ロルカの手記 ハーメルン版 (凪K)
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1 アバンという人

◆◆

 

 

 オレの住んでる屋敷の裏にはちょっとした森があって、その奥には塔があった。

 塔…まあ塔といえば塔なんだろう。だけどあまり高くもないし、古いといっても遺跡とかってほどじゃない。

 

 明るくひらけた場所にあるその塔は、勇者ダイが大魔王バーンを倒したっていうあの大戦のあとに、その時代の当主が建てたものらしい。

 

 その人の名前はオーロラ・ド・ジニュアール。

 兄にあたるアバン・デ・ジニュアール三世という人が、女王さまと結婚したんで代わりに当主になったっていう女の人だ。

 

 この人が「当主と、成人したあととり以外は塔に入るな」といいのこして亡くなり、そのあと彼女のいいつけは代々しっかり守られてきた、というわけだ。

 

 そうしてこのオレ──ロルカ・デ・ジニュアールも18歳になった。

 城からも正式にジニュアール家のあととりと認められ、その日は塔に入ることになっていた。オレは親父と一緒に行くとしか聞いてなかったし、成人の儀式みたいなもんなんだろう、ぐらいにしか思ってなかった。

 

 オーロラの言いつけは子どものころに教えられたけど、この時になるまで忘れてた。

 実をいうとガキのころ、こっそり塔に近づいたことはあったんだけど…。行ってみたはいいが出入口を開けられなくて、それきり興味をなくしたんだったか。

 だから、そこにまさか人が住んでるなんて思いもしなかった。

 

 薄暗い階段を、親父のあとに続いてのぼる。

 最上階のフロアに出ると、すぐ目の前にジニュアール家の紋章が打ち出された鉄の扉があった。ノッカーを使う親父。中から返事らしい声が聞こえた。

 

 押しあけられた扉のむこうは、ふつうの家みたいな部屋が広がってた。

 軽い足音と一緒に、ふんわりと甘い焼き菓子の匂いがただよってくる。

 

「お取込み中でしたか……申し訳ありません」

「いえいえ! こちらこそすみませんねぇ、久しぶりだったもので手間取ってしまって」

 

 親父の後ろから顔を出そうとして、そいつの前に押し出される。

 花柄のエプロンをつけた男が、こっちを見てちょっと驚いた顔をしてた。

 

「息子のロルカでございます。このたび、正式に次期当主とあいなりました」

「は、はじめまして……?」

 

 男の頭には三角巾。メガネをかけてて、レンズにも顔にも小麦粉がついてた。

 戸惑ってるオレに、そいつはニコニコと笑いかけてくる。

 

「大きくなりましたねえ。あなたがまだ赤ちゃんだったころ以来ですから、ちょっとビックリしちゃいましたよ」

「へっ?」

「もうすぐクッキーが焼けますから、そこのテーブルで待っててください。ああ、すぐにお茶もいれますからね!」

「いや、あの……」

 

 誰だ? とオレは親父の顔を見た。

 ついたての奥へひっこもうとしていた男が、「おっと」と足を止めてふりかえる。

 

「これは私としたことが、申し遅れました。私、アバン・デ・ジニュアール三世と申します。以後よろしくお願いしますね」

「──⁉」

 

 いうだけいって、さっと踵を返してしまった。

 ついたての向こうに隠れたそいつの姿。エプロンの花柄がまぶたにちらつく。

 

 

 アバン・デ・ジニュアール三世……?

 

 

 さっきも書いたが、それはこの塔を建てたオーロラの兄だ。

 つまりオレからすると大昔のご先祖さまで、こんなところでクッキーなんか焼いてるはずがなかった。っつうか、生きてるわけがない。

 

「なあ、親父、あの人……」

「(後で話す。いまはよけいなことを言わないようにだけ気をつけろ)」

「いや、急にそんなこといわれても──」

 

 よけいなこと、ってなんだよ?

 

「さっぱりわからねえんだけど」

 

 オレの文句はさらっと無視して、親父は椅子を引いた。

 ついたての向こうからは食器のカチャカチャいう音と、調子のはずれた鼻歌なんかが聞こえてくる。ピンクのチェック柄のテーブルクロスと、石像みたいに黙って座ってる親父。

 いったいどういう席なんだって思ったけど、オレもひとまず座るしかなかった。

 

 ついたての向こうは台所みたいになってるんだろう。

 本棚とか、机とか、棚にはよくわからないアイテムや壷なんかが並んでいる。壁をくりぬいた窓だけが塔らしくて、その下には望遠鏡が置かれてた。

 

「お待たせしましたあ♪」

 

 ついたての奥から出て来たアバンは、もう三角巾をしてなかった。

 あらわになった髪型はだいぶ奇抜で、花柄のエプロンより強烈にオレの目を引いた。かつらかと一瞬思ったけど、一応ちゃんと地毛らしい。カップを置いてくれるアバンの頭をついまじまじと見てしまい、テーブルの下で親父に蹴られた。

 

「いッ…‼」

「どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもない──です」

 

 なにすんだ、とにらみつけても親父は知らん顔だ。マジメくさった顔つきで、「お手ずから恐縮です」なんてアバンに頭を下げている。

 

「おふたりがリラックスできるようにパプニカ産の茶葉を選んだんですよ。クッキーもいい感じに焼けてますから、遠慮なく召し上がっちゃってください!」

「あ、どうも…」

 

 焼きたてのクッキーに手を伸ばす。

 オレは甘いもんが好きってわけじゃないけど、香辛料がぴりっときいた変わった味で、けっこううまかった。

 

「屋敷のみなさんにも、お変わりはありませんか?」

「え、ええ。おかげ様で、つつがなく……この通り、ロルカも無事に成人を迎えることができました」

 

 そりゃもう最初にいったんじゃねえのか? 

 

「本当に、逞しくなりましたねえ。騎士団でも頼りにされてるんじゃないですか」

「いや、そんなことは──」

「いえ、そんなとんでもない…! まだようやく見習いを終えたばかりですから。親の私がいうのもお恥ずかしいですが、これは頭のほうもそれほどで、むしろみなさんの足を引っ張らないかと心配です」

「…………」

 

 あんまり頭が良くない、ってのは本当のことだけどさ……。

 なにもこんなトコでいわなくたって良くねえか? 

 

「そんなことはないと思いますよ。学者の家系に生まれたからといって、勉強ができなければいけないということはありませんし、力や技は鍛えればいくらでも身につけることができますから」

「…その通りですね、申し訳ございません」

「えっ? いえ、お説教をしたつもりではなかったんですが…自分の子どもを育てたこともないのに、こちらこそすみません。でも、どんな子にも良いところがあるものですから。あなたもロルカ君の良いところを認めてあげてくれると嬉しいです」

「は、はい。そのように──努めます」

 

 頭を下げる親父に、アバンはちょっと困ってるみたいだった。

 

「あの、それ──星を見てるんですか?」

「ええまあ、たまーにですけどね。ロルカ君は星に興味があるんですか?」

「いや、別にそういうわけじゃないんですけど…」

「ああ、ふふ。私も学問で見ているわけではありませんよ。学者を目指していた時期もありましたけど、その頃も天文学は専門外でしたから」

「それって、女王様と結婚したからとかですか? 途中でやめたのって」

「(──ロルカ!)」

 

 オレの質問に、親父が青ざめて慌てふためく。

 これは『よけいなこと』だったのかと思ったけど、わかったところで遅かった。

 

「大丈夫ですよ、何も困るようなことはありませんから」

「……?」

「いえ、あの、申し訳ありませんが! このあとまだ、各方面へのあいさつ回りが残っておりまして──そろそろお暇しなければと思っていたのです」

「ああ、そうだったんですね。気がつかなくてすみませんでした」

 

 アバンはにっこり笑うと、「残念ですが…仕方ありませんね」とオレにいった。

 

「お土産にクッキーを包みますから、もう少しだけ待っていてください。それくらいの時間はありますでしょう?」

「は、はい」

 

 席を立つアバンを見送る親父の顔つきに、オレはちょっと引っかかってた。

 あいさつ回りだったらもう、ひと通り終わってる。

 

 

◆◆

 

 

「なあ、あれってウソだよな? こんな早く出てきてよかったのか?」

「……」

「ここにきたのって、結局いったいなんだったんだよ?」

「…………」

 

 塔の階段をおりていくあいだ、親父はむっつりして何もいわなかった。

 

「アバンって、あのアバンなんだよな? 国王様だったっていう──」

「……国王ではない、王配だ」

 

 塔を出たところで、ようやく親父は不機嫌そうにそういった。

 ふり返れば扉の横に埋まってたブロックがひとつ、かたんと音をたてて元の位置に戻る。そうなるともう子どもの頃に見たのと変わらない壁になった。

 変な模様にみぞの入った、壁の一部にしか見えないそれ。

 

(こりゃあ、開けられねーはずだよな…)

 

 ちらっとそう思いながら、どんどん先へ歩いていく親父をまた追いかけた。

 

「どの国の記録でも国王とされているが、我が家の記録では王配となっている。そしてそれが正しい。ジニュアール家が王戚だったのはアバン様の代だけだ」

「えーっと……いやいや、そうじゃなくて! あの人が本物のアバンだってんなら、なんであんなに若いんだよ⁉ どう見たって30歳くらいだったじゃねえか!」

「そんなこと、私が知ろうはずもない」

 

 オレたちに驚いて、スライムが飛びはねながら逃げていく。

 のどかな感じの明るい森だ。たまに一角ウサギや大アリクイなんかも見かけるけど、ガキのころから、ここで襲われたことは一回もなかった。

 

「なにせアバン様に関する文献はほとんど残されていないのだからな。だが王家の記録では、あのかたは病死したとされている」

「えっ⁉」

「葬儀には各国の王族や有力者たちも弔問に訪れたようだ。だが棺にアバン様の遺体はなかった。これはベンガーナの文献にあった記録だが、表向きには『病の伝染を防ぐため、葬儀に先立って焼却された』と説明されていたようだ」

 

「……? なんだってまた、そんなことを」

 

「いくつかの仮説は立てられるが、興味本位で確かめるべきことではないだろうな。代々の祖先がアバン様に関する記録をいっさい残していないのも恐らくそういうことだ」

「なんかよくわからねえんだけど…」

「アバン様は、社会的にはもう死んだ人間だということだ。あのかたが年もとらず生き続けていることを知られてはならないが、秘密を守るためにも我々ジニュアール家の人間はその存在を知っていなければならない──今日の会談はそういうことだ」

「……」

 

 なんだかしっくりこなくて、胸のあたりがモヤモヤする。

 アバンがくれたクッキーの包みが、まだほんのりあったかいような気がした。

 

「これは私が成人したとき、おまえのおじい様からいわれたことだが……これ以降、アバン様に関わる必要はない。いつかお前に子どもができて、その子が成人するまでは忘れていればいい。そのほうが互いのためというものだろう」

「…っ⁉ なんだよ、それ──」

「これは代々、我が家に受け継がれてきた不文律だ。オーロラ様が『塔に入るあととりは成人した者だけ』と条件をつけたのも、秘密を守れる分別をつけるまでは…ということだったのだろう。いたずらに深入りしては災いを招く」

「──……」

 

 仕方ありませんね、と笑ったアバンの顔が浮かぶ。

 妹のオーロラからこの親父まで、歴代の当主は10人くらいいたはずだった。

 

「今までずっと、みんなそうしてきたってのか? こんな近くにいるのに、会うのは成人したときだけで、あとは知らん顔ってそんな──」

「…少なくとも、おまえのおじい様とひいおじい様は関わろうとしなかったそうだ。それより以前の当主たちがどうだったかまで知らないが」

「親父は?」

「…………」

「なんか調べてたんだよな? さっきベンガーナの文献がどうの、って」

「はぁ……おまえのその鋭さが、なぜ学問には発揮されないのだろうな」

 

 屋敷の正門が見えてきたところで、親父がゆっくり立ち止まった。

 

「……生まれたばかりのお前が屋敷からいなくなって、大騒ぎになったことがある。だがアバン様が、森にいたお前を保護したといって秘かに私のところへ連れてきてくれた」

「──⁉ マジかよ」

「ああ、それから少しのあいだ交流をもったが…今では後悔している」

「なんで」

「余計なことをいったな、もう忘れろ。我々がなすべきは、このジニュアール家を守っていくことだけで、あのかたに近づくことではない」

 

 親父はさっさと正門をくぐり、それ以上はなにも教えてくれなかった。

 

 



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2 塔と森と

◆◆

 

 

 次の日の夜、城から戻ったオレはもう一度アバンのところへ行ってみた。

 なにせわからないことだらけだったからだ。

 

 森のひらけた場所に出ると、最上階の窓から明かりはもれてなかった。

 灰色の塔はひっそりと静まりかえってる。

 

(なんだ、留守なのかよ)

 

 ちょっと意外な気がしたけど、考えてみりゃ昨日アバンは菓子を焼いたり紅茶を淹れたりしてたんだ。材料は買いに行かなきゃ手に入らないだろうし、ずっと塔から出られないなんてことはないのか……。

 

 だからってすぐ屋敷に帰る気にもなれなくて、オレは塔に近づいた。

 

 扉の横の壁には、そこだけ周りと色が違うキューブが2列、たてに埋まってる。

 灰色の石レンガで組まれた塔の壁に、扉の高さまで積まれた黒いキューブをオレは壁の模様みたいに思ってたけど、それがカギだったんだってことは昨日知った。

 

 つるっとした黒いキューブには、よく見れば迷路みたいな模様が彫られてる。

 この模様を正しい順序でたどるとキューブが回転して、扉のカギが開く仕組みなんだろう、たぶん。指でなんとなく模様をたどりながら、オレは親父がどうやってたのか思い出そうとした。

 

 だけどちゃんと見てなかったし、思い出せるはずもない。

 まあ、たった一回見ただけで覚えられるような単純な手順でもなかったしな……。

 

(ん? だけどコレ、開けられないと将来オレが困るんじゃ?)

 

 黒いキューブをでたらめにぐるぐる回しながら、オレはふとそう思った。

 たてにも横にも回転するキューブは、軸がどう通ってるのかすらよくわからねえ。オレに息子ができるなんてまだずっと先だろうけど、こりゃ親父に聞いとかないとマズいなと考え始めたとき、扉からカチっとカギの開く音がした。

 

(えっ?)

