ハリー・ポッターと氷の魔女 (かっさん)
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0.プロローグ

もう、エタらない!


ある少年が犬に追いかけ回されているころ

 

また別の少年が祖父に階段から突き落とされ魔力を発揮したころ

 

ある囚人が自分の無実を訴えることを諦めたころ

 

彼らはロンドン郊外に住んでいた。

 

スミス一家は近所では有名な家族の1つだった。

 

デニスとアマンダはその家族を一生懸命支えてた。

デニスはよく出張でアメリカやらカナダやらに飛んでいたが、帰ってくる時はかならずお土産を買い、自分が行った場所について面白おかしく娘たちに聞かせた。

アマンダはそんな忙しい夫を支え、同い年の友人たちが夜遊びをしているのを目の端に捉えながら自身は家事やら娘たちの世話やらに精を出した。それを本人はさも当たり前のようにやり、近所に住む年配の住人は感心したものだった。

 

「あんた、このおもちゃ使わないからさ、娘さんにね。」

 

「ありがとうございます、こんなにたくさん...」

 

そんな彼らに周りの人々が手を差し伸べるのは当然のことで、お菓子を差し入れしたり、育児のアドバイスをした。

 

2人の長女であるエルファバ・スミスは、年の割に大きい体に少し不健康なのではと思わせるほどの真っ白い肌、父親譲りの大きい瞳は深いブルーで、何より人目を引いたのは腰まである真っ白な髪の毛だった。

 

「おばさま、よければ荷物持ちます。」

「お母さん、大丈夫?体調悪そうよ。私がエディ見てるから休んで。」

 

その髪の毛を揺らしながら彼女は周囲のお年寄りの荷物を持ったり、年下たちのケンカの仲裁をしたり、公園の木の下で本を読んだりした。

 

大人びた知性、絶やさない笑顔、面倒見の良い性格。

 

同い年の子供を持つ親は半分本気でエルファバが我が子になってもらえないかとミミズを大量に持って帰ってきた息子を見ながら嘆いた。

 

 

エルファバの妹であるエディはすべてにおいて姉とは正反対だった。

母親のアマンダと双子なのではと思わせるほどそっくりなそばかすだらけの顔に父親から受け継いだ黒髪を揺らしながらエディが精を出すのは、いかに大量のミミズをペットボトルに入れられるかである。さらにそれをご丁寧に包装して他の女の子たちにプレゼントするのがマイブームだ。

 

それを代わりに謝りキャンディやらチョコレートをあげるのがエルファバの仕事でもあった。

 

「エディ....ダメよこんなことしたら。」

「どうして?」

「人が嫌がることはしちゃダメなのよ。たとえあなたが楽しくてもね。」

 

本日7人目の被害者に最後のチョコレートをあげたエルファバは、イマイチ分かってない妹に言い聞かせてた。

 

「わかった...ねえ、エルフィー!あたしね!きょうはかくれんぼしたのよ!」

 

分かってない...そうエルファバは思いつつも太陽みたいに笑う可愛い妹に何も言えなくなってしまった。

 

「そうなの?だからワンピースが汚れてるのね...どこに隠れたの?」

「んとねー!ゴミばこのなか!」

「うそ...きたない...」

「ちょっとくさかった!でもだれもみつけられなかった!」

 

この正反対の姉妹はとても仲が良かった。いつも手を繋ぎ、よくエディはエルファバに抱きついていた。エルファバはそんな妹の頭を撫でながら、ニコニコと妹の話を聞く。

 

「ねえ、はやくエルフィー!!!ジャックもメアリーもいるの!!」

「まーだ。公園についてからよ。」

 

そう言えばエディは顔をキラキラ輝かせ、エディの手を引っ張っていく。

 

「はやく!はやく!」

「ひっぱらないでエディ、そんなことしなくてもちゃんとできるから...」

 

そんな姉妹は大人たちの癒しだった。

 

「あらあら、エディは本当にお姉ちゃんが好きなのね。」

「エルファバは偉いな。ダミアンなんてこの間弟を仲間外れにして大変な騒ぎになったじゃないか。ちゃんと付き合ってあげるんだな。」

 

姉妹は笑いながら公園の広場にやってきた。木々は外の世界を覆い、少女たちの"秘密の遊び"を隠してくれる。

 

8月の太陽は人々の肌をジリジリ焼き、女性たちはそれを嫌い日焼けクリームやらサングラスやらで必死に、子供たちはそんなこと全く気にしない。ましてやこれから面白いことが始まるとなれば膝にできた傷も、いたずらで親から逃げてることも忘れてしまう。

 

「エルフィーだ!」

「うわ!やった!」

「エルフィー!」

 

エルファバは近所の子供たちの小さなスターだった。

なぜなら....

 

「まほうみして!」

「はーやーく!!」

 

5、6人の小さな手がエルファバが引っ張る。

 

「はいはい、わかったから...見てて。」

 

ニヤリと笑うとエルファバは自分の手の平を空に向け、ふうーっと息をかける。

 

 

すると手の上でキラキラと粉が舞った。

 

 

子供たちはその瞬間を見逃さないように、静かにその手の平を見つめる。

八の字を書くように手をひらひらさせれば、その粉たちは大きな塊となった。

 

「わー...!」

 

女の子はうっとりとした声を漏らす。

エルファバはその塊を掴み、地面へ叩きつけた。

バキバキっ!と音がしたかと思えば、叩きつけた先から地面は凍っていき、気がつけば広場はアイススケート場のようになっていた。

 

「すっごーい!!」

「いいなー!!!」

「スケートする!!」

 

もう何度もみているというのに毎回呼吸困難になるのではと思うくらい興奮する子供たちにエルファバは笑う。

 

子供たちは乱暴にリュックからスケートブーツを取り出して、滑り出した。

 

公園を季節関係なくアイススケート場にできるのも雪がなくても雪だるまを作れるのも、さらにはこの地域一帯を天候を変えることができるのは彼女だけだ。

 

エルファバは子供たちを喜ばすためだけにその"力"をつかった。

 

「ねー!きょーは、ドラゴンつくらないの?」

 

「あれはもうだめよ。だって、火のかわりに雪吹いてこの辺の木凍らせちゃって大変なことになったじゃない。お父さんがもう動くものは作っちゃいけないって。"しゅうしゅう"がつかなくなるからって。」

 

「えー...」

「今日はスケートだけ!ほらはやく行かないととけちゃうよ。」

 

男の子はドラゴンがつくれないことにご立腹だったが、できないものはしょうがない。エディはきゃーきゃー言ってる他の子たちの方へと滑っていった。

 

エルファバもたまに転びそうになる年下たちの周りに柔らかな雪を放ちながら、自身も夏のスケートを楽しんだ。

 

一時間後くらいに親たちが向かいに来る。その時にはこの氷は全て溶けるだろう。たとえどんなに子供たちがエルファバの力の素晴らしさを語っても、親たちはそれを空想上の話として聞くのだ。

 

そうやって、子供たちの秘密は成り立ってきた。今日までは....。

 

 



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賢者の石
1.入学許可証


そう、あの日まではすごく平和だった。少なくとも私は笑ってたし、お母さんやお父さんだって私が好きだった。エディのことを嫌いなフリなんてする必要なかったんだ。

 

あの日、いつもみたいに近所の子数人とエディと一緒に遊んでて、楽しくなって、もっともっとってせがまれて、いろいろ自分の能力を見せたんだ。その辺の木を凍らせて、オブジェみたいにしたりとか。みんなで楽しんでた。

 

私の力が、エディの胸に直撃するまでは。

 

新しい木に力を放った時、走ってきたエディの右胸にそれが誤って当たった。倒れてどんどん冷たくなっていくエディに私は何度も名前を呼んだ。色黒の肌がどんどん白くなり、所々に霜がつきはじめ、さらには力が当たった場所からどんどん体が凍っていった。

 

異常に気づいたお父さんが慌ててエディを抱えていった。

真夏なのに家で暖炉をつけた部屋で、ブランケットに包まれた私の妹はお母さんに何度も何度も抱きしめられ、キスをされた。私は何もできず、扉の陰でひっそりと妹の行方を見ているしかできなかった。

 

数時間...私は数日に感じたけど、妹を包んでいた氷は溶け、目を覚ました。ほっとしたのもつかの間、お母さんは私に平手打ちをした。何度も何度も。

 

『なんでこんなことしたの!!許さない!!!許さないんだから!!!』

 

あの時のお母さんの顔は一生忘れられないだろう。憎悪。名付けるならあの顔は憎悪に満ちた顔だ。頬がヒリヒリしたが、見たことのないお母さんの顔を見て私は生きている心地がしなかった。

 

『私の娘に二度と話しかけないで!!!』

 

その日から、私は学校に行かなくなった。というか行けなくなった。お母さんが私を見るたびに癇癪を起こすから。

 

部屋で1人静かにお父さんが貸してくれる本を読み、お母さんがいないスキを狙いトイレやシャワーへ行く。

 

そんな日々が3年続いた。

 

 

 

 

------

エルファバは突然の来客に恐怖を覚えた。

 

「あなたがエルファバ・スミスですね?」

 

来客者は四角い眼鏡をキラリと光らせる。

 

「…はい…」

 

やっと絞り出した声が聞こえたかエルファバは疑問だった。声を出すのはいつぶりだろうか。声を出したら眉を上げたので、ちゃんと聞こえたみたいだ。

 

「あの…誰…です…か。」

 

落ち着け…落ち着け…

 

エルファバは必死に呪文のように唱える。

(この人に私の力を見せちゃダメだ…大変なことになる…。)

 

「私はホグワーツ魔法魔術学校で変身術の教授をしていますミネルバ・マクゴナガルです。本日はあなたにお話をしに参りました。」

 

何が何で何をしに来たって?

 

あまりにも突然の自己紹介は、エルファバの恐怖を吹き飛ばしてしまった。

女性ははあっとため息をつく。どうやら顔に出てたらしい。

 

「どうやらデニスはあなたに話していなかったようですね。」

 

と、来客者はゴソゴソとマントに手を入れだした。

 

(この人はこんな夏に一体なんてものを着ているの?黒は太陽の熱を吸い取るんでしょ?それなのに首から足まで黒い服を着て...この人の制服なのかな。もしそうだとしたらこの人可哀想。そうじゃないにしてもなんでこの人はマントなんて羽織ってるのかしら。)

 

嫌なこと、悲しいことがあったとき、エルファバは全く関係ないことを集中して考える。今はそのどっちでもないのだが、頭のおかしな女性が自分の部屋に来るという出来事のせいで頭がパンクしているのだ。

 

「あなたは魔女です。あなたのお父様、お母様がそうであるように。」

「…あっ…そう…」

 

(このおばさん、今すっごく、すっごく重要なことを言った気がする。なんだろう。頭に入ってこない。)

 

エルファバは今言われたことを復唱した。

 

「あなたは魔女、つまり、私が魔女…」

「そうです。」

 

まあ、これは納得がいった。自分の力がおかしいことは本を読んで知ったからだ。普通の人は怖い夢を見たときにベットを凍らせたり、びっくりして周辺に雪を降らせたりしないのだから。

 

「あなたは怖いことや嫌なことが起こったときに不思議なことがありませんでしたか?」

「…ありすぎます。」

 

まあそうでしょうね、と女性は鼻を鳴らす。

 

「あ、えっと…」

「マクゴナガル教授です。」

「あっ…はい…えっと…あなたは…」

「あなたにホグワーツへの入学許可を伝えにきました。」

 

教授がエルファバに渡したのは一枚の手紙だった。

 

ーーーーーー

 

ミス・スミス

ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可されたことを心よりお喜び申し上げます。教科書ならびに教材のリストを同封しましたのでご確認下さい。

 

ーーーーーー

 

「あ、つまり…」

「この世界には魔法使い、魔女が数多くいます。マグルはそれを知りませんがね。若い魔法使いたちは学校に通い魔法の制御と共に魔力促進に専念します。」

 

(それって…)

 

「じゃっ、じゃあ、いるんですか?私みたいな子がいっぱい…」

「ええ、そうです。」

 

エルファバの頭の中でもやもやしている霧がどんどん晴れていき、胸の奥から何かが高揚してきた。

 

(私だけじゃなかったんだ!!他の、私が知らない誰かも私と同じようにこの力に怯えて悩んでいたんだ!)

 

でもまだ信じられない。

 

「あの…えっと、マクゴナガル…教授?」

「はい。」

「見せて頂けますか?あなたの魔法…」

 

まだちょっと信じられないんです、と言うと、教授は細い木の棒を取り出し、ヒョイっと一振りした。

 

パラパラパラパラっ

 

ベットの上にある"ハムレット"が宙に浮き、勝手にページをめくり始めた。

 

「うわ。」

「信じて頂けましたか?」

「はい…」

 

信じざる得ない。エルファバはそう心の中でつぶやく。

 

「あなたにはホグワーツに行く意志があるようですが、問題は…」

「その子を魔法学校なんかには行かせないわ。」

 

扉の方でエルファバの母親であるアマンダは腕を組み、寄りかかっていた。黒い髪の毛をなびかせ、クマがある目は私をじっと睨みつけている。

 

「行かせないとは?」

「お金がないもの。学費見たけど、こんなバカ高いお金払ってもその子の力が抑えられるとも思えない。」

「全ての幼い魔法使い、魔女は皆入学前は魔力を抑えられません。ホグワーツでその方法を…」

 

教授が言い終わる前にアマンダは、手をヒラヒラさせてそれを制す。

 

「私が言ってるのはデニスが持ってるような魔力の話じゃないわ。」

 

(デニス?お父さんも魔法が使えるの?

…さっきお父さんも魔法使いでお母さんもって言ってた…。)

 

「お父さんも魔法使いなの?」

 

一応質問してみたが、それに対してアマンダが回答することはなかった。エルファバが存在しないかのような扱いだ。慣れている。怒鳴られたりしないだけで、ラッキーと思うべきか。

 

「あなたのお父様はホグワーツ出身ですよ。優秀な魔法使いでした。」

 

アマンダはキッとマクゴナガル教授を睨んだが、当の本人はアマンダの目をみたまま微動だにしない。大物だとエルファバは思った。

 

「この子の力だけじゃないわ。この子は化け物よ。自分の妹を面白半分で殺そうとするんだから。」

 

心臓を鷲掴みされたようなショックがエルファバの全身を駆け巡る。

 

『エディ!!しっかりしてよ!!エディ!!』

 

私の声に反応しないでただ凍っていく妹の体。何もできない私。怖いお母さんの顔。

 

ごめんなさい。もう何もしないから。いい子にするから。

 

エディとかかわらないから。

 

「…なさい…止めなさい!!」

 

母親の声でエルファバは現実へと引きずりもどさせれた。

 

「本当、あんたって子は!!」

 

その言葉で気がついた。

 

エルファバの周囲にヒラヒラと純白の雪が降り、隣にいるマクゴナガル教授の肩に乗って溶けていた。

 



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2.生き残った男の子との出会い

「あなたも…」

 

マクゴナガル教授は長い沈黙の中でそう呟いた。

キラキラと舞っている雪を見つめる瞳は長年会っていない親友に再会したような目をしているのだが、エルファバはそれに気がつかなかった。無意識に出してしまった自分の力にただただ唖然としていた。

 

「ごっ…ごめんなさい!!!あ、えっと…」

 

チラリと教授はエルファバを見た。その瞳はキラリと光に反射してエルファバは思わず見とれてしまう。

 

(私が力を操れなくて哀れんでいるの?でも、他の魔法使いだって最初は操れないって言ってたし。)

 

「この子はホグワーツに行かなくてはなりません。」

 

エルファバから目をそらし、きっぱりとした主張で教授はアマンダに言った。

 

「この子自身に我々とは違う"別の力"があるのは分かりました。しかし、それとは別にこの子にはデニスと同じ魔力があるはずです。その証拠に彼女の名前は生まれた時から入学者リストに載っています。」

 

やっと整ったエルファバの頭の中がまた混乱しだした。

 

(別の力?つまり私みたいな力を持つ人は魔法学校でさえも少ないってことかな?話からしてお父さんが魔法使いなのはもう決定みたいだけど、私にはその力もあるって)

 

「でもそれは…」

 

こんどはアマンダが話を遮られる番だった。マクゴナガル教授は声を少し大きくして話を続ける。

 

「金銭面の心配はなさる必要はございません。実は先ほどデニスと会いましたが彼は自分の娘達のためにお金をしっかりためてました。少なくともホグワーツ卒業までしっかりお金を払えるそうです。」

 

教授は一呼吸おき、言葉を続ける。その声色は軽蔑がこもっていた。

 

「彼は自分の娘に入学許可書が届いてることすら全く知らなかったようですがね。」

 

アマンダは下唇を噛み、教授から目をそらした。

 

「いいでしょう。この子をその学校に行かせましょう。私は知りませんよ。」

 

エルファバは必死で無表情を貫いたが心の中はここ数年かんじなかった喜びで舞い上がってしまいそうだった。頑張って今にも上がってしまう口角を押さえつける。その間、教授は早足で去っていくアマンダを見つめてからエルファバに振り向いた。

 

「さて、あなたの入学が決まったとなれば教科書やら杖やらを買わなくてはなりません。2日後、ホグワーツの職員があなたを迎えに行くように手立てしましょう。」 

「はい。」

「…あまり嬉しそうではありませんね。見たところ、あなたは長い間どこにも出かけずずっとここにいたように思えますが。」

 

(もういいだろう。お母さんはいないのだから。)

今感じる全ての感情を自分の顔に注ぎ込んだが、長い間笑ってなかったから頬がひくひくした。

 

「ここ数年感じたことない気持ちでいっぱいですマクゴナガル教授。最近あんまり笑ってなかったからちゃんと教授に伝わってると嬉しいんですが。私、人生で一番楽しい顔してるんです。」

「そうですか。」

 

教授の頬が一瞬緩んだのをエルファバは見逃さなかった。すぐに真顔に戻り、部屋の出口に向かって歩き出す。が、出て行くギリギリになって何かを思い出したかのように立ち止まる。

 

「まだこれをいうのには早すぎますが、ミス・スミス、入学おめでとうございます。」

 

エルファバが返事を返す前にマクゴナガル教授はキビキビと歩いていった。

 

ーーーーー 

 

2日後、エルファバは頭を抱えていた。

 

こんなの聞いてない。

 

エルファバの頭痛の原因は目の前でニコニコしているもじゃもじゃヒゲの大男だ。エルファバは長年人と関わりを持たなかったために、父親よりも巨大な男に恐怖を抱いていた。

 

こんな人にヒョイって持ち上げられてポキって体持ち上げられたら一巻の終わりじゃない。食べられちゃうかも。

 

必死に逃げる方法を考えてるエルファバに大男は陽気にじゃべりかける。

 

「お前さんがエルファバか!いやー母ちゃんにそっくりだな!!」

 

大男の声は玄関の踊り場を通じてキッチンまで響いてるだろう。じゃなければ朝ごはんを食べていた好奇心旺盛な妹がダッシュでこっちに来るはずがないのだ。そしてそれを慌てて追いかける母親も。

エディはピカピカの廊下に足を取られながらも目をキラキラ輝かせ、男に叫んだ。

 

「おじさんなに!?」

 

エディはかなり失礼なことを聞いたはずなのだが、大男はニコニコしながら答えた。

 

「俺ぁ、ルビウス・ハグリッド。ホグワーツ城の鍵とその周辺の管理をしてるんだ。ハグリッドって呼んでくれ。」

 

「ほぐわーつ!!」

 

エディはそう叫んだ後、エルファバの腕に巻きついてきた。

 

「ねえ!!エルフィーはほぐわーつで魔女になるんでしょ!?いいなー!!すっごいうらやましい!!あたしもなれるかなー!?」

「うるさい。あっち行って。」

 

エルファバは出せる限りの冷たい声で鬱陶しそうにエディを引き剥がす。こうしないと母親がうるさいのだ。

 

「エディ!!こっちに来なさい!!」

 

哀れな妹は母親にズルズルと引きずられていく。

 

「エルフィー!おみやげよろしくね!」

 

エディは引きずられてないほうの手でエルファバに手を振った。

 

「誰があんたのために買うもんですか。」

 

とは言いつつ、エルファバは普通に見える魔法の何かを妹にあげようと思っていた。そもそもこれから行く世界がどんな場所なのかエルファバには見当もつかないが。

 

「はっはっはっ!!ずいぶん肝っ玉のある妹じゃねーかエルファバ!!」

 

反応できない。いやしないほうがいいのかもしれない。

 

(マクゴナガル教授は一体何を考えてるんだろう!?しかもなんで私の名前を…。生徒だから知ってて当たり前か。)

 

1人で悶々と考えるエルファバに気にも留めず、大男改めハグリッドはじゃあ行くか!と少し脇に逸れた。(ハグリッドのせいで玄関が完全に封鎖されていたのだ。)

 

「いってきます。」

 

(こんなこと言うのは何年ぶりだろうか。エルファバは何の反応もない家の中を見つめる。たくさん本を読んだけど、こういう時主人公の家族やら友達やらは"いってらっしゃい"と言うものだ。それがないってことは、私は自分の物語の主人公ですらないのかもしれない。)

 

ぼんやり考えて外に出ると、目の前には1人の男の子が立っていた。

 

「…!?」

 

エルファバはパニックになる自分を必死に抑えた。まさか外にハグリッド以外の知らない子がいるなんて思わなかったのだ。

 

(抑えて…抑えて…落ち着いて…。)

 

「おお!そういや、まだハリーを紹介してなかったな!いけねえいけねえ。エルファバ、こいつぁハリーだ。お前さんと同じく今年から入学だ。ハリー、こいつぁエルファバ。さっき言ったろ?」

 

(なんでこの人は私の知らないところで私の紹介をしているんだろう。)

 

エルファバの疑問はプワプワと頭に浮かび消えていった。

 

改めてエルファバは男の子を見る。

 

まず気になったのは、絶対彼のサイズに合ってないと思われるダボダボのTシャツとズボンに、セロテープだらけのメガネ。痩せている彼をさらにみずほらしく見せた。この子は自分の家で一体どんな扱いを受けているんだろうとエルファバは男の子を可哀想に思った。

その反面、エルファバは彼のメガネに隠れたアーモンド型の目の中で光るグリーンの瞳は好きだと思った。

 

この人なら信頼できる、なぜかそう直感した。

(彼は痩せてるけど、仮にこの大男に襲われても何か得策を思いついてくれるはずだ。しかし彼は男の子だ。)

 

男兄弟のいないエルファバから恐怖は拭えない。

 

「やっ、やあ。僕はハリー。よろしくね。」

 

ハリーはそう言って手を伸ばしてきた瞬間、エルファバは興奮した。

 

(これは!!!"握手"だ!!!握手だよね!?これは握手だよね!?人と初めて会った時、みんな握手をするものだ。信頼の証!!"私はあなたと仲良くしたいです"っていう意思の表れ!!私仲良くなりたいって思われてるんだ!!!)

 

「よろしく。」

 

エルファバもハリーの手を握り返す。特に何も考えてないフリをして。

 

ハリーがこの時親戚から酷い扱いを受けている自分より不健康に痩せて小さなエルファバを可哀想に思い、いじめられたら守ろうと思っていたことをエルファバは知らない。

 

そして、生涯の親友としてお互いを支え合うことになるなど2人はまだ知る由もなかったのだ。

 

 

ーーーーー

 

ハリーとエルファバは道中、いろんな話をした。

 

正式に言うとエルファバは必要最低限の応答しかしないので、ハリーは沈黙が耐えられず頑張って自分の話を一方的にした。自分の惨めな人生の話。従兄弟にいじめられたこと。しかし本当に腹が立った時や怖い時に不思議な事がよく起こったことや動物園でガラスが消えて大蛇が脱走した話。

そしてハリーに手紙が届いた時のダドリー一家の攻防戦やハグリッドが孤島へ向かいに来るまで。

 

「それでロンドンへ向かう途中にハグリッドがフクロウで手紙をもらったんだ。魔法の学校からもう1人生徒を迎えに行くように言われたって。それが君だったってわけ。」

「…ここまですっごい大変な道のりだったのね…お疲れ様…。」

 

話していくうちにこのエルファバという少女は、ハリーに興味がないのではなくただただ感情が顔に出ないだけであることに気づいた。

必要最低限の応答しかないが、その応答の中にはハリーへの思いやりを感じる。

 

「ううん、僕疲れを感じてない。すごく楽しみなんだ。だって魔法学校だよ?自分が魔法使いだっただなんて、それが誕生日に分かるなんて!こんなに幸せなことないよ。まだ何がなんだか分からないけど。」

 

ただでさえ、謎なことが起こる中でますます不思議なことが起こった。

ハグリッドが立ち寄った漏れ鍋というパブで、ハリーはその名を口にしただけで多くの人から賛美の言葉やら握手やらを受けたのだ。

 

「ハリー、有名人なのね...」

「うん。僕も知らなかったよ...」

 

どうやらハリーは魔法使いの中では英雄みたいだ。自分と同い年のハリーが一体何をしたのか気になったが本人は全く身に覚えがないという。

 

「本当に何も知らないんだよ。ほら、さっき話しただろう?」

「あの変わったことが大嫌いな親戚たちでしょ?」

「そう。そいつらのせいで僕の両親のことだって知らなくて...」

 

エルファバからしてハリーの親戚の話...特に手紙からの逃走記はかなり滑稽だった。

 

「それにしてもあの人...」

 

エルファバはぽそりとつぶやく。

少し離れた場所に座っていたターバンを巻いておどおどした男性を横目に見る。

 

(あの…確か、闇の魔術に対する防衛術っていう長い名前の授業の教授...クィレル教授?何に対して怯えてるのかしらあの人は。)

 

ハリーも同じことを思ったらしい。

 

「ねえハグリッド。彼っていつもああなの?」

「ああ、可哀想にな。学生時代は普通だったんだがな。」

 

(教授の学生時代知ってるってハグリッドいくつなの。)

 

疑問が口まで出かかってゴクリと飲み込む。女性に年齢を聞くのは失礼だっていくつかの本で言ってたのをエルファバは思い出した。

 

ハグリッドはもしかしたら女性かもしれない。

 

(魔法界なんてどんなところか分からないのに、ハグリッドが男性であるなんて確定できるのかしら。もし女性ならかなり失礼だわ。かと言って性別聞くのは失礼よね...話の流れからつかもう。)

 

何を根拠にエルファバがその結論に至ったかは不明である。

 

「黒い森でいろいろあったらしい。噂じゃ吸血鬼にあったとか、鬼婆に会ったとか...そういや俺の傘はどこだ?」

 

いろいろ考えを巡らせていたエルファバの耳にいくつかとんでもない言葉がねじ込まれた。

 

(吸血鬼?鬼婆?)

 

2つの理解不能な言葉が頭の中で泳ぐ。

エルファバはハリーをチラリと見るが、全くわけが分からないという顔をしていた。

 

そうこうしているうちにハグリッドは自分の傘を見つけ出し、レンガをコンコンと叩いた。

 

「3つ上に2つ行って...右と!ハリー、エルファバ下がっちょれ!」

 

するとハグリッドが傘で触れたレンガがカタカタと動き出し、クネクネとすき間を作り出して...

 

「ようこそ、ダイアゴン横丁へ。」

 

目の前に現れた、連なる店、店、店、そして喧騒。

こんな気配は先ほどまでなかった。

 

驚愕がハッキリ顔に出ているハリーに対し、ハグリッドはクククと笑う。

 

「どうしたお前さん、思いの外無表情だなあ。」

 

無表情なのではない。エルファバは驚きのあまり全ての体の動きが停止しているのだ。

 

「私...一生分の驚きを味わったわハグリッド...」

 

そりゃ、ホグワーツに行ってからにしろ!とハグリッドは満足気に笑い、レンガのアーチをくぐる。ハリーに続いてエルファバはまだ停止中の体に緊急命令を下し歩き始めた。

アーチは何事もなかったかのように壁に戻っていく。

 

ハリーとエルファバは頭を四方八方に回して少しでも見逃さないようにする。

 

「あれも買わなきゃなんねーが、ハリーには金が必要だ。」

 

ハグリッドはハリーが見ていた大鍋を指差しながら言った。

 

(そういえば私はお父さんからお金もらったけど、ハリーはもらってないんだよね。エルファバはハリーから電車に乗ってる時に色々と聞いた。)

 

"まとも"を求める親戚の話はユーモラスだったけどハリーからしたら笑い事じゃないわよね。何も罪もないのに小さい時からずっと家族から冷たくされるのは悲しいことだわ。私の場合は...私の場合は100%自分が、自分の力が悪いわけだし。

 

"許さない!!許さないんだからあっ!!"

 

アマンダの憎しみに満ちた顔を思い出す。

 

(そう、私は一生許されない。)

 

 

-----

 

エルファバはハリーとハグリッドを銀行前で待っていた。すでにお金を持っていて、これから取りに行く2人に関係のないエルファバは入ることが許されなかったのだ。

 

ゴブリンによって管理されているこの銀行はセキュリティが厳しいらしく、強盗なんかに入ろうものなら生きては帰ってこれないらしい。ヒマなエルファバは柱にもたれ掛かりながらぼんやりと扉を見つめていた。

 

(こんな警告作らなくても…。)

 

エルファバはドアに刻まれた盗人に対する警告を読みながら心の中でつぶやいた時だった。

 

ふと、誰かの視線を感じた。

 

目をやると2人のゴブリンがエルファバを指差しコソコソと話していた。

 

「?」

 

訳分からずエルファバは周囲を見渡すとそれをしているのはその2人だけではないことに気づく。銀行内の多くのゴブリンたちが扉の前にいるエルファバを横目にひそひそ話したり、長い指でエルファバを指差したりしている。

 

聞こえてくる言葉も英語ではない。

 

何を話しているのか分からない。

 

(どうして...?)

 

「な...に...」

(怖い、怖い。やめて...!!)

 

 

パキパキっ!!

 

「あっ...!!」

 

気がつけばエルファバは寄りかかっていた柱の一部を凍らせてしまっていた。

 

ゴブリンたちは一斉にエルファバを見る。金貨を測るのに集中していたゴブリン、何かを運んでいたゴブリン、全員が出口にいるエルファバを静かに見ていた。

 

「あ...の...」

「エルファバー!終わったぞー!」

 

ハグリッドの声が広い銀行のホールに響き渡った。

 

「う、うん。今行く...」

 

ゴブリンの視線を逃れるようにエルファバは出てきたハグリッドとハリーの間にサッと入る。

そしてハリーから銀行の内部についての話を興味深く聞くフリをした。

 

「でもさ、ここって本当不思議だよエルファバ。」

「そうねハリー...」

 

(凍らせてしまった柱どうしよう?)

エルファバはチラチラと巨大な銀行に目をやる。

 

「ああ!そうそう、さっきね、グリンゴッツから出てくるとき、君がキラキラ光って見えたんだ。」

「...え?」

「キレイだったよ。なんだろう...妖精の粉みたいな?でも近づいたらなくなっちゃったんだ。僕の見間違いかな?」

「...見間違いよきっと。」

 

そっか、とハリーは納得したみたいだった。

 

(妖精の粉なんてキレイなものじゃないのよハリー。)

 

エルファバはハリーの横顔を見ながら思う。

 

(あれは雪よ。全てを冷たく凍らせてしまうね。)

 

 



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3.ホグワーツ特急

ホグワーツに行くまでの最後の1ヶ月、エルファバはさっさと荷物作りを終わらせ(エルファバはここ数年間外出をしていなかったので外着が極端に少ないのだ。)、残りの時間、教科書を貪るように読んでいた。ちなみに今の愛読書は”魔法の歴史"だ。わずか3日間であの分厚い”幻の動物とその生息地”を読破したにもかかわらずまだ足りないらしい。

 

(信じられない、この教科書たちは他のどんなファンタジーよりも面白い。だってこれ全部この世界に実在するんですもの!)

 

ふと、よく知っている名前を見つけ、ページをめくる手を止めた。

 

"生き残った男の子”

 

必需品を買い揃えに行った時にハグリッドからハリーの両親について聞いた。ずいぶんとおかしな話だが、ハリーの両親を殺した魔法使いは名前を呼ぶことすら恐れられているらしい。だからエルファバはその魔法使いをMr.Vと呼ぶことにした。

 

かつてMr.Vに支配されかけた魔法界だったがまだ1歳だったハリーに助けられたという。

 

本人はそれを聞いてエルファバよりも驚いてたが。

 

(知らないところで自分が有名になってるって嫌な感じよね。)

 

自分だったら嫌だ。エルファバはハリーに同情した。

 

しばらくパラパラめくっているとまた気になる言葉が飛び込んてきた。

 

"ゴブリンの反乱"

 

ゴブリン…エルファバは少し前の出来事を思い出す。

 

(なぜ私を見ていたのかしら?あの人たちが私の"力"を知ってる…わけないし、というかダイアゴン横丁に行ったのがこの前が初めてだし…向こうが私を知ってるわけがない。)

 

なのに…

 

(考えるのはよそう。)

 

とは思いつつゴブリンについてパラパラと調べてみると、魔法使いとゴブリンに確執は深いようだった。ゴブリンの高い技術、それを奪った魔法使いたち。今は表面上仲良くやっているようだが...

