新人提督が弥生とケッコンカッコカリしたりするまでの話 (水代)
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一話 新人提督が鎮守府に着任したりする話

弥生可愛いよ、弥生。


 

 

 ざあ、ざあと波の音が耳に届く。

 蒼い空に白い雲。そこに浮かぶ真夏の太陽が強い日差しで自身の肌をジリジリと焼く。

 潮の匂いのする浜風が自身の髪をさあっ、とたなびかせる。

 なんとも詩的だ。言葉にするなら。

 実際には、真夏日と生暖かい風が自身の不快指数をひたすらに押し上げているだけだ。

 

「……………………暑い」

 

 帽子を脱ぎ、ポケットに常備したハンカチで汗を拭う。汗だくの髪に風が吹きつけ、僅かにひんやりとした心地よさを感じ、目を細める。

 何故こんなクソ暑い日に、外で何十分と待たなければならないのか。だが仕方あるまい、自身の提督としての任は、今日やってくる上官に任じられて初めて正式なものになる。

 それだけなら何も問題は無い…………そう、問題はだ。

 その上官が今から向かうと告げたまま一向に来ないことだ。

 上官は隣の鎮守府の提督であり、いざとなったらいつでも手助けができるようにと、わざわざ自分の隣にあるこの鎮守府に自身を配置した出来た上司であり、自身も尊敬する人である。

 正式に任官を言い渡すため現在こちらに向かってやってきているはず、なのだが。

 

「…………また迷子になったな、あの人」

 

 堅実な指揮により、着任から数年、一切の轟沈を出すことなく成果を出し続ける全体から見ても指折りの有能な提督なのだが、少し欠点を上げるとしたら、極度の方向音痴であり、何故か迷っている時に限って自身の選択に絶対の自信を持つことだろう。

 船舶免許も持っているので自分で船を使ってやってくる、などと言っていたが、以前気分転換と言ってクルージングに赴きそのまま行方不明になって鎮守府総出で探したら何故か鎮守府の裏にある山に船ごと遭難していた、などと言うわけの分からない事態を引き起こしたのを忘れたのだろうか。どうやって船を山まで運んだのか、未だに鎮守府の七不思議として語り継がれる謎である。

 予定の到着時刻はすでに三十分以上過ぎている。だがここから離れるわけにも行かない。いくら親しくても上官がやってくるのだ、その出迎えに誰もいない、などと言うのはあり得てはならない。

 普通の提督ならば代理を立て、鎮守府まで案内させるのだが、生憎着任したての自分には代理としてこの場を任せられる人材がいない、故に自身がこの場で待つしかないのである。例え遭難していることが確実であり、いつ来るか分からなくても、次の瞬間には来るかもしれない、それだけの理由で自分がこの場に立ち尽くしている理由には十分なのである、軍隊とはそう言うものだ。

 

「とは言ったものの…………さすがに遅過ぎる」

 

 時間はすでに到着予定時刻から一時間を過ぎようとしている。

 また本格的に遭難している可能性もある、前言を撤回するような形になるが、さすがにこれ以上は待てない。

 携帯を取り出す。鎮守府には備え付けの固定電話があり、防犯上の理由から機密事項を話す際は、そちらを使うことが推奨されているが、この場合は特に問題も無いだろう。

 個々の鎮守府の番号は一応とは言え機密に入るのでアドレス帳には無く、けれど何度とかけた番号だ、暗記しているので問題は無い。よどみの無い手つきで番号をプッシュしていく。

 

 Trrrrrr

 

 呼び出し音が数秒鳴り、直後ガチャッ、と誰かが受話器を取った音がする。

『はい、こちら横須賀第六鎮守府』

 電話越しに聞こえた聞きなれたその声にどこか安堵を覚えながら口を開く。

「提督が迷子です。予定時刻より一時間になりますが、未だに着ません」

 前置きも無しに告げた言葉に、電話の向こう側の誰かが口を閉ざす。

 数秒置いて、そうですか、と言う言葉と共に。

『早急に対処します、一時間で片付けるので鎮守府の中で待っておいてください』

 電話の向こうで『提督がまた迷子よ、鎮守府内の全艦出撃、一時間以内に見つけて今度こそ仕留めなさい』などと言う言葉が聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。

 ぶつり、と電話が切られ、思わずため息を吐く。全く、初日からこれか…………これから先が全く持って思いやられる。

 とは言うものの、さすがにそろそろ暑さで体調が悪くなってくる。確かに一度鎮守府に戻ったほうが良さそうだった。

 振り返り、鎮守府へと歩き出す。と言っても目と鼻の先の距離だ、すぐに入り口へとたどり着き…………立ち止まる。

 

「…………今日から提督。ようやく、ここまで来た」

 

 長かった…………などと言えば他の提督や候補生たちに怒られるだろう。上官である提督に目をかけてもらい、ここまでほぼ最短でやってきたのが自分なのだから。

 ここで自身が一体何を体験するのか、この鎮守府はどうなっていくのか…………自分は一体、どんな提督になるのか。

 不安があった…………だがそれ以上に期待があった。

 

 自ら選らんで進んだ道…………逃げ出せはしない。

 

 ぎゅっと目を瞑る。身の内から勇気が逃げ出さないように。不安が溢れてこないように。

 

 そうしてゆっくりと目を開く。

 

 覚悟は決まった。

 

 さあ、一歩、踏み出そう…………

 

 

「あ、お邪魔してるよ」

 

 

 として、思いっきり足を滑らせた。

 お約束のようなずっこけ方をしてしまったが、当然腰を強打して非常に痛い。

 だがそんなことよりも優先すべきことがあり、痛みを堪えて即座に立ち上がった。

「て、提督?!」

 そこにいたのは自身が一時間も待ち続けていた、自身の上官にあたる提督だった。その提督が何故か受付の人と一緒になって優雅に珈琲を飲んでいる光景に絶句する。

「いやー、この受付の方の珈琲は美味しいね」

「あの…………何時ごろ到着なされたので…………と言うか一体どこから入ってきたのでしょうか?」

 少なくとも唯一の船着き場はずっと自分がいたはずなのだが。問うた自身の言葉に、けれど提督が笑いながら答える。

「いやー不思議だね。ちゃんと港に向けて船を発進させていたはずなのに、いつの間にかこの鎮守府の工廠にいてね、妖精さんたちに怒られてしまったよ、ハハハ」

 ハハハじゃない!!! どうやったら工廠に船ごと入れるんだよ?! ワープ機能でもついてるのかそのクルーザー!!? とツッコミを入れることが出来ればどれほど気が楽だろうか。

 だがこんなのでも上官であり、尊敬する人物なのだ。本当に、これさえなければ誰からも尊敬される素晴らしい提督なのだ。

「と、とにかく…………到着お疲れ様です。お迎えすることできず申し訳ありませんでした」

 一体どこに自分の非があったのだろうか、とも思うが、それでも上官を迎えも寄越さずここまで通してしまったのだ、頭を下げるべきなのは自分である。

 と言っても人の良い提督であり、こちらに非が無いことは分かっているのか、構わない、と一言告げ、頭を上げるように言った。

「さて、そちらが問題ないならば、今ここで略式ながら任官の辞令を読み上げたいと思うのだが?」

 一瞬執務室で、とも思ったが、まだ正式に任官を言い渡されていない以上、ここはまだ自分の鎮守府ではない、だったらここでも構わないだろう。そう考え、問題が無いことを告げると、提督が鷹揚に頷く。

「うむ、ではこの正式な辞令と共に、貴君にこの鎮守府への着任を言い渡す」

 そうして差し出された辞令を恭しく受け取り。

「謹んで拝命いたします」

 そう告げ、一つ頭を下げる。

 

 そうして、現時点を持って、ようやく自身はこの鎮守府へと着任したのだった。

 

 

 * * *

 

 

「ああ、そうそう。そろそろ工廠へ向かってみたまえ」

 カップにたっぷりと注がれた珈琲(三杯目)を飲む手を止め、提督が自身に向かってそう呟いた。

「工廠へ?」

「ああ、一足先にキミの秘書艦を用意させている、今頃建造されているころだろう、キミの配下となるものだ、キミ自ら迎えてあげると良い」

 

 艦娘。それはかつて第二次世界大戦時に戦場へと赴いた艦隊たちの名を冠する少女たちの名称だ。

 深海棲艦と呼ばれる海の怪物たちを相手に対抗することのできる唯一の存在。

 人の感情を宿し、人の形をした兵器。それが艦娘。

 提督とは、その艦娘たちを指揮し、深海棲艦を打ち倒すことを目的とした将のことだ。

 艦娘たちは妖精と呼ばれる謎の存在によって作られ、艦娘たちが作られる施設を工廠と呼ぶ。

 工廠の中でどうやって艦娘たちを()()しているのか、それは提督である自身たちには分からないが、とにかく艦娘たちは工廠で作られる。

 秘書艦とは文字通り、提督の秘書を勤める艦娘であり、第一艦隊旗艦を勤める艦娘が秘書艦を兼任することが通例らしい。

 

 提督が今言ったのは、つまりその秘書艦を建造させている、と言うことだ。

 自身が待っていた一時間の間でそんなことをしていたらしい。ただ珈琲飲んでいただけなんてことは無いとは思っていたが…………。

「これから向かう先にいるのはキミの…………キミの部下となる艦娘だ。ほぼ全ての提督にとって最初期の艦娘とは特別なものだ。何せ最初期のまだろくな艦隊も組めていないころからの…………ある意味最も大変な時期を最も長く共にすることになる存在なのだから。妖精たちは気まぐれだからな、どんな艦娘が来るかは分からんが、それがキミにとって生涯に渡って共に歩めるものであるよう、祈らせてもらおう」

 工廠へと足を向けようとした自身の背に、そんな提督の言葉がかけられる。

 特別、確かに特別だ。何せ初めて自身の采配で動かすことになる最初の部下だ。

 歩を進めていた足を止める。振り返り、珈琲を片手に微笑む提督に問いを投げかける。

「提督にとっても、特別、ですか?」

 自身が最も尊敬する提督。その彼にとっても最初の艦娘とは特別だったのか。

 その答えは。

 

「ああ、勿論だとも…………私の秘書艦は私の着任からずっと彼女だけだよ」

 

 その答えに。その笑みに。その思いに。確かに自身の心まで届くものがあった。

 

 だから。

 

「…………行ってきます」

 

 そう呟き。

 

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 そう返した。

 

 

 * * *

 

 

「いやーそれにしても、受付さんの珈琲は美味しいね。ウチの秘書じゃこうは行かないね」

「そんなにも不知火の淹れる珈琲は不味いでしょうか」

「いや、不味いとは言わんが、どうにも薄……い…………不知火さん?」

「はい、不知火ですが、何か?」

「何故こちらに主砲を構えているのでしょうか?」

「出かける前、不知火は再三申したはずですが? また迷ってはいけないので、先導に数人連れて行くように、と」

「あ、いや…………大丈夫だと思ってだな」

「その結果、一時間もあの子を待たせたのですか?」

「………………いや、そのだな…………えっと」

「提督」

「…………なんだ?」

「何か遺言はありますか?」

「問答無用で死ぬの俺?!」

「それが遺言ですか」

「ちょ、ま…………アーーーーーッ」

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 …………………………………………。

 

「ふう、不知火の愛は相変わらず痛いな」

「愛…………?」

「そんな冷めた目で見るなよ、照れるだろ」

「………………………………………………ハァ、バカ」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何でも。それより勝手に他人の鎮守府で建造なんてして、越権行為だと思われますよ?」

「それで俺と同じ間違いを犯したらどうするんだ」

「ああ…………資源全てつぎ込んだんでしたね、補給もままならなくて大変でしたね、あの頃は」

「う…………いや、まあすまん。と、とりあえずだ。最初期は全資源初期値で回すのが最適だったと後になって気づかされたからな、俺と同じ轍を踏ませるないためにも、最初の艦くらいはこちらで用意してやろうと思ったんだよ」

「そう言うところは相変わらず心配性ですね。司令」

「愛弟子の独り立ちなんだ、ちょっとくらい世話焼いてやったって、罰は当たらんだろ?」

「………………全く」

「ハハ…………楽しみだろ? これからあいつがどう成長していくのか」

「まあ…………否定しませんが、そろそろ帰りますよ、もうあの子だって一人の提督なのですから」

「分かっている…………だから、お節介はこれで最後だ」

「……………………」

 

「頑張れ、辛くとも、苦しくとも、悲しくとも、痛くとも………………お前の隣にいる彼女たちと共に、乗り越えろ、踏み越えろ、歯を食いしばって進め、そうして共に成長していけ。それが…………()()だ」

 

「……………………司令、格好つけても誰も聞いてませんが?」

「……………………嫁がセメント過ぎて泣ける」

「誰が嫁ですか…………司令?」

「ケッコンしたなら嫁でいいだろ?」

「カッコカリが抜けています」

「不知火、俺のこと嫌い?」

 

 

「いえ? 愛していますよ? 司令」

 

 

 




【戦果】

旗艦  None
二番艦 None
三番艦 None
四番艦 None
五番艦 None
六番艦 None





実は、三日前に弥生ドロップしました。
あまりの可愛さにノックアウトされて、現在レベル84。
あと15レベでケッコンカッコカリダー!
可愛すぎて愛が溢れて他のことに手がつかないので、とりあえず妄想を吐き出し中。


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二話 新人提督が弥生と出会ったりする話

弥生可愛いよ、弥生。


 ゆっくりとした足並みは、やがて先を急ぐように早歩きへと代わり、最終的に全力で工廠へと走る。

 早く、早く、一刻も早く自身の初めての艦娘を迎えてやりたかった。

 鎮守府内はそれなりに広いが、それでも全力で走れば工廠まで一分とかからない。

 すぐにその入り口にたどり着き、重々しい金属扉をゆっくりと扉を開いていき。

 

 扉の向こう側に、一人の少女がいた。

 艤装を持っている、と言うことは艦娘だろう。紺のセーラー服、薄紫色の髪色、月を模った髪飾り、艤装に括られたボロボロになったリボン。

 扉を開ける音に気づいたらしい少女がこちらを振り返る。

 

 無表情、と言った言葉が出てくる。

 

 こちらの姿を確認し、それでもぴくりとも変化しない表情。

 眉根をひそめたようなその表情は、見ようによっては怒っているようにも見える。

 自身の艦娘、その様子に僅かに呆然としていると、少女がゆったりとした歩みでこちらへとやって来て。

 

「初めまして、睦月型駆逐艦三番艦『弥生』……です……」

 

 少女…………弥生は、ぴくりとも表情を変えることなく、そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 場所を移して執務室。

 今日初めて入ったその部屋は予想以上に何も無かった。

 何も置かれていない部屋、新設されたばかりの鎮守府だけあって、部屋の中は埃一つ落ちておらず、綺麗なままにされており、家具類も置かれていない開放感のある空間だけがそこにあった。

 だからこそ、部屋の片隅に積まれたダンボールだけが異常に目だっており、僅かに眉目をひそめた。

 一緒に部屋に入ってきた少女…………弥生は、けれどその光景を無表情に、無感情に見つめるばかりで、口を閉ざしていた。

「さて…………とりあえず、改めて言わせてもらうけれど。ようこそ、我が鎮守府へ」

 部屋の中央に立って、それから弥生へ向かって振り返り、そう告げる。

「改めまして、駆逐艦弥生です。どうぞよろしくお願いします」

 ぺこり、と頭を下げる弥生だが、けれどその表情は相変わらず硬い。

 何か粗相でもしただろうか? と自身に問い、けれど答えは出なかった。

「貴君がこの鎮守府初の艦となる、これから何かと長い付き合いになるだろう、どうぞよろしく頼む」

「了解です。こちらこそ、司令官の采配に期待させていただきます」

 言葉こそ友好的だが、どうにも表情が気になった。一見すると怒っているようにも見えるが…………。

「一つ尋ねたいのだけど、私は貴君に何か失礼をしただろうか?」

「え?」

 表情こそ変わらないものの、その声音はどこかきょとん、とした雰囲気を伝えてくる。そうして、やがて、ああ、とどこか納得したような声で呟き。

「え…………? 弥生、怒ってなんかないですよ? …………すみません、表情硬くて」

 どこかしゅん、と落ち込んだ様子の声音にようやく理解する。この弥生と言う少女は、単純に感情を顔に出すのが苦手なだけなのだと。

「ああ、すまない、私の勘違いなら良い。とにかく…………だ。弥生、これからよろしく頼んだ」

 

「はい…………よろしくお願いします。司令官」

 

 それが自身と、弥生との、あまり良好とは言えない、最初の出会いだった。

 

 

 * * *

 

 

 提督としてこの鎮守府に着任し、念願の秘書艦も出来た自身の最初の仕事は、鎮守府の内部を見て周り、各施設を覚えることだった。

 秘書艦として同行している弥生と共にまず最初にやってきたのは…………。

「船着場……ですか……」

 先ほどより強くなった風に髪を抑えながら弥生が呟く。

 そう最初に来たのが先ほどまで上官を待っていた船着場である。

 その上官はと言えば、秘書艦の不知火が連れて帰ったらしい。

 まあそれはさておき、船着場は文字通りの意味で使われることもあるが、それ以上に。

「弥生たちはここから出撃することになる…………そして、帰って来た弥生たちを迎えることになるのも、ここだ」

 暗に生きて帰れと言う。また初の出撃すら済ませていないのに、早計だと思われるかもしれないが、それでも自信の提督としての信条は伝えておきたかった。

「これから先、どんな相手と戦うのかは分からない。だが生きろ、必ず生きて帰れ。そうすれば、次は勝てるよう、勝たせることができるように最大限の努力をしよう」

 だから帰って来い。そう告げた自身の言葉に、やはり表情を変えずに、けれど声音を変えて。

 

「了解です」

 

 しっかりとそう呟いた。

 

 

 船着場を離れ、次に向かったのは補給所だ。

 艦娘が深海棲艦と戦うには、二つのものが必要となる。

 一つは燃料、一つは弾薬だ。空母の場合そこにさらにボーキサイトが加わるが、今は割愛するとして、艦娘たちは戦闘へと出向くたびに、燃料と弾薬を消費し、尽きれば戦闘能力を完全に失うことになる。

 一人の艦娘が連続して戦闘できるのは3戦から4戦までと言われており、それ以上は戦闘能力を失ったただの的でしか無くなる。

 そこで、海域から帰投した艦娘に燃料と弾薬を補給するのがこの補給所だ。

「ところで、燃料ってどうやって補給してるんだ? 給油口とか無いように見えるが」

「飲みます」

「え………………」

「コップで…………きゅっと」

 くいっ、くいっ、と空手でコップを傾けるような動作を見せる弥生に、思わず目を見張る。

「えっと…………何、ですか」

 心なしかジトっとした目でこちらを見つめてくる弥生。主にまなじりが数ミリほど上がっているような…………気がする。

「怒ってる?」

「怒ってません」

 怒ってはいない、が、声音から判断するに何か呆れられているような気もする。

 と言ってもなんとなくそんな気がする、と言う程度ではあるし、何に呆れられているのか分からないので、恐らく気のせいだろうが。

「まあここは私が、と言うより主に弥生たちが世話になる場所だな」

 気を取り直しそう言うと、ですね、とだけ弥生が呟く。

「補給は、しっかりしないと…………戦えません」

 燃料が無ければ動くことに大幅に制限がかかるし、弾薬が無ければそもそも敵を攻撃できない。

 実際、燃料が尽きても水上を歩いて帰るくらいはできるらしいが、例えるなら手漕ぎの船とエンジンのついた船くらいの速度の違いが出るらしいので、移動より寧ろ戦闘中敵の攻撃を避けるのに燃料は必須らしい。

 つまり補給はある意味、艦娘たちの生命線なのだ。そう考えればこの補給所の重要性もわかるというものだ。

「そうだな…………補給は重要だ」

 そうして補給所にいた妖精たちに適当に挨拶しながら、次へと向かった。

 

 

 そうして次にやってきたのが…………。

「…………………………風呂?」

「入渠施設です」

 何言ってるんですか、みたいな視線を感じたが、これは仕方ないだろう。

 だってどう見たって風呂だ。浴槽を満たした液体が抹茶のような色をしていることと浴槽が二つあることを除けば、人間の風呂そのものである。まあ艦娘は人型であるし、こう言った施設があるのも当然…………なのか?

 

 入渠施設は傷ついた艦娘たちを()()するための場所だ。艦娘たちへのダメージの度合いを指して、小破、中破、大破の三種類を用いるが、入渠施設はそのダメージに度合いに応じて時間を必要とする。

 また入渠の際に、ダメージに応じただけの修復のための資源を必要とし、それには主に燃料と鋼材を用いる。

 艦娘たちには様々な艦種があるが、駆逐艦や潜水艦が最も必要とする時間と資源が少なく、戦艦や空母と言った重武装艦が必要とする時間と資源が多い。特に、噂にだけ聞く大和型戦艦などを大破させた時は、まだ開かれたばかりのこの鎮守府に備蓄された資源など一瞬で消し飛ぶほどの量を必要するらしい。

 もしかして最初の艦が駆逐艦だったのは、提督なりの気遣いだったのかもしれない。修理に必要な時間も資源も非常に少ない、まさに運営されたばかりの鎮守府には優しい艦だ。

 

 と、それはさて置いてまあ、ふと疑問に浮かんだことを尋ねてみる。

「ところで、弥生たちは普通の風呂には入らないのか?」

 確か事前に見た鎮守府の館内図の中の艦娘たちの個室にはそう言ったものは無かった気がするが。

「入りますよ、こっちは修復の時に入るだけですから。修理の必要無い時は普通に入ります」

「なるほど…………その辺りは普通の人間と変わらないな」

 そう言えば大浴場が一つありりやたら大きいなと思っていたがもしかして鎮守府に勤務している人だけではなく、艦娘たちも入るためのあのサイズなのだろうか?

 こうして思うことは、思った以上に艦娘のことを知らない、と言うことだ。

 上官である提督の元で修練していた時は、戦術的なことや、鎮守府の運営方法などばかり習い、こう言った艦娘たちの日常的な部分は習わなかったからこそこうして次々が明かされる事実に驚く。

 だがこれはこれで構わないのではないか、とも思う。

 初めから相手のことを一方的になんでも知っているのでは対等な付き合いとは言いがたい。

 互いに知って知られて、そうやって互いの理解を深めていくのがコミュニケーションであり、相互理解と言うものではないだろうか。

 

 だからこそ、自身は口を開く。そうして、こう告げる。

「弥生…………こちらから聞いてばかりでは何だ、そちらからも何か聞きたいことはあるか?」

 その問いに、弥生は一瞬意図を測りかねるような、そんな怪訝な雰囲気を醸し出していたが、さらに数秒考えこみ、ようやく口を開いた。

「では…………一つ、良いですか?」

「言ってみて構わない」

 発言を許可し、けれど弥生は数秒躊躇ったように、俯き。けれど決心したように顔を上げて、こう告げた。

 

「あの…………お腹、空きました」

 

 直後、ぐぅぅぅ、と音がする。

 目をぱちくり、とさせる。弥生は相変わらず無表情だったが、その頬が僅かに赤みを帯びている。

「っ、く、あはは」

 思わず笑いがこぼれ出す。だって仕方ないではないか、先ほどまでのどこか重かった空気で、まさかあんな発言が、しかもあんな無表情から飛び出すとは思わなかった。

「………………司令官、笑わないで、ください」

 ぷい、と顔を背けながら弥生がそう呟く。けれど横を向いていても先ほどよりも赤みを増した頬が良く見える。

「ああ、悪かった…………そうだな、私も朝食は軽く済ませただけだったからな、そろそろ昼になるし、昼食としようか。確か普通の食事も出来たはずだったな?」

 以前に上官のところの艦娘が普通の食事をしているのを見かけたことがあった。見た限りでは人間と同じものを食べていたので、恐らく普通の食事もできるのだろうと予想し尋ねれば弥生がこくり、と頷く。

「では次は食堂に行こうか」

「ん…………了解です」

 そうして二人で食堂へ向かおうとし、足を止める。

「艤装は置いてこようか」

「あ…………はい」

 重い(だろう)艤装を途中の執務室へ置き、食堂へ向かうその道中の弥生の足取りは、今までで一番軽そうだった…………多分、色々な意味で。

 

 

 ちゅるちゅると、隣で弥生がうどんを食べているのを眺める。

 すでに半分近く食べているのに、揚げが丸々残っているところを見ると、どうやら好物は最後まで残しておくタイプらしい。

 黙々と箸を動かす弥生の姿を微笑ましく眺めながら、カレースプーンで大皿に盛り付けられたオムライスを掬い、一口。しっかり味のついたチキンライスとふわふわトロトロの卵、たっぷりとかけられたデミグラスソースが口の中で溶け合い、至福を生み出す。デミグラスソースの上から生クリームを垂らしてあるのがポイントだ、口当たりに若干の滑らかさがあり、いくらでも食べられる気がする。

 ふと気づくと、弥生がじっとこちらを見ていた。こちら、と言うよりかはその下のほうの…………オムライスを。

「食べたいのか?」

 そう尋ねた途端、はっと我に返ったようにぶるぶると頭を振り、うどんへと視線を落とす。

 くすり、と笑う。表情のせいか、どうにも感情を読みにくいと思っていたが、外見相応の年齢的な感情はあるようで、少しばかり安心した。

 箸置きの中に一緒に入っているスプーンをもう一つ取り出すと、大皿に添えて、そっと弥生のほうへと差し出す。

「一口くらいなら食べていいぞ」

 箸を止め、ジッと自身に差し出されたオムライスを見つめ、そうして自身を見る。

 そのまま数秒、互いに見つめあい。やがて、弥生がスプーンを手に取る。

「もらっちゃって、いい…………ですか?」

「ああ、構わない」

 そう返すと、弥生が礼を告げ、手に持ったスプーンでオムライスを掬い、ぱくりと口に含む。

「ん……………………美味しい……です……」

 そう言って、

 

 弥生が、

 

 微笑んだ。

 

「…………………………………………………………………………………………」

 ぱちくり、と目を何度となく瞬かせる。すでに弥生の表情は元の無表情に戻っている。

 夢? いや、幻? そんなことを思ってしまうぐらいには、驚かされた。

 そんな自身の様子に気づいた弥生が怪訝気な様子でこちらを見てくる。

「どうか……しました……?」

「いや、何でも無い」

 取り繕った自身の言葉に、けれどそうですか、とだけ呟き弥生が大皿を返してくる。

「もういいのか?」

「はい…………それは司令官のですから」

 足りなければ適当に追加注文するので食べてもらっても構わないのだが。

 そんなことを考えていると、弥生が、それに、と言葉を続ける。

「次に来た時、自分で頼むことにします」

 だから、次に来た時のお楽しみです。そんな弥生の言葉に、そうか、と言って笑う。

「じゃあ、今食べるのは勿体無いな」

 そんな自身言葉に、相も変わらず表情は動かなかったが、どこか楽しげな様子で。

 

「はい」

 

 そう言った。

 

 




【戦果】

旗艦  弥生Lv1 ←New 弥生、着任……です……。司令官、よろしく……です……。
二番艦 None
三番艦 None
四番艦 None
五番艦 None
六番艦 None




弥生ちゃんマジで可愛い。現在レベル95。あと4レベだが、必要経験値がキチガイ。
98→99に必要な経験値14万ってどういうことですか(震え声)

作中に書かれたことの大半は妄想です。
艦これウィキあったのに設定がまるで何も書いてないので、適当に空想しながら書きました。ご容赦願います(


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三話 新人提督が工廠で建造したりする話

ケッコンしました。


「建造するぞ」

 鎮守府に着任して、早三日。朝一番から目の前の弥生にそう告げた。

 告げられた弥生は、と言えばいつも通りの無表情で、了解です、とだけ呟いた。

「それで…………配合、どうしますか?」

 尋ねる弥生の言葉に、自身は、さてどうするか、と心中で呟いた。

 

 建造、とは。以前も言ったが艦娘を新しく作ることだ。

 鎮守府内でも特に大きな工廠の中の一番奥にある製造ラインで妖精たちの手によって艦娘は作られる。それが建造だ。提督ですらその詳細は知らない、まさに妖精たちと艦娘たちだけが知る秘密の場所である。

 基本的に提督の命令で妖精たちは建造をする、つまり提督が鎮守府の最上位ではあるのだが、その提督をして、建造の様子を知ることは上から禁じられている。理由としては、建造は艦娘を作る不世出にして門外不出の技術であり、その技術を知るものは極々一部のものだけに限定されるべきだからだ。

 秘密を共有する人数が多いほど、秘密は外部へ漏れやすくなる。どれだけ厳重に守ろうとしてもどれだけ漏洩に注意を払っていようとも、だ。

 だったら最初から知る人間を限っておけば良い。もし漏れ出したなら、犯人の特定は非常に容易になる。

 つまり、この禁は提督の身の保障と等価だ。決して知ってはならない。だがもし漏洩したとしてもその身は疑わない、と言う交換条件だ。

 さて、その話はさて置くとして建造には必要なものが5つある。

 一つは燃料、一つは弾薬、一つは鋼材、一つはボーキサイト、そして最後の一つが開発資材。

 基本的に開発資材は一度の建造に一つが基本故に、残りの四種類、燃料弾薬鋼材ボーキサイトの組み合わせを通称レシピと呼ぶ。レシピとはつまり、先ほど弥生が言った配合の割合だ。

 艦娘を作る必要最低限の資源は燃料弾薬鋼材ボーキサイト各30ずつと言われている。

 オール30は最も基本となるレシピであり、上官の提督が最初にこれで回し、建造されたのが弥生だ。

 このレシピは駆逐艦が最も良く出るレシピであり、時折軽巡洋艦なども出る。

 極々稀にそれ以外も出るのだが…………まあ、本当に稀過ぎてほとんど報告も無いので、気にしなくても良いだろう。

 他にも戦艦や重巡洋艦が良く出る戦艦レシピや正規空母軽空母が良く出る空母レシピなどもある。

 

 戦艦や重巡洋艦、空母は強力な戦力であり、いるのといないのとでは、天と地ほどの差があると言っても過言ではない。

 では、ここは戦艦レシピを回すべきか? と言われると否と言わざるを得ない。

 何故ならあるものが足りないからだ。

 それは自身が上官の元で学んだことの一つであり、自身が上官を尊敬している理由の一つがここにある。

 上官である提督の鎮守府はすでに何年もの間前線で戦い続けてきた猛者ぞろいであり、その中には戦艦も正規空母もいる。そうなると必然的に増えるものがある。それこそは自身が戦艦レシピを回さない理由であり、多くの戦艦、正規空母を艦隊に抱える提督たちが悩むもの…………それは消費だ。

 艦娘は戦えば燃料と弾薬を消費する。傷を負えば燃料と鋼材を消費して修復を行う。

 同じ駆逐艦ごとに一概に同じには出来ないが、例として駆逐艦が一度の戦闘で消費する燃料と弾薬を凡そ10とする。すると、戦艦が一度の戦闘で消費する燃料と弾薬はその5倍以上にもなる。

 つまり、戦艦が一度戦うための資源で、駆逐艦なら凡そ5戦はできるのだ。

 さらに修復に必要な鋼材も問題だ。例え駆逐艦が大破したとしてもその修復に必要な鋼材は20から30、多くても40行くか行かないかといったところだろう。だが、戦艦が大破すれば一度に200以上、酷いときは500近くの燃料と鋼材を必要とする。

 最強の戦艦との呼び声高い大和型戦艦など、一度の修復で四桁の資源を必要とすることすらあると言う。

 

 正規空母も同じように大量の燃料と弾薬、鋼材を消費する。その上さらに、空母の名の通り、艦載機を使用し戦う彼女たちは戦闘中に撃ち落された分の艦載機をボーキサイトを使って補充する。

 正規空母が一度に積める艦載機の数は七十から八十程度であり、一戦ごとにに撃ち落される艦載機は五から十。そしてその艦載機一つにつき、凡そボーキサイトを5ほど消費する。つまり、一戦ごとにボーキサイト25から最大でも50ほど消費して戦うことになる。

 

 因みに言えば、今現在の我が鎮守府に与えられた資源は燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト全て400ずつだ。

 これでも他の提督より僅かに多い、上官の計らいである。他の鎮守府はだいたい300前後らしい。

 上官の行った建造により、全て30ずつ消費されてはいるが、残りは370。一応毎日多少の資源は届けられてはいるが一日100前後と言ったところ。

 

 つまり、今の自身の鎮守府に戦艦や正規空母を運営できるような能力は全く無いと言っていい。

 一度や二度戦闘させることはできるだろうが、それをすれば鎮守府中の資源が空っぽになる。

 そして、だからこそ、その戦艦空母を多数使って戦闘を何度となく繰り返す上官は強いのだ。

 それができる理由は、簡単だ…………遠征隊による強固な補給路の確保。

 全ての提督は、最初は6隻編成の艦隊を一つだけしか持つことを許されない。それは無能な提督のもとで多くの艦娘が命を散らすことの無いように、と言う配慮であり、功績を挙げることで第二艦隊、第三艦隊、第四艦隊を作ることを許可される。

 そして、第二艦隊以降を使って行う遠征と言うものがある。

 第一艦隊の主目的は深海棲艦の討伐を海域の保持、開拓であるとするならば。第二艦隊以降の目的は、それ以外の雑事の一切だ。

 

 例えば海上運輸で油田地帯から燃料を運ぶタンカーの護衛、鎮守府などに物資を搬送する輸送船団の護衛、海域の警備や時には強行偵察などの危険な任務に従事することもあれば、観艦式などに参加する平穏な任務もある。

 時折、第一艦隊の代わりに深海棲艦討伐や海域開拓へと赴くこともある、まさに何でも屋的なポジションにあるのが第二艦隊以降の艦隊だ。

 そして遠征をこなすと報酬が与えられる。タンカー護衛をすれば燃料を譲渡してもらえ、輸送船団の海上護衛をこなせば燃料に弾薬、鋼材やボーキサイトなども報酬として支払われる。

 そうした遠征をこなし、資材を溜めることで第一艦隊の戦力を縁の下で支えている。

 

 上官はそれが上手かった。普段からこの遠征を重視し、開拓海域の警備任務により安全性を確保し、海上の安全を確保されれば行きかう輸送船団も増えその護衛の仕事も増える。足りない資源があれば、とにかく遠征を使って集めてくる。そう言う供給ラインがしっかりと出来ていた。上官自身の鎮守府に大量の資源を溜め込み、いざ、と言う時に普段から備えているお陰か、あの鎮守府ではここ数年は資源不足と言うものに陥ったことがない。

 補給と修理のしっかりと行われた戦艦と空母は自身の最高のパフォーマンスを発揮し、そのコストに見合うだけの戦果を出し続け、そのお陰で上官の名が上がり、遠征の仕事が増えていく。

 

 残念ながら今の自身の鎮守府には第二艦隊は無い。つまり毎日送られてくる資源と、後は大本営から与えられる任務の報酬。この二つでしばらくはやりくししていくしかない。

 つまり結局、今の鎮守府の状況を考えるなら。

 

「オール30…………基本レシピでいこう。まだ始まったばかりのこの鎮守府に必要なのは、数だ」

 例えば、弥生単艦で出撃したとしても、所詮は駆逐艦、たかが知れている。酷い言い方だが、それでも戦力を過剰に評価することも過小評価することも、あってはならない。提督なら自身の戦力くらいは正確に把握しておくべきだ。

 例え駆逐艦でも、三隻、四隻と集まればそれはバカにできない戦力となる。夜戦で駆逐艦が戦艦を沈める、などと言う事例は過去にいくらでもあるのだから。

「あの司令官」

 と、その時、弥生が自身に向かって告げる。

「建造の……ラインが、まだ一つ使えないから、作れるのは…………一隻だけになりそう、です」

「何?」

 建造ラインは、提督には秘されている、艦娘を建造するための製造工場のようなものだ。一つのラインから一隻の艦娘が製造され、基本的にどの鎮守府も二つ、多いところでは三つ、四つとある…………はずなのだが。

「建造ラインが一つ? どうしてまた」

「まだ建造ラインを使うための、準備ができてないそう、です」

「今日明日でどうにかなるのか?」

「昨日聞いた時、は。数日中にどうにかなる、とは」

 何故提督の自身が知らないのに、弥生は知っているのか、と思ったが、昨日と言う言葉で思いだす。昨日工廠へと弥生を向かわせていた。恐らくその時に話たのだろう。

「なら仕方ない…………一隻だけでも構わない、とにかく建造を頼んだ」

「了解、です」

 自身の言葉に弥生が頷き、そうして工廠へと向かうために、部屋を出て行く。

 

 さて、一体何が出てくるか。

 

 オール30で作れる艦種はおおよそ四種類。

 と言っても、主には二つだ。

 一つは駆逐艦、そしてもう一つが軽巡洋艦。

 駆逐艦の特徴と言えばとかく低コストであることだ。一戦ごとに消費する資源も少なければ、ダメージを回復するのに必要な資源も時間も少ない。自身のような駆け出し提督には重宝し、新人提督なら誰もが最初の頃は駆逐艦で艦隊を作っているだろう。とかく速度が速い。全艦種中最速の航海速度を持ち、駆逐艦島風はその中でもさらに速い最速で40ノットと言う脅威の速度を誇る。

 軽巡洋艦は最強の対潜攻撃能力を持つ艦種だ。駆逐艦に次いで低コストで運用しやすい。ただ砲火力も駆逐艦の次くらいには弱いので、重巡洋艦、戦艦など強固な装甲を持つ敵相手には弱い。と言っても、近年改修と改造により、重巡洋艦に匹敵するほどの火力や装甲を持つもの出てきたようだ、今は割愛する。

 

 出てくるとすればこの二種類の艦種のどちらかになるだろう。

 

 一応三種目を言っておくと重巡洋艦だ。先ほどはああ言ったが、それでも重巡洋艦の力は侮れない。

 この鎮守府近郊では相当な戦力になることは想像に難くなく、

 厳しい資源のやりくりが求められるが、それでも大幅な戦力増強に見合うものではあると思っている。

 と言っても、このオール30レシピで重巡洋艦が出ることは非常に稀であり、あまり無い。今回は考える必要は無いだろう。

 

 そして、四種目だが…………。

 

 こればっかりはあまりにもあり得ないので言及を避けようと思う。

 何せ大本営からの任務にある建造をこなすため、ほぼ毎日オール30レシピが数百と回されているが、報告されたのはたった一度だけと言う数千分の一以下の確率と言うあまりにも希少すぎるもの故、考える必要は無いだろう。正直重巡洋艦が出るほうがまだ現実的と言っていい。

 

 書類仕事を片付けながらふと時計を見る。時間にしてそろそろ二十分少々。もし駆逐艦ならばそろそろ建造されていてもおかしくはないが…………。

 

 と、その時。

 

 とんとん、と執務室の扉がノックされる。

「入れ」

 そう告げると、扉が開かれ、立っていたのは予想通り弥生。

 扉を閉め、自身の座る提督のデスクの目の前まで来ると、口を開く。

「司令官、新しい艦が竣工です」

 時間を見る、ちょうど二十分少々と言ったところ、どうやら駆逐艦のようだった。

 建造に必要な時間は艦種ごとに異なるが、駆逐艦は全て十八分から三十分の間に収まる。軽巡洋艦と重巡洋艦は最低一時間以上建造に時間がかかる。

 つまり、今回は駆逐艦と言うことだろう。

 

 そう、思っていたのだ。

 

「こっちに、呼びますか?」

 弥生の言に、首を振って否定し、椅子から立ち上がる。

「いや、こちらから向かおう。書類仕事もようやくひと段落ついたところだからな」

 軽く肩や首を回し、凝った筋肉をほぐしてやると、弥生のほうを向いて告げる。

「弥生と共に戦う仲間だ、一緒について来て挨拶すると良い」

 了解です、と短く頷き、弥生と共に工廠へと向かう。

 

 

 工廠は執務室からそれほど遠くなく、執務室を出て少し歩けばすぐそこだった。

 数日前も開けた重々しい鉄扉を、今度は弥生と共に並んで潜り、工廠へと入る。

 そうして、そこにいたのは…………

 

「伊号第一六八潜水艦よ、呼びにくいならイムヤで良いわ、よろしくね、司令官」

 

 水着の上にセーラー服の上だけを着た赤い髪の少女だった。

 

 伊号第一六八()()()

 そう、潜水艦である。

 先ほどは言及を濁した、オール30レシピで出る四種類目の艦種、それが潜水艦だ。

 報告件数たったの一件。

 正直、虚偽申請…………デマだったのではないか、とさえ言われている超々低確率で建造される艦、それが潜水艦だ。

 

 つまり目の前の少女は、その潜水艦であり。

 どうやら駆逐艦一隻の鎮守府に次にやってきたのは、いきなり潜水艦などと言う難物らしく。

 幸運を喜ぶべきなのか、それとも不幸を嘆けばいいのか。

 

 どうにも表情に困った。

 

 




【戦果】

旗艦  弥生 Lv1    二隻目で…………潜水……艦……?
二番艦 伊168Lv1←New 伊号168潜水艦、イムヤよ。よろしくね、司令官。
三番艦 None
四番艦 None
五番艦 None
六番艦 None


うーぴょん来ると思った? 残念、イムヤです。
このキャラの登場を誰が予想できただろうか。
と言うわけで多少読者の意表をつけたかな?(ついてどうする
まえがきにも書きましたが、つい10時間ほど前に弥生ちゃんとケッコンカッコカリしました。
あと、某チャットルームで教えられたんだけど、まだ二話しか投稿していないこの作品がレビューされていたらしく、軽くびびった。
ごめんなさい、正直、この小説、弥生レベリングの戦闘中の暇を潰すためだけに手慰みに書いてただけなの。
難しいことは特に考えてない、ただ弥生ちゃんを愛でるだけの小説です。

ところで弥生の口調とかこんなのでいいのだろうか。ちょっと難しい、大人しい子だし。
多分うーぴょんならもっと書きやすい。

全然関係ないですけど、オール30で潜水艦って本当に出るんですかね?
自分は出したことないですけど、そういう話がスレではちらほら見かけるんですよね。確率1000分の1とかそんなこと書いてあったらしいですけど、本当なんですかねえ。
正直、自分はつい数時間前までドラム缶のカットインが本当に存在すると思ってたバカです。

さて、次はいよいよ出撃の回です。

基本的に、もし自分がもう一度初めから始めるとしたら、どうする? みたいな感じで行動させてます、提督さんは。


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四話 新人提督が初めて出撃させたりする話

弥生可愛いよ、弥生。


 

 潜水艦。

 文字通り潜航できる軍艦である。民間船などが潜水機能を持っても、潜水艇と呼ばれるので、潜水艦とは本当に、潜航できる軍艦のみを指す。

 日本における第二次世界大戦中の潜水艦は大きく二種類に分けられる。

 それは即ち、海大型潜水艦と巡洋型潜水艦の二つだ。

 

 伊168。

 

 もっと詳細に言えば、海大Ⅳ型a1番艦伊号第一六八潜水艦。

 

 昨日自身の艦隊に加わった艦娘である。

 弥生に続く二隻目の艦…………なのは良いのだが。

「潜水艦…………潜水艦か」

 そう、その艦種が問題なのだ。

 

 オール30レシピでの建造艦の建造報告はたったの1件、デマ情報だなんだと言われていたが、それ以外の俗に言うレア駆逐艦レシピ、上位駆逐艦レシピと呼ばれる配合にてはそれなりの数の建造が確認されている。

 つまり、運用する上で、それなりのデータはある、と言うことだ。そしてデータがあるからこそ、頭を悩ませる。

 

 この潜水艦と言う艦種。

 一言で言うならば…………キワモノだ。

 まず潜水艦には砲が無い、主砲は勿論だが、副砲すらない。故に砲撃戦には参加できない。

 使うことのできる兵装は魚雷のみ。その魚雷も有る程度熟練してこないと多くは持てず決定打を撃てるほどの火力が出ない。

 耐久値も低く、装甲はほぼ紙だ。その上、回避もお世辞にも高いとは言えない。

 これだけ聞くと欠点だらけのように聞こえるが、潜水艦がキワモノたる最たる理由は別にある。

 

 潜水艦は、戦艦、空母からの攻撃を一切受けない。

 

 そもそも通常の弾薬や爆薬などでは海中に潜む潜水艦にまで攻撃が届かない故に、戦艦、空母には滅法強い反面、対潜装備を施された駆逐艦や軽巡洋艦などを相手にするとその紙装甲と回避性能の低さを遺憾なく発揮し、あっさりと沈められる。

 そしてここが最も重要なのだが、潜水艦を他の艦種と共に出撃した時、潜水艦を攻撃できる駆逐艦、軽巡洋艦、重雷装巡洋艦などは他の艦隊に見向きもせずに、真っ先に潜水艦だけを狙ってくる。こういう言い方はなんだが、囮としては非常に有用で、練度を高めた潜水艦を運用すれば、一切の被害も無く一方的に敵を攻撃することすら可能になる、らしい。当たらなくてもそれでも潜水艦だけを狙うあたり、深海棲艦側にとっても潜水艦はそれだけ脅威となるようだった。

 

 そう、脅威なのだ、潜水艦と言うものは。

 

 海中と言うその存在を知覚すらできない場所から突然魚雷がやってくるのだ、全く持って恐怖である。

 水中探信儀、通称ソナーと呼ばれる装備があればその存在をはっきりと知覚することができるのだが、生憎ながらこれが簡単に手に入るような装備ではない。

 

 つまり、上手く運用できればかなり強力な艦であり、逆に使いこなせなければ、あっさりとやられてしまう艦でもある。

 そしてこの場合の効率的な運用と言うのは、戦艦等強力な艦を組ませることにより潜水艦がやられる前に敵を全て片付けてしまう、もしくは、潜水艦の艦隊を作ってしまう、などと言うものであり、少なくとも、駆逐艦一隻と組ませるような艦種ではないことだけは絶対に確かである。

 

 だが出てしまったものは仕方ない、とため息をつく。

 

 現状、イムヤを使わない、と言う選択肢が無いのも事実だ。

 それほど潤沢な資源があるわけでもなければ、艦数が揃っているわけでもない。

 今はとにかくあるものだけでも使うしかない、と言ったところだ。

 

 そう、使うしかないのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 出撃命令、そう書かれた一枚の書状に、思わず顔を顰めた。

 

 

 * * *

 

 

「出撃するぞ」

 その言葉に、秘書として執務室にいた弥生が少しだけ眉をひそめる。

「司令官…………まだ艦隊に、二人しか、いないけど」

 そう、昨日の衝撃の建造から一日経過して、未だに次の建造は行われていない。

 理由は色々あるのだが、主な理由は回数だ。

 大本営から言い渡されている任務の中に、一日一定回数の建造と言うものがある。

 ノルマ数を達成することにより、大本営から資源や資材を報酬として渡されるのだが、このノルマ数が1隻、その次が4隻なのだ。そしてこのノルマ数は翌日に持ち越したりはできないので、その日のうちに終らせる必要がある。

 オール30レシピとは言え、三度も回せば全資源90、鎮守府の資源の四分の一にもなる。それをさすがに躊躇したのが最大の理由だった。

 そうして、明けて翌日の今朝、上官の鎮守府経由で大本営から通告が来ていた。

 

 出撃命令、そう書かれた一枚の書状。

 

 机の上に広げられたその書状に、弥生が無表情に目を通していく。

「なんです……か……これ?」

 無表情に、けれどどこかきつい目つきで弥生が自身を見つめてくるので、お手上げと言わんばかりに両手でひらひらとさせながら答える。

「出撃命令…………どうやら着任から四日、出撃も演習もしなかったせいで、何やってんだ、とせっつかれてる」

 じー、と弥生がこちらを見てくるが、これを送ってきたのは大本営だ。こちらを見つめられても困る。

 とにかく、と机の上に置いた紙を机ごと叩き、自身の考えを告げる。

「まだ早計かと思っていたが、これも一つの切欠だと思っている。この鎮守府の戦力を正確に把握するためのな」

 自身がこれまで見てきたのは、上官のところにいた、すでにある程度以上育ってしまった戦力だった。

 生まれたばかりの練度の低い艦娘と言うのをあまり見たことが無い以上、その力がどれだけ強いのか、どれだけ弱いのか、今一把握しきれていない部分もある。

「いきなり実戦で大変だとは思うが、やってきれくれるか?」

 こちらも弥生の目を見つめ返し、そう告げる。

 

 まだ二人とは言え、弥生は艦隊の旗艦だ。

 その弥生が、どうしてもまだ早いと言うならば、大本営に掛け合ってでもこの出撃を止め、上官に頼んで演習にでも切り替えてもらおうと思っていた。

 そうして沈黙のまま数秒が過ぎ、弥生がゆっくりと口を開く。

 

「命令……ですか……?」

 

 その言葉に、こちらも言葉を返そうとし…………口をつむぐ。

 それは気づいてしまったからだ、上官のところにいた頃は気づけなかった。

 生と死がかかった戦場に目の前の少女を送り出す、その決定が自身によって行われるのだと、そんなことに今さら気づいたのだ。

 艦娘とは兵器だ。だが同時に感情のある人間と同じ存在でもある。

 この数日の間、共に過ごしてきた目の前の少女を、自身はこれから自身の言葉一つで戦いに赴かせる、そう思うと、一瞬言葉が出なかった。

 けれど、けれど…………だ。

 同時に思う。何故今まで気づかなかったのか。

 出撃自体は上官のところで何度も見ていた。上官が出撃を命令しているところも。

 どうして上官はあんなに簡単に命令を言えたのだろう? 上官は決して情の薄い人ではない、と言うか艦娘を人間と同等に考えている節すらある。その上官がどうして、自らの艦娘たちをあんなにあっさりと戦場に送り出せるのだろうか?

