!?」

 

「爆豪、拳藤、轟。お前らは先に行け」

 

「なんでだ?俺たち全員でかかった方が確実だろ?」

 

「今優先すべきはヴィランの討伐じゃなくてタワーの奪還だろうが。手早く倒せたなら緑谷のほうに行ってやってくれ」

 

 その言葉を聞いた轟は少し考え込むと爆豪の手を取ってその場から離れる。それを見送った伏黒はいまだに隣に立つ拳藤にも行くように告げる。しかし、

 

「嫌だね。それにお前がいきなり攻撃したってことはそれほどの相手なんだろ?だったら2人のほうがいい」

 

 という理由で残った。反論しようにも確かにそうだと伏黒は納得すると土煙の中からスタスタと足音が聞こえる。それと同時に土煙をかき分けて達磨のような男が姿を現す。

 

「まったく、若いモンは年寄りを労わらんかい」

 

「時間はかけらんねぇぞ」

 

「かからないだろ」

 

 個性が不明な古狸を相手に拳藤と伏黒による初めての共同戦線が始まる。



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next stage、そしてI・アイランド③

 

 

 筋肉質な初老の男性の腹部に拳藤の拳がドウッ!という生々しい音共に突き刺さる。それと同時に伏黒の影の中で泳いでいた【玉犬・渾】が現れると拳藤が頭をずらして避けることで一撃が視覚外から顎を跳ね飛ばすようにして突き刺さる。

 

 そしてガラ空きに重なった顎目掛けて拳藤の拳が突き刺さり、胴体に伏黒の《如意金箍》が叩き込まれる。パワフルな拳藤に合わせるのは伏黒にとってヴィラン(あいて)よりもキツかった。が、それでもこれでその連携も終わる。電気を通した《如意金箍》で殴ったのもそうだが、何より拳藤の拳が顎に入ったのだ嫌でも気絶する。筈だった。

 

「……フム」

 

 しかし相手はまるで聞いていないかのように首をコキッとだけ鳴らす。これに伏黒も拳藤も驚かされる。そして驚愕する2人を見た男は腹巻きに収納していた匕首を抜くと拳藤目掛けて振るう。

 

 咄嗟に拳藤は避けたものの服が裂ける。そして伏黒は影から呼び出した【蝦蟇】の舌を男に巻き付けると凄まじい勢いで轟が展開した氷壁目掛けて叩きつける。

 

「拳藤!!」

 

無問題(もーまんたい)!皮にすら掠らせなかったよ」

 

 そう言いながら裂けたドレスの胸元部分を見せると胸が見えただけで怪我は見当たらなかった。それを理解すると伏黒はすぐにヴィランに向き直る。

 

「元気元気。おまけに将来有望ときた。ひひ、殺り甲斐がある」

 

 肩についた粉氷をはたき落としながらなんてことなさそうに現れる。伏黒の【玉犬】の爪はこの建物のシェルターもバターのように切り裂ける。拳藤の一撃は今回きた雄英生の中で最も重い。殴った時に感じた触れた感覚も硬化のそれではなく肉の感じがした。ならば何故、何故ダメージがないのか。

 

「時間かからねぇんじゃねぇのか」

 

「……ノーコメントで」

 

 伏黒の言葉に拳藤は思わずと言った様子で目を逸らす。

 

「来ないのか?年寄りを待たせるのはいかんなぁ。ならこっちから行くぞ!」

 

 すると先ほどまで受け身であったはずのヴィランはまるでバネのような勢いでその場から飛び出すと同時に伏黒の顔目掛けて回し蹴りをかますがそれを難なく避ける。

 

 上体が浮いたことを見逃さなかった拳藤が再度拳を叩き込むがまるで効果はなく、逆に勢いを利用されて顔目掛けて放たれたハイキック喰らう。それを喰らった拳藤は思わず仰け反ると伏黒は咄嗟に取り出し短くした《如意金箍》で男の側頭部目掛けて振り下ろす。

 

 しかし、これも効いた様子は見られずにぐりんと振り返ると持っていた匕首を伏黒目掛けて振るう。これを何とか伏黒は防ぐと拳藤と共にその場から飛び退く。

 

「ヒヒヒ、楽しいぜ」

 

 愉快そうに笑う男は未だこれといってダメージが通ったようなところは見られない。

 

「マジでどうなってんだ?いくら何でもタフってレベルじゃない」

 

 拳藤の言葉に伏黒は内心同意する。硬化系の個性でないのは触れてわかったが見当もつかない。十中八九、個性絡みなのは違いないだろう。ふと、無効化の文字が伏黒の脳内で浮かぶと思いつく。

 

「おい!!オールマイトが来てる!!さっさと逃げたらどうだ!!」

 

 伏黒は軽く威を込めた言葉を発する。伏黒の予想が正しければ

 

「くっくっくっ、ハッタリが下手くそだな。お前さん方ほど優秀なら捕まってることくらいわかんだろ。つーかだから俺たち(ヴィラン)がはしゃいでんだろ。オールマイトが元気なら家で寝てるわ」

 

 嘲りながらそう返す男の言葉に伏黒は予想が確信に変わる。目の前の男ではオールマイトには勝てないことを。となると男の個性が『無効化』などという大それたものではないことを。拳藤も初めは訝しんでいたが何となく察してくれたのか納得していた。

 

「やる気がないなら。そろそろ死ぬか?」

 

「伏黒!来るぞ!!」

 

 異常者特有の気配を垂れ流しながらそう言う相手に対して拳藤が拳を構える。そのやりとりを見てふと伏黒が禿げ上がった頭のある部分に目線がいく。そして

 

「【脱兎】」

 

 伏黒の影から幾百もの兎が飛び出してくる。そしてその内の一体が男の肩に当たる。

 

「ツッ」

 

 そう言いながら確かに半歩後退した。拳藤の一撃も【玉犬】の爪も意に返さなかった男がである。そしてそれを見た瞬間、全てが繋がると【脱兎】に男をドーム状に囲うように命令する。ドーム状になって隠れた男を見届けると伏黒は拳藤の肩を叩く。

 

「奴の個性がわかった」

 

「おぉ!!」

 

 【脱兎】の内の一体をいつの間にか握っていた拳藤が驚きに声を上げる。そして個性の詳細に関しての予想について説明していく。

 

 

 ヴィラン、 粟坂二良(あわさかじろう)は正真正銘のクズである。「常に奪う側」をモットーに少なくとも20年以上前から殺し屋として活動しているベテラン。ならばヒーロー殺しや組屋蹂造のように何かを求めた求道者かと問われれば断じて否である。

 

 若い頃は「人体をよく知るため」と人の顔の皮を平然と剥ぐなど、生粋のサディストである。「病気がちな母に贅沢をしてほしい」との思いから、大金を稼ぐためヴィランになった、という過去を持つ。……みたいな嘘を平然とつくなど、純然たるゲスそのもの。

 

 力を他のために使うのではなく己の私腹を肥やすためだけに使い、女子供も平然と殺し弱者を蹂躙する正真正銘の鬼畜である彼はかつて超常社会が確立されるよりも前は自由で人生を謳歌していた。年々増え続ける個性犯罪に手一杯なヒーロー達に対して上手く立ち回れば何者にも縛れず楽に稼げたから。自由にそしてわがままに生き続けた。

 

 しかしその自由は晩年にして奪われることとなった。そう、オールマイトの登場である。かつてAFOにオールマイトの殺害を依頼された際に自身を遥かに上回る存在であるということは一目見ただけで理解させられた。そうして少しずつ犯罪件数も減っていき居場所がどんどんなくなっていった。

 

 するとある日かつてのクライアントであったAFOから連絡が入る。内容はオールマイトへの嫌がらせらしい。初めは一笑に伏して連絡を切ろうとしたのだがウォルフラム という男の立てる計画を聞いた 粟坂二良は乗り気となり、拘束されたオールマイトを見て幾年ぶりかの高揚を感じた。

 

  粟坂二良は憤っていた。自由を奪う?ふざけるな!俺は生涯現役!!死ぬまで弱者をいたぶり続けるのだ!!と。

 

 そうして今日も2人の子供と出会した。1人は生意気だと思いたくなるほど整った顔をしたどこかで見たことあるような男と学生とは思えないプロポーションとルックスを持つ女だった。

 

  粟坂二良は夢想する。女は犯すと決めたが男はどうしてやろうかと。目の前でやるのもありだと影で作られた【脱兎】に囲まれながら考えていると【脱兎】がバシャという音共に消えると【虎葬】が自身目掛けて拳を叩き込んできた。

 

「はっはっは!!なんじゃこりゃ!!」

 

 吹き飛ばされて壁に再度叩きつけられるものの難なく立ち上がる。すると次の瞬間には【虎葬】が消えていた。

 

「出したり消したり忙しない!男ならはっきりしろい!!」

 

「そういうのは俺の担当じゃない」

 

 粟坂は伏黒の指差した方に目線をやると自身目掛けて大量の樹木やドアだった鉄板が突っ込んでくる。それを受け止めた粟坂は内心拳藤の膂力に冷や冷やとさせられる。

 

 そして伏黒の力みの加わった大ぶりを見て内心で笑みが浮かぶ。《如意金箍》を素手で受け止めると片手に持ってた匕首で突く。そして左側から力強く拳を握り締め「シッ」という掛け声と共に一撃を放つ拳藤と今度は【嵌合纏】を発動させて《如意金箍》を振るう伏黒を見ていよいよ笑いを堪えることが出来きずに待ち構える。

 

 粟坂二郎の個性は【あべこべ】。当たった攻撃を強ければ弱く、弱ければ強くするといったもの。今の今までこの個性を解き明かせずに必死の一撃を当てた後のカウンターを躱せたものはいない。必死になればなるほどこの個性のドツボにハマる。

 

 粟坂はまずは冷や冷やさせられた拳藤にと思い個性を最大解放。いつでも受け入れる準備をした。

 

 そして粟坂はブワッと冷や汗が流れる。そして同時に口から血を吐き出した。

 

 

「あいつの個性は多分【あべこべ】だ」

 

「喋ってもいいのか?」

 

「【脱兎】の気密性を舐めんなよ。ああなったら音も逃さない」

 

 拳藤の心配に対して大丈夫と告げると話を続ける。伏黒が初めに疑問に思ったのは《如意金箍》を叩きつけた際に生じた傷跡にあった。拳藤よりタイミングがズレたにも関わらずだ。おまけに手持ち最弱の【脱兎】の体当たりを食らってよろめいたり、囲まれてもすぐに逃げ出さなかったのもそうなのだと言う。

 

「じゃあ、デコピンでいけるのかってなるけどそんな単純じゃないよな」

 

「まあ、弱すぎだと意味はないな」

 

 それもその筈。ただの《あべこべ》であればそれこそ空気抵抗や重力など途轍もなく微細な力で自滅してしまうことになるのだから。となると思い浮かぶのは上限。攻撃に合わせて上限、下限を調節しているのであれば納得がいく。故に規格外のオールマイトなどには意味をなさない。

 

「となると攻撃方法は同時だな。強い力とある程度弱い力で同時に叩く!」

 

「それをやるには多少のブラフは張るぞ。バレたことを悟られたくないしな。―――俺たちはこのまま馬力をアピールする。そうすれば相手は勝手にまだバレてないと勘違いする。そこを叩くぞ」

 

「了解!」

 

 下ろしていた髪をいつものようにサイドテールのようにして纏めると元気よく応える。そしてこの瞬間から拳藤と伏黒の作戦は始まっていたのだ。

 

 口から血を流した粟坂は自身の腹部に突き刺さるピンク色の舌を見た。目線の先にはいつの間にかいた打撃力の低い【蝦蟇】が舌を口に戻しているのがわかる。そして理解した今この瞬間から自身が狩られる側に回ったのだと。

 

「貴様らッ」

 

 粟坂が何かを言い終わる前に伏黒と拳藤のコンピネーションが突き刺さる。それが炸裂するたびに粟坂の体に傷が増える。しかし弱者しか相手したことがないとはいえ粟坂は数十年人を殺し続けてきたベテラン。すぐに伏黒と拳藤を匕首を振るうことで引き離す。

 

「この程度でッ!調子に乗るなよォ、餓鬼共がァァ!!」

 

 烈火のような勢いでそう吠えると長年の勘が強い一撃が放たれるのを感知する。それに合わせて粟坂がカウンターの容量で匕首を放つも拳藤は首を傾けて回避する。そして寸前で攻撃をピタッと中断した。

 

「は?」

 

 突然のことに粟坂が呆気に取られていると次の瞬間には拡大した拳が粟坂の顔面に突き刺さる。消えゆく意識の中で粟坂は1人、時間差で勢いを殺したのを利用したと理解すると意識は完全に途絶えた。

 

「お前、意外と器用だよな」

 

「そうか?それにどうでもいいでしょ勝ったんだから。ハイターッチ!」

 

 呆れながらそう言う伏黒に拳藤はあっけらかんとしながら応えると笑って手のひらを突き出してくる。それを見た伏黒はため息を吐きながら手を勢いよく互いの掌を合わせてパンッという高い音を鳴らす。

 

 

 ヴィランを縛り終えるとドレスが裂けていることもあって伏黒は自身が着ていた羽織を拳藤に着させる。そしてシステムの主導権を取り戻したのか閉まっていたシェルターが開いていた。シェルターのなくなった道を走り続けていると開けた場所に出る。すると、凄まじい振動がタワーを揺るがした。

 

「ッ!!なんだ!」

 

「どうやら間に合わなかったみたいだな」

 

 伏黒が震源地と考えられる場所に目線を向けると塔の最上階の部分一帯に青い稲妻模様が何本も現れと同時に宙には重力に逆らいながら塔の破片がいくつも浮かびあがるのが見えた。そしてそれらの破片が屋上のある一点に集約していき、巨大な怪物のようなモノと成り果てた。

 

「おいおいマジかよ」

 

「チッ、行くぞ拳藤!」

 

「わかってるよ!」

 

 システムが元に戻ったのか空いていた場所に入り込むと拳藤に屋上へ向かうよう促し、塔を登っていく。登り詰めるとそこには血を吐きながら敵の攻撃に耐えているオールマイトがいた。

 

 奥の手を切られたからにはそれなりに追い詰められていたと思っていたが思ってた以上に追い詰められていたことにギョッとする伏黒。そうこうしている間にオールマイト目掛けて挟むように縦幅3メートルを超える幾つもの金属を混ぜ合わせたような塊が迫る。

 

「拳藤!ぶん投げろ!」

 

「わかった!オラァ!!」

 

 伏黒が【嵌合纏】を発動させて跳躍すると拳藤が手を巨大化させて待ち構える。そして手のひらに乗った瞬間、オールマイトに迫る金属塊目掛けて伏黒をぶん投げた。そして手が【玉犬】のようになった伏黒は左側の金属塊を切り刻み、右側から迫っていた金属塊は爆豪が壊した。

 

「遅すぎだ影野郎!!」

 

「強敵だったんだ多めにみろ!」

 

「伏黒君!かっちゃん!」

 

 2人の登場に少しボロボロな緑谷が叫ぶ。するとそれと同時に敵に纏わり付いた金属が一斉に凍り付く。これには敵も驚き、一瞬動きを止めた。それを伏黒と爆豪が見逃すはずもなく。

 

「くらってけ!」

 

「くたばりやがれ!!」

 

「チィッ!!」

 

 ヴィラン目掛けて攻撃するが金属に纏わり付いた氷を砕くと金属で壁を作り上げて2人の放つ攻撃を難なく弾く。そして防御に回していた金属の壁が鋭く尖るもの伏黒、爆豪目掛けて殺到する。しかしこれは飯田、拳藤の両名が粉々に砕き、氷結の範囲を広げることで出来るだけ多くの金属を轟が引き止める。

 

「あんな雑魚さっさと倒せや!オールマイト!!」「こっちはこっちで引き受けますので後はお願いします」「大丈夫ですよ。私たちはこんなんでもヒーローの卵ですから」「行ってください!オールマイト!」

 

「全く近頃の若い子たちは…そこまで言われちゃあ出来ませんなんて言えないよなぁ!!」

 

 再度大きく笑うと自身にのしかかる巨大な金属の塊を吹き飛ばし跳躍する。それに追い縋るように迫っていく大量の金属を出来る限り減らすべくヒーロー科全員が爆破で爪や電撃で氷と炎で蹴りで拳で片っ端から破壊していく。手数が減って余裕が出てきたからか先ほどまで防戦気味だったのがオールマイトは攻撃に転じることができつつある。

 

 教え子達に発破をかけられ再び奮起したオールマイトは迫り来る金属の塊を悉く粉砕していき、一気に勝負を決めに行く。

 

「観念しろ!敵よ!」

 

 迫り来る金属塊をクロスチョップで粉砕すると射程圏内まで近づく。そして渾身の右ストレートを敵に見舞うべく空に浮かぶ金属を足場に踏み込むとヴィラン目掛けて突っ込むオールマイト。しかしその拳が当たる直前に身体が縛り上げられて動きを止められてしまう。

 

「この程度…!!ぐお……っ!?」

 

「観念しろだと?そりゃお前だオールマイト!」

 

 縛り上げられた状態から脱出しようとした時、ヴィランがオールマイトの首を締め上げる。それを気にせず脱出しようとした瞬間、いきなりオールマイトの首にかかる圧力が強くなった。あまりの力にオールマイトの動きが止まる。

 

 すると突然、ヴィランの肌が赤く染まり腕が生ゴムを詰めたかのように何倍にも膨れ上がる。この変化にその場にいた全員が驚愕する。何せ相手の個性は見た限りでは【金属操作】。間違っても増強系の個性ではない。その考えに至った瞬間、

 

「「「まさか…!?」」」

 

 オールマイトと伏黒、緑谷の頭にある一つの単語が浮かぶ。かつてオールマイトを死の淵に追いやってみせた巨悪の名前を。

 

「うぐ…っ!?ぐ、ぐがあああああああああああああああ!!??」

 

 オールマイトの苦痛にもだえる声が戦場に響き渡る。まるで知っているかのようにヴィランはオールマイトの左脇腹を強化された筋肉を用いて握りしめる。事情を知っている2人が駆け寄ろうとするも緑谷は個性の反動からか痛みに思わず顔を歪め、伏黒も迫り来る金属塊に手一杯でそれどころではなかった。

 

「気付いたようで何よりだ。この強奪計画を練っているときあの方から連絡が来た。是非とも協力したいと言った。なぜかと聞いたらあの方はこう言ったよ!『オールマイトの親友が悪に手を染めるというのなら是が非でもそれを手伝いたい。その事実を知ったときのオールマイトの苦痛に歪む顔が見られないのが残念だけれどね。』とな!」

 

「オール、フォーワン…!!!」

 

「ああ、よかった…。やった甲斐があったよ…。何せそのにやけヅラが取れたようだからなぁ!!」

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 オールマイトの顔から笑みが消えるのと激昂するのはほぼ同時だった。その怒りに身を任せて拳を振り抜こうとするも、逆に金属の塊をぶつけられ後方に吹っ飛ばされてしまう。そして間髪入れずに大小様々ないくつもの立方体型の金属の塊が同時に迫り、オールマイトを押し潰した。

 

「トドメだ」

 

 纏って一つになった金属の塊目掛けて槍のように変形させた金属を突き刺す。それを見た誰もが動きを止めた。平和の象徴(オールマイト)の敗北を予感して。

 

 しかしその沈黙は1人の後継者(緑谷出久)の手によって破られた。

 

「SMAAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!!」

 

 いつの間にか装着していた赤いガントレットを纏った拳を巨大な金属塊に叩きつけて砕き割る。遠くからで伏黒は聞き取ることはできなかったがオールマイトの笑い声が聞こえたことからなんとか立て直すことはできたらしい。

 

「くたばり損ないとガキ共が…!ゴミの分際で…!!往生際が悪ィんだよ!!!!」

 

「そりゃあテメェだァァ!!!」

 

 ヴィランが叫び声を上げながら敵が金属の塊を一斉に放つ。それに対して爆豪が手の痛みに一瞬だけ顔を顰めるとすぐさま両手から最大火力の爆破で飛んでくる金属を吹き飛ばす。

 

「行け!緑谷!オールマイト!」

 

 そして触手のような形状をした金属が伸びてくるのを轟が白い息を吐きながら巨大な氷の壁を作り上げ攻撃の進行を止める。こうして2人の尽力で生まれた隙をついて2人は伸びている金属に飛び乗るって本体へと突き進む。オールマイトが拳で敵の攻撃を粉砕すると緑谷は蹴りで鉄塊を破壊していく。視覚の外で放たれる攻撃は飯田と拳藤が壊していくことで道を作る。

 

 緑谷とオールマイト、二人が金属の道を駆け上がり敵まで一気に迫っていくと突如敵が雄叫びを上げる。

 

「くっ、クソがァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!うおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 敵は迫り来る2人の気迫にありったけの金属を一点に集中させて超巨大な立方体の金属塊を形成する。周りが唖然とし見上げるのを見たヴィランは勝ちを確信するとオールマイトと緑谷を置き去りにしてオールマイトほどの大きさを誇る何かが巨大な立方体の金属塊を半壊させる。

 

「はあぁぁぁぁぁ!!??」

 

「チッ!全壊とはいかねぇか」

 

 それは伏黒の現在持つ中でも最強の式神、【虎葬】と【鵺】を組み合わせて生まれた【雷跳虎臥】。そしてその状態で放たれる《迅雷》は音を置き去りにしたまま拳を金属塊に叩き込んだのだ。

 

「グゥぅぁゥゥ!!!クソがァァァァァァァァ!!!」

 

 それを見たヴィランは狼狽えながらもヤケクソになりながら手を振りおろすと半壊になった金属塊を2人目掛けて振り下ろす。しかし

 

「「W・DETROIT SMASH!!!!」」

 

 脆くなった盾で防げるほど2人の一撃は柔ではない。下から登る白い流星が容易くヴィランの一撃を粉砕するとその勢いのまま天高く駆け上がる。

 

 「行けぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 「「オールマイト!!!」」

 

 「「「「緑谷!!」」」」

 

 「「「ブチかませ!!!!」」」

 

 皆が一様に声援を送ると、それを受けた2人は最後の攻撃に移る。

 

 「さらに!」「向こうへ!!」

 

 「「Plus Ultra!!!!!」」

 

 そしてオールマイトと緑谷の渾身の拳が敵の身体に直撃した。

 

 

「いやー楽しかったねー」

 

「どこがだ。最終的に建物含めて全員まとめてボロッボロだろうが」

 

「それも込みで楽しかったって言ってるの」

 

 手を頭の後ろで組みながら笑ってそう言う拳藤に伏黒は思わずため息を吐く。あの後、2人の一撃で動かなくなったヴィランを見た皆んなは一斉に喜ぶと同時に倒れ込んだ。無理もない話で何せ全員が全員、全力を超えての戦闘だったため限界が来たのだ。

 

 伏黒にとって緑谷と右半身だけを見せながらだったがオールマイトが伏黒に向けてぐっと親指を突き出していたのが思い出深かった。

 

 その後は他のエキスポに訪れていたヒーローたちがなんとかした。倒れているヴィラン達を捕縛し倒れた雄英生全員を担架で運んだ。そのまま次の日になっていざ観光、とはならずにあんなことがあったこともあってそのまま帰宅となった。

 

「でもまぁ正装を貰ったんだしいいじゃない?」

 

「それは喜ぶことなのか?」

 

 少し的外れなことを言い拳藤に対して伏黒はそう言うと自身の紙袋の中を見る。中身は今回あったことに対する賠償金とレンタルした筈の正装が中に入っていた。

 

「別に金に関しては要らなかったんだけどなー」

 

「貰えるなら貰っとけ。それに正装はよかったのか?」

 

「いいの!だってああいうの着るのって女の子にとってはとても幸せなんだよ?」

 

 そう言いながら拳藤は袋から正装を取り出すと自分の体に重ねるように翳すとニッと夕陽が映えるように笑う。それを見た伏黒は少しだけフッと息を吐くと少しだけ笑った。

 

「それじゃあここまでだな」

 

 そうして別れ道に差し掛かると伏黒と拳藤は帰り道がちがう事もあって別れる。

 

「次は林間合宿で」

 

「おう!」

 

 そして長く感じたが短い《I・アイランド》での出来事は忘れられない思い出となって終わった。





かなり駆け足でしたが、これにてI・アイランド編は終了です。


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I・アイランド、そして林間合宿①

 

 

「雄英校は一学期を終え、現在夏休み期間中に入っている。だが、ヒーローを目指す諸君らに安息の日々は訪れない。この林間合宿でさらなる高みへ、Plus Ultraを目指してもらう!」 

 

「「「「はい!!」」」」

 

 あの《I・アイランド》での一件からしばらく経った後に伏黒は購入した水着を着て常闇や蛙吹、拳藤と共に海に行ったりとかなり夏休みをエンジョイしていると夏休みも終わりあっという間に八月中盤に差し掛かった。そしてA組生徒全員がバスロータリーで相澤の話を聞いていた。すでに林間合宿が楽しみなのか芦戸や上鳴あたりはニッコニコである。何気にこの手のイベント(集団での旅行)が初めてなこともあって伏黒も浮ついていた。すると、

 

「え?あれ?あれあれあれあれ!?A組補習いるの!?それって期末で赤点取った人がいるってこと?えぇ!?おかしくない!?おかしくない!?A組はB組よりずっと優秀なはずなのに!?あれれれれぇぇぇ!?」

 

 もはや隠す気がさらさらないのか「ど」が付くレベルで直球にB組の物間がA組を馬鹿にしてくる。順応能力が高いA組は見慣れて来たのかこれといって反応を見せなかったものの、流石にB組の面々は許容できなかったようで。

 

「ゴメンな~」

 

 拳藤は物間の首筋に手刀をかまして気絶させると物間を引きずりながらA組に謝る。そんな物間にB組男子は特に反応しなかったが女子は見慣れてない者もいたのか口々に反応を溢したりする。

 

「物間怖…」「体育祭じゃなんやかんやあったけど、ま、よろしくねA組!」「ん」

 

 そう言い残すと「ホラ行くぞー」という拳藤の指示に従ってバスに乗り込んでいくB組の生徒達。そんな様子を見た峰田が入学時より悪化したのか「よりどりみどりかよぉ〜」と涎を垂らしながらそう言うと流石に見兼ねたのか切島がツッコミを入れる。そんな2人を他所にA組も飯田の指示に従ってバスに乗り込んでいく。そして全員がバスに乗り込むとバスは発車した。

 

「1時間後に一回止まる。その後、しばらくは……聞いてるのか?」

 

「席を立つべからず!立つべからずなんだ皆んな!!」「音楽流そうぜ!夏っぽいの!チューブだチューブ!」「バッカ!夏といえばキャロルの夏の終わりだぜ!」「終わるのかよ」「ポッキー頂戴!」「いいよー、ホレ」「伏黒ちゃん、常闇ちゃん、お茶子ちゃん、しりとりしましょう」「乗った。では、しりとりの『り』」「リンカーン大統領の『う』」「うん十万、あ!円!」「「終わったな」」「終わったわね」

 

 林間合宿ということもあって皆の気分が最高潮へと向かい続けている。委員長の飯田でさえも相澤が話しているのが聞こえなかったのか話している内容は伝えずにバス内で立とうとしている人間に注意するだけだった。そんな様子を見た相澤は軽くため息を吐くだけで此れと言って突っ込まずに前を向き直した。

 

 それを見ていた伏黒は普段注意するタイミングで注意しなかったことに一瞬だけ不思議に思ったもののすぐに話しかけてきた葉隠に意識がいってその思考ははるか彼方へと飛んでいった。

 

 

 そうしてバスに揺られること約1時間。相澤の宣言通りバスが止まるとA組の面々は座りっぱなしの体を伸ばすため、飲み物を購入するため、手洗いに行くためなど様々な理由で下車する。

 

 しかし、止まった場所はパーキングなどではなく。

 

「休憩だー…って、あれ?」「何処ここ?」「ねぇアレ?B組は?」「お、おしっこ…」

 

 どこの山にもありそうな展望所だった。聞いてた話と違う事態に困惑するA組生徒達。

 

「まあ、何の目的もなくでは意味が薄いからな…」

 

 そんな彼ら彼女らを見ながら相澤はそんな不穏なことを呟く。伏黒の脳内には先ほどの騒ぎで注意しなかったことと今の呟きが組み合わさって嫌な予感が脳内でアラームのようにけたたましく鳴り響く。

 

「よーうイレイザー!!」

 

「ご無沙汰してます」

 

 すると展望所に置いてあった軽自動車から2人の猫を模したメイド服風のコスチュームと猫の手型グローブを着用した女性とツノのような突起物が生えた帽子を被る少年が姿を現す。その2人に対して相澤は深く頭を下げる。すると2人はいきなりテンションを上げてポーズを決めながら自己紹介を始める。

 

「煌めく眼で~ロックオン!」「キュートにキャットにスティンガー!」

 

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

「「「「……」」」」

 

 途中下車といい現れた直後のハイテンション振り。これらのいきなりのことに皆が唖然としてしまう。そんな全員を他所に相澤が紹介する。

 

「今回お世話になるプロヒーロ-、プッシーキャッツの皆さんだ」

 

「ワ、ワイプシだぁ〜〜!!」

 

「ワイプシ?今いるヒーローの略称かなんかか?」

 

「うん!そういえば伏黒君はこの手の話題に疎かったね。ワイプシはね?」

 

 そうやって始まる緑谷のヒーロー講座。ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツことワイプシはマンダレイ、ピクシーボブ、虎、ラグドールの4名で構成されているベテランヒーローチームでランキングも数ある中でも30番代に乗るほどの有名ヒーローとのことだ。活躍は戦闘よりも山岳救助などの陸で起こる災害などが目立つらしい。

 

 因みに今目の前にいるのは赤を主体としたコスチュームに黒髪ボブカットの女性がマンダレイで青を主体としたコスチュームに金髪でメカメカしいゴーグルつけた女性がピクシーボブとのことだ。

 

「そしてキャリアは今年で12年にもな…ムグ!」

 

「心は18!!」

 

 ボフッという音共に緑谷の言葉を遮るピクシーボブ。割と気にしているのか心は18と緑谷に復唱させる。それを見た伏黒は必死かよ、と思わされているとマンダレイが柵の方へと足を運ぶ。

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」

 

「「「遠っ!!」」」

 

 そうして指を指した方向に皆が目線を向けるが薄らと建物らしきものが言われてみればたいうレベルでしか見えなかった。高いところから見てこれならばどう考えても5km、最悪10k m近くの距離があると考えられる。あまりの距離に思わずA組の面々は叫ぶと同時に浮かれた気分が少しずつ冷めていく。

 

「え?じゃあなんでこんな半端な所に?」「やっぱりこうなったか……」「いやいや~…」「ハハ、ハハハ…バス戻ろうか。な?早く…」

 

 厄介ごとの匂いを感じ取ったのか、クラスメイト達は皆バスに戻ろうとするが無駄だと何となく察していた伏黒は目に諦観を浮かべる。しかしそんな様子を気にせずにマンダレイは構わず言葉を続ける。

 

「今は午前9時30分。早ければ…12時前後かしら」

 

「おい!ダメだ…!全員引け!」「戻るよ!!」「バスに戻れ!!早く!!」

 

「12時半までかかったキティはお昼抜きね~」

 

 育ち盛りの若者達には死刑宣告と同義な事をしれっと言うマンダレイにクラスメイト達の予感が確定に変わった瞬間、全員が一斉にバスの出入り口目掛けて殺到する。しかしその足掻きも虚しく。

 

「悪いな諸君。言い忘れてたよ」

 

 相澤が言葉を発すると同時に地面がぬかるみ始める。そして地面に手をつけたピクシーボブを起点に波のように揺れ動くとまるで津波のようにクラスメイト達目掛けて襲いかかる。

 

「すでに合宿は始まっている」

 

 そうして土砂で出来た津波に巻き込まれたA組の面々が冊を越えて崖下に落とされていく。

 

「さてと―――何サラッと逃げてんだ伏黒」

 

「あんなんされたら誰だって回避しようと思いますよ」

 

 たった1人伏黒を除いて。伏黒がやったのは簡単。山津波と見紛うほどの土砂を前に咄嗟に【嵌合纏】を発動させ【虎葬】を纏う。そして土砂の中でも比較的薄い場所を見つけてそこに一撃を見舞い、風穴を開けるとそのまま脱出し今に至る。

 

「へぇ、やるじゃんあの子」

 

「雑にやったとはいえあれを避けるなんてやるじゃないの!将来有望だわ!今のうちに唾でも「ピクシーボブ」はいはいわかったわ。回避できたところ悪いんだけど降りてくれない?安心して多少高いけど私の個性でクッション作ってあるから」

 

「わかりました」

 

 そう言いながら崖へと向かうと伏黒は一瞬だけ目に映った子供が下らなさそうに自身を見ているのに気づくと何やら訳ありなことを察する。今はそれを気にしてる場合じゃないなと崖まで辿り着くと伏黒はそのまま飛び降りる。

 

 

 一名を除いてA組が悲鳴を上げながら落とされた先に広がっていたのはどこか薄暗く広大で鬱蒼とした森だった。すると柵から身を乗り出してマンダレイが皆に伝わるように大きな声で伝える。

 

「ここは私有地につき個性の使用は自由だよ!今から三時間、自分の足で施設までおいでませ!この…"魔獣の森"を抜けて!」

 

 毎度お馴染みのエンタメ要素を全面に押し出したかのような名前にまた何かあるなと確信する伏黒。そんな伏黒は先ほどまで堪えていた峰田が解放されたように駆け出すのを見て服の裾を掴んで止める。

 

「何だよぅ伏黒ぉ!止めんだったらお前の前で漏らすぞ!いいのかぁ!?」

 

「小便するならそこの木陰でしろ。『魔獣』なんてドラクエめいた名前があんだ十中八九、何かしけてるだろ」

 

 裾を離した伏黒を睨みつけながらそう言う峰田に伏黒は諭すようにそう言うと指を指した方で用をたせという一瞬迷っていたが堪えるのは不可能だと判断したのかそのまま木陰へと峰田は姿を消す。

 

 そして間をおかずして草木をかき分けて、まさしく下顎から生えた図太い牙と体を持つ眼のない顔、そして伏黒と同等の体高を誇るまさに〝魔獣〟と呼ぶにふさわしい巨大なモンスターが2体同時に現れた。

 

「「マジューだぁぁぁぁーーー!!」」 

 

「おお、真に迫ってるな」

 

「口田!」

 

『静まりなさい獣よ!下がるのです!』

 

 叫ぶ切島と瀬呂の2人と思っていたよりクオリティが高かったことに驚嘆する伏黒に対して芦戸がすぐさま口田をけしかける。動物と対話して操る個性を持つ口田はすぐさま個性の使用に踏み切るが一向に従う様子が見られない。むしろ上体をあげて口田目掛けて前脚を振り下ろそうとする。

 

 その時、体からボロボロと土塊が溢れていくのが確認される。生き物ではなくピクシーボブの個性由来のものだと知ると右から現れた魔獣を飯田が【エンジン】で加速させて蹴りと緑谷が《フルカウル》で強化した拳と轟が氷結で砕く。そして左から現れた個体は爆豪は爆破と伏黒が【嵌合纏】で【玉犬】を纏った爪で土でできた魔獣を砕く。

 

「ふいースッキリしたー…って!何じゃこりゃあ!!」

 

「説明は後だ!八百万!作戦の考案!【鵺】を飛ばしたから俺が空から索敵する。障子は個性を使って地上の索敵を頼む!」

 

「わかったやってみよう」

 

「わかりましたわ!爆豪さん…って、ああ!?爆豪さんがいない!ああもう!切島さん爆豪さんの後を追ってください!」

 

「おう!わかった!」

 

 八百万が咄嗟に指示を出そうと爆豪の名を呼ぶも爆豪が爆煙を残していないことに気づく。それに少し憤ると切島に爆豪を追って追いつくまでは共に行動するように指示する。切島を見送った八百万は大きく息を吸うと一気に陣形を発表する。

 

「索敵は庄司さんそのままお願いします!緑谷さんと飯田さんは前衛で敵を蹴散らし続けてください!左翼側は青山さん、上鳴さん、尾白さんが担当を!瀬呂さん、梅雨ちゃん、麗日さん、峰田さんは足止めを兼ねた殿を!右翼側は常闇さん、芦戸さん、葉隠さんが担当を!残りの広範囲を攻撃、あるいは行動できる私と轟さんと伏黒さんで全体の空いた部分のカバーを行います!」

 

「おい!ざっくりとこの森を把握したが明らかに3桁近い土魔獣がいるぞ!」

 

「【鵺】を通してわかったがどう飛んでんのかしらねぇけど滞空型の奴もいる。かなり骨が折れるぞこれは…」

 

「わかりましたわ!各自指示通りの陣形を組んでください!皆さん全力でいきますわよ!」

 

「「「「「「おう!!」」」」」」

 

 こうして急遽始まった"魔獣の森"の攻略。それぞれの個性を活かして次々と押し寄せる魔獣を走りつつ仲間と連携していくことで破壊していく。そして指を指されただけで場所すら曖昧な宿泊場を目指し突き進み始めた。

 

 

 そしてあれから指定されたPM12:30を過ぎて何時間も経過し、現在PM4:00。途中で合流した爆豪、切島コンビを含めて何とか進むスピードも増した。しかし、コスチューム無しというのもあったが、慣れない土地であるが故に索敵に時間と労力がかかり、整備されてない凸凹な道に足を取られて体力を必要以上に削られるなどの足止めがあった。

 

 それが理由で今現在、全1年A組の生徒全員が個性の使用的な意味でも体力の上限的な意味でも限界に到達し肩で息をしていた。

 

「――とりあえず、お昼は抜くまでもなかったねぇ」

 

 宿泊施設の前でA組の面々の出迎えをしているマンダレイの言葉通り、確かにお昼を抜くとかどうとかの次元ではなかった。何せ現時刻はPM4:00と魔獣の森の攻略スタートから6時間半もかかったのだから。

 

「何が『3時間』ですか……」「腹減った…死ぬ……」

 

「いやー悪いね。あれはあくまでも私たちなら(・・・・・)って意味よ、アレは」

 

 切島と瀬呂の2人が思わず泣き言を言う中、少しだけ申し訳なさそうな顔をしつつもマンダレイはあっけらかんと答える。それを聞いた砂藤は思わず「実力差自慢の為か…?やらしいな……」と個性の影響からかふらつきつつそう呟く。

 

「ねこねこねこねこ……それでももっとかかると思ってた。土魔獣を問題なく攻略した皆も凄かったけど…頭抜けてんのは君たちかなぁ?」

 

 コテージのような宿泊場所から現れたピクシーボブは予想より早かったと告げると順番に伏黒、爆豪、緑谷、轟、飯田を特徴的なグローブを纏った指で差す。

 

「伏黒くん?って子は1番初めの私の土津波を避けてたからわかったけど他の4人も判断が早い。躊躇の無さは経験値からかな?んー!将来有望!三年後が楽しみ!!よーし今のうちにツバ付けとこー!!!」

 

 ピクシーボブが暴挙に出る。彼女はプロヒーローらしい驚異的な俊敏さを無駄に活かして五人との距離を詰め切ると青少年めがけて唾を吐き始めた。一部の人間にはご褒美であったのだろうがここにいる人間は――若干一名は知らないが――基本ノーマルである。故に緑谷も爆豪も飯田も伏黒も普段あまり表情の変わらない轟でさえも顔を顰めた。

 

「『マンダレイ』…。あの人あんなでしたっけ?」

 

「彼女焦ってるの。その…適齢期的なアレで」

 

 『強く人気なプロヒーローは婚期を逃す』。相澤とマンダレイの会話を聞いた伏黒は思わずそんな言葉が頭をよぎる。そうして唾を飛ばされていた緑谷がふと後ろにいる少年に目線がいく。

 

「あ!適齢期と言えばあの…ゴフッ!」

 

「『と言えば』って!!」

 

「ず…ずっと気になってたんですが、その子はどなたかのお子さんですか?」

 

 アラサーに差し掛かった人間相手に適齢期という愚策を犯した緑谷は再度ピクシーボブに猫の手を模したグローブで顔面を抑えられる。それを何とかズラしてマンダレイの横に立っている少年を指さして質問した。

 

「ああ、違う。この子は私の従甥だよ。ホラ!浩汰!挨拶しな。これから1週間は一緒に過ごすんだから」

 

 その質問に対してマンダレイが答えると浩汰と呼ばれた少年を手招きして呼び出す。それに応じるように近づくと緑谷も近づくと不慣れながら屈んでよろしくね、と言いながら握手しようとする。それに対して少年は

 

「フンッ!」

 

「――――――――コヒュ」

 

 迷うことなく腰の入った右ストレートで緑谷のキ◯タマをぶち抜いた。世の中には金的を食らっても大丈夫な位置と大丈夫じゃ済まない位置があるのだが、鶏の首を絞めたような切ない掠れた悲鳴を上げながら緑谷は膝から崩れ落ちた。

 

 一部始終を眺めていた男子たちから何とも言えない悲鳴が上がり、あの爆豪でさえも一瞬、想像による痛みからか顔を顰めた。それを見ていた飯田が緑谷に駆け寄り安否を問うが一向に返事がなく、「おのれ従甥!! 何故緑谷くんの陰嚢を!!!」と叫ぶ。それに対して従甥は振り返る。

 

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ!」

 

「つるむ!?いくつだ君は!?」

 

 目を血走らせながら出てきた言葉に飯田は思わず叫ぶ。そんな様子を見た爆豪は一度鼻で笑う。

 

「マセガキ」

 

「お前に似てねぇか?」

 

「実は生き別れの兄弟だったりしてな」

 

「あァん!?似てねぇし、そんな訳あるかァァ、ボケ共!!ぶっ殺すぞテメェら!!」

 

 そんな爆豪に対して伏黒と轟が茶々を入れるといつもなら手を爆破させるところ疲れからかせずにキレ散らかす。

 

「茶番はいい。バスから荷物を降ろせ。部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さ、早くしろ」

 

 2組の対話を茶番と言って切り捨てると荷物を持って早く宿泊場に入って休むように指示を出す。こうして相澤の指示の下、生徒達は宿舎に入っていった。

 

 

 誰も彼もが男女問わずに目の前に並べられた飯をかっ喰らう。食堂に並べられた数々の大皿料理は疲れ切った生徒たちにとってのオアシスとなり、多少変なテンションになった者もいたがそれでも提供された飯を一つ残らず食い尽くした。

 

 そして訪れる入浴タイム。ここで1人の問題児が行動を起こす。

 

「まァまァ…飯とかねぶっちゃけいいんスよ。求められてるのはそこじゃあないんスよ。その辺わかってるんスよ、オイラぁ……」

 

 ワイプシに案内された先にあったのは天然の露天風呂を加工して作った風呂場だった。この事実に男女問わず歓声が上がった。何せ今日一日の疲れを癒すのは勿論のこと。明日から始まる訓練に向けて英気を養うにはあまりにも良過ぎたのだ。

 

 そうして男女別に別れた温泉に入ると男同士で裸になり鍛え抜かれた体を褒める者もいればただひたすらに温泉を楽しむ者もいた。そんな中で1人の男が立ち上がると木で作られた区切りようの柵に近づいたかと思うとそう呟く峰田に緑谷は思わず「1人で何言ってんの峰田くん…」と言う。それを無視して峰田は女湯に面する壁に耳を当てる。

 

「ホラ、いるんスよ」

 

「は?嘘だろ相澤先生。ズラさなかったのか?」

 

「今日日入浴時間をズラさないなんて事故なんスよ…」

 

 まさかの入浴時間が被っているという事実に伏黒は性獣がいるにも関わらずその判断は下策すぎると思わず言葉が漏れる。そして峰田は興奮からかトリップ寸前みたいな顔をしながらA組女子の風呂場での会話を楽しむ。そしてそれに待ったをかけたのは飯田だった。しかし峰田はそれを「やかましいんスよ…」の一言で一蹴すると個性を用いて壁を登り始める。

 

「壁とは常に超えるためにある!!『Puls Ultra』!!!」

 

「はやっ!!校訓を穢すんじゃない!!」

 

 あまりの速さに伏黒は帰りにも同じようなこと(魔獣の森攻略)があったら峰田を斥候にしようと決意するとこれ以上は犯罪行為だと思った伏黒は頭に巻いていた布をすぐに丸めると峰田目掛けて投擲の準備をする。

 

「ん?」

 

「ヒーロー以前にヒトのあれこれを学び直せ」

 

 それよりも早く壁にあった隙間で待機していた浩汰が現れると峰田を突き落とした。峰田は「クソガキィィィ!!」と言いながら落下していくとケツが下にいた飯田の顔面にぶつかる。すると女風呂から声が聞こえてきたこともあって反応した浩汰は振り返ると一瞬だけ固まって落下していく。それを咄嗟に『フルカウル』を発動させた緑谷が受け止めて腰にタオルを巻いたままワイプシに届けに行った。何やってんだと伏黒が思っていると、

 

「まあ!伏黒さん!本当にご立派ですわね!」

 

「「「「ちょっと何やってんのヤオモモォォォォォ!!!!!」」」」

 

「は?」

 

「「「「「「キャアァァァァァァァァァ!!!??」」」」」

 

 八百万がトップレスでこちらを覗き込んでいた。タオルがはだけて下半身を露出させ、全裸になった伏黒を涎を垂れ流しながらガン見している。これに対して伏黒はフリーズし、女性陣はすぐに八百万を女湯に引き戻し、男どもは野太い悲鳴をあげる。

 

 そして後は峰田と八百万が相澤に反省文の提出を言い渡された事を除けばこれといって何もなく林間合宿の1日目が終了した。



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I・アイランド、そして林間合宿②

 

 

 合宿二日目。時刻は午前5時半。A組生徒達は朝早くから体操着姿で外に集合していた。昨日の疲れもあってか1人残らず寝ぼけ眼のままで一部の者は口から欠伸が出るのを堪えることも出来ないまま相澤の前に集まる。

 

「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及びそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して臨むように。というわけで、爆豪。そいつを投げてみろ」

 

 相澤がそう言いながら爆豪に渡したのは、見覚えのある球体。1年A組が入学初日にやらされた個性把握テストの、ボール投げで使ったハンドボールだ。どうやら前期でどの程度成長しているのかを確かめてみろとのことだ。前回の爆豪の記録は『705.2m』とクラスの中でも上位に位置づけられるものだった。かなり濃い3カ月を過ごしていたこともあって何人かは1kmを超えるのではないかと期待されたまま、爆豪は『くたばれ!!!』の掛け声と共に爆風を乗せた一投を放つ。

 

 しかし記録は予想を裏切っての『709.6m』。

 

 たったの4.4mしか変化が見られなかった。これにはその記録に見ていた伏黒達も大なり小なり驚いていた。渾身の一投だったのか自信満々といった表情であった爆豪もまた記録を聞いた瞬間、驚愕からか目を見開き固まっていた。しかし相澤だけは特に驚く様子はなく、まるで分かり切っていたかのようにさも当然といった具合で話し始める。

 

 相澤曰く、入学からおよそ三ヶ月間、正直他の学生の枠を超えた様々な経験を経て確かにクラスメイト全員は成長している。それは《USJ》、《職場体験》、《I・アイランド》と悉くヴィランと接敵し続けた伏黒とかがいい例だった。だがそれはあくまでも精神面や技術面、あとついでに多少の体力的な成長がメインであって個性そのもの(・・・・・・)は先ほどの爆豪を見れば分かる通りほとんど成長していないのだとか。

 

 だからこそ今日からこの林間合宿を通して短期集中的な〝個性伸ばし〟を行うというのである。

 

 そう言い切るといやらしくイレイザーは笑いながら指を立てる。

 

「死ぬほどキツイがくれぐれも…死なないように――――」

 

 こうしてB組よりも一足早くA組の林間合宿における最大のイベントが始まった。

 

 

 そうして始まった林間合宿2日目の各自の個性を伸ばす訓練。そこで広がっている光景を一言で言い表すとするならば『地獄絵図』である。

 

「だあァァァァァァァァァ!!!オラァ!!いっ!…アアァ!クソがァァ!!!」

 

 放てる一撃の規模を大きくするために爆豪は熱湯に両手を突っ込んで汗腺の拡大させては最大規模の爆破を上空目掛けて放つを何度も繰り返す。初めて間もないが痛みからかお湯の湯気からか爆豪の顔に汗が流れ始めるのが見える。

 

「ハァ…ハァ……チッ!」

 

 凍結に体を慣れさせると同時に炎の温度調節を試みるため轟はドラム缶風呂に浸かりながら炎→氷の順番で交互に出して寒くなり過ぎず、暑くなり過ぎずを調節していた。因みにワイプシのメンバーの1人である『ラグドール』曰く、頑張れば両方を同時に使うことができるかもしれないとのことだ。今は熱により過ぎているのか少し暑そうにしている。

 

「あああああぁぁぁぉぁぁぁあぉあぁぁ!?」

 

 容量の拡大とテープ強度と射出速度を強化することを目標とした瀬呂は延々と自身の肘にあるテープを出し続けている。よくテープで無くなる寸前によく聞くギャリギャリという音共に瀬呂の口から鶏を絞めたような声が漏れ出始める。

 

 「くっ…!?おっしゃあ!来いやぁ!!」「ハァ…ハァ、くっ!はァ!!」

 

 個性強度を高めると同時に筋力を高めることで相乗効果を狙った特訓を言い渡された切島、尾白の2人の共同での訓練となった。内容は単純で硬化した切島を尾白が尻尾でただひたすらぶん殴り続けるといったもの。尾白の一撃が思いのほか重かったからか時折切島の硬化が解けることはあるが、問題なくすぐに掛け直す。尾白も切島の効果の際に体が鋭くなる影響を受けたからか尻尾の一部に切り傷のようなものが見て取れた。

 

「ギィィィィヤァァァァァァァァァァ、あばばばばビバビバビバはばらばびび!!!」「ううぅぅぅぅぅぅぅんんんん!!??」

 

 許容上限を高めるように言い渡された上鳴、青山の2人は上鳴は大容量バッテリーに自身を繋いで通電し、青山はただひたすら空目掛けてレーザーを放ち続ける。上鳴は時折アホ面を晒すこともあったが、許容上限が上がるだけでなく電気に対しての耐久力をあげるための特訓でもある。青山は一秒間放つを連続で行うだけでなく長時間放つ事で1秒以上レーザーを長く放つことができるようになるための特訓でもある。

 

「はぁ~~〜〜〜!!!わぁ〜〜〜〜〜!!??」

 

 話す個性ということもあって生き物を操る声が遠くまで届くように声帯を鍛えるように言い渡された口田は特訓場の中でも一際高い場所でただひたすら叫び続ける。ついでに内気な性格も治すことも兼ねているのだが、羞恥心からか少しだけ顔が赤くなっていた。

 

「うガあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!ダークシャドウォォォォォォォォ!!!!」

 

 暗闇で暴走するダークシャドウを制御することを言い渡された常闇は洞窟に引き篭もっていた。時折聞こえてくる殴打のような音にどこか不安を駆り立てられる。

 

「ん~~~~~!!!」

 

 三半規管の鍛錬と酔いの軽減、また限界重量を増やすことを言い渡された麗日はゾーブと呼ばれている半透明のボールの中でひたすら坂の上を転がり続けている。ついでに無重力にすることで回転力を上げているのだが、そろそろ限界が近いのか間違っても乙女から流れ出てはいけないものが溢れかけている。

 

ケオッ(ケロッ)……ケオッ(ケロッ)…!」

 

 全身の筋肉と長い舌を鍛える事を言い渡された蛙吹は崖を登り続ける。その際に頂上付近まで自身の舌を伸ばすとその場所で固定して自身を引き上げるようにして登り続けている。かなりキツイのか無表情の彼女から表情が現れ始めている。

 

「んっモグ…むっモグモグ…!」「はぐっ…ほぐっ…!モグモグ」

 

 筋トレしパワーアップを図るように言い渡された砂藤と創造物の拡大、また創造時間の短縮を目指すように言い渡された八百万は個性を発動させながらただひたすら甘いものを食べ続けていた。砂藤は個性使用期間の増幅を八百万は食べながら創造することで何かしながらでもよりクオリティが高いものを作れるように尽力している。

 

「ふんふんふんふんふんふんふんふんふん!!!」

 

 脚力と持久力の向上を課題として言い渡された飯田のやる事は単純明快。ただひたすらに走り込む事。元々走ることには慣れているからか持久力もそこそこあって未だに余裕が見て取れる。

 

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!??」「うぐぅぅぅぅぅぅぅゔぅぅぅ!!?」

 

 ピンジャックを鍛えることで音質を高めるよう言い渡された耳郎と断続的に酸を出し続けて皮膚の耐久度を上げるよう言い渡された芦戸はただひたすらに崖目掛けて各々の個性を用いて攻撃をし続ける。2人とも未だに目立った怪我が見てとることは出来ないが、かなりキツイのか既に2人から悲鳴が上がり始めている。

 

「ううぅ…いでぇ、い゛でぇぇよぉぉぉぉぉ…」

 

 頭皮を鍛えてもぎりの個性を使っても血が出難くするように言い渡された峰田は座り込んでただひたすらに頭部のブドウにも似たもぎりの頭からちぎり続ける。許容限界を突破しつつあるからか出血が見て取れる。

 

「……」「……」

 

 気配を消せるようにと言い渡された葉隠と複製腕を素早く同時に変化させるようにと言い渡された障子は合同で訓練を行っていた。内容はいわゆるかくれんぼで逃げる役を透明人間の葉隠が務めて鬼役を気配探知に長けた障子が行う。絵面こそ地味だが、2人の間には独特の緊張感が漂っていた。

 

「ひーーーー!!!」「さァ今だ!撃ってこい!」「はっ!…5%デトロイトスマッシュ!!」「キレッキレだな!まだまだ余裕ありありじゃあないか!筋繊維が千切れてない証拠だ、よッ!!」「イエッサー!!」

 

 単純な増強系であるが故に身体能力の向上を言い渡された緑谷はワイプシの1人である『虎』の監修の元ブートキャンプに参加を言い渡された。古臭くともガタイがよく筋肉質な『虎』が組んだメニューなこともあって全身余すことなく鍛えることが出来る。途中で自身に攻撃するようにと言ってくると緑谷はすぐさま《フルカウル》を起動して殴り掛かるも、個性【軟体】を使って難なく回避して逆に緑谷を殴り飛ばすと再度ブートキャンプを続けるように言い渡す。

 

 何も知らない人が見たら思わず見なかったことにしてきた道に戻ろうとする光景がそこには広がっていた。現につい先ほど訪れたB組の面々は目の前にあるもはやかわいがりの領域に突っ込んだ地獄絵図にドン引きしている。

 

 そして伏黒恵はというとラグドールから自身の個性の詳細について細かく聞くとピクシーボブに頼んで作り上げてもらった土砂ドームの中に引き篭もっていた。すると、

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 ピクシーボブが伏黒の特訓場所として作り上げた土砂ドームの中で炸裂音が響き渡る。その音に思わずA組の面々は反応してしまう。USJの一件で知っているからだ。この音が破壊音ではなく戦闘音であることを。先ほどから聞こえてきたこともあって心配していたがトドメのような一撃を聞いて流石に焦ったのか咄嗟に何名かがその場所に駆け寄ろうとする。しかし、ドーム生成に尽力したピクシーボブが個性訓練によるものだと言って引き止める。

 

 すると中からスタスタとボロボロになった伏黒が現れる。それを見たピクシーボブは個性を解除して伏黒に近づく。

 

「終わった?」

 

「終わってなきゃ出てきませんよ」

 

「そりゃあ、そうだ!」

 

 伏黒の安否を確認しつつ終了したか否かを問うと何当たり前のこと言ってんだと言わんばかりに伏黒がそう返すとその通りだ!と言いながらケラケラと笑う。そして続行するかしないかを聞くと伏黒はひとまず体を鍛える旨を伝えて緑谷と共に『虎』主催のブートキャンプに参加した。

 

 

 そうして個性を引き延ばす訓練が終わって気づけば大体午後4時頃。目の前に広がる食材の山々を前にピクシーボブとラグドールの両名が施しは昨日までで後は自分達で料理を作るようにと言い渡す。B組もA組も関係なしに疲れ果てたように「イエッサ……」と力なく返す。特に昨日の今日での疲れもあってかA組はいっそう元気がない。

 

 しかしそこはA組の委員長、飯田天哉。生真面目さにおいては他の追随を許さず何かをハッと察したかのような顔をしたかと思うと「災害時の炊き出しも救助活動の一環、流石雄英無駄がない!」とかなんとか言い出してとりあえずみんなを動かした。この時、伏黒は相澤の「こいつホント便利だな」という顔を忘れない。

 

 そうしてB組と共同での飯作りともあってそれぞれが役割分担をすべく分かれる。料理に手慣れている爆豪、伏黒、拳藤、飯田、麗日が料理当番を。火を起こすことが出来る轟、八百万、上鳴が火の番を。緑谷、鉄哲、切島、黙示録、障子など力仕事が得意な人間は準備と薪運びを。そして残りの面々が配膳やらの準備をしていた。

 

「おい、伏黒。玉ねぎ切り終わったか?」「終わってる。人参はどうだ?」「こっちも終わってる。爆豪、肉は焼き終わったか?」

「とっくに終わっとるわ!後は別の鍋で野菜をぶち込んで炒めとけ!!」「いやー手が多いと量が多くても作るの楽やわー」

 

 料理担当は爆豪が多少はキレていたが思いのほか上手く協調性もあったことから量が量だけあって心配はあったがかなり手早く下処理が完了した。その後はなんやかんやとB組の方のヘルプもしたりして、結局全員が夕飯にありつけたのは六時ごろだった。小、中学校の頃によく見た給食の寸胴をさらに大きくしたようなもので全員分一気に煮込むんだこともあって割と時間がかかった。

 

「うめぇ!店とかで出したら微妙かもしんねぇけどこの状況も相まってスゲーうめぇー!!」「言うな言うなヤボだな!」「お!ヤオモモがっつくねぇ!」「ええ。私の個性は脂質を変換しているものですから。蓄えれば蓄えるほど沢山出せるのです」「うんこみてぇ」

 

 若干一名(八百万)が瀬呂の心無いことで傷ついたが全員が全員、過酷なトレーニングの後と言うこともあって、皆がっつくように食べていた。瀬呂と切島の言う通り確かに最高の味とは言えないが即席かつA組とB組の共同で作った上にとても疲れていたということもあって本来普通だと感じるところ、ちょっと大げさに感動を覚えてしまうのも致し方ない。

 

「そう言えばブートキャンプをする前まで伏黒はなにしてたんだ?」

 

 伏黒の隣にいた拳藤は口に含んだものを飲み込んでそう問いかける。思い返すのは個性を延ばす訓練を初めてその言葉に反応したのはA組の面々だけでなく一部のB組の人間もだった。

 

「そう言えばそうだな」「ラグドールと何か相談していたが…」「ねぇ、ねぇ、教えて伏黒ー!」

 

 そこまで言われると流石に断ることが出来ず、伏黒は一度ため息を吐くと思い出すように話し始めた。

 

 

「自分の個性がわからない〜〜?」

 

 今から10時間ほど前、個性を延ばす訓練が始まろうとした時の事だった。伏黒がラグドールに近づいて質問したときに返ってきた第一声がこれだった。

 

「いや、でも伏黒キティは使いこなしてんじゃん。現に雄英の体育祭でも一位取ってたし…」

 

「より具体的に言うと詳細がわからない(・・・・・・・・)ですよ」

 

 伏黒にとって自身の最大の弱点は自身の個性の不透明さにあった。そして昔話を交えて自身の個性について知ってる事を話し始める。

 

 あれは今から何年か前のこと自身が初めて個性を使ってからそこそこ時間が経ったころの話だった。あの日は個性を試そうとして【玉犬】以外にも呼び出せそうな気がすると思い呼び出したのだ。そして思惑通り呼び出すことには成功した。

 

 呼び出した【鵺】が自身を殺しにかかってきたこと以外は。

 

 出会い頭、姿を見るや否やいきなり電撃を放って攻撃してきたのだ。咄嗟に【玉犬】の白と黒を呼び出して迎撃して影に戻したのだがいきなりのことで驚き、しばらくは個性を使う気が湧かなかったほどだ。何故なら伏黒にも軽くない痛手を負ったのだから。

 

 それからしばらくして意を結した伏黒は再度【鵺】を呼び出す覚悟を決める。その際に今度は同じ轍を踏まぬようにあらかじめ【玉犬・白】と【玉犬・黒】を構えた上でだ。そして【鵺】が現れたのと同時に【玉犬】をけしかけようとしたのだが、一向に【玉犬】達は動かなかった。

 

 しくじったと思い、咄嗟に身構えたのだが、【鵺】はまるで以前の敵意が嘘のように消えて無くなってこちらに擦り寄ってきたのだ。戸惑いこそしたが伏黒は【鵺】を恐る恐ると言った様子で撫でると【鵺】もそれに応えた。そうして【大蛇】や【蝦蟇】も従えていくうちに自身の個性は呼び出すだけでは従わず、戦って初めて従えられるポケモンじみた物であると知った。

 

「うーん。ある程度は把握してるのね。因みにわかんないことは?」

 

「今後出せるであろう式神の数。そしてなんで呼び出す時に自然と名前が頭に浮かぶのか、です」

 

 そこまで聞いたラグドールは少し考え込むような様子を見せると伏黒目掛けて個性を発動させる。少しふむふむと言いながら四白眼が特徴的な目を伏黒に向ける。

 

「うん!あちき貴方の個性わかっちゃったわ!」

 

「そりゃあ、個性【サーチ】ですからね」

 

「うーん、辛辣!貴方の個性は全部で10種類式神を扱えるわね!従わなかったのは調伏出来てなかったからね!」

 

「調伏?」

 

「あちきが一から説明するわ!」

 

 そうしてラグドールはハイテンションになりながら宣言通り伏黒の個性を一から説明し始める。

 

 まず初めに個性自体は今の認識通りの影を媒介に十種類の式神を召喚するもので顕現の際は動物を模した手影絵を作ることで、その動物に応じた姿の式神が召喚されるものである。式神が完全に破壊されると同じ式神は二度と顕現させることはできず、破壊されずとも術師が重症を負うと術式が解け顕現が解除される欠点も持つ。ただし破壊された式神の持つ術式と呪力を他の式神に引き継ぐ『渾』を行うことで、残された式神を強化することが可能。『渾』にはルールがあり、特定の組み合わせでなければ行えない。

 

 そしてこの個性における最大の特異性は『調伏』にあった。ルールは以下の通りで

 

①調伏は術者本人のみで行わなければならない。複数人で挑んだ場合、式神を倒したとしても調伏は無効となる。

 

②「調伏するため」であるなら全ての式神を召喚可能。

 

③調伏中に式神に殺されると発動した個性保持者は死亡する。

 

 そして①の複数人で挑んだ場合③が適応されるには術師が死亡すると儀式が中断されるため、術師は全員の死亡が確定するまで仮死状態となる。儀式をキャンセルするためには参加者以外の第三者が式神を倒し儀式を白紙に戻すか無理矢理、術者が式神を顕現できる効果範囲から逃げ出す必要がある。 といった具合だった。

 

「なんで言うか自爆も込みなあたり結構アレな個性ね!」

 

「つまり俺は後、4種類の式神が使えると?」

 

「そうだよ。種類は【満象(ばんしょう)】、【貫牛(かんぎゅう)】、【円鹿(まどか)】かなぁ!」

 

「名前は分かっています。出来れば能力を教えていただけるとありがたいです」

 

「勿論、出来てるよ!この紙を参考に選んでみてね!」

 

 伏黒はいつのまにか書かれていた式神の名前とその能力が記されていた紙を渡される。どうしてか三種類だけであと一種類は書かれていない事が気になって聞いてみる。

 

 すると、少しだけ不思議そうな顔をしながら「サーチしようとしたら『ガコンッ』ていう音共に弾かれた」と言いながら把握出来なかったことを謝るラグドール。流石にここまでしてもらってこれ以上求めるつもりはなかった伏黒は礼を言う。そしてピクシーボブに頼んでドーム状に囲ってもらうと式神を呼び出して『調伏』を行った。

 

 

「というわけだ」

 

「はー、なるほどなぁ」

 

「なにを調伏…だっけ?したの?」

 

「そいつは秘密だ」

 

 伏黒が手の内を秘密にした事に一部からブーイングが湧くが伏黒はそれをスルーする。そうして食事を終えて食器を洗うと解散して就寝すると林間合宿3日目が終了した。



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I・アイランド、そして林間合宿③

 

 夜も明けて訪れた合宿三日目。A組もB組も引き続き個性伸ばし訓練に励んでいた。

 

「オラ、補習組。動き止まってるぞ」

 

「オ、オッス……!」「すいません、ちょっと眠くて…」「昨日の補習が…」

 

 伏黒が自身が新しく呼び出した式神の性能を確かめている後ろで相澤の叱咤と、それに対しえ気合が入ってるようで微妙に入り切っていない返事が聞こえてきた。切島も上鳴も芦戸も瀬呂も砂藤も補習組全員がグッダグダだがこれにはしっかりとワケがある。それが先ほど上鳴の言っていた補習にあった。

 

 補習の内容なのだが、相澤の演習試験の次の日に言っていた宣言通りかなりキツい。伏黒もスケジュールに目を通したのだが内容を見て思わず顔を顰めたほどだった。伏黒達の通常消灯時間の午後10時からなのに対して。何とビックリ切島達はそこから午前2時まで補習をやっていたというのだ。

 

 ただでさえ個性を延ばす訓練がキツく補習無しでもフラつく人間がいるというのにそこから休まずに4時間ぶっ通しで勉強は普通にキツすぎる。内容も仮免に向けての為か戦闘を基盤にした内容を中心にみっちりとやらされたらしい。

 

 しかも起床時間が午前7時と通常であれば9時間も眠れるところ5時間しか―――勉強で頭が冴え切っていたとしたらもっと短い可能性もある―――眠れないとなると地獄の沙汰もいいとこだ。普段からクラスの盛り上げ役として一役買ってる面子のテンションも下がるというものだ。

 

 しかしそんな4人に対して相澤は容赦なく、期末で露呈した立ち回りの脆弱さを今の疲れを通して身を持って知れ、と叱責する。

 

「麗日!青山!伏黒!緑谷!爆豪!お前らもだ!赤点こそ免れていた。だが、30点を赤点とすると青山、麗日のペアは35点!伏黒、緑谷、爆豪のペアは40点とギリギリだったぞ!」

 

「げえ!ギリギリ!」「心外☆」「ああ、やっぱり。前半が不味かったか…」「そ、そっかー……」「チッ!」

 

 呼ばれた5人は全員が全員、身に覚えがあったのか相澤の言葉に訓練での疲れも相まって苦い顔をする。

 

「何をするにしても"原点"を常に意識しておけ。向上ってのはそういうもんだ。何の為に汗をかいてるのか。何の為にぐちぐち言われてんのか。それを常に頭に置いておけ」

 

 "原点"。それはありとあらゆる人間が持つ自分自身にとってのオリジン。伏黒は自身の原点を思い出す。因果応報は全自動じゃないことを。悪人は法のもとで初めて裁かれる事を。だからこそ伏黒恵は『不平等に人を助ける』。全ては善人が少しでも平等を享受出来るようにするために。

 

 その考えが頭をよぎると同時に伏黒の特訓にも力が入っていく。すると緑谷がフラつきながらも相澤に他の教師が来ないのかと質問する。それに対して相澤は敵に動向を悟らせないためにも少数が良かったのだという。確かにオールマイトは強いがいかんせん派手過ぎて目立ちすぎる。間違っても隠密向きではない。

 

 その考えに伏黒も納得しているとピクシーボブから肝試しの話が上がる。生徒一同は忙しさのあまりその話が頭からすっかりと抜け落ちていた。クラス対抗ということもあって一部の人間も自然と笑みが浮かぶ。

 

「という訳で今は全力で励むのだぁ!!!」

 

「「「「イエッサァァーー!!!」」」」

 

 ピクシーボブの言葉にもはや慣れてしまったように生徒全員が元気良くそう返した。

 

 そして午後4時まで続いた特訓が終わるとその日の夕飯は皆で肉じゃがを作った。

 

 

 あれからあっという間に日が暮れて生徒達が夕食を食べ終わると、クラス対抗肝試しが始まろうとしていた。

 

「腹も膨れた、皿も洗った!と、なればお次は……」

 

「「肝を試す時間だー!!」」

 

「「「「試すー!!!」」」」

 

 その事実に常に特訓漬けであったヒーロー科の面々が拳を振り上げてはしゃぐ。とりわけ勉強会という名の補習を1日に4時間も味わい続けることで睡眠時間をゴリゴリと削られ心身ともに疲弊している補習5人組の反応は顕著だった。特に芦戸と上鳴は他の面々よりも声高々に叫んでいる。

 

「その前に、大変心苦しいが…」

 

 すると相澤はいつもと変わらぬ表情でそんな2人に歩み寄る。何故だが知らないがいつもと変わらない様子だというのにどうしてから嫌な予感しかしない。それは補習5人組も感じ取ったのかはしゃいでいたのが一瞬でピタリと止む。

 

「補習連中はこれから俺と授業だ」

 

「「「「「ウソだろぉ!?!?」」」」」

 

 死刑宣告にも等しい言葉に補習5人組が一斉に作画が崩壊すると堪えきれなかったのか相澤に向かってタメ口になって叫ぶ。芦戸にいたっては間違っても華の女子高生がしていい顔をしてなかった。冗談を言う質ではない事を知ってはいるがそれでも確認せずにはいられなかったのか5人は一斉に相澤の顔を見る。しかし、相澤の顔を見ても何も変化しておらず、それどころかマジと書いて本気と言わんばかりの表情だった。この事から冗談を言ってないのは明らかだ。

 

 理由はまぁ、言わずもがな普通に演習試験を落ちたから。そして他にも日中の訓練であまり集中できなかったのもあるらしい。それでも納得できなかったのかあんまりにもあんまりな事実に5人は一斉にその場から逃げようとする。

 

 しかし相手はイレイザーヘッドこと相澤。捕縛布を主体とした戦闘を得意とするプロヒーローを相手にヒヨコどころか未だに卵な5人が逃げられる筈もなく一瞬でお縄についてドナドナされる。引き摺られていく5人。

 

 上鳴は「この為に今日まで頑張って来れたんですぅ!」と瀬呂は「御慈悲をォー!」と切島は「肝を試させてくれぇ!」と芦戸は「御堪忍をぉ!」と砂藤は「頼みます先生ー!」と断末魔にも似た叫びをあげながら薄暗くなった暗闇に消えていった。

 

 試験に落ちた時と同じレベルの悲壮感を漂わせながら引き摺られて消えていく5人に伏黒を含めた何名かは顔を背けて、何名かは合掌して見送った。

 

「………うん!じゃあ、というわけで!」

 

 思いの外アッサリと切り替えたピクシーボブに周りもどういう顔をしていいのかわからないでいると、ワイプシの面々から肝試しを開始するにあたってのルール説明が始まる。

 

 内容はまず初めにB組が脅かす側になるとのことだった。既にいない事からどうやらもうスタンバイは完了いるらしい。そして次にA組は二人一組で3分おきに1ペアずつ出発する。森の中をぐるっと回ってこの広場まで戻ってくるような道を歩き、ルートの途中にあるお札を持って帰ってくる。脅かす側は直接接触禁止だが、個性を使って脅かしてくるらしい。規模もルートを守れば歩けば10分程度で走れば5分もかからずに終われるくらいだとのこと。内容を簡潔にまとめて仕舞えば要は個性を使う以外のことは基本的に知られている肝試しと何ら変わらなかった。

 

「「「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスの勝利だ!!!」」」

 

「いや、失禁させちゃダメでしょ」

 

「伏黒の言う通りですよ。止めてください、汚いから…」

 

 しれっととんでもないこと言って締め括ったマンダレイを除いたワイプシに対して思わずツッコム伏黒と耳郎。そして少しすると考え込んでいた飯田がワイプシのルールと締めくくりを聞いてハッ!としながら顔を上げる。

 

「なるほど!競争させることでアイデアを推敲させ、その結果個性に更なる幅が生まれるというわけか…!流石は雄英!!」

 

「んー、まぁそれでいっか!それじゃあ、くじ引き始めるよー!!」

 

 毎度お馴染みの飯田による独自解釈をピクシーボブが流すと組み分けの為のくじ引きが始まる。本来であればクラス人数が奇数なところ、5人は補習(地獄行き)が確定していたこともあってキリが良く偶数になっていた。

 

 そうして厳正なくじ引きの結果。ペアは1番初めに行く順から一組目に常闇と障子、二組目に爆豪と轟、三組目に耳郎と葉隠、四組目に青山と八百万、五組目に麗日と蛙吹、六組目に尾白と峰田、七組目に飯田と口田、八組目に緑谷と伏黒に決定した。

 

「またお前か…。ここまでいくと何かの縁を感じるよ」

 

「あはは…。まただけどよろしくね伏黒君」

 

 演習試験から引き続き、同じペアとなった伏黒と緑谷。オールマイトの頼みもあって伏黒は思わずまたかと言う。それに対して緑谷は笑うとペアとなった伏黒を歓迎した。その他のペアは普段の高校生活では中々見られないもので青山、八百万のペアと爆豪、轟のペアには伏黒もどうなるのか少しだけ興味を持つ。が、この結果に納得がいかないものも存在している。

 

「おいコラ尻尾…代われ…!」「俺は何なの…」

 

「青山ぁ、オイラと代わってくるよぉ」「ッッ」ブン!ブン!

