金色に輝く華麗なるウマ娘(笑)の物語 (朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次))
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そのウマ娘、キンイロリョテイにつき
「君は本当に理解しているのか? 真面目に走れっ!」
「おーこわ。それよりあれか?会長の小言は今日も快調ってか? 可愛いね♡ チューするぞコラ」
「ちょ、上目遣いしながら胸を突くのをやめろっ!? いやまて、会長と快調か……ふふ、やるじゃないかリョテイ」
「…………会長、また騙されてますよ。リョテイ、貴様、真剣に話を聞け。いつもいつも会長を煙に巻きおってからに」
「ああん? 女騎士は黙ってくっころされてろボケ」
「誰が女騎士だっ! 今日という今日は絶対に許さん」
「許さんがどうした。お? かかって来いよ、ボッコボコにしてやるぜぇ!?」
「なぁにぃ!?」
トレセン学園の生徒会室は今日も騒がしい。
普段から奇行癖が目立つ問題児、キンイロリョテイの説教だ。
とは言え途中からリョテイが話の腰を折り、エアグルーヴがリョテイに掴みかかっている。
小柄なリョテイはそれをスルっと躱し、挑発的な表情でシャドウボクシングをして見せた。
普段から犬猿の仲である二人に、ルドルフがやれやれとため息をつく。
キンイロリョテイは元々、地方である札幌トレセンに所属していた若いウマ娘だったのだが、その素質が評判になり、次世代のスターを求めていたシンボリルドルフが直接スカウトに出向き中央に移籍したウマ娘だ。
とは言え見た目はどうにも速そうには見えない。
何せ小学生にも思える程に小さく幼女の様な見た目なのだ。
整った顔は将来は美人になることは想像出来るも、いかんせん幼さが勝る。
それにスタイルは寸胴で、胸もよく見れば膨らんでいるかな? 程度の小山。
艶々の黒い髪は、保護者を買って出たマルゼンスキーの趣味なのかツインテールに結われている。
こんな子供が速いなんて誰も思わないだろう。
だが実際速いのだ。
札幌トレセンでの育成時代、リョテイに敵うライバルは存在しなかった。
勿論それは札幌という地方レベルの相手に対してという意味でだが、問題はそのタイムだ。
夏の時期は暑く、避暑の意味も込め、トゥインクルシリーズは札幌を舞台に行われる。
その中でもとりわけ人の目を集めるのが札幌記念だ。
これはG2レース、つまり重賞であり、秋のG1戦線への調整に用いられる事が多い重要なレースと言えるだろう。
なので普段は見る事が出来ない人気ウマ娘が札幌に集結するという事で、道民には垂涎なレースでもある。それゆえにG1レベルで観客が押し寄せるのだ。
この札幌記念は皐月賞などと同じ2000メートル。
そこに実力が確かな古バがしのぎを削って叩き出したタイムを、デビュー前の模擬レースの中で、キンイロリョテイは1秒も縮めている。
勿論公式記録ではないが、この時計がルドルフの耳に入り興味を持たれたきっかけにもなった。
ただ本人はゴールした後に「あ、やっべ」と呟くと、唖然とする周囲に向かって「見ろ! 手稲山の上にUFOがいるぞ!」と叫び、全員が「んなアホな」と思いつつも、ついついそっちを見た瞬間にリョテイは脱兎のごとく逃げ去った。
どうやら望んで出したタイムじゃないらしい。
キンイロリョテイはその愛らしい見た目とは裏腹に、周囲から、特にトレーナー陣などから不良のレッテルを貼られたウマ娘である。
なにせ普段、先輩たちのレースで賭けの胴元となりノミ行為をして説教されたり、俺の様に走りたい? なら秘密のトレーニングに付き合うか? と学園の仲間たちを引き連れ夜の小樽ドリームビーチで腰まで水につかりながら、感謝の正拳突き一万回を慣行しようとしたり、幼女扱いしてきた男性トレーナーに睡眠薬を飲ませ、寝ている間にアンダーヘアーをライターで火を付けて燃やし、「お前もこれで子供の仲間入りだなァ!」と腹を抱えて笑って謹慎になったり……挙げればキリがない程の武勇伝を持っている。
周囲も彼女が本気を出せばとんでもなく速いのは知りつつも、何故か本人はそれを嫌がっているのだ。
なにせ模擬レースの最中、突然「飽きた」と言い放つと欽ちゃん走りをしながら逸走したりするのだ。
そういう時は大概、抜群の時計を出している。
真剣に上を目指すウマ娘達にはふざけるなとキレられそうだが、何せ本人の人柄はなんというかおバカな事をしている状態が許される様な所があるため疎まれてもいない。
本人は絶対に認めないが、挫折したウマ娘を高確率で揶揄うため、薄々とこのクソガキは実は優しいんじゃ? とバレているのだ。
デビュー前のウマ娘は精神面が不安定になりがちなのだが、落ち込んで鬱になった瞬間、リョテイに振り回されてキレるか笑うかすれば、大概は落ち込んでいる事すら忘れる。
そういう部分を仲間たちは認めているのだ。それを指摘すれば本人は心底嫌そうな顔をするだろうが。
そんなリョテイだったが、中央に来たところで彼女のキャラは変わらなかった。
しかしルドルフはどうしても彼女に本気で走ってほしいと願い、こうして何かあると呼び出しては説教をする。
ルドルフは三冠を獲った後も快進撃を続け、七冠を奪取し現在は最前線から退いている。
それは自分の強さに自負はあれど、URAのスターが一人しかいないのは不健全で、もっと強者たちがギラギラと一進一退のせめぎ合いをする方が健全と考えているからだ。
だからこそ次世代の若手たちに目をかけており、その中の一人がキンイロリョテイだったという訳だ。
そんなルドルフに憧れ、現在少しずつキャリアを重ねているエアグルーヴも最近生徒会執行部に入ったのだが、彼女にとってルドルフとは、もはや信仰の対象と言える程に忠誠心を持っている。
だからこそ地方出身の不良ウマ娘をルドルフが可愛がるのが気に入らないし、リョテイがルドルフに軽口を叩くのが許せないのだ。
しかしリョテイに食って掛かろうが柳に風。
いっつも煙に巻かれて地団駄を踏む。
ちなみに今日はどうにかリョテイをターフに連れ出す事が出来たのだが、併せで格の違いをわからせようとするも「お前が本気なら俺も本気を出さざるを得ないか……まってろ着替えてくる」
と真剣な表情で更衣室に向かい、そしてそのまま帰ってこなかった。
夕暮れのターフでは、エアグルーヴが咆哮していたが、結局はこうなるのだ。
エアグルーヴを放置して消えたキンイロリョテイが何をしていたかと言えば、それは商店街の近くにあるパチンコ屋である。
黒いジャージ姿でサンダル履きの幼女めいたウマ娘が堂々とパチンコを打っていても、常連たちはマスコットの様に思うのか、大当たりするとご祝儀だと称してリョテイに缶ジュースを与えるのが密かなブームである。
ちなみに果たしてウマ娘がパチンコを打っているのが良いのか悪いのかだが、どうもセーフ的な風潮らしく、今まで咎められたことは無い。
もちろん学園的にはアウトであり、時折コメカミに青筋を浮かべたルドルフが襲来し、思いっきりリョテイに拳骨を落として引きずっていく姿が目撃されている。
「さって帰るか……」
今日は大勝したようで、ほくほく顔のリョテイが店から出てきた。
財布はパンパンだし、両手にはスナック菓子やジュースが詰まったビニール袋がそれぞれぶら下がっている。
彼女が日課のようにパチンコに勤しむのは、本人に博才がある事もあるが、単純に早い時間に家に帰りたくないからだ。
彼女は寮には住んでいない。今は遠征中だから食事が楽な寮に間借りしているだけで。
本来はマルゼンスキーのマンションに同居をしている。
地方である札幌トレセンからの移籍の際に、ルドルフが見初めたというだけでは納得しないURA関係者との軋轢が少々あり、ルドルフに同行していたマルゼンスキーが珍しく激昂し、「自分が後見するなら文句ないでしょ?」と強引に同居をしたのがそのきっかけだ。
ちなみにリョテイが知らない間に実家に根回しもされ、彼女が気が付いた時には東京のマンションに荷物が運ばれた後である。
トレセン学園に行く前に荷物を送ろうと実家に戻ったリョテイが、もぬけの殻になっていた自室に呆然とした時の表情は傑作であったと、後にリョテイの母親が証拠写真と共に供述する。この母、なかなか鬼畜である。
つまり居候なのだが、とにかくマルゼンスキーのスキンシップが激しい。
何というか猫可愛がりをすると言えばいいか。同居の件もマルゼンスキーがリョテイを気に入った事が大きな理由である。
しかしリョテイは枯れた性格なので、実の妹の様に可愛がられ、そのついでにひらひらの服を着せられるのが嫌なのである。
彼女が普段からツインテールなのも、可愛い服を拒否する事の交換条件としてしているのだ。
そんな訳で現在のリョテイは、過保護な保護者がいない一人の時間を満喫しているのであった。
そしてリョテイは寮への道すがら、近道である芝練習場の横を通った。
時刻はもう21時を過ぎており、練習場の照明は落ちている。
だがそんな暗闇の中に、規則的な荒い息が聞こえる。
「んあ? 誰かいるんか?」
外ラチまでやってきたリョテイは、荷物をその辺に置くと、ひょいっと柵の上に飛び乗った。
信じられないバネだ。
そしてじーっとターフを眺めると大きなため息をついた。
「まーだやってんのかよ」
「…………はぁはぁ。リョテイちゃん……」
サイレンススズカだった。
普段の楚々とした美少女の姿は今はなく、ぐったりとした顔で、膝に手をやり息を整えている。
どれだけ走ったのだろう?
