参謀殿は子供扱いがお嫌い。 (鏡鈴抄)
しおりを挟む
プロローグ いつか謳われる、彼らと彼女の日々
標的1 非日常と日常の狭間
バケツの水で汚れた雑巾を濯ぎ、水気を切るため固く絞る。
冷水に浸したせいで感覚がなくなってきた両手を振り、ガラスに視線をやった。
拭き掛けのガラスに映るのは、少しクセのある
何の因果か、私は遥か遠い未来の日本に生きたJKの記憶を持ったままで、この世に生を受けた。
本棚にぎっしりと詰まった古書が放つ独特の匂いと、明かり取りの窓から差し込む光。今日も変わらず維持されている自分の城に、私は溜息を吐いた。
ここは落ち着く。
物心つく前に両親を亡くした私は、祖父が経営する古書店…つまりこの店の居住スペースに、祖父と住んでいた。
そう、住んで“いた”。
祖父は一年前、60手前でぽっくり逝った。
唯一の肉親である祖父が死んでしまい、寂しい思いをしてるかというとそうでもない。その後、色々あって騒がしい面々と否応なしに付き合うハメになったから。
「レイ! 今日も来てやったぞ!!」
「来てくれ、なんて誰も頼んじゃいませんが」
騒々しくドアを開けたのは、色こそ違えど来孫にまで隔世遺伝するツンツン
因みに、レイというのは私の名前…レイチェルの愛称だ。
イタリアだとラケレ、になるはずの名前だが、何故なのか英語由来の表記と音で通っている。名字も同じく。私の先祖は、元々この地にいた訳ではないらしい。
「レイ、偶には外に出たらどうだ? ここに篭ってるからそんなに細いんじゃないか?」
「ここは一応私の店なので。私がいなきゃお客さんも来ないんですよ、ジョット君」
受け答えをしつつ、窓ガラスの水拭きを再開する。何を当たり前のことを言っているのか、とジョット君に冷ややかな視線を向けるのも忘れない。
不機嫌に睨まれたというのに、彼は何故か嬉しそうだ。これが噂に聞く『大空』なのか。
そう、『大空』なのだ。
私の隣でニコニコしながら私の様子を眺めている青年は、とあるジャンプ漫画の主人公、の高祖父の父。私が前世、死ぬ直前にハマっていた漫画『
主人公・沢田綱吉がいずれ継ぐのだろうイタリア最大規模のマフィア・ボンゴレファミリーを自警団として組織した、ボンゴレ
……最初会った…というか見かけた時は、何の冗談かと思った。思いっきり頬っぺたを抓って涙目になった記憶がある。
だが、彼ら…つまり自警団ボンゴレの面々が存在しているのは揺るぎない事実。
だって教会の前を通れば究極! の声が聞こえるし、時折公家の格好をしているのにござる口調な青年が龍笛コンサートを開いている。現実じゃなければ何なのか。
にしたってなんで初代? 何故原作じゃない? と思ったこともない訳ではないが、そもそも私の原作知識は29巻で終わっている。今後どうなるかもわからないのに介入することはできない。十中八九傍観に徹していた。
補足すると、私が生きていた時代、リボーンは既に完結していた。
だが私がリボーンを知ったのは、就職して一人暮らしを始めた兄に要らない漫画をもらった友人の布教から。ついでに言うとこの友人も兄が揃えていた単行本を読んでリボーンにハマったという。
その友人に漫画を借りた私は、未来での主人公と白蘭の最終決戦が途中でぶった切られたことで焦り、一刻も早く続きを読むために横断歩道を走って渡る途中で、信号無視のトラックに轢かれて短い生涯を終えた。結局のところ未来での戦いはどうなったんだ、アルコバレーノは復活したのか。
「なあ、レイ。やっぱりもう一度考え直してくれないか?」
「嫌と言ったら嫌です。何なんですか、ここのところ勧誘してこないと思ったら」
「
それを聞いた私はヌフフと笑う南国果実を包丁で滅多刺しにするところを想像する。ああ、スッキリした。
「大体、なんで私なんかを。今のボンゴレならそれなりに名のある参謀を引っこ抜くくらいはできるでしょう」
「それをやると禍根が残るだろう。街を守るための自警団が街を危機に晒すようなことになりかねん」
正論だ。
私だってわかっている。彼らは自分達のためであっても、この街を悪戯に危機に晒すようなマネはしないと。
「…私なんかを作戦参謀に据えずとも、ボンゴレには頭の回る人がいるでしょうに。
「あいつらは主戦力でもある。いざという時は戦場に出ることになるからダメなんだ」
これまた正論。
そのくらい、少し考えればわかることだ。
「オレは、オレ達はお前がいいんだ。信用が置けて、フリーで、指揮能力も確かでオレ達のこともよく知っている。それにもしもの時は一人でも街を守れるお前がいいんだよ」
「過大評価が過ぎます。私はそんな大層な人間じゃありません」
肩に手を置いて顔を覗き込み、強く言うジョット君。
それを躱す私は、振り子時計をチラリと見て唇の端を僅かに吊り上げた。
今回も、時間稼ぎは成功したようだ。
ドドドドドッと石畳の道を駆ける音が聞こえて、次いで勢いよくドアが開けられる。
「ジョット!! やっぱりここか!!」
「げっ、
般若の如き形相で怒鳴ったのは、顔に炎のような刺青を入れた赤髪の青年。
彼こそはボンゴレ
大慌てで店の奥に逃げようとしたジョット君の襟首をひっ掴んで逃走を阻止した
「いつもいつも済まねぇな、レイ」
「いえいえ、
ジョット君がここに来るのは最早日常のこと。それ故に、彼がボンゴレ本部の執務室から抜け出して、
私は、
「…前から思ってたんだが、なんでこいつが“君”なのにオレは“さん”なんだ?」
「尊敬できるかどうかの違いですよ」
ジョット君は思いつきで行動し、今のように仕事をサボったりもする。対する
百人中百人が揃って
呼び分け基準にショックを受けているらしいジョット君にお説教を垂れながら本部へと引きずって行く
えっちらおっちら水と雑巾の入ったバケツを運び、水を流すと雑巾を綺麗な水で濯いだ後で定位置の手摺に掛けた。
お昼ご飯は軽く済ませようかとキッチンに行って、野菜やハムを挟んだサンドイッチを作る。
店のカウンターと同じくらいにお気に入りのソファに座って食べようと、トレイに飲み物と一緒に乗せて移動した私は、リビングのドアを開けたところで固まった。
簡単に言うと…招かれざる客がいたから、だ。
ここらではあまり見ない
彼はいつものスレートグレーのトレンチコートを何処に置いてきたのか、シャツにズボン、そしてベストという軽装で気持ちよさそうに眠っている。
人様の家に不法侵入した挙句居眠りしている彼。
ならば、私がそれなりの処置をしたところで咎められる筋合いはあるまい。
そうっと近づいて頬っぺたを抓るのは却下。彼の気配察知能力は獣並みだ。前やろうとして寸前で目を開けられ、心臓が止まるかと思ったことを忘れる私ではない。
という訳で、ちょっとズルい手を使うことにする。
トレイを左手で持ち、右手を差し出す。ふわりと冷気が渦巻き、一瞬ののちに手の上に浮かんだのは純白の雪玉。
それがかなりの速度で飛んでいき、眠りこけているアラウディ君の顔に命中。
突然の衝撃と雪の冷たさに驚き、跳び起きて顔を振り雪を払う…というまるで猫のような行動をするアラウディ君に、私は笑顔で声を掛けた。
「おはようございます、アラウディ君」
「…君、遠慮とかそういう言葉を知らないのかい」
ゆっくりとした動作で起き上がって歩み寄って来るアラウディ君に、反応が遅れた。
後ろ歩きで退がったものの、背後には壁。
さすがにご立腹なのか、と追い詰められた私は冷や汗をかいた。
と、頭に手が乗せられる。
驚いて思わず顔を上げると至近距離に見える、アイスブルーの瞳。
冬空にも似た澄んだその色に、吸い込まれそうになる。
ふと、リボーンの存在を教えてくれた友人が、彼の映像をスマホの待ち受けにしていたのを思い出した。いや、正確には彼と沢田綱吉の雲の守護者・雲雀恭弥の映像だ。確か31巻の表紙だったはず。
ミーハーな友人が待ち受けにするのも納得できる程、今目の前にあるアラウディ君の顔は整っていた。
頭の上の手が下へと滑り、髪を梳く。
何をするでもなくそのまま離れた手に驚いていた私は、無造作にトレイの上のサンドイッチが取られるのに反応できなかった。
「あ」
「うん、美味しい」
取り戻そうとした時には、もう一口齧られた後。
何だか無性に悔しくなって、超特急でキッチンに戻った私は、大急ぎで作った新しいサンドイッチを手にリビングに行き、満足げな顔のアラウディ君の隣に座ってそれを齧った。
「……いずれ返して戴きます」
「わかった。君が気に入りそうなものを探しておくよ」
ダメ元で言った言葉に思いがけない返答をしてくれたアラウディ君を凝視すると、「何?」と不機嫌そうな顔をされた。
・いずれ非日常に足を踏み入れる少女
フルネームはレイチェル・
自警団ボンゴレが守る街で生まれ育った。肉親はいないが街が平和であることもあり、何とか一人暮らしができている。
頭がいい。どのくらいかって言ったらある程度の情報さえあれば未来予測して敵も味方も掌の上で転がせるくらいにはいい。その頭脳は人の範疇に収まらない。
戦略戦術が専門だが野戦指揮官、また白兵戦力としても極めて優秀。作戦指揮が執れる幹部が不在の折を狙った敵対ファミリーの侵攻を水際で食い止めたことがあり、それがきっかけでジョットらボンゴレ
・非日常から日常を守ろうとする青年
作戦指揮としても白兵戦力としても有用な人材であるレイを、他のファミリーに取られる前に確保したい。
………というのは、ただの建前。
己の怪物的な異常性に無自覚な幼な子が、彼女のままでいられるように。いつか壊れてしまわぬように。そんな、お人好しな青年の、ありがちなお節介。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的2 いつか思い返される分岐点
「大変だものねぇ〜〜!!」
大声で叫びながら店に飛び込んで来たのは、ジョット君より少し歳下の、ライムグリーンの天パの青年。
右目の下の稲妻のマークが示す通り、彼はジョット君の雷の守護者だ。
「何が大変なんです、ランポウ君…と、ナックル君」
続けて飛び込んで来た黒髪に
「レイ!! 究極に大変なのだ!!」
「や、だから何が大変なんです?」
ダメだ、この二人話通じない。
そのことを早々に悟った私は、喚く彼らを放って、ボンゴレ本部へと走ることに決めた。
私の服はおじいちゃんを亡くした一年前から変化していない。つまり常にズボンとシャツ、ベストといういつぞやのアラウディ君そっくりな服装。髪が短ければ男子に間違われるのは確かだ。
でも今日みたいなことがあるから、スカートなんて走り難いものを着ていられないんだ。つまりはボンゴレのせいだ。
運動神経のよさにモノを言わせて疾走する私の後ろから喧騒が追いかけて来るところを見ると、あの二人も本部に戻ることにしたらしい。いや、ただ私を追いかけてるだけだなこれは。
門番なんて不粋なものはいない自警団ボンゴレ本部の正門を突っ切り、玄関ホールに飛び込む。
諸事情あって場所を知ってしまった
「おっ。早かったな、レイ」
「私に、来て、欲しいんなら、せめて、話の通じる人を、遣いにしてください」
荒い息を整えながら
話が通じなくてここまで走ってきたのがわかったのか、変な笑い声を上げた変な格好の南国果実…
「レイはもう少し素直になった方がいいと思うでござるよ」
「私はこれでいいんですよ、雨月君」
ちょっとズレたことを言った雨の守護者・浅利雨月君にそう返した私は、端的に「さっさと事情を説明してくれないと帰ります」と脅し…ではなく告げて、ボンゴレの現状を教えてもらった。
情報は一番の武器。そして私にとっては、判断材料となるもの。情報がなければ、私は翼をもがれた鳥に等しい。
何でも、ジョット君が視察に行った街が敵に攻められているらしく。攻められていると言っても戦闘に発展している訳ではなく、街を通る街道が封鎖されている状態。
そして敵はジョット君の首級を要求している、と。
「で、その街がここだ」
机の上に地図を広げた
ちょうどボンゴレと他勢力の支配地域の境界線に存在する街。
「…取られると、まずいですね」
ボンゴレが勢力を伸ばしていく中で、戦力的な問題でどうしても手を伸ばせない地域も存在する。その街は、そんな地域と本部のあるこの街の間にあり、そこを取られると敵にボンゴレ本部を叩く機を与えることになりかねない。
けれども、敵はいつでも街を包囲し、ジョット君を殺すことが可能。
状況は非常に不利。
しかし私は、奪還は不可能ではないと判断。ここにはボンゴレの最高戦力が集っているのだから。
彼らを戦力として配置した場合の未来を脳内でシミュレート。複数試し、一番犠牲が少なく済む作戦を選択。
置き時計を見ると、まだ一分と経っていない。思考が加速する感覚は快くすらあるが、少しばかりズレが生じるのが嫌なところだ。
「
「中央の敵はどうするのです? 最悪街に攻め込まれますよ?」
「ご安心を、
強く言い切ると、
「雨月君とナックル君はその間、本部の防衛を。ボスを取り戻しに向かって本部を取られました、では洒落にもなりません」
「部下はどうする?」
「今回は極秘作戦として、部下の皆さんはお留守番です。…それに、これはチャンスでもあります」
何がチャンスなのかわからないのか、一様に不思議そうな顔をする守護者陣を、私は睥睨する。
「ボンゴレの動向はイタリアのみならず
ですが、ここで速やかにジョット君の救出? 奪還? を成功させれば、守護者の力を示すことができます。
更に、今後同じようにジョット君が一人のところを狙って攻めても、すぐ守護者が駆けつけるという予想がし易くなるので、敵対ファミリーへの牽制にもなる…いいこと尽くめです」
一つ一つ理由を並べられてようやく理解出来たのか、納得の表情を浮かべる6人。
もうちょっと早く理解できなかったのか、特に
「なので、皆さんは遠慮なく暴れてください!」
………などと力強く宣った私は、現在恥ずかしくてしょうがない状態に陥っていた。
「…アラウディ君、下ろしてください」
「ダメだよ。座るところもないし、それに君軽いから気にならない」
「私が気にします」
四人乗りの馬車の中、私はアラウディ君の膝の上に座るハメになっていた。今の私は肉体年齢は6歳でも、精神年齢はそれを大きく上回っていると自負している。恥ずかしくない訳がないだろう。
羞恥に悶える私を放って、
「アラウディ、こいつそんなに軽いか?」
「軽いよ、ホラ」
「わっ」
何の断りもなく、ひょいっと持ち上げられる。
軽いことを表現したかったのはわかるが、私のメンタルに深い傷を負わせるかもしれないことも考慮して欲しかった。
「…レイ、ちゃんと飯食ってるか?」
「食べてますよ、三食きっちり」
訝しげな顔で訊いてくる
本当だ、きっちり食べている。一人暮らしだからといって好き嫌いなんてしていない。
正直に言っても中々信じてもらえず、むくれているとまさかのアラウディ君に
「では、作戦通りにお願いします」
「おう、任せとけ」
たった二人ずつとはいえ、発見されれば街に突入される可能性も無きにしも非ず。けれど今回は私がいる。そんなことには絶対にならないと、断言してやろう。
四人がそれぞれ散って行ったのを確認して、私は“相棒”を創り上げる。
流氷のような色合いの毛並みを持つ、
フェンリルを駆りながら道沿いの家屋を見ると、どの家も真っ昼間にも関わらず雨戸を閉めている。更に、住人の姿も見られない。
街全体に厳戒態勢が敷かれているのだろう。
そのまま急ぐと、間に合わせのお粗末なバリケードの前に陣取る住人の集団がいた。腕に覚えのある者を集めたのか、各々武器を手に取っている。
その中に、一際目立つ金のツンツン
「やる気のようですが…出番は与えませんよ」
バカバカしい程にいい勘で私がやって来るのがわかったのか、振り向いたジョット君の表情はとても嬉しそうで。
その頭上を、フェンリルが跳び越える。
バリケードを背にフェンリルから飛び降りると、眼前に広がるのは夥しい人の群れ。バリケード越しでよく見えなかったが、どうやらバリケードを挟んで睨み合っていた様子。
なんという危険な手に出ているのか、と呆れながらフェンリルに手を翳した。
と、その体を構成する氷が収束し、細長く変形する。
刹那ののちに私の手には、小柄な私でも振り回せるほどに細身の、両刃の剣。
その色は、刀身から柄までフェンリルと同じ青みがかった白で統一されている。
闖入者が明らかに武器とわかる形状のものを手にしたことで、敵もようやっと動きを見せるが…。
「遅いです」
言いながら敵に剣を向け一閃───
───はせず、目の前の地面に突き刺した。
私の奇行に敵は硬直しているが、その隙が命取り。いや、本当に命を取る訳ではないが。
突然だが、私の“
幻覚は頭で
私の能力は、同じように
ただ、私は創れるものが限られている。
“氷”か“雪”。
冷気を伴うそれらでなければ、私は創り出せない。
私はこの謎の能力を『スネグーラチカ』と呼称している。呼び名がなければ扱い難いからな。
スネグーラチカというのは、ロシア版サンタクロースの孫娘の名前。彼女は雪に命を吹き込まれて生まれた存在らしく、ぴったりだ。
話を戻すと、別に無動作であっても能力を発動させることはできる。
だがその特性上、目印や合図のようなものがあると段違いにやり易くなる。この能力を自覚してからの試行錯誤により、私はそれに気付いた。
要は六道骸が幻覚を発動させる時、三叉槍の柄で地面を打つのと同じだ。
冷気が漂い、霜が降り、そして凍りついていく。
私としたことが言い忘れていたが、冷気も多少であれば操ることは可能。決まった形がないからか、難しくはあるが。
あっという間に人の形をしたオブジェが数百完成。大丈夫、殺してはいない。コールドスリープ状態なだけだ。
「す、すげぇ…」
「あんだけの敵を…」
バリケードの後ろから何やら騒ぐ声が聞こえるが、ジョット君の一言で場の空気が変わった。
「凄いだろう!! あいつがボンゴレの作戦参謀のレイだ!!」
「……は?」
たった一言だが、効果は覿面。
どちらかというと畏怖の色が強かった声が、一気に歓迎ムードの歓声に変わる。
恐慌状態に陥る可能性もあるにはあったから、いい判断であることは認めよう。だが…何故作戦参謀と言った? 『ボンゴレの』だけで味方だということはわかるだろうに。
あれ、これまさか、既成事実を作るつもりか?
「まずい…もの凄くまずい……」
「どうしたの、死にそうな顔して」
掛けられた声に振り向くと、そこには心なしか不安げな面持ちのアラウディ君と、その他3名が。
彼らが近付くのにも気付かない程、私は考え込んでいたらしい。
先程の『ボンゴレの作戦参謀』発言を聞いていたのか、
…いや、違う。
「これが目的でしたか」
「え?」
「私に敵を制圧させ、その流れで既成事実を作る…素晴らしい策略です」
つぅ、と
「恐らく、ナックル君とランポウ君は何も知りませんね。アラウディ君と雨月君は一度は宥めたものの傍観。
不穏な空気を察知して幻覚で姿をくらませようとした
「ジョット君、
怒りのままに叫んだ瞬間、三人の体が大小の雪玉で覆われる。顔だけは出ているものの、雪が硬くて脱出はできないだろう。
「ま、待ってくれレイ!」
「これどうにかしなさい!!」
「つかなんで呼び方格下げされてんだ!」
抗議は無視して、氷の剣をオブジェ目掛けて一閃。
拘束が文字通りに溶けた彼らに、声を掛ける。
「こんにちは、ボンゴレに仇なす皆さん。突然で申し訳ありませんが、投降か逃亡か、どちらかお好きな方を選んでください」
何が起きたのかわからなかったのか。少しの間茫然としていた彼らは、視線を交わすと指揮官と思われる人を筆頭に武器を捨て始めた。
「さあ、アラウディ君にランポウ君、帰りましょう」
「え、でもあいつらどうするんだものね?」
ランポウ君が指差す先には雪だるまの三人と投降してきた敵の皆さん。
「雪は最悪死ぬ気の炎でも溶かせます、脱出後は諸々の手続きをやってもらいましょう」
私を嵌めてくれたんだ、雪だるまにするだけが罰だと思ったか。
敵を味方に引き入れると色々と忙しくなるし、もし納得できていない人達が反乱を起こしてもあの三人がいるなら過剰戦力だ。
自分で立てた計画の完璧さを脳内で自画自賛していると、馬車の中でのようにひょいっと持ち上げられた。
「あ、アラウディ君!?」
「…手、冷たくなってる」
私を片腕で抱き抱えて、空いている手で私の手を頬っぺたに触れさせたアラウディ君。君は本当に、どこまでも私を子供扱いしてくれるな。
「…まあ、氷に触っていましたから」
手袋でも有ればよかったんだが、生憎今回はそこまで気が回らなかった。そんなに急いでしまうなんて、私もジョット君の大空気質に惹かれてしまっているのだろうか。
そう、と短く返したアラウディ君に、帰りの馬車の中でも行きと同様膝の上に座らせられたのは言うまでもないだろう。
・嵌められた
とっても不機嫌、でも結局受け入れている辺り損得勘定はできる。
多分結果がわかっていても助けに行った。それだけ自警団ボンゴレの面々には情がある。
・嵌めた大空
拒否られ続けたからファミリーに相談して強硬手段に出た。
ちゃんと懐に入ってくれて、信頼もされているのがわかったので満足。
レイがなまじ頭がいい分、いつ自分の“無自覚な怪物”的なところに気付くか割とヒヤヒヤしてた。気付く前に身内に引き入れられたので一安心。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的3 仕事、恋人、友人
それと時代考証? 何ソレ美味しいの? 精神で書いておりますのでその辺りの描写はかるーく流して戴ければ幸いです。
カリカリカリカリと、羽根ペンの先が紙を引っ掻く音だけが部屋に響く。
書き上げた書類を紙の山の一番上に積み上げ、もう一つの山から未処理の書類を取り上げた私は、顔を横に向けてランポウ君の様子を伺った。
ランポウ君は眉間に皺を寄せ、必死で手を動かし続けている。
私がジョット君達の策によってボンゴレの作戦参謀に就任してから、早いもので四ヶ月。私の役職は一応作戦参謀ということになっているが、はっきり言うと平時にはやることがほぼない。情報収集はどうしても受動的になりがちだし、仕方がない部分はあるけど。
でも本部には顔を出した方がいいだろうし、と思った私が買って出たのが、書類の処理。
特にランポウ君が書類を溜めに溜めており、彼は
何かもう、悪い意味で息の合ったコンビネーションだ。
そんな状況を改善すべく、私はランポウ君の
勿論祖父から受け継いだ古書堂も経営しなければならないので、今のところ週に三日は本部に来れない。うちはそれなりに繁盛しているのである。結構希少な本やら小物の類も置いてるし。一体何処から仕入れたんだと思うようなものもあるが。
そんなことよりランポウ君だ。
私を除いたファミリーの中では最年少の彼は普段はあんななのだが、やればできる子なのである。やる気を滅多に出さないだけで。
それを証明するかのように、執務机に積み上げられた書類は、3分の2が既に処理済みになっている。
進みが順調なことを確認して羽根ペンに手を伸ばした私は、ノックの音に返事を返した。
「二人とも、そろそろ休憩にしたら? お茶も持ってきたわよ」
ティーポットとカップを乗せたトレイを持ったまま、器用にドアを開けたのは優しげな笑みを浮かべた女性。
ボンゴレで事務手伝いのようなことをやっているエレナさんだ。彼女は公爵家の令嬢で、
領地の街が半ばゴロツキに支配されているのに何もしなかったダメ貴族と同じ貴族なのか、と思う程に彼女はいい人である。だから私が深く関わっているボンゴレの面々の中で唯一“さん”なのだ。
「ランポウ君、一旦休んでください。私はジョット君にこれ届けてきますから」
言いながら、書類の中からジョット君に目を通してもらいたい物だけを選び抜く。
「でもレイも休んだ方がいいと思うわ」
「大丈夫です、戻ってきたらランポウ君を見張りながら優雅にティータイムと洒落込みますので」
エレナさん本当に優しい。
個性が暴発しているボンゴレの中でほぼ唯一の癒しに頬を緩めつつ、書類を持ち上げる。そのまま廊下に出て、ジョット君の執務室を目指した。
この時間帯なら、彼はそこにいるはずである。…抜け出していなければ、と注釈が付くが。
幸いなことに彼は抜け出したりしていなかったようで、ドアの前に立つと楽しげな話し声が聞こえた。
おっかない監視役がいるのに話しているということは、来客でもあったのだろうか。
だが、客は普通応接間に通される。声の感じも考慮すると、ジョット君と親しい人なのだろう。
ならまた次の機会にしよう、と回れ右をしたその時。
ドアが開いて、
「どうした、レイ」
「いえ、書類を届けに来たのですが…邪魔しては悪いかと、帰るところでした」
「そんなことねぇよ、ホラ」
目に飛び込んで来たのは、少し驚いた顔のジョット君と、おっとりした雰囲気を醸し出す、緋色の髪と瞳の青年の姿。
「コザァート、こいつが今話してた作戦参謀のレイだ」
嬉しそうな顔で言うジョット君。
コザァート。何処かで聞いたことがあるが、何処だっただろう。
記憶を漁りながら、それを表情には出さずに胸に手を当て、頭を下げる。
「レイチェル・オルテンシア・イヴです。レイ、とお呼びください」
頭を上げてみると、コザァートさんは優しく微笑んでいた。
「うん、ジョット達から聞いて知ってるよ。僕はシモン=コザァート。ジョット達の友人で、シモンファミリーのボスもやってる」
シモンファミリー。
確か、二ヶ月程前の抗争でも協力してもらった、同盟ファミリーの中心的な位置を占めるファミリー。少数精鋭で有名で、ボンゴレの兄弟ファミリーと言っても過言ではない程に関係が深い。
「二ヶ月前の抗争の作戦を立てたのは君だろ? こんなに小さいのに凄いよ。君の作戦に従ったお陰で、一人も死者が出なかった」
「あ、ありがとうございます」
純粋な褒め言葉に気後れしつつそう返す。
あの抗争は主戦場が本部から離れていたため、私は現地には行かず、大まかな作戦を立案するだけだった。そういえばその時に、シモンファミリーの構成などと共にボスの名も聞いた気がする。
そのコザァートさんはとてもいい人のようだ。
私が作戦参謀に就任してから、同盟ファミリーのボスや幹部と会う機会もそれなりにあった。だが、大抵がまだ幼く、しかも女の私を見下していた。悪かったな、
でもコザァートさんは下心もなく、私のことを純粋に褒めてくれた。こんな風に言ってくれたのはキャバッローネボスのディエゴさん以外では初である。
…因みに、ディエゴさんがボスを務めるキャバッローネは恐らくあのキャバッローネだ。1世紀以上も先、究極のボス体質の
ディエゴさんはそんなにディーノには似てなかったけど。まあ似てたら怖いが。
「オレがボンゴレを創るきっかけをくれたのも、コザァートなんだぞ」
マジか。凄い重要ポジションにいるファミリーじゃないか。
ならなんで原作に出てこなかったんだ? ロンシャンのトマゾとかよりシモン出した方がよくないか?未来でも特に安否とか言ってなかったし、まさか過激派の
悶々と考えながらジョット君の執務室を退室する。引き止められたが、戻らないとランポウ君がサボる可能性があると言ったら、
……シモンに関しては考えるのは止めよう。
もしかしたら私の知らない原作でどうにかなってるかもしれないし、出てこなかったのに事情があるかもしれない。
何にせよ、私にできることはないのだ。
そう結論付けて、私はランポウ君の
◆
「…ジョット。本当に、あんな幼い子が?」
「ああ。レイはオレ達が束になってもそれを遙かに凌ぐ優秀な頭脳を持ってる」
全く末恐ろしいよ、などと言いながらも、ジョットの口は緩んでいる。
「ジョットの様子からは末恐ろしくは見えないけど」
「だって可愛いじゃないか。この間アラウディがレイに歩幅を合わせて歩いてるの見た時は吹き出しかけた」
「あのアラウディが? 何それ見たい。………あの子は、本当に大丈夫なんだね?」
不安げな色を緋色の瞳に滲ませるコザァートに、ジョットは頷いた。
「あいつ、性格的には人を使うことを忌避してるんだ。やらなきゃいけないこと、やればいい方向に事態が転がることだからやってるだけで。だから自覚したら逆にストッパーになると思う」
「背負い込むタチだから変な罪悪感で潰れる可能性もある訳だが…その辺のケアはちゃんとやれよお前」
「わかってるって、そもそもそのためにファミリーにしたんだからな!?」
戯れるジョットと
ただ未来を見て、そこに至るための過程として今を消費することもできるだろうに。
あの少女は
それは己の異常性に無自覚だから、なんて理由ではない。
それならば、きっと大丈夫だ。
自覚しようがすまいが、彼女は彼女のままあり続けるだろう。
そう思って、コザァートはまた一人笑った。
・作戦参謀
外見から侮られることが多い。立案した作戦が大成功すると大抵掌を返されるが、記憶力も相応以上にいいのでそういう目で見てきた奴のことはずっと覚えてる。だからこそコザァートとディエゴの存在は貴重。個人的に信頼出来る人は誰かと問われたらファミリーに続いて名前を上げるくらいには信頼している。
この度ボンゴレファミリー誕生秘話を知る。同時にシモンの未来に不安を覚えるが、今は見て見ぬふりをすることにした。
紅茶党ストレート派所属。脳を酷使した時のみミルクティー砂糖無制限派に鞍替えする。
・婚約者
主な仕事は社交界の人脈を使った情報の収集(
男所帯に一人混じる作戦参謀が男の子みたいにならないか心配で、暇を見つけては刺繍やダンスなんかを教えている。妹ができたみたいで嬉しい。
・ボス
引き入れた参謀が優秀で自慢したいお年頃。
最近街に出ると“雪の守護者”という単語をよく聞く。え、そんな守護者いたっけ? ああレイのことか。確かにあいつ一人だけ守護者じゃないって仲間外れにしてるみたいだよなー、あっヤバ
・ボスの親友
親友がずっと気に掛けてた子と会えた。話を聞いて大丈夫かな、と心配していたがその必要もなさそうでニッコリ。うちのファミリーの子供にも年が近い子がいるから、いつか連れてこよっかな。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的4 幸せな誕生日
ちらちらと粉雪が舞う中、私はボンゴレ本部への道を歩いていた。
冬の寒さは厳しい。
寒いし手袋でも買いたいのだが、時間がない。私は結構多忙なのである。
本部の玄関ホールに到着すると、何故か待っていたらしいアラウディ君が私の手を掴んだ。
「早く行くよ。みんな待ってる」
「え? 待ってる…?」
何か全員で集合するような行事があっただろうか。
不思議に思いながら手を引かれるままに歩くと、着いたのは
名前でわかる通り、ここはみんなでご飯を食べる時に使う部屋だ。因みに、チェノーネやジョット君の誕生日パーティーもここでやった。
だがしかし、今はお昼時ではない。
訝しげな視線をアラウディ君に向けると、彼は黙ってドアを開けた。
と、上から舞い落ちてきた紙吹雪に視線が上に向く。
紙吹雪を撒いていたのは、勢揃いしているジョット君達。
「ようやく来たか、レイ。さあ、パーティーを始めるぞ」
「へ?」
ジョット君の発言が理解できず、思わず声を漏らすと、みんなの視線が私に集中した。
「…お前…まさか、今日が何の日かわかってないのか?」
声を絞り出したジョット君に、コクリと頷く。するとジョット君はポカンと口を開けた。本当に何なんだ。イベントなんてあったか?
その様子を見た
「レイ…今日は何月何日だ?」
「…二月十四日……あ」
今日、私の誕生日じゃないか。
「ようやく思い出したの?」
「ぅ…済みません、今までおじいちゃんにしか祝ってもらったことなかったので…」
「…オホン。レイ、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
思わずそう返すと、上ずった声が出た。仕方ないだろう、改めて言われると恥ずかしいんだ。
「はい、私達からの誕生日プレゼントよ」
「オレ様もやるんだものね」
「拙者はこれでごさる」
「オレとナックルはこれだ」
「オレからはこれ」
「はい、これ」
「わ、ちょ…」
エレナさんが渡してきた箱を受け取ると、その上にどんどんプレゼントが積み上げられていく。
積み上げられ過ぎて前が見えないが、上手くバランスが取れていて落ちることはない。予め渡す順番を決めていたのか、はたまた偶然か。後者の可能性が高いのが本当に我がファミリーだなぁと思う。
「え、わ、悪いですよ…! プレゼントなんて、今まで…」
「子供が遠慮するな、だものね!!」
「…それ、ランポウ君にだけは言われたくないですね」
君は
ランポウ君に返した直後、フッと荷物が軽くなる。見ればエレナさんが上の3つを持ってくれていた。
「じゃあ、行ってくるわね」
「ああ、頼むぞエレナ」
「せっかくこいつのために選んだんだからな」
「究極に似合うはずだ!」
周りに流されるまま、エレナさんの後について別室に移動。
机の上にプレゼントを置くと、エレナさんが開けるように促してきた。
「みんなも貴女にもらって欲しい物を選んだの。だから、ね?」
「…わかりました」
手近にあった箱を開けると、中に入っていたのはワンピース。
おじいちゃんが亡くなって以来着たことのないそれに硬直する私に、エレナさんが笑顔で声を掛けてきた。
「さあ、さっさと着替えるわよ」
「え?」
ちょっと待て。今とんでもない言葉が聞こえた気がしたんだが? 尋ねたいが、あまりにも恐ろしくて訊くに訊けない。
その約20分後、私は目が死んだ状態で鏡の中の己を見つめ返していた。
あの、うん…女子だということをまるで意識しない格好ばかりしていた私も悪かった。そこは反省している。
でもこれは無くないか? なんでみんながみんな可愛い服とか小物とかしか贈ってこないんだ? 後ジョット君は貝の飾りのループタイって主張強すぎでは? エレナさん苦笑してたぞ?
唯一マトモなのがアラウディ君のプレゼントの黒いシンプルな革手袋。恐らく私が作戦参謀になった件の時、手が冷えていたのを覚えていてくれたんだろう。めちゃくちゃ有り難い。特にこんなのをもらったばかりだと。
…つまり私は現在、長らく着ていなかった少女らしい服に身を包んでいるのだ。なんかもう表情が変化しない。表情筋が仕事しないとはこーゆーことか。
「どうかしら、レイ」
「…足がスースーします」
「スカートだもの、当たり前よ」
何故かご機嫌なエレナさんに髪も結わなきゃね、と微笑まれ、あっという間に紫のリボンで二つのお下げにされる。さすがにこれ以上のオシャレが想像できないのが救いだ。
その後食堂まで戻り、エレナさんの後ろから顔を覗かせる私の服装を見たジョット君は開口一番、こう言った。
「うむ、似合ってるじゃないか。レイにはこれを週に二回は着てきてもらおう」
「は?」
あ、これ意識改革してくつもりだな? 徐々に慣れさせて着ないと落ち着かないようにさせてく気だな?
ジトリとジョット君を見ると勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「レイ、ボス命令だ。今日から週に二日はこういった服を着て本部に来るように」
「…Si,Boss」
とんでもなくアホらしいボス命令だな。ランポウ君なんて笑い堪えてるぞ。てかこういうのを職権濫用と言うのでは?
「さて、ではケーキでも食べるか」
みんなと美味しいケーキを食べて、憂鬱な気分が紛れた私は知らない。今後、私がもらうプレゼントが全て女の子らしい衣服になることを。
・一つ大人に近づいた
男の子っぽい服装をし続けていたために少女らしい服装をさせられるハメになった。慣れるまで死んだ目の作戦参謀がボンゴレ本部にて目撃されたとか。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的5 戦いと、7番目の天候
………
───それは、私がボンゴレ作戦参謀に就任して半年が経とうとする、ある日のことだった。
その日、本部には主な幹部は私とランポウ君、ナックル君しかいなかった。
戦いが長引いている場所があり、それをジョット君達五人で攻めて一気にケリをつけようということになったのだ。
私は最初反対した。長期間の戦いで敵も疲弊しているだろうから、五人も行くのは過剰な気がすると言ったのだ。
主力の大半が本部を離れれば、攻められる可能性が高い。それ故の反対だった。
だが、結局は早期に抗争を終わらせるべきだという
それで納得してそのまま何の手も打たなかったということは、私も少し日和っていたのかもしれない。
作戦参謀という立場上、作戦立案と指揮のみで戦場に立つことが少なかったのが、気の緩みに繋がったのだと思う。
確かにその時まで、私の気は緩んでいた。
例によってランポウ君の
◇
「うぅ〜、もう嫌だものね〜、やりたくなーい」
「そんなこと言ってないでさっさとペンを動かしてください、ランポウ君」
集中力が切れたのか唸り始めたランポウ君を窘めながら、こちらはペンを動かす。
今日はボス命令で決められた女の子っぽい服を着ている日なのだが、それが原因で憂鬱かというとそうでもない。もう慣れたのだ。人間は慣れる生き物、確かにそうだ。喜べジョット君、意識改革は成功だぞ。
「ほら、ボンゴレの雷の守護者は碌に留守番もできないとか言われたくはないでしょう? そのくらいできるってとこを見せてやりましょう」
「む〜」
ランポウ君が不満げに唇を尖らせながらもペンに手を伸ばしたことを確認し、視線を外した時、不意に目の奥がチリリと痛み、鮮烈なイメージが瞳の中に翻った。
───隊列を組み、歩を進める大軍。
───その進む先にあるのは、見慣れた街並み。
…何だ、今のは。
少なくとも見たことのない映像だ。だが、あの街は、この街にそっくりだった。
「…ランポウ君、少し出てきます。サボらないでくださいね」
「え、レイ何処行く…って、ええええ!?」
絶叫するランポウ君。
まあそのリアクションも当たり前だろう。いきなり人の背に翼が生えたら、私も叫ぶ自信がある。
そう考えながら窓を開けて、身を躍らせた。
宙に投げ出された私の体は引力に引かれるまま落下を始めたが、地に叩きつけられる前に力強く羽ばたいた翼によって上へと昇っていく。
またランポウ君の絶叫が聞こえた気がするが、無視だ、無視。
遥かな未来、最早別物と言っていい程に様変わりしたとは言えボンゴレを壊滅に追い込んでくれるミルフィオーレファミリーボスを真似た翼で本部の上を飛ぶとは、とんだ皮肉だ。
そう思いながら空を飛ぶ私は、街を見下ろす程の高度に至ったところで上昇を止めた。
氷柱を望遠鏡代わりに遠くを見る。
視界に捉えたのは、こちらへまっすぐ向かって来る大軍。
先程の映像と視点から何まで、全て重なる。
まさか…ユニやその母・アリア、そして祖母のルーチェができたという未来予知か? いやいや、有り得ない…とは言えないな、
取り敢えずさっきの映像については置いておいて、敵襲を報せに一旦本部へ戻ろう。
「ランポウ君、敵がこの街に迫っています。ナックル君とエレナさんに知らせて、住民の避難誘導を行うよう言ってください」
「え!? わ、わかったんだものね!」
幾度も最前線に出したのが功を奏したのか、それ程怯えた様子を見せずにランポウ君は武器である
余計なことかも知れないが、中華鍋にしか見えない。ランボが使っていた
「それが終わったら戦闘員を率いて街の外、北東方面に来てください。私が先行して食い止めるつもりですが、それにも限度がありますから」
そう言い残して、再び飛び立つ。
目指すは着々と街に近づいている大軍だ。
氷で創った翼が溶けぬよう、纏わせている冷気の影響で通り道に雪が降ったようだが、街のためなので勘弁して戴きたい。
最初こそ慣れない氷の操作に手間取ったが、体当たりで色々と試してみるとどうにかそこそこのスピードで進めるようになった。
市街地の上を飛ぶと、街に迫る軍が持つ旗が目に留まった。
あの紋章は、サルトーリファミリーのもの。
今ジョット君達が戦っているのだろうマケーダファミリーとは親交があるとも聞くし、このタイミング…手を結んでいたのだろう。
そう推察しながら町と軍勢の間に降り立つ。
どうするかは既に決めている。
まずは撤退するよう勧告し、それで退かぬようなら徹底的に凍らせて戦闘不能に追い込む。
「済みませんが、この先には我らの街があります。それ以上進まれると容赦はしませんので、ご注意を」
自分でも芝居がかっていると思う動作で、彼らにそう告げた。
唐突に空から舞い降りた、氷の翼を広げた私に彼らも混乱しているようだが、指揮官──恐らくボスのドン・サルトーリ──は冷静に部下達に指示を出している。
チッ、混乱して退いてくれればよかったのに。
悪いが、勧告を無視した以上敵と見なさざるを得ない。先程言ったように、容赦はできないのだ。
私にだって、守らねばならぬものがある。
「敵は一人だ、さっさとやっちまえ!」
サルトーリが言った直後に雨のように降り注ぐ矢を斬り払うのは、対になった
雪の結晶を象る盾で防御しつつ、射手を他と纏めて凍りつかせるのも忘れない。
私は基本、剣を使う。
身近で戦い方が参考になり、更に師事できる相手となるとファミリーしかいない。
だがしかしほぼ全員くせのある武器を使っているか、肉体的に私では真似できないという状況。
そんな訳で師匠探しの段階で手詰まりになりかけたのだが、そこに救いの手を差し伸べてくれたファミリーがいた。雨の守護者・雨月君だ。
彼に剣術の基礎を教わった私は、彼と同じように多刀流使いになった。さすがに変則四刀は使えないが。
戦場に於いての私の武器は、小ささ故に小回りが利く体と瞬発力。逆に短所は体重の少なさが原因で重みの乗った攻撃が繰り出せないという点。
一回の攻撃が有効打たり得ないのなら、複数回打ち込めばいい。重みがないのなら、スピードを活かせばいい。
そういった判断からの双剣。これが、私が一番戦える武器だ。
至近距離まで接近するとようやく矢が降り止む。これ以上は味方を巻き込み兼ねないからだろう。中々いい判断だ。
襲い来る武器を躱し、いなす。
冷気を纏った剣で斬りつけ、体を凍結させて戦闘不能に追い込んでいく。
それにしても敵はかなりの大軍だったようだ。恐らく五百は優に超えるだろう。行軍速度も加味した上で、ボンゴレに打撃を与え得る最精鋭の一団を連れてきた、というところか。最初にだいぶ凍らせたはずなのに、いつの間にやら周囲を囲まれている。
体力には自信があるが、それより先に気力が底を尽きそうだ。
勢いよく突き出された槍を、ギリギリのところで躱す。
見れば、柄を握るのは獰猛な笑みを浮かべた男、サルトーリ。
こういうのを猛攻と言うのだろう。躱すばかりで全く反撃ができない。避け切れずに浅い傷ができ、服の切れ端や髪が宙に舞う。
「ガキはお
その声と共に降って来る槍を、剣で受け止める。
こっちはそのお
槍を弾き、斬る。
この手応えからして槍は雷の炎を纏っている。
複数回正確に同じ箇所を突いたところで、破壊はできまい。チッ、考えていた戦法が一つ潰された。
いつの間にか周囲は遠巻きに眺めていて、私とサルトーリの一騎討ちになっていた。
人を斬る、ということに忌避感はない。マフィアなんて物騒な世界に片足突っ込んでるんだ、今更その程度なんだと言うのか。
一瞬視界から消えた私を見つけたサルトーリは、鋭い突きを繰り出した。
防御する間もなくまともに突きを喰らった私は、次の瞬間
目を見開いたサルトーリに、私はほくそ笑んだ。
そう、それは囮。
私は滅多に使わないが霧の波動も持っており、
さっきのは氷で私そっくりに創った人形に、私に見えるように幻覚をかけたもの。方法自体は考えていたものの、ぶっつけ本番だったのだが…囮としての性能は想像以上だ。
愕然とする彼の懐に飛び込み、突く。臓器は避けて、治療が遅れても死ぬことなんてないように。
腹に刺した剣はそのままに、どうと倒れたサルトーリの額にもう片方を突きつけた。
妙なことをされぬよう周囲を殺気で牽制しつつ、どうしようかと考えていると、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
額に橙の炎を灯し、黒のマントを翻して駆け寄って来るのはジョット君。
その背後に、武器の手錠を携えたアラウディ君と、大小様々な手錠で拘束された一団を見つけた。
どうやら彼が、街に向かった別働隊を一掃してくれたらしい。
「レイ、済まない。大丈夫だったか?」
私の顔を覗き込んだジョット君が、不安げな面持ちで言う。
きっとその『済まない』にはたくさんの意味があるのだろう。
「いいえ、私の方も油断がありましたから」
事実、あの謎の映像がなければここまで迅速に対応することができなかったはずだ。
そのことを思い出して苦笑しながらそう返して、歩いて来たアラウディ君に視線を移す。
敵勢を街の手前で食い止めてくれた礼を言おうと口を開いたところで、いつかのように唐突に抱き上げられた。
「ちょ、アラウディ君!?」
「何処も怪我してない?」
ジタバタと暴れる私を抱えたまま、彼はペタペタと色んなところを触る。頼むから止めてくれ、子供みたいで恥ずかしい。
心の中の思いが届いたのか、アラウディ君は今度は頬っぺたを抓ってきた。おい、これはこれで嫌だぞ。
「…肝が冷えた」
もしかして、囮のことか? 確かに、私にしか見えない囮が攻撃されて、しかも砕けたら肝が冷えるか。
ジョット君も止めないし、彼らも同じ思いなのだろう。
「済みません、心配を掛けて」
謝ったのに抱き上げられたままなんだが。そして私を放置したままでサルトーリと話し始めるんじゃない、ジョット君に
「マケーダのボスはお前の身の安全を条件に降伏した。そこでどうだろうか、我らの下に従くというのは」
ジョット君の突飛な提案には驚かない。この程度で一々驚くようじゃボンゴレで働けないのだ。元々
対するサルトーリは戸惑っているようだ。まあ、こんな小娘に敗北を喫した後だ、自信も失くすか。
「私を包囲して、その上で別働隊を街へ向かわせる…あの場での咄嗟のことにしてはいい判断だ。君はいい司令官だと私は思うぞ」
アラウディ君に抱き上げられるというイマイチ格好がつかない状態で、サルトーリに向かってそう言う。これで少しでも自信を取り戻してくれればいいんだが。
「…わかった。あんたらの下に
最後に私の方を見て「ありがとな」と言ったサルトーリは、治療のため街に運ばれて行った。
「ところで、街の方は?」
「ああ、被害はほぼ無い。ランポウと外に出た者が別働隊とぶつかって怪我人が出たが、命に関わる程ではないそうだ」
何でも、ランポウ君達とサルトーリの別働隊が衝突を始めたところにマケーダと交渉を済ませたジョット君達が帰還し、直後にアラウディ君が大暴れし始めたんだとか。何だ、マケーダのところで暴れられなくて鬱憤が溜まっていたのか。
「ところで、レイ」
「何ですか、ジョット君」
未だにアラウディ君の腕の中なので、いつもより楽にジョット君と視線が合う。彼の綺麗なオレンジ色の瞳には、困惑したような不思議な色が滲んでいた。
「お前、ドン・サルトーリには畏まった話し方じゃないだろう。その…オレ達も
簡潔に言うと、敬語を止めろと。
生憎だが、それは無理な相談だ。私も気を使っている訳でもないし。それにこの話し方にも慣れてしまった。
「…もうこの話し方もくせになってるので、気を付けられる時だけでいいですか?」
そう言うと、パァァとジョット君の顔が光り輝いた、ような気がした。それ程までに輝かしい笑顔だったのだ。うわ眩しい。
「それにしてもレイ、大活躍じゃねーか」
「ああ。“氷の天使”という二つ名まで付けられているしな。『雪の守護者』という名も定着しているようだし…もう本当に役職を作ってしまうか」
…何だろうか、酷く恐ろしい言葉が聞こえた気がしたんだが。
ボンゴレには『雪の守護者』なんていないだろう? というかボンゴレに所属してからは
「な、何故そんな名が? 戦闘を見ていた訳でもないでしょう?」
「何故ってお前、氷で創った翼で空飛んでんのがバッチリ目撃されてるぞ」
「後は盛大に雪を降らせてるのとか、氷の彫刻を創ってるのとか」
「…軽率に使い過ぎました…」
これで
色々と想像してアラウディ君の肩に顔を埋めて呻いていると、子供をあやすように頭を撫でられた。いい加減に子供扱いは止めて欲しいんだが…言っても無駄か。
───その日、ボンゴレの同士に新たに二つのファミリーが加わり、そして私には第七の天候を冠する幹部の地位が───
───『ボンゴレ雪の守護者』の座が与えられた。
・大空を彩る、第七の天候
とうとう守護者になってしまって頭を抱えている。
武器に関しては今まで気にしてなかったが「これ
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的6
また、今話は捏造設定タグが再び火を吹きますのでご注意ください。
先日の抗争で『雪の守護者』の地位を与えられた私だが、何が変わったという訳でもない。ただ私を指す役職が増えた、それだけだ。
「しは、雨月君。これ何かわかりますか?」
故に古書堂を営むのもまた変わりなく。
今日は雨月君に手伝ってもらい、在庫整理である。
雨月君に見えるように広げて掲げた絵巻物は、描かれた絵から日本由来ではないかと見当はついたものの、肝心の文字は流れるように書かれていて私には読めない。やろうと思えば解読もできるが、身近に知ってそうな奴がいるんだから聞くのが道理だろう。
「どれどれ……」
覗き込んだ雨月君の表情が固まる。いつもニコニコしてる彼にしては珍しい。
「………ふ、古い時代に書かれた小説を絵巻物にしたものでござるな」
「へえ」
ひょいと私の手から絵巻物を取った雨月君が、くるくると丸めてカウンターの上に置いた。
私としても見覚えのない商品が発掘されたから訊いただけだし、雨月君が明らかに訊いて欲しくなさそうなのでこれ以上は突っ込まない。
「それにしても、何か急ぎの用でもあるのでござるか?」
明らかに話題を逸らすための言葉。別に聞きやしないよ、と言いたいところだが、珍しくも焦っている雨月君が可哀想なので素直に乗ってやる。
「ええ、アラウディ君がいるうちに色々とやってしまいたいことが」
「アラウディがいるうちに?」
「はい。アラウディ君でなくては任せられないことがありまして」
「…レイも成長しているのでござるなぁ」
嬉しそうなのに少し悲しげな表情を器用に作った雨月君が、頭を撫でてくる。
大袈裟な気もするが、私も己の変化は自覚している。今回の案件だって、一年前の私なら一人で準備を進め、もっと時間が経ってからアラウディ君に引き継いだだろう。
人を頼ることに躊躇いが無くなった、という訳じゃない。あくまでファミリー限定だ。
「私も守護者ですけど、やっぱり他のみんなと比べると戦力的には役に立ちませんから。そこを補う時間を作るためにも、信頼できる人を頼るのは悪いことじゃないでしょう」
守護者になったことでみんなと同じ場所に立てた、と言えなくもないが、幼く成長途上の私では足手纏いになってしまう。
「という訳なので師範、今度稽古つけてください」
「四日後なら空いているでござる」
「四日後、ですね。わかりました」
そんなこんなで雨月君に剣術の稽古の約束を取り付けた私は、今現在同僚のアラウディ君に抱き枕にされている。
雨月君にも言った通り用があって探していたんだが、どうやら私達の雲は酷くお疲れのご様子。私の家に不法侵入している訳でもないし、少しは労ってあげよう。
腕を伸ばして、少しくせのある
しばらくして呻くように声を漏らしたアラウディ君は先程よりもすっきりとした顔で、伸びをすると立ち上がる。
「行くよ、本部」
「君という人は、全くもう…」
呆れながらも起き上がり、隣を歩く。
歩幅の違いで小走りになる私を見て歩調を緩めた彼は優しい、のだと思う。
「そうだ、君に渡す物があるんだ」
彼がそう言ったのは、土が踏み固められた道から人工的な石畳の道に出て、少し進んだ頃だった。
トレンチコートのポケットに手を突っ込んだアラウディ君は、何かを掴み出すと私に出させた手の上に置く。
アラウディ君の男らしく骨ばった手が引かれた後に手の上に残っていたのは、一つの指輪だった。
楕円形のホワイトオパールが
女性物にしては少し無骨な気もするが、私はこのくらいのシンプルさが好きだ。
「君だけリング持ってないでしょ。似合いそうなのを探すの、苦労したんだから」
その言葉に目を見開く。
確かに“雪”なんて属性がないことと、
だが、別にいいかと思っていた。
最初は継承の証だと思われていたリングも、立派な武器だったことが判明している。必要に迫られた訳でもないのに持つのはおかしくはないかと思っていたのだ。
目線に促されるまま、右中指にリングを嵌めた。
「…少し、緩いです」
「じゃあネックレスにしときなよ。落とすなんてことしたら許さない」
「はあ…」
異様に用意がいいアラウディ君に渡された細い鎖で、指輪を首から提げる。
だが、本当にいいのだろうか、こんな高価なものをもらってしまって。
疑問が顔に出ていたのか、アラウディ君が例の如く頭を撫でながら言った。
「それ、一応君の作戦参謀就任祝いと雪の守護者就任祝い、後もらったサンドイッチのお礼も兼ねてるから」
「サンドイッチは強奪された気がしますが」
よし、そういうことなら遠慮なくもらおう。
改めて本部への道を辿り始めた私に、アラウディ君が問いを投げる。
「本部に何か用があるの」
「いえ、そういう訳ではなく…ジョット君と君に、話しておきたいことが」
外れることを願いたい、予測。“もしかしたら”の可能性。
だが、それを無視することなどできない。
私は、ボンゴレの作戦参謀であり、雪の守護者なのだから。
故に、最悪を防ぐための最善の一手を打たねばならないのだ。
例えそれが、私にとって見たくもない未来だとしても。
「詳しい話は、後で」
尋ねたそうなアラウディ君をそう言って押し留め、本部への道を急ぐ。
執務室で書類を捌いていたジョット君を
書類仕事の類はランポウ君の
備え付けのソファに三人で座り、早速本題を切り出した。
「この間の
「確かにそうかもしれない…だが、いざとなったらオレ達もいる。大事にはならないだろう」
「その後は?」
不思議そうな顔のジョット君に、現実を叩きつける。
「私達もいつか引退せざるを得なくなる時が来ます。その跡を継ぐ後継者達が、強大な力に酔わずにいられるかというと、不安が残るのです」
いつも引っかかっていた、リング争奪戦・大空戦時の
彼によると、ボンゴレ
対決を恐れて、というのは恐らく後世の創作だろうが、
「『守るため強くなる』…至極結構。ですが、ただ力を追い求めるのは違います。行き過ぎた力は諍いしか呼ばないのですから。
その“もしも”の時のために、ボンゴレでありながらボンゴレでない者をストッパーとして存在させたいのです」
“ボンゴレでありながらボンゴレでない者”…つまり、門外顧問。
そう。“浮雲”である、アラウディ君しか。
「遥か遠い
そのために巨大な諜報組織を創り、ボンゴレ内の不穏分子を把握、必要ならば排除する。同時に、ボス一人に権力が集中することを防ぐ。
長期的に機能する組織である以上、何処かで綻びが生まれるだろう。
それでも、その時をずっと先にすることくらいは、今の私達の努力次第でできるはずだから。
「…わかった。僕は別に構わないよ」
「アラウディ…」
これは驚きだ。ジョット君よりアラウディ君の説得の方が手間取ると考えていたのだが…予測が外れたな。私の予測が外れるとか普通にレアなことだぞ。
「レイ、その計画は…他には言ってはならないんだな?」
「ええ、当分の間は私達三人だけです。組織自体は五年以内には設立出来れば、と思いますが」
私の言葉を聞いたジョット君は計画を了承し…
・雪
少しずつではあるが、精神的に成長している。戦力的には確かに守護者の中でも弱い部類だが、年齢的な部分が占める要因が多い。10年も経てば比肩するようになる、と言われている。
ボンゴレの未来に関して、今できることはこのくらいしかない。…正確に言えばもっとやれることもある。けれど、これ以上の対策を打つことを心が拒んだ。大切なものと大切なものを天秤にかけて、どちらかを切り捨てられなかった。
リングはネックレス状態で肌身離さず身に着けるようになる。
・雨
弟子が素直じゃなくて素のスペックの高さもあってあまり他人を頼らないタチなのは察してたので、その成長が嬉しい。お赤飯炊きたかった。
尚彼が内容を知らせなかったのは某最古の同人誌。あれを数えで8つのレイに教えるのは…とさすがの天然も躊躇った。
・雲
彼女の予測の精度を知っているからこその即断。あの
・大空
雲の即断即決に驚いた。でも雪がこう言うってことはつまりそうなる可能性があるってことだよな…と納得もしている。何か隠していることがあるのも察しているが、言いたくないなら言わなくてもいいぞ、というスタンス。
・門外顧問とDEDEFについて
この世界ではレイの影響もありボンゴレを監視する側面も持つことに。尚それがツナ達の生きる現代まで続くかはわからない模様。身内から選出しちゃってる辺り無理そうではある、哀しいなぁ。
…後ですね、誰も言ってないけど家光さんがボスになれないのって門外顧問やっちゃってるからじゃないでしょうか? CEDEFメンバーの総入れ替えは人員の多さからほぼ不可能。オレガノとかにも慕われてるし、ボスになったら色々と融通きかせて権力分散させた意味がなくなっちゃいそうだからストップかけられてるのでは?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的7 参謀にして雪花、しかし末妹
まさかこんなに評価してくださる人がいるとは思ってもいませんでした。これからも頑張っていこうと思います!
本部の廊下を歩いていると何やら唸り声のようなものが聞こえたので様子を見に行ってみれば、唸り声の原因はまさかのナックル君だった。
何やってるんだこのドッピーカン。しかし廊下を行き交う部下の皆さんは気にしつつもスルー。
うん、君らの立場じゃ
「…ナックル君? どうしたんですか?」
「おお、レイか!! いや、究極に大したことではないのだ」
大したことではない、と言いながらもその表情は浮かない。
いつも豪快に笑っていることが多い彼らしくないな、と首を傾げると、ナックル君が口を開いた。
「お前はソレッラ・アーガタのことを覚えているか?」
「ええ、祖父の葬儀も手伝って戴きましたから」
葬儀の後も気に掛けてくれた…と言えば聞こえはいいが、しきりに教会に併設された孤児院に入らないかと勧められたので若干苦手意識がある。遺産もあるし、何より祖父の遺してくれたものを守りたいからと言うと残念そうにしながらも諦めてくれたが。
でもそれも一人で生活することになる私を心配したからで、少し押し付けがましい部分があるが、根が善性の人であることは確かだろう。
「彼女は先日、とある街の教会に移ったのだが、こんな手紙が来てな」
見せられた手紙には、街に教会併設ではない孤児院があること、環境こそそこそこではあるものの子供達は頻繁に養子先が見つかって引き取られていくこと、
一見すると何の問題も見受けられない近況報告でしかない、のだが。
「養子先が見つかるのは究極に喜ばしいことではあるのだが、頻繁に見つかる、となるとな…」
「この街の孤児院は、養子先が見つかるより独り立ちの年齢を迎える方が早いと言われてましたね」
「ああ。雨月が来るようになってからは出会いも増えたが、それでも引き取られていくのは僅かだ」
「師範、じゃない雨月君の龍笛コンサート、珍しさからか遠方からもお客さんが来ますもんね」
ボンゴレのお膝元とあって、中部イタリアの中では随一と言っていい程に落ち着いているこの街ですらこの状況。他の街でここまで、となると何らかの作為を感じる。
それに気付いたから、ナックル君はここまで悩んでいるのだ。
「…この件、一旦私に預からせてください」
「そこまで気にせずともいいぞ? ああ、それとこれが届いていた」
「ありがとうございます」
ナックル君から受け取った封筒の封蝋に押されているのは、ドン・サルトーリのシグネットリングに刻まれた紋章。
文通紛いのことをしている彼からの手紙だ。
執務室に向かい、いそいそと封を切る。荒々しい性格の彼に似合わず丁寧な時候の挨拶から始まった手紙には、落ち着いているのなら自分の治める街に遊びに来ないか、というお誘いが書かれていた。私のことを奥方に紹介したいらしい。
そんな手紙の中に、気になる情報が一つ。
数ヶ月前に人身売買組織と思われる武装した集団が孤児院の子供を攫うところに居合わせ、何とか子供の救出はできたものの武装集団は取り逃がしてしまったのだという。
『狩場を変える』というような会話をしていたので恐らくもう自分の行動圏にはいないだろう、取り逃がしてしまい申し訳ない、とその話題は結ばれていた。
今日はよく孤児院に関わる話が出るな、と苦笑しながら、引っかかりを感じてソレッラ・アーガタの移った街についての資料を探す。
先日移った、ということだったので予測はできていたが、やはりひと月程前に終結した抗争でボンゴレの縄張りに組み込まれた街だった。抗争が激化し教会からも人がいなくなったので、その穴を埋めるようにソレッラ・アーガタが向かうことになったのだろう。
こういった街の人々の動き以外にも、ボンゴレには情報が集まってくるようになった。特に
どんな些細な情報でも、それがきっかけで何が起こるかは予測できる。だから私は、可能な限り耳に入れるようにしている。…こんなことが出来るのは、私だけだと言われたが。
二ヶ月程前になるが、とある子爵が死亡したとの情報があった。不審なところは何もない老衰で、彼が管理していた孤児院は遺族によって売り渡されたそうだ。
よき人が亡くなったと、腐敗した貴族を嫌っている
その子爵の領地には、ソレッラ・アーガタが移った教会のある街が含まれる。
そしてサルトーリファミリーが影響力を持つ地域にも隣接する。
「繋がってしまったな…」
ほぼ間違いなく、亡き子爵が管理していた孤児院はドン・サルトーリが遭遇した人身売買組織の拠点になっている。子供達は養子先が見つかって引き取られたのではなく、何処かへ売られていったのだ。
そこからはもう簡単だ。ちょっと周辺の情報に目を通せば、人身売買組織が使うルートや裏にいる権力者の目星も付く。
こういう時、自分の頭脳が嫌になる。
他のみんなにとってはなんてことのないものでも、私にとっては違う。受け取り方も、見方も異なる。私と同じようにものを見れる人間は、この世に存在するのだろうか。
(…いたとしても、この思いは共有できないだろうな)
大方、ヒトの情というものを一切持たない怪物的な輩だろうから。
私が人として生きてこられたのは半ば奇跡だ。人の心を持てているのも、また同様。バグ、と言ってもいいかもしれない。
尤もその人の心も、究極的には
何もかもを予測できてしまう以上、未来に希望なぞ持てやしないから自ら死を選ぶだろうし、何かの気まぐれで生きていたとしても、その精神性が人間のそれかと問われれば否と答えるしかあるまい。最悪、ありとあらゆる全てを己の掌の上で踊らせて、望む未来へ誘導するような
自分で想像しておいて何だが生理的嫌悪が酷い。ぜっっったいに遭いたくないし成りたくない。8兆は確実に存在する
頬を両手で叩き、自分に喝を入れる。
私はそんなモノには成らない。私はジョット君の雪の守護者。ボンゴレファミリーが誇る、神算鬼謀の作戦参謀。
「よしっ」
物思いに耽るのはここまで。
ボンゴレの一員として、人身売買は見逃せない。
しかし動けるような状況でもない。
何と言っても情報の確度が低い。ギリギリ確実に人身売買があると言えるのはドン・サルトーリの手紙のみ。
それも組織の拠点が移り、何処に行ったのかわからない以上優先順位は低くなる。
ジョット君に報告すればまず間違いなく動くだろう案件だが、ボスが軽率に動いてはファミリー全体に動揺が広がる。ボンゴレは最早一つの街だけを守れればいい訳ではない。その動きは注視されているし、揚げ足を取ろうとする者だって存在する。
せめて、そこで確実に人身売買が行われているという証拠が欲しい。
うーむ、と目を閉じ、考えること数秒。
再び目を開けて、机の上に広げたままの手紙を見て、そしてまた思考の海に沈む。
裏で出回っている弾薬や食糧などの流れからして、ここ一ヶ月の間に抗争を吹っ掛けてくるようなファミリーはないと断言できる。
つまり、多少ならば私が本部を離れても問題はない。
うん、イケる。
「それじゃ、まずはジョット君に許可を取りに行くとしますか」
ドン・サルトーリからの手紙を片手に、私は執務室を飛び出すのだった。
◇
数日と経たずに、私はソレッラ・アーガタのいる街に到着していた。
建前としてはドン・サルトーリの招待を使わせてもらい、その帰りに縄張りに組み込まれて間もない街を見て回ってくる、ということにしている。
嘘は言っていない。人身売買組織の拠点があるのは間違いなく、だからこそ証拠を得られればボンゴレが動けるようになるのだ。
私だって子供達の救出から武装しているだろう組織の構成員の殲滅まで一人でできるとは思っていない。これはあくまで下準備。それ以上でもそれ以下でもない。
証拠を掴もうと孤児院までの道程を辿りながら、ドン・サルトーリとその奥方のことを思い出す。
以前は酒場で働いていたという経歴にも納得できる、豪快な女性だった。ドン・サルトーリが尻に敷かれているのも納得だ。今彼女のお腹には赤ん坊がいるらしい。二人の子供は、一体どんな子なんだろうか。
こうして未来のことを考えるのは好きだ。正確な未来予測には程遠いから、未来に思いを馳せる、と言った方が正しいのかもしれないけれど。
何もかも知ろうと思えば知れるからこそ、敢えてそうしないことも大事なんじゃないかと、そう思う。ただただ己の力に振り回されるでなく、己の意思で制御する。それはとっても人間らしいと思うのだ。
ふふ、と笑いながら歩いていたが、前方に停まる馬車に注意が行く。
馬車の前面に掲げられた紋章は、人身売買組織と繋がりがあると睨んでいる(というかほぼ確定の)侯爵のもの。
気を払いつつ横を通り過ぎようとした瞬間、窓からにゅっと伸びてきた腕が持っていた麻袋をすっぽり被せられ。
馬車の中に連れ込まれることになった。
◇
ガタガタと揺れつつ走っていた馬車がようやく停まる。
馬車の中にいたのは侯爵子飼いの人攫い達。
どうやら山間部の村などから誘拐した子供を街に放置、保護名目で孤児院に連れてくるというマッチポンプのようなこともやっていたらしい。悪質過ぎる。
そしてこの侯爵、珍しい色の瞳を持つ子供がお好きなようで。
私は侯爵のお眼鏡に叶うだろうと捕まえられたようだ。
まあ濃い青の瞳なんて珍しいことは自覚しているし、一般から外れた身体的特徴を持つ者を物扱いするコレクターのような輩がいるとも知っている。情報源はアラウディ君だ。
……私と同じような色の瞳を持っているユニの先祖とかいないよな、さすがに。いやでもジッリョネロはボンゴレと同等の歴史を持つってラル・ミルチが言ってるんだよな…生まれていない若しくは侯爵のストライクゾーン外の大人であることを祈ろう。
顔も名も知らぬジッリョネロの初代ボスの無事を祈っていると、麻袋ごと担ぎ上げられ何処かへと運ばれる。
馬車が走っていた時間と道の状態からして、ここは侯爵の持っている別邸だ。私のように珍しい色の瞳を持つ子供を集めるための、侯爵の趣味の館、といったところか。個人の趣味嗜好にとやかく言う程暇を持て余している訳ではないが、これはちょっと。
さて、どうしたものか。
下準備のつもりだったが攫われてしまった。街外れの街道沿いに馬車を待機させていたから、もう私が誘拐されたと本部に情報が伝わっているのは間違いない。
無論こうなる可能性も予測済みだったから事前に策は打っているが…帰ったらお説教だなぁ、嫌だなぁ、帰りたくないなぁ。
試しにお説教を回避する策を考えてみたが、質実剛健で知られる北イタリア方面の中核的存在であるファミリーが抗争を吹っ掛けてでも来ない限り回避不可能という結論が出た。ただの抗争じゃダメなのか、そんなにお説教は優先順位が高いのか。
疑う余地がないファミリーの行動予測にむくれていると、荒っぽく床に降ろされた。
体が小さいから抱き上げられるのはいつものことだが、ここまで雑に降ろされたのは初めてだ。
ちょっとだけ、ファミリーが恋しくなる。
それでも、私は参謀で、雪だ。
幼くとも、知略では他の追従を許さない。それが私。
私なりに、戦ってやろうじゃないか。
麻袋の口を縛っていた紐がしゅるりと解かれて、腕を掴まれて袋から引っ張り出される。
「ふぅむ………本当に海のような青だな、美しい」
顎を掴まれ、無理やりに顔を上向けられた私の瞳を覗き込む男は人の
部屋の中には私と、私を運んできた人攫い、そして侯爵しかいない。制圧は容易いが、その後のことも考えるともう少し待つのが得策か。
「
「……レイ。レイ・オルテンシア・イヴ」
ここで黙っていても利はないと判断し、名を告げる。
イタリアにレイと呼ばれる女性名はない。そしてファミリーネームのイヴも、イタリアでは本来エヴァと発音する。
珍しい名の組み合わせ。これは私の正体に迫る最大のヒントと言ってもいい。
侯爵は名前の珍しさに目を瞬かせるのみだが、人攫いの方は聞き覚えがあったらしく息を呑む音が聞こえた。
「まさか、ボンゴレの」
「今頃気付いても遅いんだよなぁ」
ファミリーのための道なら、とうの昔につけてきた。
ニンマリと笑うと同時、響いてきた爆発音。感じる馴染みのある炎の気配。
本部に残してきた計画書に記した強襲作戦が無事実行に移された、その証明。
腕を掴まれ壁に投げつけられるが、スネグーラチカで創った剣を天井に刺して勢いを殺し、床に着地。
「な、何だと言うのだね!?」
「侯爵様ァ、こいつはアレです、
「さすがに酷過ぎやしないか?」
いや悪魔て。10歳にもならない子供相手に悪魔て。
明らかな風評被害に閉口していると部屋の扉が吹き飛び、内部の人間を牽制するように嵐の炎を纏う矢が壁に突き刺さる。
「おーい、うちの末妹見てねえかー、っているじゃねえか」
「レイ、レイ・オルテンシア、大人しくこっち来な」
その声色からマジで怒っていると察し、思わず退路を探す私を呼ぶアラウディ君。
珍しくミドルネームも込みで名前を呼んだ彼の声もいつも以上に冷たくて、逆らう気は一瞬で失せた。
もうやだこわい。私完全に被害者なのに。
内心シクシクと泣きつつも素早く扉の方へ移動し、二人と合流する。生憎と、感情を理性で制御するのは慣れてるんだ。隙なんて晒す訳ないだろ。
私を人質にしようとしていた人攫いに、雑に扱われた恨みも込めてランポウ君のようにベ、と舌を出した。
雲のボンゴレリングに灯した炎で増殖させた手錠で侯爵と人攫いを捕縛しにかかったアラウディ君を横目に、
「つかなんだって攫われたんだ、お前」
「私の瞳の色が珍しいから、それ狙いだったようです」
「ほー、お前の目の色だけに価値を見出すとか、さては節穴だな?」
くしゃりと頭を撫でながらの
だって、だって、今の言葉はつまり、私のそれ以外のところが、瞳の色と同じかそれ以上に価値あるものだと、認めてくれているということで。
「よし、帰ったら覚悟しとけよ。ジョットとエレナと、後
「それは新手の死刑宣告では!?」
青褪める私をニヒルに笑って見下ろすだけな辺り、
・現在9歳の末妹ポジの雪
響きが珍しいのもあり、初対面の人間がいない限り名前は基本略称で名乗る。それもあってちゃんとした場面でも愛称にミドルネーム、それで足りなかったらファミリーネームを付ける、みたいな呼ばれ方をする。
悪魔呼ばわりには抗議も辞さない姿勢だが、参謀として立案する作戦の大半が容赦の欠片もないものなのはただの事実だったり。
肉親が絶えているので末妹、と呼ばれるのは擬似兄妹みたいでちょっと嬉しいしファミリーのことは兄姉のように思ってもいる。
翌日は足が痺れて生まれたての子鹿状態になった。
・しっかり者の次兄ポジの嵐
末妹に
・フリーダムな六男ポジの雲
末妹に
・熱血な五男ポジの晴
自分が持ち込んだ案件のせいで末妹が攫われる事態になり究極に落ち込んだが、当人が無事帰ってきて人身売買組織を潰せたと喜んでるのを見て究極にいつもの調子に戻る。
・うさんくせえ四男ポジの霧
他のメンバーが末妹の割り出した人身売買組織の拠点を強襲している間大空や晴共々お留守番だったので、怒ってる理由にはそれも含まれる。
・我儘な三男ポジの大空
末妹の救出どころか他拠点の強襲すら任せられなかったので駄々こねまくった。しかし相棒に説得された。
末妹が瞳の珍しさに攫われたと聞き、彼女に瞳の色と形がそっくりな、ボンゴレリングを自分に託したとある
雲の勝ち誇った顔は見た時はただただイラッとしたが、後になってなんであいつあんな顔したんだろ、と考えた末に霧と同じ結論に至る。取り敢えず万一の時への対策は霧がしてくれているので将来的に末妹が嫁にされそうになったらオレに勝てない奴に妹はやらん!! と頑固親父の真似事をすることを決めた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的8 いつもと少し違う
今話も原作改変・捏造設定タグが火を吹いていますので、ご注意ください。
「なぁ、レイー?」
「さっさと仕事しろください」
視線も向けずにそう吐き捨て、ついでに創った
何か遣り取りからしてギャグっぽいが、私達は基本的にギャグなんだ。時々抗争とかでカッコつけるがそれ以外は楽しく愉快にやっている。勿論仕事もするが。
黒曜での戦いからシリアスぶっ続けだった主人公達に比べたら平和過ぎる気がするがあれだ、主人公の時代に波乱が巻き起こり過ぎなだけだ。
「いきなり酷いな、レイ! せっかくコザァートから手紙が届いたから見せてやろうと思ったのに!!」
「どうしてそれを先に言わないのですか」
即座にジョット君の手から手紙を強奪。奪い返しに来たジョット君をフェンリル三体で足止めし、開封済みの封筒の中から手紙を取り出して斜め読みする。
最初に会って以来何度か顔を合わせる機会があったコザァート君は、驚くべき天然っぷりを披露してくれていた。彼のファミリーが頭を抱えていたのも覚えている。
彼とジョット君は相変わらず仲がよく、私達ボンゴレとシモンの守護者は二人のことを密かに恐れていた。
そんなコザァート君は今、絶賛行方不明中であった。
小型の船を借りて海に出たのを最後に、足取りが途絶えてしまっていたのだ。
だが私達も
コザァート君は大空の7属性と対になる大地の7属性、重力を操る大地の炎を持っている。船が難破しようが漂流しようがどうってことないだろう。
どうせ持ち前の好奇心を発揮して冒険でもしてるんだろうと全員(ジョット君もだ)が考えた。
そしてその予想は大当たりだったらしい。
久々のコザァート君からの手紙には、日本に近い海に無人島を発見したこと、いつか一族──シモンファミリーは全員に血の繋がりがある。そのため全員が大地の7属性を使える──を住まわす聖地にしたいという願望が書かれていた。
いや、聖地ってどれだけ気に入ったんだ、その無人島。
「……衣と住はともかく、水とかの食に困らない無人島ならいいんですが…」
「ああ、その通りだな」
もうこれしかコメントのしようがない。コザァート君、やはり恐ろしい人だ。
「手紙を読んでいて思ったんだが…レイ、一度みんなで写真を撮らないか? ちょうどよく全員が揃っているし」
「まず何故そう思ったのか、説明を求めます」
ジョット君が語ったところによると、コザァート君不在の間にファミリーの子供達が大きくなっていて、可愛い盛りを見逃してしまったコザァート君が悔やんでいたんだと。
無人島聖地化計画のインパクトが強すぎて吹っ飛んでいたが、そういやそんなことも書いてあったな。
なので、ジョット君も今のファミリーを写真に撮って、いつでも思い出せるようにしたいらしい。
親交のあるちょっと…いやかなり変わってるけど優秀な彫金師見習い・タルボ君が現在鋭意制作中の懐中時計に入れれば何処にでも持ち歩けるだろうと。
「まあ、いいんじゃないですか? 他のみんなは知りませんが、私は賛成です」
と言うか、ジョット君にしてはいい提案だ。本人も言っていたがタイミングもいい。
私達ボンゴレファミリーの主要メンバーは、基本的には本部にいるようにはしているが、離れていることも多いからだ。
雨月君は日本生まれの日本育ちで、今でも折を見て帰国している。一度帰るとなると数ヶ月は会えない。
アラウディ君も詳しくは知らないが仕事の都合があるらしく、偶に一週間から一ヶ月程度顔を出さない時がある。その後は何故かよく構って来るので躱すのが大変だ。
ナックル君は元々本部で作業することは少ないが、それは街の教会で神父をやっていてそれなりに多忙だからだ。後は彼の性格上書類仕事なんて任せておけない、というのがある。
ランポウ君や
私も一応古書堂店主の身なので、常に本部にいるのはジョット君と
「じゃあレイは
「ダメです」
「えっ」
「ダメです。君が外に出たら猫と戯れて数時間は帰ってこないでしょうこの自由人」
「猫だけじゃなく犬もいるぞ!」
「どっちでも同じです!! 確かアラウディ君は外に、雨月君は演奏会を開いていたので、見つけ次第連絡します!」
その途中で運よくアラウディ君を見つけたので、さっさとジョット君が写真を撮るため呼んでいた旨を伝えて、写真屋に急ぐ。
…私も相当楽しみにしているらしい。写真というのは特別感があるし、私の肉体年齢からしたら特段おかしなことでもないだろう。
気分に任せてスキップしていたのだが、揺らし過ぎたのか元々結びが甘かったのか、長い後ろ髪を一つに結っていた紫のリボンが取れかかってきた。
宝飾店のショーウィンドウを鏡代わりに、結い直す。
ウルフカットにしているせいもあって、ボブカットに見えなくもない。少し髪の長いユニ、という感じだ。
結び具合を確認していると、ふと陳列されている指輪が目についた。
アクアマリンだろうか、小さな石が飾られた指輪だ。石の色はアイスブルー…アラウディ君の瞳と、同じ色。
少しの間ぼーっと指輪を眺めていたが、頭を振ってやるべきことを遂行すべく写真屋への道を歩く。
指輪に対する未練を振り切るように、歩調は徐々に早くなった。
その後ポルコさんを呼び、雨月君も回収して本部に戻ると、エレナさんに結んだばかりの髪をアレンジされた。
どうやら長いこと残る写真に私が可愛らしくない髪型で写るのが許せなかったらしい。
…そんなこと別にどうでもよくないか、とは言ってはいけない、言ったら凄く怒られる。
エレナさんはあんな見た目だが怒るともの凄く怖いと私は身を以て知っているのだ。
いや、今でも敷かれてるか。
・何故か指輪が気になる
服装はともかく髪型には気を使わないタイプ。だってすぐ
お説教は割とトラウマなので回避可能なら死ぬ気で回避する。
タルボが作ってくれた懐中時計を受け取った時は表面に紋章刻むとか、相変わらず主張強いですねジョット君、などと言ったが肌身離さず持ち歩く。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的9
はつかねずみがやってきた。
おはなしは、おしまい。
食堂の隅のソファに座り、今日ばかりは羽目を外している仲間達の様子を冷えた目で眺めるアラウディ君の膝の上に、私は体のダルさや眠気と戦いながらお人形のようにちんまりと座っていた。
会話をしながら飲み食いするみんなのテンションは異様な程に高い。
当面の目標だった、名ばかりの警察組織の打倒が達成出来たからだ。
彼らは警察というよりも街に巣食う病巣だった。
彼らがしていた悪事は麻薬密売から人身売買まで多岐に及んだ。当然、ボンゴレは被害を広める訳にはいかないから彼らを裁くことになる。
ジョット君達は、そのことを私には知らせなかった。
まだ幼い私に、ボンゴレが正義のために積み上げる業を背負わせる気はなかったから。
だが、ナックル君とランポウ君の集会場所を間違える、という初歩的且つ致命的なミスによりそのことを知った私は、集合していた彼らの所に即座に乗り込んだ。
舐めないで戴きたいものだ。私だって、その程度理解している。
ボンゴレの創った業を背負う覚悟くらい、とうの昔にできているのだ。
仲間外れの悲しさやら頼られなかった悔しさやらで感情が高ぶって、最後の方は泣きじゃくりながら私はそう言った。
涙で霞んだ瞳でどうにか目にした、幾度本部を抜け出してこっぴどく叱られても反省する気配のないジョット君の後悔の表情は、きっと一生忘れないだろう。
そこからは大変だった。
ひたすらに謝るジョット君を宥めて敵の情報の中でも信憑性のあるものだけを洗い出し、突入及び幹部の捕縛作戦を練ったのだ。幹部連中が一箇所に集まる
しかし作戦が粗方決まったところで、未来予知と思われる謎の映像が視界を過ぎった。“視”えたのは立てていた作戦の失敗。
サルトーリの件があるから映像を信じぬ訳にも行かず、結果サポートする予定だった私が先んじて単騎で突入、幹部陣の制圧を終えたところでジョット君達が突入する、という私に負担が掛かり過ぎな作戦となってしまった。
ジョット君は無理するなとか言っていたが、それが最善策である以上仕方がないと押し切った。だって作戦の成功まで“視”えたんだぞ、作戦変えたらまた失敗になるかもしれない。
“視”えた後はなんだか疲れているし、これを何度も繰り返すというのは無理だ、体が持たないだろう。
そしてジョット君の勘が当たったのか、私は作戦成功を知らされると同時に熱を出し、倒れてしまった。
体調不良の原因は恐らく、未来予知の映像を受信したことによる負荷。
幸いなことにそれ程高い訳でもなく、時間の経過と共に下がっていっているので、こうして打倒記念の酒盛り(パーティーよりもそっちの方が絶対に合っている)にも参加している。
まあ食べれるものと言ったら雨月君が作ってくれたお粥だけだが。まさか初の白米がお粥になるとは…美味しかったから別にいいが。
雨月君特製のお粥も食べ終わり、例によって子供扱いなアラウディ君の膝の上で大人しく頭を撫でられていると、いつの間にやらみんな寝入ってしまっていた。
おい、幾らなんでも床で寝るな。そして空の酒瓶がテーブルの上に大量にあるんだが…二日酔いになってもしっかり仕事はしてもらうぞ。
「もうお開きみたいだし、送ってくよ」
いや、これはお開きじゃなく、みんなが酔い潰れただけだと思うんだが。君は何故平気な顔をしている。君だって結構な量呑んでただろう。
そう言いたいのは山々だが、アラウディ君に言っても流されるのがオチだし、眠気も酷いので諦めよう。
アラウディ君に抱えられて本部を出ると、頬を撫でた冷たい風に身を震わせることになった。アラウディ君の手が押さえてくるのに逆らわず、彼の肩に頭を預ける。
「…君、本当に軽いよね。今何歳?」
「先月君も12歳の誕生日おめでとうと言っていたはずですが?」
そう、今の私は12歳と1ヶ月。気付けば作戦参謀になってから5年以上の月日が経っていた。
因みに彼のプレゼントは最初に贈ってくれたのと同じような手袋だった。曰く『キツくなってるでしょ』だそう。5年続けて唯一マトモなプレゼントだ。
思い出すと少し嬉しくなって、顔を上げてアラウディ君を見上げた。いつだか見つけた指輪の石と同じアイスブルーの瞳は何処か悲しげで、首を傾げる。
「何かありましたか、アラウディ君」
「別に」
ふい、と顔が逸らされる。
この反応は図星を指された時のそれだ。守護者最強である彼は、変なところで子供っぽい。
「明けない夜はないんですよ、アラウディ君」
不思議そうに歩みを止めたアラウディ君の顔を見つめたまま、続ける。
「祖父が言ってました。どんなに悲しいことがあっても、いつか報われる日が来る。沈んだ日がまた昇り、夜が明けるように、と」
「…そう」
歩みが再開する。心做しか機嫌がよくなったアラウディ君の腕の中で、私も小さく笑った。大切な人が、
そういえば、祖父は何処の人だったんだろうか。
私の名前の発音からイギリス人なのかと思ったが、イギリスは旅の途中で寄っただけだと生前言っていた。他にも
イタリア語だけじゃなくフランス語や英語、果てにはドイツ語やらポルトガル語など…
因みに私はそれプラス日本語も話せる。読み書きも含めて雨月君に習ったんだ。
ああ、それにしても今日という日はなんて喜ばしいんだろう。
ボンゴレの敵がまた一つ減った。平穏に、みんなが戦わずともいい日に、また一歩近づいた。
個性が暴発していようと、無茶振りが多かろうと、彼らは私の大好きなファミリーだ。
大好きなものが、当然のように奪われる。そんなの、悪夢の中だけで十分だ。
眠いからか、思考はふわふわとあっちへ行ったりこっちへ行ったり。私らしくもないが、アラウディ君だっているんだ、少しくらい気を抜いたって許されるだろう。
レイ、と揺すられるから何だと薄目を明けると、どうやら家に着いたらしい。ポケットの中に懐中時計と一緒に入っている鍵を取り出し、アラウディ君に開けてもらう。
「寝かせるとこ、ソファでもいい?」
コクリと頷く。さすがに寝室にまで入って欲しくはない。
ソファに運ばれて、目を閉じる。
そのまま、意識は闇に沈んだ。
───誰かが、私の名を呼んだ。
答えなくては、と目を開けた私は、ヒュッと喉を鳴らした。
何かもよくわからない黒い渦が、今にも私を飲み込まんとしていたのだ。
一度見たことのある大地の炎が創り上げたブラックホールに似たそれに吸い込まれないよう片手でソファを掴み、もう片方の手をサイドテーブルに伸ばす。
アレが何かは、わからない。だが、きっとよくないモノだ。せめて、せめて…。
必死で、
指先が冷たい金属に触れたのを感じた瞬間、上も下もわからぬ宙に体が放り出され…再び、意識が闇に呑まれた。
◇◆◇
眠い。
硬い。
…冷たい。
七色の星が、瞬く。
◆◇◆
冷たく感じる程に白い天井。
ツンと鼻に付く、アルコールの匂い。
目が醒めて、一番初めに認識したのはそれだった。
石畳ではない道を走るカラフルな鉄の塊。
その脇を早足に進む、ラフな格好をした黒や焦げ茶の髪の人々。
起き上がって、窓の外に見たのはそれらだった。
それらから導き出される結論は、幾ら考えても、変わることがなかった。
・雪花
───え?
