家族になろうよと迫る幼馴染から逃れられない件 (紅乃 晴@小説アカ)
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親方!朝出勤したらデスクの上に婚姻届が!

 

朝、いつも通り出勤したら秘書官用の机の上に婚姻届が置かれていました。

 

何を言ってるかわからねぇと思うが俺もなしてこんなものが置かれているのかわからなかった。

 

しかもご丁寧に俺の記入部分だけ空白で、隣の部分は見知った名前と筆跡で埋め尽くされていた。あとは俺が記入してハンコを押して出せば正式に受理されるやつ。

 

 

「はやてちゃん……?この書類はいったい?」

 

 

いつもは俺より少し遅くに出勤してくるはずの部屋の主人、「八神はやて」はニコニコとした顔で俺を見ている。余計に顔が引き攣った。ちなみに俺と彼女の関係的には佐官と秘書官である。

 

 

「んー?それなぁ、そろそろ時期やと思ってな?」

 

 

何の時期なのかさっぱりなんですが!?目の前でにっこにっこ顔の彼女との付き合いは長い。

 

なんたって闇の書事件前に偶然にも出会い、はやての望むままにお茶飲みに付き合ったり、晩御飯を一緒に作ったり、病院の送り迎えをしたりして、闇の書覚醒後もヴォルケンリッターの面子と親しくなったり、なし崩し的に闇の書陣営側として事件に巻き込まれてしまったのだ。

 

事件終結後は、はやての直近関係者として管理局にこってり絞られ、ついでだからと彼女の監察官として任務につけと、ヴォルケンリッター含むはやての観察を一手に押し付けられ。

 

はやてが管理局に入局したのち、そのまま出世コースを進むことになった彼女の秘書官として行動を共にするようになったのだ。

 

闇の書事件にガッツリ関わってしまったのが痛い。個人的に原作にはあまり関らず、遠目から高町なのはや、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの活躍とかを眺めていたかったのに、どうしてこうなった。

 

闇の書事件もなのはとヴィータの初戦闘時にフェードアウトしようとしたら、目の前に墜落してきたヴィータに見つかり、シグナムに見つかり……戦闘に巻き込まれたり。

 

その時、デバイスを使って応戦したのだが、それでシグナムたちに詰められたこともあったが、なんやかんやあって気がつけば闇の書陣営でガッツリ原作介入をしてしまったのだ。

 

どうして……俺はただ、一人のなのはファンとして聖地巡礼をしていたかっただけなのに。

 

お分かりかと思うが俺はこの世界にとっては異分子。イレギュラー。いわゆる転生者と言うものだ。

 

転生というが行儀のいい生まれではない。この身は操作されて生み出されたもので、空っぽの肉体に偶然にも俺という人格がインストールされたに過ぎない。

 

何がどうなって転生なんていう事態になったのかは全く理解できないが、管理局に保護されるまではこの世界が魔法少女リリカルなのはの世界だとはわからなかった。

 

紆余曲折あって自由の身となった俺は、リンカーコアがあったのも幸いし、保護してくれた管理局の魔導師に魔法を教えてもらいながら訓練学校を卒業。

 

卒業記念に聖地巡礼がしたくて無理を言って地球へのバックパッカーとなったのだ。

 

 

「ほら、ええ加減別姓やったらややこしいやろ?書類の手続きとか。ええ機会やし、シグナムやヴィータも全部戸籍に入れてしまっても……」

 

 

白目剥いて現実逃避という名の過去回想をしていたらぶん殴られて現実に引き戻されたでござる。っていうか、そうじゃなくて!?

 

 

「ちょちょちょ……ちょっと待った!!」

 

 

放っておくといくとこまでグイグイと行ってしまいそうな上司の言動に待ったをかける。

 

はやては何をそんなに焦ってるの?と言いたげな不思議そうな顔をして小首を傾げているのだが、いきなりこんな書類を出された上に、さも当然のように人生設計の話をされればそうなるとも。

 

 

「まず、一つずつ確認していい?この書類は婚姻届でいいかな?夫側だけが空白状態の」

 

「その通りやけど?」

 

「じゃ、じゃあ……シグナムやヴィータを戸籍に入れるって?」

 

「結婚するついでにみんな〝家族〟になるんやで?」

 

 

Whats?いきなり上司からの〝家族〟になる発言で思考停止する俺に、はやては追い討ちのようにくすくすと楽しげな笑みを浮かべた。

 

 

「いややわぁ、タカト。私らもう……家族やろ?」

 

 

な?と言いながら……目が、笑ってないんですけど……。どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タカト・ハイラックス。

 

私が海鳴市に住んでいる時。まだ闇の書が目覚める前に出会った不思議な男の子。

 

車椅子が壊れて動けなくなったところを助けてくれたのが出会ったきっかけで、旅行でやってきた彼と最初に仲良くなったのも私やった。

 

壊れた車椅子の修理期間中、タカトは親切に私の手助けをしてくれた。最初は申し訳なかったんやけど、彼の優しさに何故か甘えてしまう自分がおった。

 

旅人であるタカトは私から見ても少し大人びていて、彼の話すいろいろな世界の話はとても楽しくて、素敵だった。

 

いつしか家にも招くようになって、一人で過ごしていた静かな家が賑やかになって。病院と家しか行き来せんかった私をタカトは色々な場所に連れ出してくれた。

 

水族館に動物園、映画館にショッピングモール。

 

久しぶりに見るものから初めてみるもの。タカトも旅人だったからか、私が初めて見るものを一緒になって楽しんで見てくれた。共感してくれる人ができて、本当に楽しかった。

 

真っ暗やった世界に温かな灯りが灯ったように思えた。

 

そして……闇の書の事も。

 

シグナムたちが急に現れた時は大変やった。いつも通り、合鍵で家に来たタカトをシグナムとヴィータが羽交締めにしたんやったっけ。その時は咄嗟に、両親の遠い親戚の人たちやって言い訳したけど我ながら苦しい言い訳やったと思う。

 

紆余曲折あったけど、シグナムやヴィータたちともタカトは打ち解けてくれた。なんや、本物の家族ができたように思えたんや。

 

そして……リインフォース。

 

闇の書の覚醒による事件。

 

なのはちゃんや、フェイトちゃんとの出会い。

 

悲しい事も、苦しい事もたくさんあった。

 

タカトは……管理局の魔導師やったのに仲間と敵対することになっても私を守ってくれた。シグナムやヴィータたちと一緒に。

 

いっぱい傷ついて、苦しい思いもして、なのはちゃんやフェイトちゃんとも戦ったって聞いた。

 

闇の書の意識の中で眠っていた私を呼んでくれた。

 

「必ず助ける」

 

そう言って諦めなかった。そんな彼が居てくれたから、私は折れずに戦ってこれたんやと思う。

 

管理局に保護されて、闇の書のことについて私が言及されそうになってもずっと私の味方で、庇って、助けてくれた。

 

彼は……私にとってのヒーローや。

 

 

 

だから、誰にも渡さへん。

 

タカトは私の……〝家族〟なんやから。

 

 

 

 

 

 



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訓練とは反復!息をするやつにできるべし!!

 

 

 

【主はやてにとっては、もう家族同然なのですよ】

 

 

婚姻届を持って迫ってくる上司から思わず逃げ出した人がいます。誰かって?俺だよ!!