「ロルカ君?」

「‼」

 

 後ろから聞こえた声に、オレはぎょっとした。

 ふりかえると、ひらけた場所と森とのさかいめ辺りにアバンが立ってて、驚いた顔でオレと扉を見くらべている。壁からせり出すように傾いたままのキューブ。オレは慌てた。

 

「あっ、あの、これはその、開くと思ってなかったんですけど!」

「──……」

「ホントすみません! 留守中に、勝手に」

「ああ……、いえ、構いませんよ。悪気があってのことではなかったんでしょう?」

「えっ? いや、そうですけど……」

 

 拍子抜けするオレに、アバンは笑いかけてきた。

 

「まあ確かに、マナーとしてはバッドでしたけどねぇ。なにか忘れ物でもなさったんですか? 心あたりはありませんが……」

「いや、そういうワケじゃなくて。アバン様に聞きたいことがあって来たんです」

「……?」

「昨日はあんまり話せなかったし、親父に聞いても教えちゃくれなさそうだし、アバン様がいるんだから直接聞けばいいかと思って」

 

「なんだか…おかしな感じですねえ」

 

「えっ? なにがですか」

「いえ、気にしないでください。それより中へどうぞ。どんなお話であれ、こうしてまた来ていただけて嬉しいですよ」

 

 

◆◆

 

 

 どうぞ、と目の前に置かれたカップから、紅茶のいいにおいがした。

 テーブルを挟んでオレの正面、椅子を引いてアバンが座る。

 

「それで、私に聞きたいことというのは?」

「ええっと……アバン様は、かなり昔の人なんですよね? だけどぜんぜんそんなふうに見えないっていうか──なんで年を取らないんですか」

「ああ、やっぱりそこ気になっちゃいます?」

 

 そりゃそうだろう。

 

「いままでにも何回か聞かれたことはあるんですがねえ……すみません。私にはお答えできないんです」

「えっ」

「例えば君が年を取らないまま、100年生きたとしましょう。その時同じ質問をされて、明確に答えられると思いますか?」

「いや、ふつうそんなこと起きないでしょう。どっかでそういう魔法をかけたからとか、秘密の薬を飲んだとかでもなきゃ。そうでもないと……って、あ。」

 

 身に覚えがなけりゃ、確かに答えようがない。

 

「そういうことです」

「だったらそういってくださいよ!」

「いやぁ、すみません。ストレートにいうと納得してもらえないかなと思いまして。今はこういう答えかたをするようにしているんですよ」

「──。」

 

 むかし、そういうことがあった、ってことか。

 もしはじめっからわからねえとかいわれてたら、オレも疑ったかもしれなかった。

 

「だけど、じゃあなんでアバン様は屋敷じゃなくてこっちで暮らしてるんですか? ちゃんと生きてるのに死んだなんてことにされてるし、オレは昨日までアバン様がここにいるってことも知らなかった。そういう決まりだからとはいわれたけど」

「……納得がいかない、ということですか」

 

 きょとんとした顔に、オレのほうこそ不思議になった。

 災いを招くといっていた親父のことが頭をよぎる。なんでかもわからねえのに、あんなふうにいわれなきゃならないなんておかしいだろう。

 

 この人は、オレたち子孫がほとんど会いに来ないこともなんとも思ってねえんだろうか。

 嬉しそうにクッキーなんか焼いたりしてたのに?

 

「死んだことになっているという話も、ジョシュアさんから?」

「あっ、はい。病死したことになってるとか、死体もないのに葬式をやったとか、って」

「それより前のことはどのくらいご存知なんでしょう」

「何も聞いてませんけど……」

「──……」

 

 アバンがなにか考えるみたいに、ちょっと視線をそらした。

 だけどそれは何秒もかからなかったと思う。

 もう一度オレを見たアバンは落ち着いた声で、さらっととんでもないことをいった。

 

 

「行方不明だったんですよ、私。それも結構長いあいだ」

 

 

「──⁉」

「みなさんもずいぶん探してくれていたらしいんですけど、そのあいだのことはよく思い出せなくて……私が妹のところに現れたときにはもう、私の葬儀から20年くらい経ってしまっていました。お城に帰るわけにもいきませんでしたし、しばらくは屋敷のほうに滞在してたんですけど、ここができたのでお引越ししたというわけです」

 

「お城にはいっぺんも顔を出さなかったんですか?」

「どうして年を取っていないのか、説明できませんでしたからねえ」

 

「城なら学者とか賢者の人たちもたくさんいるんだし、アバン様はこく……王配だったんですよね? 力になってくれる人だっていたんじゃないんですか。女王様だって」

「そうかもしれません。ですがあなたのおっしゃる通り、私はかつての王配でした。そのことこそが大きな問題でもあったんですよ」

「どういうことですか」

 

「王位はもう傍系のかたが継いでいらっしゃいましたから。死んだことになっている私がのこのこと現れれば、私を担いで国王を退けようとする人が現われたかもしれません。かつての王配を騙る不届きものだと罰せられるより困ったことになると思ったんです」

 

 ぜんぜん、まったくわからねえ、って話でもなかった。

 心配しすぎじゃねえかともちょっと感じたけど、アバンの立場ならそれくらい考えちまうもんなんだろう。だけど、そもそも──

 

「死体が見つかったワケでもないのに、葬式出されるとかひどくないですか」

「ははは…、まあ、仕方がありませんね。生死不明のままずっと玉座がカラというのは問題ですし、正しい対処だったんじゃないかと思います」

「そんな他人事みたいに……」

「自分のことだからこそ、ですよ。私のせいで無用な争いが起きるほうが嫌ですから」

「…………」

 

「私がここで暮らしているのも、同じような理由です」

 

 ジニュアール家に年を取らない人間がいる、なんて世間に知られたら。

 その評判を利用して金儲けしようとか、年を取らない秘密を解明して自分も不老になろうとか、そういう連中がわんさか現れて面倒くさいことになる──そんな感じのことをアバンはいった。

 

 だけどアバンが屋敷にいたあいだに、そんなことが起きたってわけでもなかったらしい。

 オレからすると、そりゃ今度こそ心配しすぎだ、って感じだった。

 だいたい、アバンが200歳を超えてるなんて知らなきゃ誰にもわからねえだろう。

 さっきだってしれっと外から帰ってきたんだ。アバンだってそんなこととっくにわかってるはずで、今でもこっちにいる理由はほかにあるような気がした。

 

「本当はどこかほかの国にでも行くべきだったんでしょうが、親族の近くにいられるほうが私としても心強かったもので。妹がここを建ててくれて助かりましたよ」

「……! 困ったことがあったらいつでも言ってきてください、なんでも」

「なんだか、すごいお年寄りになってしまったような気分ですねえ」

「えっ? いや、そういうつもりじゃ……」

 

 ってか、実際あんた年寄りじゃねえかよ。

 いや、年を取ってないってのはオレがいったコトか……?

 

「ふふ、お気遣いありがとうございます」

 

 特に不自由はしてねえけど、って感じの笑いだった。

 それでもなんか気になっちまうのは、ただのお節介なのかとちょっと思った。

 

 だけどアバンがいまの境遇に本当に納得してるのか、そこのところがオレにはよくわからない。アバンとは昨日会ったばっかりで、どんな人なのかとか、ふだんはどんなふうに過ごしてるのかとか、ぜんぜん知らないんだからしょうがないだろう。

 

「そういやさっき、どこに行ってたんですか?」

「ああ、ちょっとこのあたりの森をお散歩に」

「こんな時間に?」

 

 夜はモンスターが活発になる。

 だけどこのあたりの森なら弱いモンスターしかいないし、そいつらもだいぶおとなしい。

 アバンもそのことはよく知ってるんだろう。

 

 でもそれにしたって、夜の森なんて用がなければほっつき歩くようなトコじゃなかった。

 

「今夜は月が綺麗でしたから、ちょうどいいと思って」

「ちょうどいい、って、何がですか?」

「……」

 

 話の見えてないオレに、アバンは作ったみたいな笑顔を浮かべた。

 

 

◆◆

 

 

 地面をおおってる枯れ葉を、しゃがみこんだアバンが手でかきわけていく。

 オレもアバンのそばにしゃがんで、横からその作業をながめていた。

 

 枯れ葉の下から出てきたのは銀色のメダルだ。

 手鏡くらいの大きさで、中心には虹色の小さな宝石がはめこまれていた。その宝石を指でさしながら、アバンがいった。

 

「これは輝聖石といって、魔力を蓄える性質があるんです」

 

 さっき出かけていたのは、月の魔力をこのアイテムに蓄えさせるためだったとか。

 同じものがあと4枚、塔を中心にして五芒星を描く形に埋めてある、ともアバンはいっていた。輝聖石は見る角度によって、輝く色がキラキラ変わる。

 

「キレイだけど……これってどういうアイテムなんですか?」

「邪悪な意思を退ける結界を張っています。この結界の中ではモンスターも攻撃的ではなくなりますから、お散歩もハイキングも思いのままというわけです」

「へえぇ…って、じゃあ、このへんのモンスターがやけにおとなしいのは」

「ええ。ですからこれはもう戻しておきましょう」

 

 オレが月にかかげてたメダルをアバンが取って、また地面に埋めていく。

 枯れ葉で隠してしまえば一応わからなくなったけど、

 

「そんなすげえアイテムを、こんな埋めかたしてて大丈夫なんですか?」

「少なくとも今まで見つかったことはありませんねえ。屋敷の人たちもこれのことは知りませんし、そもそも悪意のある人には触ることもできないでしょうから」

「だけど、なんでオレにこれを?」

 

 アバンはちょっと肩をすくめて苦笑した。

 

「どうしてでしょうねぇ。本当はお見せするような物でもないと思ってたんですけど。実は昨日ロルカ君にお会いするまで私も忘れていたくらいですし」

 

 オレと、メダルと、森の結界。そうか、と思う。

 

「オレが赤ん坊のとき、屋敷からいなくなったことがある、って」

「ふふ、懐かしいですねえ。あのときはビックリしちゃいましたよ。なにせ君、屋敷からこの森までひとりでハイハイしてきたらしかったですから」

「へっ? マジですか、それ……」

「ええ。周りには誰もいませんでしたし、産着の手足は土まみれで。ホントたくましいにもほどがありますよ。あなたいったいどこへ行こうとしてたんですか?」

「いやそんなの、覚えてるワケないでしょう」

 

 だけどアバンじゃなくても驚く話だ。

 近所だっていってもそりゃ大人の感覚で、赤ん坊にはかなりの距離だろう。

 

「結界がなかったら、オレどうなってたかわからないですね。ありがとうございます」

「いえいえ、でもあの時は何事もなくて本当によかったですよ。過去にも一度、ジニュアール家の女の子がさらわれたことがあったので君を見たときにはヒヤリとしましたが…」

「そんなことがあったんですか」

「ええ、無事に助け出されましたけど、私にはそちらも衝撃的な事件でした」

「ひょっとしてアバン様が助けたんですか? オレのときみたいに」

「いいえ、私ではありません」

 

 

 さらわれた女の子は、マーサって名前だったらしい。

 親父から数えて5代前の当主、ヴェダルという人の娘で三人きょうだいの末っ子だったとか。彼女はヴェダルや兄貴たちと一緒に、よくあちこちへ出かけてたんだそうだ。

 

 白昼堂々、町なかでマーサがさらわれたとき、ルーラで飛び去ろうとした相手にヴェダルが飛びかかって一緒に消えちまったらしく、結果的にこの行動がマーサを助けることになったんだとアバンはいっていた。

 

「私が事件のことを知ったのは、ヴェダルとマーサが無事に戻ってきてからでした」

「さらった奴は? 捕まったんですか」

「いいえ。ですがそのあと、二度と現れることはありませんでした」

 

 それにしてもカッコいい親父だな……。

 

「さて。もう遅い時間ですし、お互い今夜は戻りましょうか」

「あっ、はい」

 

 ヴェダルの話をもう少し聞いてみたかったけど、確かに遅い時間だった。

 オレはおとなしく従って、塔には戻らずアバンと別れた。

 

 



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3 天文台の幽霊 1

◆◆

 

 

 ジニュアールの屋敷には広い居間がある。

 そこへ続く廊下には代々の当主の肖像画がずらりと飾られていた。居間に近づくほど古くなるご先祖様たちの絵を、オレはこれまであまりまともに見たことがなかった。

 

 ろうそくに火をつけて、燭台をかかげながら深夜の廊下を歩いていく。

 オレのじいさまから始まって、1代前、2代前、3代前……ひげづらだったり神経質そうだったり、いろんな顔があったけどアバンのものは見あたらない。

 

 考えてみりゃ当然の話だ。アバンはうちの当主じゃなかったんだから。

 そのころの当主は妹のオーロラで、彼女の絵だけはこの廊下じゃなくてその先の居間に飾られている。なんでも「チュウコウノソ」だからとかってんで、ひとりだけ額もばかでかかった。

 

 こういっちゃなんだが、それで覚えてる彼女の顔はけっこうキツそうな感じだ。

 女性だったから城にあがって騎士をやるなんてことはなくて、船で世界中を商売してまわってたらしい。ここだけの話、商人というより海賊っぽいみためだなって思ってた。

 美人だったけど。

 

 さっきまで話してたアバンの、妹だった人。

 ここまで来たなら居間まで行って、彼女の絵も見てから部屋に戻るかって気になって、廊下の先へ明かりをかざす。その先に子どもがひとり立ってて、オレはぎょっとした。

 

「──……⁉」

 

 居間の手前にかかってる額を見上げているのは、日よけの布が垂れた帽子をかぶった女の子だった。顔は見えないけど、体つきからして10歳くらいだろう。

 だけどうちにそんな子どもはいねえ。ひっそりとたたずむその子の体を透かして、居間の扉が見えていた。

 

(ゆ、幽霊……!)

 

 あんたなら、こんなときどうする?

 悲鳴をあげるか、黙ってゆっくり後ずさって、それから部屋に駆けこんで見なかったことにするか。だけど自分の屋敷だぜ? ──オレはどっちもできなかった。どうすりゃいいかわからなくて、完全に固まってた。

 そんなオレに気づいたみたいに、幽霊がこっちを見た。

 

「いっ……⁉」

 

 子どもだろうって思った幽霊の顔は皺くちゃで、ぱっと見ばあさんみたいだった。

 だけどなんていうか、やっぱり子どもの顔なんだ。オレはぞっとした。

 

 

 驚かせてごめんなさい

 

 

「えっ──」

 

 

 私はこういう病気なの

 

 

 悲しそうな笑顔。

 帽子から垂れてる日よけの意味に気がついて、オレはビビりながらもなんとなくばつが悪くなった。

 幽霊でも女の子なんだ。そりゃ気にするだろう。

 

「い、いや……確かにビックリしたけど、そりゃこんなとこにいると思わなかったからで! 顔がどうとか、そういうワケじゃ──」

 

 

 私はこういう病気なの

 

 

「いや、だから悪かったって!」

 

 

 驚かせてごめんなさい

 

 

「……?」

 

 なんかヘンだ。

 こっちを見て笑ってた幽霊はまた、いつの間にか絵を見上げてる。まるでオレなんか最初からいなかったみたいに、さっきとまったく同じ姿勢で。

 

 かと思うとふっと消えて、今度はオレのすぐそばに現れた。

 ひっ、と情けねえ声が出て飛びあがる。だけどその子はお構いなしだ。その場で棒みたいにつったったまま、不思議そうにオレを見上げてきた。

 

 

 怖いと思うのは、あなたが優しいからよ

 悪いコトじゃないわ

 

(オレにいってるのか?)

 

 だけどその子の目はオレじゃなくて、誰かほかのやつを見てるみたいにも思えた。彼女の顔は笑ってなかったけど、怒ってる感じでも悲しんでる感じでもない。

 からからに乾いてた口を開けて、オレはおそるおそる話しかけた。

 

「な、なんで、怖がるのが優しいんだ…?」

 

 

 この人と、そっくりだったの

 

 

 かみ合わねえ声はまた、居間の手前から聞こえた。

 絵を見上げていた女の子が、オレのほうを向いて──解けるみたいに消えていく。

 

「──⁉」

 

 背後をふり返っても、燭台をかかげてぐるっとあたりを見回してみても、もうどこにもいない。廊下はしんと静まりかえってて、ご先祖さまたちの絵が並んでるだけだ。

 オレはごしごし目をこすって、それから幽霊が立ってたあたりに目をこらした。

 ごくり、と生唾を飲み込んでいた。

 

(だ、誰の絵を見てたんだ……?)

