ドールズフロントライン ~ドールズ・スクールライフ~ (弱音御前)
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ドールズ・スクールライフ 1話

季節は秋に入り、涼しいっていうか寒いくらいになってきました。
パソコンのオーバーヒートを気にする頻度も減る、良い時期ですね。
ご無沙汰しております、弱音御前です。

タイトルの通り、学園モノを引っ提げて戻ってまいりました。
自分で作っておいてなんですが、非常にデキの悪いギャルゲーみたいだなと・・・
まぁ、出来が悪いのはいつもの事なので、今回も何かの片手間にお付き合いいただければ幸いです。

それでは、はじめましての方も常連さんも、どうかごゆっくりお楽しみ下さい~


 

「よし、これで終わり・・・と」

 

 グリフィン本部に報告書を提出し、今日一日の業務を終える。

 就業規則による定時時間30分前。ネゲヴの言葉を借りれば、スペシャリストと呼ぶにふさわしい仕事ぶりである。

 

「はい、一週間お疲れ様でした」

 

「ん、サンキュー」

 

 大きく伸びをして体を解す指揮官の前に、副官であるUMP45が飲み物を持ってきてくれる。相変わらず、惚れ惚れとするくらい気の利く優秀な相棒だ。

 

「今週は落ち着いた日が続いてくれて良かったわね。休日も気分よく過ごせそう」

 

「そうだね。明日はマーケットに買い物に行くのも良いかなって思ってるんだが、予定がなければ45も一緒に行く?」

 

 ここ数週間、休日は各々別に過ごすという状況が続いていたので、さりげなく休日デートに誘ってみる指揮官。

 口に出しては言わないが、流石にちょっと寂しくなってきちゃったのである。

 

「予定が無ければご一緒しても良かったんだけどね~。残念ね~」

 

 でも、45はそれを取り付く島もなく、あっさりと断ってみせる。

 そっか、と平静を装って返すが、内心ではかなりヘコむ指揮官。

 今夜は久しぶりにお酒が捗ってしまいそうである。

 

「っていうか、指揮官も明日は予定アリでしょ? マーケットなんて行ってる暇ないでしょ?」

 

「え? 明日・・・何かあったっけ?」

 

「それ本気で言ってるの? うわぁ・・・マジでないわ。さすがの私もドン引きするレベルなんですけど」

 

 指揮官をからかっているようには見えない、割と本気で引き攣った表情の45を見て、指揮官の背筋が急速に冷え込んでくる。

 まさか、休日に仕事が入っているのに気づいていないわけはない。そういった類の通知は社内メールで送られてくるものだし、メールボックスは定期的にチェックを癖つけている。

 ならば、45との何らかの約束を忘れているというのが有力であり、正直、これはマズイ。仕事を忘れる、よりも百倍以上マズイ由々しき事態である。

 

(なんだなんだなんだ? 俺は何を忘れているんだ? デートの約束は・・・してないよな?

たぶん、絶対にしてないはずだ。じゃあ、記念日とか? 45もああ見えて乙女チックなところあるから、そういうのも気にするのかもしれん。誓約か? 誓約から何日記念日とかいうやつか? 明日で10ヵ月と4日。つまり、309日。・・・スゲェ半端な日数だけど、何かあるのか?

例えば、旧暦において縁起の良い日数。もしくは、神代に由来する何かスピリチュアルな

エンチャントを宿した数字の羅列?)

 

 シナプスが焼き切れんばかりの勢いで、指揮官は思考をレッドゾーン付近までブン回し続ける。

 思い出せなければ、45が激怒するのは請け合い。怒鳴られたり、殴る蹴るの暴行を受けるのならまだマシで、経験上、45はそれでガチ泣きする場合もある。

 ちょっとした行き違いが重なって誤解を招いてしまい、45を泣かせてしまった時の事は、いま思い出しても胃がキリキリと痛くなってくるほどである。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫? 顔が真っ青になってるけど」

 

 頭を抱え、よく分からない言語の言葉を発し始めた指揮官を見て、ちょっとたじろぐ45。

 

「ごめんごめん、おふざけが過ぎたわ。ほら、明日は〝レクリエーション〟の日。思い出した?」

 

「れくりえーしょん・・・・・・あぁぁぁぁ~~~~~、そっか、レクリエーションの日か。

良かった~・・・いや、忘れていたのは良くないけど、いちおう良かったよマジで」

 

 安堵から体の力が抜け、デスクに突っ伏す指揮官。ぷしゅ~、と音をあげそうなくらいに火照ったおでこが、金属製のデスクで冷やされて心地良い。

 レクリエーションというのは、名の通り、指揮官も含めた戦術人形達の交流の場として設けられる催しの事である。

 基地に所属している人形達をグループ分けして、どんなレクリエーションをしたいか意見を出し合ってもらう。そうして、纏めた内容を指揮官に提案し、休日を使って内容を実施することができる。

 この制度を始めてからまだ間もなく、指揮官の思考に定着していなかったというのもド忘れしてしまった原因の一つなのだが、言い訳は見苦しいので心の内に留めておく方向でひとつ。

 

「今回は私がいるグループの番なのに、指揮官ってば本気で忘れてるんだもん」

 

「悪かった。今度は忘れないようにするから、許して」

 

 ぷくー、と可愛らしく頬を膨らませて拗ねる45に謝り倒して、ひとまず矛を収めてもらう。

 

「それで、今回はどんなことをするんだ?」

 

「私も知らない。まとめ役は他の娘に任せてたし、会議に参加したの飛び飛びだったし。そろそろまとめ役の娘から招待状が来るんじゃないかな?」

 

 招待状というのはレクリエーションの内容諸々が書かれたお知らせメールの事だ。パーティーの招待状風だったり、友人への手紙のような気軽なものだったりと、毎回どんな装いなのか見るのが楽しみなものである。

 

「基地の全施設を使ったハイド&シークは楽しかったなぁ。前回のグループが企画した洋菓子作りも美味しかったしいい経験になった」

 

「アナタ、さりげに趣味が子供っぽいっていうか、女の子っぽいところあるわよね」

 

 などと、お茶を嗜みながらまったりしていた空気の中に響くピロン、という軽やかな着信音。

PCへのメール着信を知らせるものである。

 

「きたきた。さて、今回はどんなオモシロ企画かしらね?」

 

 楽しそうにメールを開く45の傍に寄って、指揮官もディスプレイを覗き込む。

 メールの文面は友達を遊びに誘うような装丁のもので、遊び心のある内容に、でも、しっかりとレクリエーションの概要が載せられている。

 

「・・・・・・なるほど。つまり、〝以前にやったアレ〟ってことなんだろうな」

 

 メールに目を通し、レクリエーションの内容を把握した指揮官。その表情はいささか硬めである。

 

「でも、内容は全く違うものみたいだから、新鮮味はあるんじゃないかしらね。私はけっこう楽しそうに思えるけど、指揮官は気がノらない?」

 

「いや、俺も楽しそうだと思う。思うんだけど・・・これ、メールを見た限りだと、俺がかなり

苦労しそうじゃないか?」

 

「そうかしら? むしろ、私達の方が大変よ。バトルロイヤルみたいなもんだから、常に気を抜けないし。指揮官の立ち位置だったら、隅っこの方で眺めてればいいだけじゃん」

 

 45は軽く言うが、それができれば指揮官とて、ここまでマジメに悩んだりはしない。

 今、この現実において気疲れを感じるからこそ、レクリエーションの内容に対して言い知れぬ

危機性を感じてしまうのである。

 

「んじゃあ、私は9達と明日の話し合いしてくるから。また明日、現地でね~」

 

 終業時間ジャストで、そそくさと執務室から去っていく優秀な副官。

 部屋に1人ぽつんと残されると、さっきまでの不安がどんどんと増してきてしまう。

 

「考えても仕方ないか。レクリエーションなんだし、無理な内容のモノは選ばないだろうし。

もう、明日の事は明日考えよう」

 

 自分を慰めるように言って立ち上がる。

 向かうは食堂。美味しい食べ物を食べて気分を切り替えて、それから、久しぶりにお酒でも嗜むのもいいか、とやはり1人ぼっちの寂しさは拭い去れない指揮官であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月2日(水) はれ

 

「すでに知っている者もいるだろうが、今日からお前たちと学ぶ者が1名増える」

 

 担任の言葉を聞いて教室内がざわめき立つのが、廊下でもハッキリと聞こえる。

 もう1分の後には自分があの喧騒の真ん前に立ち、自己紹介をするのかと思うと、楽しみなんだか怖いんだかよく分からない感情に駆られてしまう。

 一旦、窓の外に視線を向けて、静かな呼吸を意識する。

 雲一つない蒼天の下、うっすらと黄色に染まった木々が風にそよそよと揺れている。

 

「おい、新入り。入ってきていいぞ」

 

 かけられた声に一拍遅れ、教室の扉を開ける。

 教室に足を踏み入れれば、そこにいた生徒たちのどよめきも一層大きなものに変わる。

 担任を含めて30人弱。全員が女性のその教室にたった1人だけ男性が入り込めば、まぁ、こういう騒ぎになるのも当然である。

 

「ほら、続けて自己紹介だ」

 

 担任の招きに従い、教壇のセンターに立つ。

 水を打ったかのように、一斉に静まり返る教室。幾つもの視線が向けられる中、けれども、もう先ほどまでのような緊張は無かった。

 いざという状況になれば、案外すんなりと割り切れてしまうものなのである。

 

「はじめまして。指揮官の見習いという事で、みなさんと一緒に過ごさせてもらいます。こういった場で生活するのは初めてで、分からない事も多いので、色々と教えてもらえると嬉しいです。数ヵ月間という短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 廊下で何度も繰り返し確認していた挨拶を見事に言い切り、ペコリと頭を下げる。

 途端、教室が割れんばかりの拍手と喝さい、口笛に包まれる。

 歓迎してもらえているようで安心する指揮官だが、さすがにこれだけ盛大な歓迎は、少し恥ずかしさを感じようというものである。

 

「静まれ静まれ。おい、落ち着けお前ら。・・・頭に鉛弾をくらいたいか?」

 

 担任、SVDの言葉で再び教室が静まり返る。

 その鋭い瞳は猛禽を連想させるが、背は小さめで見た目にどこか可愛らしさを感じる先生で

ある。

 

「当人も言った通り、彼はまだ見習いだ。なので、立場はお前達と同等と考えてくれて構わない。気兼ねなく、同期として仲良くしてやれ。・・・とはいえ、もしかしたらお前達の指揮官に

なる可能性もあるからな。そこのところは、まぁ、よく考えて上手くやるといいさ」

 

「いやいや、そういうのはちょっと・・・」

 

「冗談だ。これくらい笑って流せなくてどうする?」

 

 SVDの返しで教室内が笑い声で満たされる。

 とても良い雰囲気のクラスに編入されたことに感謝の気持ちで一杯な指揮官である。

 

「お前の席は・・・UMP45、UMP9、手を上げろ」

 

 は~い! と、元気の良い返事をしながら2人の女の子が手を上げる。

 教壇真正面の列の後ろの方である。

 

「あの2人の傍で空いている席だ」

 

「わかりました」

 

 教壇から離れ、指定された席へと向かう。

 手を上げた2人は指揮官の左隣と後ろの席だ。

 

「初めまして。私はUMP45よ。お隣同士よろしくね、指揮官さん」

 

 隣の娘、UMP45は片側だけ結わいた麻色の長髪が落ち着いた笑顔にとても良く似合う娘。

 

「私はUMP9。分からないことがあったら何でも聞いてね、指揮官さん」

 

 後ろの娘、UMP9は屈託のない笑顔に栗色のツインテール、と見るからに元気いっぱいといった様子。

 性格は全く違う感じだが、初対面の指揮官でも感じるくらい、2人の雰囲気は似通っている。

あと名前も。

 

「よろしく。俺の事は指揮官って呼び捨てていいよ。君達は姉妹・・・なのかな?」

 

「そうよ。UMP姉妹っていえば、この学園じゃあ有名なんだから。ちゃんと覚えておいてね、

しきか~ん」

 

 ウィンク交じりに言う45に苦笑を返す指揮官。

 友好的ながらも、ちゃんと自分の存在感を相手に誇示する。抜け目のない娘だと、今のやり取りで指揮官は簡易的に分析する。

 

「では、このまま授業を始めるぞ。新入り、物理のテキストは持ってきているな? 授業範囲は

隣の奴に教えてもらえ」

 

 涼やかな秋風が吹きすさぶ頃、私立グリフィン女学園に編入してきた指揮官の新しくも騒がしい生活が始まったのである。




タイトルにもあるように、正統派(?)学園モノです、はい。
もう、ドールズフロントラインの世界観まったく関係なくなってますが、キャラだけは立たせているので、それでどうかご容赦を。

話全体を長くしすぎてしまったせいで、内容の薄いパートもあろうと思いますが、どうかいつも
通り生暖かい目で見ていて下さいな。

それでは、次週の更新時にまたお会いしましょう。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 2話

寒くなってきましたね。なんて言っている間にもう年が明けちゃうんだろうな~、とか、のんびり考える今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

新シリーズが始まりましたが、きっと、まだ本題に入っていないのでどんな感じか分からないですよね?
どうせ、最後まで大した内容でもないのでお気になさらずどうぞ。
というわけで、今週もごゆっくりどうぞ~


「んで、窓際の席はHK416、FAL、G3、G41だ」

 

「ふわぁ~、もうみんなのお名前と席まで覚えたんですか? 指揮官さんすごいです!」

 

 おおよそ、転入生は休み時間にクラスの生徒達から質問攻めにあうと相場が決まっている。例にもれず、怒涛の包囲攻撃を受け続けた指揮官は、お昼を食べ終わるころにはすでにクラスメイトの名前と顔、席順をバッチリ覚えるまでに成長していた。

 

「私なんて、このクラスになってから半年経つけど、まだ覚えきれていない娘がいるのに~」

 

「指揮官はいずれ大勢の部下を率いる立場になるんだから、こういうのはしっかりと訓練されてるんじゃないの?」

 

「訓練っていうほどのものじゃないけど、確かに、物覚えが良くなるように色々教えられたかな」

 

 食堂から教室に戻り、45と9、そして、G41も加え、残りの休み時間をまったりと過ごす

4人。

 

「盛り上がってるところ悪いんだけど」

 

 そんな中に、やや刺々しい口調で割って入る声。

 振り返ると、そこには硬い表情を張り付けた桃色髪の娘が。

 威圧的な表情であるが、担任のSVD同様、小柄な事もあって迫力がやや足りていない感じで

ある。

 

「えっと・・・俺かな?」

 

「そう。話があるから、ツラ貸しなさい。体育館の裏で待ってるから」

 

 返事も待たずに踵を返すと、桃色髪の娘はツカツカと教室から出ていってしまう。

 

「何よアイツ。気分悪ぅ~」

 

「あの娘、確かネゲヴだったよね? 何か悪い事しちゃったかな?」

 

 席は通路を挟み指揮官の左側で、休み時間になっても寄ってくる様子はなかった為、まだ話を

したことは無い娘だ。

 授業中にチラチラと様子を伺ってくる視線は何度も感じていたので、しばらくしたらこちらから話しかけてみようかな、と考えていた指揮官だったが、あまり良くないファーストコンタクトになってしまったものである。

 

「大方、指揮官が人気集めてるの見て面白くなかったんじゃないの? バッくれると後で面倒だから、行ってきた方が良いよ」

 

「そうだね。まだ時間もあるし、ちょっと話してくるよ」

 

 仲良く楽しく生活を送るというのが指揮官の目標である。可能な限り、話し合いで穏便に済ませたいところだ。

 

「念のため、銃は持って行った方がいいよ。無ければ私の貸そうか?」

 

「いや、いいよ。っていうか、決められた場面じゃなきゃ銃火器の使用禁止じゃなかったっけ?」

 

 言いつつも、ちゃっかりと自前の銃は携行して指揮官も教室を後にする。

 1階に降り、昇降口で靴を履き替え、校舎の西側へ回り込む。事前に学園施設を予習していたので、新入りながらも迷うことなく体育館にたどり着くことができた。

 

「体育館裏って言ってたけど・・・裏って、どのへんなんだろう?」

 

 とりあえず、体育館の外周を歩いてみようという結論を出す。

 入り口から右回りにグルリと周り、そして、敷地境のフェンスに差し掛かったところで、さっきの桃色髪の娘の姿を見つける。

 日差しが建物の影に隠れ、ほんのりと暗い一本道には、件の娘を含めた3人が指揮官を待ち構えていた。

 

「ふぅん? てっきり、UMP45がお供に付いてくるかと思ったけど。あんがい度胸はあるみたいね」

 

 腕を組み、ふてぶてしい態度で言い放つネゲヴ。

 

「ネゲヴ、初対面の方にそんな偉そうな態度をとるのは失礼なのでは?」

 

 ネゲヴの右に立つのは、白みがかったブロンドに澄んだ青い瞳のクラスメイト。

 まだ話したことは無かったが、今の会話の様子だととても常識のある娘のようだ。

 

「偉そう、じゃなくて偉いからいいの! この学園じゃあ私のが先輩なのだから!」

 

「朝のホームルームでドラちゃん先生も言っていましたでしょう? 指揮官さんも私達と同期だと。仲間なのですから、上も下もありませんわよ」

 

 対して左側、サラリと揺れる青い長髪に、気品を感じる佇まいの娘も同じくクラスメイトで

ある。

 

「ネゲヴさんと、ファマスさん、タボールさん、だったよね? まだ直接挨拶してなかったから、これからよろしくね」

 

「まあまあ! もう私たちの名前を憶えていただいて嬉しいですわ! こちらこそ、お困りごとがあったら遠慮せずに相談して下さいまし」

 

 表情を輝かせながら歩み寄ってくるタボールと握手を交わす。

 とても女性らしい、小さくて柔らかな手の感触が伝わってくる。

 

「申し遅れてすみません。こちらこそお世話になります、指揮官殿」

 

「あはは、そんな堅苦しい呼び方をしなくてもいいよ」

 

 互いに笑いながら、ファマスとも握手を交わす。

 タボールと同じく、可愛らしい手の感触は同じだが・・・

 

「ん・・・」

 

「ふむ・・・」

 

 思うところがあったのは2人ともに同じ。小さく声を漏らして、でも、何事も無かったかのように手を離した。

 

「ちょっと、私を差し置いて何やってんのよ! そいつを呼び出したのは私なのよ!?」

 

「あら、ゴメンあそばせ。では、ネゲヴも指揮官にご挨拶をどうぞですわ」

 

 怒りの抗議をサラリと流され、ネゲヴの顔が仄かに赤くなる。

 

「そもそも、指揮官と挨拶がてら仲良くなりたかっただけなら、わざわざこんな所に呼び出す必要もないでしょうに」

 

 まさに、ファマスが言った通りの事だったのだろう、ネゲヴはもう耳まで赤くして身体をわななかせる。

 

「そうだったんだ? 席もすぐ横だし、色々と教えてくれると嬉しいな」

 

 ナチュラルに微笑み、指揮官が右手を差し出す。

 

「~~~~~~! んもぉ~~~~っ!」

 

 絞り出すような声と共に指揮官の手を握ると、乱暴にぶんぶんと二振り。そして振り払うように指揮官の手を放し。

 

「これで私を手籠めに出来たと思わない事ね!」

 

 そんな捨てセリフを残し、ネゲヴは1人で走り去ってしまう。

 今の一連のやり取りの意味がよく分からず、呆気にとられる指揮官。

 

「今のは、ネゲヴなりの友好の証だと思っていただければ、と」

 

「あの娘、へそ曲がりですので。ああ見えて、きっと指揮官の事を気に入っているに違いありませんわ」

 

「そ、そうなの? それならいいんだけど」

 

 ファマスとタボールが指揮官にフォローを入れたところでチャイムが鳴る。昼休み終了5分前の予鈴である。

 

「積もる話は戻りながらにでもいたしましょう。差し当たって、指揮官はどのような女性がお好みですの?」

 

「タボール、いきなり攻めすぎですよ。こういうのはまず、趣味とか好きな食べ物とか、当たり

障りない情報から切り崩していくのが適切かと」

 

「んもう、ファマスさんは慎重にすぎるのですわ。ちんたらやってると、横からあっさり持ち逃げされてしまいましてよ?」

 

 姦しい会話に挟まれながら教室へ戻る。そんな、初めて経験する温かさを心地よく思いながら、でも、ネゲヴとはすれ違いだったことが少し心残りな指揮官なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日の授業を終え、帰り支度に取り掛かる。

 

「ねぇ、あの・・・さ・・・」

 

 と、左隣のネゲヴが指揮官に声をかけてきた。

 手早く支度を済ませていたようだが、その場でしばらく佇んでいるな、と思えば、声をかける

タイミングを図っていたようである。

 

「? どうしたの?」

 

 組んだ手をモジモジと動かし、落ち着かない様子のネゲヴ。俯き気味の顔でも、頬が赤いのが

伺える。

 

「さっきの事・・・なんだけど。乱暴な言い方してゴメ・・・」

 

「し~きか~ん!」

 

 そんなネゲヴの言葉を見事にカットインして、背後から45が抱き付いてくる。

 首に両腕を回して、身体を密着させてくるそのやり様は、この場ではかなり恥ずかしい。

 

「い、いきなり何をする!?」

 

「背中がお留守なのがいけない。これが戦場だったら、指揮官もう死んでるよ?」

 

「今は戦場じゃないでしょ? やるべき時にちゃんとやればいいの。ごめんネゲヴ、話の途中で」

 

 肩越しに45に向けていた視線を正面に戻すと、そこにはもうすでにネゲヴの姿は無し。早足に教室から出ていく後姿だけ、かろうじて捉えることができた。

 

「あ~あ。・・・45とネゲヴって仲悪いの?」

 

 本人に聞いたってロクな答えが出て来やしないのは分かっているので、妹分の9に尋ねてみる。

 

「ん~、そうでもないよ? 言い争いは日常茶飯事だけど、取っ組み合いのケンカはたまにしかやらないし。銃を使ったことは一度も無いから、全部ノーカンだよね」

 

「俺はこの学園の常識をちゃんと学ばないとダメみたいだな、うん」

 

 もう、郷に入りては郷に従えの精神である。

 

「あんなのは放っておいて、4人で一緒に帰りましょう。指揮官、まだ私の家知らないでしょ?」

 

「いや、確かに知らないけど。俺、こっちに移転したばかりで、荷物の整理なんかもしなきゃいけないし。それに・・・」

 

 会って初日の女の子の家に行くのもどうなんだろう? という気恥ずかしさに駆られてしまう。

 こういうのは、もう少し時間をかけて仲良くなってそれから、というのが指揮官の信条なのである。

 

「だから、私の家を知らないとマズいでしょ、って言ってるの」

 

「? だから、なんで45の家を知らないとマズいの?」

 

「??」

 

 お互い、頭の上に?マークをいくつも浮かべながらお見合い状態に陥ってしまう。

 そこへ助け舟が2隻。

 

「指揮官、もしかして、自分が暮らす場所わかってない?」

 

「今日から私たちのお家で指揮官さんも暮らすって、そう聞いてますよ?」

 

 9と41の話を聞いて、頭の中でこんがらがっていたヒモがするりと解けてくれた。

 この学園に居る間は、クラスメイトの家にホームステイするという話だったのだ。

 そんな重要な事を忘れるとは、自分もいよいよだな、と呆れて言葉も忘れてしまう。

 

「なに? そんな重大な事を忘れちゃってたの? まったく、見かけによらずなドジっ子さんね」

 

「ぅ・・・ごめんなさい」

 

 さっきのネゲヴと同じくらい顔が赤くして頭を下げる指揮官。

 そんな指揮官の腕を掴むと

 

「じゃあ、そんなドジっ子さんがはぐれないように手を繋いで案内してあげるね」

 

 柔らかく微笑んで、指揮官を引っ張っていく。

 非常に恥ずかしい状況だが、完全にイニシアティブを取られてしまった指揮官は大人しくついていくしかないのである。




いかにもギャルゲーちっくな内容になってまいりました。
ギャルゲーは好きなんですけどね。書くのはあんまり得意じゃないので、今回はお試しということで、こんなのになってます。

それでは、指揮官と人形達の学園生活、来週もお楽しみに。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 3話

寒さにかまけて外に出なくなり、より一層ゲーム漬けな今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

今週も懲りずに投稿させてもらいました今作。
中身の薄い前置きは前話までとして、今回からは本番! ・・・ってなればいいな~。
ともあれ、今週もどうぞごゆっくりお楽しみください~



 学園の正門からまっすぐに伸びる道路を進み、3つ目の交差点を左折。次に見える信号を左折。200メートルほど歩いて左手に見える黒い三角屋根の家の前で立ち止まる。

 4人で笑い話を交えながら歩き、およそ15分の道程だ。

 

「ここが私たちの家よ。ご感想は?」

 

「広そうな家だね。庭もあるし、2階には大きなベランダも付いてるんだ?」

 

 胸を張り得意げな45に率直な感想を告げると、満足そうに笑顔を浮かべてくれる。

 彼女が時折見せる、落ち着いた、澄んだ彩の笑顔を見ると、どうしても顔が熱くなってしまう。

 まだ会って数時間しか経っていないのに・・・と、自分の軽々しさに少しだけ自己嫌悪。

 

「さあ、突っ立ってないでお家に入りましょう」

 

「ゴーゴー!」

 

「ご~ご~です!」

 

 9と41に背中を軽く押されながら玄関にご案内される。

 

「ただいまー」

 

 45が扉を開けると、新築のなんともいえない良い香りが仄かに鼻をくすぐる。

 

「お邪魔します」

 

「指揮官、お邪魔しますじゃなくって、ただいまで良いんだよ? ただ~いま~」

 

「帰ってきましたよ~」

 

 脱いだ靴を玄関先にキチンと揃え直して置く45。

 脱ぎっぱなしのまま、靴を揃えようという気もないらしい9。

 靴の汚れを軽く払い、下駄箱にしまう41。

 姉妹の性格の差が、ここで如実に垣間見ることができる。

 

「お帰りなさい。あら? もしかして、その方が?」

 

 45達が帰ってきたのを察して、廊下の奥から女性が歩み出てきた。

 艶やかな茶色の長髪に、母性を感じる大人びた佇まい。45達よりも明らかに年上だろう女性である。

 

「そう、私たちのクラスに編入してきた指揮官よ。指揮官、この人は私のお母さん」

 

「初めまして。私はこの子達の母、スプリングフィールドと申します。どうぞよろしくお願いいたしますね」

 

 恭しくお辞儀をするスプリングフィールドを見ていて、出遅れてしまった指揮官も、慌てて頭を下げる。

 

「い、いえ! こちらこそ、ホームステイを了承してくれてありがとうございます。お手伝いできることは何でもしますので、遠慮なく言って下さい」

 

「あらあら、それは頼もしい限りです。みんな、手を洗ってお荷物を置いたらリビングに降りて

きて下さいね。お茶を用意していますから」

 

「やったー、ママの作ったマフィンだ~! フゥ~~~~♪」

 

 脱兎の如く、玄関傍の階段を駆け上がっていく9に41も続く。

 

「もう、あの娘達ったら。指揮官の部屋も私達と同じ2階だから、案内するね」

 

「うん、よろしく」

 

 45の後ろに付いて階段を上がる。

 階段に近い方から、45の部屋、41の部屋、9の部屋と案内され

 

「一番奥が指揮官の部屋よ。物置きに使ってた部屋だけど、ちゃんと掃除しといたから。たぶん、荷物も届いてるはずだから、時間をみて整理してね」

 

 一通り説明を終え、引き返していく45を見送って自室を覗いてみる。

 広さは6帖強。ベッド、机、クローゼットなど、真新しい家具類がきっちりと並べられている。

 

(ここまでしてもらったら、もうここの家族には頭が上がらないよな)

 

 カバンを机に乗せ、部屋の隅に置かれていたキャリングケースを開く。

 自分の生活に必要な物のおおよそが入っているのを確認し、一息ついてから部屋を後にする。

 1階に降り、階段の脇をグルリと回ってリビングへ。

 カウンターキッチン式の広いリビングでは、すでに4人が席に座り、見るも優雅なティータイムが開催されていた。

 

「紅茶は飲めますか? ダメでしたらコーヒーもありますよ?」

 

「紅茶で大丈夫です。いただきます」

 

 席につき答える指揮官に朗らかな笑顔で返すと、スプリングフィールドはカップに紅茶を注ぎ

始める。

 白いエプロンに緩い部屋着という恰好なのに、その一挙手一投足が、まるでお高いカフェの

マスターでもあるかのように洗練されていて、自然と目がそちらに向いてしまう。

 

「うちのママ、すごい美人でしょ? 好きになっちゃった?」

 

「ふぅえ!!?」

 

 隣に座っていた9が突然耳元でそんなことを囁いたものだから、普段は出ないような声が出てしまう。

 

「ひゃあ? どうしたんですか、指揮官さん?」

 

「い、いや、ちょっとシャックリが出ちゃって。あはは~」

 

 苦し紛れの言い訳をする指揮官に9はにやにやと笑みを向け、45はというと、素知らぬ様子で紅茶を飲んでいる。

 

「この家に居る間は指揮官さんも私達家族の一員ですから、自由に振る舞ってくれていいん

ですよ」

 

「お気遣いありがとうございます。・・・えっと、ご家族はお父さんも含めた5人なんですか?」

 

 まだ姿を見ていないが、一般の家庭であるならばと、ふと気がついた質問をしてみる。

 途端、みなが一斉に手を止め、空気すらもフリーズ。

 このリビングは、明らかに聞いちゃいけない事を聞いちゃった雰囲気に切り替わってしまう。

 

「あら? それ、もう聞いちゃう? うちに来て初日にもう聞いちゃうのかしら?」

 

「この紅茶、すごく香りがいいですね! アールグレイかな? マフィンの甘さと風味にベストマッチですよ!」

 

 闇を含んだ笑顔のスプリングフィールドに、被せ気味に話題を変える。指揮官決死の方向転換である。

 

「指揮官さぁ、さっきからな~んか様子がおかしいよね? 落ち着きがないっていうか、テンパってるっていうか、そんな感じ~?」

 

 静かにティーカップを置き、今まで黙っていた45がここで口を開く。

 向けられる眼はジトっと、なんだか不穏な視線である。

 

「そりゃあまぁ、これからお世話になる家にお邪魔して初日だし、さすがに緊張くらいはするよ」

 

「それに、周りは女の子ばっかりだし。指揮官も少しは慌てちゃうよね」

 

 イグザクトリー! と、9のナイスな援護射撃に乗っかっておく指揮官。

 それに、カウンターいただき! とばかりの不敵な笑みを合わせる45。

 

「でも、周りが女の子ばっかりの学園では堂々としてて、いかにも指揮官って様子だったのにね? この家に来てからっていうか・・・お母さんに会ってから?」

 

 45の発言に指揮官の背筋が凍り付く。

 

(っ! こ、コイツ、分かっててわざと言ってるのか・・・っ!?)

 

 確かに、スプリングフィールドに会った時にドキドキしてしまったのは事実である。優しく柔らかな佇まいで、おまけにスタイルも良い大人の女性だ。健全な年ごろの男性であれば、思わぬところが無いわけがない。

 しかし、まがりなりにもホームステイ先の家族のお母さんなわけで、そこは一線を引くのが道徳というものである。

 ・・・まぁ、つい聞いちゃった旦那さんの有無で勘繰られてしまったのであれば、それは指揮官の罪であると認めざるを得ないわけだが。

 

「ふふふ、指揮官さんはまだお若いのに。こんなオバさん相手でもドキドキしてくれるのかしら?」

 

 その後、スプリングフィールドも含めた4人にメチャクチャからかわれる羽目になった指揮官。

 ティータイムでぼこぼこにされつつも、なんとか凌ぎきり、その後は、しばし部屋の片づけで

精神力の回復に努める。

 夕食はティータイムの反省を踏まえて言動に細心の注意を払ったが、それでも、まるで薄氷の上を進むような苦しい戦いを強いられてしまった。

 果たして、これほどまでにシビれるお食事の時間を経験した人間が、長い人類史の中で何人いるのだろうか?

 

(かなり厳しいけど、これは俺が順応しなきゃいけない問題なんだよな)

 

 この家で暮らす期間は限られている。出来る限り早く順応し、ここの家族みんなと気兼ねなく話せるようになって、心から楽しめる時間を一日でも多く作りたい。

 そう心に決めると、気分が少しだけ持ち直してくれる。

 ついさっき、指揮官の恋愛経験について集中砲火を受けた時の事を思い出して、枕を濡らさなくて済みそうである。

 持ち込んだ荷物のほとんどを整理し終え、時計に目を向けてみると、時刻は8時を過ぎたところ。45達がお風呂に入り終えて、最後、指揮官の順番が回ってくるまで、あと30分もないくらいだろう。

 着替えとタオルを持って、リビングでスタンバイしておいた方がいいタイミングである。

 部屋を出て階段を下りる。41とスプリングフィールドが一緒にテレビを見ているわきに荷物を置き、ひとまずトイレへと向かう。

 

「女性ばかりだからな。お風呂とか洗濯物なんかも特に気を遣わないとだよな。あとは、どんな

危険予測ができるだろうか?」

 

 思案しながらトイレのドアノブに手をかけ、そのまま、考え無しにドアを開ける。

 

「? 指揮官、どうしたの?」

 

「・・・・・・へ?」

 

 きょとんとした表情でトイレに座っている9を見て、思考が一気に吹っ飛ぶ。

 数瞬だけ遅れ、ようやく脳みそがリカバリーを開始。

 まず、ノックをせずにドアを開けたという事に関しては指揮官の罪である。電気も付けっぱなしだったので、そこでも気が付けた可能性は大いにある。

 指揮官側、マイナス2ポイント。

 かたや、9はドアをロックしていなかった。ロックしていれば、指揮官の不意の侵入を防げた

はずである。

 よって、9側、マイナス1ポイント。

 以上の結果を以って、指揮官の有罪を確定とする。

 

「ごめんなさいごめんなさい! 本当にゴメンなさい!」

 

 超高速の回れ右。でも、ドアは丁寧かつ慎重に閉める。

 

「あはは、気にしなくていいよ。私もカギを閉め忘れたのがいけなかったから」

 

 異性に覗かれたというのに全く気にしていないのか、ドアの向こうから聞こえてくる声は軽々としたものである。

 焦りまくっている自分の感覚がおかしいのだろうか? と、それはそれで不安になってしまう

指揮官。

 

「いや、俺がちゃんと確認してなかったから。次から気を付けるよ」

 

「じゃあ、私も気を付けるから、お互いさまってことにしようよ」

 

「はい・・・ありがとうございます」

 

「もうすぐ出るから、ちょっと待っててね~」

 

 嫌われてはいなそうな事に安堵しつつも、脳裏に浮かぶのは、トイレに入った刹那に目に焼き

付いた9の細く真っ白な足と太腿で・・・

 

「~~~~~!」

 

 邪な想像を追い出すために、両手で左右のこめかみをグリグリと押し込む。

 鈍い痛みに押しやられ、ちょっとはまともな思考が戻ってきてくれる。

 

「指揮官さん、調子が悪いのですか?」

 

「いや・・・ちょっと眠気覚ましにやってみただけデス」

 

 指揮官の奇行を見て不安そうに声をかけてくれる41。あまり不信感を持たれないよう、努めて冷静に言葉を返す。

 でも、内心はまだだいぶ散らかりまくっている状態だ。

 

「45お姉さまが、もうお風呂を使って良いよって言ってました。お風呂でスッキリすると疲れもとれると思いますよ?」

 

「うん、ありがとう、41」

 

 言って、頭を撫でてあげる。鮮やかなブロンドのもふもふ耳がパタパタと動いて、気持ちよさげな表情を浮かべている41を見ていると、心が和んで浄化されていくかのような心地だ。

 9と入れ替わりでトイレを済ませ、お風呂へと向かう。

 草の根も乾かぬうちに同じ轍を踏んでいるようでは、指揮官としては下の下。浴場に入る前に

一旦足を止める。

 コンコン、とドアをノック。しばらく待ってみても、中からの反応はない。

 次いで、電気のチェック。スイッチはオフになっているので、この中は真っ暗だ。誰かが使っているという可能性は大幅にダウンする。

 

「入りますよ~」

 

 声をかけつつドアの隙間から覗き込んでダメ押し。

 脱衣場は真っ暗で、人の気配も無ければ物音ひとつ聞こえない。

 不手際は100%無い、と確認できたところで電気をつけて脱衣場に入る。

 ・・・今後、これだけのプロセスを経て家の中を移動しなければならない、と考えると神経が

もちそうにないので、この件に関しては要改善である。

 

「はぁ~・・・さすがに気疲れしたな。でも、みんな良い人でホントありがたい」

 

 気が抜けた事で、45達の家族に対し、素直な感謝が自然と口から零れる。

 さっさと服を脱いで脱衣籠へ。浴場の電気をつけ、ドアを開ける。

 うっすらと湯気の漂う真っ白な浴場には・・・

 

「いやん。指揮官のえっちぃ~」

 

 タオルすらも持っていない、文字通り、一糸纏わぬ姿の45がペタンと座り込んでいた。

 

「・・・・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 本当にゴメンなさい!」

 

 まるで、ついさっきの焼き直しのように回れ右してドアを閉める。

 女性の、しかも、ホームステイ先の家の子の裸を見てしまった事で、指揮官のパニックゲージが限界を振り切る。

 不幸中の幸いだったのは、45が入り口に対して背中を向けて座っていた事と、指揮官がタオルで下半身を隠していた事である。

 誰もいない状況だったのだが、なんと無しに巻いていたこの薄い一枚が無ければ今頃どうなっていたことか・・・。考えるだに恐ろしい事である。

 

「指揮官にはだか見られちゃった~。もうお嫁にいけないよ~。せきにんとって~」

 

 ドアの向こうで嘆く45。それにどう返してあげたら良いものか、頭を痛める指揮官。

 と、そこで根本的な事実に気が付く。

 

「・・・っていうか、電気ついてなかったし、声かけても返事なかったし、そんなの絶対おかしいでしょ!?」

 

 今日1日でUMP45という女の子の性格は大体把握できている。つまり、これは指揮官を嵌める為の巧妙なトラップだ。

 

「だって、夜戦に備えて夜目を鍛えなきゃいけなかったから。暗い中でお風呂に入るのは良い訓練になるんだよ?」

 

「なるほど、それは確かに訓練としてはやりがいのある・・・いやいやいや! だからって、そんなところでやる必要ある!?」

 

 どうにも、45と話しているとペースを崩されて、そのまま丸め込まれそうになる指揮官である。

 今回は寸でのところで踏みとどまり、ドア越しに45に抗議を続ける。

 

「もう、分かったわよ。私が41に言って指揮官を呼び寄せ、暗くした浴場にのこのことやってきた指揮官を驚かしました~。私が悪ぅございました~」

 