 

「緑谷さん。その位置を交換してくださりません?言い値払いますわ」「買収は良くないよ、八百万さん?」

 

 しかしこれをワイプシは『何の為にくじ引きをしたのかわかり無くなる』という至極当然の理由から却下した。そんなこんなで一悶着あったが問題なくA組とB組による合同肝試しが開始した。一組、また一組と3分おきに暗い森の中へと姿を消していくクラスメイト達。すると時々聞こえてくる絶叫に何名かは思ってたよりもガチだと確信させられる。

 

「じゃあ、5組目のケロケロキティとウララカキティGo!!」

 

 こうして5組目の麗日、蛙吹ペアは怖がる麗日を蛙吹が手を繋いで安心させながら出発した。そして2分ほど経過して次のペアを送り出そうとしたピクシーボブとマンダレイが違和感を覚える。

 

「…ねぇ、ピクシーボブ」

 

「気づいた?何この焦げ臭いの――――…は?黒煙?」

 

 匂いのした方へと目を向ける。違和感を覚え始めた伏黒達もそれに釣られて目線を向けると黒煙と星明かりを消すほど煌々と黒煙を照らす青い炎が森を包んでいた。

 

「山火事?」

 

「山火事で青い炎が出るもんかよ!一旦引くぞ!これは明らかに「行かせないわ」

 

「―――ちょっ!何!?」

 

 伏黒の言葉を遮るように聞き覚えのない声が皆の鼓膜を震わせる。それと同時にピクシーボブがまるで何かに引き寄せられるように飛んでいくと殴打音が響き渡る。

 

「これで1匹目。邪魔な飼い猫ちゃんの中でも面倒なのは黙らせたわ」

 

 音の震源地には頭から血を流し、意識を失っているピクシーボブとそれを押さえつけ、足蹴にする、二人の武装した男の姿がそこにはあった。

 

「何で…!万全を期した筈じゃあ……!!何で…何でヴィランが此処にいるんだよォ!!!」

 

 ブラドキングや虎と張るほどのガタイを持つ女口調の男とヒーロー殺しによく似た格好をした鍛えられた体を持つ蜥蜴の個性と思しき異形型の男を見た峰田は腹の底から震えた声を絞り出すように絶叫する。

 

「ピクシーボブ!!」

 

「マンダレイさん!あの子(・・・)は!?」

 

「―――やばい…!」

 

 血を流すピクシーボブを見た緑谷は思わず叫ぶ。そして伏黒はある事に気がつくとマンダレイに問う。すると焦った顔をしながら一言呟く。それに緑谷も反応するとはっとした顔をすると焦燥を浮かべながら崖の方へと顔を向ける。するとあたりからギャハハハハハハ!!という品のない笑い声が響き渡る。

 

「ご機嫌よろしゅう雄英高校!!我ら(ヴィラン)連合開闢行動隊!!」

 

(ヴィラン)連合!?なんでこんなとこに…」

 

「この子の頭どうしようかしら、潰しちゃおうかしら?ねぇえ、どう思う?」

 

「やらせぬわ!このっ……!」

 

 蜥蜴男が手を大きく広げながら聞いてもいない部隊名を声高々に誇らうに語る。それを聞いた尾白は思わずそう呟くとカラーレンズの眼鏡をつけた大男がピクシーボブの布で包まれた金属で出来ていると思われる棒でゴリゴリと押し付ける。それを見た虎は激昂しながら殴りかかろうとし、それを見た大男はニタリと笑って迎撃の構えを見せる。

 

 するとそれを遮るように虎と大男の前に蜥蜴男が手をやる。

 

「待て待て早まるなよマグ姉!それに虎もだ!今この場において生殺与奪の権利は―――ステインの仰る主張に沿うか否か、だ!」

 

「貴様らステインにあてられた(・・・・・)連中か!」

 

 蜥蜴男の発言にヒーロー殺しの事件に深く関わっている人間の内の1人である飯田が反応する。するとその声を聞いた蜥蜴男は深く俯くと3本ある得物のうち布で雁字搦めに結ばれたほうに手をやる。

 

「アアァ!俺が用があんのは君だぜ、メガネ君。保須市にてステインの終焉を招いたきっかけを作った男よ。申し遅れたら俺の名はスピナー。―――彼の夢を紡ぐものだ」

 

 そう言いながら蜥蜴男ことスピナーは布を解きながら抜刀する。そこにあったのは鉈やサバイバルナイフやククリ刀や日本刀等を無理矢理繋ぎ合わせて作り上げた悪趣味極まりない大剣だった。迫力とそれを難なく持ち上げた膂力に緑谷が半歩下がるとヒーロー科の生徒を守るように虎とマンダレイが前に出る。

 

「貴様らの主義主張はこの際どうでもいいがなぁ…!お前らが躊躇なく倒したピクシーボブは最近婚期を気にしていて女の幸せを掴もうと頑張ってんだよ…!そんな女の顔を傷物にしてヘラヘラと笑ってんじゃないよ!!」

 

「ヒーローが人並みの幸せを「やれ【不知井底《せいていしらず》】」

 

「ぬおっ!」「あら」

 

 虎の言葉をきっかけにスピナーが踏み込むのを見計らった伏黒は 羽の生えた(・・・・・)小柄な【蝦蟇】を数体用いてマグ姉と呼ばれた大男とスピナーを弾き飛ばす。プロが複数名いるにも関わらず来ただけのことはあって不意をついた筈が防がれる。特に大男のほうは余裕ありといった様子だった。

 

「伏黒君!委員長の指示に従って退がる!」

 

「ピクシーボブを救ったんですからチャラにしてください」

 

「あら、可愛い顔して抜け目ない」

 

 マンダレイの言葉に伏黒は【不知井底】によって巻き上げられたピクシーボブを見せてそう言う。

 

「やるじゃないか。流石はステインが見そめた男なだけはある。しかし、人質を奪われたのなら取り返せばいいだけのこと」

 

「それは俺にじゃなくてピクシーボブに言ってくれ」

 

「何?」

 

「【円鹿(まどか)】」

 

 そうして伏黒は個性を行使すると人の1.5倍ほどの体躯と四つ目が特徴の鹿の式神が現れる。そして【円鹿】と呼ばれた式神がピクシーボブに鼻先を近づけたかと思うと血が消え失せるのと同時に傷が癒え始めた。そして完治すると同時に呻き声を上げるとピクシーボブが上体を起こした。

 

「何ぃ!?」「ちょっと、回復持ちがいるなんて聞いてないわよッ!」「あれが伏黒君の新しい式神!」

 

 目の前で起きた光景にヴィランだけでなく味方のマンダレイ、虎を筆頭にヒーロー科の面々も驚愕する。理由は単純で伏黒の式神が【治癒】を使ったから。

 

 超常社会において自分自身を治せる個性は数多くあっても他人を治せる個性となると滅多に見られない。個性が現れて現在に至るまで他人を癒せる個性が見つかった件数は片手で数えられる程度でヒーローともなればリカバリーガールを除けばほぼ聞かない。

 

「さて、これで戦況は戻ったな」

 

(あったま)(いった)い……。やってくれたじゃないの!!」

 

「前言撤回!ありがとう伏黒君!虎!!指示(・・)はもう出した!他の生徒の安否はラグドールに任せよう!私らはここで二人を抑える!みんなも行って!良い!?決して戦闘はしないこと!!委員長、引率!!」

 

「承知いたしました! みんな、行こう!!」

 

 ピクシーボブが立ち上がるのを見たマンダレイは伏黒に一言礼を言う。そして直ぐにあたりに指示を出す。その指示を聞いた飯田は迅速に慌てる周りを纏めると相澤とブラドキングがいる宿泊所へと向かい始める。

 

「飯田君…先行ってて」

 

「はぁ!?何を言ってるんだ緑谷君!!」「緑谷!」

 

「マンダレイ!!!僕、知ってます(・・・・・)!!」

 

 しかし緑谷はその指示に対して先に行くようにと頼む。これには飯田と尾白の2人が反応してしまう。それに対して緑谷はそれを無視する形でマンダレイに対してそう告げる。初めは疑問に思っていた伏黒も浩汰がいない事に気づいていたこともあって納得する。そして少しため息を吐く。

 

「マンダレイさん。俺も緑谷に付き添います」

 

「伏黒君!?君まで!」

 

「悪いな委員長。―――マンダレイ!こんな状態だ怪我してる可能性が高い!それだったら【治癒】持ちの俺も向かったほうがいい!それに敵戦力が不透明な以上、単独行動は危険すぎる!」

 

 伏黒の言葉を咀嚼したマンダレイはヴィランとの戦闘もこなしつつ考え込む。そして少し唸った後に頭をガシガシと掻く。

 

「ああ、もう!わかった、お願い!!」

 

「行くぞ緑谷!」「うん!伏黒君!」

 

 そうしてこの場をピクシーボブ、マンダレイ、虎の3名に任せて伏黒と緑谷はマンダレイの従甥である浩汰の保護へと向かった。



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I・アイランド、そして林間合宿④

 

 

「緑谷、俺に乗れ。速さにおいて今の段階では俺の方が上なんだ」

 

「う、うん!ごめんね伏黒君」

 

「別にいい。だけどガイドは頼むぞ」

 

 伏黒が緑谷を背中に乗せると【嵌合纏】を発動させて手持ちの中でも速度面に特化している【鵺】を纏う。そして緑谷のガイドに従いながら浩汰の秘密基地へと足を運ぶ。

 

「うおぉぉ!速い!」

 

 入り組んだ森の中ではなく最短距離を駆けるために木々の上を跳ねるようにして突き進む。個性を延ばすと同時に怪我人を運ぶことを想定として【嵌合纏】を発動させた状態で崩れやすい土人形を何度も運んだ甲斐もあってか緑谷に対して負荷なく運ぶことが出来ている。

 

「おい、緑谷!本当にこのルートでいいんだな!?ただでさえ煙のせいで【玉犬】の鼻がきかないんだ。マジで頼むぞ!?」

 

「大丈夫!この崖を登れば…浩汰君!?」

 

 そうしてマンダレイと虎からそこそこ離れた距離に伏黒は思わず本当に合っているのかと聞くと緑谷が崖に登るように指示を出す。そしてある事に気がついたのか伏黒の名を叫ぶ。秘密基地の近くまでやってきたのだが、洸汰と思しき小さな子供くらいの人影と共に、もう一つ、あきらかに大きな人影があった。

 

 それを見た伏黒も浩汰のあまりの運の無さ加減に絶句させられるがそれどころではなかった為、直ぐに立ち直ると指示を出す。

 

「緑谷!俺を足場に跳べ!」

 

「わかった!」

 

 緑谷は伏黒の言葉通り背中で《フルカウル》を起動すると伏黒の肩を足場に跳躍する。伏黒は上からの力に下へと落ちていくがすぐさま【虎葬】を呼び出し、足場にすると伏黒も跳躍する。そして緑谷は浩汰を回収して、伏黒は全身をローブで覆ったヴィランの頭に蹴りを入れる。ローブの大男は一瞬怯んだがそれだけで問題なさそうに数歩離れる。

 

「ヴィラン連合だな?」

 

「ん?何だよそっちに随分と口の軽い奴がいたんだなぁ。…って、そこの緑髪とウニ頭は死柄木のリスト(・・・)にあった奴らじゃねぇか!オイオイ!マジでついてんなぁ、俺!」

 

 伏黒は生ゴムの塊を蹴ったような感覚に疑問に思いながらもすぐに敵連合か否かを問う。すると相手は伏黒と緑谷の姿を確認するや否やゲタゲタと笑ってそう言うとローブを取っ払う。中からは筋骨隆々な肉体に、常に攻撃的な笑みを浮かべた片目に深い傷跡を負った義眼の男が現れた。

 

 それと同時に強化された伏黒の聴覚は後ろから引き攣るように息を呑む音と「パパ…!ママッ…」という掠れた声を捉えた。

 

「何の因果だよッ……」

 

 それを聞いた伏黒は思わずそう呟かざるを得なかった。浩汰が孤児なのはなんとなくだがわかっていた。何せ伏黒も似たようなものだったのだから。浩汰の両親がどんな職業をやっていたのかはわからない。しかしこれだけはハッキリと分かる。彼の両親は目の前の人間に殺されたということだ。伏黒が身構えていると緑谷が隣に並び立つ。

 

「伏黒君、スマホある?」

 

「さっき落としたっぽい。そう聞くあたりお前も落としたか、壊したな」

 

「うん。ごめん救援は期待できない。このまま逃げ仰せても確実にこいつは追ってくる。だからやれることはたった一つ。ここで倒すしかない。そして」

 

「「必ず浩汰(くん)を必ず助ける」ぞ」

 

 2人が覚悟を決めると緑谷は言葉と共に《フルカウル》を起動し、伏黒は【嵌合纏】を維持したまま姿勢をさらに深くしていつでも戦闘できるように準備する。それを見た義眼の男はハァと喜悦を含んだ息を吐くと同時に腕から筋繊維と思しきものが溢れ出す。

 

「『必ず助ける』ねぇ…。ハハ、いいセリフだ泣かせるねぇ。どこにでも現れてヒーロー面すんのはヒーローの卵も同じみたいだ。確認しとくが緑髪のほうが緑谷でウニ頭のお前が伏黒でいいんだよな?いやぁー本当にツイテるぜ!!まさか、捕縛対象と殺害リストに載った奴が二人同時に現れるなんてよぉ!!――――じっくりといたぶってやっから血を見せろ!!」

 

 その言葉と共に義眼の男の個性由来の筋繊維と思しきものが荒れ狂う。そして跳躍するとほぼ同時に緑谷目掛けて大ぶりの右ストレートをかまそうとする。しかし、伏黒が間に割り込む。

 

「直線、直球。読みやすいことこの上ない」

 

「うおぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 伏黒は義眼の男の手を掴むと正面打ちを相手の内側に体を捌き、当て身を入れながら相手の小手を取り小手回しに移る。そして相手の外側に体を捌いてから相手の肘を脇で挟んで絞りながら相手を崩し肘固めに入ると相手の肘を脇で挟んで絞った時に反対の腕で絞り込んでいる自分の手首ごと挟んで肘固めを行う。

 

 オールマイトの一撃に対して一本背負いでカウンターが出来る伏黒にとって直球な義眼の男の動きはひどく単純で読みやすいものだった。

 

「緑谷!やれ!」

 

「ワイオミング…スマッシュ !!」

 

 先ほどの伏黒の一撃が効いてなかったからから緑谷は肘固めに体制を崩した男の首筋目掛けて拳を叩き込む。しかし、

 

「うはははははは!!!やるじゃねぇか!伏黒、緑谷!!」

 

 皮膚を突き破り肩甲拳筋を膨張させた義眼の男は緑谷の一撃を筋肉の鎧で難なく防ぐ。首筋という人類共通の弱点を防がれたからか「なぁっ!?」という驚愕の声と共に固まってしまう緑谷を義眼の男は殴り飛ばして崖の壁に叩きつけるとそのまま伏黒を掴んで腕の全筋肉を膨張させて地面に叩きつけようとする。しかしすんでの所で伏黒は影を液状化させるとそのまま影の中に潜航して緑谷の元に駆け寄る。

 

 すると緑谷の腕がへし折れていた。尋常じゃない一撃の重さに伏黒は戦々恐々としていると再度大きな笑い声が響き渡る。

 

「は、ハハ、ははははははははははは!!!血だ!血だ!!混ざり合う!交じり合う!!いいね!いいとも!!いいぜ!!!これだよ、これ!!全く最高に楽しいぜ!!!……っと、ふぅ、いけねぇいけねぇ。仕事をしなきゃな。おい伏黒だったか?お前は投降してくれ。正直言ってかなり面倒くさいがあんまし傷つけるなって言われてんだ」

 

「シリアルキラーかと思いきや随分と聞き分けがいいんだな。いいのは個性だけかと思ってたよ」

 

「そりゃあ、俺も大人さ。仕事くらいちゃんとこなすさ。それにしてもいい動きじゃねぇか伏黒。危うくやられたかと思ったよ。まぁ、肝心のアタッカーの速度は良くとも攻撃力はお粗末だったがな」

 

 くつくつと笑う義眼の男に伏黒は自身がさらわれる要因に身に覚えがないこともある。しかし、それ以上に緑谷が深刻だと思い出せうと【嵌合纏】で【円鹿】を纏い、治癒を開始する。少しでも治せるように話して時間を稼ごうとする。すると義眼の男は両腕の筋肉を筋肉繊維が溢れ出すほどに膨張させると個性の説明をし始めた。

 

「俺の個性は【筋肉増強】!!皮下に収まんねぇほどの筋線維で底上げされる速さ!!そして、力!!何が言いてぇかって!?自慢だよ!つまり、緑谷!テメェは俺の完全なる劣等型だ!わかるか俺の今の気持ちが!?笑えてしかたねぇよ!!」

 

「解説どーも。緑谷、立てるか?」

 

「うん。ありがとう伏黒君。腕も問題なく動くよ」

 

 義眼の男が気持ち良さそうに個性の説明をしている間に伏黒は緑谷の治癒を完了する。リカバリーガールのとは異なり治癒する相手の体力は使わないこともあって緑谷は吹き飛ばされる前となんら変わらない状態で復活を遂げる。それに驚いたのは義眼の男だった。何せ緑谷の腕を砕いた感覚もあってさっきも息絶え絶えだったこともあって後は遊ぶだけだと確信していたからだ。にも関わらず今は元気に動けそう。そこまで思考を巡らせてようやく伏黒が緑谷を癒したのだと理解すると笑みを深くしてその場で呵呵大笑といった具合で笑みを浮かべるととても嬉しそうに2人を見る。

 

「ハハハハハハハハハ!!なんだそりゃ!!最高じゃなねぇか!!俺がお前(緑谷)を殴って、お前(伏黒)アイツ(緑谷)を治し続けるんだろ!?永久機関の完成じゃねぇかぁ〜!!」

 

「何食って育ったらその思考に行き着くんだよッ!!」

 

「冗談だ、マジになんなよ。しかし…クク、ありがたい。他人を治せるってことは自分(テメェ)のことを治せる可能性が大ってことだろ!?安心したぜ!何せテメェらはヘボいからな!伏黒に関してはうっかり殺しちまった日にはドヤされちまうからな!弱えぇ癖して必ず助ける(・・・・・)なんて宣いやがるんだから世話ねぇぜ!!実現不可能なキレイ事のたまってんじゃねぇぞ!! ――もっと、自分に正直に生きようや!!」

 

 義眼の大男が一方的に喚き散らし、個性をさらに発動させると溢れ出ていた筋繊維がさらに溢れた腕を大きく振りかぶった。もう一編、技をかけてやろうと構え、緑谷も今度は同じ轍を踏まないように立ち回ろうと《フルカウル》を発動させて戦闘準備を整える。しかし、2人と1人がぶつかり合うことはなかった。何故なら義眼の男の側頭部に石が当たったからだ。

 

「最悪だッ」

 

「なんで…なんでいるんだ…浩汰君!」

 

 伏黒も緑谷まさかの事態に思わず浩汰を見て悪態を吐く。この状況はかなりまずい。何せ戦ってよくわかった。動きこそ単純だが、相手のパワーは兎も角、タフネスさはオールマイト並かそれ以上だ。もしも個性を発動でもされようものなら流し切れる保証はどこにもない。当てられた本人がその石に気づかない筈が無く、気勢をそがれたように腕を降ろすとその場で後ろに振り向く。

 

「……ウォーターホース……パパも……ママも……そんな風にいたぶって殺したのか……!」

 

「――――――…!!」

 

 伏黒は文句と共に今すぐこの場から離れるように言おうとしたが目に涙を浮かべて声を震わせた浩汰を前に何も言うことが出来なかった。出てきた理由は単純だった。堪えきれなかったのだ。片目を失ってなお、人を嬲る事に快感を見出し続ける目の前のシリアルキラーに。

 

「……おいおいマジかよ。あのヒーローの子供かよ? 運命的じゃねぇの…。お前両親ってもしかしなくてもウォーターホースだろ?もちろん覚えてるぜ。忘れるわけねぇ。この俺の左目を義眼にした二人だ」

 

 義眼の男は自身の義眼を撫でながら洸汰がいる方へと体を向いた。丁度、緑谷と伏黒がいる方に完全に背を向けた形となって。

 

「おまえのせいで……おまえみたいな奴のせいで!いつもいつもこんなことになるんだ!!」

 

 一通り浩汰の言い分を聞いた義眼の男は呆れたように軽くため息を吐く。

 

「………ガキはそうやってすぐ責任転嫁する。よくないぜ?実際、俺はこの眼のこと恨んじゃいねぇ?俺は"殺す(やりたいこと)"をやって、あの二人はそれを止めたがった。お互いがやりてぇことをやりてぇようにやった結果さ」

 

 義眼の男は言いながら、再び両腕に筋線維を纏い始める。しかも今度は先ほどとは違って大胸筋からも筋繊維が飛び出した。それを見た洸汰がびくりと身体を震わせると同時に数歩後ずさった。それを見た義眼の男は悪辣に笑って距離を詰める。

 

「悪いのは出来もしねぇでやりたいことをしようとした―――テメェのパパとママさ!!」

 

 そして浩汰を殴り飛ばすべく、義眼の男は大きく腕を振りかぶった。鍛えられた緑谷でさえ、一発くらっただけで骨がへし折れた。もしも幼く体が未発達な浩汰に当たれば原形を留める保証はどこにもない。そしてそれを卵とはいえヒーローが見逃す筈もなく緑谷は駆け出し、伏黒は【嵌合纏】を【鵺】に切り替えると技を放つ準備をする。

 

「っと、なったら。そうくるよな!」

 

「悪いのは徹頭徹尾、お前だろ!!」

 

 それを見越していた義眼の男は浩汰から視線を外して振り返ると浩汰目掛けて振り下ろす筈だった拳を飛び出してきた緑谷目掛けて放つ。そしてそれを伏黒が見逃す筈がなかった。攻撃の準備が完了した伏黒から嫌な感じを感じ取った義眼の男は急遽、攻撃から防御に変更する。しかし、それは無駄だった。

 

 バチィィィィィィィィィィィィ!!!!

 

「は?」

 

 防御に回していた両手の筋肉繊維が弾け飛ぶ。頼りにしていた鉄壁の鎧が弾け飛んだ事に困惑する義眼男。

 

 伏黒がやった事は【鵺】の放電の応用。初めに放った打撃と共にプラスの電荷を相手に纏わせ、その状態で自分の保持するマイナスの電荷を地面への放電をキャンセルして対象に向けて放つ。すると稲妻の如き攻撃を放つ事が出来る。それは帰還電撃、またの名をリターンストロークを用いたマッハ3万にまで至る回避不能の"必中攻撃”である。そして露出した筋繊維が千切れ飛び防ぐ手立てがなくなった。今の緑谷にとってそれだけの間があれば十分すぎた。

 

「行け、緑谷」

 

「出来るか出来ないかじゃないんだッ…ヒーローってやつは!!命を賭して!綺麗事を実践するお仕事だ!!」

 

 緑谷は義眼男の左側に回り込むと続けて右手を大きく、大きく振りかぶる。緑色の稲妻を腕にほとばしらせるとリバーブローのように腹部目掛けて叩き込む。直後、まるで爆発でも起こったかのような衝撃波が、辺り一帯を襲った。

 

「へ?う、うわぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 それに巻き込まれるように浩汰の体が宙を舞う。それを見た伏黒は急いで【鵺】を解除すると浩汰を回収させる。問題なく崖に戻ってきた浩汰は「ありがとう」と震えた声で伏黒に礼を言う。それを見た伏黒は浩汰の手を取ってすぐに緑谷の元へと向かう。案の定というか100%のOFAを使用した弊害から相手を殴りつけた腕が変色するほどバキバキにへし折れていた。他にも暴風に煽られた時に瓦礫を巻き込んだのか体の至る所に切り傷のようなものが見て取れる。それを見た伏黒は【嵌合纏】を発動させて【円鹿】を呼び寄せると再度治癒する。

 

 しかし、それは瓦礫を掻き分ける音共に中断させられた。

 

「ふいー!流石に焦ったぜ」

 

 頭からドバドバと血を流しながら義眼が壊れた義眼男が姿を現す。あり得る筈がない。確かに今の緑谷の一撃がオールマイトと同レベルかと問われれば否であるのだろう。しかし、それでも個性自体はオールマイト由来のもの。電撃で防御を崩されて防ぐ手立てのない人間が意識を保つ事は不可能なのだ。しかし、伏黒がある事に気がつく。

 

「背中か!」

 

「大っ正解!!いやマジで焦ったんだぜ?何せ防御をひっぺがえされたんだからな!しかし崩せたのはあくまでも前面だけ!筋肉がより集中している増幅筋と広背筋、そして脊柱起立筋は無事だったからな、咄嗟に防御には回せたのさ!」

 

 まあ、ご覧の有り様だけどなとケタケタと口の端から血を流して笑うとポケットに手を突っ込む。ボロボロと何かを――替えの義眼と思しきものを落としながら、こちらへと近付いてきた。

 

「く、来るな!」

 

「やだよ。ここまでされたんだ。俄然行くね」

 

 100%を防がれたことに心底動揺しているからなのか緑谷は向かってくる義眼の男に向けて声を上擦りながら叫ぶ。

 

「なっ、な、何がしたいんだよ!」

 

「さぁな、俺は知らねょよそんなこと。というか興味もない。ハネを伸ばして個性を使えればそれでいいのさ!さっきまで遊んでたんだがやめだ!ここまで手傷を負ったのはそれこそそこの餓鬼の親(ウォーターホース)以来だ!!前言撤回するよお前ら全然ヘボくねぇ!!こっからは―――本気の義眼()だ」

 

 ポケットにあった無数の義眼の中からドス黒い瞳孔と血のように赤く染まった白目が特徴的なものを空洞となった眼窩に嵌める。するとその瞬間、確かに目の前の義眼男の雰囲気が変わった。それは緑谷も察知したのかすぐそばにいた浩汰を折れていない方の手で掴むと伏黒と共にその場から大きく飛び退く。

 

 伏黒たちがほんの一瞬前までいたところに奴はもういた。オールマイトほどではないにせよ先ほどとは比べ物にならないほど速度が跳ね上がっていた。少なくとも眼で追うことはほとんど叶わないほどに。そして、その一撃の威力も今までとは段違いで、振り下ろした拳は足場をまるごと崩落させかねないほどに地面をえぐっていた。

 

 「遊びは辞めた」。その言葉に偽りがないことを伏黒も緑谷もまざまざと理解させられた。奴はさっきまで遊び感覚で人を殺そうとしていたのだと。そして当たってないとわかったのかすぐに伏黒と緑谷の方へ視線を向けると再度全身を使ってタックルをするように突っ込んでくる。当たった箇所が簡単に砕けていくところを見せられると豆腐か発泡スチロールにでも変わっているのではないかと錯覚させられる。浩汰を瓦礫から守る伏黒は思わずそんなことを考えてしまうほど馬力では差がありすぎた。

 

「ああ、クソ。勢いあまった」

 

 伏黒と緑谷が咄嗟に起き上がると体が減り込んだのかもがきはしても動かない義眼男。それをチャンスと見た伏黒は作戦を考える。

 

 浮かんだのは施設まで逃げおおせて相澤と合流して【抹消】して貰うこと。先ほどの動きを見れば分かるが、直線の動きは速いがそれだけ。単調で読みやすく避けること自体は緑谷と浩汰の2人を抱えてても余裕だ。しかし、相手はシリアルキラー。しかも粟坂のように弱者を嬲って興奮するタイプではなく、組屋のように喜悦のためなら格上にさえも喧嘩を売る狂犬。下手に人の多い場所に向かえば被害が広がるだけになる可能性が高い。

 

 他にも考えたのだが、いずれも逃げを前提としたもので先ほどの理由と同様の理由で採用できない。かといって二手に分かれて撹乱するにしても今の緑谷では怪我も相まって逃げるよりも前にミンチにされる方が早い。よってたどり着く方法は一つだけ。

 

 緑谷も同じ回答に至ったのかボロボロの体に鞭を打って立ち上がる。伏黒も目立った怪我はないが【嵌合纏】と治癒する相手の体力を使用しない代わりに消耗の激しい【円鹿】の連続使用から限界が来つつある。

 

「浩汰、だったか?10歩くらい下がっとけ」

 

「は、はぁ!?」

 

「ぶつかったら全力で施設に逃げるんだ…」

 

 2人が浩汰の前に立つと伏黒は【嵌合纏】を用いて【鵺】と【虎葬】を足して【雷跳虎臥】を作って呼び出して纏い、緑谷も全身でなく腕にのみOFAを込める。

 

「ぶつかったらって…無理だ逃げよう!?おまえたちの攻撃きかなかったじゃん!それに緑谷はそんな身体で、どうやって――」

 

「――大丈夫」「問題ねぇよ」

 

 そうして浩汰の言葉を振り切ると崖から体を抜け出す事に成功した義眼の男が突っ込んでくるのに対して2人は拳を叩き込むことで迎え撃つ。異常者の一撃と2人のヒーローの卵の一撃は意外な事に拮抗した。

 

「〜〜〜〜〜〜ってぇなぁ!いいなぁ、伏黒ォ!!緑谷ァ!!お前らぁぁ!!最高だぁぁぁぁぁ!!!ハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 全霊の一撃が拮抗したという事実に義眼の男は歓喜すると同時にさらに圧力をかける。義眼の男―――マスキュラーにとって攻撃と攻撃がぶつかり合って拮抗するという事は絶対にあり得ないことだった。個性は攻防一体の強個性。どんな一撃をもらおうとも10,000を超える筋繊維の装甲は容易く弾き飛ばし、その筋繊維から生まれる一撃はどんなものも吹き飛ばした。彼に取ってぶつかり合いは起こり得るものではない、筈だった。

 

 しかし、今日彼は出会った。己の全霊を真正面切って受け止められる2人の存在を。ただ個性を自由に使えればよかった。だが、彼はどうしようもなく人間だった。今まさに味わっている興奮に比べれば今までの戦いのなんと味気ないことか。気持ちのボルテージが最高潮まで登り詰める。それに合わせるように一撃の重さも増していく。

 

「血ィィィィィィ!!見せろやァァァァァァ!!」

 

「「ゔゔゔゔ……っるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」

 

 掛け声と共に増していく力。"Puls Ultra"、限界を超えてさらに向こうへと行こうとする精神は何もヒーローだけの話ではない。少し、また少しとマスキュラーの力が増すごとに上から圧する力が増していくごとに伏黒も緑谷も押し潰されそうになる。それに抗うように力を込めるもの2人合わせてもなお力ではマスキュラーに分配が上がった。

 

 《死》。それを強く意識した瞬間、一瞬だけ力が緩んだ。

 

「あ゛あ゛ぁぁ!!??」

 

 最高の気分を害されたかのか怒り狂ったようなマスキュラーの声が辺りに響く。そして間をおかずしてバチャバチャと水が落ちるような音が聞こえてくる。何が起きたのか伏黒も緑谷も必死過ぎてわからない。だけど今この瞬間、隙が生まれたことだけはわかった。

 

「緑谷ぁぁぁ!!一瞬でいい!!カチ上げろォォ!!」

 

「うゔゔうううっがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 伏黒の言葉に合わせて緑谷は少しずつマスキュラーの体を押し上げる。そして少しだけ生まれた隙間を縫うように伏黒はブリッジの状態で足を大の字に広げて踏ん張ると、次に掌を少し広げた状態で両手を前に突き出す。すると手のひらに空気を焦がすほどの電熱が集まり始める。

 

 ここで【鵺】の特性について話そうと思う。【鵺】の能力である電撃は上鳴の個性【帯電】とは似て非なるもの。仮に個性と定義づけるのであれば【充電】というのが正しいのだろう。充電方法は二つに分けられる。一つ目は時間経過。より大きな、それこそマスキュラーに放ったほどの一撃を見舞うにはそれ相応の時間を要する必要がある。そしてもう一つが 外からのエネルギーを用いた充電(・・・・・・・・・・・・・・・)である。従来の発電機のように太陽光や風の力ではなく受けたダメージ(・・・・・・・)を電気に変えられるのだ。

 

 この技は伏黒が林間合宿での個性を延ばす訓練で【鵺】の能力に気がつくのと同時に編み出したもの。あまりの破壊力にワイプシの面々からドン引きされながら人に向かって撃つことの禁止を厳命されていた絶死の一撃。マスキュラーに死ぬ一歩手前まで殴られた結果、伏黒を通して【雷跳虎臥】が限界通り越してオーバーフロー寸前までエネルギーを貯めることになる。そして溜まりに溜まった全エネルギーを変換し、電撃を掌に一点に集中させ、照射されたもの蒸発させる電撃砲へと昇華させる。その名も

 

「【琥珀大砲】」

 

 瞬間、伏黒の手を起点に青白く変化した電撃がマスキュラーの装甲車と見紛うほどに肥大化した筋繊維を焼き焦がす。削がれた筋繊維はマスキュラーから防御力だけでなく力も奪った。そうなれば拮抗は崩れ、火事場の馬鹿力を発揮している緑谷が圧倒するようになるのは当たり前のことだった。

 

「100万%デラウェア・デトロイトスマッシュ!!!!」

 

「嗚呼、クソッ…」

 

 五指を弾いて発生させた衝撃波で硬直状態を解き、続けて右拳で殴り飛ばす。そうしてマスキュラーは薄くなった筋繊維でなんとか防ごうとしたものの防ぐことが出来ないと悟ったのかマスキュラーは何処か悔しそうな顔をする。直後、巨体が強烈な勢いで岩壁に叩きつけられ、土煙が舞う。土煙が晴れた向こうで、マスキュラーはどこか満足そうな顔をして完全に意識を失っていた。

 

「………何も、知らないくせに…!何で!!2人揃って!何でッそこまで…!」

 

 伏黒と緑谷の背後で涙声の浩汰の声が聞こえてくる。何とか振り返ろうとするも身体がおぼつかないまま殴りつけた腕が力と力の衝突によって原型をギリギリ留めている2人はその場で崩れ落ちた。2人はいまだに緊張が解けないでいたが慌てたような足音共に泣き腫らした浩汰の顔を見て気が抜けたのか安堵のため息を漏らして笑った。

 

 




【琥珀大砲】
→【雷跳虎臥】、もしくはそれを纏った状態で放つ電撃砲。イメージは見た目という面では【幻獣琥珀】を使用した鹿紫雲一が宿儺に放ってた電磁波で、放つポーズはベジータのファイナルフラッシュ。威力は引くほどでかいが、その分リスクも滅茶苦茶デカい。全力で使用すればその日最低でも二日間は【虎葬】も【鵺】も使用不可能となる。技名に関してはツッコミどころがあるのであれば感想でお願いします。


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林間合宿、そして神野の悪夢

 

「ヒーロー志望の伏黒恵君。早速本題を切り出すようで悪いが単刀直入に聞くよ。―――俺の仲間にならないか?」

 

「……」

 

 そこはとあるバーの室内。死柄木を筆頭にバーの中にいる彼らこそ先日雄英高校ヒーロー科一年の林間合宿を襲った敵連合の面々であった。そんな彼らとは全く関係のない生徒である伏黒恵が両手を拘束される形で対面していた。

 

 こうなった経緯について理解するには18時間ほど前に遡る必要がある。

 

 

「今から浩汰くんを保護して貰うためにも宿泊所へと届けよう」

 

 マスキュラーを緑谷が一撃見舞うことで仕留めた後、伏黒は多少無理をしながら【円鹿】を呼びだした。治癒を用いて応急処置を施していると緑谷からそう提案される。伏黒はこの意見に対してすぐに賛成した。何せこのまま浩汰をこの場に放置、あるいは引き連れていたとしても守り切れる保証はどこにもないからだ。だったらいっそのこと多少手間がかかるが浩汰を相澤なりブラドキングに預けるなりしていたほうが楽だ。

 

 そこまで意見が一致すると伏黒は体力的な問題もあって治癒を解除すると緑谷は浩汰の元へ足を運ぶ。

 

「浩汰君。今から僕たちは君を先生たちがいる場所へ運ぼうと思う」

 

「お前たちはどうすんだよ…」

 

「僕たちはマンダレイにこのことを報告する…。もし今回来たヴィランが全員このレベルだとしたら不味すぎる。狙いは僕ら生徒である可能性がある以上は相澤先生とワイプシの皆さんに伝えなきゃ。……僕が動いてみんなを救けられるなら、動きたいんだ」

 

 緑谷の人を助けるという気迫に浩汰は息を呑む。それに対して緑谷は安心させるように笑いかけるとこう言葉を追加する。

 

「それに今、火災による被害が大きい…。君の水の個性が必要なんだ。僕らを助けてくれないか?さっきみたいに」

 

 その言葉を聞いた浩汰は少しだけ泣きそうな顔をすると頷く。それを見た緑谷が浩汰を背負おうとしたが、怪我人に背負わせるわけにもいかず伏黒が【嵌合纏】を発動させて浩汰を抱えて怪我人の緑谷を背負うこととなった。ちなみにマスキュラーに関してだが、このまま放置ということになった。縛る道具もなく放置はまずいと思うが火事場の馬鹿力を発揮した緑谷の一撃を受けたということもあって起きることは出来ない。仮に起きれてもしばらくは動けないであろうと判断した。

 

 そうして先ほどの力がないこともあって森の中を掻い潜りながら施設へと戻る。すると途中で

 

「――あ、おい、あれ!」

 

 突然、洸汰が伏黒の胸のなかで大きな声を上げると指を指した。伏黒は洸汰が指差した方向に目線を向けるとそこには広場の方へと走っている相澤先生の姿があった。

 

「「相澤先生!!」」

 

 伏黒と緑谷が相澤の姿を認識した途端、名前を呼んで引き留める。その声に反応した相澤が声のした方を見て思わず顔を険しくする。それもその筈で伏黒は鼻や目から血を流し、緑谷は多少マシになったとはいえ怪我が重かった腕はいまだにバッキバキなのだから。

 

「伏黒、緑谷、お前ら」

 

「後でいくらでも叱られますので、今は目を瞑ってください」

 

「僕の方からもお願いします…!マンダレイに早く伝えないといけないことがあって……!」

 

 そう言いながら伏黒は抱えていた浩汰をその場に降ろして相澤の方へ向かうように向かわせる。そして浩汰の個性について伏黒の背から降りていた緑谷が1通り説明すると伏黒と共にその場を去ろうとする。

 

「浩汰君は水の個性持ちです。絶対に守ってください!お願いします!」

 

「待て!緑谷、伏黒!……2人揃いも揃って大怪我負いやがって。取り敢えずは伏黒、お前はこの子(浩汰)と一緒に避難所に迎え。ここからまっすぐ歩けば着く。1kmもないから安心しろ」

 

「何で俺に?」

 

「緑谷にやらせようと思ってたが、辞めだ。緑谷以上に限界近いだろ、お前」

 

 緑谷は驚いていたが、相澤は見逃さなかった。伏黒が今の今まで動きを最小限に抑えて相澤とあった瞬間に【嵌合纏】を解いていることに。今はエンドルフィンが出てハイになってるから何とか誤魔化せているが、既に目の焦点があっておらずいつ限界が来て倒れてもおかしくないことに。

 

「……行くぞ」

 

「う、うん。大丈夫?伏黒の兄ちゃん…」

 

「問題ねぇよ」

 

 伏黒は見抜かれていたこともあっておとなしく浩汰の側に近寄ると浩汰の手を取って相澤に指差された方向へと足を運ぶ。手を取られた浩汰は心配そうに伏黒に声をかけるが問題ないと即答する。

 

「伏黒の兄ちゃん、ごめんッ…。僕が逸れたばっかりに…緑谷の兄ちゃんもッ、あんな怪我させてッ…俺ッ…」

 

「無茶してナンボの職業だ。卵とはいえ守って当然なんだ。どうだ?最高に気色悪いだろ?」

 

「そんなことないッ!伏黒の兄ちゃんも緑谷の兄ちゃんも2人ともあの血狂い相手に一歩も引かなかったッ!あんなボロボロになって僕のこと救けてくれて……まだ、ごめんなさいも、ありがとうも言えてないのに……!」

 

「俺は伝わったよ……。全部終わったら緑谷にも伝えてやってくれ…」

 

 右手に縋りつきながら涙声になっている浩汰の言葉を伏黒は何とか応える。伏黒には最早余力はあまり残されていない。現に視界も足並みもおぼつかず何度も木々に体をぶつけているのが現状だからだ。それでも歩いた。相澤に託されたのもあるが今となっては伏黒にとって浩汰は報われてほしいと思えるような人間だっから。一歩一歩、普段の移動速度に比べれば牛歩の歩みもいいところだ。しかしそれでも伏黒は歩みを止めない。歩いて歩いて歩いた果てに

 

「よぉ」

 

 伏黒は絶望(死柄木弔)に出会った。

 

「に、兄ちゃん…」

 

「………」

 

 まるで旧知の間からのようなテンションで話しかけてくる死柄木に対して浩汰は怯えたように伏黒の服の裾にしがみつく。当たり前だ。目の前にいるのは病的な痩身と無造作な白髪、更には自身の顔面に人の手をくっつけた得体の知れない不気味な雰囲気を持つ男なのだから。伏黒としては何故ここにと聞きたいが今となってはその余力すらも惜しい。それにその余力の使い所は既に決まっていた。

 

「【玉…犬…】」

 

 震えた声と共に手で犬の形に模ると影が揺らめく。しかし現れたのは液状の影で無理矢理犬を作り上げたような不安定かつ不細工な姿だった。でも、それでも十分だった。

 

「へ?」

 

 子供(浩汰)1人を運ぶに十分な力を有しているのだから。服の裾を【玉犬】に咥えられて宙ぶらりんの状態になって困惑する浩汰を余所に【玉犬】は伏黒の指示に従ってその場から退避した。離れていく【玉犬】と共に浩汰の叫び声が響き渡る。伏黒はそれを無視して構える。

 

「まだやれるぞ…」

 

 ふらつきながら死柄木を逃がさないように睨みつける。今の伏黒にとっての勝利条件は死柄木、もしくはその関係者と思しき人物から浩汰を完全に守り切ること。だからこそ壊れやすくしたのと引き換えに【玉犬】の性能はそのままにしたのだ。闘うならいざ知らず、逃げの一手ならばこの山道も相まって確実に逃げ切ることができる。あとは指定された避難場所に浩汰を運び切ったことを同期している【玉犬】から伝えられれば伏黒の勝ちとなる。

 

「本っ当にカッコいいぜ。伏黒恵」

 

 そう言いながら死柄木は構える。

 

 伏黒は死柄木が何のために来たのかは何となくだが察している。おそらく自身をさらいに来たのだろう。あのマスキュラーが言っていた。傷つけるなと。恐らくだが、殺されることはないのだろう。きっとこの行為も浩汰に興味のない死柄木にとっては意味のないことかも知れない。だが、万が一、億が一の可能性がある。

 

 そうして伏黒と死柄木の戦いは始まった。伏黒の予想通り殺すつもりはないのか【崩壊】を使う様子は見られない。しかしそれでも相手は個性にかまけず痩躯であっても相澤の攻撃をも見切った手練れ。伏黒の急所を的確に狙ったコンビネーションも難なく躱され逆に殴り飛ばされる。それが何度か続くと上体に意識がいっていた死柄木に足払いをかける。死に体ということもあって侮っていたのかまんまと引っかかると大きくバランスを崩す死柄木。そんな死柄木の横っ面目掛けて全力で掌底を叩き込む。

 

 攻撃を食らってふらつく死柄木と【玉犬】から無事避難所に浩汰を運んだのが伝わるのはほぼ同時だった。問題なく運ぶことが出来た事実から緊張の糸が完全に千切れた伏黒はそれを最後に意識を失った。

 

 

 そして現在に至る。目が覚めた伏黒は両手を拘束された状態で椅子に座らせれていた。いまだに手を加えられていないのさマスキュラーの言っていた攫い、そして懐柔することだったからだろう。伏黒は敵連合のリーダーである死柄木の問いかけに対し、

 

「自己紹介でもしろよ」

 

 とだけ告げる。全員がそのことに呆気に取られていると伏黒は構わずに続ける。

 

「誰かもわからん奴に仲間になれって言われて、『はい、なりましょう』なんて言う奴いないだろ?本名じゃなくていいぞ」

 

「……それもそうだな」

 

 何故か伏黒の言い分に同意した死柄木にヴィラン連合の一同が「え」みたいな目線を向ける。

 

 それを死柄木は無視すると「死柄木弔だ」と簡単に自己紹介をする。それに釣られる形で黒霧も自己紹介する。それに続いて大男が「マグネよ♪」と明るく名乗り、渋々といった様子でつぎはぎの男が「……荼毘」と名乗ると困惑気味の蜥蜴男が「スピーナーだ」と名乗る。そして全身をピチピチのコスチュームのようなものを着た男が「誰が言うかよ!トゥワイスだ!よろしくね!」と矛盾したように言い、マジシャンのような男が「あー、Mr.コンプレックス」と困惑したように名乗る。そして最後に2つのお団子の髪型特徴的な制服を着た女子高生が「渡我です。一応、一個上です」と名乗ることでヴィラン連合の面々の自己紹介が終わる。

 

 そこまで聞いていた死柄木は何を思ったのか伏黒についてた枷を【崩壊】させるとバーにあった少しだけ古びたテレビをつける。そこには今回の林間合宿で責任者を務めてた教師陣による記者会見が映し出されていた。案の定というか今回の事件について記者人から鋭い質問攻めを受ける相澤達。それを見ながら死柄木は伏黒に語りかける。

 

「不思議なもんだよなぁ。なぜヒーローが責められてる?奴らは少ーし対応がずれてただけだ。守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つはある。『お前らは完璧でいろ』って?現代ヒーローは堅っ苦しいなぁ」

 

「そういうもんだろ。お前は買ったハンバーガーに虫混じってるの見て最善を尽くして「た」「っ」からまぁ、いっか。ってなんのか?」

 

「例えが嫌に秀逸ね……」

 

「前置きはいいから本題に入れよ」

 

 そうして始まる死柄木の演説。人の命を金や自己顕示に変換する異様とそれをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責め立てる国民。つまりは死柄木が戦い続ける本質は"問い"。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらうために暴れているのだと。そこまで聞いた伏黒は少しだけ考え込むと問いかける。

 

「それはつまり…今を壊すって認識でいいのか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「だったら断る」

 

 問いに肯定した死柄木に伏黒は差し出された手を跳ね除ける。

 

「……何でだ」

 

「お前が壊そうとしている今の世には俺が報われていて欲しいと願った人間が笑っていられる世界なんだよ」

 

 確かに今の世の中は平等とは言い難い。何なら勝手に枠組みされた普通とやらを強制する施設があるくらいだ。しかし、そんな歪な世の中でも伏黒にとっては笑っていてほしいと思えるような人間が享受する世界でもあるのだ。死柄木の言い分は大いに納得できる。それでもこれだけは譲れない。少しでも多くの善人が平等を享受できるように人を救い続けるという原点(オリジン)だけは。

 

「…ここにいる者は事情は違えど人やるルールに縛られ苦しんでる」

 

「不幸なら何しても許されると?じゃあ何か?逆に恵まれた人間が後ろ指差されりゃお前らは納得するとでも?」

 

 思い出す。かつて拳藤が攫われていた時のことを。そして同時に自分のことも思い出す。親から見捨てられた『普通ではない』自身を嘲笑う周りの人間を。それにイラついて暴れ回り、善人を嫌って悪人を嫌って白でも黒でもないあやふやな自分を。でも今は違う。周りに恵まれ、そしてヒーロー殺しに出会ってその願いを確立できた。故に伏黒は周りの評価とかそういうのに流されるつもりなど毛頭ない。ここからはもう自分の足で歩めるのだ。

 

「それに君の父親は【異能殺し】。歴とした人殺しだ。それを世間が認めるとでも?」

 

「それこそお前らの嫌う枠組みじゃねぇか。俺は今のヒーローを目指す俺を気に入ってる。誰が何と言おうと俺は『伏黒恵』なんだ。【異能殺し】の息子がどうとか今更気にするほど繊細でもねぇんだよ」

 

「…そうか。君とはわかり合えると思っていたが…仕方ない。悠長に説得してられない。出来れば使いたくなかったのに残念だよ伏黒恵。コンプレックス、黒霧、こいつを眠らせてしまっておけ」

 

 ため息を吐きながらコンプレックスと黒霧が前に出る。伏黒は確信している。マスキュラー並のヴィランはもう居ないのだと。しかしそれでも相手は死柄木が選んだプロを相手どれる人間たち。死柄木と黒霧の個性は把握しているが、コンプレックスは死柄木の閉まっておけという発言から拘束系、荼毘は体が爛れているから炎系、スピナーは異形系、マグネは引き寄せる系の個性ではないかと予想しか出来ない。その上、残りのトガとトゥワイスに至っては皆目見当もつかない。

 

 すると後ろからノックと共に「どーもォ、ピザーラ神野店ですー」という間の抜けた声が聞こえた。思わずバーにいる全員が扉の方に目線がいく。その直後、

 

「SMASSHッ!!!!」

 

 オールマイトの叫び声と共にバーの壁が吹き飛ばされた。

 

「なんだァ!?」「チッ!黒霧!ゲート!」

 

「させぬわ!先制必縛!ウルシ鎖牢!」

 

 黒霧が個性を発動する前にシンリンカムイが個性によってバーに存在するヴィラン連合全員の身柄を拘束する。拘束された荼毘はすぐさま燃やそうとするが緑谷の職場体験先のヒーローであったグラントリノに気絶させられる。

 

「流石は若手実力派だシンリンカムイ!そして目にもとまらぬ古豪グラントリノ!もう逃げられんぞヴィラン連合…なぜって?我々が来た!!!」

 

 オールマイトは鋭い眼光で睨み付けながら敵連合に力強く言い放つ。



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廻り集いて回帰せん

 

「オールマイト…!!あの会見後に、まさかタイミング示し合わせて……!?」「や〜!」「おい、木の人!引っ張んなってば!押せよ!」

 

 シンリンカムイの【ウルシ鎖牢】から逃れるべく意識のあるヴィラン達は身を捩る。するとオールマイトの宣言と同時に扉の隙間から忍者の装飾をしたエッジショットが扉を開けて制圧部隊を引き入れる。

 

「ピザーラ神野店は俺達だけじゃない。外はあのエンデヴァーを始め、手練れのヒーローと警察が包囲している」

 

 セリフからしてどうやらエンデヴァーも参加しているらしく、どう足掻いても逃さないという強い意志と共に完璧に仕留める気できているのが窺える。するといつの間にか伏黒の側に立っていたオールマイトが優しく語りかける。

 

「怖かったろうに…だが、よく耐えた!ごめんな…もう大丈夫だ少年!」

 

「……ありがとうございます」

 

「HAHAHAHAHAHA!!素直でよろしい!!」

 

 伏黒はいきなり有名どころがわんさか訪れたことに思考が追いつかずにいるが、助けて貰ったのは事実なためひとまず礼を言う。その反応にオールマイトは元気よく笑うと真剣な眼差しで死柄木と向き合う。木に縛られている死柄木がオールマイト達を睨みながらボソッと呟いた。

 

「せっかく色々とこねくり回したのに……何でラスボスがそっちから来てくれてんだよ……」

 

 死柄木の視線が周りに巡らされる。それを見て再度手詰まりの状態だと理解すると屈辱からか身を震わせて「仕方がない…」と呟くと覚悟したかのように語る。

 

「俺達だけじゃない?奇遇だな、そりゃこっちもだ。―――黒霧ぃ!!持ってこれるだけ持って来い!!」

 

「脳無だな!」

 

 脳無の厄介さと強さを今この場にいる誰よりも知っているオールマイトは身構える。しかし待てど暮らせども部屋に変化は訪れず、脳無が現れることはなければ黒霧が個性を起動させる様子もない。流石の事態に命令した死柄木すらも困惑する。

 

「すみません死柄木弔……。所定の位置にあるはずの脳無が………ない!?」

 

「はぁ!?」

 

 黒霧すらも困惑する報告内容に死柄木は混乱を極める。すると今度はこの状況を把握しているのかオールマイトが伏黒の肩に手を乗せながらゆっくりと話しはじめた。

 

「やはり君はまだまだ青二才だ死柄木」

 

「あァ!?」

 

「敵連合よ、君らは舐めすぎだ。少年の魂を、警察のたゆまぬ捜査を、そして…我々の怒りを!!」

 

 そこまで聞いた誰もが理解する。最早、脳無のいる場所は制圧されて来ることはないということを。

 

「おいたが過ぎたな。ここで終わりだ死柄木弔!」

 

 その事実を伝えると共に平和の象徴と謳われたNo.1ヒーローが終わりを宣告する。そしてそれと同時にあてられたもの全員が慄くほどの圧力が放たれる。今この瞬間、林間合宿とは異なり場を制しているのはヒーローとなった。しかし、この現状に誰よりも苛立ちを露わにしている死柄木だけは諦めることはなかった。

 

「終わりだと…?ふざけるな…始まったばかりだ。正義だの…平和だのと…言葉ですらあやふやなモンで蓋されたこの掃きだめをぶっ壊す…。その為にオールマイト(フタ)を取り除く。仲間も集まり始めた…ふざけんな…ここからなんだよ…!」

 

 死柄木は現状を打開すべく転移能力を持つ黒霧の名前を呼ぼうとするもそれよりも早く細長い何かが黒霧の体を貫いた。すると「うっ」という呻き声と共にその場で力無く項垂れた。マグネから「殺したの!?」という絶叫が響き渡るが、それを否定したのは黒霧の体を貫いた細長い何かだった。

 

「忍法千枚通し。この男は最も厄介……眠っててもらう」

 

 そう語るとエッジショットが糸状から元の形に戻り始める。するとこれ以上、抗っても無駄だとわからせるためかオールマイトの後ろにいたグラントリノが前に出ると名前を呼び始める。

 

「引石健磁。迫圧紘。伊口秀一。渡我被身子。分倍河原仁。少ない情報と時間の中、おまわりさんが夜なべして素性を突き止めたそうだ。分かるかね?もう逃げ場はねぇってことよ」

 

 先ほどまで【ウルシ鎖牢】から逃れるべく騒いでいたヴィラン連合の面々が黙って顔を伏せる。そして場に沈黙が満ちる。死柄木はこの現状が受け入れられないのか「こんな…こんな、呆気なく…ふざけるな……ふざけるな…」と声を震わせながら拒絶する。

 

「なぁ死柄木、聞きてぇんだがお前さんのボスはどこにいる?」

 

「失せろッ…!消えろッ…!」

 

「奴はどこにいる、死柄木!!」

 

「お前が!!嫌いだ!!!」

 

 グラントリノとオールマイトの質問に拒絶を含んだ絶叫を返す死柄木。その直後、

 

ドドドドドドドドドドドドドドドッッッッッ

 

 黒い水のような音と共に、突然死柄木の両隣の空間から黒いナニカが出現する。そしてその黒い断面から覗いて見えるのは脳無だった。それをきっかけのように空間から零れ落ちると大量の脳無が加速度的に増えていく。

 

「シンリンカムイ!絶対に離すんじゃあないぞ!!」

 

「わ、わかりました!!」

 

「あ゛ごぁ!?」

 

 オールマイトが捕縛の手を緩めないように指示を出していると伏黒の口から脳無が現れた時に出てきた黒い水のようなものが溢れると包み込み始める。

 

「なっ!?伏黒少年!?」

 

 慌てて伏黒を助け出そうとしたオールマイトだが黒いナニカはあっという間に伏黒を飲み込む。味わったことのない浮遊感と共に「NOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」というオールマイトの叫び声が聞こえる。そして伏黒はその場から消えてしまった。

 

 

「ゲホッゲホッ……!何だこの水、臭っせぇなッ…!それにここはどこだ。まさか転移型の個性なのか?」

 

 黒い泥のような粘性を持つ液体によってバーから別の場所へ飛ばされた伏黒は嘔吐きながら辺りを見渡す。周りを見て一言言うとするならば『廃墟』、それに尽きた。しかし同時に疑問も湧いた。辺りに見える倒壊した建物なのだが、経年劣化で壊れたにしては嫌に新しい。しかも破壊跡がまるで演習試験の時に見たオールマイトの一撃のようにとてつもない力で吹き飛んだような感じだった。今この場にある全てに疑問を抱きながら下がると何かに足が引っ掛かる。石というには少し柔らかく。大きめなゴムのような感覚に戸惑いながら下を見る。

 

「は?」

 

 そこには胸部の少し下を大きく抉られたNo.4ヒーローのベストジーニストが血を吐き出しながら転がっていた。いきなりの事態に追いつけないまま周りを見渡す。視線を向けた先にはNo.10ヒーローのギャングオルカ、新規精鋭で有名なマウント・レディ、そして林間合宿で散々世話になったワイプシの虎と何故か全裸のラグドールが転がっていた。事務所も活動範囲も異なる彼らだが今現在共通しているのはいずれも怪我を負っているということだ。

 

「【円鹿】!今すぐに全員を癒せ!!」

 

 伏黒は片方の手で頭部を作り、もう片方の手で角を見立てることで【円鹿】を呼び出すと5人の中でもとりわけ重症なベストジーニストを中心に治癒できるフィールドを展開する。早く、そして上着を脱いだ伏黒は血を止めるためにも浅い呼吸をするベストジーニストの傷口を圧迫するように抑える。ベストジーニストはまだまだ時間がかかりそうだが、比較的軽症な虎やラグドール、マウント・レディとギャングオルカは早く治りそうだと確信する。

 

「面白い個性だね」

 

 しかし、その治療は伏黒の後ろから聞こえてくる声と共に中断させられる。声が聞こえたのと同時に伏黒はその場から飛び退いた。圧迫して止血していたベストジーニストのことを無視して。そして伏黒の目の前に声をかけた人物が立っていた。スーツ姿で顔には厳ついマスクを装着していた。不審者極まりない衣装だが、それ以上に目の前に立つガスマスクに似た厳ついマスクを被る男の放つ気迫に圧倒された。

 

 オーラから感じることのできるオールマイトとは異なる強さ。それを言葉にして例えるならば圧倒的な邪悪。伏黒は自身の一挙一投足の全てが死因として成りうるほどの恐怖を感じ取る。それを目の前にした伏黒は幾度も自身の死を連想させられたほどだった。息をすることすら自身の死の原因になるのではないかと錯覚する。言われなくてもわかった。指摘されるまでもない。今まさに自身をここに連れてきた目の前にいるこの男こそが。

 

「オール・フォー・ワン……」

 

「おや?僕のことを知ってるのかい?」

 

 思わず名前を漏らしてしまったことに伏黒は失態を悟るもののなんとか笑いながら未だに口の周りに残る黒い液体の手で拭うとと誤魔化そうとする。

 

「親父が酒に酔った勢いであんたの名前を呼んでてね」

 

「うん、嘘だね。甚爾ならあり得ないとは言えないのが残念だけど僕には嘘は通用しないよ?…となると後はオールマイトくらいかな?僕のことを知ってるのは。相変わらず嘘が下手なのか口が軽いのか…。こんな少年に僕のことを教えるなんてねぇ」

 

 伏黒の誤魔化しを秒で看破すると教えた人間に当たりをつけて呆れたようにため息を吐く。そして【円鹿】を今破壊されるわけにもいかないため仕舞うとどう逃げたものかを考える。しかしそれは

 

「げえぇぇぇ……」「何なんですか…」「いやん、もう臭い!」「何かクッセー!いい匂い!」「全く逃すためとはいえ勘弁してくれよ」「先生………」

 

 後ろに現れたヴィラン連合のメンバー全員が現れることで阻まれる。移動方はどうやら伏黒と同じだったらしくあのバーにいたヴィラン連合の人数分の水の音が響き渡る。状況がさらに悪化したという事実に目を背けるとオール・フォー・ワンは死柄木に歩み寄る。

 

「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子もね…。君が『大切な駒』だと考え判断したからだ。いくらでもやり直せ。その為に僕がいるんだよ。――――全ては君のためにある」

 

 少しだけ失意に沈む死柄木にそっと手を差し伸べて慰める姿は不覚にもオールマイトより先生していると思わされる。すると、少しして何かに気づいたようにオール・フォー・ワンは顔を上げる。

 

「やはり、来てるな」

 

 1人でにそう呟くオール・フォー・ワンと空から降り落ちたオールマイトとの衝突に秒も要らなかった。

 

「全てを返してもらうぞ!オール・フォー・ワン!!!」

 

「また僕を殺すか?オールマイト」

 

 そうして上からの衝撃に地面が耐えきれずバキバキに割れるほどの勢いでぶつかり合う。そして互いにその場を離れた。一連のどこにでもあるヒーローとヴィランとの攻防、ただ、それだけで近くにいたヴィラン連合も伏黒も関係なく仰け反ってしまうほどの衝撃が辺りを駆け巡る。咄嗟に顔を覆って衝撃の震源地に目線を向ける。視線の先では先ほどまで一緒にいたオールマイトの姿とオール・フォー・ワンとが対峙していた。

 

「随分と遅かったじゃないか。バーからここまで5㎞余り…。僕が脳無を送ってから優に30秒は経過しての到着とは……。衰えたねぇ、オールマイト」

 

「貴様こそ何だその工業地帯のようなマスクは!?大分無理してるんじゃないのか!?」

 

 息をするように煽り合う2人に伏黒はオールマイトの攻撃を弾いたこともそうだが、半ば確信していたとはいえ目の前に立つ魔王の如き男こそがオール・フォー・ワンなのだと知る。オールマイトはその場でトントンと軽く何度か飛ぶ。

 

「5年前と同じ過ちは犯さん。オール・フォー・ワン!伏黒少年を取り返す!そして貴様を今度こそ刑務所にぶち込む!貴様の操る敵連合もろとも!!」

 

「そいつはやることが多くて大変だなぁ!お互いに」

 

 オールマイトが榴弾と見紛うほどの勢いで突っ込み間合いを潰そうとする。それに対してオール・フォー・ワンは軽く左手を挙げるだけで対応する。すると次の瞬間にはオール・フォー・ワンの腕が不自然なまでに膨張するとオールマイト目掛けて見えない何かが射出される。それを喰らったオールマイトは吹き飛ぶ。そしてその吹き飛んだ勢いはビルを幾つもぶち抜き、薙ぎ倒すほどだった。

 

「【空気を押し出す】+【筋骨バネ化】、【瞬発力】×4、【膂力増強】×3。この組み合わせは楽しいなぁ。増強系をもう少し足すか……」

 

「オールマイト!!」

 

 自身の腕を見ながら何やらブツブツ呟くオール・フォー・ワン。ただ無造作に個性を放っただけでこの威力。あまりにも隔絶しきった実力差に伏黒は愕然としつつもオールマイトの安否を気にして叫ぶ。しかしそんな伏黒を安心させるようにオール・フォー・ワンは語りかける。

 

「気にせずともあの程度でやられるほど柔な奴じゃあないよ。だから…ここは逃げろ弔。その子(伏黒)を連れて」

 

 そう言うと今度は右手をスッと出すと指先を稲妻の如く赤い線の入った黒い触手のような物に変化させる。そして伸ばした触手を黒霧に突き刺す。その行動にマグネは転移させる個性があるならそれを使えばいいと言うが、かなり条件が厳しいらしく出来ないと言う。それと同じタイミングで不定形の黒霧の体が大きく膨れ上がる。

 

「さあ、逃げなさい」

 

「先生は………」

 

 死柄木が呟いた直後、遠方でボゴォォォォン!!という爆発音のような音がした。皆がその音の方向を見る。そこには吹っ飛ばされたオールマイトが凄いスピードでオール・フォー・ワン目掛けて向かってくる姿が見えた。オール・フォー・ワンもそれを確認すると空に浮かび始める。

 

「常に考えろ弔。君はまだまだ成長できる」

 

 そう言ってオール・フォー・ワンはオールマイトの振り下ろした拳を両腕で受け止める。

 

「……」

 

「行くぞ死柄木!あのパイプ仮面がオールマイトを食い止めてくれてる間に!駒持ってよ!」

 

「―――悪いがこれ以上、茶番劇に付き合う気は毛頭ない」

 

 未だにオールフォーワンの方を見つめ続けている死柄木に対してコンプレスが気絶している荼毘をビー玉に変化させながら伏黒も連れていくよう声をかける。それに応えるようにコンプレス、トガ、トゥワイス、スピナー、マグネが伏黒と相対する。

 

 それに対して伏黒は一度目を閉じて考える。今この場で手持ちも体も万全ではない自分に何ができるのかを。逃げようにもこの面子から逃げ切れる保証はどこにもない。むしろオールマイトの心配がこっちに行き過ぎてオールマイトの負けという最悪の結末すら想像できる。そこまで考えると伏黒は腹を括った。自身の持つ最強の手札を切ることを。冷めきった顔をする。【嵌合纏】を発動させる。そして【脱兎】を纏うと次の瞬間、伏黒が2人になった(・・・・・・・・・)

 

「はぁあ!?」「驚きましたね」「面倒なことに」

 