 

 おっかなびっくりそこへ近づいて、オレはあっと声をあげた。

 かつらみてえな変わった髪型と、メガネ。

 

(アバン……?)

 

 だけど鼻の下に細いひげをはやしてて、あのアバンよりずっと年上そうだ。

 

 

 アバン・デ・ジニュアール1世。

 

 

 額の下のプレートにはそう刻まれてあった。

 そう、塔でオレと話してたあのアバンの、じいさまにあたる人の絵だ。

 

「…………」

 

 家族はとっくに寝静まってたし、いまから塔に行ったところでアバンも同じだろう。

 なにより幽霊を見たなんて夜の夜中に騒ぎたてるとか、18にもなってガキみたいな真似ができるわけもなかった。

 

(べ、別に、何かされたってワケでもねえしな)

 オレは部屋に戻ってベッドに入り寝ようとしたけど、さっきのことがなかなか頭から離れなかった。

 

 まるで、すげえ早さで老けちまったみたいな女の子の幽霊。

 病気だっていってたけど、怖えぇ話だ。

 

 オレは生まれてからずっとこの屋敷にいたのに、今まで出くわさなかったのが奇妙に思えた。ご先祖さまのことは親父やじいさまからもちょくちょくいろいろ聞かされてきたけど、うちに幽霊が出るなんてのは聞いたこともなかったしな……。

 

 だけどそれをいうなら、アバンのことだって同じだった。

 ひょっとしたら親父やじいさまはあの子のことだって知ってたのかもしれない。うちに出たってことは、やっぱりジニュアール家にいた子どもだったんだろうし。

 

(なんで、アバンのじいさまの絵なんか見てたんだ?)

 

 アバン・デ・ジニュアール1世……確かその人は周りがビビるくらいの天才で、天気や災害なんかをぴたりと予測できたりしたらしいって聞いたような気がする。あれは親父じゃなくて、じいさまから聞いた話だったんだっけか?

 

 年を取らないで長いことずっと生きてるアバンと

 きっとすげえ早さで老けちまって、子どものうちに死んじまったんだろう女の子

 

(……って、まるきり逆じゃねえか)

 

 アバンなら、あの子が誰なのかも知ってるんじゃないのか?

 明日も城から帰ったら塔へ行ってみよう……そんなことを考えてるうちにウトウトし出して、オレはいつの間にか眠ってた。

 

 

◆◆

 

 

「この手紙を、天文台のハンス博士に届けてほしいのだ」

 

 

 屋敷で幽霊を見た、次の日だ。

 国王さまに渡された手紙を持ってオレはシバリカって町に向かうことになった。

 

 天文台のちゃんとした名前は、王立シバリカ天文台──。

 年に2回、星の観測記録やなんかを城に送ってくるとこだって聞いたことがある。カール王国はそれをもとにしていろんな暦を作ってるらしい。

 だけど国王さまから向こうに手紙を送るなんてことは初めてじゃないか?

 

(つっても、オレもまだそんな長くねえけど)

 

 16歳で騎士団に入って、2年間は見習いあつかいだ。

 フィールド……モンスターなんかと戦闘になる可能性がある場所に出されるのは18歳になって成人してからだと決まってた。

 つまりオレのこれも小手調べの実習ってところなんだろう、って思った。

 

「必ず返事を持ち帰ってくれ」

「わかりました!」

 

 オレより若い国王さまは心配そうな顔をしてたけど、オレだってフィールドに出るのはこれが初めてってワケじゃなかった。騎士団にいる人たちのほとんどがそうだろう。家族の用事のつきそいやお使いなんかで、たいていは成人するよりずっと前に『外』に出てる。当然そのときモンスターに出くわすことだってあるワケで、入団するころにはもう戦闘の経験だってちょっとはあるのが普通だった。

 

 正直、どうってことねえな、って感じだったんだけど……

 

 城から歩いても3日くらいの距離を行くのに、オレは馬で2日かかった。

 なんでかっつうと途中でやたらとモンスターに襲われてたからなんだが、この話はあとまわしだ。とにかくオレは2日後、シバリカの町に到着した。

 

 王国で唯一の天文台があるって以外はふつうの町だ。

 宿屋に馬をあずけたオレは、高台に見える天文台へ向かった。ドーム屋根の白い建物を目ざして坂道をのぼってたら、とつぜんすげえ音をたててその屋根が破裂した。

 

「いっ…⁉ なんだ⁉」

 

 オレは坂道を駆けだした。天文台の建物全体が少しずつ見えてくる。まだ入り口は見えなかったけど、そっちのほうから慌てた声をあげて、天文台の人たちが逃げ出してきた。

 

「あっ、おい、いったい何があったんだ⁉」

「幽霊が出たぁ!」

「え……えっ?」

 

 大雨みたいな足音をたてて、坂を逃げおりてく人たちは遠ざかってく。

 壊れたドーム屋根へもういっぺん目をむけると、不自然に生まれた竜巻に建物がのまれていくところだった。

 

 土や小石や葉っぱの混ざった風の渦はずっとその場にとどまって、とおり過ぎる気配もおさまってく様子もない。どう見たってふつうじゃねえし、何が起きてるのかもさっぱりわからねえ。逃げ出してった人たちを追いかけて、オレもひとまず町へ戻った。

 

 

 高台のふもとには爆音を聞きつけた人たちが集まってきてて、ちょっとした騒ぎになっていた。逃げ出してきた人たちの話じゃ、学者の服を着た男の幽霊がいきなり現れて暴れ出したんだってことだった。

 

 幽霊が起こした嵐に、天文台は大混乱だったらしい。

 部屋んなかでいなずまがはしったり雨がふったりして、みんな取るものも取りあえず逃げ出してきたそうだ。町の人たちはどよめきながら、互いに顔を見合わせたりしてた。

 

「レオレイだ……」

 

 人だかりの中から、そんな声が聞こえた。

 みんなから一斉に注目された商人らしいおっさんは、青い顔をして震えあがってた。

 

「うちのじいさんが昔いってたんだ、天文台には幽霊が出るから近づいちゃいけねえって」

「ちょっとやめてよ、あんなのただの怪談でしょう?」

「いやでも、なんかおれも聞いたことがあるぞ、そんな話──」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。何の話だ? オレはさっき着いたばっかでよくわからねえんだけど……ちゃんと聞かせてくれないか」

「あっ、あんた、お城の騎士さまか? ありがてえ!」

「なんとかしてください!」

「いや、だからどういうことなのか、って──」

 

「レオレイという人はたしか、大昔の天文学者さんだったのでは?」

 神父らしい格好の人が、ぽつりとそういった。

 

「そうそう、そうだよ! 100年だか200年だかくらい昔の! 天文台で!」

「消えちゃったのよね……。天文台の回廊に、彼の血がべったりついてたとかって……」

 

 レオレイってのは200年くらい前、ここの天文台で所長をやってた人らしい。

 だけどある日この人は、とつぜん姿を消しちまった。

 

 レオレイの幽霊がいつから現れるようになったのかは誰も知らなかった。だけどそのころ、幽霊が現われてから、シバリカの町にはたびたびおかしなことが起きるようになったんだそうだ。

 

 真夏のさなかに霜がおりて町じゅうの植物が枯れちまったり、7日7晩、天文台の真上に雨雲がいすわって雷が鳴りっぱなしだったり、でかい地震が続いたり、あげくの果てには真昼にとつぜん太陽が沈んで夜になっちまったりしたこともあったとか。

 

「いや最後のやつは嘘じゃねえ?」オレはそうつっこんだ。

 

「しかしラナにはそういう呪文もあるという話だぞ。太古の天文学にはラナの素養が必須だったらしい。使い手があちこちに大勢いた頃は、天候の変化が自然現象かラナなのか、見分けがつかないとお話にならなかったということだろうな。レオレイは後代の人間だが、ラナに関しては天才的だったということでも有名だ」

 

 こういったのは、天文台にいた人だろう。

 同じ服を着たほかの人が、うんうんとうなずいて先を続ける。

 

「冷たい霧を発生させるミストラーナ、雨雲を呼ぶラナリオン、地震を起こすラナエイク、昼夜を入れ替えるラナルータ……どれも失われた呪文だが、勇者ダイを助けたという大魔道士がラナを使えたという伝説もあるな。真偽のほどは定かではないが」

 

 ラナ。聞いたこともねえ魔法だったけど、勇者ダイの時代にもラナの使い手はほとんどいなかったってことだろう。町の人たちは城に助けを求めて、僧侶や神官なんかが何度も派遣されてきた。だけど誰もレオレイの幽霊をおいはらうことができなかったらしい。

 

 このころになると昼と夜が一日のうちに何回も入れ替わっちまうことが頻繁に起きるようになってて、町から出て行く人が続出したって話だ。

 

 だけどレオレイの幽霊はある日を境に天文台から消えた。

 ふらりと町にやってきた旅人が天文台に行ってから、レオレイの幽霊は現れなくなったんだそうだ。だけどその旅人がどういう人だったのか、とかはわからないらしい。

 

「ああ、名無しの勇者!」

 

 レスラーみたいなガタイのおっさんが、知ってるぞ! と声をはりあげた。

 幽霊から町を助けてくれた旅人は名前もつげず、お礼もなにも受け取らずに立ち去ったんだそうだ。

 勇者ダイの物語にもりあがる子どもみてえに、おっさんの目はキラキラしてた。

 

「ハンス博士から聞いたんだぜ。昔は大した人がいたもんだよなあ!」

「そうだ、なあ、そのハンス博士って人は? オレは城から、その人に手紙を渡すようにいわれて来たんだけど──」

 

 いいながら天文台から逃げてきた人たちの一団を見まわすと、誰もが顔色を失ってきょろきょろし出す。

 

「博士は?」

「い、いない……」

「お前いっしょにいたんじゃなかったのか?」

「んな余裕なかったよ」

 

 どうやらハンス博士は、天文台から逃げ遅れてるらしかった。

 

 



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4 天文台の幽霊 2

◆◆

 

 

 町の人たちが不安そうに高台を見あげる。

 こっちの空は晴れてるのに、壊れたドーム屋根の真上には黒い雲が渦を巻いてた。まるでさっきのむかし話が本当になろうとしてるみたいだった。

 

「少し、様子を見にいったほうがよさそうですね」

 神父さまがそういった。

 

 だけど誰が行くんだ? ってなって、オレに注目が集まったのはいうまでもねえ。ぎょっとしたオレが腹をくくるより先に、神父さまが微笑んだ。

 

「いえ、ここは私が。本当に幽霊のしわざなら剣はおそらく通じないでしょうし」

「ゆ…レオレイの幽霊だってんなら浄化魔法だって効かないんじゃねえのかよ⁉」

 

 ぎょっとしたのを見透かされたみてえで、オレはくってかかった。

 ここでじゃあお願いします、なんてやったらカール騎士団の恥さらしだ。

 

「そんなのわかりませんよ? まだレオレイさんだと決まったわけではありませんし」

「えっ……?」

 

 何いってるんだ? って周りで聞いてた人たちも思ったんだろう。

 さっきラナの話をしてくれた人がまたいいだした。

 

「神父様、ラナの使い手などそうそういるものではありませんぞ。であれば、レオレイの幽霊である可能性はきわめて高い。用心するにこしたことはありません。まあ騎士さまの護衛があろうと安心というわけにはいかないでしょうが…」

 

「大丈夫ですよ、本当にちらっと様子を見てくるだけですから。それに私こう見えてもルーラが使えますので、いざとなったら逃げられますし」

「何が起きるかもわからねえのに、あんたひとりを行かせられるか! それにオレだってハンス博士に用があるんだ。とにかく一緒に行くぞ」

「……わかりました、ではお願いします」

 

 仕方なく、って感じにきこえてオレはちょっと不満だった。

 神父さまや天文台の人がいってたみてえに、剣が通用しねえだろってのもわかんだけど、幽霊にビビったとか思われたくねえ。

 いやそりゃ確かにちょっとは尻込みしかけたけどさ、ちょっとだろ!

 

(オレが行かなきゃならねえだろってのもわかってたんだし……)

 

 高台へむかいながら、オレはそう思った。

 隣を歩いてる神父さまをぬすみ見ると、ビビってるどころか緊張してるようにすら見えなかった。だけどあんまり強そうでもないし、笑ってなくても優しそうな顔立ちだなって思ったら、屋敷で見た女の子の幽霊がいってたことを思い出した。

 

「オレがビビってた、ってわけじゃねえんだけど──」

「はい?」

「ちょっと前にある子がいってたんだ。幽霊を怖がるのは優しいからだ、って。どういうことか、神父さまにはわかるか?」

「……ええ、なんとなく。幽霊を見て、その人が死の間際に感じただろう恐怖を自分の恐怖のように感じるから怖いのであれば、人の痛みをわがことのように想像できるということだからという意味なのではないでしょうかねぇ」

「ああ、なるほど。そういうことか」

 

「まあ、あくまで私の解釈ですから、本当に正解かどうかはわかりませんが」

「う~ん。神父さまは優しそうだけど、怖がってるようには見えねえしなあ……」

 

「それなんですけどね、騎士さん。あなたは幽霊だと思いますか?」

「へっ?」

「上にいるのが、本当に幽霊だと思いますか?」

「そりゃあ、みんなそういってたし……って、神父さまは違うと思ってるのか?」

 

「たぶんなんですけどね。実体がないというだけならシャドーやホロゴーストのようなモンスターでも同じじゃないですか。魔法を使って天文台から人を追い出したなんて、幽霊というよりモンスターっぽいような気がしません?」

 

「そうか? 幽霊がどっかから人を追い出したなんて話は確かに聞かねえけど……そりゃ人間のほうが勝手に逃げ出したってだけで、幽霊のほうには追い出すつもりなんてなかったのかもしれねえし──、あれ?」

 

「どうかしました?」

「いや……じゃあなんでシャドーとかは剣で斬れるんだ?」

「ああ、それは確かに謎ですねぇ。とりあえず斬ってみてから考えましょうか」

「──‼」

 

 神父さまが軽くあごをしゃくった空。

 壊れたドーム屋根から、シャドーみてえなモンスターの群れが紙吹雪よろしく吐き出されてくるのが見えた。けっこうな数だ、後から後からふき出してこっちへむかってくる。

 

「お出迎えのようですよ。こうなるとますますモンスターっぽいですねぇ……」

 

 のんきな調子でいいながら、神父さまが攻撃呪文の構えを見せた。

 つきだした両腕から渦を巻いて放たれた真空呪文が、迫ってきてた緑色のシャドーたちを切り刻む。なるほどビビッてねえわけだ。

 

「攻撃が通じるなら好都合、ってな」

 

 オレも剣を抜いて、襲ってくる連中につっこんでいった。

 

 

◆◆

 

 

「うおぉぉぉっ‼」

 

 シャドーの群れは赤、青、緑、茶色と4種類いた。

 赤いやつを1体斬って目をやれば、神父さまも離れたとこで奮闘してた。

 

 オレが1体斬るあいだに、真空呪文で3、4体がまとめて消えてく。緑のやつも真空呪文を使ってきたけど神父さまのはそれよりずっと強力だった。

 

 赤は炎のブレス、青は吹雪のブレス、緑は真空呪文、茶色のやつはなんかの種とか羽虫なんかを吐いてきた。オレはちょくちょくまともにくらってたけど、ヤベえと思うタイミングで神父さまから回復魔法が飛んでくる。ありがてぇ人だ。

 

 ほとんど神父さまの活躍で、乱戦は思ってたよりすぐに終わった。

 

