レッドQ ~赤いアイツを追え!~ (雁野 命)
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第1話 まぼろしのオオカミ
第1話:前編


『次は、花咲川、花咲川です──』

 

「……ん?──んんっ?」

 

聞こえてきたアナウンスで目を覚ました僕は目的地だと気づくのに一瞬、時間を要したが、慌てて席を立ち上がり何とか乗り過ごさずに降りることができた。一応、言っておくけど危ないからよいこはマネしないように!

 

「……あっぶなー」

 

小走りで改札を出て冷静になると、一仕事終えて気が緩んでいたのか春の陽気にあてられて眠っていたらしい。まぁ、あれだけ書いて使ってもらえたのがグルメ系の記事だったことは不本意だが、そんなのはフリーライターの常である。とはいえ、やる気が出ないものは出ないし、眠いものは眠いのである。

 

「ふぁ……はぁ、ま、切り替えていこうか」

 

しかし、ほかのネタならいざ知らず、今日の僕は久しぶりに()()の取材で来ている、となれば多少の眠気もなんのそのだ。さて、僕が訪れた花咲川は都内にある何の変哲もない普通の街。だが、この街には一つのウワサがある。それは──

 

「……<まぼろしのオオカミ>、か……」

 


 

<まぼろしのオオカミ>──それは、ここ一年ぐらいで生まれたとされる都市伝説の一つで、概要はこうだ。

 

都内のとある街には黄金の狼がいる。そして、その狼はどこからともなく現れて幽霊や闇から生まれる怪物を倒しては去っていく、という荒唐無稽なものだ。それだけなら僕もなんてことない与太話だと無視するだろう。だが、その話には続きがある。

 

曰く、その狼は普段は人の姿をしており、陰ながら人々を見守っているのだと。この話で僕が興味を持ったのは人の姿を取る、という点だ。それなら狼ではなく人狼と言うべきだし、わざわざ人の姿である理由が一つもない。つまり、創作にしては整合性が無さ過ぎるのだ。それに、ただの創作と断ずるには奇妙な点がもう一つある。

 

それは、ネット上で黄金の狼の目撃情報が多いことだ。この手の話では常識的に考えてある程度はホラの可能性が高い。だが、今回は証言がいやに具体的だったり、ピンボケした証拠写真などの物証がある点も信(ぴょう)性が高い。さらに、極めつけは実際に怪物の通報があって警察が出動し、そのオオカミを見た警官がいる、という話を知人から聞いたのだ!

 

……いや、まぁ、僕だって胡散臭いのは重々承知だけど、もう少しだけ聞いて欲しい。重要なのはそこからどうして花咲川に来たか、という話だ。

 

当然、元の話でも証言でも地名や固有名称はぼやかされており、それが具体的にどこを差すかはわからなかった。しかし、証拠写真や証言を分析した知人の話でその現場が花咲川近辺だ、というところまでは掴んだ。さらに、ここ半年近くの花咲川近辺における行方不明者数の増加という事実を加味すると、都市伝説系ライターの僕としては行く価値がある!と思ったんだけど……

 


 

「……平和だねぇ……」

 

そう、平和なのである。人の多そうな商店街をざっと歩いてみたが、休日の昼間ということもあってかそれなりに人の姿があり、なんなら笑顔の子供たちや楽器らしきものを背負った少女たちが歩いていたりと完全に平和そのものだった。

 

「……まいったなぁ……」

 

正直、()()()がいたり、もう少し何かありそうな気配があったりするものだと思っていた僕は拍子抜け、というか期待しすぎたかもしれない。というか今になって熱弁をふるったことを後悔し始めているが仕方がない。

 

「……まぁ、まずはその辺で話を──」

 

聞いてみよう、と言いかけたところで、取り戻しかけたやる気を奪う、ぐぅ、という音が僕の胃袋から響いた。別に腹ペコキャラだったり、ダイエットしてるわけじゃないが、おなかが減るものは減るのである。まぁ、朝早かったし、仕方ないよね。

 

「……あー、どうしよう……」

 

気を取り直した僕の目の前には商店街、つまり、ちょっと早いが昼食を食べる分にはあまり困らなさそうなのが救いである……まぁ、オオカミがネタにならなかったらこの辺の食べ物で記事を書くことになるかもしれないしね。

 

さて、一口に昼食と言っても色々ある。この辺だとパンか喫茶店ってところが無難だろう。まぁ、ラーメンやカレーも悪くはないが、取材で来ていることを考えると今回はやめておくべきだ。流石の僕も香辛料の匂いを漂わせながら取材する勇気はない。

 

「……さて、何を食べるか……」

 


 

結局、パンにしようと決めた僕は手近なパン屋──ヤマブキベーカリーに入ってみたんだけど、メロンパンのような菓子パンだけでなく、総菜系のパンも売れ筋とあってこの店を選んで正解だったようだ。さて、あとは会計を済ませて──っと、いけないいけない取材するの忘れてた。

 

「えっと、これでお願いします。それと、僕──じゃなくて、私はこういうものでして──」

 

「……フリーライター?記者の方ですか?」

 

お代を渡しつつ名刺を渡すと不思議そうな表情になる店員さん。うん、この感じなら何か話を聞けるか?まぁ、いやそうな顔をしてないだけかなりマシな方だ。

 

「はい、実は、この辺で色々と取材をしてまして、ちょっとお話を(うかが)わせていただきたいんですけど、いかがでしょうか?」

 

「まぁ、少しなら……それと、こちら、お釣りです」

 

よし、とりあえず、問題はなさそう。というか、この子めちゃくちゃいい子じゃないか?ともかく、情報を集めよう。

 

「はい、ありがとうございます。それじゃ、この辺りで<まぼろしのオオカミ>という都市伝説の話を聞いたことありませんか?」

 

「オオカミ、ですか?私は知りませんけど、お客さんや同じクラスの子の話では夜に光り輝く狼を見た、って聞いたことはあります」

 

夜か……まぁ、都市伝説の定番だよね。しかし、一発目からこれとは幸先が良さそうだ。

 

「そうですか。じゃあ、知り合いで行方不明になった人とか怪物を見たって人はいませんか?」

 

「そうですね……この間、友達が何か変なモノを見た気がする、って騒いでたことはありますけど……」

 

来た!おそらくこの友人は何かを見ている。まぁ、完全に僕の経験と勘でしかないんだけど。ともかく、もう少し話を聞いてみよう。

 

「気がする、ってことは直接見たわけではないんですね?」

 

「はい、たしか、夜の公園に悪魔みたいな黒い影と白い人影みたいなものが見えた気がする、って言ってたんですけど、あとで見間違いだったかもしれないとも言ってました」

 

ふむふむ、さっきよりも具体的な証言が出てきたか。まぁ、リアルに見間違いの可能性もあるけど、この手の情報の中ではマシな方だ。

 

「なるほど。それじゃ、最後になんですけど、この一年ぐらいで引っ越してきた人とかいませんか?」

 

「一年ですか……あ、そういえば、去年の今頃に転校してきた先輩なら一人知ってますけど、何か関係があるんですか?」

 

ふむ、なんか気になるなその人。いや、転校自体は問題ないんだけど、ぴったり一年ってのがなんか奇妙な符号を感じる。

 

「それはまだ分かりません。ですが、一度お話を聞いてみたいので、その方について教えてもらえませんか?」

 

「そうですか?ええと、その先輩──冴島涼牙(さえじまりょうが)先輩は一言でいうなら、不思議な人、ですね」

 

「不思議な人、ですか?」

 

「はい、いろんな部活の助っ人をするぐらい運動神経がよくて面倒見がいい先輩なんですけど、気が付くと居なくなっていたり、夜は気を付けるように言ってきたり……とにかく不思議な人なんですよ」

 

何そのめちゃくちゃ怪しい転校生。というか、謎の転校生って、そんな二昔前のジュヴナイル小説じゃないんだから……ともかく、この明らかに怪しい冴島少年を追いかけてみよう。

 

「そうですか……他に何か特徴とかはありませんか?」

 

「特徴……ええと、あんまり特徴がない人なんですけど、身長は記者さんより少し高くて左手に骸骨みたいな指輪をしている男の人です」

 

骸骨みたいな指輪?スカルリング、って言うんだっけか?しかし、これほど特徴がないというのも妙だ……何というか、この冴島という少年は不審な点が多すぎる。もしかしたら、<まぼろしのオオカミ>の関係者か?まぁ、何にせよ取材してみる価値はありそうだ。

 

「わかりました。それじゃ、その冴島さんに連絡を取っていただくか、連絡先を教えてもらえませんか?」

 

「それが、私、先輩の連絡先は知らないんですよ……というより、知っている人の方が少ないかもしれないです」

 

「ええと、それじゃ、普段は?」

 

「それが、近くにいた誰かから聞いてたり、偶然通りがかったりしていつの間にか一緒にいるんですよね」

 

いや、アウトでしょ。流石の僕もこれはナイと言いたくなるレベルの発言だが、彼女の表情を見るに本当に不思議そうに思っているだけのようだ。なんだこの子めちゃくちゃ純粋な子か?!

 

「そうですか。なら、どなたか知っていそうな方に心当たりはありませんか?」

 

「そうですね……一緒にいることが多い紗夜(さよ)先輩か燐子(りんこ)先輩なら知ってるかもしれませんけど」

 

「では、そのお二人に確認していただくか、連絡先を教えていただくことは出来ませんか?」

 

「うーん……わかりました。それじゃ、確認するので、少し待っていてください」

 

というわけで、確認してもらえたのはいいけど、大丈夫かなぁ……個人情報がかかわる場合、取材に協力してもらえることも少ないし、情報自体がないこともある。まぁ、基本的にはダメもとで聞いてみるしかないのはいつものことだ。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「いえ、大丈夫です。それで、取材に協力していただけそうでしたか?」

 

「はい、ただ、これからRoselia(ロゼリア)──えっと、バンドの練習があるのでそれが終わってから、という条件だったんですけど、大丈夫でしたか?」

 

「ええ、もちろん。こちらは取材をさせていただく訳ですから、その方の都合を優先するのは当然です」

 

「そうですか……なら、よかったです。あ、これ──練習場所の名前と簡単な地図です」

 

よし!なんか、トントン拍子に話が進んで少し不気味だが、今日は運が良かったと思っておこう。まぁ、流石にこれ自体が罠とか、そんなのは組織ぐるみの犯罪でもない限りありえないしね。

 

「どうもすみません、何から何までご協力ありがとうございました」

 

「いえ、お役に立てたならいいんですけど……」

 

「全然大丈夫です。というか、情報だけじゃなく取材の交渉までしていただいて本当に助かりました!それじゃ、僕は失礼します」

 

「そうですか?それじゃ、取材、頑張ってくださいね。ありがとうございました!」

 

店員さんの声を背に受けつつ店を出た僕は地図の場所へ向かうことにする。というのも、今から行ってもその紗夜さんと燐子さんという人たちには取材はできないだろうが、途中で取材していけば時間も潰せてちょうどいいだろう。

 

まぁ、冴島少年を探す、という手もなくはないが、おそらく少年を探しても無駄だろう。なぜなら、店員さんの言葉通りなら彼は神出鬼没で連絡先もわからないと来ているからだ。

 

というわけで、そんな雲をつかむような話を追うよりも地道な取材こそが真実を解き明かす近道だったりするのだ。

 



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第1話:後編

夜、春になったとはいえ寒いものは寒い。おまけに夕方まで追加取材をしていた僕はすでにそこそこに疲れていた。まぁ、それだけの価値があったようには思えないが。

 

というのも、今日一日で冴島少年について分かったことは交友関係が広いが、特に花咲川高校の三年生で同じクラスの氷川(ひかわ)紗夜と白金(しろかね)燐子という少女たちと仲が良いことぐらいしかなかったからだ。

 

しかも、当の本人たちに取材したところ、どうやら彼女たちRoseliaのファンで生徒会の仕事を手伝ってもらう関係で仲良くなったらしいが、連絡先も知らないらしく事前の聞き込み以上の情報は得られなかった、となれば僕の心情もわかってもらえるだろう。

 

「……にしても寒いなぁ……あ?」

 

という訳で流石に愚痴が漏れてしまってから気づいたんだけど、何かの気配を感じる。というか、何かに見られているような気がする……なんだろう、非常にマズい予感がする。よし、1、2の3でダッシュしよう。1、2の──あ、ダメだ。

 

「……この話は本物だったかぁ……」

 

どうやら間に合わなかったらしい。見なきゃいいのに、不気味な鳴き声のする方を見ると証言にあった黒い悪魔のような怪物がこちらを見ていた。しかし、アレだな。突然のこと過ぎて自分が思ったよりも冷静なことに驚いているが、正直、一歩も動けない、というか、動いたら一息にやられるなコレ。なんて考えている間にも怪物がじりじりと距離を詰めてくる──

 

「うおっ!?」

 

だが、途中でその怪物が突如爆発した。怪物が消えてるから爆死した、と思うけど……何だったんだ今のは?というか、後ろから何かが飛んできた気はするけど、その辺には何もないみたいだし……ダメだ、何が起きたのかさっぱりわからん。まぁ、何はともあれ助かった、ということでいいんだろうか?

 

「大丈夫ですか!──ってあれ?もう終わってる?」

 

「おかしいぞ、ホラーの気配は確かにあったはずだが……」

 

飛び込んできた影は白いコートの少年で何やら困惑した様子で立っていた。見れば左手のスカルリングと会話しているようだが、彼が冴島少年だろうか?というか、しゃべるスカルリングってなんだ?