 

(ん?影の協力者?)

 

危うく見落としそうになる程小さなところをエルファバは注意深く目を凝らして読む。

 

"ゴブリンの反乱の際、ゴブリンには魔法使いの協力者が数人いたとされる。しかしゴブリン側は否定しているので真偽は定かではない。"

 

ふーん。

 

エルファバはページを読み進める。それが数年後に重要になってくるとは知らずに。

 

 

 

------

 

 

お父さんは仕事を休んでまで今日は一緒に来てくれる。嬉しいけど、それをするとお母さんすっごい機嫌悪くなるんだよ…。

 

エルファバは少しドキドキしながら車の後部座席に乗る。

 

車に荷物を詰め、エルファバの父親であるデニスは車を発進した。

 

「学校は楽しみか?」

 

しばらくしてデニスは話しかけた。エルファバは嬉しかった。

 

(目の下にクマがあって疲れた感じのお父さん。それでも私に話しかけてくれた。)

 

「うん。たくさん友達作りたい。」

 

お母さんの前ではお父さんとなるべく話さない。なんとなくそれがルールとなっていた。そのせいか私は家でもお父さんとは...というか人と、話さない。何を話したらいいか分からない。小さな車の中で、トランクが跳ねる音とエンジンの音だけが響く。

 

エルファバはぼんやりと登ってきた朝日を見つめた。

 

「…お父さん、魔法使いだったんだね。」

 

なんとなく、思ったことを口に出した。デニスは落ち着かなそうに頭をかく。

 

「ああ、そうだよ。もうほとんど使わないがね。」

「私だけかと思ったわ。不思議な力があるの。」

「お前が持ってる"力"はお前だけだ。」

 

その言葉は"お前のような化け物はお前だけだ。"と言われた気がして、エルファバは口をつぐんでしまった。

 

「…」

「…」

 

(お父さんが魔法使いなら聞きたいことが山ほどある。知りたいことだって。でも、お父さんは私が好きではない。あまり関わりたくないと思ってる。なら...このまま黙っていよう。)

 

「お父さんはな、レイブンクローだったんだ。」

 

(レイブンクロー?ああ。寮のことね。)

 

「ふうん。」

「お前は賢いからレイブンクローに入るかもな。」

 

ハリーが仕立て屋で会った嫌な男の子の話を思い出した。彼はスリザリンに入りたいとかなんとかって言ってたらしい。

 

「お父さんは"クィディッチ"やってたの?」

 

これもハリーが言ってた男の子が言ってたらしい。魔法使いがやるスポーツ。(お父さんも知ってるわよね。)

 

「いや、やってないよ。お前はやりたいのか?」

「最近は、運動したことないからわかんないわ。」

「そうか。そうだよな。」

 

外で走ったことなんてずっと前のことだ。ハリー達と買い物に行った時でさえ帰りはヘロヘロでハグリッドに抱えて(正確にはつまんで)もらって帰ってきたんだから。次の日は1日中寝てて起きたのはさらにその次の日の深夜だ。

 

長い長い沈黙のあと、デニスは車を駐車した。大きく古い駅の前だ。大きく"キングス・クロス駅”と書かれている。

 

「エルフィー、1つ約束してくれ。」

 

デニスは助手席のエルファバに向き直る。その声は優しいがどこかピリピリしている。

 

「ホグワーツで決して"力"を使ってはならないよ。」

「え?」

「雪を降らせたり、何かを凍らせたりしてはいけない。」

 

エルファバは耳を疑った。

 

「私…それを制御できるようにするために学校に行くんじゃないの?」

 

デニスはゆっくりと首を振る。

 

「エルフィー、これから行くところ場所にいる人は杖無しで何かをすることはできない。杖無しで何かをできるのは世界でお前だけなんだよ。」

 

エルファバはハリーに聞いた話を思い出す。勝手に伸びてきた髪の毛、喋れる蛇、消えたガラス。

 

(そうなの?だってハリーだって...)

 

「約束するわ。でもお父さん、私コントロールできない。」

「いや、できるはずなんだよ。絶対できる。」

 

デニスはキッパリした口調で言い切った。

 

(お父さんは銀行での出来事を知らない。もしかしてマクゴナガル教授が来た時のことも知らないのかもしれない。だからそう言うのね。)

 

デニスはエルファバの小さな手を握った。

 

「"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。どんな理由であろうとね。特に人に見られたりしたら人々はお前を気味悪がり、離れていく。」

「嫌だわ。そんなの。」

 

エルファバは今のところ唯一の友達、ハリーが自分を軽蔑し離れていってしまうところを想像した。

 

耐え難い苦痛だ。

 

「そうだろう?だから約束してくれ。決して"力"を使わないということを。」

「…約束するわ。」

 

ある親子は小さな車の中、人知れず約束をした。

 

娘は黒髪のすこしやつれた父親を悲しませたくないと心から思った。

 

汽車は11:00発、場所は9と4分の3番線だ。

 

 

ーーーーー

 

汽車内は騒がしい。大半の者は友達や彼氏彼女を求めて狭い廊下に押し寄せていた。

 

一方エルファバはというと小さい体をもみくちゃにされつつも空いているコンパートメントを探していた。

 

「邪魔だチビ!」

「...」

 

(チビじゃない。そっちがゴツすぎるだけ。そんなに体に筋肉つけて一体なんの得があるの白髪混じり。)

 

とは言えないエルファバだ。おまけに白髪は人のことは言えなかったりする。

 

付け加えると会う人会う人はみんな自分を見るので、できるだけ早くコンパートメントを探してさっさと1人になりたいと強く願っているエルファバだ。みんなエルファバの小ささと見事なまでに真っ白な髪の毛、そして11歳とは思えない顔立ちに目を奪われていたのだが、エルファバは部屋のタンスから引っ張り出してきた某黒いネズミのスウェットのせいにしている。

 

(やっぱネズミーさんはもう時代遅れなのかな?3年のブランクは大きいね。色くすんでるし、長い間しまわれてきましたって感じの匂いするし。...って、あれ?)

 

エルファバは見覚えのある顔を見つける。

 

「ハリー?」

「エルファバ!良かったー、ちゃんと来れたんだね。」

 

 (私、心配されてたんだ。ごめんねハリー。)

 

「なんとかね。」

 

キングス・クロス駅の柱に走りこむ時は全身骨折を覚悟で汽車に乗るつもりだったけど、なんとか無事だった。

ふと、ハリーの隣に座っている男の子に気がついた。

 

「やあ、僕はロン。こっち入ったら?」

 

赤毛でソバカスだらけの男の子は私に手を差し出す。

 

「よろしく。」

 

(うおおっ!!!握手だ!!この人も私と仲良くしたいと思ってくれてる!!うおおおおおおおおお!!!)

 

表には出さないがエルファバは2度目の握手に興奮していた。

 

「えっと...」

「あっ、私はエルファバ。」

 

そしてエルファバはふと気がついた。

 

(あれ?私女の子1人...?)

 

エルファバの頭が真っ白になっている中、ロンは自分の兄弟の話とかネズミがいかに使えないかとか話始めた。

 

人の中にある恐怖がたった1日で消えるわけがない。エルファバも例外ではなく、たった1日同い年の少年とおとぎ話の悪役みたいな男(もちろんエルファバはハグリッドはとってもいい人で自分を食べる気なんてさらさらなかったことは知っている。)と一緒にいてもそれは変わるわけではないのだ。

 

「エルファバ?君の家族ってどんな感じなの?」

 

ハリーは私の顔を覗き込んできた。

 

「君もマグルなんだろ?」

 

マグルは非魔法使いの呼び方だ。ロンは私の生活に興味があるらしい。3年間1つの部屋とバスルームだけで生活してきた私に家族のことを聞くのは間違ってるよ。

 

「ううん。お父さんは魔法使いだって。」

「えっ、じゃあ君のお父さんもホグワーツ出身?」

 

ハリーは少し身を乗り出す。

 

「うん。レイブンクローだったって。」

「どんなだって?ホグワーツ!」

「...え?」

「「え?」」

 

ロンもハリーもキョトンしているが、一体何を私に求めてるんだろう。そんなこと私が知ってるわけないし、ロンのほうが詳しいはずだ。

 

「いや、それだけ。」

「いやいや!!もっと、こう聞かなかったの?ホグワーツのこと!」

 

ロンのネズミはイスの上で走り回ってる。ハリーもロンも面白いくらい同じ顔をしている。

 

「お父さんとほとんど話さないんだ。」

 

お母さんとはこの間すごい久しぶりに話したし(直接的じゃないけど)、エディは話しかけてくるけど、無視しなきゃいけないし。

 

「「あっ、ああ...」」

 

2人はきっといい友達になるだろう。息ぴったりだし。ハリー優しいし、ロンも面白くて好き。良かったー入学前に2人もいい友達ができて。

 

エルファバは若干ビックリしている2人を差し置いて自分の幸運に感謝した。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

1時間後、3人はお菓子に囲まれていた。

 

バーティー・ボッツの百味ビーンズとか蛙チョコとかどれも聞いたこともないお菓子ばっかりだ。

ハリーは蛙チョコについているカードを熱心に読んでいた。

 

「見ていい?」

「ん?いいよ。」

 

ーーーーー

アルバス・ダンブルドア

現在ホグワーツの校長。現世において最も偉大な魔法使いとされており、ダンブルドア教授は1945年に闇の魔法使いグリンデルバルドを倒したこと、ドラゴンの血液の12の使用方法の発見、さらにニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究が有名である。 教授は室内楽とボウリングを嗜んでいる。

ーーーーー

 

 

「ニコラス・フラメルって実在したんだ。」

「エルファバなんか言っ...?」

 

コンパートメントの戸が開き、男の子と女の子が現れた。

 

「誰かネビルのヒキガエル見なかった?」

 

栗色の豊かな髪を揺らしながら女の子はエルファバたちに聞く。

 

「見なかったってさっきそう言ったよ。」

 

(私がカードを読んでる間にそんなドラマがあったの?)

 

他の人からしたらドラマでもなんでもないのだがエルファバからすれば数人の人が関わっている、それだけでドラマなのだ。

 

「あら、魔法使うの?見せてもらうわ。」

 

女の子はエルファバの隣に座る。その時にボソッと"あら素敵な髪"と言ってもらっただけでエルファバはその子が好きになった。

 

ロンは咳払いをし、ネズミに向かって呪文を唱える。しかし何も起きない。

 

(私が知ってるのと違う...。)

 

「その呪文正確なの?私、ここに来る前に呪文いくつか試したけど全部上手くいったわ。」

 

そこから彼女は自分のことやホグワーツについて早口でしゃべりだした。ロンは少し退屈そうでネビルらしき子は蛙が心配なのかソワソワしている。

 

「...だわ。それに、もちろん、教科書は全て暗記したわ。」

 

そう言った瞬間、エルファバ以外の人が口をあんぐりと開けた。エルファバだけ無表情である。

 

(え?みんなまだ教科書読んでないのかしら。私もこの子と同じで全部読んできたけど…まだ基本のスペル(呪文)試してはないけどだいたい読んだし、まあ流石に歴史は全部読みきれなかったけどね。魔法薬なんかはかなり面白かったわ。)

 

「それで足りるといいんだけど。あっ、私ハーマイオニー・グレンジャー。あなたたちは?」

「僕、ロン・ウィーズリー。」

「ハリー・ポッター。」

 

ハーマイオニーはハリーの名前を聞いたら再び早口でしゃべりだした。ハリーの名前がどこにのってるか、自分がハリーならどうするか。ロンはうんざりした顔、ハリーは困った顔でそれを聞いていた。エルファバはその人間ドラマを興味深く観察していた。

 

(あまり自分のこと話すぎると嫌がられるのね。気をつけよ。)

 

「まだ、あなたの名前聞いてなかったわ。」

 

話を止め、ハーマイオニーはエルファバに向き合う。

 

「私?」

「あなた以外に誰がいるのよ。」

 

(それもそうね。)

 

「...エルファバよ。エルファバ・スミス。」

「スミスってことはあなたもマグル?」

「まあ、そんなところ。」

 

ハーマイオニーはエルファバの細い腕を掴み、一緒にお話しましょう!というと有無を言わさず引っ張っていってしまった。ネビルはついてこなかった。

 

エルファバの心境は複雑である。

 

「あなた細いわね。ちゃんと食べてるの?」

 

別のコンパートメントに着いて言ったハーマイオニーの第一声である。

 

「一応ね。」

「どうして男の子と一緒にいたの?」

(ハーマイオニー質問多いな。私そんな質問するほど面白い人間じゃないのに。)

「友達いなかったから。ハリーだけ知ってたの。」

 

ハーマイオニーはふうん、と答えるとふふっと笑う。

 

「あなたもしかしてホームスクール(学校に行かず、家で親か家庭教師から教育を受けること)だったの?」

 

エルファバはビクっとした。自分の"力"がバレたような感覚におちいったからだ。

 

「う...ん。なんでそう思ったの?」

「やっぱりねー。あなたしゃべる時にすっごい緊張してるんだもの。だからそうかなーって。」

 

そんなに心配しなくていいのよ、とハーマイオニーは髪を揺らして笑う。エルファバもははは、と返した。さっきのハーマイオニーとは少し違う一面を見てエルファバは嬉しくなった。

 

「まあね...私ここ数年...」

 

と言ったところでコンパートメントの扉がひらく。

 

「なあ、ハリー・ポッターのコンパートメントってどこか知ってるか?」

 

青白い肌に尖った顎の男の子は入ってきて早々にこう言った。

 

「なんでそんなこと聞きたいの?」

 

ハーマイオニーの口調はさっきのように少しトゲがあるものに戻ってしまった。

 

「この目で拝みたいんだよ。有名なハリー・ポッターをね。」

 

((ミーハーね。))

 

エルファバとハーマイオニーの心の声は重なる。

 

「まあ、見たところそんなこと知ってるようには見えないけどな。」

 

体の大きい子分みたいな2人は青白い男の子に反応してニヤニヤしてる。

 

「どうしてそう思うの?」

 

ハーマイオニーはそれを不快そうに睨みつける。

 

「お前の服装だよ。のこのこホグワーツに勉強しに来やがってマグルが。なんでお前みたいなのがこの神聖なる魔法使いの学び場に来るのか理解に苦しむね。」

 

マグルの何が嫌なのかイマイチ分からないエルファバだったがとりあえずバカにされているのは分かった。ハーマイオニーは顔を少し赤く染め、唇を噛み、下を俯いてしまった。その態度に3人はへへへと下品な笑いをあげる。

 

数年ぶりにエルファバはイラっとした。

 

(懲らしめてやろう。)

 

「ハリーは4つくらい先のコンパートメントよ。」

「エルファバ!」

 

青白少年と愉快な仲間たちは顔を見合わせ、無言でコンパートメントから出て行った。エルファバの思惑も知らずに。

 

「ちょっとエルファバ?」

 

エルファバは立ち上がり、男の子たちが歩き出した方向を見た。誰も見ていないのを確認しながらやいやい歩いていく彼らの足元に狙いを定める...

 

 

パキパキっ!!

 

 

つるっ、どっでーん!!

 

「うわっ!」

「いって!やめろ!!」

「おもてーぞお前ら!!」

「どけ!!」

 

エルファバは3人の足元を凍らせたのだ。

 

重なってモゾモゾ動く3人を見て、何事かと覗いた生徒もみんな笑い出した。

 

(人を小馬鹿にするのが悪いのよ。ざまあみなさい。)

 

そう思っていたエルファバだったが、父親の言葉が頭をよぎった。

 

『"力"を使ってしまえばお前は悪い魔女になってしまう。』

 

私は大変なことをしてしまった。

 

「エルファバ?どうしたの?」

 

ハーマイオニーはエルファバに話しかける。

 

「なんでもない。」

 

様子の変わってしまった初めての友人にハーマイオニーはどう声をかけていいか分からなかった。

 

感情に流されてはいけない。絶対にこの"力"を見せてはいけないのに、友達ができたからってなんだろうこの浮き足立ちっぷりは!!

 

『エディ!!しっかりしてよおっ!!』

 

もうあんなこと起こってはいけないのだから。

 

何かが起こってからではもう遅い。エルファバは感情を胸の奥に押し込んだ。いつも自分がやっていたように。

 

 

 

 

 



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4.組分けと新生活

「似合ってるわエルファバ。」

 

ハーマイオニーは大きな前歯を見せて笑いかける。

 

「...ありがとう。」

 

ネズミーさんのスウェットからホグワーツの制服に着替えたエルファバは少しこそばゆい気持ちだ。

 

(ああ、いよいよ入学だ...一体どうなってるんだろう、私が学校入学だなんて!今さらだけど、これは全部夢でこのままあの小さな部屋で目が覚めてしまうんじゃないかしら。そうならそれはそれで嫌だけど。)

 

「うまくいくといいな。」

 

(友達とうまくいきますように、勉強がしっかりできますように。"力"を使いませんように。)

 

「エルファバはどの寮に入りたいの?」

 

もちろんを読んで知識はあったがハーマイオニーの演説でなんとなく、グリフィンドールがいいかなと思った。しかし、父親はレイブンクローだったりするのでなんとも言えない。

 

「まあ、入った寮が自分にとってベストな寮なんじゃないかしら?」

「そんな曖昧でいいの?」

「いいわよ…って私がそう言い聞かせてるだけなんだけどね。」

 

ハーマイオニーは照れ臭そうに笑った。

 

(実際意思を持ってたとして、別に何かが変わるわけじゃないだろうし。物事なんてそんなものだ。)

 

汽車のスピードがだんだん落ちていき始めた。そろそろ着くのだろう。ハーマイオニーはずいぶん興奮気味だ。早く授業を受けたいとか、 変身術はどんなものなんだろうとか、早口でまくし立てる。おそらく相づちはいらないなとエルファバは判断し黙って聞いていた。

 

 

ーーーーー

 

 

「マクゴナガル教授、イッチ年生を連れてきました。」

 

エルファバを含む生徒全員ホグワーツの巨大さに圧倒されていた。この世界遺産のような場所でこれから生活していくのだと思うと興奮しすぎて息が止まりそうな勢いだ。ハグリッドはそれを満足気に眺める。

 

エルファバはこの中で1番興奮しているといっても過言ではないが、いつも通りの無表情だ。興奮した時にどんな表情をしていいのかイマイチ分からないのだ。

 

(エルファバは冷静ね...)

 

初めての女友達はそれを誤解していたが。

 

「ご苦労ハグリッド。ここからは私が引き継ぎましょう。」

 

上から見覚えのある声が降ってきた。マクゴナガル教授だ。エルファバの家にやってきた時と同じ黒いローブを身にまとい、四角い眼鏡を光らせて1年生を見渡した。

 

「ようこそホグワーツへ。」

 

そこからホグワーツの説明が始まった。歴史ある学校で数多くの偉大な魔法使いたちが卒業し、学年末には最高得点を得た寮に寮杯が与えられるらしい。それより気になるのは...

 

「一体どうやって組分けするんだろう。」

 

気がつけば隣にいたハリーはロンに尋ねていた。エルファバも分からない。初対面同士で何をするのかひそひそ話し合い、ハーマイオニーに至っては今まで覚えた呪文を早口でつぶやいていた。

 

「どうしよう...こんなに緊張したことないよ...」

 

ハリーのつぶやきを聞いて、男の子も女の子みたいなこと言うんだなと思った。エルファバは正直あんまり心配してなかった。どの寮になったっていいものはいいし、ダメなものはダメなのだから。

 

「大丈夫よ。どの寮になってもハリーはハリーでしょ。人格や能力が変わるわけじゃないから。」

「うん。ありがとうエルファバ。」

 

エルファバの体を髪の長い女性の幽霊がすり抜けたことにより、白髪の女子生徒から魂が抜けたと若干騒ぎとなるのはハリーがそう言った数秒後のことだ。

 

 

ーーーーー

 

 

エルファバ含む新入生は再び興奮していた。何千というロウソクが空中に浮かび、広々とした部屋を照らしていた。

寮ごとに分けられたと思われる長い長いテーブルにはお皿とゴブレットが無数並んでいる。

 

(うわ...みんな私たち見てるよ...)

 

数え切れない人達(ゴーストも含む)が新入生を凝視しているためエルファバはドギマギする。

 

「天井には本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ。」

 

美しい夜空を見つめていたエルファバにハーマイオニーがそっと耳打ちしてくれた。

 

「エルファバ、前見て。」

「あっ、ごめんハリー。」

 

ハリーが言ってくれなければ危うく人にぶつかるところだった。

 

「エルファバ、実は結構興奮してたりする?」

「実はもなにも...すっごい興奮してるわハリー。こんなこと自分が経験しているなんて信じられない。」

 

ハリーはその答えに少しホッとした。エルファバは相変わらず無表情を貫いていたからだ。そして彼とそれを聞いていたハーマイオニー、ロンはエルファバは感情を表に出すのが苦手なのかもしれないと思った。

ロンが古びた帽子の歌を聞きながら、自分はエルファバに嫌われてなかったと安心したのは、彼だけの秘密だ。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら帽子を被って椅子に座ってください。」

 

エルファバはSなので後ろの方だ。

 

「グリフィンドール!」

「レイブンクロー!」

「スリザリン!」

 

どんどんエルファバの番が近づいていく。ハーマイオニー、ハリー(ハリーが呼ばれた時結構ざわつき、先生たちも姿勢を伸ばした。)はグリフィンドールに選ばれた。

 

「スミス、エルファバ!」

 

(呼ばれた。)

 

全校生徒が平均身長を大きく下回るエルファバをじっと見つめている。

 

「あの子ちっちゃくないか?」

「確かに。」

「その割に髪の毛長っ。」

 

(チビじゃないし。ちっちゃくないし。)

 

チビあるある①自分がチビだと頑なに認めない。

 

エルファバは心の中でツッコミを入れながら、おんぼろ帽子を被った。

 

「ふん、お前も実に難しい。勇気に満ち溢れる。類まれな記憶力、思考力もあるな。かなりの努力家でコツコツ頑張るタイプだ。狡猾さは皆無だ。お前はスリザリンに向いてない。ここまで狡猾さがないのも珍しい。」

 

(そうですか。)

 

「ふーむ、難しい...難しい...個性的な発想、優しさ、賢さ...やはりスリザリンに入る要素はない。」

 

(さっきも聞きましたそれ…。)

 

おそらくエルファバの組分けが1番時間がかかってるであろう。まあ自分の組分けだからそう感じるのかもしれないとエルファバはぼんやりと思う。

 

(できれば1番"力"を使う可能性の低い寮がいいな。そう考えた時だった。)

 

「お前、今自分の才能を潰すような希望をしたな。」

 

(...へ?)

 

「私は生徒の希望は尊重する。望みも彼らの道を決める手段の1つだからだ。だがお前のように故意に自らの才能を潰すような希望をする者は嫌いだ。全く情けないことだ。」

 

(待って、なんで帽子さん怒ってるの?帽子さんって感情あるの?組分けするだけじゃないの?)

 

「お前の寮を決めたぞ。お前の才能を最大限に活かせる寮だお前の寮は...」

 

(え?え?え?)

 

困惑するエルファバをよそに帽子は叫ぶ。

 

「グリフィンドオオオオール!!」

 

赤いネクタイをした生徒たちのテーブルが歓声を上げた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

お父さんへ

私はグリフィンドールになりました。みんなびっくりするくらいいい人たちばかりです。お父さんもこんな人たちに囲まれて生活してきてたのね。今は特に問題ないです。また手紙送ります。

エルファバ

ーーーーーーーーーーー

 

エルファバは驚くほど短い手紙をフクロウにくくりつけて送った。

 

実際、学校生活はエルファバが想像する3倍は素晴らしいものだった。料理は美味しく、毎日の授業は新鮮で貪るように授業を受けていた。

中でも好きなのは友達だった。

長い間人との関わりを絶ってきたエルファバにとって、グリフィンドールのみんなは神の使いに見えた。ハリー、ロン、ハーマイオニーは相変わらずエルファバを気にかけてくれるし、その3人を通じてまた新たな友達もできたのだ。ロンの双子の兄や、同級生の女の子たち(いい子達だがエルファバは彼女たちのガールズトークにはついていけなかったりする。)、さらにはパッフルパフやレイブンクローの生徒だ。

 

「よお、エルファバ!!」

 

朝食を食べている時、気がつけば全く同じ顔の人間がエルファバの左右にいた。エルファバが最高に面白いと思ってる人たちの一部である。

 

「ハーイ、フレッドとジョージ。」

 

(どっちがどっちか分からないけど。)

 

「エルファバ、お前の意見が欲しい。」

「フィルチが俺らを嗅ぎまわってるんで、仕返しをしたい。」

「何かいい案は?」

 

(どうして私に聞くんだろう。)

 

エルファバはフレンチトーストを飲み込む。

 

「...部屋から出られなくなるくらい醜いおできでも作れたらいいんじゃないかしら。」

 

テキトーに答えた。

 

「そりゃ名案だぜ。」

「フレッド、さっそくやるか。」

「ありがとうよ、チビファバ。」

「チビじゃない。」

 

エルファバの抗議をよそに双子はどこかにってしまった。

 

「エルファバやめとけよ。あいつらマジで作るぜ。」

 

一部始終を見ていたロンはため息混じりにパンをちぎる。

 

「そう?」

「君の提案したもの、本当に実用化されちゃったよ。」

 

ハリーはレイブンクローの席の方向を顎で指す。哀れなレイブンクロー生が激辛スープを飲んで文字通り火を吹いてたところだった。

 

『インドで火を吹いてる人ってカッコいいよね。』

 

エルファバが入学式の次の日、そう呟いたのを双子が聞き取った結果だ。もちろんエルファバに提案したという発想はなかった。

 

「...気をつけるわ。」

 

双子が謎の破裂玉をフィルチの顔面に投げつけ、目が見えなくなるほどに巨大なおできができたため、フィルチがしばらく休みになったのはそれから1週間後である。

 

エルファバに問題が発生したのは授業が始まってからだ。授業態度は完璧ではあるのだが、エルファバはどの授業も毎回遅刻してきた。理由は単純だ。

 

「...!!...!!」

 

エルファバは魔法薬学の授業への移動中なのだが、廊下の地べたに座り込んでしまったのだ。

 

「...!!...はあ、はあ...」

 

エルファバは長い間2階の自分の部屋とバスルームを行き来するのみの生活を送っていたので、筋肉量と肺活量が著しく低下していた。当然この広いホグワーツを回るほどの力はない。

 

(もうすぐなのに...。)

 

エルファバが教室に着いた時には、授業が始まって10分は経過していた。

 

「...遅れて...すい...ません...」

 

やけに息切れしているエルファバにスリザリン生数名は笑った。グリフィンドール生は心配そうにエルファバを見つめている。たった今、"ハリーいじめ"によってスネイプ教授のスリザリン贔屓が露呈したからだ。

 

「飲め。」

 

大きな手がエルファバの前に水色の薬を差し出す。それを飲むとエルファバの呼吸がすぐに落ち着いた。

 

「遅刻の理由を言え。」

 

真っ黒なコウモリのようなスネイプ教授は腕を組み、ノロノロ立ち上がるエルファバを冷たく見る。

 

「...予定より早く出たのですが、ここまで来る途中に体力を使い切ってしまって。ごめんなさい。」

 

スリザリン生はエルファバの回答に大爆笑した。グラップとゴイル(ハリーの嫌いなマルフォイと一緒にいたのでエルファバはすぐに覚えた)に至っては机をバンバン叩いている。

 

(真面目に答えたんだけど。)

 

「どんな理由があっても遅刻は許されん。グリフィンドール1点減点。」

 

(みんなごめんなさい。)

 

グリフィンドールから呻き声が上がり、エルファバは心の中で謝った。

実際、他の教授はエルファバの事情を知っているので減点したりなどしなかった。フリットウィック教授に関してはどんなに息切れてもしっかり来ただけでお菓子をあげたぐらいだ。

グリフィンドールにやたら厳しいスネイプ教授にみんな畏敬の念を示した。

 

「ベゾアール石はどこから取れる?」

 

まただ...今みんながノートに取ってる内容だ。ハリーとロンはどうにかしてエルファバに教えてあげたいと思うが...

 

「まさか、遅刻しておいてこれを知ら「山羊の胃。」...ないとは...」

 

いつもの無表情でエルファバは答える。

 

「たいていの薬の解毒剤となりますが、バジリスクなどの強力な毒は逆に石を溶かしてしまいます。」

 

唖然とする生徒と教授にエルファバは思い出したように付け加える。

 

「ページは38ページ。確か山羊の断面図が書いてあったところ。」

 

みんな顔を見合わせ、一斉に本をめくり出した。

 

「...合ってる。」

 

呟いたのはスリザリン生だった。

 

「モンクスフードとウルフスベーンの違いは?」

「同じ植物ですが、国によって言い方が違います。アコナイトとも呼ばれ、マグルの世界ではトリカブトとして有名です。少し前までは違う植物として認識されていたため、魔法薬学界の中で混乱を招きました。ページは82...違う、82ページの最後から2行目から83ページにかけて。」

 

ページをめくる音だけが地下牢に響く。

 

「すごい!本当に82ページから83ページにかけてだ。」

 

シェーマスがそう言った。

 

「...早く席につけ。」

「はい。」

 

エルファバはグリフィンドール生と数名のスリザリン生に尊敬の眼差しで見つめられながら、席に着いた。

相当勉強したに違いない。そう確信付けられていたが、実際はそうでなかった。

 

(良かった。1回しっかり読んでおいて。)

 

そう、エルファバは教科書を1回読んだだけで細かなところまで覚えられるという驚異的な記憶力を持っていた。本人に"覚えた"という自覚はない。エルファバからすれば"読む"ということは"覚える"ことと同義語だった。

 

「すごいわエルファバ...」

 

隣に座る友人に本人はキョトンと答える。

 

「?何が?」

 

これはエルファバにとって大して珍しいことではなかった。彼女の父親が全く同じ才能を持っているからだ。

 



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5. 女の友情

あのエルファバが大活躍した魔法薬学のあと、ハリー、ロンと3人でハグリッドの小屋へと行った。

最初の1週間の様子を知りたいというハグリッドにハリーとロンはフィルチとスネイプ教授がいかに意地悪かを聞かせる。エルファバはファングを怖がってずっとハグリッドの後ろに隠れてた。

 

「エルファバ、ファングは見かけはこんなんだが、少しも怖くはねーぞ。ほら、見てみ、ハリーの膝に乗って頬を舐めちょる。」

「...」

 

ハリーの膝によだれ垂らしてるじゃない。ハリー食べられちゃう。

エルファバは眉間にシワを寄せ一言だけ言った。

 

「やだ。」

「はっはっはっ!!おいファング!!おめーの顔のせいでエルファバ怖がってんぞ!!」

 

ファングはよだれをダラダラ垂らしながらこっちを見る。

 

(お前を食べちゃうぞー。)

 

そう言ってる気がしてならなかった。

 

「心配すんなってエルファバ。ただの犬だし。」

「...うん。」

 

エルファバは大人しく席に座り、ハグリッドがくれたチョコレート味の大きなキャンディをひとかけら口に含んだ。

 

ハリーはスネイプ教授に憎まれているらしかった。エルファバが来る前の話を聞いて、少しスネイプ教授が嫌いになる。ハグリッドはスネイプ教授は生徒という生徒が嫌いなのだといっているが、じゃあなんでホグワーツで教師をやっているんだという言葉を紅茶と共に飲み込んだ。

 

ふと、新聞の記事がエルファバとハリーの目に止まる。読んでいくうちにハリーの明るいグリーン色の目がどんどん見開かれていった。

 

新聞の内容はグリンゴッツに強盗が入ったが、中身が空っぽだったために未遂に終わったということだった。

 

「僕らが行った日だよエルファバ!僕たちがあそこにいる間に起きたのかもしれないよ!」

 

ハリーの声は驚きに満ちていた。エルファバと2人でハグリッドを見たが彼はロックケーキを勧めるだけだった。

 

(これケーキなの?)