 そう考え、けれどすぐに答えに行き着く。

 

 信じているからだ。

 

 自分の艦隊を、立派に戦ってきてくれる、けれどちゃんと生きて帰ってきてくれる。

 そう信じているから、あんなにも簡単に命令することができるのだ。

 目の前の少女を見る。その目を見る。共に過ごした数日を思い浮かべる。

 自分はこの少女を信じることができるか?

 そんなもの、答えは決まっていた。

 

「命令だ、本日中に弥生はイムヤと共に鎮守府近海に出撃せよ」

 その自身の言葉に、弥生が無表情のまま、けれどその目に確かに力を込めて。

「了解……です……。弥生、水雷戦隊、出撃です」

 そう告げ、部屋を出て行こうとし…………。

「弥生、一つだけいいか?」

 足を止める。振り返る、無表情なので顔には出ていないが、けれどどこか、どうしたのだろうか、と言った訝しげな様子が伺える。

「出撃して最初の敵と戦闘になったら…………その時点で帰って来い」

「最初の敵と戦ったら、その時点で、ですか?」

 弥生が僅かに戸惑ったような声で尋ねてくる。その問いに、自身はこくりと頷く。

「弥生にとってもイムヤにとっても、初出撃だ。まだ無理するような状況じゃ無い。だから、夜になる前に戻って来い、いいな?」

 たった一度の戦闘だけとは言え、出撃しているのだ。大本営にも文句は言わせない。

 戦力調査も小規模な出撃を何度か繰り返せば十分だ。

 つまりここで無理して戦う必要性が全く無いのだ。

「無理して戦う必要性は無い、まだ始まったばかりだからな、この鎮守府は」

 そんな自身の言葉に、数秒弥生が考えこみ、やがてこくりと頷き。

「了解しました」

 そう言って、今度こそ部屋を出て行った。

 

「…………頼んだぞ。弥生」

 

 弥生の居なくなった部屋で、そっと呟き。

 

「…………頼まれ、ました、司令官」

 

 執務室を出た弥生が、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「イムヤさん、いらっしゃいますか?」

 コンコン、と扉を軽く叩く。

 鎮守府内にある艦娘に個々に与えられた部屋。正確には鎮守府の敷地内にある寮のような施設。

 そこのとある一室の扉の前で、弥生がそう告げる。

 そこは先日建造されたばかりの伊168の部屋だ。

 艦娘は、基本的に仕事が割り振られていない時は、やることが無い。しかもいつ出撃や遠征の命令があるか、分からないので暇を潰すために鎮守府から出ることはできない。

 なので、基本的に待機中の艦娘は自身の部屋にいるか、仲間の艦娘と一緒にいたりすることが多い。

 とは言っても、まだこの鎮守府には弥生を含めて二人しかいない、その弥生は秘書艦として提督といることが多いのだから、必然的にここだろう、と扉をノックすると。

「はい、どちら様ー?」

 そんな声がすると共に、扉が開かれる。そうして、こちらの顔を見ると、破顔して口を開く。

「あら、いらっしゃい。どうしたの? イムヤに何か用?」

「あの…………出撃、です」

 どこかハイテンションなイムヤの勢いに押されつつ、弥生がそう告げると、ニィ、とイムヤが口元が吊り上げる。

「そう、伊号潜水艦の力、見せてあげる時が来たのね」

 なんだか好戦的だな、と思いつつもいつも通りの無表情でそれを顔におくびにも出さず、弥生が続ける。

「今日中に戻ってくるように、とのこと…………なので、早いうちに、出たい、んだけど」

「んふー。私ならいつでも出れるわ!」

 そう言って笑うイムヤの姿に。

「そう、ですか」

 無表情に、弥生がそう呟いた。

 

 

 弥生も、イムヤも、すぐに出撃しても問題なかったので、工廠で艤装を装着し、海へと立つ。

「風、強い」

 吹きすさぶ風に、長い薄紫色の髪を抑えながら弥生が呟く。

 鎮守府近海の海上を低速で移動しながら周囲を見渡す。敵の姿は無い、最も味方の姿も無いが。

 イムヤはすでに潜水して自身の後ろをついてきている。

 潜水艦の最大のメリットは、敵に見つかりにくいことだ。不意を撃った魚雷の一撃は敵に思わぬ大打撃を与えることがある。潜水艦を指して、究極のステルス兵器とは良く言ったものである。

「敵影…………無し」

 見渡す限りの風景に敵の姿は無い。この鎮守府近海に敵の潜水艦はいないはずなので、本当に敵はいないのだろう。

 出撃から一時間近く経過しているが、未だに敵との遭遇回数はゼロ。もう数時間で夕方になる、もしもそれまで敵と遭遇することが無ければ鎮守府に帰投したほうが良いかもしれない。

 そんなことを、弥生が考えていた、その時。

「っ!」

 視界の端にそれを捉える。ふと下のほうを見ると、イムヤの姿が見えた。魚雷をいつでも発射できるように構えてこちらを見ていたので、こくり、と頷く。

 

 顔だけの一つ目の化け物がそこにいた。

 

「深海……棲艦……」

 駆逐イ級と呼ばれる敵。人類の、そして艦娘たちが討ち果たすべき敵。

 それが、そこにいた。こちらを見ていた。そのたった一つしかない、目らしき何かと視線が交差した。

「砲雷撃戦、いい?」

 ちらり、と視線をイムヤへと向けると、向こうもこくりと頷いた。海中なので声は届かないしが、互いに言いたいことなどこの場面では一つしかない。

 イムヤが浮上してくる。その勢いのまま海面に一瞬顔を出し、大きく息を吸い込む。

「急速潜航、行くわ」

 呟いた言葉だけを残し、再度イムヤが先ほどよりも深く、潜っていく。

 直後、潜水艦の存在を認めた敵のイ級がイムヤの姿を追って砲撃を開始する。

「当たって!」

 その無防備な姿を狙い、12cm単装砲を撃つ。

 撃ち出された弾丸はイ級へと着弾する、だがその攻撃は、イ級を仰け反らせる程度に留まった。どうやらカスっただけらしい、と言っても元が装甲の低い駆逐イ級だ、それだけでも小破程度のダメージは受けている。

 さらに近づく、燃料を燃やし、速度を上げる。

 元々射程の短い駆逐艦の主砲よりさらに近いそこは。

 

「魚雷発射」

 

 魚雷の当たる距離だ。

 

「魚雷一番から四番まで装填。さぁ、戦果を上げてらっしゃい!」

 

 海中のイムヤがそう呟いた。

 

 海中に白い軌跡を描きながら、魚雷がイ級目掛けて発射される。

 

 これで勝った、そう…………思った。

 

 けれど、それが裏切られるのが直後の話。

 

 イ級から白い軌跡が放たれた。

 

 白い軌跡は真っ直ぐに、弥生へ向けて進んできて。

 

「……え……?」

 

 そう、呟いた瞬間、激しい飛沫が上がった。

 




【戦果】

旗艦  弥生 Lv2 MVP …………え…………?
二番艦 伊168 Lv1    弥生っ?!
三番艦 None
四番艦 None
五番艦 None
六番艦 None



弥生のレベリングで燃料と弾薬が7000切ってたんで、戻そうと思ったのに。
なんで2-5なんて実装されるんだよおおおおおおおおおおおおお。
速攻でクリアしました。浜風さん出たのはいいんだけど、キミ二人目なんだよね(
浦風さんは出ませんでした。資源回復させつつ、また適当に回ろうと思います。
まあ、資源がそこまでやばくなったのは、レベリングの後にドラム缶開発400回ほど回したせいだと思うが…………。
羽黒さんかわいかったけど、別に欲しいとは思わなかったかな?
現在遠征隊のキラ付け+レベリング中。東京急行ってけっこうレベルがいりますからね。

昨日、学校の都合で熊本まで行ってきたんですけど、道中のバスで、弥生のシリアスシーン思いついたので、そこまで頑張って書きます。
そして、そこを乗り越えたらなんと…………クーデレ弥生がドロデレになります(


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五話 新人提督が弥生たちと作戦会議したりする話

弥生可愛いよ、弥生。


 ほんの僅かな気の緩み。

 気づいた時には、もうすでに白い軌跡は目の前で。

 その軌跡が敵の魚雷なのだと気づいた瞬間。

 

 水面を蹴ったのと、魚雷が爆発するのは同時だった。

 

 激しい水飛沫に視界が塞がる。直後にやってくる衝撃に体が弾かれ…………一メートルほど下がったところで、止まる。

 数秒置いて、海中からイムヤが浮上し、こちらへとやってくる。

「弥生?! 大丈夫?」

 そう尋ねられ、改めて自身へのダメージを冷静になって確かめる。

 艤装破損箇所無し、身体へのダメージ軽微。直前に跳んだ分、爆発が遠のき結果的にダメージは軽くなったようだった。

「えっと、損傷は……問題無い……レベル、です」

 その言葉にイムヤがほっとしたように息を吐き、ふと視線を反対側に向けた。

 自身もそれを追うように視線をやると、そこに海底へと沈んでいくイ級の姿が見え…………。

「…………帰りましょう」

「…………そうね」

 敵とは言え、海へと沈んでいくその姿は、決して他人事とは言えず。

 出撃前はあれほどテンションの高かったイムヤも、どこか気難しそうに目を細め、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「良く帰ってきてくれた」

 港に戻ると、何故か司令官がいた。

 どうして? とも思ったが、すぐに出迎えてくれたのだと気づいた。

「司令官……第一艦隊、ただいま、戻りました」

 そんな弥生の言葉に、司令官が頷き、珍しく笑った。

「おかえり、弥生、イムヤ…………よく帰ってきてくれた。見たところ傷らしい傷はなさそうだが、どこか負傷したところはあるか?」

 魚雷の衝撃で多少ダメージがあったので、そう言うと、司令官は鷹揚に頷き。

「ならすぐに入渠施設(ドッグ)へ…………一応準備はさせておいて良かった。それから、夜八時に弥生もイムヤも両方執務室に来てくれ」

 そう言い残し、司令官が去っていくのを見て、首を傾げる。

「夜から、何かするの…………?」

「さあ…………何かしら?」

 互いに顔を見合わせ、けれどその時になれば分かることかと、無傷だったイムヤは自室へ、そして多少とは言えダメージを受けた弥生は入渠へと向かった。

 

 

 飛んで時間は夜八時。

 部屋の中には、すでに自身、弥生、イムヤの三人が揃っていた。部屋の奥に置かれた提督の机の前に椅子を二つ並べて、弥生とイムヤを座らせ、自身はその反対側に座っている。

 来い、としか言ってないからか、弥生もイムヤもこれから何をするのかと、怪訝な表情をしていた…………と思う、弥生は表情が変わらないので雰囲気からそうじゃないかと思った程度だが。

「さて、時間通り集まっているな、結構…………それでは、これより作戦会議を始めようか」

 そう告げると、弥生、イムヤの二人が首を傾げる。

「作戦、会議…………ですか?」

「司令官、具体的に何を話し合うのかしら?」

 そんなイムヤの問いに、一つ頷き答える。

「簡単に言えば、当面の鎮守府の方向性だ。まあとりあえず、一つずつ進めていこう。まずは今日の出撃についてだ」

 そう言って机の中から取り出したのは一枚のレポート用紙。

 入渠施設(ドッグ)から出てきた弥生に書かせた、今日の出撃中に起こった出来事を纏めさせた報告書だ。

「鎮守府近海を巡回中に、敵駆逐イ級と交戦、敵を撃沈するもこちらも魚雷を被弾、被害軽微…………となっているな。まあ実際、入渠時間も短かったようだし被害軽微と言うのは、正しかったとして、だ」

 こつん、と人差し指で机を突く。それから報告書から視線を外し、弥生とイムヤを交互に見て尋ねる。

「正直に言ってくれ、このまま出撃して、次はもっと遠くに行けるか?」

「難しい、です」

「無理ね」

 言葉を濁した弥生に対し、きっぱりと断言したイムヤ。二人の言葉にやはりか、と思う。

 

「砲撃戦での火力不足、か?」

 

 報告書を読んでいて思ったのはそこだ。潜水艦であるイムヤは砲撃戦ができない。砲撃戦での囮役はこなせても、そもそも絶対に当たらない魚雷だけは深海棲艦も無理に潜水艦に当てようとはしない、つまり残った弥生に全て飛んでいくことになる。

 今回は敵単体だったから良かったものの、二隻や三隻以上の編成の敵がやってきていれば、それらの敵が撃って来る魚雷が全て弥生に集中することになる。

 

「そうね、戦艦…………ないし、重巡洋艦が一人でもいたらそもそも被害を受けなかったと思うわ」

 

 先ほど言ったことの対策としては、味方の水上艦の数を増やすと言うものがある。

 今は魚雷を撃てる対象が弥生一択だからこそ、全ての魚雷が弥生に集中してしまうだけで、他にも対象があれば、多少の運任せにはなるが、一隻増えるだけで確率的には50%変わる。

 とは言っても、これは受身な考え方だ。一戦だけならともかく、二戦、三戦としようと思うのなら、もっと根本的な部分を変えなければならない。

 それが今、イムヤが言った戦艦、ないし、重巡洋艦である。

 砲撃戦で距離が開いている状況で敵を撃ち落せるならそもそも雷撃戦に至ることすら無くなる。

 つまりやられる前にやってしまえ、と言う考え方である。

 とは言うものの。

 

「けど…………戦艦を運用する資源なんて…………無い、ですよね? 司令官」

 

 弥生の言う通り、運用する資源も無ければ、そもそも建造するための資源も無い。

 俗に戦艦レシピと呼ばれるそれは、燃料400、弾薬30、鋼材600、ボーキサイト30の配合レシピだ。

 現在の鎮守府は任務を消化したことにより多少の資源が増えているとは言え、燃料450、弾薬500、鋼材500、ボーキサイト500ほどしかない。

 戦艦レシピを一回回すだけの余裕すら無いのだ。それではそもそも建造の仕様がない。

 

「まあ、もう一つ、選択肢が無くも無いがな」

 

 そう言うと、弥生も、イムヤも、それはどうか、と言った表情をした。やっぱり弥生は無表情だったが、雰囲気的にそう言っている気がする。

 もう一つの選択肢、それは燃料350、弾薬30、鋼材400、ボーキサイト350での建造だ。

 基本のオール30レシピとも戦艦レシピとも異なるそれれは………………

 

「…………空母…………ですか?」

 

 ………………空母レシピと呼ばれている。

 文字通り、空母を建造できる…………かもしれないレシピだ。

 何故かもしれない、かと言えば、建造と言うのは非常に運要素が強く、戦艦レシピを回した結果がオール30で作れる軽巡洋艦だったり、空母レシピを回した結果が同じくオール30で作れる駆逐艦だったり、といわゆるレシピごとに当たり外れがあり、ハズレを引いた場合、無駄に資源だけを大量に消費してしまうことになる。

 

「回せるのは一回だけだが…………回せないものを考えるよりは現実的と言うべきか?」

 

 正規空母と言えば、赤城、加賀などを初めとして、超がつくほど強力な戦力であり、その力は戦艦と比べても決して劣ることは無いだろう。だが消費する資源も戦艦と比べて全く劣らず、特に空母は戦艦や他の艦とは違い、ボーキサイトを消費する。ボーキサイトは他と比べ貴重な資源であり、集積しにくい。

 そのため、空母を多く抱える鎮守府では、ボーキサイトは常に枯渇しがちなことも稀に良くあることだと言う。

 基本的に一日ごとに配給される資源は燃料、弾薬、鋼材は一律なのだが、ボーキサイトだけは他の三分の一程度しか配給されない。

 ボーキサイトは現在500、そこから350でなんらかの空母を出したとして、聞いた話によると一戦あたりのボーキサイト消費量は凡そ10~30、対空の高い敵と戦うと50を超えるらしいが、こんな鎮守府近海ではそうそういないだろうし、考える必要は無いとして、一戦あたり30と仮定すれば、5戦。10と仮定しても15戦でボーキサイトが尽きる計算になる。

 

「私として、その5戦ないし15戦の間に、第二艦隊の増設許可を取れるなら十分にアリだとは思っている」

 

 第二艦隊を増設できたならば、遠征による資源入手が期待できる。

 そうすれば燃料や弾薬、鋼材にボーキサイト…………全ての資源が遠征によって確保できる上に、高速修復剤…………通称バケツや、高速建造剤…………通称バーナーなども任務以外で獲得できるようになる。

 ただしそのためには、第一艦隊とは別に、第二艦隊分の艦も作る必要性はあるが、第一艦隊と違い、戦闘を目的としない遠征ならば駆逐艦や軽巡洋艦だけでも十分にこなすことができる。

 そうして資源が溜まるまで遠征を続け、出撃任務などは最低限にして、資源を溜め、第一艦隊を揃える。理想としてはこれなのだが、実際問題としては…………。

 

「だが、あと五回戦闘しただけで第二艦隊の増設許可はもらえるのか?」

 

 比較的容易だとは聞いている。だが、楽観で行動して、後で泣きを見るハメになるのは自身だけではない、自身の部下たる目の前の少女たちもだ。

 そう考えると、迂闊な行動はできない、まあだからこそ、こうして話し合っているのだが。

 

「駆逐艦を増やす、と言うのは…………どうでしょう…………?」

 

 考えていると、弥生がふとそんなことを言った。

 その意見に、全員思案顔になる、例によって弥生は無表情だが。

 駆逐艦を増やす、確かにそうすれば安上がりだし、数も揃う。回すレシピはオール30で済むし、軽巡洋艦や…………もしかすると重巡洋艦が出るかもしれない。

 だが…………もしかすると。

 

「また潜水艦が出たら…………怖いな」

 

 それに、駆逐艦や軽巡洋艦では、あまり砲撃戦向きとは言えない部分がある。

 砲撃戦での火力の底上げ、と言う部分ではどうだろう、と言ったところだ。

 バカにするわけではない、実際重巡洋艦を一撃で中破させる駆逐艦だっているにはいる。

 だがそれはかなりの練度(レベル)と装備を必要とする。練度(レベル)も装備も足りていない自身たちでは望むべくも無い。

 それで強化されるのは雷撃戦だけだ、そう言うと、なるほど、と弥生が意見を取り下げる。

 

「あまりやりたくは無いが…………一つ、資源をどうにかする方法はある」

 

 そう呟くと、弥生とイムヤがこちらを見てくる。

 正直、全く気は進まない上に、一つの鎮守府の提督として、かなりどうかと思う方法ではあるが。

 しかしリスクはなく、確実に資源が確保できる今の自身たちにとってはかなり良い案ではある、つまり。

 

「上官の…………隣の鎮守府から資源を少し融通してもらうって手がある」

 

 上官の鎮守府は遠征による補給線の確保に特に力を入れており、鎮守府には大量の資源が貯蔵されている。

 正直、1000や2000借りても、端数程度にしか思えないほどだ。

 だが、これをするということはつまり、自分たちの力だけでは鎮守府の運営は無理でした、と言う自分たちの無能を自ら露呈するようなことになる。

 これを思いついた時、自身もまた、今の弥生やイムヤのような苦い表情になっている。

 無表情がデフォルトのような弥生がこちらにも理解できる程度に表情を変えてしまうほどのことなのだ、これは。

 鎮守府同士にあって、階級の違いはあっても、提督と言う前提において上下は無い。つまり、提督として着任した時点で、上官ともある意味対等と言える。だが、これをやってしまえば、はっきりとした上下が生まれる。

 それは、嫌だった。上下が生まれることが、では無い。いくら同じ提督同士で、対等とは言え、その前提となる提督になるために受けた恩の数々がある時点で自身と上官の間には上下がある。だとすれば、何が嫌なのか?

 上官の元から独立したくせに、その庇護下にまた入ろうとする、また助けてもらおうとする、恩も返さずまた恩を受けようと言う、その恩知らずで恥知らずな選択肢が嫌だった。考えついた瞬間、吐き気がしたくらいに。

 

「だが…………私はそれでも、弥生とイムヤのためなら、やっても良い。前線で戦うのは艦娘の役目で、それを助けるのが提督たる自身の役目だ。そのためなら、恥の一つや二つ、喜んで偲ぼう」

 

 けれど、出来ればしたくは無い。そんな自身に思いは、けれど彼女たちとも同じだったらしい。

 

「嫌、です」

「嫌ね」

 

 両者共に即答した。

 それが何故なのか、二人とも言いはしなかったし、自身も追及はしなかった。

 理由はともあれ、全員が一致して否定的なのだ、強行する意味も無い、すればただ悪戯に彼女たちからの信頼を失うだけだ。

 と、すれば、あとはもう選択は二つに一つだ。

 

「結局、どっちかだ…………オール30レシピで回すか、それとも空母レシピで回すか」

 

 オール30レシピならば建造に安定性があるが、戦闘には安定性が無い。

 空母レシピならば建造には安定性が無いが、戦闘になれば安定性は格段に高まる。

 

「私個人としては空母レシピに挑戦してみたい」

 

 何より、駆逐艦ばかりではこれから先ずっと戦い抜くことは出来ない。

 その時になって、建造したての空母や戦艦を入れ始めるのでは、遅い。

 将来を見据えるならば、今から空母を入れる、と言う選択肢は決して間違いではない…………と思いたい。

 

「と言っても、私もまだ新人のペーペーだ。間違えることだってあるかもしれない、二人の意見が聞きたい」

 

 そう言うと、二人が顔を見合わせ、それからこちらを向く。

 まず最初に口を開いたのはイムヤだった。

 

「司令官がそこまで先を考えているのなら、いいんじゃないかしら」

 

 最も、資源繰りは確実に厳しくなるでしょうけどね…………そう告げ、苦笑するイムヤに、そうだな、と頷く。

 確かに資源繰りは厳しくなるだろうが、それに見合った戦果もあるはずだ。

 何よりも空母は先制爆撃ができる。敵が砲撃してくるよりさらに遠くから攻撃できるのだ。それはつまり、弥生だけではなくイムヤの安全性も増すという事だ。

 さらに言えば、空母と言うのは索敵能力が高い。早期の敵の発見と、その数や艦種などの情報は、非常に重要なものになるだろう。戦艦のように場当たり的に敵と当たっても力尽くで粉砕できるだけの火力は無い以上、空母の索敵はひょっとすれば艦隊の生命線にもなるかもしれない。

 そんなところまで考えていると、弥生がようやく口を開いた。

 

「賛成、です…………空母の索敵は…………今の私たちには、必要、でしょうから」

 

 奇しくも弥生と考えていることが一致していることに奇妙なおかしさを覚え、苦笑する。

 とは言え、全員一致で一つ決まった。

 

「では、明日、空母レシピを回そう」

 

 これで駆逐艦が出たら全部意味の無いことなのだが、今の自身たちの頭にはそんな可能性は一欠けらも考慮されていなかった。

 

 




【戦果】

旗艦  弥生 Lv2 MVP 空母、建造って……駆逐艦……できたら、どうするん……ですか……?
二番艦 伊168 Lv1   空母かあ…………誰が来るのかしら
三番艦 None
四番艦 None
五番艦 None
六番艦 None


読者の感想が俺のエサ。
と言うわけで連日更新です。
なんか書き始めると止まらない。
一昔前の情熱を思い出せる執筆です。
燃料と弾薬が15000超えました。東京急行素晴らしい。
と言うわけで、そろそろ2-5掘ろうかと思います。浜風さん、もう出なくていいよ? 狙うは浦風と鈴谷です。


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六話 新人提督が空母を建造したりする話

弥生可愛いよ、弥生


問題です、何の空母が来るでしょう?

ヒント:2:30以上です

正解者は弥生の撫で撫でを空想の中で楽しむ権利を獲得


 朝。朝食を取るため食堂へと向かうと、まだ六時過ぎにも関わらず、弥生がいた。

「おはよう、弥生…………随分と早いな」

 椅子に座ったその後ろ姿に声をかける、けれど反応は返ってこない。もう一度名を呼ぶ、だがやはり無言。

 何か怒らせるようなことをしたか? とも思ったが、こんなに露骨に無視されるような態度の原因に心当たりは無い。

 現在時刻六時過ぎ、いつも弥生が起きてくるのはだいたい七時半前後。いつもより一時間以上早い。

「………………ああ、やっぱり」

 回りこみ、その表情を見ると、目を瞑ったままこくりこくりと船を漕いでいた。

 起きろ、と口に出そうとして、その肩を揺すろうとして、僅かに逡巡した。

 いつもの硬い表情とは違う、気の抜けた年頃の少女らしい柔らかい表情。どんな夢を見ているのか、口元には微笑すら浮かんでいる。

 その口元が僅かに動き、短く言葉を発する。

 

 し、れ、い、か、ん

 

「……………………………………」

 肩に置きかけた手を戻す。ふっと息を吐き、僅かに笑う。

 一体どんな夢を見ているのかは分からないが、どうやらそれは良い夢らしく…………その登場人物として自身が出ているらしい。

 全く光栄なことだ、とも思うし、この少女とのそれなりの信頼を築けたのだと思わされ、嬉しくもこそばゆい。

 もうしばらく寝かせておこうか、そう内心で呟き、自身の食事を取るために、その場を離れた。

 

「…………む、つ、き…………きさ、らぎ…………」

 

 だから、その後に呟いたその言葉と、その悲しげな表情を、けれど自身は知らなかった。

 

 

 * * *

 

 午前十時。ついに建造が開始される。

「これで残りの燃料が100、弾薬が470、鋼材が100、ボーキサイトが150か…………」

 いよいよ持って崖っぷちだ。この建造で任務を一つ達成、と言うことにはなっているが、それでも全資源50ほどの追加配給。ありがたくはあるが、正規空母など出ては正しく誤差だ。

 昨日は気づかなかったが、もしもこれで駆逐艦が出てしまっては、崖っぷちだった鎮守府が確実に崖から転落する。

 だが、そのリスクを負っても尚、ここで建造する意味はある。空母の有無は、戦艦の有無と同等に艦隊にとって重要なのだ。

 そして、そのリスクを負って尚、ここで建造しなければいけない理由があった。

 実を言えば…………開発資材が残り僅かだった。

 艦娘を作る建造、そして装備を作る開発は、それを行うのに絶対に必要なものが二つある。

 一つは資源だ。燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトと言った四種類の資源、基本的にレシピと言うのはここの配合のみを指す。

 そしてもう一つが、開発資材だ。レシピの有無に関係なく、一度の建造に必ず一つ消費する。

 戦艦も空母も重巡も軽巡も駆逐艦も潜水艦も…………どの艦を作ろうと、一つで済む代わりに必ず一つ消費する。

 しかもこれは、基本の配給によって増えない、任務を達成するか遠征隊を組むか、自発的に行動して初めて得られるものだ。

 そして基本的に開発資材のもらえる任務と言うのは、出撃関係に偏りがちだ。つまり、自身の鎮守府では獲得しにくいのだ。

 今日使った一つ…………そして残りは一つ。本当にこれを外せばチャンスはあと一度だ。

 

 空母建造の最低時間が2時間。つまり、ちょうど正午まで建造終了の知らせがなければ空母確定と見ていいだろう。

 自身も、弥生も、そして落ち着かなかったのかイムヤも執務室にやってきて、自身は書類仕事をしながら、弥生はそれを手伝いながら、イムヤは手持ち無沙汰にけれどどこか落ち着かない様子で、各々が各々の時間を過ごしながら、三十分、一時間と時間が過ぎていく。

 少なくとも駆逐艦の心配は無くなった。だが、まだ軽巡洋艦の心配もあるし、もしかすると重巡洋艦が出てくるかもしれない。それはそれで戦力強化としてはアリなのだが、ボーキサイトをこれほどつぎ込んだからには、正規空母、ないし軽空母が出て欲しい、と言うのが本音だ。

 そして、一時間半が過ぎたことで、重巡洋艦の可能性も消え、ようやく胸をほっと撫で下ろす。

「とりあえず…………空母は、確定……ですね……司令官」

「ああ…………まずは一安心と言ったところか。後はどの空母がやってくるか、と言うことだが」

 空母と一口に言っても、その種類は多い。まずは正規空母と軽空母で分かれるし、同じ正規空母でも一航戦と五航戦で分かれる。軽空母はさらに複雑で、元は何らかの別の船として使っていたものを空母に改修したものが多いので、その種類は多岐に渡る。

 それを今言っても、仕方ないので割愛するが、とにかく空母と言っても多くの種類があるのだ。

 火力、と言う意味では正規空母が一番なのだが、燃費を考えると軽空母のほうが今はありがたい。

 それに、軽空母と言うと正規空母より一段劣っていると思われがちだが、きちんと練度を上げて改造と改修を繰り返せば正規空母にも決して引けを取らないことは、上官のところの艦娘で知っている。

「ふむ…………まあ、どんな艦が来ても頼もしいことは確かなのだが。弥生とイムヤはどんな空母に着て欲しいとか言うのはあるのか?」

 自身の言葉に、弥生とイムヤが苦々しい表情をした。

 と、ふと思い出す。弥生の最後は確か…………。

「弥生、空母には、あまり良い思い出……無い……です」

 いや、弥生だけではない、睦月型駆逐艦全十二隻中、実に十隻は空襲によって轟沈している。

 特に弥生は同じ艦隊を組んでいた姉妹艦である睦月、如月両名を同じ戦場にいる時に沈められている。

 睦月のほうは乗員の救助を行ったらしいが、弥生自身もその一月後、空爆によって轟沈している。

 まあ確かに、控えめに言って空母嫌いになってもおかしくは無いだろう。

 そしてイムヤはイムヤで、戦場に遅れて参戦すれば、すでに一航戦4隻中三隻が轟沈していると言う状況。生き残った空母、飛龍が必死の反撃によって大破させた空母の帰還途中に出くわしその護衛艦ごと轟沈させたは良いが、護衛艦である駆逐艦の猛反撃により自身も大破してしまったと言う涙目なエピソードがある。

 よくよく考えたら、この二人にどんな空母に来て欲しい? なんて無茶なネタ振りであった、と反省する。

 多少空気が陰鬱になったので、それを払拭するように声を張り上げる。

「よし!!! もしどの艦が来るか当てれたら、食堂で間宮アイスを奢ってやろう」

 告げた瞬間、両者の方がぴくり、と動く。

 

 給糧艦間宮。各鎮守府に必ず一隻はいて、鎮守府の食堂を一手に引き受けている艦娘だ。

 基本的に何を頼んでも美味しいのだが、特に間宮アイスと呼ばれる特別性アイスクリームは、艦娘の士気に影響するほど美味らしい。

 らしい、と言うのは食べたことないのだが、上官のところでは、たった皿一杯のアイスを巡って戦争が起きるほど凄まじいことになっていた。

 

「二時間はすでに過ぎているわね、と言うことは鳳翔型がないわね」

「確率的に言えば…………飛鷹型が、良く出やすいらしい、です」

 

 顔を付き合わせ、ひそひそと相談しだす弥生とイムヤ。先ほどまでの調子もどこへやら、これで間宮アイスの力なのか、と戦慄した。

 因みに、この間宮アイス、とんでも無く高い。勿論、値段が…………。

 艦娘に給料は無い。何故なら()()()()()()()艦娘とは兵器だからだ。そも戸籍すら無い身だ、賃金の発生する余地も無い。

 と言っても、艦娘にも感情はある。人間と同等かそれ以上のものが。兵器だと言っても機械では無いのだ、言わば兵器であり、兵士である。故に士気が高ければ性能以上の力を発揮するし、逆に士気が低ければ性能以下の力しか引き出すことが出来ない。

 そういう事情もあって、公式的には艦娘への給与は無くとも、提督個人で何らかの措置をすることも多い。小遣い、と言う形で鎮守府運営のための資金から多少の給与を与えたり、月ごとに要望を聞いて現物支給をしたり、とまあ色々だ。因みに上官のところでは、艦娘のための金と言うのが鎮守府の運営資金から一部プールされていた。要望を受けたら許可か不許可か審査し、許可されたらそこから金を使う、と言った先ほど言った例の両方を取り合わせたような感じらしい、最近知った。ただ要望を受け取り成否を出すのが秘書艦である不知火らしく、その審査はかなり厳しいとか。

 と、まあ長くなったが、とにかく基本的に艦娘は金銭と言うものを持っていない。つまり欲しいものがあっても容易に手に入らないことが多い。

 自身の鎮守府ではこちらから給与を与える方式を採用することにしているが、そも人間と同じ月毎の給与なので給料日はまだ先の話だ。

 まあつまり、これまでお預けくらっていた分、目先に釣られた餌に、より過敏に反応してしまった、と言うのがこの状況なのだろう。

 

「龍驤とかどうかしら?」

「けど……千歳型、も……ありえる、かも?」

 

 実に真剣に、もしかすると今まで見た中で一番真剣かもしれないその様子に苦笑する。

 鳳翔、飛鷹、龍驤は全て軽空母の名前だ。

 そして千歳型は、少し特殊な艦であり、水上機母艦と言う種類に分類される。

 記録によると、非常に改造の回数の多い艦であり、総計で五回にも及ぶ改造が行われる艦であり、三回目の改造で水上機母艦から軽空母へと艦種ごと変わってしまう艦でもある。

 改造、と言うのが何なのかは後に置いておくとして、さてそろそろ二時間半も過ぎようとしている。

 鳳翔と千歳型の場合すでに建造が終っているはずなので、可能性としては除外しても良いだろう。

 これ以上待つと軽空母ならいつ来てもおかしくは無いので、そろそろ時間切れだろう。

 

「さて、そろそろ待つ時間も無くなって来たな、答えは決まったか?」

 

 自身の問いに、うんうんと唸っていた二人が、顔を見合わせこくりと、一つ頷く。

 

「「隼鷹で」」

 

 じゃあ、それで。と言うと、うんうん、と二人が頷き、仲の良いことで、とまた苦笑する。

 隼鷹、飛鷹型二番艦であり、商船改装空母と自称している。

 その名の通り、飛鷹もだが元は貨客船であり、戦時中に空母へと改造された艦である。

 軽空母などと分類されているが、排水量24140トンととんでも無い規模の船であり、正規空母であるはずの蒼龍が基準15900トン、飛龍が基準17300トンほどと言うことを考えれば、一体何が()空母なのか疑わしい船でもある。

 建造では空母レシピで良く報告が上がっており、隼鷹が複数隻いる鎮守府も珍しくも無い。

 まあ可能性としては十分にあり得る話ではある。

 だからと言って合っている、と言う保障も無いのではあるが。

 

「ふむ…………では違っていた場合、二人のアイスは建造された艦にやることにしようか」

 

 だからそんな意地悪なことを言って見る。

 反応は顕著で、弥生もイムヤもびくり、と肩を震わせ。

 

「だ、大丈夫よ…………けっこう自信もあるわ」

「だ、大丈夫……な……はず?」

 

 さて、今時間はどんなものだ、と思いふと壁にかけた時計を見ると。

 

「む? 時計が止まっているな」

 

 電池切れなのか、はたまた偶然の悪戯か。時計の秒針は歩みを止めていた。

 今どのくらい時間が経ったのか、分からなくなったが、まあこれはこれで面白いかもしれない、と思いなおす。

 何事も多少遊びがあったほうが良い、今日の賭け然り、この時計然り。特に弥生は肩に力が入りすぎるきらいがあるので、今のように外見相応な態度を見せてくれると、多少安心する部分もある。

 と、その時、不意に電話が鳴る。内線、と言うことは鎮守府内からだ。

「私だ」

 電話は工廠からだった。建造が完了した、と。

「すぐに向かう」

 そう告げ電話を切る。こちらを見る二人に一つ頷く。

 椅子から立ち上がり、二人と共に部屋を出て、工廠へと向かう。

 さて、こうして工廠へと向かうのは三度目だろうか。

 一度目は、弥生と出合った。

 二度目は、イムヤと出合った。

 三度目は…………さて、誰だろうか。

 そんなことを考え、工廠の入り口の重苦しい金属性の扉に手をかける。

 一度後ろの二人を見返し、顔を見合わせ頷きあう。

 さて、答え合わせだ。

 

「祥鳳型軽空母、二番艦の瑞鳳です、どうぞよろしくお願いします、提督」

 

 出てきたのは、誰の予想とも違う、そして自身の予想の遥か斜め上を行く。

 白と赤の弓道着と巫女服を足したような服を着た、赤と白の鉢巻をした、弓を持った小柄な少女だった。

 

 祥鳳型軽空母二番艦瑞鳳。

 それは空母レシピにおいて、非常に出にくいとされる翔鶴、瑞鶴姉妹をさらに超える。

 空母レシピで最も建造報告数の少ない、超希少艦の名前だった。

 




【戦果】

旗艦  弥生 Lv2 新しい仲間……よろしく……です。
二番艦 伊168 Lv1 伊168よ、よろしくね、瑞鳳。
三番艦 瑞鳳 Lv1 瑞鳳着任しました…………あの、ところで何故弥生さんもイムヤさんも私を睨んで……えっと、あの……?
四番艦 None
五番艦 None
六番艦 None



どうも、春イベE3で瑞鳳拾った水代提督です。
瑞鳳可愛い! でも嫁は弥生だけな。
提督ぅ、仕事しようよ、って言わせたい。でもこの小説の提督ちゃんと仕事してるからなあ。
と言うわけで、今回は瑞鳳登場回でした。一応登場確定の艦娘はあと三人です。
と言うか瑞鳳ともう一人は実は某所で安価しました。問題はまだ登場してない一人を水代提督持ってないってことだけど、2-5掘りで頑張って拾ってきます。
建造でも出るけど…………うん、彗星一二型甲の開発してたら開発資材100個以上溶かしてあと20個ほどしかないので、ドロップに賭ける。
しかし初めてオール30回して弥生が出て、次のオール30回してイムヤがと言うか潜水艦出て、そして初めて空母レシピ回したら瑞鳳…………この提督、殺したくなるくらい運が良いな。まあ書いてるのは自分なんですけど。

実際まえがきにあんなこと書いたけど、づほ、を予想できた提督は一体何人いたのだろうか?
艦これやってる人ほど、隼鷹さん、と言った二人の答えに納得してくれると思う。
実際、水代提督が建造で空母レシピすると3割か4割の確率で隼鷹さん出てきます
…………orz

弥生だけじゃないですけど、基本的に艦娘って地雷が多いですよね。
だいたいの艦が轟沈してる上に、生き残っても目の前で味方が沈んでいる様子をまざまざと見てたり。ヴェールヌイとかその辺、公式でもトラウマになってましたね。