 その事実にヴィラン連合は驚きつつも口々に文句のようなことを言う。そして分裂した方に戦闘を預けてオール・フォー・ワンを吹き飛ばしたオールマイトの元へと駆け寄る。

 

「ナイスだ伏黒少年!このまま逃げるぞ!」

 

「すみませんがそれは無しです。オールマイト」

 

「What!!??」

 

「今、アンタが俺を抱えて飛んでも撃ち落とされるのが関の山でしょうに」

 

 オールマイトが逃げるように指示を出すがすぐに断ってくる伏黒に思わずアメリカンに反応してしまう。それに対して伏黒は抱えられては足手纏いになると言うとオールマイトは否定できなかったのか呻く。

 

「10秒だけでいいんです。時間を稼げませんか」

 

「策があるんだな!?伏黒少年!」

 

「絶対に呼び出した奴の邪魔をせずに協力するって約束してくれるんでしたら。必ずオールマイトを勝たせて見せます」

 

 飛んでくる空気の砲弾を自身の拳をぶつけることで迎撃するオールマイト。そして伏黒の方でも治癒自体はされずに未だにボロボロなこともあって分裂体がそろそろ限界なのか不定形になり始める。少しして「ムムムッ」と唸った後にオール・フォー・ワンを引き寄せて空中目掛けてぶん投げる。

 

「わかった!やってくれ!」

 

「ありがとうございます。―――布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)

 

 オールマイトが伏黒の前にどっしりと立つと安心した伏黒はその場で跪いて左腕内側に右手拳を押し当てた上で呪文のようなものを唱える。すると伏黒を中心に力の奔流が流れ始める。今この現場に居合わせる全ての人間の視線が伏黒に向いた。その力の圧力はあのオール・フォー・ワンですらもオールマイトから伏黒に攻撃の矛先を変えるほどだった。しかし、伏黒の前に立つのは平和の象徴。一発も撃ち漏らすことなく守り切る。

 

 それを見た伏黒は安心して分身体が解くと()()()()となる式神の名前を唱える。

 

八握剣異戒神将魔虚羅(やつかのつるぎいかいしんしょうまこら)

 

 8月9日、19時23分頃。神奈川県横浜市神野区にて最強の式神が顕現した。

 

 



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林間合宿、そして神野の悪夢②


魔虚羅の戦闘は次回です。


 

 

アオォォォォォォォォ アオォォォォォォォォ アオォォォォォォォォ アオォォォォォォォォ アオォォォォォォォォ

アオォォォォォォォォ

 

 複数体の【玉犬】と【蝦蟇】が祝福するかのように天高く吠える。まるで現れた王に対する畏敬を込めるかのように何度も何度も夜の帷に響かせる。神野区の廃工場があったとされる場所にいる誰もがそれ(・・)に目を奪われた。筋肉質な人型で猫背ぎみだが身長は伏黒の2倍以上、目に当たる部分には左右2対の翼が生えており、また背には八握剣の紋章のパーツが、右手には剣が備わっており、頭と背の辺りに浮かぶ方陣も相まって他の式神とは一線を画す異様な風体をしている。

 

「してやられたよ」

 

「伏黒少年…君って奴は……」

 

 この状況で真っ先に立ち直ったのは2人の最強であった。両者が立ち直れたのは一重に今までの経験と実力があったからこそだった。それでも2人には目の前の魔虚羅に対しての警戒とそれを引き出し見せた伏黒に対して片や忌々しそうに、片や自身の生徒の底知れなさに感嘆する。そして、伏黒は呼び終えて立ち上がるとオールマイトに向き直る。

 

「オールマイト」

 

「伏黒少年?」

 

 向き直られたオールマイトは伏黒の浮かばせる顔に疑問を抱いているとそれよりも早く伏黒が言葉を紡ぐ。

 

「先に逝きます。どうかうまく使ってください」

 

 ゴキャッ

 

 そう言った直後、魔虚羅の腕が霞んだ。歴戦にして最強で最凶な2人の怪物からしてもそう形容せざるを得ないほどの速度で魔虚羅は腕を振るった。伏黒恵の側頭部目掛けて。体に負った複数の怪我、回復しきっていないMPによる体力不足。これらの要因もあって今の伏黒に魔虚羅の一撃を避けられるはずもなく。着弾と同時に生々しい音を頭から奏でたかと思うと凄まじい勢いと共に吹き飛んでいく。

 

「伏黒少年!?」

 

「行かせないよオールマイト。―――やはりノーリスクではなかったかい」

 

 このままではビルに叩きつけられると判断したオールマイトが伏黒を助けるべく跳ぼうとするもオール・フォー・ワンは指先を稲妻の如く赤い線の入った黒い触手のような物に変化させるとオールマイトを引っ掛けて投げ飛ばす。オールマイトが「NOOOOOOO!!」と叫びながら伏黒に向けて手を伸ばすも助けることは間に合わない。ビルにぶつかり伏黒の頭が柘榴のようになる。それはヴィラン連合もオールマイトもオール・フォー・ワンも確信していたことだ。

 

 しかし、その確信は突如として現れた拳藤、緑谷、爆豪、飯田、切島の5名によって覆された。

 

「伏黒ぉぉ!!」

 

 壁に叩きつけられる寸前、拳藤が【大拳】の個性を用いて掌を大きくすると左手で伏黒の服を掴み、右手で伏黒の体を優しく覆った。それでも勢いを殺すことは出来ずにぶつかるところを壁と拳藤、伏黒の間に爆豪と背負われた切島が入り込む。爆豪が最大火力の爆破を放って減速させ、硬化した切島がクッション代わりになる。そして残りの緑谷と飯田が4人を掴むと壁を登り、そのまま戦場から伏黒を連れて逃げおおせた。

 

「何?」「―――は?」

 

 想像していた光景とは真反対の結果に驚愕する。そして、ヴィラン達は5人が現れたであろう場所に目線を向ける。するとそこには壁に4、5人の人間が通れそうなほど大きな穴と何かを打ち上げるように傾斜を作り上げた氷結が出来上がっていた。

 

「隙だらけだぜオール・フォー・ワン!」

 

 そしてその余所見は最強のヒーローにとって隙以外の何物でもなかった。伏黒が死なずに済んだという事実に安心したオールマイトが裏拳でオール・フォー・ワンを吹き飛ばす。

 

「まったく…皆んなしてここに来るなんて後で叱ってやらないとな!」

 

 言葉とは裏腹にどこか嬉しそうに語るオールマイトは今なお意識を保ちながら土煙に紛れたオール・フォー・ワンを睨みつけた。そして一方で飛んで逃げていったことに驚愕していた全員が意識を取り戻すと伏黒の捕縛に移る。ヴィラン連合の面々は伏黒たちが逃げ出すのを良しとしなかった。

 

「逃がすな!遠距離ある奴は!?」

 

「荼毘に黒霧!両方ダウン!」

 

「あんたら!くっつきなさい!!」

 

 マグネがMr.コンプレスとスピナーに"個性"を使う。マグネの"個性"は『磁力』、自身から半径4.5メートル以内の人物に磁力を付加させることが出来る。全身または一部など力の調整も可能。男がS極、女がN極となる。なお、マグネ自身には付加出来ない。

 

「行くわよ!【反発破局、夜逃げ砲】!!」

 

 S極同士で反発する力を使って、緑谷たちに向かって飛んでいこうとしたMr.コンプレス。しかしそれは突如現れた巨大化したMt.レディの必殺技・タイタンクリフにより、Mt.レディの顔面にMr.コンプレスがぶつかる形で防がれた。そのことにマグネは歯噛みをしたがすぐにトゥワイスを飛ばそうとするも、三人は一瞬で足裏からのジェットによる高速移動と的確に顎先をグラントリノによって打ち抜かれた。

 

 こうして今この瞬間、オールマイト、グラントリノ、魔虚羅、オール・フォー・ワンが相対する形となった。

 

 

「伏黒!おい!伏黒!しっかりしろ!」

 

「う……るせぇ、な…揺す、んな、よ」

 

 涙目になりながら頭から派手に出血する伏黒の意識を確かめる拳藤に対して薄っすらとだが、目を開けて喋る伏黒。それを確認した拳藤が力が抜けたようにその場で崩れ落ちる。伏黒が無事だったのはひとえに【嵌合纏】を解除していなかったからである。魔虚羅が伏黒の側頭部を捉える直前、主人の危機を察知した【脱兎】が影の中に一体残して残りを直撃箇所に体を挟み込んで自身ができる最高速度で分裂することで防ごうとした。しかしそれでも止め切ることはできず、直撃はしてしまったが、伏黒の命を繋ぐことは出来た。

 

「皆んな!伏黒くんの意識があるぞ!」「影野郎の怪我が思ってたより浅ぇな」「体の怪我は!?ヴィラン連合にやられたのか!?」「それは林間合宿で負った怪我だよ切島君!」

 

 オール・フォー・ワンとオールマイトという最強vs最凶の戦闘現場から1km近く離れたビルの上で伏黒が無事であったことに盛り上がるヒーロー科の面々。今ここにいるメンバーは伏黒を助けるためだけに集結した人間達だった。本来であればもう少しタイミングを見計らってやるはずだったのだが、伏黒が呼び出した式神に伏黒が吹っ飛ばされたということもあって壁にぶつかる前に救出しようとしたのだとか。

 

「みんな!今すぐここから逃げよう!オールマイト達が戦ってる場所からまだそんなに離れてない!このままじゃ巻き込まれる!」

 

「ダメ、だ…」

 

 緑谷のこのまま逃げようという言葉に待ったをかけたのは伏黒だった。その言葉に全員の目線が伏黒に集中する。それに真っ先に反応したのは爆豪だった。

 

「頭打って馬鹿になったんか影野郎!!あのガスマスク野郎の攻撃範囲はテメェが近くで見てただろうが!!今この場所でもあの野郎の射程圏内だってありえる!!微塵も安心出来ねぇんだよ!!」

 

 あの超越者の放つオーラがひしめく場所を近くから見ていたからか爆豪は汗を流しながら至極真っ当なことを言う。しかしそれでも伏黒は首を横に振った。意固地なその態度に誰もが『らしくない』といった顔をしたが拳藤だけは察することができた。

 

「それほどの奴なんだね?あの魔虚羅って奴は」

 

 それに対して伏黒は首を縦に振るう。それを見た拳藤は1度目を瞑って考え込むとすぐに目を開いてこの場に残ることを提案する。それに対して飯田や切島から文句が出る。しかし、拳藤の案に賛成してのは爆豪と緑谷だった。

 

「なんでだ、2人とも!!」

 

「あの影野郎が無駄なことするとは思えねぇ」

 

「それにあれ程の相手だとオールマイトも確実とは言えない。だから伏黒君は命を賭してあの式神を呼んだんだと思う」

 

 2人の言葉に切島と飯田は考え込むように唸る。すると間をおかずして凄まじい暴風が吹き荒れる。オールマイトの仕業かに思われたが、伏黒から自身の呼び出した【魔虚羅】によるものだという事実に驚愕を混ぜた視線を向ける一同。そして舞台はオールマイトとオール・フォー・ワンとの戦闘に戻る。

 

 

「やられたな僅か数手でこのザマだ」

 

 伏黒達が逃げ仰たあの後、それを見て僅か数手でオール・フォー・ワンは形勢逆転どころかこっちの圧倒的な劣勢を悟ると指先を稲妻の如く赤い線の入った黒い触手のような物に変化させ、マグネに突き刺すと個性を強制発動させて絶叫して自身を引き止めようとする死柄木を逃した。

 

「やれやれ。僕としては弔を逃がせればそれでいいんだけどねぇ。戦うというなら受けて立つよ」

 

 凄まじい気迫を携えながら向かってくるオールマイトに向けて個性を発動させる。【転送】を用いてグラントリノを呼び寄せる。そして【衝撃反転】をオールマイトに覆わせて呼び寄せたグラントリノをオールマイトに殴り飛ばさせると同時に【衝撃反転】の個性によってオールマイトの腕を傷つける。

 

「すみません!」

 

「何せ僕は君が憎い。かつてその拳で僕の仲間を潰して回っておまえは平和の象徴と謳われた。僕らの犠牲の上に立つその景色―――さぞや良い眺めだろう?」

 

 グラントリノを殴り飛ばしたことに謝るオールマイトに対して左腕を膨張させるとあの時、オールマイトを吹き飛ばした空気砲を放とうとする。あえてグラントリノを巻き添えにするような位置にすることで逃がさないようにするおまけ付きで。

 

「DETROIT SMASHッ!!!!」

 

 そして放たれる膨大なまでの空気。オールマイトはグラントリノの手を引っ張ると。オール・フォー・ワンの攻撃に合わせるように拳を放つ。すると次の瞬間には凄まじい暴風が瓦礫を巻き上げるとオールマイトの口から血が漏れ出す。

 

「心置きなく戦わせないよ?ヒーローは多いよなぁ、守るものが」

 

「黙れ」

 

 嘲るようなオール・フォー・ワンの言葉に完全に笑みを消していたオールマイトはそう言いながらオール・フォー・ワンの手を握りしめてへし折る。

 

「貴様はそうやってヒトを弄ぶ!壊し!奪い!つけ入り!支配する!日々を過ごす人々を!理不尽が嘲り笑う!私はそれが許せない!!」

 

 手に持っていたグラントリノを投げるとオール・フォー・ワンが個性を発動させるよりも早く顔面を殴り飛ばす。腕を掴まれ逃げることも個性を発動するのも遅れたオール・フォー・ワンは厳ついガスマスクのようなものを砕かれる。それと同時にオールマイトにも活動限界が来たのか体から煙を出し、顔の右半分が落ち窪んでいた。

 

「嫌に感情的じゃないかオールマイト。似たようなことを前にも聞いたよ。先代ワンフォーオール継承者、志村菜奈から!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、オールマイトは身を震わせながら歯を砕かんばかりに噛み締める。

 

「貴様の穢れた口で…お師匠の名を出すなッ…!!」

 

 オールマイトの反応にマスクの下が露わになったオール・フォー・ワンは無いはずの表情を嗤いで歪ませる。そして志村菜奈のことを理想ばかりが先行して実力の伴わない愚か者と断じるとオールマイトが「Enough!!」と叫びながら追撃をしようとする。しかし、激情によって隙だらけとなったオールマイトにオール・フォー・ワンは空気砲を当てると空中目掛けて飛ばす。すると、

 

「おやおや、漸く君の出番かな?伏黒恵の式神(パシリ)よ」

 

 今の今まで動向を見守っていたかのように動かなかった魔虚羅がオール・フォー・ワン目掛けて歩み始めた。



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林間合宿、そして神野の悪夢③

 

 

 【魔虚羅】は悩んでいた。どうしたら調伏の儀を手早く終わらせられるのかを。

 

 調伏の儀に呼び出されたのはよかった。初めに呼び出した本人である伏黒に一撃を叩き込むことが出来たところまでは良かった。だが、仕留めたと確信していたはずが第三者の手によって救われたことから目論見が外れてしまう。故に視線はもう1人の調伏の儀の参加者であるオール・フォー・ワンへと向けられた。

 

 オール・フォー・ワンを見た【魔虚羅】は悟る。強い、それも術者である伏黒よりも遥かに。だが、そんな強いオール・フォー・ワンに対しても敵対者がいたらしくその人間もまたオール・フォー・ワンに拮抗するほど強かったため、そちらに任せて【魔虚羅】は調伏の儀を手早く終わらせるため、瀕死である伏黒を仕留めようと足を運ぼうとした。しかし、事態は少しずつ変化していく。オール・フォー・ワンに敵対しているオールマイトから感じる力が薄くなっていっているのだ。それも戦えば戦うほど加速度的に早く。そしてオールマイトが空中に吹き飛ばされるのを見て決意する。瀕死の伏黒はいつでも殺せると確信すると同時に伏黒が自身を読んだ意図も理解していたため、後回しにした。そして調伏の儀を手早く終わらせるために今なお戦うことのできるオールマイトと共に自身の天敵のような能力を持つオール・フォー・ワンを倒そうとする。

 

「悪いが得体の知れない奴と殴り合う趣味はなくてね」

 

 そんな内心を知る由もないオール・フォー・ワンは向かってくる【魔虚羅】に対してオールマイトにも有効打を与えられた【空気を押し出す】+【筋骨バネ化】、【瞬発力】×4、【膂力増強】×3を複合させることで生まれた空気砲を放つべく右手を膨張させて向ける。

 

 そして次の瞬間、手を振り上げて叩きつけようとする【魔虚羅】が目の前にいた。

 

「何!?」

 

 この日初めて動揺を見せるオール・フォー・ワン。無理もない話だ。何せ目を離さなかったにも関わらず、気づけばそばにいた。空間を切り取って貼り付けたと錯覚するほどの速度で詰めてきたことに驚愕しつつも刃を携えた【魔虚羅】の一撃を【防刃膜】、【硬化】、【膂力増強】などの個性を発動させて防ごうとする。瞬間、

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!??」

 

 【魔虚羅】の一撃に対して防御したオール・フォー・ワンが膝をつく。そして同時に近くにあった瓦礫をも揺るがすほどの暴風が巻き起こった。オール・フォー・ワンは悟る。目の前にいるこのバケモノのフィジカルはオールマイトと何ら変わらないものであると。間髪入れずに【魔虚羅】の手に括り付けられて刃が光るのと同時にオール・フォー・ワンの【防刃膜】が切り裂かれ始める。

 

「舐めるなよ」

 

 そう言うとオール・フォー・ワンは【魔虚羅】の一撃を【衝撃反転】を用いて弾き飛ばすと【エアウォーク】で流れるように空中を移動する。そして【膂力増強】を5枚に重ね掛けした体で【魔虚羅】の側頭部に一発、顎に2発殴りつける。【魔虚羅】が大きく仰け反ると腕を膨張させて空気砲を放とうとする。さっきと違うところはその個性の組み合わせに【チョーク】を混ぜることで発射口を狭くすることで攻撃範囲を狭めるのと引き換えに貫通力を高めていた。そしてこの一撃はオール・フォー・ワンの目論見通り【魔虚羅】の頭を容易く貫通し、今度は【魔虚羅】が膝をついた。

 

「悪いがまだあの筋肉達磨が生きてるのでね。膂力には目を見張るものがあっても君の動きはひどく単調だ。仕留めるのは容易い。それに、伏黒恵のパシリごときにかずらってる暇はないんだよ」

 

 そう言って【魔虚羅】から背を向けるとグラントリノと共に話し合うオールマイトへと足を運ぶ。すると後ろからギキギギッという錆びついた何かを無理矢理動かすような音が聞こえる。そして、

 

ガコンッ

 

 どこか歯車がはまって少しだけ回った時と似たような音があたりに響く。訝しんだオール・フォー・ワンが音の出所に目線を向ける。

 

「……どういうことだい?」

 

 そこには頭をぶち抜いたにも関わらず立ち上がり、今まで与えたはずのダメージは何処にも見当たらず完全復活を遂げていた【魔虚羅】がいた。再生型の個性が頭に浮かんだが、再生型は頭を潰せば回復できないことを知っていたためその可能性を除外する。先ほどの何かが少し回ったような音との関連性を考慮しつつも倒し方を知っていることもあって【エアウォーク】を用いて【魔虚羅】の射程圏外に行くと再度、口径を絞った空気砲を放つ。が、

 

「弾いた、だと?」

 

 先程とは打って変わって放たれた本来であれば見ることも叶わない空気の弾丸を通り越して斬撃と化した不可視の一撃は【魔虚羅】の刃が括り付けられた右手によって弾かれる。そして驚愕するオール・フォー・ワンを他所に再度間合いを詰めると不可視の攻撃を弾いた右手でオール・フォー・ワンを弾き飛ばす。その攻撃に対して咄嗟に防いだものの勢いまでは殺すことが出来なかった。結果、オールマイト以上の膂力によって延長線上にあったビルやアパート、ショッピングモールなどの建物を6棟貫通する。そして最後にオフィスビルの壁に直撃することで漸く止まった。オール・フォー・ワンは吹き飛ばされた際に砕け散った呼吸器を【鋲突】を全身から吹き出して欠片を一つ一つ丁寧に拾って無理矢理繋ぎ直すと悪態を吐く。

 

「まったく、やってくれる…」

 

「私を忘れてないか!オール・フォー・ワン!!」

 

「チィッ!!」

 

 ここまで吹き飛ばした【魔虚羅】に苛立ちを露わにしているといつの間にか回り込んでいたオールマイトによって再度殴り飛ばされ、元いた場所に戻らされる。そして【エアウォーク】で地面に叩きつけられるのをピッタリと止まることで回避しようとするが、着地狩りの要領で出待ちしていた【魔虚羅】の一撃によって地面深くに減り込むオール・フォー・ワン。そして【魔虚羅】は追い打ちをかけるように減り込んだオール・フォー・ワン目掛けて嵐と見紛うほどのラッシュを決める。途中、オール・フォー・ワンが腕を膨張させて空気砲を放とうとすると空気穴に剣を突っ込んで暴発寸前まで追い込むことで防ぐと再度ラッシュを続ける。そうして張られる【防刃膜】も硬化系の個性を張ろうが気にせずに相手が絶命するまで殴り続ける。が、オール・フォー・ワンは【転送】を用いて脳無を呼び出すと、【魔虚羅】に嗾ける。そして脳無を倒すという僅かな隙をついていつの間にか体に張り巡らせてた【槍骨】を操り魔虚羅を突き飛ばす。

 

「足止めサンキューだ、魔虚羅くん!!」

 

「いやはやここまで強いとは厄介だなぁ。でも、こんだけバカスカと攻撃喰らわされたり、弾かれたりすればなんとなくだがその式神の能力もわかってくるというものだ。―――適応だろ?」

 

 複合させた個性を用いて地面を吹き飛ばすと、減り込んだ自身の体を地面の外から出す。すると服についた土を払ってマスクに流れ込んだ自身の血を排出すると魔虚羅の能力にあたりをつける。正解であることは誰も答えられない。しかし、それでもオール・フォー・ワンの答えは正しかった。オール・フォー・ワンの言い当てた内容こそが【魔虚羅】が最強たる所以である能力。あらゆる事象への適応。 攻撃を受けると背中の車輪のような法陣が回り、回った瞬間ダメージが全回復。更に受けた攻撃の特性に対し耐性を獲得する。 まさに最強の後出しジャンケン。しかもただ攻撃に対して耐性を得るだけではない。攻撃を放なたせない為に自身も強化することもできるのだ。

 

「まったく、よくもまぁ面倒なものを残してくれたものだよ、伏黒恵。オールマイト単騎であればまだ楽だったんだけどなぁ」

 

「若い芽を侮りすぎだオール・フォー・ワン!!それに私が1人であったとしても心は依然として平和の象徴だ!!貴様如きに一欠片とて奪えるものじゃあない!!」

 

 オール・フォー・ワンの言葉にオールマイトは目の前で力強く拳を握りしめるとこれまた同じく力強くそう宣言する。その様子にオール・フォー・ワンは少し呆れたようにため息を溢す。そして自身の負ったダメージのことも考えてとっておきの情報を明かすことを決意する。

 

「そいつは結構。あいも変わらず聞かん坊なのところに少しだけ安心したよ。本当だったらトゥルーフォームを晒した時に教えようと思ってたんだが、今話すとしよう。…あのね、オールマイト

 

―――死柄木弔は、志村菜奈の孫だよ」

 

「―――は?」

 

 少し早めだが、と前置きをした後にとびっきりのサプライズと言わんばかりに楽し気に告げるオール・フォー・ワン。その言葉は、オールマイトの決意をほんの僅かだが揺らがせたかのように、顔がこわばると呆気に取られたような声を出す。

 

「君が嫌がることをずぅっと考えてた。君と弔が会う機会をつくった。君は弔を下したね。何も知らず、勝ち誇った笑顔で」

 

「ウソを……」

 

「事実さ!わかってるだろ!?何年の付き合いだと思ってる!?僕のやりそうな事なんて君が一番理解しているだろうに!」

 

 他人事のように言い切ったオール・フォー・ワン。その言葉を聞くごとにオールマイトは握りしめていた手が解け、力が緩み始める。そしてそれに合わせるように体から白い煙を放ち始める。それを見たオール・フォー・ワンは至極楽しそうな声を出しながらようやく気付いたと言わんばかりに両手の親指で自身の頬を押し上げてみせる。

 

「おいおい、メッキが剥がれかけてるぜ?オールマイト。それにどうしたんだその顔は。忘れてるぜ?―――笑顔を」

 

 少しまた少しと力強く逞しい体が元に戻っていき、子供の落書きのような骨ばった姿になっていくと世間にその姿が晒される。普段であれば限界を超えてでも隠し通してきた姿が晒されていくのをオールマイトは気にすることができない。『師匠の孫を傷つけた』。その事実は今のオールマイトを形成した全てを否定されたような感覚にさせる。オール・フォー・ワンに対し、オールマイトは歯を食いしばって睨みつけるが口から漏れる声は酷く頼りなく今にも泣きそうになるのを堪えたようなものだった。

 

「き……さ、ま……!」

 

「やはり……楽しいなぁ!一欠片でも、って、おいおい、また君かい?魔虚羅。少しはこの気持ちに浸らせてくれよ」

 

 そんなオールマイトの様子にひどく気分が良さそうな声をあげているとこれ以上はオールマイトが役に立たないと判断したのかこの状況を無視して【魔虚羅】が殴り掛かる。それをオール・フォー・ワンは【エアウォーク】を用いて回避すると【魔虚羅】はそんなオール・フォー・ワン目掛けて光っている刃を振るって斬撃を飛ばした。

 

「驚いたなぁ!そんなことも出来るのか!でも悪いね君の攻略法はとっくに出来てるんだ」

 

 まさかの飛び道具にオール・フォー・ワンは驚愕しつつもすぐに右手を前に突き出す。すると先ほどのように膨張するのではなく、機械的なものが体から現れたかと思うとどす黒く光始める。次の瞬間には黒い波動がオール・フォー・ワンから放たれた。モロに向けた【魔虚羅】は首から上を残して消し飛ぶ。しかし、そこは伏黒の持つ式神の中で最強の式神。方陣が1/8回転すると何事もなかったかのように復活する。そして追い縋る波動を受けて逸らすと、バックステップでオールマイトの所まで戻ると回収してその場から退避する。オールマイトが先ほどいた箇所まで黒い波動がたどり着くとそこで停止する。そしてそこから半歩ほど離れた場所に【魔虚羅】は着地する。

 

「あの状態からでも再生できるとは驚いた!でもね?君の攻略法は酷く単純なのさ。『魔虚羅に一撃で消し飛ばせるだけの大技を持つこと』か『多少耐性を持たれても問題ないほどの数多の技を持っていること』だろ?ご生憎様、僕はどちらとも条件を満たしているからねぇ。受け身な能力しか持たない君如き、問題なく倒せるのさ。まあ、でも耐性をつけられても面倒だ。そこの茫然自失になった木偶の坊は後回しにしてまずは君を屠ることから始めようか。次は首だけ残すなんて真似はしない。確実に全身余すことなく粉微塵にしてあげるよ」

 

 そうして片手の指先から数多の個性を発動させてもう片方の手から先ほどとは異なる色合いの波動を放とうとする。それに迎撃すべく身構える【魔虚羅】。すると、

 

「負け、ないで……。オールマイトォ…お願い……救けてっ…!」

 

 避難しきれていなかったのか瓦礫の中から女性の声がした。縋るような声と同時に遠くからもうっすらと聞こえるほどのオールマイトを支持する声が響き渡る。それを聞いた瞬間、オールマイトの腕に金色の光が迸る。そして片腕だけがマッスルフォームを取り戻す。

 

「お嬢さんもちろんさ…。ああ……多いよ…!お前の言う通りさ…!ヒーローは……!守るものが多いんだよ!オール・フォー・ワン!!―――だから、負けないんだよ!」

 

 いつものように大胆不敵に笑うオールマイトだが、事態は思っている以上に深刻だった。今現在のオールマイトの状態を言い表すならば『満身創痍』、その一言に尽きる。その言葉に見合ってしまうほど体の至る所から血を流しているオールマイト。当然だ。途中から魔虚羅の助力があったとはいえ、No.10のギャングオルカとNo.4のベストジーニスト、そして武闘派の虎と新規精鋭のMt.レディ。これら4人をベストジーニストが他3名に直撃しないように足掻いてなお、たったの一撃で戦闘不能にしてみせるほどの大規模攻撃を真正面切って何度も相殺し続けたのだ。とうの昔に限界は訪れていた。歪な片腕だけのマッスルフォームがその証拠だった。

 

「渾身。それが最後の一振りだね、オールマイト。手負いのヒーローが最も恐ろしい。はらわたを撒き散らしながら迫ってくる君の顔、今でも夢に見る。悪いが真正面切って戦うつもりは毛頭ない。魔虚羅諸共消え失せてくれ」

 

 オール・フォー・ワンはそう言うと右手を大きく膨張させると同時に先ほどとは異なる色合いの光が漏れ始める。従っている訳ではないが、調伏の儀の都合上からかオールマイトの盾としての機能を果たしている【魔虚羅】に適応させない為にも一撃で仕留めようとする。しかし、それは

 

「プロミネンス・バーンッッッ!!!」

 

 エンデヴァーにより放たれた極太の熱線を防ぐ為に使わさせれた。極太の熱線と極光は拮抗し、そして相殺された。

 

「これはこれはエンデヴァーじゃあないか。今の一撃は実に見事だった 。それに中位(ミドルレンジ)とはいえ……あの数の脳無達を制したか。流石、No.2に上り詰めた男なだけはある」

 

貴様(オールマイト)……」

 

 淡々とだが、手放しに褒めるオール・フォー・ワンの言葉など今のエンデヴァーには微塵も届いていなかった。それ以上に目の前に立つ一瞬、見間違えるほどに変わり果てた姿のオールマイトに目線がいくとエンデヴァーは激情に身を焦がしていた。そしてフラッシュバックのように足掻いても足掻いてもオールマイトに追いつけぬ自分と追いつく為に作った子供(焦凍)と自身が追い込んでしまった()の姿が頭をよぎった。

 

「なんだ!そのっ、情けない背中はぁぁぁぁぁ!!」

 

 歯を噛み砕きかけるほど食いしばっていたエンデヴァーは耐えられなかった。叫ばずにはいられなかった。足掻けば足掻くほどに浮き彫りになっていくほど差をつけていた自身の怨敵とも言える相手があんな姿になっているなど、認める訳にはいかなかった。

 

「応援に来ただけなら大人しく観客でも気取っててくれよ」

 

「抜かせ、破壊者」

 

 オールマイトを見て叫ぶエンデヴァーを見たオール・フォー・ワンは呆れながら右手を再度膨張させてオールマイトの一撃に匹敵するほどの空気砲を放とうとする。しかしそれを細長くなりながら凄まじい速度で飛翔してきたエッジショットによって妨げられる。避けられると今度はオール・フォー・ワンの死角から再度攻撃するがそれも避けられる。そして攻撃の際の移動でオールマイトの元へと駆けつける。

 

「ご無事ですか、オールマイト。……ところでそちらの異形は?」

 

「魔虚羅くんだ。一応、伏黒少年の個性由来の存在だ。敵ではない」

 

「伏黒―――。そうか体育祭の…納得しました。魔虚羅とやら、防御よりも今は攻撃に回ってくれ(オールマイト)の一撃の為にも今はそれが必要なんだ」

 

 エッジショットは言葉が通じることを前提で話しているが、【魔虚羅】は主人か術者である人間以外からの言葉は解さない。しかし今この瞬間、調伏の儀の対象であるオール・フォー・ワンを追い詰めていることから少なくとも自身の邪魔をする者ではないと判断。時間から方陣が1/8回転すると【魔虚羅】はオール・フォー・ワン目掛けて跳躍すると刃を振るいながら襲いかかる。それに対してオール・フォー・ワンは防御系の個性を展開することで【魔虚羅】の攻撃を防いだ。

 

「流石にうざったいね。というか今、方陣が回ったね?適応は攻撃を食らうことが条件じゃないのかい?」

 

「――――――」

 

「言葉を解さない相手に質問は虚しいだけだったね」

 

 そう言いながらオール・フォー・ワンは左手から空気砲をオールマイトを巻き込む形で放つ。それを【魔虚羅】が殴りつけて相殺すると戦闘に参加していた人物たちが顔を覆うほどの暴風が巻き起こる。そして一撃を放った【魔虚羅】は僅か脇を開けるとそこを縫うように細くなったエッジショットがオール・フォー・ワン目掛けて飛び込んできた。

 

「おまけに連携も出来るようになってきたのか…。それより君がここに立つのは役者不足だろうに、エッジショット」

 

「俺が戦いに来たとでも?浅はかだな。助けに来たんだよ、俺たちは」

 

 エッジショットの言葉は事実だった。確かにエンデヴァーやエッジショットはオール・フォー・ワンに挑んでいる。しかし、それは倒すと言うよりも逸らす、という表現があっていた。そしてその表現が事実なのは周りを見れば明らかだった。気づけばシンリンカムイがベストジーニストとMt.レディ、ギャングオルカを助け、虎がラグドールを抱えながらオールマイトに助けを求めていた女性を瓦礫から救い出していた。

 

「我々…には、これくらいしか出来ぬ……。

あなたの背負うものを、少しでもッ……」

 

「虎…!」

 

「あの邪悪な輩を……止めてくれオールマイト……!皆、あなたの勝利を願っている……!!例えどんな姿でも、あなたは皆にとってのNo.1ヒーローなのだ!」

 

 虎からの言葉にオールマイトの目からさらなる光が宿る。この場で戦うヒーローは行動を持って、ここにはいないギャラリーたちは声援を持ってオールマイトに激励を送る。そしてこの状況を唯一快く思わない人間がいた。言わずもがなオール・フォー・ワンである。エンデヴァーとエッジショットの連撃もそうだが、それ以上にこの場で苛立たせられる存在はオールマイトと【魔虚羅】だ。

 

 オールマイトには先ほどまで絶望していたというのに絵本のヒーローよろしく声援を受けた瞬間に息を吹き返し、部分的にとはいえマッスルフォームを取り戻したと言う事実に、【魔虚羅】にはもっとオールマイトに痛手を負わせるはずが、盾役となってこちらの攻撃をひたすらに防ぎ続けただけでなく幾度も今この瞬間もこちらに痛手を与え続けていることに対して苛立ちを覚える。それを感知した【魔虚羅】はすぐさま側を飛び回っていたエッジショットを掴んで投げると空を蹴ってオール・フォー・ワンから退避する。その直後、

 

 

 

「煩わしい」

 

 

 

 その一言と共に、オール・フォー・ワンは衝撃波を周囲に放つ。その衝撃は近づかずに炎を放って牽制していたエンデヴァーを【魔虚羅】によって攻撃範囲内から逃れたはずのエッジショットを救助を終えて抗戦していたシンリンカムイを吹き飛ばした。オールマイトと地面に着地した【魔虚羅】も吹き飛ばされそうになるが土煙から視界を守る為に手を顔にかざすと同時に踏ん張ることで堪える。

 

「精神の話はよして、現実の話をしよう」

 

 その言葉と共にグチュ、グチャ、という異音がオール・フォー・ワンの体から響き渡る。少しまた少しと人の体がつくり変わっていくという異様な光景は歴戦のヒーロー達を半歩ほど下がらせるほどのものだった。

 

「【空気を押し出す】+【筋骨バネ化】、【瞬発力】×4、【膂力増強】×3、【増殖】、【肥大化】、【鋲】、【剛拳】、【槍骨】、【エアウォーク】、【闘気】、【噴出口】。今までのような衝撃波では決め手にかけるからねぇ、しかも魔虚羅もいると来た!故に僕の掛け合わせられる最高かつ最適の個性達で―――君たちを殴る」

 

 そうして個性の組み合わせの説明が終わると同時に出来上がったのは異形の右腕だった。肩甲骨からは噴出口が見え隠れし、着ていたスーツを裂き、身体に見合わぬ歪な大きさへと増殖肥大し、皮膚の表面には発動した"個性"の影響で槍のように尖った骨や結晶のような金属がいくつも飛び出した上にどこか白っぽい透明なオーラを纏っていた。それを見た【魔虚羅】は逃げなかった。悟っていたから。今後ろにいる軽く押せば倒れてしまいそうなほど風前の灯となった男の一撃こそが調伏の儀の幕を下ろすきっかけを作ることを。頭上の方陣がもう1/8回転する。そして腰を割って両腕を外側前方に流す形を取ることで迎え撃つ。

 

 オール・フォー・ワンは異形と化した腕でオールマイトを殴るべく背中にある【噴出口】から空気を押し出すと、ジェット機もかくやと言う速度で空中から地上へと一気に駆ける。そして同時に思案する。それはもうオールマイトにワン・フォー・オールが存在していないことを。今使っているのが渡した際にギリギリ残った残火に対して縋っているだけに過ぎないのだと。

 

「緑谷出久。譲渡先は彼だろう?資格も無しに来てしまって……まるで制御出来てないじゃないか!存分に悔いて死ぬがいいオールマイト。先生としても、君の負けだ!」

 

 その言葉と共にオール・フォー・ワンの異形の拳と【魔虚羅】の他の生物を超越した肉体がぶつかり合う。オール・フォー・ワンは知っていた。【魔虚羅】ではこの一撃を防げないということに。先に述べた【空気を押し出す】+【筋骨バネ化】、【瞬発力】×4、【膂力増強】×3以外は【魔虚羅】に放つのは初めて。適応などまにあうことなく血霞に変え、オールマイトにたどり着くのは容易であると。

 

 しかし、オール・フォー・ワンは失念していた。【魔虚羅】の能力を全て把握していたと、勘違いをしていたのだ。

 

「は?」

 

 オール・フォー・ワンの想像とは裏腹に自身の異形の拳と【魔虚羅】の体の耐久度は拮抗していた。確かにオール・フォー・ワンの予想通り【魔虚羅】の能力は適応である。しかし、条件の方では誤りがあった。【魔虚羅】の適応は一度受けた攻撃に対して時間経過で適応が完成するが、その間に更に攻撃を喰らえば適応にかかる時間が加速するというもの。さらにこの適応が完成した後も常に解析をしており、完結することはなく更なる適応を続けるため、時間が経てば経つほどその攻撃が通りにくくなるばかりか、相手にとって特攻となる【魔虚羅】に変貌を遂げるのだ。

 

 オール・フォー・ワン が放った攻撃で首だけにされた時に【魔虚羅】は考えていた。目の前の相手は言うまでもなく天敵だ。初めは放たれる攻撃にのみ適応していたのだが、いかんせん相手の手数は数えるのも億劫になるほどだった。そして【魔虚羅】は思いつく。放たれる個性に適応するのではない。大量の個性を持つオール・フォー・ワンの本当の個性【オール・フォー・ワン】自体に対応して仕舞えばいいのだと。そして3回目4回目の方陣の2度の1/8回転にて複雑であるが故に、ぎこちないが対オール・フォー・ワン用の身体が出来上がった。そして今5度目の方陣の回転と同時に肉体は修復し、オール・フォー・ワンの拳を完全に止めることに成功した。

 

「何の関係もない無作法者風情がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「オーーーール・フォーーー・ワンンンンンンンッッッッッ!!!!!」

 

 完全に動きを封じられたオール・フォー・ワン目掛けて右手だけをマッスルフォームにさせたオールマイトが殴り掛かる。しかし相手はオールマイトが台頭するまでの間、一世紀以上にも渡って裏も表も支配し続けた闇の帝王。【魔虚羅】に呪詛を吐きながらも左手を未だかつてないほどに膨張させてオールマイトの拳に合わせるように空気砲を放つ。ぶつかり合うと同時に火山の噴火のように空気が巻き上がる。力と力が衝突した結果、右手から輝きを失っていたオールマイトがいた。

 

「魔虚羅を盾にしたくせしてこれとはねぇ!平和の象徴とやらは随分と脆くなったもんだなぁ!!」

 

 その様にオール・フォー・ワンが嘲笑うと再度、同じ規模の空気砲を放つべく左腕を"個性"で膨らませる。それに対してオールマイトは一歩も引くことなく言葉を返す。

 

「そりゃア…腰が入ってなかったからなぁ!!!」

 

 するとまるで力が右手から左手に伝播するように左手が筋肉で膨れ上がる。そしてこの一撃はオール・フォー・ワンが空気砲を放つよりも早くオール・フォー・ワンの右頬を確かに捉えると全霊の力と共に声を振り絞って技を放つ。

 

「UNITED STATES OF SMAAAAAASH!!!!」

 

 オール・フォー・ワンを地面に叩きつけるように拳を振り切ると巨大なハリケーンと見紛うほどの旋風があたり一面の瓦礫を消し飛ばしながら巻き起こる。

 

 ヘリコプターで中継していた現場リポーターも、中継を見ていた人々も、現場にいたヒーローたちも、誰も彼もがオールマイトの勝利を願いながら注視する。砂煙が晴れると、瓦礫すらもなくなった街の中でオール・フォー・ワンは力無く地に伏していた。それに跨ってあるオールマイトは少しずつ殴り飛ばした左手を掲げていく。そして、左手が力強いマッスルフォームを模るとあたりから空気を揺るがすほどの喝采が湧き出る。誰もが目尻に涙を浮かべ、喜びを分かち合い、勝利をもたらしたオールマイトの名を讃える。

 

 そしてそんな民衆を他所に【魔虚羅】はオール・フォー・ワンの生命維持能力が低下していくのを確認する。そして危険域まで行くのを確かめると今度こそ伏黒にトドメを刺すべく歩みを進めようとした。その時、【魔虚羅】の体が影に戻り始める。この現象を見た【魔虚羅】は術者が自身を顕現できる効果範囲から逃げ出したのだと悟る。そして調伏の儀は強制的に終了し、【魔虚羅】はただの影に戻る。

 

 こうしてオールマイトと【魔虚羅】という2人の最強は神野区という街に最強の戦績を刻んだ。



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神野の悪夢、そして寮生活

 

 

 オールマイトとオール・フォー・ワンとの一戦から1週間。今もなお日本だけでなくヒーローの本場でもあるアメリカすらも騒然としている。その原因はオールマイトが事実上の引退を宣言したことだ。理由はあの中継を観ていたものであれば誰もがわかるほどに単純。本来の姿とその怪我の度合いが世間に知られたから。伏黒がオールマイトの引退を知ったのはリカバリーガールに【治癒】されている途中でテレビから流れているニュースで聞いてからだった。

 

 他にも世間を騒がせているのは神野区で起こった事件、通称【神野の悪夢】を引き起こしたオール・フォー・ワンやNo.4ヒーローであるベストジーニストの長期活動の停止、そしてNo.32ヒーローのワイプシが1人ラグドールの個性が使用出来なくなったことによる活動の見合わせ、そして

 

『いやー、例のオールマイトと共に共闘していた異形の人物は何者なのでしょうか!?』

 

『それに関しては未だに不明のままとなっています。一部からは目立ちたがってるだけの愚か者という声もありますが、他にも新たなる平和の象徴ではないかという声が上がっています』

 

『なるほどー。あのインパクトのある見た目もそうですが、何よりもオールマイトにも引けを取らないあのパワフルさと強さ!特に異形系の皆さんからの支持層が凄いらしいですからね!』

 

 そう、伏黒が死を覚悟して呼び出した【魔虚羅】が今世間を騒がせているのだ。これに関しては無理もない話で。先ほどのコメンテーターが言っていた通り、実況で見せ続けていたオール・フォー・ワンにも喰らいつくどころか圧倒していたとも取れるその破格の強さは見るものの心を掴んでいたのだ。当然、いきなし現れたこともあって得体の知れないことからヴィランとして捉えるべきではないかという声も上がっているらしい。現状は身元不明のヴィジランテとしてネットの考察板で話題になっているとか。

 

 そして【魔虚羅】のことで胃を痛めているところにさらに面倒事が押しかけてくる。それは伏黒が目を覚まして拳藤やA組の面々などではなく相澤と全く知らない人物達がいた。それは伏黒とは無関係の筈の公安の会長を筆頭とした皆様だった。後で聞いたのだが、幼馴染やクラスメイトが来てないのは実は嫌われているのとかではなく公安が面会自体を禁じたかららしい。公安と言えばヒーローの管理をする国主体の組織で何かと黒い噂の絶えない組織というイメージが強い。いい例が公安に所属していたとされているレディ・ナガンがヒーローを殺して捕まったという事件があった時に証言と提示された証拠が合致していなかったところを報道されたのはあまりにも有名だからだ。

 

 伏黒はそんな公安が、しかも頭である会長様が一体何のようだと身構えているとその会長から自身が疑われていたという話と【魔虚羅】に関しての箝口令の話が出てきたのだ。【魔虚羅】の話を内密にする必要があるのはわかる。何せオールマイト級の実力を持ったバケモンが学生の手にあるのが知れたらそれこそ伏黒を巡っての抗争が勃発する可能性が高いからだ。どうやらこの話は伏黒を助けに行き、【魔虚羅】が伏黒の影から現れたところを目撃していた八百万、拳藤、飯田、切島、爆豪、轟、緑谷にも行き渡っているらしい。ついでに報道される前にも抑えたかったのだが、これに関しては不可能だったらしい。

 

 じゃあ、何で伏黒が疑われていたのかというと。何でも伏黒の父親である甚爾はオール・フォー・ワンと繋がっていた過去があったらしく、USJに引き続き、林間合宿の件もあって伏黒が内通者の可能性があると判断されたらしい。そうでなかったとしてもオール・フォー・ワンが伏黒を対象として設定した探知系個性を持っている、もしくは伏黒自身がオール・フォー・ワンからなんらかの監視を受けるような個性を植え付けられている可能性を考慮したからだとか。そこまで聞くとそれもそうだなと納得し、身の潔白を証明するために取り調べに応じた。取り調べは長く、2日に分けて行われた。結果は白。公安に所属している看破系の個性を持つ者からも伏黒の話を聞き、時系列や関係した人間からの証言からも矛盾点がないかを調べた結果、こちらも問題なしのサインをもらった。

 

「今回の一件は疑いを晴らす為とはいえ、徹頭徹尾貴方が犯人ではないかと探られるような日々はさぞ、不快だったでしょう。その詫びをここでするわ。そして同時に公安内でも結論が出たわ。あなたには今まで通り、ヒーローを目指してもらいたい。それが我々公安の出した結論よ」

 

 全てが終わった後に会長直々に言われた言葉がこれだった。伏黒としてはヒーローを目指すのを諦めるのは毛頭なかった為、二つ返事で了承した。

 

 そしてしばらくしてから退院してアパートに戻ると相澤から寮への移動を提案された。長年住んでたアパートを引き払うことに思うところはあったが、交通費の削減など特に断る理由もないことや両親がいないこともあって伏黒はその案を受け入れた。

 

 

 8月中旬、この日伏黒は16年間住み続けたアパートを引き払った。いつものように電車を使って雄英高校へ向かうと校舎に入る…のではなく、そのまま通り過ぎて遠くからだが薄らと見て取れる寮へ足を運ぶ。遠くに見える寮こそ伏黒の、いや伏黒達の新たなる居住区となる"ハイツアライランス"。因みにフォルムがX男にでてくる孤児院に似た寮は築3日である。雄英は広大とはいえ、一年坊全員分の寮ともなれば幅は狭まるというもの。歩いて5分、遠回りか足止めくらっても10分程度で着くなと伏黒が思っていると、

 

「ん?」

 

「は?伏黒?」

 

 伏黒はB組に支給された寮に向かう途中だったのか友人と思われる女子を連れた拳藤と出会った。久々に会ったこともあって伏黒が驚いていると呆気に取られていた伏黒を見つめてきた拳藤の瞳から少しずつ涙が溢れ始めた。その事実に伏黒を筆頭に拳藤の友人達が慌て始める。途中で原因は伏黒にあるということでB組女子達に謝るように言われ身に覚えがないこともあって首を傾げた後に謝ろうとした瞬間、拳藤が伏黒の胸に飛び込んできた。

 

「は?」

 

 突然のことに伏黒は再度呆気に取られ、B組女子達は一瞬静まり返ると一泊置いて突然巻き起こったラブコメに一斉に盛り上がった。伏黒は周りの面子が一気に役立たずになったこともあって悩まされていると拳藤は身長差もあって伏黒の胸に頭を押し付けながら聞いてきた。

 

「どうして」

 

「あ?」

 

「どうして何の連絡もなかったの?」

 

 その言葉に思い当たる節があったのか伏黒は「ああ、そのことか」と呟く。実のことを言うと伏黒と拳藤は【神野の悪夢】以降、連絡はおろか顔も合わせていなかった。理由は公安にあった。入院中の時から事情聴取が行われ、数々の質問をされている間は誰かに会うことはおろか携帯や手紙を用いた連絡の一切が禁じられていたのだ。事情聴取が終わる頃には退院してたし、退院したらしたで相澤に寮への移転も持ちかけられ、寮へ移転するために引越しに必要な手続きをしていたなど会う暇がなかったのだ。

 

 事情聴取云々は公安のほうからあまり広めないでほしいと言われた手前、言うわけにもいかない。咄嗟の言い訳もすることができなかった為、伏黒は「すまん」としか言えなかった。すると拳藤は伏黒の胸元にぐりぐりと顔を押し付けるとすぐに顔を上げる。泣いた影響からか目元が薄らと赤く腫れぼったくなっていた。そしてニカッと笑って「元気なら許す!」と言ってきた。それに対して伏黒は軽く目を見開くとすぐに笑って「そりゃあ、どうも」と応える。泣いてスッキリしたからか拳藤は伏黒に向けて手を振りながらB組女子と共に指定された寮へと向かった。それを見届けた伏黒も自身の新天地へと足を運んだ。

 

 

「取り敢えず一年A組、無事にまた集まれて何よりだ」

 

 相澤が学校の校門前に集まった生徒達に向けて話し始める。この事実に伏黒はかなり驚いたが、どうやら他の面々は問題なく預けさせてくれた者やかなり苦戦して一筋縄でいかなかったものがいたらしい。特にガスで意識がなくなるような事態に陥った葉隠なんかは顕著だったらしい。耳郎も同じく被害があった筈なのだが、どうしてかその話が話題に上がると少し微妙そうな顔をしていた。

 

「無事集まれたのは先生もよ。会見を見たときはいなくなってしまうのかと思って悲しかったわ」

 

「うん」

 

「……俺もビックリさ。まぁ…色々あんだろうよ」

 

 そんな中で蛙吹は相澤の心配をしていると少し間を置いて相澤がぼかしながら応える。そのことに伏黒が疑問に思っているとあの日、公安と共にいた相澤の姿を思い出す。予測でしかないが、確かに寮へと生徒達を呼んだのは安全目的ということもあるのかも知れない。それ以上に内通者を炙り出す為なのではないのだろうか。今回の一件(林間合宿襲撃)で教師なのか生徒なのかはわからないが、内通者がいることは確定している。だったら全体的に下手に動かさずに、手元に置いておいて泳がせることで尻尾を掴む算段ではないのだろうか。伏黒の考えを他所に相澤は一度手を叩いて目線を集めると話を進め始める。

 

「さて…!これから寮の説明を始めるわけだが、その前に一つ。当面は合宿で取る予定だった"仮免"取得に向けて動いていく」

 

「そういえばありましたね。そんな話」

 

「あんなことがあった後だ。当事者である伏黒は無理もないわな。で、ここからが大事な話だ。―――切島、八百万、飯田、緑谷、爆豪、轟。今あげたこの六人はあの晩あの場所へ伏黒救出へ赴いた」

 

 一年A組を担当してから未だかつてないほどに冷え切った目線を送る相澤の言葉に呼ばれなかった他14名が一斉に顔に驚愕を宿しながら6名に目線がいく。伏黒は今初めて知ったのだが、どうやら6人が神野に行こうとしていたことをほとんど全員が知っていたらしく、相澤はそれを踏まえた上で、オールマイトの引退やヴィラン連合の逃亡などの状況がなければヴィランに捕まっていた伏黒と合宿以降昏睡していた耳郎と葉隠以外の全員を除籍処分にしていたと断言している。しかし今のご時世、オールマイトが引退したこともあって混乱はしばらく続いていく。おまけにヴィラン連合がどう出るのかわからない以上、今このタイミングで生徒をほっぽり出すわけにもいかないのだとか。最後に相澤は行った6人もそうだが、把握しておきながら止めきれなかった12人も信頼を裏切られた為、今度は正規の手続きと方法をもって信頼を勝ち取れと言って締め括った。

 

「―――さて、話は以上だ!さっ!中に入るぞ、元気に行こう」

 

(((((いや待って…行けないです…)))))

 

 珍しく相澤の口から元気に行こうなどという言葉が出たはいいが、内容が内容ということもあってA組を取り巻く空気は過去類を見ないほどに暗いものとなった。普段から明るい奴すらも含めて誰も彼もが下を向いて凹んでいる。それを見た伏黒は上鳴を手招きして呼び寄せる。小首を傾げながら不思議そうな顔をした上鳴を連れて木陰に隠れる。

 

「え、は、何?ちょっ!―――ウェ〜イ…」

 

 茂みの向こうから空気を割くような音とまばゆい閃光が上鳴と伏黒を除いたA組の顔を照らす。そして直後、茂みから放電し切った影響でアホになった上鳴がうェいうェいと鳴き声を上げながら現れた。上鳴の姿に吹き出した耳郎と瀬呂を他所に伏黒はいつの間にか握られていた金を切島に差し出した。

 

「ん」

 

「え?何!?怖っ!?カツアゲ!?」

 

「違う。相澤先生から聞いた、世話になった。これは暗視鏡の金の分だ」

 

 思い当たる節があったのか金を受け取った切島はハッとした顔をする。それを見た伏黒は「相澤先生はああ言ってたけど助かった」とだけ告げて相澤の後を追った。そして後ろからはアホになった上鳴がツボなのかゲラっている耳郎。それをきっかけに切島の焼肉を奢る発言でA組がいつものように騒がしくなっていく。だけど珍しく相澤が叱ることはなかった。

 

 

「学生寮は一棟一クラス。右が女子、左が男子と分かれている。ただし一階は共同スペースだ。食堂や風呂、洗濯などはここで行う」

 

「「「「「「おおおおおおおお!!!」」」」」

 

 そうして相澤が監修の元、始まった学生寮"ハイツアライランス"の紹介。内部に入って伏黒が思ったことはここは寮ではなくホテルだろ、だった。外部のX-MENでもパクったのかと言いたくなるような外装とは裏腹に少々引くレベルの豪華絢爛な内装はしっかりとした機能も誇っている。しかもそこそこ広い中庭も完備されており、建物は最大で5階と明らかに学生寮の範疇を超えていた。途中で目を血走らせながら欲望で彩った言葉を漏らす峰田に相澤から注意がいくと次に各自の部屋の説明に移る。個人の部屋にはベランダからエアコン、トイレ、冷蔵庫にクローゼット付きと以前のアパート暮らしは何だったのかと聞きたくなるような内容だった。因みに八百万は伏黒とは逆だったようでこの部屋の大きさでだいたいクローゼットレベルらしい。そして一通り説明が終わると各自相澤から指定された部屋へと足を運ぶ。伏黒は5階に行くと砂藤の隣の部屋を開けて届いていた荷物を広げた。

 

 なんやかんやと時間は進み月がそこそこの高さに至るほどの時間となった。芦戸が提案した各生徒達の部屋を見て回らないかと言うアイデアから伏黒はその場から逃亡した。見せるのも特にないが、とやかく言われるのも癪だったからである。どうやらクラスメイト達は2階から順に見ていくようで5階までたどり着くのには時間がかかるのだろう。そうして余裕を持って自分の部屋に辿り着くと支給された鍵を使ってロックを解除し、自分の部屋に入ろうとすると

 

「伏黒ちゃん」

 

 後ろから声をかけられる。後ろを振り返るとそこには蛙吹がいた。伏黒としてはいきなり声をかけられて驚きはしたが、声が聞き慣れていることもあって誰だかはすぐにわかった。表情こそ変わらないが蛙吹は結構分かり易い。故に蛙吹が今明らかに落ち込んでいるのとそして芦戸の起こしたイベントに不参加なこともあってどうしたのかと訝しんでいると

 

「部屋に上げて欲しいの…」

 

「は?」

 

 蛙吹がまさかの部屋に入れて発言。突然のことに伏黒は驚かされたものの蛙吹の無表情ながらどこか暗い影を落としていることに気がつくと取り敢えず蛙吹を部屋に上げた。

 

「何もない部屋で悪いな」

 

「伏黒ちゃんの部屋って意外と普通なのね…」

 

 蛙吹の言葉通り伏黒の部屋は意外と普通で仏壇は兎も角。何点かの本を詰めた本棚に円形のラグ、少しボロいベッドに円形のラグの上に置かれた丸机とどこにでもありそうな部屋だった。座布団がなかった為、床に座らせる訳にもいかないこともあって伏黒は自身の座るベッドの上に蛙吹を招くと蛙吹は少し逡巡すると伏黒の隣にちょこんと座る。そして、蛙吹はポツリポツリと話し始める。

 

 なんでも伏黒がいない間に救い出そうと言う話題が上がった時にそこそこ辛い言い方をして引き留めたらしい。しかし、次の日蓋を開けてみたら伏黒を救出していたとのこと。そして、6人の名前を聞いて止めたつもりになってた不甲斐なさや憤りなどの気持ちが溢れて皆と上手く話せる気がしないとのことだ。よっぽど辛かったのか、途中から言葉にしていくうちに耐えきれなかったのか蛙吹の目からポロポロと大粒の涙が溢れ始めていた。

 

「私どうしたらいいのかわからないの…」

 

 そう言いながら蛙吹は顔を覆いながらそう締めくくる。その言葉を聞いた伏黒は口元に手をやるとフーッと大きく息を吐く。伏黒は知っている。皆が除籍になりかけた件もこうして蛙吹が泣いてる件も全部が全部、今現在起こっているマイナスな出来事の主な要因は元を辿れば伏黒が攫われたからである。関係ないことなんて何一つとてない。全てのきっかけは自分なのだから。そうして伏黒は考える。自分の貧困な交友関係を元に必死になって皆が納得出来るのかを考える。そして口元を覆っていた手を下にスライドさせるとシンプルな案を出す。

 

「今言ったことを言ってみたらどうだ?」

 

「え…?」

 

 蛙吹は驚いといるが伏黒としてはそれが最もいいアイデアだと思っている。蛙吹は前もって『なんでも正直に言ってしまう』と言う事が多々ある。蛙吹はどう思っているかは知らないが伏黒としてはその正直さこそが彼女の美点だと思っている。正直さは時に人を傷つけることがあるかもしれない。しかし、正直ということは裏を返せばいつだって自分を、そして相手に対して偽らないということでもある。そんな正直な彼女だからこそ、口下手で気難しい伏黒も心を開いたのだと告げる。

 

「そんなことでいいのかしら…」

 

「それでいいだろ。隠し通して溜め込んでパンクするよりも今話して楽になったほうが絶対にいい。―――それに梅雨ちゃんのそういう所、俺は嫌いじゃない」

 

「そう、かしら」

 

 伏黒が微笑みながらそう言うと蛙吹は少しだけ肩の力が抜けたのかもたれかかるように伏黒の肩に頭を乗せる。黙りまれたら気まずくなる筈なのに今この瞬間だけはどうしてか落ち着けた。そんな時間が少しずつ過ぎていくとドアをノックする音が聞こえる。その音に蛙吹はビクッと伏黒の肩から頭を離して体を飛び上がらせる。伏黒は頭を掻きながらドアへと向かい、パスだと言い渡すと渋々といった様子で部屋巡りをしていた面々は轟の部屋へと向かう。そして伏黒が振り返ると蛙吹はベッドから離れ、立ち上がっていた。

 

「伏黒ちゃん。相談に乗ってくれて本当にありがとう」

 

「問題ねぇよ。それに、その、なんだ。……友達らしいからな、俺たちは」

 

「ケロケロ」

 

 伏黒の照れ臭そうな言葉に彼女(蛙吹)は元気よく笑う。もう涙は流してはいなかった。

 

 問題は解決したが、流石に蛙吹が自身の部屋から出ていくのを見られたくなかった伏黒は部屋巡りをしていた全員がエレベーターで下に行くのを見届けた後に蛙吹を見送った。灯りが消えて暗くなった部屋で一人きりになった伏黒はベッドの頭の部分にある暖色系の灯りをつけると倒れ込んだ。うつ伏せになって枕に顔を埋め布団を被るといつの間にか眠ってしまった。



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寮生活、そして必殺技

 

 

 16年以上共に過ごしてきたアパートからこして入寮となった翌日。早速、寮で問題を引き起こしたバカが1人いた。

 

「ヤオモモ…いくら何でも夜這いは良くないよ…」

 

「無防備な伏黒さんを見て堪えられませんでしたわ。反省はしていますが、後悔はしていませんわ」

 

 目の前で『私は伏黒に夜這いを仕掛けました』と書かれたプラカードを首にぶら下げた状態で正座をする八百万に芦戸が諌めるように言い聞かせる。しかし、八百万はキリッとした様子でそう返すと折檻する人員が増えている。何とこの女。寮生活が始まってすぐに伏黒の部屋に侵入して夜這いをかけたのだ。これに一番驚いたのは伏黒本人だった。確かに以前から伏黒は八百万の好意に気付いていたのだが、ここまでど直球に攻められたのは初めてだった。寝起きにブラ姿の八百万を見た伏黒は寝起きにも関わらず思わず絶叫してしまったくらいだ。そうして伏黒の声を聞き届けた面々(女性陣)が介入したことで事なきを得た。伏黒はこの時ほど早起きな自分に感謝した日はなかったとのこと。

 

 皆は初め鍵をかけていなかったのかと伏黒に聞いたのだが、ピッキング商品を大量に保有している峰田が伏黒の部屋を探ってみると何とビックリ、ピッキングされていたのだ。これにはあの爆豪を含めた男性陣が伏黒の頭を撫でて慰める結果となった。寮生活が始まって初日。八百万の反省文と奉仕活動が確定した瞬間だった。

 

 

「昨日話したと思うが、ヒーロー科一年A組は仮免取得を当面の目標にする」

 

「「「ハイ!」」」

 

 朝のHRで相澤が教壇に立ち、生徒達に改めて仮免の話をする。ヒーロー免許自体、人命に直接関わる責任重大な資格。当然取得のための試験はとても厳しい。事実、ヒーロー免許の取得と弁護士の資格の獲得難易度はヒーロー免許の取得が勝るほどだ。肉体や個性を鍛える手間も含めると世界一入手難易度が高いと言っても過言ではない。例え難易度がワンランク下がる仮免といえど、その合格率は例年五割を切るらしい。

 

「仮免でそんなにキツイのかよ…」

 

「そこで今日から君たちには最低でも二つ……」

 

「「「必殺技を作ってもらう!!」」」

 

 峰田の思わずといった呟く。それに反応するように相澤が言うと同時に教室のドアが開き、セメントス、エクトプラズム、ミッドナイトが入室しながら叫ぶ。その言葉に先ほどまでの不安は何処へやら一斉に盛り上がる1年A組のクラスメイト達。

 

 『必殺技』。それは今時のヒーローであれば誰もが持ち得ているもの。書いて字の如く必勝の型、技のこと。身につけた技は他の追随を許さない『軸』となり、戦闘において大いに貢献する。必殺技を持たないヒーローなど今日日いない、そう言い切れるほど必要なもの。技はヒーロー名と共に象徴となって他者に知られていく。有名どころだと元No.1ヒーローであるオールマイトの【SMASH】No.2ヒーローであるエンデヴァーの【プロミネンスバーン】、新規精鋭であるシンリンカムイの【ウルシ鎖牢】やMt.レディの【キャニオンカノン】など、他にも色々とあるが有名どころとなるとこのようなものが挙げられる。

 

「詳しい話に関しては実践を交えて合理的に行いたい。コスチュームに着替えて体育館γに移動だ」

 

 教師達に突如として挙げられた課題に誰もが胸を躍らせつつ、指示に従いコスチュームに着替えて体育館γへと足を運んだ。そうして訪れた必殺技作成訓練場所である雄英高校敷地内にある体育館γ。またの名をトレーニングの台所ランド、略称はTDLである。某夢の国に似た略称を聞いてUSJしかり毎度各方面に喧嘩でも吹っ掛けてるのかという略称に色々と思うことがあるが、伏黒としては緑谷との特訓で使用したこともあって訪れるのは2度目である。

 

 特徴的なのは体育館γ全域がコンクリートで出来ているところにある。全面コンクリート製な訳は教師の1人であるセメントスにある。一回一回、生徒に合わせてシステムを組むのはあまりにも金が掛かるが、コンクリートを自由自在に操れる個性を持つ彼の存在もあって、必要に応じた地形や物を用意することが可能なことを目の前で実演しながら説明する。

 

「な~る」

 

「質問をお許しください!なぜ仮免取得に必殺技が必要なのか!意図をお聞かせ願います!」

 

「順を追って話すから落ち着け」

 

 クラスメイト一同が台所と呼ばれている所以を知り、納得していると綺麗な背筋で手を挙げた飯田が何故、必殺技を作成する必要があるのかを質問する。その質問にその場にいた教師達は答える。曰くヒーローとは事件、事故、天災、人災、あらゆるトラブルから人々を救い出すのが仕事を指す。仮免試験ではどうやらそれらの適性を見られることとなるのだとか。情報力、判断力、機動力、戦闘力、他にもコミュニケーション能力や魅力、統率力など別の適性は毎年違う試験内容で試されるらしい。とりわけ戦闘力は個性ありきのヴィランを相手取るにあたって酷く重要視されている。備えあれば憂いなし。その言葉通り、対応可能な技の有無は合否にすら響くのだとか。

 

「必殺技=攻撃デアル必要ハナイ。例エバ…飯田クンノ"レシプロバースト"ヤ、伏黒クンノ【鵺】ヲ用イタ"迅雷"。コレラハ攻撃面ダケデナク、一時的ナ超加速ニヨル移動モ脅威ナタメ必殺技ノカテゴリーニ挙ゲラレル」

 

 そう言ってエクトプラズムが要は攻撃だけでなく移動面や防御面に対するアプローチをあげることで「これさえあれば有利に立ち回れる。或いは勝てる」という技を作っていこうという話だとまとめる。今回のこの授業は本来であれば中断されてしまった合宿の個性伸ばしの際にやる予定だったと相澤から説明される。

 

「つまりこれから後期始業まで…十日余りの夏休みで個性を伸ばしつつ必殺技を考える圧縮訓練となる!なお、個性の伸びや技の性質に合わせてコスチュームの変更も可能だ。―――プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備はいいか?」

 

「「「「「「「「はいッ!!」」」」」」」

 

 相澤のいつものように不敵な笑みを浮かべながらの問いにA組の皆もまた笑って答えると同時に林間合宿で止まっていた訓練が始まった。

 

 

 そして現在。セメントスが地形を動かし、A組21人分の練習場としての足場を作る。そしてエクトプラズムが生徒一人につき一体、もしくは数体の分身を出すことでつきっきりで指導するという形となった。

 

「よろしくお願いします。エクトプラズム先生」

 

「デハ、早速始メヨウ。案ハアルノカ?」

 

「今の俺には技が【嵌合纏】、【迅雷】、【琥珀大砲】の3つなんです。人に撃てない【琥珀大砲】もそうなんですが、いかんせん【鵺】に頼った技が多いため他の技を考えたいですね…。あと考えられるとしたら持ち前の手数を活かした技、とかですかね?」

 

 伏黒は自身の言葉通り、少し【鵺】と【玉犬】の2体に依存していることを自覚している。【鵺】に関してはいかんせん電撃があまりにも便利すぎる。捕縛によし、攻撃によし、防御に回すもよしと欠点よりも利点の方が遥かに多いからだ。【玉犬】に関しては器用貧乏にならないほどバランスが良く、それ故に【嵌合纏】発動の際は必ずと言っていいほど初めのうちは【玉犬】を使う。故に伏黒としては必殺技を考えるのであれば、先の二つ以外の【虎葬】や【脱兎】、【円鹿】、【蝦蟇】などを使った技を考えるのと欲を言えば新たに【満象】か【貫牛】のいずれかの式神を調伏したいと考えている。そのことを一通り説明していくとエクトプラズムは頷いた。

 

「相ワカッタ。ダガ、ソレラニ頼ルノハ何モ悪クナイ。得意ヲ伸バシツツ、他ノ式神ニモ視野ヲ入レテ行コウ。伏黒クンノ個性ノ事モアル。モウ何体カ渡シテオコウカ」

 

 エクトプラズムの宣言通り伏黒の前に前もっていた人数を合わせて5体分のエクトプラズムの分裂体が現れる。その様子を見た伏黒は動きながら技を考えていこうと【嵌合纏】を使って【玉犬】を纏う。すると違和感を感じて思わず自身の手を見つめる。

 

「ドウシタ?何カ不備デモアッタカ?」

 

「少しいいですか?」

 

 エクトプラズムの疑問に少し待つように言うと、伏黒はその場で何度かシャドーボクシングのように拳を空中に放つ。そしてその場で気持ち全力の半分程度のつもりで跳躍する。すると、セメントスの作り上げたコンクリートの山を軽く超えるほどの大ジャンプをして見せた。驚きつつもなんとかバランスをとってエクトプラズムの元に戻り、確信する。個性の基礎能力が高まっていると。試しに【嵌合纏】を解除して【玉犬・渾】を呼び出してみる。