 

エルファバはそっちの方が驚きだった。

 

ーーーーー

 

部屋に戻ると、ルームメイトが話をしていた。

 

「あっ、エルファバ!」

「ハーイ。」

 

パーバティ、ラベンダー、ハーマイオニー、エルファバ。

これがメンバーでハーマイオニーはまだ帰ってきてないらしい。彼女のことだから、大量に出た変身術のレポート(物を生き物に変える原理を調べて羊皮紙2枚にまとめる)を終わらすために図書室に行っているんだろう。パーバティとラベンダーは自分たちのベットをくっつけ、寝っ転がっていた。

ラベンダーは空いている場所をポンポンと叩き、エルファバに座るように促す。

 

(女の子が集まると大体どうでもいいことを長々としゃべるといろんな本に書いてあったわ。実際どうなのかしら。)

 

エルファバが結構失礼なことを考えてることをこの2人は知らない。

 

「何してたの?」

「ハリーとロンとハグリッドの家に行ってた。」

 

2人はワオ!と顔を見合わせる。

 

「ハリーって、あのハリー・ポッターでしょ?」

「うん多分。」

 

2人は、まるでエルファバがジョン・レノンと会ってきたと言ったかのような顔をする。

 

妹のエディはビートルズとマドンナ、あとはビーチボーイズが大好きなので有名人に疎いエルファバでも、それだけは知っている。毎朝、部屋の前にラジカセを持ち込み大音量で流されたら流石に覚えるだろう。

 

あまりにもしつこくマドンナの"Material Girl"を流してくるので、半分ノイローゼになりラジカセ凍らせ、その結果、母親にぶたれたのはエルファバにとってあまりいい思い出ではない。

 

閑話休題。

 

「どんな人なのハリー・ポッターって?」

 

ラベンダーはベットから身を乗り出して聞く。

 

どんな人って...

 

「いい人よ。」

 

2人はまあいい人そうね、とか、思った以上に顔立ちは整ってるわ、とか、自分の意見を言いあった。

 

「エルファバのボーイフレンドだったりするの?」

 

...ぼーいふれんど。ボーイフレンド。男友達。

 

「うん。」

「「ええええ!?」」

 

何をそんなにびっくりする必要があるのだろうか。2人の顎は今にも外れそうだ。

 

「まだ1週間でしょ!?」

「しんじらんない!!」

「てっきり、セドリック・ディゴリーが好きなのかと思ってたわ!!」

 

最初の変身術の授業の時にハンサムなハッフルパフ生、セドリック・ディゴリーに横抱きにされて(俗に言う"お姫様抱っこ"だ)教室に登場したのは記憶に新しい。そのあと、女子生徒の質問攻めにあったわけだが、実際は優しい彼が、廊下で疲れ果ててしゃがみこんでいる哀れで小さな新入生を自分の授業を差し置いて運んだというだけの話だ。

 

少なくともエルファバは自分より背の高い男性に抱えられている恐怖しか覚えてなかった。

 

(そうか、あの人もボーイフレンド(友達)なのか。)

 

「セドリックも私の友達...?」

「「ん?」」

 

今日以上に2人がハモることがこの先あるだろうか。エルファバは少し違う形で女子との友情を深めていく。

 

「エルファバ?もしかしてあなたが言うボーイフレンドってただの友達じゃない?」

「?」

 

無表情のエルファバの頭の上に疑問符が見える。

 

「ハリーとロンは...私は友達だと思ってるわ。」

 

ラベンダーとパーバティは顔を見合わせて数秒後、爆笑しだした。

 

「??」

「あっはっはっは!ごめんごめん。じゃあ、ハリーは普通の友達なわけね!」

 

ラベンダーは目頭の涙を拭いながら尋ねた。

 

「うん。」

 

ラベンダーの質問がイマイチ分からない。"普通の"ってどういうこと?親友っていうにはあまりにも期間が短すぎるし、押し付けがましいわよね。でも、なんで2人は...

 

「ボーイフレンドっていうのは恋人よ。結婚したいと思う人のこと!結婚は分かるでしょ?」

「私たちまだ結婚できないでしょ?」

「ラベンダー、これは教育が必要だわ。」

「そうね。オッケー、まずね...」

 

ここから2人による"講座"が始まった。

 

この世の女の子は"イケメン"と共に生きることを人生の糧とすること、また男の子も"可愛い子"と一緒にいることは人生の喜びらしい。そして、想いが通じると彼らは晴れてカップルとなり、喜びや悲しみを共に共有する。そのゴールが結婚であり、彼氏彼女探しというのは人生で重要になってくる。

 

果たしてどこからこんな知識を得たのかエルファバは見当もつかない。

 

(えっ、じゃあ白雪姫はキスして目覚めたのは、真実の愛だから?てっきり王子様が白雪姫の毒全部吸い取ったのかと...。)

 

そして若干の誤解も解けた。エルファバは白雪姫に出てくる王子様を体内で毒を分解できるスーパーマンだと思っていた。

 

どう解釈したらそうなるのかは3歳の時のエルファバのみぞ知る。

 

「あっ、ハーマイオニー。」

 

大量の本を抱えたハーマイオニーにラベンダーが話しかける。

 

「今ね、エルファバに恋愛について教えてるのよ。」

「エルファバったら面白いのよ。ハーマイオニーも教えてあげて!エルファバ可愛いんだからきっと...」

 

パーバティがそう言いかけた時、ハーマイオニーは早口に言った。

 

「あなたたち、そんなくだらないことしてるより、早く宿題終わらせたら?私はもう終わらせたわよ。サボったらグリフィンドールが減点になっちゃって私が稼いだ点がなくなっちゃうじゃない。早くやりなさいよ。」

 

パーバティとラベンダーは目を合わせ、お気遣いどーも。と嫌そうに言ってから部屋を出て行った。

 

「やな子!」

「あの子威張りすぎよ。」

「調子乗ってるんじゃない?」

「だから友達いないのよ。」

 

部屋を出て行く際に聞こえた言葉を聞いたハーマイオニーは、大きくため息をつき、自分のベットに"初級向けの変身術"を放り投げ、自分の体もベットに委ねた。

 

「エルファバも行きなさいよ。」

「ううん、私も終わらせなきゃ。本借りていい?」

 

ハーマイオニーは返事をしなかった。エルファバはバックから書きかけの羊皮紙と羽ペン、を取り出す。

 

「どうせあなたも思ってるんでしょう?私がガリ勉お節介のうるさい子だって。」

 

ハーマイオニーは囁くようにつぶやく。

 

「ううん。思ってないわ。」

 

エルファバはインク、インク、とゴソゴソとバックを探るのに必死だ。

 

「嘘よ。絶対思ってる。」

「ハーマイオニー。人の心なんて分からないのになんでそう思うの?」

 

あったあった、と顔を上げたエルファバはショックを受ける。

 

「ハーマイオニー、泣いてるの?」

 

ハーマイオニーの目頭からこめかみにかけてキラキラした線が出来ていた。

 

「どうして泣いてるの?」

 

ハーマイオニーは静かに涙を流すだけで質問に答えてくれない。エルファバはハーマイオニーのベットに座る。それと同時にハーマイオニーは背を向けてしまった。ケンカした時、ケガした時、どんな時でもエルファバが手の上で小さな雪雲か雪だるまを作ればエディも近所の子たちも泣き止み笑った。

 

(可愛い雪だるま見れば、ハーマイオニーも元気になるかな。)

 

エルファバは手の上で雪を作り始めるが...

 

『決して力を使ってはならない。』

 

父親の声が頭の中で響いた。

 

(ダメだ。使っちゃダメ。)

 

エルファバは手にたまった雪を自分のベットになすりつけた。1度出した雪や氷の消し方分からないのだ。

 

「ハーマイオニー泣かないで。私まで悲しくなっちゃう。」

「...」

 

エルファバはハーマイオニーの豊かな栗色の髪を撫でる。

(どうしたらハーマイオニーは泣き止んでくれるかな。)

 

ハーマイオニーはゆっくり起き上がる。髪の毛に隠れた目は真っ赤に腫れていた。

 

「ああ...ハーマイオニー、冷やさなきゃ。」

 

そう言って、エルファバは反射的に手を凍らす。

 

『力を使ったらお前は悪い魔女になってしまう。』

 

(そうだ。ダメだ。何してるんだ私。)

 

ハーマイオニーはそんなエルファバに口を開いた。

 

「...ヒクッ、わっ私...ただみんなに言ってるだけなのに...ヒクッ...みんな嫌がって...」

「え?」

「みんな...ヒクッ、私のこと...ヒクッ、嫌いなんだわ...」

 

エルファバは納得した。

 

「...もしかして、さっきパーバティとラベンダーが言ってたこと?」

 

ハーマイオニーはコクコクと頷く。そしてキッとエルファバをにらみつけた。

 

「エルファバ、行っていいわ。私と話すのつまらないでしょ。」

 

(さっきまでしゃくり上げてたのに。)

 

急にスラスラ言葉を並べるハーマイオニーにエルファバは混乱する。女の子の感情は起伏が激しいというのは本当なのかもしれないなと思った。

 

「私、好きであなたと一緒にいるのよ。」

「エルファバだって恋愛話楽しんでたじゃない。こんな嫌われ者の愚痴なんて聞いたってつまんないわよ。」

 

ハーマイオニーは再び枕に顔を埋める。エルファバは考えた。

 

「確かに、王子様が毒を体内で分解できるスーパーマンではないってことを知ったのは有益だったわ。」

「...は?」

「でも、私はあなたやハリーたちと魔法についていろいろしゃべるほうが楽しい。」

 

人それぞれ好きなものがあるからそれをけなしちゃダメだけど、とエルファバは付け加える。

 

「本借りていい?」

「...うん。」

 

エルファバは本を借り、ベットの上で宿題を始める。ハーマイオニーはしばらくうつむき、フッと笑った。

 

「...王子様がスーパーマンってどういうこと...」

「んー?」

「エルファバ大好きよ。ありがとう。元気出た。」

「うー、ん。」

 

聞いてないわね、とハーマイオニーは笑ったが、エルファバはちゃんと聞いていた。

 

ただ、"大好き"と言われたのがあまりにも久しぶりすぎて、頭がついていかないだけだ。

その反面、自分の事を大好きだと言ってくれるのは、ハーマイオニーが自分の"力"を知らないからかもしれない、とも思った。

 




投稿済み分はなるべく早く投稿します。


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6.母親

「じゃあ、エルファバは飛行訓練できないの?」

「うん。」

 

ハリーは心底残念そうな顔でエルファバを見つめた。

 

事のキッカケは授業後のマクゴナガル教授からのお呼び出しだ。その時におそらくエルファバには必要な筋肉が備わっておらず、飛行訓練をするのは非常に危険だと言われたのだ。

 

そのことをお昼にハリーとロンに伝え、冒頭に戻る。

 

「えーそりゃ残念だよ。すっごくすっごく楽しいのに。アイタッ!なんだよハリー...」

 

ハリーは余計なこと言うなと言わんばかりにロンの太ももをつねった。

 

「コホン。じゃあエルファバは飛行訓練の間どうするの?」

「見学じゃないかな。」

 

エルファバはチキンスープをよそいながら言う。

 

「そっか...」

「なんで、エルファバってそんなに体力なイタタタ!!!」

 

ハリーは再びロンの太ももをつねった。

 

授業を受けて2週間近く経ち、だんだんエルファバはかなり特殊な環境で育ってきたことをみんな理解しだしていた。本人は基本無口無表情なので詳しいことは誰も知らないが、それは聞かないほうがいいだろうという暗黙の了解になっている。

 

みんなエルファバの少しズレた発言(本人無自覚)や行動(本人無自覚)も、エルファバの個性の1つとして受け取ってるし、何よりエルファバは無愛想(本人無自覚)だが、心優しいのでみんなから愛されていた。

 

ただ、わずかな例外を除いて。

 

スリザリンの女子生徒はエルファバを見つけるなり、呼吸の乱れたエルファバのモノマネをしだした。

 

睨みつけるハリー達をよそにエルファバは紅茶を飲む。

 

(あれ、新しいダンスか何かかな。すっごい変だからやめたほうがいいと思うんだけど。)

 

幸か不幸か、本人はそれを知らない。

 

「ネビル、それなに?」

 

ハリーは話題を逸らそうと近くに座るネビルに声をかけた。

 

ネビル曰く思い出し玉というもので、何かを忘れると赤く光るものらしい。だが残念なことに何を忘れたかまでは分からない。

 

「あっ。」

 

すぐ背後にマルフォイと愉快な愉快な仲間たちが来ていることに気づかなかった。マルフォイはネビルの思い出し玉を奪ってしまった。

ハリーとロンは立ち上がり、3人に向き合う。今にも戦いが始まりそうだ。

 

「ケンカはダメよ。」

「あ?なんだよ、チビ白髪。」

「返してあげて。」

 

男の子3人に何かを言うのはかなり勇気のいることだ。そのうちの2人がゴツい人ならなおさらである。

 

だがチビ白髪と言われ、エルファバは恐怖と同時に怒りも湧いてきた。プラチナブロンドのマルフォイだって白髪と言えないわけじゃない。

 

(それに、私チビじゃない。)

 

ハリーとロンはエルファバを隠すように前に立つ。マルフォイといつかケンカしたいと思っていた2人でもある。

 

「一体どうしましたか?」

 

マクゴナガル教授はサッと間に入ってきた。ハリーとロン、そしてマルフォイは心底嫌そうな顔をしたがエルファバはホッとする。誰かがケンカするというのはあまりいい気分ではないからだ。

 

「マルフォイがネビルの思い出し玉を取ったんです!」

「見ていただけですよ。」

 

マルフォイはネビルに思い出し玉を投げて返した。ハリーとロンは立ち去る3人の背中を睨みつける。

 

「ホント、嫌なヤツらだぜあいつら!」

 

マクゴナガル教授が去ってからロンはやけくそにソーセージを食らった。

 

「ネビル、大丈夫?」

「うん...」

 

(もっと、堂々とすればいいのに。)

 

エルファバはネビルにそう言いたかった。

 

それから数分後、3人でカスタードタルトを分けているときに、可愛らしいフクロウが降り立った。

 

「だれ?」

「...お父さんだ。」

 

ハリーとロンは滅多に聞かないエルファバの家族の話が出たので興味を持った。

 

「どんな人?エルファバのお父さんって?」

「くたびれてる。」

 

エルファバはその回答にむせたロンに気にせず、手紙を開いた。

 

ーーーーーーーーーーー

エルフィー

 

お前がグリフィンドールに入ったのは少し意外だったよ。でも、お前がたくさんの人に出会って良くしてもらってると聞いて何よりだ。

学校は楽しいか?お父さんはマグルでお前と同じように魔法の知識は全くなかったから、本当、毎日が輝いていたよ。お前の毎日もきっとそんな感じだろう。

エディは会うたびにホグワーツに行きたいって騒いでるよ。彼女もホームスクールだし、もっと友達が欲しんだろう。正直、魔力があるか分からないけどな。

 

くれぐれも"力"を使わないように。

 

父より

ーーーーーーーーーーー

 

エルファバの胸に暖かいものがどっと湧き上がった。だがそれが表情に出ないのがエルファバだ。

 

「なんて書いてあった?」

「お父さんはマグル生まれの魔法使いだったらしいわ。」

「知らなかったの?」

 

ロンはすでに普通に食事を再開していた。パイナップルをいくつか口に放り込む。

 

「うん。お父さんとあまり話しないし。」

「お母さんは?マグル?」

「お母さんとはこの間数年ぶりに話したわ。」

 

一瞬、2人の友人のバナナを食べる手が止まったことにエルファバは気がつかない。

 

「え...と、そうなんだ...お母さんと別々に住んでるの?」

 

なんでもないかのようにハリーは聞く。2人は踏み込んではいけない領域に入ってる気がした。

 

「一緒に住んでるわ。ただ、お母さん私が嫌いなの。」

 

ハリーは親というものに憧れがあった。それはダーズリーという愚かな親戚たちに囲まれて育ってきたからというのもあるかもしれない。あのダーズリー夫妻でさえ血の繋がったダドリーには相当甘いのだ。親は子供にたくさんの愛情を与えるものだとハリーは信じきっていたし、それはロンも同様だ。どんなに怒られても親に嫌われていると思ったことなんて1度もない。

 

2人の中の神話は1人の少女によって崩れた。

 

「...なんで...その...嫌いなの?」

 

ロンの問いにエルファバは何かを思い出すように、遠くを見つめた。エルファバが口を開いた時に授業開始10分前のチャイムが鳴った。

 

「次は魔法薬学だから早く行きましょ。」

 

その言葉と同時にエルファバは立ち上がり、エルファバの真似をしているスリザリン生をすり抜けていくエルファバを、ハリーとロンは見つめるしかできなかった。

 

早足で歩くエルファバの周辺に粉雪が降っていても、誰も気づかない。

 

 

------

 

(暇だわ。)

 

エルファバは校内を徘徊していた。

飛行訓練の間、エルファバは図書室での自習が命じられたものの、闇の魔術に対する防衛術の宿題である恐ろしい怪物を1つ調べてそれについて書くという宿題は終わらせたし、ハーマイオニーオススメの本である"クィディッチ今昔”も読み終えてしまった。

 

授業あと15分くらいで終わるからグラウンド行ってもすぐ終わっちゃうだろうし...うーん。ん?

 

エルファバは何かキラキラ反射するものを見つけた。

 

(なにこれ?)

 

そこには金色に光るトロフィーが飾られていた。どうやらクイディッチの歴代優勝のチームが彫られているらしい。大きめのガラスケースに収納されたトロフィーの周辺を写真やら4色の寮の旗が飾っていた。トロフィーには年ごとの優勝した寮の名前が刻まれている。

 

(最近はスリザリンが連続優勝しているのね。)

 

エルファバは読んでそう思った。ハリーが嫌いなスネイプ教授の薄ら笑いが頭に浮かび、すぐに消した。なんか失礼なことをした気分になったのだ。

 

エルファバは実際ハリーいじめをすることを除けばスネイプ教授は嫌いではなかった。エルファバの胸ポケットに入ってる"呼吸正常薬"を調合してくれたのはスネイプ教授である。それに、エルファバが薬の調合に成功したら小声でグリフィンドールに1点入れていることも、エルファバはちゃんと知っているのだ。

そのあと、なんだかんだでハリーやネビルを減点することでマイナスになってはいるのだが。

 

(ん?)

 

そんなことを考えていたエルファバはある一枚の写真が目にとまる。

 

1975年 優勝寮レイブンクローのメンバー

 

そう書かれた写真は白黒で、20人くらいの生徒が並び、ほぼ全員が笑顔で手を振る。だがエルファバはそれを見ていない。エルファバの父親譲りの青い瞳は、ある1人の女子生徒を目が穴が空きそうなほどに見ていた。

 

その生徒は1番端っこで、隣のメンバーに腕を引っ張られて嫌そうな顔でこちらを睨んだ。

 

 

 

 

それはエルファバだった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

「100年ぶりの最年少シーカー?」

 

夕食時、ハリーは午後に起こった出来事をロンとエルファバに聞かせた。それがどれだけすごいのかエルファバにはイマイチピンとこなかったが、ロンのボンヤリっぷりからして相当すごいことなのだろう。

 

「今年のクィディッチ・カップは俺たちのものだぜ。」

 

フレッドとジョージはハリーを見つけるなり、足早に近づきエルファバのハムを素手で奪った。

 

「それ私の...。」

「まあまあ、いいじゃねえか。まだ皿にはいっぱいあるんだからよ。」

 

じゃあな、と双子は更にポテトを一口かじって、残りをエルファバの皿の上に放置していった。ポツンと孤独に残るかじられたポテトにエルファバはこう名付ける。

 

(孤独なポテト。)

 

これを言ったらハリーもロンも爆笑するだろう。だがそれを誰にも言わず、しかも無表情で考えてるのがエルファバである。

 

そして思い立ったようにエルファバは立ち上がった。

 

「ちょっと図書室行かなきゃ。」

「おいおい、エルファバ。宿題はもう終わったんだろ?なんのために...」

 

エルファバは少し考えて言った。

 

「...人探しよ。」

「誰を?」

「1975年の自分?」

 

2人はポカンと口を開ける。

 

「1975年に私が写ってたの。」

 

でもそれしか分からない、そう言ってエルファバは図書室に向かって歩いていった。

 

彼女を追いかけていこうとした2人はマルフォイに絡まれてしまい、決闘の約束までしてしまうのだった。

 

 

ーーーーー 

 

 

エルファバは歩いていく廊下であの自分を...正確には自分にそっくりなレイブンクロー生を何回も頭の中で思い出していた。

 

(あれは誰?ドッペルゲンガー?他人の空似?いや、もしもそうなら教授達が何か指摘するはず。)

 

「エルファバ!」

「...ハーマイオニー?」

 

ハーマイオニーは後ろからフサフサの髪の毛を揺らして走って来た。

 

「さっきエルファバを大広間で見つけたんだけど、あの2人と一緒にいるから話しかけられなかったの。」

 

ホント、嫌になっちゃう!とハーマイオニーはエルファバと歩幅を揃えながら言う。

 

「あの2人、マルフォイ達と夜決闘するつもりなのよ!」

 

ハーマイオニーはとんでもないと言わんばかりに眉間にシワを寄せる。

 

「私、待ち伏せするわ。証人に...そういえばエルファバは図書室に何しに行くの?」

「人探し。」

「宿題は?」

「飛行訓練の時に終わらせた。」

「そうなの?...そうそう!!ハリー!!彼だって規則違反したのに...」

 

ハーマイオニーの愚痴は図書室に入るまで続いた。エルファバは正直なところほとんど聞いてなかったが。

 

図書館で粘りに粘り、数時間調べた結果、1975年のレイブンクローのクィディッチチームにエルファバ・スミスという名前は(まあ当然だが)見つからなかった。その代わり、その当時在籍していた女子メンバーは

 

マチルダ・マックロード

グリンダ・オルレアン

ルーシー・オルダズ

 

この3人だった。問題なのはここから人を絞れないことだ。あの写真からは誰が誰かはわからないし、調べてみた資料も名前だけだ。先生に聞けばいいとハーマイオニーに言われたが、なんかこれは先生に聞いてはいけない内容な気がしてならないのだ。

ハーマイオニーは"魔法の近年の進歩に関する研究"をパタン、と閉め、エルファバの前髪を払う。

 

「ずっと前から思ってたんだけど、あなた前髪留めたほうがいいわ。」

「ん?前髪?」

 

ハーマイオニーはポケットからピンを取り出し、エルファバの雪のように白いボサボサの髪をまとめるが...

 

「ダメね。エルファバの髪白いからピン目立っちゃう。それに、あなた毎日とかしてる?寝癖すごいわね。」

「私前髪気にしないわ。」

 

エルファバは毎日手ぐしという素晴らしい整え方で、髪をとかしているため、毎日芸術的な髪型に仕上がってる。それが赤毛双子の毎日の楽しみになってることを本人は知らない。

 

ハーマイオニーははあ、と小さくため息をつき、キビキビと杖を振るマダム・ビンスをチラリと見てから早口で言った。

 

「前髪が目にかかると目に悪いし、せっかくの可愛い顔が台無しよ!明日から私が髪の毛アレンジしてあげるから!」

 

(あれんじ?)

 

「三つ編みとかフィッシュボーンとか、あとは編み込みとかね。絶対可愛いから!」

「うん。」

 

イマイチよく理解していないエルファバだったが、ハーマイオニーがキラキラと新しい魔法を見るような目でエルファバを見るので、まあいいかと思ったのだった。

 

 

ーーーーーーーーーー 

お父さんへ

お父さんに聞きたいことがあるの。

マチルダ・マックロード

グリンダ・オルレアン

ルーシー・オルダズ

この3人の誰か知っていたら教えてほしいの。

エルファバ

ーーーーーーーーーー

エルファバはベットの上で短い手紙を書き終えたところだった。バーパティとラベンダーはすでに眠りの中だが、ハーマイオニーはブツブツと何かをつぶやいていた。規則違反とか私がどーのこーのとか。

エルファバがそろそろ寝ようと枕に頭を沈めた時だった。

 

「私行ってくる。」

「...どこに?」

「あのおバカさんたちを止めに行くのよ。」

 

それだけ行ってハーマイオニーはキビキビと部屋から出て行った。

 

(ハーマイオニーも大変ね。)

 

それまずいんじゃない?とかやめたほうがいいよ、とか言いたいことはいっぱいあったが、睡魔はゆっくりとエルファバの体の自由を奪っていった。

 

 

 

ーーーーー

『エルフィー!もっともっと!』

 

エディがゲラゲラ笑いながら凍った木にぶら下がっていた。

 

『待ってエディ。今雪だるま作ってるの!』

 

そう言いながら私も笑ってて、小さな女の子のために大きな雪だるまを作ってあげてた。

 

ああ、これは昔の記憶か。公園も見覚えがある。エディは6歳で、私は9歳だった。

 

私はふとエディに目をやると、妹は木の上にいなかった。

 

『エディ?』

 

明るい公園は一気に真っ暗な闇に変わった。私は怖くなって、暗闇の中に手を伸ばす。コツッと硬い何かが指先に触れた。

ギョッとした。さっきまで作っていた雪だるまがエディに変わっていた。雪の彫刻のように凍ったエディの目は恐怖で見開かれている。

 

「化け物!」

「やめてくれ!」

「許さないんだから!」

「娘になんてことするの!」

 

たくさんの声が私を罵倒する。無数の手が私を殴ろうと襲いかかる。

 

私は必死に暗闇の中で逃げ回った。

 

やめて、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

こっちよ!

 

誰かの声がする。私は無我夢中でその声を探した。

綺麗な手が私の目の前に伸ばされて、私は何も考えずにその手を握った。

 

もう大丈夫。怖かったね。

 

手は私をぐいっと引っ張り、頭を撫でた。その手の主は...

 

あの写真の中にいるレイブンクローのユニフォームを着た私だった。

 

ーーーーー

 

 

 

「はっ!?」

 

エルファバはガバッと起き上がった。

 

「夢...だよね...?」

 

記憶と想像がごちゃまぜになったずいぶん生々しい夢だった。バーパティとラベンダーの寝息が聞こえてくる部屋で、エルファバは自分が今どこにいるのか理解するのに時間がかかった。

 

「はあ。」

 

あの夢に出てきた人物。私そっくりなレイブンクローの生徒。エルファバはその人が誰なのか、心のどこかでは答えが分かっていた。

 

ただ、それを受け入れるのは怖かった。それは自分の居場所を失うことを意味するから。帰る場所がなくなることを意味するから。

 

夢の中で助けてくれたのはそれの暗示なのかもしれない。

 

バンっ!

 

乱暴に開けられた扉にエルファバはビクっとした。

 

「...ハーマイオニー?」

 

月明かりに照らされたハーマイオニーは腕を組み、自分のベットに座ってから気持ちを落ち着かせるように、静かに深呼吸した。

 

「人生の中で一番最悪な夜だったわ。フィルチに会うわ三頭犬に殺されかけるわで。」

「...さんとうけん?」

 

いろいろツッコミたいエルファバだったが、それは叶わなかった。そう言ってから、ハーマイオニーは自分のベットに後ろ向きにダイブして動かなくなったからだ。

 

(よく分からないけどおつかれ。)

 

 

エルファバは心の中でそう呟いた。



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7.喧嘩

「...で、私は命辛々逃げて、グリフィンドール寮に戻って来たってわけ。」

 

ハーマイオニーはエルファバの真っ白な髪を一部編みながら昨晩の大冒険を聞かせていた。

 

簡単に言えば、昨日の夜ハリーとロンを見つけたハーマイオニーは警告したものの無視された。おまけに寮から締め出されたので、証人になるべくネビルと共に2人を追いかけた。しかし、決闘はマルフォイの罠であり、待ち受けていたのはフィルチだったため、近くの部屋に逃走した。そこまでは良かったものの、部屋の主は巨大な三頭犬であり、今度は命の危険を感じて寮まで一直線に逃走したという。

 

「全くあの2人ったら!!人を巻き込んであんなことするなんて信じらんない!!」

 

いや、ついて来たのはお前の方だろ!

ハリーとロンのツッコミがエルファバの頭の中で響く。

 

「みんな無事で良かった。」

「本当、退学にならなくて良かった...エルファバ動いちゃダメ!はい、出来たわよ!」

 

ハーマイオニーは鏡を見せながら言う。

エルファバの伸ばしっぱなしの前髪は三つ編みされて反対側で止められ、カチューシャのようになっていた。ピンもゴムもハーマイオニーのものなので茶色だが別の髪で上手く隠している。

 

「うん、完璧!」

 

少し機嫌が良くなったハーマイオニーはしげしげと新しい髪型を眺める友人の腕を取り、歩き出した。

 

「すっごい似合ってるわよ!」

 

ハーマイオニーの機嫌が良くなったのはいいものの、エルファバは困惑していた。

 

「...ハーマイオニー...」

「なあに?」

「...みんな見てる。恥ずかしい。」

 

あのボサボサ頭のエルファバが髪をキチンと整え、オシャレしている。

 

元々身長に反比例するように長くて雪のように白い髪を持つエルファバはただでさえ目立った。それに加え顔も11歳とは思えないくらい整ってるエルファバは密かな人気がある。

 

その噂の顔がしっかり見えるのだから注目されて当然だ。

 

「エルファバがしっかりオシャレしてるからよ。ほら、あなたの髪の毛ボサボサだったじゃない。」

 

そしてそのことを計算に入れて、髪の毛のスタイリングを買って出、シャイな友人に春が来るように仕向けたのが、学年一の秀才ハーマイオニー・グレンジャーである。

 

この思惑をハリーとロンが聞けば今度こそ彼女をミス・お節介と命名するに違いない。

 

(エルファバにボーイフレンドができればエルファバはもっといい学園生活が送れるはず!あとは、男子生徒に話しかけられるたびに隠れるのをやめさせましょう。あ、ボーイフレンドができれば自然になくなるかしら。)

 

「みんな見てくる。やだ。」

 

そんな思惑をよそにエルファバはハーマイオニーの豊かな髪の毛に隠れるのだった。

 

「ねえ、ほどいちゃダメ?」

「だーめ。」

「ぜえええええったい?」

「絶対ダメよ。」

 

エルファバは諦めてベーコンを突く。思いの外目立ってることを気にしているのだ。

 

(ハリーっていつもこんな気分なのね。やだやだ。)

 

有名人の友人に同情するエルファバだったが実際、視界が良くなり周りがよく見えるようになって周囲の目が分かるようになっただけで、前から注目されたはいたのだが。

 

「最初の授業は呪文学ね。早く実践やりたいわ。そういえば昨日ね、私基本呪文の1つを成功させ...ん?」

 

ハーマイオニーの視線の先はハリーとロン、そしてマルフォイだった。

エルファバも視界のいい目でそれを見つめる。

 

「箒...」

 

キランとハーマイオニーの目が怪しく光る。校則違反を見つけた時のあの目だ。

 

「ハーマイオニー、もう話さないんじゃないの?」

 

エルファバはクロワッサンをかじりながら少し怖い顔の友人に指摘する。

 

「また規則違反しようとしてるなら別よ。ああ、良かった。フリットウィック教授がいらっしゃって...」

 

だが、ハーマイオニーの思うようにはいかなかったみたいだ。教授は嬉しそうに小さい体をはねさせ、マルフォイは悔しそうな顔を、ハリーは何かを言って笑いを堪えた顔をしていた。ロンも同様だ。

 

「エルファバ、行くわよ。」

「ふぁ?」

 

強い力で腕を引っ張られたエルファバはクロワッサンをひっつかみ、ずんずん進むハーマイオニーのスピードに必死についていく。

 

「おーい、エルファバ!今日の髪、今までのどの髪型より芸術的だぞー!」

 

大広間を出て行くときに叫んだリーの言葉は、褒めているのか貶しているのか。エルファバには分からなかった。

 

そうこう考えてるうちにハリーとロンの笑い声が近づいてくる。

 

「...って、本当だもの。マルフォイがネビルのあれ盗んでなかったら、僕はチームに入れなかったし。」

 

そう笑うハリーにハーマイオニーは鼻の穴を膨らました。

 

「じゃあ、あなたは校則を破ってご褒美をもらったと思ってるわけね。」

 

ハリーとロンは"うわっ"と顔で言っていた。

 

「あ、おはよ。」

 

ハーマイオニーはエルファバをキッと睨んだ。まるでエルファバが校則違反したと言わんばかりだ。

 

「ハーマイオニー、君は僕たちとは口聞かないんじゃなかったの?」

「そうだよ、今更変えないでよ。僕たちにとってはありがたいんだからさ。」

 

ロンとハリーに一睨みした後、ハーマイオニーは再びエルファバを引っ張ってずんずん歩き出す。

 

「エルファバ、あとで箒見せるよ!」

「ニンバス2000だぜ!すっげーぞ!上手くこいつ巻けよ!」

「エルファバ聞いちゃダメ!!」

「えっ、あっ、はい...」

 

この日からエルファバは"板挟み"の言葉の意味を知ることになる。

 

ハーマイオニーは悪影響と言ってハリーとロンとの接触を許さない。エルファバからすればハリーとロンも大事な友達なので、仲良くしたいがハーマイオニーはべったりエルファバについてきた。ハリーはクィディッチの練習が週3回もあり、ロン以上に会えない。ロンはハーマイオニーをハリー以上に嫌っているので、ハーマイオニーがいたら絶対来ない。

 

結果、ハリーとロンとはほとんど話せない状態が続いた。

 

それからまあまあ平穏(見知らぬ男子生徒数名に話しかけられるという恐怖体験はあったが)に、あっという間に1カ月半が過ぎた。授業にも慣れ、だいぶ友達も増えてきた。一方で父親からの返事は一向に来ない。

 

(まあ、お父さん忙しいし。)

 

エルファバはそれに対して怒ったりはしない。だがいくら調べても手がかりは見つからなかった。強いて言えば、自分の父親が首席だったことを発見した程度だ。

 

ハロウィン当日の朝にはパンプキンパイが焼けるいい匂いで目覚め、みんな最高に気分のいい時、さらにいい事が起こった。

呪文学でついに実践が行われることになったのだ。

フリットウィック教授は簡単に今までの復習を聞いてから、みんな一斉に開始した。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ。」

 

ボソッとつぶやいた呪文はエルファバの羽根はフワフワと浮かばせた。だが全員ができていない中で目立ちたくないので、浮いた羽根を机の上に押し付ける。

 

これは今に始まったことではない。1番最初にできてもあえてそれを教授には言わない。どっちみちハーマイオニーが1番にやって、グリフィンドールには得点は入る。

 

(みんなが私の髪型に慣れた今、これ以上目立ちたくない。)

 

エルファバは必死だ。ハーマイオニーの"作戦"は若干ずれた方向に行きだしている。

 

「おお!ミス・グレンジャーがやりました!」

 

フリットウィック教授は小さい体をぴょんぴょんさせながら喜んでいる。ハーマイオニーは得意げに杖を羽根に向けていた。ペアを組んだハリーは、実はできたのはエルファバが先であることを知っていたが、可哀想だと思ったので言わなかった。

 

授業終了後、ハーマイオニーは嬉しそうにエルファバに話しかけてきた。

 

「私、フリットウィック教授に褒められたわ!!」

「うん、見てた。」

 

ハーマイオニーがなぜ自分が呪文に成功したのかを語ってると、前からロンの不機嫌そうな声が聞こえてきた。

 

「...いつには我慢できないっていうんだ。まったく悪夢みたいなヤツさ。」

 

ハーマイオニーのことを言ってるのは明らかだった。本人はショックで目を見開き、危うく本を落としそうになった。

 

「ハーマイ...」

 

エルファバが呼びかける前にハーマイオニーは走り去ってしまった。

 

「今の聞こえてたみたいよ。」

 

ハリーは遠慮しながらロンに言う。

 

「それがどうした?誰も友達がいないってことはとっくに気がついているだろう。」

 

パキパキパキ...