「なぜそこで逆ギレする・・・」

 

 まったく誠意の籠っていない謝罪であるが、今回の指揮官は45の自白によって完全無罪だったのが救いである。

 もし、彼女の裸を除いてしまった罪を指揮官が被ることになれば、もう指揮官は自爆して詫びるしかなかったところだ。

 

「そっち行くから、そこどいてくれる?」

 

「え!? 俺が服着て外に出るまで待って!」

 

「体が冷えちゃって寒いの。そこで後ろ向いててくれればいいから」

 

 寒いのを我慢してまでやる事か? と疑問に思うが、もう、45がこちらに来ようとしているので口に出す暇もない。

 バスタオルで身体を覆い、後ろを向いたところで45が浴場から出てくる。

 少しも躊躇う様子も見せず指揮官の背後に立つと、どこからか自分の服を引っ張り出しているのが音で分かる。

 顔は反対に向けているが、脱衣場には大きな鏡付きの洗面台がある。視線の端にその鏡が入り

込もうものなら、45の裸が丸見えになってしまう。

 それはダメだ。絶対にダメだ。と言い聞かせ、自分の中の悪魔を天使と協力して必死に抑え

込む。

 

「ふん、ツマんないの」

 

「キミにはもうちょっと恥じらいとかないのかい?」

 

「なによ、いくじなしのくせに」

 

 不条理にも拗ねながら着替えを終えると、45はさっさと脱衣場から出ていってしまう。

 山場を乗り切り、大きく溜め息。

 念のため、他にトラップが無いか浴場を確認してからゆっくりと体を休める。

 しばらくお湯に浸かり、気分も切り替えたところで脱衣場で楽な服装に着替える。鏡に映った

指揮官自身の表情も、先ほどの疲れ切っていたものとは大違いである。

 

「飲み物もらってから戻るか」

 

 キッチンでお茶を頂こうと、リビングに入ったところで

 

「きゃ~、しきかんさん、えっちですぅ~」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい~~~!」

 

 いきなり飛んできたセリフに対し、条件反射で謝罪を連呼してしまう。

 

「・・って、何でさ・・・?」

 

 しかし、指揮官の目の前に居るのは、モコモコした寝間着姿の41。別段、エッチだなんだと

批難されるようなこともない、至って可愛らしいお姿である。

 

「お姉さま達が、指揮官さんと出会った時にこう言うと喜んでもらえるって言ってました。どうでしたか?」

 

 屈託のない笑顔でそう言われてしまっては、指揮官は何も言う事は出来ない。

 悪いのは、41を騙した悪姉2人であり、ついでに、そんな簡単な手に引っ掛かってしまった

自分も少しだけ悪いのだと。そう結論付けておく。

 

「そっかそっか。ありがとう・・・ありがとうね」

 

 感謝の言葉を絞り出し、41の頭を撫で撫で。

 気のせいか、視界が霞んで見えるような気がする。

 

「ふぇ!? 指揮官さん、泣いているんですか? そんなに嬉しかったですか?」

 

「これは欠伸が出たから目が潤んでいるんだよ。あと、今のはたまにやってくれるぐらいでいいからね?」

 

「はい、分かりました!」

 

 軽くクギを刺したのを理解してくれたのかはさておき、41は満足そうに耳をパタつかせて自室に戻っていく。

 ジワってしまった涙が引っ込んだところで冷蔵庫から飲み物を頂き、指揮官も自室へ戻る。

 途中、45達の部屋の前を警戒しつつ通るが、今日はもう仕掛けてくる様子はない事に安堵。

無事に自室へたどり着く。

 

「はぁ~、色々あったけど、なんとか無事に終わりました、と」

 

 本日何度目か分からない溜め息をついて、ベッドの淵に腰を降ろす。

 ペットボトルの蓋を開けて、お茶を一口。蓋を締め直して、小さく息をつく。

 

 (ちょっと本でも読んでから寝ようかな)

 

 愛読書を入れたキャリングケースに目を向ける。

 

「慣れない環境は大変ですよね。お疲れ様です」

 

 刹那、背後からの言葉と共に、腹部に両腕が回された。

 

「ぎゃああぁぁあぁぁ~~~!!?」

 

 指揮官自身、客観的に聞いたらビックリするだろう悲鳴と共に身体を前方へ投げ出す。

 ゴロゴロと床を転がって距離をとり、ベッドの方に視線を向けて、そこでようやく、一体何が

起こったのかを把握できた。

 

「す、すすすスプリングフィールドさん!? なにやってんスか!?」

 

 毛布の中から、もぞもぞと這い出てきたのはスプリングフィールド。

 指揮官的にトンデモナイ事をやらかしてくれた張本人は、しかし、まったく悪びれた様子もなく優美に微笑んでいる。

 

「ふふふ、指揮官さん、お疲れかなと思って様子を見に来たのですが、お留守だったもので。代わりに、ベッドの具合はどうかしら? と思って確認していたんですよ」

 

 だから、それでなんで部屋の電気を消して潜む必要があるんだ! と、45の時と同じ抗議は

もう指揮官の頭には浮かばなかった。

 すでに指揮官はあまりにも疲れ果て、そして、スプリングフィールドに抱き付かれたという気恥ずかしさが、思考能力を完全停止させてしまっていたのだ。

 

「お疲れのようなら、ベッドの上でマッサージしてあげましょうか?」

 

 ベッドの上で手招きするスプリングフィールドの姿はパジャマ・・・というか、ネグリジェというのが正解なのだろう。やたらとフリフリ、ややスケスケな黒色で、どうしたってアレな見た目だ。

 

「いえ・・・今日は大丈夫っス。平気っス・・・」

 

 緊急回避で残りの体力も使い切った指揮官は、そう力無く答える。

 据え膳も、食べるだけの生命力が無ければ食べたくたって食べられないのである。

 

「あら、そうですか? じゃあ、お休みの邪魔をしたら悪いので、下に降りますね。ごゆっくりとお休みなさい」

 

 しっかりとお休みの邪魔をしてくれたスプリングフィールドを見送り、ようやく、やっと1人

きりになれる指揮官。

 

「俺、ここの家族に嫌われてるんだろうか? ・・・あ、ペットボトル・・・蓋閉めてたんだった。零さなくて良かったよ」

 

 床にお茶をぶちまけなかったことにささやかな幸運を感じたところで、こうして、指揮官の

長く、厳しい1日がその幕を降ろした。




ベタですね。
本来、こういうベタなラブコメ展開はやらない性質なのですが、今回は特例としてやってしまいました。
後悔はちょっとだけしています。ほんのちょっと、ミジンコ程度ですけど。

本格始動した指揮官と戦術人形達の学園生活、次回もどうぞお楽しみに。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 4話

大型トレーラーを駆り、ヨーロッパ中を駆け回り続ける今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
・・・あ、ゲームの中の話なのであしからず。
どうも、弱音御前です。

ギャルゲ風味の今作ですが、少なからずお楽しみいただけてますでしょうか?
作品のボリュームから考えると来年の頭まで続く予定なので、もうしばらくお付き合いいただけたら超嬉しいです!
それでは、今回もごゆっくりとお楽しみください~


 10月3日(木) はれ

 

 

「いってきまーす」

 

 朝の心地よい空気を浴びながら、4人で家を出る。

 昨夜のヘコんだ気分を払拭してくれるかのような大快晴である。

 

「ん~、いつもより1人増えただけでまったく気分が違うわね」

 

「はい! これから指揮官さんとみんなで通学できるの嬉しいです!」

 

 先行する45と41は、小さくスキップするかのように足取りが軽い。

 自分が加わっただけでこれだけ喜んでくれるのなら、指揮官としてもそれは嬉しい限りである。

 

「あいつ、朝飯ですごい数のいなり寿司食べてたのに。なんであんな軽快に動けるんだ?」

 

「45姉はおいなりさん大好きなんだよ。あれくらいの量、別腹だから平気なんだってさ」

 

「別腹なんていうのは幻想だよ。太るぞ?」

 

「ふふ~ん。朝っていうのは、エネルギーの消費効率が良い時間帯だから、いくら食べたってすぐに消耗されるのよ。つまり、実質カロリーゼロ! っていうか、女の子に対して太るとか、

デリカシーの無い発言すんな!」

 

 殴り掛かってくる45をひょいとかわす。昨日、散々いいようにやられたので、これくらいの

仕返しをしてもバチは当たらないだろう。

 

「今日と明日頑張ったらお休みか~。指揮官は週末の予定ある? もしなかったら、みんなでどこかお出かけしようよ」

 

「それは嬉しい提案だね。まだこの街のこと分かってないから、廻りながら色々と教えてもらえると」

 

「ああぁぁぁあぁぁ~~~!」

 

 何の前触れもなく45が絶叫する。

 突然の事に会話を止めてビクリと驚く指揮官。傍にいた41なんか、驚きのあまり指揮官の脚に抱き付いてしまっている。

 

「ど、どうしたの、45姉?」

 

「今日、木曜日!? 3日の!?」

 

「うん、そう・・・だよ?」

 

 スマホでも日付を確認して、45の顔からみるみるうちに血の気が引いている。

 一体、彼女をこれほどまでに戦慄させる出来事とはなんなのか? 指揮官の緊張の糸が自然と

張り詰める。

 

「今日、日直当番だった」

 

「・・・へ?」

 

 日直当番といえば、朝、黒板を綺麗にして授業の準備をしたり、プリントの配布を手伝ったり、そんな、ちょっとした業務を日替わりで行う当番である。

 確かに、集団生活においてそういった決まり事を忘れるのはいけないことだが、とはいえ、そんな顔面蒼白で頭を抱えるほどの事なのだろうか? と指揮官は首を傾げる。

 

「ヤバい。今日すっぽかしたらドラ先にヤられる」

 

「あぁ~、45姉、前回も忘れて先生に怒られてたもんね。2度目はマズいよね、きっと」

 

「なるほど。あの先生、厳しそうだもんね」

 

 今の45を反面教師として、SVDは絶対に怒らせないようにしよう、と心に誓う指揮官である。

 

「でもこの時間なら、あと5分で学校に着けばドラ先が来る前に準備できる!」

 

「5分!? まだ家を出たばかりだぞ? それはさすがに・・・」

 

 通学路は普通の速度で歩いて15分をきるくらいの道程だ。全速力で走ったところで、信号や他の生徒達の波に引っ掛かることを想定すると、どうしたって間に合うヴィジョンは見えない。

 

「最速ショートカットを使う。9、41、悪いけど付いてきて。一緒に日直の仕事を手伝って

ちょうだい」

 

「えぇ! あのコースを使うの!? 他人の敷地をカットするから、学園で禁止されてるんでしょ?」

 

「先生に見つかったら全員怒られちゃいますよぉ~」

 

「バレなきゃイカサマじゃないのよ! 万が一、見つかっても私が全責任をとるから安心なさい!」

 

 バレなきゃ平気、とか考えているヤツが言う全責任をとる、は説得力ないよなと思った指揮官だが、今はそんなツッコミを入れている事態ではなさそうである。

 

「それに、指揮官はあのルートを通るのキツイんじゃないかな?」

 

「指揮官には私達の荷物を持ってもらうから、ゆっくり登校してちょうだい。ほら、あと4分30秒しかない! みんな、指揮官にカバン渡したらGO!」

 

 返答も待たずに放り投げられた45のカバンを上手くキャッチ。

 

「ゴメンね、指揮官。これも、45姉を助ける為と思って」

 

「私のもよろしくお願いします、指揮官さん」

 

 妹2人も指揮官にカバンを預けると、45の後に続く。

 自分よりも頭2つ分以上も高い塀に手を掛けると、一蹴りで塀に飛び乗り、そこから他人様の

屋根へと飛び移る。

 その華麗な動きは、古のジャパニーズアサシン〝ニンジャ〟を彷彿とさせるものであった。

 

「割と日常的にやってたんだろうな、アレ」

 

 あっという間に3人の姿が屋根の先に消えたところで、指揮官も学校へと向かう。

 計4つのカバンを所持というパシリスタイルだが、カバンの重量は大したことはない。

 身体への重量配分を考えて持ち直せば、歩き心地は普段と何ら変わらないものである。

 昨日の帰りと違い、一人なので周囲の景色を楽しむ事もできる。

 車の通りが少ない閑静な住宅街。この区画自体が整理されて間もないのだろう、道路に敷かれたアスファルトも立ち並ぶ家のどれもが真新しい。

 駅が近く、近隣には他の学園も幾つかあるので、朝のこの時間は多くの人々が行き交っている。

 犬の散歩をしているお爺様、スーツでビシリと決めた会社員に、スマホを片手に楽し気に笑い合う学生。

 そして、道端の電柱に寄りかかってしゃがみ込む女の子。

 

「・・・って、あれマズイよな!?」

 

 流してしまった視線を戻し、女の子のもとへ駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?」

 

 声をかけると、女性が顔を上げてくれる。意識は無くしてないようなので、ひとまずは安心である。

 

「・・・」

 

 指揮官が通っている学園の制服に、薄い水色の長髪。左目の下に、まるで赤い涙の雫のような

ラインを引いた彼女は、つい昨日覚えたばかりのクラスメイトだ。

 

「たしか、HK416さん、だったよね?」

 

 力無く、コクリと416が頷く。

 苦しそうに肩で息をして、顔はついさっきの45に負けないくらい血の気が引いているような

色だ。

 

「調子悪いの? 救急車呼ぼうか?」

 

「いい・・・平気だから・・・」

 

 息をつきながら指揮官の申し出を断ると、416は電柱を支えにして立ち上がる。

 電柱から傍の塀に手をつき、おぼつかない足取りで歩く彼女を見て見ぬフリできるような指揮官ではない。

 

「無理しないで、もう少し休んでたら?」

 

「しつこいわね。もたもたしてたら・・・遅刻・・・するでしょ?」

 

 とはいえ、今の彼女の歩くスピードでは遅刻するのは明白である。

 

「それじゃあ、ほら、おぶって行くから乗って」

 

 言って、目の前でしゃがみ込む指揮官を見て目を丸くする416。

 何を言っているのかすぐに理解できなかったのか、しばし間を開けたのち

 

「んな!? 何を言ってるのよ! おんぶなんて、こんな・・・は、恥ずかしいことできるわけないでしょ!?」

 

「でも、このまま歩いたって遅刻確定なの、キミも分かるでしょ? 一時の恥をとるか、遅刻の

烙印をとるか」

 

「ぅ・・・くっ!」

 

 今、少し話しただけで頑固者だとわかったので、わざと断りづらいような状況と言い回しにもっていく。

 その効果は指揮官の期待していた通りで、416は葛藤する様子を見せた後、観念して指揮官の背中に身体を預けてくれた。

 

「アナタ、何でそんなにカバン持ってるの? そんなので私を背負って歩ける?」

 

「平気平気。悪いけど、自分のカバンは持ったまま腕を回しててね・・・っと」

 

 絶妙な重量配分のおかげですんなりと立ち上がる。

 周りから見れば、フルアーマー指揮官、出撃! といった風体である。

 

「このまま保健室に連れていくから。担任にはキミと一緒に来た事を話して、出席をとってもらうよ」

 

「ん・・・それでいい」

 

 か細い声が返ってきたことに頷き、学園に向けて歩き出す。

 緊急事態という事もあり、周囲の人目をひいてしまっていても今は全く気にならない。とにかく、416が大事にならないことを願いつつ、慎重かつ早足に学園へ向かう事だけを考える。

 

「辛かったら、目を閉じてるだけで少しは楽になると思うよ。ぶつけたり落としたりしないから

安心して」

 

 冗談めかして言うが、背後から笑い声は返ってこない。

 もしかしたらかなり辛いのか、と不安になる指揮官だが。

 

「・・・ありがとう、指揮官」

 

 小さくても、ハッキリとした答えを聞いてほっと一息。

 周囲の人も、指揮官の状況を察してくれたこともあって、予想よりも早く学園に到着することができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうことだから、今日は1人で先にお昼ご飯食べてて」

 

「了解。お勤め頑張って」

 

 指揮官の言葉に笑顔で頷くと、9は早足に教室から出ていく。

 廊下を覗いてみれば、職員室に向かって歩いていく3姉妹と、担任のSVDの後姿。結局、朝の日直業務は間に合わなかったようで、そのペナルティとしてSVDの手伝いをさせられることになったようである。

 3人とも、大量のプリントを両手で抱え、特に、41なんかはフラフラと危なっかしい足取りだ。

 連行されるプリズナーさながらの45達の姿を遠目に、指揮官は確信をもって思う。やはり、

全責任は俺がとる! というのは信用してはいけない言葉だと。

 だって、誰に責任を課すのか、というのは責任を課す側が決めることなのだし。

 

「さて、昼食はどこでとるか?」

 

 編入2日目。大抵、こういう場は学園生活を過ごす中で、誰とどこで食べるのかが決まってくるものだが、指揮官にはまだそれが無い。自由度が高いと言えば聞こえが良いが、高すぎるのも悩みものだ。

 2階廊下の窓から見下ろすと、中庭に設けられたテーブルスペースにはそれなりに学生の姿が

見える。

 食堂も、昨日の様子からすると、満員御礼といったところだろう。

 そんな中に、ポツンと1人きりというのも寂しさを感じてしまう。

 

「・・・屋上。探索がてら行ってみるのも良いか」

 

 爽やかな蒼天の下、穏やかに食事をとるのもいいだろう。

 そう決めるや、すぐに行動開始。

 食堂に降りると、併設されている購買でおにぎりと飲み物を購入。階段を登りに登り、4階屋上に足を踏み入れる。

 

「おぉ? 思ったより綺麗だな。人もあまり多くない」

 

 休憩するためのスペースこそ無いが、床は一面が真っ白で清潔感のある屋上は、涼やかな風が

そよいでいるのも相まってとても清々しい。

 床にそのまま座っていたり、外縁のフェンスに寄りかかっていたり、休み時間を思い思い過ごす生徒達を遠目に、ちょうどいいスペースを探して歩き回る。

 すると・・・

 

(あれ、416か?)

 

 フロアの隅っこ。フェンスに背中を預け、1人で座っている416の姿を見つける。

 彼女の憩いの時間を邪魔したら悪いかな、と思いつつも、今朝の一件もあったので、思い切って声をかけてみる事に。

 歩み寄っていくと、最中、気付いた416が指揮官に視線を向ける。

 

「もう体調は大丈夫なの?」

 

「保健室から出てきているんだもの。見れば分かるでしょ?」

 

 言う通り、顔色は朝とは比べるまでもなく良いし、口調の刺々しさもよりシャープである。

 

「・・・あれは一過性のものだから、今は平気。面倒をかけてごめんなさいね」

 

「困ってるときはお互い様だよ。クラスメイトなんだし」

 

 しばし俯いた後、そう言い直してくれた416に返す。

 午前中、416は教室に戻ってこなかったので、どうなったか心配していた指揮官だったが、

それは杞憂に終わってくれたようだ。

 

「で? 私の調子を探る為にわざわざここまで追いかけてきたのかしら?」

 

「いや、お昼をどこで食べようかうろついてたら、キミの事を見かけたから。声をかけてみた」

 

「あっそ」

 

 指揮官から視線を外し、口を尖らせる416。けれど、指揮官はそんな彼女の仕草には気が付いていない。

 

「キミさえよければ、一緒にお昼食べてもいいかな? まだ食べる場所見つかってないんだ」

 

「・・・お好きにどうぞ。断ろうとしたって、今朝みたいに上手く丸め込もうとするつもりなんでしょうし」

 

「いやいや、この場じゃあそこまでしないよ。あれは緊急事態だから仕方なくやっただけだし」

 

 しっかりとバレていたことを笑って誤魔化し、416の横に腰を降ろす。

 416のひざ掛けの上には彩り豊かな中身のお弁当箱が乗せられている。

 指揮官が遠目に彼女の姿を確認して、今に至るまで、お弁当の蓋を開けたまま手付かずなのは

なぜか? 指揮官はつい勘繰ってしまう。

 

「昨日はUMP姉妹と一緒に食べてたんでしょ? 今日は違うの?」

 

「45が今朝の日直の仕事を忘れちゃって。それでペナルティとして、SVD先生の手伝いをしてる」

 

「忘れてた? ふん、アイツの事だから、すっとぼけていただけじゃないのかしら」

 

 鼻で笑いながら416が言う。

 表情が希薄だった彼女が、この時、初めて笑顔を浮かべている。

 

「45と仲が良いの?」

 

「小さいころから今まで、ずっと同じ学校同じクラスよ。腐れ縁ってやつね」

 

 でも、それもほんの一瞬のこと。416の表情はすぐに色を失ってしまう。

 一晩しか咲かないサボテンの華が至上の美しさを誇るように、彼女が見せた刹那の笑顔は指揮官の脳裏にくっきりと焼き付く。

 

「その割には仲が良さそうに見えない、かしら?」

 

「ん、幼馴染とはいえ、いつでもどこでも仲良しってものでもないんじゃないかな」

 

「説明の手間が省けて助かるわ」

 

 416の笑顔に見惚れてしまっていた事がバレていなくて一安心。

 安心ついでにおにぎりの封を開けてひと齧り。半分近く齧ったというのに、具のシャケは少しも見えてきやしない。やたらと売れ残っているわけである。

 

「でも、通学は1人きりだと危ないんじゃないかな? 今朝みたいなこと、1回や2回じゃないんでしょ?」

 

「お構いなく。コレは昔からの付き合いだから、やり過ごすのも慣れたものよ。これでも、最近はかなりマシになってきたくらいだし」

 

 そう返して、416がお弁当に箸をつける。

 唐揚げを口にほうりこんでご飯をぱくり。卵焼きをぱくり。真っ赤なタコさんウィンナーを

ほうりこんでご飯をぱくり。

 やっぱり、食欲はちゃんとあるようでなによりだ。

 

「半年ほど前までは、月に2、3日くらいしか学校に来れなかったの。だから、私なんかと一緒にいたって、つまらないわよ」

 

 指揮官の事を突き放すような言葉。

 でもそれは、指揮官の事が嫌いだからという意味ではなく、指揮官の事を気遣っての言葉に聞こえる。

 自意識過剰だと言われたらそこまでだが、それくらいに思える度胸がなければ指揮官やってられないのである。

 

「大丈夫。今は話していて楽しいって思えてるから」

 

「強がり言って。・・・せめて、ご飯くらいは美味しかったらよかったのにね。購買のおにぎり、マズいでしょ?」

 

「うん、次は違うのを買う事にする」

 

 昨日とは全く正反対の、静かで落ち着いた心地よい時間が過ぎてゆく。

 午後は416も授業に戻ってくれて、指揮官は416と過ごしたお昼休みに関して、45達から根掘り葉掘り質問をされるのだった。




ヒロイン416の回でしたね。
よくあるクール系ヒロインということで、416は原作の中でも結構好きなキャラだったりします。
とはいえ、当方の作品での出場頻度が低めなのは扱いが難しいからです。
基本、はしゃぐキャラを好んで作品に使う当方なもので。

それでは、次回投稿もどうぞお楽しみに。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 5話

虎に追いかけられる夢を見ました。夢で良かったな~、と本気で安心したような今日この頃、
皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

まだまだ、折り返しにも差し掛かっていない今作ですが、定期的に更新していきますので、どうかお付き合いいただけたら幸いです。
それでは、今週もどうぞごゆっくりと~


 すでにチャイムが鳴ってからの数分間、時計の秒針の進む速度がやけに遅く感じる。

 それは、待ち焦がれた時が訪れる前のじれったくて仕方のないアレ。ちょっと頭が良さそうに

言うのなら、相対性理論というやつである。

 

「指揮官、そんな畏まっちゃって、どうしたの?」

 

 本日最後の授業。机の上にテキスト、ノート、筆記用具をビシッと並べ、背筋を伸ばして席につく指揮官に言い知れぬものを感じた45が問いかける。

 

「次の授業はすごい楽しみにしてたんだ。だから、醜態を晒したくない」

 

「しゅ~たい、って何? 45姉」

 

「ミスりたくないって意味よ。そんなに楽しいものかしら? 次の授業って・・・」

 

 45の言葉を遮るようなタイミングで教室の扉が開かれる。

 

「遅れちゃってゴメンね~」

 

 ふんわりとした口調と共に教室に入ってきたのは、ふんわりとした銀色の巻き毛にふんわりとした体つきの女教師。

 教壇に向けて歩く教師を見つめる指揮官の眼は、まるで、憧れのヒーローを前にした子供のそれである。

 

「おぉ~! あの人が・・・あの人が、名匠スパス!」

 

 グリフィン女学園、銃器構造担当教師スパス。彼女の登場は、クラスメイトにとってみれば退屈な日常だが、指揮官にとっては、隣に座っている45が若干ヒクぐらいテンション爆アガリな

一大事らしかった。

 

「えっと~、授業を始める前に。編入してきた子がいるんだよね? 自己紹介をしてもらってもいいかな?」

 

「はいっ!」

 

 勢い良く立ち上がり、直立不動の姿勢をとる指揮官。そんな彼の様子を見て、クラスメイト達は何事かとざわめきたっている。

 

「お初にお目にかかります。見習い指揮官という立場ですが、数ヵ月間ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」

 

 挨拶をキレのあるお辞儀で締めくくる。

 そんな指揮官に、教壇にいるスパスはほわほわとした笑顔を向けている。

 

「そこまで緊張しなくてもいいよ~。私は銃器構造のスパス。こちらこそよろしくね指揮官さん」

 

 温度差の激しい不思議な2人のやり取り。そこに斬り込むのは、彼の一番傍にいる相方である。

 

「ねえ、なんでそんな気合入ってるの? かなりキモイよ?」

 

 ド直球な言葉は、けれども、この教室にいる指揮官とスパス以外の全員総意の言葉に違いなかった。

 

「いやいや、むしろ、あの人を前にしてそんな緩い雰囲気でいられる意味が俺には分からない」

 

 ド直球の質問をフルスイングで打ち返し、指揮官がさらに続ける。

 

「あらゆる銃器におけるカスタムコンテストでの優勝歴数知れず。年2回行われるショットショーでは常に壁サーの座につき、開場から僅か1時間で売り切れなんて日常茶飯事の超人気サークルのプレジデントだぞ? 〝スパス完売!〟って謳い文句、ネットで見た事ない?」

 

 口をぽかんと開けたまま、45が首を横に振る。

 

「人類史上最高のガンスミス。シューター達のもとに舞い降りたナイチンゲール。名匠スパス、

お会いできて光栄だ」

 

 若干、息があがった指揮官の演説が区切られると、ちらほらと拍手があがる。

 人によっては、まぁ、そうなるような雰囲気なのだろう。

 

「えへへ~、そこまで褒められると照れちゃうなぁ。でも、私の事を良く知ってくれているみたいで嬉しいよ」

 

「それはもう、ショットショーは夏も冬も毎年欠かさずに伺っていますので! ああ、もちろん

徹夜で並んだりしませんよ? マナーはしっかり守るのが参加者としての義務ですから」

 

「そっかそっか。毎回来てくれているのに、ちゃんと顔合わせできなくてゴメンね。私、サークルにはなかなか顔を出せないんだ」

 

「仕方ないですよ。スパスさんが来たら会場大パニックですもん」

 

 教室内、30人弱が完全に置いてけぼりをくらってしまっているこの状況。

 しかし、忘れてはいけない。今はれっきとした授業時間の真っ只中なのである。

 

「せんせ~い。もう授業時間5分過ぎてま~す。そろそろ授業を進めた方が良いと思いま~す」

 

「UMP45の意見に賛成です。授業はしっかりと受けるのがスペシャリストとしての務めですので」

 

 指揮官を挟んだ左右、45とネゲヴから抗議の声があがる。

 余談だが、この2名は普段は特に授業に対してのヤル気が無い筆頭である。

 

「俺がこれだけ説明したのになぜそんな冷めてる? 銃キライなの?」

 

「少なくとも、アンタほどの熱量が無いのは確かね」

 

「ごめんごめん、ちょっと話が逸れすぎちゃったね。それじゃあ、授業を始めるよ。テキストの

80ページを開いて~」

 

 教師然としたスパスの言葉でこれまでのざわめきは一旦リセット。指揮官も腰を降ろす。

 そうして、指揮官お待ちかねの授業がスタートする。

 

「指揮官さんは分からないことがあったら遠慮せずに質問してね。隣の席にいる45ちゃんも、

指揮さん官が困っている様子だったら教えてあげて」

 

「大丈夫です。予習はしっかりとやっていますので」

 

 ビシッと答える指揮官を見て、スパスはにこにこ笑顔のまま頷き、45は面白くなさそうな表情を浮かべている。

 まがりなりにも、この教室でこれまで授業を受けてきた身だ。新顔に学力で負けたくないという思いもあろう。

 

「前回は弾丸についてのお話をしたよね。弾丸の威力を決める要因2つはなんだったかな?

・・・ガーランドちゃん」

 

「はい。火薬量と口径です」

 

 スパスの質問に対し、すんなりと答えてみせるガーランドは、このクラスの委員長である。彼女自身の真面目な雰囲気も、委員長のそれにふさわしいと指揮官はつくづく思う。

 

「うん、正解。でも、私が説明した2要因の他にも細かい様々な要因が絡んでくるんだよ。例えば・・・」

 

 ゆっくりとしたテンポで分かりやすい例えを交えながら授業を進めていくスパス。声色も柔らかなので、それが良い子守唄代わりになるのだろう。すでに夢の世界に連れていかれている者も何人か出ている。

 指揮官は言うまでもなく超集中。45とネゲヴは普段だったらそろそろ寝ている時間だが、

今日は寸でのところで踏みとどまる。

 

「拳銃弾においては、〝ホローポイント〟っていう特殊な形状をした弾丸があるんだよ。FALちゃん、どういう形状か分かるかな?」

 

「分かりません。私、フルサイズ弾を使っているので、興味が無いです」

 

 頬杖をつき、ペンをクルクルと回しながらFALはつまらなげに答える。

 

「もう、自分が使わない弾丸でも、ちゃんと特性を把握しておかないとダメだよ?それじゃあ、

拳銃弾を使う・・・45ちゃんはどうかな?」

 

「ふぁい!?」

 

 気を抜いていたところで指名されたものだから、奇妙な返事をしてしまう45。

 その様子を、指揮官は視界の端でチラリと見やる。

 

「ホローポイントはどういう形状の弾丸かな?」

 

「あ~、えっと・・・形状ね? どんな形かっていうと・・・」

 

 テキストをペラペラと捲って答えが無いか探る45だが、これはテキストの最終章で説明される内容である。

 今の授業では範囲外の明らかな余談。気の無い生徒にクギを刺す為のスパスのしたたかな策だ。

 

「・・・」

 

 何気ない風を装いつつ、掌大の紙にペンを走らせる指揮官。

 書き終えると、前の席に座っている生徒の影になるようにコッソリと紙を45の前に置いてあげる。

 

「え・・・? えっと、先端にクレーター状のヘコミがついている弾丸・・・です」

 

 45の答えに、満足そうにうなずくスパス。

 苦境を乗り越えたが、それは指揮官の助言があったから。素直に喜べず、でも、指揮官が助けてくれた、という事実はちょっと嬉しくてこそばゆい45である。

 

「では、先端がヘコんでいることによって、どういう現象が起こるかな? これは、ネゲヴちゃんに答えてもらおうかな」

 

「軽量化されて、弾速が上がる。ついでに、製造コストも下がる」

 

「あはは、面白いところに目をつけるね。両方とも正解だといえるけど、それとは別に、狙った

効果があるんだ。分かるかな?」

 

「む・・・他の効果・・・」

 

 すんなり答えて得意げだったネゲヴだが、あっさりと返されて眉をしかめている。

 45と同じくテキストを捲っているが、それもやはり、すぐに見つかるものではない。

 さっきよりも厚めの紙を取り出し、指揮官が再びペンを走らせる。

 ネゲヴとの机の間には人が通るだけの間が空いているので、今度は手を伸ばして机に置くことはできない。

 厚めで硬さのある紙を指で挟み、手裏剣を投げる要領でネゲヴの机に向けて飛ばす。

 絶妙な力加減で宙を舞う紙が、見事にネゲヴの真ん前に着陸。

 

「・・・衝撃に弱くなるので、着弾時に弾が潰れます。結果、弾痕が口径以上に広がります」

 

「お~、完璧な答えだよ! 実は、今のはもう少し先で習う事だったんだけど、2人ともよく予習していて偉いね!」

 

 ぱちぱち、と拍手を交えて褒めるスパスだが、ネゲヴは澄ました表情を崩さない。

 努めて冷静を装っているが、45と同じような心境でいるのは本人のみぞ知るところである。

 そうして生徒達は、気を抜いてたら指されるという適度な緊張感を植え付けられ、全員がスパスの声にしっかりと耳を傾けるようになる。

 

(やっぱすごいよな~。指揮官として見習うべき事も多いよ)

 

 心の中で絶賛しているうちに授業は進み、チャイムの音が終わりを告げる。

 楽しい時間が過ぎるのは、まさにあっという間の事だ。

 

「私の授業はどうだったかな?」

 

 挨拶を終えると、スパスが指揮官のもとにやってくる。

 指揮官も彼女ともう少し話をしたかったところなので、願ってもないことだ。

 

「すごく分かりやすくて楽しかったです。知らないことも色々教えてもらえたので、とても勉強になりましたよ」

 

「普段通りにやっただけなんだけど、素直にそう言ってもらえると嬉しいな。頑張って授業を

やった甲斐があったよ~」

 

 髪先を指にくるくると巻きつけながら、スパスは恥ずかしそうに笑う。

 子供っぽさを感じる可愛らしい仕草だ。

 

「初めての授業だったから、聞いててもらうだけにしたんだけど、ちょっと物足りなかったかな? 隣の娘達に教えちゃってたものね」

 

 その言葉にギクリとしたのは指揮官ではなく、帰り支度をしていた45とネゲヴ。

 ちゃっかりと聞き耳をたてていた2人である。

 

「やっぱり、バレちゃってましたか。ごめんなさい。良くない事だと思ったんですけど、仲間を

助けるのも大切な事だと判断しまして」

 

「ううん、そのとおりだよ。助け合いはこれから先、とても大事になる。でも、自分の力で知識を育んでいくというのも、先生は重要なんじゃないかって思うんだ。ね?」

 

「「はい、次は頑張ります」」

 

 45とネゲヴが仲良くハモったのを聞いて楽し気に笑うと、スパスは踵を返して

教室から出ていった。

 

「いや~、緩そうな性格だけど、見るところはちゃんと見てるんだもんな。流石は名匠。

タマんねぇや」

 

「なによ、さっきからスパス先生のことばっかり。そんなお気に入りなら、先生の家に寝泊まりすりゃあいいのよ」

 

 うっとりとした表情でスパスをベタ褒めしている指揮官が気に入らず、45が頬をぷくりと膨らませて拗ねる。

 

「45姉、とーとーい」

 

「とーとーいー、ですぅ」

 

 そんな45に9と41が声援を送って、そこでやっと現実に戻ってくる指揮官。

 

「とーとーい? ・・・もしかしてそれ、〝尊い〟って言いたい?」

 

「そうだよ。すっごくカワイイ時に使う言葉なんだって。ネットでみんな使ってた」

 

「使い方おかしくない、それ?」

 

 9にツッコミを入れている最中、ズボンの後ろポケットに違和感を感じる。

 背後からポケットに何かを差し込まれた感覚である。

 

「?」

 

 振り返るも、そこには誰もいない。

 つい今さっきまで帰り支度をしていたネゲヴの姿も、いつの間にか消えていた。

 

「今度は自分で考えるから、さっきみたいにしなくていいから。でも・・・教えて

くれてありがとう」

 

 俯きがちに言う45に、再び9と41が声援を向ける。

 

「もう! 授業終わったんだから、さっさと帰るわよ!」

 

 恥ずかしさを振り払うように、カバンを抱えた45が3人を置いて歩き出す。

 

「待ってよ45姉ぇ~」

 

「お姉さまとーとーい、です~」

 

 パタパタと45をおう2人に指揮官も続く・・・その前に、違和感のあったズボンポケットを

手で探ってみる。

 

「紙?」

 

 それは、さっき指揮官がネゲヴに答えを書いて渡した紙だった。

 丁寧に4つ折りにしてある紙を開くと、指揮官が書いた文字の下に違う筆跡の文章が書き加えられている。

 

『いい気にならないで。ありがとう』

 

 捨て台詞なのかお礼なのかよく分からない文章を見て、思わず吹き出してしまう。

 折り目に沿って紙を畳み、カバンにしまってから教室を後にする。

 帰り道、あわよくばネゲヴに会わないかと期待した指揮官だったが、結局、彼女の姿を見つける事は出来なかった。




今回はガンオタ回ということで、スパス先生にご登場いただいました。
作品ごとに1話くらいは、このような無駄知識を織り込んでいけたらな~、と思ってるので、
その際はどうか温かい目で見守って下さいな。

それでは、来週もどうかお楽しみに。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 6話

健康診断を控えまして。毎年ひっかかる血中コレステロールが今回も出てくるんだろうな~、と戦々恐々としている今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

戦術人形達の学園生活、まだまだ折り返しにも差し掛かってない段階ですが、長い目でお付き合いいただけたら嬉しいです。
では、今回もごゆっくりとどうぞ~


 10月5日(土) はれ

 

 

 走る、走る、走る。

 酸素を貪り、稼働限界まで酷使されて悲鳴をあげる四肢に供給し続ける。

 しかし、それでも前を疾走する3姉妹との差は中々縮まらない。そもそも、彼女達と指揮官と

では身体能力からして大きな差があり、この場の地形に関しても詳しい。離されずに食らいついていけているだけで十分に頑張れている方だ。

 チャイムの音が頭上から鳴り響いたのを聞き、更に緊張の糸が張り詰める指揮官。

 

「はぁ! はぁ! っくそ! 階段長すぎだろ!?」

 

 天国にまで続いているのではないか、と見紛うほどの長さと傾斜に悪態をつきつつ、階段を駆け上がっていく。

 もう、45達の姿は階段を上がりきったその先に消えている。

 最後のひと頑張り、と満身創痍の身体に鞭を打って階段を駆け上る。

 階段を上った先、今まで駆け抜けていた地下道とは質の違う、自然の光に目を細めながらも目標地点を確認。まだ入り口は開いている。

 間に合う。一縷の希望を見出し、入り口に向けて駆け寄るが

 

「マジかぁ・・・」

 

 非情にも、後2歩を残したところでドアが閉められる。

 ドアの真ん前で足を止め、荒れた息を整える指揮官。目の前のガラス窓に縋りついている45の姿が見える。

 

「そんな・・・イヤだよ。どうして、こんなことに」

 

 悲し気な瞳で慟哭する45に、苦しさを隠して笑顔を向ける。

 

「はは、ちょっと油断しちゃったみたいだ。詰めが甘いのは俺の悪い癖だな」

 

「なに暢気に笑ってるのよ! 一緒に・・・一緒に行くって約束したのに」

 

 たらればの話をしても仕方ない。この結果は潔く受け入れるしかないのだが、45との約束を破ってしまった事は心苦しい。

 

「すぐに追いかけるよ。また会えるんだから、そんな顔しないで。ね?」

 

「うん・・・待ってる。どれだけ長くても、私、ずっとずっと待ってるから。約束よ」

 

「ああ、今度こそ、約束だ」

 

 ガラス窓の向こうに添えられた45の手に合わせるように、指揮官が手を添える。

 鳴り響くブザー。

 そうして・・・45達を乗せた、11時05分発の上り電車がホームを出発する。

 

 指揮官達の目的地、終点は3駅先で、乗車時間およそ10分といったところである。

 

「あれじゃあさすがに間に合わないよな」

 

 シリアスな雰囲気もどこへやら、電車を見送り、利用客もまばらなホームでひとりごちる

指揮官。

 そも、指揮官が遅れをとったのは、時間ギリギリだと分かっているにもかかわらず、コンビニに買い物に行かされたからである。

 依頼主は言うまでもなく45。結局、コンビニ袋は渡せずじまいで指揮官の手元にあるので、

無駄に疲れただけだった。

 

「ん? 着信か」

 

 チャットアプリの着信音を耳にしてスマホを取り出す。

 

『中途半端な演技ね。60点』

 

「演技派じゃないんだ。頑張った方だよ」

 

 電車に間に合わなかった時の雰囲気がなんとなくそれっぽい感じだったので、45に合わせてそれらしいやり取りをしてみた指揮官。ホームにもっと人がいたら、絶対にやっていなかったお遊びである。

 呟いた言葉そのままを送ると、すぐに返信が。

 

『次の電車1時間くらいあとだから、歩いてきた方が早いよ』

 

「そうなんだよなぁ・・・」

 

 時刻表を見れば、次の上り電車が来るまで1時間以上ある。

 朝はそれこそ数分に1本の割合だが、休日の昼間はこの有様。周囲を見た限りの利用客の少なさを見ても、そうなって仕方ないと思える。

 

「仕方ない。歩いていくか」

 

 改札まで戻り、入場料だけ差し引いてもらって外へ出る。

 東口から線路沿いに伸びる幹線道路をずっと歩いていけば、目的の駅にたどり着くので、まだ

土地勘の無い指揮官でも迷うことはない。

 予定外だが、街並みを覚える、という本日の大きな目的に対してはちょうどいい状況である。

 綺麗に敷き詰められた石畳の歩道を早足に進む。

 行き交う人の数は進むのに気になるほどではなく、道路沿いの店舗の数もそれに準じたかのような数しかない。

 開発されて間もない事もあって街並みは綺麗だが、落ち着いた静かな街である。

 最近は家に帰ってからが特に騒がしく、神経をすり減らす状況の連続なので、こういう空気は

精神力の回復にちょうどいい。

 ・・・などと浸っている最中であるが、結局、指揮官はそういった星の下に生まれてしまったらしい。

 通りがかった公園の入り口から、ボールが道路に転がり出てくる。

 嫌な予感が脳裏をよぎる指揮官。直後、教科書のお手本かのように、子供がボールを追って道路に駆け出してきた。

 

(っ! マズい!)