 

「キミ、もしかして──」

 

「っ!?そこの人、下がっててくれ!」

 

少年に確認を取ろうとしたが、急に何かに警戒しだしたようだ。先ほどの怪物か?いや、どちらかというとあの影は黒というより──

 

「なんだ、あの赤いのは……!?」

 

「邪気はない!奴はホラーじゃないぞ、涼牙」

 

「だが、味方でもないようだ!」

 

なんか盛り上がっている冴島少年と指輪だが、確かのその人影の正体は赤かった。まぁ、腕とか足に銀色だったりする部分はあるけど、おおざっぱに言って赤いと表現すべき存在だった。そして、その赤い人物(?)は両手を真上に伸ばしてからゆっくり円を描くように下ろし、片手の拳を握ると胸の前で両手を打ち合わせた。

 


 

「レッドファイト!!」

 

「何言ってんだコイツ──ぐあっ!?」

 

赤い人物──レッドマンは一方的にレッドファイトを宣言すると困惑する涼牙に対して走りより、そのまま勢いを乗せたパンチを放つ。戦士としての直感か、かろうじて両手を交差させてガードした涼牙だが、轟音ともに数mほど殴り飛ばされる。

 

「涼牙、大丈夫か!?」

 

「ああ、何とかな……だが、勢いは殺したはずなのに少し腕が痺れる。コイツはなかなか強いかもな」

 

危なげなく着地して腕を軽く振りながら答える涼牙はその間も油断なくレッドマンを見据えると、レッドマンはすぐ近くの記者を無視して涼牙へ追撃するために走り出していた。

 

「お前は一体何者だ?!」

 

「……」

 

「くっ!ガン無視、かよっ!」

 

涼牙の問いかけにも答えず掴みかかると連続してパンチを放つレッドマン。轟音を響かせるその猛攻をなんとか凌ぎつつ悪態を吐く涼牙だったが、徐々に追い詰められている状況を改善すべく、隙を見てレッドマンを掴み無理やり投げ飛ばす。

 

「よっ、と──ったく、死んでも恨むなよ!」

 

何とか距離を取った涼牙は呼吸を整えると、コートから取り出した赤鞘の魔戒剣を抜き放ち、立ち上がったレッドマンへと切りかかる。

 

「ふっ!はあっ!」

 

闇夜に白刃が二度閃きレッドマンへと襲い掛かる。常人では捉えることさえ難しい剣(げき)だが、軽やかな身のこなしで潜り抜けたレッドマンは跳躍して一度距離を取った。

 

「このっ、ちょこまかと──」

 

「レッドナイフ!」

 

「うおっ!?一撃が、重いっ……!?」

 

自身の剣が避けられたことで怒りを覚えた涼牙は剣を構え直して追撃しようとするが、レッドマンがどこからか──彼らは知る由もないがミクロ化して手袋の中に収められている──レッドナイフを取り出し、涼牙に対して投げつける。何とか切り払った涼牙だが、ただの大ぶりのナイフにしか見えない外見に見合わぬ威力に驚き思わずひるむ。そして、その一瞬の隙をレッドマンは見逃さなかった。

 

「マズっ──うぐっ!」

 

涼牙に飛び掛かったレッドマンはそのまま組み付くと腹部へ膝蹴りを叩きこむ。いかに魔戒騎士として鍛え上げられた肉体を持とうとも、人間である以上は痛みから逃れられなかったのか上体が丸まってしまう。

 

「ぐっ!がっ!があっ!」

 

それを好機と見たのかレッドマンはそのまま二度、三度と涼牙の背中に真上から容赦なくエルボーを叩きつける。徐々に膝をつきかけていく涼牙の姿にレッドマンはとどめとばかりに飛び上がる。

 

「涼牙、今だっ!!」

 

「っ!?──うおおっ!」

 

「……!?」

 

飛び上がったレッドマンに対して今にも倒れそうだった涼牙がザルバの合図で剣を切り上げると、無防備な状態のレッドマンは剣戟を食らって後ろに倒れこむ。だが、力の乗り切っていない片手の一撃だったためか、レッドマンはすぐに立ち上がった。

 

「ま、そりゃそうか。でも、助かったぜザルバ」

 

「気にするな。それより、コイツはヤバいぞ。どうする涼牙?」

 

「決まってるだろ?──」

 

レッドマンが起き上がる前に後方に跳躍して距離を取った涼牙はザルバに礼を言うと一度、深呼吸をして自然体になる。

 

「──本気でやるだけだ!」

 

レッドマンを見据えたまま涼牙が自らの頭上に剣先で円を描く。すると円の中の空間が割れて中から鎧が飛び出し涼牙の体に装着され、その姿は狼の意匠を持つ輝く鎧を纏った黄金騎士・ガロへと変わり、持っていた魔戒剣が幅広で両刃の大型剣、牙狼剣へと変化した。

 

「黄金の、狼……!」

 

「さぁ、ここからが本番だ!」

 

蚊帳の外で驚愕する記者を気にも留めずに相対する金と赤。先に動いたのは金──ガロだった。

 

「くらえっ!」

 

一足でレッドマンの目の前に来ると大きく振り上げた大上段の袈裟切りを放つ。弾丸の如き速さで放たれた一撃だが、予想しやすい単調な動きだったためかレッドマンは半身になって回避し、お返しとばかりにパンチを放とうとする。しかし──

 

「甘いっ!」

 

一撃目をあえて避けさせたのか、振りぬいた速度のまま一回転して二撃目を叩きこもうとするガロ。遠心力と速度乗ったその一撃はこれまでで一番の威力といっても過言ではない一撃──のはずだった。

 

「トォーッ!」

 

「な──ぐあっ!?」

 

驚愕するガロ。それも当然である。必中のはずの二段構えの攻撃がそのまま受け流されて自分が地面に投げ飛ばされていたからだ。

 

「ぐえっ!がはっ!」

 

状況を理解できず混乱するガロに対してレッドマンは叩き落すような拳を放つと、そのまま動けないガロを頭の上まで持ち上げる。

 

「レッドフォール!」

 

「がああっ!!」

 

「おい!立ち上がれ、涼牙!」

 

渾身の力で相手を地面に叩きつけるレッドマンの必殺技──レッドフォールをまともに受けたガロはかろうじて鎧を着ているが、ザルバの叫びもむなしく、すでに指一本動かせないような状態であった。そして──

 

「レッドアロー!」

 

「がはっ……」

 

またもやどこからともなく取り出した十字架型の石突を持った赤い手槍──レッドアローを手にしたレッドマンは渾身の力で振り下ろし、ガロの心臓を貫いて地面へと縫い留めた。

 

「おいっ!涼牙!涼牙っ!!」

 

力尽きたのか鎧が解除された涼牙は既に事切れていた。ザルバの叫びが響く中、数秒ほどその様子を見て涼牙がピクリとも動かないことを確認したレッドマンは一度うなずくと呆然とする記者には目もくれずどこかへ歩き去っていった。

 

「……まさか?赤い、通り魔……!?──って、アレ?死体が、ない?」

 

そして、目を離した隙に涼牙の死体や戦いの痕跡の無くなった公園には呆然とする記者のつぶやきと風の音が聞こえるだけだった。

 


 

<赤い通り魔>──これも都市伝説の一つだが、ここ最近、といっても数年前から語られるものでいくつかのパターンはあるが、概要は単純である。

 

レッドマンと呼ばれる赤い通り魔が現れて何かを殺す、というものだ。だが、殺す対象には大きな違いがあり、それによって語られる正体が変わる。曰く、悪人を殺す正義の味方、目にしたものを全て殺す殺人鬼、人に擬態した怪獣を殺す怪獣ハンターなど、多くの説がある。

 

しかし、この話には都市伝説にありがちな大きな弱点がある。それはどこにも証拠がないことだ。なんせ、この僕だって今の今まで眉唾だと思ってたぐらいである。

 

ともかく、僕は今、ものすごく後悔している。だって、あの赤い通り魔の正体を掴めたかもしれないのに、僕ともあろうものが突如始まったバトル展開に圧倒されて完全に空気になってしまうとは!

 

しかも、<まぼろしのオオカミ>の正体が冴島少年だったことまでこの目で見たのに、インタビューすら出来なかったなんて……まぁ、少年の死体も消えたし、証拠写真もなし。完全に収獲ゼロ、だもんなぁ……

 

だけど、まだ調べることはある。なぜ、冴島少年が殺されなければならなかったのか、ということだ。

 


 

さて、ここからは後日行った追跡調査の話だ。まぁ、結論だけ言えば彼の自己責任、というか身から出た錆、のようなものだと思われる。

 

これは、僕の知人から聞いた話だが、なんでも、<まぼろしのオオカミ>に類する都市伝説は古くからあったらしく、人狼伝承や魔女狩りも関係があったりするらしい。

 

実はこの、らしい、というところがポイントで、本来は僕の遭遇した悪魔みたいな怪物を倒す組織があるらしく、その組織が事実を隠蔽するために記憶を消したりしている、とのことだ。

 

結局、知人もそれ以上の理由や実情といった詳しいことはわからなかったらしいが、おそらく僕の推測では<まぼろしのオオカミ>こと、冴島少年がその組織の人間で記憶を消し忘れたことから都市伝説として広まったのではないか、と考えられる。

 

さらに、あれからしばらく経ったが、彼の死亡したころから行方不明者数の増加が減少しており、おそらく、冴島少年の怠惰が一連の騒動の原因で代わりの人員が事態を解決している、というのが僕の見解だ。

 

つまり、レッドマンは冴島少年を粛正する目的で殺害した可能性がある、とは思うのだが、いかんせんそこまでの証拠がないため、僕の推察にしか過ぎない。

 

まぁ、単にレッドマンが強敵と戦いたかったのかもしれないが、ともかく、冴島少年が青春に明け暮れていたことは同級生へのインタビューで判明したため、彼についての考察は間違いないだろう。

 

というわけで、以上で今回の<まぼろしのオオカミ>についての取材を終了する。

 

なお、今回の取材費用はヤマブキベーカリーの記事で何とか回収できたため、その旨も記す……次回こそレッドマンの写真か映像を記録してやるからな!

 



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第2話 古龍のよびごえ
第2話:前編


「……寒い……」

 

おっと、開口一番で愚痴が出てしまったが、それも仕方がない。なんせ、僕が来ているのは山梨県の四尾連湖にあるキャンプ場だからである。

 

さて、寒いのが死ぬほど苦手な僕がどうしてわざわざ12月のキャンプ場なんかに来ているかと言うと、昨日の昼に例の情報通の知人──先輩からの情報があったからだ。

 


 

『なあ、後輩君。面白い話があるんだが、聞いていかないかい?』

 

電話口から開口一番に聞こえてくるどこか楽しそうな先輩の声。こういう声の時は大概、碌でもない話を持ってくる時だ……まぁ、都市伝説ネタを追う僕としては願ったりかなったりなのだけれど。

 

「どんな話ですか?」

 

『何、君の気に入りそうな話だ。後輩君は恐竜は好きかい?』

 

「恐竜……パークとかワールドの話ですか?まぁ、映画は嫌いじゃないですけど」

 

あれ?思ったより普通の話題?あの辺の映画に都市伝説とかあったかなぁ……

 

『違うよ。君は現代に生きている恐竜がいる、と言ったら信じるかい?』

 

ありゃ、違ったらしい。現代に生きる恐竜、ねぇ。眉唾ものだが……この人が言うなら()()を掴んでいるんだろう。

 

「うーん、ネッシーとかクッシーみたいな奴ですか?」

 

『まぁ、概ねそんなところだが、ちょっと事情が違う。これを聞いてもらえるかい?』

 

急に静かになったので何かと思ったら、電話口から大きな鳴き声──そう、恐竜、いや、怪獣とも呼べるような轟音が聞こえてきた。先輩、耳が痛いっス。

 

『──とまぁ、今のがその恐竜の声、の録音らしいんだけど、君はどう思う?』

 

「耳が痛いです。あと、流すんなら一言言ってください」

 

『ふふっ……済まない、後輩君が相手だとつい、ね。許してもらえるかい?』

 

くっ、声と顔がいいからって何やっても許されると思いやがって!

 

「……まぁ、いいですけど。それで、僕には本物の恐竜、というか怪獣の鳴き声みたいに聞こえましたけど、これはどうしたんですか?」

 

これで文句の一つも言わずに許す僕も大概だけど、この人には恩と借りしかなくて頭が上がらないのだからどうしようもない。それよりも今はこの音声についてだ。もしかしたらいい記事が書けるかもしれないし、何より、めちゃくちゃ面白そうだ。

 

『ふむ、怪獣か。やはり、君はいい感性をしているね。これは先週、知り合いのキャンパーが山梨県の四尾連湖で録音したものだ。あぁ、もちろん、私の分析だとこの音声は本物だ』

 

「なるほど。四尾連湖……湖ってことは富士山のあたりでしたっけ?そういえば、龍か何かの言い伝えがあったような……」

 

一応、仕事柄それなりに地理、というか伝承には詳しいつもりだが、あの辺りは都市伝説っぽい言い伝えもそれなりにあったはず……なんだけど、何だったかなぁ?

 

『そうだね、四尾連湖には龍神伝承や牛鬼の亡霊の言い伝えがあるんだけど……まぁ、関係があるとすれば龍神の方かな?』

 

そうそう、確か、そんな話もあったっけか。というか、この口ぶりだと──

 

「先輩はそう思ってない、ってことですね?」

 

『その通り。まぁ、あくまでこれは仮説だけど、この恐竜──いや、怪獣はここ最近までこの音声以外に一切情報がない。つまり、伝承で語られる龍神とは別物の可能性があるってことさ』

 

なるほど。確かに、あの音声が龍神のものならこれまで一度も情報がないのはおかしい。正直、僕も今の話だけで考えると同じ結論に行き当たるだろう。んで、先輩と付き合いの長い僕にはこの後の展開にも大体予想はついてる。

 

「まぁ、筋は通ってますね。で、僕にこの話をするってことはいつもの如く、この件を調査しろ、ってことですか?」

 

『その通り、察しがいい後輩を持って私は幸せだよ』

 

うん、知ってたよ。まぁ、ここ最近はネタもなかったし、グルメ系の記事も書き飽きた所だ。たまには遠出するのもいいだろう。

 

「わかりました。でも、お土産は期待しないでくださいね?」

 

『ありがとう、後輩君。私は信玄餅か饅頭系がいいかな』

 

期待するなって言ってんでしょうが……まぁ、僕のことだからどうせ買って帰るんだろうが。

 


 

さて、そんなこんなで新幹線とレンタカーでここまで来たわけだが……正直、お手上げだった。なんせ、この時期のキャンプ地なんて人が少ないわけで、取材どころじゃなかったからだ。

 

まぁ、一応、いくつかのキャンプ場を回って管理人さんに話を聞いたところ、なんでも、件の怪獣は一度しか現れなかったらしく、その後の遭遇情報はないとのことだ。だが、だからと言って完全な無駄足、とはならないのがこの手の取材の基本だ。

 

なぜなら、少なくともこの情報の裏は取れた、ということが大事なのだ……決して、負け惜しみとかそういうのではない!ともかく、この件については情報が足りなさすぎる。もしかしたら、ここにはたまたま立ち寄っただけでどこか別の場所に生息地がある、という可能性もある。

 

だが、ぶっちゃけ四尾連湖での情報収集には限界を感じるわけで、この辺で何か手掛かりが欲しい所だし、最悪、中間報告にはなる。というわけで、こういう時は先輩に連絡するのが一番だ。

 

『おや、後輩君か。首尾はどうだい?』

 

数コールもしないうちに聞こえてきたのは揶揄(からか)うような先輩の声。まぁ、これぐらいはいつものことだ。

 

「この時間に僕が電話してるってことはどういうことか分かってて言ってますよね?」

 

『ふむ、ということは、やはり、四尾連湖は本命じゃなかったか』

 

知ってたんかい!いや、まぁ、あの情報だけで行けって言われて素直に行く僕にも問題があるんだろうが……ともかく、情報を出し渋られるとこっちも動きようがない。

 

「……わかってたなら、僕を来させなくてもよかったんじゃないですか?」

 

『まぁ、そう腐るなよ後輩君。私だって何の考えもなしに君を行かせたわけじゃないさ』

 

「そりゃそうでしょうよ。というか、そこまで頼りにされても困りますよ?」

 

まぁ、頼られて悪い気はしないが、正直、この人に頼られても成果を出せる気がしないので、出来れば勘弁してほしい。

 

『そういうなよ、私は君にはかなり期待しているんだ』

 

驚愕の事実。まぁ、十中八九、揶揄われているだけだろう。もしくは、いいように使われているだけか?

