to the beginning (妖怪1足りない)
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コツコツと書き溜めたのを投稿。ストック分が尽きたら、現在病気療養中の為、不定期更新になります。


 「はあ」

晴れた夏の日の昼下がり、俺はため息を吐く。

退屈で退屈で仕方がない。

ああ、自己紹介まだだったな。

名前は橘レイジ。テンプレ転生者である。

ちなみに死因は風呂場で眠っての水死。

あ、そこ笑わない。それでくじ引きで特典をもらったのだが、

出たのは『FGO』。

しかし、転生先は平和な現代日本。

これエクスカリバーとかオーバーキルだよね?

最近は仮面ユーチューバーとして、前世の歌を投稿してる。

評判も上々で再生数も伸びている。

歌ってくれる人いないのかって?

陰キャボッチにそんなのいないよ。

今日は暑いから海に来ている。

キャラに合わない? 放っといてくれ。

陰キャボッチでもたまには外に出たくなるものなのだ。

ただいまちょっとした事件が発生している。

海で女の子が溺れている。

あまり目立ちたくないが仕方ない。

俺は海の上を走り、女の子の所へ向かった。

周りは突然の超常現象に呆然としていた。

俺は女の子を抱きかかえ、砂浜へ引き返す。

砂浜には女の子の友人と保護者らしき人がいた。

「卯月大丈夫!?」

「大丈夫だよ凛ちゃん」

卯月と呼ばれた女の子が笑顔で応じる。

「助けていただきありがとうございます」

保護者と思しき男性がお礼を言う。

「ああ、まあ、気にしないで下さい。それじゃあ俺はこれで」

俺はそそくさとその場を去った。

海上を走るのはやり過ぎたかな。

 

 その後は平和な時間が過ぎた。

頬をなでる海風が気持ちいい。

ウトウトとし始めると、男女が言い争う声が聞こえた。

どうやら強引なナンパらしい。

俺は起き上がると声のする方に向かった。

「お前等その辺にしておけよ」

俺はナンパをしている男達に声を掛ける。

「あ? なんだてめえは?」

「女の子が嫌がってるだろ。これ以上はやめろ」

「うるせえ!」

男の一人が殴りかかって来るがそれを難なく止める。

「バリツ」

俺は拳を男の顔面に喰らわす。

男は吹き飛び砂浜を数回バウンドして止まった。

「まだやるか?」

俺がそう言うともう一人の男はそそくさと逃げ出した。

「あの・・・ありがとうございます」

女性がお礼を言った。

歳は俺に近いか?

一目見て美人とわかる。

この人俺と対極に位置する陽キャだわ。

「ああ、気にしないで下さい。それじゃ俺はこれで」

挨拶もそこそこにそそくさと立ち去る。

今日はこんなことが多いなあと思う。

 

 「それにしても返事どうするかね・・・」

あの後俺は自宅に帰宅し、パソコンのメールを見ている。

それはとある芸能事務所からの作曲依頼。

「曲は問題ないとしてもな・・・実際問題現実の歌がなあ・・・」

今、この世界の歌は昭和の途中で止まってる状態だ。

ここに平成、令和の歌を出したら?

俺はうんうん悩みに悩みぬいた末、結論をだした。

引き受けよう。

この停滞状況を打破しよう。

そうすれば後は誰かが続くはずだ。

俺は早速了承のメールの返事を書く。

メールのあて先は346プロだ。

 



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 暑い。

俺は346プロに向かっていた。

面会の約束は取り付けてあるが、とにかく暑い。

そんなことを思いつつ、346プロにたどり着いた。

「・・・城?」

346プロの外観は城であった。

少し見てから建物の中へ入ってゆく。

 

 建物の中は冷房が効いていた。

入口に制服を着た女性が立っていた。

「橘さんですか? アシスタントの千川ちひろです」

「橘レイジです。ご丁寧にどうも」

「常務がお待ちです。お部屋へご案内します」

俺は千川さんの後をついて行った。

常務室には女性が座っていた。

・・・眼力強いな。

場違いな感想を抱きつつ勧められるまま、椅子に座る。

「よく来てくれた橘君。作曲を引き受けてくれたこと感謝する」

女性・・・美城常務が話す。

「いえ。これが持って来た音源です」

俺は持って来たCDを渡す。

ちなみに今回の曲は、

 

・月光花

・Destiny-太陽の花-

 

このチョイスを常務がどう感じるか。

常務はCDを流し始める。

しばし音楽が流れる。

「・・・素晴らしい」

常務が感嘆したように呟く。

「初めて聞く旋律ながら、耳に馴染む音楽・・・素晴らしい」

「お褒めの言葉をいただき恐縮です」

お世辞ではなく本心からの言葉だ。

「私から提案があるのだが・・・プロデューサーをやってみないか?」

「プロデューサーですか?」

「ハッキリ言えばわが社の専属で曲を作ってもらいたいのだ」

「・・・・・・いいでしょう。お引き受けします」

思った以上に好評価らしい。これなら他の曲も問題ない。

「決まりだな。契約等の細かいことは千川君に任せてある」

「ふふ。よろしくお願いしますね橘さん」

 

 「契約も終わりましたし、346プロをご案内しますね」

俺は千川さんの後をついて行く。

346プロの敷地は広大で多種多様な施設があった。

「ここがプロデューサーさん達の部屋。武内プロデューサーの部屋を訪ねてみましょう」

そう言って千川さんが扉をノックし、ドアを開ける。

「武内プロデューサー、今お時間よろしいですか?」

「はい。どうぞ」

「こんにちは・・・」

言いかけて声が止まる。

この人、海で会った保護者の人じゃん。

「あなたはこの前海で出会った・・・」

「プロデューサーやることになりました橘レイジです。よろしくお願いします」

「武内プロデューサーは橘さんをご存知なんですか?」

「この前海に行った時、溺れた島村さんを助けてもらいました」

「そうなんですか! 偶然ですね」

「おはようございます武内プロデューサー。・・・ってあの時の」

「確か島村さんでしたね。新しくプロデューサーになった橘レイジです」

「そうなんですか。・・・何でプロデューサーに?」

「それは専属で作曲してもらうためですよ。雷電Pって知ってます?」

千川さんが尋ねる。

「知ってます! 今までにない独創的な曲で人気の仮面ユーチューバーですよね!」

「ふふ。その雷電Pが橘プロデューサーなんですよ」

「えー! そうなんですか!?」

「まあ、一応そうです」

うう・・・笑顔が眩しい。

 

 島村さんと話していると、ドアをノックする音が聞こえ女性が入って来た。

「こんにちは。武内プロデューサー。・・・あなたは海の時の」

「こんにちは。橘レイジです。新しくプロデューサーとして働くことになりました」

「そうなんですか。あの時はありがとうございました。私は新田美波といいます」

微笑みながら挨拶する新田さん。

陰キャボッチの俺には笑顔が眩しすぎる。

「そろそろ次の施設へ行きましょうか」

ナイス千川さん。

俺は千川さんの言葉に乗り、そそくさと部屋を出た。

 

「橘さんは女性が苦手何ですか?」

千川さんが聞いてくる。

「えっと千川さん・・・」

「ちひろでいいですよ。それでどうなんです?」

「・・・ちひろさん、ええ、まあ、その通りです」

「・・・一度前髪を上げてみてもらえますか?」

「・・・一度だけですよ?」

俺は前髪をかき上げた。

「・・・・・・」

ちひろさんは俺の顔をじっと見る。

うう。そんなに変な顔なのか?

「も、もういいでしょう!」

俺は前髪を元に戻す。

「あ・・・・・・」

ちひろさんは残念そうな顔をした。

「橘さん。絶対髪を短く整えた方がいいです!」

ちひろさんが力を込めて断言する。

今の俺はぼさぼさの髪に前髪で顔が隠れている。

「嫌です。昔女子にいじめられたことがあって、

何でいじめるのか聞いたら顔と言われました。だから顔を髪で隠してるんです」

「素材はいいのに勿体無いです! 髪を切りに行きましょう!」

「施設の紹介は・・・」

「そんなの後です! 美容師さんもいますから行きましょう!」

無理矢理引っ張られる俺。

力を込めれば止められるがちひろさんがケガをしかねない。

仕方なくちひろさんに引っ張られることにした。

 

数十分後・・・

「できましたよ」

美容師さんの言葉に前を向く。

髪が短くなった俺の姿が鏡に映っていた。

「いいですよ橘さん」

「うう・・・。落ち着かない」

「そのうち慣れますって。絶対そっちの方がいいですから」

それじゃあ施設の紹介を再開しましょうとちひろさんは言った。

その後、すれ違う人皆俺を見て振り返るし、

プロデューサーを引き受けたのは間違いだったかなと思った。

 



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 「998・・・999・・・」

一心不乱に剣を振るう。

「1000!」

朝練終了。

俺は毎日鍛錬を欠かさない。

冬木等の名前がないためFate時空ではないようだが、

他のヤバい世界の可能性もある。

故に鍛錬は欠かさない。

鍛錬を終えスポーツドリンクを飲んでいると、

父から声がかかった。

「レイジ、重要な話がある」

そう言ってリビングに来るように促す。

「それで父さん。重要な話って?」

「父さんが女性と付き合っているのは知っているな?」

「ああ」

俺の家は父子家庭だ。

母が幼い頃死んだ後、男手一つで俺を育ててくれた。

「実はな・・・父さん再婚することになったんだ」

「父さん、おめでとう」

俺は素直に祝福する。

俺も二十歳だ。父さんにはこれからの人生、好きに生きてほしい。

「ああ、ありがとう。それと相手の方には、連れ子がいる。十二歳の女の子だ」

「はあ・・・」

連れ子がいるのか・・・コミュニケーション取れるかな・・・。

「来週の日曜日にあちらが引っ越してくる。準備を頼む」

「わかったよ父さん」

 

 そして日曜日、新たに母となる女性と妹が越してきた。

「レイジ、紹介しようこちらの女性がレオンさん。女の子がありすちゃんだ」

「レイジさんこれからよろしくお願いします」

レオンさんはふんわりおっとりした感じの女性だった。

こんな美人よく捕まえられたなと思う。

「ありすです。でも、ありすと呼ばないでください」

・・・んん? これはどう呼べと?。

「こら、ありす。レイジさん達が困っているでしょう」

「嫌なものは嫌なんです。それなら旧姓の藤原で呼んで下さい」

こりゃあ気難しい子だな。

「えと、とりあえず食事にしませんか? 腕によりをかけて俺が作ったんで」

「そうだな。レイジの料理は絶品だぞ」

その後、俺達は料理を食べ始めた。

二人共おいしいと褒めてくれ、俺はホッとした。

 

 夜になり俺は生配信を開始した。

「どうも雷電Pです。早速ですが報告があります」

俺は父親の再婚と妹が出来たことを告げた。

リスナーさんの質問にいくつか答えた後、俺は曲を歌い始めた。

その時、歌っている途中でドアをノックする音が聞こえた。

それもかなりの勢いでドンドンと叩く。

「兄さん! ちょっといいですか!」

ちょっ! これ放送事故!

「リスナーのみなさん、ちょっとお待ちを」

俺は映像を切り、ドアに向かう。

「藤原さんどうし・・・」

「兄さん! 兄さんがやっぱり雷電Pだったんですね!」

しまった! 仮面外し忘れた!

「ちょっと待って! 配信切るから!」

俺は急いでリスナーに説明し、配信を打ち切った。

「はあ~・・・」

「それで兄さんが雷電Pなんですよね?」

「うん、そう。藤原さんは雷電Pを知ってるの?」

「大ファンです! 歌を聞きながら眠る位に!」

うわ。物凄く食いついてきた。

「ああ、ありがとう。俺なんかで幻滅したかな?」

「いえ! むしろ予想以上にカッコイイです!」

なんか俺に対する評価高いな。

「あの、一曲歌ってもらえませんか?」

「いいよ。それじゃあ一曲『サウダージ』」

「~~♪」

ギターを奏でつつ、曲を歌う。

その間藤原さんは眼を輝かせていた。

「・・・こんなところかな」

「ふわー・・・いい曲です」

「藤原さんは歌に興味があるのかな?」

「ありすでいいですよ兄さん。歌には興味があります。

将来は歌に携わる仕事がしたいです」

「アイドルに興味はないかな?」

「アイドル・・・ですか?」

「ああ。今俺は346プロでプロデューサーをしてるんだけど、

担当アイドルが決まってなくてさ。ありすが良かったらだけどどうかな?」

「そうですね・・・兄さんならいいですよ」

「ありがとう。そうなると父さん達にも話さないとな」

「そうですね。話に行きましょうか」

俺達は揃って一階へ降りていった。

 



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 俺は大学で講義を受けていた。

その途中で俺の携帯にメールが入る。

陰キャボッチの俺にメールを送るのは、

仕事関係か数少ない友人だ。

今回は友人の方だった。

空いてる時間はありますかとのことだったので、

空いてる時間といつもの場所でと送信する。

すぐに了解の返事が来た。

それを確認して、退屈な講義に意識を向けた。

 