 

 ボールを捕まえて安心する子供。その位置は車線のど真ん中で、もちろん、奥から車が走ってきている。

 脳が脚に緊急指令を下し、全力で地面を蹴飛ばす。

 車高の低いスポーツカーはすでに子供に気付いてブレーキをかけているが、明らかにスピードが出すぎている。

 止まらない。そして、子供は恐怖に硬直して動けない。

 

「バレット・フォーム、セットアップ!」

 

 それは言霊。空間に漂う魔力を引き寄せ、組み換え、己の望むカタチへと変貌させるための号令である。

 高密度に圧縮された魔力は、パーソナルカラーである鮮やかな桃色を放ち、たちまちに体を包み込む。

 和装を思わせる、けれども、明らかに今風の短い丈のスカートとストラの裾をヒラリと靡かせ、その場で一回転。

 

「マジカルトリガー ピーキー✡ピンキー! 治安組織に代わって指導よ!」

 

 キラリン、と笑顔でウィンクまでキメたところで転身完了。

 言霊から僅かコンマ秒の早業は、まさに、今、目の前で危機に瀕している子供を救うためのものに他ならない。

 しかし・・・

 

「ケガはなさそうかな。もう大丈夫だからね」

 

 予想以上に早く反応できたという事もあり、寸でのところで子供を抱き上げた指揮官は、飛び

込んだ勢いのまま反対車線を転がり、歩道に滑り込んでいた。

 子供は奇跡的に無傷。大声で泣きじゃくっているのは、恐怖と安心がごちゃ混ぜになってしまったからである。

 

「ああ、俺は大丈夫です。いえいえ、こっちの方こそ、咄嗟に飛び込んじゃってすいませんでした。ほら、お母さんが来てくれたよ」

 

 駆けつけてきた子供の保護者と運転手に上手く対応する指揮官。

 警察沙汰にはならなそうで世は事も無し!

 ・・・な雰囲気を、少し離れた位置から恨めしそうな眼で眺めるピーキー✡ピンキー、基、

ネゲヴ。

 

「はぁ・・・それで、えっと・・・・・・今日は、コスプレのイベントとか?」

 

「~~~~~~~~!」

 

 まず、手近なところから質問してみると、ネゲヴは一気に顔を赤く染め、引き攣った声をあげる。

 直後、指揮官の腕を掴むや、引っ張り歩きはじめる。

 

「ちょっと! どこに行く気!? ってか、力強い! 腕が痺れてるから!」

 

 歩道脇の茂みに指揮官を連行、人目につかないところまで進んで、ネゲヴがやっと歩みを止めた。

 指揮官に背を向け何度も大きく深呼吸。それから、クルリと振り返る。

 

「これはコスプレじゃない。魔法少女。本物。おーけー?」

 

 有無を言わさない圧力を放つネゲヴに、コクコクと頷いて返す。

 これは一体どういう状況なのか、指揮官は自分なりに頭の中で整理する。

 そして、ようやく処理できたところで指揮官が察する。

 

「もしかして、あの子を助ける為に変身したけど俺が代わりに助けちゃったから、それで肩透かしくらっちゃったんで怒ってる?」

 

「頭の回転と察しが良いのは流石ね! でも、言いたかったこと全部言われたのはなんかめっちゃ腹立つわ~!」

 

 やり場を失った怒りを発散させるように、ネゲヴがその場でドスンドスンと地団太を踏む。

 まるで、ハンマーで叩きでもしてるように地面がヘコんでいるのを、指揮官は見て見ぬフリをする事にした。

 

「アナタ、私が魔法少女って言ってるの信じてくれてるの? それとも、イタイ娘だとか思ってのノーリアクション?」

 

「信じてる。言われてみると、トンデモ展開なのは確かだけど。うん、なぜか信じられる」

 

「そ、そう。そんならいいんだけどさ」

 

 俯き、組んだ手をモジモジとしている仕草は、指揮官が知っているるネゲヴそのまま。

 ただ、制服ではなく、漫画やアニメでよく見かけるようなキャラクターらしい服装に、髪型まで変えている彼女はとても可愛らしい。

 いつもツンケンした態度なので、その反動もあって余計である。

 

「んで、もう変身している理由はないんでしょ? 戻らないの?」

 

「この姿、保証時間があるの。それを過ぎないと解けない」

 

「時間って、どれくらい?」

 

「1時間ちょっと」

 

「かなり長いけど、そういうもの・・・なのかな?」

 

 現実というのは、なんでもかんでも都合よく運ばないもの。それは例え魔法少女といえども例外ではないらしい。

 

「人目につくのは良くないから、それまでここで隠れてるのよ。アナタにも付き合ってもらうから」

 

「なんでさ!?」

 

「アナタのせいで無駄に転身させられたんだもの、責任とりなさいよ。・・・もしかして、これから何か用事あるの?」

 

「あ~、うん。まぁ・・・」

 

 今日は45達と街を見て周る為に外出している。電車乗り遅れでただでさえ時間が押しているのに、さらに1時間も遅れるとなると、遊べる時間はだいぶ削られることになってしまう。

 

「じゃあ行きなさいよ。ちゃんとあの子を助けてくれたみたいだから、今回は不問にしとくわ」

 

 その場で1人、膝を抱えてしゃがみ込むネゲヴ。

 どこか寂しげなその横顔が、指揮官の選択を決定づけた。

 

「時間はどうにでもなる用事だから、俺も付き合うよ。これ、ミルクティーとコーラ、どっちが

いい?」

 

「気が利くじゃない。それじゃあ遠慮なく」

 

 買いに行かされたコンビニ袋の中から迷うことなくコーラをとるや、蓋を開けてボトルを煽る。

 炭酸飲料だというのに、一気に半分近くを空けたネゲヴの飲みっぷりに、指揮官はつい見入ってしまった。

 

「ふぅ~・・・この姿になっている間はカロリーの消費が激しいの。ちょうどいい補給だったから大量に飲んだのであって、そんな目で見ないでちょうだい」

 

「ご、ごめん、つい・・・」

 

 決して、変なモノを見るような目で見ていたつもりはないのだが。ネゲヴにはそう映ってしまっていたのかもしれない。

 素直に謝って、それから、心の内に抱えている幾つもの疑問解消にとりかかる。

 

「あの~、つかぬことをお聞きしても?」

 

「何よ、そんなあらたまって。気持ち悪いから普通に話してくれない?」

 

 それでは、と咳払いを一つ。

 

「魔法少女って、普段どんなことをしてるの?」

 

「街の治安維持、って言えば聞こえはいいけど。ちょっとした人助けよ。それだって、年がら年中やってるわけじゃないけどね。転身したのだって2週間ぶりだし」

 

「それにしては、あまり話題になっていないっていうか・・・もしかして、この街の人たちにとっては慣れたものだからかな?」

 

 指揮官の常識で考えれば、街に魔法少女が居るとなればもっと話題が出ていてもいいくらいである。暮らし始めてから数日間、その存在を耳にしなかったというのは不思議だと思える。

 

「私の存在に気付いていないから、話題になんかならないわ」

 

「存在に気付いていない・・・?」

 

 ネゲヴの言っている事が指揮官はすぐに理解できなかった。

 今、指揮官はネゲヴの事を見ているし、学校でもネゲヴはクラスメイトや先生と会話を交わしている。

 難しい顔をしている指揮官をジッと観察するように見つめ、それからネゲヴが言葉を続ける。

 

「この姿になっている時は、傍に居る人の知覚を誤魔化して私に気付かないようにさせているのよ。長い時間そばに居なければ、視認されることはない」

 

「でも、俺はさっきからネゲヴに気が付いていたよ?」

 

「アナタが助けた子供もそのお母さんも、車の運転手も私の事を全く気にかけていなかった

でしょ? よく思い出してみなさい」

 

 言われてみれば、これだけ派手な格好をした少女が傍に居たというのに、指揮官以外の人達は

全く気にしていなかった。それこそ、ネゲヴが見えていないかのように。

 

「なのに、なんでアナタには私が知覚できるの?」

 

 少しのウソも見逃さない。真っすぐに指揮官を見据えるネゲヴの瞳が、無言でそう語っている。

 思わず気圧されてしまいそうになるほどの真剣さである。

 

「俺にも分からないよ。霊力だか魔力だか知らないけど、そんなものとは無縁の生活を送ってきたつもりだし」

 

 納得のいく答えを出してあげたいのは山々だが、分からないものは分からない。

 情けないのは承知で、正直な答えを返す指揮官。

 

「ん~・・・確かに、アナタからは魔力の気配は感じ取れない。でも、なんか引っ掛かるのよね。なんだろう、この違和感。すっごい腹立つわね」

 

 ネゲヴがこれだけ頭を悩ませているという事は、この件には相応の問題があるということである。

 その渦中の人な指揮官も少なからず不安を感じてしまう。

 

「変身してるネゲヴが見えてるのって、もしかして、ちょっとヤバかったり?」

 

「ヤバくはないし、私が困る事でもないからいいんだけど。ただ、納得がいかない点があるのは確かね」

 

 身に危険が及ぶようなことではなさそうなので、そこは一安心。

 しかし、異常なのは確かなので手放しで喜ぶわけにはいかなそうだ。

 

「アナタからは、トラブル巻き込まれ体質な香りがするのよね。他に何か不可思議な事とかなかった? ・・・今、暮らしている家とかはどう?」

 

「特に気になる事は無い・・・かな。45の家もみんな優しくて良い人ばかりだから問題なく暮らせてるよ」

 

「ふ~ん? それならいいけど」

 

 なぜ、ネゲヴは45の家を引き合いに出したのか?

 仲が悪い(良いともいう)から、自然と出てきたのか? それとも、他に何か思うところがあるのか?

 聞いたところで、ネゲヴが素直に答えてくれることではないだろう。

 

「何か気がかりがあったら力になってあげるから、遠慮なく私に言いなさい。それと・・・」

 

 言葉をきって、ネゲヴが手を差し出してくる。

 掌を上に向け、何かくれといった感じのジェスチャーだ。

 

「あ、あぁ・・・そうだね。ボランティアでやってるんじゃないだろうし、手数料は払わなきゃね」

 

「違う違う! どこの世界にお金をせがむ魔法少女がいるのよ!? 連絡先! 緊急で連絡とりたい時に困るでしょ!?」

 

「ご、ごめん、連絡先ね。えっと・・・はい、ここに表示されてる番号」

 

 財布を取りだした指揮官を慌てて制止するネゲヴ。

 ちゃんと連絡先交換したいと言わないネゲヴもネゲヴだが、それを金の無心だと理解する指揮官も指揮官である。

 

「着信入れておいたから、ちゃんと登録しておきなさいね」

 

 スマホを受け取り、早急に番号登録をすませる。

 

「深夜にこっちから呼び出すかもしれないから、ちゃんと起きること」

 

「なぜ俺を呼び出すの!?」

 

「私の事が見える貴重なサンプ・・・知り合いだもの、有効活用しないと。スペシャリストは常に効率化を図るものよ」

 

 やや物騒な言いっぷりのネゲヴに、反論の一つでもしてやろうかと考えて、そこで言葉が止まる。

 

(この姿が見える唯一の知り合い・・・今まで、一人っきりだったってことか)

 

 学園では友達がいるだろうネゲヴだが、その人たちは今のネゲヴを見る事は出来ない。たった

一人で街の手助けに奔走するのは、きっと寂しいものだったに違いない。

 

「お手柔らかに頼むよ。出来れば、ド深夜は勘弁して」

 

「それは私に言われてもね。〝妖〟はこっちのことなんてお構いなしだもの」

 

「すごい不穏な言葉を聞いた気がしたけど、それマジ・・・?」

 

「ふふ、さて、どうかしらね?」

 

 そうして、とりとめのない会話を交わしているうちに時間が過ぎていく。

 もうすぐ時間になるから、ということでネゲヴが元に戻るのを待たずに解放された指揮官は、

45達が待つ場所へと大急ぎで向かう。

 本来の予定から50分遅れ。待ちくたびれた様子で3人は駅前ロータリーの胸像の傍に立っていた。

 

「遅~い。駅からここまで一本道でしょ? なにやってたのよ?」

 

 予想通りというか、まずつっかかってきたのは45。電車に乗り遅れた元凶だというのも、どこ吹く風である。

 

「いや~、道に迷ってる人が居たから、一緒に地図見ながら歩いてたら道を外れちゃって。連絡しなくてごめんね」

 

「わぁ~、困っている人を助けていたのですね? 指揮官さん、スゴイです~」

 

「ここに向かってる最中に? 道に迷っている人を見かけた? そんなタイミングの良い事があるの?」

 

「事実は小説よりも・・・って言葉があるだろ? 俺だって、タイミングが良すぎて驚いたくらいなんだからさ」

 

 内容こそ違えど、困っている人を助けたという事実には変わりはない。

 完全な虚偽を報告しているわけではないので、なにも後ろめたさを感じる事はないのである。

 

「まぁまぁ、やっとみんな揃ったんだから、早く出発しようよ。この時間だと、まずはご飯かな? 駅の反対口にある中華料理のお店に行かない?」

 

「私もそこがいいです~! チャーハンがとっても美味しいお店なんですよ!」

 

「じゃあ、遅れた罰として、指揮官の奢りということで、意義はないかしら?」

 

「仰せのままに、裁判長」

 

 9と41がはしゃぎながら先行して、45は指揮官の手をとって歩き出す。

 ・・・と

 

「? くんくん・・・・・・」

 

「な、何やってんの?」

 

 突然、45は指揮官の身体に顔を寄せて匂いを嗅ぎ始める。

 まるで犬のように、戸惑う指揮官もなんのそのである。

 

「別に、何でもないわ。ほら、9と41に置いて行かれるわよ」

 

 気が済んだのか、再び45が歩き出す。

 指揮官をからかうのが日課みたいな彼女なので、特に深い意味はないのだろうと、そう指揮官は判断する。

 

「困っている人・・・ねぇ」

 

 周囲の喧騒に紛れた45の呟きを耳にして、言いしれない違和感が残る。

 気がかりがあったら相談してと、そう言ってくれたネゲヴの言葉が、焼き印のように指揮官の

脳裏にこびりついて離れなかった。




ネゲヴが魔法少女。
・・・・・・思いついちゃったからやってみたものの、どうなんでしょうか? 楽しかったので
後悔はしていませんが。
名前はお気づきの方もいるかもしれませんが、とあるバンドの名前に酷似しちゃってますね。思いついてから似ている事に気づくも、もう手遅れだったのでそのままにしちゃった次第です。

次回も同じ風に緩く進んでいくお話なので、気軽にお付き合いくださいな。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 7話

年末に近づき、忙しさも極まってくる今日このごろ。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

相変わらず代り映えしない内容が続く今作ですが、そのうち面白い展開がお目見えする・・・かもしれませんので、気長に待っていてもらえたら幸いです。
それでは、今回もごゆっくりとお楽しみください


 10月6日(日) くもり

 

 

 期間限定の編入生である指揮官は、その間、クラスメイトの家で部屋を借りて暮らしている。

それは相手側のご厚意であり、家賃を払っているということはない。

 なのでその分、この家庭の役に立つことをしたいというのが指揮官の信条。

 せっかくの日曜日に予定を入れなかったのは、まさにそのためである。

 

「お休みなんですから、ゆっくりしてくれていいんですよ?」

 

「いえ、居候の身ですし、これくらいはさせてください」

 

「ふふ、ありがとうごさいます。男手の無い家なので、とても助かります」

 

 45姉妹は今日も揃ってお買い物にでかけているので、この広い家には指揮官と

スプリングフィールドの2人だけ。やたらと騒がしいイベントにはならなくて済みそうである。

 ・・・ただ、初日の夜の件もあるので。最低限の警戒だけは怠らないよう肝に銘じておかなければなるまい。

 

「まず、みんなのお部屋の掃除をします。それから、リビング、水周りとすすめましょう」

 

「分かりました」

 

 体育の授業で着るクソダサなジャージに身を包み、箒とチリトリを装備。ポケットには雑巾まで忍ばせ、戦闘準備万端の指揮官。

 スプリングフィールドはというと、薄手のTシャツにユルめのパンツ。長い髪は汚れてしまわないように後ろでクルリと纏めている。

 足元はまだしも、上半身はTシャツの生地が薄いおかげで、スプリングフィールドの大人びた

スタイリングを余すところなく発揮してしまっている。

 無論、ノーブラである。

 健全な男子としてはなんとも目に眩しい容姿だが、掃除に対しての使命感に燃えている指揮官は、それすらも気にしていない。

 そんな指揮官に対し、スプリングフィールドが心の中で舌打ちしている事などつゆ知らず、後ろに付いて階段を上っていく。

 

「手近なところで、45の部屋からいきましょうか」

 

「えっと・・・俺は入らない方がいいですよね。廊下の掃除と、ゴミの受け取りとかしましょうか?」

 

 お掃除という大義名分があるとはいえ、お年頃の女性の部屋に入るのはかなり抵抗がある。おまけに、相手はあの45だ。そうと分かったら、あとで何と言われるかわかたものではない。

 

「大丈夫ですよ。見られてマズいものはお掃除の前に隠しておく、というのが我が家のしきたりですから。それに、指揮官さんが掃除で入室するのは3人に了承をとっています」

 

「そうなんですか? では、お言葉に甘えて。お邪魔しま~す」

 

 後ろめたさは拭えないが、手伝うと豪語してしまった以上、それを反故にはできない。

 意を決して、女の子45のお部屋にお邪魔する指揮官。

 できるだけ周りを見ないように、とは思うのだが、見ないとお掃除できないし、周囲に目が

いってしまうのは仕方のない事なのである。

 

(ふむ・・・必要以上のモノは出来るだけ置かない、って感じ。45らしいな)

 

 デスクや本棚にしまっている本はキッチリと階段状に並び、ベッドシーツや家具の並びもしっかりと整っている。

 趣味的なモノはといえば、ちょっとしたマンガ本と壁に貼られた自動車のポスターにデスク上の置物くらいだろうか。

 女の子の部屋というには少し寂しい雰囲気である。

 

「45は自分で定期的に掃除をするので、私が手を出すまでもないんですよ。あの性格から考えると、ちょっと意外でしょう?」

 

「いえ、根がしっかりしている女性だっていうのは、この一週間でなんとなくわかっていましたから」

 

 ああ見えて、と付け加えるとスプリングフィールドが上品に笑ってくれる。

 同世代と過ごす時間が多かったので、こうして年上の人とのやりとりに新鮮味を感じる指揮官である。

 

「まとめてあるゴミと洗い物だけ回収して、次のお部屋に行きましょう」

 

 スプリングフィールドが45の衣服を持ち、指揮官がゴミを持つ。

 そうして退室する・・・直前にデスクの上に目が留まった。

 デフォルメされた動物の置物が並ぶその横、デスクの一角に、紅い鳥居が設けられた社の

ジオラマが置かれている。

 単行本よりも小さいくらいのサイズだが、地面、社、草木の質感はまるで本物のような出来なのが遠目にも分かる。

 指揮官が見ても、綺麗だと思えるようなジオラマだ。それが女の子の部屋に置かれていても、

オカシイ事はないだろう。

 

(不思議な事はない・・・はずなんだよな)

 

 取るに足らない、でも、明らかな違和感を覆い隠して指揮官は45の部屋を後にした。

 次は真正面にある41の部屋である。

 

「あら、可愛い」

 

 室内に目を向けて、苛まれていた違和感は途端にどこかに吹っ飛んでしまう。

 デスクやベッドの上のみならず、部屋の至る所に並べられたぬいぐるみ達の数は、数十はくだらない。

 本棚には少女マンガが置かれていたり、女の子向けアニメのグッズが置かれていたりと、これぞ、指揮官が想像していた女の子の部屋といった風体である。

 

「ふふ、女の子らしいお部屋でしょう? それに、とても綺麗好きで几帳面なんですよ」

 

 スプリングフィールドが言う通り、趣味的なモノは45の部屋に比べるまでもなく多いが、きちんと整頓してあるので雑多な印象は全くない。

 我が子の優秀さを披露できて、スプリングフィールドも満足げである。

 

「動物のぬいぐるみが多いですね。特にキツネが好きなのかな?」

 

「なんだったら、モフモフしていってもいいですよ?」

 

 触りたいオーラが滲み出ていたのだろう、スプリングフィールドにからかわれてしまう。

 さすがに、41のお気に入りであろう子たちに触れるのも悪いので、丁重にお断りしておく。

 結局、41の部屋も纏めてあったほんのちょっとのゴミと洗い物を回収して退出。

 掃除というか、回収作業だけで少し拍子抜けしてしまう指揮官。

 しかし、ツケというのは必ず回ってくるのが人生というものである。

 

「さて、次は9のお部屋ですね」

 

 抱えていた洗い物を廊下に置くと、スプリングフィールドは部屋の扉に手をかける・・・のではなく、クルリと踵を返し、扉の向かい、壁に掛けられていた緑色の箱に手を伸ばした。

 この家に来てからの一週間、ずっと気になっていた謎ボックスの正体が明かされる事に、指揮官のドキドキが止まらない。

 ロックが外れ、キィと小さな金属音をあげて開く蓋。

 そうして、中から現れたものは・・・

 

「9の部屋に入る前にこれを身に付けて下さいね」

 

「へ? これって・・・マスク?」

 

 顎から鼻までを覆うハーフタイプだが、口元にはキャニスターが備えられている、れっきとしたガスマスクである。

 

「装着の方法は分かりますか? 間違えると大変なことになってしまいますよ?」

 

「あ、はい。分かるんで大丈夫っス」

 

 一般家庭にこんなものが置かれていたことに度肝を抜かれ、唖然としてしまう指揮官。

 理由を聞くことも忘れ、慣れた様子でマスクを着用する。

 

〝では、開けますよ〟

 

 マスクを着用していると声が通らないので、スプリングフィールドがハンドサインを送ってくる。

 それに、オーケーの意を返す指揮官。

 いつの間にか、家が化学兵器工場みたいになっていた。

 部屋の扉が開け放たれ、その向こうに広がる光景を見て指揮官が絶句。

 

「うえぇ~、これはヒドイ・・・」

 

 思わず口から本音が零れてしまったが、マスクに阻まれてスプリングフィールドに聞こえていなかったのでセーフである。

 室内は、空き巣にでも入られたのかと勘違いするほどグチャグチャ。

 ジュースの空き缶、食べかけの菓子袋、丸めたティッシュペーパーに脱ぎっぱなしの下着など

など。

 注意しないと足の踏み場も見つけられないそこは、文字どおりの〝汚部屋〟だ。

 大雑把というか、色々なことに無頓着なところがある子なのかな、と感じていた指揮官だったが、さすがに、この有様は目を疑うものであった。

 

〝マスク外してもいいですよ〟

 

 一通り室内を見回して、スプリングフィールドがサインを送る。

 それに従ってマスクを外す指揮官。

 

「ぅ・・・」

 

 色々な食べ物が混ざった、甘いんだか酸っぱいんだかよく分からない匂い。それに、恐らくは

消臭剤なのだろう匂いが上書きされ、大変なことになっている。

 

「9ったら、相変わらずね。でも、指揮官さんが来てくれたからかしら。自分で消臭剤を撒いていってますし、以前よりは良くなっていますね」

 

「これで良くなってるんですか・・・」

 

「足の踏み場もありますし、なにより、マスク無しで済むのは大きな進歩です。何を混ぜたのか、マスタードガス一歩手前の気体を合成したこともあったんですよ」

 

 マスタードガスといえば、人体への強力な毒性で知られる化学兵器である。

 そんなのが充満しているかもしれない室内へ、ハーフマスクだけで突入していたというのだから、今更ながら恐ろしいことである。

 

「さぁ、眺めていても進みませんので、お掃除を始めましょうか。まずはゴミを集めましょう。

指揮官さんがゴミだと判断したものは遠慮せずポイしていいですからね」

 

「了解」

 

 部屋を半分に区切り、それぞれ担当エリアのゴミを片付けていく。

 

「うわ・・・ナニコレ?」

 

 持ち上げた空き缶と床との間で、ねっとりと糸をひく遊星からの物体Xを引き剥がし、空き缶ごとゴミ袋に放り込む。

 途方もない作業にも思えたが、いざ手をつけてみるとそうでもない事に気が付く。

 床を埋め尽くしているものは、一目で分かる明らかなゴミなのだ。9の私物は、

この部屋の数少ないセーフゾーンに避難しているので、ぶっちゃけ、床に落ちているモノを片っ端から回収すれば良いだけなのである。

 鼻歌交じりにゴミをひょいひょいと拾っていくスプリングフィールドを見習い、クレーン車の

ように、ゴミを掴んでは袋に押し込んでいく作業をひたすら繰り返す。

 ようやく床一面が見渡せるようになったら、今度は汚れの掃除である。

 

「落ちづらかったり、ヤバそうな汚れがあったらこれを吹きかけて下さい。くれぐれも、お肌にかけたりしないように」

 

 そう言ってスプリングフィールドが差し出してきたのは小さなスプレー缶。銀色の外面には見た事もない言語の文章と、ドクロマークがでっかく描かれている。

 ツッコミどころに困らない代物だが、非常に頑固な汚れが、氷をバーナーで炙ったかのように

溶けてくれるので、あえて触れないようにしておく指揮官である。

 せかせかと掃除に勤しむこと1時間。見違えるほど綺麗になった室内を前にして、大きく息を

つく。

 爽やかな汗と達成感。健全な労働の証である。

 

「ご苦労様でした。9にはよく言って聞かせておくので、これに懲りずにまた手伝ってもらえると嬉しいわ」

 

「もちろん、俺は構いませんよ。でも・・・この癖は直してもらった方がいいですよね。女の子としてっていうか、人としてっていうか」

 

 2人合わせて10個のゴミ袋を運び出し、扉をそっと閉める。

 これで3姉妹のお部屋掃除は完了である。

 

「指揮官さんのお部屋はどうしますか?」

 

「使い始めて間もないので、掃除は大丈夫ですよ。ちょっとしたゴミと洗い物の回収だけお願いします」

 

「そうですか。ふふ、男の子のお部屋ですものね。女性に見られると恥ずかしいものもあるでしょうし」

 

「何を想像してるのか知りませんけど、そういう意味で言ったんじゃないですよ?」

 

 部屋には入らず、ドアのすぐそばに置いていたゴミ袋と洗い物だけを手に取る。

 2階の掃除を終え1階へ。

 玄関わきに備えられた、ゴミの仮置き用コンテナにゴミ袋を詰め込むと、次はリビングの掃除だ。

 

「物体は上から下へと移動します。この法則をなんというでしょうか?」

 

「万有引力の法則ですね? わかります」

 

 おふざけな会話を振ってきたスプリングフィールドにノって返答し、お互いに笑い合う。

 なんとなく、笑いのツボが近い2人なのである。

 

「それと同様に、ホコリやチリも上から下へと落ちていきます。なので、お掃除は上から始めて、最後に床を掃くという流れが基本です」

 

「言われてみれば。そこまで気にしたことがなかったのです」

 

 そういうことで、まずは小物が置かれている金属ラックの上から掃除を開始する。

 何も置かれていない一番上の段はホコリが積もり放題だろうが、指揮官の身長でも背伸びしないと届かないくらいの高さである。

 

「これを踏み台にしてお掃除をしましょう。私が乗りますから、台を押さえていてもらっていいかしら?」

 

 スプリングフィールドがどこからか持ってきたのは、短いタイプの脚立。かなり使い込まれているもので、4つ脚にガタが出ているせいで床に置くと左右にグラグラと揺れてしまっている。

 

「だ、大丈夫ですか? 危なそうなので俺が乗りますよ」

 

「心配してくれてありがとうございます。いつもの事で慣れてますから、平気ですよ」

 

 心配をよそにスプリングフィールドは脚立に上りはじめてしまうので、指揮官は慌てて脚立を

抑え込む。

 指揮官とスプリングフィールド、二人三脚で掃除が進められる。

 ・・・そう、これは2人の共同作業であり、この家には2人だけしかいかない。

 45達の横槍を心配する必要もないのである。

 そうなれば、男女2人。これから待ち受けるイベントは星の数ほど存在する。

 簡単なところでいえば・・・そう。脚立から落ちた女の子を受け止めようとして、2人で床に

倒れてくんずほぐれつ、とか。

 

「きゃあ~」

 

 ややわざとらしい叫び声。それもそのはず。バランスを崩したフリをして、わざとスプリングフィールドは脚立の上からダイブしたのだ。

 優しい指揮官は絶対に助けに動く。それも、反応が良いので、しっかりと抱きとめてくれることだろう。

 そうすれば、ダイブの勢いを利用して指揮官を床に押し倒し、その後は煮るなり焼くなり、

スプリングフィールドのお好きなように、である。

 

「スプリングフィールドさん! 危ない!」

 

 予想通り、指揮官は抱きとめようと真正面に動いてくれている。

 もろたで! と心の中で口元を釣り上げるスプリングフィールド。

 ・・・しかし、突然に指揮官の姿を見失ってしまう。

 

(へ? なんで??)

 

 スローモーションで流れる風景の中、指揮官の姿を再度捉える。

 どうやら、助けようと駆け出した際、カーペットで足を滑らせて態勢を崩してしまっているようである。

 

(うそぉぉぉぉ~!?)

 

 思わぬドジっ子ぶりを発揮されてしまい、スプリングフィールドのシナリオは総崩れ。

 抱きとめてもらう前提でダイブしたスプリングフィールドは、滑空中のモモンガみたいな態勢

なので、着地姿勢にはどうしたって戻せやしないのである。

 

「ぎゃふう!」

 

 ビターン! と、ご丁寧にフローリングの床に胴体着陸を敢行する。

 

「ご、ごめんなさい! 足を滑らせてしまって、間に合いませんでした!」

 

 指揮官はすぐに駆け寄ってきて慌てて謝るが、それがまたスプリングフィールドにとってはバツが悪い。

 これは全て、わざと仕組んだ事なのだから。

 

「い・・・いえいえ、気にしなくていいんですよ。踏み台がぐらついていたのは承知のうえでしたから。ええ、これくらいなんともないですとも」

 

 とてつもない醜態を晒してしまったわけだが、そんなこと無かった風に取り繕うその演技は圧巻である。

 

「本当にすいません。やっぱり、俺が乗って掃除しますよ」

 

「そうですね・・・では、お願いしましょうか」

 

「はい。そう簡単には落ちないつもりですけど、もし落ちたらすぐ避難して下さい」

 

 そう言って、指揮官が雑巾を片手に脚立に上る。

 もちろん、スプリングフィールドは素直に避難するつもりはないし、思いっきり指揮官を落としにいく気満々である。

 

(この脚を蹴り折れば、脚立がこちらに倒れるから、指揮官さんがこっちのほうに飛んで

きて・・・)

 

 ニコニコ笑顔で脚立を抑えながら、指揮官が飛んでくる方向を物理演算しているなど、誰が想像できるであろうか。

 

「もうすぐ拭き終わりますから・・・」

 

(今です! そぉい!)

 

 演算完了。会話に気を取られている今こそ好機と見て、スプリングフィールドが脚立の脚を蹴り折る。

 蹴った事は悟らせず、自然に折れたのだと思わせるよう正確に、したたかに。

 

「っとぉ!!?」

 

 脚立と共に指揮官の身体も傾く。

 

「指揮官さぁ~ん。あぶな~い」

 

 倒れてくる指揮官を抱きとめ、そのままの流れで床に押し倒せば、そのあとはもう45達が帰ってくるまでお楽しみ、である。

 指揮官を受けとめるべく、両腕を広げる。宙に舞わんとする指揮官を抱こうとして・・・そこで再びスプリングフィールドは戦慄する羽目になる。

 

(なん・・・ですって?)

