死界は異なる世界にも (ゴツゴツクリスタル)
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過去話1

設定めっちゃだるい。初心者には酷ですよこんなの


 

 

「おいおい、こんな所で事故かよ」

「俺ちょうど見てたけどすげぇ量の血が出てたぞ、ありゃ助からないな…」

 

夜中にけたましく鳴るサイレン

住宅街の一つの塀には赤いペンキが不細工に塗られ、その塀に死人のようにもたれかかっている少年がいた。

 

(あれ、手足が思う様に動かない…)

 

頭から血をダバダバと流す姿は見た時に助からないと思わせる量だ

 

(……まぁ、僕の命とでしたら、交換条件としては……悪くない…でしょう。)

 

ぼんやりとした視界で必死に自分を揺さぶるリボンの少女を見ながら自分の意識は途切れた。

中1の春だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………どこ…ここ」

気づいたら知らないベッドで寝ていた。状況を確認したくて横を見たらナースコールというものがあった。

どうやら自分は助かったらしい、均等な音程で聞こえる鼻息と動かそうとすると痛む体に生の実感を覚えた。

死ななかったことへの安堵感の後に考えたことは、妹は大丈夫なのか、何故あの状態から助かったのか、

 

何より

 

この赤黒い線はなんなのか

 

等、聞きたいことが山ほどあるが、それも後で全部話してもらえるだろう。

 

今はただ、見てるだけで吐き気を催す赤黒い線を直視したくなくて目を瞑った

 

 

 

 

 

2日経って面会を許された。

妹の紫乃が病室に入った途端に泣きながら抱きついてきた。何度も謝られる姿を見て帰ってきた感覚を覚えた

事故の直前紫乃を勢いよく飛ばしたおかげで壁にぶつかった時に出来た擦り傷以外は傷はなかった。

よかった。折角の可愛い顔に傷がついたら僕は自分を許せなかっただろう。

傷つけたら他界した親に指全部折られちゃいますよ、と少し場を和ませようと冗談を言ってみた。

 

「……いなく…ならないよね?…もうどっか……行っちゃわないよね…」

 

その唯一の妹の言葉にも視界に映る赤黒い線を見てしまって

 

返事をすることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中2の夏、まだちゃんと志望校を決めていない人が多い季節に、帰ろうとバックを背負って教室を出ようとすると、あまり仲良くもない男子に呼び止められた。今日当番だけど今は暇じゃないからとゴミ袋を渡された。

わかりましたと出来るだけ世間一般でいういい笑顔で返事をしたら少し恐怖の入り混じった顔をした後そそくさと帰っていった

 

校舎裏のゴミ捨て場に足を運ぶと女子の怒号が聞こえてきた。

 

「ねぇ、私が光輝くんの事好きってわかっててやってるよね?」

「ち、ちがっ、そんなつもりはなくて「そんなつもりはない?あんなに光輝くんにひっついて置いて?」っ」

 

どうやらこの学校で有名な超イケメンくんの天之川光輝に関する揉め合いらしい

3人の女子に囲まれてる中にポツンといるあの女の子は会話の感じからすると天之川光輝といつも一緒に

いる八重樫雫だ

 

「……………」

「もう2度と光輝くんの視界に入らないで」

 

カバンから出したノートを八重樫雫に投げてそのまま3人組は帰っていった

 

 

 

 

「…笑いに来たの?」

 

どうしたものかと考えているうちに涙目で呼びかけられた

 

「ほぼ初対面の相手にそんな事しませんよ」

「うん、確かにそうかも…」

 

疲れきった笑顔だった

 

「まぁ、流石に今の会話盗み聞いて無視できるほど僕の精神は図太くないので初対面の僕なんかでよければ

 話を聞くくらいはできますよ」

「…ごめんなさい、少し、聞いてもらえると嬉しいわ」

 

八重樫雫から聞いた天之川光輝はその外見に見合わないほどの無責任さとご都合解釈人間だった。

彼は多分根本的な所では女性の事をアクセサリーか何かの様に考えているのだろう

 

「こんな話に付き合ってもらってありがとう。今日あったばかりなのに…

 ふふっ、不思議ね。なんだかあなただったら全部受け止めてくれるかなって思っちゃったわ」

「そう言ってもらえると光栄です。盗み聞いた甲斐があったものです。」

「盗み聞き自体はもう二度とやらない方がいいわよ?」

「成り行きで聞こえてきたんですよ、不可抗力です」

 

クスクスと二人で笑い合った。八重樫雫の表情も先ほどとは打って変わって明るくなっていた。

 

「こんな話ちゃんと聞いてもらえたの初めてだわ。改めてありがとう」

「感謝は素直に受け取りましょう。……….雫さん、また困ったことがあれば相談に乗りますよ」

 

一瞬惚けた顔になった後満面の笑みを浮かべた

 

「えぇ!またお世話になるかもしれないからその時はよろしく!」

 

男勝りと言われながらそんな少女らしい行動をとる彼女を見て不安に駆られた

 




見直してなぁい
また不定期投稿します


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過去話2

主人公像わかりにくいかな


中学2年生の春。

終業式が終わって僕は久しぶりのちゃんとした休みだったので雫さんに前から誘われていた八重樫家の道場に来ていた。

 

 

「来てくれたのね、士道くん」

 

「えぇ、本格的に体を動かすのは体育の時間以外ありませんから、今日の間だけですがお世話になります。」

 

「ふふっ、そうね、ビシバシと指一本動かせないくらいまで鍛えてあげる!」

 

 

雫さんは僕を体操選手にでもにでもするつもりなんでしょうか。思わず苦笑いしてしまった。雫さんに案内されながら道場の扉を開けるとものすごい熱気と共に大声が聞こえてきた。みな一斉に竹刀を振り下ろし、上げて、また振り下ろすという作業を掛け声と共に行っている姿が目に映った。一生懸命に汗を流してる彼等を見て少し羨ましいと感じてしまった。

 

 

「とりあえず着替えれてきてくれる?その格好で稽古しようとすると怪我しちゃうわ」

 

 

そう言って剣道着を渡された。剣道をやりにきたとはいえ今日限りでしか竹刀を振らないような部外者がこの場にいると気が散るかと考えて更衣室まで足早で着替えに行った。道場から出る直前に振り返って稽古中の彼らをもう一度見た時、少し赤黒い線が見えた気がした。

 

先程いた道場から少し離れた場所にもう一つ小さい道場があった。棚に置いてあったいくつかの剣道防具を見たところ全て八重樫という名前が書いてあった。多分家の所有者専用の道場なのだろう

 

 

「士道君は今日一日くらいしかやらないから最低限の基礎と竹刀の扱いだけ覚えてもらってそこから簡単な試合でもしましょっか」

 

「僕が雫さんから一本を取るのに1日は難問すぎますよ…」

 

「安心して、本気の50分の1くらいで相手するから」

 

とても嬉しそうにそう答えてくれた。

 

 

(50分の1ですか)

 

 

すごく手加減している様に見えるが八重樫雫は大会では負けなしの超がつく猛者である。その手加減が僕の実力と拮抗するくらいのレベルにまで落とされているかは不明だった。疑問は試合を始めればわかるだろうと思考を放棄して稽古に付き合ってもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、これやっぱりこれレベル違いすぎましたね」

 

「うっ、ごめんなさい…縁なら運動神経いいから大丈夫かなって思ってたわ」

 

 

予想通りだった。うん、次からは竹刀を持たないってルールにしよう、それなら公平だ。

それだと剣道とは、という話になるが僕は今雫の最初の宣言通り地べたに転がって指一本動かせないくらい状態になっていた。実力は抑えても経験でやはり押されてしまう。試合は押されてしまうという生易しいものではなく一方的に攻撃されたという表現が正しかった。

 

「ここまでで手加減されてても雫さんの試合での圧は体によく響きます。対戦相手が少しかわいそうに感じました。」

 

「そんな事ないわよ。剣道みたいな1on1の試合形式のスポーツは極限まで感覚を研ぎ澄ますものだから私みたいのなんていくらでもいるわよ」

 

時刻はもう夕方になろうとしていた。道場の門下生達もそろそろ帰るようでわいわいと楽しそうな声が聞こえてきた。

 

 

「そういえば結局士道くんは高校どこ行くの?」

 

「そうですね…正直まだ決まってません。出来るだけ近くてお金のかからない所がいいですね」

 

「へ、へー、そう……その、じゃ、じゃあ私が行こうとしてる高校なんてどうかしら?」

 

「───」

 

「ほ、ほら、私の行こうとしてる所学費も他と比べて安いしここからでも結構近いじゃない、だ、だからあなたがちゃんと行くには条件として悪くないというか、な、なんていうか……」

 

 

驚いた。

遠回しではあるが一緒の高校に行かないかと誘われるとは思わなかった。確かに条件としてはあっているから別段断る理由はなかった。

 

 

(いや、それ以前に)

 

 

僕は気付いていた。彼女が自分にどんな感情を向けているのか。気付いていて尚知らないふりをしていた。だってそれは僕なんかに向けていいものではなかったから

 

(そう、僕みたいな…)

 

 

突然なんの前触れもなく道場の扉が開いた。

 

「雫、こんところで何をしてるんだ?」

 

「光輝…彼とちょっとした試合をしてたの」

 

「彼?後ろで寝転がっている彼か?」

 

「こんにちは、士道縁です。」

 

話すのが初めての相手に寝転がったまま挨拶するのは失礼だと思って痛みを我慢しながら座った姿勢で挨拶をした。

 

 

「士道くん、彼が天之川光輝よ。」

 

「よろしくお願いします」

 

「………」

 

 

?反応がない。

 

 

「雫、彼といつ知り合ったんだ?」

 

「?多分1年くらい前からじゃないかしら」

 

「彼とは本当に友達なのかい?」

 

「なっ、そんな失礼な事言わないで!」

 

「雫!俺は心配してるんだ!雫に積極的に関わってくる男子なんて下心があるに決まってる!」

 

「そんなの初対面の光輝にはわからないじゃない!」

 

「いや、雫には男子の怖さがわからないんだ」

 

「だからって勝手に決めつけて私の交友関係にケチつける理由なんてないじゃない!!」

 

「だから言ってるだろう、俺は雫が心配なんだ!」

 

 

どうやら天之川光輝は僕が下心を持った獣と考えているらしい。聞いてた通り思い込みが激しく女性の事を宝石のように考えてる節がある。彼はきっとこの事実に気づいてないが。

天之川光輝は僕に視線を移した

 

 

「士道縁くん、金輪際雫には関わらないでもらいたい」

 

「ちょっと光輝!!」

 

「…わかりました」

 

「士道くん!?」

 

 

これは何を言い返しても無駄と判断して早々に話を切り上げて、更衣室に行って剣道着を脱ぎ、綺麗に折り畳んで棚に置いた。道場に戻ってきた時には雫さんと天之川光輝はまだ喧嘩をしている。雫さんの表情は怒りの感情で埋め尽くされており天之川光輝の俺は君のためを思ってという態度がさらに雫さんの怒りのボルテージをあげていた。

 

 

「雫さん、今日は稽古付き合ってもらってありがとうございました。」

 

「し、士道くん!その…」

 

「聞き分けがいいな、本当にもう関わらないんだろうな」

 

「聞き分けって、あなた何歳ですか…まぁいいです、では帰る前に歪んだ正義感を持った天之川くんに一つだけ忠告、もとい警告をしましょう」

 

「警告だと?」

 

「えぇ」

 

そして雫さんを庇うように立っている天之川光輝の横に移動する。

 

「───」

 

「!!」

 

 

雫さんは僕が何を言ったのか聞こえなかったようで不思議そうな顔をしている。

 

 

「では、雫さん、今までありがとうございました」

 

 

雫さんの呼び止める声を聞く前に道場の扉を閉めた。

 

 

 

 

 

天之川光輝side

 

なんだったんだあの男は

雫に馴れ馴れしそうにして、絶対に邪な気持ちがあったに違いない。

 

 

「光輝…あなたっ」

 

「これで安心だ、でも雫も気をつけるんだ。ああいう輩が世の中にはいるんだから」

 

「っっ」

 

「お、おい雫!?」

 

 

雫は走って道場を抜け出してしまった。よくない男に騙されてたんだ、無理もないだろう。俺も早く着替えよう、明日も学校がある。

 

 

(だが最後のあれはなんだ?)

 

 

 

『正義だって見方を変えれば悪になる、とびっきりのね?』

 

 

……いや、戯言だな。今日は勉強するか

 

 

 

 

 

 

 




ヤッベェ、考えてたら自分で言った設定とか伏線忘れそぉ


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過去話3

忘れないように忘れないように


雫side

 

 

「しずくー!ご飯食べないのー」

 

「…今日はいらないわ」

 

 

下の階から聞こえる母親の声に掠れた声で適当に返事をする。八重樫雫は自室のベッドに横になりながら枕に顔をうずめて動かず、外から聞こえるカラスの鳴き声を部屋に響かせていた。

 

「もう……会えないのかしら……」

 

明日もいつもみたいに笑って私の愚痴を聞き流してほしい、明後日もいつもみたいに一緒に昼ごはんを食べて欲しい、明々後日もいつもみたいに部活の様子をチラチラと見にきて欲しい、次の日も、その次の日も……

 

あの底抜けに優しい笑みを見ながら

 

 

(───私と一緒にいてほしかった)

 

 

涙を流しながら枕を力一杯握って自分の全ての思いをぶちまけた。

 

 

(……そういえば士道くんとの出会いって今考えると最悪だったわね)

 

 

八重樫雫と士道縁は雫が同級生に天之川光輝のことでいじめられているところを見られたこと最初の出会いだった。

 

 

(最初はもう誰でもいいからこの悩みを明けたくてたまたま聞いてた士道くんに成り行きで話したけど、この話を聞いた時とても真剣な顔で自分のことのように悩みの解決法を苦しそうに探してくれた。)

 

 

あの時から彼の優しさと真剣性は折り紙付きだった。好きでもない友達でもないただの知り合い程度の人にここまで親切にしてくれる人は普通いるのだろうか。親友の香織ならやりそうなことだが解決法は結構無理矢理な気がする。とりあえず愚痴を聞いてもらったその日は外が暗くなってきたので聞いてもらった事にお礼を言いつつ帰ってもらった。

 

(それで次の日彼が言ってくれたのが)

 

『これは解決法ではありませんが、これから少しでも辛くなって悩みを打ち解けたい時があったら僕のところに来るか電話をしてそれを話して欲しい。多分、君のいじめは僕が盾になること、もしくは教師側に直談判などをしてどうにかなる問題ではありません。いじめと言っても言葉では物的証拠にはなり得ないのでいじめのことを他の人に言ったことがバレたら状況が悪化する可能性と君の学校内でのイメージダウンに繋がってしまう。なので、その場凌ぎではありますが……辛くなったら頼ってください、申し訳ありません。僕にはこれくらいしか思いつきませんでした。あ、あと普段は僕と雫さんが会っている事は隠してください。別クラスの僕たちが急に話すようになるのは変な誤解を招くと思いますから』

 

 

こないだの校舎裏に呼ばれて頭を深く下げながらそんな事を言われた。

驚いた。

わざわざ今日それを伝えに来てくれたというところもあるにはあるが、それ以上に今日の朝までずっとそれを考え続けてくれた事に心の中で開いた口が塞がらなかった。よく見ると目元は少し眠そうにしている。眠らずにいたのだろう。

 

(その時からかしら)

 

日常が変わった。学校で彼を見掛けると自然と目が行くようになったり、夜の9時から自室で今日あった嫌なことを彼に電話越しで話すとこが日課になったり、幼馴染には他の女子友達と食べてくると行って校舎裏で他愛ない話をしながら昼食を取ったりとキリがない。

 

 

(でも、一つだけ言えることは)

 

 

笑顔が増えた

 

毎日が楽しくなった

 

だから高校に行く時も彼を誘った。彼と高校に行ったらもっと楽しいと思ったから

 

 

(でも…もう)

 

 

また泣きそうになった

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴーー「うひゃっ!」

 

変な声が出た。ベッドに転げてある携帯からだ。あまり何かをする気は起きなかったが夜に電話してくるのは幼馴染か親戚くらいしかいなかったので仕方なく応答ボタンを押そうとした。

 

 

「士道…縁?」

 

 

一瞬誰か理解できなかった。数秒間を置いてから頭が回りベッドから勢いよく飛び出して急いで応答ボタンを押した。

 

 

「も、ももも、もしもし!」

 

びっくりしすぎて声が裏返った。

 

 

「あぁ、雫さん、さっきぶりですね。ご飯は食べましたか?」

 

「い、いえ、まだ食べていないけれど」

 

「もう8時半ですよ?夕食を食べないのはお肌が荒れますよ」

 

 

いつもの変わらない調子で会話をしていままでの自分の反応がおかしかったのかと考えたが、首を横にブンブン振って騙されないぞと思い直した。

 

 

「士道くん、あなたさっき私と金輪際関わるなって光輝に言われてたんじゃないの?」

 

「はい、言われましまが、それが何か?」

 

「何かって…えぇ」

 

 

電話越しに首を傾げる音が聞こえた気がした。

 

 

「それとも雫さんはもう僕とは話をしたくはありませんか?」

 

「いえ…そういう訳ではないのだけれど…」

 

「ははっ、冗談です。安心してください、夕方の件の会わないという約束は勝手に破棄する気でしたから。ああしたほうが場が収まりやすいと思っての事です。」

 

「そういうことだったのね…よかったぁ…」

 

 

体からようやく力が抜けた。これまで泣いたり、驚いたり、緊張したりと忙しなかったため一気に疲れが押し寄せてきた。

 

 

「まぁ、これからは天之川君に僕と雫さんが会う姿を見られないように注意しましょう。彼の性格上もしバレたとしても僕に当たってくることはあっても雫さんに当たることはまずありませんからね」

 

リスクとしては小さいです。と自分の事は棚に上げて私の心配をしてくれる。

 

 

「えぇ、ごめんなさい。こんなことになって」

 

「雫さんのせいではありませんよ。天之川君の特徴を聞いた限りだとこうなることは予想がついていましたから」

 

「…本当にごめんなさい」

 

「ですから雫さんのせいでは……そうですね。では代わりと言ってはなんですが少しお願いを聞いてくれませんか?」

 

「お願い?」

 

「はい。僕と映画館に行って下さい。」

 

「そんなことでいいのかしら…」

 

「いいんです、これが僕の願いですから。来週の土日どちらが空いてますか?」

 

「えっと、日曜日が空いてるわ」

 

「わかりました。では日曜日にデートと洒落込みましょう」

 

そう言って9時くらいに彼との通話は今日は終わった。さっきまでは今までの疲れで通話が終わったら即座に寝ようと思っていた。

 

が、

 

ピッ

 

プルルルルルル

 

ブツッ「雫ちゃん!こんな夜遅くに電話なんて珍しいね!どう「香織!!私デートのお誘い受けたわ!!」えぇ!?開口一番で何もわからないよ雫ちゃん!!」

 

 

気持ちは時間ではなくその時何があったかで動くものである。

 

 

 

 

 

 

士道縁side

 

 

「ふぅ」

 

あれだけ元気になれたら大丈夫そうだ。自室の机で頬杖をつきながら思考を巡らせていた。

 

 

(自分にどんな感情を向けられているか分かった上であんな提案をするのは卑怯だとわかっている。切り離すべきだとも思っているが雫さんが元気を取り戻すことが優先順位として高かったから仕方なかった)

 

と罪悪感と共に惨めに自分を慰める

 

 

「…そろそろ時間か、今日は依頼が早いな」

 

夜の11時になった。

机の後ろのカーペットをめくってその下にある床下収納庫を開ける。中には食用品が入っている。そして食用品を全て出すとそこには黒いタイツと歯が剥き出しになっているマスクがあった。

 

黒いタイツに着替えてその上から罪人の刺青を隠すように少し厚めの私服を着る。階段を降りようとすると声が掛かった。

 

「お兄…どっか行くの?」

 

「眠れないから少し散歩してくる。紫乃は先に寝てていいですよ」

 

「はぁい」

 

眠そうな声で返事をしてそのまま自室に戻って行った。中学1年生といえど9時寝は早い。今時の学生はそんなものなのだろうか。と自分も中学3年生ということを忘れているが、今から向かう所に比べれば考えている事は呑気なものだ。

 

(あぁ、僕は君にそんな感情を向けられていい人間なんかじゃない。)

 

 

僕は

 

 

 

 

 

 

 

 

人を殺す、ろくでもない人でなしだからね。

 

 

 

 

 

 




中学生が校舎裏で飯食うとか給食だったらできないわ。ここは弁当制の中学ってことで自由な場所で食えます。異論は認めん、なぜならめんどくさいから


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過去話4

過去話ながーいって?僕もそう思う。でもあったほうが入り込みやすいかなって


日曜日の朝。

八重樫雫は猛烈に急いでいた。

 

 

「あしたが楽しみだったからって4時まで起きてる事はないわよぉ!」

 

 

明日の事を考えていたら4時まで起きた挙句いつのまにか寝ていて起きたら9時になっていた。自分は待ち合わせの10時に間に合わせなければと朝食と着替えをぱっぱと終わらせて自宅を出ようとする。

 

 

(今から走れば40分の電車に乗ってギリギリ間に合う!)