・浮雲
翌朝様子を見に行って、一番に状況を知った。
首に絡んで窒息するかも、とネックレスを外したことを、後悔している。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
隠し弾 Profilo
尚、時系列は標的9の直前、レイの12歳の誕生日後となります。
また、活動報告の方に本作のプロトタイプの設定を載せましたので、興味のある方はそちらも見て戴ければ。
名前 Raychell Ortensia Eve
レイチェル・オルテンシア・イヴ。
レイチェルは旧約聖書に登場する女性から取られたイギリスの女性名。イタリアではラケレとなるが何故かレイチェルで定着している。
オルテンシアは紫陽花を意味するイタリアの女性名。レイの祖母の名前である。
イヴはイギリスの姓。
「珍しい発音だからな、名前を聞けばこいつだってすぐわかるぞ」
愛称 レイ
綴りはRayとなる。
「書類の署名とかもこれにミドルネームとファミリーネームの頭文字だけで済ませてるよな」
「だって長いし。手紙なんかはちゃんと全部書いてますよ」
年齢 12歳
「オレと初めて会った時はまだ5歳だったんだよなぁ」
「あれからもう7年か…時の流れは早いですね」
誕生日 2月14日
身長 152cm
体重 46kg
当然のことながらファミリーで一番のチビ。よく持ち上げられては軽いと評される。
「早く大きくなりたいです」
「よく食べよく寝れば大きくなれるわ」
「ここのところ残業が多いので睡眠時間が十分確保出来ているか不安です」
「じゃあお昼寝しましょうか、膝枕してあげる!」
武器 双剣
正確には対になった
属性 霧
波動がかなり弱く、炎も小さい。有幻覚の使用は難しい。
「ヌフフ、普通の幻覚だったら相応の精度を維持出来るのですがね」
「元々並列思考は得意なもので」
特技 未来予測・道をつけること
予知に等しいレベルの未来予測に基づいて作戦を立案し、ファミリーの望む未来への道をつける。彼女だからこそできる戦い方。
「いつも助けられてるよ、ありがとう」
「なんですか改まって。…私だってたくさん助けられてるから、お相子です」
趣味 手芸
「これは完全にエレナさんの影響ですね」
「一緒に色んなもの作ったものねぇ。レイは物覚えが早くて手先も器用だから上達が早かったわ」
好きなもの
嫌いなもの
「いやもっと子供っぽいこと書けや」
「地の文がフォローくらいするでしょう」
好きな色は青紫、好きな花はスノードロップ。
頭脳労働が多いため、糖分補給も兼ねて甘いものを好む。逆に苦いものは苦手。
「前に僕が飲んでたコーヒー試しに飲んだ時、顔がくしゃくしゃになったよね」
「やーい子供舌ー」
「ランポウ君だってコーヒーストレートで飲めないでしょーが!!」
役職 ボンゴレファミリー作戦参謀・雪の守護者
守護者で唯一、ファミリー内の役職を掛け持ちしている。しかし業務内容はほぼ作戦参謀の頃のまま。
「究極に作戦参謀の業務を雪の守護者に滑らせた方がよかったのではないか?」
「オレもそう思った」
「あの短期間で役職名の変更とかやると余計な混乱が生まれるぞ」
「でも
「仕事が増えていた予感しかしないので
目標 エレナさんみたいなレディになること
「あら嬉しい!!」
「………限りなく遠い道だな」
「レイはエレナとは似ても似つかないんだものね、特に胸ごっぶ!!?」
「手が滑りました」
「同じく」
「私だってまだ身長伸びてますし、もっと成長しますし!!」
「わーったわーった、そんな怒んな」
誇り
「レイ、一つ空欄があるぞ?」
「こんなもの、書かずともわかるでしょう?」
おまけ
Q.レイ・オルテンシア・イヴについて、教えてください
匿名希望の大空
「オレの雪で可愛い妹分。いつもファミリーのことを一番に考えてくれてる、頑張り屋さんだ」
匿名希望の嵐
「
匿名希望の雨
「誰より遠いところを見ることができるからこそ少し危なっかしい、妹で弟子でござる」
匿名希望の雷
「妹分のはずなのにいつも怒ってくるけど、オレ様がやればできるって誰より信じてる、ちょっと変わった奴だものね」
匿名希望の晴
「末妹、だな!! 大人びているからか、同世代の友人が一人もいないのが究極に不安ではある!!」
匿名希望の雲
「小さいのに必死になって背伸びして、僕らに追いつこうとしてる
匿名希望の霧
「妹であり弟子であり、同胞でもあります。
匿名希望の婚約者
「やっぱり妹、ね。無茶をして当然だと思っているところがあるから、目が離せないわ」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第一章 非日常に焦がれる彼女と、彼らの日常
標的10 モノクロの世界、変わらぬ空
感想、評価等もお待ちしております!
さて、今話からが今作の本編となります。とは言っても今話はまだ導入ですので、スナック感覚でさらりと読んで戴ければ幸いです。
朝の静寂を破る、喧しい目覚まし時計の音。
片手を伸ばしてスイッチを押すと、部屋に静けさが戻った。
顔を洗ってから部屋に戻り、ハンガーに掛けられたようやく馴染んできた制服を着て、髪をブラッシング。後ろ髪を紫のリボンで緩く結えば、朝の身支度は整え終わる。
通学鞄片手に階段を降りると、ダイニングのテーブルには既に朝食が並んでいた。
「あらレイちゃん、おはよう」
今日も早いわねぇ、と穏やかに笑いながら言うその人に、私も朝の挨拶を返す。
「おはようございます、おばあちゃん」
鞄を一旦玄関に置いてから朝食を食べ、食器を同じ頃に食べ終えたおばあちゃんの物と一緒に洗い上げた。
その後新聞を読んで、最後のページに辿り着く頃には通学にちょうどいい時間になっている。
「いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
おばあちゃんに見送られ、通学路の道を歩く。
家を出て二つ目の角を曲がると、友人と合流だ。ハニーブラウンのショートヘアが可愛い女の子と、くせ毛の女の子がやってくる。
「おはようレイちゃん!」
「おはよ、レイ」
「おはよう、京子ちゃん、花ちゃん」
他愛ない会話をして、校門をくぐる。今日は風紀委員会の抜き打ち検査はないようなので、そそくさと靴を上履きに履き替え教室へ。
教室に入ると、友人の京子ちゃんは早速色々な人に声を掛けられている。
さすがは並中のマドンナと呼ばれるだけあるな。
対する私と花ちゃんには一声掛けられるだけ。
まあ私も彼女もあまり人付き合いをするタイプではないし…特に私は一目で日本人じゃないとわかる容姿をしているから、敬遠されているのだろう。
席に着き、教科書と一緒に鞄に突っ込んでおいた本を読み始める。今日のはおばあちゃんの書斎で見つけた、心理学の本。大学は心理学を専攻しようか、とふと考えかけて、止めた。
未来のことなど、誰にもわからないのだから。
自嘲気味に笑い、始業のチャイムが鳴る直前の今になって教室に走り込んできた一団に、思わず目を向けた。
向けてしまった。
後悔しても、後の祭り。
朗らかに笑ったり、突っかかったり、宥めたりする三人に、知らずのうちに顔を俯け、黒いベストの上から左胸のポケットを触っていた。
私達の、絆の証を。
そうしていないと…心が、壊れてしまいそうだから。
「おはよう、ツナ君」
「お、おはよう京子ちゃん!」
にこやかに手を振る京子ちゃんに、友人二人とたった今教室に入ってきた沢田君も挨拶を返した。その声が明らかに弾んでいるのは、彼が京子ちゃんに好意を持っている証拠だろう。
「後、黒川と───レイちゃんも」
追加で呼ばれた名に視線を上げ、すぐにはそうと悟られぬアルカイックスマイルを浮かべた上で「おはよう」と手短に返してすぐに本に戻す。すると不良のような文句が降ってきた。
「てめー、10代目になんつー失礼な態度を!」
「まあいーじゃねーか、獄寺。松崎もおはよ」
「ああ、山本君、獄寺君」
できるだけ目を合わせないように、彼らの肩越しに見える窓の外の空に意識をやりながら言う。
三人はそれで満足したのか、足早に自分の席に向かって行った。
止めていた息を吐く。
深呼吸してから、自分がベスト越しに胸ポケットを握り締めていたことに気付いて、ベストを整える。
何がきっかけで校則違反をしているとバレるかわからないのだ。慎重過ぎて悪いことはない。
野球部の応援できゃあきゃあ騒ぐようなこともしない。
怖いもの見たさで屋上に顔を出したこともない。
しつこい勧誘に負けてボクシング部に所属しているなんてこともない。
沢田君と持田先輩の勝負や山本君の飛び降り騒ぎは他の野次馬に混じって見ていたし、理科教師の根津が学歴詐称で辞めさせられた時はこっそり喜んだりもしたものだが、それだけだ。
今の私は松崎
この立場を貫かねば、彼らと深く関わることになる。
みんなと酷く似ている、彼らと。
そんなことになれば、私はきっと耐えられないだろう。
今でさえ、彼らの姿を見る度にみんなと重ね、動揺してしまうというのに。
幾ら手を伸ばそうとも届かぬ、遠い空の色ばかりが変わらないのが、酷く辛い。
それでも、見つめてしまうのは…あの時代と同じものがあると、安心したいからだろう。
こんな、
・並盛中1年A組のとある女子生徒
いっそころせ(一応基督教徒なので自害出来ない)(ボンゴレファミリー作戦参謀、そして
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的11 新たな
どういうことなの??(宇宙猫顔)
あの日、私は原作にも出てきた並盛中央病院の一室で目を覚ました。
“松崎
2歳の頃に両親を亡くした私は、親戚が引き取りを拒否したためにこひなた学園という孤児院に預けられていた。そして並盛町に住む松崎夫人の養子になり、彼女の家に行く途中、事故に巻き込まれたらしい。
戸籍も、ちゃんとあった。
通っていたという小学校も、存在した。
そのことを知った私は、気が狂いそうになった。
今までジョット君達と過ごしてきたのは何だったんだ?
明晰夢? それとも死に瀕したが故に見た幻?
そんな訳がない。彼らと過ごした時が偽りだなんて、有り得ない。
懐中時計も、アラウディ君がかけてくれたんだろうコートも、ジョット君からもらったループタイも確かにあるんだから、絶対に揺るがぬ事実だ。
だが、それにしてもおかしいのだ。私が元々いたという孤児院は、確かに存在した。ただし、7年前に閉鎖されている。一度足を運んでみたが、数ヶ月前まで人が住んでいたとは思えない荒れようだった。
なのに、誰もそのことを気にしない。明らかにおかしい。
答えは見えている。けれど、今指摘したところで得られるものは何もない。このカードは隠し持っておくべきだ。
何にせよ、私は沢田君達に関わるつもりはない。精々クラスメイトの一人として彼らの非日常を傍観していたいのだ。
理由は至って簡単。彼らはみんなに似ているからだ。
彼らといるとどうしても、みんなのことを思い出してしまう。みんなの姿を、重ねてしまう。
それは私の精神衛生上よろしくない。
彼らだって、見ず知らずの人間と重ねられていい気分はしないだろう。
故に、私は彼らとは関わらずに済むよう、できる限り、怪しまれぬ限りで頑張ってきた。だが、それも無駄に終わりそうだ。
「ちゃおっス!」
凶悪極まる中身に似合わぬ幼く可愛らしい声で告げる彼の特徴は、円らな瞳とくるりとしたモミアゲ、そしてボルサリーノ。
私の接触を避けたい奴ランキング堂々のトップに君臨する
何故彼がトップかって? 彼に目をつけられた人間は漏れなく何らかのマフィア案件に巻き込まれている。山本君しかり、京子ちゃんの兄上しかり、風紀委員長殿しかり。
『面白そう』とかふざけるにも程がある理由で
「やあ、僕。こんなところでどうしたんです? お兄さんかお姉さんを捜すの、手伝ってあげましょうか?」
「安心しろ、オレは迷子じゃねーからな」
そうニヒルな笑みを浮かべたリボーン君と少し会話し、名前まで当てられてしまった私の胃はヤバイことになっている。未来でメローネ基地のトップをしていた時の入江正一の気持ちがよくわかった。会う機会があれば労ってあげよう。あくまで会う機会があれば、だが。
「あっ、リボーン!! こんなところに!!」
ここで走ってきたのは、例の如く一緒に行動している三人組。
みんなとよく似た彼らの姿に楽しかった思い出が蘇りかけるが、生憎と私はリボーン君の相手中だ。ここで動揺を悟られれば付け込まれる。感情を理性で押さえ込み、彼らを迎えた。
「ツナ、遅かったな」
「遅かったじゃないよ! 大体お前がどっか行くからだろ!? レイちゃんに何か迷惑かけてないだろうな!!」
「それはねーぞ。オレは女には優しくする主義だからな」
叱る沢田君に言い返したリボーン君に、山本君が「ハハッ」と笑う。
「小僧は大人なのなー」
「リボーンさんは事実大人なんだよ、野球バカ!」
「うるせーぞ獄寺、山本はサンキューな」
平謝りする獄寺君はスルーし、沢田君に声を掛ける。彼はまだ沢田君を含めた周囲の性格などを掴みきれておらず、教室でも時折こういう遣り取りをしている。
未来まで戦い抜けば何も言われずとも沢田君の意志を汲んで動ける
「沢田君、お兄さんなんだからリボーン君のことちゃんと見ててくださいね」
「え、なんでオレの弟だって…?」
「だってリボーン君、沢田君のことだけは渾名で呼んでましたから」
リボーン君の楕円形の瞳が、縦方向に伸びた気がする。
だがそれも一瞬、代わりに口角を上げている。動揺する様をほとんど見せないとは、世界最強のヒットマンは伊達ではないらしい。
「そーか。弟ってのはハズレだが、こん中で一番ツナが近い人間だというのは正解だ。よくわかったな」
「私、洞察力はある方なんです。前に友人に褒められたこともあります」
嘘に少しの真を混ぜれば、見抜き難さは段違いに上がる。明言していないので、まさか
「でもリボーン君、幾ら家族だからって沢田君を呼び捨てにするのはいけないと思います。年上は敬わないと」
ここでダメ押しのように幼い子供に向ける注意をする。
未来編に於けるメローネ基地での
目指す評価は京子ちゃんと同クラスの天然、マフィアとは何の関係もない一般人である。
リボーン君は人の心を読む読心術という技術を持っているが、私はそちらへの対策も万全、読まれずにいられる。
読心術で心を読ませないことで生じるデメリットは世界最強の
現状の要素から考えられる複数パターンの未来を予測した結果、デメリットは無視しても大丈夫だという結論が出ている。
偽の情報を掴ませるまではしないが、少なくとも心を読ませる必要はない。
私の武器は、双剣だけじゃない。あの動乱のマフィア黎明期にて磨き上げた技術はこの時代でも問題なく通じるだろうが、そうではない。
私が最大の武器だと自信を持って断言できるのは、私自身の頭脳。ある種悍ましい私の一側面、飼い馴らした怪物。
使えるものは全て使う。それが私のモットーだ。
沢田君が白目を向いているということは彼は欺かれて、脳内でツッコミを入れている最中ということだ。
しかし
「大丈夫だぞ、オレはツナの
「こんなに小さいのに、リボーン君は凄いですね」
それじゃ、と沢田君達に向けて言って、立ち去るために一歩踏み出す。どうにか切り抜けられたか。
「ちょっと待て、レイ」
流れ的に見て彼が次何を言うつもりなのか、予測はできる。本当なら走って逃げ出したいところなのだが、それをやると余計な憶測を招きかねない。
だから、聞かなくてはならない。例えそれが、私が拒否したいことだとしても。
「お前、ツナのファミリーになれ」
「…ごっこ遊びですか? 面白そう」
「ちげーぞ。イタリア最大規模のマフィア・ボンゴレファミリーへの永久就職の誘いだ」
わかってはいた。
わかってはいたけれど…まさか、真正面からボンゴレがマフィアだと叩きつけられるとは。
この世界が私がいた時代から派生したものかはわからない。十中八九そうだろうとは思っているが、確たる証拠がない。
だがそれでも、自警団として組織されたボンゴレがマフィアになっているというのは認め難い。
どんな
「設定が作り込まれていますね。でも、私は勉強とかもあるので…」
ごめんなさい、と頭を下げ、その場から走り去る。
これ以上彼らの相手をしていれば、必ずボロが出る。多少不自然に思われようと、それは避けるべきだから。
(大丈夫だよ、みんな)
布越しに懐中時計の存在を確かめながら、内心呟く。
約束は守れなかったけれど、誓いまでは破らない。
だって私は───君達の、雪だから。
・メンタルがヤバイ参謀殿
帰る場所はない。帰りたい場所はもうない。あるのはただ、かつての大切な場所の残骸と、その上に建つ伏魔殿。リボーンによってそれを突きつけられた。はやくみんなのところにいきたい。
メンタルはそこそこ強いのに、耐久値を大幅に超える衝撃を与えられているせいで一周回って脆く見える。
『明けない夜はない』なんて言ったけど、間違ってたみたいだ。ごめんね、アラウディ君。
・彼女の大空に似ている
クラスメイトが深謀遠慮の具現のような女だとは知らない。
レイに対して若干態度が気安いのにも理由がある。でも掘り下げは当分先になりそう。
・接触を避けたい奴ランキングトップ
読心術が効かないレイを警戒対象リストに入れた。身辺調査が済んで大丈夫そうだったら本格的にファミリーに入れるため動く予定。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的12 保育係と10年後
感想もありがとうございます、一件一件嚙み締めるように読んでおります!
本編はちょっと、いやかなり時間が飛びます、申し訳ない。
でも彼との絡みが書けたので作者的には満足です。
季節は移り変わり、もう10月。通学の途中、遠目に眺めた並盛を囲む山々は、青空に映える赤や黄色に染まっていた。
私は女子なので、体育祭の苛烈極まる棒倒しには参加せずに済んだ。原作に絡んだと言ったら決起集会の際、色々と勝手なことを言いまくるお兄さんをハラハラした目で見ていた京子ちゃんの隣で、脅す獄寺君と命令する京子ちゃんのお兄さん…もう笹川君でいいか、笹川君を冷ややかな目で見ていたくらいだ。
笹川君は(本人も忘れているが)この時点で二年生。本来主導するはずの三年何処行ったんだ、と言ってはいけないのだろう。
私にとって地雷にも等しいリボーン君はと言えば、あれ以来勧誘して来ない。何処かの大空とは大違いだ。
読心術が効かない私を警戒し、リボーン君もファミリー勧誘を諦めたのか、とも思ったが、希望的観測だろう。
ああダメだ、考えたら憂鬱になってきた。
気分を変えるため廊下の方に視線をやると、そこには見覚えのある小さな姿。いや、私が一方的に知っているだけで、彼は私のことなど知らないと思うが。
抱いた共感も、酷く一方的だ。
それにしても、どうするべきか。
クラスメイト達も廊下を股を抑えながら歩く仔牛
だが、ここでランボ君に関われば何やかんやでリボーン君にファミリー入りさせられるという未来が見える。今まで沈黙を保ってきたのは私の身辺を調べるためだろうし。
いや、本当に見えてる訳じゃないが。例の未来予知はこの時代に来て以来一回も
だが私の未来予測は予知にも等しい、とジョット君から評されている。曖昧なことも多いとは言え、短期的な未来予知と言っても過言ではない勘のよさを持つ彼に言われても褒められた気はしないが。
居候の予想外の登場に驚いたらしい沢田君に名前を呼ばれたランボ君は、泣きながらこう訴えた。
「ツナ、チャック壊れてしっこできない」
指名されたために無視することもできず、沢田君は笑いに包まれた教室の机の間を走り抜け、顔を赤らめながらランボ君に駆け寄った。
しかしランボ君は窓の外にリボーン君を発見したらしく、ガハハと笑っている。もれそうなのを一瞬で忘れたらしい。随分と都合のいい脳みそだが、5歳児なんてそんなものだろう。
「もれそうじゃなかったのかよ!」
沢田君の一言で自分の状況を思い出したのか、牛柄のつなぎの白い部分が黄色く染まった。
そういやこんなシーン原作にあったな、と今更ながら思い出した私は、せめて後始末くらいは手伝ってやるかと雑巾を取りに行ったのだった。
◇
その日の放課後、私は呼び出されて校庭に向かっていた。脚が重い。呼び出したのがリボーン君だからだ。チクショウ予測した通りだよ、私の頭脳は今日も今日とて鈍ってはいないらしい。もう何の慰めにもならないが。
というか、これ完璧に原作じゃないか。確かランボ君の保育係を決めるやつだ。
原作通り保育係が右腕になるんなら、私が沢田君の右腕になってしまう。獄寺君はランボ君と相性最悪だし、山本君も泣かせていたから。
……いや、これ私が挑戦するタイミングで三浦ハルが乱入してくるな。なら獄寺君と山本君が先に挑戦するよう仕向ければ問題はない。10年バズーカやら何やらの騒動で話が流れる。
止まっていた歩みを再開すると、見えてくるのは沢田君と獄寺君、山本君とリボーン君、そしてランボ君。
「…私を呼び出したのは君か?」
「やっと来たか、レイ」
ニッと笑うリボーン君の背後では沢田君達が驚いており、ランボ君は獄寺君に蹴られたのか、泣き喚き中だ。
「レイも来たし、ランボの保育係の適性テストをするぞ」
「なっ、何言ってんだよっ、獄寺君の適性のなさ見てただろ。それにレイちゃんまで巻き込むなよ!!」
さすがに看過できなかったのか、沢田君がリボーン君に言い募る。リボーン君は女には猫を被るレベルで甘いから、ここで私が追撃しても大丈夫だろう。
「沢田君に全面的に同意です。そもそも何故私はここに呼ばれたんでしょう」
「ランボの保育係をツナのファミリーの中から選ぼうと思ってな」
いや、ファミリーの話は断らなかったか? 何故彼の中で私がファミリーに数えられているんだ?
首を傾げていると獄寺君はランボ君が大嫌いなので遠慮すると言った。うん、それが一番いいと思うぞ。双方ストレスが溜まるだけだからな。
獄寺君の判断に内心感心していると、山本君が空気を読まずに天然発言をぶちかました。
「今日は何の遊びだ?」
初めて見るが、これが山本節というやつか。似たような対応をする音楽好きの顔が頭に浮かぶぞ。
天然な山本君に沢田君が、その姿に感じるデジャビュに私が、それぞれ口角を引きつらせたところで、リボーン君が爆弾を投下した。
「因みに保育係になった奴がボスの右腕だからな」
右腕。それは獄寺君が求めて止まぬポジションであり、彼を動かす魔法の言葉。
獄寺君は目を逸らしながらもランボ君大好き宣言をした。
リボーン君はよく彼らの性格をわかっているらしい。彼らがわかり易いだけかもしれないが。
見事に掌の上で踊らされる彼らと私が受ける適性テストは、ランボ君を笑わせた方が勝ち。
「オレ、先攻でいくぜ」
そう言って、獄寺君はランボ君に一歩近付いた。
しかし、自分に近付いてくる獄寺君を見たランボ君は先程を上回る大声で泣き始める。恐らく獄寺君から受けた仕打ちがトラウマになっているのだろう、可哀想に。
思い通りにならないことに青筋を立てた獄寺君だが、怒りを鎮めてしゃがみ、ランボ君と目線を合わせた。
「さっきは悪かったな。仲直りしよーぜ」
言いながら獄寺君はランボ君に手を差し出したが、友好を示すはずの手に乗せられたのは暗殺にもテロにも使える万能兵器、手榴弾。
ピンがないことを見た獄寺君が慌てて放り投げたそれは、校庭にて爆発した。
その後獄寺君に首を絞められかけたランボ君を、今度は山本君が笑わせることになったのだが…野球の動きに入ると加減ができないという彼の弱点が晒される形で終了した。
「お次はレイだぞ」
リボーン君にそう言われた直後、腰に手を当て可愛らしく怒っている少女が現れた。
予測通りに現れてくれた、黒髪ポニーテールが似合う彼女は三浦ハル。沢田君に片想いする元気な他校生だ。
「なんでお前がうちのガッコにいるんだよ」
「転入か?」
「違います! 新体操部の交流試合に来たんです。やっとツナさんを見つけたと思ったらランボちゃんを泣かせてるなんて」
泣いているランボ君を抱き上げた彼女は、手持ち無沙汰に佇んでいた私を見てパチクリと瞬きをした。
「はひ、どなたですかこのクールビューティな方は。…まさか、ツナさんの恋人!?」
「なっ、ちが…」
「酷いですツナさん、ハルというものがありながら!!」
元々押しの弱い沢田君は、彼女の勢いに押されている。ここで彼女を放置すると、そのうち私と沢田君が付き合っているという噂が広がりそうだな。誤解は払拭しておこう。
「違うよ、私は沢田君のクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない」
「そ、そうなんですか、済みません…」
今私が浮かべるのは、完全に外向けのお手本のような作り笑いである。貪欲な狸共と渡り合うのに重宝したお陰ですっかり板についているのだ。
何せボンゴレには交渉を脅しと勘違いしているような輩しかいなかったからな。最年少の私が渉外担当だった。
みんなには苦笑されたが、使えるものは使わなくては勿体ないじゃないか。そんな風に言うなら自分達の認識を改め給え、と何度言ったか。
内心溜息を吐いていると、モジモジしながらハルが話し掛けてきた。
「あの、ハルは三浦ハルと言います、貴女のお名前は?」
「レイ、松崎
よろしく、と手を差し出すと、獄寺君のように手榴弾を乗せられることなく握り返された。よかった。
と思ったらハルちゃんが抱えるランボ君から立ち昇るピンク色の煙。ランボ君が10年バズーカを使ったのか。
それにしてもよくそのアフロの中にそんな大きな物が入っているよな。未来から来た青い狸のポケットじゃあるまいし。
ハルちゃんが支えきれずに膝を突いた影響で地面に腰を強打した大人ランボ君。髪型と言い服装と言い…この時代よりも、ランポウ君に似ている。
「やれやれ、何故いつも10年前に来ると痛いのだろう」
「はひー誰ですかーー!!?」
そう言えば彼は原作では何かと不憫だったな。ハルちゃんの勘違いは訂正しておいてやるか。
「お久しぶりです、親愛なる若きハルさん、レイさん」
「エロ、ヘンタイ!! 胸のボタン留めないと猥褻罪でつーほーしますよ!!」
「落ち着いてくれ、ハルちゃん。彼はランボ君だ」
「……言われてみれば、確かに似てますけど…」
苦手意識が無くなった訳ではないようだが、一方的に罵るのは止めてくれた。精神的にダメージを喰らいまくっていたランボ君は態度を軟化させてくれた礼を言ってきた。
私も君や沢田君達に一人で傷ついているから、他人事とは思えなかっただけだ、と言ったらどんな反応が返ってくるだろうか。
「…どうした?」
「いえ、あの人はいないかな、と…」
キョロキョロと辺りを見回す大人ランボ君。どうやら誰かを探しているらしい。この辺りには私達以外に人の気配はないのだが。
「ストーカーですか?」
「安心し給え、ストーカーにやられるほど私は弱くない」
「それはわかってますが…」
絶対違うだろう、と思いつつもリボーン君を欺くためハルちゃんの言葉に乗らせてもらうと、予想外の反応。
そこは否定してくれよ。一体君は何を根拠に私が強いと言っているんだ? ほら、リボーン君がボルサリーノで目元を隠してニヒルに笑っているじゃないか。
その後大人ランボ君は獄寺君に喧嘩を売られ、更に山本君が投げた角が額に刺さり、ドタッと倒れた。…済まない、これは回避不可能だった。どうやら彼は不憫な扱いを受ける
・保育係にはならなかった
大人ランボは出会ったばかりの頃のランポウと同世代、同じような背格好と服装、オマケに
実は子供のランボの扱いは普通に上手い。我儘を宥めることにランポウで慣れているのもあるが、一日も早くジョット達に追いつきたかった自分を重ねて、自分がジョット達にされて嬉しかった・同列に扱われていると感じた対応を心掛けるため。
『他のファミリーと一回り年が離れている』という立場的な問題からランボと同じ視点に立てる稀有な存在。ランボとの共通点は幼さと将来性。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的13 誕生日の変な伝統
………作者はね、こういう初代ファミリーの立場からツッコミ入れつつ見守ってる、割とお気楽な話が書きたかったんですよ。
なのに何でこんなに鬱くなるかなぁ!(A.作者の手癖です)
私の平穏を奪うであろう
だがさすがに一人で沢田君宅を訪ねるのは気が引けたので、保育係の騒動の後に連絡先を交換したハルちゃんと待ち合わせることに。
フラグが立ちまくっている気もするが、きっと大丈夫、既に京子ちゃんとも友達なんだし、花ちゃんみたいなポジションで行ける…はずだ。
マンガでも見た沢田君の家に着くとリボーン君によって沢田君の自室に誘導され、初対面のビアンキさんとは自己紹介をし、それなりに仲よくなった。
こうして見ると本当に姐御肌な女性にしか見えんのだが…彼女の作る料理は絶対に食べてはいけない。食べたら死ぬ方が万倍マシな思いをすることになる。
ハルちゃんといがみ合ってばかりいる印象があった獄寺君が静かなのでどうしたんだ、と思ったら、彼は部屋の隅で
…わかってはいたつもりだが、まさかこれ程
獄寺君を憐れみの目で見ていると、いつの間にやら参加者が集合しボンゴリアン・バースデーパーティーの説明が始まった。
ボンゴリアン・バースデーパーティーとは奇数才の誕生日に開かなくてはいけないパーティーで、その内容は誕生日を迎えた
そして一番高得点を取った参加者はホストから豪華プレゼントをもらえ、最下位の人間は殺されるのだという。
「何だよそれ! なんで祝いに来て殺されなきゃなんないんだよ!!」
「掟だからだ」
沢田君の尤もな抗議に返されたのは、シンプルかつ明快な一言。私も年代はかなり遡ることになるがボンゴレ所属なんだが、そんな掟あっただろうか。
「…それは、由緒ある伝統なのか?」
「当たり前だ。初代ボンゴレもファミリーの誕生日はこれで祝ったと言われている」
いや、祝ってないぞ!? 少なくとも
…驚愕のあまりサイレントツッコミを入れてしまったが、リボーン君にはバレなかっただろうか。
そう言えば、ジョット君の誕生日パーティーの時に彼がふざけて点数を付けていたような気もする。その時私は手編みのマフラーとブランデーケーキをプレゼントしたんだったか。得点は100点だった。
私の誕生日はと言えば、みんなが協力して私を可愛い女の子にしようとするものだから点数など付けようもなかった。
すっかり可愛らしくされてしまった私を見て『そうして黙っていればビスクドールのようなんですがね』と言った
あのジョット君ですら後退する程の恐ろしい笑顔を思い出して身震いしていると、80点という山本君の点数がボンゴレジャッジボードに貼られた。中々の高得点だ、幸先いいかも知れんな。
そして二番手のハルちゃんが鞄から取り出したのは白いスーツ。その色だけでも目立つというのに、ターゲット柄で狙われまくりだ。スリリングにも程があるぞ、ハルちゃん。
ハルちゃんの次のビアンキさんは初の出し物だ。彼女は本場イタリアのピザ生地投げでリボーン君の誕生日を祝うらしい。
難しいはずのそれを難なくこなすビアンキさんに私達が尊敬と感心の眼差しを向けていられたのは数分のことだった。彼女が回すピザ生地が家具やら何やら、とにかく色々な物を切っていくからである。実は新技だったらしい。別の広いところでやって欲しかったな。
「中々よかったぞ。90点」
リボーン君に言われたビアンキさんがガッツポーズを決めてピザを焼きに階下に降りていったところで、私が前に進み出た。
「言われたのが昨日だったから、簡単なものしか用意できなくてな」
「構わねーぞ。で、なんだ?」
「開けてみてくれ給え」
リボーン君の前に置いた二つの包みが開けられると、姿を現したのは白いデミタスカップとパウンドケーキ。ケーキの方は私の手作りだ。
「カップにボルサリーノのシルエットが描かれてます、可愛いです!」
「パウンドケーキも
「料理の腕には自信があるんだ」
「ありがとな、レイ」
後で美味しく戴くぞ、と言うリボーン君に、ほっと息を吐いた。彼の好物がエスプレッソなのは予測できていたのだが、生憎私は紅茶党で、コーヒーに関しては素人。そのためカップとケーキ、という無難なセットに落ち着いたのである。
95点、という高得点をゲットし、万が一にも殺されることはなさそうだと安堵した私の目の前で、リボーン君がランボ君の誕生日プレゼントに1点と言い放っていた。まあ用途不明のゴミだし、仕方あるまい。
「さあツナの番だぞ。棄権するなら0点で殺すからな」
「な、そんな滅茶苦茶な!!」
慌てる沢田君は、獄寺君の提案により彼とコンビを組んで手品を披露することにしたらしい。
死ぬ気になった沢田君が黒い箱に閉じ込められた状態で、自分自身を突き刺していく様はシュールの一言に尽きた。
これが
脚やら胴やらがあらぬ方向に曲がった彼は見事リボーン君に100点をもらえたものの、死ぬ気モードの限界時間を迎えてしまったために病院へ救急搬送と相成った。
「どーだレイ、ボンゴリアン・バースデーパーティーは」
「できればもう二度と参加したくない」
最後にそう尋ねられて即答した私は何もおかしくないだろう。
・伝統を作った側
なんか知らん間に知らん伝統が生えてた。心当たりがあると言えばあるが、それが元になっているとは考えたくない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的14
最初にお試しで標的1を投稿した時には考えられなかった未来です、本当にありがとうございます!
「おっ、松崎!」
「……あ、ああ、おはよう」
「はよ」
今日は少し遅れて家を出たんだが…そうか、この時間帯は彼らの登校時間なのか。明日からは気を付けねば。
「山本君、できれば私のことは名前で呼んでくれないか? 諸事情あって名字で呼ばれるのには慣れていないのだ」
「ん、わかったのな!」
私はレイと呼ばれるのに慣れていて、松崎と呼ばれても無視しかけてしまうことが多い。なので気が付いた時に名前で呼んでくれるよう言っているのだ。
朗らかに笑った彼の隣を仕方なしに歩いていると、獄寺君の話が聞こえてきた。
「あいつが先代が傾けたファミリーの財政を立て直したのは、有名な話っス。マフィアキャバッローネファミリーつったら、今じゃ同盟の中でも第3勢力ですしね」
キャバッローネということは、跳ね馬ディーノが来たのか。彼は性格的には好ましいんだが…あの究極のボス体質がな…。
私の持つ知識の中で彼が披露したヘマやドジの数々を思い返していると、突然走ってきた高級車が急停止。そこから伸びた縄が沢田君を捕らえて車内に引っ張り込み、そのまま発進してしまった。
「10代目!!」
「ありゃ、ここら一帯を締めてるヤクザ“桃巨会”の車だな」
「リボーン君じゃないか」
「ヤクザと言えば、ジャパニーズマフィアだ。大人マフィアに中学生のお前達が敵うわけねぇ。ここは警察に任せろ」
「任せられません!!」
「警察は頼んだぜ、小僧!!」
そう言い残して車の消えた方角に走り去る二人。まるで鉄砲玉のようだ。
少しは冷静さというものを身に付けて欲しいが…その
「お前は行かねーのか?」
「警察に任せろと言っていたのは君だろう? それにどこに行くんだい?」
沢田君はそこにいるのに、と背後に停車した沢田君を攫った高級車を顎で指し示す。と、その中から縄でグルグル巻きになった沢田君と、金髪の王子様のような青年が出て来た。
彼こそが、先程年上は全員敵と言ってのけた獄寺君にも評価されたキャバッローネファミリー10代目ボス・跳ね馬ディーノだ。
…何なんだろうな、ディエゴさんとは似ていないはずなのに…やはり、何処か面影がある。それにジョット君と同じ金髪…ああダメだ、みんなのことを思い出すと
「
「松崎
「私は入った覚えはないのだが」
即座に否定した私に苦笑した彼は、部下の皆さんのお陰で解放された沢田君の肩を叩くと笑顔で言った。
「オレはキャバッローネ10代目ボスのディーノだ。ツナの兄弟子に当たるから、何かあれば相談してくれよ」
「…ディーノさ…君もリボーン君のごっこ遊びに付き合っているのか」
済まないね、私はあくまでマフィアごっこに付き合わされている一般人。それを貫くためにも、君の言葉にこれ以外の反応を返してはいけなかったんだ、許してくれ給え。
後、君付けの理由はさんではしっくりこなかったからだ。
「あ、ああ! その通りだ!」
「凄いな、大人なのに子供の遊びに付き合うとは。尊敬するよ」
「そうか?」
褒められて喜んでいるキャバッローネ10代目の隣には、ポカーンとするボンゴレ10代目候補の姿が。
「でも、マフィアって遊びでもおっかなくない…?」
「沢田君は少々勘違いしているようだな。元々マフィアというのは悪者ではないのだ」
「え、そーなの?」
「ああ」
きょとんとする沢田君に、私が知ることを語ることにした。
特に理由はない。
彼には、イタリアンマフィアの、ボンゴレの成り立ちを誤解しないで欲しかった。ただそれだけだ。
「リボーン君に誘われて少し興味が出たから調べてみたのだが、イタリアのマフィアというのは自警団が起源のものが多いらしい」
「自警団…」
「そう、簡単に言えば街を守る有志だな。当時は治安も悪く、更に警察組織や貴族の腐敗も進んでいて、一般の市民にとっては酷い状況だったのだ」
幼き日に見た街は、ゴロツキの巣窟と化していた。祖父は絶対に私を一人で外出させようとはしなかったし、顔も知らない私の両親も、街にのさばっていたゴロツキに殺されたのだと聞いたことがある。
そんな中で立ち上がったのが、
祖父を亡くして孤児になった私が一人でも生きていけたのは、ボンゴレのお陰で街が安全地帯になったからだ。
「彼らは権力に守られ、法では裁くことのできなかった者達をその力で断罪する、謂わば
リボーン君の言うボンゴレやキャバッローネも、そういう成り立ちなんじゃないかい?」
「そーだぞ。今でもボンゴレやその同盟は麻薬を扱わない白マフィアなんだ」
「そうなのか」
よかった。素直にそう思った。
ここが私のいた時代から派生したかはわからないが、この世界のボンゴレはまだ善性が強い。それを改めて感じると、私がかつてした門外顧問に関する提案も、無駄ではなかったように思える。細かな部分をあの二人にぶん投げたような形になってしまったのは心残りだが。
「それじゃあ、私はもう行くよ。沢田君も遅れないようにし給え」
「あ、うん! ありがと!!」
その礼は、マフィアに関して教えたことについてか。
それで君がボンゴレの未来を少しでも考えてくれるようなら、安いものだよ。
◆
その日の夜。弟分とそのファミリーの顔を拝む、という目的を達成してイタリアへと舞い戻ったディーノは、テレビ電話でかつての師と話していた。
「あの子…レイっつったか。何があったんだ?」
〈お前も気付いたか〉
「ありゃ気付かねーとおかしいぜ」
容姿から推察するに異国の血を引いているらしい彼女は口調こそ冷たいものの、弟分である沢田綱吉を気遣う優しさ、そしてリボーンも認める優れた洞察力を持つ。
経歴にも不審な点は無く、鋭いだけの一般人ではあるが、リボーンはその力を買い、綱吉のファミリーに入れるべきだと思っているらしい。
だが、その何かを憂うように伏せがちになった怜悧な
果てなど無き、
海のように澄み、深さを感じさせるその色は、同時にただ広がる、虚無。
「あの年の
〈まだ調査中だが、これといったことは見つかんねー。精々物心着く前に両親を亡くして施設に預けられたことと、並盛に来る前に事故に遭ったことくらいだな〉
応えたリボーンの方も、ほぼ手詰まりと言ってよかった。
最初は読心術を弾く彼女を警戒して、彼女自身に綱吉を害する意思がないと判断できてからはファミリーの一員とするために。
ボンゴレとリボーンの人脈を使い行われた調査だが、特筆すべきことと言えばその二つしか見つからず、仮に学校や施設で何か遭ったのだとしても、施設が閉鎖された今となっては詳細を調べるのは困難を極める。
今のところ唯一の手がかりは、彼女の日常風景にある。
常に無表情の仮面を貼り付け、偽りの笑顔を浮かべている彼女が僅かな動揺を見せ、そしてその瞳を絶望に翳らせる瞬間があるのを、リボーンは見逃さなかったのだ。
その瞬間とは、教え子であるツナや獄寺、山本に話しかけられた時や、その姿を視認した時。
そこで、彼女がどんな人物に反応するのか確かめるべく、理由を付けてランボとも引き合わせてみた。
結果わかったのは、彼女がそのような反応をするのがツナ、獄寺、山本、大人ランボだということだけだ。ディーノに対しても、何か思うところでもあるのか似たような色をその瞳に滲ませた。
もしかしたら、関わりがないだけで他の人間にも同じような反応をするかもしれない。
だが、今のところ共通点が見つからない。法則がわからなければ、手掛かりになりそうな他の人間を見つけることもできないのだ。その方向から手掛かりを得るのは難しいだろう。
「あの子が反応すんのは“マフィアだから”じゃねーのか?」
〈ならオレにも何らかの反応を見せるべきだろ。あいつはビアンキやガキのランボにはあんな目はしなかったしな。それに、もしマフィアを憎んでいるんだとしたら、マフィアの成り立ちを話したりはしねーだろ〉
「それもそうか…」
ディーノは思い出す。
イタリアンマフィアが元は自警団だと話している時。
彼女は、何処か嬉しそうだった。
無邪気に、自警団として立ち上がった
「…少し危うい気もするが、大丈夫なんじゃねーか?」
〈楽天的だな。そんなだからいつまで経ってもヘナチョコなんだぞ〉
お決まりの遣り取りを終えた二人は、テレビ電話を切った。
───彼らがレイの“秘密”を知るのは、まだまだ先のことである。
・ハイライトは仕事放棄中
故国の現在の情勢なども調べてはチラつくマフィアの影にうんざりしている。いつか墓参りに行きたいんだが、難しいかな…。
ボスの来孫に語ったマフィアの成り立ちは、一般に知られている情報の中から彼女の知る事実に則しているもののみを抜き出したもの。つまりただの実話。
面影があるとは言え自分の知るキャバッローネボスとはそれ程似ていないディーノに反応してしまった理由を考察し、『くせのある金髪』『大空属性』『少年期にボスになった青年』『兄貴分』と自分のボスとの共通点を山のように見つけてしまい吐きそうになった。けど授業はちゃんと受けた。
・ボンゴレ10代目候補
クラスメイトの女子がわかり易く、脚色もなしでマフィアの成り立ちを話してくれたので家庭教師が言うところの「いいもんのマフィア」の意味を理解する。それが彼女の実体験に基づいているとは知らない。
・家庭教師
レイの危うさに一番に気付いた。自身も大空であるルーチェを亡くしているのである意味似た者同士。しかしレイの反応がかなり鈍い(気取られないように全力で隠している)ために地雷を踏んでいるとは気付いていない。
ダメダメな生徒を支える人材の一人として目を着けている少女が
彼女をただ鋭いだけの一般人だと思っているからこそこの対応なので、隠している戦闘能力を知ればまた異なる対応になる可能性が高く、レイにもそれを警戒されている。
・跳ね馬
尊敬できる枠になりそうだったが一瞬で格下げされた。尚同じ枠にはジョット、雨月、アラウディがいる。
師が弟分のファミリーにしようとしている少女が自分の先祖と顔見知りだとも、自分のことを弟分同様親戚の子供を見るような目で見ているとも知らない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
隠し弾 参謀殿はチェスがお嫌い。
三時間クオリティなのでいつもより雑だし短い。
親愛を示す3回のノックに、ジョットは入室を促す声を掛けた。
「ジョット君ッ、後
ドアが開けられるなり響く、子供特有の高い声。
無理やりに着せられている少女趣味なスカートを歩き辛そうに捌きながら入室したのは、ジョットがボスであるボンゴレファミリーに於いて作戦参謀の任に就く、齢7つの少女。
特徴的な髪型の
「いつにも増して不機嫌だな、何があった?」
「
この時点でオチが読めたジョットと
常より紅潮させた頬を膨らませる彼女は、幼い少女だからと言って侮っていい相手ではない。
敵の裏を突く作戦を当然のように立案し、ありとあらゆる者を無慈悲に凍えさせる吹雪にすら例えられる、最年少の幹部。それが彼女、レイ・オルテンシアだ。
「そしたら
「うん」
「ちょうどよくランポウ君がいたので仕切り直したのですが、途中から泣きじゃくってチェスどころではなくなり」
「うん」
「ランポウ君の泣き声を聞いてやってきたナックル君に相手をしてもらっていたら、序盤で頭の使い過ぎかフリーズし」
「うん」
「その次に相手をしてくれた雨月君は微妙に将棋のルールが混じり、最終的には笛を吹き始め」
「うん」
「最後アラウディ君が付き合ってくれていたのですが、私が何処に駒を進めるか考えている間に席を立って戻ってきませんでした」
「当然の結果じゃないか?」
素直な感想を宣ったジョットを、レイはキッと睨み付けた。
「…逃亡の仕方がそっくりな辺り、
「あの二人がいるところで言うなよ?」
「わかってますよ、私はバカじゃありません」
ジョット達に吐き出して落ち着いたのか、チェス勝負のことは諦め気味らしいレイと
「じゃあオレが相手をしよう! 書類ももう終わったし!!」
「え、ジョット君もう書類片したんですか? 明日は大嵐では?」
「真面目に街の連中に警戒を促そうかと思ってる」
「相棒と参謀が酷い」
泣き真似を始めたジョットだが、その言い分には一理あった。
ジョットは尋常ではない勘のよさを持つ。彼なら、レイの相手も可能と言えば可能だろう。
偶にはガス抜きも必要だろうと、二人は顔を見合わせて頷き合った。
結局、ジョットとレイのチェス勝負は本来式典などにのみ使用される大広間を構成員で満員にし、その白熱っぷりは長らくボンゴレの語り草となった。
◆
そして、約百五十年後。
『大なく小なく並がいい』という文言を盛り込んだ校歌の通りに平凡な、日本のとある中学校。
その一年の教室で、波打つ黒髪の少女が友人に話し掛けた。
「レイってチェスとかやったりしないの?」
「急にどうしたんだい、花ちゃん」
「あんた頭いいし、そういうの得意そうだなって」
「確かに、レイちゃんなら国際大会でも上位になれる気がする!」
天然気味な友人の純粋な言葉に照れたのか、耳を赤くした
「チェスは、7歳の時に一度やったきりだな」
「何かあったの?」
「いや、年上の知り合いが道具を持ってきてくれたからやってみたんだが、知人の悉くを負かしてしまって。私じゃ誰も勝負にならないということが判明したから、それ以降やってないんだ」
ええ、と驚く友人達に「もう先生来るぞ」とそれぞれの席へと戻るよう促し、少女は窓の外、雲一つない青空へと視線を向ける。
かつてのチェスの勝負は、ほとんどが途中終了というあんまりな結果に終わった。
彼女の頭脳の異常さを知らしめるだけの、結果だった。
だから彼女は、チェスが嫌いだ。
でも、最後の勝負だけは。
大好きな大空と手加減無しで戦って、本当にギリギリで勝ちをもぎ取ったことだけは。
かつての帰る場所が変わり果てる程の歳月を経て尚、彼女の大切な、思い出の一つだった。
・まだ参謀だった雪花
こういう風に思い出を支えにして何とかやっていってる。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的15 正月の変な伝統
今回は若干季節外れな話になります。
いや、もう一ヶ月もすれば年末だしそれ程でもないか…?
「レイちゃん、どうかした?」
「いや、何でも」
顔を覗き込んできた京子ちゃんにそう返答すると、彼女は「そっか」と可愛らしい笑みを浮かべた。
その服装はこの数日限定で多く見られるようになる、日本特有の衣服…即ち、着物である。つまり、もう年明けなのだ。
除夜の鐘を聞きながら眠りについた数日後の今日、私は着物を着て初詣に行っていた。そこで同じようにおめかしして初詣をしていたこの兄妹に出会い、この後行こうとしている場所が合致するのもあって同行させてもらっている。
何もおかしくないが、“兄妹”なのだ。まあ要するに、彼もいるのだ。どっかのドッピーカンにそっくりな、極限の晴が。
「今年のオレの抱負は“極限”だ!!」
ああ、暑苦しい。私は寒いのは得意だが暑いのは苦手なんだ、勘弁してくれ。
そして敢えて誰とは言わんが似ている。恐ろしい程に似ている。アルコバレーノじゃないが呪いでも受けてるんじゃないのかと考えてしまう程に似ている。
その後、招待を受けた沢田君の知り合いが続々集まって来る。その中にはハルちゃんもいた。
女子三人が集まれば始まるのは、互いの艶姿の褒め合いっこだ。
「レイちゃんの着物、可愛いです!」
「本当! 似合ってるよ!!」
「ありがとう、二人とも。二人のも似合っている」
空色の地に、あしらわれるのは美しい藤の花。それに瞳と同色の深青の帯を締めている。
着物に合わせて、髪もお団子にして藤の花の簪を差してもらった。
ミルフィオーレ第8部隊隊長の影響で、
微妙な気分にならないでもないが、まあ好意的に見られているが故のものだろうし。
「…それで、何故私達は正月早々に招かれたんだ?」
「ボンゴレ式ファミリー対抗正月合戦のためだぞ」
塀の上の殿様の扮装中なリボーン君に尋ねると、そう答えが返ってきた。
…君はボンゴレという単語を付ければ幾ら一般人を巻き込んでも、何をしても許される、とか思ったりしてないよな。もし思ってたら怒るぞ。私は怒ると怖いんだぞ。エレナさんやジョット君程ではないけど。
ディーノ君がファミリーを引き連れやってきたが、それは置いておいて。
ボンゴレ式ファミリー対抗正月合戦とは、同盟ファミリー同士が戦いその年のファミリーの意気込みを表明するボンゴレの年始行事らしい。
何も意気込みの表明のためだけにそんなことをせずとも、と考えているのは私だけではなさそうだ。
各ファミリーの代表が正月に因んだ種目で競い合い、その総得点で勝敗が決まる。そして勝ったファミリーには豪華賞品が贈られ、負けたファミリーは罰金の一億円を払わなければならないのだという。
何処の誰が考えたんだ、そんな掟。名前を言ってみろ、私が直々に出向いて凍らせてやる。
「…それも、伝統的な掟なのか」
「当たり前だ」
いや、そんなこと私達はやってないぞ。ファミリー対抗の勝負事と言ったら、私が降雪機扱いを受けたボンゴレ
「待ってくださいリボーンさん、なんでファミリー対抗戦にファミリーじゃない奴が混じってるんスか」
そう言ったのは三が日など関係なく血気盛んな獄寺君。指差す先にいるのは笹川君だ。まさかと思うが、君は京子ちゃんやハルちゃんもファミリーとしてカウントしているのか。そうだとしたらさすがに看過できんぞ。
それに対しリボーン君は、キャバッローネに比べボンゴレは人数が少ないため、特別に沢田君の知り合いもファミリーに数えることにした、と尤もな理由を述べた。
「つまり今日一日オレはモンゴルファミリーだ!」
いや、ボンゴレだ。二文字しか合ってないぞ笹川君。…これは、二文字合っていたことを喜ぶべきなのだろうか。
どうリアクションをすべきか迷っていると、みんなに流され移動してしまった。場所は近くの河川敷だ。前方ではリボーン君を間に挟み、爽やかに笑うディーノ君と嘆き弾に当たったのかと思う程にローテンションな沢田君が対峙している。
まあ沢田君については仕方がないな。負ければ罰金一億円。正月に因んだ勝負と言えど、大人に勝てるはずがないと思っているのだろう。
そんなこんなでリボーン君を審判に始まった勝負の最初、おみくじは、笹川君が大量に大凶や凶を引き、一気に引き離されてしまった。ボンゴレボードという最早バカにしているとしか思えないボードに貼られた点数は、1 対 −17。
あまりの結果にショックを受ける笹川君を放ってもおけず、励ますことに。
「笹川君、いい方に考えるのだ。君は今どん底まで落ちている。ならば次は上がるのみだ」
「そうか! オレはこれからよくなるのだな!!」
「その通りだ。大吉なんて下がるばかりだからな」
なんか違くない!? とか叫んでる
第2試合の羽根つきは一回勝負で、得点は20点。ここで勝てば挽回できる、のだが…本気になり過ぎた山本君によって、羽根が場外まで飛んでしまい、負け。
第3試合は百人一首。これなら私でもできる、というか自信がある。みんなが乱闘している時に、エレナさんと雨月君とやったんだ。
…やはり、私達がファミリー内でしていた遊びが元になっている気がする。何故ファミリー対抗になったのかは知らんが。多分
「それは私がやろう」
「レイちゃん、頑張って!」
「ファイトです!!」
声援に片手を振って応え、いつ敷いたのかわからない畳の上で正座をする。相手も正座をしているが、変に力が入っているな。緊張しているのか。何にせよ、得点を渡す気はないが。
顔を上げ、全ての札が視界に入るようにする。後頭部で簪の飾りがシャラリと揺れたが、気にしない。戦場と同じだ。余計なことは無視する。眼前にのみ、意識を集中させる。
リボーン君が歌を読み始める。この句だ、と確信が持てたところ──と言っても三文字目だが──で、取り札を払う。
何処へ行ったのかと思えば、冷や汗をかいた沢田君の足元に突き刺さっていた。
「済まないな、沢田君。久々だったからやり過ぎてしまった」
「あ、うん、大丈夫…」
その後私は感覚を取り戻していき、キャバッローネの部下の人は一枚も札を取れずに終わった。一枚くらいは取らせてやってもよかっただろうか。だが、変に手を抜くのもなぁ…。
うだうだと私が悩んでいる間に試合は進み、ボンゴレは負け続け…せっかく私が縮めた点差も開く一方。
「あーーどーしよー! このままじゃ一億円借金だ〜〜!! 一生借金地獄だ〜〜〜!!」
「考えてみたらちょっとシビアすぎるな」
いや、ちょっとじゃない。凄くシビアだ。ディーノ君、君は少々感覚が狂ってないか? それとも天然なのか?
ディーノ君の提案に、リボーン君は少し考えた後で同意し…今までのはチャラと言い放った。審判の権限を使った暴挙に両ボスも驚いている。私も初めからこうなると知らなければ叫んでいただろうな。
「かったるいから次で勝った方が優勝な。その代わり負けたら10億払えよ」
増えている。罰金が10倍になっている。
沢田君は口角を引きつらせていた。しかしディーノ君はしゃーねーよ、と諦めの滲んだ顔で笑っている。
何となく彼がリボーン君にどんな扱いを受けていたのか想像ができてしまった。一言声を掛けるとするなら…頑張ったな、が最適か。
「最後の勝負はファミリー全員参加の餅つきにすんぞ。オレに美味い餡ころ餅を食わせた方が勝ちだ」
とうとう基準が完全にリボーン君になってしまった。
人によって好みは違うからな…相当な無理難題だが、この場合はボンゴレが有利。
何故ならキャバッローネは何をどうすればいいのかわからず、臼と杵の前で悩んでいるからだ。
ぺたんぺたんと獄寺君が餅をつき、京子ちゃん達は餡を作っている。
この後ビアンキさんの乱入で台無しになるが、作っておいて損はあるまい。
最初に食べてもらうらしいキャバッローネの、見た目の時点で味が想像できる餅を食べたリボーン君は一言。
「パサパサしてまずいな」
リボーン君の辛口判定を聞いて、沢田君は嬉々とした表情を浮かべている。
君はボスになるんだから、もう少し周りに注意を払った方がいいぞ。特に君の周囲には摩訶不思議な人達が集まっているのだから。
紫の煙を放つ餡ころ餅を前に叫んでいる沢田君に、私は内心そうアドバイスした。
「私も途中から参加させてもらったわ」
ビアンキさんも紫の着物に黒の羽織が似合っている。だがそんな姉の姿を見て獄寺君は倒れてしまった。トラウマの克服にはどれ程の時間が掛かるのだろう。
…それにしても、紫か。
感傷に浸りかけてしまった頭を振って今の考えを片隅に追いやり、凶悪な武器と化した餡ころ餅を持つビアンキさんに追い掛けられる両ボスを目で追った。
あの二人は果たして明日生きているのか。それは誰にもわからない。
・自分も摩訶不思議な人
自分の異常性も理解しているけど、他のメンバーの方が異常度は高いと考えている。ボンゴレの初代守護者でヘンテコな能力持ちというだけで十二分に摩訶不思議だ。
一月一日に日付が変わってまず一番に、「お誕生日おめでとうございます、ジョット君」と懐中時計の中の大空に向けて言っている。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的16 ランキングと未来予測
「面白そーです!! 新手の占いですか〜〜?」
ハルちゃんに連れられて沢田家へやって来た私は、家人の許可なく勝手に上がり、ハルちゃんと一緒に洗濯物を取り込んでいた。
奈々さん、幾ら並盛の治安がいいからって、鍵の開けっ放しはよくないぞ。まあこの家の居候はとんでもないから、侵入者は速やかに蜂の巣にされるか、手榴弾を投げられるか、毒料理の餌食になるのだろうが。
さっきキャバッローネの皆さんが出て行ったのも見えたし、この発言…間違いなく、部屋の中にいるのはランキングフゥ太だろう。だが、ここまで来ておいて去るというのも
「なんでいつも勝手に上がっているんだ!」
「済まない、沢田君。私も止めようとはしたのだが…天候のこともあってな」
「れ、レイちゃんは悪くないよ!」
慌ててそう言う沢田君の隣に座るのは、可愛い顔立ちの男の子。
こんなに大人しくていい子がマフィアに狙われているというのは、胸が痛む。
…でもきっと、私は彼を見捨てて、その能力を失わせるのだろうなぁ。
後数ヶ月に迫る波乱の始まりと同時に彼に襲い掛かるモノを思い、そしてそれから彼を守ろうとは微塵も思わない己の思考回路に苦く笑う。
「あ、レイ姉だ! 並中文武両道ランキングと、不可能を可能にするマフィアの参謀ランキング第1位の!!」
「レイちゃんなんかスゲーー!?」
「やっぱファミリーに入れといてよかったな」
「だから私は入った覚えなどない」
文武両道ランキングって、ケンカランキング以外にも並中のことを調べているんだな。沢田君関係か。
そして不可能を可能にする
私の予測が正しければ、つまり100%の確率でフゥ太君は私の名前を『松崎
「そーだ、ハルも占ってください!!」
「私も頼む。自分の何が優れているのか知りたいんだ」
「いいよ、ツナ兄の友達だもんね」
フゥ太君のツナ兄呼びに、ハルちゃんははひっとショックを受けたような顔をした。いや、兄呼びだからって弟、というのは飛躍し過ぎじゃないか。従兄弟とかも充分考えられるだろう。フゥ太君の場合は全部違うが。
「ただの知り合いじゃないか、そうだろう?」
「う、うん」
「知り合いだったんですか!」
納得したらしいハルちゃんを尻目に、私はフゥ太君と向き合う。ハルちゃん済まない、フゥ太君のランキング能力は雨が降ると役に立たなくなる。今の天候を考えるとなるべく早くランキングしてもらう方がいいのだ。
「では、私が10位以内に食い込んでいるランキングが見てみたい」
「わかった! でもたくさんあるから、少しになっちゃうよ?」
「それでもいいよ。さっきも言ったが、自己の優れている点を知りたいだけだから」
嘘である。ただ単に並中ケンカランキングに自分の名が入っているか、入っているなら何位なのかを知りたいだけだ。まず入っていないとは思うが、用心するに越したことはない。
フゥ太君が立ち上がって顔を上げると、次の瞬間部屋の中の物が浮き上がった。凄いな、大地の炎を使った訳でもないのにこんな現象を起こせるとは。
「あーもー誰が掃除すると思ってんだよ!!」
「凄い演出です〜〜っ」
いや君達、それ以外にも気にするべきことはあるだろう。何故物が浮かび上がっているのかとか、フゥ太君の瞳が銀河のように煌めいているのは何故なのか、とか。
リボーン君の解説曰く、フゥ太君は自分をレッドゾーンに追い込んでランキングするので、体内に凝縮されたエネルギーが磁場を狂わせ、無重力空間を作り出すのだという。凄いな、今時のマフィア関係者は。私達の頃は精々覚悟を炎にして戦う程度だったんだが。
今はリングの炎こそないが、それに代わるようなとんでもない武器を持った人達がいる。主にビアンキさんだが。
「遠いランキングの星と交信してるって説もあるぞ」
リボーン君が言った途端、フゥ太君が「こちらフゥ太。聞こえるよ、ランキングの星」と言った。不可解な発言に沢田君は叫んだが、リボーン君は自分が言った説の根拠が示されて心なしか嬉しそうだ。
「し…信じられるか!! そんなオカルトチックなの!!」
「ロマンチックですよーっ!」
「えっと、レイ姉は信じられないような秘密があるランキング1位で、恋に一途ランキングは同率1位。あ、凄い、
…まあ、想定の範囲内だ。それに応じた対策も立ててある。
秘密について問い詰められたら
ファミリー思いランキングも時々沢田君達を気遣っているような素振りを見せれば納得するはず。リボーン君に対する印象操作は常時行っているから、それに付随させる形にできる。
後は、恋に一途ランキングだが…これは対策も何もない。というか私自身何故このランキングで同率とは言え一位を取っているのかがわからない。沢田君が既に『マフィアのボスランキング』に載っている辺り、未来のことも含めての可能性は排除できないのが困りものだが。
「あ、じゃあハルのツナさんの好きなとこランキングベストスリーを教えてください!」
「わかった…」
ランキングの第3位から言い始めたフゥ太君に、ハルちゃんは照れ隠しでペシペシと沢田君の肩を叩く。
微笑ましく見つめていると上の方から中国語が聞こえてきた。済まない、中国語はスピーキングは
体重が軽いために勝手に体が浮いているらしいイーピンとランボ君を捕獲し、腕の中に抱える。
「イーピンの筒子時限超爆は大技ランキング816技中38位と一級品だね」
「やっぱスゲーんだ、アレ……」
「それだけじゃない。餃子拳は中距離技ランキングでも520技中116位と高性能だし、この歳でこの成績なら文句ないよ! 現にイーピンは将来有望な殺し屋ランキング5万2千262人中3位のスーパーホープなんだ」
「凄いんだな、イーピンちゃんは…。私はレイ、よろしくな」
「*****!」
「よろしくっつってるぞ」
「通訳ありがとう、リボーン君」
リボーン君を間に挟んで色々と話していると、腕から抜け出していたランボ君のランキング結果をフゥ太君が言った。ランボ君はうざいマフィアランキング堂々のトップらしい。しかもぶっちぎりで。
「殺して座布団にしたいランキングでも1位だ」
「え」
「それは……」
そのランキングに何人が載っているのかは知らんし知りたくもないが、多分ロクでもない人達ばかりのランキングなんだろうな。
載っていそうな人物を想像してうんざりしていると、フゥ太君が来ていることを聞き付けたらしい獄寺君と山本君が姿を見せた。
「前からランキング小僧には聞いてみたいことがあったんです。オレの聞きたいことはただ一つ…10代目の右腕に相応しいランキングでオレは何位なのか!!」
聞かれたフゥ太君は答えた。圏外、と。
絶叫した獄寺君はショックのあまり小刻みに震えている。いや、今の君は右腕には程遠いからな。あながち間違いじゃないかもしれない。
「ランキング圏外なんてあんの?」
「ランキング圏外なんて言ってないよ。大気圏外だ」
そうは言ったものの、ここまで言われると可哀想だな。
だがしかし、獄寺君の不運はこれでは終わらない。なんと保父さんに向いている、とフゥ太君に言われてしまったのだ。ランボ君とケンカばかりの獄寺君が。面倒を見るどころか虐待でもしそうな獄寺君が。
更に子供好きとも言われ、驚愕の新事実に顔を抑えた獄寺君は…ビアンキさんが天井に現れたために石化し、彫像と化した。
「この際愛のランキングを作って誰が誰を愛してるかハッキリさせましょ」
「なっ、何言ってんだよ!」
全くもってその通りだ。これでもし私のランキングをされてみろ、ランクインするのは恐らく初代ボンゴレの面々ばかりだ。そうしたらリボーン君にバレる。そして恐らく厄介極まることになる。一番可能性があるのは
前世の友人に曰く、
問題はその守護者。
彼らは沢田君達とは異なり、とてもマフィア的な思想の持ち主らしい。
後、今思い出して地味に衝撃なのが、守護者全員が
ファミリーの意見が統一されるというのはいいことでもあるが、多角的に物事を捉えられなくなってアッサリやられる可能性も高まる。…未来が見えた訳じゃないし、情報の確度にも疑問が残るので滅多なことは言えないが、起こりそうな気がする。どうやら大マフィアの座に胡座かいているようだし、自業自得か。
雨が降り出したのは何時だと大騒ぎする面々に、ドン引いた目を向けてしまったのは不可抗力である。
・何処まで行っても、参謀
ゴメンな、君を助けると沢田君達がヴァリアーに殺されてしまうんだ。何かを天秤にかけて、その先まで見た上でどちらかを切り捨てる。作戦参謀として、雪の守護者としては当然で、けれどただの女子中学生としては異端な判断。フゥ太とは今後出来るだけ会わないようにする。それはきっと、無意識の罪悪感。
文武両道ではあるが実際の比率は文8に武2くらい。少なくとも裏工作ナシでリボーンとやりあったらまず間違いなく負ける、というのが自己分析の結果。裏工作アリなら? 初代守護者ナメるな、とだけ言っておこうか。
対リボーンで気付かれないように色々とやっている。結実は結構先になるが。
そのうち中国語を勉強してイーピンと話してみたい。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的17 桜、雲、夢、約束
………これ黒曜編に入ったら週一投稿になるかもしれない…。
今話は題でわかる通り、彼女が守れなかった“約束”の話となります。
麗らかな日差しの中、紫のリボンで髪を結って桜並木に向かって歩く。
しかし、私の気分は晴れない。ああ、憂鬱だ。春休み、という学生にとっては楽園も同然の時期なのに、何故私がこんなにも憂鬱な気分になっているのか。
今私は、おばあちゃんに頼まれ、お花見の場所取りに来ているのだ。
花見の場所のため、ボンゴレ
私は少しでも可能性があるのなら潰し、万全を期すタイプの人間だ。だが頼んできたのはお世話になっているおばあちゃん。色々な観点から見て断るに断れない。
しかし嘆きたくもなる。何故もう二度と会えぬだろう
慎重に慎重を重ねて動いてきたので、私はまだ雲雀恭弥との邂逅は果たしていない。これ以上、地雷を身近に感じたくはないのに…。
予測はしていたが、やはり今日だったか。重みが更に増す足を意志の力のみで動かし、彼らが騒いでいる場所まで移動する。
「何をしているんだ、君達は」
「あ、レイちゃん!」
「何しに来やがった、ドンヨリ女!」
「レイも花見に来たんだろ?」
足元に転がる学ランリーゼントの風紀委員は敢えて無視し、にこやかに問うてくる山本君に頷きを返す。そして獄寺君、その“ドンヨリ女”というのは私のことか? 私はそんなにドンヨリしているか?
内心ツッコんでいると、冷然とした声が耳に届いた。
「何やら騒がしいと思えば君達か」
ああ…来たのか。来てしまったのか。みんなに似ている
不自然にならない程度に三人から遅れて、声が聞こえてきた方へ顔を向ける。
そよ風に嬲られる濡羽色に、
鋭い瞳の青灰色が、澄んだアイスブルーを思い起こさせる。
肩にかけた学ランも、心なしか今も私の部屋のクローゼットにしまわれているトレンチコートに似ている気がする。
いずれ彼と同じ雲のボンゴレリングを手にするのだろう風紀委員長が、
そこにいた。
「…レイ、大丈夫か?」
リボーン君の声に、意識が現実に戻る。
花咲か爺さんの格好をしているリボーン君に、軽く頷いた。
まさか、警戒対象の彼にここまで接近を許してしまうとは。もうかなりの期間誰かと戦うこともなかったし、幻術も使っていない。鈍くなっているのだろうか。
リングの炎を使えば最悪
「見ての通り僕は人の上に立つのが苦手なようでね。屍の上に立っていた方が落ち着くよ」
少し意識を飛ばしている間に部下を伸していた
自由というか、苛烈というか…何故彼が風紀委員長でいられるかわからないが、恐らくあの強面の副風紀委員長の尽力のお陰なのだろう。
呆れていると、出来上がった男の声が聞こえた。
酒瓶片手に桜の木の後ろから顔を出しているのは、闇医者と殺し屋という正反対の職を兼業しているという
そう言えば、雲雀君が六道骸に敗北を喫したのは、彼のせいで“桜クラ病”という妙な名前の病気に
「おっ! かわいこちゃん発見!!」
考えていたら見つかってしまったようだ。まあ隠れる気もなかったが。私は今戦闘力皆無の一般人なのだ。
だが…好色そうな顔で飛びついてくる
男の急所を捉えるつもりで蹴りを放った脚だが、少し経っても手応えがない。
恐る恐る薄く目を開けると、桜の木の幹に頭をぶつけ、伸びているスケコマシが。
そして私の目の前には、トンファーを持った雲雀君。
「あ…ありがとう」
「別に」
一言返した雲雀君は、リボーン君と取引を始めた。というより、リボーン君の沢田君の名を借りた提案に雲雀君が乗った、と言ったところだが。
そして私が知る通り、その提案に反対するのは沢田君ただ一人。
頑張れ
私が心の中で野次を飛ばしていると、獄寺君
安心して持ってきたブルーシートを木の根元に敷き、完全な傍観体勢になる。だがしかしすぐに敗北する獄寺君。慢心はダメだぞ。続けて山本君もトンファーのギミックにやられる。油断も禁物だ。
死ぬ気弾を撃たれ、雲雀君にハタキで立ち向かって行くのは沢田君。何処から取り出したんだい、その掃除用具。そしてトンファーとハタキって明らかに強度が違うんだが、折れないのは何故だ。
そして、死ぬ気モードが解け───膝を着いたのは雲雀君。
ぶっ飛ばされたので
「約束は約束だ。なら精々桜を楽しむがいいさ」
負け惜しみ感たっぷりな捨て台詞を吐き、立ち去る雲雀君。これでようやく、私も一安心だ。
罪悪感が湧き上がるのは、彼が似ているからだ、と思っておこう。
◇
───イ
──レイ
「レイ・オルテンシア? 大丈夫か、ボーっとしているが」
「え、あ、はい、大丈夫です。体調も万全です」
上座の
「で、何の話してましたっけ」
「おい、本当に大丈夫か?」
ジョット君から見て右側の席、私より3つジョット君に近い席に座る
「桜だ。博識なお前なら知っているだろう?」
ああ、そうだ。遠い異国の地にて春の風物詩とされる、一時のみ美しく咲く儚き花。それについて、
「───なぁ、行ってみないか。ここが落ち着いたら、全員で雨月の故郷へ、桜の咲く頃に。それで、みんなで花見をしよう」
ジョット君の言葉に誘われるように、想像してみる。
淡い色の花が咲き誇り、その花びらが舞い落ちる中。
みんな揃って花見と洒落込む、私達の姿を。
───それは、きっと。幸せな光景だ。
「凄くいいわ、ジョット!」
「オレ様団子が食べたいんだものね!」
「究極にいい案だ!!」
「君は稀にいい提案をしますよね、稀に」
「本当にな」
「まあ、いいんじゃない」
エレナさんに続き同意を示すのはランポウ君。その向かい側のナックル君も暑苦しく同意し、エレナさんの右隣に座る
「レイはどう?」
「まさか行かないなんて言わないんだものね?」
「ランポウ、そりゃ脅しだ」
ランポウ君が色々言っているが、考えるまでもない。
「勿論行きます、絶対行きます」
「よし! じゃあレイ、旅行の計画を立てるのは任せたぞ!!」
「はい!?」
いや、どうしてそうなった!? 私は行きたいと言っただけなのだが!?
「レイはそういうプランニングも上手いだろう? どうだ、レイ以上に素晴らしい旅行計画を立てられると思う者ー?」
挙手は0。中には顔を背ける者までいる。当たり前だ。だが…これは酷くないか!? 恨むぞ、一生恨むぞ!