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七話 新人提督が再び出撃させたりした話

弥生が可愛すぎて、生きるのが辛い。


 

 

「さあ、やるわよ! 攻撃隊、発艦!」

 瑞鳳が放った艦載機が高速で飛行する。青と赤、二色の艦載機たちが上と下、二手に分かれて飛ぶ。

「数は少なくても、精鋭なんだから!」

 青の艦載機…………九七式艦攻が水面ギリギリを飛びながら、その機体から魚雷を射出する。

 赤の艦載機…………九九式艦爆が遥か上空から急降下しながら、その機体から爆弾を射出する。

 魚雷が、爆撃が、敵の軽巡ホ級、そして駆逐イ級二隻を襲い、爆発を起こす。

 だが、生きている…………駆逐イ級が一隻沈み、もう一方の駆逐イ級も中破しているが、軽巡ホ級は無傷だ。

 空母による先制攻撃が終わり、いよいよ互いが砲撃戦の距離まで近づく。

 真っ先に動き出したのは、旗艦である弥生だった。

「もう、いい加減…………終わって!」

 12cm単装砲で、狙い済ましたかのような精密射撃で、敵駆逐イ級を貫き、中破していた駆逐イ級はそれに耐え切ることなく撃沈する。

 反撃とばかりに敵軽巡ホ級も砲撃を開始する。だがその攻撃は、海底に潜んだ潜水艦であるイムヤを狙ったもので、こちらには無防備を晒したままだ。そしてそのイムヤへの攻撃も、分厚い水の壁が阻み、上手く届かない。

「こっちも行くわよ!」

 その隙を突いて、瑞鳳が艦載機を発艦させる。九七式艦攻と九九式艦爆の混成爆撃が再び軽巡ホ級を襲う。

 駆逐艦を越える軽空母の圧倒的な火力。戦艦には届かずとも、けれど比較にならないその力。

 けれども…………。

「嘘っ、まだ生きて…………」

 敵の魚雷発射管が潰れ、体はボロボロ、大破といったところか。だがまだ生きている。まだ動く。

「イムヤさん」

 弥生がちらり、と海の底を見る。そこに潜んだイムヤがこくり、と頷き。

「これで……終わり……です!」

 トドメと言わんばかりに弥生とイムヤ、両者から発射された魚雷が、ダメージで動きが鈍った軽巡ホ級を正確に着弾し、大きく水飛沫上げた。

 

 

 * * *

 

 

「以上が、今回の出撃の、報告……です……」

 報告書に目を通しながら、弥生に今日の出撃であったことを報告させる。

 内容に差異などあるはずも無いが、やはりこうしたほうがしっかりと状況を把握できると思うからだ。

 それにしても、被害は小破無し、イムヤが僅かに被弾したがほぼ損傷無しの極めて軽微。

「たったこれだけ…………か」

「え…………あ、すみません、司令官。弥生が帰還命令を、出しました」

 自身のたったこれだけ、と言う言葉を、倒した敵の数と勘違いしたのか、弥生が申し訳無さそうな雰囲気でそう言ったが、さすがにその誤解は不味いので慌てて訂正する。

「ああ、違う。被害の話だ…………軽空母一隻入れるだけで、随分と安定した戦いが出来たようだな、と思ってな」

 その言葉に、自身の勘違いに気づいた弥生が、どこかほっとした雰囲気で頷く。

「砲撃戦の間合いよりさらに遠くから攻撃できる瑞鳳のお陰で戦う敵の数がかなり減っているな」

 戦艦は、強い敵を倒すことができ、空母は戦う前から敵を減らすことができる。今回は空母が非常にはまった形になった、と言うことだろう。

「先制攻撃と、砲撃戦に…………瑞鳳さん。雷撃戦は弥生が…………被害軽減にイムヤさん、で。バランス良く、まとまってます、から」

 確かに。あとは戦艦か重巡洋艦でも加われば一つの立派な艦隊だ。

「ふむ…………補給も思ったよりは少ない、軽空母だったのが幸いしたな」

 これならあと二戦ないし、三戦はいける。配給や任務の分を考えれば五戦ほどはいけるだろう。

 ボーキサイトの消費もかなり少ない。敵が駆逐艦や軽巡洋艦で、対空装備を持っていなかったからだろうが、予想外の収穫だった。

 それに、つい先ほど嬉しい話もあった。

「弥生、実は先ほど上官から電話があった」

「上官、ですか? 隣の鎮守府の?」

 弥生は上官とは面識は無かったはずだが、一度話に出したことがあったので覚えていたらしい。

 まあ、それはともかく、弥生たちが帰投する一時間ほど前に上官から電話があった。

 

 曰く、上官の鎮守府から自身の鎮守府への転属を願い出た艦がいるらしい。

 

「………………転属? 所属を変える、と言うこと…………ですか?」

 こくり、と頷く。基本的に、艦娘の転属と言うのは禁止されている。正確には、提督側から艦娘を転属させるのは禁止されている。過去に金銭や資源と引き換えに艦娘を転属させる、と言う正しく人身売買をした提督がいるらしく、そんなことが二度と無い様に、転属自体を完全に禁止していたのだが、それを利用し、あまりにも非道な扱いを艦娘に強いた提督がいたらしく、特例として、艦娘側からのみ転属を希望することが許可されるようになった。

 因みに艦娘に非道な扱いを強いた提督の鎮守府は、轟沈者多数で戦力が抜け落ちていき、結局深海棲艦との戦いで鎮守府ごと滅ぼされている。新人提督たちが仕官学校で学ぶことの一つとして、この辺りはしっかりと教えられている。

「それで、司令官…………結局、誰が来るん、ですか?」

 自身の旗下に入る艦のこと故に気になったのか、弥生が尋ねるが、自身はけれど首を振る。

「いや、それがな…………上官がその時までの秘密だ、とか言って教えてもらえなかった」

 妙なところで茶目っ気を出す上官だった。と言うか、普通の鎮守府なら正確な情報が無いと必要な艦かどうかすらも分からないのだが。

「まあ、誰が来ても、必要、ですから」

 弥生がぽつりと呟いたが、全く持ってその通りだった。

 だからこそ、どの艦が来てもいいか、と転属を受け入れたのだから。

 まあそれでも、一体誰が来るのか気にはなるもので。

 近日中に来るとは言ってたが、果たしてどうなることやら。

 

 

 * * *

 

 

 明けて翌日。

 自身は朝から弥生と執務室で向かい合って座っていた。

「第二艦隊、ですか?」

「ああ、昨日の戦果を報告したら、南西諸島沖への出撃と同時に第二艦隊結成の両方の解禁の通達が来た」

 一口に出撃と言っても、実は海域ごとに敵の強さ、と言うのは異なっている。

 深海棲艦はどの海域にもいるが、場所によってその強さはマチマチであり、鎮守府はその中でも特に弱い敵にいる海域に建てられる。そうして一つの海域の敵を倒して行き、特定の条件を見たした時、次の海域に向かうことができるようになる。それは言うなら、大本営のほうで、こちらの身の丈に見合った敵を見繕って当てているのだ。

 何故そんなことをするのか? と言えば、話は簡単だ。

 

 艦娘には錬度(レベル)と呼ばれるものがある。

 

 即ち、本来の性能を100%とした時に、今現在どれだけの性能を引き出したパフォーマンスができているか、と言うことだ。因みに本当に100には達せず、現状では99が限界らしい。

 建造されたばかりの艦娘と言うのは、全員例外なくレベル1から始まる。それはつまり、全性能の1%ほどしか引き出せていない、と言うことに他ならない。

 言うならば熟練だ。自らの体とは言え、艦娘の持つ力は兵器のそれであり、けれど引き金を引くのは人と同じ…………つまり兵士だ。自らの力を扱いに対する熟練、それがレベルであり、艦種による性能の差が絶対に差にならない大きな要因でもある。

 例えば、レベル1の戦艦があったとする。戦艦はレベル1ですら非常に大きな戦力だ。だがレベル99の駆逐艦に勝てるか、と言われればノーだ。恐らく100回やって1回勝てればいいほうなのではないだろうか。

 レベルが上がると攻撃の命中率と、回避率が大きく上がる。特に、レベル99(フルパフォーマンス)の駆逐艦の回避力は神がかっており、電探(レーダー)を積んだ戦艦ですら当てることが困難を極めると言われる。

 また全ての艦は例外無く、一定以上のレベルに達することで改造と呼ばれるものを施すことができる。

 レベルが性能を引き出している割合なら、改造は性能にかけられたリミッターの解除と言っても良い。全ての艦は、初期状態ではその性能にリミッターがかけられているのだ。その本当の理由は建造をする妖精たちにしか分からないことではあるが、艦娘が自身の性能に振り回されないようにするため、だと一説では言われている。

 だからこそ、自身の性能をある程度使いこなした、つまりレベルが一定以上に達すると改造と言う、性能リミッター解除を行うことができるのではないか、と言うのが通説だ。

 まあ、それは置いておいて。つまり、レベル1の艦を強敵と次々ぶつけても、轟沈者が続出するだけで、そこに指揮がどうのこうのと介在する余地が無いのだ。だからこそ、大本営もその鎮守府の能力に見合った海域へ出撃させることで無理の無い錬度上昇を促し、結果的に鎮守府全体の戦力を増強させているのだ。

 

 鎮守府近海、と言うよりだいたいの海域に対する大本営の言う次海域解禁条件は分かりやすい。

 即ち、その海域の中核となる敵を倒し、敵の勢力を減衰させることだ。

 ほぼ全ての海域で、深海棲艦の中に、その海域のボスのような艦隊が存在しており、その艦隊を倒すことにより、一定期間その海域の深海棲艦の勢いを弱めることができる。と言っても、一ヶ月もしない内に新しい中核艦隊が出来上がる上に、討ち漏らしの雑魚艦隊がいるのだが、それらはまだその海域で中核艦隊の撃破を達成できていない他の鎮守府が討伐することになる。

 

 と、まあ長くなったが、出撃海域についてはそうなっている。

 鎮守府近海の敵中核(ボス)艦隊を撃破したことにより、現在この鎮守府周辺の深海棲艦の勢力が弱まっている。

 と言っても一ヶ月ほどのことなので、一月ほどしたらまた出撃することになるが、一月もすればこの鎮守府もそれなりのものになっているだろう。

 とりあえず、鎮守府近海の海域は突破した現状、ようやく新設鎮守府から駆け出し鎮守府になった、と言う程度だろう。

 一応の戦果として、第二艦隊の結成許可は出たので、これからは遠征任務をこなすことができる。

 警備任務で鎮守府近海を遠征させれば、資源を入手すると同時に中核艦隊が結成されるのを阻止したりできる。

 特にこの鎮守府は、上官の鎮守府の隣の海域にあるので、海上護衛任務が多くある。これをこなすと報酬で燃料と弾薬が多くもらえるので積極的にこなしていきたい。

 

 遠征の成功には実はある秘訣がある、と上官が教えてくれたことがある。

 一つは旗艦となる艦のレベル。ある程度場慣れした艦でないと、上手く指示できず、結果的に失敗してしまうことが多々あるらしい。

 そうしてもう一つは、艦隊の艦種である。

 遠征ごとに必要とされる能力、と言うものがあり、その必要とされる能力とは即ち、艦種らしい。

 海上護衛の場合、水雷戦隊向けらしく、駆逐艦と軽巡洋艦の混成艦隊が必要とされる。

 そう、軽巡洋艦だ。

 今の鎮守府にはいない戦力。

 だが遠征の半分ほどは水雷戦隊が必須らしく、軽巡洋艦は最早、遠征に必須と言って良い。

 

 と、言うわけで。

 

「また建造しようと思うんだが」

「…………資源、どこにあるん、ですか?」

「…………………………しばらく出撃を控えれば」

「それで、また…………出撃命令、来るんですか?」

 

 ずばずばと言ってくる弥生に苦笑しつつ、本当にどうしたものか、と思う。

 実際、弥生の言っていることは全く間違っていない。

 確実に軽巡洋艦を建造できるだけの資源の余裕は無いし、それで出撃が滞ればまた出撃命令が出る。

 だから、もう一度言うが、弥生の言っていることは全く間違っていない。

 けれど、それでも、だ。

 

「遠征隊による、コンスタントな資源供給、これが無ければこの先はやっていけない。そう思っている」

 

 敵はどんどん強くなってくる、弥生たちも傷つくだろう、大破することもあるかもしれない。

 それを修復するのにも資源がいる、補給するのにも資源がいる。

 レベルが上がるほどに修復に必要となる資源は増える。

 それら全てを配給と任務の報酬の資源だけで賄うのはいつか破綻してしまうと思っている。

 

「だからこそ、早い内に遠征隊を作っておきたい」

 

 遠征を繰り返すことにより資源に余裕を作っておきたい。

 その辺りは上官である提督の影響を大きく受けているだろう。

 まだこんな低レベル海域のころから気が早い、と思われるかもしれない。

 だが、こんな低レベルな今だからこそ、やっておきたい。

 

「今ならまだ出撃以外に力を割く余裕がある」

 

 幸い昨日海域を一つ突破したばかりだ、一週間ほど出撃が滞ったところで大本営とて何か言うまい。

 だから、今だ。資源が足りず、配給だけではやっていけず出撃任務で稼ぐような自転車操業になる前に、なんとかして遠征による資源確保をできるようにしたい。

 そんな自身の考えを弥生に伝える、弥生はじっとこちらを無表情に、けれど険しい目つきで見つめ、何かを考えるように黙りこくっていた。

 数秒、十数秒、数十秒と時間が流れ、重苦しい沈黙だけが残る。

 たっぷり一分ほどして、そうして、ようやく弥生が口を開く。

 

「賛同、します」

 

 その言葉にほっと胸を撫で下ろす。正直に言って、これでまだ弥生に反対されたなら、考え直すことも考えていた。

 そんな自身の不安を悟ったのか否か、弥生が口を閉ざし、目を閉じる。

 そうして、もう一度目を開き、無表情にこちらを見つめて、口を開く。

 

「信じて、ます」

 

 そして、第一声はそれだった。

 一瞬、何を言われたのか、唐突過ぎて理解できなかった。

 けれどそんな自身を置き去りに弥生が言葉を紡ぐ。

 

「まだ、そんなに長い時間、過ごしたわけじゃ、ないけど」

 

 けれど。

 

「それでも、司令官が、私たちのことを、大事にしてくれてること、分かってます、から」

 

 だから。

 

「だから、そんな、不安そうな顔、しないで、ください…………自信を持って、ください」

 

 だって。

 

「司令官が、そう思ったなら、そう信じた……なら……、弥生は、賛同、します」

 

 いつもからは想像もできないほどの饒舌な口調で、けれどいつもと同じ無表情で。

 弥生がそう言った、そう告げた、そう呟いた。

 

「司令官を、信じます」

 

 涙が出そうだった。

 

 




【戦果】

旗艦  弥生   Lv3   司令官のこと、信じてます、から。
二番艦 伊168 Lv2   魚雷装備欲しいわね、司令官にお願いしようかしら?
三番艦 瑞鳳   Lv2 MVP 艦載機の開発、司令官にお願いしちゃおうかなぁ?
四番艦 None
五番艦 None
六番艦 None


縦をそろえるために、リザルトのイムヤの文字を全角にしました。
まあそれは置いといて、弥生可愛いよ弥生。

演習で金剛改二Lv104が単艦放置されてたんですよ。
昨日の寝る前に嫁の弥生改Lv104とタイマンさせた結果。
なんと、昼戦で完全勝利しました(
さすが俺の嫁。誰だ、睦月型を最弱の駆逐艦なんて言ったやつ。
同じレベルの戦艦を昼戦で倒したぞ。
というわけで、今日はちょっとテンション上がってた。
さすが弥生、俺の嫁最高。

だからじゃないけど、今回の弥生はちょっとデレた。
でも実際、一週間ほどですけど、この提督さん、けっこう艦娘と一緒になって頭悩ましてるんですよね、方針も基本的に艦娘のこと第一に考えてるし。
この辺は上官殿の影響ですね。本人の気質も多少ありますけど。

登場予定キャラ見てたら、軽巡洋艦いないなと思い立ち、軽巡追加フラグを立てました。
という訳で登場確定キャラ残り4人です。
あと、転属してくる艦娘は案外予想できる人もいるんじゃないだろうか?


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八話 新人提督と弥生がウサギと出会ったりする話

コノ小説ハ、KENZEN、デス。

弥生可愛イヨ、弥生。


 

 

「ぷっぷくぷぅ~」

 目の前でクルクルと踊る脳内ハッピーを前に、思わず呆然とする。

 艦娘というのは、随分個性的なやつがいるんだな、などと半分逃避気味な思考をしていると。

「司令官、逃げないで、ください」

 思わず思考同様に体も逃げ出そうとしていたのを、弥生が上着の裾を掴んで止める。

 ダメ? と目で尋ねると、ダメ、と首を振られた。

「…………おい、弥生、アレはなんだ?」

 波止場で踊る謎の生き物を見ながら尋ねると、弥生が一つため息をつきながら答える。

「卯月、です…………弥生の、姉妹艦の」

 腰まで伸びた長く赤い髪を兎の髪留めでくくった、なんとも表情豊かな少女がそこにいた。

 あれが、弥生の姉妹? いや、確かに着ている服は弥生と同じものだが。

「……………………随分と、その…………個性的だな」

「………………気遣い、ありがとう、ございます」

 なんとも言えない空気が自身と弥生の間を漂う。その視線の先では、相変わらず楽しそうに波止場で踊る、謎の生き物、改め卯月がいた。

 

 時間を少し遡る。

 

「は? 今日ですか? いえ、出撃の予定はありませんが…………分かりました、話は通しておきますのでこちらの執務室まで、ええ、はい」

 朝から上官から電話があった。曰く、転属希望の艦娘が今日そちらに行くのでよろしく頼んだ、と。

 今日は出撃の予定も無く、昨日弥生に言った通り、軽巡洋艦の建造を行う予定だったのだが。

 切れてしまった電話を見つめながら、目をぱちくり、とさせる。

「昨日の今日だぞ、早過ぎないか?」

 転属の話を聞いたのが昨日なのに、翌日の今日にもうやって来るというのは、いくらなんでも早すぎないだろうか?

「艦娘たっての希望って言ってたが、随分と気が早いな」

 さてはて、本当に誰が来るのやら。気の早い、せっかちなやつじゃないか、と言うのが自身の意見だが。

 と、その時、コンコンと扉がノックされる。どうぞ、と声をかけると扉が開き、弥生が入ってくる。

「おはよう、ございます…………司令官」

「あ…………ああ、おはよう、弥生」

 秘書官の弥生が入ってくる、すでに何度と入った部屋だ、慣れた様子で壁際の椅子を持ってきて自身と対面するように座る。一方の自身としては、多少緊張してしまう。昨日、面と向かってあんなこと言われてしまったのだから、仕方ないと思うのだ。

「今日は建造、でしたか?」

「いや、その前に一つ用事ができた」

 用事? と首を傾げる弥生に、ああ、と頷き先ほどの電話の内容を伝える。

 さすがに昨日の今日だと言うこともあって、弥生も僅かに眉根をひそめる。

「随分と……急……ですね」

「ああ、と言っても新しい仲間だ、歓迎はしようじゃないか」

 そんな自身の言葉に、はい、と柔らかい雰囲気で頷く弥生。

 その声音に、昨日のことを思い出してしまい、僅かに赤面する。

「司令……官……?」

「いや、なんでもない、気にするな」

 左手で顔を覆い、顔を赤らみを隠す。

 深く息を吸い込み、吐く。多少熱の冷めた顔から手を退け、一つ目を閉じ、意識を切り替える。

「建造は明日にしよう、転属してくる艦娘がいつ来るかわからない以上、工廠で待たせることになってしまうからな」

 それは可哀想だし、今日転属してくる艦娘の種類によっては建造しなくてもよくなるかもしれないので、それまで待つことにする。

 それを伝えると、弥生が了解です、と頷いた。

 そうして執務室で弥生と二人、仕事をこなしていき、二時間ほど経った頃。

 

 Trrrr

 

 執務室の電話が鳴った。

 電話に出ると、鎮守府の職員からだった。

 

 あの、波止場で踊ってる少女がいるんですが?

 

 そんな頓珍漢な電話に、目を丸くし、弥生を伴い波止場へと向かい。

 

 そうして先ほどの場面へと戻る。

 

 

 * * *

 

 

「で、どうすればいいんだ、アレは?」

 波止場で踊る脳内ハッピーを見ながら、隣に佇む弥生に尋ねる。

「取り合えず…………声をかけて、みては?」

 つぅ、と弥生が視線を反らしながらそう答える。

「弥生の姉妹艦だろ、弥生が行ったらどうだ?」

 あまり関わり合いになりたくない手合いだったので、姉妹の弥生に押し付けてみる。

「弥生の姉妹に、波止場で踊る人は、いません」

 だが自身も関わり合いたくないがために自身の姉妹をいなかったことにする弥生に。

「ひどい言い草だぴょん」

 少女がぷくーと頬を膨らませながら抗議すr…………。

「………………………………」

「………………………………」

 弥生と二人、声のしたほう、自身たちの背後に視線を向ける。そこに、先ほどまで踊っていた少女がいて、頬をぷくーと膨らませていて。

「うわああああ?!」

「っ?!」

 自身は思い切り声を上げ、弥生は声こそ上げなかったが、目を見開いて後ずさった。

「むー、そんな反応されたらうーちゃん傷つくぴょん!」

 そんなことを言うが、どうやったらあの一瞬で自身たちの背後に回れるのだ、しかも艦娘である弥生すら出し抜いて。

「う、卯月…………?」

「そうだぴょん、久しぶりだぴょん、弥生!」

 珍しくうろたえた様子の弥生に、卯月ががばっ、と抱きつく。

「えっと…………久しぶり」

 僅かに頬を緩めた非常に珍しい弥生の表情に、なるほど、弥生も満更でもないのかもしれない、と思う。

「ぷっぷくぷぅ~! 弥生だぴょん! 弥生だぴょん!」

 弥生に抱きついた状態の卯月がそのまま弥生の腰に両手を回し、ぎゅっと抱きしめたまま、徐々にその手を下げ始める。

「う、卯月、ちょっと、話し、って、ちょっと、どこ触って」

 自身の見ている目の前で段々と妖しい雰囲気になっていくのだが、どうにも触れがたい空気を感じ思わず静観してしまう。

「ふふー、弥生はここがいいのかぴょん? それともこっちかぴょん?」

「だから、どこ触って…………や、止めて、そ、そっちは、ダメ」

 身をよじり、卯月から逃げ出そうとする弥生だったが、卯月にがっちりと掴まれ逃げ出すことができない。

 まあ、なんと言うか、実に眼福な光景なのだが。

「し、司令……官……た、助け、て」

 弥生が半分涙目でそう頼んでくるので、さすがに静観しているわけにもいかず。

「そろそろ話を進めたいのだが、うちの秘書とのスキンシップはその辺りにしてもらえないか?」

 ぐわし、と卯月の頭を掴んで、その動きを止める。

「ぴょん? あなたが司令官? 睦月型駆逐艦四番艦の『卯月』でっす、うーちゃんって呼ばれてまっす」

 ぴし、と頭を掴まれたまま器用に敬礼し、卯月がそう告げるその姿に、疲れたため息しか出ないのはどうしてだろう。

 それでも、溌剌と笑う目の前の少女の存在は、弥生にとってはとても大事らしい。それは先ほどの邂逅で分かった。確か弥生と卯月は、第30駆逐隊と言う艦隊の仲間だったこともあったはずである。その頃の縁と考えるなら仲が良いのも納得できる。

「と言うか、なんで波止場で踊ってたんだ…………? 到着したら執務室に来るように上官には頼んでおいたはずなんだが」

「うーちゃん早く着き過ぎちゃったから、ちょっと時間を潰してたんだぴょん」

「…………到着時刻なんて聞いていないんだが」

 そんな自身の言葉に、あれ? と言った様子の卯月。それから納得したように頷き。

「司令官、忘れてたみたいだぴょん…………それとも卯月が言うの忘れてたぴょん?」

「いや、知らないんだが…………と言うかその違いは非常に大きいんだが」

 場合によっては責任問題になりかねない、程度には大きな違いなのだが。まあ、問うつもりは無いが。

「まあそんなことどうでもいいから、中に入るぴょん!」

 そう言って、先々と鎮守府の中へ消えていくその背中を見て、思わずため息をつく。

「えっと……司令……官……」

 自身の姉妹艦の行動に、なんと言っていいのかわからず戸惑う弥生に、さてなんと言ったものかと、こちらも考えてしまい。

「随分と、まあ…………個性的なやつだな」

 上手い言い回しが見つからず、言葉を濁すことしかできなかった。

 弥生は、そんな自身の言葉に、無表情に、けれどどこか乾いたような雰囲気で、頬が引き攣っていた。

 

 

 

「あっらためてー! 今日よりこの鎮守府に転属してきました、睦月型駆逐艦四番艦の『卯月』でっす! 敬礼、びしっ!」

 効果音まで自分の口で言わなくても良い、とも思うが、これがこの少女の個性、と言うことなのだろう。上官も電話で、個性的な子だが仲良くやってくれ、と言っていたし…………これ、個性的で済ませていいのか?

 弥生を建造のため工廠に行かせているため、現在この執務室にいるのは、自身と卯月の二人だけ。本当はこの脳内ハッピーと二人だけとか勘弁して欲しいのだが、それでも時間が有限だ、まだ多少猶予はあるとは言え、自身たちに無駄にできる時間など無い。朝から待っていた卯月が転属してきたからには、早くこちらの予定を推し進める必要があった。

「あー…………ようこそ、私の鎮守府へ。貴君の着任を歓迎する」

 なし崩し的な形式的挨拶になった感は否めない、が、彼女がわざわざこちらへの転属を希望してくれたのも事実であり、そして自身の鎮守府にとってそれが非常にありがたいことも事実である。

 そして多少気になっていたこともあったので、ところで、と接続詞をつけて尋ねてみることにする。

「どうしてわざわざこちらに転属を? 聞いた話によると、卯月、キミはあちらで第二艦隊に所属していたらしいが?」

 第四艦隊まで解禁されている上官の鎮守府で、第二艦隊二番艦を勤めていた実績のある卯月。第一艦隊ではないとは言え、上官は遠征による資源供給路の確保を非常に重視していたはずだ、その鎮守府で第二艦隊所属となれば、かなりの重鎮にあたるのではないだろうか?

 

「弥生がいたから……………………だ、ぴょん」

 

 一瞬、空気が冷えたかと錯覚した。

 とってつけたような最後の語尾は、何の誤魔化しにもならないほどに、一瞬で空気が重くなった。

 その質問は、目の前の少女にとっての琴線だったのか、それとも、地雷だったのか。

 だが、直後。

 

「なーんて、弥生は姉妹艦だぴょん、あっちの鎮守府って卯月の姉妹がいなかったら、こっちにやってきたんだぴょん」

 

 重たい空気が霧散した。繕うようにこちらも笑みを見せ、そうか、と呟く。

 それでも先ほどの重苦しい押し潰されそうな空気は忘れられそうにない。

 どうやらまあ…………目の前の頭の中で花が咲き誇ったような少女にも、色々あるのは良く分かった。

 艦娘には過去の…………大戦時の艦としての記憶が焼きついている。それを忘れて生きる艦娘も入れば、新しい生を手に入れてもその記憶に引き摺られる艦娘もいる。卯月はどうやら後者らしい。いや、本当に忘れて生きられる艦娘なんていないのかもしれない。

 前世だろうがなんだろうが、自身の経験で、自身の体験で、自身の思い出で、自身の記憶だ。忘れるはずが無い、気にしないように心がけてでも、それでもふとした拍子にその思いは溢れ出す。目の前の卯月のように。

 だから、結局。

 

「そうか…………まあ、卯月と話している弥生はいつもより表情が柔らかかったからな、その調子でもっと感情表現が得意になるように相手してやってくれ」

 

 そんなことを言うと、卯月が少しだけ目を丸くして。

 

「任せるぴょん!」

 

 そう言って……………………微笑んだ。

 

 

 

 コンコン、と扉がノックされる。

 入れ、と告げると扉が開かれ弥生が入ってくる。

 慣れた様子でいつものようにやってきて、けれどそのままきょろきょろと少しだけ周囲を見渡した。

「卯月ならもう割り当てた部屋に戻ったぞ」

「…………そう、ですか」

「なに、これからは同じ鎮守府の所属だ、いくらでも話す機会はあるだろ」

 そんな自身の言葉に、そうですね、と呟く弥生。やはり、弥生にとっても卯月は特別なのかもしれない。

 それが感情的なものなのか、感傷的なものなのかは分からない……………………その違いは、良い方向に転ぶか悪い方向に転ぶかの瀬戸際でもあるのだが、まだ区別はつかないので、様子見、と言ったところだろうか。

「それで、工廠に建造するように言って来たのか?」

「はい…………指示通り、オール30で回すように、言ってきました」

 そうか、と呟き、目を細める。オール30で出来るのは大概が駆逐艦か軽巡洋艦だ。さすがにまた潜水艦が着たりはしないだろうし、重巡洋艦が来たならそれはそれで使い道がある。

「まあ駆逐艦が来ても、軽巡洋艦が来ても、第二艦隊に回ってもらうつもりなんだがな」

 そんな自身の言葉に、弥生がふと尋ねる。

「卯月は…………どちらに?」

 第一艦隊か、第二艦隊か、と言うその質問に、少しだけ言葉に詰まる。

 多分、言ったら無表情に見つめられるんだろうな、と思いつつも。

「両方だ」

「…………え?」

 目をぱちくり、とさせながら弥生がそう漏らす。

「だから、両方だ。普段は遠征隊として第二艦隊に所属してもらって、必要に応じて第一艦隊にも参加してもらう」

 そんな自身言葉に、じーっと弥生が自身を見つめる、まあ予想通りだ。

「司令官が、そう、決めたんですか?」

「ああ、そう決めた…………元々第二艦隊の結成は必須だったが、卯月の錬度で第一艦隊に所属させないのは勿体無いからな」

 さすがに遠征を延々とこなし続けるあの鎮守府だけあり、けっこうな錬度の持ち主だった。

 今の自身の艦隊にとって、駆逐艦と言えど、大きな戦力であり、そして消費が少ないと言う意味では、ある意味、戦艦が来るよりもありがたいかもしれなかった。

「だから第一艦隊4番艦と第二艦隊旗艦を同時に勤めてもらうことにした」

「旗艦…………じゃあ、第一艦隊が、出撃してる時、第二艦隊は?」

「休みだ、第一艦隊が動かない時は延々と動いてもらうことになるからな」

「卯月は、ずっと働きっぱなしに、なりませんか?」

 艦娘にだってコンディションと言うものがある。毎日毎日出撃していれば疲労が溜まる。疲労が溜まれば性能を存分に発揮することが難しくなる。だから出撃にはある程度間をおいてやる必要がある、そんなのは提督としての常識である…………だから、その辺も考えてある。

「遠征は出撃ほど疲労しないからな、出撃前に一日間を開けるようにはするさ」

 大よそ一日ゆっくりと休んでいれば、遠征の疲労くらいならすぐに取れるだろう。

 最終手段として、高速修復剤…………バケツを被せる手もあるが、どんなブラック鎮守府だと言いたくなるので、それは文字通り最終手段だ。

「と、言うわけでだ…………これからは卯月も加わって、今建造してる艦が来れば小規模ながらも遠征隊も結成される」

 それはつまり、配給と任務報酬以外の資源供給源が出来ると言うことだ。

「上手く軌道に乗せるまで、まだまだ大変だろうがな」

「大丈夫、です」

 多少の不安を口にすると、それを跳ね除けるようにして弥生が口を開く。

 無表情、だがその目はいつもより力強く感じられた。

 

「大丈夫、です…………卯月も…………弥生たちも、頑張りますから」

 

 そんな弥生の言葉に、一瞬目を丸くするが、ニィっと笑って。

 

「そうか…………頼んだぞ、旗艦殿」

 

 そう告げる。そして、弥生も。

 

「はい…………任せて、ください。司令官」

 

 珍しく、笑った。

 

 




【戦果】

旗艦  弥生   Lv3   頑張ります、から。だから、大丈夫、です!
二番艦 伊168 Lv2   元気が良すぎるのも困り物ね。
三番艦 瑞鳳   Lv2   あの、私は隼鷹さんじゃないですよ?
四番艦 卯月改  Lv45   うーちゃんです着任しました~、ぷっくぷく~!
五番艦 None
六番艦 None


うーちゃんレベルたけえええええええええええええって思った人。
一年ぐらいずっと遠征やってれば、そりゃあがるよ。しかも第二艦隊なのでかなり初期からずっと遠征してるんだぜ? そりゃあがるよ。

一応言っておくと、作者はうーちゃん大好きです。可愛い、あざと可愛い。でも脳内ハッピーだとも思ってる。

毎回毎回、プロットも立てずにフィーリングだけで話書いてるけど、この調子でやってると、弥生とケッコンできるのいつになるんだろう。
最近ちょっとこの小説の趣旨忘れかけてる感があるからなあ、主に作者が。

そういえばてんぞーさんが新しく艦これ二次書いてましたね。
某所で服装について悩んでたので「巨乳には着崩した着物だろ常識的に考えて!」って言ったみた。即決で「採用」って返ってきた(
さすが巨乳信者。

因みに水代は貧乳派。いや、別にロリコンじゃないよ? 好きになった子がたまたま弥生だっただけで。弥生のケッコン台詞聞いた時は、もうロリコンでいいや、と思ったが(


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九話 新人提督が初めて遠征をしたりする話

怒った弥生も可愛いよ、弥生可愛い過ぎるよ。


 資源全30

 建造時間1:22

 

 建造結果

 

「兵装実験軽巡、夕張、到着いたしました! 提督、よろしくお願いします!」

 

 夕張型一番艦、夕張。

 兵装実験軽巡の自称だが、実際に実験されたのは、小型の艦にそれより大きな艦の装備を搭載してみる、と言うものであり、兵装の実験と言うより搭載の実験と言ったほうが正しい気もする。その実験艦として作成されたのが軽巡洋艦夕張だ。3000トン級軽巡に大して、5000トン級軽巡の装備の積載は無謀とも思われたのが、様々な創意工夫によりこれを可能とし、その創意工夫は後に古鷹型重巡や、古鷹型重巡を元にした青葉型重巡など、後に重巡洋艦と呼ばれるようになる艦種に引き継がれていくようになる。

 大本営のまとめによると、特筆するほどの能力は無いが軽巡の中で最も多くの追加装備を積むことのできる軽巡であり、装備の組み合わせ次第では強力な戦力となる、らしい。

 

 だがそれよりもなによりも、随分と数奇な巡り合わせだと思う。

 軽巡洋艦夕張、駆逐艦弥生、駆逐艦卯月…………かつて第30駆逐隊と言う艦隊を組んでいた艦がこうまで集まると、縁のようなものを感じずにはいられない。

 そのうち、睦月、如月、望月なども着たりするのだろうか、などと無駄なことを考えて、思考を一旦捨てる。

「よく着てくれた、貴君の着任を歓迎する」

 ハッ、と元気良く敬礼する目の前の少女夕張に、楽にするように告げる。

「さて、夕張、早速だが君には第二艦隊に所属してもらう」

「了解しました、第二艦隊の他の面々はどなたが?」

「まだ第一艦隊すら揃っていない状況で申し訳ないのだが、夕張の他の一隻だけで、駆逐艦卯月がいる。確か多少の縁があったはずだな?」

 卯月と言う言葉に、夕張が少し笑んで、はい、と答える。

「セイロン沖海戦の後に第23駆逐隊、第29駆逐隊、第30駆逐隊の旗艦を勤めた時以来の縁です」

 まあ私は、並んで戦うことは出来ませんけど、と自嘲気味に呟く。

 艦娘の過去の記憶、と言うやつだ、まあそれほど根の深い話でもないようで、夕張はすぐに表情を切り替える。

「さて、夕張には第二艦隊の旗艦を勤めてもらおうと思う…………これはすでに卯月にも了承を取っている話だ」

 基本的に水雷戦隊と言うのは軽巡洋艦が旗艦を勤め、その配下に三隻から四隻程度の駆逐艦で構成されている。

 なので、もし軽巡洋艦を建造したら、卯月にはその下に入ってもらいたい、と言うことはすでに事前に話してあり、了承をもらっている。上官のところでもそうだったらしく、かなりあっさりと了承されたことにこちらがやや拍子抜けしてしまったほどだ。

「ただ夕張、キミはまだ建造されたばかりだ、遠征ともなると色々経験が足りないと思う。一方でキミの配下となる卯月は別の鎮守府から転属してきた艦でな、この鎮守府で最も多くの経験を積んでいる。つまり」

「卯月にサポートしてもらいながらやってほしい、と言うことでしょうか?」

「そうだ…………いざ、と言うとき判断に迷ったら、卯月を頼れ。その必要が無いほどキミが成長するまでは、な」

 それはつまり、今はまだ旗艦として信頼できない、と言うことに他ならない。

 プライドの高い人間なら、ブチ切れそうな言葉だったが…………。

「それは私に、かつての配下に助けてもらえ、と言うことですか?」

 ああ、そうだ…………そんな自身の言葉に、けれど夕張は怒った様子も無く、頷いた。

「了解しました、遠征隊として最大限の活躍が出来るよう精進しますね」

 そうして、そう言葉を吐いた。

 

 夕張の出て行った扉を見つめながら、ほっと一息吐く。

 夕張がプライドの高いタイプじゃなくて助かった。

 いや、別に矜持が無い、とか安いやつだ、とかそういうことを言っているのではない。

 ただそれよりもこちらの命令を優先してくれるタイプ、と言うだけだろう。

 こちらにとっては助かるタイプではある。経験を積んでくれればちゃんと旗艦としても信用してやれるので、それまでは頑張って欲しいところだ。

 そして、その手順を整えてやるのが、自身の仕事だろう。

 早速電話を手に取る、そこから番号をプッシュしていき…………。

「何かいい仕事がありますように」

 できれば最初は簡単な仕事から回して経験を積ませてやりたい、親心にも似た気持ちを抱きながら、繋がった電話の向こう側へと向けて、口を開いた。

 

 

 * * *

 

 

 明けて翌日。

 波止場に立つ、自身、夕張、卯月の三名。因みに弥生は現在執務室で仕事中である、後で何か差し入れを持って行こう。

「というわけで、二人には海上護衛任務に従事してもらう」

 遠征隊、最初の仕事を告げると、夕張は頷き、卯月が即座に反論する。

「ちょっと待つぴょん! 海上護衛なんて二人だけでできるような遠征じゃないぴょん」

 経験則からそう告げる卯月に、自身も頷く。それは分かっている、と言うか自身も同じ気持ちだ。

 だったら何故この遠征になったか、と言うと。

「それは知っている、だから、卯月のいた鎮守府…………上官殿のところから二人ほど合流しての合同遠征と言うことになった」

「合同、遠征ですか?」

 夕張が目を丸くし、隣で卯月が珍妙な顔をする。

「どうかしたか? 卯月」

「え、いや…………なんでもないぴょん…………多分、気のせいだぴょん」

 そう呟くが、顔は絶妙に不味いものを食わされた、と言うような珍妙な表情のままであり、明らかになんでもないと言った風ではないのだが。

 深く聞くべきか? とそんなことを考えていると、夕張が提督、と呼ぶ。

「それで、一緒に遠征に行く二人はどこに?」

「ああ、三十分ほど前に連絡をもらったからな、そろそろ来るはずなんだが」

「っぴょん!?」

 瞬間、卯月が激しく首を動かしながら、周囲を見回す。その鬼気迫る様子に、自身も夕張も目を丸くし、何事かと構え。

「や、やつが来るぴょん」

 今度は蒼白になった顔色に、どういうことか、卯月に質そうとして。

 

「ナ ス は 嫌゛い゛ な゛ の゛ で す」

 

 水平線の彼方、波を切り裂いて、ヤツがやってきた。

 

 

 淡い茶色の髪を、後ろで折りたたむように結び、セーラー服のような服を着た艤装をつけた小柄な少女。

 その姿には見覚えがある、海軍仕官学校時代、艦娘について学ぶ時に実際の提督が教官として招かれるのだが、その教官の秘書官としていつも傍にいたのが彼女の同型艦だった。

 名前は確か…………いなづm

 

「初めまして、横須賀第六鎮守府所属第二艦隊旗艦特Ⅲ型駆逐艦四番艦の(ぷらずま)な゛の゛です」

 

「え?」

「あ、言い間違えました、(いなづま)なのです」

「そ、そうか」

 感じたのは違和感。自身が以前に見たことのある駆逐艦電と全く同じ容姿をしている、そのはずなのに。

 何か違う、そう感じてしまう。その原因が何なのか考えようとし、ふと気づく。

 自身の後ろに隠れ、服の裾を掴み震える卯月の存在に。

「ど、どうした? 卯月」

 まだ出会って日がないとは言え、いつも能天気なこの少女がこれほどまでに震える姿に、さすがに戸惑いを隠せない。

 と、そんな自身の言葉で、電が自身のさらにその後ろへと目をやり…………。

 

 ニタァ、と嗤う。

 

「あ゛る゛ぇ゛え゛? 卯゛月゛じゃ゛な゛い゛で゛す゛か゛あ゛」

 

 瞬間。

 

「イィィィィィィヤァァァァァァァァァァァァァァ」

 絶叫し、卯月が走り出す。一体何事か、状況が飲み込めず見守っていると。

「酷いのですよ、な゛ん゛で逃゛げる゛ん゛ですかぁ?」

 電がその後を追いかける…………艤装の錨を振り上げながら。

 傍から見るとただのじゃれあいに見えなくてもないが、その割に卯月の表情が本気過ぎて、軽くビビった。

「あー…………またやっとんな、あん二人」

 と、その時、後ろから聞こえた声に、振り向く。そこに、黒い髪に黒いベスト、白いブラウスに同じく白い手袋をつけ、スカートとスパッツを履いた少女がいた。

 またもや見覚えがある少女だった。と言うか、上官殿の秘書官である不知火の姉妹艦と言うこともあり、何度か会って交友もある相手だ。

「久しぶりだな…………黒潮」

「お久しぶりやで、司令はん」

 互いに挨拶を交わし…………それから、視線を未だ走り回る二人向ける。

「それで…………あれは何だ?」

「やー、うちもよう知らんさかい、けんど、初めん時からあんな感じやったよ、二人とも」

「放って置いて大丈夫なのか?」

「そやねー、でも不知火姉さんが止めるまでは言うても止まらんしなあ」

 え、これマジでどうすんの? と思わず目で訴えるが、黒潮が視線を反らす。夕張は見ると白目を剥いて半分気絶していた。

 

「来るなピョオォォォォォォォォォォォォン」

「あははははははははははー待゛て゛な゛の゛です!!」

 

 最早収拾など付かない混沌とした現状で、さすがに眩暈すらしてくる。

「…………誰か、助けてくれ」

 と、呟いたその瞬間。

 

 パァァァァン、と銃声が響く、そして同時に。

 

「な゛の゛です!?」

「ぴょぉん?!」

 

 ばたり、と電が倒れ、卯月が転ぶ。

 後には静寂と波の音だけが響き、誰もが状況を理解できず、固まっていた。

 引きつった顔で、銃声のしたほうへと首を回し、視線を向けると。

 

「うるさい……です……」

 

 艤装に付けられた12cm単装砲から煙を昇らせながら、無表情に、けれど目がいつもの三倍冷徹な感じに電と卯月を見つめる弥生がいた。

「う、うぐ…………い、痛いのです」

「なんでうーちゃんまでぇ…………」

 良く見れば、実弾ではなく演習用のゴム弾だったらしく、二人ともゆっくりと起き上がる。

 そして電が自身を撃った弥生を見つめ、近寄っていく。

「い゛き゛な゛り゛何゛す゛る゛の゛です」

 何かもう、言葉じゃ表現しつくせない凄絶な顔をしながら弥生へと詰め寄る電。

 だが弥生は、ぴくりとも表情を変えもせず、かちゃり、とその単装砲を電の腹に…………え?