 

「まぁ、そういうことにしておきましょう。それで、何か情報でもあるんですか?」

 

『そうそう、君に連絡してからもう少し調べてみたんだけど、今回の怪獣らしき目撃情報が山梨県の各地で多発しているらしい』

 

「よく今まで見つかりませんでしたね?」

 

『そりゃそうさ。なんせ、ただの轟音だったり、巨大な影を見たって話だったり、一貫性のない情報だったからね。怪獣の存在を念頭に置かなきゃ同一の存在だと思わないさ』

 

なるほど。まぁ、一見何の関係もない事象が一つの出来事をきっかけに繋がる、なんて話はこの分野に限らずよくあることで、時には意外なことが真実ということもあるものだ。

 

「ということは怪獣、ないし、そう見える何かが今も山梨中を動き回ってる、ってことですか?」

 

『そうとも限らないさ。例えば、誰かの悪戯か個人の研究か、はたまた政府の極秘プロジェクトって可能性もあるよ?』

 

……もっとも、あんまりにも荒唐無稽な場合は陰謀論と呼ばれることもあるが。

 

『それに、山梨中、ってほどじゃないみたいだ』

 

「?どういうことですか?」

 

『今、全ての情報を分析にかけてたんだけど、ほとんどの情報が見延町を中心に分布していることが分かったんだ』

 

なるほど。これで次の指針は決まった。

 

「それじゃ、僕は見延町に行って取材してくればいいんですね?」

 

『ああ、そうしてくれると助かる。それと、地図は君のスマホに送ってあるから、確認しておいてくれ』

 

「わかりました。それじゃ、そろそろ出発しますね」

 

『それじゃ、気を付けて。ああ、お土産は──』

 

おそらく追加のお土産の要求か何かを言っていたが聞かなかったことにして通話を終えると、先輩から来ていたメールに同封された地図を確認する。

 

「……確かに、見延町が中心っぽいなぁ……」

 

これは信玄餅だけじゃ足りないかもしれないな……いや、そもそも買う必要もないのだけど。ともかく、現地で調査を続けよう。

 


 

「怪獣?アキちゃんとあおいちゃんは聞いたことある?」

 

「あ、なんか聞いたことあるかも」

 

「私もバイト先でウワサぐらいは」

 

見延町に着いた僕は夕方まで取材をしてみたが、具体性のない情報が多く、取材に行き詰っていた。そこで、気分転換を兼ねて訪れたみのぶまんじゅうの店で出会った三人の少女たちに話を聞いてみることにした。

 

「ええと、そのウワサ、というのは?」

 

「なんでも、夜の湖で巨大な龍を見た!とか」

 

「そうなん?私が聞いたのは夜中に大きな黒い影が空を飛んでた、って話やけど」

 

「へぇー、そんなウワサがあったんだー」

 

これは有力情報、か?まぁ、具体的な情報なだけマシだと思っておこう。というか、この子──各務原(かがみはら)さんだっけ。情報料代わりのまんじゅう、めちゃくちゃ食ってない?いや、別にいいんだけど。

 

「……なるほど、もう少し具体的な場所とか時期って分かったりしますか?」

 

「えっと、確か、一か月ぐらい前の本栖湖、とか言ってたような……すんません、ちょっと詳しいことはわからなくて」

 

「私の方は二週間に一回ぐらいで見るらしいですよ。でも、私も詳しくは……」

 

「そうですか……いえ、参考になりました。どうも、ご協力ありがとうございました」

 

うーむ、それなりに役に立ちそうな情報ではあるが、勘が鈍ったか?まぁ、いっそのこともう何日かこの辺りで逗留して取材するのもありかもなぁ……

 

「あの、記者さん、ちょっといいですか?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「さっき、リンちゃん──えっと、私の友達に聞いたんですけど、最近、夜の11時以降に大きな物音を聞いたとか大きな影を見た、って話が多い、って言ってました!」

 

お?みのぶまんじゅうがまさかの有力情報になって帰ってきた!これならある程度、調査場所が絞れるかもしれない。

 

「なるほど、ありがとうございました。そのご友人にも感謝していると伝えていただけますか?」

 

「はい!あ、それと、おまんじゅう、ごちそうさまでした!」

 

「なでしこ、お前……」

 

「全部食うとる……」

 

……まぁ、だいぶ高くついた気がするが、気にしないでおこう、うん。

 


 

各務原さんの友達の情報では怪獣は夜中に動くらしい。それと、先輩からの情報を突き合わせて少し調べに来てみたんだけど……

 

「……寒い……」

 

真冬の夜中に森の中をうろついてれば凍えるのも仕方がない……やっぱ、街の中で待ってた方がよかったかなぁ……

 

まぁ、その分、よくわからない棘のような物とそれが付けたと思われる古い傷のある場所を見つけたのは僥倖だけど、コレ、何なんだろう?持って帰って先輩の伝手で調べてもらうか?

 

「お?」

 

今、なんか見えたような……あれは、黒い影、って、でかっ!?飛行機?いや、羽ばたいてる、ってことは、怪獣、というよりドラゴンか?

 

方角は……あっちか。足には自信あるけど、飛んでる相手に追いつけるかなぁ……ともかく、このままだと確実に見失うし、走るしかないか。

 

しばらく走り続けてドラゴンの降り立ったと思われる場所にたどり着いた僕。だが、そこで僕が目にしたのは大きな黒い刺々しいドラゴンと相対する()()()()()()()()()()()()()()のレッドマンの姿だった。

 



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第2話:後編

「レッドファイト!」

 

その夜、古龍──ネルギガンテに変身する力を持つ少女の平穏はレッドマンの宣言により、唐突に打ち破られた。

 

(何!?何なのコイツ!?)

 

視界の端でカメラを構える記者に気付かないほど困惑するネルギガンテだったが、目の前のレッドマンに対して本能的な脅威を感じていた。

 

(来るっ!?)

 

「レッドチョップ!」

 

先手を取ったのはレッドマン。警戒するネルギガンテに跳躍しつつ近づくと落下して威力を高めた強力なチョップを叩きこむ。

 

(痛っ!?掠っただけなのに、なんて威力!?でも──)

 

寸でのところで身を翻して何とか直撃を避けたネルギガンテだったが、上がっていた前足に掠っただけの一撃の威力に驚愕する。しかし、その表情──古龍の表情など傍目にはよくわからないが──からは小さな余裕が感じられた。

 

「……!?」

 

それもそのはずである。ネルギガンテの体表を覆う鋭利な棘はそれ自体が強固な鎧であり、武器にもなるからであった。そして、攻撃したはずのレッドマンがチョップした腕を押さえていることからも棘の効果はうかがい知れた。

 

(見た感じ、コイツに私の鎧を貫通する武器はない──なら、勝ち目はある!)

 

無傷のままのネルギガンテは一度、咆哮を上げると、正面のレッドマンに向けて翼を地面に付けつつ体全体を使った強力なショルダータックルを放つ。

 

(やった!──違う、耐えられた!?)

 

質量とパワーの乗った強力な一撃。だが、その攻撃は防がれており、レッドマンの体勢を崩す程度の威力しか発揮できていなかった。しかし、

 

(それならっ!)

 

レッドマンが体勢を崩したことに気付いたネルギガンテは左の前足で地面にめり込ませつつ掻き上げる強烈なアッパーをレッドマンに叩き込む。こちらも防がれるが、その威力でレッドマンは尻もちをつき、レッドマンの体がネルギガンテの目線より下になる。その瞬間、ネルギガンテの視線が鋭くなる。

 

(これでどうだっ!!)

 

上体を起こしたネルギガンテはそのまま後ろ足で前進すると振り上げた右の前足で全体重を乗せた一撃を叩きこむ。滅尽掌と呼ばれるその一撃が尻もちをついたレッドマンの胴体に突き刺さった。

 

(決まった!もし生きててもこのまま──)

 

強力な一撃を与えたネルギガンテはマウントを取ったことで勝利を確信し、笑みを浮かべる。だが、その一瞬が命取りだった。

 

「レッドパンチ!」

 

(──コイツ、全然──)

 

倒れているはずのレッドマンが堪えた様子もなく上半身の力を使ったパンチでネルギガンテを打ち上げる。当然だ、地形を変えるほどの威力があるわけでもない攻撃など、人間サイズならともかく同程度のサイズのレッドマンに対しては大きな脅威にもならなかったからである。

 

(油断したっ!?でも、まだ──うぐぅっ!?)

 

打ち上げられたネルギガンテはどうにか空中で体勢を整えようとするが、尻尾を掴んだレッドマンによって地面に叩き付けられる。受け身も取れず仰向けのまま倒れるネルギガンテだが、レッドマンはそのままマウントポジションを取る。

 

(やばっ──)

 

起き上がろうにも同サイズの人型の相手を跳ね上げるパワーのないネルギガンテはそのままレッドマンの容赦のないパンチを受け続けるしかなかった。

 

(ぐううぅっ──掴めたっ!このおっ!!)

 

二度、三度と轟音を響かせて叩き付けられる拳に業を煮やしたネルギガンテは苦し紛れに尻尾で──自分から絡まりに行ったように見える──レッドマンを絡めとると、力任せにレッドマンを引き倒してどうにか現状を脱出する。

 

(よしっ!これで──)

 

「レッドナイフ!」

 

(うぎゃあああっ!?し、尻尾が、一撃で……!?)

 

だが、引き倒されたレッドマンもただでは倒れず、取り出したレッドナイフで絡みつく尻尾の先端を切り飛ばし、拘束から脱出して立ち上がる。

 

(コイツ、ぶち殺して──)

 

尻尾を切り落としたレッドマンに激怒するネルギガンテは起き上がって殺意の籠った目で睨もうとするが、その場で起き上がったことが間違いだった。

 

(──っ!?アイツがいない!?どこに──)

 

「レッドチョップ!」

 

(上っ!?)

 

困惑するネルギガンテは真上から聞こえた声に目を向けると、そこには飛び上がった状態から全体重を乗せたチョップを放とうとするレッドマンの姿があった。

 

強烈な一撃を容赦なく頭に叩き付けられたネルギガンテはその衝撃で角が折れる。そして、少し体をけいれんさせると、そのまま倒れて動かなくなった。少しの間その様子を見てネルギガンテが死んでいることを確認したレッドマンはどこかへと歩き去って行った。

 


 

「──とまぁ、そんな感じの戦いだったんですけど……信じてもらえますか?」

 

あの戦いから数日後、僕が撮影した映像を解説しつつ先輩に見てもらっている……んだけど、正直、めちゃくちゃ不安ではあるが、感想を聞かなきゃ話にならない。

 

『ふむ、それじゃ、結論から言おうか』

 

「はい……」

 

さぁ、来るぞ……いや、まぁ、僕自身、この目で見てなきゃ信じられないぐらいの映像だし、なんとなくわかるけどさ。

 

『これは実に興味深い映像だね』

 

「はい?」

 

おや、予想外、てっきり先輩のことだから──

 

『なんだい?もしかして、こんなのはよくある捏造だ、とでも言うと思ったのかい?』

 

その通りである。なんせ、映像は風景以外はピンボケで僕の言葉以外の証拠も全て消えてしまっている訳で、先輩が信じてくれるのは意外だった。

 

「えぇと、まぁ、そりゃ、こんな映像一つで信じてもらえるとは思ってませんし──」

 

『おや?私は信じた、なんて一言も言っていないよ?』

 

「え?」

 

おっと、ここでまさかの大どんでん返し。

 

『正確には、興味深い、って言ったんだ。なんせ、この映像は加工されていないからね』

 

「そりゃ当然ですよ。だって、僕が撮影してそのまま先輩に送ったものですし」

 

なんならナレーションぐらいつけようかと思ったが、何か言われてもアレなんでそのままコピーを手元に残してお土産と一緒にSDカードごと送ったんだけど、どうやらそれがよかったらしい。

 

『つまり、この映像は加工なしで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という訳だ。これは興味深いとしか言えないと思うけどね?』

 

なるほど、つまり、他に情報を寄こせ、ということか。まぁ、そういうことなら、いくつか補足はできそうだ。

 

「そうですね……撮影時は天候も悪くありませんでしたし、カメラもSDカードも問題なしです」

 

『ふむ……確かに、他の映像は問題なさそうだね。それで、他には何かあったかい?』

 

「あとは、直接関係があるかはわかりませんが、帰る前に聞いたところ、戦闘の音を聞いた人間がいないのも妙でしたね」

 

『へぇ?それはなおさら興味深い。というか、君、その話は聞かれるまで話す気なかっただろう?』

 

「えぇと、それは、まぁ、はい」

 

図星である。なんせ、当事者の僕ですら自分が幻覚か何かを見たんじゃないかと思ってしまうぐらいだし。

 

『……まぁ、いいさ。ともかく、これで少しわかってきたよ』

 

「えっと、何がですか?」

 

『この件でこれ以上の証拠は手に入らない、ってことさ。後輩君が狂人じゃない限りね』

 

うん、さっぱりわからん。けど、それなりには信用されているらしい。

 

「すいません、どういうことですか?」

 

『そうだね……まず、最初に言っておきたいのは、この映像はピントが二体のどちらかにしっかり合っているはず、ってことかな』

 

「あー、確かに風景はちょっとボケてますからね……ん?」

 

ちょっと待った。それってなんかおかしくないか?

 

『そう、風景にピントはあっていない。そして、風景のぼやけ方と撮影者の位置を考えるとこの二体の姿は鮮明に映っているはずなんだ』

 

「なるほど、確かにそれなら真っ先に加工を疑いますね。でも──」

 

『でも、君はこの映像の元データを私に送ってきたと言っていた。つまり、君の言葉を信じるなら、この映像は一切加工されていないことになる』

 

「そうですね。というか、そんなことをする理由がない──とは言いませんけど、僕にそんな度胸はありませんよ」

 

『君ならそう言うと思ったよ。まぁ、私は後輩君のそういうところも信用しているからね』

 

「……まぁ、誉め言葉と受け取っておきます」

 

『うん、そうしてくれると嬉しいかな』

 

悲しいかな僕の度胸の無さが証拠になる日が来るとは。

 

『それで、この映像はいくら解析しても補正ができない。つまり、現時点でこの映像からは君の証言以上の情報は出てこないということだ』

 

「まぁ、そういうことなら納得です」

 

『あんまり期待はできないけど、一応、専門家に頼んでみるよ。それで、結論として言えば映像の内容自体に証拠能力はほとんどないと言える』

 

「なるほど。要は無駄骨ってことですね」

 

ですよねー。まぁ、もともとないようなもんだったし仕方ないけど。

 

『おっと、勘違いしないで欲しいんだけど、内容はともかく、解析結果は君が見た物を否定する証拠にもならないんだ』

 

「……それ、なんかの役に立ちますか?」

 

『ふむ、君は自分のことになると察しが悪くなるね。つまり、この映像も君の証言もその担保となるものは君の人間性でしかない、ということさ』

 

うーむ、そう来たかー……そういわれると悪い気はしないが、それって記者としてどうなんだろうか?