彼女の体操着はびっしょりと汗で張り付いており、体中から湯気が立ち上っている。
そんなスズカの傍にリョテイは駆け寄ると、じっとスズカの顔を見上げた。
周囲に人がいないときのリョテイの表情は、まるで能面の様で、とても不機嫌そうに見える。
何も言わないリョテイにたじろぐスズカだったが、すぐにキッと表情を怒らせた。
「オーバーワークは理解しています。でも走らなきゃ、駄目なんですっ」
リョテイが自分を咎めると思ったのか、スズカは機先を制してそういった。
だが件のリョテイはニヤーと底意地の悪い笑みを浮かべる。
「お前さーただでさえ貧乳なんだから、こんな透ける程汗で濡らしたら強調されるやん。それともあれか、人に見られて興奮する系の性癖があんのか?」
そんな事を言い放った。
一瞬で顔が真っ赤になるスズカ。
デビュー年的には同期になるリョテイとスズカだが、リョテイが中央に移籍してから、何かと二人は絡んでいる。
主にリョテイがスズカの胸を揶揄い、顔を真っ赤にしたスズカが貴女もそうでしょ! とやり返すのだが、自分は子供みたいな体型だからセーフ、けどお前はスタイルが良いから貧乳が目立つしアウトとやり返し、キレたスズカがリョテイを追いかけ回すのが定番化しているのだ。
「ふざけないでください! 私はっ、その、なんでもありません」
何かを言い募り黙るスズカをじっと見上げるリョテイ。
普段の彼女のキャラとはあまりにギャップのある真剣な表情に、スズカは思わず一歩下がった。
「お前って勝気なくせにビビりだよな」
「えっ!?」
「こうやって自分を追い込んでるのって弥生賞を間抜けな負け方したからだろう?」
「間抜けって……」
唖然とするスズカ。
普段なら煽られたと沸騰するシーンだが、残念なことにリョテイのセリフは的を射ていた。
スズカはメイクデビューを2着に7バ身差をつけすんなりと勝ち、次に選んだレースが皐月賞トライアルとなる弥生賞だった。
メイクデビューでの圧勝劇の後、彼女はトレーニング中に足の違和感を感じ、トレーナーが大事をとってコンディションの維持に努めるという方針を指示した。
とは言え元々地力はあり、トレーナー達によるスカウト合戦になったスズカであるから、このローテーションは周囲からも特に問題視されてもいない。
デビュー戦が他者を圧倒的に凌駕していた事で、次走を半年近く開いたトライアルレースにする事も問題ないという判断だろう。
だが結果は大きく出遅れ、すぐに挽回を計ろうとするももたつき、結局は8着という惨敗だった。
周囲からの期待も高かった彼女に対し、ファンたちの落胆もそれなりに大きい。
しかしスズカは現在のトレーナーとは、決して信頼関係が構築されているとは言い難い。
逃げの方が走り易いと考えるスズカに対し彼女のトレーナーはレース戦術としては先行を選んだ事が原因だ。
とは言えトレーナーも別に間違ったことを言っているでもないのだ。
彼女の距離適性的に、皐月賞とダービーは勝ちに行きたい、そういう方針が前提にある。
けれど弥生賞までの間の期間はそれなりに長く、スズカのレース勘が薄れている事を不安視した。だから確実な勝利を目的とし、消極的にも見えるが安定を取った。
プランとしては中団より前目で,具体的には先頭から少し間を開けた二番手か三番手辺りで足を溜め、最終コーナーで一気に加速する、そういう構想だ。
しかし練習とは違い、本番のレースでは、誰もが自分の勝利のために足掻く。
その結果、身体をぶつけたり進路をさりげなく塞いだりなどは日常茶飯事。
そうなると必要以上に体力が削られ集中も途切れやすい。
トレーナーはそういう部分をカバーする必要があると考えた。
その為、リハビリ中はスタミナと削り対策として筋力トレーニングを多めに設定。
逃げという戦術は、逃がした時点で2番手以降は不利になる。当然デビュー戦でセンセーショナルな勝ち方をしたスズカに対し、ライバルたちはハナを切らせない様にスタート後から妨害に来るだろう。そういう意味ではスズカのトレーナーは万全の準備をしたと言えるだろう。
だが結果は本人に迷いがあった事が影響し、ゲートでもたつき出遅れて惨敗。
スズカは自分のミスだと理解はしてても、もし自分が逃げたらこうなっていなかったかもしれないという葛藤がある。
トレーナーの方針は納得していても、それを受け入れる余裕はストイックすぎるスズカにはなかった。
そのモヤモヤを振り払おうとスズカが選んだのはトレーナーと距離を取り、ひたすらに身体を虐める事だった。
だがそんなスズカの心情を鼻で笑うかのようにリョテイは斬って捨てた。
「間抜けだろう? 逃げりゃお前に勝てる奴なんかいないのに。イイコチャンでいなきゃってか? それで負けてりゃ世話ねえよな。出遅れたってより、ゲートが開く瞬間まで迷ってたろお前。でゲートの音で我に返って慌てた。これが間抜けじゃなきゃなんなんだよ」
「むう……」
ぐうの音も出ない指摘だった。
畳みかける様にリョテイは続ける。
「お前みたいなビビり女は逃げるしかねーんだ。だったらどこまでも逃げろや。貧乳のくせに生意気なんだよお前」
「ひっ、貧乳は関係ないでしょっ! リョテイちゃんも小さいくせにっ!」
「いいの俺は身体も小さいから。それにだ、トレーナーに言う事聞かせてーんなら、勝手に逃げてお前の力を見せつけてやりゃーいやでも納得するだろうが」
「人の気も知らないで勝手な事言わないでよ……」
「だからビビりだって言ってんだ。逃げねえお前に価値はねえ。ま、後は好きにしろや。じゃーな貧乳女」
「あっ……」
言いたいことだけ言って満足したのか、キナ臭い顔で頭を掻いたリョテイは踵を返した。
ブツブツとボヤキながら遠ざかっていくリョテイの背中を、スズカは黙って眺めているしかできない。
「寒い……」
三月の夜風はとても冷たい。
冷え切ったスズカの心よりも。
思わず身体を抱くスズカ。
ただ不思議と、あれだけストレートに罵倒された事で、どこか気が楽になっている事実に気が付き、なんだか負けたみたいで腹が立つと口を尖らせたのである。
◇◆◇◆
「ったく、余計な事を言っちまったぜ……」
栗東寮に宛がわれた部屋に戻ったリョテイは盛大に後悔していた。
苦虫を噛み潰したような表情でビールのプルタブを切っている。
元々住人のいない部屋だから、ベッドや机はあれど調度品は何もなく殺風景な部屋の中で。
もう寝る準備だとブラトップキャミと白いショーツ姿でベッドに胡坐を掻きビールを飲む姿は女性らしさの欠片も無い。かなりシュールだ。
寮長に見つかれば確実に小言は間違いない。
「けどなぁ……言わずにはいれないんだよなぁアイツの事は……」
500mlのビールを一気に飲み干しぐしゃりと缶をつぶす。
リョテイが葛藤するのには理由がある。
彼女には前世の記憶があるのだ。
その時の彼女の性別は男性で、ウマ娘ですらない。
ただ彼だった彼女は、子供の頃に競馬狂いの父親に連れられ東京競馬場に行き、皇帝シンボリルドルフの勝利を目撃したことで同じように競馬沼に堕ちた。
以降、40半ばでガンで死ぬまで、彼はルドルフ以降の日本競馬史を間近で見てきた。
彼は呑む打つ買うの三拍子が揃ったダメ人間だったが、博才だけはあった様で、ほとんど競馬だけで生活費を稼ぎだす猛者だった。
とは言えその為の努力は惜しまず、週末に出走する馬全ての時計はチェックするし、血統関連のデータ収集や、レースごとの過去の傾向分析にも余念がない。
いわゆるギャンブル狂いで、公営ギャンブルは全て網羅していたし、パチンコは当然のこと、雀荘で高いレートの賭け麻雀などにも余念がない。しかしとりわけ競馬は強い思い入れがある。
だが死んで生まれ変わってみれば、あれだけ愛した競馬は存在せず、それどころか競走馬以前に馬という生物すら存在しない。
その代わりにいるのがウマ娘で、自分自身がウマ娘ときた。
彼女の素行が悪いのはこれが原因だ。
ライフワークともいえる競馬。
それが無いことでやさぐれた。
幼少時はその事が理由で躁鬱が激しく、一時期は自閉症の様に自分の殻に閉じこもっていたほどだ。
前世の彼は日本の馬ならほぼすべての血統データを記憶している。
海外馬とて有名どころはほぼ網羅している。
そんな彼だが、自分の名前であるキンイロリョテイなんて馬は、いやウマは知らない。
けれど自分を競馬沼に堕とした元凶であるシンボリルドルフは存在していた。
だから余計にやさぐれた。
何故かと言えば、どうやら自分はとんでもなく速くなる素質があるようだが、名前から察するにモブみたいな存在なんだろう。
周囲には聞き覚えがある名前が溢れている事で、猶更その思いは強くなる。
だからこそだ。自分がどれだけ速かろうが、競馬愛が深い事が一番になることを躊躇させるのだ。
つまり愛した競馬の歴史に残るウマたちを、自分が負かせてしまう事は正しいのか? その葛藤である。
だからリョテイは昼行燈を装う事を選んだ。
まあ酒やパチンコに勤しむのは、ただの中の人の性癖であるが。
それでもだ、同期にサイレンススズカがいる。
これを知った時、リョテイは視界の中にスズカを入れる事を我慢できなくなった。
何故か。それは史実におけるスズカを知るからだ。
自分の様に手を抜き、二着三着を繰り返す駄バと違い、スズカはデビュー戦から光っていた。
だが弥生賞での惨敗、これでリョテイは恐怖を覚えた。
それは競馬の様々なレースデータが知識として残っている彼女だからこその恐怖だろう。
デビュー戦、そして弥生賞。
前世での記憶、それを史実として、リョテイの同期であるスズカは史実をなぞった結果を出している。
それが意味するのは、史実における古馬に入った頃にやってくる秋の天皇賞の予後不良だ。
サイレンススズカという競走馬は、圧倒的な大逃げでファンを魅了する名馬だ。
けれど成績的には正直微妙と言わざるを得ない。
特にクラシック時代はとにかく安定しない結果ばかり。
成績が開花したのは古馬になってからで、年明けの中山記念で重賞初制覇を果たすと、そこから立て続けに重賞で連勝を重ねていく。
当然逃げという戦術とローテーションの厳しさ的に疲労が抜けない心配もあったが、人気投票で選出され、宝塚で初G1勝利を果たす。
その結果が秋天での粉砕骨折である。そしてスズカは予後不良と判定され安楽死。
ならばスズカはこっちでもレース中に死ぬのか?
思わず背筋が寒くなるリョテイ。
それと同時に激しい怒りも覚える。
ルドルフの成績を見るに、なるほどこっちとあっち、もちろん前世での彼女が生きていた世界の事だが、何やら関連性はある様に思える。スズカもまた史実をトレースするかの様な成績。
じゃあ何か。
ウマ娘がどれだけ研鑽しようと、それは意味が無くて、やがて史実に引きずられるというのか?
自分はモブだろうが、周囲のネームド達は一生懸命にトップを目指して頑張っている。
それが無駄なのか? ふざけるな、リョテイは憤る。
だったらそれって呪いっていうんじゃねえのか?
そう思ってからだ。何かにつけてスズカを構うようになったのは。
ギャンブル狂いのダメ人間でも、競走馬たちが時折見せてくれる輝きに、前世の彼女は魅了されていた。
ゆえにIFが見たい。
スズカが秋天を勝っていたなら、陣営はどうしたんだろう?
ジャパンカップに挑戦したかな? あるいは距離に不安はあっても有馬記念か?
案外くたくただからってマイルCSに出る線もアリだな。
前世の彼女はスズカのその先が見れる物なら見てみたいと思った。
おそらく、彼以外のファンたちもそれに同意するだろう。
だからスズカを見守り、何かヤバい方向に行こうものならぶん殴ってでも止めよう。
リョテイはそう決意した。
だがしかし自分はモブ。偉そうな事は言えないし、何より自分のキャラじゃない。
そう考えた結果、まるで小学生男子が好きな子と喋りたいがために虐めるみたいなムーブをしてしまうのだ。
「……ま、なる様にしかならねえか。クソが」
そうして頭をくしゃくしゃにしたリョテイは、温くなったビールを飲み干すとベッドに飛び込んだ。
そんなリョテイだったが、翌日寝坊をし、起こしにきた寮長フジキセキに飲酒がバレ、しこたま説教を受ける事になる。
当然生徒会長であるルドルフにも伝えられ、次回の未勝利戦で勝利しないと飲酒やギャンブルが出来ない様に監視を付けると通告され崩れ落ちたのである。
ちなみに監視の候補は後輩のスーパークリークである。リョテイのやる気が下がった。
コロナの後遺症から全快しそうな一歩手前なのでリハビリがてら書いてみました。大好きなコロナビールをお供に。
今年もあなたの、そして私の夢が走ります。あなたの夢は誰ですか。私の夢は今でもステイゴールドです。
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泣きな。 いくらでも気のすむまで 泣いたらいいんだよ。
「あークソっ、とことんツイてねえっ。なんて日だっ!!!」
リョテイが凶悪な表情で商店街を歩いていた。猫背にガニマタ。完全にヤンキースタイルである。
かなりの美少女かつ幼女的な見た目のリョテイだが、目を剝いてガンを付けると洒落にならない怖さがある。なので通りかかった人らは一斉に目を逸らしている。
だが彼女は一切気にする事無く馴染みの居酒屋に飛び込んだ。
「おっちゃん、とりあえず生中と串焼き5本盛りね。あとなめろうも」
「なんだいなんだい昼間っから」
「あん? いやぁ色々あってな」
「そうかい。ま、そんなときは呑むしかないわな」
「そゆこと」
立川の商店街にある居酒屋は、暖簾こそ出してないが常連ならば昼間でも開けてくれる。
もちろんメインは夕方以降であるため、大将は仕込みをしながらだが、酒類と片手間で出来る料理なら出してくれるのだ。
リョテイはここの常連の一人で、気分が荒れるとやってくる彼女に、大将は静かに酒を出してやる。
と言うよりも立川の商店街の面々は、この奇想天外なウマ娘を気に入っているのである。
さて彼女が荒れているのは、先日ルドルフに突き付けられた条件である「次の未勝利戦で勝利しろ」をクリアした事に関係する。その結果がこの有様なのだ。
見れば彼女の横には旅行用のキャリーバッグがある。
なにせ彼女は昨日京都でレースをし、宿舎で一泊した翌朝、とある出来事がありブチ切れ、その勢いのまま朝一で新幹線に飛び込んだ。
そして東京駅からタクシーに乗ったのだが、トレセン学園には戻らず、居酒屋に直行したのである。
ならば惨敗したのか?