 講義を終え、友人の待つベンチへと向かう。

友人はすでにベンチで待っていた。

「お待たせ鷺沢さん」

「橘さん・・・いえ、私もついさっき着いたので」

鷺沢さんとは古本屋で知り合った仲だ。

話してみると同じ大学だとわかり、友人となった。

前髪で目元が隠れているけど、よく見れば美人とわかる。

普段はお互いベンチに座り本を読んでるのだが・・・。

「それで相談って何かな? 恋愛関係は無理だけど」

「いえ。そうではなく・・・私、アイドルのスカウトを受けたんです」

「へえ・・・」

俺は意外とは思わなかった。

鷺沢さんは見る人が見ればわかる。

「それで事務所の名前は?」

「346プロです」

「まじかあ・・・」

俺は奇妙な偶然に天を仰ぐ。

「346プロを知っているんですか?」

「知ってるも何も俺がプロデューサーとして働き始めたとこ」

「そうなんですか・・・」

「それでやるのアイドル?」

「それが悩んでいて・・・」

「まあ、鷺沢さんの人生だし、どちらを選ぶかは後悔無いように決断しなよ」

「・・・そうですね。少し考えてみます」

「それじゃあ俺はこれで」

「ありがとうございました」

鷺沢さんに礼を言われて、俺はその場を後にした。

 

 「ありす、お待たせ」

俺はありすが通っている小学校にやってきた。

「兄さん、それじゃあ事務所に行きましょうか」

俺達は事務所へ向かって歩き出した。

俺達が歩いているとサッカーボールが転がって来た。

「すいませーん!」

声のする方向を見ると公園があり、ありすと同じ位の女の子が手を振っている。

その時『直感』が反応したので『鑑定眼』も使う。

ふむ・・・。

俺はボールを拾い上げ女の子に近づく。

「こんにちは。俺は橘レイジ。こういう者だ」

俺は名刺を渡す。

「346プロのプロデューサー? そんなのが何の用だよ?」

女の子は怪訝な顔をする。

「アイドルをやらないか?」

「はあ?」

「リフティングで勝負して俺が勝ったらアイドルをするというのはどうだ?」

「そっちが負けたら?」

「俺が持っている財宝のどれか一つをあげるというのはどうだ?」

「おもしれえ、負けねえぞ!」

 

 「37・・・38・・・わっ!?」

女の子は38回で終わった。

「次はそっちの番な!」

「それじゃ始めますかね」

俺はリフティングを始める。

「48・・・49・・・50!」

俺は切りのいい所でリフティングを止めた。

俺が勝てたのはぶっちゃけ『千里眼』のおかげである。

『千里眼』で先読みをしてリフティングしたのだ。

「ぐわあああ! 負けたあ!」

「というわけでこれからよろしく」

「ああもうわかったよ!」

「兄さん時間がギリギリです」

ありすが時計を見て呟く。

「もうそんな時間か・・・アレで行くか」

俺は蔵から『疾風怒濤の不死戦車』を出す。

黄金の波紋から出て来た『疾風怒濤の不死戦車』にありす達は眼を丸くする。

「二人共乗ってくれ。飛ばすぞ」

俺は二人を乗せると、『疾風怒濤の不死戦車』を加速させる。

「飛んでる! 兄さん、空を飛んでます!」

「これはそういう乗り物だからな!」

俺達はあっという間に事務所に到着した。

『疾風怒濤の不死戦車』を蔵に収納する。

「兄さん。あなたは一体何者何ですか?」

ありすの言葉に俺は笑顔で応じる。

「ただの人だよ俺は」

そう言って事務所に入る。

事務所にはちひろさんがいた。

「おはようございます橘プロデューサー。それとそっちの子は?」

「新しいアイドルの子です。そういえば名前は?」

「俺は結城晴。なあ、この人何者?」

「えっ。新米プロデューサーですけど?」

「そうじゃなくて、プロデューサー空飛ぶ乗り物持ってるんだけど」

「へ?」

「まあ、そんなことはいいじゃないですか。ちひろさんは俺に用でも?」

「そうでした。担当してもらいたい子がいるんです。千枝ちゃんご挨拶を」

ちひろさんがそう言うと、ありす達と同じ位の女の子が出て来た。

「佐々木千枝です。よろしくお願いします」

「俺は橘レイジ。よろしく」

「なあ。質問に答えてねえんだけど」

「ああ、それは・・・」

「それは?」

「秘密。もっと親密になったら教えるよ」

その後、ありす達の質問をのらりくらりかわしつつ、話を交わした。

 



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 「はあ・・・はあ・・・」

今、ありす達三人は基礎レッスンを受けている。

何をするにも体力は重要だからな。

「はい。それじゃ一時休憩にしましょうか」

ルーキートレーナーさんが休憩を入れるとありす達はへたり込む。

「ほい。みんなスポーツドリンク」

「ありがとうございます。兄さん」

ありす達は礼を言うと、スポーツドリンクを飲みだす。

「しっかしサッカーの練習と同じ位きついな」

「まあ、アイドルは歌って踊るからな。体力勝負な所はあるな」

「でもこれで基礎レッスンですよね。本番になったらもっときついんですか?」

千枝が質問してくる。

「ええ。さらに練習がきつくなります。ですから今のうちに体力をつける必要がありますね」

ルーキートレーナーさんが答えた。

「うへえ。アイドルなめてたわ」

晴が答える。

「サッカーと同じで、基礎が大切だからな。頑張ってくれ」

休憩時間を終えて、再び基礎レッスンが開始された。

 

 「はい。それじゃ今日はここまでです」

ルーキートレーナーさんがそう告げると三人共座り込んだ。

「三人共お疲れ様」

「ふう、きっちい」

「疲れました、兄さん」

「くたくたです」

「それじゃみんな着替えて来てね。送るから」

皆が了解の返事をすると、俺は一度俺に与えられた部屋へ向かった。

武内さんにニュージェネレーション用の曲を頼まれたので、その音源を持って行くのだ。

俺が更衣室に向かうと、部屋の前で三人が待っていた。

「皆お疲れ。ちょっと武内さんの部屋に寄ってから帰るから」

俺はそう言って三人を連れて、武内さんの部屋に向かった。

 

 「武内さん頼まれた楽曲を持って来ました」

俺が武内さんの部屋に入ると、数人の女の子がいた。

「橘さんありがとうございます」

「とりあえず聴いてみて下さい」

俺が今回持って来た曲は、

 

・虹色のフリューゲル

 

音楽が流れる。

人に曲を聞かせる時は毎回緊張するな。

武内さんは曲を聞き終えると良い曲ですと答えた。

俺がホッとすると女の子達が集まって来た。

「うわあ・・・これがニュージェネレーションの新曲ですか?」

島村さんが聞いてくる。

「そうだよ。島村さん」

「今までに聞いたことない音楽だよね。橘さんは何者?」

渋谷さんが聞いてくる。

「橘さんは雷電Pの名前で活動されている仮面ユーチューバーです。

現在は346プロ専属で曲を作ってもらうことになりました」

武内さんの言葉に皆が驚く。

「ええ! 橘さんが雷電P!? あの有名な!?」

本田さんが大声を出す。

「有名かどうかはわかりませんが雷電Pです」

「ねえ。橘さんってもしかして橘レイジさん?」

双葉さんが聞いてくる。

「はい、そうですが・・・」

「双葉さんは知っているんですか?」

武内さんが双葉さんに聞く。

「表に出て来ないけど、世界一の投資家で万能の天才だよ。資産が何千兆円で、

今はニューヨークの中心に世界一の高さのビルを建築中のはずだよ」

「アレは部下がぶち上げた構想だ。俺はあまり関与していないよ」

全く・・・部下達は俺を金融面での支配者にしようとするからな。

「でも、お金出してるのは橘さんでしょ?」

「それはまあ・・・」

「ところで万能の天才って?」

渋谷さんが双葉さんに尋ねる。

「言葉通りだよ。剣、槍、弓どれも一流。学業も高校時代全国一位。

芸術面でも数々のコンクールを受賞と完璧超人なわけ」

「兄さん、何で言ってくれなかったんですか?」

「聞かれなかったからね。わざわざ話す必要もないし」

「強いて言えば女性が苦手なのが橘さんの弱点かな。

だから浮いた話も聞かないし」

「杏、橘さんについて詳しいね」

「実家と関りがあったからね。その関係で詳しいんだ。

346プロにも多額の出資をしているよ」

「それは・・・いつもありがとうございます」

「頭を上げて下さい武内さん。武内さんが先輩何ですから」

「はあ・・・凄い人にゃ」

「あのちょっといいですか?」

「何かな多田さん?」

「何か一曲歌ってもらえますか? ギターがあるんで」

「いいよ。それじゃあ一曲歌います『閃光』」

「~~♪」

俺はギターを奏でつつ歌う。

歌い終わると拍手が起こった。

「クラーッスナ・・・あー・・・凄いです」

『ありがとうアーニャさん』

『ロシア語が喋れるんですか!』

『まあね』

「ロシア語が喋れるんですか!?」

新田さんが聞いてくる。

「英語、ロシア語、フランス語、中国語色々と喋れるよ」

「それは・・・凄いですね」

「さてと、そろそろお暇しようかな。ありす達を送らなきゃいけないし」

「もうこんな時間ですか・・・ありがとうございました橘さん」

「気にしないで下さい。武内さん。それじゃあ」

俺達は家路に着いた。

 



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 今日も今日とてルーキートレーナーさん監修の元、基礎レッスンを行っていた。

その時勢いよくレッスン室の扉が開けられた。

「頼もー!」

入って来たのは確か脇山さんか。

何の用だろう?

「橘レイジ殿! 珠美に一手指南をお願いします!」

「ちょっと待って脇山さん。何で俺に?」

「それは橘殿が剣道世界大会優勝者だからです」

「兄さん、本当ですか?」

ありすが聞いてくる。

「あー、まあ一応・・・」

「ちなみに流派は何ですか?」

「柳生新陰流、巌流、二天一流、天然理心流・・・」

「ちょっと待て! いくつ流派を修めてるんだよ!?」

晴が驚く。

「まあ、色々と。それじゃあ一手指南しようか」

「それじゃあ竹刀を・・・」

「俺は無手でいいよ。それじゃあ来なよ」

俺は無手で構える。

「珠美を甘く見すぎですぞ。行きます!」

脇山さんは正眼から大上段に振りかぶり打ち込んで来た。

俺は無刀取りで竹刀を掴む。

さらに脇山さんの勢いを利用して竹刀を奪う。

「ほい。俺の勝ち」

皆が呆然とした顔をした。

「凄え・・・」

「カッコイイ・・・」

「兄さん、凄いです・・・」

 

 「参りました」

脇山さんが呟く。

「いい太刀筋だったよ。これからも精進するように」

俺は脇山さんにフォローを入れておく。

「なあ、今のどうやったら出来んだ?」

「そうだなあ。剣の練習もそうだが、座禅も必須だな」

「座禅?」

「ああ。柳生新陰流に座禅は必須だからな。

最終目標の水月に到達するには避けて通れない道だ」

「いやあ、珠美もまだまだですな」

「俺もまだまだだよ。剣の道は奥が深い」

「また一手指南してもらってもいいですか?」

「俺はいつでも構わないよ」

脇山さんはお礼を言って帰っていった。

 

 「みんなこの後宣材写真撮るぞ」

「兄さんがメイクとかするんですか?」

「出来なくはないが腕が並みだからな。プロがやるよ」

それを聞いてありすがくすりと笑う。

「? どうかしたか?」

「いえ、兄さんも出来ないことがあるんだなって」

「そりゃあ人間だからね。出来ないこともあるさ」

「衣装はどんなのだ? まさかフリフリじゃねえだろうな?」

「各自のイメージに合わせてあるからね。晴の衣装は元気なイメージだよ」

「そっか。それを聞いて安心したぜ」

「でも今後の仕事では着ることもあるだろうから、覚悟はしておくように」

「うへえ、まじかあ・・・」

晴はげんなりした表情を浮かべた。

 

 撮影スタジオに入ると、まだその前の人の撮影が終わっていないようだ。

「橘さんすいません。ちょっと撮影が上手くいかなくて」

カメラマンさんが謝りに来た。

「お気になさらず。予定通りにいかないこともよくあることです」

「すいません橘さん。私、鷺沢文香のプロデューサーの葛城です」

若い女性が俺に謝罪する。

「いえいえ、お気になさらず」

「文香の笑顔がぎこちなくて・・・なかなか上手く笑えないみたいで」

「緊張しているんですね・・・うーん」

鷺沢さんがアイドルをするというのは聞いていたが、ここでつまずくか・・・。

「ちょっとリラックスさせましょうか。鷺沢さんちょっとこっちへ」

「あ、橘さん」

「両手を前に出して」

「? はい」

鷺沢さんの両手に俺の両手を重ねる。

そして俺は魔力を鷺沢さんとの間で循環させる。

すると徐々に鷺沢さんの緊張がほどけていく。

「リラックス出来たかな?」

「・・・はい。今のは一体?」

「秘密。さっ、撮影を続けて」

「はい。ありがとうございます」

鷺沢さんは撮影に戻っていった。

 

 鷺沢さんの撮影が終わり、ありす達の番となった。

撮影は順調に行われてゆく。

撮影後、写真を見せてもらった。

流石はプロ。ありす達の魅力を引き立てていた。

「これを生かすも殺すも俺次第か」

仕事を取れるようにしないとな。

 



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 「兄さんに質問があります」

ありすがいきなり質問してきた。何だろう?