「あーもう、わかりましたよ! 立てればいいんでしょ、立てれば!!」
エレナさんの期待に溢れた視線に耐えられず叫んだ後で、頬を膨らませて茹で野菜を頬張る。
「ただし皆さん、怪我しないでくださいね! 病気にも
野菜を飲み込んでからもう一度叫ぶと、返ってきたのは力強い同意の声。
雨月君に何があるのかと訊いたり、はしゃいでいる
本当に嬉しそうで、楽しそうで。
永遠にこの時間が続ければいいとすら思う。
「…よかったね、レイ」
「はい! 楽しみです!」
心なしか嬉しそうに唇を緩めて、頭を撫でてくれたアラウディ君に満面の笑みでそう返し、目を開けると。
「うわっ!! レイちゃん、いきなり起きないでよ…」
琥珀色の瞳を見開いた沢田君が、驚いて後ろに退がった。
「人なんて誰しも起きる時は突然じゃねーか」
「そりゃそうだけど…」
リボーン君との会話を聞き流しながら何度か瞬きして、これが現実であると認識する。
………ああ、そうか。
あれは夢。
いつかは醒める、泡沫の幻。
夢なら、醒めないで欲しかった。
幻なら、
はらりはらりと舞い散る花びらを目で追っていると、肩を軽く叩かれる。
「レイちゃん、ありがとね。私達も一緒にお花見させてくれて」
「いえ、二人きりでは味気ないと、祖母とも話していたので」
礼を言ってきたのは沢田君のお母さん、奈々さん。
あの後合流したおばあちゃんとも相談し、沢田一家と花見をしたのだ。勿論ビアンキさんのポイズンクッキングは食べていない。
「…散る桜が、そんなに気になるか?」
声をかけてきたリボーン君に、頷く。
「なんだか、雪のようで、な」
「確かに似てるな」
私が、司る天候。
7番目の、天候。
私の、象徴。
それに、似ている。
「でも…少し、淋しいな」
花見は、賑やかだった。
でも…みんなが一緒でなければ、どんな喧騒も静寂に等しい。
美しいはずの花も、色褪せて見えるんだ。
会いたいよ、みんな。
また、みんなで笑い合いたい。
叶うのなら…この、儚く優しい花の下で。
・約束を守れなかった
最近はもう感覚が麻痺してきていたが、初の雲雀との接近遭遇に放心状態まで行った。この後クラス替えでツナ達と離れられず絶望する。
約束が、叶うなんて思ってない。一瞬後に誰が欠けてもおかしくない。最悪な未来への分岐点はそこら中に転がってる。でも、それでも───
───叶えばいいと、願ってしまった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的18 束の間の再会
今話は纏めるとギャグの皮を被ったシリアスの皮を被ったギャグです。
もうちょいシリアス強めにするつもりだったのですが、作者の技量ではこれが限界でした。
夏祭りも終わった8月中旬の夜。何だかんだで仲のいい私、京子ちゃん、ハルちゃんは、頼れる姐御
ランボ君を抱えてやって来た彼に向かって一番に飛び出したのは、唐傘お化けに扮した京子ちゃん。可愛いからデレてるだけで驚いてないな。
次は何故かなまはげのハルちゃん。こちらはツッコミを入れられている。当たり前だな。
さあ、いよいよ私の番だ。下駄を鳴らして沢田君の背後に近づき、耳元に息を吹きかける。スネグーラチカを惜しみなく使い、若干冷たくした息に振り向いた沢田君の目に映るのは、白い長襦袢を着用し、サラサラストレートな黒髪のウィッグを被った私。
「だ、誰ーー!? …って、レイちゃん!?」
「そうだ。髪型を変えただけで判別できなくなるとは…」
思わず反応を返してしまったが、
その直後、顔がほとんど崩れたビアンキさんを直視した沢田君は情けない悲鳴を上げ、走って行ってしまった。
「…
「気を付けてね、レイちゃん」
「心配無用だ、京子ちゃん」
不安を募らせつつ沢田君を追いかけると、案外簡単に追い付けた。…おかしいな、もっと先に行ってしまったかと思ったのだが。
「あ、レイちゃん!」
「沢田君、早くルートに戻るぞ。君が来ないと何も始まらん」
手首を掴み、沢田君を先導して来た道を戻るが、一向に京子ちゃん達と合流できない。それに何だ? この妙に不快な感覚は。この感覚…前にも味わったことがある。確か、
「!! いかん!」
「え!? ちょ、レイちゃんいきなり走らないで──!!」
沢田君の悲鳴も無視し突っ走る。一々方向も気にしない全力疾走なのに、辿り着くのは先程と同じ場所。
「クソ、下手を打った…!!」
恐らく、私達が今いるのは
何故警戒を怠っていた? 同世代の人間と仮装をするのが存外に楽しかったからか? 何にせよ作戦参謀失格級の失態だ!!
未だかつて有り得ぬ失態に歯噛みする。
私は幻覚を幻覚だと看破するのは比較的得意だが、それを破るところまでは行かないのだ。つまり、幻覚だとわかっても対処する
うだうだ言っても仕方ない。いずれ現れる元凶に対して対応できるようにせねば、と得物になりそうな物を探すべく辺りを見回した、その刹那。
「やれやれ。こっちだ、ボンゴレ、レイさん」
何処からか聞こえる声。発したのは、ランポウ君や大人のランボ君によく似た青年。
…彼がビアンキさんの元カレ・ロメオか!
安心しきって安堵の表情を浮かべる沢田君と、警戒し後
明らかにおかしい私の様子に気付いた沢田君が首を傾げたその時だった。
「やれやれ、墓地ってことは肝試しですか、ボンゴレ、レイさん」
声の主は、牛柄の服を着た大人のランボ君。
危険人物から沢田君を離す大義名分を得た私も叫ぶ。
「沢田君、そいつは大人ランボ君の偽物だ!!」
「えぇっ!!」
大人ランボ君にそっくりな人物を知っていたからか、沢田君は大声で叫んだ後で逃げようと試みる。がしかし、ロメオに腕をがっしりと掴まれて逃亡を阻止された。
「邪魔するなボヴィーノの若いの。順番に殺してやる。オレはお前らに恨みはねーがお前らの仲間の女に恨みがある。霊力の強まる今日こそあの女の仲間は全て死後の世界に引き込んでやるのさ」
ロメオの背後にぱっくりと口を開くように現れたのは何かのゲート。話の内容からして地獄の門とかそういう奴だろう。
「な、恨みって……も、もしかしてビアンキの元カレで謎の食中毒で死んだと言うロメオ〜〜!!?」
「ご名答。さあ門の向こうへ」
「沢田君ではなく、私を連れて行って欲しいのだが…」
「…そういえば、レイさん
思わず零した言葉に大人ランボ君が返した言葉について考える間もなく、沢田君からの救助要請が来る。
助けを求められた大人ランボ君は最初は渋っていたものの、角を装着し、
沢田君が電撃の拍子にロメオの手が離れたことでこちらに走って来て、ついくせで私が彼を背に庇った直後。
「ああ…き…きき…気持ちいい! 力が溢れてくるようだぜ」
どうやら霊と電気は相性がよかったらしく、ロメオは元気に…というかパワーアップを遂げてしまった。証拠に先程まで透けていた足が実体化している。
ロメオは近くにいた私と大人ランボ君の腕を掴むと、ゲートへと引きずり込もうとする。抵抗している大人ランボ君より私の方が引きずり込まれるのが早いのに気付いた沢田君が腰に手を回し、私の代わりに踏ん張っている。そんなことせずともいいのにな。
「ちょ! なんでレイちゃん抵抗しないの!?」
「生に執着がないからだが?」
というより、死ねばみんなに会える、という安心感がある。
私は、あくまで天候なんだ。
大空失くして、存在し得ぬものなんだ。
生なんて、苦痛でしかない。
体から力を抜き、為すがままにしたその瞬間。
『───オレのファミリーに、手を出さないでもらえるか』
響く、強く凛とした声。
───心臓が、強く脈を打つ。
瞬く、声とは反対に優しく、美しい橙の炎。
───見開いた瞳から、雫が零れる。
『そういうことだから、さ。知人に似ていても、容赦はしないよ』
おっとりとした穏やかさの中に、王者らしい気迫を感じる声が聞こえると、重力に逆らい私達の体が宙に浮き上がる。
緋色の文字列が体の周りを取り巻くこれは、ボンゴレの兄弟ファミリーの者だけが扱える炎。
「な、何これーー!? まさか、ポルターガイストとか言うの!!?」
大地の炎によって私達と引き離されたロメオを、オレンジの炎が滅多打つ。
いやちょっと待て、それグローブじゃなくてガントレットじゃないか? 何気に最強形態になってないか?
『っと…さすがにトドメを刺すのは勘弁してやるか』
トドメを刺すのは勘弁するらしいが、ロメオほぼ死んだも同然だぞ、もう死んでるけど。虫の息だぞ、もう死んでるけど。
内心ツッコミを入れていると、ウィッグがふわりと浮き上がった。そして、オレンジの炎に燃やし尽くされる。
「………え?」
『お前はそのままでいいと思うぞ』
『うん、それで充分可愛いよ』
いや、別にイメチェンした訳じゃないんだが…。
纏めてウィッグの中に押し込んでいた髪を背に流しながら呆れと共にツッコんでいると、般若の形相で駆けてきたビアンキさんがロメオと大人ランボ君にポイズンクッキング
今日も今日とて不運な大人ランボ君…お疲れ様、未来の医療技術なら多分助かるよ、うん。
そうして気が付けば去ってしまっていた二人の残滓、橙と緋色の炎の残滓を目で追いながら、心の中で呟く。
(別れの挨拶くらい、させてくれよ)
ただでさえ私は、一度言えなかったんだから。
・イメチェンしたと思われた
ツッコミ入れまくりなせいでそうは見えないがかなり精神的にやられてた。この後本人も気付かぬうちに涙が出ているのを周囲に見られ、ロメオが怖かったのだと盛大に勘違いされることになる。
・イメチェンしたと思った
末妹の姿を発見しテンションMAXになった結果暴挙に出た。だが反省も後悔もしていない!!(キリッ)
・知人に似てようが容赦しない
え、ジョットの子孫とレイが襲われてる? なら助けなきゃだね!! 天然故暴挙に出た親友に合わせてしまった。
おまけ
・ファミリーの皆さん
何、ジョットとコザァートがいない!? お前ら死ぬ気で探すぞ!! 究極にオレ達はもう死んでいるがな!! あそこにいるのは我が家の末妹ではござらんか? ジョットとオレ様のそっくりさんまでいるんだものね!?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的19 もう届かない、伸ばせない
そして第一章最終話、なのですが。
先手を打って一応の予防線を引いておきます。
タグが主人公のみにかかるとは一言も言っておりません!!(開き直り)(こうでもしないとハピエンにはならない)
後書きはプロローグ同様、活動報告の方で行う予定です。そちらで補足説明はする予定ですが、諸々に関する質問なんかも感想やメッセージで戴けると嬉しいです。
夏休みも後僅か。
前日に焼いておいたシフォンケーキを持参して向かうのは京子ちゃんのお宅。ハルちゃんが私と京子ちゃん、花ちゃんにインタビューがしたいらしい。
「あっ、レイ!」
「花ちゃんか。…手に持っているのはもしかして…」
「あーうん、ナミモリーヌのケーキ。あんたがケーキ作ってくるんなら、買わない方がよかったかな…?」
あんたの作るお菓子全般美味しいし、と言う花ちゃんの隣を歩きつつ、苦笑とほぼ確実な未来予測を返す。
「きっとみんなで食べればケーキの一つや二つ、すぐになくなるさ。京子ちゃんもハルちゃんも、甘いものには目がないからな」
「それはあんたもでしょ。いや、私もか…」
ブーメランな発言に頭を抱えた花ちゃんに、笑みが零れる。
彼女らといると沢田君達ほど気を張らずに済むし、本当に楽だ。
気を付けねばならん点は、服装などか。
私の体には、かつての戦いで負った傷がそれなりに刻まれているから。
勿論かなり薄いからまじまじと見なければわからないけれど、さすがに今花ちゃんが着ているようなノースリーブの服は着れないな。
私自身は露出が少なく、この時代ではクラシカルだとか、そういう風に言われるものを好む。だってそういう服の方が慣れてるんだ。
私と一緒に花ちゃんが来てすぐに子供扱いされてしまったハルちゃんが、大人っぽい話とは何か、と花ちゃんに訊いているが…それは君にとって地雷だぞ。
「ん? そうねえ…今、旬なのは牛柄のシャツの人の話かな」
「ふふ、それは花ちゃんにとっての旬だろう?」
「それもそうだね…」
シフォンケーキを切り分けながらツッコむと、京子ちゃんがハルちゃんに提案する。
「何か話が盛り上がっちゃいそうだし、先にインタビューの内容済ませちゃおうか、ハルちゃん」
「じゃあ、三人の誕生日と血液型を…」
「私は4月20日牡羊座のA型よ!」
「私は3月4日魚座のO型です!」
「私は2月14日、水瓶座のAB型だ」
本題という名の建前だったインタビューが終われば、始まるのは女子会だ。
京子ちゃんとハルちゃんは互いに自分の髪をセットし合ったとのことなので、私と花ちゃんもそれをすることに。
だがしかし、ここで問題が起こった。私は面倒くさくて髪を切っていなかったので、髪がスーパーロングヘアになっていたのだ。
一年半前までは、伸びてきたかなと思う前にエレナさんが整えてくれていた。だから自分から散髪に行く、という意識が育たなかったのかもしれない。
「…これじゃロクなアレンジできないわね…」
「そうか? 別に切ってもらっても構わないのだが」
「いや、美容院に行きなさいよ!」
オシャレのための労力を惜しむな、という趣旨のお説教をしつつ花ちゃんがしたのはギブソンタック。お返しに私も花ちゃんの髪を編み込みに。
全員がいつもと違うイメージになったところで、ハルちゃんが話題を振ってきた。
「レイちゃんは、大人っぽい話ってなんだと思いますか?」
「うーむ…紅茶の種類についてとか、花やその花言葉について、とかか…?」
「はひ、紅茶についてはよくわかりませんが、花なら大丈夫です! という訳でレイちゃん、お好きな花は?」
好きな花、か…。以前はエレナさんと一緒にボンゴレ本部の庭で色々な花を育てていたな。家の庭にもそれなりに植えてあった。中でも、私が一番好きだったのは…。
「スノードロップだな」
「スノードロップ、ですか?」
「ああ、その名の通り雪のように白い、雫のような花だ。日本では待雪草と呼ばれているな」
誕生日の日の朝、残り雪の間から見えた美しい、清らかで可憐な花。
私が好きだと知っていたエレナさんから、スノードロップが刺繍されたハンカチをもらったこともある。
大切にし過ぎて箪笥の中にしまい込みがちだったから、もう私の手元にはないけれど。
ハンカチの他にも、雪であることを示すリングに、みんなから贈られた少女趣味な服。色々なものがあって正直在庫の把握が困難だった古書堂だって、居心地がよくて大切な場所だった。
物に限らないのなら、最愛の家族も。
全部全部、もう手の届かないところに行ってしまった、私の宝物。
あんまりにも多すぎるなぁ、と人知れず自嘲した。
◇
他愛もない話で盛り上がり、帰る途中。普段ならば絶対に行かない公園に行ったのは、一人になりたかったから。
だがその思惑通りには行かなかった。
「あら、レイじゃない」
「あ、こんにちは、ビアンキさん」
艶やかな声で挨拶を返した彼女の横には食品が詰まったスーパーのレジ袋。
遊具で遊んでいるランボ君やイーピンちゃんが見えるので、恐らく買い物の帰りにチビ達を遊ばせているのだろう。
声を掛けられていながら他のベンチに座るのも気が引けたので、レジ袋の隣にちょこんと座る。
何とはなしに、元気いっぱいに駆け回るランボ君達の姿を目で追っていた時。
ボフン、と音がしてピンクの煙に包まれる。
…有り得ない。
有り得ていいはずがない。
未来での戦いが始まるのはひと月以上先のことだ。まだ沢田君は黒曜で戦ってなどいないし、ボンゴレリングも手にしていないんだぞ。
ミルフィオーレ、というか白蘭、血迷ったか。
ひとまず状況把握のために煙を手で払っていると、薄くなった煙の向こうで人影が動いた。
「よかった…成功みたいですよ」
「そのようだね…。これで安心できる」
声からして、男が二人。
…間違えるはずがない。今よりもっと大人びて、もっとよく似ているが…この、私の
「沢田君、雲雀君…」
私の、震える声が響いた。
なんで。
中学の間は仕方がないとしても、高校はうんと遠くの学校に行って、彼らとの繋がりを断とうと思っていたのに。
何故、10年後の未来でも私は彼らと共にいるんだ。
思い当たる原因は一つしかなくて、けれどそれを直視するのは恐ろしい。
「……やっぱり…オレ達のこと、怖い?」
混乱する中、小さく呟かれた言葉は、部屋が静かなせいかよく響いた。
「そんな、訳ないだろう…ただ、私は、私は…」
彼らは彼らだと思い切れない、何なら重ねてしまう弱い私が、嫌いなだけで。
思い出す。
体感でも8年以上聞いていない、あの声を。
思い出す。
もう二度と見ることはないと思っていた、あの目を。
アレは、私ではない誰かへの想いを乗せた声だった。
アレは、私と誰かを重ねた目だった。
私を5歳まで育てたひとは、私の祖父を名乗るひとは、私を通して誰かを見ていた。
あのひとと同じように、ああいう目で彼らを見ている。
その事実が、吐き気がする程嫌なんだ。
俯き、唇を震わせていると優しく叩かれた肩。
見れば私は、いつの間にか公園のベンチに戻っていた。
「……ある人から、これを貴女にって」
ビアンキさんから渡されたのは、白いチューリップ。
「そう、か。…ビアンキさん、もしまたその人に会ったら、こう伝えてくれ。『礼は言おう。だが、余計なお世話だ』と」
公園から足早に去り、家への道を辿る間も、チューリップの花から目を離せなかった。
白いチューリップの花言葉は、
『失われた愛』
『新しい愛』。
「わざわざ時空を越えて諭しに来る程、私は子供ではないと言うのにッ…!!」
強く握り過ぎたチューリップは、家に着く頃には萎れていた。
断章・エピローグ、若しくはプロローグたるモノ
いつものように、眼下を見下ろす。
当然のように広がる、見慣れた景色。今日も今日とて、異常はない。
ある種の満足感を得て、視線を滑らせる。
そこにある、小さな姿。
目にした瞬間、心臓が大きく脈を打った。
髪の色も、瞳の色も、その姿も、
知らないのに。
声も、顔も、何もかも、知らないのに。
まるで、正反対のことを思う。
自分が二人いるみたいにぐちゃぐちゃで、混じり合って。
世界が滲んで、頬を伝う雫が涙だと知った。
それが、きっと二度目の始まり。
(ずっと、君を探してたんだ)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第二章 戦う理由を失った、彼女の抗い
標的20 霧の気配と襲撃
【挿絵表示】
レイってこんなに可愛かったんですね()。いつもはこんなじゃないというか、若干呆れが入った無表情みたいなダウナーな顔してると思います。それか一分の隙もない作り笑い浮かべてる。
最近ちょっと執筆ペースが怪しいので尻を叩く為、これを挿絵として使う日が来るまでエタらないと宣言させて戴きます。
それでは黒曜編、開幕です。
初っ端から色々詰め込み過ぎで情報量やら伏線やらが多い話になってしまった…。
夏休みが終わった。となると次に来るのは?
ご存知うちの霧同様髪型が変な彼率いる隣町ボーイズによる襲撃事件である。
そして今日は夏休みが終わって最初に迎える週明け。土日には風紀委員が歯を抜かれて発見される暴行事件が多数発生。…これ間違いなく来てるだろ、隣町ボーイズ。
家を出る前に引き留めようとするおばあちゃんを宥めたために時間帯がズレ、京子ちゃんや花ちゃんと合流できずに通学路を歩いていると、二人の代わりに沢田君とリボーン君と合流。
いや、このタイミングで君達とは会いたくなかったよ。君達と共に通学するイコール…
「やっぱ不良同士のケンカなのかな…」
「違うよ。全く身に覚えのないイタズラだよ…勿論、降りかかる火の粉は元から断つけどね」
彼に会う、ということだからな。
できるだけ彼の姿を視界に入れぬよう空に目をやると、チクチクと突き刺さる視線。
全く…一体何が気に食わないんだ? 変に敵意を向けないでくれ、雲雀君。
───その視線の鋭さすら、君は彼に似ているのだから。
静かに溜息を吐くと、鳴り響く並中の校歌。
携帯で二言三言話した雲雀君は、私が知る通りに言った。笹川君が、襲われたと。
風紀委員ではない知り合いが巻き込まれたことに驚き、即座に病院目掛けて走る沢田君。
君は本当に仲間思いだな。それもまた、ジョット君に似ているよ。
通話を続け、何処かへと向かう雲雀君には目を向けず、校門をくぐる。
途中京子ちゃんとすれ違ったが、だいぶ慌てているようだったので声は掛けない。恐らく、笹川君が襲われたと連絡があったのだろう。
黒曜での戦いは
そして同時に、次の戦いへのステップでもある。
何も手を加えぬ方が事が上手く運ぶ場合もある。この件はそれだ。
戦いを終え、日常へと戻って来る彼らを京子ちゃん達と迎えるのが、今の私の最適解。
でも、それでも。
そうだとわかっていても、私はそちらを選べなかった。
見咎められぬよう気配を断ちながら歩き、到着した扉の前で息を吐き、扉を一気に開けた。
途端に匂ってくる酒の匂い。
デスクに突っ伏し、白衣のままだらしなく眠る男の肩を掴んで揺さぶり、意識を無理やり覚醒させる。
「起きろ、
「ん〜、死人だぁ…?」
寝惚け
「そうだ。サッサと桜クラ病の治療薬を寄越せ。私が届けに行く」
「つーことは、あの坊主か…。何があったかは知らんが、大丈夫なんじゃねーのか? 今の時期、桜なんて咲いてねーだろ…」
「造花や絵画を見せてくる可能性もあるだろう。何にせよ無いとは言えんのだから可能性は潰すべきだ」
強い語調で叩きつけるように言うと、大欠伸をしながら
緩慢な動きに焦れて袋を取ろうと手を伸ばすと、先程までが嘘のように素早く動き、手の届かぬ場所に移動する。
「おっと、渡す前に一つ訊きてーことがある」
「なんだ、手短かに済ませてくれ」
こうしている間にも、雲雀君は六道骸と戦っているかも知れんのに。
苛立って眉を寄せると、
「なんで坊主に薬を持ってく? 特にあいつと深く関わってる訳でもないだろ」
「…傷付く人間を放っておくのは、私の主義じゃない。それだけだ」
そう。これはあくまで
私の答えに興味が失せたのか、彼は「そうかよ」とだけ言ってまたデスクに突っ伏した。程なくして聞こえてきたイビキに一言礼を言って、保健室から出る。
これは、検証だ。
私に、
何故私が、最愛の
この検証の結果という情報さえあれば、この一年考え抜いた可能性の中から真実を見つけ出せる。
そしてもしあれが、何者かが意図的に引き起こした現象だと言うのなら。
私は、そいつを、絶対に、
考えながら下駄箱で靴を履き替え、再び校門をくぐると。
「───は?」
───何故か目の前には古びたレジャー施設
「や、いやいや、嘘だろう…?」
頬を抓ったら痛かったので、夢説は却下。特に違和感などは感じないので、六道骸の幻覚説も却下。
つまりこれは現実ということなのだが、俄には信じがたい。
そこまで考え、思考を打ち切った。この現象についてを探るよりも、優先順位が高いことがある。
鉄柵を、助走をつけて軽々飛び越える。
この程度、
入ったはいいものの中は死屍累々。既に雲雀君がひと暴れした後なのだな、ご愁傷様。
六道骸に操られているので完全なるとばっちりだが、これを機に更生してくれ。
地面に転がっていた比較的細い鉄パイプと折りたたみ式ナイフを拝借し、ナイフを胸ポケットに忍ばせておく。懐中時計は今日体育の授業がなかったので、鎖で首に掛けてあるのだ。
大丈夫、機会があれば返すから。機会があれば、だが。
そう誰も訊いていない言い訳をしながら、鞄を肩に掛け直し、右手に鉄パイプを携える。これで何が起きても対応出来る。
そしてその数分後、私は手持ち無沙汰に鉄パイプを振り回しながら進んでいた。
敵地だからと警戒していたものの、襲い掛かられることもなく。はっきり言って黒曜生の死体…否、気絶体しかない。
どんだけ暴れたんだ風紀委員長。まさかとは思うが雑魚を咬み殺すのに無駄に体力使って、それが敗北の原因とかじゃあるまいな。もしそうだったら帰らせてもらうぞ。
決して本音ではない愚痴をつらつらと考えていると、明らかにおかしな音が聞こえた。何かが床に落ちたような音、続いて何かを蹴ったような音。
「…間に合わなかった、か」
何が起きたのか察し、呟く。
そもそもが検証でしかなかった。
流れを変えられるなんて、思っちゃいない。
予測が当たりそうなことを喜ぶべきだ。
泡のように浮かんでは消える無数の言葉に、頭を一度振って思考をリセット。
一気に集中し、上体を低く倒しながら疾走してシアタールームへ到着。
雲雀君が割ったと
「…おやおや、何処から入り込んで」
言い切るのを待たずに六道骸に鉄パイプを持って襲い掛かり、後退させて雲雀君から距離を取らせる。
君の手口はわかっている、会話で時間を稼ぎ、幻覚を構築するつもりだろう。その手は喰うか。
勢い余ったフリで桜の幹を横薙ぎに払うも、手応えはなし。それに戸惑ったような表情をしつつ、荒事に慣れていない風に脈絡なく鉄パイプを振り回す。
「クフフ、随分と勇ましいアリスだ」
成る程、いきなり乱入してきた私を不思議の国に迷い込んだアリスに喩えたのか。だが私は
最後に鋭く突きを放ち、六道君が避け損ねてバランスを崩した隙を狙って雲雀君の腕を肩に回す。
視線だけで人を殺せるなら殺していそうなくらいに恐ろしい目で六道君を睨み付ける彼を支えて、即座にできる限りのスピードで撤退したのだった。
・検証した
とうとう動き始めた。
骸に対してはあまり
・救出された
レイの認識は現状
緊急事態且つ信用も信頼もできて簡単には裏切らないとわかっていたから、その細い肩に体を預けた。
背が伸びたなと、そう思う心の何処かを、今日も押し潰す。
・逃げられた
レイの荒事に慣れていない演技には騙されている。が、雲雀の偽りには気付いている。この辺は彼の専売特許なところもあるので致し方ない。クフフ、面白い男ですね。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的21 欺き、偽り
黒曜編は5話くらいでサクッと終わらせるつもりだったんですが、それが不可能だということがプロットからの割り出しで判明いたしました。年内には終わらせたかったんだけどな…。
年を跨ぐことになりそうですが、どうぞお付き合いください。
流れるように超危険人物こと六道君の元を離れたが、今回の件の主犯たる彼を最終的に倒すのが沢田君とは言え、その前には雲雀君の助力もあった方がスムーズだ。
故に私は、本来であれば病院に救急搬送待った無しの怪我人を抱え敵陣の只中に留まるという、
黒曜ランドから離れようとしたら重傷を負っているはずの雲雀君の抵抗を受けてやむなく、とかじゃない。ないったらない。
しかし彼が下手をすれば命の危険すらあるのは間違いない訳で。
そのため、コンクリートの建物の影を隠れ場所に定めた私が一番にしたのは、シャツの袖やお腹周りという比較的無くても構わない布を拝借した折りたたみ式ナイフで裂き、包帯を作ることだった。
「…別にいいよ」
構うな、と言いたげにそっぽを向く雲雀君に、「それはできない」と静かに返す。
何であれ、応急処置は必須。
せめて血止めはしないと、失血死する可能性すらあるのだ。
通学鞄に突っ込んでいた予備のハンカチで傷口を圧迫し止血。更に細く裂いた元シャツを巻き、縛る。
あの時代、抗争で怪我をしても晴の炎を使える者がいなければ自分達でどうにかするしかなかった。そのため、ランポウ君でも簡単な処置は知っている。
というか私と
…考えてみると私って、結構スパルタなのか? 否定する材料が見当たらないのだが。
ぐだぐだと考えつつも手を素早く動かして包帯を巻きつけ、顔や手の小さな傷は鞄に入っていた絆創膏を貼る。放置すると菌が入る可能性もあるからな、万全を期して悪いことはあるまい。
「よし、終わったぞ。だがここから帰ったらすぐ病院に行き給えよ、あくまで応急処置なのだから」
見かけではわからないが、骨折している箇所もあるだろう。折れた骨が臓器に刺さって、というようなことにはなっていないが、治る過程で変なくっつき方をしても困る。私も医学は齧っただけな上、ここには碌に道具もないから下手なことはできないし。
「僕は頼んでない」
「そうだな、私も頼まれてなどいない。ただの自己満足だ」
そう言って
その心底呆れていると示す動作はアラウディ君もよくしていたもので、ズキリと胸が痛む。
それを隠すように、ワザと明るく声を出しながら鞄から処方箋を取り出した。
「ああ、そうだ。
「…そういうことは先に言ったら?」
文句はサラリと聞き流し、カプセルを開ける。中から出て来た蚊が雲雀君の頬に止まり、その後すぐフラフラと何処かへ飛んで行った。
それと入れ替わるようにやって来たのは、見覚えのある黄色い鳥。
「…何これ、ヒヨコ?」
「ヒヨコは飛べないぞ、雲雀君」
ぽすりとまるで落下するように雲雀君の髪の上に着地した黄色い鳥…未来のヒバードに、一応飼い主認定されるはずの雲雀君は鬱陶しそうな顔をした。
「確かにヒヨコに似ているが…丸っこい体に合わぬ長い嘴に大きな翼。自然界で生まれたにしてはアンバランスが過ぎる」
「つまり?」
「遺伝子操作か何かで、人工的に生み出されたのだろう。少なくとも、飼い主がいるのは間違いあるまい」
雲雀君の頭の上で寛いでいたヒバードを優しく掬い上げ、その丸い胴に埋め込まれた無機物を指す。
「恐らく小型カメラのレンズだ。逃げ出した私達を監視するため、ここに飛ばしたんだろうな。要するに、私達は奴らの目を掻い潜りここから出なければならんということだ」
「どの道全員咬み殺すんだ、問題ない」
整った顔に浮かぶ、獰猛な笑み。
草食動物がやってくるのを待ち構え、今にも飛び掛からんとする肉食動物を思わせるそれによく似た表情を───私は知っている。
「そうか。ならいい…と言いたいところだが、そう上手くは行くまい」
感傷を抑え、冷静さを保ちながら会話を続ける。
ここからは、ある種の賭けであり、勝負だ。
相手はリボーン君。方法は至ってシンプル。雲雀君経由で情報を流し、彼の救出時に私が幻覚の存在に気付いたと思い込ませる。
もしこの勝負に負けたとしても、私には特に害はない。
現状、リボーン君は私を計りかねている。私という存在を無理に排除しない辺り、少なくとも沢田君に害を成すことはないと判断しているのだろう。
まあまさか、その判断すら私が張り巡らした糸の先に結び付けていたものだとは思いもしないだろうが。
こういう風に、日常を過ごしておきながらそれと並行して謀略の糸を張り巡らすのは、得意だ。
それでこそ、私は雪たり得たのだから。
「君がいた部屋にあった桜に偶然
「……存在、していない…幻?」
「その可能性が高いだろう。と言っても、私も未だ信じられんがな。幻を自由に見せることができるなど、聞いたことがない」
嘘である。めっちゃ聞いたことある。掛かった回数も片手じゃ足りない。それどころか多少なら使える。
恐らくそれがバレたらカミコロ待った無しだろう。全部終わった後生きてたらいいな。
「だが、もしその仮定が確かだとすれば、勝機はほぼ無いに等しいぞ」
「だから何?」
だから何、か。
……それでこそ、“孤高の浮雲”だよ。
「わかった。ならひとまず体を休めておけ。何かあったら起こすから」
「……」
そっぽを向いて眠りについた雲雀君の様子を伺い、私も目を閉じる。
だが、あくまで目を閉ざしただけ。頭は今も高速で回転を続けている。
仮定をしよう。
今まで回避の可能性を探り続けてきた、最悪の仮定だ。
例えば何らかの要因で、私が沢田君に、いや現ボンゴレに関わらざるを得なくなった場合。
関わらずに済むのなら、それが一番だ。
だが私にも個人的な目的がある。先程の検証で定まったそれの達成のためならば、何処まで許せる?
ジョット君の雪であると明かすこと。どんなメリットがあったとしても、これは論外でしかない。
今のボンゴレに縛り付けられるのは避けたい。古い傷を抉っても、ただ痛いだけだ。
なら、沢田君のファミリーとしての関係はどうだろうか。
レイ・オルテンシア・イヴではなく、松崎レイとしてボンゴレに所属する未来。
(最悪の中では、最善だな)
この一年弱、張り巡らしてきた糸。それを使えば、スネグーラチカのことも、ある程度戦う
沢田君達にも、クラスメイトの延長として接すればいい。
そういう未来の可能性としてなら、あの10年後の未来のことも受け入れられる。
まあ、10年バズーカを改良してまで過去に干渉したのに、肝心の入れ替わり時間が短くなっていることは不可思議だけれども。
ざっと読み取ったバズーカの弾の仕組みからして、入れ替わり時間は5分が基本。それが1分以下になっていた辺り、何らかの細工を行ったのは明白だ。
一体全体、あの未来の私は何を望んでいたのやら。
…入れ替わりを行った場合に肉体に出る影響を確かめていた、という線が濃厚だな。
あっさりと見つかった答えの意味は敢えて深く考えず、堪えきれなかったあくびを零す。いかん、目を瞑っているうちに眠くなってきた。
スネグーラチカで作った小鳥に周囲を見張らせているから、もし何かあっても安心だ。沢田君達が来るまで、と決め、私も鉄パイプを抱えて短い眠りに落ちた。
・お昼寝中
抵抗されないのは重傷を負っているせいだとしても、会話がテンポよく進んでちょっと驚いている。
『最悪の中の最善』が大好きな場所の成れの果ての有様をまざまざと見せつけられ、大空と認めるただ一人の意志が踏み躙られているのを直視することになる茨の道だとは理解している、つもり。尚それ以外にも茨は存在する模様。
どんなに痛くても、苦しくても、個人的な目的は達成したい。もうそれしか、理由がない。
・狸寝入り中
レイにヒントを出され、自分の中の
なんで狸寝入りしてるかって? …並中の生徒に、万一にも危険が及ばないように。自分じゃない誰かがそういう風に見ていた女の子が身近にいるからではない。ないったらない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的22 そして戦いは終わらず
轟く轟音。
響く喚声。
飛来する鉛玉を斬りながら私が疾走するは、血に濡れた大地。
遙か彼方を駆ける家族の背を追い掛けて追い掛けて、ひたすらに追い掛けて───
もう少しで手が届きそうだというところで、私の眠りは腹に響く爆音によって妨げられた。
シャボン玉のように消えていく見慣れた、だがしかしもう見ることはない背を見つめ…そして一度目を閉ざせば、そこはもうあの砂塵舞う戦場ではなく、無機質なコンクリートの建物の中。
爆音で私と同じように目覚めたらしい雲雀君に肩を貸し、音源へと足を進める。鞄は置いてくることになってしまったが仕方ない。後で回収できるだろう。
「ぶっざまー♪」
上機嫌な城島犬と冷静そうな柿本千種。彼らに追い詰められているのは獄寺君。
並中生に攻撃を加えた彼らに、雲雀君から殺気が漂い始める。そっと腕を掴んでいた手の力を緩めると、彼はすぐに二人に襲い掛かった。
力量の差と油断していたことが重なり、呆気なく窓の外に落ちる二人。さすがに大怪我はさせたくないのだが、彼らはこの後六道君に体を乗っ取られる。彼の戦力を増強する訳にも行かないので放置だ。恨まないでくれ。
「ヒバリに…ドンヨリ女!」
お前も来てたのか! と叫ぶ獄寺君を助け起こし、沢田君の居場所を尋ねる。
話を聞くと、どうやら沢田君は私の知る通り、死ぬ気弾を使い切った状況で六道君に単身挑んでいるらしい。
獄寺君に気付かれぬよう息を吐く。
こう言うと何だか六道君が噛ませ犬のようなのだが、黒曜での戦いはこの後の困難に比べればウォーミングアップに過ぎない。
ここで追い詰められた沢田君がジョット君譲りの超直感を開花させることでようやく、次に控えたリング争奪戦でも戦える下地ができるのだ。
もう既に私の目的は達せられた。望まぬ結果ではあったが、あるとないとでは様々なものが異なる。得られた成果としては上等だ。
悪いが私は自らの平穏のためにも、彼ら自身の未来のためにも、今回は静観させてもらおう。
「…お前、なんでこいつのためにこんなところまで」
「さぁな。強いて言うなら、貸しを作るためか?」
問いはさらりと嘘で流し、獄寺君に肩を貸す。もう片方を雲雀君に貸し、沢田君の情けない声を頼りに彼らのいる部屋を特定した。
今にも特攻しそうな獄寺君を視線で黙らせ、中の様子を見て私の知る状況と齟齬がないと確認してから、二人に指示を出す。
「雲雀君、六道君の気を逸らしてくれないか? 獄寺君は沢田君を囲んでいる毒蛇をダイナマイトで一網打尽にしてくれ」
先程獄寺君から今戦っている敵の首魁の名を聞き出したので、遠慮なく彼のことをそう呼びながら二人に言うと、渋々ながら従ってくれた。
「遅くなりました」
ダイナマイトの煙が晴れた後のその一言で、沢田君が私達の存在に気付く。
特にここにいるとは思ってもみなかった私の登場に驚いているようで、驚愕の表情に曖昧に笑って返した。
でもその顔、やっぱりジョット君そっくりだな。私が本部の庭に氷の城を築いた時の彼の顔と瓜二つだ。
あれに関しては三徹でハイになってランポウ君の提案に乗ってしまった私が悪いが。あの時のことは控えめに言って黒歴史なので、できればもう誰にも触れて欲しくはない。…触れるも何も、覚えている人間なんて一人もいないか。
「わかったか骸。オレはツナだけを育ててる訳じゃねーんだぞ」
いや、君に育てられた覚えは微塵もないのだが。私にとっての
そうツッコんでいると、雲雀君がフラフラとした今にも倒れそうな足取りで先程投げたトンファーを拾い、構えていた。
「覚悟はいいかい?」
「これはこれは怖いですねぇ。だが今は僕とボンゴレの邪魔をしないでください」
骨を何本も折った、と全く悪びれることなく宣った六道君に、沢田君が悲鳴を上げる。最も辛いのは雲雀君のはずなのだがな。
彼はと言えば六道君を挑発している。おーい、わざわざそんなことしなくてもよくないかい?
六道君の右目の数字が四に変わると同時、瞳に灯る藍色の炎。
六道君が
交わる三叉槍とトンファー。響く金属がぶつかり合う音。速いが目で追えない程ではない。互いの武器にしっかり殺気が乗っていて、とても追い易いのもあるが。
「時間のムダです。手っ取り早く済ませましょう」
視界を薄ピンクに染め上げる満開の桜。フラつき始めた雲雀君に六道君は例の変な笑い声を漏らしているが。
残念、それはフェイントなんだ。
倒れると見せ掛けて六道君の懐に入り、一撃喰らわせた雲雀君に、私はニヤリと笑った。
雲雀君が体勢を立て直し、反撃を許さず強烈な打撃を喰らわせる。
あまりの衝撃に六道君は血を吐き意識を失い、彼の武器の三叉槍は三叉の部分と棒が離れ、地面に転がった。
「美味しいとこ全部持ってきやがって」
「遂にやったな」
「お……終わったんだ…これで家に帰れるんだ!!」
本当はこれからが本番もいいところなんだが…まあ、勝利の喜びに浸らせてやるか。
それよりも、と途中から無意識で戦っていた雲雀君を支え、横たわらせる。
「お疲れ、雲雀君」
「心配すんな、ボンゴレの優秀な医療チームが見てくれるぞ」
「…ボンゴレは凄いんだな」
ごっこ遊びなのに、と苦笑する。
リボーン君は取り繕うかと思ったが特に何もコメントしなかった。まずいな、山本君と同じで一般人
「その医療チームは不要ですよ。何故なら生存者はいなくなるからです」
六道君がこちらへ向けていた銃口を自身のこめかみに押し当てる。そして引き金を引き、彼は倒れた。
「Arrivederci」
一言、そう言い残して。
何ともまあ、呆気ない終わりだ。
だが、それが本当の終わりではないことくらい、私は知っているのだよ、六道君。
「遣る瀬ないっス」
「生きたまま捕獲はできなかったが仕方ねーな」
いや、生きているから。Arrivederciの意味理解しているか? “さようなら”だけじゃなく“また会いましょう”も意味に含まれるんだぞ? さっきの六道君の言葉はニュアンス的に“また会いましょう”だろう。
というか彼程の人間がここまで来て諦めると思うか?
「遂に…骸を倒したのね」
ホラ、言わんこっちゃない。
意識を取り戻したビアンキさん。その右目は一見普通に見えるが、幻術が掛けられている。幻覚だと見抜く目だけは
特技が役立ちその有用性を示す間にも、状況は悪化の一途を辿る。
三叉槍で傷付けられた獄寺君が憑依され、更には城島君や柿本君まで襲って来る始末。
だから九字を切った程度で六道君がやられるはずがないだろう!? 君は山本君のことを“野球バカ”とか言えないぞこのオカルトバカ!!
皮肉にも重傷なのが幸いして憑依されなかった雲雀君を引きずり、戦闘の邪魔にならない場所まで移動する。
そうこうしている間に幻覚の火柱が立ち昇り、技を奪い取る餓鬼道によりダイナマイトが爆発する。
ただでさえオンボロな黒曜ランドが更にボロくなっていく。
「オレは手ェ出せねーんだ。ツナが早く何とかしやがれ」
「無茶言うなよ!! オレの何とかできるレベル超えてるよ!!」
いや、案外何とかできるものだぞ。実際のところは何とかできなければ今後生きていけない、が正しいが。
本当に、何故
ジョット君、知っていたら教えてくれ。
遠い目で、王に届かぬ問いを投げる。
それでも現実が変わることはなく。まだまだ戦いは終わらない。
・ワーカーホリック幼女参謀
ふとした瞬間に、もう家族がいない現実を忘れる。そして思い出しては、自嘲する。
幻術使いが相手なこともあり、破れないけど存在を見抜けはするのも“今なら”かなりのアドバンテージを確保できることに気付く。今まで気付けなかったのは、主な相手だった
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
隠し弾 亡霊の空回り
クリスマスイヴなのでプレゼント代わりの隠し弾です。
日常編の頃の、
ボンゴレ本部、資料室。
ボンゴレ
(何故いるのです????????)
混乱の元凶は一枚の資料。
沢田綱吉の側近候補である一人の少女のプロフィールが纏められたそれには、当然のことながらその少女の顔写真も貼られている。
特徴的な髪型の、艶やかな
等身大のビスクドールと言っても信じられるだろう整った目鼻立ち。
常に理知的な光を絶やさない、
それは、百五十年も前に行方知れずになった少女の容貌とそっくり一致した。
そしてトドメに、彼女の名前。
その発音は、かつて幾度となく呼んだ愛称そのままだ。
信じられない、信じたくないが、もう認めざるを得ない。
松崎レイは、レイチェル・オルテンシア・イヴだ。
ボンゴレファミリー作戦参謀にして、雪の守護者。
こと知略に於いては他の追随を許さず、必要とあらば敵も味方もその掌の上で転がす幼き少女。
現代にまで伝えられるそれが何の誇張もない、ただの事実でしかないことを、亡霊は知っている。
彼は、彼女のファミリーだったのだから。
師として幻術を教え、兄として甘やかし、戦友として背を預け、同胞として同じものを見た。
そんな、ファミリーとしか呼べぬ関係を持っていた。
出会ったばかりの頃は人間味がなく、いっそ機械のようですらあった。
感情を表に出さない、と言うよりそもそも持たないのか、いつもぼんやりと焦点の合わない瞳で遠くを見ていて。この娘を育てた養い親は、一体どんな扱いをしてきたのかと思ったものだ。
その分、それから一年の変化は目覚ましいものだった訳だが。
無いと思っていた感情はただ抑圧されていただけだったらしく、度々子供らしい面を見せるようになって。同時に浮き彫りになっていくその異常性に薄ら寒いものも抱くようになった。
けれどそんな一面は、家族として接する時間が長くなるにつれ抑えられていき。
己の異常性を理解したのか、人間らしくするよう心掛けながら生活し、けれど取り繕い切れずに若干ボロを出して。周囲に教えを請い、師に食らいついていくその貪欲さは好ましかった。
人の姿をしていても、人でないことは明白で。
それでも可愛い、大切な末妹だった。
思い出しながら資料をめくっていると、一枚の写真を見つけた。
明らかに隠し撮りとわかる写真だ。
そこには同世代の少女二人と話しながら歩く、末妹が写っていて。
話が合わないから、と同じ年頃の子供とは距離を取っていた彼女が、友人らしき少女相手に笑顔を見せている。
一つ、息を吐く。
争いを好まず、平穏を望む子供だった。
犠牲を厭い、死者を悼み、慈悲深いと謳われる少女だった。
資料を元の位置に戻す。また追加で送られてくるものだ、破棄しても意味はない。
代わりに、彼女が幹部には相応しくない旨を記しておく。
今の器は現在のボンゴレに於いてそれなりの地位にある。現ボスである9代目も、意見を加味せざるを得ないだろう。
これで彼女は、これ以上マフィアと関わらずに済む。
これでいい。
望んでいた平穏の中、誰も傷付けず、また誰にも傷付けられず。
ただ笑って生きてくれれば、それでいい。
その笑顔を、今度こそ守ってみせよう。
抜き出した写真の中の、自分の知らない彼女の頭を指先で撫でて。
『みんな、一緒がいいです』
そう言って笑う、幼い彼女から目を背けた。
・亡霊
レイがいなくなった時期が時期だったこともあり、利用しようとは思わない。利用しようとしたら即捕捉されそうなのもあるが、一番はエゴ。どうか、エレナの分まで幸せになってください。
自分が彼女の
・末妹
実はプロローグ開始までの変化が凄まじかった。その辺は追々明らかになっていく予定。
戦いを嫌ったのは、平穏を望んだのは、家族が傷付かないから。今が楽しくないと言ったら嘘になる。だけど、幸福だと言っても嘘になる。彼女の幸福には、家族の存在が不可欠だから。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的23 その
「焦っているんですよ、先生は。生徒の絶体絶命の危機に…支離滅裂になっている」
安心し給え六道君、それこそ有り得ない。あの
「ウソじゃねーぞ。お前の兄貴分ディーノも超えてきた道だぞ」
その言葉に固まった沢田君だが、火柱が噴き上がる前兆を感じたのか直撃する前に飛び
超直感があっても、開花していなければこんなものか。これでは使いものにならないな。さっさとレオンが羽化すればいいんだが…。
そう思いながら、沢田君目掛けて降ってきたダイナマイトの余波から雲雀君を庇う。
そして沢田君に近付いていく六道君(に憑依された面々)。しかし沢田君との距離が残り数メートルというところで、柿本君がバランスを崩し転倒した。
「なあによくあることです。幾ら乗っ取って全身を支配したと言っても、肉体が壊れてしまっていては動きませんからねぇ」
「つまり、動けない体を無理に動かしているということか」
「それでヒバリには憑依しなかったんだな」
因みにもし雲雀君に憑依して無理やり動かしたら、私が神経を麻痺させて力技で動かせなくするからな。さすがに重傷人にこれ以上の無茶はさせられん。
「無理やり起こしたら怪我が…!!」
「クフフフ、平気ですよ。僕は痛みを感じませんからね」
仲間の体なんだろう、と叫んだ沢田君だが、六道君に否定される。曰く、憑依したら僕の体なんだそう。
この頃の六道君、本当に悪役ムーヴ上手いな。見習いたいくらいだ。
「いいですか? 君の仲間をこれ以上傷付けたくなければ」
「逃げずに大人しく契約してください」
胸から血を流す獄寺君、腹から出血しているビアンキさんを人質に取られ、オドオドしっぱなしの沢田君は、私とリボーン君に縋るような視線を寄越している。
なんか、イラッとする。八つ当たりにも等しいというのはわかっているが、そんな顔をしないで欲しい。
私に、頼らないで欲しい。
───それは、
だが、彼は未だ子供で、ジョット君の子孫でもある訳だし…今回は特別に、サービスしてやるか。
「……沢田君、君はもう見つけているんだろう?」
自分なりの、答えを。
「今の自分の気持ちをぶち撒けるんだ」
「それがボンゴレの答えでもある」
そう。ボンゴレボスの言葉はそれ即ち、ボンゴレの総意だ。
君の、ではないがボンゴレの名を背負う守護者の一角として…私も、でき得る限りサポートをするから。
「…ちたい…」
小さな、小さな声。
でも、それが私が望んでいた答えだというのはわかった。
「骸に……勝ちたい…」
その覚悟を嘲笑う六道君に、沢田君はギリと奥歯を噛み締め、叫んだ。
「こんな酷い奴に…負けたくない…こいつにだけは勝ちたいんだ!!!」
その叫びに、ジョット君を思い出す。
ジョット君。私達の大空。我が王。…ボンゴレ
負けず嫌い、我儘、傍若無人。
天才肌だったのと超直感の存在から基本やれば何でもできて、だからこそ
性格的には、沢田君とは似ても似つかない。
それでも………なんでだろう。
何故、なのだろう。
網膜に焼き付くが如くに鮮烈な、あの橙の炎が、思い出されて仕方がないんだ。
その直後、沢田君の思いを受けレオンが羽化した。
紆余曲折ありつつも、沢田君の手に渡った
そして沢田君が中に入った銃弾の存在に気付き、六道君の妨害を躱しリボーン君が奪取したその弾丸で沢田君を撃つ。
小言弾は沢田君の周囲の人の思いがそのまま彼に伝わる。
私の思いは、きっと届かない。
でも、届かずとも思うだけなら。
(君は、君の信ずる
大丈夫、どんな暗闇の中でも、君には
だから───
───迷わず突き進め、
沢田君へと振り下ろされた三叉槍が、倒れていた彼によって掴まれる。
ミトンは、Xのエンブレムがボンゴレの紋章を覆った黒のグローブへと変化する。
「骸…お前を倒さなければ………死んでも死に切れねえ」
その言葉を契機に額に灯る、綺麗なオレンジの炎。
見ているかい、ジョット君。
…まだ幼くて、炎の純度も劣っていて、頼りないけれど…───
───…君の来孫は、君にそっくりだ。
その覚悟の在り方も、炎の色も、武器すらも…
揺らめく橙が滲んでいるのは、きっと錯覚なんかじゃない。
私は、嬉しいんだ。
泣きたいくらいに、嬉しいんだ。
こうして長い年月を超え、ジョット君や私達の志を継いでくれる者が現れたことが。
その思いが不滅であり、今も生き続けているのだということが。
堪らなく、嬉しいんだ。
地獄道の幻覚を見破り、六道君を追い詰めていく沢田君。
先程までとはまるで違う彼の様子に、獄寺君とビアンキさんに憑依した六道君は驚愕している。
「これこそ小言弾の効果だぞ。ツナの内に眠る“
“
ボンゴレ初代ボス・ボンゴレ
その覚醒を確信した私は、内心ガッツポーズを決めた。
超直感はあまりにも術士と相性がいい。六道君のように棒術等で自力での戦闘が可能な者とも同様。
正直超直感には私もトラウマじみた思い出しかないが、そこはそれ。今は沢田君の成長を喜ぼう。
ありがとう
割と上機嫌で頭の中で想像した南国果実にそう告げていると、攻撃をいなしていた沢田君が獄寺君の首に手刀を落とした。
リボーン君曰く、打撃で神経を麻痺させる戦い方を直感したらしい。
『ふざけたことを』というまとも極まる六道君の言葉に同意したくもあるのだが、残念なことに私はジョット君のせいでそういうのに慣れてしまっている。
超直感は過程をすっ飛ばして答えを導くことができる。無論私も同じ答えへと辿り着くことは可能だが、そこへ至るまでの過程はちゃんと存在する訳で。
例えるならば計算式を見せられて“何となく”で正解を言い当てるのがジョット君で、途中式も込みで完答するのが私だ。ジョット君は途中式を問われても答えられない。
ある意味それが超直感最大の弱点となる。幾ら正しい答えを導き出せても、根拠を示せなければ納得しないものも存在するのだから。
まあ、その辺りをフォローするのが私の役目でもあった訳だが。
彼の我儘のような要求を、しっかりと実現可能な形にまで落とし込む。
そこに至る、道をつける。
それが私の、雪の役割なのだから。
・
取り繕いはするが家族とそれ以外では対応に差がある。
ツナのことは基本大空の後継者として見ており、内心での
役割もあって大空からは大抵無茶振りが飛んでくる。ふざけるな実現性が低いにも程がある!! と罵りながらも考えると何故か諸々上手く嵌った。そんなことを繰り返すうち超直感がトラウマ化。なにあれこわい。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的24 見えたもの
己の果たすべきものに想いを馳せながら、体が麻痺し気絶した二人を俯いたまま受け止める沢田君を見て、ふと思い浮かんだ仮定は酷く暗い。
…もし、私がファミリーの誰かと戦うことになったら。
逃れる
私は剣士としての矜持を賭して戦い…そしてファミリーの命を奪ったその剣で、己の心臓を貫くだろう。
そのことに、微塵も躊躇はない。
薄暗い覚悟を胸に抱きながら、棒を手に起き上がった、こめかみから血を流す六道君と、額の炎を揺らす沢田君とが対峙している様を見つめる。
目に指を突っ込むというトラウマものの動作で第5の道・人間道を発動させた六道君の背後からはドス黒いものが立ち昇っている。
あれもまた
思い出したその光景に、冷や汗が背を伝う。
呼吸が浅く、早くなる。
あるじゃないか。あれと同等、いやそれ以上に禍々しい炎。
かつてこの時代なら黒マフィアに分類されるだろう悪徳ファミリーを潰した際に、
得体の知れない炎と
マフィアの世界で唯一絶対に守らなくてはならない掟。
その番人の、首領の名を。
(バミューダ・フォン・ヴェッケンシュタイン……)
恐怖と共に胸に深く刻まれたその名を、口の中で小さく呟く。
その名を持つ者は、かつて裏で知られた恐るべき力を持つ
それは恐らく、
かつて、それに似た噂は聞いたことがあった。
けれど詳しく調べることはなかった。
私の持つ知識にもそれに関する情報はあった。
だがその謎について、考えようとはしなかった。
何故か。
───ジョット君が、ストップを掛けたからだ。
嫌な予感がすると、関わるべきではないと。
その直感を、私達は信じた。それだけの話だ。
だが、断片的な情報であっても見当は付く。何ともまあ、酷い状況に置かれているものだ。
内心哀れみながら、炎を纏ったグローブで振り下ろした棒を曲げた沢田君に驚いているらしい六道君を見ていると、当のアルコバレーノであるリボーン君が問うてきた。
「死ぬ気の炎と
何故そこで私に話題を振るんだ、と顔をしかめて、今私が持ち得ていて不自然でない知識による答を導き出す。
「…名称と六道君の反応から見て、
「大正解だ。死ぬ気の炎はそれ自体が破壊力を持った超圧縮エネルギーなんだぞ」
「成る程、そのグローブは焼きゴテという訳か…」
「それだけじゃない」
うん、それだけじゃない。
それは他の炎では真似出来ない、大空だけの特権だ。
リボーン君の視線が逸れたのを確認してニンマリと人が悪いと評されそうな笑みを浮かべた私の前で、六道君の最終目的が暴露される。
彼が目指すのは、世界中を血の海に沈めるような大戦。
しかし最も優先順位が高いのは、やはりマフィアの殲滅らしい。
…彼の過去を考えれば当然ではあるが、もう少しどうにかならなかったのか、という思いもある。まあ私もそれなりにマフィア嫌いなのだが。あの時代、今の白マフィアを自警団、黒マフィアをマフィアと呼んでいたから、その影響だ。
その後も私の持つ知識と差はなく、私達への余波もそれ程なく。
大空の炎の推進力に翻弄され、更にはその調和の力でドス黒い
無事医療班も到着し、ランチアの解毒も間に合ったらしい。
その直後の六道君を案ずる沢田君の声に、もうそろそろだな、と鉄パイプを握り直した。
ボロボロの体で這いながら、それでも六道君を守ろうとする城島君と柿本君。
彼らが吐露したのは、初めて手に入れた居場所を壊されたくないという、子供染みた純粋な願い。
切実なその願いにすら微塵も揺らがぬ己の心に、苦いものが胸に広がる。
やっぱり私は、普通のヒトには成れないのだ。
心の揺れを抑えてしゃがみ込みながら、散らばった瓦礫の中に紛れる三叉槍の欠片でさりげなく指先を切った。
意識のない六道君との間に目に見えないパイプが繋がった感覚があるので、慎重にそれを編み変える。
今の主の状態を反映してか弱々しいそれが切れないように、目を瞑り、神経を集中させて解いていくと、私達の間にはか細い一本の糸のみが残される。
ここまで繋がりを細くしたのだから、憑依されることはないはずだ。されそうになったら私の方から切れる。
だが幾らか細くとも繋がりがあるのだから、運がよければ六道君の様子を垣間見るくらいのことはできるだろう。まあ私の様子を六道君に見られる可能性も孕んでいる訳だが。
今後のことを考えた一手を打つや否や、いきなり黒曜の面々の首に枷が付き、ゾッとするような冷気が漂ってきた気がした。
「“
いつか聞いたのと全く同じ内容の説明を、リボーン君が言う。
奴らの発する不気味な気配に、背筋を氷塊が滑っていくような感覚に陥りかける。
かつてと変わらぬその姿からは、何の情報も得られない。
なのに彼らは何故か私の方をチラチラと見ている気すらして、思わずスネグーラチカを発動させかけた。
落ち着け。落ち着くんだ、レイ・オルテンシア。
ボンゴレ雪の守護者たる者、
心の中で何度も呪文のように唱える。だが剣の代わりに鉄パイプを握る手は冷や汗で湿っている。これくらいは見逃して欲しい。
六道君達を引きずって行った
促され、沢田君に続いて外に出ると、救急車が3台程止まっていた。
公にはできないはずの事態の時ですら、これだけのことができる現在のボンゴレに鳥肌が立つ。
───本当に、ボンゴレは多くの富と権力を一手に握る大マフィアなのだ。
無意識に、辿る。この結果に辿り着くための、その過程を。
私がいなくなった後、何があればこうなるのか。
沢田君が筋肉痛という名の小言弾の負荷に耐えきれず地面に伏し、気絶した。それに続いてリボーン君も眠気に負け、意識を失う。斯く言う私も足元が覚束ない。これは久々の実戦だからか、それとも今思い至った事実から逃避しようとしているのか。
「済まない…建物の奥に、私の通学鞄があるんだ…」
「大丈夫です、我々が取ってきますから」
「そか…あり、がと……」
見知らぬボンゴレ医療班の人間に言われ、緊張よりも疲弊が勝ったのか、私は地面にしゃがみ込み、そして襲ってきた暗闇に身を任せた。
・自警団最高幹部
アルコバレーノの認識は『厄ネタ』。自分の持ってる情報だけでもヤベェとわかったがボスの勘のお陰で更に精度が増した。正直ツナ達にも関わって欲しくないが、ツナの家庭教師やれるのはリボーンだけだと思ってるのでその辺りは(今後口出しできる立場になったとしても)突かない。
ボンゴレがマフィアになった、と知ってはいても、経緯については今まで思考を止めていた。現代のボンゴレ関係者が
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
隠し弾 いつか、何処かの世界線
という訳で、お年玉代わりの隠し弾です。死ネタが含まれますので、苦手な方はブラウザバックを推奨します。
誕生日にこんな話を投稿するとか、
「ヌフフ、またここにいるんですか、アラウディ」
「…」
そう言った
「君こそ、暇なのかい?」
「可愛い末の妹の墓参りをして、何が悪いんです?」
「墓参り、ね」
この墓はカタチだけのもの。
生死すらわからぬ、彼らの雪のそれなのだから。
彼女が好きだった白い花の中に埋まる大理石の墓誌、その上に二つの花束が置かれた。
察しているアラウディは、何も言わずに立ち去ろうとして、振り返る。
落ち着いて、何処か冷たさを持つ優しい声の「いってらっしゃい」が聞こえないのにも、もう慣れてしまった。
でも、それでも、この場所に来る度彼は言うのだ。
「また来るよ」
そして今度こそ、歩き出す。
戻るのだ。今の己の居場所に。
彼女が、最愛の雪が己に託した役割を果たすために。
その胸元で、彼女と同じように細い鎖で胸に下げた、ホワイトオパールの指輪が輝いていた。
◆
若き10代目が推し進める、ボンゴレの解体。
それに反対する過激派の面々が惨たらしい有様となって発見されたのが、一時間前。
そしてその下手人は今
「まさか、生きてるうちに、自分の墓を見ることになるとは」
白い大理石の
「…発案者はジョットですから、文句は彼に言ってください」
「そうします。後は、アラウディ君にも言わないと、ですね」
墓誌に刻まれた二つ目の名を愛しげになぞり、レイ・オルテンシア・イヴはその深い青の瞳を細めた。
「
「いいですよ、レイ。何が望みですか?」
「これ、処分しといてください」
そう言ってレイが示したのは、彼女が首から下げた懐中時計。
彼らが家族である、その証。
何より家族を大切に思う彼女らしからぬ言葉に瞠目する
「今すぐじゃなくて、いい。ほとぼりが冷めてからの方が、安全だと思うし。でも、
「……わかりましたよ。君がそういうのなら、きっと意味があることなんでしょう」
昔を思い出したのだろう彼女の隣に腰を下ろし、その頭を撫でてやる。
「よく眠れるように、子守唄でも歌ってあげましょうか?」
「や、です。雨月君の笛の方が、いい」
「ヌフフ、我儘な弟子ですねぇ、全く」
いつかを思い出す遣り取りだった。
彼女がまだ家族と共にいられて、彼の大切なものは欠けていない、そんな頃。
幹部としての職務の合間や修業の休憩時間に、他愛もない話をした。
───これで場所があの懐かしい屋敷の裏手に広がる森で、手元に彼らの大切な女性が焼いたクッキーでもあれば、完璧だったのに。
どちらともなくそう思っても、どちらも口には出さなかった。
それはただの夢想でしかない。
夢想とわかって縋る程、彼らは弱くない。
少なくとも、そんな弱いところを互いの前で見せる訳には、いかなかった。
これから逝ってしまう妹を、心配させたくなかった。
これからも独り生きる兄を、悲しませたくなかった。
時間が過ぎていく。太陽が天高くに輝くようになる。
時が過ぎる度、レイの反応は遅れ、声は弱々しくなった。
「───わたしもきみも、バカですね。こんな、とおくまできて」
ふと零された泣きそうな声は、もう切れ切れで。
「ああ、でも───みんな、バカでした、ね」
それが、最期だった。
百五十年間、幾度となく見た虚ろな瞳が、
瞼をそっと閉ざしてやれば、もう眠っているようにしか見えなくて。
「おやすみなさい。私達の雪花」
もう聞こえないとわかっていて、それでもそう囁く。
そして抱き上げて、墓地の出入り口へと歩を進めた。
万が一にも、初代雪の守護者との関係を疑われることがないようにするためだ。
不意に、もう血の気の失せたレイの頬を、雫が濡らした。
「雨、ですかね」
空は晴れている。
いっそ憎たらしい程に澄んだ青に、綿を千切ったような雲が浮かんでいる。
だからきっと、天気雨だ。
◆
『◎月 ▲日
幹部11名が惨殺死体となり発見される。
監視カメラの映像から下手人は10代目の中学時代の友人・■■レイであると特定されるも、三時間後に死体で発見。
犯行に及ぶ前に遅効性の毒を服毒していたものと推定される。
下手人の死体は10代目の意向により、共同墓地に埋葬される見通し』
そう書かれた報告書を、全身白い男は投げ捨てた。
「やっぱここのレイちゃん“も”死んじゃってたかー」
そう言ってマシュマロを食むその姿からは、悲壮感など微塵も窺えない。
目的の人物が、既にこの世の者ではないと知ったにも拘らず。
だが、彼には生死など関係ないのだ。
彼女が生きている世界は、まだある。
自分以外の『プレイヤー』である二人とは異なり、どんな世界にも必ず存在するとは言えないが、それでも彼女の存在を確認できた世界は、まだある。
だから、構わない。
“代わり”は、まだまだ数があるのだ。
そうして、ボンゴレを壊滅させたことで揃った
・いつか、何処かの雪花
“あること”を知れなかった結果限界が来て凶行に走った世界線。でも
尚彼女の死に白蘭は関係ないので、白蘭が斃されたら生き返るとかそういうことはない。死者が本当の意味で死者になった。これは、ただそれだけの話。
・いつか、何処かの亡霊
何の因果か妹を看取ることになった。
可愛い妹分兼弟子の頼みとは言え、あの懐中時計の破壊は躊躇われた。期限ギリギリまで悩んだ末に、彼女の亡骸の代わりに百五十年前の彼女の墓、の傍に埋める。代わりですけど、これで一緒ですよ、アラウディ。
・いつか、何処かの浮雲
雪花の墓に眠っている。
事件後、「
・マシマロ大好き悪魔
レイの秘密には気付かない。けれど彼女の存在に興味を持ってはいる。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
隠し弾 お伽話は、もうおしまい
まあ簡潔に纏めてしまうと、バドエンで終わったように見えても当人達にとってはハピエンだよ、
(ああ、あの人が)
その姿を目にした時、綱吉の胸を過ぎったのは、そんな他人事のような感想だった。
黒いスーツを身に纏い、凍てついた視線でこちらを睥睨する彼の顔立ちは、綱吉の雲の守護者にそっくりで。
勿論、そこにいるのは雲雀恭弥ではない。
『なにものにも囚われず我が道をいく浮雲』と、そう謳われる男。
初代雲の守護者・アラウディ。
彼が守護者でなくなった後、その役割を果たすために整えた機関。その本部に亡霊が出るのだと囁かれるようになってから、実はそう日は経っていない。
綱吉の、中学時代の同級生。中二の半ば、突然失踪した少女。彼女が幹部11名を殺害、また自身も服毒自殺を遂げた頃から、そんな噂が流れるようになったのだ。
因果関係は不明。けれどタイミングから、全くの無関係とも思えなかった。
クラスメイトと、愛する人の友人と、彼がどんな関係なのかはわからない。けれど、ここで視線を逸らすのは不誠実な気がして、まっすぐに見つめ返す。
綱吉の態度に目を見張った青年が、挑発するような、嘲るような笑みを浮かべて。
『何してるんですか、全く』
呆れの色を含む声が、余裕の溢れるその表情を崩した。
「っ」
咄嗟に振り返った綱吉の脇を、華奢な人影がすり抜ける。
特徴的な髪型の髪を靡かせて。
古風で少女らしい服に身を包んで。
ただ目の前の青年だけを見る彼女は、綱吉が知るよりもずっと背が低くて。
玲、レイ、れい───綴りは、『Ray』。
思い至る。
何故気付かなかったのかと、そう自分を責めたくなる程に単純で、残酷な現実に。
せがむように腕を伸ばした幼い少女を、青年は慣れたように抱き上げる。
少女もまた当然のように青年の肩に手を置いて、体を安定させた。
『相も変わらずバカで何よりです、ええ。まさかこんなところを
呆れたような声色で紡がれるその言葉が図星を突いたのだろう、青年がそっぽを向く。
拗ねないでください、と不満げに零した少女だが、何故そこまで青年が頑なになるのかも察しているのだろう、その声に必要以上の険しさはない。
代わりに彼女は、青年の肩に置いていた手を、その側頭部、両の耳の上に添えた。
そして額を合わせ、吐息が混ざる距離で、冬空の色の瞳を覗き込む。
吸い込まれそうに、落ちてしまいそうに深いと、そう幼い綱吉が思った青の瞳を細め、彼女は告げた。
『ありがとう、アラウディ君』
何ということはない感謝の言葉は、まるで愛の告白のようで。
その響きを咀嚼した青年が、素っ気なく言葉を返す。
『僕が望んで、やってただけだよ』
『そうだろうな、君はそういう奴だ。私が言いたいから言った、それだけのことさ』
強気に微笑む少女の頭を撫でる青年の唇が綻んでいたことに、彼女は気付いていない。
『納得したな、ならさっさと帰ろう!! 早くしないとジョット君が暴れ出すからな!!』
『…君、何かやりたいこととかないのかい』
青年のその言葉に、いないもののように扱われているのをいいことにただ黙って事を見ていた綱吉は息を詰めた。
やりたいこと。つまりは未練。
僅かに期待した綱吉の思いを裏切り、あっさりと少女は告げた。
そんなもの、ある訳がないじゃないか、と。
『君がいれば、みんなさえいれば、私はそこが地獄だって満ち足りて幸福なんだから』
『あいつはいいの?』
『どうにかしようにも私ももう死んでるしな!! ───
つい先日、ようやく名実ともに死者となった少女が、そう言って嫣然と笑った。
その笑みに一度瞑目し、掛けられた声に開ける。
「沢田殿? どうしたのでござるか?」
「あ、いや、何でもないよ、バジル君」
背を向けて、そして振り返らない。
交わらないはずの道だったのだ。
それが何の間違いか交差して、綱吉は彼女と出会った。
だけど、もう時間切れ。
お伽話の登場人物は、もういない。
お伽話は、もう終わっているのだから。
・お伽話の中の雪花
自己満足だとしても、ありがとうと言いたかった。
姿が幼少期で固定されているのは、その時期が彼女の人生で一番幸福だったから。言ってしまえば全盛期。
彼女にとって死後はもうボーナスステージでしかない。幸せゲージがマイナスからプラスに振り切れた結果家族以外への興味関心の無さが増した。なんでそうなる。
しかし情がない訳でもないので白蘭がボンゴレを壊滅させたらスラング吐いてサムズダウンくらいはやる。そして怒られる。生まれたての子鹿
・お伽話の中の浮雲
望んで門外顧問やってたんだ。───望んで、それを支えにしてたんだ。
八つ当たり()してたが当の雪が迎えに来たので大人しく帰った。直後に大空にケンカを売られたので即買いした。
・お伽話を読む大空
クラスメイトだった少女の正体に気付いた。が、誰にも言わない。一人で抱えて、墓場まで持っていく。
作者的にこの話で一番可哀想なのは
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的25 虹の秘密
目が醒めるとそこはいつかと同じ病院で、検査入院だった私は一泊することにはなったものの、すぐに家に帰ることが出来るらしい。
検査も一通り終わり、暇を持て余した私は屋上を目指して階段を登る。
白いシーツがはためくその場所で、柵に背を預け、空を見上げた。
ジョット君。ボンゴレは、変わり果ててしまったよ。
いや、もうないのかもしれない。
私の帰る場所だったボンゴレは、もう何処にもなくて。
あるのは、同じ名前を持った別物。
そんな風に簡単に考えられる程、都合のいい頭はしていない。何と言っても作戦参謀だからな。
今のボンゴレも、確かに私達の跡に続いている。
私はボンゴレに仕えてたんじゃない。
君に忠誠を誓ってた。
私は、みんなが好きで、みんなが一緒に居られるあの場所が好きだっただけ。
君達が一緒なら、そこがボンゴレじゃなくたってよかったんだよ。
だから───今のボンゴレに、懐く情なんて有りはしない。
その変化を、肯定することは決して有り得ない。
あの日々を否定することだけは、何人たりとも許さない。
新たな決意を胸に伸ばした手は、当然だが何も掴むことなどなかった。
◇
それからリボーン君に問い詰められることもなく一夜を過ごし、家に戻った私は休んだ分を取り戻すべく勉強を始め…なかった。
正直なところ並中は難関校という訳でもないのでテストの問題も簡単だ。ある意味確認作業的というか、ある程度の暗記ができれば余裕で満点が取れる。
目を閉じて六道君と私とを繋ぐ糸に集中するも、得られる情報はない。まだ意識がない状態なのか、それとも接続が悪いのか。
瞳を閉ざしたままあらゆる可能性を視野に入れ探っていると、感じた強烈な
手を一振りしてドアを氷で覆い、封鎖。
椅子の背に手をかけ、急所となる首をできるだけ晒さないように振り向くと、予想通りの姿が悠然と佇んでいる。
創り出した
この程度で退いてくれる相手だとは思っていない。でも、何もしないでいるというのも私の剣士としての矜持が許さなかった。
相手に動きが見られないので、短く問う。
「……何用だ、
答える声は、無い。
黒のシルクハットとマントを身につけ、至る所に包帯を巻いた不気味極まるその姿からは、相も変わらず何も読み取れず、何の変化もない。
いや、かつてや一昨日との違いが一点だけ。
背の高いその人物の肩に、同じ格好の赤ん坊が乗っている。両者の違いは一つ、赤ん坊の方がしている透明な、中に黒い澱みのようなもののあるおしゃぶりのみ。
思考が加速する。
アルコバレーノに関する予測は真実であると判断していい。それに基づくと、
「そう警戒しないでくれ、レイ・オルテンシア・イヴ君」
「なっ…」
こちらの情報、私の正体がバレている。
情報は最大の武器だと知るからこそ警戒を強める私を前に、再び赤ん坊が口を開く。
「取り敢えずその剣を下ろしてくれ。僕達は君と戦いたい訳じゃないんだ」
「その前に、一つ。君がバミューダ・フォン・ヴェッケンシュタインか?」
私の口から出た言葉に、赤ん坊は驚いたように沈黙した。そして、頷く。
「よく知っているね。君のボスから聞いたのかい?」
「ああ、その通りだ」
そう返しながら
「いきなり訪ねておいて申し訳ないが、場所を移そう。ここでは安心できない」
「何に対して不安を感じているかは知らんが、場所を移すのには賛成だ」
背の高い
禍々しいそれに向かって歩き、促されるまま炎の中に身を進める。
黒く先の見えないそれは、かつての平穏な日々が一変した時、私が見たものに酷似してはいたが、何故か触れると落ち着いた。
心の底に溜まっていた澱みを掬い取られたような気分になりながら炎を突っ切ったその先にあったのは、教室が収まる程の大きさの空間。洞窟らしく、何処からか風が唸る音がし、白いタイル張りの床以外は岩で覆われている。
そのど真ん中に置かれた丸テーブルに添えられた椅子に座ると、バミューダ達もその対面の椅子に座った。
「それじゃあ話そうか。勿論、ここで聞いたことは他言無用だよ、レイ・オルテンシア君」
「承知している。第一、正体を隠しておきたいのに
「それもそうだね」
この程度の情報ならば開示しても支障はないと判断し、頬杖をついて言った言葉に、(包帯で隠れていて表情が伺えないため、雰囲気だけだが)バミューダは笑ったらしかった。
「招いておいてなんだが、まずは君の話が聞きたい。何故、12歳の誕生日のひと月後、失踪したはずの君がここにいるのかを知りたいんだ」
「それなりに長くなるぞ?」
「構わないさ。
協力関係、か。マフィア界の掟の番人が、何を望むのやら。
しかしここで黙っていても私にメリットはない。そう判断したからこそ、洗いざらい話すことにした。
黒い渦に呑み込まれ、気が付くとこの時代の並盛にいたこと。
存在するはずのない“松崎
今は松崎
全てを聞き終えたバミューダは何を言うでも無く、「次は僕の番だ」と話し始めた。
「これから話すのは、君なら察しているとは思うが
そこからバミューダが語ったのは、彼らの来歴。私の予測の、裏付けとなる情報。
幾らか、私の知らないものも含まれてはいたが。
「………つまり、君らは元アルコバレーノで、自分達に呪いをかけたチェッカーフェイスなる人物に対する復讐を目論んでいる。そのために私と協力関係を結びたい、と」
情報の確認のため、噛み砕き、重要な部分だけを要約する。
動揺することもない私の様子に、バミューダが感心したように声を上げる。
「さては、既に大半を予測していたね? さすがは神算鬼謀と謳われたボンゴレ作戦参謀だ」
「…君に言われても褒められた気がしないから止めてくれ」
何と言っても相手は世代の開いたジョット君ですら知っていた伝説級の人物なのだ。頭脳戦で負けてやる気は微塵もないが、賞賛を素直に受け取れるかと言われたらまた別になる。
「訊きたいことがありそうだね」
「当たり前だろう。
取り敢えず───
───何故、私にその話をした?」
・神算鬼謀の作戦参謀
ファミリーの中では一番
ほぼ独力でアルコバレーノの秘密と
・最初の復讐者
シモン絡みのアレコレを話した瞬間友好的な態度は望むべくもなくなると察している。なのでそれだけは話さないようにしないとな、と思っている。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的26 目指すもの
出来れば今日中に各々の現状の纏めと一緒に後書きも出したい…!
イェーガーと紹介された
彼らが追うチェッカーフェイスは神出鬼没。話を聞く限りだが頭も切れる。そんな憎き仇敵に聞かれる
私が初代雪の守護者だから?
───それだけでは動機には弱い。
私が並盛に現れたのがチェッカーフェイスの引き起こした事象ではと疑っている?
───そもそも私に話すメリットがない。
ジョット君が何か言った?
───バミューダの名を出した時もすぐにジョット君経由の情報だと察されたことから可能性は高いが、『マフィア界の掟の番人』である彼らが一ファミリーのボスと個人的な関わりを持つとは考え辛い。
あるとあらゆる可能性を想定してはいるが、どれも弱かったり不可解だったり。これは本人の口から聞くのが正解だ。
「…理由は幾つかある。その中でも決定打になったものが、“
バミューダが差し出した手の上で、ぶわりと黒い炎が揺らめいた。
一切光が無く、混じり気のない純粋な黒に魅入られる。かつては禍々しさすら感じたというのに、こんな気持ちになるのは何故なのだろう。
「やってご覧」
「は?」
「炎を灯してみるんだ、勿論リングを着けずに」
つまり、バミューダの真似をしろということか?