そうじゃない。圧勝だ。まれにみる大圧勝劇である。
未勝利戦。距離1800のマイル戦で、彼女はスタートを完璧に決めると単独2番手で悠々とレースを運び、最終コーナーで内側が混み合った事で大外に持ち出し、そのままグングンとスパートを掛けると後続に2秒の大差をつけてゴールを駆け抜けた。とんでもない末脚である。
その結果、多くのマスコミに囲まれたリョテイである。
なにせ最終コーナーまでの時計は平凡だったのに、最終的にはコースレコードを叩き出していたのだ。
これにはこれまでのレースから、ニギヤカシ担当と思われていたリョテイが、実は才能を隠していたのか?! とマスコミが殺到するのも無理はない。
しかもリョテイの見た目自体は愛くるしい少女なものだから、写真映えもいいと来た。
とは言え本人からすれば不本意でしかない。
彼女が本来の実力を隠しているのは、その大きな理由としてはモブでしかない自分が、前世で愛した名馬たちに土をつける事への罪悪感からだ。
競技者として手を抜く行為自体、ライバルを冒涜しているとも言えるが、前世の記憶なんて言う厄介な物がある彼女はそこに気が付かない。
前世の記憶の存在は、確かに幼い頃から学業面では苦労しない等のアドバンテージはあっただろう。
リョテイの中の男は、最終学歴こそ高卒で終わっているが、博徒として博打のみで世間を泳いできた丹力の持ち主であるし、少々の事で物怖じしない強心臓を持っている。そもそも鉄火場に出入りするには、自身もアウトローである必要があるのだ。
しかしだ。自分がウマ娘なる人外になっている事もそうだし、あれだけ愛した競馬が存在しない。そして生まれた国は確かに前世と同じく日本だが、中の人が知る日本とは明らかに違っている。
リョテイの中の人が競馬沼に堕ちたきっかけが、父親に連れられて初めて見たダービーで、ルドルフと鞍上のオカベのカッコよさを目撃したからだ。
彼の実家は立川市にあり、東京競馬場のある府中までは歩いて行ける場所なのである。
つまりだ。前世の彼だった彼女の行動範囲の中に、府中や立川がその多くを占めていた。
だが見えてる景色は似ていても、明らかに自分が生まれ育ち、長い時間見てきた景色ではない。
このことが彼女の心にじわじわとダメージを与えているのだ。
縁もゆかりもある土地で、その実感が全然わかない。なのにどこを歩いても既視感だけは覚える。
リョテイは、この世界の中で強い孤独感を感じていた。
だからこそ愛した競馬の名残である名馬たちの名を持つネームドウマ娘達を特別に感じる。
ゆえにかつては馬券を買っては一喜一憂した彼らの分身に、自分が意味もなく土をつける事は、自分のアイデンティティをぶっ壊す感覚になるのだ。
話を戻そう。
そういったメンタル面での理由はあるが、実は同じくらい深刻な事情が彼女にはある。
そもそもの話なのだが、彼女のギアはローとトップギアしか存在しない。
何というか彼女の小さな体には、とんでもないトルクのモンスターエンジンが搭載されている。
そしてその爆発力を受け止める天性の柔軟性や耐久性も備わっている。
自身の内に潜む潜在能力については、彼女が物心つき、自身の名を自覚した段階で気が付いてはいたが。
問題はギアをあげると一気にレッドゾーンまで吹き上がり、制御不能なトップスピードに達することだ。
本人もかつてその事について悩んでいた。それこそ鬱から脱出した小学校高学年の頃に、ウマ娘の本能に従い彼女は放課後の河原で走り回るようになったが、余りの速さに制御できず、勢いのままに川に飛び込んで溺れかけた事で余計に悩むことになってしまった。
それ以降、彼女はどうにか制御を試みるも、思いっきり遅いかとんでもなく速いかの二択しか出来ず絶望をしたのである。
ゆえに今回の様にケツに火が付いた状態なので逃げられず、図らずも本気を出す事になった。
デビュー戦では3着で終わり、それ以降善戦すれど勝ちきれない成績を積み重ねてきたのは、ひとえにこのピーキーすぎる自身の性能のせいだったのだ。
中間のギアがあるのなら、もっとスマートにレース展開を支配できるだろう。
それこそ時計コントロールし、自分が楽なレース展開へと誘導するなどの。だがそれが出来ない。なにせ全開にすればどんなレースでも圧勝出来る可能性があり、それは彼女の思想に矛盾する結果になる。
そして勝利をしたことで、やりたくもないウイニングライブでのセンターをすることになり、初勝利の際の定番曲である某シンデレラの「おねシン」的な曲である『Make debut!』を披露するも、憤怒する阿修羅の様な表情で、延々と変なおじさんダンスを繰り返してスタッフに怒られた。
その後の囲み取材では、記者の「これだけの強さだ。今からでもクラシックを狙えるのでは?」との煽り質問に、リョテイは100点満点の最高の笑顔で「てめえこの野郎。俺がクラシックなんかに出るわけねえだろ。ぶち殺すぞヒューマン」と場を凍らせると、やはりスタッフに取り押さえられ退場となった。
それでも食い下がる記者たちに向かって幼女が言うには刺激的過ぎる放送禁止用語を大声で連発しつつ、両手の中指を上に向けながら、煽る様にベロりと舌を垂らす。
ざまあみろ、こうすれば放送できねえだろ! と哄笑しつつ、リョテイはバックヤードに連行されたのである。
必死にリョテイを引きずるオフィシャルだが、相手は小柄でもウマ娘だ。
とんでもない「バ」力に往生する。
最終的に体操着のショートパンツを下ろしてケツを出そうとしたところで「流石にこれはアカン」と、増援含めて10人のスタッフがどうにか出来たのだ。
ちなみに帯同していた彼女のトレーナーである初老のトレーナー池江氏は、「まあリョテイだからな(諦め)」とボソりと言い、薬局を探した。強い胃薬が欲しかったらしい。
URAやルドルフからのたっての願いで池江氏は彼女を預かったが、最初の顔合わせの際に「おい爺、よろしくな。これやるよ」と「魔王」と「森伊蔵」を両手に現れ、湯飲みに波々と告ぐと、「爺、固めの盃だ。ぐいっといけや」と盃を突き出し、お前はどこのヤクザだとルドルフは呆れた。
ウマ娘は基本的にトレーナーが付いている事がレース登録の条件となる。
そのために選ばれたのが、そろそろ勇退をと考えてた池江氏だった。
氏はルドルフが入学してくる前から活躍していた名伯楽で、最近は後進に道を譲るかのように一線を退き、各チームのトレーナーに請われると、その都度アドバイスを与える様なポジションにいた。
これだけの経験を持ち懐も深く、かつ本人は好々爺風の柔和な人物。
ならば破天荒なリョテイを預けるには最適だろうというのがルドルフの考えで、URAとしては問題児を中央に移籍させるなら、その首に鈴をつける必要があるという思惑で池江氏を推した。つまり両者の思惑は真逆だが、図らずも見解は一致したというのが事実である。
なので一番割を食っているのは池江氏なのだが、やんちゃな孫娘の様だと本人はそれほど気にした風ではないのが幸いか。
とは言えだ。
あれだけ放送禁止用語を叫んだというのに、マスコミは上手く編集で切り貼りし、結局は今日の朝刊のトウィンクルシリーズ欄には一面リョテイの写真で埋め尽くし、相当な煽り記事を載せたのである。
それを見たリョテイが激怒し、「爺、俺は先に帰るぞっ。腰やってんだからのんびり帰って来いよなっ」とブチ切れながらも池江氏の腰を気にする発言と共に宿舎を出たのである。
破天荒ウマ娘として周囲から一目置かれているリョテイだが、池江Tだけは粗末に扱わないのだ。
「はぁーうめえ……アジってやっぱ、最強だよなぁ……」
場面は戻り、駆け付け三杯とばかりにジョッキを数杯を飲み干したリョテイは今、日本酒の四合瓶を手酌で呷っていた。
普段はツインテールだが、今は無造作に下ろしており、気だるげな表情でカウンターに肩ひじをつき、髪を片側にかき上げながら猪口を傾ける様子は、幼女じゃなければ様になるのだが。
「なあ大将よぉ」
「なんだい」
「俺がさ、G1で勝つとこってみたいか?」
少ししか残っていないなめろうを未練がましく箸で突いていたリョテイが、視線を皿に向けたままそう言った。
仕込みが終わり、リョテイのボトルの相伴に預かっていた大将は静かに笑う。
「そら見たいだろうよ。俺たちゃみんな、お前さんのファンなんだぜ」
「酔狂なこった。ま、でもそうだよな。ウマ娘は勝ってこそ、だよなぁ……」
「…………」
複雑な思いが籠った言葉だった。しかしそれきり、リョテイは何も言わなくなった。
ウマ娘じゃまともに酔えやしねえやと一度だけボヤいたが。
結局彼女は20時過ぎにやってきたマルゼンスキーに回収されるまで静かに呑んでいたのである。
余談だがリョテイがマルゼンスキーに連れ出された頃、既に開店していた店内は近隣の常連客達で満席になっていたが、扉が閉まった瞬間、そこにいた全員が大爆笑した。
何故かといえば、いつの間にかリョテイの背後に立っていたマルゼンスキーが良い笑顔で彼女の肩を叩いたのだが、「んだよ触んじゃねえよ」と苦み走った表情で振り返ったリョテイが真顔になり、そこから流れるような土下座に移行したからだ。
連絡入れずにごめんなさい。
堂々たる土下座である。
マルゼンスキーはその美貌もさることながら、トゥインクルシリーズでは存在感をこれでもかと魅せつける人気選手である。
しかしリョテイとの関係性は、どう見ても亭主を尻に敷いた古女房のソレである。
こういう姿もまた、未勝利だったリョテイが彼らに愛されている理由なのかもしれない(震え声)
◇◆◇◆
「マルゼンよぉ……俺はもう駄目だ……」
「ふふっ、どうしたのよリョテイちゃん。元気ないぞぉ?」
「なくなりもするよ……とにかく俺はもう駄目なんだ」
初夏となり随分と蒸し暑くなった東京。
そのとあるマンションの一室では、湯上りでガウン姿で気だるそうにソファに横になっているマルゼンスキーと、その豊満な胸に顔を埋めて腐りきった表情のリョテイがいた。
同居してても普段は野良猫みたいな態度のリョテイが、珍しく甘えてくる姿にマルゼンはニッコニコである。
とは言えここまで落ち込んでいるリョテイの姿は尋常じゃない。
最初は嬉しそうに抱き着いてくるリョテイの背中を撫でていたマルゼンだったが、心配になり問いただしてみる。
「なんつーか、アイデンティティ崩壊の危機なんだ……」
しかし要領を得ない。
リョテイは頭をボリボリ掻くとキッチンに向かい、愛用のゴブレットに寝酒用のダークラムを注ぐと、そして一気に呷った。
そして横にあるダイニングテーブルの下に潜り込み、ブツブツ言いながら黒光りする尻尾の毛を毟り始めたのである。
「ちょ、リョテイちゃん!? 尻尾抜いちゃダメよぉっ?!」
「尻尾は抜かねえよ。毛だわ」
「あ、うん、そうね?」
リョテイの冷静なツッコミに毒気を抜かれるマルゼン。
しかし結局は引っ張りだされて膝の上に抱きすくめられた。
ターフ上ならいざ知らず、普段の生活では軽量すぎるリョテイがマルゼンに敵う訳もなく。
「で、本当のところどうしたの? ちゃんと話して欲しいな。あんまりあたしを心配させないで?」
真顔のマルゼンが言う。
普段は何かあってもこんなシリアスな空気を出すことは無いリョテイ。
だが今は、この小さな背中が小刻みに震えている。
平静を装い、余裕のある口調だが、実のところマルゼンの内心は恐慌をきたしていた。
実はこのマルゼンスキー。常に余裕を持って優雅な女だが、かなりリョテイに依存していたりする。
表面上はトゥインクルシリーズで人気選手であるし、ベテランでもある。
気のいいお姉さん像が浸透しているし、女性が憧れるカッコいい女の代名詞とも呼ばれている。
だがしかし、それはある種のセルフプロデュースの結果に過ぎないのだ。
マルゼンスキーが現在、あちこちに遠征に出ている理由もそこに繋がるのだが、彼女は出自が海外のため、クラシックの時期に出走許可が下りなかったのだ。故に彼女の初G1勝利は、同年秋のマイルCSである。
許可が下りない理由は、クラシックレースとはその国のウマ娘の世代NO1を決めるという目的があり、ある種、高校野球の甲子園夏の大会の様な趣旨で行われているからだ。
ゆえに外国籍、またはデビュー前の育成期間に日本で教育を受けていないウマ娘ははじかれるのだ。ここにマルゼンスキーが該当した。