 

エルファバの教科書が凍り始める。だがそんなこと気にしてる場合ではなかった。

エルファバはハリーとロンのもとに走って怒り任せに言った。

 

「2人ともひどいわ。私はハーマイオニーの友達よ。」

 

2人は驚いたように顔を見合わせる。静かな声でエルファバは言ったが、相当怒ってることは明白だ。2人はあのエルファバを怒らせたことに対して、少しショックを受けていた。

 

 

そもそも、ハリーはほぼ巻き添えである。

 

ーーーーー

 

そのあと、ハーマイオニーを見かけることはなかった。ハリーとロンも1回も目を合わせてくれなかった。その間エルファバは気持ちの動揺を必死に抑えたが、無駄だった。教科書、図書室の本、バックの一部、あらゆるものを凍らせてしまった。

 

「あなたは、今日の授業に出席する必要はありません。」

 

入ってきて早々に椅子の一部を凍らせてしまったエルファバにマクゴナガル教授が告げた。

 

「体調が悪そうです。マダム・ポンプリーに見てもらいなさい。」

 

みんな一斉にエルファバを見る。どうやら誰も椅子が凍ってることには気がついてない。

 

「えっ、でも...」

「無理をして授業を受ける必要はありません。悪化させるかもしれませんからね。」

 

教授は杖を一振りするとエルファバが凍らせてしまった椅子が消えた。

 

マクゴナガル教授は怒ってるわけではないようだ。厳格な顔の瞳には憂いがチラついていた。本当にエルファバの"力"を心配しているのだろう。

 

「次の授業のクィレル教授には私から伝えておきましょう。」

「はい。」

 

エルファバは罪悪感一杯で教室を出た。

 

他の生徒誰1人もエルファバのような子はいないことは知っていた。

みんな入学前は階段から落ちたら跳ねて無傷だったとか、先生のカツラを真っ青に変えてしまったとか、そんな感じだった。エルファバのように魔力が雪か氷に限定されて、しかもそれを未だにコントロールできず、感情でここまで左右されるのはエルファバだけだ。

 

"別の力"。マクゴナガル教授に初めて会った時の言葉を思い出す。

 

保健室には行かず、そのまま部屋に直行した。ハーマイオニーがいると信じて。

 

だが、願いは叶わず、誰もいない。

 

エルファバは凍りついた教科書とバックをベットの上に放り投げた。

 

(ああ、私ハリーとロンに嫌われたわ。あんなに良くしてくれたのに。)

 

鼻がツンと痛くなる。この感覚を最後に味わったのはいつだろうか。最後に母親にぶたれたときかもしれない。エルファバは泣きたくなかった。でも、止める術もない。

前髪はしっかりハーマイオニーが結んでくれたのに視界がぼやけ、頬に暖かい雫が伝う。

今度は頬に冷たいものが当たった。何かは言うまでもない。この部屋だけに早い冬が訪れていた。

 

「...止まれ、止まれ、止まれ...!!」

 

この部屋は自分だけじゃないのだ。パーバティやラベンダー、それにハーマイオニーだって使ってる。部屋の温度を下げていく自分の"力"を恨んだ。どうやっても止まらない。止め方が分からない。

 

"力を使えばお前は悪い魔女になってしまう。"

 

悪い魔女になりたくない!!でも...制御できない...!!

 

ハリーやロンの顔を思い浮かべると降る雪の量は増え、どんどん酷くなる。小さな部屋に雪が積もり始めた。

 

「あっ...!!」

 

談話室から生徒の笑い声が聞こえてきた。もう授業が終わったらしい。

エルファバは気がつけば2時間近く泣いていた。

 

まずい。

 

エルファバは今朝ハーマイオニーが結いてくれた髪を解き、前髪で腫れた目を隠す。そして、部屋から飛び出した。

 

(ハーマイオニーを探そう。)

 

前髪に隠れたエルファバの顔は決意に満ちていた。

 



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8.トロール

「お菓子持ってきた。」

 

すすり泣きが響く女子トイレに、カボチャの匂いが立ち込める。トイレ内に食べ物。なんともちぐはぐだ。

 

「ヒク...1人にして...」

 

エルファバはハーマイオニーが入ってるであろう個室の前であぐらをかく。

 

「私、1人ぼっちなの。」

 

それを言って自分で悲しくなる。

 

この2カ月でずっと仲の良かった友人を自分の発言でなくしてしまったんだわ。もちろん言ったこと自体は後悔していないが、もっと言い方があったはず。

 

『あのさ、ハーマイオニーもいろいろあるの。そういう言い方ないんじゃない?もっとこう...』

 

エルファバの脳内シュミレーションは開始からすでに1時間を経過している。

が、後の祭りだ。

 

「1人ぼっちパーティーっていうのも...」

「...私、ヒクっ、失恋したわけじゃ、ヒクっ、ないのよエルファバ...」

「?」

 

キョトンとしたエルファバの顔が扉の隙間から見える。

 

エルファバはやっぱりズレてる。

 

そう確信した傷心中のハーマイオニーだ。

 

「食べよ?」

「嫌よ。」

 

あぐらをかいたまま、エルファバは考えた。このままじゃ友人は一生小さな個室に閉じこもったままだ。何か方法はないかと頭をひねらせている時だった。

 

ドシン、ドシン、という音と共に異常な悪臭がトイレ内に立ち込めたのは。

 

「?」

 

それは近づいて来てる。

 

「ハーマイオニー...?」

 

ハーマイオニーも異変に気付いたらしい。ゆっくりと個室から出てきたハーマイオニーが見つけたのは、目の前に置かれたカボチャパイと恐怖で固まっている小さな友人だ。

 

「エルファバ?」

 

その時すでにエルファバは口が利けなくなっていた。何か灰色の巨大なものがこの部屋に侵入しようとしていた。

 

「あ...あ...」

 

"それ"は2人の存在に気づいた。濁った目でギロリと見つめる。

 

ハーマイオニーは悲鳴を上げ、その場に座り込んでしまった。エルファバは逃げようとしても体が動かない。

 

(これは...トロールだ...)

 

辛うじてそれが何なのか分かった。だがそれは逃げるのにはなんの役にも立たない。

 

トロールは周辺の洗面台をなぎ倒し、こっちに近づいてくる。

 

「こっちにひきつけろ!!」

 

慌てたように入ってきた男子生徒はハリーとロンだった。2人はトロールに洗面台のカケラを投げつける。トロールはそっちに攻撃対象を変えた。

 

「はっ、ハーマイオニー!!行かなきゃ、ハーマイオニー!!」

 

エルファバは座り込んだハーマイオニーを引っ張ろうと腕に触れた。

 

パキパキパキ...

 

エルファバが触れたローブの一部が凍ってしまった。ハーマイオニーはそれに気づいてない。

 

(ハーマイオニーに触れない...!!)

 

「早く、早く!!走るんだ!!」

 

ハリーがこっちに叫ぶ。

 

「ハーマイオニーが立ち上がらないの!!」

 

トロールは逃げ場のないロンに向かって棍棒(こんぼう)を振り回して追い詰めていた。

 

「ハリー!!!」

 

こっちまで走ってきたハリーは方向転換し、トロールの後ろに飛びついた。異物に気づいたトロールは今にもハリーを振り落としそうだ。

 

エルファバは何も考えず、トロールの足を狙って"力"を放った。キラキラとエルファバの手のひらから出てきた光は、トロールの歪んだ足に直撃する。

 

ぶおおおっと叫んだと同時にトロールの片脚は太ももまで凍った。

動きが鈍くなったスキをつき、ロンが杖を向ける。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ!」

 

その瞬間、棍棒(こんぼう)がトロールの手から飛び出し、ゆっくり一回転させてから見事持ち主の頭に落ちた。トロールは白目を向き、ドサッと倒れ、そのまま動かなくなった。

 

「これ...死んだの...?」

「いや、ノックアウトされただけだ。」

 

ふと見ると、トロールの鼻に何か突き刺さっている。

 

「うわっ。」

 

エルファバはそれが何か分かって絶句した。ハリーの杖だ。

 

「うえー、トロールの鼻くそだ。」

 

ハリーはそれを自分のズボンで吹く。

 

「ハーマイオニー大丈夫?」

 

そう言ってエルファバはギョッとした。自分のしたことに。

 

("力"を使ってしまった...!!)

 

周囲を改めて見渡すと、所々床や個室の扉が凍ってたり、ハリネズミの背中のように尖った氷の塊が出来たりしていた。そして極め付けは太ももの部分まで凍ったトロールの脚だ。エルファバは言い訳が思いつかなかった。

 

バタバタと誰かが走り込んで来る。

 

「これは、一体どういう状況ですか!?」

 

叫んだのはマクゴナガル教授だ。クィレル教授がヒーヒー言っているのも、ハーマイオニーが説明しているのもエルファバの耳には入らなかった。

 

(みんな気づいたわ…私の"力"に。なんかの呪いだって言っても杖を使っていなかったし、呪文を唱えなかったからこれは杖から放たれたわけじゃないとすぐに気づく。退学しなきゃ。ああ、2カ月だけだった。お父さんはどう思うだろう!きっと私を悪い魔女だって軽蔑する。それに友達たちは?こんな魔力をコントロールできない友達なんかいらないに違いないわ!)

 

「...ミス、ミス・スミス!」

 

ハッとエルファバは顔を上げた。気がつけばハリー、ロン、ハーマイオニーそしてクィレル教授はおらず、教授数名とエルファバのみとなっていた。

 

「この氷の数々はあなたがやったのですね?」

 

マクゴナガル教授は周囲の氷を見渡しながら聞く。

 

「あなたの"力"は感情によって大きく左右される。そうですね?」

「...はい...」

 

やっと絞り出した声は小さすぎて自分でもギリギリ聞き取れたぐらいだった。

 

「あの子は入学当時から力を制御できてたわ...」

「きっと、知らなかったに違いない。あまりにも突然で彼もきっと...」

 

スプラウト教授とフリットウィック教授はヒソヒソと話し出す。当然エルファバは何の話をしているか理解できない。

 

「私...退学します...」

 

エルファバの一言で教授たちの頭一斉にハテナマークが浮かぶ。そしてマクゴナガル教授は小さくため息をつき、早口に告げた。

 

「これは私たちの手に負える問題ではありません。何しろ普通の杖から放たれた魔法とは訳が違いますから。」

 

そして、少し間が空いてから声のトーンを落とす。

 

「...ですが、どの魔法使いも感情が爆発すると杖なしでも魔力を発動することがあります。あなただけではないです。」

「父に言われたんです。私が"力"を使うと悪い魔女になってしまうと。」

 

教授たちが言葉を詰まらせたのはエルファバにも分かった。

 

「それは言葉の綾ですよ。」

 

フリットウィック教授はキーキー声で言う。

 

「でも...」

「ミス・スミス、今からあなたを校長室に連れて行きます。よろしいですね?」

 

質問だけど質問じゃない。私には選択肢がないようだ。

 

「少なくとも、私はあなたの退学は認めません。それは校長も同じでしょう。」

 

偉大な魔法使いでありホグワーツの校長であるアルバス・ダンブルドア。

 

(彼の目に私の"力"はどう映るのだろう。果たして本当に私を退学にするつもりはないのかしら。)



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9.偉大なる校長

とぼとぼマクゴナガル教授についてくるエルファバは、この廊下は来たことがなかった。

 

巨大なガーゴイル像の前で2人は止まる。

 

 

「蛙チョコ!」

 

石像だったガーゴイルは、マクゴナガル教授の言葉で生きた本物となり、訪問者のために道を開けた。その先の螺旋階段はエルファバの目を回らせる。教授はもう何十回もここを登っているのだろう。そんな素振りは見せない。

 

「ダンブルドア校長。ミス・スミスを連れてきました。」

 

キラキラ輝く樫の扉をノックし、マクゴナガル教授はそう告げた。

 

「おお、すまんなミネルバ。お入り。」

 

入学式に聞いた落ち着きのある声が返ってきた。扉が開き、美しくも不思議な部屋が2人の前に現れる。

エルファバはぼんやりと立ち尽くしていた。

 

「お入りエルファバ。そんなに怖がることはないんじゃよ。」

 

エルファバはチラリとマクゴナガル教授の顔を見て、ゆっくりと校長室に足を踏み入れた。

 

(きっとこの部屋に生徒が入ることはめったにないんだわ。この道具の数々を見たらハーマイオニーが大興奮するわね。)

 

そう思ったところでエルファバはハーマイオニーをはじめとする友人3人がエルファバの"力"を見てしまったことを思い出した。

 

「ずいぶん思いつめた顔をしとるのおエルファバ。」

 

仕事机に座ったダンブルドア校長はエルファバに微笑みかけた。エルファバは目にかかる前髪を耳にかけながら、言葉を考える。言いたいことはたくさんありすぎて言葉がまとまらない。

 

(私は退学しなくていいの?なぜ退学しなくていいの?あなたは私の力について知ってるの?)

 

「君は11歳のわりにいろいろ抱えすぎてるようじゃな。」

 

よっこらせ、と立派な椅子から立ち上がった校長はエルファバが思った以上に高身長だった。ハグリッドは例外として、ここまで身長の高い男性も珍しい。

 

「わしらは君を退学にするつもりはない。」

 

校長は驚くエルファバに面白そうにブルーの瞳をキラッと光らせる。

 

(なんで知ってるの。女子トイレからここに来るまでにマクゴナガル教授は瞬間移動でもしたのかしら。ああ魔法か。)

 

1人で結論を出したエルファバはダンブルドア校長に向き直る。

 

「いろんな教授たちが君のことを褒めておった。皆長いこと教鞭を取ってるのでな、いろんな生徒を見てきたんじゃよ。...そうじゃ、才能を隠そうとしてもすぐに分かる。」

 

ダンブルドアは相変わらず無表情なのに目だけ泳いでるエルファバをホホホ、と笑った。

 

「皆、君のように優秀で心優しい生徒に退学などしてほしくないんじゃよ。それはわしも例外ではない。」

 

エルファバは微笑む校長から目をそらし、近くでプカプカ浮いている銀色の土星に目をやりながら思った。

 

(校長先生は何も分かってないわ。)

 

「...そんなこと...ない、です。」

「ほお、なんでそう思うのじゃ?」

 

エルファバは見つめている土星を、小さく白い手で掴んだ。

 

パキパキっ!

 

銀色の土星は一瞬で分厚い氷に包まれ、ポトっとダンブルドア校長の足元に落ちる。

 

「私、友達をこんなふうにしかけました。」

「じゃが、そうはならなかった。」

 

エルファバは目の前の賢人にイライラしだした。

 

(どうして分からないの?ハーマイオニーだって、エディ、だって氷の彫刻になりかけたわ。今私たちの部屋だって今雪だらけだし、女子トイレだって所々凍ってるわ!あなたはそれを見てないからそんな無責任なこと言えるのよ!もう、誰も傷つけたくないのよ...。)

 

「君の"力"については、ミネルバが君の家にいるまで、皆把握してなかったのじゃ。辛かったじゃろう、たった1人で"力"を小さな部屋で抑えてきたのじゃな。すまなかった。」

 

心底悲しそうにエルファバの頭を撫でる様は、まるでいじめられた孫を慰めてるようだ。

 

「別に、私が悪いので。」

 

エルファバの怒りはさっきの校長の一言でかなり沈んだが、声は思いの外刺々しかった。もっとも、普段から無愛想なのでそれに気づくことができるのはハーマイオニーたちぐらいではあるだろうが。

 

「誰がそんなことを言ったのじゃ?」

「お母さんです。」

 

ふむ、と校長は長い長いひげをいじりながら考え込んだ。

 

「私は化け物です。自分の"力"もまともにコントロールできないから...」

「じゃが、君はそれで友を助けた。違うかの?」

「たまたまです。」

 

エルファバはきっぱりと言った。

 

(今日は饒舌にしゃべるわ。必死なのかしら。)

 

エルファバは校長相手に口答えする自分をどこか他人事のように思う。

 

「もし君の"力"が友人たちに力を見られたとしても、誰も杖無くしてやったとは思わんじゃろう。」

「そうで...しょうか...」

「逆に誰があれを杖無しでやったと思うかの?」

 

わしも思わん、とユーモアたっぷりに返した校長にエルファバは少しホッとした。きっと冗談ではない。"力"を見られたというショックが大きすぎてそこまで頭が回らなかった。

 

(確かに...。)

 

「それにあの3人はそれを知ったとして、君を化け物だと思うじゃろうか?」

「思います。」

 

即答。

 

思いの外頑固なエルファバにダンブルドア校長は、うーんと唸る。そして話題を変えることにしたようだった。

 

エルファバが、思いの外意固地だったのだろう。

 

 

「君の持つ"力"は、確かに人を傷つけるかもしれん。じゃが、使い方次第では人を救うこともできるのじゃよ。」

「...その"力"で人を守れってことですよね。」

「君にはレイブンクローに入る素質もあるようじゃな。」

 

何回も本で読んだことのある話だ。人から恐れられた化け物や醜い人が人々を救い、最終的には受け入れられる話。その物語たちをあの小さな部屋の中で何度憧れただろう。私もこうなるんじゃないかって。でも、あるとき自分は彼らとは違うって気がついた。

 

(私は、見た目は普通で中身が化け物なの。人は目に見えるものより見えないものを恐れるものだから。実際、そういう人たちは大体悪役だった。)

 

「それにじゃ、呪文を知っていれば大方収集がつく。」

 

校長は思いに耽るエルファバを現実へと引き戻す。エルファバは耳を疑った。

 

「溶解呪文も、発火呪文も試しました。でも、溶けなかったんです。私の魔力じゃまだできないんです。」

 

この1ヶ月半で自分の"力"を抑える、あるいは被害を小さくするために読んだ本の数を言ったらロンは気絶するとエルファバは確信している。ロンは活字アレルギーだ。

 

校長はエルファバの回答に首を振った。

 

「わしの推測じゃが、君の呪文は成功しとるじゃろう。問題は...」

 

校長は腰を折って、先ほどの氷漬け土星を拾い上げて興味深そうに眺めてから、杖を取り出す。

 

「君の凍らせたものには基本的な魔法のものが通用しないということじゃな。」

「どういう...」

 

エルファバが聞く前にその答えは分かった。ダンブルドア校長は杖からライターのような小さい火をつけ、分厚い氷にかざした。

 

「よく見るのじゃ。」

 

氷は熱い火がまともに当たっているにも関わらず、溶けた水で氷が輝くことも、形が崩れることもなく、じっと形を保っていた。

 

「君の能力は、正式には氷ではない。氷に限りなく近い未知の魔法を出しているのじゃ。それが感情の変化によって強くなったり弱くなったり、あるいは独特な形を創り出したりする。その魔法はあまりにも複雑で、魔法使いが呪文で再現するのは不可能だと言われておるのじゃ。」

 

校長は杖をしまい、氷の塊をエルファバに渡した。自分で凍らせた銀色の物体は想像以上に重い。

 

「わしは、それを解く呪文を知っておるが、使うことができない。」

 

(ダンブルドア校長が使えない?)

 

エルファバはそれを聞いた瞬間、とてつもない不安にかられた。今世紀最も偉大な魔法使いが使えないなら、自分が使える可能性など皆無に等しい。

エルファバの表情が恐怖に歪んだ。持ち上げておいて落とすとはまさにこのことだとエルファバは思う。

 

それに対してダンブルドア校長はほほほ、と呑気に笑う。

 

「勘違いしないでほしい。君は絶対使えるはずじゃ。血を引いてるからのう。」

 

...血?

 

「安心するのじゃ。オルレアン家の血を引いてれば呪文は使える。逆にそれ以外のものは使えないがな。」

 

オルレアン。それがどこから来てるのか思い出すのは一瞬だった。雷に打たれたような衝撃をエルファバは覚える。

 

グリンダ・オルレアン。

 

忘れるはずがない。エルファバがずっと図書館で調べ続けていた名前だ。ついにあの自分にそっくりのレイブンクロー生の名前が分かった。

 

「呪文はデフィーソロじゃ。ほれ、唱えて見るのじゃ。」

 

校長は、ショックで固まってたエルファバに杖を出すように促され、頭は働かないまま、ローブから父親からもらった白い杖を取り出した。

 

思考と体が完全に切り離されている。頭はエルファバの髪のように真っ白だが体は何をすべきか分かっていた。

 

「で...デフィーソロ…。」

 

震える声でつぶやかれた言葉を合図に手の中にある物体は厚い皮を脱ぎ、本来の銀色の姿を現わす。氷は水にもならずに存在自体がなくなり、全ての重石を取り払った土星はフワフワと本来あるべき場所に戻っていった。

 

校長は満足そうに頷いた。

 

「どうじゃ?今君は次に"力"を使ったときの対処法を知っておる。何も恐れることはない。」

 

エルファバは浮かぶ土星を見ながら、少しずつ心があったかくなる気がした。

対処法を知れば、化け物にならずに済むかもしれない…。

 

「さあて、ミネルバよ。この子を談話室まで送ってはくれないかの?せっかくのハロウィンを友と過ごさないなど悲しいことがあってはならん。」

「はい。」

 

マクゴナガル教授はエルファバの肩を叩く。

 

「行きましょう。」

「はい...。」

 

校長に背を向けて歩く中でエルファバは解決したこと、新たな問題を必死に整理した。

 

の、前にエルファバは思い出したように振り向き、深々とお辞儀する。

 

「あっ、ありがとうございます。」

「上々じゃ。良いハロウィンを。ホグワーツのパンプキンパイは最高じゃぞ。」

 

(友達は私の"力"を知らずに済む。オルレアン家。グリンダ・オルレアン。

私はオルレアン家の血を引いている。私は...私は...)

 

何度も何度もあの自分の退屈そうな顔が再生された。

 

「考える時は糖分が必要じゃエルファバ。」

 

校長はエルファバの背中に向かって穏やかに言う。すでに別の仕事に取り掛かり始めたみたいだ。

 

「甘いものをしっかりとることは大事じゃ。しかし、遠くにあるお菓子に手を伸ばして必死に取る必要はないのじゃよ。そういう時は近くにいるものが取ってくれるからの。」

 

私はグリンダ・オルレアンの子供。そして今の母親は本当の母親ではない。私はついに家族との最後の縁すら切れてしまった。

 

エルファバは父親にもらった白い杖を強く握り締めた。

 



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10.ハンサムな男子生徒

人生の中でこんなに楽しい日々はなかったとエルファバは実感していた。

 

あのトロールの一件で、3人はいい友人となりエルファバは板挟みに悩む必要もなくなったのだ。

それに、みんなエルファバの"力"は杖からきたものだと信じて疑っていなかった。ハーマイオニーはエルファバが3年生で習う瞬間冷凍呪文をやったと思っており、コツを何度も聞いてきた。

 

「でもねエルファバ、私知ってるのよ。あなたが勉強できるのに必死で隠そうとしてるの。」

 

もう大分体力がついてきたエルファバは普通の生徒と同じようなスピードで教室移動が可能になっていた。ハーマイオニーは一緒に魔法薬学への移動中にキッパリと言う。最初はゼエゼエ言いながら歩いていた教室移動もそこまで疲れなくなってきたのはありがたい。

 

「私が点数取るからいいと思ってるのかもしれないけど、そんなの認めないわ。ちゃんと発言しないと授業態度が悪いって見られるわよ?これからはちゃんと発言しなさい!」

 

(私に選択肢はないの?)

 

鼻息荒く廊下を歩く友人にそれを聞く勇気はなかった。

 

その一方で、ハーマイオニーの"エルファバ改造作戦"は上々だ。この間も、図書室でパッフルパフ生に話しかけられるエルファバを見て、仕事のやりがいを感じたハーマイオニーだった。

 

が、これには理由があった。

 

「やあ。」

「!?」

 

自分より高いところへ本を戻そうとして背伸びしていたエルファバは条件反射で中国映画に出てきそうなファイティングポーズをする。

 

「ははっ、そんなに怖がらないでよ。僕は初授業に遅れそうになった君を救った恩人だよ?」

 

本貸して、と言って男はエルファバの持ってる本を棚に戻してくれた。

エルファバはといえば、脳内の"自分の知っている男性リスト"を必死でめくってるところだ。

 

ハリー、ロン、赤毛双子、リー、マルフォイ、その仲間たち...

 

ピーピーピー。思い出しました。

 

運搬者。身元不詳。

 

「あーハーイ。えっと...」

「セドリック。セドリック・ディゴリーだ。君はエルファバ・スミスだろ?僕の友達がファンでね。」

 

(ファン?)

セドリックはかまわず続ける。

 

「君のこと、心配してたんだ。ちゃんと行けてるかなって。オシャレしてるし、大丈夫そうだね。」

 

本日のエルファバの髪型は頭のてっぺんでお団子された王冠風ヘアだ。それを面白そうにセドリックはツンツンと触る。

 

「友達がこのままにしとけって言うの。」

「嫌なのかい?」

「みんな私を見るんだもの。」

 

セドリックが口を開きかけたとき、マダム・ビンスの大きな咳払いが聞こえた。

 

「そろそろ静かにしないと怒られちゃうね。」

 

セドリックはエルファバは届きそうもない場所からヒョイっと本を取り、笑いかける。

 

「じゃあね。」

 

エルファバは無表情で小さく手を振る。

 

(その調子よエルファバ!)

 

この事情を知らないハーマイオニーは、セドリックが初対面のエルファバに話しかけ、しっかりそれに答えているように見えた。エルファバの春への第一歩だと喜んだ。

 

残念ながらはどちらにもハーマイオニーが思うような感情はない。

 

そうこうしてるうちに11月になり、ホグワーツ周辺が凍り、同時に友人のハリーは日に日にソワソワしだしている。

 

理由は単純明快、彼のクィディッチのデビュー戦が近づいているからだ。

ハリーが新しいシーカーであることは"極秘"であったはずなのだが、なぜかみんな知っていた。(エルファバはあの赤毛双子が漏らしたのだろうと思っている。)それもあってハリーはプレッシャーを感じているようだった。

 

デビュー戦前日、凍りつくような寒さに包まれた中庭に4人で出た。

 

「エルファバ、寒くないの?」

 

マフラーも手袋もつけず、普通の制服姿で平然としているエルファバにロンは唇を震わせて言う。

 

「うん、平気。」

 

(私そのものが氷みたいなもんだし。)

 

エルファバは自分の中で言葉を完結させた。

 

ハーマイオニーはブルーの火を空き瓶の中に灯し、みんなで体を寄せ合って温まった。

 

が。

 

「まずい、スネイプだ!」

 

ロンが小さく早口で言った瞬間、みんな考えることは同じだった。

多分火を使ってはいけないんだ。

 

ぴったりとみんなでくっつくとこにより、火を隠すことはできたみたいだ。だがここで諦めないのがスネイプ教授だ。

 

「ポッター、図書館の本を校外に持ち出してはならん。よこしなさい。」

 

きっちりグリフィンドールから減点して、教授は去っていく。

 

(脚引きずってる...?)

 

エルファバは不自然な歩き方の教授を訝しげに見た。

 

「脚どうしたんだろう?」

 

一通りスネイプ教授の文句を言った後、ハリーは呟いた。

 

「さあな、でもものすごく痛いといいよな。」

 

簡単な傷ならスネイプ教授は薬やら呪文やらで治せるはずよね。彼は先生なのだから。

 

(禁じられた森でも行ったのかしら?)

 

エルファバの疑問の解決の糸口が見えたのはその夜の談話室でのことだった。職員室に本を取りに行ったハリーが疲れた顔で、だが自信に満ちた声で3人に告げた。

 

「ハロウィンの日にトロールを校内に入れたのはスネイプだ。あの三頭犬が守ってるものを狙うためにみんなの注意を引いたんだ。箒をかけてもいい。」

 

それを真っ先に否定したのはハーマイオニーだった。

 

「確かに意地悪だけど、ダンブルドアが守るものを盗む人じゃないわ。」

 

ロンはその意見に対して手厳しい。

 

「教授は聖人なんかじゃないよハーマイオニー。僕はハリーの意見に賛成だ。問題はあの犬が何を守ってるかだよな。」

 

3人は意見を求めるようにエルファバを見た。

 

(え?私?)