 

『まぁ、何はともあれ今回の一件でレッドマンに関するデータがまた集まった訳だね』

 

「そうですね……不可抗力ですけど」

 

『それも君の運、いや、宿命かもね』

 

そういう宿命よりも記事になる事件の方が助かるんだけどなぁ……

 


 

さて、今回もとんでもないことになってしまったが、ともかく、その後の調査の結果もアレに負けないぐらいに奇妙なものだった。

 

まず、今回の件はビデオカメラで録画していたが、一応、戦いの様子は記録されていたものの、映像自体が不鮮明で前回同様、現場の死体と戦いの痕跡が完全になくなっているため、映像の証拠能力はほとんど無くなってしまった。

 

一応、言っておくが、カメラや現場には何の問題もないことが分かっているため、おそらく、映像に映らないのは、ドラゴンではなくレッドマンに原因があると思われる。というのも、前回と今回に共通する死体や戦いの痕跡の消失、それらも含めたすべての原因がレッドマンだとすると筋が通るのではないかと思うが、確証がないため、ここでは僕の個人的な推論に留めておく。

 

次に、ドラゴンについてだが、しばらく定期的に取材に行っていたが、同様の現象には一度も遭遇することはなく、先日の取材で間接的に話を聞いたリンという少女からも特に新しい情報はないことから、単独の個体だと思われる。

 

しかし、彼女たちの同級生で同時期に行方不明になった少女がいるらしく、その少女の行動履歴とドラゴンの目撃地点に重なることがある、ということまでは判明したが、結局、ドラゴンの正体や行動理由、少女との関係もすべて不明のままだ。

 

最後に、レッドマンについて奇妙な点がある。それは、今回と前回の二件の取材において、なぜ被害者を殺害し、僕を見逃したのか、という点である。今回はどうかわからないが、前回は僕を明確に認識しながらも放置している。確証はないが、これは彼の行動原理を推測する大きなカギになる気がする。

 

ともかく、今回の取材で判明したことはドラゴンが一個体しか確認できなかったということだけだった。

 

結局、今回も不明な点が多いが、僕がやってる調査なんてものはこんなものだと再認識する結果となった。以上で今回の取材を終了する。

 

なお、今回の経費は身延町の紀行記事と四尾連湖の記事でギリギリ採算が取れたため、良しとしておく……次回は写真にも撮ってみるけど、まぁ、十中八九、無理だろうなぁ……

 



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第3話 闇に消える
第3話:前編


「……あとはここだけ、か……」

 

思わずつぶやいてしまった僕だが、まぁ、それも仕方がないことである。お台場にある自由な校風と専攻の多様さで人気の高校、虹ヶ咲学園。6月の雨の中、学生でもない僕がここに来た理由を説明するには三日前の夜にさかのぼる必要がある。

 


 

その日、編集部からの電話で僕はとある事件の取材を依頼された。新人の頃からお世話になっているため、断り切れずに押し切られた形だったが、仕事は仕事である。

 

という訳で、僕が依頼を受けた<お台場近辺連続不審死事件>──正確には事件ではないが、ともかく、ここでは事件として、そのあらましを整理する。

 

事の始まりは先月、品川で起こった一人の少女の事故死だった。内容は単純、夜、車道に飛び出した少女が車にはねられる、というものだ。ここだけ見ればただの事故だが、その死にまつわる何もかもが異様だった。

 

一見、自殺に見えるが、服装は部屋着で裸足のまま外に飛び出しており、死因は心臓麻痺。さらに、遺体の表情は何か恐ろしいものを目の当たりにしたような恐怖で歪んでおり、死の直前に謎の言葉を残していた──()()が来る、と。

 

その一言を残して家を飛び出した少女が何を目にしたかはわからないが、薬物か精神疾患が原因だと決めつけられてこの事件は幕を閉じる──はずだった。

 

それから数日と経たないうちに東雲で同様の事故──いや、事件が発生した。今度の被害者は飛び降り自殺をした少女だが、死因は心臓麻痺で以前の被害者と同様に、()()が来る、という言葉を残して恐怖の表情を浮かべたまま死んでいた。

 

この件を受けた警察は二件の自殺に関連性を見出して極秘に捜査を開始した、というのが編集部から聞いたすべてだ。だが、現在までに同様の事件は4件ほど発生しており、被害者が女子高生であること以外に手がかりを掴んでいないようだった。

 

なお、これら六件の事件はお台場近辺で発生していることから、<お台場近辺連続不審死事件>としてその手の界隈で話題になっているらしく、そこでは事件の真相が推理されている。

 

曰く、どこかのマフィアが流した脱法ドラッグだの、ストーキングした相手を殺すシリアルキラーだの、挙句の果てには某国機関による電磁波攻撃や女子高生に伝染する呪いなど証明が不可能なものまで枚挙に暇が無かった。

 

以上がこの事件の概要だ。とりあえず、ここまで聞いた限りの僕の個人的な見解では、違法な薬物による偶然の連続死、またはシリアルキラーによる殺人鬼による連続殺人、辺りが現実的な線だろう。正直、証言についてはどこまで正しいかわからないし、証明できなければないものと変わらないからだ。

 

……だが、事件はその時の僕が考えているような、そんな単純なものではなかった。

 


 

その翌日、最初の被害者の周囲を調べていた僕は彼女がスクールアイドルの追っかけをしていることを知って状況が変わった。

 

調査を進める中で他の被害者もスクールアイドルやその追っかけ、マネージャーなどスクールアイドルの関係者であることを知った僕は、知り合いの刑事に事件の顛末と引き換えにこの情報を流すと、さっそく記事を書き始めたのだけど、これが時期尚早だった。

 

どうやら僕の情報がなくとも捜査は順調だったようで、情報を流した翌日──依頼を受けてから二日後には過去にストーカー容疑のかかった男が容疑者に上がっていた。さらに、容疑者の男はすべての被害者の近辺で目撃されていたことなどから、逮捕状が請求されていたらしく逮捕は目前──()()()

 

「容疑者が事故死っ……!?」

 

その日の夕方、律儀なことに連絡をくれた知り合いから昨夜の内に容疑者の男が事故死していたことを知らされて僕はめちゃくちゃ驚いた。そりゃそうだ、なんせ、この事件がまだ終わっていないことを知っているからだ。

 

というのも、きっかけは比較のために心臓麻痺による死者数を調べたことだった。お台場近辺に関しては例年どころかここ数か月で明らかに数が増加しており、ふと気になって調べてみたら、昨夜、容疑者の死後に例の事件と同じ言葉を残して心臓麻痺で死んだ少女がいたことがわかった。

 

ここまでなら偶然の一致で済まされるかもしれない。だが、その少女が最初の被害者を調べていた、となればこれも例の事件の一つと見るのが妥当だろう。そして、被疑者死亡で捜査が終了した、という事実が合わされば──

 

「……真犯人にスケープゴートにされた?」

 

と普通なら考えるが、これもおかしい。なぜなら、目くらましにするためにわざわざ事故死を選ぶなんて論理的に考えにくいからだ。まぁ、ありえない話じゃないが、少なくとも一連の事件を計画したにしてはお粗末すぎる。

 

とはいえ、僕も専門家ではないから、この推理にも確証はない。だけど、少なくとも被害者がいる以上、この事件は終わっていない。そこで、更なる調査の結果、このお台場近辺で唯一、被害者の出ていない学校があることがわかった。

 

そう、僕が訪れることになった虹ヶ咲学園だ。

 


 

という訳で、今に至るんだけど……まぁ、結果だけ言えば今のところは何の収穫もない、というのが現実だ。

 

そりゃ、犯人の目星もつかないし、特に手掛かりがあるわけでもないのに聞き込みをしたところで大した情報が得られるわけもないのは仕方ないけどさ……ちなみに、ちょっとした事情があって何とか許可は下りたので、今回の取材()合法である。

 

さて、気持ちを切り替えてスクールアイドル同好会とやらの部室に向かってるんだけど……

 

今、何かすっごいピリピリした感じの子たちとすれ違ったんですけど!?おそらく、ここのスクールアイドルっぽいけど、話を聞きにくいぐらい暗いオーラ?みたいなものを感じるんだよなぁ。ほら、あのフィクションにいるヤンデレとか。あんな感じのってリアルにいるんだ……まぁ、表面上問題なさそうだし、怖いから関わらないでおこう。

 

ともかく、そんなことを考えている間に部室に着いたけど……さっきの子たちみたいなのが居ないといいなぁ……

 


 

「……そうですか、どうも、ご協力ありがとうございました」

 

ひとまず取材に協力してくれた高咲さんにお礼を言った僕だったが、流石にちょっと困っていた。なんせ、ことここに至っても手掛かりらしい手掛かりがないからだ……まぁ、この子のおかげでだいぶスクールアイドルに詳しくなった気はするけど、この件とはあんまり関係ないからなぁ。

 

「お役に立てたならいいんですけど……あれ?こんな動画あったっけ……?」

 

「何かあったんですか?スクールアイドルのMV、ですか?」

 

帰ってもう先輩に情報を聞くしかないかと諦めていた僕だったが、高咲さんが先ほどまで取材──というかスクールアイドルの講義らしきものに使っていたパソコンに先ほど紹介されなかったMVらしき動画になぜか目を奪われた。うむむ、なんか気になる、というか僕の直感がめちゃくちゃ怪しいって言ってる。それもよくない方向で。

 

「はい、ちょっと確認してみますね」

 

え?マジで?この子、躊躇なさすぎでしょ!?いや、まぁ、僕の考えすぎな可能性もあるけど……今のところ普通のMVっぽいか?でも、なんか違和感がある。

 

「高咲さん、これ、ここの生徒じゃないですよね?」

 

「はい、虹ヶ咲(うち)の制服じゃないから、そうだと思います。それに、これ歌も入ってないですし、編集前の映像みたいですね……なんでパソコンにあるんだろう……?」

 

考え込む高咲さんだけど、どうやら知らないらしい。というか、いつの間にか場面が変わっていたようだ。これは、山の中の古い鉄塔?

 

「高咲さん、一旦、止めませんか?」

 

「いや、でももう少し──」

 

本能的に危険を感じたけど、どうやら遅かったようだ。映像の中では古びた鉄塔が崩れて近くにいた少女がその崩壊に巻き込まれるところで画面が真っ暗になった。

 

「「…………」」

 

黙り込む高咲さんだが、無理もない。普通はこんな映像を見てリアクションを取れるわけがないし、僕も何を言っていいか分からなかった。だが、衝撃はそこでは終わらなかった。

 

『アイ、ニ……イク……ヨ』

 

「「っ!?」」

 

パソコンから聞こえたこの世のものとは思えない低く響く声に同時にパソコンを見る高咲さんと僕。真っ暗だったはずの画面には崩れた鉄塔が映っており、血に濡れて手足があらぬ方向に曲がったままカメラの方──いや、()()()()へ向かって進んでくる少女だったモノの姿があった。

 

これはマズい、そう直感した僕はパソコンの電源を切ろうとする。だが──

 

『デ……ンパ……ニ』

 

「消えない!?」

 

まぁ、なんとなくそんな気はしてたよ。明らかに普通じゃないが、なんとかしないと僕だけじゃなく高咲さんもヤバい気がする……いや、もうアウトかもしれないが、ともかく、パソコンを壊す?ダメだ、定番だが大体解決しないし、絶対碌なことにならない。

 

『ノ……テ……ア──』

 

さて、そうこうしているうちにも動画は進む。いや、ライブかもしれないけど。ともかく、電源はダメ、破壊もアウト。あとは──

 

「消えた……?」

 

急に画面が真っ暗になったかと思えば、パソコンの画面が元に戻っていた。おまけに、先ほどの動画も見当たらない……なんだったんだ、今の?

 


 

「──ということがあったんですけど、先輩、何か聞いたことないですか?」

 

『ふむ、一応、確認しておくけど、その出来事は今日の話なんだね?』

 

あの後、どうにか高咲さんを落ち着かせた僕が家に戻ると、先輩から電話があったので、夕方の話をしたんだけど……声のトーンがいつもと変わった。これ、マジなやつだ。

 

「そうですけど……」

 

『後輩君、落ち着いて聞いてくれ──おそらく、君たち二人が見たのはいわゆる<呪いのMV>と呼ばれる物だ』

 

「……はい?」

 

『まぁ、困惑するのも無理はない。でも、これについては本物だよ。ここ数日で私の入手した情報では、だけどね』

 

どうやら冗談ではなさそうだ。ともかく、話を聞くしかない。

 

「わかりました。それじゃ、そのMVについて教えてもらえますか?」

 

『うん。私の調査では、そのMVには撮影中に事故死したスクールアイドルの怨念がこもっていて見た者は一週間後に死ぬ、と言われている』

 

怨念か。まぁ、確かにそんな感じはしたけど……というか、それって──

 

「あの、もしかして、呪い殺された人達の死因って心臓麻痺だったりします?」

 

『ああ、私が聞いた限りだとそう言われているね。そして、おそらく君の想像通りだと思う』

 

「つまり、そのMVと連続不審死は繋がっている……!?」

 

『おそらく、ね。まぁ、確証はないけど、被害者の証言にある()()というのはその怨霊のことだとすると筋が通るんじゃないかな?』

 

まいったなぁ……人間相手なら何とか逃げる自信はあるけど、幽霊が相手じゃ、流石に分が悪い。

 

「先輩、霊能力者の知り合いとかいませんよね?」

 

『まぁ、自称なら何人か知っているから、一応、あたってみよう。それと、撮影場所とされている場所の地図も渡しておくよ。君も調べてみるといい』

 

「何から何まですいません。このご恩は必ず返します」

 

『気にしなくていいよ、今回は後輩君の命がかかっているからね。まぁ、どうしても気になるなら、全部が終わったら何かごちそうしてもらおうかな?』

 

いつものトーンに戻った先輩につられて軽口をたたく僕だが、正直、めちゃくちゃビビってはいる。でも、僕だけじゃなく高咲さんの命もかかっている──まぁ、やれるだけのことはやるさ。

 



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第3話:後編

MVを見た翌日、僕の目覚めは最悪だった。なんせ、先輩からの電話の後、そろそろ寝ようとしていた僕の携帯で勝手に呪いのMVが再生されたからである。おまけに、同じようなタイミングで高咲さんもMVを見たらしく、話しているうちに撮影場所の調査に行くことをしゃべってしまったのだ。そして、その結果がこうである。

 

「あの、高咲さん、こちらは──」

 

上原歩夢(うえはらあゆむ)です、よろしくお願いします!」

 

「すいません、どうしても一緒に来るって聞かなくて……」

 

そう、高咲さんも調査に同行すると言い出した。おまけに、幼馴染でスクールアイドルの上原さんまで着いて来る、という予想外の事態になってしまった。一応、危険かもしれないと忠告したけど、聞いてもらえず、言い合う時間も惜しかった僕はなし崩し的に了承してしまった、という訳だ。

 

「それじゃ、出発しますけど、本当にいいんですね?」

 

「はい」

 

「よろしくお願いします」

 

一応の最終確認をするが、後部座席に座る二人の決意は固いようだった。まぁ、なってしまったものは仕方がない。こういう時こそ冷静に、だ。

 

とりあえず、時間ももったいないので出発した僕は移動中に今回の事件と呪いのMVの話を説明したところ、興味深い話を聞けた。

 

「──つまり、僕はこの一連の事件の犯人はこの<呪いのMV>だと睨んでいる、という訳です」

 

「ねぇ、侑ちゃん、これって悠解(はると)くんの言ってたことと関係ないかな?」

 

「あ!言われてみればそうかも?」

 

「まぁ、流石に突拍子もなくて信用できないかも──え?」

 

そう、どうやらその悠解という人物はこの事件のきっかけである何かを知っていそうだ。

 

「えっと、その、悠解という人は?」

 

「はい、私たちの幼馴染で霊感?みたいなものを持ってる不思議な男の子なんです」

 

「それで、先月ぐらいから心霊現象みたいなことがあったらすぐに自分に言うように、って」

 

うーん、怪しい。けど、どちらかと言えば、犯人というよりも犯人に心当たりがある、または単なる自称霊感少年か……ともかく、気になる話だけど、この件には直接関わりはない、と思う。

 


 

そんなこんなで藁にも縋る思いで現地に着いた僕らだったんだけど、そんな僕らの目の前には撤去された鉄塔の跡が残っているのみだった。

 

「……こりゃ、まいったなぁ」

 

「記者さん……」

 

しまった、つい癖で口に出してしまった。いかんいかん、ここで不安にさせてどうする、僕!……いや、よく見れば、ここは──

 

「ええと、とりあえず、ここが撮影場所、だったみたいですね」

 

「鉄塔もないのにどうしてわかるんですか?」

 

「そうですね……()()()()()()()が証拠でしょうか」

 

「「鉄塔がないこと?」」

 

「はい、普通、鉄塔を撤去するためには業者が必要です。しかし、ここは簡単には車で入れず成長した樹木で作業もしにくい。ここまではいいですか?」

 

よし、二人ともうなずいている。とりあえずは大丈夫そうかな?