極論だが、外国籍やそれに準ずるウマ娘が参加し勝利するという事は、それこそ高校野球で甲子園の時期だけMLBのドラフト対象となる若手選手を大勢集めて試合に出す様なものだろう。
それで勝利したとしても、ファン達は納得もできなければ感動も覚えない。
しかしマルゼンスキーはその素質から見れば、あの皇帝と五分以上の勝負が出来るウマ娘だ。
いや彼女の距離適性的に、単距離から長距離まで網羅できる事を思えば、ある部分においてはシンボリルドルフよりも上かもしれない。
だが優しく、他人を思いやる事が出来るマルゼンスキーは、自分がダービーに出たいという希望を押し通すために規則を曲げると言うことは、多方面に迷惑をかけてしまうと気持ちを押し殺し、結局はあきらめた。
その後現在のマルゼンスキーのキャラクターを確立し、レースだけじゃなくテレビ番組などからもオファーも多い人気ウマ娘となる。
そうやってお茶の間にも好意的に受け入れられた彼女だったが、最初は小さかったストレスが、やがて彼女の心を少しずつ黒く塗りつぶしていった。
どんな場所からも抜群の加速を見せ、スーパーカーの異名を持つ彼女は、実際にイタリアの高級スポーツカーを乗り回す。
だが夜の首都高で正気の沙汰とは思えぬ速度域で走り回っているのは、ひとえにその黒いストレスを晴らす代償行為かもしれない。
勿論、いくつもの法律に人間とは別枠で項目が追加されているウマ娘だとて、道路交通法に例外はなく、彼女の常軌を逸した暴走行為は普通にアウトである。
さて話はルドルフが札幌入りし、リョテイをスカウトした時に遡る。
このスカウトはルドルフの独断だ。自分の権限の中で出来るだろうという目論見はあるが、だからと言ってURAや理事会から諸手をあげての賛同だった訳じゃない。
しかしトゥインクルシリーズの世界的な認知度が高いとて、やはり人間とウマ娘の間には大きな溝があり、それをどうにか埋めたいと考えているルドルフは、自身の信念に従い、この手の横紙破りを時折行う。
だからその理念を暗に賛同しているマルゼンスキーはルドルフの札幌行きに同行を申し出た。
ルドルフは何事にもフェアなウマ娘だが、何でも一人で抱え込む悪癖がある。
強すぎるがゆえに周囲に持ちあげられ、結果周囲には強い自分を見せなければという使命感に囚われているのかもしれない。
自分にも同じ様な部分があり、二人はある種の戦友に似たシンパシーがあるのだ。
だからこそ自分が同行すれば、ルドルフだけに集まるヘイトを分散できるだろうと考えた訳だ。
そして札幌入りしたのだが、二人は不思議な物を見ることになる。
デビュー前だが、札幌記念のレコードを軽々と超えたウマ娘がいる。
当然キンイロリョテイの事だが、まずは普段のトレーニングでどの程度の力量なのか見定めたい、ルドルフはそう考え、トレーナー陣に手を回し、練習を見学することにした。
苦笑いする若い男性トレーナー。
訝しんだルドルフが話を促すと、「たぶんあの子は海にいますよ」と目を逸らした。
まだ昼間の札幌トレセンだ。所属しているなら当然、授業には出なければならない。
サボってるのだろうか? と聞けばそうじゃないという。
気まずそうなのは、講師としての責任を放棄しているとも取れるからだろう。
ルドルフが事前に調べたところ、リョテイがパチンコ屋や公営ギャンブルの場外売り場、酒場なんかに入り浸っている事は知っていた。素行、性格に難ありと言う所だが、そこはいくらでも矯正できるだろうし問題はない。
とは言えだ、ウマ娘は人間の身体と規格が違うため、飲酒などには厳しくない。
中央であるトレセン学園ならば、中等部ならアウトだが、高等部以降になれば、選手である限り所属していられるため、そういう部分には寛容だったりする。
逆に人外の膂力があるため、刑法は人間よりも厳しい。
しかし事前調査では、リョテイがそういう場所に行くのは、基本的に夕方以降や休日のため、昼間にいないというのは解せなかった。
何かあるな? と勘づいたルドルフは、少々覇気を漏らしてトレーナーにプレッシャーをかけ、さらに問い詰めた。
結果、小樽ドリームビーチにいるかもしれないと情報を得る。
この時期の札幌周辺の海はまだ冷たく、海開きはまだまだ先だ。
首を傾げるルドルフだったがマルゼンが「せっかく札幌に来たんだし、観光がてら行ってみましょうよ」と促した。
そしてタクシーを手配した二人がたどり着いたのは、海の家すらない無駄に長いだけのビーチ。
流石は北海道か、涼しいというには冷たすぎる風が吹きすさぶ。水底は砂地のためか、沖まで濁って鈍色の海だ。
そこで二人が見たのは、小さな黒い何かが、凄まじい速さで砂浜を駆け抜けていく姿。
リョテイだった。
学園指定のスクール水着姿で、ダートコース以上に不規則で安定感の無い砂の上を、芝コース以上の速度でダッシュをしているのだ。
それを遠目に呆然と眺めているルドルフだったが、だんだん顔を青くしていった。
「マルゼンすまない。リョテイが次に戻ってきたら、タイムを計ってくれないか?」
そういうとマルゼンスキーは無言で頷きスマホを取り出した。
言っている間に小樽方面からリョテイが戻ってきた。
ルドルフ達には気が付いていない。
そして彼女は大きな流木の横でトントンと数度ばかり垂直飛びをしながら深呼吸をすると、またすぐに黒い砲弾となって駆けていった。見たところ流木がスタート地点という意味の様だ。
ちなみにルドルフが来てから既に3往復はしている。
「うそ……信じられないわ……」
やがてリョテイが戻ってきて、また走っていった。
休憩らしい休憩も挟まず。
スマホのストップウォッチを切ったマルゼンは、呆然と呟くと、震える手でルドルフに向けた。
「大した物だな。言葉が出ないよ」
微笑みながらルドルフは言った。
呆れた様に首を振るマルゼン。
この盟友は次世代の卵を見つけるといつもこんな顔になるのだ。
柔和そうに笑っているが、注意深く見れば、瞳の奥に炎が見え隠れしている。
自分に変わるスターを発掘するなんて言いつつ、この皇帝は自分に土を付けてくれる相手を探しているのだ。それを言うのは野暮って物ね、とマルゼンスキーがそれを指摘することは無いが。
ストップウォッチが示したタイムは5分ジャスト。
参考までにG1の中で最長である菊花賞と春の天皇賞。
そのタイムは3分と少し。
リョテイはほぼトップスピードに近い速度域で5分間走り続け、数歩飛び跳ねるというインターバルを挟んでまたそのタイムを刻む。
バカげた話だ。とんでもないスタミナ。長距離レースの倍近く走りながらリョテイは然して疲れた風でもない。
二人は呆れる様に笑うしかない。素質がある? 粗削りなだけでほぼ完成品だろうにと。
特筆すべきはその走り方だ。
顔が砂に付きそうなほどに前傾姿勢。
しかし足もとには何とも言えない違和感が。
マルゼンスキーはそれを奇妙に思ったが、だからと言って違和感の正体がわからない。
何せ足の甲まで砂に埋まっているし、走っている最中は砂が白煙の様に舞っているのだ。
「彼女はおそらく、意図して足の先しか使わずにこなしているのだろう」
ルドルフが呆れた様に言う。
土踏まずから後ろは地面につけない、具体的には足の親指に重心を置く、そういう縛りをリョテイはしているのだ。
優れた体幹と柔軟性、強靭なバネが備わっていないと、あっという間に腱にダメージが行くだろうな。
私にあんな真似は出来ないし、したくもないと。
「もちろんレースともなれば、その上でねじ伏せるがな」
凄味のある笑みでそう付け加えつつ。
負けず嫌いはウマ娘の本質だ。その頂点に立つルドルフが、ただのお人よしの訳がない。
そして二人はそのまま桑園にある札幌トレセンに戻った。
普段の素行の悪さはあろうが、周囲を煙に巻いて海に行ったのは、おそらく鍛えている姿を見られたくないからだろう。
実際あんな姿をデビュー前のライバルたちに見せつけたなら心が簡単に折れるぞ。
ならばその事を問うのは野暮だよとルドルフは笑った。
戻った彼女たちは改めて担当トレーナーに頼んだ。
リョテイが戻ったらこの部屋に呼んで欲しいと。
「おー……おー? 皇帝じゃん。そっちはマルゼンスキー。マジかよ写真撮ってくれね?」
結局リョテイが戻ってきたのは夕方になってからだった。トレーナーから職員室に来るように言われた彼女がやってくる。
面倒くせえなあ……とぼやきつつ向かえば、何やらドアの前に生徒たちが押し寄せている。
まるで人気アイドルが目の前にいるかのように黄色い悲鳴で合唱しながら。
リョテイはそんな人垣の下をスルスルと通り抜け部屋に入ると、なるほど騒ぎの原因はこれかと理解した。とは言えリョテイは然して表情を変えるでもなく、呑気に写真を要求する図太さを見せる。
札幌トレセンとは布の質もデザインも上等な中央トレセン、つまり日本ウマ娘トレーニングセンター学園の制服姿で並んで座っているルドルフとマルゼンスキー。
そら煩くもなるか、とリョテイはキナ臭い顔をしながら、自分を呼んだトレーナーを見ると、機先を制しルドルフが立ち上がり、「キンイロリョテイ、君を待っていたんだ」と微笑んだ。
一瞬で「えええええええええっ!?」と周囲に悲鳴がユニゾンする。
それはそうだ。
皆のマスコット扱いされているリョテイだが、普段は呑む打つ……流石に買うは無いが、破天荒なアウトローなのだから。
地方バの認識からすれば、中央=上級貴族くらいの高根の花と言うイメージなのだし。
そして全てのウマ娘の目標ともいえるルドルフと、その双璧ともいえるマルゼンスキーと言うトップオブトップが、何故リョテイに会いに来たのか、そう思うのも不思議ではないだろう。
とは言えリョテイはマイペースだった。ツーショット写真を撮ってカーチャンに送れば喜ぶやろなぁ……くらいのノリである。
そして向かい合って座ると、ルドルフは「中央に来ないか?」と単刀直入に誘った。
仲間たちもトレーナー陣も発狂せんばかりに喜んだ。
オラが村のスターが誕生したぞ! 的なノリで。
だが当の本人は微妙な顔だ。尻尾をしごきながら明後日の方を見ている。
「いやー無理だわ。東京って家賃高いっしょ。うちの実家、貧乏だからさぁ」
そんなことを言い出した。唖然とする野次ウマたち。
だが割と切実な理由だった。
とは言えスカウトであるからその辺は融通が利くとルドルフは言う。
実際、トレセン学園は全寮制であるし、食事面も専門の栄養士が計算した上で三度三度カフェテリアで食べる事が出来る。
それにレースにデビューすれば賞金が入る様にもなるし、それまでは小遣い程度があれば問題ないのだ。だがリョテイは顔を顰めると作戦を変えた。
「ほらあれだ……東京って人が多いっしょ。俺、人込みとか無理なんだよなぁ」
「府中は東京圏ではあるが、人はそう多くないぞ」
「ソウナノ……」
リョテイ、尻つぼみである。
しかしすぐに表情を曇らせると、
「あっ(唐突) 実は実家のカーチャンさぁ、持病の
「君の母君に事前に連絡をさせてもらったが、大賛成だそうだ。娘の晴れ姿が見たいから、今からレースの応援のために旅費を貯金をすると快活そうに笑っておられたよ」
「クソぁ!! お袋ェ……」
リョテイ、目が凄まじい速度で泳ぎ始める。
「君のタイムは把握している。何かしらの理由があり、君が本気を出す事を嫌がっている事もね。だが私たちは先ほど、砂浜で走る君を見たよ。なあリョテイ、君は何を恐れているんだ?」
結局言い訳が見つからず「あーうー」と意味不明な事を言い出したリョテイに、ルドルフは真剣な表情で問うた。
静まり返る周囲。だがいつの間にかリョテイの目がすわっていた。
それまでの茶化すような雰囲気は消え失せ、じっとルドルフの目を射抜く。
底冷えするような雰囲気を醸しながら。
「ああ? 誰がビビってるって? 舐めた事を言うなよ皇帝。俺が本気を出せばアンタなんかぶっちぎってやる…………」
等と啖呵を切り始めたリョテイだが、途中でスッと立ち上がると、ダラダラと汗を流し始めた。
挙動不審だ。
そして、
「シラフでやってられっかバーカ! 悔しかったらミマツまで来やがれ! バーカバーカ!」
そう叫ぶと唖然とする周囲を置き去りにし、職員室の窓へダイブした。
FBIが強行突入したかのように。派手に砕け散るガラス!