 

会議とかが無くて助かったと今日ほど思った日はない。咄嗟に逃げ出して、彼女がどう思ったのかは想像し難いが、張り付いた笑みと笑っていない目で迫られたら逃げ出したくもなるということをどうかわかってほしい。

 

逃げ出した先に隠れる場所などなく。とりあえず考えをまとめるために俺は訓練場へと足を運んだ。愛機を起動し、表示されたエネミーを撃破する基本的な訓練。

 

だが、その基本を基本だと笑うものは永遠に強くはなれない。そう笑って落第して行ったものを俺はよく知っているのだから。考えながら行う訓練が、いつかは別の考えことをしながらも無意識に、機械的に行えるようになる。そこからがスタートラインだ。基本的な訓練など息を吐くようにできなければ実戦でなど使い物にならない。

 

そんなわけで、考えをまとめるのにちょうど良かった訓練を一通り終え、休憩をしていると愛機であるインテリジェンス・デバイスの表示画面に困った顔をした〝彼女〟が浮かび上がる。

 

 

「勘弁してくれ、リインフォース……」

 

 

表示されたデバイスの擬似AI人格。

 

またの名を、リインフォース・アインス。

 

元闇の書の管理人格であり、闇の書事件で防衛システムであるナハトヴァールの影響をモロに受けた存在でもある。

 

彼女は闇の書に巣食うナハトヴァールの破壊と共に消滅したのではないかって?最初はなのはとフェイト、そしてレイジングハートとバルディッシュによる処置を受け入れるつもりだったのだが……。

 

 

『嫌や、リインフォース!これからやのに……幸せなことも……楽しいことも……これからやのに!!』

 

 

雪の上で泣き叫ぶはやての悲鳴のような声に耐えきれませんでした。

 

ナハトヴァールを取り除く際、共に消えることを選んだリインフォースであるが、彼女はあくまで夜天の書の管理人格。根源的な物言いをすれば管理データでしかない。

 

膨大な蒐集を行う闇の書の管理といえば、リインフォースを構築するシステムはあまりにも複雑。解読するにはそれこそ一世紀を費やす必要があるほどだ。

 

だが、闇の書の全体管理といった機能は除去し、その人格プロセスだけをダウンロードできれば?咄嗟に思いついた起動プロセスを実行し、ナハトヴァールが消滅する直前に、俺はリインフォースの人格をダウンロードし、自らのデバイスへ移植したのだ。

 

前述通り、闇の書の管理プログラムは消失。ついでに彼女の人格用の肉体や、夜天の書のデータの一部などが消えることになったが……彼女の人格データは俺のデバイスで再起動を果たしたのだ。

 

最初はリインフォースIIが生まれないのでは?という不安はあったものの、夜天の書の管理人格の再起動が問題なく起動し、数ヶ月という再構築の時間の後にリインフォースIIは、はやての元へとやってきたのだった。

 

あわや原作ブレイクになるのでは?と全快を果たしたはやてのリハビリに付き合いながら内心ビクビクだった俺にとっては、ホッと胸を撫で下ろすと同時に、マジでこれ以上の原作介入はやめようと心に固く誓う瞬間でもあった。

 

主要キャラとの距離は適切に。イエス、なのはファン!ノー、タッチ!!関わりもあくまで仕事上のみだ。……あー、八神家を除いて。

 

それからしばらく。

 

今はリインフォースIIと同じように肉体も製作中で、近いうちにデバイスの人格だけではなく肉体を持った復活を果たすだろう。

 

ただし、サイズは幾分か小さくはなるが。

 

 

「まさかシグナムたちも同じ意見だったとは」

 

 

訓練所に逃げ込んできたタカトと鉢合わせたのは共に汗を流していたシグナムとヴィータだった。明らかに顔色が悪い俺を見て声をかけてきた二人に事情を説明したのだが、二人からはクエスチョンマークを返される始末だった。

 

シグナムもヴィータも。それにシャマルや最近チェスにハマり始めたザフィーラまで俺を家族認定していたのだ。驚きである。

 

特にシグナムとは戦友ではあるものの家族という印象を抱かれているとは思ってもいなかった。闇の書が起動し、ヴォルケンリッターが召喚された翌朝。はやてとのプライベートな付き合いのためにアルバイトをしていた俺はいつも通り、はやての家に向かったのだが出会い頭にレヴァンティンで斬りかかられた。

 

咄嗟にデバイスで防護、するのではなく転がって躱したことは誉めてほしい。あれは死ぬかと思った。睨み合いとなる中、騒ぎを聞いたはやてが車椅子でやってくると、目を泳がせながら「遠い親戚です」と紹介された。

 

うん、無理があるけど受け入れます。

 

そんでもってヴォルケンズとの交流も始まったのだが、まじで関係構築は難航した。特にシャマル先生。あの人からの信頼を得るのがめちゃくちゃ難易度高かった。信頼されるまで常に遠隔監視されてたし、家で共に食事をする時も笑顔の下で鋭い観察眼を俺に突き刺してきていたし。

 

洗濯機が爆発しかけたところを助けたり、オーブンで炭素を作り出そうとしたのをさりげなく助けたり、現代語彙力向上のためにクロスワードを勧めて一緒に悩んでクリアしたりと、紆余曲折あってやっと信頼してもらったわけだ。

 

あ、クロスワードとかおっさん趣味かよとか馬鹿にするなよ?語彙力身に付けたいならクロスワードおすすめ。ゲーム感覚でいろんな単語が身につくし、タイムリーなことも学ぶことができるぞ。

 

ヴィータははやてとの合作ハンバーグとかショッピング、水族館、遊園地で陥落。ザフィーラは基本静観であったが、戦略ゲームを好んでやる傾向があったから何度か相手をしているうちに仲良くなった。

 

そしてシグナムは考えるより感じろ。庭先でのデイリー木刀訓練をこなせば、とりあえず戦友にはなれる。まぁ何度か死にかけはしたけど。

 

闇の書事件の時、俺が管理局の魔導師だとバレた時は必死に謝った。謝った上で、はやてを守らせてほしいと全員に頭を下げた。みんなから見れば、俺は闇の書に感づいた管理局からの回し者に見えたはずなのに、全員が俺を許して、共に戦うことを認めてくれた。

 

それが何より嬉しかった。

 

俺という不穏分子のせいではやてが闇の書の意思に取り込まれたまま帰ってこれなくなるのではないかと怖くて仕方がなかった俺にとって心強い味方でいてくれた。

 

だから、シグナムやヴィータ、シャマルにザフィーラには本当に感謝している。

 

感謝しているのだが……。

 

 

「で?挙式はいつするのだ?私たちも段取りというものがあろう」

 

「結婚式のメシってどんなのだろうな!!はやてのウェディングドレスも綺麗なんだろうなぁ〜!!」

 

 

どぉぉおしてそうなるのぉぉおおおお!!

 

楽しげな二人の中で描かれる未来予想図はきっちり俺とはやてが結婚している前提で進められている。シャマルに至ってはウェディングドレスはカラーと純白を数着ずつ着てお色直しもなんて話をしているらしい。ザフィーラ?鍛えてやるからさっさと子供の顔を見せろだってよ。

 

違う、そうじゃない。

 

俺はこう、はやてとそういう関係になりたいわけじゃなくて!!

 

 

「……タカトは、嬉しくないのか?」

 

 

悲しげな表情のヴィータにそう言われて、そんなことをのたまって断れる人間なんているわけねえだろうが!!くそが!!

 

俺はただ原作介入は避けたいだけなのに!!ここではやてと結婚したら色々と問題もあるし、今までも適切な距離感は保ってきたはずだ!

 

まぁ、はやてを先に帰らして俺が残業して、二人ともバラバラに帰っても何故かちょうどいいタイミングで晩御飯ができていることもあったし。

 

お風呂のタイミングもばっちり。

 

そのままヴィータとゲームをしたり、シグナムと稽古をしたり、ザフィーラと将棋をしたり、シャマルの趣味とかに付き合ったりして。

 

八神家では俺の部屋があったり。

 

あれ?実質同居じゃね?

 

 

【主ははやてのことが好きではないのか?】

 

 

シグナムたちから逃げるように別れて、頭を抱えている俺に愛機はどストレートな言葉を投げ付けてきた。俺じゃなきゃ風穴あいてるね!!

 

てゆーか、そんなわけないじゃんッ!!

 

だが、原作ブレイクするのが嫌なだけなんや!!そこ!!リインフォースを助けてる段階で原作ブレイクじゃね?って言うじゃあない!!これでもかなり気を使って行動してるんです!!

 

くっそ!!どうしてこうなった!!

 

 

 

 

 

 

 

そうやって答えのわからない疑問に悩み、もがく主人の横目でアインスはある場所へと通信を〝無断〟で繋げた。

 

 

【主はやて。主人は訓練所で百面相をしてます】

 

「おおきにな、アインス。まぁお腹減ったら帰ってくるやろうし。しばらくはアインスの言う通り、そっとしておいてあげた方がええな」

 

【何か変化がありましたら連絡します】

 

「はぁーい。よろしゅうな」

 

 

 

 

 



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家族愛と執着心はセットですか?別々ですか?