「…………」

 剣をふるってた自分の手を、オレはじっと見下ろしてた。

 

 フレイムとかシャドーみてえなモンスターは守備力が高い。

 うまく気合を入れて斬らねえと、斬ったところがすぐもとに戻っちまう。炎を斬っても斬れねえみたいなあんな感じで、そういうときはダメージが通ってねえってことだ。

 

 だったら力まかせに斬りゃあいいのかってえとそうでもなくて、やっぱ「斬ってやる!」って気合だとしかいえねえんだけど、ふつうのモンスターを斬るときとは勝手が違った。

 

 なんていうか、全力ってほど力は入れてねえと思うし、ちゃんと斬れたときの手ごたえも軽い。守備力ってひとくちにいっても『装甲が固い』って意味ばかりじゃねえってことなんだよな……。

 

「どこか傷めましたか? 回復呪文を──」

「いや、そうじゃねえんだ」

 

 いままであんま気にしたことがなかったけど、斬れるってことがやっぱり不思議だった。オレがそういったら神父さまは「余裕ですねえ」って笑った。

 余裕なのはあんたのほうだろ。

 

「もとは神父さまがいい出したことじゃねえか」

「悪いなんていってませんよ。お怪我がないならなによりです。なんだか変わったシャドーでしたけど、中にいる魔物が呼び寄せたんでしょうかねぇ」

「また仲間を呼ばれたりしたんじゃキリがねぇな」

 

 神父さまじゃねえけど、本当にこりゃ幽霊じゃなくてモンスターかもなってオレも思いはじめてた。

 

「ええ、急ぎましょう」

 

 天文台は3階建てで、最上階はドーム屋根のフロアがひとつだ。

 逃げてきてた人たちがいってた通りで、1階2階の部屋はどこも嵐が吹きぬけてったみたいに家具が倒れてて、壁にもヒビが入ってたり、地図の額が傾いてたり、なんかの書類がぐっしょり濡れて散らばってたりでめちゃくちゃだった。

 

 こんなとこでもモンスターは出てきて、かまいたちっぽいのやガストっぽいのを相手にせまいところでやりにくい戦闘が続いた。茶色いのはほとんど見なかったけど、赤・黄・緑と外で出くわした変なシャドーたちと一緒だった。

 

 オレたちはハンス博士らしき人を探しながらぜんぶの部屋を見て回ったけど、1階と2階には誰もいない。あと残ってるのは3階だけだ。上に続く階段に目をやって、オレは神父さまとうなずき合った。

 

 

◆◆

 

 

 ──!?

 

 はじかれたみてえにふり返ったそいつは、だけどやっぱり幽霊にみえた。

 学者の服を着てて、髪をきっちりなでつけた四十がらみくらいのおっさんを透かして、奥にあるでっかい望遠鏡の全体がみえる。

 その足元に、白髪の誰かがうつぶせに倒れてた。ハンス博士に違いねえ。その人の指先がぴくりと動いて、生きてるらしいことにほっとした。

 

 ちっ…、もう来やがったのか、ゴミ虫どもめが。

 

「その人を返してもらいましょうか。大人しく立ち去るなら攻撃はしません」

 ベルトにさしてたロッドを抜いて、神父さまがその先端をびしっと幽霊に突きつける。

 

 そうはいかん。こいつにはここで死んでもらう。

 だがその前に──お前たちも死ねぇっ‼

 

「──‼」

 

 すげえスピードで迫ってきた幽霊に、オレは一瞬立ちすくんだ。

 ここでもまた神父さまが割りこんでくれて、そのまま幽霊と攻撃の応酬にもつれこんでった。爪で切り裂こうとしてくる幽霊の攻撃を神父さまは落ち着いた感じでいなしてた。がきっ、とロッドで攻撃を受け止めた神父さまが、ちらっとオレに視線を向けてくる。

 

(そうだ! ハンス博士──)

 

 オレは倒れてた博士に駆け寄って、その体を助け起こした。

 どっか痛かったのか、博士がうう、と呻き声をあげる。ぐったりした博士に肩を貸しながら神父さまのほうを見ると、ちょうどロッドで殴られた幽霊が吹っ飛ぶとこだった。

 

 怒り狂った幽霊がおたけびをあげる。

 フロアじゅうをびりびり震わせて、あたりの空気が渦を巻いて、大雨が降りだす。

 まるで幽霊の怒りがそのまんま嵐になったみてえだった。

 

 オレはさっきから幽霊幽霊って書いちゃいるけど、こいつはやっぱりモンスターだったんだ。だけど見ためは人間だった。透けてはいたんだけどな。

 神父さまの容赦ねえ戦いぶりを見て、オレはちょっと寒気がしてた。いや、助けてもらったんだし神父さまがどうこう、ってことじゃねえんだけど。

 

 戦いの終盤、ダメージを食らい続けた幽霊は本性をあらわした。

 ばかでかいホロゴーストみてえなモンスターだったけど、最後は神父さまのなんとかいう技でちりぢりになって消えてった。

 あとから聞いた話じゃあ、ラナゴーストっていうモンスターだったらしい。

 

「だけどなんであいつ、ハンス博士を襲ってたんだ?」

「あれはワシに、太陽と月の運行について聞いてきたんじゃ。答えなければ殺すと脅されて、わけもわからんまま教えてやったんじゃが…」

「必要な情報を得たとたん、あなたを殺そうとしたというわけですか」

「暦でも作る気だった、ってのか? ワケがわからねえな」

「まあなんにせよ、お前さんらが来てくれて助かっ、た、わ……っくしょい!」

 

 ラナゴーストが起こした嵐の大雨で、ハンス博士は濡れねずみだ。

 もちろん神父さまもオレも同じようにびしょ濡れで、こりゃ風邪ひいちまうわってんでオレたちは町へ戻ることにした。

 

 天文台にいたのはレオレイの幽霊なんかじゃなくて、ラナ系呪文に見えるような嵐を起こすモンスターだったって神父さまが町の人たちに説明してた。

 モシャスで人の幽霊みたいになってたらしいとか、嵐や雨雲はラナじゃなくて、モンスターの感情が引き起こした現象だったんじゃないかとか、天文台じゃいってなかったようなことまで神父さまは話してて、「レオレイの幽霊ではなく」って言葉をしつけえぐらいに

何回もいってた。

 

 国王さまからの手紙を無事に渡したオレは、天文台に戻ってった博士からの返事を宿屋で待ってたんだが、そのあいだに神父さまの旅立ちを見送ることになった。

 てっきり町の人だと思ってたけど、そうじゃなかったらしい。あちこちの教会を渡り歩いて、巡礼みたいなことをしてるんだって話だった。

 

「そういやあんだけ助けてもらったってのに、まだ名前も聞いちゃいなかったな」

「これは私としたことが、ウッカリしちゃってましたねえ。私、クロスと申します。騎士さんのお名前もお聞きしても?」

「ああ、オレはロルカだ。ロルカ・デ・ジニュアール。今回はあんま役に立たなかったかもしれねえけど、なんかあったら訪ねてきてくれよ。王都のジニュアール家っつったらすぐわかるから」

「わかりました、覚えておきますよ。それでは──」

 

 神父さまはニコニコと去っていった。

 また会えたらいいなって思いながら、オレは宿屋に引き返した。

 

 星の観測を終えた博士が、それをもとに書いたって返事を宿屋に届けてくれたのは翌朝のことだ。キメラの翼を使って馬ごと王都へ帰ったオレは数日後、国王さまからの手紙とその返事の内容を知ることになる。

 

 

◆◆

 

 

 

 ところで、幽霊に剣は通じねえ、ってあの話──

 みんな当たり前に知ってることだけど、いちばん最初にそれを知ったやつは、幽霊だってわかってて剣を向けたのかな……

 

 

 神父さまの戦いぶりを見てたとき、寒気がしたのはそんな感じからだったと思う。

 だってもともとは生きてた、オレたちと同じ『人間』じゃねえか。

 シバリカの町から帰ってきたあと、オレは塔でアバンにこのことを話した。

 

「明確な殺意をもって、剣で攻撃を仕掛けたとは限らないんじゃないですか? 幽霊を怖がって、こう、手近にあったものを夢中で投げつけた場合でも、すり抜けてしまうということはわかるでしょうから」

「あっ……!」

 

 やっぱりオレは頭がよくねえんだな、って思った。

 

「ですが君にそんな連想をさせたなんてその神父さん、よほど無慈悲に見えたということなんでしょうかねえ……」

 

「いやオレが大げさにビビッちまってたから、ってだけですよ! クロスさんは優しそうな人だったし、最初から幽霊じゃねえってわかってたみたいだったし、オレを助けてくれたんだし、あの人がどうってのは関係ないです、ホントに!」

「そうですか。それならまたお会いできるといいですねぇ」

 

 ニコニコしながら、アバンはお茶のおかわりをいれてくれた。

 

 



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5 異変の始まり

◆◆

 

 

 国王さまに、国の守りをかためたほうがいいって手紙が届いたのは1か月くらい前のことだったらしい。差出人はパプニカとリンガイアの王さまたちだった。

 手紙には『皆既日食が近づいている』と書かれてたんだそうだ。

 

「皆既日食……?」

 

 誰かがそういって、国王さまは重々しくうなずいた。

 城の大広間にはカール王国の騎士たちが勢ぞろいしてる。国王さまのかたわらにバートル騎士団長がいるのはいつものことだったけど、この日は珍しくヘルマンさんもいた。

 学者大臣なんてあだ名されてるヘルマンさんがオレたちを見渡す。

 

「100年ほど前、パプニカとリンガイアの一部で皆既日食が観測された」

 

 そのとき、ふたつの国じゃ狂暴化したモンスターが空を埋め尽くして、地上にもあふれかえって、大変な騒ぎだったらしい。城に仕える賢者や騎士たちが総動員で応戦したけど、それでも被害はかなりのもんだったって話だ。特にパプニカは国の真上で皆既日食が起きたせいか、リンガイアよりもずっとひどいめにあった。

 

「そして今年──今から半年後、皆既日食は我がカール王国の真上で起こる。これは国王様が直々に天文台に問い合わせて得られた確かな情報である」

(──‼)

「パプニカ・リンガイア両国によれば、皆既日食の1年ほど前からモンスターの狂暴化はしばしば現れていたそうだ。大異変の兆候とおぼしき現象は、すでに我が国でも報告がなされておる」

「…………」

 

 相手の強さなんか関係なしに、次から次へと襲ってくるモンスター。

 シバリカへ行ったときのことを思い出す。もちろんオレはそのときのことを、国王さまやバートル団長にも報告してた。

 

「しかし、なぜパプニカやリンガイアがわざわざ警告を?」

「その当時、我が国は両国に援軍を送っていたようだ。おそらくそれを恩義に感じてくださってのことだろう。今回のことがあるまで私はまったく知らなかったんだがな」

 騎士のひとりにそう答えて、国王さまは苦笑する。

 

「暦や歴史書の作成にも関わっておきながら、事態を把握しておらなかったことは我ら文官一同、恥じるべき失態と猛省しております」

 ヘルマンさんが、国王さまに頭をさげた。

 

「これは未曽有の危機ではあるが、我々カール王国騎士団の武勇と忠誠を示すまたとない好機でもある! 両国の友誼を無駄にせぬためにも、栄えあるカール王国騎士団の威信にかけても、我らが祖国は我らの手で守るのだ!」

 バートル団長がそういって、話は今後の対応なんかに移っていった。

 

 パプニカとリンガイアにはすでに文官の人たちが行ってるらしい。

 100年前のようすをもっとくわしく聞き出して、それぞれの国に残されてる記録なんかも見せてもらって、効果的な対応策がないか考えるって話だった。

 オレたちカール騎士団にも、いろんな役目が割りふられることになった。

 

 

◆◆

 

 

 ものみの塔に立つと、王都の景色を見渡せる。

 それよりもずっと先……ものみの塔からは見えない町や村へ向けて、たくさんの男たちと彼らを護衛する騎士たちが出発していった。

 国王さまは各地の町や村に、モンスターの侵入を防ぐ柵や砦を作らせるつもりらしい。もとからあるところにはもっと頑丈なやつを。

 だけど──

 

「やるべきことはあまりにも多く、残された時間はあまりにも少ない」

 

 かつっと杖をつく音がして、視界のはしにダークグリーンのローブが入ってきた。理力の杖と、トレードマークの長いひげ。

 学者っつうより魔法使いじゃね? ってオレはよく思う。

 

「こんなことをしていていいのか、という顔だな? ロルカよ」

 

 隣に立ってそういったのは、ヘルマンさんだった。

 横目でオレの顔をうかがいながら、考えごとでもしてるみたいに長いひげを引っぱってる。

 

「い、いやオレはまだ、見張りくらいしか役にたちませんから」

「殊勝じゃのう、初仕事で大手柄をあげてきた精鋭が」

「やめてくださいよ。国王さまにも報告したけど、シバリカのモンスターをやっつけたのはオレじゃありませんから!」

「ほっほっほ、旅の神父か。なんといったかの、確か──」

「クロスさんです」

「そうそう、クロスな。バートルのやつが騎士団に入れたいとかぬかしておったわ。だがわしがいいたいのはそんなことではなく」

 

「……?」

「受け身に回らざるをえない戦いというのは落ち着かんものだな」

「ああ……。そうですね。何をすりゃいいのかはっきりしねえっていうか。だけど皆既日食が起きるのはどうしようもないですし」

「いっそ魔王でも現れてくれたほうが手を打ちやすいというものだ」

「そりゃわかりやすくていいや。てっぺんをやっつけりゃぜんぶ解決でしょうからね。だけど都合よく勇者が現われるとも限らねえし、どっちにしても大変ですよ」

「自分が退治してやろうくらいのことをいえんのか? 勇者の子孫ともあろう男が」

「無茶いわ──って、へっ?」

 

 いまなんつった?