 

 身体が宙に放り出される前に、指揮官は脚立を蹴飛ばして飛び上がる。

 態勢が崩れる前に、自分から飛んで態勢をコントロールしようという考えか。

 指揮官が予想外の方向へ飛んでいってしまった結果、スプリングフィールドは標的を見失って

空振り。

 そして、足元には予想通りに倒れ込んでくる金属製の脚立が。

 

「ひぎぃ!!?」

 

 脛に脚立の角が直撃。はしたない声をあげ、その場で蹲る。

 

「え? ど、どうしたんですか? 俺、また何かしちゃいましたか?」

 

 伸身のムーンサルト、おまけに完璧な着地をみせた指揮官が駆け寄ってきてくれるも、今度は

さすがに恥ずかしくて顔を上げられない。

 

「いえ・・・だいじょうぶ、大丈夫ですよ。気にしなくて・・・いいですからね」

 

 ジンジンする脛をさすりながらスプリングフィールドは思う。

 二度も立て続けに失敗したということは、今はまだ時期ではない。一旦、時間を置いて態勢をたて直すの賢い策である、と。

 

「高い所のお掃除は、ちゃんとした踏み台を買ってからにしましょうか。指揮官さんは引き続き、このエリアをお願いします。私はテレビの周りを掃除してきますので」

 

「分かりました。任せてください」

 

 しかし、相手は想像に手ごわい事をスプリングフィールドは思い知る。

 お着換えイベントへの派生を狙い、バケツの水を引っ掛けてやろうと画策するも、指揮官は避けるどころか自分が持っているバケツで、ぶちまけられた水を受け止める始末。

 なら、逆に自分が水を浴びるシチュエーションはどうだ、ということで一緒に洗車をしてみるが、ホースを巧みに操る指揮官はスプリングフィールドがどう動いたって水をかけてくれなかったのだ。

 これだけの悪巧みをナチュラルにこなすスプリングフィールドもそうだが、本当に恐ろしいのは、そんな彼女の思惑に微塵も気づかず回避し続ける指揮官の方である。

 

「ん~、美味しいです! 自分で作ってもここまで美味しくならないのが不思議なんですよね」

 

「お料理は経験ですから。ずっと続けていれば、指揮官さんも上手にできるようになりますよ」

 

 掃除を午前中に終え、今は昼食の時間。

 2人しかいないので、簡単なものをということで作ってもらった焼きそばのあまりの美味しさに指揮官も大満足である。

 

「ごちそうさまでした。食器、シンクに降ろしていいですかね?」

 

「・・・その前に、ちょっとお話があります」

 

 つい今まで楽し気に食事をしていたスプリングフィールドが急に顔色を変える。

 

「こちらへ」

 

 食卓を離れ、カーペットの上に座り直すと指揮官へ手招き。

 

「え? はい」

 

 やけに真剣な表情のスプリングフィールドを前に、内心で焦りが浮かぶ。

 温和な彼女がこれだけ真顔になるような事だ。それ相応の事を指揮官がやらかしたのだろうが、心当たりといえば、踏み台から落ちるスプリングフィールドを助けられなかった事くらいだろうか。

 一体、何を言われるのだろうかとヒヤヒヤしながら、招かれるままに彼女の正面に正座する。

 

「何か気が付くことはありませんか?」

 

「何か? ・・・何か、とは?」

 

「質問に質問で返してはいけません」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 つい素直に謝ってしまったが、指揮官にはスプリングフィールドがどんな答えを求めているのかが全く分からない。

 悩んでいる最中も、エプロン姿のスプリングフィールドは姿勢を正したままジッと指揮官を見つめていて、もう針の筵状態である。

 

「・・・すいません。全く思い当たる節がないです。俺、何か悪い事しましたか?」

 

 このまま考え続けても答えは出ない、と早々にギブアップする指揮官。

 すると、スプリングフィールドは心底残念そうに溜め息をひとつ。

 

「もう、仕方のない人ですね」

 

 そう呟くや、いきなり指揮官に向けて飛び掛かってきた。

 

「っ!?」

 

 あまりにも突然の事で反応できず、両肩を掴まれ押し倒される。

 馬乗り状態で体重を乗せられているので、指揮官は完全に身動きが取れない状態である。

 

「私はどのような格好をしていますか? 言ってみてください」

 

「か、かか格好ですか!? エプロンを着けています、です」

 

 軽くパニックを起こしている頭をなんとか回して、スプリングフィールドの質問に答える。

 

「はい。それでは、その下は?」

 

 そう言われて視線を彷徨わせたところで、かろうじて稼働していた思考が完全にフリーズしてしまう。

 やけに肌色が多いなとか思っていたら、なんと、エプロンの下には服を着ていないのだ。

 身に付けているものはエプロンだけ。世に言う、〝裸エプロン〟という着こなしである。

 エプロンに着替え、キッチンに立った時からこの姿だったのだろう。普通なら、食事の最中に気が付いてもいいものだが、指揮官はこの事に全く気が付いていなかった。

 本当に、何かの力が働いていたのではないかと思えるほどのうっかり具合である。

 

「あらあら、気が付いた途端に顔を真っ赤にされて。そういうリアクションが見たかったんです」

 

 満足げに、楽し気にそう言われて、さらに顔が熱くなっていく。

 恍惚の表情を浮かべるスプリングフィールドの様子は、ようやく餌にありつけた猛獣のそれで

ある。

 

「ここまでくるのに大変苦労しました。指揮官さんったら、フラグへし折り系キャラなんです

もの」

 

「フラグってなんぞ!?」

 

「まぁ、そんなことはいいとして。こうなってしまったら、この後はどうなるか?いくら鈍感さんでも、想像に容易いのではないですか?」

 

 裸エプロンという、完全にヤル気スタイルのスプリングフィールドに押し倒されている。言われた通り、指揮官が真っ先に想像したことは、スプリングフィールドが考えている事と同じとみて

間違いない。

 

「そ、それはさすがにマズイですって! 45達が帰ってきたら大変な事になっちゃいますよ!」

 

「では、あの娘達が帰ってくるまでだったらいいんですね?」

 

「そういうんでもなくて。大体、スプリングフィールドさんは俺なんかと、その・・・そういう事をしちゃってもいいんですか?」

 

「良くなかったらこんなことはしませんよ。でも、指揮官さんは、やっぱり私みたいな使い古しには興味を持ってはくれないのかしら・・・」

 

 一変、悲しそうな眼で言われてしまい、内心で焦りまくる指揮官。

 別段、悪い事をしているわけでもないのだが、すでに彼女の手の上でコロコロされてしまっている指揮官は完全に思うツボである。

 

「いやいやいや! スプリングフィールドさんは大人っぽくて、美人ですし。使い古しだなんて、そんなことはないです。ないです、けど・・・」

 

 なし崩しにそういう関係になる事に対し、指揮官の道徳感が強烈なブレーキをかけている。

 

「もう、はっきりしない方ですね。それじゃあ、こうしましょう。私が指揮官さんを無理やり襲います。指揮官さんはお世話になっている家の家主が相手という事で、抵抗ができなかったと。それなら正当な言い訳が立ちますし、問題ありませんよね」

 

 さも正論のように言うが、それはお互いにとって明らかな問題行為である。

 しかし、こんな美人がこれほどに自分を求めてくれている、という事実を前にして指揮官の心の天秤が少しずつ傾いてゆく。

 知らず、生唾をゴクリと飲み込む指揮官。

 それを見て取ったスプリングフィールドは、指揮官の耳に顔を近づけ。

 

「快楽を求めるのは人の本能。何も悪いことじゃないんですよ。ですから、ね?」

 

 そっと囁いてダメ押し。

 天秤の受け皿が、着地寸前で踏みとどまる。反対側、高く掲げられた受け皿に乗せられているのは、今まで指揮官が学園で一時を過ごしてきた娘達の笑顔が。

 

「沈黙は肯定、とみなしていいですよね。それでは・・・」

 

 女豹のように身体をしならせ、スプリングフィールドがエプロンの胸元に指をかける。

 

「ふふふ、いただきます」

 

 小さく舌舐めずりしながら、スプリングフィールドが顔を近づけてくる。

 熱い吐息を感じながら、指揮官は・・・・・・

 

 

 

 [快楽に身をゆだねることにした]

 

 

 [かろうじて繋いでいる理性を奮い立たせた]

 

 

 

 ・・・などという、いかにもな感じの選択肢が脳裏を過ぎった、その瞬間だった。

 

「はい、そこまで~」

 

 第三者の声が聞こえてきたかと思えば、スプリングフィールドの上半身に何かが被せられ、そのまま背後へと引き剥がされた。

 

「~~~~~~~!!?」

 

 何事かと体を起こしてみれば、そこにはいつの間にか帰ってきたのか45と9の姿。そして、

その足元では頭から麻袋を被され、もがいているスプリングフィールドの姿が。

 

「2人とも、いつの間に・・・」

 

「えへへ、なんか嫌な予感がするな~、って思ったから戻ってきてみたんだよ」

 

「9の勘はよく当たるから。今回も大当たりだったわ」

 

 そう笑顔で答える2人。

 心が完全に折れる寸前、間一髪のところで救われた事に大きく安堵の息をつく指揮官。

 

「こらこら、その格好で暴れたらイロイロと見えちゃうでしょ? 指揮官、ちょっとあっち向いていてくれないかしら」

 

「え? うん」

 

 もうすでにスプリングフィールドのあらぬ所が見えちゃった後なのだが、知らぬふりをして、

指揮官は目を閉じて顔を背ける。

 

「9、やっちゃっていいわよ」

 

「おっけ~。てい!」

 

「#%$&‘&%$#$!!?」

 

 パチパチ、と何かが小さく弾けるような音。

 ドタンバタン、と魚が床を跳ねまわるような音。

 静かになったところで視線を戻してみれば、スプリングフィールドは床でぐったりと倒れ込み、時折、小さく痙攣を起こしている。

 何くわぬ顔を向けてくる姉妹を見て、指揮官も静かに察する。

 この話はここまでにしておくべきである、と。

 

「じゃあ、ママを寝室に運んでくるから、指揮官はゆっくりしてて」

 

「帰ってきたら私達と一緒に遊ぼ~ね」

 

 45と9でそれぞれ片腕ずつ掴み、スプリングフィールドの身体をズルズルと引き摺って、

リビングから出ていってしまう。

 シンと静まり返ったリビングに一人残された指揮官。

 

「・・・・・・食器の片づけでもしようかな。うん」

 

 もう、この出来事は忘れると決めたので、あえて口に出すことはせず。食器の片づけを始める。

 ・・・ただ、指揮官も健全な男子である。あのまま進んでいたら、という心残りが微かながらあったというのは言うまでもない事である。




これもまたギャルゲーでありがちなヤツですね。
当方の場合は、スプリングフィールドがエロ担当みたいな感じになってしまっていますが・・・まぁ、あのスタイリングなので仕方ないですよね。

無事に危機を乗り越えたところで、次回の指揮官の活躍もどうぞお楽しみに。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 8話

寒くなりましたね。毛布に包まりながらお家で過ごす今日この頃、皆様、いかがお過ごしで
しょうか?
どうも、弱音御前です。

指揮官と人形達ののんびり学園生活、楽しんでいただけていますでしょうか?
まだまだ続くので、どうかゆっくりとお付き合いください~



 10月8日(火) はれ

 

 

 グリフィン女学院は立派な戦術人形を育てるための学校である。その為、授業内容は戦術知識や銃器の扱い、構造などの戦闘に特化した内容が大部分を占める。

 だが、戦術人形といっても精神は見た目相応、お年頃の女の子だ。時には戦闘から離れ、楽しみを交えた授業というのも必要である。

 

「はい、それじゃあ今日の体育はドッヂボールをやるよ」

 

 ドッヂボール? と、紫色の芋ジャーに身を包んだ30人あまりが一斉に小首を傾げる。

 全身黒タイツで人文字を作る方々がみせるような、そんな光景である。

 

「あ、あれ? みんなドッヂボール知らないの? えっと、ドッヂボールっていうのは、ボールを投げて相手に当てる競技でね。コートを2つに分けて・・・」

 

 体育教師グリズリーがみんなの前に立ち、競技のルールを説明していく。

 茶色いショートカットヘアーに競技用の半袖短パン、首にはホイッスルまで掛けて、とても快活な様子が一目で分かる爽やかな先生だ。

 

「指揮官はこの競技知ってる?」

 

「うん、知ってる。子供の頃に何回かやったこともあるよ」

 

 そう答えると、45はさも関心したような表情を浮かべている。

 ドッヂボール知ってるだけでこれだけ関心される事があろうとは、人生というのは本当に分からないものだと指揮官は内心で思う。

 

「1チーム8人で4チーム作るとちょうど良いかな。メンバー分けは文句言いっこなしってことで、私が行うからね」

 

 グリズリー先生が目についた生徒を手当たり次第に選別していく。運動能力を把握していて、

バランス良く分けている、という風ではなさそうだ。

 

「指揮官さんと一緒だと嬉しいです!」

 

「ルールを知ってる指揮官がいると心強いよ~!」

 

 9と41まで寄ってきて、いつものメンバー集合である。

 45姉妹の運動能力は先週の日直遅刻事件で良く把握している。一緒のチームになれれば、頼りになる事この上ないだろう。

 ・・・しかし、1クラス分の人数の中からランダムセレクトだ。そう上手くいくはずもない。

 

「はぁ~、敵になっちゃったらしょうがないわね。遠慮しないから、覚悟しなさいよ、指揮官」

 

「あぅ~・・・指揮官さんと敵同士。やりづらいですぅ」

 

「これはスポーツなんだから、そんな事気にしないで、いっぱい楽しもうよ。ね?」

 

「向こうはなかなかの曲者揃いだね。特に、指揮官は要警戒、かな?」

 

「初めてやるスポーツなので、どう動けばいいのでしょう? 私、自信ないです」

 

「それなら端っこの方で逃げ回ってればいいわ。その間に私が全部片づけるから」

 

 向こう側のコートには45姉妹とM14、G3、FALの6人。それと、初期外野の2人。

 そして、指揮官側はというと。

 

「ファマスさんは基本、私の傍にいて下さいまし。いざという時の盾代わりですわ」

 

「丁重にお断りします。ボールは指揮官かネゲヴに送って攻撃を任せますね」

 

「ええ、全部私に回しなさい。スペシャリストの私がいれば十分よ」

 

「まったく・・・ドッヂボールなんて、どうしてこんなことしなきゃいけないのよ」

 

「えっと、みなさん、よろしくお願いしますね。私、一生懸命やりますので!」

 

 タボール、ファマス、ネゲヴ、HK416、ガーランド。そして、外野さん2人という布陣である。

 M14が零した通り、曲者揃いなのは指揮官もよく理解しているつもりだ。

 

(ネゲヴ、タボール、ファマスは普段から一緒にいる3人組だけど、チームワークという意味ではまた話が別になりそうだな。5人を纏めあげようとするのは逆効果になりかねない・・・か)

 

 授業の一環とはいえ、これは競技である。競い合いであるのなら、勝ちを狙いに行くのは必然。無言ながら、指揮官は自分のチームを勝ちに導く為に思考を回す。

 

「はい、ボールの先手を決めるよ。私がセンターラインでボールを投げるから、両チームの代表者はそのボールを取って自チームに持ち込んでね。言うまでもない事だけど、背が高い方が有利

だよ」

 

 グリズリーの言葉を聞き、相手チームから出てきたのは45。41以外はどの娘もさほど身長が変わらないので、適当に選ばれたということなのだろう。

 

「指揮官、行ってきなさい。先手必勝が私の基本方針なんだから、ボール取れなかったら承知しないわよ」

 

「そんなにプレッシャー掛けないでくれよ」

 

 この中でも抜きんでて背の高い指揮官が自動的に選ばれ、センターラインへ歩み出る。

 白線を挟み、向かい合う両者。その横にボールを持ったグリズリーが立つ。

 

「愚策ね。これは身長差じゃない。運動性能の差がモノをいうのよ」

 

 45の言う通り、背は指揮官の方が高いが、ジャンプ力は45の方が高いというのは明白。

 素直なボールの取り合いでは指揮官の分が悪い。グリズリーが何気なく言ったことを真に受け、ネゲヴ達は指揮官を送り出してしまったのだ。

 

「お互い、準備はオーケー?」

 

 軽く膝を曲げ、全力ジャンプの姿勢をとる45。

 予想通りの動きをしてくれそうだと判断した指揮官は、表情には出さず、心の内で静かに笑みを浮かべる。

 

「レディー・・・ゴー!」

 

 掛け声と共にセンターライン上に放り投げられるボール。それに、まるで猫のように反応した

45が跳ね上がる。

 指揮官はというと、ボールと45を眼で追うだけでジャンプの始動姿勢をとったまま動かない。

 

「何してるのよ、指揮官!?」

 

 背後から飛んでくるネゲヴのヤジを受けても、指揮官は微動だにしない。

 そうしている間に、45が空中のボールを両手で捕まえる。

 

「よっしゃあ! ボールゲット!」

 

 瞬間、指揮官がジャンプ。

 落下してくる45とのすれ違い際、両手で挟み込んでいたボールを掠め取った。

 

「は!?」

 

 きょとんとした表情の45を視認したのも束の間。空中で体を反転させると、自コートのネゲヴにボールを放り投げる。

 

「よくやったわ! そうこなくっちゃね!」

 

 さっきまでの非難はどこへやら、歓喜するネゲヴに苦笑しつつ着地する指揮官。

 

「ちょっとぉ! 私が取ったボールを盗むなんて汚いわよ!」

 

 ライン向こうで抗議の声をあげる45。他の5人も便乗してブーイングを浴びせてくるが、審判を務めるグリズリーは何も言ってこない。

 つまりは、そういうことである。

 

「コート上空はボールの所有権は発生しないって、先生が言ってただろ? キャッチしたままぼーっとしてたそっちが悪い」

 

 指で頭をつつきながら45に返してやる。

 

「くっ! よくも私をコケにしたなぁ~~~!」

 

 顔を赤らめ、怒りのオーラを身体から迸しらせる45。

 

「おぉ~、指揮官が45姉を煽ってる。珍しい事もあるもんだね」

 

「くだらない事言ってないで、戦闘態勢よ、9。絶っっ対に指揮官を潰してやるんだから!」

 

 センターラインから離れ、防衛態勢をとる敵チーム。

 まずは、ボールを持っているネゲヴが仕掛ける。

 

「アンタから血祭りにあげてやるわ、UMP45ぉ~~!」

 

 思いっきり振りかぶった腕からボールが放たれる。

 鋭い風切り音と共に襲い来る剛速球を、しかし、45は避けることはせず真正面から受け止めた。

 

「いった~・・・こぉんの、桃色ゴリラめ!」

 

 そう、悪口と共に45がボールを返すのはネゲヴ、と見せかけて416だ。

 

「っ!?」

 

 油断していた416だったが、瞬時に姿勢を整えるとボールを受け止める。

 腕と身体を使ってボールを抱え込むような、完璧なスタイルだ。

 

「ナイスキャッチ。よく今のボールに反応できたね」

 

「当然よ。私は完璧・・・ごふぅ!」

 

 澄まして言葉を返していた最中、416が吐血して崩れ落ちる。

 

「ちょ!? ど、どうしたの!!?」

 

 コートを血に染め、蹲る416に駆け寄る指揮官。

 だが、この惨状に慌てているのは指揮官だけで他の人達は、またか、といった様子であった。

 

「416は病弱だから、やっぱりキツかったかな。保健委員の子はいるかな? 悪いけど、416を保健室に連れてってくれるかな?」

 

「病弱って・・・こんな風になるもの?」

 

 ささやかな指揮官のツッコミだが、やはり、こんなのは日常茶飯事らしく、至ってすんなりと事が進んでいく。

 416が担架で運び出され、コート上にぶちまけられた血を慣らしたところで、何事もなかったかのようにドッヂボールが再開される。

 

「ほら、早くこっちによこしなさい」

 

 砲台と化したネゲヴに言われるまま、ボールを回す。

 

「死ねぇぇえぇぇぇ~~~!」

 

 雄叫びと共に打ち出されるボールが狙う先はやはり45。

 

「っと! こういうの、馬鹿の一つ覚えっていうの、よっ!」

 

 片や、45はネゲヴ以外のメンバーを狙ってボールを投げる。

 

「ふん、これくらいの弾で倒せると思わないで下さいまし」

 

 受け止めたボールが再び砲台に装填され、45を狙い撃つ。

 そんなリレーを数巡繰り返したところで、突然に均衡を崩したのは45達のチームだった。

 45がボールをFALにパスする。

 

「ふっ!」

 

 短く、鋭い息遣い。しなやかなフォームを以って高速弾が射出される。

 狙いはタボールだ。

 

「きゃあ!?」

 

 45のものとは比べ物にならない速度のボールに驚き、キャッチを諦めて回避行動をとる

タボール。

 

「不意を突いたつもりでしょうが、残念でしたわね」

 

 FALの強襲をかわし、タボールが得意げに言い放つ。

 今、自分の傍を通り過ぎた球がどこに行ったかなんて、全く考えていない様子だ。

 

「タボール! 後ろです!」

 

「はい?」

 

 傍に居るファマスの声で振り返るタボール。その先には、FALから飛んできた球をリターン

せんとする外野さんの姿。

 

「そ、そういう事でしたわね!」

 

 外野さんからの速球が、咄嗟にしゃがみ込んだタボールの頭上を通り過ぎる。

 その球をキャッチしたFALが再びタボールを狙う。

 

「ちょっと!」

 

 尻もちをつきながらもギリギリで回避するタボールを。

 

「なんで私ばかり!」

 

 FALと外野さんの挟み撃ちで容赦なく囲い込む。

 

「誰か、助けていただけますこと~!」

 

 四つん這い状態でコートを逃げ回るタボールを、けれども、誰も助ける事はできない。

 

「助けたいのは山々ですが・・・」

 

「ボールの主導権が完全に向こうだし。無理よね」

 

 自分が被弾するリスクを冒してまでタボールを助ける価値があるかと言われれば、そうでもないというのが、ファマスとネゲヴの本心であるらしかった。

 

「み、みなさんが行けないのなら、私が」

 

 タボールを助けようと、勇気を振り絞るガーランド。

 今まさに駆け出さんとする彼女の左腕を指揮官が掴んだ。

 

「指揮官さん。どうして・・・」

 

 無言で首を横に振る指揮官を見て、全てを察したガーランドの顔に悲しみが浮かぶ。

 残された5人にできるのは、タボールがじっくりコトコト煮込まれていくのを見守る事だけ。

 

「はぁ~・・・仕方ありませんね。私が割り込んで、タボールが逃げる隙を作りますよ」

 

 だというのに、そんなリスキーな中に飛び込もうというのだから、ファマスは本当に仲間想いの娘だなと指揮官は心底思う。

 慌てふためいているタボールのもとへファマスが駆け寄る。

 思惑通り、ファマスという新たなターゲットが割り込んできた事で、FALと外野さんの攻撃

パターンが乱れ、包囲に隙が生まれた。

 

「タボール! 隙を見て抜けて下さい!」

 

「ファマスさん! やはり、持つべきものは大親友ですわ~!」

 

 ファマスの助けで態勢を立て直すタボール。

 これで状況は好転・・・するかに思われた。

 

「ふふ、良いカモね」

 

 その様子を見て、FALがそう呟いたのを指揮官は見逃さなかった。

 

「っ! 2人とも、気を付けて!」

 

 ファマスとタボールに注意を促すが、すでに手遅れだった。

 FALの放った球がタボールに襲い掛かる。

 軌道を読み、身体を逸らすタボール。しかし、直進していた球が、まるでタボールを追いかけるかのように軌道を曲げたのだ。

 

「きゃん!?」

 

 投げる際に回転をかけた事によるカーブシュートが、タボールの腕に直撃。

 それだけにとどまらず、タボールの腕を跳ねた球が、今度は傍に居たファマスへと襲い掛かる。

 

「え?」

 

 球がファマスの肩に当たり、コートへと落ちる。

 予想外のバウンドに、ファマスは何が起きたのか分からず呆気に取られている。

 

「ダブルヒット。タボールとファマスは外野へ」

 

 キレの良いホイッスルの音と共にグリズリーが2人の脱落を宣言する。

 

「んもぉ! なにやってんのよアンタ達ぃ!」

 

 ネゲヴは2人に向かって吠えているが、それはお門違いである。

 ラリーの中で自然とタボールだけを囲い込んだ画策に、意図してカーブシュートを繰り出す

技術力。もしかしたら、ファマスが助けに来ることすらも見越していたのかもしれない、FALの底知れぬ実力が故の結果だ。

 決して、学校の体育の授業で見られるような業ではない。

 

「あ~あ、残念でしたわね。さぁ、仲良く外野へと参りましょう」

 

「むぅ・・・もっと指揮官殿と戦っていたかったのに。申しわけありません。あとは頼みます」

 

 コート外へ出ていく2人を見送り、足元に転がってきていたボールを拾い上げる。

 

(3人ビハインドはさすがにマズイな。そろそろ本格的に攻撃を始めないと)

 

 まずは誰から狙うのが適切か。相手コートに目を向ける指揮官。

 

「こっちにボールよこしなさい!」

 

 そんな中でも、やはりネゲヴの催促は変わらない。

 

「かなり圧されてるんだぞ? 少し慎重に攻撃していかないと」

 

「私の仲間が2人揃ってやられたのよ!? そんな悠長なことやってらんないわ!」

 

 傍から見て分かるくらいネゲヴは頭に血が上っている状態だ。かなり頑固そうな性格なので、

こうなったら、いくら説得したところで聞いてはくれないだろう。

 

「分かった。攻撃は頼んだよ」

 

「そうそう。大人しく私の言う事は聞きなさいね」

 

 指揮官が放ったボールをネゲヴは満足そうに受け取る。

 

「あの世で私に詫び続けろ! UMP45ぉぉぉ~~!」

 

 罵声がさっきよりも3割増しならば、球の勢いもそれに比例して45へと襲い掛かる。

 

「あれはちょい強すぎ」

 

 キャッチが難しいと判断した45が身をかわす。

 大気を根こそぎ巻き込みながら45の傍を通過した球は・・・

 

「あうっ!?」

 

 45の背後、影に隠れていた41の背中に直撃。

 ボスン! と、球の勢い通りの良い音が響いた。

 

「ヒット。41、外野に出てちょうだいね」

 

 球は45チームのコートに転がり、攻守交替。指揮官達はすぐさま守備位置に着いて攻撃に備える。

 ・・・しかし

 

「うえぇぇぇ~~ん。痛いですぅ~~~~」

 

 41がその場に座り込み、泣き出してしまった事でコート中が戦慄する。

 確かに、今のが直撃したらきっと指揮官でも涙ぐむだろうくらいの速球だ。41が泣いちゃうのも不思議な事ではない。

 

「え? そ、そんな、泣き出すことないじゃない・・・」

 

 いくらスポーツであるとはいえ、ちびっ子を泣かせてしまったことに、さすがのネゲヴも罪悪感を覚えているようだ。ヘコんでいるのが声色からもよく分かる。

 

「こっちおいで、41ちゃん。は~い、いたいのいたいの~とんでけ~」

 

 41の身体をさすりながら宥めてあげる9。

 

「うちの妹に何してくれてんのよ! キズモノにしてお嫁に行けなくなったらどう責任とるつもり!? ええ!?」

 

 怒りの形相でネゲヴに向けて凄む45。

 

「だから、悪かったって言ってるじゃない。ごめんなさい」

 

 45が相手だというのに、完全に下手に回っているネゲヴがとても新鮮に見えてしまう今日この頃である。

 

「そんな遠くで謝罪するヤツがある? 土下座しろとまでは言わないから、もっと近くに来て

しっかりと頭下げなさいよ!」

 

「わ、分かったわよ」

 

 45に言われるがまま、とぼとぼとセンターラインへ近づいていくネゲヴ。

 この後、ネゲヴがどんな目に遭うか。指揮官はもとより、賢明な読者の方であれば想像に容易いはずである。

 しかし、ワガママな彼女に灸を据えるという意味で、指揮官は敢えて口を噤んでおくことを選んだ。

 

「痛くしてしまってごめんなさい」

 

 ラインぎりぎりまで歩み出てきたところでネゲヴが頭を下げる。

 そんな彼女に向け、45が球を放り投げた。

 緩やかな弧を描き、球はネゲヴの後ろ首にポスン、と着地。そのまま指揮官側のコートへ転がる。

 

「ヒット。油断しすぎたね、ネゲヴ。外野へ」

 

「・・・・・・あ」

 

 ここで、〝ハメられた〟ことに気が付いたネゲヴが顔を上げる。

 

「いえ~い。ネゲヴざまぁ~」

 

「見たか~、私たちの演技力!」

 

「ごめんなさい、ネゲヴさん。これも作戦なので」

 

 左手人差し指と親指で形作ったL字を額に当て、小躍りするUMP姉妹。

 敗者を煽る為の踊りを見せつけられ、ネゲヴがその場に崩れ落ちる。

 

「はぁ~~~・・・・・・もう、スペシャリスト引退かしら」

 

 自分が悪かったことを全面的に受け入れたのだろう、ネゲヴが肩を落としながらコート外へ

とぼとぼと歩いていく。

 そうして、コート内に残されたのは指揮官とガーランドの2人だけ。片や、相手はまだ5人も残っている。

 比べるまでもなく、圧倒的不利である。

 

「し、指揮官さん、どうしましょう? これだけ差が開いてしまっては」

 

 今まで、目立たない位置で密かに生き残っていたガーランドが指揮官に駆け寄ってくる。

 もう、不安いっぱいで仕方がない、といった様子だ。

 

「いや、まだ焦るような時間じゃないさ」

 

 そんなガーランドに向け、指揮官は微笑みを交えながら返す。

 

「でも・・・相手はUMP姉妹にFAL、G3、M14、三大バトルライフルの方々なんですよ? どう考えても、私には勝ち目が見えないです」

 

 世界三大バトルライフル。フルサイズ弾を使用する、いわゆる、バトルライフルは歴史上、数多く存在する。その中でも名実共に優秀と謳われたのが、相手コートに立つ3人である。

 自信屋のFAL。お気楽M14。おどおどG3。性格はまちまちな3人だが、共に学問、戦闘において優秀な成績を残すエリート達だ。

 UMP姉妹だけでも苦労するに決まっているこの状況に、エリート三人組。勝ち目が薄いというガーランドの意見も尤もである。

 

「なぜ、指揮官さんはそんなに落ち着いていられるのですか?」

 

「だって、こっちには〝最も偉大な功績を残したライフル〟がいるんだ。負けてなんかいないよ」

 

 指揮官がそういった途端、ガーランドは表情を曇らせ俯いてしまう。

 

「その呼び名は・・・過大評価です。私なんて、大したことのない存在ですから」

 

 そう呼ばれることを彼女が好んでいないのは噂で聞いていた。

 でも、あえてそう呼んだのは彼女に自信をもってもらいたいと、指揮官がそう思ったからだ。

 

「じゃあ、そんなことはないっていう事を俺と一緒に証明しよう」

 

 言って、ボールを持った指揮官がガーランドに歩み寄り、耳元に口を寄せる。

 

「俺が・・・から、そうしたら・・・て、・・・・・・って感じでできるかな?」

 

「え? え? そんな難しい事、私にできるでしょうか?」

 

「できるかどうかじゃなくて、ヤル気があるかどうか、だよ?」

 

 その言葉を聞き、ガーランドの表情が微かに引き締まる。

 

「そろそろ始めないと、ペナルティをとっちゃうわよ~?」

 

「どんだけ作戦を練ったところで、この差はもう覆せやしないわよ」

 

 これ以上、試合を止めているわけにも行かなくなってきたので、ボールを持っている指揮官がガーランドの傍を離れる。

 返答は聞くまでもない。今のガーランドの表情が何よりも雄弁に物語っているのだから。

 

「そう決めつけるのは良くないな。勝負において、絶対というのは信用しちゃいけない言葉だ」

 

「指揮官っていうのは、口だけ達者なものなのかしら? ちゃんと、行動で示してもらわないと

分からないわね」

 

 FALの嫌味に苦笑を返し、ガーランドをチラリと見やる。

 視線だけで、準備完了の意を汲み取ると大きく一息。

 

「よし、行くぞ、ガーランド!」

 

「はい!」

 

 掛け声と共に、2人してセンターラインへ駆け出す。指揮官を先頭に、その後ろにガーランドがピッタリと続くカタチだ。

 

「特攻するつもり? 返り討ちにしてやるわよ、9」

 

「おっけ~」

 

 向かう先、45姉妹が身構える。

 コートの端から助走を始め、もうセンターライン目前だというのに、指揮官とガーランドは足を止める素振りをみせない。

 もう、シュートの態勢に入っていてもいい段階のはずである。

 

「え? 何する気?」

 

 困惑する45の目の前で、指揮官が地面を蹴飛ばす。

 センターラインを飛び越え、45達に向けて飛び掛かる指揮官が、空中でシュート態勢をとる。

 

「ちょ、これ反則じゃあ?」

 

「ボール持ったままライン越えてきてる!?」

 

 抗議の声をあげるも、グリズリーのホイッスルは鳴らない。

 着地ギリギリまで溜めて、45との距離をギリギリまで縮める。

 そうして、限界だと判断した刹那、足元を狙ってボールを射出。

 お目当ての45とは1メートルもない距離だ。

 

「くそっ!」

 

 これだけの近距離ではさしもの45もシュートに対応できない。

 足首に当たったボールが勢いよく跳ね返る。

 その先には・・・

 

「うそぉ!?」

 

 指揮官に続いて飛び掛かってきていたガーランドの姿。

 跳ね返ったボールを空中でキャッチすると、間髪入れずに9に向けてシュート。

 虚を突かれた9も45同様に対応が間に合わず、足に被弾する。

 

「ダブルヒット。45と9、外野へ」

 

「何よあれ! あんな距離まで近づくなんて絶対反則じゃん!」

 

「まぁまぁ、先生が反則をとってないんだから、大人しく従おうよ」

 

 9に当たったボールは、勢いで指揮官側のコートへと転がり戻ってきている。

 まだ、指揮官の反撃は継続中だ。

 自コートへと戻りボールを拾うと、再びセンターラインへ向けて駆ける。

 指揮官の背後には同じくガーランドが続き、今度は三大バトルライフルに狙いを定める。

 

「ちっ! 何を仕掛けてくるのか分からない。十分に警戒なさい」

 

「さすが、指揮官って肩書を持つだけのことはあるね」

 

「わ、私は少しさがっておきますね」

 

 45姉妹があっけなくやられた事に、さしもの3人も強く警戒している事が伺える。

 それでも、指揮官は先ほどと同じく、センターライン直前で跳躍。シュート態勢のまま飛び掛かる。

 自らに向けて真っすぐ飛んでくる指揮官を前に、万全の態勢で待ち構えるFAL。

 どんなに近かろうが、どこにボールが飛んでこようが、私には通用しない。そんな自信が彼女の表情からも伺うことができる。

 ・・・だから、指揮官はFALに攻撃はしない。

 シュートすると見せかけて、指揮官が空中でボールを後方へと放る。

 

「っ!? フェイク?」

 

 指揮官の影から現れたガーランドがボールをキャッチ。

 猛禽のように鋭い眼光が狙う先にいるのは、指揮官に目を向けているM14だ。

 

「あ、ヤバ・・・」

 

 気が付いた時にはもう手遅れ。ガーランドのシュートがM14の腕に直撃する。

 

「ヒット。魅せてくれるね、2人とも。M14は外野へ」

 

 おぉ~、と周りから関心の声が漏れる中、2人して自コートへと戻る。

 

「正直、ここまで上手く合わせてくれるとは思わなかった。流石だね」

 

「いいえ、私は大したことをしていませんよ。指揮官さんのお膳立てが良かったからです」

 

 大体の動きしか伝えていなかったのに、ガーランドは指揮官の後ろに付いてコンビネーションを確実に繋いだ。それこそ、地力が無ければ絶対に出来ないことである。

 

「さて、俺がさっき言った言葉。理解してくれたかな?」

 

 足元に転がっていたボールを拾い、指揮官はFALに向けて言い放つ。

 

「そうね、少しみくびっていたというのは認めるわ。その勢いで、どうぞ攻撃を続けてみたらいいんじゃないかしら」

 

 落ち着いた様子で返すFALのその言葉は明らかな挑発だ。

 

「指揮官さん、FALはああ言っていますけど・・・」

 

 その事にガーランドも気が付いているのだろう、表情は硬い。

 

「もう通用しないだろうね。強襲だったから効果があった手だし」

 

 用心しておくに越したことはない。相手は、その自信満々な態度の通り、計り知れない実力をもつFALなのだから。

 後方で待機しているG3も同様に、どこで牙を剥いてくるか分かったものではない。

 

「ファマス!」

 

 外野で待機していたファマスにボールをパスする。

 ボールがまわってくるとは思っていなかったのだろう、ファマスはやや驚きながらも上手くキャッチしてくれる。

 

「外野と内野でFAL達を囲い込もう。いけると判断したら迷わず攻撃にでていいからね」

 

「はい! お任せください、指揮官殿!」

 

「なんでファマスにパスするのよ! ここは私が率いる場面でしょう!」

 

「さっきの有様を見れば、当然のことですわよ。ファマスさ~ん、こちらは準備オーケーでして

よ~」

 

 外野三面にファマス、タボール、ネゲヴが着き、互いにボールを回しあう。

 ボールが3人の間を行き来する度に、FALとG3は距離をとる為にコート内を移動する羽目になる。広くはないコートといえども、何度も繰り返していればその分だけ体力を消耗し、集中力も散漫になる。

 

「体育の授業では少々やり過ぎな気もしますが・・・」

 

 鳥かご、とも呼ばれるこの戦術は狩猟の場や戦場にも応用のきくものである。

 実際にプロの競技でも使われるれっきとした戦術なので、後ろめたい事などなにもない。

 それよりも問題なのは・・・

 

「そこ! いただき!」

 

 どれだけ良い戦術でも、使う側の練度が足りなければ要を成さないというところである。

 G3が逃げ遅れたと見たネゲヴが、パス回しをキャンセルして攻撃を仕掛けた。

 しかし、それは攻撃を誘うためのブラフ。咄嗟に態勢を立て直したG3がボールをキャッチ

する。

 

「やった! ボールとれましたよ、FAL」

 

「今のはシュートじゃなくて、パスしてくれたんじゃないのかしら? ありがとうね敵チームの

ネゲヴさん」

 

 せっかくの攻撃チャンスがすぐに終わってしまい、指揮官とガーランド共にガクリと肩を落とす。

 でも、戦犯のネゲヴはその場で膝を抱えて蹲り、ショック大なのが一目で分かるので責める事もできないのである。

 

「UMP姉妹、今のネゲヴのザマを見てたでしょ? アンタ達はそんなことはないわよね」

 

 そう煽りつつ、FALが外野の45にボールをパスする。

 

「あんなおバカと一緒にしないでくれる? さっきの恨み、存分に晴らさせてもらうわよ」

 

 戦況が一転。攻められる側に立たされ、緊張の糸が一気に張り詰める。

 

「ボールの軌道をしっかりと追って。移動と回避は落ち着いて、最小限に」

 

「わかりました、指揮官さん」

 

 そうガーランドに助言をしたものの、緩急をつけたパス回しとシュートに翻弄され、2人とも

ギリギリの状態に追い詰められてしまう。

 ボールをキャッチして攻守交替を狙いたいところだが、そんな余裕すらも見いだせない。

 

「てやっ!」

 

 45のシュートが指揮官に襲い掛かる。

 風切り音を纏って突っ込んでくるボールをステップで回避。すぐさま反転し、ボールが飛んで行った先、41のいる方に視線を向ける。

 矢継ぎ早に攻撃か、と思われたボールを41は回避。その行く先に待ち構える、FALの姿。

 今まで傍観を決め込んでいたFALがボールを受け取り、間髪入れずに指揮官を狙い撃つ。

 スラリと伸びた手脚で魅せるシュートフォームは、スロー動画で見たら溜め息が出てしまうくらいに美しいに違いない。

 鋭いシュートだが、軌道は見えている。

 これも最小限の動きで回避・・・できると指揮官は思っていた。

 

(マズイ! FALのシュートは)

 

 思い出した時にはもう手遅れだ。

 射線から身体を逸らせた指揮官を追いかけるように軌道を曲げ、ボールが指揮官の腹部に直撃する。

 FALがカーブシュートを使える事を失念していた、指揮官のミステイクである。

 

「Bang!」

 

 指鉄砲で指揮官を撃ち抜く真似をするFAL。勢いが乗っていた事もあり、ボールは大きく

跳ね、コート外へ向かって飛んでいく。

 そのボールが地面に落ちれば、ヒット判定で指揮官は外野行きである。

 放っておいてもいい事なので、UMP姉妹は誰もボールを追っていない。

 ・・・そこにチャンスを見出したガーランドが駆け出す。

 

「ふっ!」

 

 コートの白線を越えたボールを追いかけ、地面を蹴飛ばした。

 空中に自身を投げ出し、身体を一杯に伸ばす。

 反応は良かった。運動能力も勇気も十分。その甲斐あって、虚空を漂っていた両手がボールを

掴む。

 

「指揮官さん!」

 

 空中では態勢を直せない。彼がボールをとってくれると信じ、腕の勢いだけでボールを後方へと放り投げる。

 両手が自由になったので、着地の受け身が間に合った。

 砂ぼこりを撒き上げながら地面をコロリと一回転。すぐさま、背後、ボールを放った先に視線を向ける。

 

「す、すごいな。超ファインプレーじゃないか」

 

 ちゃんとボールを受け取ってくれた指揮官が、目を丸くしながらガーランドを見ている。

 気が付いてみれば、指揮官だけではなく、他のクラスメイトも同じような視線をガーランドへと向けていた。

 

「あ・・・あの、えっと」

 

 自分は目立たないから、地味な存在だからと、ガーランドは今まではあまり前に出ず静かに学園生活を送っていた。

 周りからの視線を集めるのなんて、ここ数年は記憶にない事である。

 どうリアクションしたらいいか分からず、その場に座ったまま狼狽えてしまう。

 

「なによ、ようやく貴女らしいところを見せられたっていうのに、なんでそんな浮かない顔してるの?」

 

 そう偉そうに言うFALは、指揮官へのヒットを阻止されたというのにどこか嬉しそうな様子だ。

 困りに困り、指揮官へと視線を流してきたガーランド。

 そんな彼女に、指揮官は助け船を出してあげる。

 

「FALはガーランドにもっと自信をもってほしいんだってさ。張り合いのある相手がもっと増えて欲しいから、って説明でどうかな?」

 

「まぁ、そんなところ。それが、最も偉大な功績を残したといわれる娘なら、不足なしかしらね」

 

 ガーランドはその呼び名を嫌っている。

 数千、数万とある銃の中で最も偉大な功績などと、あまりにも穿った表現である。

 だから、そんな窮屈な自分を偽る為に、ガーランドは目立たない存在でいようと努めてきた。

 日陰の優等生というのは作られた殻であり、本来の彼女は勇猛果敢で闘争心に満ちた戦士。

 その証拠に、指揮官との連携攻撃とこぼれ球のキャッチをこなした今の彼女の胸は、熱く高鳴っている。

 そんな今の自分すらもガーランドは偽り、隠そうと必死になっていたのだ。

 結果として、それはもう隠しきれるようなレベルではなく、FALにしっかりと見破られてしまっていたわけだが。

 

「周りから期待されるっていうのはすごい重圧だよね。指揮官っていう立場上、その気持ちはよく分かる」

 

 嚙みしめるように言う指揮官。説得力は折り紙付きなので、コート周りにいる全員が納得したような表情を浮かべている。

 

「でもその分、期待に応えられたときっというのはとても気持ちが良いものだと思うんだ。キミの場合はどうだったかな?」

 

「・・・はい。指揮官さんと一緒に連携が取れて、それで上手くいって。すごくすごく達成感が

ありました」

 

 ガーランドの心からの答えを受け取り、指揮官が満足そうに頷く。

 FALも小さく頷いたのに気づいたのは、傍に居たG3だけである。

 

「少しずつ、みんなと協力して自分を変えていくのもいいんじゃないかな。ね?」

 

 コート際まで歩み寄ってきた指揮官が手を差し出す。

 

「ありがとうございます。どこまでできるか・・・いえ、ご期待に応えられるよう、全力を尽くします。この、ガーランドの名にかけまして」

 

 手を掴み、立ち上がる。

 彼女が讃える笑顔はこれまでと変わらず優しいものだが、その裏に力強さが秘められたことに気付いたのは、きっと指揮官だけではないはずである。

 

「はい。随分と余談に花が咲いちゃったけど、そろそろ試合再開していいかしらね」

 

「そうだね。授業の時間も限られてるし・・・っと」

 

 会話の最中、指揮官が身を翻す。

 

「ちっ、気付いてたか」

 

 コート際の指揮官からボールをスティールしようと忍び寄っていた45だったが、しっかりと

バレていたことに悪態をつく。

 

「ほんと、セコイことばっかり考えるよな」

 

「うっさい! たとえ授業とはいえ、勝つためにはなんでもする女よ、私は!」

 

「45姉、とーとーい!」

 

「と~と~い、です」

 

 カッコイイんだかなんだか分からない発言に声援が飛ぶ。

 そんな姉妹のやり取りに溜め息だけ返し、指揮官が相手コートへ目を向ける。

 

「それじゃあ、ここからはガーランド主導ってことで、どうかな?」

 

「はい、任せください。指揮官さんとなら、FAL達に遅れはとりません」

 

 そうハッキリと返すガーランドは頼もしい限りである。

 

「あらあら、随分と大きく出てくれたわね。G3、こっちもここから本気でいくわ。脱落したら、M14共々承知しないから」

 

「え? わ、私はもうずっと本気でやっていましたよ~」

 

 FALに付き合わされる2人に軽く同情はしつつも、攻撃に容赦はしない。

 ネゲヴ達も要領を掴んでくれたおかげで、その後はしばらく、脱落者を出さずに一進一退の攻防が展開される。

 しかし、相手は聴くに勝りし三大バトルライフル。連携においては、指揮官達の一歩上をいっていた。

 

「G3!」

 

「はい~!」

 

 センターライン際に構えたG3目掛け、ボールを携えたFALが駆け出す。

 今までに見せなかった行動に、指揮官とガーランドの間に緊張が奔る。

 

「ウノ!」

 

 1の掛け声でFALがジャンプ。G3が組んだ両手に足を掛ける。

 

「ツヴァイ!」

 

 2の掛け声でG3がFALを打ち上げる。

 FALの脚力とG3の腕力を以って、FALの身体はセンターラインを遥かに越えて指揮官側コート上空へ。

 指揮官達がみせた連携ジャンプシュートの応用なのだろう。

 だが、あれは先を読まれてしまっては効果が激減する攻撃である。

 タイミングを合わせて回避。その後、コート内に着地したFALを討つ。

 愚策だなと・・・指揮官がそう思っていたのは、コート上に視線を移すまでの事だった。

 

「っ!?」

 

「きゃあ、眩しっ!」

 

 本日は快晴なり。絶好の体育日和である。

 燦燦と降り注ぐ陽光を背負ったFALを、指揮官とガーランドは直視することができない。

 

「トレス!」

 

 3の掛け声でFALがシュートを放つ。

 真下へと急降下するボールは、目が眩んでいるガーランドに命中。

 跳ねたボールはそのままコート外に向けて跳ね飛んでいく。

 

(間に合えっ!)