 

 

剣道で鍛えた脚力と体力を駆使して住宅街を走り去る姿がそこにあった

 

 

 

 

 

 

「おや、おはようございます。珍しいですね、雫さんが寝坊なんて」

 

「え、えぇ、まぁ、ね、ちょっと、他の用事を、おもい、出して、夜遅くまで、起きてしまった、の」

 

 

肩で息をしながら声も絶え絶えな状態になっている。映画館の前集合とあって周りには人がたくさんいた。

 

 

「ここの映画館って評判いいんですよね、席が一般席でも特別席みたいな装飾のイスなんですよ」

 

「ふふっ、それだと特等席はどんなに豪華なのかしら」

 

 

雫さんが見たい映画が見たいです。と言われ、自分の趣味を知られてしまったことへの少しの恥ずかしさと共にチケットを買って店員さんに見せた後見たい映画の番号に入っていく。席がほぼ満席状態な所からこの映画がどれだけ期待されている作品かよくわかる。予約していた席におもむろに座ると座り心地の良さにそのまま眠りそうな気がした。

 

映画の内容はガンによって余命宣告をされた彼女を死ぬまでに幸せな事をいっぱいやらせてあげて天国に送らせるという悲しい話だった。自分は途中涙ぐんでしまって士道くんにこんな顔見せれないなぁと考えながらふと隣の士道くんの顔を見た。

 

 

(なんで……そんな自分の親が死んだような顔してるの…)

 

 

 

 

「この映画の主人公役の俳優さんほんとにすごいですね!ここまで感情を揺さぶられるとは思いませんでした」

 

「私の勧めた映画が好評そうで良かったわ」

 

「はい、とても面白かったです」

 

 

そんな会話をしてる中、自分は士道縁の見せたあの顔が忘れられなかった。

 

 

(そう、あの時の顔は…昔の後悔を思い出してるような…)

 

「雫さん?」

 

「あ、えぇ、どうしたのかしら」

 

「いえ、昼ごはんを何処かで食べたら公園でも行きませんか?」

 

「? ええ、そうね」

 

 

何故公園かはわからなかったが今日は暇だったので同意した。近場のマ○クで昼食を取って公園まで二人で話しながら歩いた。公園に着くと映画館とは打って変わって人の気配は少ししかなかった。周りを見てみるとたまに公園に遊びに来た子供達が走り回っている。そん中で噴水の近くのイスに二人で座った。

 

「それで急に公園ってどうしたの?」

 

「はい、こないだのお誘いの返事をしてなかったものでしたから」

 

「お誘い?」

 

「えぇ、 僕もあなたと同じ高校に行く事にしました。」

 

「!!!」

 

今なんと言ったのか

光輝の事があって有耶無耶になってたこととは言え覚えてくれていたとは。今すぐ飛び跳ねて喜びを表現したい気持ちを抑えて冷静に聞く事にした。

 

 

「士道くんはそれでいいの?」

 

「はい、どうせなら知ってる人のところに行きたいと思うのは普通でしょう」

 

「…そうね、これからもよろしくね」

 

「よろしくお願いします」

 

 

まだ受験もしていないのに受かった気でいるがそこは突っ込まない。

 

 

「じゃあ何か決めてるわけでもありませんしこの後どうしますか?」

 

「そうね…」

 

 

うーんと考えていると一つ聞きたいことがある事を思い出したけど。口に出していい話題どうか躊躇ったが勇気を出して聞いてみる事にした。

 

 

「その…士道くんの過去って聞いてもいい?」

 

「───」

 

「話したくないことなら別に全く話す必要ないのだけれど…」

 

 

聞いてしまった。映画を見た時のあの反応を思い出してずっと気になっていたが、もしかして士道くんも映画みたいな悲しい過去があったのだろうかと詮索したくなった。あまり人の事情に踏み込むのは良くないと分かっていたが自分はもっと彼のことが知りたかったから暴挙に出る事にした。

 

 

「───僕の過去なんてつまらないものですよ。それでいいなら聞いていきますか?」

 

「! 聞かせてもらえるかしら」

 

 




あと2話くらいで本編入ります。


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過去話5

みんな背景言葉で書くの上手いなー、裏山


「小学3年生、僕がまだ遊び盛りの時でした」

 

 

「縁ー!宿題やったのー?」

 

「今日は宿題ないもーん!だからいつものとこに遊んでくるー!」

 

「行ってきますだろー縁。子供のうちから敬語は覚えておかないといけないぞー」

 

「やだよー!めんどくさい!」

 

「お兄どっかいくのー?」

 

「ちょっと学校でサッカーしてくる!」

 

 

とても幸せだった。両親は自分たちのことを深く愛してくれていた。友達とも土日には学校のグラウンドで夕日が昇るまでサッカーをしていた。

 

そんな日々に唐突にヒビが入った。

 

学校で遊んだ後家に帰ってきた時には  家が燃えていた。

 

 

「お兄ぃ、これ、どうなってるの?」

 

「し、紫乃?」

 

 

家の前で座り込んで動かない妹がいた。紫乃は自分の家が燃えるという理解ができない状況に頭が追いついてきていないようだった。

 

 

(な、なんなんだよ…これ)

 

 

かくいう自分も例外ではなかった。

 

 

「消防士はまだか!?もう隣の家にも火がうつっちまう!!」

 

「くそっ!!どうしてここから火が上がってきたんだ…お、おい!!そこの子供二人!下がれ!危ないぞ!」

 

 

 

 

「あそこって士道さんちのお宅よね…家から出てないんじゃないかしら…」

 

「───」

 

 

え?

 

言ってる意味がわからなかった。これは僕がまだ子供だからだろうか、理解する能力が欠落しているからなのだろう。自分の両親が火の中にいる?そんなの

 

 

「っっ、そこのおばさん!紫乃お願い!!」

 

「え!?」

 

 

紫乃を名も知らないおばさんのところに預けて僕は走って燃え盛る火の中に入ろうとした。

 

 

「お、おい!!そこの子供なにしてる!!」

 

「マジかよあのガキ!」

 

大人の声を無視して家の中に入る。中は臭いなどと感じるよりも苦しいという感覚が僕の体を蝕んでいた。リビングに入るとそこは地獄だった。テレビの横に置いてあった家族写真、家族みんなで塗装した壁、母親が毎日食事を作ってくれていた台所、等しく燃えて無になろうとしていた。

 

そしてそのリビングの燃えているカーペットの上と台所の廊下に

 

 

今まで息をしていたであろう両親だったものが燃えていた

 

 

「あ あ あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

訳がわからない。何故僕の両親がこんな目に遭わなければならない、そんなひどいことを亮はやっただろうか、ただ普通の生活が送りたかっただけなのに、何故、何故、なぜ、なぜ、なぜなぜなぜなぜナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼ───

 

 

天井が崩れた音がした。どうでもよくなって僕は落ちようとしているそれを回避するという選択肢が上がらなかった。崩れた時に思い出したのは

 

紫乃の笑顔だった。

 

それが意識を手放す最後の走馬灯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピッ

ピッ

ピッ

 

「……?」

 

なんだ、これ、死んだんじゃなかったのか、僕は。

まだ朦朧とする頭で意識が覚醒した。今自分がどういう状態か分からないがどうやら助かったらしい。

周りを視線だけ動かすと輸血パックやよくわからない液体が注射器で自分の身体中に投入してるらしい。ここは病院だとわかるのは早かった。

 

その後体を起こすくらいに回復して妹の紫乃と会った。

 

 

「お兄 パパとママってどこいったの?」

 

「───パパとママは………」

 

 

どうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいい

 

僕は医師から伝えられなくとも医師の悲痛そうな顔で理解していた。現場にいた自分がなによりもそれは分かっていた。

 

(でも紫乃は見てない…自分が知らないうちに両親が死んでたなんて言ったら紫乃の精神は持つだろうか…)

 

自分もまだ両親が死んだ事実に納得も泣くことも出来ていないのに紫乃がこれを聞いたらどうなるかは全くわからない。だから、

 

「……うん、パパとママはちょっと遠くへ旅行に行くんだって。ちょっと長くなるらしいから帰ってくるのを気ままにまとっか!」

 

空元気を振り撒く。でも今はこれしかないと思った。嘘をつく事はいけないと分かっているし、いつかはバレるだろう。だけど今だけは……

 

 

「……うん!分かった!」

 

「─── ───」

 

自分はなんてむごい事をしてしまう所だったんだ。何がもうどうでもいいだ。何が納得できてないだ。お前にはいつまでも帰りを待とうとしてる妹がいるんだぞ。その妹を置いて先に死のうとしたなんて

 

 

「───できる訳がない」

 

「お兄?」

 

「…紫乃、ちょっと顔出して。」

 

「?」

 

顔を近づけた紫乃をぎゅっと抱きしめる

 

「…お兄?」

 

「紫乃……僕頑張るから、僕、頑張りますから」

 

これが僕が僕にかせた使命だった。

妹を守り抜くと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って所ですね。後に残ったのは遺産だけでしたのでその遺産で家を買ってそこから2人で生活を続けていました。」

 

「…………」

 

想像通り重かった…でも、士道くんは妹さんを守り抜くためにここまで頑張ってきたんだと考えると本当に前途多難な人生を歩んできたんだなと感じた。

 

 

「ごめんなさい…こんな辛い話させてしまって……」

 

「いえ、いつかは話そうかと思っていたのでお気になさらず」

 

 

ちらりと士道くんの方をみるとあんな話をした後だというのに穏やかに微笑んでいた。彼は一人で背負い込んでいたのだろう。親が死んだ悲しみも、一人で妹を守る辛さも。だから人一倍大人になる必要があってこんなに大人びた口調になったのだろう。

 

 

「………」

 

「話も外の景色も暗くなってきたのでそろそろ帰りましょうか」

 

「…そうね、話してくれてありがとう」

 

 

彼への事を考えてまだ辛い目でしかみることが出来なかった。

 

 

「僕はあなただから話したんですよ、雫さん」

 

「え?」

 

「雫さんならよく聞いてくれると思ったなのでこうしてお話したんです。なので聞いてもらった事でもう僕は充分あなたからもらいました。これでこの話は終わりです。」

 

 

彼は聞いてもらったことが何よりの慰めになったと言った。もういいからと。

 

 

(なら、そうね)

 

「えぇ!明日から学校!受験に向けて勉強はちゃんと頑張らないとね!」

 

「ははっそうですね。笑って卒業してやりましょう」

 

「当たり前よ!」

 

「あぁ、あと、だいぶ遅くなりましたが」

 

「?」

 

「その服、似合ってますよ」

 

「っっっ」

 

 

顔が真っ赤になった。

 

 

(あれは可愛いっていういみでいいのよね?いいのよね?)

 

 

午後7時半。月が見えてきた頃の話だ。

 




潰れちゃうよ


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本編 線は再び

ようやく入れる


月曜日の朝。

 

誰もが待ち望んでいない憂鬱な日の代表格と言っても過言ではない。部活動で登校する生徒達は眠そうな者や、楽しそうな者、だるそうな者がいる。

 

 

(あぁ、今日は一段と線が見えやすい…最近どうしたんだろ…)

 

 

士道縁

この高校に入学している中立的な顔をした好青年。成績は何故かいつも17位をキープしており、男友達からはよくその事をよくいじられている。困ったことがあれば必ず相談にのり解決率95%というイカれた数字を叩き出していることから男女からよく頼られるお兄さん的存在だ。

 

 

「おはよう、士道くん」

 

「おはようございます、雫さん」

 

 

八重樫雫

長い髪をポニーテールにした少女。家が剣術道場を営んでおり、大会では負けなしという天才。そのキリッとした姿からお姉さまと慕われている。

 

 

「どうしたの?もしかして体調悪い?」

 

「いえ、月曜日という事に少し憂鬱感を覚えただけです」

 

「あなたって時々子供みたいなこと言うわね」

 

 

校門をくぐって剣道場に足を運ぶ。中からは掛け声が絶え間なく聞こえてきて、よく見学にくる縁は何をしているかがよく理解できていた。

 

 

「では僕は外で見ていますね、部活動頑張って下さい」

 

「もう、士道くんも剣道部入ればいいのに。手取り足取り教えるわよ?」

 

「剣道部には光輝くんがいらっしゃるので…」

 

「あぁそうだったわね。会ったらややこしい事になるものね」

 

「そういうことです。外から見てる分にはいいけど中に入るとってやつです」

 

「ふふっ、それはちょっと違うんじゃないかしら」

 

 

いつも通り外から剣道部の様子を見ていく。

 

 

(くっ、眼鏡を掛けてるのに線が見えてきそうになってきてる…魔眼の影響が強くなってきたって事かな)

 

 

士道縁は二度死にかけた事で万物の死が見えるようになっていた。万物の死というと聞こえはいいがこの目は本来人間などというたかが100年が限界程度の生物が手に入れていい存在ではなく、見ていると死の世界に頭が耐えきれなくなって脳が壊死してしまうという便利というにはあまりにリスクの高いものだ。

 

 

(今までは昔の家の蔵にあったこの眼鏡を掛けてれば大丈夫だったけど最近は少し気を緩めるとってとこかな)

 

(あの世界を見るのは依頼の時だけでいい)

 

 

八重樫雫が道場から出てきた。まだ汗をかいているとこから急いで着替えてきたことがわかる。

 

 

「着替えはゆっくりでいいですよ?」

 

「光輝って着替えるの早いからあなたがいるのみられる前に行った方がいいじゃない」

 

「…それもそうですね」

 

 

校舎に入って教室へと向かう。教室の扉を開けると気弱そうな男子一人に四人の男子がちょっかいをかけてる様子が見えた。

 

 

「よぉ、キモオタ!また、徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ」

 

「うわっ、キモ〜。エロゲで徹夜とかマジキモいじゃん」

 

「そこ、どいてもらえませんか?通行の邪魔ですよ?」

 

「ひっ」

 

 

出来るだけいい笑顔で追い払おうと思い、語彙を少し強めに発した。

 

 

(やかましい人たちですね。毎日飽きないんですか)

 

 

そそくさと檜山大介とその三人組はその場から離れていった。

 

 

「あ、ありがとう士道くん」

 

「いえ、ああいう輩は強気にでなければ舐められっぱなしですよ。次からは机に足を乗っけてメンチを切るくらいでいかないと」

 

「変な事教えないの士道くん」

 

「あ、あはは」

 

 

その後席に鞄を置くと後ろから声をかけられた

 

 

「縁、お前八重樫さんと登校してるってマジか?」

 

「えぇ、事実ですが、光輝くんにこのことは言わないで下さいね、シンプルにめんどくさいので」

 

「いやそりゃ分かったけど…いいなぁ羨ましいーよお前が、俺も彼女欲しいー」

 

「そういう事言ってるからできないんですよ。あと彼女じゃありません。」

 

 

遠藤浩介

影の薄さはトップクラスといういらない称号を生まれながらに得ている不遇な友人だ。入学時に声を掛けたところ「お前、俺が見えるのか?」という宿の幽霊みたいな事を言われてから仲良くやっている。

 

 

「南雲くんも不憫ですね。白崎さんに目をかけられた事で普通ならいつも寝てる人程度の認識が白崎さんに声を注意されてるにも関わらず直す気がない不真面目な生徒扱いにされるなんて」

 

「でも、実際あんだけ言われて直さないあいつもあいつだと思うけどなぁ」

 

「白崎さんと南雲さんがどう関わろうと個人の自由でしょう。そこに嫉妬や侮蔑が入り混じって南雲くんを大義があるかのように振る舞うのはいじめと変わりませんよ。まぁまだマシな方ですが」

 

「ふーん」

 

 

あまり興味が無さそうな返事をしてチャイムがなった。

 

 

4限目のチャイムがなり、しばらくするとみな好きなところでご飯を食べる。横を見るとまた南雲ハジメが白崎香織に誘われて天之川光輝がそれを止めて、それを不思議そうに言い返すという漫才のような空間が作られていた。

 

「天之川くんも懲りませんね」

 

「となりいいかしら」

 

「どうぞ、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃないわよ、これは南雲くんも大変ね」

 

「全くです」

 

 

「香織、こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい料理を寝ぼけたままたべるなんて俺が許さないよ?」

 

「え?なんで、光輝くんの許しがいるの?」

 

「ブフッ」

 

「ははっ、彼女も流石ですね」

 

そう言って弁当を食べようと弁当のご飯を食べようと箸を持ち上げた

 

 

───瞬間、足元に謎の紋様が現れた。

 

 

「皆んな!教室から出て!」

 

 

愛子先生が咄嗟に叫んだが、その紋様が光り輝いたのとタイミングが同じだった。

 

 

「っ、雫さん!手を!」

 

「え、えぇ!」

 

 

そんな中士道縁が光に埋め尽くされる前に考えた事は

 

またしても妹の紫乃の事だった

 

 

 

 

 

数秒光った後、教室にのこされたのは椅子や弁当、飲みかけのペットボトルだけだった。

 




長かった。過去話つまらんと思ったらけして他のにしようかしら


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偽神の監視

なんで異世界召喚エヒトは出来たんだろねー


これは   世界に絶望した一人の心優しいモンスターの話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光が収まり、目を開くとそこには幾人もの人が祈っているような姿が見えた。状況確認のために周りを見渡すと神殿みたいな場所で自分たちはそこ広場にいる事に気づいた。周りの今も祈っている人たちの服装は法衣に身を包んだ聖職者のそれだった。

 

その法衣集団の中で特に豪奢で煌びやかな衣装を纏った老人が一歩前に進んだ。

 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎いたしますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位についておりますイシュタル・ランゴバルドと申すもの。以後、よろしくお願い致しますぞ。」

 

(は?)

 

 

老人は今何故自分たちを勇者などと呼んだ。いやその理由はとうにわかっている。これはいわゆる異世界召喚というものなのだろう。

 

 

(いやいや待ってください、何故僕たちみたいなただの学生を?)

 

 

───目の奥が痛んだ。

 

この世界の空気は先程までいた世界とは異質過ぎて眼鏡越しに線がくっきりと見えるようになっていた。

 

 

「雫さん…これは」

 

「え、えぇ、なんなのよ、ここ…」

 

 

他の生徒もイシュタルと名乗った老人が急に自分たちの事を勇者と言ったことへの反応よりも場所への確認を優先させている。

 

 

「この場ではゆっくりお話しできませんでしょう。ついてきてください」

 

 

そう言ってイシュタルは自分たちに背を向けていくつもの長テーブルと椅子が置かれた別の広間へと誘った。

案内された広場は晩餐会などをする場所だろう。生徒全員が座った事でメイド達が入ってきた。彼女たちを凝視していた男子は女子に冷たい目で見られていた。士道縁は給仕してくれたメイドさんに笑顔でお礼をして女子全員が感心していた。みなが落ち着いたと感じ、イシュタルは恍惚とした表情で話を始めた。

 

 

「では、この世界について説明させていただきます。」

 

 

要約すると生徒達をこの世界に召んだのは神エヒトという絶対神であり、トータスには人間族、魔人族、亞人族が存在して最近魔人族が魔物を使役するようになったせいで今まで拮抗していた人間族との戦争の均衡が崩れ、人間族が滅びの危機を迎えている。という内容だった。

 

 

(なるほど、神の意思は絶対。いつの時代も宗教は怖いですね)

 

「ふざけないでください!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しませんよ!私達を早く帰してください!きっとご両親も心配しているはずです!あなたたちのしていることはただの誘拐ですよ!」

 

(愛子先生頑張りますね、風格はありませんが頼りになります。)

 

 

自分の考えは他の生徒も同じようでほっこりした顔をしていた。

 

 

「お気持ちはお察しします。しかし、あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

(は?)