 

「デカッ…」

 

 すると現れた【玉犬・渾】の姿を見た伏黒の口から思わず言葉が漏れる。何故なら明らかに以前よりも1.5倍ほど大きくなっていたからだ。それにただ体躯が大きくなっただけでなく、牙や爪も以前よりも凶悪なまでに鋭くなっていた。伏黒の困惑にエクトプラズムは察したのか質問してくる。

 

「心当タリハ?」

 

「多過ぎて逆に…」

 

 エクトプラズムは伏黒の『無い』ではなく『有るが故に』と言う言葉に対して「ムゥ」と唸りながら少し困ったような態度を取る。何せ林間合宿でやったことと言えば、個性を伸ばす訓練からマスキュラーとの死闘を繰り広げ、ヴィラン連合のボス直々にに攫われ、【魔虚羅】を呼び出して殺されかけたなど、イベントが多い上にむせ返りそうなほど濃すぎたのだ。「どれに心当たりがありますか?」と聞かれても伏黒としては「全部」です、と言いたくなる。

 

「……シバラクハ性能ノ把握ト慣レニ対シテノ訓練ニナリソウダナ」

 

「完璧に趣旨がかわりますけど、それしかないですね。本当に迷惑かけます……」

 

「ジャア、必殺技ノ考案デハ無ク基礎能力ヲ高メテ行コウカ。ソウダナ……。―――キミハ式神2体ト【嵌合纏】ノ同時発動ヲスルト些カ荒クナル点トカラナ。後ハ、手印ノラグノ改善シヨウカ」

 

「よろしくお願いします」

 

 エクトプラズムも【魔虚羅】の件こそ知らない事もあって強化の原因は伏黒が死にかけたことでは無いかと当たりをつける。伏黒としても下手なことを言って【魔虚羅】に辿り着かれても面倒だった為、取り敢えずはそれが理由だということにした。そしてその後、伏黒はエクトプラズムと話し合った結果。技はすでに幾つか作られてることもあってしばらくは能力が向上した式神達の能力把握とその慣れを中心に訓練を行なっていくこととなった。伏黒が謝ってくることに対してそれもまた訓練だと流しながらシレッと課題を言い渡すエクトプラズム。そんなエクトプラズムに伏黒は感謝してから【嵌合纏】を使った後に2体の分身を呼び出していつの間にか二桁人に増えていたエクトプラズムの分身をコンビネーションを使って片っ端から消していった。

 

 それからと言うもの伏黒はエクトプラズムとの戦闘をしていた。そんな時に常闇から【嵌合纏】のことを聞かれてアドバイスをしてから少しすると『深淵暗駆(ブラックアンク)』を考案していた。その状態でどの程度やれるのか常闇と戦っていると、

 

「そこまでだA組!!!」

 

 B組の担任で有るブラドの声で戦闘は中断させられる。何事かと思って意識をそちらにやると、なんでももう交換のタイミングらしい。伏黒が思ったより早いなと思っているとどうやら伏黒の思ってたことは正しかったらしく相澤の方からまだ10分は残っていると苦言を漏らしていた。相澤とブラドが時間のことで揉めていると

 

「ねえ知ってる!?仮免試験て半数が落ちるんだって! A組全員落ちてよ!!」

 

 ブラドの脇からすり抜けるように現れた物間がもはや隠す様子などなくド直球に感情と嫌味をぶつけてくる。

 

「なぁ、拳藤。あれが物間(アイツ)のコスチュームなのか?」

 

 そんな時、伏黒は今更ながら物間のコスチュームを初めて見たこともあってすでに押し寄せていたB組の中で隣にいた拳藤に尋ねる。黒いジャケットを羽織ったタキシードを連想させるデザインを見て自身を攫ったヴィラン連合に似たような奴がいたな、と伏黒は思わされる。

 

「ん?ああ、物間のね?『コピーだから変に奇をてらう必要はないのさ』って言ってたぞ」

 

「奇を狙ってないつもりか」

 

 なんだったら自身や相澤よかよっぽど奇をてらっていると思う反面、物間の言い分にも思わされるところはあった。何せ仮免が試験で有る以上、潰しあうのはほぼ確定なのだから。どうやら常闇も伏黒と同じ考えだったらしくそのことを指摘すると相澤からA組とB組は別会場で行われることを伝えられる。なんでも同じ学校の生徒同士での潰し合いを避けるための措置らしい。そんなブラドの言葉に一拍置いてからホッと息を吐いた物間の「直接手を下せなくて残念だ!!」と言う言葉に最早名のある精神疾患なのではと疑いながらその日の訓練は終了した。

 

 そんなこんなであっさりと10日間が過ぎ去っていき、伏黒は長きにわたる訓練の中で向上した式神達の能力把握と操作をものにしたのと、サポートアイテムの追加、新たなる式神(・・・・・・)を引き入れることに成功した。

 

 

 訓練の日々は流れ、ヒーロー仮免許取得試験の日はあっという間にやってきた。元々、林間合宿の延長ということもあってか時間がなかったというのはあるが、それ以上に慣れない寮生活と毎日の圧縮訓練が時計の針を一層早く進めたのは間違いないと思っている。因みにB組はブラドの宣言通り別会場となっている。ヒーロー仮免試験は毎年六月と九月に全国三か所で同日に実施されているのだが、今回伏黒達が試験を受ける会場は〝国立多古場競技場〟という大きなスタジアムとなっている。少し前ならデカッの一言くらいは出てきたと言うのに雄英に入った影響からか体育祭の会場程度だな、くらいの反応しか出ないあたり伏黒もかなり毒されつつあった。

 

 皆が緊張する中で相澤からの最後にアドバイスというか励ましのようなものをされる。この試験に合格し仮免許を取得できれば、A組のクラスメイト達は卵から晴れてヒヨッ子に、つまりセミプロへ孵化できるのだと。最後に頑張ってこいと言って締めくくると相澤からの珍しい激励に皆の緊張が少しだけほぐれていく。

 

「っしゃあ!なってやろうぜヒヨッ子によォ!」

 

「それじゃあ、いつもの一発決めて行こーぜ!せーの、Puls…」

 

「「「「「Ultra!!!!!」」」」」

 

「「「「……え、誰?」」」」

 

 切島のかけ声に合わせて見知らぬ丸刈りで四白眼の身長はかなり大きく、ガタイもいい男が割って入ってきた。いきなりの割り込みに全員が誰?と言いながら目線を向ける。

 

「勝手に他所様の円陣へ加わるのは良くないよ、イナサ」

 

すると今度は丸刈り男と同じ制服を着た髪は紫色で細目で左目が髪で隠れている同学校の生徒らしき人物が注意する。

 

 「あっ!しまった!どうも、大変、失礼いたしましたぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 イナサと呼ばれる大男が唐突ににこやかな笑みを浮かべたまま地面に頭をこすりつけながら謝罪し始める。その対応に雄英一同は思わずドン引き。飯田と切島を足して2で割らなかった結果生まれたような男に伏黒は苦手なタイプということもあって思わず下がる。

 

「…ん?その制服って」

 

 イナサの制服を見て何かに気がつく耳郎。すると、他の何人か生徒達も察し始めると伏黒も気づく。今目の前にいる生徒は士傑高校の生徒だと言うことに。士傑高校は全国に数あるヒーロー科の中でも、雄英高校と並び称されるほどの名門校。雄英が関東方面、士傑が関西方面に置かれた学校であることから、『東の雄英、西の士傑』と評されているほど有名。そのことに伏黒が驚いていると頭を地面に擦り付けていたイナサが頭をガバッと上げると依然変わらぬ調子のまま、一人で元気よく喋っていた。

 

「一度言ってみたかったッス!!プルスウルトラ!!自分、雄英高校大好きッス!!!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みッス、よろしくお願いします!!」

 

「おい、血ぃ出てんぞ」

 

「気にしないでくださいッス!!血は大好きなんで!!!」

 

「いいのかそれで」

 

 伏黒の指摘にこれまたハイテンションで応えるイナサに伏黒は最早何も言うまいと引き下がると全身を覆う薄黄色い体毛が特徴的な毛深い男が他の生徒と共にイナサを連れていく。

 

「……夜嵐イナサ」

 

 去っていく士傑の、というよりイナサという男の背中を見ながら相澤がボソッと呟いた。

 

「先生、知ってる人ですか?」

 

「ありゃあ、強いぞ」

 

「「「!?」」」

 

 相澤が一個人を褒めることはまず無い。良くも悪くもフラットで平等に見てくれる教師、それが相澤だ。そんな相澤が珍しく生徒の実力、それも他校の生徒をそこまで認めていることに驚くA組生徒達。生徒達の視線を集める中、相澤は言葉を続ける。

 

「夜嵐。昨年度…つまりお前らの年の推薦入試、トップの成績で合格したにもかかわらずなぜか入学を辞退した男だ」

 

「えっ!?じゃあ、一年!?」

 

 まさかのヴィランの襲撃があった雄英とは違って特に何もなかった士傑から仮免試験を行いにきた唯一の一年坊に驚くA組の面々。しかしそれ以上に推薦入試をトップで通過したということに皆は驚く。推薦入試のトップ、単純な話だが、それはつまり過去の段階ではA組の最上位に位置付けられる轟よりも強いということになるのだから。思わぬ前情報に驚愕しながら相澤の指示により会場へと移動し始めた。途中で相澤にMs.ジョークというヒーローが告白するというイベントがあったのだが、そこは割愛させてもらう。



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必殺技、そして仮免試験①

 

 

 A組のクラスメイト全員がコスチュームに着替えると指定された場所に足を運ぶ。すると古今東西ありとあらゆる学校のヒーロー候補生達が集まったこともあって大量のコスチュームを着た男女が思わずそう呟きなくなるほどひしめき合っていた。そんな中、目の下に濃いクマを作った今回の試験の責任者らしき人物が壇上に上がる。

 

「えー……ではアレ、仮免のヤツを……やります。あー……僕、ヒーロー公安委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム睡眠。よろしく」

 

 よっぽど人手不足なのか言葉の節々から滲み出てる苦労と眠気を隠さないまま自己紹介をする。そして間をおかずに「この場にいる1540名一斉に、勝ち抜け演習を行ってもらいます」と宣言をしたことで、眠たげな目良の登場で少し緩んでいた一気に空気が張り詰める。そうして目良はステインの話題を上げながら説明する。なんでも今現在はヒーロー飽和社会と呼ばれており、ステインの逮捕以降ヒーローの在り方に疑問を持つ者も少なく無いのだとか。それに影響されてか、対価にせよ義勇にせよ多くのヒーローが切磋琢磨するようになったらしい。その結果、最近では事件発生から解決までに至る時間が信じられないほど短くなっているらしい。そんな現在でその速度についていけない輩が仮免を取得したところで意味がない。故に、

 

「――よって、試されるはスピード! 条件達成者先着100名(・・・・・・)を一次試験通過とします」

 

 その言葉に一気に騒めくと同時に一部の学生からはクレームが飛んでくる。目良は、社会でいろいろあったから運がアレだったと思ってアレしてください、などとは言うがクレームが来るのも無理もない話。今現在、この会場にいる仮免取得のために訪れた人数は1540名。その中から100名となると合格率5割どころの話ではない、合格率1割を下回る約6.5%と前代未聞の確率である。一通り納得はしてはいないもののクレームが収まると今試験におけるルール説明が始まる。これは一言で言ってしまえば〝ボール当てゲーム〟だった。

 

 受験者にはだいたい野球のボール程度の大きさのボール6つと、身体に張り付けることができるターゲット3つがそれぞれ配られる。ターゲットの大きさはちょうどボールと同じくらいで、これはボールが当てられた場合にのみ発光するようになっている。ターゲットを全身の任意の位置、ただし常時さらされている場所に張り付けて、3つすべてが発光してしまった場合には即時脱落となるそうだ。

 

「個性で覆うのはありですか?」

 

「あ、そういうのはありです。ですが、それが出来るのはスタートしてからですので悪しからず」

 

 伏黒が手を挙げて目良に質問すると有りという答えが返ってくる。そこまで聞くと当てにくくすること自体は反則ではないと伏黒は納得する。そして伏黒の問いに答えた目良は今度はクリア条件について引き続き説明する。仮免試験のクリア条件は、自分以外の受験者2人を脱落させること。3つ目のターゲットを発光させた人が脱落させることと言いながら目の前でターゲットにボールを当てると発光させて見せる。そこまで聞いた面々は一様にこの試験の入試以上の厄介さを理解する。対ロボットとは異なり今試験では対人戦であるため対処の幅が広いこともさることながら、ボールの所持数が合格ラインぴったりで3つ目のターゲットを掠め取ることも視野に入れることが出来るのだ。

 

「えー…じゃあ展開後(・・・)、ターゲットとボール配るんで全員に行き渡ってから一分後にスタートとします」

 

「ん?展開後?」

 

 一瞬、言ってる意味がわからなかったが、その答えはすぐに現れた。地響きのような音がして、説明会場が突然、比喩表現無しに展開していった。会場内にいた受験生全員が収まっていた長方形の箱が、展開図よろしくすっかり平面になってしまったのだ。無駄に大掛かりだと思いながらも辺りを見回すと高層ビル群や工業地帯、岩場など多様なステージが用意されていた。

 

「各々苦手な地形、好きな地形あると思います。自分の個性を活かして頑張ってください」

 

 そう宣言すると同時に公安の事務員と思しき人物達からターゲットとボールが配られていく。ボールを何度か空に放ったのだが思ったよりも軽く、ターゲットもメカメカしいがボール同様に軽い。伏黒はターゲットを右半身の鎖骨、胸の中央、手の甲につけると思いのほか早く配り終わったのか、配置につくまでの1分のカウントが始まる。

 

「皆んな!離れずに一塊になって動こう!」

 

 何かを察したのか緑谷が周りにそう提案する。それを聞いた大半のメンバーは同意したのだが、断った人間がいた。爆豪、轟、伏黒の3名である。

 

「フザけろ。遠足じゃねぇんだよ」

 

 爆豪はいつも通りの唯我独尊であるが故に1人市街地が見える方向へと向かい、

 

「俺も大所帯じゃあ却って本領を発揮できねぇ」

 

 轟は個性の都合上ということもあって工場地帯を模したエリアへと向かい、

 

「緑谷の言いたいことはわかるが、今回はパスだ。今の俺的には式神のコンビネーションで手一杯だからな」

 

 伏黒はこれ以上、味方が増えると逆に混乱するということもあって理解はしつつも断り、木々の生い茂る森林エリアへと向かった。後ろから緑谷の引き止める声が聞こえてくるが直ぐに時間がないことを察したのか聞こえなくなる。伏黒は目指していた場所に到着すると同時にアナウンスが流れる、

 

『――えー、スタートまでまもなく残り10秒、カウントダウンします……10、9、8、7』

 

 伏黒が到着してから少ししてまわりに人が集まり始める。どの学校も3人から5人のペアで動いている。伏黒は緑谷が危惧をしていたのが何なのかはなんとなくだが理解している。

 

『6、5、4、3 、2、1 ―――』

 

 仮に雄英高校と士傑高校の人間がこの仮免試験で並べばどちらが狙われるかと言えば圧倒的に雄英である。理由は単純、雄英体育祭にある。雄英生徒達の個性は既に他校の生徒にバレており、そのハンディキャップを背負った状態で試験に臨まなければいけないのだ。これらのことを踏まえると見えてくることが一つ。雄英の手の内を知っている皆は楽にクリアすべく自ずととある手を打とうとする。それが、

 

『START!!』

 

 《雄英潰し》である。スタートの合図と共に伏黒の周りにいた受験生が一斉に振り返ると伏黒目掛けてボール投擲する。投擲されたボールは様々で普通に投げるものや、炎を纏ったもの、不可思議な動きをしつつも伏黒のターゲットを狙い澄ましたもの、不思議なオーラを纏ったものと多種多様だ。そんな中でも伏黒は特に慌てる様子もなく【嵌合纏】を発動させて動体視力を強化すると、強化された五体を用いてボールの合間を縫うようにして回避していく。時折、ホーミング系の個性と思しきものもあったが、それは片手で弾いていく。

 

 そして、先頭にいた人間にたどり着くと腰につけていたボール3つを展開。伏黒が前に迫っていることに気づいた受験生が避けようとするも強化された動体視力の前では無意味に終わる。一瞬で展開した各種ボールを叩きつけることで1人目の脱落が決定した。

 

「は?」

 

 突然の出来事に意識が追いつかなかったのか呆然とする脱落者1名。それを見ながら伏黒は語る。

 

「確かに俺たち雄英生は皆さんに手札を晒してる。出た杭を打ちたくなる気持ちはわからんでもないですよ。でもね、―――弾幕張っときゃ勝てるみたいな投擲でどうにかなるって思われるほど弱くはないんですよ」

 

 伏黒は知っている。自身のクラスメイトにお調子者はいても楽観主義者なんて1人もいなかったことを。誰1人としてその場で足踏みすることなく歩き続けていることを。そもそも理不尽(ピンチ)を覆していくことを常に強要されている伏黒達がいつまでも同じなわけがないのだ。伏黒の様子に周りからは「誰だよ、近接は強くても増強系には劣るって言った奴!」や「どういう理屈であそこまで動けてるのよ!」という声が聞こえてくる。それを見た伏黒は森の木に飛び乗ると次の瞬間には受験生全員の目から消えたのではないかと錯覚させるほどの速度で移動し始める。

 

「おい!壁を張れ!!」

 

 最早、動きでは追いつけないと悟ったのか全身ラバースーツのようなコスチュームで身を包んだ生徒が叫ぶ。その瞬間、地面が隆起しドーム状に違う学校同士で組んだ混成チームを覆い尽くす。籠城を決め込もうとする受験生達を見て下策と思いながら伏黒は先ほどいたところに着地すると全力で突っ込んでいく。すると、ドームに穴が開き始め伏黒に目掛けてサポートアイテムか個性由来の砲弾が飛んでくる。それを咄嗟に爪で両断していくと何が出てくるのかわからないこともあってその場から退避する。だが、逃げる伏黒に対して追い縋るように砲弾が迫ってくる。それを見たホーミング系の個性であるとあたりをつけると同時に捕まえられないなら動けなくなってから仕留めることに方針を変えたのだと察する。

 

 何度か砲弾や炎、水などを避けているうちに埒が開かないと思った伏黒は片手の中指と人差し指を少し曲げて鼻、小指と人差し指を立てて牙、片手を重ねて頭、親指を口として見立てると圧縮訓練で新たに調伏した式神を展開する。

 

「【満象】」

 

 すると伏黒の影がかつてないほど大きく揺らめき、トラックほどのサイズの色合いがピンクな象が現れる。それを見て驚いたのか攻撃が伏黒から象に向く。しかし、【満象】は伏黒の手持ちの式神の中でも最高の耐久値を誇る。何発喰らっても倒れることはなく、次第に鼻が大きく膨れ上がり始める。そして少ししてから【満象】の鼻から鉄砲水と見紛うほどの大量の水が土で出来たドームに直撃する。水分を含んでぐずぐずになったドーム目掛けて伏黒は【満象】に突っ込むように指示を出すと【満象】は指示に従い、攻撃など意に介さず突っ込んでドームを完全に破壊する。

 

 それを見た伏黒は【嵌合纏】を変化した後に【満象】が開けた大穴に入り込む。入った直後に待ってましたと言わんばかりに投擲の準備をしていた他学校の生徒達が伏黒目掛けてボールを投擲する。咄嗟に防ぐものの数には勝てず、こじ開けられると伏黒の3つのターゲットに直撃する。「やったぁ!」と言いながら思わずガッツポーズを決める女子生徒に対して周りの人間はいつまで経っても伏黒のターゲットの色が変わらないことに気がつく。すると、バシャっという音と共に伏黒が液状化して消え失せる。それがダミーだったと気づいた時にはもう遅く。

 

「これで2人目です」

 

 伏黒は影の中から現れてそばにいた他学校の生徒の3つのターゲットにボールを当てる。その直後、伏黒のターゲットからピコピコピコと音を立てながら青く点灯すると機械音声が流れる。

 

《通過者は控え室へ移動してください。はよ》

 

 その機械音に従いながら伏黒は半壊になったドームから出ていくと控え室へ向かった。

 



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必殺技、そして仮免試験②

 

 伏黒が試験通過者用控室にたどり着くとそこにはまだ誰もいなかった。

 

「まぁ、そんなもんか…」

 

 伏黒としても自身より前にアナウンスを聞いていなかった為、自身が一着であることはわかっていた。伏黒は近くにあった席に腰を下ろすと自身の試験で行った行動に対する反省会に移った。伏黒がエクトプラズムとオールマイト監修のもとで行った訓練で新たに【嵌合纏】を用いた近接戦や移動能力に尽力を注いでいた。

 

 必殺技だったからというのもあった。しかしそれ以上に伏黒にとって近接戦は『得意』であって『十八番』ではなかった。意外性で出し抜けはしても慣れられてしまうとどう足掻いても近接主体とした連中に負けてしまうからだ。それでエクトプラズムの個性を用いた複数戦闘や増強系の極みのような個性を持っていたオールマイトにアドバイスを貰いつつ、今回はお披露目しなかったが他の式神も併用しながらのコンビネーションも上手く出来るようになっていった。

 

 そして【満象】。此れの調伏にはかなり苦労がいった。何せタフネスな上に水まで放ってくるのだから対応にかなり困らされた。しかし調伏した甲斐もあったもので【満象】を用いた必殺技がいくつかできた。他にも新しく取り入れたサポートアイテムという手札もあるためこの調子だったら合格はいけると判断する。伏黒が思考の海に耽っていると

 

『うおっ!?脱落者120名!!1人で120名脱落させて通過しました!!』

 

「は?」

 

 思わず飛び起きてしまうような衝撃的な内容がアナウンスを行っている目良の口から発表される。その事実に伏黒は思考を中断させて飛び起きる。クリア条件が自分以外の人間のターゲットを2人分発光させることな為、つまりは今クリアした人間はたった一度の攻撃で120人もの受験生を仕留めたということになる。確かに伏黒は多対一でも秒殺していたが、個性を食らってみた感じでは他学校の受験生のレベルは決して低くはなかった。

 

 それをたったの一撃となるとまずA組のクラスメイト内にいる人物ではないのは明らか。強さ云々というよりも個性的に不可能だからだ。麗日ならば可能なだろうがそこまでの技量はなかった筈と思っていると試験通過者用控室の戸が開かれる。

 

「おっ!やっぱり俺より先にいたのは伏黒さんッスか!!!」

 

「お前は…」

 

 そこにいたのは各所に噴射口が装備されたコート。上空での戦闘を意識してか防寒性の高い造りとなっており、特に左腕部分が大きく作られたところが特徴的なヒーローコスチュームを着こなした、仮免試験が始まる前に話題となった人物である夜嵐イナサが元気いっぱいに話しかけてきた。

 

 

 受験生120人切りを果たしたのはまさかの夜嵐イナサ。そんな相手に勢いよく話しかけられた伏黒に今できたことは戸惑うことだった。これに関しては無理もないことで、夜嵐自体が苦手なタイプというのもある。しかし同時に小学、中学時代から自業自得とはいえ友達が拳藤を除いて皆無だった伏黒にとっていきなり話しかけられてもどう返せばいいのかわからないという、若干コミュ症のきらいがあるのだ。

 

 すると、押し黙る伏黒を見て何を思ったかハッ!とすると同時にその場で頭が地面にぶつかるのを気にせずに自己紹介を始めた。

 

「自分は士傑高校1年の夜嵐イナサっていうッス!!!」

 

「お、おう、ご丁寧にどうも。俺は雄英高校1年の伏黒恵だ」

 

「知ってるッス!!!自分、雄英体育祭での活躍とクリエイターを見てアツい伏黒さんのことを好きになったッスから!!!!」

 

「は?アツい?」

 

 戸惑いながら伏黒も自己紹介仕返すと自身とは普段からされている真逆の評価思わず戸惑う。自身でも自覚しているが無愛想な表情をであまり初対面の人から好印象を得られることはない。おまけにA組を除いた周りからの評価も基本的に冷静かつ生真面目なタイプで、他人には素っ気なく見える態度を示す事が多いと思われることが多々あるくらいだ。夜嵐は流石の評価に戸惑う伏黒を見てなんでアツいのかを説明し始める。

 

 なんでも伏黒のことを知ったのは体育祭だったらしく、その時の第二種目の騎馬戦での逆転劇や最終種目の一対一の試合での戦いで酷く胸を熱くされたらしい。そしてその直後に職場体験でのクリエイターの捕縛もあって一気に好きになったのだとか。伏黒にとってもここまでべた褒めされたことないため流石に照れる。故に話題を逸らすべく個性に視点を置く。

 

「お前そういえば120人同時に倒したっぽいよな」

 

「そうッスね!!みなさんアツい戦いを繰り広げててメッチャ当てられたッス!!!」

 

「お前の個性ってもしかして【風】か?」

 

「スゲェ!!?なんでわかったんッスか!!??」

 

 伏黒の質問に夜嵐の顔から笑みではなく驚愕が浮かぶ。そんな夜嵐を見ながら伏黒はその答えに行き着いたわけを説明する。ターゲットをほぼ同時に120人分撃ち抜いたのだとするならば相手のボールを巻き上げる必要がある。その為には緑谷やや伏黒のような点での攻撃に特化したタイプはまず不可能。かと言って爆豪や轟のように面で攻撃できるタイプであっても吹き飛ばしたり固めたりするだけではボールは飛ばせない。となると、ボール自体を何かしらの方法で操ったのではないかと考えた。そうして行き着いたのが風を操作するタイプの個性か、浮かせるタイプの個性だと考えられる。

 

 こうして伏黒の考えを説明するとみるみるうちに夜嵐の表情が明るくなっていく。

 

「スゲェッス!!現場も見てないのに一発で俺の答えを言い当てるなんて流石ッス!!ただ、強ぇだけじゃないんですね!!」

 

「そいつはありがとさん」

 

 これ以上べた褒めされては敵わないと伏黒は夜嵐から目線を逸らす。すると、タイミングよく控室の扉が開くと数人の受験者たちが現れた。どうやら伏黒や夜嵐以外にも第三、第四の一次試験通過者が出てきたようだ。

 

「みなさん続々とやってきたっスね! すいません伏黒さん!自分、みなさんに挨拶してくるっス!!」

 

「ん、じゃあな」

 

 伏黒がそれに応答すると、夜嵐は宣言通り他の受験者の元へとずんずん歩いていっていた。名前と性格が一致していると思わせるほど嵐のような男を見送ると伏黒は次の試験に向けて体を休めるべくそのまま眠ることにした。

 

 

「伏黒ちゃん、伏黒ちゃん。そろそろ起きた方がいいわよ」

 

「フガッ……。ん?梅雨ちゃん?」

 

「ええ、そうよ。こんな所で眠れるなんて割と図太いわね」

 

 伏黒は肩を揺さぶられながら自身の名を呼ぶ聞き慣れた声に反応すると少し眠たげなまま起きる。すると目の前に大きな真ん丸の目にひの字口のまま伏黒と似てポーカーフェイスな蛙吹梅雨がいた。口の端に涎が垂れてることを指摘されると伏黒はそれを拭って体を伸ばして完全に目を覚ます。するとすでに結構な人数が試験通過者用控室に集まっていた。

 

「今何人目だ?」

 

「ケロ。さっきのアナウンスで80人くらいだったかしら…。《さて、立て続けに3名通過。現在82名となり残席はあと18名ー!!》今のアナウンスで3人埋まるわね」

 

 蛙吹の言葉とアナウンスを聞いた伏黒はあまり悠長なことも言ってられない時間帯になってきたことを知る。残り2割を切った段階で5人が埋まったのを知り、誰なのかと気になっていると緑谷、麗日、瀬呂のペアと一拍おいて爆豪、切島、上鳴のペアが通過し、控え室で伏黒達と合流する。伏黒達の姿を見た切島と上鳴がこちら目掛けて走ってくる。

 

「おっまえ、伏黒ぉ!!」

 

「何、開始1分足らずでクリアしてんだぁ!?早すぎんだろ!!」

 

「お前らは珍しく遅かったな。もう少し早く来ると思ってたよ」

 

 切島と上鳴の言葉に伏黒が適当に流しているとすぐにアナウンスが鳴り響くとMs.ジョークが受け持っている傑物高校の生徒、8名が試験通過者用控室に入ってくる。残席が9人となった段階でもう全員通過は無理なのではないかという空気が漂い始める。しかし、そうはならなかったようで8名が通過してから少しして100名通過を言い渡すアナウンスが流れる。クラスメイトの内何名かが全員通過を祈っているとその願いが届いたのか試験通過者用控室に入ってきた残り9名全員が雄英生であった。

 

「おォオオ……――っしゃあああああああ!!!」

 

「スゲェ! スゲェよこんなん!!」

 

「雄英全員、一次試験通っちゃったぁ!!!」

 

 瀬呂と上鳴、麗日による大きな声が部屋中に響き渡る。伏黒としてももはや一人でも欠けることくらいは完全に覚悟していたこともあって正直かなり驚いていた。そんなこんなで皆が一次試験を合格できたことに喜びを分かち合っていると、アナウンスが鳴り響く。

 

《えー、一次試験を通過した100人の皆さんこちらをご覧ください》

 

 それと同時に先ほどまで一次試験を行なっていた会場がモニターに映し出される。控え室にいた100人全員が何事かと思いながらいくつかのモニターに注視していると―――はビル街や住宅街、岩山、森林、工場地帯に関わらずありとあらゆる会場が爆破された。控え室にいた全員が呆気に取られる中、説明が始まる。

 

《次の試験でラストになります!皆さんにはこれからこの試験場(ひさいげんば)でバイスタンダーとして救助演習を行なってもらいます》

 

 この試験で終わりもあってか目良の声のトーンが跳ね上がる。そしてそんな目良の発言にあった単語に上鳴と峰田のすっとぼけた声で「バイスタンダー?」と復唱する。バイスタンダーは言ってしまえば現場に居合わせた人、或いは一般市民を指す意味でも使われたりもする。

 

《ここでは一般市民ではなく仮免を取得した者と仮定して…どれだけ適切な判断で救助を行えるのか試させていただきます》

 

「救助?」

 

 バイスタンダーといい、救助といい。建物を爆破で倒壊させただけでどうやって行うのだろうか。もしかして予め怪我人を模した人形でも置いてあったのかと疑問に思っていると崩落した街並みの中にいくつもの人影があることに気が付く。これには流石に受験生全員が驚いた。何せ、揺籠から墓場に片足突っ込んでそうな老人と様々な人間が爆炎と崩落した瓦礫の中で徘徊しているのだ。どう考えても異様な光景だ。そんな受験生達に目良から彼らが何者なのかが説明される。

 

 曰く、彼らはHELP・US・COMPANY。略してHUC(フック)と呼ばれている人々らしく。今回のような災害救助訓練では引っ張りだこな要救助者《役》のプロフェッショナルであるらしい。伏黒はここ一世紀以内で新しく湧いた職業などヒーローくらいだと思っていたが、このような職業も存在するのだと少し驚いていた。

 

 伏黒の関心を他所に二次試験のルール説明は続く。アナウンスの内容を大雑把に言って仕舞えば、救助演習では傷病者に扮して各所に散らばった彼らを救助することが大きな目的となるらしい。採点は公安が救助活動の様子を採点し、最終的な合否を決定するとのこと。いかんせん、採点内容が救助活動を見るとしか言われなかった為、少しだけ不透明なことに不安を覚える。

 

 そうしてHUCの皆さんが配置につくまでの間、士傑の女子生徒との間で何かあったのか峰田と上鳴が緑谷のことを殴ってたり、それを見た麗日が複雑そうな顔をしたり、轟が話しかけられた夜嵐が珍しく喧嘩腰だったりと少しばかりのイベントがあった。そうして待機時間が10分ほど経過すると突如としてアラームがけたたましく鳴り響く。

 

《敵により大規模破壊(テロ)が発生!規模は○○市全域!建物倒壊により傷病者数多数!》

 

 それと同時に今回の演習の想定内容(シナリオ)が発表される。その発表とともに控室内の空気が一気に引き締まる。

 

《道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ!到着するまでの救助活動はその場にいるヒーローたちが取りおこなう!》

 

 そしてその言葉と同時に一次試験の時と同様に控え室が展開し始める。

 

《ヒーロー諸君のオーダーはたった一つ!それはひとつでも多くの命を救い出すこと!試験、START!!!』

 

 控室が完全に展開し切るのと、試験開始の合図は同時だった。

 

「【脱兎】」

 

 それと同時に伏黒は自身の影から【脱兎】を呼び出す。1000体を超える【脱兎】が受験生達の足を潜り抜けて被災場所へと駆けていく。それと同時に伏黒は腰に穿いてあった小型マイクを取り出すと発言する。

 

『そのウサギは怪我人を探知します!そのウサギがいるところに怪我人がいると思ってください!一羽だったら軽症、2羽だったら軽傷だが頭部に怪我が確認できます!3羽だったら重症で、4羽いたら意識が確認ものとなってます!今回は演技というのもあって少し正確さに欠けますが、現場に応じて柔軟な対応をお願いします!怪我が本当にやばくて運ぶのに苦労がいる場合は担架代りに使ってください!』

 

 呼び出した【脱兎】の用途を全員に伝える。すると内容を把握したのか全員が「よくわかった、一年坊!」や「目印として使わせてもらうわ!」などと口々に言いながら前方に広がる凄惨な被災現場へと急行していく。皆が駆けていく中で伏黒はその場で動かずにいるととある式神を呼び出す。

 

「【円鹿】」

 

 片方の手で頭部を作り、もう片方の手で角を見立てることで【円鹿】を呼び出し、待機場所として使われていた場所をいつでも避難場所として使えるように掃除しながら待機をしておく。すると、早々に他校の生徒と思しき人物が怪我人を背負ってやってきた。

 

「ちょっと!?あんた強いんだから救助に行きなさいよォォ!!突っ立ってるだけなら誰でも出来る、減点すんぞ!?」

 

 先ほどまで本当に泣いていたんじゃないかと疑いたくなるほど迫真の演技をしていた少女が受験生に背負われながら伏黒に何故待機しているのかを指摘する。それに対して伏黒は周りに指示を出した後に説明する。

 

「この鹿を中心に怪我が酷い方を並べてってください!」

 

「わ、わかった!」

 

「あと待機してた理由はこういうことです!【円鹿】!やれ!」

 

 伏黒の命令と同時に【円鹿】の身体から不透明なオーラが滲み出る。そのオーラを浴びた人間達は1人残らず伏黒と【円鹿】を見やる。

 

「……そいつの能力は?」

 

「【円鹿】は自身の範囲に第三者を回復させる力場のようなものを張り巡らせる能力を持ってます。範囲は半径5メートル。回復速度は【円鹿】に近ければ近いほど速くなります。回復面はリカバリーガール同様に例え骨が折れた状態で骨を固定せずに治しても元の形に戻ります」

 

「オッケー!新しいヤツだな!!周りにも通達しておく!!…ひっ、うわぁぁぁんん!痛い、痛いよぉ!!」

 

 伏黒の【円鹿】の説明に先ほど指摘していたHUCの1人は手元にあった機器で伏黒の個性の追加情報を送信すると再度、迫真の演技で泣き始める。切り替えの早さに戸惑いながらも手を握ったり、声をかけ続けることで慰める。そうしている間にもどんどんと人が増えていき、途中でネタ切れし始めたのと笑顔が微妙だったのも相まって少し減点された。すると、回収されていくHUCのメンバーが減って【脱兎】が伏黒の影に戻っていく感覚と治癒されて怪我が安全域に差し掛かった人間が順調に増え続けた。その時、

 

ボオオォォォォォォォォォォォォォン!!!

 

 フィールドの複数の場所で同時に爆発が起きる。そしてそれと同時に避難者達が集まる場所のすぐ隣で一際でかい爆破が起こる。受験者のほとんどは困惑した表情を浮かべていると目良のアナウンスがフィールドに響き渡った。

 

《敵により大規模テロが発生。敵が姿を現し追撃を開始。現場のヒーロー候補生は敵を制圧しつつ、救助を続行して下さい》

 

「このタイミングでかッ!?」

 

 思わずと言った様子で【円鹿】を長いこと使用し続けていることもあり消耗した伏黒が唸ると一際大きな爆破があった場所から複数の足音が聞こえてくる。

 

「対敵。全てを並行処理…果たして出来るかな?」

 

 土煙を巻き上げて出てきたのはまさかまさかの神野区で伏黒の脳無の制圧に挙げられるほどの実力を持ったNo.10ヒーロー《ギャングオルカ》と片手に銃型のサポートアイテムと思しき物を装着させたギャングオルカのサイドキック達が現れた。

 

 ヴィランと戦いつつ、救助を行わないといけないというプロでも高難易度に属するほどの事態と共に試験は佳境を迎えた。



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必殺技、そして仮免試験③

 

 

「すみません。皆さんは避難した人々の保護をお願いします。俺が離れても【円鹿】は解除されないので安心してください」

 

 No.10ヒーロー《ギャングオルカ》と片手に銃型のサポートアイテムと思しき物を装着したギャングオルカのサイドキック達が現れるのと同時に伏黒は【嵌合纏】を発動させて【満象】を纏う。伏黒は考える。今この瞬間で最悪な事態はヴィラン(役)に避難した人間(役)に手出しをされて被害が出ること。そうなる前に相手を倒せれば吉だが、相手はNo.10ヒーローのギャングオルカ。そう易々と倒せる相手ではない。ならば今この瞬間やるべきことは他の生徒よりも戦える自身が捨て駒になって避難し切るまでの間、足止めをすること。

 

 そこまで考えると伏黒は手のひらに大量の水を展開する。そして手のひらに展開した大量の水をビー玉サイズになるまで加圧して限界まで圧縮する。そしてビー玉サイズになった水を両手で挟むと前に突き出す。これこそ【満象】を元に新たに考案した新必殺技。突き進めばありとあらゆるものを貫通し、振るえば凄まじい切断能力を誇る一撃。その名も、

 

「【 祉水(しすい)】」

 

 瞬間、伏黒の手から圧縮された水が矢のように飛び出す。その初速が音速に迫る水の槍はギャングオルカの肩目掛けて突き進む。

 

「ヌオォォォォッッッ!?」

 

 咄嗟に狙った場所を察知したギャングオルカは腕を覆うプロテクターで受ける。しかし、音の速度に迫る槍を防ぐには耐えられずあえなく破壊される。予想外の威力に驚くギャングオルカ。そのまま腕を貫くかと思いきや、ギャングオルカの横から現れた全員同じコスチュームで揃えたサイドキック達が避難しようとした人たちを襲うべく押しかけたり、援護のために伏黒目掛けてサポートアイテムからセメント弾を放つ。それを見た伏黒はギャングオルカから攻撃対象を急遽サイドキック達に変更。加圧された水を緩めると同時に横薙ぎに振るう。加圧を解かれ緩められた水が槍から怒涛に変わるとサイドキック達と放たれたセメント弾を押し流す。

 

「シャチョー、大丈夫ですか!?」

 

「腕を穿たれた。少々違和感はあるが誤差の範囲だ。問題なく動かせる」

 

 流されて後ろに下がったサイドキック達が腕から血を流すギャングオルカを心配する。だが、ギャングオルカは腕を何度か振るったり手をグーパーとして動きを確認すると問題ないと宣言する。その反応に伏黒は思わず舌打ちをする。伏黒は今の一撃でギャングオルカの腕の機能を目に見えてわかる範囲で削ぐか停止させるつもりだった。しかし、一瞬でも頭の中で腕が飛ぶのではないかという配慮が入り加圧が足らなかった。【祉水】は溜めが大きい以上、見切られた可能性が高い。つまり、2度目を放つのはまず不可能となる。

 

「大丈夫か!?」

 

 さっきの一撃は腕を切り落とす気でやるべきだったと後悔している伏黒の後ろから試験前に話しかけてきた傑物高校の真堂が現れる。

 

「全く、無茶する一年だよ!」

 

「真堂さんでしたよね?個性はなんですか?」

 

「【揺らす】だ!」

 

「でしたら後方支援を「2人で私を相手取ると?甘く見積もりすぎじゃあないか!?」甘くても勝つんですよ」

 

 伏黒が真堂の個性を聞いている間にいつの間にか迫っていたギャングオルカが伏黒目掛けて手を伸ばしてきた。それに対して伏黒は【嵌合纏】を遅い【満象】からバランスの良い【玉犬】に切り替えると迫ってくる手を弾き飛ばして胴体に蹴りを叩き込む。するとギャングオルカはそれを防ぐが蹴りの威力もあって後ろに飛んでいく。

 

「ふむ、殿を務める訳だ」

 

「構わず個性を放ってください!手加減して勝てる相手じゃあない!」

 

「ああ、もう!しっかり避けろよ!当たっても知らねぇからなぁ!!」

 

 真堂の今まで改まってた口調が崩れるのと同時に受け止めた手が衝撃で痺れてることに感心しているギャングオルカとサイドキック達に対して触れた地面を揺らすことで叩き割る。バランスを崩すサイドキック達の顎を的確に打ち抜き脳震盪を起こして行動不能にしながら迫り来るギャングオルカの攻撃を捌き続ける。すると、

 

「ムッ!!」

 

 ギャングオルカ目掛けて見慣れた氷塊が怒涛のように迫っていく。それに対してギャングオルカは頭部から音波を発して粉砕して防ぐ。

 

「轟か」

 

「伏黒は他の人の避難にまわってくれ。ここは俺に任せろ」

 

 轟は現れると同時に伏黒と並び立つと伏黒に怪我した人間を避難所に運ぶように指示を出す。それに対して伏黒は相手がギャングオルカということもあって断ろうとするも、

 

「吹ぅぅきィィイイイイ飛べぇえええええええっっっ!!!!」

 

 轟の氷を用いた攻撃に一拍遅れて、士傑高校の夜嵐が騒々しく乱入してきた。風を用いた攻撃に轟の張った氷塊ごとサイドキックを吹き飛ばしていく。轟と夜嵐。両者共に強いだけでなく制圧力にも長けた存在が揃ったのを見ると伏黒もこれなら大丈夫だと判断。

 

「任せるぞ、轟」

 

「…………」

 

「轟?」

 

「ああ、悪い。わかった。任せろ」

 

 轟に任せようと声をかけるも反応しなかった為、再度声をかけてその場を任せる。反応がなかったことに少しだけ疑問を持ちながら伏黒に迫るサイドキック達の足止めを続けて個性の影響からか少し顔色の悪い真堂を連れてその場を離れる。すると、それと同時に【脱兎】が完全に戻ったのを確認する。

 

「皆さん!【脱兎】が完全に戻りました!重症者は無し!残りは軽傷者であと少しです!」

 

 その言葉に終わりが見えてきたという事実からか少しだけ場が盛り上がる。伏黒は【満象】を呼び出すと生成系の個性を持った他校の生徒に一度に大量に運べる荷台のようなものを作るよう頼むと被災者達を一気に乗せて【満象】に運ばせる。燃費の悪い【満象】と【円鹿】を使ったこともあって流石に倦怠感を覚え始めるが、あと少しということもあって轟と夜嵐の援護に向かおうとする。瞬間、振り返ろうとするのと同時に耳を突き刺すような鋭い音があたりに響き渡る。何事かと伏黒は音の発生源に目線を向ける。

 

「は?」

 

 するとそこには空からフラフラと頼りなく落ちていく夜嵐と今まさに肩を掴まれてギャングオルカの超音波の餌食となり、崩れ落ちる轟の姿があった。悪くても全員運び切るまでは足止めしていてくれると思っていた2人がまさかのダウンと想像していたより最悪な事態に伏黒はすぐに【嵌合纏】を使うと【虎葬】と【鵺】を足して生まれた【雷跳虎臥】を纏うと迫ってくるサイドキック達の足元目掛けて攻撃して叩き割ることで侵攻を阻害する。

 

「流石ですね、No.10ヒーロー」

 

「それはこちらのセリフだ、伏黒。治療、運搬、護衛、これら3つを同時並行で行える人間は中々にいないぞ」

 

 褒められたことに伏黒は「光栄ですね」と言いつつもこちらの出方を伺いながら間合いを狭めようとしてくるギャングオルカに放電することで牽制する。少なくとも自身1人ではまず勝ち目がないことは目に見えている為、少しでも時間を稼ぐべく口を動かす。

 

「そういう個性を持って生まれたからですよ。それにまさかあの2人を相手にノーダメで仕留められるとは思いませんでしたよ」

 

そういう個性(・・・・・・)を持ってたとしても、だ。扱い切れること事態を誇りに思え。それとだ、俺はコイツらを仕留めてない。この阿呆どもが勝手に自爆しただけだ」

 

「はぁ?」

 

 ギャングオルカは知らなかったのか、とでも言いたげな顔をしながらことの顛末を話し始める。なんでも初めは氷塊で攻撃してきた所や暴風を用いての制圧までは良かったのだが、炎で風が逸れたことをきっかけにいきなり言い争い始めたらしい。それからも改善する余地はなく呆れもあってサイドキックと共に速攻で両名共に仕留めたとのこと。そこまで聞いた伏黒は思わず天を仰ぎたくなる衝動に駆られ、色々と文句を言いたくなる。しかし、そんな隙を晒そうものなら間違いなく仕留められる為、ため息を吐くだけに留める。

 

「さて、時間稼ぎのお喋りはもういいかな?」

 

「ええ、いつでもどうぞ」

 

 演技なのか顔立ち故なのかギャングオルカが悪辣に笑うのと同時に手を前に突き出し伏黒にサイドキック達を差し向ける。援軍として緑谷とかも来るだろうが、相手はプロ。それまで持ち堪えられる自信もなかった為、戦闘不能になるのを覚悟に伏黒が迎え撃とうとする。すると、熱と風がある2つの方向から同時に発生する。次の瞬間、ギャングオルカ目掛けて炎が放たれるとその炎を烈風によって下から掬い上げ、まるで火災旋風を思わせるような炎の竜巻がギャングオルカの体を覆うように渦を巻きその体を閉じ込める。

 

「ヤベーぞ!乾燥に弱いシャチョーが炎の渦に閉じ込められた!!」

 

「そいつはいい事を聞きましたよ」

 

「「「「ぐおェ!!??」」」」

 

 乾燥に弱いギャングオルカが炎の竜巻に閉じ込められたからか、サイドキック達は一様に足を止めて振り返る。そうして生まれた隙は伏黒にとって大変美味しいもので見逃す筈もなく、全力で腕を振るうと二桁ほどいたサイドキックの内、半数以上を吹き飛ばす。乾燥に弱いギャングオルカを救うべく、サイドキック達は炎の発生源である轟を攻撃しようとする。しかし、それよりも早く伏黒は腰に付けている苦無型のサポートアイテムをサイドキック達目掛けて投擲する。しかし伏黒にも注意を向けてたのか苦無を難なく避けて轟に再度攻撃しようとするも突如として襲いかかって来る雷に体を穿たれる。

 

 これこそ伏黒の新しいサポートアイテム。仕組みは《如意金箍》と同じで予め電気を溜め込んでおいた苦無を投擲すると同時に相手が延長線上に来たタイミングで帰還電気を帰還させて延長線上にいた相手を感電させるという仕組みだ。しっかりと非殺傷用にチューニングされていることもあって咄嗟に電撃を込めても一定以上は溜まらない為、問題無し。

 

 しかし、投擲した姿勢でガラ空きとなった伏黒を見逃すほど今回の試験官は甘くない。隙だらけになった伏黒目掛けてセメント弾を放とうとする。だが、伏黒はそこは気にしていなかった。何故ならば、

 

「セントルイス・スマッシュッッッ!!」

 

 既に緑谷が駆けつけているのを知っていたから。緑谷は伏黒が攻撃されかけているのを見かけると高く跳躍し、体を何回転もさせると地面に着地すると同時に踵落としの要領で踵を地面に叩きつける。その衝撃に地面は耐えきれず、バキバキに割れる。そして割れた地面と蹴りの衝撃でぐらついたサイドキック達目掛けて緑谷は蹴り飛ばして意識を刈り取る。

 

「助かった、緑谷」

 

「伏黒君もここまで足止めしてくれてありがとう!おかげで今確認できる怪我人は全員避難させることが出来たよ!」

 

 伏黒が礼を言うと緑谷は伏黒に駆け寄りながら逆に礼を言ってファイティングポーズを取る。残りのサイドキック達が8人程度と少し前と比べれば圧倒的に数は減らすことが出来た。しかしそれでも油断はならない為、緑谷と背中合わせになる形で伏黒もファイテングポーズをとっていつでも迎撃出来る準備をする。すると次から次へと手が空いたのかセメント弾を逆に利用してサイドキック達の動きを封じにかかった尾白を筆頭に芦戸や常闇、他校の生徒達が片っ端からサイドキック達に攻撃をする。そして圧縮訓練で蛙っぽさに磨きをかけた蛙吹の保護色によるカモフラージュからの奇襲によって最後のギャングオルカのサイドキックを仕留めると歓声が上がる。

 

 しかし、その歓声は

 

「ふむ、この歓声。ということは俺のサイドキック達を仕留めたのか……。やるじゃないか」

 

 炎の竜巻から聞こえてくる厳かな声で中断させられた。全員が声のした方に目線を向ける。そこから放たれる覇気に目を逸らすことが出来ないように。

 

「それにしても、炎と風の熱風牢獄か……。なるほど、いいアイデアだ。並のヴィランなら泣いて許しを請うだろう。だが、俺はその並には属さない。そういった相手の時は打ったときには既に次の手を講じておくものだ!」

 

キュィィィィィィィィンッッッ!!

 

 その宣言と同時に今まで放たれたものとは比べ物にならないほどの甲高い音を奏でた超音波が轟と夜嵐の生み出した炎の竜巻を吹き飛ばす。乾燥を防ぐ為か、頭から水を滴らせたギャングオルカは炎の竜巻を起こした2人とサイドキック達を全滅させた伏黒達を睨みつける。

 

「――――で?次はどうする?」

 

「僕達が!」「相手になりますよ」

 

 誰もがその威容に怖気付く中、ギャングオルカの意識を天敵である倒れ伏す轟と夜嵐から逸らすべく緑谷と伏黒の両名が攻撃する。緑谷がギャングオルカの頭部目掛けて蹴りを放ち、伏黒は大きく空いた上体目掛けて拳を放つ。乾燥の影響からか雄英きっての火力を誇る2人の攻撃を流石に流し切ることができず、ギャングオルカは緑谷の攻撃でよろめくと伏黒の放つ刻み打ちを鳩尾に喰らわされる。攻撃を喰らわせた伏黒はなるべく遠くに飛ばすべく拳を振り切るとギャングオルカは10メートルほど吹き飛んでいく。

 

 しかし、ギャングオルカはすぐに立ち上がると先ほどまで見せなかった好戦的な笑みを浮かべて伏黒と緑谷の元へと向かってくる。このまま戦闘が再開するかと思った矢先、伏黒の影に【円鹿】が戻るのと同時にビーィッ!!というブザー音がけたたましく鳴り響く。

 

《えー、たった今、配置されていた要救助者(HUC)の皆さんが危険区域から救助されたことを確認いたしました。誠に勝手ではございますが、仮免試験の全行程、終了といたします!!》

 

「ふー…」「終わったぁ!?」

 

 ブザーの音と同時に仮免試験が終了した事を告げるアナウンスが流れる。それを聞いた伏黒は【円鹿】と【嵌合纏】を解除してかなり消耗していたこともあって安堵の息を吐く。緑谷は迎え撃つ気満々だったこともあって突然の終了に驚きを隠せないといった様子だった。するとブザーの音を聞いて急ブレーキをかけることで突撃を中断したギャングオルカ。少しして轟と夜嵐、緑谷、伏黒の順番で見たかと思うと「フフッ…」と少し微笑むと倒れ伏すサイドキック達へと足を運んだ。

 

 

「友よ。ギャングオルカとの戦闘、実に見事だった」 

 

「常闇も《深淵暗駆》が板についてた。それに梅雨ちゃんも保護色のカモフラージュからの奇襲は凄かった。全然気づかなかったぞ」

 

「ケロ。広い範囲で色々なことをこなしてた伏黒ちゃんには劣るわ」

 

 仮免試験が終わってコスチュームから制服に着替えたA組のクラスメイト達は指示に従い、結果発表が行われるとされる指定の場所へ足を運んでいた。伏黒は途中で合流した蛙吹と常闇と一緒にお互いに健闘した事を讃えあっていた。道中で伏黒はギャングオルカとの戦闘で後衛を務めてくれた真堂に礼を言うという一幕があったが割愛とする。

 

《皆さん、長いことお疲れ様でした。これより発表を行ないますがその前に一言、採点方式についてです。我々ヒーロー公安委員会とHUCの皆さんによる二重の減点方式であなた方を見させてもらいました」

 

 そして指定された場所に全員が集まった事を確認した目良は遅まきながら採点方式について説明し始める。どうやら危機的状況でどれだけ間違いの無い行動をどれだけ取れたかを審査することで採点していたらしい。伏黒としては治癒や被災者の捜索、ギャングオルカ(ヴィラン役)との戦闘とこなしたつもりでも救助には行かなかった為、その辺りが不安だった。すると、説明が終わるのと同時に目良の後ろにあった大きな電光掲示板に合格者の名前が映し出される。

 

「ふ、ふ、ふ、ふ、……あった!」

 

 伏黒はあ行から順に自身の名前がないかを確認していくと『葉隠』の次に自身の名前があるのを確認できた。その事実に伏黒はらしくもなく胸が熱くなるのを感じる。どうやら常闇も蛙吹も合格だったらしく、あまり表情に出さない3人もこれにはニッコリ。因みに余談だが雄英から2人ほど不合格者が出た。轟と爆豪である。これは後から聞いた話なのだが、ギャングオルカの前で喧嘩した挙句、戦闘不能になった轟ならいざ知らず何故爆豪までか気になり、共に行動していた上鳴と切島に訳を聞いてみた。するとこれがかなり馬鹿げた理由で、どうやら爆豪は怪我人(偽)相手にも爆豪節を炸裂させたらしく行動こそ悪くなかったもののそこで減点されまくったらしい。これには伏黒も思わず「馬鹿なのか?」と声に出してしまった。

 

 そして皆が合否の判定を把握するのと同時に黒服を着た公安の職員達からA4サイズの用紙が配られる。それに目を通していると、目良のほうから配られた用紙は採点内容が詳しく記載されている事を言い渡される。

 

《ボーダーラインは50点。減点方式で採点しております。どの行動が何点引かれたなど、下記にズラーッと並んでいます》

 

 そうして点数を互いに発表し合うA組の面々。伏黒が聞こえた限りでは尾白が61点、瀬呂は84点、八百万は90点、飯田が80点、緑谷が71点だった。すると、先ほど黒服からプリントを貰って点数を確認した蛙吹が寄ってきた。

 

「私たちも共有しましょう。私は89点だったわ。伏黒ちゃんは何点だったの?」

 

「ん」

 

 伏黒は蛙吹に自身の成績が記載されたプリントを渡す。するとそこには98点と記載されていた。これには蛙吹も驚愕し、その様子を見た他の面々も駆け寄り伏黒の成績を見て驚愕する。

 

「伏黒、高すぎだろぉ!?」

 

「なんでぇ!?現場にいなかったじゃん!?」

 

「でも、とっても妥当だと思うわ。要救助者の発見に運搬、それに襲いかかるヴィランとの戦闘と色々な面で活躍してたもの。…でも確かに気になるわ。伏黒ちゃんはやろうと思えば現場でも活動できたのになんで来なかったのかしら?」

 

「ん?ああ、そのことか」

 

 騒ぐ上鳴と芦戸をフォローしつつも蛙吹からなんで現場にいなかったのかを聞かれた。実のところHUCからも同じ質問をされていた伏黒は HUCの皆さんが怪我を負ってなかったからだと言う。本当に怪我を負っていれば治されていく過程を見て他校の生徒達が大丈夫か否かを判断して避難所に案内させることが出来た。しかし、今回のHUC達はあくまでも特殊メイクで怪我を負ったフリをしていただけ。どの程度、【円鹿】の回復エリアにいれば治るのかを知ってるのは伏黒と【円鹿】のみ。故に、伏黒と【円鹿】が残ってこの怪我人が大丈夫か否かを判断する必要があったのだ。そこまで聞くと伏黒の成績を知った全員が納得する。

 

 今度は逆に何が減点対象となったのか見てみると『励ましが一辺倒なのと笑顔が下手くそ』と記載されていた。その事実に何名かが笑うと伏黒は恥ずかしそうに顔を横にずらした。全員が一喜一憂している中で目良の発表は続く。

 

 内容を省略すると今回の仮免試験で合格した人達は緊急時に限り、ヒーローと同等の権利を行使できる立場となった。それ即ち、ヴィランとの戦闘や事件事故からの救助など、ヒーローの指示がなくとも個人の判断で動けるようになったのだとか。そして同時に免許保有者達の行動一つ一つにより大きな社会的責任が生じることを意味していると言明された。そして今回は不合格になってしまった人たちにも三ヶ月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば君たちにも仮免許を発行する予定があるとのことだ。その事実に爆豪と夜嵐辺りから気合の入った返事が返ってくる。

 

 そうして短くも試練が山盛りだった仮免試験は幕を閉じたのだった。



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仮免試験、そしてビッグ3①

 

 

 そうして色々とあった仮免試験から次の日、雄英高校は新学期を迎えた。実は1年以上はとっくに経過しているのではないかと錯覚しそうになるほどのイベントがあったものの、今回の新学期を迎えたことでどこか自身達が未だに学生なのだという事実を再確認させられる。すると、そんな天気にも恵まれて晴れやかな新学期の初日に2人の馬鹿がやらかした事を相澤の口から発表される。その内容とは、

 

「「喧嘩して謹慎〜〜〜〜〜!?」」

 

 爆豪と緑谷による私闘であった。どうやら仮免試験があったその日の晩に学生寮"ハイツアライアンス"から抜け出して喧嘩をしたとのことだ。しかも個性を用いての喧嘩だったらしく、合理性と規律を重んじるタイプの相澤は当然のように怒髪天をついた。そして緑谷は3日の爆豪は4日の謹慎処分を言い渡されたらしい。その事実にクラスメイト達は呆れて口々に「馬鹿じゃん!!」やら「ナンセンス!」やら「馬鹿かよ!」やら「骨頂――!」やらと騒ぎ立てる。普段であればいい返してくる筈の爆豪も図星だったのかグヌヌ…と唸るだけでおとなしく掃除機をかけていた。

 

「なんでそうなった…」

 

「その…バレてしまって…」

 

「は?冗談だろ?」

 

 一体全体何がどうすればそうなったの気になった伏黒が緑谷に聞くとすごい微妙そうな顔をしてカタコトになりながら言外にワン・フォー・オールの件がバレた事を告げる。これには伏黒も思わず驚愕し、爆豪に目線を向ける。するとその視線に気がついたのか爆豪が伏黒の方を向いて目線がかち合う。伏黒のマジ?みたいな目線を見て察したのか、一度舌打ちをするとすぐに掃除に戻った。それだけで緑谷の言っていることが事実であると知ると伏黒は頭を痛そうに抑える。

 

「ええ……。それで仲直りしたの?」

 

「仲直り……っていうものでも……うーん……言語化が難しい……」

 

「よく謹慎で済んだものだ!!では君ら、これからの始業式は欠席ということだな!!」

 

「爆豪、仮免の補習どうすんだ」

 

「うるせェ…テメェには関係ねぇだろ」

 

 伏黒が考え込んでいる間に緑谷と爆豪はいたたまれ無さそうに掃除を続けていると緑谷には麗日と飯田が、爆豪には切島と轟が話しかける。

 

 そして考えをまとめた伏黒はある結論に至る。それは恐らくだが2人の喧嘩の原因が理想の食い違いであったということだ。個性を譲渡された緑谷に対してならば自身が抱いていた情景は間違っていたのかと憤った爆豪から仕掛けた結果、緑谷もそれに乗ってしまいこの様な結果となったのではないかと伏黒は推測する。

 

「轟の言う通りだな。マジで仮免の補習どうすんだ。ただでさえ落ちた理由が馬鹿みてぇなのに」

 

「なんじゃテメェ、影野郎、そのボキャブラリーはよォォ!!マジでぶっ殺してやろうァ、アアァァンン!?」

 

 ふと思った伏黒が思わず声に出して爆豪に聞くと目つきの悪さが悪化していく爆豪が掃除機を掃除機片手に飛び掛かろうとする。それに対して切島が爆豪を宥め、上鳴は伏黒に「煽るなよ…」と呆れながら忠告する。伏黒としては煽ったつもりはなく、マジでどうするのか純粋に気になったのだ。爆豪が仮免試験を落とされた原因が要救助者相手に毎度お馴染みの罵詈雑言を吐き散らかしたと言う馬鹿の所業。それだけでも恥ずかしいと言うのにその晩に謹慎を食らうような真似までやらかした。流石に相澤あたりが対策してるだろうが、最悪の場合補習に参加できない可能性すらあるのだ。

 

「愚の骨頂だな」

 

「上ーー等だァァァ↑↑、影野郎ォォォ!!!その喧嘩ァ、利子つけて買ってやるよォォォォー!!」

 

 改めて爆豪のやらかしたことをまとめると伏黒の口から思わずといった様子で感想が漏れ出る。それを聞いた爆豪は過去最大級の角度をした目つきと共に掃除機を放り投げると伏黒目掛けて殴りかかる。「落ち着けバクゴー!!」という叫び声と「煽るのは良くないわ」という諌める声が寮内で響き渡りながら、緑谷と爆豪を寮に残したままA組のクラスメイト達は始業式へ向かった。

 

 

「皆いいか!列は乱さずそれでいて迅速に!グランドへ向かうんだ!」

 

「いや、オメーが乱れてるよ」

 

 新学期早々にクラスメイトが揃わずに19人のまま、始業式に参加しなければいけないという異例の事態。しかしそんな中でもA組の皆んなはへこたれず、飯田のかけ声とそれに対するツッコミを入れながらA組生徒達は教室から始業式へと向かっていく。入学式に出られなかったこともあって今期も相澤が何かやらかすのかと思ったが、4月とは流石に事情が異なるため参加できるようだ。

 

「―――聞いたよ、A組ィィィィ!」

 

 すると、A組達から見て前方の方から声が聞こえてくる。声からして誰なのかは容易くわかったが、目線を向けるとそこには壁に肘をつけて寄りかかって物間がいた。物間はA組の全員の視線がこちらを向いたことを理解した瞬間、二本の指を立てながら高笑いを決め始めてこちらとの距離を詰め寄る。

 

「二名!!そちら仮免落ちが二名も出たんだってぇぇぇ!!?」

 

「相変わらずだな」

 

「ああ、相変わらず気が触れてやがる」

 

 爆豪と轟が落ちた段階でなんとなくこうなることは予想していたこともあって上鳴と伏黒は物間の様子に対して動揺することなく感想を述べる。そして切島は林間合宿のことを思い出して物間だけ落ちたのでは?と問うと唐突に腹を抱えて笑いだすと振り返って後ろに戻る。そして後ろにいたB組の元に行くと再度、A組のほうを振り返り大きく手を広げ、ドヤ顔しながら自信満々に宣言する。

 

「こちとら全員合格さ。水があいたね、A組」

 

 これには伏黒も驚いた。物間のあの反応から誰か1人くらいは落ちていたのではないのかと思っていたのもあるが、物間の個性自体、時間制限ありきの使い所に困るものだからだ。伏黒が素直に驚いていると大きな2本の角が特徴的な女性が歩み寄ってくると外国の人だからか片言の日本語と英語がごっちゃになりながらある情報を開示する。

 

「ブラドティーチャーによるゥと、後期ィはクラストゥゲザージュギョーあるデスミタイ。楽シミしテマス!」

 

 その情報を教えてくれたことに皆が感謝していると何やら物間に吹き込まれたかと思うと「ボゴォボコォにィ、ウチノメシテヤァ…ンヨ?」と意味がわかってなさそうな顔しながら辛辣なことを言ってくる。吹き込んだ張本人は首を掻っ切るポーズを連続でしながら高笑いを決めていた。しかし、それを聞いて黙っているA組ではなかった。今度は仮免試験でクラス最高得点をとった伏黒を芦戸が自慢気に紹介し始める。それに対抗するように物間は拳藤を挙げると、クラス対抗の自慢合戦が勃発する。後ろから普通科の面々が来ていたのと純粋に恥ずかしいということもあって伏黒と拳藤は顔を赤くしながら自慢合戦をしている2人を引き留めると始業式へ向かった。

 

「やあ!皆んな大好き!小型哺乳類の校長さ!」

 

 一年から三年のヒーロー科、普通科、経営科、サポート科と全雄英生徒が校庭に集まると壇上に上がった根津校長が元気よく挨拶をする。そしてそこから話されていく内容が自身が毛並みを気遣ってることや睡眠のことなど心底どうでもいい上にあり得ないほど長かった。この話がまだ続くのかと辟易し始めた時、

 

生活習慣(ライフスタイル)が乱れたのは皆もご存知の通りこの夏休みで起きた例の『事件』に起因しているのさ」

 

 話している校長の空気がガラリと変わった。そうして話される内容は柱の喪失からくる社会に対する大きな困難が訪れるという内容だった。そしてその中でも1年のヒーロー科の興味を引いたのは2、3年生が取り組んでいるとされている校外活動ことインターンというものだった。その後も先ほどとは異なり励ますような言葉を続ける根津。

 

「経営科も普通科もサポート科もヒーロー科も、皆が社会の後継者であることを忘れないでくれ」

 

 そう締めくくると同時に話が終わる。そして最後に生徒指導を担当しているハウンドドックが人語を忘れるレベルでキレ散らかしながら昨晩起こった喧嘩についての注意がバウバウと吠えて言い渡される。名前こそ出されなかったが、問題児扱いされたこの場にはいない緑谷と爆豪のことを知らしめられたことを最後に始業式は幕を閉じた。

 

 

「じゃあ、まあ…。今日から通常通り授業を続けていく」

 

 始業式が終わってA組がクラスに戻る。皆が着席したことを確認すると相澤が教壇で話し始めた。これといって話す話題がないのかありきたりなことを話す相澤に蛙吹が挙手をして始業式で言っていたインターンについての説明を求めた。他のクラスメイト達も気になっていたのか蛙吹の質問の後を追うように次々と質問する。それに対して相澤は頭をガシガシと掻くと後日説明するはずだった説明を合理的ということもあって今日することとなった。今回知らされた校外活動(インターン)は簡単に言ってしまえば校外でのヒーロー活動。以前行なったプロヒーローの下での職場体験の本格版を言うらしい。そこまで聞くと何か考え込んでいた麗日はハッとした様子になると、

 

「体育祭での頑張りは何だったんですかぁぁぁ!?」

 

 突然立ち上がると鬼気迫る様子でそう叫ぶ。砂藤に宥められる麗日だが、麗日の言い分にも一理あった。何せそんなシステムがあるのだとしたら雄英体育祭で必死こいた理由がない。なんだったら手の内を誰よりも多くかつ早く晒した分、デメリットがデカイくらいだ。すると、そこに関しては質問されると予想していたのか相澤はすんなりと答える。

 

 なんでも校外活動(ヒーローインターン)は体育祭で得た指名(スカウト)をコネクションとして使うことが前提らしい。誤解しているがヒーローインターンは職場体験とは異なり、あくまでも生徒の任意で行う物であって授業の一環ではないのだとか。元々は各事務所が募集する形だったが、雄英生徒引き入れのためにいざこざが多発したこともあってこのような形になったそうだ。そこまで聞いた麗日は早とちりしたことを謝罪して席についた。

 

「一年生での仮免取得はあまり例がないこと。敵の活性化も相まってお前らの参加は慎重に考えてるのが現状だ。まぁ体験談なども含め、後日ちゃんとした説明と今後の方針を話す。こっちも都合があるんでな。―――じゃ…待たせて悪かったマイク」

 

『英語だーー!!即ち、俺の時間!!久々登場 俺の壇上 待ったかブラ!!!今日は詰めて行くぜーー!!!アガってけー!!イエアア!!』

 

 説明を終えた相澤と入れ替わるようにガラッ!と教室のドアが開くとプレゼントマイクは教室に入ってくるといつものように大きな声で喋り始めた。そうして久々の勉強ということもあって当然のように習ってない文法が飛び出してきたなど以外と勉強面では遅れをとりそうになりつつ、3日が経過する。これは

 

「ご迷惑おかけしましたぁぁ!!」

 

「デクくん。オツトメご苦労様!!」

 

 緑谷出久の謹慎生活が終了したことを意味していた。相澤の指示のもと、授業内容などの伝達を禁止されていたこともあって置いていかれていくという自覚があったからか、鼻から大きく息を吐きながら「この3日間でついた差を取り戻すんだ!!」と息巻いていた。因みに爆豪は4日な為、明日から復帰する模様。

 

 気合いが空回りしかねないレベルで入っていた緑谷だったが相澤の一言を聞くと静かに席に着いた。全員が席に着いたことを確認すると、相澤は話し始めた。

 

「おはよう。じゃあ緑谷も戻ったところで本格的にインターンの話をしていこう。―――入っておいで」

 

「「「「「?」」」」」

 

 相澤の合図にクラスメイト達は不思議そうな顔をすると共に教室のドアが開かれる。そして三人の雄英生生徒が教室の中にゆっくりと入ってきた。

 