 

 今度は自分の番だとばかりに、指揮官がボールを追いかける。

 何が何でもガーランドを助ける気な指揮官。

 しかし、その想いは外野からコート内に飛び込んできたM14に破られることとなった。

 

「マジ!?」

 

「マジもマジ! 大マジだよっと!」

 

 指揮官よりも早くボールを空中キャッチすると、M14はそのままシュート態勢に移行する。

 

「クアドラ!」

 

 4の掛け声でM14の近距離シュートが炸裂する。

 不意を突かれた、文句なしの強襲を前に指揮官が被弾する。

 そうして、跳ねたボールは無情にもコート外へポトリ。

 

「はい、試合終了。いやぁ、息詰まる戦いだったね。いいもの見せてもらったよ」

 

 ホイッスルの音と共に身体から力が抜ける。

 

「はぁ~、負けちったな」

 

「はい、負けちゃいましたね」

 

 という割には、ガーランドは嬉しそうな様子だ。

 その理由は指揮官にも分かる。

 

「でも、全力で戦っての負けですから。なんだか、清々しいですね」

 

 指揮官も、ガーランドと同じ気分である。

 多分、授業を始める前に彼女だったら、こんな言葉は出なかっただろう。

 ほんの少しだけ前に進めたクラスメイトと健闘を讃え合う。これも、座学では体験できない、

実技授業ならではの醍醐味というものである。

 




ふと思いついたドッヂボールネタで作ってみました。
FAL,G3,M14のバトルライフル組は原作ではあまり絡みはなさそうですが、銃擬人化の某マンガでは大活躍している3人組なので、いつか使ってみたいと思っていたんですよね。
出来はどうあれ、楽しかったんで良しとします。

例の如く来週も更新しますので、どうかお楽しみに。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 9話

あと少しで年末。何事もなく、穏便に過ごしたいものですね。
どうも、弱音御前です。

今回も変わらずな流れで進む本作ですが、お楽しみいただけていれば幸いです。
それでは、どうぞごゆっくりと~。



 10月9日(水) はれ

 

 

「ん・・・ん」

 

 自然と目が覚める。

 普段の平日は目覚ましアラームの力を借りて目覚める指揮官なのだが、今日はそれがない。

 祝日で学園はお休みなのである。

 毛布に包まりながら身体をもぞもぞと動かし、枕元の時計に目を向ける。

 時刻は7時30分。いつも起きているのとそれほど大差ない時間だ。

 休みで予定も特にないので、もう少し寝ていてもバチは当たらない。

 しかし、指揮官は居候という身の上である。きっと、ここの家主はすでに起きていてみんなの

朝食の支度をしてくれているだろうに、自分はこのまま再び眠りこけるというのはどうなのだろうか?

 ほんの少しだけ葛藤したのち、早急に起床するという決断に至る。

 毛布を剥いで上体を起こす。

 ・・・と

 

「おふぁよ~、しひふぁ~ん」

 

「おふぁよっ、しひふぁん!」

 

 そこでようやく、ベッドサイドでスタンバっていたのだろう45と9と目が合った。

 

「・・・・・・何やってんの?」

 

 半分寝ぼけているので、指揮官は特に驚くようなそぶりも見せずに平然と問いただす。

 

「リアクション薄っ! ほんと、ツマンナイ男ね」

 

「こうやれば指揮官が喜んでくれるって45姉が言ってたのに・・・」

 

「9はもっと45を疑う事を覚えような」

 

 そう言って頭を撫でてやると、9はくすぐったそうな表情を浮かべる。

 それを見て、不機嫌な様子の45。

 

「ところでさ、9は自分が咥えてたそれ、なんなのか知ってるの?」

 

 今さっきまで口に咥えていた正方形の小さな包みを手に取る9。

 揃って口調が舌足らずな感じだったのは、それを咥えていたのが原因である。

 

「分からない。45姉から渡されたものだから。何なの、これ?」

 

「開けてみたら、9でも分かるかもね」

 

「おいおい、開けさせるのかよ・・・」

 

 その正体が何なのかを分かっている指揮官をよそに、9が包みを開ける。

 中から出てきたのは、丸められて輪っかのような状態になったゴムビニール。鮮やかなピンク色というのが、またなんとも生々しい。

 

「? ビニール製のチューブが丸められてるんだ?」

 

 不思議そうな表情でゴムを弄ぶ9。それを見ていると、何とも言えない気分になってしまいそうなので、指揮官は様子を直視することができない。

 

「それを見てもなんだか分からない?」

 

「う~ん・・・マズルの中に液体やなんかが入らないようにするゴムキャップ・・・ってところなのかな?」

 

「惜しいわね。正確には、ナカに液が出ちゃわないように」

 

「そういうのは自分達の部屋でやれ!」

 

 咄嗟に45の頭を引っぱたいて説明を阻止する。

 やたらと軽そうな音がしたのは、大体予想ができた事である。

 

「いったいなぁ! 女の子の頭を叩くなんて、この人でなし!」

 

「だったら、もっと女の子らしい行動を心掛けなさい。ってか、なんでお前はそんなのを持ってるんだよ」

 

「これくらい、今どきの女の子だったら一つくらい持ってるわよ」

 

 赤裸々な話を堂々とされて、もう返す言葉も無くなってしまう指揮官である。

 朝っぱらから騒がしくされたことですっかり目も覚め、準備もそこそこに1階へと降りる。

 家族みんな揃ったところで朝食が始まる。

 どうやら、今日はスプリングフィールド、9、41の3人で駅前のモールまで買い物に行くそうで、45は家でお留守番との事。

 指揮官も今日は家で過ごそうと思っていたので、夕方まで2人で過ごすようになりそうだ。

 

「片づけは俺がやるので、出かける準備をはじめていいですよ」

 

「そう? では、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

 柔らかに微笑んで、朝食を終えたスプリングフィールド達がリビングから出ていく。

 食後のお茶を飲みながら、ぼ~っとテレビを眺めている45を尻目に洗い物を開始する。

 

『警察は逃げた3人組の行方を追っています。続いて、海外から入ってきたニュースです』

 

 番組同士の繋ぎで流れているニュースでは、報道デスクに女性キャスターが淡々とニュースを

読み上げている。

 

『サレルノ連邦国の首都、アヴェンタドールでは侵攻してきたウォーカーと日本から派遣された

特殊部隊が交戦中との情報です。それでは、現地に中継を繋ぎます』

 

 ものものしい内容のニュースと共に、画面が切り替わる。

 映し出されたのは、石畳と木組み建築の風光明媚・・・だったはずの街並み。

 所々に乗り捨てられた軍用車両にそれらは崩され、破壊され、その上には数えきれないほどの

人型が転がっている。

 悲鳴と怒号、銃声がテレビのスピーカー越しに伝わってくる、まさに地獄絵図だ。

 

『Zephyr、Yankeeはこの最終防衛ラインを堅守! X-reyとWiskyは路地から回り込んで、ウォーカーの本隊を背後から攻撃! ここが正念場よ! なんとしてでも首都アヴェンタドールは守り抜け!』

 

 そんな中、完全武装の部隊に向けた女の子の声が響き渡る。

 栗色の髪にノースリーブのシャツ、足元は短パンというなんともライトな服装だが、そんな少女の声に野郎どもは雄叫びを上げて従っている。

 

『RFB、私はこのまま正面から斬り込む。部隊を一つ借りていくぞ』

 

 そんな部隊の中で異彩を放つ人物がもう一人。

 真っ黒いコートにフードで頭を覆っているが、体つきと声から、その人物が女性であることが

伺える。

 

『さっすがKSG、頼りになるね! Urasを連れいっていいよ、近接戦では最強の部隊だから!』

 

 RFBと呼ばれた少女の許可を得ると、KSGと呼ばれた女性が1部隊を率いて大通りを進んで行く。

 

『さてと・・・ハロ~、みんな楽しんでる~? 私とKSGは見ての通り、めっちゃ楽しんでる

よ~』

 

 つい今しがたの真剣さはどこへやら、RFBはいきなりカメラ目線で誰かに向けて挨拶をし始めた。

 

『〝モード〟が違うから、そっちの状況は分からないんだけど。多分、攻めあぐねている娘が多いんじゃないかと思ってさ。え!? 戦力が足りない!? それなら、1人で銃を二丁持つ! それなら同じ人数でも戦力倍! ほら、さっさと行く!』

 

 弱音を吐いてきた隊員に喝を入れ、RFBは話を続ける。

 

『だから、このゲームマスターRFBがヒントあげる。〝猫〟は絶対に逃さないこと。簡単な

ヒントだけど本当に重要な点だから、みんな注意してみてね』

 

 それじゃあバイバ~イ、と気楽に手を振るRFBの姿を最後に中継が切れる。

 

『一日も早い事態の終息を願っています。次は国内のニュース。北陸の動物園から、可愛らしい

パンダの赤ちゃんの映像が・・・』

 

 まるで、今の熾烈な戦いが無かったかのように、キャスターが次のニュースを読み進める。

 とてつもない温度差である。

 

「45、今のニュース、何?」

 

「ん? この世界じゃあよくある事よ。別に、指揮官が気にする事じゃないわ」

 

「ふ~ん? そういうことなら・・・まあ、いいか」

 

 そう言われては深く追求する必要もない、と指揮官は今のニュースの事を忘れてさっさと洗い物を終わらせる。

 スプリングフィールド達が車で出掛けて、2人だけ家に残される。とはいえ、留守番の間、

ずっと一緒にいるわけでもない。

 45は大きいテレビがあるリビングでドラマを見るとの事なので、指揮官は自室でゆっくりと

読書や動画鑑賞を楽しむ。

 自分がやりたいことを好きに楽しんでいれば、それこそ時間が過ぎるのも早いもので、気が付いてみれば、そろそろお昼ご飯の事を考えなければいけない時間になっていた。

 

(45はどうするつもりなんだろうか?)

 

 相談の為、再びリビングへ降りていく。

 テレビではドラマが垂れ流され、その真正面のソファーでは、寝っ転がったままタブレット端末のアプリゲーム消化に勤しむ45の姿。

 今しがた、自分は最高の時間を過ごしていたつもりだったが、この光景を見て、上には上がいるものなんだと再認識させられてしまう指揮官である。

 

「もうお昼だけど、ご飯はどうする?」

 

 指揮官に問われ、顔だけ動かして時間を確認する45。もう、女の子としてどうかと思ってしまうようなダラけっぷりだ。

 

「ん~、近くの商店街で何か買ってきてよ」

 

 指揮官をパシる気満々な45だが、ちょうど外の空気を吸いたかったところである。散歩がてら、ゆっくり買い物に行くのもいいだろう。

 

「分かった。何かリクエストはある?」

 

「お稲荷さんがあれば、私は一向に構わない」

 

「また? 昨日も食べてなかったか?」

 

「好きな物は毎日でもいいの。じゃあ、そういう事でヨロシクね。・・・おっ! 星6確定

演出・・・からのフリーズっ! 3枚抜きいただき!」

 

 歓喜する45を尻目に指揮官はお昼の買い出しへと出かける。

 空は一面雲に覆われているが、雨が降りそうなほどの厚さではない。

 夏から秋に移り変わる、涼やかなこの時期の気温はとても過ごしやすい。日差しこそないものの、絶好のお散歩日和といって過言ではないだろう。

 家を出て左。3つ目の十字路を左に折れ、突き当りまで進んだら右。周囲の景色を眺めながら

歩いても、10分余りで目的の商店街に到着する。

 駅前の商店街よりもだいぶ小さい規模であるが、近くの住人御用達のここはお客がそれなりに

多いような印象を受ける。

 食料品店が特に充実しているので、選択肢はかなり多そうだ。

 

(肉屋のコロッケ、すげぇ美味しそうだな。隣にあるパン屋も良い匂いしてるし)

 

 あちこちに目移りしながら商店街を進んでいく。

 そんな最中、指揮官の眼を留めたのは、和風造りが特徴の一件だ。

 暖簾を見たところだと団子屋なのだろうそこは、店頭ショーケースに団子、巻き寿司、丼ものなど、和風のお惣菜が並べられている。

 もちろん、45リクエストの稲荷寿司も完備である。

 

(甘いモノ食べたいって思ってたんだよな・・・)

 

 巻き寿司と団子が自分の前に並んでいる光景を想像し、秒で指揮官が決断。

 ここを今日のお昼ご飯とする。

 

「えっと・・・この巻き寿司とみたらし団子。あと、稲荷寿司を下さい」

 

 割烹着に頭巾、といういかにもな風体のおばさまに注文すると、稲荷寿司の種類を聞かれる。

 言われて見れば、稲荷寿司はいくつかの種類が並べられている。

 ご当地特有の物を味わってもらいたい、という店主のこだわりなんだとか。

 

「そうなんですね。じゃあ・・・」

 

 普段、45は俵型の稲荷寿司を食べている。たまには違うものも食べたかろう、という気遣いから、三角型の稲荷寿司を選択。形だけでなく、ちょっとした隠し味が仕込んであるというのも

ポイントの一品だ。

 お昼ご飯が入ったビニール袋を片手に、しばし商店街を散策。それから家に戻る頃には、ちょうど良い時間になっていた。

 

「お帰り。おっ! そのお稲荷さん、白い暖簾のお店で買ってきたやつでしょ?」

 

「そうだよ。よく分かるね」

 

「まぁね。私、そのお店のファンだから」

 

 どこにでもあるような真っ白ビニール袋を見て分かるくらいなのだ。相当な上得意なのだろう。

 

「すぐ準備するから、テーブル片付けておいて」

 

「りょーかい」

 

 指揮官が総菜をお皿にとりわけ、テーブルに戻るころには45はすでに準備完了で着席していた。

 本当に、どれだけ稲荷寿司が好きなんだろう、と苦笑してしまう指揮官。

 

「はい、それじゃあ」

 

「いただきます」

 

 両手を合わせて挨拶。

 指揮官は巻き寿司に箸を伸ばし、45は宣言通りの稲荷寿司。

 

「はむっ」

 

 満面の笑みで、一口サイズの三角型稲荷を口に放る45。

 ・・・と、みるみるうちに45の表情が凍り付いていく。

 尋常じゃない様子なのは、正面に座る指揮官の眼にも明らかだ。

 

「ど、どうした? 喉に詰まった?」

 

 咄嗟にコップに手を伸ばす指揮官に、45は首をふるふると横に振って返す。

 

「なにこりぇ? なんか、カリカリして辛しょっぱいのが入ってりゅ?」

 

「ああ、そういう事か。それ、紅ショウガだよ。ご当地の稲荷寿司なんだって。もしかして、苦手だった?」

 

「ダメじゃないけど・・・お茶。水じゃなくてお茶が欲しい!」

 

 泣きそうな表情のままそう言って、45が冷蔵庫に向かってダッシュする。

 扉を開け、取り出したペットボトルをそのまま口飲みである。

 

(ちょっと悪い事をしちゃったかな・・・)

 

 やや反省しつつ、巻き寿司を口に運ぶ。

 あまりの美味しさに、抱いていた罪悪感はもうどこかに消し飛んでしまっていた。

 

「ふ~・・・ちょっとビックリしたけど、これはこれで慣れればクセになる味ね。とりあえず、

ナイスチョイスと言っておいてあげるわ」

 

 そう、偉そうに言いながら戻ってくる45に目を向けて・・・今度は指揮官が固まる。

 

「? 何よ? 私が褒めるなんて珍しい事もあるなぁ、とか失礼なこと考えてる?」

 

 45は今さっきまで緩い感じの部屋着姿だった。

 ところが、冷蔵庫の前から戻ってきた今の彼女は、黒と黄色二色の鮮やかな振袖姿に変わっていたのだ。

 そして、おまけに頭には41についているようなフサフサの耳まで生えている。

 指揮官を驚かせようとした早着替えにしたって、あまりにも手が込みすぎている。

 

「ねえ、本当にどうしたの? 驚き方が尋常じゃないけど」

 

「あ・・・ああ、そりゃあ、いきなりそんな恰好で戻ってこられたら、驚きもするよ」

 

 ようやく絞り出した指揮官の言葉を聞き、訝し気な表情の45。

 そうして、自分の身体を見下ろして・・・頭にもっていった手で耳をニギニギして・・・

 

「~~~~~っ!!?」

 

 今度は45が表情を凍り付かせた。

 

「えっと、これはその・・・あの・・・うぅ・・・そういうのじゃなくて」

 

 今までに見た事のない45の慌てようを目の当たりにして、指揮官は少しだけ落ち着きを取り戻す。

 このまま45に説明を求めても、きっとまともな話にはならないだろうというのが見て取れる。

 

「とりあえず・・・さ、ご飯の途中だったから、済ませてから話をしない? その間に心を落ち着けてよ」

 

「そ、そうね。うん、そうさせてもらうわ」

 

 指揮官の提案にすんなりと従い、45が席につく。

 そうして、再び昼食の時間がスタート。

 時間を置いて、45に落ち着いてもらうことが目的の提案だったのだが、どうしても45の耳が気になってしまう指揮官は自然と目が惹かれてしまう。

 41と同じようにフサフサの耳は、艶毛並みも良さそうで、触り心地はきっと抜群に違いない。

 

「うぅ~」

 

 と、そんな視線に気が付いた45が、恥ずかしそうな唸り声をあげて耳を手で隠してしまう。

 見られるのを嫌がっている事に気付き、努めて視線を下げるよう意識する指揮官。

 互いに無言で会話も交わさない。実に居心地の悪いお昼の時間が黙々と過ぎてゆく。

 

「・・・じゃあ、落ち着いたところで説明するけど」

 

 いよいよ、45が話を切りだしてくれたのは、デザートのお団子に手を付けようかというところであった。

 

「大丈夫? あまり触れてほしくない内容だったら、話さなくてもいいよ。見なかったことにしておくから」

 

「いや、まだしばらく同じ家で生活するんだし、わだかまりは残しておきたくない。それに、

指揮官にはちゃんと話をしておいた方が良さそうな気もするし」

 

 なんとなく、今の状況に既視感を覚える。

 あれは、ほんの数日前。電車に乗り遅れた休日の一幕だ。

 

「まず、この耳と尻尾は作り物じゃなくて本物。これが私、〝妖狐〟の姿なのよ」

 

「妖狐・・・ねぇ」

 

「指揮官ってば、本当にリアクション薄いわよね。自分で言うのもなんだけど、この話、かなり

驚いてもいいものよ? ちゃんと現実を見れてる? 大丈夫?」

 

「失礼な。意識はしっかりしてるし、これでもちゃんと驚いてるっての」

 

 びっくりしているというのは本当だ。

 ただ、先日の魔法少女ピーキー✡ピンキーの件もあって、耐性が付いていたのだろう、びっくり度合いがやや低いのは事実である。

 

「・・・大方、ネゲヴとの件があったから、もうこんな事があっても驚かないだけなんでしょうけど」

 

「え? ネゲヴの件って、もしかして知ってたの?」

 

「アイツが魔法少女なんていう存在なのも、この前の土曜日、指揮官が会ってたのもとっくに

お見通しよ。私を誰だと思ってるの?」

 

 思い返してみれば、あの日、街を案内してもらっている間の45は機嫌が悪そうだった。気分屋だから、という事でその時は納得していたが、どうやら、原因はコレのようである。

 

「まぁ、アイツのことは置いといて。私、妖狐はキツネの妖。バケモノだとでも思ってくれればいいわ」

 

 そう自嘲気味に言う45が、微かに寂しげな眼を覗かせたのを指揮官は見逃さなかった。

 

「だから、私は人間じゃないの。住処を追われて、人間社会に紛れて生活をしている異邦の者よ」

 

「それじゃあ、45の妹の9と41も?」

 

 指揮官の問いに、45は首を静かに横に振ってから話を続ける。

 

「私の本当の妹で同じ妖狐なのは41だけ。9は人間よ。私達・・・私が、妖術で騙して寄生している家庭のね」

 

「寄生って、そんな・・・」

 

「もともと、この家庭は母さん・・・スプリングフィールドと9だけなの。そこに割り込んだ私達は、寄生虫も同然よ」

 

 そう言い捨てて45はお団子をぱくり。

 さも平然としているように見えるが、その心中はいかに? 指揮官は見抜くことができずにいる。

 

「その、妖術っていうので2人の感覚をズラしている、っていうこと?」

 

「あら、ちょっとはその筋の話に詳しいみたいね。そう、41は幻惑の術を得意とする妖狐。あの娘の術で2人には私達を家族だと誤認してもらってる。あと、自分の姿もそれと同じ方法で偽って、周りに溶け込んでるわ。私は変化が得意だから、見た目を変えられるんだけどね」

 

「なるほど。それで、41に耳が生えててもみんな不思議に思わないのか」

 

 そういうヘアスタイルだ、というのはあまりにも無理のある立派なフサフサ耳である。指揮官は何度かモフった事があるが、他のみんなが手を伸ばさない理由に合点がいく。

 

「は? ちょっと待って、41の耳が見えてたの?」

 

「う、うん、見えてたけど」

 

 真剣な表情でテーブルから身を乗り出す45に、思わず圧されてしまう。

 

「見えてても気にならないような術を掛けていたんじゃないの?」

 

「違うわよ。そもそも、普通の人間と同じ容姿に見えるような幻術を常にかけていたんだから。耳が見えている筈はないの。っていうか、今までアレが見えてたのに、よくもまあ平然と日常をすごしていたものね」

 

 そういう子もいるのか、という事で41の耳に関しては触れなかった指揮官なのだが、問題はそこではない。

 ネゲヴの時と同様、指揮官には魔力やら妖力やらを用いた力は効いていないという点である。

 ネゲヴが言うには、別に見えていたってどうという事はないそうだが・・・。

 2度も同じような事が続けば、さすがに不安を感じようというものだ。

 

「指揮官っていうのは、妖術への対処法も身に付けてるものなのかしら?」

 

「いや、そんなことはない。自分でも分からないけど、体質? みたいなもんなのかな~、と」

 

「ふ~ん? まぁ、世の中は広いから、そういう特異な人間が居てもおかしくないわね。そのまま見えてても構わないけど、私たちの事は言いふらさないでもらえるかしら?」

 

「もちろん、言うつもりはないよ。君達は悪さをする気もないみたいだから」

 

「さあ、どうかしら? 妖狐といえば、イタズラ妖の筆頭だからね。油断してると痛い目を見ちゃうかも」

 

 振袖で口元を隠し、妖しく微笑む45。その様子は、言う通り、油断ならない気配をビシビシと感じる。

 けれども、彼女がスプリングフィールドと9に危害をくわえるようなことはしないという確信が指揮官にはある。

 まだこの家に来て一週間だが、彼女たちの日常を間近で見ていれば、それは明らかな事である。

 

「ところで、本当の姿・・・いつもの姿っていうのか、には戻らないの?」

 

 話が一旦落ち着いたところで、指揮官も団子に手を伸ばし、尋ねる。

 

「あ~・・・うん、今はちょっと無理みたい」

 

 これも、つい先日交わしたやりとりの焼き直しである。

 どうやら、異能というのはどれもデメリットが付き物のようだ。

 

「時間の制約があるとか?」

 

「術を使うには霊力が必要なの。最近はギリギリの霊力でやりくりしてたから、術が不安定で。

苦労して変化を保ってたのに、指揮官がビックリさせるから」

 

 それは不可抗力というものだが、耳をペタンとしおれさせている45の様子を見ると、罪悪感がふつふつと湧いてきてしまう。

 

「45が使える霊力っていうのは、そんなに少ないものなの?」

 

「ううん、ここ半年くらいは消費量が多くて。・・・いや、それはどうでもいい事ね」

 

 半年。45が言ったその時期が指揮官の頭に引っ掛かる。

 

〝半年ほど前までは、月に2、3日くらいしか学校に来れなかったの〟

 

 偶然と言ってしまえばそれまでの事。今は、なんとか45に協力できることを考えるとする。

 

「じゃあ、術が使えるくらいの霊力が回復すればいいのか。俺に何かできる事とかないかな?」

 

「ない事はないけど。でも、これはちょっと・・・ねぇ?」

 

 指揮官の申し出に、45は何やら俯きモジモジとし始める。指揮官の位置からは見えないが、頬は少しだけ赤い。

 

「45がわざわざ見た目を変えているってことは、41の術じゃあカバーできないってことなんだろう? それなら、早く対策をとらないとマズいじゃないか」

 

「んもう、本当に鋭いところをついてくるわよね。確かに、自然回復を待ってたら、みんなが帰ってくるまで間に合わない。でも、その・・・私と・・・・・・のは恥ずかしくない?」

 

「え? 最後の方、声が小さくて聞こえなかったんだけど」

 

 45の気も知らず、真っ向から問いただす指揮官。

 もう、どうにでもなれ! と45は腹を括って言い直す。

 

「だから、私と身体をくっつけるのは恥ずかしくない!? って・・・言ったの」

 

「か、身体をくっつける? それって・・・どのくらい?」

 

「接地面は大きければ大きいだけ良い。別に、指揮官の生命力を奪おうとか、そんなんじゃないから安心してくれていいけど」

 

 身体をくっつける。それも、接する面は大きければ良いときた。ならば、どういう状況が最適か? お年頃である指揮官にとって、想像は容易い。

 それは45も同じのようで、2人して俯き気味に黙りこくってしまう。

 

「・・・まずは、手を繋ぐくらいでどうかな? それで上手く霊力が回復すれば良しってことで」

 

「そ、そうよね。よし、そのプランでいきましょう」

 

 それだって、まだ恥ずかしい判定に属する行為なのだが、いつまでもお見合いをしていても仕方がない。

 45も話に乗ってくれたので、このまま勢いで進めることにする。

 指揮官がテーブルの上に手を置く。そこに45が手を重ねた。

 小さく白い手は艶やかな感触で、肌を通じて温もりが伝わってくる。

 手の先から、身体の芯まで温かくなっていくような、不思議な心地だ。

 

「どうかな?」

 

「うん、キテるわね。やっぱり、指揮官とは霊的な相性が良いのかもしれないわ」

 

 なにやら不穏な言い回しであるが、それは果たして指揮官にとっては良い事なのか悪いことなのか。

 ともかく、今は45の役に立っているのなら良しとしておく指揮官である。

 

「でも、これだけだとまだ速度が足りない。もうちょい上げていかないと」

 

「そうか。じゃあ、その・・・だ、抱き合ってみる?」

 

「~~~!?」

 

 指揮官の発言を聞いて声にならない声をあげる45。その拍子に力が入ってしまった手が指揮官の手を握り潰す。

 

「いだだだだだ!? 骨が折れるから! 骨が!」

 

「いきなりそんな事を言うからいけないのよ! 抱き合うだなんて! 言われるこっちの身にもなりなさいよ!」

 

 本当に骨が折れてもおかしくないような力だったが、解放された手はジンジンと痺れこそすれ幸いなことに無傷。こういうところでも、45が自分とはあまりにもかけ離れた存在なのだと指揮官は再認識させられる。

 

「そりゃあ、その手を使えば回復速度はかなり上がるだろうけど。指揮官は平気なの? 私と、

その、抱き合うの」

 

「俺は・・・うん、平気。でも、45が嫌だっていうなら」

 

「イヤじゃない。指揮官だったら、いい」

 

 再び俯きがちに、小さな声で45が答える。

 表情はよく見えないが、身体の影から覗く45の尻尾は左右にファサファサと揺れているのが見て取れる。

 実は喜んでくれているのかも? と妄想してしまうと、心臓の鼓動が一気に早まってしまった。

 

「じゃあ、そういう事でヨロシク」

 

「お、おう」

 

 45が席を立つ。

 テーブルを回り込み、指揮官のもとへと歩み寄ってくる間に、手に持ったままだったお団子を置き直して指揮官も立ち上がる。

 そうして、リビングの静寂の中で立ったままに向き合う2人。

 お互い、相手の出方を伺ってしまっているので、不用意に動き出せなくなってしまったのである。

 

(え? これ、どうしよう? 俺からいった方がいいのかな? でも、いきなりだとさっきみたいに怒られるかもしんないし。45に任せるのがいいのか?)

 

 頭一つ分くらい身長の高い指揮官を上目遣いに見上げる45は、何も言ってこない。ただ、薄く紅潮した頬で潤んだ瞳を向けてくるだけだ。

 愛らしくて妖しい容姿。加えて、シャンプーやコロンのモノとは違う、形容しがたい甘い匂いで身体の内側が蕩けるような錯覚を覚えてしまう。こんな状況で平静を保つというのがどれだけ困難な事か。

 しかし、見習いとはいえ指揮官も指揮官である。この程度でダウンするようなやわな鍛え方はしてきていないつもりだ。

 小さく、深く一呼吸。強張っていた身体を解くと、踵を返して45の傍を離れる。

 

「指揮官? どこ行くの?」

 

 心なしか寂しげな声を背中に、指揮官が向かうのはソファー。そこに腰かけると、45に視線を向け直す。

 

「横に座って寄りかかってくれれば、あまり恥ずかしくないかなって。どうかな?」

 

 指揮官の言葉に薄く微笑む45。

 着物の袖を靡かせながら指揮官のもとに歩み寄ってくると、流れるような仕草でソファーに腰を降ろした。

 そのまま、指揮官に身体をもたれかからせるのかと思いきや・・・

 

「私、こっちのがいいな~」

 

 コロンと身体を横たえ、指揮官の脚に頭を乗せてきたのだ。

 世に言う、膝枕というやつである。

 

「これ、普通は逆なんじゃないか?」

 

「そう? 別に、男の人が枕になってくれたって変じゃないと思うけど」

 

 45本人はご満悦で膝枕を堪能しているようで、横たえた身体を気持ちよさそうに丸めている。

 それならば、このまま大人しく従うべきだろうと指揮官。

 

「それで、回復の具合はどう?」

 

「上等よ。これなら、夕方までには良いところまで回復しそう」

 

「なんか、言うほど接触面積が多くないように見えるけど?」

 

「まぁ、触れてる部分ってのも要因の一つだけど、こういうのは気分が一番大事だからね」

 

「はぁ・・・左様ですか」

 

 ならば、もっと良い解決法もあったのでは? と思うが今更の事である。

 膝に頭をスリスリとしてくる45。その頭についている、モフ耳につい視線がつられてしまう。

 

「・・・」

 

 45はご満悦なのだ。それならば、少しくらい褒美をもらってもバチは当たるまい。そう断定した指揮官が、45の耳に触れる。

 

「ふひゃあ!?」

 

 指の先がほんのちょっと触れたところで、45がビクリと身体を跳ねさせる。

 そのリアクションに、指揮官も思わずビックリ。

 

「い、いいいいきなり何するのよ!?」

 

「ごめんごめん。出来心で、つい」

 

 振り向き、口を尖らせる45。

 驚いてこそすれ、怒っているようではなさそうである。

 

「41と違って私は触られ慣れてないの! 許可無しに触んないで!」

 

「じゃあ、許可下さい」

 

「そんなマジな眼で見ないでよ。どれだけ触りたいわけ?」

 

 41の耳を撫でた時の感触を思い出すと、いてもたってもいられなくなる。

 モフリストの性である。

 

「・・・分かったわよ。ただし、優しく触ってよね」

 

「イエッサー!」

 

 ビシリと敬礼を返す指揮官を呆れた眼で一瞥して、45が再び顔を降ろす。

 お許しを得たところで、今度こそ45のモフ耳に手を触れる。

 

「ん・・・」

 

 微かに身を竦める45。41は気持ちよさそうにしかしていなかったが、姉妹で感覚に大きな差があるようだ。

 

(おお・・・41よりも軟骨の感触が硬めだな。でも、毛並み艶は45の方が良いかもしれん)

 

 温かく、程よい手応えは指揮官の日々の疲労を優しく浄化してくれる。

 オマケに、45のこの耳は初モフりというところも指揮官的にポイントが高い。

 

「はぅ・・・もうちょっと付け根の方がいいかも」

 

「そうかそうか。ここか? ここがええのんか~?」

 

「わふぅん。しょこしょこぉ。指揮官じょうずだよ~」

 

 両手で耳の付け根をわしゃわしゃとしてやると、45は身体を捩らせて心地よさを露わにしている。

 触っている指揮官自身が気持ちいのはもちろん、触られている方も気持ちよくさせるというのが、モフリストとして最も大事な心得なのだ。

 そうして、ややハイになりながらモフっていると、45からのリアクションがいつの間にか帰ってこない事に気が付いた。

 単調な刺激に飽きてしまったのかな? と、45の顔を覗き込んでみる。

 

「すぅ・・・ふぅ・・・・・・」

 

 いつの間にか、45は膝枕の上で安らかな寝息をたてていた。

 ここまでリラックスしてもらえたのなら、もうこれ以上に嬉しい事はない指揮官である。

 

「まぁ、こういう休日もいいよな」

 

 45の髪を優しく梳いて、指揮官も静かに目を瞑る。

 結果として、45の霊力回復は問題なく間に合ったが、一点、残念だったのは置きっぱなしだったお団子が乾いてカチカチになってしまったことであった。




今回の話で、この世界の事が少しわかる・・・かもしれません。
まぁ、言うほど大した内容でもないのですけどね。

それでは、来週の投稿もどうぞお楽しみに~
以上、弱音御前でした


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ドールズ・スクールライフ 10話

師走という事で、いよいよ仕事も差し迫ってきた今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

ギャルゲーチックに長々と進んでいく今作、もうしばらくお付き合いいただければ幸いです。
それでは、今週もごゆっくりとどうぞ~


 10月10日(木) あめ

 

 昨夜遅くから降り始めた雨は、下校時刻になっても止む素振りをみせていない。

 シトシト、と静かにすすり泣くかのようなそれは、秋に降る雨の特徴である。

 昇降口で傘を差し、1人、外に踏み出る指揮官。

 今日もまた、45は担任のSVDから呼び出しをくらって、9と41は例の如く巻き込まれて

しまい、指揮官単独での帰宅になった次第である。

 

「はぁ~。ちょい寒いな」

 

 吐く息は微かに白い。予報では、例年の平均気温を一気に下回り、11月中旬の気温に迫るとの事だ。

 制服の襟元を締め直し、指揮官は足元の水たまりに注意しながら正門へと歩み進んでゆく。

 