 

「ふ、不可能って…ど、どういう事ですか!?よべたのなら帰せるでしょう!?」

 

「先程言ったとおりあなた方を召喚したのはエヒト様です。なので、あなた方が帰還めきるかどうかもエヒト様のご意志次第ということですな」

 

「そ、そんな」

 

 

その答えは自分がいままで聞いてきた中で最悪のものだった。帰れない。そうなると

 

「妹は…どうするんです」ボソッ

 

 

周りも状況の深刻さに気付いたようで帰れない事実にパニックに陥っていた。その中で士道縁は誰よりもその事実に絶望していた。

 

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。放っておくことはできない。救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。イシュタルさん?どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救済主の願いを無碍にもしますまい」

 

「俺たちには大きな力があるんですよね?」

 

「ええ、この世界のものよりも数倍から数百倍は力は持っているかと」

 

「なら大丈夫!俺は戦う。人々を救い、皆んなが家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな」

 

「今のところそれしかないわね。…気に食わないけど…私もやるわ」

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「三人とも…」

 

 

そう宣言した天之光輝に周りの生徒達は活気を取り戻した。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。流石のカリスマだ。だが、

 

「じゃあ「待ってください!!!」!?」

 

 

そんな参加ムードの中声を荒げて縁は天之川光輝の言葉を遮った。

 

 

「…なんだい、この案で可決しようとしているが、ないかあるのかな」

 

「い、いやいや、わかってるんですか!?これの意味が!戦争ですよ!?」

 

「あぁ、だが大丈夫!全員俺が守ってみせる!」

 

「そんな確証ないじゃないですか!」

 

「だから!俺がいるから大丈夫!」

 

「っっ」

 

 

声にならない。この男は自分がいるということで絶対守り切れると言っている。ただの学生の身分だった分際で。全て覚悟の上での言葉ではない。無責任にも自分だからという理由で他の者を死地へと送ろうとしていた。

 

 

(いや、なにより)

 

 

イシュタルがこちらを鋭い眼光で睨みつけている。この感じからすると余計な事をっと言ったところか、わざと天之川光輝というカリスマ性のある人物を選んで、こうなるよう仕向けたのであろう。

 

 

(ここで不興を買うのはまずい。ここは下がるしかないですか…)

 

 

苦虫を噛み潰したような顔で反抗する意思を押しとどめた。他の生徒達はなぜ自分がここまで突っかかるのか理解できてないようだった。

 

「……えぇ、そうですね、『あなたが』守ってくれるんですから」

 

「あぁ!任せろ!」

 

「………」

 

 

 

ここからだった。世界の残酷さを見せつけられるようになったのは

 

 




ここからようやく面白く?なる?


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職の恐怖

ばら撒くのきつ


その後、イシュタルの後をついていき国王と会合した後晩餐会が開かれる事となった。活気を取り戻した生徒達は各々が席で異世界の料理の珍しさに目を輝かせている。

 

 

(帰れない…ですか…クソっ!最悪といわざるを得ない…とりあえず今は言う通りに戦争に……いやだめだ。ここにいるほぼ全員が自分がいつ死んでもおかしくないという事実に気づいていない、見るのを避けているかな?…そこはまぁ天之川くんの守ると言う宣言を信じましょう。)

 

(でもいつかは人を殺すことになるんでしょうね。依頼以外の殺し…やっぱりいつまでも慣れませんね…いえ、慣れないことが自分への罰ですね」

 

 

一人悶々と今の危険な状況を一つずつ把握しようとしていた。

 

ずきん ずきん 眼鏡をかけていてもまた線が見えている。ここまで長時間見てきたからか吐き気がし、その気持ち悪さに必死に蓋をする。

「…うじうじ悩んでいても仕方ありませんね」

 

「士道くん、となりいい?」

 

「あ、はい、どうぞ」

 

 

思考を巡らせていると隣に南雲ハジメが座りこんできていた。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「い、いや、さっき天之川くんの発言に戦争の意味がわかってるかって聞いてたから…その、やっぱりそういうことなのかな」

 

「───驚きました。この中であの波に呑まれず事の重大さを理解していたんですね」

 

「ま、まぁ、ちょっとイシュタルって人が怖くて、冷静に考えたら歴史とかで見た戦争思い出してね…」

 

「そうですか…あの状況でそこまで考えられているのなら心配ない…わけではありませんがいざ命を奪うときにこんなはずじゃなかったとはならないと思います」

 

 

南雲くんはその頭の回転の早さをもう少し他の者たちに見せてあげれば学校であのような扱いにはならなかったであろうに…

 

 

「はは、あ、ありがとう……そのー、その件の事でちょっと気になったんだけど…」

 

「なんですか?」

 

 

そう考えていると少し逡巡した素振りを見せた後意を決したように

 

 

「なんで、あの時そんなに泣きそうになってたんですか?」

 

「───」

 

 

 

 

 

南雲ハジメside

 

 

ずっと気になっていた。学校での彼の普段の態度は誰にでも優しく接して困ったことがあれば必ず相談に乗ってくれるお兄さん的存在だった。そんな彼が急にここに喚び出されて天之川くんがまとめようとした瞬間今まで聞いたことがないような切迫詰まった声で待ったをかけた。

 

(帰れないってイシュタルさんが言った時から息を荒げてた。みんなちょっとしたパニックだったのに対して士道くんだけが完全に今の状況を理解してた……もしかしてだけど、)

 

「この世界に来たことがあるの?」

 

 

 

 

士道縁side

 

 

南雲くんの答えは違うものだった。自分が人殺しだということに気づかれたかと思った。多分彼の言い分としては僕が前にこの世界に来ていれば前の世界に帰ることがどれだけ困難か理解しているから帰れないと告げられた時誰よりも絶望した、ということだろう。自分は持っていたフォークを一度机に置いた。

 

 

(いや、だとしても僕が人殺しだと言うことは言うべきか?これから戦争の仲間になるかもしれない人達にそれを黙るのは背中を預けるに値しない…)

 

 

だが、

 

 

「いえ、僕、ちょっと頭いいんですよ!」

 

少し微笑んで

僕は  嘘をついた

 

 

 

 

南雲ハジメside

 

 

(なんで、そんな苦しそうに笑うんだろう。)

 

自分にはわからなかった。そんな顔をする理由が、そんなにも辛い何かあったのだろうか…

聞くことは出来なかった。

 

 

「僕はそろそろ寝室に戻りますね、おやすみなさい。」

 

「あ、う、うん、おやすみ」

 

結局何も彼についてはわからなかった

 

 

(最低ですね…僕は)

頭の痛みがさらに加速した。

 

 

翌日から早速訓練と座学が始まった。メルドと名乗った笑い方が豪快な騎士団長は生徒達に銀色のプレートを渡すと説明を始めた。

 

「よし、配り終えたな。それはステータスプレートと呼ばれていて文字通り自分のステータスを数値化して示してくれるものだ。身分証明書でもあるから失くすなよ?」

 

そうしてステータスについて説明した後血を魔法陣に擦り付けて自分たちのステータスを見始めた。反応はさまざまだったが綺麗な魔法陣という未知の体験にだいたい心を奪われていた。メルド団長の呼びかけに天之川光輝が早速ステータスの報告をしに前へ出た。

 

「ほぉ〜、流石に勇者様だな。レベル1で既に三桁か…技能も普通は2つ3つだが…この規格外め!頼もしい限りだ」

 

「いやぁ、はは」

 

 

天之川光輝は予想通りの勇者だったようでみな納得の顔を浮かべている。

 

 

(僕もやりますか。…多分予想が正しければ現在進行形で持っている異能も反映される筈)

 

そう思って自前のナイフで指を切り、血を魔法陣にかけた。

 

 

士道縁  17歳  レベル:1

 

天職:変貌者

 

筋力:52

体力:34

耐性:89

敏捷:146

魔力:95

魔耐:47

 

技能:直死の魔眼・気配感知・罪罰執行・赫子・言語理解

 

 

直死の魔眼はわかるがなんだろうかこの赫子というのは…自分の辞書に引っかかるものは何もなかった。そしてこの天職

 

 

(変貌者…文字通りなら何にでも姿形を変えることができる能力といったところですかね)

 

「士道くん、どうだった?」

 

「雫さん。はは、よくわからない天職でした。雫さんはどうでしたか?」

 

「ん、」

 

「…あー、雫さんらしいですね、剣士とは」

 

「ふふん!そうでしょう!これなら士道くんを守ることも出来るわ!」

 

「ははっ、それでしたらお願いしましょうかね」

 

 

実に満足気な雫を見て微笑んでいると向こう側から見下した声が聞こえてきた。

 

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前非戦闘系か?鍛治職でどうやって戦うんだよ?メルドさん、その錬成師って珍しいんですか?」

 

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

 

「おいおい、南雲〜。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

「さぁ、やってみないとわからないかな」

 

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボいステータスは高いんだよな〜?」

 

南雲ハジメは檜山大介の態度にめんどくさくなったのか投げやり気味にステータスプレートを渡すとみんなにわざと聞こえる声で爆笑し始めた。

 

 

「ぶっははははっ〜なんだこれ!完全に一般人じゃねぇか!」

 

「むしろ平均が10なんだから場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな〜」

 

次々と笑いだす生徒に香織が漠然と動きだす。しかし、

 

 

「ギャハハハっぶべらっ!」

 

笑いを止めない檜山に士道は後ろから足を引っ掛けて転ばす。

 

 

「な、何して「動かないでくださ〜い?」ひっ!」

 

 

そうして少し屈んで首元にナイフを添えると小さく怯えた声を出した。

 

 

「檜山く〜ん。そんなに笑いたいなら迷惑にならない自分の部屋にしてくださ〜い?君幼稚園児ですか〜?見ていて不愉快なので即刻やめてくださ〜い」

 

「い、いや、でも」

 

「でもじゃありませ〜ん。二度目は言いませんよ?」

 

「は、はい」

 

 

僕がとてもいい笑顔で返事を強要すると涙目になって首を縦にぶんぶん振ったので、これ以上は意味がないと感じて檜山から離れると何事もなかったようにメルド団長にステータスを見せに行った。

 

 

「ふむ…変貌者、聞いたことがない天職だな…」

 

「多分文字通りなら自分の体を作り替える能力だと思います」

 

「体を作り替えるか…それは明日訓練で使ってみるとして、この直死の魔眼と赫子というのもなんだ?」

 

「…いえ、僕にもさっぱりです」

 

 

半分はほんとで半分は嘘、直死の魔眼については知っているが…

 

 

 

『だって、どんな時でもを助けるって約束したじゃない! だから』

 

『───信じてるね!私だけの正義のヒーロー!』

 

 

(あまり、人に話していい代物じゃない)

 

 

あのひまわりのような笑みを思い出した。自分をただひたすらに信じて疑わなかった少女はもういない、それでもこびりついて離れない呪詛のような言葉が僕に生きろと命じてくる。たとえ赤黒く染まったこの狂った視界を映していたとしても。

 

 

(あぁ、わかってるよ)

 

「うーむ、よしわかった!少しこちらでも色々調べておこう!」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「な、南雲くん!?」

 

 

南雲ハジメが愛子先生の思わぬ矢にダメージを受けたらしく倒れ込みそうになっている。この時はまだ楽しいと言える状況だった。

 

 

 

 

 




微妙


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異常の予兆

どんな色にしよーね


翌日から本格的な訓練が始まった。みな自分の天職がどんなものか気になるようで訓練というよりは確認作業になっていた。

 

 

「恵理恵理〜!見てこれ!結界ってこんな半透明にはれるんだ〜!ちょっと攻撃してみてよ!」

 

「え〜?しょうがないな〜。えいっってかった!コンクリート殴ってるみたい…」

 

「ほへ〜、氷術師の氷って下からバキバキ生えてくるんだ…轟○土だよこんなの」

 

「ヒャハハハ!すげぇ!体かりぃ〜!」

 

 

あちらの世界では出来なかった自分でなんでもできる全能感が、興奮を抑えられない原因となっている。

 

 

「見てみて雫ちゃん!こないだの擦り傷治療魔法使ったら簡単に治ったよ!一瞬だよ一瞬!!」

 

「香織、あんまりはしゃぎすぎないようにね?」

 

「わかってるよぉ!心配性だなぁ雫ちゃんは!」

 

 

その頃八重樫雫は白崎香織のはしゃぎっぷりに注意しながら抜刀の練習をしつつ何かを考えていた。

 

 

「うーん、それにしても南雲くん今日も来ないのかなぁもう3日経つけど…」

 

「彼は彼で図書館で頑張ってるのよ。それとも香織は彼氏の帰りも待てない束縛女かしら〜?」

 

「むぅ!そんな事ないもん!待てるもん!」

 

「はいはい、」

 

 

いつもの調子で辛く冗談を交えた煽りを雫がする。ここが登校中ならただの楽しい毎日で済んだのだが、今は戦争をするための下準備と考えると抜刀の速度が下がった。

 

 

「でも士道くんも昨日今日来てないよね。一昨日はやれる事確認してたら急に顔色悪くなって部屋にいっちゃうし、大丈夫かな?」

 

「………」

 

 

訓練に参加せず士道縁は部屋に閉じこもりになっていた。理由は検討はつかない と思ったが

 

 

『戦争ですよ!?これの意味がわかってますか!?』

 

 

あの時光輝に殴りかかりそうな勢いで反発の意思を示した士道縁を雫は思い出した。初日の訓練の後、彼が閉じこもっている部屋に向かい、声を掛けると

 

 

『大丈夫、ですよ、雫さん、少し、頭痛が、する、だけです、」

 

 

と、今にも消えそうな声で心配ないと言ってくるものだから流石に無理にでも顔色の悪くなった理由を話してもらおうとドアに手を掛けると

 

 

『ほんとにっ…心配ありませんから…また話します』

 

『…わかったわ、部屋から出てきたら絶対教えるのよ。…約束よ』

 

『はい…』

 

 

士道縁から発する、彼の領域に入ることへの明確な拒否反応が、雫が部屋に入るという行為をするに至らなかった。

 

 

(もしかしてあの時の事を後悔して…)

 

「雫ちゃん?」

 

「え、えぇ、ちょっと考え事してたわ、ごめんなさい。どうしたの」

 

「いや、士道くんきたよ?」

 

「えぇ!?」

 

 

丁度訓練場に士道縁が入ってくるところを香織が見かけた。急な出来事に素っ頓狂な声をあげてしまった。数人の生徒がこちらを向いて気恥ずかしい気持ちになったので少し小声で話した。

 

 

「雫ちゃ〜ん?やっぱり彼のこと〜…」

 

「え、ち、ちちちちがうわよ?た、ただ最近きてなくてすこーーしだけ心配してただけ〜うん」

 

 

にやにやとした表情で香織がこちらをいじってくる。今までのやり返しと言わんばかりの笑みだ。

 

 

「ほら!行ってきたら〜?雫ちゃん。」

 

「んもう、全く」

 

 

そう言いながらも香織に感謝しつつ彼の元へ向かった。

 

 

「士道くん、体はもう大丈夫な…」

 

「ん…あぁ、雫さん、おはようございます」

 

 

2日ぶりにみた彼の顔は驚くほどやつれていて、目元には黒い包帯を巻いていた。中性的で頼りにやるというよりも今にも死にそうな病人のようだ。もはや別人と言っていい。

 

 

「ど、どうしたのあなた!顔真っ青じゃない!それにその包帯、何があったの!?」

 

「いえ、お気になさらず、少し一昨日使った変貌者の能力の副作用みたいなものですよ。明日になればスッキリ治ります」

 

「そ、そう、いやいや騙されないわよ!やっぱり一昨日な・に・が・あっ・た・の?」

 

「あ、あはは、雫さんは心配性ですね、ほんとに副作用みたいなものですよ」

 

「あなた…」

 

 

副作用でそこまでのことになるのかと言い返そうとしたが、そう言って無理に笑う彼の顔は眼を見ていなくともわかるほどこちらを気遣っていることがわかっていた。そんな彼の気遣いを無駄にしたくなくて次の言葉は口にすることが出来なかった。

 

 

「…はぁ、わかったわ、それで変貌者については何かわかった事あるの?」

 

「はい、少し僕のステータスプレートを見てて下さい」

 

「ん、」

 

 

彼からステータスプレート渡され、その内容を見ると

 

 

(ん?種族の人がきえかかってる?)

 

 

疑問に考えていると

 

 

「雫さん、ちょっと刀を貸してください」

 

「えぇ、はい」

 

 

そうするとおもむろに士道縁は抜刀の姿勢に入り  抜いた

 

 

「どうでしたか?」

 

「───驚いたわ、上出来よ。もしかして変貌者って職業を変える能力かしら」

 

「そういう事です。天職も変わってますよ」

 

 

よく見ると天職の他にステータスも変わっている。

 

 

「これは万能な天職を手に入れたわね」

 

「そうでもないですよ。この能力ってもとからの天職の人よりもランクが2くらい下がって尚且つ1時間までしか効果は持ちませんし、加えて使った後は疲労が…」

 

「うん、なるほど、なんでもできるだけあって制限もあるのね。いわゆる器用貧乏ってとこかしら」

 

「し、雫さん、僕の心は硝子ですよ?」

 

「あ、ふふ、ごめんなさい。そんなつもりはなかったのだけれど」

 

 

では、天之川くんにこの現場見られるとめんどうですしと士道くんは遠藤くんとのところに行って驚いた顔を見た後自分も訓練に戻る。

 

ふと士道くんの後ろ姿を一瞥した時

 

遠くへ行ってしまうという理由のない不安が頭に浮かんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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再発

訓練が終わる頃には夕日が昇っていた。今日の訓練の内容は自分の天職を最大限活かす為のメルド団長とのタイマンの模擬戦であった。生徒全員の天職が相手ならば対策を取る前に一撃を入れるくらいはできると思ったが最後の天之川くん以外はみな地面に這いつくばって荒い息をしていた。自分はまだ天職の能力が把握しきれていないので見学に徹したが、流石は王国の団長様、この数を相手に息一つ切らしていない。しまいにはずっと立ちっぱなしで疲れたと訓練を切り上げて食堂へと消えていった。べ、別にメルド団長が怖かったから見学していたわけじゃないですからね。

 

 

(それにしても何が変貌者ですか。その実ただの天職ならぬ転職とは、笑えませんね…)

 

 

八重樫雫と分かれた後、遠藤くんと天職の確認をしてわかった事がある。

 

1.この天職は姿形を変えるというより天職という在り方を変化させるものである。

2.自分のなりたい天職をイメージすると天職とそれに必須の技能がステータスプレートに表示される。

3.コピーした天職の技能のランクが1下がる

4.効果時間は10分程度が限界。効果が切れると30秒間は新しく天職のコピーは行えない

 

天職というより転職…

ちなみに遠藤くんと天職確認を行っていた時変貌というくらいならばと種族もイメージしてみたところ雷に打たれたような痛みが頭の中に走ることが判明した。メルド団長にこのことを聞いたところ、なんとこの世界では種族を変える事はこの世界共通の禁忌らしい。問答無用で異端者扱いになると鬼気迫った顔で注意された。きっと禁忌に触れる行為に脳が無意識に危険信号を出した結果なのかもしれない。

 

 

(ですが本当に使いづらいですね。一々天職変えていたら極められるものなんてありませんよ。その場面場面でどの天職にするかなんて分けられるの僕じゃなきゃ無理ですよ…はぁ、あと2週間程度で闘えるようになるほど僕たちの学校生活短くないですよ。)

 

 

心の中で愚痴を吐きつつも昨日まで地獄と化していた寝室に戻る。部屋の雰囲気は綺麗と自然に口に出すくらいの清潔感に包まれており、逆にその清廉さが潔癖を絶対のものとして縛るように見えた。縁は能力の酷使による疲れを取るため、ベッドに腰を掛ける。

 

 

(…少し落ち着いた事ですし、そろそろ問題を解消しに行きますか)

 

 

おもむろにベッドから離れると体まですっぽりと映る鏡の前に立って包帯を解き始めた。

 

 

「なるほど、違和感の正体はこれでしたか」

 

 

鏡に映る縁の瞳は異常の一言に限った。瞳孔の周りに本来ならある筈の暗さは青赤く輝く虹になっていた。これが士道縁が二度の臨死体験から得た死神の如き異能

 

直死の魔眼

無機、有機物問わず存在としての寿命を測り、干渉可能な現象として捉える能力。この能力は脳が"死"を認識して目が死の線を視覚情報として捉える事によって初めて発現する。本来は冥界よりの神々が持っているような代物。故にこの絶大な力は保有者を悉く苦しめる。神々がもって運用するものは人間には過ぎたるものである。魔眼保有者は存在としての死を脳が受け入れるにはキャパシティが圧倒的に足りなくなり、最終的には脳が焼き切れて廃人になる。

 

今までは魔眼殺しの眼鏡をかけていれば普段通りの生活を送れていた。しかし、この世界に来てから眼鏡の効力がほぼ皆無となっていた。理由として考えられるのはトータスの魔力密度の高さ。地球では魔術や魔法なんて時代は終わったも同然になっていたが、ここは昔の地球のように魔法が基盤になっている。そのため魔眼が過剰に魔力に反応し、魔眼殺しでは抑え切れなくなったからという事である。メルド団長から譲り受けた魔力封じの包帯が無ければとっくに死んでいた。しかし、それでもうっすらと建物に線だけが見えるものだから普通に何も見えなくて歩けないとはならなかった。この包帯の効力もいつまで続くか…

 

 

(直死はいつも通り…問題はこの黒ずみ)

 

 

死の線を見せる白目には外側から侵食するかに見える黒い影が映っている。

 

(朝から妙に目にゴミが入ってるような違和感があると感じていたらこの黒ずみのことだったんですね…まぁ、別にこれと言って正体がわかるわけじゃありませんが、)

 

 

思い当たるものを片っ端から頭の辞書で引いていると、ふと、赫子の事を思い出した。

 

 

(この中で唯一全く理解も想像もできない技能…なんですかこれ。)

 

 

縁は自分の身の異常に異様なほど鈍感という性質を持つ。なんせ、直死の魔眼を保有している縁にとって少しくらいの不調は魔眼と比べるとすべて軽く見える。直死の魔眼を持っているとそれ以上のものを縁に与えなければ日常の一環にとどまる。

 

 

(はぁ、ここでの生活に慣れれば自ずとわかってくるといいんですが…)

 

 

用はないとばかりに机に置いた包帯を目元に巻き直し、就寝の準備に入る。ヘトヘトの体にはこれ以上起きる事は辛いらしくベッドに身を投げた。

 

 

(今日こそ寝ましょう…それで大迷宮までに準備を整えて………)

 

 

眠りにつく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズキン

 

 

 

 

 

 

 

ズキン

 

 

 

 

 

「かはっ!あぁっ!」

 

 

強烈な頭の痛みが頭に広がる。脳が危険信号を発する。これ以上脳が耐え切れない。危険だ。即刻見るな。そう切羽詰まった状況を語りかけてきているように感じた。だが、その命懸けの本能からの信号が余計に縁を死へと導く。縁はベッドから早急に離れ、床に転げ落ちた。

 

 

「んぐっ!おえぇぇ」

 

 

堪らず吐瀉物を床に撒き散らした。頭の痛みに体全体が反応する。

 

「あっがあぁぁぁぁっ!ぎっ!」

 

(ど、どう、して、線は、少しぐらいしか、みて、ない、でしょう!)