 ヘルマンさんを見ると、きょとんとした顔つきでオレを見返してくる。

 

「なんだ、おぬし自分の父祖のことも知らんのか?」

「いや、うちは学者の家系ですよ? それにダイは伝説の竜の騎士だったって話だし、うちとは何の関係もないでしょ」

「違う違う。ダイのことではなく、その前に現れたという勇者のことだ」

「?」

 

「勇者アバン。アバン・デ・ジニュアール三世とはおぬしの祖先のことであろうが」

 

「え……」

「まあ、あまり知られておることではないようだがな」

「えええっ⁉」

 

 アバンのことはヘルマンさんも、最近になって気づいたことだったらしい。

 ヘルマンさんは『カールの城が魔王の率いるモンスターによって襲撃された』って記録を見つけたんだそうだ。年代的には勇者ダイが現われるよりちょっと前くらい。

 

 当時の姫さまを守って魔王を撤退させたのがあのアバンだってぇ話でオレは仰天した。だけどカールに残ってる『勇者アバン』の記録は、魔王を打倒するために旅に出たってことと、そのあと仲間たちと一緒に魔王を倒したってことだけだったらしい。

 

「ぜんぜん知らなかった……」

「記録というものは、それを用いる者がいなければ無いのと同じだからの。我らが100年前の事態を知らずにおったせいでいま慌てておるのもよい例だわ」

 

 ヘルマンさんが皮肉っぽく笑った。

 

「まあ、だからこそ──いや」

 

 城の襲撃から姫さまを守ったってんなら、勇者アバンは騎士だったんだろう。

 そう考えたヘルマンさんは歴代の騎士たちの名前が彫られた石碑群を見に行ったらしい。

 

 カール王国を守った英雄として、騎士団に10年いた奴はそこへ名前が刻まれることになってる。ヘルマンさんはそこでアバン・デ・ジニュアール三世の名前を見つけて、『勇者アバン』がうちの人間……国王アバンと同じ人だって確信した。

 

「石碑には『魔王ハドラーを打倒した功績により』とあった。これは当時、アバンが在籍10年に満たなかったということだろう。隣にロカなにがしの名もあったから、これは『勇者アバン』の仲間のひとりかと見たが──それ以上のことはわからんかった」

 

 他国の王家に伝わる記録もてらしあわせることができれば、もう少し何かわかるかもしれないんだが、とヘルマンさんはオレを見た。

 

「おぬしの家には何か残っておらんのか?」

「えっ……い、いやなにも」

「本当か? もし何か見つけたらぜひわしにも見せてほしいものだが」

「ってか、なんでそんなこと気になるんですか」

「何も出てこんからじゃよ。……いっそ作為的だと思えるほどにな」

「さ、さく…?」

「魔王を倒した功績があるなら、国王アバンの記録でも言及されていてよさそうなものだろう。なぜそれがなかった?」

「ん…? いわれてみれば……けど、自慢するみてぇでカッコ悪ぃから、とかだったんじゃないですか」

「ああ、まあその可能性もあるか」

 

 わしの悪いクセだ、とヘルマンさんは笑った。

 アバンのことを調べたのはただの興味で、要するに今回の件にはぜんぜん関係ないとこで時間を使ってしまったんだ、って話だった。

 

 今回の皆既日食がらみで、ヘルマンさんは書庫にこもって大昔の記録をかたっぱしから調べてたらしい。相当疲れてたんじゃないかって思う。勇者アバンのことも、石碑群を見に行ったのも、気分転換がてらにってところだったんだろう。

 

 

◆◆

 

 

 ──勇者。

 花柄のエプロンに三角巾のアバンが、頬に粉をつけたままにかっと笑う。

 

 

(…………)

 

 いや勇者っていえば、やっぱダイだろ。

 カール王国の歴史だと、はっきり『勇者ダイ』って出てくるのはフローラ女王が大魔王の勢力から身を隠したあとだ。パプニカの呼びかけで開催された世界会議での出来事は、会議に参加できなかったフローラ様の耳にも届いてた。

 

 ロモスやベンガーナの軍記ものなんかだと勇者ダイはすげえ大男だったみたいな感じがする。オレはここらへんから勇者ダイを知ったんだけど、パプニカの読みものじゃ吟遊詩人かって感じの美少年だったり、リンガイアの南寄りのほうとかに行くと冷たい感じに伝わってたりするらしくて、国ごとにイメージはけっこう違うみたいだった。

 

(勇者ダイの話はたくさん残ってるのになあ…)

 

「そういやアバン様って病死したって話ですよね?」

「うむ。即位後2年ほどでまつりごとのおもて舞台から消えていたようだの。国葬が執り行われたのは大戦終結から5年後のことじゃから、そのあいだは闘病なさっていたのかもしれんな」

 

 そのあいだ、実はアバンは行方不明だったってワケだ。

 たしか葬式から20年くらい経って戻ってきたっていってたっけ。

 

「どんな病気だったのか、って記録は残ってないんですか」

「そういうものは見た覚えがないの。じゃがご遺体は葬儀に先立って焼かれていたというし、なにか恐ろしい病だったんじゃろう。記録に残すのもはばかられるような、な」

「そうなんですかねえ」

 

 アバンがいまも生きてることを知ってるせいか、遺体が無かったってことをヘルマンさんが何も気にしてねえみたいなのがちょっと不思議に思えた。

 それが顔に出てたのか、ヘルマンさんがいった。

 

「ご遺体のない葬儀に各国が納得するような状況があったのかもしれん。当時、世界的になんらかの病が流行っておった、とかな。この仮説を裏づけるような記録でも出てくればいいんじゃが……」

「いや、仕事してくださいよ」

「しておるぞ? しかしたまには息ぬきも必要じゃろうて」

「調べもんの息ぬきが調べもん、ってのがオレにはさっぱりわからねぇですけど」

「歴史の闇に光をあてる喜びを知らんとはもったいない。例えば建国当初のパプニカにはフォールという佞臣がおったんじゃが、これが実は──」

「いや、仕事してください」

「むう……」

 

 なんかもごもごいいながら、ヘルマンさんは城へ戻ってった。

 悪ぃことしたかなってちょっと思ったけど、まあオレも仕事中だったし仕方ねえ。

 



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6 ロモスの災厄 1

◆◆

 

 

 次の皆既日食は半年後、カール王国の真上で起きる。

 それとハンス博士からの手紙にはもうひとつ、皆既日食が起きる範囲にはロモスの一部も含まれるだろうって書かれてたらしい。

 

「それでロモスにも警告の手紙を?」

「はい。パプニカやベンガーナが教えてくれたみてえに、今度はカールからも伝えとくべきだろうって国王さまが」

「そうですか……」

 

 ショーロンポーとかいうちっちぇ肉まんじゅうの、最後のひとつを口に放りこむ。

 ちょっと苦いお茶をひとくち飲んでオレは続けた。

 

「むこうじゃもう知ってるかもしれねえけど、念のためにって」

 

 ロモス行きに選ばれたのはオレを入れて10人。

 正使は貴族のテオドアって人で、残りはこの人の護衛ってことだった。

 

「魔法でぱぱっと行ってこれりゃあいいんですけどね」

「ロルカ君は魔法使えないんですか?」

「ぜんっっぜん! です。契約もできなかったんで、こりゃもう剣のほうで頑張るしかねえなって」

「ふふ、君ならきっと素晴らしい戦士になれると思いますよ」

「あー…ど、ども」

 

 アバンに言われるとなんか気恥ずかしかった。

 騎士になったのは学者は無理だからってだけの話だったからな……。

 

「そ、それにしても10人もいるんならひとりぐらい、ロモスに行ったことある奴を入れといてほしかったですけどね」

 

 オレみたいに魔法が使えなくたって、移動用のアイテムはある。

 だけどそういうのはたいてい、行ったことがない場所に飛ぶことはできなかった。

 

「もしかすると──パプニカやベンガーナに派遣された人たちも、それらの国に行ったことがない人が優先的に選ばれているんじゃありませんか?」

「へっ? いやオレにはそこまでわからねえですけど……なんでですか」

 

「いろいろな国へ、すぐに飛べる人材を増やしておこうというお考えかなと思って。他国に協力を求めるにしても、戦えない人たちを避難させるにしても、そうしておけば手が足りなくなるなんてこともなくなるでしょうから」

「──⁉ そんな事態になるかもしれねえってことですか」

「ん~~。念のため、くらいのことかとは思いますけど……。何が起きるかわかりませんからねえ」

 

 腕組みして首をひねってるアバンからは、あんまり差し迫った感じがしなかった。

 

「アバン様はロモスに行ったことあるんですか?」

「ええ。緑豊かで素朴な感じの国でしたよ。とはいっても私が訪れたのはずいぶん昔のことですから、今ではいろいろと変わっているのかもしれませんけどね」

「それってやっぱり、魔王を倒す旅の途中で?」

「──……」

 

 ちょっと間があった。

 

「え? アバン様って勇者だったんですよね? ダイより前の……城でヘルマン様って人がなんかそんなこと言ってたんですけど──」

「まだ知ってる人がいるんですねえ…でも、それはここだけの話にしておいてくださいね」

「──? は、はい」

 

 アバンがロモスに行ったのは、武術の神様って呼ばれてた人に会うためだったらしい。そのころのロモスは山深い土地が多くて、動植物系のモンスターがよく出たって話だ。中でも魔の森って呼ばれてる一帯は土の性質のせいとかで、植物系のモンスターが異常にでかくて強かったってアバンはいってた。

 

「マンイーターや人面樹、人面蝶……あとたまにあばれ猿、とかでしたかねぇ。一体一体の強さはそうでもなくても、とにかく数が多くて大変でしたよ」

「その、武術の神様って人にはなんで会いに行ったんですか?」

「教えを乞いたいと思いまして。私は当時自分の剣技を完成させようとしていて……まあ早い話、我流だけでは限界があると感じてたんですよね」

「剣技……」

 

 魔王を斃したってんだから、アバンは相当強かったんだろう。

 その剣技を教えてほしいってオレは頼んでみたんだけど、騎士団に伝わってる流儀があるでしょう、あなたはそっちで強くなってくださいって断られちまった。

 

「ちぇっ。まあでもマンイーターだの人面樹だのってくらいなら大丈夫か」

「いえいえ大昔の話ですよ? 年月が経てば生息するモンスターの位階が上がっているなんてよくあることですし、狂暴化のことも気になります。くれぐれも油断はしないように」

「へいへ、あ……じゃなくって、はい」

「私にはふだん通りでいいんですよ」って、アバンは苦笑した。

 

 

◆◆

 

 

 ──ロモス。

 勇者ダイの物語だと、山みてぇにでっけえリザードマンをダイがナイフ一本でやっつけたって話の舞台だ。そいつは動物系モンスターの大群を率いて、ロモスの城を襲ってきたらしい。

 当時のロモス王はダイに感謝して、ダイにオリハルコンの冠を授けたんだとか。

 

「あと武術大会の話とかか。魔王軍の手下が、参加者を襲ってきたってやつ」

「ああ、なんかありましたね。勇者ダイの仲間だった武闘家が勝ち残ってて、見に来てたダイたちと一緒にその魔族を退治したとかって」

 

 先輩たちとしゃべりながら、何重にも垂れ下がってるツタを剣で斬りはらっていく。テオドアさんを護衛しながら踏み込んだのは、アバンとの話にも出てきた魔の森だった。

 襲ってくるモンスターと戦って、森を切り開きながらちょっと進んで、またモンスターと戦っての繰り返しだったけど、10人もいればそんな道行きにも割と余裕があった。

 

「そのへんの話は──おっと」

 

 ツタを切りはらって振りぬいた先輩の剣が、音をたてて岩をかむ。

 ねじれた大木の根元に、ベビーパンサーが丸くなったくらいの大きさの岩があった。まわりに生えてる雑草に埋もれてて見えなかったんだろう。

 

「またかよ……」

 

 剣をひいた先輩がちょっと嫌そうな顔をする。

 魔の森に入ってから、オレたちは何回かこういう岩に出くわしてた。

 だいたいどれも丸っこくてつるっとした岩だ。人が加工したってわけじゃなさそうだけど、なるべくキレイなやつを選んで置いたって感じのが多かった。

 

 オレたち騎士団のメンバーは最初気づかなかったんだけど、そばに枯れた花が散らばってたり、割れた皿の破片が埋もれかけたりしてたらしい。それに気づいてたテオドアさんが、「獣の墓なんじゃないか」っていってた。狩人とかが獲物以外の獣を殺しちまったとき、こんな感じに葬ってやることがあるんだそうだ。

 

 嫌そうな顔をしてた先輩も、いちおう簡単に祈りを捧げて。

 ツタを切りはらう作業に戻りながらロモスの話が続いた。

 

「そのへんの話って、なんかモヤモヤすんだよなあ」

「えっ? なにがですか」

「いやさ、さっきの話。武術大会の。魔王軍の手下ってやつ、結局なにが狙いだったんだろって思わねえ?」

「…………」

 

 オレは武術大会の話がどんなだったか思い出してみる。

 

 魔王軍に対抗するため、強い者を求めてロモス王は武術大会を開いた。

 試合はトーナメント形式で行われ、決勝に残った8人の中に勇者ダイの仲間がいた。この人は唯一の女性だった。

 そこに魔王軍の手下が現われ最強の8人を生きた檻に閉じこめたんだけど、勇者ダイと仲間の武闘家が檻を壊して、魔王軍の手下をやっつけた。

 

「確かに、言われてみれば……」

「生きた檻ってのもよくわかんねえし、殺さずに閉じこめただけってのも謎だし」

「あー、勇者ダイの記録ってそういう感じのトコ多いよな。書いてないとこは考えろ、ってことなのかねえ」

「そうではないだろう。おそらく当時の人々にはそれで伝わったということなのではないのかな。古い書物は朽ちてしまう前に写本を作るものだが、書き写すときに文字を間違えて意味が変わってしまったり、次に書写した者がそこへ独自の解釈を加えてしまったりして、内容が変わっていってしまったなんてケースも太古の書物にはしばしば見られる現象だから…もしかするとそういう可能性もあるかな」

 

 最後のは、テオドアさんがいったことだった。

 そんなことがあるのかって、みんな驚いてた。オレも驚いたけど、言われてみりゃあってもぜんぜん不思議じゃねえ話だ。誰だって間違えることくらいあるもんな……。

 

 

◆◆

 

 

 オレたちはまあ順調に森を進んでたんだけど、ようやくロモスのお城が見えてきたなってころにはもう日が暮れかけてた。お城の門が閉まるまでには間に合いそうもなくて、途中で見つけた村に行って、ひと晩泊めてもらおうかって話になった。

 

 村の人たちはみんな親切で、気持ちよくオレたちを受け入れてくれた。

 

 だけどこっちは10人の大所帯だ。

 全員まとめて世話になれるような家なんかもちろんなくて、オレたちは何軒かの家に分かれて泊めてもらうことになった。テオドアさんと護衛隊長のコイオスさんのふたりは教会だ。

 

 オレが世話になったのは、村のはしっこ、もう魔の森がそばまでせまってるって場所にある小さな家だ。そこに住んでるのはオレと年が近そうな夫婦だった。

 

 オレは薪割りや農具の手入れなんかを手伝いながら、魔の森で何度も見かけた岩のことを話した。仕事をしながらいろんなことをしゃべってて、話の流れで、って感じでいっただけだったんだけど、それでなんか空気が変わった。

 

「──?」

 

 若い夫婦はお互いに顔をみあわせて、ちょっと迷ってるみたいに見える。

 なんだ? って思ってるオレに、旦那さんのほうが話しはじめた。

 

「なんでも昔、この村には大変な災厄があったそうなんですが……」

「災厄?」

「ええ。おぞましいモンスターがとつぜん魔の森に現れて、まともに戦うこともできず村は全滅するかどうかの瀬戸際にあったんだと。ですがその頃の王子様がお城の兵士たちと駆けつけてくださって、それでなんとか助かったんだそうです」

 

 魔の森のあちこちにあった墓は、その時に作られたもんらしいって話だった。

 

「私たちは子どもの頃から、あれらに近づいてはいけないと教えられてきました。モンスターの呪いがふりかかるから、と──」

「……えっ?」

 

 オレはてっきり、モンスターとの戦闘に巻き込まれちまった獣とかの墓かと思ってた。

 だけどふたりの話じゃあ、あの岩を置いただけみてえな墓は、みんなその時のモンスターを埋めたもんらしいってことだった。

 

「ですからこの村の人間は、誰もそういう墓に近づきません」

 

 どうやらオレたちは魔の森の中でも、村の人たちが避けて通るあたりをわざわざ突っ切って来ちまってたらしい。オレたちは剣をぶち当てちまったり、テオドアさんなんてちょっと触ってたりしてたけど大丈夫か?