言われるがまま、意外にしっかりと憶えていた、霧のリングに死ぬ気の炎を灯した時の感覚を再現する。
身の内で激しく燃える感情がリングに集まり、炎となって発現する。
最初の頃のように丁寧に工程を辿ると、何かが燃え上がる音がした。
リングも無いのに炎が灯せるはずがないと、慌てて目を開けると、闇色の炎が掌の上、頼りなさげに浮かんでいた。
「な……!」
「僕が感じたのは、やはり君のものか…」
説明を求め、バミューダを見つめる。
憂うかのように嘆息した彼は、しばしの間黙考すると口を開いた。
「…それは間違いなく“夜の炎”だ。その色、その感覚…僕がチェッカーフェイスへの復讐の権化となり、『死ぬ気の到達点』へと至った結果生まれたものと全く同じ。恐らく君も『死ぬ気の到達点』に至っている」
死ぬ気の到達点に至っていると言われても、意味がさっぱりだ。そもそも死ぬ気の到達点とは何なのかがわからない。バミューダを見やると、「ある境地のことさ」と言われた。
「ある一つの純粋な死ぬ気が全身を満たした時に至ると僕は予想している。君の場合、それの特定は容易い。心当たりだってあるだろ?」
冷や汗が滲み、首に掛けた懐中時計を服の上から押さえる。
心当たりなんて、一つしかない。
あの日だ。
家族から引き離された、あの日。
何を思ったのかは、どうでもいい。それは今表に出すべきものではない。
大切なのは結果。私があの日、夜の炎を手に入れたという事実。
「…バミューダ。これ、はつまり、私はもう霧の炎を使えない、ということだろうか」
「いや、その辺りは謂わばスイッチのオンオフだ。同時使用はともかく、使う分には問題ないだろうね」
得手とする技術の使用に問題がないことを確認し、詰めていた息を吐く私の目の前で、バミューダが言葉を続ける。
「“夜の炎”を使えるのは僕だけだった。だから他の
改善したい、というバミューダの言葉に偽りはないだろう。
黒曜での戦いの朝、となるとこれまた心当たりがある。恐らくあれだろう、一瞬で並中から黒曜ランドに移動していた奴。謎の現象の正体は炎だったのか。
「つまり、私に
「主なところではそうだ。それから、チェッカーフェイスに関わりそうな事柄が身の周りで起こった場合の報告だね」
「…リボーン君が
『虹の代理戦争』とは読んで字の如く、
無論勝っても負けても呪いは解かれず、それどころか私達が今いる場所の近くの洞窟に生命維持装置であるおしゃぶりの
そして代理は見どころアリと判断されれば虹の呪いを掛けられ、新たな
チェッカーフェイスの外道さにも引くが、この虹の代理戦争、恐らく沢田君も巻き込まれることになる。
あのリボーン君が
だがそれは、沢田君がアルコバレーノになる可能性と、バミューダによって真実を知らされ真っ向から対立する可能性を孕んでいる。
そしてバミューダの復讐は恐らく達せられない。彼らでは、いや私にも、チェッカーフェイスの打倒は不可能だ。
もう一つ放っておけないのがジョット君からも話を聞いた、彼にリングを託した
私に、瞳の色と形がそっくりな女性。
マーレリングを管理する、ユニの先祖。
情報が重なり、補完される。
それを元に予測すれば、全ての辻褄が合う。合ってしまう。
私があの日の続きを、百五十年後のこの時代で行う理由が。
夢現に見た、あの七色の灯火が。
祖父と呼んでいた男の、あの無機質な眼差しが。
何もかもが、それが正しいのだと告げている。
瞼を閉ざし、暗闇の中で思考は加速する。
開示された情報と、今までに得た知識。点と点とを繋ぎ合わせ、未来を描く。
確定しているモノ、裏取りが必要なモノ。ラベリングし、使えるモノだけを選び取る。
イケる。これなら確実だと、断言できる。
目的は定めた。道はつけられる。
これは、最後の抗い。
それまでの日々で、抗いを形にできなかった場合の最終手段。
それまでの抗いが意味を成さなかったからこそ、通じる一手。
それまでに、何が起こるとしても。
結実の日は、そう遠くない。
尤も、その日まで私が生きていることに耐えられるのかは、誰にもわからないけれど。
「…わかった。その条件、了承しよう。ただし、ボンゴレに関する事件などが起きた場合、それを教えて欲しい」
「その程度訳ないさ。じゃあ、炎を供給しながら僕らが掴んでいる最新の情報を教えてあげよう」
その直後、ボンゴレ
断章・苛立ち、若しくは郷愁
いつしか、視線をあちこちに彷徨わせて彼女の姿を探すのが当たり前になった。
自分の行動が気に食わなくて、溜息を吐く。
ぐちゃぐちゃに混ざり合ったそれは、徐々に馴染んできた。
知らない知識。
知らない記憶。
知らない思い出。
当然のように頭の片隅を占拠して、居座るそれら。
いつの間にか受け入れているみたいで、自分に腹が立つ。
受け入れてなんかいない。
これは、僕のものじゃない。
それでも何故か、暇になると思い返してしまう。
知らない、のに。
覚えている、はずがないのに。
まるで、心の何処かに鮮烈に焼き付いていたみたいだ。
(それだけ、憶えていたかったんだ)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第三章 遠い日を想う彼女と、遺されたモノ
標的27
それでは第三章、開幕です。
「うーん…」
どうしよう。本当にどうしよう、ジョット君。
アンティーク調なオフホワイトの地に水色の小花柄が可愛らしい、ひと抱えはある巨大サイズのテディベアのお腹に手を回して抱いたまま、ベッドの上を唸りながら転がる。
因みにテディベアは私の手作りだ。並盛に来たばかりの頃、少しでも気を紛らわせたくて、型取りを始めとする全ての工程を一人でこなした。
着々とシリーズも増え、今取り掛かっているのは薄紫のドットが散らされたネコのぬいぐるみ。
作りかけのそれを始め、他にも何処か
だがしかし、そのぬいぐるみを生産した時よりも今はもっと疲れている。理由は一つ、リング争奪戦である。
いや、厳密に言うと違う。ヴァリアーと同時期に登場し、中々のインパクトがある組織・チェルベッロ機関のことである。
チェルベッロとはイタリア語で『脳』と訳される。それだけでも意味深なのに、
そして彼女らは、
色々と予測できることもあるにはある。
というかだからこそ悩んでいる。
さすがにこれが事実だとすると色々とまずいのだ。主にバミューダ君達が。
酷使が過ぎたのか痛みを訴えて来た頭を押さえて起き上がると、机の上に放置していた携帯電話にメールが届いていた。ハルちゃんからみんなで遊ぼうとのお誘いだ。
冷静になるためにも休憩を挟むべきだろうと、了承の意を返信しようとしたところで、はたと思い至る。
これ、スクアーロが襲撃してくるのでは?
危なかった。私ともあろう者が、自分から巻き込まれに行くところだった。
大変申し訳ないのだが、ハルちゃんには体調が思わしくないため断る旨を送信。アリバイ作りも込みで布団の中に潜り込み、目を瞑った。
◇
沢田君達がスクアーロからの襲撃を受けた数日後。
この数日、私が何をしていたかと言うのは一言で表せる。
普通の学生らしく過ごしてました。
尚、結局チェルベッロのことについては知らせていない。【私】という存在の成り立ちにも関わってくることなので秘密にしていた方がいいと判断した。有事の際に切れるカードは多いに越したことはないし、彼らの情報管理で本当にチェッカーフェイスを欺けていると確信が持てないのも理由の一つである。
今日も今日とて普通の学生らしく過ごした私は、さて寝ようかと立ち上がった瞬間に感じた気配に、体が一気に戦闘態勢に移行するのを感じた。
ふぅ、と深呼吸を一つ。
ふと視線をやった姿見に映る私は、瞳を剣呑に細めた剣士の顔をしていた。
気配から敵意は感じない。敵になるはずはない者にすらこう反応してしまうのなら、殺意など向けられた瞬間相手に斬り掛かって殺してしまいそうだ。
抑えるようにしなくては、と思いながら勢いよく窓を覆うカーテンを、次いで窓を開ける。
ちょうど私の部屋の窓の下にある、張り出した屋根の上に立つピンクの髪に浅黒い肌、目元を黒い仮面で隠す二人の女性に、私は静かに微笑んだ。
殺気を出しているにも拘らず、彼女らは動じない。
まるで、昔の己を見ているようだ。
ただ人形のように言われるがまま生きていた、家族に出会う前の私を。
その成り立ちと在り方に少しばかりの憐れみを抱いていると、右に立つ女性が言った。
「…貴女様が松崎レイ様で、間違いないでしょうか」
否定してもいいことなどないので頷くと、左の女性から何かを差し出された。
ケースだ。
見覚えしかない紋章があしらわれ、高級感を漂わせる小さなもの。
「それより、夜も遅いのに何の用だ?」
何が入っているか予測が付いてしまうからこそ、平静を装って問いかける。
幸いにして、彼女らはすぐに説明を始めた。
イタリア最大規模のマフィア・ボンゴレのこと。
ボンゴレの後継者を決めるべく、並中で行われるリング争奪戦のこと。
明日の夜から守護者は一人ずつ、戦わなくてはならないこと。
そして───雪の守護者についても。
「───もう一度、言ってもらっても?」
「はい。貴女様は、初代以来存在しなかった雪の守護者となり得ます」
「しかし貴女様だけでなく、もうお
「そのため、リング争奪戦のルールに則ってレイ様ともうお
最後の言葉と共に、左の女性がケースを開ける。
ベルベットのクッションに埋めるようにして固定されていたのは、月光を浴びて様々な色の光を宿す乳白色の石を
見覚えのあるそれは、見覚えのない姿になって再び私の前に現れた。
心做しか震える手で、リングを手に取る。
楕円だったオパールは真半分に割られ、リング本体も上下に分割され。永い歳月を経た証か、細かな傷が刻まれている。
唯一の救いは、切断面が滑らかなことだろうか。まっすぐだし、これなら合わせた時もしっかり嵌りそうだ。
「便宜上、ヴァリアー所属の候補者様が
「どちらが守護者となるかは既に決まっているからです」
「…そうか」
守護者になり得る人間が二人いると言っておきながら、そのどちらが守護者になるか決まっていると抜かすか。
何とも矛盾した物言いだが、咎めはすまい。
彼女らは、本当に何も知らないのだ。その、守護者になるか決まっている人間が誰かすら、知らない。情報を握っているのは彼女達の上だ。
「沢田様に名乗り出られるかはご自身の判断にお任せします」
「我々は相手の方の名を告げることはありませんが、同様にボス候補の方にも貴女様の名は告げません」
こくりと頷いて、窓とカーテンを閉める。
普通に考えれば、雪の守護者になるべきと定められているのは、私だ。
初代雪の守護者。
このリングの、本来の持ち主。
雪の守護者が
みんなが、門外顧問になったアラウディ君が、私ではない誰かを雪とすることを拒んだのだろう。
私以外に、その在り方を体現できる人間はいないから。
私以外に、務まるはずがない役目だから。
けれど、もうそのみんなはいない。
何もかもどうでもよくなってきた。
変わり果てた姿で手元に帰ってきた大切なものは、今の私自身を表しているかのようで。
大空を失った天候に、何の意味があるだろう。
思考が向かっては行けない方へと転がり落ちていくのが、自分でもわかる。
ベッドサイドのランプを
丸い形が伝える冷たさで、頭を冷やす。
ぼんやりとした灯の中、蓋に刻まれた紋章をなぞる。
そして蓋を開けると、モノクロの写真が私に微笑みかけた。
彼らが見せる穏やかな表情に、私も束の間の安息を得る。
辛くなると、繰り返すルーティンだ。
写真の中の彼らを見て、大丈夫と告げる。
大丈夫、私は折れないよ。
だって、誓ったじゃないか、ジョット君。
───君の志潰えぬ限り、私も折れないと。
・天候の一つでしかない
黒曜でボンゴレが変わり果てたことを直視し、そして今また爆弾を送り付けられた。彼女にとって雪のボンゴレリングは、家族の一人から贈られたプレゼントであると同時に、他ならぬ家族と並び立つ存在であると認められた証。命と同等のたからもの。それが変わり果てた姿で手元に戻ってくるのは、時間の流れを突き付けられることと同義だった。
守護者って続投可なのか…? 本人の心情はともかく、先例があるのでルール的には可と思われる。尚先例は信頼する
・明らかに普通の人間じゃないお姉さん達
原作でどういう存在なのか明言されなかったため、諸々の設定を捏造するしかなくなった人達。マジで何なんだこいつら。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的28 だから、嫌い
何だか妙に無気力になってしまい、並中に行くフリをして朝から街をぶらつく。
リングは懐中時計と同じように首から提げた。時折ベストの上から撫でると、金属の硬い感触がする。
人目を避けていると、段々と並盛山が近くなってきた。行く場所を決めていた訳でもないので、そのまま進み続ける。
道がコンクリートから剥き出しの土へ変わり、やがてそれすらも無くなった。
暇になると本部裏の森に入り、木の実を採ったりしていた私だ、特に躊躇うこともなく奥へ奥へと向かう。
少し開けた場所を見つけ、木の根元に座り込んだ。
上を見ると、色が変わり始めた葉の隙間から秋の空が見える。
私の瞳より色が薄いそれは、まるで彼の瞳のようで───
「───ああ」
悲嘆に濡れた声が漏れた。呼応するように、辺りの温度が低くなっていく。
霜が降り、氷の結晶が宙を舞い、木の枝から氷柱が下がる。
徐々に秋の森を侵食し始めたそれを止めるべく、気持ちを落ち着かせる。
早くしないと人が来る。そう思えば思う程難しくなっていく制御をどうにか行い、収束させていったところで、人の声が聞こえた。
そう言えば、前にもこんなことがあった。
あの時は結局どうしたんだったか。
そうだった。確か、ジョット君とアラウディ君が探しに来てくれて───
───朦朧とする中、見えた金と見慣れた黒。
小さく、かつての日のように二人の名を呼んで───
───瞳を、閉ざした。
◆
キャバッローネ10代目ボス・ディーノは後ろについて来る二人には聞こえぬよう、密かに溜息を吐いた。
世話になった家庭教師の頼みを、今回ばかりは表立って味方になれない弟分のためならと引き受けたのが運の尽き。
話を聞いた時点でわかってはいたが、自分の生徒はとんだじゃじゃ馬だった。実力は荒削りだが申し分ないものの、愛校心が強く並中を離れようとしない。師に校舎から離れさせろと指示された時はどうしようかと頭を抱えた。
宥めすかして戦闘場所を校舎の屋上から付近の山に変更したが、恐らく異変があればすぐ戻ろうとするだろう。そうなっては元も子もないので、教え子である雲の守護者候補にリング争奪戦という出番が回って来るまで、日夜移動しながら戦い続けることになりそうだ。
生徒の忠実な部下により、その心配りが丸ごと無駄になる未来など知りもせずに歩を進めるディーノは、目の前で起こる現象に目を細めた。
秋の始まりを感じる木々の葉や枯れ葉の上に、霜が降り始めたのだ。
「何が起こってんだ…?」
答えなど返ってくるはずのない問いを呟き、先へと進んでしまった生徒の黒い背中を追う。
数分して開けた場所に辿り着き、それと同時に足を止めた雲雀の隣に立ったディーノは、息を呑んだ。
木の根元に座り込む、
そして徐々に消えていく、霜や氷柱。
まるで絵画のような光景だが、少女に見覚えのあるディーノはすぐさま彼女に駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
グレーのスカートに白いカッターシャツ、黒のベスト姿のレイは焦点の合わない瞳でディーノのことを見たものの、呼び掛けには応じず、その口から吐息のようにあら、やじょっ、と漏らしてその
「恭弥」
「わかってるよ。大丈夫なんだろうね?」
何があったのかはわからないが、気絶した少女を一人で置いては行けない。
生徒はたった数日共にいただけでもディーノのお人好しな性格を理解したのか、それとも自校の生徒を放っては置けないのか、ディーノが背負った彼女の肩に自分の学ランを掛けた。
季節外れの霜と氷柱については一旦置いておくと決め、彼女の自宅を知っているらしい雲雀を先に行かせながら、ディーノは山を降りるのだった。
◆
───何処かで、子供が泣いている。
泣き喚くではなく、堪えるような、押し殺すような啜り泣き。
泣いているのは、私だ。
己の中に確かに存在する異常に、気が付いてしまったから。
人の意志は侵すべきではないものだと、知っていた。
それは人が生きる力の源泉であり、各々が揺るぎなく持つべきもの。
それは決して、侵してはならないものだ。
例え、無自覚であったのだとしても。
私は自覚なく、人を操っていた。無意識に、盤上の全てを操作していた。
それは本来私が気に留めることすらなかったはずのもの。
思考回路が機械的なそれから決定的に乖離したことを告げる福音。
【私】という存在に、致命的なバグが生まれた証拠。
けれど、当時の私にとっては、それ以上に恐ろしいもの。
気が付いたら、もうそのままではいられなかった。
本部の部屋から飛び出して、裏手の森に駆け込んで。
凍りついていく木々を虚ろに眺めながら、座り込むこと数時間。
「こんなところにいた…!」
最初に私を見つけたのは、ジョット君。
近くにいたのか、アラウディ君も駆け寄って来る。
彼の慌てた様子を見たのは初めてで、こんな時でも冷静な頭の何処かで珍しいな、と思った。
「みんな心配してるぞ、早く帰ろう」
ジョット君の言葉に、いやいやと首を横に振った。
「何がそんなに嫌なの」
素っ気なく、でも僅かに心配の色を滲ませて言うアラウディ君。
私なんかのためにそんな顔をしなくていい。私には、君に心配される価値はない。
「私、ずっとずっと、みんなに酷いこと、してました」
「…気付いたのか」
苦しそうな顔で言ったジョット君に、特に疑問は生じなかった。
彼の持つ超直感が察知するのは何も戦いに関してだけではない。些細な違和感さえあれば、私の成していたことにも気付くだろう。
「それより早く火に当たりに行こう。手が氷みたいだよ」
「だって私、みんなのことを」
「そんなことはどうだっていい。重要なのは、力の振るい方を間違えないことだ」
「アラウディ…」
呆れたようなジョット君の声も、耳を通り抜けていく。
ただぽかんと目と口を開けて、目の前の家族の、冬空のような瞳を見つめていた。
「……うん。極論ではあるけど、アラウディの言うことは正しい」
「でも、ジョット君」
「ちょっと考えてみよう。お前はそれで、オレ達を窮地に追い込んだりしたか?」
「…するわけ、ないじゃないですか」
「ならそれでいいだろ」
「でも、でも………だってぇ」
自分でも、何と言えばいいのかわからなかった。
こんな気持ちになったのは初めてで、上手く言葉が出てこない。
「レイ。オレはな、それもわかっててお前をファミリーにしたんだ」
「っ」
「せっかくの機会だし、オレがいつも思ってたことを言おう」
何を言われるのかわからなくて、怖くて。
首を竦める私の顔を覗き込んで、目を合わせて、ジョット君が口を開く。
「お前の好きなようにしたらいい。
それが最良だって、オレ達はいつだって信じてる」
言葉はすとんと、心の中に落ちてきた。
その信頼は本物だと、私は知っているから。
「ほら、それならなぁんにも問題ないだろ? だから帰ろう、な」
「…はい」
こくりと頷くと、宙に浮く体。
抱き上げられて、頭を撫でられる。
「子供扱い、止めてください」
「んー、お前はまだ子供だからなー」
「…いつか絶対エレナさんみたいに素敵なレディになって、ギャフンと言わせてやります」
「楽しみにしてるよ」
信じていると、そう言われた。
だから、信じることにした。
自覚してしまえば、無意識にファミリーを操ることはなくなった。
そうしたら、私だけじゃどうにもならないことは想定以上に多くて。
自分の無意識の影響力を恐れたのは、一瞬。
信じているから、躊躇なく頼った。
盤上の何もかもを操るのは、本当にどうにもならない時の最終手段。
みんなで助け合って、補い合ってこそのファミリー。
だけど、頼る度に思うようになった。
みんなに、私は並べているのかって。
同じものを見れているのか、同じ場所に立てているのかって。
だから、子供扱いが嫌いだった。
早く、みんなに追い付きたかった。
今の私は、子供扱いなんてされることはない。
当たり前だ。だって
その当たり前を認識する度に軋む心を隠すのにも、もう慣れたけど。
でもやっぱり、ちょっとだけ、恋しいよ。
・子供扱いが嫌いで、恋しい
元々動力源・
最後の回想は雪の守護者就任直前の出来事。最初はただ意地を張っていただけだった。だけど様々なことを経験するうちに、その言葉は裏にたくさんの意味を含むようになった。それを察していたのは、ファミリーにも極僅かしかいないけれど。
参謀殿は、家族に追い付きたい。並び立ちたい。
だから───子供扱いが、お嫌い。
・末妹が可愛い
レイのメンタルの安定を最優先にしていた。回想の件をきっかけにレイがその頭脳を制御していく方向に舵を取り、同時に言動の端々から垣間見える人外じみた部分も控えめになっていったので安心していた。
ただ、この時言った言葉が言葉だったために、元々心の大部分を占めていたファミリーの存在の重みが更に増してしまったことには気付けなかった。あの時あの状況では最適解ではあったものの、未来での別離の可能性を考えると絶対に言ってはいけない言葉だった。
・雲候補
いつかの自分と、そのボス(自称)を呼んでいると察して、でも答えなかった。
…素敵なレディになるんじゃなかったの、と彼女の墓の前で思った回数は、もう本人も覚えていない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的29 予期せぬ繋がり
今も私の中核を成す大切な思い出を夢に見て目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。
おばあちゃんに曰く、学ランを着た黒髪の少年が先導する金髪の外国人の青年に背負われて運ばれてきたとのこと。
となると、意識を失う寸前に見たのはアラウディ君とジョット君ではなく、雲雀君とディーノ君と、そういう訳か。名前、口に出していたような気もする。気付かれていないといいが。
その次の日の学校帰り、私は黒曜のスーパー『スーパーこくよう』に寄っていた。
いつもは並盛のスーパーに行くのだが、ポストに特売のチラシが入っていたので暇潰しがてら足を伸ばしたのだ。
そんなスーパーで、私は想定内ではあるが予想外の事態に遭遇していた。
商品の陳列棚に隠れつつ、通路を覗き込む。
これだと何だか不審者のようだが、断じて違う。私はそういうのを取り締まる側の人間である。非合法な活動だったことは否定しないが。
心の中で言い訳を並べつつ目で追うのは、商品をぼんやり眺めながらレジへと向かう、同世代の少女の姿。
何処となくエレナさんに似た顔立ちと、右目を覆う眼帯。
改造されてヘソ出しにミニスカ、随所に髑髏があしらわれる黒曜中女子制服。
そして目をこすりたくなる南国果実ヘア。
クローム髑髏。六道君の“代わり”である特異体質の少女で間違いない。
証拠に、彼女の腹部からは六道君の幻覚の気配を感じる。
…幻術について学んだからこそわかるが、やはり彼女の状態は不安定だ。
今は安定しているが、何かの拍子に六道君の幻覚を拒絶するようなことになれば、二週間と持たないだろう。
いつだったか
自分で自分の欠損を補うのはアリだそうだが、他者に頼ると遅かれ早かれ拒絶するようになるだろうと。
今クローム嬢の状態を見る限り、その見解に間違いはない。さすがは我が師である。
それでも現状安定していることは事実なので心配無用かと言えば、厄介なことにそうでもないのだ、これが。
レジに並んでいるクローム嬢が持つ買い物カゴに入っているのは、500mlのミネラルウォーターと麦チョコのみ。
夕飯の買い物のために訪れる主婦も少なくはないこの時間帯、それだけを買う彼女は控えめに言って目立っていた。レジを担当している中年の女性なんて二度見している。
安全な水を買っていることは評価しよう。水を飲まないと人は生きられないので。だが食べ物が麦チョコのみとはどういうことだ。ここはスーパー、駄菓子屋ではないし品揃えもしっかりしているぞ。黒曜ランドに調理用の設備があるとも思えんがそこも安心、ここには調理済みのお惣菜もたくさん置いてあるぞ。
そんな私の思いは当然だが届くことはなく。クローム嬢はお会計をしてスーパーから出て行ってしまった。
まあ、仕方がない。現ボンゴレとの関係を断とうとしている以上、下手に関わる訳にもいかないし。お節介から素性がバレるなんてヘマはごめんだ。
と、そう思っていたのだけれど。
「………えーっと。君、私に何か用かな?」
「……」
いざ帰ろうとしたところ、目の前に現れたクローム嬢。
尋ねるとコクリと首肯が返される。
うーん、面倒なことになってきた気がするぞ。
◇
「…明らかに歓迎されていないんだが、帰ってもいいだろうか」
「クフフ、そう言わずにゆっくりしていってください」
結論から言うと、面倒なことになった。
あの後クローム嬢に先導され、辿り着いた先は彼女らの根城・黒曜ランド。因みにクローム嬢は終始無言で、気まずいったらなかった。
そして現在、彼女らが主に生活拠点としているらしい沢田君と六道君との戦いの場で、クローム嬢に憑依した六道君と向かい合っている。
後方には城島君と柿本君。二人とも警戒を解かず、何ならすぐさま襲いかかれる態勢を維持している。
六道君も三叉槍を携えているし、誰がどう見ても歓迎されてないだろ、これ。
この状況の何が面倒って、六道君がわざわざ私と関わりを持とうとした理由がわからないことである。
彼との契約をいい感じに利用しようとしていることを見抜かれたのならまだいい方、
尚、彼を
現門外顧問である沢田家光が城島君と柿本君の保護で精いっぱいだった時点で察して欲しいが、あまりにも色々やり過ぎていて正攻法での出獄難易度がバカみたいに上がっているのである。
よって最下層で大人しくしつつ、
「というか、僕達が連れて行かれたところを見ているのに酷く落ち着いていますね?」
「君が実際に自分の体で現れたなら驚いたかもな。だが、今の君はその女の子…クローム嬢を介してしか動けない。大方こっちの二人を逃すために殿にでもなって、自分だけ連中のところから逃げられなかったんだろう」
バミューダ君からも話は聞いたしな。
いつ敵になるかわからない、みたいな形だとしても、君が
「それを真っ向から宣う胆力には目を見張りますよ。契約に小細工を施したことと言い、やはり手駒に加えたい」
「協力要請をするでもなく手駒にすると言う辺り、君も同類な気がするが」
「クフフ、お褒め戴き光栄です」
この嫌味ったらしい会話の応酬、昔を思い出してテンションが上がってくる。
六道君も六道君でこの応酬を楽しんでいる節があるが、彼の配下の二人はどうやらそうでもないご様子。クローム嬢、というか六道君が憑依するクローム嬢に傷一つ付けまいとしているようだ。さっきから視線が刺さる。
「背後への警戒の仕方が様になっていますけど、何か武術でも習っていたので?」
「家族にある程度の護身術を叩き込まれていただけさ」
嘘でもないが真実でもない、そんな言葉で六道君の問いを流していると、城島君の声が耳に届いた。
「そいつら、マフィアなんら───」
瞬間、体感気温が30度低下。
吐息は白く、空気が冷たく肺と肌を刺す。
いつの間にやら城島君の首に
「おっと、これは失敬」
自分でも白々しいと思う声で詫び、
柿本君が硬直したままの城島君を引きずるようにして私から距離を取り、私と相対するのは六道君のみ。
「………何ですか、それは」
「氷さ。私は生まれついて、冷気を纏うモノを生み出したり操ったり出来るのでな」
問われたからと手の内を晒すなど愚の骨頂。しかし今ここでは、私は六道君達に優位を維持しなくてはならない。
一番簡単なのが、勝てないと、そうわからせること。
わかり易いように、指を鳴らして
「そのチカラ、そして先程の動き…やはり貴女、マフィアでは?」
「そんな訳がないだろう? 私は普通の中学生だとも」
薄く笑って言葉を返す。
嘘ではない。マフィアになんぞなった覚えはないし、私自身並盛に来てからは普通であるようにと努めてきた。テスト全教科オール100点の常連? それは獄寺君もなので。
「では、犬の言うように貴女の家族がマフィア、ということでしょうかねぇ」
一瞬、体感温度が下がった。
頭の冷静な部分が、凄いなと、そう純粋な賛辞を弾き出す。
城島君の発言、そして私の返答から私にとっての逆鱗が『家族をマフィアと言われること』だと察していながら、わざわざそれに触れに来た。
怒らせて情報を零させるのはいい策だ。だがそれは同時に怒りで思考が上手く回らなくなり、後先を考えなくなった相手に酷いしっぺ返しを受ける可能性も孕んでいる。
そのリスクにもどうにか対処する気で、彼は私の逆鱗に触れた。
でもな、六道君。私は作戦参謀、そして雪を司る守護者。そんなチンケな策に乗せられる女じゃないんだよ。
「一度だけ警告しよう。それ以上私の家族を侮辱するな」
別に、私自身はどれだけ貶められたっていい。元々侮られるのには慣れている。私の在り方を変えようとでもしない限り、どんな風評だろうと聞き流せる。
だが、彼らに対しての侮辱は許さない。
確かに今のボンゴレはマフィアだ。それはただの事実だ。けれど、かつてのボンゴレが、私達が揃っていたあの場所が自警団だったということも、事実なんだ。
「侮辱とは、随分とマフィアを嫌っているようで」
「君ら程ではないさ」
互いに笑って、私は創り出した椅子に、六道君はソファに腰を下ろす。
気を許した訳じゃない。本腰を入れて向かい合わなければいけない相手と、そう認識を改めただけだ。
「マフィアが嫌いと言っても、全くの無関係という訳でもないのでしょう?」
「まさか。沢田君達との関わりを除けば無いに等しいよ。まあ自衛のためにと、ある程度のことは家族から教え込まれているがな」
嘘ではなく、しかして真実にも遠い。そんな返答に、六道君は騙されざるを得ない。
だって騙されないと、信じているフリをしないと、私と戦わなくてはいけなくなるから。
ここまでやっておいてアレだが、こういうやり口はあんまり好きじゃない。
どっちもどっちの性悪師弟だが、術士なんて性悪なくらいでいいと思う。幻を見せるのが主な攻撃手段である以上、精神攻撃も常套手段だ。クローム嬢は真面目にレッドデータブックに載せたいレベルの希少存在である。
思考が少し逸れたことで、引きずられるようにスーパーでの心配事が首をもたげてきた。
うーん、放置するしかないと思っていたが、こうなった以上多少の干渉を行うのもアリか。時期が時期だからか、それとも現在の彼らに反抗する力がないと見ているのか、ボンゴレ側の監視も怖いくらいに少ないし。
私の目的、それが果たされる唯一無二の舞台である、虹の代理戦争。
開催までに六道君が
だが、その未来のために多少恩を売るのは、間違いではないだろう。
「ところで君ら…いや、そっちの二人とクローム嬢はここで寝泊まりしている、そうだな?」
「それが何か?」
「では、食事はどうしている?」
目を見張った三人の思考が停止している隙を逃さず、畳み掛ける。
「今のところ駄菓子の個包装しか目につかんし、クローム嬢もミネラルウォーターの他は麦チョコしか買っていなかった。故に問おう、君らはちゃんとしたものを食べているのか?」
「うるへー!! ちゃんと食ってら!!」
「では今日の昼食は?」
「ガム!!」
「そうか、ガムかぁ…」
柿本君にも視線をやると、城島君の言葉が真実だと裏付けるように一つ頷かれる。
次に六道君に目を向けると、彼は明後日の方向に視線をやっていた。心なしか細かく震えてもいるような。
ちょっと微笑ましく見ていると、顔を私の方へと向けた六道君が据わった目でこちらを見始めた。
「貴女の性格的に、そう言うということは何か犬達が食べられるものを持っていそうですが」
「カツサンドならあるぞ」
「何故に?」
「いやぁ、験担ぎにちょうどいいかなと」
笑って、一瞬だけ服の中からリングを出す。
雪の守護者のことは聞いていたのだろう、六道君はすぐに納得の表情を見せた。
「言っておくが、別に関わり合いになってやる気はないからな? 審判を名乗る連中のお陰で勝負に向かう羽目にはなりそうだが、私には彼らのために戦う理由がない」
他にも色々と理由はあるが、それも一つの事実だ。
似ていても、彼らは私のファミリーではないのだから。
まあ私にも私の目的がある以上、彼らにリング争奪戦やミルフィオーレとの戦いで死なれるのは困るのだが。
「……もしも関わり合いになることになったら、クローム嬢のことは気に掛けるだろうけどな」
「おやおや、お優しいことで」
確かにそうかもだ。エレナさんに似ているとは言え、私らしくもない。
そう思っていると、ぽすりと軽い音が響く。
見れば六道君が座っていたソファに、クローム嬢が倒れこんでいた。
成る程、限界だったのか。それならそうと言ってくれればこちらも配慮したのだが…弱みを見せるような奴ではないな。
「う…」
「大丈夫かい、クローム嬢」
もうこの場に六道君はいないと悟るや好き勝手に行動し始める城島君と柿本君を横目に、クローム嬢に声を掛ける。放置状態の買い物袋は
騒々しい背後はスルーし、クローム嬢の体調確認を行う。熱はない、腹部の幻覚も綻びは見受けられない。こちらの声に頷きを返した辺り意識もある。
「カツサンドを置いていくよ。ちゃんと三人前あるから、食べてくれ」
コクリと、弱々しい頷き。
この辺でお暇するかと立ち上がりかけると、袖口をそっと掴まれた。
「あの、クローム嬢?」
「……クローム、で…いい」
「…」
出会ったばかりの女の子を呼び捨てってどうなのだろうか。
私、基本人を呼び捨てにしない派でもあるのだけれど。
少し悩んで、口を開く。
「クロームちゃん、と呼ぶのではダメかな…?」
「私は、なんて呼んだら…?」
「レイで構わないよ」
ちょっと嬉しそうなクロームちゃんにエレナさんを思い出し、少し視線を逸らすと更なる爆弾発言が耳に飛び込んできた。
「…骸様が、これからも度々お願いしますよって……」
「一応確認するが、食事のことだな? …わかった、ちょくちょく何か持ってくるようにする」
貸しにはなるから、と六道君の要求を飲んだ私は、死んだ目で考えた。
これ、アレだよな。
城島君達の食生活への不安とかクロームちゃんが心配だとか、そういうのも勿論あるけど、一番の理由は私への嫌がらせだよな。
結論。
やっぱり術士は性格悪い奴が多い。
◇
ボンゴレリング争奪戦が始まってから毎晩、チェルベッロ機関の二人は私の部屋を訪れ、その日の守護者戦の勝敗と明日の勝負についてを伝えていた。
どれも幻覚で誤魔化してはいるものの、嵐戦の次の日には図書室が爆破の影響を受けており。更に雨戦の次の日は一部廊下が抜けているところがあったため、隠れてスネグーラチカを行使しつつ生活するハメになったのには呆れてしまった。
そして、霧の守護者の戦いが終わり、やって来た彼女らの纏う空気が僅かに硬かったために、私は己の番が回って来たことを悟ることになる。
「明日は、私の出番か」
「はい。明晩11時20分前に、お迎えに上がります」
「了解した」
身軽に去るチェルベッロを見送り、丸一日が過ぎようとする頃。
戦いに向けた準備を終えた私は、ベッドに腰掛けて懐中時計の中の写真を眺めていた。
襟元にはジョット君から贈られた黒いリボンに二枚貝の飾りのループタイ。上着としてアラウディ君のトレンチコートを借りている。お気に入りの紫のリボンも、顔の左横の髪を一房取って結び付けた。
みんなを身近に感じたかった。ただの我儘だ、これじゃジョット君やランポウ君を叱れない。
こうして戦いの直前になってみると、守護者である私が守護者を決定する戦いに挑む、という状況の滑稽さが目について仕方がない。みんなが聞いたらどんな反応をするだろうか。
取り敢えず、ランポウ君は驚いて絶叫する。
アラウディ君は…さすがに興味ないなで済ませず、心配してくれそうだ。彼はそういうとこある。
他のファミリーも、私の身を案じつつ応援してくれるだろう。
懐中時計をコートの中に隠し、クローゼットの中に隠していた編み上げブーツを履いて窓から飛び降りると、庭に音もなく双子のような二人が訪れる。
欠けたリングを手の中に握り締め、静かに笑った。
「では、行こうか」
・
図らずも師匠そっくりな行動をしている。まあ兄妹なので似ててもおかしくはない。
昔だの懐かしいだのと言うことは多いが、それを過去として区切れている訳ではない。区切ろうとして、自分に言い聞かせるためにわざとそう言っている。モノローグで家族との思い出を語る時、昨日のことを話すような瑞々しさなのも区切れていない証拠。
ファミリーのそっくりさんだとか関係なく、割とお人好し。ただ、あくまで表面的なもの。大空のお人好しに救われた結果今の自分があると理解しているから、意識して真似ているだけ。おまけに言うなら『守られるべき弱き者』と定めた者を庇護する姿勢なのも、それがジョットの理念だから。
雪戦に向かうレイの服装はこれです。ようやくここまで書けた…!!
【挿絵表示】
・性悪認定された霧
謎は多いし明らかに一般人ではないが藪を突かなければ信用はできると判断し、探りを入れるのも含めてクロームと親しい仲にさせることに。
彼女が雪の守護者だということについては、素直にツナ達に伝えるのは癪だし「脅されていた」という言い訳も立つので教えない。その辺も予測してわざと言い訳が立つようにしたレイの作戦勝ち。
・希少種認定された片割れ
同世代の同性、しかも骸から親しくするように言われたとあって懐く。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的30
「そして、お知らせしなければならないことがあります」
「“雪の守護者”に相応しいとされる方が見つかりました」
綱吉がその存在を知ったのは、居候達を保護するため夜道を駆けた、その先でだった。
いきなり現れた、怪しげな二人組の女が告げたのだ。
───雪の守護者、と。
「何だと!!」
「本当なのか?」
ようやくその本来の役職を知った父親と、信頼する家庭教師が女達に尋ねる。どちらもピリピリとした空気を振り撒いており、気軽に“雪の守護者とは何だ”と問える雰囲気ではない。
しかし綱吉を含めた面々の困惑を悟ったのか、ボルサリーノをくいと引いたリボーンがその名を持つ存在について、語り始めた。
「……雪の守護者とは、初代ボンゴレに居たと伝わる守護者の通称だ。
氷や雪、冷気を操る『スネグーラチカ』と呼ばれる異能を身に宿したため、その名が付いたと言われている」
特異な能力を宿した人物。咄嗟に思い出されるのは、少し前に黒曜で激闘を繰り広げた六道骸らエストラーネオファミリーによる人体実験の被害者達だ。
「他のリング同様分割された“雪のボンゴレリング”は、初代門外顧問の頃から門外顧問機関に保管され、代々門外顧問のみが触れることを許された秘中の秘…忽然と消失したと報告されていたが、お前達が持ち去ったのか!?」
「いいえ、リングはあるべき場所へと行ったのです」
「リングを持つに相応しいとされた、二人の人物の元へと」
つまり、雪のボンゴレリングは自分達と同じように、守護者候補となった人物へと配られたのか、と綱吉はようやく理解した。
「しかし、どちらかは試金石に過ぎません」
「リングを持つに相応しい主は、既に定められています」
まるで未来を知っているかのような言い分ではあるが、何故か綱吉に疑問は湧かない。
───しかし、それが“正しい”と
「その二人ってのは誰だぁ!!」
「お答えしかねます」
きっぱりとしたチェルベッロを名乗る女の拒絶に、
「ボンゴレリング争奪戦の中でお二方に戦って戴き、その勝者を雪の守護者と認定いたします」
「所属や人間関係を鑑み、勝敗には関わらないものの仮に
チェルベッロの言葉で、リボーンや家光らは“雪のリングを持つに相応しい”とされる可能性のあるうち一方が、ヴァリアーに所属している可能性が高いことを悟った。
そして、綱吉と関わりを持つということは、綱吉側の候補が一般人である可能性も。
「ですが、名乗り出られるかはお二方へ一任しました」
「露骨な探りなども自重した方がよろしいかと」
最後の一言は明らかに自分へ向けられていると悟った家光は、口許を歪めた。
家光とて一人の親。息子の安全のため、やれることなら全てやりたい。
息子側の候補がマフィアと何の関係もない可能性を考慮した上で、門外顧問としての権力を使い彼若しくは彼女を探し出し、他の守護者同様家庭教師をつけて鍛えようと思っていたのだが…先手を打たれた形になる。
しかし“今の”彼は知らないが、チェルベッロの言葉に引き下がったのは最善かつ最良の判断だった。
もしも雪の守護者候補を探り出し、
「ご納得戴けたようで幸いです」
「それでは明晩11時、並盛中でお待ちしています」
「さようなら」
その言葉を言い終えた刹那、パッとチェルベッロは姿を消す。
「リボーン、雪の守護者って…」
「今日はもう遅い。また次の機会にでも話すぞ」
結局、話は雪の勝負の夜まで持ち越しとなった。
故に、彼らは知らない。
愛する
───ただ、一人を除いて。
◇
“雪の守護者”の存在を知ってから、6日後の夜。
その前日の勝負の後、次が雪の戦いだと告げられた綱吉達の胸中には、不安が渦巻いていた。
チェルベッロの発言から、雪の守護者の資格を持つ一人が綱吉の知人の誰かということは確定している。
その誰かは、本当なら無関係でいられたはずのマフィアの戦いに巻き込まれ、命の危機に晒される。これまでの戦いから言って、今夜の勝負も生命の危険が付き纏うことになるのは間違いない。
しかも自分達のように家庭教師が付き、戦う
「辛気くせー顔すんじゃねーぞ。お前らが気になってた雪の守護者について、話してやる」
リボーンがそう告げたのは、指定された時間から20分前の並盛中、そのプールに設置された観覧席の中だ。
プールを間に挟んだ向かい側から、時折ヴァリアーの幹部達がこちらを見ている。
観覧席の中にいるのは綱吉と守護者達、そしてディーノに連れられやって来た雲雀と、クローム達黒曜の面々だ。
「まず大前提として、雪の守護者は元からいた訳じゃねぇ。その座は、後から造られたんだ」
「後付けってことっスか…?」
「ああ。
───マフィア黎明期、ボンゴレを創った初代ボスは、世界各地を旅し、気に入った人間を次々スカウトしてリングを渡し、彼らを守護者とした。
だが雪の守護者は違う。ボンゴレが創られてから同じようにスカウトされた身だったらしいが、与えられた地位は守護者でなく、作戦参謀だった」
「その後、戦いで大きな功績を残し、それを踏まえて守護者の地位が与えられたと言われている。だから雪のリングも、便宜上雪のボンゴレリングと呼ばれてはいるが、その実は初代雪の守護者が身に付けていた指輪だ」
リボーンと、それに続くディーノの言葉に、綱吉達は感心した。それだけのことを成し遂げた初代雪の守護者も、そんな人物をスカウトした初代ボスも畏怖せざるを得ない。
「お前ら、カンケーねーみてーな顔してるが、つまりお前らは歳下に負けたってことだぞ?」
「歳下って…」
「初代雪の守護者は子供だったのか!?」
「その通りだ。初代雪の守護者は、お前達よりも歳下の少女だったと言われている。
目立つことや人前に立つことが苦手だったとも言われている彼女が初めてボンゴレの同盟ファミリーボスの前に正式に姿を現したのは、雪の守護者になるにあたっての宣誓式の時のことだ。
そこで、10歳にもならない幼い少女の姿を見たと、何人もの参加者が書き残している」
「まあでも雪の守護者はガキだったからか、戦場にはほぼ出なかったんだけどな」
「戦わなかったのか!?」
「戦いもしたが、大抵は本部なんかを守るための防衛戦だな」
「じゃあどーやって守護者の務めを果たしてたんスか?」
「頭を使ってたんだぞ」
トントン、とリボーンがボルサリーノを被った自身の頭を指す。
「作戦参謀に就任した当初から軍略や野戦指揮のみならず、政治的な立ち回りまで熟知し知略を駆使してファミリーを導いていたそーだ。肩を並べる程の頭脳を持たなければ雪たり得ない、と言われてこれまで雪の守護者がいなかったくれーだからな」
その凄まじさ、恐ろしさは想像力をどんなに働かせようと断片的にしか思い描くことは出来ない。ただただ敵に回してはいけない人物だということだけがわかる。
そして詳細を知るリボーンには、生徒達の想像を超えるものが見えていた。
ボンゴレが勢力を拡大し、大マフィアへとのし上がっていくのは
そういった働きが出来る可能性があるのは、綱吉の知人の中にも一人しかいない。
半ば唖然としている弟分とそのファミリーに苦笑したディーノが、新たな情報を投下した。
「しかし、初代雪の守護者は謎に包まれていると言ってもいい。今までリングを受け継ぐ資格を持つ人間がいなかったのもその一つだが、一番の理由は彼女の失踪だ」
「失踪…って、行方不明になったってことですか!?」
「そうだ。彼女の行方は、とある大きな作戦を成功させた後から
「この時の初代雲の守護者の様子は凄まじかったらしいぞ。何人もの部下がその鬼気迫る空気に気圧され、失神したと言われている」
何を思ったのかリボーンが追加した情報で、周囲の視線が雲雀に集まる。
雲のハーフボンゴレリングを持つ彼は何を思っているのか、ふいと視線を逸らした。
「確かに、初代雲の守護者は初代雪の守護者のことを人一倍思っていたらしい。雪のボンゴレリングが門外顧問機関に保管されていたのは、門外顧問になった初代雲の守護者がリングを私的に管理していたためだとも…」
「ええ、その通りです」
ディーノの話に同意したのは、今来たばかりのバジルである。彼は自分の所属する組織の名が出てきたため、堪らずに口を挟んでしまったらしい。
「初代門外顧問の頃より門外顧問機関の拠点として使われていた屋敷の書斎に厳重に保管されているのを、拙者も確認しています」
「そーなるとあのチェルベッロとかいう奴ら、どうやってリングを持ってったんだろうな」
「拙者にはわかりかねますが、あの警備体制を潜り抜けたのですから並大抵の手段ではないはずです」
逸れていく話を聞きながら、綱吉はプールへと視線を向ける。
───11時まで、後10分。
・現門外顧問
彼にリングを渡される流れも考えはしたのだが、彼の行動全般がレイの地雷を踏み抜いて「罪のない守られるべき人々も巻き込まれ、ボスの理想を今度は自分が踏み躙ることになる」と自重していたボンゴレ壊滅√に突き進むので断念。あんまりにも今の彼女と相性が悪過ぎる。
・10代目候補
自分のひいひいひい祖父さんがファミリーにした少女の話を聞いた。まさかクラスメイトが当人だとは思ってもいない。
・雲の守護者候補
自分じゃない自分の執着っぷりが逸話として残ってて引いた。そして私的な物でしかなかったはずのリングが職場でずっと管理されていたことにも引いた。が、自分の所有物を勝手に扱われている部分もあるので若干キレそうでもある。
後その場合、家光のチェルベッロへの追求の言葉を聞いたら間違いなくキレてた。代々門外顧問のみが触れることを許されたって、“僕”は“僕”以外ではあの
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的31 雪花の選択
深夜にも関わらず人の気配がある並中の敷地に入ると、それまで幻術で阻害されていた辺りの様子が見えるようになった。
明確な目的を持って侵入を果たそうとする輩以外には並中の姿を視認できないようにする術だ。チェルベッロ機関には相当の腕を持つ術士がいるらしい。
柵に囲まれ、両陣営も既に待機しているそこは…水が抜かれ、本来の役割は到底果たせぬプール。
やはり勝敗を決めるのは戦闘か、と少々落胆するのは見逃して戴きたい。できればヴァリアー側の候補が私と同等の頭脳を持っているか、確かめたかったのだから。
チェルベッロに先導されるまま足を踏み入れると、幾つもの視線が私に集中した。
「え……れ、レイちゃん…!?」
「なんでお前が…!」
中でも感情が露わになっているのは、沢田君陣営の私と関わりがある面々。
よく見てみれば、雲雀君にディーノ君、クロームちゃん達黒曜も揃い踏みだ。取り敢えず空気を読めてない風を装って愛想笑いを浮かべ、軽く手を振っておく。
一部を除いて見る間にパニックに陥った沢田君陣営から、重苦しい
ゴテゴテした椅子に座し、玩具でも見るかのような目でこちらを見つめる男こそ、ボンゴレ
チェルベッロに聞いてわかってはいたが、これまでの守護者戦は私の持つ知識通り終わったらしく、ルッスーリアやスクアーロ、マーモンの姿は見えない。
そして、私のことを睨むように見つめる、ヴァリアーの隊服に身を包んだ燻んだ赤髪の青年。
何処かで見たような面差しの彼が、私の戦う相手…つまり、もう一人の雪の守護者候補なのだろう。
ふむ、面構えは悪くないな。
何が何でも
それは、ボスに忠誠を誓う証だ。
私が何故相手を見定めるような真似をしているかというと、それには私がした一つの決断が関係している。
ボンゴレが司るのは『貝』。その役割は、その形を保ちつつも代を重ね、
故に、
“
そう…譲り渡すべきなのだ。
私以来空いたままの椅子に座る資格を持つ、後進に。
───その証たる、このリングごと。
小さく痛んだ胸を張り、沢田君達の方を通って
プールはガラスの箱ですっぽりと覆われ、中に積もった白い雪が床を隠している。
『どちらが守護者になるかは既に決まっている』?
そんな戯言、封じる手の百や二百、考えられてこその参謀だ。
守護者の座への執着と呼べるものも、私には特にない。
元々、私に与えられた守護者の名は称号的な意味合いが強かった。
それでも嬉しかったのは確かだけれど、それには理由があった。
みんなと同じ場所に立てたと、そう思えたから。
私にとって、守護者である理由はそれだけ。
同じ場所に立ちたいと、同じものを見たいと願ったファミリーはもういない。
なら、私が守護者である理由は何一つとしてありはしない。
無論、下手な輩を後継とする訳にもいかないからこうして見定めに来ているのだが。
この騒動の後にはミルフィオーレとの世界の命運を賭けた戦いが待ち受けている。その時に
その最低条件に満たなかった場合、は…まあ、仕方がない。ファミリーの中で一番の未熟者である私だが、それでも最低条件に満たない輩よりはマシだろう。それでも成長が見られたら、即座に譲り渡す気ではあるが。
「リボーン! レイちゃんがなんで…!!」
「オレに言うな。雪の守護者は初代以来不在で、ボンゴレの中でもブラックボックス的な扱いなんだ。予想なんぞできる訳ねーだろ」
リボーン君の冷静な声に、沢田君が歯噛みしている。
その周りにいる守護者らも、思わぬ人物に動揺を隠せず、不安げな視線を向けている。
大丈夫。何にせよ、大事にはならないさ。
その思いを込めて、そっと微笑んだ。
「……レイは一般人だろ? ただでさえヤベーってのに、相手はあいつかよ…」
「ディーノさん知ってるんですか!?」
「ああ…直接会うのはこれが初だが、噂ならよく聞くぜ」
耳に意識を集中させ、小さな声を拾い上げる。
どうやらリボーン君やディーノ君達は相手のことを知っているようだ。
「アイツはジェラルド。サルトーリファミリーの元次期ボス候補…現ボスの子なんだが、ヴァリアー入隊を機に自分から候補から外れた、とんだ暴れ馬だ」
「先祖伝来の槍を使い戦場で暴れ回っていたことから“
耳に届いた情報に、息が止まりかけた。
道理で見覚えがあるはずだ。彼は私が命を救い、その後親交を持ち、果てには子の名付け親にまでなった男…ドン・サルトーリの子孫なのだから。
しかもジェラルド…私が名付け親になった赤子と、同じ名とは。
「サルトーリファミリーってのは、初代ボスが雪の守護者に一騎討ちで敗北したことをキッカケにボンゴレの軍門に下ったんだ。恐らく、奴が雪の守護者の座に賭ける思いはオレ達以上だぞ」
え、嘘だろ? もしかして私判断誤ったか??
戦々恐々としながらも誘導に従い、フィールドに降り立つ。
ジェラルドから15m程間を取って佇むと、入り口が閉ざされた。
設置されたスピーカーらしき物やハリケーンタービンのような機械に、もしや嵐戦のようなタイムトライアル形式かと考えを巡らしていると、「おい」と低い声がかけられる。
「オレは
……色々と言いたいことはあるが…まず一つ、言わせてくれ。
おいドン・サルトーリ、貴殿の子孫が暴走しまくっているぞ!? 恩を返すどころか恩を仇で返しているんだが!?
いや、そもそも貴殿に返されるような恩が見当たらない! 子供の名付け親になったのがそんなに嬉しかったのか!?
ダメだなんかもう頭が痛い! 頭痛が痛いとはこういうことを言うのか!! 来て10分と経っていないが、もう帰りたくなって来た! 早く帰って寝たい! 今日のことなど全て悪夢だと思ってしまいたい!!!
頭を抱えたくてどうしようもなくなっていると、更に爆弾が投下される。
「今夜のフィールドはご覧の通り、雪の積もったプール全体となります」
「設置されているのは吹雪を起こすよう特殊改良を施されたスノー・ハリケーンタービンです」
「また、スノー・ハリケーンタービンは開始から5分で一斉に爆発致します」
…泣いてもいいかな。
「!! 何だと!?」
「レイちゃん達はどうなるの!?」
「ご心配なく。耐爆ガラスを使用しているため、観覧席には影響を及ぼしません」
「間違いなく候補者様方に致命傷を負わせる威力ですが、爆破の心配はないでしょう」
「なんでそんなことが断言できるんだ!」
「雪の守護者は、
「本来であれば5分も要りません」
「随分な期待だな…」
ディーノ君の言う通りだ! こんなにも過剰な期待を寄せられたのは生まれて初めてだぞ!?
「雪の守護者の役割とは、
何より知っている。
誰より理解している。
そして、憶えている。
そう断言できる。
だってそれは、私の在り方。
レイ・オルテンシア・イヴの、在り方。
道をつけるのだ。
みんなが、ファミリーが望む場所へと。
排除するのだ。
道を阻む全てを、冷酷に。
それが『
そして、私ならばそれを果たすことができると、我が最愛のファミリーは信じてくれていた。
「その条件に当て嵌まる方であれば、この事態の早急なる収束も即座に図られるでしょう」
…今になって、ようやく理解できた。
これは挑発だ。
私の
私のことをナメているのか?
どれだけの間、参謀として、剣士として戦ってきたと思っている───!!!
ガリ、と音が聞こえる程に歯を噛み締める。
抑えきれない感情が冷気となって体から溢れ、徐々に外界を侵食していく。
落ち着け。
今私がここにいるのは、後継たるに相応しいとされた青年を見定めるため。
冷静さを保つのだ。
大きく深呼吸すると、肺を凍てつく空気が刺した。
馴染みのある感覚が、一気に思考をクリアにしていく。
「…なあ、
「何だ」
ジェラルドの声に、静かに返す。敵とはいえ、初対面の
「アンタさ、人を殺したことあるか?」
あるよ、たくさん。
私達は譲れぬものを背負い、血に濡れながら光を目指し駆けていたのだから。
「見るからに弱そうだな。掴んだだけで折れそうだし」
これでも鍛えているし、歴代ボンゴレの中でも私を含めた
「リングを差し出せ。
───そのリングに相応しいのは、オレだ」
………君は、そのリングの由来を理解しているのか?
それは、
私に似合うだろうと、選んでくれたんだ。
私の───大切な、宝物なんだ。
(ああ、もうダメだ。
───堪え切れない)
目の前が真紅に染まる。溢れた冷気が、敵を攻撃するべく形を成そうとする。
リングを、渡したくない。
相手の態度に触発されたものであれ、それは確かに私が秘めていた激情だ。
家族に起因するが故に嘘偽りない、みんなの灯す炎のように鮮烈な───“本物”の感情だ。
それでも、思考が完全に怒りで染め上げられることはなかった。
当たり前だ。
だって私は、ボンゴレの作戦参謀で、ジョット君の雪の守護者なんだから。
「そうか」
伏せていた顔を上げる。
知己の面影を残す青年をまっすぐに見つめ、口を開く。
「ならば───奪ってみせろ」
今の彼には任せられない。
今の彼に、雪としての振る舞いは難しい。
私が雪であるまま。
それが、一番いい選択だ。
・かつて、吹雪とも雪花とも謳われた守護者
自分が大切なファミリーのために定めた在り方を挑発の材料に使われた時点でキレかけだったが、そこに対戦相手の言葉も加わり完全にプチッとなってしまった。それでも今後のあれこれに関する予測を立てた上での選択。
尚後進に対する要求難度はハチャメチャに高い。
・知己の子孫(槍使い)
赤毛に灰色の瞳。多分原作だと大空戦後の後始末()部隊に配属されていた。雪の守護者への憧れと
チェルベッロにリングの片割れを渡されてすぐスクアーロに報告、「相手方に情報を与えないようにしたい」という意見具申が認められ、これまでの戦いはレイ同様観戦していない。こういう注意の払い方ができる辺りが『雪』たる候補と見込まれた所以。
口調はともかく容姿や服装はお嬢様系なレイとの対比でヤンキー系キャラにしたかったため、最初期の獄寺を参考にしたところイキってるみたいな感じになった。違うんだ、明らかにか弱い女の子が相手だったからビビってリング渡してくんないかな、みたいなイタリア紳士的考えが裏にあったんだ。尚か弱い女の子の正体。
顔を上げた対戦相手の雰囲気が強気な言葉に相応しく様変わりしていて警戒を強めている。
・知己の子孫(武器はグローブ)
彼的にはレイは京子と同じ枠なので盛大に慌てている。擬態してるだけで血と硝煙の世界に肩まで浸かってる君のひいひいひい祖父さんの守護者なので安心して欲しい。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的32 雪花に遺された
そしてそれ以前に、レイ・オルテンシア・イヴは遺した側である。
「雪のリング、ジェラルド・サルトーリ
設置されたスピーカーを通してチェルベッロの言葉が届くや否や、ジェラルドを中心に膨れ上がった怒気が破裂するように叩き付けられる。
同時にスノー・ハリケーンタービンが起動し、視界が半ば奪われた。
吹雪に隠れ、襲い掛かってくるジェラルドを、必要最低限の動きで躱す。
とにかく、まずはスノー・ハリケーンタービンを止めなくては。
爆殺されるのはゴメンだ。
槍を避け、指を鳴らす。
叩き付けていた雪が音もなく降り積もる。
暴風が緩み、やがてそよ風よりも微弱になって、機械が完全に停止する。
静かに微笑んで、凍りついたように動かないジェラルドへと手を伸ばした。
飛び
「なんっ……なんで、なんでお前が…!!」
喘ぐように漏れた言葉の意味はわからない。だが大方
最早聞く価値すらないそれには反応を返さず、左手を右腰に添えた。
吹雪が一瞬蘇り、収束する。
私の愛剣たる、白銀の
僅かに
同時に今まで完全に抑えていた殺気が場に溢れ、呼応して降り積もった雪が狂ったように宙を舞い踊った。
ぺろり、と乾いた唇を舌で湿らす。
それが、合図の代わりになった。
「ッ───!!!」
飛ぶように、ジェラルドが駆ける。
その勢いのまま槍が突き出され、即座に薙がれた。
「───今のは比較的よかった。褒めてあげよう」
「ッ!!!?」
ジェラルドの頭を、背後から撫でる。
引きつった顔で振り返った彼の瞳が、彼の槍の上に膝を抱えるようにして立つ私を映した。
さすがの私でもこの状況でバランスを保ち続けるのは至難の業なので、軽く蹴って空中で二回転。互いの武器が届かない距離をとって着地する。
さて。時間制限は実質なくなったとは言え、あまり長引かせるとどんないちゃもんをつけられるかわかったもんじゃない。
剣を握る手に力を込め、地面を蹴る。
それだけでジェラルドの懐に飛び込み、刃の峰を使ってヴァリアーの観覧席のすぐ側の壁に叩き付けた。
かなり痛みがあるはずなのにそれでも槍を手離さず、よろめく体を支えて立ち上がろうとするジェラルドは、近付いて来た私を見て息を呑んだ。
彼が驚いているのは何故だろうか。
原因は私のことを守るように唸る
動揺を誘うため再び
ここは合わせてしまうべきなのだろうが、もう一仕事残っているんだ。
頭上へと掲げた剣を突き、薙ぎ、払う。
一見めちゃくちゃに見えるそれは、ある目的を達成するために必要な過程だ。
チン、と小さな音を響かせ、剣が鞘へと納まる。
その音に反応するように、細かなガラス片が私達を避けて降り注いだ。
スノー・ハリケーンタービンと同時にスピーカーを壊したため耐爆ガラスに遮られ聞こえなかった騒めきが蘇り、いつもと同じ沢田君達のそれに表情が緩む。
「…
「そうだ。何の用だ、雪の守護者」
ジェラルド君がリングを奪われた以上、彼に雪足る資格は無い。それをすぐに理解した彼に呼ばれたのは、もう二度と呼ばれることはなかったはずの、私の座った椅子の名。
感じた一抹の歓喜には蓋をして、確かに王者の風格を持つ彼を見上げる。
「ヴァリアーの掟に反することになるとはわかっているが、頼みがある。───彼を、生かしてくれ」
「何故だ」
「彼はまだ若い。これから経験を積み、もっと強くなれる。その才能を一度の敗北で摘み取るのは損害であると、私は思う」
「…何を対価にする」
「今の私は人間関係などの立場上、沢田君寄りの存在だ。
もし、君が沢田君と戦い、彼を
沢田君の観覧席から聞こえる喧騒が一層大きくなった。大丈夫だ、これは絶対に履行されることのない約束。そうとわかって、私は彼を利用しているのだから。
ぼかして伝えたが、二人が戦うのは大空戦でのこと。今の状況では起こり得ない戦いだ。
暴君でこそあれど頭は悪くない
「一つ、忠告しておこう。
───頼りなく見えても、彼は確かに『大空』だ」
至極当たり前のことではあるが。なんと言っても私が認め従う、唯一無二の
…血、と言えば。
「それと、世の中には血より濃い水も存在する。そういうものの方が案外美味だったりするものだよ」
今度は動揺に顔を歪めた
目に見えて混乱している彼の傍らに転がった槍を拾い上げ、くるりと振った。
「…いい槍だな。百年以上の時を経ながら、尚輝きを失わない逸品だ」
「当たり前だろ、初代の頃から大切にされてきた槍だ。初代雪の守護者にも傷を付けたんだからな」
反射的に言葉を返した彼の頭を、膝を突いてポンポンと撫でる。
そうだな。確かにその通りだ。
「なら、君はこの槍に見合う男になれ。
───いつか、私を討ち倒せるくらいに強くなれ」
「は、何言って」
「冗談でも酔狂でもないぞ。君はこれからだって強くなれる。君を負かした私が保証する。
いつか私を倒したら、その時は…───
───君が『雪』になるのだ」
いつか、そんな日がくればいい。
個人的な願望を含んだそれに茫然としているジェラルド君を置いてフィールドから離れ、沢田君達の方へと足を向ける。
途中で我慢ならなくなったのか、いつものトリオが走って来た。
「レイちゃん!」
「やあ、沢田君に獄寺君、山本君。こんな遅くまで学校に残って、非行かい?」
「んな訳ねーだろが!! お前、一体どーゆー…」
「まーまー、落ち着けって。レイにも色々あんだろーし、生きてたんだからいいじゃねーか」
こんな状況でも変わらぬ遣り取りに、笑みを零す。
だが、今は日常ではない。日常に浸食した、非日常の真っ只中だ。
その証明のように、遅れて駆けてきたディーノ君の肩に乗るリボーン君が私へと愛銃を向けた。
「リ、リボーン! 何してんだよ!」
「いいんだ、沢田君。リボーン君の立場からして、私を警戒するのは当然のことなのだからな」
家庭教師へと訴える沢田君を手で制し、くりくりとした瞳を見つめる。
彼は私の周囲を調べ上げていた。そして積極的に騒動に巻き込む形で私という個人を見定めていた。
その末にある程度の信頼を得たのも全て、私の計算尽くだとは思ってもいないだろうが。
「もうそのつもりもないだろうが、誤魔化しは無しだぞ。雑な言い訳に騙されてやる程、私は安くない」
「レイちゃん、まさか…!」
「ああ、君達がマフィアだということか? とっくの昔に気付いていたが?」
息を呑む音が幾つか聞こえた。特に沢田君は、クラスメイトであり京子ちゃんの友人である私に、決して知られたくはない事実が知られていたとあって、かなり動揺している。
「…いつからだ」
「おかしいと思ったのは、持田先輩の一件から、かな」
リボーン君が、初めて沢田君に死ぬ気弾を撃った件。
見る間に顔色を悪くする彼らの最悪の想像を払い除けるべく、言葉を続ける。
「安心しろ、京子ちゃんも花ちゃんも…このことは一切知らない。怪しんではいるだろうがな」
彼らの顔に安堵が滲む。
だが、それは束の間だ。いずれ知ることになる。きっと、“こちらの事情に
そうなった時には、できる限りのサポートはすることにしよう。もうどうせ私もタイムトラベルを経験するのは確定事項だろうからな。
はっきり言うと面倒さに苦々しくなる。マシュマロ好きの狂人を倒せとか、それどんな無理ゲーだ。
「レイ。その異能…スネグーラチカは生まれつきか?」
「ああ。剣技も自衛のために手に入れた」
「そうか……」
やはりスネグーラチカのことも知られていたらしい。しかも名前まで。
しかし、問うてきた声に必要以上の険しさと敵意は無い。殺意なんて以ての外。
私の答えを受けて黙り込んだリボーン君は、既に私に敗北を喫しているとは知らないのだろう。
今後も何か問われることはあれど、必要以上の探りは入れられまい。
リボーン君に対する印象操作は完璧。芋蔓式に現ボンゴレに私の正体がバレる可能性も限りなく低くなったことをその言動から確認し、今度は沢田君と目を合わせる。
「沢田君、私は雪の守護者になってしまった訳だが、留意してもらいたいことがある」
「えっ、何…?」
「私は君の
毅然とした態度で言い切った途端、騒然となった。
「どういうことだ松崎!」
「てめー10代目を裏切る気か!?」
血気盛んな二人が叫び、一人はダイナマイトを構えた。ボスに仇なすのならこの場で討つのも厭わないということだろう。
そんな獄寺君と笹川君はスルーして、沢田君に向けて言葉を続ける。
「無論、この戦いで君の味方として戦うことに異存はない。今後もできる限りで力になる。どうだろうか」
「えっと…オレは別にいいよ?」
「10代目!?」
「や、だってマフィアのボスとかオレには向いてないと思うし…レイちゃんもそう思ったから言ったんでしょ??」
おい
「いや、そうではない。
「えっ……!?」
済まない
「なら、ツナをボスにできない理由は何だ?」
「ツナはオレ以上にスゲー奴だぜ?」
「ディーノさんに山本、何言ってるの!?」
意見してきた二人の瞳に険しいものはない。恐らくディーノ君はこれまでの行動から、山本君は本能的に私に害意がないと悟っているのだろう。
「私には既に、全てを捧げた
仕えたくない、の方が正しいが。
この身を剣として捧げ、心を預けた。
ただ一人、ジョット君にしか私は仕えない。
それでも剣を執ったのは、胸に抱き続けた譲れぬ
こんな私を、みんなは赦してくれるだろうか。
まっすぐに沢田君を見て、言い切った言葉の返答を待つ。
「そっか…」
「いいのか、ツナ?」
「いや、だって…レイちゃん、その人のことが本当に大切だって顔してたから」
よし、
今の私と沢田君の問答は、言ってしまえば未来でのチョイスに向けた特訓開始の直前、今ここでおろおろと私と沢田君に視線を彷徨わせているクロームちゃんが行った意志の表明に等しい。
リボーン君への対策を二重三重に打ってきたと言えど、状況が状況。最悪、物理的に排除に来られる可能性もなくはなかった。
今の様子からしてその可能性は限りなく低くなったと思いたいが、念には念を入れるべきだ。
私はここで沢田君に認められた。
守護者にはならない、つまりはファミリーでありながら完全な味方ではないと宣言したにも関わらず、彼は私を受け入れた。
そんな私を排除したその結果は、最早火を見るよりも明らか。
限りなく遠回しな誘導、出された答えから更に派生する答えであるから、誰もこの問答が私の描いた絵図だとは思っていない。
私が日常的に張り巡らし、そして有事の折には機を逃さず発動させる謀略の糸に気付けるのは、ジョット君くらいなものだ。
彼から私へと問う形に誘導できなくもなかったが、できればしたくなかった。
だってそんなこと、ジョット君達に言われでもしない限りしたくない。
今更何を思っているんだと自嘲していると、小さな靴音と気配が近付いて来た。
「雪の守護者様、よろしいでしょうか」
首を傾げると、リングを合わせてくれ、と頼まれた。それを以て今夜の試合の終結としたいらしい。
手に握り込んでいたリングを月光の下に晒し、カチリと嵌め合わせる。
無骨なデザインの
アラウディ君が守護者就任のお祝いに贈ってくれた指輪。
私が雪である、その証明たるリング。
懐かしい、柔らかな色合いの石を光に透かしていると、不意に違和感を覚えた。
月光が入るように掲げながら、リングの内側を覗き込む。
そしてそれ以外の部分。
細かな傷にしか見えなかったもの同士が組み合わさり、複数の単語になっていた。
心の何処かが警鐘を鳴らす。
見てはいけない、読んではいけない───気付いてはいけないと。
でも、同時に今見なければ後悔するような気もした。
だからそのまま、目を細めて、
「───え?」
「レイちゃん、どうかしたの?」
心配そうな沢田君の声は、耳を素通りしていった。
『ll mio amato Ray』
頭文字が大文字ということは、最後の単語は名前だ。
私の本名───レイチェルの、愛称であるレイ。
そしてその前の単語は、意訳で我が最愛…いや、『僕の最愛の』か。
私がいなくなった後、リングは門外顧問機関で保管されていたとチェルベッロは言っていた。
この件で彼女らに嘘を吐くメリットはない。
タルボ君は変人で仕事も選ぶ。
私がこのリングを大切に思っていたのもわかっているから、下手な相手からの細工の依頼は受けないだろう。
これを彫るようにと依頼できるのは、一人だけ。
喉の奥から、震える声が漏れそうになる。
何故、こんな形で知らなければならなかったのだろう。
彼の想いを。
できるなら、その声で聞きたかったのに。
いつも以上に甘い声で、私に告げて欲しかったのに。
何故こんなことを思うのか。首を傾げるまでもなく、思い至る。
(───私は、君が好きだったのか)
バカばかりのファミリーだったけれど、私もしっかりバカだったようだ。
本当に、救いようもなく愚かしいが───胸の奥底に澱む感情が『恋』なのだと、私はその時、初めて自覚した。
「レイ、大丈夫か? 顔色が悪いぜ」
「何でもないさ。もう帰っても? 君らだってこんな遅くまで起きていたら健康に悪いぞ」
いつも通りに、言葉を返す。
声、震えるな。涙なんて零すな。胸の痛みを隠せ。
『いつも通りの松崎レイ』を、演じ切れ。
「ボンゴレについても詳しく説明しねーとだな。明日、学校から帰る頃に行くぞ」
「ああ、待っているよ」
その日の記憶は、そこで途切れている。
気が付けばその時のまま、ベッドに横になっていた。
掌に跡が残る程強く握り締めたリングの存在が、昨夜の勝負が夢ではないと証明していた。
・ようやく自覚した
よかったね、両想い()だよ!!
・将来を見込まれた
いい感じにまとまったが、レイが耐えられなくなった場合彼女の役割全部押し付けられる可能性が出てきたので普通に貧乏クジ。
・家庭教師
元生徒からレイを保護した時の怪現象について聞いていたので、予想していた節はある。
年単位で張り巡らされてきた蜘蛛糸に絡め取られた。敗因はただ一つ、レイ・オルテンシア・イヴの頭脳を見誤ったこと。
・遺され、遺した側だった
ただ胸の中に秘めてもいられなくて、本当に伝われば
ねえ僕じゃない僕何やってんの? あいつらに知られたら真面目に生命の危機なんだけど。
・雪のボンゴレリング
ジョットの血縁以外を拒む大空のボンゴレリングとは別ベクトルで呪われたリング。
遺された雲から遺した雪への、愛の言葉が刻まれている。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的33 指輪と、
今日も、何一つ変わらぬ日常が過ぎていく。
そこに一つの指輪が加わろうと、変わるものは何もない。
変わったのは私だけだ。
朝、リングを右手の中指に嵌めた。
軽く幻術を施して、そのまま学校生活を送ってみたが、うっかり落としてしまうようなことはなかった。
一年半前まで、毎日のように指に嵌めては緩いことを確認していたのに。
落としてしまうからと、鎖でネックレスのようにして首から下げているのが常だったのに。
みんなと共にいた頃の自分ではないのだと突き付けられているようで、心が軋む。
京子ちゃんの不安げな視線に浮かべた微笑みは、彼女らと別れた途端に剥がれ落ちてしまう。
何をしているんだ、
演技なんて得意中の得意、そうやって今までも偽り続けてきただろう?
どうにか足を動かし、自室まで辿り着くと、幾許もせずにディーノ君とロマーリオさんが訪れる。
部屋に入って来た彼は、戸棚の上に並べたぬいぐるみを見て頬を緩めた。何だと思っていると、「手芸が得意なんだな」と開幕にしては斜め上の発言が飛び出してくる。
「初っ端がそれか。…まあ、趣味の一つではあるよ。黙々と作業するのが好きなんだ」
手芸の類は得意な方だと自認している。エレナさんに教わったから刺繍やレース編みも出来るしな。
気恥ずかしそうに視線を逸らし、ローテーブルの上に乗せていた紫のネコを弄ぶ。
「というか、君は私のところに来て大丈夫なのか? 雲雀君はどうしている?」
「恭弥ならもうバッチリ仕上がってるから、心配いらねーよ。だが何処で知った? お前に家庭教師はいないだろ」
鳶色の目を鋭くするディーノ君に、用意していた答えを返す。
「家庭教師のことなら京子ちゃんから聞いた。それに風紀委員が根城にしている応接室に君らしき人が入って行ったと、一時期噂になっていたのでな」
「マジか」
「安心しろ、さすがに沢田君達が揃って休み始めたことと関連付けて考える者はいないよ」
まず問題ないとは思っていたが、雲雀君の修業も仕上がっているようで何よりだ。
「で? 君達は何をしに来たんだ? まさか
彼らのため、わざわざ淹れた紅茶のカップを傾ける。
茶葉も貰い物のいい物だからか、味はとてもいい。確かこれはアッサムだったか。銘柄問わず美味しく淹れる技術を習ったのもエレナさんからだった。
私の言い分に苦笑したディーノ君がロマーリオさんから何か受け取り、それをこちらに寄越して同じようにカップを傾ける。
おい、君に警戒心というものは無いのか? 私が毒でも入れていたらどうする気なんだ。
警戒心の欠如が著しいキャバッローネの10代目が寄越した紙の束は、ボンゴレに関する資料だった。
雪の守護者が初代しかいなかったからか、
ペラペラと紙をめくり、雪の守護者の情報を読み取る。
他のことには興味がない。というかボンゴレの成り立ちとか、ボスと守護者の役割とか、私はこの目で見てきたんだ。今更資料なんぞから学ぶことはない。
今気になっているのは
一通り読み終えると、何だか精神的な疲れが襲ってきた。仕方がない。色々と恥ずかしいことが書いてあって、下手なリアクションをしないように気を張ってたんだから。
天才的な頭脳を持つ軍略家。
ボンゴレ史上最高の参謀。
経験を重ねれば雨の守護者に並ぶかもしれない剣士。
なんで私こんなに評価されているんだ? 確かに頭脳戦じゃ負け無しだし、剣の腕も褒められたけど、過大評価が過ぎるんじゃないか?
むう、と唇を尖らせて、他の守護者の情報にも目を通す。
最後の、初代霧の守護者のそれには、あるべき人の名が欠けていた。
予測は、できていたけれど。
私は、守れなかったのか。
私は、取り零してしまったのか。
───私が守りたかった何もかも。
───
胸の奥、確かに灯る黒い炎が揺らめくのがわかって、一度強く瞼を閉じる。
ダメだ、
参謀たるもの、いつ何時たりとも冷静に振る舞え。
「…何故、沢田君なのだろうな」
一つ深呼吸をして、ディーノ君に資料を返しつつ呟く。
今知った現実から目を逸らすための逃避行動だという意見は、否定できない。
「他の候補者が死んじまったからだな。誰か一人でも生きてりゃ、ツナが候補に入ることはなかった」
「
ボンゴレボスの条件たる、
そうは言っても、
だが始まってしまった以上、止めることはできない。
唯一この状況を打破できる権力と情報を持つ
何ともまあ手の打ちようがない状況に落とし込んだものだと、
きっと沢田君は勝つ。
後は向こうが勝手にやるはずだ。親子の事情に、他人が首を突っ込む必要はない。
傍迷惑な親子ゲンカの終わりを見越して、大きく息を吐く。
これが終われば次は未来での戦いだ。
私のリングはボンゴレリングではないが、
「レイ、大丈夫か?」
「問題ないさ。それで? 色々と尋ねたそうだが、何から聞きたい?」
問われたのは、私に剣術の基礎を教えた人物のことと、スネグーラチカについて。
剣を教えた人物にはもう会えないんだと告げ、スネグーラチカについては実演する。
「こんなものだな」
「凄いな…」
一応彼をイメージして、未来の彼の
「お前が忠誠を誓った相手なんだが、そいつとお前の関係は?」
「…私の剣は、彼に捧げた」
キャバッローネにも武人気質の人間はいるだろうと思いそう告げると、途端にディーノ君の顔が真剣なものになる。彼はこの言葉の意味を正確に理解しているらしい。
「難しく考える必要はない。彼が沢田君達と敵対することを選ぶのなら、私も沢田君達の敵になるというだけのことだ」
まあ、そうはならんだろうがな、と苦笑を浮かべて見せる。
何と言ったって、沢田君は我らが
思い出して、猫のぬいぐるみを抱き締める。
伏せた瞼の裏には、大好きな
二度と戻らぬその時に、私の
捧げる相手も最早亡い、
・武人というより、騎士
指輪のせいでメンタルガッタガタ。そこに更に爆弾が叩き込まれた。守れなかったことを、知ってしまった。私が、いなかったからだ。そのせいもあってモノローグでも割とボロが出ている。
双剣の片割れを使うことは有り得ない。だって右の剣は、ジョット君に捧げてるから。左の剣は、彼に捧げたかった。
諸々の価値観が他者と違う中、恋愛に関しては身近に
・跳ね馬
剣を教えた人物について聞いた時に一瞬表情が抜け落ちて、その後で取り繕うように笑って「もう会えないんだ」と言われて、彼女の剣の師の死を悟った。そいつ以外の家族も全員死んでるっていうかお前が持ってきた資料に名前があるぞ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的34 明けぬ夜に、灯火を
やっぱりこうなるんだな。
胃の痛みと戦いながら、目の前の勝負を睨むように見つめる。
私がプールで戦い、ジェラルド君を下してから丸一日。
グラウンドを
いや、正確には既に終了している。
あっさりやられた巨大な鉄塊
そして、
だがしかし各人の行動の真意やその正体がわかっているから嫌になる。
モスカの中にはボンゴレ
───
卑劣な手段で大切なものを失う恐怖を突き付けられたからこそ、沢田君は
狂ってるとでも、冷酷だとでも、どうとでも罵ればいい。
私はより犠牲が少なく、よりよい結末を目指す。
既に道はわかっている。後は、そこに辿り着くだけ。そこに至るまでの犠牲も全て私の計算のうち。
それはいつだって変わらない。
わかっているんだ。
私は、世間一般で言うところの“善”ではない。
そう言われるには───私の手は、血で汚れ過ぎている。
犠牲を出さずに済むルートも見える。見えても、そちらには行かない。
だってその先の結果はいいものではないから。
ただ最良の結果をもたらす道だけを突き進む。救えたかもしれない、なんて甘えたことは言わない。
だって救えるルートも見えていたから。
かつての日々でも、参謀として、また雪として、様々なものを切り捨てた。
家族以外はどうでもよくて
私が殺したも同然で、彼ら彼女らには私を憎む権利があるとも思う。
それでも、私が足を止めることはなかった。
それは、私が足を止める理由たり得なかった。
故にこそ、私は冷酷なる吹雪と呼ばれたのだ。
選択には責任が伴うと、理解している。
それでも、最善にして最良たる未来を選び続ける。
それが己に出来る最善だと、私は今でも信じている。
私の選択が最善だと信じてくれた人達を、最愛の
───私がいなくとも、きっと大丈夫だと。
───最善ではなくとも、最悪には陥っていないと。
私の張り巡らした策は、彼らの助けになったはずだと。
だからこれは、今また張り巡らす、策の欠片。
手を翳し、小型の洋弓を
矢を番え、ただ刹那の隙を待つ。
活動を停止したはずのモスカから微かな駆動音が聞こえた瞬間、引き絞った弓弦から矢を放った。
狙いは一つ、最もモスカに近い位置に埋められた地雷。
爆発が起これば、雲雀君も近寄らない。
フィールドに埋められた地雷が爆発し、爆風がこちらまで届く。
標準も定めず矢鱈と攻撃するモスカは、既に暴走状態にあるのだろう。
雲雀君が怪我をしなかったことで、大空戦でこちらが優位に立つ仕込みが出来たことに安堵する間もなく、観覧するメンバーを庇う盾を展開する。
早くもひびの入った盾の効果を持続させるべく新たな盾を連続で展開したが、これでも沢田君が来るまで持つかどうか。
私が創る氷の硬度は相応でしかない。鉄壁の防御なんて、約束のしようがない。
それでもと、前を見据えた。
唇に、
左手で、
大丈夫。
大切なものは、全部此処にある。
愛する人の想いも、家族との絆も。
抱いた覚悟も、誇りも、誓いも───確かに
それなら、何も怖いものなんてないじゃないか。
夜空を見上げれば、彗星の如く鮮烈に輝く鮮やかな灯火。
予測した時間ぴったりに現れた彼のことは視線で追うに留め、防御に集中する。
だから、行け。
そんな思いが届いたはずもないが、来るなりモスカを圧倒する沢田君に驚嘆の声を漏らして見せる。
ひと月。たったのひと月だ。
あの黒曜での戦いから今までに過ぎた時間はそれっぽっち。
なのに確かな成長を遂げた彼に感じるモノなんて、
故に、ただ前を見据える。
退くことは、許されないから。
前に進むしか、ないのだから。
そして、とうとう。
「な、なんと…」
「中から人が!?」
「9代目…!?」
破壊されたモスカの中から、
「9代目へのこの卑劣な仕打ちは実子である
「な!?」
「しらばっくれんな! 9代目の胸の焼き傷が動かぬ証拠だ!! ボス殺しの前にはリング争奪戦など無意味!!