 

その場にうずくまる。その様子は母に咎められた子供のように

痛みの前に疑問を吐露するがそれも虚しく、だからなんだと言わんばかりにその痛みの度合いを上げていった。まるでこちらを試してる…

 

 

 

その日も痛みで眠れなかった。

 

痛みに耐えている時頭に浮かんだのは、やはり

 

 

 

「紫乃、絶対帰るからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




覚えてない


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果てへの陰

きつ













あれから頭痛が2日ほど続いた。

過負荷が再発した夜、また満足に眠る事ができずに朝を迎えた。魔眼による頭痛は何故かは分からないが不規則におきる。その痛みは10分しか続かない事があれば2時間以上続く事もと時間もバラバラ。今は大分痛みが収まっているが当然クラスメイトの目の前で急に倒れるということもありえる。そうなれば絶対心配されるので食堂にあまり行きたいとは思えなかった。

 

 

「あぁ、やっぱりもう一度寝室に戻って寝る事にしましょう…」

 

「いやいや、2日ぶりに部屋から顔出してそりゃ無いだろぉ!」

 

 

右肩の近くから声がした。声をかけられただけで気づいた僕を褒めて欲しい。足音は転生前から持ち合わせていない影of the影

 

 

「おはようございます。気配遮断くん、すみませんが少し体調が優れないので僕の盾になって目立たないようにしてくれませんか?」

 

「転生した覚えなんかねぇぞぉ縁ぃ?てかまだ具合悪いのか?お前ほんとに死なないか心配なんだが」

 

「その反応をクラスメイト全員から言われると考えると申し訳ありませんが鬱陶しいです」

 

「お、おう、いつにも増して辛口だなっ、こんな機嫌悪いの今日が初めてじゃないか?」

 

「…そうかもです」

 

 

疲れに比例して言葉遣いも荒くなる。たがそれを指摘されるのは癪だったので遠藤くんの脇をつつく。食堂に着くと案の定怒涛の心配した声が聞こえてきた。

 

 

『士道くんその包帯まだつけてたの!?』

 

『まだきつかったら今日は訓練休んだらどうだ?』

 

「ご心配おかけしました。ある程度頭痛は治ってきたので心配無用です」

 

 

わらわらと集まってくる生徒達に一人一人出来るだけ真摯に対応しているとメルド団長から訓練の召集が聞こえた。

 

 

「今日はお前らの能力に合ったトレーニングを用意してあるからなぁ!根ぇ上げて無理とかほざくなよ!」

 

 

ガッハッハと今日も元気な笑い声が耳に入った。ほぼ広場に出た事を確認すると団長の近くに寄った。

 

 

「すみません、メルド団長。今日もお休みします。」

 

「ん?…おい、シドー、お前寝れてるか?クマすごいぞ?」

 

「正直寝れてません…メルド団長からの魔力封じの包帯もあんまり意味なかったです…」

 

「なるほどな。お前の目は『チキュウ』ってとこで得られた特別性と聞いたが、具体的に何が凄いんだ?」

 

「………」

 

 

今すぐこの話題からそらしたかった。でもメルド団長には魔力封じの包帯を持ってきてもらっている。目に巻きつけるなんて見た人からすれば重症だ。誤魔化す方がむずかしい。

 

 

(言う?正直に…)

 

 

喉に言葉が詰まる。

 

 

「…大したものじゃ無いです。少し魔力に過敏なだけです。ここだこ魔力に反応しすぎてオーバーヒートしちゃうんですよ」

 

「そうか!ま、それだったら直に慣れてくるだろう。包帯越しでも視覚情報が取れてるって言ってもずっと巻いたままじゃ邪魔かろうしな!」

 

「はい、では明日までには治してきます」

 

「あぁ!頼んだぞ!」

 

 

肩を軽く叩かれた

 

 

どこかで針が刺さる感覚があった。

 

 

 

 

 

 

 

体を休ませるとは言ったものの2日連続部屋でねこけるのは大迷宮攻略の近い今、時間が余りに無駄に感じた。現在進行形で必死に…では無いが訓練をしているみんなに申し訳なく思いつつ、図書館の扉を開けた。中にはちらちらと人の影を見かけた。図書館内は見上げるほど高い。60メートルほどもある天井まで本棚が吹き抜けになっている。ここまでの高さは地球じゃお目にかかれないだろう。どう考えても届かない本は魔法で飛んで取りに行くのか?

 

 

(…いや、人が『飛翔』行為を容易に使うのは難しい筈。一般人がイメージするにはあまりに人間に出来る想像からかけ離れすぎている…)

 

 

そう考えたが、浮かした土台に立ちながら本を棚にしまう人の姿を見て前の世界の常識が全く違っていることを再確認した。そこで本来の目的を思い出した。

 

 

(さて、世界の歴史や常識ある程度知っておいた方が後々面倒事が少なくなりそうですし、ちゃちゃっと読みましょう)

 

 

自分は飛ぶ術式などまったく知らない、つまり人の取れる範囲の本を手に取ることしかできない。まぁそこは流石の王宮。下の段に歴史の本を見つけた。

 

 

「これでだいたい分かるでしょう…ん?」

 

 

本を広げに机に向かうと薄い影があった。南雲ハジメだ

 

 

(確か訓練に一人来てないって遠藤くんが言ってましたね〜。彼のことでしたか)

 

 

訓練が始まった時からずっと机と対面していたのか、山のように本が積み上がっていたり思わず頬が引き攣った僕は間違っていないだろう。

 

 

「あ、あの〜、南雲くん?」

 

「ん、ん〜?…ってうわぁ!し、士道くん!」

 

 

そこまで驚かすような呼び方をした覚えはない。集中していたのなら申し訳ない。

 

「その包帯どうしたの?」

 

「ん?あぁ、天職の確認をしていた時につい、ね」

 

「なるほど?」

 

「それはともかく勉強ですか?しかしみんな自主的鍛錬をしていますが行かなくていいんですか?」」

 

「あ、あはは、僕は錬成師だから戦闘の役に立てないし、訓練するよりは知識を増やして冷静に対策を練れるような立ち位置に居た方がいいかなって…」

 

「───へぇ、よくわかってるね」

 

「え?」

 

 

体を鍛えるだけが必要なことでは無い。どんなご時世か知ることも時には大事である。ましてぼくたちはこの世界についてよく知らないとなれば必然的に情報は手に入れやすく、頭に入れやすい。

 

 

「いえいえ、こちらの話です…して、何の本を読んでいるのですか?」

 

「えっと、北大陸魔物大図鑑っていうのを見てる」

 

「何とも捻りのない…」

 

「あはは、それは僕も思ったよ」

 

「まぁそれはいいです。山積みな本から得られるいい知識はありましたか?」

 

「…ふふふっ、それはもう。

 

 

南雲くんに架空の眼鏡が見えた。

聞かれた事が嬉しかったのか先程より饒舌になりながら世界の情勢について語ってくれた。

 

人間族、魔人族、亞人族の3氏族に別れているのは知っての通り、その中でも亞人族は被差別種族らしく、一切魔力を持っていない事が原因らしい。神代においてエヒトを始めとする神々は神代魔法にてこの世界を創ったと言い伝えられており、それ故に魔法は神からのギフトであるという価値観が強い。そうなると亞人族が差別される理由が理解できる。

 

 

「それ…魔物はどうなるんですか?」

 

「あくまで自然災害的なものだから神の恩恵を受けていないのは当然なただの害獣だって」

 

「…はぁ」

 

「まぁ、それはともかく亞人族は人間族や魔人族と違ってその中にも種族があって『海人族』や『翼人族』、『森人族』とか種類が沢山で個人的には海人族って言うんだからやっぱりマーメイド的なものだったらすっごく見たいなぁ!あとは〜……あった!死族っていう今は滅んだ種族もあるらしいよ。やっぱり吸血鬼とかだよね!あれ?だけどどんなのが死族かは黒く塗りつぶされてる…もしかしてこの国に都合の悪い事実だったから消された?てことは………」

 

「あ、あの〜?」

 

 

興奮していたのか急に早口になり始めていたが途中から顎に手をかけながらぶつぶつと自問自答を繰り返していた。それからも種族ごとの違いや地域等を事細かく教えてくれた。話し込んでいるとやけに人が少なくなっていたので廊下に出て窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。

 

 

「ご、ごめん!異世界の事話すの楽しくなっちゃって!つい話し込んじゃった…」

 

「僕も情勢については気になっていたので問題ありません、こちらこそ付き合ってもらってありがとうございます」

 

「…え、えっと、僕の知識が役に立ったのなら良かったよ」

 

 

微笑みを浮かべながら礼を返す。予想外の答えに戸惑ったのか少し目をニ、三度瞬きした後照れながら笑っていた。まぁ、異世界という摩訶不思議の夢に南雲くんもこころが踊っているのだろう。

 

 

「それではっ」

 

 

頭に杭が刺さる。

 

 

「? って、どうしたの!?士道くん!大丈夫!?」

 

「があっぐっ!」

 

昨日ぶりの唐突な吐き気

問題ないと返そうとしたが口から零れるのは喘ぐ音ばかりで言葉にはならない。

 

 

(脳が、揺れるっ)

 

 

容赦なく打ち付けられる杭に気が狂いそうになる。士道縁は今までの直死の魔眼保有者の中でも最高の適正を持っている。通常ならば酷い頭痛など感じる間も無く脳が焼き切れるが、士道縁は適正があるが故に脳が焼き切れるという最悪の結果の前に頭痛を引き起こして直死の魔眼行使の代償にしていた。それでも最近は包帯を巻きっぱとはいえぼんやりと線を見てしまった。その結果が死を願いたくなる頭痛だ。人間は1時間もこの負荷には耐えられない。が、

 

 

(痛みが…引いていく?あれほどのものが?)

 

 

スゥっと過負荷の影響が急速になくなる感覚がした。頭を必死に抑えていただけだったがこめかみでも無意識に押したからだろうか?

 

 

「士道くん…」

 

 

心配そうにこちらの顔を南雲くんが覗いていた。

 

 

「あー、ご心配おかけしました。それよりも!ほら、クラスメイトの皆さん食堂に向かっているようですよ!お腹も空いているでしょうし、行ってきては?」

 

 

廊下で食堂に向かうクラスメイト達を指差し強引に話題を変える。その中で白崎香織が南雲ハジメを見つけて連れ去る…もとい誘拐されていく姿を確認した。直前彼が目線で助けを求めてきたが、笑顔でそれを送り出す。

 

少し、南雲くんの見透かすような目を忘れられなかった。

 

 

 

 

 

「さて、何故痛みが引いたかは知りませんが、好都合です。もう少しだけ本を漁りますか。」

 

 

図書館内はほぼ人がいなくなっていた。まぁ夜まで本を読みにくる人はいないのでしょうと納得する。本棚の浅い場所は南雲くんが読み切った気がしたので図書館の奥の方へと進んでいく。後ろから覗く影に気付かないまま…

 

 

「ん?」

 

 

壁まで到着すると茶色や黒ばかりの魔導書みたいな本棚の中に異質が紛れ込んでいた。色は他と変わらない。だが、そこから溢れ出す邪気のような何かを無意識に感じ取った。

 

 

「ふむ…これでいいですか」

 

 

根源的恐怖よりも興味が勝って本を手に取る。机に戻るのは面倒だったので立って読み始める。

 

 

「…死族一覧?さっき南雲くんが言っていた種族ですか……」

 

 

目次らへんを飛ばしてペラペラとページを捲る。

 

 

「吸血鬼族、ね。南雲くんが聞いたらさぞ興奮するでしょうね。」

 

 

苦笑いが溢れてしまった。

 

 

「吸血鬼族は数百年前から滅んだって理由の説明なしとかありですか…あとは『竜人族』、人にも竜にもなれる半端者。滅んだとは書いてないけど死族に含まれてるってことは超がつく絶滅危惧種ってところかな?ふーん、ここは闇が深そうですねぇ…最後は喰種、人型の生命を喰らう魔物。種族共通の天敵…それは魔物ですね、なんで種族なんですか。」

 

 

そうして本を閉じた。案外短い内容だった。他にも色々と書いてあったが流石に時間が時間だったので今日は就寝することにした。帰る間際に最後の内容が引っかかった。

 

 

「喰種…人を食うってゾンビみたいなものですね」

 

「いーえ?人の死を喰らうのが極上なんです」

 

 

咄嗟に後ろを振り向く。辺りには誰もいない。図書館内にあるのは士道縁の息切れの音と冷や汗だけだった。

 

 

「……帰ろう、少し疲れてますね」

 

 

心臓の鼓動を騙しながら今日という日を早く終わらせたくなった。

 

 

 

 

 

 

南雲side

 

 

(うぅ、ついつい自分の世界に入り込んでしまった…いやあれは入り込んじゃうよ!だって士道くんめっちゃ聞き上手だもん!僕の知識の見せびらかしみたいな話を一々相槌して嬉しそうに反応してくれるんだもん!くっ、これがうちの高校の兄貴分か!)

 

 

南雲ハジメは食堂で先程までの会話について自責の念を抱きながら心の縁に愚痴っていた。

 

 

「南雲くん!あと1週間で大迷宮攻略だよ!頑張ろうね!あ、この野菜いる?これすっごい体にいいんだって!効果は忘れちゃったけどすっごいんだって!」

 

「あ、あはは、いや、僕は自分の分があるから、白崎さんが食べたいものを自分で食べれば…」

 

(くっそぅ!なんでこの世界にきても侮蔑の視線を受けなければいかないんだぁ!白崎さんもしかして確信犯?)

 

「それにしても士道くん来ないねー。そんなに体調悪いのかなぁ…」

 

「え?士道くんが?」

 

「うん、南雲くん知らない?士道くんここ最近体調悪くて欠席してたんだよ。昨日なんて部屋に籠りっぱなしだったよ。辛そうだったから昨日私が部屋まで行ってヒールしたんだけどその後も出てこなくて、心配だなぁ」

 

「…そうだったんだ」

 

 

でもそれならさっきの士道くんの不可解な行動にも説明がつく。なるほど、多分だけどあの不規則にくる頭痛をみんなの前で発症したくないから篭ってるのかな?いやそれとも出られないほどの頭痛だった?あの時の頭痛は歯を食い縛るとこを見たら耐えられない激痛ってことだ。じゃあなんでそんな激痛が常時おそってくる?

 

 

「南雲くん?」

 

「あ、えっと、どうしたの白崎さん」

 

「いや、南雲くんはここに来てどんな食べ物が好きになったのかなぁって!」

 

 

神様、助けてください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




投稿長くなりました。すみません


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意思は硬く、矛は脆く

天之川くん…いいのかい?


今日が大迷宮攻略の前日になる。

訓練施設内はいつも通りほどほどにという表情を浮かべていた。これから自分たちは迷宮という地獄への一本道を進むことになるが、クラスメイト達は天之川光輝のカリスマに当てられて盛り上がって死ぬかもしれない事実をひた隠しにしている。

 

 

(クラスメイトに人死の確認をしたら十中八九死にたくないから迷宮には行かない。だがそれをしたら聖教教会に捨てられる可能性がある。逆に伝えないと迷宮で最悪の場合全員…いや、メルド団長が実践『訓練』って言ってるしそれを信じるしかない…光輝くんもいますしそれに賭けるしかないですね。)

 

(そうですよ、この八方塞がりの状況を理解しているのは多分僕だけ…いざとなれば直死の魔眼を使えばなんとかなるはず…)

 

「こうなってしまえばとことんやるしか無いですね。事実地球に一刻でも早く帰りたいですし…」

 

「何一人でぶつぶつ言ってるのかしら?」

 

 

振り向くと雫さんが刀を持って長いポニーテールを揺らしながら自信満々の顔で立っていた。

 

 

「少し、考え事を……あのー、僕としてはそれよりも雫さんの持っている刀が僕に向いているように見えるこの状況を説明して欲しいのですが…」

 

「あら、これで私が何をしたいかわからないかしら?」

 

(いやそんな挑戦的な眼差しを向けられても…)

 

「…いえ、第一何故僕ですか、ご覧の通り体力のないもやし体型で、天職の役職上極めれたものなんてない。一方的な雫さんの勝利で終わりますよ。)

 

「それが…」

 

 

 

 

「あなたの戦いの全てかしら」

 

「───」

 

 

辺りがざわめいた。縁は思いもやらぬ問答に困惑した。何故雫さんがそこまで僕と模擬戦をしたいのかかま全くわからないからだ。そこまでして僕と模擬をする理由がない。先程言った通り士道縁は一つのものを極めてはいない。かと言って色々な天職を即座に使えるほど天職を扱えているわけでもない。だが、

 

一方的な勝利で終わるというのは全くの嘘だった。

 

 

(八重樫雫が何故自分に挑んできたかは覚悟の目をみればどうでもいいですね)

 

 

決闘のような雰囲気に縁は知らず知らずのうちに獰猛な笑みを顔に滲ませていた。

 

 

「模擬戦といえど人と剣を交えるのはあまり好みませんが…えぇ、他ならぬ雫さんの頼みです。受けて立ちましょう」

 

「えぇ!士道くんとはまだ1回もやった事なかったもの!手加減はなしよ!」

 

(少し、面白くなってきましたね)

 

 

 

 

 

 

 

雫side

 

 

気付けばいつも士道くんを求めていた。私が聞いて欲しい愚痴を文句一つ言わず声を掛けてくれる、一人の女子として見てくれる、そんな士道くんに精神的に守られていた。でも、

 

 

(士道くんに勝つ、それが、わたしが彼を守ることができる証明になる!)

 

 

いつまでも守られっぱなしじゃない…ここでくらい、

 

(あなたを守る盾になりたい!)