 

 

 

 

「遅かったじゃないか」

 

 

それは、ゆりかごに突入する直前だった。

 

なのはちゃんや、フェイトちゃん。そして機動六課の面々と共に行う六課としての聖王のゆりかご突入任務。

 

司令系統が麻痺しつつある中、ゆりかごによってもたらされる破壊行為を抑えられるのは自分達しかいない。誰に止められようとも、それが正しいことだと信じて踏み出そうとしていた私たちの前に、彼はゆっくりと残骸の上に座って待っていた。

 

 

「タカト……」

 

「秘書官を置いて勝手に行かんでくださいよ」

 

 

タカト・ハイラックス。彼との付き合いは長く、出会いは闇の書事件の前で、彼が管理局の魔導師であったことを知ったのは事件終結の後のことだった。事件の後、身柄の保護観察を行ってくれたのも、管理局への入局後、捜査官として歩き出したときも、そして機動六課の設立のために奔走していたときも。彼はずっと隣で支え続けてくれた。

 

闇の書事件で私にいい印象を持たない者からの揉め事も人知れず対応してくれていたり、シグナムたち、守護騎士の対応にも大きく尽力してくれて……彼は、私にとっては大きな支えになってくれていた。

 

そんな彼にこれ以上、迷惑をかけないために水面下でゆりかご阻止の戦闘指揮を執ろうとしていたのだが、彼にはお見通しだったようだ。

 

 

「ゆりかご直掩のガジェットは俺に任せてくれ。はやてちゃんはゆりかごの停止と破壊の指揮に専念を」

 

 

すでに準備はできていると、タカトは自らのデバイスを起動する。彼のデバイスは少々特殊だ。闇の書事件の際、消失するはずだったリインフォース・アインスの管理人格を取り込んだことで、元はミッド製のインテリジェンス・デバイスだったものが、ベルカのアームドデバイスの要素も組み込まれたのだ。

 

タカトのデバイスは二対の短槍。汎用性に特化したインテリジェンス・デバイスの中では珍しい近中距離を得意とする武器型のもの。

 

そして槍は腕装甲にも形状を変化させることができ、両腕に装備した際は手や腕の射出部から魔力光弾を放つことができる。

 

確かに近接戦ではシグナムにも勝るポテンシャルを発揮するのだが、数で勝るガジェットの軍団相手にタカトの能力は不利だった。

 

 

「はやてちゃん」

 

 

反対する私をまっすぐに見据えて、タカトは言った。

 

 

「君を必要としているのはここじゃない。だから、行くんだ。君を本当に必要としている場所に」

 

「タカト……」

 

 

それだけ伝えてタカトは背を向ける。

 

ガジェットの軍団はすぐそこまで迫っていた。数は100以上。ここであのガジェットを逃せば、ゆりかご内部に突入するはずのなのはちゃんや、フェイトちゃん、六課の面々に被害が及ぶ。考えている暇なんてなかった。

 

 

「……機動六課の司令官として命じます。タカト・ハイラックス。私たちがゆりかごを止めるまで、この場を守って!!」

 

「……委細承知!!」

 

 

ガシャリ、タカトの持つ二対の短槍がスライドカバーを開いてカートリッジを装填する。瞬間、魔力を迸らせて彼は飛翔した。その背を最後に見て、踵を返して走った。目指すは迫り来る聖王のゆりかご。あの大量破壊をもたらす兵器を何としても止める。

 

ゆりかごを停止させれば、それに追随するガジェットも止まるはずだ。あの数相手にたった一人で防衛線を挑む彼の手助けをするにはそれしか方法がない。

 

だからどうか。

 

 

「どうか、無事でいて……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数時間後にゆりかごは停止した。

 

なのはちゃんの手によって救出されたヴィヴィオ。聖王核を持つ存在が消失したことで、浮遊していたゆりかごは完全に停止した。

 

死闘とも言える戦いを乗り越えた機動六課の面々が休息する中で私は一人、大急ぎでガジェットが押し寄せていた防衛線へと戻った。

 

 

「なんや……これ……」

 

 

舞い戻って見た光景は凄惨に尽きた。辺りには壮絶なエネルギーで破壊され、瓦礫と化した街並み。そして山ほどのガジェットの残骸が広範囲に散らばっている。

 

しばらくそんな光景の中を飛んでいると、私はガジェットの残骸の山の上に立つ人影を見つけた。

 

安堵した。無事でいてくれたと。

 

そして、その人影が近づくにつれて私の安堵は別のものに上書きされていった。

 

 

「あぁ……あぁあ……そんな……嘘や……」

 

 

瓦礫の上に立っていた〝彼〟は、想像を絶する姿をしていた。

 

切り裂かれた傷。

 

曲がってはいけない方向へ曲がってしまった片腕。

 

堅牢だったはずなのに折れてしまった短槍。

 

バリアジャケットを貫かれた傷。

 

おびただしい血があたりに流れていて、倒れずに立っているはずなのに彼からは生きている気配を感じ取ることができなかった。

 

 

「嘘や……嘘や!嘘!!タカト!!」

 

 

ガジェットの残骸に足がもつれる。必死になって駆け寄って抱きしめた体はまるで糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 

 

「タカト!!しっかり!!返事してや!!タカト!!」

 

 

すぐにタカトのデバイスを確認するが、本体もかなり傷ついていて明滅を繰り返すばかりで返事はなかった。すると、か細い呼吸音と共に血みどろの顔の中で、タカトが小さく口を震わせた。

 

 

「は……はやて……ちゃん……ゆりかご……は……?」

 

「あ……あぁ……うんっ……ゆりかごはちゃあんと、止めたで……」

 

 

ひゅうひゅうと息が鳴り始めてタカトはそっか、と微笑んでから咳き込んだ。すぐに背中に手をやってさするが、彼が咳と共に吐き出した血反吐に思わず小さな声をあげてしまった。

 

 

「そっか……よかった……戦った意味は……あったんだ……」

 

 

その声はどこか安堵に溢れていて、安心したような声だった。握っていた手から力が抜け落ちて、虚に開いていた目がゆっくりと降りた。ひゅうひゅうとなっていた吐息が途切れて……何も聞こえなくなった。

 

 

「タカト……?タカト!?嫌や!!目を開けてや!!タカト!!私を置いて……置いていかんといて!!」

 

 

肩を揺さぶる。声を上げて彼の名を呼ぶけれど、いつもはすぐに帰ってくる返事はない。彼は目を閉じたままで、もう言葉を紡いでくれない。力ない手がべちゃりと音を立てて地面に落ちる。足元には流れ出たタカトの血溜まりがあった。

 

嫌だ。

 

嫌だ。

 

嫌だ。

 

そんな子供じみた思考が頭を埋め尽くしていた。彼には助けてもらってばっかりだった。別れるはずの運命だった家族も守ってくれた。事件の件で後ろ指を刺されていた私のそばにずっと居てくれた。

 

それが当たり前だと思っていた。それがずっと続くと思っていた。優しい声も、温かな体温も、柔らかな目も。その全てが手からこぼれ落ちてゆく。ポロポロと音を立てて彼という形が崩れてゆく。

 

そんなのは嫌だ。嫌だ。嫌だ!!

 

 

「シャマル!!すぐに来て!!タカトが……タカトを……助けて……」

 

 

ぐちゃぐちゃになった思考のまま、後方で医療支援をしているはずのシャマルに連絡を入れることしかできなかった。何分、何時間待ったのか。時間の感覚なんて曖昧であったが、次に目を向けた先には救助用のヘリが頭上にやってきた時だった。

 

すぐに医療施設へと運び込まれたタカトは、そのまま隔離病棟へ運ばれ、緊急手術となった。

 

事件後の書類処理や、被害報告の書類。やらなきゃならない仕事がたくさんあったはずなのに、何も手をつける気が起きなかった。ただ、彼が治療を受ける最中、ずっと待っていることしかできなかったことが辛くて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

「なんとかリハビリは順調に進んでいるよ」

 

 

JS事件から一ヶ月後。

 

ミッドチルダ首都、クラナガンの医療施設のベッドの上にいる俺は、お見舞いに来てくれたはやてに近況を話していた。ゆりかご直掩のガジェットへの防衛戦は本当に死ぬかと思った。

 

まさかゼストによって機能不全に陥っていたはずのドゥーエが復活していて、俺を殺しにくるとは予想もしていなかった。背後からレジアスさんと同じように腹部を刃で貫かれた時はどうなることかと思ったが、咄嗟の判断で刃を叩き折ってドゥーエを蹴り飛ばしたおかげでなんとか致命傷にならずに済んだ。