「執務室まで…………声が聞こえて、うるさい……です……」

「だからっていきなり撃ちます……パァァァン……っぐ、な、なにを……パァァァン…………ごめんなさいなのです」

 完全勝利S、なんて文字が脳裏に浮かび上がったが、すぐに振り払う。

 弥生のほうを見ると、眉がピクピクしている、あれ完全に怒ってるな、と思いながらも、弥生の元へと行く。

 弥生もこちらを見つけたのか、じとっとした視線をこちらへと向けてくる。

「司令……官……」

「悪い、助かった…………いや、だからそんな怒るな」

「怒ってませんよ」

 そんな人を殺しそうな視線を言われてもな、と思うが口には出さない、怖いから。

「とりあえず、ゴム弾使ったみたいだが、あまり艤装を使ってくれるな、上官殿のところだからまだ良いが、他所の鎮守府だったら問題になりかねん」

 いいな、と問う自身の視線に、弥生がこくりと頷く。

「まあそれはともかく、本気で助かった…………後で何か差し入れでも持っていくから、先に仕事続けといてくれ」

「了解……です……」

 戻り際、電を一瞥し、くわっ、と睨むと、びくり、と電が震え上がる。

 弥生が去り、あっという間に静かになった波止場。

 仕切りなおすため、こほん、と咳払いを一つし、未だに震える卯月と電の二人を見て、やや気が抜けそうになりながらも、話を切り出す。

「さて、では、遠征隊には出撃してもらおうと思う。駆逐艦電、駆逐艦黒潮の両者には、今回の合同遠征に赴いてもらったこと感謝する。今回の任務は海上護衛だ、海上を輸送する輸送船団の護衛任務となっている。従事時間は凡そ半日ほどとなっている。詳しいことは、夕張に言ってあるが、そちらの鎮守府でも聞かされていると思うし、問題ないと思っても?」

 自身がそう尋ねると、黒潮がこくりと頷くので、話を続ける。

「報酬は両鎮守府で折半となっている。夕張は今回が初めての遠征と言うことで緊張もあるかもしれないが、各人の奮起を期待する、以上だ」

 そう〆ると、夕張も黒潮も、震えていた卯月と電も、しっかりと頷いた。

「では、我が鎮守府初の遠征だ…………頑張って行って来い」

 そう告げると、四人が海と乗り出して行き。

「行ってくるわね、提督」

「うーちゃん、頑張るぴょん」

「ほな、行ってくるわ」

「行゛っ゛て゛く゛る゛の゛です」

 その背を見送る自身。個人的に、昨日建造されたばかりの夕張が多少心配ではあるが、上官殿のところの艦娘が二人に、卯月がついているのだからきっと大丈夫だろう、と思う。

 その背が水平線へと消えて行き、見えなくなると、自身もまた振り返り、鎮守府へと歩きだす。

 

 さて、頑張ってくれている弥生のために、何を持って行こうか、そんなことを考えながら。

 

 

 




【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生   Lv3   仕事中……です。うるさくされるの…困り…ますから。
二番艦 伊168 Lv2   なんだか今日は外が騒がしいわね。
三番艦 瑞鳳   Lv2   あの……銃声が聞こえたんですけど、気のせいですか?
四番艦 卯月改  Lv45   ぷらずまイヤァァァァァ
五番艦 None
六番艦 None

『第二艦隊』

【戦果】

旗艦  夕張   LV1   いつか提督に信頼してもらえる旗艦目指し頑張ります。
二番艦 卯月改  Lv45   ぷらずまイヤァァァァァ
三番艦 None
四番艦 None
五番艦 None
六番艦 None

『番外』

黒潮改 Lv45 不知火姉さん以外に電をなんとかできるやつがおる……やと……
電改  Lv80 どうも、ぷらずまな゛の゛です


最近弥生ちゃん成分が足りない。
という訳で、次回は一話ちょっと番外的なの書く予定。
弥生ちゃんがとびっきり可愛く魅せれるようがんばりたいところ。


なんでプラズマさんが光臨したのか?
某所で安価したら、てんぞーってやつがぷらずまちゃんって書いてたから。

これも全部てんぞーって゛や゛つ゛の゛せ゛い゛な゛の゛です!!


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十話 新人提督が料理をしたり食べたりする話

弥生可愛いよ、弥生。弥生可愛すぎるよ、弥生。


 一身上の都合により、お休みさせていただきます。

 

 食堂入り口に張られた一枚の紙には、そう書かれていた。

 弥生も、イムヤも、瑞鳳も、卯月も、夕張も。

 全員がその前で立ち尽くし、目をも開いていた。

「ああ、間宮さんなら、今日はいないぞ」

 ちょうど朝食へとやってきた自身、と、そこでちょうど扉の前に立ち尽くす彼女たちがいて。

 あ、なるほど、と事情を察した自身がそう告げると、全員がぎょっとした目でこちらを見てきた。

 そうして全員が一度顔を合わせ、弥生が代表してか一歩前に出る。

「…………食堂……開いてないん、ですか?」

「ああ、間宮がいないからな」

「じゃあ…………今日のご飯、どうすれば?」

「ああ、そのことなら問題ない」

 弥生の問いに一つ頷き、食堂の扉を開くと、食堂へと入る。

 自身の後に続くように、五人も一緒にやってくる、当然ながら食堂内には誰もいなかった。

「で、どうするんだぴょん?」

 痺れを切らしたように卯月がそう尋ねてくるので、一つ頷き。

「今作るから座って待ってろ」

 そう言った瞬間。

 

「「「「「え?」」」」」

 

 五人の声が重なった。

「…………なんだ?」

「提督、料理なんてできるの?」

 疑わしげな表情の瑞鳳、だがその他四人も似たような表情をしている…………弥生は無表情だったが。

「当たり前だろ…………ああ、そうか、お前らの常識的には当たり前じゃなかったな」

 第二次世界大戦中の軍艦なのだ、その常識は今よりもは一世代昔のものであっても不思議ではない。

「今の時代じゃそんな珍しいもんでも無い……………………まあ、とりあえず見てればいい」

 そもそも、過去の海軍だって、料理ぐらいしただろう。そもそもカレーライスの原型は海軍からのものだ。

 と言っても、自身は提督であって、別に料理人でもなんでもないので、作れるのは家庭料理の域を出ない程度のものではあるが…………。

 十五分ほど後、食堂の机に並べられている皿とそこに盛られた料理の数々を見て五人が、おお、と目を輝かせる。

 トーストと半熟の目玉焼き、カリカリベーコンに簡単なサラダにフルーツポンチ、ドリンクに珈琲と紅茶と牛乳、あとはまあ瓶詰めのジャムがいくらか、と洋風な朝食の定番と言えば定番なメニューだ。

「…………美味しそう」

 ぽつりと弥生が呟き、卯月が同意するように頷く。

「うーちゃん、お腹空いたぴょん」

 早く食べたい、と言った風に空いている席に座り。

「いただきまっす!」

 フライング気味に箸を手に取り、料理に口をつけていく。

「美味しいぴょん! 司令官、やっるー!」

 そんな卯月の絶賛に、そりゃどうも、と答え自身もまたトーストを齧る。

 そんな自身たちの様子を見て、四人もまた各々適当な席へと座り、朝食を口にし始める。

「………………あら、本当に美味しいわ」

 トーストの上に一口サイズに取り分けたサラダとベーコン、目玉焼きを載せて齧るイムヤ。ホットサンドのような感覚なのだろうか…………? あれが本当に美味しいのは自分には疑問だが、本人は満足なようだった。

「目玉焼きが半熟だぁ…………うん、美味しい」

 目玉焼きを見て、目を輝かせながら箸で器用に黄身を崩さないように食べていく瑞鳳。固焼きより半熟派だったらしい、かく言う自身もである。

「早いと思ったら、このフルーツポンチの具、缶詰ですね…………こう言うのも料理なんですね」

 手に持ったスプーンでフルーツポンチを一口ずつ口へと運びながら、興味深そうに呟く夕張。これを料理と言っていいのかは疑問だ、果物の缶詰を開けて器に入れ、上から缶のサイダーを一本分ほど流しただけのものだからだ。と言ってもなかなかに手軽なので、短時間で作る分には便利ではある。

「………………美味しい、です」

 ミルクと砂糖をたっぷりと入れた紅茶をゆっくりと口へと流し込み、ほっとした様子で弥生がそう言った。

 全員満足そうなので、少しだけ安堵しつつ、食べ終わった食器を手早く積み上げ、シンクへと持っていく。

 後ろで賑やかに食べている少女たちに少しだけ苦笑しつつ、食器を洗うと食堂へと戻る。

「各自使った皿は洗っておくようにな」

 そう言い残して、食堂を出る。

 

 先日の遠征の件で処理しなければならない書類がいくつかある。さらには、まだ遠征関係の知識が足りないと思わされたので、大本営から取り寄せた資料と、上官殿から拝借した資料で勉強する必要もある。

 

「…………やれやれ。今夜は徹夜だな」

 

 呟き、またやれやれ、とため息をついた。

 

 

 

「美味しかったわ」

 ごちそうさま、と両手を合わせ呟き、イムヤが立ち上がる。

 それに続くように、瑞鳳も卯月も夕張をも立ち上がり、弥生だけはまだもきゅもきゅとフルーツポンチを食べていた。表情に変化は無いが、それでも心なしか幸せそうではある。

 と…………食べ終わったはずの四人が、正確には卯月以外の三人がテーブルの一角に集まり、ついでに卯月は夕張に首根っこ掴まれて一緒に集められていた。

「ねえみんな、朝食、美味しかったかしら?」

「美味しかったわね」

「美味しかったですね」

「美味しかったぴょん」

 瑞鳳の問いに三人が頷く。まあそうだろう、と瑞鳳も頷き、剣呑な目で問う。

「でもね、私は悔しいわ。提督があれだけのものを見せてくれたんだから、ここは一つ、私たちも料理で見返さないと女のプライドに関わると思わない?」

 そんな瑞鳳の言葉に卯月が、うへえ、と漏らし、嫌そうな表情をする。

 けれど瑞鳳はそんな卯月を見下ろし、淡々と問う。

「嫌そうね、卯月。あなただけ昼食と夕食抜きにする?」

「うーちゃん、頑張るぴょん!」

 瞬間、態度を百八十度変える卯月に、瑞鳳がうんうんと頷く。

 残りの二人は、満更でも無い様で、少しばかりやる気に満ちた目をしていた。

 と、三人がやる気を出したところで、瑞鳳の視線が最後に取っておいたサクランボをさあ食べようと手にしてた弥生のほうへと向いた。

「弥生、ちょっと手伝って欲しいんだけど」

 口の中でころころとサクランボを転がしていると、瑞鳳に呼ばれ弥生がそちらを向く。

「何か…………用ですか?」

 首を傾げそう尋ねると、瑞鳳がうんうん、と頷く。

「提督、最近忙しそうだけど、今日もかしら?」

「いえ…………仕事自体は、昼には終わると…………思います」

「そう、なら提督に夕食まで食堂に来ないようにって言っておいてもらえる?」

「…………まあ、そのくらいなら、構いませんけど、昼食…………どうするんですか、それ?」

「私が持っていくわ、そのまま執務室で待っててくれればいいから」

「…………はあ、別にいいです…………けど」

 ごちそうさまでした、と手を合わせ、弥生が食器を提げて流しへと持っていく。

 なんだか厄介ごと押し付けられたような気もするが、秘書官として仕事をしていれば自然と昼ぐらいまではかかるだろうと考えたので、特に問題もないか、と請合った。

「弥生も、昼から何か用事があるの?」

「…………いえ、今のところは…………特に、無いです、けど」

 弥生の返事に瑞鳳がにこり、として告げる。

「なら弥生も昼から食堂に集合ね?」

 尋ねているようではあったが、表情は笑顔だったが、それでも有無を言わさない威圧に、こくりこくりと弥生は頷いた。

 

 

 * * *

 

 

「…………ふう、これで今日の仕事は終わりだな。弥生、昼飯にするか」

 そう言われ、時間を見れば、まだ昼前。食堂で瑞鳳たちが作業している時間だと気づく。

 同じく時間を確認した司令官が、席を立ち自身へ向かって問うと、自身はふるふると首を振る。

「どうかしたか? まだ何か仕事があったか?」

「えっと…………瑞鳳、たちが…………ご飯作って、ます」

 なに? と目を丸くする司令官。司令官はあまり感情を表に出さないので、こう言う表情は少し珍しかったりする。まあそれでも自身よりは表情豊かではあるが。

 弥生は自身が感情表現が苦手であることを自覚している。そのせいで、他人から見ると怒っているようにも見えることも。だから、意識的に変えようとは思っているのだが、意識的に表情を作ると言うのがなかなかに難しい。

 そのせいでこの間、卯月から顔が怖い、と言われてしまい少しだけショックを受けたのは秘密だ。

「それは…………私の分もか?」

 そんな司令官の問いにこくり、と頷くと司令官が、そうか、と呟く。

「なら、午後からやろうと思っていたことを先にやってしまうか」

 そんなことを言い、机の引き出しから何十枚と重なった紙の束を取り出す。

 そんな司令官の行動に、思わず首を傾げる。秘書官として司令官の仕事は把握しているつもりだ。それ故に、先ほど終わらせた仕事で今日は最後だと知っている。第一司令官自身が先ほど、これで今日の仕事は終わり、と言った。

「えっと…………司令官…………それは?」

 じゃあ一体その紙の束はなんだろう、そんな疑問を司令官にぶつけてみると、司令官は自身の手元に視線を落とし、ああ、と納得したように頷いて答える。

「大本営と上官殿のところから拝借してきた遠征関連の資料だ。効率の良い遠征と効率の良い遠征艦隊の組み方、どの資源が欲しい時にはどの遠征に行くべきか、などなど…………知るべきことは山のようにあるからな」

 見れば資料と称されるそれは積み重なった厚さが軽く十センチを超えるような束であった。

「えっと…………お疲れ様です」

 そんな自身の労いに、ああ、とだけ答え資料に目を落とし始める。

 黙々と資料に目を通す司令官の邪魔になってはいけない、と椅子の上でじっとしている。

 チックタック、と時計の音と、パラリパラリ、と言う紙を捲る音だけが室内を満たし。

「あの…………お茶、入れてきます」

 沈黙に耐えれなくなった自身が席を立つのと。

 

「失礼するわ、提督! お昼持ってきたわよ」

 

 そう告げて、瑞鳳が執務室の扉を開くのが同時だった。

 視線をやると、山と段が積まれた重箱を抱えた瑞鳳とその後ろから卯月が入ってくる。

 人間よりも遥かに力の強い艦娘だから簡単に提げているが、普通の人間なら重すぎて落としそうな量である。

 さしもの司令官もこの状況で資料を読むつもりも無いのか、資料を机へと仕舞う。

「また…………随分と作ってきたな」

 七段重ねの重箱を瑞鳳と卯月で一つずつ。計十四段の重箱を机の上に置けば、一人が使うには少々広かった提督の机も非常に狭い。

「これ何人分だよ」

「六人分よ、提督」

 全員ここで食う気か、と半眼で呟きながら自身へ向けてちょいちょい、と手招きする。

「弥生、隣の部屋から適当な机と椅子持ってきてくれ」

 こくりと頷き、執務室を出る、隣の部屋はまだ誰も使ってない部屋で、倉庫代わりになっているので、そこから机と椅子を五脚ほど見繕う。

「…………ん」

 ぐっと力をこめると、椅子を乗せた机が持ち上がる。外見とは裏腹に艦娘の力は人間のそれとは比較にならないほど強い。駆逐艦の弥生ですら大の大人の何倍と言う腕力がある。だからこそ、小学生ほどの小柄な少女が椅子を乗せた机を一人で運ぶと言う、不可思議極まり無い光景も成り立つのだ。

 執務室に机を運び込むと、すでにイムヤ以外の全員が執務室にいた。

「さて、お弁当広げましょ♪」

 機嫌が良さそうに瑞鳳がそう言って、重箱を運び込んだ机へと並べていく。

 卯月も夕張もすでに席についているのに、一人いないことに疑問を持つ。

「あの…………イムヤ、さんは?」

 空いていた司令官の隣の席に座り、そんなことを尋ねると、夕張が椅子を傾けながら答える。

「まだ何かやってたわね…………けど、もうすぐ来ると思うわよ?」

「なんだ…………まだ何か作ってるのか?」

 そんな自身たちの会話に、司令官が疑問を挟んでくる。そしてそんな司令官の疑問に、夕張が頷く。

「イムヤが夕飯作ってるから、期待してくださいね、提督」

 と、その時。

「お待たせ、仕込みだけ終わらせてきたわ」

 執務室の扉を開き、私服姿のイムヤが入ってくる。潜水艦は潜水するために水着を着ていることが多いが、鎮守府内でもまさかそのままなわけも無く、基本的には帰投すれば着替えているため、私服のイムヤと言うのはそれほど珍しくも無い…………のだが。

「エプロン…………」

 思わず呟く、いつものグレーのブレザーに赤のミニスカートの上から白いエプロンを付けていた、エプロンにはヒヨコのアップリケが刺繍されている。

「何でエプロンなんて持ってるんだ、イムヤ」

 自身と同じ疑問を抱いた司令官がそう尋ねると、イムヤが首を傾げる。

「料理するのに、エプロンしてないと、服が汚れちゃうじゃない」

 何を当たり前のことを、と言った風のイムヤに、けれどそうではない、と言いたい自身と司令官だったが、けれど諦めたように息を吐く。と言うか諦めた。

「まあいい…………これで全員揃ったな、なら食べるか」

 イムヤが着席したのを見て、司令官がそう言うと、全員がいただきます、と口にして箸を手に取る。

 机の上に広げられた重箱には、多種多様なおかずが入っており、どれにしようかと一瞬迷ったが、すぐに目の前にあった卵焼きに目を惹かれ、箸をつける。

 口に運ぶと、ふわふわでとろとろな感触が口の中で踊り、濃い卵の味と薄い出汁の味が絶妙に混ざり合い、とても美味しい。

 隣で司令官も同じく卵焼きに手をつけ、ほう、と唸っていた。

 そんな自身たちの様子に気づいた瑞鳳がにこりと笑う。

「提督、弥生、私の作った卵焼きどう?」

「美味しい…………です」

「うむ…………美味いな」

 そう答えると、笑みが一層深くなる。

 

 幸せそうだな…………って、そう思った。

 

 だから、だろうか。

 少しだけ、そう、ほんの少しだけ。

 気紛れに、そんなことを思ってしまったのは。

 

 弥生が作った料理を、司令官に美味しいって言ってもらえたら。

 

 そんな想像をしてしまったのは。

 

 

 

「え? 料理のやり方?」

 目を丸くして、鸚鵡返しに呟く瑞鳳に、こくりと頷く。

 鎮守府の午後。昼食を終えて全員が執務室から退散する、司令官の作業の邪魔をしないようにだ。

 秘書艦である弥生もその例外では無かった、すでに今日一日の仕事は終わっている。今行われているのは、司令官の個人的な研鑽だ、弥生が手伝うことも無く、かと言ってただ黙って執務室にいるのも気が散るだろうから執務室を出て、そう言えば午後からは食堂に行くのだった、と今朝の話を思い出してやってくると作業中のイムヤの姿。

 どうやら瑞鳳とイムヤで担当を分けたらしく、瑞鳳は昼食担当でイムヤは夕食担当。つまり瑞鳳の仕事はもう終わったらしい。

 そして、だからこそまだ忙しそうなイムヤではなく、食堂の机にかけて暇そうに足をぶらぶらとさせている瑞鳳に声をかけたのだ。

 

 料理のやり方、教えてください…………と。

 

 どうして自分はこんなことを言っているのか、自分でもやや混乱する自身を置き去りに、瑞鳳が良いわ、と承諾する。

「と言っても厨房はイムヤが使ってるからね…………私たちが使えるのは」

 ふっと視線を向けた先、視線を追って同じくその方向を見ればあるのは一台のオーブン。

「そうね…………お昼も終わったし、おやつ代わりにクッキーでも作りましょうか、それでいい?」

 そう問われ、よく考えれば夕飯はすでにイムヤが作っているのだと思い出し、頷く。

「それじゃあ作りましょうか」

「お願い……します……」

 ぺこり、と一礼し、厨房へと向かう瑞鳳の背を追う。

 

 上手にできればいいな、なんてこと考えながら。

 

 

 * * *

 

 

 トサッ、と資料を机の上に放り投げ、肩を軽く回し凝りを解す。

 右手で目頭を押さえ、軽く揉んでやる。

 時間を見る、午後三時過ぎ。すでに資料を読み始めて三時間近くが経過している。

「くぁぁぁ…………少しばかり散歩でもしてくるか」

 背を伸ばし、軽く欠伸をかみ殺す。ずっと椅子に座っていたので少しばかり体を動かしたい気分だった。仕官学校時代ならひたすらランニングでもしていれば良かったのだが、この鎮守符の場合、ランニングコースに行くまでにそれなりに距離があり、そこまで行くだけで軽い準備運動になってしまう。本格的に運動するならともかく、息抜きする程度なら散歩くらいしかやることが無かった。

 

 執務室の扉を開ける、長い廊下のさて、どこへ向かおうと考えて、数秒逡巡し、やがて外へ向けて歩き出す。

 波止場に行って風に当たってこよう。海の目の前だけあって、あそこは風が気持ち良かった。

 と、外への道を歩いている途中。

 

「司令……官……」

 

 道中で弥生と出会う。そう言えば、いつの間にか全員いなくなっていたが、気を使わせたのだろうか。

 よう、と挨拶すると、ぺこり、と挨拶が返される。

 

「何してるんだ?」

 

 ライトパープルのエプロンを着て、三角巾をつけた弥生の姿はなかなかに愛らしく、また、微笑ましかった。

 

「えっと、その…………司令官を、探して、て」

 

 自身を? 一体なんの用か、と思い言葉を促すが、えっと、その、とどうにも言葉を濁した様子に、はてどういうことか、と考える。

 弥生を見る、しどろもどろで、無表情ながらにどこか困惑した様子が見て取れる。

 

「弥生」

「え……は……はい」

「今時間あるか?」

 

 思考を断ち切るような唐突な自身の問いに、弥生がこくりと頷く。

 ならば良い、とその頭をぽんぽん、と軽く叩く。

 

「散歩するから一緒に行くぞ」

「……………………はい」

 

 数秒目を(しばた)かせていたが、やがて頷き、自身の後ろをついてくる。

 そのまま鎮守府を出て、港まで歩く。港の端を歩いていき、波止場にたどり着いて立ち止まる。

 

「…………ん、風、強い」

 

 びゅうびゅうと吹く風に髪を押さえながら、弥生が目を細める。

 深く深呼吸する。眠気も大分取れたし、気分転換の意味はすでに成している。

 もう戻ってもいいのだが、その前に弥生が何をそんなにどもっていたのか気になり尋ねる。

 

「で、どうしたんだ? さっきから歯切れの悪い」

 

 見渡す限り、自身と弥生以外には見当たらない。わざわざ弥生を連れてきたのは、ここなら人気が無いからだ。

 例え思わず口ごもるような、言いにくいことでも、今聞いてるのは自身だけである。

 けれど、相変わらず弥生の口は開かず、代わりにそっと両手が差し出された。

 

「……………………袋?」

 

 その手に乗せられているのは、巾着袋。

 受け取れ、と言うことだと判断し、巾着袋を手に持ってみる。中に何か入っている重さがあり、はて、何だろうか、と首を傾げる。

「開けて良いのか?」

 そんな自身の問いに、こくこく、と弥生が頷くので、遠慮なく巾着袋を開く…………と、そこに入っていたのは、クッキーだった。

 数度目を(またた)かせる。弥生に視線をやると、ぴくり、と肩震えた。

「その…………()()()()()()()ので、司令官も…………どうぞ」

 

 じーっと見つめてくる弥生の視線が自身の手元に誘われている。

 ふむと呟き、巾着袋から一枚、クッキーを摘み、口に運ぶ。

 もぐもぐ、と口の中でゆっくりと咀嚼し、しっかりと味わう。

 ごくり、と飲み込み、けれど無言な自身に弥生が恐る恐ると言った声音(こわね)で尋ねてくる。

 

「あの…………司令……官……どう、でした?」

「ん…………そうだな。まずところどころ焦げてるな」

「あ……う……」

 虚飾の一切無い、問答ずばりな言葉に、弥生が呻く。

「あと、形が不揃いだ、型抜き使っても素人じゃ上手くできないからな、ああいうのは」

「……………………」

「それと型抜きする前に生地冷やしてないだろ、やっとかないと生地が柔らかすぎて、型抜きも並べるのも上手くいかないぞ」

「…………………………」

「それと砂糖入れすぎだ、甘過ぎるのもそうだが、砂糖が多いと、それだけ焦げやすくなる。チョコレートクッキーかと思ったぞ、最初」

「……………………もう、いいです」

 

 がくり、と肩を落とした弥生に、けれど構わず自身は続ける。

 

「ま、次に期待ってとこだな」

 

 そんな自身の言葉に、え? と弥生が顔を上げる。

 

「注意すべきところは多々あるけれど…………まあ、それでも作ってくれたのは嬉しかった、ありがとうな」

 

 くしゃくしゃと、弥生の頭を撫でた。

 

 

 

「まあ、それでも作ってくれたのは嬉しかった、ありがとうな」

 言葉と共に、頭の上に手が置かれ、三角巾越しに頭を撫でられる。

 艦娘より遥かに力に劣るはずの人の手。そもそもそこに力などこめられていないのだからあり得ないのだが。

 けれど、その手の温もりが、何故だかとても力強いものに感じられて。

 動けなかった。どうしてか…………否、多分理由は分かっている。

 だって。

「それじゃ、帰るか…………」

 そう言って頭の上から手が退けられることを。

 

 とても、寂しく感じていた。

 

 嫌ではなかった、つまりそれが答えなのだろう。

「あ、あの…………司令……官……」

 自身の咄嗟の呼びかけに、司令官が振り返る。

 どうした? そんな司令官の問いに、また口篭り…………けれど、頭の上に載せられたその手の温もりを思い出して。

「あ、あの…………もう少しだけ、あと少しだけ…………頭、撫でて欲しい……です……」

 そんな自身の精一杯に、司令官が目を大きく見開き…………。

 

「………………くく、お安い御用だよ」

 

 クッキーありがとうな、そんな司令官の言葉と共に、また頭の上に手が載せられる。

 

「…………………………いつも、ありがとうな」

 

 そして、そんな司令官の言葉に。

 

「……………………………………こちらこそ、いつも……ありがとう……」

 

 気づけば、暖かい気持ちが溢れ。

 

 自然と、笑顔になれた。

 




戦果

弥生→こげたクッキー
イムヤ→カレーライス(夕飯)
瑞鳳→お弁当(昼食)、クッキー
卯月→お弁当(味見、つまみ食い専門)
夕張→カレーライス(手伝い)
提督→朝食(手抜)
間宮さん→メンテナンス


昨日ふと気づいた。
この小説に推薦文が書かれている、と。
だが見てみれば、参考にならないの数が多い。

つまりそれは作者に対する挑戦と受け取った。

ど れ だ け 弥 生 を 可 愛 く 書けるか、と言う挑戦とな。


というわけで、今回は料理しながら弥生といちゃつく話。
頭なでなでしたい。
エプロンと三角巾は女の子に着て欲しい衣装の一つ。
個人的に弥生はあんまり料理は得意じゃないと思う、というかあまりやったことないと思う。
まだイベント踏んでないから、弥生のデレはまだ先になるけど、この先もっと弥生はデレることだけは約束する。
そして、まだ1-2終わってないこの小説。書いてて思ったが、まだ九日目だったんだな(
というわけで、次から話ちょっと飛ばします。


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十一話 新人提督が火力不足に悩んだりする話

弥生可愛いよ、弥生。


 

 ズドォォォォォ

 

「……………………え?」

 

 遠くに視認できた敵の姿。まだ魚雷どころか、瑞鳳が艦載機を発艦させるより尚遠いその距離で。

 唐突に響いた砲撃音。そして、直後に感じた衝撃。

「「「弥生っ?!」」」

 駆逐艦の脆い装甲などあっさりと突き破り、腹部に走る鈍痛。

 それでも崩れ落ちることはせず、左手で腹部を押さえて前方を睨み付ける。

「弥生は…………大丈夫、だから…………砲雷撃戦…………始めて、ください」

 自身のその言葉に、三人が僅かに躊躇し、けれど頷いて進撃する。

 けれど、まだ先にいる敵の姿は遠い。

 

 そう…………悲しくなるほどに、遠かった。

 

「全艦載機発艦!」

「よくも弥生を…………許さないぴょん!」

 瑞鳳の艦載機が空へと飛び立つ。卯月がまだ駆逐艦の間合いより一つ遠いその距離でけれど敵へと狙いを定める。

 けれど、それでも。

 

 ズドァァァン

 

 ソレの主砲から放たれる砲撃一発で、艦載機の半数が落ちる。

 

 カキンカキン

 

 確かにソレへと直撃したはずの卯月の砲撃は、けれどソレの表面を軽快を音で打つだけに止まり、傷一つ与えない。

 そしてこちらの攻撃が止められたと同時に、反撃とばかりに放たれる三発目の砲撃。

 

 スドォォォォォォン

 

「きゃああああああああ!!」

 砲撃が瑞鳳に直撃し、その機能を半分以上一度に停止に追い込む。完全なる大破だ。

 けれどそれで終わったのは、ソレの攻撃だけだ、まだ他にも敵は四体もいる。

 雷巡チ級、軽巡ヘ級、駆逐イ級、駆逐イ級。

 決して砲撃戦に強い艦種とは言えない、だが逆に…………。

 

 シュゥゥゥゥゥ…………ダァァァァン

 

「きゃっ! 被弾?! 急速潜行、急いで!」

 潜水艦には滅法強い艦種たちである。四隻もの相手からの集中攻撃に、イムヤが被弾、中破する。

 段々近づく敵の姿…………判断は一瞬だった。

「全艦、反転…………撤退します」

 雷撃戦を行う余裕はすでに無い。そもそも、現状、こちらで雷撃をできるのが卯月単艦であり、敵は四隻…………しかも雷装に特化した雷巡までいると言う時点でもう勝負にならない。

 反転、逃走する自身たちを、けれど敵は追ってこない。深海棲艦は基本的に自分たちの縄張りから動くことは無い。だからきっと、次にまたここにやってくる時もソレらはいるのだろう。

 ギリッ、と僅かに食いしばった歯を軋らせる。仲間を見れば自身…………弥生が中破、瑞鳳が大破、イムヤが中破、卯月もここに来るまでにいくらか被弾して小破寸前。対して敵中枢艦隊の被害らしい被害は零…………完全なる敗北である。

「……………………どうすれば」

 思うのは、一つ。どうすれば、あの敵たちを倒せるのか…………司令官に勝利の報告を届けることができるのか。

「……………………負けね。私たちの、完敗」

 イムヤが体を重そうに引きずりながらそう呟く。そしてイムヤのその呟きに、全員が黙り込む。

 分かっていた、完敗だ。完全に負けた。歯が立たなかった。

 分かっているから、こんなにも悔しい。

 そして考える、どうしてこれほどまでに一方的に負けたのか。

 そしてすぐに理由に思い当たる。

「…………アイツさえいなければ」

 瑞鳳がそう呟く、失った艦載機の数を数えれば、両手の指の数でも足りない。空母にとっての艦載機とは生命線である。空母が空母であることの最大の理由。それをあんなにも一方的に蹴散らされた彼女の心境は、駆逐艦の自分では計り知れない。

 

 戦艦ル級。

 

 たった一隻で、こちらの艦隊をここまで打ちのめした最大の敵の名だ。

 駆逐艦の砲撃程度ではびくともしない装甲と、軽空母よりもさらに遠い所から撃ってくる射程、そして全艦種の中で最強と呼ばれる砲撃戦時の火力。そこにさらに、対空能力までをも兼ね備えた最強の艦種。唯一の欠点は雷撃戦能力が無いこと、正確には雷撃戦能力の全てを砲撃戦へと特化させてしまった艦。

 撃たれる前に撃ち敵を殲滅する、そんな戦術の理想のようなことが本当にできてしまう艦。

 もしアレの装甲を貫ける攻撃があるとすれば、瑞鳳の航空爆撃か、自分たち駆逐艦の魚雷だけだろう。

 それもただの魚雷ではダメだ…………至近距離から直撃させる、つまり夜戦だ。だが魚雷をそんな距離から当てるということは必然的に敵に肉薄している必要がある。

 あの距離から撃たれて中破するようなあの砲撃を放つ敵を相手に…………近接しなければならないのだ。

 しかも敵は戦艦ル級だけではないのだ、そんなことをすれば敵の水雷戦隊に囲まれてこちらがやられるだけだろう。

 

 つまるところ、こちらの弱点は明白だった。

 

 

 * * *

 

「…………戦艦か、重巡が必要、です」

 第一艦隊の帰投、そして入渠が完了してからやってきた弥生の出してきた報告書を見て、思わず唸る。

 小破一隻、中破二隻、大破一隻。敵中枢艦隊撃破数零。

 控えめに言って惨敗。はっきり言えば、完敗だ。

 まだ錬度も高くないとは言え、序盤と言われるこの海域…………製油所地帯沿岸がこの結果。

 もっと根本的な間違っている…………足りていないと言わざるを得ない。

 そして何が足りていないのかは自分にも、そして弥生たちにも分かっていた。

「…………砲戦火力、か」

 今回の場合、見るべきは先制攻撃による弥生の中破…………ではない。それは最早事故のようなものだ。艦載機を発艦する間合いよりさらに遠くから撃ってきた一撃など早々当たるものではない。今回は偶然当たっただけだし、錬度があがればそれすらも回避するだけの技術を身に付けれるだろう。

 だがその後が問題だ、互いが砲撃戦の射程に入った後、敵の戦艦にまともなダメージを与えられていない。戦艦が盾になったせいで、随伴艦である他の水雷戦隊も倒せていない。

 それは全て戦艦を好き放題させていることによる悪循環だ。

 本来なら艦載機で敵が足止めを食らっている隙にでも随伴艦を落とし、接近して雷撃、これで戦艦だろうと駆逐艦でも倒せたはずだ。

 ならば何故本来の結果に至らなかったか。

 

 問題点は二つある。

 

 一つは瑞鳳が使う艦載機。

 本来空母の航空攻撃とは、一撃で戦艦を中破、ないし大破に追い込むほどの強力なものだ。

 だがそれは空母の錬度を上げ、さらに性能の良い艦載機を使ってこそ、である。

 瑞鳳が今使っている艦載機は、瑞鳳が初期装備として持っている九九式艦爆と九七式艦攻の二種類だけだ。

 これまで戦って来た敵は皆、対空能力の低い敵ばかりであった故に問題はなかった。

 だが戦艦は艦戦を載せた空母を除けば、最強の対空能力を持つ艦だ。

 故にこれまで通りの航空攻撃は期待できない。

 火力だけで言えば、我が艦隊最強のはずの瑞鳳が封じられてしまっている、それはつまり。

 

「問題二つ目…………砲撃戦火力の圧倒的な不足、か」

 

 駆逐艦と潜水艦は魚雷こそが主武装だ。その最大の威力を発揮するのは近距離戦闘である。

 だがそこまで接近する間に、当然ながら敵からは砲火を浴びせられることになる。

 それを少しでも減らすのが瑞鳳の役目だった。開幕の航空戦での先制攻撃、そして砲撃戦時に航空攻撃によって敵に数を減らし、少しでも駆逐艦が敵に近づくのを援護する。戦艦も重巡洋艦もいない我が鎮守府では敵を殲滅するためには魚雷を敵に撃ち込むしかない。最大火力が瑞鳳とは言え、初期装備の艦載機二種に加え単艦では数の暴力には勝てない。敵を倒しきる前に相手の水雷戦隊の魚雷で大破してしまうだけだ。

 だからこれまでの攻撃パターンとしては、砲撃戦で一隻でも多く相手の水雷戦隊を魚雷発射不可能…………つまり、中破以上に追い込みながら、こちらの駆逐艦、潜水艦を無傷で相手に接近させるか、と言うものだった。

 

 だがそこに戦艦が現れた。

 

 こちらの砲撃戦の間合いよりさらに遠くから駆逐艦どころか、軽空母すら一撃で大破に追い込み、こちらの最大火力である瑞鳳の艦載機をあっさりと封じてしまう敵。

 故にこちらも戦術を変える必要があった。

「個人的に、大艦巨砲主義ってのは性に合わないんだがな」

 火力の高いほうが勝つ…………そんなもの、戦術の意味が無いではないか。と言うか、そんなものが絶対では、うちの鎮守府はやっていけない。

 だから、考えなくてはならない。あくまで今のメインは駆逐艦と潜水艦の雷撃。

 だが同時に、主義主張に拘って、選択肢を狭めるようなバカらしいことはしたくない。

「……………………やっぱり、回す必要があるな、戦艦レシピ」

 

 敵戦艦に対して対抗するには二つ方法がある。

 

 一つは艦載機の質を上げること。開発によって質の高い艦載機、彗星や天山などを作り、瑞鳳に持たせる。

 対空が高いとは言え、敵に空母がいない以上制空権は簡単に確保できるのだ、艦載機の質が上がればいかようにも攻撃を届かせる方法はある。

 メリットは装備を変えるだけなので、現状維持のまま戦力の底上げをできること。つまり、艦が増えないので消費も増えない。ある意味、現在の自身の鎮守府の財布事情には優しいかもしれない。

 デメリットは何が出るか分からないこと。開発と言うのは建造と違って失敗が存在する。失敗すれば資源だけを無駄に浪費するし、仮に成功したとしても質の高い装備は基本的に出にくい、それこそ現状を同じ最低レベルの装備ができるかもしれない。もし質の高い装備が出るまで粘れば、この鎮守府の乏しい資源などあっと言う間に枯渇する。つまり開発できる回数の少なさに対して、開発で出る装備の品質が保証できない。最悪、低レベルな装備だけ無駄に増え、資源だけ無くなると言う目も当てられない状況になるかもしれない。

 

 一つは戦艦レシピを回し、高火力な艦を建造すること。

 そもそも瑞鳳単艦に砲撃戦を任せているような状況に問題があるのだ、だったらこれは抜本的な改善策と言えるかもしれない。

 メリットは開発と違い、確実性が高いこと。戦艦レシピで出てくるのは戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦の三種類。割合はそれぞれ三割以上、六割以上、一割未満と言われている。つまり、戦艦が重巡、目的の艦が出る確率は9割を超えるかなり確実性の高いものだ。

 デメリットは、戦艦レシピは非常に高コストだと言うことだ。現在我が鎮守府の資源備蓄は燃料1000、弾薬900、鋼材700、ボーキサイト600。遠征と任務達成によりかき集めた現状の精一杯だ。対して戦艦レシピは燃料400、弾薬30、鋼材600、ボーキサイト30。つまり一度回せば、燃料は半分近くに減り、鋼材に至ってはほぼ枯渇する。

 しかも建造しただけで終わりではない、戦艦、重巡は一戦ごとの消費も非常に高コストだ。大破などしようものなら、鋼材が賄い切れない可能性だってある。

 

 つまり、どちらも一長一短なリスクを背負っている。

 

 どちらを選ぶ、と言うのに正解の選択肢は無い。

 だが、今回の場合、どちらを選ぶのかは決まっている。

 

「…………建造するぞ、弥生。戦艦レシピだ」

「…………了解、です」

 

 先ほども言ったがやることは建造だ。

 どちらにも正解は無いが、もう一つ遠いところから考えれば分かる。

 第一艦隊の数だ。装備を開発するのは、第一艦隊が埋まり、簡単に入れ替えができなくなってからで十分だ。

 敵の数は戦艦を入れて五隻、こちらは四隻。まずこの不利から解消していくのは火力以前の問題である。

「…………これで鋼材の残量が心もとないな」

 残り100、入渠の際に必要な分だけの鋼材は確保しておきたい、これから戦艦か重巡と言う高コスト艦が増えるのならば、尚更だ。

「夕張と卯月に頑張ってもらうか…………」

 すでに四度の遠征を経験し、旗艦としても大分頼りになってきた夕張。その夕張を補佐しつつ、肝心なところでミスを犯さないように立ち回ってくれている卯月。二人の息も大分合って、遠征もそろそろ合同でやる必要もなくなってきた。

「…………第二艦隊に組み込む艦の建造もそろそろ視野に入れるべきだな」

 とは思いつつ、今はまだ無理だろう、建造するほどの資源が余っていない。

「やれやれ…………まだしばらく厳しい運営が続きそうだな」

 弥生のいなくなった部屋で、弥生の出て行った扉をぼんやりと見つめる。

 秘書として共に仕事をこなしながら、旗艦として艦隊を率いる弥生には大分苦労をかけているな、と思う。

 だからと言って加減したりはしない。

 こんなペーペーの新人提督を、信じると、そう言ってくれたのは彼女だ。

 だからこそ、全力で運営する。そのために秘書艦である彼女には苦労をかけるかもしれないが。

 

 それが、彼女の信頼に応える、そのための自分の中でのたった一つの答えだ。

 

 




【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生   Lv5    司令官の……ために、頑張り……ます!   
二番艦 伊168 Lv4    数の暴力って怖いわね…………。
三番艦 瑞鳳   Lv4    わ、私の艦載機が、そんなぁ…………。
四番艦 卯月改  Lv45 MVP 味方の数が少なすぎだぴょん!
五番艦 None
六番艦 None

『第二艦隊』

【戦果】

旗艦  夕張   LV3   私、少しは旗艦として信頼してもらえているかしら?
二番艦 卯月改  Lv45   夕張さんとはもう仲良しだぴょん!
三番艦 None
四番艦 None
五番艦 None
六番艦 None




冷やし大和始めました。
と言うわけで、この小説の提督さんの鎮守府とは違って燃料6万、弾薬12万、鋼材11万、ボーキ5万と割と溜まってるうちの鎮守府では一昨日大和レシピを三回もイベント前に回すという暴挙に走りました。
活動報告にも書きましたが、うっかり大和さん出ちゃったりなんかしたせいで、レベリングして昨日Lv60で改造完了です。火力199とかパネェ。
あと5-2やってたらくまりんこ出ました。アイェェェェ?! ナンデ?! ミクマナンデェェェ?!と軽くびびった。

響二次のほうがさっぱり筆が乗らないので、気分転換にこっち書きました。

あと、告知です。

来週金曜日。7月11日は駆逐艦弥生の進水日です。作者的解釈だと進水日=誕生日なので、弥生二次で特別編書きます。せっかくのイベントだしね☆
何にしようかと前から迷ってたんですけど、昨日のアプデでビニールプールとビートセットが追加されてたので、水着回にします。

弥生ちゃんに水着きせたかったんだ!!!!!!!!!!!!!