 

 

それが八重樫家の長女、八重樫雫の覚悟だ

 

 

 

 

 

場所は訓練場。いつもは勇者御一行が各自に模擬戦や自己の鍛錬で賑わっている場所だが、今日は嵐の前の静けさになっている。士道縁と八重樫雫という非常にレア度の高い模擬戦が見られることになるからだ。この試合を見逃す手はないと鍛錬や模擬戦は一時中断し、クラスメイト達は今か今かと待ち侘びる観客になった。

 

「みんなの頼れる兄貴vs姉貴の対決ねぇ…これは目に焼き付けないとねぇぐへへ」

 

「鈴、ヨダレ出てる。」

 

「いやぁ!頑なに試合しなかった士道が遂にやる気になるとはなぁ…やっぱり士道から八重樫さんを誘ったのかなぁ」

 

「ばかちげーよ!俺八重樫さんが士道に宣戦布告するとこ見てたぜ!」

 

「はぁ!?なんで士道に!?」

 

「知らねーよ、でも今んとこ八重樫さんが戦闘職で相手にしてねーの士道だけじゃんか。やっぱり全員たおしたいんじゃね?」

 

「八重樫さんそんなバトルジャンキーだったっけか?」

 

 

観覧席からは三者三様な意見が飛び交っている。その中でも多かった疑問が

 

 

「やっぱ、八重樫さんが勝つんじゃね?負けたことあるのいまのとこ天之川だけだしさ」

 

 

どちらが勝つのか

 

 

 

 

 

 

「ん?なんだこの集まりは」

 

 

 

休憩が終わった天之川光輝と坂上龍太郎は、戻ってくるといつもと違う騒がしさとクラスメイトの密集度に疑問を覚えた。

 

 

(まさか、敵襲でもあったのか!?)

 

「檜山、何があった!?」

 

「え?あ、あぁ、なんでか知らねーけど八重樫と士道が模擬戦するらしい」

 

「模擬戦?そんなのいつものことじゃないか?」

 

「まぁ、そうなんだけどよ。士道が誰かとやり合うとこ見たことないからこいつら士道の実力拝みたいって…」

 

「…なるほどな」

 

 

確かに訓練や自主鍛錬の時に士道縁が模擬戦しているとこは見た事がない。模擬戦をする訓練でもメルド団長に休むと連絡しているのかは知らないが姿を現さない、そんな平和主義とも捉えられる士道の実戦を一眼拝みたいと思うのは当然の思考である。

 

 

(だが士道は昔雫に邪な気持ちで近づいた危険なやつだ…やめさせたほうが…いや、ここにはみんながいる。それにメルド団長公認となれば不埒な行動はできないから試合ぐらいは大丈夫か…)

 

 

天之川光輝にしては冷静な考えだが、それでも士道の評価は散々だった。

 

 

「あの士道がなぁ…ふん、ちょっと興味惹かれるな、光輝」

 

「そうだな、龍太郎」

 

(お手並み拝見だ)




どうしてこうなった


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天性と選定

士道vs雫はじまりまんす〜
戦闘描写は初めてなのでここはこうしたほうがわかりやすいなどのご指摘お願いします。


訓練場で対面する2つの影が映る。一人は普段の優しさを捨て、キッとした瞳を対面した影に向ける。もう一人は目を細め、考えの読めない微笑を浮かべている。

 

 

「ルールは簡単。17メートル距離を取り、俺が『始め』と言ったらそれが試合の合図だ。勝敗は自他共に深い怪我をしない範囲で勝機がないと判断したら俺が『勝負有り』と告げる。武器は隠して持ってくるのもあり。説明は以上だ」

 

「メルド団長、僕は試合は初めてですが見てはいますのでルールは知ってますよ」

 

「まぁ一応な。知らなかったじゃ済まないからな!」

 

 

実にいい笑顔で士道に言葉を返す。大雑把だけど律儀、こういうところがみんなに人気な訳なんだろうなと試合前に呑気なことを考える。ちなみにみんなとはみんなである。それ以上でもそれ以下でもない。のほほんとした士道の空気を察したのか八重樫雫の眉がいつも以上にキュッと閉まる

 

 

「随分余裕ね。それだけ自信があるってことかしら?」

 

「ははっ、ご冗談を。こう見えてなるようになるって考え方なので。もちろん…」

 

 

 

「負ける気はありませんが」

 

 

視線と意識を八重樫雫に固定する。ここから先は

 

 

(雫さん、あなただけを見ましょう)

 

「では…始め!!!」

 

 

 

 

 

合図が鳴った。だが、

 

 

「お、おい、あの二人全然動かねーぞ?どうなってんだ」

 

「あれ?もう合図なったよなぁ…」

 

 

続く沈黙に観覧席にいる生徒達は困惑している。

 

 

「違う…イメージしてるんだ……相手を倒す」

 

 

誰かに聞いて欲しくて誰にも聞かれない遠藤浩介がいた。

 

 

 

 

 

 

先に長い沈黙を破ったのは雫だった。

八重樫雫は士道縁目掛けて一直線に駆ける。至近距離になるのを阻止するべく士道も後ろにステップを踏む。

 

(逃がさない!)

 

さらに足に力を入れて近づこうとするが、

 

(ナイフ!?)

 

士道の指の隙間にに6本の投げナイフが仕込まれていた。士道は雫の攻めを止めるべく投げナイフを2回に別けて飛ばすも虚しく斬り伏せられる。雫が投げナイフに意識を割かれた合間に士道は床に手をつけしゃがんでいる。

 

(なにを…!!)

 

瞬時にその場から身を引く。すると雫が先程いた地面が唐突にもりあがる。

 

(やっぱり!床に手をつけるのは南雲くんだけ!)

 

雫は士道の変貌者の厄介さを再確認した。変貌者は何にでもなれて何にもなれない天職でありランクの補正も受ける。しかし重要なのは何にでもなれるという点

 

(いつどこでどの天職を出してくるかわからない!相手が天職固有の技を使ってこない限り、警戒して全てが後手に回る!)

 

さらに手数という武器は士道の専売特許になっていた。士道は訓練の途中転職を繰り返していると『高速思考』『臨機応変』の技能を覚えた。それにより士道はその場で最適な行動をいち早く実行する事ができる。士道に死角はない

 

「くっ」

 

回避した先の地面も同様にもりあがり雫は高さ6メートルの足場に固定される。慌てて地面を見渡すが士道の姿はない。となれば

 

「後ろ!!」

 

刀を背中に回すとキィンと甲高い金属音が聞こえた。音もなく現れた事から暗殺者にでもなっていたのだろう

 

「えぇ!?それはないでしょう!」

 

(槍術師!)

 

背中越しに驚いた声が聞こえる。振り向くと士道の手には錬金術で作り出したらしい土のついた長い矛が握られていた。

 

「ほんとにその天職鬱陶しいわね!」

 

「お互い様でしょう!」

 

高さ6メートルの隔絶された地面で槍と刀がぶつかる。躱し、躱され、突き突かれるの攻防を繰り広げていくうちに何かが壊れる音が鳴った。

 

「チィっ」

 

この状況で痺れを切らしたのは槍の方だった。ここで錬金を待つほど雫は節穴じゃない。それを理解している士道は仰向けで崖から落ちる。

 

「もう、逃がさないわ」

 

雫も後を追うように崖から落下する。その行動も読んでいるとばかりにニッとした笑みをする。

 

(job change、風術師!)

 

士道の手に風が纏う。やはり本来の風術師より風の強度は落ちてはいるが、空中で身動きの取れにくい相手ならば

 

(撃ち落とすには充分!)

 

風を雫目掛けて撃つ。雫もそれは覚悟の上だったらしく体を捻ってすんでのところで躱す。雫から苦しげな吐息が微かに聞こえてきたことで士道は勝利を確信する。

 

(もう避けられませんよ!雫さん!)

 

両手に風を纏わせて完全に撃ち落とす算段をつける。瞬間

 

「は?」

 

雫をよく見ると手にはなにも握られていない。疑問に思い直感で右に視線を向けると士道の服の袖に

 

刀が突き刺さっていた。

 

「いやいやぁ、ウッソでしょ…」

 

士道は刀を視ながらその光景に驚愕した。『瞬歩』を使って一度体制を立て直すならばわかる。下に向かって『瞬歩』をすると自由落下で制御が出来ないから横に離脱することでとりあえずはこの状況を打破出来るから。

刀を振って風を消しにかかるならまだわかる。消された後に出す予定だった炎や氷も同じよう斬れば僕には逃げられるがこの状況は先程と同じで打破できる。だが、

 

「かはっ!相打ち覚悟とはっ」

 

打ち出された刀によって急速に落下し、地面に激突する。背中から思いっきり地面に当たったことで苦々しげに喘ぐ。その間も雫は風魔法を身体強化でくぐり抜けてこちらに拳を向けて迫る。風魔法を抜けた事により服はビリビリになっていた。逃げようと体を動かそうとするが、地面に刺さった刀が服を縫い付けて離さない。

 

(まずいっ、刀をとる時間はない!くそっ!あなた剣士じゃないんですか!?…一か八かっ)

 

「っ!job change!結界師!!」

 

仰向けの状態で今出せる全魔力を結界の強度増強に廻す。

 

(あなたも僕の変貌者に翻弄されて体力は無いはず!ここを凌げば勝機はある!)

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

雫の咆哮と士道の咆哮が重なり、魔法とこぶしがぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

「どっち!?どっちが勝ったの!?」

 

「わかんねぇ!粉塵で何も見えねぇ!」

 

 

 

砂埃が晴れた先には

 

結界を保った士道と破らなかった雫がいた。

 

「はぁはぁはぁ」

 

「……………はぁ、僕の負けです」

 

瞬間、パリンッとガラスの割れる音が聞こえた。

 

「勝者!八重樫雫!」

 

メルド団長の勝利宣言により観覧席からわっと歓声が上がる。刀を抜き取り座る。辺りを見渡すと余程いい勝負だったようで興奮してる様子が窺える。

 

「はぁ、ずるいですよ、剣士以外の行動するなんて」

 

「あら戦場では勝つ事が正義でしょう?」

 

満足そうに微笑む雫を見て、負けたことにいじけてそっぽを向く。

 

「ふん、まぁそうですね、あれさえなければ勝てましたし」

 

「え? ふふっ、あっはははっ!あ、あなたってほんと時々子供っぽい事するわねっ」

 

笑われた事でよりいじける。

 

「そうですぅ、まだ10代の子供ですヨォ」

 

「ふふっ、冗談よ、笑って悪かったわ」

 

いまだに笑いを堪えてる姿を見て絶対悪いと思ってないと確信しつつも、雫から差し出された手を取って立ち上がる

 

「うん…でもいい勝負でした。強いね、雫は」

 

「…!!」

 

嬉しそうに頬を赤らめながら視線を逸らす。

 

「ありがとう…これであなたを守るくらいはできるわ」ボソッ

 

「?何か言いましたか?」

 

「いえ、なにも」

 

その時

 

「おい!みんな!南雲が檜山達にリンチにされてる!」

 

「なんだって!?」

 

野村健太郎の切羽詰まる声に士道の目に赤黒い線が少し浮かんだ

 

 

 

 




なんだぁてめぇ
という事で野村きゅんに呼ばれて発動…何故や


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航海は嵐のない日に

そろそろかな


野村健太郎の報告を聞いたクラスメイトは全員で南雲のいる訓練施設第二へ向かった。

施設内に入ると下卑た笑い声が聞こえてきた。

 

 

「ちょ、マジ弱すぎw南雲さぁ〜、マジやる気あんの?」

 

「ギャハハ!檜山言い過ぎだって〜w南雲泣いちゃうじゃ〜ん」

 

「あ、ごめ〜んw」

 

 

南雲ハジメの腹に蹴りを入れる檜山の姿を見つけた

 

 

「なにやってるの!?」

 

(なるほど、全くあなた達はクズの典型ですね)

 

 

白崎香織の怒号に檜山達は思わずビクッと肩を震わす。こちらに振り返り香織を視界に入れた瞬間「やべっ」という顔と共に南雲ハジメの腹から足を離す

 

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺たち、南雲の特訓に付き合ってただけで……」

 

「南雲くん!」

 

 

檜山の弁明を無視して、香織は、ゲホッゲホッと咳き込み倒れる南雲に駆け寄る。

 

 

「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」

 

「いや、それは……」

 

「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

 

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

 

 

三者三様に言い募られ、檜山達は誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去った。香織の治療魔法によりハジメが徐々に癒やされていく。

 

 

「あ、ありがとう、白崎さん。助かったよ」

 

「いつもあんな事されてたの?それなら私が「いや!そんないつもって訳じゃないから!大丈夫だから、ホント気にしないで」…でも」

 

 

それでも納得出来なさそうな香織に再度「大丈夫」と笑顔を見せるハジメ。

 

 

『大丈夫だよ!!だって私だし!』

 

(あぁ、その笑みを僕に見せるな)

 

 

守れなかったあの時の後悔が頭に浮かぶ。どうしようもなくその言葉に苛まれる。

 

 

「南雲くん、なにかあれば言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」

 

 

その事に南雲が礼を言うと、光輝の勇者が発動した。

 

 

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう?聞けば、訓練のない時は図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために「もういいよ」!?」

 

 

突如背後から聞こえた怨嗟のような声に振り返る。

 

 

「なにがいいんだ士道、俺は南雲に強く「だから、その話がもういいって言ってる。檜山は反省?して一件落着なんだ、これ以上の説教は必要ない。いいね?」…」

 

 

士道の鬼気迫る声音に思わずたじろぎ、渋々ながらも引く光輝。去り際にも南雲に鍛錬の参加を今後も強制して場を離れた。他のクラスメイトも事件は終わったとばかりに散り散りになっていく

 

 

「ごめんなさいね?光輝も悪気があるわけじゃないのよ」

 

「アハハ、うん、分かってるから大丈夫」

 

 

苦笑ともとれる笑顔でまた大丈夫と返事をする

 

 

「ほら、もう訓練が始まるよ。行こう?」

 

「南雲くん」

 

 

士道が南雲に静かに声を掛ける。その静けさに雫は不気味さを感じた。

 

 

「士道くん?」

 

「えっと、なにかな」

 

「…南雲くん、自分一人が我慢すれば喧嘩するよりずっといいって考えてますよね」

 

 

南雲は図星をつかれたようで顔が強張る

 

 

「うん、まぁね、敵意や悪意をもつって苦手だから」

 

「そうですね、そこでやり返しては本末転倒です。檜山くんたちと同じ土台に立ってしまう。しかし、ならばなぜ人を呼ばなかったのですか?自分が我慢すれば事が丸く収まると?そうではないんですよ南雲くん、あなたが我慢すればするほどあちらは調子にのる。それは前も言ったはずです。」

 

 

士道の説教のような雰囲気に南雲は光輝のような展開だと感じ辟易していた。だが、

 

 

「なにより、聞かされない相手の気持ちを考えてあげてください…」

 

 

その言葉は先程の雫のお願いとは違い、深く心に刺さった。座った状態で士道の顔を見上げると今にも泣きそうな顔をしながら南雲を一点に見つめる士道がいた。

 

 

「……次は、雫さんの言う通りに香織さんに説明してくださいね」

 

「う、うん」

 

 

そう言って香織、雫、南雲を残してその場を去った。

 

 

『今日の約束忘れないでね!縁!』

 

「もう、黙って下さいっ」

 

 

脳内で再生されるフィルムに停止ボタンは反応しない。昔向き合った残酷は士道の感情を掻き乱す。

狂いそうなほど吐き気を覚える過去に無理やり停止ボタンを作る。

 

 

「…うん、今日は満月になりそうです」

 

 

窓の外の鴉が見える、最高の後の最悪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆったりとした足取りで宮殿内庭園のベンチにスッと座る。明日が実戦訓練のための大迷宮攻略。士道は死の線を視ずとも死を感じることになる経験に落ち着きが無くなっていた。

 

 

(明日は僕がみんなを見ていなくちゃいけない…死の恐ろしさを学生の身分で知るなんて酷な事はさせない)

 

「そうですよ士道、何を悩んでいるのです…やる事は変わらない」

 

 

頬を二、三回叩いて無理やり自分を鼓舞する。

 

 

「…寝ますか」

 

(考えすぎたせいで逆に頭がフラットになりました)

 

 

すぅと息を吸って立ち上がる。先程の不安は楽になった頭には残っていない。寝室に戻りつつ目元の包帯をスルスルと解いて今日の終わりを告げる。近頃士道の魔眼は鳴りを潜めていた。あまりの痛さに召喚されて4日くらいは頭痛は酷い、クラスメイトに凄く心配されるで散々だったが、今はすこぶる調子がいい。推測では脳が魔眼を制御する事を覚えたのでは無いかと思っていたが、流石にそんな都合の良い話はない。

 

 

(黒いすみのおかげ?)

 

 

頭痛が始まった日から始まった眼の黒ずみの侵食。最初は日が経つにつれ白目の部分が黒くなってきていたが、今では綺麗に消え失せていた。

 

 

「赫子…」

 

 

候補としては妥当だ。何故なら

 

 

 

 

士道縁 17歳 男 レベル:7

 

 

天職:変貌者

 

筋力:79

体力:51

耐性:157

敏捷:320

魔力:134

魔耐:81

 

技能:直死の魔眼・気配感知・⬜︎罰⬜︎行・赫子 [+超速再生][+熱源探知][+血液蒐集][+精神汚染耐性]

 

 

「なんですかぁこれ」

 

思わず呆れた声がこぼれた。どう考えてもこれだ。『超速再生』と『精神汚染耐性』が付属してる時点で確定である。欲しかった技能のオンパレード、直死の魔眼を抑えるのにこれほどの適任はいない。

 

 

「結局赫子がなんなのかは知りませんけど…まぁいっか。今日は深く考えるのやめにしましょう」

 

 

深みにハマっていく気がして思考を放棄する。廊下の角を曲がって寝室の入り口が見えてくるとドアの前に誰かがいた。

 

「急に押しかけたらどう思われるかしら、そもそも夜更けに誰かに見つかったら余計な誤解を生む可能性があるからやめたほうが…いやいやなんのためにここに来たの私、しっかりしなさい。でも迷惑って思われたら…」

 

(何してるんですか雫さん)

 

 

士道の寝室の前でグルグルその場を回りながらぶつぶつなにかを呟いている。はっきり言って不審者だ。知り合いでなければ通報してる。少し遠い目をしたもののこのままでは寝室に入らないため雫に話しかける事にする

 

 

「あの〜雫さん?」

 

「ち、ちちちちがうの!ただちょっと用事があっただけでやましい気持ちとかはっ」

 

 

僕の顔を見ずに他のクラスメイトに遭遇したと勘違いしたらしく虚しい弁明を続ける。このままずっとその姿を見るのも面白そうではあったが流石に可哀想だったので正体を明かす

 

 

「僕ですよ、雫さん。」

 

「え?よ、よかったぁ…びっくりさせないでちょうだい」

 

 

士道としては寝室の前でうろちょろされていた状況の方がびっくりしたが、赤面した顔に気分を良くしたので突っ込むのはやめておいた。

 

 

「で、どうしましたか?」

 

「…ちょっと相談事があって」

 

 

普段とは違う弱々しさを感じ取って、何かあったと察するのは容易かった。

 

 

「ここで誰かに見つかるのは面倒です。立ち話もなんですし入って下さい」

 

「えぇ、ありがとう」

 

 

そう言って部屋にあげる。もちろん邪な気持ちはない。部屋は寝るか支度をするか以外で使う事はないので無駄なものは置いておらず、部屋を借りた日から何も変わっていない。

 

 

「何が、ありましたか?」

 

「………」

 

 

口をつぐむ。相談したい事だが、言っていいかまだ迷ってるという顔だ。覚悟を決めたようにポツポツ話し始めた

 

 

「今さっき香織が南雲くんの部屋に向かったの」

 

「ほう?」

 

 

おっと明日から実践訓練だというのには夜這いですかこれは由々しき事態ですね即刻明日の訓練の予定をカップル成立の祝辞に変えねば

 

 

「士道くん…あなたの考えてる事丸わかりよ?」

 

「…これは失礼、そしておめでとうございます」

 

「違うから、…香織が南雲くんがいなくなる夢を見たって言って明日の大迷宮攻略に行かないで欲しいって頼むらしいの」

 

「…なるほど、夢が発端とはいえ妥当な判断です。」

 

(出来れば他の生徒もそうしてほしいですが)

 

 

士道としてはみんなに籠っていてもらいたいがそれを教会が許すはずはない。だが非戦闘職ならば戦えないからと言い訳はつく。

 

 

「その話聞いて…私も怖くなったの戦いが」

 

「…それは何故?」

 

「香織が南雲くんがいなくなる夢を見たって聞いて死と隣り合わせって事を実感して…怖くなった、殺すのも殺されるのも」

 

 

自分自身を抱きしめて肩を震わす。恐怖は人間のもつ生存本能であり命をかける時のその恐怖は計り知れない

 