「何?」

「兄さんは何者ですか?」

「普通の人だよ」

「普通の人は空飛ぶ道具を持ってません!」

「それな。俺も疑問に思ってたんだ」

晴が同意する。

「千枝は見たことないですけど、プロデューサーが普通じゃないことはわかります」

俺はため息をもらす。

まあ、そうなるか。

「わかった。とりあえずグラウンドに行こう」

俺達は部屋を出ると、グラウンドに向かった。

 

 346プロ付属のグラウンドに着いた。

俺は三人に向き直る。

「さてと三人は俺のことをどの位知ってる?」

「杏さんが言ってたことが私達の知ってることですね」

「千枝達が知らない面があるということですか?」

「千枝は賢いなあ。その通りだ」

俺が指を鳴らすと、あっという間に土壁が出来上がる。

その光景に三人は驚く。

「俺はいわゆる魔術師という人種だ。見ての通りこんなことが出来る」

「マジかよ・・・」

晴がうめき声をあげる。

「話を続けるぞ。この前の空飛ぶ道具は宝具と呼ばれるものだ」

「宝具?」

「物質化した奇跡と考えてくれればいい。例えば・・・」

俺は『王の財宝』を起動させる。

黄金の波紋が複数現れ、そこから武器が顔をのぞかせる。

それらを土壁に向けて発射する。

次々に着弾して土壁を破壊した。

「まあ、こんな風に俺は宝具を複数持っている」

「兄さん・・・」

「まあ、言いふらすことでもないからな。黙ってた訳だ」

 

 その時、こちらに猛スピードで走ってくる人物がいた。

「魔術師だったんですか!」

神崎さんだった。普段の熊本弁も忘れ、素の状態だ。

「あー、まあ、一応」

「我に術を授けよ!(私に魔術を教えてください)」

「無理」

「何故か!(何故ですか)」

「神崎さんに魔術回路がないから」

「兄さん、魔術回路って何ですか?」

「血管や神経と同じさ。これがないと魔力が流せない」

「あう・・・」

神崎さんがガックリと肩を落とす。

「まあ、方法がないわけではないけど」

「それは真実か!?(本当ですか)」

「一番簡単な方法は儀式を行い、純潔を捧げることだ」

「じゅっ・・・!?」

神崎さんの顔が真っ赤になる。

「うん。そういう反応になるよね。お勧めしないし、やる気もないけどね」

「兄さんは他人に教える気はないということですか?」

「マーリンみたいになりたくないからね」

「他に隠してることはないんですか?」

千枝が聞いてきた。

「あるよ。でも、これ以上は今は教える気はない」

「そうですか・・・」

「宝具って俺達も使えるのか?」

「本来の力は真名解放しないと使えないぞ」

「真名解放?」

「そうだな例えばこれだ」

俺は蔵から一振りの剣を取り出す。

「なんだそれ?」

「エクスカリバーと言えばわかるかな」

「伝説に謳われし剣か!(聖剣ですか)」

「本物だ。これは真名解放してない状態だな。これを真名解放すると・・・」

エクスカリバーが光始める。

「束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流。受けるがいい!『約束された勝利の剣』!」

エクスカリバーから出る極光を空に放つ。

「・・・とまあこういう風に本来の力が発揮されるわけだ」

「今のもしかしてヤバい威力?」

「正確にはこれでも全力じゃない。十三拘束がかかっているからな」

「マジかよ・・・」

「今、話せることは話したよ。そろそろいいかな?」

「はい。兄さん、ありがとうございます」

俺達は部屋へ戻っていった。

 

 「兄さん。兄さんはどういう魔術を使えるんですか?」

「ん? ルーン魔術、エジプト魔術、宝石魔術、他色々と」

「誰に習ったんですか?」

「秘密」

「何でですか?」

「基本魔術は秘匿すべきものだからね。今回みたいに人に見せるなんてことはやらないんだ」

「私達に見せて大丈夫なんですか?」

「俺はグランドキャスターだし、早々遅れは取らないよ」

「グランドキャスター?」

「グランド・・・冠位はその時代最高峰の者に与えられる称号さ。

セイバー、ランサー、アーチャー、キャスター、ライダー、アサシン、バーサーカーの七クラスにそれぞれ送られる。

俺はランサー、アーチャー、キャスター、アサシンの冠位を持ってる」

「もう驚かなくなってきたぜ」

「まあ、冠位は面倒なんだが・・・その辺は割愛するよ」

「兄さんが杏さんの言う通り、万能の天才だとはわかりました」

「まあ、今後ともよろしく」

俺はそこで話を締めくくった。

 



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ストックが尽きたので、不定期更新になります。


 「バックダンサーですか?」

「はい。ニュージェネレーションのバックダンサーをお願いしたいのです」

武内さんが部屋を訪れて、ありす達にバックダンサーの依頼をしてきた。

「こちらとしては願ってもない事ですが、よろしいのですか?」

「はい。橘さんには楽曲の提供をしていただいたので是非」

「わかりました。ありす達に伝えておきます」

その日からありす達のレッスンが始まった。

 

 「はあ・・・はあ・・・」

「はい。スポーツドリンク」

「ありがとうございます兄さん」

「しっかしきっちいな」

「はい。基礎レッスンとは違いますね」

「ライブに向けてのレッスンですからね。厳しいのは当然です」

トレーナーさんが皆に語りかける。

「バックダンサーとはいえお客さんが見てるんだ。

恥ずかしいパフォーマンスは出来ないぞ」

俺は三人を見据えて言う。

ありす達がミスすると、ニュージェネレーションに迷惑が掛かるからな。

ありす達のレッスンは連日夜遅くまで続いた。

 

 数日後、ニュージェネレーションと一緒にレッスンをすることになった。

ここで曲に合わせて一緒に踊れるかの確認である。

しかし・・・。

「橘さん一歩遅いです! 結城さんターンが遅れてます!」

トレーナーさんが険しい顔をしている。

俺も渋面を作らざるを得ない。

武内さんも難しい顔をしている。

やはり経験の差か、ありす達の動きがぎこちない。

何とかすり合わせていくしかないか・・・。

更に数日が経ち、何とかニュージェネレーションと合わせられるレベルまでになった。

出来る事ならもう少し時間が欲しいが、もう時間がない。

これで行くしかないだろう。

武内さんには後で謝る必要があるだろう。

俺は内心でため息を吐いた。

 

 ライブ当日、その日は土砂降りの雨だった。

スタッフが集まっての緊急ミーティングが開かれた。

「だから中止にするしかないだろ!」

「しかしファンも会場入りしてますし、雷電Pの新曲ということも告知されてるんです。

これで中止になったらどうなるか・・・」

「じゃあどうしろと言うんだ! この雨だぞ!」

スタッフ達の怒号が響く中、俺はそっとミーティングを抜け出した。

俺はステージの裏手に回り、外に出る。

折からの雨は強くなる一方だった。

「出番だ。起きろ『エア』」

俺は奥の手の一つを取り出す。

「兄さん!」

声の方を見るとありす達がいた。

「橘さんそれは一体・・・」

「武内さん。すぐにわかります」

俺は『エア』を起動させる。

すると三つの円筒が回り始める。

「こいつの全力は初めてだな・・・」

「原初を語る。天地は別れ無は開闢と言祝ぐ。世界を裂くは我が乖離剣! 

星々を廻す臼、天上の地獄とは創世前夜の終着よ。死を以て鎮まるが良い――『天地乖離す開闢の星』ッ!!」

それは天地を分けた一撃。

それを雨雲に向けて俺は放った。

その威力は凄まじく、雨雲を瞬く間に散らした。

青い空がライブ会場を照らす。

皆が皆あっけにとられていた。

「武内さん。ライブの準備をお願いします。ありす達もだ」

俺に言われて皆弾かれるように動き出す。

後からの説明が面倒だなと俺は思った。

 

 ライブは成功に終わり、ありす達も役目を果たせた。

俺達は事務所に戻ったが、俺は取り調べを受けていた。

「さあ! キリキリ吐いてもらいましょうか!」

本田さんがノリノリで言ってきた。

「俺が使ったのは『エア』。乖離剣と呼ばれるものです」

「乖離剣?」

「世界が天と地に別れていなかった時に天と地を分けた剣。それが乖離剣です」

「ふうん。それってどういう原理?」

渋谷さんが尋ねてくる。

「簡単に言うと強烈な風で空間断裂を引き起こします」

「なんでそんなの持ってるの?」

「黙秘します」

「他にもあるの?」

「あります」

「カツ丼食べる?」

本田さんが聞いてくる。

「いえ。いいです」

「これ以上は教えられないと?」

「はい。武内さん。詳しく聞きたいなら神崎さんが知っていますので、

神崎さんに聞いて下さい」

「そうですか・・・。わかりました。ありがとうございます」

「いえ。今回はありす達に良い体験になりました」

そう言って俺は武内さんの部屋を辞去した。

 



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 「三人共レッスンお疲れ様。体力がついてきたじゃないか」

「そりゃ毎日やってりゃな」

「でもそろそろ次にステップアップしたいなって」

「そうですね。兄さん、どうなんですか?」

「そんな三人に耳よりの話を持って来た」

そう言って俺は三人に紙を配る。

「Kalafina? これは何ですか兄さん?」

「三人のグループ名だよ」

「ってことはつまり・・・」

「ああ。デビューということだ」

そう言うと三人共笑顔になった。

「よっしゃ! やっとか!」

「いよいよですね」

「千枝達責任重大ですね」

「それで曲がこれだ」

「『to the beginning』・・・ですか」

「音源があるから流すよ」

そう言って俺はCDを流す。

「~~♪」

「・・・何というか切ない曲ですね兄さん」

「ダンスは少ないけど、三人の声を上手く重ねないといけない歌だ。

だけど三人なら歌いこなせると信じてる」

俺は三人を見渡して言った。

 

 翌日から新曲のレッスンが始まった。

「~~♪」

三人共音を合わせようと集中している。

しっかり基礎レッスンを重ねてきたのが効いているようだ。

「トレーナーさん、どうですか?」

「橘さん。いい感じです。これなら当日までには充分に実力を発揮できそうです」

「そうですか。それは良かった」

俺はトレーナーさんの返事に満足して三人を見た。

 

 デビュー当日、三人は緊張の面持ちでいた。

お客さんも小さなライブハウスながら、結構な人数が入っている。

事前にSNSで雷電P作曲でデビューと発信しておいたおかげだろう。

「三人共緊張してるな」

「に、兄さん! 当り前じゃないですか!」

「前にバックダンサーやった時より人数少ないのに緊張するぜ」

「この緊張感は初めてです」

んー、緊張をほぐすか。

「星の内海、物見の台。楽園の端から君に聞かせよう・・・・・・君たちの物語は祝福に満ちていると。

罪無き者のみ通るがいい――『永久に閉ざされた理想郷』!」

「・・・お花畑?」

「兄さんこれは?」

「宝具、『永久に閉ざされた理想郷』。緊張が解けたはずだよ」

「そういえば千枝はリラックス出来たような・・・」

「それじゃアヴァロンから戻るよ」

そう言って俺は宝具を解除する。

すると、皆が控室に戻った。

「どうだったかな?」

「兄さん。さっきと違っていい意味で緊張感があります」

「へへっ。いい感じだぜ」

「これならいけます」

よし。これなら大丈夫だな。

「すいません。時間です」

スタッフさんから声がかかる。

「三人共、出番だ。思いっきり楽しんで」

俺の言葉に三人はステージに飛び出していく。

さてと、俺は見守るとするか。

 

 結論から言うと、三人のデビューは成功に終わった。

三人共やり切ったという表情をしていた。

俺達は一度事務所に戻った。

そこにはにこやかな笑顔のちひろさんが出迎えてくれた。

「ライブ成功おめでとうございます!」

「はは。ありがとうございます」

俺がちひろさんと話していると、ありすが服を引っ張った。

「兄さん、約束を守って下さい」

「わかってるよ。ケーキを奢るよ」

俺達は346プロのカフェに向かった。

 

 「兄貴! お久しぶりです!」

「おっ? 拓海か。久しぶりだな」

「兄さんの知り合いですか?」

「ああ。コイツは向井拓海。俺の高校時代の後輩だよ」

「橘さん、こんにちは」

「多田さんか。それにそっちは木村さんと藤本さんか」

「ああ。確か初対面のはずだけど、何で名前知ってんだ?」

「事務所の名簿で顔と名前を全て覚えたのさ。だから木村さんも知ってるよ」

「千枝達がレッスンをしてる時に何してるのかと思ったら、

そんなことしてたんですね」

「拓海は橘さん知ってるみたいだけど、どんな人だったの?」

「『赤鬼』」

「へ?」

「ヤンキー界隈じゃ兄貴はそう呼ばれてた。ヤンキーの返り血で全身が真っ赤に染まったからな」

「もしかして橘さんはヤンキーだったの?」

「いや。兄貴は普通の学生だったぜ。ただ怒らせるとヤバいんだ」

「・・・見た目普通ぽよ?」

「兄貴は滅多に怒らないからな。その分キレるとヤバいんだ」

「まあまあ。昔の話だから。若気の至りというやつだよ」

「そう言えば兄さんが怒った所を見たことはないですね」

「力も抑えているからね。怖いとかそんな感じはしないはずだよ」

「兄貴のプレッシャーは凄えからな。本気だと息も出来ねえくれえだ」

「うわー・・・。想像したくないな」

「はは。ケーキも来たし食べようか」

俺は笑って誤魔化した。



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10

 「池田屋事件…ですか?」

武内さんの言葉に俺は聞き返す。

「はい。今度新選組を主題とした時代劇を作ることになりました」

「それで池田屋事件ですか。キャストは決まってるんですか?」

「はい。346プロのアイドルが出演します。

それで橘さんにお願いしたいことがあります」

「何でしょう?」

「アイドルに剣術の指導をお願いしたいのです。

橘さんは剣道世界大会優勝者だとか」

「まあ、一応は」

「引き受けて頂けるのでしたら、キャストの一枠をお譲りします」

「…わかりました。引き受けましょう」

「ありがとうございます。日程はまた後日改めて」

さてと、誰を出そうか?