そして校庭に飛び降りたリョテイは、凄まじい速さで札幌トレセンを囲む壁を飛び越え消えたのである。唖然とするルドルフだったが、トレーナーは慣れた様子でガラスを片付けていく。
ちなみに彼はかつてリョテイを幼女扱いして揶揄い、睡眠薬を飲まされアンダーヘアーを全部焼かれた被害者だったりする。
「あの、すまないがミマツとはなんだろうか?」
困惑するルドルフがトレーナーに聞けば、そこはススキノの外れにある個人経営の居酒屋で、引退した札幌トレセンのOGが経営しており、リョテイの行きつけの店だと返ってきた。
そしてマルゼンを伴いその店に向かうと、
「…………本当に申し訳ない」
案内された座敷に通されると、そこには謎に見事な土下座をしているリョテイがいた。時間が経って冷静になったのだろう。
曰く、中の人は気位が高いから、自分を
中の人とは何だいと聞けば、黒くて四つ足でファンキーなダンスを踊ってくる獣らしい。
どうも幼少時から頭の中にいて、夜眠ると夢の中に現れダンスバトルを挑んでくる愉快な奴らしい。
リョテイはファンクもロックも行けるクチらしく、自慢のダンスで張り合った結果、分かり合ってソウルメイトになったという。
意味が分からない。ルドルフは困惑するも、本人は真剣に言う物だから妄言と切って捨てる事も出来なかった。
それで真剣な口調に戻したリョテイは言った。
スカウトしてくれるのは嬉しいが、自分の中でレースで戦うための目標とか、ウマ娘としてどうありたいかという他の奴が持っている情熱みたいなモンがない。
あんたがビーチの俺を見たってんなら、確かに俺は才能めいた物はあるんだろ。
そこは自覚しているさ。俺は速い。あんたに届くは知らんけどさ。
鍛えてるのは自分の中の本能がそうしろって言うからやってるだけだ。
遠い目をしながらリョテイは語り、そして例の0か1にしか制御が出来ない自分のピーキーさを暴露した。
だから勝ちたいって強い気持ちもないまま、何となく勝ってニコリともしなかったら、中央で頑張ってる奴に失礼だろ? だから無理。俺は行かないとはっきりと言った。
ルドルフとマルゼンは奇妙な感覚をリョテイに覚えた。
まるで年長者と会話している錯覚に囚われたのだ。
それこそ教師が未熟な生徒を諭す時に似ていて。
リョテイの素行の悪さもまた、実力を隠す隠れ蓑だという事も理解できた。
そこで今まで黙っていたマルゼンスキーが口を開いた。
クラシックに無理を言ってでも挑戦しなかった事を後悔している。
それなりに結果を出し、人気も出た。
けど時間は絶対に戻せないわ。
リョテイちゃんが今は勝ちたくなくても、やがて後悔した時は遅いのよ。
ほら大学受験と一緒よ。
目的は無くても、とりあえず東大を出ておけば損はないでしょう?
男も女も、ステイタスは大事よ~?
お道化るようにマルゼンは言った。
ルドルフもシリアスに寄り過ぎた雰囲気を和らげてくれたんだなと感謝をしたが、しかしそれはリョテイの地雷を踏む言葉だった。
ダンっとテーブルを叩くリョテイ。
「ふざけんな。マルゼンスキーが卑屈なセリフを吐くなっ」
階下にも響きそうな一喝だった。
固まるマルゼンにリョテイはセリフを続ける。
「いいか、マルゼンスキーは時代に翻弄された名馬だ」
リョテイは明確に馬と言った。
バと馬、語感は一緒でも、何か明確に違う様にマルゼンには聞こえた。
「素質のあり過ぎる名馬。けど足元にはいつも不安があった。けどみんなマルゼンスキーは名馬だっていうんだよ。……親父もな。親父が大好きだったんだ」
ルドルフたちはリョテイの家庭環境についてはリサーチしてある。
彼女が2歳の時、父親は肺炎で他界している。
人間よりははるかに早熟なウマ娘だとて、2歳で物心がついているのか?
何よりマルゼンはここにいる。レースキャリアは5年と少し。
リョテイは何を言っている? 二人は困惑した。
だがリョテイが言うマルゼンスキーは、G1を勝っておらず、なにやら当時は朝日杯はグレード制施行前だからなどと意味不明な事を供述。
さらには向こうで受胎した上で繁殖牝馬を輸入したからって外国扱いは可哀そうだの、身体が弱そうといっても、クラシックに登録出来たなら、それに合わせた調教を行い、彼はきっとダービーに勝ったはずだ! と、日本酒の一升瓶をラッパ呑みしながら熱く語り始めたではないか。
マルゼンを彼と言ったり、血統だの繁殖牝馬など謎のワードが飛び交う。
だが熱く語るリョテイの話は存外面白く、気が付けばルドルフもマルゼンもそれでそれでと続きをおねだりする。
それで気を良くしたのか、マルゼンの話だけにとどまらず、ミスターシービー、そしてシンボリルドルフと三冠馬の話に飛び、そのルドルフが引退して種牡馬となり、その初年度産駒のトウカイテイオーの感動の復活有馬では、一番人気のビワハヤヒデをねじ伏せて勝った彼を称賛し、それと共に馬券ではホクホクだったと自慢げに語る。
最終的にリョテイは、酒でテンションがブーストされ、そこにあった割りばしを扇子の様にパシンパシンと小気味よく振りながら、まるで講談師の様に前世の競馬について熱く語ったのである。
気が付けば食い入るように聞き入るルドルフ達だけじゃなく、他の個室にいた客も集まっており、この謎のストーリーを楽しんだのである。
そうして話が終わり、見知らぬ客たちから飛んできたオヒネリを集めたところで、リョテイはいつぞやの様に汗をダラダラ流し始める。
ウカツにもほどがある。
ルドルフが「ところで妄想にしては随分と堂に入った内容だったが、つまりはどういうことだ?」との当然の質問が飛んだところで、リョテイはその声を上書きする程の大声でマルゼンスキーを褒めまくった。浅はかにも有耶無耶にするつもりだ。
とにかくお前は暗い顔なんかするな。
素晴らしいウマ娘なんだ。
クラシックに出れなかった? ハン! だったらJCと有馬と連勝し、翌年に春天と宝塚をねじ伏せ、その足でフランス行けよ! 何? そんな事出来るわけがない? ふざけんな! マルゼンスキー俺はお前を信じている。お前が自分を信じられないって言うのなら、俺が信じるお前を信じろ! 何かが天元突破しそうな勢いで捲し立てる。
後半マルゼンスキーは「も、もうやめてっ」と顔真っ赤で硬直。
ルドルフに「マルゼン、お前のそんな女の顔を初めて見たよ」と揶揄いのセリフに顔を覆って照れまくるマルゼンを、「これは面白そうだ」と冷静にスマホを取り出し撮影するリョテイ。
この幼女、外道にもほどがある。
その結果、開き直ったマルゼンが、「あたしをこんなに燃え上がらせて、逃げられるとか思わないでよね」と80年代ドラマめいたセリフでリョテイを捕獲し、この問題児はあたしが預かるわ! と同居をゴリ押したというのが事の詳細だったのである。
その後東京でURAの関係者が横やりを入れてきた際も、子猫を護る母猫めいた勢いでルドルフを援護射撃した。
リョテイにしてみれば、前世の父親が愛していたマルゼンスキーが下に見られる事は、自分の存在意義を傷つけられると取った。
何せ競馬や競走馬の存在を知るのは恐らく自分だけなのだから。
だからこそ目の前のルドルフですら、自分を卑下したセリフを吐いたなら、リョテイは我慢できないのだろう。
つまりだ。
このルドルフからのスカウト劇と、その最中にリョテイが自爆して前世の記憶をお漏らしした結果、それをごまかすためにマルゼンを持ちに持ち上げ、その挙句マルゼンに懐かれたという訳だ。遠征に忙しいのは、リョテイが言うように、本気の自分を世界に知らしめてやると、凱旋門を目指す事を決意したから。
海外レースで勝ちたいと密かに考えていたルドルフもまた、思う所があった様で、生徒会長としての仕事を、執行部のメンバーに分散するように動き、最近は積極的に体を作っている。
ルドルフにしてもマルゼンにしても、ある程度歯に衣着せぬ言葉をかけてくれる相手はいる。
しかしそれは少数に限られているし限度がある。
だからこれだけズケズケと物を言うリョテイの存在は、いい意味で衝撃を受けたのだ。
誰にどう思われるとかじゃない。自分が今、何をしたいのか、それが大事なのだと、初心に返ったというところか。
とは言えそのきっかけであるリョテイは、いまだ自分がレースに臨む強い気持ちも沸き立つことは無く、日々苛立ちを抱えている毎日なのだが。
さて本題に戻そう。
リョテイが弱り切ってマルゼンに甘えていた理由。
本人が言うアイデンティティ崩壊の危機。
それが何故なのか。
既に未勝利を脱したリョテイは、重賞未満の条件戦でキャリアを重ねる事になった。
勿論ルドルフに「今の生活スタイルを続けたいのなら、きちんとキャリアアップをするんだな」と引き続きヌルい生活はさせんぞと釘を刺されたからだ。
そこでレース登録やローテーションを任されている池江氏が登録したのが、夏の札幌で行われた芝2600m。その名は「阿寒湖特別」
然して強調すべきレースでもない。
少々距離が長いなくらいな物だ。
出走する相手はそこまで強くなく、当然リョテイは勝った。
本気も出さず、ウマなりで。
だが奇妙な光景が見られた。
先頭でゴールしたリョテイが観客に顔を背ける様にターフから消えたのだ。
これまでの彼女は、勝とうが負けようが客を煽ったりするサービス精神旺盛な所を見せていたのに。
その後ウイニングライブは一応することになった。
札幌時代の仲間たちがリョテイの凱旋を祝福するのだと大挙して押しかけていたため、恥ずかしいから嫌だとゴネはしたが。
なのでリョテイは、パドックの時に意気投合したドングリと、ライブまでの空き時間で酒盛りをし、酒の力でライブに臨んだのだ。
そして無難な曲が流れ、三着までの3人以外は口パクで行われたのだが、曲が始まってからセンターのリョテイは俯いたまま歌わない。
不審に思ったオフィシャルが一番のサビが終わったタイミングで曲を終わらせたのだが、驚く事にリョテイは泣いていた。
嗚咽することもなく、ただ無表情でポロポロと涙を流す。
元クラスメイト達はリョテイが凱旋勝利で感極まったのか? と思った様だがそうじゃない。
しばらく無音のままざわつく会場の中、突如キッと顔を上げたリョテイは、スタンドからマイクを外して手に持つと、アカペラのまま、誰も聞いたことのない英語の歌を唄った。
普段のお茶らけたリョテイからは想像できない情感たっぷりのその曲は、いつしか観客たちを遣る瀬無い思いを抱かせた。
リョテイは唄う。泣きながら。
悲しみはある。だがそこに歓喜と困惑も混じっていた。
誰もそれに気が付くことは出来ないが、リョテイの歌と、彼女が唄う姿は、何かとても尊い物だと理解した。
曲が終わった後、客のまばらな拍手がやがて大きな歓声を伴ったスタンディングオベーションとなる。
ステージで呆然と立ち尽くしていたリョテイは、キナ臭い表情で頭を掻くと、ぺこりと頭を下げ、裏手に消えていく。
この世界の誰も知らない曲。
前世の記憶を持つリョテイだけが知る、盲目の黒人シンガーの名曲。
その曲の名は「Stay Gold」
(そっか、お前がいつもイラついていたのは、本当の名前を俺が気が付かなかったからだったのか……)
そしてリョテイは自覚した。
勝利し自分の名前がコールされた。
阿寒湖特別、勝利したウマ娘はキンイロリョテイ、キンイロリョテイ!