仕方ないよね。
イメージしたのは、フリルついたセパレートタイプの薄紫色の水着。
可愛いね。イムヤとか考える必要ないけど、他の艦娘の水着何にしようかな。
そして提督の水着は何にしよう(待て


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十二話 新人提督が重巡を建造したりする話

弥生可愛いよ、弥生。


「………………今何時だ?」

「ヒトハチマルマル…………六時、です」

 執務室で弥生と二人、終わってしまった仕事の書類を手持ち無沙汰に眺めながら佇む。

 時間を見る、弥生の言った通りすでに夕方六時。もう一時間もすれば食堂で夕食を取る姿がちらほらと見え始める頃だ。

「私が建造に行かせたのは?」

「ヒトフタマルマル…………十二時、です」

 時間にしてすでに六時間。空母レシピで六時間と言えば翔鶴型と言う建造報告の少ない希少な艦がいるのだが、生憎戦艦レシピの最長は長門型の五時間だ。今のところそれ以外の報告は無い。オール30レシピの潜水艦と違って報告が希少過ぎるとか言うのではなく、皆無なのだ。

 一応大和型と言うのが八時間の建造時間を要するため、存在しないわけではないのだが、大和型はまたレシピが違う、と言うか建造方法自体が異なる。現在やっている通常建造では絶対に出ない艦なので、その可能性はあり得ない。

 つまり、どういうことかと言うと。

「すでに終わっているはずだよな?」

「…………そのはず、ですけど」

 弥生もやや困惑したように頷く。すでに建造が完了したはずの艦娘がやって来ない。

 もう一度時計を見る、時間は確かに六時を告げている。

「………………探してくるか」

 何かあったのか、何も無いのか、さてはて、一体どちらかはわからないが、このままいつ来るかも分からない新造艦を待つよりは探しに行くほうが賢明と言うものだろう。

「悪いが弥生、もう少しここで待っててくれ、三十分ほどで戻るから、その間に誰か来たら待たせておいてくれ」

「了解、しました」

 こくり、と弥生が頷いたのを確認し、執務室から出る。

 まず最初に向かったのは工廠。

 重い鉄製扉を開く、と相変わらず暗い室内。

 奥まで見通せない、飲み込まれそうなほどに深く闇が広がる空間。

 実を言えばこの奥に入ったことは無い。と言うか提督と言えど最重要機密であるこの奥に入ることはできない。

 だから。

「どーかしましたか?」

 妖精と呼ばれる彼女たちが気づけば自身の足元にいた。

 身長十センチ前後と言った彼女たちはあらゆる鎮守府にいて、鎮守府内の数多くの仕事に従事している。

 彼女たちは艦娘同様、最重要機密の一つであり、自身たち提督は彼女たちをそう言った存在であると認識している。否、そうしなければならない。

 改めて考えると、鎮守府と言うのは闇が深いと思うが、けれど軍隊なんてそのくらいの理不尽は当たり前にあるものなので、あまり気にはならない。

 まあ話は戻すが、入り口に入ればすぐに彼女たち妖精がやってくる。建造を行ったのは彼女たちだ、その彼女たちに新しく建造された艦娘のことを聞く。

「え? もう四時間以上前に出て行きましたよ?」

 そして返ってきた答えがこれである。

 新しく建造された艦についての詳細を妖精から聞き、工廠を後にする。

 話をまとめると、気性の問題ではなく、性格の問題のようだ。

 

「…………さて、どこを探すかな」

 

 と言っても、この鎮守府はそれほど広くない。

 母港拡張するほど艦娘たちもいないので、ほぼ初期状態のままだ。

 必然的に広さもお察しである。

 弥生に三十分と言ったが、マジメに言って三十分あれば艦娘たちが寝泊りする寮まで含めて全て回れる、まあ本当に回るだけならだが。

 それはともかく、探す候補はそれほどない。まだ着任の挨拶すらしていないので、寮などはまだ部屋を割り振ってないし、出撃したわけでもないので、入居施設や補給所は無いだろう。

 と、なると可能性としては…………。

「波止場か…………あとは食堂くらいか?」

 ただ工廠を出たのが四時間も前である。あまりうろちょろしていれば職員の誰かが見ているだろうし、となれば一箇所にいる可能性は高い。四時間前、つまり十四時ごろだ。波止場にいる、となればすぐに見つかるだろうが、逆に食堂なら…………。

「全員昼食終えてすでに仕事に戻ってるだろうしな、可能性としては十分あり得る」

 と言うかもうそれくらいしか思い浮かばない。

 まあ違ったなら誰かに聞きながら探すか、と思いつつ食堂へと向かう。

 今日も間宮さんの作る美味しそうな料理の匂いが…………。

「………………何?」

 まだ六時だ。まだ六時である。軍隊である以上終業時間と言うのは無いが、休憩時間を各部署ごとに割り振ってある。だがその一番最初が七時だ。特に今日は出撃から艦娘たちが帰ってきたばかりなのでどこの部署もそれなりに忙しいはずである。

 だと言うのに、こんな早い時間に誰が間宮さんに料理を注文しているのか。

「…………やはりここか?」

 疑い半分、食堂の扉に手をかけ…………開く。

 

「いやー、美味しいわ。マジ美味しいわ、間宮さん、これ追加ねー」

 

 机の上にどん、と置かれたカレー皿。

 盛られたカレーライスにスプーンを突っ込みながら、合間合間にアイスティーをストロー口に飲みながらはしゃぐ少女がいた。

 錆青磁と言うのだろうか? 青と緑の中間色に灰色を足したような少しくすんだ色の髪と瞳をした少女。

「………………何をしている?」

 あまりの乱痴気振りに頭が痛くなりそうだったが、少女の後ろに立ちそう尋ねる。

 自身の存在にようやく気づいたのか、少女が振り返り…………。

 

「あ…………忘れてた」

 

 そんなことを口にした。

 

 

 

「チーッス、最上型重巡鈴谷でーす。よろしく~」

 場所を変えて執務室。連れて来た少女に紹介を求めると、笑顔で少女がそう告げる。

 まるでこれまでの一幕が無かったかのような晴れ晴れな笑顔。

 自身はおろか、弥生までもため息を吐く。

「…………それで、釈明を聞こうか」

「え? 何の?」

 冗談なのか、それとも本気なのか。本気なら性質(たち)が悪いが、すぐに少女は頭をかきながらジョーダンジョーダン、と口にする。

「いやー、建造終わって工廠から出たらちょうど二時前でさー。で、二時くらいってちょうど眠くなる時間帯じゃん? で、ちょっと食堂あったんで昼寝してたらさ、気づいたら五時過ぎてるわけ、で、そしたら私、昼御飯も食べてないわけじゃん? お腹空いちゃってさー。んで、ちょっと間宮さんに頼んでカレー作ってもらったらこれが美味しくてさ、気づいたらあんな時間で、提督のとこ行くのすっかり忘れちゃってたわ」

 あっけからん、と言う少女…………鈴谷に、自身も、弥生も、また一つため息を吐く。

「いやーごめんごめん、まあ出撃するなら任せてよ、ガンガン働くからさ」

 ニヒヒ、と笑いながらそう続けた鈴谷。まあ性格に難ありだが、やる気はあるようなので、良しとしておく。

「…………はあ、まあいい。今この鎮守府の第一艦隊は駆逐艦二隻、軽空母一隻、潜水艦一隻の計四隻だけだ。必然的に鈴谷、貴君には第一艦隊に入ってもらう」

「ほぉー。第一艦隊か、それは光栄だねぇ。っていうかさぁ、四隻しかいないのに、そのうちの一隻が潜水艦ってマジあり得なくない?」

 そんなことは言われなくても分かっている、そう返すと、まあそうだよねぇ、と笑う。

 先ほどから思っていたが、どうやらかなり陽気な性格をしているようだ。まあ暗いよりはずっと良いので、微妙に評価プラスである。

「これで空母と重巡…………航空戦と砲撃戦の要が揃ったな。弥生、今度こそ…………勝つぞ」

 隣に佇む秘書艦の少女にそっと呟き…………弥生が、頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 視界の中に、敵の姿を収める。

 前回この距離で敵は撃ってきた。油断はできない。

「全艦隊警戒態勢。敵との交戦に入ります」

 前回の敗北が身に染みている鈴谷以外は鋭い目つきで前方を見据える。

「…………さてさて、突撃いたしましょう」

 くすり、と鈴谷が笑い、前方へと砲を向ける。戦艦ならまだしも、重巡洋艦が撃てる距離ではない。

 そのことに疑問を思うよりも先に。

 

 ドォォォォン

 

 響く砲撃音。空気を切り裂き、飛来する敵の砲撃…………けれど。

「うりゃー」

 

 ドォォンパァァァァァァン

 

 鈴谷が放った砲撃が、敵の砲撃と中空で激突し、爆発を起こす。

「ふっふーん、どーんなもんよ」

 目を丸くする。砲撃を砲撃で撃ち落す、などと言う芸当を見せた目の前の仲間を見る。

 けれどすぐに前を向く。

 

 行ける。

 

 そう思った。

「全艦、攻撃開始、です!」

 いつもより少しだけ声に篭った感情。それは前回の敗北による士気の低下を払拭するだけの熱があった。

 それに中てられたかのように、イムヤも、卯月も、瑞鳳も意気揚々と前進を開始する。

「ふふーん、んじゃ、一発目は鈴谷にまっかせなさーい!」

 まだ僅かに遠い敵へと向けて鈴谷が砲を構える。と、同時。

 

 ドォォォォォ

 

 砲が火を噴き、砲撃を放つ。放たれた砲撃は、狙いを過たず、敵の戦艦へと直撃する。

 戦艦ル級の右肩部分が吹き飛ぶ。そこに取り付けられていた砲がまとめて吹き飛ばされ、右側の武装がその腕ごと沈んでいく。

 一気にその武装の半分近くをごっそりと失った戦艦ル級に、次いで瑞鳳の艦載機が襲い掛かる。

「さあ、行きなさい!」

 戦艦ル級が対空火砲を放つが、片側しかないその火砲は過日よりも大幅に効果を減少させ、八割以上の艦載機がル級たちの傍まで飛んできていた。

「アウトレンジ……………………決めます!!」

 艦載機から次々と放たれる爆弾と魚雷が三艦二列で密集していた敵へと襲いかかる。

 

 ドドドドドドドドドォォォォォォォ

 

 航空攻撃特有の轟音が鳴り響き、敵の戦艦ル級に追撃のダメージを与え大破させ、敵の水雷戦隊にも大きなダメージを与えその身を中破や小破させる。

「今度は………………貫く、ぴょん!」

 すでに半壊しかけた敵に対し、さらに接近していくのは自身……弥生と、卯月だ。

 前回は戦艦に全て弾かれた単装砲だが。

「第30駆逐隊を、なめないで!」

 卯月と二人、敵の装甲の薄い部分を狙い、放つ。単装砲が火を噴き、戦艦ル級の体に致命的な一撃が突き刺さる。

 崩れ落ち、沈むル級。だが油断はしない、前回はこの敵たちに完敗した。

 だから今度は、完全勝利で持って、その汚名を返上しなければならない。

「卯月」

「弥生!」

 卯月の名を呼ぶ、分かっているとばかりに卯月も自身を呼ぶ。

 さっと二手に散開する。そうして出来たのは、敵艦隊と…………そして鈴谷の向けた砲との射線。

「ほら、次行っちゃうよ!」

 そうして放たれる火砲。けれどその砲撃は敵の僅か手前で着水し、飛沫を跳ね上げる。

 外れた、そう自身が思った瞬間。

 

 ブゥゥゥゥン、と聞こえるエンジン音。

 

 ふと空を見れば、そこにいたのは鈴谷の装備だった水上偵察機。

「着弾観測…………今度は外さないよ! っと」

 そうして砲身を僅かに上へと向け、再度火砲を放つ。

 水上偵察機によって着弾の観測を行い、目標とのズレを修正させた砲撃は、今度こそ敵の雷巡へと直撃し、一撃で轟沈させる。

 凄い、と思う間も無く、上空から急降下してきた艦載機…………九九式艦爆が敵軽巡の真上へと爆弾を落とし、敵軽巡を轟沈させる。

「数は少なくても、精鋭なんだから!」

 遠くで、ぐっ、と拳を握る瑞鳳。そして笑う鈴谷。

 

 ああ、負けてられない、と。

 

 単装砲を発射。敵の駆逐艦を中破させる。

「…………やっぱり、火力、足りない、かも?」

 駆逐艦だから仕方ないとは言え、いや、だからこそ、こちらが使えるのだが。

 魚雷発射管に搭載された標準装備の魚雷を放とうとし…………。

 直後、敵の駆逐艦二隻が爆発する。

「…………え…………?」

「おりょ?」

 どうやら卯月ではないようで、驚いた顔をしている。

 では誰が? と思った瞬間、海底から浮き上がってくる赤色。

 それを見た瞬間、先ほどの攻撃が誰のものか、理解した。

「わお、大量、大量!」

 一発の魚雷で二隻の駆逐艦をし止めたイムヤが満足気に呟き、こちらを見る。

「敵全機撃沈完了、ね!」

「………………はい」

 少しだけ、トドメを持っていかれたな、と思ったが…………けれど全員無事で、カスリ傷を負うことも無く無事済んだと、ほっとし。

 

 まあ、いいか。

 

 そう思った。

 

 

 * * *

 

 

「暇だ」

 男がそう呟く。

 男の座る椅子の前に置かれた机には、書類のようなものが山積みになっている。

 にも関わらず男は呟く、

「暇だな」

 サボり、ではない…………何故ならこの山のような書類はすでに男が目を通し、必要事項を書いている、つまり終わった仕事だからだ。

 だから男の言うことは別に的外れでもなければ、非難されるようなことでもない。

「…………鬱陶しいですね、司令官。死にますか?」

 けれど、そんな理屈は男の秘書艦には通じない。敬っていないわけでもないし、軽んじているわけでもない。だが、それでも男の態度は女にとって目に余った。

「だって暇だぜ」

「では、これをどうぞ」

 そうして女が一枚の便箋を男へと渡す。

 男がきょとん、とした表情でそれを見て、陽光にかざし、表へ裏へと返しながらその便箋を見つめる。

「これは?」

「大本営からです」

 女の端的な言葉に、訝しげな男は、やがて便箋を破り中に入っていた用紙を取り出す。

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 数秒、あるいは十数秒の沈黙。やがて男が口を開く。

「…………なんだこりゃ」

「何が書いてあったのですか?」

 そう尋ねる女に、男が用紙を投げ渡す。その行動に一瞬、女が眉目を潜めるが、けれど口を開くことなく用紙へと視線を落とし…………。

「っ!? これは」

 すぐに男へと視線をやる。女の視線を受けて、けれど男は動かない。

「司令官」

 女が男を呼ぶ。男がちらり、と自身の秘書艦を見る。

 

「…………………………不知火、第二艦隊に出撃の準備をさせろ」

 

 男の視線を受け、言葉を受け、女が頷く。

 

「了解しました、司令官」

 

 部屋から出て行く女を見送り、一人残された男はぽつり、呟く。

 

「きなくさいな…………………………アイツは大丈夫か?」

 

 近くの鎮守府にいる自身の元部下を思い出し、そう呟いた。

 

 




【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生   Lv5    ちょっと残念だったけど、みんな無事で、良かった。
二番艦 伊168 Lv4    海のスナイパーイムヤにお任せ!
三番艦 瑞鳳   Lv4    しれいかぁん、ちゃんとした艦載機開発しようよぉ。
四番艦 卯月改  Lv45 やっとメイン火力が来たぴょん!
五番艦 鈴谷   Lv3 MVP ちーっす、砲撃戦なら鈴谷に任せてよ。
六番艦 None


弥生のデレが近づいてきた。
多分だけど、1-4海域やったら、遠征隊の話一話やって、そしたら2-1~2-3までカットします。
正直、作者としても、すごくスロウペースなのは自覚してるので。

そしてようやく鈴谷出せた、本当なら瑞鳳より先に出す予定だったのに、なかなかこいつがうちの鎮守府にやってこないから、出せなかった。
ようやく出せましたよ、本当に。
そしてようやくイベントに必要な艦娘が揃いました。
これでいつでも弥生のイベントに入れます。
いつにしようかなあ。

そういえば、この小説の推薦文あったんですけど、ふと見たら消えてましたね。
うーん、取り消されるほど酷い内容書いたつもりなかったんですけど、好みに合わなかったんですかね。ちょっと残念。


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E1 夏のある日に - one summer day -

弥生誕生日おめでとおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!


 

「……………………暑い」

 あらかた片付けた書類をまとめながら、思わず呟く。

 見れば隣の弥生もややげんなりしている(ような気がする)。

 ふと昨夜ぶら下げておいた室温計を見れば、室温三十三度。

 窓を全開にしてこれである、海の傍だけあって風通しは良いが、吹く風は総じて生温く、不快指数だけが増していく。

「…………………………大丈夫か、弥生?」

「………………………………………………」

 額にうっすら汗を浮かべる弥生にそう尋ねるが、帰ってくるのは無言。

 隣にいるのに聞こえなかった、と言うのは無いだろうし、無視していると言う風でもない。

 というか、先ほどからぴくりとも動いていないのだが。

「弥生…………?」

 軽く肩を揺すると、無表情に見えた目に光が宿る。

「………………え…………ぁ…………司令、官?」

「…………………………不味いな、これ」

 完全に暑さにやられている、倒れる前になんとかしたほうがいいかもしれない。

 と言っても、鎮守府内の電気工事のために電気の供給がストップしているため、エアコンや扇風機と言った涼を取るための電気製品は使えない。

「……………………うーん、どうすべきか」

 こんな時どうすべか、と数秒考え、一つ案を思いつく。

「ふむ………………弥生」

「え…………はい、なんですか…………司令官?」

 またぼうっとしかけていたらしい半分瞼の落ちた弥生が自身の声にはっとなって目を開く。

 やはりこの案を実行すべきだろう、ここにはいない他の艦娘たちや鎮守府で働く妖精たちにも。暑さの影響で何か問題が起こる前に。

「浴場に水張ってきてくれ、やり方は知ってるよな?」

「え…………あ…………はい、一応、毎日、使ってる……から……」

 頼んだ、と弥生に告げ、自身は執務室を出る。

 

 向かう先は、工廠だ。

 

 

 * * *

 

 

 弥生が司令官に頼まれたことをやり終え、執務室に戻ってくると先に部屋から出て行った司令官の姿があった。

「司令官…………お疲れ様です」

 弥生の言葉に、ようやくこちらの存在に気づいたのか司令官が顔を上げる。

 いつもの白い軍服を脱ぎ、ラフなTシャツ一枚と言った格好が少々新鮮だったが、それでも帽子だけは律儀に被っているところが少しだけおかしかった。

「お、弥生帰ってきたか。今日の仕事はもういいぞ、緊急でやらないといけない仕事は無いしな」

 司令官のそんな言葉に、驚くと共に納得もする。確かにこの暑さでは頭がまともに働かない。先ほどまで湯だった頭で呆けていた身としてはありがたかった。

 時計を見れば午前十時。これからまだまだ暑くなる、と考えればどこか涼めるところでも探そう、と考えて、部屋を出ようとすると司令官に呼び止められる。

「どうか……しました……か?」

「こんなに暑いのに冷房も扇風機も無いからな、もうみんな気力も出ないだろ。今日は出撃も遠征も休みにするから、他のやつらにもそう言っておいてくれ」

「分かりました」

「それと、後で全員に工廠に行くように行っておいてくれ」

 部屋を出る間際、司令官がそう言う。頷き部屋を出て…………それから首を傾げる。

「…………工廠?」

 そんなところに一体何をしに? とは思ったが…………まあ司令官がそう言うならと考え、深く詮索するのを止めた。

 

 

 

「……………………いない?」

 イムヤ、瑞鳳、卯月、夕張の部屋の扉を叩く、だが返事は無く扉には鍵がかかっていた。

 外から呼びかけても返事が無く、それらしい気配も無い。どうやら留守にしているらしい。

 そもそも、基本的に全員緊急時に備えて出かける時以外は鍵を閉めないので、鍵が閉まっていると言うことはどこかに行っているらしい。

 こんな暑さの中でどこに? と思いながら最近入ってきたばかりの鈴谷の部屋をノックする。

「はーい、誰~? って弥生じゃん、どったの?」

 部屋の扉を開けて鈴谷が出てくる。ふと見遣れば、開けた扉の向こう側、部屋の中でイムヤや瑞鳳、卯月、夕張がフローリングの上に倒れている姿が見えた。

 自身の視線に気づいたのか、鈴谷が苦笑する。

「いやーあっついからさ、喋って気を紛らわせようってことになったんだけどさー、同じ部屋に四人も入っちゃったせいで逆にもっと暑くなっちゃってね~、最終的にみんなフローリングの冷たさの虜になっちゃってるんだよね」

 弥生も来る? なんて聞いてくるが、暑苦しいのが分かっていて、何故この上さらに増やそうとするのか、目の前の重巡の思考が少々理解できない。いや、案外暑さで馬鹿になっているのかもしれないが。

「司令……官から……伝令、です。できれば、全員に、聞いて欲しい……です……」

 そう言うと、鈴谷があいよー、と軽く返事を返し部屋の中へと戻っていく。

 

 どっすんどったん、ばたん、ごとんごとん、どたん、ごとごと、どたーん

 

 閉じられた扉の向こう側から聞こえる音を無視しながら待つこと数十秒。

「…………………………何か用?」

「…………………………暑い…………」

「………………死ぬ……ぴょん……」

「……………………………………」

「つれて来たよー」

 ゾンビのように暑さにうな垂れる四人と一人まだ余裕のありそうな鈴谷が部屋から出てくる。

 ちゃんと聞いているか怪しいが、最悪このまま一緒に連れて行けば良いだろうと思い、司令官からの伝令を伝える。

「今日は出撃、遠征は無し、だそうです……………………それから、全員工廠へ向かうように、と」

 その言葉…………後半の言葉に、四人がゾンビの呻き声のようなものを上げるが、何を言っているのか不明だ。

 代わりに鈴谷が首を傾げる。

「工廠に? 何しにいくの?」

「えっと…………分からない、ですけど」

 そう返すと、特に気にした様子も無く。

「そ…………ま、じゃあ、行ってみよっか」

 そう言って笑い、両手で四人の襟元を掴み、そのままずるずると引きずっていく。

 重巡のパワーって凄い、と素直にそう思った。

 

 

「あっつ?!」

 工廠の鉄製の扉の取っ手を握った瞬間、鈴谷が思わず飛び跳ねる。

 勢いで掴んでいた卯月(他三人は道中で復活した)を離してしまい、卯月が地面に顔をぶつけ、呻き声を上げる。

「…………は、鼻が…………痛いぴょ……ん……」

「大丈夫? 卯月」

 大丈夫、と言う卯月の返事に僅かに嘆息する。顔に少し砂が付いていたのでポケットからハンカチを取り出し、顔を拭ってやる。

「うー…………ありがとぴょん、弥生」

 服についた砂を払いながら卯月が立ち上がる。どうやら完全に頭は冴えたらしい。怪我の功名…………と言うのだろうか?

 その間にも鈴谷と瑞鳳とイムヤと夕張の四人は工廠の扉を指で突きながらその熱に顔を引きつらせていた。

「ここだけ鉄製だから、温度がハンパじゃないわね」

 仕方ない、とイムヤが私服の裾を取っ手に充て、その上から取っ手を握る。

 ぐっ、と力を込め、扉の片側が開く。

 扉を閉め切っていた中から熱風のようなもわっ、とした暑さが流れ出してくる。

「うわ、あつっ!? キモっ、マジあり得ないんですけど」

 思わず毒づく鈴谷だったが、基本的に全員同じ感想だったので、反論は無かった。

 これ以上暑いのはごめんだ、と誰も中に入りたがらないので、仕方ないと一歩踏み出す。

 と、その時。

「あ、いらっしゃい」

 足元に妖精が現れ、驚いて一歩後退する。

 ヘルメットを被った工廠で建造を専門にやっている妖精だ。自身たちも建造された時に会っているのでよく覚えている。

「頼まれたものはもう出来てるよ、好きなの持っていってくれていいよー」

 そして、次いで告げた妖精の言葉に首を傾げる。

「頼まれた……もの……って?」

「あれ? 提督さんに言われて来たんじゃないの?」

「工廠に…………行け、としか、言われて、ないから」

 そんな自身の返答に、妖精が笑う。

「なーるほど、なら自分の目が見たほうがいいわね、全員こっちに来て来て」

 自身たち六人をくい、くい、と手招きしながら妖精が工廠の中へと入っていく。

 ふと他の五人と顔を見合わせるが、何かあるのは確かなようなので、暑さを堪えながら中へと入っていく。

 そうして、案内された場所にあったものを見て…………。

「あ………………そういう……こと……」

 ようやく司令官が何をしたいのか理解した。

 

 

 * * *

 

 

「暑いな…………あいつらそろそろ工廠に行ったか?」

 団扇で生温い風を仰ぎながら呟く。

 と、その時、執務室の扉をトントントン、ノックする音。

「このノック音は…………鈴谷か? 入れ」

 そう言うと、扉を開き、そこには…………。

「全員お揃いか、ていうかなんでもう着てるんだよ」

 水着一式を着たうちの鎮守府の艦娘たち六人がいた。

「…………で、マジでなんでここに来るんだ? 風呂場に水張らせてるだろ?」

 冷房も扇風機も使えない代わりに、夕方、日が落ちるまで大浴場をプール代わりに使う。まあそれが自身の考えた案だった。先ほど工廠に行って、妖精たちに艦娘たちの水着を適当に作っておいて欲しいと頼んだのだが、どうやら本気でもう終わってしまったらしい。まだ三十分も経っていないはずなのだが、恐ろしきは妖精の力と言うことか。

「提督に水着見せてあげよーと思って」

 ニヒヒと笑い重巡の力でここまで引きずってきたらしい五人を執務室の中に押し込み、自身も部屋へと入るとバタン、と扉を閉める。

「どーよ提督、可愛い子いっぱいだよー?」

 悪戯っぽく笑い、見せ付けるようにポーズまで決める。

 鈴谷は意外と言えば意外だったが、ツーピースの普通の茶色の水着だった。

「なんか割りとまともな水着だな、もっとはっちゃけたの着るかと思ってたのに」

「これけっこう気に入ったんだよねー、だから今日はこれ」

 そうか、と呟きつつ視線を反らすと夕張がいた。

 夕張は普通の青のビキニタイプだ。意外性は無いが、良く似合っている。

「おう、なかなか似合ってるじゃないか、夕張。良いと思うぞ」

「ありがとうございます、提督」

 少しだけ頬を染め、首を傾けて笑う夕張。と、その隣に何故かぶすーとした顔の卯月。

 その卯月は何故か着ぐるみを着ていた…………水着? 水着なのだろうか?

「………………なんだそれ?」

「うーちゃん、ひじょーに不本意だぴょん」

 にひっ、と後ろで笑う鈴谷の笑みを見る限り、どうやら無理矢理着せられたらしい。

 その卯月の隣で自身の視線に気づき、少し恥ずかしそうにしながら髪を結いなおしている瑞鳳がいた。

 瑞鳳は上は普通の水着だが下がスカートのようになっていた、キュロパンと言うらしい。初めて知った。

「瑞鳳のそう言う格好はちょっと新鮮だな、いつももんぺみたいなの着てるからな」

「そ、そうですかぁ? ……………………そう言われると私服もスカートってあんまりないような」

 何か琴線に触れたのかぶつぶつと一人つぶやく瑞鳳の隣、暑そうに顔の辺りを手で仰ぐイムヤの姿が。

 イムヤはいつものスクール水着とは違う、赤いパレオ。少しだけ予想外なチョイスに多少驚きを感じる。

「いつものやつじゃないんだな…………少し驚いた」

「あれは出撃用だから、オフで着る時まで同じ水着は着ないわよ」

 若干呆れたように呟くイムヤ。私服で見かけるたびに思うが、こいつが一番お洒落に気を使っている気がする。

 と、イムヤの影に隠れている弥生の姿を見つける。イムヤも気づいたのか、観念しなさい、と言いつつその背をぐいぐいと押す。

 恥ずかしそうに、いつも無表情なその顔を赤く染め、俯くその姿は普段とのギャップが大きく、中々に愛らしい。

 弥生の水着は薄紫のフリルのついたセパレート。なんと言うかイメージに違わない感じがあって可愛らしい。

「ふむ…………可愛いじゃないか、俯いてちゃ勿体無い」

「…………えっと…………その…………ありがとう…………ございます」

 蚊の鳴くような、今にも消え入りそうな声でそう呟き、さっとイムヤの影に隠れる。

「まあとにかく、風呂場に水張ってあるから、適当に涼んで来い。昼は間宮さんに間宮アイスも一緒に用意してもらっているからな」

 その言葉に全員が動きを止め、ばっと顔を上げてこちらを見る。

「最近ちょっと出撃が多かったからな、偶の息抜きだと思って疲労を抜いて明日からまた励んでもらいたい、以上だ」

 手を縦に振り、早く行けと催促する。

 全員が苦笑しつつ一つ頷き。

「「「「「「了解」」」」」」

 そう告げ、部屋から出て行った。

 

 

 

 ちゃぽん、と浴槽に張られた水へとそっと足を差し入れる。

「…………冷たい」

 ひんやりとした水の温度。体中に溜まった熱が一気に抜けていくような感覚。

 ゆっくりと、少しずつ水へと体を漬けていこうとして…………。

「おっさきっだぴょーん!」

 隣で卯月が浴槽へと飛び込み、大きな水飛沫が上がる。

 跳ねた水を被り、全身で感じるその冷たさに思わず体が震える。

「……………………卯月?」

 少々恨みがましく思いながら卯月を見遣ると、卯月がびくりと震える。

「や、弥生? ご、ごめんだぴょん、だから怒らないで欲しいぴょん」

 ぶるり、と震える卯月がそう言うが、別に怒ってはいない…………怒ってはいない。

「別に…………怒ってないよ?」

「絶対に怒ってるぴょん! ごめんなさーい!」

 水中を走りながら逃げ出す卯月。そのせいでまた水飛沫が上がるが、咄嗟に顔を腕で覆い隠し、幾分かは防ぐ。

「…………………………別に、怒ってないのに」

 少しだけ拗ねたような声音になってしまったが、仕方ないと思う。

 浴槽の段差に座り、腰半分ほどまで水に漬かる。

 ふと自身の着ている水着を見る。

 薄紫色…………自身と同じ色の水着。

 弥生が選んだものではない、弥生自身は特にこだわりは無いので何でも良かったのだが、卯月が絶対にこれ、と言って選んだのがこれだったと言うだけだったのだが…………。

「………………可愛い」

 そう司令官に言われた時から、どうにもむずがゆい感覚が胸の中に残る。

 なんだか頬が熱くなってくるので、全身水に漬かる。

 ひんやりとした水の冷たさが心地よい。

 

 けれど…………どうにもこの頬の熱は取れそうに無かった。

 

 




戦果

弥生   ……可愛い……て……言われた
イムヤ  次はマイ水着を見せてあげるわ
瑞鳳   もうちょっとスカートとかも買ったほうがいいのかぁ?
卯月   うーちゃん今日は踏んだり蹴ったりだぴょん
夕張   次回に備えて、流行の水着のデータでも取ろうかしら
提督 MVP  アイス六人分で財布が……もう少し安くならない?
間宮さん ダーメ、甲斐性の見せ所ですよ、提督さん?
妖精さん 水着作成の材料は提督の財布から出ています(えっ



いつもより弥生を三割り増し可愛く書いた(つもり
感想で弥生の水着ビキニとか言ってる人がいたので、またそのうち第二回水着回を書くかも(


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十三話 新人提督が演習とかしたりする話

久々に投稿。夏休み入ってから就職活動忙しかったし、仕方ないよね(言い訳


 

『そうか…………製油所地帯沿岸海域を突破したか』

「ええ、卯月と言う貴重な戦力をいただいたこと、本当に感謝しますよ」

『なに、アレが自分から言い出したことだ。私に礼を言うことではないさ』

 謙遜、と言うわけではないのだろう。恐らく上官殿は本気でそう思っている。

「重巡洋艦も加わり、ようやく艦隊としての体裁が整ったと言ったところですね」

『次はいよいよ南西諸島防衛線か…………分かっていると思うが』

「ここは新人提督の登竜門の一つ、分かっています」

 南西諸島防衛線、それは製油所地帯沿岸と並ぶ、新人提督をふるいにかける海域だ。

 新人提督の約二割が製油所地帯沿岸で、そして残った八割のさらに半数以上が次の海域、南西諸島防衛線にて脱落すると言われている。

「分かっていますよ………………空母、ですよね」

 製油所地帯沿岸が初めて敵に戦艦の出現し始める海域ならば。

 西南諸島防衛線は初めて敵に空母が混じる海域と言える。

 なまじそれまで水雷戦隊で押し続けることができていただけに、空母の出現により、途端に敗北を重ね、最悪大切な艦を撃沈され、心を折る提督は後を絶えない。

 自身も知識としては知っているが、自身の艦隊は実際に空母と対峙した経験が無い。その経験の無さがどこまでマイナス要素となるか、経験の無さをどこまでカバーできるか。それにかかっていると言っても良い。

『艦戦の用意は出来ているのかい?』

「任務にあった開発で艦載機レシピを三度ほど回したら零式艦戦が出たのでそれを使おうかと」

 と言っても、未改造の瑞鳳に載せれる数程度で制空権を確保できるとは思っていない。

 あくまで敵空母からの被害を減らすためだけのもの、と割り切ったほうがいいだろう。

 本当に制空権を確保したいのなら、正規空母を使うことを考える必要があるが、今の自身の鎮守府でそれは難しい。出来ない目標を立てても仕方ないのだ、出来る範囲で出来ることをするしかない。

「あとは艦戦の開発途中に出来た単装機銃があるので、それらを駆逐艦に載せようかと」

『対空力の強化か…………まあ南西諸島防衛線ならそれでもまだ良いけれど、もっと上に行くなら10cm連装高角砲の用意くらいはしたほうが良い』

 10cm連装高角砲…………確かいくつかの駆逐艦を改造した時に所持している装備だったか。開発でも作れたはずの、並の機銃より遥かに高い対空能力を持つ主砲だ。

「まあそれは追々、と言うことで」

『そうだな、まあ今すぐ必要になる、と言うわけでも無い。少なくとも西南諸島防衛線を突破できれば、もう一人前の提督として認められる、そうなれば出撃時期がよほど空かない限り、大本営に急かされることも無くなる。ゆっくりやればいいさ』

「そうですね…………次の一戦が勝負所なのは理解しています。なので、上官殿にお願いがあるのですが」

 そう言うと、電話越しに上官殿がほう、と意外そうに呟いた。

『ほう…………キミが私にお願い、とは珍しい』

 まあ確かに、無いわけではないが、自分はあまりこの上官殿に頼み事をしたことが無い。いや、そもそも上官にそう気軽に頼み事なんて出来るはずも無いが、それでも回数は非常に少ない。

「まあ上官殿が何かと気を利かしてくれる方でしたからね…………そもそも頼み事をするほど困った状況になること自体が少なかったですし」

『ふふ…………キミにそう持ち上げられると何ともくすぐったい気分になるな。まあいい、それで? 頼み事とはなんだい? 他ならぬキミの頼みだ、出来る限り協力しようじゃないか』

 

「まあそう難しいことではないです、お願いと言うのは―――――――――――

 

 

 * * *

 

 

「今日の出撃は中止だ」

 朝、部屋へと来た弥生が今日の予定を尋ね、その答えがそれだった。

「中止、ですか? えっと…………どうして、でしょう?」

「ああ、昨日上官殿にお願いしてな、演習を組んでもらうことにした」

「…………演習?」

 弥生が首を傾げ呟く一言に一つ頷く。そして机の上に開いた一冊のファイルを取り出す。

 ファイルの中身は次の戦闘区域である西南諸島防衛線の詳細だ。海域の地図、潮流、敵の分布や配置、艦種などのデータがある。

 そして、差し出されたファイルを眺めていた弥生の顔がふいに強張る。

「…………空母」

「ああ、気づいたか。次の海域からは敵の編成に空母が混じる。うちにも一応瑞鳳と言う空母がいるが、まだ練度も低い上に艦載機もほぼ初期装備のままだ。このまま戦えば苦戦は必至だろう…………だから演習で空母との戦いかたを覚えてもらう」

 陣形、と言うものがある。簡単に言えば、艦隊の並び方だ。

 陣形は全部で五つあり、それぞれ単縦陣、複縦陣、輪形陣、梯形陣、単横陣と別れている。

 

 それぞれの陣形には特徴があり、単縦陣は艦隊を一直線縦に並べた最も基本的な陣形だ。

 前方一直線に向けての集中砲火なので、砲撃の密度が高く、砲雷撃戦での火力を最も高めてくれる他、艦隊運動もしやすく、砲雷撃戦に適している。

 

 輪形陣は旗艦を中心とし、その周囲を僚艦が囲むような陣形であり、艦隊が密集した性質上、最も対空に適した陣形と言える。

 反面その並びの仕様上、艦隊運動し辛く、砲雷撃戦などには向かない陣形でもある。

 

 複縦陣は単縦陣と輪形陣のメリットをあわせたような陣形で、縦に二列で並ぶ陣形である。

 砲雷撃戦の火力と命中、そして対空能力の両方を兼ね備えるが、単縦陣ほど砲雷撃戦には向かず、輪形陣ほどの対空は無いと言うどっちつかずとも言える、が使い勝手は良い陣形だ。 

 

 単横陣は、砲雷撃戦にも向かず、対空能力も無いに等しいが、対潜水艦に特化した陣形だ。

 通常、潜水艦と言うのは対潜装備と言う対潜水艦専用の装備が無いとダメージを与えるのは非常に難しいのだが、この陣形を使えば一撃で倒すのは難しいまでも雷撃能力を奪う程度までのダメージを期待できる、と言う程度には対潜能力が高い。

 

 最後に梯形陣だが、基本的には観艦式などの艦隊を魅せるための陣形であり、実戦には向かない陣形である。

 と言うか、現状で、この陣形を使った戦法が開発されておらず、あまり使う提督もいないため、現状ではほぼ廃れている。

 

「現状うちの艦隊は単縦陣しか使ってこなかったからな…………そろそろ他の陣形での動きを覚えてもいいだろう」

 使ってこなかった、と言うより他を使う必要が無かった、と言ったほうが正しい。

 つまるところ、第一艦隊は単縦陣しか使ったことがない以上、言ったからと言って実戦で突然新しい陣形で行動できるか、と言われると首を傾げるしかない。

「だから演習で空母相手の戦い方と陣形を使っての動きを訓練する」

 自身の言葉にようやく納得がいったのか、弥生がなるほど、と頷く。

「それにしても…………昨日の今日、って、随分……急、ですね……」

「あー」

 実を言うと、自分的にはもっと後、さすがに一ヶ月は無いだろうが、一週間か二週間は待たされることを覚悟でお願いしたのだが…………。

 

『何? 演習? よし、いいぞ、明日やるか、そっちの準備はもう出来てるよな? なら明日そちらに行くから待ってろ』

 

 と一方的に告げられ電話が切られたのだ。どうにもあの上官殿は頼られるのが好きなのか頼み事をして断られた試しが無い。まあその頼み事自体数えるほどしかしたことが無いのだが。

「まあ、向こうもちょど良かったらしいぞ」

 これは本当のこと。向こうも向こうでどこかと演習でもしようかと思っていたらしく、こちらの申し出は渡りに船だったらしい。

「つうわけでだ、今日の午後から演習を行うので、弥生は他のやつに連絡してヒトヨンマルマルには出撃準備整えておいてくれ、そのために午前中は空けておく」

「了解、です」

 こくん、と弥生が頷き部屋を出て行く。さて、それでは自身も午後の演習のための準備でするか、そう考え、まずは上官殿と最後の打ち合わせでもするために机の上の電話を取った。

 

 

 * * *

 

 

 演習、と言うのは、実弾を使わない艦隊同士の戦闘を指す。

 実弾を使わないので撃沈の心配も無い。燃料と弾薬は消費するが、実際にダメージを受けるわけでもないのでドッグに入る必要も無い。とまあ基本的にメリットの多い訓練だ。

 ただ基本的に相手が必要となるので、他の鎮守府との都合が付かなければ出来ないと言う欠点もある。

 上官殿のところほどの数の艦隊がいれば、一つの鎮守府内で組を分けて演習を行うこともできるが、今の自身には到底難しい話だ。

 最初にも言ったが、実弾を使わないので、ダメージの判定はかなり曖昧になる。

 基本的には撃沈判定を出された艦は戦線離脱、それ以外は続行、と言う非常にシンプルな戦いになる。

 昔はマーカーなどを使って、判定を行っていたが、一張羅の制服をマーカーで汚された艦娘からの反発が酷かったらしいので現在はこんな形になっている。

 撃沈判定は各艦娘に付いている妖精が勝手に行ってくれるので提督の自身は岸で見ているだけで良い。

 

 自身から見て左側に居並ぶのは、弥生、イムヤ、瑞鳳、卯月、鈴谷の五名。

 そして右側に並ぶのはたったの一人。

 

「本当に良いんですか? 一人で」

 そう尋ねると彼女はええ、と頷く。

「こちらとしては、彼女の性能確認、と言ったところなので、むしろ他の艦がいては分かりにくくなります」

「まあこちらも低レベル艦ばかり、改造艦などそちらから来た卯月一人なので余り言えませんけどね」

「問題はありません、彼女の装備もそちらに合わせてありますから、これはこちらの提督からの配慮です」

 そう聞き、少し安堵する。さすがに装備のランクが違い過ぎて勝負にならない、と言うのは困るからだ。

「艦戦、艦爆、艦攻の一番レベルの低いのを一つずつ、それから最近開発されたばかりの二式艦上偵察機を一つ、まああまり一方的になっても訓練になりませんから」

 それは裏返せば、普通にやれば一方的になってしまう、と言うことだろう。

 まあ言い返せはしない。何せ、たった一人とは言え演習相手が悪すぎる。

「飛龍改二…………確か上官殿の第一艦隊の所属だったと記憶していますが?」

 練度(レベル)も確か九十を超えていたはずだ。そんな彼女が良くこうして来てくれたことだ、と最初に出会った時は思わず硬直してしまった。

 そして何より。

「あなたが来るとは本当に意外でしたよ、不知火」

 第一艦隊旗艦にして、上官殿の秘書官、不知火改。駆逐艦ながらにして、昼戦で敵戦艦を容赦なく叩き潰すあの鎮守府でも最強の一人だ。

「提督は今、少々忙しいので、不知火が代わりに着ました、何か問題でも?」

 ふるふると首を振る。まあこちらとしては別に問題無い。稀に、ではあるが提督の代わりに秘書官が来る、と言った例も無くは無いし。

 と、そうこう言っている互いに所定の位置に付いたらしい。

「ではそろそろ?」

「ええ、始めましょう」

 

 そうして、この鎮守府初めての演習が始まった。

 

 

 * * *

 

 

 見上げれば、空を覆う艦載機の群れ。相手がの放った艦載機であるとすぐに分かる。

「迎撃!」

 弥生がそう言い放ち、事前に装備していた機銃を突き出し撃つ。

 卯月もそれに習うようにして、同じく機銃で迎撃する。

 その間に瑞鳳が次々と艦載機を発艦させ、空へと艦載機が飛んでいく。

 瑞鳳の装備している艦載機は艦爆一つと艦戦二つ。

 だがそれでも。

「嘘っ! 落とされた!」

 数が違い過ぎる。装備数の上では瑞鳳のほうが上で、実際の艦載機の数は向こうのほうが遥かに多い。

 艦載機と言うのは全て追加装備に分類される。艦載機の無い空母はただの置物と言っても過言ではない。

 そして空母に限らず、偵察機を含めた艦載機を載せることの出来る艦には全て艦載機数と言うのが装備順ごとに割り振られている。

 例えば瑞鳳は未改造の現状では、三つ分の搭載予備領域(スロット)があるが、艦載機は1スロット十八機、2スロット九機、3スロット三機と割り振られている。

 そして1,3スロットに艦戦、2スロットに艦爆を積んでる現状、艦戦の数は合計二十一機、艦爆の数は九機となり、艦載機合計数三十機となる。正直、軽空母と言うことを除いても、かなり少ないと言えるが、未改造艦故に仕方がない。改造すればスロット数の四つに増えるので、さらに艦載機も載せれるだろう。

 そして問題の相手、飛龍は正規空母、同じ正規空母でも加賀ほどでは無いにしろ、それでもその艦載機数は圧倒的だ。

 飛龍改二の艦載機数は1スロット十八機、2スロット三十六機、3スロット二十二機、4スロット三機の合計七十九機、瑞鳳の倍以上の数である上、1スロットに艦爆、2スロットに艦戦、3スロットに艦攻と装備している。

 

 ここで問題になるのが各艦載機の種類だろう。

 

 艦攻とは艦上攻撃機、魚雷を積んだ艦載機である。

 一撃の威力が非常に高いが、当てるために水面ギリギリを飛ぶ性質上、非常に打ち落とされやすい。

 艦爆とは艦上爆撃機、爆弾を積んだ艦載機だ

 遥か上空から急降下しながら爆弾を落とすため非常に命中が大雑把で、威力自体は直撃でもしなければそれほど高くない。だが基本的に上空を飛ぶため、機銃などで撃ち落されにくい性質を持つ。

 そして艦戦とは艦上戦闘機、即ち艦載機を撃ち落すための艦載機である。

 航空戦において最も重要な分類に位置する艦載機であり、艦戦の数と能力の如何によって制空権が左右されると言っても決して過言では無い。

 

 先ほどの話に戻すが、瑞鳳の放った艦戦は二十一機、逆に飛龍の放った艦戦は三十六機。

 つまり1.5倍以上の数に差があるのだ。制空権は奪われたに等しい。

 そして制空権の無い空を飛ぶ艦載機などただの的である。

 次々と落とされていくこちら側の艦載機に瑞鳳が目を見開く。

 そしてどんどんと数を増していく敵の艦載機を捌ききれず、段々と被弾を増やしていく艦隊。

 

 戦局の優勢はどちらか、明らかであった。

 

 

 * * *

 

 

「ふむ…………やっぱりこうなったか」

「数が違い過ぎるのもありますが、何よりも航空戦に不慣れですね」

 やはり見ただけで分かるのか不知火の言葉に、目を瞑る。

「どうしますか? 少し手伝いますか?」

「…………そこまでしてもらっていいものか悩むな」

「今更遠慮するような仲でもないでしょうに、少しくらい不知火にも頼りなさい」

 数秒思考する。ジィと見つめる不知火の視線に、やがて折れる。

「じゃあ…………頼んだ、不知火」

「ふふ…………任せなさい」

 

 

 * * *

 

 

「ハァ…………ハァ…………ハァ…………」

 荒い息を吐く。都合三度もの演習。五対一と言う状況で、それでも一方的に追い込まれている現状に歯を食い縛る。

 どうすれば、そんな疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡る。

 見やれば仲間たちも同じような状況だ。無事なのは、正規空母からの攻撃を全く受けないイムヤくらいだ。辛うじて練度も高く場慣れしている卯月は呼吸を整えているが、それでもうっすら額に汗が滲んでいる。

 どうすれば勝てる? ぐるぐると同じ疑問だけが頭の中を巡る。

 答えが出ない、明らかな経験不足。旗艦として何も指示が出せない、どうしていいのかが分からない。

 思考が迷走し、焦りすら感じてきた、その時。

「全艦注目」

 凛、と張り詰めた声に自然と顔をそちらへと向かった。

 そこに艤装を付け、先ほどまで司令官の隣にいた艦娘が立っていた。

 名を、確か…………。

「不知火です」

 そう、不知火だ。陽炎型二番艦。つまり弥生と同じ駆逐艦。

 その彼女が、一体何故ここに?