 

「…ん? いやちょっと待ってください。花が供えられてたり、お供えがされてたみてえなアトがあったんですけど、誰も近づいてねえってことはないんじゃ…」

「え?」

「えっ?」

 

 ふたりは同時に声をあげて、心底びっくりしてるみたいだった。

 

「村の者ではありえません!」

「じゃあ誰か、オレらみたいな通りすがりの人かもしれねえですね」

「そ、そうですよきっと! 私たちこうして無事に暮らせてるんだから──」

「あ、ああ。そうだよな……」

 

「あの、そのモンスターってどんなやつだったんですか?」

「詳しくはわかりません。ただとてもおぞましく恐ろしいモンスターだったとしか」

「なんでもその時の災厄で、王様も呪われてお亡くなりだったとか」

「えっ? でも村を助けてくれたのは王子様だったって」

「ええ、ええ。その王子様はこの村を助けてくださったあと、すぐ次の王様になられたんだということです」

「ってえことは、城にもモンスターが?」

「いえ、私の祖父などはこの村やお城だけのことではなかったんだろうといっていました」

「本当に大変な災厄だったんでしょうね……」

 

 奥さんが身震いする。

 よくわからねえモンスターが国じゅうに現れて、王様まで亡くなって、なのに詳しいことはわからねえってんじゃ無理もねえ。この家は魔の森に近いから余計なんだろう。

 

(……!)

 

「そっ……その災厄って何年くらい前のことだったんですか⁉」

「えっ? ど、どうだろう」

「ひょっとして100年前のことなんじゃ」

「さあ…、はっきり何年前かなんて考えたこともありませんでしたし──」

「名前は? 村を助けてくれたって王子様の名前とかわからねえですか⁉」

「ええと、確か──バペル? いやパベル様だったかも」

 

 どっちだかはっきりしねえけど、その王子様が王様になったのが100年前のことだったら。この村をおそったって災厄も皆既日食と関係があるのかもしれねえ。

 そう思ったらいてもたってもいられなくなった。

 

 

◆◆

 

 

 だけど100年前の皆既日食はロモスで起きたことじゃねえ。

 村の教会に走ってったオレは、隊長にいわれるまでそのことに気づいてなかった。

 

「まあお前にしちゃ上出来だよ、相談に来ただけな」

 

 きしし、と笑いながら隊長がオレの肩をたたく。

 またしばらく笑い話のネタにされんだろうなと思ったら、テンション上げてたさっきまでのテメエが恨めしかった。

 

 オレはただの護衛のひとりだ。他国の王様にいきなり質問なんかできねえだろう。

 だからテオドアさんから聞いてみてもらえねえかって頼みにきたワケだったんだけど、あぶねえところだった……。

 

「いや、まったく関係がないともいいきれないかもしれないよ」

「へっ?」

「謁見の状況にもよるけど…、聞けそうなら私から聞いておいてあげよう」

「い、いいんですか?」

「まあ私も下級貴族にすぎないからね、ちゃんとした約束はできないけど」

「いっ、いえ! マトモにとりあってもらえただけでも……ありがとうございます!」

 

 なんてやりとりがあって──

 とりあえずテオドアさんに頼めたってだけで納得したオレは教会をあとにして、もとの夫婦の家へ帰ろうとしてた。

 

 村ン中の道は平らな砂地で、湿った森のけもの道とはぜんぜん違う。

 だけど村は中心にある教会から離れるほど、だんだん森っぽくなってくみてえな感じがした。木々のあいだに建ってる家を何軒かとおりすぎて、もうちょっとで森にのみこまれちまうんじゃねえかってくらいの家が見えてくる。オレが世話になってるあの夫婦の家だ。

 

(……?)

 

 その家より少し先──魔の森の中を横切ってく人影があって、オレは首をかしげた。暗くてよくは見えなかったけど、髪の長い男だったってのはわかる。

 

(だけどあんな人いたっけか?)

 

 宿を求めてこの村に来た時、村長さんはオレたちをみんなに紹介してくれた。まあ村人全員じゃなかったのかもしれねえけど、オレはなんとなくテオドアさんがいってた花や供え物のアトのことを思い出して、そいつが消えてったほうへ、魔の森の中に踏み込んでった。

 

 もう夜だったし、最初はあんまり深入りするつもりもなかったんだ。

 木々のあいだにちらちらそいつの後ろ姿が見えるようになってきて、オレはちょっと目をこすった。むきだしのそいつの肩や腕が、なんか金属みてえに見えてきたからだ。

 

 そいつはオレたちがツタやなんかを斬りはらったアトを時々見上げたりしながら、森ン中をずんずん進んでく。運良くモンスターにも出くわさず、そいつはオレが思ったとおり、丸っこい岩を見つけて立ち止まった。

 だけどオレが思ったみてえに、花をたむけたり供え物をしたりする様子はねえ。

 

 人形みてえに突っ立ったまま、じっと岩を見下ろしてるそいつの全身は、やっぱり金属みてえだった。メタルスライムなんかが人型になったらあんな感じになるんじゃねえかな。上半身だけじゃなくなんにも着てなくて、どう見ても人間じゃなかった。

 

 ヤベえような気もしたんだけど、何をしてんだってほうがずっと気になって、オレはしばらく身を潜めたままそいつを見てた。

 

 じっとしてたそいつが動く。

 なんか気合でも入れたみてえな動作のあと、そいつはかがんで岩に手をかけると軽い感じで横へ転がした。そのまま犬みてえに土を掘り始めて──

 

「おいっ⁉ 何やってんだ‼」

「──⁉」

 

 ぎくっと動きを止めたそいつは、ホントに驚いたってカオでオレをふりかえった。

 悪ぃことしてるって自覚があるヤツのカオだって感じたら、警戒心がちょっとすっぽ抜けた。

 

「そりゃ墓だぞ、それも──」

 あんたと同じ、モンスターの墓だろ。

 

「……っち、んなこたあ言われなくてもわかってんだよ」

 立ち上がったそいつは、ものすごくばつが悪そうに吐き捨てた。

 

「だけどこれしか方法がねえ」

「…? なんの話だ」

「お前にゃ関係ねえだろうが。ってかお前なんなんだよ、急に出てきやがってよォ」

「オレはロルカだ。そっちこそ何モンなんだよ、こんなとこの墓を暴いてどうするつもりだったんだ?」

「…………」

 

 気のせいか、なんか恨めしそうな目をむけられた。

 

「どうもしねえよ、っつーか、どうにもできねえ……な」

「はぁ⁉ なんだそりゃ」

「うるせえよ黙ってろよ……ああ、クソッ‼」

 

 急に髪をかきむしって、そいつはどかっと地面に座り込んだ。

 あぐらをかいたそいつは、テメエが掘った浅い穴を情けねえ顔つきで見下ろしてた。なんか事情がありそうだったけど、それがなんなのかオレにはさっぱりわからねえ。

 

「意味ねえんだよなァ、オレがこんなことしたって」

 

 メタルな野郎は肩を落として盛大なため息をついてた。

 オレのことなんかもう意識もしてねえって感じでもういっぺん立ち上がると、さっさとルーラでどこかへ飛んでいっちまった。

 

(一体なんだったんだ? ありゃあ……)

 

 わけがわからなかったけど、そう悪いヤツには思えなかった。

 

 

 

 



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7 ロモスの災厄 2

◆◆

 

 

「──パベル様、じゃな」

 

 テオドアさんから話を聞いたロモス王は、優しそうな顔をくもらせてそう言った。

 手紙を渡して、皆既日食のことをひととおり伝えたあとのことだ。

 

「しかし何故そのようなことを?」

「災厄のあった時期によっては、先の皆既日食と何かかかわりがあるかもしれません。村ではいつごろに起きたことなのかはっきりと知る者がおりませんでしたので」

「…………」

 

 テオドアさんもコイオスさんも、オレが村で聞いたことをみんなには話してなかったらしい。オレたち騎士はふたりの後ろに横に並んでて、顔を見合わせたり口をきいたりってことはできなかったんだけど、なんとなくそんな感じが伝わってきた。

 

「先の皆既日食から数年前、ベンガーナでは異形の動植物やモンスターが多数発見されていたそうです。ただそれらについても記述には異形とあるだけで、詳しいことはわからないのだとか」

 

 そんな話は初耳だった。

 村で聞いた話と似てるかっていわれたらわからねえけど──

 

「……パベル様のご即位は、今から103年前のことになるかの」

(けっこう近ぇな)

 

 数年前、っていやぁせいぜい4~5年前の話だろう。

 側近の人がロモス王に何か言おうとしたけど、ロモス王はそれをさえぎった。

 

「そなたが村で聞いたように、その頃に災厄があったことは確かじゃ。パベル様のご先代がそのさなかに亡くなったことも記録に残っておる。しかしそれ以外のことはなにもわからんのじゃよ」

 

 ロモス王の話じゃあ、パベル王の先代は名前すらわからねえらしい。

 王家の家系図にかろうじて黒く塗りつぶされた箇所が残ってるってだけで、その人についての記録は何もねぇんだって言ってた。

 

「それは──」

「我が王家には《シナナの愚を犯す》という言い回しがあっての。──そなたはシナナ王のことを知っておるかな」

「いえ、寡聞にして存じませんが……?」

「ならよいのじゃ。そなたたちにも礼を、などと言っておきながら期待に応えられず申し訳ないのう」

「とんでもございません。もとより我らの役目は危機の接近をお伝えすることのみ。ロモス王様のご厚情に深く感謝いたします」

 

 せめて食事でもってロモス王の好意で、オレたちは準備ができるまでのあいだ城に留まることになった。その時にテオドアさんが教えてくれたんだけど、王族が記録から名前を消されるってのは《相当のこと》らしい。

 

「よく知られてるのは、なにか重大な罪を犯したとされる場合だね」

「重大な罪?」

 

 騎士のひとりがそう聞いて、テオドアさんがうなずいた。

 だけどそういうのは王家にとっちゃ醜聞だから、ふつうよその国の人間に軽々しく話したりなんかしねえもんなんだ、って。

 

「あれが誠意の限界、ってことだったのかな。本気で隠そうと思うなら、そもそも名前を消された王様の話なんてされなかっただろうし」

「どうせ俺らにはわからないと思われただけじゃないんですかね」

 

 コイオスさんはそう言ったけど、テオドアさんに言わせると貴族の人たちにとっちゃ割と常識みてえな話だったそうだ。あんまり大っぴらに言われねえだけで、ある程度歴史を知ってりゃぴんとくるはずだって。

 

「じゃあ……言いたくねえから察してくれってことですか?」

「そんなところじゃないかな。王家の醜聞なんて扱いの難しい話ではあるし、私たちは一応カールを代表して来てるんだし……ロモス王としても独断で私たちに教えてしまうわけにはいかなかったのかもしれないね」

 

 面倒くさいんですね、って疲れたみてえに誰かが言った。

 

「我らは警告をお伝えしたのですから、それでもういいのでは?」

「……」

 

 話を持ち込んだのがオレだったからだろう。

 テオドアさんはちらっとオレのほうを見てから、「そうだね」って肩をすくめた。

 ロモス王が本当は何か知ってたんだとしても、これ以上聞き出しようがねえ。この話はこれで終わりなんだなってオレも思った。だけど──

 

「(こうなってくると、墓のひとつも暴いてみたくなるな)」

(──⁉)

 

 テオドアさんのつぶやきに、オレはぎょっとした。

 

 

◆◆

 

 

「あんま気持ちのいい話じゃねえですよね」

「え、ええ。そうですねえ……」

 

 顔をあげたアバンのティーカップには、紅茶がまだ手つかずのまま残ってた。

 オレの視線に気づいたアバンが、ポットからおかわりを入れてくれる。

 

「ですがそのテオドアさんという方にもなにかお考えがあったのでしょう?」

「まあ、そうみたいだったんですけど。謁見のあと──」

 

 謁見のあと、食事会までにまだ時間があるだろうからってんで、テオドアさんはロモス城の庭園に行こうとした。その時、オレはテオドアさんに指名されてついてくことになったんだった。

 

「どうもしっくりこねえ、って言ってました」

 

 オレが村で災厄のことや墓の話を聞いたとき、何も思わなかったのかって聞かれた。

 なんか引っかかってたような気もしたけど、すぐには思い出せなかった。

 

「それで、テオドアさんはなんと?」

「ええと、なんかいろいろ言ってたんですけど……」

 

 まず村を襲ってきたモンスターの墓を、その村の人たちが作ったってえのがテオドアさんには引っかかってたらしい。言われてみりゃオレもちょっと意外に思ったっけな、ってことをこの時に思い出した。

 全滅しかけたって話だったから、家族やダチを亡くした人だって多かっただろう。

 

「だけどモンスターを恨んだってどうにもならねえ、死んじまえばみんな同じだって考えたのかもしれねえじゃないですか」

「…………」

「あり得ねえ話でもないって思うんですけど……」

「ええ、そうですね。そうだったとしても悲しいことではありますが」

「アバン様も、違うって思ってるんですか?」

「おそらくは。──テオドアさんはどうお考えだったんです?」

 

「王様が呪われたって話だったから、生き残った人たちまで呪われねえようにとか、って最初は思ったらしいんですけど……それなら僧侶なり神官なりを頼んでもっとちゃんと葬ったんじゃねえかって」

「なるほど」

「だけどなんかはっきりしねえんです。こうじゃねえかとか、かもしれねえ、ばっかりで結局なんも教えてもらえねえままって感じで」

 

「テオドアさんは、ほかに何かおっしゃっていませんでしたか?」

「う~ん、オレが村で聞いたときの言い回し? ホントにそう言ったんだよな、みてえな確認されたり」

「言い回し?」

「なんだっけな……あ、『まともに戦えなくて全滅しかけた』ってオレは聞いてたんで」

 

 だけど村の人たちは兵士や騎士みたいな訓練を受けてるワケじゃねえ。

 魔の森の近くに住んでて、もっと安全なとこに住んでる人たちより戦えたとしたって、いつもより強いモンスターがわいて出たってんならなにも不思議じゃねえだろう。

 

「あとは……オレにはロモス王がどんな人に見えたか、とか」

「──……」

 アバンは一瞬きょとんとして、それからちょっと目を細めた。笑ったんだ。

 

「? なんですか」

「いえ、ロルカ君に一番聞きたかったのはそれだったのかなと思いまして」

「へっ?」

「ロモス王のお人柄について、ですよ」

「いや、なんでオレなんかに? 初めて会ったばっかりで、直接話したワケでもねえのにそんなことわかるワケないじゃないですか」

 

「でも優しそうな人だって思ったんでしょう?」

「いや、ぱっと見とかしゃべりかたとかで、ってだけですよ⁉」

「もちろん簡単に人を判断してしまうのはよくないことですが、君が悪い印象を受けなかったのであれば信用していいのではと思ってしまいますね」

「ええ……? 会ってもいねえのに、ですか?」

 

 だいたいロモス王の人柄なんて、なんの関係があるってんだ?

 

 笑ってうなずくアバンを見て、さっぱりわからねえなって思った。テオドアさんも、アバンも──頭の良い人が考えてることなんか、オレにはぜんぜんわからねえ。

 

 

◆◆

 

 

「あ~~、やっぱりわからねえ……」

「もう終わってしまったお仕事なのに、ずいぶん気になってるみたいですねえ。私にはそっちのほうが気になりますが」

「…………」

 

 お行儀悪くテーブルにつっぷしたまま、オレはちょっとアバンを見上げた。

 アバンは不思議そうなカオをしてたけど目は真剣だったと思う。

 

「興味本位ではないのでしょう?」

「実はもうひとり、墓を暴こうとしてたヤツがいたんです。何してんだ、ってオレが出てったら、なんかぶつくさ言ったあとルーラでどっか行っちまったんですけど」

「……?」

「こんなことしたって意味がねえとか、ほかに方法がねえ、とかなんとか。なんかワケありっぽいなって思ったんですけど」

 

 次の日にはテオドアさんまで墓を暴きたいとか言い出したんだから気にもなんだろう。

 あの墓はいったい何だったんだ?