オレはボスである我が父のため、ボンゴレのために…貴様を殺し、仇を討つ!!」
沢田君の心を折るために、ここまでやる必要があるのかとすら思う。
(いや、必要だな)
大空とは総じて、そう簡単に折れてくれるタチの人間じゃない。
しかし、『崇高なるボンゴレ』と来たか。
今のボンゴレが崇高だと、彼は思っていると、そういう訳か。
「クソくらえだ」
そう、小さく吐き捨てた。
ボンゴレの始まりは、街を守る自警団。
コザァート君の助言を受けたジョット君が
そして彼が気に入った人間を次々にスカウト、とある
その成り立ちを、すぐ近くで見てきたからこそ。
彼らと共に、その道を歩んだからこそ。
私は、受け入れられない。
半ば無理やりに、引きずり込まれたけど。
苦難も、少なくはなかったけど。
確かに、楽しかったんだ。
今でも、大切なんだ。
あの日々を守るためなら世界だって敵に回してみせる、そう言い切れるくらいには。
なのに、かつての面影を遺したまま、変わり果てていて。
その変化を受け止めることはできても、肯定だけはできない。
肯定してしまったら、あの日々はどうなる?
あの日々を、間違っていたと否定するのか?
そうしたらあの日々は、大切な思い出ではなく、哀しい
それは、ダメだ。それだけは、嫌だ。
零れ落ちかける激情を心の奥底に封じ込め、他の面々と共に沢田君の様子を見守った。
燃えるような橙を湛えた瞳が、
その姿が、瞳に宿る色が、どうしようもなくジョット君に、私が剣を捧げた王に、私達の大空に似ていて、目を細めた。
君は、君達はまだまだ未熟だ。
だから迷っていい。道なんてない方向にだって進んでいい。
安心しろ。道を指し示したり、背中を押すくらいはしてやるから。
「お前に9代目の跡は継がせない!!」
沢田君が叫び、そして開催が決定された大空戦。
ヴァリアーとの戦いの、終着点。
明けない夜はない、その言葉の正しさが示されたようで、苦く笑った。
・多分未来編での白蘭よりやべー女
メンタルが発狂ギリギリのラインで固定されたので落ち着いているように見えるだけ。心の何処かがずっと『私のせいだ』と自分を責め続けている。何かのきっかけで転がり落ちたらやべーことになる。
選ばなかった未来のことは語らないが、そうして切り捨てたもののことを忘れたこともない。罪悪感を感じるかは別とするが、それでも全部己の責任として背負っている。
尚、9代目を切り捨てたのはマフィアボンゴレへの嫌悪とかではない。そういうものは元々持たない分排除も容易いし、そもそもそんな瑣末なモノに振り回されるようでは雪は名乗れない。
メンタルクソヤバ状態なため、モノローグで自分に言い聞かせるように維持し続けてきた化けの皮が剥がれてきている。
それはかつて、家族と共にいられた頃のエミュレート。これ以上何かを失うことを拒む、彼女の抵抗の一つ。
好きの反対は、嫌いではなく無関心。彼女にとって、本当の意味で
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的35 大空戦の幕開け
〈それでは大空のリング
チェルベッロの声を聞きながら、毒がもたらした熱に顔を歪め、霞む目で解毒の鍵となるリングが置かれたポールを睨んだ。
毒の種類がわかっているのだから解毒剤もこちらで用意すればいいかとも考え、バミューダ君達に助力を求めたのだがそう上手くは行かなかった。
象をも殺す猛毒の解毒剤など手に入れるのは困難を極めるし、第一本当にそんなものが存在するのかも怪しいと言われたのだ。おい何処でこんなものを手に入れたチェルベッロ。
「…頼む」
ようやっと零した言葉に返すように、氷で形創った白い蛇が鎌首をもたげて
30秒足らずでポールの上のリングを尾に絡めて持ってきた白蛇が、カチリとリストバンドにそれを嵌め込む。
解毒が成されたことを体調から確認し、少しふらつく体に鞭打って歩を進めた。
先程までの私同様息も荒く倒れ臥すジェラルド君の頭を一度撫で、リングを使って解毒する。
呼吸が落ち着いたのを確認してから、スネグーラチカで創り出した檻に閉じ込めた。
これは仕方のないことだ。今の私と彼は敵。ならば、捨て置くことこそが彼に対する侮辱となる。情こそなくても、私は彼を見ていない訳ではないのだから、何の対応もせず放置などしない。
「待て、よ」
「おい、無理に動こうとするな」
毒が抜け切っていないだろうに、無理に体を起き上がろうとするジェラルド君を制止する。
自分でも無茶だと悟ったのだろう、地に伏せたまま、それでも灰色の瞳にギラリとした光を湛えてこちらを見ている。
「オレが勝ったら、オレが雪なんだろ。なら、再戦と行こうじゃねえか」
「悪いがこちらにも都合というものがある。再戦はまた今度だ」
というか雪戦から三日と経っていないのに私に勝つつもりかい君は。私これでもスパルタ
そんな風に思いながら、檻へと向き直ってまっすぐにジェラルド君を見る。
「…君、そんなに初代雪の守護者のことが好きなのか?」
「たりめえ、だろ。オレんちじゃなあ、寝物語に初代ボスとあの方の戦いと、その後の交流を聞かされるんだ。ガキの頃から何べんも何べんも聞かされて、もう諳んじられる。これで憧れねえ方が、おかしいだろが」
サルトーリファミリーそんなことしてるのか、というツッコミは一旦脇に置いておき。
ジェラルド君の、嚙み締めるような言葉を咀嚼して。
(ああ、そうか)
何というか、彼に感じていた思いの正体が掴めた気がする。
知己の子孫だからとか、そういうのではなくて。
詰まるところ、彼は私と同じなのだ。
憧れたひとと、同じ場所に立ちたい。
そんな、純粋無垢な願い。
暗殺部隊がそれでいいのかとも思うが、彼が
「そうか。……そうかぁ」
改めて、己は謳われる側なのだと、そう認識する。
名を偽り、素性を隠し。
それでも私はあの日、第七の天候として認められた者なのだと。
みんな。私も、みんなと同じように、追い掛けられる側になったみたいだ。
「何だよ」
「いや、君みたいな子にそんなに純粋に憧れられて、初代雪の守護者も嬉しいだろうな、と思っただけだよ」
不機嫌な声に、へらりとした笑みを浮かべて返した。
私が家族と並び立つモノなのだと、そう認識してくれていることについては、礼を言おう。
途端にジェラルド君が凍りついたように固まってしまったのをいいことに、愛剣を腰に携え、プールから脱出する。
何故か出入口に鍵がかけられていたため、フェンスをよじ登るハメになった。
…彼のコートを着て来なくて正解だった、と思いつつスカートに付いた汚れを払い、足を向けた先にあるのは体育館。そう、私の持つ知識の中では30分ギリギリまで放置された、霧の守護者のいる体育館である。
尚、金属音が断続的に響いてくるグラウンドは素通り一択だ。
私は彼らの前を行く者ではあるが、そう簡単に手を貸したりはしない。
───私が無条件でこの力を振るうのは家族のためのみ。
初めて嘘偽りない笑みを浮かべられたと気付いたあの日に、私はそう決めた。
何処にいるのか捕捉される可能性を避けるためになるべく音を立てないように、そろそろと体育館の扉を開ける。後は右腕に絡みつかせていた白蛇が取ってきた霧のボンゴレリングを受け取り、クロームちゃんとマーモン君のリストバンドに嵌めればいい。
私に戦う
「クロームちゃん、動けるかい?」
「れ、い?」
「ああ。こういうのは六道君が言った方が様になるんだろうが…助けに来た」
緩く瞬きをするクロームちゃんに、微笑んで見せた。
解毒直後のマーモン君が動けないのをいいことにこちらも檻に閉じ込め、早急な離脱を図る。
と、
マーモン君が出来たのだから私にもやれないことはないだろうと、観覧席の赤外線発生装置に盗聴器を仕掛けておいたのだ。
観覧席のリアクションは私に筒抜け。そこから、現在の戦況も推察できる。
〈弾を推進力にしてやがる。これで機動力は並ばれたぜ〉
〈なんて奴だ、あんな動き2代目も7代目もできなかったはずだ〉
「…まずいな」
「え……?」
首を傾げるクロームちゃんに説明する暇もなく、頭上を睨み付ける。
展開されるのは、
多重展開したこの盾でも、防ぎきれるかどうか。一撃目は屋根を破壊することにリソースの大半が割かれるだろうからまだいいが、追撃があれば…最悪の事態も考えられる。
〈あの方向はやべーんだ〉
ノイズ混じりのリボーン君の呟きの直後、轟音が響く。
突然の揺れに倒れかけるクロームちゃんを支えながら、瓦礫と炎を防ぐべく更に盾を展開した。
「持ってくれよ…!!」
頼むから。お願いだから。
永遠にすら思える数瞬が過ぎ去り、ようやく視界が開ける。
無傷のまま残った盾は一枚のみ。本当に紙一重のところで繋がった命に、クロームちゃんが安堵の息を吐いた。
「行こう。いつまでもここにいてはいい的だ」
「うん…」
最後に監視カメラに視線をやってから、私達は体育館から脱出した。
・家族を尊敬はしてないが憧れはしてる
最年少という立ち位置もあり、ずっと追い掛ける側だった。今もそれは変わっていないが、ジェラルドの話を聞いて彼らにファミリーと同列に扱われていること、そして
育った環境と立場故、裏表のある人間にはまず猜疑心を向けるようにしている。逆にまっすぐで裏表がないと優しめな対応を心掛ける。家族以外と接するに当たって彼女が決めた【基準】はこの他にもあるが、ジェラルドはそれにいい意味で引っかかったので素直に話を聞いた。尚、悪い意味で引っかかったら即抹殺される。
・憧れ故に追い掛ける
彼がレイに彼の憧れの話をしてなきゃ最悪ボンゴレ壊滅(しかも創設者の一人によって)という控えめに言って地獄√が口を開けて待ってた。ナイスファインプレー!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的36 抱える想い
隠しカメラのない校舎の陰に身を隠し、まず行うのはこれからの戦略考案だ。とは言っても、ある程度は事前に立ててあるのだが。
「クロームちゃん、単独で行動出来るかい?」
「うん、大丈夫……他の人を、助けに行くの?」
「ああ。こればかりは別れて行動した方が効率がいいと思ってな…」
正直に言うと、彼女を単独で行動させるのには不安が残る。
まだリングの炎の存在を知らず、有幻覚を創れない彼女では物理的なダメージを与え
…だが、この提案をした以上、クロームちゃんは絶対に一人で、出逢ったばかりの
「クロームちゃんには笹川君と山本君のところへ行って欲しい。他の面子はどうにもアクが強いから、私が担当する」
二人を指名したのにも訳がある。
この危機的状況で
獄寺君だと
「この二人なら君のこともすんなり受け入れてくれるはずだ。動ける敵が解放される可能性もあるから、先に笹川君の方に行って、その後山本君のところに行って欲しい。もし混戦状態になっていた場合には、出来るだけ全員で固まるようにしておいてくれると有り難い」
笹川君の対戦相手・ルッスーリアはベッドに縛り付けられていた。怪我の程度も重いようだったし、解毒したところで動けるようにはならないだろう。
先に山本君のところへ行こうとした場合、
「わかった、レイは嵐の人達のところに行くの…?」
問い掛けに、一つ頷く。
取り敢えずはベルフェゴール君撃破の手助けをするつもりだ。彼を野放しにしておくと形勢逆転される確率が上がるからな。
そしてその後───ヴァリアー隊の殲滅に動く。
「幸運を祈る」
「無事でいて」
最後に交わした言葉にも、性格や考え方が滲んでいて苦笑するしかない。
今後もこういった形でどうしようもない差を感じざるを得ないのだと思うと、何とも言えぬ苦いものが胸に広がった。
でも、そうやって
───本当は、こんな風に生まれつきたくなかったけど。
小走りに建物の影を移動するクロームちゃんを見送り、こちらも行動を開始する。
と、その刹那、爆発音が二重に響き渡った。
イヤホンから聞こえるのは、バジリコン君や
〈確かに
同意しかないよ、リボーン君。
タイミングよくモニターが切り替わり、ベルフェゴール君のリストバンドからリングを弾いた雲雀君と、彼が自力で倒したポールが映された。
ただ、束縛を嫌うが故に。
ただ、孤高であるが故に。
それ故に、『雲』の在り方は───
〈何ものにも捕らわれることなく、独自の立場からファミリーを守る孤高の浮き雲!!〉
雪のボンゴレリングに、彼が贈ってくれたホワイトオパールの指輪に、視線を落とす。
この想いを、彼はきっと誰にも言わなかったのだろう。
誰にも言わずに、ただこの指輪に刻み込んで。
(狡いなぁ)
本当に、狡いと思う。
こんな風に伝えられたら、嫌でも自覚してしまう。
───心を引き裂くような恋をした。
甘くて苦くて、柔くて痛くて、満たされるようで満たされない。
世間一般の基準では恋と呼べるのかもわからない、どうしようもない代物。
これが、私が得る最後の
君達が私に与えてくれた、今や
けれど私の中に確かに存在するそれの、最後の一つ。
できるならもっと早く、君達と一緒にいられたうちに気付きたかったよ。
それならきっと、ただ優しい思い出にできただろうから。
いや、彼はそうして欲しくないから、こんなことをしているんだろうか。
思い出なんかにして欲しくないから、こんな酷いコトをして、私に瑕を刻んでるんだろうか。
本当に、狡いひと。
指輪を、左薬指に嵌めようかとも思ったんだ。
でも、止めた。
そうするのは、君がいいから。
君の手で、私の左薬指に嵌めて欲しいから。
胸がずっと痛い。
だけど、これに君も耐えたんだよな。
これは、私が君に与えたのと同じ痛みなんだよな。
それなら、私も耐えてやる。
君とお揃いなんだ、悪くはない。
だけど、次に誰が身に付けるかもわからない
こういうのは直接、若しくは互いしかわからないような手段で伝えるべきだろうが。それに関しては
その“いつか”が、なるべく早く来てくれるようにと祈って。
思考を切り替えるために息を一つ吐き、目を細めた。
「何やら面白そうなことになっているな」
「
「君、何しに来たの?」
鋭い視線は努めて無視し、カツッ、カツッと意識的に足音を響かせる。
そして、左手の剣を一閃。
それだけで、ベルフェゴール君の周囲に浮かぶ独特な形状のナイフが地に落ちる。
タネがわかっている手品程、簡単に暴けるものもない。
「私はこれで。愉しんでくれ給え」
アドバンテージを崩され焦りを露わにするベルフェゴール君に背を向けて立ち去りかけると、雲雀君が声を掛けてきた。
「なんで僕に知らせたんだい?」
「…ベルフェゴール君は君の手札を知っているのに、君がベルフェゴール君の手札を知らないのは不公平だろう?」
人を喰ったような笑みを浮かべて言い切り、今度こそ立ち去る。
空を見上げて激しくぶつかり合う
『彼の似姿が無様を
なんて、身勝手なんだろう。
愛おしくて、大切で。
告げる先を亡くした想いは、気付かぬうちに歪んでしまったのだろうか。
零れ落ちかける雫を指先で拭い、靴音が高く鳴る程強く歩を進める。
目指す場所は校舎裏手。人気のないそこはヴァリアー隊の侵入経路の確率が高いと、一年以上前から目を付けていた場所だ。
ほら、もうこんなに。
行動を読まれているとも知らずにヴァリアーの隊服を纏った50人が侵入し、着々と襲撃の準備を進めている。
「悪いが、そこまでにしてもらおうか」
校舎を挟んだ向こう側では、鮮やかなオレンジが明滅を繰り返している。
ノッキングするように不規則な炎は、プラス状態と0地点を行き来して、マイナスになるタイミングを計っている証。
死ぬ気の零地点突破。
私のスネグーラチカとは似て非なる、炎すら凍らせる氷。
私にも馴染みのある技だ。目にした大半が本部で大ゲンカを始めたアラウディ君と
これは、
死人を出すつもりはないが、邪魔立ては許さない。
「───さあ、上手く踊ってくれ給えよ?」
・
それはそれとしてリングにメッセージ刻むことないだろ、と思っている。他人に見られたら恥ずかしいし。尚門外顧問機関で保管されていた間はずっと分割状態だったので、ギリギリ誰にも気付かれてない。
ファミリーがケンカおっ始めたら大抵の場合は野次を飛ばしつつ観戦する。弱いから止めないというか止められない。事実に基づいた合理的判断なのに観戦していたことを怒られるのもワンセット。
先天的に精神の感情を司る部分が欠落している。唯一の例外は家族。彼らと共に過ごす世界だけが、鮮やかに色付いていた。
家族以外に感情を向けられないことを自覚しているから、ツナ達
・
自分ではない自分の想いがその想い人に
同族嫌悪で仲が悪い霧とケンカをしては凍らされていたので、ノッキングする炎に微妙にトラウマを刺激されている。
今となってはこの世界でたった二人の、彼女の精神性について知る人物。今日も取り繕ってる。よく飽きないね。
演技ではない、自分ではない自分に向けてくれたあの笑みが見たい、なんて。そんなことを心の片隅で思っている。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的37 大逆転、そして幕引き
後書き(補足説明等満載)はいつも通り活動報告にて行う予定ですので、ご覧戴ければ幸いです。
「スマンな、助かったぞ」
「ううん……大丈夫…?」
「ああ。少しふらつくが極限に大丈夫だ!!」
倒れた晴のリングが乗せられたポールに、呻くでもなく安らかに眠るルッスーリア。
そして互いの体を支え合うようにして歩む二つの人影とくれば、何が起こったか想像するのは容易いだろう。
人影の一つはクローム髑髏。
死の淵を彷徨っていたところを六道骸に救われた彼女は、レイの指示通りに笹川了平の解毒に成功したのだ。お人好しな彼の影響で
もう一つは笹川了平。
生来の気質で物事を難しく考えるのが苦手な彼は、これもレイの予測通り、元敵の仲間であるクロームをすんなりと受け入れた。爆炎飛び交う校舎を通り抜けて来た彼女にボクサーの資質を見出したのかもしれないし、妹と同い年の彼女に庇護欲を抱いたのかもしれないが、それらは全て些事に過ぎない。
“施し”により動き出した敵の嵐と雷を筆頭に、こちらの嵐、雲、そして雪もまたボスのため学校のため己の矜持のために動いている。並中内は既に混戦状態の無秩序なバトルフィールドと化した。
ならば味方と合流し、少しでも多くのリングを集めつつ情報を共有するのが最優先である。
「…急がなくちゃ…」
「うむ、沢田達のためにもな!」
◆
少し時を遡る。
“死ぬ気の零地点突破”の完成を目指しバジルとの修業を重ねた綱吉が、初代の使ったとされるそれの派生形・“死ぬ気の零地点突破・改”を習得した直後。
形勢逆転を成す
「サンキュ!! 助かったぜ」
「校内で死なれる訳にはいかないんだ。死ぬなら外に行ってくれる?」
「はは、そーするわ。でも今は死ぬ気ねーから校内にいるのな」
ヴァリアーのベルフェゴールに戦闘時の隙に乗じて逃げられたためか非常に不機嫌な
当たり前だがツンケンしっぱなしの雲雀に苦笑しながら立ち上がった山本の足元に、何かが投げられた。
「おい、これ…」
「僕は要らないから。君が持っておけば?」
何かとは勿論、今所有権を争っているボンゴレファミリーの継承の証・ボンゴレリング。その一つである雲が刻印されたリングを、事もあろうに受け継ぐはずの雲雀本人が投げ捨てたのだ。
「…ホントにいいのか?」
「ああ。
言い切られた言葉に、謎は多い。
けれどふいと顔を背けた雲雀に、これ以上の言葉を期待するのも無駄だ。
それがわかった山本は、それ以上雲雀と会話することもなく校舎出口を目指すのだった。
◆
校舎から駆け出した山本はその角で獄寺と鉢合わせた。二人の合流が叶ったのは混戦状態の今、割と奇跡である。
「見りゃわかるがアホ牛は無事だぜ」
「ってことは残ってるのは晴と霧か…」
笹川了平とクローム髑髏。うるさい学校の先輩と不気味な元敵の仲間。しかし、獄寺が揺らいだのは一瞬だった。
「…ここから近いのは体育館だ。体力のない女子を優先した方がいい」
「そーだな…あの
「本当にしてそうだから止めろ」
残念ながらそんなことは起こっていないのだが、本当に起こりそうである。
デスヒーターは象をも殺す猛毒だと言うチェルベッロの発言は、自力で解毒した某風紀委員長のお陰で全く説得力のないものと化しているので。
そんなことよりも重要なのは、レイが動いたが故に生まれたバタフライ・エフェクト。
レイがクローム髑髏を助けた結果、獄寺隼人が笹川了平を解毒してランボを預け、代わりに晴のリングを託されるという流れが丸ごと無くなったのである。
そして悪いことは重なるもので、状況の把握が出来ていない二人は既に解毒済みで了平と共に合流を目指しているクロームがいるはずのない体育館へ向かってしまった。
最悪、の一言に尽きる。
そして更に最悪なことに、体育館に残されているマーモンは術士、霧のアルコバレーノである。
つまり、こんなこともできるのだ。
「お前達の持つリングを渡してもらおうか。さもなくばこの女は皮を剥がされ
氷の檻に閉じ込められたはずのマーモンがちんまりと立ち、ベルフェゴールがナイフを弄んでいる。
そして、いるはずがないクロームが拘束されている。
自由の身になり、雲雀からも逃げ切ったベルフェゴールが体育館のマーモンを檻から出し、悪辣な罠を仕掛けたのだ。
マーモンとベルフェゴールは本物。しかし人質のクロームは偽物。
それを見破れない時点で二人は既に敗北していると言ってもいい。
唯一の幸いは戦闘になることを懸念した獄寺がランボを外に隠してきたことだろう。だがリングは持ってきたため、
本物のクロームは今自分達を探しているとも知らずに、獄寺と山本は眉間に皺を寄せて人質の解放を叫ぶ。
そんな二人にベルフェゴールが立場を理解させるような言動を取っているが、側から見ればベルフェゴールとマーモンの方がよっぽど立場を弁えるべきである。
何と言っても人質もいなければリングも無いのに交渉に持ち込もうとしているのだ。彼らの面の皮はどれだけ厚いのだろうか。
「オレと獄寺でお前達が持ってる霧と、晴と雪以外のリングを持ってんだ」
観念したのか、獄寺の制止も聞かずそう告げた山本が雨と雲のリングを指の間に挟み、ヴァリアーの二人に見せる。
「まずその
残念なことにマーモンは慈悲で解毒こそされているもののリングは奪われているのだが、それでもその取引は二人にとってメリットの方が多い。
番外として集めずともいい雪は別として、ここで二人を騙し通せば晴と霧以外のリングが手に入る。言ってしまえば旨みしかない取引だ。
…とは言っても相手はあの最強のヒットマンにして晴のアルコバレーノ・リボーンをして『生まれながらの殺し屋』と言わしめるだけの才の持ち主。そう簡単に事が運ぶはずもない。
___時雨蒼燕流 攻式三の型 遣らずの雨
リングを転がすフリで床に落とされた、竹刀袋に納まった時雨金時が見事ベルフェゴールの肩にクリーンヒットする。
時雨金時を拾うタイムラグすら感じさせずに、山本はマーモンに刃を突き付けた。
が、形勢逆転かと思われたのも束の間。
刃を突き付けられているマーモンが増殖、そして蹲って呻いていたベルフェゴールが全く違う場所にクロームにナイフを突き付けた状態で現れる。
敵は暗殺部隊。姑息さならば彼らの方が上なのだ。尚、人質を取ったように見せかけているので元々彼らの方が上手である。
縄で拘束されているクロームが幻の触手に全身を締め付けられ、声にならない悲鳴を漏らした。
再三言うことになるがこのクロームも本物ではない。本物は現在了平の極限節に付き合いつつ味方を探している真っ最中である。
「てめぇ!!」
「止めろ!!」
「まだわかっていないようだね。幻覚を見ている君達に何の権限もないんだ」
マーモンの言葉に呼応するように獄寺の体にも触手が絡みつき、嵐と雷のリングが手から零れ落ちた。
更に山本も触手に絡め取られる。
しかし、それすら予測してこその参謀。彼女によって、セーフティーネットは張り巡らされている。
故に大番狂わせを起こすことのできる存在もまた、すぐ近くまで迫っていた。
◆
駆け付けたランチア共々ヴァリアー隊を相手取っていると、落雷のような轟音が耳に届いた。
方向はちょうど、体育館がある方だ。
「何の音だ…?」
「気にせずともいいよ、私の思う通りに事が進んでいるだけだから」
疑問の声に素っ気なく返しながら、ヴァリアー隊員の顎に
崩れ落ちた男の隊服の襟首を掴んで放り投げ、敵の動きを阻害。
一年程度のブランクでは、身に染み付いた動きは鈍らない。
やはりベルフェゴール君の逃亡とマーモン君との協力は防げなかったか。
まあ、これであの二人も幻術士の怖さは身に沁みただろう。
そして笹川君、マジで体育館を吹き飛ばすとは。拳を振るった時の風圧でガラスを壊す奴が家族にいる私が言えたことかとも思うが。
私もナックル君が本気で拳を振るっているところを見たのは
考えながらも、体の動きは止まらない。
背後からの奇襲を、
その途中、宙に放った
(師範、使わせてもらいます)
剣術の師が使っていた、型の一つ。いつ絶えるかもわからぬ、『滅びの剣』の一。
本当に見様見真似、戦場で見たままの再現しかできない私は、継承者ではないけれど。
修業も終わった夕焼けの頃、疲れ果ててうつらうつらする私にとって子守唄代わりだった、優しい笛の音。
それが耳の奥で響いた、気がした。
「───時雨蒼燕流 攻式三の型」
ランチアもこちらに意識を向けていない。今言って、聞いている人間なんて私以外に誰もいない。
継承者じゃなくっても、君の弟子だという事実は変わらないから。
誰も知らない、知る者などいなくなったその事実を、この
「遣らずの、雨」
狙い
こういう時、スネグーラチカは便利なんだ。
薄く笑って、抜剣の勢いのままに斬り掛かる。
また一人を伸して辺りを見渡せば、ヴァリアー隊の中で継戦が可能と思われる人員の数は五人まで減っていた。その五人も、大なり小なり傷を負い、疲弊している。
「後は君に任せる」
一方的にそう言ったが、ランチアは一つ頷くと私とヴァリアー隊員達の間へと移動した。私への追撃を防いでくれるつもりなのだろう、有り難い。
ランチアがいるから安心して背を向け、走り去る。
人目のないところで夜の炎を使いたくもあるが、監視カメラがあるので軽率には使えない。最悪バミューダ君達が敵に回ってしまう。
〈それではヴァリアー側を失格とし、観覧席の赤外線を解除します〉
耳のイヤホンから響くチェルベッロの声。
しかし赤外線は解除されない。マーモン君に細工を施されていたからだ。
ヴァリアー隊は既に壊滅状態、ここで増援を呼んでも特に意味はない。が、いずれ出られるようにしなくてはならないのだ、少しばかり世話を焼かせてもらおう。
「私を忘れてやしないか?」
言うと同時、抜剣。
一瞬ののちには、赤外線で観覧席を区切っていた装置が何の役にも立たぬスクラップと化した。同時に私が仕掛けた盗聴器もオシャカだ。証拠隠滅は大事だからな。
「まあ、遅くなったことは詫びよう」
不敵に笑えば、グラウンドにいる獄寺君達の声がスピーカー越しに届く。
思いの外元気そうな声に頬を緩めながら校舎を迂回、彼らと合流する。
私が駆け付けると同時に、ランチアがヴァリアー隊最後の三人を戦闘不能に追い込んだ。
「私が、君らの行動を読めないとでも思っていたのか?」
心外だよ、全く。
不満げに言いつつ、余裕のある足取りで倒れ伏す沢田君へと歩み寄る。
対照的に今の状況に焦りしか抱けないベルフェゴール君が投擲したナイフは山本君に阻まれ、マーモン君もクロームちゃんの幻覚の火柱に囚われる。
無言で雲雀君がトンファーを、笹川君も拳を構え、獄寺君は沢田君の側に駆け付けた。
最後のダメ押しで、私も
尚も周囲を呪う
「もう一度、“血より濃い水”を味わってみ給え。きっと、以前よりはマシに感じるだろう」
最後にチェルベッロが
「ボンゴレの次期後継者となるのは、沢田綱吉氏とその守護者7名です」
───リング争奪戦は、こうして幕を閉じた。
断章・欠落、若しくは決戦の裏
いつものように見下ろし、眉を顰める。
いつかのように剣を持たない彼女の右手が、心なしか寂しそうに見えた。
バカな
自分に合わせた戦い方を、あっさり変えるんだから。
それに、ずっと偽り続けてる。
全部一から始めて、また新しく得ていけばいいのに。
なのに、なんでそんな風に取り繕うんだか。
努力の方向音痴にも程があるよ。
本当に、バカな
(僕も、同じくらいバカなんだっけ)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第四章 己が望みを知った、彼女の願い
標的38
重い溜息を吐く。
手元の携帯端末で幾度となく登録された特定の番号に電話を掛けているのだが、一向に繋がらない。まあ、それを承知でやっている訳ではあるのだが。
昨日にはリボーン君が訪ねてきていないかと沢田君から連絡があり、今日の午前中には沢田君と獄寺君を知らないかとハルちゃんから、そしてその数時間後笹川君から京子ちゃんの行方を知らないかとそれぞれ連絡が来たのである。
もう確定だろう。
連絡の取れなくなった面々は、この世界の何処にも存在しない。彼らは約10年後の未来にいる。
未来に行けば、一応は守護者としての立場を持つ私は否応なしに戦闘へ参加することになるだろう。チョイスに向けては幼いランボ君でさえ修業に参加したのだから。…あれを修業と言うのかに関してはノーコメントで。
未来での戦いは非常に苦しいものだ。
甘さを含む余地はなく、完全に命の遣り取りとなる。
それは別にいい。そんな戦いは幾度となく経験しているし、黒曜での戦いもリング争奪戦も根幹は変わらない。
だが、規模が違う。敵のボス・白蘭は
リボーン君とラル・ミルチの会話やメローネ基地攻略後に合流するバジリコン君の話も総合すると、世界の大半がミルフィオーレの手に落ちていると見て間違いないだろう。
私も、きっと本気を出さなければいけなくなる。
結末に至るまでに、一体幾つを切り捨てればいいのか。それ以前に、ファミリー以外のために私の力を振るうということが、未だ認め難い。
これは私の精神的な問題ではあるが、そこには沢田君達に対しての不安も含まれている。
私が、いざとなればファミリー以外を切り捨てることを躊躇わない吹雪が、
悔いても時は戻らない。失ったものが還ってくることはない。
全ての責を負うのは構わない、
そして、戦いの後半では白蘭と
ボンゴレ
だがしかし、問題点が一つ。
その戦闘形態たる
当然のように、私は彼らがそれらを使うところも見たことがある。
更には下らないことで言い合いになった末に互いにそれらを交わらせていると言う、威厳台無しな一場面も幾度となく目撃済みなのである。ジョット君なんてこの間のお盆でロメオボコるのにガントレット使ってたし。ホントいい加減にしてください。
彼らの象徴とも呼べる武器を、彼らによく似た別人が、彼らと同じように使う。
私も知らない拷問の一種だろうか。ならば喜べ発案者よ、効果は覿面だぞ。
もうどうしたらいいんだろう。いっそのことここで
ちょっと待て。
何か致命的な見落としがある気がする。
犠牲。ぎせい。ギセイ。犠牲?
犠牲なんて、何故出ると思った? だって
出るとしたら、本当にどうしようもない局面でとしか…。
『ユニもお前達を平和な過去に帰すために、命を捧げるつもりなんだぞ』
毎日のように聞くようになった家庭教師の言葉が、耳の奥で響いた。
ああ、そうか。ユニ、彼女なのか。
大空のアルコバレーノ。虹の姫君。
彼女が───いや、断定はよくない。まずは情報を集めるべきだ。
部屋を出て、階段を降りる。
靴を履いて人気のない路地まで移動し、闇色の炎を灯す。
そして一瞬後、降り立ったのはマフィア界の掟の番人こと
「やあ、バミューダ君はいるかい?」
「…向こうにいるはずだ」
「ありがとう、ジャック君」
突然に現れる私にも慣れたのか、声を掛けた
尚、ジャック君は数多くいる
他に可能性があるのはイェーガー君は当然として、バミューダ君に次ぐ古株であるアレハンドロ君、それからビックピノ君とスモールギア君のコンビ。
アレハンドロ君が子供としている人形が、どう見てもミルフィオーレのホワイトスペルに所属するジンジャー・ブレッドなる殺し屋だったのには驚いた。ファミリーが滅亡するような抗争で必ず目撃されるのも、彼らが人知れずファミリーを壊滅させていただけだとは。
天然の洞窟を利用した牢獄は、物音がよく反響する。
誰かの呻き声の上に靴音を重ねながら、バミューダ君を探し歩く。
投獄されている囚人達への同情心なんぞ、私の心の中には欠片も存在しない。
ここは法で裁けぬ者達の牢。
元々家族以外は生きていても死んでいてもどっちでもいい、否、どうでもいいけれど、こういう輩にはジョット君の理念というフィルターを通して尚価値を感じない。
六道君だけは彼と私双方に色々と事情があるからか、微妙にそこから外れた場所にいる。
だけどそれも、沢田君達のような一般的な人が抱く感情に比べると『薄い』んだろう。
だが、考えたところで私の
バミューダ君を肩に乗せたイェーガー君の姿を見つけ、思考を打ち切る。
「やあ、レイ・オルテンシア君。炎の補充に来た訳じゃなさそうだね」
「ああ、今日は情報提供だ。ボンゴレリングの
「こちらでも把握しているよ。まさかアルコバレーノのリボーン君までもが巻き込まれるとはね」
持ってきた情報は既に向こうも知っていたが、予測済みだった分徒労だという気はしない。
チェッカーフェイスへの手掛かりを見逃さないためにも、現アルコバレーノの動向は常に把握しているだろうとは思っていた。
「恐らく私も、しばらくの間連絡が取れなくなるだろう」
「待ってくれ、君なら対抗策くらい打てるだろう? 何故抗いもせず巻き込まれることを是とするんだい?」
連ねられる疑問に、バミューダ君、と目の前の赤ん坊の名前を呼ぶ。
「人の身では抗い切れない流れというのは、確かに存在するよ」
「……そうだったね」
響いた言葉には、どうしようもない納得と諦観と、隠そうとして尚隠しきれぬ激情が滲んでいた。
なんと言っても、ここにいるのはその流れに飲まれ、翻弄されるしかできなかった被害者ばかりなのだから。
「それに、この騒動には
私のその言葉に黙ったバミューダ君は、しばらくしてから「了解したよ」と答えた。
「ついでに教えて欲しいのだが。万一の事態に陥ったアルコバレーノの救済手段、正確に言えば蘇生法は存在するか?」
予想外の問いだったのだろう、息を詰めたバミューダ君に、悪戯っぽく笑って言葉を続ける。
「あくまで推測だが、この騒動でアルコバレーノと深く関わることになるだろうと思ってね」
「成る程ね、それでアルコバレーノについての見識を深めようと、そういうことか」
「理解が早くて助かる」
話が通じる相手というのはいいものだ、感じるストレスが少ない。
「大空のアルコバレーノが命の炎を燃やせば、他のアルコバレーノの蘇生が叶う」
「ほう。だが、相応の代償もありそうだな?」
「その通り。蘇生が叶ったとして、大空のアルコバレーノが生きている保証は何処にも無い」
「成る程…」
知識の中のリボーン君の言葉通りの代償。
バミューダ君もこう言うということは確定でいいだろうし、覆すのも不可能なのだろう。
「ある意味ではそれが、大空のアルコバレーノの運命なのかもしれないね」
「…運命、か」
呟いて、目を伏せる。
人に依るのではない、元から定められた流れ。
それを運命と呼ぶのなら、私達にとってその流れを決定している存在は一つしかない。
そしてそうである以上、私はそんなものを受け入れる訳にはいかない。
知りたいことは知れたため、
人気のない路地裏から商店街の通りに出て、家への道を辿りながら、さりげなく背後に視線をやった。
やはり、
万一を考え、片時も手放したくない懐中時計は身に付けているし、雪のボンゴレリングだって右手の中指でいつも通りに輝いている。
もう逃れられない。身勝手なものだが、戦い抜く理由もできた。
故に、体から力を抜いたその瞬間。
よもやボンゴレ関係で依頼を受けた
一瞬気が逸れ、直後。
何かが空を切る音と、情けない悲鳴。
これは入江正一のものだろう。
それよりも、と辺りを素早く見渡すと、目に飛び込んできたのは───
───呑気にラーメンを啜る、年齢不詳の和装の男。
その姿で私の前に現れたとしてもおかしくはないと、そうわかってはいたけれど。
それを今、表情に出す訳にはいかない。
故に目を見開き、一拍後。
爆発音と同時に辺りがピンクの煙で覆われる。
何故か体に力が入らない。
喉からせり上がってくるものを吐き出せば、幾度となく見た紅が視界を染めた。
口の中に広がる鉄の味に、眉が寄る。
体中が痛くてしかたがない、視界が霞み始めたこれはよくない兆候だそうきゅうにたいしょしなければ
───落ち着くんだ、レイ。ゆっくり深呼吸して。
その声は、喩えるなら砂糖菓子のように甘やかで。
遠いところから響く声に従うと、少しだけ楽になった。
───いい子だ、僕のレイ・オルテンシア。
何処もかしこも痛くて仕方ないのに、その全てがどうでもよくなる程に、愛おしい。
夢幻だとわかっていて、それでも今だけはその幻想に縋っていたい。
恋は盲目。その言葉の意味を、我が身で以て知る。
(───アラウディ君)
吐息と共に外に出したその名は、果たして声になっていたのだろうか。
・色々な意味でやばい
リボーンからの評価が確定したことで動けるようにはなっているが、彼女なりに危惧するところもあり未来には行きたくなかった。宗教的なタブーを物ともしなくなった辺り精神的にはもう限界。
無駄に鋭いが故にユニの最期に思い至ったが、姉のように慕った人の最期に察しがついてしまっている今の彼女にとってはただの地雷だった。好き合ってる人同士が死に別れるの地雷です!!!(クソデカボイス)
ただ、実際には心中だと知ったら諸々から阻止したい気持ちと個人的な羨望がごっちゃになって情緒が酷いことになる。もう一つ言うなら、最期の最後とは言えちゃんと
・ラーメン好き
いってらしゃい、レイチェル。■■■と■■■の似姿たる君よ。
彼女のことは生まれる前から知っている。例えその途中に
それはそれとして、幼い頃と比べて随分と人間味が増したね? そこが少し不安だったのでわざわざ隙を作らせた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的39 未来と過去、託されたモノ
とうとう始まった未来での戦い。
私の入れ替わりは、どうやら雲雀君が並盛に帰還するタイミングに合わせられていたらしい。
既に沢田君達とは顔を合わせ、情報の交換を行っている。
京子ちゃんとハルちゃんのひとまずの無事も確認済みだ。
合流をとても喜ばれたんだが、彼らは私に信頼を置き過ぎじゃないだろうか。私みたいなのに気を許しても何の得もない、
…いや、私という存在の本質が露見していないのはいいことだろう。別に隠そうとして隠している訳でもないが、この状況で明かせば余計な混乱が生まれかねない。なのに私は、何を考えている?
戦いに油断は禁物。この件に関しては穏当に進むはずもなかったが、それにしてもイレギュラーが多い。
一番は私自身の体調不良。
素の状態で出れば即座に吐血、日を跨ぐ程その状態を維持すれば生命活動が停止する。どうにもならないことだが情けない。
しかしそれ以上に問題なのは、今私を相手に話す人物と、その話の内容。
「───という訳で、君達は
10年前よりもっと聞き馴染みがある声が、耳朶を擽る。
何とも言い難い感情を顔に出さないようにしながら、理解した意を示すため首肯した。
「さすがに理解が早いね」
本来であれば語る必要などない、自分達が立てた計画に関する全てを
「事の次第はわかった。だがこの状態についてはまるで理解できん。───さっさと離してくれ」
「やだ」
「やだって…」
要求の拒否を行動でも示すかのように、腹に回った腕に力が入った。
剥き出しの
逃げ出したくて仕方がないのに、それでも逃れられないのは体勢のせいなのだ。
膝に乗せられ、更に腰に手を回され。この状態から逃げることができる猛者もそうはいまい。
「何もおかしいことは言ってないけど」
「いやおかしさしかないが」
即答した私に、雲雀君はこてりと首を傾げる。
鋭い瞳には甘やかな熱が宿っていて、自然と眉が寄る。
「僕らは“夫婦”なんだから」
僕が君を求めたっていいだろう? と含み笑いと共に落とされた言葉に、目を閉ざした。
胸の中、渦巻くのは無数の『何故』。
何故、この男と添い遂げている?
今我が身を焦がしているこの想いも、10年もすれば消えてしまうのか?
それ以上に理解できない、否許すことができないのが、相手がよりにもよって雲雀恭弥だという点。
全く似ても似つかぬ男なら私も寛容に受け入れられただろう。
だが何故、彼なのだ。
“私”は───
握った拳の中、爪が掌に食い込み、痛みが己を保ってくれる。
意識を逸らすため、先んじて雲雀君が文机の上に広げてくれていた書類に目を通し始めた。
どうやら“私”はこの身を実験素材としていたらしい。
己のスペックを現時点で十全に引き出せているのか、まだ打てた一手があるのでは無いか、そんなことを思わぬように。
主にスネグーラチカについて書き連ねられている中から、気になるものを抜粋し読み込む。
『“雪”とは即ち無色透明。何にも染まれず、しかしてそれらの代わりとなる、
印刷されたその文字の近くに走り書きで、『“私達”は何にも成れず、何にも成れる』と短く記されている。
「嫌な言い回しだろう? これじゃまるで、自分はただの代替品だと言っているようなものだ」
手で私の髪を梳きながら、やれやれと首を振る雲雀君。
彼にいいようにされながら、ぼんやりと視線を彷徨わせる。
(…違うんだよなぁ)
私は、いなければいけないのだ。
この時代に。
沢田君達の側に。
無意識領域に巣食う、【命題】を果たすために。
代わりなんていないから、ここにいる。
これっぽっちも、望んでなんていないのに。
代わりなんていないから、逃げられない。
こんなもの、捨てたくて仕方がないのに。
代わりなんていないから、奪われて、失った。
───守りたかった、何もかもを。
そんな絶望しかない思考を阻むように、頭の上に掌が乗った。
誰のものかなんて、見なくてもわかる。
宥めるような優しい撫で方は、アラウディ君のそれとそっくりで。
少しだけ現実を忘れて、その手に甘えていると、ひょいと抱き上げられた。
「…ぼーっとするなら、布団でするんだ。そのまま眠ってしまったっていいから」
そうして布団に寝かされる。…別に、眠くなんてないんだが。
けれど、そのまま雲雀君が部屋から出て行ったことは僥倖だ。これで好きに動ける。
“私”なら、今目を通した以上の書類を持っている。
それは間違いない。
後は、それを何処に隠したか。
布団から起き出して、文机の傍に置かれた和箪笥に近寄り、様子を確かめる。
基本的には黒漆で塗られ、螺鈿細工が華美になり過ぎない程度に散りばめられている。怖いので値段に関しては聞かない方向で行こう。
横面の隅から順に見ていくと、壁に着いている方の下の隅に、凹みと引っ掻き傷を発見した。ビンゴだ。
傷に関しては一旦置いておき、凹みに合うだろうものを押し当てる。
吸い付くように合致したのは、雪のリング。
微かな音を立てて外れた背板を取り外すと、最上段の上の狭い空洞に、紙の束が纏められていた。
一番上の手紙の封を開け、斜め読みすると、驚くべき事実が判明した。
なんと、シモンファミリーが現代に至るまで存続しているというのだ。
コザァート君が発見した聖地に移り住んだシモンファミリーは、今現在白蘭の魔の手から逃れるため、一時的にマフィアとしての立場を捨て一般市民に紛れているとのこと。
こうなると私の予測も外れたか? 何にせよ、存続しているということだけで喜ばしい。
頬が緩むのを抑えられぬまま、その下に書かれた文字列に目を通した私は、大きく息を吐き目を伏せる。
「確かに、これが一番だな」
ありとあらゆる面から未来の私の提案を見て、それが最善策であると断定する。
これは忙しくなりそうだ。
他の紙束はボンゴレ
ただし、これを使い切る勢いでないと事態の結末を望むところに着地させられない、ということでもあり。
「上手くやるつもりではあるが…仕事が山積みで頭が痛くなるな」
今日はもう休むか、と立ち上がりかけると、足元で紙片がはらりと舞った。
しゃがんで拾い上げると、文字が書かれているのがわかる。しかし意味を成す単語は一つも無く、怪文書の様相を呈していた。
更にその文字達は、目を通した端からサラサラと空気に解けて消えていく。恐らく、文字を書いたインク自体が霧の炎の有幻覚だったのだ。
そして、この炎の持ち主は、きっと。
すぐさま文机の上のメモとペンを取り、文字を写し取る。
これを単一換字式暗号の一つ、シーザー暗号に当て嵌め、解読していく。通常のシーザー暗号はシフトする文字は3文字分だが、
幾度となく制作と解読を繰り返して来たのを、忘れてなどいない。自分でも驚く程手早く、内容は判明した。
Ho chiesto Vongole
___ボンゴレを、頼みましたよ
こんな手の込んだ小細工までして、こんなことを伝えてくる奴なんて、私は一人しか知らない。
「ししょ……でいも、くん」
食い縛った歯の隙間から漏れた声は、どうしようもなく震えていた。
君の大切なものを、私は取り零してしまったのに。
君はまだ、私を信じてくれるのか。
私なら絶望的なこの状況を打破できると、そう信じてくれているのか。
「なら、休んでなんて、いられませんね」
頬を伝った雫を、指先で拭って。
私はいつものように、策を練り始めた。
・雪
当然のように計画を知らされたことで動き易くはなったが、それ以前のダメージが重過ぎた。霧からの手紙でどうにか回復し、計画に則って暗躍し始める。
しかし当の師が生きているはずがないことは理解しているし、彼に師事していた間に術士の禁忌についても教わっているため、現在の彼がどのような存在に成り果てているのかも察している。ただ、現状が猫の手どころか幽霊の手でも積極的に借りたいレベルなので黙認することにした。
・雲
10年前の嫁が可愛くて仕方がないけれど、だからこそ何も言えない現状が歯がゆい。
・霧
ずっと様子を伺ってた。ら、何かボンゴレの存続自体危うくなってて慌てて手紙で末妹に発破掛けた。
弟子でもあった雪のことは可愛がっていたので、彼女がいなくなった後のことは知らせたくない。残念、もう全部察しちゃってるよ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的40 業を背負い、それでも尚
そして、13日後。
「今日も美味かったぞ」
「よかったです♪」
「今日はハルとイーピンが洗い物の当番ね、頼んだわよ」
「では私達は病室の二人の食器を下げて来よう」
「うん、行こっか!」
京子ちゃんと連れ立って獄寺君と山本君の病室に向かうと、既に二人の姿は無く。
「二人とも、何処行ったんだろう…」
「もう怪我も粗方治ったんだ、沢田君だけに頑張らせまいとしているんじゃないかな」
そうだね、と頷き食器をトレイに乗せた京子ちゃんの隣に並び、食堂までの道を歩く。
「レイちゃんも無茶はしないでね、まだ体調悪いみたいだし、雲雀さんのところの家事もしてるんでしょ?」
「わかっているよ」
この時代の私が彼と夫婦であるとは知らないものの、何となくは察しているのだろう京子ちゃんの言葉に、努めて笑みを浮かべ、返答した。
全く、どうして雲雀君の食事も作ることになったのやら。
知らぬ間にあることすらわからなかった外堀を埋められて、私室はこの時代の私のものを使っている始末だ。ちょっとどころじゃなくおかしいと思う。
更には夜寝ようかと布団に入ると、どうやって察知したのか雲雀君がやって来て、添い寝をしてくるのである。頭や背を撫でられたり子守唄を歌われたりで私が睡魔に負けてから寝ているらしく、ここのところ抱き枕状態で目を覚ますのが常だ。
アラウディ君もしょっちゅう私を抱き枕にしてきたし、私を寝かしつけるのも上手かった。何故そういった行動までアラウディ君に似ているのか。
「あ、レイちゃん!」
「どうした、沢田君?」
内心荒ぶりつつ食堂前まで戻って来ると、沢田君が駆け寄って来た。獄寺君達もいないので、もう修業をしにトレーニングルームに降りているものだと思ったのだが。
「リボーンが今日はレイちゃんも来て欲しいらしくて…」
なんかごめんね、と申し訳なさそうな沢田君にふるふると顔を横に振る。
「それは私と一緒に家事をする予定だった京子ちゃん達に言うべき言葉だ」
「私達は大丈夫だよツナ君。でもレイちゃんが無茶しないように見張っててね」
同性の私から見ても愛らしい笑顔にノックアウトされたらしい沢田君を置いて、食器をハルちゃんに渡してからエレベーターを目指す。
エレベーターを待っている間にようやく追いついた沢田君の頬が未だ緩んでいるのに、苦笑を漏らした。
「何するんだろうね…ラル・ミルチは今日から新しい修業をするって言ってたけど…」
「それは聞かなければわからないことが、意味のないことではないはずだ。一歩一歩着実に進めば、過去に帰る
本当に、未来での戦いは何か一つでもピースが欠けていれば即脱落だからな。積み重ねは大事だ。
…チョイス以降は割と超展開? ははは、それもそれまでのことがあってこそじゃないか、多分、きっと、メイビー。
「取り敢えず殴るのは勘弁して欲しーよな」
実感の篭った言葉に目を細めたところで、間の抜けた音が響いて扉が開く。
「よっ」
「おはよーございます、10代目!!」
「二人とも!!」
「今日からオレ達も修業復帰するぜ」
「羨ましいな…私はリボーン君から許可が下りていないんだ」
しばし歓談して時間を潰し、ラル・ミルチ、リボーン君が揃うと、“強襲用個別強化プログラム”の説明を受ける。
しかし、強襲用に強化って…ネーミングが物騒過ぎる気がするんだが。何かの拍子に京子ちゃん達に聞かれたらどう誤魔化すんだ?
そんなこんなのうちに山本君はリボーン君が、獄寺君は異母姉であるビアンキさんが担当と告げられ、ラルが沢田君の指導を下りると言ったかと思えば、紫の物体が高速で飛来する。
…いつの間に来たんだ。
後、ラルはもうちょっと沢田君やリボーン君の意見も聞いてやってくれ。
まあ、リボーン君もリボーン君で『試練』のことは雲雀君以外には秘密にしていたようなのだが。
え、私は何処で知ったのかって? 雲雀君が頼んでもいないのに情報漏洩したんだ。
「気を抜けば死ぬよ」
壁に足をつけて踏ん張っている沢田君が、目を見開く。
さりげなく頬を撫でる手を払い、やるべきことに集中しろと睨み付けた。
割と強い力で払ったのに涼しい顔のこの時代の私の夫に、最早睨む意味もないと溜息を吐く。
「君の才能を、こじ開ける」
正確に言うとこじ開けるのは君だが、才能を引き出すのはジョット君達歴代ボンゴレだからな。
ああ、思い出したら不安になってきた。
彼は、
「赤ん坊から聞いた通りだ。僕の知るこの時代の君には程遠いね」
積み重ねたものがないのだから仕方がない…と言いたいところだが、武器のスペック的な問題もあるので早々に解決した方がいいだろう。そうでなくては、
えげつないハリネズミの球針態に閉じ込められた沢田君に、私は最早エールを送ることしかできない。
「歴代ボスが超えてきたボンゴレの試練には、混じり気のない本当の殺意が必要だからな」
本当に、理不尽な試練だ。
…何を思って、ジョット君はこんな条件の試練を設定したのか。
最早言葉を交わすことすら叶わぬ、
しかし、時間は無駄にできない。
修業の許可こそ出ていないが、雲雀君も何も言わないし、ある程度は構わないだろう。
履いているブーツに手を伸ばし、厚い底を外した。
姿を現したのは、スケート用のブレード。
トウの部分は一目で殺傷能力を持つと察せられるレベルで尖っている。
厚底はこれを収納するためだったんだよな。普段と目線の合い方が違くて、ちょっと違和感があるのだけが難点だ。
スネグーラチカを使った移動手段兼、攻撃手段。
そういう触れ込みでこの時代の私が用意していたものだ。
「……松崎、お前はずっとそれを履いていたと思ったが?」
一瞬あんぐりと口を開け、気を取り直して言外に京子ちゃん達の前でもこれを履いていたことを咎めるラルに、真面目くさった顔をして返す。
「昔の偉い人は言った。『バレなきゃいいのさ』と」
「誰だそんなことを言ったのは!!」
君の所属機関の初代トップもやった、『ボスって誰のこと?』とかいうボンゴレ史上屈指の名言を生み出したうちの雲だが。
元々何処かの国の諜報機関のトップだし、ボンゴレの初代守護者でもあるので昔の偉い人なのは間違いない。
因みにそう言った翌日、私がエレナさんと一緒に作ったお菓子が摘み食いされ、犯人は私と一緒にその発言を聞いていたランポウ君だった、というある意味私達らしいオチもついてきたりするが、それはそれだ。ランポウ君はアラウディ君が責任持ってとっちめてくれたし。
尚このブレードは恐らくアラウディ君リスペクトの代物である。彼も靴底に色々仕込んでたし。一番怖かったのは踵部分から飛び出てくるナイフ。諜報機関怖い。
「リングの炎を使う訓練はしないのか!?」
「炎レーダーに感知されずに戦える私が、わざわざ感知されるリングの炎を使った戦いをするメリットがないな」
スネグーラチカは死ぬ気の炎ではない。だからそれを使用し戦う私は、戦闘中であってもレーダー上に映らず、ステルス状態で居られるというメリットを持っている。
持っている雪のボンゴレリングも、ただのホワイトオパールの指輪だしな。
私の言い分に黙ってしまったラルを宥めるため、右手人差し指に藍色の石が飾られたリングを嵌める。
「まあ、心配するな。本当に必要となったら使うとも」
覚悟なんぞ、とうの昔に決めている。
『みんなと同じものが見たい』
だけど今だけは、この全てを塗り潰す。純粋に、ただ一つだけを考えろ。
沢田君達を、絶対に元の時代へ帰すんだ。
炎が灯る。
馴染みのある、透明度はそれなりに高いが小さい、藍色の炎が揺らめく。
私が既にリングの炎を灯せるとは思っていなかったのか、驚いた様子のラルを見つめ返していると、つんざくような悲鳴が響いて振り返った。
沢田君の、声だ。
「酸素量は限界です。精神的にも肉体的にも危険な状態だ…」
「これでは無駄死に以外の何物でもない! 直ちに修業を中止すべきだ!!」
それでも、止める訳にはいかないのがこの修業だ。そもそも、沢田君に対して混じり気のない殺気を出せる雲雀君が今更止めるはずもないのだが。
唇を噛んで氷を張って道を創り、球針態に滑り寄った。
「レイ」
「何もしないさ」
雲雀君に微笑みを返し、艶やかな紫の球体に手を触れ、額を着ける。
隔てられた中、朧げに見知った気配を感じて…それだけで涙が溢れそうになった。
……ねえ、ジョット君。君は、今のボンゴレをどう思っているのですか。
私は、どうしても受け入れられません。
ボンゴレは、守るための盾で在ったはず。
ボンゴレは、振り下されることなき剣で在れたはず。
いつの間にか、盾は消え。
飾りだった剣は、容易く振り下ろされた。
幾ら嘆こうと、悔いようと、私達の背負う『業』が消えることはない。
それでも、否だからこそ、託してみては
彼は平凡で、ドジで、マヌケで…正直、初めて会った時は容姿しか似ていないようにも思えた。
でも、その善性は、意思は、志は…───
───…君に、驚く程似ているから。
『オレがボンゴレをぶっ壊してやる!!!』
───炎が、灯った。
次々に、途切れることなく。
穏やかな炎が。勇ましき炎が。荒々しき炎が。
そして───懐かしき、優しい炎が。
・初代雪
業を背負う覚悟はとうの昔にしている。今のボンゴレが、家族の一人にとっての理想だとも理解している。それでも、かつてとの乖離を思っては悲嘆に暮れていた。大好きな大空の気配にまた少し持ち直す。
・今も昔も偉い人
多分コレ自分も昔の偉い人だと思ってるんだろうなぁ、とレイが地に足着いてないのを確認してしまい遠い目。沢田綱吉、僕が無理な以上君が頑張らないと、この
灯った炎の気配が懐かしくて、少し笑ってしまった。安心しなよ、見守るくらいはするからさ。
・初代ボンゴレ
来孫がボンゴレぶっ壊す宣言するわ
任せたぞ。だがそれはそれとしてレイのこと追い詰めてしかいないのどういうことだお前。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的41 垣間見た過去
光が溢れ、飛び
その手のグローブは、ボンゴレリングの力が宿され、明かりを受けて蒼穹の如く輝いている。
「少しだけ僕の知ってる君に似てきたかな。赤ん坊や
殺気が、放たれる。
今の今まで抑えていた分も、辺りに撒き散らされているのだ。せめて非戦闘員のフゥ太君には当てないで欲しいのだが!?
殺る気満々な雲雀君なのだが、ここで残念なお知らせだ。
今の沢田君は急激に出力の上がる
スピードが出過ぎて自爆するとか危ないので止めて欲しいのだが、この機能が無いとメローネ基地攻略の鍵である
特攻したかと思えば雲雀君の懐から
今後のことを全く考えていない彼にじとりとした目を向ける。クソ、全然気にしていない。
「
───偶然だ」
「それって…何となくできちゃったって…ことですか?」
「そういうことです」
ニュートンが万有引力を発見した時のリンゴや、ノーベルがダイナマイトを発明した時の珪藻土に染み込んだニトログリセリンなど、偶然がひらめきを誘発して世界的な発見や発明に繋がることは少なくない。
しかし、それらは簡単に起こるはずがないのだ…本来ならば。
「こと
十中八九、ほぼ間違いなく、白蘭の仕業だろう。ジョット君と同じく、リングに選ばれた適合者である彼の能力であれば、偶然の誘発など容易いことだ。
雲雀君が開匣した
名前を呼ばれたので、渋々…本っ当に渋々、エレベーターまで氷を張り、その上を滑って雲雀君の背を追う。
「…どうだった、沢田綱吉は」
「徐々にではあるが、確かに成長しているよ。喜ばしい限りだ」
エレベーターの中で掛けられた言葉に、偽りない本心を返す。
『試練』を超えたというだけでも、これからの作戦への影響が異なる。それだけでなく、彼が…私の王が、
「本当に…喜ばしいよ」
◆
暗闇の中、六花弁の白い花が降り落ちてくる。
綱吉は、その花の名を知らない。
雪と謳われる少女の好む花だということも、何も。
けれど、咄嗟にその花を受け止めて。
転瞬、視界の全てが塗り替えられる。
夥しい数の人が集まった大広間。
真正面に掲げられた、ボンゴレの紋章が縫い取られた旗。
その中心で───跪く少女と、その前に立つ青年。
青年はボンゴレ
外には蒼穹が広がり、青年と少女は逆光で黒く染まる。
まるで御伽噺の一場面のように、幻想的な光景。
左膝をついた少女が、何かを
儀礼用の直剣。優美な装飾の施された氷細工のそれを、
鈴が転がるような声で、彼女は言った。
それはまるで、愛しい者に愛を
『───此の身は貴方の剣。
この身は貴方と共に。
その背に負う業を、私も背負いましょう。喩えそれが、どれ程重くとも。
我が身の全ては、貴方のために。
その志揺らがぬ限り、
その志潰えぬ限り、
私は貴方の“雪”であり続けましょう───』
『───その覚悟、その誇り、しかと見た。
これより、その身は我が剣であり、いつ
しかし、その心はファミリーを拠り所とするに
いつか、優しく儚く、美しいその心を守護するに値する者が現れたその時には、
その心は其の者のものであるが故に───』
現れるかもわからぬ“誰か”のことをわかっているかのように、大空が告げる。
その言葉を受け、少女の捧げる剣が変化する。
冷気が渦巻き、そして形を新たにする。
いつの間にやら腰に提げられたものと対になる、双剣の一。
優美な意匠はそのままに片刃の剣となったそれを、
対の剣は、それぞれ心と体。
喩え心が自由であるのだとしても、その忠誠は大空に捧げられるのだ、と。
彼女は示したのだ。
それは、いつかの断片。
遠い遠い御伽噺の、その一欠片。
◆
「んじゃ、お前の修業再開すっぞ、山本」
「ああ」
雲雀、草壁、そしてレイが去った後のトレーニングルームで、リボーンと山本がそんな会話をする。
「沢田、お前も休んでいる暇はないぜ。一刻も早く
そう言いながらクレーターの中心に伏す綱吉に近付くラルだが、途中で綱吉が鼻提灯を作り、スヤスヤと気持ちよさげに眠っているのに気付いた。
「…仕方ない奴だ。あの試練の後だ…無理もないな。
───とでも言うかと思ったか!!」
「へ?」
ラルのビンタを頬に受け、強制的に目覚めさせられる綱吉を見て、外野の二人は好き勝手言っている。
「ラルさん凄いスパルタ…」
「ってかツナ教えるの降りたって言ってなかったか?」
ランボの笑い声が響き、リボーンが予想通りな古馴染みの行動にいつもの笑みを浮かべるという、馴染んだものに近い光景を横に、ようやくビンタから解放された綱吉は腫れ上がった頬をさすった。
「あ…そーだ、レイちゃんもう帰っちゃった?」
「雲雀と共にな」
「何か訊きたいことでもあったか、ツナ」
「いや…そういう訳じゃないんだけど……もしかしたら、レイちゃんなら何か知ってるかと思って」
そう呟いた綱吉が、琥珀色の瞳を閉ざす。
その瞼の裏に蘇るのは、気絶するように眠っていた間に見た、夢。
いや、夢と言うには現実味が有り過ぎる、過去。
(あの女の子…レイちゃんに、よく似てた)
容姿などではなく、その在り方が。
凛と前を見据え、その剣を守るため振るう、清廉なる雪花。
それはとても美しく、誇り高く。
そして───儚い、在り方だ。
「…あのさ、リボーン」
「どーした、ツナ」
「初代雪の守護者って、どんなひとだったのかな」
脈絡のない生徒の言葉にも、リボーンはニヤリと笑って答えを返した。
「そう多くは判明してねー。人に有らざるチカラを操り、頭脳は明晰。吹雪のように苛烈かと思えば、粉雪のように慈悲深い。
ただ、ファミリーを愛していたことに間違いはないだろう」
その名を後世に残すことをよしとせず、歴史の闇に沈んだ少女。
墓誌にすら刻まれることはなかったその名の手掛かりとなるのは、一通の書類に記されたサインのみ。
───Ray.O.E.
それが、儚き雪花が唯一残した、存在の証明である。
・名前が残ってない
リング争奪戦時にディーノから渡された資料でその辺りも把握済み。死亡扱いで墓まであるのはちょっと直視したくなかったが、空っぽのはずの墓に眠る
宣誓式で予定にない返しを宣ったボスにどうにか返答したことがある。終了後、重要な式典で変なこと言わないでください!! と脛を蹴り飛ばしたこともある。それでも今思い返すとファインプレーだな、となっている。いやだってあのまま進めたら自覚した時変に拗らせてただろうし。
・やる気が削がれた
『あいつ』とは勿論ジョット。血縁があるし似てもいいけど、仕事ほっぽり出すのだけは真似しないでくれる? 夫婦の時間が減るから。
名前に限らずレイの情報が消えていっているのは把握していたが、特に防止策などは打たなかった。理由は主に独占欲。
・双剣の片割れを捧げられている
雪の守護者就任の宣誓式の様子を来孫に見せた。『こいつオレのだからな? 正体早めに勘付かないと色々手遅れになるぞ?』と無言の忠告をしてる部分も有り。
宣誓式時点では雲のあれこれにも気付いていなかった。なのになんであんなことを言ったのかと言えば、可愛い末妹に女らしい夢を諦めて欲しくなかったから。自分の未来を決める、選択の余地を残しておいてあげたかった。百五十年も経ってから全力で後悔することになるとは、さすがの超直感も教えてくれなかった模様。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的42 瑕を抱えて
ふに、と唇の端に触れられる。
そのままなぞるように移動する指先は酷く優しい。
だがしかし、私はそれを受け入れない。
「おはよう、雲雀君」
「……おはよ、レイ」
拒絶の意思を込めて彼の手を押さえ、目を開けて言うと、いつもより掠れた声で挨拶が返された。
これはご機嫌斜めだな、もう毎朝のことなのに。そう呆れながら上体を起こして、伸びを一つ。
そして不機嫌に眉を寄せ、枕に半ば顔を埋めたまま起き出す気配のない雲雀君に手を伸ばす。
少しくせのある髪を梳くように撫で、その感触が慣れ親しんだものとは異なることに気付いた。
急いで手を引っ込める。
私が今、彼に向けた想いは、彼以外に向けるものだから。
私が意図的に髪を梳くのを止めたことに気が付いた雲雀君が、不満げに目を細めて言う。
「…もう少し続けてくれてもいいんじゃないかな」
「この時代の私に強請ってくれ」
きっぱりと言い切ると、雲雀君は唇を尖らせた。
子供っぽいのに嫌に似合うその仕草を直視できず、焦点をずらした。
そんなところまで似ていなくても、いいだろうに。
体を起こした雲雀君が、襖を開けて部屋から出て行く。
私が着替えるからだ、何故そういうところは紳士的なのか。
向こう側から襖が完全に閉められ、彼自身も身支度を整えるために立ち去ったことを気配から確認し、顔を両手で覆った。
「………バカだなぁ」
そう漏らした声は、自分でも驚く程か細く、震えている。
バカだ。本当に、救い難い。
己を通して誰かを見る視線を知っていながら、同じことをしている。
私が好きなのは、私が大好きなのは、私が愛しているのだとこの世界の何もかもに向けて宣言したいのは、たった一人。
家族と一緒にいられるのが一番だったけど、そういう意味で一緒に生きたいのは、一緒に生きたかったのは、一人だけ。
左手で、右手ごと彼が遺してくれたリングを包み込む。
彼が遺していなければ気付かずに済んだのに、とは思わない。
気付かなければよかったとは、思わない。
この
捨てた方が楽になれる。
そんなこと、わかってる。
でも、だけど、それなのに捨てられない。
呼吸が続く限り、この心臓が動く限り、私の脳が思考を止めない限り。
彼を想い続けるのだと、そう決めた。
でも。でも、それでも。
あんまりにもそっくりで。
重ねずにはいられない。
もう何かに縋っていないと、立てなくなりそうで。
誓いすら破る可能性が恐ろしい。
この時代の私も、この心の軋みを覆い隠そうと、雲雀君と添い遂げることを選んだのだろうか。
彼以外には抱かないと、そう決めた想いを、偽りの中に注ぎ込んで。
そうだとしたら、責められない。
10年という月日は、決して短くはない。
私が家族と過ごした時間よりも、遥かに長い。
耐えられなくなっても、限界が来ても、何らおかしくはないのだ。
「
彼からの接触もあの手紙以来ない。立ち位置を考えると、私に手紙を託したことすら奇跡だったのかもだ。
安否確認ができないというのは歯痒くもあるが、少なくとも無事ではあるだろう。
彼は私の家族の一人。その実力はこの世界で私が一番よく知っている。そう簡単にやられてくれるはずもない。
信じている。
信じられている。
だから、何も不安に思うことはない。
深く息を吐いて思考を打ち切り、身支度を整えてキッチンに向かう。
いつもは雲雀君と草壁君の分の朝食を作るだけなのだが、この時代の私と雲雀君の関係を知っているビアンキさんに変な気遣いをされてしまったため、今日に限っては私もここで朝食を摂ることになっている。
…ビアンキさんは普通に好ましい部類の人間なのだが、これに関してはもう本当に止めて欲しい。この時代の私の心情はわからないが、私が好きなのは雲雀君ではないのだ。
溜息を吐いて、食材を確認。献立を組み立てる。
アジトが和のテイストで統一されているから食材も和食のそれが多いかと思えば、そうでもない。
プロシュットやパンチェッタなどの加工された肉に、加熱調理用のトマトを始めとした
正直一年半前まで日常的に食べていたものばかりで懐かしさが凄い。この時代の私の好みが反映された結果なのだろうか。
そんな感じで日本ではあまり流通していない、というか一般家庭の食卓に並ぶことが珍しい食材も多く揃っているのだが、何故か芽キャベツだけは見たことがない。別に芽キャベツ料理が作りたい訳ではないので気にしないことにしているが。
バランスのいい一汁三菜の朝食を用意し、お膳に並べたところで草壁君が合流。雲雀君の分のお膳を運ぶためだ。
「いつも済みません、レイさん」
「いや、私も好きに料理が作れるのは楽しいから、気にしないでくれ」
気にするべきは草壁君ではなく雲雀君だ。私が今こうやって彼らの食事を作っているのは、雲雀君の我儘が主な原因なので。ビアンキさんの変な気遣いも原因と言えば原因だが。
草壁君は雲雀君と別で食べているのだが、私は雲雀君と一緒に食べるようで、お膳を雲雀君に渡した草壁君は一人で去って行ってしまった。
「今日、赤ん坊が君がどれだけ戦えるか確かめたいって」
「模擬戦か、わかった」
朝食を食べながら落とされた言葉に、そう手短かに返した。
模擬戦、恐らく相手はリボーン君。戦闘特化タイプのアルコバレーノが相手とか最早イジメではないだろうか。私ジョット君の守護者の中で一番の若輩且つ未熟者なんだが。
今の状況ではどうやっても勝ち筋が見えず、私は重い溜息を吐くのだった。
◆
溜息を吐いたレイを、雲雀は横目に見た。
大方、リボーンとの模擬戦が憂鬱なのだろう。
確かにあの赤ん坊は強い。だが彼女も、軽くあしらわれる程弱くはない。
最早神の領域にすら踏み込んでいる頭脳は彼女最大の武器であり、それは彼女自身も理解していて、誇っている。
だが剣の腕を含めた白兵戦力としては他に劣ると、そういう意識が根差してしまっているようだった。
成長した彼女を知る身からすれば、それは誤りでしかない。
そもそも彼女が他の守護者より劣っていたのは、その幼さ故。
それが取り払われれば、並び立てる実力であるのは自明の理。
雲雀が小動物と呼ぶ
幼い頃から実力者に囲まれて育った影響なのだろうが、それがこういう風に響いてくるとは、わからないものだ。
そんなことを考えて、彼女の手料理を口に運ぶ。
いつもと変わらぬ味。10年以上前から、彼女は料理上手だ。
今度は焼き菓子の類でも作らせようか。身近にいい手本がいたからか、店で買うようなものを作るのだ。
ふと、酷く寒々しい気分になって、無性に彼女に触れたくなった。
今ここにいる彼女はともかく、この時代の彼女は、到底台所に立って料理をできるような状態ではなかったのだから。
目に見えぬ分対策は進まず、遮断装置でセーフゾーンを作るのが精いっぱい。必然調査にも連れて行けず、このアジトの自室で床に伏せていることが多くなった。
らしくもなく弱った彼女を見た時は、彼女をここまで苦しめる白蘭をこの手で殺せないのが酷く腹立たしかった。
そんな彼女が前回雲雀が並盛を離れる折に『今回だけは』と無理を押してでも同行したのは、ただただ雲雀と離れることを恐れた故。
今まで以上に無理をさせてはいけないことを理解していながら雲雀が拒めなかったのは、彼女の気持ちが痛い程分かってしまったから。
一度、互いに互いを失った。
その瑕はそう簡単に癒えはしないし、癒えたとしても痛みの記憶は残るのだ。
「…雲雀君? 何処か悪いのか?」
ぼんやりしているのを不安に思ったのか、そう言って顔を覗き込んできたレイに「何でもないよ」と返す。
普段はガラス一枚隔てた向こうにいるように、家族以外の何もかもを同じ瞳で見る彼女の瞳の奥、慈しみの色が仄かに滲んでいるのを見て、安堵した。
・瑕を抱えて生きている
幼い頃の経験から『誰かに誰かを重ねて見る』という行為をタブーと認識しており、それ故にメンタルがガリゴリ削られている。
精神面が
・瑕を抱えて生きていた
ある日突然消えたレイが、今度はじっくり嬲られるように弱っていくのを見続けなければならなかったため、白蘭への殺意は天元突破している。ボンゴレリングを揃えて対抗する、と他ならぬ彼女が計画しなければ、入れ替わりなんて了承しなかった。
実は作中で一番長くレイと過ごしているので、彼女に対しての理解度も作中トップ。本質的にやばいことも明確に理解しているからこそ、彼女自身も気付いていない無意識の変化に気付ける。尚理解度ランキングの次点はジョットで、三番手の
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的43 示し、明かす
「じゃ、始めるぞ」
「お手柔らかに頼む」
気休めのように言った言葉に返されたのは、ニヒルな笑み。うーん全然期待できない。
私とリボーン君が相対しているのは、ボンゴレアジトのトレーニングルームの一つ。出入り口近くの壁際には雲雀君と草壁君、それにラル・ミルチの姿もある。
私は腰に
と、リボーン君が発砲。
飛来する銃弾は氷の盾を展開し防ぎ、私も手を一度振ってリボーン君を凍らせようとするが、飛び
続けて床に氷を張り、スピードを出して斬り掛かるも紙一重で躱され、銃弾を浴びせられる。
雨霰と降ってくる鉛玉は盾で凌いだが、リボーン君が今度は盾の上に飛び上ってきた。
「!! リボーン、それ以上は───」
遮蔽物がなくなり、更に高い位置を取れれば攻撃し放題。
そう思ったのだろうラルの制止の言葉が途絶える。
私がリボーン君の動きを先読みして、蹴りを叩き込んだからだ。
靴底に付けられたブレードは当然ながら金属製、オマケに
マトモに喰らえば命も危ういそれを、リボーン君は自ら盾を蹴り、宙に身を躍らせることで回避する。
リボーン君はレオンをパラシュートにし、私も側転して距離を取りつつ着地。
攻撃を避けるために氷の上を滑りながら、思考を巡らせる。
この場合、勝利条件として適当なのはリボーン君にこちらを攻撃できなくすること。
的が小さいし、射撃の腕が
運よく撃ち落とせたとて、レオンがいるから銃を補填されて終わり。二度目は許されないだろう。
(となると、一番いいのは拘束…ッ!!)
トウピックを氷に突き立て無理やりに方向転換、次いで盾を足場に跳躍。
刹那の滞空時間を逃さず、
私の動きに、リボーン君も当然のように反応を返す。
銃口が私へと向けられ、射られる矢の迎撃体制を整えた。
そして私が射った矢は、形だけの虚像。幻術の囮。
ブラフに引っかかったリボーン君の背後、展開後放置していた盾の一枚が再構成され、形を変える。
拘束するもの───縄、鎖…
(…手錠)
脳裏に思い描いた通りに、それは形創られる。
彼のものなのに。彼の武器なのに。
「っ、あ」
変わる。
私に
ヤバイまずい止めないと!!