「・・・」

 

 正門からまっすぐに伸びる道を進むのが、本来の通学路だ。

 学園の塀に沿って進む、左と右の道は指揮官にとっては未知の領域である。

 あいにくの天候だが、この後、特に予定は無いので、まっすぐ帰ったところで時間を持て余す身である。

 気の赴くまま、帆先を左方向へと向けてみた。

 駅前から離れる方角だからということもあってか、この道は生徒の姿が見るからに少ない。傘を差しながらでも、人にぶつかる心配がないのは気楽である。

 

(なんだ、こっちのコンビニの方が近いじゃないか。45のやつ、わざわざ遠い方を教えて

からに)

 

 学園の塀が折れた先にコンビニを見つけ、心の中で愚痴る指揮官。

 個人経営の小さなパン屋に、やたらと安い値札が付いた怪しい中古車屋など、これまでとは違った光景に囲まれ、自然と目があちらこちらに釣られてしまう。

 周囲の人から見れば田舎者丸出しな様子だが、本当に他所から来た身なので、全く気にしない

指揮官である。

 そうして、ぼ~っと歩いていれば、いつのまにか住宅地の中を4区画ほど進んでいた事に気が

付く。

 これ以上、家から離れてしまわないうちに帰路を修正。次に差し掛かった十字路を右へ折れる。

 しばらく真っすぐに進んで行けば、家を確認できる位置に戻れる予想だ。

 時折、自動車が通過する程度の静かな道路。その端で、傘を差したまま屈みこむ人影を遠目に

視認する。

 

(また体調不良の416・・・ではないよな)

 

 傘の端から見えるスカートは指揮官が通っている学園のものではない。そしてなにより特徴的なのは、その女性は屈んでいても分かるくらいに身長が高いのだ。指揮官と同等か、もしくは上。

そんな女性を学園で見た事はなかった。

 近づくにつれ、穏やかな雨音に混じって女性の声が聞こえてくる。

 

「にゃあ~、にゃあ~。怖がらなくても平気だぞ~。だから、ちょっとだけでもご飯をお食べ~」

 

 女性は道路の端っこに置かれた小さな段ボール箱に向けて話しかけている。

 話の内容から、どういう状況なのかは想像に容易い。

 

「う~ん・・・寒さで体力も落ちてるだろうし、どうしても食べてもらいたいんだけど。どうしよう?」

 

 だいぶ困っている様子の言葉に釣られ、傍から箱の様子を覗き込んでみる。

 そうして・・・

 

「えっ!?」

 

「っ!」

 

 あまりにもな光景を目の当たりにして、つい声が出てしまう。

 指揮官の声を聞き、女性が眼を丸くして振り返る。

 

「何?」

 

 女性は訝し気な表情を隠そうともせずに指揮官に向けている。

 銀糸のように煌めく長髪に、艶やかな白い肌。大人びた美貌は、黒い眼帯を付けているおかげで少々威圧的な印象を受ける。

 

「この私に忍び寄ってくるなんて、良い度胸してるな」

 

「ご、ゴメン。驚かせるつもりはなかったんだ」

 

 声色からも、指揮官を警戒している様子がヒシヒシと伝わってくる。

 これ以上不審がられない為に、努めて慎重に言葉を返す。

 

「ただ、子猫にその餌はちょっとマズいかなって思ってさ」

 

 段ボールの中では、灰色の毛並みの子猫が小さな声で一生懸命に鳴いている。

 子猫の前には小皿が置かれ、中には黒い液体が注がれている。

 その液体が何なのかは、女性が手に持っているボトルを見れば明らか。みんな大好きコカコーラだ。

 

「何がマズい? エネルギー補給効率に優れた飲料だ。もちろん、炭酸を抜いて飲みやすくもしてある」

 

 指揮官に反論しつつ、女性が立ち上がる。

 指揮官よりもやや身長が高いせいで威圧感も数割増し。だが、この間違いは放っておけないので、怖くても退くわけにはいかないのである。

 

「補給効率も炭酸抜きっていうのも良いとは思うんだけど、そもそも、猫はコーラなんて飲めないからさ」

 

「猫は雑食性だろう? 何でも食べるって聞いている」

 

「確かに雑食性ではあるけど。さすがに限界ってものが・・・」

 

 小雨が舞う夕暮れ時。まさか、こんな道端で見知らぬ女性と論争をおっぱじめる事になろう

とは、誰が予想できただろうか。

 論詰めで真っ向から向かってくる女性は中々に頑固で、指揮官の言葉を聞いてくれない。

 さすがに困ってきた指揮官は次の手に打って出る。

 論より物的証拠だ。

 

「分かった。それじゃあ、俺が持ってくるのを子猫が食べてくれたら、俺の話を信じてくれる?」

 

「ああ、もちろんだ。やれるものならやってみろ」

 

 強情ではあるものの、物分かりが悪いわけではない様子。結果さえ出してあげれば、ちゃんと

理解してくれそうな女性だ。

 

「約束だよ。すぐに戻ってくるから、ここで待っててね」

 

 言って、指揮官は今しがた歩いてきた道を引き返す。

 向かうは、さっき見かけたコンビニ。そこならば、子猫でも食べてくれそうな物が何かしら置いてあるだろう。

 早足にコンビニへ向かい、手ごろな食べ物を買うやいなや、まっすぐに引き返す。

 また、ムチャな事をしてやいないかと、心配で仕方ない指揮官は自然と歩みも早くなっている。

 時間にしておよそ10分。指揮官が戻ってくると、女性は再び段ボール箱の前で屈みこんでいた。

 

「・・・ああ、命を預かる事の重要性は十分に理解している。途中で投げ出したりなどしない。

誇りにかけて約束するよ」

 

 女性は電話をしているようだ。

 話の様子からすると、子猫を連れて帰ってもいいか? といった内容だろう。

 

「・・・感謝する。それではまた」

 

 電話を終えると、女性は指揮官へ目を向ける。

 さっきよりは鋭さを潜めているが、それでも、プロの料理人が好んで扱う包丁くらいの切れ味は感じる。

 

「で? お前の持ってきたお食事とは?」

 

 指揮官がポケットから取り出したのは、小さな紙パック。

 白を基調としたそれを目の当たりにして、女性は鼻で笑っている。

 これで子猫を引き取ろうと考えているというのだから、指揮官も心配せずにはいられない。

 箱の中の皿を取り出し、中身を捨てる。さらに残った分も雨水で綺麗に洗い流し、紙パックの

中身、牛乳を注ぐ。

 その様子を、背後からジッと眺めている女性は無言のまま。

 でも、雨に濡れないよう、指揮官の上に傘を差してくれる気遣いは忘れていない。

 牛乳を入れたお皿を子猫の前に静かに置いてあげる。

 にゃぁにゃぁ、と雨に消え入りそうな小さな声で鳴いていた子猫だったが、牛乳の匂いに気が付いたのか、お皿に鼻を近づける。

 しばらく、お皿の匂いを嗅いでから子猫がペロペロと牛乳を飲み始めた。

 かなりお腹が空いていたのだろう、もう、指揮官達には目もくれず一心不乱である。

 

「私が間違っていた。すまなかった」

 

 子猫の飲みっぷりに見入っていると、背後から声が。

 振り向いてみれば、声色こそ変わらないものの、明らかにしょげた表情の女性の姿があった。

 多少なりとも困らされた相手だったので、ドヤ顔してやってもいいかと思っていた指揮官だったが、その表情を見たらそんなイタズラ心は引っ込んでしまった。

 

「いや、分かってもらえてよかった。たぶん、この子を引き取るんだよね?」

 

 しょぼんとしながら、女性が頷く。なんだか、身長も低くなってしまったような錯覚を抱いてしまうくらいの委縮っぷりだ。

 

「ネットなんかで調べれば、飼い方は調べられると思うから。それじゃあ、俺は失礼するね。新しいご主人様に可愛がってもらえよ~」

 

 子猫の額を指先で撫で、立ち上がる。

 自分の傘を差し直し、歩道を進んで行くと・・・

 

「ちょっとまって」

 

 背後から、再び女性の声が飛んでくる。

 

「?」

 

 もしかして、まだ納得いかないことがあったのだろうか? という考えは指揮官の取り越し苦労だった。

 

「あの・・・もし、よかったら、この子の育て方を教えてくれないだろうか?」

 

 子猫を胸にぎゅっと抱いて、女性は指揮官に言葉を投げかける。

 かなり大きなお胸に埋もれ、子猫が苦しそうな表情に見えてしまうのは、恐らく指揮官が健全な男の子だからだろう。

 

「へ? だから、ネットで検索すれば簡単に調べられるよ?」

 

「私、インターネットとか苦手で。相応の携帯端末も持っていなくて。周りの奴らも、こういうのは空っきしなんだ。それで、できれば・・・あなたに教えてもらいたい」

 

 言われてみれば、女性がさっき電話をしていた時に使っていた端末は、電話だけができる代物だった。今時の学生でスマホを持っていないというのはなんとも珍しい。

 

「・・・分かった。基本的な事だけなら、俺のスマホを使って一緒に調べてみようか」

 

「あ、ありがとう。よろしく頼む!」

 

 笑顔を浮かべつつ、キッチリとしたお辞儀を返す女性。

 話をしていて分かった事だが、かなり律儀な女性のようだ。

 黒いセーラー服、という制服もどことなく清楚な雰囲気を醸し出しているので、良い所の学生

さんなのだろうと指揮官はアタリをつけてみる。

 

「雨の中で立ち話というのも申し訳ない。あそこの喫茶店に入ろうかと思うのだが」

 

「うん。それじゃあ行こうか」

 

 歩道の反対側、少し戻った位置にあるチェーン店のカフェに向けて2人並んで歩き出す。

 

「っていうか、猫は連れて入れないんじゃあ?」

 

「そ、そうだったな。・・・しばし、この中に隠れていてくれ」

 

 女性はそう言って、タオルでくるんだ子猫を、自分の学生カバンの中へそっと降ろす。

 指揮官が気にするようなことではないが、結構、ムチャな事を考える女性である。

 思いのほか、子猫がカバンの中で大人しくしてくれていたので、飼育に関する勉強会はスムーズに進んだ。

 中には、指揮官にとっても勉強になるような内容もあったり、なによりも・・・

 

「ああ、私も寝転がっている上に猫に乗ってもらいたい。それで、顔をチロチロと舐めてもらうのが目標なんだ」

 

「それ、俺もいいな~って思ってたんだ。あいにく、猫を飼ったことないから憧れなんだけどさ」

 

「まさに、猫好きだけに分かる夢の瞬間だな」

 

 女性と意気投合して、話が盛り上がったのは意外な事だった。

 とても大人っぽい見た目の女性だが、猫の話で目を輝かせながら話すその姿は、まるで子供のよう。

 指揮官からも自然と話が進んで、カフェでの穏やかな時間が過ぎてゆく。

 ふと、我に返ったのは、2人でスマホを覗き込んでいた最中。メールの着信表示が現れた時

だった。

 

「ちょっとゴメン」

 

 メールの送り主は45。

 

『先に帰ってなかった? どこにいるの?』

 

 内容から察するに、先に帰った筈の指揮官が家にいなかったから確認してみた、というところか。

 ようやく時計に目を向けてみれば、カフェに入ってからいつの間にか2時間が経過するところだった。

 窓の外はもう真っ暗である。

 

「すまない。私としたことが、時間を忘れてしまっていた」

 

「いいんだよ。俺もつい熱中しちゃってたのが悪いんだし」

 

 すぐに帰る旨を45に返信。荷物を手に、2人して席を立つ。

 お代を仲良く半分ずつ支払って外に出ると、すでに雨は止んでくれていた。

 

「今日はありがとう。この子、大事に育てるから」

 

 女性が胸の前で抱えているカバンから、子猫が顔を覗かせる。

 

「帰り道は気を付けてね。暗いし、濡れてて滑るから」

 

「ああ、そっちも気を付けて帰ってくれ」

 

 最後に挨拶を交わし、女性と別れる。

 早足に歩く指揮官の後方で、女性の足音が離れていく。

 きっと、女性の家は指揮官が帰る方とは反対の方向なのだろう。

 

「・・・・・・あ」

 

 そう考えたところで足を止める。

 振り返った時には、もう女性の姿は遠く、交差点を曲がった先に消えるところだった。

 

「俺、あの人の名前も何も聞かずじまいだったな・・・」

 

 別に、ナンパとかそういうつもりではないのだが、あれだけ話が盛り上がった間柄なのだ。せめて、名前とか通ってる学校くらいは聞いておくのが筋というもの。

 加え、指揮官も自身の名前も何も彼女に教えていなかった。

 2人とも、それだけ猫話に夢中になってしまっていたのだ。

 

「まぁ、いっか。問題になるようなことにはなるまい」

 

 基本的な飼育方はちゃんと調べたし、彼女はそれを逐一、真剣にメモしていた。子猫の今後に

関しても心配はしていない。

 間違いなく、幸せな猫生をおくれることだろう。

 後塵の憂いも消えたところで、指揮官は温かい夕食が待つ家へと歩み進んで行くのだった。




鉄血を仲間にできるようになった記念、というわけでもないのですが、鉄血エリートの登場です。
このイベントが後に大きな展開をもたらすことになる・・・?

相変わらず、来週も定期更新の予定ですのでよろしければ足を運んでやって下さいな。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 11話

いよいよ今年も差し迫ってきた今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

指揮官と人形達の学園生活な本作ですが・・・もう、前書きのネタも無くなってきてしまったので、とにかく今週もごゆっくりとどうぞ~


 10月11日(金) はれ

 

「俺が持ってる銃はこんな感じです」

 

 ホルスターから取り出した拳銃を机の上に置く。

 

「へぇ~、カスタムのガバメントなんだね。触ってみてもいいかな?」

 

「どうぞどうぞ。スパスさんに愛銃を見てもらえるなんて、こんな光栄な事ないですから」

 

 スパスが指揮官のガバメントを手に持つ。銃を労わっているのが傍目にも分かる、優しい持ち方である。

 

「シルバーフレームにマッドブラックのスライド。わざわざ銃身を切り詰めて、ツインポートの

コンペンセイターを取り付けてるんだね。この仕様ってもしかして、有名な海外ドラマがモデルかな?」

 

「流石です。あの海外ドラマが好きで、このモデルを持つのがずっと夢だったんですよ」

 

 授業中だというのに、一度脱線してしまったガンマニア2人の話はスピードを落とすどころか、ますます加速して突き進んでいく。

 

「これ、自分でカスタムしたのかな?」

 

「いえ、そんな設備も技量も無いので、厚意にしてるショップでオーダーしました」

 

「なるほどね。・・・ちょっと気になるところがあるんだけど」

 

「遠慮せずなんでも言って下さい!」

 

 一語一句を逃すまいと、速攻でポケットからメモ帳とペンを取り出す指揮官。

 スパスはやんわりと微笑んでいるが、果たして、そんな指揮官をどんな風に思っているのかは

本人のみぞ知るところである。

 

「コンプとスライドの接続にガタが出てるね。多分、あまり発砲してないと思うんだけど、それでこれだけガタついてるとなると、強度が心配だね。あと、スライドとフレームの勘合もちょっと甘い。もしかすると、ジャム率が高いんじゃないかな?」

 

 スパスの診断を聞き、指揮官はメモすることも忘れて嘆息を漏らしている。

 もう、本当にスパスを崇め奉らんばかりの表情である。

 

「おっしゃる通りです。そこのところは覚悟のうえでカスタムをお願いしたんです。メンテナンスで誤魔化しながら使ってたんですけど、やっぱり少しづつボロが出てきちゃって」

 

「拳銃はいざという時に自分を守ってくれるものだから、常に最大限の信頼性を維持しておかないとダメだよ。カスタムっていう趣向も良いけれど、まずは自分の命を第一に置かないと」

 

「はい・・・すいませんでした」

 

 敬愛するスパスからお叱りを頂き、目に見えてヘコむ指揮官。ようやく先生と生徒らしい構図になってきた次第である。

 

「ふふ、じゃあ、そんな素直な指揮官さんには特別サービス。実は、私もこのモデルが好きで、

コンバートキットを密かに試作してたの。それを指揮官さんにあげるね。試作っていっても、ちゃんと実用に耐えられるくらいの代物だから、安心して使ってくれていいよ」

 

「え!? だって、スパスさんのサークルで売り出す予定の試作品なんでしょう? そんなレアな物を頂くなんて、申し訳ないですよ」

 

「いいのいいの。本当はドラマと全く同じ.38スペシャル弾にコンバート出来たら売り出そうかなって思ってたんだけど、断念しちゃったから、もうお蔵入りなんだ。私の家で眠らせておくよりも、指揮官さんに使ってもらえた方が嬉しいよ」

 

「おぉ~、そこまでのこだわりをもって設計していたなんて・・・スパスさん、流石っス! ありがたく使わせてもらいます!」

 

 いうなれば、神にも等しい存在であるスパスからの贈り物に、完全にのぼせ上っている指揮官。

 なので、周りの状況になど全く気が付いてやしないのである。

 

「ところで、指揮官さんはみんなの後を追わなくていいの?」

 

「へ? みんなの後?」

 

 そうスパスに指摘されて、ようやく教室中に視線を移す。

 今は授業中だというのに、教室にはいつのまにか指揮官以外の生徒はいなくなっていた。

 ほんの数分前、指揮官が授業を完全脱線させる前までは、間違いなく全員着席していたはずである。

 

「あ、あれ? みんなどこに行ったの??」

 

「外のグラウンドまで降りて行っちゃったみたいだね」

 

 どうやら、スパスはその様子をちゃんと把握していた様子だ。

 

「グラウンドって、なんで?」

 

 生徒全員が出ていったのを知っていて、何も言わなかったスパス先生に疑問を感じつつ、指揮官は窓際へと歩み寄る。

 窓から外を見下ろすと、グラウンドに描かれた400メートルトラックの中央に集まる生徒の姿が。

 数十人ほどが集まるその中で、グリフィン学園の制服が半数。もう半数は、外部の学園のものである。

 

「あの制服は・・・?」

 

「聖鉄血学院、通称テツガクの子たちだね。また殴り込みに来ちゃったみたい」

 

 殴り込み、という物騒なセリフをほわほわとした感じで言うスパス。

 

「分かっていて行かせたんですか? へ、平気なんです?」

 

「そんなに心配しなくても平気だよ。殴り込みっていっても、両校の交流会みたいなものだから。ちょうどいい戦闘訓練にもなるし。みんな、ケガをしない程度にわきまえてるからね」

 

「はぁ~、そういうもんなんですね」

 

 この学園の教師がそう言うのだから、そういう事なのだろう。

 郷に入りては郷に従えの精神である。

 

「指揮官さんも行ってきていいよ。これも授業の一環って事にしておくから」

 

「そうですね。では、お言葉に甘えて」

 

 彼女達と学園生活を共にする、というのが、指揮官がグリフィン女学園に編入した目的である。

 早足に教室を出て、グラウンドへと向かう。

 両校、かなりヒートアップしているようで、昇降口から出るところでもう言い合う声が聞こえてくる。

 

「みなさん、落ち着いて下さい~! たまには穏便に収めましょう! ね?」

 

 両校の仲裁に入っている声はガーランドか。声を精一杯に張り上げているが、それでも、周囲の罵詈雑言でほとんど埋もれてしまっている。

 

「あらあら~? グリジョの生徒さんもやけにしおらしくなったものね。いいわよ~おでこ地面にこすりつけて懇願するなら、手を出さないで引き下がってあげる」

 

 清楚な雰囲気の黒セーラー服を着た鉄血側の女生徒が、ケタケタと笑いながら言い放つ。

 小柄な体躯に片側だけを結わいた、俗に言うサイドテールの黒髪。見た目には可愛らしい少女だが、その口汚さからなんとなく性格が見えてくる。

 

「は? 頭を下げるのはそっちの方でしょ? ってか、その頭を切り落として地面に落っことしてやるから、拒否権なんてないんだけどね」

 

 片や、グリジョ側の戦闘に立つのはネゲヴ。偉そうに腕を組んで威風堂々と、いつものネゲヴ節炸裂である。

 ヤル気満々でつっかかったネゲヴを見て、もう無理だとガーランドが諦めたのが確認できる。

 

「言うじゃない。学園ごとアンタ達を粉微塵にしてやったっていいのよん?」

 

 鉄血生徒がパチンと指を慣らすと、どこからか機械の駆動音が響てきた。

 不思議に思って視線を彷徨わせてみれば、敷地外のはるか遠く。立ち並ぶ建物の先に、頭一つ抜きんでた黒い建造物が稼働しているのが眼に入った。

 

「あれは、確か・・・ジュピター砲?」

 

 長距離戦術級兵器であるジュピター砲ならば、彼女の言う通り、この学園を更地にしてもおつりが出るくらいの損害を与えられるだろう。

 ちょっと、スパス先生が言っていた内容とは違った様相を呈しているようだ。

 

「アーキテクト、私たちまで丸ごと吹き飛ばすつもりか? ジュピターの運用はちゃんと考えて。そのように先生から教わっただろう」

 

「ぅ・・・分かってるわよ! ちょっと脅しただけだっての! だから、そんな怖い顔しないでよ、ハンター」

 

 ジュピターを操っている女生徒、アーキテクトの背後からそう咎めたのは、スラリとした長身に銀色のショートヘアーが特徴の女生徒だ。

 どの子も、グリフィンの生徒と比べて肌が陶磁器のように白いというのが、鉄血の特徴であるらしい。

 

「それに、一息に吹き飛ばしてしまったら面白みもないだろう? グリジョのガキ共が泣き喚く様をじっくりと見物するのが乙というものだ」

 

「前回、そのガキ共にやられて泣きベソかいてたのはどこの誰だったかしらね? デストロイヤー、とかいうチビっ子だったかしら? 確か、そちらの生徒さんでしょう?」

 

 ハンターと呼ばれた娘がそう言って煽ると、今度はネゲヴの後ろから45登場。

 普段はいがみ合う事の多い2人だが、こうして並び立てば、天下無敵! といった風体である。

 

「小物をイジメたくらいで調子に乗るか。流石は名門グリフィン女学園の生徒さん、ちゃんと分をわきまえていらっしゃる」

 

 前線でのやり取りが双方の陣営に伝播し、全体が一触即発の空気に包まれていく。

 

「ちょっとゴメンね。通してもらって良いかな」

 

 ヒリついている生徒たちの中をかき分け、指揮官が中心部へと進んで行く。

 

「は? なんでグリジョに人間の男がいるのよ!?」

 

 そんな指揮官にまず気付いたのはアーキテクト。明らかに異質な存在である指揮官を見て、ちょっと動揺している様子だ。

 

「ああ、うちに研修に来てる指揮官だから気にしないで。それとも、人間が見てると恥ずかしくていつも通りに振る舞えないのかしら? お子ちゃまでちゅねぇ~」

 

「べ、別に、そんなんじゃないし!」

 

 言って、ぷいとそっぽを向いてしまうアーキテクト。

 向いた先にいたハンターとひそひそ声で何か話をしているが、さすがにそこまでは聞き取ることはできない。

 

「何しに来たのよ、指揮官。止めようたって無駄よ。スペシャリストの辞書に後退という言葉はないんだから」

 

「いやいや、止めるつもりはないよ。あまりにもヒートアップしてきたら話は別だけどね」

 

「よく分かってるじゃない。・・・さっきからあちこちを見回してるみたいだけど、何か探してるの?」

 

「ん~・・・ちょっとね」

 

 テツガクの制服は、つい昨日の猫の女性が来ていたのと同じものである。それならば、もしかしたらこの場にいるのでは? ということで、指揮官は生徒達をかき分けてここまでやってきたのだ。

 

(とりあえずは見当たらない・・・かな?)

 

 また会えなかった事は少し残念だが、逆に、この場に彼女が来ていなかったことで安心を覚える。

 子猫を拾ってあげるような心優しい彼女に、殴り込みなんていう物騒な事に馳せ参じてほしくはなかった。

 

「まったく、このまま日が沈むまでお見合いでもしているつもりか、お前たちは?」

 

 そんな最中、テツガク陣営の後方から声が飛んでくる。

 

「ちっ、アイツが来てたか。厄介ね」

 

「ふん、ちょうど良いわ。この前の借りを利子付けて返してやる」

 

 堂々としたその声色を聞いて、思うところがあるのだろう45とネゲヴの表情がやや強張る。

 そして、そのあまりにも身に覚えのある声に、指揮官の表情はやや引き攣る。

 

「何言ってんのよ。獲物を残しておかないと拗ねるから、アンタの到着を待っててあげたんじゃないの、アルケミスト」

 

 アルケミストと呼ばれたテツガク生徒が姿を現す。

 それは紛れもなく、先日、子猫を喜んで引き取っていた女性であり。

 

「ありがたい事だな。では、さっそく楽しませてもら・・・・・・」

 

 ここで、指揮官とアルケミストの目が合ってしまう。

 言葉を途中で止め、固まってしまったアルケミストに対して、苦笑を返す指揮官。

 

「? どうしたのさ、アルケミスト?」

 

「指揮官? なんでアイツ見たまま固まってるの?」

 

 両陣営、2人の様子が明らかにおかしい事を察してしまっている。

 昨日の事を言うか? いや、指揮官はなんとなく感じ取っている。殴り込みに来るようなテツガク生徒と密かに合っていたと分かれば、きっと、クラスメイトから怒涛のような質問攻めにあう事だろう。特に、45からの聴取は絶対にメンドクサイと断言できる。それだけはちょっと避けたい。

 無理のない嘘でこの場を上手く切り抜ける。

 指揮官にとって必須ともいえるスキル、〝アドリブ〟の見せどころだ。

 

「えっと・・・キミがテツガク側のリーダーなのかな? 今回はできれば穏便に済ませたいと思っていてね。向こうでちょっと交渉したいのだが、どうかな?」

 

「ちょっとちょっと、指揮官!? さっき、手出しはしないとかいってなかった?」

 

 そう抗議してくるネゲヴはとりあえず無視だ。

 

「そ・・・そうだな。まぁ、たまにはそういうのもいいだろう。話に応じてやる」

 

「アルケミスト!? なんで今日に限ってそんな事を言うのさ? アンタ、昨日はすっごい良い事あったからって、今朝からやけにヤル気が」

 

「うるさいだまれスクラップにするぞ?」

 

 殺気の込められたアルケミストの返しに、アーキテクトが言葉を引っ込める。

 ひとまず、アルケミストは指揮官の考え同意してくれているようだ。

 45とネゲヴをやり過ごし、アルケミストと共に一団から離れる。

 数十人分の視線は感じるも、声までは聞こえないだろう距離まで歩いたところで、改めて彼女に向き直る。

 

「まさか、アナタがここにいるとは。なんだってグリジョなんかに?」

 

「指揮官としての研修の一環で、期間限定でここに編入してるんだ」

 

「なるほどな。道理で見かけない制服なわけだ」

 

 指揮官の制服は士官学校で着ていたものである。グリフィン女学園とはデザインが全く違うものなので、予想できないのも無理はない。

 

「昨日は自己紹介もできなくてゴメン。改めて、グリフィンの指揮官だ」

 

「私はアルケミスト。聖鉄血学院の生徒よ」

 

 お互いの為に、周りに気付かれないようひっそりと挨拶を交わす。

 

「猫は元気にしてる?」

 

「ああ、昨日、あんな寒い中で震えてたのがウソみたいにな。抱いたまま寝たら、今朝、手首を引っかかれて目を覚ましたよ」

 

「それはまた災難だったね」

 

「なぁに、引っかき傷は猫好きにとって勲章みたいなものさ」

 

 このような場に来ていても、やはり彼女は昨日と変わらない。とっても猫好きなお姉さんである。

 

「さて・・・本当はグリジョの奴らにヤキを入れてやろうと思って息巻いていたんだが、すっかり興冷めしてしまったな」

 

「うん、そう言ってもらえると助かるよ」

 

 指揮官はグリフィンの戦術指揮を執る身である。しかし、だからといって戦闘の全てを容認する性格ではない。月並みに言えば、彼女たちが仲良く笑顔で居てくれるのが一番だと考えている。

 それは、決して戦闘の中で見られるものではない。

 

「でも、キミは向こうのリーダー格なんだろう? メンツとかもあるんじゃあ?」

 

「私たちの学院は〝力〟がモノを言う。私に喰ってかかるくらい根性のある奴は、あの中には居やしないさ」

 

「はは、やっぱりキミは優しいね。ありがとう」

 

 サラリと口から出てきた指揮官の言葉。

 それを受けて、アルケミストが視線を外す。

 微かに頬が赤くなっているのは、指揮官の位置からは見る事ができない。

 

「と、とはいえ、これは私が若干のリスクを抱えるわけだ。つまり、私からアナタへの〝貸し〟だな?」

 

「そう・・・だね。あまり無茶でない事なら、すぐに返すけど」

 

 まさか、そう返してくるとは思っていなかったが、アルケミストの言う事は正論である。

 何を言われるかと、ちょっとビビりながらも肯定の意を返す。

 

「では・・・・・・ま、また、私と会って・・・いやいや! ルカに会いに来い!曲がりなりにも、アナタも世話をした身だからな。きっとルカも喜ぶだろうから」

 

 ルカ、というのはきっと昨日の子猫の名前だろう。

 それは指揮官としても願っても無いこと。心底安心して、自然と笑みが零れる。

 

「もちろん、お安い御用だよ」

 

 言って、指揮官はポケットからメモ紙を取り出す。

 サラサラ、と文字記号の羅列を書いたそれを、アルケミストへ手渡した。

 

「俺のアドレス。猫の事で何か聞きたいことがあったら気軽に連絡して」

 

「この私をナンパか? 随分と怖いもの知らずの人間もいたものだな」

 

「ナンパって、またそんな言い方を」

 

 冗談めかして笑い合い、踵を返す。

 キッチリと話は付けたぞ、と言わんばかりの様子を装って両陣営へと戻る。

 

「全員、撤収だ」

 

「えぇ!? このまま何もしないで? マジで言ってんの?」

 

「どうしたんだ、アルケミスト。お前らしくないぞ」

 

「人間の戯言を聞いて興冷めした。異論があるのなら、相手になるが。どうだ?」

 

 やはり、アルケミストの実力は抜きんでているようで、それ以上に反論が出る事はなく、鉄血

陣営は速やかに正門へと進んでいく。

 

「本当にテツガクの連中を言いくるめちゃったよ。どんな魔法を使ったの?」

 

「ん~・・・まぁ、話だけで収めるのも難しいからさ、交渉材料をちょっとね」

 

「なるほど。さっき、アイツに何かメモを書いて渡してたものね。口座番号でも教えてあげたのかしら?」

 

「それは内緒ってことで」

 

 どうやら、テツガクとの抗争を話し合いだけで収めるというのは珍しい事だったらしく、結局、クラスメイト達から怒涛の質問攻めにあう事に。

 放課後になり、ようやく解放された指揮官のもとに届く一通のメール。

 未登録アドレスから送られたそのメールが、疲れ切った指揮官の心にちょっとした安らぎになってくれた。




今回が2021年最後の投稿となりました。
新規投稿から週刊連載、という目標を掲げ今年の頭からやってきた当方。
今までちゃんと続けてこられたのは、泣きそうになりながらも〆切に間に合わせた当方の底力と、なにより、皆さんが閲覧に来てくれた嬉しさが大きな要因かなと思っています。

来年も相変わらずギリギリ崖っぷち状態で週刊連載していこうと思っていますので、また気が向いたら足を運んでやってくださいな。

それでは皆様、良いお年を。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 12話

明けましておめでとうございます。
気持ちの良い新年の始まり、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

新しい年明けだというのに、こちらは相変わらずの通常営業で連載している次第。
それでも、一時の息抜きにでもなってくれていたら幸いに思います。

では、新年一作目もどうぞごゆっくりと~


 10月12日 (土) はれ

 

 涼やかな風はそよそよと。赤と黄色に染まった葉は静かに揺れ、時折、風に連れ攫われて宙を

漂う。

 日が昇ってまだ間もない心地良い早朝、みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

 ・・・等と、手紙の書き出しに申し分ないシチュエーションの中、指揮官は1人住宅街を小走りに進んでいた。

 早朝トレーニングというわけではない。せっかくの休日である。いくら指揮官といえども、まだもうちょっと微睡の中に沈んでいたいというのが本音だ。

 それを我慢して、ベッドから抜け出し準備もそこそこに飛び出すことになった発端は、ネゲヴからのメールであった。

 

(まったく・・・冗談で言ってるんだと思ったけど、本当に呼び出しかけてくるんだもんな)

 

 以前、ネゲヴの正体を目の当たりにしてしまった時の事を思い出す。

 魔法少女としてこの町の平和を守っている(らしい)ネゲヴは、その折に指揮官に協力を申し出ることもあるかも、という旨を仄めかしていた。

 その話が、よもや冗談ではなかったどころか、ほんの一週間後に現実になってしまったのだから、指揮官としてはたまったものではない。

 まぁ、呼び出しを受けたって断ればいいと言ってしまえばそれまでなのだが、キッパリと断れない辺りも指揮官の良さ・・・なのかもしれない。

 

(だいたい、俺が行ったところで何を手伝ってあげられるのか? って話し)

 

 ネゲヴや45はなにやら魔的な力を持つ特別な存在らしいが、指揮官にはそういったモノを備えているという自覚は無い。ネゲヴだって、指揮官が大して役に立たないことは承知のはずだ。

 あまり込み入った事にならないことを願いつつ、指揮官はメールで指示された場所へと進んでいく。

 

「東区と南区の境の公園・・・と、あの辺りかな?」

 

 道の先、立ち並ぶ家屋の上から木々の緑が覗いているのが見える。おおよそ、公園というのは

緑色の比率が高いものだ、という指揮官の固定観念の通り、しばし進んでみると、お目当ての公園に差し掛かった。

 まだ真新しい綺麗な塀と木に囲われたそこは、遊具施設は見受けられず、ベンチやテーブルが所々に設置されている。ここの地域住民の憩いの場、といった所なのだろう。

 公園の正面入り口から入り、まっすぐに伸びる石畳を歩み進む。

 こんな爽やかな陽気の休日、赤と黄の木々に彩られた公園を散歩する。自然と気分も晴れやかになろうというものだ。

 ・・・本来であれば。

 

「ん~・・・これは流石におかしいよな」

 

 園内は静まり返っている。まるで、時間が止まっているかのように徹底的に。

 辺りを見回してみても、指揮官以外の人の姿は誰一人として見られない。

 これだけ気持ちの良い朝だ。近所のおじいちゃんおばあちゃん一人でもお散歩していたっておかしくはない。

 強めに言ってしまえば、そうでなくてはおかしい。今、この場に指揮官一人しかいないというこの状況は、明らかな異常である。

 ネゲヴがまっているであろう公園の中央に進むにつれ、自然と心臓の鼓動が速度を増していく。まるで、指揮官に対して警鐘を鳴らしているかのようだ。

 

「来たわね。時間少し前に着くなんて、良い心がけじゃない」

 

 公園の中央、円状の広場に佇んでいるネゲヴの姿を確認出来て、ここでようやく安堵の息をつく。

 

「遅れたら何を言われるか分かったもんじゃないから、急いで来たんだよ。ひとまずおはよう」

 

 平静を装いながら、不安に駆られていた精神を落ち着けていく。

 高鳴っていた鼓動も徐々に速度を落とし、思考が冷静に回るくらいには戻ってくれた。

 

「なによ、その言い方は? このスペシャリストに目をかけてもらってるんだから、もうちょっと感謝の意とか無いわけ?」

 

「これから何をやらされるのかも分からないのに、感謝も何もあったもんじゃないでしょ」

 

「まぁ、その言い分も一理あるけどね。・・・ちょうど良かったわ。説明するよりも見てもらった方が早いものね」

 

 言って、ネゲヴが指揮官から視線を外す。

 その視線に釣られ、広場の中央、芝生が植えられた円形のエリアに目を向けて、指揮官は思わず息を呑んだ。

 本来ならば鮮やかな緑色に彩られているはずのそこは、一面が紫色の水面。ぶどうジュースのような良い意味の紫色ではなく、いかにも毒々しい蛍光色の謎の液体が広がっている。

 

「・・・何これ? 見ても全然わかんないんだけど」

 

「以前、言ったでしょう? 私は魔法少女で、この街を魔的なモノから守っているって」

 

 あまりにも不気味な光景を目の当たりにして顔をしかめる指揮官。そんな彼を尻目に、ネゲヴはポケットから弾丸を1つ取り出した。

 鏡のように輝く真鍮製の5.56ミリ弾の表面には、何かの意味を込められているのだろう、幾何学模様が刻まれている。

 指で摘まんだ弾丸の先端にネゲヴが軽く口づけする。瞬間、ネゲヴの身体が桃色の光に包まれたかと思えば、つい先日の可愛らしい魔法少女姿のネゲヴが姿を現した。

 彼女が姿を変えたという事は、今はそれ相応の状況なのだと指揮官は把握する。

 

「それは簡単に言えば、この街に漂う負の魔力が溜まったもの。本来は自然へ還って浄化されるのだけどね。雨が降った後、道路の窪みには水溜りができるでしょ? それと同じようなものよ。

魔力にも、溜まりやすい場所があるの」

 

 言って、彼女はどこからか銃を取り出す。彼女の持つネゲヴマシンガンは、本来の武骨な黒ではなく、服装と同じような色調で、ハート柄の可愛らしいエンブレムまであしらわれている。

 ガンマニアな指揮官としてはツッコみ所満載なカスタムだが、今は納めておく方向でひとつ。

 

「つまり、これって危ないものだってことだよね? そんな所に何で俺を呼ぶのさ? 前にも言ったけど、俺、魔力とか霊力なんかは全く縁ないからね?」

 

「今はね。素質はあるみたいだから、ちゃんと私の戦い方を見て勉強なさい。近々、私の右腕として活躍してもらう予定だから」

 

 あまりにも強引なネゲヴの言いっぷりに、反論する気も消え失せてしまう。

 

「さあ、出てくるわよ」

 

 紫色の水面がせり上がる。一体、どれだけ深い淀みに沈んでいたのだろうか。見上げるほど巨大な異形が姿を現し、指揮官は知らず息を呑み、言葉を失ってしまう。

 例えるならば蛸。それも、異国の伝承に聞く巨大な水魔、クラーケンといったところか。風船のように巨大な丸頭に、水面と同じく毒々しい紫色の体表。8本どころか、数十、いや、百は優に超えるだろう数の触手を不規則にうねらせる様は、嫌悪感を抱かずにはいられない。

 

「$&%#&$#$&‘%$’」

 

 おまけに、読経のように低く響くような音で言葉のようなものを延々と呟いているのだから、

指揮官の正気度にも大ダメージである。

 

「ねえ、もう帰っていいかな!? やっぱり、俺がいる必要ないでしょ!?」

 

「ダメだっての! 私のそばにいれば平気だから。こんな三下の魔物、楽勝楽勝」

 

 直後、ベチン! という音と共に、すぐ横にいたネゲヴの姿が消え去った。

 

「・・・へ?」

 

 魔物が振るった触手によってネゲヴが弾き飛ばされたのだと、即座に察する。

 その証拠に、ネゲヴが吹っ飛んでいったのだろう先、公園の端の植え込みが騒めきたっている。

 

「ちょ・・・マジ?」

 

 今までに遭遇したことのない、魔物と呼ばれる未知の敵を前にして、たった1人。

 これで、魔力を持たない指揮官には目もくれずにお引き取り下さったらまだ良かったのだが。

 

「%#$&%$‘%&##=%」

 

 一層に触手をうねらせて興奮している様子からして、そう上手くいってくれないのは明白だ。

 遥か頭上から、指揮官を叩き潰すべく触手が振り下ろされる。

 

「っ!」

 

 咄嗟に体を横に投げ出す。

 重い地響き。ネゲヴは魔法少女ということで、それなりの防御性能を有しているのだろうが、

指揮官は完全に生身である。直撃したら即死。死ななければ御の字といったところか。

 

(まったく! これのどこが楽勝なんだよ!)