「職場体験とどういう違いがあるのか。直に体験している人間から話してもらおう。心して聞くように。現雄英生の中でもトップに君臨する3年生3名―――……。通称”ビッグ3”の皆だ」

 

 相澤がそう宣言すると同時に意気揚々と3人の生徒達が一年A組のクラスに入ってきた。



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仮免試験、そしてビッグ3②

 

 

 相澤の合図と共に入ってきた3人。

 

 1人は美人な女子生徒。パーマをかけているのか天然のくせ毛なのか、うねうねとねじれた水色の長い髪に思わず目を惹かれた。もう1人は鋭い眼つきにとがった耳、黒髪が特徴の男子生徒。一文字に結ばれた口元と四白眼から他の2人よりも陰気なイメージが出てくる。最後に一番先頭を歩いていたのは180㎝を越える長身に鍛え抜かれた筋肉と金髪、そしてパックマンみたいなつぶらな瞳をした特徴的な風貌の男。 というか伏黒が職場体験先でお世話になった通形ミリオだった。ヒーロー殺しとの戦闘でもお世話になったためか、緑谷と轟、飯田もその存在に気がつき「あっ!」という声を漏らしていた。

 

「じゃ手短に自己紹介よろしいか?まずは…天喰から」

 

 相澤は3人が壇上に揃ったのを確認すると一番近かったからか天喰という黒髪の男から自己紹介をするように促す。そうして一歩前に出た天喰は少し押し黙るとギンッ!という効果音がつきそうなほど四白眼を細めると同時にビリビリとした威圧感を放つ。皆がそれに気圧されている。しかし、

 

「──ダメだ、波動さん、ミリオっ……!ジャガイモだと思って臨んでも……頭部以外が人間のままで依然として人間にしか見えない…。どうしたらいい…!?言葉が、出てこないっ…!」

 

 その次の瞬間には聞いてるこっちが困惑するほど震えた声が飛び出してきた。そしてさっきまで鋭かった四白眼も震えていた。というか体全体が震えていた。

 

「頭が真っ白だっ…!辛いっ…!帰りたい……!」

 

 そして最終的に後ろを振り返って黒板に頭を押し付けるようになった。これには先ほどまで気圧されていた一同は困惑。そしてそれに反応したのは水色のウェーブのかかった髪が特徴的な女子生徒だった。

 

「あ!聞いて天喰君!そういうのをね、ノミの心臓って言うんだって!ね!人間なのにね~!不っ思議~!」

 

「まぁまぁ辛辣ですね」

 

「あ!今私にツッコミいれたのがミリオの言ってた伏黒恵くん?」

 

 しれっと明るくかつ楽し気な様子で辛辣なことを言ってくる女子生徒に思わずツッコミをいれる伏黒。それに対して通形から何か聞いていたのか伏黒の名前を言い当てると同時にそうなのか聞いてくる。

 

「まぁ、そうです」

 

「そっかぁー!私はね波動ねじれっていうの。気軽にねじれでいいよ!それでこっちが『ノミ』の天喰環。今日はインターンについてみんなにお話しして欲しいと頼まれてきました!」

 

 波動ねじれと名乗った女子生徒は自身の自己紹介のついでといった様子で未だに黒板に頭を押し付けている天喰の紹介も行う。すると少しウズウズしたかと思うと障子の方に駆け寄り、マスクのことを尋ねる。そして障子が言い切るよりも前に轟の火傷を聞く。そして次に蛙吹が何蛙なのかを聞くと次は芦戸、次は峰田とこちらの回答を待たず、本当に攻めの一辺倒。マシンガンの如き質問の連続は幼稚園生のような無邪気さも相待って「どんな子も皆気になる!不思議!」と言ってる彼女自体を不思議ちゃんに仕立て上げる。

 

「合理性に欠くね…」

 

「あ!イレイザーヘッド!?安心して下さい!大トリは俺なんだよね!―――それじゃあ、早速!」

 

 どんどんとぐだぐだになっていく光景に合理性の化身でもある相澤の機嫌がどんどんと下がっていく。そんな様子に焦ったのかミリオは宥めると先ほどの天喰同様に一歩前に出て「ン゛ン」と咳払いをする。

 

「前途ォ──ッ!?」

 

「「「「「…………?」」」」」…あー、多難?」

 

「うーーん!流石、伏黒くん。俺の後輩だなだけはあるね!反応できるのは嬉しいが、気遣われてしまったよ!掴みは大失敗だな!!」

 

 HAHAHA!と滑り倒したにも関わらず豪快に胸を張って笑い飛ばすミリオ。周りは困惑しているが、伏黒としてはこの感覚がほんの1カ月程度前だというのに懐かしく感じた。しかし、それ以外の面々からはぐだぐだなことも相待って胡散臭く感じてるのか怪しい空気が教室を満たしていく。

 

「まァ、何が何やらって顔してるよね。必修ってわけでもないインターンの説明に突如として現れた3年生だもの」

 

「困惑しているきっかけは3人の自己紹介ですがね」

 

「よぉ〜し、伏黒くんは黙ろうねー。今の俺に正論のナイフを持ち出されても反論という対処は出来ないから。―――さてと、確か皆は1年の段階で仮免取ってんだよね…」

 

 そんな空気の中でミリオはふむふむと考え込む。その様子を察したのか尾白の尻尾に興味を持っていた波動と黒板と睨めっこしてた天喰の目線が通形へと向かう。

 

「とりあえず君たちみんな! まとめて俺と戦ってみようか!」

 

 そんな2人の視線を他所に通形は元気よく拳を振り上げながら宣言した。

 

 

 通形の戦おう宣言から少しして謹慎中の爆豪を除いたA組の面々は体育館γにいた。あの後、ミリオの提案にクラスメイト達は驚いた。その提案は相澤あたりに断られると思っていたが、何を思ったのか許可がおりた。

 

「あの……マジすか?」

 

「マジだよね!」

 

 瀬呂くんがおずおずと声をかけるが、柔軟体操をしているミリオは見るからにやる気満々であった。しかしそんなミリオに戦闘をやめさせようとしたのは残りの2人の三年生だった。天喰はあいも変わらず遠くから形式を伝えるだけで十分だと言い、芦戸の頭の触覚をいじってた波動は挫折させないように考えなきゃダメだと言う。2人がA組の面々を案じているのはわかるが捉え方によってはA組の全員を見くびっているとも思える言葉であり、実際にそれで好戦的なメンバーの導火線には火が付いた様子だった。

 

「待ってください…。我々はハンデありとはいえプロとも戦っている」

 

「常闇の言う通りですよ!それに俺たちはヴィランとの戦闘もこなしてます!…それとも心配されるほどザコく見えますか?」

 

「うん、いつでもどこからでも来て良いよね。一番手は誰かなぁ!?」

 

 普段よりも少し顔を険しくさせながら言葉に棘を含めた常闇と切島の言い分に対しても通形は気にする様子もなく出たかを伺っている。その様子に切島が初陣を切ろうとするが珍しく緑谷が自主的に挑もうとしていた。すると、ミリオは少し嬉しそうに笑った。

 

「問題児!!いいね君やっぱり元気があるなぁ!」

 

 ミリオの言葉と共に緑谷は《フルカウル》を発動させる。その他のメンバーも自然と近接型、中距離型、遠距離型と陣形を取る。こうして謹慎中の爆豪、仮免をとってない轟、どういうわけか後でと言われた伏黒を除いたA組チームvs 通形ミリオの戦いが始まる。

 

「近接隊は一斉に囲んだろうぜ!よっしゃ先輩!そんじゃあせっかくのご厚意ですんで、ご指導のほどォ」

 

「「「「「よろしくお願いしまぁぁぁぁすッッ!!!」」」」」

 

 勢いよく挨拶すると同時にA組の面々はいつでも迎撃できるように個性を発動させる。そしてその直後、ミリオの体操服が落ちた(・・・)

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!?」「あれ?服も透かせましたっけ?」

 

「ああ、ごめん…って伏黒くんもなに驚いてんのさー!俺の個性知ってんでしょ、もー!」

 

 突如としてフルチンになったミリオに意外と純情な耳郎は絶叫する。伏黒は思わぬ現象に思わず呟く。それに対して通形は自身に迫る蹴りも気にせず(・・・・・・・・・・・・)、全裸になったことを謝ったり、伏黒の反応に対して戯けて見せる。そして通り抜けた緑谷に笑いながら「顔面かよ」と言う。すると間髪入れずに酸やテープ、ビームが通形に襲いかかる。ビームや酸が土煙が巻き上げたところを見た瞬間、これはマズイと伏黒は思わされる。

 

「まずは遠距離持ちだよね!!」

 

 そしてそんな伏黒の予想は的中した。土煙に紛れることで地面の中へと透過させたことを悟られずに、個性を応用したワープで一気に後ろまで回り込むと全裸となったミリオはA組の遠距離持ち全員を5秒程度で完封した。

 

「おまえら、良い機会だからしっかり揉んでもらえ。その人…通形ミリオは俺の知る限り最もナンバーワンに近い男だ。プロを、含めてな」

 

 遅まきながらそう宣言する相澤と同時にミリオは「POWEEEEER!!」と叫びながら不敵な笑みを浮かべる。一瞬で半数を削られたという事実に伏黒はキレッキレだなと感心し、轟は息を呑んでいた。

 

「さぁて、遠距離は潰した。あとは近接主体ばかりだよね」

 

 ふーっと大きく息を吐きながらズレたズボンを直すミリオ。そんな様子を見て先ほどまで多数で叩けばどうにかなるという浅い考えは残りのA組の面々の頭から消え失せていた。

 

「クソっ、何したのかさっぱりわかんねぇ!」

 

「すり抜けるだけでも強ェのに、ワープとか……! それってもう……無敵じゃないですかぁ!」

 

「よせやい!」

 

 少々というかかなり自慢気にポーズを決めながら褒め言葉を受け取るミリオ。それを聞いた伏黒はアドバイスは無粋だということもあってそれではダメだと思うことしか出来ない。強い、と思うのではなく、なぜ強いのか?と思わなければミリオには決して勝てないと知っているからだ。しかし、

 

「何かからくりがあると思うよ!」

 

 皆がお手上げムードな中で緑谷だけは声を上げて否定した。そして、わからなくてもわかってる範囲から仮説立てて、とにかく勝ち筋を探っていこうと提案する。緑谷の言葉で戦意喪失とまではいかないが混乱していた場が落ち着く。

 

「探れるものなら、探ってみなよ!」

 

 それを見たミリオは笑みを深めると同時に走り込むべく一歩踏み込むとズボンを置き去りにして再度、地面に溶け込む。そしてどこから飛び出てくるのか探る為、一時的に場を静寂が包み込む。そして先ほどと同様にいきなりミリオが地面から飛び出してくる。誰もが反応できないと思っていると、緑谷だけは違った。

 

「っ!!」

 

「おっ!?」

 

 後ろから現れたミリオ目掛けて後ろ蹴りを放つ。それに対して目を見開くミリオ。緑谷がしたのは至極単純。勘によるものでも反応出来たからでもなく、単純に後ろにくると予測しただけのことだった。しかし、相手はミリオ(雄英最強)。それに対しても容易く対処し、あっさりと緑谷の鳩尾に一撃入れるとすぐに地中へ消えてしまう。そして一瞬で地上に現れては生徒達の腹部に的確に、力強く攻撃を入れていくを何度も繰り返していくうちに生徒達は全員地面に伸されていた。

 

「さて、と。次は君が相手だ伏黒くん!」

 

「お手柔らかにお願いしますよ」

 

 名指しで呼ばれた伏黒が相澤の元から離れると全裸のミリオと相対する。久々のミリオとの戦闘ということもあって少しだけ浮ついた気持ちになりながら伏黒は【嵌合纏】を発動させて【玉犬】を纏うとミリオの後ろに一瞬で回り込むと側頭部目掛けて殴りかかる。

 

「見ない内に随分と速くなったねぇ!」

 

 しかし、回り込まれたことを想定していたミリオは頭部だけ透過させることで伏黒の攻撃を躱すと今度はこちらの番だと言わんばかりに伏黒の鳩尾目掛けて回し蹴りを放つ。しかし伏黒は鳩尾にくっつけるように手を添えるとそのまま蹴り飛ばすのではなく透過して通り過ぎると同時に地面の中に潜航する。すると、伏黒の後ろを取ったミリオがアームハンマーの要領で伏黒の脳天目掛けて攻撃する。

 

 パァンッッ!!

 

 体育館γに乾いた音が鳴り響く。それはミリオの攻撃を伏黒が防いだという証拠でもあった。驚くミリオに対して伏黒はこのまま手を握り潰してやろうと力を込める。しかしそれよりも早くミリオは透過すると、伏黒をサッカーボールのように蹴り飛ばそうとする。それに対して伏黒はその場から飛び退いてコンクリートで出来た岩山まで跳んでいく。いつの間にか復活したA組の面々から「おお〜!」という歓声が上がり、相対するミリオは満足そうに頷いていた。

 

「うんうん!予測も演算もここまで上手くなってるとは!おまけに俺相手の防御も考えてたなんて!」

 

「通形先輩相手にノープランで挑むほど馬鹿じゃないですよ」

 

 伏黒がミリオ相手にここまで反応出来ていたのは確かに予測が出来ていたのもあるが、それと同時に【玉犬】の五感が飛び出してきたミリオの気配を逃さないのだ。そして防御に関しての対策は酷く単純。ただ、防御しても容易く透かされて殴り飛ばされるのがオチだ。故に伏黒は攻撃される場所と防御を完全にくっつけることにした。その状態にもならば透かすことしか出来ない。透過を解除すれば伏黒の防御によって攻撃したミリオ自身が致命的な怪我を負うからだ。

 

 しかし、完全に防げるというわけでもない。何せミリオの一撃はクラス1の耐久力を誇る切島を一撃で仕留めるほどだ。それを防御と体の間を開けずに受ければ10のダメージを7か8のダメージ程度に減らせるだけ。今の攻撃だけでも伏黒にはしっかりと効いていた。

 

 そうして今度は機嫌を良くしたミリオが仕掛けてくる。走り出しながら地面に潜航する。伏黒が身構えているといつの間にか伏黒の真後ろに移動していたミリオは壁を腕と顔だけ出すと羽交締めしようとする。しかし、それに気づいた伏黒はその場から回避する。そうして相澤のいたところまで戻るとミリオも伏黒目掛けて走り出す。ミリオは伏黒とぶつかる寸前に防御が間に合わないほどに惑わしてからカウンターを決めようとすると、コンクリートで出来た岩山から伏黒よりも大きな大岩がミリオと伏黒目掛けて落ちていく。

 

「―――なるほど。さっきのアレは回避じゃなくてこうする為だったのね」

 

 ミリオは迫りくる大岩を眺めながらそう呟く。恐らくミリオの考えていることと伏黒の考えていた作戦は同じだ。伏黒はミリオにサッカーボールのように蹴り飛ばされかけた時に開始したのではなくこの岩山に辿り着くことこそが目的だったのだ。岩山にたどり着けば障害物の多い時にこそ個性の真価を発揮するミリオは確実に地面に潜行すると確信していた。故にミリオが地面に消えると同時に伏黒は【虎葬】を呼び出すと影を伝って岩山の頂点を目指すように指示、そしてミリオが見切られていると確信して真正面での戦闘に移行した場合はすぐに大岩を投げるように指示したのだ。

 

「うんうんいい判断だ!でもさ―――俺相手にそれはちょっと下策が過ぎない?」

 

 そういうと同時にミリオは大岩の中へと潜航した(・・・・・・・・・・)。そしてただ一人残された伏黒は【嵌合纏】を【満象】に切り替えると大岩目掛けて全力の一撃を放つ。そして砕けた岩の中から拳を振りかぶった全裸のミリオが飛び出してくる。伏黒は全身を使って拳を放った為、体勢を立て直せず防げないのは目に見えている。ミリオの頭に『勝利』の2文字が浮かんだ瞬間、

 

 ドパァァァァァァァンンンンッッ!!!

 

「づぅッッ〜〜〜〜!!!」

 

「何っ!?」「うそぉ〜〜!?」

 

 ミリオの背後から凄まじい衝撃が走り、体操服とミリオの背が若干だが抉れる。突如の衝撃に大きくのけ反りながら身を固めるミリオ。それを見た伏黒はミリオのある部分を注視してとある行動(・・・・・)をしていることを確認すると【満象】の力でミリオの腹を殴りつけて吹き飛ばした。凄まじい勢いで飛んでいくミリオが地面に背中から着地したが、力無く上体を起こすことしか出来ずにいる。そして、ゆっくり息を吐き出したかと思うと観念したように答えた。

 

「参った、降参だ」

 

 そうして通形ミリオvs 伏黒恵の戦闘は伏黒の勝利で終わった。



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仮免試験、そしてビッグ3③

 

「いやー俺強くね?って所を見せつける場面なのに負けちゃったんだよね!」

 

 たはーっ!と笑いながら【円鹿】に治療されているミリオが呆気らかんと笑う中、A組の面々も天喰も波動も相澤も皆が驚愕していた。10分足らずで全滅させられたA組もミリオの強さをよく知る同級生2人と相澤からしてもこの結果は予想外だったのだ。

 

「伏黒くんさ!あの時、俺に何したのよさ!?」

 

「あの時、俺は大岩をぶつける為に貴方を誘い込んだんじゃなくてあの状況に持ち込む為に誘い込んだんです」

 

 そうして始まる伏黒のミリオを倒すまでの手順。ミリオの伏黒が岩山にたどり着く為に吹き飛んだという予想自体は当たっていた。しかし大岩をぶつける為に誘ったのではないと断言する。伏黒が望んだのはミリオが勝ちを確信する瞬間。故に伏黒は自身を巻き込むように大岩を投げるよう【虎葬】に指示を出した。予想通りミリオは難なく大岩を避けて残された伏黒だけが大岩に巻き込まれた。そして大岩を砕くべく必死の一撃を放って大きな隙を生み出したように見せたタイミングで圧縮訓練で考案した必殺技を放ったのだ。

 

「それは?」

 

「【超新星】って言うんです」

 

 伏黒はそう言いながら手のひらに圧縮した水を見せ、岩山目掛けて放つと散弾のように水の飛沫を飛ばした。あの時、伏黒はただ必死の一撃を放ったわけではない。拳の中で限界まで圧縮した水を握りしめていたのだ。そして、ミリオは伏黒が避けられないように限界まで距離を詰めたのを確認すると拳を緩めてビー玉サイズまで圧縮した水を放し、伏黒は自身とミリオが完全に重なったタイミングを見計らって【超新星】を放ったのだ。それを聞いたミリオは少し唸ったかと思うと質問する。

 

「避けられる、って思わなかったの?」

 

「だって、通形先輩。あの時、呼吸(・・)してましたよね?なら当てられますよ」

 

 それを聞いたミリオは手で顔を覆って天を仰いだ。それこそミリオの個性【透過】の弱点の一つ。全てを透過するミリオは透過状態の時に呼吸ができないから、隙を見て息継ぎをしないといけないのだ。透過中に呼吸ができない証拠として初めに放たれた緑谷の一撃を躱す時も地面に潜航する時も大きく息を吸ってから透過していたのを伏黒は目撃している。

 

「こんの、成長期ボーイめ!!」

 

「どういう褒め方ですか…」

 

 そこまで聞くとミリオは顔を覆うのを辞めて満足そうに大きく頷くと同時に伏黒の髪型が崩れるのを気にせず頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。するとそれに釣られるように波動は目を輝かせながら、天喰はおどおどとしながら寄ってくる。

 

「すごーい!!まさかミリオに勝つなんて本当にすごいねぇー!!」

 

「すまない。君のことをいつの間にか下に見てたようだ。……君は本当に凄い。俺とは偉い違いだ」

 

 片や明るく、片や自虐的にとベクトルこそ違えどミリオに加わるように2人してよくやったと伏黒を褒め称える。伏黒は褒められることに慣れていないことや生まれて初めて誰かに頭を撫でられたこともあって少しだけ胸が熱くなった。そしてひとしきり撫でまわし続けたミリオが立ち上がる。

 

「負けちゃってカッコつかないですけど、まァーこんな感じなんだよね」

 

「伏黒くん以外、訳もわからず全員腹パンされただけなんですが……」

 

 そしていつの間にか腹をさすりながら伏黒とミリオの戦闘に見惚れていたA組の面々と向き合う。そんな面々にミリオは笑みを維持したまま「俺の個性強かった?」と質問する。すると腹の痛みも忘れてみんなが一斉に声を上げる。

 

「強すぎッス!」「ズルイや!私のことも考えて!」「伏黒の言葉とすり抜けからして【透過】なのはわかるんですけど、ワープ出来るあたり轟みたいなハイブリッドですか~!?」

 

「い〜や!一つだけさ!」

 

 ミリオの言葉にA組の皆が驚く。そんな皆に伏黒と一緒にいた波動がいつの間にかミリオの隣にいて朗らかに笑いながら教えようとする。しかし、天喰から今はミリオの時間だと引き止められ、ふくれっ面になりながらミリオの体操着を引っ張る波動。それに対してゴメンと謝ると満を持して発表する。

 

「さっき言ってた子の【透過】が正解だよ」

 

 ミリオから種明かしされた緑谷達だったが、それでもまだピンときていない様子だった。それも無理もない話で【透過】だけでは謎ワープの原理の説明になってないからだ。当然そのことにも質問がいったのだがかつての伏黒を相手にするように柔らかく笑いながら答える。

 

「ワープの理屈は俺の体が物体に重なった状態で個性を解除すると、体が物体の外側へと瞬間的に弾かれるんだ。その際の姿勢や体の向きを調整することで弾かれる方向をコントロールして地面を伝ってあらゆる場所へと移動するってすんぽーさ!」

 

「だから、浮上する瞬間は実体化する必要があったってことか」

 

「そゆこと!」

 

「……?ゲームのバグみたい」

 

 一通り説明するとクラスメイト達が納得し、ワープの原理を知った膨れっ面の芦戸の言葉にイイエテミョー!と言いながら吹き出すミリオ。そんなミリオを見て蛙吹はやはり強い個性だと感嘆する。しかし、そんな蛙吹に対してミリオは首を横に振って否定すると静かに答える。

 

「強く見えるだけで本当は没個性もいいとこだったんだよね」

 

「え」

 

「俺の【透過】はどんなものでもすり抜けちゃうんだよね。それこそ鼓膜は振動を、網膜は光を透過する。あらゆるものがすり抜ける。それは何も感じることが出来ず、ただただ質量を持ったまま落下の感覚があるということなんだ。だから壁を通り抜けるにしてもかなり面倒な工程がいるんだよね」

 

 その言葉を聞いた上鳴と峰田は顔を見合わせて焦れば焦るほどドツボにハマる個性だと呟く。それに対してミリオも同じだったのか首を大きく縦に振るうと頭を指で連打する。

 

「案の定俺は遅れた。ビリッけつまであっという間に落っこちた。服も落ちた。この個性で上に行くためには遅れだけはとっちゃダメだったんだ。だからこそ予測!周囲よりも早く!時に欺く!何より予測が必要だった。そしてその予測を可能にするのは経験。経験則から予測を立てる。長くなったけどコレが手合わせの理由。言葉よりも経験で伝えたかった!」

 

「実際、職場体験先が通形先輩と同じだった時に何度か手合わせして貰った。通形先輩はめちゃくちゃ強い。今回の一勝をもぎ取る為に俺は50回以上も負けてる」

 

 伏黒が幾度となく負けていたことを教えると皆が絶句したようにミリオと伏黒を見る。今回勝てた理由はミリオ自体が様子見という名目で来ていたこともあって手を抜いていたのと伏黒が50回を超えるほどミリオと戦ったことで個性の癖や弱点を見抜いていたからこそである。未だに予測や経験面で伏黒はミリオに劣る。もう一度やって勝てと言われても次は勝てないと確信できるほどNo.1に一番近い男は凄まじい。

 

「インターンにおいて、我々はお客ではなく一人のサイドキック、プロとして扱われるんだよね。それはとても恐ろしいよ?プロの現場では時に人の死にも立ち会う。それでも、怖い思いもつらい思いも全て学校じゃ手に入らない一線級の経験!俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ!ので!怖くてもやるべきだと思うよ一年生!」

 

 最後に拳をグッと力強く握りしめて前に突き出すとそう締め括った。ミリオによる力強い熱弁に、聞き入っていたA組の生徒達は全員から始めにあった侮りは消え失せ、思わずといった様子で拍手を送る。相澤に教室に戻るよう指示をされながらミリオの話に感化され、生徒達がインターンへの参加意欲が高まっていく。

 

 

 そうしてビッグ3との邂逅でインターンというものに皆が一様に強い興味を持たされた次の日。ホームルームにて相澤から新たなインターンについての話題が上がった。

 

「プロヒーローの職場に出向き、その活動に協力する職場体験の本格版『ヒーローインターン』ですが、昨日職員会議で協議した結果、校長始め多くの先生が……"やめとけ”という意見でした」

 

「「「ええええええええええ!!??」」」

 

 まさかまさかの多数の教員からのヒーローインターンの参加の反対という事実が告げられた。それもその筈、昨日腹パンされてまで聞いた内容は自身の将来に強い影響を残すのは明確だからだ。実際、昨日は何名かのクラスメイト達は職場体験のツテを伝ってヒーローインターンに参加できないか話題に上がったほどだ。当然のように何名かはブーイングを送るが、同時に今の自身達が全寮制に至った理由を考えると仕方のないことかと納得してしまう。因みに今日になって謹慎明けとなった爆豪は経緯だけは知っていた為、自身が参加できないこともあって「ザマァ!!!」と喜んでいた。しかし、相澤の話は続いていたようで、

 

「話は最後まで聞け。…今の保護下方針では強いヒーローは育たないという意見もあり、方針としてインターン受け入れ実績が多い事務所に限り一年生の実施を許可する、という結論に至りました」

 

「クソがッッ!!!」

 

 まさかのどんでん返しに仮免のこともあって参加できない爆豪は悪態を吐く。相澤の言葉に麗日は職場体験でお世話になったガンヘッドのところはどうなのかと考え、蛙吹は同じく職場体験めお世話になったセルキーの元に連絡を視野に入れていた。そして伏黒なのだが、実はあの授業の後にミリオがA組の寮に押しかけてきたのだ。内容はナイトアイが伏黒をインターンに呼びたがっているというもので伏黒のほうで都合が悪くなければ受けてみないか、というものだった。伏黒としてもナイトアイにはお世話になっていた為、この授業が終わったら受けようとする。すると、

 

「伏黒。お前に対してお客さんだ」

 

「俺にですか?」

 

「ああ、なんでもお前の父親の関係者らしいんだが…」

 

 伏黒は相澤の言葉に思わず訝しむ。相澤は言い切らなかったが、伏黒は天涯孤独の身だ。自身を産んだ直後に逝った母と伏黒を置いてどこぞに消え失せ、今や生死不明となった父を筆頭にその他の関係者にはここ10年以上は会ってない。というか、父以外の関係者とは会ったことがない。

 

「安心しろ。万全を期す為にも俺も会話に参加する」

 

「……わかりました」

 

 伏黒は会ったこともない人間と会うというリスクを考慮して流石に面会を拒絶しようかと思った。しかし、個性を無効化出来るだけでなく、個性抜きの純粋な近接戦ならば雄英でも上澄に位置付けられる相澤もその場に参加するということもあって取り敢えずその父親の関係者を名乗る男と会ってみようと決意した。

 

 

 そうして時間は過ぎて放課後。英語やヒーロー基礎学、実技など全ての授業が終わって今は放課後。伏黒は相澤と共に仮眠室へと向かっていた。そして到着すると相澤が始めに仮眠室のドアを開けて入り、伏黒もそれに続く形で部屋へと入る。中にいたのは黒スーツに身を包んだ丸メガネの男がそこにはいた。

 

「本日は御時間をいただきありがとうございます、伏黒恵様。私めフルダテというものでございます」

 

「そんなに改まらずに要件だけを言ってください。今のコイツは次のステップへと移行しようとしてる。それの邪魔をしたくないんです」

 

 伏黒に対して恭しく頭を下げる男に相澤はいつでも個性を発動できるよう身構える。何せ相手はいるかもわからなかった自称伏黒甚爾の関係者。疑いたくなるのも無理はない。相澤の言葉にそれもそうですね、と呟くと本題に切り掛かる。

 

「この度、26代目禪院家当主の禪院直毘人様がお亡くなりになりました。そしてその遺言状をお伝えする為に伏黒恵様には京都にある禪院家邸へと御足労願いたく存じ上げます」

 

 相澤と伏黒の目が驚愕に見開かれる。A組の生徒達がヒーローインターンに望もうとする中、伏黒は自身の血縁と向き合う時が来た。



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ビッグ3、そして禪院家

 

 

 禪院家を一言で言い表すならば“才能と力を尊ぶ統制された戦闘一族” である。強力な個性をもつ人間をその家系に取り込むことで発展してきた一族であり、その総合的な戦闘能力は国家権力相手にできるほどのものとされている。今から1000年以上も前、すなわち平安時代から存在している現存する中でも世界最古と言ってもいいほどの一族である。中でも特徴的なのはその思想。"禪院家に非ずんば人に非ず 個性が非ずんば人に非ず"という何処ぞの平家が言ってそうな平安時代から時が止まってるのではないかと聞きたくなるような独善的かつ封建的な思想にある。おまけに個性至上主義といったところや男尊女卑のきらいがあるなど、ハッキリ言って世間から見ても碌でもないイメージしか存在しない。

 

「そんな禪院家が今更になって俺に何のようなんですか?」

 

 伏黒は今、相澤と丸メガネの人物と共に京都へと向かう新幹線に乗っていた。あの後、丸メガネの男の口から飛び出してきた禪院という単語に相澤は伏黒が禪院家と血縁関係にあることを知ると驚愕した。そしてそれが事実なのかと伏黒に問うと、父親が禪院だったのをエンデヴァーや組屋蹂造から聞いたと伏黒の口から聞くと顔を俯かせて大きく息を吐いていた。

 

 相澤の反応は無理もない。何せ禪院家と言えば昔から後ろ暗い話しか聞かないようなヒーローと完全に対極な存在なのだから。少しして相澤は顔を上げると少し考え込んでいた。そして「遺言ならばここで言えばいい」と言った。しかし、どうやら遺言状を読み上げるに当たっての条件として今ここにいる伏黒の他にも当主候補者である3名が揃ってからでないと開示してはいけないよう決まっていたらしい。相手が禪院家ということもあって一教員と一生徒が断れる筈もなく今現在新幹線の中で揺られていた。

 

「先ほどもおっしゃった通り、遺言故にですよ。それにあなたが前当主である直毘人様とは近縁であることも重要ですから」

 

 伏黒の険悪そうな顔にフルダテはニッコリと笑って流すとそう言う。いまいち掴みどころのない不気味な様相に伏黒は一度舌打ちするとこれ以上は無駄だと判断し、相澤同様に喋ることをやめようとする。しかし、気になったことがある為、再度フルダテに質問する。

 

「そう言えば直毘人?って人が死んだって言いますけど、死因はなんですか?」

 

「直毘人様がお亡くなりになった原因はヴィラン連合が操る脳無によるものでございます」

 

 ヴィラン連合という今この場に出ることはないと思っていた単語の出現に寝たふりをしていた相澤も目を見開く。話によるとどうやらほんの1週間ほど前の話になるが、禪院家邸に脳無が襲撃してきたらしい。その際、真っ先に狙われたのが直毘人とのことだ。しかも襲撃した脳無とやらは驚くべきことに片言であるが喋れる知性、自らの状況を即座に理解する思考能力を持っていたらしい。数々の個性、馬鹿げた膂力を前にさしもの禪院家の当主も圧倒されたらしく、最終的に致命傷を負いながらも脳無を屠ったとのことだ。そしてその怪我が原因で死亡したらしい。

 

 その話が言い終わると同時に、相澤と伏黒、フルダテの3人のみ(・・・・)が乗っている車両が止まる。そうしてホームから出ると送迎用と思しき黒塗りの見るからに高級そうな車が複数台ほど待機していた。そのうちの一台をフルダテが開けると相澤と伏黒は乗り込む。そうして高級車に揺られてはや20分程度すると雄英ほどではないが、それに準じるほどの広い土地に木造建築のでかい屋敷が鎮座する禪院家邸へと到着した。 

 

 車から降り、石造りの階段を登ると禪院家の門の前にいた女中と思しき人物が一礼すると当主候補者がいるとされる部屋に案内される。迷路のように複雑な家の構造を前に伏黒は何故、門前に女中がいたのかを理解する。そうして女中がある部屋に止まると跪いて障子紙が貼られた戸を開ける。

 

「む、お前が甚爾の…」「……」

 

 伏黒と相澤が部屋に入るとすでに2人ほど部屋にいた。1人はツンツンに跳ねた長髪に太い眉、筋骨隆々とした体躯に無精髭を生やした野性的な外見に額には大きな十字の傷痕が特徴的な男性ともう1人は長い髪をポニーテール風に後ろで束ねた、痩身の壮年男性。だった。

 

「伏黒恵です。よろしくお願いします」

 

 馴れ合うつもりは毛頭ないが、初対面ということもあって取り敢えずは挨拶だけでも済ませておこうと一礼する。しかし、挨拶をしたはいいものの一向に返事がない為、何事かと頭を上げる。すると、両者共に驚いた顔をしながら伏黒の顔を見ていた。

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、ああ、その、なんだ。お前の顔で頭下げられると違和感があってだな……。俺は甚壱、禪院甚壱だ。一応は貴様の叔父に当たる。隣にいるのは扇だ」

 

「勝手に私の名を呼ぶな。だがそれ以上に度し難いのは貴様だ伏黒恵。―――何故、禪院家と関わりのない人間がここにいる。しかも、次の当主が決まるかもしれない重要な時に」

 

 一体全体、自身の父親が自身の兄弟相手に何をやらかしてきたのか気になるレベルで戸惑っている甚壱に対して扇と呼ばれた痩躯の男性は不快気な顔をしてぐちぐちと言いながら相澤を睨みつけていた。それに対して相澤は問題なく受け流すとその場で頭を下げる。

 

「伏黒のお目付役のようなもんですよ」

 

「名は?」

 

「相澤消太と言います。雄英高の教師を務めています」

 

 雄英の単語を聞いた瞬間、扇は目元をぴくりとさせた。その違和感に対して伏黒が疑問を抱くよりも前に閉めたはずの戸が開く。すると空いた戸から出てきた人物を見た扇がさらに不快気な顔をする。

 

「何をしていた、直哉。実の父が峠を彷徨っていたというのに……!!」

 

 伏黒は後ろを向いて誰が来たのかを確認する。そこには毛先が黒くそれ以外を金髪に染めた狐のような釣り目で優男な風貌のチャラ男がいた。伏黒は地元にいたチンピラに似たような奴がいたなと思っていると直哉と呼ばれた男は伏黒の顔をじっと眺めたかと思うとその視線を体に移していき、最終的に鼻で笑ってきた。その対応に思わず伏黒は「あ゛?」と喧嘩腰になるが相澤に捕縛布で巻かれて「よせ」と引き留められる。

 

「ごめんちゃい♡……でも別にええやろ?俺が来んでも来やんでも。―――次の禪院家の当主は俺なんやから」

 

 そんな2人を他所に扇の方に向き直ると心底舐め腐ったような顔をするとこれまた舐め腐った口調で謝ってくる。そうして自分こそが次の当主であると言い切る。いやに確信的なもの言いに何かしら理由があるのかと不思議に思っていると展開された持論がこれまた酷かった。

 

「俺の兄さん方は皆ポンコツやし。叔父…親父(直毘人)の弟のアンタもパッとせぇへん。おまけに小汚いおっさん引き連れた出涸らしはヒーローなんて飯事にうつつを抜かしとる。甚壱くんはなぁ……顔がアカンわ。甚爾くんと逆やったら良かったのにな」

 

 片っ端から全方面に喧嘩を売っていく直哉。そして最後の最後で甚壱の顔を見ると片目を瞑った自身の顔を指差して回しながら遠回しに面が悪いと指摘する。直哉が言い切ると同時に張り詰めていた空気が一気に千切れる。まず始めに甚壱が座り込んでいたにも関わらず、いつの間にか立ち上がったかと思うと凄まじい勢いで直哉の顔面を殴り飛ばそうとする。しかし、直哉はこれを回避するがその回避した先を予測していたかのように抜刀した扇が抜き身の刀を直哉に突きつける。それに対して余裕綽々といった様子で手を挙げると悪びれる様子もなく「堪忍したってや」と言う。相澤は特に何もしなかったが、突如として始まった内輪揉めに呆れ、伏黒は「当主とかどうでもいいから早めに終わらせてくれ」と言う。

 

「皆さんお揃いで」

 

 険悪になっていく空気を晴らすように伏黒を迎えに行ったフルダテが伏黒たち同様に障子の戸を開けて部屋に入ってきた。先ほどとは違い、何やらがま口を見立てたような鞄を横抱きにしている。

 

「ご遺言状はこのフルダテがお預かり致しております。ご遺言状は直毘人様のご意志によって禪院扇様、禪院甚壱様、禪院直哉様、伏黒恵様の4名が揃われた時に私からお伝えすることになっています」

 

 そう宣言すると同時にフルダテはがま口の鞄を開けると中にある遺言状と思しき紙を取り出す。相違なければご遺言状を読み上げますと言うと内容が語られる。

 

一つ、第27代目禪院家当主を禪院直哉とす。

 

一つ、保管されている器具を含めた全財産を直哉が相続し、禪院扇・禪院甚壱のいずれかの承認を得た上で直哉が運用することとす。

 

 ここまで最後の一文を聞いた直哉が舌打ちをしたこと以外はこの場にいる全員が特に表情を変えることはなかった。伏黒と相澤はいくら遺言状を読み上げるための条件とは言え、わざわざ長野から京都まで足を運んだにも関わらず語られた遺言の内容に伏黒が微塵も関わってないのを聞くとこれ以上は無駄と判断して部屋から出て行こうとする。しかし、次のフルダテの言葉で場が一気に変化する。

 

「ただし、なんらかの理由でオールマイトが死亡または戦闘能力の喪失した場合、伏黒甚爾との誓約状を履行し伏黒恵を禪院家に迎え、同人を禪院家当主とし、全財産を譲るものとする」

 

「は?」「あ゛?」

 

 この言葉に真っ先に反応したのは伏黒と直哉だった。扇や甚壱、相澤もフルダテの語られた遺言状の内容に信じられないと言わんばかりに目を見開き驚愕する。特に顕著だったのは直哉だった。自身が次期当主であると信じて疑っていなかったこともあって目を血走らせながら声に殺意を迸らせている。

 

「寄越せや」

 

 遺言状を握るフルダテを殴り飛ばし、持っていた遺言状に目を通す。それを数分間何度も何度も目を通したかと思うと叫び声を上げながらグシャグシャに握りつぶし、遺言状を投げ飛ばす。足元に転がっていった遺言状を伏黒は拾うと広げて隣にいた甚壱と相澤も一緒に読んでみる。

 

「なるほど…何一つとして間違いはないようだな」

 

「巫山戯んなや。何が悲しくて夢と現実の区別もつかんガキを当主にせなあかんのや。絶対にお断りや」

 

 甚壱の言葉に対して直哉は目だけでなく声にまで殺意を迸らせてそのような事があってはならないと否定する。そして伏黒の方に体を向けると語りかける。

 

「なあ、出涸らし。ジブンは確か当主の座に興味ないって言うとったやんな。知っとる?ここは日本の法が届かへん治外法権やねん。つまりな?ここで人死がでても世間には晒されへんねや。いらん席に座してても邪魔なだけやろ?やったら死んで俺に譲れ。―――禪院家当主はこの俺や」

 

 瞬間、伏黒の視界から直哉が消え失せる。気がつけば伏黒の死角に回り込んでいた直哉は迷うことなく伏黒の急所に当たる部分目掛けて一本拳を叩き込もうとする。しかし、伏黒はあのミリオ相手に勝利した男。速さには驚いたが、相手(直哉)が明確な敵意を持っていたことは知っていた為、振り返ると突っ込んで来た直哉の手首を握ってそのまま関節技を極めようとする。

 

「離せや」

 

 しかし、直哉はそうならないように掴んだ手を振り払うと無理矢理体を捩じ込んで伏黒の脇腹に触れるとすぐに離れるとすぐに戻ってきて大ぶりの一撃を放ってくる。いきなりの直線的な行動に不思議に思いながら【嵌合纏】を発動させた伏黒は直哉の一撃を容易く避けるとカウンターの要領で直哉の顔面に拳を叩き込む。そして突き刺さった拳は直哉を容易く吹き飛ばし、禪院家の木造の壁を容易く貫通して外に叩き出す。

 

「ありがとうございます。相澤先生」

 

「―――こういう時のための俺だ。だから気にすんな」

 

 伏黒は拳が刺さる寸前に呆気に取られた顔をする直哉を見て不思議に思っていた。しかし、相澤の方を見て【抹消】の個性が発動していたことを察すると触れられた瞬間に何かされていたことを悟る。加速系の個性ではないのかと不思議に思いながら壁に空いた人間大の穴から外に出る。するとそこには跪いて鼻から蛇口を捻ったかのように血を流す直哉がいた。

 

「大丈夫か?」

 

「ッッッ!!出涸らし風情が何見下してくれてんねんッッ!!」

 

 伏黒は流石に咄嗟に拳を引いたとはいえガードが不可能な状態で【嵌合纏】の一撃はやりすぎたと思い心配したのだが、それが直哉の琴線に触れたらしくふらつきながら立ち上がって襲い掛かろうとする。すると、

 

「おい…2人して何の真似やッ」

 

「決まってるだろ」「下郎から禪院家27代目当主を守っているのだ」

 

 伏黒と直哉の間に刀を抜いた扇と上半身裸になった甚壱が割り込むように現れる。そして女中に案内させるから今日はもう帰るように甚壱から言われる。それを聞いた伏黒と相澤がその場から去ろうとする。

 

「こんのッ、タマナシ供がァァァァァァァ!!!」

 

 すると、後ろの方から戦闘音が響き渡る。それを聞きながら2人は女中の案内の元、禪院家を後にした。

 

 

「相澤先生。今日は何から何まで本当にすいませんでした」

 

「謝らなくていい伏黒。教師は生徒に試練を与えるのと同時に守ることをしなければならない。これは義務で仕事なんだ。やって当然のこと。それに、あんなの誰にも予想できない」

 

 帰りの新幹線に乗った伏黒と相澤は疲れ切った様子でそう話す。疲れ切るのも無理はない。禪院家に行ったら伏黒は禪院家当主に任命されるわそれにキレた当主候補者に殺されかけるわで、内容が濃いにもほどがあった。しかし、解せないのは何だって直毘人は伏黒を禪院家当主にしたのかということだ。生まれてこのかた、禪院家との関わり合いはゼロだった。考えることが山積みになりながら伏黒と相澤は雄英へと帰還した。



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禪院家、そしてインターン①

 

「伏黒ちゃん、大丈夫?」

 

「……」

 

 机の上に突っ伏した伏黒を見て蛙吹は心配そうに声をかける。京都で起こった禪院家のお家騒動に巻き込まれた伏黒は夜遅くということもあって話しかけてくるクラスメイト達をガン無視して自分の部屋に戻ると速攻で寝ようとした。しかし、あの日の出来事はベッドの上に寝転がれば一瞬で寝付けるような内容ではなかった。一体これから自分はどうなるのか、禪院家の当主とは何をするのか。禪院家の当主に任命されてた次の日が週末ということもあって色々と考えてみたが、やはり、これといった考えは浮かばなかった。

 

「友よ…せめて何があったかだけでもいい。教えてくれ」

 

「常闇君の言う通りだよ。何をそんなに悩んでるんだ、君らしくないよ」

 

 見かねた緑谷と常闇が蛙吹に釣られる形で伏黒に寄り添ってくる。それに対して伏黒は状態を起こして顔を向け、何か喋ろうとする。すると、

 

「予鈴がなったら……って、1人無事じゃないのがいるな」

 

 カァンッという音をたてながら扉を開けた相澤が席に着くようにと命令しきるよりも前にグロッキーな伏黒が目に映る。先週のことは伏黒と同行していた相澤は言及することなくそのまま壇上に上がると順番に出欠を取っていく。そして、

 

禪院(・・)恵」

 

「…はい」

 

 伏黒の苗字を相澤が禪院と読んだ瞬間、場の空気が変わる。

 

「相澤先生。伏黒ちゃんの苗字は伏黒よ」

 

「先週まではな。今週からは禪院だ」

 

 蛙吹の指摘に対して相澤はなんて事無さそうに答える。それと同時に教室内でざわめきが生じる。ざわめき始めた生徒たちを尻目に相澤は伏黒に目配せをすると伏黒は首を縦に振るって許可を出す。すると相澤は他言は絶対に無用。外に漏らした瞬間、除籍すると言うと先週あったことを説明する。禪院家の屋敷に招かれた伏黒と同行する形で共に禪院家邸へと赴いたこと。そしてその中で先代の禪院家当主の遺言状が理由で第27代目禪院家当主が伏黒恵となったことを。

 

 伏黒の苗字が変更した経緯を聞いた皆の反応は様々だが、皆が一様に驚愕しているということに変わりなかった。禪院家と言えば"禪院家に非ずんば人に非ず 個性が非ずんば人に非ず"という何処ぞの平家が言ってそうな平安時代から時が止まってるのではないかと聞きたくなるような独善的かつ封建的な思想にある。おまけに個性至上主義といったところや男尊女卑のきらいがある上に前々から後ろ暗いことがよく見え隠れする一族。間違ってもヒーローとは縁遠い存在であるからだ。

 

「いや待てよ!何だって伏黒が禪院家の当主なんだよ!?」

 

「それに関しては遺言残した禪院直毘人(俺の親父)しか知らんよ」

 

 意味がわからないといった様子で叫ぶ切島の言葉を答えたのは相澤ではなかった。皆が声のした方に目線を向ける。そこには相澤の開けた扉の壁に寄りかかるようにして腕を組んだ直哉がそこにはいた。それに対して伏黒は立ち上がると直哉の方へと歩いていった。

 

「何の用だ、禪院直哉」

 

「敬語の一つも使えへんのか?礼儀一つ弁えられへんなんて、お里が知れるわ」

 

「敬語ってのは『敬い語る』と書いて敬語なんだよ。自信満々に当主になると宣言した癖して、いきなり現れた俺に当主の座を掻っ攫われた。その挙句、俺のことを殺そうとして反撃喰らって無様に跪いてたお前のどこに敬う要素あるんだ?」

 

 呆れたように鼻で笑う直哉に対して伏黒は心底見下すような顔をしたかと思うと先週のことを引き合いに出すと歯が砕けんばかりに噛み締めながら「クソガキがぁッ」と怨嗟の混じった声で呟く。クラスメイト達は直哉が身内である筈の伏黒を迷うことなく殺そうとしたという事実に戦慄する。すると、そんな2人の間に割り込むように相澤が入り込むと直哉に何の用か聞く。

 

「今日は荷物を回収しに来たんや。聞いてるやろ?禪院恵の居住地を禪院家本邸に変えること」

 

 すると、相澤の質問に直哉が思い出したかのようにそう言う。その言葉に伏黒を含めたクラスメイト全員が驚愕して相澤に目線を向ける。そこには表情こそ変えなかったが、目つきは変わっていた相澤がいた。そして少しするとゆっくりとだが首を縦に振るった。そんな様子を見た直哉は先ほどの苛立ちが嘘のように消えると説明する。何でも禪院家の面々から当主が管理すべき家を離れるのはいかがなものかと言う発言が出たらしい。

 

「じゃあ、学校とかどうするんですか!?」

 

「そんなん辞めるの一択に決まっとるやろ。家の存続と飯事、比べるまでもあらへん」

 

 緑谷が叫ぶように言うと直哉はにっこり笑いながら手を合わせて辞めるしかないと言い切る。これを聞いた伏黒は反論することが出来ない。断ろうにも先代の当主からの遺言状という強制力がある以上は断ることが出来ない。伏黒の苦渋の表情に直哉が過去一番嬉しそうな顔をする。しかし、それに相澤が「その必要はありません」と待ったをかけた。

 

「その間は伏黒はオンデマンドでの授業を行いますので辞める必要はどこにもありませんよ」

 

「実技の方はどないするん?救助訓練とかあるって聞いとったけど」

 

「実技の面ではインターンをさせることで補います」

 

「アホなんか?自分、舐めすぎやろ。禪院家の当主になるっちゅうことは先代の仕事を全て引き受けるっちゅうこっちゃ。それなのにそこからさらに授業受けさせて、ヒーローにこき使(つこ)うてって、もれなく過労死するで?もしかして人の心とか無いんか?」

 

「ご生憎様、うちの校訓は"Plus Ultra"。限界を越えさせてなんぼなんでね。それにウチの生徒(伏黒)がその程度で音をあげるほど柔では無いことは俺が一番よく知ってるんですよ」

 

 嘲笑う直哉に目を逸らさずにどこまでも愚直に向き合い続ける相澤。そんな様子を見て未だに自身はここにいていいのだと、自身はここまで信頼されているのだと思うと伏黒はらしくもなく泣きそうになった。周りのクラスメイト達もまとめたノートを定期的に送ることや難しいところは分かり易く解説を入れていくなど、伏黒に対して出来うる限りのサポートをしていくと宣言する。周りの空気が蘇ったのを悟ったのか忌々しそうな顔をして舌打ちをする。

 

「で?そのインターンを請け負ってくれるヒーローは何処におるん?当主様が職場体験先に選んどったオールマイトの元サイドキック様との事務所からメッチャ遠いねんで?」

 

「そこに関しては問題ありませんよ。そちらの当主様は酷く優秀ですからね。もうすでに来てますよ」

 

「あぁ?」「本当ですか?」

 

「では、入ってきてください。―――ミルコさん」

 

 相澤が意外な人物の名前を言う。瞬間、伏黒と直哉目掛けてA組のドアが凄まじい勢いと共に飛んできた。2人揃ってギョッとしながらも【嵌合纏】を発動させた伏黒は飛んできたドアを膝で受けて、直哉は伏黒が減速したドアを天井目掛けて蹴り飛ばすことで防いだ。

 

「うははははは!!今の防ぐとはやるじゃねぇかッ!2人いるのは聞いてないが、そっちの胡麻プリンみたいな方じゃなくてウニ頭で生意気そうな顔した奴が伏黒恵だなッ!」

 

「何しれっと攻撃した挙句、暴言吐き散らかしてるんですか」「個性だけでなく、頭ん中まで野生に還るの辞めてくれへん?」

 

 攻撃された挙句、あんまりな物言いに2人仲良く額に青筋を浮かべながらキレ散らかす。そんな2人に対しても小麦色の肌に白い髪、赤い瞳、鍛えられて引き締まったしなやかな体躯、そして何よりも特徴的なのが人の耳が生えているはずの場所から兎のような耳が生え、外側を向いてピンと立っているところだ。この人物こそ伏黒のインターン先として立候補したラビットヒーロー《ミルコ》である。

 

「それじゃあ、お前のことも確かめたッ!先に京都に行って待ってるぞ!」

 

 ひとしきり満足したように頷いたかと思うとその場から脱兎の如き勢いでぶち破った扉から跳んでいくように消えた。言いたいこと言って消え失せたミルコにさらに罵詈雑言を浴びせようとした直哉は振り下ろすべき筈だった拳のいく先を見失うと「門前で待っとるから早よこいや」と苛立ちを隠せないままA組の教室から出て行った。嵐が通り過ぎたかと錯覚するような出来事に伏黒は茫然としていると、袖を軽く引っ張られる感覚がする。目線を向けるとそこには目を涙で潤ませた蛙吹がいた。そんな蛙吹に対してどうしたのかと聞くと声を震わせながら、

 

「伏黒ちゃん、絶対に死なないでね。友達が死んだら私、とっても悲しむわ」

 

 と言ってきた。それに対して伏黒はどうしたものかと考えていると、次に常闇が寄ってくる。

 

「泣くな、あす…梅雨ちゃん。しかし、我が友よ俺の方からも頼む。ここまで俺と仲良くしてくれたお前が逝けば俺とて辛いのだ」

 

 常闇もどこか悲しそうな顔をしながらそう言う。それに釣られるように緑谷も「仮に何かあったら呼んでくれよ!何が何でも駆けつけるから!」と言い、爆豪も「勝ち逃げなんざ許さねぇからなァ!影野郎!」と言い、八百万も「勉強の方は任せてください。ですので伏黒さんは何としても生き抜くことを考えてください」と言う。その他にも伏黒のことを案じた声が続々と集まっていく。それを聞いた伏黒は一度俯くとすぐに顔を上げて笑う。

 

「安心しろよ。お前らの誰よりも強い俺が死ぬわけが無い。問題なんてさっさと解決して必ずここに戻る」

 

 そして自身の周りとのつながりが思っていた以上に大きくなっていたことを自覚しながらそう言う。最後に伏黒は相澤に一礼する。その際に相澤からスマホを寄越すように言われ渡すと「何かあったら連絡するように」と言いながら伏黒のスマホに見たことのない連絡先を登録した。そして、伏黒は雄英高校の門の前にある黒塗りのリムジンに乗る。そこには足を組んだ直哉がニヤニヤと笑って待っていた。

 

「随分と遅かったなぁ。クラスメイト達との別れの言葉はしっかりとしてきたん?」

 

 それに対して伏黒は憤ることも動揺することもなかった。寧ろ直哉の質問に対して鼻で笑い飛ばしてやると

 

「別れにはならねぇよ」

 

 そう宣言した。それを見た直哉はつまらなさそうな顔をしたかと思うと運転手に早く行くように指示を出す。そうして禪院家の用意して高級車に揺らされながら伏黒は禪院家本邸へと向かっていった。

 

 

 こうして雄英高校での一幕があった後にリムジンに揺られながら5時間ほどかけて禪院家本邸へと辿り着いた。そこに着いて早々に行われたのは先代禪院家当主であった禪院直毘人の仕事の引き継ぎである。伏黒は挨拶回りとかしなくていいのかと案内していた女中に聞くと何でもそれはしばらくして行われる『継宗の儀』という伏黒が禪院家当主の座を継ぐための式があるらしい。その日には禪院家、及びその関係者が全員集まるため必要はないのだとか。そうして行われた引き継ぎの仕事なのだが、嫌がらせか何かなのかと疑いたくなるレベルで多い。これだけでも辟易しているというのにここから更にオンデマンドの授業とインターンである。

 

「全く、面倒なことこの上ない」

 

 思わずそう呟いてしまうが伏黒の顔に翳りが見えることはなかった。筆を動かして一時的に伏黒の秘書役を任命されていた女中の指示に従い、片っ端から仕事を片付けていく。

 

 すると、ただ事務処理をしているだけでも知れることも多かった。例えば膨大な資金を持ち合わせ、兵力に関しても間違いなく国内の非公式な組織の中でも最上位に位置付けられる禪院家なのだが、その仕事は意外と単純。それは自警団である。

 

 京都内で限定した話になるが、禪院家の影響や戦力では絶対的と言っていいほど強いものだ。毎月の資産さえ払ってくれれば確実に民衆を守ってくれる彼らにとってヒーローの必要性がどこにもないのだ。そして個性社会となった現在は犯罪が蔓延っている。すると京都内での企業から、護られるために配られる資産は自然と禪院家へと集まっていく。戦力面でも警察という国家権力以上の組織力を保有しており、部隊が3つに分けられている。まず初めに数ある禪院家の中から実力と強個性であると認められた者のみで構成された精鋭術師集団「炳」。次に個性こそ強力であるが炳の入隊条件を満たさない者が所属する「灯」。最後に武芸を叩き込まれた弱個性、没個性、無個性の男児で構成された下部組織「躯倶留隊」とかなり幅広い。それが理由からか仕事数も確かに多い。しかし、それでも

 

「どう考えたっておかしいだろ…」

 

「どうかなさいましたか?恵様」

 

「何でもないですよ」

 

 明らかに渡されている書類から確認できる仕事の数とそれに寄って得られる収益があってない。金の扱いなど家計簿止まりのズブ素人である伏黒でさえも「うん?」と首を傾げるレベルで違和感がある。これは前任が間抜けだったのかと思った。しかし、直毘人の代では怪しい話こそ湧いてはいたがあくまでも都市伝説止まりだった。なのだが、何と言うか直毘人が死んでからの金銭面の管理が杜撰すぎる。確かに明確な証拠こそないがこれでは疑ってくれと言ってるようなものだ。伏黒は色んな意味で頭を悩ませながら書類を片付けていくと最後の書類を終わらせていたことに気がつく。

 

「事務処理完了したんで、行って来ますね」

 

 そうして伏黒は女中に書き終わった書類を全て渡すと、ここに来る前に支給されていたコスチュームを収納したアタッシュケース開いて着替えると指定された場所へと足を運んだ。



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禪院家、そしてインターン②


アニメ版呪術廻戦の魔虚羅を見た感想
→良くうちの作品の魔虚羅君は神野区だけで被害を留ませることが出来たなぁ!?


 

 禪院家に訪れた時間が昼時ということや、大量にあった慣れない事務作業に苦戦したこともあって伏黒が外に出ることが出来たのは夜間帯となった。

 

「ここであってんだよな…」

 

 伏黒はミルコから貰っていた連絡先から教えてもらった飲食店にいた。普通であればインターン先のヒーローの事務所で集合することとなっているのだが、残念なことに伏黒を請け負ったヒーロー《ミルコ》はその普通の枠組みからはずれている。なんとヒーローでありながら事務所が存在していないのだ。それどころか特定の場所に居座ることもまずないらしく、サイドキックも持たない日本中を単独で飛び回る変則型の新形態のヒーロー。それがラビットヒーロー《ミルコ》なのである。

 

 伏黒は戸惑いつつも待つだけで店の席を独占するのも悪いと思い、何か飲み物でも頼んでそこで待っていた。そして待機してから10分ほど経過すると「2名様、ご来店…ッて、うおっ!ミルコォ!?」という店員の驚く声が聞こえてくる。ようやく来たかと思うと同時にサイドキックを持たない彼女が誰かと共に行動していることに対して疑問を抱く。少し不思議に思いながらも伏黒は振り返る。そこには白地に紺の縁取りがされたバニー服のようなボディースーツに胸元には大きく黄色の三日月があしらわれ、首元には白いファーのようなものがついており、袖がない代わりに白い手袋をはめているコスチューム。そして靴と一体化した紺色のタイツを着用しており、爪先は兎の脚部のような形状になっているサポートアイテムと思しきものを装着したミルコがいた。しかしそれ以上に伏黒の目線が言ったのはミルコと共にいる人物だった。予想だにしない人物に思わず目を見開く、

 

「は?なんでお前がここにいる。―――拳藤」

 

「それはこっちのセリフだ!しばらく会えないと思ってたらなんだってお前が京都に!?」

 

 もはや見慣れたオレンジ色のサイドテールにノースリーブで足の部分が大きく見えるスリットの入ったチャイナ服にマスクというコスチュームを着た拳藤がそこにはいた。伏黒は驚きこそしたが、考えてみれば拳藤の職場体験先がミルコだったのを思い出すと納得する。しかし、拳藤は聞いていなかったのか驚愕した顔で伏黒を見た後にミルコへと目線を向ける。

 

「ミルコさん!伏黒がいるなんて聞いてないんですが!?」

 

「そりゃあ言ってなかったからな。それにしてもなんだよお前らもしかして知り合いだったのか?」

 

 詰め寄る拳藤に対してミルコは腰に手を当てながらあっけらかんとそう告げると知っているのか、と聞いてくる。その問いには伏黒が幼馴染であると答える。

 

「なら、自己紹介はいらねぇなッ!全員集まったことだ!ちゃっちゃとヒーロー活動といくぞ!」

 

 すると特に気にする様子もなくミルコは振り返って出口へと向かうと伏黒と拳藤にヒーロー活動をやるから外に出ろと指示をする。伏黒は店主に告げて飲み物代をそこに置くと、ミルコの後を追うように飲食店から出ていく。そして拳藤と伏黒の2人はその指示に従うように外へ出ると街を散策するように歩き始めた。

 

「ミルコさん」

 

「ん、なんだ?」

 

「俺たちは何をすればいいんですか?貴方のサポートに回ればいいんですか?」

 

「いや、知らね。適当にやれよ」

 

「はぁ?」

 

 伏黒が何をすればいいのかと言う質問に対してまさかの指示を下すどころか好きにしろと言うミルコ。これには思わず伏黒は思わずといった様子で呆気に取られたような声を出す。隣にいる拳藤を見ると「あ〜、わかる。私も同じ反応したよ」みたいな顔をして頷くだけでどうやらいつものことらしい。するとそんな伏黒の反応にミルコは上体と顔だけをずらして後ろを向くと呆れたような顔をする。

 

「なんだよ。他の連中から頭一つ抜けてるって言われてるから気になって呼んでみればただの指示待ち人間かよ。雄英も大した教育をしてるなぁ、オイ」

 

「あ゛ッ?」

 

 ミルコの物言いに対して思わず喧嘩腰になる。そんな伏黒を見てもこれといって反応することはなくミルコは言葉を続けていく。

 

「あれしなさい、これしなさいでしか動けないんだったらヒーロー以前の問題だろ」

 

「じゃあ、なんだって俺を呼んだんですか」

 

「さァな。理由なんて特にねェよ」

 

「は?」

 

「ま、強いて言うなら体育祭を見た時に中々生意気そうで面白そうだったからだ!」

 

 勝気に笑いながら最後にそう締めくくるミルコに伏黒は言葉も出なかった。しかしその反面、色々と教えてくれている人間達を侮辱する発言にキレこそしたがミルコの言い分にも正しさはあった。指示だけ待っててどうにかなるなら誰もがそうしている。そんな行動をとっていれば最悪、やってる仕事の内容まで忘れる可能性だってあるのだ。だからこそ自分で動けて初めてその職業における戦力たり得るのだ。拳藤に肩を叩かれて伏黒は前を向くとミルコはすでに前を向いて歩き始めている。

 

「ま、気にすんなよ伏黒。私もこっち来て早々に似たようなことを言われたさ。だからこそ今あの人を振り返らせるには実績で示すしかないんだ。伏黒もそのあたりはわかってんだろ?」

 

「―――悪いな、拳藤」

 

 拳藤の言葉にその通りだと納得した伏黒は拳藤に礼を言う。それを聞いた拳藤は柔らかく笑いながら「いいってこと」と言うと歩き始める。伏黒とその後を追う形で歩き始めた。

 

「あ、そういえば。なんだって伏黒はミルコさんのインターンを受けようって思ったんだ?確かナイトアイからも誘われてたんだろ?」

 

 そして思い出したかのよう拳藤が振り返って何故ここにいるのかと聞いてくる。それに対して伏黒は一瞬だけ躊躇する。不安だったのだ。付き合いの長さが最も長い拳藤に明確な形で拒絶される可能性があるから。それでも首を傾げている拳藤を見て、このまま抱え込んでも埒があかないと判断した伏黒は意を決して話そうとする。

 

「実は「来たッ!」

 

 しかしそれはミルコの言葉によって遮られた。いきなりのミルコは立ち止まると喜悦が混じった声を発する。何事かと思い回り込んで顔を見ると歯を剥き出しにし、目を爛々と輝かせながら大きく笑みを浮かべたミルコがいた。その異様な様子に思わずといった様子で伏黒は息を呑む。それと同時にミルコはその場で大きく膝を曲げて屈伸する。瞬間、ミルコの姿が消え失せると同時に凄まじい風が伏黒の顔を煽った。一瞬見失って戸惑いはしたが見失うと同時に【嵌合纏】を発動させていた為、強化された聴覚がミルコを捉える。

 

「速すぎんだろッ」

 

 振り返るとすでに高層建築の屋根部分を飛び移りながら移動しているミルコの姿があった。それを見た伏黒は【嵌合纏】を用いて【玉犬】によって強化された五体を全て使い、拳藤は地面目掛けて平手を放とうとした瞬間、巨大化させることで凄まじい膂力によって生じた勢いを利用して追い縋る。伏黒は友達に緑谷というヒーローオタクがいることもあって以前よりかはヒーローに詳しくなっていた。そして知っているヒーローの中には当然、ミルコも入っていた。

 

 ラビットヒーローことミルコの個性はめちゃくちゃ名前の通りを表している【兎】。兎の能力を発揮する異形型の個性なのだが、第三者曰く兎の能力を兎以上の形で引き出せるらしい。その跳躍力や脚力はかなりのもので、上空からの着地時の風圧と衝撃によってコンクリートが割れるだけでなく相手の炎や水といった不定形な攻撃すらも弾くことがあったほどらしい。その脚力を主体とした戦い方もそうだが、とりわけ有名なのは彼女の移動が"跳ぶ"と表現されるほどの移動速度。その速度は男女を含めた全ヒーロー内でも間違いなく5本の指に入るほど。現在はNo.6ヒーローでこれは女性ヒーローの中でも最も高い順位に位置づけられている。

 

「速いとは聞いてたがここまで差があんのかよッ!」

 

「くっちゃべってないでサッサと追いつくぞ!」

 

 しかし聞いていた話は全く傍聴したものではなく、寧ろ見てみると聞いてた話が不足しているのではないかと言うぐらいには速い。伏黒は【嵌合纏】を【玉犬】から速度が今持っている式神の中でも最速の【鵺】に切り替え、拳藤も空中に飛んだかと思うと掌を拡大させてまるで空気をかき分けるようにして移動していた。伏黒は速度こそ拳藤に勝っている為、ぐんぐんと引き離しているがミルコとの空いた距離は一向に差が縮まらない。拳藤、伏黒の両者共に走っている車を置き去りにするほど速いにも関わらず、だ。

 

 そしてミルコが建物の屋根を飛び移っていたか思うと急に下に降りた。すると、次の瞬間には伏黒の強化された聴覚が複数回の殴打音と悲鳴、そして少ししてから歓声を聞き取る。伏黒が下に降りてみるとそこには力無く倒れ伏すヴィランと思しき男性たちと歓声を上げる民衆に対して片手をあげて勝気に笑うことでファンサービスをしているミルコがいた。すると、伏黒の着地音を察知したのか側頭部から生えているミルコのウサギのような耳がぴくりと動いたかと思うと振り返る。

 

「お!思いの外、速ェじゃねぇか!」

 

「アンタに言われても嫌味にしか聞こえませんよ」

 

「褒めてんだよ甘んじて受けいれとけッ!それよりお前、ヒーロー名はなんだ?」

 

 そして近寄って来たミルコの言葉に伏黒は学校側から把握してないのかと少し疑問に思ったが、考えてみればナイトアイの時もヒーロー名を聞かれていた為、知らないのだと理解するととりあえず名乗る。

 

「シャドウシュピールです」

 

「長ェ!ダセェ!今日からお前はシャドシュピなッ!」

 

「マジで辛辣だな、オイ」

 

「ちょっ、2人とも速い!」

 

 ミルコは伏黒の名乗りにブハッ!と笑ったかと思うとまぁまぁ辛辣なことを言って略称で呼ぶことを宣言する。すると、少し間を置いてから拳藤が疲れた様子で建物から2人を見下ろしてくる。少し遅かったことに対して疑問に思っているとその答えは巨大化した手に握られている人間でわかった。どうやら拳藤は道中で犯罪を行おうとしていた人物を見つけた為、それが理由で遅れたらしい。

 

 速度では勝っていても視野の狭さでは劣っていたという事実に伏黒は悔しく思いながらも倒れ伏したヴィラン達に近寄って縛り上げる。そして警察が来るまでの間、ミルコにつけられた打撲跡や骨折したと思われる場所を呼び出した【円鹿】を用いて治癒していく。すると伏黒のやってることに気がついたミルコが寄ってくる。

 

「なんだよシャドシュピ。お前、治癒なんて出来たのかよ!」

 

「私も初めて知ったわ……」

 

「拳藤は兎も角として。ミルコさん、マジで資料を読んでないんですね」

 

「私は字面よりも私が見たものを信じる口だからなッ!それにしてもこれはありがたい!最近は弱っちい奴らが多くて困っててな。これなら多少手加減ミスっても問題は無さそうだ!」

 

「多少は加減してください」

 

 驚いている拳藤とそれを聞いて喜ぶミルコを見て伏黒は軽口を叩いているとパトカーが3台ほどやってくる。何人かの警察がパトカーから降りたのを見たミルコはうち1人の警察の方へと足を運ぶ。

 

「これやったのアンタら?」

 

「おう!ぶちのめしてやったぜッ!」

 

 ヴィラン達を倒したのが誰なのか中年の警察が聞いて来たのに対してミルコはそうだと肯定する。するとそんな様子を見た警察は深くため息をつく。

 

「あのねぇ、何余計なことしてくれてんのよ」

 

「はぁ!?」

 

「禪院家の仕事をぶんどるなよ」

 

 そして面倒くさそうな顔をしながらヴィラン達を仕留めたことを咎め始める。この反応に拳藤は驚愕を含めた声で反応する。そんな拳藤を見た中年の警察はハッと鼻で笑ったかと思うと説明し始める。なんでも金を払ってここいらの平和を維持しているのは禪院家である以上はその騒動を勝手に止めること自体、威力業務妨害に当たるのだと説明し始める。そして一通り話したかと思うと署まで同行するように指示する。それに対して拳藤は絶句し、ミルコは明確に不機嫌になっていく。

 

「ちょっと待ってください」

 

「あぁ…?…ああ、雄英の伏黒君じゃないの」

 

「その2人を捕まえるのは許可しない。ぶちのめしていいと許可を出したのは俺だ」

 

「ハッ!『許可しない』ときた!なんの権限があってそんなことが出来ると言えるんですかねぇ!?」

 

 伏黒の言葉に嘲笑うかのような反応を示す警察に伏黒は近寄ると耳打ちをする。するとその言葉に対してもう一度鼻で笑うとスマホを出して連絡をする。伏黒は接続先が容易に想像できる中、中年の警察は下卑た笑みを浮かべながら伏黒を見ている。すると次第に笑みが消え失せると真顔になり始め、最終的には顔を真っ青にしながら伏黒を見ている。そして連絡を止めるや否や慌てふためきながら倒れ伏すヴィラン達をパトカーに押し込めると他の警察官達に戻るように指示を出す。先ほどまで申し訳なさそうな顔をしながら見ていた警察は上司の反応に戸惑いつつも拳藤、ミルコ、伏黒の3人に深々と申し訳なさそうに頭を下げた後、パトカーに乗る。そしてパトカーは逃げるようにその場を後にした。そんな様子に伏黒は鼻で笑うと同時に辺りからワッ!という感性が湧き出た。

 

「だーーっはははははは!!」「よくやったぁーー!!」「見たか!?あのビビりよう!」「ザマァ見ろポリ公!!」「うちあいつが好かんかったさかい、えらい気分がええわ!」「わしらはあんたのこと気に入ったぞ!」「応援するぜ、3人とも!」

 

 夜の街並みを照らす灯りのような明るさが澱んでいた空気を晴らしていく。そんな様子に伏黒は呆気に取られていると今度は後ろからミルコによって肩を組まれた。

 

「よくやった、シャドシュピィ!ヒーローを守るとは中々に生意気じゃねぇかッ!!」

 

 先ほどの不機嫌さは何処へいったのかと聞きたくなるほど満面の笑みを浮かべながら肩を組んで自身の胸元に引き寄せるとガシガシと頭を乱暴にだが撫で始める。少し照れ臭そうに伏黒は目線を逸らすと拳藤が歩み寄って来た。伏黒はミルコのヘッドロックじみた組付を解くと拳藤と向き直る。

 

「なんだ」

 

「あの時はミルコさんが跳んでったから聞けなかったけど、今は違う。説明して。あなたに何があったの?」

 

 拳藤は先ほどの警察よ尋常ではない様子に伏黒が週末の間、会えなかった原因と関わっていることを察する。それに対して伏黒は仕事が終わってからだと言うと歓声を上げる民衆に対して拳を高く上げると再度、歓声が沸いた。そして皆に見送られながら伏黒と拳藤はミルコと共に4件ほどの事件をヴィランをぶちのめしていくこと解決していった。

 

 

「はぁ!?伏黒が、禪院家当主ぅ!?」

 

「……あんまり大きな声を出すなよ」

 

 今、ミルコはインターン生である伏黒と拳藤と共に誰もいない廃墟にいた。あの後、「ある程度事件を解決したし夕食にするかぁ!」と言いながら露店で飯を買っていたミルコを他所に伏黒は露店を経営しているおじさんにここいらで誰もいないところを知らないかと聞いていた。そしたらここから少し山を登っていくと誰からも忘れ去られたという神社があるらしく、それに従うように伏黒は談笑しているミルコと拳藤を呼び出すと教えられた場所へと足を運ぶと早速といった様子で今の自身の役職を説明して今に至る。

 

 伏黒の声を抑えろという言葉に拳藤は口を両手で軽く押さえながら「わ、悪い…」といって謝る。そしてその後すぐにミルコのほうへと目線を向ける。露店で買っていたケバブサンドを口に含んでいるミルコは拳藤の視線の意図を察したのか首を縦に振るった。

 

「嘘でしょ…なんでそうなるのよ…」

 

 拳藤は思わずといった頭を抑えると様子でふらつきながら手入れのされていない石段の上に座り込む。そしてどうしてこのような状況に陥ったのかを伏黒は説明していく。仮免試験を取得してから3日後に禪院家の屋敷に招かられ、禪院家邸へと赴いたこと。そしてその中で先代の禪院家当主の遺言状が理由で第27代目禪院家当主が自身となったことを。そこまで聞いた拳藤は押し黙る。そしてそこまで食べながら話を聞いていたミルコが喋り始める。

 

「ングッ…しっかし、不思議な話だよなぁ」

 

「何がですか?