 

「さらに、ここには鉄塔ぐらいしかないためほとんど人は来ません。となれば、わざわざ撤去するよりも、この辺りを立ち入り禁止にした方が早いし、安く済むはずです。それでも、撤去されている、ということは何か理由があるはずです」

 

「なるほど……」

 

「そして、その理由はおそらくMVの事故でしょう……まぁ、多少は僕の推測が入ってますが、それほど間違ってはいないはずです」

 

うむ、二人とも納得したみたいだし、とりあえずはこれでいいだろう。それより、ここで何か情報が手に入ればいいんだけど……

 


 

まぁ、世の中というのはそうそう上手く行かないもので、結局、あそこが撮影場所の可能性が高い、ということ以外は何もわからなかった。

 

その後、学校に用事があるという二人を送った僕は少し気になったことがあるため、夜になってからもう一度、撮影現場らしき場所に来てみたんだけど、どうやら、これがアタリだったらしい。

 

「っ!?何の音だ!?」

 

もう少しで到着、というところになって突如、目的地辺りから空気を震わせる爆音が響いてきた。おそらく、ここまで来た衝撃や立ち上る土煙から考えると何かがあの場所を吹き飛ばしたとしか思えない。それで、目的地まで走った僕の目の前には予想通り──いや、それ以上に大きなクレーターが広がっていた。

 

「なんだ、コレ……爆破、いや、爆撃でもしたみたいじゃないか……!?」

 

「アレ?アンタ、こんな所で何してんの?」

 

「っ!?……私は雑誌の記者をしている者で、ここには取材に来ました。それで、君の方は?」

 

何だ、この少年?今、クレーターの方から来てなかったか……?というか、こんな夜更けにサングラスとか、怪しい……

 

「あぁ!アンタが侑たちの言ってた記者さんか!俺は五条(ごじょう)悠解。んで、呪霊、いや、呪いの核はさっき俺が何とかしたから安心していいよ」

 

「なんとかした、って……」

 

なんてことないように言うけど、もしかして、この惨状は五条少年がやったのか?どうやったらこんなことが……?というか、聞きたいことが多すぎて──ん?何か動いたような……

 

「それより、アンタ、早く逃げた方がいいかもよ?」

 

「え?」

 

五条少年が言うが早いか、少年の背後、僕の視線の先には赤い影──レッドマンが姿を現していた。そして、レッドマンは例の動きをすると──

 


 

「レッドファイト!!」

 

「さ、どっからでもどうぞ」

 

レッドファイトを宣言して構えるレッドマンに対して自然体のまま余裕そうに立つ悠解。先に動いたのはレッドマンだった。

 

「レッドキック!」

 

悠解に走り寄るレッドマンはその勢いのまま飛び蹴り──レッドキックを放つと、棒立ちの悠解はその直撃を受ける。

 

「レッドパンチ!」

 

組み付いたレッドマンはそのまま流れるように二度、三度と連続してパンチを放つ。優勢に見えるレッドマンだが、その動きが突然止まった。

 

「お、もう終わり?それとも気づいたかな?」

 

「……!?」

 

それもそのはず、あれだけの猛攻を受けたはずの悠解は無傷のままその場を一歩も動かず立っている姿に気付けば、流石のレッドマンも困惑するのは必然であった。

 

「まぁ、簡単に言うと当たってないんだ。アンタが殴ってたのは俺とアンタの間にある<無限>。だから、その攻撃は俺の手前で止まってる、ってわけ」

 

とても楽しそうに語る悠解だが、それも無理はない。彼の語る説明は特典の元となった五条悟の説明を踏襲しており、敵に対して説明することが彼の楽しみの一つでもあったからだ。

 

「んじゃ、こっからは俺のターンだ」

 

不敵に笑った悠解は目にもとまらぬ速さのパンチで正面からレッドマンの顔面を殴り飛ばす。当然、ガードの間に合わないレッドマンはのけ反りながらも踏ん張って反撃しようとするが、その拳は不可視の障壁──無限によって防がれてしまう。

 

「無限はいたるところに存在する。()()術式はそれを現実に持ってくるだけだ」

 

反撃の隙を見逃さずにレッドマンの胴体を蹴り上げつつ説明を続ける悠解は自身の目の前で人差し指を立てる。

 

「収束、発散……この虚空に触れたら、どうなると思う?」

 

胴体への一撃でたたらを踏んでいたレッドマンは体勢を立て直す。だが、説明を続ける悠解の指先に無限を収束させた小規模な虚空が生まれるのはそれより早かった。

 

「術式反転”赫”」

 

笑みを浮かべたままの悠解は指先の無限を発散させてビームのように打ち出す──術式反転”赫”を隙だらけのレッドマンに向けて放つ。回避することもできず、その直撃を受けたレッドマンはクレーターを越えて崖の近くまで吹き飛ばされた。

 

「ま、こんなもんかな──んじゃ、そろそろ終わりにしようか」

 

倒れ伏したレッドマンの元へ跳躍する悠解。勝負は決したかに見えた──だが、レッドマンの闘志は消えていなかった。

 

「レッドナイフ!」

 

「お?まだやる気なんだ?」

 

突如、跳ね起きたレッドマンがレッドナイフを投擲する。当然の如く無限に阻まれて空中で止まったナイフは悠解に掴まれて近くに放り投げられるが、立ち上がったレッドマンはまっすぐに悠解を見据えていた。

 

「レッドアロー!」

 

「だから、そんな攻撃は──おっと」

 

レッドアローを腰だめに構えて突撃するレッドマンだが、その攻撃を受け流した悠解はレッドマンを地面にたたきつける。しかし、レッドマンの本命はその攻撃ではなかった。突如、悠解の目の前──落ちていたレッドナイフを中心に小さな爆発が起こった。

 

「なるほど、さっきのナイフか……ま、目くらまし程度には──っ!?」

 

冷静に爆発を分析する悠解だったが、その余裕が命取りであった。レッドナイフの爆発を隠れ蓑に立ち上がっていたレッドマンは悠解を担ぎ上げていた。

 

「くそっ、放せっ!ってか、無限はどうしたんだよ!?」

 

驚くのも無理はない。先ほど本人が説明した通り、呪術によって現実へ持ち込まれたすべての攻撃を防ぐはずの無限を越えてレッドマンは悠解の肉体を直接掴んで担ぎ上げていたからだ。パニックに陥る悠解だが、その間にもレッドマンは崖に向かって歩いていた。

 

「っ!?まさか、呪力で中和を──」

 

「レッドフォール!」

 

相手の攻撃にあたりを付けた悠解だが、時はすでに遅かった。崖に辿り着いたレッドマンは担ぎ上げていた悠解を崖の下へ向かって渾身の力で投げ落とした。

 

「……」

 

無言で崖下を覗いたレッドマンは地面に叩き付けられた悠解が死んでいることを確認すると、右手を高く掲げて空を見上げる。そして、そのままどこかへと歩き去って行くのだった。

 


 

という訳で、今回の事件は最初からとんでもないことになっていたが、追加調査も含めて最後まで驚かされっぱなしだった。

 

まず、あの日以降、僕も高咲さんも<呪いのMV>を見ることはなく、一週間後も生きていたため、それに関しては五条少年が解決したらしい。また、連続不審死事件の方もそれに類似した事故死や自殺も特に見当たらないことから、こちらも解決したとみていいだろう。まぁ、<呪いのMV>が連続不審死の犯人という確証はないが、心臓麻痺も極端に増えてはいないし、解決した時期を考えるとおそらく間違いないだろう。

 

それと、こちらは関係があるかは不明だが、先日、僕がすれ違ったスクールアイドルの子たちが憑き物が落ちたように緊張感がなくなり明るくなったらしい。なんでも、何人かが五条少年に執着していたらしく、それが原因だったかもしれない、とも聞いたが、詳細は定かではない。

 

まぁ、なんにせよ、今回の件については解決した……んだけど、いくつか不明な点もある。

 

それは、五条少年についてだ。彼はなぜ今回の事件を即座に解決できたのか?そして、無限や術式といった彼の能力は一体何なのか?などなど彼についての謎は尽きない。

 

だが、彼が()()()()となったことでこれらの謎を解明することはほぼ不可能となってしまった。もっとも、高咲さんらは何も知らないらしいが、彼は時々、フラッとどこかへ行ってしまうため、いつか帰ってくると思っているらしい。

 

……これは、個人的な見解だが、おそらく、五条少年は既に死亡していると思われる。というのも、これまでのレッドマンの戦いやその結果を見ていると、執拗に相手の死亡を確認している彼が見逃すはずがない、と思っているからだ。もっとも、この件も僕の推測のため、彼女たちには黙っておくことにする。

 

また、今回までの件でレッドマンが戦った、または殺した相手が痕跡も残さず消えていることから、これはレッドマンの能力、または殺された人間の特徴なのではないかと思う。まぁ、これには何の確証もないし、推測にも満たないただの感想として記しておく。

 

今回も事件の割には判明したことは少ないが、唯一の成果として、レッドマンの写真──ではなく、レッドナイフとレッドアローの写真を撮ることができた。といっても、現物は消えていたし、念のため持っていたフィルムカメラで撮ってた写真に偶然、映り込んでいただけなのだが……

 

ともかく、レッドマンについての記録は一歩前進したとして、今回の取材を終了する。

 

なお、編集部にはいくつか記事を送ったが、当たり障りのない記事が採用された旨も記す……まぁ、いろいろ言いたいことはあるけど、とりあえず今は生きてることに感謝しておこう。

 



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第4話 ドッペルゲンガー
第4話:前編


『やぁ、後輩君、君はドッペルゲンガーを信じるかい?』

 

「出会うと死ぬもう一人の自分、ってやつですか?まぁ、自分に似た人間が三人はいる、って言いますからね。生き死にはともかく、いないことはないんじゃないですか?」

 

ある日の夜、突然電話してきた先輩の第一声がこれである。まぁ、普通に答える僕も僕だが、いつものことなので仕方がない。

 

『ふむ、それじゃあ──同姓同名、同じ顔をした少年たちの行方不明、なんていう話はどうだい?』

 

「はい?なんですか、そのめちゃくちゃ気になる謎事件は?」

 

なんか、出来の悪い創作都市伝説を下地にしたフィクションみたいな事件だなぁ……ともかく、話を聞いてみよう。

 

『実は、最近、比企谷八幡(ひきがや はちまん)という名前で同じ顔をした少年たちの行方不明が頻発しているんだ』

 

「名前から状況まで突っ込みどころしかないんですが……ともかく、なんでこんな騒ぎやすいネタがうわさになってないんでしょうか?」

 

『さぁ?それは私にもわからないね。まぁ、それだけ行方不明者が多いのか、他人に興味がないのか──あるいは、秘匿されているか、だろうね』

 

また物騒なことを言ってるなぁ……まぁ、推測自体は僕も同意だが。ともかく、こんなとんでもない(面白そうな)話を僕にするとしたら、理由は一つしかない。

 

「それで、そんな事件を僕に調べろ、って言うんですか?」

 

『別に私が調べてもいいんだけど、呪いのMV(この間)の借りを返すので忙しくてね。それで、引き受けてもらえるかい?』

 

それを言われてしまうと僕も弱い。いや、まぁ、元から強くはないんだけど。

 

「……わかりました。というか、どうせもう資料は送ってますよね?」

 

『察しがよくて助かるよ。それじゃ、前回みたいなことがないように気を付けてくれよ?まぁ、君とは似ても似つかないから大丈夫だと思うけどね』

 

先輩、そういうフラグっぽいのは勘弁してください。というか、個人情報……いや、余計なことは考えないようにしよう。

 


 

という訳で、同姓同名少年連続失踪事件──改め、ドッペルゲンガー事件の取材のために僕は音ノ木坂学院の近くを回っていた。

 

ちなみに、近くなのは取材の許可が下りないから、というのもあるが、今回は事件の内容からして先に周囲の人間に聞く方が確認しやすいと思ったからだ。

 

「……ま、休日でなければ、だけど……」

 

そう、唯一の誤算は今日が夏休みの真っただ中だったことだ。いや、だって、僕の仕事って締め切り以外はカレンダー気にないし……まぁ、そういう訳で神田明神辺りまで来たけど、学生たちに絞った取材は難しそうだった。

 

「……さて、どうしたもんかなぁ……」

 

「そこの人、悩み事がありそうやね?」

 

うわっ!?びっくりしたー。なんか、巫女さん?らしき子が声をかけてきたけど……妙、というか不思議な雰囲気のある子だな……

 

「えっと、そうだけど、独り言聞かれちゃったかな?」

 

「それもありますけど──()()なんよ!」

 

「……タロットカード?」

 

「カードがウチにそう告げるんや!」

 

……しまった、一瞬、完全に呆気に取られていた。しかし、この子、なかなかアレというか、その、不思議な子だな、うん。

 

「……ええと、それで、君はここの巫女さんかな?」

 

「そうやね。それで、お兄さん?いや、お姉さん?はウチに聞きたいことがあるんじゃないですか?」

 

「っ!?……それもカードで?」

 

「その通りやよ」

 

いや、性別はわからないんかい!……まぁ、よくわかりにくい格好している僕もよくないけど。しかし、リーディングか。ある程度は確立されている技術だけど、この子のは微妙にオカルトっぽいかも?ともかく、一応、聞いてみよう。

 

「僕──じゃなくて、私はフリーの記者をしている者で、この写真の少年のことを聞きたいんですけど、何かご存じですか?」

 

「あぁ、これはμ's(ミューズ)のマネージャーの比企谷はんやね……やる気無さそうなわりに仕事はキッチリするんやけど、ちょっと問題がある子やね」

 

「その問題、というのは?」

 

「ちょっと人見知りというか友達が少ないみたいで一人でいることが多いんよ……あと、年頃の男の子だから仕方ないかも知れないんやけど、一部のメンバーを見る目がちょっと、な?」

 

あー、確かにどっちもマネージャーとしては問題かもしれないけど……まぁ、他にないかもう少し聞いてみるか。

 

「なるほど。あの、どんな信じられないような話でも構いません。他に何か気になることはありませんでしたか?例えば、連絡が取りにくいとか、よくない仲間がいるとか」

 

「その、もしもの話なんですけど……時々、どこかにいなくなることがあるんやけど、その時によくない気配を連れてくる──って言ったら信じますか?」

 

「気配、ですか?」

 

「悪い気、というか、殺気みたいな時もあれば……その、血の臭い、がする時もあります」

 

ふむ、血の臭い、ねぇ……まぁ、おそらく──

 

「……そうですか。一つ確認したいんですが、今のお話からすると、それは物理的な臭いではなく感覚的なものですか?」

 

「そう、やけど……でも、彼が問題を抱えていることは確かです!……信じてもらえないかもしれませんけど……」

 

まぁ、そうだろう。彼女の言っていることはあくまで個人の感想、証言した決意は称賛するが、証拠はない。なら、僕の答えは一つだ。

 

「いえ、信じますよ」

 

「!──本当、ですか?」

 

普通は信用しない。だが、ここ最近の僕の周りで起こった出来事を考えればありえない話ではない。それに、比企谷少年の話を聞いていると、この間の五条少年を思い出す。まぁ、気のせいかもしれないけど。

 

「ええ、仕事柄、そういった感覚は意外な事実に繋がることがあります。少なくとも、僕はあなたの話を真実として受け止めます」

 

「ありがとう、ございます……」

 