そこで彼女は雷に打たれる錯覚と共に、これまでの間、奥歯に物が挟まったかのように感じてきた違和感の正体を知った。
それが自分の真なる名前。
だからとても切なくて。
もう二度と戻れない故郷を思って。
でも確かにその記憶は自分を形作っていて。
誰にも信じて貰えないだろうが、自分の人生も、青春も、それは間違いなく黄金の記憶。
ここに来て自己を確立させたリョテイは、歓喜の反面、とても寂しくなったのだ。
今週分は以上。ご査収ください。
続きは来週末にでもよろしくお願いいたします。
使用イメージ楽曲
STEVIE WONDER:STAY GOLD
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スズカ、レース出ないってよ
【勝ち組ウマ娘】雑談配信43走目【黄金旅程】
「どうも、リョテイでーす。今日もテキトーにやってこうや。報告もあるし」
ソファーの上に胡坐をかき、ローテンションの幼女がいる。
リョテイである。スルメを咥えながらタブレットを見ているが、配信と同時に画面の中のコメントがすさまじい勢いで流れだした。
:とりあえずお布施しときますね ¥10,000
:相変わらずのローテンションで芝
:高かった事なんて他人煽る時くらいなんだよなぁ……¥3,000
:ド畜生で芝生えるむしろ煽り顔がインスタ映える
:でも可愛いんだよなぁ……オッサンだけど
:俺のロリコンセンサーもビンビンなんだけどオッサンなんだよなぁ
:ロリコンニキは早々に出頭してもろて
URAの公式動画ソーシャルサイトである「ぱかチューブ」で、登録者数のトップを誇る人気チャンネルがある。
その名は「キンイロちゃんねる」なのだが、勿論キンイロリョテイの個人チャンネルだ。
ここでは彼女がレースの無い週末に、リョテイ本人が飲酒をしながら雑談をするという生配信が行われている。
今日もそうだ。
19時から開始された配信には、既に5千人以上のリスナーが集まっており、開始前からスーパーチャットが飛び交っていた。
このチャンネルにおけるスパチャの名称は「飲み代」であるが、お前らが好きで酒代を奢ってくれるんだからスパチャ読みはしないとリョテイは断言しており、その豪快さが逆に受けているらしい。
とは言え純粋なリョテイファンは7割程度で、時折後ろに見切れるマルゼンスキー目当てのファンも混じっていたりする。
ちなみにマルゼン宛のスパチャは「ガソリン代」と言う名称で呼ばれている。
元々は生配信はしておらず、チャンネル開設当初は、いわゆる「やってみた系」の動画を投稿していた。
その内容は「皇帝シンボリルドルフを褒め殺してメスの顔にしてみた」とか「酒気帯びでレースをすると勝てるかやってみた」とか、再生数は稼げるが、投稿の度に上層部から説教を貰う類の物で、炎上系に片足突っ込んだ内容である。
中でも「サイレンススズカを救いたい」シリーズは、救いたいと言いながら実質スズカ煽りになっており、シリーズの累計再生数はエグい。
スズカのトレーニング姿やレースの動画を見ながらツッコミを入れつつ、胸の空気抵抗がライバル達より優れているのに勝てないのはおかしい等と真剣な表情で煽りつつ、最後は一緒に酒を呑んで気分転換しようやとか、揉めば大きくなる説があるから、俺ならいつでも揉むと締める、一種の様式美を踏襲したネタ動画である。
そもそも投稿を始めた理由は、リョテイはレース成績は鳴かず飛ばずの為収入は低い。
ゆえにマルゼンスキーの実質ヒモ状態なので、それを嫌って捻りだした金策が、動画の広告収入で稼ごう! と言う安直な物だった。
とは言えレース会場で見せる破天荒なキャラで、勝てない癖になんか面白いと人気があったリョテイなので、チャンネル登録者数は初期から結構な数を稼いでおり、収益化も早かった。
しかし動画編集は面倒臭いので、暫くしてから生配信に切り替えて今に至るのだ。
ちなみに動画投稿は相変わらず続けているが、これはトレセン学園の後輩で、ネットやPCに強い娘にバイト代を払い編集をさせている。
さて配信の際のリョテイは、黒いタンクトップに、ふんだんに金色のスパンコールがあしらわれたスパッツと言う姿で、胸には何かしら文字が書いてあるのが定番だ。
ちなみに本日は『実質ダービーバ』である。意味が分からない。
本人曰く、ダービーよりも200メートルも距離が長い阿寒湖特別に勝利したのだから、ダービーよりも偉業であり、実質ダービー勝利って言えるよね? と言う意味らしい。
そんなリョテイは、スポンサーをしてくれているビール会社から提供された期間限定ビールをジョッキに注ぐと一気に飲み干した。
これも毎度のお約束だ。
ジョッキを掲げ「んじゃ皆と乾杯しよう。3・2……」とカウントダウンした途端、いきなりフライングして呑むという謎の儀式である。
:で報告ってなにさ
:それそれ
:焦んなって。どうせ深夜までやるんだし
:ネキ酒豪過ぎてなぁ
:ウマ娘の肝臓どうなってんの?
:いやウマ娘がじゃない、ネキだけがおかしいの
:せやな。マルゼンお姉さんはすぐへべれけになるしな
:マルゼンお姉さんの酔う所さぁ……
:やめろ。わかるけど言うな
:あー! いけません! あーお客様! あー! えっちすぎます!
:エッチコンロ点火!エチチチチチチチチチw
:ちゃんと勃つまでやれ単芝やめろ
「お前ら元気だねえ。で、報告だけどさぁ……うん、京都新聞杯……負けましたぁ」
:は?(現地で見てた)
:これは芝
:あのさぁ……¥300
:ほんまつっかえ
:もうやめたら?ウマ娘
:前回のイキりからのコレは芝2400
:ススズちゃんが草葉の陰で泣いてますよ?
:おいススズちゃんを勝手に56すな
鈴:(´・ω・`)
:本人見てるwwwww
:しょぼんとしてる
:ススズちゃん!僕は応援してるよ!
:ワイも!
鈴:(*´ω`*)
:ああ^~可愛い
:可愛いしその顔文字は絶対流行る!
:流行らないし絶対に流行らせない
:当たり前だよなぁ?
「なんだよスズカも見てんのか。ならどうすっかなぁ言っちゃおうかなぁ? どことは言わないが、俺のとある肌着のサイズが一段階アップしました! なんだろ、成長期って奴なのかな? プスッ」
:マジで!?
:大 正 義 キ ン イ ロ リ ョ テ イ ¥30,000
:煽り全一草
:A地点からB地点まで?
:Fooooooo↑
:祭りじゃー!祭りじゃー!
鈴:(#^ω^)ビキビキ
:あっ(察し)
:ススズちゃんはモデル体型だから……
:決着、ついちゃったねえ!