 

「話を聞く限り、シャドシュピは今の今まで禪院家とは無関係だったんだろ?なのにあの引きこもり共が何だって伏黒を名指して指名して来たのかねぇ」

 

 膝に置いてあった焼きそばを食べるべく割り箸を割っていたミルコが心底不思議そうな顔をしながらそう呟く。それに関しては伏黒も同意見だった。いきなり当主が死んで、その遺言状からは『今日から見知らぬ奴が当主になります』などと言われたら反感を買うし、何だったら内輪揉めが勃発することなんて目に見えているのだがら。すると押し黙っていた拳藤が立ち上がると伏黒の脳天に拳を叩き込んだ。

 

「〜〜〜〜〜ッッッッ!!??何すんだ!」

 

「お前。黙ってた理由ってもしかしなくても私がお前を見る目が変わるかもしれないからだろ」

 

 伏黒は殴られたことに文句を言うが、次の言葉を聞くと思わずといった様子で顔を背ける。そんな伏黒の反応に拳藤は大きくため息を吐くと伏黒の胸ぐらを掴んだ。

 

「高々、家柄が変わった程度でお前との今までを否定するとでも思ったのかよ」

 

「…可能性はあんだろ」

 

「巫山戯んな。なに悲劇のヒロインぶってんだ。そんなんで見捨てるくらいなら出会ったあの日の段階で見捨ててたわ」

 

 まっすぐな拳藤の目線に耐えきれず伏黒は目を逸らす。そんな様子に拳藤は再度深くため息を吐いたかと思うと胸ぐらを離して頭を何度かかく。そして伏黒と再度向き直った。

 

「他人が苦しんでんの見て憤れるお前のことを私は強いと思ったことはない。憤れるってことはその痛みを理解できるってことだからな。だから私はお前を見捨てない。何度突っぱねられても対等な面してお前に話しかけてやる。―――だから一緒に頑張って行こう。強くなっていこう。これからもずっと」

 

「――――――」

 

 拳藤は勝気な笑みを浮かべて伏黒に向けて指を指すとそう宣言する。あまりにも眩しい笑みも声に伏黒は一度唖然とした顔をした後に顔を伏せ、ミルコはヒュー♩とからかうように口笛をふく。チラッと顔を上げるとそこには不思議そうな顔をしている拳藤がいた。そんな反応を見て伏黒は過去最長に深々とため息を吐く。

 

「お前、それ告白のつもりか?」

 

「へ?」

 

「ククッ。青くていいねぇ」

 

 伏黒の言葉に拳藤は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。そして続いて自然と聞くことになったミルコの言葉に今さっき自分の言っていたことを咀嚼していくとどんどんと顔が赤くなっていく。

 

「私高校生んときは女子校だったからなぁ。この手の話はあんま聞かなかったから新鮮だわ。いやー、甘酸っぺぇー!」

 

「ちょっ!違っ!そういう意味じゃないですからね!?」

 

 慌てふためきながら否定する拳藤に対してミルコはそう言うなってとケラケラと笑いながら揶揄っている。慌てふためく拳藤を見て伏黒はしまんねぇな、と思いながらも先ほどまでの自身の考えが杞憂であると同時に考えすぎていたという事実に対してアホくさく思えて来た。そうして伏黒は珍しく声に出して笑った。

 

「どうなるかなんてわかんねぇわな。お前の言う通り、悩むのは俺らしくねぇな。お望み通り、足掻き続けてやるよ」

 

 伏黒は心に誓うようにそう宣言する。そうして夜は更けていく。その後に落ち着いた面々が軽く見回りに出かけるとその日は解散する。そして禪院家本邸に戻るとパソコンを開いてあらかじめ配られていた今日の授業のオンデマンドを見て課題を提出する。最後に偶然居合わせた甚壱と共に風呂に入った後、敷かれた布団の上で就寝する。こうして、伏黒の禪院家暮らしの初日が終了した。



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禪院家、そしてインターン③

 

 

「……慣れねぇな、チクショウ」

 

 頭の上にあるスマホのアラーム音を聞いて起きた伏黒の第一声はこれだった。目の前に広がる天井は少しだけ慣れていた寮とは違って木造で寝ている布団はベッドでは無く、畳の上に敷かれた掛け布団の上で寝ていて、部屋は今まで見たことないほどとてつもなく広かった。そうして見慣れない景色を見ていくうちに伏黒は自身が禪院家にいるのだと再確認させられた。

 

 アラームを寝ぼけ眼のまま、手探りで探って消すと上体を起こして伸びをする。バキバキと体を鳴らしてから個人用に設置されている洗面所で顔を洗う。そして部屋に戻ってみるといつの間にか枕元に置いてあった手触りがやたらと良い着物が置いてある。それに対して【玉犬】と【鵺】を呼び出して何も無いか確認していく。そして何も確認されなかったことを確認すると伏黒は慣れない手つきでその服に着替えていく。

 

「さて…今日も1日頑張りますか」

 

 慣れない屋敷の中で伏黒の禪院生活、2日目が始まった。

 

 

「今の事業はどうなっている」「今んとこはこれといって変化は見られへんね」「つまりは安定している、と?そこんとこどうなんだ?当主殿」

 

「少なくとも手元の資料を見た限りでは変動は無しだな。むしろ若干、右肩上がりなまであるぞ」

 

 朝早く起きて朝食を食べた後、今伏黒は禪院家で行われているとされる定例会議に当主ということもあって司会役として立ち回っていた。今回の議題は昨日伏黒が纏めていた当主が没した後に巡ってくる資金が主題だった。伏黒と元当主候補者を除いた面々とは初めての邂逅ということもあってが無駄に長引いてる。その上、無駄に長ったらしくなった原因としてダル絡みしてくる直哉の存在もあった為、ストレスはさらに加速する。しかし、どれだけ長引こうとも物事には終わりが存在しているのだ。

 

「そろそろ予定の時間になりましたので、会議のまとめをしていきたいと思います。今回の議題に関してですが、今後もこの形を維持という結論に至りました。この結論については、のちほど議事録を配布するんでご確認ください」

 

 そうして締めくくると禪院家の定例会は終了した。そうして皆が立ち上がっていく中、伏黒はある人物を引き留める。

 

「すみません。いくつか聞きたいことがあるので残っててもらえますか?甚壱さん」

 

 その言葉に振り返る野武士面の大男、甚壱。伏黒が甚壱に質問しようとした理由は単純にここに来てまだ2日目だが、一番話が通じやすいのが甚壱だからだ。直哉は論外として他にも翁という選択肢はあるがなんというか翁からは嫌な感じがするため聞く対象から外した。そして甚壱なのだが、昨日風呂場で邂逅した際に酒片手に入浴しながらだったが伏黒の体つきを誉めるなど、気軽に話しかけてきたことや、定例会が始まるまでの道中で下部組織との関係はかなり深いのか躯倶留隊の隊員達からは慕われている様子だったからだ。他の隊員からも聞けないことはないが、知っているとしたら、宗家の人間の中でも当主候補者であった人間の方がより詳しく知っていると思い、甚壱を選んだ。

 

「どうした、当主殿」

 

「恵で良いですよ」

 

「そうさせてもらうわ。それで?俺に何のようだ」

 

「二つほど聞きたいことがあるんですけど、取り敢えずは直哉のことです。何であんなに目の敵にしてるんですか?」

 

 伏黒は禪院家に来た時からずっと敵意を剥き出しにしている直哉について甚壱に聞く。伏黒は絡んでくる直哉のことをうざったく思う反面、そろそろ疑問に思い始めている。一体何故、直哉は自身をここまで蛇蝎のごとく嫌っているのかと。初めこそ当主の座を奪ったのが原因だと思っていたが、考えてみれば顔合わせの段階から直哉は伏黒のことを嫌っていた。伏黒は会ったこともない人間にここまで敵意を晒らされたのは初めてな為、とても困っていた。すると心当たりでもあるのかあー、といった顔をしてから頭を掻くと予想でしかないがと前振りをして話し始める。

 

「それは多分、お前の親父が甚爾だからだな」

 

「は?俺の親父が原因でいびってきてるの?アイツ」

 

「まぁな。実力至上主義なアイツにとって甚爾は憧憬というよりも崇拝すべき相手に近い存在だからな。そんな甚爾から生まれたのが甚爾よりも遥かに劣っていた人間だと知って憤慨してんだろ」

 

「じゃあ、俺が親父より強くなったら従順になるとでも?」

 

「いや。癇癪起こして認めないと思うぞ」

 

 そこまで聞いた伏黒はガキかよと吐き捨てると元々治す気のなかった関係が修繕することはないと悟る。伏黒の反応に対して甚壱は口元を僅かに歪めて笑うと「言えてるな」とだけ言う。頭を抑えてどうしようもないことだけを理解した伏黒は次の質問へと移行した。

 

「次に…と言うか最後に何ですが。何で俺が当主に選ばれたんです?」

 

 そしてなぜ自身が当主に選ばれたのかを問う。何せいきなり当主が死んで、その遺言状からは『今日から見知らぬ奴が当主になります』などと言われたら反感を買うし、何だったら内輪揉めが勃発することなんて目に見えているのは任命された当初から思っていることだ。それに何より直哉は兎も角として甚壱や翁が反対しなかったのが謎すぎる。伏黒がそんなことを考えていると甚壱は目を開き呆気に取られたような顔をする。

 

「…なんですか、その顔」

 

「いや、だってお前、甚爾から何も聞いてないのか?」

 

「あの男が家でやることと言えば金数えることか女を連れ込むぐらいでしたよ」

 

 伏黒の言葉に甚壱はマジか、とだけ呟くと考え込むように髭の濃いアゴを撫でる。そして少ししてから話しても問題ないと判断したのか伏黒の質問に答えることにした。

 

「それはお前が禪院家にとって、江戸時代以来の【十種影法(とくさのかげほう)】を会得しているからだ」

 

「とくさ?それに江戸って…」

 

「お前の個性の正式名称だ。まぁ、詳しいことは脳無の襲来でいくつかの書類が燃えたせいであんまり残ってないが、【十種影法】についてだったら多分残ってると思う。知りたきゃ、当主の権限を使って倉庫を漁って調べてみな」

 

 甚壱はそう言い切ると話はこれまでと言ってその場を後にする。伏黒はいきなり厨二チックなことを甚壱が口から飛び出してきたことにフリーズしたが、甚壱の言葉に従い倉庫へと足を運んだ。

 

 

 そうして伏黒が倉庫に閉じこもって甚壱の言っていた【十種影法】について調べていた。種類の幾つかが消失したことが原因で飛び飛びになっていることもあってこれが創作物なのか事実なのかはわからない。だけども取り敢えず甚壱の言っていた正式名称が違えていないことは知れた。そんなこんなで伏黒は今、コスチュームを着ずに私服での集合を言い渡されていた。職場体験の時は常にコスチュームを着ていたこともあって少し疑問に思っていると、

 

「お前、伏黒か?」

 

 後ろの方から本来であれば聞く筈のない聞き慣れた声が聞こえてくる。伏黒はそんなまさかと思いながら振り返る。

 

「常闇、なのか?」

 

 そこには雄英の制服を着こなす鋭い目つきに赤い瞳の黒い鳥のような顔をした風貌の常闇踏影がいた。伏黒が知る限りでは常闇はホークスの事務所、つまり九州にいる筈だ。関西にある京都とは地理的にも文化的にもかけ離れている。

 

「何だってこんなところにいるんだ?」

 

「ホークスから2日目以降は京都で活動すると言われてな。お前の方は…どうやら元気そうだな」

 

 どうやら常闇曰くインターン先のホークスは京都へと仕事先を移したらしい。そしてそう言った後に伏黒の顔を眺めるとフッと安心したように笑う。それに関しては昨日のこともあって肩の力が抜けたからだと説明していると

 

「よ!伏黒。それに隣にいるのは…」

 

「以前言った俺のクラスメイトの常闇だ」

 

「ああ、お前が。いつも伏黒が世話になってんな。知ってるかどうかもわからないから一応自己紹介しよっか。私は拳藤一佳、よろしくな!」

 

「あ、ああ、常闇踏影だ。伏黒とは友人のような関係だ。よ、よろしく頼む」

 

 今度は拳藤とも遭遇すると慣れない女子との会話からか少しおどおどしている常闇と手慣れた様子で笑いながら手を差し出してくる拳藤とで自己紹介をする。そして、伏黒と拳藤は同じヒーローが担当している為一緒の道を歩めるが、常闇は他のヒーローである為途中で別れると思いながら行動していたのだが、改札の中に入ればここらで常闇とは一時的とは言え別れることになるかと思いきや、皆同じ電車だという。

 

 3人して不思議そうな顔をしているが、足を止める理由にもならない為、同じ電車に乗ることにした。そしてどちらかが先に電車を降りるのではないかと思いながら揺られていると目的の駅のホームに辿り着く。伏黒と拳藤が立ち上がるも常闇も立ち上がっていた。偶然にしてはよくできていると思っていたが、歩く方向も曲がり道を曲がる時でさえも同じとなると伏黒の頭の中にもしかして目的地すら同じなのではないかと言う考えが浮かぶ。そしてその考えは正しかったようで3人仲良く目の前にある建物の前で止まる。3人が顔を見合わせ、少し戸惑いつつも指定された場所へと行くべく、建物の中に入った。

 

 

 建物の中に入って指定された階層へと行くべく、エレベーターに到着するとそこにはミルコを筆頭にシンリンカムイやエッジショット、Mt.レディや雄英でお世話になってるミッドナイトにソファーでくつろぐホークスがいた。まさかまさかの有名どころのオンパレードに驚いているとヒーロー全員が3人の存在に気がつく。

 

「お、来たね3人とも」

 

 3人が来たことに真っ先に反応したのはNo.3ヒーローのホークスだった。赤い羽が特徴的なホークスが3人に近づいてくるのに対して伏黒は思わず引き下がってしまう。

 

「あらら…俺ってばなんかしちゃった?」

 

「すみませんでした。そちらは何もしてないですのでご安心してください」

 

 頰を掻きながらアハハと笑うホークスに対してやってしまったと思いながら伏黒は頭を下げる。伏黒がホークスが近づいてきたのを見て引き下がったのはホークスの笑みが禪院家の人間の浮かべる笑みに少しだけ似ていたからだ。どこか影のあるようでこちらを伺うような嫌な目が伏黒をいやでも警戒させた。しかしそれでも警戒心剥き出しは失礼だと思い咄嗟に頭を下げる。それに対してホークスは良いって謝らなくてと言って流すと後ろを振り向く。

 

「そんじゃ、役者も揃ったことですし。会議室へと向かいますか」

 

 ホークスがが全員に会議室の席に着くよう促したのでその場にいる全ヒーローが会議室へと向かっていく。縦長の机を四つほど使って円卓のような形を作り上げると各自が書類が置かれている場所に腰を下ろす。ホークスが議長席に座ると満面の笑みを浮かべながら一礼をする。

 

「はい、ではこの度皆さんに集まっていただきありがとうございます!」

 

「前置きはいいからさっさと本題移れよホークス」

 

「手厳しいなぁ、ミルコさん。まぁ、確かに前振りとかはどうでもいいですよね。それでは早速、とある事情によって前々から公安で考えていたことを実行することができる可能性が出来ました」

 

「考えていたこと?」

 

 ホークスの言葉にミッドナイトは訝しみながら復唱するとホークスは満足そうな顔をしてから発言する。

 

「はい。それは禪院家の解体です」

 

 衝撃的な言葉が会議室を駆け巡る。こうしてインターン先で行われようとしている最大級の案件の話し合いが勃発しようとしていた。



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禪院家、そしてインターン④

 

 

 『禪院家の解体』。それはホークスがなんて事無さそうにしながら普段の話の延長線上のようなノリで今回他のヒーローたちを集めた理由を口にする。

 

「正気なのですか、ホークスさん…」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは新規精鋭で今最も熱いとされているヒーロー《シンリンカムイ》だった。震えた声でホークスに聞き返したのはシンリンカムイだけだったが、他のヒーロー達も十二分に驚いていた。普段は冷静沈着で有名なエッジショットは目を見開き、ミッドナイトは目を細めてホークスを見て、Mt.レディはいまだに情報が頭に追いついていないのか放心し、ミルコは先ほどまで退屈そうにしていたのを一変させて「いいぞ、生意気だッ」と嬉しそうに笑っていた。

 

「冗談言うために頑張っている有名どころの皆様を呼び出したりしませんよ」

 

 シンリンカムイの質問に対して何を言ってんだと言わんばかりの態度でホークスは今回挙げた案件が全くの冗談ではないことを告げる。そうして今回のそういう考えが公安側から浮かんだ理由について説明していく。

 

 何でも公安にとって禪院家は1000年以上にも渡り長いこと居座り続ける厄介な存在でしかないらしい。ただ一組織として起動しているのであればいいが、超常社会以前から見受けられた差別思考や犯罪と繋がっていると見受けられるような行動は正直な話、目に余るとのこと。それ故にさっさと解体してしまいたかったのだが伊達に1000年以上も続いている家ではない為、下手に挑むと負けこそしないが確実に痛手を負い、ヒーローを管理している組織としてあるまじき隙を見せることになる為、今の今まで見逃していたらしい。

 

「で、でも、何だって今更、禪院家に挑もうなんて強気なことを言うようになったんですか?」

 

「それに関しては脳無の襲来によって禪院家の中でもとりわけ厄介だった直毘人氏の死亡と伏黒恵が禪院家当主になったことが理由ですね」

 

 おずおずと言った様子で情報処理を終えたMt.レディが手を挙げてホークスに質問する。その言葉に対してホークスが2つの要因を挙げると再度、会議室の中で驚愕が満ち溢れる。事情を知っていたミルコと常闇、拳藤、ミッドナイトを除いて。エッジショットの本当なのか?という質問に対して伏黒は首を縦に振ることで肯定する。それでも納得できなかったのか、最近よく一緒に行動しているところが見られるシンリンカムイとMt.レディは疑わしそうな目を向けてくる。これに関しては肯定だけじゃ納得出来ないよなと思い、伏黒は禪院家には実力を認められた者のみで構成された精鋭術師集団「炳」、個性は優れているが炳に入れる条件である実力がない者が所属する「灯」、武芸を叩き込まれた没個性、弱個性、無個性の男児で構成された下部組織「躯倶留隊」が存在することを教えると2人はマジかといった顔をしながら事実であると受け入れる。その様子を見たホークスが満足そうな顔をして頷くと話を続ける。

 

「さて、皆さんも納得してくれたようで何よりです。そこでお集まりの皆様にやって貰いたいのが、禪院家の罪状の発見です」

 

「ん?それは伏黒に調べさせればいい。当主の権限を使えば一発だろうに」

 

「すみません。直毘人って人が殺された際に重要な書類とやらは燃え尽きたらしいです。―――それに今の俺は本当の意味で当主ではないんですよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 エッジショットの言葉に対して今までやってきたことが書かれているであろう書類が燃え尽きたと言うと、あからさまに舌打ちをする。そして続いて言った伏黒の言葉に会議室にいるメンバーは首を傾げる。これはホークスも意外だったのか、驚いた表情を見せている。伏黒はどういうことなのかミルコに説明するよう促される。

 

 そうして伏黒は自身の立ち位置について説明する。まず初めに伏黒はあくまでも自身が当主の座に任命されただけで実際にはなっていない、いわゆる代理のような役割であることを言う。そして大体大体あと5日くらいに行われる『継宗の儀』という伏黒が禪院家当主の座を継ぐための式をもって真の意味で禪院家当主の座を引き継ぐのだと説明する。

 

「メチャクチャ面倒くさいな…」

 

「ま、古けりゃ座を継ぐだけでも大掛かりになるんでしょ。それで早めにやろうとしてる理由なんですが、このままだと伏黒君が禪院家の連中に殺される可能性が高いからなんですよね」

 

「「は?」」

 

 ホークスの言葉に思わずと言った様子で常闇も拳藤が反応する。バッと勢いよく目線を伏黒に向けると伏黒は肯定すると2人は戦々恐々とする。

 

「マジかよ…」「そんなもの共食いと変わらんではないかッ」

 

「実際、任命され直後に一回、昨日の夕餉に毒盛られたので合わせれば計2回は殺されかけてるからな?俺」

 

 あっけらかんと伏黒が告げると場が一気に戦慄する。しかし、伏黒としてはもはや慣れたもの。未だに2日程度しか接してないが忙殺しようとしたその日のうちに当主となる伏黒に胡麻擦りながらよってくる人間達を見て禪院家の連中は保身バカ、世襲バカ、高慢バカ、ただのバカと腐ったみかんのバーゲンセールも良いとこなのは充分に理解させられてるからだ。戦慄する場に伏黒はとある情報を漏らす。

 

「だけど今が1番の好機でもあるんです」

 

「へぇ、何でだい?」

 

「俺は今、引き続きの仕事で事務処理やってたんですが、金銭面の書面が素人の俺から見ても荒すぎる。完全に隠蔽しきれていないんです」

 

 伏黒の言葉に反応したホークスに対して理由を述べるとホークスは口元に手を持っていき何やらぶつぶつも呟いたかと思うと顔あげて指示を出す。

 

「禪院家は一箇所にしか拠点を置かない為、監視は楽ですが、今は家自体の監視はいりませんので証拠探しに勤しみましょう!」

 

「ならば警察の手でも借りるべきだ」

 

「そりゃあ無駄だ。昨日、ヴィランをボコって警察に引き渡そうとしてわかった。ありゃあ、ゴリッゴリに癒着してるわ」

 

 常闇が警察にも手を貸すように頼むべきだと声を上げるが、昨日の出来事を知っているミルコが警察では当てにならないと言うことを告げる。その事実に目を見開く常闇。それに対してホークスが少数精鋭で挑むわけは大規模だと誰が繋がっているのかが分かり難くなるからだと説明する。そして伏黒が完全に当主と任命されるのをタイムリミットとして設定することで作戦を立てる。

 

「まず初めにエッジショットさんとミルコさんは情報収集をお願いします。そこには俺と常闇くんも参加しますのでよろしくお願いします」

 

「おう、わかったッ!」「心得た」

 

「ミッドナイトさんとシンリンカムイ、Mt.レディはヒーロー活動を派手に行うことで目線をそちらに向けてください」

 

「我が校の生徒の命がかかってるんですもの、言われずともわかってるわ」「了解した」「うーッ、全力で頑張ります」

 

 ホークスがここにいるヒーロー達に役割分担を言い渡すと後ろにあるモニターに京都内でかつて禪院家が裏取引を行っているとされている場所をリストアップし、ポイントとして表す。そしてこの辺りを調べまることをエッジショットとミルコの2人に勧める。

 

「今回の一件は禪院家であるのもそうですが、警察、府長などを巻き込んだオールマイトが台頭して以降、最大規模の犯罪となります。可能な限り確度を高め、早期解決を目指します。ご協力よろしくお願いします」

 

 先ほどまでのヘラヘラとした表情を消して真面目な顔をしたホークスがそう言って締めると、会議は終了した。

 

 

「そういやさ、何で禪院家の当主に選ばれたのかわかったか?シャドシュピ」

 

 ホークスが締め括ったと同時に各自、指示に従い各々の役割を果たすべく会議室から出ようとした時、ミルコが思い出したかのように質問してくる。他のヒーロー達も気になったのか、Mt.レディが確かに…と言いながら立ち止まったのをきっかけに聞く体制をとる。それを見た伏黒は「あー…」といって言いにくそうな顔をすると明かした。

 

「何でも俺が【十種影法】とかいうのを引き継いだらしいからって言ってましたね」

 

「とく…何?」

 

「【十種影法】ですよミルコさん。影ってついてるから伏黒の個性のことよね?何だってそんなややこしい名前に…それに引き継ぐって何?」

 

 伏黒の言葉から出た突拍子もない話に誰もが首を傾げる。伏黒に関しては引き継ぐという単語に【OFA】の文字が頭をよぎるが、やはり名前の由来がわからず頭を悩ませていた。そんな中で唯一、常闇だけは何か思い当たる節でもあるのか考え込んでいた。

 

十種神宝(とくさのかんだら)と何か関係でもあるのか?」

 

「何それ」

 

「日本神話における十種類の宝のことです、ホークス。剣とか鏡とか。まぁ、見てもらえればわかりやすいですね」

 

 そう言って常闇は懐にしまっていたスマホを取り出して何かを検索したかと思うと表示された画面を皆に見せる。沖津鏡(おきつかがみ)

辺都 (へつ)鏡、八握剣(やつかのつるぎ)生玉 (いくたま)足玉 (たるたま)死反玉 (まかるかえしのたま)道反玉 (ちがえしのたま)蛇比礼 (へびのひれ)、蜂比礼、品物比礼(くさもののひれい)など計十種類の宝とその紋様が記載されたものが目に映る。しかし、それはあくまでも神話の話。何関係ないのでは?という疑問が浮かぶ中、伏黒は驚愕する。そして【玉犬】を呼び出して額に刻まれた紋様を見る。

 

「見てください」

 

「あん?何だシャドシュピ」

 

「【玉犬・黒】の額にある紋様。これ死反玉じゃないですか?」

 

 その言葉に今度は【玉犬】の額に視線が注がれる。そうして常闇のスマホにある死反玉の紋様と見比べると瓜二つどころかまんま同じであることがわかる。流石に偶然ではないかと言う声も上がったが、サイズ的に顕現させるのが不可能【満象】を除いたどの式神にも十種神宝の紋様と一致するものが発見されると誰もが押し黙る。それを見た伏黒はあることを話題に出す。

 

「これは家を調べてるうちにわかったことなんですが…」

 

「何で言わねぇんだッ」

 

「突拍子も無さ過ぎたからですよ。禪院家の文献では個性が発見されたのは平安時代からだとされているんです」

 

「はぁ!?」

 

 突然の伏黒の発言にほとんどの人間が何言ってんだこいつみたいな視線を向ける。「だから言わなかったんですよ…」と言って目線を逸らす。しかし、ホークスとエッジショットだけは何か考えるような仕草を取るとあり得ない話ではないと伏黒の言葉を肯定した。

 

「何でですか、エッジショットさん」

 

「個性は未だに何が起源なのかすら不明だということもあるが、禪院家が1000年以上も衰えることなく栄華を極めていること自体おかしいんだ。何せ国を収めた者でさえ最も長く続いたので400年程度だからな。一組織にそこまでの力があるとするならば超常的な力が働いているという可能性はかなり高い」

 

 思い当たる節でもあるかのように語るエッジショットといまだに考え込んでいるホークスにシンリンカムイはマジですか…と呟く。場に微妙な空気が漂い始めた時、突如ダンッ!という強い音が鳴り響く。その音に誰もが驚き、目線を辿るとイラついているミルコがいた。

 

「個性の起源がいつとか今どーでもいいだろうがッ!相手は禪院家でどうぶっ飛ばそうって集まりだったんだろ!?わかりもしねぇことをウジウジと考えてんじゃあねぇ!」

 

 ミルコの言葉に皆がポカンとして少しするとそれもそうだと笑う。そしてこの話題は全てが終わった後にでもしようとホークスが言うと今度こそ皆は解散した。



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禪院家、そしてインターン⑤

 

《さぁさぁ、今夜も始まって参りました、ガチンコファイトクラブトーナメント!!実況はお馴染みのジョン☆ボビがお送りしまぁす!!》

 

 禿げ上がりった頭と太い眉毛に蝶ネクタイが特徴的な男が満面の笑みを浮かべながらインカム越しに自己紹介をすると同時に上の階層にいる客達が一斉に盛り上がる。場所は京都の廃駐車場、意図的にぶち抜かれたと思わせるような場所で今まさに2人の対戦者がぶつかり合おうとしている。周りが盛り上がっていくのを見るとジョンは満足そうにしながら右手を東の方へと向ける。

 

《青龍のほうから!可愛い見た目に騙されるなぁ!?名前に劣ってる(レッサー)がついてもれっきとした熊そのもの!!5戦全勝!奥劣斎(おくれっさい)熊吉(くまきち)ィ!!》

 

 その宣言と同時に薄暗い出入り口から筋骨隆々のレッサーパンダのような見た目の異形系の個性を持った大男がのしのしと会場に現れる。見た目も相まって場からは戸惑いと何を見せてくれるのかと言う期待感が溢れていく。奥劣斎と呼ばれた男が大きく吠えるのを見ると次に左手を西の方へ向ける。

 

《白虎の方から!参加者を押し除けて颯爽と現れた顔全体を隠すノーフェイス!!魅せる戦いでほんの数時間足らずで今となっては期待のニューフェイス!!今回も魅せてみろ!同じく5戦全勝! 猪野(いの)琢真(たくま)ぁ!!》

 

 同じく宣言と同時に薄暗い出入り口から着込んだ黒無地のTシャツが張り裂けんばかりの筋肉を携えた目出し帽を深々と被った高身長の男が現れる。皆がその闘いに期待を寄せているためか先ほどの奥劣斎の時以上の歓声が上がる。

 

《さぁ、はったはった〜〜!!よぉござんすか!?よぉごさんすねぇ〜〜〜〜!?ルールは単純!故意の殺しを除いたなんでもアリ(バーリトゥドゥ)!!急所を狙うのも!個性の使用も!果ては武器の使用も!うっかり相手が弱くて殺してしまっても!全てがOK!!それでは始めましょう!今大会の最強を決める決勝戦!!みなさんご唱和ください!!》

 

「「「「Let's GO AHEAD――――――!!」」」」

 

 司会者の言葉に釣られるように皆が一斉に今大会最後となる試合開始を促す。それと同時に巨大な人型レッサーパンダが雄叫びを上げて殴りかかろうとした瞬間、観客、対戦相手、司会者を含めたその場にいる全ての者の司会から目出し帽の男が消え失せる。そして次の瞬間には肉を撃つ音と共に奥劣斎の体がくの字に曲がる。奥劣斎は体にある空気を口から吐き出すと再度、衝撃が走ると巨漢の男が観客席と同じ高さまで飛ぶ。それとほぼ同時に試合場から観客席の方目掛けて何かが飛び出す。音のする方へと目線を向けるとそれは目出し帽の男だった。

 

 驚愕する観客を他所に次の瞬間にはすれ違いざまに奥劣斎を殴り飛ばすと別の場所に飛び移っていた。それが何度とも何度も空中に奥劣斎を縫い付けるように繰り返し続ける。それを10秒ほど続けると廃駐車場の天井に飛び乗ると奥劣斎の胴目掛けて蹴りをかまして地面に叩きつける。

 

 巻き上げられた土煙が収まるとそこには白目を剥いてピクピクとしか動かない奥劣斎とその上に跨る目出し帽の男がいた。あまりの事態に誰もが追いつけず、司会者を含めて絶句している。そしてその沈黙は手を高く上げた目出し帽の男がフィンガースナップをすることでハッと意識を取り戻した司会者によって解かれる。

 

《ま、ま、ま、まさかのぉぉぉ!!最強を決める決勝戦でありながら対戦相手を瞬・殺ぅぅぅぅ!!??》

 

 その言葉に一泊おくと同時に空気を揺るがすほどの歓声が響き渡る。10秒程度で起きた惨劇を前に、誰もが予想だにしない結末と目出し帽の男の持つ未曾有と言っても良いほどの力を前に誰もが興奮しながら歓声と共に万雷の拍手を送る。それを浴びる目出し帽の男が目出し帽に手をかけると素顔が顕になる。そこには目元が隠れるほど長い髪と右の口元に古傷があるのが特徴的な偉丈夫が姿を現す。圧倒した男の顔が顕になったことや顕になった顔が思っていた以上に整っていたこともあって廃駐車場で更なる歓声が湧き上がる。

 

 そんな中、1人の恰幅のいい男は顔を青ざめさせる。空気を求めるように口をパクパクさせてあり得ないと呟きながら顔を何度も横に振るっていると目出し帽を被っていた男と視線が合う。目線がカチあった瞬間、恰幅のいい男はヒュッと息を呑み、それを見た口元に傷のある男は口元を大きく歪めて笑う。それを見た恰幅のいい男は全力でその場から逃げ出した。逃げ出さねば自身が殺されると怯えながら。走って走って走り続けて出口の光が見え始め頬が緩んだ瞬間、先ほどまで試合上で戦っていた男が目出し帽片手に待ち構えていた。

 

「ま、待って、待ってくれ!甚爾ッッ!」

 

 恰幅のいい男は腰が抜けたように尻餅をつくと片手を前に出して半ば絶叫に近い形で待つように言う。しかし、甚爾と呼ばれた男は何も気にする様子はなくそのまま恰幅のいい男へと足を運ぶ。それを見た恰幅のいい男は悲鳴をあげる。

 

「ち、違うッ!!あれは俺のせいじゃないッ!!あれは禪院扇の奴に脅されて仕方なくだったんだぁッ!!取り引きに応じてくれたら優遇してくれるって!応じなかったらそれ相応の対応を取るって!!」

 

 涙と鼻水を垂れ流しながらその場で土下座のような姿勢をとって両の手を祈るように両の手の指を握りしめて許しをこう。それでも聞こえる足音を前にいよいよ言い訳のしようがないとわかったのかヒィッッ!!としか言わなくなった。足音が止むと同時に古傷の男は恰幅のいい男の首根っこを掴み外に連れていく。

 

「嫌だァァ!!死にたくないぃぃぃ!!」

 

 運ばれていく男は個性を用いて何とか逃げ出そうとするも、ガッチリと掴まれたこともあり微塵も逃げ出す隙が生まれない。そうしてあれだけ望んでいた外に出ると少し歩いた先にある林の中へとぶん投げられる。咄嗟に逃げようとするがもはや逃げられないと悟ったのか動こうとしなかった。すると、

 

「おうおうおう!漸く見つけたようだぁッ!待った甲斐があったもんだぜ!」

 

「あんまり大きな声を出さないでください、ミルコさん」

 

 勝気な声が林の中を響かせる。男が声のした方に目線を向けるとそこにはバニー服のようなボディースーツを着た兎の耳が特徴的な女とオレンジ色のサイドテールにノースリーブで足の部分が大きく見えるスリットの入ったチャイナ服にマスクというコスチュームを着た年端もいかない女がいた。チャイナ服の方は知らないがバニー服の方はNo.7ヒーローのミルコであるとわかった。それを見た瞬間、恰幅のいい男はミルコに縋りついた。

 

「た、助けてくれぇぇぇ!ヴィランにヴィランに殺されかけてんだぁぁぁぁ!!」

 

「その必要はねぇよ。おい!シャドシュピ!変装を解いていいぞッ!!」

 

「…やっと見つかりましたね」

 

 ミルコの言葉に恰幅のいい男がへ?と言う間の抜けた声を漏らす。それと同時に後ろのほうから若めの青年の声が聞こえてくる。恰幅のいい男が声のした方へと目線を向ける。するとガタイの良さが少しずつ縮んでいき、細マッチョと形容するほどになる。そして降ろされた髪をガシガシと乱すと降りていた神がツンツンしたウニのようなものに変わると髪で隠れていた顔が顕になるとそこには年端もいかない青年の顔が現れる。

 

「お、お前はッ!!」

 

「さて、と。禪院家との取り引きについて全部話してもらうぞ」

 

 腰が砕けて座り込む男の目線を合わせるために猪野琢真こと伏黒恵はヤンキー座りをして禪院家との関係性について問いただす。何故、伏黒が名前を変えて変装していたのか、何故、裏格闘技なんぞに手を出していたのか、それを説明するには軽く数日前に遡る必要がある。

 

 

「そんじゃまぁ、シャドシュピ!バトフィス!今から賭け試合に行くぞッ!」

 

「「突拍子も無さすぎます」」

 

 ホークスを筆頭とした禪院家解体大作戦のための集まりがあって解散し、建物の外に出るや否やミルコから出た言葉に伏黒も拳藤も思わずと言った様子でツッコム。というか賭け試合という存在が漫画の中だけの存在ではなく、本当に実在していたと言う事実に驚かされていた。

 

「というか断言してますけど、存在するんですか?そんなもの」

 

「するぞ!何せ私は学生時代に参加して補導されてたからなッ!」

 

「自慢にならんことを自慢げに言わないでください!」

 

 えっへん、とでも言いたげな顔をしながら胸を自慢気に逸らしているミルコが衝撃事実を漏らす。それに対して拳藤は思わずと言った様子で叫び、伏黒にいたっては絶句し、とんでもないものを見る目でミルコを見る。何でも学生時代に広島近隣のファイトクラブや賭け試合に乱入しては暴れ回るを繰り返していたらしい。最終的にはガサ入れに来た警察に御用となって学校バレを果たして消えていったのだとか。がっははは、と高らかに笑う様子に拳藤も伏黒も何も言えない様子となった。

 

「それで?賭け試合とやらに行って何をするんです?」

 

「おうッ!いいこと聞いたなバトフィス!単純な話、そこでお前ら2人がバトって私が試合で話している内容を聞き取るッ!」

 

「それって、かなり効率が悪いんじゃあ…」

 

「そんなわけねぇ!というかそれしか良い方法が思いつかん!何せ試合は非合法なもんが多いからなッ!その分、戦力も欲しがるッ!金を払うという行為をしなければ戦力を得られない禪院家とは違うもんのな!」

 

 そこまで聞くと納得できないこともないなと伏黒は思えた。伏黒は決済の資料に目を通したのだが、確実性がある為かそれとも純粋にぼったくってるかは知らないが、禪院家の一度の仕事で得られる金は大きい。かと言ってヒーローなどの公式の存在に頼れば、裏での仕事は行いにくくなる。それを少しでも減らそうとする人間がいるとするならば裏で行われている試合を通して引き抜きの一つや二つでも行われるのではないのだろうか。

 

 そこまで考えると伏黒は【嵌合纏】を発動させて【玉犬】の爪を再現すると右の唇の端を引っ掻く。

 

「ちょっ!伏黒、アンタ何してんだ!」

 

「おッ!何だ何だ!イカれたかぁ!シャドシュピ!」

 

 いきなりの伏黒の行動に拳藤は焦り、ミルコはいつもの姿勢を崩さなかった。そんな様子を無視して伏黒はスマホを取り出し、甚壱が送った一枚の写真をスマホから見つけ出す。そして1人の人物に目線を向けると【嵌合纏】を【玉犬】から【虎葬】に変更する。【虎葬】の影響で少しずつガタイが良くなっていくと伏黒は髪を下ろすと2人にスマホを渡す。

 

「どうですか?口端に傷のある男に俺は似てますか?」

 

 伏黒が呼び出した【円鹿】に唇の端の傷を中途半端に治させて古傷のようにするとそう問いかける。2人はスマホにある写真を見ながら伏黒の顔を見直す。

 

「似てる、けど」「バチくそ似てんな!」

 

「「で、誰この人?」誰だコイツ!」

 

「俺の親父の禪院甚爾です」

 

 伏黒の言葉に拳藤は思い出したかのようにあっ!と言い、ミルコはそんなことして何の意味があるのかと問う。その質問に対して伏黒は即興の作戦を言い渡す。まず、禪院甚爾はすでに行方不明で禪院家からも死亡扱いをされていること。

 

「なぁ、伏黒。それがどう役に立つんだ」

 

「話は最後まで聞けよ」

 

 伏黒は聞いてくる拳藤に対して最後まで聞くように促すと説明を続ける。甚爾に変装した伏黒は死亡している疑いのあると言う曖昧な立場を利用して伏黒は禪院甚爾になりすまして賭け試合やファイトクラブに片っ端から挑んでいく。禪院甚爾と関わっているものであれば自然と懐かしさから、或いはオールマイト相手にやりあえたという戦力を知っていれば自ずと声をかけてくる。もしその中で禪院を名乗ってた時の甚爾を知る者がいるとするならば、もしかしたら芋蔓式で禪院家がやってきた事を見つけることが出来るのでは無いかと、提案する。

 

「おお!!いいじゃねぇか、その作戦ッ!私は乗ったぁ!」

 

「確かにそれなら皆んなの声に意識を割かなきゃいけないって言う負担も軽減できるしね。うん、私も賛成かな」

 

「よし、じゃあこの作戦でいきますのでよろしくお願いします」

 

 そう言って伏黒、ミルコ、拳藤の3人はファイトクラブへと向かった。その途中で本名を明かすのはNGな為、偽名を使うこととエンタメ重視のためにも素顔は隠すように言い渡された。

 

 

 そして現在に至る。

 

「ハッ!教えるわきゃねぇだろ、国家の犬どもが!」

 

「おうおう!さっきまで弱腰だったのが嘘みてぇだな」

 

 伏黒が正体を明かし、甚爾でないと知った男は怒り狂いながら伏黒に詰め寄ったが、禪院家との関係性を聞こうとした瞬間、ダンマリを決め込み始めた。それに対してミルコが圧力をかけたり拳藤が話すように促したのだが、しょうもない下ネタで2人を苛立たせただけだった。いよいよミルコが最終手段(暴力)に移行しようとした時、伏黒が呆れながら問う。

 

「どうしたら話してくれるんだ…」

 

「ハッ!俺と禪院家との話を聞きたきゃ禪院家の当主を呼べよ!呼べるもんならなぁ!!」

 

 ギャハハハと品なく笑う男にミルコも拳藤もポカンとした表情をすると目線を伏黒に向ける。それを知った伏黒は大きくため息を吐くと嫌々ながら宣言する。

 

「俺がその当主ですよ」

 

「寝言は寝て「これがその証拠ですよ」言、え…よ……」

 

 伏黒の言葉を鼻で笑い飛ばすと唾を吐きながら叫ぶ男に伏黒は禪院家の家紋が掘られた紋章を見せる。これはこっち(京都)に来てから2日目の夜に警察とのいざこざがあった後の話となる。その日、帰ってきた直哉から「飯事をしとるお前如きの為に時間を割いてもしゃあないからこれを渡しとくわ」と言いながら直々にこの家紋入りの紋章を渡された。何でも当主であることを示すものらしく失くすなと厳命された。

 

 効果の方は正直疑わしかったが、本物らしく絶大だった。先ほどまで強がっていた男は甚爾と見間違えた時と同様に口をパクパクさせて声も出ない様子だった。そんな男の肩に伏黒は手をポンッと添えると体をビクッとさせて男は押し黙る。

 

「話してくれるよな?」

 

 伏黒の問いに対して男に断ると言う選択肢は存在していなかった。

 

 そうして明らかになる違法な取引、不自然な出費と膨大な収入、果ては人体実験の協力と出るわ出るわ犯罪行為。知ってはいたが、いざ自分の現在の所在している場所がクズの巣窟だと再確認させられると頭を抑えたくなる気持ちが湧いてくる。それでもこれは決定的だ。

 

「よっしゃお手柄だッ、シャドシュピ!」

 

「やりましたね、ミルコさん。でもまだ言葉だけじゃあ、足りない。もう一声欲しい」

 

 ミルコはガッツポーズを取るが、伏黒としてはいまいち物足りない。個人的にもっと必要なものがある。それは取り引きした際に生じた書類、もしくは現場を抑えた映像だった。そんなもの存在していないか消されたのではないかと言う声も上がったが、伏黒としてはあの禪院家と取り引きするのに手札無しでやるのは難しい。自身も自爆するが、相手にも痛手を負わせる為にもそういった情報は取っておくと伏黒は考えている。

 

「で?あんの証拠?ここまで来たらもう隠さないからね?」

 

「…ああ、存在してる。でも、俺の手元にはないんだッ!」

 

「ハァッ!?何じゃそりゃ!」

 

 嘘ぶっこいてんじゃねぇだろうなぁ、と詰め寄るミルコに男は本当だと泣きそうになりながら叫ぶ。それに対して伏黒はこのタイミングで嘘をつく道理はないとわかっている為、信じることにした。

 

「どうして持ってない」

 

「い、一年以上も前にここら一帯のファイトクラブや賭け試合を牛耳った奴がいるんだ。その時に俺たちの最近行った禪院家との取り引きの映像を撮られてたっぽくて…それをネタに脅されてんだッ」

 

 伏黒も拳藤は大きくため息を吐いて、ミルコはハァッ!?と呆れたように言う。目の前の男の無能振りには呆れたが、その言葉が本当だとするとかなり面倒臭いことになる。京都一帯の裏側を牛耳ってるのが1人の胴元となると接触するのは極めて困難だからだ。しかし、それでもこちらにはまだこの男がいる。

 

「連絡取れねぇのかァ?」

 

「で、出来ねぇことは無いがあんまり期待はしなでくれよ…」

 

 ミルコが凄んで聞いていると男は期待するなと言う。それを聞いた3人は大きくため息を吐くと男の意識を刈り取ってホークスに重要参考人として預けることにした。そして引き続き暴れ回ろうとした瞬間、伏黒の複数あるダミー用の携帯の一台からから着信音が流れ始める。不思議に思い電話を出る。

 

『猪野琢真さんですよね?』

 

「そうだが?」

 

『胴元があなたに会いたいらしいです。お時間がよろしければ今からでも御足労願えませんか?』

 

 まさかの胴元からの接触に驚く伏黒。自体はどんどんと真実へと向かい始めていた。



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禪院家、そしてインターン⑥

 

 目隠しをされた伏黒が男の案内に従って歩き続ける。途中、途中で場所を悟られないようにするためか案内役が代わる代わる交代していく。

 

「すまんな、胴元の指示とはいえかなり面倒臭いことさせたな。外していいぞ」

 

「…随分と嬉しそうですね」

 

「ん?まぁな、胴元が熱くなってんの見んの久々なんだ」

 

 男は伏黒の質問にくつくつと笑いながら答える。そして案内された扉を開けて入るように促す。中は思っていた以上に広く、その大半が監視カメラと接続されていると思われる無数のモニターで埋め尽くされていた。伏黒が目線を向けるとそこには細目と口髭の剃り残しが特徴的な老け顔で強面の男が黒い高めなソファーでくつろいでいた。

 

「ようこそ、【大物食い(ジャイアントキリング)】の猪野琢真」

 

「…お初にお目にかかるよ。―――秤金次」

 

 伏黒を前に男は盛大に歓迎するように大きく腕を広げる。それを見た伏黒は本当にこの男がミリオの同期、雄英高校の3年生(・・・・・・・・)なのか疑いたくなった。この情報を知ったのは今からほんの数時間前までに遡る。

 

 

『胴元があなたに会いたいらしいです。お時間がよろしければ今からでも御足労願えませんか?』

 

 その言葉に伏黒は思わずといった様子で目を見開く。ミルコと拳藤はその様子に不思議そうな顔をすると、あらかじめ決めていた証拠発見、あるいはそれを握っている人物と接触したというハンドサインを送る。それを見た2人から何とか情報を引き出せと指示される。それに対して伏黒は少し悩んだ末にこう答えた。

 

「だったらテメェんとこのボスを呼ぶなり名前教えるなりでもしろよ。それも出来ねぇんならこの話は無しだ」

 

 ギョッとする2人を他所に伏黒は取り敢えずといった様子で話してみる。これで当てが外れたとしてもあの男から情報を引っ張り出せる可能性が高い以上は時間こそかかるが特に問題ないと判断した。すると携帯越しから通話が続いたまま、待ったかと思うと携帯から『エリーゼのために』が流れはじめる。

 

『中々のクソ度胸じゃねぇか、猪野琢真』

 

 そしてそれから数十秒後、再度連絡がかかってくる。今度はさっきとは違う男が出る。先ほどまでの敬語から一変しての傲岸不遜な物言い、伏黒は確信する。この男こそが胴元であると。伏黒はミルコに目線を合わせるとミルコが跳躍して個性を用いても音が聞こえなくなるほどの距離まで遠のくとホークスに再度連絡して探知するように指示を出す。その間、出来る限り長引かせるように伏黒は連絡を続けた。

 

『それで俺を出せなんてなんで言ったんだ?一歩間違えば羽ばたけるチャンスがパァだったんだぜ、無職マン』

 

「お前がビビりで無いことを予想したからだよ営業マン。このタイミングでビビり散らかすようなやつに今後の展望は見出せねぇ。臆病者は停滞を好むが、慎重な奴は停滞は好まない。その点では違うからな」

 

 伏黒の言葉に少し間が空いたかと思うと次の瞬間にはぷっと吹き出し笑いはじめる。そして少ししてから笑いを止めると「秤金次」と名乗った。そして時間と場所を指定しはじめる。

 

『マジで気に入った。テメェと会いたくなったよ。部下を案内役にするから着いてこい。歓迎するぜ』

 

 そう言うと電話が切れた。伏黒は上手く行ったことを目線で告げると拳藤とハイタッチをする。そうして2人で喜びを分かち合っているとミルコの指示で2人はあの日解散した会議室へと向かった。

 

〜全力疾走で30分後〜

 

「はいっ、てことですね。ミルコさん、伏黒君、拳藤さんの3人の尽力のもとかなり早期の段階で証拠に辿り着く可能性が出てきました」

 

 会議室に皆が集まるとホークスが早速、集めた理由について説明した。その言葉に皆はおおっ!!と一斉に歓声をあげると3人を称え始めた。それを見たホークスは急いだ様子で一旦静かになるように頼むの伏黒にここに至るまでの経緯を説明させる。伏黒としても集合時間のこともあり、少し纏めて説明していく。

 

「そして現在、胴元と思われる秤金次という人物との接触が可能となりました」

 

「秤金次?ちょっと、嘘でしょ?」

 

 伏黒がそう締めくくるとミッドナイトは秤金次の名前に反応を見せる。

 

「何か知ってるんですか?」

 

「知ってるも何も、その子雄英の生徒よ!」

 

「「「「「はあぁ!?」」」」」」

 

 ミッドナイトの衝撃発言に皆が驚きを隠せなかった。何で雄英生徒がそんなことなってんのか疑問に思っているとミッドナイトが心当たりがあるようで説明しはじめる。何でも秤金次はミリオや天喰、ねじれの同級生で3年の中でもビッグ3を含めて尚、最高位の実力を有していたらしい。むらっけこそあるがノれば雄英高校の教師を含めても最強なのでは無いかと話題に上がるほどだったとのこと。

 

 そこまで聞いた面々は尚のことそんな人間が何で賭け試合なんてやってんのかと問いただす。するとミッドナイトは複雑そうな顔をしながら公安と揉めた結果、退学届を出して消えたのだと言う。なんでも秤の個性は公安から見たらコンプラ的にも不味かったらしくもしも子供に悪影響を及ぼしたはどうするのだと不評を買った結果らしい。そこまで聞いたホークスは伏黒に指示を言い渡す。

 

「伏黒君。秤金次と一対一で交渉してください」

 

「ちょっと、ホークスさん!」

 

「ごめんね、拳藤ちゃん。でも、もう最速で終わらせるにはこの方法がベストなんだわ。当然こっちも傍観してるだけじゃあ無い。君の後を追って場所を突き止める。先頭になったら俺たちが参加するから安心してくれ」

 

 そこまでホークスかま言うと伏黒は「わかりました」とだけ告げて指定された場所へと足を運んだ。

 

 

 そうして舞台は胴元である秤金次と接触した時に戻る。

 

「さて、猪野。お前は『一時間ある事をするだけで月収が100万円に!!』って言われて信じるか?」

 

「内容によるな」

 

「即答結構。その内容を知る為には20万円の情報商材を買わなきゃならん」

 

 伏黒の即答に満足そうな顔をした秤はそう言うと伏黒は論外とだけ言う。それに対して秤は今のが知っての通り典型的な詐欺である事を告げる。騙す側は金持ちを装って金持ちの成り方を売って金を手に入れる。こんな単純な詐欺になぜ引っかかるのかを秤は"熱"のせいだと告げる。

 

「熱?」

 

「そうだ」

 

 伏黒の反応を肯定すると話を続ける。騙す側も騙される側も持っている『ここで人生を変えてやろう』という熱のことであると言う。"熱"に浮かされるから人は騙される。しかし、"熱"が無ければ恋一つできないのだと。

 

「だからこそ俺は"熱"を愛してるんだ。よりダイレクトな"熱"のやりとりは何だと思う?」

 

「…賭けか?」

 

 秤の問いにこれまでのことを踏まえて考えてから答えるとこれまた満足そうに頷いた。生きるということはギャンブルであると秤は嘯く。社会では大きく張らない奴と引き際を見誤った人間が埋没していく。ギャンブルをしない人間はいない。してない奴らが憎んでいるのは敗北も破滅そのものを恐れているのだと。それ故に今はチャンスなのだと。オールマイトの引退をきっかけに今日本は混乱し、ヒーローの界隈が大混乱に陥っている隙に乗じて、自らが運営しているファイトクラブ事業を拡大させて行く行くは「日本の国に眠る熱そのものを支配すること」を夢見ているらしい。

 

「なぁ、猪野。俺の"熱"に浮かされてみねぇか?」

 

 目を輝かせながらそう言い切ると伏黒は戸惑いながらどう話を展開していくかに頭を悩ませていた。すると、机に置いてあった秤のスマホから着信音が流れはじめる。

 

「出なくていいのか?」

 

「……猪野、なんか飲むか?」

 

 伏黒が出なくていいのかと言う質問に対していきなり飲み物を勧めてくる秤。少し疑問を持ちながらも毒を盛られても【虎葬】の能力で対応できると判断し甘んじて受け入れる。

 

「酒以外で」

 

「その面で苦手なのか?」

 

「酔えねぇんでな」

 

 そう言うと逆のパターンかよと笑いながら酒と思しきものをグラスに注ぎはじめる。しかしどうやら匂い的にコーラのようだ。

 

「知ってるかぁ?禪院の奴らも酒が強ぇらしいぞ」

 

「禪院?なんだそり「あのなぁ」

 

 突然の質問に意味がわからないといった様子でグラスを持ちながら聞き返すと言葉を遮るようにして秤が口調を荒くして話しはじめる。

 

「裏にいて禪院家を知らねぇ奴がいるかよ。何で嘘をつく?―――テメェ、どこの回し者だ」

 

 何で嘘をつくのかと問うと同時にグラスに注がれた飲み物を一気飲みしてグラスを勢いよく置くと敵意を剥き出しにした目で伏黒を睨んでいた。選択をミスったと判断した伏黒は咄嗟に敵意がないことを言おうとするも横から現れた電車のドアと思しきものが現れると伏黒を挟もうとする。それを見た伏黒は咄嗟に飛んで避けると目の前に迫ってきた秤の膝蹴りを捌く。

 

「このスマホからのtell番はな、異常事態の合図なんだよ」

 

 しかし、再度上から迫ってきた電車のドアに体を挟まれると秤の蹴りが迫ってくる。それに対して伏黒は【嵌合纏】を解除して影から【虎葬】を呼び出すと電車のドアを吹き飛ばさせる。それを見た秤は驚きつつもバックステップで回避し、元に戻った伏黒を見る。

 

「何だよ、今話題の伏黒恵じゃねぇか。だったらテメェ、ヒーロー側からの回し者かよ」

 

「話を聞いてくれ!俺はアンタのことをミッドナイト先生からよく聞いて「やだね、冷めちまってるからなぁ……!!」

 

 ミッドナイトの名前を出してもなお、伏黒の言葉を遮って交渉の余地がないことを言い切る秤。それを見た伏黒は無駄だと判断すると腰にあるスマホを起動しようとする。しかし、それよりも早く秤は不思議なポーズを取ると個性を発動。瞬間、伏黒の頭の中に秤の個性の情報が流れ込み始めた。

 

 

・①斎藤 雨矢:夕輝の幼馴染。地銀で絶賛横領中。

・②天ノ川 小百合:夕輝の上司。昼はプロジェクトマネージャー、夜は……。

・③朝霧 夢:本作のメインヒロイン。これといった特徴がない。

・④加藤 空:夕輝の大学時代の同期。フリーターバンドマン。ギターとベースの見分けがつかない。

・⑤清水 涼香:夕輝の会社の同期。高学歴で高慢。空の〇〇を開発中。

・⑥山口 紗夜花:夕輝の妹。授業中に電子辞書と見せかけてDSをプレイしている。

・⑦山口 夕輝:本作の主人公。これといった特徴がない。

予告演出 ・緑のシャッター<赤のシャッター<金のシャッターの3種類

・緑の保留玉<赤の保留玉<金の保留玉の3種類。

・疑似連×1<疑似連×2<疑似連×3の3パターン

不等号が大きい方向程大チャンスの確率アップ。虹色や4回目が出た場合それだけで大当たりが確定。

予告演出は秤が自由に選択できるが期待度は運次第

大当たり後の規定回数消化 70or30回転

大当たりの確率 1/239

確変突入率 約75%

リーチアクション ・交通系ICカードリーチ   :期待度★

・座席争奪通勤リーチ    :期待度★★

・うっかり特快便意我慢リーチ:期待度★★

・華金終電リーチ      :期待度★★★(期待度大!!)(*8)

チャンスアップ ・夢背景:リーチ発展時にメインヒロイン朝霧夢のスペシャルグラビア発生!??

・天ノ川カットイン:リーチ演出時に天ノ川先輩が助太刀!?

・群予告:電車以外なら大当たり確定???

期待度が低いリーチでもチャンスアップを拾えば大当たりの可能性も…!?