 

え?腹部の怪我?折れた刃を抜くと失血で死ぬってリインフォースに言われたから刺さったまま傷口を無理やり塞いだ。結果、皮膚と刃が融着して大変なことになったけど。

 

腹部の大ダメージを抱えたまま残りのガジェットを相手にしていたら傷口が結局開くわ、防護貫通のガジェットの攻撃を受けるわで肉体がボドボドになって最後の方なんてほとんど記憶が残っていない。データを見れば戦ってたみたいだけどほんとに記憶ないから

 

えぇ……なにこれ知らん……こわってなったわ。

 

そんなわけで、ガジェットとドゥーエこと、ナンバーズの一人と戦闘をした結果全治二ヶ月の大怪我を負うことになりました。

 

しかし、そこはミッドチルダの脅威の科学力!!失った片目は義眼となってすでに神経同調も完了。粉砕された片腕も治って今は絶賛リハビリ中なのだ。

 

 

「まぁそんなわけで俺は大丈夫だから、はやてちゃんもしっかり寝て、休んでくれよ。な?」

 

 

その頃のはやては見てられなかった。JS事件の後始末のせいか、目の下にはべったりとした隈が浮かんでいたし、心なしかやつれているようにも見えた。俺がこういうと決まって

 

 

「私は大丈夫やから」

 

 

と、はやては言う。本当ならそばについて仕事の手伝いをしたいところだが生憎医者から「違法に退院したりすれば君の体を実験台にさせてもらう」というマッドな言葉を抱いているのだ。

 

とにかく無茶をするわけにもいかないので、はやてにも無理はしてほしくないのだ。

 

 

「ちゃんと寝るんだぞ、はやてちゃん」

 

 

忙しい業務の合間を縫って、こうやってお見舞いに来てくれてるんだ。その分を少しでも休息の時間に充ててもバチは当たらないだろう。にこやかにそういうと、はやては少し苦しげな顔をしてからにっこりと笑って「明日もくるわ」と残し、病室をあとにする。

 

うーむ。これは重症だな。とにもかくにもさっさと体を治してはやての手伝いをしなければ……。

 

 

【主タカトは……本当に、鈍いのですね】

 

 

リインフォースが何か言ってるけど、魔力切れand損傷で一週間前からやっと喋れるようになった相手にとやかく言われる筋合いはありませんけど?

 

それを言っちゃうと元闇の書の管理人格だったリインフォースと戦争が起こるので何も言わないが、とりあえず俺はさっさと体力を回復させて退院することを決意する。

 

とりあえず毎日片手で腕立て伏せと簡単な筋トレを続けていくか。

 

 

「ぎゃー!?ハイラックスさん!あなたはまだ絶対安静なんだからじっとしておいてください」

 

 

訂正、簡単な筋トレすらも俺は禁じられているみたいだからな、と答えるとリインフォースは困った顔を見せるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はやてちゃん、そろそろ休まないと本当に……」

 

 

執務室に戻った私に、リインフォースⅡがそんなことを言ってきた。けどそれくらいで考えを変えるほど、わたしには余裕がなかった。デスクについてすぐに仕事の準備に取り掛かる。やることは山のようにあるけれど、そんなものは正直関係ない。

 

 

「大丈夫やから、リイン。タカトのお見舞いの時間は絶対に確保するから」

 

 

まだ一ヶ月は入院が確定しているタカト。そんな彼から目を離さないため……また無茶なことをさせないために私は一日の数時間はお見舞いに時間をあけているのだから。

 

絶対に、もうタカトをあんな姿になんかせぇへん。絶対に私が守る……もう絶対に……家族を失わんために。

 

 

 

 

 

 



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転生者の過去と夢と

 

 

 

 

俺は今日、神様とやらに見放されたらしい。

 

乗り込んだ飛行機がテロリストにハイジャックされて、有名な施設やビルに特攻テロをかますとか聞こえてきた。

 

今日は久しぶりの休みで趣味のサバゲーのために飛行機に乗って九州に旅行をするつもりだったのに。羽田空港を出た途端、拳銃やライフルを持った中東風のテロリストたちが飛行機を占拠したのだ。

 

銃を持つテロリストに怯える乗客たちは刺激しないように身を縮めて座席に丸まっている。俺もその一人だった。

 

色々と考えた。なんでこんな目に。なんで俺なんだ。神様助けてお願いしますなんても考えた。普段無神論者で、宗教勧誘に来たおばさんに「俺が神だ!」とかほざいていたくせに都合のいい限りだ。

 

だが、その緊張状態の時間が長ければ人間適応する。

 

冷静さを取り戻した俺は、ふと思った。

 

このまま座席に丸まっていても、この飛行機は特攻。そこまで覚悟ガンギマリしてるテロリストなら脅しなどでどうにかなるはずがない。自衛隊や軍が出張ってもこの飛行機は着陸しないはずだ。航空機の乗客乗員と、街に聳える施設。飛行機が特攻した時の被害を考えれば軍は迷いなく暴走する旅客機を撃墜するはずだ。

 

となると、今こうやって席で怯えて丸まっている俺たちの生存確率は果てしなく0%なのだ。

 

生きているのにもう俺たちは死んでいる。

 

死んでいるのだ。

 

そう思うと恐怖が一気に軽くなった。

 

そうだ。何を怯える?

 

俺たちはすでに死んでるんだ。

 

万が一にも今の状況なら助かることはない。それが現実逃避だというなら笑えばいいともまで思った。

 

どうせ死ぬなら座席のテレビでサービス提供されている映画鑑賞でも見て楽しみながら死ぬことと向き合えばいいじゃないか。

 

少々ネジが外れた思考回路が働き始めた頃だ。

 

通路を挟んで隣の座席グループにいた女の子が声を上げて泣き始めた。ふとそこを見る。

 

10歳ほどのまだ育ち盛りの女の子だった。髪はツインテールで、女の子らしい服を着ている。俺は少女を見て何故か、俺の好きな作品の主人公である少女を思い出した。

 

高町なのは。小学生のはずの彼女は突然魔法少女になったにも関わらず、襲いくる危機に毅然とした勇気で立ち向かった。困難に向き合って、必ず活路を見出し、友と大切な人のために戦う幼い女の子。

 

泣いている女の子は、もちろんそんな歳離れした達観した感性を持っているはずもなく、ずっと泣いていた。死の恐怖……ではない。この緊迫した空気感に恐怖したのだろうか。母親も恐怖に怯えながらも泣きじゃくる女の子を必死にあやしている。

 

そこへ、ライフルを携えたテロリストが固いブーツの音を立てながら近づいて行った。

 

伝わらない言語で何かを言っている。

 

中東方面の言語だろうか?母親も何を言ってるのかわからない様子だったが、その凄まじい剣幕から恐怖を覚え、娘を抱きしめながら「すいません、すいません」と謝っていた。

 

だが、女の子は静かになることはなく泣き続けた。テロリストは俺の横にある通路に立ってぶら下げていたライフルの銃口を構えた。母親の悲鳴と、それを庇おうとする父親の怒号が響く。

 

テロリストは俺の前にいた。サバゲーをしていた俺は、相手が纏うカーゴパンツに目を向けた。左右にホルスターが付いていて、俺から見て右側にはハンドガン、種類はおそらくグロッグか。反対側にはコンバットナイフが抜きやすいように鞘に収まった状態でホルスターにくっつけられていた。

 

どうせ、全員死んでいるんだ。

 

全員怯えるばかりで、今撃たれようとしている親子を庇うものはいない。頭を抱えて自分は生き延びようとしている。

 

もう、みんな死んでいるのに。

 

死んでる。

 

……ほんとうに?