 

「それはどんな人だったんですか?」

「それが、人間じゃなかったんですよ。見たこともねえモンスターで、なんつうか…メタルスライムが人型になったみてえな感じでした」

「そのことは報告しなかったんですか?」

「なんか話すタイミングを逃しちまった、っつうか……忘れてたワケじゃねえんですけど」

「言っていいものか迷った、ということですか」

「う~~ん」

 

 アバンに言われると、そうだったかもしれねえなって感じもする。

 

「だけど今んなってみりゃ、あの野郎は何か知ってたんじゃねえかな。墓の下にどんなモンスターが埋まってたのかとか……やっぱ報告したほうがいいですかね」

「それは君の判断にお任せしますよ」

「あ、あとそう言えば。何か知ってるかもっていやあ、テオドアさんが墓に花を供えた人のことも気になるって言ってたっけ」

「ああ、比較的新しいものが残っていたという話でしたね。ですがお墓だとわかれば花をたむける人がいても不思議ではないでしょう。何かを知っていたうえでのことだとは考えにくいのでは?」

「オレもそう思います」

 

「まあ、もしお墓を暴いていたとしても成果は得られなかったことでしょうし、詮索を諦められたのはカールの人間としても正しかったのではと思いますよ」

「へっ? 成果が得られなかった、って──なんでそんなことわかるんですか」

「だって100年以上も前に作られたお墓なのでしょう?」

 

 そんなもんとっくに土に還ってるだろ、ってことだった。

 

「もちろん棺に入れられていたり、腐ってしまわないような処置が施されていたのなら話は変わってきますけど……その可能性は低いかなと」

「──じゃあ、あのメタル野郎も」

「ええ、完全な無駄足です」

 

 切り捨てるみてえな言いかたは、アバンにしちゃ珍しいような気がした。

 

 

◆◆

 

 

 

 魔の森が吹き飛んだって話が伝わってきたのは、それから2、3日後だったと思う。

 たぶんルーラが使える旅の商人とかからだったんだろう。

 オレたちはロモス王が開いてくれた食事会に出た後キメラの翼でカールに戻って来たんだけど、魔の森が吹き飛んだのはどうもその日のことだったみたいだ。

 

 原因は極大爆裂呪文(イオナズン)で、それを放ったのは空に浮かんだ魔族の男──だったらしい。

 

 魔の森は半分くらいサラ地になっちまってるとかとんでもねえ話だった。

 極大呪文も魔族もオレは実際に見たことなんかなかったし、まだどっか眉唾みてえな感じもあったけど、あの村が無事だったのか心配にもなった。

 

 国王さまからの命令もあって、オレはもういっぺんロモスに行くことになったんだ。

 

 

 

 



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8 ロモスの災厄 3

◆◆

 

 

 もとは森と混ざり合った集落みてえだったあの村は、かなり変わっちまってた。

 折れた木が葉っぱの茂ったまんま積まれてたり、壊れた家がガレキの山になってるところもあって、ひでえコトにはなってたんだけど、思ってたよりキレイっつうか整理されてた。

 

 どうやら無事だったらしい教会の建物の前に村の人たちが集まってて、なんか話し合ってる感じだった。オレが声をかけるより先に何人かがこっちに気づいてくれて、何があったのかを話してくれた。

 

 オレたち使節がキメラの翼でカールに戻ったあの日の夜──急に空が明るくなって、その直後に爆音がしたそうだ。みんな何事だって家から飛び出して、その中のひとりが月のそばに浮かんだ人影を見つけた。

 

 そいつが広げた両手のあいだに、ヤベえ感じの魔力のアーチができるのをみんなが見てた。魔力の光に照らされたそいつは緑色の肌をしてて、銀色の長い髪が魔力の波動にたなびいてたそうだ。耳の長い、魔族の男。

 

 2発目のイオナズンは1発目よりずっと村に近いとこにぶちこまれたらしくて、そっちの方向にあった家が何軒か吹き飛んで壊れた。だけどそこに住んでた人たちは1発目の騒ぎで外に出て、教会に逃げてたおかげで助かったらしい。

 

 村の中から見ても、そっちのほうはずいぶん見通しがよくなっちまってる。

 ちょうどオレたち使節が最初にこの村へ来たときの方向だ。苦労して切り進んでった通り道もキレイさっぱりで、1発目がなかったらどうなってたか……って、そのへんに住んでた人たちが震えながら聖印をきってた。

 

 村じゃ幸い火が出るようなことも無かったらしいけど、イオナズンが直撃した魔の森のほうはそうもいかなかったみてえだ。爆発にビビッて、火に追われて……パニックを起こした野生動物やモンスターが村になだれ込んできた。

 手のつけられねえ勢いで、爆風よりそっちのほうがヤバかったらしい。

 

「もう駄目だ、ってところに神父様が来てくださって」

「……神父様?」

「ええ、なんでも各地を巡礼して回ってらっしゃるとかで偶然」

「えっ、それってまさかクロスさん⁉」

「えっ? いえ、そういやお名前は聞きませんでしたけど……誰か知ってるか?」

 みんなが首を横にふった。

 オレは辺りを見回したけど、もとから村にいた神父様しか見当たらなかった。

 

 村の人たちの話じゃ、なだれ込んできた野生動物やモンスターをその神父様がほとんどひとりで追い散らしてくれたってことだった。それだけじゃなく、怪我をした人たちもみんな回復呪文や薬草で治療してくれたそうだ。

 

 今朝は教会の炊き出しなんかも手伝ってたらしいけど、食事が終わる頃には姿が見えなくなってた、って。

 

「お城のほうがね、心配だっておっしゃってたんですよ」

「──?」

「私たちはなんとか助かりましたけど、あれだけの騒ぎだったのに今になってもお城からは何の音沙汰もありません。前に嵐が来たときなんか、被害はそれほどだったのに翌日にはすぐ使いの方々が来て、必要な物はないかとか、困ってることはないかって聞いて回ってくださってたんですけど」

「それがない、ってことはお城にも何かあったんじゃないかって……」

 

 だけど神父様がお城に行ったのかどうかはハッキリしねえ。旅をしてるって話だったから村がもう大丈夫そうだってわかって旅立っちまっただけかもしれねえし、うかつに村を出てまた気が立ってる動物やモンスターに出くわしたら……って話し合ってたところにオレが来たってワケだ。

 みんな神父様やお城のことを心配してた。

 

「じゃあオレが行ってきますよ」

 

 もともと状況を確かめてくるってのが今回のオレの仕事だ。

 村に来てたって神父様があのクロスさんだったかどうかってのも気になってたし、もし何もねえんだったらまた村を助けてやってくれって頼むこともできるだろう。

 わりと軽い気持ちで請け負って、オレはロモスの城へ向かった。

 

 

◆◆

 

 

 結果から言うと、クロスさんの心配は当たってた。

 そう、村に来てたって神父様はやっぱりあの人だったんだ。

 

 オレがそこへ踏み込んだ時、クロスさんの足元にはモンスターが倒れてた。

 

「な、なんだこりゃあ……」

「──⁉」

 

 後ろから覗き込んだオレを、クロスさんがはっとしてふりかえった。

 近づくまでオレに気づいてなかったんだろう。怪我はしてねえみたいだったけど、血の気の失せた顔をしてた。

 

 黒い煙をあげながら、倒れてたモンスターはだんだん炭になってく。

 どんなやつだったかってのは正直あんまり書きたくねえ。そいつがまだ灰になってねえ部分を動かしたように見えて、身構えたオレをクロスさんが無言でおしとどめた。

 

「……許さぬ、ぞ……パベルの、犬どもが──」

「えっ」

 

 だけどもうそいつは完全に灰になって、しゃべってた口も顔ごと崩れ落ちてった。

 床に積もった真っ黒な灰の山に、さっきまでまだ生きてたそいつの姿が重なるみてえな気がして寒気がした。

 

「な、なあ、パベルって──」

「ええ、ですが今はそれよりも」

 

 その場にはロモス王と、クロスさんと、オレしか立ってなかった。

 ロモス城の最上階だ。

 周りには王様を守ってたんだろう兵士が4,5人倒れてた。残りの人たちはみんなそれより下の階だ。点々と倒れてた兵士たちを、ここに来るまでにオレは見てた。

 

「お怪我はありませんか?」

「わしは大丈夫じゃ。まだ余力があるのならどうかこの者たちを助けてやって欲しい」

「わかりました」

 

 クロスさんが倒れてた兵士たちに回復呪文をかけていくあいだ、ロモス王は床に残った黒い灰をじっと見てた。ロモス王もあの姿を頭から追い出せなかったのかもしれねえ。

 

 回復した兵士たちは、クロスさんがモンスターを倒したってことに驚いてたし、礼を言いながらもどこの誰だとかっていろいろ気になってたみてえだ。クロスさんを質問責めにしそうな雰囲気だったけど、ロモス王に命じられて階下の人たちを助けに出て行った。

 

「神父殿、危ないところを助けてもらい感謝する」

「いえ、私は当然のことをしたまでです。遅くなってしまいましたけど、御無事で何よりでした」

 

 魔の森での爆発はクロスさんも見てたらしい。

 村の騒ぎに気がついて駆けつけて……その先はオレが村で聞いた話と同じだった。

 

「あの時間に、魔の森に?」

「いやあ、お恥ずかしながら道に迷ってしまいまして……野宿するにも危険そうでしたし、どうしたものかと困っていたところにあの騒ぎが」

 

(……?)

 

「そうであったか。しかしこう言っては申し訳ないが、そなたが迷ってくれたおかげでわしらは助かったのじゃ。神のお導きだったのかもしれんのう」

 

 そうかもしれませんねって言ったクロスさんが、ちらっとオレを見た。

 言いかけてたことをのみこんだオレにロモス王が眉根を寄せる。

 

「そなたは──神父殿のお仲間かの」

「い、いえ違います。神父様とは前に別の騒ぎで知り合ってて、村で話を聞いたときにはまさかって思ったんですけど」

「なるほど、それで駆けつけてみれば本人であった、と」

 

 ロモス王はオレがクロスさんを心配して追っかけて来たんだって思ったみたいで、まあ間違いでもねえんだけど、クロスさんに「よい友人をお持ちじゃの」とかなんとか言ってた。オレはまた全然、何の役にも立たなかったんだけどな。

 

 

 魔の森での爆発に、ロモス城も大騒ぎだったらしい。

 

 まず最初のイオナズンで、見張りの兵士が慌てて連絡に走った。

 だけど話が上の人たちに伝わる前に2発目が来たらしい。空が明るくなった直後に爆音と地響き……ってのは村で聞いた話と変わらねえ。

 

 国王様やおもだった臣下の人たちも起きてきて、ちょっとした混乱もあったそうだけど、爆発の現場が魔の森だってんで国王様は兵士たちを魔の森へ、あの村にも向かわせようとしてたんだそうだ。

 

 そこに3発目のイオナズンが来た……っていうか、その瞬間はみんなそうだと思ったらしい。すげえ音がして、足もとの床が大きく揺れた。だけどこれは地下のどこかにあった部屋が崩れたせいらしい、って。

 

 魔の森の爆発が、城の地下にも影響したんだろうってことだ。

 

 そうしてそこから、あのモンスターが這い出してきた。

 城の外へ向かうはずだった兵士たちはみんなそっちに向かわなきゃならなくなって、だけどみんな攻撃をためらって──なかなかまともに戦えなかったんだそうだ。

 

 無理もねえ。

 おぞましい、って言葉がぴったりだった。てかそれ以外にねえよあんなの。

 

「だけど、なんだってそんなモンスターが城の地下に?」

「──……」

「おそらくは、封印されておったのじゃろうな。長の年月──」

 

 

◆◆

 

 

 勇者ダイの時代、ロモスを治めてた王様はシナナという人だった。

 古い肖像画を見せてもらってオレも驚いたんだけど、いまのロモス王はシナナ王にそっくりだった。だけどロモス王家ではシナナ王は反面教師みてえな扱いで、「シナナの愚を犯す」なんて例えに名前が残ってる。

 

 いまのロモス王は、それが結構気になってたらしい。だからシナナ王がどんな人だったのか、当時の文献を熱心に読み込んだんだ、って言ってた。

 それによるとどうやら、不名誉な例えのもとになったのはあの武術大会らしいって話だった。大会に現れた魔王軍の手下は、そうとは知らずにシナナ王が召し抱えてたんだ、って。

 

 武術大会に突然現れた、って話じゃなかったんだ。

 魔王軍の手下……ザムザって名前の魔族の男は人間に化けて、大会の最初っからシナナ王のそばにいた。つまりシナナ王が災難を引き込んだようなもんだってコトで、王家の人間が悪いものを呼び込んじまうことをそう言うようになったんだってことだった。

 

「なんか、でもそれって……ひでぇっつうか厳しいような気もしますけど──。だってシナナ王は知らなかったことなんでしょ? そんなずっと前のことを」

「そなたもあれを見たじゃろう」

 

 ロモス王は床に残った黒い灰を目で指して、力なく笑った。

 

「──?」

「ザムザという魔族は、人間を何かの材料にすると言っておったという。そのために強い人間が必要なのだ、と」

「え……」

「つまりあのモンスターも、人間を材料として作り出されたものだ、と」

 

 クロスさんの口調は、王様に確認するってよりオレに説明してくれてる感じだった。

 心臓が凍りつく。目に焼きついてたあのモンスターの姿が頭にちらついた。

 

「いや、だけどその魔族は勇者ダイと仲間の武闘家に倒されたって話なんじゃあ……」

 

 その時にみんな助かったんじゃねえのか。

 

「後代に同じことを考える魔族が出て来たとしても不思議ではなかろう」

「王様には何か、心あたりがおありなのでしょうか」

「わしの考えすぎであって欲しかったんじゃがのう……おそらくあれは名前を消された『罪の王』、パベル様のご先代で間違いないじゃろう」

「えええっ⁉」

 

 罪の王の時代、ロモスじゃ行方不明になる人が多かったらしい。

 その捜索の指揮を執ってたのがパベル様だったんだ、ってロモス王は言ってた。

 

「罪の王は、まさしくシナナの愚を犯したんじゃよ。ザムザのような魔族にそそのかされ、そやつに民を材料として提供しておった。……そして最後は自らもその犠牲となり、すべてを知った息子によって退治されたものかと」

 

 ロモス王の想像に、オレはちょっと納得いかねえような気がした。

 

「本当に……申し訳ありませんでした。お詫びして済むようなことではないとわかってはおりますが──」

「いや、神父殿はわしや兵士たちを守ってくださったのじゃ。罪の王はもとより王家から存在を消された者。そなたが退治したものは人ではないと思われよ。本来ならパベル様が、その子孫たる王家の誰かがいずれは退治せねばならない者だったのじゃ。パベル様も身内ゆえに封印にとどめられたのかもしれんが──神父殿に罪はない」

「…………」

「我が王家と、すべての民に代わって礼を言う」

 辛そうなカオをしてたクロスさんに、ロモス王は深々と頭を下げた。

 

 

◆◆

 

 

「だけど、ホントにロモス王の想像が正しいのかな、って思ったんですよ。なんか発想が唐突っていうか、王様が自分の国の人間を魔族に提供したりするか? って気がして」

 