 

「エルファバはどう思う?」

 

ロンは急かすように言う。談話室は騒がしいため、一層耳をすませてエルファバの意見を聞こうとする3人にエルファバに選択肢はなかった。

 

「誰かがトロールを注意を引きつけるために入れたっていうのは正しいと思うわ。でも...」

 

エルファバはローブのポケット内にある水色の薬を思い浮かべた。もちろんそれがなんなのか3人は知ってるが、ハリーとロンは毒かもしれないと疑っているのだ。しかしエルファバはそうは思わない。

 

「それがスネイプ教授だという確証はないわ。」

 

ハーマイオニーはその通りだと頷き、ハリーとロンは小さく呻き声を上げる。

 

「ね?言ったでしょ?だからあなたたち...」

 

ハーマイオニーがそう言いかけた時、スイーとフクロウが教科書の上に乗っかってきた。

 

「ありがとう。」

 

エルファバは手紙を解き、フクロウを撫でる。

誰からかは明白だ。エルファバが待ち焦がれてた人からだ。

 

「エルファバのお父さんから?」

「うん。」

 

3人には母親の謎についてはすでに教えていた。もちろん"力"については伏せてあったが、自分の知らない母親がいるかもしれないというドラマのような展開に、3人はとても興味を持っていた。ハーマイオニーはエルファバと一緒に図書館で調べてくれたし、ロンも親に手紙で聞いてくれた。特にハリーに関しては自身も両親を知らないこともあり、エルファバの本当の母親を知りたいという気持ちも痛いほど分かる。

 

期待に胸を膨らませ、手紙を開封したエルファバだったが読んでいくうちにそれは萎んでいった。

 

ーーーーーーーーー

エルフィー

お前が学校生活を楽しんでるようで安心した。

エディがお土産を欲しがってるから、今度"予言者"にのってる通販にでも何か頼んで送ってやってくれ。

最近、ハリー・ポッターがお前と同じ寮だって聞いたよ。お父さんは彼の両親と知り合いだったんで、少し気になってたんだ。魔法界じゃかなり有名人だし、多分顔ぐらいは知ってるだろう。今度話してみてくれ、どんな子か知りたい。

 

くれぐれも"力"を使わないように。

 

父より

ーーーーーーーーーー

エルファバはショックを受けた。質問したのにそれに対して無視されたのだ。

 

(まるで、お母さんみたい…。)

 

「なんて書いてあった?」

「...ハリーがどんな子か教えろって。」

「それだけ?」

 

ロンは素っ頓狂な声を上げた。エルファバは一気に疲れて椅子に全体重を委ねる。

 

「あなたのお父様は、きっとこの内容について話したくないのね。」

 

ハーマイオニーはエルファバの小さな頭を撫でる。それは気持ちよくて、やめないでほしいと思った。

 

「でもさ、そうだとしても無視するって家族でもひどくないか?言いたくないなら言いたくないって言えばいいのに。」

「そもそも手紙受け取ってないのかも...。」

 

ロンとハリーは思い思いの意見を口にした。

 

「私、聞いた後は手紙出してないわ...」

 

三頭犬が隠している物、スネイプが一体何者なのか、エルファバの母親、なぜ父親は隠そうとするのか。

 

11歳の少年少女が考えるにはあまりにも大きな問題で、あまりにも多すぎて。

 

あまりにも深入りしすぎていた。



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11.クイディッチ

次の日は待ちに待ったクィディッチだった。大広間のソワソワと初試合のグリフィンドールとスリザリン、どっちが勝つかを、更に言えば最年少シーカーのハリー・ポッターが一体どんな活躍をするのかという話題で話が持ちきりだった。

 

同級生の晴れ舞台に何かをしなくては!

 

そう思い立った1年生たちはハリーが出てった談話室でいそいそと旗を作っている。

 

「ディーン、絵描くの上手いのね!」

 

最近ずいぶんと輪に溶け込んできたハーマイオニーは言う。ディーンは金色の絵の具が飛び散った顔でニッコリ笑いかけた。

 

「ありがとう!仕上げよろしくね。」

「任せて!」

 

最後にちょっと複雑な魔法をかけて絵を光らせるのは優等生ハーマイオニーの役目だ。もっとも、その呪文を使うことを提案したのは男子の集団が怖くて椅子の陰に隠れている小さな親友だが。

 

(エルファバ小動物みたいね。)

(白いリス?)

(小動物だ...)

 

口には出さないものの、その様子を見て考えることは一緒だった。

 

(ハリーがサハラ砂漠に行っちゃわないといいな...。)

 

クィディッチの今昔に出てきた審判たちが突如として消えたのち、サハラ砂漠で発見された話はハリーを思うエルファバの軽いトラウマとなっていた。

 

「エルファバもこっちきて手伝って。スキャバーズがかじった大きな穴塞がなきゃ。君なら出来るだろ?」

 

ハーマイオニー...私が修復呪文できることロンに言ったわね。

 

素知らぬ顔をして絵に呪文をかける友人をエルファバは見てから(本人は睨んだつもりだが、あまり効果はない。普段から人を睨んだような顔をしているので周辺の人々は耐性がついているからだ。)杖を取り出す。

 

「前から思ってたけど、君の杖って面白いね。」

「そう?」

 

エルファバの隠れファンであるシェーマスは興味深そうにクリーム色の杖を見つめる。

 

「それってオリバンダーのところで買ったの?」

「違うわ。」

 

そう言ったきり、エルファバはシェーマスを見ずに穴の修復に取り掛かった。

 

確かに他の人の杖は茶色や黒だったりするので、エルファバの杖は少し珍しいものかもしれない。それに自分で買ったものではなく、父親からもらったものだ。これは、母親のものなのではないかという推測まで立ててるくらいだ。

話を広げるのにはなかなかいい作戦だったが、相手が悪かった。基本無愛想なのに加え男の子を大の苦手としているエルファバ・スミスだ。

 

ロンはうなだれたシェーマスの肩を叩き、改造作戦実行中のハーマイオニーは頭を抱える。

 

頑張れシェーマス、そして気づけエルファバ。

 

周辺の人々は誰もがそう思った。

 

なんだかんだいろいろあったものの、みんな最上段を陣取ってご機嫌だった。ハリーが教授からもらった最新の箒で宙を舞っている。

 

「すっげーハリー!!」

「かっけー!!」

「ハリー頑張って!!」

 

みんな出せる限りの声を張って声援を送る。ハリーに聞こえてるかは分からなかったが、旗を見てハリーは大きく手を降ってきた。その際に少しバランスを崩す。

 

「あっ!」

「エルファバ、大丈夫だって。ハリーは最年少シーカーだぜ?そんなんで落ちないって。ほら!」

 

さっきから箒に乗った人が落ちないか不安で不安で仕方がないエルファバにロンは笑う。ハリーは素早く箒を掴み、体勢を整えていた。

 

「そうね、そうよね...」

 

(落ち着いて...落ち着いて...)

 

高まる不安を抑えながら、"エルファバいじり"が大好きなジョーダンの実況に聞き入る。

 

何かと気にかけていつもご飯を皿に大盛りに乗せてくれるアンジェリーナやよく髪型を褒めてくれるアリシア。クアッフルを持ちながら蝶のように飛び、果敢にぶつかっていく姿はまるで女剣士のようだ。

 

「あわっ!あわわわ...うわっ!」

 

(すっごい怖いわ。こんなこと私にはできるかしら?みんなすっごい勇敢だわ、拒否権とかないのかな。嫌なことでも自分のベストをつくすってすごい大変よね。)

 

キャプテンのオリバー・ウッドの印象があまりにも強すぎるので、他のメンバーは無理矢理チームに入れさせられたとエルファバは思ってる。

 

「グリフィンドール10点!!」

 

その瞬間、グリフィンドール生は大歓声を上げ、ハーマイオニーはエルファバに抱きついた。その栗色の髪を透かして、大男が立っていることに気づく。

 

「ハグリッド。」

「よおエルファバ!ちょいと詰めてくれや。」

 

3人は詰めてハグリッドのために席を空ける。

 

「スニッチはまだ現れんか?」

「まだだよ。今のところハリーは仕事無しって感じ。」

 

ハリーは激戦からは離れ、はるか上空で目を凝らしていた。ブラッチャーという暴れ玉がハリーめがけて飛んできたのを赤毛双子のどちらか(判別不能)が叩き飛ばす。

 

「あわわわ...」

 

(クィディッチメンバーはグリフィンドールであろうとスリザリンであろうと勇敢な戦士たちに見えてくるわ。赤毛双子がこれからチビって言っても許しちゃうかも...。)

 

いや、やっぱりそれは許さない。

 

会場の空気が一変した。ハリーの出番がきたのだ。スニッチがチェーサーの耳をかすめた瞬間、ハリーは急降下してそれめがけて弾丸のように飛ぶ。

 

「わわわわ!」

 

危うくスリザリンのシーカーとぶつかりそうになる。

 

「さっきからそれしか言ってないね。」

 

楽しいでいるというよりかは、怖がっている様子のエルファバにロンは声をかける。

 

「だって心配なんだも...ああっ!?」

 

パキパキパキパキ!!

 

スリザリンのキャプテン、マーカス・フリントがハリーの邪魔をした。ハリーは箒から突き落とされるところを持ち前の反射神経でなんとかしがみつく。

 

グリフィンドールから怒号が飛び交う。普段から真面目なハーマイオニーですら髪を振り乱し、それがネビルに当たってることも気にせず怒っている。

 

「ハリー落ちるとこだったわ!」

 

エルファバもこれまで発したことのないくらいの大声で怒る。普段ならこのことにみんなかなり衝撃を受けるだろうが、今それを気にかけてる者は誰もいない。

 

「ルールを変えるべきだわい。」

 

隣にいるハグリッドに同意の意思を示すためにエルファバは振り向き、ギョッとした。

ハグリッドの太い腕を氷が覆っていた。それは煙を象ったような形をしており、尖った先端はウネウネしている。幸い、分厚いコートの上なのでハグリッドは気づいていない。

 

なんで...?

 

理由は単純だった。ハリーが箒から落ちかけた際、ハグリッドのコートの裾を掴んでいたのだ。

 

どうしよう?どうしよう?このままじゃ、"力"がばれちゃう...!

 

エルファバは必死に頭を働かせた。答えは明快だったが出すのに少し時間がかかった。なんといってもこれを知った日はそれほど前ではないのだから。

 

ローブに手を突っ込み、白い杖を取り出す。周囲が試合に集中してるのを確認してから小声で、校長に教えてもらった呪文をつぶやいた。

 

「デフィーソロ!」

 

なんてことはない。氷は音を立てずに茶色いコートから存在を消していった。

エルファバは小さくため息をつき、安堵した。しかし問題はこれだけではなかったのだ。

 

「ハリーの箒が変だ!どうしちゃったんだろう?」

「え?」

 

上空で不自然に揺れている箒はハリーのものだった。必死で落とされないようにしがみついている友人だ。

 

「思ったとおりだわ。」

 

ハーマイオニーは確信めいた声でロンに双眼鏡を渡す。どうやら、何かを見るためにひったくったらしい。

 

「スネイプよ。箒に呪文をかけてるわ。」

 

スネイプ教授が箒に呪文を?

 

それは信じがたいことだった。ロンの双眼鏡で見ると、瞬き一つせずにハリーを凝視し、ブツブツ何かをつぶやいているスネイプがいた。

 

「考えがあるわ!!エルファバ!!」

 

ハーマイオニーはぐいっとエルファバの腕を引っ張り、走り出した。

 

「ごめんね!でもあなたの力が必要なのよ!」

 

予想通り走り出してすぐに息切れしだしたエルファバにハーマイオニーは叫ぶ。

生徒や教授たち(多分クィレル教授)に数人にぶつかっても謝りもせず、2人はスネイプがいる席まで突っ走った。

 

「エルファバ!!」

 

教職陣の席の後ろに来て早々、ハーマイオニーはゼエゼエ息を吐くエルファバに言った。

 

「教授陣の床を凍らせて!」

「...?」

「あそこよ!」

 

ハーマイオニーは人が歩いている通路を指差す。人の行き来が激しいようだった。エルファバは水色の薬を飲んでから抗議をしようと口を開くが、それは叶わない。

 

「誰かを滑らせるのよ!そうしたら気が取られるでしょう?!あなた凍結呪文できるじゃない!」

 

エルファバは動揺した。もちろんあれは凍結呪文ではないし、そもそも杖からでたものではない。エルファバの体から放出されたものだ。

 

「でっ、でも...」

「迷ってる暇はないのよ!!ハリーがスネイプに殺されちゃうかもしれないのよ!?いいの!?」

 

もちろんハリーが殺されちゃうのは嫌だわ。でもハーマイオニー...

 

『"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。』

『人々はお前を気味悪がり、離れていってしまう。』

 

今度は感情に身を任せるのとは訳が違い、いろいろな考えがよぎる。トロールの時は運が良かったのだから、というより今までばれなかったことのほうが不思議だった。それはみんなの"魔法は杖なしでないと使えない"という常識が盾になってくれたんだろう。

 

(でも、目の前でそれを見られたら?ハーマイオニーだって...)

 

友人の一大事にこんなことを考える自分が嫌だった。でも数年ぶりにできた友達を失うのが辛かった。かと言ってそれを隠そうとに友達にウソつくのも嫌だった。ウソは最大の罪だといろんな本で言っていたし、それは友達を裏切るのと一緒だとも言っていた。

 

助けるのも罪、ウソをつくのも罪。

 

エルファバは友達を裏切ることを選んだ。その方が自分にとって楽だからだ。

エルファバは杖を床に向け、もう片方の手を床に添えた。

 

「&¥::(@:!!」

 

エルファバはめちゃくちゃな呪文を唱える直前に床が氷で覆われるイメージをした。

 

パキパキっ!!

 

「ああっ!?」

 

哀れな犠牲者クィレル教授だった。見事に足を取られ、座っている教職陣のいる方向へとダイブし、ドタドタドタと何かがのしかかる音と同時にいろんな感情の声が会場に響く。

 

「デフィーソロ!」

 

上手くいったとすぐに証拠を消した。

 

「ハリーの呪いが解けたわ!」

 

ハーマイオニーはエルファバを見晴らしの良い場所へと引っ張る。今やハリーの思い通りになった箒は忠実に主人に従い、行くべき場所へとハリーを連れて行った。

 

「頑張ってハリー...!」

 

スニッチとハリーの距離はどんどん縮まり...

 

金色に光る何かがフッと消えたと同時にハリーは口を押さえた。

 

「何がおこったの?ハリーはスニッチを取ったの?」

「分からないわ。」

 

みんながハリーに注目していた。吐き気を催したように口を押さえた瞬間、全てが分かった。

 

ハリーの手に握られてたのはスニッチだった。

 

「ハリー、飲み込んだんだ...」

 

ポソリとつぶやいた瞬間、グリフィンドールの歓声がグラウンド全体を包み込んだ。呆気にとられているエルファバにハーマイオニーは飛びついた。

 

「私たち勝ったのよ!!勝った!!勝った!!やったあっ!!」

 

小さい子のように飛び跳ねるハーマイオニーに不覚にも可愛いと思ってしまったエルファバだ。

 

「あなたがハリーを救ったのよ!!」

 

少し濡れた瞳でエルファバを見てハーマイオニーは叫ぶ。

その瞳にはキョトンとしたエルファバが映っていた。

 

「私にはできなかったわホント!!火でスネイプのローブ燃やして気を引くって手もあったけど!!すっごいリスクが高かったの!!誰も1年で凍結呪文を成功させたなんて思わないわ!!」

 

ホントすごい!!とハーマイオニーはまたエルファバに抱きつく。今日の談話室はお祭り騒ぎに違いない。

 

エルファバがそれを楽しめるかは疑問だった。



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12.クリスマス

いつのまにかお気に入り100超えていて愕きました…。
最後の投稿から何年も経っていたにも関わらず、本当に嬉しいです。




ーーーーーーーーーー

エルファバ

一体何を考えてるんだ?人の前で"力"を使うなんて。前にも言っただろう?人に見られればお前は拒絶され、みんな離れていくって。もう2度とこんなことしないでくれ。じゃないとお前を退学させなきゃいけない。

父より

ーーーーーーーーーー

エルファバは小さくため息をついた。クイディッチでの一件を父親に話した結果がこれだ。

 

(お父さんは本当にこの力を使ってほしくないのね。今までショックや恐怖でいろんなものを凍らせたと言ってしまえば、お父さんは確実に私を退学にするわ。)

 

(でも...でも...)

 

ふと、窓を見るとキラキラした雪がホグワーツを包み込んでいる。

エルファバは雪が大好きだった。一瞬で世界を銀色にする雪。しかし、それは許されないことだ。

 

それを認めれば、自分の危険な"力"を認めることになるから。

 

「エルファバ?」

 

はっ、とロンの声で深い思考の世界から目覚めた。そして今、みんなでニコラス・フラメルについて話し合っていることを思い出す。

 

事の発端はクィディッチ後に、ハグリッドがポロリと漏らした一言だった。ニコラス・フラメルに関するものを3人が見た三頭犬が守ってるらしいということで、ニコラス・フラメルとは何者か、そして守られているものはなんなのか、徹底的に調べていたのだ。

 

と、言っても大まかなことを知るのにそこまで時間はいらなかった。

 

「ニコラス・フラメル?錬金術士でしょ?」

 

通称ミス・図書館、エルファバ・スミスによってその疑問はあっけなく解決される。ダンブルドアと共同研究しているニコラス・フラメルはとんでもない長生きであることや、それの元となる"賢者の石"をスネイプが狙ってるであろうことまで分かった。

 

「やっぱり、長生きしたいんじゃないか?」

「うん、それが一番妥当だよね。」

 

スネイプは長生きしたいらしいということで結論付けた3人は、話題をエルファバの母親に変えた。そっちの方が謎が多く、不可解なことに満ちている。

 

「じゃあ、杖はお母さんが使ってたものって考えてるのね?」

「うん。」

 

父親のもの、という推測も出来たが、ハリーたちが杖を買う際には腕のサイズを測ると聞いてその可能性を消した。父親のものにしてはあまりにも小さすぎるからだ。

 

「あっ、そういえば、パパから手紙の返信来てたんだった!」

 

ロンの鈍感すぎる発言にハーマイオニーはギロリと睨みつける。

 

「忘れてたんだよ!ごめんごめん。」

 

ロンの言うには、オルレアン家はフランス系移民の純血一族だったが、数世代前にマグルと繋がったために今は純血の一族からは外されてるらしい。

 

「ロ・ン?その手紙来たのいつ?」

 

ハーマイオニーの笑顔は怒りの表情よりも恐ろしい。ハリーとエルファバはそう思った。不幸なことに、本人は気づかない。

 

「んーとね、11月半ばくらい?」

 

今は雪積もる12月だ。ハーマイオニーは近くにあったクッションでロンを殴り始めた。

 

「うわうわっ!!やめろよハーマイオニー!!」

「すっごい、重要な、ことじゃないの!!」

 

ハリーは苦笑いだ。さすがロン、と言ってしまえばそれまでだが。

 

「まあ、これでなんでオルレアン家のことが図書室の本に書いてなかったのか分かったわ。」

 

エルファバはありがと、とお礼を言った。"魔法使いの名家一覧"や"純血たちの主張"に名前が出てこないのは当然といえば当然だ。フランス系の家族である事はなんとなく想像できたし、あのホグワーツの図書館といえどもフランスのことを細かに知るのはかなり困難なことも分かっていた。

 

「でも、杖がお母さんのものだったとして、あなたのお母さんはもう...」

 

そう言って口を閉じたハーマイオニーはすごく悲しそうだった。

 

魔法使いはずっと同じ杖を使い続けるのが普通だ。その杖が今エルファバの手元にあるということは、前の持ち主は亡くなったと考えるのが普通だ。

 

「そうでもないと思うよ。」

 

ロンは、昼食から失敬したマフィンを頬張る。

 

「家族の杖とかを受け継ぐのは普通だけどその人が必ずしも死んでるとは限らないよ。僕のだってチャーリーのだけど、チャーリーは今ルーマニアで元気にドラゴン追いかけてる。」

 

ロンは先っぽからヒラヒラしたものが出てる杖をクルクルと弄ぶ。

 

「どういう時に杖って受け継がれるの?」

「僕の場合はチャーリーが新しい杖を手に入れるからで、あとは...そうだなー持ち主が死んじゃった時とか、魔法使えないくらい頭がおかしくなっちゃった時かな。」

 

ハーマイオニーのクッション乱れ打ちを食らってるロンを見ながらエルファバは無造作に置かれている自分の白い杖を見つめた。

 

(私のお母さんは今どこにいるのかしら...。ロンの話からすると、よくて生きてるけどもう魔法が使えない状態、悪くて既に亡くなってるってことよね。ロンのお兄さんのように新しい杖を買うほどこの杖は損傷してないわ。むしろ結構綺麗だし。)

 

「まだ、その杖がお母さんのものだって決まったわけじゃないよ。今度お父さんに聞いてみなよ、ね?」

 

こういう時、1番優しいのはハリーだ。エルファバの肩をポンポン、と叩き励ますように微笑んだ。

 

「ありがとう。」

 

エルファバは頑張って口角を上げる。男の子にお礼を言うときに微笑むのが有効であることはラベンダーが教えてくれた。それは"恋愛講座"で学んだことなので、若干意味合いはずれてはいるのだが。

 

「クリスマス休暇に帰るのは私だけよね?」

 

一通り叩き終えたハーマイオニーはハリーに聞いた。

 

「そうだよ。僕はダーズリーのとこなんて帰りたくないし、ロンも兄弟と一緒に残るんだろう?」

 

あえてエルファバのことに触れなかったのはハリーなりの配慮だろう。

実際、帰ろうか迷ったが自分が帰らなくてはいけないのは"家"ではなく、小さな"自分の部屋"であることは本人が1番分かっていた。

 

(独りは寂しいわ。)

 

ホグワーツに来てから、エルファバは人の温かさを知ってしまった。友達と些細な話で笑ったり、真剣に勉強したり、教授たちに褒められたり。想像以上に外の世界は美しくて優しさに溢れていて、それを失いたくないと思うのだ。

 

「じゃあ、クリスマス休暇楽しんでね!」

 

ハーマイオニーは3人にハグをして、談話室から出て行った。

 

「女子は誰が残ってるんだ?」

「私だけ。」

 

エルファバの知ってる人はいない、という意味だとロンとハリーはすぐに分かった。伊達に数ヶ月エルファバと一緒にいるわけではない。

 

「これからどうするの?」

 

ハリーの問いにエルファバは日刊予言者新聞を見せる。

 

「クリスマスプレゼント決めなきゃ。」

 

エルファバはクリスマスにプレゼントを贈り合うことを昨日知った。自分の家族には行事というものがなかったのだ。これはエルファバが数年間部屋にこもっていたからではなく、そもそも何かを祝うとかそういう習慣がなかったのだ。それを知ったハーマイオニーはエルファバに口座番号を教えてくれ(親にはもうフクロウで伝えてあるわ、いくらでも使っていいって。来年返してくれればいいから!)生まれて初めて他人に贈るプレゼントを考えている。

 

(難しいわね...)

 

ハリーにはクイディッチの技一覧書、ロンはご贔屓のクイディッチ・チームのガイドブック、ハーマイオニーには"首席だった偉大な魔法使い"という本をあげることにした。

 

少々骨が折れたのは家族のプレゼントだ。父親には最近人気の勇者ロックハートの本で、母親はアートが好きなので、ミセス・パーキンソン(スリザリンのパンジー・パーキンソンが自分の祖母だと自慢していた。)の美しい金や銀の装飾を使った画集だ。

 

問題は妹エディのプレゼントだ。ホグワーツに行きたいと言ってるくらいだから、魔法がどんなに素晴らしいか教えてあげたい。だがエルファバはエディが嫌い(という設定)なので、あげたら多分自分が好きだと勘違いするだろう。

 

『エルフィー!!プレゼントありがとう!!ねえ、一緒に遊ぼうよお!!魔法見せてよおっ!ねええええええええっ!』

 

容易に想像できる。非常に面倒だ。

 

いろいろ考えた結果、エディには触ると消えるいたずらコインを数枚あげることにした。意地悪に見えるが、エディは直に魔法に触れることができるから大喜びするに違いない。

 

妹が単純で助かった。

 

ハリーやロンと暖炉のそばでマルフォイの退学計画を練ったり、2人のチェスマッチを観戦したり(魔法の世界のチェスは動くのだ。おかげでドラマティックな試合を真近で見ることができた。)しているうちに、クリスマスはスニッチのようにやってきた。1人で占領している女子部屋で少し早く起きたエルファバは、足元にあるプレゼントの山を見つけ、ゴクリと唾を飲んだ。

 

(私にもプレゼントが!!人生の中で最後にプレゼントをもらったのは、いつかしら?というよりそもそもプレゼントなんてもらったことはあるのかな?覚えていないわ。)

 

無我夢中に包装紙を引きちぎり(本当はマナー違反かもしれないわ。ごめんなさい。)中身を開いた。

 

"誰でもオシャレになる女の子の魔法"はもちろんハーマイオニーからだ。セドリックとの会話を目撃してから彼女のプロデュース作戦は加熱するばかりだ。キレイにまつ毛をカールさせる魔法とか肌をキラキラ輝かせる魔法とか、女の子は自分以外誰も気づかないような小さな変化のために必死なのだとエルファバは理解する。

ハリーとロンからはお菓子の詰め合わせセットで、ハリーの方がピンク色のチョコレートとか花びら風のキャンディとか女の子が好きそうなもののチョイスだった。"女の子"といったものを選んでいるのはハリーなりの気遣いなのだろう。

 

驚いたのはハグリッドからのプレゼントがあったことだ。ハグリッドがくれたペンダントは金色の鎖にぶら下がるガラス玉の中で、銀河が浮いておりキラキラ星が舞っている。

 

(ハグリッドがこんなロマンチックな贈り物をするの?)

 

エルファバは結構失礼な疑問を抱く。

 

最後の包み紙には藍色のセーターとホームメイドのファッジが入っていた。宛名はなく、ゴールドの毛糸で真ん中にEと書かれている。

 

(誰のかしら?私にセーター送る人なんて...着てみよう。)

 

その疑問はすぐに解決された。セーターとペンダントを身につけ、談話室に降りて来た際のロンの第一声は呻きだった。

 

「うわっ、ママ、君にもセーター送ったんだね...。」

「ママ?…ロンのママ?」

 

どうやら噂の人はセーター作りが大好きらしい。ハリー、ロン、フレッドとジョージ、さらにパーシーも真ん中にイニシャルが入ったセーターを着ている。

 

「おそろい。」

 

エルファバが小さく呟くと、みんな笑った。

 

「メリークリスマス!エルファバ!」

「みんなメリークリスマス。」

 

(こうやって人と何かを共有しあうってなんて幸せなんだろう。)

 

胸の奥からジワジワくる暖かい気持ちをエルファバは噛み締め、このままこれが永遠に続けばいいと思った。

 

(ねえ、お父さん。私今すっごく幸せなの。みんないい人ばかりでロンのママはセーターまでくれたわ。みんな、私の"力"を知ったら離れていくかしら?一度人の温かさを知ってしまうと、独りでいた時がすっごく惨めで、悲しく感じる。もうこれを手放したくないわ。)

 

『君の"力"は確かに人を傷つけるかもしれん。じゃが、使い方次第では人を守ることができるんじゃよ。』

 

あの優しい瞳をした校長の、落ち着いた声が頭の中に響く。その声が響いた瞬間にいろんな場面が目まぐるしく回った。

 

どんどん氷の彫刻のようになっていく妹、血走った目でエルファバを殴り続けた母親、面倒くさそうな顔をして自分を見る父親、ハリーやロン、ハーマイオニーの笑顔。そして数え切れないクラスメイトたちや教授たち。

 

(もし、私が"力"を隠すことで明るい未来が生まれるのなら、隠し通していこう。ずっと、ね。)

 

「エルファバ。朝ごはん食べに行こう!僕もうぺこぺこだよ。」

「うん。」

 

エルファバは新たな決意を胸に、友人を追いかけた。



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13.望み

「もう!!ハリーもロンも、先生に見つかってたらどうしてたつもり?!」

 

クリスマス休暇から帰ってきたハーマイオニーは机に分厚い本をバンっ!とおき、2人を睨みつけた。

ロンはモゴモゴと口を動かし、ハリーはクリームたっぷりのスコーンの方向に俯いただけだった。

 

クリスマスの夜、誰かがくれた透明マントでスネイプを尾行することを思いついたハリーは危うくフィルチに見つかりかけ、慌てて逃げた部屋の中に全ての人の心の奥深くの望みを見せる鏡があったという。それに虜になったハリーだが、ダンブルドアに2度と探してはならないことを告げられた。

 

ハーマイオニーの怒りのツボは3日連続で夜に部屋を抜け出したことらしい。それは2人にぶちまけられた。当然エルファバもこの事は知っていたし、何度も何度もハリーに行こうと誘われた(ロンは一回見ただけで満足したのだ)が、頑なに行こうとはしなかった。だから矛先はエルファバには向かない。ハーマイオニーは正しい選択だと考えてたがエルファバは違った。

 

(心の底からの望みなんて、自分が一番知ってるに決まってるじゃない。)

 

エルファバは魔法の天井から降り注ぐ朝日を顔に浴びながら思う。

 

私に微笑んでくれるお母さん、大きな手で肩を抱くお父さん、腰に巻きついて離れないエディ。最後にそうだったのはいつ?忘れてしまった。

でも、これだけは分かるわ。それを見たら私は現実を見ては歩けない。鏡に映る幻なんて、夢か現実か分からなくなってしまうわ。

フレンチトーストとメープルシロップの組み合わせは大好きだが、今日はまるでガムを噛んでいるように味気ない。

 

「エルファバ、メープルシロップが垂れてる。」

「ん?」

 

何かが顎を伝うをエルファバは舌でペロリと舐めた瞬間、ロンはもちろん元気のないハリーも吹き出してしまった。

 

その様は白いチワワに酷似していたのだ。

 

「なによ。」

 

本人はさして面白いと思っていないらしく、ブスッとした声でつぶやき、冷めた紅茶を飲み干した。決して怒ってるわけではない。本人はいかに自分が不機嫌そうな態度なのか分かってないのだ。

 

簡単に言えばいつも通りだ。

 

「エルファバお行儀が悪いわよ。」

 

ハーマイオニーはたしなめるように言い、ナプキンでエルファバの口を拭く。

 

「んー。」

 

赤ちゃんのように口を拭かれるエルファバは普段のクールさ(無愛想さともいう)からあまりにもギャップがあり、目撃した男子生徒数名ほどは"エルファバ・ファンクラブ"の参加を決めた。今日が休暇最終日であったため、大規模なものにならなかったのは良かったのか悪かったのか、それはエルファバのみぞ知る。

 

そもそも本人はファンクラブがあることすら知らないのだが。

 

「はい、できた。」

「ありがと。」

 

ハーマイオニーの一仕事が終わった時、ドサッとエルファバの目の前に重たいものが降ってきた。数メートル上でフクロウ数匹が大広間を彩る青空を優雅に旋回し、自分たちの家へと戻っていった。

 

「この時期にフクロウ?珍しいわね。」

 

クリスマスプレゼントあげ忘れたのかもな、というトンチンカンなロンの発言にハーマイオニーは小さくため息とつく。

そんな2人と元気のないハリーは気づかなかった。送られた本人の顔が青白くなっていっていることに。

恐る恐る包み紙を開く指に感覚はない。自分が大広間のグリフィンドールの席で親友たちと座ってることも、世界で美しい学校の1つに自分が通ってることも忘れ、一気に記憶の中にある小さくて薄暗い部屋へと引き戻された。

 

包み紙の中は紺色のハードカバーの本だ。表紙の上で金や銀で描かれた蝶がヒラヒラと金粉を散らしながら舞っており、背後に描かれた繊細な線を重ねてある花束たちはレースのように美しい。

 

「綺麗ね。」

 

ハーマイオニーはうっとりとそれを眺めていた。それを楽しむ余裕はエルファバにはない。

 

それは自分が母親にあげたクリスマスプレゼントだった。

 

「エルファバ?これって...」

 

親友たちの言葉も聞かず、エルファバは画集を抱えて大広間を早足で出て行った。

 

「エルファバ!どうしたの?ねえっ!」

 

追いかけようとしたハーマイオニーは、背の高いレイブンクロー生にそれを阻まれた。

 

「うわっ、雪降ってきた!」

「もう面倒な天井ね!!」

 

生徒たちは大広間に降り始めた雪に文句を言っていた。それに気を取られていて、様子を見ていた教授たちがひそひそ声で何かを深刻そうに伝達しているのに気づいた生徒は誰もいない。ハリーたちはエルファバの触れてはいけない部分に触れてしまいそうで、その場に立ち尽くしたままだった。

 

一方エルファバは騒がしい大広間からできるだけ遠ざかろうとしていた。母親へのプレゼントはすでに氷の塊となっている。

 

(早く...早く...)

 

エルファバが一歩踏み出せば、そこは氷となり、他の氷たちと繋がる。道標のようにエルファバの歩いた後を作り出していた。

さらに上からは雪が静かに舞い散り、エルファバの白い髪にそれが乗っかり溶けずにキラキラと輝いている。

 

(どこか隠れるところに...)