 

俺は座席から静かに腰を下ろして中腰のまま目の前で俺に背を向けるテロリストを注視する。ライフルに意識を向けるが、サバゲーでもよく見る初心者でよくありがちな構えだった。脇は甘いし補助で支える手の位置も悪い。肘も伸ばしていて、あれじゃあ反動を吸収し切れないだろう。

 

彼らはおそらく、ハイジャックと機体を特攻させるための指示を受けた者たちだ。ろくに訓練も受けていない間抜け。

 

だから、俺が左側に装備されたコンバットナイフを引き抜いてもテロリストは即座に反応できなかった。

 

 

「……っ!!」

 

 

相手が振り向くまでが勝負だと勝手に思った。コンバットナイフを引き抜き、逆手に持って俺は迷うことなくテロリストの首にそれを突き刺した。刃渡り20センチほどのナイフは首の横から頸動脈、気管を貫通して反対側に切っ先が飛び出す。

 

テロリストは何が起こったかわからない顔をしたまま首を何度か手で触ってから体を崩れさせた。シートの角に体をぶつけてから通路に倒れ伏す。気管を貫いたのか、絶叫は上がらなかった。首からおびただしい量の血を噴き出して死んでゆくテロリスト。

 

死んでいる。そう思ったが、俺はまだ生きている。地の海に沈んだ相手こそが死んだのだ。

 

俺はすぐに傍にあったライフルを拾った。俺のいる客席のエリアにはもう一人のテロリストが哨戒で立っていた。だからすぐに気づかれる。時間との戦いだ。

 

ライフルを拾い、安全装置が外れているのを確認。装填スライドを引き弾丸が装填されているのを見ていると、さっきまで泣きじゃくっていた女の子とその両親と目があった。彼らの顔は恐怖が色濃く残っていたが、どこか安堵したものに変わっていた。

 

それだけで、充分だった。

 

 

 

 

 

あぁ、そうだとも。

 

どうせ死んでいるなら、派手に死のう。

 

 

 

 

 

俺は通路を駆けた。

 

4シート挟んで反対側にある通路で銃をぶら下げて立っているテロリストの後ろ姿が見えた。

 

利き手でグリップを持ち、親指の付け根と中指の位置をグリップの高い場所で固定した。

 

ハンドガードは添える程度。腕は伸ばしすぎず反動を吸収できるほどの余裕を残す。

 

ストックを肩に押しつけて安定性を確保。サイトは覗かない。走って狙いを定めるなんて無理だと思った。だから全身で相手に狙いを定める。

 

 

「全員伏せろ!!!!」

 

 

大声と共にトリガーを引いた。足音に気づいたテロリストが振り返ったがもう遅い。ダンッダンッタンッといつものサバゲーと同じように三点斉射を放つと相手の体に弾丸は吸い込まれた。腕と腹部と足。走っているからか集弾性はなかったものの撃った弾が全部犯人に当たったのは幸運だったのだろう。

 

撃たれた衝撃で倒れた犯人を上から見下ろして超至近距離から頭部に一発、胸の中心に一発。これで確実に死ぬはずだ。

 

それを見た乗客の何人かが悲鳴を上げるがもう関係ない。止まることは許されない。某ロボットバトルの主人公もハイジャック犯を制圧し始めたときは勢いに任せて一気にコクピットまで行ったのだ。俺もそれに倣って止まることなく前へと進む。後部から飛行機の前へと進むと銃声を聞いたテロリストが乗務員室の扉を開けているのが見えた。

 

距離が開きすぎている。相手は通路を走る俺を見てすぐにライフルを構えた。俺も走りながらもう一度トリガーを引く。

 

テロリストの撃った銃声と、俺が撃った三点斉射の銃声が響く。

 

今回は犯人の体に弾丸は当たらなかった。乗務員室の扉にあたったり、飛行機の天井にあたったり、テロリストの真横の壁にあたったり。

 

だが、効果はあった。真横と乗客乗員室の扉に当たった弾丸の音に怯んだテロリストは銃口を彷徨わせた。

 

 

「うわあぁああああぁあ゛ぁああ!!!」

 

 

俺はそのまま走って狼狽える犯人めがけて飛びつく。膝から行った攻撃は犯人を扉に叩きつけて押し倒した。

 

そのまま馬乗りになった俺は銃口を頭に向けて一発。血と脳髄が床に散らばって相手は即死。そこから先はパイロットがいるコクピットだ。馬乗りになっている死体から立ち上がった時、視界の端に黒い影が映った。

 

コクピットに入る扉が開いていた。

 

そしてそこから出た最後の一人がハンドガンを構えて出てくる。その銃口はすでに俺を捉えていた。

 

だめだ、やられる。

 

そう察した俺は……。

 

 

タンッダンッダンッ!!

バラララッ!!

 

 

ハンドガンの銃声。ライフルの銃声は同時だった。そして俺は崩れ落ちた。テロリストの撃った弾丸は全て俺の体を貫いたらしい。体が熱さを感じてから、急激に熱が抜けたような気がした。

 

体から何もかもが抜けていく感覚。なんとかして首を動かすと、俺の前に誰かが倒れているのが見えた。それはテロリストだった。俺が無我夢中で撃ったフルオートの弾丸がテロリストの胸あたりを抉り取っていたらしい。

 

うつ伏せになって倒れているから相手の傷を確認することは叶わなかった。相討ちかい。痛みはなく、けれど意識ははっきりしてるように感じた。アドレナリンでも出て、少し麻痺してるのかな。

 

コクピットから出てきたスカート姿の影が見える。誰かが大声をあげているのがわかった。けど何を話しているかわからない。

 

あぁ、だめだ。

 

はっきりしていた意識にモヤがかかり始めた。どんどん体から何かが流れ出してゆく。それは血なのか、俺の魂なのか。それとも別の何かなのか。

 

ただ、随分と心地がいい感覚だった。

 

ふと、俺は泣きじゃくっていた女の子のことを思い出した。あの子は無事だろうか?と。

 

 

〝ありがとう〟

 

 

そんな言葉が聞こえてきた。掠れて聞き取り辛かったが、確かに感謝の言葉だった。

 

みんな死んでいたはずだったのに、蘇ったのだと分かった。俺が蘇らせたんだ、と。

 

それだけで、俺は充分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾️テロリストに立ち向かった一人の青年。

 

13日に起こった旅客機ハイジャックテロ事件ですが、その事件は一人の青年の勇敢な行動によって阻止されました。四人のテロリストによって占拠されていた客室内で、青年は犯人の一人を倒し、そのまま反撃を行ったのです。彼は凄まじい速さで四人を倒しましたが、重傷を負い、旅客機内で息を引き取ったのです。

 

各方面からは銃を使ったことや、ほかの乗客にも危害が及ぶ可能性もあったなどの指摘がありましたが、彼の行動のおかげで旅客機に乗っていた359名の命は救われ、大都市に行われようとしていた旅客機特攻テロも防ぐことができたのです。

 

彼の親族や友人にもインタビューをし、英雄となった青年の生き様を追っていこうと思います。まずは彼の趣味であったサバイバルゲームの友人たちに………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと俺は、ソファの上に眠っていた。

 

 

「あぁ、目が覚めたのかい?」

 

 

そして目の前には人の良さそうな顔をした男がコーヒーを二つ持って目覚めた俺の顔を見ていた。

 

 

「ご苦労様だったね。あ、コーヒーはいける口かな?」

 

 

そう言って男性は俺を労わると、ローテーブルにコーヒーを置いて向かい側に置かれている一人掛けのソファに腰を下ろした。

 

 

「……ここはどこですか?というか……おれ……」

 

「君は旅客機でテロリスト四人を倒して死んだ。いわば現代の英雄として祭り上げられる魂だよ。そして強いて言うならここは死後の世界」

 

 

は?俺は目の前で自分でいれたコーヒーに舌鼓を打つ男を見つめた。彼は俺の茫然とする表情に気付いたのか、コーヒーカップの縁に指をそわせながら言葉を続けた。

 

 

「まぁ、あれかな。ここはカウンセリングルームみたいなものさ。普通の人はこんな場所にはこない。というか、死後の世界なんてぶっちゃけないからね」

 

 

言ってることが意味不明だった。強いて言うなら死後の世界と言ったと思ったら、死後の世界なんて無いとも言う。男性はふむと頷くと、簡単に説明するとと前置きをした。

 

 

「普通人は死ぬとその蓄積されたエネルギーは変換される。力の循環システムとでも言うべきかな?あー、いわゆるサイクルだよ。輪廻転生、あれはいい例えだと思うね。ただ、本当に純粋なエネルギーの循環なのさ」

 

「魂みたいなもの……?」

 