あぁ、雫さんはちゃんと理解していた。

言葉にできない安堵感が体を満たす。死の経験はしなくとも死ぬ可能性がある事は知っておいて欲しかった。クラスメイトの中でも申し訳ないが雫は特別だ。中学からの友達であり、いつも泣きそうな表情を隠してみなの姉貴分をしていた雫。その姿が昔の友人に似ていて遂お節介を焼いてしまった少女。

 

 

(わかってる…過去の者を今の者に重ねるのは今を生きる者への侮辱だ)

 

 

それでも思い出す。ひまわりの笑顔を

 

 

「雫さんはそれを知ってどうしたいんですか?」

 

「…どうしたいかって言われると分からない…」

 

 

 

 

「でも」

 

 

 

「理解したからには、逃げることなんて出来ない!」

 

「───」

 

 

強い覚悟を持った瞳を直視して確信した。

 

 

(あぁ、やっぱり似てる)

 

 

懐かしい思い出が蘇る。助けられるかも分からないような人に手を伸ばし、他人が死ぬと血縁関係者のように涙を流すあの女の子に。顔に出すすんでのところで思い出に蓋をし、雫に眼の焦点を合わせた。

 

 

「もう覚悟は出来てるじゃないですか。僕いらないじゃないですか」

 

「でも、逃げないことは決めたけど私にみんなを守る自信なんてないし…」

 

「そうですか、なら僕が半分を受け持ちます」

 

「え?」

 

 

予想外の答えに一瞬惚けた顔になるがすぐさまキリッとした顔つきになる

 

 

「ダメよ。あなたも護衛対象よ」

 

「はぁ、雫さん、もしかしてですけど今日の模擬戦って僕を守れるかどうか試したかったんですか?だとしたら実力はほぼイーブンに近いので護衛対象には入りませんよ。もっと弱き人に気を回してください」

 

「うっ」

 

 

呆れた顔で雫に反論をする。理解してはいるが納得はしてない顔だ

 

 

「…そうかもしれない。でもこれは私のエゴなの。守らせてほしいの、士道くん。」

 

「あなたが大切だから」

 

「───」

 

 

それはずるい

 

知らなければよかった。自分がここまで雫に好意を抱かれている事を、それでも

 

 

「答えはノーです」

 

「どうしてっ」

 

「理由はあなた以上に僕が命の価値を理解しているから」

 

 

芯のこもった眼差しに雫の言葉が詰まる

 

 

「僕は地球にいた頃から世界が歪に見えていました。それは今でも変わりません。…それでもあなたが側にいたから僕はその歪さを誤魔化せた。……って面倒な説明はなしです。要はあなたと同じです。知ってしまったからには無視できない。」

 

「そう、ね。でも」

 

「それもあなたと同じです。大切な人を守りたい、この気持ちはあなただけではありませんよ。なので背中は任せましたよ」

 

「───」

 

 

ここにきて死の事実に気づいて怯えていた自分が割れてなくなる音がした。雫は士道の底抜けの優しさに前の世界で甘えすぎた。だから返したかった。身を挺してでも彼を守ることで。だが、

 

 

「ほんと…あなたにはいつまでも叶わないわ」

 

「お互い様です。人のいいところを見つけるのも才能ですよ」

 

 

また甘えてしまった。でも士道縁の微笑んだ表情を見てその悩みも飛んだ

不釣り合いな鴉の鳴き声が聞こえた夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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オルクス大迷宮攻略(前編)

ちな、喰種は大戦でほぼ滅ぼされています


早朝

誰もが少しばかりの緊張と未知への好奇心を顔にうかべながら大迷宮入り口へと立つ。

 

 

(未知の開拓は人であれば避けられない興味です。僕も人が死ぬような場所じゃなければ目を輝かせていたんですが)

 

 

死んだ目をしている士道がクラスメイト達とメルド団長の説明を聞いていた。普段の優しい印象からは考えられない負のオーラが遠藤からは寝れなかったせいかと勘違いされた。

 

 

「お〜い、士道。どうしたんだお前?」

 

「遠藤くん、やっぱり今すぐ大迷宮攻略やめませんか?きっとみんな気分が悪くなると思うので。もちろん予知です。」

 

「何言ってんだお前…だいたいいつかは行かなきゃならないんなら別に今日でよくないか?」

 

「…はぁ」

 

 

遠藤浩介の正論にため息をついてストレスを発散するしかなくなった。帰ったら南雲くんに胃薬を作ってもらおう

 

 

「よーし!入るぞお前ら!」

 

 

博物館の入場ゲートのような入り口をくぐりオルクス大迷宮攻略が始まった。浅い階層ではいい稼ぎ場所として人気があるようで人が自然と集まっていた。もう少し奥に進むとと通路は暗くなりさきの賑やかさは無くなっていた。広間に出るとここからが大迷宮本番と言わんばかりに群れで襲いかかってきた。

 

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれラットマンという魔物だ。すばしっこいが、大した敵じゃない。冷静に行け!」

 

(だとしても控えめに言って気持ち悪いですね)

 

 

士道はゴキブリなどの人間が生理的に受け付けない生物でも比較的いける部類だが、ムキムキのねずみにはその限りではないらしい。雫の顔を見ると頬が引き攣りまくっている。だがそこは流石の勇者一行。魔物の群れは一瞬にして全滅した。

 

 

「ああ〜、うん、よくやったぞ!次はお前らにもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 

生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。その後も順調に迷宮を探索していき二十階層に到達した。

 

 

(天之川くんが突っ込みすぎなところはありますがそれ以外は問題なさそうですね。騎士団員もいますしここはプロに任せましょう)

 

 

心に余裕が出来たので少し周りを見渡すと南雲ハジメと白崎香織が見つめあっているシーンを目撃した。すぐに目を逸らしたハジメに香織がショックを受けて拗ねている。

 

 

「はぁ、微笑ましくはありますが大迷宮でやることじゃありませんよ…」

 

「どうした士道?」

 

「当たり前のように後ろに立つのはやめてください遠藤くん」

 

 

心臓が飛び上がったのは表情に出さずに咎める。声をかけられただけで気づいただけ褒めてほしい。

 

 

「いやそんなつもりなかったんだけど…で、どした?」

 

「カップル成立の瞬間を目に焼き付けていただけです。青春ですね〜」

 

「は!?だ、誰が?誰と!?」

 

「さぁ誰でしょ〜、あ。魔物来ましたね〜」

 

「おいぃ!!?」

 

 

暗殺者に爆弾を落として魔物を刈りにむかう。向かってくる猪のような魔物に牽制で投擲をする。今の士道は投術師で目潰しに投擲をし、暗殺者で後ろから首を断つ、という戦闘スタイルになっている。試行錯誤をした結果大体の敵にはこの戦法が1番しっくりきた。錬成を使って牽制するのもアリではあったが、魔力量の差で南雲ハジメを上回っている僕は技能が下がっても彼よりも広範囲の錬成が出来る。職泥棒の士道からしてもそれは可哀想だったので錬成は切羽詰まる場面でしか使わないようにしている。

 

大分下まで潜ると魔物も強さを増し、苦戦することが多くなってきたが大体は天之川光輝がなんとかしてくれるため怪我は一人も出なかった。途中八重樫雫や白崎香織に攻撃した魔物に激昂し無駄すぎるオーバーキルをしてメルド団長に叱られてたがその程度だった。

 

 

(もうそろそろ本格的に気を引き締めないとまずいですね。)

 

「あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

 

その言葉に、全員が白崎香織の指差す方へ目を向ける。そこには青白く発光する鉱物が花咲くようひ壁から生えていた。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりしていた。

 

 

(何呑気に見惚れてるんですか…)

 

 

こっちの気も知らないで気を緩める生徒達に心の中で八つ当たりをする。少し顔に出てたようで遠藤くんから引かれた。

 

 

「な、なんだぁ、どした?最近機嫌悪いじゃん…」

 

「…別に」

 

 

冷たい反応をしてしまったことに申し訳なさを感じつつみんなの見惚れているグランツ鉱石にもう一度目を向けると

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 

グランツ鉱石に手を伸ばす檜山大介の姿が目に写った。

 

 

「っっっあの馬鹿っ!!」

 

 

檜山が鉱石に手を触れると鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石に魅せられて不用意に触れたものへのトラップだ。

 

 

「団長!トラップです!」

 

「ッ!?」

 

 

すぐに部屋に光が満ち、一瞬の浮遊感が襲う。眩さを感じなくなり目を開くと巨大な石造りの橋の上だった。橋の下には川などなく深淵の闇が広がっていた。落ちれば確実に助からない

 

 

(くそっ、少し目を離した隙にこれですかっ!結局僕も警戒心が足らなかったって事ですか…」

 

 

自分の不甲斐なさに歯噛みする。依頼で一対一で相手を殺す事を得意としていた士道は他人に目を向けながら戦うことははじめての経験だった。

 

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 

雷の如く轟く号令に、わたわたと動き出す生徒達。しかし、

 

 

「なんだよ…こいつら。多すぎんだろ…」

 

「………」

 

 

遠藤の怯えた声に心の中で同意する。流石にトラウムソルジャー100体は多すぎる。しかもやつらの魔法陣からは今もなお増え続けている。

 

 

「これはまz」

 

 

反対の通路から今までにない殺気を感じた。人の狂気染みた殺気は知っている。獣の生存本能による殺気も知っている。だがこれは知らない。感覚としては獣に近いがそれは生存本能ではない

 

 

「はは、大きい魔物の殺気ってこんなにヤバいんですね」

 

 

思わず笑ってしまう。相手を殺す。純粋にただそれだけのために殺気をぶつけてくる相手は初めてだった。その未知は士道に恐怖を植えつけた。ここまでの殺気は初めてのようで他の生徒は足を止め呆然としている。

 

 

「ベヒモス……なのか…」

 

 

メルド団長の呻くような呟きに士道は戦慄を覚えた




サトシ「いけぇぇぇ!ベヒモス!突進だ!」
ベヒモス「グルァァァァァァァォァァァァ!!」
サトシ「いいぞ!そのまま一兆ボルトだ!」
ベヒモス「グルァァァ…ア?」

やってみたかった


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オルクス大迷宮(後編)

視点変更はちゃんとしてるつもり


「グルァァァアァァァアアッ!!」

 

「ッ」

 

 

耳をつんざくほどの咆哮。それが開戦の合図だったのかこちら目掛けて突進してきた。

 

 

「アラン!生徒達を率いてトラウマソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイルは全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前は早く階段へ向かえ!」

 

「待ってください!メルドさん!俺たちもやります!あの恐竜みたいなヤツが1番ヤバいでしょう!俺達も…」

 

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは六十階層の魔物。かつて"最強"と言わせしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!」

 

 

メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも「見捨ててなど行けない!」こ踏み止まる効果。

 

 

(何してるんだあの馬鹿はっ!)

 

 

天之川光輝の無責任な助ける宣言に今にも怒髪天を貫きたい衝動に駆られる。だが今はそれよりも

 

 

「グルァァァァァァァォァァァァ!」

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、"聖絶!!!」」」

 

燦然と輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。衝突の衝撃波により石造の橋が大きく揺れる。撤退の意思を示した生徒達から悲鳴が上がり、転倒するものが相次ぐ。隙をさらした敵を見逃す手はなく、後ろからトラウマソルジャーが一気に襲いかかる。どう見ても積みな状況にパニック状態に陥る。

 

 

(まずいっ、アレを使えばベヒモスをやることはできる…でもあくまで最優先事項はクラスメイトを守ること!一塊に動いてくれれば生徒の危ない場面で助けに入ることが可能、でもこのパニック状態じゃそれも出来ない!)

 

 

我先にと階段を目指す生徒の波を抜けつつ最悪の事態を避けるための行動を考えていると

 

 

「うわあぁっ!!」

 

「ッ!」

 

 

尻餅をついて恐怖で動けない男子生徒を見つけ、考えるより先に体が動く。遠藤浩介に刃を向けるトラウマソルジャーに『瞬歩』で近づき至近距離で炎をぶつける。頭蓋を割られたトラウムソルジャーは遠藤に覆い被さるように倒れた。

 

 

「ひっ…あ、ありがとう、士道」

 

「遠藤くん!自分の身の安全第一で出来るだけ一塊になって下さい、そうした方が守りやすい!」

 

「───わかった!」

 

 

士道の必死の説得が届いたのか、遠藤は返事を返してすぐごった返している生徒達に呼びかけを行い始めた。パニックを治めるのを遠藤に任せて、ベヒモスによって荒らされた岩場を軽戦士で足場にする。見晴らしのいい場所まで移動して辺りを素早く見渡すと、ベヒモスと闘うメルド団長、騎士団、天之川、とトラウマソルジャーに翻弄される生徒達に別れている。

 

 

(よし、階段に一直線に向かってるおかげで結果的に一塊になってる!天之川がいない今は僕が守り切る!)

 

 

方針を決めてパニック状態の生徒達へと向かう。体力を温存して無駄を完全に捨て去る。今の士道は生徒を守るだけの歯車となる。視界に赤黒い線が映る。

 

 

「ふっ!」

 

 

1体また1体と着実に『殺し』ていく。特にトラウマソルジャーに脅かされて動けない生徒の周りを徹底的に殺害する。次々と湧き上がるガイコツ戦士はキリがないことが目に見えている。それでも赤黒い線を直視してなぞるように斬る。裂く時の感触は斬るというより"沈む"に近く、容易く切断することが出来た。シドウは視界が黒に染まっていくことも気にせずモーターを回す。

 

 

「はぁはぁはぁはぁっ」

 

「っ!辛いかもしれないけど足を動かして下さい!!止まるなっ死にますよ!生きたいなら恐怖に打ち勝って前へ進め!!」

 

 

大声で喉が痛くなるほど叫ぶ。生きたい本能によりまた走り出す。肩で息をする中村恵理に声だけ掛けて次の護衛に廻る。それを繰り返していくうちに無駄がないとはいえ元の体力が少ない士道は

 

 

「つっ!はぁっはぁ」

 

 

限界が近づいていた。

 

先程まで自分達を守っていた筈の士道が今にも倒れ込みそうに膝をついてるとこを遠藤浩介が見つける。

 

 

「おい、士道!」

 

 

生徒の波を押し退けて士道のもとに走る。倒れる寸前で肩に手を回すが顔は青白く意識もかろうじてといったところだった。

 

 

「めっちゃしんどそうじゃねぇか、もう無理すんな。あとは頑張ってなんとか…ってお前その目…」

 

「大丈夫っ、問題ない」

 

 

双眸が遠藤を貫く。赤青く輝く虹彩、黒く変色した結膜。どちらも個性で済ませられる程微小じゃない変化。正常とはかけ離れた眼の異形さに声が詰まって"訳もなく"体が震える。まるでその"眼"に根源的な恐怖を…

 

 

「遠藤くん!!」

 

「!!」

 

 

士道の怒号に意識が戻る。固まったのは数秒程度だったが死が蔓延するここでは数秒でもあらゆる死因に繋がる。

 

 

「このままだと全滅する!何か策はありますか!?」

 

「え、え?そんな急に言われても…」

 

(押し切られるっ)

 

 

焦りは酷くなる一方、ガイコツ戦士の行進は止まらない。もう刃が生徒の鼻先に届こうとしていた。

 

 

(間に合わない!!)

 

 

肩をかされた状況でせめてもの思いで腕を伸ばす。瞬間

 

 

「"天翔閃"!」

 

 

純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。橋の両脇にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。ソルジャーは一瞬怯むも数の有利が効いていることを自覚し再びこちらに向かってきた。だが、天之川の斬撃により上階への階段が見えた。

 

 

「あ、天之川!よかった、これで助かった」

 

(天之川くん!?さっきまでベヒモスと戦っていたはずでは)

 

 

もう一度"天翔閃"を放つ。なす術なく骨に変えられる魔物の群れは天之川を危険人物と捉えたようで大半が彼に意識を割くようになっていた。

 

 

「お前達!今まで何をやってきた!訓練を思いだせ!さっさと連係をとらんか!馬鹿者どもが!」

 

 

メルド団長のいつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。そこからは訓練の成果がきっちり出ていた。治療魔法に適正のある物がこぞっね負傷者を癒やし、魔法適正の高い者が後衛に下がって協力な詠唱を開始する。前衛組はしっかり隊列を組み、倒すことにより後衛の守りを重視し堅実な動きを心がける。

 

 

「続け!続け!階段前を確保するぞ!」

 

光輝の掛け声と同時に走り出し、遂に包囲網を突破した。

 

 

「はぁはぁはぁ、ようやく、抜けれた、な」

 

(おかしい…ベヒモスの追撃がこない?)

 

 

状況を訝しみ疲れた首を精一杯後ろに動かすと、たった一人で化け物を上半身を埋まらせて抑えている。

 

 

「ははっ、ナイスガッツですよ、南雲くん。」

 

 

額の汗はもう残ってはいない。体力の回復は済んだ。ならやることは一つ

 

 

「遠藤くん、肩ありがとうございます。あとは任せました。」

 

「え?お、おい!」

 

 

きっちりお礼した後、南雲と化け物の方向へメルド団長の静止の声をわざと無視して全速力で駆ける。回復に専念してもこの少しの間で回復できるのはほんのちょっと。だからこそ数秒でカタをつける。

 

 

「南雲くん、よく頑張りました。あとは任せてください」

 

「士道くん!?」

 

 

にこりと笑って化け物に突貫する。士道は大体の武器は錬成で作っている。その方が持ち運びが楽だから。だが、ナイフだけは別だった。黒一色の持ち手と短い刃、シンプルでいて切れ味は抜群。地球にいた時から所持していたものだから特別な効果は何もない。

 

 

「さぁて、ここまで追い詰めてくれましたね。覚悟は

 

出来てるよね?」

 

 

埋まりかけた足目掛けてナイフを掲げる。もう一度言うが特別な効果は何もない。かと言って切れ味は化け物を斬れる程鋭くはない。だからこの結果は

 

本来ならば到底ありえないものだ。

 

 

「"十七等割"」

 

 

 

ベヒモスの体がバラバラに切り刻まれた

 

 




カッコいいのが思いつかなくて…


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嵐の後の傷跡

 

南雲は一部始終を捉えていた。士道縁が化け物の元にナイフ片手に突貫する。すなわち

 

 

「待って士道くん!ダメだっ!」

 

 

倒すつもりだ。どこからどう見ても無茶だ。天之川光輝の決死の1撃でさえ傷一つつかない相手に対して、あまつさえナイフ1本であの化け物に立ち向かうのは自殺行為。南雲ハジメは必死に声を荒げて静止の声をあげるが聞く耳も持たずに駆けていく。舐めるなとばかりに憤怒の咆哮でむざむざと近づいてきた敵に人と同じくらいの爪を振り下ろす

 

 

(やめっ)

 

「"十七等割"」

 

 

"何か"した。そうとしか言えない程士道の動きは速過ぎて捉えられなかった。1秒にも満たない時間ののち南雲は

 

バラバラに刻まれるベヒモスを見た。

 

 

 

 

 

 

 

壊せ、あの生物の魂を蹂躙しろ。心の奥で"願望"が強制してくる。上半身を錬成で埋められたベヒモスに迫る。雪崩のような瓦礫をものともせず遂に穴から這い出ようとしていた。

 

 

「スゥー…」

 

 

息は整えた。ナイフをもった右腕を身体に回して跳び込む準備をする。士道のステータスパラメータは体力、筋力、魔耐が他と比べても特に低い。それは短距離を走るアスリートに肺活量が重要じゃないのと同義で、そのステータスが士道のスタイルに重要じゃないから。士道は生粋の短距離型、それも超がつく。故に

 

敏捷:500

 

一瞬の速さに全てを賭けている。

 

 

(いけるっ)

 

 

魚雷の如きスピードで突貫する。もう目と鼻の先にまで近づき跳ぶ。いつか来る終わりに切先を向けて、線をなぞる。

 

切る、切る、切る。およそ十七、一切の容赦も加えず等分割した。感触はない。だが本能的に存在を殺した実感があった。

 

 

「グルぁっ?」

 

 

自分の両足の感覚が消え去る。神経が切断されるなんて生易しいものじゃない、"意義"の消滅。ベヒモスに本来存在した両足は"ない"ものとなった。

 

 

「グルァァアァアアア!」

 

 

遅れて耐えがたい激痛が走り、泣き叫ぶ赤ん坊のように瓦礫を押し退けてジタバタともがく。先程の殺気は自分の苦痛に意識を向けざるを得なくなっていた。

 

 

「よっし!」

 

 