 

あたりを必死に見回し、4年生がDADAで使うための空き教室を見つけて全速力でそこに近づいた。開けようとドアノブを掴むと固いものが引っかかっている音がしたとともに、パキパキっ!と一瞬で扉を氷漬けにしてしまった。ローブの中から白い杖を取り出し、いつもの呪文と基本呪文の1つである扉を開けるための呪文を早口で唱える。

 

「デフィーソロ… アロホモラ」

 

氷はスルスルと形を消し、焦げ茶の扉が姿を現わしカチッと音と共に新参者の侵入を許した。エルファバは再び凍らせることがないように素早く部屋に入る。

 

「バーカ、アーホ、ドジ、マヌケ、ふーん、ふーん、ふーんっ!!」

 

ビープスがいた。黒板に下品な言葉を書きなぐり、1人で笑ってる。幸いにもその言葉たちの意味をエルファバは知らない。

 

「おーっ?氷の化け物エルファバちゃんだあー!?」

 

エルファバは凍った本をビープスに投げつけた。だがコントロールが悪く、ビープスは軽々と避けてケタケタと笑い、エルファバの頭上でプカプカ浮く。

 

「あーあーあ。お友達がいなくなっちゃうねー。エルちゃんなーんでも凍らせちゃうしー。このままじゃ友達のポッティやロニーがみんな...」

 

その先の言葉は聞けずじまいだった。エルファバは手のひらをビープスに向け、"力"を発射した。

 

パキパキっ!

 

「ん゛!?ん゛!?ん゛!?」

 

氷は見事ビープスの顔面に命中し頭部全体が氷に包まれ、マヌケな顔でマヌケな声を出してズームアウトしていった。それを確認してから、空っぽの教室の真ん中に座り込む。

 

既に何重にも凍った本は、原型を留めていない。美しかった画集。母親に少しでも喜んで欲しくて買った本だ。

 

(お母さんが私のこと嫌いなのは分かってる。そうよ、お母さんは私が嫌いなのよ。どうしてこんなことしてしまったのかしら...私は少しでも喜んでほしかっただけなのに。私は悪い娘だわ。)

 

エルファバはひたすら泣いた。誰もいない教室で大声で叫び、嗚咽した。泣き過ぎて頭がクラクラとして倒れ込んでしまった。それでも涙は止まらず、仰向けのまま泣き続ける。

 

泣けば泣くほど、氷はあたりを包み込んだ。

 

「ううっ...止まれっ!止まれぇっ!止まってよおっ...!」

 

エルファバは床に広がる氷を拳で叩いた。ただ手が痛くなるだけだった。

 

(自分が大嫌いだ。母親に嫌われる自分が大嫌いだ。どうして私はこんな"力"を持ってしまったの?どうして?全部この"力"を持っていたせいだ。エディを殺しかけちゃったのも、お父さんもお母さんも私が嫌いなのも、ずっと1人ぼっちだったのも、みんなみんな...グリンダ・オルレアン。ねえ、あなたが私を捨てたの?どうして?あなたはもう死んでしまっているの?)

 

そうか。エルファバはふいに納得した。グリンダ・オルレアンは自分が殺してしまったのかもしれない、と。あるいは殺しかけてしまったから私を捨ててどこかに消えてしまったのかもしれない、と。

 

あんなにワンワン泣いていたのに、それを考えるとずいぶん冷静になった。氷は既に天井を覆い尽くし、大の字に寝るエルファバをボンヤリと映してだす。

 

(お母さんは血縁上、お母さんじゃないんだ。私の血縁上の母親はグリンダ・オルレアン。だからお母さんは私のことが好きじゃないっていうのはあるかもしれない。それに母親がグリンダ・オルレアンなら父親誰なのかな。私の瞳はお父さん譲りって言われるけど、実は全然違う人なのかもしれないわ。

でも私、お母さんとお父さんが大好きよ。お母さんのシャンプーの匂いとかクシャって笑うのとか、お父さんの心臓の音とか。小さい時に私がいじめられた時にお母さんは美味しいレモンメレンゲパイを焼いて、額にキスしてくれたよね。お父さんは、いじめは悲しいことだって言ってくれたわ。お父さん、お母さん。本当の親がどうであれ、私は2人以外に親はいないの。世界で私の親は2人だけよ。)

 

「みっ、みっ、ミスっ、ミス・スミスっ...」

 

気がつけば、クィレル教授が教室に入って来ていた。エルファバはガバッと起き上がり、自分の服装を整えた。

 

「教授!」

「こっ、氷が、きょっ、教室のそっ、外まで...」

「あっ、ごめんなさい。今すぐに戻します...」

 

エルファバが杖を取り出す前に、クィレル教授は自分の杖を取り出し、天井へと向けると、スルスルと氷はドレスを脱ぐように消え、元のボロボロな教室へと姿を戻した。

 

「だっ、大丈夫です。もっ、元に戻りました...。」

「あっ、ありがとうございます。」

 

その様子を見ていたエルファバの頭の中はモヤモヤと霧がかかったようだった。何か重要なことを見逃しているような、見てはいけないものを見てしまったような...。

 

その時、今世紀最も偉大な魔法使いの声が蘇り、エルファバの霧を消し去っていった。まるでそれが霧を消す呪文であったかのように。

 

『わしは、それを解く呪文を知っておるが、使うことはできない。』

 

「なんで?」

 

思わずエルファバは背を向けた教授に言ってしまった。オドオドと振り向く教授の顔はキョトンとしている。

 

「どうし「なぜ、教授は私の氷を溶かすことができたのですか?」」

 

質問する前にエルファバは早口で質問した。

 

「かっ、簡単な溶解呪文ですよ...」

「溶解呪文でこれを溶かすことはできません。」

 

エルファバの声は焦り、衝撃、興奮、いろんな感情が混じっていた。それを教授はもの珍しそうにみる。

 

「これを溶けるのはデフィーソロだけです。ダンブルドア教授はこの魔法は使えないとおっしゃっていました。オルレアン家の血を引いてる者しか...」

 

自分で言ってハッとした。とんでもない事実に気がついてしまったのだ。

 

「まさか...クィレル教授は...」

 

その瞬間、クィレル教授のオドオドした様子は消えた。スッと背筋を伸ばし何かを軽蔑するような瞳でエルファバを見つめ、鼻で笑った。

 

「フンっ、すでにダンブルドアが伝えてたとはな。小賢しい。」

 

コツコツとドラゴンの革の靴を鳴らして近づくクィレルにエルファバは本能的に身を引いた。

 

「入学した時すぐにお前があいつらの子供だと分かった。ここまで、あいつに似たとはね。さぞかし辛い人生を送ってきたに違いない。」

 

同情するよ、と言いつつクィレルの顔はニヤニヤと笑っていた。エルファバとの距離をどんどん狭めてくる。エルファバの背後には壁が迫っていた。

 

「可哀想になあ。何にも知らないんだなあ。」

 

クィレルはエルファバの白い頬に手を伸ばす。

 

「やだっ!」

 

パキパキっ!!

 

クィレルの指先は銀色に包まれた。

 

「っちっ。変なとこで上手く使いやがって。」

 

クィレルは杖を取り出し、自分の指先に向けた。

 

「そうだ、お前の言う通りだ。よく見てろ...デフィーソロ」

 

エルファバがダンブルドアに教えてもらった呪文と同じだ。そして、効果も一緒だった。銀色の指先はもとの肌色に戻っていく。

 

「あなたは誰?」

 

考えるよりも先に口から質問が出てきた。目に見えない恐怖よりも好奇心が勝ったのだ。

 

「私は...」

 

答えはねっとりとした声にかき消された。

 

「クィレル教授。何をしておられるのかな?」

 

ハリーとロンが世界一嫌いな教授がクィレルの背後に立っていた。声を聞いた瞬間、クィレルはあの、オドオドした教授へと姿を変えた。

 

「せっ、セブルス...いっ、一体何を...?」

 

「校長にミス・スミスの様子を見に行くように言われましてな。少々彼女を借りてもお差し支えないかと思いますがいかがかな...?」

 

まるでコウモリに食べられかけるウサギのようだとエルファバは思った。クィレルの恐怖対象はスネイプ教授らしい。

 

「えっ、ええ...もちろん。」

 

助かった。エルファバはホッとした。この状況を逃さぬように鉛のような体に鞭打ち、スネイプ教授の大きなマントの後ろに隠れた。それを確認した教授は早足でエルファバを連れて教室を出て行った。その直前、怯えるクィレルにスネイプ教授はエルファバに聞こえないように耳元で囁いた。

 

「私は貴様を見ているぞ。」

 



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14.セブルス・スネイプ

「座れ。」

 

地下牢の教室についたスネイプ教授は杖を振ってエルファバの背後に椅子を用意する。

 

「貴様に呪いがかけられていないか確認する。早く座れ。」

 

エルファバは恐る恐るミシミシいう椅子に座った。何と言ってもあのスネイプ教授だ。ハリーのことが大っ嫌いなスネイプ教授だ。ネビルいじめを楽しむスネイプ教授だ。

 

そして賢者の石を狙ってるであろうスネイプ教授だ。

 

(ちょっと怖いな。)

 

背が高くて黒ずくめで怖いが薬を毎回ちゃんとくれたり、たまーに得点を入れてくれるあたり、悪い人ではないんだろうとエルファバは考えてる。だが賢者の石を狙ってるということは人知れず美容とかに気を使ってるということなのだろう。

 

(自分のために人のものを盗むのはよくないことよ教授。)

 

と、エルファバは心の中で忠告する。

 

が。

 

(さっきから、人の体で遊んでるのかしら。)

 

スネイプが杖を振るたびにエルファバはバンザイしたり、髪の毛が逆立ったりする。はたから見ればかなりマヌケである。

 

(まさか私の考えてる分かってる訳じゃないわよね?)

 

「痺れるとこは?」

「ないです。」

「呪いは?」

「かけられてないです。」

「忘却呪文は?」

「かけられてないです。」

 

教授はふんと鼻を鳴らす。

 

「忘却呪文をかけられればそのことすら忘れてしまうに決まってるだろう。貴様の目は節穴か。」

 

(じゃあ、なんで聞いたのよ。)

 

エルファバはムッとした。

 

「まあ、貴様に呪いをかける前に私が来たということだろう。」

 

スネイプ教授は材料庫からいくつか瓶を取り出し、大鍋に入れる。エルファバはその中に人間の爪らしきものがあるのを見逃さなかった。

 

(あれを私が飲みませんように。)

 

「...あの、クィレル教授って...」

「あれが本性だ。」

 

大鍋の下に火をつけ杖でかき混ぜながら教授は答えた。こっちに見向きもしない。ずいぶん前から知っていたようだ。

 

「どうして隠してるんですか?」

「貴様には関係のないことだ。」

 

(そうですか。)

 

「貴様に直接害を及ぼすことはないだろうが、警戒だけはしておけ。1人で行動するな。」

 

そう言って何かを思い出したかのようにブツブツ呟いた。

 

「ポッターも大したことのない脳みそを無駄なことに時間を割いている。自分の名声を鼻にかけ、傲慢、父親にそっくりだ。」

「ハリーのこと悪く言わないで下さい。」

 

エルファバは眉間にシワを寄せて不機嫌そうな声を出す。大事な友人を悪く言われるのはいい気分がしない、むしろ不愉快だ。教授は下唇をめくり上げ、ボソッと言う。

 

「グリフィンドール10点減点。」

「!?」

 

スネイプ教授は紫の粉末を加えながら続ける。

 

「私に口答えした罰だ。これで済んだことをありがたく思え。」

 

エルファバは黙ってスネイプを睨みつけた。

 

クィレル、そして話しかけてきた男子生徒数名と共にエルファバの"危険人物リスト"にスネイプが登録された瞬間だ。クィレルと同じように"教授"と呼ぶことは二度とないだろう。

 

シュー、シュー、と大鍋から怪しい湯気が出始める。たちまち地下牢内に腐った卵みたいな匂いが充満し、エルファバは鼻をつまんだ。

 

「貴様を殺すことはないと校長はお考えだ。だが、危険は伴う。」

 

.(..ん?)

 

思わず手を離してしまい酷い臭いを肺いっぱいに吸い込んでしまった。

 

「うえっ。」

 

吐き気がした。

 

スネイプはそれに構わず、ドロドロした謎の液体を小瓶に詰め込む。エルファバは喉まできた吐き気を強制的に飲み込み、かわりに言いたい言葉を吐き出す。

 

「あっ、あの、私って狙われてるんですか?」

「貴様はもう少し利口だと思ってたがな。」

 

それが答えだった。エルファバの頭はボンヤリしてくる。

しかし。ヒラヒラマントを仰ぎながら動くスネイプは完全にコウモリそのものである。

 

「杖無しで魔法が使える、これがどれだけ貴重なことなのか貴様には分からないのか?おそらくあやつは貴様に服従の呪文をかけるつもりだったのだ。重要な駒としてな。」

 

服従の呪文がなんなのかエルファバは知らなかったが、スネイプの言ったことから察するに自分の意思が消えてしまうような呪文なのではと考えた。寒気が全身に走る。

 

「あやつはオルレアン家に血を引いてる。」

 

やっぱり...とエルファバは思った。推測がついたので驚きはしていなかったのだ。

 

(だからあの呪文が使えた。私の前で使ってしまったのが間違いだったわね。)

 

「あいつの本名はクィリナス・クィレル・オルレアンだ。ホグワーツの生徒だったからそれは全員知っている、だがオルレアン家を憎んでいることは誰も知らない。」

「憎んでいる?」

「これを常に持ち歩け。」

 

スネイプは質問に答えず、得体の知れない(人間の爪が入ってるんだから安全なわけがないじゃない。)灰色の液体が入った小瓶を渡す。エルファバは危険物のようにそれに恐る恐る触れた。

 

「貴様は失神の呪いや妨害呪文は使えぬ。その様子じゃ唯一使えるその"力"もいざという時に発動するか疑問だ。この薬はかければ相手の体を麻痺させることができる。そのうちに逃げろ。その貧相な体でできる限りな。」

 

(この人本当余計な一言多いわね。)

 

「どうも。」

 

エルファバはできる限り感情を押し殺して礼を言った。身にまとうローブと同じ黒々した瞳でエルファバの明るいブルーの瞳を見つめる。

 

「なぜスネイプ教授はそのことをご存知なのですか?」

「貴様は知る必要はない。あやつが貴様を狙ってるということだけ知っていればいいのだ。」

 

(そうですか。)

 

スネイプはフンっと鼻を鳴らし、その薬がポケットに入れられたのを確認したスネイプは杖で大鍋と火を一瞬で消す。

 

「何年その部屋に閉じ込められていた?」

 

その言葉にエルファバはビクッと体を震わせた。骨まで見透かしているような、体の奥深くにある心理まで見透かすような視線。

 

間違いなかった。この教授は全てを知ってる。エルファバが誰にも話したことのない秘密を。

 

「別に閉じ込められてたわけではないです。」

 

スネイプは初めて笑った。その笑いはエルファバが見たことのないくらい邪悪に思えた。自分が何かを知っているという優越感に浸っているのだ。

 

「隠しても無駄だ。私は全て知ってる。」

 

パキパキ...。

 

地下牢の床は少しづつ、無数の蛇が這うように凍っていく。

 

「妹を殺しかけたことですか?」

 

スネイプは自分の部屋に降る白い粉を見て笑みを引っ込め、ねっとりと言う。

 

「違う。」

「じゃあ他に何があるんですか?」

 

降り注ぐ雪はエルファバの言葉を合図に渦を起こし始めた。薄い紙たちはその風の中に巻き込まれていく。

 

スネイプの顔から感情を読み取るのはエルファバの感情を他人が読もうとするのと同じくらい難しい。しばらくお互い無表情に瞳を見つめ合う。長い沈黙の後、エルファバは杖を取り出し、床に向けた。

 

「デフィーソロ…私が部屋から出なかったのは2、3年くらいです。」

 

溶けていく氷を眺めながらエルファバは冷静に言えるように努めた。

 

(おそらく上手くいってるはず。でも、私の人生なのに知らない誰かが自分のことを知っているような口ぶりをされるのは嬉しくない。どうしてあなたとダンブルドア教授が私のことを知ってるのよ。)

 

「貴様は一生その"力"を操ることはできない。それだけ言っておこう。そして親から愛されようなど愚かな考えもするな。自分が辛いだけだ。」

 

その言葉は胸にドシッとのしかかる。

 

背を向けたエルファバにスネイプがどんな表情でそれを言ってるのかは分からない。

 

「...すよ。」

「なんだ。」

「自分の美容のために魔法界の宝を盗むのはよくないと思いますよ。」

 

エルファバはそう言ってから全速力で地上へと駆け出した。

 

涙を目に溜めながら。



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15.不運続き

ハリーは今やグリフィンドールだけではなくハッフルパフ、レイブンクローの間でスターだった。今回のクイディッチで史上最短記録でスニッチを掴んだという事実はグリフィンドールが寮対抗で首位に立つということ、つまりスリザリンをペシャンコに出来るということなのだから。

が、この試合によって若干困ったことが起こったのも事実だ。試合を終わらせたハリーはスネイプとクィレルの会話を聞いてしまったのだ。

 

「やっぱりスネイプが賢者の石を狙ってるんだよ。僕らが正しかった。多分いろいろな魔法でそれは守られてるんだよ。スネイプはクィレルの魔法を破らなくちゃいけないんだ。」

 

ロンはそれを聞いて、クィレルは3日も持たないと言ってはいたがエルファバの考えは違った。本性を知っているエルファバにとって、賢者の石を狙うスネイプより完璧に正体を隠すクィレルの方が怖くて仕方がなかった。きっとあの人にはエルファバが想像できない強い力があるだろうと。しかしそれを3人に言うことはできない。それを話すにはエルファバの"力"について言わなくてはならないからだ。

 

(それにオルレアン家を憎んでるってどういうことなのかしら?)

 

ますます自分の出生の謎が深まる中、さらなる問題が入り込んできた。

 

「ハーマイオニー、試験はずーっと先だよ。」

 

ハリーはハーマイオニーに渡された紙を見て呆れたような、非難しているような声を出した。

 

「10週間しかないわよ。ニコラス・フラメルに比べたらほんの1秒よ。」

 

ハーマイオニーが3人に渡したのはこれからのテストに向けた復習予定表だった。ご丁寧に3人の苦手分野に合わせて予定を考えてあるのがなんともハーマイオニーらしい。

 

「ハーマイオニー、僕たち600歳じゃないんだぜ。」

「エルファバはそんなに苦手分野とかないから心配してないけど、ちゃんと本気出さなきゃダメよ?」

 

エルファバは顔にかかる白い髪を通してジロッとハーマイオニーを睨む。

 

「返事は?」

「...」

「これは進級がかかってるのよ?本気出さないで留年してしまったらどうするの?」

「留年しない程度にすればいいじゃない。」

 

ハーマイオニーが怖いのでロンの後ろに隠れながらエルファバは抗議する。ロンがちょっと嬉しそうなのを見てハーマイオニーはますます不機嫌になった。

 

「だーめ!」

 

結局、復活祭(イースター)は暗唱やら杖の振り方の練習やらで忙しい休暇を送った。最もスーパー記憶力の持ち主であるエルファバは他の人たちよりかは時間があり、その時間をオルレアン探しに当てた。

が、やはり自分が知っていること以上のことについては見つからない。しかもこの時期の図書館は生徒が多いため必然的にエルファバ・ファンクラブ・メンバーの遭遇率も増える。

 

「やっ、やあ、スミス。」

 

左目の端っこに自分に接近するガタイのいい男子生徒を見つけたエルファバは、全速力でたまたまいたセドリックのところまで逃走した。

 

「やだ、なんであの人たち来るの?それになんで私を知ってるのよ。」

 

エルファバはセドリックの体を上手く影にしながら呟いた。

セドリックはハリーとロンとフレッドジョージ以外で唯一心を開いた男性だ。

 

(君に興味があるんだよ。可哀想だからそんな逃げないであげて、そういうの男は傷つくから。)

 

セドリックはそのセリフをグッと飲み込み、頭を撫でる。この小さな1年生にそれを言っても伝わらないことは薄々気づいている賢いハッフルパフ生だ。

 

「エルファバをイジメようとかそんなつもりはないんだよ。」

「...」

 

これ以上面倒なことが増えないといいけど。

 

そんなエルファバの願いはハグリッドの家に行って砕かれた。

 

「ドラゴン?」

 

賢者の石を守っている教師たちの情報を聞けたと思ったらこれだ。ハグリッドがエルファバの身長くらいある(ロン、なんで今チラッて私を見たのよ?)枕の下から取り出したのはエルファバも読んだことのない本だ。もしかしたら禁書から取ったのかもしれない。

 

「母親が息を吹きかけるように卵は火の中に置け、孵った時はブランデーと鶏の血を混ぜたものを30分おきにバケツ一杯飲ませろと。俺のはノルウェー・リッジバッグという種類らしい。こいつが珍しいやつでな。」

 

意気揚々というハグリッドにエルファバが考えていたことをハーマイオニーが代弁してくれた。

 

「ハグリッド、この家は木で出来てるのよ。」

 

ハグリッドはどこ吹く風なのをみてみんな絶句した。

 

嫌な予感しかしない。

 

そう4人とも顔を見合わせたのは言うまでもない。

 

そのあとのエルファバは闇の魔術に対する防衛術の教室でぼんやりと黒板を眺めていた。チョークには魔法がかかっておりクィレルが言ったことの要点をまとめているが、どもりまで見事に写してしまうため解読には時間がかかるのだ。それがこの授業の人気が低い理由の1つでもある。

ロンはクィレルのどもりをからかうシェーマスたちに注意を加えている。3人はまだクィレルは罠の解き方をスネイプに教えてはいないが、やつれていくクィレルが可哀想だと思っているらしい。

 

だが、エルファバは気づいている。

クィレルがエルファバの恐怖を見透かすように時折不気味に笑いかけることを。

 

スネイプは誰かといれば危険なことは起こらないとは言っていたが、裏を返せばクィレルはエルファバに何かをする機会を伺っているということだ。目的も何も分からないが、それが余計に恐怖を煽り立てる。

 

お前をいつも見ているぞ。

 

あの笑みにはそういった意味合いが含まれているに違いない。

隣に座ってるハリーがエルファバを小突き、小さな紙を見せてきた。

 

ーーーーーー

いよいよ孵るぞ

ーーーーーー

筆圧の強くてインクが飛び散ったハグリッドの字だった。

 

「今日...?」

 

まだ次の時間に薬草学があるのに。間に合うのかしら?ドラゴンが孵るのなんてお目にかかることはないから見たいわ。それに、孵ってしまえばいよいよハグリッドは法律を破ってしまう。

 

(法律を破る...?)

 

頭の中につっかえ棒が挟まってるような感覚をエルファバは覚えた。しかしそれがなんなのか分からない。

 

「魔法界でドラゴンの飼育は法律違反...」

「エルファバ、今更何を...?」

 

そう言いかけてハリーの目が見開かれた。何か重大な事に気付いたのだ。

 

「そっ、それじゃあ、授業はここで...」

 

クィレルが言い終わらないうちにハリーは教室を飛び出していった。

 

「ハリー?」

 

ロンとハーマイオニーもそれを追いかける。ハーマイオニーが足の遅いエルファバを引っ張っていく。

 

その瞬間、エルファバが目の端に捉えたのは恐ろしい顔をしてこちらを睨みつけるクィレルの姿だった。その表情をエルファバは見たことがある。母親が自分に見せた顔だ。

 

憎悪。

 

あの顔にはその言葉がぴったりだろう。

 

「ドラゴンの飼育は魔法界で法律違反なんだ。いきなり見ず知らずの人がたまたまドラゴンの卵をポケットに入れて現れるかい?しかもそんな人がドラゴンを飼いたいハグリッドの前に現れるなんて話が上手すぎるよ!」

 

記憶力の良さはエルファバが勝っているが、思考力や頭の回転においてはハリーが1番強いことはずいぶん前から気づいていた。ロンはイマイチ分かってないみたいだが、ハーマイオニーとエルファバは理解した。

 

ハリーは走る勢いでハグリッドの小屋のドアを叩いた。出てきたハグリッドは興奮で頬がピンクになっている。

 

「ハグリッド!聞きたいことが「もうすぐだ!お前さんら、早く入れや!」」

 

エルファバはゼエゼエ呼吸をしながら、いつもの水色の液体を飲み干す。3人の息切れと比べ物にならないほどエルファバの息は荒い。

 

卵は机の上に置かれ、深い亀裂からは小さい爪が見えている。だがそれを傍観している暇はない。

 

「ハグリッド!これをくれた人ってどんな人だったの?!」

 

ハグリッドはドラゴンの誕生の瞬間を見るのに夢中でハリーの問いに答えない。

 

「ハグリッド!私たち急いでるの!!」

 

だが急かしたハーマイオニーですら卵が割れた瞬間、そっちに気を取られてしまった。黒い卵から現れた小さくてシワくちゃなドラゴンがくしゃみをすると、火花が飛び散った。

 

エディがこんな感じのキャラの傘を持ってた気がするわ。

体は全体的に骨っぽく、オレンジ色の目がギロッと全員を睨みつける。

 

「素晴らしく美しいだろう?」

 

ハグリッドが頭に触れようとすると、ドラゴンは小さな歯でハグリッドの太い指に噛み付いた。ハグリッドはちゃんとママが分かるんじゃ!ちと喜んだが、そういうわけではないことは誰が見ても明らかだ。

 

「...あっ!ハグリッド!ドラゴンくれた人!どんな人だったの?」

 

ロンが思い出したように聞く。

 

「ん?ああ、マントを被っててよく見えなかったな。まああのパブじゃそんなに珍しいこっちゃない。」

「どんな話したの?」

 

ハーマイオニーが間髪入れずに聞く。ハグリッドはドラゴンと戯れながら(ドラゴンがハグリッドの指を食べようとしていると言った方が正しいかもしれない。)答えた。

 

「わしの職業と...んー、どんな動物を飼ってるか聞かれたな。なんてたってドラゴンは飼育が難しいからってな。だから言ってやったんだ。フラッフィーに比べればドラゴンなんて楽なもんだってな。」

 

4人で顔を合わせた。

 

「フラッフィーについてどのくらい喋ったの?」

 

ハリーは冷静さをかなぐり捨てかけてる。

 

「ああ、フラッフィーは宥め方を知っていればお茶の子さいさいだって言ってやったよ。ちょいと音楽を聴かせればすぐねんねしちまうって...ああ、可愛いなあお前さんはなあ...」

 

ハグリッド以外の全員は絶句していた。他の人にあの犬の秘密を教えてしまったのだ!

 

目線で会話する。かなりまずい状況だ。

本来なら大人に報告するべきなのだろうが、ハグリッドは完全なる法律違反をしているのだ。もしもこれがバレたらハグリッドは逮捕されるだろう。

 

エルファバがハリーを見た時、ハリーの頭の後ろのカーテンから見える隙間を通して誰かと目が合った。プラチナブロンドの緑色のネクタイをした少年はエルファバと目が合うと弾けたように逃げ出した。

 

「マルフォイ...」

「「「え?」」」

「マルフォイが見てたわ...」

 

4人は慌てて小屋を飛び出しマルフォイを追いかけたが、時既に遅し、マルフォイは城の中に消えてどこにいったか分からなくなっていた。

 

「ウソだろ?!こんなに不運続きってあるか?!」

 

ロンは柱を蹴り上げ、自分の足を痛めた。ハーマイオニーは芝生に座り込んでしまい、ハリーも柱に寄りかかる。エルファバに至っては芝生に倒れこんでしまった。

 

「マルフォイはひとまず置いておいて、賢者の石に関してはまだクィレルの罠があるわ。」

「クィレルはきっとすぐにスネイプに言ってしまうよ。」

 

ハリーはハーマイオニーの意見に抗議する。ぐうの音も出ず、4人の間に沈黙が流れた。授業がもう始まってるため、校庭はやけに静かだった。

 

「ダンブルドアに言いに行きましょう。」

 

ハーマイオニーは寝っ転がったエルファバを起こしながら言う。

 

「ダメよ。ハグリッドが捕まっちゃう。」

 

せっかく朝ハーマイオニーが結いたエルファバの白い髪には枯葉が絡まっている。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないわ。賢者の石が盗まれてしまうかもしれないのよ?」

 

ハーマイオニーは枯葉をいくつか取りながらエルファバに言う。

 

「でもエルファバの言う通りだよハーマイオニー。正直、スネイプが若返るために必要なだけならハグリッドを差し出すような真似はする必要なんてないんだ。僕ハグリッドが捕まってしまうなんて嫌だよ。」

「よしっ、それはそういうことで決まりだ。あとは...」

 

ロンが口を開いたが、それを閉じてしまった。エルファバとハーマイオニーは背後に気配を感じ、振り向く。

 

「みっ、皆さん。かっ、感心しませんねえ。さっ、サボりですか?」

 

クィレルが4人を見下ろしていた。頬骨が浮き上がった顔は不気味で、ツンとした臭いが漂っている。

 

「あー...すいません。すぐに次の授業に行きます。」

 

ロンの言葉を合図に4人は立ち上がる。エルファバはさりげなくハリーの背後に隠れた。

 

「いっ、いいでしょう...わっ、私は、みっ、ミス・スミスに...用が...」

 

そう言うクィレルの瞳はオドオドしながらもエルファバを捉えて離さない。

 

(助けて...)

 

当然、事情を知らないハリーたちはエルファバのSOSに気がつかない。

 

「またあとでねエルファバ。」

 

(待って、行かないで!)

 

「きょっ、教授からは私がいっ、言っておきます。」

 

エルファバの叫びは虚しく、3人は去ってしまう。

 

(やめて、行かないで!)

 

エルファバの運はここで尽きたのか。

3人が角を曲がった瞬間にクィレルはエルファバを嘲笑った。

 

「さあ、鬼ごっこはもうおしまいだ。」




この回のクィレルが変態呼ばわりされてたことを思い出しました。


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16.恨みと機転

エルファバの細い腕をグイグイと引っ張るクィレルは興奮していた。ターバンの中からツンと玉ねぎのような臭いが漂い、エルファバの鼻を麻痺させる。

 

(どのタイミングで薬をかけようかしら?)

 

爪入り薬は当然ローブの中に入っているが問題はどのタイミングでかけるかだ。城の内部にずんずん進んでいき、逃げようにも腕を掴まれているので逃げられない。凍らすということも考えたが、クィレルはエルファバの氷を溶かすことができる。若干の時間稼ぎにはなるかもしれないが、そこから薬を取り出してかけても城まで走って助けを呼べるだろうか?呪文も使えそうなものは知らない。クィレルの授業は教科書を淡々と(どもり付き)語って板書(どもり付き)を写すだけの授業は不幸なことにクィレルにいい影響を及ぼしたようだ。

 

「逃げようたって無駄だ。」

 

(知ってるわ。そんな感じだもの。)

 

「お前はあいつに似てずる賢い。常識じゃあ思いつかないようなことを考えついた女だ。」

「...。」

 

(グリンダ・オルレアンに一体なんの恨みがあるっていうのかしら。)

 

エルファバは引っ張られて宙に浮きそうな自分の体を必死に押さえつけながら考える。

 

(一体どこに向かってるのかしら?)

 

「あいつはいつもそうだった。成績優秀なくせにそれを必死に隠したり、寄ってくる友人達を邪険にし、おまけにクィディッチのビーターときたものだ。あだ名は"クイーン"だとよ。はっ!私は弱い弟を演じて、まるで姉がいなきゃ何にもできないふうに装ってた。」

 

エルファバはその言葉の意味を飲み込もうとして放心状態になった。自分がどこかに連れ去られてしまうことも忘れ、抵抗をやめて手の届かない位置にあるニンニク臭いターバンを見つめる。

 

「...グリンダ・オルレアンはあなたのお姉さんなの...?」

 

クィレルは急に立ち止まった。その拍子にエルファバは思いっきり体をクィレルにぶつける。

 

「ああそうだ。私はあの女の弟だ、弟だったんだ。」

 

クィレルはエルファバの腕を雑巾を絞るように強く締め付ける。エルファバの腕が少しずつ赤くなっていく。

 

「...ったい。痛い。」

「母も父もあいつが好きだった。オドオドして神経質な末っ子など見向きもしなかった。だが、そんなことどうでもいい。今私はあいつよりも強く高い力があるのだから...!!」

 

エルファバはクィレルの"演説"を聞いて、哀れに思った。この弱々しい演技をしている教授は自分に自信がないようだ。きっと大変な経験をしたに違いない。

 

(でも私の腕を折る理由にはならないわ。)

 

今やエルファバの白い腕は真っ赤に染まっている。

クィレルはそんなことも気にせずに再び歩き出しながら饒舌に喋った。

 

「私には強い力がある!ご主人様が与えて下さった強い力だ。私はご主人様の期待に応えるのだ!!」

 

クィレルが自分の野望に浸ってる中にエルファバはこっそりローブに手を突っ込んでいた。今は真っ直ぐでどこまで続くか分からない廊下のど真ん中にいるが、一か八かでやってみようと思ったのだ。

 

(このままこの人のいいようにされたくないもの。)

 

ローブの内ポケットの中で瓶の蓋を開けてエルファバはクィレルのうなじあたりを狙う。

 

(上手く行きますように...!!)