「そんな高徳的なものじゃないさ。人も生き物で動物。エネルギーは平等で普遍的だ。だから循環できる。魂だとか宗教的な観念を生み出したのは人がそう信じたいと思った願望に過ぎないのさ」

 

「願望……なら、なんで俺はここにいるんですか?」

 

「いいことを聞くね。そのためのカウンセリングなのさ。君は359人とあの事故で死ぬ予定だった1958人、合わせて2317人の天命を変えたのさ」

 

「天命……?」

 

「あー、例えて言うなら運命とでも言うべきか、定められた結末というべきか……まぁどっちでもいいけれどね。それを君は変えてしまった。偶然なのか、奇跡なのかは置いといてね」

 

 

相手の男が言っていること。要領が掴めない。相手は何者かすらもわからない。だが不思議と、その話に引き込まれるような感覚はあった。

 

 

「さて、君は善意であったのか、それとも悪意であったのかは知らないが、結果的には2000人近い運命を変えたのだ」

 

「それって罰せられることないのか?」

 

「ははは!とんでもない。罰せられることではない。だが、そう言ったことができる意識は貴重だ。故にエネルギーになる前に我々はそれを回収して、こうやってカウンセリングをするのさ」

 

「それは……なんのために?」

 

「君のような存在は人の中でも貴重だからさ」

 

 

その途端、俺は目の前の男にぞわりとした何かを感じた。真っ黒な、深淵のような目が俺を見つめている。男はにこやかに笑うと言葉を続けた。

 

 

「人というのは不思議なものだ。ほかの生き物とは違う独特な生き方をし、独特な価値観を持ち、それを競い、争い、滅ぼし合う。愚かであり貪欲で野望のためなら同じ人間を家畜のように殺せるくせに、希望や絆や夢なんていう光を生み出して他人にそれを見せつけて生きさせることもできる。そんな真似を器用にできるのは人間くらいなものさ」

 

「だから私はその可能性を知りたい。君のような何かに導かれた存在がどういう結末を迎えるのか」

 

「君のようなあり方は世界を救うのか。あるいは世界を滅ぼすのか。あるいは何も変わらないまま死んでゆくのか」

 

 

男はそこで前に体重をかけていた頭をソファに預けた。コーヒーカップを手に取って俺にそれを掲げる。

 

 

「君のカップは置いておくよ。だからここでまた会える日を楽しみにしている。その時は聞かせてくれよ?君がどう言った天命を歩んだのかを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は冷や水をかけられたように目を覚まして、ベッドから起き上がった。全身が嫌な汗をまとっていて、随分と気分が悪い。

 

時計を見ると深夜で、起きる予定の時間までは四時間ほど前だった。

 

俺は荒れた呼吸を落ち着かせてベッドに再び横たわる。

 

随分と懐かしい夢を見たものだ。そうかんがえながら、俺は真っ暗な天井を見上げていた。

 

 

 

 

 

俺の名前は、タカト・ハイラックス。

 

このミッドチルダで魔法使いをしている転生者だ。

 

 

 

 

 

 



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俺の好きな推しに結婚おめでとうって言われたんですけど

 

 

ちなみに俺は、なのフェイ推しだ。

 

せっかくこの世界にやってきたのだから、原作キャラとあれやこれやという憧れのようなものもあっただろう。

 

だが、あくまでそれは「魔法少女リリカルなのは」という作品を見ていたからであって、その作品内……もっと言うなら、主役級キャラに全く知らないキャラが絡んでいたらどうなるか?

 

最悪世界観が壊れて、原作崩壊なんて事もあり得るわけだ。俺が第三者の立場なら助走をつけて百合の間に入るイレギュラーをぶん殴るまであるぞ。

 

というわけで、俺は極力原作の主要キャラとは関わらないように生きてきた。

 

はやてのこと?あぁ、まぁ……細けぇこたぁいいんだよ。

 

それにガッツリ関わったのは闇の書事件の時だけ。それ以外の主要な事件については姿を見せないようにはしていた。無論、見えないところからの援護や援助はしていたが。

 

空港の火災事故も突入した救護班とは別に市民の避難誘導をしていたし、なのはたちが絡んでいない事件の調査などもしてなるべく主要キャラとは距離を取るように行動をしていた。

 

中でも、なのはたちがゆりかごに突入してヴィヴィオの奪還をしている時。クラナガンに放たれたガジェット100機ほどを一人で相手取って戦った時だ。

 

今思い出してもあの戦いは本当に死ぬかと思った。底なしのガジェットの戦闘力。魔力切れによるエンスト。そして自身の体力切れ。カツカツになりながらも倒れずに最後まで戦い抜き、気がついたらベッドの上だった。

 

疲労がピークを迎えていたからか、あまり入院期間のことは覚えていないがお見舞いに来たのははやてくらいだったはず。それもJS事件の事後処理で忙しいため、ほんの30分ほど顔を見に来たくらいだ。

 

クラナガンの被害は抑えられたし、ヴィヴィオを助けに行った原作組の方にも関わってない。我ながら完璧な援護射撃であった。

 

そして、JS事件も乗り越えてはやての秘書官としての日々を過ごしつつ、なのフェイを遠巻きに眺めて日々を送るはずだったのに。

 

 

「あ、タカトさん。はやてちゃんとの結婚おめでとう〜」

 

「やっと決心がついたんだね、心配してたんだよ?」

 

 

どぉ゛ゔじでだよ゛ぉお゛ぉお゛お゛ぉおぉ〜〜!!!(藤○竜也)

 

食堂で昼飯を食べようと向かったらなのフェイに結婚おめでとうって言われたでござる。つーか、結婚どころか付き合ってもいないんですけど!?友達であるとは思うけど、段階飛ばして家族は早すぎませんかね!?二人して何見てるかと思ったら結婚式用のパーティドレスでほげぇ〜ってなったわ!え?ヴィヴィオにもドレスコードさせるって?絶対似合うと思うよ!俺とはやての結婚式じゃなかったら是非とも姿を見たかったけどな!!

 

遠巻きに見ていたはずの主要キャラがやってきては、はやてとの婚姻を祝う言葉を投げかけてくるのだが、自分にはさっぱりだ!!さっき廊下でスバルとティアナにもおめでとうございますって言われたからな!?

 

エリオとキャロがおめでとうって言ってくれる後ろで、ヴァイスとグリフィスがなんとも言えない顔してたんですけどいったい何を聞いてるんですかね?飯食ったら小一時間くらい問い詰めなきゃ……。

 

 

「た、高町さんとハラオウンさん……俺ははやてちゃんと結婚するなんて一言も言ってないんだけど……」

 

「え、あれだけ仲良くしてるのを見せつけてるのに?」

 

「仕事の日も休みの日もはやての家に入り浸ってるのに?」

 

 

ちゃうねん。

 

満面の笑みでナイフを突き刺してくるんですけどこの二人。

 

というか、休みの日も入り浸ってるなんて心外だぞ!

 

ちゃんと休みの日は八神家以外でも過ごしてるわ!ヴィータを連れて遊園地行ったり、シャマルと映画見に行ったり、シグナムの通う剣道場で一緒に修行したり、ザフィーラが最近趣味で取ったバイクの免許に付き合ってツーリングいったり、はやてと買い物に行ったり……あれ?俺の交友関係、八神家が大半じゃね?

 

 

「はやてちゃんだけじゃなくて、シグナムさんやヴィータちゃんとも満遍なく仲良しさんだもんね」

 

「シグナムも一緒に修行するのは楽しいって言ってたよ?」

 

「ほ、他にも交友関係はあるってば!ほら!管理局の魔道士の先輩とか!男3人でキャンプ行ったりしたもんな!!」

 

「その時の楽しそうな写真、逐一はやてちゃんに送ってたよね?」

 

「たのしそうでなによりやわぁ、ってニコニコして写真を私たちに見せてくるはやては完全に奥さんの顔だったよね」

 

 

あかん、何言っても火に油を注ぐ結果にしかならんぞ。たしかにキャンプであったことはやてや八神家のグループチャットに投げてたけど、まさか二人に見せびらかしてたとは……。そういえば今度の休暇に八神家でキャンプに行くって言ってたからキャンプセットを準備しなければならないんだっけ。

 

 

「はやてのキャンプ計画の頭数に入れられてることに違和感を覚えない時点でかなり末期だと思うんだけど」

 

「しっ、それを言ったらダメだよ」

 

 

なんか二人がヒソヒソ話をしているけど、長年はやての秘書をやってきたから彼女のお願いには「はい、イエス、了解」のどれかで返事する癖がついちまってるんだよなぁ……!