 

「何だこのゴミみたいな情報は…」

 

 上記のパチンコのルールに関する各種情報が腹の立つ解説や煽り、2.5頭身の秤のイラストも一緒に強制的に脳内に流し込まれ理解“させられる”。聞いてはいたが思っていた以上にひどい内容に思わずといった様子で複数の改札機に囲まれた伏黒は呟く。これこそミッドナイトから伏黒に対して前もって教えられていた秤の個性【パチンコ】。取り敢えずゴミみたいな情報を取っ払えば重要な部分は「大当たりの確率は約1/239」と「確変突入率は約75%」ということはわかった。

 

 すると、口元に笑みを溢す。秤は伏黒目掛けてパチンコ玉を放つと伏黒は軽く弾いて球の色を緑だと確認する。そして次の瞬間には球の色と同様の電車のドアが現れる。

 

「リーチ!」

 

 リーチアクションが起こるとステージが変化。舞台が先ほどの改札のみの殺風景なものから普段からよく見かける駅のホームへと早替わりをする。そして奥の方から演出の説明であった夕輝が『遅刻遅刻〜!』と言いながら改札を通ろうとする。伏黒は試しに触れてみようとするもホログラムのように透かされる。そしてそのまま夕輝は改札を通ることができないのと同時にデン…という音共に元の改札に囲まれた殺風景なものに戻る。

 

「残念」

 

 手を広げてそう言う秤を見ながら当たりを引くか伏黒が倒されるかのいずれかの条件でしか、この不可解な結界型の個性からは抜け出さないことを悟る。そして不明瞭なあたりの演出がひどく不安だ。

 

「あんたマジで賭けが好きなんだな。個性に現れるレベルってどんだけだよ」

 

「さっきも言ったろ?人生はギャンブルだ賭けをしてない奴はいないってよ」

 

「取り敢えず、キャラの妨害ができないのはわかった。でも、アンタを仕留めれば話は別なんじゃねぇか?」

 

 その言葉と共に秤の視界から伏黒が消えると伏黒は秤の死角から殴り飛ばそうとする。しかし、

 

「その割に当たんねぇな」

 

 秤はそれを難なく回避する。それを見て伏黒は先ほどの個性やギャンブル云々の話題から目の前の男がミリオ並みであることを改めて自覚させられる。その思考に移った瞬間、伏黒は迷うことなく攻めはじめる。少しまた少しと秤の体に傷がついていくと今度は金色の電車のドアが現れる。期待度の高い扉に伏黒は思わず焦るが漏れ出る。

 

「俺さ。甘でもマックスでも30回以上ハマったことねぇんだわ。―――リーチだ!!」

 

 そう言いながら動揺した伏黒の隙をついて突き放すように殴り飛ばす。そして舞台は夜の電車のホームに移る。ここで向かいのホームにいる夢がこの電車に乗って帰らずに姿を現せば大当たり確定の激アツリーチとなる。

 

「チッ」

 

 戦闘と演出。これら二つの板挟みにあって伏黒は戦闘の方に集中し切れない。それでも現雄英生の中でも上澄にいる伏黒。

 

「そこだろ?」

 

「ゴホッ…!」

 

 避けようとした秤の腹に拳を叩き込んで吹き飛ばすとマウントをとって殴り掛かる。

 

『2番線から電車が発車します』

 

 それと同時に電車の放送が鳴り響く。もはや時間もないと判断した伏黒はすぐさま下にいる秤を殴り始める。が、ピンポイントで打点をずらされてイマイチ決定打に欠ける。しかしそれでも【玉犬】の力を得た伏黒。一撃、また一撃と攻撃を与える過程で秤の骨をへし折っていく。そして向かい側の駅のホームに夢がいないのと秤のブロックが解けて秤の顔面に伏黒の拳が突き刺さるのは同時だった。力無く手が落ちていくのを見た伏黒は殴って凹んだ秤の顔面から手を退けると立ち上がる。

 

「悪いとは言わねぇよ。治してやるからそれで勘弁してくれ、運に頼りすぎたアンタの負けだ」

 

 そう言うとある事に気がつく。それは未だに秤の個性が解けていない事に。まさか、と思い振り返ると夢が『終電無くなっちゃった…』と言ってこちらのホームに現れる。

 

 瞬間、クラスメイトの蛙吹から聞かされたことのある『あちらをタてれば』が流れ始める。それと同時に秤の体が元に戻り始めた。

 

「ふぃー…。やるなぁ、伏黒。マジで終わったかと思ったよ」

 

 そう言いながら上着を脱ぎ捨てて好戦的な笑みを浮かべながら体から妙なエネルギーを迸られる秤がそこにはいた。

 

「マジかよ…」

 

 気を失ってるか確認しなかった自身が悪かったとはいえ、これには伏黒は思わずと言葉を漏らすと結界型の個性が解除される。それと同時に相手が大当たりを引いていたのを思い出すとすぐさま若干トリップしている秤の顎を殴り飛ばすと揺らいだところにダメ押しで膝を叩き込む。口から血を吐いた秤にこれ以上は殺してしまうと判断した伏黒が攻撃の手を止める。

 

「ポウッ…!!」

 

 そして次の瞬間、秤の拳が伏黒の顔面をとらえた。凄まじい勢いをきっかけに壁を突き破って外に出ると地面と並行しながら飛んでいく伏黒に対して秤はダメ押しと言わんばかりに膝を叩き込む。

 

「痛えなぁッ!」

 

「ハッ」

 

 これを伏黒は飛ばされながら防御力に優れた【満象】に切り替えてから防ぐと叩き込まれた足を掴み、それと同時に今度は攻撃力に優れた【虎葬】に切り替えてぶん回すとその遠心力を利用して秤の頰に肘をぶつける。しかしぶつけた肘が振り切れることはなく秤ら押し返して伏黒に拳を叩き込もうとする。けれど伏黒は咄嗟にこの攻撃を回避する。回避と同時に先ほど避けた場所に大きなひび割れが見て取れると同時に伏黒は五体満足でなくてもいいと判断し、【鵺】に切り替えるとチャージが満タンだった電撃を用いて秤の腕を吹き飛ばした。それを見てすぐ様、仕留めようとするもの伏黒を蹴り飛ばして防ぐ。それに対して舌打ちをしながら勢いを流して向き直る。

 

「は?」

 

 するとそこには吹き飛ばした筈の腕がある秤がいた。後ろを見ても吹き飛んだ筈の腕がある。つまりは目の前の男は腕を生やしたと言うこととなる。まさかの事態に驚きはしたものの生え変わった腕で殴りかかった秤を伏黒は両手で防ぐ。そして、理解する。

 

「大当たりの演出は一定期間の間の超再生と肉体の超過強化か!」

 

「ビンゴォ!!」

 

 伏黒の答えにハイテンションとなった秤は両手を銃のような形にして指差すとそう叫ぶ。厄介な能力だがその反面、弱点もある。何せ流れているのが音楽である以上は少なくとも終わりは確実にくる。あの曲がフルであっても五分を超えることははまずないせいぜい4分程度。ここからどう捌くかと思考を巡らせていると、

 

「なぁ、伏黒。俺たち初対面だよな。何だって俺を頼りにきた」

 

 戦闘体勢を解いた秤が質問をしてきた。



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禪院家、そしてインターン⑦

 

 『なぁ、伏黒。俺たち初対面だよな。何だって俺を頼りにきた』。その質問が秤から飛び出すのは伏黒としては意外だった。何せこちらの質問を一切聴こうとせずに一方的に攻撃してくるのだから、最早分かりあうことは不可能だと思っていた。

 

「アンタが連中の情報を握ってると聞いてるからだ」

 

「だと思ったよ」

 

 そう言った瞬間、強化された秤の拳が伏黒目掛けて放たれた。伏黒は咄嗟に避けるとカウンターの要領で威力の増した一撃を秤に見舞う。しかし、これといって効いた素振りを見せることはなくそのままフルコン系の空手のように密着した状態で拳を放ち続ける。

 

「そういった情報の開示を求めるときは『一緒になって命懸けてください』だろうが!テメェの言う情報とやらはあのカスどもの裏で行ってたやつのことだろ!?だったら益々、命懸けじゃねぇか!今ここでやらなきゃなんねぇのは!"熱"を!俺に!伝えることだろうが!!それを言うに事欠いて人に言われてきましただぁ!?相澤のオッサンは何やってんだ!こう言うのを間引いとけよ!!」

 

「どうやらアンタと俺、マジで価値観が違うみてぇだな」

 

「あ゛あ゛ぁ!?」

 

 【玉犬】から【雷跳虎臥】に切り替えると伏黒は秤の体を掴んでぶん投げてからそう言う。伏黒の言葉に着地した秤は怒り狂いながら聞き返すと伏黒は特に何も表情を浮かべることなく話し始める。

 

「俺は部品だ。少しでも多くの善人が平等を享受できるようになる為の部品」

 

 伏黒がそう言い切ると秤は信じられないものを見る目で伏黒を見る。そして「オイオイ」と言いながら首を何度も横に振るうと怒鳴っていないのに先ほど以上の怒りを込めたのだとわかるような声で話す。

 

「マジかよ、お前。超つまんねぇじゃん」

 

「だったらどうしたい?」

 

「決まってんだろ。ぶっ壊してやるよ、そんな退屈なもん」

 

 伏黒の質問にそう返すと重心を低くし始める。それに対して伏黒は全身からチャージされた電撃を放って応える。そうして伏黒は電撃を放つのと同時に駆け出す。それに対して秤は追いかけていく。速度ではそこまででもないこともあって伏黒にあっさりと追いつくと再度戦闘が開始する。伏黒は秤の攻撃の重さを考慮して回避しながらの戦闘に及ぶが、秤は伏黒の攻撃を一切避けずに殴られたタイミングで攻撃を放つことで伏黒に対して絶対に攻撃を当てて行こうとする。秤のエネルギー体は不思議なことに威力の大小関係なく痛いのだ。例えるならばヤスリのついたバットで殴られたかのような痛みが毎度襲いかかる。

 

 そうして再度吹き飛ばされた伏黒は移った舞台にあった鉄柵を見つけると掴んで迷うことなく秤の頭に叩きつけるとよろめいた隙をついて今度はカチ上げるようにぶん殴る。すると【雷跳虎臥】の膂力と殴りつけた場所が頭ということもあってか、凄まじい勢いで血を流し始める秤。秤の顔の皮が剥がれるのを見届けのと同時にしこたま殴られたこともあり、チャージが完了した為、秤の頭部目掛けて再度電撃を放つ。頭が膨れ上がると目や鼻から血が出始める。しかし、

 

「死ぬかと思った、ぜっ!!」

 

 流石に頭部はマズったかと思っていた矢先に鼻から勢いよく電撃と血が漏れ出ていくとすぐに立て直して伏黒を殴り飛ばす。殴り飛ばされた伏黒は要らん気遣いだったとわかる。そして同時にサビが終わって聞こえてくるのが歌ではなく音楽のみだと知る。この音楽を聴いたのは少し前だったこともあるが特徴的だったこともあって制限時間はわかっている。間違いなく後8秒程度と文字通り秒読み。あとは適当に時間を稼ごうとしたのだが、相手はそうもいかず、秤の動きがさらに速くなっていく。それを見て相手も伏黒の電撃にも溜めがあるのだと伏黒は理解したことを察する。その読みは当たっていたようで、すぐ様仰け反った伏黒の顔面にワンツーをキメる。それに対して伏黒も攻撃を返すが、捌かれた挙句に体勢を崩されると腹にエルボーを叩き込んでくる。

 

「ゴハッ…!」

 

 威力もあってか伏黒が大きく息を吐き出す。そしてこれ以上はたまったもんじゃないといった様子で秤を突き飛ばす。その様子に勝ちを確信したのか、秤が追撃をかけようとする。

 

 瞬間、秤の腹が半分吹き飛んだ。伏黒はただ吹き飛ばされていたわけではない。吹き飛ばされるのと同時に自身の陰に潜ませていたサポートアイテム《如意金箍》を置き去りにしていた。気づかれる心配はあったが、ハイテンションとなった秤は気付かなかった。そして秤が勝ちを確信した瞬間、《如意金箍》に溜めていた電気を総開放。もう一つのサポートアイテムとは違って非殺傷用に制限されていない為、帰還電撃によって引き戻された電撃は容易く強化された秤の腹を抉った。そして個性の効果もあってすぐ様、怪我が治る。

 

 しかし、同時に音楽も終わり秤のラウンドが終了する。すぐさま個性を再発動させようとするもそれよりも速く伏黒はポーズを取ろうと前に出していた秤の両手目掛けて拳を放って吹き飛ばす。加減したとはいえ凄まじい力で殴られた秤の手は無事ではなく砕けていた。それを見た秤から力が抜けていくのがわかる。

 

「やっぱり手が起点ですか」

 

「……なんでだ。何でテメェはそうも強い!"熱"がない筈なんだろ!?」

 

「さっきも言ったが、俺は部品の一つでしかない。その役割を果たす為にもアンタが必要だ。仮に今ここで俺が負けていたとしてもアンタを何度も追いかけて付きまとう。―――秤先輩。アンタの役割って何だ」

 

 伏黒の気迫に秤は息を呑む。そして少し考えるような仕草を取ると目を瞑って力を完全に抜くと大きく息を吐いた。

 

「……仲間連れてこい」

 

「なに?」

 

「情報提供に応じてやるって言ってんだ、早くしろ」

 

「…どうした、いきなり」

 

「ウルセェ」

 

 そういうと秤は首だけそっぽ剥ける。伏黒は不思議そうにしていたが、秤は"熱"を愛する男。伏黒の放つ圧力から確かに"熱"を感じ取った。協力するにはそれだけで十分だった。

 

 

 伏黒は秤の言葉に従ってスマホからミルコに連絡して呼び出す。そして位置情報などを教えると限界が来たかのように伏黒はぶっ倒れた。

 

「やっと、倒れやがったか」

 

「騙し騙しだったんですよ。正直、【円鹿】がいなきゃ普通に負けてた」

 

 【円鹿】?と復唱する秤に伏黒は後ろを指差すと瓦礫の山から四つ目の鹿が現れる。伏黒に近づいていくとボコボコにされていた顔が目に見える速度で治り始めるのが見て取れる。それを見て秤は相手も自身と同様に体を治しながら戦っていた事に気がつく。

 

「あ゛ー、戦いから身を離しすぎたな。全っ然うまく動けた気がしねぇ。アイツ(円鹿)に気付けてなかったとか個性に振り回されすぎだろ」

 

「あれでフルスペックじゃねぇのかよ…」

 

 伏黒としては正直な話、何度も負けを想像させるような戦いであったにも関わらず相手は万全でなかったと言う。嘘や見栄の可能性は大いにあり得るが、相手の口調から本気で後悔がうかがえることから事実である可能性が高い。まさかの事実に戦々恐々としていると頭上からヒラリと赤い羽根の一部が伏黒に向けて落ちてくると伏黒の体を持ち上げた。突然のことに驚いて暴れそうになるが、持ち上げた犯人を見て誰だかわかった。

 

「速いですね、ホークスさん」

 

「マジでお手柄だよ伏黒君。彼が秤金次で間違いなさそうだね」

 

 ホークスがそう言うと羽で持ち上げていた伏黒を今度はいわゆるお姫様抱っこのように自身の両手で抱える。そして秤へと目線を向けると特徴的な真っ赤な巨大な【剛翼】から何枚かの羽が秤目掛けて飛んでいく。そして、まるで相手を囲うように展開する。それに対して秤は砕けた手を上に挙げて降参のポーズを取る。そして少し間を置いて凄まじい勢いで飛んできたミルコがミッドナイトを連れて強風を巻き起こしながら着地する。そして伏黒が抱えられていることに気がつくと近づき、背負われていたミッドナイトは秤のほうへと歩いていく。

 

「オイオイ、シャドシュピの奴、怪我こそねぇけど死にかけじゃねぇかッ!」

 

「そう思うんでしたら、声量を落としてください。個性のせいで頭が痛いんです」

 

「よし元気いっぱいだなッ!」

 

「話聞いてました?」

 

 伏黒の言葉をガン無視してミルコはガッハハ!と笑いながら頭をペチペチ叩いてくる。伏黒は倦怠感もあって動けこそしないが青筋を浮かべてキレていた。ミッドナイトはというとミルコの着地の衝撃で飛ばされて草むらに突っ込んだ秤の体を起こすと膝の上に頭を乗っけて話し始める。

 

「久しぶりね秤君」

 

「お久しぶりです、ミッドナイト先生」

 

「先生、ってまだ呼んでくれるのね。何で学校を辞めちゃったの?ねじれもミリオも環も悲しんでたわ」

 

「…あいつらを嫌いになったわけじゃない。単純な話、あそこではもう俺は心の底から笑えなかったからです」

 

「それでも私は雄英で人助けをしていた時の君が一番熱かったと思うわ」

 

 ミッドナイトは頭を撫でながらそう言うと秤はフン…とだけ言ってそっぽを向く。ミッドナイトの言葉にどこか照れ臭さそうな顔をして。そして3人のヒーローが揃ったのを見ると伏黒は秤に【円鹿】をけしかけて砕いた手を治させる。秤は治った手をグーパーさせて機能に不備がないかを確認すると伏黒と交渉った場所へと案内をする。そして何桁かのパスワード入力と指紋、虹彩などの認証を経て画面が開くとまとめられたファイルが目に入る。そうして本物か確かめる為にファイルを一つ開いてみると映像では何かしらの道具と金品を交換しているところが映る。ファイル全部に犯罪や裏取引の映像があるらしく、この数の犯罪があったのだとすると頭が痛くなる。そしてその内の一つのファイルを開く。そこには、

 

「禪院扇…」

 

「つまりこれって!」

 

「はい、間違いありません。決定的な証拠です」

 

 その言葉に場がワッ!と湧く。そしてしばらく待っているとそこにはヴィラン連合の1人である荼毘が映る。まさかのヴィラン連合の登場に驚いていると少しして後を追うように頭が魚介系の脳無が現れる。そして、荼毘が帰ると扇と脳無がその場に残る。扇が帰る後を脳無は追って行った。

 

「直毘人の死は決してヴィラン連合だけの仕業じゃなかった」

 

「つまり計画的犯行ってわけね」

 

「最近のでそれだ。言っとくが昔のはねぇぞ。直毘人がいたときはアフターケアが完璧すぎて証拠一つなかった。死んだ後っていうか襲撃後はかなり杜撰だったからな。今までが嘘みたいに証拠が取れたよ」

 

 衝撃の事実に伏黒が驚いていると、秤はそう言って幾つかのファイルをピックアップする。やはりと言うかそのどれもから犯罪の証拠である映像が流れ込んでくる。これで証拠も証言も揃った。あとはカチコミに行くだけとなったのだが、伏黒がそれに待ったをかけた。どうせなら一斉検挙をしようと提案する。方法としてはあと数日後に行われる『継宗の儀』には各地域に飛んだ禪院家の皆が集まるらしく、そのときならば一斉に捕まえられると伏黒が言うとホークスやミルコ、ミッドナイトも賛成する。そしてその際にホークスの方から秤に対して何かしら頼んでいた。

 

 それから数日間、伏黒と拳藤はミルコの元でヒーロー活動と並行して鍛錬に勤しんでいた。そして数日後、伏黒は禪院家本邸にて『継宗の儀』が執り行われることとなった。

 

 

「お似合いです、当主様」

 

 女中監修の元、着替え終わった伏黒にかけられた第一声はこれだった。鏡の前には黒紋付羽織袴を着こなした伏黒がいた。マフラーのようなものを巻いた首元を筆頭に禪院家の家紋が掘られた無地の白い羽織に、下に着ているのは黒いスウェットのような長着、そして袴は羽織と同様に白い無地のものでそれを黒い帯で締めているという格好だった。あの日、I・アイランドで着ていた服とは正反対とも取れる姿に伏黒は何かの因果すら感じた。そうして案内されるまま、外に出ると100を優に超えるほどの禪院家の人間がそこにはいた。

 

「ハァ…」

 

 人がゴミのようだとでも叫びたくなるような光景を前に伏黒は一度ため息を吐いて壇上に上がる。そしてあらかじめ暗記していた文章を読み上げようとした瞬間、伏黒の正面に巨大な両目が現れる。突然の事態に咄嗟に避けようとするも、体の筋繊維一つでも動かせなくなっている。

 

「ハイ、お疲れちゃん♡」

 

 そんな伏黒に対して心底心地良さそうな顔をして壇上に上がった直哉はそう告げた。

 

「蘭太の個性でよぉわからへんけど、その様子だと一体何事ってツラやね。ありていに言うとな?モロバレやで?君の行動」

 

 直哉は伏黒の行動がバレバレであったことを簡潔に告げる。何でも禪院家にあるタレコミがあったらしく、それは伏黒恵が禪院家のアラを探し回っているということだった。それを聞いた禪院家の対応は早かった。過去に禪院家との繋がりがあったとされる人間達に片っ端から釘を刺していったらしい。そして話を聞かれて情報を明かしても偽の情報を明かすように命令していた。

 

「いやー、最初は焦ってんで?流石の禪院家といえどトップランカー共に奇襲かけられたら危ういからな?だからランカーどもは散り散りにする為に俺が前もって協力者に教えとった場所に行かせとるわけや。後は向かわせた躯倶留隊の連中が逆に奇襲をかければ、ハイおしまい。君の裏切りのおかげで最後まで頑なに首を縦に降らんかった甚壱も蘭太もこっち側に着いた。夢見がちな男の子にはお似合いの末路やねぇ。―――ほな、さいなら」

 

 そう言うと直哉は懐にしまっていた匕首を抜くと迷うことなく伏黒の心臓を貫いた。念入りに何度も捻るという行為を加えて。そして匕首を抜き取ると同時に伏黒の前に展開されていた巨大な両目が消え失せると伏黒は崩れ落ち、口や心臓部から血を垂れ流しながら倒れる。その様子に直哉は遺体となった伏黒の顔面を蹴飛ばすと自身の持つスマホから流れる音楽を聞くとさらに上機嫌になる。何せ直哉に連絡が行くことで躯倶留隊の奇襲が成功し、こちらの勝利を告げることとなるからだ。

 

「ハァイ♡こちら『炳』筆頭こと禪院直哉。そっちの調子はどうや?躯倶留隊」

 

『HEY!リスナー!!ラジオDJでお馴染みのプレゼントマイクDA!躯倶留隊じゃあねぇぜぇ!!』

 

「は?」

 

 突如として直哉のスマホからプレゼントマイクの声が響き渡る。それと同時に伏黒の腹なら細長い何かが飛び出すと伏黒を縫い止める役割を果たしていた蘭太を筆頭に『灯』の大部分や一部の『炳』のメンバーの体を貫いて行く。そして最後に直哉のところに向けて突撃するが、これを直哉は咄嗟に個性を発動させて回避する。

 

「何やジブン!誰やぁ!!」

 

「エッジショットだ。そして先ほどの技は忍法【千枚通し・乱】だ」

 

「そんなんどうでもええ!!何でジブンがここにおるんや!?」

 

「随分と頭の血の巡りが悪いな禪院直哉。単純な話だ。お前の作戦とやらは初めから破綻してたのだよ」

 

 エッジショットがそう言い切ると同時に禪院家に影が出来る。何事かと影の伸びる先を見るとそこには大きく足を振り上げたMt.レディがいた。咄嗟に『炳』の1人が個性を発動させて防ごうとするも、速さも質量も足りることはなくMt.レディの振り下ろした足が禪院家の門を吹き飛ばす。そして次の瞬間、白い何かが飛び出すと凄まじい速度で禪院家の面々へと襲いかかった。

 

満月乱蹴(ルナラッシュ)ッッッ!!」

 

 不規則かつ高速で動き回りながら繰り出す連続蹴りは的確に禪院家の面々の意識を刈り取っていく。立て直した禪院家の面々は武器を取り出し攻撃を仕掛けようとするも、次の瞬間には撒き散らされいた眠り香が皆の意識を眠りの世界へと誘い始め、それら気絶したものに対してシンリンカムイは【ウルシ鎖牢】を発動させて縛り上げると被害の及ばない場所へと避難させる。そうして気がつけば禪院家の残りの人間も数える程度となった。

 

「いつからや!いつから気づいとった!」

 

「そんなもんお前らが手を打った時にはすでにこっちの行動は済んでたんだよ」

 

 直哉の叫びに土煙から現れた伏黒がなんて事無さそうに答える。つい先程殺害したはずの人間が向こう側で立っていることに唖然としていると伏黒の死体がバシャという音共に崩れ落ちるとウサギの形を型取り、伏黒の影に戻る。

 

「【脱兎】か!?」

 

「大正解」

 

 何の能力か当たりをつけた直哉の叫びに伏黒は正解だと言うと何故こうなったのかを簡単に説明した。直哉が仕掛けたと思っていたよりも前に伏黒達は禪院家関係者達に対してとっくに礼状を持って来てたのだ。そして減刑をして欲しかったら禪院家に嘘の情報を流せと言うことを命令する。結果、禪院家達は予想通りの行動をとって今に至ると言うわけだ。

 

 こうして始まった禪院家解体作戦。初手はヒーロー側の奇襲を持って良い切り出しとなった。



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拳藤一佳:ライジング


今回の話は反省もしてなければ後悔もしてません


 

 

 奇襲をもって動揺することで禪院家の場がガタガタになったところに更なる追い打ちをかけるべく、伏黒が突っ込んで行った瞬間、空から大量の巨大な拳が迫ってくるのがわかった。

 

「巨大な拳、甚壱か!」

 

 伏黒の言葉の通り巨大の拳の前には大きく腕を振りかぶっている甚壱がおり、甚壱が振り下ろした瞬間、背後に浮かぶ拳の動きが本人の拳と連動するように動き始める。幾つもの巨大な拳はミルコやシンリンカムイ、Mt.レディ目掛けて一斉に墜落してくる。そして発生する絨毯爆撃と見紛うほどの衝撃。降り注ぐ拳が一発一発着弾するごとに禪院家の美しい庭にクレーターが出来上がって行く。

 

「舐めてんじゃねぇぞ、おっさんッ!【 踵月輪(ルナリング)】ッッ!!」

 

 それでもヒーロー側もただやられているわけではなく、土と血で顔面を汚したミルコが甚壱の作り上げた巨大な拳を足場に駆け上がると空中で開脚してからの前方胴回し回転蹴りを放つ。甚壱は先ほどのように巨大な拳を放つのではなく防壁のように何重にも重ねてミルコの攻撃を防いで弾こうとするが、威力は甚大だったのと空中ということもあって吹き飛ばされる。しかし、残していた巨大な拳が開くとミルコを掴んで地面に向けて落下していった。

 

「ミルコさんッ!」

 

「お前の相手は私だ小娘」

 

 ミルコの安否を気にして叫んだ拳藤に扇が切り掛かる。これに対して拳藤は個性を発動させて拳を巨大化させると器用に刀を避けて扇を掴むと向いの建物目掛けて投擲する。そしてミルコに目線を向けると立ち上がったミルコに扇を仕留めるように命じられると投擲した方へと駆け出した。

 

「そんじゃ、残った君は俺とやろか」

 

「直哉ッ」

 

 そして伏黒には立て直した直哉が飛びかかってきた。飛びかかると同時に直哉は伏黒目掛けて回転することで2度蹴飛ばすが伏黒は難なくそれを捌き切りると着地した直哉目掛けて殴り掛かる。すると、直哉の体が加速し始めると伏黒の攻撃を難なく回避するとすれ違い様に伏黒の体に触れると後ろに回り込む。伏黒は咄嗟に振り返ろうとした時、次の瞬間には拳を振り切った直哉と腹のあたりに強い衝撃が走った自分がいた。まるで時間が1秒飛んだかのように感じたような感覚に混乱こそしたが、【嵌合纏】による強化された肉体によってなんとか堪える。

 

「場所を移すぞ」

 

 そうして逃げようとする直哉の胸ぐらを掴んでここでの戦闘で互いに巻き込まないことも考慮して扇と拳藤がいた場所とは別の方向に投げ飛ばす。そして飛んでいく直哉を伏黒は追いかけるとそれぞれ戦いの舞台が三つに分けられた。

 

 

「何だここ…」

 

 禪院扇を吹き飛ばしたことで壁に開いた大穴から入った拳藤は思わずといった様子で呟く。そこは途中までは外側の和風様式と同様に木造建築であった。しかし、そこから先の通路が異質だった。地下へと向かうその通路はまるで無理矢理掘り進めて作ったかのような通路に通路の一定間隔で支えとして使われていると思われるコの字型の木の枠。そしてその木の枠に吊り下げられたランタンは現代のような電力式ではなく、オイルランタンとかなり古臭いものだった。初めは戸惑いこそしたが、通路から負傷でもしたのか血の跡がてんてんと見て取れる。

 

「虎穴に入らずんば何とやら、だ。ビビんな私」

 

 一瞬、罠の可能性も頭に浮かんだが、伏黒からあらかじめ聞かされていた扇の個性は【逆境】。少なくともブラドのような血を操るタイプの個性とは違うこともあって顔を何度か叩いて前に進むことを選択した。凸凹な道に急な坂と少なくとも使用者の考慮を一切筈いた作りに辟易していると、急に明るくなる。そして降りた先にはこれまた想像もつかないようなコンクリート張りの通路だった。

 

「どうなってんだよ、この家…」

 

 代わる代わる造りの違う家の有り様を見せられる。まるでこの歪さこそが禪院家の有り様であると見せつけられるように。そうして嫌な予感が過った拳藤は早足になって駆けつけると思わず見上げてしまうほど大きな黒塗りの鉄扉が開いていた。そこを潜るとそこには

 

「逃げるのは辞めたのか?禪院扇」

 

「逃げたのではない。お前がここに誘い込まれたのだ。小娘よ」

 

 無傷の扇がそこにはいた。血の跡はブラフかと思ったが、服に血のシミが見て取れるあたり決してブラフではない。ならば何故なのか?拳藤が様子見していると扇の刀が変わっていることに気がつく。そして、理解した。

 

「組屋蹂造の個性武器か」

 

「個性武器?…ああ、これのことか。我々はこれを呪具と呼んでいる」

 

 その言葉に扇の眉がぴくりと動くのが見て取れるのと同時に組屋蹂造の作品の正式名称を述べる。思いの外感情豊かなんだな、と拳藤が言う。すると、その言葉に対してなのか機嫌を損ねたように不機嫌そうな声で扇は話始める。そして深々と腰を落として片手を刀の方に添えると居合の構えを取る。それを見た拳藤も同じく構えを取る。

 

「小娘。何故前当主が私ではなく直毘人だったか知ってるか?」

 

「知らねぇよ。お前らのお家事情なんて微塵も知らないからな」

 

 扇の質問に拳藤が答えると同時に扇は詰め寄ると構えから刀を握りしめて拳藤の腰目掛けて抜刀する。それに対して拳藤は長物相手には間合いを詰めることを知っていた為、扇が駆けるのと同時に拳藤も間合いを詰めると腰目掛けて迫り来る斬撃を拳で叩いて弾くと互いにすれ違う。そして振り向きざまに片手から両手に持ち直した扇が下段から切り上げようとするも加速し切るよりも前に瞬間的に個性を発動させて加速させた拳藤の拳が刀をへし折る。それに驚いた扇の隙をついて再度拳を拡大させて振るうと勢いよく扇の後ろに回り込むと勢いを利用したアッパーを放つ。

 

 すでにこちら側に振り返って獲物を構えているが、獲物はへし折れた以上は防ぎようが無い。仕留めた。その思考が拳藤の頭によぎるのと同時に本当に防ぐ手立てがないのかという考えが過ぎる。瞬間、情報集めが完了してからひたすら行い続けた鍛錬でのミルコの言葉が頭を過ぎる。

 

『戦う時は相手の目から絶対に逸らすんじゃねぇぞ!目は口ほどものを言う!追い詰められたフリをしても目の奥にあるギラつきは隠しきれねぇもんだからなッ!』

 

 その言葉を思い出した拳藤は扇の目を見る。扇の目には敗北は愚か負けの考えなど微塵も見てとれなかった。それを理解した瞬間、もう片方の手を無理矢理大きくすることで自重によって体勢を崩させる。そして扇にあてる筈だったアッパーを無理矢理そらして振り切ると同時に個性を発動させて勢いのままくるくると回ってその場から回避する。

 

「…よく避けたな」

 

「避けれてねぇよッ」

 

「殺す気だったのに殺せなかった。ならばハズレだよ」

 

 するとそこには刀を振り切った様子の扇がいた。扇は拳藤が逃げた場所に目線を向けると素直に感心した様子で褒める。そんな様子に拳藤は睨みつけながら吠える。そして吠えると同時に拳藤の足元に向けて血が勢いよく垂れ流れ始める。血が流れ出ている起点を見ると、拳藤の指が6本になっていた。

 

「チクショウ…完全に増強系だとおもってたッ…」

 

「?…ああ、なるほど伏黒恵から私の個性について聞いてたのか。それで追い詰められれば追い詰められるほど身体能力が増す、個性だと。残念ながらハズレだ」

 

 痛みに対して必死に堪えながらそう呟く。扇は拳藤の言動に訝しむがすぐに拳藤の想像していた自身の個性の内容を否定すると拳藤によってへし折られた刀を見せつける。そこにはへし折れた先を補うように炎で刃を形成していた。これこそが禪院扇の個性【逆境】の真の姿。追い詰められれば追い詰められるほど()の火力が増していく。追い詰められなければマッチ一本分にも満たない程度の火力。しかし、ある程度追い詰められれば人の体を焼き切るほどの威力へと変貌を遂げる。

 

「そういえばまだ何で私が前当主になれなかったのか言ってなかったな」

 

「それはどうして何で?」

 

「何故私が当主になれなかったか…。それは私の子供が出来損ないだったからだ…!!」

 

 自己愛と自己憐憫をこれでもかと詰めた言葉を放つと同時に自分の為に本気で涙を流していた。その様子に拳藤は一瞬、焼き切られた自身の手のことを忘れるほど驚く。

 

 そしてそんな拳藤の隙を扇が見逃すはずも無く、個性武器によって強化された五体を用いて拳藤の負傷した掌を蹴り飛ばして痛みによって身動きを封じるとすぐさま両の足を地面につけると上段から袈裟懸けに斬ろうとする。しかしそれに対して拳藤はもう一度個性を発動させて刀と自身の間に拳を挟み込むことで無理矢理防ぐ。しかし、命の引き換えに得た代償はあまりにも大きく個性の起点でもある拳藤の個性がほぼ封じられた状態となった。それと同時に刃の形を保っていた炎が鎮火するの扇が見届けると拳藤の腹に蹴りを叩き込んで出入り口に〆縄が施された地下室へと叩き込んだ。

 

「カハッ…!」

 

「私と直毘人との間に差はなかった。個性の性能もそれを扱う力量も兄に遅れをとったことなどなかった。唯一、子供の出来を除いて。私の種から生まれたのが双子の女。女だけでも許せんというのに挙句凶兆を知らせる双子ときた。それでも私は寛容だった。せめて個性がまともならまだ許そうと思った。にも関わらず判明したのは片や没個性で片や無個性と何の生産性も産まない穀潰しだった」

 

「ツッッ…。それでッ…ご自慢のお子さん達はッ、どこに?」

 

「そこにいるだろう」

 

 地下室の仕掛けを利用して新しい刀を取り出すと拳藤の後ろへと指を指す。そして痛みに耐え抜いていた拳藤の頭があり得てはならない答えへと行き着く。まさかと思いながら振り返る。そこには小さな子供ほどの大きさの白骨死体が転がっていた。

 

「――――――――」

 

 それを見た拳藤の思考が真っ白に染まる。そんな拳藤を気にすることなくそこに転がっている死体の経緯を説明し始める。何でも最後の情けで殺し合ってどちらか片方が生き残れば生かしてやろうと言ったらしい。それでも双子は殺し合うことができなかったのか、2人仲良く逝ったのだと言う。それに対して扇はまさに出来損ないの極みと吐き捨てる。それを聞いた拳藤の頭からブツっという何かが千切れるような音が聞こえる。

 

「ああ、よくわかったよ」

 

「わかってくれたか?」

 

「テメェが当主になれなかったのはテメェが自分の娘を平気で殺せるクソ野郎だったからって気付いたんだよ」

 

 そう断言し切る拳藤の言葉に対して扇は呆れたようにため息を吐くと刀を抜いて近づいていくと大きく振り上げる。

 

「せめてもの情けだ一太刀で逝かせてやる」

 

 そう言うと同時に扇は拳藤の脳天目掛けて刀を勢いよく振り下ろした。それに対して拳藤は手の痛みなど忘れて手を巨大化させて受けた後に目の前の扇をどう倒すかだけを考える。すると、一向に手から感じるはずの痛みがこない。切り落とされたかと思ったが、それだったら自身が未だに死んでいないことがおかしいと思わされる。

 

「なんだ、それは…」

 

 扇の皺がれた声が聞こえてくる。それに対して拳藤が顔を上げると自身の手が巨大化していないことに気がつく。その代わりに自身の手の周りを覆う黒縁のオレンジ色のオーラが現れていた。

 

「はっ?」

 

 これには拳藤も唖然とする。どんな個性にも理屈は存在している。例えば八百万百、彼女の個性は【創造】である。しかし、何もノーリスクで想像できるわけではない。創造するにあたって自身の資質を消費するという面が存在している。例えば爆豪勝己、彼の個性は【爆破】である。彼の爆破もまた何の理屈もなしに掌から爆破を放てているわけではない。彼の汗腺から滲み出る汗はかなり特殊でニトロとよく似た成分を有しており、それを用いて爆破しているのだ。ならば拳藤一佳ならばどうだろう。一体どうやって【大拳】が発動しているというのか。それは彼女が個性を発動させるのと同時に彼女の手を広げるべく、個性因子がエネルギー体に変換されるのを用いて拡大するとされている。しかし、この考えは間違っていた。彼女の手を拡大していたエネルギーこそが彼女の個性そのものだったのだ。掌という固い蛹から扇の付けた傷を通して揺籃から解き放たれたエネルギーは拳藤の真の個性となって顕現した。

 

 拳藤は今このエネルギー体が何なのかわからない。しかし、これだけは本能でハッキリとわかる。このエネルギー体は自身の体の一部(個性)であるということを。それを理解した瞬間、いつものように手を拡大させる感覚でエネルギー体を操ろうとする。すると、手を覆っていたエネルギー体は大きな掌へと姿を変える。それを見た扇は咄嗟に離れようとするものそれよりも早くエネルギーの掌が扇をガッチリと掴むと残った手で扇を殴り飛ばした。

 

「ぐおッッッッ!?」

 

 突然の事態にも関わらず咄嗟に個性武器の能力である硬化を発動させるも凄まじい威力は衝撃を完全に消すことが出来なかった。

 

「なるほど、ね」

 

 突如として湧いてきたエネルギー体と固いものを殴った感覚はあっても一切手を痛めなかったという事実に拳藤の頭は興奮からエンドルフィンを分泌し痛みを消していく。試しに離れた扇に向けて大きく手を振りかぶる。そして振り下ろす瞬間、今まで出来なかったほど拡大出来た大きな手となった。手のひらは扇目掛けて襲いかかるも相手は候補者とはいえ名だたる禪院家の中から3人のみに引き絞られ当主に選ばれるはずだった扇。驚きこそしたが、回避すると刀を起点に今までで最高潮の炎を噴き出す。

 

「個性解放、【焦眉之赳(しょうびのきゅう)】!!!」

 

 荒々しく燃え盛る炎は扇の身の丈と同等かそれ以上の長さの炎の刃を形成する。

 

「来い!!小娘ぇぇ!!!!」

 

 形成させた炎の刃を持って今度こそトドメを刺すべく突撃する。それに対して拳藤は両手のエネルギーを今まで以上に大きな手に変えると胸を大きく逸らしてのけ反ると接触まで残り3メートルを切ったあたりで大きく柏手を打つ。そうして生じた風圧は剣先から放たれようとしていた炎をあらぬ方向へと飛ばし、生じた音圧は扇の鼓膜をいとも容易く破壊した。猫騙しのように目の前で拍手をされた影響で扇は麻痺して動けなくなるほどの衝撃を与えられる。そうして生まれた隙を拳藤は見逃さず、エネルギーで形成された大きな手を扇にぶつけると凄まじい勢いで飛んでいき、柱を何本かぶち抜くと扇の体は奥の壁にぶつかったところで止まった。

 

「ふーっ…終わっ、たぁ…」

 

 意識がなくなったのを見た拳藤は思わずといった様子で大きく息を吐くとエンドルフィンが切れた影響で思い出したかのように手が痛み始める。それでもまた復活されて暴れられては困ると学校側から支給されている様々な耐性を持つとされている捕縛布で扇を捕縛すると今度こそその場に崩れ落ちて仰向けになる。

 

「要、検証だな…」

 

 大きく切れた自身の掌を眺めてそう呟くと拳藤は少しだけ休むことを決めた。

 

 ――――禪院扇vs 拳藤一佳

 

 勝者、拳藤一佳。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 




拳藤一佳
個性【大拳】→【オーラフィスト】

 手自体を大きくするのではなく、手から滲み出るオーラを手の形を模って大きさを自由に調整できるというもの。利点は膂力が増しているにも関わらず、重さが無く常時大きいままでぶん回しても筋力の負担がない点が挙げられる。勢いは変わっていないどころか上がっているため、手を動かした衝撃を用いての高速移動は今でも出来る。大きくすればするほど力が強くなるのは【大拳】と同じだが、大きくしすぎると壊れやすいというデメリットもある。イメージ的には七つの大罪に登場するメリオダスが序盤に暴走した時に見せた闇を手に変えるあれ。完全に独自解釈で生まれた産物です。批判も何もかも受け入れる覚悟はあります。


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伏黒恵:ライジング

 

 とある男の話をしよう。その男は幼少期の頃から自他共に全てを与えられたと思っていた。他人よりも優れた才能、他人よりも優れた容姿、他人よりも優れた家柄、他人よりも優れた体躯。皆が皆、その男を讃えていた。いずれはその男の父に取って代わってその家の王となる日が来る日も近いと言われるほどに。ある日のこと、なんて事はないいつもの昼下がり。まだ少年であった頃の男はとある話を聞いた。実力至上主義にして個性至上主義である実家にいるに関わらず、しかも強さを求められる筈の男でありながら個性は愚か個性因子すら1ミリも持たない落ちこぼれがいるのだと。少年は気になった。どんなショボくれた顔をした男なのだろうと、どんだけ惨めな顔して生きているのだろうと。心躍らせながら部屋を駆け巡る。ワクワクと楽しく探し続ける。

 

 そうして少年は念願の個性因子すら持たない現代では生きていけない筈の生き物と出会った。しかし、見かけたと同時に抱いたものは期待とは全く異なるものだった。彼はそこで他と隔絶した圧倒的な強さを持つ者が存在するということを知る。理の外を歩む怪物の姿を。種を超越した生き物の在り方を。そして悟った真の意味で罪深いという事は弱いままで強さを知らないということを。

 

「だからこそ、俺は失望したんや。甚爾くんの息子であるにも関わらず出てきたのは腑抜けた顔したクソガキやったんだもの。ああ、君のことやで?伏黒くん」

 

 そうして過去を振り返っていた直哉は呆れたように肩で息をしている伏黒に話しかける。それに対して伏黒は未だに直哉の個性について把握し兼ねていた。わかっているのは1秒ごとに直哉の体が加速していくのと、触れられた場合、意識がない為断言はできないが1秒間強制的にフリーズさせられるという事だ。

 

「言いたい事は以上か?」

 

「わかってへんなぁ。俺が心優しく教えてあげてんねんで?勝てへんって」

 

「ご親切にどうもッ」

 

 ニヤニヤと笑う直哉には腹が立つが、事実その通りだ。いかんせん速すぎる。そのせいで秤のときのように式神を呼び出してから戦うという選択肢が無いほどに。曲がり角などを用いて減速させようとしたのだが、どういう理屈からかは知らないがいっさい減速する気配が見れない。ただの加速型の個性でないのと何故か手数が変わらないことに疑問を抱くと同時にそれが攻略の手口であると考える。

 

「フーッ…」

 

 伏黒は大きく息を吐くと【嵌合纏】を発動させる。そして影の中にいる【玉犬】と【鵺】を組み合わせる事で新たな式神である【顎吐】を生み出すと纏う。攻守走いずれも高水準な【玉犬】に【鵺】の電撃を用いて自分の肉体に負荷をかけることで、限界を超えた反射速度を加算させる。長期決戦では明らかにこちらが不利だと判断した伏黒は単騎決戦を【嵌合纏】として選んだ。ついでにタンク役も呼び出そうとしたのだが、

 

「無駄やて。このくだり何回やらせるん?」

 

 いつの間にか間合いを詰めた直哉に伏黒は手を弾かれると近接戦闘が勃発した。直哉は伏黒の顔面の経穴である晴明・四白・神庭・迎香・下関・承漿へと部位に応じて打つ型を変えながら殴り掛かるが、伏黒は【玉犬】の肉体を得るのと同時に強化された反射神経を用いて捌き続けると同時に「1、2、3、4、5」と放たれる攻撃の数を数え続ける。そうして20を超えた辺りで直哉は伏黒の手を掴む。その瞬間、伏黒の体が二次元状になると同時にフリーズする。そしてその伏黒目掛けて直哉は加速した体を用いて全力の飛び蹴りを叩き込む。その勢いは凄まじく、伏黒ごと禪院家の演習場として使われている岩山の一部をぶち抜くほどだった。

 

 そうして蹴りの勢いのまま伏黒はナンバウンドかして着地しようとするも、それよりも早く先回りしていた直哉が空中に舞う、伏黒目掛けて蹴りを叩き込む。速度の乗った蹴りは容易く伏黒を吹き飛ばすと叩きつけられた場所に小さめのクレーターが出来上がる。

 

「13、14、15、16……」

 

 ボソボソと伏黒はカウントを続けながら起き上がってその場から離れようとするもののまたもや直哉に吹き飛ばされる。そして転げ回る伏黒の足を掴むと自身の速度を利用して岩壁に引き摺り回すとトドメと言わんばかりに何回転もして遠心力を高めるとその勢いのまま岩山に伏黒を叩きつけた。

 

「ここまでやって俺に1発も当てられへんなんて。ほんまに宝の持ち腐れやね」

 

「19、20、21、23、24。…わかった」

 

「あ゛ぁ?何がじゃ」

 

「お前の個性、自分の動きを1秒間に24分割してるだろ」

 

 伏黒の言葉に直哉から笑みが消える。伏黒はただ攻撃を受けていたわけではない。元々、疑問はあった。あの時の攻撃はフリーズさせずとも自身を屠ることができたにも関わらず、どういう訳かフリーズさせて蹴飛ばすと追撃はせずにどうしてから遠回りして再度攻撃を始めていた。そのため伏黒は攻撃を捌いたり受けたりする最中に攻撃の数をカウントした。そしてどの攻撃も24度までであることがわかった。

 

「ついでに言うと俺にも24分割の行動を強制している。しくじったら強制的にフリーズするってところか?」

 

「なんやその頭は飾りやないんやね、安心したで」

 

 少し意外そうな顔をすると直哉は伏黒の考察に対して肯定した。そうこれこそ、禪院直哉の個性【投射】である。自らの視界を画角として「1秒間の動きを24の瞬間に分割したイメージ」を予め頭の中で作り、その後それを実際に自身の体で後追い(トレース)するというもの。動きを作ることに成功すればトレースは自動で行われる。ただし、動きを作るのに失敗するか、成功してもそれが過度に物理法則や軌道を無視した動き(例えば加速度が大きすぎる動きなど)であればフリーズして1秒間全く動けなくなってしまうというデメリットが存在する。

 

 さらに、個性使用者の手に触れられた者にも同じ効果を適用することができる。この作用は敵にもメリットがあるように思えるが、実際には触れられてから1/24秒という短い時間で動きを作ることを強制され、個性の情報や特別な訓練なしで即座に24コマ分の動きを正しく作るのはまず不可能なので、事実上は触れた相手を強制的に1秒間フリーズさせる技として機能する。このフリーズは術をかけられた者には自覚が無いらしく、相手からするとまるで時間が1秒飛んだかのように感じてしまうため対処は容易ではない。

 

「まぁ、それでも今更やね。あんだけバカスカ殴っておいて効かへん事ないやろ?」

 

 トン、トン、トンとその場で何度か軽く飛んだ瞬間、伏黒の目の前から直哉の姿が消える。そして伏黒の周りをぐるっと回って背後に回り込もうとすると、伏黒はそれに合わせて掌底を放つ。直哉はそれに驚きはしたものの難なく回避すると伏黒の腹に一撃見舞う。

 

「残念。こっちはカウンターを前提で動き作っとんのや」

 

「チッ!」

 

 そう言う直哉に伏黒は再度組み立て直そうとすると足から力が抜けた感覚が起きる。何事かと目線を向けると自身の腹から夥しい量の血が溢れ出ていた。殴るや抜き手などではつく筈の無い怪我に伏黒はすぐに刃物によるものだと当たりをつける。

 

「あんまりにもしつこいから使わせてもろたで、獲物。【円鹿】を調伏出来てるのは知っとる。止血に気を回しながらどこまで俺とやれるか試してみよか」

 

「獲物は引っ込めるんだな」

 

 伏黒は全身から少しずつ冷めていく熱に焦りを感じながらも【嵌合纏】を【顎吐】から【円鹿】に切り替えると少しでも時間を稼ぐために血を払って匕首を引っ込める直哉を指摘する。するとどうやら直哉は武器持ってる人間がダサく見えるらしい。実力のあるものなら大概は五体で戦うのだとか。ケラケラと笑いながら直哉はそう言うと再度伏黒を見据える。

 

「で、怪我治すための時間稼ぎは済んだ?」

 

 そして伏黒の目論見をあっさりと見透かすと伏黒はここまでだど思い【魔虚羅】を呼び出そうとする。しかし、それよりも早く加速した直哉が伏黒を岸壁めがけて殴り飛ばして中断させる。そして頭を打った衝撃で【嵌合纏】が解け、伏黒の意識が沈んでいく。

 

 

 場面は数日前に戻る。禪院家の不正の事実を明らかにした一行に課せられた内容は各自、作戦実行までの間に牙を研ぎ澄ましておく事だった。

 

「ハイ、また私の勝ちだな」

 

 そして圧縮訓練の時と同様に格上相手に鍛錬をつけて貰えば短期間でより深い知見と新たなる発見を得られるのでは無いかと拳藤と伏黒は頭を下げてミルコに相手して貰っていた。そして今この瞬間、私服姿の伏黒は同じく私服姿のミルコに転がされていた。個性有りで怪我した場合は伏黒が癒すというルールの元で行われている鍛錬なのだが、拳藤は攻撃を当てられているのに対して伏黒だけは何故か攻撃を当てられはしても本当に数えられる程度しかできなかった。

 

 何故こうも上手くいかないのだ。伏黒は悔しそうに俯いて何故なのか思考を巡らせているとミルコから衝撃的な言葉を発せられる。

 

「シャドシュピ。本気の出し方知らねぇだろ」

 

「は?」

 

 ミルコの言葉に伏黒は思わずと言った様子で反応するとミルコの言葉の意味を噛み砕く。そして言っている意味がわかるのと同時に伏黒の視界が真っ赤に染まるほどの激情が伏黒を支配した。

 

「俺が本気でやってないって言うんですか!?」

 

「やってないじゃ無くて、出来てねぇんだよ。そうだなぁ…、お前さぁ」

 

 何であの日、逃げずに【魔虚羅】を呼び出したんだ?

 

 ミルコの言葉に伏黒は一瞬、何を言ってるのか理解できずにいた。何だってミルコが伏黒の秘中の秘である筈の【魔虚羅】を知っているのか。それに関しては伏黒を預かるにあたって公安から説明を受けていたらしく、何かあったら速攻で対処できるようにする為だったらしい。

 

「自分が死んでもオールマイトに勝たせたかったか?それはご立派」

 

 しかし拳藤はあの日の状況では例え伏黒の個性を持っていたとしても常に最善を考えながら逃げられるように考えていたと断言する。別にあの日の選択肢が悪かったわけでは無い。チームは団体競技。それぞれに役割があるのだから。しかし、ヒーローはあくまでも個人競技であるとミルコは言う。

 

「他のヒーローとの連携は重要でしょうに」

 

「まぁなッ!一理あるッ!でもよ、()。周りに何人人がいようが―――死ぬ時は独りだぞ?」

 

 鍛錬の直後ということもあって座り込む伏黒にミルコは目線を合わせるとそう断言する。そして言葉を続ける。曰く、伏黒は自他を最小評価した材料でしか組み立てができない。少し未来の強くなった自分を想像できないのだと。これはひとえに伏黒の【魔虚羅】と言う特級のジョーカーを持っているが故の悪癖。最悪自分が死ねば全て解決できると思ってるようではトップ10は愚かマイナーなヒーローにすらなれないと言う。

 

「『死んで勝つ』と『死んで()勝つ』は全く違うぞ、恵。本気でやれ!もっと欲張ってけ!」

 

 そう言うといつの間にか額に持ってきていた手でデコピンすると伏黒を驚かせる。そんな様子を見たミルコはニシシと笑ってその場を後にした。

 

 

 そうして最近の出来事を思い出したのと同時に伏黒の意識は浮上する。近づいてくる直哉を前に伏黒はどうしたものかと考えを巡らせると。フッ、と笑い。

 

「やめだ」

 

 両手をあげてあっけらかんと宣言する。突拍子もない伏黒の様子を見た直哉は不思議そうに見てくる。

 

「影の奥行きを全て引き出す……形は秤先輩のがいいなぁ…」

 

 ブツブツと呟きながら想像する。限界を超えた未来の自分を。個性を持つ者の成長曲線は必ずしも一定かつ緩やかでは無い。確かな土俵、一握りのセンスと想像力。後は些細なキッカケで人はいくらでも変わりうる。高い戦闘能力を持ちながらも行き過ぎるほどの慎重な性格と、奥の手を持ち合わせたが故の考えが災いしていた伏黒の殻が今、破れようとしていた。

 

「やってやるよ!!」

 

 普段の伏黒からは想像し得ないほど荒々しく笑うと両手を前で合わせる。いつものように動物を模るのではなく結ぶ印相は薬師如来印。それを見た直哉は被る。かつて自身の目で収めた天与の暴君の姿と。発動させてはマズイ。そう思いながら個性を発動させようとするも、それはあまりにも遅かった。

 

「領 域 展 開ッ!!」

 

 

 

嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)

 

 

 

 その言葉と共に伏黒を中心に影が溢れ出るとドーム状になって巨大な脊髄骨が浮かぶ液状化した影で埋め尽くされた空間が出来上がった。あまりの光景に影の国へと引き摺り込まれた直哉から笑みと余裕が完全に消え失せる。

 

「ハハッ!!」

 

「何っ、じゃこりゃあッ…!」

 

 目や鼻、口から流れ出る血を無視して笑い飛ばす伏黒。それでは正反対に思わずと言った様子で呟きながら動揺する直哉。が、直哉はすぐに自信がやることは変わらないと判断すると個性を発動させてこの空間を作り上げたであろう伏黒を叩き潰すべく突撃しようとする。しかし、足が何か引っ掛かったように動かない。何事かと目線を向けるとそこには大量の【蝦蟇】が直哉の足を掴んでいた。

 

「しまっ…!」

 

 その事実に直哉は言葉を漏らすよりも前にあらかじめ決めてあった動きができなかったと言う罰が降る。直哉が二次元的なボードに成り替わりフリーズする。それを伏黒は見逃すことなく【嵌合纏】で【虎葬】を纏うと迷うことなく顔面を殴り飛ばす。プシューッという勢いと共に鼻血を出して吹き飛んでいく直哉を待ち構えていたのはいつの間にか現れていたもう1人の伏黒が【蝦蟇】の背中に乗ってサーフボードのように軽やかに移動する勢いを利用して背中を思いっきり蹴り飛ばす。

 

 痛みにうめきながらも直哉は腰に穿いていた匕首を殴り飛ばした伏黒の眉間目掛けて投擲する。すると寸分違わず眉間に命中して伏黒は膝から崩れ落ちる。それを見た直哉は思わずニヤけるが崩れた伏黒が影になったのを見て偽物であると理解するのと影から飛び出してきた2羽の【鵺】が直哉を吹き飛ばすのは同時だった。ボロボロになっていく直哉目掛けて数多の式神が殺到していく。

 

「俺が負けるかァァァァァァァァァ!!!」

 

 しかし、相手は禪院家で最強の男。こんなところで諦めるわけがなかった。殺到していく式神を片っ端からフリーズさせて破壊していくと今度は加速し始める。先ほどと同様に足を絡め取ろうとすると出来ないことに気がつく。それは土壇場に直哉が考案した【投射】の応用。個性【投射】の「1秒間フリーズ」を応用して、あらかじめ決めていた軌道に沿うように足元の空気を何層にも分けて空間に固定してその上を歩いていたのだ。

 

 そして決意する。もう2度と止まらないと。ちまちまとした攻撃はやめて自身の持つ最高速度で打ち抜くのだと。そうこうしているうちに直哉の速度が亜音速に突入する。これを喰らえばさしもの伏黒とて一撃で死に絶えるのは間違いない。にも関わらず、伏黒は笑うと大きく腕を広げて待ち構える。するとすれ違い様に直哉が伏黒を叩く。触れられてから1/24秒という短い時間で動きを作ることを強制され、術式の情報や特別な訓練なしで即座に24コマ分の動きを正しく作るのはまず不可能。その間も直哉はトップスピードを維持したまま伏黒目掛けて突っ込んでくる。そして伏黒の頸椎目掛けて蹴りを放った瞬間、自身の視界に拳のみが映り込んだ。

 

「この結界内は俺の身体の中そのものみたいなもんだ。理屈はわかっても捉えられなかったお前の動きがよくわかったよ」

 

「このッ!偽も゛ッ!!」

 

 何かを言い切るよりも前に伏黒の拳が直哉の顔面を捉える。亜音速で突っ込んできた人間に対するカウンター。それはたとえオールマイトであっても耐えられる代物では無い。頬骨どころか鼻っ柱も砕いて目玉が片方潰れると凄まじい勢いで飛んでいき結界の外へと誘われる。最終的に壁に叩きつけられると飛んでいくのが終わる。

 

「……疲れた」

 

 それを見届けるとハイになってた状態が解けて素面に戻る。そして思わずと言った様子でそう呟き倒れ込む。そしてそのまま伏黒の意識は闇の中へと消え去っていった。

 

 ――――禪院直哉vs 伏黒恵

 

 勝者、伏黒恵。

 

 



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禪院家、そしてインターン⑧

 

「クッ…クックック、ツメが甘いんじゃ。出涸らしがァ…!!」

 

 直哉は這いずっていた。信じられないことにあのカウンターを喰らってもなお、意識を保っていたのだ。戦闘音も聞こえなくなり、このままでは捕まるのが目に見えていた。故ににっくき怨敵を前に残った歯で歯軋りをしながら這いずるように去ると禪院家でも一部の人間しか知り得ない通路へと行こうとする。勝ち誇った笑みで伏黒を罵倒するが、既に彼の命運は尽きていた。

 

 背中の腰部分から凄まじい激痛が走る。何事かと思い目線を向けるとそこには扇の妻が自身の腰に包丁を突き刺していた。

 

「〜〜〜ざっけんなや!!個性も使えん!!ドブカス……がぁ!!」

 

「ああ、生きててよかった…」

 

 そう呟くと再度包丁を振り下ろすべく大きく振りかぶる。しかしそれよりも早くヒーローが駆けつけると扇の妻を捕縛。そして刺された以外にも重傷を負った直哉は病院に搬送されリカバリーガールの治癒の後、タルタロスへと収監された。

 

 こうして1000年以上にもわたって栄華を誇り続けた禪院家の幕は閉じた。

 

 

「よく生きてたな」

 

「お前もな」

 

 新幹線に揺られながら雄英へと帰宅している伏黒と拳藤はあれほどの死地を乗り越えたということをあらためて実感していた。

 

 伏黒が目を覚ましたのは禪院家を解体する作戦が行われた次の日だった。どうやらミルコ達の方も上手くやったらしく、甚壱を仕留めた後に扇を撃破した拳藤と直哉を撃破した伏黒を回収して病院に届けるくらいの余裕はあったらしい。そのことを朝目を覚ますと同じ病室で寝ていた両手を包帯でぐるぐる巻きにした拳藤と見舞いに来たミルコから聞いた。

 

 そしてそれ以降の日からが大変だった。何せ、京都の裏側を牛耳っていた日本最古にして最大の一族が没落したのだ。しかも捕まったのは禪院家の一族だけでなく、その一族が行ってた悪事に関与していた者もだ。秤の証拠をもとに片っ端から一斉検挙。その数は禪院家の一族を合わせれば4桁を優に超えるらしい。おまけに人数も異常だが、質も異常だ。何せ捕まったのは中小企業の社長を筆頭に有名企業の京都支店のお偉いさん方や一部のヒーロー、警察の上層部など幅広かった。それほどの数の人間がとっ捕まったのはオールマイトが台頭して以降、最大規模と言うこともあって情報大好きなマスコミ達が喰らい付かない筈がなかった。

 

「まさか病室にマスコミ達がカチコミに来るとはなぁ…」

 

「アイツらが禪院家襲撃に参加してた方が良かったんじゃねぇの」

 

 遠い目をしてハハ、と笑う拳藤と思い出した伏黒が思わずと言った様子で思いっきりため息を吐いていた。どこからかリークしたのかわからないが、伏黒と拳藤が禪院家の解体に一役買っていたのと禪院家の中でも幹部と報道されていた扇と直哉をとっ捕まえたのが2人だと知られたのだ。その結果、怪我なんて知ったこっちゃねぇ!みたいなテンションで押しかけてきた。咄嗟にヒーローが防ごうとしたのだが、時すでに遅し。以前の段階でテレビに出てた伏黒と職場体験先でCMでテレビ出演を果たしてた拳藤も顔バレ名前バレ住所バレの3連コンボを果たした。

 

「それにしてもお前の個性が進化したって聞いた時は流石に驚いたよ。ミルコさんも滅茶苦茶褒めてたしな」

 

「進化ってよりはこれが私の個性の本来の姿みたいなもんだけどな」

 

 思い出すと舌打ちをしたくなるような思い出を忘れるように他の話題に話を移す。伏黒の言葉に対してそう言うと拳藤は自身の手からオレンジ色のオーラを放ち始める。どうやら扇との戦闘で個性が蛹から蝶へと羽化したように拳藤の個性が本来の姿へと至ったらしい。これを入院中に見せられた時は伏黒も果物持って現れたミルコも驚いたていた。今はまだわからないことだらけだが、そのオーラは拳藤からすれば軽い癖して相手からすると重いという不可思議な性質を持っているのは伏黒が身をもって知っている。

 

「ネックだった【大拳】の重量による動きの阻害の解消や純粋な個性の出力の増強、形が不定形だからやれることも多い。伏黒、私はまだまだ強くなるぞ」

 

「そりゃあ、めでたいな」

 

「私のことを言ってるけどお前も大概だからな?禪院直哉との戦いで何があったのかは知らないけどさぁ。お前が目を覚ました時、雰囲気が変わっててビックリしたぞ」

 

 その言葉に伏黒はあの時の領域展開を思い出す。何もかもが吹っ切れて考えることも煩わしく思えるような感覚を。だけどあの感覚を全て味わい尽くすよりも前に直哉が倒れてしまった。恐らくだが、あのままあの全能感を味わえていたら至れていたかもしれない。個性の核心そのものに。

 

「伏黒…?おい、伏黒!」

 

「ん?ああ、何だ?」

 

「何だじゃねぇよ驚かせやがって。まだ痛むのか?」

 

「そのあたりは【円鹿】で治してたから問題ねぇよ。いやな、結局タルタロス送りは2人だけだったなと思ってな」

 

「扇と直哉のことか?」

 

 考え込みすぎて反応のなかった伏黒に拳藤が慌てた様子で話しかけてくるのを伏黒は捕まった禪院家の皆の話をすることで逸らした。一斉検挙後の禪院家の行く末なのだが、禪院甚壱、蘭太や躯倶留隊の部下達を除いた面々の終身刑が言い渡された。特にヴィラン連合と共謀して脳無を呼び込み前当主を殺した扇と雄英の生徒である伏黒を殺すように扇動したとされている直哉はタルタロス行きが確定した。本来であれば裁判などがある筈なのだが、出てきた罪の数が多すぎたこともあってオール・フォー・ワンの時と同様に異例の速さで罪が確定した。その際に知ったのだが、どうやら直哉は扇の妻に腰を刺された影響で神経に甚大なダメージを与えられて2度と立てなくなったらしい。強さに執着した直哉にとって個性そのものを奪われたと言うことは一体どれほど辛い現実となるのか想像に難くない。

 

「それにしても濃い2週間だったな…」

 

「ああ、本当にな。未だに世間ではオールマイトがいなくなったことで浮かんでた心配を払拭するのに足りる事件だって騒いでた。感慨深く感じるし、私は今回のことを忘れないよ」

 

「禪院家を崩壊させたという事実を忘れるってことは無いだろ」

 

 伏黒の呆れたような言葉に拳藤は違いないと言って朗らかに笑い飛ばす。そして少しすると新幹線が止まり、雄英がある駅へと辿り着く。そしてホームから出て歩いて雄英へと向かった。道中で禪院家のことで通行人に揉みくちゃにされたことなどがあったが、なんとか切り抜けて実に2週間ぶりに見る雄英高校へと到着した。

 

「それじゃあ此処で」

 

「うん。またね、伏黒」

 

 そう言って互いに寮が違うこともあってそれぞれの道へと足を運び始める伏黒と拳藤。少し懐かしく感じる道を歩いていくと学生寮である《ハイツアライランス》に到着する。伏黒は大きく息を吐くと寮の扉に手をかけた。扉を開けてまず初めに目に写ったのは私服姿のA組の皆の姿だった。伏黒としては確実に何名かは上にいるくらいには思っていた為、正直これには意外だと思った。

 

「あー…なんだ、その…ただいま?」

 

 2週間という短期間であったとはいえ、久々の邂逅と二度と会えないと思っていた節もあった為、少々戸惑いながらも無難な挨拶を選択する。玄関先にいる伏黒を見たA組の面々は少しだけ固まる。そして次の瞬間、

 

「「「「「「おかえりーーーーー!!!!」」」」」

 

 一斉に伏黒目掛けてA組の皆が駆け出した。

 

「帰ってきたァァァァァ!!伏黒が帰ってきたぞォォォ!!」「ニュース見たぞ、オイ!!」「お騒がせさん☆」「帰ってくるって言ってたけど、禪院家滅ぼしてから来るかぁ!?」「無事で何より」「伏黒ちゃん、疲れたでしょう。今は休みなさい」「ケッ!」「伏黒君!禪院家の連中に何かされなかった!?」「待て待て皆んな!落ち着きたまえ!」

 

 そして口々に伏黒の安否を気にする声を十人十色にかけてくる。わいの、わいのと騒がしくなっていく寮内に伏黒はポカンとしている。帰ってきただけで複数名の人間達に歓迎されていることは伏黒にとっても初めてのことだった。伏黒は騒がしいのが嫌いとまで言わないが苦手な部類に入る。故に雄英に入ってすぐは戸惑いを覚えたりもした。しかし、今この瞬間、久々に会えた彼らの騒がしさが伏黒にとってとても心地良く感じられる。その事実に伏黒は思わずと言った様子で笑ってしまう。とりわけ反応が顕著だったのは八百万だった。伏黒の姿を視認した瞬間、伏黒目掛けて抱きついたのだ。伏黒はギョッとしていると少しだけ肩が震えていることに気がつく。

 

「本当に…本当に…心配、でしたのよ」

 

「八百万…」

 

 発した声もどこか涙で濡れていた。彼女も彼女で自身のことを案じていたのだと知った伏黒はどこか感慨深く思っている。取り敢えず、抱きしめたまま頭を撫でて宥めていると飯田の方から声をかけられていたことを思い出す。

 

「心配してくれてありがとよ。飯田も事情聴取の時とかで休めたから問題ねぇよ」

 

「むぅ…。それならばいいんだが…」

 

「それに疲れてたって言うんなら、緑谷や麗日、切島、蛙吹だってそうだろ?聞いたぞ、死穢八斎會の一件。滅茶苦茶、大変だったらしいじゃねぇか」

 

「伏黒君のやったことに比べれば一歩どころか100歩も劣るよッ…!?」

 

「1000年以上も続いた家を完全に潰しましたからね」

 

「そう言えばさ。緑谷とかは伏黒呼びだけど今は禪院と伏黒、どっちで呼べばいいんだ?」

 

「禪院家は滅ぼしたからな。もう禪院じゃねぇ、今は伏黒だ」

 

 伏黒がなんて事無さそうな顔してそう答えると皆が安心したような態度を取る。その後、伏黒が無事であった事もあって帰ってくると聞いた時に企画していたパーティを開くこととなる。その際に禪院家ではどんな生活を送っていたのか、どんな相手と戦ったのかを聞かれた。他にも伏黒が必殺技を新しく作れて今ではA組の全員がかりでも完封できると言った瞬間、好戦的な爆豪が反応して一悶着あったなどして心から楽しんでいた。就寝時間となりパーティが終了すると片付けを手伝おうとした伏黒に皆は今日は休んでくれと言われ、風呂を入った後に自身の部屋へと戻る。

 

「たった、2週間ぽっちなのに久々に感じるな…」

 

 荷物が戻されいつの間にか元の配置に戻っていた自身の部屋を見て思わずそう呟く。そうしてベッドに寝転がり電気を消すと目を閉じる。久々に心地よい眠りが出来そうだと思いながら伏黒は眠りについた。



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インターン、そして模擬戦

 

 いつの間にか9月も終わり10月を迎え、夏の気配はすっかり消え去り寒暖の差も激しくなってきた。あれから伏黒を含めたインターン組はオールマイト、相澤引率のもとナイトアイの葬式へ参列した。伏黒が初めてナイトアイ訃報を聞かされた時はなんの冗談かと、タチが悪すぎる冗談だと思い緑谷に聞き返した。しかし冗談ではなかった。おまけにミリオの個性が死穢八斎會の一件で完全に使えなくなっていることを本人から直々に見せつけられた時は恩人が2人も再起不能になっている事実に泣きそうになった。

 

 今回、葬式に参列できたのは伏黒が職場体験先で選んでいた事や元々インターン先がナイトアイの事務所であった事、そして何よりナイトアイとミリオ、センチピーダーにバブルガールが伏黒のことを気に入っていて参列出来たならと言ってきたからだ。伏黒は参列した際にナイトアイの顔を見ることができた。初めて見る死体を前に伏黒はナイトアイも酷く穏かやな顔が出来るのだと的外れなことを思えた。葬式を終えて後に聞いた話なのだが、インターンは学校とヒーロー事務所の話し合いの末 しばらく様子を見ることになり、ナイトアイの事務所はサイドキックのセンチピーダーが引き継ぎ、ミリオの帰りを待つことになった。そして慌ただしくはあったが、禪院家を犠牲なく終えた。にも関わらず、他の場所で知った人間が死んだという事実に伏黒がショックを受けながらでも平穏な日常へと戻っていく。

 

「アマリ美シイ問イデハナイガ コノ定積分ヲ計算セヨ。正解ノ分カル者ハ挙手ヲ」

 

 4限目に受けることとなった数学で担当はエクトプラズム。エクトプラズムは数学を得意としている。その上、好きであるが故に独りよがりな授業をせず万人に分かるように授業を進行する。しかし、そんな彼にも悪癖がある。それはたまに問題を出す際に自身の趣味に走ることだ。「明らかに今の一年坊に解けるわけないだろ」みたいな難問や、「え?その問題ってそうなんの?」みたいなトリッキーな問題など様々だ。因みに今回は前者の方。エクトプラズムの出した定積分の応用問題に頭を悩ませる生徒達。難易度はかなり高く。個性の都合もあってA組どころか1〜3年生を含めてもなお、頭の良さが上澄に位置づけられる八百万が計算の手を一時的に止めるほどだった。他にも上鳴のように戦意喪失しているものもいれば、緑谷のように懸命にペンを動かしているものもいる。伏黒はというと禪院家にいた間にも勉強を欠かしたことはないが、それでも出てきた難題ぶりに頭を悩ませていた。すると、近くでブツブツと呟きながらペンを動かし続けていた緑谷がペンを置いて元気よく手を上げる。

 

「緑谷!」

 

「107/14です!!」

 

 珍しく気合の入った答え方に伏黒は驚きつつも緑谷が自身と同じ答えに至ったことを知る。結果的にこの場でエクトプラズムが緑谷の答えをあっているか間違っているの判断で伏黒の正否も決まる。そして結果は

 

「不正解!」

 

 残念なことに不正解。残念そうな顔をして座る緑谷を見送ると伏黒は自身の計算式を見つめ直す。そしてある部分に間違いを見つけるのと八百万が答えを導き出すのは全く同時だった。

 

「107/28ですわ!」

 

「正解!デハ、次ノページへ行クゾ」

 

 どうやら八百万の答えは正解だったらしく、エクトプラズムは元気よく八百万の答えに正解を言い渡す。そして次のページへと移行する。その後はこれといって奇抜な問題が出ることはなく、4限目も終わって昼食の時間となる。それ以降はこれといって特筆すべきイベントが起こらずにその日は終わった。

 

 

 そして次の日、緑谷が珍しく遅刻しかけたことを除けばいつも通りの日常、というわけにもいかなかった。伏黒が登校した時から目線は伏黒へと注がれていた。その目には一人先んじたことに対する嫉妬や誰よりも早く大々的にテレビに出ることになった(・・・・・・・・・・・・)伏黒に対する好奇の視線だった。そしてミッドナイトの授業が終わって休み時間が訪れると峰田と蛙吹が寄ってきた。

 

「おいおい見ろよ伏黒ぉ!!テレビに映っちまってるぜ!」

 

「ケロ。伏黒ちゃんは前もクリエイターを捕縛したことでテレビには出てるわ。でも、今回は話題が話題だけにおもっきしテレビの主題として出されてわね」

 

 実は昨日の放課後に相澤がテレビ局から伏黒を雄英高校からでいいから出演できないかと言う話があがったのだ。なんでも禪院家の主要人物である禪院直哉を捉えたことやホークスとミルコから告げられた禪院家崩壊の立役者としてインタビューをしたいのだとか。これに対して伏黒では無くA組の皆は大盛り上がり。クラスメイトの一人が誰よりも早くテレビ出演することを一人除いて歓迎していた。伏黒としても断る理由もない為、受けることにした。そして寮の応接間で一時間半にも登るインタビューを3本違う会社から行われた。

 

「お前の幼馴染もノリノリじゃねぇか!」

 

 スマホを見せつけてくる峰田に対して伏黒はスマホに流れるニュースに目を通す。どうやらテレビ出演を頼まれていたのは伏黒だけではないらしく、同じく禪院家において主要人物であった禪院扇をひっ捕えた拳藤にも声が掛かっていた。内容は禪院家との戦闘を通して何を得たのかや、幼馴染らしいがクラスは違っても仲はいいのかなどそこそこ多岐に渡った。その中でも伏黒のとある発言が話題となった。

 

「なーにが『その人に揺るぎない人間性があればそれ以上は求めません』だ!えぇ!?イケ黒君よぉ〜!」

 

「とってもカッコよかったわ、伏黒ちゃん」

 

「イケ黒はやめろ。あと、ありがとう梅雨ちゃん」

 

 目を血走らせながら詰め寄ってくる峰田に対して伏黒は顔を背け、ケロケロと笑いながら褒めてくれた蛙吹に対しては素直に礼を言った。一番初めに来た取材の人に最後あたりになって二人の好みのタイプの人について聞かれたのだが、拳藤は『強く、芯の一本通った泥臭い男』と答えた。そして伏黒はというと少し悩んだ末に取り敢えずといった様子でそう答えた。するとこのセリフが女性陣に対してかなり好印象だったらしい。元々雄英体育祭やクリエイターの事件、そして何より伏黒のルックスも相まってそこそこあった伏黒の女性人気が上がった。そして伏黒の男性人気が下がって拳藤の男性人気が上がった。

 

 やいのやいのと盛り上がっていると今度は上鳴の禪院家の一件をきっかけにエッジショット、Mt.レディ、シンリンカムイの3人が『ラーカーズ』という名のチームを組んだらしい。それを通して芦戸からプロになったらチームを作ろうという話題が出ながら必殺技の特訓があるのでコスチューム等の準備をして体育館γへと向かった。

 

 

 そして体育館γへと訪れるとすでに待機していたセメントスから今回の課題をだされる。それは以前課せられた『最低でも二つ必殺技を作る』が出来ていない人間は必殺技の開発に尽力し、出来ているものは更なる発展を行うように指示が下される。

 

安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)!!」

 

 すると切島がいの一番に必殺技を公開する。使用と同時に全身から軋むような重低音が響き渡り、同時に激しく火花を散らし続ける。 そして全身が普段の硬化時よりもさらに刺々しい形状となり、その姿は正に全身凶器と呼ぶのに相応しい姿となった。

 

「おっ!」

 

「それが言ってた新必殺技か?」

 