鈴:絶対に許さない。菊花賞で決着つけるから。それに神戸新聞杯で私の方は二着だったし負けてないもん
:ススズちゃん……長距離無理だってばよ……
:張り合うススズちゃん可愛すぎて芝3000
そんな訳で始まった生配信だが、この日は後半、リョテイが菊花賞に登録を完了したと報告。だが俺が出るのだから実質勝利確定だし、勝利の宴を今やるぞと死亡フラグみたいな事を言い出し、朝方4時まで配信は続いたのである。
さて自身の名が本当はステイゴールドだったと認識したリョテイ。
マルゼンにそれを彼女に告げた。彼女に縋っていたのは真名を知ったことで不安定になったからだ。
その翌日、リョテイはルドルフの元へと向かい、登録名をステイゴールドに変えてほしいと願った。
事情を詳しく聞いたルドルフはそれを快諾し、URAにそれを持ち掛けた。
ウマ娘にとって名前は神聖な物である。そうなれば正しい名前を使うのは当然とルドルフは考えた。
が、駄目。
既にデビューし、キンイロリョテイの名が認知されているため、無用の混乱をファンに与える懸念があるとの回答だ。
すまなそうにそれ伝えるルドルフだったが、本人は特に気にした風でもなく「ま、そうか」とあっさりと納得。
自分がそれを認識出来たからまあいいわと引いたのだ。
しかしこの結果、彼女は今までピーキーだった自身の性能を少しばかり制御できるようになった。
強いアイデンティティの確立のお陰だろう。
とは言えローギアとトップギアの間にセカンドギアが増えた程度なので、スタートで全開にしたなら、スズカの様に大逃げをうつしか選択肢はない。
なので結局は後ろからのレースをするしかないのは今までと変わらないが。
それでも細かな微調整を使える可能性が出たのは大きい。
なので真名の判明以降、リョテイはトレーナーである池江氏にウマ混みでのポジショニングについてのトレーニングを重点的にやってくれとオーダーを出した。
そして何より、ダービーで惨敗し腐っていたサイレンススズカの前に立ち、堂々とライバル宣言をした。
曰く、チキンハートのスズカちゃん、俺がお前の前を走るから、せいぜい怪我しない程度についてきなwwww 大量の草を生やして煽る様に言ったのだ。
その上でリョテイはどうにか賞金額を積み重ね、クラシック戦線の最後、菊花賞への出走登録をクリアできたのだ。
だからこそのライバル宣言だったのだが、残念ながらスズカに長距離適正は無く、菊花賞には出走は出来ない。
一応トレーナーに掛け合ってみるもあっさり却下である。
とは言えだ、表には出さないだけで、来年の秋の天皇賞まではこいつにストーキングしてやると決意したリョテイは、
「ま、グレイトな俺みたいに長距離走れない優等生のスズカちゃんが可哀そうだから、順位で勝負してやんよ。次走はマイルCSだろ?」
「リョテイちゃんだって重賞勝ってないでしょ!? 偉そうに言わないでよ!」
併せの相手であるサイレンススズカとストレッチをしながら煽り合っていた。
なんだかんだで構ってくるリョテイを邪険に出来ないスズカだった。
「つか重賞勝ってないのはおめーもだろ。けどこの秋はどっちもG1だしな。て、あっ(察し) ごめーん気が付かなくって(笑) スズカちゃんダービー出てたっけ(笑)」
「くっ……それを言ったら戦争でしょう!?」
「くはは、ばーか! 悔しかったら追い付いてみろや貧乳!」
「絶対に許さないっ!」
その日は夕暮れまでリョテイを追いかけ回す事になったスズカ。
それを外ラチのところで見ていたそれぞれのトレーナーは、顔を見合わせ苦笑い。
とは言えリョテイの無尽蔵なスタミナに引きずられ、結果的にスズカのトレーニングになっているからと、トレーナー達は放置することに決めたようである。
「今日こそ捕まえるからっ!」
それでも追いかけているスズカの顔は笑っていた。
そんな彼女を見つめるリョテイは、
/\/\/\∧
< バーカ! >
V\/\/\/
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/ ヽ
\ m {0}/"ヽ{0}m /
|っ| ヽ_ノ と|
/ ム `ー′ ム \
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| /\_ノ ̄ ̄ヽ
/| |  ̄ ̄/ ノ
/ ノ | / \
`/ / ノ /
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\_) \_)
コーナーのは入り口で振り返ると、満面の笑みで煽るのであった。
仲良きことは美しき哉
◇◆◇◆
リョテイはしこたま怒られた。
誰にかと言えば同居人兼保護者のマルゼンスキーにである。
理由はマイルCSの前に天皇賞に出走したサイレンススズカが惨敗し落ち込んでいたのだが、最初は励ますつもりで話しかけたリョテイが、途中から煽りになってしまい泣かせてしまったからだ。
これには当人も相当に慌ててしまった。
同期であるスズカとリョテイが、互いに悪態を付きつつも頻繁に併せを行ったり、基礎トレーニングを一緒にしたりするのは、何だかんだ言いつつも、メンタルの弱いスズカを引っ張っていくリョテイに対し、彼女のトレーナーは相乗効果を期待しているからだ。
なので普段から煽り合いを繰り返している姿は目撃されている訳で。
ただデビュー戦以降のスズカは、言ってしまえば鳴かず飛ばずの中途半端な成績を続けている。
それが存外、彼女の心に重くのしかかっていた様で、リョテイの煽りがきっかけとなり、スズカは号泣したのである。
彼女のトレーナーは「最近不安定だから君は気にするな。少し時間をおいてまた頼むよ」とリョテイを帰したのだが、その事を夕食の際に話すと、マルゼンスキーがガチな感じで怒ってしまい、「いい? あたしが遠征から戻ってくるまでに仲直りしておくことっ!」と言い含められてしまった。
「つってもなぁ……別に故障した訳でもねえしな……」
リョテイは遠征に出かけるマルゼンスキーを見送った日の夜、いつもの居酒屋で晩酌をしながらボヤいていた。
夕方頃、学園の授業が終わったスズカを捕まえては見た物の、ツーン! とそっぽを向かれ取り付く島も無かった。スズカは見た目こそ清楚だが、存外気性が荒いのだ。その上頑固でもあるし。
なのでリョテイはひとまず撤退し、彼女のトレーナーから情報を集めて居酒屋へやってきたのである。
「それになあ……」
大好物であるイワシの丸干しを頭から齧りつつリョテイは思う。
スズカをなんやかや構うのは、ひとえに史実の様に回復不能の故障をしたり、それに近い怪我を負って欲しくないからだ。
けれどこの前の天皇賞の結果は4着だったのだ。
展開はかかりにかかった結果、後半失速しての負け。
つまりおおよそ史実に似た展開だったともいえる。
史実ではいぶし銀の名ジョッキーであるカワチが鞍上を務めるも、彼がさじを投げた程に大暴走して6着と惨敗しているのだし。
ただ着順はワンツーがエアグルーヴとバブルガムフェローと言う史実と同じだったがスズカは4着で、しかも最後バテた後も必死に食い下がっての結果だ。
なのでリョテイは首を傾げるのだ。
もしかして史実通りにならんのでは?
ただ楽観視した結果、史実通りになった場合は目も当てられないから彼女は困っているのだ。
だいたい史実と違うのはリョテイもそうだろう。
ステイゴールドは今のリョテイの様に地方から中央へ移籍なんて話はなく、デビューから中央所属であるし。
この辺の検証はちゃんとしなければとリョテイは考えている。
次走は菊花賞だ。
おそらく何となく走っていると史実の結果に落ち着くんじゃないかと彼女は疑っている。
つまり自分の意志で足掻くと結果は変わるという推察。
そこでリョテイは菊花賞を本気で勝ちに行ってみようと決めた。
史実ではマチカネフクキタルが勝利し、ステイゴールドは8着だったが、着差を見ると割と混戦だったため、言ってしまえばどれが勝利してもおかしくない内容だった。
ならば自分が能動的に動いた場合、どんな結果に至るのか。
それで大きく史実と乖離していけば、スズカに対して抱いている懸念も薄まるといったところか。
「問題はだ、足が痛いとかそういう奴だな……」
天皇賞後、疲れを抜くため数日間休養に努めたスズカだが、下半身の張りと若干の痛みを訴えていた。
一応トゥインクルシリーズは、その開催日のレースが全てが終わると、出場した選手はオフィシャルドクターによる検査を受けるルールになっている。
表面上は見えない故障があった場合に洒落にならない結果になるからだ。
ウマ娘は時速70km近くで疾走し、素の身体能力も人間の数倍以上ある。
しかし骨格はほぼ人間に近い形態だ。
つまり人間が陸上競技で走るノリで、彼女たちは芝や砂の上を猛スピードで駆け抜ける訳だ。
だからこそ小さな故障があると大事故につながり、それは死を含んだ惨劇に発展する可能性がある。
それゆえの神経質なまでのドクターチェックが必要なのである。
幸いこの時のスズカは疲労こそある物の、疾患や怪我は特に見当たらなかったという。
その後トレーナーが命じ、再度精密検査をするもやはり結果はシロ。
トレーナーは恐らくメンタル部分から来ているのだろうと判断した。
そこにリョテイとの一件があったという流れなのだ。
ただ本人は痛いと言っている訳で、そこを根性論で走れとは言えない。
そもそもトレーナーライセンス試験の必須科目に「心理学」が含まれているのは、ウマ娘を正しく走らせるには、精神面がかなり重視されているからだ。
だからこそスズカのトレーナーは、無理強いをせず、暫く息抜きに専念してもらおうと決めたのである。とは言えこのまま鬱が続けば、マイル出走も見送らなければならないが。
「現代医学でシロだってんなら……もうアレしかねえだろうなぁ。しゃあねえ、やるか」
そうしてリョテイは方針を決めた様だ。
ただし、マルゼンスキーからのオーダーは、言い過ぎた事を謝罪した上での仲直りであるが、リョテイはいつの間にかスズカの痛みをどうにかしなければと考えていた。
「…………腕が鳴るぜ」
リョテイは珍しく21時前に晩酌を切り上げると、不敵な笑みを浮かべながら帰路についたのである。
◇◆◇◆
「お、お邪魔します……?」
「なにキョドってんだよ。マルゼンの奴はいねえよ」
「う、うん」
リョテイに一日中お出かけに連れ回されたサイレンススズカは、夕方となり最後に連れてこられたのは、リョテイが居候するマルゼンスキーのマンションだった。
しかし友人の家に遊びに来たというノリでは済まされない豪華なマンション。
それに加え、普段のリョテイとは別人の様なお出かけ、いやもうこの際デートと言っても過言ではない一日を過ごしたスズカは、今更になってリョテイと二人きりと言うシチュエーションに謎のドキドキを抑えられずにいた。
どうしてこうなったか、それは今朝まで話を戻す必要がある。
土曜日、レースの予定が入っていないウマ娘はオフになる。
自主練に勤しむ娘も多いが、基本的にトレーニングのスケジュールはトレーナーが組む関係で、おおむね休日にする娘が多い。
そんな中、リョテイはおそらくスズカがまだ寝起きだろう時間に彼女の寮に突入した。
カギは管理人室からパクってきた。
案の定スズカはベッドの中にいた。
太平楽な寝顔である。
それを眺めていたリョテイは、むくむくと、ある衝動が湧いてきた。
そう、定番である寝起きドッキリをしてみたいというクソみたいな欲求である。
思わずムフフと笑いが漏れそうなのを必死でこらえ、リョテイは小声で「おはようございまーす」とスズカの横に潜り込んだ。
瞬間、スズカは驚いた時のネコの様にピョーンと飛び起きた。
そりゃそうだ。
温かい布団の中でヌクヌクしている所に、外からやってきたリョテイの肌はひんやりしているのだ。そんな状態でいきなり抱き着かれた結果がコレである。
その姿がツボに入ったのか、腹を抱えて笑い、顔を真っ赤にしたスズカに怒られたリョテイ。
とは言え目的はそれじゃない。
ああ、もう煩い。騒ぐなと有耶無耶にし、出かけるから着替えろと言い放つリョテイ。
今日は軽めのリハビリメニューをこなそうと考えていたスズカは首を傾げる。
それに自分はリョテイに怒ってたんだったと思い出し、ツーンと顔を背けるも、子供みたいなリアクションはやめろとリョテイに逆ギレされ、結局は一緒に外に出る事になったのだ。
寮生が外出するには許可が必要だが、リョテイは昨日のうちに学園の事務課にスズカの外出許可はとってある。
用意周到な事だが、事前に今日の目的を話し、スズカのトレーナーがサインをくれたのだ。
その書類を見せ、無理やり納得させた形である。
身構えるスズカだったが、意外や意外。
リョテイは「まずは腹になんか入れるべ」と、繁華街の裏通りにある洒落たカフェへとエスコート。
偉大なる日本人メジャーリーガーに倣うのだと謎の理論で、野菜たっぷりの朝カレーを堪能。
最初はツンツンしていたスズカだったが、美味しい物を食べてご機嫌になったのである。
それが終わるとタクシーをとめ、二人は一路代官山へと出た。
何故こんなお洒落な場所に!? と慌てるスズカの手を引き、リョテイはいくつかのショップへと入る。
そこで「ガキっぽい服ばっか着てるんじゃねえよ。せっかくスタイルがいいんだ」と投げやりな口調で言うと、店員を呼び止め、「こいつにコンサバ系で適当に選んでくれ。ああ、白を基調に緑の差し色が入っているのとかいいかもな」等と、スズカが目を白黒させてる間に状況は動いていく。