 そんな疑問を浮かべた直後。

「突然ですが次の一戦、不知火が貴方たちの指揮を執ります」

 そんなことを言った。

 




【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生   Lv5    どうすれば、いい? どう、すれば……
二番艦 伊168 Lv4    不味いわね、みんなかなり参ってるわ。
三番艦 瑞鳳   Lv4 MVP うぅー、私の艦載機がみんな落とされるぅ。
四番艦 卯月改  Lv45   ひりゅーさん強すぎだぴょん(白目
五番艦 鈴谷   Lv3   さすがに強いね、演習じゃなきゃ三回は沈んでるよ。
六番艦 None


『第一艦隊』

旗艦  不知火改 Lv99(?)  さて、教導の時間といきましょうか
二番艦 ???? Lv??
三番艦 ???? Lv??
四番艦 ???? Lv??
五番艦 飛龍改二 LV92   航空戦に慣れてないわね、どうするのかしら?
六番艦 ???? Lv??


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十四話 新人提督が演習を見届けたりする話

久々の更新。響二次が完結したので、これからはこっちも更新します。


「突然ですが次の一戦、不知火が貴方たちの指揮を執ります」

 

 そんな彼女の突然の一言に、全員の思考が一瞬止まった。

 疲労で鈍る思考、けれどそんな一言を逃せるはずも無い。

「…………どう、して?」

 そんな自身の問いに、彼女…………不知火は不思議そうに首を傾げ、問い返してくる。

 

「今のあなたたちがあと何度繰り返せば、勝負になるのですか?」

 

「……………………っ!」

 言い返せもしないその一言に、思わず怯む。

 と、そんな自身の後ろで、卯月が声を荒げる。

「だからって、不知火は他の鎮守府の艦娘だぴょん」

 至極全うな言い分、だからこそ説得力もある。

 けれど。

 

「そちらの司令官に頼まれたのよ、何も問題はありません」

 

 そんな一言に、思わず目を見開き、咄嗟に自身の司令官のほうを見る。

 腕を組み、こちらのほうを見つめたままの司令官の表情は遠く、分からない。

「嘘だぴょん…………司令官が…………どうして」

 卯月が信じられない、と言った様子で思わず零した言葉に、不知火が目を細める。

 

「どうして? どうしてと言いましたか? どうしてかだなんて、あなただって分かっているはずでしょう? 卯月」

 そんな不知火の鋭い眼光に、気圧された卯月が言葉を詰まらせる。

「何度も言ったでしょ? あなたは甘い、優しさと甘さは違うわ、あなたの甘さはいつか仲間を巻き込んで、取り返しの付かない不幸を招く危険性がある」

「そんなこと…………」

「このままでは駄目なことが分かって相手を気遣って何も言わないのはただの甘さよ、本当に優しいのなら、告げて正してあげるべきだわ」

 卯月へと厳しい言葉を投げかける、と共にその視線がこちらを向き、自身の視線をぶつかり合う。

 

「弥生、かつての先達たるあなたにこういうことを言うのは少しばかり恐縮ではあるけれど」

 

 くい、と手袋をきつくはめ、不知火が口元を吊り上げる。

 

「教えてあげましょう、旗艦の役割と言うものを」

 

 そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

「陣形は複縦陣に、対空砲は全て前だけ向けなさい」

 いよいよ開戦の砲が鳴る。と、同時に飛ぶ命令にすぐさま動く。

 どうやら不知火は直接的には手は出さないらしい、あくまで指示に徹する様子だった。

 色々と言いたいことはある、聞きたいこともある、それでも少なくとも弥生は、司令官が頼んだのなら、何か意味があるのだろうと思っている…………他所の艦娘を頼っていることに多少、寂しさも感じるが。

 

「瑞鳳は艦戦を無視、艦爆を一機でも多く減らしなさい」

「…………了解」

 

 まだ少しばかり訝しげではあるが、瑞鳳が艦載機を打ち上げていく。

 ついでイムヤに潜行するように言うと、イムヤが海中へと潜っていく。

「卯月、分かってるわね?」

「…………………………分かってるぴょん」

 ちらり、と視線を卯月にやり、そう尋ねると、卯月がそれを構える。

「電探による索敵開始、位置把握…………一斉掃射だぴょん」

 25mm三連装機銃、25mm連装機銃、13号対空電探。どれも卯月が改造した時に持っているもので、いつもは外して主砲を持っているが、先ほど不知火に言われて入れ替えたらしい。

 と、卯月が放った機銃の掃射に撃たれ、真正面からこちらを狙って低空飛行をしていた敵の艦攻が次々と落ちていく。

 

「艦攻は常に低空飛行をしてくるわ、機銃で狙えば簡単に打ち落とせる、覚えておきなさい」

 

 不知火がそう呟きつつ、次の指示を出す。

「鈴谷、主砲の砲撃準備」

「この制空権じゃ偵察機は飛ばせないよ?」

「問題無いわ」

 何の問題も無いと、実に堂々とした態度で指示する不知火に、鈴谷がそう、と納得したように頷き、砲を構える。

 と、その時、上空から急降下してくる敵の艦爆隊。瑞鳳の艦戦によって大幅に数が減っているが、それでもまだ少数ながら残っている。

 

「駆逐艦の役割とは、何だと思うかしら?」

 

 上空を見つめ、砲を構えた自身の背後で、不知火がそんなことを言った。

 

「本来駆逐艦とは、敵の水雷艇を駆逐するための艦。けれどその小回りの良さと数、燃費を買われて戦艦の護衛に付くこともある、つまり本来の駆逐艦が果たすべき役割と、求められた役割は少し違っている」

 

 どん、と背中に感じる強い衝撃。

 

「時代は変わったわ、それでも私たちのやることは変わりは無い、つまり」

 

 つんのめり、数歩、たたらを踏み、足を止める、と同時。

 

「主力を守り抜くこと、例えその身を挺してでも主力を無傷で守り通すこと、それだけよ」

 

 自身の眼前で、艦爆から投下された爆撃が炸裂した。

 

 

 * * *

 

 

「あらまあ…………不知火も容赦ないわね」

 呟く飛龍だが、先ほどと違ってその表情に余裕は無い。

 すでに艦攻は全て卯月によって打ち落とされた、艦爆も半数以上が瑞鳳の艦戦に打ち落とされ、その艦戦もこちらの艦戦で打ち落とし制空権は確保したが、艦戦では艦を攻撃することはできない。

 実質、こちらの攻撃手段は残り少ない艦爆のみとなっている。

 

 本当に容赦ない。敵にも、味方にも。

 

 先ほど旗艦の弥生の背を蹴り飛ばして爆撃の被害を集中させていた。

 正直、睦月型駆逐艦は他の駆逐艦より性能と言う面ではやや劣るので、飛龍もそこまでの脅威として認識していない。

 どちらかと言えば、重巡洋艦の鈴谷のほうが明確な脅威だろう、何せ彼女は自身の装甲を抜いてくる可能性があるのだ。

 そのために最高のタイミングを見計らっての爆撃だった…………のだが。

「ホント…………予知でもしてるみたいにあっさり防ぐわね」

 爆撃にさらされた弥生が大破するが…………それだけだ。

 他に誰一人巻き込むことなく、本命であった鈴谷に僅かのダメージを与えることも出来ずに終わった。

 そして直後、鈴谷からお返しとばかりに放たれた砲撃。

 当たりはしなかったが、強烈な一撃が危険なものであると認識させらるには十分だった。

 

「頭が付くだけでこれ……か……。私もまだまだってことね」

 

 単純に、指揮を取っている不知火が規格外なだけかとも思うが、けれど実際には一切の手出しはしていない以上、練度の差が絶対的なほどにあるはずの自身が不甲斐ないだけだろう。

 実力不足を相手のせいに転嫁するようなことは、戦場では出来ないのだから。

 

「…………………………そうね、本当は出すつもりは無かったのだけれど」

 

 追い詰められたなら試してみろ、と提督が言っていたが、まさか本当に使うことになるとは…………。

 第四スロットに格納された、たった三機だけの機体ではある。

 だがこれは、提督が不知火にすら秘密で載せた新兵器。

 

「試し撃ち…………ね。ここまで予想していたのなら、本当に大したものね」

 

 弓を引き絞る。

 番えられた矢がギリギリと弦を張り詰めさせ。

 

「友永隊、頼んだわよ」

 

 撃ちだされた。

 

 

 * * *

 

 

「…………………………おや?」

 不意に不知火が目を細める。

 その視線の先で、新しく艦載機が発艦されていくのが確認できた。

 その数は…………三機。正面から来ている、と言うことは艦攻隊だろうか。

 

「…………………………ふむ」

 再度不知火が言葉を漏らし。

「弥生、下がりなさい。卯月前に」

 大破した弥生を下がらせる。先ほどその背を蹴ったことについては、全員色々言いたそうではあったが、演習の最中であるが故に、言葉を噤んでいた。

 

「対空迎撃用意。相手は三機です…………落としなさい」

「…………了解だぴょん」

 

 卯月がいつに無くマジメな表情で不知火を見ているが、けれどだからこそすぐに不知火の表情の変化に気づいた。

「不知火…………?」

 呟く名前に、不知火が一瞥し首を振る。

「前だけ見てなさい、敵機が来るわよ」

 その言葉に、鎌首をまたげた疑問を振り払い、正面からやってくる三機の艦載機へと対空機銃を向ける。

「正射だぴょん!」

 対空電探による照準良し、機銃二種による掃射。この弾幕ならば、たった三機の敵機などすぐさま落とせる。

 そう、思っていた。

 

「っ!? 回避されたぴょん!」

 

 こちらの弾幕をけれど急激な方向転換により回避、そして猛スピードでこちらの艦隊へと接近し、魚雷が発射される。

「瑞鳳、避けなさい」

 不知火の声が届く、だが一瞬遅い。

「きゃあああああああ」

 魚雷が瑞鳳を的確に爆発に巻き込み、中破させる。

「…………天山一二型、しかも友永隊仕様ですか。提督、いつの間にあんなものを…………」

 たった一度の交差で、不知火が即座に自身の知識と今しがた過ぎ去っていった敵機の照合を行う。

 攻撃、そして再び戻ってくる敵機。二度目の攻撃、もうこちらの艦隊の無事な艦は瑞鳳と卯月と…………。

 

「まあ、問題ありません、これで終わりですから」

 

 瞬間、轟音を立て、派手に水飛沫を上げながら飛龍の足元が突如爆発した。

 

「やった! 海のスナイパー、イムヤにお任せ! 正規空母だって仕留めちゃうから」

 

 

 * * *

 

 

「三戦全勝…………なるほど、中々の成果と言えるな」

 不知火に指揮を取ってもらい、さらに三戦演習を行ったが、その全てで判定勝利、最後の一戦では飛龍を撃沈判定に追い込むと言う結果までもぎとっていた。

 夜、鎮守府内の自室で昼間の演習を撮影しておいたので、再度目を通しておく。

「……………………こうして見ると、卯月の対空能力は目を見張るものがあるな」

 機銃掃射による、敵艦載機の大量撃墜。一度の攻撃で敵艦爆隊の半数以上を落としたその対空能力は侮れない。

 艦攻隊と違い、上空高くを飛ぶ艦爆隊は比較的撃墜しにくい。そんな艦爆隊を相手にこの成果は見事の一言に尽きる。

 

「瑞鳳は…………やはり数がネックか」

 

 瑞鳳に積める艦載機の数はそう多くない。

 スロットごとの艦載機の割り振り、これが今後重要になっていくだろう。

 制空権を捨てて、攻撃に走るのか、それとも攻撃を捨てて制空権確保に走るのか。

 弾着観測射撃と言うものがある。

 戦艦、重巡洋艦、一部の軽巡洋艦などが行う、偵察機を使った正確無比な砲撃だ。

 自身の艦隊で言うならば、鈴谷だけが使用できる。

 命中率の高さ、そして砲撃を直撃させることによる威力高さを考えると、これが出来ればより一層火力の強化が期待できるのだが、そのためには偵察機を飛ばしておける状況…………最低でも制空権争いで優勢以上に立っていなければ不可能だ。

 

 と、同時に、軽空母と言うのは砲撃戦で強力な火力となりうる。

 スロットに積んだ艦載機の数と質がそのまま攻撃力に直結し、下手をすれば並の戦艦すら一撃で撃沈させるほどの火力を出すことができる。

 弾着観測射撃は強力だ、だがそれが無くても戦艦、重巡と言うのは強力な火力であることには変わりないし、練度を上げていけばその命中率も高まっていく。

 

 どちらが正解、なんてものは無い。どちらも正しく、どちらも絶対ではない。

 その選択をしてくのが、提督と言う人間の役割なのだから。

 

 

 コンコン

 

 

 映像の再生を止め、一息ついたとき、ふと、扉がノックされる音を耳にする。

「入れ」

 音の主が誰か告げるより先にそう言う。いや、それが誰かなんて分かりきったことだ、何せ自分が呼んだのだから。

「あの…………失礼、します」

 扉を開き、弥生が入ってくる。表情はいつも通りの無表情、けれど今日はいつもより硬い印象を受ける。

 手招きすると、靴を脱ぎ、部屋に敷き詰められた畳の上を歩いて、すぐ傍までやってきて正座する。

「弥生、着ました」

「ああ……………………まあそれは後にして、最初に言っておこう。今日はご苦労だった」

 朝から簡易とは言え、六戦も演習をしたのだ、さすがに疲れただろう。

 そう言った意味で労うと、弥生がこくりと頷き。

「えっと…………ありがとう……ござい……ます」

 ぺこりと一礼する。

 

「今日の演習は中々満足の行くものだったと思う。だから私個人としては弥生たちの褒めたい」

 

 けれど。

 

「恐らく弥生たちからすれば、言いたいことがあるだろうからな、だから呼んだんだ」

 

 思ったままを言ってくれ、そう告げる自身に対して、弥生が数秒沈黙し…………口を開く。

 

「司令官は…………司令官は、弥生のこと…………信じてくれていますか?」

 

 

 * * *

 

 

「…………勿論、信じてるさ」

 そんな司令官の言葉に、さらに言葉を重ねる。

「弥生は、司令官から信じてもらえていると、そう思っていました。だから、旗艦にしてもらえてるって、思ってました」

 拙い言葉、自分自身、どう表現したら良いのか分からないもどかしさ。

 そして、悲しみ。

 

 艦隊の指揮を他所の艦娘に取らせる。

 そんな有りえないようなことをした、旗艦である彼女に一言も告げずに。

 弥生は司令官に信頼されていないのだろうか。

 ふとそんな疑問を抱き、悲しくなった。

 

「弥生じゃ…………頼りになりませんか? 司令官の力に、なれませんか?」

 

 司令官の力になれないこと、それが一番悲しかった。

 無性に泣きたくなって、辛かった。

 

「……………………………………」

 そんな自身の言葉に、司令官が目を見開く。

 数度、パチパチと目を(しばたた)かせて。

「……………………いや、予想外だったな」

 そう呟き、立ち上がってこちらへとやってくる。

 そうしてその手が伸ばされて…………。

 

 ぽん、と頭の上に乗せられる。

 

「悪いな、怒られるくらいは覚悟してたんだが…………そんな風に思ってくれてるなんてな」

 そうして、数度、撫でられる感覚が心地よい。

「力になれないなんてそんなこと無いさ、信じてないなんてそんなこと無いさ。弥生はいつも俺の力になってくれてるし、俺は弥生を一番信用してる。だからさ、そう言うことじゃないんだよ、今回の演習は」

 そう言いながら、司令官が言葉を続ける。

「今回の演習はな、艦隊全体の対空訓練であると同時に、弥生の特訓でもあったんだよ」

「……………………え?」

 初めて聞いたその真意に、思わず声が漏れる。

 

「弥生も分かってるだろうが旗艦ってのは特別だ。俺が鎮守府で指示出すってのも出来なくも無いが、実際にその場にいるわけでも無い以上、どうやったって瞬時の判断ってのは旗艦に委ねられる。イムヤが、卯月が、瑞鳳が、鈴谷が無事に戻ってこれるかどうか、それは弥生の判断にかかってると言っても過言じゃない」

 

 けどな、そう呟き、その次の言葉を紡ぐ。

 

「そんなものそう簡単に分かるものじゃない、場に慣れていなければそう簡単に判断できることじゃない。でも慣れるまでに何度お前たちは危険な目に会う? その間に誰一人欠けること無く切り抜けられる保証は?」

 そんなもの、あるはずが無い。と司令官が言う。

 確かにその通りであるとは、自身も思う。

「だから先達である不知火がやってきた時、絶好のタイミングだと思った。初めての対空戦、不慣れな状況、弥生が旗艦としての成長を促せる絶好の機会だと。正直、不知火が言い出してくれて助かったよ」

 

 そうして、司令官が自身の頭を撫でる手を止め、なあ、と尋ねてくる。

 

「弥生…………お前は、今回の演習を経験して、旗艦の役割って何だと思った?」

 

 司令官のその言葉に、しばしの間、考え込む。

 司令官は何も言わず、弥生の答えをずっと待っている。

 

 旗艦の役割とは何だろうか。

 普通に考えれば、随伴艦を統率すること。そして無事に帰すこと。

 けれどそんなことを問うているわけではないだろう。

 

 答えは…………未だでない。

 

「出ないなら、それでも良い…………けどな」

 

 そう言って、司令官が自身に笑んで…………。

 

「いつか、お前の答えを聞かせてくれ、なあ弥生――――」

 

 お前は、どんな旗艦になりたい?

 

 

 答えは、()()()()()()()()

 




【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生   Lv10   旗艦の…………役割…………。
二番艦 伊168 Lv8    海のスナイパー、イムヤにお任せ!
三番艦 瑞鳳   Lv8   提督ぅ~、艦載機の開発しようよ~。
四番艦 卯月改  Lv46 MVP 司令官、どういうつもりだぴょん…………。
五番艦 鈴谷   Lv6    うーん、今回鈴谷いいとこなかった気がする。
六番艦 None


『第一艦隊』

旗艦  不知火改 Lv99(?)  果てさて、とりあえずやることはやりましたが…………。
二番艦 ???? Lv??
三番艦 ???? Lv??
四番艦 ???? Lv??
五番艦 飛龍改二 LV92   あっちゃあ負けちゃったわね。もっと精進しないと。
六番艦 ???? Lv??



弥生イベントフラグ1。


ところで、弥生のバレンタインボイスで100回以上萌え死んだ。
もう、何回でも聞いてたくなる。

ああ、ところで、うちの嫁が今回のイベントで、大活躍してくれたので、この小説の弥生に色々覚えさせる予定。思いついちゃったから仕方ないね。まあだからって別に無双したりはしませんけどね。この小説は割りと原作ゲームを基準に作ってますし。


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十五話 新人提督が弥生に色々見られたりする話

 まあ、ある意味珍しい日と言えるかもしれない。

「…………卯月、それ、取って」

「はーいだぴょん」

 卯月が本棚から取り、こちらに差し出した本を受け取ると、隣の本棚へ並べると、すっかり空になった本棚をハタキがけして埃を落としていく。そうして埃が床へと落ちていくが、新聞紙は引いてあるしどの道後で床を掃くのだから問題ないだろう。

 換気のために窓を開けていたらそよいだ風に集めたゴミが舞うなどと言うハプニングもあったが、それでもなんとか一時間程度で作業が終わる。

「ぴっかぴかだぴょーん」

 満足げに頷く卯月を見ながら僅かに頬を緩める。

 弥生とてこうして綺麗になった部屋を見れば嬉しくも思う。例えそれがほとんど表情に出ていなくとも。

 さて、こうして弥生と卯月が朝から自室の掃除に励んでいることから分かるように、今日は出撃などが無い日だった。

 いや、今日も、と言うべきか。

 ここ一週間ほど、出撃命令が来ていない、珍しいことに。

 

「まあ、次は沖ノ島だから、仕方ないぴょん」

 

 そんな卯月の言葉に、こくり、と頷いた。

 

 

 西南諸島海域最後の指定域、沖ノ島海域。

 西南諸島防衛線が新人提督最初の登竜門だとすれば、沖ノ島海域は新人提督二つ目して最大の関門だろう。

 敵の編成の多くにelite艦が入り混じり、敵中枢の中にはflagship級の戦艦までもが混在する。

 

 elite艦は深海棲艦の中でも通常の固体よりも強大な力を持った一部の固体を言う。

 非常に不可思議な話ではあるが、深海棲艦の固体ごとの能力と言うのは種類ごとにほぼ似通ったものとなる。

 僅かな違いはあれど、その程度は統計上の誤差程度の範囲でしかない。

 だが時折、その種類の固体よりも遥かに強力な固体が存在する。

 それらを総称して上位艦(elite)と呼ぶ。

 そしてそれらeliteの中でも飛びぬけた、最早その種の固体とは別固体としか言えないような強大な力を持った個体が生まれることがある。

 それら例外中の例外のような固体は、深海棲艦が個々に作る群れの中でも中心的役割を果たしていることが多く、群れの中で生まれたリーダー的存在ではないかと言われている。

 それらを総称し旗艦種(flagship)と呼ぶ。

 

 戦艦ル級。

 製油所地帯沿岸で弥生たちの艦隊を苦しめた強敵。

 鈴谷と言う砲撃戦の要が加わることで何とか突破したが、あわや直撃しそうになったあの一撃を弥生はまだ忘れていない。

 

 あの忘れられない演習の三日後に西南諸島防衛線を突破してからはや一月。カムラン半島、バシー島沖、東部オリョール海と破竹の勢いで進軍してきた自身たちの艦隊。

 特に東部オリョール海では、敵中枢艦隊に戦艦ル級eliteと戦艦ル級の二隻が偏在すると言う状況ではあったが、司令官の徹底的な夜戦狙いにより五隻と言う数のハンデを負いながら、僅か一度の試行で突破に成功した。

 だがこのハイスピードな進軍もここまでだろう。

 

 西南諸島沖防衛線で空からの脅威に果敢に立ち向かい、突破してきた提督たちの約八割でここで折れると言われる難関中の難関。

 その難関を前にして、はや一週間だ。

 

 さすらにそろそろ何かしらの行動を起すべきではないだろうか、とは思う。

 だが司令官が無計画に過ごしているとも思えないので、きっと大丈夫だろうとも思っている。

 一つ不安があるとすれば…………。

 

「今日もぴょん?」

「…………そう」

 短く呟き、こくりと頷く。

 今日もまた相変わらず執務室の扉は閉められたまま。鍵がかかっているか確かめたわけではないが、恐らくかけられているのだろう。少なくとも、数日前まではかかっていた。

 この一週間、司令官はずっと執務室にこもったまま出てこない。

 食事などは取っているようだが、秘書艦の仕事も休みだと言われ、待機命令を出されている以上、自身にはどうしようも無い。

 無理をしていないだろうか、根を詰め過ぎていないだろうか。

 ここ最近そんなことをばかり考えている自身がいる。

「いや、弥生も最近ちょっと頑張りすぎだぴょん」

 そんな自身の内心を察してか、卯月が半眼で呟く。

「最近毎日遅くまで何かやってるし、何やってるか知らないけど、夜更かしは良くないぴょん」

「…………別に、そんなに、遅くまでは…………やってはないし」

 否定はしない。いや、できないが。

 嘘ばっかり、と言わんばかりにこちらをジト目で見つめる卯月の視線にバツの悪さを感じ。

「…………ちょっと、司令官の様子……見てくる、から……」

 そんな理由をつけて部屋を出る。

 後ろで卯月が思わずと言った感じでため息をついたような、そんな姿が見えたような気がした。

 

 

 * * *

 

 

 全身に感じる暑さと不快感に目を開くと、室内が明るかった。

 電灯の明かりではない、太陽の…………自然な明かり。

 もう朝か、と内心で呟きながら時計を見ればすでに昼前と言ったところか。

 脳がゆっくりと覚醒していくにつれ、全身の汗ばんでいるのが不快感の原因だと気づく。

「…………あー、カーテン閉め忘れたか」

 カーテンを開けられた窓からは、夏日のギラギラとした日差しが差し込んでおり、そのせいでこの部屋だけ室温が大分高くなっているようだ。

「クーラー…………なんて贅沢だよなあ」

 深海棲艦の登場により海を閉ざされたこの島国では、現在過去のような繁栄が望めるはずも無く、日々衰退していく文明社会を艦娘と言う兵器の登場によってギリギリのところで食い止めているのが現状だ。

 昔のような贅沢、当然望めるはずも無く、とは言うもののそんな二十年近く前のこと、自身にとって最早現状が当たり前過ぎて、現状が困窮していると言う感覚すらも薄いのだが。

 とは言っても、覚えているのは覚えているのだ、昔を。まだ盛かりし頃の大量消費型文明社会を。

 だから今の人間に聞かれても恐らく首を傾げられるような言葉を、時折覚えている。

 

 まあそんなことはどうでもいいのだが。

 

 とりあえずカーテンを閉め、直射日光を遮る。これだけでも少しマシになった気がする。とは言うものの、すでに上がった室温は下がらないので、同時に窓を開いて網戸にしておく。

 それから執務室の片隅に置かれたクローゼットから着替えを取り出すと、とりあえず先にシャワーでも浴びるか、と考える。

 だったらもう先に脱いでしまえばいいか、と不快感残る上着を脱ぎ、下着のシャツ一枚になったところで。

 

「あ、ちょ、卯月…………」

 

 ガチャリ、と執務室が開いて、弥生が飛び込んできた。

 

「…………え」

「…………は?」

 

 ばっちりと視線と視線がぶつかり、目を目が合う。

 

 そうして――――――――

 

 

 * * *

 

 

 執務室の扉はやはり今日も閉じられている。

「…………司令……官……」

 声に出して呟き、思い出すのは、すでに一週間以上顔を見ていない自身の上官。

 正直言えば、想像以上に落ち着かない。これほど長く司令官と出会わないことが無かったから。

 あの日、工廠で生み出されてからずっと、司令官と共に居たからこそ、たった一週間会わないだけで、ひどく落ち着かない。

 今頃どうしているのだろう、元気なのだろうか、見ていないからこそ分からない。分からないからこそ、不安になるし、心配もする。

 意味合いはおいておくとしても、弥生にとって司令官がとても大切な人なのは間違いないのだから。

 

 とくん、と一瞬跳ねる鼓動。

 

 目をぱちくり、とさせる…………少しだけ違和感。けれど気になるほどでもない。

 そうしてすぐに忘れ去る、その程度の物…………今はまだ。

 

「…………あれ…………? 音…………してる…………」

 

 と、その時、ふと気づく。扉の向こうで、何やら人が動く気配、と同時に何やらがたごとと音がする。

 耳を澄ます、よく聞こえはしないが、確かに中で何かやっている音がする。

「…………司令官、起きてる、みたい」

 

 今、この扉を叩いたら声、聞けるかな。

 

 なんて、そんな思考がふと過ぎる。

 いや、でも用事も無いのに、そんなことしてどうするのだろう。

 そしてそれと同時に冷静な思考も過ぎる。

 

 声が聞きたい、と言う思いと、邪魔をしたくない、と言う思いが心中でせめぎあう。

 そうして、出た結論は…………。

「…………邪魔しちゃ、ダメ…………だよね」

 理性が勝った答え、そしてその呟きと同時に。

「弥生? 司令官どうしてるぴょん?」

 卯月がやってくる。そうして帰ろうとするこちらを見て。

「弥生、もしかして邪魔したら悪いから帰ろうかな、とか思ってないぴょん?」

「えっ…………ど、どうして、それ…………」

 内心そのままズバリな内容に、珍しく動揺が声にも現れる。そしてそんな弥生の様子に、卯月がまた呆れたようにため息を吐く。そうしてそのまま執務室の扉の前まで行き、ドアノブを捻る。

 ガチャン、と音を立ててドアノブが回る。そのことに、目を瞬く。てっきり鍵がかかっていると思っていたから。

 そうして卯月がこちらを振り返り、ニィ、と笑う。

「チャンスだぴょーん」

 そうして、空いた片手で弥生の腕を引き…………そのまま扉を開けて自身と入れ替わるようにして弥生を押し込める。

「あ、ちょ、卯月…………」

 たたらを踏みながら、そうして弥生が顔を上げると…………。

 

「…………え」

「…………は?」

 

 上半身裸の司令官がそこにいて――――。

 

 視線がぶつかる、目と目がばっちりと合って。

 

 そうして――――――――

 

「あ…………え…………えと…………あ…………う…………」

 ぱくぱくと、口を開けど、漏れる言葉は単語にすらならない。

 頬が熱い、今自身を鏡で見れば紅潮してるだろうと、自覚する。

 そしてそんな自身をどこか冷静に見ている自分がいて…………。

「な!? ば、ばっ、バカ」

 そしてそれ以上に慌てた様子に司令官が顔を赤くしながら、すぐに手に持った衣服で体を隠す。

「どこの生娘だぴょん、司令官」

 部屋の外から、ひょっこり首だけ伸ばした卯月が部屋の惨状を見て、そう呟いて…………。

 

「とっとと出て行けこのバカ共おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 鎮守府中に轟きそうな大声と共に、逃げ出した。

 

 

 * * *

 

 

「ったく…………あいつら」

 くそ、と内心で毒吐きながら部屋に鍵をかける。

 どうやら昨日戻った時にかけ忘れていたらしい、完全に油断していた。

 隣の部屋へ行き、部屋の入り口すぐ傍の洗面所で全ての衣服を脱ぎ捨てると、そのまま浴場へと入りシャワーの蛇口を捻る。

 流れ出てくる水がやがて湯に変わるころ、ようやくバクバクとうるさかった心臓が落ち着きを取り戻す。

「あー…………くそ」

 そうしてようやく、深く吐いた息と共に照れが抜けていく。

「くそったれが…………」

 もう一度だけ呟き。

「何考えてんだ俺…………」

 後悔染みた感情と共に、その言葉を吐き出した。

 

 

 * * *

 

 

 司令官に呼び出された。

 端的に言うならそれだけの話。

 さっきまでの弥生ならば、恐らく胸の内から嬉しさが湧き出ていただろうけれど。

「………………………………はぁ」

「いや、その…………ごめんぴょん? 弥生」

 今となってはため息しか出てこない。

 それでも呼び出されれば行くしかない、少なくとも会えなかった昨日までよりはマシだと…………。

「思い…………たい…………かな」

 いつもより間に挟まれる沈黙が幾分多いのは、そういう心情だから仕方ないとしか言えない。

 そうして到着した執務室の前。

「……………………………………うん」

 大丈夫、と一つ頷き、こんこん、と扉をノックする。

 そうしてすぐに入れ、と声が返ってきて。

「…………失礼……します……」

 扉を開いた。

 

 部屋の中で机を挟んで対峙する。そうしてすでにどれだけの時間が流れただろう。

 互いに沈黙を貫いている、と言っても弥生のほうは気まずさで話せないだけだが。

「…………さて、まず最初に言っておくが」

 じろり、と司令官がこちらを見つめる。いつもより厳しいその視線に、思わず身を竦ませる。

 少なくとも、これまで一度たりとも司令官にそんな視線向けられたことは無かったから。

「用があるならノックして入って来い、いきなり部屋を開けて入ってくるな」

「はい…………すみません……司令官……」

 経緯はともかく、結果としては弥生が全面的に悪い以上、そうして頭を下げて謝るしかない。

 怒っているのかな、そんな風に一瞬考え、当然か、とも思う。

 そうして下げた頭を少しだけ上げ、司令官を見やると。

「…………と、まあそんなことお前でも分かっているだろ。次は気をつけろ」

 少しだけ疲れた表情でため息を吐いていた。そうしてこちらを見て…………。

「ああ、もういいから、頭上げろ」

 そう言ってくる。

「えっと、けど…………司令官…………」

「お前がそんなことしないって、分かってるよ、くそ…………どうせ卯月の悪ふざけだろ、同じ部屋なら後で注意しとけ」

 弥生の言葉に、そう言って返してくる司令官に一瞬呆然として、それから――――

 

「……………………はい」

 

 そう言って、微笑んだ。

 




【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生   Lv18   えっと、すみません、でした。
二番艦 伊168 Lv16    さっきの怒号何かしら?
三番艦 瑞鳳   Lv16  朝からうるさいわねえ。
四番艦 卯月改  Lv49 MVP やーよーいー、ごめんぴょーん。
五番艦 鈴谷   Lv15    あはは、元気な鎮守府だねえ。
六番艦 None



ラッキースケベ(ただし男)。
でもこれが意外と伏線に………………………………なったらこの小説にR18タグがつくのでやめよう(

おひさです。四月から社会就労者の水代です。
新しい環境で色々まだ慣れず、この小説書くのにも三日かけました。

やっぱ机がないと執筆は辛いなあ。とか思ったり。

前回のシリアスさがまったく無いけど、実は前回の続き書こうと思ってたら主題入る前に、ラッキースケベで文字数埋まってしまったと言う不可思議な話が(
と言うわけで次回はちょっとシリアス…………になる予定。

そして海域も1-3から一気に2-3までスキップ。1-4~2-3までは全カットです。
2-4攻略に4話か5話やったら、いよいよ最初のイベントです。このイベントで弥生のデレが加速する。そして司令官のほうのデレイベントも最近考え付いたので、そろそろ終着点、最終回も視野に入れながら書きたいところ。
一応予定としては、全三章か四章くらいになるかと。
まあ同じ四章でも響二次のほうより大分話数増えそうですけど。


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十六話 新人提督と弥生が謝ったり許したりする話

弥生ちゃんまじ天使。


 

 

「ああ、ところで、これを見てくれ」

 机の中から数枚の用紙をホッチキスでまとめたファイルを取り出すとそれを弥生に渡す。

 渡されたそれをパラパラと捲りながら、目を通していく弥生。

 だが、一枚、また一枚と捲るにつれて、その目が細められていく。

「司令官…………これ…………」

 

 ファイルの内容は各海域でのここ一月での深海棲艦の分布だ。

 実を言えばこれは、俺が作成したものでは無い。

 上官殿のところの不知火が作成したものである。

 上官殿が大本営から連絡を受け、そうして第二艦隊を使って調査したその内容を総合すると。

 

「深海棲艦が移動している。少しずつ、少しずつな」

 一日あたりの移動数があまりにも微弱で、一つ一つの海域で見れば誤差のようにも見えるが…………。

 現在海軍が把握している十六もの海域その全てでその誤差が一ヶ月絶えることなく続けば。

「目算だが、総数にしておよそ千にも及ぶ深海棲艦が海域から姿を消したことになる」

 この世界に唐突に現れた深海棲艦だが、当たり前だが唐突に消えてくれはしない。そんな甘い現実ならば世界はここまで衰退はしていない。

 つまり、見えないだけでどこかにいるのだ、およそ千もの数の深海棲艦の大群が。

 もしそれが一度に襲ってくれば…………。

 弥生もその可能性を考えているのか、こちらに視線をやってくる。

 こくり、と頷くと、また目を細め、ファイルへと視線を落とす。

 

「この一週間前、上官殿と電話で話しをしてな、近いうち何か起こる可能性があると示唆された」

 そこで、と呟き、こつん、と机を人差し指で叩くと、弥生がこちらへと視線を戻す。

「二日後出撃だ、そして、七日以内に沖ノ島海域を攻略する」

 その言葉に弥生が僅かに目を見開き…………こくり、と頷く。

「了解…………です…………司令官」

 その言葉を聞くと同時に、机からファイルとは別に、一枚の地図を取り出す。

「この一週間考えておいた、沖ノ島攻略のための案だ」

 そう言って地図を開いて、机の上に広げる。

 そこに描かれているのは沖ノ島海域の地図。そしてそれぞれの場所にいると予想される敵の分布。

「敵の中心部隊がここ、この地図の右端。そしてここにたどり着くための航路がこの三箇所。ただし北上すれば戦艦と空母が大量に立ちふさがるから、するとすれば東進か、南進だ。ただ波の関係で、南進すると航路が逸れる危険性が高い」

「じゃあ、東進…………ですか?」

「いや、北進する」

 その言葉に、弥生が首を傾げる。それはそうだろう、たった今、暗に北上は無いと言ったのは自分だ。

 だがその弥生の疑問を払拭するために、地図を指で指しながら、口頭での説明も交え一つずつ伝えていく。

 そうして全て説明し終わった際の弥生の反応は…………。

 

「無茶苦茶…………です、こんなの」

 

 だった。まあ自分でもかなり無茶ではあるとは思うが。

「けれど私としては無謀ではないと思っている…………いや、現状のうちの艦隊の練度を考えれば、むしろこれ以外に無いと思うが?」

 そんな自身の問いかけに、弥生が数秒考え込み、そうしてこくり、と頷く。

「無茶、だけど…………だけど…………無理、では…………ない……です……」

 そんな弥生の言葉に、ふっと笑い、そうか、とだけ返す。

 自身が何よりも信頼する彼女の頼もしい言葉に、自然と笑みがこぼれる。

「ならこれで決まりだ…………頼んだぞ、弥生」

「…………はい、任せて……ください……司令官…………」

 そんな自身の笑みに釣られるように、弥生もまた薄く笑った。

 

 

 * * *

 

 

「紅茶は飲めるか?」

 そんな司令官の言葉に、少しだけ考える。何せ飲んだことが無いのだから、判断できない。

 そしてそんな自身のことを察したのか、なるほど、と司令官が一人でに頷き。

「まあ、飲んでみろ」

 そう言ってティーカップをこちらに渡してきた。

 

 どうしてこんなことになっているのか。

 簡単に言えば、先ほど作戦会議もさてこれで終わりか、と弥生が思っていたら司令官が、暇なら少し話でもしないか? と言ってきて自身がそれに付いて来たからだ。

 執務室と続き部屋となった隣の部屋に司令官の私室がある。秘書艦である弥生は執務室には良くいるが、さすがにこちらにやってきたことはそう多くは無いため、未だにこちらにやってくることに緊張を覚えてしまう。

 最後にやってきたのは一月前、あの演習の夜が最後だっただろうか。

 

 あの時は、別のことで頭がいっぱいだったため、部屋の様子を落ち着いてみる余裕など無かったが、こうして見るとなんだか物が散らかった部屋だ。

 と言うか、本が良く散らかっている。本を読みかけたまま眠ってしまい、そのまま忘れていた、と言った感じのまま畳の上に転がっている本が十冊、二十冊となくある。

 意外、と言えば意外である、あの司令官のことだから、こう言うところはきちっとしていると思っていた部分がある。普段の仕事時の態度を見れば、整頓されきった部屋なのだろうと勝手に思っていたのだが、どうやら公私の使い分けがはっきりとしたタイプだったらしい。

 

 当たり前だが、司令官の私生活など弥生は知らない。司令官だって弥生の私生活など知らないだろう、むしろ知っていたらそれはそれで大問題ではあるが。

 弥生と司令官が触れ合う時間と言うのは、仕事中ばかりで、こうして私生活の部分で交流することと言うのは正直なところ初めてかもしれない、なんて、そんなこと考えていると。

「待たせたな」

 部屋の(ふすま)が開かれ、司令官がやってきた。

「紅茶は飲めるか?」

 そうして冒頭に戻る。

 

「…………ん…………良い香」

 鼻腔を擽るカップの中で湯気を立てる紅茶の香りに、少しだけ心が弾む。

 紅茶などと言うものを飲むのは、弥生としても初めての経験なので僅かな不安と、それ以上の期待が心中を渦巻く。そうして一口、カップへと口をつけ口の中に流れ込んでくるのは熱。

「……………………っ」

「っと…………熱かったか?」

 思わずカップから口を離したが、口の中に残るその味は、決して不快なものではない。

「ん…………美味しい……です……」

 だから思わず、そんな言葉が漏れた。そして弥生のそんな言葉に、司令官の笑みがこぼれる。

「そうか、まあゆっくり飲め」

 呟きながら司令官自身もまたカップへと口をつけていく。

「…………はー、美味い…………のか?」

 そうして出てきた言葉が疑問系だっただけに、え? と思わず言葉がこぼれた。

「いや、ぶっちゃけた話、本物の紅茶なんてしばらく飲んでなかったからな、久々に珍しさで手に入れてきたが、これが美味しい紅茶なのかどうか区別が付かないんだよな」

 そんな司令官の暴露話に、えぇー? と言いたくなる心境ではあったが、顔には出さない。

「昔販売されてたペットボトル入りのミルクティーは好きだったんだがな、茶葉の輸入が難しくなってからは日本産の茶葉を使って販売してたんだが…………まあなんか違うってんで、結局販売中止になったんだよな」

 それは司令官がまだ子供だった頃の話。自身たち艦娘がまだ存在する前の話。

「ああ、茶請けにクッキーもあるが食うか?」

 そう言って司令官が小さな皿に敷き詰められたクッキーを差し出してくる。

 時間的には昼前と言うこともあって、小腹が空いたタイミングであり、ついつい手が出てしまう。

 素直に美味しい、と言える。だが素直に喜べないのは、以前に司令官に渡した焦げたクッキーを思い出してしまったからであろうか。

 やっぱり、雲泥の差だなあ、なんて思いながら二枚目、三枚目と手を伸ばすその姿を司令官に見られているのに気づいたのは、五枚目のクッキーを飲み込んだ後のことだった。

 

「えっと…………司令……官……?」

 微笑みながらとは言え、そうじっと見られると気恥ずかしいものがある。

 かと言って、こっちを見るなと言うのも極端な話であり、結局何か用か、と暗に問いかけてみる。

「いや、思いのほか元気そうだと思ってな」

 そうして返ってきたのはそんな言葉。思いのほか、と言う言葉の意味が分からず首を傾げると、司令官が苦笑して答えを返してきた。

「三週間くらい前だったかな…………卯月が俺のところに来てな、お前が毎晩遅くまで何かやっているみたいだって報告してきたんだ」

「卯月が…………?」

 卯月はこちらにやってきてからずっと同室に住んでいるので、遅くまで起きていることがバレているのは弥生とて理解していたが、それを司令官に報告していたとは知らなかった。

「少し気になって調べたが、ここ最近の出撃も最後のほうは動きに精彩を欠いていたらしいな」

 それは否定してもしきれない事実である。実際、最後の最後、そのせいで被弾しているのだから。

「コンディションに影響が出るほどに何やってるのか、聞かせてもらえるか?」

「…………もしかして…………それを聞くために、呼んだん、ですか?」

「まあ半分くらいはな」

 そう言って返してくる司令官の目は真剣なもので。とてもじゃないけど、誤魔化すことはできそうにないと思う。

「えっと…………出撃の時の、自分の指示を、後から…………確認して……いました……」

 どうしてだか隠し事が親にバレた時の子供のようなそんな心境になりながら、ゆっくりと司令官に自身のやっていることを伝える。

 やっていることは至極簡単だ。

 出撃があった日、自身が出した指示を振り返り、それが本当に正しかったのか、他に何か指示すべきことは無かったのか、などを考えるだけだ。

 この一週間は出撃は無かったが、それまでの三週間のことがあったので、それらをずっと考えていた。

 

 そうしてやはり最後に思い出すのは、あの演習の時、自分たちに指示を出していた不知火の姿。

 

 猛烈なまでに強烈に鮮烈に焼きついたあの姿は…………きっと、ずっと忘れられないのだろう。

 

 

 * * *

 

 

 他愛無い話、普段話す事務的なやり取りとは違う、本当に他愛無い日常的な話。

 そうして話すことで分かるのは、自身が予想以上に目の前の少女について知らないと言うことだった。

「それで、卯月が…………部屋でその時のこと、話したから…………イムヤさんが怒っちゃって、大変、でした」

「なんだそりゃ…………ったく、卯月は良い意味でも悪い意味でも奔放だな」

 弥生から語られるこの一週間の話。それ以前の話。普段彼女たちが何をしているのか、俺はこれまで知ろうとしなかったが、提督と艦娘の間柄なんてものはそれで良いと思っていたが、存外そうでも無いのかもしれない、と最近思い直した。

 

 切欠はやはりあの演習の後だろう。

 

 俺は弥生がてっきり怒ると思っていた。勝手に決めるな、と。一言くらい相談してくれ、と。そう言うものだと思っていた。

 けれど彼女から出てきた言葉は…………。

 

 “弥生じゃ…………頼りになりませんか? 司令官の力に、なれませんか?”