 

とにかく俺は、遠巻きに楽しんでるはやてたちの様子を見てるだけで満足なんだ!!その輪に入っていきたいなんて思ってないんだよぉおお〜〜!!助けて、神様!!このままじゃ俺は俺のことを助走をつけてぶん殴らなきゃならんくなる!!

 

 

【相変わらず、タカトはよくわからないな】

 

 

うるさいよ、リインフォース!あと必要なものだからって通販サイトでキャンプ道具を欲しいものリストに入れるのやめてもらえませんか?いや、買うけれども……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の書事件で出会った管理局の魔導士、タカト・ハイラックス。

 

彼と初めて出会ったのは海鳴の街。

 

ヴィータちゃんとの戦いに負けて、そんな彼女たちを止めて、戦う理由を聞くために向かった空で、仮面を被ったタカトに遭遇した。

 

 

「悪いが、ここから先には行かせるわけにはいかん」

 

 

二つの短槍という独特なデバイスを使う彼の力は圧倒的で、カードリッジで強化されたレイジングハートでも押し勝つことができなかった。チャージをすれば妨害され、距離を取れば槍が飛んできて、ならばと思って接近戦をしたら防護を貫通する突きを放ってくる。

 

弾幕を張って面で押さえることで動きは抑えられたけれど、私自身も彼に釘づけにされた。

 

そんな攻防戦が何度か続いて、闇の書がいよいよ魔力を集めきった時だ。

 

はやてちゃんの力が覚醒して、リインフォースさんが現れた瞬間。

 

 

「かかったな、阿呆がっ!!」

 

 

今まで私たちと敵対していたタカトは踵を返して姿を現したリインフォースさんへと突撃。懐から出した機械で彼女の有する魔力の半分を無力化したのだ。

 

後から聞いた話では、タカトの特質な体質である「魔力の濃さ」によるデバイスの内圧破壊を防止するため、彼は魔力を薄めるために空のカードリッジに余剰魔力を封印して排出する機構を使用していた。

 

カードリッジによる魔力の底上げとは全く逆方向の作用を持つ彼のデバイスは、ありったけの空薬莢を詰め込んで覚醒した闇の書に突撃。放出される魔力をすべて空薬莢に吸収することで、闇の書の潜在的な魔力量を激減させたのだ。

 

それが彼の狙いだったらしい。今まで敵対していたことを気にしないで、彼は闇の書を止めるための戦いに挑んだ。

 

魔力量が半分になったとは言え、それでも劣らないポテンシャルを持つ闇の書は、逆に追い詰められたことによって加速度的に脅威を増させたのだ。

 

魔力を補給する意味合いでもフェイトちゃんを取り込んだ闇の書に、たった二本の槍で戦いを挑むタカト。なんども叩きつけられ、殴られ、なぶられても彼は諦めずに立ち上がって挑み続けた。

 

 

「なぜだ……なぜ、貴様はそこまでする!!」

 

「助けるって、約束したからだぁああーー!!」

 

 

そこで私は気づいた。彼は管理局の人間としてではなく、大切な家族を守るため、助けるために組織に反旗を翻してでも戦うことを選んだのだと。

 

その後、紆余曲折あってはやてちゃんと闇の書の意志でもあるリインフォースさんが帰ってきて、シグナムさんや、ヴィータちゃんも帰ってきた。

 

ボロボロな姿になったタカトは、はやてちゃんの頭を優しく撫でて笑ってこういった。

 

 

「おかえり、はやてちゃん」

 

 

それを皮切りに、はやてちゃんが大声で泣いてタカトの胸に飛び込んだのが印象的だった。

 

それから数年と経った。未だに私やフェイトちゃんのことを「名字」で呼ぶ変なところはあるものの、彼は闇の書事件後からずっとはやてちゃんを支え続けてきた。どんな辛い立場に立たされても、どんなに立場が危ぶまれようとも、彼ははやてちゃんの隣に立って付き従ってきたのだ。

 

JS事件後、タカトの大怪我のこともあって相談したいとはやてちゃんに言われて、私とフェイトちゃんは、彼女が彼を夫に迎えたいという話を初めて聞いた。彼女の心配も、不安もわかったので、私たち二人はそれとなく二人をくっつけるように奔走したのだ。

 

バレンタインも遠回りに断り、タカトが休みの日はヴォルケンリッターも休みを合わせ、デートがしたいと頼み込んできたはやてちゃんの仕事を手伝って、タカトとのデートにも送り出してきた。

 

すでに外堀は埋め立てられた上にみんなで住む豪邸が建築されてるのだ。

 

だから、タカト。どうかはやてちゃんを幸せにしてあげてください。私たちは応援してます。

 

さぁて、今日はヴィヴィオにも私とフェイトママが選んだドレスを見せちゃうぞ〜!!

 

 

 

 

 

 

 

 



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お父さんによる試練。そんなん知らないですけど

 

さて。この世界に転生を果たした俺だが、その素質にはいくつかのハードルがあったわけで。

 

とある研究所でデザインベイビーとして不法に生み出された俺は、苛烈な投薬や洗脳を施される……こともなく、施設ごと廃棄されたのだ。ダイナミック育児放棄をくらい、保管庫の食料も切れかけた頃になって、情報を掴んだ管理局に保護されることになったわけだ。

 

他にも何体かの素体は確認されたらしいが自我を持ち、個人として活動している個体は俺だけだったらしい。下手すると何も考えないまま食事もせずに餓死していたパターンを味わっていたかと思うとゾッとする。

 

そんなわけで管理局に保護され、紆余曲折あって俺の保護責任者となった魔導士いわく、どうやら魔力適正があったようで魔導士にならないかと進路相談を受けた。

 

そこで俺は気がつく。ここが魔法少女リリカルなのはの世界であるということに。ただ、保護してくれた恩人におんぶに抱っこは気が引けたこともあって、俺は魔導士になるべく誘いを受けたのだ。決してなのフェイな尊さを側で味わいたかったとかいう邪な気持ちはない。ないったらない。

 

しばらくしてから魔力の適正テストが行われ、俺の体内にはリンカーコアがあることが確定した。そのとき担当してくれた医師のような研究員が首をしきりに傾げていたが、その理由は俺が訓練学校に入り、訓練用デバイスを渡されてからすぐにわかったのだった。

 

 

 

 

 

そんな遠い過去を思い返して現実逃避をしても事態は改善しない。捲れ上がった地面の影に隠れていたが、どこで見つかったのか、飛来した「矢」という名の暴力で俺が隠れていた場所は木っ端微塵に吹き飛ばされたのである。

 

ただいま、ヴォルケンリッター烈火の将であるシグナムとガチ交戦中です。なしてこうなった??

 

影から飛び出すと矢継ぎ早にシュツルムファルケン(短チャージ仕様)がバスバス飛んでくる。それを飛んで、走って、防いで避けまくる。すると、最後に妙に力の入った一撃の爆風に煽られた隙を狙って、瞬間移動のように目の前に現れたシグナムが息を鋭く吐きながらレヴァンティンを構えていた。

 

「弝ッ!!!!」

 

小さく、短く、それでいて鋭い声と共に袈裟斬りに振り下ろされた切っ先へ愛機の短槍をぴたりと当てて軌道をずらす。ずらされて目標を外した一撃は、ガァンっと凄まじい音を立てて俺の隣にあった瓦礫の岩を粉々に粉砕した。ひぇ、あんなもんモロに受けたらミンチよりひでぇ事になるぞ。

 

 

「ちょっとは手心とかないわけ!?」

「あったら貴様に勝てるはずがないだろう!!」

 

 

俺の返答に!被せて!言ってくるんじゃあない!