リョテイの中の人は生粋のアウトローだが、裏の世界で男を張るには、女性の扱いも要求されるらしい。そのせいかスズカはちょろくも流された。
それでもスズカは年頃の女だ。
お洒落な服を色々と試着していると、いつの間にか気分も華やいできた。
そしてスズカが何着かの服を気に入ると、「それ、ウマ娘用にカスタム頼むね」と、手直しが終わったら寮に送ってもらう様に手配をかけ、二人は外にでた。
ちなみに支払いはスズカの知らぬ間にリョテイが済ませている。
昼になり、今度は麻布十番に出ると、リョテイが行きつけだという高そうな焼き肉店に入り、ブランド牛を堪能。
その頃にはスズカもすっかりとリラックスしており、いつものようにチクチクと毒を交えながらも、リョテイとのお喋りを楽しんでいた。
そして再度タクシーに乗り込んだ二人が到着したのが、高級そうなタワーマンションの前だった。
どこなのここと慌てるスズカにリョテイが一言。
マルゼンのマンションだけど。
ピョーンと尻尾を尖らすスズカは「嘘でしょ……」と挙動不審。
そりゃそうだ。既にシニア期に入って久しいマルゼンは、ルドルフとは別系統で後輩達に畏怖されている存在なのだ。
とは言えズンズンと中に入っていくリョテイに、結局はスズカも観念したのである。
玄関の豪奢な自動ドアの前に立つと自然と扉が開く。
住人のみが持つスマートキーで、何もせずに入れる様になっているのだ。
そしてエレベーターホールまで続くエントランスは、天井が高い吹き抜けになっており、海外の有名家具メーカーのレザーソファがいくつも鎮座している。
傍らにはホテルの受付めいたカウンターがあり、コンシェルジュが控えている。
リョテイは慣れた様子で軽く会釈するとエレベーターへと向かう。
その後ろをキョロキョロと落ち着かないスズカが続く。
エレベーターもまた特別で、20階以降の高層階専用に分けられている。
当然中も広くゆったりとしたキャパだ。
慣れた様子で行先の階層ボタンを押すリョテイ。
最上階の25階であった。
到着したフロアはどこの高級ホテルだよとツッコミたくなる毛足の長いカーペットが敷かれた小ホールで、降りて左右にそれぞれ玄関が一つずつ見える。
そう、最上階には二軒しか部屋がない。
ペントハウスの様な構造をしているのだ。
そしてとうとうスズカはマルゼンスキーが家主である部屋に入った。
だがすぐ帰りたくなった。
想像したよりも数倍エグかったのだ。
(そう言えばリョテイちゃんの生配信の時に、妙に豪華な天鵞絨のカーテンが見えてたけど……)
リビングに通されたスズカが見たのは、リョテイの放送では見慣れた景色だった。
どうやらベランダに面した窓にかかっているカーテンをバックに彼女は放送をしているのだと合点がいったのだ。
でも俯瞰してみると、こんなに大きなマンションだったとは……と呆れるスズカ。
そんなスズカの内心をあざ笑うかのように、リョテイはリビングに立ち尽くす彼女に向かって、とんでもない物を突き出した。
「えっ? リョテイちゃん、これ……なに?」
「ん? いや俺、準備があるからさ、お前はシャワー浴びてそれに着替えてこい。いいな?」
「嘘でしょ……」
「嘘じゃねえ。今日のお出かけは前座だ。目的はこれからなんだよ。いいからとっとと着替えてここに戻って来い」
「…………はい」
スズカが手渡されたのはシンプルに言うと水着である。
ただしとんでもなく露出面が広い。
いわゆるマイクロビキニ。
ヒモの部分が白く、プライベートゾーンを覆う布部分が緑と芸が細かい。
だがヒップの部分はTバックだ。いやヒモだ。
けれどリョテイが醸す謎の迫力に負け、スズカは耳をへにょらせながら浴室へ。
そして律義にマイクロビキニを纏い、胸や鼠径部を手で隠しながら戻ってきた。
「来たか。このベッドにうつ伏せになってくれ」
「ぇぇ…………」
スズカの目に映るのは、リハビリーテーションの看護師が着ている様な白い施術着を纏ったリョテイの姿である。
そして三人掛けの黒いレザーソファーはどけられ、そこに真新しいシーツが敷かれた簡易ベッドがあり、そこに寝ろと指をさしている。
結局スズカはリョテイの圧に負け言うとおりにした。
ほぼケツ丸出しだが。
しかしリビングは温度調整されており、不思議と寒くない。
「えっと、リョテイちゃん? な、何をするの?」
「あん? いやお前、診断は出ないけど足が張るだの痛いだの言ってたろ? それ、多分メンタルからくる坐骨神経痛だと思うんだよな」
「坐骨神経痛?」
そう言ってタブレットのブラウザにドクターが解説する坐骨神経痛についてのWEBページを見せつつ説明する。
そのドクターはスポーツドクターと言う資格を持ち、人間だけじゃなくウマ娘のリハビリも行うその道の権威らしく、骨盤周辺の図では、ウマ娘の物も載っているため、リョテイの説明にも説得力が増す。
「でな、俺は二週間ほど、スポーツマッサージの先生に師事して習得してきた。だからこれからお前にマッサージを行う」
「リョテイちゃん……うん、ありがと……」
メンタルが不安定で成績に影響を与えている。
それはスズカ自身も自覚している。
本当は逃げて勝ちたい、けれどその自信が持てないのも事実。
その理由は足元の弱さだ。
サイレンススズカとしての無意識の本能か、目を閉じればレースでの最適解が逃げと言うのはわかるのだ。
ただイメージトレーニングをすると、逃げた先に何かこれ以上行ってはいけないという強迫観念に襲われる。
その正体が何なのか、スズカは理解できないが、結局は足が壊れやすいから、無言の自己防衛ではないか? と言うカウンセラーの言葉を一応納得している。
そういう答えのない問いと、自分の理想と、世間からの期待と、全部がないまぜになり、スズカはモヤモヤしていた。
だから言葉には出さないが、スズカはリョテイに感謝をしている。
高等部一回生で転入してきて、同期としてデビュー。
スズカの方が重賞挑戦は多いが、成績としてはお互い似たようなものだ。
そういうシンパシーもあるし、リョテイの何事にも動じない性格で、引っ込み思案な自分を無理やり引きずり回してくれる事で、余計な事を考え鬱になる時間も減った。
胸の事は少し言い過ぎだとは思うが、おおむね好ましい友人ではあるのだ。
だからマイクロビキニはアレだが、自分のためにわざわざマッサージを習ってくるなんて……スズカは密かに感動していた。
「んじゃやるぜ。アロマオイルを使うから、少しひんやりするぞ」
「う、うん」
とは言えだ、ほぼ半裸を晒している事に心臓バクバクのバクシンシーンなスズカである。
「ひゃうっ!?」
リョテイが瓶からたらりとオイルをスズカの背中に落とした。
瞬間スズカの尻尾がピーンと立った。
だがリョテイは気にせず、スズカの背中のオイルを延ばしていく。
背骨に沿って腰の辺りから首筋までゆっくりと親指を軽く指圧しながら行ったり来たり。
最初は身構えたリョテイだが、思ったよりも本格的で驚いてしまった。
「んうぅ……くすぐったいよぉ……」
「我慢しろ。もうすぐ血行が良くなって熱くなってくるから」
「はふぅ……わかりましたぁ……」
くすぐったさに身をよじるが、リョテイは構わずに続ける。
リョテイの手は子供の様に小さいからか、妙にくすぐったく感じる様だ。
だが慣れてきたのか、スズカは気持ちよさに身体をだらりと弛緩させた。
トレーナーにマッサージを受けた事は何度もあるが、これほど気持ちよかったことは無い。
だが、
「あっ、ん……ちょ、リョテイちゃん、そこおしり……」
「あのなスズカ、骨盤の周辺はな、多くの神経が通っている。だがな、臀部の肉は分厚い。なんで少し手が沈むくらいに押し込む必要があるんだ」
「んっ、そ、そうなの?」
「そうなの。お前が言う張りはだ、おそらくメンタルの不安定からホルモンバランスが崩れてな、新陳代謝が弱っている。そうなるとな、本来外に出される老廃物が停滞し、リンパの流れを阻害する。だから俺に任せろ。全部外に出してやるからな?」
「あっ、うん、わ、分かったから、そのリョテイちゃん、耳元で囁かないで!?」
そして言質を取ったリョテイは手をオイル塗れにすると、遠慮なく臀部を鷲掴みにし、ぐいぐいと刺激していく。
足は指の一本一本、丁寧に指圧し、次は踵や足首、ふくらはぎと移り、この辺りはタイ古式マッサージがベースなのか、スズカの綺麗な顔に苦悶がにじむも、その痛さが心地よさに変わっていく。こうなるともう、スズカはリョテイの手管を信頼していた。
だがそれが太ももに差し掛かった所で怪しくなる。
太もも周辺はソフトタッチとなり、ゆっくりと体重を掛けながら、リンパ腺に沿って手首に近い手の腹の部分で流していく。
そして鼠径部周辺にたどり着くのだが、スズカは事前に説明されていた、骨盤周辺には神経云々に納得してしまったので、くすぐったさより謎の気持ちよさが勝ってはいるも、「マッサージだしこういう物だよね?」と気にしなかった。
リョテイの手がソフトタッチからフェザータッチに変化する。
スズカのヒップの外観をなぞる様にくるりくるりと踊り、太ももの内側へと滑り込んでいく。
「んっ、ふっ、あん……りょていひゃん……そこらめぇ」
「………………」
施術中であるという自己主張なのか、リョテイは甘い声を漏らすスズカに反応を見せない。
若干目が野獣の眼光に見えなくもないが……。
ちなみにくちゅりくちゅりと音を立てているのはリョテイが塗したアロマオイルの音である。これだけはハッキリ言っておきたかった。
そして内ももをすり合わせるスズカが真っ赤な顔で悶える事数十分。
リョテイの手がスッと離れる。
名残惜しそうなスズカの縋る様な表情。
しかし、
「んじゃ前もやるから仰向けになってくれ」
「嘘でしょ……」
絶望のスズカ。マッサージの気持ちよさに、あちこち敏感になってしまった。
こんな状態で仰向けになるという事は……これはイカンぞとスズカは慌てる。
だがリョテイは無慈悲であった。
気持ちよさに弛緩したスズカの身体を、リョテイは米俵でも転がすように楽々と仰向けにひっくり返した。小さくてもウマ娘の膂力を舐めてはいけない。
「あ、見ちゃダメっ」
慌てるスズカだが、リョテイはやはりスルーし、アロマオイルで再度ヌルヌルにした手を、スズカのウエスト辺りからマッサージし始めた。
「ひゃ、んんうっ!? あん、ちょ、リョテイちゃん、だめ、くすぐった、あんっ、ほんとだめなのぉ……」
水揚げされた青魚の様にピチピチと身をよじるスズカ。
「リンパの流れは全身を巡っているんだ。大丈夫だスズカ。マッサージをしているんだ、気持ちいいのは当然だろ?」
羞恥に顔を朱に染めるスズカにリョテイは言う。
その表情は「当たり前の事なのにどうしたんだ?」と言わんばかりの、心底不思議そうな様子。
そうなると押しに弱いスズカは、「あれ?もしかして私が間違っているのかな?」と混乱してきた。そうしてスズカは流された。
だんだんと気分が乗ってきたのか、リョテイはそれまでのルーティンめいた動きを捨て、かなりギリギリのラインを攻めていく。
何やら半ば白目を剥きながら気持ちよさそうにしているスズカの姿に、本来の目的であるスズカの痛みや疲れを抜くという物から、この女をヘロヘロにするのはなんだかとても楽しい! にズレてきていた。
そしてこのマッサージは数時間にわたって続き、最終的にスズカが悲鳴の様な嬌声と共に、身体を痙攣させた挙句に失神し、「あ、やっべ……」と我に返ったリョテイが、慌ててスズカをバスルームに連れ込んでオイルを洗い流し、寝巻代わりのジャージに着替えさせた事で終了となった。
その後目を覚ましたスズカは、あまりの快感の衝撃のせいか、その時の事を覚えていなかった。
リョテイはこれ幸いと「お前かなり疲労がたまってたな……揉み返しが強いみたいだ。ほらローズヒップティーとホットチョコを淹れたから、ゆっくりと飲むんだぞ」と菩薩の様な表情で言った。
普段のトムとジェリーめいた関係から一転、妙に優しいリョテイにスズカは深く考えず、なんだかこんなリョテイちゃんは可愛いな、等と考えている。
知らぬが仏とはよく言ったものである。
結局この日のマッサージはそれなりに効果があったのか、或いは一日中レースの事も考えず、思いっきりデートをしたことでリラックスできたのか、翌週にはスズカも本調子に戻り、彼女のトレーナーから感謝されたリョテイであるが、罪悪感が酷いのか、キナ臭い顔で手を振っただけだったという。
これで一応マルゼンからのオーダーである、「スズカと仲直りをする」はクリアした訳だが、それはそれとしてもう悪乗りしてマッサージなんかしないぞ、と心に誓ったリョテイであった。
当然である。友人のアヘ顔を見て気まずくない訳がないのだから。
AA対応のフォントであるMS Pゴシックが見つからないのでデフォルト設定。なので閲覧側のブラウザ設定によってはAAがずれてるかもしれません。一応目次の右上にある閲覧設定で「ルビを表示」に設定すると、自動的にデフォルトフォントがMS Pゴシックになるそうですが、詳しい事はわかりません。ごめんなさい。
あとマルゼンスキーが好きでこの作品書いてるところがあるのに、気が付くと圧倒的スズカ率で驚くんだが?
別に特に好きって訳でもないのよ?
☆マックスで覚醒凸してるだけで、別に好きじゃないんだよ。
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