 

 剣術指導の日、俺はトレーニングルームに向かった。

トレーニングルームに着くと、複数のアイドルが既にいた。

「兄さん。私が出演することで良かったんですか?」

「出演といってもチョイ役だからな。気楽なほうさ」

「あっ…。橘さん」

俺に気付いた鷺沢さんがこちらに向かってきた。

「本日は剣術指導よろしくお願いします」

「鷺沢さんも気楽に構えてよ。ありすと同じなんだし」

「いえ…。私、運動が苦手なので…。それが不安なんです」

「まあ、分かりやすく教えるから安心して」

んー、緊張してるな。

 

 「橘さんおはようございます!」

島村さんが元気よく挨拶してきた。

うう。笑顔が相変わらず眩しい。

「今日はよろしくお願いしますね!」

「あ、ああ。よろしくお願いします」

相変わらず陽キャには慣れないな。

そうこうしているうちにアイドルが揃った。

「はい。今日の剣術指導を行う橘です。よろしくお願いします」

「助手の珠美です」

「それじゃあまずは持ち方から始めようか」

こうして剣術指導が始まった。

 

 「その持ち方のまま竹刀を振って…そう、その調子」

剣術指導は順調に進んだ。

とりあえず形にはなっているな。

「橘殿! 珠美に一手指南をお願いします!」

突然脇山さんが対戦を申し込んできた。

「まあ、いいけど…」

俺は竹刀を構える。

脇山さんはこちらの攻撃を警戒してか、じりじりと間合いを詰める。

…俺には意味ないんだけどね。胴か。

俺は脇山さんの胴を避ける。

その後も脇山さんの連続攻撃を避け続ける。

 

 「さっきから珠美ちゃんの攻撃が全く当たらないけど、

それだけ橘さんの反射神経がいいってこと?」

島村さんが疑問を投げかけましたね。

ここは兄さんに代わって私が答えましょう。

「違います。兄さんの動きをよく見て下さい」

みんなが兄さんの動きをじっと見てますね。

「…珠美が攻撃するより先に動いてる?」

「正解です速水さん。兄さんは脇山さんの次の動きを知っています」

「いやいや! そんなのどうやって!?」

「本田さん。簡単に言えば千里眼です」

「千里眼!?」

「兄さんの千里眼は過去・現在・未来・並行世界を視ることが出来ます。

だから攻撃を当てるのは極めて困難なんです」

「ちょっと!? それチート過ぎるよ!?」

「ええ。そこに剣の腕が加わってますからね。

兄さんに勝つことは、ほとんど不可能でしょう」

 

 ふむ。脇山さんの腕前も見れたし、そろそろいいかな。

俺は平正眼の構えから、技を繰り出す。

「一歩音超え……二歩無間……三歩絶刀! 『無明――三段突き』!」

パパパン!

全く同時に三つの突きが脇山さんを捉える。

「……参りました」

「前に立ち会った時より腕を上げたね」

「いやあ。それでも橘殿には敵いませんでした」

俺達が立会いの感想を話していると、みんなが集まってきた。

「兄さん。最後に繰り出した技って…」

「ありすには一度見せたっけ。無明三段突きだよ」

「天才剣士沖田総司の必殺技じゃん! そんなのも出来るの!?」

「ああ、出来るよ本田さん」

みんながみんな驚きの表情をする。

「完全に生まれる時代を間違えてるね」

「はは。渋谷さん。よく言われるよ。俺の悩みでもあるんだけどね」

「橘さんに悩みなんて無さそうに思うけどね」

「俺だって悩みはあるさ。全力を出せないという悩みがね」

「「「「「え?」」」」」

「え?」

「いやいや! あれが全力じゃないの!?」

「手加減してるよ。全力だと殺してしまうからね」

「うわあ…。ちなみに全力だとどうなるの?」

「そうだね。こんな感じかな」

俺はそう言って全バフスキルをオンにした。

途端に本田さん達に途轍もない圧が襲いかかった。

「か……は……」

俺を除く全員が呼吸が出来なくなる。

俺はスキルを解除した。

その途端にゼーハーと息する本田さん達。

「まあ、この圧に相対しつつ戦うことになるわけだよ」

「いや、これ本気で無理」

「渋谷さんの言う通りだよ。現代の人間には不可能だろうね」

 

 「じゃあ千里眼について質問。どの位視れるの?」

「大きなことから小さいことまで視れるよ」

「例えば?」

「島村さんが白。本田さんが縞々。渋谷さんが青だね」

「えっ…もしかして…」

「島村さんが思ってる通りだよ。過去を視て今日の下着を確認したよ」

「セクハラですよ橘さん!」

「ごめんごめん。悪用するとこういうことが出来るという見本さ」

「でも未来が見えるのはいいですよね」

「…………」

「橘さん?」

「……島村さんは本当にいいと思っているのかい?」

「それは……未来が視えるなら……」

「それが絶対に回避できない絶望の未来でもかい?」

「それは……」

「俺は母の病気が治る方法を千里眼で探したさ。

でも、見つからなかった。全て死だった。その時の絶望がわかるかい?」

「…………」

「だから俺は千里眼をあまり使わないのさ。今日は気まぐれだよ」

 

 「兄さん。剣術指導の続きを」

「そうだね。それじゃあ続きをしようか」

しんみりした空気を振り払うように努めて優しい声で話す。

そして各自練習を再開した。

しかし、鷺沢さん運動神経が……うん、何とかなるだろ。



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11

 「俺の家に行きたい?」

「はい。千枝見てみたいです」

「普通の一軒家だぞ?」

「兄さん。庭に工房を構えているじゃないですか。

私にも勝手に近づかないように言っている」

「工房? 面白そうだな! 見せてくれよ!」

「えー……」

「兄さん、嫌なんですか?」

「危険物もあるし入れたくないんだよな」

「じゃあ千枝勝手に触りませんから」

「……本当に勝手に触るなよ。振りじゃないからね」

「じゃあ行きましょう兄さん」

こうして俺達は俺の家に行くことになった。

 

 「へえ。ここが橘さんの家か」

「ちょっと待って。何故、本田さん達が俺の家に?」

「そりゃ興味があったからに決まってるでしょ! 魔術師の家!

表に出来ない秘密があるに違いない!」

「まあ、あるにはあるけど」

「あ、意外に素直に認めたね」

渋谷さんが驚く。

「というより既に魔術を目にしてるんだけどね」

「えっ?」

「敷地自体を陣地作成スキルで神殿化してるからね。

敷地内なら俺が有利になる補正や、外敵防止魔術が掛かってるよ」

「にゃ!? そうなのかにゃ!?」

「それじゃ俺の部屋に案内しようか」

 

 「ここが俺の部屋だよ」

俺は皆を自室に招き入れた。

「ふむふむ。ギターがあるね」

「本棚は神話や伝説に関する本が多いね」

「あの、質問いいですか?」

「何だい多田さん?」

「外から見た時と比べると、この部屋広い気がするんですけど?」

「魔術で拡張してるからね。外から見た時よりも広いよ」

「そんなことも出来るんですね」

「なあ。それよりも工房を見せてくれよ」

「はあ、わかったわかった」

あまり乗り気ではないんだよなと思いつつ、

俺達は工房へと向かった。

 

 「これが工房だよ」

「ほうほう。見た感じ離れの一軒家って感じだね」

「あれ? 入口はどこにゃ?」

前川さんが疑問を呈する。

傍目からは入口らしきものは見当たらない。

「入口はここ」

俺は壁に触れ、魔力を流し込む。

すると魔法陣が輝き、壁が左右に開いた。

皆からおお~、と歓声が上がる。

「俺の魔力に反応して動く仕掛けだよ。

他人がやっても開かないようになってる」

そう言って皆を中に案内する。

 

 「ここは鍛冶場。ここで刀とかを作ってる」

「うわあ。刀がいっぱい」

島村さんが言う通り壁には刀が飾ってある。

「なあ。あの刀の山は?」

晴が鍛冶場の一角を指さす。

「あれは全部失敗作だよ」

「……失敗してるようには見えねえんだけど?」

「俺の基準では失敗作なんだよ」

「審美基準厳しすぎねえか?」

「俺が使う物だからね。妥協は出来ないのさ。

それじゃ次の部屋行こうか」

そう言って俺は皆を次の部屋へ促した。

 

 「ここは…アトリエですか?」

新田さんが尋ねてくる。

「そう。ここでは主に絵や服飾関連を作ってる。

俺が着てるスーツもここで作った代物だよ」

「へえ。なんだか意外だな」

「渋谷さんがそう思うのも無理はないかな。

ちなみにこの前のありす達の衣装もここで作ったんだよ」

「そうだったんですか兄さん。道理で着心地が良かったと」

「魔力を帯びてるからね。次の部屋行こうか」

 

 「えっ? 何この部屋の扉?」

多田さんが驚く。

皆の目の前には重厚な扉があった。

「ここが魔術工房。ちょっと待ってね」

指紋認証……クリア。虹彩認証……クリア。

最後に俺の魔力を流し込んでと。

物々しい音を立てて扉の鍵が開く。

「ようこそ俺の魔術工房へ。部屋の物には触らないように」

部屋の中には様々な魔術道具や資料が置いてあった。

皆がそれらを興味深そうに見つめていた。

「ここが魔術師の工房……」

本田さんが呟く。

「映画やゲームに出て来るような部屋ですね」

「まあ、あながち間違ってもいないかな」

新田さんの言葉に返事をする。

「あれは何の薬ですか?」

「若返りの薬だよ」

「川島さんが喜びそうな薬にゃ」

「まあ、大人が飲んだら子供まで戻ってしまうけどね」

「兄さん。あの飴玉は何ですか?」

「年齢詐称薬。一種の幻術で姿が変わるのさ。

赤なら+5歳、青なら-5歳分年を取るのさ」

「へえ……」

「さて、俺の工房は今のところこれが全てだよ」

「ちょっと待った!」

本田さんが待ったをかけた。

「あそこにあるここより厳重な扉! アレは何!」

俺は真顔で告げる。

「アレは皆が知る必要の無いことだよ」

俺のこれ以上は立ち入りを許さないという断固とした意志が伝わったのか、

皆それ以上は追及してこなかった。

流石にカルデアスやトリスメギストスを見せる気はない。

その後は家に戻り、クッキー等のお菓子を食べながら午後のひと時を過ごした。

 



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12

 「飲み会ですか?」

「はい。橘さんいかがですか?」

ちひろさんが笑顔で尋ねてくる。

「うーん……」

「?。何か問題でもありましたか?」

「ちなみにメンバーは誰ですか?」

「私に武内さん、それにアイドルが数名です」

俺は顔をしかめる。

「俺が女性が苦手なのは知ってますよね?」

「ええ。だからこそです」

ちひろさんは力を込めて語る。

「苦手克服も兼ねてです。今後も女性と関わる職業なんですから尚更です」

「……わかりました。ただ、お酒をあまり飲ませ過ぎないで下さい。

俺は一定量を越えると性格が変わるので」

「それじゃあ出席ですね」

「場所は俺に任せてもらえますか? いい場所を知ってるんで」

「じゃあ橘さんお願いします」

 

 数時間後俺や武内さん達は居酒屋に来ていた。

「オーナー。ようこそお越しくださいました」

「オーナー?」

武内さんが尋ねる。

「ここは俺が出資しているお店なんです。

個室もあって秘密の会合とかに便利なんですよ」

「そうなんですか」

「今日は個室の予約を取ってありますので、そちらの方へ」

店員に案内されて個室へ通される。

「俺は日本酒を頼みますけど、武内さんはどうします?」

「ビールをお願いします」

「私も武内さんと同じ物で」

ちひろさんもビールと。

「鷺沢さんは未成年だからソフトドリンクだね」

「はい。ウーロン茶でお願いします」

他のアイドル達もめいめいに注文していく。

 

 「それじゃあ乾杯!」

川島さんの音頭と共に皆飲み始める。

皆が盛り上がる中、俺は静かに日本酒を飲み始めた。

極力関わり合いにならないように気配遮断を高めてと。

あっ。サバの味噌煮美味しい。

「橘さん。飲んでますか?」

「ちひろさん。ええ。飲んでますよ」

「ほらもっとみんなと話しましょう」

うう。また難題を。

「そうそう。橘さんは野球だとどこが好き? 私はキャッツ!」

姫川さんがビール片手に話してきた。

「俺は野球を見ないですね。ルールは知ってますけど」

「そうなの? じゃあキャッツを応援しよう!」

姫川さんは笑いながら応じた。

酔いが回っているせいか明るいな。

他のメンツは談笑しながら飲んでるな。

静かに飲んでるのは高垣さんと鷺沢さんか。

あっ。高垣さんが武内さんにしなだれかかった。

ちひろさんは対抗するように、反対側から腕を回した。

武内さん。困っているのはわかるけど、俺に助けを求めないで下さい。

 