 

振り上げられた一撃をさらに二対の短槍で逸らす。鉄と鉄が擦り合う音が無人の訓練場に響き渡った。

 

なんで俺がシグナムとガチでやり合ってるのかというと、ほんの数刻前まで時間を遡ることになる。

 

いつも通りはやての補佐の仕事をしていた俺は、隙あらば婚姻届にハンコを押させようとしてくるはやての策を掻い潜りながら、なんとか午前の業務を終わらせることができた。

 

あの人、俺の名前のハンコで処理する書類の中にしれっと婚姻届の紙を紛れさせてくるんだもの。それに気づいて指摘すると、今度は全く関係のない書類に偽造してくるんだぜ。ハンコを押すところだけ妙な違和感があったのでめくると二重構造になっていて、俺がハンコを押す=婚姻届にハンコを押しただけですがになっちまう代物だった。

 

悪びれる様子もなくニコニコとしているはやてに疲れ切ってると、彼女に昼からはちょっとシグナムの訓練に付き合ってあげてや、と指令を受けたのだ。はやての精神攻撃に少々疲れていたので体を思いっきり動かしたい気分だったので俺は二つ返事で快諾。

 

ルンルンと訓練場に向かうとそこには一人の騎士が立っていた。

 

oh、シリアスムード=デスネ。

 

 

「どうしたんだ?シグナム?」

 

 

殺気が普段のそれとは比較にならん具合だけど一応聞いてみる。するとシグナムは本当にいい笑顔で俺を見ていた。

 

 

「ん?いや、どうしても確認しておきたいことがあってな」

 

「確認?こんな訓練所でな……」

 

 

ビイィイン、と俺の立ってる場所の後ろに何かが突き刺さった。振り返ると壁に矢がめり込んでいるのが見える。矢の尾が突き刺さった衝撃で上下にブンブンと揺れているのを見て、これがシグナムが放ったものだと理解するのに時間は掛からなかった。

 

 

「いや、なに。単純なことだ」

 

 

弓形状のレヴァンティンを剣の姿へと戻しながら、シグナムは鞘から刃を抜き放った。その目は明らかにやばい。殺す気満々だった。それだけは確実だった。

 

 

「タカト、お前の腕は信頼している。だからこそあえて確認させてもらう。その腕で主はやてを守れるかということを……!!」

 

 

で、冒頭に戻ります。

 

とりあえず何が何だかわからないまま距離をとったらシュツルムファルケン(短チャージ仕様)がバスバス飛んできて訓練所の地面が大変なことになりました。近くで訓練の準備をしていた局員はさっさと訓練所を後にしました。この薄情者がっ!!

 

そういうと、「娘を取られる父と、娘を取ろうとする旦那の喧嘩に巻き込まれたくないので」と真剣な眼差しで言われました。相手は誰かって?シグナムとのアップに付き合わされていたフェイトさんですけど!!

 

 

【主タカト、撤退を!彼女は本気です!】

 

 

蛇腹剣モードになって鞭のように襲い掛かってくるシグナムのレヴァンティン。その包囲網と変幻自在さは一級品で、我がデバイスに宿るリインフォースも撤退をお薦めしてます。けど冷静に考えてください。

 

 

「撤退させてもらえると思う?」

 

【無理ですね!!】

 

 

でしょうね!!シグナムさん本当にマジでやりにきてる!!真正面から切り結んでたと思うと瞬時に背後に回って蛇腹剣の鞭による横格ムーブ決めてくるほど本気です。無様にしゃがんで避けなかったら壁に吹き飛ばされて叩きつけられていました。

 

と、姿勢を崩してまで回避に専念した俺の頭上にシグナムが剣モードとなったレヴァンティンを唐竹割のように構えて迫ってきていた。おま、まさか、この至近距離で……。

 

 

「紫電一閃……!!」

 

 

紫色とオレンジの炎を巻き上げる一閃が頭上から振り下ろされた。

 

爆煙と衝撃、流石に完全には回避できず、俺は地面を何度か転がって受け身を取った。ちなみにシグナムが紫電一閃を振り下ろした先は小さなクレーターができております。

 

 

「あっぶね!?殺す気か!?」

 

「本気じゃなきゃ意味がないだろう!!」

 

 

堂々と言い放ってレヴァンティンを再度構える彼女に、俺も自身の二対の短槍であるデバイスを構えて応戦の意を示した。

 

ゲイジャルグとゲイボー。それが俺の持つ2本の短槍のマスコットネームだ。正式名はレイテルパラッシュ。全部俺の主張ネーミングである。

 

このデバイスは、俺が訓練生の時代に独自に作ったデバイスが基になっている。通常構造のデバイスは俺には扱えない。それは俺の魔力気質に大きく影響していた。

 

俺の魔力は常人の2倍以上の〝濃さ〟を有していたのだ。簡単にいうと、通常の魔道士が水割りのお酒で、俺の魔力はロックということ。

 

で、炭酸水割りか普通の水割りで慣れたデバイスが、俺のロックの魔力を飲めばどうなるか。答えは暴発するでした。

 

座学で得た知識を使った魔力スフィアを形成しようとした瞬間、訓練用のデバイスが音を立てて爆発四散したのだ。調査の結果、魔力が濃すぎて通常の変換機器では対処不能ということだったらしい。

 

で、最初は落ちこぼれの烙印を押されたんだが、使えねぇものに執着しても仕方ねぇ!なら自分で作るわ!

 

そう言って出来たのがレイテルパラッシュだった。自前で作ったデバイスの何がすごいかって、俺のデバイスには「逆カートリッジシステム」が搭載されているのだ。

 

まぁ原作知識と技術班を巻き込んで作った結果なのだが、これは濃すぎる魔力量を水割りするシステムなのだ。余剰分の魔力の濃さをうっすい魔力で中和して使うのだが、これがなかなか難しく、実用化するまでに時間がすごくかかった。

 

最初は魔力を薄めすぎてろくにエネルギーが取れなかったりと散々だったが、技術班や弛まぬ努力を続けた結果、闇の書時点では魔力の濃さをある程度中和し、質量の重い技を繰り出すことができるようになっていたのだ。

 

さすがは管理局、奴らの技術は世界一ィイ!!

 

 

「逃がさんっ!!」

 

 

あっぶね、ふざけてたらレヴァンティンの切っ先が顔の横を掠めた。ハラハラと髪の毛の先端が舞い落ちる。現実逃避を続けてたら顔がレヴァンティンの鞘になるところだった。

 

 

「お前っ!まじで!!良い加減にしろよっ!?」

 

「スウェーとダッキングで斬撃を至近距離で避ける貴様には言われたくないな!?」

 

 

シグナムとは闇の書以来の仲であるのである程度の接近戦になると互いの考えてる手札が丸わかりなので武器を使って防ぐまでもなく、上体をずらしてヘッドスリップをすればなんとか捌けるのだ。

 

ちなみに、シグナム相手にゼロ距離で斬撃を躱しまくるとか人間じゃない…。って見てたフェイトがボソリと呟いていた。

 

振り下ろしたレヴァンティンの一閃を避けると、手を掴んでそのまま逆向きに持った短槍の石突でシグナムの体を吹き飛ばす。

 

 

「やるではないか、タカト!ならこの一撃を受けてみるがいい!!」

 

 

口の端から血を溢れさせ、それを拳の裏で拭ったシグナムはレヴァンティンを納刀して抜刀術の構えをとった。抜刀と紫電一閃を織り交ぜるつもりだ。目に見える魔力が闘気のようにシグナムからゆらめいて起き上がっている。

 

 

「めんどうだ、さっさと終わらせて俺ははやての仕事の手伝いに戻る!!」

 

 

対する俺も魔力を安定化させるカートリッジを複数回打ち込んで、大技の体勢に入る。向こうは居合からの一閃、こちらはその一閃を掻い潜って放つ一撃を狙う。

 

睨み合う。脳内では何度も彼女との戦いがイメージされるが決定打に欠ける。それを何度か繰り返していると、近くにある瓦礫の一部が崩れた音が聞こえた。

 

それが合図だった。

 

 

「受けてみろ!!紫電……一閃ッ!!!!」

 

「貫け、ゲイジャルグっ!!」

 

 

シグナムが踏み込み、神速の一撃を放つタイミング。その僅かなタイミングで見える隙に、俺は二対の短槍の一つであるゲイジャルグを投擲した。タイミングをずらされつつもシグナムはなんとか立て直そうとする。

 

だが、それは悪手だった。

 

もう一つのゲイボーを構えた俺が、彼女の頭上に飛び込んでいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?この訓練所は誰が直すんや?ん?」

 

「す、すいません」

 

 

シグナムが主人に怒られるチワワのようになってる!?(→当面訓練所使用禁止を言い渡されました。)

 

 

 

 



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