内心でガッツポーズを取る。士道の直死の魔眼には弱点がある。死にやすい線をなぞってしまえば神であろうと殺せる強力なものではあるが、簡単な話切られなければ問題ない。要は相手の身体能力が高ければ逃げるなり、こちらのナイフを避けて殺しに行くなりすればいい。この弱点は士道が"人"だからこそ起きた問題だ。

 

だからこそ南雲の錬成で足を止めるという作戦は絶ベヒモスを倒す絶好の機会だった。鬼気迫る状況に陥った原因であるベヒモスさえ倒せばトラウムソルジャーに意識を完全に割ける。群れとはいえベヒモスというリーダーを失った有象無象。勇者チームならば切り抜くのは簡単だ。その上倒せば勇者チームに名声が挙がり、これからの活動において最高ランクの冒険者でもなし得なかった偉業を果たしたという肩書きができる。正に一石二鳥だった。

 

 

「すごい…」

 

 

南雲は無意識に称賛の言葉をあげた。切断ののち地面におりたとうとする士道の無駄のない華麗な動きに思わず目を奪われる。

 

次は心の臓を止めようと足に力を入れる。事はそう簡単に運ばなかった。

 

 

「グルァァアァアアア!」

 

 

ベヒモスが悲鳴を上げたタイミングで地面が崩れ始めた

 

 

「くっ!走りますよ南雲くん!」

 

「わかった!」

 

 

直死の魔眼で両足を切断されて尚その憤怒に衰えはなかった。自分の身体の異常を無視してでも殺したい相手とはもはや憎いと言っていい。撤退の意思を示して一気に駆け出した南雲と士道を追いかけようと這いずる。

それは許さないとばかりあらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。色とりどりの魔法がベヒモスを打ち抜く。士道の"十七等割"が効いてるらしく動きは緩慢になっている。

 

 

「士道くん!!」

 

(雫、さんっ)

 

 

遠くから雫の心からの叫びを聞いた。自分にこれだけ好意を寄せてくれた相手からの声援に限界を超えて力が入る。あと10メートルのところまできた。

 

 

「ここを過ぎれば僕たちの勝ちですよ!南雲くn

 

 

傍で走っていた南雲ハジメに

 

火球が突き刺さっていた。

 

 

「な…南雲くん!!」

 

 

必死な思いで手を伸ばすが空をきる。

 

 

「士道くん!!」

 

 

雫に手を掴まれて階段に到着する。お礼をしたかったがそれよりも南雲ハジメが間に合ったかどうか後ろを見ると

 

崩壊した橋の瓦礫の中にベヒモスと南雲ハジメの姿があった。

 

 

「南雲くん!南雲くん!!」

 

 

飛び出そうとしている香織を雫や光輝に羽交い締めにされる。他のクラスメイト達も青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。騎士団の面々も悔しそうに落ちるハジメを見ている。その中で士道はガラガラと音を立てながら崩れ落ちてゆく瓦礫のハジメをただただ見つめていた。

 

 

(僕は…何をしていた。)

 

 

質問を投げかける。当然答えなんてものは返ってこない。それでも後悔が絶たない。決めた筈だった。戦争も知らない子供に死の経験はさせない筈だと、なのに結果はこれだ。未来ある若者は自分の祖国でもない国のために実践訓練に駆り出されて奈落へと消えた。士道の瞳に異質な色はなく"人"のそれになっていた。こんなもんだと、世界はこんなにも残酷だと否応なく見せつける。

 

 

(疲れたな)

 

 

感情が冷めていく。横で雫と光輝を引き剥がそうとする香織の声も届かない。

帰りたい。ひどく妹が懐かしく感じた。まだ大迷宮は終わってはいない。それでも考えずにはいられないほど妹に会いたくなった。

 

 

「士道くん…」

 

「…………」

 

 

雫に視線を向けると、意識を失った香織を背中に抱えていた。

 

 

「失神させたんですか?」

 

「…あのままだと崖を飛び降りてでも助けに行くだろうからってメルド団長が…」

 

「…そうですか、やはり頼りになりますね。メルド団長は」

 

 

明らか涙跡の残った雫に対して興味無さそうに返事をする。今は雫と会話する気は起きなかったので早々に切り上げる

 

 

「皆んな!今は生き残る事だけを考えるんだ!撤退するぞ!」

 

 

光輝の宣言にノロノロと動き出すクラスメイト達。途中で襲いかかるトラウムソルジャーを斬りつけながら階段を登っていると魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。トラップではないか確認してから扉を潜ると、そこは元の二十階層だった。

 

 

「帰ってきたの?」

 

「戻ったのか!」

 

「帰れた…帰れたヨォ……」

 

 

クラスメイト達は次々と安堵の吐息を漏らす。泣き出す生徒やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうになっている。

 

 

「お前達!座り込むな!ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する!ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

 

フラフラになりながら立ち上がる。騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。そしてついに一階の正面門と懐かしい気がさえする受付が見えた。今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。だが一部の生徒、未だに目を覚さない香織を背負った雫や光輝、その様子を見る龍太郎、恵理、鈴、などは暗い表情だ。士道に至っては感情が抜けている。遠藤は何を考えているか全くわからない士道に声をかけられずにいた。

 

 

(こいつは南雲とベヒモスをクラスメイトが逃げ切るまで止めてくれた。そばにいたから助けられたかもしれないって考えるのは当たり前だよな…)

 

 

世界の不条理を知った一日。迷宮の外に出ると日差しが差し込んできた。途中城に向かって飛び立つ鴉が印象的だった




追記
月姫発祥


"十七等割"

直死の魔眼を駆使した暗殺術。俊敏に極ぶりしたステータスと天性の短距離スタイルから生まれた、最小限で命を絶つ士道の編み出した技。等割限定と範囲を絞る事で効果を上げている。何故17回なのかは『あなたの楽観的な姿勢が明るい"未来"を切り拓くでしょう』という皮肉を込めている


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表裏一体

文字数多くした方がいいかな


後日談

 

雫side

 

宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても、迷宮内で実践訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、無能扱いだったとは言え勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だった。勇者一行が国王に今回の顛末を説明すると、最初こそ生徒が死亡したことに愕然としていたがそれが無能の南雲ハジメと知ると安堵の吐息を漏らした。貴族同士の世間話ではあるもののそれはもう好き放題に貶していた。ハジメを罵った人物達は光輝の怒りの表明によりその場で処分を受けたが、軽いものだった。

 

 

「では、失礼します」

 

 

メルド団長が空気の澱んだ会議場の扉を閉める。一部を除いてみな大迷宮では生き残ったことへの安心感で気分が少し明るくなっていたが帰ってくると南雲が死んだ実感が湧いて暗い雰囲気が蘇っていた。その空気を察してか、生徒達に向き直ると

 

 

「お前ら、本当にすまなかった」

 

 

メルド団長が絞り出すように深々と頭を下げた。騎士団のメンバーも聞かされていなかったらしく、予想外の展開にあたふたしている

 

 

「メ、メルド団長?」

 

「俺は勇者とはいえまだ卵であるお前達に実践訓練でトラウマを植え付けてしまった…これは俺の監督不届きだっ、どんな感情をぶつけてきても構わない。騎士団全員で雀の涙にもならないが謝らせてくれっ!」

 

 

そう言い騎士団のメンバーも何が言いたいのか理解したらしく追うように頭を下げる。生徒達はメルド団長の誠意のこもった謝罪に責めれずにいた。人間は誰かに罪を押し付けて自分の罪を軽くしたい生き物である。自分たちはビビるだけで頑張る南雲に弔いの言葉もかけれずにいたのに対してメルド団長は生徒を生かすために恐怖に打ち勝って守ってくれた。だが元はといえばこんなところに連れてきたのが悪いと罪を軽くする事も出来た。だが、

 

 

「…頭を上げてください、メルド団長。俺たちはあなただからついてきたんです。メルド団長が必死に守ってくれたから俺たちは生きてます。だからあなたに罪を押し付けるなんてことはしません!」

 

 

爽やかな笑顔を作った勇者の言葉に一同頷く。みんな思いは同じだったようだ。ただ一人を除いて

 

 

「…すまない……とりあえず、今日は疲れただろう。ゆっくり休め。」

 

 

解散ということでみな寝室に直行しようとすると

 

 

「天之川光輝くん、檜山大介くん、少し話があります」

 

 

名指しの声が上がった。声が上がった方向を見ると表情の読めない顔で佇む士道を見た。雫は士道の不穏な空気に不安を感じた。

 

 

(士道くん?)

 

 

いつもと様子が違う。南雲の死で暗い雰囲気になっているのはわかるが士道の周りの空気は暗いというより冷えていた。胸の中の熱を隠すように

 

 

「なんだ、士道?」

 

「お、俺もか?」

 

 

士道は前に立った二人を数秒見つめる。クラスメイト達は何かあったのかとギャラリーになっていた。するとニコリと笑った

 

 

「歯、食いしばってください」

 

「え?」

 

 

それはどちらの声だったか、次の瞬間には檜山の顔面に拳がめり込んでいた。

 

 

「がはぁっ!」

 

 

士道は筋力がある方ではないが変貌者で拳士にでもなったのだろう。思いっきり不意をつかれた檜山は床をバウンドしてから壁に激突した。一部始終を捉えていたクラスメイト達はありえない士道の行動に開いた口が塞がらなかった。雫は普段の士道とは思えない行動に驚きを隠せなかった。

 

 

「な、何をするn」

 

 

言い終える前に光輝の頬を殴る。流石勇者といったところか檜山のようにはいかず床に倒れ込むだけで済む。士道は目一杯力を込めたようで殴った拳からは血が出ていた。幸か不幸か勇者でも一撃は重かったらしく動きが緩慢になっている。そこに士道は追い討ちで覆い被さり襟元を掴む。訳もわからず殴られて馬乗りになった士道を怒りの目で睨む光輝

 

 

「士道、そこを「君は言った筈だ!守るからと!」」

 

 

士道の全身全霊の叫びにこの場にいた全員が肩を震わす。そして思い出す、召喚された時の出来事を

 

 

「あぁ、そうだ、君は言った筈だ。俺がいるから大丈夫だと!無責任にも!でも結果はこれだっ…一人は死ぬつもりは無かったとしても大迷宮で"君たち"を守って死んだ、無能と言われた少年がだ!!何が勇者だ…何が救うだ!!結局君は仲間を鼓舞するだけで何も守れてないじゃないか!!」

 

「っそれは…」

 

「僕は今君の性格なんて考慮はしてない、ただ事実を話してるんだ。君はその言葉に見合うだけの行動をしたのか?無様にも南雲に一喝されてから周りのことを見るようになった勇者さんよぉ、召喚された当初に話してた内容と違うじゃないか。勝てもしない相手に立ち向かうことが仲間を守ることに繋がるのかぁ?これを踏まえてもう一回言ってくれよ…『俺が世界も"みんな"も救ってみせる』ってさぁ!!」

 

「……」

 

 

何も言い返せない。当然だ、結果が全てを物語っている。一人の生徒は大迷宮で亡くなり、光輝は生徒を一人守れなかった。光輝は自分が何故こんな事を言われなければならないと小さく唇を噛んだ

 

 

「…そもそも南雲はあそこで立ち向かうべきじゃ無かったんだ!俺たちに任せておけばよかった!」

 

「は?」

 

 

光輝は仲間を守った英雄を咎める。言葉が出ない。わなわなと震えながら襟元の掴みが緩くなる

 

 

(……そうですよね、所詮餓鬼の戯言。自分の言葉に責任を持てる年齢じゃない…それでも彼は義務として守るべきだった…)

 

「もういいです。今後はもっと発言の重みを自覚して下さい」

 

 

先程まで激昂していたとは思えないほど冷淡な声で叱咤する。周りの半分くらいのクラスメイトは未だに何が起こったのか理解していないらしくポカンとしているが、もう半分は士道の言い分と南雲の死を再確認して怯えだしていた。光輝の用は済んだとばかりに裁定を既に下したもう一人の生徒に目を向ける。顔面を殴られた檜山は鼻を折ったらしく過呼吸になっている。歯や頬の骨も折れてるらしくすぐにでも治療魔法をかけなければならないほど重症だった。殴った相手が例えば近藤などならばまだ止めるが、いつもは優しい士道が今は人を殺しそうな目をしているとなれば怖くて止めれるわけが無い。檜山は視線だけ動かして士道を睨みつける。

 

 

「ゴホッ、はぁはぁ」

 

 

「ん?何故睨むのですか?道理も弁えない子供にお灸を据えただけですよ?勝手な行動をしてクラスメイトを危機に陥れたんだ。この程度で済んだことにむしろ感謝してほしいです」

 

 

事実、檜山も南雲の死の原因であったために何も言えない。いや、余計な事を言って墓穴を掘る訳にはいかないから何も言わない。故に

 

 

「あ、あぁ、ほんとに、悪かった…」

 

 

無闇に反論せず謝る事が最善だった。

 

 

「…反省したならよろしい。次やったら自分の後始末は自分でつけてください。」

 

 

そう言って未だに士道があそこまで怒った理由が理解できずに突っ立ってるクラスメイトを置いて廊下の角を曲がって消えた。背中に死神が見えた士道が去ったことによりふぅと深く息を吐く。

 

 

「大迷宮出てからずっと魂抜け落ちたみてーな顔してたのに感情が見えた瞬間これかよ…怖すぎだろ…」

 

「鈴、士道くんのガチギレ始めて見た…ちょっとおしっこちびっちゃったよ」

 

「鈴!?」

 

「………」

 

 

この空気をどうしようか迷った結果考えた事は同じようですぐ解散となった。一部の生徒は士道の言葉を思い出しながら……

 

 

 

 

 




天之川光輝が何考えてんのかわからん。

追記

士道は通常の俊敏ステータスは320ですが、ベヒモス戦ではアスリートの所謂ゾーンに入ってました。なのでステータスが士道の精神状態に引っ張られて200の強化を施すという結果になりました。これに関しては士道は特別です。


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夜の発露

遅かったね僕


「いってぇ…ふざけやがって!」

 

 

寝室の壁を強く叩いて少しでも不安を紛らわそうとする。檜山は士道に喰らわされた顔面の肌のヒリヒリに憤りと焦りを感じていた。殴った張本人がいなくなったあと痛みに悶えていた檜山は、辻綾子の治療により鼻と頬の骨は治っているが、完全では無かったのか痛みは幾分マシになったものの眠れるほど引いてはいなかった。重ねて、治療してる時の辻が疑念の目でこちらを見つめていたのを思い出して益々眠れない。

 

 

(最悪だっ、確証は得られてないとしても"何が隠してる事"を勘づかれた!)

 

 

南雲の死の真相さえ知られなければいいと思っていた矢先にこれだ。檜山は勘のいい者に意図を読まれたことを把握していた。謝る前の思考する時間がよく無かった。大半の人なら言い返す内容を考えてる時間だと思うが、最初から疑惑をかけていた者は別だ。すなわち『"余計なことを話して変に勘ぐられたくはない』からでは、と。もちろんあの流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が打った魔法かなんて特定は難しい。まして檜山の魔法属性は風だ。証拠はない。だが、『万一自分の魔法の誤爆だったら』と考えると誰かに責任を押し付けたいと考えるのは普通だ。結果謎のダンマリを決めた檜山は押し付けたい者からすると格好の餌だ。

 

 

(どれもこれも南雲のせいだ!死んだ後も俺の邪魔をしやがってぇぇぇ!)

 

 

付近のあらゆる家具に八つ当たりをする。椅子は足が折れ、窓は投げつけた本によってヒビが入る。物に当たって少し気が晴れたのか息はまだ荒いながらも寝る準備に入る。

 

 

(明日他のやつに表面上謝っといて当分は大人しく訓練に参加すれば俺への不信感も薄れてくだろ…そうだ"あいつ"の言う通りにすれば香織は俺のものになる、何も問題はない!)

 

 

薄気味悪い笑みを欠けた月に診せてくつくつと嗤う。自分が最終的になる未来に想いを馳せて…

香織を手に入れるためだけにもう一人の裏切り者と手を組んだ檜山にとって、彼女の"入手"は決定事項になっていた。士道がこの光景を見ていれば人間の典型だと嘲笑っただろう。檜山にとって殺人は最早忌避すべき事柄ではない。

 

 

「あぁ、それ以外にも邪魔な奴らは沢山いる…ゴミ掃除は念入りにしないとなぁ」

 

 

三日月の笑みを浮かべて眠りにつく。世界の大きな分岐点はここからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮殿の塔の屋根をひょいひょいっと登る。その身軽さはまるで羽根のようにどこかに翔んでいきそうで危なかっしい。1番高いとんがり屋根まで着くと50センチもない足場に片足を乗せて、眼下に広がる街の夜景を見下ろす。地球の夜は地上から生えたビルが街を煌めかせていたが、この世界はまるで日本の祭りようにちょうちん明かりにしか見えない魔法で辺りを照らしていた。

 

 

「ここに来てよかったです、美しい風景は心を落ち着かせますね。」

 

 

いい眺めに遂うっとりしてしまう。それも一瞬らしく士道の頭に雪崩のように懺悔が押し寄せる。罰は罪を和らげる。罰によって与えた呪いは元の傷に薬を塗る行為となる。あの場で檜山、光輝に鉄槌を下したのは間違いではない。問題はその鉄槌を下したのが"士道"だったこと…

 

 

「『世界もみんなも俺が救う』ね…世界は知りませんがみんなに関しては僕が言えた義理じゃないのに……」

 

 

仕方ないで済ませればどれだけ楽なことか…最善は尽くした、お陰で絶望的な状況で死人が一人だけに留めれた。尽くした意味はあっただろ

 

 

「だからどうしたって言うんですか…みんなを護るのが最低条件ですよっ」

 

 

誰かに話したい懺悔は夜の風にかき消された。懺悔の代わりで下唇から血が溢れてくる。士道は年齢のわりに大人びているとはいえまだ学生。小中学生で臨死体験、直死の魔眼の発現、そしてクラスメイトの守護……

この大きな問題を抱え込んでいる士道の精神は既に限界を迎えている。もちろんクラスメイトは士道が自分達を守ろうと今まで頑張っていたことなどつゆほども知らない。伝える気もない。

それはひとえに誰にも心を開いていないから。そうなったのは家族が死んだ時。妹は小学1年生で士道は小学3年生、どう考えても大人に頼らなければ生きていけるはずがない。幸いにも親の保険金により莫大な金額が手に入ったことにより孤児を引き取りたいと言う親候補が続出した。だがお金に目が眩んだ大人達の光景を見て小学3年生という若さで悟ってしまった。人は頼りにならないと、

頼る先を失った士道が生きていく術を身に付けるのは早かった。家事、料理をネットで調べて実行し、幼くとも職に付けさせてくれる仕事をさがした。その結果誰も信用することなく妹に不自由させない日々を過ごせていた。中学を卒業する頃にはもう大人以上の"大人"になって…

 

 

「いつか僕にも罰が来ますよ、天之川くん。その時が来たら君と一緒に堕ちますよ」

 

 

そうして士道は誰でもない誰かに懺悔する。涙を流す眼はおぞましく不思議な色をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠れる気がしない。そう思った雫は宮殿内をぶらつくことにした。

 

 

(香織は南雲くんが死んだショックで当分は起きないし、士道くんは光輝を殴り倒すしで……)

 

「はぁ…これからどうすればいいのかしら」

 

 

光輝を殴り飛ばしてから士道は自室に直行してしまった。

最近の士道は情緒不安定なんじゃないかと思えるほど感情の起伏がこの世界に来て激しかった。それもその筈、召喚された日には光輝の救う発言でやる気に満ち溢れている中焦った表情で意味を問いただしてきたり、大迷宮攻略の前日に一人一人に油断しないでと警告をして去るというのを繰り返し、挙句光輝と檜山を士道が殴り飛ばす…

士道のやる事としてはありえないのオンパレードだ。情緒不安定にしか思えない

 

 

(士道は人一倍頑張ってきた…なのにまだ背負いこむの?)

 

 

理不尽な世界に怒りが湧く。同時にそれを相談してもらえないことが何より寂しい

 

 

(私はまだあなたに…心を開いてもらってないの?)