「まあロルカ君がそう思うのも無理はありませんが……ロモス王なら、ロモスに伝わる記録であればそれこそ禁書とされているようなものでも、いくらでも目にすることができるでしょうからね。そういったものの中に、何かあったということではないのでしょうか」

「はあ……」

 

「クロスさんとはそのあとどうされたんですか?」

「え? いや、村に戻るまでは一緒だったんですけど、気がついたらまたいなくなってて。なんかいろいろショックだったんだろうなって思いますけど、挨拶くらいしてってくれたって良かったのに」

「きっと大丈夫ですよ」

「え?」

「心配しているんでしょう? その人のこと」

「ええ、まあ……。あ~、でもなんつっていいかわからなかったかもな……王様は許してくれたけど、昔の王様を殺しちまったわけだし、そりゃキツいよなあ。」

「王様も、内心ではお辛かったのかもしれませんね」

「うん……」

 

 

 我が王家と、すべての民に代わって礼を言う──……

 

 

 アバンと話したその日の夜、オレは魔の森を夢に見た。

 雨が降ってて、うす暗くて、まだ吹っ飛ばされる前の魔の森だ。

 丸っこい岩を置いただけの墓に、誰かが花をたむけて祈りを捧げてて──夢の中じゃ黒い影にしか見えなかったんだけど。

 

 目が覚めたあと、あの黒い影はクロスさんだったんじゃねえかなって、そんな気がした。

 



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9 やまい 1

◆◆

 

 パプニカとリンガイアに派遣されてた文官たちが帰って来た。

 100年前のようすをくわしく聞き出して、効果的な対応策がないか考えるって目的で派遣されてたあの人たちだ。

 

 だけどパプニカでもリンガイアでも、これといった話は出てこなかったって聞いた。

 皆既日食の1年ほど前からモンスターが狂暴化し始めて、皆既日食の時にそいつらが押し寄せてきたんだってことは国王さま宛ての手紙に書かれてたとおりだ。

 

 リンガイアには当時、モンスター同士を戦わせてどっちが勝つかに金を賭ける闘技場なんてモンがあったらしい。そこに出すために集められてたモンスターが皆既日食の時に檻を壊して街にあふれ出した……。

 リンガイアでの被害はほとんどがこの闘技場絡みだったって話で、その時の教訓から闘技場は廃止されたんだそうだ。今じゃ知ってる人もほとんどいないらしい。

 

 カールにはそもそもそんな施設なんかねえし、参考にはならないなってなってた。

 リンガイアには当時、モンスターを集める職業なんてのがあったらしくて、そっちにはみんな興味があったみたいだけど、まものつかいって呼ばれてたその職業も闘技場と一緒にすたれちまったそうだ。

 

 モンスターを手懐けたり大人しくさせたりっていうまものつかいたちの特技は確かに使えそうだと思ったけど、途絶えちまってるんじゃ仕方ねえ。

 

「ご苦労だった。パプニカのほうは?」

「は。──ご報告申し上げます」

 

 さすが賢者の国って感じで、パプニカには結構詳しい記録が残ってたそうだ。

 パプニカじゃあモンスターの生態研究なんかも盛んらしくて、派遣されてた人たちはまず、パプニカにいるモンスターの種類から丁寧な説明を受けたらしい。

 

 前の皆既日食の時にあふれたモンスターたちは、当時パプニカに現れてた種類のモンスターとほぼ変わらなかったそうだ。よその国にしかいねえはずのヤツが急に出た、なんてことはなかったらしい、って。だけどその当時、毛色の変わったモンスターが現われてたって記録もあるんだって話だった。

 

「黄金の魔族……?」

「はい。魔族というより金属生命体のようなものかと思われますが、パプニカではそう呼び習わしているそうです」

 

 皆既日食の数年前に2体──馬頭鬼タイプとストーンマンタイプ。別の時期に別の場所で目撃されてるけど、こいつらは目撃されてただけで人を襲ったりしてたってわけじゃないらしい。

 

 皆既日食の数時間前に1体──花冠をつけたエルフみてえなタイプ。女性型で、こっちは高位の閃熱系呪文が使えたってことがわかってる。町の人が郊外で出くわして、そいつに重傷を負わされたって話だった。

 

「しかし記録はその3例のみで、先の皆既日食以降は再び現れたというような話もないそうです。気にはなりますが、モンスターの異常発生や皆既日食と関係があるのかどうかも定かではありません。警戒は必要でしょうが具体的な策を、というのは現状難しいかと」

「そうか……」

 

 大魔王バーンが現われるより前、世界のあちこちには地方ごとのボスみてえな変わり種のモンスターがいろいろいたらしい。文官の人たちはそういうたぐいの連中だったのかもしれないって言ってたけど、はっきりしたことはわからない。

 

「あ、あの……!」

 オレはつい声を上げてた。

「オレ、ロモスでそいつらと似たようなヤツを見たんですけど……」

「「「何⁉」」」

 その場にいた全員がオレを見た。

 いつのことだ、とかそりゃ本当か、とか──文官の人たちが口々にわっと詰め寄ってきてちょっとおたついたけど、ロモスの村に泊めてもらってたあの日のことをオレはみんなに話した。金ぴかじゃあなかったけど、ってことも。

 

「で? そいつは森で何をしてたんだ?」

「え、あ、えっと……」

 

 魔の森が吹き飛んだあと、ロモスで見聞きしたことは国王さまにだけ報告してた。

 罪の王のことも、魔の森のあちこちにあった墓のことも、そのあたりのことはロモス王家の問題だからって、国王さまから「みなには黙っておくように」って言われてたんだ。

 

「なんか……土を掘ってたんですけど。こう、犬みてえな感じで」

「はぁ⁉」

 

 墓を暴こうとしてた、ってコトをここで言っちまっていいもんかどうか。

 ワケがわからんって顔つきの文官たちに囲まれてオレは内心冷や汗もんだった。国王さまのほうを見たら、なんか考えてるみてえだった国王さまとちょっとだけ目が合った。

 

「火薬を埋めようとしてた、とかか? 爆発騒ぎがあったんだろう」

「いや、あれは極大爆裂呪文だったそうだぞ。なんでも突然魔族が現われたとかで──そうだよな?」

「そ、そうですそうです。ロモスの村の人たちが見たって」

 

「その魔族と何かかかわりがあるのかもしれんぞ」

「いや、それはどうだろうな……同じ日に現れたわけでもなし」

「しかしどちらもロモスの、魔の森に現れた。これはただの偶然なのか?」

「もしかしたら──」

「いやそれは」

 

 いろんな意見や想像が飛び交ったけど、そもそも魔の森を燃やした魔族がなんのためにそんなことをしてったのかもわからねえしあのメタル野郎にしたって同じだ。わからねえことばっかりで結局、最初の『警戒は必要だけど今のところ具体策はねえ』ってところに話は落ち着いた。

 

 結局そうなるのか、ってがっかりムードが広がりかけた時、国王さまが口を開いた。

 

「先の大戦の頃──」

 

 勇者ダイの時代、魔王軍と戦っていた人間の側に金属生命体の闘士がいたらしいって話にはみんなが驚いた。最終防衛戦のとき、人間側にはモンスターの遊撃隊みたいなのがいて、そいつはその隊のメンバーだったとか。

 だけどわかってるのはヒムって名前と、オリハルコンの金属生命体で、人の姿をした闘士だったってことだけらしい。

 ついでに書いとくが、この記録を見つけたのはあのヘルマンさんだったんだそうだ。

 

 オリハルコンだってんなら、俺が見たメタル野郎と同じ銀色だ。

 

「じゃあ、ロルカが見たのは……」

「それだけで決めつけるのはどうかと思うけど、魔族やモンスターの寿命を考えると可能性はゼロではないな。ヘルマンに命じてそのヒムという者が大戦後どうなったのかわからないかもう少し調べさせてみてもいいかもしれない」

 

 

 ヒムってやつがまだ生きてて、オレが見たのがそいつだったとしたら。

 もともと人間側にいたんだし心強い味方になってくれるかもしれねえ。

 

 たぶん国王さまはそんなふうに考えてるんだろうなって思った。だけど──……

 

 

◆◆

 

 

「──⁉」

 

 いつもの塔の最上階に行ってみたら、テーブル席に幽霊がいた。

 前に屋敷の廊下で見たあの女の子だ。椅子に座って足をぶらぶらさせてたその子は、ぎょっとしたオレに気づいてかき消えた。

 

「おや、ロルカ君。いらっしゃい」

「ア、ア、ア、アバン様、いまそこに──」

 

 衝立の奥から姿を見せたアバンに、オレはテーブル席のほうを指し示した。

 アバンがきょとんとしてる。もうそこには何もいねえ。だけど言わずにいられなかった。

 

「そこに! いま、いたんです! 女の子の幽霊が!」

「ああ……」

 

 アバンは納得したみてえな声を出して、部屋をぐるっと見回した。アバンが目をとめた場所、本棚の前にまたあの子の姿が現われる。本の並びを指でなぞって、アバンのほうをふり返った。

 

 

 おじさまは本が好き?

 

 

(おじさま⁉)

「大丈夫ですよ、彼女は何もしませんから」

 

 アバンは目を細めて幽霊を見ながらそう言った。優しい顔つきだったけどどっか悲しそうにも見える。話がかみ合わねえってことは知ってるみたいで、彼女の言葉に返事しようとはしてなかった。

 

 女の子は部屋のあちこちで消えたり現われたりをくりかえしてる。

 望遠鏡をのぞきこんでたり、床に寝そべって足をぱたぱたしてたり……現れるたびに何か言ってたみたいだけど、オレはその子を目で追うばっかりで頭に入っちゃこなかった。

 

「あ、あの子は一体……?」

 

 落ち着かねえオレの様子を見て、アバンは女の子のほうへ進み出る。

 また椅子に座って足をぶらぶらさせてたその子に近づいて、アバンはこう言ったんだ。

 

 

「──行くがいい。お前の時を無駄にするな」

 

 

 まるで誰かの真似でもしてるみてえな口調だった。

 女の子の幽霊は、一瞬すげえ驚いたみてえな顔をして──それから、笑った。

 

 

 ありがとう!

 

 

 なんつうか、一度見たら忘れられねえような、胸を突かれるような泣き笑いだった。

 

 叫んだきり女の子の幽霊はふっと消えちまって、周りの空気が変わったみてえな感じがした。これでしばらく出て来ねえだろう、みたいなことをアバンが言って、オレはますますワケがわからなくなった。

 

「な、なんだったんですか、今の!」

「ああ言うと席をはずしてくれるんですよ。まあちょっと不本意ですけどね」

「?」

「ロルカ君、彼女を見るのは初めてですか?」

「えっ、い、いや前にいっぺん屋敷のほうで見ましたけど……」

「前」

「アバン様と森に行った日だったと思います」

「…………」

 

「あの、あの子は一体……? 昔うちにいた誰かとかなんですか、やっぱり」

「ええ、彼女はマーサ。そういえば君にも少しお話ししてましたっけね、覚えてます?」

「はい」

 

 確か白昼堂々街中でさらわれたんだって話だった。

 ヴェダルって親父さんが誘拐犯にとびついて、一緒にルーラで消えちまったって……。

 

「そう、そのマーサです」

 

 

◆◆

 

 

 母親の腹ん中にいる時から、マーサはすげえ元気だったらしい。だから生まれてくるまではみんな『こりゃ絶対男の子だ』って言ってたんだそうだ。

 だけど生まれてきたらかわいい女の子で──それはそれで、親父のヴェダルさんはもうメロメロになってたんだ、って。

 

 だけどマーサが3歳になったあたりから、少しずつ病気の兆候があらわれ始めた。

 

 最初は病気じゃなくて、呪いか何かなんじゃねえかって思われたらしい。あちこちの教会で呪いを解く祈りをお願いしたり、ヴェダルさんやふたりの兄貴も手伝っていろんな呪いについての伝承や文献を集めたりしてた。だけど呪いを解く手がかりは見つからなかった。

 

 げっそりしたヴェダルさんがアバンのもとを訪ねてきたのは、アバンの時代に同じような呪いがなかったかどうかを聞くためだったらしい。そんな呪いなんてなかったけど、病気だとしたらアバンには心あたりがあった。

 

「だとしたら、手の施しようがありません。そのことを伝えるのは心苦しかったんですが……病だろうということだけはヴェダルにも理解してもらえました」

 

 体だけがすげえ早さで年を取っていく病気。

 家族みんながマーサの運命に嘆き悲しんだけど、マーサ自身は5歳になる頃にはもうそれを受け入れてたって話だった……。

 

「彼女はまごうことなき賢者だったと思います。残された時間が長くはないのなら、そのぶん家族と精一杯楽しい時間を過ごしたい、と言って」

 

 これを書いてても鼻の奥がツンとしてくる。

 話を聞いてた時も涙と鼻水が止まらなかった。家族はマーサの願いを汲んで、彼女がやりたいことはなんでもさせてやってたそうだ。

 

 あちこちの国へ旅行に行くのもそのひとつだったんだけど、そういう時ヴェダルは各地で必ずいろんな薬や時には毒まで買いあさってきたらしい。病だったら治せるはずだ、って──マーサが9歳で亡くなっちまうまで諦めなかった。

 

 旅行中の誘拐騒ぎがあった後、マーサはこの塔にもよく遊びに来るようになって、それでアバンともいろんな話をしたんだそうだ。なんでもこの塔の周りに埋まってる結界のメダル、あれは彼女と作ったもんだったんだって聞いてオレは驚いた。

 

「破邪魔法というんですが、彼女の才能は天才的でしたよ。私も大昔には使えたんですけど、その頃にはもう使えなくなってしまっていましたので」

 

 アバンはあれを屋敷の周りに埋めるつもりだったんだそうだ。

 だけどマーサは何言ってるんだ、ってアバンのいるところに埋めなきゃ意味がないじゃないって笑ったんだ、って。

 まるで体と一緒に、心まで急激に年を重ねているかのようでした、ってアバンは言ってた。

 

 マーサはきっとアバンを守りたかったんだろう。

 

「また会えねえかなあ……」

 なんかオレの都合で追い出しちまったみてえな気がしてきて、オレはそう言った。

 

「会えませんよ。あの幻は──人が幽霊と呼ぶものはみな、世界が覚えているその人の記憶のようなものですから。あれはマーサその人ではない」

「え──えっ?」

「亡くなった人の幻影と、今生きている者が意思疎通することはできません。シャドーやゴーストといったモンスターたちと幽霊の違いはそこなんですよ。モンスターは実体がなくても今、生きているんです。だからお互いに干渉することができる」

「で、でもさっきアバン様の言葉に反応してたじゃないですか!」

「そう見えたかもしれませんが、違うんですよ。過去に起きたことが繰り返されているだけなんです」

 

 マーサが誘拐された時、捕まってた彼女を助けた人がいた。

 一緒に捕まってたヴェダルさんじゃねえ。彼女とヴェダルを助け出したその誰かが、アバンの言ったことを当時の彼女に言ったんだ、ってだけのことだって。

 

「じゃあ、その人はマーサの病気をわかってたってことですか」

「そのはずです」

「一体何モンだったんでしょうね……」

「さあ、私はその人を見ていないのでなんとも言えませんが……彼女を救ってくれたことには感謝してますよ、今でも」

 

 

(礼も言えずじまいだった、ってことか…)

 

 

 当然その人はもうこの世にいねえ。

 そう思うと、どんな人だったのかわからねえのは残念な気がした。

 

 

 

 



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