転がるように着地して、右手を大きく振って。
転瞬、膨張し、四散。
「危なかった…」
気が抜けて、へたりと床に座り込む。
本当に危なかった。最悪このトレーニングルームが長期間の使用停止を余儀なくされていたかもしれない。そうなったら沢田君達の修業にも影響が出てしまう。
「大丈夫か?」
「ああ、問題ないとも。雲雀君達、も…大丈夫そうだな」
模擬戦の中止を悟ってこちらに歩み寄ってくる彼らに怪我はない。
計画への影響がないことを示すそれに安堵し、そういう風にしか物事を捉えられない己を苦く思う。
ここにいたのが
そんな意味のない思考を打ち切り、立ち上がる。
つでに髪の乱れなんかを手櫛で軽く整えていると、ラルから声が掛かった。
「松崎、今のはスネグーラチカの暴走か?」
「まあそうだな。安心しろ、二度同じことはせんとも」
「…結局スネグーラチカってのは何なんだ?」
リボーン君から出てきた疑問に、雲雀君を見やる。と、彼は首を横に振った。
成る程、この時代の私は情報の共有はしていなかったのか。白蘭に情報が渡る可能性を排除したかったのだろう。ならば仕方がない。
「この時代の私は研究結果から、死ぬ気の炎の類似例だと結論付けているな」
「死ぬ気の炎の?」
「ああ。二つの体質的な要因から、ここまで違いが出たんだ」
要因の一つ目は私の体に流れる波動。
そしてもう一つは、私が波動を直接外界に出力できる体質であること。
「私の波動は無色透明、それから微弱な霧。スネグーラチカは、無色の波動が微弱な霧の波動の影響を受けながら肉体から直に流れ出し、有幻覚同様実体を伴う現象となったものだ」
原理を知った今考えてみると、スネグーラチカの使い方が幻覚と似通っているのも納得しかない。原理的にはほぼ有幻覚だったのだ。
波動の微弱さ故に有幻覚の使用が最大の課題だった私だが、ある意味既に使いこなしていたとは。これ
また、現象となったとは言っても、ある一定の形だけを保つのは難しい部分がある。
ここでも鍵となるのは幻術の理論だ。
幻を現実に投影するだけでなく、それを映像化して戦闘などでの変化に対応する。
脳に過剰な負荷が掛かり、映像処理が間に合わなくなった場合幻は綻びるしかないが、私はその限界点がかなり高い。それこそ
だから先程のリボーン君との戦闘のように盾を複数展開して、移動のための足場を創って、更に手元の
狼や蛇など生き物の形を取らせた場合には、私の無意識の『生き物なのだからこうあるべき』という思考が反映されるのかそれらしい行動を取ることもあるが、これも基本的には私の指示を忠実に実行するのみ。
ここまでを説明し、一息吐くとリボーン君が言った。
「だが、精神的に不安定になると一気に暴走しちまうんだな」
「…まあ、感情に直結してるところがあるからな」
自分でも欠点である自覚はあるから目を逸らし、髪に結い止めたリボンをいじりながら答える。
沢田君達も覚悟の強さに炎圧が左右されている。それと似たようなものだ。
普段は外に放出する口を閉じており、必要に応じて口を開け、使用する。
そして口が閉じていない時に感情が揺さぶられたり、感情からの作用で口が緩んでしまったりすると、先程のように暴走するという訳だ。
暴走の原因は、家族に起因する感情。
それ以外は私にとって、暴走の危険がある程に成り得ない。
だってそれ以外は、実質的に“偽物”と言ってもいいものだから。
切り捨てる時だって躊躇いなんてしない、それだけのもの。
私がおかしいことなんて、私自身が一番よく知っている。
わかっていたから、取り繕ってきた。
私だって、君達みたいに生きたいよ。
「波動であるからには、リングの炎としても扱えそうだが?」
「肝心要の出力機関たるリングが存在しないからな…難しい、という他ない」
効率的な運用手法を潰され歯噛みしているラルには悪いが、私は「不可能」とは言っていないんだよな。
とは言ってもアテがあると言うだけで、どの道今すぐ使えるようにはならない。
加工やら何やらで少々入手困難な素材が必要で、この時代でスムーズに集められる人物に準備を頼んであるのだ。
後はそこまで沢田君達が辿り着けるかどうかで、私が新たな力を手にできるかも変わってくる。
彼らがそこへ辿り着けるように、またそれ以降のためにやらねばならないことを改めて脳内でリストアップしながら、私の評価を定めたらしいリボーン君に視線を向ける。
「レイに家庭教師はいらねーな」
「だろうな…リボーン相手にあそこまで喰らいつけたんだ、オレとしても異論はない」
そう言ったリボーン君に、ラルも同意を示す。
予測はできていたが驚いたような素振りを見せた私の横、当然だと言いたげに頷くのは雲雀君。何故そんなにも自慢げなのだ。
「ツナ達は伸び盛りだが、レイはそうじゃねえ。もう伸び切って、戦闘スタイルも安定性がある。面白くねー」
リボーン君の言葉に苦笑いする。
最終防衛戦力扱いだったところもあれど、最高幹部の一人。主戦力の一人に安定性がなくてどうするんだって話なんだが。
「それじゃあ沢田君達を指導する側に回った方がいいかい?」
指導方針にブレが出るからあまり大人数でやるのもよろしくないとは思うが、人数が多ければその分多角的に見ることができるのも事実。
だからそう言ったのだが、リボーン君は悩む素振りを見せた。
「レイ、お前には予測して先回りするくせがある。そうだな?」
否定する理由もないので頷きを返す。
私の最大の武器はこの頭脳。
ならばファミリーとの差を埋めるべく、それを使うのも道理。
予測した攻撃を躱し、予測した隙に剣閃を叩き込む。
先程リボーン君にもやったが、行動を先読みし、罠でも置くように攻撃を仕掛けるのは私の
ただしこれを使っても
「あれはお前だからできることだ。ツナ達に教えるんじゃねーぞ、ただ変なくせがつくだけだからな」
「わかっているよ」
そこまで周りと自分の差が見えていないと思われているとは、少々心外だ。
ジョット君達と会っていない頃でも、そのくらい気付けていた。気付けていたからこそ、私はジョット君と会うまで周囲から怪しまれずに過ごせていたのだから。
「体調のこともある、が…山本やツナの模擬戦の相手が欲しいのも事実だ。引き受けてくれるか」
確かに体調面に不安はあるが、その程度なら問題ないだろう、と頷いた。ちらりと視線をやった雲雀君は非常に不満げだったが。
・割と普通に強い
持ち得ている波動は無色透明と微弱な霧、後天的に変質した夜の3種。無色の波動に関しては雲雀を優に超えるレベルを誇る。が、現状炎として出力できるリングがないので宝の持ち腐れ。
現在の安定性は幼い体での完成形とでも言うべき状態。肉体的に成長すればもっと強くなる望みはあるが、短期間では不可能な強化であるためリボーンも口には出さなかった。
霧の波動が強ければ
基本人を呼び捨てにしない派であるにも拘らずラルを呼び捨てにするのは、その所属機関設立に携わった者としての見栄と意地。こんなんでも初代守護者だ、というのを忘れないようにするためでもある。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的44 密談
「話には聞いていたが、近接戦闘でもあそこまで戦えたとはな」
予想外だった、とでも言うかのように零したラルに、目を細める。
確かに私は術士寄りの能力を持つが、それに頼り切りにならないようにと気は使っていたのだから。
あの時代、術士の水準は
とは言ってもそれは平均水準の話で、手品師紛いの小物からリングの炎を幻覚に織り込む中堅、有幻覚を使う上澄みまで
そして私にとって一番身近な術士の
私の師匠は、実は結構凄い奴なのである。髪型と服のセンスと惚気ぐせと若干暴走が多いのと、後は
そもそも私が幻術を学んだのは、自衛手段───
平行して雨月君から剣術も教わっていたので、当然ながら戦闘スタイルはその二つを織り交ぜたものとして完成した。
ラルの言葉は、5年以上も使い続け、身に染み付いたそれを放棄せざるを得なくなっている、ということなのだ。
リボーン君と雲雀君がトレーニングルームに残って何やら話しているし、沢田君達も各々修業か休息を取っているから、とラルを連れ込んだ大食堂。
久々に飲む紅茶にミルクと砂糖を入れてスプーンでかき混ぜつつ、首を傾げて問う。
「この時代の私は、典型的な術士のような戦い方をしていたのか?」
「そうだな。オレも直接会ったことはないが、噂を聞く限りそれで間違いない」
答えたラルは飲み物にこだわりがないタイプらしく、エレナさん直伝の方法で淹れた紅茶を口に含んで一瞬目を見張った。ふふん、美味しかろう。
心なしか味わうように紅茶を飲んだラルが、「幻術とスネグーラチカを併用した遠距離戦法で知られている」と言葉を続ける。
「その一歩も動くことなく敵を凍り付かせ無力化する様から、付いた二つ名が“絶凍の魔女”」
「魔女かー…」
昔は悪魔と呼ばれたのに、今は魔女か。
どちらも私の好みではないが、何か格落ち感が否めないのは何故だ。いや、魔“女”で女であることが強調されたからプラスとするか。
いやそれよりも、この時代の私から“剣”という要素が抜けていることの方が問題だ。
剣は私にとって王に捧げる忠誠の証であり、雨月君との師弟の絆を示すものでもある。
それは軽々と手放せるものではない。今の私が双剣の片割れを封じているのは、ジョット君のために振るうとの誓いを破らないためだ。
それを曲げねばならぬ程の何かが、あった───否。在るのだ、今も。
手に持ったカップの中の、柔らかい色合いの水面を眺め、溜息を吐く。
この予測について、訊けば雲雀君は答えるだろう。
恐らくは、喜色を滲ませて。
彼がそれを喜んでいるのは、私室の様子からも窺い知れる。
文机の脇には半紙が二つの山を作っていて、片方は彼の名前と同じく『弥』で終わるもの、もう片方は
ここまで情報が揃えばただの事実確認でしかないというのに、敢えてそれをしない。
焼きが回ったかと思いながら、再びカップに口を着けた。
◆
「…で。わざわざ僕だけ残るように言って、何がしたいんだい? 赤ん坊」
二人しかいなくなったトレーニングルームで、雲雀はリボーンにそう問うた。
いつもの通りに感情の読めない顔で、リボーンは口を開く。
「……レイは、損得勘定で物事を計ってる。それはお前もわかってるな、雲雀」
その言葉に、雲雀は目を細めることで返答とした。
人間を動かすのは何も利害だけではない。
感情や気分。それらは目に見えず、しかし確かに存在し、時には利益以上に人を動かす。
一時の感情に流され、取り返しのつかない事態になった例も数え切れぬ程知っている。
だがしかし。
レイは人間らしさを著しく欠いた精神性故に、その欠陥を持たず。
逆に人並み外れた頭脳を持つが故、他者のそれを容易く勘定に入れてしまえる。
どんな判断をすれば誰の信頼を得られ、逆に誰の不興を買うのか。
どのような選択が一番こちらの損害が少ないのか。
全てを見通し、利益と損失を徹底的に計算し尽くし、その上で進む未来を選び取る。
それができたからこそ、彼女は吹雪と謳われた。
雲雀恭弥は、彼女自身を除く世界の誰よりも、彼女の成したことを知っている。否、憶えている。
だからこそ、リボーンの言わんとするところは理解できた。
「万が一の事態になった時、あの
包み隠すということを知らないような雲雀の言葉に眉を寄せ、しかしその通りの懸念を持つリボーンは頷いた。
天秤が綱吉達の側に傾いていれば、何も問題はない。
綱吉達に着いていることが、それ以外の選択よりもレイにとっての“得”が多い限り、彼女が綱吉達を裏切ることはない。
だが、その天秤がもう片方に傾けば。
彼女は当然のように敵対すら選択肢に入れるだろう。
その時レイが躊躇うかどうか、綱吉達とのこれまでが彼女にとって
これまでの関わりの中で、彼女を繋ぎ止められるだけのものを見つけることもできなかった。
故に、雲雀に意見を求めている。
そこまでを理解した雲雀は、一つ息を吐いて言葉を紡いだ。
「あの
虚。がらんどう。精いっぱい
それが、彼の記憶の中で一番古いレイの姿。
「そもそも空のままで生まれてしまったのか、それとも彼女自身の資質のせいで、満たしていたものが何処かへ行ってしまったのかはわからないけど」
そのどちらが正しいのか、雲雀は愛する彼女に問うたことはない。
問うたところで、彼女は淡く微笑むだけだろう。
万知と呼ぶに相応しい頭脳。
それは彼女に、致命的に欠落した精神を取り繕う
家族と出会う前の彼女の言動の全ては『そうすれば丸く収まる』という予測の上に成り立つ演技であり、そこに彼女の意思は介在しない。そしてそれが『どうしてそうなるのか』も、本質的に理解しているとは言い難かった。
彼女が真の意味で彼女として動くようになるのは、とある大空がお節介を焼くようになってから。
せっかく手にした“人らしい情動”も、『
「それを少しずつ満たしていった果てに、この時代のレイがいる」
それでも、かつての彼女とは決定的に異なる。
色鮮やかなあの日々を愛おしく思う限り、彼女が
物事の善悪の基準も、まっとうな倫理観も、何一つとして持たぬ彼女にとっての絶対の“善”こそが、
「この時代のレイは、少なくとも表向き沢田綱吉の守護者として完璧な振る舞いをしていたよ。あの
「表向き、か」
リボーンの立場からすると、それでも手を出さない、という判断をするのは難しいのだ。
表向き従っているのなら骸と同じような立ち位置だが、一度綱吉に敗北した骸と異なり、レイの実力はリボーンとも渡り合うレベル。
『雪』を冠するのなら頭脳戦にも長けるだろう。
レイの半ば作為的な行動によって積み上げられてきた信頼は強固だ。だがそれをもってしても、
それを察した雲雀は、言葉を重ねることを選んだ。
「…あの
恐らく、核となっているのは彼女が唯一と定める
弱きを、守られるべきを、守る。
彼女は自己の非人間的な側面を抑制するためのロールモデルとしてではあるが、律儀にその言葉を守り、他者を慈しむ姿勢を崩さなかった。
それが慈悲深いとまで語り継がれているのは、完全に想定外だったようだが。
それは並盛に来てからも変わらず、
なんと言っても、周囲は彼女よりも弱い者ばかりになったのだ。
ファミリーの中では若輩と言えど、彼女とて守護者。幼少期を動乱の時代で過ごしただけあり、蓄積した経験は同世代と隔絶している。
庇護する側であり、庇護される側でもあった彼女は、寄る辺を失ったこともあって前者を優先した。
それは思い出に縋るようなものであり、半ば自身の心の安定を保つための防衛反応だったのだろう。
だが、一年以上も続けたその“演技”は、いつからか“本物”にすり替わっていた。
初めて彼女が笑った時も、そうだったのだ。
自分では演技なのかがわからなくて、戸惑って。
それが自然に出てきたものだと気付いて、泣いた。
この時代のレイは自身の変化も自覚していたが、
けれど、その片鱗は雲雀にもわかる程に表面化している。
喩え、生来のものではない後付けの優しさだとしても。
それを抱けたというだけで、もう十分だろう。
「そーか。なら、今は見守ることにするぞ」
「そうしてくれると、個人的にも有り難いかな」
ニッと笑ったリボーンに、雲雀も口角を上げて返す。
一連の流れを、リボーンは話さないだろう。雲雀にも、口にする理由はない。
当事者たるレイが、この場での会話を知ることは有り得ない。
そこまで考えた雲雀が胸を撫で下ろした時、リボーンが言葉を投げてきた。
「まさか、お前にそこまで惚れ込む女ができるとはな」
「…そんなに意外かい?」
「ああ」
確かに雲雀自身、レイに対しては過保護気味になっている自覚はある。
そうは言っても、人より大きく重いものを積み上げてきた結果、今の状況に至ったのだから仕方がない。
ささやかな幸福と、波乱に満ちた日常と、そして絶望と慟哭と悲嘆と後悔。
その果てに、ようやく掴み取ったのだから。
けれど、それをリボーンに言う訳にはいかない。
それはいずれ、彼の時代の雲雀か、若しくはレイが告げるべきなのだ。
故に雲雀が口にしたのは、事実ではないけれど嘘でもない、そんな答えだった。
「………酷い殺し文句を言われてね」
本当に、何処の誰に教わったのかと問い詰めたくなるような、そんな言葉。
言われたら参る以外の選択肢がない、お手本のような殺し文句。
その言葉を告げられた日に、明確に今の関係になったのは間違いない。
「レイの奴、何を言いやがったんだ?」
「教えないよ。どうしても知りたいんなら、君の時代の僕に聞けば?」
きっと、違った未来を歩むことになる己も、彼女からあの言葉を告げられるのだろうから。
・守護者最強
どっちかと言えば追求する側のはずだが、何故か弁護をやっている。
この後大食堂にレイを迎えに行き、彼女が飲んでいるのが
この時代のレイと一緒に最終決定案を決めるべく、考え付く限りの名前を書き出している。当のレイに見られたら苦笑されること間違いなし。
・魔女
ジョット達と会う前は『肯定/否定』程度の意思しか言動に反映していなかったし、それ以上は求められてもできなかった。『いいこと=家族からこうすべきと教えられたこと』というかなり危うい方程式が成立しており、世間一般での善悪は知識止まり。前者はともかく後者は、マフィア界で生きる人間としては至極尤もな認識かもしれない。
大人ぶって振る舞っているために違和感は出ていないが、肉体的な年齢と精神的な年齢が合致しておらず、その上感情との付き合い方が未熟なため、許容量を超えるとギャン泣きするくせがある。
・家庭教師
レイの有用性に目を付け、彼女の不安定具合にも気付いたために『彼女が絶対にツナ達の味方でいる』保証を探していた。レイが全力で隠しているのもあって自力では見つけられなかったものの、雲雀の言葉を信用することに。
雲雀のレイへの態度が10年前と違い過ぎるのについては恋をして変わったと思っている。ただレイが、雲雀の態度を受け止めつつも靡く様子もデレる気配も、彼とこの時代の自分の関係を肯定する素振りもないのが不思議。ビアンキの話じゃ、くっついた当初からイチャついてたはずなんだがな…。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的45 胸を貸して、何かを重ねて
リングが、青の光を放つ。
柄から水滴が伝うように澄んだ青の炎が広がり、刃先に到達すると勢いよく燃え上がった。
「うん、いい感じだ」
「さすがは山本、飲み込みが早いな」
精神を集中させ、武器である時雨金時に雨の炎を纏わせることに成功した山本を褒める声は二つ。
一人はご存知家庭教師にしてヒットマンのリボーン。
もう一人は、彼と同じく片刃の剣を扱う剣士である雪の守護者・松崎レイだ。
白い半着に紺の袴姿のレイは、お気に入りらしい紫のリボンで後ろ髪を纏めて高く結い上げ、道場の床に正座している。
「レイは修業しねーのか?」
謎めいたところの多いクラスメイトの少女に、山本は声を掛けた。
全快とは行かずとも回復したのなら、誰かしら大人が付いて修業をするだろう、と思っていたのだ。
「私は今の時点でスタイルが完成されているからな、修業はないんだ。逆に君達はどんどんいいものを取り込んでいって、強くなれるさ」
返されたのは予想外の答え。
つまりそれは、彼女が自分達のずっと先…文字通り“別次元”にいることの肯定に他ならない。
だと言うのに、山本は高揚感を抑えられなかった。
嫉妬も何もなく、ただ『挑みたい』と、目の前の少女と思い切り戦いたいと…そう、思ったのだ。
「イイ顔をするじゃないか」
「んなヘンな顔してたか…?」
クスクスと含み笑いを漏らしながら、レイが頷く。
「挑みたくて仕方がない、って顔をしていた。剣士というのはそんな顔をしなくちゃいけない決まりでもあるのかい?」
その言い方に覚えるのは、僅かな引っ掛かり。
『剣士というのは』とは、まるで山本以外の“剣士”を知っているようではないか。
「もしかして、剣士の知り合いがいるのか?」
「ああ、うん…私に、剣を教えてくれた人がね。普段は温厚なのに、いざとなると先程の君みたいに笑っていたよ」
細められた深青の双眸が山本を透かして、遠い何処かを見つめる。
それは、彼女だけが知る思い出。
胸に秘める秘密。
山本はそれに気付いたが、特段何をするでもなく、愛刀を振るった。
それを無理に問い質してまで知ろうとすることは、彼女の
「じゃ、やるぞ」
何の気負いもないその言葉と同時、リボーンの手の銃が連射される。
青の炎を纏ったまま振るわれた刀は、間の抜けた着弾音と共に竹刀へと逆戻りした。
「炎を灯しての時雨蒼燕流は話になんねーな。ペイント弾じゃなけりゃ即死だったぞ」
「たはは…全くだ」
頭をかく山本を見て、立ち上がり、タスキを掛けながらレイが笑う。
「今はまだ、未熟でいいのさ」
一体、それはどんな意味なのか。
山本が首を傾げた刹那、その身に殺気が叩きつけられる。
咄嗟に振るった時雨金時が、氷の刃を受け止めた。
「余所見なんてしていいのかい?」
戦場では僅かな隙が命取りなのだと教え込むように、挑発的な鋭い視線が山本を射抜く。
「
刀を握る手に力を込め、淡い色の刃を押し返す。
その勢いを押し殺せず宙を舞ったレイは、しかし全く危なげなく板張りの床に着地した。
「それならいい。“次”に活かせよ」
その“次”があるのなら。
続けられることのない言葉の先を読み取り、山本は身震いした。
言葉に含まれた意図を読ませ、気付く者にのみその異様さを知らしめる。
だが、それは信頼故の行動だろう。その腹の内を、少しでも知ることを許されているのだから。
レイが踏み込んだ。同時にその左手の剣も突き出されているが、余計な力の入らない、ただ前に進み出ただけのようにすら見える踏み込みに合わせている分拍子が読めず、防御のタイミングが図れない。
それでも何とか
一瞬レイの体から力が抜け、山本のバランスが崩れた隙を狙って薙がれた刃を、寸での所で受け止めた。
レイの剣は、まるで流れる水のように変化する。
リズミカルに打ち込んできたかと思えば拍子を読ませぬ突きを繰り出し、荒っぽく剣を薙ぐ。だというのに達人の域にある者の嗜みか、予備動作はほぼなく、全ての動きが連続している。
それなのに何処か筋が通っている、まるで彼女のような剣技に、山本が生まれ持った才能で喰らい付いていく。
休むことなく繰り返される剣舞。
当の本人達に舞を披露しているつもりはないのだが、そうとしか形容できない美しさを持つそれ。
その只中に在りながら、山本は小骨が引っかかるような感覚を覚えていた。
違和感は二つ。
一つ目は、彼女が左手で剣を持っていること。
レイの利き手は右手だ。一年以上も同じ教室で学んできたのだから、その程度は把握している。
しかし彼女が今振るう
そして時折右手が閃き、何かを掴んでいると言った風に動く。それはまるで、右手にも
片手剣と言えど
もう一つは、彼女の動き。
西洋の、しかも片手剣だと言うのもあるのだろうが、斬り方や突きの仕草は山本が知るものとはだいぶ違う。
だが、ふとした動作に、些細な足運びに、既視感を感じるのだ。
まるで、己の師である父のような。
まるで、己と相対した剣士のような。
彼らを想起させる、朧げで掴めない既視感。
「あっ…」
「勝負あり、だな」
氷の刃が山本の眉間に突き付けられる。
一瞬、彼女の姿がふわりと揺れ、それに気を取られたのだ。
当のレイの右手人差し指では、シンプルな指輪が
「私は幻術を使う、と事前に言っただろう? この程度は見破ってもらわないとな」
「あははは…」
打ち合いに夢中になって忘れていた、などと言おうものなら何をされるかわからない恐ろしさに、山本は笑って全てを流すことにした。
それもわかっているのだろうが、レイは粛々と剣を鞘に納める。
その姿勢は優しいようでいて、何処か底知れない。
クラスメイトであり、また共に戦う仲間でもある少女に抱くものではない感情にぶるりと身を震わせた山本は、それを追い払うように口を開く。
「…あのさ」
「何だい?」
「───レイも、時雨蒼燕流の使い手だったりしないか?」
目を見開き、まじまじとこちらを見つめる彼女に、山本は苦笑した。
「いや、何つーか…自分でもよくわかんねーんだけど、親父やスクアーロに似てると思ってさ。なら、もしかしてって…」
「成る程…だが、それは見当違いだよ、山本君」
先程まで殺気を飛ばしていたとは思えぬ穏やかな表情で、レイは語った。
「時雨蒼燕流は永い時に育まれた最強の殺人剣なんだろう? 私は基礎こそ知己に習ったが、それを自分の体力やリーチに合わせて最適化しているんだ。つまり、よりスマートに戦えるようにアレンジしているということになる。なら、幾代もの使い手を経て動きが最適化されているだろう時雨蒼燕流と似通っていてもおかしくない」
成る程、と山本は頷いた。
勿論、レイが隠しているだけでそれ以外の理由があるのかも知れない。だが、筋は通っていると思ったのだ。
「なあ、山本。お前、野球好きか?」
「え? ああ、勿論好きだぜ」
「じゃあ、マフィアは好きか?」
「ん? それってマフィアごっこのことか?」
リボーンから投げられたのは、脈絡のない問い。
困惑した山本はレイに視線を向けるが、レイはただ黙ってリボーンの問いに対する答えを促した。
「まあそーだな。ツナや獄寺のいるボンゴレなんかだぞ」
「あはは! それなら楽しーぜ! ヒバリや骸も同じチームってのがまた有り得なくてな」
何の躊躇いも、気負いもなく。
翳りを知らぬその笑みが、どれ程尊く得難いものなのか、“彼ら”は知っている。
「その笑顔を忘れんなよ」
「ん?」
「君の笑顔は素敵だ、という話だよ」
どうしようもなく美しく、目映いものを見るように、瞳を細めたレイが微笑む。
「修業が完了した時にまだそーやってお前が笑ってられたら、前にも言った通り───
───オレの秘密を教えてやる」
その言葉に、山本は笑った。
面白い、と。
底抜けに明るいその笑みを、レイは見つめる。
その果てにあるのが何であっても彼はそうして笑うだろうと、確信じみたものを抱きながら。
「レイはどーだ? 知りたいか、オレの秘密」
「いや…やめておこう」
何でもないように尋ねるリボーンに、レイは拒否の意を示した。
それは他人のついでに教わるようなものでは無く、知れば今までの全てが水泡に帰す。そして何より───その大半を、知り得ているが故に。
「さあ山本君、休憩は終わりだ。次はもっと粘れよ」
「おう!」
その言葉を皮切りに剣を交わす、二人の剣士。
互いの剣閃はまるで、弟弟子が同門の姉弟子の胸を借りているような───
───よく似た、しかし決定的に何かを違ったものだった。
・実は姉弟子(のような何か)な人
剣の師が時雨蒼燕流の使い手だった。ある意味後継者。やろうと思えば(継承ではない、完全なる見様見真似になるが)型も使える。山本に言ったこともある意味で正しく、師の戦い方を参考に己の剣術を編み出している。
なんで幻術使用してるかって? こっ酷く裏切られる予定の剣士対策です。せめて怪我の程度を軽くするくらいはできればいいんだが。
修業はないが模擬戦の相手はするし、“スケジュール”の調整や今後への備えなども行っている為非常に多忙。こんなに忙しいのは久々だ…!! 自警団時代の
・秘密を教える約束をした人
本命のついでに教えて反応見ようと思ったら拒否られた、悲しい。
剣に関しては専門外なので何も言わないが、何となく似てるな程度には思っているし、レイの姿勢や重心などが片手で武器を振るう人間のそれでないことも悟っている。
・同級生が姉弟子な人
天然故に的を射た発言をすることに定評がある。本人としては「もしかしたら親父の師匠以外にも継承者がいて、その人か弟子が師匠だったのかもなー」くらいに考えていた。さすがに父親の師のそのまた師の…みたいな関係だとは予想してない。普通しない。
レイが何か秘密を抱えていると勘付いてはいるが、そこを突くと今の関係が決定的に変化してしまうとも察している。両手に剣を持たない理由も、彼女にとって譲れない『何か』に端を発するものだとわかったから何も言わなかった。
・音楽好きな剣士
自衛手段を求めた妹分に基礎だけ教えたが、稽古(という名の
さすがに一世紀以上も後の世で同門の少年に指導しているとは思ってない。普通しない。この人はこの人でリングの中で慌ててる…姿が想像できないな。騒ぐ周囲を他所に呑気に茶啜ってるかも。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的46 彼らのように、手を引いて
今日の天気は霧のち晴である。
そう───10年前からやって来たクローム髑髏と、この時代の笹川了平が、並盛地下アジトに辿り着いたのだ。
それ自体は吉報だ。二名時代が違うが、ボンゴレ守護者が再び集ったのだから。
だが───笹川君が持って来た情報は、それを上回る衝撃を与えてあまりあるモノだった。
『
それが笹川君を通じボンゴレ首脳が指示してきた、作戦だ。
決行予定日は5日後。守護者が揃ったことでリボーン君が最初に出した条件こそクリアしたが、体調不良などで全力が出せない者もいる。
沢田君は、決断を迫られていた。
「おい、ビアンキさんが怒ってたぞ」
「…ほっとけ」
廊下の隅で、拗ねたように顔を背ける獄寺君。
どうやらストームルームでの修業に耐えかね、逃げ出して来たらしい。
「…なぁ、獄寺君」
「んだよ」
「私がしているのは山本君や沢田君と模擬戦をするくらいなんだが…君はどんなことをしているんだい?」
「…アネキの
見せられたのは、未来での彼の代名詞となる
やはり、使いこなせてはいないようだ。
「…何だか意外だな」
「何がだよ!」
「君はいつもテストでいい点を取っていて、勉強が得意だろう?」
「お前に勝ったことはねーけどな」
「でも僅差、若しくは同点じゃないか。…話が逸れたな。とにかく、てっきり君は机に向かって何かしているんだと思っていたんだ」
獄寺君が目を見張る。
本人だけでも、冷静ならすぐに気付けたと思うのだが。今回は背負うものの大きさと、異母姉への敵愾心で見えなくなっていたらしい。
「未知の兵器を手にしたんだ、いきなり使いこなせるはずもない。それがわからない君でもないだろうから、実戦じゃなくて、まずはその
まあ結果論になるが、彼が最終的にそれで未来を戦い抜いているところからして、それが正しかったのだろう。
この時代の獄寺君は入れ替わりの計画を知らされていなかっただろうが、彼が
それが人間関係のアレコレも手伝って、余計に拗れたのが今の状況。最悪だな。
だが獄寺君は習得が早いタイプだから、強襲までには十分間に合わせるだろう。
「……取っ掛かりが掴めた気がするぜ。あんがとな、レイ」
「おや珍しい」
まさか体験するとは思ってもみなかった、獄寺君が沢田君以外へと素直に気持ちを伝えるという途轍もなくレアな状況に、一瞬作っていた表情が何処かへ行って、ただ感慨を表すための何の飾り気もない言葉が零れる。
それを見て目を見張った獄寺君は、悩むように口を開いた。
「おま、えは10代目の、オレ達のこと……」
「沢田君や君達が、どうかしたかい?」
「…いや、何でもねえ。強襲するとなったらお前も出るんだ、足手まといにならないようにしとけよ」
そう言い置いて足早に資料室の方に向かう背を見送りながら、ふむ、と首を傾げる。
(疑われた、と見るべきか)
私が色々と隠しているのは、少し考えればわかること。そこから、私が本当に味方なのかという問いに派生するのも予測済みの事象ではある。
確かに私は、沢田君達にとって純粋な味方ではない。
そもそも少々私的な目的への道をつけたい故に築いた協力関係である上、未来に来てからはこの時代の私達の計画に沿って動いている。
けれど今となっては、その理由の中に沢田君達への好意がない、とは間違っても言い切れず、さりとて全てを話す訳にもいかない。
わかり易く味方だと示せるのは、やはり実績。
この時代の私からの預かり物もあるし、メローネ基地では少しばかり派手に動くとしよう。
「さて、と…」
獄寺君は何とかなったし、後は沢田君という特大の爆弾を解体しに行くか。
伸びをして、エレベーターに乗り込む。また何の代わり映えもしない廊下に降り立つと、緊迫感を孕んだ声が響いていた。
「どちらの地獄を選ぶかだ。甘い考えを捨てろ」
地獄。確かに間違ってはいないんだろうが、その言葉は鋭すぎる。幼くて未熟な彼の心を引き裂くのは容易いだろう。
「レイちゃん…」
「…沢田君、少し話をしよう」
ラルが去った後、二人で廊下の床に座る。
できればこの話はしたくないんだが…まあ、仕方ない。
「…私には、大切なひと達がいるんだ。もう、会えないんだけれど」
「…」
「でも、忘れることなんてできない…とても、大切なひと達なんだ」
忘れる、なんてできやしない。
今の私を形作ったのは彼らだ。
彼らと出逢わなければ、私はもうその時点で私ではなくなる。
私とて、己の歪さは理解している。
その最たるモノが、“
いや、情が薄いとは少し違う。
元々は情すらない。
私が感情というものを発露させたのは、ジョット君と出逢ってから。
それ以前の私は感情を知らず、ただそれらしく装っただけのお人形。
心の動きなんて無かった。人の情動なんて理解できなかった。
それでも、そのままだと排斥されることはわかったから、偽った。
『私』は大人びていて頭がよくて、だけど甘えたな“普通の女の子”。
相手が望んでいて、『私』がしておかしくない反応を返せば、誰も私が異常だと気付かない。
気付いたのは、ジョット君だけだった。
ちゃんと、目を見て話してくれた。
頭を撫でてくれた。
そして私は、ジョット君以外にも
それを
普通じゃない。
そう思う。
『楽しい』も『悲しい』も『怖い』も『嬉しい』も、得たのは彼らがいたから。
怒りを、嘆きを、感謝を、安堵を知ったのは彼らがいたから。
普通じゃない。
でも、それが私なんだ。
あくまで模倣、中身を幾ら注ごうと偽物に過ぎないし、そもそも根底の部分で家族以外は全て同価値、どうでもいいものとしか見れない。
だから躊躇いなく切り捨てられる。
だから私は吹雪と謳われた。
私は生まれたその時から、
ファミリーと一緒にいないと、彼らが関わる事象じゃないと、本当の意味で人で在れないのに。
そう知っていて、今この瞬間も、私は最愛の家族に教えられた“本当”を、偽物の中に流し込み続けている。
そうでもしないと取り繕うことができないと、わかっているからじゃない。
少なくとも一年前まではそうだった。だけど、今は違う。
彼らと、君達と同じでありたいと、そう思うから。
この思いは、果たして間違っているのだろうか。
私には、わからない。
わからないけれど、間違っていないと信じていたい。
だから私はここにいる。
思考に終止符を打ち、沈んだ琥珀の瞳を見つめながら言葉を紡ぐ。
「そこのリーダーはな、とんでもないバカだった。その頃の私は星の成り立ちなんて知る由も無かったが、彼をこの星始まって以来のバカだと思ったさ。私だけじゃなく、他のみんなにもバカだと思われてたと思う」
「いやそんなこと言っていいの!?」
「いいんだよ、ただの事実だから。でも───あいつは、バカだけど愚かではない」
自分でも驚く程ポンポンと飛び出す罵倒にいつもの調子でツッコんだ沢田君が、「え」と声を漏らす。
「確かに無茶振りは多いしすぐサボるしでどうしようもない奴だが、愚かしい真似はしなかった。じゃなきゃ私達はあいつの判断を信じない、そもそもあいつと一緒にいない。
ま、それでもあのバカについて行った辺り、全員がバカだけど愚かじゃない、と言ってもいいかもな」
エレナさんは諸々から例外としても、本当にもう全員が全員どうしようもなかったからな。
………今となっては、別の意味でどうしようもなくなってる奴がいるけど。
「全員って…レイちゃんの他に何人いたの?」
「中心的なメンバーは私含めて8人。他にも大勢」
「…凄いね、そのひと」
とてもそんな風には成れないと、情けない顔で沢田君が言う。
対する私は渋い顔。
婉曲的に言い過ぎた気もするが…これ通じてないな。直接的に言わないとダメか。
溜息を吐いて、琥珀色の瞳を両手で覆う。
「え、ちょ、何!?」
「───沢田君。君が今いるのは、
でも君が振り返ると、そこにはランボ君とクロームちゃん、笹川君がいる。
隣には獄寺君と山本君。
少し離れた場所には、十分距離を取って雲雀君と六道君がいるだろうな」
仲間の存在に表情を緩ませた沢田君が、何かに気付いたかのようにハッとして口を開いた。
「…レイちゃんは?」
その問いに、少しだけ考える。ジョット君の雪である私が、沢田君達にできることを。
「私は…じゃあ、沢田君の少し前。ちょっと強引に手を引いて、君を前に進ませるんだ。
───もうわかっただろう? 君は一人なんかじゃない。全方位に仲間がいて、寄りかかれば支えてくれるんだから」
「支え…」
瞳を解放すると、自分の両の手に視線を落とした沢田の表情が、見る間に変わっていく。
これで、もう大丈夫だろう。
「今のはほんの例えだ。君をボスとし、支えたいと思っている人間は、君が思う以上に多いことを忘れないように」
「えっちょっ、だからオレボスになる気なんてないんだって…!!」
「安心し給え、あのバカ───私達の王よりはまだ少ないさ」
安心できないよ!! と叫ぶ沢田君の手を取って軽く引き、エレベーターへと向かう。
ジョット君達と一緒の頃は、手を引かれるか抱き上げられるかの二択だったな、なんて、他人事のように思った。
・手を引かれるのが常だった
仲間内での不和を原因から取り除くため、何より
自己評価がダメな方向に振り切れてる。他者との差異が理解できている故の悲劇。
家族以外に情動が働かず、それ故に家族以外の全ては敵も味方も等しくどうでもいい。………どうでもいい、はずだった。自身の心境の変化を少し受け入れた。亀より遅い歩みだがちゃんと進歩している。
・手を引かれた
レイが自分の手を引く姿は安心感があるけど、同時に慣れないことをしている風でもあると思った。
・ボスの背を追う
ボスのついで感覚で修業方法を諭された。多分この後原作よりも少し早く資料室の壁を壊す。
様々な点が気に食わなくはあるが、雪の守護者のことを何だかんだ自分と同列と認めている。だからこそ、彼女が自分達の前で素を見せる気配がないのが気になっている。裏切る心配ではなく、純粋にこいつオレ達のことどう思って手助けしてんだ、という疑問。
・末っ子のことは手を引くか抱えるか
色々な意味でやばかった幼女をバグらせてマトモに近づけた方々。それでもまだ違ったやばさがあるからと身内に入れた大空はファインプレー以外の何でもない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的47
容体が急変したクローム髑髏。
生死不明の六道骸。
悪条件がこれでもかと揃う中、それでも綱吉は作戦の決行を決めた。
骸について、
そして何より、 『こんな
その言葉に全員が納得したのだ。
そして今。彼は『地獄』にいた。
トンファーが猛烈な勢いで振るわれる。
紫の炎を纏ったそれをまともに受ければ、骨折は免れない。
氷の剣と靴底に刃を備えた脚が、しなやかに弧を描く。
常に急所を外れた箇所に狙いを定めているとは言え、その一撃は十分致命傷になり得る。
一方に集中すれば、もう一方が死角から襲い掛かる。そんな状況で、綱吉は反撃の機を伺っていた。
せめてもの救いは、相対する二人───雲雀恭弥と松崎レイが、協力していない点だろう。
本当の戦場ならば有り得ないその隙を、彼らは意図して作っていた。
だが、手強いことに変わりは無い。
片や疑うことなき守護者最強の未来の姿、片や未だ実力の底が見えない若き剣士。
雲雀が叩き込んだトンファーの威力を殺し切れず吹っ飛ばされた綱吉は、手を頭上に掲げ、グローブから炎が出る勢いのまま蹴りを放つ。
その直線上で剣を構える少女の異変に気付けたのは、一重に彼が
ゆらり、と体が揺れ、思いも寄らぬ方へ倒れ込みかける体を支えようと、氷の張った床にエッジが喰い込む。
咄嗟にホバリングに適した柔の炎に切り替えた綱吉が着地し、それに気付いた雲雀が駆け寄る中、とうとうレイが膝を着いた。
「…済まない、眩暈がしただけだ」
「や、やっぱりあんまり無茶しない方がいいんじゃ…」
「いや、……? まさか………前言撤回だ。すこし、眠らせて、もら…」
言い切れずに意識を失ったレイの体が、重力に従い倒れ込む。
慌てて腕を出した綱吉に支えられ、細い体が小さく寝息を立て始めた。
その少女の安らかな表情に安堵を覚えた綱吉が突然の殺気に振り返ると、そこには
「…僕の妻だよ。さっさと返してくれる?」
「は、ハィィイイイ!!!」
小動物の生存本能か、綱吉は震えながら、それでも迅速にレイを雲雀に引き渡す。
「…ボンゴレの医療室を貸してもらうよ」
研究資料なども保管してある自室に寝かせては、休む間もなくそれらを読み込むことに時間を費やしてしまうだろうから。
そんなささやかな“夫”の気遣いが更なる波乱を呼び起こすことなど、誰も予測できなかった。
◆
レイが倒れてから数時間後のこと。
新技を試して気絶し、獄寺が資料室の壁を破壊した音で意識を取り戻した綱吉は、こっそりと医療室で眠るレイの様子を見に来ていた。
気絶している間に見た不可解な夢のことを含めて、考えなければいけないことは山のようにある。
だが、彼個人としては目の前で倒れた友人を優先したかったのだ。
彼の母のものとほぼ同じ色の髪を枕の上に広げて眠る少女の瞼が、不意に震えた。
綱吉が誰かを呼ぶ暇もなく、鮮やかな深い青の瞳がその姿を映す。
「ん……なぁんだ、君か……またサボったのかい?」
当たらずとも遠からずな言葉に、綱吉は曖昧な笑みを浮かべる。
それを見たレイは、一度伸びをすると呆れたように笑って身を起こした。
「サボりも程々にしてくださいね? 君が書類仕事の類が嫌いなのは理解していますが、それで困るのは私達なんだから」
「え…?」
それは、最早拭い去ることが叶わぬ程の違和感だった。
言いようのない恐ろしさに後
「…少し、夢見が悪くて…君達が、いなくなっちゃう夢を見たんだ。とんだ悪夢でしょう?」
己の発言を意図的に軽くするように、へにょりと微笑んで茶化す。
その行動は彼女ならやるだろうと容易く想像できるのに、言葉の中身が頭に張り付いてその想像を知らないものに変えていく。
「あ、安心してください、私は君を置いて逝くつもりは微塵もありません。だって、私の
見たこともない、年相応の輝かんばかりの笑顔。
常より柔らかく、少し舌ったらずな喋り方。
信頼が透けて見える、無邪気な態度。
その全てが、例えようもない恐怖となって綱吉の心を、体を、雁字搦めにしていく。
そんなもの、彼女が自分に向けたことは無い。
“それ”は、彼女だけが知る『大切なひと達』に向けるべきものだ。
カタカタと震え始めた綱吉を案じるように、レイが顔を覗き込む。
「顔色がよくない、真っ青。私より君がベッドに入るべきです」
強引に、それでも何処も痛めぬようにと配慮した強さで腕を引かれ、綱吉の上半身がベッドに倒れ込んだ。
「ほら、みんなには説明しておくから。さっさと寝なさい」
幼い子供のように唇を尖らせ、先程まで自分が寝ていた布団の中に綱吉の体を半ばまで押し込んだレイは、ベッドから降りるとドアの方へと向かう。
“みんな”って誰だ。そんな人はここにはいない。
そう小さな背に言いたいのに、言葉が喉につっかえたように出てこない。
どうにもできない絶望感に、綱吉が悲鳴すら漏らしそうになった時。
レイがドアノブに手を掛けたその瞬間に、救世主は現れた。
黒いスーツ姿で、ドアを開けてすぐに彼女の顔を見るとは思わなかったのか目を見張った雲雀に、レイは瞳を輝かせる。
「あっ、アラ…んむ」
その、弾んだ声で彼のものではない名を呼ぶという行動への、雲雀の対応は迅速だった。
言い切られる前に、手で唇を塞ぐ。
当人からすれば理解不能の行いだったための困惑の視線も意に介さず、ジャケットのポケットから取り出したピルケースに入っていた錠剤を数粒、その唇に押し込んだ。
「飲み込んで」
「……」
唐突な行動だったためか不満そうな顔で、それでも素直にそれを嚥下したレイの瞳から急速に光が失われ、体から力が抜ける。
そっとその体を支えた雲雀は、その耳許で囁いた。
「…大丈夫。ここには僕がいる。癪だけど、あいつらもいるよ。だから───安心しておやすみ」
ただひたすらに、甘く、優しく。
悪夢を見た幼子を深く安心させるようなその声色に硬直した綱吉を、いつも通りの鋭い眼差しが射抜いた。
「…いつまでそこでそうしているつもりだい?」
その言葉に意図を察した瞬間飛び
「さ、さっきの薬って…」
「ただの睡眠薬さ、即効性のね」
これだけは訊かなくては、と決死の覚悟で尋ねた綱吉を見ることもせずそう答えた雲雀の声には、明らかな拒絶の意思が込められていて。
それ以上追求できずに医療室から出ていった綱吉は、その日の夕飯時、偶然にも聞いてしまうのだ。
「レイちゃん、何だかご機嫌だね?」
「浮かれて前みたいに皿を落とさないようにして頂戴ね」
「もうあんなミスはしないさ。…浮かれてるのは、否定しないが」
「はひ、何かあったんですか?」
「…少し、いい夢を見たんだ。懐かしくて、泣きたいくらいに大切なものの夢」
綱吉には、どうしても。そう言ったレイの顔が、見れなかった。
・下手な映画よりホラーな体験をした
友人が自分のことを自分以外の誰かだと認識しているというホラー展開にSAN値がゴリゴリ削られた。その後の後日談的なものにも削られるが、好きな女の子が作った料理と彼女らの日常風景で自然回復。
・気遣いがやべー方向に作用した
君の見る夢の全てが、君に優しいものであればいい。
・夢を見た(と思ってる)
何一つとして覚えていない。クロームからの混線という形だが、ちゃんと丸い装置の夢も見てる。
ああ、優しい夢を見たとも。優しくて、それ以上に残酷な夢を。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的48 彼の想い、彼女の想い
「いよいよだな。ヒバリ! 明日は我ら年長組、いいとこ見せんとな!!」
「いやだ」
雲雀君の言葉に殴り掛かろうとする笹川君を必死で止める草壁君を横目に見つつ、発言権を求めて挙手した。
「どうした、松崎」
「私は何故ここにいるんだ?」
何を言っているんだと言いたげに雲雀君が首を傾げる。おい、君はもう少し周りを見ろ。君以外の全員が視線を逸らしているぞ。
私の予定では今頃パーティーの準備を手伝っているはずだったのに。本当に何故こうなった。
「…君が僕の妻だから?」
「散々悩んで出す答えがそれかこの阿呆め!」
「それ以外に理由なんているかい?」
「いるな! 少なくとも毎夜私の布団に潜り込んでくるのに関してはいるな!!」
もうこの際入れ替わる前に現状の不満全部をぶつけてやれ、と深呼吸して再び口を開けようとすると、至極冷静な声に「もりあがってるな」と言われ勢いを削がれた。
「どーなんだ草壁、明日の突入作戦のシミュレーション結果ってのは出たのか?」
「それ私が知っちゃいかんヤツだろう」
“知って”はいたが説明はされていなかったのでツッコミを入れさせてもらう。
苦笑した草壁君が冷静な表情を作り直し、そして口を開いた。
「明日の作戦の成功率をハイパーコンピューターで試算しました。敵施設の規模から人数を割り出し、ミルフィオーレ構成員の平均戦闘力を入力し、他の要素を掛け合わせた結果…成功率、僅か0.0024%」
草壁君が伝えたシミュレーション結果に、笹川君とラルが視線を交わす。
「因みに、ヴァリアーは成功率が90%を超えなければミッションは行わないと聞く。尤も、ヴァリアークオリティを持つ彼らの基準ですがね」
「一流のプロってのはそういうもんだ。確実性を最優先とし無謀な賭けなどしない……」
それなら沢田君達は
まあ、それすら織り込み済みの作戦を立てる私も私、と言えばそうなんだが。きっとこの先の未来は
ある意味退屈の原因であるモノが、こういう場合には何よりの安心材料になっているのだ。
「奇跡でも起きなければ成功しない数字か…沢田達には黙っておけ、士気に関わるぞ」
「今更ショックを与えても、他の選択肢はないのだしな…」
「ってより無意味な数字だな」
「リボーン君の意見に全面的に賛成だ」
彼らは完成されたプロでは無い。幼く未熟で、しかし伸び盛り。
到底数値に表せないものを強みとして持つ彼らを単純な数式に当て嵌めたところで、わかるものは何もない。本気でそんなものすら計算に入れようと言うのなら、私の頭脳と同等の代物を作ってもらわなければ。
「もう話は終わりのようだし、京子ちゃん達に合流させてもらうぞ。今夜のメニューには期待していてくれ」
◆
夕食への期待が高まる捨て台詞を残して、レイが去った後。
「ヒバリ」
「何だい、赤ん坊」
「お前、倒れたレイが一度目覚めた後、薬を飲ませてただろ」
一体、何処から見ていたのか。揺さぶりをかけるような言い方をするリボーンに、雲雀は動じることも無く。
「あれ、向精神薬の類だな」
リボーンの言葉に、笹川とラルがバッと雲雀に視線を向けた。
肉体面には不調がないと思っていたが、まさか精神面に爆弾が隠れているとは思いもしていなかったのだろう。
視線を注がれ、鬱陶しそうに溜息を吐いた雲雀が口を開く。
「…ちょうど10年くらい前、並中の敷地内で倒れていたあの
彼にとっては遠い昔、10年前から来た彼女にとっては有り得ない未来。
そこで起こった、小さな波乱。
「その時は殺気を当てて正気に戻したけど。倒れて目覚めたらああなるなんておかしいし、本人も薄々それには気付いてたみたいだったから、その日のうちに病院で診察させて。
───その時処方された薬と同じのを飲ませたんだ。症状は今くらいの時期から出始めてたし、もしかしたらと思って携帯してた」
紬着物の袂からシンプルなデザインのピルケースを取り出し、リボーンへと放る。
勝手にそれを開け、中身を確認したリボーンは再びそれを雲雀の手に返した。
「一般的に使われてる向精神薬だな。……過保護も程々にした方がいいぞ。レイのためにもなんねえ」
「過保護にしないといけないからやってるんだよ。あの
遥か彼方、もう遠いいつかを見ながら、雲雀は呟く。
「本当、昔からそういうところは変わらないんだから」
◇
「………んむ」
何か物音がしたような気がして、眠気が重みを与える瞼をこじ開ける。
視界に入る全ては滲んでいて、確かな姿にはならない。
この辺りは私的な部屋が集まっているから、草壁君以外は基本立ち入り禁止だ。その草壁君も、こんな時間にここに足を運ぶことはあるまい。
「…
細くて小さな、気を付けないと聞き逃してしまうだろう音。
微かに耳に届いたそれは、ジョット君も好きな動物のもの。いつだったか本部にまで連れてきて、
ここはミルフィオーレに見つからないよう、出入り口も厳重に管理されている。なのに猫が迷い込んでくるなんてこと、あるだろうか。
ふわふわ、ふわふわ、思考が一向に纏まらない。
前にもこんなことがあったような。
その時は冷たい夜風が吹いていたけれど、今は違う。夜遅いのは変わらなくて、でも私は布団に包まっている。
手を伸ばすまでもなく触れ合う場所に、人の温もりがあるのも同じだ。
すり、とその人にすり寄ると、未だ滲んでいる視界を暗闇で閉ざすように、大きな手で覆われた。
「……
「僕が飼い主のところに返してくるよ。すぐ戻ってくるから、君は寝ていて」
耳許で囁かれるのは、私がこの世界で一番好きで、安心できる声。
吐息が擽ったくて少し笑って、言い付け通りに瞼を閉ざす。「Si.」と小さく返事をするのも忘れない。
顔に触れていた手が離れて、布団の中に私一人しかいなくなっても、心細くはならなかった。
だって彼が、私が世界で一番信じていい人が、誰よりも大好きな人が、『すぐ戻ってくる』と、そう言ったから。
◇
何だか、酷く安心する夢を見ていたような。
そうして重い瞼を開けると、望んでもいないのに毎晩側にあった温もりは既に無く。
人の気配がないことを確認して着替え、特製の生地で作られたインバネスコートを着る。
何もしなければ
ボンゴレ側のアジトを覗いて見ると、どうやら沢田君達は突入した後らしい。雲雀君が私も共に向かったという誤情報を流し、同行させないようにしたのだろう。
そもそも、ミルフィオーレの強襲部隊迎撃には私も加わる予定だったのだが。何一人で勝手に迎え撃っているんだ。まあ、
内心愚痴りながら風紀財団の出入口を使い誘き出した地点へと向かう。隠し扉を使うのに必要な指紋と虹彩の情報が破棄されていないところを見るに、アジトに軟禁する気はなさそうだな。
「派手にやったなぁ…」
地上の様子を見ると、本当に隠蔽可能なのか問い質したいレベルで荒らされている。
え、私が知る通りなら
胃痛に悩まされつつスパイしている未来の友人(らしい)に作戦放り出して尋ねたくなりながら鉄格子の上を歩き、馬鹿正直に突入した強襲部隊の様子を見る。
…うん、予想はできていたが一方的な蹂躙だな。だがいかんせん人数が多いものだから、処理には相当な時間が掛かる。やはり私もこちらに来てよかった、ここは上手く調整しないと入れ替わりのタイミングがズレるからな。
鉄格子の上を歩き、雲雀君を警戒して固まっている集団の真上に立つ。
軽く手を振って創るのは、華奢な印象を与えるデザインの
彼がやっていたように矢筒を腰に携え、弓を構える。
狙うのは…脚か腕にしておこう。
一本の矢を番え、放つ。
スネグーラチカを使い矢の数を増やせば、それだけで一集団を一網打尽にできる。コストに見合ったリターンが返ってくるし、何よりラクチンだ。
苦悶の声をBGMにこんなことを考えられる私は相当におかしいのだろう。自嘲気味に笑いながら、檻の中に降り立つ。
「早かったね。もう少し寝ててもよかったのに」
「そういう訳にもいくまい。“スケジュール”が狂うぞ」
念押しをしつつ、襲い掛かって来る敵を斬り伏せる。互いを庇いながら戦ううち、自然と背中を合わせていた。
もっと正確に言うならば雲雀君が寄ってきてくれた形だが、私としても有り難い。何分、大人数を相手取るのは少々不得手なもので。
いつ、どこから、どのような攻撃が加えられるかを相手の情報から予測、半ばタイムスケジュール化したそれに沿って動く私は、だからこそ不測の事態に弱い。対多数の戦闘は未来の幅の広がり故、それが多く起きる。とは言っても稀な事態だが。
その稀な事態も、培ってきた戦闘のセンスで対応、タイムスケジュールの修正までを一息に行える自信はあるし、それができるからこそ私はジョット君の守護者を名乗れた。それでも現状を考えると、予定外の負傷や疲弊の可能性は少なければ少ない程いい。
「にしても、こんなに上手く行くとはね」
「どんな組織にだってああ言った手合いは存在するものさ。まあ、今回は六道君の協力がなければこの状況に落とし込むのは困難だっただろうが」
グロ・キシニアによってクロームちゃんの鞄に発信機が仕込まれることを計画に入れられたのは、未来の私が貸しを作っていた六道君の働きのお陰だ。感謝しなくては。
突入してからのことも、予測はできている。入江君がタイミングを誤らなければ、万事私の予測通りに進むだろう。
それでも、沢田君達や今背を預ける雲雀君に万一のことがないとは、言い切れない。関わる人員の多さや施設の広大さが主な原因だが、今回の作戦はあまりにも分岐点が多過ぎる。
今この瞬間も枝分かれを繰り返し、広がり続ける未来の可能性は私でも到底全ては見れなくて、見えなかった極々僅かな未来が最悪のものでない保証など、誰もしてくれない。
本当に何も傷付けられたくないのなら、全部操って、誘導して、私の思い描く通りのお芝居を演じてもらう以外の選択肢はなかったのに。
まさか私が、家族に関わる事象以外でこんなことを思うだなんて。想像したこともない事態に溜息を吐いて、口を開く。
「…雲雀君」
「何だい?」
「…互いに、最善を尽くそう」
無言で強襲部隊の隊員を殴り飛ばした彼の背は、当然だが10年前よりもずっと、それこそジョット君の正義と自身の正義が重なった時のアラウディ君のように頼もしく見えた。
・最終的に蚊帳の外な人
実は情報交換という意味ではマトモに会議ができて感動していた。だって居眠り始める雷とか笛吹き始める雨とか夕食のことしか考えてない大空とかそれ見て帰ろうとする雲とかしかいなかったから…。
寝惚けると母国語が出る。そしてその状態だとどんな言語で話し掛けられても脳内で自動変換されるので本人は違和感に気付かない。もう一個言うと思考回路がふわふわになるので甘えた末っ子モードになるし多少の矛盾はスルーする。
・(他の家族の分まで)過保護してる人
薬に関するアレコレはレイには伝わらないようにしている。小動物?
極力無茶はさせたくない。だから手許に置いている。
朝はスッキリ起きるタイプ故に夜中に起こされた場合にしか見られない激レア状態のレイを見れたので、上機嫌で瓜を返却しに行った。何かを察したのか熱を持ち始めた大空のボンゴレリングに内心大慌てで踵を返す。
・本当なら終わるはずの場面で爆弾投げ込んだ人
何処から見てたんだろうね? 少なくとも彼女の正体には辿り着いていない。
おまけ
・真夜中に遭遇した人達
「まあいいや。今回は見逃してあげる」
「(ヒバリさんなんか機嫌いい…?)って熱!! えっ何コレ!?」
「どうした、ツナ」
「ボンゴレリングがすごい熱くなってる…!!」
「……それじゃあね。おやすみ」
「あ、収まった」
「どうしたんだろうな?」
「ヒバリにイラついたとかじゃないっスか?」←大正解
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的49 守るための暗躍
「
メローネ基地のとある部屋の前、隊長格であるらしい男がそう宣う。
彼らの服は白、つまりホワイトスペル。ブラックスペル隊長の
「…させない」
突入直前に幻術を解き、前の隊員二人を気絶させたのは、特徴的な髪型の人物。
「六道…骸!?」
「否。我が名はクローム」
黒曜中の改造制服を身に纏い、右肩に白いフクロウを乗せ、手には三叉の槍を持つその少女はボンゴレ霧の守護者の片割れ、クローム髑髏。
彼女に銃を向ける隊員は、しかしクロームを攻撃することは叶わなかった。
冷たい風が吹いた。そう認識したその瞬間、足が、手が、胴が、頭が凍りつく。
「おやすみなさい。もう二度と目醒めませんように」
悲鳴を上げるどころか瞬きする暇すら与えられずに氷像と化したミルフィオーレホワイトスペルの隊員に、嘲るような言葉が掛けられた。
凍てつきそうに冷たい声でその言葉を紡いだ少女は、たった今自身が創り出した氷像を蹴り飛ばして通路の脇に寄せる。
「愚か、あまりにも愚か。敵地に潜入するのが一人だと思うか?」
「レイさん…。やはり、笹川と獄寺はこの部屋のようですね」
敵とは言え辛辣に過ぎるレイの言葉に苦笑した草壁の背負うリュックの中には、ランボとイーピンの姿もある。
「助けなきゃ…う…」
「クロームさん!! 大丈夫ですか!?」
「無理は禁物だ、辛かったらすぐに言ってくれ」
「大丈夫…ありがと、レイ…」
以前から親交があったため、遠慮なく頼ることのできる人物だと思っているレイに、クロームは控えめな笑みを浮かべた。
その笑みに大好きな、それこそ姉のように慕っていた人を重ねたレイは罪悪感に目を逸らし、正面の扉に向き直る。
「…では、やるぞ」
ギュン、と何かを断ち斬る音が響き、目の前の扉が跡形もなく崩壊した。
「何をすればここまでになるんだ…」
「獄寺と
「そうだな。
内壁は焼け、所々が崩れ。設置されているコンテナも損傷が激しい。
「は、晴の人…!」
「獄寺も、息はあります!!」
「そうか。…二人は笹川君と獄寺君を連れて、山本君達との合流を目指してくれ。私も、“やるべきこと”を終えたらすぐに向かう」
穏やかであり、しかして有無を言わせぬその声に、二人は不安げな視線を交わし。
それでもその言葉を告げた少女を信じ、部屋から立ち去った。
十二分に二人の足音が遠ざかるまで見送ったレイが数歩歩き、視線を地に落とした刹那。
その慈しむように穏やかな瞳の色が、冴え冴えとした、冷たい冬の月が照らす海を思わせるものに変わる。
そこはコンテナの影。二人の立っていた地点からは絶対に見えない場所。
そこに転がる一人の男に、氷の刃が突き付けられる。
「預かり物があるんだ。受け取ってくれるね?
ミルフィオーレブラックスペル・第3アフェランドラ隊隊長───否、ジッリョネロファミリーの雷 ・“電光”の
◆
「聞いた話によると君、ジッリョネロのボスに未だに忠誠を誓っているんだってね? 私も忠義を貫く者だし、普通ならば君のような人間には共感というモノを抱くのだろうね」
敵対ファミリーの構成員、それも瀕死の重傷を負った幹部相手に刃を突き付けつつ、彼女はそう言ってのけた。
ボンゴレ雪の守護者。
あの“絶凍の魔女”が近接戦を得手とするとは聞いたことがないが、年月を経たために戦闘スタイルが変化していたとておかしくはない。
10年も前の過去からやって来ただけあり、目の前の彼女はかの少女とそう変わらない年頃だ。
それでも数週間前に遭遇していたのなら迷いなく交戦していたであろう彼女は、それを知ってか知らずか息を吐く。
「私は、君が羨ましいよ」
その声は酷く平坦で、およそ感情というモノが窺い知れなかった。
『羨ましい』と言葉にしているだけ。
ただ言葉を作り、外界に出しているだけ。
そうとしか思えなかった。
「何か勘違いをしていないかい? 確かに私は情動に少々問題があるが、君を羨んでいるのは本当のことだ」
不満そうな表情を作ってこそいるが、これもまた偽りだろう。眼前の刃は微動だにしていない。
成る程、“魔女”と言われるだけのことはある。
「ハ、オレを、うらやむ?」
「ああ。だって、君は
その言葉は直接的とは言えず、しかし意味を理解してしまえば決して受け入れられないもの。
思わず眥に力を込めて睨み付けると、凍えそうな瞳が見下ろしてきた。
「私は事実しか言っていないよ。まだ間に合う、まだ手遅れじゃない」
君は私とは違う、と言い切った彼女は、再び口を開く。
「目を合わせることも、言葉を交わすことも、寄り添うことも、頭を撫でてもらうことも抱き上げてもらうことも共に歩むことも。
私はもう何一つとして得られなくて、君はまだ可能性がある───それは、ただの、事実でしかない」
冷たく深い、水底のような瞳。
二人の
封蝋に押されているのは、見覚えしかない黒百合の紋章。
上手く呼吸が行えずに喉を鳴らした己を一瞥することもなく、封筒を胸の上に置いた彼女は背を向けた。
「君達の姫君からの預かり物だ。これからどうするかは、君が決めるといい」
◇
事前に準備されていたマップは入江君のお陰で役に立たなくなったが、メローネ基地の仕掛けと一時的なものとは言え全体のマップを知っている私からすると無意味な妨害だ。
黒い部屋にどの
入江君は基地司令としては優秀だ。それは認めよう。だがその分思考は読み易い。奇策を打って博打のような真似をしない、お手本のような優秀さだからだ。
こういう正道を突っ走ってくる奴も面倒と言えば面倒だが、それなら道のど真ん中に落とし穴でも仕掛けていれば面白いようにハマってくれる。
厄介なのはその場のノリや思いつきで作戦を変えてくるタイプ。こちらの戦力が手薄なところをまるで知っていたかのようにピンポイントで突いてきたりするとか、最悪の一言に尽きる。
うん、つまりうちのボスだな。超直感怖い。対処できなくはないけど怖い。
ぶるり、と一度身震いし、耳の
もうそろそろ、雲雀君が入れ替わる時間だ。
アラウディ君も、物は試しと模擬戦で使った戦利品の雲のリングを一瞬で壊していた。そりゃあもう凄い勢いなものだから、この時代で言う低ランクのリングを10個壊したところで強制終了と相成った。彼が戦場に立つ上で、雲のボンゴレリングは必需品だったといえるだろう。
彼と同様にリングが強制使い捨て状態というトンデモなハンデを背負う雲雀君が、マーレリングではないにしろ高ランクのリングを持ち、実力を遺憾なく発揮できる幻騎士に勝てる確率は本当に低い。無いに等しい、と言っても差し支えはない。裏 球針態も、入れ替わりまでの時間稼ぎにしかならないだろう。
まあこの状況で死のうが
二人で幻騎士を相手取り、雲雀君が入れ替わったタイミングで上手く戦線離脱すればいい、と考えてもいた。
しかしこの時代の私の作戦指示により、彼以外の同行者がクロームちゃんに草壁君、それにランボ君とイーピンちゃんだと確定した時点でその作戦はおじゃんになった。直接攻撃力が低い面々を、少なくとも獄寺君達と合流するまで守らなくてはいけないのだから。
きっと、そうするようにと他ならぬ雲雀君に説得されたのだろう。……全く。これだから浮雲って奴は。
考えながら、振り返る勢いを利用して蹴りを放つ。首筋に触れるか否かで静止したブレードに、それは両手を上げて敵意がないことを示しつつ抗議した。
「ちょっと、いきなり何するのさ!!」
「…敵対するつもりがないのなら背後から近付くな、ジンジャー・ブレッド」
一応は注意を口にし、足を下ろす。
ミルフィオーレの隊服ではなく魔女風の衣装を身に纏った存在は、このメローネ基地では酷く目立つだろう。まあ私も明らかに浮いた格好なのだが。
ミルフィオーレ第8グリチネ隊副隊長、
その正体は、マフィア界の掟の番人が操る人形。
「各種センサーは切ってあるよ。入江正一も忙しくって、こんな辺鄙なところまでは気を払わない。別のジンジャーが対応してるしね」
「それは助かる」
未来に来てから
故にミルフィオーレに所属するジンジャー越しに連絡する手段を取ったと、そういう訳だ。
「バミューダはかなり焦ってるよ。何せ未だに虹の代理戦争が開催される予兆すらないからね」
「それどころかアルコバレーノの大半が殺され、おしゃぶりも白蘭の手中だ。これでは前提条件が整わない」
尤も、前提条件を壊したアルコバレーノ殺害には目の前の人形も少なからず関与しているのだが。雨のコロネロ、そして霧のマーモン君が死んだ場にこいつがいたことは確定だ。
(明らかな行動のブレ…しかも当人はそれをおかしいと思えていない)
これは完全に思考誘導やそれに類する暗示を受けているだろう。ジンジャーが超高度技術の賜物たる被造物だからこそ、付け入る隙が生まれてしまったと見るべきか。
そしてジンジャーに刷り込まれた思考は、復活させたアルコバレーノの奥義によってマーレリングの封印が行われるのが既定路線だと示している。大空のアルコバレーノは、そのための捨て駒としか考えられていないとも。
目を細め、今の考えが悟られぬようにと言葉を続ける。
「ミルフィオーレのお陰で様々なことがおかしくなっているからな。最悪虹の代理戦争が飛ばされて、運命の日が来るやもしれん」
正確にはミルフィオーレではなく、それを手足とする白蘭が元凶だが。私の胃に著しいストレスが掛かっているのも、これからも掛かるだろうことも含めて。
白蘭のことを想像すると湧き上がってくるこの感情は、憎悪か憤怒か。判別は付かないが…ここまで『濃い』感情を、顔も合わせたことのない相手に抱けるとは。ボンゴレ絡みで、間接的にジョット君達にも関係するからだろうが。
「そっちは、
「いーや、特にはないけど」
と、ジンジャーが何かに気付いたかのように顔を上げた。
「別のジンジャーが沢田綱吉と接触しそうだなぁ」
何かを期待するようにこちらを見やるジンジャーは、口元に笑みを湛えている。
大方、私に沢田君の命乞いでもして欲しいんだろう。
しかし今私がすべきことは、入江君と一緒になって沢田君達を限界までイジメ抜くことなのだ。
悪趣味? こうでもしないと今後の彼らの身の安全が保証できないんだよ。
「手心は加えなくていい。返り討ちにされても文句は言わないでくれ給えよ?」
「……へーえ、なんでこんな無茶してるのかと思ったら、そういうことか」
つまんないの、と吐き捨てたジンジャーが話は終わったとばかりにふわりと浮いて、去っていく。
その背が十二分に遠ざかり、角を曲がって見えなくなったところで大きく息を吐き、壁に背を押し付けたままずるずると腰を下ろした。
足がちゃんと床に着いているのか、あやふやだ。
手も、握っては開くを繰り返すと明らかに不調を
雲雀君からもらった症状を抑える薬も服用しているが、効き目はそれ程でもない。
「後、もうすこしだけだから」
後少し、ボンゴレ
それまで耐えられれば、こっちのものだ。
顔を上げて、天井を見上げる。
青い空が見えないのが、奇妙な程哀しかった。
・暗躍する人
肉体的にはめちゃくちゃまずい。チョイスまで持つかもわからないレベルでまずい。尚雲雀が彼女に服用させているのはあの時にも飲ませた向精神薬なので、効き目があったらそれはプラシーボ効果。
・預かり物を受け取った人
封筒の中身は手紙と、これからについての行動指示。
まだ間に合うと、まだ手遅れではないのだと、羨んでくる少女の言葉を聞いて理解した。故にマフィアボスの守護者よりも一人の男であることを選ぶ。そういう意味でも弟達しか連れていけない。
・操り人形
レイと別れた直後、完成した
おまけ
・潜入方法
「クロームちゃん、幻覚で私達が偵察部隊に見えるようにしてくれ」
「…えっと、声は…?」
「そこは私が声帯模写で何とかする」
「そんなことも…できるの…?」
「ん。昔にな、大切な人に教わったというか、見て盗んだというか」
「(頬が緩むのを何とか堪えている)」←見せて盗ませた
「あー、あ、あー…こんなカンジでどうだろうか(男声)」
「……違和感が…凄い」
「(吹き出しそうになるのを堪えている)」
(恭さんはこんな状況でも楽しそうだ…)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的49.5 間違わせぬ為に
「君が随分とふざけていることはわかったよ」
そう言いながら、雲雀は瓦礫の山の中から立ち上がった。
尤も、己にも油断があったことは否定しない。
先程の一撃も、寸前で炎を使った防御が間に合ったのは幸いだった。でなければ頭蓋を割られていたかもしれない。
「貴様、この時代の戦い方を知っているか?」
奇しくもあの憎たらしい男と同じ霧の術士であるらしい剣士が、そう問いを投げてくる。
だが答えない。
雄弁は銀、沈黙は金。明確な敵に余計な情報を与えるなど、愚か者のすることだ。
あの剣士はそんな愚かさを晒してでも、雲雀がどれだけの情報を握っているか知りたいらしい。逆説的に言えば、雲雀が情報を簡単に零すと…いや、もしかすると、余計な情報を与えても雲雀を打倒できると考えているのかもしれなかった。
「では、これを見たことはあるか?」
「………オルゴールかい?」
沈黙を否定と取ったのだろう男の続けての問いに、今度は短く返す。
事実として、彼の憶えている限りの情報に、示された藍色の正六面体はなかった。
少しでも情報を零してくれれば儲け物。そんな風に考え、先程の意趣返しも込めたふざけた返答の効果は、どうやら相手に問答を打ち切らせるだけだったらしい。
「ならば、圧倒的に倒すのみ」
霧の炎を灯したリングが正六面体の穴へと嵌められ、そして開いたそれが幻覚と同時に何かを吐き出す。
数瞬後、雲雀は全方位をミサイルに囲まれていた。
「これは貴様の置かれた状況を、わかりやすく視覚化したものだ…貴様は何百という誘導弾に囲まれている。更に…」
言葉と同時、ミサイルが徐々にその姿を消す。霧の炎を練り込んだ高精度の幻覚だろう。
ならば避ける手段は、と思案している最中に、新たな情報が投下された。
「成長したお前は“経験”によりこれを退けたが、貴様にそれはない。オレと戦うには10年早い」
成る程、この剣士は想像以上に愚昧だったらしい。
『この時代』に『成長したお前』、『10年早い』。
もう確定だ、ここは雲雀の過ごす時代の10年後。
近頃並盛で頻発していた行方不明者は皆、未来に飛ばされていたようだ。そして雲雀も、また同様に。
何となくあの少女が消えた時と似通ったものを感じていたが、当たり前だった。
直前までこの剣士の相手をしていたのは、この時代の雲雀だろう。そして彼に退けられた手法で、目の前の男は雲雀を倒そうとしている。
何とも愚かと思うのは己がかなりの特殊事例だからだと、雲雀自身自覚はしている。
10年の歳月が有ろうが無かろうが、雲雀は現状に対処可能だ。
何故なら彼は知っている。あの動乱の時代、生き抜いた者の記憶を、誰より克明に刻まれている。
意識を研ぎ澄ますべく、一瞬閉ざした視界の奥。ふと過ぎった
同じようにあの時代を駆けた少女は、きっと仕掛け人側だ。全てを読んで、望む結果を手繰り寄せているに違いない。この戦いも、そうあれと彼女が仕向けただろうことは明白。
いつだってそうだった。今も変わらない。
あの、酷薄なまでに美しくて■しい、■■の瞳は、何も。
決して己のものではないその想いを断ち切るように、目を開ける。
右手のリングに灯すのは、澄んだ紫の炎。
剣士の驚愕の表情に獰猛な笑みを浮かべ、炎の揺らぎから誘導兵器の位置を把握。飛来したそれを、難なく躱す。
彼女が、雲雀恭弥ならば切り抜けられると読んで差配した。
彼女は間違わない。
彼女の予測を、己が間違いにする訳にはいかないのだ。
・入れ替わった浮雲
かつて共に過ごした記憶もレイに対しての想いも認める気はないものの、その実力は信頼しているし彼女からの信頼を裏切れない義務感も抱えている。
幻騎士を咬み殺す気満々だったが、現状の自分では勝てないと悟っていた為、このあと駆け付けた草壁の言葉もあって追加戦力として
酷いやらかしだがこれがないとツナと幻騎士が戦わないのでナイスアシスト(本人にその気は一切ない)。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的50 彼女の灯火
「やはりこうなったか…」
ジンジャー・ブレッドを介した
十中八九、
正直言って私が手を貸し過ぎると
だがそれは私が全力を振るえる状態ならばの話だ。本来の実力の5割も出せるか怪しい今の状況で、仲間と合流できないのはかなりの痛手。
なので、強引に道を斬り開くことにする。
剣を構え、それに霧の炎を纏わせる。
超高密度エネルギーが、いつもの二倍程の大きさの刃を形成する。
「そぉっ、れぇッ!!」
まるで内部にダイナマイトを仕掛けておいて、それを爆破させたかのように。
いともあっさりと、壁が崩壊した。
…やり過ぎたつもりはない。
一息吐いてほつれてきた髪を結い直していると、視界の隅をオレンジの瞬きが横切る。
え、
床を蹴って、壁が崩壊して空いた穴からパイプが張り巡らされた部分に身を投げた。
スネグーラチカで創った足場に着地し、滑り出す。
すぐにオレンジの炎で空を飛ぶ沢田君の顔を目視できる距離まで接近した。
「やあ沢田君、無事で何よりだ。で、そちらは?」
「メカニックのスパナだ。よろしく、雪の守護者」
スパナ君がいるということは、
後は、入江君がしくじっていないことを祈ろう。
「ミルフィオーレの技術者をどうやってタラシ込んだのかについては後で聞かせてもらおう。それより、今何処に向かっているんだ?」
「丸い装置がある、研究所に」
〈どーやらヒバリやクローム達が幻騎士って奴と戦ってるらしくてな。レイもクロームと一緒に来たんだろ?〉
「ああ、途中で別れたが」
この後待ち受けている男を倒さねば、研究所には…“私達”の設定したゴールには辿り着けない。そしてゴールに辿り着けなければ、何もかもが上手く嵌らなくなる。
頑張ってくれよ、
閉まりかける扉をギリギリで通り抜け、落ちてくる巨大な立方体を躱し。
その末に道を阻む、晴の炎で巨大化した食虫植物を睨みつける彼の脳裏に浮かぶものなど、容易に想像が付く。
私も、同じだったから。
絶対に負けられない、そんな時に決まって脳裏に浮かぶのは、大切な家族の姿。
彼らのためなら、どんな死地だろうと怖くはない。
だから───
「───突っ切れ、沢田君!!」
手から噴射する炎を防御にも使い、そのままの勢いで食虫植物を突き破った沢田君を、私も追い掛ける。
続く死ぬ気の炎を追尾するミサイルをスパナが無力化したところで、最後の通路に入り込んだ。
〈そろそろ草壁から連絡があった地点だぞ〉
「!? 何か来る…でかいぞ!!」
火を噴きながらまっすぐに向かって来るのは、巨大なロケット。
「任せろボンゴレ、またウチが…」
「いや、それより君は下がっていろ! 恐らくアレは幻覚、チャフも
咄嗟に沢田君が腰の金具を外したため落下するスパナを抱え、床までの氷の道を創って滑り降りる。
〈さすがだな、超直感を持つツナより先に見破るとは〉
「…偶々さ。それより、基地に来てからは大きな戦闘こそしていないが、それなりに消耗しているんだ。助太刀はできそうにない」
襲い掛かってきた人形に対処した沢田君が、黒い服を着た剣士と対峙している。
腰の四振りの剣。一瞬で辺りを自分の空間へ変えた幻術の腕。
そして特徴的過ぎる髪型と眉。
彼こそ、入江君が用意した、ゴールへの最後の関門。
「そいつが6弔花の幻騎士だ!!」
私以外で唯一顔を知るスパナ君が、その名を叫んだ。
「な…何故ここに…? みんなと戦っている相手のはず……」
「みんな? 貴様の守護者のことか。
───中々手こずったが、奴らは今頃藻屑と化しているだろう」
それは、ジョット君と同じく仲間を大切にする沢田君を絶望に叩き落す言葉。
グローブのクリスタルが、強く光を放つ。
「何をした!!」
感情のままに突っ込んだ沢田君が、為す
いや相手は術士だぞ、真っ正面から突っ込んでどうする。六道君と戦った時のことを忘れたのか。
「幻術は無視するとしても、体術が凄まじいな…」
〈オレが見る限り、10年後のヒバリと同レベルか、いや……ともかく、今のツナじゃ歯が立たねぇ…〉
私のファミリーでも、純粋に体術でやり合って勝てそうなのは、
彼には更に、ヘルリングの一つ『
……これだけ見れば、幻騎士が圧倒的に優勢なのだろう。
「白蘭様は貴様を全力で倒せと仰せられた。白蘭様の言葉は神の啓示。覆ることはない」
実力の差は歴然。
それでも抵抗した守護者は、無惨に散った。
私はその言葉が偽りだと知っている。
そもそも、雲雀君なら例え実力差があろうと執念で腕の一本や二本もいでしまうかもしれない。あそこで彼が
「貴様はそれ程愚かでもなかろう、ボンゴレ
幻騎士。
人と同じように感情があったのなら、私はお前に同情を向けるだろう。
大空と共に並び立ち、歩むことの歓びを。
当の大空を裏切り、そして神と仰ぐお前はきっと、一生知ることはないのだから。
「…お前の強さは…よくわかった。…だが」
私の知る大空にそっくりな色を宿す瞳が、より一層その光を強く放つ。
「わかっていても、オレは
ジョット君には遠く及ばないそれが、今は酷く頼もしい。
気を取り直して
〈バカツナめ。只でさえ
「……問題はそれだけじゃない」
「私は、沢田君の炎の威力が落ちているように感じたが」
「その通りだ、雪の守護者。
連戦とそれに伴う3回の超火力を使用した
例え
煙に紛れ、姿が見えない沢田君がリボーン君に話し掛けた。同じ無線で繋がる
〈成る程…目には目を、か。あいつばかり凶悪な武器を使いまくってずりーからな〉
「何をしようとしているのかはわかった。念のため言っておくが、上手く行ったとして一回だけ、しかも一瞬だぞ?」
〈……一瞬、あればいい…〉
何とも頼もしいことを言ってくれるじゃないか。この間まで情けない顔を見せていた君は何処に行ってしまったのやら。
幻騎士の攻撃を喰らいながらも爆煙から飛び出した姿が、上へ上へと向かう。
追撃を受け、斬られたその姿がかき消えた。
これで、用意は整った。
その背後から沢田君が
───それが、彼の狙いだとも知らずに。
「……あの構え」
「ああ…沢田君が生み出した、ボンゴレの奥義」
___零地点突破 改 白刃取り!!!
幻騎士の炎が、沢田君に吸収される。相手が鎧型の
ここまで来れば一安心か。ほっと息を吐き、響いた轟音に視線をやると、沢田君が幻騎士を壁に叩き込んでいた。さすがは伸び盛り…いやそれにしたって短時間で成長し過ぎな気もするが。
だが。相手は偽りとは言え霧のマーレリングを持つ男。そう簡単に終わってくれるはずもない。
「真の忠誠は叶わぬ!!!」
叫んだ幻騎士の姿が、霧の炎に飲まれ消えた。
それが晴れると、そこにいたのは異形の剣士。
〈あれも幻覚か…?〉
「いや、恐らくヘルリングに精神を喰わせ、自己の強化を図ったのだろう…ヘルリングは使用者との契約により戦力を倍加する、という話を資料で目にしたことがある」
〈精神を…
その地獄との契約を結んでまで倒したい程に、幻騎士は沢田君に執着している。その瞳に、かつて裏切った
最早剣士としての矜持を捨てた彼が次に取る手段の卑劣さを知ると、何とも言えない思いが込み上げてくる。
素の状態、そのスペックを十全に発揮することを前提として入江君は幻騎士を沢田君に対する最後の関門にしたのだろうが、彼が知り得ない情報がその計画を邪魔した形だ。
囚われの身となった仲間達の幻覚が、沢田君の首を締め付ける。現実の彼らと繋がっている可能性を示唆されては沢田君にはどうすることもできないことを見越しての悪辣な手法に、顔をしかめた。
「オレも殺りたかった!!! あの時殺ってみたかった!!!」
「…スパナ君、済まないがもう少し下がってくれ。危険かもしれない」
金髪の彼がしっかりとパソコンを抱えて背後ににじり下がったのを確認して、弓矢を創る。
それを構え、叫んだ。
「沢田君! 例え彼らの精神がそこにあるのだとしても、その器は霧の炎で創られた幻覚だ!! ここまで言えば対処法はわかるな!!」
ハッとこちらに視線を向けた沢田君に強く頷き、幻騎士に狙いを定める。
屋内で風がない分、狙った場所に届かせるのは易しいだろう。しかもあれだけ大きな的だ、外しては
「…幻騎士! 私の命を賭けてもいいが、お前には真の忠誠など叶わない。絶対にだ!!」
「何だとぉ!!」
ヘルリングに精神を喰わせ、理性を失った幻騎士は、簡単に挑発に引っかかった。
巨躯を曲げ、こちらへと接近する髑髏の化物に狙いを定めて弓を引き絞り、番えた矢に霧の炎を練り込む。
憐れな程人から離れてしまったその姿をまっすぐ見据えながら、誰に聞かせる訳でもなく独りごちた。
「私は自分を幸福だと思うよ。たった一人にこの身と忠誠を捧げ、そしてそのたった一人に…家族を、心の拠り所とすることを許されたのだから」
もう遠い日のことだが、今でも鮮明に覚えている。
『雪』という、第七の天候を司る守護者として。
愛しい家族のため、この力を振るうと改めて誓った日のことを。
「私は、お前よりずっと恵まれている」
大切で、大好きな
【私】に今の私になるための全てを与えてくれたひと達。
楽しいことばかりじゃなかった。
辛いことの方が多かったかもしれない。
それでも、尚。
煌めいていて、綺麗で、背を向けるなんて考えられない───そんな灯火を見たのだから。
空気を切り裂き、化物に矢が迫る。
相当の威力を持っていたのだろうそれを避けることもできず、胸を射抜いた矢によって幻騎士は無様にも壁に叩き付けられた。
それを待っていたかのように、零地点突破
「お前も全力で来い、幻騎士!!」
「何を!! 青二才が生意気な!!」
噴射される炎により、強風が吹き荒れる。
一気に解放された一際鮮やかな炎が、爆発的な勢いで幻騎士を押し流す。
そして。大きく破壊された壁の、その先に。
白く、丸い装置が鎮座していた。
・今も昔も、ただ一人の大空に忠誠を捧ぐ少女
ユニや
雲雀に対する認識が若干おかしいのは家族と無意識に重ねているためか、それとも…?