……なので、信じてもらえてうれしいのはわかるが、涙目だったりするのは勘弁してほしい。僕、誰かが泣くのは苦手なんだよね。

 


 

結局、取材では音ノ木坂の比企谷少年──少年Aとする──についてそれ以上の情報は手に入らなかったが、その夜、先輩からとんでもない知らせが入ってきた。なんと、既に行方不明となっている比企谷少年──少年Bとする──の銀行口座から現金が引き落とされたとの話だった。

 

まぁ、情報の出所は気にしないものとして、これまで判明している行方不明の少年たちは口座はおろか、電話料金の支払いもないが、少年Bだけは金の動きがある──つまり、少年Bは自発的に姿を隠している可能性が高いということだ。

 

とはいえ、それが分かったところでどうしようもない。そこで、他の少年については先輩が調べてくれるということなので、僕は情報が判明している少年Aの身辺調査をすることになった。ここまでが昨夜の話である。

 

そして、今日、先輩からの情報で住所を知った僕は彼を尾行することにしたのだった。

 

「……やだねぇ……」

 

などと心の声が漏れる僕だが、何か裏がありそうとはいえ高校生を尾行するのは心苦しいんだから仕方がないだろう……まぁ、今更と言われればその通りだけど、気分のいいものではない。

 

ともかく、ばれない程度に距離を取りつつ少年Aの尾行をしてるんだけど……いや、本当に気付かんなぁ、この子。

 

だが、油断はできない。昨日の巫女さん──東条さんの情報だと、悪い気を放つ時がある、ということだし、彼自身が周囲を警戒する必要が無いぐらいヤバい存在な可能性もある……まぁ、可能性でしかないんだけど、それでも警戒するには十分だ。

 

そんなことを考えていると少年Aがファミレスに入っていく姿が見えた。一応、通り過ぎるフリをして様子を見るが、奥の席に座ったのか、外からでは姿が確認できない。さて、このまま店に入るか、出てくるのを待つか考え物だけど……

 

「……よし……!」

 

虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。まぁ、ばれたらその時はその時ということでさっそく店内に入った僕は少年Aの居る奥の席──から離れた観察できる席に座りドリンクバーを頼む。

 

まぁ、近づいたら確実にばれるからね。にしても、この時間だとランチには早いから、待ち合わせか?でも、仲のいい女子はいないはずだし、友人も少ないらしいから、普通の相手じゃなさそう……何にせよ、相手も気になるが、会話の内容も聞きたい。

 

というわけで、ここは搦め手で行く。少年Aがいる奥の席は僕の席から御手洗いへの途中にある。つまり、盗ちょ──じゃなくて小型の集音マイクを()()近くに落としておけば会話を聞き取れる、ということだ。

 

さて、これで準備は整った。あとは待ち合わせの相手が来るのを待つだけだ!

 

「……っ!?」

 

などと意気込んでいた僕だったが、その直後に店内に入ってきた人物の姿に危うく声が出そうになった。なんせ、その人物というのは待ち合わせをしている少年Aと同じ比企谷少年だったからだ。困惑する僕に気付かない二人目の比企谷少年──少年Cとする──はそのまま少年Aの席へ向かう。

 

『待た……な、セブンの』

 

『いや、こ……さっき……だ。まぁ、座……どうだ?』

 

うーん、小声なのも原因だけど感度が悪いな。しかし、少年Aが眼鏡をかけてるから見分けられるけど、見た目は完全に同一人物だ。とりあえず、行方不明の原因はドッペルゲンガーじゃなさそうだ。

 

『そ……カリバーの。……<てんせいしゃがり>……たか?』

 

『ああ……今回……違う……ない』

 

マズいな……思った以上に内容が分からん。けど、てんせいしゃがり……てんせい──転生者、か?

 

『……らく、相……レッドマン……だ』

 

『はぁ?……赤い通り魔……なんで……』

 

どうしてここでレッドマン?……うーん、わからん。でも、なんとなく繋がりかけている感じはある。

 

『そこで……倒す……協力……頼む』

 

『……わかった。……面倒……守護者……だ。俺も……しよう』

 

倒す?レッドマンを?とすると、彼らは……っ!?しまった、考えてたら見失った!?

 

「ありがとうございましたー」

 

外か。まぁ、仕方がない。マイクを回収してからどちらかを追いかけよう。なんていうのは甘い考えだった。

 

「アンタ、何者だ?」

 

そう、外に出て追跡しようとした僕を少年AとCが待ち構えていた。うん、正直、ちょっと迂闊だったかもしれない。

 

「返答によってはただでは済まないぞ?」

 

しっかし、少年Cはなんか偉そうだな。まぁ、思ったより見分けがつきそうで助かるけど。

 

「わかった。けど、君たちのんびりしてていいのかい?──すでに君たちは僕の仲間に包囲されているんだぜ?」

 

「「──何っ!?」」

 

驚愕する二人。でも、周囲にはまばらに通行人がいる程度だ。まぁ、僕のハッタリだしね。

 

「お前──って、いない!?」

 

だが、注意がそれれば充分。自慢じゃないが、僕は逃げ足に自信がある。おまけに、彼らはわざわざ周囲を確認するために振り返ってくれた。それだけ時間があればガードレールを飛び越えて車道に出られる。

 

「チッ、すばしっこい奴め……!」

 

ともかく、このまま走って反対側の歩道から人ごみに紛れて退散しよう。さて、このまま人の波に乗って移動してれば流石に見つからな──

 

「居たぞ!10時の方向、100m!」

 

見つかった!?少年Aは眼鏡だけど、目がいいのか?それじゃ、こっちのルートを通って──

 

「7時の方向、50m!」

 

また!?なら、路地裏に──

 

「ぐっ!?」

 

「捕まえたぁ!」

 

「よくやった、セブンの」

 

コートを掴むな!皴になるだろ!しかし、これは万事休す、か?

 

「さて、それじゃ、さっさと話してもらおうか?」

 

「観念するよ。僕は記者をやっていてね。あ、名刺いるかい?」

 

「見せてみろ。ただし、妙な動きはするなよ?」

 

うわぁ、ベタなセリフだなぁ。まぁ、おかげで助かるけど。

 

「わかってるさ。はい、どうぞ!!」

 

「「ぐあああっ!?」」

 

当然、素直に見せるつもりもない。名刺をそれぞれに差し出すフリをして、僕の袖口に忍ばせておいた唐辛子スプレーを二人の鼻と口のあたりを狙って噴射する。

 

「がはっ、ごほっ!?」

 

「このっ、げへっ、こしゃぐなぁっ!」

 

「悪いけど、捕まるわけにはいかないんでね!」

 

涙目になって呼吸も苦しそうな少年たちだが、先に暴力に訴えたのは君たちなので諦めて欲しい。というわけで、脱兎の如く逃げ出したけど、時間稼ぎ程度だろうなぁ……しかし、なんでこんな目に合うかねぇ。

 

 



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第4話:後編

「……ふぅ……」

 

というわけで、あの後も追っ手を撒くためにしばらく逃げ回っていた僕はひとまず距離を稼ぐために高速バスで北に向かうことにした。一応、これまでの取材成果を収めたボイスレコーダーは先輩に郵送しておいたから、何かあっても大丈夫だろう。

 

それより、流石に丸一日、街中を移動し続けるのは疲れたけど、どこに行っても彼らがいた理由がわからない。GPSや発信機の類は見当たらなかったし、怪しい人物もいない……個人的にはしきりに手を当てていたあの眼鏡が怪しい、気がする。まぁ、僕の気のせいかもしれないけど。

 

ともあれ、怪しげな乗客もいないし、ようやく一息つけたわけで、サービスエリアに着くまでひと眠り──

 

「うわっ!?──ぐえっ!」

 

なんて言ってたら爆発音と衝撃がして体が浮く感覚。どうやらバスが何かしらの攻撃で浮き上がってひっくり返ったらしい。あー、シートベルトしててよかったー。

 

とかのんきなことを言ってる場合じゃない!なんとか()う這うの体で脱出したけど、正直マズい。おそらく、何かしらの銃器か爆発物を使ってる、ということはここに隠れていると運転手さんまで巻き込みそうだ。

 

「……少しやりすぎたか?」

 

何だ、あの紫の奴!?声からすると少年のどちらかだろうけど、どこから出てきた?……とりあえず、見つかる前に逃げるしかない。目標は前方のトンネル、距離はせいぜい50m。まぁ、ダメでも運転手さんは助かるか。よし、行くぞ!

 

「──っ!そこか!」

 

ま、そりゃ見つかるよね。ともかく、注意はこっちに引けた。さて、あとは運を天に任せるだけだ。

 

月闇(くらやみ)居合!』

 

「カリバーの!まだ殺すな!」

 

「チッ……了解した」

 

げ、後ろからもう一人の声も聞こえてきた。あの音からするとバイクかなんかに乗ってるっぽいな。くそっ、追いつかれ──

 

「なんだアレは?」

 

「……出たか──レッドマン!」

 

走る僕の目の前、トンネルの中からゆっくりと歩いて出てくるレッドマンの姿に後ろの二人の動きが止まったようだ。ともかく、今のうちに走るしかない。

 

「下手に動くな!……奴は強いぞ」

 

「分かってる!デュアッ!」

 

何はともあれ、レッドマンの脇を死に物狂いで走り抜けてトンネルに辿り着いた僕が振り返ると、紫の鎧?の少年Cと赤い装甲を纏ったらしい少年Aに対していつもの構えをするレッドマンの後姿が見えた。

 


 

「レッドファイト!」

 

走り去る記者を無視してレッドファイトを宣言するレッドマンに対して並び立つ紫と金の戦士──仮面ライダーカリバー、ジャオウドラゴンと赤と銀の鎧──セブンスーツVer7.2を着た八幡ことセブンはそれぞれ暗黒剣月闇(あんこくけんくらやみ)とスペシウムソードを構えていた。

 

「先に行くぞ!」

 

「勝手に動くな!」

 

最初に動いたのはセブンだった。取り出したスローイングナイフを投擲しつつレッドマンへ向けて突撃する。

 

「レッドナイフ!」

 

「うおっ、とぉ!」

 

だが、その攻撃を転がって回避したレッドマンの投擲したレッドナイフをバックステップで避けるセブンだったが、地面に刺さったレッドナイフが爆発したことで一瞬、動きが止まった。

 

「させるか!」

 

『月闇居合!読後一閃!』

 

その隙を見逃さず走り出そうとするレッドマンだが、その動きはカリバーの暗黒剣月闇による闇の斬撃と四体の竜とジャオウドラゴン型のエネルギー──月闇居合によって遮られる。レッドマンが大きく横っ飛びして回避したことで最初と同じ睨みあいの構図になるが、両陣営はお互いに手を出せないようだった。

 

「セブンの、これで奴の実力が分かったか?」

 

「ああ、確かに一人じゃ手こずりそうだな」

 

「連携するぞ。奴の注意を引けるか?」

 

「任せとけ!」

 

もう一度、隣に並び立った二人は一瞬、視線を交錯させて頷くと、またもやセブンが先に飛び出す。だが、先ほどとは違う点が二つある。一つはセブンがまっすぐに突撃していること、そして、もう一つは──

 

『ジャオウ必殺読破!』

 

「行け!セブンの!」

 

『ジャオウ必殺撃!』

 

背後に立つカリバーが召喚したジャオウドラゴンを操る──ジャオウ必殺撃で援護していることである。なんとか初撃を回避したレッドマンだが、なおも動き続けるドラゴンはレッドマンへと執拗に攻撃を繰り返す。

 

「チッ、よく避ける──だが!」

 

強力なドラゴンの攻撃を回避せざるを得ないレッドマンは徐々に追い詰められていく。そして、決定的な瞬間が来た。

 

「捕まえたぜ!」

 

ドラゴンの動きに紛れて接近していたセブンが後ろからレッドマンを羽交い絞めにして動きを止めた。振りほどこうともがくレッドマンだが、その行動が命取りであった。

 

「止めだ!」

 

『You are over.』

 

カリバーの操るジャオウドラゴンが正面から身動きの取れないレッドマンへと襲い掛かる──はずだった。

 

「トォーッ!」

 

「なっ──」

 

「飛んだ……だと?」

 

攻撃の当たる直前、凄まじい勢いで真上へ向かってジャンプしたレッドマンは攻撃を回避する。ジャオウドラゴンが地面に命中して爆発する中、驚愕するセブンを空中で振り落としたレッドマンはそのまま二人と距離を取って着地する。

 

「くそっ、何だあの馬鹿力は!?」

 

「なるほど、サイズが縮もうともパワーはそのまま、ということか」

 

「なら、今度は一気に──」

 

「待て!奴が動くぞ!」

 

仕掛ける、と続けるつもりだったセブンだったが、急にレッドマンが走り出したことでカリバーの発した警告で遮られた。そして──

 

「分身!」

 

「はぁっ?!」

 

「なんだとっ!?」

 

その場にいたレッドマン以外の人間が驚愕するが、無理もない。レッドマンが走りながらジャンプすると、宣言通りにレッドマンが二人に分身していたからである。

 

「レッドパンチ!」

 

「ぐおっ!」

 

「レッドキック!」

 

「ぐえっ!」

 

カリバーに向かったレッドマン──レッドマンAとする──は最小限の動きでレッドパンチを繰り出すと、セブンに向かったレッドマン──レッドマンBとする──は勢いを乗せた強烈な飛び蹴り──レッドキックを放ち、両者を引き離す。

 

「チッ、こんな技まで──」

 

「イヤッ!」

 

「ぐうっ!あったとは──」

 

「トォーッ!」

 

「があっ!」

 

カリバーに組み付いたレッドマンAは連続して投げ飛ばして着実にダメージを蓄積させていく。対するカリバーも状況を分析しつつ立ち回ろうとするが、手も足も出なかった。

 

「カリバー!」

 

「トォーッ!」

 

「ぐえっ!この──があっ!あぐっ!あぎゃっ!」

 

カリバーの心配をしつつ助けに向かおうとしたセブンだったが、その前にレッドマンBにこちらも投げ倒されてスペシウムソードを取り落とす。何とか立ち上がろうとしたセブンだが、マウントポジションを取ったレッドマンBは容赦なく連打を浴びせかける。

 

「ぎいっ!──いい加減にしろっ!」

 

連打に耐えかねたセブンはスローイングナイフでレッドマンBの胴体を切りつけると、重心のぶれたタイミングを見計らってレッドマンBを振り落とす。そのまま転がって距離を取ると、立ち上がりながら手元のスローイングナイフを投げつけ、カリバーを投げ続けるレッドマンAを妨害した。

 

「すまん、助かった!」

 

「気にすんな!それより、ここからどうする?!」

 

何とかそれぞれの対峙するレッドマンから距離を取った二人だが、直接的な援護のしにくい距離にいるため、目の前の相手を自力で何とかするしかない状態であった。

 

「何とか耐えろ!次は俺が助ける!」

 

『必殺リード!ジャオウドラゴン!』

 

「「レッドナイフ!」」

 

状況を打開するべく一度閉じたジャオウドラゴンワンダーライドブックを暗黒剣月闇にリードさせるカリバーだが、レッドマンたちはレッドナイフを構えてそれぞれの敵に向かっていく。

 

「言ってくれるぜ……くそっ、任せたからな!」

 

「ああ、任せておけ……!」

 

『月闇必殺撃!』

 

突撃するレッドマンBに対して両手にスローイングナイフを構えるセブン。一方、カリバーは肩の装甲から出現させた四体の金色の竜をレッドマンAに対して突撃させる。襲い掛かる金の竜、だが、レッドマンAはその全てをレッドナイフで切り払っていく。