 

 地面を転がり、態勢を立て直しながら銃のグリップを掴む。

 敵を正面に捉え、引き抜くと同時に発砲。的が巨大なので、ロクに狙いをつける必要もない。

 

「$‘%($~~~$)$!!」

 

 4発全弾命中。しかし、45口径弾のパワーを以てしても、ダメージを与えているような様子は見られない。

 

(そりゃそうだよな。あの図体だし、そもそも、魔物って呼ばれてる相手に物理攻撃が通じるかもわからない)

 

 ネゲヴが扱えるような、魔力を利用した攻撃でなければ効果が無いと結論づけて良いだろう。

 

 つまり

 

「無理だこれ!」

 

 そう察するが早いか、回れ右して全力撤退。

 公園の出口に向けて疾走する指揮官。

 

「#$&%‘$(#$’!!)

 

 そんな指揮官を追いかけ、這い寄る混沌。無数の触手を蠢かせながら移動するその様は、さながら、水面の上を進んでいるが如く気持ち悪い。

 

「何でついてくる!? 魔力を持ってるネゲヴを狙えよ!」

 

 女の子を囮にしようだなんて男の風上にもおけない、と思うことなかれ。人間誰だって自分の命が一番惜しいのである。

 見た目は巨大であるが、移動速度はそれほど早くないようで、指揮官の足の方がやや早いくらいである。

 じわじわと距離を開きつつ、公園から脱出する。

 

「公園から出てきた魔物だ。公園の外には出られないってことは・・・ないか!」

 

 しっかりと公園の外まで追いかけてきた魔物を見て、再び駆け出す。

 まだ早朝という事で人出がないのは不幸中の幸い。爽やかな住宅街を全力で駆け抜けていく。

 差し掛かったT字路を華麗なコーナリングで曲がりきる。

 その先で・・・

 

「あら、指揮官様。ごきげんようですわ」

 

「おはようございます、指揮官殿。朝から精が出ますね」

 

 あまりにも偶然、仲良くお散歩でもしていたのだろうタボールとファマスの2人組と出くわした。

 

「2人とも、危ないから早く逃げて!」

 

 急ブレーキをかけ、2人に注意を促す。

 あまりにも藪から棒な声かけだった為、言葉の意味を分かっていない2人は揃ってぽかんとした表情を浮かべている。

 

「えっと・・・危ないとは、どういう状況なのでしょうか?」

 

「私達、これでもグリ女の生徒ですので。どんな危険でもたちどころに解決してみせましてよ?」

 

「いや、さすがにこれはキミたちでも・・・」

 

 会話をしているうちに、追いかけてきた魔物が路地から姿を現した。

 その異形を目の当たりにして、再び言葉を失う2人。

 

「ほらアレ! さっさと逃げないと!」

 

 2人に逃げるよう促す指揮官だが・・・

 

「あんなキモイ怪物をこの街にのさばらせてなるものですか! ファマスさん、迎撃しますわよ!」

 

「指揮官殿はさがっていてください。ここは私達が」

 

 立ち向かう気満々な2人はその場で銃を構え、戦闘態勢に移行してしまう。

 

「いやいや! だから、銃弾は効かないから、逃げないと・・・」

 

 指揮官の言葉が銃声でかき消される。

 

「%#$&$‘&#%#$“!」

 

 全弾命中は言うまでもない。拳銃弾とは比べるまでもなく威力の高いライフル弾ならもしかしたら、という期待もあったが、弾丸は泥の中に埋もれでもするかのようで全くダメージになっていない。

 

「まったく、あの化け物はなんですか? 榴弾を使いますよ、タボール!」

 

「よくってよ! 吹き飛ばしておやりなさい!」

 

 タボールが射線から退いたのを確認するや、ファマスが榴弾を撃ち込む。

 弧を描きながら殺傷榴弾が飛んでいく。弾着炸裂ならば今度こそ効くだろうと、この場にいる誰もが期待したことだろう。

 しかし、あの怪物は触手を器用に操り、榴弾を空中でキャッチしたのだ。

 

「なっ!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるファマスを尻目に、怪物は頭に開いた通気口のような穴に榴弾を放り込む。

 いや、食べたというべきか。

 もちろん、体内で爆破などという良い結果になることはない。

 

「やっぱりまともに戦えるあいてじゃないって!」

 

「ちぃ、仕方ありませんわね。ファマスさん! 指揮官さん言う通り、一時退却ですわ」

 

「そうですね。悔しいですが、その通りに・・・」

 

 やっと2人が撤退を決めてくれたと思った、そんな矢先だった。密かに地面を這って忍び寄っていた触手が2人の足を絡めとった。

 

「いやん!?」

 

「きゃあ!?」

 

 抵抗する間もなく、ファマスとタボール揃って宙づりにさせられてしまう。

 振り子のようにフラフラと揺れる2人の四方八方から、数えきれない量の触手が迫る。

 

「2人とも、そのまま大人しくしてて!」

 

 指揮官の放った弾丸が命中するたびに触手が弾かれる。それでも、ダメージを与えているわけではないので、その触手は再び2人へと伸びていく。

 装弾数の少ない拳銃で的確に触手を撃ち抜いて凌いでいるが、彼女たちと触手との距離は段々と縮まってくる。

 

「ファマスさん、これは覚悟を決めるしかなさそうですわね」

 

「さすがタボール、気が合いますね。指揮官殿、もう私達には構わず、せめてあなただけでも逃げてください」

 

「くっ・・・でも・・・」

 

 仲間を置いて逃げるのは指揮官の信条に反する。

 何か、この状況を打破できる手立ては無いか・・・

 

「随分と楽しそうなことをしているわね。私たちも混ぜてもらっていいかしら?」

 

 思案する指揮官の背後から聞き慣れた声。誰が現れたのかは、振り向くまでもなく分かることだ。

 

「Ⅿ14、G3、左右に展開。直ちにあの化け物に鉛玉を叩き込んでやれ」

 

「無闇に撃ってしまって大丈夫でしょうか? タボールさん達に当たってしまうのでは?」

 

「大丈夫だって。当てないように撃つくらい、私達なら余裕だよ。2人とも、下手に動くと当たっちゃうから気を付けてね~」

 

 いつの間にやってきたのか、FAL、M14、G3の3人組が道路の道幅一杯に展開。コンクリート塀に左右を挟まれたその間で、フルサイズ弾の銃声が豪快に響き渡る。

 

「~~~~!」

 

 咄嗟に耳を塞ぐが、空気を伝播した轟音が体に直接伝わってくるので、まるで効果が無い。

 バトルライフル総出のあまりにも激しい銃撃。指揮官の45口径拳銃弾よりも格段に高い破壊力を受け、触手群が一斉に押し戻されている。

 敵がたじろいでいる影響でファマスとタボールの身体も宙で大きく振られるが、それでも、

FAL達の弾は掠りもしていない。

 改めて、彼女たちの技術力の高さには驚かされる。

 こっちに来い、というジェスチャーを送ってくるFALに従い、身を屈めたまま彼女の下に歩み寄る。

 

「勢いで手を出しちゃったけど、これ、どういう状況? アイツは何なの?」

 

 ネゲヴが魔法少女だというのは秘密の事なので、そこだけは隠したまま、公園からここまでの顛末を説明する。

 もちろん、頭が揺さぶられるような銃声に負けないよう、声を張り上げて、である。

「はぁ? 何よそのわけわからない状況は? 見た感じ銃弾が全く効いてないし、このままだと無駄な抵抗だわ」

 

「だから、一時撤退するしかない。ファマスとタボールを開放できるように狙い撃てる?」

 

「この状況でそこまで正確な射撃を要求するのはリスキーね。それよりも、ネゲヴを連れてきた方が早いわ。アイツが関わってるっていうなら、アイツならなんとかできる手段も知ってるんでしょうし。ほら、そうと決まったらさっさと行きなさい。ここは私たちが押さえ込んでおくから」

 

 FALの提案に賛同するや、指揮官が走り出す。

 今しがた通ってきた道は化け物がいるので引き返せない。碁盤の目状に敷かれた住宅街の道を迂回して公園へと急行する。

 角を曲がっては走ってを繰り返し、進むこと数ブロック。未だに鳴りやまぬ銃声が遠くに聞こえる。

 

「たぶん、この先を曲がれば公園の傍に出るはず」

 

 綺麗に整地された住宅街はどこを曲がっても、その先には同じような風景が伸びていて、まるで迷路さながらである。まだこの一帯の土地勘が無い指揮官が頼れるのは方向感覚のみ。

 見立てでは、もう2ブロックも進めば公園の正面に面した道路に出る予想。

 自然と足取りを速めながら角を曲がり抜ける。

 ・・・と

 

「っとぉ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 塀の先、視界が開けたところに突如として現れる人影。それに咄嗟に反応し、身体を逸らせる。

 寸でのところで相手の真横をすり抜け、激突は免れることができた。

 

「まったく・・・ぶつかってたら大ケガしていたところだったわね?」

 

「ご、ごめんなさい! 急いでいたもので、つい」

 

 不機嫌そうに言う相手に深く頭を下げる。

 ・・・そこで、なんか聞いたような声だなと思って顔を上げれば、案の定、相手の女性は指揮官が良く知っている女の子だった。

 

「なんだ、誰かと思えば指揮官じゃない。こんな朝早くからランニングかしら」

 

 柔らかな日差しを受け煌めく長い銀糸の髪。休みの日の早朝でも、416は相変わらずクールな佇まいである。

 

「い、いや、ランニングってわけじゃないんだけど。キミの方は、朝の買い出しとかかな?」

 

「こんな時間にどこの店に買い物に行くっていうのよ。気持ちの良い朝だったから、ちょっと散歩に出てみただけ」

 

「じゃあ、できれば早くに家に戻って。しばらくは不要不急の外出は控えた方がいい」

 

「は? 何でよ?」

 

「何でって・・・」

 

 FALにしたのと同様に、簡潔にまとめて説明するしかない。そう思って口を開いた矢先だった。今、指揮官が曲がってきた角の先から紫色の塊が蠢いているのが目についた。

 

(そんな・・・FAL達が)

 

 化け物が追いかけてきたという事は、FAL達が退けられたという事である。

 いつしか銃声が止んでいた事にも気が付かないなんて、迂闊だったにも程があるというものだ。

 

「#%$&#‘“(#’$&%‘$)」

 

 指揮官を見つけ、歓喜に触手を躍らせながら怪物が這い寄ってくる。

 やはり、どうしても指揮官にご執心な様子だ。

 

「な、なによあのキモイのは!? もしかして、私たちを狙ってるの?」

 

「理由は分からないけどね。FAL達が足止めしていてくれたんだけど、ダメだったみたい」

 

「FALでも太刀打ちできないとか、難儀な相手ね」

 

 そう落ち着いて言い払うメンタルの強さは流石。すぐさま愛銃をどこからか取り出してヤル気満々である。

 

「ダメだっての! キミはすぐに吐血するんだから、絶対にムリ!」

 

「失礼な! 私は完璧なの。これくらいの相手、どうってこと・・・けほっ!」

 

 言っている傍から小さくせき込む416。ドッヂボールもまともにできない娘を戦いに駆り出すなど、言語道断の事である。

 

「もう逃げるの決定! ほら、乗って!」

 

 416に背を向けてしゃがみ込む。

 

「だから、なんでアナタは私をおんぶしたがるわけ!?」

 

「本当に平気? 銃弾は効かないから、俺たちじゃあ勝負にもならないからね?あの触手に捕まったら、それこそ何されるか分かったもんじゃないよ?」

 

「うぐ・・・」

 

 自分の身体は自分が一番わかっているもので、416は答えに窮してしまう。

 そして、彼女は返答しないながらも指揮官に歩み寄ると、背中に体を預けてくれた。頑固に見えるが、ちゃんと効率的な選択をしてくれる彼女のそんなところを指揮官はとても気に入っている。

 

「よし、しっかり捕まっててね!」

 

 416をしっかりと背負い、指揮官が地面を蹴とばす。

 

「ところで、逃げるっていってもどこに逃げる気なの?」

 

「公園! はぐれたネゲヴを見つけないとあの化け物の倒し方が分からない」

 

「なんでそこでネゲヴが出てくるのか分からないけど・・・公園は次の角を右よ」

 

「了解!」

 

 道路のアウトから塀の角を掠めるようにインを差し、速力を上げてアウト一杯に立ち上がるお手本のようなコーナリング。

 ・・・それでも、背後から迫る化け物との差は着実に縮んでいる。見た目以上に軽い416だが、それでも、スピードが低下してしまうのは止むを得ない。

 先ほどまでとは全く逆の状況である。

 

「このままだと追いつかれる。ダメージは与えられなくても、脅かしくらいにはなるんでしょ?」

 

 言って、背中で416がもぞもぞと動き出す。

 

「脅かしって・・・ちょっと待って!」

 

 416の言葉と動きから何をしようとしているのかを察し、反射的に引き留める。

 しかし、彼女の反応の良さには敵わなかった。

 すぐ背後で炸裂音。同時に襲い掛かる衝撃に押され、身体が傾く。

 

「ぐっ!」

 

 もつれた足を強引に踏み出し、左右に振られながらも転倒だけはかろうじて回避してみせる。

 

「何やってんのよ! ビックリしたじゃない!」

 

「驚いたのはこっちの方だよ! 走ってる最中にいきなり発砲しない! 俺の方にも反動が伝わってくるんだから!」

 

「指揮官なんだから、これくらい我慢なさい。その代わり、私達には指一本触れさせやしないから」

 

 416は自分の行いを改めるつもりは無さそうである。とはいえ、そのお言葉は頼もしい限りなので、ここは指揮官が折れるしかなさそうだ。

 さすが、クラスでも優秀と言われるだけあり、416は化け物が伸ばしてくる触手を的確に撃ち払ってくれている。

 宣言通り、416が相手を完封してくれているうちに公園が見えてきた。距離はおよそ200メートル。ラストスパート、と指揮官の足もギアをもう一段上げる。

 そんな矢先だった。

 

「? 電話か。まったく、こんな時に誰よ?」

 

 肩越しに聞こえる軽やかなメロディは、416の電話着信音のようだ。

 余裕を見て取ったのか、416は銃撃を止めて電話で話を始める。

 風を切る音と指揮官自身の息遣いで会話の内容まではよく聞こえないが、416は電話の相手に少し驚いたような様子。そして、あまり気分が良さそうではない話し方である。

 

「行き先変更よ。公園には入らないで、このまま通り過ぎてちょうだい」

 

「変更って、何で!?」

 

「いいから言う通りになさい! 公園を過ぎたら、2つ目の交差路を左ね」

 

 ここまでハッキリと言い切るという事は、彼女なりに自信のある算段があるのだろう。その言葉を信じ、指揮官は公園に入らずに通り過ぎる。

 

「ちょっとうるさくなるわよ。耳は・・・塞げないか。気合で我慢なさい」

 

 その言葉と、背中から伝わってくる動きで416が何をしようとしているかを察する。

 

「榴弾を使う気? アイツ、榴弾を器用に掴んで飲み込んじゃうから、通用しないんだよ」

 

「ええ、弾丸が効かないようなヤツだもの、それくらい出来るんでしょうね。心配無用よ、私が狙うのは・・・」

 

 努めて冷静な声。416は指揮官に体をしっかりと預け、両手で銃を構えると。

 

「ヤツじゃないから」

 

 指揮官が今しがた通り過ぎたばかりの電柱に向けて榴弾を発射した。

 背後から襲い掛かる爆音爆風で態勢を崩しかけるが、寸でのところでカバー。

 電柱が倒れたであろう路上がどんな惨状なのかは、振り返らなくても想像に容易い。

 

「ふん、ちゃんと乗り越えてくるくらいの知性はあるみたいね。じゃあ、もっと瓦礫を増やしてやるわ」

 

「おいおい! ここ住宅街なんだぞ!? そんなに壊しまくって平気なのかよ!?」

 

「もちろん。公共物と私たちの命。どっちの方が大切かと問えば、答えは明らかでしょう?」

 

「そりゃあ、まぁ・・・そうだけどさ」

 

 完全に論破されてしまった指揮官を見て、満足げに鼻を鳴らすと、416は続けて榴弾をばら撒きはじめる。

 ドッカンドッカンと響き渡る轟音が、朝の爽やかな空気を台無しにしていく。せめて、この破壊活動に巻き込まれて被害を被る人が出ないことを祈るばかりである。

 

「そうそう、これだけ瓦礫まみれだと迂回するしかないでしょう? 大人しく引き返しなさい」

 

「上手く足止めできた?」

 

「ええ、ちょっと時間稼げた程度だけどね。そこの角を曲がったところで降ろしてちょうだい」

 

 指示された角を曲がったところで足を止め、416を地面に降ろす。

 呼吸を整えながら、走ってきた路地に目を向けると、言う通り、そこに怪物の姿は無い。

 爆破された電柱が倒れ、塀や家屋をメチャクチャに破壊し尽しているその様は、あえて見なかったことにしておく指揮官である。

 

「ここから駅までの道、分かるかしら?」

 

「え? ああ・・・うん、何度か行ったことはあるから」

 

 マガジンを交換し、戦闘準備の416に返すと、彼女は静かに頷いてくれる。

 

「45がそこで待ってるって。早く行きなさい」

 

「45が? もしかして、今の電話は45だったの?」

 

 これまでの学園でのやり取りから考えて、2人はあまり仲が良いとはいえない。

 416が電話をしている時のあの様子も、相手が45だったと考えれば納得のいく話しだ。

 

「どういうわけか、今のこの状況を知っている風だったわね。あんまり待たせると、アイツは後で面倒よ」

 

 謎の怪物に襲われているというこの状況を45が把握している。そう聞いて、指揮官はあまり驚かなかった。

 45が妖狐という異質な存在だという事はすでに知っている。ならば、この異常をいち早く察知していても、なんら不思議なことは無いはずである。

 そうして、指揮官を呼び出しているという事は、この状況に対して何らかの対策を考えていると見ていいだろう。

 

「キミは一緒に来ないの?」

 

「ええ、私は遠慮しとく。45の言い方だと、アレは指揮官に寄ってきてるみたいだから。一緒にいると巻き添えをくらうんですって」

 

 つまり、良かれと思って416を連れてきてしまったのは逆効果だったという事。ファマスや

FAL達も、指揮官に出くわさなければ、今頃は静かな休日を過ごせただろう。

 

「だから、私はアイツに目を付けられない程度に足止めをしておくわ」

 

「・・・分かった。あまり無茶はしないようにね」

 

「無茶ができる身体なら良かったのだけれど。残念ね」

 

「それが分かってくれて安心だよ」

 

 416と別れ、再び指揮官は走り出す。

 駅までは、住宅街を抜けて国道沿いをまっすぐに進むだけの簡単な道のり。しかし、距離にしたらゆうに10キロはある長丁場だ。

 こんな時間ではまだバスは運行していないし、タクシーだって通りかかるような場所ではない。

 頼れるのは自分の足だけ。10キロもの距離を走破と考えると溜息も出ようというものだが、状況も状況だ。

 半ば自棄になりつつ、待ち受けているであろう45のもとに向けて、指揮官は走る、走る、

走る。

 

(はぁ・・・はぁ~・・・なんか、朝から、走りっぱなしだよなぁ・・・)

 

 公園で怪物に出くわして以来、今に至るまでずっと逃げ続けだった事を思い出して、足が一段と重くなってしまったような気分に陥る。

 指揮官として様々な訓練を重ねているので、体力はそれなりな自信はあった。しかし、こうもペース配分もへったくれも無しに走り続けさせられては、たまったものではない。

 

(でも、416の事も気がかりだし、止まってもいられないか!)

 

 彼女の能力ならそう易々と捕まることはないだろうが、いつまでもあんな怪物をのさばらせておくわけにもいかない。

 住宅街を走り抜け、国道へと出る。ここからは駅前のロータリーまで一本道なのだが、そこまでが長い。

 

「え、駅まで23キロ!? ウソだろ・・・10キロくらいじゃなかったっけ?」

 

 青い案内看板の表記されている驚愕の事実を目の当たりにして、ガックリと項垂れる指揮官。

 距離感覚には自信があった指揮官だが、これは完全に思い込みによる大誤算である。

 

(くそっ! タクシーかヒッチハイクか・・・と思ったけど、こんな時に限って車が一台も走ってない! 国道なのに!)

 

 片側2車線の広い道路は、それなりの交通量を想定してのものなのだろう。しかし、今は車はもちろんバイクも、歩道にも人の姿すら見当たらない。

 まるでゴーストタウン状態。早朝とはいえあまりにも不自然な光景だが、ツイていない時はこんなものなのだろう。

 

「あ~もうっ!」

 

 いつまでも項垂れていても仕方がない。声といっしょに鬱屈した気分も吐き出して、再び足を動かす。

 長く長く、まっすぐに伸びている国道は先が地平線に消えて見えなくなっているほどである。

 それを目の当たりにしているだけで、ヤル気も消え失せてしまおうというもの。

 今、指揮官の気力の支えになっているのは、この街で出会った仲間たちをあの怪物から守りたいという義務感だけだ。

 ・・・まぁ、別に指揮官が呼び寄せたものではないし、どちらかといえばその責はネゲヴにあるのだが、今はそんな事をツッコむのは野暮というものである。

 ようやく1キロ。いいや、もしかしたらまだ数百メートルしか走っていないのかもしれない。

 もう、自分の距離感に疑いを抱いてしまった指揮官は、自分がどれだけ走ったのかも分からなくなっている。

 視界の先には延々と続く灰色のアスファルト。耳に届くのは、自分の息遣いと鼓動地面を踏みしめる音。

 そして・・・背後から、微かに異様な音が聞こえてくることに気が付いた。




随分とわけわからない方向に進んでいますね、はい。
けれども、このお話が今作の謎を紐解く重要なカギになっている! ・・・のかもしれません。

今年も、目標は連続投稿を目指してやっていきますので、今まで読んできてくださった方も、これからはじめましての方も、どうぞよろしくお願いします。

以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 13話

本当に雪が降ってきてビビった今日この頃、みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

今年も相変わらずの調子で進めていきますので、改めて、よろしくお願いします。
それでは、今週もごゆっくりと~


「この音・・・もしかして、車か?」

 

 空気を伝播して届くのは、間違いなく車の排気音である。まだ、指揮官から離れた位置にいるのだろう、音は遠く、振り向いてみてもその姿も見えない。

 音は段々と指揮官の方に近づいてくる。普通の車にしてはやけに甲高い。まるで、動物が吠えるかのような音だ。

 ようやく訪れたヒッチハイクのチャンス。相手がどんな強面であれ、ひとまずは相談してみる。この機会を逃すまいと、路肩で身構える指揮官。

 そうして、けたたましいスキール音と共に脇道から横滑りで現れたのは、美しい流線形を纏ったスポーツカー。国産では見ない形の車である。

 

「なんであんな走り方してるんだ?」

 

 不思議に思いつつも、アクセル全開、排気音全開で迫る車に止まってくれるように合図を送る。

 ダメもとな気分で手を振る指揮官だったが、意外にも、車は指揮官の手前にさしかかったところでフルブレーキ。指揮官の真横にピッタリ付けて停車させると、窓ガラスが下りる。

 その向こうから姿を現したのは・・・

 

「おはよ~、指揮官さん」

 

 ふわふわな銀髪に、やっぱりふわふわとした笑顔を浮かべたスパス先生が助手席に。

 

「おはよう。話は聞いてるから、早く乗った乗った」

 

 ハンドルを握るのは、サングラスが似合うイケ女なグリズリー先生。

 グリフィン女学園の先生2人である。

 

「先生? 話は聞いてるって、どういう・・・というか、この車、どこに乗ればいいんですか?」

 

「ほら、スパス。ぼ~っとしてないで一旦降りる。指揮官君が乗れないでしょう」

 

「ああ、そうだったね。よっ・・・と。はい、後ろにどうぞ」

 

 スパスが倒してくれたシートの隙間から、後部座席へと潜り込む。

 いかにもスポーティーな外見の通り、後部座席への配慮はあまりなされていないのだろう。膝を抱えて丸くならないと収まらいくらいの狭さである。

 

「よし、それじゃあ行くよ~。シートベルトはちゃんと付けておいてね」

 

「ベルト、ベルト・・・え、ちょっと、ベルトはどこに」

 

 体がほとんど動かせないので、手の感触だけでベルトを探す指揮官。

 そんな状況はさておいて、グリズリーが車を発進させる。

 ・・・否、発進、というのはかなり生ぬるい表現だったかもしれない。

 

「~~~~~!!?」

 

 シートに体を思い切り押さえつけられているかのような、強烈な加速力を受けて、声にならない悲鳴をあげてしまう。

 さながら、スリングで打ち出される石ころにでもなったかのような気分だ。

 

「このまますんなりと到着できるかな?」

 

「かなり執念深そうなヤツだから、どこかで仕掛けてくる可能性高いよね。まぁ、それくらいじゃないと面白くないんだけどさ」

 

 小さな窓から覗く景色は後方に吹っ飛び、車内に響き渡るエンジンの音は、まるで怒り狂った

猛獣の咆哮。こんな状況下だというのに、呑気に会話を交わしているのだから、流石は名門

グリフィン女学園の教員といったところか。

 

「ねえ、早いところ指揮官君に例のモノを渡してあげれば?」

 

「そうだね。よいしょっ」

 

 掛け声と共にスパスが体を反転、シートの背もたれ越しに指揮官をのぞき込む。

 もうシートベルトは諦めたので、ルーフと壁に手を突っ張って、身体をしっかりと固定させながらスパスに向き直る指揮官。

 

「今の指揮官さんの状況は45ちゃんから聞いてる。それで、私たちは指揮官さんを助けに来たんだ」

 

 コクコク、と指揮官は頷いて返す。

 問いたいことは多々あれど、今はそんな余裕もないのである。

 

「グリズリーちゃんは、この車を出して指揮官さんを駅まで送り届ける。それで、私はこれを

指揮官さんに渡すために」

 

 スパスが取り出したのは、小さなジュラルミンケース。真新しい銀色のケースを開くと、その中には一丁のリボルバー拳銃が納められていた。

 

「なにこれ、カッコいい!」

 

 見るや、自分を支えていた手を放して、ケースに飛びつく指揮官。もう、オモチャを前にした

子供のような単純さだ。

 

「えへへ、気に入ってもらえて嬉しいよ。手に取ってみていいよ」

 

 お言葉に甘え、拳銃を手に取る。

 ハンティングに用いるような大口径リボルバーがベースになっている。拳銃自体はかなり大振りで、ズシリとした重みが腕に伝わってくる。

 

「すごく重厚なリボルバーですね。ベースはM500? でも、フレームの形状が随分と違う感じ」

 

「さすが指揮官さん、よく分かってるね。リボルバーの後ろにラッチが付いているでしょ? それを押してみて」

 

 言われた通り、握り手の親指でレバーを押す。すると、フレーム上部と銃身がジョイントを軸に前に倒れこみ、リボルバー背面が露になった。

 

「おおぉぉ~~~! トップブレイク式だ! すげぇぇ~~!」

 

 歓喜に湧き上がる指揮官。これはもう、分かる人にしか分からない変態の領域である。

 

「やっぱり、指揮官さんってこういうの好きかな~って思ったんだ。だから、少し無茶して仕上げてみたんだよ」

 

「いや、これは本当にスゴイですけど・・・こうすると耐久が下がっちゃって、弾丸の威力に

フレームが負けちゃうんじゃないですか?」

 

「いいんだよ! 時に倫理観を投げ捨てるのもカスタムの世界には必要なの! この娘の名前は〝ヴェイロン〟。仲良くしてあげてね」

 

「スパスさん、マジかっけぇっス!」

 

 ガンマニア2人して大盛り上がり。

 と、冗談はここまでにして、これからが本題である。

 

「いやぁ、実はこの銃、45ちゃんに用意してって頼まれた銃なの」

 

「45が? ・・・この銃ならあの怪物を倒せるとか?」

 

「たぶんそうだろうね。口径も指示されてる特殊なサイズだから、45ちゃんが弾丸を用意してるんじゃないかな?」

 

 試しに、指揮官が持っているガバメントの45口径弾をシリンダーに入れてみる。

 ベースになった50口径で考えると、少しギャップが狭く感じる。正規規格の弾丸でピッタリはまるものはたぶん存在しないだろう。

 

「よし、注文の品はちゃんとお届けしたね。後は、私が指揮官君を45さんのもとに送るだけなんだけど・・・2人とも、身体をしっかりと固定しておいてね」

 

 言って、グリズリーは反対側のサイドミラーをチラリと一瞥するや、ハンドルを切り込んだ。

 軽いスキール音を上げながら、中央分離帯の合間を縫って反対車線へと躍り出る車体。直後、

歩道の建物を薙ぎ倒し、今まで走っていた車線に紫色の塊が飛び出してきた。

 

「ちぇっ、上手く巻いたと思ったんだけど。本当にしつこいヤツだね」

 

「もしかして、さっき追いかけられてたんですか?」

 

「そう。私たちが指揮官君に手を貸すのが相当気に入らないだろうね」

 

中央の植え込みを挟み、車と怪物が並走する。

 メーター読みで100キロは軽く超えているのに、しっかりとくいついてくるその速さは、先ほどの住宅街でのものとは比べ物にならない。

 

「くいつかれたまま駅に到着するのはマズイわね。なんとかして突き放さないと」

 

 後方にかっ飛んでいくその一瞬、青看板に駅まで10キロと書かれているのが視認できた。

 どうにかしようにも、思案している時間もそれほど無い状況だ。

 

「45ちゃんに電話してもらえるかな? もしかしたら、なんか良い案を考えてくれるかも」

 

 グリズリーから電話を受け取ると、スパスが45に電話をかける。

 

「45ちゃん? うん、もうすぐそっちに着くんだけど、ちょっと問題が発生しててね・・・」

 

 反対車線から伸びてくる触手を巧みなハンドル捌きで避けつつ、でも、速度は落とさない。

グリズリーのテクニックももちろんだが、その要求に忠実に答えてくれるこの車の性能も素晴らしい。

 

「そんなことできるんだ!? 分かった。じゃあ、その手でお願いね。は~い、バイバ~イ」

 

 切迫した状況だというのに、やたらと軽いノリで電話を終えるスパス。

 しかしながら、解決の手段はちゃんと見出したようである。

 

「グリズリーちゃん。先の方に真新しい歩道橋があるの見える?」

 

「ええ、見えるわ。あの白いやつでしょ?」

 

 まだ距離が遠いので小さくではあるが、この国道を跨ぐように鎮座している真っ白な歩道橋が、後部座席の指揮官にもかろうじて見ることができる。

 

「あれを45ちゃんが爆破して落とすから、それで足止めしようってさ」

 

 ほんわかとした様子でスパスは言うが、その突拍子もない計画を耳にした指揮官とグリズリー揃って絶句である。

 

「え~と・・・何? それは、私たちも足止めをくらうことになるんじゃないの?」

 

 尤もな疑問を投げかけるグリズリーに同意して指揮官も頷く。

 

「タイミングよく爆破して、落ちてくる歩道橋の下をすり抜けるんだってさ。確かに、それなら

アイツだけ足止めできそうだよね」

 

 スパスがこれだけ気楽でいられるのは、本当にこんな作戦に勝算を見出しているが故のことなのか? 崇め奉っている存在とはいえ、ちょっとスパスの神経を疑ってしまう指揮官。

 

「・・・・・・確かに、勝算はゼロじゃないものね。むしろ、この状況じゃあ一番上手くいく確率が高いくらいの作戦か。仕方ない、腹をくくろうか、指揮官君」

 

「マジかぁ・・・」

 

 あまり気が進まない指揮官を尻目に、グリズリーは小さく一呼吸。

 直後、エンジンの唸り声が一変。甲高い雄たけびをあげると、車体がジェット推進でも得たかのような加速をはじめた。

 

「ちょっ!? この車、まだ速くなるんですか?」

 

 唐突の事に驚き、再び腕を突っ張って体を固定する指揮官だが、それはあまり意味は無い。すでに、これまでとは比べ物にならない加速力でシートにしっかりと押さえつけられているからだ。

 

「もち! このDBSのエンジンは5.5リッターV10ツインターボ。グロス出力で600馬力は余裕のモンスターなんだから」

 

 グリズリーがギアをトップに叩き込むと、速度は天井知らずに増していく。

 吹っ飛んでいく景色の速さが倍になったような感じなので、少なくとも車速も倍だろうか。人通りが全く無いとはいえ、街中の道で時速200キロ以上と考えたら、背筋も寒くなろうというものである。

 

「うわぁ、こんなに速い車なのにくいついてきてるよ。あの怪物の足、どうなってるんだろうね?」

 

「それでも、少しずつ離れてる。怪物具合じゃあこっちも負けてないよ!」

 

 もう、車内での会話もかろうじて聞こえるくらいの状況の中、件の歩道橋が目前に迫る。

 

「ところで、爆発のタイミングってのは45がとるの? こっちと連携とるんじゃなくて?」

 

「ん~・・・どうだろうね? 自信ありげに言ってたから、任せちゃったけど」

 

「また、どうしてそうテキトーなプランに乗るかなぁ」

 

 そうして、グリズリーの心配は見事的中することになる。

 歩道橋の両橋げたが爆炎と粉塵を吹き上げたのを視認する。

 だが、指揮官達が乗る車はまだ歩道橋の手前、数百メートルは離れた位置だ。上手くタイミングを計った、というにしては明らかに早すぎに思える。

 

「ほら言わんこっちゃない! さすがにちょっと早いわよ!」

 

「こ、これ、瓦礫に押しつぶされちゃうんじゃあ・・・大丈夫なんです!?」

 

「わかんないけど、やるしかない! 目測で残り400メートル、かっ飛ばすよ!」

 

 実車速は200キロオーバー。400メートルの距離など、言葉の通りあっという間である。

 重力に従って歩道橋が落下する。瞬く間に狭まっていく隙間を、まさに電光石火の速さで車体が駆け抜ける。歩道橋の本体とルーフの間は数センチほどの余裕しかない、ギリギリセーフだ。

 しかし、車体よりもはるかに大振りな怪物はそうはいかない。追走してきていた勢いそのままに歩道橋の瓦礫に激突したのがミラー越しに確認できた。

 

「よ~し! やっぱり車に必要なのはパワー&スピードよ!」

 

「みんな無事でよかったね、指揮官さん」

 

「そ、そうですね。・・・本当に怖いもの知らずだな、この人たち・・・」

 

 追いかけてくる様子が無いのを確認してブレーキング。加速力もそうだが、減速も異様なほど強力な車で、瞬く間に車体が速度を落としていく。

 

「そこのロータリーに停めるから、そこで指揮官君を降ろすよ」

 

「はい、ありがとうございます。45は、ロータリーの傍にいるんですか?」

 

「分からない。スパスは何か聞いてる?」

 

「う~ん、私も聞いてはいないんだけど・・・あ! コンコースの上にいるのそうじゃないかな?」

 

 フロントシートから身を乗り出し、スパスが指さす方に目を向けてみる。

 駅からロータリーの上を通るコンコースの端から、指揮官達に向けて手を振っている人物を確認できた。

 

「気を付けて行ってきてね、指揮官さん」

 

「お二人も気を付けて。できるだけ早くこの場から離れるようにお願いします」

 

「いやぁ、もうちょっとこの辺りをドライブしてから帰るよ。幅広で走りやすくて楽しいから、気に入っちゃった」

 

「私も、一緒にドライブ楽しんじゃお~っと」

 

 指揮官を降ろすと、2人を乗せた車は耳を劈くようなスキール音と白煙を巻き上げてスピンターン。反転するや、カタパルトにでも乗せられたような勢いで走り去っていった。

 2人のひとまずの無事を願いつつ、指揮官はコンコースを目指して走り出す。

 ロータリー中央の階段を使って上階へ。ロータリー全体を覆う蜘蛛の巣のように張られたコンコースに足を踏みいれる。

 階段から見て真正面、駅へと続く道の端にお目当ての人物をようやく見つけて、指揮官は大きく安堵の息をひとつつく。

 45の姿は、先日、ふとした拍子で露にしたお狐モード。霊力が不足しているというわけではないだろう、今はその姿が必要な状況だという現れだ。

 

「おはよう、指揮官。無事、ここまで来れて良かったわ」

 

「おはよう。早速だけど、状況の説明をしてくれないか? 何も分からないまま走らされ続けるのは疲れる」

 

「あはは、朝からご苦労様。はい、これ飲んでちょっと落ち着いて」

 

 走り続けだったのもそうだが、主にさっきの車内で冷や汗ダラダラだったせいで喉は乾ききっていた。

 45が差し出した缶ジュースを受け取り、一気に飲み干す。

 

「じゃあ、お望み通り状況を教えてあげる。まず、アイツの存在についてはどうせネゲヴから教えてもらってるんだろうから割愛。本当はネゲヴがあのまま始末してくれればよかったんだけど、

ヘタこいたみたいだから、私が出向いてあげたのよ」

 

「よく知ってるね。ネゲヴと会ったの?」

 

「アイツの魔力は目立つから、離れてても感知できる。急激に反応が落ちたから、それでやられたんだろうって分かるわけ」

 

「無事なのかな?」

 

「あの程度で死ぬようなタマじゃないわ。回復次第、こっちに急行でしょうね」

 

 ネゲヴが無事が分かったところで、次はあの怪物についてのお話である。

 まだ、周囲に怪物が迫っているような様子は無い。人々の気配は相変わらず、電車が通る音すらも聞こえない、静寂が駅の周辺を包み込んでいる。

 

「負の魔力から生まれた常闇の魔物は〝現〟の力では対抗できない。私が霊力で編んだ弾丸を撃ち込む必要があるんだけど、その弾丸を撃てる銃が無くてね。スパス先生に協力を仰いだのよ。ちゃんと受け取っているようで一安心だわ」

 

 指揮官が片手に握っている銀色のリボルバーを見て、45が微かに微笑む。

 

「弾は3発。アイツの頭に全部ぶち込んでちょうだい。あれだけデカい的だから、指揮官でも外しようは無いでしょ?」

 

 45が差し出したのは、艶のない深い黒色の弾丸が3つ。それらが乗せられた、彼女の白くて華奢な手の平とは正反対の不気味な彩を纏う弾丸である。

 

「プレッシャーかけないでくれよ。参考までに、替えはある?」

 

「無い。この3発作るのにどれだけ苦労したと思ってんの?」

 

 拳銃の有効射程は15~20メートルといったところ。あの怪物にそれだけ接近しなければいけないと考えると頭が痛いが、やるしかないのだから仕方がない。

 弾丸を受け取ろうと手を伸ばした・・・その時だった。

 

「うわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 轟音と共に突然にコンコースが傾き、2人して態勢を大きく崩してしまう。

 支柱を失った側が地面へと落下し、急斜面へと変貌するコンコース。45は手すりにしがみついて耐えているが、掴まるモノが無かった指揮官は斜面を滑り降りていく。

 この元凶は考えるまでもない。いつのまにか、ロータリーに忍び寄ってきて魔物がコンコースを破壊したのである。

 

「指揮官! 弾を!」

 

 取りこぼしてしまった弾丸が指揮官のすぐ真横を転がり落ちていく。斜面の下はもう瓦礫だらけだ。そんな中に、長さ5センチにも満たない弾丸が紛れてしまったら、一貫の終わりである。

 

「くそっ!」

 

 無理にでも体を捻り、手を伸ばす。2個は近い位置に並んで転がっていたので、手で捕まえることができた。

 しかし、残り1発の弾丸はコンコースを跳ね回りながら、粉塵が巻き上がる中へと落ちていってしまう。

 

「3発ないと倒しきれない、意地でも探して!」

 

「無茶言ってくれるよ!」

 

 弾丸を追いかけ、粉塵の中へと滑り降りていく指揮官。無事に着地すると、すぐさましゃがみ込んで弾丸を捜索する。

 予想通り、大小様々なコンクリート片が転がっていて、落とした弾丸の姿は微塵も見えない。

 加えて。

 

「っ!」

 

 粉塵の向こうから横薙ぎに振るわれる太い触手を、身を投げて回避。弾丸が落ちたであろう位置から離れてしまったので、これで一層捜索は難航することだろう。

 

「このっ! 視界が効かない中でっ! よくこっちが見えるな!?」

 

 薄く霧がたっているような状況下、指揮官からは、怪物の巨大な影は遠くに薄ぼんやりと視認できるだけ。それなのに、相手は指揮官の事がはっきりと見えているようで、的確に触手を振るってくる。

 かろうじて触手を避け続けられているが、いつまでも持つような状況ではない。

 足元を払うように飛んでくる攻撃を、正面に大きく飛び込んで回避。すぐさま姿勢を直そうと試みるが・・・

 

(っ! マズイ!)