 

 ガツン、と頭を殴られたような気分だったのは確かだ。

 そしてそれ以上に罪悪感に駆られたのも確かだった。

 決定権は常にこちらにある以上、それは別に違反でも何でもない。正当と言えば正当なものではある。

 けれどそれは、決してやってはいけない類のことだったのだと今にして思う。

 きっとあの演習で、俺は目の前の秘書艦の信頼を幾分か失ってしまったのだ。

 

 必要なことだったとは思っている。

 その選択を後悔したことは無い。

 

 だがそれはひたすら自分勝手な考えで、目の前の少女の感情を一ミリとて考慮に入れてなかったのは事実だった。

「やっぱ…………卯月には敵わねえな」

「え? えっと…………卯月が、どうか……しました……?」

 首を傾げる弥生に、何でもない、とだけ返して茶請けに出したクッキーを一つ摘む。

 甘いはずのクッキーが何故かいつか食べた焦げたクッキーのように苦く感じられて。

 それがどうしてか、弥生が自身を責めているようにも思うのは、どう考えたって気のせいであり、自身の罪悪感の問題でしか無かった。

 

 

 * * *

 

 

 三週間ほど前の話である。

 夜、弥生に今日の業務の終了を告げて部屋に返した後も、俺は執務室で資料に目を通していた。

 内容は南西諸島防衛線の突破に伴う詳細と、そして次に向かう海域、カムラン半島の敵分布だ。

 今日中に目を通すだけ通してしまおうと考え、気づけば夜半過ぎ。

 そろそろ資料も終わるし、その後一息吐いて寝ようか、と考え…………コンコン、と扉がノックされた。

「誰だ?」

「失礼するぴょん」

 扉を開き、入ってきたのは…………卯月だった。

 時間が時間こともそうだが、その相手も相手だっただけに、思わず目を丸くする。

「どうした、こんな時間に」

「…………弥生が」

 切り出し、そこに弥生の名があったことで、思わず目を細める。

「遅くまで何かしてるんだぴょん」

「何か、とは?」

 そんな自身の問いに、卯月はさあ? と肩を竦める。

「でもだいたい想像できるぴょん、先週司令官が弥生に言ったことを考えれば」

「…………演習の後のあの話、弥生から聞いたのか?」

 その問いに、卯月が僅かに目を細めて頷く。

「物は言い様だよね、弥生は真面目だから、騙されたみたいだけど、うーちゃんは騙されないぴょん」

「騙すって…………そんなつもり無かったんだがな」

 こうして会話している間にも、少しずつ、少しずつ、卯月の目が鋭く、細く、そしてその表情が険しくなっていく。

「じゃあどういうつもりか、教えて欲しいぴょん」

「…………あいつに旗艦の役割ってのを教えてやりたかったんだよ、卯月、お前だって元はあの第二艦隊の旗艦だったんだ、分かるだろ?」

 上官殿のところの電がまだ第一艦隊にいた頃、卯月は第二艦隊の旗艦を勤めていた。その期間にしておよそ一年と言う短いものではあったが、旗艦と言う物の特別性を知るには十分な期間だろう。

 そんな自身の問いに卯月が頷く、頷くの…………だがその顔から険しさは取れない。

「なら先に弥生に断ってからでも良かったはずだぴょん」

「ああ…………まあそれは悪かったと思ってる」

 弥生の滅多に見ない不安そうな表情を思い出し、思わず顔をしかめる。

 

「司令官は、弥生を自分に都合の良い道具だとでも思ってるの?」

 

 そして続けて出たその問いに、だからこそはっきりと答える。

 

()()()()()()()()()!」

 

 あまりに、と言えばあまりな言葉に、思わず熱が篭る。

 けれど、返って来た言葉はそれ以上だった。

 

「だったら、弥生のこと、ちゃんと考えてよ!!!」

 

 目の前の荒げたその声に、その内に秘められた激情に、思わず目を見開く。

 

「弥生は確かに感情が表情に出にくいけど、何も思ってないわけじゃないんだよ! 本当は不安で不安で、自信が無いのを、それでも旗艦として私たちに見せないように頑張ってるんだよ! いきなり旗艦から外されて、他所の艦隊の艦娘に自分の立ち居地奪われて、それで何も思わないわけ無いじゃない! 悲しくないわけ無いじゃない! 怒ってないわけ無いじゃない! 不安に思わないわけ無いじゃない! それでも司令官にそんな思いぶつけたくないから、必死に我慢してるんだよ、堪えてるんだよ! 気づいてよ、司令官が気づいてあげないと、弥生は出せないんだから、言えないだよ、真面目だから、弥生はそう言う子だから! 言えないまま、表に出せないままずっと溜め込んで、一人で抱え込んで、辛くても、苦しくても、悲しくても、怒っていても、不安でも、我慢するんだよ!!!」

 

 お願いだから…………気づいてよ、そう告げる卯月に。

 

 唖然とする。呆然とする。愕然とする。

 

 今にも泣き崩れそうな卯月に、手を差し伸べようとして…………けれど、それをする資格が自身にあるのか、と考えて止まる。 

 自分のせいなのに、全部自分が悪いのに。

 たった一人と決めた秘書艦を傷つけて、その傷ついた秘書艦のために泣いている姉妹に、俺は一体何と言って返せばいいのだろうか。

 

 ■■■■■。

 

 ふと、蘇る記憶の中で、誰かが自身を呼んだ。

「………………ああ、そっか」

 押し込めてた過去の後悔が傷を開く。血管に鉛を流し込まれたように重い体で、けれど目の前の卯月に手を差し出す。

「…………そう何だよな」

 何がそうなのか、自分の中でだけで分かったままの言葉をそのまま口に出す。

「アイツじゃないんだよな、弥生は…………だから、そうだな、お前の言う通りだよな、卯月」

 自身を見つめる卯月に、けれど目を反らすことなく、その手を卯月の頭に載せる。

「俺が悪かった…………うん、どう考えても俺が悪かった」

 思わずため息を吐きそうになるくらいに、自分の馬鹿さ加減に呆れる。

 弥生は、弥生だ。そんなことに、ようやく気づいた。

 いつからだろう、弥生と誰かを混同して見ていたのは。

 いつからだろう、弥生の前で、一人称を私、から俺に戻していたのは。

「本当に…………いつから()はこうだったんだろうな」

 一つ嘆息。そして卯月へと視線を合わせて口を開く。

「約束する。これからは弥生をおろそかにしたりしない。私の秘書艦を大事にする」

「本当に?」

「ああ、本当に」

「絶対?」

「絶対と言ったら絶対だ」

「…………………………」

「…………………………」

 そうして互いに見詰め合って、数秒。やがて卯月が一つ息を吐き出す。

「…………なら、今は信用するぴょん。でももし弥生を泣かせたら司令官のこと、絶対に許さないぴょん」

 卯月が小指をピンと立てて突き出す。その意味を一瞬図りかねたが、すぐに気づいてこちらも片手を差し出し、小指と小指を絡ませ――――

「…………ああ、約束だ」

 ――――互いに指を切った。

 

 

 * * *

 

 

「なあ弥生」

「はい…………なん、ですか?」

 三週間前のことを思い出し、今日までに一つ決めたこと実行に移す。

「公私混同ってのはよくないよな」

「は…………? え、はい、そう……ですね……」

「やっぱ仕事は仕事、私生活は私生活で分ける。うん、()も賛成だ」

 何が言いたいのか、分からない弥生が首を傾げる。

 まあ余り回りくどい言い方をしても、趣旨が伝わらないだろうから、きっぱりと伝えることにする。

 

「仕事中は俺はお前の上官で、お前は俺の部下。これは絶対だ、けどそれを私生活にまで持ち込む必要は無いぞ」

 

「………………え?」

 自身の言葉の意味を図りかねたのか、弥生が素っ頓狂な声を上げる。

「言いたいことがあるなら言っても良いってことだ。お前だって俺に言いたいこと、言ってないことあるだろ?」

 自身のそんな言葉に、弥生が少しだけ沈黙して。

「………………はい」

 頷いた。

「先に謝っておく。一月前の演習のことだ。夜に少し話しはしたが、それでもあれは俺が悪かった」

 そう言って頭を下げる俺に、弥生が驚いた様子で見る。

「必要なことだったと今でも思っている、やったこと自体は間違っていないと今でも思っている、けどそれをお前に伝えなかったのは俺が悪かった、その結果として、弥生が傷ついたなら俺の責任だ」

「………………………………」

 俺の告げた謝罪の言葉に、弥生が沈黙する。

 さっきは言いたいことがあるなら言っても良い、と言ったが、それでも弥生がそう簡単に自発的に本音を告げるとは思っていない。

 だから敢えて俺から尋ねる。

 

「あの時、悲しかったか?」

「はい」

「辛かったか?」

「はい」

「苦しかったか?」

「はい」

「腹が立ったか?」

「はい

「不安だったか?」

「…………はい」

 

 一つ一つ、頷くたびに歪んでいく弥生の表情に、心が痛む。

 

「全部俺のせいだ、悪かった。言いたいことがあるなら何でも言ってくれ」

 

 そう言って再度頭を下げる俺に、弥生がようやく口を開く。

 

「どうして…………どうして、何も言ってくれなかったん、ですか。どうして、黙って、あんなこと、したんですか。悲しかったか、ですか? 悲しかった、ですよ。弥生は、司令官に信じてもらえてないって、そう思った、から。辛かったか、ですか? 辛かったですよ。苦しかったし、本当は、怒ったりもしました。不安だったし、どうして、って何度も思いました」

 

 初めて聞くかもしれない、弥生の本心からの言葉に、ぐっと歯をかみ締める。

 自身がそれだけ我慢させたのだ、だから目の前の少女の吐き出す言葉を全て受け止めるのは最早自身の義務でもある。

 そうして、覚悟を決めて。

 

「けど、謝ってくれたから、だから、もういいです」

 

 あっさりと、その覚悟の上を行かれた。

 思わず呆然として、顔を上げる。

 

 笑っていた。

 

 いつも無表情過ぎるくらい無表情で。

 偶に表情が出ても微細で、ほとんどの人が気づかないほどで。

 雰囲気と言葉のトーンだけで機嫌を読むような目の前の少女が。

 はっきりと、誰にでも分かるくらいに微笑んでいた。

 

「司令官」

 

 そうして少女が、俺を呼ぶ。

 

「今度は、ちゃんと…………弥生にも、相談して、くださいね」

 

 こくり、こくり、と呆然としながら頷くと。

 

「なら、もう良い、です…………許しました」

 

 あっさりと、そう告げる少女に。

 

 こいつにだけは、絶対に敵わないな。

 

 そう思った。

 




というわけで、珍しく前回と併せて一つの話です。ん? 珍しかったっけ?

書きたいこと書きまくってたら、いつの間にか8000字超えた。基本5000字統一してたけど、まあいいか(

この小説もようやく最終話までの構想が出来てきました。
と言うわけで少しネタバレ→新人提督は弥生とケッコンカッコカリする。


因みに一章の最後は艦これのイベント関連です。
何のイベントか少しだけヒントを言うと、突破成功者約10万人。全体の僅か10%にして、突破できた提督できなかった提督関わらず大半の提督にトラウマを叩き込んだだろうあのイベントです。


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十七話 新人提督が電話を受けたりする話

基本的にこの小説のみならず、水代の書く小説にはオリジナル設定が山のように入ってます。
そう言うのは嫌な人は素直に読むのを止めましょう。


「撤退なのです」

 口を開き、告げた言葉に他五人がどよめく。

 確かに危険な予兆もある、だがそれにしても早すぎる、恐らくそんなところだろう、この五人の考えは。

 だが、それでは遅いのだ。

「撤退なのです」

 反論のありそうな五人に対して、再度告げる。

「…………電、そないなこと言うても、早すぎるんやないか?」

 五人の代表として、黒潮がそう尋ねてくる。相変わらず食えない性格である。

 恐らく黒潮自身はこの撤退に納得している、理解しているはずなのだ。けれどある意味、他四人の中心である黒潮が賛成に回れば他四人が何も言えなくなる。だからこうして他四人に賛同して、自身から説明を引き出しているのだ。

 つまり、今尋ねてきているのは、他四人を納得させれる材料を引き出すためであり、この撤退を滞りなく行うためのものである。四人と、そして電の両方を手助けするために、敢えて自身の意見を封殺する。本当に食えない性格である。そんなもの自分で説明すればいいのに、そこで敢えて電に説明させようとするところが特に。

 だが乗らないわけにも行かない、先ほども言ったが、これは黒潮なりの手助けなのだから。

 

 撤退時と言うのは、一番危険な状況である。

 古来より戦争において、最も被害で大きい瞬間であり、これを上手く行えるかどうかが生死、そして命運を分けるほどに重要なファクターである。

 

 撤退戦に置いて、意思の統一と言うのは最も重要だ。

 規律正しい、統率の取れた軍団には追撃も仕掛けにくい。逆に足並みの乱れた烏合の衆など格好の標的だ。

 だからこそ、ここで意思を揃える必要がある。撤退、と言う二文字を四人の頭に刻みつける必要があるのだ。

 

「あっちを見るのです」

 南東に向かって指を差す。その先には二つの島に挟まれた海域に数隻の敵水雷戦隊が移動している姿が見える。距離はかなり遠い、正直まだ明るい昼間で無くてはすぐに見失ってしまう程度の距離。

「それから、今度はあっちなのです」

 さらに指差す方向には、別の艦隊。潮流の激しい場所らしく、駆逐級が波間に揺れているが、そこに混じる戦艦級は微塵も気にした様子は無く佇んでいる。同じく距離はまだ遠い。こちらから近づかない限り、恐らく戦闘になることは無いだろう。

「あの二点。あそこに敵が居座っている以上、これ以上は戦闘無しには進めないのですよ」

 戦闘が起これば、周辺の敵が次々と集まってくるだろうことは予想に難くない。何せここは正真正銘の敵地なのだから。そして同時にどうにかあれらを避けて進んだとしても、今度は戻ることができなくなる。

 これから日が沈んでいくにつれ、暗くなることはあっても明るくなることは無い。だからこそ、事前にこの周辺の海域を敵を避けながら見て周り、島の分布や敵の配置などを把握したのだ。

 そしてそれら全てを総合してみた結果、あの二点に敵が陣取っている以上、これ以上の進軍は不可能だと判断せざるを得ない。

 

「と、言うわけで、撤退なのですよ。それでも残りたいなら、敵に囲まれて一人で死ぬ覚悟をしてから残るのテ"ス"」

 

 にんまりと嗤いながら告げた言葉に、全員がふるふると首を振った。

 ようやく理解は得られたようなので、すぐ様撤退行動に移る。

「最寄の泊地まで一旦撤退なのです。その後のことは到着してから説明するので、北北東へ転進です」

 その指示に全員が了解と頷く、と同時に。

 バシャァ、と水面が弾け、ソレが現れる。

 

「電!」

 

 黒潮が注意を喚起する、と同時に足を振り上げる。

 振り上げた足を振り下ろし、ソレ…………駆逐イ級へと踏み込み、一息に間を詰める、と同時に足を振り下ろした勢いのまま、後ろ手を…………そしてそこに持った碇を振り上げ、振り降ろす。

 ドスッ、と鈍い音と共に手の中に残る感触。相応の手ごたえこれなら即死だろう。

「敵に見つかったのです、全艦即座に転進」

 そう叫ぶと共に、海を走り出す。そしてそんな自身に五人もまた付いてくる。

 だが見つかった時点ですでに、他の敵も密集してきていたらしい。

 進路上に敵軽巡級の姿。その攻撃の手を…………真っ直ぐこちらを向いている。

 

 ドンッ、と敵の銃口が火を噴く、と同時に自身は海面を蹴り上げる。

 ザパァ、と捲れ上がった海水が飛んでくる砲弾を飲み込む。だがその程度ではその勢いまでは止まらない。

 

 けれど、その動きは僅かに鈍る。

 

「それで、十分…………な…………の…………テ"ス"!!」

 

 思い切り振りかぶった碇を、サイドスローで投げる。くるくると回転する碇は飛んできた砲撃をいとも容易く打ち返し、そのまま進路上の敵軽巡級へと減り込む。

 思い切りのけぞり、その衝撃に動きを止める軽巡級。時間にして十秒にも満たない。

 だがそれでも、それだけあれば、十分過ぎた。

 近づいて、その砲を付きつけるには…………。

 

 どん、どん、どんどんどんどんどんどんどんどん

 

 引き金を引く、引く、引く、引く、引いて、引いて、引いて引いて引いて引いて引いて。

 

 そうして動かなくなった敵を蹴り上げ、水底へと沈んでいくソレに一瞥すらくれず、また動き出す。

 碇も沈んでいったが、見える範囲に敵は居ないようなので問題は無いだろう。

「さあ、急ぐのです」

 そう告げ、五人を急かしながら、ふと後方へと目をやる。

 水平線へと消えていく敵を数えながら、その方角に意図せず目を細める。

 

「…………嫌な予感がするのですよ」

 

 まさか、と言う内心の予感を、けれど口には出さずに飲み込んだ。

 

 言ってしまえば、それが現実になってしまうような気がして。

 

 けれど、言葉にしようがしまいが、現実は変わらない。

 

 数日後、それを思い知らされた。

 

 

 * * *

 

 

「鈴谷さん!」

「あいよー、まかせといて!」

 どぉん、と言う轟音と共に飛来した砲弾が敵重巡リ級eliteに直撃、その身を大破させる。

 すでに敵艦隊の半数以上は沈み、残った敵も中破か大破した状況。

 今なら危険性を排除して雷撃戦に望める。

「魚雷装填」

 自身のその言葉に、卯月が、そして海中でイムヤが雷撃準備をする。

 距離はもうそれほど開いていもいない。

 この距離ならば…………当てれる。

 

「発射っ!」

 

 振り上げた腕を振り下ろす。海中にいるイムヤにも伝わるように見せた、合図。

 同時に、自身から卯月から、そしてイムヤから、魚雷が発射される。

 距離は近い、だが敵の交戦能力はすでにほぼ壊滅した状態だ。

 この状況、敵の反撃は無い。すでにそんな状態ではないからだ。

 そして真っ直ぐ伸びていった航跡が、敵の中心まで届く、と同時。

 

 ざぱぁぁぁぁ、と激しく波飛沫が巻き起こり…………。

 

 飛沫が収まった後に、敵の影は無かった。

 そのことにほっと一息を吐く。

 そうして周囲を見渡し、全員無事なことを確認する。

「…………とりあえず…………初戦、突破……です……」

 呟き、そうしてぐっと拳を握る。

「次…………行きます」

 その言葉に、勝利に喜ぶ全員がさっと表情を変えて、頷いた。

 

 

 今更な話ではあるが。

 艦隊の進路と言うのは基本的に当てずっぽうである。

 と言うのも、現在の海域は深海棲艦の登場の影響なのか、磁場のようなものが発生し、現代機器の大半が使用できない状況にある。

 航空機や艦船もまた機器が異常を示し、まともに航行することもできない。

 レーダーなどがろくに機能せず、向かうことはできるかもしれないが戻ってくることは確実にできない。

 一度でも方向を見失えば、最早空を見上げる以外に方角を知ることはできず、一体自分がどこにいるのかすら分からなくなる。

 初期の頃は、この制約のせいで、思うように遠征できず、本州近海で防衛線を張るだけが精一杯だったのだが、その三年後くらいに開発されたのが、羅針盤である。

 妖精と呼ばれる艦娘たちを生み出し、その装備を作り出し、そして自らもまた艦娘たちの艤装と共にそれらを操る謎の存在。その妖精の力を利用して生み出された羅針盤の力は明快単純で。

 

 帰り道が分かる、それだけだ。

 

 だが、それこそが何よりも重要であり、何よりも必要とされていることであった。

 仕組みとしては単純かつ謎であり、妖精の帰巣本能とも呼べるものを使い、所属の鎮守府への進路を導きだすのだ。妖精はどんな場所に居たとしても、自身の住み着いた鎮守府がどこにあるのか、と言うのが分かるらしい。帰路を尋ねれば瞬く間に羅針盤は方位を示してくれる。

 単純と言えば単純であり、どうしてそんなことができるのか、と言う意味では謎ではある。

 だがこれの開発により、海軍はその版図を大きく広げ、数年前、ついに大陸間との行き来に成功した。

 これによりシーレーンの復旧が急ピッチで進められ、日本海の一部の航路が確保された。

 さて、本題がずれたので戻すが、とにかくこの羅針盤を使うことにより、艦隊は帰路の確保に成功した。

 だが磁場が狂っている以上、この羅針盤もまた普段は針が狂っており、碌に機能はしないのが現状である。

 

「方角…………北は…………こっち?」

 

 さらに研究を進めて分かったことではあるが、妖精と言う存在が憑いた機器は、この磁場の影響を廃し、正常に機能することができるらしい。

 つまり、この羅針盤も本来ならば正確に機能するはず…………なのではあるが。

 けれどそう言った機器は、妖精が気まぐれを起して偶におかしな働きをしてしまう、と言うのもまた分かっていることである。

 

「本当にこっちかぴょん?」

 

 卯月が空を見上げながら呟く。太陽の位置を見て方角を知る、と言うのも無くは無いが、現状の正確な時刻も分からない、だいたい朝、だいたい昼くらい、だいたい夕方、程度の時間感覚でいる以上それも正確とは言えない。かと言っても時計を持ち出しても、狂うだけだ。

 

「分からない…………けど…………とりあえず、進むしかない……から……」

 

 立ち止まっている限り、永遠に進まないのは自明の理だ。

 この羅針盤の混迷を予測して司令官は七日間と言う期限を設けたのだ。

 一日や二日、攻略に失敗したからと言ってどうこう言う問題でもない。

 

「じゃあ…………行きます……進軍……です…………」

 

 そう告げた自身の言葉に、全員が頷いた。

 

 

 * * *

 

 

「…………なるほど。そうですか」

『ああ、予想以上ではある』

「けれど、想定以上ではない、と」

 電話口に口にした言葉に、上官殿が電話の向こう側で苦笑する。

 どこまで予定通りなのか、自身も分からないが、万事に備え、人事に尽くす。それがこの上官殿の常勝の秘訣である。

 この異常事態において、未だに一ミリも慌てた様子が感じられない以上、この程度は予想済み、と言うことなのだろう。

『確かにまだ想定の範囲内ではある、予想以上ではあったがもっと最悪も想定してある以上、現状のままなら問題にならないだろう』

 だが、と。上官殿が言葉を続ける。現状のままなら問題無い、けれども。

『敵の移動が未だに止まない。最初の想定よりすでに一段階上がっているが、正直これでもまだ足りないような気がしてならない』

「それほど、ですか?」

 そんな自身の問いに、上官殿がああ、と短く答える。

『具体的な日数は分からん、だが敵が時間をかけているのなら、こちらも同じだけの時間を有意義に使わねばならない。こちらは資源と情報の収集を密に動いている、何か動きがあればまたすぐに大本営に通達し、動き始めるだろう』

「そしてこちらは、今の内に沖ノ島海域を攻略しておく、と」

『ああ、現在の海軍で少佐が中佐になるための最低条件がキス島の駆逐艦での攻略か、もしくは沖ノ島海域の制覇だ。どちらか満たせれば俺の権限でお前の昇進を掛け合っておく』

「そして中佐になれば、緊急時、大本営とは別に、個別の鎮守府で動くことができる…………ですか」

『正確には、将官位の要請に応え、その指揮下に入る義務が与えられる、だがな』

 

 それは義務である。基本的に佐官位の人間は緊急時、大本営の意向によって動かされる。

 将官位の人間は緊急時、大本営と強調しつつ、独自で動くことが許される。

 そして少佐位の人間は大本営の直轄として行動することが義務付けられており。

 中佐位の人間は、将官位の人間の要請があった場合、一時的に大本営の指揮下から外れ、要請した将官位の人間の指揮下に入ることが義務付けられている。

 そして大佐位となると、将官位の人間から要請があったとしても、相応の理由がある場合に限り、それを断ることができる。さらに自ら将官位の人間の指揮下に入れてもらうように要請することもできる。

 かなりややこしいが、これが将官以上になると別の意味で複雑になる。

 義務などはほとんど免除される、代わりに派閥の問題などが立ちふさがり、自由に身動きすることが難しくなる。

 慣例としては独立して動くのは中将位以上となる。少将位の人間は、実際に指揮を行うことはあっても、その実、中将位以上の人間の意向の元に動くことが多い。

 

「上官殿は確か少将でしたが、その上は?」

『数年前から親交を深めてきた相手だ、心配する必要は無い』

 間接的にとは言え、自身が中佐になれば、その人の指揮下に入ることになるのだ、どんな人物か気になるのは当然であるが、上官殿が心配無いと言う以上、それ以上追求することはできなかった。

『それより、沖ノ島海域の攻略は順調か?』

 あまりこの空気は良くないと思ったのか、即座に話題を変える上官殿。

 とは言え、聞かない以上この空気を引き摺っても仕方ないので自身もまたその話題に乗る。

「まだ初日ですから、どうとも言えないですが…………正直言えば、練度が圧倒的に足りてませんね」

『ああ…………東部オリョール海と違って、敵の強さが跳ね上がるからな。確かに必要とされる練度が跳ね上がるのは確かだ』

 敵中枢艦は戦艦四隻。中にはル級flagshipの姿もまたある。

 おおよそ現在見つかっている敵の中でも、最上級の強さを持つ敵だ。その随伴艦のル級eliteもまた決して油断できない敵であり、道中にも戦艦級や正規空母級の敵が続々と現れるため、たどり着くことすら難しいとされる沖ノ島海域。

 そして最大の問題はやはり方向が分からない、つまり羅針盤なのだろう。

 妖精が気まぐれに回す羅針盤を本当に信じて良いのかどうか。かと言って他に判断材料も無く、強敵との戦闘を潜り抜け、たどり着いた先は行き止まりだった、なんてことも良くある話。

 そうして道中の強敵、羅針盤の二つの要素を運良く潜り抜けたとして待ち受けるのは、これまでとは桁違いの強さの敵艦隊。

 まあ有体に言って、ここで心を折られる提督が続出するのも分かる話ではある。

 

 あるが。

 

「立ち止まってられませんから」

 

 けれど関係無い。

 

 自身の半生を費やしてでも成し遂げたい目的がある。

 

 そのために必要なことならば。

 

「…………成し遂げるだけだ」

 

 そうか気をつけろ、とだけ告げて通話を切った上官殿に、受話器を置いて…………そう呟いた。

 

 

 




【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生   Lv19  MVP  ちゃんと……たどり着く……かな……?
二番艦 伊168 Lv17       羅針盤ばっかりは…………運よねえ。
三番艦 瑞鳳   Lv17      索敵で補うにも限界があるわよねー。
四番艦 卯月改  Lv49     目を瞑って進む、それで全部解決だぴょん(白目)
五番艦 鈴谷   Lv16     あはは、気楽にいこーよ、どーにかなるって。
六番艦 None


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十八話 新人提督が弥生を沖ノ島海域に行かせたりする話

この しょうせつ には どくじ の せってい が ふくまれて おります
そういった たぐい の もの に けんお かん を いだかれ る かた は
ぶらうざ ばっく かもん


……………………

……………………………………

……………………………………………………


 沖ノ島海域挑戦からはや五日が過ぎた。

 六日目。朝。

 

「どうだ?」

 

 たった一言、自身の秘書艦に問う。

 期限は七日と、最初に決めた。そしていつ決行するのかは、自身が秘書艦に任せた。

 毎日問い続けた言葉は、けれどまだ、と言う返事だけが返ってきて。

 けれど、どうやら今日は。

 

「…………はい」

 

 いつもとは違うその言葉に。

 

「…………そうか」

 

 それだけを返した。

 

 

 * * *

 

 

 艦隊で戦闘を行う際、時間と言うのは非情に重要な要素となる。

 単純に言って、朝なのか、夜なのか、それだけで戦い方がまるで違うからだ。

 

 今更な話だが、この艦隊の連度で簡単に沖ノ島海域が突破できるとは自身も司令官も思ってはいない。

 そんな簡単に突破できるようならば、新人提督の登竜門などとは呼ばれない。

 だが司令官曰く、時間が無い、らしい。

 それがどういう意味か、良く知らない、けれどとにかく司令官はこの海域攻略の期間を一週間と決めた。

 そして何時ソレを敢行するのか、そのタイミングを秘書艦である自身に委ねた。

 ならば自身は可能不可能の可能性を考慮しながら決断する、それが()()()()でもある弥生の役割と言うものだろう。

 

 話を戻すが、現状の艦隊で沖ノ島海域を突破するのは、かなり厳しい、それが現実である。

 何せ、最奥に居るだろう敵中枢(ボス)部隊には戦艦が三隻も確認されているというのに、こちらの艦隊には一人として居ない、それどころか六隻埋まってすら居ないのだ。全うな方法でやってこの海域を突破するのはまず無理だ。

 

 だからまあ、これは紛れも無い裏技である。

 

 最初に言っておくと、艦隊と言うのはいくらでも戦い続けることの出来る存在ではない。

 艦娘は一戦ごとに相応の弾薬と燃料を消費する。そしてその消費がかさみ燃料が尽きれば機動力が、弾薬が尽きれば攻撃力が皆無となる。故に安全圏と言われる四戦、帰投中に襲われた時のために一戦分の燃料と弾薬は残して戦うのが現在の常識とも言える。

 次いで言っておくと、海域の道中には深海棲艦に侵略され放棄せざるを得なかった元鎮守府や、元補給基地と言った類のものがある、そこにある燃料や弾薬、鋼材とボーキサイト、時には高速修復材や高速建造材と言った貴重品まで、置いてあるものは回収して自身の鎮守府で使用することが大本営より許可されている。有体に言って、そこで補給してもいっこうに構わないのだ、敵地のど真ん中、と言うことを考えなければ、だが。

 

 一つ、日のある間の戦闘と暗くなってからの戦闘は勝手が違う、と言うこと。

 二つ、現状の艦隊ではまともにやっては沖ノ島海域は突破できないだろう、と言うこと。

 三つ、艦娘は燃料弾薬が尽きれば戦えなくなるが、逆に言えばそれらがある限り、損害を無視すればいくらでも戦うことは可能だと言うこと。

 四つ、海域の道中には放棄された補給基地などがあり、そこにある資源は使うことを許可されている、つまり補給が出来る、と言うこと。

 

 そして五つ、司令官は北から敵中枢を目指すと言った、海域で唯一空母が確認されている北から。ただし北から向えば、恐らく敵中枢にたどり着いても燃料や弾薬が足りないだろう。

 

 さて、以上五つの条件を考えれば、司令官が当初提案してきた作戦、と言うのも理解できるのではないだろうか?

 

 

 夜戦にて敵中枢までの強行突破。

 

 

 道中の消費は補給基地で行い、敵中枢までに燃料弾薬を絶やさないようにする。

 

 

 簡単に言えばこの二つである。

 

 現状の問題点は三つである。

 一つは現状の艦隊では敵中枢部隊に勝利することが難しいこと。

 だがこれは夜戦と言う水雷戦隊でも大型艦を倒すことの出来る状況に持ち込むことにより解決する。勿論こちらの被害も相応以上に大きくなるだろうが、それでも日にあるうちに戦艦三隻を相手にするよりはよっぽど勝ち目が高い。

 一つは敵中枢にたどり着くまでに燃料弾薬が心もとなくなること。

 これは途中の放棄された補給基地で簡易補給することにより解決できる。道中に補給基地があるのは事前に確認されている。どれだけの量が残っているかは疑問だが、それでも艦隊が一度補給する程度はまだ有るだろうと予想されている。

 

 そして最後に一つ。

 

 羅針盤は気まぐれで、本当に敵中枢にたどり着けるのか。

 

 これだけはどうしようもない問題である。

 だから試行回数を増やすしかないと司令官は判断し…………そこに弥生が待ったをかけた。

 五日間も日のあるうちから戦い続けたのはそのためである。

 

「ん…………こっち」

 

 明るいうちに目星をつけていた目印となる島を見つけ、艦隊の現在地を頭の中で地図を広げながら確かめる。

 と言っても薄らぼんやりを見えるだけなので、本当にそれが目印としていた島なのかは疑問ではあるが。

 

「…………海が静かね、深海棲艦もやっぱり夜は動きが鈍いのかしら」

 

 瑞鳳が呟きながら空を見上げるのに釣られ、弥生もまた上空を見上げる。

 

 暗い。満天とは言わないが、夏だけあって星空は輝いて見える。お陰でぼんやりでも島の形が見えるのだが。

 時刻はすでに夜と言えるだけの時間帯。冬と違い、夏の夜は遅くやってきて、早々に終わってしまう。

 急ぐ必要があった。

 もうすぐ最初の補給基地があるはずだが、ここに至るまで一戦もしてしないため、このままならば補給の必要も無い。

 

 深海棲艦は基本的にそれぞれの海域の特定の地点に集まっている。その場所はだいたい傾向的に決まっており、そのためその周囲を点で表示し、地図上にアルファベットを振ってそれぞれマスとして記入することがある。

 だが、深海棲艦は生きているのか死んでいるのか不明だが意思を持つ存在だ。いつまでも同じ地点にいるとは限らないし、いつも同じ編成だとも限らない。

 もしかすると、午前中にどこかの別の鎮守府の艦隊が海域入り口付近の敵を一層したのかもしれない。この海域の入り口付近の敵は基本的に水雷戦隊ばかりなので、新人提督たちに良く練度向上のための練習相手扱いされていることが多いと聞く。

 深海棲艦はどこからとも無く現れ、倒しても倒しても尽きることの無い存在ではあるが、午前中に倒したものが午後になって復活している、などと言う余りにも非常識なことはさすがに無い。ならば明日の朝までは敵はいないだろうから比較的安全に進むことができた。

 

 問題はここから。この先には…………。

 

「…………そろそろ、敵の哨戒圏、です…………全艦、警戒」

 呟きにも似たその掛け声に、四人が応と答え、周辺警戒を開始する。

 事前情報によれば、この辺りに出てくる敵の中には戦艦ル級もいるらしい。

 すでに何度も倒している相手ではあるが、何度戦ってもその強大な火砲には戦慄を覚えざるを得ない。

 さらに夜戦と言うこともあり、随伴の水雷戦隊も決して侮れない相手である。

「…………でも…………そんなのは、最初から…………分かってる、から」

 元々無茶のある行軍なのだ。まともにやれば勝てないとわかっているからこそ、運に頼った。

 夜戦とは、究極的に言って、先制の取り合いだ。

 視界の開けた日の出ている時間帯とは違い、敵の姿すら見えない闇の中から相手よりも先に敵を見つけ出し、そしてその機先を制することが肝要になる。

 だがこの薄い星明かりの空の下では、かなり近づかなければその姿を認めることは相当に難しいと言える。

「……………………敵影、確認」

 だからこそ、それは相当に運が良かったのだろう。

 

 気付けばうっすらと蠢く影を見つけた。

 

 それがこちらの背を向けた敵の姿だと認めた…………瞬間。

 

「全艦…………攻撃開始、です」

 

 味方の艦隊が火を噴いた。

 

 

 * * *

 

 

 南方海域、サーモン諸島付近での敵深海棲艦の大規模な集結を確認。

 

 その一報が入って来た時、男は深くため息を吐いた。

「お前の嫌な予感が当たったな、電」

「…………っち、面倒くさいことになってのですよ」

「そうですね、約半年ぶり、と言ったところでしょうか」

 予想はしていたことではある、近頃の敵深海棲艦の大規模な移動。

 またなのか、と言う思いは確かにあったが、やはりこうなったか、とも思う。

 

「大本営からは?」

 そんな不知火の問いに、男が首を振る。

「まだ情報が足り無すぎる、逆撃をすべきか、防衛をすべきか、まだそこすら分かっていないのだから、現状での判断は軽率だろうな」

 男の言葉に不知火がなるほど、と頷き、けれど電は苦々しい表情を崩さない。

「かといって、ここまで数が揃っているなら余り猶予も無いのですよ」

 そんな電の苦言に、男もそうだろうな、と思う。

 

 確認された敵の数、種類だけでも相当なものなのに。

 

「…………未確認艦、か」

 

 これまでに一度も確認されていない種類の敵。

 その規格(サイズ)や武装からして…………。

 

「…………【姫】か」

 

 沈黙が執務室を覆った。

 

 

 * * *

 

 

 都度三度の夜戦、そして道中での補給。

 夜明けは近い、だがすでにここは海域最奥。

 どこかに居るだろう敵中枢艦隊を見つけ出し、これを叩けば全て終わる。

 

「…………各艦、状況を…………報告」

 

 進むか、退くか。まだ選択の余地は残されている、少なくとも、接敵しない限りは。

 もう一度状況の確認、それで決めようと弥生は考えた。

 

「イムヤは問題無いわ、夜に潜水艦(わたし)を見つけようなんて無理な話なんだから」

 

 伊168は無傷。元々夜においては無敵を誇る潜水艦である。爆雷もソナーも持たない敵水雷戦隊にどうこうできるはずも無かったようだ。

 

「こっちも問題ないわ…………と、言っても私はここまでろくに戦闘できてないから、申し訳ないんだけどね」

 

 瑞鳳も問題無し。夜間戦闘なので空母は戦うことが出来ないが、司令官の指示で今回も付いてきている、どうやらここまで無事に切り抜けてこれたようだった。

 

「うーちゃんはちょっと不味いかも~、機関(エンジン)周りは大丈夫だけど、武装があ~ぴょん」

 

 卯月が中破。だが機動力に問題はないなら、一応進軍は可能、戦力として数えれるかどうかは分からないが。

 

「悪いね卯月、あたしのこと庇っちゃってさ…………お陰でこっちの被害は軽微だよ」

 

 鈴谷は小破、と言ったところか。だがまだ問題は無いだろう。

 

「弥生も…………問題ない、です」

 

 そして自身は問題無し、多少装甲が傷ついた部分もあるが、小破までは至っていない。

 

 

 艦の被害度は、主に三種類に分けられる。

 

 最初は小破。これは多少の損害(ダメージ)は受け、決して無傷とは言えないが、まだ戦闘に支障が出るほどではない状態。ただし、先ほども言ったが決して無傷であるわけではないので、さらに攻撃を受け続ければあっさりと中破してしまう危険性を孕んでいるのは否めない。

 

 次が中破。これは機関か武装、もしくは両方に重大な支障が発生した状態。機関に支障が発生すれば機動力が落ち、攻撃の回避もままならず、武装に支障が発生すれば攻撃力を大きく減衰する。どちらにしても戦力としてはかなり問題のある状態であり、できるだけこの状態の艦娘が居る場合は危険を冒さないほうが良い。

 

 最後が大破。装甲が完全に剥がれきった状態であり、非情に危険。最悪駆逐艦の砲撃ですら轟沈する危険性がある上にそこまで行く過程で大体の場合、機関も武装も重大な損害を負い支障をきたしているはずなので、基本的には戦力としては数えることが出来ない状態。

 

 現状で一人も大破まで至って居ないのはほぼ奇跡と言っていいだろう。

 

 運が良かった、そう言っても過言ではない。

 初戦はいきなり敵の背後から奇襲が出来たため、ろくな反撃すら受けずに殲滅。

 続き戦いは、けれど空母四隻と軽巡一隻、駆逐艦一隻。空母は夜戦では攻撃できないし、軽巡と駆逐艦は当たるはずの無い潜水艦への攻撃に夢中でこちらも問題なし。

 最後の重巡リ級flagshipを旗艦とした精鋭水雷戦隊は強敵だったが、旗艦リ級flagshipの攻撃を鈴谷を庇って卯月が中破、残る水雷戦隊の攻撃はまたイムヤが上手くいなし、真っ先に敵旗艦のリ級を叩き潰すことで極めて軽微な被害で突破することができた。

 

「…………イムヤさん、大活躍、ですね」

 

 主に囮と言った意味ではあるが、けれど敵の気持ちも分からなくは無い。どんなに強大な艦隊だろうと、夜に潜水艦を相手にするなんて恐ろしい真似誰だってやりたくは無いだろう。

 究極のステルス兵器、などと言う呼称は伊達ではない。日の明るい昼間でさえソナー無しでその姿を見つけることは難しいと言うのに、ましてや夜である。

 

 建造二隻目で潜水艦を引き当てた司令官の運には正直脱帽する。

 二隻目でいきなり潜水艦とかピーキーな、なんて思ったりしたが、今となっては頼もしい限りである。

 

 と、話はそれたが、まとめると。

 

 卯月以外は戦闘に問題無し、全艦進軍可能。

 

 と言ったところか。

 

 一番練度の高い卯月がやられているのはやや不安にもなるが、最大火力である鈴谷が無傷であるというのは朗報だ。

 それに…………。

 

「夜明けも…………もうすぐ」

 

 現状、全てが司令官の計画通りに進んでいる。

 

 ならばここで引き返す理由も無いだろう。

 

「全艦索敵…………一秒でも早く、敵を見つけて」

 

 それから。

 

「殲滅します」

 

 それだけだ。

 




【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生改  Lv24
被害……軽微…………いける?

二番艦 伊168 Lv23 MVP
夜戦なら任せて!