 

「チッ、だが、こちらはどうだっ!!」

 

『習得一閃!』

 

吶喊するレッドマンAに対してカリバーは暗黒剣月闇に纏った闇をジャオウドラゴン型のエネルギーにして放つ──月闇必殺撃を叩きこむ。必殺の一撃が今度こそレッドマンAに命中し爆発を起こす。一方、セブンの戦いに視線を移せば、そちらも決着は目前だった。

 

「ふっ!たあっ!」

 

連続して投擲されるスローイングナイフを切り払うレッドマンBだが、この攻撃はあくまで布石であった。投擲と同時に走り出したセブンは落ちていたスペシウムソードを飛び込みながら回収する。

 

「うおおおぉっーー!!」

 

投擲のおかげで稼いだ一瞬の時間を使って飛び込んだ勢いのまま前転、立ち上がったセブンはスペシウムソードを横薙ぎに振るうと、吶喊するレッドマンBと交差した。そして──

 

「──がっ……」

 

短い断末魔の声を上げてセブンが地面に倒れ伏す。スペシウムソードが届くより早くレッドマンBのレッドナイフがセブンの首を切断していたのだった。そして、切断されたセブンの肉体は爆発を起こした。

 

「セブンの!」

 

「レッドナイフ!」

 

「──しまっ……」

 

視線を逸らしたのは一瞬だった。だが、その隙が命取りとなった。投擲したレッドナイフの爆発でカリバーの攻撃を減衰させ、そのまま走りこんできたレッドマンAがすれ違いざまにカリバーを切り裂く。気づいた時にはすでに遅く、両断されたカリバーは驚愕したままその場に倒れ伏し爆発を起こした。

 

「……」

 

二人のレッドマンの姿が重なり、元の一人に戻ると二つの死体を確認してから右手を高く掲げて空を見上げる。そして、そのままどこかへと歩き去って行くのだった。

 


 

ここからはいつも通り、今回の調査結果だ。これまでも散々な目に遭ったけど、今回は特に酷い。なんせ、僕自身が直接殺されかけたからだ。まぁ、僕のミスといえばミスだし、先輩にも小言を言われてしまった。

 

ともかく、レッドマンの戦いが終わったところを確認した僕は高速警察に連絡を入れたり、気絶していたバスの運転手さんを救出したりと後処理が大変だった。おまけに、検査入院までさせられて面倒なことこの上なかった。

 

ただ、運転手さんが事故の直前の記憶がなかったため、今回の事件はバス会社の整備不良か運転手の不注意とかそんな感じになりそうだったのが心苦しい。まぁ、証拠が消えてるから真実を話しても納得させられそうにないので、運がなかったとあきらめてもらおう。

 

さて、その後の調査で分かったこととしてはあの日出会った少年Cは少年Bだったということだ。というのも、あの日、他に行方不明になった比企谷少年はいないことと、少年Bの口座が動かなくなったことから僕と先輩はそう判断した。

 

そして、あれから数日で日本国内にいた比企谷八幡は全員行方不明になった。こちらは十中八九、レッドマンの仕業だろう。どうやって数日で済ませたのかはわからないが、もしかしたら先の戦いで見せた分身以外にも特殊な能力を持っているのかもしれない。

 

さて、ここからは僕の妄想といってもいい分析の話だ。まず、今回の取材で少年たちが発した<転生者狩り>という言葉だ。漢字については確証はないが、おそらく、狩る、で正解な気がする。

 

というのも、これまでのレッドマンの標的だ。僕が知る限り、レッドマンがこれまで標的としてきた相手は一件を除いて今回の少年たちのように何らかの特別な力を持った少年だった。つまり、僕の会っていない人間を含めたこれまでの被害者たちが転生者でレッドマンがその転生者狩りなのではないだろうか?

 

そして、彼らを狩る理由が彼ら自身の怠惰や暴走、といった身から出た錆なのではないか、というのが僕の見解である!

 

……まぁ、結局、どれも状況証拠に過ぎないわけで、転生の意味も狩る理由も実際のところは全て不明、要は先に言った通り、僕の妄想にしか過ぎないということだ。

 

ともかく、今回の取材で分かったことはここまで。取材対象もいなくなったため、今回の取材は以上で終了とする。

 

なお、今回の取材はネタになりそうなものも無かったため、完全に骨折り損のくたびれ儲けだったことを追記しておく。

 



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第5話 転生者狩り
第5話:前編


いきなりだけど、午前中でも8月の東京は死ぬほど暑い。この時期、普段の僕なら取材と称してどこぞの避暑地にでも行っているところだが、今年はそういう訳にもいかず、慣れないおしゃれをしてまで待ち合わせのためにお台場まで来ているのだった。

 

「すいません、待ちましたか?」

 

そう、僕が待っていたのは彼女──以前、取材でお世話になった高咲さんだ。それと、後ろにいるのが──っと、演技演技。

 

「いえ──いや、大丈夫だよ。それより、その子が?」

 

「はい!──さ、璃奈(りな)ちゃん」

 

「……私、天王寺(てんのうじ)璃奈……よろしく……」

 

「今日はよろしく、()()()()()

 

うぅ……このタイプの子に馴れ馴れしい感じで申し訳ないが、これも彼女のためなので我慢してもらうしかない。

 

「それじゃ、私はもう行くけど、()()()()ね、璃奈ちゃん!」

 

無言で頷く天王寺さんにエールを送りつつ去って行く高咲さん。さて、一応、小声でフォローを入れておくか。

 

「……馴れ馴れしくてゴメンね、天王寺さん……」

 

「……大丈夫……これも、()()だから……」

 

小声で答えてくれる彼女だが、重ね重ね本当に申し訳ない。いや、考えた時はいい作戦だと思ったんだけどなぁ……ともかく、この状況を説明するには数日前にさかのぼる必要がある。

 


 

『もしもし、記者さんですか?』

 

「はい、先日ぶりです。その後、何か変わったことはありませんか?」

 

きっかけは以前の事件に関する追加調査のために高咲さんに電話したことだった。というのも、ドッペルゲンガー事件を受けて新たな視点でこれまでの事件を洗いなおす必要があったからだ。

 

『はい、私はもう大丈夫です……ただ、ちょっと問題があって……』

 

「問題、というと、また何かの呪いですか?」

 

むむ、ここでまさかの新情報か?しかし、呪いはちょっとなぁ……

 

『いえ、実は、同好会の一年生の璃奈ちゃんって子の話なんですけど』

 

「ああ、以前、高咲さんから()()された方ですね?それで、何があったんですか?」

 

そう、高咲さんの取材(授業)でみっちり教え込まれた一人だったんでよーく覚えている。

 

『あ、あはは……それで、その子の周りでここ最近、事故がすごく多いんです。記者さんの方で何かわかりませんか?』

 

「そうですね……何か共通点、もしくは、細かい日付などのデータはありますか?」

 

ふむ、事故、か。ともかく、もう少しヒントか情報が欲しい。流石に、未成年の関係者の情報は僕じゃ探せないからなぁ……

 

『えっと、警察の人の話だと、被害者は男性が多い以外は時間も場所もバラバラだ、って言ってました』

 

「なるほど。それじゃ、その方と被害者との面識はありましたか?」

 

警察も動いてるのか……まぁ、大丈夫だと思うけど、その子が疑われてるなら、ちょっと心配だな。

 

『いえ、璃奈ちゃんも知らないみたいで、警察の人は一応、確認したかっただけみたいですけど……これで何かわかりますか?』

 

ふむ、本当に一応確認しただけみたいだな。でも、この件については少し気になる……仕方ない、一番早い手で行こう。

 

「……高咲さん、危険かもしれませんが、この事件を最速で解決する方法があります。それは──」

 


 

そう、僕が囮になることである。といっても、被害者が男性という以外は条件が不明なので、僕が彼氏役としてデートもどきをしておびき寄せる、という単純なものだ。

 

まぁ、一応、知り合いの刑事さんとその相棒さんが影から見守っているらしいし、僕自身の準備もしているが、どちらかというと情報収集的な側面が強い。というわけで、今はチームラボボーダレスを回っているところだ。

 

「て──璃奈ちゃんはこういうの好きなの?」

 

「うん。璃奈ちゃんボード『わくわく』」

 

スケッチブック?……ああ、そういえば、表情出すのが苦手なんだっけか。

 

「記──お兄さんは、どう?」

 

「ぼ──俺もこの世界に没頭できる空間は好きだな」

 

どちらも演技はたどたどしいが仕方がない。とはいえ、元々、僕はこういう景色も好きだし、なんなら写真の一枚でも取りたい気はする。

 

「璃奈ちゃん、写真撮ろうか?小さい奴だから、そんなにいいカメラじゃないけど」

 

「いいの?璃奈ちゃんボード『キラキラ』」

 

「もちろん。それじゃ、どこで撮る?」

 

「じゃあ──」

 

うん、何事も楽しいのが一番だ……まぁ、結局、テンションの上がった天王寺さんに合わせてかなりの枚数を撮ることになったけど、リフレッシュできたなら問題ない。そんなこんなでチームラボを満喫した僕らは昼食のためにヴィーナスフォートへ向かった。

 

「……デジタルアート楽しかった。璃奈ちゃんボード『うっとり』」

 

「それはよかった。このあとのランチだけど──」

 

「おい、お前!いい加減にしろ!」

 

おや?誰だこのおじさん。横目で天王寺さんを見るけど、知り合いではないようだ。

 

「誰だあんた?悪いけど、俺たちはこれからランチに──」

 

「うるさい!黙って見てれば璃奈ちゃんに馴れ馴れしくしやがって!」

 

天王寺さんも怯えてるし、これは、明らかにアレだな。

 

「もしかして、璃奈ちゃんのストーカーか?」

 

「ちがう!こっそり見守ってるだけだ!」

 

「どうしようもないな……」

 

そういうのをストーカーと言うんだが……ともかく、これで犯人確保で万事解決、だと楽なんだけどなぁ。

 

「このモブ、イケメンだと思っていい気になりやがって!」

 

誉めてんのかけなしてんのかよく分からない奴……ん?なんだあのバックルみたいなの?

 

『バースト!』

 

「変身!」

 

『レイドライズ!ダイナマイティングライオン!』

 

「まさか、こいつも……?」

 

「お前も吹っ飛ばしてやる!」

 

変身した、ってことは転生者なのか?ダイナマイティングライオン?が名前か?何にせよ、こいつが犯人で確定っぽいけど、今は天王寺さんが優先だ。

 

「……合図したら天王寺さんはあっちに走って……」

 

「……記者さんは?……」

 

天王寺さんの表情は分かりにくいけど、怯えているのは分かる。僕だって怖くない訳じゃないが、少しぐらい安心させないと。

 

「……大丈夫、この手の事件には慣れてるからね……」

 

「お前!なにコソコソ笑ってんだ!」

 

何とか笑顔を作ったかいもあって天王寺さんは落ち着いてくれたみたいだ。よし、第一段階はオッケー。行くぞ、3、2、1──くらえ、防犯ベル!

 

「走って!」

 

「うおっ!?待て!この野郎!」

 

僕の合図で全力で走る天王寺さんと真逆の方向に走る僕。で、防犯ベルを投げられたライオンは予想通り僕に狙いを定める。さて、間に合うか……?

 

「逃がすかぁ!」

 

ライオンの左腕のガトリングから放たれた弾丸を飛び込んで躱した僕。ツイてる、というわけではないようだ。

 

「そらそら!踊れ踊れぇ!」

 

うおっ!?っと、どうやらこいつは直接僕を殺すというより、いたぶって遊んでいるようだ。まぁ、それならそれで好都合。どうせ刑事さんが応援を──

 

「大丈夫か、新聞記者!」

 

「フリーライターです!って、なんでこっちに来てるんですか!?」

 

なんで天王寺さんを任せた刑事さんがこっちに!?あ、そういえば、相棒さんもいたんだっけかー、じゃなくて!刑事さんまでやられたらヤバイ!

 

「あぁ!?何だお前、そこのイケメンの仲間か!?」

 

「警察だ!武器を捨てて投降しろ!」

 

「け、警察だと!?」

 

よし、刑事さんの銃と肩書にビビってライオンの動きが止まった!警察すごい!でも、刑事さん銃持ち出して大丈夫!?

 

「う、うるさい!警察がなんだ!この力でふ、吹っ飛ばしてやる!」

 

「チッ、死んでくれるなよ!」

 

刑事さんに向けてガトリングを向けたライオンだけど、それより早く刑事さんが二度発砲し、左肩に命中する。

 

「うぎゃっ!?──って、あんまり痛くない?」

 

「クソッ、硬い……!?」

 

ですよねー。ともかく、こういう時に狙うとすれば目かベルト、だけど──

 

「次はこっちの番だ!吹っ飛べ!」

 

「うおおっ……!」

 

「ぐうっ……!」

 

ダイナマイトを投げられた僕らは直撃しなかったものの、爆発で数mほど吹き飛ばされる。めちゃくちゃ痛いけど、破片とかないだけマシってところか。

 

「ヒャハハハ!全部吹っ飛ばしてやるぜ!!死ねぇ!」

 

「待って!」

 

「っ!?天王寺さん!?」

 

「あの馬鹿、目を離したな……!?」

 

僕らに止めを刺そうとしていたライオンの前に逃がしたはずの天王寺さんが立ちはだかっていた。クソッ!完全にミスった!どうする……?

 

「私はどうなってもいいから、この人たちは──」

 

「──そんな必要はない」

 

「「「「!?」」」」

 

その場の全員がライオンの向こう側から聞こえる声に目を向けると、妙な青年がこちらに向かって歩いてきた。何者なんだ?

 

「お前は何だ!」

 

「俺か?俺は、死神だ」

 

『エターナル!』

 

「変身……!」

 

青年が変身した!?けど、ライオンよりも怪物感は薄い?あとは、エターナル、が名前か?

 

「さぁ、地獄を楽しみな……!」

 

「エターナルがなんだ!俺がやってやる!」

 

「遊んでやるよ、ネコ野郎!」

 

無造作に突っ込んでったエターナルがナイフ一本でライオンを翻弄している。とりあえず、動く方の手で写真ぐらいは撮っておこう。

 

「記者さん、大丈夫……!?」

 

「ええ、まぁ、何とか。刑事さんは?」

 

「馬鹿にするな、鍛え方が、違うんだよ……!」

 

この人も無茶をして。大体、僕より近くで爆発してるんだから、痛いに決まってるだろうに。まぁ、僕も痛いけど、笑顔を見せるぐらいはなんともない。

 

「だが、なんだアイツは……!?」

 

「少なくとも、敵じゃない、と思いますよ」

 

さて、向こうは何とかなりそうだけど……

 

「このっ!ぐえっ!?」

 

『ユニコーン!マキシマムドライブ!』

 

「そら、よっ!」

 

「ぐあああっっ!」

 

なんか、無駄な動きが多い、というか、遊んでないか?

 

「う、おおおぉっっ!!」

 

「おっと、そんなもんに当たるかよ!」

 

『アクセル!マキシマムドライブ!』

 

クソッ、だから言わんこっちゃない!破れかぶれのライオンのダイナマイトがこっちに向かってきた!しかも、エターナルは気付いてない。行けるか……!?