 

 転がっていた瓦礫に足を取られ、地面に倒れこんでしまう。

 軽くパニックに陥る思考。

 危機に瀕した瀬戸際の集中力というものか、時間の流れがゆっくりと感じられる。

 コンクリート粉塵のカーテン。その奥から迫る触手。突っ伏した自らの周囲に転がる、残骸の数々。

 手元から離れていくロープに縋りでもするように指揮官は視線の先に手を伸ばし、それに僅か遅れ、足に触手が絡みついた。

 

「#$&‘%$#()#’&」

 

 お目当てのモノを手に入れた嬉しさからか、魔物が叫び声を上げる。

 その、耳障りな雑音を聞きながら、指揮官の身体が吊るし上げられる。

 粉塵の中を抜け、魔物の真正面へと引き寄せられる指揮官。地面から10メートルほどの高さでフラフラと宙づりにさせられるのもなかなか怖いものである。

 ビニールのような質感の頭部に埋め込まれた目玉が指揮官を睨みつける。一体、何を思ってここまで追いかけてきたのか? 温度を感じられない銀色の瞳からは、その真意を伺うことはできない。

 しかし、少なくとも、こちらに害をなす存在であることは明白だ。

 ファマスやFAL達、学園の仲間はコイツにやられた。それだけで、報復を与えるのには十分すぎる理由である。

 指揮官を食べようというつもりか、頭部、目玉の真下が大きく開く。指揮官の身体が余裕で収まるほどの孔の中は、槍先のように鋭く尖った牙が全周に渡ってびっしりと生えている。放り込まれでもしたら、確実に命は無い。

 ・・・でもそれは、放り込まれたら、というもしもの話である。

 

「俺を食べる前にさ、こっちを味わってみたら?」

 

 不敵な笑みを浮かべる指揮官。左手の指には、漆黒の弾丸が3つ挟まれている。

 魔物に吊るし上げられる寸前、落とした弾丸を奇跡的にも見つけた指揮官は、手を伸ばして掴み取っていたのだ。

 右手に握るリボルバーのラッチを操作してブレイク。露出したシリンダー背面に3発の弾丸を

差し込み、クローズ。ハンマーを起こし、銃口を魔物の口内へと向ける。

 

「天国行きを保証するぜ」

 

 カートリッジ内の火薬炸裂を以て、弾丸が射出される。

 大口径リボルバーなので、相応の反動を覚悟していた指揮官だったが、そもそも45が用意した弾丸は道理から外れた代物ということか。気持ち悪いくらい反動が軽かったので、速射で3発を叩き込む。

 魔物の孔内に向けて弾丸がまっすぐに飛び込んでいく。疑う余地もなく命中だ。

 

「$“#%$&#‘$」#’#&」

 

 しかし、効果があるはずの弾丸が当たったというのに、魔物は奇声を発するだけであまり変わった様子は見られない。

 その様子を見て、一気に不安に駆られる指揮官。つい調子にのった台詞を口走ってしまったことを大後悔してしまう。

 

「45ぉ~! これ効いてないっぽいんですけど~!!?」

 

 もう、お口にポイっとされるのも時間の問題。どこかでこの様子を見ているだろう45に向けて力の限り叫んでみる。

 すぐ目の前に牙だらけの孔が迫る。そんな中に、赤く明滅する3つの光が見えた。指揮官が撃った弾丸の着弾地点であろう位置だ。

 

「指揮官! 着地に備えて!」

 

 45からの声がどこからか耳に届いたのとほぼ同時、魔物の身体が内側から盛大に爆ぜた。それこそ、水風船に針を刺したのと同じくらいド派手に、である。

 

「おわぁ!?」

 

 周囲に飛び散る肉片・・・なのだろうか? 紫色の物体を至近距離で浴びつつ、指揮官の身体は地面に向けて真っ逆さま。

 事前に45に注意を促されていた事もあって、空中で姿勢を直すと、なんとか無事に着地してみせる。

 

「うぇ~、なんとかなったけど、これはさすがに・・・」

 

 足に絡んでいた触手の残骸を蹴り飛ばし、自分の身体に目を向ける。

 紫色のゼリーをぶちまけられたような有様で、口の中にも少し入っちゃったほどである。

 甘味があって、少し美味しかったと思ってしまったのは内緒の話だ。

 

「はい、おつかれおつかれ。初めての魔物退治にしては上出来だったわよ」

 

 テンション急低下中の指揮官を知ってか知らずか、上機嫌の45がやってくる。

 少しぐらい心情を考えてもらいたいところだが、助かったのは彼女の活躍によるところが大きいので、言いたいことはあれど我慢する指揮官である。

 

「もう次は遠慮したい経験だったけどね。それで、辺りに飛び散ったこれはどうするつもり?」

 

「ほっといていいわよ。これだけ細切れになってれば、自然と魔力に還ってくれる」

 

 駅前のロータリーほぼ全域にまで飛び散らかしているような惨状だが、まぁ、専門家がそういうのなら、そうなのだろうと納得するしかないだろう。

 指揮官の身体にこびりついた分も、ちゃんと消えてくれるのを祈るばかりだ。

 

「俺の方はいいけど、FAL達はどうなったんだろう? 大ケガしてなければいいけど」

 

「ああ、ネゲヴが保護したってさっき連絡があったよ。みんな揃って身包み剝がされてたみたいだけど、ケガはしてないってさ」

 

「身包みって、服を剥ぎ取られたってこと? 無傷なのになんでそんな」

 

「大抵、ああいうのは人間が持つ欲望が表に出るものなの。今回のアイツの場合は、そういう趣味な欲望が一番強かったのよ。はた迷惑な話だけど、無事に済んだから良かったわ」

 

 確かにはた迷惑な話である。ケガしないとはいえ、もし、自分もFAL達と同様に身包みをはがされていたらと思うと、まあ末恐ろしくて血の気も引こうというものだ。

 

「じゃあ、私は先に帰るから。その残滓が消えるまでここにいなさいね」

 

 指揮官の返事も待たず、お狐45は1人でさっさと立ち去ってしまう。

 気まぐれな彼女の事だ、何も珍しいことではないのだが・・・まるで、何かを避けるような様子にも見えてしまう。

 

「あ~あ、ヒドイ有様ね。ここいらに飛び散ってるの全部あの化け物の肉片? 誰が掃除するのかしら?」

 

 そうして、45と入れ替わりにやってきたのは416。

 2人が顔を合わせることがなかったのは、きっと偶然ではないのだろうと指揮官は思う。

 

「ほっとけば自然と消えるんだってさ。君も無事みたいで良かった。っていうか、ここまでどうやって来たの?」

 

「先生の車。通りがかりに出くわしたから、乗せてきてもらったのよ。もう、2度と乗ることはないでしょうけどね」

 

 溜息交じりに外した416の視線が、明後日の方向で止まる。

 何かをジッと凝視するようなその様子に釣られ、指揮官もそちらに視線を向けた。

 見えるのは、立ち去る45の後ろ姿。もう、だいぶ遠くに行ってしまっていたので、知らなければ誰なのか分からないだろうその人影は、すぐに路地へと消えて行ってしまう。

 

「あの耳・・・コン太?」

 

「え? コン太って?」

 

「いや・・・何でもない。独り言だから気にしないで」

 

 彼女にしては珍しい、目を丸くして驚いたような表情を見せたのは、ほんの一瞬。もう、この話はおしまいとばかりに、彼女は足元に飛び散っている肉片を足先で突いて愚痴を零している。

 今、必要としている内容ではないだろうと判断した指揮官は、傍の瓦礫に腰を降ろして大きく息をついた。

 

「あら? 車が来たわね。随分と大所帯だこと」

 

「警察か消防かな? かなり派手に壊れたから、流石に大騒ぎだよね」

 

 ロータリーに近づいてくる複数のエンジン音が聞こえる。

 コンコースはほぼ全壊で、周囲には気味の悪い紫色の塊が飛び散っている状態。そんな真っただ中にいる指揮官である、諸々の聴取は免れないだろう。

 果たして、本当にあった事を話して信じてもらえるのだろうか? そんな心配をしていると、音の主である車両群がロータリーへと侵入してきた。

 

「・・・この街の警察とか消防ってあんな車なの?」

 

 入ってきた車は黒塗りのセダン、SUV、装甲車と、どう見ても政府機関の車両には見えない装丁である。

 

「いいえ、たぶん貴方が考えてるような見た目よ。間違っても、あんなアブナイ雰囲気の車両じゃないわ」

 

 近づいてきた車両群は指揮官と416を包囲するように停車。一斉にドアが開かれると、中からはこれまた黒尽くめの武装集団が姿を現した。

 

「ったく! なんだってのよ!」

 

 危険を察知した416が銃を手に取る。指揮官も咄嗟に腰を上げ、ホルスターに差してある銃のグリップへと手を伸ばした。

 

「Hands up」

 

 流暢な英語が背後から聞こえる。同時に、後頭部に押し付けられる固い感触。

 あまりにも突然の出来事だが、抵抗は無駄だという事は理解できる。

 小さく舌打ちをして、ゆっくりを両手を頭上に置く指揮官。

 見れば、416も同じ状況に陥っている。

 指揮官ならまだしも、416ですら気づかず背後をとられてしまう相手である。相当な手練れだと見て取れる。

 指揮官に銃を突き付けている相手、フルフェイスのガスマスクにフード付きのロングコートを纏った人物は後ろ手に手錠をかけると、指揮官を車へと連行する。

 

「ちょっと! どこにつれていくつもり!?」

 

 指揮官の方よりもやや大柄な男に連れられ、416は違う車に押し込められる。

 

「何が目的だか知らないけど、あの子にケガさせたら只じゃあ済まさない。よく覚えておけよ?」

 

 言葉が通じているのかは分からない。しかし、指揮官の威勢だけは伝わったろう、背後で鼻で笑うような音が聞こえた。

 

「っ痛!」

 

 首筋に鋭い痛み。それが、何かを刺されたのだと分かった刹那、急激な虚脱感に襲われる。

 足元もおぼつかなくなった指揮官は背後から突き飛ばされ、開いていた車両の後部座席へと放り込まれる。

 ドアが閉められ、車が走り出す。

 

「サンプルを確保。・・・ええ、全身に浴びているので、十分な検体になるかと」

 

 霞んでいく意識の中、そんな会話だけ理解できたのを最後に、指揮官は深い深い眠りへと落ちていった。




長々と続いてきた今作も、いよいよ終わりに近づいてきました。毎週楽しみにしてくださっていた方も、そうでない方も、もう少しだけお付き合いいただかたら嬉しいです。

それではまた来週もお会いしましょう。
以上、弱音御前でした~


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ドールズ・スクールライフ 14話

朝から厳しい寒さに見舞われる今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

ドールズスクールライフ、ようやく終わりが見えてきました。
あと少しだけお付き合いいただければ嬉しく思います。

それでは、今週もごゆっくりどうぞ~


 ・・・2週間後 (指揮官の見立てによる)

 

 

 ビジネスホテルの一室のようなその部屋には、時計が存在しない。この部屋で目を覚ましてから、体感時間で2週間が経過していた。

 食事は朝昼夜の三食、決まったようなタイミングで受け取り口に置かれる。真新しいユニット

バスとベッド付き、とそれなりに不自由のない日々を過ごしていた。

 とはいえ、指揮官を拉致軟禁した謎の部隊の思惑は全く分からないので、不安の尽きない時間だったのは言うまでもない。

 もともと窓だった場所はコンクリートで埋められ、ドアは電子式ロックでビクともしない。脱出するための手は、目が覚めてから数時間で全て試し尽してしまったので、あとは、相手側のミスに期待するのみである。

 ミスといっても、相手は指揮官に何かをするわけでもなく、部屋にほったらかしのままでなんの接触もしてこない。そこがまた不気味で、指揮官の不安を一層に煽ってくる要因にもなっている。

 そんな指揮官になんの前触れもなくチャンスが訪れる。

 

「? 今の音は・・・?」

 

 甲高い電子音が聞こえ、ベッドに寝転がっていた指揮官が身体を起こす。

 音の出所は、入り口の方向である。ドアのロックが解除されたのか、と指揮官に緊張が走る。

 立ち上がり、身構えながら様子を見るも動きは全く見えない。

 そうして数分間、何も起こらない事にしびれを切らせた指揮官が動き出す。

 ゆっくりとドアに歩み寄り、手をかける。どれだけ試してもビクともしなかったドアが、少し力を入れただけで開いてくれた。

 

「ほんと、何が目的なんだろう?」

 

 ドアの向こうを覗き込んでみる。

 左右にまっすぐ伸びる廊下には人影は見当たらず、静かなものである。

 およそ2週間、ずっと閉じ込めていた割にはあまりにも簡単に外へ出られた。もしかしたら、これも指揮官を拉致した集団の思惑通りなのかもしれない。

 

「罠・・・といっても、進むしかないよな」

 

 リスクはあれど、このまま部屋の中で手をこまねいていても仕方がない。

 意を決して、指揮官は廊下を慎重に進んでいく。

 廊下の途中、エレベーターフロアに差し掛かる。プレートには5Fの表記。今、指揮官がいるのは建物の5階であるらしい。

 エレベーターは稼働しているようだが、万が一の際に逃げ場がなくなってしまうのはマズイ。そんな考えから、指揮官は廊下の端、非常階段へと向かう。

 薄暗いシャフト内を、先を確認しながらゆっくりと降りていく。

 5階、4階、と特に問題なく下り、1階に到着。扉を開け、フロアの様子を確認して・・・思わず絶句してしまう。

 指揮官がいた上階は何ともなかったのに、1階は大規模な戦闘でも行われたような有様である。

 壁は無数の弾痕でハチの巣が出来上がり、ドアは榴弾でも使用したのだろう、粉々に吹き飛ばされている。

 白く、清潔感のあった壁は大量の血飛沫で彩られていることからも、どれだけ凄惨な有様だったかが読み取れる。

 

(俺が閉じ込められている間に何があったんだ?)

 

 足元に転がっていた、真鍮製の手すりを拾い上げる。短めで振るいやすい、無いよりはマシな

武器というやつだ。

 より一層慎重に、五感を澄ませながら廊下を進んでいく。

 もう、戦闘が行われてからだいぶ時間が経っていたのだろう、辺りは耳が痛くなりそうなほどの静寂が漂っている。

 上階の倍以上の時間をかけて進み、廊下を抜けた先は、この建物のエントランス。装丁を見る限り、この建物はどこかのビジネスホテルだったようである。

 ただ、この有様ではもうホテルとしての営業など不可能だろうが。

 

(あれは・・・人?)

 

 ロビーを通り過ぎ際、カウンターの反対側に人影が見えた。

 

「そこの人、聞きたいことがあるんだけど」

 

 カウンターを背に座り込んでいるその人影は指揮官の問いかけに応じることが無く全く動くような素振りもない。

 少し早足に、その人物のもとへと近づいていく。

 黒いロングコートにガスマスク。指揮官を拉致した部隊と同じ装いの人物は、ライフルを手にしたまま、こと切れていた。

 死因は腹部からの出血によるものか。防護性能の高そうなコートの上から、腹部をバッサリと切られている。

 

「すごい傷だな。どれだけ大きな刃物で切られたんだ?」

 

 ただでさえ不可解な状況だというのに、謎の部隊の死体が状況を一層複雑に仕立てあげている。

 しかし、情報を得られるモノがここには何もない。ひとまず、目指すはここからの脱出。45達のもとへと帰ることだ。

 黒コートの人物から拳銃と弾薬を拝借し、エントランスから外へと出る。

 

(外は・・・戦闘の形跡はないのか。まだ明るい時間なのに人がいないのは、そういう場所だからか?)

 

 どこかの繁華街だろうか、見たことはない場所である。携帯端末があればマップで

 居場所を調べられるのだが・・・現代生活に馴染んでしまっている指揮官には困った状況である。

 どうしたものか、と周囲を見回すと、ホテル前の路肩に件の武装集団が使っていた車両が停まっているのが目に付いた。

 

「鍵が開いているなんていうラッキーは・・・あるんだなこれが」

 

 ドアを開け、スタートスイッチを押すとすんなりエンジンが掛かってくれた。

 センターパネルのナビゲーションを起動して現在地を確認すると、どうやら、指揮官がいた町から2都市ほど離れた場所にいるという事が分かる。

 

「端末があれば45に電話をしたいんだけど、流石に転がってないか」

 

 車内を一通り探り、必要になりそうなものをピックアップ。

 そうして、目的地を45の家があるエリアに設定し、ハンドルを握る。

 

(たぶん怒られるんだろうな。俺のせいじゃないんだけどさ・・・)

 

 心の中で一人ごちて、指揮官は車を発進させる。

 目的地まで数十キロに及ぶ道のりは、それこそあっという間のことだった。海外製高級車の噂に違わぬ乗り心地とスピード&パワーのおかげ、というのもあるが、一番の理由は、他の車両が一台も走っていないから。

 町に戻ってくるまでの道中、車両と出くわさなかったどころか、人の姿すらも見かけなかったのだ。

 脱出に成功したという喜びは、この不気味さによってすっかりと塗りつぶされてしまっていた。

 それでもきっと45達だけは、という淡い期待で不安を押し込み、指揮官は車を急ぎ走らせる。

 見慣れた住宅街を抜け、懐かしの我が家に到着。ドアを蹴とばすような勢いで開けると、玄関へ向けてまっしぐら。

 

「45~、9~、いるか~!」

 

 家の中に指揮官の声が溶け込んでいく。いつもなら、スプリングフィールドが優雅に午後の

ロードショーでも楽しんでいるだろう時間だが、1階には人がいる気配すらもない。

 

「41~、スプリングフィールドさん~、いますか~!」

 

 2階に上がり、姉妹の部屋だというのもお構いなしに覗いて回る。

 結局、誰も見つけることができず肩を落としながら車へと戻る指揮官。

 

(それなら学校か。この時間なら必ず誰かいるはず)

 

 一縷の望みを胸に、学校に向けて車を走らせる。

 人の足で15分ほどの道のりだ。人通りの無い中を車で走れば数分の道のりである。

 正門に車を止め、車を降りる。

 外から校舎の様子を見て、指揮官は自然と銃のグリップに手をかけていた。

 

「なんで学校だけこんなになってるんだ?」

 

 思い出すのは指揮官が軟禁されていたホテルの1階。いずれの窓ガラスも割れ、壁は、無数の銃弾が撃ち込まれた痕と乾いて赤黒く変色した血痕に塗れている。

 校舎へと続く石畳の上には、黒コートの武装員が幾人も倒れている。

 これも不思議な光景で、彼等が争ったであろう相手というのが欠片すらも見当たらないのだ。これだけの装備をしている集団との戦闘だ。無傷で済む筈はなく、犠牲が出て当然である。

 明らかに異様な世界の中を、それでも指揮官は進んでいくしかない。

 拝借した銃を構えつつ、校舎に足を踏み入れる。中の状況も、ホテルの時と大差はない。

 いつ何者が襲い掛かってきても平気なよう、慎重に捜索を進める。

 各階、1部屋の漏れもなく見て回るが、いつも顔を合わせていた娘達の姿は見当たらない。

 誰もいない。出会うことは出来ないが、亡骸として見つけてしまう事もない。その事実は、むしろ指揮官にせめてもの安堵を与えてくれた。

 

(やっぱり誰もいない。あとは・・・屋上か)

 

 屋上へと続く階段は戦闘の後は見られない。

 ようやく、自分がいた世界へと戻ってこれたような、微かな安息。

 緊張も緩みつつ、階段を上りきる。

 ドアにカギは掛かっていない。

 キィ・・・と微かな軋み音を上げながらドアが開く。

 その先では、雲一つない蒼天から降り注ぐ陽光を浴び佇む女性が一人。何をするわけでもなく、ただ、佇んでいた。

 銃をしまい、指揮官はその女性に歩み寄る。

 指揮官よりも頭一つくらい背の高い、その女性が指揮官に向けて振り返る。

 銀糸のように美麗な長髪がサラリと空気を薙ぐ。

 

「グリジョの指揮官。また会えて嬉しいよ」

 

「キミは・・・アルケミスト、だったよね。無事で良かった」

 

 大人びた微笑みを浮かべるアルケミスト。彼女に、指揮官もまた笑顔で返す。

 立ったままでの話もなんだから、と2人は屋上の手すりに背中を預けて腰を下ろした。

 

「街には誰もいないし、校内には銃撃戦の跡。一体、何があったんだ? この学園の生徒たちはどこに行ったの?」

 

「彼女たちは、各々の使命を果たしに行った。もう、ここに戻ることはない」

 

 彼女たちの使命。グリフィン女学園の生徒たちの使命とは、一体何だっただろう?

 指揮官という立場であるにも関わらず、それが思い出せずにいる。

 ・・・故に、彼にはもう、この出来事の真相を知る資格はないのである。

 後は、只、終わりまでの時間を怠惰に過ごすのみ。

 

「キミは、その使命には従わなかったの?」

 

 グリフィン女学園と同様の使命が鉄血学院の生徒達にもあったはず。ならば、なぜアルケミストだけはここにいるのだろうか?

 

「ああ、私は違う使命ができたから残ったんだ」

 

 違う使命? と小首をかしげる指揮官。そんな仕草を見て、やや顔を赤らめるアルケミストに指揮官は気が付いていない。

 

「ぁ、アナタに会いたかったから、この街に残った。グリジョの校舎にいれば、会えると思って、ずっと待っていたんだんだ」

 

 待っていた。その言葉が今の指揮官にとってどれだけ嬉しい事か。

 これまで、ずっと張り詰めていた糸が緩み、ちょっと涙が出そうになったくらいである。

 

「そっか、ありがとう。俺も、キミに会えて嬉しいよ」

 

 傍らに置かれた彼女の手に自分の手を重ねる。陶磁器のような彩の無い肌とは裏腹に、彼女の手は温かく柔らかく、心の優しさまで伝わってくるかのよう。

 

「それじゃあ・・・ずっと、私と一緒に居てくれるだろうか? この、世界が終わる時まで。

ずっと、ずっと」

 

「うん、約束するよ。ずっと、キミの傍にいる」

 

 言って、身体を寄せてくるアルケミストをそっと抱き寄せる。

 視界の端、この街よりもはるか先のどこかでオレンジ色の光が明滅したのが見える。

 その戦火が広がり届くその日まで、2人は交わした約束の通り、共に寄り添い、束の間の安息に身を委ねていた。

 

 

         END

 

 

 

 

*Eエンディング* 

 

この世界の真実を知ることなく、結末を迎えました。

グリフィン女学院の生徒と仲良くなると、違う結末に辿り着けたかもしれません。

真相を知るために、色々な場所に足を運んで、女の子達と仲良くなりましょう。

 




ゲームみたいな終わりになった、という点に関しては次回にご説明するとして、本編はここまでになります。ひとまずは、長々とお付き合いありがとうございました。

次週のエピローグもどうぞお楽しみに~
以上、弱音御前でした


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ドールズ・スクールライフ 15話

変わらずの寒さに凍える今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

15週に渡って投稿してきましたドールズ・スクールライフ、今回が最終となります。
ネタ明かしというか、大した話でもないのですが最後まで楽しんでいただければ幸いです。
それでは、最後までごゆるりとどうぞ~


 グリフィン基地 シミュレータールーム

 

 

「はぁ~・・・ヒドイ夢を見た気分だな」

 

 夢というのは、支離滅裂で荒唐無稽。本来の自分なら絶対に疑うようなことを真面目にこなしているものだ。

 目が覚めて、夢の内容をふと思い出して、その際の自分の行動に赤面するようなものなのである。

 

「RFB! ちょっと言わせてもらいたいことがあるんだけど!」

 

「私もついでに言わせてもらおうかしら、返答次第では只じゃあおかないわよ?」

 

 起き上がるや、今回のレクリエーション〝シミュレーターでゲームの世界を楽しんじゃおう!〟を企画した張本人、RFBにくってかかったのは45と416。

 

「ああ、ちょうど良かったよ。私もみんなに言いたいことがあるんだ。はい、全員集合~」

 

 RFBの号令を受け、室内に居る全員が集まる。

 指揮官を除いた戦術人形総勢17名。夢・・・シミュレーターに出てきた面々である。

 

「まず私から言わせてもらっていいかしら? スペシャリストである私に対してのあの配役について聞きたい」

 

「ええ、それはもう。魔法少女ピーキー✮ピンキーさんのおっしゃる通りに」

 

「覚えてなさいよ、UMP45~~! うええぇえええぇぇ~~~~ん!」

 

 耳まで真っ赤にして、ガチ泣きしながらシミュレータールームを出ていくネゲヴ。

 可哀そうに。まだ記憶に新しいあの装いのせいで、ネゲヴはしばらくの間、45から酷く弄られることだろう。

 そんな彼女にフォローを入れてあげるのも、指揮官の仕事である。ちょっとめんどくさいけど、仕事なので仕方がない。

 

「まず、あの終わり方は何? アルケミストって、NPCでしょ? それがなんで指揮官とエンディングなのよ?」

 

 今回、シミュレーターのデータとなったゲームは、いわゆる美少女ゲームというもので、友好度を上げていき、最終的に一番友好度が高かったヒロインとエンディングを迎えるというのが基本ルールだ。参加した戦術人形たちが、主人公である指揮官とエンディングを迎える為に凌ぎを削る、まさにバトルロイヤルだったのである。

 当然、鉄血のエリートたちが参加しているわけはないので、鉄血学院の面々は、データ上でだけ存在するキャラクターだった。

 45は、そんな脇役が指揮官とエンディングを迎えたことにたいそうご立腹のようである。

 

「そりゃあそうだよ。だって、アルケミストがチェックポイントの時点で一番友好度が高かったんだもん」

 

「なんでよ? アイツ、大して出番なかったじゃない」

 

「あのさぁ、私、途中でアドバイスしたよね? 〝猫〟は逃さないようにって。覚えてる? もしも~し? お留守なんですか~?」

 

 45の頭をコンコンとノックしながらRFBが捲し立てる。

 ここまでやられたらブチギレ確定だろう45は、しかし、何も言い返せないでいる。状況は、

圧倒的にRFB優勢だ。

 

「今回、ベースになったゲームはフラグ管理がシビアっていうので有名で、四六時中主人公にくっついてコツコツとフラグを立てまくっても、それを一発でひっくり返すような核ミサイル級のフラグが存在するんだよ。それをNPCにとられたら終わりだから、あの時みんなにヒントで教えてあげたのに、誰も回収に向かわないんだもん。もう、呆れちゃったよ。私、ああいう中途半端エンドが一番嫌いなの。副官もさ、指揮官を傍で補佐する立ち場なんだから、仕事はしっかりと仕上げようって思うでしょ? それと同じ。こちとら、遊びでやってんじゃないんだからさぁ」

 

 RFBにボロボロに言われ、45は目の端を潤ませている。

 助け船は出せない。今のRFBに45共々噛みつかれるのはごめん被りたいところである。

 

「エンディングの話はもういいわ。それよりも、私が気に入らないのはあの配役よ。完璧なはずの私が、なぜあんな病弱娘を演じなければいけないのかしら?」

 

 45を助けた、というわけでもないのだろう。痺れを切らせた416がRFBのお説教に果敢にも切り込んでいく。

 

「配役は自動割り振りにしたから、みんなのメンタルを参照して違和感が無い配役にしてるはずだよ。ログを見た感じ、416さんの役はピッタリに思えるけど」

 

「馬鹿な事を。私、あんなひ弱な感じに見えるのかしら?」

 

 416の問いに、室内にいる全員が頷く。

 それで話はおしまい。苦い顔をしながら、416は引っ込まざるを得なくなる。

 

「では、私の配役もメンタルを参照した結果、ということなのかしらね」

 

 そして、満を持して登場するスプリングフィールド。

 彼女を前にして、ここまではイケイケだったRFBも、やや委縮した様子を見せる。

 

「あ~・・・え~と・・・そうですねぇ・・・配役に関してはそういう事になりますけど、あれはどちらかというと、ベースになったゲームが原因というか」

 

「ふむ? その言い方だと、まだ何か事情がありそうですね」

 

 ずい、とスプリングフィールドが笑顔を張り付けたまま踏み出すと、RFBがその分だけさがる。完全に形勢逆転だ。

 

「実は、別のゲームから少しずつデータを持ってきて、ベースのゲームにくっつけるっていうのを試してみたんだ。スプリングフィールドさんの〝アレ〟はその継ぎ接ぎしたゲームの方のイベントでして・・・」

 

「なるほどなるほど。それは、どんなゲームなのかしら?」

 

「この場ではとても言えないようなタイトルです、はい」

 

 そういうことなら、シミュレーター内でのスプリングフィールドとの一件も納得がいく。どんな状況だったかは、もうあまり思い出したくないものではあるが。

 

「だって、そういうのもあった方が指揮官も嬉しいかなって思ったんだもん。毎回、45副官じゃあ指揮官だって飽きちゃってるかな、って」

 

「そこで俺を巻き込まないでくれるかな!?」

 

 45からの冷たい視線は気になるが、今は彼女もヒドイ痛手を負っているので、あえて反撃はしない方向でひとつ。

 

「はぁ~・・・仕方ありませんね。夢の中の出来事だった、という風に考えておきましょう。ここに居る皆様も、このことは他言無用で、是非ともお願いしますね?」

 

 うふふ、と、秋風のように爽やかな笑顔で言われては、一同、YESと返すしかない。彼女を敵に回して生きていける者など、この基地には居やしないのだ。

 

「・・・とはいえ、今のシミュレーターは各々のメンタルの奥底を反映している、という事実には変わりないんだ」

 

 そんな中で発言したのは、ショットガンの戦術人形、KSG。RFBとはゲーム仲間で、シミュレーター内では別モードでお楽しみだった、基地内でもう1人のゲームマスターである。

 

「人間だろうが人形だろうが例外なく、ゲームの中では素が出る。それがゲームの良いところだと私は思う。普段は抑圧された感情を発散させ、楽しむ場。みんなはどうだろう? 大小はあれど、少なくとも、楽しいと感じてくれたかな?」

 

 楽しむ。そもそも、これはレクリエーションの一環として企画されたことだ。その根本の目標を達成できていなければ、大失敗となってしまうのだが・・・

 

「私はとても楽しかったです。楽しいだけじゃなくて、ちょっとだけ自分に自信が持てたような気になれたので、とても・・・嬉しかった」

 

「ああ、ドッヂボールの時だね? あの時はFALの本心が聞けたから、私も嬉しかったな~。ねぇ、G3?」

 

「は、はい。やっぱり、FALさんはとても仲間思いだなって感じましたぁ」

 

「ふん、あれはレクリエーションだから、一時の気の迷いよ」

 

 ガーランドたちから笑みが零れて。

 

「私は、指揮官さんと銃の話ができて楽しかったな。あれじゃあ物足りないくらいだよ」

 

「次はレースゲームの要素をもっと増やしてくれない? 世界に名だたる名車をもっと体験してみたいな」

 

「やはり、私には教員など似合わん。次はもっと暴れさせてくれよ?」

 

 スパス、グリズリー、SVDの教員3人組も次に思いを馳せて。

 

「私も45姉と41ちゃんみたいにお耳と尻尾が欲しかったよ~」

 

「それじゃあ、次は3人でお揃いです~!」

 

 9と41は無邪気にじゃれ合っていて。

 

「45はどう? 楽しかった?」

 

「そんなの、聞くまでもないでしょ? ねえ、416?」

 

「文句言った手前もあるんだから、言わせないでちょうだい」

 

 結局、2人もしっかり楽しんでくれていたようなので、つまりは、今回のレクリエーションも

成功と指揮官は判断する。

 

「よしよし、流石は私とKSGのチョイスってところだね。今度はシンプルにゾンビ殲滅戦なんてどうかな? これだけエース揃いなら超難易度も行けちゃうかもよ?」

 

「そうだな。じゃあ、私がお手上げだったあの問題作を引っ張り出すとしようか」

 

 そんな2人の話を聞いていると、次が不安に思えてしまうが、まぁ、今回これだけの成果を上げてくれた2人である。いちおう、信用して待っていようと思う指揮官なのであった。

 

 

 

 

 追伸

 

「ふと思ったんだけどさ、ベースになったゲームに他のゲームのイベントを継ぎ接ぎしたって言ってたけど、どの辺りまでがベースだったの?」

 

「お? そこが気になっちゃう? さすが指揮官。すっかりゲーマーが板に付いてきたね」

 

 今回のレクリエーションに関しての報告書を受け取りがてら、指揮官がRFBに尋ねる。

 ゲーマーどうこうというより、ちょっとした興味である。あのシナリオはあまりにもメチャ

クチャすぎて、ゲームマスターを自称する彼女が持ち込むようなものとは思えなかったのだ。

 

「ベースになったゲームのお話はね、引っ越してきた街で主人公怪異に遭遇するっていうもので、クラスメイトの魔法少女、同じくクラスメイトで居候先の妖狐、あと、クラスメイトの病弱娘の

3人がヒロインなの。さっきのシミュレーターだと、ネゲヴさんと416さんと45副官だね」

 

「あの3人が同じシナリオに出てるの? ・・・それ、シナリオとして成立する?」

 

「まぁ、一見して大地雷の作品なんだけど、これは、その昔ギャルゲー黄金期に発売された、いわゆる〝泣きゲー〟の最高峰って言われてる作品でさ。いやぁ、私もKSGもこのシナリオには泣かされたものだよ」

 

「へぇ~、キミたち2人が泣くって、そんなに難易度が高いゲームなの?」

 

「そういう意味の泣くじゃなくて、感動って意味の泣くだよ。今の端末OSに対応してるゲームデータ貸してあげるから、指揮官もやってみてよ。私が行ってる意味、絶対に分かるからさ」

 

「そうだね・・・じゃあ、暇があったらやってみようかな」

 

「えへへ~、暇があったら、なんて余裕言ってられるのも今の内だよ。一度始めたら止まらなくなるんだから」

 

 報告を済ませ、退室するRFB。

 それから程なくして、彼女からゲームデータ付きのメールが指揮官のもとへ送られてくる。

 

 

 ~3日後~

 

 

「ふぁあぁぁ~~~」

 

「随分とおねむみたいね。最近、随分と夜更かししてるみたいだけど、何してんの?」

 

「ん・・・ちょっとね~・・・」

 

 赤くなった目をこすりながら執務に戻る指揮官。

 そこへ

 

「やっほ~、指揮官」

 

 ノックもせずに執務室の扉を開け、上機嫌そうなRFBが乱入してくる。

 割といつもの事なので、45も溜息をつくだけで特に咎めることはしない。

 

「なんか、最近ずいぶんと寝不足っぽいって噂を聞いてさ。もしかして、アレに嵌っちゃったクチかな~?」

 

「いやぁ・・・悔しいけど君の言う通りだよ。ちょうど昨夜、真エンディングまでいってさ。すっげぇ良い話だった」

 

「でしょでしょ? って、指揮官、目ぇ真っ赤だよ!? あはは~! それ、絶対に泣き腫らしたやつでしょ? だよねだよね~。私は、お狐様への恩返しが一番グッてきたかな」

 

「あぁ~、それダメなヤツだって。また涙がジワってくるから思い出させないで」

 

「・・・・・・何やってんの、アンタ達。キモっ」

 

 凍てつくような45の視線を傍から浴びつつ、ゲーマー2人のよもやま話は1時間くらい続いたとか。

 

 END




とまぁ、こんなオチでございました。
やりたいネタを何でもかんでも詰め込んでいくと、こんな風にガタガタな内容になってしまうので、皆さんも気を付けましょうね。

改めまして、ドールズ・スクールライフをさいごまで読んでいただいてありがとうございました。
こんな作品でも、皆様のほんの暇つぶしになってくれていたら嬉しいです。

次回作は2~3週後に投稿予定なので、また皆様にお会いできるのを楽しみにしています。
以上、弱音御前でした~


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