・やがて割られる運命にある小さな器の男
自分に狙いを定める海色の瞳が、色もあってこれ以上なくユニに似て見えた。
・代替わりしているが、どの大空のことも大切にしているだろう家庭教師
レイの独り言はバッチリ聞いてしまったが、生徒から初代雪のことを聞いていないのでまだ正体には辿り着かない。ただ、彼女にそこまで言わせる人物達に俄然興味が湧いた。
彼が見た10年後雲雀の戦闘はまだ未熟なツナ相手であり、彼も遊んでいるような対応であったために正確なことは言えなかったものの、彼の見立てでは10年後の雲雀は(装備が万全であれば)幻騎士よりも強い模様。精神的な葛藤も肉体的な齟齬もなくなってるからね、仕方ないね。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的51
「まさかあの幻騎士を倒すとは、想定外だった」
本人が意図的に作っているのだろう、冷ややかな声。
その持ち主は、チェルベッロの二人を従え、白い服に身を包んだ男…入江君だ。
冷酷非情ムーヴに騙されている沢田君達の側で思うことでもないんだが、今後の流れを知っているとただの茶番だな?
「ヘタに動けば彼らは死ぬぞ。ナノコンポジットの壁でとり込み、逃げられなくなったところを睡眠ガスで眠らせてある。少しでも抵抗する素振りを見せれば毒ガスに変更する」
そんなこと露程も考えてないくせに。
言動と心情の乖離のため本格的に茶番に見えてきて、思考をリセットするべく咳払いを一つ。
それで私の存在を思い出したのか、入江君が視線を向けてきた。
「松崎レイ、白蘭サンが君の身柄を望んでいてね…悪いが、こちらに来てもらおうか」
「入江君、詳しく」
「ヒェッ」
ズカズカと入江君に近付き、襟首を掴んで問い掛ける。
チェルベッロなら一歩踏み出した時点で氷漬け、ついでに捕らえられた獄寺君達の入ったカプセルも脆いガス流入用ダクトから凍らせて壊したから何ら問題はない。
え、タイムトラベルの仕組みやら
「僕だって知らないよ! 白蘭サンに訊いてもマシュマロ食べながら笑うだけだし!!」
「…三枚に下ろすんじゃなくて細切れにでもするか」
「スプラッタは勘弁して欲しいかな!?」
いや三枚に下ろす時点で十分スプラッタだろ、君本当にそんな場面見たら絶対吐くだろ。
変なことを宣う未来の友人を、胡乱げな視線で見つめる。
「というかなんで今なの!? まだタイムトラベルのあれこれとか全然説明してないのに!!」
「そんなの全部後でもできるだろう。今更細かいことを気にするな」
「その細かいこと全部吹っ飛ばした人には言われたくないよ!!」
「耳元で叫ぶな、うるさい」
ぺしりと額に手刀を落とし、入江君を解放する。
シュウゥ、と音が聞こえてそちらを見ると、沢田君の額の炎が消えていた。
「え………えっと、レイちゃん入江正一と知り合いなの…?」
「未来の私の友人らしい。私も顔を合わせたのは初めてだ」
氷漬けのチェルベッロ二人の体を包んでいる氷を操り、研究室の端に移動させつつ、沢田君の問いに答える。
この時代の私は
とは言っても表社会に出しても問題ない成果を上げつつ、その裏で死ぬ気の炎絡みの技術開発やら
それはそれとして、自己紹介くらいしろよ入江君。
守護者達は全員解放されてるから、しないと本当に始末されかねないぞ。
「あぁもう、レイさんが好き勝手してくれたお陰で色々台無しだけど! 言わせてもらうね!!」
言いながら、ミルフィオーレのホワイトスペル所属であることを示す上着を脱いだ入江君が、それを床に叩き付ける。
そして顔を上げ、沢田君や解放された面々を視界に収めながら、言葉を続けた。
「よくここまで来てくれたね…君達を待ってたんだ。
───僕は、君達の味方だよ」
私との会話で予想はできていただろうが、改めて突き付けられると驚くのか、全員…いや、リボーン君以外が目を見張る。
この時代の私達が設定したゴールに、沢田君達は見事辿り着いた。
であるからにはこれ以上の嘘偽りは不要なもの。
故に私は、それ以上入江君に言葉を続けさせるでも、沢田君達の驚愕の声を聞くでもなく、端的に状況を示した。
「彼とこの時代の沢田君、雲雀君、そして私。それに少しだけ六道君が関与して出来上がった計画に、私達はずっと踊らされていたんだ。入れ替わったその瞬間からな」
「え…ちょっと待って、計画? 全部この時代のオレ達の計画通りだって言うの!?」
『ミルフィオーレの入江正一は敵であり、謎の入れ替わり現象の鍵を握っている』。
その情報の断片は、沢田君が
この時代のボンゴレリングが破壊されていること、そして戦闘に於いてリングが重要な位置を占めていることは、絶大な説得力を持つ理由付けとなる。
そして仕上げに、
すっかりいつもの調子で問い詰めてくる沢田君に、大きく頷く。
「そもそも、おかしいと思わなかったのかい? 入れ替わりのタイミング、守護者達の合流時期。その全てが事が上手く運ぶように計算されていたんだ」
入れ替わるのが一日でも早ければ、私は雲雀君に同行して並盛アジトまで移動することになった。そうなれば
少しタイミングがズレれば、クロームちゃんは笹川君と共にアジトに来ることはなかっただろう。
「それを始めとして、入江君を
「…じゃあ、京子ちゃん達は……」
さすがに気付くか。感心しながら、首肯する。
「そう。“守るものがあれば強くなれる”…バカげているが、ある意味真理だ。10年後の君は最後まで躊躇していたようだが、過去の自分のことを誰より知っていたからこそ、彼女達を巻き込むことを了承した…そう聞いた」
別離を経て、幽明の境界に隔てられようとも
けれど10年後の己の決断を聞いた沢田君は、目に見えて項垂れる。
誰かを守るために拳を振るう彼は、その思いを利用されるなんて思ってもいない。…ましてや、未来の自分がそんな選択をしたのだ。衝撃は、計り知れない。
「待て。つーことはお前、全部知ってたのか!?」
「この時代に来てすぐに知らされたのさ」
「なんでだよ!」
「私だって望んで知った訳じゃない。一発ぶん殴りたかったが、入れ替わってしまっては無理だな」
苛立ちを全面に出しながら雲雀君の方を見やると、それだけで私が彼の独断専行に巻き込まれたと察したのか、獄寺君は口を噤んだ。
「レイさん、となると、この白い装置は…?」
「君達が予想していた通り、入れ替わりを引き起こしている装置だ。設計には入江君だけじゃなく、この時代の私も携わっている」
草壁君に尋ねられ、答えた私の視線を受けた入江君が手元で何やら操作し、装置を開く。
そこに在るのは、
まだ入れ替わりの時間ではない笹川君以外の全員がいることを確認し、溜息を吐いた。これで生死の確認もできたら嬉しいんだが、そこまで上手くはいかないからな。
〈んじゃあ、その計画が立てられたのはなんでだ? さっきレイが言ってた、“成長のため”っつーのと関係あんのか?〉
「それに関しては、私より入江君の方が詳しい。というより私もさらりとしか聞いていないんだ。…話してくれるな、入江君」
頷いた入江君が、口を開く。
「白蘭サンは
“
人間や集団だけでなく、国すらも排除対象になりかねない。
まるで癇癪でオモチャ箱を引っ繰り返す子供のような所業だが、それが実際に起きようとしている以上、看過はできない。ミルフィオーレに抗える存在の一人としても、ジョット君の雪としても、そして業腹だが【私】としても。
「ところでリボーン君。何か連絡が来たりはしていないか?」
〈特にねーな〉
やはりまだか。
今の遣り取りで私が何を気にしているのか気付いたのだろう、入江君の顔色が一層悪くなった。
「あっ、第二段階…!!」
「え!? まだ戦うの?」
気付くのが遅いぞ、入江君。
呆れつつ、沢田君の言葉に答える。
「いや、君達にはしばらく傷を癒してもらうつもりだ。尤も、それができるかどうかは第二段階に懸かっているが」
「聞いてるだろ? ボンゴレは今日、全世界のミルフィオーレに総攻撃を仕掛ける大作戦に出るって。その作戦が失敗すると全ては一気に難しくなる…一番のカギとなるのは…」
「イタリアの、主力戦だ」
入江君の言葉を継ぎ、力強く言い切る。
尤も、それは白蘭が仕切り直しと、チョイスの開催を目論んでいると知らないからこそ出る言葉だ。
戦況が現状から継続しない以上、主力戦での結果がどうなっても実質関係がない。いや、チョイス後のことも考えると、少なくともヴァリアーには無事でいてもらいたいところなのだが。
「だが、私達にできることはない。こればっかりは運に任せるしかないんだ。取り敢えず、君達は休め。入江君、緊急用ベッドは?」
「こっちだ、今出して来る!」
怪我人を寝かせるベッドを取りに入江君が向かい、草壁君もそれを手伝いに行った後。
不安げに視線を落とす沢田君の顔を覗き込む。
「心配かい?」
「…うん」
「そうか。だが、今回に限っては安心してもいいと思うぞ」
話を聞いていたのか、周囲からも突き刺さる訝しげな視線を受け流し、ニヤリと笑った。
「イタリアにはボンゴレファミリーのほとんどがいる。そして現地は今、夜だ。…私の言いたいこと、わかるかい?」
ハッと、獄寺君が息を飲んだ。
「ヴァリアーか…!!」
「正解だ。正直暗殺の定義を問いたくなるような戦い方をする彼らだが、暗殺部隊の名を冠す以上、夜戦は得意だろう」
だから、心配なんて必要ない。
敢えて言い切る形にすると、沢田君の表情が緩んだ。
彼らにとっては新たな情報のオンパレードで、精神的にも休まらなかったんだろう。
そんな様子に微笑んで、彼らに更なる負担を強いる未来から、今だけ目を背けた。
・シリアスブレイカー
説明も騙したままやると結果的に時間の無駄になるのでは、と思い至ったのでゴタゴタを省いた。効率主義な面がよく出ている。
白蘭に捕捉されている可能性も視野に入れてはいたが、何処まで情報を握られているかは
・脅された
得意分野が被ってたりはするが、その分レイの様々な面を見てきたために共感よりは畏怖の方が強い。それでも距離が近いのは、彼女の思考に
補足すると白蘭からのレイの身柄要求は「生け捕りにできそうならお願いね♪」という感じだったのでチェルベッロの手前一応言っただけ。親友としての勘で、レイに興味を唆られてはいるものの、
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的52 対面と
「お待たせ、何話してたんだい?」
「ヴァリアーのことさ」
「ヴァリアー? …あ、そう言えば。レイさん知ってるかな、ヴァリアーのジェラルドのこと」
「いや。ジェラルド君に何かあったのか?」
沢田君と同じ、知己の子孫。入江君の口振りからすると凶報ではなさそうだが、何があったのか。
「…驚かないで聞いて欲しいんだけど。ジェラルド、どうやら雲の波動が流れてたらしくて、ヴァリアーの雲の幹部になったんだ」
「ほぉ」
それはめでたい。ドン・サルトーリは嵐と雷だったから無意識にそっちだろうと思っていたが、予想が外れたな。
「もっと驚くと思ってたんだけどなぁ…」
「十分驚いてるさ。しかし、それならますます安心だ」
10年という短くはない歳月で磨かれたその槍の腕を、遺憾なく振るってくれれば。
ミルフィオーレの雑兵なぞ、すぐ一掃できるだろう。
その予想は程なくして、現実のものとなる。
〈たった今ジャンニーニからイタリア主力戦の情報が入ったぞ。
「!! マジっスか!?」
続く敵の撤退の報を聞き歓喜する入江君を微笑ましく見つめながらも、私は腰の剣に手をやった。
まだ何も終わっていない…始まってすらいないことを、私は“知っている”のだから。
〈いいや、ただの小休止だよ〉
ほら。この流れも、私が知る通り。
冷めた目で、どこもかしこも白い男の
〈しっかし正チャンもつくづく物好きだよね。まだケツの青いボンゴレ10代目なんかに、世界の命運を預けちゃうなんてさ〉
咄嗟に向けられた問うような、探るような視線を努めて無視し、純白の男の、唯一色が乗る瞳をしっかりと見続ける。
〈だから、そろそろちゃんとやろーと思って。───沢田綱吉クン率いるボンゴレファミリーと、僕のミルフィオーレファミリーとの、正式な力比べをね〉
戯言を。どうせ、勝敗も全て貴様の掌の上のくせに。
だが、その余裕を保っているがいい。その間に、私は私で準備を進めよう。
私が貴様に求めるのはただ一つ。
───来たる時、上手く私の掌の上で踊ることだ。
思考の海に沈んでいると、何かが割れる音が響いた。
入江君の手の晴のマーレリングに付いていた翼の意匠が欠け落ちた音だろう。恐らく、メローネ基地から逃れているだろう
〈彼らが本物のミルフィオーレファミリー6人の守護者、
映し出される、6人の男女。
雲の桔梗、霧のトリカブト、晴のデイジー、嵐のザクロ、雨のブルーベル、そして雷の
正真正銘、私達の敵となる彼ら。
破壊の限りを尽くされたザクロの故郷、そしてマグマの風呂に入るザクロを見ながら、目を細めた。
〈僕らを倒したら今度こそ君達の勝利だ。ミルフィオーレはボンゴレに全面降伏するよ〉
「白蘭サン!! 力比べって…一体何を企んでるんですか!!」
〈昔正チャンとよくやった“チョイス”って遊び、覚えてるかい? あれを現実にやるつもりだよ♪ 細かいことは10日後に発表するから楽しみにしててね♪ それまで一切手は出さないからのんびり休むといい〉
「そんなことができると思うか?」
白蘭に問うと、彼はこちらを見て、急に真面目な顔になった。
〈レイちゃん…君は一体“何”なのかな?〉
私が、何か。
答えは幾つもある。
自警団ボンゴレ作戦参謀。
ボンゴレ
そして一応は、沢田君の雪の守護者でもある。
けれど、白蘭の問いの意を汲むのなら、答えはそれ以外。
『私』の根底。抹消したくて仕方がなくて、なのに断ち切れない【私】。
しかしそれを告げる訳にもいかず、ただその薄紫の瞳を見つめ返す。
〈“君”っていう存在はね、不思議なんだ。
『僕が知る』というのは、彼が覗ける
更に、その“私”が取る行動もまちまちだから、白蘭は興味を唆られている、と。
その疑問の答えは、酷く簡単だ。
そもそも“私”という存在は、世界にとって
しかし全員がミルフィオーレの、白蘭の危険性を知るが故に、彼に着くことはない…。
単純明快で、面白みなんて欠片もない。
「君は何を言っているんだ?」
その裏で情報を整理し、感じたのは一抹の諦念と、それ以上の歓喜。
【私】と彼らは、偶然出会う運命ではなかった。
それでも、彼らは【私】が生み出された全ての世界で、『私』を見つけてくれた。
先程の白蘭の言葉は、その証明に他ならない。
そうでなければ、私は白蘭の興味を引く程多様な道を辿れないのだから。
〈…んー、ならいいや。それはそれで興味が湧いてきたからもっと話したいんだけど、君達はもう逃げないとね。君達のいるメローネ基地は、もうすぐ消えるからさ〉
「!? 消える?」
〈正しくは基地に仕込まれた超炎リング転送システムによって移動するんだけどね〉
楽しみだね、なんて言葉を残した白蘭の
それが体感したものの気配にそっくりであると理解して、唇を噛んだ。
ああ、やっぱりだ。炎を大量に使ったテレポーテーション。力任せで原始的とすら言えるそれが、
「大丈夫だ!! 何かに掴まれ!!」
「!? 大丈夫って!?」
「ちょうど時間なんだよ!!」
今度こそ胸の中で煮え滾り始めた、怒りと定義される激情を抑え、そうすれば安全なのだと知らせるために声を張り上げる。まあ、これで笹川君が来なかったら全部おじゃんなんだが。
だが、よりにもよってこの私が計算違いなんてする訳もなく。
「極限にここは何処だー!!?」
「10年前の…お兄さん!!」
「体感気温が上がったぞ…」
晴のボンゴレリングを持った笹川君が来たことで、私達は並盛から移動することなく済んだのだった。
「…しかし、大変なことになりましたね…あの6弔花より更に上がいるとは……この戦力で、この先一体どう戦えと……」
見知らぬ土地へ飛ばされるという危機を脱し、落ち着いて状況を把握した草壁君が、そう零す。
6弔花ですら、満身創痍でどうにか勝利をもぎ取ったのだ。それよりも格段に強い相手に、全員が入れ替わったボンゴレ
「そりゃ、やるっきゃないっスよ」
「や…山本!! いつから!?」
「ったく、心配かけやがって」
意識を取り戻した山本君はそう言って場を和ませているが、スパナ君やリボーン君からすぐに現実を直視させられ、沢田君は俯いた。
その心配も不安も、不要なものとは言えない。私とて最善は尽くすが、それでも取り零し得るものはある。
でも、それでも、やり遂げなくてはならない。
「いいや、できるさ!!」
沈んだ場の空気を壊すために敢えて声を張り上げ、入江君が言う。
「成長した君達なら、奴らと渡り合えるさ!!」
「入江君が何のために君達をイジメてきたと思っているんだい?」
「ウッ…君達を鍛えることは、この新たな戦力を解き放つことでもあったんだ!」
私のチャチャ入れに呻いた入江君は、白い装置に近付くと何やら操作を始めた。
「君達の成長なくしては使いこなせない新たな力…今こそ託そう」
「ああ! 装置の中心が開く……!!」
装置が開くのを見ながら、私の内心は荒れていた。
沢田君がそれぞれに合った
当たり前だ。
幾ら勝利への道筋を開くためとは言え、苦く思わないはずがない。
けれど、この時代の私はそれを抑え込んだ。
抑え込み、そして託した。
その期待に、思いに応えるべく微笑みを浮かべ、言った。
「…この時代のボンゴレボスから、君達への
その言葉を契機とするように、装置の中心から炎に包まれた物体がボンゴレリング
橙、赤、青、黄、緑、藍、紫、そして白…各々の炎に対応する色に、黄金のボンゴレの紋章。
外装からして特別製だと窺い知れる
「この時代のボンゴレ10代目より君達に託された、“ボンゴレ
対白蘭、及び
白蘭の知るどの世界にもない、今この場にいる彼らだけの武器。
大元になっているのは私の
そんな風に思って、私にとってはかつての武器になる
・ボンゴレ
かつての武器を再び手にした。
ジェラルドの昇進は素直に喜んでいるが、波動の問題から自分の役割引き継いでもらえないのでは疑惑が出てきてちょっと困ってもいる。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的53 誰より
「サイコロ!!」
「……違う」
「極限にこの黄色いハコは何だあ!?」
一気に騒々しくなった彼らを微笑ましく見ていると、入江君から声が掛かる。
「何だ、入江君」
「君にはボンゴレ
「……ああ、頼むよ」
〈何のことだ? レイ〉
「私は現状、霧の炎しか使えないだろ? それの改善と言ったところだよ」
実際には夜の炎も使えるのだがそれを言う訳にも行かず、内心苦笑しながら右手の人差し指を立てた。
「人間には波動が巡っていて、それが死ぬ気の炎の大きさ・バランスにも作用する───ではここで問題。もし波動自体は巡っているのに何にも分類されない、ただただ純粋な生体エネルギーとしてしか使えない者がいたとして、どうする?」
「えっ、そんな人いるの!?」
「それが君の目の前に一人、いるんだよ」
そこまで言えば、さすがの沢田君にも理解できたのだろう。
パクパクと口を開いては閉じるを繰り返す彼に、ニヤリと笑った。
「推定だけど一億分の一とか、そのくらいの確率なんだけどな。リングも適した物を薬品を使って加工するしかない。他の属性のように遺伝するのかも未知数、正直まだわからないことだらけ。でもギリギリで専用の
「10年後のレイちゃんスゴいね…?」
「本当にな」
雲雀君が
ここまでお膳立てをされた以上、何が何でも果たしてやると、決意を新たにする。
「この無色透明の波動とそれから成る白い炎を、
「他の属性と同じで天候だしな!」
〈守護者の呼び名とも一致するしな〉
そう。私が冠するものと、第七の
それしかないと思ったのだと、この時代の私は書き残していた。私も、きっと己が最初に見つけたのならそう名付けるだろう。
今も昔も、己を象徴するのならそれは『雪』がいい。
我儘かもしれないが、誰に迷惑が掛かる訳でもないのだ。見逃してもらいたい。
〈その雪の炎はどーゆー炎なんだ?〉
「無色透明、なので当然だが特性と呼べるものはない。ただ、他の大空の7属性の炎と同じように高純度のエネルギーとしても使用が可能になる。炎が冷たいのも特徴と言えば特徴か」
要は今まで霧の炎を練り込んでいた時間を短縮し、高威力の攻撃を放てるようになるということだ。タイムラグがなくなるのは戦場で致命的な隙を生み難いということでもある。歓迎する要素以外はない。
指から抜き取った雪のボンゴレリングを受け取った入江君は透明な液体の入ったビーカーを取り出し、科学の実験紛いのことをし始めた。
液体の一部はこの時代の私が自力で調合したもの。私は少しばかりヒントがあったのでそこから成分を予測しているが、他に知る者は誰もいない。今ここで仕上げを行っている入江君や、白蘭ですら例外ではない代物だ。
そうは言ってもボンゴレ
簡単にはいかない現実が嫌になりながら、入江君からリングを受け取る。
見た目にはまるで変化がないが、それでいい。そうでなくては加工の許可など出さない。
「いいかい? くれぐれも慎重に扱ってくれよ?」
「わかっているさ」
返事と共に、右手中指のリングに意識を集中させる。
大好きなひとが贈ってくれた指輪は、今こうして私を支える武器になっている。
こんな運命なら認めてもいいかな、などと、らしくもなく思う。
本当に、らしくない。
贈った当人が見たらどんな反応をするだろう。
呆れるか、鼻で笑うか。一つ頭を撫でて、それで終いか。
それでも私は、君が好きだよ。
ふう、と一つ息を吐いて。
白く透明な炎が、冷気を伴い荒れ狂う。
「わぁああ!?」
「やり過ぎだドンヨリ女!」
「早く! 早くどうにかして!!」
顔を庇いながらの沢田君達の言葉に、雪のボンゴレ
炎が吹雪に変化し、変わらずに部屋の中を蹂躙する。
「さむっ!?」
「極限に何が起こっているのだ!?」
「
〈そこまでバカじゃねーだろ〉
「そうだけど…!!」
唸る風に妨げられぬよう、大声を張り上げて会話する入江君達に、吹雪を収束させつつ言う。
「済まない、勝手がわからなくて…もう大丈夫だ」
「くぅん」
謝意を表すように、腕の中の白い塊も私に続いて一つ鳴いた。
「……犬?」
「狼だよ、子供の姿だけど。ね、ティア」
純白の毛並みに銀の目を持つ仔狼は、そろりと伸ばされたクロームちゃんの手に耳を動かすと鼻をすり付け始める。
ここだけ見れば人に懐いた仔犬にしか見えない。戦うための武器だなんて、到底思われないだろう。
兵器にしてはあまりに愛くるしい姿に少々気を抜いていると、リボーン君に名前を呼ばれた。
〈レイ…脚のそれは何だ?〉
「手にも、何かあるぜ?」
衣服に隠れた両脚の太腿半ば、そして両二の腕から絡みつく氷細工のそれは、まるで蔦のように指先にまでしっかりと絡んでいる。
確認するべく腕や足を振ってみるが、不調という不調はない。
「…痛みがある訳でもないな。
「よくねーよ!! おい入江、どうなってやがる!!」
「ボンゴレ
「極限に原因がわからないのだな!!」
「うるさい」
私の言葉に獄寺君が怒鳴り、入江君は悲鳴を上げる。そして笹川君の大声が我慢ならなかったのだろう雲雀君が距離を取りつつ零した。
成る程これがカオスか、と思っていると、
「んなっ!?」
〈ヴァリアーから通信を繋げとの要請です…ミルフィオーレに盗聴される恐れがありますが…〉
〈いいから繋げぇ!!〉
〈怖いから繋ぎますよ! ヘッドホンの音量に気を付けてください〉
ジャンニーニの忠告に従い音量を最小に設定し直した直後、明らかに相手が耳元で聞くことを想定していない大音量が他の
「スクアーロ!!」
「っるせーぞ!!」
〈いいかぁ!! こうなっちまった以上ボンゴレは一蓮托生だ。てめーらがガキだろーと……………〉
スクアーロ君の言葉が途切れる瞬間を狙ったように、何かが投擲される音とそれが頭部にでもクリーンヒットしたのだろう音が
音量を通常まで戻すと、タイミングよく
〈10日後にボンゴレが最強だと証明してみせろ〉
「えっ…?」
「…切れちまったな…」
「あんにゃろう、好きなことだけ言いやがって!!」
今後のアレコレからして、彼の要望には応えられそうにない。だが最終的に笑うのは
そんな風に考えていると、クロームちゃんが入江君の方へと進み出た。
「骸様は…六道骸は、今…どうなっているんですか…?」
「え」
問われたのが不思議なのか思わずと言った様子で零した入江君を、さっさと答えろという思いを込めて睨み付ける。
そっぽを向いていた雲雀君もこちらに視線を向ける中、入江君が口を開いた。
「……………白蘭サンの話では、骸はミルフィオーレの兵士に憑依していたところを白蘭サンの手で殺されたらしい」
白蘭と戦った当時、六道君が憑依していたのはこの時代のクロームちゃんとも接触していた男だろう。風紀財団の調べによると、一年前に脱獄した凶悪犯だとか。
彼をミルフィオーレに潜り込ませて白蘭との接触を図り、戦闘データを持ち帰ろうと目論んだものの…というのが事の経緯だ。
さすがに思念まで遮断する結界なんて、想定外でも仕方があるまい。私も
「だが僕はそう思っていない。何故なら
「………ってことは…」
「生きてるよ、それは間違いない…」
入江君の言葉に緊張の糸が切れたのだろう、倒れ込んだクロームちゃんを支える。
「よかったな、クロームちゃん」
「…うん……」
この時ばかりは、六道君が
「ところで、一つ気になっていたのですが、入江さん」
「はい?」
「あの装置の中にいるこの時代のボンゴレファミリーを出すことはできないのですか? 彼らが加われば凄い戦力になるはずです!」
「残念だけど、それは絶対にあってはならないんだ」
完璧な同一人物が二人存在するという矛盾は、時空の崩壊原因になりかねない。時空が壊れれば、そのまま世界も消えてしまう。
この装置はこの時代の私達を分子レベルにまで分解し、更に外界と隔絶した空間に収めることで『この時代の私達は存在しない』という言い訳を成り立たせているのだ。
まあ、もしも崩壊要因云々がどうにかなって出られたとしても、戦力外になりそうだったり、そもそも戦えない状態にまでなっていそうなのがいるのだが、それは言わなくてもいいだろう。
腕に絡み付いた氷を袖の上から撫でて、息を一つ吐く。
大丈夫。
積み上げてきた負債をチャラにする方法も、私はわかっているから。
・雪の守護者
ようやく自分の天候の属性が使えるようになった。
修業をする必要がない自分が割と早く入れ替わったのは、この時代の自分がそれだけ危険な状態だったからだと察している。
・雪のボンゴレ
開発者でもある主人だけでなく、彼女の大切な者達にも懐いている。戦闘には向かない子供の姿なのは、とある理由により燃費を抑えなければいけないため。
・雪属性について
レイが言っていた通りに希少ではあるものの、絶対数が少ない、リングの加工手段が(レイ以外には)わからない、特性がない、と狙う要素が希少価値以外にない属性。
そこから派生するスネグーラチカは強力でこそあれ、そもそもレイが死ぬ気弾やリングを使わず、肉体から直に波動を外界に放出できる特異な体質だったために生まれたもの(炎レーダーに引っかからないのもこれが原因)。
そしてもう一つ言うなら霧の波動も流れているからこその能力なので、雪の波動の持ち主=スネグーラチカが使える、という訳ではなく、おまけに術士としての才能や技術がなければ十全には使いこなせない…と言う。ないない尽くしにも程がある。
正直なところ、スネグーラチカと純度の低い霧の炎で何とか
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的54 誓い、そして葛藤
久々に踏みしめる、コンクリートの地面。
メローネ基地からの帰還より一日。
私達は、一時的に並盛の地上に出ていた。
勿論、バジリコン君も無事合流済みだ。慌てて作った大量のご飯がとんでもない勢いで消えていくのには畏怖すら覚えたが。
「レイー、遊べー!!」
「はいはい、何をする?」
んっとねー、と頭を悩ませているランボ君を、微笑ましく見つめる。
少し向こうの砂場には、イーピンちゃんと泥団子を製作中の山本君の姿も見えた。
…“おばあちゃん”は、ミルフィオーレ関係の抗争が激化する以前に亡くなっていたのだと、草壁君に知らされた。
半ば当然の別れに、浮かべたのは苦笑のみ。
少し遊んで、もうそろそろ合流の時間だからと、ランボ君を宥めて十字路へ向かう。
「山本君、待ち給え」
「ん?」
立ち止まり、振り返った山本君の背後。
彼が渡ろうとしていた横断歩道を、暴走する勢いでトラックが走っていく。
「うお、危ないのな…あんがとな、止めてくれなきゃ轢かれてたかもだ」
「仲間なんだから、助け合うのは当然だろう」
笑って話しながら、考える。
…私は今のトラックにも、横断歩道にも
一度トラックに轢かれ、横断歩道で死んだはずなのにも関わらず。
ジョット君達と共にいた頃から今まで感じ、そして答えを先延ばしにし続けてきた違和感。
山のようにあるそれを、今一度精査する。
名前も顔もわからない友人。
欠片も思い出せぬ日常的なあれこれ。
なのにとあるマンガやそれに纏わることだけが、嫌に色濃い。
そこまで考えて、ちらと山本君と、彼の肩の上のランボ君、そして私の腕の中のイーピンちゃんに視線をやる。
彼らに関する知識はそこにいない誰かを通して見るような、客観的なものだった。それは確かだ。
だが同時に、二次元的なデフォルメがされていたようにも、モノクロだったようにも思えない。
ここまで情報が出揃えば、もう答えに辿り着いたも同然だろう。
それでも踏み込めないのは、私が現状に甘えているからだ。
私が
───こんなことを考え、そしてその要素が引き起こす事態すらも今後の予定に組み込んでいるというのに。
その後しばらくして、待ち合わせ場所の十字路で合流した時には、京子ちゃんもハルちゃんも、表情が何処か明るくなっていた。…笹川君? 暑苦しさが増していたが。
「貴方達、他に行きたい所はないの?」
ビアンキさんにそう問われ、思わず顔を見合わせた私達が次に目指したのは並中。
彼らの…否、私達の日常の、象徴たる場所。
「わ〜、変わんないっ!!」
「10年間増築も改築もされずに…」
「極限に健在だな!!」
「ここまで来ると執念を感じるぞ…」
誰のかって? 雲雀君のだよ、そのくらい気付け。
彼が敷地内にいるからか、休みだというのに鍵もかかっていなかった並中に立ち入り、馴染み深い教室の、自分の机に座る。
しょうもないことを話す山本君と獄寺君に笑みを零した沢田君の顔は、輝いて見えて。
(───よかった)
君が、そんな風に笑っていられて。
“また、あの時に戻ったら”。
少し待っていてくれ。
その仮定を、絶対に現実にするから。
屋上に移動して、ランボ君を中心に巻き起こった騒動を横目に見ながら、そう誓う。
向かい側の屋上で黒い人影が金髪の人物に襲い掛かったのがちょうど見えて、思わず笑ってしまったのは秘密だ。
◆
財宝を守るための隠し部屋に通じる、扉。
未来の自分のアジトだという施設に、草壁の案内で帰還してから10分足らず。
雲雀は、鍵もないのにそういった印象を受ける襖の前で立ち往生していた。
そうは言っても、材質が他と違う訳ではない。
何の変哲も無い襖。違いは、描かれているのが“雪景色”だという一点のみ。
たったそれだけでこの向こうに誰がいるのか想像が付く程度には、雲雀恭弥は己のことを熟知している。
だからこそ彼は、何の躊躇いもなく開け放っていいはずの襖の前で立ち往生しているのである。
「きょ、恭さ…」
「何」
拒絶としか言いようのない言葉を投げられ、草壁の額に滲む冷や汗の量が増した。
10年以上前から雲雀を支えてきた彼は知っている。
とある事がきっかけとなるまで、雲雀とこの襖の向こうの部屋の主人の関係は何とも言い難く、しかしお世辞にも良好とは言えぬものであったことを。
「行っていいよ」
有無を言わさぬ声色の言葉に従い、去った草壁の姿が完全に見えなくなった頃。
雲雀は、襖を開け放った。
そこには、彼が予想した通りの少女がいた。
ただし、文机に突っ伏して、安らかな寝息を立てて。
「……」
気が削がれたと言わんばかりに肩を落とした雲雀は、全く遠慮なく文机に歩み寄り、腰を下ろした。
何をしていたのか、文机の上にはガラスのように透明な、大きいものでも小指の先程しかない歯車が散らばっている。
和で統一された部屋に合わせたのか、行灯型の間接照明が照らす艶やかな
髪が伸びたなと、そう思った。
顔立ちも大人びて、子供らしさが削ぎ落ちていると、そう思った。
ディーノの話では既に一ヶ月以上もこの時代で過ごしているというが、彼女の姿を最後に目にしたリング争奪戦の時と比べても変化は然程ない。
それでもそう思ったのは、今よりも幼い彼女の姿が、雲雀の記憶に焼き付いているからだろう。
昔は、今より余程子供らしい振る舞いをする
バカにされていると思っていたのか、子供扱いは嫌いで…けれど頭を撫でられると、心の底からの安堵を瞳に滲ませて笑うのだ。
いつから、あの笑顔を浮かべなくなったのか。いつから、彼女は子供でいられなくなったのか。
答えはわかり切っている。家族が誰一人としていない世界に放り出された時だ。
雲雀恭弥は知っている。
彼女のもう一つの…否、本来の名を。
本当は、憶えていると言った方がいいのだろう。
遠いいつかの、何もかもを。
最初は外部協力者として、次に作戦参謀として。
そして第七の天候を冠する守護者として、共に歩んだことを。
7歳の誕生日に手袋を贈ったこと。
歩幅が短い彼女に合わせ、ゆっくりと歩いたこと。
平和になったら家族揃って花見をしようと、約束したこと。
今は雪のボンゴレリングと呼ばれる、ホワイトオパールの指輪を贈ったこと。
彼女に、己の隣で笑っていて欲しいと───そう想っていたことも。
けれど、受け入れられない。
それは、雲雀恭弥のものではない。
それは、もうこの世には存在しない一人の男の記憶。
告げられなかった想いを指輪に刻み、愛した少女から託された役目を全うすべく足掻き、そうして死んだ男の記憶。
そう心の底から思えたら、もっと楽でいられただろう。
雲雀には、わからないのだ。
彼女が健やかに成長していることを喜ぶのが誰なのか。
その知略に絶対的な信頼を寄せるのが誰なのか。
もう二度とこの温もりを失いたくないと、そう願うのが誰なのか。
わからなくて、自分じゃないはずで、なのにそう思うと胸が痛くて。
今だって彼女が呼吸を続けていると、その心臓が自分のそれと同じように動いていると、そうわかるだけで何かが満たされていく。
その深青の双眸に憂いの色が滲む度に抱き締めて頭を撫でてやりたくて、伸ばしかけた腕を押さえた回数はもう自分でも覚えていない。
するりと、彼女の指に輝く指輪を撫でる。
彼女が『雪』である、その証明たるリング。
一度彼女の手を離れ、そして再び戻ってきた指輪。
贈った当時はサイズが合わなかったはずなのに、今となっては中指を飾っているのが嬉しく思えてしまう。
唯一気になるのは、嵌めた指。
左手の薬指ではなく、右中指を飾っていること。
彼女のことだ、刻まれた言葉にも気付いているだろう。
だからこれは、きっと願掛け。
───それならば、期待してもいいのだろうか。
この想いに、彼女が応えてくれると、そう期待しても───
知らず知らずのうち望まぬ方向へと転がっていく思考を止めたのは、小さな鳴き声。
文机の向こう側を覗き込むと、小さな白狼が丸まっていた。
「君……名前は、確かティアだっけ」
「わふ」
そうだ、とでも言うように応えた仔狼は、レイの体を回り込んで雲雀の元までやって来るとその手を甘噛みする。
狼というにはひと欠片も野生を感じられない
しばらく雲雀に対し親愛を示す行動を取っていた仔狼だが、ふとそれを止めるとレイの脚に体を押し付け始めた。
「何、どうしたの。………まさか、布団まで移動させたいの?」
「くるぅ」
今度は唸り声を返事の代わりにされたが、仔狼であるティアに主人を移動させることなどできるはずもない。
そんなことをするよりはレイを起こす方が効率的だと、雲雀は彼女の肩を揺さぶる。
「ねえ、風邪ひいても知らないよ………レイ」
彼女の名、本名の愛称が、滑るように唇から零れた。
その事実に、眉を寄せる。
けれど、彼女は反応を返さない。
もうすっかり寝入ってしまっているようだ。
仕方なしに華奢な体を抱き上げ、敷かれていた敷き布団の上に落ち着かせて、掛け布団を掛けてやった。
間接照明も消して、部屋を暗くする。
ティアも雲雀の手を一度舐めると、主人の枕元で丸くなった。
むずがるような声を漏らして、それでも眠り続けるレイの頭を髪を梳くように撫で、そしてはたと思い至る。
かつての状況と、今の状況の類似性に。
いつかのように、朝様子を見に行って、影も形もなかったら。
古い傷を抉る、悪夢でしかないその可能性に、鼓動が速くなる。
それでも、雲雀は襖を開けて、用は済んだとばかりに足早に歩き去った。
その想いを、認める訳にはいかないから。
───それが確かに己のものであると、認められないから。
・誓った雪花
先延ばしにしていたことを考えたが結局後回しにした。チョイス含め今後に一切影響がないとわかるからこその判断。
夜布団に入った記憶がない。でも朝目覚めると布団の中で眠っていて首を傾げる。
・葛藤する浮雲
記憶は己のものではない。そう思い込もうとし続けている。では、この想いは? 彼女を想っているのは、誰?
翌朝、ディーノから朝食時のレイの話が出たことで無事を確認し、ようやく安堵した。───本人は、絶対に認めないが。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的55 彼らのための警告
私を含めたボンゴレリングを持つ六人が並ぶ前に立つのは、跳ね馬ディーノ。今、全体を取り仕切る家庭教師に任命された彼が、それぞれにやるべきことを指示しているのだ。
しかしディーノ君の雰囲気が10年前よりディエゴ君に似ているような。その辺りは年齢が理由なのだろうか。さすがに環境の過酷さが原因だとは思いたくないのだが。
考えているとクロームちゃんに続き、ディーノ君が私の名を呼んだ。
「松崎レイ、お前についてはこの時代のお前から指示があるんだが、お前にも一応確認だ。誰も付かなくていいんだな?」
「ああ、問題ない。必要なことは既に身に付いている」
初代雪の守護者が使った双剣。それ即ち、かつての私の武器。
もう、全部教えてもらった。一つだって忘れていない。
だから、大丈夫。
力強く頷いた私に笑って、ディーノ君は再び口を開く。
「それなら修業をしながらみんなのサポートを頼む」
「了解した」
ディーノ君は頷いた私に微笑むと山本君の名を呼び、そして最後に全体への通達をした。
「修業の説明は以上!! 各自修業場所は自分で選べ。レイとバジルは自分の修業をしながらみんなをサポートしてくれるからな」
「レイはサンドバッグが来るまでだけどな」
“家庭教師の精”なるコスプレをしたリボーン君の発言には心当たりがある。成る程、彼も向かっているのか。
リボーン君の辛辣な物言いに苦笑しつつ、山本君に声を掛けた。
「自主練をするつもりなら、私が相手になろうか? とは言っても、ただ戦うだけになるが…」
「おっ、サンキュ! んじゃ前と同じとこにいっから、時間空いたら来て欲しいのな」
「了解した」
みんながトレーニングルームから立ち去る中、さりげなくベンチに座って一人残る。
「二人とも、出て来たらどうだい? 安心してくれ、私以外には誰もいないよ」
そう声を掛けると、バイクの後ろの壁…と同じ色の布を持って隠れていた京子ちゃんとハルちゃんがおずおずと姿を見せた。
「レイちゃん…」
「済みません、でも、ハル達これ以上のけ者にされたくなくて…」
「わかってる。二人は何も知らないのに、ここまでよく頑張った」
二人の頭を、少し背伸びして撫でる。
例の仕込みブーツを履いていることもそうだが、そもそも私の方が二人よりも身長が高かったりする。
『のけ者にされたくない』───その思いを本当の意味で理解できるのは、同じように善意によって爪弾きにされた経験のある私だけだ。
「私も、できれば二人に今起こっていることを教えてあげたいんだ。でも、こればかりは私一人で判断する訳にはいかない」
「ツナさん達の許可がいるってことですか…?」
「お兄ちゃん、教えてくれるかな…?」
不安そうに顔を見合わせる二人に、少し悪どい笑みを浮かべる。
「それに関しては、私に策がある」
───その結果。
「ツナさん達が話してくれるまでハル達は家事をしませんし、共同生活をボイコットします!!」
私が知る通りに、女子一同のボイコットが始まったのである。
◇
ボイコット開始から丸一日。
大食堂を覗いてみると、男子組がカップ麺を啜っていた。
炒め物を作ろうとして失敗したのか、焦げた物体が乗ったフライパンがコンロに放置されている。…あれ早めに処理しないとダメな奴じゃないか? いやもう手遅れか?
数時間前も洗濯室を泡まみれにしていたし、修業も上手く行っているとは言い難いようだし…全く、世話の焼ける。
「おいレイ、何覗いてんだてめえ」
「もしかして、京子ちゃん達が何か…」
「そんな訳あるか。女の頑固さナメるな」
甘ったれたことを言う沢田君に否定の言葉を叩き付けつつ、テーブルにおぼんをどんと置いてやった。
お盆の上に積み上げられているのは、作り立てでまだ暖かいホットサンド。
「パニーニだもんね!!」
「ぱにーに?」
「イタリアのホットサンドっス」
京子ちゃん達の目を盗み、風紀財団の厨房で作らせてもらったものだ。
チャバタはあったがパニーニメーカーがなかったので、フライパンで代用したなんちゃってだが。
具材は心持ち肉多めにしたから満足感もあるだろう。野菜もしっかり挟んでいるから栄養面も心配ない。
「へえ…」
「極限に美味そうだな…」
何かを期待するように視線を向けてくる沢田君達に、彼らの期待通りの言葉を落としてやる。
「結果が出ているかはともかく、努力はしているようだからな。…差し入れ、という奴だ」
男子諸君が歓声を上げてパニーニにかぶり付いている間に椅子を引っ張ってきて、テーブルの近くに座った。
さすがにカップ麺生活は不安だし、食事は精神状態にも直結する。あまり甘やかすのもよろしくないとわかってはいるが、修業に大きな影響が出るのは避けたい。
故にこその差し入れという折衷案だ。
「で、京子ちゃんやハルちゃんに話す気は今もない、ということでいいのかな?」
「極限にその通りだ!!」
「…やっぱりあんな戦いに、京子ちゃん達を巻き込めないよ」
未だパニーニに夢中のランボ君はさておき、獄寺君に山本君も沢田君の言葉に頷いた辺り、それが彼らの総意なのだろう。
「沢田君…それは、全てを知っているからこそ出る傲慢だ」
「え」
「10代目の何処が傲慢なんだ!!」
「獄寺落ち着けッ!」
椅子から立ち上がった獄寺君は山本君が抑えてくれたので、見開かれた琥珀色の瞳を見つめ返し、再び言葉を紡ぐ。
「巻き込めないと言っているが、この時代に来てしまった時点でもう十分巻き込まれている。
「松崎は京子に話すべきだと考えているのか…?」
「ああ。私が彼女らに現状を説明していないのは、君達に配慮しているだけだ。本当なら今すぐにでも言いたいところだとも」
この配慮は、ある意味では譲歩でもある。
さすがに今まで伏せていて、それを横合いから全て暴露されては堪らないだろうからな。
私の言葉に口を閉ざした沢田君は、一度強く目を瞑ると口を開いた。
「それなら、尚更だよ…もうこれ以上、京子ちゃんやハルに怖いことが起きてるなんて知られないようにしないと」
そういう結論に辿り着くか。
その言葉に目を細め、テーブルの上を確認する。パニーニはもう既に食べ終えた後、落ちて割れそうなものもない。
「それなら、私にも考えがある」
指を鳴らし、彼らに幻術を掛けると同時。
食堂のみならず、
「何なのな!?」
「おい誰だオレの足踏んだの!?」
「済まん獄寺、極限にオレだ!!」
「お、お兄さん距離近いからそんなに大きな声出さないで…!!」
自分でやっていてどうかと思うが、見事な大惨事だ。
予めタイマーをセットしておいた時間ぴったりの消灯と、私の幻術のせいで完全に視界を奪われている沢田君達を避け、事前に居場所を把握していたランボ君を抱き上げる。
ランボ君はまだ幼い。ボイコットの時も私達側に抱き込みたいくらいだったのだ。さすがにこれから沢田君達にさせることに、ランボ君を巻き込めない。
「ぐぴゃっ」
「ランボ君、葡萄のジュースをあげるから、私と一緒に来てくれるかい?」
「!! わかったんだもんね!!」
「レイちゃん!?」
「食料庫に近いエレベーターで待っている。必ず全員揃って来るように」
おぼんも回収して驚きの絶叫を背にさっさとエレベーターまで向かい、葡萄ジュースをランボ君に飲ませつつ待つこと10分。
「遅かったな」
幻術を解除し、何処に誰がいるか程度は把握できるようにした上で、数十メートルの距離だというのに這々の態で辿り着いた沢田君達にそう声を掛ける。
とは言っても大体予測の通り。全員揃って、と条件を付けたためにしつこいくらいに四人がまとまって動けているか確認し、距離が近すぎるために互いの足に躓いたり押してしまったりを繰り返していたのだ。
まだあまりアジトに馴染んでいない笹川君がいたのも、遅くなった原因ではあるだろう。
「てめえ一体どういうつもりだ…!!」
「京子ちゃん達の現状を擬似的に体験してもらおうかと思ってな」
「京子の?」
「擬似的に…?」
疑問を漏らす笹川君と沢田君の横で、山本君は何かに気付いたかのように声を漏らした。
元々山本君は京子ちゃん達に同情的だった。ここまでやればさすがに気付くのだろう。
「君達は白蘭をどうにかできれば過去に帰れると知っている。そこまでの道程の険しさはさておき、ゴール自体は見えているだろう?」
「う、うん」
「…笹川達は、それも知らない、んだよな」
山本君の言葉は、暗闇の中でよく響いた。
息を呑んだ沢田君達に見えないのをいいことにニンマリと笑って、「そうだとも」と意地悪くも肯定してみせる。
「京子ちゃんとハルちゃんはゴールがあるかもわからない真っ暗闇の中を、君達の声と気配だけを頼りに進んでいるんだ。自分が今何処にいるかも、歩いている道がどんな状態なのかもわからないまま、ね」
それがどれだけ不安なことか。
そして、わざと何も知らせずその状況を強制することが、どれだけ残酷か。
ようやく沢田君達も気付いたらしい。
斯く言う私も、二人の気持ちは推測こそできるが明確には理解できない。
ジョット君達は、私に戦術目標のみならず戦略目的まで伝えた上で、作戦を立てるように言ってきていた。
それが、私が最大限の成果を出すための最低条件だと理解していたから。
仲間外れにされた時は、逆に何も伝えられなかった。
少しでも情報を漏らせば辿り着かれると理解していたから。
だけど、頼られない悔しさはわかるから。
そしてそれ以上に、
「二人はその点については特に気にしていないようだが、客観的な視点から言わせてもらおう。今現在置かれている状況を正確に理解していない場合、危険度も跳ね上がる」
話して何かが起こるのではなく、話さないからこそ何かが起きる。
ひゅ、と喉を鳴らしたのは誰か。知らずとも問題はないと、暗闇を見渡して言葉を続ける。
「彼女達に戦う力はないし与えろと言うつもりもないが、現状を正しく理解しているか否かで安全の度合いが変わってくるのも事実だ」
「きょ…京子ちゃん達が、怪我するかもしれないってこと?」
「この状況で、
微かな音がして、
自分達の想定とは真逆の意見に狼狽する四人に微笑んで、ちょうどやってきたエレベーターに乗った。
「私が言ったことも判断材料として、よく考えてくれ。……その果てに君達が話さないことを選択するのなら、私ができ得る限り、二人を守るよ」
・雪花
感情論で平行線になっていたので、そんなの無関係な現実を叩き付けた。互いを思いやるのは尊ぶべきと思っているけれど、それに固執して現実を見れないと道を誤ることがわからない程子供じゃない。そんな風に幼いままでは、生きて行けなかった。
演出にもこだわりはしたが、本人としては判断材料を増やしただけ。あくまで最終的な判断はツナに任せるつもりだからこその最後の言葉。二人を守り切れる可能性が高いのは話した場合だが、もしそうでなくても力を尽くす所存。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的56 前進と恋語り
「お兄ちゃん達、昨日はカップ麺みたいだったけど…今日は栄養のあるもの食べてるかなぁ…?」
「ツナさん達が本当のことさえ教えてくれれば、飛んでいってご飯作るんですけど…」
女性陣揃ってお風呂に入ることになり、クロームちゃんの横でくつろいでいると、京子ちゃんとハルちゃんのそんなボヤキが聞こえた。
私と同じくそれを聞いたビアンキさんが、石鹸の泡を流して口を開く。
「貴女達はツナ達がすぐに降参すると思っていたみたいね。私はそう簡単には行かないと思うけど…………」
二人は事の大きさと、沢田君達が背負っているものを測り切れてはいない。
逆にそれを知る私やビアンキさんは、沢田君が早々折れることはないと予想できた。
この辺りは情報量の差だと思っていたのだが、ビアンキさんが言うにはそうではないらしい。
「理由は二つね。一つは、貴女達に変わって欲しくないのよ」
成る程、ビアンキさんは理屈ではなく、感情の方面から見ているのか。
リボーン君への愛を貫いている彼女らしい見方だ。
「秘密を知れば、貴女達は今までの貴女達とは違う人間になるわ。それを恐れてるの。気になる相手なら尚更ね」
昨日は彼らの判断材料を増やそうと、京子ちゃん達の後押しをするような情報を幾らか与えた。
だが、確かに彼らが隠しているのは重たいものだ。
最早事態は私達だけの問題ではなく、世界すら背負わないといけない。
そんなもの、知らずに済むならそれがいいと考えるのが普通なのだ。
知れば、変わってしまうとわかっているから。
人間とは変化を恐怖する生き物であり、現状を維持できるのならそうすべきと考える生き物なのだから。
私だって、変わりたくはない。
私にとって、変わることはかつての私を失うこと。
彼らと共にいた私が消えてしまうこと。
だから、雪の在り方は譲らない。
だけど、沢田君達のことも大切。
「気になるひとがいつまでも変わらないなんて、男の幻想に過ぎないんだけどね」
呆れたように、ビアンキさんが言う。
そう。変化とは、抗おうとして抗えるものではないのだ。
ボンゴレが、あの頃とは全くの別物になってしまったように。
私が今、こんなことを思っているように。
ふと、閉じた瞼の裏に
(アラウディ君は、どう思うのでしょう)
少しずつ、けれど確かに変わりつつある私は、彼の目にはどう映るのだろうか。
いい変化として見てくれるのなら、幸いなことこの上ないのだけれど。
そんな風に思っていると、ビアンキさんが再び口を開いた。
「もう一つは意地ね。あの子達は女は男が守るものだと思っているの…貴女達に禍々しい世界を見せないことに男のプライドを懸けてるわ」
「気持ちは嬉しいですけど…ハル達だって力になりたいんです。それを一方的に決める権利はツナさん達にはないと思います」
目を逸らしながらもハルちゃんが言った言葉に、思わず笑う。
「ハルちゃんの意見には同意しかないが…
アラウディ君が筆頭だが、他のみんなもそりゃ凄かった。男なんてそういう生き物なのよ、とエレナさんが笑っていたのも、よく覚えている。
斯く言う私も彼らの同類、己の誇りは絶対に譲れないが。…いや、これは逆だった。
誇りだから譲らないのではなく───譲れないから、誇りなんだと。
そう、私は教えられた。
「
ビアンキさんの熱っぽく潤んだ瞳が、虚空を見つめる。
その表情をよく知っていた私は、一人息を詰めた。
エレナさんが、
熱い湯に胸まで浸かっているというのに、震えが全身に伝播していく
落ち着け私。
今は、今だけは、そんなことを思ってはいけないんだ。
震えをどうにか治めた頃には、京子ちゃんとハルちゃんは、一時休戦を決めていた。
「ごめんね、レイちゃん。私達のワガママに付き合わせちゃって…」
「そんなことないさ。…二人の好きなように、すればいい」
これで、ようやく一歩前進だ。
◇
「イーピンちゃんも出るのかい?」
コクンと頷いたイーピンちゃんに滑って怪我しないようにね、と注意した後で、先に上がるというハルちゃんと京子ちゃんに預ける。
二人きりになった浴場で、ビアンキさんが私の様子を横目で窺いながら尋ねてきた。
「…レイ。脚と手は、大丈夫なの?」
「今のところ問題はない。特に痛みがある訳でもないし」
スッと片脚を湯の上に伸ばし、それと両腕に掛けている幻術を解く。
露わになるのは、精緻な彫刻を思わせる蔦。
「それなら、いいの」
何処となく不吉なものを感じているのだろう、不安げな表情でビアンキさんはそれだけ言った。
彼女にこんな顔をさせるのは私としても本意ではないのだが、こればかりは素直に言うと面倒なことになる上、この時代の私に託された目的の達成も危うくなる。
そんな訳で黙り込んでいると、再びビアンキさんから問いが投げられた。
「そう言えば、ヒバリとはどうなの?」
「どう、とは」
「10年前の彼が来てから、会ったりはした?」
「いや、メローネ基地を出てからは一度も。草壁君の話では一度風紀財団アジトに来たらしいんだが、すれ違ったのか顔は合わせていない」
未だに風紀財団アジトの私室を使わせてもらっているので、いつかは顔を合わせるだろうと思っていたのだが、その予想が外れた形だ。まあ予測ではないので外れても問題はない。
正確には並中の屋上で遠目に姿を見ているが、さすがにそれはカウントしなくてもいいだろう。
何故そんなことを訊くのか、不思議に思ってビアンキさんを見ると、何が言いたいのかわかったのだろう彼女が口を開いた。
「この時代の貴女達は今頃から親密な仲になっていたから、何かあるかと思ったのよ」
ビアンキさんのその言葉に、顔から意図して作っていた表情が抜け落ちたのを自覚する。
この時代の私も当然のことながらリング争奪戦を経験し、その果てに再び雪のボンゴレリングを得ている。
つまり、アラウディ君の想いを知り、また己が彼に向ける想いを自覚して間もなく、雲雀君とそう言った関係になったと?
ダメだ脳が理解を拒む。頭が痛くなってきた。
「納得いかなそうな顔ね?」
「……」
少しの間を置いて、私は口を開いた。
───好きなひとがいるんだ、と。
「もう会うことも、話すこともないだろうけど」
言いながら、正反対のことを思う。
会いたい。声が聞きたい、話がしたい。
もう一度だけで、構わないから。子供扱いされたって、いいから。
私が抱くこの想いは、
そこに、ビアンキさんがリボーン君に向けるような激しさはなく。
今となっては、愛しさと切なさだけが降り積もっている。
だけどその分、ぐちゃぐちゃしていると、そう思う。
まるで、雪解けの後の道みたいだ。私には、春どころか夜明けすら来てくれないけれど。
「もしかして、貴女の好きな人って」
「ああ、もうこの世の者ではないよ」
百年以上も前からな、と心の中で続ける。
「私は、生きている彼に自分の想いを伝えられなかった。まあ、彼も生きてるうちは『好きだ』の一言もくれなかったがな」
本当に、どうしようもない。
彼は私の想いを知らず、だからこそ己の想いを指輪に遺し。
私は彼の想いを知り、けれど己の想いは告げられず。
でもきっと、同じように胸の痛みを抱えて生きていた。
数少ない彼との繋がりである痛みを愛おしく思う私の横で、ビアンキさんが慌てたように声を上げる。
「生きているうちは? 待ってレイ、貴女どうやってその男の気持ちを知ったの?」
「遺品に、私に対してのメッセージがあってな」
「…遺品に」
おうむ返しに呟いたビアンキさんの声はいつもより低い。
それが不思議で視線を彼女に向けた私は、般若の如き形相のビアンキさんを見て情けない声を上げた。
済まないアラウディ君、盛大にミスをした。ヤバイ女性に捕捉されたのでジョット君のように化けて出て来ないことをお勧めする。
・雪花
ビアンキとエレナは性格や立場が違い過ぎるので今まで重ねたことはなかったが、彼女の恋する乙女な部分がどうしようもなくエレナと重なった。
ファミリーの影響でフェミニストのケがあるので、本人も気付いていないがエレナに限らず親しい女性の怒りへの対応が苦手。対処法があわあわおろおろしつつひたすら宥めるしかない。
・毒蠍
裏社会で生きている上に一度愛する人を亡くしている為、そういう想いは伝えられるうちに全身全霊を以て伝えるべきだと思っている。なのでレイが好きな男の想いを遺品から知ったと聞き激怒。会ったらポイズンクッキングを叩き込む気満々。何かの間違いで実行されれば多分初代ボンゴレの面々が援護に回るんじゃないかな。
おまけ
・同時刻、並中屋上にて
(何だか寒気が…いや、これは殺気? 一体誰が?)
「どうした恭弥、足元がお留守だぜ?」
「うるさいよ。ロール、
「おっ、それが初代雲の守護者の武器か!! じゃあ次はその手錠を使いこなして…って危ねぇ!! もう普通に使えんのかよ!!」
(本当に、嫌になる程手に馴染む。……棘が出てくるようになってる。これが低い殺傷性を補ってくれるって訳か…あの
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的57 暴露
「沢田君」
「レイちゃん!」
京子を迎えに外へ出ていた綱吉が、ハルのいるキッチンから出て来たところに出くわしたレイは、迷いなく彼に声を掛けた。
「…話したんだな」
「うん…やっぱり、二人には話すべきだと思って」
「ありがとう、沢田君」
淡く微笑み告げたのは、自身の警告をきっちりと受け取ってくれたことへの礼。
レイよりも荒事に不慣れで、未熟な彼が決断した。
ならば、綱吉にとって先達であるレイがうじうじと悩んでいい理由はない。
欠かすことのできない、今後への布石として。
また、彼ら
レイには、自身の秘密を一つだけ明かす、義務があった。
「ディーノさん!!」
「よぉツナ、レイ」
彼女がそうなるように仕向けたため当然ではあるが、会議室の中には見事に主要なメンバーが揃っている。
いないのは女性陣とバジル、そして群れを嫌い、入れ替わって以降は一度たりともボンゴレアジトに足を運んでいない雲雀と、彼についている草壁くらいだ。
雲雀達はともかく、バジルの存在は彼の所属機関のこともあり、無視できない。
また、親しい仲でもある女性陣にも、戦闘員非戦闘員の区別なく話すべきだろう。
そんなことをレイが考えている間に、綱吉は彼らに修業の進み具合についてを話していた。
「京子ちゃんにヒントをもらって、少しだけ
「遂に!」
「すげっ!!」
「さすが10代目っス!!」
大空属性の
綱吉の深層心理を反映する部分もあるからこそ、彼がこうして
「んで、レイは…」
「私かい? 京子ちゃんとハルちゃんが納得したのでボイコットはもうお終い、というのを伝えに来たのが一つ」
「他にも何かあるのか?」
リボーンの言葉に頷いた瞬間。
〈ラン♪〉
響いた音に、深青の双眸が見開かれる。
「ジャンニーニ君!!」
「わかりません、何者かに回線をジャックされています!!」
レイの鋭い呼び掛けの意図を察し、手元のキーボードの上で忙しなく指を動かしながらジャンニーニが答える。
その返答に行儀が悪いと理解しつつも舌打ちしたレイは、この通信が誰からのもので、何を目的として行われているのかも知っていた。一連の行動は、あくまで演技に過ぎない。
この事態を防ごうとしていたのなら、とっくの昔にセキュリティの強化でも何でもしている。
〈ランラン♬ ランランランランラーン ビャクラン♪〉
「なぁ!?」
〈ハハハハッ!! どう? 面白かったかい?〉
音を立ててアニメーションが割れ、そしてその下から現れる形で普通の映像に切り替わった画面に映るのは、優雅にパフェを突く白蘭。
現在綱吉達が置かれている窮状の全ての元凶と言っても過言ではない男の姿に、綱吉が叫んだ。
「白蘭!!」
〈退屈だから遊びに来ちゃった。食べるかい?〉
「野郎、おちょくってんのか!?」
眉根を寄せて言う獄寺と同じように、レイも画面の中の仇敵を睨み付ける。
〈なーんてね。本当は“チョイス”についての業務連絡さ〉
「ぎょうむ…れんらく?」
〈ほら、日時については言ったけど場所は言ってないよね。6日後のお昼の12時に、並盛神社に集合」
「!! 並盛で戦うの…!?」
「落ち着け、集合場所が並盛というだけだ」
動揺する綱吉の前に手をかざしたレイが現状で確認できる事実だけを述べると、白蘭の笑みが深くなった。
〈レイちゃんってばやっさしー♪ ……正直、なんでそんなことができるのか不思議なんだよね〉
調子を変えて言葉を紡ぐ白蘭に目を細め、一瞬して見開く。
それは珍しくも作り物ではない、レイの素の表情。綱吉達に話すと決めた矢先に、まさかこの男が先を越してくるとは思ってもいなかったのだ。
無論、数多の
〈だってレイちゃん───この世界にも、そこで生きる人間にも、守る価値なんてなぁんにも見出せてないじゃない〉
白い喉は震えるばかりで、否定の言葉を吐き出すことすらできなかった。
白蘭の言葉は、概ね間違ってはいないから。
この世界の大半に、興味も無ければ価値も感じられない。
どうでもいいもの達に対し、ジョットの志に照らし合わせ、価値を付加しているだけ。
例外は極一部。大切で大好きな家族達と、そして───。
(───待て)
この男は、それに気付いていない。
ほんの僅かだとしても、レイがその煌めきを尊いと思う存在がいることを知らない。
だからこそ、レイのことを気に留めている。
それならば、すべき対応は決まったも同然だった。
「れ、レイちゃん…?」
〈話し過ぎちゃったかな? 取り敢えず、必要な準備して仲間は全員連れて来てね。少なくとも過去から来たお友達は全員だよ〉
言うだけ言って切れた通信に、画面を睨み付けて溜息を吐く。
「……こうなると、沢田君が京子ちゃん達に状況を説明したのは明確にプラスだな」
「…沢田。京子は…どうなった…?」
「ちゃんと、聞いてくれました…」
「そうか。…そうか」
レイが事前に警告していた影響もあるのか、それだけ言って納得した了平は、続いて気遣わしげにこの場の紅一点、彼の妹の友人へと視線を向けた。
「で…レイ。その、だな」
「躊躇しなくていい。…元々、話すつもりでここにいるんだ」
まさか白蘭に先を越されるとは、わからないものだ。
言いながら自嘲するように笑ったレイが、綱吉達に向き直る。
「沢田君。君達と居て、私は楽しそうにしていただろうか」
「え……うん。いつも何考えてるかわからない顔してたけど…偶に、笑ってたじゃん」
「済まない。それ、演技なんだ」
何一つとして常と変わらぬ表情と声音で、聞き逃してしまいそうな程に端的に、彼女はそう告げた。
「てめえ、マジで言ってやがるのか…?」
「演技って……いや、確かにボンゴレ式とか言ってメチャクチャだったけど…!!」
「…私、そういうの、よくわからないんだ」
綱吉の言葉を遮るように、レイが言う。
「世界の全てがどうでもよくて、誰が傷付こうが何も感じなくて。大事な人達に会って、彼らと一緒に過ごすまでは喜怒哀楽も知らなかった。
彼らと別れてからはまた何も感じられなくなって、でも一度覚えたモノを忘れるのが怖くて───
忘れたくなかった。
同じように笑えないのが苦痛だった。
だから、かつて記憶したモノを模倣し、状況に当て嵌め演算し、その末に出力した。
凪いだ
常と変わらぬ涼やかな声が紡ぐ言葉は、まるで懺悔のように部屋に響いた。
今までの感情表現、全てが演技だった。
ずっと欺かれていた。
それを知って尚怒りが湧かないのは、彼女の
そしてそれ以上に、他ならぬ彼女自身が己の性質に誰より絶望し、苦しんできたと理解できてしまったから。
「っ……でも!! そうだとしても、レイちゃんがオレ達を助けてくれたのは変わらないよ…!!」
「助けた、ね」
必死に言い募る綱吉の言葉を繰り返し、レイは薄笑いを浮かべる。
確かに、レイの行動には彼らを助ける意図が含まれていた。
けれどそれは、誰より先を見据えるが故に犠牲を看過したもの。
レイには全てを知っていながら、敢えて手を差し伸べなかった局面がある。
それを知らずに重ねられた綱吉の言葉は、当然だがレイの心には響かなかった。
「私みたいなバケモノに気を許したって、いいことなんて一つもない。それは覚えておけ」
「ば、バケモノって…」
「さすがにそれは、卑下し過ぎじゃねーか…?」
「卑下も何も、事実だろう」
ディーノの言葉をばっさりと切り捨てた彼女は、それ以上その話題を続ける意味もないとの判断から、話題を逸らすために腕を組んで机に体重を預けつつ言った。
「まあ、君達のことをどうこうするつもりはないから安心し給え。あいつらも喜ばないだろうしな」
「…あいつら?」
「沢田君には、もう彼らのことは伝えていたと思ったが?」
「…バカなお兄さん達!?」
綱吉の叫んだ言葉に、一斉に彼とレイに注目が集まる。
レイは今まで、一度たりとも家族の話をしてこなかったからだ。知っているのは精々、今の保護者である老婦人との間に血の繋がりはなく、恐らくは血縁が絶えた天涯孤独の身の上であろうということのみ。
「血の繋がりは一切ないが、一応私は九人兄弟の末っ子だぞ」
尤も、年齢が上でさえなければ便宜上でも『兄』とは呼びたくないヘタレもいるのだが、今回に限ってはその辺りの事情は割愛一択である。
気にするのはそこか、と言いたげに呆れの表情を浮かべながらの言葉に、リボーンは元生徒へと視線を向けた。
レイの義兄弟、恐らくは彼女が未だに忠誠を誓う人物も含まれるのであるのだろう八人も、ミルフィオーレのボンゴレ狩りによって犠牲になっている可能性がある。
だが、今までそう言った話はまるで聞かなかった。
かつての家庭教師が何を尋ねたいのか理解したディーノは、深刻な表情で首を横に振った。
ボンゴレ狩りの犠牲者の中に、レイの縁者の名はない。ボンゴレとは無関係に親交のあった唯一の人間は、中学入学間近の時期に彼女を引き取った老婦人だが、数年前に亡くなっている。
しかし安堵はできそうになかった。世界中に勢力を拡大しているミルフィオーレが見つけられないということはつまり、もうこの世にはいないということでもあるのだ。
ディーノが10年前に彼女の剣術の師の所在を確認しようとした時も、既に故人であることを仄めかしていた。もしかするともうその時には、彼女が兄姉のように慕った存在は永遠に失われた後だったのかも知れなかった。
リボーンとディーノの密やかな遣り取りを知ってか知らずか、レイが言う。
「本当はね、君達に話すつもりは欠片もなかったんだ」
「な、んで」
「だって、知らなくても何も問題なかったじゃないか」
知らないのなら存在しないも同然。そしてその状態で上手く回っているのなら、それは存在しなくても構わないものに過ぎない。だから話さずとも問題はない。
微笑んでそんなことを宣う彼女の価値観は、確かに自分達と乖離しているのだと思い知らされる。
けれどそう言い切ったレイは、その笑みを吹き消して言葉を続けた。
「だが、予想外にして想定外、全く想像もしていなかったことに───私は、君達のことを大切に思ってしまっている」
・自称バケモノ
自分の異質さを理解しているからこそ、他者との間に一線を引いてしまう。大事だと思ったものを自分の手で傷付けるのも、拒絶されるのも怖い。
そういう用心深さもお前の長所なのは理解しているが、お前が気を許す程の相手がそんなものを気にする相手だと思うのか?by全く気にしなかったお前のボスより
・他称跳ね馬
まさかそこまで大人数の兄弟がいて、しかも末っ子だとは思ってもいなかった。これまで一度だって妹・年少者らしい面なんて見たことがなかったので。
後日リボーン経由でビアンキが得た情報(初恋の人も故人)を知って頭を抱えることになる。じゃじゃ馬な生徒とその最愛のバカップル具合を浴び続けてきた分、その情報をどう処理すればいいのかがわからなくなるので。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的58 友達
「……え、それって」
「大事だと、離れ難いと、そう認識している」
愚かだと笑ってくれて構わないよ、と宣うレイに琥珀の瞳を見開いた綱吉は、言葉の意味を咀嚼するなり勢いよく首を横へと振る。
それは、綱吉達と過ごした日々が彼女にとって無意味でも、無価値でもなかった証明。
全てを拒絶するに等しいレイの心にも、彼らの思いは僅かなりとも届いていた。だからこそ、彼女は今こうして
「勘違いはするな。コレはあくまで、“君達を失わない”ための一手に過ぎない」
余計な期待などされないようにそう言いつつも、レイとてわかっていた。
何も言わずとも今後にはさしたる支障もないと知っていながら、わざわざ時間を割いて許可を得ようとする。
そんな明らかに不要な行為を省くことができなかったのは、彼女が今も大好きだと胸を張って言える、最愛の
即ち彼らと並ぶ程に、自身にとって綱吉達の存在は重いのだと。
「つーことはレイ、お前はチョイスに向けた策を練ってるんだな」
薄い笑みをリボーンの問い掛けへの答えとしたレイは、視線を綱吉へと戻して再び口を開いた。
「私は“分析”と“可能性の予測”に長けていてね。実質的にこの世界の全てを知っていると言っても過言ではない」
予測。レイのそれは彼女が分析した
そしてそれを更に予測される分岐点毎に積み重ねることで、彼女は最善の未来も最悪の未来も関係なく、そこまでの選択すら諸共に導き出せてしまう。ジョットが『未来予知に等しい』と評したのは、決して身内贔屓などではないのだ。
誰も失われない
自身の立つ場所が地獄の釜の
そんな狂気的な所業を正気のままに実行してきたのが、レイ・オルテンシア・イヴという少女だ。
その経験に裏打ちされた自信を感じ取ったリボーンは、確認のための問いを投げた。
「これから何が起きるのか、白蘭が何をしてくるのかもわかってるのか」
「無論だとも。とは言っても、尋常でなくよく見える目を持っているようなものだ。見えたところで私の手が届く範囲は限られている。手が届かなければ救いようがない」
だからこそ、かつての彼女は無意識にそれを補うための選択をした。
蝋燭の火のように儚く消えるモノを、何としてでも守り抜きたかった。何をしてでも失いたくなかった。
喩え、計り知れぬ程に罪深い行いであるとしても。
それは、無垢な幼子の許された過ち。
けれど此度は、許されるつもりはなかった。
たった一つの願いを叶えるために、今まで積み上げたものと、彼女の凍てつきひび割れていた心を溶かした時間を代価とする。
それが最善である以上、レイに躊躇いはなかった。
「だから、そもそも私の手が届かない場所なんてものがないようにする。君達の行いとその結果、あらゆる可能性を予測して、君達が揃って
「操り、人形…?」
「言葉通りの意味さ」
レイが口角を引き上げる。けれど、その目はまるで笑っていない。
その笑みに、彼らは悟った。彼女は何一つとして偽りなく、“己にできること”を述べているのだと。
「道をつけるのは得手とするところなんだ。君達以外の全てを切り捨て、踏み躙ってでも成し遂げよう」
綱吉達を無意識下で誘導することで予測される可能性を狭めれば、万が一など起こり得ない。
選択次第では救えたものを必要な犠牲と切り捨てて、彼らだけを守り抜く。
その全ては綱吉達を10年前へと帰還させる、それだけのために。
「そんなものは人の行いではないと、恐れてくれていい。そんなことをする者は仲間ではないと、見限ってくれていい。お前など人ならざるバケモノだと、罵ってくれていい。君達にはその権利がある。全て甘んじて受け止めよう。ただどうか、私が君達のために全力を振るうことだけは許して欲しい」
揺るぎを知らぬ声と双眸に射抜かれ、綱吉はごくりと生唾を飲み込んだ。
もう、彼にもわかってしまった。
彼女は犠牲を許容する。
そして今、綱吉達以外を見捨ててでも、綱吉達を生かすための選択をしている。
綱吉達に厭われる可能性も承知の上で、その道を選んだ。
そんな、これ以上ない献身に、綱吉が言える言葉など一つだけ。
「…オレ達は、何をしたらいい?」
「いや、特に何もする必要は………待て、沢田君」
───今、君は、何を言った?