 

「天王寺さん、伏せて!刑事さん、迎撃!」

 

「任せろ!」

 

まぁ、これでダメなら──いや、何とかする!伏せた天王寺さんに不燃シートを被った僕が覆いかぶさり、刑事さんが空中のダイナマイトを撃ち抜く。そして、爆発の前に投げていたもう一枚の不燃シートを刑事さんが広げて身を隠す。直後、爆発が起きた。

 

「「ぐっ……!」」

 

「んっ……!」

 

「おや?」

 

「ああっ!?間違って瑠奈ちゃんに!?」

 

ヤバ……熱くないけど爆風怖い。でも、何とか耐えられたし、刑事さんも無事っぽい……というか、どっちも周りが見えてないんかい!クソッ、めちゃくちゃ腹立ってきた。くらえ、ペイントボール!

 

「このっ!周りをよく見ろっ!」

 

「うぎゃっ!め、目がっ!?」

 

「へぇ、やるじゃん」

 

ざまぁみろ!ペイントボールだって視界は奪えるんだよ!というか、お前にも文句はある!

 

「遊んでないでさっさと倒せ!カッコつけてるつもりか、このボンクラ!!」

 

「俺かよ?……しゃあねぇなぁ」

 

『エターナル!マキシマムドライブ!』

 

「目が──」

 

「さぁ、地獄を楽しみな……!」

 

「うげあああぁっ!!」

 

断末魔とともに爆発するライオン。というか、そのセリフはさっき聞いたぞ。

 

「天王寺さん、立てるかい?」

 

「うん。記者さんが、庇ってくれたから……」

 

「助かったぞ、新聞記者」

 

「だから、フリーライターで……まぁ、なんでもいいです」

 

さて、なんとか全員無事で切り抜けたけど……こっからどうしたものか。というか、エターナルがこっちに来てるんですが?

 

「大丈夫だったか?」

 

「──ああ、おかげさまで爆発から身を守らなきゃならない程度には無事だったよ」

 

「……無事で何よりだ」

 

天王寺さんに向かうエターナルの進路上に立ちふさがって嫌味を言う僕。ちょっと嫌そうな声だけど、あんなことされたら誰だってそうする。少なくとも、僕はそうだ。

 

「それより、どうしてすぐに倒さなかった?君の力なら──」

 

「それは後だ。俺は警察の者だが、話を聞けるか?」

 

「ふむ、長居は無用か……」

 

『アクセル!マキシマムドライブ!』

 

「待てっ!?」

 

僕の小言と刑事さんの追求が嫌になったのか、エターナルは目にもとまらぬ速さでその場を走り去っていった。しかし、速いな!?……ん?というか、それで来て倒してくれれば危険な目に合わずに済んだのでは?

 



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第5話:後編

「──というわけで、今日は散々な目に遭いました。はぁ……」

 

『なるほど。道理で浮かない声をしているわけだ。しかし、後輩君にしては随分と軽率な行動をしたね?』

 

「……おっしゃる通りです。はい……」

 

あの後、刑事さんと天王寺さんに謝り倒した僕は、警察の事情聴取を受けて今に至るが、事件は解決したけど天王寺さんを危険にさらしてしまった事実は変えようがない。正直、これはここ最近で一番堪えたかもしれない。

 

『まぁ、小言はこの辺にしておくとして──そんな落ち込んでいる君にピッタリの情報があるんだ』

 

「なんですか?くだらないことだったら切りますよ?」

 

『それは君次第かな?実は君が今日遭遇したような事件がここ一月ぐらいで頻発してるんだよ。それも、()()()()()()()()()()()()()()でね』

 

何だって?僕の取材場所で?いや、今日の件を考えれば──

 

「転生者が居た場所で転生者がらみの事件、ってことですか?」

 

『さあね?そこまでは分からない。けど、私の知る限りではこれらの事件は取材場所の近くにある学校、それも女子の比率の多い所を中心に多発していることが分かっている』

 

「何というか、作為的なものを感じる場所選びですね」

 

『そうだね。でも、これは偶然という可能性もある……まぁ、数学を信じないなら、だけどね』

 

先輩、それ必然って言ってるようなものですよ?まぁ、それには僕も同意だけど。

 

「場所はいいですけど、他の共通点は何ですか?転生者を見極めるのは難しいですよ?」

 

『それは私も重々承知さ。でも、この場合誰がやったか(フーダニット)に意味はないよ、ワトソン君?』

 

「犯人じゃない……?あ、被害者ですか?」

 

『その通り。全ての事件で被害者には男性が多く、事件の中心には必ず少女が存在している、ということさ』

 

なるほど、確かに今日の事件もその傾向にある。しかし、他の事件に気付かない自分に腹が立つが、それを取り返すには真実を突き止めるしかない。

 

「この一連の事件、調べたいんですけど、他に情報はありますか?」

 

『もちろん、もう送ってあるよ。ただし、今回は今まで以上に危険だ。それを踏まえて行動するように、いいね?』

 

「はい!先輩、ありがとうございます!」

 

『ああ、そういえば、山梨では事件は起きていないみたいだね。うん、お土産が無いのは残念だな』

 

「……先輩……」

 

何でこう、地味に僕のやる気を削ぐのか……まぁ、おかげで気負いはなくなった。あとは、真実を追うだけだ。

 


 

それから数日後、空振りが続く中、僕は知り合いの記者が取材後に行方不明になった事件を調査しに283(ツバサ)プロダクションに向かった……んだけど、取材はNG。

 

仕方なく付近の聞き込みをしていたところ、幸か不幸か、取材の成果はその日の夜に現れた。そして、訳があって今の僕は山に向かう道路をバイクで必死に逃走している。

 

「その頭、食わせろぉ!!」

 

「うおっ、と!」

 

で、その訳というのは僕の真後ろから迫っている(ヒョウ)のような怪物だ。ちなみに、なぜ追われているかと言うと、怪物の怒りと興味を買ったからだ。

 

まぁ、夜まで取材を続ける中で豹の怪物に襲われる男性を見つけた僕が、ジャックナイフターンの後輪で怪物の顔面をぶん殴ったのが原因だろう。

 

その後、なぜか僕の頭に興味を持った怪物に追われる羽目になった、という訳だ……正しくは追い込まれていると言う方が正しいかもしれないが。

 

「シャアッ!!」

 

「ぐぇっ!?」

 

……めちゃくちゃ痛い。うん、死んだかと思った。ギリギリで躱したつもりだったけど、どうやら後輪を切られていたらしい。で、そのままクラッシュしてガードレールに引っかかった僕は道路から崖下に落っこちずに済んだみたいだ。

 

とりあえず、動かなきゃ死ぬ。とはいえ、この間とは違って痛過ぎて動けそうもないし、怪物は目の前だ。くそっ、まだ死ぬ訳には──

 

「それじゃ、いただきま──」

 

『ユニコーン!マキシマムドライブ!』

 

「──あぎゃっ!?」

 

寸でのところで僕を食べようとしていた怪物を白い影が殴り飛ばす。ん?もしかして……

 

「ハァ……またネコかよ?」

 

やっぱりエターナルか。というか、いつもタイミングよく現れるなぁ。

 

「テメェ──俺の邪魔をするなぁ!」

 

「やれやれ、<待て>もできないんじゃ、()()はやれないな」

 

『エターナル!マキシマムドライブ!』

 

「グオ──」

 

「さぁ、地獄を楽しみな!」

 

それ、気に入ってるのか?ともかく、今回は彼がさっさと倒したおかげで、無事に助かったようだし、ちゃんとお礼を言わないとな。

 

「何かと思って来てみれば、またアンタか……つくづく縁があるみたいだな」

 

「そうみたいだね。今回は助か──」

 

「……モブのアンタを助けてもなぁ……あ、悪い、何か言ったか?」

 

前言撤回、コイツは変わってない。というか、一般人をモブって、また妙な言い方だな。

 

「……いや、なんでもない。それより、君の()()()()()()()を見て気になったことがあってね、一つ聞いてもいいかな?」

 

「……そうだな、うん、今日は時間もないことはないし?まあ、少しぐらいならいいだろう」

 

いや、チョロいな!まぁ、僕としてはそれぐらいの方が助かる。

 

「君が戦っているのは転生者なのか?」

 

「っ!?なぜその名前を知っている?」

 

「僕は記者でね。超常的な事件を調べているうちにその存在を知った、というわけさ」

 

「なるほど……お前のようなモブも存在する、ということか……」

 

まただ。小声だけど、また僕のことをモブ、と呼んだ。名前を憶えていないにしては不自然だ。

 

「それで、君は転生者と戦う転生者狩りなのか?」

 

「……ああ、その通りだ。だが、まさかそこまで知っているとは……」

 

「なら教えてくれ。君はなぜ転生者を殺す?」

 

「奴らはクズだ。だから殺す。これでいいか?」

 

……コイツは何を言っているんだ?クズだから殺す?なら、そのクズを虫けらのように殺すお前は何なんだ?

 

「……君は、人の命を何だと思っているんだ?」

 

「クズを殺して何が悪い。それとも何か?アンタ、犯罪者の命も平等、とか言うタイプか?」

 

「そうだ。人には人権がある。少なくとも犯罪者なら法律で裁くべきだ」

 

「ハッ!アンタが言ってるのは机上の空論だ。目の前で人を殺す怪物になるなら殺すしかないだろ?」

 

うん?何か嚙み合わないな。ともかく分析は後だ、この意見には賛同できない。

 

「じゃあ、その怪物を簡単に殺す君は何なんだ?君はどんなルールで自分を縛っている?」

 

「ルール?俺は転生者狩りだ、転生者を狩る、それ以外は好きなように生きるだけだ!」

 

「それなら、転生者と君の違いはどこにあるんだ?」

 

「あぁ?どういう意味だよ?」

 

意味?無自覚に自分と他者の間に絶対の違いを確信している?

 

「君が殺した相手も君自身も超常的な人間だ。どちらも法やルールに縛られないなら、そこにどんな違いがある?」

 

「っ!?そ、それは、て、転生者狩りは俺に与えられた使命だ!奴らとは違う!」

 

なるほど、コイツの意見が空っぽな理由はそれか。

 

「与えられた使命?なぜそんなことをする?誰がその使命は与えた?」

 

「世界を混乱させる怪物を殺す!それが神様に選ばれた俺の使命だ!」

 

ダメだコイツ。与えられた使命だの神様に選ばれただの、とても正気とは思えない発言だ。だが、これが事実なら?いや──

 

「だとしても……僕には君が怪物に見えるよ」

 

例え神の使命だとしても決めたのはコイツだ。だが、コイツは責任を取る気がない。なら、怪物と同じだ。

 

「怪物だと?!奴らと一緒にするな!俺はヒロインに無理やり迫ったりしない!」

 

「ヒロイン?僕をモブと呼ぶことと関係があるのか?」

 

「だ、黙れっ!お前には関係ない!俺は転生者狩りだ、お前たちとは次元が違うんだよ!」

 

ついに逆切れしたか!?答えは期待してなかったけど、迂闊だった。この距離じゃ逃げきれない。最悪、こっから落ちるしかないか?

 

「レッドナイフ!」

 

「うおっ!?」

 

「まさか!?」

 

エターナルの足元に刺さるレッドナイフ。つまり、彼が来た、ということだ。予想通り、道路から一段高い崖の上に立ち、いつもの構えをするレッドマンの姿があった。

 


 

「レッドファイト!」

 

エターナルがレッドマンに気を取られている間にその場から距離を取る記者。そして、レッドマンがエターナルの前に降り立った。

 

「アンタがレッドマンか?俺もアンタと──」

 

「レッドパンチ!」

 

「あぶねっ!おい!なんで転生者狩り同士で戦わなきゃならないんだ!?」

 

話し合うつもりで構えも取らずに立っていたエターナルはいきなり放たれたパンチに驚きつつも紙一重で回避する。抗議の声を上げるエターナルだが、レッドマンは何の反応も示さなかった。

 

「チッ、踊るぞ、死神のパーティタイムだ!」

 

呼びかけに応じないレッドマンに苛立ち紛れにエターナルエッジで切りかかるエターナルだが、その斬撃は紙一重で回避される。

 

「よく避ける!だが、避けてるだけでは──」

 

「レッドナイフ!」

 

「グッ……!」

 

連続して切りかかるエターナルだが、その攻撃の合間を縫ってレッドナイフが閃き、エターナルローブの胴体に攻撃の跡を示す火花が散る。

 

「やるじゃないか。だが、俺にはこのローブが──」

 

「イヤッ!」

 

「あぐぅっ!?」

 

不利を悟ったエターナルはあらゆるエネルギーを無効化するエターナルローブで防御しつつ戦おうとする。だが、その動きを読んでいたレッドマンはエターナルを投げ倒し、その勢いのままローブを引きはがした。

 

「なっ!?俺のローブを──おげっ!?げふっ!?ふぎゃっ!?」

 

驚愕するエターナルが起き上がる前にマウントを取ったレッドマンは強烈な拳を何度も振り下ろす。本来なら脱出できるはずの拘束だが、初めて一方的な攻撃にさらされて混乱するエターナルには難しい話だった。

 

「トォーッ!」

 

「がはっ!?」

 

あえてマウントから離れたレッドマンはエターナルを無理やり引き起こすと再度、投げ飛ばして執拗にダメージを与えつつ距離を取る。

 

「ぐ、この、野郎……」

 

「レッドアロー!」

 

「うぐっ……」

 

なんとか立ち上がったエターナルに対してレッドアローを脇に構えたレッドマンが突撃、全力の一撃がエターナルの胴体を貫く。そして、うめき声をあげたエターナルは倒れて動かなくなる──だが、レッドマンの動きはそこで終わらなかった。

 

レッドアローを地面に突き刺したレッドマンはエターナルの頭を引きずって小走りで崖の方へと向かっていくとそのまま頭上に持ち上げる。そして──

 

「レッドフォール!」

 

レッドマンは既に死んでいるエターナルを渾身の力で崖下に投げ落とした。そのまま無言で崖下を覗いたレッドマンは地面に叩き付けられたエターナルが死んでいることを確認すると、右手を高く掲げて空を見上げた。そして、いつものようにどこかへと歩き去って行くのだった。

 


 

今回は特に大変な事件だったが、その分、大きな収穫もあった。それは、エターナルという転生者狩り──いや、転生者に直接取材ができたことだ。

 

というのも、エターナルをレッドマンと同じ転生者狩りとするにはいくつか違いがある。一つはエターナルは写真に写る、という点だ。これは、ライオンとの戦いの写真が証拠だ。

 

二つ目は倒した後だ。エターナルが倒しても戦いの跡は消えないが、レッドマンは周囲の異常事態を止めている可能性がある。もっとも、こちらは確証がないため、僕の推測でしかない。

 

そして、最後は一般人──モブの扱いだ。エターナルや転生者は人間をこれまでの事件の中心にいる少女たちのような<ヒロイン>を重要視し、僕らのような<モブ>を軽んじているようだ。

 

しかし、先輩の情報で僕のようにレッドマンに助けられたモブがいることが判明したことでレッドマンはモブを守る、と言っていいだろう。

 

つまり、以上のことから、エターナルは神様と呼ばれる何者かに転生者狩りと誤認させられた転生者であり、レッドマンこそが真の転生者狩りだと言えるのではないだろうか?

 

もしくは、僕の推測が間違っていて、エターナルが正しい転生者狩りでレッドマンは怪物を狩る転生者や転生者狩りを狩る、恐ろしい怪物なのかもしれない。

 

どちらにせよ、この世界にはまだ僕らの知らない神秘がある。ならば、好奇心の続く限り真実を追求するのが僕の仕事であり、ルールなのだ。

 

というわけで、以上で今回の取材を終了とする……人には選ぶ権利がある。その結果も責任も己が背負うしかないのだ。

 



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