三番艦 瑞鳳   Lv22
夜は何も出来ないのぉ~

四番艦 卯月改  Lv50
あとはまかせたぴょ~ん

五番艦 鈴谷   Lv20
卯月に助けられちゃったからね、頑張らないと

六番艦 None


ゲームじゃ出来ないことでも小説ならできるその①夜間強行突破。


ちょっと戦果の書き方変更。
以前のはちょっと余白の作り方とか上下の揃えとかが面倒すぎた。

というわけで超久々に書きました弥生二次。
年末ボイスに萌え殺されたり、年始ボイスに萌え殺されたりしたけど、今日も弥生が可愛くて俺は元気です。

正月シーズン終わってお仕事も一段落したので、またぼちぼち更新していきます。


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十九話 新人提督と弥生が沖ノ島を攻略したりする話

 接敵から僅か十秒。

 

 互いが攻撃に入った時間である。

 

 視認した敵の数は六。暗さのせいでその艦種までははっきりとは分からないが、それでも最低三隻、戦艦がいることは分かっている。

 距離は近い、雷撃戦が出来るほどの距離。

 

「全艦、撃て!!」

 夜間故、艦載機の出せない瑞鳳と武装に損害が大きい卯月を除いた全艦が一斉に砲撃を開始する。

「うーちゃんだって、魚雷はまだ使えるんだから!」

 次いで駆逐艦の魚雷を一斉に発射。返すように敵からも砲弾が飛んでくる。

「足を止めないで…………止めたら、終わりです」

 敵戦艦は電探を装備していると言う話もある、その狙いの正確性を考えれば、足を止めれば砲弾の集中砲火を浴びて一瞬で沈むことは明白だった。

「あと少し…………あと少し…………」

 この状況は確かに司令官の思い描いた通りの図ではある。

 だが夜が明け、日が顔を出すまでのあと少しの時間。

 この砲弾の雨の中をしのぎ続けなければならないと考えれば。

 

 今となってはそれが永遠にも感じられた。

 

 

 * * *

 

 

『日取りが決まった』

 電話越しに上官殿が告げるその言葉に意味を自身の中で反芻する。

「それで…………いつに?」

『二週間後だ…………編成自体は十日前に始まるからな、もう後四日しかない』

「……………………」

 

 サーモン諸島付近での深海棲艦の大規模な集結。

 その報を受けた大本営からの大規模作戦発令の知らせ。

 

「確か半年かそれくらい前にもありましたね」

『ああ…………嫌な思い出だな』

 

 白池襲撃を目的とした大規模作戦が以前にもあったが、あの時初めてその存在を確認されたのが。

 

『…………今回もいると思われる』

「…………同じ、じゃないんですよね?」

『ああ、別の儀装を持った個体と思われる』

 

 鬼、そして姫。そう呼ばれる深海棲艦の中でも上位と思われる存在である。

 その固体の持つ強さ、そして数の少なさから、深海棲艦の中でも命令を下す側なのでは無いか、と推測される怪物。

 少なくとも、艦娘が単体で勝てるような相手ではないことは確かだ。

 

「…………しかし、因果な場所ですね」

『…………言うな、この報を受けた誰もが思っていることだ』

 

 南方海域サーモン諸島。

 この辺りではかつで旧日本軍と某国との大規模な海戦があり、その戦いで沈んで行った船の余りの多さにこう呼ばれる。

 

鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)…………ですか」

 

 艦娘たちからすれば、まさに悪夢の海域だろう。

 

 

 * * *

 

 

 被害甚大、と言ったところか。

 戦艦の砲撃を再度鈴谷から庇った卯月が早々に大破。

 お返しとばかりに鈴谷が敵戦艦を一隻沈め。

 イムヤが敵半数の攻撃をひきつけながら翻弄する。どうやら半数は水雷戦隊らしい。

 弥生が魚雷で敵駆逐艦一隻を落とし。

 そして飛んできた砲弾を避け損ね駆動機関が損傷、中破となる。

 イムヤが魚雷でもう一隻の駆逐艦を沈め。

 けれど偶然にも飛んできた爆雷が直撃し、中破。実質これで戦力外となる。

 そして残った戦艦二隻の砲撃に晒され、鈴谷もまた大破。

 

 こちらの残りは中破した弥生と無傷の瑞鳳だけ。

 

 対して敵は戦艦二隻、そして雷巡一隻。

 

 厳しい、と言わざるを得ない。

 

 それでも、もう後が無い。

 

「もうすぐ夜が明ける…………やるなら…………今、だけ」

 

 空が明るさを帯び始めている。

 エンジンはやられているが、移動できなくは無いし、武装は無事だ。

 距離もそう離れていないし、先ほどより少しだけ視認もできる。

 それは逆に視認されている、と言うことでもあるが。

 

 逡巡は一秒にも満たない。

 

「弥生、行きます」

 

 呟きと共に、ぬらり、と動き出す。

 エンジンが使えないために、逆に音が消えた今はむしろ奇襲するのは良いのかもしれない。

 

「…………後は、頼みます…………瑞鳳さん」

「や、弥生?」

 

 自身の呟きを聞いた瑞鳳が何事かと目を丸くし、そして。

 ゆっくりと、敵へと近づく。

 敵も味方も今は小休止、互いに様子を伺っているところだ。

 もうすぐ朝になる。そうなれば互いをはっきりと視認し、また砲撃戦が始まるだろう。

 

 敵戦艦二隻に対してこちらの火力と呼べるのは瑞鳳だけ。

 瑞鳳がやられればもうどうにもならない。ここまで深入りした以上、無事に帰れるかどうかさえ分からない。

 故に、生き残るのならここで攻めなければならない。

 

 距離はもうそう無い。最初から無かったのもある。

 

 ゆらり、ゆらりとゆっくりと近づく。

 

 敵は動かない。

 あと少し、あと少しでこちらの距離だ。

 そして。

 

 敵がこちらを向いた、それを瞬間的に察知する。

 

 距離は…………微妙。当たるかもしれないし、当たらないかもしれない。

 撃つか、撃たざるか。

 逡巡の間に敵の砲撃は飛んでくる。

 不味い、そう思った瞬間、体ががくん、と引っ張られる。

 驚きと共にそちらを見れば、海面から手を伸ばすイムヤの姿。

「こっち!」

 言葉と共に、体が引っ張られる。

 直後に砲弾が先ほどまで自身が居た場所へと着弾、海面を揺らす。

 引っ張られながら少しずつ敵との距離を詰めていくのが分かる。

 どうやら彼女もこの賭けの乗るらしい。

 

 あと少し、当たるか?

 

 考えたその時、急に空が明るさを帯びた。

 

「…………あ…………朝…………」

 

 日が顔を出した海は急激に明るさを帯び始める。

 距離は多少ある、だがこの明るさなら外さない。

 

「行って…………行って!」

 

 いつもの自分らしくもない、感情的な声。

 それでも、願うように、縋るように、その雷跡を目で追う。

 真っ直ぐ敵へと伸びた雷跡、そして直後、轟音と共に水柱が巻き起こる。

 

「戻って!」

 

 命中、それだけを確認し、すぐさまイムヤにそう告げる。

 損害など見ても見ていなくても変わらない。今のでどちらか沈んでいたとしてももう片方がいることには変わらない。

 今の自身たちが非常に危険な状況なのは変わらないのだ。

 

 そう判断し…………直後。

 

 ダダダダダダダァァァァ、と背後で爆撃音。

 

 驚き、振り返れば。

 

「任せなさい…………数は少ないけど、私の自慢の精鋭たちなんだから!!!」

 

 上空の舞う爆撃機。

 

 そして。

 

「行って!!!」

 

 海面を飛ぶ艦攻隊から放たれる魚雷。

 

 二重、三重の攻撃の嵐が敵を襲う。

 

 

 そして――――――――

 

 

 * * *

 

 

「…………以上……です……」

 戦闘経過をまとめた出撃報告を渡し、それを(そら)んじると、司令官が一つ頷く。

「…………そうか」

 一つ呟き…………それから、ふう、とため息。

「…………良くやってくれた、本当に…………良くやってくれたよ」

 少しだけ肩の力を抜いた司令官が呟き、微笑む。

 その笑顔に少しだけ胸の奥に温かいものを感じながら、頷く。

「…………あんな隠し玉、知りませんでした」

「ああ…………俺自身艦載機の違いってのがどれくらいの差を生むのか未知数だったしな、悪いがそこまで期待してなかった部分もある」

 隠し玉も隠し玉だろう。まさか“流星改”なんて物を瑞鳳に載せているなんて。

「いつ作ったんですか?」

 まさしくあの艦攻隊の雷撃で敵が一瞬で壊滅したのだから、驚きもする。

「あの一週間の間に用意しておいたものだよ」

「…………ああ」

 一週間ずっと考えてたわけでなく、そのために色々やっていたらしい。まあその辺りの抜かりなさは司令官らしいと言えばらしいかもしれない。

 

 そこまでするならもう一隻建造すれば良かった、と思われるかもしれないが、これが存外難しい。

 一度編成を決定し、艦隊の面子を固定したなら、実はそう容易くは変えられない。

 一人の所属を変えるなら、その抜けた穴に誰を入れるのか、そして抜いた一人をどこに入れるのか、など考えることは多い上に、それを一つ一つ上官などに報告したりしなければならない。

 今日は誰々はここ、誰々はあっち、などとそんな気軽に変えれるようなものではないのだ。

 今の第一艦隊の面子は五隻。艦隊は六隻以内で編成されるようにするのが基本なので、後一隻しか枠は無い。

 そこに一体誰を入れるのか、そう簡単に決定できるようなことではない…………本来は。

 

「…………驚いたと言えば、私のほうが驚いたぞ」

 その言葉が何を指しているのか、すぐに察する。

「…………出てきたものは…………仕方ない、かと…………」

「いや、別に責めているわけではないんだ。むしろ良くやってくれたと思っている」

 そんな司令官の言葉に少しだけ安堵する。

 だがまだ完全に安心しきるのも無理だろう。

「それで」

 聞いておかなければならない。

「…………どうするつもり…………ですか? 司令官」

 彼女たちの配属を。

 

 

 * * *

 

 

 艦娘は建造によって生み出される。

 それが海軍が公式に表にしている大原則だ。

 だが提督たちは知っている、それ以外によって艦娘が手に入ることもあることを。

 そしてそれによって生まれた彼女たち。

 

 ()(もの)。と呼ばれることもある。

 

 だが基本的にみんなこう呼ぶ。

 

 “ドロップ”と。

 

 

「長門型戦艦二番艦の陸奥よ、よろしくね、提督」

 そう言って腕を組みながらその大きな胸を張る女性と。

「あ、あの、こんにちわあ、潜水母艦大鯨です。不束者ですが、よろしくお願いします。提督」

 少し自信が無さそうな表情の胸に鯨のイラストの描かれたセーラー服を着た少女。

 戦艦陸奥と潜水母艦大鯨。沖ノ島海域最奥の敵中枢艦隊を倒した後に“沸いて”出てきた二隻。

 知っている、存在自体は知っている。

 

 稀と言われれば極めて稀に。

 

 それでも日常的に戦い続ける提督たちからすればそれほど珍しくも無く。

 

 海の中から生まれる少女たちの存在。

 

 通称落ち物(ドロップ)艦と呼ばれる発祥不明の艦娘。

 

 大本営はそれを表に出して肯定していない。つまり、ドロップ艦の扱いとしては存在しないことになるため、その鎮守府で建造したその鎮守府の艦、と見なされる。

「…………まあ難しく考える必要も無いか」

 要はタダで戦艦と潜水母艦が手に入ったと考えれば良いのだ。

 気を取り直し顔を上げ、自身の前に佇む二人の艦娘を見る。

「良く来てくれた、歓迎しよう。取り合えず所属について考えておくから、今日はゆっくり休んでくれ。部屋は他の艦娘たちに言って寮に作ってあるはず…………だよな?」

 視線を横に向けると、弥生がこくり、と頷く。

「すまんが弥生、彼女たちを案内してもらえるか?」

「…………了解、です」

 ぺこり、と弥生が一礼し、二人を伴って出て行く。

 

 どさり、と椅子に深く腰掛け、思考を回す。

 

 戦艦、そう戦艦だ。

 しかも長門型。あのビッグセブンの片割れ。

 こちらは第一艦隊以外に考えられないだろう。

 砲撃戦火力の不足は一応鈴谷と瑞鳳の二人によって補われている。だが戦艦はその二人をして一線を隔す強さを持っている。

 ただそうなると…………。

 

「…………旗艦が駆逐艦で、納得するか?」

 

 そこが分からない。幸いこれまでの艦娘たちは皆その辺りが寛容だったためやってこれたが、名高い長門型戦艦の片割れをそこを許容してくれるだろうか?

 

「それに、もう片方もなあ」

 

 潜水母艦。簡単に言えば潜水艦の補給を担当する艦であり、決して戦闘用に向いた艦種ではない。

 潜水艦と言えば一応イムヤがいるものの、言ってしまえばそれだけ、一隻だけなのだ。

 潜水艦隊を作るのならば、せめて三隻、無いし四隻は欲しい。

 

 他のところではどうやって運用しているのか…………後で上官や同期に聞いておくか。

 

 少しだけげんなりしながら、電話を片手に取る。

 

 取り合えずやらなければならないのは陸奥を含めた第一艦隊の早急な練度の向上だろう。

 北方海域への進撃が認められたなら…………。

 

「キス島…………行くか」

 

 そのためにもモーレイ海域の早急な攻略が必要となるのだが…………。

 後十四日。今日を抜けば十三日。もう作戦まで二週間を切った。

 

「考えることは多いな」

 

 机に突っ伏して、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「第一艦隊の準備は?」

「万全です」

 不知火から渡された名簿を見ながら、男は頷く。

「第二艦隊は?」

「抜かりなく」

 次いで電から渡された名簿を見て、もう一度頷く。

「第三艦隊と第四艦隊は遠征続行だ」

「…………ふむ?」

 使わないのか? と言った様子の不知火に、男が一枚の用紙を渡す。

「…………支援艦隊、ですか」

「ああ、それと夜間作戦も検討されている、なら露払いの先行部隊も出すつもりだ」

「…………なるほど、彼らにそれを頼む、と言うことですね」

「今回の作戦は戦闘の激化が予想される。どこまで頼れるかは分からないが…………」

 そんな男の言葉に、不知火がくすり、と笑う。

「嘘ですね、どこまで頼れるか、ちゃんと想定しているのに」

「…………いや、こればっかりは分からん」

 だがそんな男の言葉に、不知火が僅かにきょとんとした様子で目を瞬かせる。

「アイツは本当に俺の予想の上を行くからな、もしかすると期待を軽々と越えてくれるかもしれん」

 そして続く男の言葉にくすりと笑みを浮かばせる。

「…………親馬鹿ならぬ、師馬鹿ですか?」

「…………そんなんじゃねえよ」

 つい、と視線を反らす男に、不知火がまた笑う。

 

 そして二人のそんな様子を見ながら電は唾を吐き捨てていた。

 




【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生改  Lv25
なんとか…………勝ちました、司令官

二番艦 伊168 Lv24
弥生も無茶するわねえ

三番艦 瑞鳳   Lv23 MVP
ここまで守ってくれたみんなのためにも頑張ったんだから!

四番艦 卯月改  Lv50
なんとか全員無事だぴょん

五番艦 鈴谷   Lv21
せ、戦艦一隻落としたし(震え声

六番艦 陸奥   Lv1
長門型戦艦二番艦の陸奥よ、よろしくね



第二艦隊

旗艦 卯月改   lv50

二番艦 夕張   Lv16
第一艦隊は大変だったみたいね


未所属 大鯨   lv1
潜水母艦大鯨です、よろしくお願いします。





ゲームじゃ出来ないことでも小説ならできるその②複数同時ドロップ。

ということで戦艦補強。鯨ちゃんは将来空母となって大空を舞うことでしょう。


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二十話 新人提督が上官から指示を受けたりする話

なんか久々の投稿。ひさびさすぎて辞書登録から始めないといけない不具合。
そろそろこっちも本格的に一章終わらせたいところ。


 

 

 戦争が始まる。

 

 艦娘用の寮内、与えられた一室の中で、駆逐艦弥生はその気配を敏感に感じ取っていた。

 

 沖ノ鳥の攻略から三日後、モーレイ海への出撃を命じられ、苦戦はしたが数も増し、火力も段違いに上昇した今の艦隊ならば撃破は不可能では無かった敵艦隊。二日かけて攻略を完了し、その二日後にはキス島への出撃を命じられた。

 ただし海域入り口周辺にいる敵の掃討を主とし、敵中枢には踏み入らないように、とも言われる。

 そこからはハードスケジュールの繰り返しだった。戦って、休んで、戦って、休んで、また戦って。

 まるで何かに憑りつかれているかのように出撃を繰り返す司令官にさすがに物申せば返ってきた言葉は。

 

「…………大規模作戦」

 

 現在海軍内で進められ、弥生たちもまた参加することになるだろう作戦。

 

 旧カ号作戦…………サーモン諸島要地奪還作戦。

 

 聞いた瞬間、背筋が震えた。

 きっとそれは、弥生だけに限らない。

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 かつて敵味方多くの艦が戦い、戦い、戦い、そして沈んで、沈んで、沈んで。

 

 今となっては船の墓場、とでも呼ぶべきあの場所。

 

 未だあの戦いを覚えているものからすれば、トラウマ以外の何物でもないその名。

 

「…………鉄底…………海峡…………」

 

 またの名を。

 

 “アイアンボトムサウンド”

 

 

 * * *

 

 

 八月も終われば次は九月。

 夏も残すところあと半月と言ったところか。

 秋に入れば少しはこの猛暑からも逃れられるだろうか。

 そう考えれば、秋が待ち遠しくも思う。

 

 だがその前に、やらなければならないことがある。

 

 八月も残すところ半月。だがその半月は、その前の二か月以上よりも長くなりそうだと思う。

 

「…………始まるな」

 

 いよいよ、始まる。

 

 戦争だ。

 

 人類と、艦娘と、深海棲艦。

 

 互いの死力を尽くし、互いの生存権を賭けた戦いが。

 

 いよいよ始まろうとしてた。

 

「…………旗艦、弥生」

 

 告げる。名を呼びあげ、そうして。

 

「はい」

 

 答えが帰ってくる。自身の信頼する秘書艦の声。

 

「二番艦、伊168」

「ええ」

 

 そして最初の戦闘を弥生と共に戦った仲間。

 

「三番艦、瑞鳳」

「はい!」

 

 敵の戦艦を相手にどうしても勝てなくて建造した、自身の鎮守府初の空母。

 

「四番艦、卯月」

「はぁーい!」

 

 弥生のためにわざわざ別の鎮守府からやってきた弥生の姉妹。

 

「五番艦、鈴谷」

「はいよー」

 

 そのお気楽さから鎮守府のムードメーカーとなりつつある重巡。

 

「六番艦、陸奥」

「任せなさい」

 

 そしてドロップ艦と言う珍しい経緯を得てやってきて一気に我が鎮守府の主力となった戦艦。

 すでに都度十度以上の実戦をこの艦隊を行っている。

 二日に一度は出撃するようなハードな行軍ではあったが、それでも全員戦い抜いてくれた。

 

 だから、もう心配はいらない。

 

「全員に通達、本日より大本営より大規模作戦行動の発令がされた。我が鎮守府もまたそれに参加する」

 

 大規模作戦への参加、その言葉に、事前に通達していた弥生を除く五人の顔に驚きが浮かぶ。

 

「とは言うものの、この鎮守府の戦力では主力の一角を担うのは無理だということは諸君ら自身も重々わかっているとは思う、よって諸君らの役割は敵部隊の偵察、そして先行打撃により主力本体を敵中枢まで無傷で連れていくこととなる」

 

 要するに、主力部隊の支援艦隊としての役割だ。それが上官から申し渡された俺たちの部隊の役割。

 はっきり言って、卯月を含めても平均練度が五十を超えないこの部隊では敵本体との交戦は無理がある。故にこの采配はありがたいし、俺たちの部隊の後方からやってくる主力軍は上官殿のところの艦隊だ。以前の演習の時には世話になったし、共同遠征などの件もあって、見知らぬ味方、と言うわけでも無い。

 

 ただ一つだけ、問題があるとすれば。

 

「諸君らの作戦担当海域は…………ここだ」

 

 今日だけ執務室に持ち込んだホワイトボードに張られたサーモン諸島海域周辺の地図のある一点を指さす。

 

 アイアンボトムサウンド、そう呼ばれる海域を。

 

 

 * * *

 

 

 大規模作戦の口火は、互いのその規模に反するかのように、小さなことから始まった。

 

 南方海域サーモン諸島、その周辺海域を警戒する第一攻略艦隊内の味方哨戒部隊と、同じく哨戒を行っていたと思われる敵部隊との接触。一触即発のままに行われた交戦により、小破等多少の被害を出しながらも敵哨戒部隊を突破、続いてやってくる水雷戦隊をも倒し、敵中枢部隊との交戦を開始。

 その交戦に引きずられるように互いが互いに戦力投入を開始し、戦いは次第に激戦へと変化していく。

 

 初戦の戦いと言うのはこの先の戦い全てに関わってくる。主に戦う艦娘たちの士気の高さなどだ。

 故に大本営はここに精鋭を配置していた。主力本体にも負けず劣らずの練度を兼ね備えた精鋭部隊が敵中枢艦隊を撃破、海軍は初戦を勝利で飾った。

 だがここで終わりではない、何せ今彼女たちが経っている海は、ソロモン諸島海域の入り口に過ぎないのだから。

 ここから先に進めば進むほど強大になっていく敵精鋭艦隊が続々と現れる。

 

 故に大本営はすぐ様に次の手を打って出た。

 

 少数部隊による夜間海域突入。

 

 事前に送られた偵察隊による情報で、この海域に集結している空母部隊の多さを知っていた大本営はこれら機動部隊が出てくる前に一歩でも海域の攻略を進めようと強引な襲撃をかける。

 

 いくらなんでも入り口周辺の敵を相当したその日に第二部隊攻略艦隊の突入は早すぎる、そう思う人間も確かにいた。

 だが結果的にこれが功を奏すこととなる。

 

 機動部隊の準備も整わない内に行われた夜間戦闘によりヲ級eliteを始めとした多くの空母の撃沈に成功し、さらにルンバ沖海域周辺の攻略に成功する。

 

 これで二手、海軍が優位に戦闘を進めた…………そう、思われた時。

 

 続くサンタクロース諸島海域での戦い。

 島のすぐ傍に駐留する機動部隊本体を叩こうとする味方攻略部隊とそれを阻止せんと動く敵部隊との激しい戦いが行われた。

 だが進撃に次ぐ進撃により一足飛びに敵の懐へと深入りしすぎた。

 味方第三攻略艦隊の到着を前に、敵精鋭機動部隊が後方より襲来。

 

 空を雲霞のごとき敵艦載機が埋め尽くす。

 

 海が燃えているようだった、と後に第三攻略艦隊の艦娘は漏らしたほどの激しい敵艦載機の爆撃に、味方第一攻略艦隊、第二攻略艦隊が敗退。稼いだはずの有利は一気に形成不利へと逆転した。

 

 大本営が決断を下す。

 

 第三、第四攻略艦隊の連合を結成。敵精鋭機動部隊との決戦を敢行することに決定した。

 

 そして第四攻略艦隊。そう呼ばれる複数の艦隊の一つに。

 

 上官殿の艦隊があった。

 

 

 * * *

 

 

「ふむ…………なるほど…………ふむ、なるほど」

 顎に手を当てたまま、何か納得するように一人頷く不知火の様子に、けれど誰も言葉を発さない。

 誰もが分かっているのだ、彼女の邪魔をしてはならないと。

 

 当然ながら古参の一人でもある、彼女たちの司令官である彼の鎮守府には多くの戦艦、空母が建造されている。ドロップ艦も多くの種類が存在しており、誰もかれもが練度四十を超える一角の戦力、主力部隊である第一艦隊面々ともなれば練度九十を超える精鋭中の精鋭である。

 

 二番艦、金剛。三番艦、榛名。四番艦、利根。五番艦、蒼龍。六番艦、飛龍。

 

 誰もかれもが名の知れた錚錚たる面子である。

 

 そして。

 

 旗艦、不知火。

 

 それら面子を率いるのが、駆逐艦。

 

 誰もかれもが納得したわけではなかった。

 当然のように反発したものだっていた。

 

 けれど、もうそれも居ない。

 

 全て彼女…………不知火自身が実力を持って屈服させたから。

 

 だから誰一人として旗艦である彼女を侮る者はいない。

 決して謙っているわけではないが。

 

 けれど一度植えつけられたソレは簡単には拭えない。

 

 全員がそうだ、誰もが一度は彼女にソレを感じている。

 

 否、感じさせられている。

 

 つまるところ。

 

 上下関係。

 

 “私が上で、お前が下だ”と心根の奥底に植え付けられている。

 

 それが無意識となって、彼女たちを抑制する。

 

 ()()()()()()()()()()()()と本能が警鐘する。

 

 故に後は、不知火自身の統率が全てを決める。

 

「…………………………………………ふむ」

 

 そして今までに彼女が出してきた結果を考えれば。

 

「総員、出撃準備」

 

 この戦いの趨勢など、最早この艦隊の全員が思い描いていた。

 

「それでみなさん」

 

 即ち。

 

「あのうるさい蚊トンボどもを撃ち落としに行きましょうか」

 

 勝利、それ以外にあるわけがないと。

 

 

 * * *

 

 

 鎮守府から南方海域までの距離を測ると、実はかなりの距離がある。

 弥生たち艦隊の所属する鎮守府は太平洋側にあるのでまだマシだが、日本海側にある鎮守府は南方海域を目指そうと思うならば、本州をぐるっと半周して迂回しなければならない。

 そういう事情もあって、集結の日時はまだあったが、いつ何時戦場が変化するか分からない、早めに行っておくに越したことはないと即日鎮守府を出発した。

 

 鎮守府を出たばかりのころは軽口を叩く余裕もあった面々だが、南方海域を進むにつれ段々と口が重くなってくる。

 サーモン諸島海域周辺に到達した時など、誰もかれもが重苦しい雰囲気を口を閉ざしていた。

 その理由は誰もが理解していた。

 

 アイアンボトムサウンド。

 

 かつて行われた海戦の舞台となった場所。

 第二次ソロモン海戦。実はその時、一度だけ弥生はそこにいたことがある。

 たった一度だけ、それも短い間の砲撃、そして退却。

 そこに二度目は無かった。

 

 だって――――――――――――

 

 

「…………弥生?」

 

 背後からかけられた声に、はっとなる。

 振り返ると、卯月がどこか心配そうな表情でこちらを見ていた。

「大丈夫かぴょん?」

「…………うん、大丈夫、だから」

 取り繕うような表情で、けれど上手く笑顔が作れなくて。

 どうして自分はこう不器用なんだろうと思わず自嘲してしまう。

 そんな自身に卯月が何か言おうと口を開き。

 

「お疲れさまです」

 

 先手を打つようにかけられた声に、その口は閉ざされた。

 振り返ればそこに、陽炎型の制服を着て白い手袋をした少女、不知火がいた。

「不知火…………お疲れさま、です」

「不知火、大丈夫?! さっき他の艦隊から敵と交戦してたって聞いたぴょん!」

 元同じ鎮守府だっただけあって、卯月が親しそうに告げると、不知火がきゅっと手袋をはめ直しながらこちらへと視線を向けすらせずに呟く。

「何か問題があるとでも?」

 ちらり、と射抜くような視線を向けると、卯月がびくり、と体を震わせる。

「う、うう…………た、確かに不知火に限って不要な心配だったかもしれないぴょん」

「それより、良い時に来てくれました」

 卯月から、そうして弥生へと視線を向ける。その視線に射抜かれると、どうしてだか体が重くなる気がする。勿論気のせいだと言うことは分かってはいるが、どうにも弥生はこの視線が苦手だった。それは単に気迫に押されている、と言うだけのことなのかもしれないが。

 

「今晩、鉄底海峡を抜けて敵拠点へと夜襲をかけます」

 

 直後告げられた言葉に、そうして絶句した。

 

 

 * * *

 

 

 真夏の日差しは南方海域にあって尚強く降り注いでくる。

 時刻はすでに夕刻になろうかと言う時間にも関わらず、空はまだまだ明るさを失う様子はない。

 普段は心地よいと思う日の光も、けれど今だけは憎々しく思わずにはいられない。

 

「…………早く、早く沈んで」

 

 空を見上げ、燦々と海を照らし上げる太陽に思わず毒づく。

 

 と、その時。

 

 ざあ、と水を切って進む何かの音が聞こえる。

 びくり、と体を震わせて草陰に身を潜める。

 

 気づくな、気づくな、気づくな、気づくな、気づくな。

 

 縋るような思いで必至に祈り、祈って、祈り続けて。

 

 やがて遠ざかる音に安堵の息を漏らす。

 

「…………不味いなあ、もう燃料も弾薬も残ってないにゃしぃ」

 

 思わず語尾でおちゃらけてしまいたくなる程度には絶望的状況。

 

「…………大丈夫、だよね?」

 

 きっと味方艦隊は来てくれる。前線を押し上げて、ここまでたどり着いてくれるはずだ。

 だからそれを待てば良い。息を殺し、気配を殺し、鼓動さえも殺して。

 

 空を見上げる。

 

 そこには何もない、ただ太陽だけが煌々と世界を照らしているだけだ。

 

 不安に駆られる。どうしても。

 

 この場所は思い出してしまう。

 

「…………早く来て、お願いだから」

 

 そうして駆逐艦睦月は敵地の只中で祈ることしかできなかった。

 

 

 




そろそろ誰か轟沈しない?





【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生改  Lv32
アイアンボトム……サウンド………………。

二番艦 伊168 Lv31
…………ここに来ると嫌なこと思い出すわ。

三番艦 瑞鳳   Lv33
ここ…………かあ、また来ちゃったのね。

四番艦 卯月改  Lv54
睦月…………弥生…………忘れてないから…………ぴょん。

五番艦 鈴谷   Lv32
そっか…………またここに帰ってくるんだね。

六番艦 陸奥   Lv18
今度は燃料タンクじゃ終わらせないわ…………。



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二十一話 弥生が南方海域で姉妹を拾ったりする話

 

 海域のいたるところ、あちこちから爆音が響き渡る。

 どん、どん、どん、どん、どん、どん、どん、耳に残る()()()()()()

 砲撃の音、戦いの合図、そしてそこで行われるは決死の殺し合い。

 

 戦場とは即ちそう言う場所である。

 

 戦う以上、いつかは死ぬ。そう言う覚悟は艦娘であるならば…………否、軍人であるならば誰だって持っている。本来艦娘とは()()()()()()()()()し、その艦娘を指揮する提督だって同じようなものだ。

 

 けれど、だからと言って。

 仲間たちが死して行くことに何も思わないわけでは断じて無いし。

 それを当然のことだなんて…………思えるはずがない。

 

 確かに彼女は沈んではいない…………轟沈はしていない。

 けれどそれは、沈んでいないだけだ…………生きているのとはまた違う。

 

 だから、駆逐艦弥生は震えた。

 

 目の前で大破しながら…………今にも死んでしまいそうな自身の姉妹を見て。

 

 体が震え、動くことすらできなかった。

 

 青を通り越して白んでしまった血が通っているとは思えないその姉妹の顔色に。

 

 唇は震え、言葉を紡ぐことすら忘れていた。

 

 全身から血を流し、ぐったりとしてぴくりとも動かないその姉妹の様子に。

 

 弥生は…………何もできず、立ち尽くした。

 

 

 * * *

 

 

 駆逐艦睦月は走っていた。

 夜の闇に紛れて水面を叩くその姿は、けれど探照灯などと言う便利なものを持っていない深海棲艦には極めて気づかれにくい。

 最早一刻の猶予も無かった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あの海域に隠れて潜むと言うのは余りにも博打が過ぎる。

 

 それは知らぬが故の無知、と言うわけではない。実際のところ、睦月の思考は極めて正しい。

 

 そも駆逐艦睦月がこんなところに…………第四目標とされた海域に居るのは、第三海域の攻略に詰まったからだ。だからこそ、睦月たちのいた第三攻略艦隊と第四攻略艦隊との合同での作戦が決行され。

 

 そして第三海域サンタクロース諸島海域の制覇に成功する。

 

 その際、睦月たち第三攻略艦隊の一部は、敗走する敵精鋭艦隊の追撃を行った。

 続く第四目標海域…………()()アイアンボトムサウンドでの戦いを少しでも優位に進めるためである。

 

 その行動は正しかった、けれど間違っていた。

 

 引き際を間違えたのだ、睦月たちは。

 故に敵陣中に深入りし過ぎ…………そして睦月以外の仲間は皆沈んでいった。

 

 鉄底海峡の仲間入りを果たした。

 

 そして睦月も…………。

 

「…………絶対に、絶対に生きるんだから」

 

 本当は第四海域へ攻略部隊が突入してくるまで待つつもりであった。

 

 だがその決心を変えさせたのは、一体の敵。

 

 睦月なりに敵の様子は伺っていたのだ、脱出の機会は無いか、どこか敵の空白地帯のようなところは無いか、など。時には島から島に移るような真似もしながら、そして見てしまった。

 

 それは少女だった。その背丈から言ってもまだ少女という言いかたが正しいだろう。

 少女の全身は白かった。真っ白な肌、真っ白な髪、けれど目だけは爛々と赤かった。

 

 一目見ただけで理解する、理解させられた。

 

 目の前の少女が自身の想像を絶するほどの怪物であることに。

 

 それを理解した瞬間、逃げ出した。

 ここに居てはならないと理解した。この事実を仲間に伝えなければならないと理解した。

 

 ()と呼ばれる存在。

 

 深海棲艦の上位種。それは先の南方海域強襲偵察の時にも発見された怪物に着けられた呼称。

 

 一刻も早く、一秒でも早く知らせなければならない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 駆逐艦睦月はそれを知っている、かつての南方海域強襲偵察に参加し、その折たった一度だけ姫種との戦いを見たことがある睦月は知っている。

 

 上位個体は他の深海棲艦のような…………それこそ戦艦などとすら比べものにならない、そんな生易しいものでは無い。

 

 今回の作戦で姫種の存在は事前に知らされていた。実際、第三海域でもそれらしき姫種の存在は確認していた。

 

 だがあそこにいたのはそれ以上だ。

 

 あれは、あれは!!!

 

 

 * * *

 

 

 作戦は至ってシンプルだ。

 闇夜に紛れ、強襲。敵陣最奥に座すだろう敵中枢艦を叩く。

 そしてサンタクロース諸島海域で“姫種”が確認できたことから、恐らく次の海域ではさらなる姫が存在しているだろうと予測できる。

 

 準備は怠らないように、それだけ告げて不知火は去っていった。

 

 すでに日は落ちかけている。

 あの水平線上に夕日が沈めば…………作戦決行だ。

 それまで、まあもう一時間程度の余裕はあるだろう。

 今のうちに艦隊内で話をしておいても良いかもしれない。

 

 そんなことを考えたその時。

 

「…………第三次攻略艦隊…………追撃…………行方が…………」

 

 他の艦隊で話合う誰かの声が聞こえた。

 

「…………生存者は…………できず…………全滅…………」

 

 聞こえる言葉の端々に不吉の予感を募らせる。

「…………大丈夫…………だよ、ね?」

 今から行く場所がどんな場所か、弥生は知っている。

 だからこそ、不安に震えることもある、だがそれを誰かに見せるわけにはいかない。

 

 弥生は…………旗艦…………だから。

 

 自身はこの艦隊を率いているのだ。イムヤの、瑞鳳の、卯月の、鈴谷の、陸奥の命を預けられているのだ。

 そんな自身が不安そうな顔をしていてはならない。

 

 大丈夫…………大丈夫…………。

 

 不安を押し殺しながら、時間は過ぎていく。

 

 夕刻六時、太陽が水平線上に沈んでいく。

 まだうっすらと明るさを残すが、これから目標海域に進軍すればちょうど闇夜に包まれる頃合いだろう。

 

「…………では行きましょうか」

 

 いつの間にか、彼女はそこにいた。

 自身が率いる絶対の群れをその背に負って。

 闇の中から溶け出してきたかのように、誰もその存在に気づかなかった。

 

「目的地鉄底海峡」

 

 ぐっ、と手袋をはめ直す。

 

「目的敵深海棲艦の撃滅」

 

 くい、くい、とベストとシャツの裾を軽く直し。

 

「最優先目標敵中枢の撃破」

 

 ふっ、と真横に手を薙ぎ。

 

「では、向いましょうか」

 

 その手を真正面へと向け、そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 ドンドン、と砲撃音が夜の闇に響く。

「…………うーん、やっぱり厳しいにゃしぃ」

 せめて、せめて今夜が新月ならば良かったのに、生憎満月…………とまではいかないが、月の光は煌々と海面を照らしている。敵の接近にいち早く気づけるのは利点だが、一人海を走る自身の姿もまたはっきりと見つけられるのは非常に大きなデメリットだ。

 

 幸いこの辺りには島がいくつかあるので、そこに隠れながらなんとか見つからずに済んでいるが、それもいつまで持つやら。

 

 けれどもうすぐだ、砲撃音がしている、と言うことは味方が進軍を始めている、と言うこと。

 まさか海域を制圧したその日のうちに動きだすと言うのは予想外だったが、けれど第二海域もそれで制圧したのだから、存外有効な戦術には違いは無い。

 

 あと少し、あと少しなのだ、あと少しで味方と合流できる。

 

 だと言うのに、そのあと少しが果てしなく遠い。

 

 弾薬も尽き、燃料も尽きた今、睦月には艤装を起動させる術が無い。艦隊機動は到底無理であるし、何よりも今襲われれば何もできずに殺される。

 

 だからこそ、慎重にならなければならない。

 

 例え戻った先に全滅の責を負わされようと、そのために解体の憂き目に会おうと。

 

 あの場所で見たことだけは伝えねばならない、そうしなければ。

 

 多くの艦娘があの鉄屑の海へと沈んでいくことになる。

 

 急いでいた、焦っていた。

 

 だからこそ、それは偶然の一撃であった。

 

 進軍中の味方部隊と交戦中の敵艦隊。

 そう、もう睦月は目の前まで来ていた。あと僅かな距離、そう…………。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、故にこそ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは偶然の一撃であった、けれどそれは、必然の一発であった。

 

 砲火が降り注ぐ。

 

「…………え…………あ…………」

 

 言葉も出ない、燃料も尽き、機動力は無い。

 体は動かない、弾薬も尽き、撃ち落とすことも出来ない。

 

 ただ迫りくる敵の砲撃を、目の当たりにして…………。

 

「睦月!!!」

 

 誰かが叫んだ、その声を。

 

「…………あ」

 

 何となく…………()()()()()()()その声を。

 

 確認する間も無く、睦月の意識は闇に飲まれた。

 

 

 * * *

 

 

 砲が唸りを上げて鉄塊を撃ちだしていく。

 鉄底海峡、この海域に侵入してまだそれほどと間は無いが、幾度とない激戦を強いられている。

 

 夜戦、と言うのは本来ならばこちらに有利な状況だ。

 何せこちらは駆逐艦に潜水艦が半数を占める。明るいうちの砲撃戦には不利な要素が多い。

 だから極限まで接近してから弾丸を叩き込む夜戦は、こちらの攻撃力を爆発的に上昇させてくれている。

 

 だがそれでも。

 

「点呼」

 

「イムヤ問題無し、夜ならこっちの領分よ、どんどん任せてくれていいわ」

「瑞鳳小破です…………あう、夜戦だと空母は何もできないから辛いわ」

「卯月問題ないっぴょん! ただ…………やばいかもしんない」

「鈴谷は中破だよ、ごめん、一発当たっちゃった」

「陸奥、問題ないわ…………まあいざとなったら戦艦の装甲で庇うわ…………けど」

 

 卯月も陸奥も、言いよどむ。言葉にこそしないが、他の三人も…………そして弥生も同じ。

 

 どこまでやれる、どこまで戦い抜ける。

 

 夜戦は接近戦だ。お互いにこの闇の中で目視できる距離まで近づいての殴り合い。

 だからこそ、こちらの火力が跳ね上がったように…………敵の火力も跳ね上がっている。

 たとえ昼戦ならそれほど気にするほどのものでは無い駆逐艦、軽巡洋艦であろうと、この闇の中では恐ろしい強敵となる。

 

 弥生たちの役割は露払いだ、最奥にまで不知火たち主力艦を導くことが役割だ。

 

 だが、そこまで持つか?

 

 そんな不安が頭を過り…………。

 

「敵艦隊見ゆ! 数四…………大きいのがいる、戦艦が一!」

 

 瑞鳳の言葉にはっとなる。

 慌てて視線をやれば、確かにやや遠くのほうに敵が見える。

 

「…………先制雷撃、かけます」

「こ、この距離でかぴょん!?」

 

 その言葉に卯月が驚いたように叫ぶ。

 だがその言葉にゆっくり頷く。

「敵影に異常無し、恐らくこちらに気づいてないわね」

 瑞鳳の言葉にこくり、頷き。

 

「一手でも、多く…………稼ぎます、水雷戦隊、用意」

 

 その言葉に、卯月が、そして海中でイムヤが、雷装を展開する。

 

()ぇ」

 

 ボンボンボン、と着水の音だけを立てながら、静かに魚雷が進んでいく。

 そうして。

 

「突撃、です」

 

 艦隊総員が動き出す。

 一番射程の長い陸奥が砲撃を開始する、と同時に。

 

 ズドォォォォォォォ

 

 魚雷が爆破し、敵影を飲み込む。

 どれだけ被害が出たかは分からない、だがどのみちここからは泥沼の殴り合いしかないのだ。

 だったら…………一歩でも深く、敵に踏み込む。

 

 そうして距離を詰め、水飛沫が晴れたことで…………気づく。

 

 敵戦艦の砲塔がこちらを向いていないことに。

 

 その先は…………敵の少し後方。

 

 そこにいたのは…………一人の少女。

 

 襟元が緑色の真っ白なシャツ。そして緑色のスカート。

 知らない見た事が無い、少なくとも、弥生が建造されてこの方一度たりとも…………()()()()()()()()()()()()

 

 けれど知っている、見覚えが無くても、魂が知っている。理解できる、あれが誰なのか。

 

「睦月!!!」

 

 弥生らしくも無い、張り上げた大声に、少女がぴくり反応して。

 

 直後、敵の砲撃に飲まれた。

 

 

 * * *

 

 

 ざあ、ざあ、と闇夜の海がさざめく。

 

 敵の一団を倒し、そうしてすぐさまに駆けつけた弥生が見たのは。

 

 波間に力なく浮かぶ、姉の姿だった。

 

「「睦月!」」

 

 弥生と、そしてそれが誰なのかすぐ様理解した卯月が駆け寄り、卯月が抱き起す。

 卯月の手の中の少女は、酷く冷たく。そして弱々しかった。

 

「むつ…………き…………」

 

 確かに彼女は沈んではいない…………轟沈はしていない。

 けれどそれは、沈んでいないだけだ…………生きているのとはまた違う。

 

 だから、駆逐艦弥生は震えた。

 

 目の前で大破しながら…………今にも死んでしまいそうな自身の姉妹を見て。

 

 体が震え、動くことすらできなかった。

 

 青を通り越して白んでしまった血が通っているとは思えないその姉妹の顔色に。

 

 唇は震え、言葉を紡ぐことすら忘れていた。

 

 全身から血を流し、ぐったりとしてぴくりとも動かないその姉妹の様子に。

 

 弥生は…………何もできず、立ち尽くした。

 

 




そろそろ誰か轟沈しようか?



【戦果】

『第一艦隊』

旗艦  弥生改  Lv32
………………………………………………………………。

二番艦 伊168 Lv31
この子…………なんでこんなところに。

三番艦 瑞鳳   Lv33
酷い怪我…………早くドッグに…………。

四番艦 卯月改  Lv54
睦月! 睦月ぃ!

五番艦 鈴谷   Lv32
こいつはちとやばいねえ…………。

六番艦 陸奥   Lv18
さて、どうしたものかしらね。


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