 ……俺もそろそろ飲むのを止めるか。

これ以上はまずいな。

俺がそう思っていると、川島さんが声を掛けてきた。

「橘君。飲んでる?」

「飲んでますよ。もうそろそろ飲むのはやめようと思いまして」

「ちょっと! まだまだこれからよ! 注いであげるわ」

俺のコップに日本酒を注いでくる。

「川島さん、俺は一定量越えると性格が変わるので……」

「何? 私のお酒が飲めないっていうの?」

川島さんがギロリと睨む。

うう。やっぱりこういうことに。

まだ大丈夫のはずだ。

俺はそう思い直しお酒を飲んだ。

「いい飲みっぷりね。男の子はそうでなくっちゃ♪」

そう言って川島さんはまたお酒を注いだ。

もう一杯飲んだ時、俺の意識は消失した。

 

 「…………」

「あの…橘さん?」

急に黙り込んだレイジに心配になる文香。

レイジは黙って日本酒をコップに注いで口に含む。

そして、文香にいきなりキスをした。

レイジの思わぬ行動にフリーズする文香。

そんな文香にお構いなく、お酒を口移しするレイジ。

レイジは文香の唇を充分に堪能した後、唇を離した。

「た……橘さん……」

「レイジだ」

「え?」

「レイジって呼べ。俺も文香と呼ぶ」

「レ……レイジさん」

「それでいい文香」

「ちょっと! 何やってるんですか!?」

ちひろが止めに入る。

「黙れ」

レイジのその一言で強烈な圧が全員に襲ってきた。

皆が動けなくなる中、レイジは文香を抱き上げる。

「文香は俺がいただく。会計は済ませて置いてある。じゃあな」

そう言ってレイジ達は店から出て行った。

 

 「……ん」

知らない天井だな……。

ここどこだ? 現状を確認しようか。

まずベッドで何故か裸で寝ているな。

そして横から寝息がするな。俺は横を見て凍り付いた。

そこには鷺沢さんがいた。しかも全裸で。

そしてシーツには白と赤が混じった後が……。

よし、落ち着け俺。昨日なにがあった。

最後の記憶は川島さんに薦められるままお酒を飲んだ記憶だ。

恐らくここで性格が変わったんだ。

そしてここは恐らくホテルで俺が鷺沢さんを連れ込んだんだな。

それで致してしまったと……。

「………………」

やってしまったあーーーーーーーーー!!

どう考えても俺が無理矢理やったとしか考えられない。

どうする? 宝具やスキルを使う? いや、身体は癒えても心の傷は消せない。

その時、鷺沢さんが起きた。

「あ、…レイジさん」

「すいませんでしたーーーーーーーー!!」

俺は全力の土下座を敢行した。

本来なら熱々の鉄板の上で土下座敢行しても足りない位だ。

鷺沢さんは全力で土下座した俺を見てオロオロしていた。



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13

 「…それで橘さん達が帰った後そんなことがあったと?」

ちひろさんが絶対零度の眼で俺を見つめてくる。

ただいまちひろさんと文香の担当プロデューサー葛城さん、

文香を交えて緊急会議が行われていた。

「はい。その通りです…」

「馬鹿ですかあなたは!」

ちひろさんが怒鳴る。

「アイドルに手を出すなんて何考えてるんですか!?」

「申し訳ないとしか言いようがありません……」

俺は素直に詫びを入れた。

「あの、とりあえず今後どうするかを話し合いませんか?

起きてしまったことは仕方ないですし」

葛城さんが助け舟を出してくれた。

「わかりました。それじゃあ今後の方針を決めましょう。

鷺沢さん。橘さんを訴えますか?」

「いえ……。訴える気はありません。

わざとじゃないのはわかっていますから」

「いいんですか? 訴えたら勝てますよ?」

「いえ。同意したのは私ですから」

「へ?」

俺は間抜けな声を出す。

「橘さんは覚えていないでしょうけど、本当にいいのか聞いてきたんですよ」

「え? 何で同意したんですか?」

ちひろさんが信じられないという表情で聞いてくる。

「前から橘さんのことは好ましく思っていて…。

いつか告白しようと考えていたんです。それで…」

「同意したわけね。橘さん。あなたは文香をどう思ってるの?」

葛城さんからの問いに俺は少し間を置き答える。

「……文香のことは好ましく思っています。

他の女性といるより安心出来ますし」

「なるほど……。橘さん。責任は取れる?」

「責任…ですか?」

「そう。アイドルに手を出した責任」

「俺の出来る範囲でなら」

葛城さんは俺の返事に頷くと文香に視線を向ける。

「文香は今後どうしたい? 橘さんと付き合うならアイドルを辞める必要があるわ」

文香は少し沈黙した後、答えた。

「申し訳ないのですが、私は橘さんと付き合いたいです」

「そう……。わかったわ。橘さん」

「はい」

「文香を幸せに出来る?」

「俺の全ての力を持って。必要なら魔術の誓約書で誓います」

「魔術の?」

「はい。俺が作る物でしたら強力な物です。破れば自害させることも可能です」

「そこまでは流石に求めないわ。文香を幸せにしてちょうだい」

会議はこれでお開きとなった。

 

 「文香。本当にごめん!」

俺は再度与えられた個室で土下座して謝った。

「もう顔をあげて下さいレイジさん。私が決めたことですから」

「しかし、アイドルを辞めざるを得なくなったわけで……」

「私が決めたことですから。だから、もういいんです」

俺が顔を上げると文香は微笑んで見せた。

「それよりこれからよろしくお願いしますレイジさん」

「文香。絶対に幸せにする。それが俺の誓いだ」

その後俺達は俺の家に向かった。

「あ、兄さんお帰りなさい。それと文香さんがなんでこんな時間に?」

「そのことで父さん達に話がある。ありす、呼んできてくれるか?」

「わかりました」

そしてリビングで事の顛末を皆に話した。

「……なるほど。鷺沢さん、うちの息子がすまないことをした」

「いえ。同意の上ですから」

「つまり結婚が前提のお付き合いということね?」

レオンさんが真面目な顔で話す。

「ええ、レオンさん」

「レイジ、鷺沢さんの親御さんにもこのことを報告しろ」

「わかったよ父さん」

その後、鷺沢さんのご両親にもこのことを報告。

ご両親にも認めてもらえ、俺は文香と付き合うことになった。



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14

 しばらく俺は謹慎処分となった。

やはりそうかと俺は受け入れた。

クビにならないだけ御の字である。

そして、今日から謹慎明けの初日である。

「おはよ…へぶっ!?」

いきなり晴が顔面に飛び蹴りをかましてきた。

「いつつ……晴いきなり何を……」

「正座」

「えっ?」

「いいから正座」

「は、はいっ!」

晴からの圧力に俺は素直に正座した。

「プロデューサー、馬鹿か? アイドルに手を出すなんて」

「その件は本当に申し訳ない」

「兄さんも反省してるので勘弁してあげて下さい」

「ちっ、仕方ねえな」

晴は渋々という感じで納得した。

「お帰りなさいプロデューサーさん」

「千枝も迷惑かけた。すまない」

一通り謝った後、皆を見て喋る。

 

 「皆にお知らせがある」

「お知らせ? 今度はなんだよ?」

「いい知らせだよ。皆のソロデビューが決まった」

皆からおおーとの反応が返ってきた。

「兄さん。曲はどんなのなんですか?」

「これから音源を聞かせるよ」

今回準備した楽曲はこれ

 

・二者穿一 橘ありす

・参全世界 結城晴

・明鏡肆水 佐々木千枝

 

早速音楽を流す。

ありす達の反応もいい感じだ。

「兄さん。タイトルに数字がついてますけど、他にもあるんですか?」

「他には一刀繚乱と伍越同舟があるよ」

「千枝聞いてみたいですけど大丈夫ですか?」

「それじゃあ伍越同舟を歌うよ」

俺はギターを持って歌い始めた。

「~~♪」

やっぱり歌うのは楽しいな。

「兄さんやっぱり歌うのうまいですね」

「それな。悔しいけど俺等よりうまい」

「プロデューサーは表に出て歌う気はないんですか?」

「……実は今回やらかしたせいで歌うことになってる」

今回の一件は常務まで報告が上がり、俺が文香の分まで稼ぐことになった。

「へえ。いいんじゃねえの?」

「良くない。仮面外せと言われてるんだぞ」

「ああ。兄さん嫌がってましたもんね」

「不細工な顔を世間にさらされるんだぞ? 嫌だろそんなの」

「「「えっ!?」」」

「その反応は何?」

「いえ、兄さん充分カッコイイ部類に入りますよ」

「俺から見てもカッコイイぜ」

「千枝も二人と同じ意見です」

「はは。慰めてくれてありがとう」

俺はため息をもらす。

何で陰キャボッチが人前で歌わなきゃいけないのだ。

完全に罰ゲームじゃないか。

「なあ、ありす。プロデューサーって自己評価低くないか?」

「兄さんは自分を低く見てますからね。もっと自信を持っていいとは思います」

「プロデューサーさんもこの機に変わってほしいですね」

小声で喋る三人に俺は気付かなかった。

 

 ライブ当日。

会場には多くのお客さんが詰めかけていた。

「多いなお客さん」

「ふふ。それは雷電P素顔公開もありますから」

ちひろさんが笑顔で応じる。

「ちひろさん楽しんでますね」

「まあ、罰ゲームも兼ねてますからね。まあ、楽しんで下さい」

「簡単に言ってくれますね」

「ふふ。そろそろ開場の時間ですよ。準備してください」

「わかりましたよ」

ええい。こうなりゃやけだ。

 

 「本日はお越しいただきありがとうございます。雷電Pです」

言うと同時に仮面を外す。

仮面を外すと会場がざわつく。

「今日のライブをお楽しみ下さい。歌うのは新曲、伍越同舟です」

そして俺は歌いだした。

「~~♪」

緊張しながらも歌い終わった。

その瞬間、会場が拍手に包まれた。

お礼を述べた後、次のありすに声をかける。

「場は何とか温めたよ。後は任せた」

「はい。行ってきます!」

そう言ってありすはステージに飛び出してゆく。

さてと、後は見守るだけか。

 

 結果としてありす達のソロデビューは成功に終わった。

終わった後、雷電Pアンコールの声で歌わなきゃいけなかったのは、計算外だったけど。

「お疲れ様でした橘プロデューサー」

「ええ。ちひろさん。何とか成功しました」

「その割には顔色が冴えませんが?」

「不細工な顔をみんなに見せたんですよ? 気分いいわけないじゃないですか」

「あの、それ本気で言ってます?」

「俺は至って真面目ですけど?」

「橘プロデューサーは充分カッコイイですよ。自信持って下さい」

「そうですかねえ」

「そうです!」

「兄さん。そろそろ帰りましょう」

「そうだね。帰ろう」

今日はもう精神的に疲れた。



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15

体調不良で書けない。


 「兄さん。起きてください」

「んっ……おはよう、ありす」

「朝食が出来たので、下に降りてください」

「わかったよ」

そう言われて、ありすと一緒に下に降りる。

父さんとレオンさんが待っていた。

「二人共おはよう」

「レイジがテレビに出てるぞ」

「はい?」

俺はその言葉に間抜けな顔をする。

「芸能コーナーで雷電P素顔公開ってニュースになってたぞ」

「朝からニュースになってますよ兄さん」

「マジかあ……」

「外出る時どうします?」

「幻術使って別人に化けるさ」

「当分はそうするしかないですね」

「ありす達がニュースになってなきゃならないんだけどなあ」

「それは仕方ないでしょう。SNSでも検索ワードで上位になってますし。

兄さん、スマホは見てないんですか?」

「陰キャボッチに誰が連絡取ると思う? 文香から電話があった位だよ。

SNSはありす達の情報を発信する程度だからな」

どうしてこうなった。

俺は天を仰ぎたくなった。

 

 「おはようございます。ちひろさん」

「おはよ……ありすちゃんとあなた誰です?」

「ああ。これじゃわからないですね。幻術解除」

「って橘さん!?」

「ちょっと幻術で変装しました」

「はあ、そんなことも出来るんですね」

「まあ。所で武内さんから依頼があるとか」

「こんなところで立ち話も何ですし、武内プロデューサーの所へ行きましょう」

俺達は武内さんの所へ向かった。

 

 「武内さん、失礼します」

「橘さん。これはどうも」

武内さんが出迎えてくれた。

「あ、橘さん。何か大変なことになってるね」

本田さんが声をかけてきた。

「本当はありす達が話題になってもらわないと困るんだけどね」

「まあ、雷電P素顔公開に新曲だったからね。仕方ないかな」

渋谷さんが冷静に応じる。

「素顔公開位で何でこうなるかな?」

「いや、橘さん。雷電PってSNS界隈じゃ有名なんだよ?」

「斬新な歌詞に今までにない独特なメロディ。若い人の間で人気なんですよ」

島村さんが笑顔で答える。

「橘さん。本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「すいません、武内さん。それで依頼とは?」

「ラブライカの曲を作ってほしいのです」

「ラブライカのですか……うーん」

「どうでしょうか?」

「わかりました。お引き受けします」

「ありがとうございます」

頭の中で数曲をピックアップする。

ラブライカならこれかな?