 

ばしゃっ。

 

「ぎいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

廊下にゾッとするような絶叫が響き渡った。エルファバの人生の中で聞いたこともないくらい恐ろしく、残忍で、誰も真似できない叫び声だ。

 

「ああああああああ!!!ご主人様あああああああ!!ご主人様ああああああああああ!!」

 

今度は別の声が絶叫した。クィレルだ。泣きそうな声でターバンを必死に剥がし、主人の名前を呼び続ける。

 

エルファバは止まってなどいなかった。瓶を放り投げて、全速力で来た道を走る。

 

(怖い、怖いわ。ハリー、ロン、ハーマイオニー、お父さん、お母さん...!!)

 

「貴様あああああああああああああああああああああ!!」

 

クィレルが追いかけてくる。廊下に響くブーツの音からエルファバに対する怨み、怒り、殺意が伝わってきた。それはどんどん近づいてくる。

エルファバは頬に伝うものを感じながら無我夢中で中庭をつき向ける。

 

「はあっ、はあっ....!!...!!」

 

体力は限界を超えていた。喉の奥からは血の味がする。クィレルはもうすぐ手の届くところまできているのは分かった。

 

(この先に行けばハグリッドがいるわ。ハグリッドが助けてくれる!)

小さな希望がエルファバの体にムチ打った。ハグリッドの小屋はすでに見えている。

 

「小娘えええええええええ!!」

 

クィレルの声は庭中に響き渡り、反響する。声の全てがエルファバの体にまとわりつくような感覚を覚えた。それを振り払うようにエルファバは走りこむ勢いで思いっきり小屋の扉に体当たりした。

 

「...!!...!!...!?...?」

 

おかしかった。ズキズキ痛む右肩を抑えながら、最悪の事態を必死に否定する。絶対にエルファバの"ノック"は聞こえたはずだ。それなのになぜ反応がないのだろうか?

 

「んの!!」

 

クィレルはエルファバの髪を掴み引っ張った。階段から引きずり下ろされ、地面に叩きつける。頭に痛みが走り、そこからねっとりとしたものが流れるのを感じた。

 

「っはっ!!残念だったなあ!?あのウドの大木は"ダンブルドアのお呼び出し"で行ってしまったよ!!今頃留守中の校長室でオロオロしているに違いないさ!!」

 

エルファバはうずくまったまま起き上がることができない。頭や脚の痛み、疲労で体は悲鳴をあげていた。

 

「ダンブルドアも愚かだ!あんな奴に賢者の石を守らせておくなど愚かにもほどがある!強い酒を飲ませてドラゴンの卵をやればホイホイ秘密を漏らした!!」

 

エルファバの動きが鈍い頭がゆっくりと動き出す。賢者の石、ドラゴンの卵。

 

賢者の石を狙っていたのはスネイプではなかったのだ。

 

「はあ...あなたが...」

 

クィレルはターバンを剥がした状態でエルファバを見下ろしていた。嘲笑い、憎み、優越感を感じているに違いないとエルファバは思った。ゆっくりとエルファバにまたがり、エルファバの小さな顔をゴツゴツした手で包んだ。

 

「本当はお前に部屋の仕掛けを凍らせてもらうつもりだったがな...お前は俺を怒らせた。私はあの方に殺される...。」

 

親指でエルファバの頬を撫でてから何かを思い出したようにニヤリと笑う。ゆっくりと指を滑らせ首に手をかけた。

 

「お前はあいつにそっくりだ。死に顔も美しいだろう。」

 

手の力はエルファバの首をキリキリ締めつけ、酸素を奪う。エルファバは必死に抵抗したが11歳の少女と大の大人とでは力の差がありすぎた。

 

(もうダメだわ...。)

 

遠のく意識の中、エルファバはいろいろと思い出した。父親と母親は自分が死んだらどう思うだろうか?エディは?そして大好きな3人のことを思い出す。たくさん初めてをくれた人たち。あの人たちがいなければ自分は...。

 

「エルファバ!?」

「...ぶはあっ!!はあっ!!はあっ...」

 

声が聞こえた瞬間、エルファバからクィレルが離れた。エルファバは一気に酸素を肺に吸い込み、呼吸を整える。そして救世主たちの方を見た。

 

「ああエルファバ、しっかり!!」

 

栗色のフワフワしたものがエルファバの顔を覆った。シャンプーの香りのする"それ"は自分の親友のものであることはすぐに分かった。

 

「ハーマイオニー、エルファバから離れてやれよ。」

 

そう言ったロンの声はハーマイオニーと同じくらい震えていた。今さっきの状況を見ていたに違いない。

 

「みっ、みなさん、どうして...」

「隠そうたって無駄だ。」

 

オドオド演技をしだしたクィレルの前に立ったのはメガネをかけた心優しいエルファバの親友だ。声には怒りが滲み出ている。

 

「あのあと僕らはあなたに誰かが賢者の石を狙っててハグリッドの罠の解き方を知ってしまったことを伝えようと戻ったんだ。でも...」

 

ハリーは一瞬ハーマイオニーに抱きかかえられているエルファバに微笑んでから、クィレルを再び睨むつけた。

 

「僕らが来てなきゃエルファバは死んでた。」

 

クィレルはオドオドしたままハリーを睨みつけ、チラッとエルファバを見た。

 

「全部聞いてたわ、あなたが賢者の石を狙ってたのね。」

 

ハーマイオニーは震える手でエルファバを強く抱きしめる。

 

「ああ、そうだ。」

 

クィレルはもう無駄だと思ってたのか本性を現し、4人に近づく。ゆっくりとローブから杖を取り出し1人1人に向けた。

 

「知ってもらっては困る。ここで記憶を消すのもいいが...全員ここで死んでもらったほうがいいだろう。」

 

ロンはギュッと目をつむり、ハーマイオニーはエルファバの肩に顔を埋める。ハリーとエルファバだけはクィレルをじっと見つめていた。ハリーは目をそらさずにゆっくりとハグリッドの小屋の扉まで歩く。

 

「残念だが、お前たちのお友達は留守だ。」

「知ってます。」

 

エルファバはハリーがドアノブに手をかけた瞬間、何が起こるか分かった。

 

「アロホモラ 開け!」

 

ハリーはローブの裾に隠し持っていた杖で扉に呪文をかけた。その時、エルファバは何をすればいいか分かった。ローブから杖を取り出し、震えるハーマイオニーを支えながら叫んだ。

バーン!と小屋の扉が勢いよく開き、ハリーは同時にクィディッチで鍛えた反射神経で素早くその場にしゃがみこんだが、クィレルは間に合わなかった。

 

「あああああああっ!!」

 

小さなドラゴンは爆音のせいで機嫌が最悪だったようだ。視界に入った人間を敵とみなし、クィレルの顔に火を吐いた。

 

「やめろ、やめてくれえっ!あああああああああああ!!」

 

クィレルはのたうち回り、杖で必死にドラゴンを狙おうとするが的外れな場所に呪文を飛ばしていた。

 

「逃げるんだ!!早くっ!!」

 

ハリーの声で我に返り、ハーマイオニーとロンはエルファバを支えながらその場から逃走した。

 

「このまま校長室に行きましょう!すぐに知らせるの!」

「ハーマイオニー!校長はさっきいないってクィレルが言っただろ?!」

 

ハーマイオニーとロンはエルファバを挟んで叫んだ。

 

「じゃあマクゴナガル教授よ!」

 

エルファバが若干浮いてることに2人は気づかない。クィレルの叫び声が聞こえなくなったころ、エルファバはホッとして眠気が襲ってきた。

 

(ありがとう、みんな。)

 

4人が走ったあとが氷に包まれていってるのは誰も知らない。



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17.一難去ってまた一難

「なぜ、授業を受けているはずのあなた方がここにいるのか…ミスター・マルフォイから聞きました。」

 

マクゴナガル教授からの印象は最悪のようだ。メガネ越しにギロリと睨まれ4人はひるむが、ハーマイオニーが一気に喋った。

 

「エルファバがクィレルに殺されかけたんです!私たち目撃しました!」

 

(ハーマイオニー勇気あるわね。)

 

エルファバは他人事のような顔をしてハーマイオニーを見た。今だに殺されかけたという実感がわかないのだ。

 

「クィレル教授ですミス・グレンジャー。教授に敬意を持ちなさい。...ミス・スミスがクィレル教授に殺されかけた?」

 

マクゴナガル教授に眉間のシワを寄せ、突然ハーマイオニーがフランス語を話したかのような顔をした。

 

「僕らがいなければエルファバは殺されてました!」

 

ハリーは自分たちに非が回らないように必死に主張する。

 

「彼はホグワーツの教授です!冗談にならないようなことを言わないでください!」

 

が、逆効果だったようだ。マクゴナガル教授はバンっ!と机を叩き、ハリーとハーマイオニーを黙らせた。ホグワーツで数十年活気溢れる子供達を束ねた手腕は只者ではない。この非常事態に使ってほしくないと哀れなグリフィンドール生は思った。エルファバは痛みと眠気が支配する体の神経を頑張って口に集中させるが、体に溜まった疲労は限界を超えていた。ハリーの反論が入る前に教授は続ける。

 

「口を閉じなさいミスター・ポッター、今話しているのは私です。」

「そんなことどうでもいい!!僕の親友はクィレルに殺されかけたんです!!」

 

ハリーは大声でマクゴナガル教授に叫んだ。ロンもハーマイオニーもエルファバもビックリして一緒に2センチくらい浮き上がった。

 

「グリフィンドール50点減点!!」

 

たじろいだ教授は0.9秒くらいで鬼の表情へと変わった。かなり高い点数を引かれエルファバは息を飲んだが、驚くことにハリーは全く動じなかった。怒りで全てがどうでもよくなったらしい。さらにロンも加勢さた。

 

「クィレルはハグリッドの小屋の前でしゃがみこんでる!!嘘だと思うのなら行ってください!!」

「信じてください教授...!!」

 

ハーマイオニーの頬には涙がキラリと光る。

 

エルファバは多くのことが起きすぎてて消化不良を起こしていた。

 

(ただでさえ体は作動停止しているというのに頭まで停止したらどうなるのかしら?このままフワって倒れたらロンもハーマイオニーも私を支えられないかも。えっ...でも...。)

 

エルファバお得意の"目の前のことがよく分からなくなった時に全く別のことを考える術"だ。

しかし、一つだけ分かることがある。

 

(みんな私のためにマクゴナガル教授と戦ってくれてる。)

 

いまやエルファバからすれば3人は勇者たちだ。自分たちには到底力が及びそうもない大人に果敢に立ち向かう勇敢な獅子だ。グリフィンドールに入った理由はこれだろう。しかも勇者たちはエルファバのために戦っている。エルファバ・ビジョンで3人は金色の光を放っていた。

 

「ミネルバ、ミネルバや!」

 

3人の主張は賢者の声でピタリと止んだ。制止呪文でもかけられたかのような静まりだ。

ダンブルドア校長はいつも見せる全てを受け止めるような余裕は消えていた。三日月型の眼鏡がずれ、息荒くした様子から走ってきたようだ。

 

「校長、一体何を「クィレルはどこじゃ?」...は?」

 

話を中断されたマクゴナガル教授はポカンとする。

 

「ハグリッドの小屋ですっ!!」

 

ハリーはここぞとばかりに必要以上の大声でダンブルドア校長に叫んだ。

 

「ハグリッドの小屋...」

 

そう呟いたあとキビキビとした速さで立ち尽くす5人を放置し、(ボソッとロンが「エルファバより速い...」と空気読めない発言をしたのでハーマイオニーに足を踏まれてた)教室から出て行った。外からはガヤガヤと生徒が授業の終わりを喜ぶ声が聞こえてきた。

 

「ごめんねみんな...」

 

エルファバは親友たちに授業をサボらせてしまった罪悪感でいっぱいだった。もう半年以上この言葉足らずな少女といる3人はこの7文字で全ての察しがついたらしい。

 

「授業なんかよりも君の方が大切だよ!」

「ロンの言うとおりだよ!僕らがいなければ君は死んでたんだ。」

「そっ、そうよ!」

 

ハリーとロンはともかく、ハーマイオニーは授業をサボったことに未練があるらしい。が、エルファバを支える腕はキュッと力が入る。

 

「もう立てるわ。ありがとう。」

 

エルファバは支えを外してゆっくりと自分の足で立つ。その小さな体に介助していたロンとハーマイオニーは不安を覚えていた。

エルファバはあまりにも軽すぎる。身長が低いのもあるが、それを差し引いてもエルファバは平均体重までいってるのだろうか?ハーマイオニーによる"エルファバ改造大作戦"の項目が増えた瞬間である。

 

少ししてからダンブルドア校長は戻ってきた。せかせか小走りで来たダンブルドア校長の後ろからはフワフワと茶色い物体がついてきている。

 

「うわっ。」

 

ハリーが声をあげたのは当然だ。

 

それはクィレルだった。だらりと手足の力は抜け、空中に身を委ねている。顔の大部分は焼けただれており、今どんな表情をしているのかも判別できないほどだ。エルファバはハリーとロンの間に隠れる。

 

「気絶しとるだけじゃ。」

 

いろんなツッコミが入る前にダンブルドア教授は冷静な声で言った。

 

「まあ、この者がしたことを考えれば当然じゃが...ミネルバ、この者を医務室まで運んではくれぬか?」

 

マクゴナガル教授は口を開きかけたが、今はそのタイミングではないと判断したらしい。杖で宙に浮くクィレルにいくつか呪文をかけ、スタスタと教室から出て行った。

 

「ああ、エルファバよ、頭を怪我しとるの。」

 

しわしわの長い指が、エルファバの透けてしまうのではと思うくらいに真っ白な髪に絡まるどす黒い血に触れた。声は優しくエルファバを気遣っているが、一瞬怒りの炎がダンブルドア校長の瞳の中で燃えた。しかしそれに気づいたのはエルファバだけだろう。

 

「本来ならマダム・ポンプリーに見てもらうべきじゃが、今回は...」

 

校長はヒョイと杖を振るとエルファバは頭の一部分に生温い感覚を覚えた。

 

「あとで保健室に行くのじゃ。よいな?」

 

エルファバはずいぶん前に話した時とは比べものにならないくらい真剣に校長に見つめられ、頭の中で質問を認識する前にうなづいていた。

 

「さてと、君たちに話を聞かなくてはならぬ。」

 

4人、と呟いてからダンブルドア校長が8の字を書くように杖を振るとどこからともなく椅子が4脚現れた。4人ともこれが今までの緊張状態から解放する合図だといわんばかりに体重の全てを椅子に任せて座り込んだ。

 

「誰でも構わぬ。状況を説明してくれるかの?」

 

ダンブルドア校長は机の上に座り、静かに4人を見渡す。目配せし合い、話始めたのはハリーだった。

賢者の石のこと、ニコラス・フラメルのこと、スネイプを疑ったこと(ハリーの口調はまだ疑っていることがうかがえた)、ドラゴンのことを伏せながらハグリッドが秘密を喋ったことを知ったことに繋げてエルファバがクィレルに殺されかけたことを話した。

黙って聞いていた校長だったがハリーが話を終えたあと、エルファバに向き合い尋ねた。

 

「エルファバ、君はセブルスにもらった麻痺薬を使ったかね?」

「スネイプにもらったくす...!?」

 

ロンが何か言う前にハーマイオニーが口を塞いで黙らせる。エルファバはうなづいた。

 

「どこにかけたかの?」

 

エルファバは記憶をたどった。あまりにも必死になっていてどこにかけたかなんてほとんど考えてなかったからだ。

 

「...うなじ...。」

「うなじ。」

 

ダンブルドア校長はエルファバの言ったことを繰り返す。

 

「おそらく後頭部にもかかったじゃろうな。」

 

エルファバは首をかしげ、多分と答えた。ダンブルドア校長はしばらく黙り込んだ。ロンは沈黙が苦手なのかソワソワし、ハリーとハーマイオニーはジッと校長の言葉を待つ。

どのくらい時間が経ったか分からないが、長い髭を撫でながら静かにしかしハッキリした声で話を始めた。

 

「クィレルは賢い魔法使いではあったが過去にしがみつき、全てを憎んでおった。言ってしまえばコンプレックスの塊だったのじゃよ。」

 

4人は突然始まったダンブルドア校長の話に耳を傾ける。

 

「クィレルはマグル学の教授として数年この学校で教鞭をとり、優秀な生徒を次々と輩出残しておった。その甲斐あって少しづつ本人は本来あった自信を取り戻していった...愚かな方向に。」

 

校長はため息をつき、一呼吸おいてから続ける。

 

「クィレルは深い闇の魔術についての知識があったのじゃ。自信がついた時、彼は考えたのじゃよ。自分は今は衰弱しており世界で最も凶悪な魔法使いの主導権を握ることができるのではないかと。」

 

世界で最も凶悪な魔法使い。エルファバは頭の中で復唱する。

 

「それはヴォル...例のあの人ですか?」

「ハリーよ、しっかり名前で呼ぶのじゃ。ヴォルデモートじゃよ。」

 

ハーマイオニーとロンはビクリと体を震わせた。ハリーとエルファバはその2人を怪訝そうに見つめる。

 

「名前を恐れることはその者に対する恐怖を増大させる。」

 

ダンブルドア校長は1人1人をしっかり見つめた。

 

「さて、なにを話してたかな?おおそうじゃ。クィレルは修行と称してヴォルデモートを探しに行った。どこにいたのかは察しがついていたのじゃろう。ここからは推測じゃが、クィレルはあやつを見つけた時上手く丸め込まれたのではないかと思う。彼は霊魂のようなヴォルデモートに体を共有させることを許した。」

 

さっきから名前が出るたびにロンは数センチ椅子から浮いているが校長は構わず続ける。

 

「そうしてクィレルは主人を引き連れてホグワーツに舞い戻ってきた。君らの想像通り、賢者の石を狙ってじゃ。察しておると思うがただ単に若返りたいという訳ではなく、賢者の石を使ってヴォルデモートは復活しようとしておったのじゃ。しかし、おそらく奴はもうクィレルの体の中にいない。」

「クィレルが酷い火傷をしたからですか?」

 

ハーマイオニーの問いに答える代わりにダンブルドア校長はエルファバに向かって微笑んだ。

 

「君がヴォルデモートをクィレルから追い出したのじゃよ。」

「私がMr.Vを?」

 

ダンブルドア校長はあえてエルファバの名前の呼び方には触れなかった。が、クスクスと笑いだした。ハーマイオニーは頭を抱え、ロンとハリーは口角をヒクヒクさせる。邪悪な魔法使いをコメディアンの芸名のように言ってしまうのはいかがなものだろうか。ピリピリした空気が一気に緩んだ。

一通りみんなが反応したところで、教授は話し出す。

 

「そうじゃ。わしの推測が正しければヴォルデモートはクィレルの後頭部に潜んでいたと思われる。人や動物に取り憑かなければ生きていけないほどにあやつは衰弱しておるはずじゃ。エルファバよ、君の記憶はいつも正確だと教授たちが話しておるから今回のも正しいじゃろう。そこからすればどうなったかは分かるじゃろう?」

 

まるで授業で質問を聞くような感覚で校長はエルファバに答えを促す。

 

「私の持っている薬がMr.Vにかかった?」

「その通りじゃよ。あの者には刺激が強すぎたじゃろう。」

 

エルファバは薬をかけたあとに聞いたゾッとする絶叫を思い出した。

 

(あれはクィレルのじゃなくてMr.Vのものだったんだわ。変な声だと思った。クィレルもクィレルでご主人様って言ってたし。)

 

ふとエルファバは自分の白い髪の毛の中から覗くスネイプを想像した。

 

(気持ち悪い。)

 

頭から必死にその想像を追い出した。全くもって嫌な想像だった。

 

「おそらくもう少し長くクィレルの中にヴォルデモートがいたらクィレルの命はなかったじゃろう。彼は君に救われたのじゃ。」

 

(あんまり嬉しくないわ。あの人私を殺そうとしたし。)

 

「ヴォルデモートに危害を加えたからエルファバはクィレルに殺されかけたんだ...。」

「そうじゃ。君たちがいなければわしらは大事な生徒を失うことになっていたかもしれん。」

 

ハリーのつぶやきに校長は答える。

 

再び沈黙が訪れた。みんなそれぞれ考えを巡らせているみたいだった。

 

(良かった。みんなどうして私がクィレルに狙われたのかを考えなくて。それを聞かれれば私の"力"について言わなくちゃいけなくなるから。ダンブルドア校長にも感謝しなきゃ。)

 

「ダンブルドア校長。」

 

咳払いと共に鋭い声が教室に響き渡った。

 

「ああ、ミネルバや。」

 

マクゴナガル教授は威厳ある顔を崩さぬつかつかと教室に入ってきた。

 

「クィリナスを医務室へ連れて行きました。おそらく火傷は顔に残ると思われるとマダム・ポンプリーが。」

「ああ、ご苦労じゃった。おそらく取り憑く体もないじゃろうから危険は去ったじゃろう。4人とも寮に戻りなさい。教授陣にはわしから説明しよう…エルファバよ、医務室に行くのを忘れずにな。」

 

ダンブルドア校長の明るいブルーの瞳がキラリと光った。もう治ったから行く必要はないと思ったエルファバの考えは見透かされてたようだ。

 

「お、そうじゃそうじゃ。グリフィンドールに75点与えよう。」

 

去り際の校長の言葉は4人の疲れ切った体に癒しを与えた。

 

 

-----

 

 

 

「でもさ、結果15点しかもらってないんだよな僕ら。」

 

エルファバを医務室に連れて行った帰りにロンはボソッとつぶやいた。校長の応急措置のおかげで特に問題はなく、すぐに解放された。

 

「ロン、私たち授業サボったのよ?」

「僕らは命を救ったんだ!」

 

ハーマイオニーとロンが口論を始めそうになったのでハリーが仲裁に入った。

 

「僕らはエルファバを助けたけど、あの時授業に時間通り行ってればこんなことにはならなかったんだし、あの点数は校長はそれを見越してたんじゃないかな。」

「私たちハリーを追いかけたのよ。」

「えっ、あ、まあ、うっ、ごめん...」

 

急に縮こまったハリーにロンとハーマイオニーは笑った。エルファバもいつも通り表情には出ていないものの、この状況を楽しんでいた。

 

(4人でこうやってしてるのすっごい幸せ。)

 

エルファバはそう心の中で思った。

 

「おーい!」

 

正面からシェーマス、ディーン、ネビルが走ってきた。

 

「やあ、みんな。」

 

若干気まずかった。さっきの授業で4人は理由はどうであれ、サボっていたのだから。これからなぜ休んでたのかをしつこく聞かれるに違いないが、後頭部に悪い魔法使いを住まわせていた教授にドラゴンをけしかけたなんて言えない、言えるわけがない。約1名それをイマイチ理解していない背の低い女子生徒がいるが。

 

「ほらシェーマス、聞いてみろよ。」

 

シェーマスをディーンが小突く。ハリーたちは必死に疲労がたまっている頭の中を回す。マクゴナガル教授にずっと怒られてたとか、エルファバが身長を伸ばしたいと駄々をこねて医務室にこもってたとか(本人には口が裂けても言えない)、トロールがまた侵入してきたので退治を頼まれたとか、今日の夕食になにかな、とかだ。シェーマスは少し怒っているような、泣きそうな声で言った。

 

「エルファバどうして無視したの?」

「僕らはねシェーマス...え?」

 

全ての視線がエルファバに注がれる。

 

「....?」

「シェーマスはさっき階段でエルファバに会った時、挨拶したんだ。なのにエルファバが無視したって怒ってる。」

 

4人は顔を見合わせた。さっきといったら医務室にいたはずだ。

 

「人違いじゃないの?」

 

4人だれもが思ったことをロンは言った。

 

「この学校に髪の白い子なんてエルファバぐらいだろ?」

 

正論で返された。

 

「僕もちょっと前にエルファバに会ったんだ。」

 

口を開いたのはネビルだった。

 

「呪文学の宿題聞きたくて君に聞いたんだよ。でも君は黙れって言ってどっか行っちゃった。すっごく怖かったんだよ...」

「待ってネビル。エルファバがそんなこと言うわけないわ。それにシェーマスもエルファバが無視なんてするわけないでしょ?話しかけられたくなかったらエルファバは逃げるし、逃げられるのもエルファバが知らない男の子だけよ。」

 

整ってきたエルファバの頭がまた混乱に陥り始めていた。ハーマイオニーの言う通り、エルファバは基本的に人を無視することはない。前に考え事をしていた時に話しかけてきたセドリックを無視してしまった際には大量にお菓子をあげたくらいだ(当然セドリックは受け取らなかった。)得体の知れない男子たちに話しかけられたら逃げはするが、それもどこからか仕入れてきた自分の名前をいきなり呼ぶものに限る。人との繋がりを第一に考えるエルファバが無視を、ましてや黙れなんて言うわけがない。

 

被害者たちもそこは納得しているらしい。

 

「まあそうだけど...。」

「身に覚えはないんだけどごめんね。」

 

シュンとしたエルファバはハーマイオニーの袖をキュッと掴んだ。シェーマスはそれを見て顔を赤らめる。男の子たちはそれを見てニヤニヤした。

 

「けど、じゃあ誰なの?」

 

ネビルはオドオドしながらみんなに聞いた。

 

「あれはエルファバだったよ。僕結構近くで聞いたけど、本当にそっくりだった。僕より身長高かったけど...」

 

エルファバの身長はネビルの顎くらいだ。4人は鳥肌が立った。1人知っているのだ。そういう人物を。

 

「ドッペルゲンガーかな?」

「それはないわ。ホグワーツにはいろんな保護呪文がかかっていて、ドッペルゲンガーもその対象の一つよ。ほら、あれは本人に会うと死んでしまうし「やめろよ、ハーマイオニー!」」

 

完全にハーマイオニーのターンになりそうだったのでロンが制止する。

 

「ニセエルファバはどこに行ったの?」

 

ハリーはネビルに聞いた。それは先ほどマクゴナガル教授を説得した時の声と一緒だ。

 

「うーん、分からないけど、あの方向だと4階じゃないかなあ?」

 

素っ頓狂なネビルの回答を4人は最後まで聞いていなかった。4人は走り出したのだ。

 

誰かが賢者の石を狙ってる。知っている人物だとすればただ1人、エルファバにそっくりな人物を4人は知っていた。

 

グリンダ・オルレアン。エルファバの母親だ。

 



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18.悪い魔女にならないために

「って、待ってみんな。」

 

4階に行く途中の階段でエルファバは3人に声をかける。呼吸を整えてからエルファバは3人に向かい合う。

 

「やっぱり、私1人で行くわ。」

 

この先に本当の母親がいる。聞きたいことや言いたいことがたくさんある。3人のことは大好きでしかたがないくらいだが、あまり聞かれたくない気持ちの方が強かった。きっと"力"の話や自分の母親や父親、そしてエディの話もするだろうから。

 

「何言ってるんだい?危険すぎるよ!」

「そうよエルファバ!考えてみてよ。例のあの人がクィレルの体から離れた直後にあなたのお母さんが現れるなんて話が上手すぎるわ!」

 

それはもっともだった。エルファバもそれは頭では分かっているが言い返したい気持ちの方が強い。

 

「Mr.Vがグリンダ・オルレアンに変身したとでもいうの?」

 

ハーマイオニーとハリーはやけに階段の装飾に興味を持ったようだ。ソワソワと壁やら天井を見る。

 

「あの人にそんなことする力なんてないわ。」

 

このままぐずぐずしていたら教授たちがこっちに来てしまうかもしれないとエルファバは思った。賢者の石はもう守る必要はないわけで、きっと回収するに違いないのだ。エルファバは必死に説得材料を頭の中でかき集める。

 

「でもさエルファバ、グリンダ・オルレアンがホグワーツに侵入したなら...」

「それはないわロン。ホグワーツは世界で最も安全な場所の1つよ。外部から侵入するなんて不可能に近いわ。」

 

どうしても正しいことを言うのを我慢できなかったらしい。エルファバが言う前にハーマイオニーがこたえた。それがエルファバを1人で行かす助長になることは2秒後に気づいた。

 

「でも、僕らは一緒に行くよ。」

 

困ったハーマイオニーにハリーが助け舟を出す。

 

「僕ら友達だろうエルファバ?」

 

ハリーのその言葉はどちらかというと願っているように聞こえた。常に自分たちのことばっかり心配していながらも、出会ってからほとんど話さなかったエルファバ。1番肝心な部分は触れさせないように振舞って、見えない壁を周囲に作って3人を入れさせないようにしているみたいだった。今回のこともそうだ。どうしてわざわざ1人で行く必要があるんだろうか。友達なんだから知られても平気だろう?それとも僕らを信頼していないんだろうか?