 

 

信じたくない。でもありえない話ではない。何故なら…

 

 

「私ってあなたに頼られた事…あったかしら」

 

 

余計に心臓が煩くなった。違う、嘘だ、そんな筈はない。そう否定したくてもフィルムに頼られたと感じる描写は映っていない。それに他にも信用されてないのではと思えるのが隠し事をしてる点

誰しも隠し事はある。でもその中でも士道はダントツで多い匂いがする。時たま見える負の感情の発露、"頭痛"の正体、これを一つでも相談されたことがあったか

 

 

(………違う)

 

 

宮殿の外に出る。夜空を見上げると死人が出たこともお構いなしの満点の星空だった。

 

 

「そうね…一つだけ聞かせてもらったわ、家族の話…」

 

 

その事実が雫の心を穏やかにさせてくれた。まだ頼られてる、完全ではないにせよ少しは心を開いてくれている。

 

 

「士道くんってば大人ぶってばかりじゃ疲れるわよ?たまには甘えなさい、その方がギャップがあってかわいいわよ?」

 

 

クスッと笑う、もう胸のわだかまりはなくなっていた。

 

 

「ん?」

 

 

宮殿に帰ろうと視界を下に移す間際、

 

 

 

 

 

屋根の上で静かに涙を流す士道が見えた

 

 




士道は街を"見下ろし"、雫は空を"見上げる"……
変だなと思った文章があれば言ってね


追記

屋根の上にある士道を視界に捉えられたのは雫の視力がめっっさいいからです


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約束の地で

チャオ


あの悲劇から5日が過ぎた。

南雲の死の真相は最後まで明確にされる事はなく、段々と勝手に先走った南雲のドジのせいだと現実逃避をするようになった。当たり前だ。自分の魔法で落ちたかもと考えると死人に押し付けるのが1番リスクがない。それでも死人が出たショックは大きいらしく、次は自分が死ぬかもと恐れて自室に籠る者も出てきた。籠るには至らなくともどこか暗い雰囲気を漂わせていた。

雫はクラスメイトの雰囲気に耐えきれず朝ご飯を口に掻き込んで食堂をあとにした。

廊下を歩いてると反対側の廊下から貴族の会話が聞こえてきた。内容は士道の処遇をどうするかだった。

士道はあれ以来誰にも顔を出していない。暗い雰囲気になった原因になる士道は、気を遣ってクラスメイトに姿を現さないようにしているのかはわからない。しかし、流石に4日も姿が見えないとなると教会、国としては見過ごすわけにはいかない。国を出て行ったのか、それとも国のどこかに潜んでいるのか……

どちらにしても士道の行動は怪しい。そうなると士道を勇者一行と見做していいのかどうかという話になる

 

 

(…少しでもいいから顔出しなさいよ…馬鹿)

 

 

胸がざわつく。最近の自分が可笑しいのは気づいてた。

訓練中呼ばれても上の空だったり、食べる量が少なかったり。と目に見えて雰囲気が暗い訳ではないが、やはり自分も不安なのだろう。おもに二つの理由で……

光輝には「大丈夫!俺がみんなを今度こそは守る!」と言っていたが、みんな後期に少しの疑念を持つようになってきていた。

 

 

コンコン

 

 

一室のドアをノックする。返事はない。昨日と同じで返事を待たずにドアを開ける

目の前には一つのベッドとそこで寝ている一人のクラスメイトがいた。

白崎香織。あの日から一度も目を覚まさない親友の隣にそっと座る。医者の診断では体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているだろうとのことだった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。

雫の不安要素は二つ

士道が今どうしているか、

そして香織が本当に目を覚ますのかだった。

 

 

(士道くんを今すぐ探しに行きたい…でも香織が眠っているこの状況じゃ……)

 

 

親友の手を握って無事を祈る。懸念はある。起きた時に南雲の死を理解してくれるかどうか…理解しなかったら………

不意に、握り締めた香織の手がピクッと動いた。

 

 

「!? 香織!聞こえる!?香織!」

 

 

雫が必死に呼びかけた。その声に反応してか香織の手がギュっと雫の手を握り返す。そして

 

香織はゆっくりと目を覚ました。

 

 

「香織!」

 

 

ベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろす雫。香織は、しばらくボゥと焦点の合わない瞳で周囲を見渡し、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ

 

 

「………雫ちゃん?」

 

「えぇ、そうよ、私よ。香織、体はどう?違和感はない?」

 

「う、うん、平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」

 

「そうね、もう五日も眠っていたのだもの…怠くもなるわ」

 

 

体を起こそうとする香織を補助しつつ、苦笑いしながら、どれくらい眠っていたのかを伝える雫。香織はそれに反応する。反応してしまった

 

 

「五日?そんなに……どうして…私、確か迷宮に行って…それで……」

 

 

徐々に焦点の合わなくなっていく瞳を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。

 

 

「それで………あ………南雲くんは?」

 

「ッ…それは」

 

 

雫は苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む。そんな雫を見て香織は悟る。

 

もう南雲ハジメは……

 

 

「…嘘だよ、ね。そうでしょ?雫ちゃん。私が気絶した後、南雲くんも助かったんだよね?ね、ね?そうでしょ?ここお城の部屋だよね?皆んなで帰ってきたんだよね?南雲くんは…訓練室かな?うん、私、ちょっと行ってくるね。南雲くんにお礼言わなきゃ…だから、離して?雫ちゃん」

 

 

香織の腕を掴んで離さない。雫は悲痛な表情を浮かべながら、それでも決然と香織を見つめる

 

 

「…香織…わかっているでしょう?ここに彼はいないわ」

 

「やめて…」

 

「香織の覚えている通りよ」

 

「やめてよ」

 

「彼は…南雲くんは…」

 

「いや、やめてよ…やめてったら!々

 

「香織!彼はしんだのよ!」

 

「違う!死んでなんかない!絶対そんな事ない!どうしてそんかひどいこと言うの!?いくら雫ちゃんでも許せないよ!」

 

 

首を激しく振りながら何とか雫の拘束から逃れようと暴れる香織。雫はそれに応じるようにキツく抱き締める。

 

 

「はなして!はなしてよぉ!南雲くんを捜しに行かなきゃ!お願いだからぁ…絶対生きてるんだから…はなしてよぉ…」

 

 

"放して"

同じ言葉を叫びながら雫の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。失ったものは帰らない。そんな事は誰しもが知っている。だが実際に味わった者は知ってるだけの者とは理解度が天と地ほどの差がある。香織は高校生にして本当の失う悲しみを知った

そんな親友を雫は抱きしめ続けた。少しでも傷ついた心の痛みが和らぎますようにと…

 

 

 

 

 

夕日が昇ってきた。香織はスンスンと鼻を鳴らしながら雫の腕の中で身じろぎした。雫が、心配そうに香織を窺う。

 

 

「香織…」

 

「…雫ちゃん…南雲くんは…落ちたんだね…ここにはいないんだね…」

 

 

囁くような、今にも消えそうな声で香織が呟く。雫は誤魔化さない。誤魔化したら一時的な慰めにはなっても後がもっと辛くなるだけ

 

 

(それに…親友が傷付くのは見てられない)

 

 

息を大きく吸う。それは雫なりの覚悟をもって

 

 

「そうよ」

 

「あの時、南雲くんは私達の魔法が当たりそうになってた…誰なの?」

 

「わからないわ。誰も、あの時のことは触れないようにしてる。怖いのね。もし、自分だったらって……」

 

「そっか」

 

「恨んでる?」

 

「わからないよ。もし誰か分かったら…恨むと思う。でも…わからないなら…その方がいいと思う。きっお、私、我慢できないの思うから……」

 

「そう……」

 

 

香織は俯いたままポツリポツリと会話をする。そうして真っ赤になった目をゴシゴシと拭いながら顔をあげ、雫を見つめると決然と宣言した。

 

 

「雫ちゃん、私信じないよ。南雲くんは生きてる。死んだなんて信じない」

 

「香織、それは…」

 

 

再び悲痛そうな表情で諭そうとする雫。しかし、香織は両手で雫の頬を包むと微笑みながら言葉を紡ぐ

 

 

「わかってる。あそこに落ちて生きてると思う方がおかしいって。……でもね、確認したわけじゃない。可能性は1%より低いけど、確認してないならゼロじゃない」

 

「香織…」

 

「私、もっと強くなるよ。それで、あんな状況でもこんどは守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。南雲くんのこと…雫ちゃん」

 

「なに?」

 

「力を貸してください」

 

「……」

 

 

見つめ返す。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。真っ直ぐに純粋に信じてる。南雲の生存を……

1%ではないだけでほぼゼロに近い。あの奈落に落ちて生存を信じるなど現実逃避と断じられるのが当たり前だ。それでも……

 

 

「もちろんいいわよ。納得するまでとことん付き合うわ」

 

「雫ちゃん!」

 

 

香織は親友だから。そんな親友の言葉を信じてあげるのが筋だ。と…

香織は雫に抱きつき「ありがとう!」と何度も礼をいう。雫は香織の元気になった様子にホッと息をついた。すると、

 

 

「雫!香織はめざ……」

 

「おう、香織はどう……」

 

 

ドアが開いた。光輝と龍太郎だ。

あの日から二人の訓練も身が入ったものひなった。二人もハジメの死に思うところがあったのだろう。特に光輝は士道に無責任さを問われて殴り飛ばされたのだ。次はリーダーとしてより一層強くなろうと思うのは当然だ。ほんとに反省しているのだろうか…

それはともかく、二人の目には今にもキスを出来そうな位置まで顔を近づけて細い腰と肩に手を置き抱きしめているような状況が映っている。

そんな百合百合しい光景を前にして

 

 

「す、すまん!」

 

「じゃ、邪魔したな!」

 

 

撤退を図った。

雫は深々と溜息を吐くと

 

 

「さっさと戻ってきなさい!この大馬鹿ども!」

 

 

その怒号は廊下まで聞こえたらしい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう…彼が勇者か。噂に違わぬ輝きだ…それが狂気に塗れたものかはさて置き…これは近いうちに面白いことになりそうだ」

 

 

剣士に追いかけらている勇者を視る。白い髪と顔の皺、年齢は大分高いだろう。屋根に昇るのは少し厳しい。

 

 

「ここからは"彼"に任せるとしよう。私の出番はない……」

 

 

男は独り言をある程度すると不意に街を見下ろす。"放牧"をしてるに過ぎない男にとって感じるものは何もない。

 

 

「期待しているよ、士道縁くん…」

 

 

瞳には禍々しい黒が渦巻いていた

 

 



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相剋

遅いぃ…


 

〜〜〜オルクス大迷宮二十七層〜〜〜

 

 

肌寒い空気が漂う

高さ5メートルほどの洞窟には整備されている箇所はなく、四方八方に赤いナニカが付着していた

暗さばかりが目立つ空間に、小さな松明の明かりが輪郭を映し出した。

 

ザクッ

 

ザクッ

 

命の途絶える音。ピクリともしなくなったソレのはらわたを乱暴に裂くと、血が勢いよく飛び散った。顔に付着した赤い液体はベトベトしていて気色が悪い。そんなもの不快感だけで収まる。作業の邪魔にはならない。焦燥感に駆られながら、構わず猪の形をした魔物の臓物を引き摺り出す。

 

血の匂いが充満しする。普段ならむせかえる筈の鉄の匂いは今だけは心地よい。嗅ぐ距離が近いからか。それとも自分の精神状態が異常だからか、

 

考える必要はない。作業を滞りなく進める。抜き取ると薄紫色の宝石がキラキラと輝いていた。魔石だ。売ったらいい値になるであろう魔石も用は無い。臓物と共に無造作に放り投げる。

投げた先に殺した魔物が転がっていた。虚な瞳と目が合う。死に際まで何が起こったかわからなかったらしく、苦悶の表情はない。魂まで『殺した』覚えはないのできっと輪廻に送り込まれただろう。

 

この世界の禁忌に触れようとする不埒者を他の魔物達は隠れて眺めるだけ。襲いにかかる真似はしなかった。

 

 

ーーあの"目"

 

ーーあの"瞳"はヤバい

 

 

欲望のままに命を奪ってきた魔物は耳障りな頭の警報に従う。生まれた時から備わった欲望は生まれる前から備わった存在的な死への恐怖にかき消された。足を竦ませるには十分過ぎる理由だ。

 

 

-----殺される

 

 

ない筈の冷や汗を地面に垂らしながらも逃げはしない。あんな"目"を持っていても所詮は人間であり油断する瞬間がある。その隙を…

 

四方から伝わる殺意。それすらどうでもいい。裂いた肉を均等に魚の要領で捌きにかかる。切るのに苦労しそうな肉厚を"視る"

 

トプッ

 

 

沈んだ。そう勘違いさせるほどの軽さ。切った箇所は波紋すら浮かばない。線を意識するだけで自然と"死んでいく"。感触のなさに手を離したらそのまま沈みそうな気がした。

 

捌き終わった肉を地上から持ってきた藁に火をつけかざす。10分くらいを過ぎると生焼けは無くなっていた。魔物達が傍観を続ける中、肉を鼻に近付ける。今は酷い匂いすら愛おしい。そして

 

食べた

 

何度か硬い肉を噛む。

 

 

「ッッ!」

 

 

マズイ。口に広がるドブの匂いが鼻を伝って脳を突き刺す。酷い匂いもさることながら焼いた後まで吐くほどの不味さは理解を超えている。それも、食感は牛肉みたいなのに反して、腐った卵と泥をミックスさせて煮詰めたような味。全く意味がわからない。

 

 

「ーーぐッ!-----んぐッ」

 

 

本来ならこの時点で吐瀉物として廃棄される肉を無理やり飲み込む。安堵が強張っていた士道の筋肉を一時的にに和らげる。なんだ、飲み込んだらあとは消化されるだけだ、と

 

 

「ーーーあッ……がぁっァァァァァァァォァァァァ!!」

 

 

束の間、全身に激しい痛みが全身を駆け巡る。つま先から頭まであらゆる部位の神経の悲鳴が脳に伝播する。それは士道の魔眼の過負荷による頭痛以上の効能だ。少しでも気を抜いたら意識が飛ばされる。口からよくわからない泡を出して倒れるような形で疼くまる。

 

 

「ぎぃぃあぁっ!はぁっはぁっ、や…めろ……流石に、それは……死ぬからっ…」

 

 

ドックンと肉体が脈動を始めた。焦点の合わない瞳で自分の体を『視る』。埋め尽くすほどの線の多さは死に体への警告なのか…このままいけば、変質した魔物の魔力は人の身体を例外なく侵食していき、やがて崩壊するに至る。それ以前に

 

『替わる』、そう思わせるだけの存在を自分の内側から感じ取った。ソレに替われば変質した魔物の魔力に適応するのは容易だろう。代償として今いる自我は消える。そうなれば…

 

 

「はぁはぁはぁっ!ーーーうっ、おうぇぇぇ…」

 

 

あり得る未来への恐怖から、口内に思い切り指を突っ込む。喉に侵入した異物をなんとかしようと胃を躍動させる。その過程で肉は通った道を戻ってきた。吐き出すと同時に肉体の脈動と、ナニカの存在は綺麗さっぱり消え失せた。まだ自分でいられた安心感と魔物肉を食べれなかった無念が同時に押し寄せる。

 

 

「……………ははっ…まぁ、そんな都合のいい話…ないですよね…」

 

 

乾いた笑いが洞窟に響く。隠れていた魔物達も士道の弱った姿を好機と見たのか、一斉に襲いにかかる。

 

 

「キキッ!」

 

「ルガァァァァァァ!!」

 

「……遅かったですね」

 

 

油断した。そう勘違いした魔物は一気呵成にたたみかけてくる。冷静に魔物の特徴を把握してから姿勢を低く保つ。魔物達の表情は勝ち気であり、弱った相手に多対一で負ける道理はない。

 

はずだった

 

 

『限界が来た』『死んだ』『終わった』

 

どれとも取れる赤黒い線は例外なく魔物の身に沈んだ。極限まで抑えた気配は魔物達にとって目の前から消えたように感じた。状況を理解できないまま5、6個の頭が宙に投げ出される。そこまで倒されてようやく魔物達に再び警報が鳴る。さっきの一方的な視線とは違う。赤黒い瞳と目が合う。理性を保ったまま直死の魔眼と視線を合わせるのは自殺行為に等しい。

 

それは『死』そのものだから。

 

蜂、蟷螂、狼…多種多様な形をした魔物達がとった手段は同じだった。一歩、また一歩と足を後方へと運び、一目散に背を向けて走った

 

 

「…………」

 

 

戦意喪失した敵をわざわざ追うメリットはない。背中を向けた魔物を暫く眺め、なんとなく周辺に目を向ける。辺り一体血の海。肉の破片が床だけでなく壁や天井にまでかかっていた。地獄、そう地獄だ。この光景は

 

 

血の海……

 

 

アスファルトに散った赤いペンキ

 

意識を失う前に映った

 

トラックの下敷きになっ

 

 

 

 

 

(…帰りましょう、愛子ちゃんが僕を血眼になって探してるでしょうし…)

 

 

嫌な記憶にまた蓋をする。心が壊れないために士道が無意識に発動させた防衛反応は何度目になるかわからない思考の放棄を望んだ。

 

士道が今いる場所、大迷宮二十七層。

比較的魔物が強く、上級冒険者でさえ足を運ぶのを躊躇う階層。ここならば人に見られる事なく、当初の目的を達成できる場所と踏んだが、それも失敗に終わってしまった。

この三日間飲まず食わずで迷宮に篭って魔物を狩るだけの生活をしていた。理由は南雲ハジメと出来るだけ状況を同じにするため。

南雲ハジメが奈落の底に落ちて、奇跡的に助かった場合食料をどう調達するのか。なかった場合いつまで生きられるのか…似たような状況で魔物が食べれれば生きてる可能性があるのではと考えた。

結果は惨敗。階層ごとにいる魔物は予想通り食べたら死にかけた。更にたった三日間で飢餓で狂いそうになった。二十七階層でこの様だ。深層で生きてる望みは無い。

わかっていた事だ。南雲ハジメが生きてる可能性がないことぐらい。それでも一縷の望みにかけた。

 

望む権利は自分に残っていないと知りながら…

 

 

「ごめんなさい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明かりが地面を照らす。大迷宮を彷徨っていた自分にはちと眩し過ぎる。迷宮を出て少し歩くと活気に満ち溢れた街道が見えてきた。

肉屋が大声でお客を呼び込む姿があれば、店の外に飾ってある武器を興味深く凝視する冒険者パーティーがある。笑顔は太陽以上に眩しくて直視できない。

 

 

(いや…くよくよしても仕方ない…まだ守らなければならないクラスメイトはいるんです。シャキっとしなければ…)

 

 

両頬を叩いて無理やり喝を入れる。勇者パーティーとしてこれからもやっていくのであれば、大迷宮での事故は考えないようにする。一度心を落ち着けて城へ帰ろうとする。

 

 

グゴォォォォォォォォ…

 

 

「とりあえず腹の虫を治めないとですね…」

 

 

まだお腹の音が鳴っただけ健康なのだろう。周りの視線を気にしないようにして、とりあえず適当に多量に食べれる店を探す。

一通り街道を歩くとなんだかオシャレな居酒屋の雰囲気を感じ取った。ドアの前に吊るしてあった看板には『メメント』と書いてある。少しの既視感を覚えつつも空腹からすぐにどうでも良くなる。

 

 

(いい匂い…)

 

 

店に足を踏み入れると喧騒とジュウジュウと新鮮な肉が焼けるいい音が聞こえてきた。息を吸うと香ばしい匂いが鼻を刺激して、涎が垂れそうになる。立っていても仕方ないので席につく。量が多そうな食べ物を大量に注文する。最中、頬をひきつかせながらも注文を承ってくれた看板娘には感謝しかない。

想像してみてほしい。頬と体の骨まで見えそうな痩せこけた奴が店に入ってきて早々ガリガリな身に入らない量の料理を注文する…

自分だったら真っ先に医者を呼ぶ。

 

だが今目立つのは避けたい。目立って勇者一行に見つかりたくないから。クラスメイトの二人を殴って士気を下げて、次の日置き手紙もなしに飛び出してきた……そんな勝手をしておいて、何食わぬ顔で「やぁ!ちょっと迷宮行ってた!」だなんて言えるわけがない。

 

そんな訳でクラスメイトと合わす顔が一切ない。

 

 

(勇気が100%になったら自分から顔を出そう)

 

 

未来の自分に責任を丸投げしてると料理が運ばれてきた。運んできた店員さんにお礼を言って三日分の空腹を満たしにかかる。もう我慢ならないとばかりに手を合わせる

 

「では…いただきます!」

「ほほう、お前って案外ガッツリした肉料理が好みなんだなぁ」

 

「えぇまぁ、三日間何も食べてなければ流石に肉が恋しくなるもので……」

 

 

 

 

(ん?)

 

 

背後から最近聞き慣れていた声がかかった。恐る恐る椅子越しに振り返ると

 

 

「よぉ!三日ぶりだなぁシドー…」

 

 

額に青筋を立てて佇むメルド団長がいた。

 




感想くれたらうれぴい


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