俺がそう思っていると、島村さんが質問してきた。

「質問があるんですけどいいですか?」

「俺の答えられる範囲でなら」

「じゃあ、橘さんの戦闘能力ってどの位なんですか?」

「それは剣、槍、弓、素手? それとも他の事?」

「総合的な戦闘能力です」

「アメリカの人工衛星に監視される程度かな」

「へっ?」

「簡単に言うと俺が走ったりすると、複数の人工衛星が追尾するってこと」

「ちょっとちょっと! 何でそんなことに!?」

本田さんが突っ込んできた。

「えーと簡単に言うと、家にアメリカの特殊部隊が来て、それを返り討ちにして、

その勢いのままホワイトハウスに殴り込みを敢行したから」

「えーとそんなニュースを見たことないけど」

「そりゃホワイトハウスの護衛が素手の相手に全滅して、大統領が脅迫されたなんて恥もいいとこだからね。

その後は俺個人と友好条約を交わしてるから、向こうからは手出ししてこないよ」

「一個人と友好条約……」

「というか橘さんは素手も強いの?」

渋谷さんが疑問を呈する。

「八極拳他実戦向きの東洋武術に、カウンターや投げ技も得意だよ」

「それだけのことしたら一個人と友好条約を結ぶよね。素手の強さなんて金属探知機にも反応しないし」

「まあ、素手なら堂々と入口から入れるからね」

 

 「おはよ~」

気だるそうに双葉さんが部屋に入ってきた。

「おはよう双葉さん」

「ああ。橘さん。ネット上も反響が凄いことになってるよ」

「そんなに?」

「スレッドが次々と流れていくからね。色々と大変になるんじゃない?」

「マジかあ……」

「まあ、頑張れとしか言えないかな杏は」

「気楽に言ってくれるなあ」

「他人事だしね」

「しばらくは作曲に専念しようかな」

「いえ。早速橘さんに歌ってもらいたいとオファーが来てますよ」

「え? ちひろさん。あれ一回だけなんじゃ?」

「何言ってるんですか。誰があれ一回と言いましたか?」

「謀ったな! シ〇ア!」

「誰がシ〇アですか。文香さんの件はそれほど重いんですよ。

キリキリ仕事して下さい!」

「ああもう! わかりました。歌えばいいんでしょう歌えば!」

「分かっていただけて何よりです」

ちひろさんの笑みが悪魔の笑みに見えた。

 



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16

体調不良で凄いスランプ。


 「卵も買ったと。これで買い物終了だな」

「そうですね兄さん。所で今日の晩御飯はなんですか?」

「オムライスだよ」

「期待しています」

俺はありすと一緒に夕飯の買い物をしていた。

「た、助けて下さい! 橘さん!」

声のした方を振り向くとアーニャさんがこちらに向かって走ってきた。

「どうしたんだい? アーニャさん」

「黒服の男達に追いかけられてて……き、来ました!」

アーニャさんの後を追いかけて黒服の集団が向かってきた。

手には銃を持っている。

「アレは倒してもいいのか? アーニャさん」

「はい! お願いします!」

「OK。消えるがいい雑種共」

俺は『王の財宝』(ゲート・オブ・バビロン)を起動し、適当な狙いをつけて武器を放った。

次々と攻撃を受け吹っ飛ぶ黒服の集団。

短時間の内に黒服の集団は全滅した。

「こんなところか。それで事情を話してくれるかな?」

「すいません。ロシア大使館で大丈夫ですか?」

「込み入った話のようだね。わかった。場所を移そう」

俺達はロシア大使館へ移動した。

 

 大使館ではロシア大使が出迎えてくれた。

「アナスタシア様をお救いいただき感謝します」

「いえ。それで今回の事件は何なのですか?」

「今、箝口令をしいていますが、大統領が誘拐されました」

「それがアーニャさんとどういう関係が?」

「アナスタシア様は大統領の隠し子なのです」

「……犯人の目星は?」

「ロシアンマフィアです。アナスタシア様もさらって言うことを聞かせようとしたのでしょう」

「大統領の居場所の目星はついてますか?」

「いえ。アメリカや日本にも協力を要請して探している最中です」

俺は千里眼を行使。大統領の現在位置を割り出す。

「場所がわかりましたので救出に向かいます」

その言葉に大使が慌てて止める。

「危険です! せめて我が国の特殊部隊と……」

「ダメです。逆に俺がやりにくくなります」

「……確実に救い出せるのですか?」

「ホワイトハウスを落とした男ですよ俺は」

「……よろしくお願いします」

「あの……橘さん。パパのことお願いします」

「了解したアーニャさん」

俺は闇夜に紛れるようにスーッと消えた。

 

 「さて、一人ずつ殺るか」

俺は『気配遮断』と『圏境』を使用し、姿を消した。

そして、外の見張りを背後から喉を掻っ切り消していった。

「後は廃工場内の連中だけか」

俺は苦も無く中に潜入すると、大統領に近づく。

「大統領。救出に来ました」

小声のロシア語に大統領は反応した。

「君は一体?」

「それは後で。すぐに終わります」

そう言って俺は姿を現す。

ロシアンマフィアの連中がぎょっとする中詠唱を開始する。

 I am the bone of my sword.

――― 体は剣で出来ている。

 

Steel is my body, and fire is my blood.

血潮は鉄で 心は硝子。

 

I have created over a thousand blades.

幾たびの戦場を越えて不敗。

 

Unknown to Death.

ただの一度も敗走はなく、

 

Nor known to Life.

ただの一度も理解されない。

 

Have withstood pain to create many weapons.

彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。

 

Yet, those hands will never hold anything.

故に、生涯に意味はなく。

 

So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.

その体は、きっと剣で出来ていた。

 

そして、世界が塗り替わった。

果てなき荒野に無数の剣が突き刺さっている心象風景が広がる。

「これは……」

「大統領。私の心象風景を世界にしたものです」

俺がスッと手を挙げると無数の剣が現れた。

「ついでだ。全部持ってけ」

ロシアンマフィアに剣が雨あられと降り注ぐ。

そしてそれらは爆発した。

「固有結界解除」

事件はこうして収束した。

 

 「パパ!」

「アーニャ、心配かけてすまない」

「橘さん。ありがとうございます」

「いや、大丈夫だよ」

俺は笑顔で返す。

「兄さん。晩御飯どうします? 私はこちらでいただきましたが」

「ああ。そういえばそうだな。父さん達に連絡は?」

「今日はこっちに泊まると言ってあります」

「心配はしてなかったか?」

「いえ。むしろ兄さんがやり過ぎないかを心配してましたね」

「死体の処理はこちらでやるから心配いらないよ」

流石はおそロシア。こうやって消された人間多いんだろうな。

「しかし、流石だね。星を墜とした男と呼ばれるだけはある」

「大統領。なんですかそれ?」

「君がホワイトハウスに乗り込んだ後につけられた通称だよ。

アメリカの要人の間では君はそう呼ばれているんだよ」

「あはは……。アレは無かったことにしたい出来事ですから」

「それでも君の存在自体が戦略級兵器に匹敵するのだからね。

君を恐れて他国が日本に手を出せない理由の一つになっているのだからね」

「橘さん、凄いです!」

「あはは……。それより何か食べるものありませんか?

流石にお腹が減りました」

「私も食べていないからね。一緒に食べよう」

まさか大統領と一緒に食事とは。

晩御飯を食べながら、アーニャさんを出来る限り守ってくれるよう頼まれたし。

密かに俺はため息をついた。

 



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17

 「武内さん。頼まれたラブライカの曲を持ってきました」

「ありがとうございます。橘さん」

早速曲を流す。

今回持って来た曲はこれ。

 

・深愛

 

「愛情が深く込められている曲ですね」

新田さんが感想を述べる。

「あー、でも、悲しくも感じます」

アーニャさんも感想を述べた。

ふう。とりあえずは依頼達成か。

「あの……橘さん」

「何だい? アーニャさん?」

「この前黄金の波紋から武器を出してましたが、

どこにつながっているんですか?」

「それな。俺も疑問に思ってたんだ」

「晴もか……。あれはバビロンの蔵に納められているよ」

「バビロンの蔵?」

「俺の宝物庫だよ」

「宝物庫!? なあ、見せてくれよ!」

「えー……」

「兄さん。工房の時と同じ反応ですね」

「そりゃ危険な物もあるからね」

「んじゃ触らねえからさ」

「……まあ、文香もちょうどいるし、隠し事は無しにしとくか」

そう言って俺は黄金の波紋を展開する。

「それじゃここから中に入ってくれ」

そう言うと皆が次々と中に入り、最後に俺が入った。

 

 「ここは大広間。ここから放射状に通路が伸びている。

各部屋に宝物が納められている」

「うわ、凄い豪華」

多田さんが大広間の豪華さに呟く。

「それじゃ案内するよ。まずはこの部屋からだ」

そう言って俺はドアを開ける。

部屋の中を見た瞬間息を飲む面々。

そこには金銀がうず高く積まれていた。

「ここは金銀を収納してる部屋。まあ、俺の持ってる金銀のごく一部だけど」

「これでごく一部……ですか」

文香も呆然としている。

「ああ。こんな部屋がいくつもある。次行くよ」

そう言って俺は次の部屋に案内する。

「この部屋は宝飾品を集めた部屋」

俺はドアを開ける。そこには多数の宝飾品が飾ってあった。

「綺麗……」

新田さんがうっとりとした顔をする。

女性陣には宝石はやはり魅力的なようだ。

「これらもごく一部だ。次は剣の部屋」

ドアを開けると多数の刀剣が飾ってあった。

「これだけ揃うと壮観ですね兄さん」

「まあ、これもごく一部だけどね」

俺は次々とドアを開けて案内していく。

「レイジさんの蔵にはどの位のものが入っているんですか?」

文香が聞いてきた。

「石斧から恒星間宇宙船まで様々だよ」

「えーと、要は無限ということかにゃ?」

「無論限界は存在するさ。ただ、それは人間の限界と同じ意味だけどね」

俺は答えつつ、案内を続けた。

 

 「ここは乗り物の部屋だよ」

そう言って俺は巨大な空間を案内する。

「うわあ。乗り物がいっぱい」

「ちょっとしまむー。あれF-15じゃん!」

「あそこにはF-22まであるよ」

「しぶりんその横にはイージス艦があるよ!」

騒がしくなってきたな。

「この奥にはもっと驚くものがあるよ」

そう言って俺が案内した物に一同が驚く。

「戦艦……大和」

誰かがその名を呟く。

「そう。その横にあるのが武蔵だよ」

「こんな物まで持ってるんですね兄さん」

「なあ、あっちにある近未来的なのはなんだ?」

「次元境界穿孔艦ストーム・ボーダー

時速2万9000kmの超高速・超音速で飛べる艦だよ」

「今サラッととんでもないこと言わなかったか?」

「まあ、驚くよな。魚雷やミサイルも発射可能だからな」

「兄さん。質問いいですか?」

「何だい?」

「兄さんは核兵器を持っているんですか?」

ありすの問いに皆の視線が集まる。

「保有数は言えないが持っている」

俺の回答に全員が絶句する。

当然だろう。その日の気分一つで核攻撃可能なのだから。

「絶対に使わないで下さいね」

「…………そうだね」

「ちょっと兄さん!? 今の間は何ですか!?」

「大丈夫だようん。一発位なら誤射で……」

「やめてください! 第三次世界大戦を引き起こすつもりですか!」

「ジョークだよジョーク。やるわけないじゃないか」

それよりも強力な宝具があるし。

「心臓に悪いジョークはやめてください!」

「あはは……。まあ、とりあえず抑止力として持っているわけさ。

蔵の案内は今回はこんなところでいいかな? 時間も結構経ってるし」

「えっ!? 本当だもうこんな時間……」

かくして俺の蔵の見学は終わった。

 



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18

 「橘さん。お客さんが来てますよ」

「お客さん?」

「兄さんはお客さんの予定入ってましたか?」

「いや。誰だろう?」

俺は部屋のドアを開けた。

そこにいたのは……。

「ふむ。お邪魔しているぞ」

おっぱいタイツ師匠だった。

すぐさまドアを閉める俺。

「よし。ありす。今日は休みにしよう」

「えっ。兄さんどうしたんです?」

逃げ出そうとした瞬間に、ドアからゲイ・ボルクが突き出された。

「ちひろさん! パス!」

俺はありすをちひろさんに投げる。

さらにゲイ・ボルクが突き出され、それを俺は避ける。

ここでの戦闘は不味いと判断。

窓ガラスを割って外に飛び出す。

それを追うスカサハ。

俺は地面に着地しつつ、『王の財宝』(ゲート・オブ・バビロン)を放つ。

しかし、スカサハは二槍を使い、弾き飛ばす。

くそ。この程度ではやはり無理か。

「来い! ゲイ・ボルク!」

俺がゲイ・ボルクを取り出すと、獰猛な笑みを浮かべるスカサハ。

 

 そこからは槍の戦いとなった。

突き、薙ぎ、払いと今までに培った技術をフルに活かしているのに対し、

スカサハも二槍を巧みに操り、こちらに対抗する。

パワーとスピードはこちらが上。技量と経験はスカサハが上。

「くっ!?」

真名開放が出来ない。それほどにスカサハの槍は巧みだ。

何とか間合いをとらないと……。

「油断したな」

「!?」

さっきよりスピードが上がった!?

スピードをわざと抑えていた!?

ズバッ!