呆然と、見開かれた瞳が目の前の少年を映す。
その澄んだ深青をまっすぐに見つめ返しながら、綱吉は言葉を紡いだ。
「レイちゃんがオレ達のために一生懸命なんだって、それくらいオレでもわかるよ。
…えっと、だからさ。レイちゃんの好きなようにしたらいいんじゃないかな」
重なるように耳の奥で響くのは、いつかの優しい声。
目の前の少年によく似た青年が、かつてレイに告げた言葉。
それに背を押されるように、手を伸ばす。
「…じゃあ。
差し出した手が、暖かな両手に包まれた。
「そんなの当たり前だよ! オレ達『友達』じゃん!!」
間近に見える琥珀色の瞳が、その言葉に嘘偽りがないことを示していて。
「それはオレらも思ってるのなー、なっ獄寺!」
「…失敗すんじゃねーぞ」
「とも…だち……」
綱吉が言い、そして山本達もそう思っているらしい彼らとの関係性を、レイは口にする。
けれど、それを素直に受け取ることはできなかった。
「………私に、君達と友達になる資格はないよ」
「そ、そんなこと……」
「ある。人より多くのものが見えるからこそ、望ましい結果になるのなら何かを切り捨てることだってした。こんなバケモノ、友達として懐に入れるなんて……」
「っ……そんなこと、言わないで! レイちゃんはレイちゃんなんだから!!」
ぱちぱちと、瞬きが繰り返される。
レイには、今言われたことが、どうしても理解できなかった。
うむ、と綱吉の言葉に頷いた了平が彼の隣に進み出て、口を開く。
「松崎。自分のことをバケモノだなどと、二度と言うな」
「な、んで。私がバケモノなのはただの事実で」
「そうだとしても!! お前の兄は───極限に悲しむ!!!」
よろめいたのは、その声の大きさに驚いたからか、それともその内容がそれ程までに衝撃的だったからか。
どちらかレイ自身もわからないまま、耐え切れずに尻餅を着く。
「なに、を言って」
「オレにも京子がいるからわかる。お前の兄はお前のことを心の底から可愛がっていたんだ。可愛い妹が自分のことをそんな風に言って、悲しくならない訳がないだろう!!」
否定の言葉は、出て来なかった。
否定できない。
否定のしようがない。
彼は、笹川了平は、“兄”なのだ。
立場的にはジョット達と同じで、そう言った意味では彼らの気持ちをこの場の誰より察することができる。
ファミリーの中で最年少であり、何処まで行こうとも“妹”でしかないレイには、反論の余地などあるはずもなかった。
了平の言葉を処理できず、もう一度瞬きを繰り返すレイを見て、次に口を開いたのはリボーンだった。
「レイ。お前は何も感じなかったとしても、自分が切り捨てたと思ったものは忘れてねーんだろ」
「……ん」
常ならば有り得ぬ少しの間を置き、レイは幼く頷く。
払った犠牲も、取り零したものも。踏み越えた全ては、今もレイの記憶に刻まれている。
それは到底思い出と呼べるものではなく、ともすれば記録ですらある程に感情というものは含まれない。
けれど、それでも忘却を許すことはできなかった。
「忘れないことは、責任の取り方の一種だぞ」
「……知ってる。
誰と同じものを背負っているのか、なんて野暮なことは訊かず、リボーンは普段のそれと比べ物にならないくらいに優しく、微かに呆れが滲む笑みを浮かべた。
「なら、それでもう充分なんだ。なあ?」
「…うん。リボーンの言う通りだよ、レイ姉」
リボーンの言葉にフゥ太が続いて、レイは苦笑するように唇を歪めた。
突き放すつもりで引いた最後の一線、だったのだ。
それなのに───もう、拒む理由も、拒まれる理由もなくなってしまった。
だから。
レイは、未だ繋がれたままの手に、力を込めた。
震える唇を開くのは、偽りで塗り固めた“松崎
大切な思い出と共に心の奥底の宝箱に閉じ込めて、独りきりの時だけこっそりと蓋を開けて顔を覗かせていた、甘えたがりで寂しがりの女の子。
変えることなんてできない、彼女の根底。
「…私、他にも隠し事してますよ」
「うん」
「話すつもり、全然ないですよ」
「ああ」
「私、おかしいよ」
「おう」
「私、“ひと”でいいの?」
「うむ!」
彼らは何も知らない。
レイの隠し事がボンゴレに関係することも、彼女が
だからこそ、そんな風に言えるのだと、わかってはいるけれど。
「私……君達の“友達”でいいのですか?」
「勿論!!」
手を強く引かれて、立ち上がる。
「レイちゃんは、オレ達の友達の女の子だよ」
「でもって一応はツナの守護者でもあるな」
「リボーン!!」
チャチャを入れてきたリボーンに食って掛かり、過剰な反撃を喰らっている綱吉の姿に、目を細める。
すると、頬を熱いものが伝っていった。
覚えのある感覚。これは涙だ。
涙とは、悲しい時に流すものだと思っていた。だが、レイの今までの認識は、間違っていたのだろう。
涙とはきっと、嬉しい時にも流すものなのだ。
きっともう、かつての色鮮やかさを失うことは有り得ないだろう。
喩えレイが忘れようと、彼らが幾度でも教えてくれるから。
頬の水気を袖口で拭い、綱吉達に向き直った。
そして、スカートの裾をつまんで左足を斜め後ろに引き、右足の膝を軽く曲げる。
ジョットにするよりは丁寧ではないカーテシーは、レイの誠意の表明。
「私にできる限り───いいえ。私の最善を尽くしましょう」
ボンゴレ
そんな誓いの言葉を内心呟き、雪花は花が綻ぶように微笑んだ。
◆
「あの、京子ちゃん達のところに行っても…?」
「む、京子のところへか?」
首を傾げた了平に、レイがこくりと頷く。
「京子ちゃん達にも話してくる。話して、改めてと、友達というものになってもいいか、聞いてみたいと…そう思うのです」
友達、と言うのが恥ずかしいのか、頬を染めて詰まりながら言ったレイの些細な変化に、リボーンは口角を上げた。
彼女の少女らしい外見と声に似合わない男勝りな口調に、僅かではあるが女性らしい丁寧なそれが混じっている。
今まで内心の不安を押し殺し、隙を見せまいと強さを取り繕っていたのだ。弱く繊細な部分を垣間見せるのは綱吉への信頼の証。
それが恐らく無意識に零されたものだというのなら、変化はより深いとわかる。
自身の口調の変化に気付かないレイに、こちらも師の内心を知らぬディーノが声を掛けた。
「恭弥にも話してやってくれねーか? ここまで来て仲間外れは可哀想だろ」
「不要です。…多分、彼は気付いている」
「え? ヒバリさんが、レイちゃんのことに?」
「何となくかもしれないけれど、それでも確実に勘付いているはずだ。そうでもなければ、この時代の私は彼を伴侶としないでしょう」
「はん………!?」
レイとしては事実を述べただけのようだが、真正面から伴侶だの何だのと言われるのは健全な男子中学生には刺激が強い。
だと言うのにレイの頬は白いまま。この時代の自分のことだと割り切っているにしても割り切り過ぎている。伴侶とは何の恥ずかしげもなく宣えるのに、友達と言うことには躊躇いを見せるレイは、確かに彼女が言う通り何処か人とズレていた。
「チョイスに向けての準備は、大丈夫なんだろーな」
「無論です。必ず君達を
獄寺の言葉に断言を返したレイが、微笑む。
浮かぶのは嘲りでもなく、憐みでもなく、慈しみでもなく。ただ穏やかな笑み。
今までとは全く異なるそれに一瞬動きを止めた綱吉達に対し、レイは首を傾げ、思い出したように言葉を続けた。
「食材にも余裕がある、食事のリクエストをするように。できる限り応えると約束します」
「あ、うん、ありがとう」
「それじゃあ、食堂にいるから。何かあったら呼びなさい」
いつもの通りに
綱吉は己の手に、視線を落とした。
彼女と繋いだ手。彼女を、引っ張り上げた手。
レイは、いつだって強く凛としていた。
メローネ基地を強襲するかどうかで綱吉が悩んでいた時、彼女自身が言ったように、前を歩いているのが一番当て嵌まっていた。
そんな彼女が、自分達に弱いところを見せた。
隠していることもできただろう自己の異常性を晒してまで、綱吉達を10年前に帰そうとしている。
ほんの少しだけだ。彼女が言っていたように、未だ語られていないことは山のようにあるのだろう。
けれど。それでも。
「………ようやく…並べた、ってことなのかな」
前ではなく、隣に。
信頼するに足る、友として。
「極限にそうだろうな!!」
「どっか距離があったけど、それもなくなるといいのな」
「男と女なんだし、そこまで期待すんなよ」
綱吉の言葉を受け騒ぎ始める面々に、空気を引き締めるようにリボーンが言った。
「レイにばっか頑張らせんなよ。幾らあいつと言えど決まりきった状況をひっくり返すのは無茶だ。お前らの成長も込みで策を練ってるはずだからな」
その言葉に思わず顔を見合わせて、そして力強く応える。
彼女の信頼に、応えるために。
・末っ子
大切だからこそ突き放そうと最後の一線を引いたのに、それすら踏み越えられた。そして兄という弱点を突かれた挙句に全肯定されて、ようやく自分の弱いところを押し込めるのではなく、見せていけるようになった。
これからは友達を隣で支えつつ、以前と変わらず家族を追い掛ける。
・友達
超直感の為せる技か、パーフェクトコミュニケーションでレイの壁をぶち破った。このあと冷静になって、あれもしかして今まで友達だと思われてなかった…? と少しショックを受ける。
フゥ太が黒曜の一件に巻き込まれたのも防ごうと思えば防げたのかも、とは察しているが、リボーンも加えてのやり取りで本人が区切りを付けたこともわかっているので口に出すことはない。
・お兄さん
学校の先輩としてでも、同じ守護者としてでもなく、妹を持つ一人の兄としての言葉をぶつけた。あの場には一人っ子か弟しかいないので、彼にしか言えない言葉だった。
人との差異はあれどここまで立派に育ったのは、彼女の言うところのバカな兄達に可愛がられてきたからだろうと察している。
・兄貴分
リングの中で絶賛スタオベ中。よくやった!! いやホントマジでよくやってくれた
結果的にはこうしてこれ以上ないくらいに上手くまとまったと言えど、接触少ないし諸々黙り過ぎなので次会ったらジャーマンスープレックスを仕掛ける所存。覚悟しとけよお前ら特に
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的59 束の間の平穏
ボンゴレアジト、
山本君が修業で使っていた道場で、私はジェラルド君と相対していた。
リボーン君の言っていた『サンドバッグ』とは、やはりと言うべきかジェラルド君のことだったのだ。
スクアーロ君に同行する形で並盛までやって来た彼は風紀財団アジトの方に用意した人払いした部屋に辿り着くなり、私に向けて土下座をした。
何でも10年前、リング争奪戦で私に働いた侮辱への謝罪だと。
そう。何を考えているのか、この時代の私はジェラルド君に己が真の名を告げていたのだ。
百歩譲って言うのはいいとしても、それも手紙に書いておいて欲しいところである。
勿論彼も、こんな突拍子もない話を何の証拠もなく信じた訳ではない。
彼の実家の蔵に、私がドン・サルトーリと交わした手紙の一通───しかも彼の子供の名を提案したものが残っていて、そこに私のフルネームの署名があったことが何よりの証拠となったらしい。
そういう訳で予想外のことも起きたが、私はジェラルド君を家庭教師に修業を行っているのである。実質的に師弟関係は逆転しているが、それは言わない約束だ。
横薙ぎに放たれた槍を、上に弾いて逸らす。
彼の突きに沿うようにこちらも突きを放ち、どちらも互いを傷付けることなくただ武器が交差する。
10年経っているのだから当たり前だが、ジェラルド君は強くなっていた。
具体的に言うならドン・サルトーリと張り合えるくらい。私でも情報から予測しての戦闘のタイムスケジュール化は無し、純粋に剣士としての直感のみを使うとなると、油断はできない。
きっと、この10年で色々なことがあったのだ。
リングの炎の使い方を知って、ヴァリアーの幹部になって。その積み重ねが、これ。
彼がそういう風に積み重ねていく理由に私の存在も含まれているのだということが、こそばゆくて誇らしい。
追い掛けるのが性に合っていると、そう思っていたけれど───
───追われるのも、悪くはない。
幾度目か、もう数えていない
人体構造的に少々無理な動きをしたからか、腕と脚に絡む氷が諌めるように振動を伝えてくる。
わかってるさ、でも無茶はするものだ。
私みたいなのは、特に。
今も私の動きに、ジェラルド君は付いて来ている。追い付こうと、追い掛けている。
少しずつ、私と彼との間の距離が縮んでいくのがわかる。
勿論私だって、ただ追われているだけじゃない。追い付きたいのは、追い掛けているのは、私も同じ。
だから時折、一気に引き離す。何かを掴んで、一気に伸びる。
その度に灰色の瞳をきらきらさせるジェラルド君に、私も口の端を軽く上げる。
詰まるところ、彼はまだ追い掛けていたいのだ。
追い付きたくなくて、追い抜きたくなくて。
それまでの猶予がまだあることに、目指す場所にはまだ遠いことに、喜びを感じている。
私も、そう。
子供扱いは嫌いだし、並び立っていたい。
でも同時に、まだ彼らの妹でいられることに喜んでもいた。
矛盾している。
でもその矛盾を許容してこその人間だと、私は思うのだ。
チリリリリ、とセットしておいたストップウォッチが音を鳴らすのに合わせて、互いに飛び
「あっと言う間ですね、2時間なんて」
「本当に。ほら、これを飲みなさい」
経口補水液のボトルをジェラルド君に渡し、タオルで額に滲んだ汗を拭う。
集中はいいことだが、適度な休憩もまた必要不可欠。
そういう訳で2時間毎にストップウォッチを鳴らし、その都度休憩を取るようにと決めたのだ。
私もボトルを開けて喉を潤し、前々からの疑問を口に出す。
「そのバッジ、この時代の私が贈ったものですか」
「よくわかりましたね!? はい、今年の誕生日に贈ってくださったものです」
話しつつ体を休ませていたところ、エレベーターのベルが鳴った。
縁側に出て廊下を見渡すと、こちらの姿を見とめた京子ちゃんが走り寄ってくる。
「レイちゃん!! と…」
「ああ、京子ちゃんは初対面か…こちらジェラルド君、私の知人です。修業を手伝ってもらっています」
「ジェラルド・サルトーリです、初めまして」
私との初対面時は何だったんだと思うレベルで礼儀正しく挨拶したジェラルド君は、京子ちゃんにも好印象らしい。
変に気を利かせて食事時になるとアジトから出て、山本君とスクアーロ君のところに顔を出しつつ食べているのだが、この様子だと今日からは押し切られて一緒に食べることになりそうだ。
「京子ちゃん、何か用かな」
「あっそうなの!! レイちゃんのスーツを作るから、採寸をしたくって」
え、スーツ? 私男じゃないぞ??
一瞬思考が止まったが、京子ちゃんと私の間の認識の違いを察し、言葉の意味を理解した。
女性がスーツを着るようになったのは、ここ百年程のこと。
百年以上も前の中部イタリアで生まれ育った私にとって、スーツというのは男性の着るものなのだ。
そして理解すると、少しばかり好奇心と、喜びが顔を出す。
私にとって、スーツとはファミリーが来ているものだった。
憧れる大人の象徴というと過言だが、彼らと同じものが着れるというのは、純粋に嬉しかった。
晴れ姿を見せられないことだけが、残念だ。
「オレは隊長達の様子見て来ますんで、お気になさらず」
「ん、わかった。山本君のこともよろしく頼む」
ジェラルド君とは別れ、京子ちゃんとエレベーターに乗って移動する。
「そう言えば、レイちゃんって何か服にこだわりとかあったりする?」
「こだわり、と言えるかはわかりませんが、なるべく露出の少ないものを選ぶようにはしています。後はクラシカルなものとか」
「ふふ、お嬢様みたいでレイちゃんによく似合ってるよ。その喋り方も」
「…また出ていたか? 済まない、無意識だった」
京子ちゃんの言葉に、思わず手で口元を隠した。
並盛に来て数ヶ月経つと、口調は軍人じみたものになっていた。教師など立場上敬意を払っていると見せなければならない相手にしか、敬語は使っていない。
しかしここ数日、その逆の現象が起きている。意識せずに言葉を紡ぐと、何故か丁寧な口調になってしまうのだ。
正直なところ、今までの口調は弱みを見せまいと作っていたものでもあった。ジョット君達と一緒にいた頃には彼らの口調の影響を受けたし、やはり見かけで侮られた時に威圧的な話し方をするのは効果的なのだ。
私自身気付いていなかったが、
「自然に出てくる口調でいいんだよ。距離を取ってるんじゃなくて
「…ありがとう、京子ちゃん。そうさせてもらいます」
そう話しながら、ふと、彼女達に私の秘密を明かした日を思い出す。
『ハルはレイちゃんが友達じゃなくなったら寂しいです!!』
『これからは、ホントのレイちゃんをたくさん見せて欲しいな』
『…レイは…ずっと優しかった……。あれは…全部嘘な訳じゃ…ないと思う…』
そんな風に言われて、私には友達が増えたのだ。
三対一、ビアンキさんやイーピンちゃんも実質京子ちゃん達側で、あれは負けるしかない勝負だった。我ながら何故あんな勝負を挑んだのか。
初めて挑んだ負け戦のことを思い出しながら更衣室のドアを開けると、中にいるのはビアンキさんとイーピンちゃん。先に来ていたらしいクロームちゃんはハルちゃんに採寸されている。
「それじゃあ、採寸の前にボトムスを選んで頂戴」
「選択肢があるのですか」
「ええ、スラックスかタイトスカートか。京子達はプリーツスカートにする予定だから、それでもいいわよ」
うーん、改めて聞かれると迷いが出るな。
動き易さならスラックスが一番だが、ジョット君に泣かれる気がするのでスカートをチョイスするのが無難か?
「クロームちゃんは何にする予定ですか?」
「私は、タイトスカート…」
「じゃあ私もタイトスカートで」
お揃いだね、と二人して笑う。
クロームちゃんはいつものブーツ、私も例の仕込み厚底ブーツとガーターベルトを着用する予定なので、印象は異なるものになるだろうが。
「それならレイは動き易いようにスリットを入れようかしら」
型紙に何やら書き込み始めたビアンキさんを横目に見つつ、京子ちゃんに採寸される。同性とは言え少々気恥ずかしい。
そう言えばこのスーツ、私が知る通りに黒で統一なのだろうか。
「…付かぬことを訊きますが、生地は何色の予定でしょうか…?」
「貴女やツナ達戦闘員は黒のスーツに白いシャツ、それと黒いネクタイで統一する予定よ」
「な、成る程」
セーフ!! 縦縞模様だったらジョット君とお揃いになるところだった危なかった!!
…いや、私個人としては別にスーツの柄なんてどうでもいいんだが。お揃いでも何でも構わないんだが。
でもさ、お揃いとなると騒ぎそうじゃないか。
主にジョット君と
予測と言うにも簡単に思い描けてしまう、大騒ぎする二人の姿に口角が引きつる。
本当にあの二人はよくわからないことで騒ぎ始めるから。
しかもそこからマジのケンカに発展することも多い上、大抵の場合アラウディ君を巻き込むという。
アラウディ君も交えて話していたのならまだ理解はできるが、わざわざ彼を探して襲い掛かるという工程を経ている時点で理解不能だ。何やってるんだあの二人。
そして守護者の中でも突出した武闘派二人に彼らを凌ぐ実力を持つボスがぶつかり合う以上、被害も甚大。半壊した本部、塵と化した処理済みの書類の山…ウッ頭が。
「レイちゃん、大丈夫?」
「え、ええ…ちょっと頭が痛いだけですので……」
一瞬よろめいて額に手をやったのを見た京子ちゃんを何とか誤魔化したところで、はたと思い至る。
…黒いスーツ、アラウディ君も着てたな?
・落ち着いた色合いのワンピースやスカートがお決まりだった
末っ子なので(年齢的には年上でも)知己の子孫、という目上として可愛がれる相手は新鮮。ジェラルドは同じ立場であるツナやディーノとは違い、レイの正体を知っているので遠慮なく世話を焼いている。
口調が昔のものに戻るのが少し恥ずかしい。微妙に変化があるのは、接する相手が後輩だと自覚もしているから。
自分がブラコン気味なのは認めるが、家族(特に大空と霧)もまたシスコン気味なのは全く理解していない。愛されている自覚はある。
・黒のスーツにスレートグレーのトレンチコートがお決まりだった
何故か死亡フラグ(ただしギャグ)が積み上がっていくが本人に今のところ自覚はない。
・ヴァリアーの隊服がお決まり
レイの正体を知った結果ただのファンボーイと化した。彼女のもう一つの秘密も知らされている。
憧れの存在に稽古を付けてもらえるのが嬉し過ぎてずっとニコニコしている。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的60 終幕への
とうとう迎えた、チョイス当日。
「先程の音は、やはり入江君を起こすためのものでしたか」
「すごい音…だった…」
「うん、服を脱ごうとして、そのまま眠っちゃったみたいで…」
「徹夜続きで眠いのはわかるんですが、心を鬼にするつもりで起こしてきたんです」
女子四人、揃ってスーツに着替え、待機場所に向かう。
微かな機械音と共に扉が開くと、中には同じように着替えた沢田君、獄寺君、笹川君がいた。山本君と雲雀君も、修業が仕上がったことは把握している。筋書き通り、並盛神社で合流するだろう。
「はひ、かっこいいです!!」
「…うん…」
「着心地とか、おかしなところない?」
鼓膜を揺らす一緒に来た三人の声に続けるべき言葉は、喉に詰まって出てこなかった。
別に、重ねてしまった訳じゃない。今更そんなことをする程、女々しくはないつもりだ。
ただ少し、ほんの少し、懐かしい姿を思い出しただけ。
「レイちゃん?」
「ど、何処かおかしいかな?」
「いいえ───いいえ。とてもよく、似合っています」
我が王と、同じくらいに。
続く言葉を飲み込み、微笑む。
きっともう、リボーン君が
どうやら、
私達にとって、正装とは
そして同時に、同胞を弔うための
そんな由来は知らなくていい。
そんな使い方をさせるつもりは、毛頭ないのだから。
今一度思い出せ。私が、何のためにここにいるのかを。
私は、レイ・オルテンシア・イヴ。
ボンゴレファミリーの、第七の天候。
これが終わりの始まり。
最後の賭け。
私は成し遂げる。
それが、私なんかを信じてくれた
特例的にリングを持たぬ入江君、そして私の無属性としての参戦が
ここまでは予想通りだ。白蘭の私への興味は尽きていない。だからこそ私をチョイスの戦闘員として組み込んだ。
そして、相手方も私が知る通りのメンバー。
対等さも公平さもまるでないが、そうして油断してくれていた方がこちらもやり易い。
最低限の公平さはチェルベッロさえいれば保証される。それこそ、彼女達の存在意義なのだから。
スクアーロ君共々密航していたジェラルド君が私の顔色を窺って、強張っていた表情を緩めた。
「大丈夫…そうですね」
「ええ。ジェラルド君は見ているだけにするように」
少なくとも、チョイスの間は。
敗北した場合は逃走することも視野に入れていることを知らせている知己の面影を残す青年は、大きく頷いた。
〈3分経ちました。それでは…───チョイスバトル、スタート!!〉
「ボンゴレファイッ!!」
おおっ、と最後に言って、円陣を崩す。
「ところで、作戦だが…レイさん」
「敵の位置は互いに炎レーダーで把握するしかないのですね?」
「ああ、合ってるよ」
“賭け”に勝つためにも大まかな戦い方は私が決めると通達し、それに賛同してくれた未来の友人の顔を見て、目を瞑り。
「入江君とスパナ君は
「確かに、それが一番だろうね」
「私は敵の分断ができるまでここに留まって二人を手伝います」
私の言葉に、全員が頷いた。
「…レイちゃん。オレ、信じてるから」
「勿論オレもな!」
「変な指示出すんじゃねーぞ」
彼ららしい激励の言葉にくすりと笑い、手を挙げる。
「私も、信じている。私達の指示を聞けなくなるような事態が起きても命を最優先に、間違っても死なないように。この歳で友人の墓参りをするのは御免被ります」
「縁起でもねーこと言うな!」
怒鳴った獄寺君、続けて沢田君、山本君とハイタッチをして、外へと飛び出したその背を見送る。
その捨て台詞に、クツリと喉で笑った。
(『縁起でもない』ですか)
一歩足を運ぶ場所を間違えただけで、幽明の境界の向こう側へと行ってしまう場所。
それが戦場であり、今私達が立つチョイスのフィールドもその一種。
そうでありながら、当然のはずの未来予測を『縁起でもない』の一言で切り捨てるとは、まだまだ未熟だ。けれどその青さを、私が生まれてこの方持ち得ない感覚を、私は存外好んでいるらしい。
己の思うところを脳内で言語化し、クツクツとまた喉で笑う。
持たざる故に羨むではなく、尊さすら感じているとは。
私は自分で思う以上に、彼らのことが大切なようだ。
笑ってばかりの私を不思議そうに見る入江君に大丈夫だからと掌を向け、彼の右隣の席に座ってベース用のヘッドホンを頭に着ける。
モニターに映る情報の分析を行ったところ、やはり周囲のビルは雷の炎でコーティングされている。
ついでにどの程度の攻撃であれば貫通するかの予測結果を、目の前のキーボードを叩いてデータとして出力し、取り敢えずはベースに残る三人で共有。
即座に口を開いたのは入江君だ。
「レイさん? このデータは何処から持ってきたの??」
「私の頭の中。精度については信じなさい」
「……うんわかったもう何も言わない。レイさんだもんね」
「ボンゴレ達のディスプレイに表示するならこの形がいいはずだ」
「了解しました」
そうして沢田君達のコンタクト型ディスプレイに表示されているマップに、スパナ君から提示された形で整えたデータを付加。沢田君達と繋がっているマイクに言葉を落とす。
「マップに追加でデータを送りました、目を通しておくように」
〈待ってレイちゃん今オレ達運転中!!〉
「私有地どころか日本国内かどうかもわからないから事故っても無問題です、これも経験だと思いなさい」
〈おいお前バイク乗ったこともねえクセに無茶言ってんじゃねえ!!〉
「私も乗れますが」
〈えっマジでか?〉
「マジです、山本君。とは言っても小型だけですが。ジャンニーニ君がスケジュール的に今君達が乗っているバイクの改造だけで手いっぱいとのことで、移動手段を持っている私は辞退させてもらいました」
男子諸君とタイミングはズレたが、私も一応リボーン君&ジャンニーニ君のバイク講習には参加している。そのタイミングで、この時代の私の免許証も見せてもらった。
尤も、長いこと臥せっていたためか更新がされておらず、失効していたが。
それにしても、通信越しの驚いている声を聞くと、どうにもその表情も見たくなってしまう。沢田君達のリアクションは見ていて面白いので。
ジェラルド君に映像機器持たせておけばよかったでしょうか、と考え、物見遊山じゃないんだからと吹き消しながら追加で指示を出す。
「
「了解、移動を開始する!」
迷いのない手付きで操作され、ベースが自走を始める。
…沢田君も言っていたが、これだけのものをよくもまあ10日間で準備できたものだ。
その頑張りも何もかも、絶対に無駄にはしないと、目を眇めて中央の椅子に座る背を横目に見た。
「レーダーに敵を確認、3方向に散った」
「やはりしらみつぶしにするつもりですか…」
「獄寺君はその地点で待機、山本君は1ブロック先を左折し3ブロック先の交差点まで行ってくれ、迎撃パターンBだ。綱吉君は速度維持で前進!!」
流れるように指示を出す入江君の声を聞きながら、私も目の前のモニターを見る。
綱吉君とぶつかるのはトリカブト、山本君の方には
ここらが潮時か、と再び口を開いた。
「皆、落ち着いて聞きなさい……猿と名乗る術士、奴は恐らく幻騎士です」
「えぇ!?」
〈それホント!?〉
〈そういうことは先に言えよ!!〉
抗議の声は黙殺し、モニターに示される山本君の位置を確認する。
「幻騎士は一度沢田君が倒していますが、正直あの時の彼は全力だったとは言えません。そう簡単に勝てる相手ではないのは確かでしょう」
「敵は3方向に散っているけど、どの反応が幻騎士のものなのか…」
「山本君の方です」
モニターと睨めっこをする入江君に、断言する。
驚いてこちらを呆然と見つめる彼に、不敵に微笑んだ。
〈確かなんだろーな〉
「何を言っているのですか、獄寺君。…敵の行動含め、全て私の想定内、掌の上のことです」
まあ、実際には少しばかりズルをしているのだが、それを言う機会は永遠に訪れないだろうしな。
最後に山本君、と呼び掛け、檄を飛ばす。
「今度こそ勝ちなさい。時雨蒼燕流は」
〈完全無欠、最強無敵ってな!!〉
おや、最後まで私が言うつもりだったのに。
眉を跳ね上げると、ノイズに混じって囁くような声が聞こえた。
〈…あんがとな、レイ〉
「そのセリフは勝ってから言うべきものでしょう」
〈おう! 修業の成果、見ててくれよな!〉
いや、カメラがある訳じゃないから見れないんだよ、山本君。
そうこうしているうちに、ボンゴレ
〈このまま敵の
「却下です、沢田君。敵が二人以上残っている限り挟み打ちにされる可能性があります」
「炎を消してバイクで向かってくれ!」
沢田君の納得の声を聞き届けて、席を立つ。
腰に
最後に外部用のヘッドホンとコンタクト型ディスプレイの様子を確認。うん、万事問題ない。
出撃の準備を整えた後、入江君の背に手を触れさせた。
「え、なに、レイさん!?」
「ただの“御守り”です。…何があっても、絶対に死なないように」
君の才能は惜しいし、何より友人が死んでしまってはこの時代の私も悲しむだろう。
「……わかってるよ」
何処となく納得の行っていなそうな表情だが、今は咎めまい。
ベースユニットを後にし、カメラの死角になる位置で未来の私が設計した相棒にして半身たる、特殊な
名付けたその名の由来は、『善』ではない私達が、それでも各々胸に抱いたモノ。
ラテン語で『正義』を意味する、女神の名だ。
しゅるりと、超炎リング転送システム起動時に消えてしまったのをスネグーラチカで誤魔化していた氷細工が、再び絡み付く。
これで大丈夫。何も問題はない。
道を、つけよう。
「さあ───やってやりましょう、
青空を裂くような紫の炎を
・参謀の本領発揮
正装とは言っても
入江が白蘭はチョイスで不正はしないという旨の発言をした時は呆れたように溜息を零して、そしてその後で少し決まり悪そうな顔をしていた。道を分かった、かつて親しかった人間に対し信頼を向けることについてだけは、入江を咎められる立場にはないので。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的61 全ては彼女の指揮のままに
〈時雨蒼燕流 総集奥義───
───時雨之化〉
彼のいる方角が青く輝いたのを視界に収めた私は静かに微笑み、そしてそれをすぐに吹き消す。
私は知っている。
否、私だけが知っているのだ。
───友達が初めて直面する、『死』を。
〈おい幻騎士!! 何だ!? どうしたんだ!?〉
〈山本君! 幻騎士に一体何が起こっているんだい!?〉
〈体中に草が生えてる…殺気がねーし…幻騎士の幻覚じゃねえ!〉
同じように通信を聞いた二人が困惑したのを通信機越しに察したが、しかし桔梗への追撃の手は一切緩めない。
生まれ持った異能を操って足場を創り、スケートシューズでその上を滑りながら射られた白銀の矢は桔梗を追い立てていく。
〈幻騎士───!!〉
〈……幻騎士の炎反応が……消えた…〉
伝わってくるのは動揺、そして悲しみ。
沢田君達がそう言った思いを抱えていると思うと、私も悲しくなってしまう。
「これが、ミルフィオーレの…白蘭の正体、本性です」
だが、彼らに道を示す者として、立ち止まってもいられない。
仮にも親友だった入江君に言わせるには重い一言を奪って、偽らざる私の本音を告げる。
メローネ基地攻略の日に言葉を交わして以来、私はあの男がますます嫌いになった。
きっとそれは、数ある
人を玩具としてしか見ていないという、私と同類と思われそうなその思考回路が理解できない。
私は確かに参謀だから、多少の犠牲は容認する。
でも本当は、そんなことしたくないんだ。
そんな風に思う度、冷静な部分が間違いのない答えを叩き付けてくる。
無理だ、夢物語だ、絵空事だ、と。
だけど、それでも。
誰も欠けず、誰も失われることのない
薄氷の上、築き上げた平穏がいつまでも続くようにと。
昨日と何も変わらない明日が、来るようにと。
それは、ただの事実でしかない。
そしてその事実がある限り、私は白蘭と相容れない。
玩具でしかないから簡単に人を死なせて、つまらないからと犠牲を出して。
私の思い描く理想を容易く実現させられるくせに、敢えてそうしない、世界をゲームとしか見れないあの男が、私は嫌いだ。
確かに、言いようのない疎外感を感じる。
いつだって視点は周りとズレている。
私が素の状態で生きられているとは、言い難いのだろう。
でも、そんな無味乾燥な世界に、私は煌めくものを見つけてしまった。
輝かしいものを、尊いものを───そして、愛するものを。
この目を焼く程に鮮烈な、灯火を見たのだ。
だからこそ、『私』は誰一人として白蘭に協力しなかったのだろう。
どういった選択をし、どんな道を歩んだのかは違えど、あの灯火を見たのは皆同じだから。
あの灯火を見ていながら、それに背を向けるなんてこと、できるはずもないのだから。
詰めていた息を長く吐き、思考をクリアにする。
直後、
〈───勝とう。
世界のためとか…
…ここまで入江君と一緒になってシゴいて来た私が、言うことでもないんだろうけど。
〈よし!! 一気に畳み掛けよう!!
しかも敵の
「獄寺君は守備を続行! 沢田君と山本君で一気に空中から敵
私の指示に応える3つの声は頼もしい。
なら、私も彼らの期待に応えるまでだ。
遠方から弓を構え、桔梗を牽制しながら沢田君に尋ねる。
「…沢田君、何かおかしな感覚はありませんか?」
〈少し前にも、同じ場所を通った気がする…〉
〈えっ、こんな時にコンタクトの故障かい!?〉
「バカですか、入江君」
確かに私達はコンタクト型ディスプレイにマップを表示しているから、そうなる可能性もなくはない。だがこの局面でのその判断は、慢心していると取ってもいいんだな?
「霧の
〈そんな!!〉
〈…レイ。オレはどうすればいい?〉
懐かしい記憶の中の彼と同じ、揺らぐことのない信頼が乗る声。
「君の出せる最大火力───
続け様に指示を出し、番えた矢を放つ。
…時間稼ぎをして来たが、残る
(やはり、桔梗の“演出”ですね)
ああでも、そのお陰でチョイスの時間を使って“切り札”が来るまで奴らを引き付けられるんだから、その思考に感謝すべきか。
氷の足場を強く蹴り、桔梗を追う。どうやらこちらの基地の方向に一直線で向かっているようだ。
「山本君、敵
〈オッケー!! 行くぜっ〉
「獄寺君、まっすぐ桔梗が向かっています! 迎撃は任せました!!」
〈微かに炎が見えるぜ、挟み討ちにしてやる!〉
「スパナ君、
〈もう3機を切った…凄い勢いで壊されてる……〉
〈レーザートラップの設置は86%終わってるよ!〉
入江君の報告を受けたところで、轟音が響く。沢田君が
それと同時、桔梗の姿が一瞬消えた。否、捉えられぬ程の速度で移動したのだ。
〈異空間を脱出した。レイ、状況は?〉
「桔梗が加速しました、追えるには追えますが引き離されています」
〈わかった。山本、敵の
〈綱吉君!? 今からでも山本君と敵の基地に…!!〉
「そんなことを言っている場合ではないでしょう、いい加減にしなさい!!」
今の彼に言っても無駄だとはわかっているが、それでも思わず基地の入江君に向かって怒鳴る。
桔梗が基地に迫っているということは即ち、彼とスパナ君の命が危険に晒されているということでもある。
白蘭が己の能力を自覚したきっかけは、確かに入江君なのだろう。だがそれを己の命で贖おうとするのは断じて認められない。私達がここにいるのは彼の自殺に付き合わされるためではないのだから。
〈くそうっ!! 抜かれた!! 済まねぇ入江、レイ…〉
〈山本の攻撃が
「レーザートラップで足止めを、すぐに追い付きます!」
矢継ぎ早に指示を出しながらも、心と頭は冷えている。展開を
苦笑して足元を蹴ると、バイクに乗った獄寺君が横に並ぶ。
「レイ! オレがロケットボムで気を逸らす! その隙に!!」
「了解、急ぎましょう!」
直後、前方で爆発が起きた。
爆発したのは向かい合うビルの壁面。
「トラップが破壊された…!」
「入江君、今すぐにそこから逃走を!!」
◆
時は遡り、三日前。
主人不在の風紀財団アジトの一室では、レイとディーノ、リボーンが向かい合っていた。
「
メローネ基地や対ボンゴレ戦線に大量投入して消費した挙句、今まで隠していた
敵の失策に唇を綻ばせるでも、嘲笑を浮かべるでもなく。ただ淡々と、レイはそう言ってのける。
彼女にとって今の言葉は純然たる事実の列挙に過ぎないのだと、否が応でも理解させる態度。
「白蘭は愚かですが、なまじ頭が切れる分愚かにはなりきれない。他ならぬ自分自身がそうだからこそ、圧倒的な力を誇る一個人に有象無象の群れをぶつけたところでさしたる効果が見込めないのも理解しています。蹂躙される度に士気が下がり、最終的には壊走が関の山の愚策、とね」
指揮官としては当然の判断だ。
この時代、武力としてモノを言うのはリングと
強い者に、更に強い駒をぶつける。そうしてボンゴレを封じ込め、蹂躙するつもりなのだろう。
それがレイの読み通り、もっと言えば彼女が望んだものだとは、微塵も思いはしない。
大部隊の物量で攻められた場合と、
リスクを計算し、天秤に掛け、そして彼女は量よりも質の方がマシだと判断した。
「もし絶え間なく人員を補充され、休む暇もなく戦闘を続けられた場合、私達はいずれ敗北する。幾ら強くとも、私達は個人だからです。それならば、最初からそんな手を打たせなければいい。圧倒的な“個”に目を向けさせ、同様に力を持った“個”でしか打倒は不可能だと思わせればいい」
詠うように紡がれる言葉は、悪夢のように部屋に響く。
「まさか、誘導していたのか!? メローネ基地の強襲の時点から!?」
ディーノの驚愕の声に対し、レイはただ微笑みのみを返答とした。
「それならツナ達にも話せばいいだろう。事情を説明すればあいつらも下手に動かない。その方が安全じゃないか?」
「…ディーノ君、日本のテレビ番組を見たことは?」
話の繋がりが読めない質問返し。
それに首を傾げながらも、ディーノは頷いた。
「まあ、ツナん
「ではその中に、ドッキリを主題としたものはありましたか」
レイが名を出したのは、バラエティーでの鉄板ネタだ。日本に滞在する頻度が高いディーノも、横目に見る程度だが視聴したことはある。
「私はチョイスで、あれを再現するつもりです」
まさかと、息を飲んだディーノの目の前。
レイは、そう言い切った。
傲岸不遜。それ以上に当て嵌まる言葉はあるまい。
世界中の裏社会にその名を轟かせたボンゴレの座を揺るがせるどころか、壊滅状態に追い込んだ敵───ミルフィオーレとの決戦に際し、考案された作戦がそれなのだから。奇策にも程がある。
「
「だから、ツナ達には話さねーんだな」
ここまで黙っていたリボーンの言葉に、レイは頷く。
本番一発勝負。上手く演じられなければ奈落へ真っ逆さまのお芝居。
綱吉の大根役者っぷりは、ボイコット宣言時の京子達への対応で露呈している。他の面々も大差はあるまい。
ならば何も知らせずにいた方が、白蘭を確実に騙せるというものだ。
「想像以上におっかない女だな、お前」
「君にそう言ってもらえるとは、光栄です」
悪どい笑みを浮かべる二人にディーノは若干引き気味だが、レイとしては手を緩める気はこれっぽっちもなかった。
白蘭に嫌悪を抱いているからではない。全体の利益を追求すべき時に私情を持ち込むなど、愚か者の所業だ。
ボンゴレが壊滅させられたためではない。レイとて
怒りではない。それは怒りよりも冷静であり、冷酷なものだ。
激情と呼ばれる類のモノではない。そう言ったモノに身を委ねることを、彼女はよしとしない。
レイはボンゴレ
レイにとって綱吉達は大切な友人であり、そして同時に、導くべき後進でもある。
守り抜く。
絶対に傷付けさせはしない。
・マシマロ野郎大っ嫌い
幼き日に見た灯火が、今尚双眸に焼き付いている。だから、何があっても立ち止まることだけはしない。
怒りではなく、憎悪でもない。激情に身を委ねず、あくまで理性的に。そーゆー風に振る舞ってるから慈悲深いとか言われちゃうんだぞbyお前の大好きなボス
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的62 予定通りの敗北
〈距離300!!〉
自走するボンゴレ基地ユニット、その後方に桔梗が迫る。
だが、このまま終わるはずもなく。
桔梗の背を、無数のロケットボムが追った。
「やらせねえ!!」
「ハハン…これは」
「余所見していてよろしいのですか?」
桔梗がボムに気を取られた隙を突き、懐に潜り込んだレイが、桔梗の腹に強烈な一撃を叩き込む。
その直後。衝撃で宙を舞い、バランスを崩した桔梗が、自身の武器である雲の炎を纏った桔梗の葉を、ボンゴレ基地ユニットに投擲した。
「入江、スパナ!」
衝撃で大きく破損し、バランスを崩した基地ユニットはビルにぶつかり停止する。
中にいるはずの入江とスパナを救助しようと動きかけた獄寺は、その出入り口から脱出した人物を見て目を剥いた。
「入江、お前ッ!!」
「獄寺君済まない、私は桔梗を追う! スパナ君を頼む!」
「お、おう!」
覚束ない足取りで、それでも尚必死に足を動かす入江。彼を見つめる桔梗の肩に、白銀の刃が食い込んだ。
「ハハン…さすがですね、気配が読み切れませんでしたよ」
肩に手を掛け、傷が深くなることも構わずレイの剣を押さえ込んだ桔梗が、もう片方の手で桔梗の葉を飛ばす。
こちらに背を向けただ足を動かす入江には避けようがない一撃が、その背を貫いた。
───刹那。
大輪の、氷の華が咲き誇った。
「なッ…!?」
「……もういい頃合いか」
現状に不釣り合いな程冷静に呟いたレイが、一切の躊躇なく、桔梗の背に蹴りを叩き込む。
彼が雷の炎でコーティングされたビルに体を強かにぶつけるのと、レイが
愛剣を鞘へと納めたレイは、その瞳に浮かべた酷薄な色を吹き消して、立っていた氷の板から飛び降り、道路に倒れ伏した入江の元に向かう。
「入江君、無事ですね?」
「あ…レイさん……」
「“御守り”を付けておいて正解でした。もう二度とこんな無茶はしないように」
ボロボロになった入江の無事を確認し、安堵したレイがその背から氷の華を取り外して仰向けに寝かせる。
彼女が入江の背に付けた“御守り”。それは彼女の異能で創り出した氷の破片。
目に見えぬ程に細かなそれを起点にスネグーラチカを行使し、入江の体を貫くはずだった凶弾を停止せしめたのである。
「…君は少し眠れ。安心しなさい、悪くはなりません」
それは私が保証する。
その言葉にどれ程信頼が置けるのか知る入江は、小さく頷いた。
少なくとも彼女は、後先考えずにこのようなことを言う人物ではない。
無言でレイが指先を入江の額に置くと、その体が冷気で包み込まれる。
その胸に灯っていた
レイが創り出す氷や雪は、彼女の波動が形を成したもの。故にこそ、他者の肉体へ影響を及ぼすことは容易ではない。
冷気を伴った生体エネルギーを、相手の肉体に流れる生体エネルギーが相殺してしまうからだ。
しかし、幸か不幸かレイという少女は波動についても人を超えていた。人体内部の凍結はともかく、生体エネルギーの流れを乱し、一時的にコールドスリープさせる程度であれば、相殺不可能な量の生体エネルギーを流し込むだけでよかったのだ。
そして今、入江に施したのはかつての力押しだったそれを技術として磨いたもの。対象を氷塊で覆ってしまうと凍傷などのリスクがある、と拘束ではなく相手の生体エネルギーを乱すことを目的としていた。その分持続時間は長くても一時間と計算が出ているが、この場合はそれだけあれば十分だろう。
「ッ───レイ!!!」
「沢田君…」
夕焼け色の炎を燃やし、降り立った綱吉が、レイに駆け寄る。
その傍らに横たわる入江の姿を見て一瞬絶句した彼は、縋るようにチョイスの全てを掌の上で操る少女を見た。
「正一君…どうなってるの…?」
「擬似的なコールドスリープ状態です。生体エネルギーの循環が最小限なので
「そっか……よかった」
仲間の無事を知り、大きく息を吐いた綱吉。その耳に、慣れ親しんだ音が飛び込んできた。
〈ツナ、レイ。こっちも倒したぜ〉
〈野球バカにしてはよくやったじゃねーか。…10代目、スパナの野郎は無事です! レイは何してやがる!?〉
「…こうでもしなければ、この大バカ者が死にそうだったのです」
スパナの安否を確認し、ようやく気を緩めたらしいレイが唇を尖らせながら視線で示す先にいるのは、今
「……わかっていると思いますが、これで終わるつもりは毛頭ありません。今はそれしか言えませんが…」
「うん。わかってる、信じてるよ」
〈桔梗に防衛ラインを突破されたのはオレの責任でもあるしな。まあ信じてやる〉
〈レイが意味もなくこんなことするよーな奴じゃねーのは知ってるのな!〉
仲間達の言葉に、レイがそっぽを向く。
その耳が赤く染まっているのが見えて、綱吉はクスリと笑みを零した。
だが。
僅かに流れた穏やかな空気は、通信機越しの呑気な声と、それに続いた山本の驚愕の声に引き裂かれた。
〈う〜ん、やっぱり死ねないのか〜〉
〈そんな…トドメは刺してねーが、完全に倒したはず!!〉
「ウソ…!」
「……」
倒されたはずの
ミルフィオーレの基地ユニットで起きた出来事を察して思わず声を上げた綱吉に対し、レイは少々退屈そうな無表情を貫く。
そんな二人から十分に距離を置いた地点で、レイに斬られた左肩を抑え、しかし怪我の割に平然とした様子の桔梗が、観覧席含む状況を飲み込めていない全ての人間に説明するように口を開く。
「デイジーは“
「成る程、体内を巡る
特に感慨もなく、しかしそれ故の恐ろしさが宿るレイの声が簡単かつ簡潔に、デイジーの不死性のタネを暴き立てた。
隣の綱吉は驚愕の表情を浮かべ、桔梗も左肩に当てていた手を口元へとやっているが、彼らに視線を合わせることもない。
理解していた故に驚愕はなく、予測のうちである故に感慨はない。
自身を“バケモノ”とまで称した少女に、そんなものは有り得ない。
今後起こり得る全てを予測し、その中でも最善の結末へ至る道を選択し、進んでいる───言ってしまえば全て知っていて当然の状態であるのなら、尚更だ。
「これにより、チョイスバトルの勝者が決まりました」
〈勝者は───
───ミルフィオーレファミリーです!!〉
「チョイスバトルが終了致しましたので、全通話回線を解放します」
「よし、もういいから入江君、さっさと起きなさい」
レイはわかりきった結果を告げたチェルベッロを興味はないと言わんばかりに押し退け、己の手でコールドスリープさせた入江の頭を小突く。
事実として、既に『友人達の過去への帰還』を第一に達成すべき目標と定め、それに関わりがないからとチェルベッロに対する複雑な感情を一時的に排している今のレイにとっては、チェルベッロの二人は背景以外の何物でもないのだ。
チェルベッロも、レイからの粗雑な扱いに物申すことはなかった。表情にも変化一つ見られず、そもそもレイに押し退けられたことを感知していないようですらある。
「ぅ……レイさ、ん、チョイスは…?」
「こちらの負けです。その程度、私ならざる君でも予想がつくでしょうに」
「ははっ、そうか…」
「そんなことより入江君、君が10日間先延ばしにし続けたことがあるでしょう? いい加減に話しなさい。私も詳しく知っている訳ではないのです」
「相変わらず辛辣だなぁ…」
結果はどうあれ、チョイスという大一番が終わったからか、入江は身を起こすと落ち着いた様子で語り始める。
11年前の些細な出来事から始まった、白蘭との因縁を。
10年バズーカに被弾したこと。
2回目のタイムトラベルで白蘭に己の能力を自覚させてしまったこと。
そして───その能力の詳細。
「───白蘭サンは、同時刻のパラレルワールドにいる全ての自分の知識と思惟を共有できるんだ」
「この世に情報に勝る武器はない…その能力を使えば、
合流した観覧していた者達にもわかるように、レイはその具体例とも呼べる兵器・
長らく調査を続けていたこの時代の雲雀に『偶然が成り立たせた』とまで言わしめた兵器。
レイもメローネ基地強襲以前にジェペット・ロレンツィニが残した343編の設計書の一部の写しに目を通したが、事前に白蘭の能力を知らなければ、そう表現するしかなかっただろう。
手の中に収まってしまう正六面体に詰め込まれた技術は、科学技術の発達したこの時代においてもオーバーテクノロジーの部分が多いのだ。
もしも、レイがかつて生きた時代であの設計書を見つけても、
ヒトの範疇に収まらない能力。レイ自身の頭脳もそれに類するものではあるが、この場合は一括りにすべきではない。また、様々な事情から
即ち、彼女の大空。
ボンゴレ初代ボスにして、ボンゴレリングに選ばれた適応者───ボンゴレ
記憶を辿り、うっかり思い出したくないことまで思い出しかけてしまったレイに、大体の説明を終えた入江が話し掛ける。
「レイさん…
途端に集中する視線に居心地悪そうに顔を背けたレイは、「もうすぐ来ます」とだけ告げた。
「来る…人、なのかい?」
「誰だか知らないけど、その人が来る前に全部終わるからどうにもならないよ、レイちゃん」
片方は飄々と、しかし嘲りを隠さず。もう片方は冷静に、しかし自信に満ちて。
「来ますよ。───いいえ、もうここにいます」
その言葉と同時に、リボーンのおしゃぶりが光り輝く。
───
・昔の価値観出しまくり
頑張ってボンゴレに有利な状況を積み上げている。
人体内部に氷塊を創り出す外道戦法は、簡単に言えばコストが高過ぎるので使用不可能。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的63 その
「ミルフィオーレブラックスペルのボス…やはりお前のことだったんだな、ユニ」
「はい、リボーンおじさま。レイさんも…はじめまして、ですね」
「ええ。諸々の手引きをしたのも、この時代の私ですから。はじめまして」
レイのそれを写し取ったかのように酷似した色形の双眸を持つ黒髪の少女に、綱吉は瞬きを繰り返す。
彼女こそ、大空のアルコバレーノ・ユニ。
さりげない仕草で、本当に何でもないようにレイがユニの手の甲に口付ける。
それを微笑んで受け入れたユニは、呆然としているボンゴレの面々に向き直った。
「はじめまして、ボンゴレの皆さん」
その笑顔に頬を染めた綱吉を非難するハルと京子の前にジェラルドと共に立ち、ユニが今まで動くことができなかった訳を聞くレイの表情に焦りはない。
それを見て、この全てが彼女の掌の上で繰り広げられる舞台に過ぎないのだと悟ったヴァリアーの二人と、予めここからの流れを知らされていたリボーンとディーノは、密かに撤退の準備を進め始めた。
「一度だけ訊きます…白蘭、チョイスの再戦をする気はありますか? 私は、ブラックスペルのボスとしてボンゴレとの再戦に賛成です」
「それは僕が決めることだ。君はあくまでナンバー2、全ての最終決定権は僕にある」
事態がこの段階まで至った以上、それ以外の問答は不要。そう知るからこそまっすぐに問い掛けたユニの言葉を、白蘭は遠回しに拒絶する。
その答えに沈黙したユニが、青の瞳を閉ざした。
「───では私は、ミルフィオーレファミリーを脱会します」
計り知れない覚悟の下、ユニはそう告げた。
その宣言の余韻が空に溶け消え、その内容がその場の全ての人間の脳に染み入った頃。
ボンゴレの面々へと向き直り、その中心的な一人に視線を向けたユニが、再び口を開く。
「沢田綱吉さん…お願いがあります」
「え!? お…お願い…!?」
「私を守ってください。
この───仲間のおしゃぶりと共に」
差し出された手にあるのは、赤、緑、藍、紫をそれぞれに宿すおしゃぶり。即ち、ユニとリボーン、そしてラルが持つコロネロ以外の
「勝手に持ち出しちゃダメじゃない、ユニちゃん。それは僕の
「違います…これは私が預かったものです…。それに、貴方が持っていてもそれは
何故なら───おしゃぶりは、魂なくしては存在意義を示さないのです」
瞼を閉じようとも透けて見える程の輝きが、おしゃぶりから放たれる。
それを目にした白蘭は、文字通り目の色を変えた。
「凄いよユニちゃん! やればできるじゃない!! やはり僕には君が必要だ。さあ仲直りしよう、ユニちゃん」
「来ないで! もう貴方には、私達の魂を預ける訳にはいきません」
拒絶の言葉を投げつけられた白蘭は、その瞳を不気味に薄く開けた。
「なーに勝手なこと言ってんの? ───それ持って逃げるんなら、世界の果てまで追い掛けて奪うだけだよ」
かつて己の意志を封じられた経験があるからこそ、その言葉が真実であるとわかるユニはたじろぎ、伸ばされた手に顔を蒼褪めさせる。
その緊迫し、しかし混乱故に停滞していた空気は、一発の銃弾によって引き裂かれた。
「図に乗んなよ白蘭。てめーが誰でどんな状況だろうと、アルコバレーノのボスに手を出すんならオレが黙っちゃいねーぞ」
完全にボンゴレ側であるリボーンによって主が銃撃されたとあっては、忠実な
だが、この場には全てを予測する参謀がいる。仲間が攻撃を受ける可能性は既に予測され、そして防ぐ手立ても百を優に凌ぐ数を考案済み。
「ティア」
己の相棒たる
爆煙が晴れればそこに立つのは、足元に純白の仔狼を侍らせたレイだ。
その姿に、白蘭は言葉を落とした。
「…レイちゃん。何処から、君の計算通りなんだい?」
ユニがやって来たのは、まず間違いなくレイの策だ。
自分が提案したチョイスも、彼女にとってはユニとの合流のためだけの茶番。チョイスの結果など初めから目もくれず、その後の計略すら練ってここに来ている。
こちらが舞台でも見るような、そして演じているような気分でいたが故に受けた被害は大きい。
一体いつから? 何処から自分達は踊らされていた?
その答えは美しい笑みと、凍てつく瞳と共にもたらされた。
「初めから───と言ったら?」
口調こそ冗談めかしているが、その声には甘さが微塵も含まれない。
初めから。
つまり、彼女がこの未来に来る時点で、この展開は決定されたものだったのだ。
その事実を突き付けられた白蘭は、幾つもの世界での彼女の在り方を知り、抱いた思いを思わず口にしていた。
「レイちゃん…残念だよ。君と僕は似てるからさ、わかり合えるかなって思ってたんだけど」
しかし、レイは揺らがない。
白蘭とも似通う異常も含めて丸ごと己を肯定された経験は、今尚彼女の根底に深く根付いている。
そしてそんな己を受け入れてくれる友の存在が、最愛の家族を失い、一度埋められたが故に更に歪な状態で露わになった欠落を、家族とは違った形で───それでも確かに、再び埋めたから。
「白蘭。私とお前は似ているのでしょうが…決定的に違います。わかり合うことは不可能です」
「そうかなぁ…何処も違わないように見えるけど」
こてりと、白蘭が首を傾げる。
その“違い”を理解できない男に僅かに、けれど確かな憐れみの目を向けていたレイは、次の瞬間目を見開いた。
「そうだ、レイちゃんだけでも
それは、もう少し時間を掛ければ自分達の違いを理解できる、若しくはレイを納得させられると考えたが故に出た言葉。
しかし、同時に───レイの逆鱗に触れる一言でもあった。
「───…こんなこと、本人達に言うことはもう叶いませんが。…
静かに言いながら、レイはその瞳を閉ざす。
脳裏に甦るのは、何にも代え難い最愛の家族の姿。
兄であり戦友であり同胞だった、愛おしいファミリー。
思い出すのは、『彼女』が芽吹き育まれた、春の陽光のようにあたたかな日々の記憶。
未だ悲哀は尽きず、哀惜は消えず、心は寂寥を抱えている。
それでも、時間をかけて美しく優しい思い出として昇華しつつあるそれは、胸を刺すのではなく暖めてくれる。
本当の兄妹のような愛情をもらった。
大切なものを守る
己を貫く在り方だって、定めたのは彼らがいたからだ。
彼らによく似た、友達を見捨てる?
それは正解か?
否。
否。
断じて───否。
そんな選択肢は、存在すること自体が間違いだ。
「『友達』を見捨てるなんて───私は、彼らに顔向けできなくなる!!!」
双眸を見開くと同時、レイの右手中指、彼女がかつて最愛の青年から贈られたホワイトオパールの指輪───雪のボンゴレリングが強く輝き、一拍後。
轟、と冷気を伴う純白の炎が吹き上がる。
それは、ただの事実だ。
それは、例え
彼女はそう、信じている。
その信頼が裏切られることは有り得ない、とも。
深い青を湛えた双眸で白蘭を見据えたまま、レイは腰の
そして小さく、囁くように、詠うように言葉を紡ぐ。
「─── 我らが大空よ。
今一度、この剣を執ることをお許しください」
誰に聞かせるためのものでもない、たった一人に届くことのみを願った言葉が、彼女以外の耳に入ることなく空に溶けた。
応える声はない。
それでも、きっと届いたと信じて。
「ユースティティア───…
雪を乗せ、風が荒れ狂う。
それは、彼女の誓いの証。
たった一人の大空に捧げ、彼のためにのみ振るうと決めた忠誠の剣。
その片割れたる、焦がれてやまぬ唯一無二に預けることを願う剣。
本来ならば、今の彼女が振るうことは有り得ないモノ。
だがしかし。
今守るべき友が、いずれ己の大空の願いを、現実のものとすると信ずるが故に。
そしてそれ以上に、家族と同じくらいに、友を守りたいから。
「───初代雪の守護者は、その神算鬼謀さ、そして敵対者への容赦なさが広く知られている。
だが彼女はその反面、降伏した敵は同士の一として扱い、敵味方を問わず死者を悼むことを忘れなかったなど、慈悲深さもまた人一倍だったという。
あれこそが、」
「ああ───…深々と降る儚き雪花と謳われた、
他ならぬ本人が今
(懐かしい)
かつてと同じように空気を斬る感覚と、見掛けからすると軽い重み。
艶やかな淡い紅色の唇の端が、ゆるりと引き上げられる。
打撃武器にもなり得る鉄の塊は、幼い彼女の細腕には重過ぎた。
だから中を空洞にして、片手で悠々取り回せる重量に。脆さは幻術の仕組みを応用した修復・自己補完で何とかする。
幼き日の工夫と努力の結晶。他でもない、彼女だけの武器。
王たる彼ではない誰かのために使うのが、途方もない裏切りのような気がして、己の手で封じた剣。
その枷を、まさか未来の己が壊すとは思いもしなかったけれど───それでも。
喩え、王がいないのだとしても。
喩え、永き時の果てなのだとしても。
それでも───その双つの剣こそ、ボンゴレに於いて第七の天候を司る少女が、その力を遺憾なく発揮できる
それぞれの手に携える双剣に、両の靴底に備えた刃。合わせて四つ。
形状や使用方法こそ異なれど、師たる村雨と同様に四の刃を操ることとなった雪花が、ユニを守るように立ち塞がる。
その背に、綱吉が声を掛けた。
「レイちゃん、でも……!!」
「チョイスのことですか? 元々
「な…!?」
「お前、初めからこのつもりだったな…!!」
驚嘆と畏怖が混じる獄寺の声に、レイが心底愉しそうにニヤリと笑う。
初めから白蘭の提案など歯牙にも掛けず、自身の計画のためのピースに貶め、それを以てこちらに有利な結果のみを引き寄せた。
同じ土俵に立つつもりなど更々なく、ただ目的のために踊らせる───それこそ、彼女が冷酷なる吹雪と謳われる所以。
ああまで言ってのけたレイがいる以上、チョイスのことで何を言おうと時間の無駄にしかならない。
ならばと、白蘭はその標的をユニへと切り替えた。
「ユニちゃん、ボスのユニちゃんが裏切ったとして、残されたブラックスペルがどうなっても───」
「まだそんなことを宣う余裕があるとは、驚きました」
呆れが滲む声で白蘭の言葉を遮り、ユニへと顔を向けたレイが告げる。
「安心しなさい、ユニ。君の騎士サマにはちゃんと届けてあります」
「───はい!!」
彼の性格上、弟以外をミルフィオーレとの戦いの場に連れてくることはないだろうが、ブラックスペルの面々の安全ならばとっくの昔に確保されている。
綱吉の抱いた懸念を吹き飛ばすように嫣然と、勝気に笑って見せたレイに、琥珀の双眸が一瞬大きく見開かれて。
「───来るんだ!! オレ達と一緒に!! みんな!! この子を守ろう!!」
次々と応じる仲間の声と、小さく、けれど確かな感謝の言葉に、レイは満足げに微笑んだ。
・取り戻した彼女
相も変わらず兄達への信頼度と理解度が天元突破している。
ちゃんと誓約書を書いた訳でもなく、ミルフィオーレが一方的に言ってきた上にボンゴレ側は誰一人として同意していないので踏み倒し一択。修業期間の確保とユニとの合流のための時間稼ぎができたので言うことなし。鬼畜。
改めて双剣を手にし、担う意味が増えていることに気付く。この剣が忠誠ならば、もう片方は───
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的64 その
六道君の援護。
着地に失敗し方々へ散った追っ手。
並中へ向かった雲雀君達。
大丈夫、全部予定通りに進んでる。入江君の大怪我は防げたが、そのバタフライ・エフェクトが起きる様子もない。
……本当はいいことなのだが、素直に喜べないな。だって、それはつまり───
「レイちゃん? 大丈夫??」
「え、ああ、問題ありません。京子ちゃん達も大丈夫ですか? その、だいぶ怖い思いをさせてしまいましたが…」
女子の更衣室で、京子ちゃんに尋ねる。
半ば予定調和とは言え、彼女らのいる場所を戦いの真っ只中にしたのは私だ。
「…それは、少しは怖かったけど」
「でもいいんです! ハル達を守るために、レイちゃんやツナさんがいつも頑張ってるのは知ってますから!」
京子ちゃんが右に、ハルちゃんが左にくっついてくる。
何となくこそばゆくて、顔が赤くなった。
だが、そんな幸せは、ほんのひと時しか許されない。
脈絡なく響いた警報音に、ブラウスとコルセット付きのジャンパースカートの上から
「うお"ぉいっ!! 何事だぁ!!」
「全員無事か!」
「スクアーロ! ジェラルド!」
通信室から救援を要請していたスクアーロ君とジェラルド君の背後の壁が崩れ、ボンゴレアジトに侵入した賊…嵐の
奴は態度こそ真面目とは程遠いが、目に見えない嵐の炎で先制攻撃を仕掛ける等頭は回る。
「そろそろ一人でゆっくり静かにひっそり、暴れてぇーんだぁ!!!」
「ハッハハ!! そーいやそーだな♪」
「そういうことなら、私も残らせてもらいましょう」
ゔぉい!! とただでさえ大きい濁声を張り上げるスクアーロ君に、肩を竦めて見せる。
「少し確認したいことがあるのです。君の邪魔はしませんよ」
「わかりました。隊長! もし戻って来なかったらボスのアレソレの後始末全部隊長に押し付けますね!!」
「う"おぉぉおい!!」
ヴァリアーの二人の遣り取りに笑い、後ろ手に手を振って沢田君達を急かした。
「わ…わかった!! じゃあみんな…アジトから出ようか…?」
戸惑いながらの指示とユニの礼を聞き届け、即座に霧のリングに炎を灯し、幻術を使う。
対象は勿論ザクロだ。
「! …何をする気だぁ」
「静かに、見ていなさい」
スクアーロ君が異変に気付いてこちらに寄ったのを確認して彼の姿を幻覚で隠し、氷で作った人形を幻術でスクアーロ君に見せてザクロと戦わせる。
私は有幻覚が使えない。だけど、普通の幻覚の精度なら
それでも賭けにはなるが、勝算はある。
私の師匠が、私の幻術のクセを知らないはずがないんだから。
修業の時の山本君の動きとチョイス会場離脱までの戦闘で覚えた、
私の幻術でカバーが追い付かなかったところは、いつの間にか誰かの手によって補われている。
さすがは師匠、私が何をしたいのかも全部わかっている様子で、補い方にも無駄がない。
そして、あっという間にザクロが幻覚のスクアーロ君の左腕を切り落とした。
驚愕に息を飲むスクアーロ君は放って、更にダメ押しに、声帯模写で再現したスクアーロ君の声で沢田君達に通信を入れる。
完全に再現できる訳ではないから山本君やジェラルド君辺りには確実に気付かれるだろうが、ザクロさえ騙せればそれでいいので問題はない。
最後にスクアーロ君が危ないことを悟った私が撤退するところを見せれば完璧だ。ザクロは自分が何と戦わされていたのかも気付かず、豪快にアジトを壊しながら立ち去った。
「…オレの技が、既に見切られていただとぉ…?」
「白蘭は
「お前が確かめたいっつったのはこれかあ"ぁ…」
その通りである。正確には、私がこの情報を知っていてもおかしくない状況を作ることが目的だったのだが。
これで、ボンゴレ
思わず、ポケットに隠したものを握り締める。
「ボンゴレ
「それもそうだなあ"ぁ!!」
旧知の仲であるディーノ君が心配なのか、それともただ単に気合を入れるためか。今までよりも大きく答えたスクアーロ君を連れ、アジトを脱出する。
その直前、
◆
「ゔおおぉい!! もう少しマシな移動手段はねえのかあ"ぁ!!」
「仕方がないでしょう、迂闊に街に出ては
今私達がいるのは、並盛上空50m地点。
スクアーロ君はこれに乗って直線距離で並中まで突っ切るのだと思っていたらしく、上昇し街を見下ろせる位置についてから文句ばかり言っている。
だが、こればかりは私も譲れない。スクアーロ君は目立つ、とにかく目立つ。そんな奴を地上に出したらいいカモだ。タイミング的にも桔梗やブルーベル、トリカブトら増援とかち合わずに済む以上、空路を使わない理由はない。
並中上空まで移動しながら、今沢田君達が川平不動産を目指し走っているのだろう商店街の方を見る。
彼らのことは、心配ない。
川平がいる限り、沢田君達がザクロの襲撃を受けることはないと、断言できる。
不意に、黄色の閃光が並中から溢れ出した。
「ゔおぉい! あれは何だぁ!!」
「わかりません…急ぎますよ!!」
デイジーが修羅開匣を使ったということは、沢田君達はザクロから逃れた、ということでいいだろう。
通信機器をおいそれと使う訳にも行かないので、その情報を得るためにもディーノ君と合流しなくては。
校舎の間に橙色の光を見とめ、犬ゾリの速度を更に上げる。今のは確実にディーノ君の
「このまま突っ込む、舌を噛まないように注意しなさい!」
何かを喚くスクアーロ君のことは無視だ。できれば気が散るので黙って欲しいが。
鞭と思しき橙に黄色が急接近している。
デイジーの腕が再生しているのも、ディーノ君の鞭の一振り一振りも視認できる。
後、もう少し…───!!
「させるものですか───!!」
所々に
ズザザザ、と地面を滑って校舎にぶつかり、ようやくソリが停止した。
「全員無事ですか!!」
「少しはオレのことを気にしろぉおお!!」
いやそんなに叫べるってことは間違いなく元気でしょう、君。
スクアーロ君のことは気にせず、ソリから飛び降り周囲を見回す。
ディーノ君はソリが突っ込んだ余波で尻餅をついているが無傷。草壁君とロマーリオさんは言わずもがな。雲雀君は…。
と、轟音が響いて校舎の壁に何かがめり込む。
下手人が雲雀君とくれば、めり込まされたのはデイジーで確定だろう。
「よし、ここは雲雀君に任せましょう」
「何言ってんだぁ、相手は
「オレの技も攻略されていた…ありゃさすがの恭弥と言えどキツイんじゃねーか?」
否定的な意見を述べるスクアーロ君とディーノ君、不安げに見つめる草壁君とロマーリオさんに、ふ、と笑いが漏れる。
「何のためのボンゴレ
白蘭は私達のことを侮っている。
幾度となく相対し、そして滅ぼした
だが…獲物がいつまでも狩られるのを待つだけの存在だと思っているのなら、その慢心を利用し尽くすまで。
「いくよロール、
光が散った時には、彼の手には黒光りする手錠が収まっていた。
自分以外で初めて見る、ボンゴレ
あの武器の原型となった手錠を、日常的に見ることができた頃。
こんな未来が待っているなんて、思いもしなかった。
私も彼らと同じように受け継がれる側なのだと、疑いもしなかった。
まさか、その頃の自分の跡を、表向き継ぐことになるなんて。
まさか、ボンゴレ
本当に、考えもしなかったのだ。
「レイさん、大丈夫ですか…?」
「何がでしょうか、草壁君」
「いえ、何というか…目が…」
心配そうに見て来る三人を、雲雀君とデイジーの戦闘に集中しているフリをして無視する。
それでも紫の炎を纏った手錠が振るわれる度、思い起こされるのは戦場での彼の姿。
ああ、私は本当に彼が好きなのだと、こんな時なのに再確認してしまう。
女々しくも考えている間に、調子に乗ったデイジーがペラペラと修羅開匣に関する情報を喋ってくれる。
彼がこちらに注意を払っていないことを確認の上で、ディーノ君に尋ねた。
「ところでディーノ君、沢田君達は今何処に?」
「五丁目の川平不動産で匿われてるが…お前、呑気だな。恭弥が押されてるってのに」
予測通りに運んでいることへの安堵と共に、ディーノ君の問いの答えを呟く。
「信じていますから」
彼も私の
そんな思いを込め、口角を上げて告げると、ロマーリオさんと草壁君が何故か微笑ましげな生暖かい視線でこちらを見ていた。
それに首を傾げつつ、言葉を続ける。
「それに、彼のボンゴレ
見れば、既に雲雀君は立ち上がり、両手で手錠を回している。
その仕草を、彼もよくしていたと記憶を辿って。
「その程度なら
(───あ、らうでぃ、くん……?)
はく、と意味を成さない空気が喉から漏れた。
今、一瞬。ほんの一瞬だけだけど。
彼の姿が、確かに見えた。
今の私でも胸に届くかどうかというくらいに背が高くて、細く見えるけど意外に肩幅もあって、がっしりしてて。
守護者最強の渾名に恥じずとっても強くて、『鬼神』なんて呼ばれたこともあった。
それなりに手入れはしているらしくてふわふわの髪は、綺麗な
瞳は深い湖に喩えられる私のそれより薄い、冬の空の色。
いつも人付き合いなんて二の次で、ジョット君の誘いも断ってばっかり。
でも、本当に危ない時は誰よりファミリーに優しくて。
まるで子供にするみたいな頭の撫で方は、少し不満だったけど。
低くて優しい声で、名前を呼ばれるのが好きだっ───あれ。
あれ、思い出せない。
彼が私を呼ぶ声が、どうしても見つからない。
顔から、血の気が引く。
いつかはこんな時が来ると、わかってはいたけれど。
何故、今なんだ。
(今更、なんで、こんなこと)
胸の懐中時計を、握り締める。
本当に、何故今更。
こんなことに気付く機会は、前からあっただろうに。
怖気付いた?
…いいや、まさか。
この私が恐れるなんて、バカなこと。
「思ったより情けないね。君が死にたくても死ねないのは、晴の活性の炎が体内を巡っているからだろ?
これは風紀委員が没収する」
けれど、全身を締め上げられ、泡を吹いて倒れたデイジーのリングを雲雀君が奪ったところを見ても、体は動こうとしなかった。
・(表向き)2代目雪の守護者
自分のことを受け入れてくれた友達も、何も言わずに無茶振りしてもしっかり応えてくれる兄も大好き。こっそり頭を撫でてくれたのが本当に嬉しかった。
しかしそれも一転、大好きな人の声が記憶から消えていることに気付いてしまった。正確には忘れた訳ではない。つい10日前までイントネーションどころかニュアンスまでそっくり同じ人と接していたので、そっちに上書きされてしまっているだけ。
・(表向き)10代目雲の守護者
使い勝手がわかり過ぎる武器を手にした。気を付けないとトンファーではなく手錠がメインウェポンになりそうな気がしている。
尚この人は気に食わない裏切り者が未だに現世を彷徨っているとは知らない。何故かと言えば一度死んでからの記憶を『生まれ変わりの対価』という形で差し出したから。
・初代兼2代目霧の守護者
末妹が何をしたいのかに即座に気付いてサポートしたぐう有能師匠系亡霊。
尚この人は未だに10代目雲が自分の天敵だと気付いていない。いや似てますがまさかそんなはずは…。10年後のレイが雲雀と結婚した時もあいつのドッペルゲンガー野郎とですか…当人じゃない分まだマシですかね…などと複雑な心境で祝福していた。残念、そっくりさんどころか魂レベルで同一人物です。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
標的65 暴かれた秘密、暴いた真実
「本当に行くんだな?」
「くどい。大丈夫だと言うのは何回目ですか?」
日が暮れた並中の校庭で、ディーノ君が念押しのように今までも尋ねた言葉を重ねるのに呆れた顔を作って返す。
足下には、並中に来る時にはソリを引いていた氷の犬が我関せずと言った顔で侍っている。
「夜闇に紛れるためにこんな時間まで待ったのです。街は通らず空から一直線に向かうし、そう心配する必要はないでしょう」
私の騎乗する犬はスネグーラチカで創られたもの。正確には炎を使用している訳ではないから、レーダーに捉えられることもない。
リングも加工を経ているからかレーダーでは捕捉できず、もう一つ言うなら炎の波長も例がないものであるため、わざわざ採取し登録しなければレーダーに映らないという、とんでもないステルス性能を誇っている。透明人間みたいで私としては嫌なんだが。
反対するための意見を潰されたディーノ君は、苦い顔で頷く。
「くれぐれも気を付けるんだぞ」
「無論です」
ディーノ君の言葉に笑うと、不意に雲雀君が近付いてきた。
何をするでもなく、ただ黙って目の前に立つ。
雲雀君の意図が読めず、僅かに首を傾げた刹那。
唐突に、ぐいと顔が引き寄せられた。
後頭部を抑えられているのだろう。互いの距離は吐息が掛かる程に近い。
「ちょっ………いきなり何を!!」
頭を思い切り振って、雲雀君に手を離させる。
それでもまだ近付いたままの彼を睨んだ。
そんな私の目の前で、雲雀君はフッと嗤うと左腕を掴み、軽くひねり上げてきた。
「ようやくボロが出たね」
その足下から意識して立てたのだろう、ザリ、と砂を踏む音がして。
視線をやった私は、息を呑んだ。
ブーツを履いたその脚を、雲雀君がしっかりと踏んでいたのだから。
「どういう…レイ、お前……」
「鈍ってる…という域じゃないね。もう感覚すら無いんだろ?」
青灰色の瞳に射竦められ、表情を歪めて黙したまま目を伏せる。
それが、雲雀君の言葉を肯定する行為に他ならないとわかってはいるけれど。
「そんな…いつから」
「少なくとも、メローネ基地を攻略した時にはこの状態だったと思うよ」
目を見開いたディーノ君が思わず、と言った様子で零した言葉に、雲雀君が答えを返す。
その様子を見て、体の力を抜いた。
この状況では追求は免れないからだ。
まあ黙っていられるなら黙っていたい、くらいのことではあるが、このタイミングとは。
京子ちゃん達がマフィア云々を知ってからはきちんと説明して、幻覚も解いていた。人は見慣れてしまえばそれを異常だとは思えなくなる。
それを狙っていたんだが…まさか、雲雀君に勘付かれるとは。基本こちらに干渉して来ないからと想定を甘くして、他にリソースを割いたのが裏目に出た。
「…何故気付いたのですか」
「安心しなよ、確信が持てたのはチョイスの会場で、君が
私の腕を吊り上げたまま、雲雀君は不敵に笑った。
対する私は、自分でも苦々しげな顔をしているとわかる。
レーダーには感知されないのをいいことに、今までずっと半開匣状態を保ってきた。
雲雀君はあの混乱の最中、仔狼の方だけが双剣になっていたことに気付いたのだろう。そこから分割構造に思い至り、そしてそんな物を組み込まなければならない理由に辿り着いた。
思い当たる節があったのだろう、呆然とした草壁君が疑問を口にする。
「レイさん…まさか、
「その通り。既に両脚の太腿と両腕の二の腕までは麻痺しています。痛覚どころか触覚も碌に機能していません」
自嘲するような乾いた笑いが、辺りに響いた。
メローネ基地で戦ったのがかなり響いたようで、攻略中はきつかった。神経を侵されているにも関わらず、よくもまあここまで誰にも悟らせずに戦えたものだ。
この場の面々の中で、比較的冷静さを保つスクアーロ君が口を開く。
「その
「ええ。元々、この時代の私もそのつもりだったようです。渡されたらすぐに開けろと指示されていたので、その通りにしました。その後は随分楽をさせてもらいましたよ」
雲雀君に放され、ひらりと振った手の指先にまで、氷の蔦は絡み付いている。
怪しまれることを承知でそれを許容したのは、そうでもしないと取り繕えないレベルだったから。
「ティアには最新科学を用いた体の補助機能が搭載されています。元は医療分野において利用されるものですが、今の私は半身不随も同然ですから」
「なんで……何故言わなかった! そんな体じゃ戦闘どころか日常生活すらままならないだろう!!」
至極冷静に己が
怒りに顔を歪めた彼を直視することができず、そっと視線を逸らす。
それは、私が痛みを隠してきたことへの怒りで、気付くことができなかった自分の不甲斐なさへの怒り。
私達の
今回の場合に於いて、ジョット君は私を怒らないだろう。
周囲を頼らなかったことについてはお小言を言ってくるかもしれないが、それすら計画に必要だったのだと知れば、ただ哀しそうな顔をして、私の頭を撫でるのだ。
だって彼は、私を信じてくれている。
私の行動が最善だと、そう信じてくれている。
私も、彼を筆頭に家族の哀しむ顔なんて見たくなかったから、自重はしていたけど。
「明日を、無事に迎えるために」
「明日?」
「ええ。───この時代の私の計画通りならば、明日、全てに決着が着きます」
己の行動は全て、明日のための布石。
明るい未来を掴むためだけに、今私はここにいる。
「だから、沢田君達には言わないでください。これ以上彼らに重荷を背負わせたくない。どうせ明日で全部終わるから、せめてそれまでは」
お願いします、と頭を下げた。
その発言の意図が理解できるからこそ、ディーノ君は押し黙る。
メローネ基地突入作戦の時と同じだ。
どう転ぶかわからない、だからできるだけ士気を下げるような情報は伏せていたい。
これでも私はボンゴレ作戦参謀。ついでに言うなら、ファミリーには情報戦のノウハウを知り尽くした諜報機関の長と、人心掌握に長けたあの時代随一の術士がいる。
情報の取捨選択と、それを心理戦で
「……わかった、ツナ達には黙っておく。勿論リボーンにもだ…恭弥とスクアーロも、それでいいな?」
「…フン」
「構わねぇぞぉ」
果たしてディーノ君は納得し、雲雀君とスクアーロ君も頷いた。
その十数分後、私は森の上空にいた。
少々予定外のハプニングが起きてしまったが、どうやらみんなが仮眠を取る前に間に合ったらしい。
焚き火の灯りを頼りに潜伏場所の窪地を見つけ、降下する。
すぐに気付いて駆け寄って来たのはジェラルド君だ。
「…もしかして、何かありましたか?」
「雲雀君達にバレた。君は黙っていなさい、面倒なことになるでしょう」
長々と立ち話をしていると怪しまれるので、手短かに伝える。
何がバレたのかも察したジェラルド君は、真剣な顔をして頷いた。
「わかりました。あの…ところで、隊長は」
「スクアーロ君なら、ディーノ君達と共に合流することにしたようです」
次の質問の答えをわざとみんなにも聞こえるように告げると、山本君が顔を輝かせた。
スクアーロ君の無事を改めて確認できて嬉しいのだろう。本当に、雨って奴は。
…ズレは山本君の存在と、みんなの怪我の程度くらいなもの。ジャンニーニ君、スパナ君、ビアンキさんはボンゴレアジトに戻ったようだ。
「…ユニ。少し、話がしたいのですが」
「わかりました」
ジェラルド君にも向こうに行ってもらい、ユニと二人、並んで座る。
ついくせで空を見上げると、星が綺麗だった。辺りに民家がないからか、かつてジョット君達と見たものと遜色ない輝きに、頬が緩む。
「星、お好きなんですか?」
「好きなのは星というより、空です。……こんな満天の星空は、懐かしいの。家族と一緒に見た夜空を思い出す」
今より科学技術が進歩しておらず、光が遠かったあの頃。どうしても本部に夜遅くまで残らなくてはいけなかった時に、よくこうして星空を眺めたものだ。
数人でバルコニーに集まって眺めていると、そこに残りのファミリーがいつの間にか加わって、結局いつものどんちゃん騒ぎになったっけ。
「家族、ですか」
「ええ。血の繋がりなんてカケラもない、育ちも性格もバラバラな」
それでも、『家族』と言われて思い浮かぶのはあの八人。顔も覚えていない両親には少々申し訳ないが、きっと刷り込みのようなものなのだと思う。
だって、『家族』として過ごした時間が長過ぎる。
一緒にご飯を食べて、話をして。そうして築いた絆を表す名を、私は『家族』以外に知らない。
淡く笑みを浮かべると、隣のユニが言葉を零した。
「レイさんが聞きたいのは、私の、私のものではない記憶について、ですね」
「よくわかりましたね。その通りです」
「この時代のレイさんも、私にそれを聞きましたから」
少しズレた帽子の位置を直して、ユニがまっすぐにこちらを見つめる。
「確かに私は母や、祖母の記憶を持っています。ですがそれは、厳密には私の中では記憶では無いんです。誰かの記憶であって、私のものじゃない」
「…そうか。ええ、そうですね」
記憶とは己で体験したもの。その連なり。
そうではないものは、ただの知識に過ぎない。
ユニにとっては母であるアリアや、祖母であるルーチェの記憶。
私にとってそれは、前世の記憶。
ジョット君達と一緒にいた頃から、薄々わかっていたことだけど。
ようやく踏ん切りがついた。
あの、『原作』の知識はつまり───
そしてあの時代には、ユニを始めとする大空のアルコバレーノのように未来予知ができる存在が、一人だけいた。
彼女らの先祖である
ボンゴレリングをジョット君に託したことと言い、マーレリングを代々受け継いでいたことと言い、彼女は
だから【私】の誕生を察知し、干渉することができた。
恐らく、変則的に起こった未来予知も彼女の予知を受信しただけ。【私】という存在に未来予知の能力は組み込まれていない。
そうまでして託してきたのは、私の助けとなるように願ってのことだろう。
けれど、それに付随してきた“生まれ変わった”という認識は、きっと彼女の個人的な欲だ。
何故彼女がそんなことをしたのか、今の私は理解できる。
告げる相手を失くした想いを、それでも
(…遺したかったのですね)
セピラ。彼女にとっての大切な人が、“そう”だったのだろう。
彼女が語った、もう戻れない世界での思い出を、どんな形であれ遺したかったのだろう。
その思いを否定まではしない。けれど、共感はできない。
大切な思い出であるのなら、誰かの目に触れさせて穢すことはしてはならなかった。
事実として、私はこの知識を利用し尽くしたのだから。
きっと、これは他の誰に知られることもない、貴女達だけの思い出であるべきだったのだ。
そうして、気遣わしげな視線を向けるユニに微笑む。
「ありがとう、ユニ」
「お役に立てたのならよかったです」
二人して会釈をし合い、何だかおかしくてクスクスと笑う。
夜明けが来ればこれまでの戦いを凌ぐ死闘が始まるというのに、気分は酷く落ち着いている。
「あ、呼ばれてますよ」
「レイちゃん、
京子ちゃんが呼んで、ハルちゃんが手を振っている。
バジリコン君が
森の方から戻ってきた
ちらりと振り向くと、ユニの隣に
(…大丈夫)
愛しい人とただ寄り添って、温もりを分け合う。
その“当たり前”の尊さを、私は知っているから。
・大事なものはしまい込むタイプ
純リボーン世界産。ちょいちょいあった転生系主人公らしからぬ部分(二月十四日でバレンタインデーを思い出さない、花見をしたことがない、人生二度目にしては精神年齢が幼い等)はほぼこれのせい。
未来予知はセピラの予知がレイに送り付けられていたもの。本来なら見れないはずのものを無理に覗かされるのに近かったため、消耗も激しかった。現代に来てから発動していないのは既にセピラが故人であり、発信源が無くなったから。
彼女自身が大切な記憶を踏み躙られているからこそ、セピラの行いを容認できなかった。
・大事なものは誰かに託してでも残すタイプ
レイに未来の知識を与え、同時に友人が話していた前世の思い出も付随させた張本人。
予知した未来が原作で言うところの29巻までなのは、友人の記憶と辻褄を合わせるためではない。しかしそれとは別に“それ以降”のことも予知しており、その予知こそレイが生を受けた理由である。
・大事なものは親しい人と共有するタイプ
正真正銘の転生者。ミーハーで雲雀推しの友人宅に向かう途中で信号無視のトラックに轢かれ、未来編の結末を知ることができなかった人。
しかし何の因果かリボーン世界の古代に生まれ変わり、同じ種族のセピラの友人となる。時代が時代であり、その上リボーンを読破していなかったため、最期まで自分が愛読した世界に転生したとは気付かなかった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む