「応よ!ところで伏黒!おまえに余裕があればでいいんだが、硬度を高める為にも俺のことをしこたまぶん殴ってくんねぇか!?」

 

「字面がヤベェがよくわかった。だが、俺の訓練と並行でいいか?」

 

 伏黒は切島の訓練の参加に対して自身の訓練と並行ならと条件をつけてOKを出した。それに対して切島も問題無さそうに了承する。そして伏黒はコミュ強である芦戸と切島に皆を集めてくれないかと頼む。その言葉に二人は不思議そうにしていたが、断る理由もないため皆を集め始める。二人に声をかけられたクラスメイトが一人また一人と増えていく。そして最後の一人に具合を悪くした青山を保健室へと運んでいった緑谷が来ると青山を除いたA組の皆が伏黒の前に出揃った。

 

「で?俺たちの訓練の手を止めてまで、なんのようだ影野郎ォ?」

 

「単刀直入に言おう。お前ら全員と俺とでバトってくれないか?」

 

「オイオイオイ、人気者になった反動でアホになったんか、アアァン!?」

 

 伏黒の言葉にメンチをきってくる爆豪を筆頭に他の面々からも困惑の雰囲気が流れ出してくる。それに対して伏黒は説明をする。自身は格下相手であれば多対一を経験したことはあっても拮抗した人間との多対一を経験したことがない。そこでその経験をするのと同時に自身の考案した新必殺技の調整をしたいのだと頼み込む。

 

「無茶よ伏黒ちゃん。あれから私達も強くなったのよ」

 

「蛙女の言う通りだ。テメェが負けちまっても俺は慰めてやんねぇからなぁ!」

 

「そんなこと一言も言ってないわ、爆豪ちゃん」

 

「それに関しては問題ない。負けたら負けたで課題が見つかる。スタートは俺が必殺技を使ってからでいいか?」

 

 構わねぇよ、という爆豪の言葉と共に他のクラスメイト達も自然と近接型、中距離型、遠距離型と陣形を取りはじめる。それを見た伏黒はクラスメイト達の陣形が完成すると共に乗仏教における如来の一尊で、夜叉の武将集団「十二神将」を従える薬師如来の印を結ぶと必殺技を起動する。

 

「領域展開――――【嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)】」

 

 その言葉と共に伏黒とクラスメイト達を取り巻く世界が巨大な腰椎が浮かぶ液状化した影で埋め尽くされる。

 

「嘘だろぉ!?」「何これー!?」「伏黒君、こんな事もできたのか!?」「これは、凄まじいわ…」「影の、王国」

 

 皆が一様に伏黒から放たれた【嵌合暗翳庭】を前に驚きを隠せないでいた。すると伏黒はそんな様子を気にする事なく【玉犬】、【鵺】、【満象】、【蝦蟇】、【虎葬】、【脱兎】、【円鹿】と伏黒の持つ全式神を呼び出す。伏黒から聞かされていた一度に呼び出せる式神は2体までというルールを逸脱した光景に皆が驚く。すると、【円鹿】を除いた【玉犬】、【鵺】、【満象】、【蝦蟇】、【虎葬】、【脱兎】がクラスメイト達目掛けて一斉に襲い掛かり始めた。

 

「皆さん、構えてください!確かに伏黒さんの能力は圧倒的ですが、手数の多さでは未だにこちらが上です!」

 

「んなこと、わかってらァァァ!!!」

 

 異様な世界に皆が飲まれかけていると立て直した八百万が大きな声を出して皆の正気を取り戻させる。すると、それと同時に爆豪が自身の個性を用いて伏黒に突っ込む。【玉犬】、【鵺】、【満象】、【蝦蟇】、【虎葬】、【脱兎】の突撃を漕ぎように隙間を縫うようにして回避していくとガラ空きになった伏黒目掛けて飛びかかる。

 

「派手な技ァ、撃ってハイになったのかァ!?式神全部使うとかアホの極みだなァ、オイ!!」

 

 守る式神も回復特化で特に戦闘能力の無い【円鹿】。防ぐ手立てのない伏黒目掛けて好戦的な笑みを浮かべた爆豪は爆破で回転させる事で加速し始める。

 

爆破式(エクス)バンカーッ!!」

 

 技名を言い放つと同時に小規模の榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)とも言える大振りの一撃を伏黒目掛けて放つ。しかし、伏黒はいつの間にか発動させていた【嵌合纏】で強化されていた五体を用いて爆豪の手首を的確に蹴り飛ばす事で弾くと呆然とする爆豪目掛けて伏黒の足元から現れたもう一人の伏黒が空中で飛んでいる爆豪の足を掴むと投げ飛ばす。爆豪は影で出来た液体状の地面を数回バウンドするもすぐに爆破で体勢を立て直すと信じられないといった顔で伏黒を見ると同時にあることに気がつく。それは一向に他のクラスメイト達が来ないという事だ。すると後ろから聞こえてくる凄まじい音に爆豪は振り返った。

 

「どうなってやがる…なんだってテメェの同じ式神が何体もいやがるッッ!!」

 

 そこには上から落ちてきた【満象】を支える切島、突っ込んでくる【満象】を支える障子と砂藤、電撃を一斉に放ってくる10羽の【鵺】の攻撃を捌く上鳴と八百万、5匹ほどの【蝦蟇】によって縛り上げられる峰田や葉隠、15匹の【玉犬】によって気絶させられた多数のクラスメイトとそれに抗う緑谷、3匹の【虎葬】の攻撃をなんとか防ぎ続ける轟の姿があった。それを見た爆豪は思わずといった様子で叫ぶ。

 

「これが【嵌合暗翳庭】の能力。影絵を作らずに影を無尽蔵に式神を呼び出し、変化させて攻撃したり、影で自分自身の分身や囮を作って自在に撹乱を可能とした姿だ」

 

 爆豪は伏黒の言葉と共に自身が相手を前に目線を外していたことに気がつくと伏黒が消えていることに気がつく。すると自身の側頭部を高速で迫ってきた何かが殴り飛ばしてくる。なんとか目で追うとそれは影から影へ。360°ありとあらゆる方向から高速移動を繰り返しながら目にも止まらぬ連打を爆豪に叩き込んでいく。途中までは何とか捌けたものの最後に足元から飛び出してきた【蝦蟇】によって両腕を縛られ動きを封じられると伏黒は爆豪の顎を的確に捉える。

 

「なんちゃって『ファントムメナス』。俺は影から影へ移動できるからな、こういうことも出来るんだ」

 

 伏黒の言葉と共に爆豪は崩れ落ちていく。それを見届けた伏黒は残る面々を仕留めるべく足を運んだ。そして伏黒は5分程度でA組の面々を仕留めることに成功した。

 

 そうして全てが終わった後に皆から新必殺技のことを問い詰められたりリベンジを望むものにもう一度やるように言われたりなどして1日は過ぎて行った。



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模擬戦、そして文化祭①

 

 10月を迎えて早数日。ちょくちょくあるオンデマンドでは埋めきれなかった分の補習にも慣れ始めた頃、寝袋にミノムシのように包まれた相澤が珍しく前置き無しに学生にとっての重大イベントを発表する。

 

「文化祭をやります」

 

「「「「「ガッポォォォイッ!!」」」」」

 

 相澤による一大イベントの告知。しかもこれといって負荷のない青春イベントを前に生徒一同は学校っぽいと言い切らずに略してしまうほどに舞い上がる。しかしそこに意外な人物が待ったをかける。

 

「いいんですか!?このご時世にお気楽じゃあ!?」

 

「切島!?」「お前、変わっちまったなぁ…」

 

「でも、そーだろ!このヴィラン隆盛のこの時期に!!」

 

 なんとビックリ、飯田でも少しビビリな峰田でもなくクラスの中でも盛り上げ役として一役買っている切島だった。伏黒的に見てもかなり意外だったため、少し驚いた。しかし、その変化はとても良いものとしても感じられた。すると確かにもっともな意見だという事で相澤の方から説明がいった。当たり前のことだが、雄英も他の学校でもそうだが、学校はヒーロー科だけで回っているわけではない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら文化祭は他のサポート科や普通科、経営科の生徒たちが主役となっている。その注目度は体育祭ほどでは無いにせよサポート科や普通科、経営科の生徒達にとって楽しみな催しとなっている。それに単純に楽しむだけでなく、サポート科では自身の傑作を披露してプレゼンをし、会社に売り込むことも出来るのだとか。もっと言ってしまえば現状、全寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じてる者も少なからずいるらしい。

 

 それを聞いた切島は申し訳無さそうな顔をして席に着く。そしてそれを見た相澤からの説明は続いた。そう簡単に自粛とするわけにもいかないとのこと。今年は例年と異なり ごく一部の関係者を除き学内だけでの文化祭になるらしい。

 

「主役じゃないとは言ったが決まりとして1クラス1つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう……」

 

 そう言うとクラス委員長の飯田と副委員長の八百万に後は全投して寝袋に包まるとそのまま眠りについた。あいも変わらずな光景に最早誰も突っ込むことはなく飯田から何か案がないかを聞かれる。すると、栓を切ったかのように風が巻き起こるのでは無いかという勢いで皆が挙手し始める。そうして集まった案は以下の通り。

 

○メイド喫茶(上鳴)

○腕相撲大会(切島)

○ビックリハウス(葉隠)

○おもちやさん(麗日)

○暗黒学徒の宴(常闇)

○ダンス(芦戸)

○オッパブ(峰田)

○コント(耳郎)

○郷土史研究発表会(飯田)

○殺し合い〜デスマッチ〜(爆豪)

○ふれあい動物園(口田)

○タコ焼き屋(障子)

○アジアンカフェ(瀬呂)

○演舞発表会(尾白)

○お勉強会(八百万)

○ヒーロークイズ(緑谷)

○手打ち蕎麦屋(轟)

○僕の煌めきショー(青山)

○カエルの歌合唱(蛙吹)

○クレープ屋(砂藤)

 

「一通り皆からの意見は出揃ったかな」

 

 黒板に書かれた文化祭の出し物の案を見てふむ、と納得する飯田。ここまで案が出揃うと何気に壮観だと伏黒は思わされる。オッパブを除いて。そうして八百万が手元のタブレットを用いて不適切、実現不可、よく分からないものは消去していく。そうして「暗黒学徒の宴」、「オッパブ」、「殺し合い〜デスマッチ〜」、「僕の煌めきショー」の4つが削除された。案を挙げた爆豪、峰田、青山、常闇からクレームが入る。しかし、伏黒から見てもこの4つは意味不明。特にオッパブとか出店しようもんならA組が潰れる。そして追加で退屈という事もあって「勉強会」と「郷土史研究発表会」を取り消される。そうこうしていると皆の意見が錯綜しあっていき、収拾が付かなくなってきた。それに対して伏黒は手を挙げる。

 

「む!どうした伏黒君!」

 

「俺としてはメイド喫茶とクレープ屋も反対だわ」

 

「えぇ!?」

 

「なんでだよぉ!?」

 

 第一候補として挙げられた2つの案を伏黒が否定すると案を出した砂藤、上鳴から批判の声が上がる。それに対して伏黒は根本的な問題を挙げる事で対処する。

 

「メイド喫茶はいい線いってると思うぞ?『見る』『聞く』『食べる』の内、A組の女子はレベルが高いからな『見る』と『聞く』は満たせてる」

 

「お、おう。お前たまに凄いどストレートに言ってくるよな。見ろよ周りの女子ども照れてるからな?」

 

「それは後で確認するよ。で、肝心の『食べる』の面なんだが…。勝てるのか?ランチラッシュ先生の作る飯に」

 

 伏黒の言葉に皆が気づいた。ランチラッシュとは雄英高校で育ち盛りの高校生の食事事情を支えている、ある意味で雄英の屋台骨である。コック帽と制服を身にまとい、顔にはパイプが付いた機械的なマスクを着けていると、コックを意識したコスチュームを着ている。そんな彼の作る料理なのだが、贔屓目に言っても一流。その料理の出来栄えは普段から良いもん食べているであろう、八百万の舌を唸らせるほど。おまけに学生でも手が出る範囲で出せる安価っぷりはどう足掻いても食事の出し物ではランチラッシュの下位互換となる。

 

 100歩譲ってデザートという面では八百万に太鼓判を押された事もあってランチラッシュと良い勝負が出来る砂藤ならばどうにか土俵に上げられると思う。しかし、料理とは複雑な方程式のような物で少しでもミスがあれば答えが出なくなるのと同じように、一気に味が落ちる。砂藤以外にも料理を出来るのはいるがあくまでも家庭的の枠組みを出ない。故に必然的に料理面では砂藤に任せることとなるという負担が一人に寄りかかるのが目に見えている事もあって却下。メイド喫茶で女性陣を全面に出した見た目を重視するだけなど、負けず嫌いの多いヒーロー科の皆が納得するわけも無し。

 

「じゃあ!伏黒はどんな案があるってんだよぉ!?」

 

「ん?」

 

「確かに…君からはまだだったな。取り敢えずで良いから出してみてくれないか?」

 

 上鳴が否定するなら代わりに案を出せと言われ、それに乗った飯田を見ると少し藪蛇だったかと思う伏黒。少し考えるが、色んな意味で貧困だった小中学生生活で文化祭などは流して過ごしていた事もあり、少ない考えを用いて必死に考える。少し悩んでいるとふと、ある考えへと行き着く。

 

「劇とかはどうだ?」

 

「…ベタだけど良くね!?」

 

 伏黒の案に上鳴はいいんじゃないのかと反応する。劇の欠点としては配役やセリフ、舞台装置などを考えることに多少は手間取ることだ。しかしそれ以外はヒーロー科という世界にいる面々にとってはメリットしか存在しない。例えば教室をバッチリ装飾していくことや演技をするキャストなどを用いた『見る』という面。観客の近くでセリフを言う事もあって今後、メディアを相手にする時でも問題なく喋れるようにする『聞かせる』という訓練にもなる。それに劇である以上は普通のしゃべり方でも特に不自然ではない。おまけに体育館や教室を使った演劇なら、舞台の作成や教室の装飾に大きな労力が求められるため、出演するキャストと出演しないスタッフとの差を縮めやすいという利点も存在している。皆も良いアイデアではないかと納得しているのを見ると決定となる。その直前に伏黒のスマホから着信音が鳴る。

 

「伏黒くん!音で遮られる事もあるからやめたまえ!授業の時は電源を切れとは言わないがせめてマナーモードにするといい!」

 

「悪かった。…って、拳藤からだわ」

 

「拳藤って、伏黒の恋人の?」

 

 芦戸の質問にまだ恋人ではないと返す。そして来た連絡に目を通す。それを見た伏黒は思わずと言った様子で目を閉じる。そして、

 

「飯田」

 

「む!なんだ、伏黒くん!」

 

「劇の案、やっぱり無しで。B組と被ったわ」

 

「「「「「……ええぇぇぇぇぇぇぇ!!??」」」」」

 

 伏黒の発言に皆が一斉に驚愕する。拳藤とついでに物間から送られてきたと思われる煽り文も添えたLINEの内容なのだが、どうやらB組の文化祭の内容が劇であるということだった。しかし、それを聞いて納得するA組では無く相手が確定してもいないかもしれないのに辞めたくはないという意見も出る。それもそうだと思いながら伏黒が拳藤にそっちの案はもう通って他の教師達にも伝えた後なのかと聞く。すると、答えは無常にも通った後だという返答が返ってくる。それを伏黒が伝えるのと教室にHR終了の鐘が響き渡るのは同時だった。鐘の音と共に寝袋から出てきた相澤が扉に向かいながら皆に向かって、実に非合理的な会だったと言い切るとこう言い残した。

 

「お前ら明日朝までに決めておけ。決まらなかった場合…公開座学にする!」

 

 と。もはやいつもの授業内容の垂れ流しを文化祭でやるという暴挙を言い渡す。他の生徒であれば脅しだと流すが、相手は合理主義と有言実行の塊であるイレイザーヘッド。クラスメイト達はそのことを把握していた為、急ぎ今日中に出し物を決めようということとなった。

 

 

「まさか補習と被るとはな…」

 

「こればっかしは仕方ねぇよ」

 

 そうして皆が文化祭に向けて意見を出し合おうと纏まりかけていたのだが、ここである問題が生じる。それがインターン組による緑谷、切島、蛙吹、麗日、常闇、伏黒の計6名による補習授業であった。この補習があるせいでインターン組は文化祭の準備にあまり関われていない。文化祭の出し物が決まったのもインターン組が補習を行なっている最中だったので、インターン組は後から知らされることとなった。その内容は生演奏とダンスを複合させた物だった。これを聞いた時、常闇は思わずといった様子でため息を吐き、伏黒もため息こそ吐かなかったが足並みを崩したことにそこそこの申し訳なさを感じていた。

 

 幸いと言ってもいいの分からないが、今日で補習は最後。これさえ乗り切ればあとは文化祭を考案しているグループと合流して考えていけばいい。そうしてインターン組は意気込みながら相澤主催の補習授業を受けた。途中の説明でエリという人名と思しき単語を前に伏黒と常闇は首を傾げたが、緑谷、切島、蛙吹の3名が反応しているのを見ると死穢八斎會の一件であることを察する事があったなどのイベントがありながらも夜が耽るまで補習の授業は続いた。

 

 

「お!戻ったか補習組!」

 

「うーっす」「遅れて悪いな。漸く穴埋めが終わった」

 

 時刻は午後20時30分。漸く課されていた補習の全工程が終わった事で緑谷、切島、蛙吹、麗日、常闇、伏黒の補習6人組は寮へと帰還することが出来た。どうやら補習を受けている間にも下地は出来ていたようで、音楽はニューレイヴ系のクラブロックに決まり、楽器全般を扱える耳郎がベースでピアノが得意な八百万がキーボードとなった。そしてなんとも意外なことに、

 

爆豪(お前)がドラムっていうのはなんていうか笑えるところがあるな」

 

「喧嘩売ってんのか影野郎ォ!?利子つけて買ってやんぞォ!!」

 

 そうまさかの爆豪がドラム担当。伏黒は唯我独尊を自で行く爆豪がメインを請け負わずにサポートに行ったことに素直に驚いていた。まだ一役空いていると思っていたらどうやら肝心のボーカルがまだ決まってないようだ。すると、それを聞きつけてきたA組のクラスメイト達(目立ちたがり屋共)が一斉に挙手をする。その中でも暑く切望していた切島、峰田、青山がピックアップされ、各々が歌い始めた。切島は上手かったのだがどう足掻いても演歌というジャンル違いで没に、峰田は確かにロックではあったがどっちかというとがなっているだけでは?という意見があって没に、青山は裏声を出した。

 

「私は麗日ちゃんと同じで耳郎ちゃんだと思うんだよ!前に部屋で教えてくれた時、歌がもの凄くカッコよかったんだから!」

 

「飯田に用があったから耳郎の部屋通り過ぎんだが、あの綺麗な声は耳郎のだったのか」

 

「そうそう!!」

 

 するとそんな中で葉隠は耳郎を強く推した。伏黒としても成り行きとは言え耳郎の歌声を一度聞いた事があった為、反対するつもりはなかった。そして候補者達も含めて全員が見守る中、耳郎は静かに歌い出した。歌を聞いて胸を打たれる。それを実現したかのような美声に思わずと言った様子で聞き入ってしまうクラスメイト達。ハスキー気味の綺麗な高音で奏でられる歌声はこの場にいる全ての者の心を掴んで離さなかった。

 

「ど、どうかな?」

 

 おずおずといった様子で聞いてくる耳郎に対してもはや誰もその歌声の実力を疑う者などおらず、口々に「耳が幸せ!」「ハスキーセクシーボイス!」と言って褒め称えると満場一致で耳郎のボーカルが決定する。その後、余ったギター枠として間抜けな面をしながらもやる気充分の上鳴と切ない音を奏でることのできた常闇が決定した。そしてその他にもボーカル、ギターと両方省かれた峰田にはダンス枠としてハマってもらうことにした。

 

「友よ、お前はどうするのだ?」

 

「俺は演出に周る。最近発案したあの技も上手く使えんだろ」

 

「むっ!確かにあの影の王国はさぞや映えるだろう」

 

 伏黒は自身の【嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)】を用いた演出を担当することにした。これに関しては皆も賛成しており、懸念として燃費の悪さをどうするのかタイミングを考えさせられた。これに関しては皆を覆うというアバウトな考え方であるからこそ滅茶苦茶消耗するのであって体育館などの予め物理的に閉じられた施設を転用するのであれば歌の一曲や二曲歌っている間まで保たせる程度ならば問題ないことを告げるとあっさりと了承を得る。そしてこのまま暫定的に決まったかと思っていたら、蛙吹が伏黒にマイクを渡してきた。

 

「…なんだ?」

 

「伏黒ちゃんの歌声を聞いてみたくなったの」

 

「俺、演出なんだが」

 

「一曲だけでいいの。ダメかしら?」

 

 蛙吹の提案を伏黒は断ろうとしたのだが、伏黒が歌うというレアイベントを前に一斉に集い出した何名かのクラスメイト達をそれを望み始める。多勢に無勢という事もあって伏黒は少し悩んだかと思うと軽く歌う。そして30秒ほどしてから歌い終わると皆が自身に目線を向いていたことに気がつく。

 

「何だよ…」

 

「伏黒。あんたボーカルその2に決定ね」

 

「は?」

 

 いつの間にか詰め寄っていた耳郎の言葉に伏黒は思わずといった様子で反応する。断ろうと周りの評価を聞いたのだが好評で「透き通った美しい歌声だった!」や「普段落ち着いた声なのに歌うと少し高めで安定感抜群の歌声でギャップがある!」などと伏黒にとっては嫌な意味で好評だった。その後も何度か断っていたのだが、最終的に校訓である"Puls Ultra"を人質に取られて了承してボーカルは耳郎と伏黒のデュエットとして決まった。そして話し合いは続き、時刻が深夜1時を回った頃に

 

「よぉぉぉし!これで全役割決定だ!」

 

 目をキレた死柄木ばりに血走らせながら飯田が絶叫する。長い話し合いの末、ようやく全員の役職が決まったのだ。バンド隊は耳郎、爆豪、上鳴、八百万、常闇、伏黒の六人。演出隊は伏黒、青山、口田、切島、瀬呂、轟の五人。ダンス隊は飯田、芦戸、緑谷、麗日、蛙吹、葉隠、尾白、砂藤、障子、峰田の10人となった。

 

「明日から忙しくなるぜぇぇぇ!!!」

 

「「「「オオォォォォォォ!!!」」」」

 

 こうして長きにわたる役職決めは皆の絶叫と共に幕を閉じた。

 

 

「曲は決まった!ウチらはひたすら…」

 

「「「「殺る気で練習ゥう!!」」」」

 

 そうして役職が決まった次の日。土曜日となった。幸いなことに爆豪や轟の仮免再試験組の二人には補講がないらしく皆が揃っての文化祭練習となった。バンド隊は当たり前というかひたすら曲の練習。皆で波長を合わせながら何度も何度も何度も演奏を繰り返す。音楽経験のある爆豪と八百万と耳郎の3人はすでに独自での練習に移行している。そんな中で未経験の上鳴、常闇、伏黒は耳郎監修の元、指導を受けながら特訓に励んでいた。

 

 初めこそ初心者特有のベタ踏み感が否めなかったが耳郎の指導は思いのほか上手かった為、ズブ素人であった上鳴と伏黒は一週間でコード進行までたどり着いていた。Fコードで躓き断念したとされている常闇は今となっては伏黒と上鳴以上に上手く楽器を扱えていた。そして伏黒なのだが、

 

「伏黒、もう少しこっちに合わせられる?」

 

「高くか?低くか?」

 

「低くで頼む!」

 

「おいコラ、影野郎!音が合ってねぇ!こっちに合わせろや!」

 

「それはお前がアレンジしてるからだ、爆豪」

 

「まぁまぁ、落ち着けって2人とも」

 

「「テメェが一番合ってねぇんだよ」電気野郎ォォ!!」

 

「まさかの総スカン!?」

 

 割と苦戦していた。形にこそなりつつあるが、そもそもカラオケなど歌に関する施設の類に一度も行ったことのない人間にプロ並みの腕を持つ人間と「デュエットしようぜ!?」と言われても一朝一夕で出来る物ではない。演出で【嵌合暗翳庭】を展開してギターを演奏しながら歌を耳郎に合わせたり、一人のパートで歌うなど使い分けなければいけないところは中々に苦労がいるのだ。因みに爆豪のことに関しては出来るだけ柔軟に対応することにした。そして間に入ってきた上鳴を撃退すると少し疲れながらソファに体を預ける。すると、いい香りが伏黒の鼻に届く。

 

「八百万。紅茶変えたか?」

 

「分かりますの!?お母様から仕送りで頂いた幻の紅茶”ゴールドティップスインペリアル”ですの!皆さんも召し上がってくださいまし!」

 

 伏黒が香りの変化に気づいたことに八百万は目を輝かせ、嬉しそうな様子で紅茶を紹介する。紅茶が運ばれると幻の紅茶とやらを口に運んだ。先ほどまでの疲れや少し悪い雰囲気はすっかりと消え去り、伏黒達はゴールドティップスインペリアルを堪能していた。

 

 そして次の日の朝。耳郎は伏黒達の動きや歌を歌う際の問題点を挙げたノート作成に勤しみ爆豪は仮免の補講へと行っているため、今日の午前中は自主練という形となった。そんな中で伏黒はあまり慣れない歌を歌い続けていた事もあって少し筆休めならぬ声休めを行うついでに他の雄英生徒達の出し物でどんな物が出るのかを見るため校内を散策することにした。



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模擬戦、そして文化祭②



次回はifストーリーになります


 

 

 

 文化祭まで秒読みという事もあってかすでにゲートを筆頭に様々な露店なども出来上がっていた。色とりどりの出し物が並ぶ中で禪院家で培った敵意を判断する感覚がひりついた。禪院家で味わってきた嫉妬や殺意などとは雲泥の差だが、確かに伏黒は敵意を感じた。アゴとリーゼントが特徴的な男に敵意を向けられる覚えがなかった為、訝しみこそしたが気にする必要はないと思いスルーすることにした。

 

 そうして歩いているとサポート科では男心をくすぐられるようなロボットが並ぶ技術展示会が完成しつつあった。サポート科では体育祭ではヒーロー科に対する副次的なアピールチャンスの場でしかなかったが、文化祭では自身の傑作を披露してプレゼンをし、会社に売り込むことも出来るのからか皆の気合の入り用が尋常じゃなかった。伏黒は体育祭で緑谷と組んでいたピンクの髪とゴーグルが特徴的な女子が「ベイビー!?」と叫ぶと同時に作成していた機械から小爆破していくのを見届けるとその場から去っていく。普通科ではどうやらお化け屋敷をするらしい。それは部屋の塗装とばったり出会した体育祭で騎馬戦のペアだった心操から聞いた。意外とクオリティが高く、出来たら通うことを伝えると伏黒はその場から去る。

 

 クレープ屋が、看板が、S◯SUKEみたいなアトラクションが、何一つとして被らずにそのクラスの個性を押し出した店舗が伏黒の目に映っては過ぎていく。それを見ているうちに伏黒はB組が発表する場所として指定されたエリアに辿り着く。

 

「そう言えば劇やるって言ってたな…」

 

 自身がまさかのバンドのボーカルを務めることになったが、幼馴染である拳藤は一体どんな配役となったのか気になりはする。しかし、相手側にも事情はあるし閉まってるドアを開けて押しかけた挙句、セッティング中の備品がネタバレするのもなんとなくだが萎える。そう思い伏黒はその場から離れようとする。すると、

 

「あれ?拳藤の彼氏じゃん。拳藤ならここにいないよ」

 

 後ろから聞こえてくる声に引き止められる。振り返るとそこには 肩より長い艶のあるウェーブがかった黒髪と尖った目つきと喋る時に見え隠れする長い舌とギザギザに尖った歯が特徴的などことなく爬虫類を思わせる外見をしている女子生徒がそこにはいた。伏黒はその女子生徒を知っていた。何せ彼女はB組で雄英に入って間もない頃に拳藤と出かけた際に写真で見せられたのだから。確か名前は

 

「取蔭切奈、だったか?別に拳藤に用があったわけじゃねぇよ」

 

「おっ!一年生どころか雄英で一番有名な伏黒に覚えられるなんて嬉しいね。拳藤に用がないならどうしたの?」

 

「お前らの劇に興味があったんだが、邪魔しちゃ悪いと思ってな。お前こそどうした?話した感じ1人で行動するタイプでもないだろ」

 

「買い物だよ。ホラ」

 

 伏黒の言葉に取蔭は両手に持っていたビニールを持ち上げて見せつける。何でもすでにセリフとか配役とかも終わって今は通し稽古まで行ったらしい。しかし、物間からもう少し備品を調整できるという声が上がった為、急遽、比較的手の空いている取蔭が買い物に行くことになったとのこと。物間は普段の敵対的な言葉をしていて隠れがちだが、勝ちを狙いに行くと決めたら全霊でやるらしい。そのことを聞いて伏黒は少しだけ物間を見直した。

 

「で、劇は何やんだ?」

 

「【ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人〜王の帰還〜】」

 

「何だそのラーメンにカレーぶっかけた後、カツを乗っけたみたいなタイトル」

 

 取蔭から飛び出したタイトルに伏黒は思わずツッコム。取蔭は「何それウケる」と言いながら笑っているがタイトルから内容が全然想像できない。仮にタイトル通り想像するならロミオとジュリエットにハリーポッターを足して、その上にロード・オブ・ザ・リングを足した作品となる。贔屓目に言っても混沌。美味いもんに美味いもん混ぜとけばさらに美味いでしょ理論はあくまでも食事にのみ通じるのであって作品には決して通用しないのが常である。伏黒が混乱していると先ほどまでケラケラと笑っていた取蔭が笑うのを止めると一応は舞台セットから衣装制服、脚本に至るまで全てがB組お手製と説明する。超が付くレベルのスペクタクルファンタジーを前に伏黒は地雷臭がしつつも逆に興味が湧いた。 

 

「拳藤の役ってなんだ?ガンダルフか?ダンブルドアか?」

 

「なんでその役になんのよ。拳藤は参加しないわ」

 

「は?」

 

 取蔭の言葉に伏黒は意味がわからなかった。裏方なのかと聞くもこれまた違うらしく、B組なのにB組の出し物に参加しないのは何故なのかと聞く。すると、キョトンとしながら取蔭はとある部屋に行けばわかると言うとB組の出し物が行われる部屋へと戻っていった。そして伏黒は取蔭に指定された備品室へと向かう。

 

「え、なんで伏黒がここに?」

 

「マジでミスコン出んのかよ…」

 

 そこにはI・アイランドで来ていたドレスを着こなす拳藤がそこにはいた。伏黒はミスコンなんてある事も知らなかったし、もっと言えば拳藤がそういうのに出るタイプだとは思わなかった事もあってかなり意外だった。伏黒の反応に拳藤はミスコン参加の理由を言い始める。何でも初めはB組の出し物に出る予定だったらしいのだが、物間がメディアへの露出が激しい拳藤ならミスコンで優勝できる可能性が高いと踏んだらしく、勝手に応募したらしい。

 

「にしても随分と気合入ってるな」

 

「んー、まぁね。出るからには優勝したいし、何よりもサポート科で毎年連続で優勝してる人がいるらしいから警戒してんだよね」

 

「サポート科で?それは凄いな。なんて言うんだ」

 

「絢爛崎美々美っていうの。あ、この人ね」

 

 そういって拳藤が見せる写真にはピンクのドレスに金髪をドリルみたいな形に変え、自前なのかそれとも弄ってるのか分からないが、えげつないほど飛び出たまつ毛の女性が写っていた。想像の斜め上をいく風貌に伏黒はミスコンでの採点の材料がなんなのか気になっていると珍しく拳藤の口数が少ないことに気がつく。

 

「やっぱ、緊張はすんのか?」

 

「はははは…わかる?」

 

 伏黒の指摘に拳藤は乾いた笑みを浮かべる。確かに職場体験のCMとインターンのテレビ出演を通して拳藤が人前に出ることは増えてきた。しかし、男勝りで頼もしいとされている拳藤も女の子なわけで。流石にこういった慣れないイベントでは少しばかり緊張するようだ。ミスコンに出て何をすればいいのか少しだけ悩んでいるらしい。

 

「まぁ、好きにやればいいんじゃねぇか?」

 

「そうか?」

 

「派手に魅せようとか、そういうのは後回しにして如何に自分らしさを見せつけることが出来ればお前だって充分に優勝を狙えるだろ」

 

「そっかー…。うん、そうだね」

 

 伏黒の言葉に拳藤は嬉しそうに微笑むと肩から力が抜けてリラックスしていくのがわかる。いつものような勝気な笑みを見るとこれ以上、かける言葉がないと判断して伏黒は練習に戻った。

 

「あ、余裕があったらでいいからA組の出し物を観にこいよ」

 

「バンドだっけ?伏黒の配役は?」

 

「ボーカル」

 

「何それ超見たい」

 

 軽い対話を残して。

 

 

 いよいよ文化祭当日。時刻は午前8時45分。A組生徒達はもうすぐ行なわれるライブの準備を進めていた。皆が一様に落ち着かない様子でいる。バンド隊や演出隊は『A』と書かれたTシャツを着て、ダンス隊は専用の衣装を着用していた。同じく伏黒もクラスTシャツを着て皆と一緒に演奏で使う小道具を体育館へと運んでいた。そしてあることに気がつく。

 

「緑谷遅ぇな。上鳴、お前の言ってたホームセンターってそんなに遠いのか?」

 

「いや、そんな筈はねぇと思うけど…」

 

 伏黒は午前7時50分頃に出て行ってから一時間ほど経っても帰ってこない緑谷に疑問を抱く。後一時間程度は余裕があるから問題はまぁないが、それにしたって遅い。伏黒が最後の荷物を運び終わりA組生徒達の下へ戻ると、突然学校中にプレゼントマイクの声が響き渡った。

 

《グッモーニング!ヘイガイズ!準備はここまで!いよいよだ!今日は1日無礼講!学年学科は忘れてはしゃげ!そんじゃ皆さんご唱和ください!雄英文化祭開催!!!》

 

 もはや聞き慣れてしまった騒がしいプレゼントマイクの合図と共に雄英文化祭が開幕した。それでも9時になっても緑谷は戻ってこなかった。

 

「は?緑谷が?」

 

「買い出し一つで何やってんだあいつ!」

 

「もー!」

 

 現在の時刻は午前9時25分。そろそろ本番の時間だというのに朝早くに買い出しに行った緑谷はまだ戻ってきていなかった。口々に文句を言うものもいるが、少なくとも緑谷がこういう重要な日に寄り道したりするようなタイプではないことを知っている為、さすがに遅すぎる緑谷の帰還に不安そうな様子を見せる生徒達。皆は何かあったのではないかという声が上がる。取り敢えず、今は緑谷よりも自身のことをと皆は本番に向けて完全に気持ちを切り替えた。そうこうしている内に気付けば時刻は開演直前まで迫っていた。舞台袖から館内を覗くと予想より遙かに多い人が体育館に集まっていた。

 

「思ったより、というかメッチャ人来てね?」「コールに伏黒の名前がチラホラ聞こえるな」「デク君はまだ!?」「軟派影野郎は後でしばくとして、この期に及んで何してんのじゃ!スットロが!」

 

 そして時刻は午前10時を指し示す。それと同時にステージの幕が上がった。そして打ち合わせ通り、伏黒が前に出る。

 

「キタキタキタ〜〜〜〜!!!」「1年頑張れー!」「どんなもんだ〜1年!!」「キャー!伏黒君ー!!」「ヤオヨロズー!!」「「「フシグローー!!!」」」「「ヤオヨロズー!!」」

 

 A組生徒達が姿を現すと館内のボルテージも上がっていく。職業体験の時のCM効果化が原因なのか男性客からは八百万人気が、凄まじく八百万コールが館内に響き渡る。逆に女性客からは職場体験、インターン、テレビ出演など学生でありながらすでにプロの枠組みに入っている伏黒の人気が高く、伏黒に対する黄色い声援が館内を飛び交っていた。そんな伏黒が前に出ると女性客からの声援が増す。そして、

 

「領域展開――――【嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)】」

 

 伏黒が必殺技である【嵌合暗翳庭】で体育館の外側だけを影で覆うことで皆を影の世界へと誘う。客や、歌い手、機材などを残して体育館内の全てが異空間へと変わっていく。巨大な脊髄骨が浮かぶ液状化した影で埋め尽くされた空間を前に観客達は興奮からかざわめき始める。伏黒の展開した領域に目を奪われる中で爆豪の怒号にも似たかけ声が不意打ちのように館内全体に響き渡った。

 

「いくぞコラァァァァ!!」

 

 ボォォォォォォン!!!

 

 掴みはド派手に、雄英全員を音で殺る。その意思を誰よりも強く表した爆豪の爆破と共にA組生徒達による演奏が始まった。騒めきも止まって誰も彼もが音のする方へと息を飲み干し、見守っている。

 

「よろしくお願いしまぁぁぁぁぁぁす!!!!」

 

 ボーカルの耳郎が高らかに叫び上げる。それと同時に芦戸、緑谷、麗日、蛙吹、葉隠、尾白、砂藤、障子、峰田、青山の11人で構成されたダンス隊が一斉に踊り出す。一緒に踊っていた青山に緑谷が近寄ると服を掴んで天井目掛けてぶん投げる。そして天井近くまでいった青山が人間花火よろしくレーザーを四方にばら撒くと周りから歓声が上がる。青山を尾白がキャッチするのと同時に伏黒の男性パートに移行する。周りから黄色い歓声が漏れる中、伏黒を除いた演出隊である青山、口田、切島、瀬呂とダンス隊である飯田、芦戸、緑谷、麗日、蛙吹、葉隠、尾白、砂藤、障子、峰田、そして演奏中だった八百万が一斉に個性を発動させて空中目掛けて放つ。

 

「サビだ!ここで全員、ブッ殺せェ!!!」

 

 瞬間、爆豪の言葉と共に放たれた個性が氷漬けになり、上鳴と照明によってもたらされる光と伏黒が生み出した影が入り乱れる空間に氷のアーチが出来上がる。そしてダンス隊が氷のアーチに飛び乗ると観客を巻き込み始める。

 

「おおおおおおぉぉぉぉ!!!!何だこいつらぁぁぁ!!??」

 

 ワアァァァァァ!!!という歓声と共に伏黒と耳郎によるデュエットが始まる。音と音が交じり合い、混ざり合い、一つの音となって皆の心を震わせると会場のボルテージが今までで最高潮にまで登り詰める。こうしてライブは予想を遙かに上回る大盛況となった。最初はA組に不満を抱いていた生徒達も曲の終盤にはノリノリでダンスを踊っている者もいるという大成功という形で幕を下ろした。

 

 

 爆豪から一部の生徒達からヒーロー科という存在自体に不評を抱いていた人間もいたらしく、その辺りはどうなるのかとA組全員が不安視していた。しかし、それは杞憂に終わった。どの人間の前評判を覆して皆が笑うという考えうる限りで最高の結果で幕を閉じた。そして現在、ライブ演奏を終えたA組生徒達は撤収作業に移っており、生徒達はライブで使ったセットや演出で作られた轟の氷結の片付けに勤しんでいた。すると、

 

「ごめん!」

 

「こき下ろすつもりで見てた!ホントにすまん!」

 

 帰る観客の中にあの日、伏黒を睨んでいたリーゼントの男とそのクラスメイトと思しきツインテールの女が現れるとそう言い放つ。それを聞いたクラスメイトは笑って手を振ったり、「言わなきゃいいのに」といって呆れたり、何故か勝ち誇った笑みを浮かべたりなど様々だった。そして、謝罪の言葉と共になぜか逃げ去るようにこの場を去って行く。それを見た切島はポツリとつぶやく。

 

「先生が言ってたストレスを感じてる人だったんかな?だったら飯田!通じたってことだな!」

 

「しかし理由はどうあれ見てくれたからこそ!見てない人もいるはずだ!今日で終わらせず気持ちを…!」

 

 切島の言葉に飯田はそう言うと周りではいいんじゃないかと言う声が上がる。伏黒達がどういう思いで企画したか聞いていて、その思いが自身らには伝わったらしい。故に今度は自身達から聞かなかった者たちにA組の思いを伝えていくと言う。

 

「なんて言うか、くるもんがあるな…」

 

「確かに~!!」

 

「ご厚意痛み入ります!」

 

「スカッとしねぇ…!見なかったヤツ炙り出して連れてこい!」

 

「いい。やめろ。やめろもう」

 

 1人を除いて周囲の人達の言葉に胸を打たれる飯田達。その言葉だけで自身らのやってきたことが無駄ではなかったのだと思うと酷く胸が熱くなる。するとそこへ氷を抱えた峰田がかなりイライラした様子でこちらに走って向かってきた。珍しく苛立っていることに疑問を抱いていると片付けが終わって向かった場所を見て納得することになる。

 

 

 ワアァァァァァァァァァァァァ!!!!

 

 場所は変わってミスコン会場。会場は主に男達の熱気によって大盛り上がりを見せていた。様々な人が今舞台に上がっていく中、出番がB組の拳藤へと移る。

 

「ケンドー!」「シュシュっと一吹きケンドー!」「禪院家の見たぞー!」

 

 皆の歓声に手を振るって答える拳藤。服装は胸から上の肩や背中が見えるベアトップだが同色のオーガンジーを首元まで重ねて、胸元と背中が透けているアメリカンスリーブと呼ばれるノースリーブの一種になっている。上半身はぴったりと体のラインを出しつつ、ミモレ丈のスカート部分はオーガンジーを重ねてふんわりと可愛らしい格好をしている。

 

 何を披露するのか待っていると拳藤の両隣にあるデカいコンクリートの塊に目が入る。

 

「シッ!」

 

 すると拳藤は手から黒縁のオレンジ色のオーラを滲み出させて手の形を模ると両方ともコンクリートの塊を持ち上げて上空に投擲する。同時に拳藤も個性を用いて跳躍するとかたどられた手の指先部分を鋭い刃物のような形に変性させて直方体や立方体、円錐や三角錐など様々な形の10個のコンクリートを作り上げる。そして終いには落ちていくコンクリート塊目掛けて指先から手の形をしたオーラを伸ばすと掴んで一つ一つ丁寧に積み重ねていく。そして全てが積み重なり、着地すると手を前に回して一礼する。

 

 瞬間、ドッという音ともに万雷の拍手と喝采が沸く。

 

《華麗なドレスをひらめかせながら強さと美しさの共存!素晴らしいパフォーマンスです!》

 

「ふぅ〜ッ……」

 

 

 拳藤は大きく息を吐いた後、見に来ていた伏黒と目線が合う。そしてニカッと笑うとVサインを送る。その表情にさらに場が湧く。そんな中、A組の面々は拳藤の演舞では無くて個性の方に目がいく。

 

「拳藤さんの個性は【大拳】だった筈です。なのに個性が変わった?」

 

「正確にはあれが拳藤の本来の個性だ」

 

 戸惑う八百万に対して伏黒が答える。伏黒は禪院扇との戦闘で蛹から蝶へと羽化したように拳藤の個性が本来の姿へと至ったことを説明する。それに対して皆は驚きを隠せず、特にヒーロー兼、個性オタクな緑谷はブツブツと呟きながら持っていた手帳に伏黒の説明と自身の考察をまとめていく。

 

 そして次にピンクのドレスに身を包んだ金髪の女性が見たこともない機械と共に舞台へと躍り出た。あの日、拳藤から教えられた絢爛崎美々美である。

 

「やるわね拳藤さん!ミスコンでは魅せる為に派手であろうとして本質を見失う人もいるのです!なのにあなたは最後まであなたらしくあった!これは私からの返答よ!いざ仰ぎなさい!絢爛豪華こそ美の終着点であると!」

 

《3年サポート科ミスコン女王!高い技術で顔面力アピール!圧巻のパフォーマンス!》

 

「オ〜ッホッホッホッホッホッホッホッホ!」

 

 紹介と共に高笑いを決めた絢爛崎美々美は機械に乗り、コマのようにくるくる回る。そしてしばらくして機械が変形し始めたところで舞台裏に引っ込む。拳藤といい絢爛崎美々美といいミスコンってこんなんだっけとツッコミたくなったが、おおとりに波動ねじれが登場する。すると、個性で波動を生み出しながら青い空を優雅に舞う。それは見る者全員を魅了し、絶えず笑顔で楽しいそうに舞うねじれの姿は純真無垢な妖精のようにも見えた。

 

《幻想的な空の舞!引き込まれました!》

 

 美しい舞を披露し終えたねじれは静かにステージに降り立ち、一礼すると再度会場が沸いた。感性が包まれるのと同時にミスコンのアピールタイムは終了した。

 

《投票はこちらへ!結果発表は夕方5時!締めのイベントです!》

 

 投票のアナウンスが終わるとミスコンは一旦解散となった。そして伏黒はクラスメイト達と共に文化祭を見て周った。途中で合流したエリという少女とミスコン終わりで疲れていた拳藤と共に文化祭を満喫した。

 

 

「いやー、超楽しかった!」

 

「ああ、悪くなかったな」

 

 楽しかった文化祭もあっという間に時間が過ぎ、あたりはもうすぐ日が暮れそうな時刻になっていた。文化祭もそろそろ閉幕ということで舞台を畳んで片付けの時間となっていく。拳藤は満足げに体を伸ばし、伏黒も笑みを浮かべながら感慨深そうにそう呟く。

 

「ああ、拳藤。ミスコン準優勝おめでとう」

 

「いい線いってたと思ったんだけどなぁ…」

 

 今更ながら伏黒は拳藤のミスコンでの結果を祝う。それに対して拳藤は自信があったのか少し凹んだように肩を落とす。ミスコンの結果はどんでん返しのねじれが優勝を果たした。どうやら個性を用いた舞が皆の心を掴んだらしい。そして2位だったのだが、何とビックリ同率だった。これには絢爛崎美々美も驚いていた。しかし、すぐに立て直すと優勝したねじれと同率だった拳藤を讃えていた。

 

「それにしても、お前とこうやって学校を巡るのは初めてで凄い新鮮だったなぁ」

 

「それに関しては同意見だ」

 

 感慨深そうにそう言う拳藤に伏黒も同意する。何せ伏黒は過去の学校生活のほとんどをバイトやらにあてていたからこういったイベントには不参加だったのだ。だからこそ、今回の文化祭は伏黒にとってかけがえの無い思い出たり得た。伏黒は終わってしまうことに少しだけ寂しさを感じていると拳藤が立ち止まり、葉隠に頼み込んでギターの一つを借り受けると伏黒に渡してきた。

 

「なんだ?」

 

「いや、お前の歌を聞きそびれてたの思い出してな?嫌だったらいいんだけど…」

 

「いや、流石にクラスメイトが片付けてるのを見逃す「大丈夫だよ、2人とも!私達が伏黒の分もやっておくからさ!ね!?麗日ちゃん!?」

 

「うん!透ちゃんの言う通りだから気にしないでねー!」

 

 そう言うと荷物を抱えていた葉隠と一緒に行動していた麗日が全力疾走でその場を後にする。伏黒は戸惑いながらも大きくため息を吐いて覚悟する。

 

「一曲だけでいいか?」

 

「ッ!充分!」

 

 伏黒の言葉に表情を明るくさせた拳藤は大きく頷く。そして伏黒はギターを鳴らす。音に合わせて手を叩く拳藤の顔には今日一番の笑みがうつる。それを見た伏黒も少し微笑んだかと思うと歌を歌う。夕暮れに伏黒の歌が響くなか、雄英高校の文化祭は幕を閉じた。







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ifストーリー(もしも、八百万が…)


 連続投稿です。描きたいので描きました。正直、最近になってこれ書いてみたいなとも思ったり付け足してみたいなと思ったりと一喜一憂して書いたものです。アンケート、よろしくお願いします!


☆11月28日のアンケートを見たのですが、ifストーリーを組み込もうと思います。内容が変わって以前から見てしまった方は混乱してしまうかも知れませんが、『休息、そして一回戦』から見ていただければ幸いです。

リンク先はこちら
→https://syosetu.org/novel/271346/18.html


 

 初めて見た時は顔はいいが退屈そうな男、それが私の彼に対する評価でした。教室でいつも退屈そうにしていた。それが例えオールマイトが受け持ち、評価してくれる授業でさえも表情ひとつ変えずに淡々と受け答えする彼を動かす材料足り得なかった。しかし、その評価はとある事件をきっかけに一変することになりました。

 

 そう、死柄木なる男が主犯のヴィラン達によるUSJ襲撃事件でのことでした。

 

 その時に私を含めた耳郎さん、上鳴さん、彼の4人は山岳エリアへと飛ばされました。初めて見る生で見るヴィラン達。その時に突き刺してくるヴィラン達の視線のなんと卑しいことか。すぐに道具を生成して迎撃しようとしたが、それよりも前に彼が全滅させてしまった。私たちが出来たことなど彼が倒していったヴィランを捕縛し続けるという残飯処理のような役割のみだった。そして全てのヴィランを倒し終えた時に浮かべた彼の顔はやはり無表情でした。一体全体何をすれば彼の感情は動くのだろうか。そう思わせるほどに彼からは何も感じられない。少し早歩きになりながら相澤先生の元へと向かおうとする。

 

 そんな時でした。先ほどのヴィラン達が霞んでしまうほどの存在に出会ったのは。

 

 6つの目を持ち下半身を蛹のような膜で覆われた虫の幼虫と人を混ぜたかのような異形はあっという間に圧倒的であった彼の腕をもいだ。彼が咄嗟の判断でサポートアイテムを使っていなければ私達も同じ目にあっていたかも知れない。それほどの強敵。初めは皆で逃げようと提案した。だってそうでしょう?プロでもない私たちが叶うはずもない相手ですもの。

 

 しかし、そんな状況で彼が提案したのは私達のみが脱出し、彼だけが残って応戦するというものでした。

 

 初め聞いた時は耳を疑いました。個性の起点でもある手を奪われてやれることなんて一つもないくせに何を言っているだと。私達の言葉に対してそんな彼の口から出てくるのはいずれも突っぱねるような酷い言葉のみ。どれもこれもが私が浴びせられたことない言葉ばかりでした。それでも私たちは反論できませんでした。恐怖で体が動かなかったから。それを見た彼は掴まれていた裾を払ってヴィランへと足を運んで行った。その時に私は見てしまったのです。初めて見る慈愛と非愛に満ちた彼の顔を。おそらくこれがきっかけ。胸が僅かに高鳴りました。

 

 去っていく彼を見てボロボロになりながらも戦う彼を見て私から恐怖が消え失せました。どうやら2人も同じらしく、作戦を聞き入ってくれました。そうして作戦通り彼を救出しましたが、彼からで出来たのは怒りだけ。手当した傷を確認するとすぐに行ってしまいそうになりました。家族のことを話題に引き止めようとした瞬間、彼の口からはとんでもないことがわかりました。

 

 それは彼には家族と言える存在がないということでした。

 

 あり得ない、そう思いました。孤児という存在があることくらいは私も知り申しておりました。それでも会うのはもっと先だと少なくともクラスメイトに存在する筈がないと思っていました。そうして語られる彼の凄惨な過去には絶句することしか出来ませんでした。そして思わされるました。嗚呼、彼はなんと『孤独』なのだろうと。愛を知らずに『孤独』を引きずって尚、戦おうとする彼はなんと強いのだろうと。それに気づいた私の胸はもう一度、そして先ほど以上に強く高鳴りました。呆然とする中で上鳴さんが引き止めてくれなければきっと彼を逃してしまっていたかも知れません。

 

 引き止まってくれた彼に作戦を言い渡し、見事私達は6つの目を持ち下半身を蛹のような膜で覆われた虫の幼虫と人を混ぜたかのような異形を倒すことに成功しました。そしてオールマイトが来てくださったのと彼が倒れるのは同時でした。皆で慌てて顔を覗くと彼の顔は険しさが消え失せ、可愛らしい寝顔を浮かべていました。それを見た上鳴さんや耳郎さんは安堵していましたが、私だけは違いました。

 

 

 

ほしい

 

 

 

 

 そんな浅ましい感情が私の中で入り乱れていく。嗚呼、ダメです。万人を愛して救うべきヒーローが傷つき進んでいく人間を諌めずに愛してしまうなど。それでも感情は抑えられません。見れば見るほど、処置をすればするほど(◾️黒)の顔が愛おしく思えてくる。欲しい、欲しい、欲しい、彼のことが。彼の『孤独』が愛おしい。それを理解(わかって)してしまってばもうダメでした。嗚呼、

 

彼の『孤独』を独り占めにしたい!

 

 こうして八百万 百()伏黒恵()に恋をしました。

 

 

《さてさて気を取り直して第五試合!立てば芍薬!戦えば上位陣!創る姿はまさに万能!ヒーロー科、八百万百!vs入試実技では2位と40点以上突き放し、第二種目では逆転を見せてくれたが次は何を魅せる!?ヒーロー科、伏黒恵!》

 

 第五試合にて八百万と伏黒が向き合い、両者がフィールドに入場して準備を整える。

 

《レディー、スタートォ!》

 

「ねぇ、伏黒さん」

 

 プレゼントマイクの号令と同時に八百万は何もすることはなく伏黒に問いかけてくる。これには伏黒どこらか観客すらも困惑している。嵌める為の行動ならいざ知らず、今の八百万には戦いに挑む気迫はおろか、むしろ友愛すら感じるのだから。伏黒は八百万ご奸計を張り巡らせるタイプの人間ではないのはこの短い期間でもわかっているつもりだった為、構えを解く。

 

「私が勝ったら何かいただけませんか?」

 

「それ、今言う必要あるのか?」

 

 八百万の口から飛び出して来たことに伏黒は思わず突っ込む。こんな性格だったかと思いながら伏黒はミッドナイトを見る。八百万に戦闘の意欲があるのか否かを確認する為である。ミッドナイトも困惑して何も言ってこないあたり、失格でもなんでもないらしい。それに対して伏黒は大きくため息を吐く。

 

「やる気がないなら出てってもらうぞ。【玉犬】」

 

 そう言いながら伏黒は【玉犬】を呼び出すと八百万目掛けてけしかける。少なくとも伏黒は八百万との戦闘では勝ちを確信していた。何故ならこのような『よーい、ドン』という場面ではものを構造を思考して作り出すというモーションがいる八百万の個性ではどうしても後手に回るからだ。しかし、どういうわけか体から創り出した道具が攻守走共に優れている【玉犬】を弾いている。伏黒も突っ込もうと思ったのだが、流石に何が飛び出してくるかわからない以上は不用意に突っ込みにくい。そうして八百万が複雑な機材を作り上げると【玉犬】を吹き飛ばす。ここまで動ける奴だったかと疑問に思っていると道具を下げて再度問いかける。

 

「もう一度、お聞きしますわ。―――私が勝ったら何かいただけませんか?」

 

「……言わなきゃダメか?」

 

「恩返し、とでも思っていただければ」

 

 伏黒は八百万に問い返すとUSJでの応急処置を引っ張り出してくる。それを聞いた伏黒は痛いところを突かれたと思いながら、少し考え込む。周りのどよめきをBGM代わりにして考え込んだ果てに結論を出す。

 

「何でもいいぞ」

 

「――――なんでも?」

 

「叶えられる範囲、っていう枕詞がつくがな」

 

 伏黒は向き合って八百万にそう言うと驚いたように固まった。固まった八百万を見て伏黒は流石に叶えるにしても上限がある為、言葉を付け加える。すると、

 

「でしたら、でしたら。おおおおおお付き合い、なんてことも…」

 

《は?》

 

《おい、マジでどうした》

 

 伏黒の内心を代弁するかのように解説であるプレゼントマイクと相澤が困惑したような表情と声を見せる。告白された伏黒も流石に聞き違いかと思った。しかし、八百万を見るが上気した顔に上擦った声と描くように忙しなく空を切る指先が嘘偽りでも無ければ聞き違いでもないことを告げる。それに気づいたのはどうやら伏黒だけではなかったらしく、A組のほうから興奮と喜悦を込めた悲鳴が漏れ出て、B組の方から恐怖を込めた悲鳴が漏れ始める。人生初の告白を前に伏黒は困惑しながら耳年増と思われるミッドナイトに助けを求める。が、

 

「ミッド」

 

 ナイト先生と言い切ることが出来なかった。それほどまでに表情もR-18だった。八百万の方を向き直ると答えを今か今かと待っていた。流石に告白なんて思い切ったことをしてくる相手を無碍にすることが出来ず、大きくため息を吐くと応える。

 

「まあ、叶えられる範囲って言ったからな。いいぞ」

 

「言質とったりぃぃぃ!!!」

 

 伏黒の言葉を聞き届けた八百万はガッツポーズを取りながら声高々に叫ぶ。突然のことに伏黒がビクっとなっているのを無視して八百万は言葉を続ける。

 

「私が正妻です!浮気は許しませんわ!!お付き合いしたあかつきには私の家でパーティを開きましょう!!家に父と母の親戚も招いて盛り上がりますわ!!料理は私と貴方の2人の好物はマストですので!!

 

テンション上がってきたぁぁぁぁぁ!!!!

 

 最後には普段のお嬢様口調を崩しながら、乙女にあるまじき表情を浮かべて「うおおおおおおおおおおお!!!」と叫ぶ八百万。これには伏黒も観客もドン引き。とりわけ普段の八百万を知っている面子は顕著だった。唯一、盛り上がっているのはミッドナイトのみとなった。

 

「勝てたら、の話だがな」

 

 こんな茶番をさっさと終わらせるべく、隙だらけとなった八百万目掛けて詰め寄ると蹴りを放つ伏黒。位置は(ジョー)。当たれば一撃で脳震盪を起こして倒れる。それがどんな超人であれど例外では無い。今この瞬間は八百万の手元から数多の道具が離れている。防ぐにしても生成は間に合わないだろうし、間に合っても後ろで控えている【蝦蟇】が第二の矢となって待ち構えている。防ぐ手立ても潰した攻撃を前に八百万はなす術もなく倒れ伏す。

 

 ガキンッッッッッッッッッッ!!!

 

 筈だった。

 

「何だ、それは」

 

 足が痺れるのを無視して伏黒は思わずと言った様子で八百万に問いかける。それは黒い盾だった。それだけならまだ理解はできた。しかし、それ以上に不可解なのは伏黒が死角になって捕えられるはずのない【蝦蟇】の舌を防いでいる盾が同じ性質を帯びているからだ。確かに八百万は優秀だ。頭も回れば、それに見合った万能に近い個性を持っている。しかし、考える以上は必ずラグが生じるはずだ。にも関わらず、八百万は同時に道具を生成できている。伏黒の質問に対して八百万は優しく笑う。

 

「液体金属ですわ伏黒さん」

 

 瞬間、八百万の腰あたりから黒く光る液体が放出される。そしてそれは鋭い槍の形を模ると伏黒目掛けて殺到し始める。それに対して伏黒は【蝦蟇】の舌を自身の体を巻き付かせると無理矢理元いた場所に戻させる。そして間をおかずに黒い槍が降り注ぐと容易くセメントを叩き割った。

 

《おおっとぉーー!!八百万の攻撃がセメントスの補修したフィールドを容易く叩き割ったぁ!!》

 

 プレゼントマイクの言葉に先程の困惑はどこへやら。観客が一斉に湧き出すのと八百万の一撃の重さに戦慄する伏黒。セメントスの操るセメントは硬い。それもその筈、爆破に超パワー、氷結や熱などの個性を用いての戦闘に耐えることを想定して作られているのだから。しかし、八百万の一撃は違った。黒い槍は深々と地面に突き刺さっている。形が貫きやすいのを加味してもおかしい威力だ。

 

「やるな」

 

「フフ、ありがとうございます伏黒さん」

 

「随分と早いな。あの時に使わなかったのが気になるレベルだ」

 

「意地の悪いことを言わないでくださいまし…」

 

 伏黒の言葉に対して気まずそうに目を逸らす八百万。その反応からどうやらUSJ以降に考えついた能力と判断できる。恐らくだが、八百万がいつものように生成するのではなく、液体金属に絞ったのは液体であれば様々な形を有することが出来るからだと考えられる。そうすれば『考える→創る』のモーションから『考える』のみに絞れて創るというラグを解消できるからだろう。おまけに八百万の個性で作られたものは半永久的に残り続ける。液体金属が残り続ける以上、カロリーの消耗も抑えることが可能ということになる。よく考えられていると思わされるが、それ以上にもう少し情報が欲しい。伏黒がそう思っていると、

 

「考える暇があるとお思いで?」

 

 伏黒が考え込んでいると八百万は両手を間に出す。すると、それに連動するかのように液体金属が四つに分かれると先端を鋭くさせて槍のような形となって伏黒に向かってくる。しかし、液体金属は伏黒を素通り。操作ミスかと思いきや、

 

 ド ド ド ド ドッッッッッ!!!

 

 液体金属の形状が変化すると伏黒目掛けて覆い隠すかのように殺到する。伏黒の敗北を誰もが思いながら液体金属が解除されると何処にもいないことに気がつく。困惑が頭に浮かぶのと伏黒が影から飛び出すのは同時だった。そして【大蛇】を継承したことで大きくなり、形状が変化した【鵺】を呼び出した伏黒は空を飛ぶ。それを追い縋る液体金属を回避しながら八百万目掛けて飛び出す際に回収した拾っていた石ころを投擲。しかし、これを八百万はもう一度作り上げた液体金属によって弾く。

 

《ま・さ・に、攻防一体ィィ!!八百万の新技を前に伏黒なすすべも無しかぁぁ!!??》

 

《これは中々に厄介だな》

 

《おおっとここでミイラマンからの解説もくるぞぉ!》

 

《誰がミイラマンだ。八百万の弱点はまだ日も浅いから断言することは出来なかったが、選択の多さにあった。個性が個性だけに選択肢が多い。それ故に悩んで一手遅れる可能性すらあった》

 

《Ho Ho、でも見た感じ》

 

《完全に克服してるな。形状も不安定だから攻撃の予想もしずらいと来た。これは攻略法を見つけなきゃ伏黒の負けが確定するぞ》

 

 解説である相澤の言葉に笑みを深める八百万。飛んでいた伏黒も地面に着地する。そして理解する。液体金属の射程距離はだいたいこのフィールド全域。火力はそこを見せていない以上は確定できないが、【玉犬】以上。速度も【鵺】には劣るが走っている伏黒に追いつくくらいなら分けない。しかし、伝導率はかなり高いらしく【鵺】の電撃を放って液体金属に通した際に切り離していることからわかっている。しかし、同じ手が通じるとは限らないので確実とは言えない。攻防一体の上に変幻自在かつ速度もそこそこな液体金属。はっきり言って厄介極まりない代物だ。しかも八百万の思考の速さも考慮すれば厄介さが際立つ。そんな相手に対して伏黒が出した結論は、

 

全て問題無し(・・・・・・)

 

 【鵺】と寄り添う伏黒はそう言った。それに反応したのはやはりというか八百万だった。

 

「強がるのはよした方がよろしいかと。現に貴方は私の攻撃に手も足も出ていないではありませんか」

 

「それはどうかな?」

 

 伏黒はそう言うと手影絵は両手を反対に向かせて人差し指で頭、下のほうの手で足、上のほうの手で中指と人差し指を立てて耳を見立てる。殺到する液体金属を呼び出した【鵺】に対処させて新たなる式神を呼び出す。その名も、

 

「【脱兎】」

 

 その言葉と共に伏黒の影がゆらめく。それを見た八百万は身構えていると、

 

「は?」

 

 思わず呆気に取られた声を出す。そこにいた動物は白い毛皮に覆われ、長い一対の耳を持つ。そして赤いくりくりとした目と小さな鼻は敵の動向から決して晒さない。八百万の目線の先には抱える程度の大きさでもフンスと鼻息を荒くする――――1匹の白兎がそこにはいた。それを見た八百万は

 

「これはまた珍妙な……」

 

《可愛EEEEEEEEEEEEEEE!!》

 

 思わぬ式神の登場に困惑する八百万をよそに【脱兎】の可愛さに叫ぶプレゼントマイク。

 

《こ・れ・は、完全に予想外!伏黒から送られてきた使者はまさかまさかの可愛い子兎だぁ!》

 

 これには周りも予想外だったのか、「えぇ…」や「超可愛い!」や「何考えてんだアイツ」と十人十色といった反応だった。しかし、それでも八百万は違った。

 

「警戒すんだな」

 

「ええ、当たり前ですわ。貴方程の人物が何の策も無しに呼び出すとは思えませんもの」

 

「その判断は正しいよ。俺の影から生み出された動物は誰もが固有の能力を持ってる。鵺だったら電気とかな。とりわけ脱兎は俺の手持ちの中でも最も弱いが能力は間違いなく最強だ」

 

 その言葉と同時に伏黒の影からもう1匹の【脱兎】が飛び出してくる。

 

「なるほど、そういう能力ですか」

 

「わかったっぽいからいい加減ネタバレといこうか。脱兎の能力はいわゆる増殖。その最大増殖数は」

 

 大体五千羽以上だ。その言葉と共に脱兎の影が爆発したかのように広がる。そして広がった影一つ一つが兎となり、伏黒の周りにドームと見間違うほどの規模となった。そして伏黒が手を振り下ろすと八百万目掛けて殺到する。しかし、それを見た八百万は冷静に対処し、脅威でないと判断すると伏黒目掛けて液体金属を向ける。しかしそれは、

 

 【脱兎】が八百万の顔面目掛けてドロップキックをかましたことで中断させられた。

 

「なぁ!?」

 

 まさかの非力と思っていた兎が見せる綺麗なドロップキックに驚いた八百万は咄嗟に液体金属を盾に変換して防ぐ。

 

 ガギィンッッッッッ!!!!

 

 すると、先程の伏黒の一撃以上の音が鳴り響く。まさかの威力に驚いていると伏黒の作戦に見当をつける。

 

「まさか!?物量で押し潰す気ですの!?」

 

「そういうことだ」

 

「甘いのではなくて?私の液体金属は「全自動じゃないんだろ?」……何故、そう思ったので?」

 

 伏黒が八百万の言葉を遮ってそう聞くと伏黒は自身の頭をトントンと叩いた後に八百万を指差す。そのモーションに八百万は不思議そうな顔をして触れると頭にひりついた痛みが走る。驚いているあたりハイになって気が付かなかったようだ。先ほど投げた石に隠すように伏黒は【鵺】の羽も添えていた。殺傷能力はゼロだし、害すほどの威力もない。しかし、相手に当てることはできる。そして伏黒は液体金属が防がなかったことを見て八百万の液体金属は八百万の手動によって動かしているのだと判断する。

 

「それに八百万(お前)自身は生身以上、増強系には及ばないにせよ常人の攻撃よりも威力のある【脱兎】の一撃を防がないという選択肢は存在しない。さて、5,000近くいる【脱兎】の攻撃をどの程度防げるんだ?」

 

 その言葉と共に【脱兎】の群れが八百万目掛けて殺到する。咄嗟に八百万がドーム状に展開することで防ごうとするが、電撃を帯びた【鵺】が容易く破壊する。そうして襲いかかる【鵺】を何度か弾くと八百万はドーム状とまではいかないが、上蓋を外した円錐状にして防いでいく。上から降り注いでくる【脱兎】を弾いたり、時たま液体金属の結界を破壊する【鵺】によって開けられた風穴から飛び出してくる【脱兎】を弾いたりなどしていると

 

「クゥ…ッ」

 

 八百万の顔から汗が流れ始める。何せ全自動ではない以上、動かすにはそれ相応に頭を使う必要がある。全方向から襲いかかってくる【脱兎】を弾けば頭が追いつかなくなるのは当然である。ジリジリと攻撃が当たっていく中、地面がボコッと音が鳴る。八百万が音の発生源に目線を向けると地面から伏黒が飛び出し、八百万の顎をかちあげた。不意打ちということもあり、脳みそを揺らされた八百万は液体金属の制御を手放してしまう。その結果、液体に戻ってしまう金属。それを見た伏黒は【脱兎】を足場に八百万の背後に移動すると首に腕を回して緩めだが、チョークスリーパーをかける。

 

「詰みだ、八百万」

 

「八百万さん行動不能とみなし、二回戦進出は伏黒くん!」

 

 伏黒の言葉と共にこれ以上は戦闘できないと判断したミッドナイトは伏黒の勝利を告げる。すると、湧く観客。それを聞き届けた伏黒はチョークスリーパーを解除しようとするが、八百万に手を添えられて引き止められる。

 

「どうやって、セメントを掘り進めて…」

 

「気づいてなかったっぽいが、俺は【鵺】を引っ込めて【玉犬】を呼び出してた。で、そいつに頼んで穴を掘ってお前のところまで辿り着いた。あのまま攻め立てるにしても液体金属は厄介極まりないからな。下を行かせてもらった。セメントはともかくその下は土だからな、掘り進めるのは楽だったよ」

 

 伏黒が指差す場所に目線を向けると伏黒が出てきた穴からひょっこりと顔を出す【玉犬】。それを見た八百万は首の力を抜いて伏黒の顔に頭をつける。伏黒はそれを避けて起き上がるとその場から去っていく。すると、

 

「私、諦めませんわ」

 

 後ろから八百万の声が聞こえてくる。後ろを振り返ると八百万の目には未だに力強いものが宿っているのがわかる。恋する乙女は何とやら。厄介な奴に目をつけられたと思いながら伏黒はフィールドを後にした。



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