「……くっ!?」

脇腹を抉られて鮮血が滴る。

「兄さん!」

ありすの悲鳴が上がる。

一旦距離が開く。

くそ。完全に見誤っていた。

その時後ろから声が聞こえた。

「お姉ちゃん。あれ何なの!?」

「私にも分からないわよ!?」

城ヶ崎姉妹!? なんでこんなところに。

「ふむ。避けるなよ。後ろの子達が死ぬぞ?」

スカサハはそう言ってさらに距離を取る。

まさか!?

「行くぞ。この一撃、手向けとして受け取るがいい!!」

そう言うとスカサハはジャンプし、投擲の構えを見せる。

「刺し穿ち……突き穿つ! 『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)』!」

二本とも投げてきた!

回避…ダメだ! 避けたら二人が死ぬ。

熾天覆う七つの円環(ローアイアス)!」

7枚の光の盾が花弁のように展開する。

「ぐ……!?」

1枚1枚と割れてゆく。

オリジナルのグングニルを遥かに上回る威力だ。

「うおおおおおお!」

衝撃波が周辺にまき散らされる。

二本のゲイ・ボルクがスカサハの元に戻る。

……右腕は使い物にならないか。

「ふむ。良く防いだ」

「戯言を。アイアスを全て壊し、右腕を使用不能に追い込んでおいて」

「まだやるか?」

「……後ろの二人狙った時点でスカサハ、あんたを殺すと決めたんだよ!」

「ひっ!?」

俺の怒りの表情を見てありすが怯える。

俺の怒った所など見たこともないから当然か。

魔力が全身から立ち昇る。

俺は即座に魔術で回復する。

「全力だ。悪く思え」

俺の全身を外骨格が覆う。

「全呪解放。 加減はなしだ。 絶望に挑むがいい……」

「ちひろさん。兄さんどうしちゃったんですか!? 禍々しい」

「ありすちゃん。私にも分からないわ。でも、私も怖い」

「クリードの外骨格を纏ったか……面白い」

「……いくぞ」

あっという間にスカサハとの距離を詰める。

「!?」

予想以上のスピードにゲイ・ボルクでガードするも先端が僅かに刺さる。

「予想以上だな」

「いや。終わりだ『噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)』!」

先端が伸び枝葉のように別れてスカサハに突き刺さる。

「が!?」

「これでお終いだ」

俺は外骨格を解除し、ゲイ・ボルクを投擲態勢に入る。

「『抉り穿つ鏖殺の槍』(ゲイ・ボルク)!」

自らの肉体の崩壊も辞さないほどの全力投擲だ。

勝った。俺は勝利を確信したが……。

「ふう……」

スカサハのため息と共にゲイ・ボルクはすり抜けた。

「何!?」

「時間切れだ。時間が来てしまった。ああ、お主なら私を殺せるだろうに」

そう言うとスカサハは消えた。

「もう二度と来ないでくれ。……疲れた」

バタンと倒れる俺。

それを見てありす達が駈け寄ってきた。

「兄さん大丈夫ですか!?」

「何とか。しかし、俺もまだまだ弱い。修行しないとな」

「橘さん、さっきの人って何なの!?」

「美嘉さん。あれは影の国の女王スカサハだよ。不老不死の女傑だ」

「スカサハ…アルスター・サイクルに出て来るあのスカサハですか?」

「そう。何らかの方法でこちらの世界に短時間ながら来れたようだな。

本来は不可能のはずだがな」

そう言って俺は意識を失った。

「兄さん!? 起きてください兄さん!」

 

 次に目を覚ました時、俺は自室のベッドで寝ていた。

「兄さん! 目を覚ましましたか!」

「ありす。心配かけてごめん。あれからどうなった?」

「気を失った兄さんを武内さんに家に運んでもらったんです」

「後で武内さんに礼を言わないとな」

「…………」

「ありす?」

「……もうあの人と戦わないで下さい」

「と言ってもな……」

「今日だって死にそうだったじゃないですか! 兄さんが死ぬのは嫌です!」

ありすは泣きながら訴える。

「悪いが相手が望む以上無理だ。俺が戦わないと周囲の人間を巻き込みかねない」

「でも……!」

「何とか戦わないようにはするよ。向こうは時間制限もあるみたいだしね」

ありすの頭を撫でつつ考える。

スカサハがいるならマーリンは? ゼルレッチは?

英霊召喚は可能なのでは? 様々な考えが頭をよぎった。

 



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19

 「おはよ……うおっ!? どうしたみんな!?」

部屋に入るとありす達に、武内さんとこのアイドルに美嘉さん、拓海がこちらを見た。

「あれ、みんなどうしたのかな?」

「プロデューサーって何者?」

晴が聞いてくる。

「何者もこの前説明して……」

「兄貴そういう意味じゃねえんだ。美嘉が撮った動画みたぜ。

相手は自分の名前を言ってねえ。でも、兄貴は戦いの後美嘉に言ったそうじゃねえか。

スカサハだって。何でわかった?」

「それは……」

「影の国へは行き来出来ない。つまりスカサハの顔を兄貴は知らねえはずだ。

じゃあ何で兄貴はわかった?」

「…………」

「それは僕が答えようか?」

突然部屋の一角にローブを纏い、杖を持った魔術師が現れる。

「…………昨日のはお前の差し金か、グランドくそ野郎」

「マーリンと呼んでくれたまえ。くそ野郎なのは認めるけど」

「マーリン…アーサー王伝説の!?」

ありすが驚く。

「どうせここにいるのは幻術だろ。さっさと質問に答えろ」

「うん。その通りだよ。スカサハに君のことを吹き込んで送り込んだのさ。

十六夜レイジ君(・・・・・・・)

「…………どこまで知っている?」

「君が造られた時からだよ」

「造られた? 何を言ってるんですか?」

「ありすちゃん。君の兄さんはね純粋な人ではないのさ。

身体は龍の心臓を持ち、全身に魔力回路を張り巡らされた。

三分の二が神で、三分の一が人の超越者として神に造られた存在。

転生者十六夜レイジ。それが君の兄さんの正体さ」

「…………やめろ」

「そして得た特典が英霊達の力。この世界では過剰だね」

「…………やめろと言っている!!」

「おっと。怒らせてしまったかな」

「アヴァロンに乗り込んでやろうか?」

「流石にそれはノーサンキューだね。それじゃあ」

そう言ってマーリンは消えた。

「…………」

「兄さん……今のは本当何ですか?」

「……本当だ」

 

 俺は諦めて本当のことを話す。

「俺の前世は十六夜レイジ。家の事情で中卒でブラック企業勤めだった」

「ちょっと待ってください。他にも仕事があったんじゃ…」

「俺の世界ではこの世界と違いバブルが弾けてな。三十年に渡り経済成長がしなかったんだ。

だから働ける所が限られていた。それでも人に後ろ指指されるような人生は送ってこなかった」

「ちなみに死因は?」

「風呂で眠っての水死だ。死んだ後はマーリンが言った通りさ。徳を積んでたのが幸いだったな」

「ふーん。なろう系の小説にありがちな設定だね。現実にいるとは思わなかったけど」

双葉さんが話す。

「双葉さん。誰がこの世界を現実と言った?」

「え? どういう意味?」

「この世界は創作物かもしれないという話だよ」

「え? え?」

「誰もこの世界が現実などと言えないからね」

「ちょっ!? 怖い話やめて!?」

本田さんが身震いする。

「この辺は哲学的な話だけどね」

「つまりなんだ。兄貴は神寄りの人っつーことか?」

「概ね拓海の認識で合ってるよ」

「スカサハに関することも……」

「知識としては知ってたのさ。本当にいるとは思わなかったけどね」

「兄さん……」

「俺が怖いかい?」

「いえ。兄さんは善人です。怖くはありません」

「兄貴は兄貴だろ? それでいいじゃねえか」

「……ありがとう」

俺は泣きそうになった。

 

 「それよりこの動画! これが橘さんの本気!?」

本田さんがグイグイくる。

「えーと、一応限定的な本気です」

「限定的?」

「広範囲殲滅型の宝具は使ってないから」

「ちなみに使った場合は?」

「一都市が消滅する程度にはなるかな。物にもよるけど」

「怖! ていうかこの動画でも動きをやっと追える位のスピードで動いてるんだけど!?」

「まあ、それ位の速さがないとスカサハ相手だと死ぬし」

「兄貴、さっきのマーリンもこの位動けるのか?」

「いや、マーリンはキャスターだから、スカサハほど速くはない」

「じゃあ、勝ちやすいってことか?」

「あー、一概にそうとも言えない。魔術を使う分厄介な面もあるしね」

「兄さんが言ってたクラスというものですか?」

「ああ。基本的にランサーはスピードが速い。キャスターは工房に立てこもって戦う。

この辺は戦い方が変わってくるから、一概にどちらが強いとかは言えないんだ」

「ややこしいんだな」

「そうだね拓海。まあ、スカサハやマーリンは今も生きているから、例外的だけど」

「…………」

「どうした晴?」

「特典の英霊達の力ってどんなのだ?」

「簡潔に説明すると、歴史上の英雄、神霊、創作物の人物等の能力に、それを昇華した宝具だ」

「ちょっと待って! それって偉人のいいとこどりって意味だろ!」

「その通り。ホームズ、モーツァルト、ゴッホ……こういった人物の能力が付与されてる」

「…………!」

晴が絶句する。

「兄貴はチートの権化ってことかよ……」

「兄さん。龍の心臓と魔術回路はどうなんです?」

「龍の心臓は呼吸するだけで魔力を生み出す。魔術回路は回路が多いほど有利になる」

「事実上魔力は無限ということですか?」

「その認識で大体合ってる」

「反則過ぎるだろ……」

晴が呟く。

「まあ、スカサハとの戦いで弱点が露呈したけど」

「弱点ですか?」

「ありす。基本スペックは俺が上回っているのに、なぜスカサハに押されたと思う?」

「…………実戦経験の差?」

「その通り。俺には命を賭けての実戦経験が無かった。だから苦戦した」

「でも戦うのは無しですからね」

「ありす……」

「約束してください」

こっちをしっかりと見て言うありす。

「……ごめん。それは約束できない。相手次第だからね」

「そうですか……」

しょんぼりするありす。

「大丈夫。いざとなれば逃げるから」

そう言って俺はありすの頭を優しく撫でた。

 



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20

 「なあ、ありす。この格好変じゃないかな?」

「大丈夫ですよ。充分カッコイイです。文香さんとのデート楽しんで下さい」

「毎回悪いな。服装に自信なくてさ」

「文香さんなら気にしなさそうですけどね」

「それじゃ行ってくるよ」

「ええ。いってらっしゃい」

ありすに見送られ俺は待ち合わせ場所に向かった。

 

 待ち合わせ場所にはすでに文香が待っていた。

「文香遅れてごめん」

「いえ、私も今来た所なので」

「それじゃ行こうか」

「はい」

文香の手を握り歩き出す。

最初の目的地は古書店だ。

 

 「これと……後これも……」

文香が本を選んでいる。

文香が買う本は量が多いが、俺の蔵に放り込んでいるので問題ない。

後はお金が足りるかだ。

俺が出すと言っているが、文香は自分のお金で買う。

文香曰く、自分の趣味に俺のお金を使うのは申し訳ないそうだ。

俺はその辺は気にしてないんだが。

「レイジさん。買い物は終わりました」

「ん。それじゃ次の目的地に行こうか?」

「はい」

心なしか様子が変な文香を不審に思いつつ、俺達は次の目的地に向かった。

 

 「色んなお魚がいますね」

文香が水槽を見て呟く。

俺達はあの後水族館に来ていた。

水槽には様々な魚達がいて、俺達を迎えた。

「…………」

文香の表情は晴れない。

「あの、文香。水族館は気に入らなかった?」

「いえ……そういうわけではないです」

文香はそう言いつつも心はここにあらずといった感じだ。

何とも微妙な空気の中、俺達は水族館を回った。

 

 水族館の後、俺達はカフェで休憩することにした。

「…………」

「…………」

気まずい。

文香はおしゃべりではないが、今日は普段以上に寡黙だ。

「レイジさん」

「何かな文香?」

「ありすちゃんからレイジさんのこと聞きました。

動画も見せてもらって…………」

「うん。それで?」

「戦わないで下さい」

「…………」

「あんな命を賭けた戦い……意味がないじゃないですか。

だから戦うのを止めて下さい」

「俺だって戦いたくはない」

「だったら……!?」

「でもね。相手がそういう考えじゃないのさ。

だから、戦わざるを得ないのさ」

「……私、怖いんです。レイジさんがいなくなることが」

目に涙を溜めて俺を見る文香。

「だから戦わずに逃げて下さい。逃げるのは恥じゃないです」

「逃げれる時は逃げる。でも周囲に被害が及ぶようだったら戦わざるを得ない」

「スカサハが城ヶ崎さん達を狙ったように?」

「ああ。その通りだよ」

「戦わないとは言ってくれないんですね」

「文香に嘘はつきたくないからね」

「……わかりました。でも、必ず生き残ると約束して下さい」

「約束するよ。俺も死にたくないしね」

コーヒーを飲みつつ考える。

果たして俺は生き残れるのか?

再度スカサハが来た時、俺は対処出来るのか?

「…………」

「レイジさん?」

「何かな文香」

「いえ…今とても怖い顔をしてたもので」

っと顔に出てたか。

「何でもないよ。さっ、デートの続きをしよう」

俺は誤魔化して答えた。

 

 「本はここに置いておけばいいかな?」

「はい。後で整理しますから」

あの後俺達は文香の家にやってきた。

蔵に放り込んだ文香の買った本を部屋に置くためだ。

「…………」

「レイジさん?」

俺は黙って文香を抱き寄せた。

文香は一瞬驚いたものの、受け入れてくれた。

「レイジさんどうしたんですか?」

「怖い」

「えっ?」

「本音を言えば戦うのが怖いんだ。

でも、相手を出来るのは俺だけなんだ」

「レイジさん…」

「今だけ文香のぬくもりを感じさせてくれ。

そうしたら生きて戻れる気がする」

「わかりました。気の済むまで抱いてください」

「ありがとう」

それからしばらく俺は文香を抱き続けた。

 



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21

 それは一本の電話から始まった。

「はい。もしもし橘です」

「橘殿! 助けて下さい!」

「その声は脇山さんか!? 落ち着いて。何があった!?」

「家の道場に道場破りが現れて……門下生達が次々倒されてるんです!

このままだと道場の看板が! 橘殿、助けて下さい!」

「わかった。住所を教えてくれ!」

俺は脇山さんから住所を聞き出す。

「兄さん。どうかしたんですか?」

「脇山さんの道場に道場破りだ。急いで向かわないと」

「父さんから車の鍵を借りましょう。その方が早いです」

「そうだな。車を借りよう」

俺達は車に乗って道場へ向かった。

 

 「こっちです! こっちです!」

道場前に脇山さんがいた。

「脇山さん状況は!?」

「今、父上が相手をしていて……でも相手が滅茶苦茶強くて!」

「ギリギリ間に合ったか……それで相手は……」

俺は道場破りの姿を見て固まった。

着物姿で四振りの刀を差している女性……。

「新免武蔵守藤原玄信…………」

「兄さん知っているんですか? それにその名前……」

「こっちの方が通りがいいか。宮本武蔵」

「えっ!? でも女性で…………」

「並行世界の宮本武蔵だ。あれのいた世界はもう無い。

漂流者として様々な世界を旅する存在。それがあの宮本武蔵だ」

「そ、そんな。父上じゃ勝てませんぞ」

脇山さんの言う通り、武蔵の面が入った。

崩れ落ちる脇山さんの父親。

「父上!」

脇山さんが駆け寄る。

「んー、歯ごたえがないなあ」

武蔵はそう呟くと俺を見つめる。

「ふーん。あなた強いわね。助太刀?」

「ああ。道場の看板は渡さない」

「助太刀結構! でもね……」

武蔵は刀を抜く。

「勝負は真剣でやりましょ」

「兄さん! 絶対ダメです!」

「橘殿! それは危険ですぞ!」

「だってさ。どうする? 諦めて看板渡す?」

俺は蔵からアロンダイトを取り出す。

「兄さん! 無茶です!」

「やらないと看板が無くなる。やるしかない」

「やる気だね。それじゃ私も本気でいくよ」

 

 こうして武蔵との勝負が始まった。

俺の右からの胴を左の刀で受け流しつつ、

右の刀で唐竹割りで襲う。

俺はそれを躱しつつ、左袈裟斬りで斬りつける。

武蔵はそれを躱し、両方の刀で刺突する。

俺はそれをアロンダイトで何とか受け流す。

くっ!? 武蔵の能力も取り込んでいるから、二天一流の軌道もわかっている。

だが流石は本家本元。軌道がわかっていても、攻めきれない。

次の動きは………これだ!

「!?」

俺の予測の動きより早……!?

ズバッ!

「ぐっ!?…………」

武蔵の刺突が脇腹を深々と抉った。

「兄さん!」

「橘殿!」

ありすと脇山さんから悲鳴が上がる。

くっ、軌道は間違いなかった。武蔵が戦いながら進化している!?

「んー、やっぱりか。あなた、二天一流を知ってる戦い方ね」

「まあ、色々と知ってるとだけ答えよう」

「やっぱりそうか。まあ、面白いけどね」

そして再度剣が振るわれる。

次はそこだ。

俺は剣を振るう。

「なっ!?」

完全に予測の死角から斬撃が来た。

不味い。戦いながらこちらに対応してきている。

次の斬撃は上だ。

「!」

なっ!?

「残念、下からだよ」

ブシューッ!

ドサッ!

道場が一瞬の静寂に包まれる。

道場の床に俺の右腕が転がっている。

「橘殿ォーーーーーーーー!」

「いやあああああぁぁぁぁ!」

ありす達の悲鳴が響き渡る。

「勝負ありだね」

「……まだ左手が残っている」

「へえ。まだやるんだ。でもその出血量そう持たないでしょ」

「心配いらない。それまでに勝つ!」

もう時間の猶予もない。本当は剣技のみで勝ちたかったが仕方ない。

「最果てに至れ。限界を超えよ。彼方の王よ、この光をご覧あれ! 『縛鎖全断・過重湖光』(アロンダイト・オーバーロード)!」

武蔵は俺の宝具を刀で受け止める。

「ああああああああ!」

俺は残りの力を絞り出す。

そして武蔵の刀が破壊され、アロンダイトの一撃が入った。

「……見事」

そして武蔵はこの世界から消えていった。

「……勝った?」

誰ともなしに呟く。

「橘さんの勝ちだああああああ!」

喜ぶ門下生達。

終わったあ。

俺の意識はそこで途絶えた。

 

 「兄さん! しっかりして下さい!」

「私に見せてくれ」

珠美の父がレイジの状態を見る。

「いかん! 心臓が止まっとる! 珠美、救急車を急いで呼べ!」

「わかりました!」

珠美の父が心臓マッサージを施す。

レイジが助かるかどうかは予断を許さなかった。

 



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22

 「……ん」

深い闇から目を覚ます。

「知らない天井だ……」

俺はベッドで横になっていた。

右腕を動かそうとして、無いことに気付く。

そうだ。武蔵に切り落とされたんだった。

左手にぬくもりを感じる。

そちらに目をやると、文香が俺の手を握りつつ寝ていた。

その時、文香が目を覚ました。

「あ……」

「おはよう文香」

「レイジさん!」

文香が俺に抱きついてきた。

「レイジさん。目覚めなかったらどうしようかと……!」

文香は泣きながら俺に話す。

「心配かけてごめん文香」

「私、ありすちゃん達を呼んできますね!」

そう言って病室を出る文香。

数分後父さん達が病室にやって来た。

「兄さん! 目を覚ましたんですね!」

「みんな心配かけてごめん」

「いいんです。兄さんが生きているのなら」

その時、脇山さんが前に進み出て来た。

「橘殿! すみませんでした!」

そしてその場で土下座した。

「脇山さん。顔を上げて」

「しかし、珠美が頼んだせいで右腕を」

「失ったものは仕方ないし。相手の方が腕が上だった。

それだけのことさ。だから、顔を上げて」

「橘殿……」

「兄さん。それでこれからどうするんです?」

「特製の義手をつけるさ」

「義手?」

俺は蔵から義手を取り出す。

「『銀色の腕(アガートラム)』。円卓の騎士べディヴィエールがつけていた義手だ。これを……」

俺は失くした右腕に取り付ける。すると俺の肉体と一体化した。

「ふむ……」

俺はアガートラムを動かす。

「うん。当面はリハビリが必要だな」

「リハビリですか?」

「うん。今の状態では戦闘は無理かな。慣らさないと」

「レイジ。事務所には状態を伝えて休みにしてある。

じっくり慣らしなさい」

「ありがとう父さん」

俺はリハビリに励むことになった。

 

 一ヶ月後、リハビリも終わり、俺は仕事に復帰した。

「みんなおはよう」

「おはよう…って本当に義手になってる!」

「おはようございますプロデューサー。千枝心配してたんですよ」

「はは。ごめん。リハビリしててさ」

「兄さん。これでKalafina再始動ですね」

「ああ。曲も作ってきたぞ」

「マジ!? 早く聞かせてくれよ!」

「それじゃ流すぞ」

今回持って来た曲はこれ

 

・Magia

 

「前より難易度が上がってる気がするぜ」

「でもいい曲ですね。千枝歌ってみたいです」

「兄さんが休んでいる間もレッスンは欠かしていません。歌いきってみせます」

「うん。これなら俺も安心して歌えるな」

「兄さんがこの曲歌うんですか?」

「あー、違う違う。武内さんからラブライカとコラボで歌うのを頼まれたのさ」

ちょうどそこにラブライカの二人がやってきた。

「おはようございます橘さん」

「おはようございます。橘さん。腕は大丈夫ですか?」

「二人共おはよう。アーニャさん、腕は問題ないよ」

「良かったです。それで曲なんですが……」

「出来てるから流すよ」

今回持って来た曲はこれ。

 

・ACUTE

 

「何だかドロドロとした歌詞ですね」

「愛と憎しみを感じます」

「まあ、そういう曲だからね。それじゃ練習しようか」

仕事復帰の初仕事だ。気合い入れないとな。

 

 ライブ当日。前回よりも多くの人が集まっていた。

「兄さん前より多いですね」

「まあ、Kalafinaにラブライカwith雷電Pだからな。こうなるよな」

「そういえば武蔵との戦いの動画が流れてるの知ってます?」

「そうなの?」

「ええ。みんながCGと思っているようですが、

兄さんの右手を見たらばれるでしょうね」

「まあ、仕方ないかな。ありす達準備はOK?」

「はい。大丈夫です。兄さんの方は?」

「問題なし。それじゃ始めようか」

俺達は久しぶりにライブを行った。

 



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23

 「…………」

「兄さん。昨日から何をソワソワしているんですか?」

「やっぱりそう見えるか?」

「いや、普通にそう見えるけど、何かあったのか?」

「…………これを見てくれ」

「どれどれ……ってこれ婚姻届!? しかも文香さんの筆記済み!?」

「ああ。最近会うたびにこれを渡してくるんだ。なぜだろう?」

「兄さん。私にはわかります」

「ありす。わかるのか!?」

「はい。簡単に言うと兄さんを繋ぎ留めたいんです」

「えっ? どうしてそんな必要が?」

「兄さん。逆の立場になって考えて下さい。

戦ってケガをして、あまつさえ片腕を失う戦いをする人。

何としても戦わせたくないでしょう?

だから法的な鎖で兄さんを繋ぎ留めたいんでしょうね」

「…………」

「で、どうするんですか?」

「こうするんだ」

俺は婚姻届にサインする。

「良し完成。後は役所に出すだけだ」

「兄さん。覚悟を決めたんですか!」

「おお! 漢だぜ!」

「結婚式には是非呼んでくださいね!」

「はは。今日は勝負の日だからね。気合入れないとね」

そう言って俺は懐から箱を取り出す。

「兄さん。その箱って……!」

ありすの言葉と共に箱を開ける。

「見ての通り婚約指輪だ。今日、文香にプロポーズする予定だ」

その言葉に三人はおおーっと言う。

「兄さん! 場所は大丈夫なんですか!?」

「プロポーズの文言は大丈夫か?」

「失敗しないように祈ってますね」

「ありす達は心配してくれているのか、けなしているのかどっちなんだ?」

どっちなのかわからないまま、俺は文香との約束の場所へ向かった。

 

 「文香お待たせ」

「いえ。私も今着いた所ですので……」

「それじゃいこうか」

俺はいささか緊張した面持ちで告げる。

「はい」

文香も察しているのか緊張してる気がした。

 

 俺は夜景の見えるレストランを予約しておいた。

料理もおいしく、終始和やかに文香との食事は進んだ。

ふー、はー。よし。落ち着け俺。

橘レイジ。一世一代の大勝負を仕掛けます。

「あの、文香」

「なんでしょう、レイジさん?」

き、緊張する! スカサハや武蔵と戦った時とは別の意味で緊張する!

ええい。ままよ。

「文香! 結婚して下さい!」

そう言って指輪を見せる俺。

文香は驚いた表情を見せた後微笑んで、

「よろしくお願いします」と言ってくれた。

よし!

俺は内心ガッツポーズをした。

その後俺と文香は役所へ婚姻届を提出。

晴れて夫婦となった。

 

 そして、翌日。

「みんなおは……おお、大勢いてどうしたんだ?」

「橘さん。プロポーズは成功したの!?」

本田さんがえらい勢いで食いつく。

「ありすちゃんも知らないから結果を教えてください」

島村さんも同じのようだ。

他のメンツも昨日の結果を知りたくて集まっていた。

「ええと、端的に言うと成功した」

その言葉に拍手が沸き起こる。

「婚姻届は出したの!?」

「昨日の内に役所に出しに行ってきた」

「ということは、鷺沢文香ではなく橘文香になったということですね」

ありすが現状を確認する。

「それで式はいつの予定?」

本田さんが食い気味に食いついてくる。

「その辺はまだ決まってないんだ。

フォトウェディングという形になるかもしれないしね」

「ふーん、そうなんだ」

「ところでみんなこの話に食いつくね」

「それは女の子の憧れですから」

島村さんが笑顔で応じる。

「そうそう。誰だって女の子はウェディングドレスを着たいものだよ」

本田さんがそう言ってきた。

「そっか。それじゃちゃんとしないとな」

「うんうん。文香さんを大事にね」

「はは。本田さんに言われなくてももちろん」

そうだよな。文香との関係が変わるんだよな。

頑張らないとと思うレイジだった。

 



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