 

「3人とも大事な友達だよ。」

 

エルファバの答えはすぐにでた。ハリー、そして他の2人もホッとしたみたいだった。このことを話したことはないが、きっと2人も同じ不安を抱えてたに違いない。

 

「でも、それとこれとは話が違うわ。」

 

この言葉はいっきに3人の気持ちをどん底にした。エルファバは分かってないようだったが、それは3人を信頼していないというのと同義語だった。

 

「...そう。」

 

ハリーはエルファバに背を向け、元来た道を歩き出す。

 

「おいハリー、どこ行くんだよ?」

 

ロンは通り過ぎそうになったハリーの肩を掴む。

 

「寮に帰る。」

「何言ってるのハリー?ダメよ!」

 

ハリーはロンの腕を振りほどき、エルファバに向かって感情をぶつけた。

 

「エルファバ、君はすっごいいい子でいつも僕らのことを考えてくれる。けどどうして君は僕らを信用しないんだ?絶対君は辛いことや悲しいことがあるのに、それを僕らに相談しようともしない!そんなに僕らが信じられないかい?!僕らだって君と同じくらい君のことを考えてるんだ!」

 

友達に怒られたのは初めてだった。母親には何回も叩かれて怒られたことはあるが、最後に喪失感や悲しみしか残らないものばっかりだった。でも、今は違う。

 

(ハリーごめんね。あなたが怒ってるところ申し訳ないけど、私すっごく嬉しいの。だってあなたは私を思ってくれてるんだから。信頼してないわけじゃないのよハリー。あなたもロンもハーマイオニーも、みんな大好きだし信じてるわ。でもハリー。私は...。)

 

「ハリー、エルファバも言いたくないことがあると思うわ。たとえ私たちが親友でもね。」

 

ハーマイオニーはハリーをなだめるように優しい声で言う。まだ怒ってるハリーはハーマイオニーを睨みつける。

 

「私はそれを無理して言ってほしいとは思わないわ。でもねエルファバ。」

 

ハーマイオニーはエルファバの小さい手を握る。

 

「ハリーの言うことも分かるわ。もっと私たちを信用してほしい。ずっと思ってたけどエルファバ、あなたはきっと何か辛いことを抱えてる。私には分かるのよ。私たちならきっと解決できると思うのよ、できなくても言うだけでスッキリすることだってあるし、ね?」

「そうだよエルファバ。ママが言ってた。言葉にするとモヤモヤしてる気持ちが整理されるって。」

 

ハリーのことに加えてハーマイオニーとロンの言葉ときた。トリプルパンチだ。溢れ出る気持ちを必死に抑える。

 

「エルファバ、私たちがいてもいい?4人でいればきっと心強いわ。」

 

『"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。どんな理由であろうとね。特に人に見られたりしたら人々はお前を気味悪がり、離れていく。』

 

(ダメよみんな。そんな優しくしないで。みんなに嫌われたくないの。悪い魔女になりたくないの。ごめんね、みんな。本当にごめん。)

 

「心強くなんか…ない。みんなに私のことは解決できない。」

 

そう告げたとき、みんなの顔が歪んだ。

 

(3人は来ない方がいい、来てはダメ。もしも私のことを知ってしまうなら。)

 

エルファバは杖を取り出し、3人に向けた。

 

「タラントアレグラ 踊れ。」

 

それを唱えた瞬間、3人は意思に反して華麗に踊り出す。

ハリーに至っては日頃のクイディッチの甲斐あってか、キレキレなクイックターンを決めた。事情を知らない人が見たら相当間抜けである。

 

「きゃあっ!?」

「エルファバ止めてくれっ!!」

「うわっ!やめろっ!」

「私は悪い魔女になってしまうの。みんなを巻き込みたくない。」

 

(そう。最初からこうすればよかった。母親のことなんて言わずに1人で来れば。)

 

エルファバは後ろを振り返らずに階段を駆け上がる。 

 

(ねえ、グリンダ・オルレアン。あなたは知ってる?この"呪い"の解き方を。友達と普通に関わりたいのよ。秘密だって打ち明けたいわ。グリンダ・オルレアン。)

 

エルファバが階段を駆け上がると、正面から鈴を鳴らしたような美しい声が聞こえてきた。

 

「知ってるわ。」

 

目的地である扉の前には女の人が寄りかかっている。

少し暗い廊下でもよくわかる真っ白い肌、真っ白い髪。エルファバよりもずっと身長は高く、妖艶な雰囲気を漂わせていた。

 

「グリンダ・オルレアン...。」

 

エルファバは初めて母親に会った。自分にそっくりな母親。超絶美化された鏡でも見ているようだった。グリンダは頷き、腕を広げる。

 

「そうよ。」

 

磁石のように惹きつけられたエルファバをグリンダは少し屈んで抱きしめる。本の中で読んでいた母親の腕の中とは少し違ったが、そんなことどうでもよかった。自分は実の母親の腕の中にいるという事実が嬉しかったのだ。

体は冷たい。顔に白い髪がかかってくすぐったいがそれすらも愛おしい。

 

「…お母さん…。」

「"力"を解きたいのね。」

 

言いたいことがありすぎて喉でつっかえる。エルファバは腕の中でただただうなづいた。

 

「この"力"のせいでお父さんにもお母さんにも、友達にも嫌われちゃったの。こんなの嫌だわ。」

 

グリンダはエルファバの言葉には答えず、少し離れてエルファバを見つめた。白いまつげの中に隠れた深い緑色の瞳の中に明るい黄緑の虹彩があり、まるで花が咲いているみたいな目だ。

 

「この扉を開けて。そしたらその"力"を解きかたを教えてあげる。」

 

エルファバはうなづいて扉に近づき、呪文を呟いた。

 

「アロホモラ 開け。」

 

カチッと音がすると満足そうにグリンダは微笑み、エルファバの頭を撫でた。

その些細な仕草で、再びエルファバの心が高鳴る。

 

「あなたは優秀な魔女に違いないわ。そうでしょう?」

「ううん。ハーマイオニーの方が頭がいいわ。それにハリーも...」

 

グリンダはエルファバの桜の花びらのような唇にそっと人差し指を当てた。

 

「あなたのこと知りたいわ。どんな生活をしてたのかとか、お友達のこととかね。でも今はそのタイミングじゃないわ。」

 

わかった?とグリンダが言えばエルファバはコクコクとうなづく。

興奮しすぎてしまったようでエルファバは恥ずかしくなって俯いた。

 

「いい子ね。」

 

グリンダは美しい髪をなびかせながら扉を開けた。考えてみれば恐ろしい三頭犬がいる部屋だ。

エルファバは思い出し、グリンダの腕を掴んだ。

 

「あっ、待っ!」

 

エルファバの制止は必要なかった。部屋の中からハープの美しい音色と得体の知れないいびきが聞こえてきた。

獰猛な鳴き声は全く聞こえない。

 

「寝てる。」

 

おそらく親友たちを襲ったであろう犬たち(頭は3つあるけど体はひとつよね?なんて数えればいいのかしら。とエルファバは素っ頓狂なことを考える。)はスヤスヤと眠っている。もしかしたらクィレルが先にこれを仕掛けていたのかもしれない。ひとまずエルファバはホッとした。

 

「こっちよ。」

 

グリンダは小声で、エルファバを手招きし犬たちの下にある扉を開けた。

体力が落ちているのだろうか。

 

「私のために罠を解いてちょうだい。」

 

エルファバは母親のそばに近づき、扉の内側を覗き込む。

 

「火を放ってほしいの。この下にある植物は火に弱いから。」

 

そう言って微笑むグリンダに対し、エルファバは違和感を覚えた。輝く真っ白い髪を持つ目の前の女性は紛れもなく自分の母親だ。

 

「グリンダ…さん?」

 

(なんでだろう。私の望んでたものと違う。)

 

事務的に再会を済ませ、自分の目的まで突き進んでいるのだ。それに頭では分かっている。頭の中でハーマイオニーやハリーたちが疑っていたことを思い出す。正しくは思い出したのではなく現実へやっと目を向けられるようになったのだ。状況的にはかなり怪しいし、ハーマイオニーの言葉を完全に否定できるわけではない。

 

『考えてみてよ。例のあの人がクィレルの体から離れた直後にあなたのお母さんが現れるなんて話が上手すぎるわ!』

 

「なに?」

「あなたは杖を持ってないの?」

 

グリンダは少し考えてから答えた。

 

「ええ。長いこと眠ってて杖はどっかに行ってしまってるの。」

 

どっかに行ってしまっている?

 

耳を疑った。ダンブルドア校長の話が正しければ、エルファバの杖はグリンダのものだ。それも普通の杖とは違い白い杖もそうそうない。

 

「この杖、あなたのものよ。」

 

エルファバはグリンダに杖を見せる。

 

「...そういえばそうだったわね。長いこと眠ってたから記憶が所々抜けてて。早く火を放ってくれない?」

 

さっきの優しい声とはうって変わって冷たい声でグリンダはエルファバに命令した。暗がりからもグリンダがエルファバを睨んでいるのがよく分かる。エルファバは現実を知りたくなかった。初めて会う本当の母親に嫌われたくない。

 

「分かった。」

 

ハーマイオニーがよく使っているブルーの火が杖からヒラヒラと暗闇の中に落ちたと思えばジュっと何かに燃え移り、巨大な炎となった。

 

「これで...」

 

それはあまりにも突然の出来事だった。

 

「きゃっ!」

 

すごく強い力がエルファバの体を押した。エルファバは空中に投げ出され、下に下に闇に飲まれていく。ハープの音色が遠ざかり、美しい母親が見えなくなっていく。

 

「お母さんっ!!」

 

エルファバは背中に冷気と激痛を感じた直後、自分の意識も闇に飲み込まれた。



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19.対峙と別れ

「...ファバ!エルファバ!起きて!エルファバ!」

 

遠くで誰かが呼んでいた。もう呼んでくれないと思っていたその声。

自分が裏切った友人の声。

 

「エルファバ?エルファバ!!」

 

一気に生々しい感覚が襲ってきた。むわっとまとわりつくような暑さに頭と腰に走る激痛や顔に何かが滴るようなくすぐったさだ。

 

「は...りー...?」

 

もう絶対目を合わせることのないと思っていた友人がそこにいた。ハリーはエルファバの小さな体を抱き上げている。

 

「何も喋っちゃダメだ。酷い怪我なんだ。すぐに医務室に連れて行くから!」

 

視界がぼんやりしていて見えないが、ハリーの表情はかなり慌てているようだった。

 

「ハリー・ポッター。」

 

先ほど自分の突き落とした母親の声がすぐ近くで聞こえた。

 

「お前の望みなんて何一つ聞かない!僕の友達が死にそうなんだ!」

 

ハリーに腕を引っ張られ、エルファバはよろよろと立ち上がった。が、右足に力が入らず、バランスを崩してしまった。ハリーはいくら男の子とはいえ、エルファバよりも背が高いとはいえ、まだ11歳だ。1人で女の子を抱える力はない。

 

 

「グリ...ン...ダ...。」

「エルファバ。エルファバ違うんだ。こいつは君の母親なんかじゃない!ヴォルデモートだったんだ!クィレルのように君のお母さんに取り憑いてるんだよ!」

「ごめん…おい…て、いっ…て…。」

「エルファバ...!!」

 

意識が朦朧としエルファバは今自分がどこにいて、何をしているのか全く分からない状態だった。とにかく危険な状況なのであればハリーには逃げてほしい。

 

「愚かなガキどもめ。」

 

グリンダの細い体から出てるとは思えないくらい残忍で冷たい笑いが部屋の中で反響する。

 

「ポッター。お前の親もそうだった。くだらない愛のために死んだ。この哀れなガキのために身を捧げるか?もう一度言うぞ。賢者の石をよこせばお前も小娘も助けてやろう。」

 

(賢者の石...助ける...。)

 

それだけエルファバの頭の中で処理された。

 

「ハリー...。」

「エルファバ!自分はいいなんて言ったらただじゃおかないぞ!僕は君に怒ってるんだ!ロンだってハーマイオニーだって!帰って君を怒らなきゃ気が済まない!」

 

エルファバの耳元で叫ぶハリーは少し泣いているのではないかと思った。そして後悔した。こんなことになっているのは全て自分のせいなのだと。親友を怒らせたのはもちろん、泣かせたのも他ならない自分のせいなのだ。エルファバの嘆きとは対照的にグリンダの姿をしたヴォルデモートはハリーの言葉にまた笑う。

 

「じゃあ賢者の石を早く渡せばいい。そうしたらお前だってこの哀れなガキだって助かるぞ?」

「エルファバを助ける!でもお前を復活なんてさせない!」

 

言葉を言い切る前に突然暖かいハリーの腕から離れた。エルファバは辛うじて残っている手の感覚でハリーの温もりを探し出す。が、冷たくゴツゴツした床に触れるだけだった。ぼやけた目でハリーを探せば、グリンダと向き合っているハリーは足をダラリと空中に投げ出し、必死に何かからもがいて逃げようとしているようだった。

 

(…宙に浮いて…まさか…ハリー首絞められてる…!?)

 

世界がハッキリと映し出された。同時に電流のように体に痛みは走り抜けたが、それが気にならないくらいに金色の装飾を施された鏡、ゴツゴツした灰色の岩たちに囲まれた部屋が飛び込んでくる。そしてすぐ近くに、真っ白な肌でハリーの首を締める母親がいた。本来なら美しいはずの顔はこの世の全ての負の感情をかき集めたような表情でハリーを見ていた。

 

悪い魔女になっても良かった。嫌われてもいい。友達を助けるなら。

 

「ハリーっっっっっっ!!」

 

エルファバがヴォルデモートの足に飛びついたのとハリーがヴォルデモートの腕を掴んだのは同時だった。

 

「ぎいやああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

体の表面を焼く痛みと体の芯を凍らす痛みにヴォルデモートは身をよじらした。ハリーはヴォルデモートの手から離れ、背中を丸めて咳き込んだ。

 

「こんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

苦痛と憎悪に顔を歪ませた女性は般若のように恐ろしかった。エルファバは振りほどかれる前にヴォルデモートの足から離れ、後ずさりした。ハリーがヴォルデモートに触れるたび、皮膚が焼けただれていく。絶叫が部屋に響き渡った。

 

「ああああああああああはははは、そう!!それでいい!!それでいいの!!」

 

最後に見たヴォルデモート、が移ったグリンダは絶叫しながら笑っていた。エルファバはそこで意識を手放した。

 

 

-----

 

 

「...から、僕らはもう怒ってないで一致だろ?」

「エルファバに対しては怒ってないけど納得いかないわ!」

 

(ここは一体どこかしら?)

 

エルファバはぼんやりとあたりを見回す。ベージュ色の高い天井が見えることからしてホグワーツであることは分かる。

 

「ハーマイオニー。あれはタイミングが悪かったんだよ。それに...」

「あの話を持ち出したのはエルファバで、私たちはそれに対して反論しただけでしょ?!ああっもう!!大体怒り出したのもハリーだし私が呪文止めて真っ先にあの部屋に走り出したのもハリーじゃない!そもそもエルファバに拒否されて寮に帰ろうとしたのはどこのどなたでしょうね?!」

「だから、僕だってエルファバにまだ怒ってるよ!少し前までしばらく口聞きたくないって思ってた!でも、エルファバはわざとあんなことしたんじゃない!分かってないんだ!ほら言ってたじゃないか。エルファバは...」

「いい加減にしろよ2人とも。そんな声で怒鳴ってたら本人が起き...てるな。」

 

エルファバはキョトンとした顔で3人を見ていた。それぞれ顔やら体やらにキズがある。

 

(あっ...どうしよう...。クイックターンの呪文を3人にかけたのだ。しかも手を差し伸べてくれた友達に。)

 

絶交。

 

そんな言葉がエルファバの頭をよぎる。当然といえば当然だった。きっと許してはくれないだろう。覚悟していたことのはずなのに部屋に閉じこもって生きていた時に読んでいた「みんなで仲良くなろう!友達の作り方!」の7ページ目を必死に思い出す。

 

"誰でも人を怒らせたり、怒ったりすることがあります。しかししっかり謝れば大概のことは許してくれます。なのであなたもひどいことをされたらちゃんと許しましょう!"

 

(そんなことで解決するのならこんな苦労はしないわよ。)

 

当然作者は変な力を持っているわけでも、それを友達に尋ねられたわけでも、優しく手を差し伸べた友人にクイックターンの呪文をかけたこともないだろうが。

 

「エルファバ・スミス。」

 

ハーマイオニーは咳払いをしてから、ゆっくりと話出す。

 

「私たちはすっっっっっっっっっっっっごく怒ってます。理解してますか?」

「...はい。」

 

腕組みしてものすごいオーラを放つハーマイオニーと眉間にシワを寄せて睨むハリー、そして怒ってるのか困ってるのかよく分からない顔をしたロンだ。

 

「私たちはあなたを思ってああいったの。で、あなたはその結果何をした?」

「…クイックターンの呪文を3人にかけました。」

「そ・の・と・お・り。」

 

しっかり模範解答を答えたエルファバではあるがハーマイオニーの怒りは収まらない。

 

「で、そのあとは?」

「...母親の体に取り憑いてたMr.Vに突き落とされました。」

「そ・の・と・お・り。」

 

ここまで人の笑顔が怖いと思ったのはエルファバにとって初めての経験だった。目が笑っておらず、口元だけ糸で引っ張ったような笑い方をしているハーマイオニーを見て、エルファバはこの世の終わりを感じる。

所々怪我をしているのにこの凄みはなんなのだろう。

 

「エルファバ。君がしたことはとてもひどいことだよ。」

 

ハリーは3人の中で一番怪我を負っていた。が、それがさらにエルファバの罪悪感と恐怖を蓄積させた。

 

「親切を仇で返したんだ君は。」

「うん。」

 

少しづつ握りしめたシーツが凍っていくのを手の中で感じた。いつも自分を守ってくれたハリーは自分に対して怒っている。あの時は突発的だったが、今改めて対峙するとジワジワと胸の奥から嫌な液体が出てくるような感覚を覚える。

 

「本当は君と口聞かないつもりだったんだ。」

 

ハリーはチラッとハーマイオニーを見てからエルファバのベットの端に座る。おそらくここから先のことに対してハーマイオニーは納得していないのだろう。ハーマイオニーは眉間にこれでもかというくらいシワを寄せる。

 

「君がこんなことをした理由を聞きたい。」

 

(...えっ?なに?なんて言ったの?)

 

「君がこんなことをした理由を聞きたいんだ。いつも他人のことしか考えてない君が自分勝手なことした理由だよ。」

 

エルファバの感情が出てたのか(読み取ったといったほうが正しいかもしれない。)ハリーはもう一度教科書を読むようにゆっくりハッキリ言った。

 

「理由...」

 

(何から話せばいいの?力のこと?エディのこと?お母さんのこと?ダンブルドア校長が言ったこと?クィレルのこと?)

 

『なんでこんなことしたの!!許さない!!!許さないんだから!!!』

『あいつはいつもそうだった。成績優秀なくせにそれを必死に隠したり、寄ってくる友人達を邪険にし、おまけにクィディッチのビーターときたものだ。あだ名は"クイーン"だとよ。』

『君の持つ"力"は、確かに人を傷つけるかもしれん。じゃが、使い方次第では人を救うこともできるのじゃよ。』

 

 

「...私、妹を殺しかけたの。」

 

エルファバはエディのこと、母親のこと、そしてクィレルがグリンダの弟であることを淡々と話し始めた。3人を見ることができず、ずっとシーツのシワを見つめて言うことをまとめた。3人は黙ってその話を聞いていた。しかし、エディのことやクィレルのことを言ってもなお、"力"について言うことができなかった。まるで魔力が暴発したような言い方で3人に説明したのだ。なぜかはエルファバに分からないが、"力"の事を言ってしまうと何かとても恐ろしいことが起こってしまう気がしてならなかった。

 

(正直に話さなきゃ...話さなきゃ...。)

 

そう思うが言おうとするたびに言葉がつっかえて何を言おうとしたか忘れてしまう。

 

パキパキパキ...

 

手の中で氷は凍ってはエルファバの体温で溶け、また凍って体温で溶けるのを繰り返している。

 

「私怖かったの。」

 

エルファバの最後の一言が全て理由だった。

 

「本当にごめんなさい。許してもらおうなんて思ってないわ私...」

 

そう言う前に3人がエルファバの視界が真っ暗になり、体全体があったかくなった。それが3人が抱きついてきたからだということを理解するのは時間がかかった。ハーマイオニーは泣いているようで右耳元で鼻をすする音がする。左肩にハリーのメガネの金具が当たっており、鼻からはロンの匂いがした。

 

「こらあっ!!患者に触れないでって言ったでしょおおおおお!?出ておいきっ!!」

 

鬼の形相で叫んだのはマダム・ポンプリー、この医務室のボスだ。埃叩きを振り回し、3人に襲いかかってきた。当然マダム・ポンプリーもエルファバの話はこっそり聞いてたわけだが、友人たちの感動の瞬間よりも治りかけてる患者の背骨のほうが大事なのだ。迅速な速さで迫ってくるマダム・ポンプリーと掃除道具たち(どうやら魔法がかけられてるらしい。)に親友たちは退散せざる得なかった。

 

「エルファバ!!」

 

医務室の扉が閉まる直前にハーマイオニーが叫んだ。

 

「説教の続きは退院してからよっ!?」

 

エルファバが何か言う前に、非情にも医務室の扉は閉まり3人は見えなくなった。

 

医務室に沈黙が訪れる。

ふとあたりを見回すと、お菓子やカード、そして本がたくさん飾られていた。ハリー、ロン、ハーマイオニー、パーバティ、ラベンダー、シェーマス、ディーン、フレッド、ジョージ、アンジェリーナやアリシア、セドリック、そして教授たちからの贈り物だった。

 

「君のファンたちがこぞっていろいろ贈ろうとしたらしいのじゃが、あまりにも多すぎたので君が友人として認知している者の見舞いのみ置いておる。」

 

さも愉快そうにダンブルドア校長は笑いながら言う。

いつからいたのだろうか。

 

「3人が選別に苦労しておったが最終的にミス・グレンジャーが選別呪文をかけて上手く分けた。」

「ハーマイオニーは頭がいいからです。」

「もちろん知っておる。」

 

エルファバが友人の話題になって即座に反応したため、ダンブルドア校長はまた笑った。

 

「さあて、いろいろと疑問に答えなくてはならない。ぐっすり寝てちいと頭が整ったところでな。」

 

ダンブルドア校長は杖を振って自分の体に合った椅子を用意する。

 

「まず、グリンダ・オルレアンじゃが正体はヴォルデモートじゃった。ここまではよいな?」

 

エルファバは黙って頷く。ダンブルドア校長は深呼吸して話を続ける。

 

「これを君に言うのは酷なことじゃが、グリンダ・オルレアンは君が生まれて少し後に亡くなってる。」

 

エルファバは無意識に隣に置いてあった白い杖に触れた。薄々分かっていたことだ。そこまで大きな驚きはなかった、が、やはり事実となって知らされるとまた少しジンと胸が痛くなった。

 

「君がクィレルに薬をかけて、ヴォルデモートを体から追い出した段階でわしはもう全ての危険は去ったと思い込んだのじゃ。わしは賢いとは言われるが賢いと誤りもまた大きなものになってしまう。結果的に君らを危険な目に合わせてしまった。」

 

エルファバが質問する前にダンブルドア校長は素早く答えた。

 

「クィレルはグリンダの遺体を持ち歩いていた。」

「…?」

「グリンダの遺体はちょうど1年前に消えたのじゃよ。ずっと行方を追っておったが、クィレルが自身のスーツケースに入れて持ち歩いておったようじゃ。」

「どうして...」

 

ダンブルドア校長は首を振る。

 

「愛というものは強い力を持っておる。ハリーも母親の愛によって守られておる。じゃからヴォルデモートがハリーに触れることはできんのじゃよ。しかし...」

 

エルファバはダンブルドア校長が言うべきか否かをかなり迷ってるように見えた。三日月型の眼鏡を押し上げ、さっきよりも低い声で囁くように言った。

 

「愛は時に人を狂わせるのじゃ。盲目になり、時に己が何をしておるのか全く分からなくなる。クィレルは自分の姉を1人の女性として愛しておったが、一方的な愛を押し付けられたグリンダは拒絶し彼から逃げたのじゃ。それに対しクィレルの愛は憎しみに変わった。ヴォルデモートはそこに漬け込み奴に誘ったのじゃよ。」

 

正直なところ、エルファバはイマイチ話を理解できていなかった。とりあえずグリンダがクィレルに嫌なことをされたということは理解できたが。

 

生きている生みの母親は、邪悪で鬼の形相のような彼女しか見れていない。

 

「彼らが姉弟であったかどうかは関係なくその愛は歪んでおったのじゃよ。愛は支配することではない。君の妹が君を愛するように愛することがクィレルにはできなかったのじゃよ。」

「…妹?」

 

話に全く関係のない妹が出てきてエルファバは思わず変な声が出る。

変な顔をするエルファバにダンブルドア校長はクスクスと笑い、ローブの内側をゴソゴソとやり始める。

 

「君の妹が手紙を送ってきたのじゃ。ホグワーツに行きたいようじゃのう。」

 

エルファバはエディの手紙をひっつかみ、シワを伸ばして読み始めた。

 

ーーーーーーーー

こんにちは。あたしはアルファバ・スミスのいもうとのエイドリアナ・レイ・スミスです。アルフィーはげんきですか?アルフィーはぜんぜんてがみくれないのでどうしているかわかりません。そしてあたしをホーグワツにいれけください。アルフィーみたいにゆきだるまつくることはできないけど、がんばってべんきょうします。まほうつかいになるにはどうしたらいいですか?

ーーーーーーーー

 

ツッコミが多すぎてついていけなかった。スペルミスが多すぎるし、そもそもどうやってここまで届いたのか。フクロウなんてエディが持ってるはずがない。疑問が数多く残る中、胸がキュウッと傷んだのも事実だ。あんなに無愛想にしているのに(エルファバがわざと無愛想にしてるというのは特記すべき点だ)ここまで自分を気にかけてくれるのだ。

 

「もう良いのではないかの?」

 

ダンブルドア校長はハリーが座っていた場所にちょこんと腰をおろす。

 

「なぜ自分を責める必要があるのじゃ?大きな失敗をした時、他人が責めてくれる。それで充分ではないかの?君の素晴らしい友人がそれを証明してくれたじゃろう?」

 

エルファバは自分の毛先を見つめながら小さな声で答えた。

 

「...校長先生。私分からないんです。」

「はて?」

「エディを殺しかけたことが自分の1番の恐怖だと思ってました。妹を殺しかけ、母親や父親に嫌われた原因になってしまった"力"を恨んでるんだって。」

 

エルファバは一呼吸置き続ける。

 

「でも、それは違いました。もちろんそのことも辛くて恐ろしい経験でした。でも私が最も恐れていることは他人に自分の"力"を知られることそのものだったんです。普通は逆ではないですか?」

「確かにそうじゃな。」

 

校長の言葉を待つがそれ以上喋ることはない。エルファバは続けた。

 

「お父さんは知られれば悪い魔女になってしまうと言っていました。でも私は友達を助けるためなら悪い魔女になっても全然構わないってハリーがMr.Vに殺されそうになった時思いました。なら、私はどうして"力"を知られるのをこんなにも恐れてるんでしょうか?」

 

ダンブルドア校長はしばらく目を閉じ、腹痛を堪えるような顔をした。

 

「...わしはその答えを知っておる。しかし君に伝えることはできん。」

 

長い沈黙のあと、校長は静かにそう告げた。

 

「あまりにも残酷で、邪悪なのじゃ。君は知らない方が幸せじゃろう。」

「そんな、私は知りたいわ。」

 

エルファバが思わず口走った言葉に校長は首を振る。

 

「事実というものは一緒に持ち歩かなければならん。君が抱える事実はあまりにも重すぎる。」

 

ダンブルドア校長はサッと立ち上がり、キビキビと扉に向かって歩き始めた。

 

「待って、行かないで下さい!」

 

立ち止まってくれると思ってた。そう信じてた。ダンブルドアは呪文で扉を開け、締める直前に静かに言った。

 

「君がヴォルデモートに突き落とされた時、君の防衛本能で床に大量の雪が発生したようじゃ。その雪がハリーたちが落ちた時にクッション代わりになったようじゃよ。ゆっくりおやすみ。」

 

扉の金具が合わさる音が医務室に響いた。誰もいない医務室の気温が急激に下がっていく。

 

パキパキ...

 

シーツ、ベット、床が薄い氷の塊となり、エルファバの髪に粉雪がヒラヒラと舞い落ちる。

 

「大丈夫よ、エルファバ・リリー・スミス。きっと何か理由があるんだわ。」

 

そう言って慰められるのは自分だけだった。

 



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秘密の部屋
1.グリンダ・プロジェクト①


少し日が染まり始めた頃、家の前に黒い車が止まった。まず後ろから出てきたのは栗色の豊かな髪を持った女の子だった。

 

「エルファバ!今日は楽しかったわ!」

 

エルファバと呼ばれた少女はモゾモゾと車から出てきた。エルファバは栗色の髪の少女よりもふた回りくらい小さく、何より人目をひくのは少女と大人の女性を混ぜたような不思議な顔立ちと雪のように真っ白な髪だ。普段はボサボサで腰まである髪だが今日はきっちりと頭のてっぺんでお団子にまとめられ、銀色の髪飾りが光っている。

 

「ハーマイオニー…」

 

上目遣いにジッとハーマイオニーを見つめる。

エルファバは無表情だ。嬉しい時も悲しいときも怒ったときも基本的に無表情だ。それに加えて無口でもある。そして本人無自覚である。

 

「ああ、また今度返してくれればいいわ!次に一緒に教科書買いに行く時とかね。」

 

ハーマイオニーはそれが当たり前というように、さらに頭の中で瞬時に『ハーマイオニー、私こんなに買ってもらって申し訳ないわ。いつお金返せばいい?』と翻訳された。1年間一緒にいたハーマイオニーと今日ここにいない友人たちはエルファバの感情を読み解くことが可能だ(赤毛の友人は若干翻訳が遅いが)。

 

「それに私もママも久しぶりに買い物行けて楽しかったのよ!ねっ、ママ?」

 

エルファバは両手に自分の体の半分ぐらいの大きな紙袋を持ちながら運転席に座るハーマイオニーの母親を見た。ハーマイオニーの母親は笑ったえくぼがハーマイオニーにそっくりだった。

 

「本当!話では聞いてたけどこんなにいい子だなんて知らなかったわ。エルファバ、今日はありがとう。」

「いえ。ありがとうございました。」

 

窓からそう言われたものの、エルファバからすれば何を基準に自分がいい子だと判断されたのか全く理解していなかった。無表情な顔と裏腹に頭の中はハテナマークでいっぱいだ。そんな友達にハーマイオニーはふふっと笑った。

 

「じゃあまた今度ね!」

「うん。」

 

ハーマイオニーは両手の塞がってるエルファバに軽くハグした際、ハーマイオニーは耳元で囁いた。

 

「GP忘れないでね。」

 

エルファバが小さくうなづいたのを確認したハーマイオニーはニッコリと笑い、車に乗り込んだ。ハーマイオニーの母親は小さくエルファバに手を振ってから車を走り出した。

 

エルファバの母親と妹のエディは叔父の家にBBQへ行っているが別に特に珍しいことでもない。これがエルファバの家では普通だった。今日エルファバが外出して友達と1日中買い物に行ってることすら知らない。

扉を開け、靴を脱ぎ(バレないようにエディの汚れきった靴を履いたのだが、これがハーマイオニーと彼女の母親からは大不評だった。"ジョシリョク"がないらしい)階段を上って自分の部屋まで荷物を運んだ。

自分がいない間に部屋も机もタンスもずいぶん小さくなったと思うが、実際はエルファバがこの1年で身長が5㎝くらい伸びただけの話だ。

 

そしてそんな部屋の中にフワフワした物体があることに気づいた。

 

「あーあ。」

 

それはフクロウだった。茶色で暑さにノックアウトされたらしくグッタリしている。

 

「待ってね。」

 

エルファバは誰もいない家でキョロキョロと辺りを見回してから、手を何かを丸めるようにクルクルと動かした。

 

すると驚くことに真っ白い霧がエルファバの手の中で生まれ、次の瞬間拳くらいの氷の塊がエルファバの手の上に現れた。

 

「はい。」

 

机の真ん中に置くと、嬉しそうにフクロウは氷に身を寄せた。その間にフクロウの足に括りつけられた羊皮紙を外し読み始めた。

 

ーーーーーー

エルファバ

元気かい?この手紙が着く頃にはハーマイオニーとの買い物が終わってるといいけど。女の子の買い物ってすっごく時間がかかるじゃないか。ママとジニーなんかいっつも僕らを待たせてるんだよ。

ところで君夏休みずっと暇だって言ってたけど僕のパパとママが君に会いたがってるんだ。だから僕の家に泊まりに来るかい?ハリーも誘ってるんだけどハリーから一切連絡が来ないんだ。だから一緒に迎えに行こうよ!

 

返事はエロールに持たせてね。

 

ロン

ーーーーーー

ロンのソバカスだらけの顔を思い出すと、あのため息のつくくらい素晴らしい日々を思い出す。

 

(早くホグワーツに帰りたいわ。)

 

エルファバはホグワーツから帰ってきたその日から毎日のようにそう思っていた。美しい城やそれを囲む大自然、美味しい料理をお腹いっぱい食べたり、魔法の勉強に専念したり。中でも1番好きなのは人と一緒にいることだった。エルファバの思った以上に学校で友達ができた。特にハーマイオニー、ロン、そしてハリーが1番仲が良く、多くを乗り越え、時にはケンカをして、それでも仲の良い素晴らしい友人たちだ。今でも自分がなぜこんなにも素晴らしい友人たちと一緒にいられるのか疑問に思うくらいだ。

 

ーーーーーー

ロン

 

行くわ。GPもそれまでにやる。

 

エルファバ

ーーーーーー 

エルファバのメモ書きのような手紙を受け取った人は例外なく『短っ』と呟いていることを本人は知らない。気にしない。

 

エルファバはエロールに手紙をくくりつけて窓から送った後(回復に15分はかかった)、トランクから羊皮紙を取り出した。

 

Glinda Projectと書かれた紙を取り出し一から読み始める。

 

その羊皮紙を見れば、1ヶ月ほど前の会話が昨日のことのように情景、発言1つ1つが思い出される。

 

『いいエルファバ。あなたはあなたを苦しめた過去に向き合う必要があるわ。』

『う?…ん。』

『Glinda Project(グリンダ・プロジェクト)略してGP。あなたとあなたのお母さんの周辺関係を全て洗い出すの。』

『ハーマイオニー。気合い入りすぎだよ。最後まで反対してたのハーマイオニーなのに。どうやってこの本の量を1人で持ってきたんだい?』

『エルファバのためだってハリーが言ったんじゃない!』

 

そう、これはエルファバの過去を知るため、そしてエルファバに自信を持たせてくれるためのプロジェクトだ。自分の友人たちはじぶんのためにここまでしてくれてるのだと思うとエルファバの胸がキュウっと傷んだ。

 

事件の後の2カ月間、自分の"力"を話そうと何十回も努力した。言葉で言う、紙に書く、実際に力を見せる。いろんな方法を思いつき何度実行に移そうとしたことか。その決心と同じくらい謎の恐怖に襲われやめたことか。何か本能がそれにストップをかけているようだった。エディのことや母親のこともシーツを凍らせながらも言うことができたのに。なぜここまでしゃべって"力"について話すことができないのだろうか。エルファバ自身も分からなかった。

 

『"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。』

 

初めてホグワーツに行く直前、父親に言われた言葉だ。悪い魔女になってしまうと周りは自分を嫌い、離れていってしまう。ハーマイオニー達が自分から離れていく。考えるだけで地面が凍ってしまう。

 

『百聞は一見にしかずよエルファバ。』

 

ハーマイオニーのキビキビした声が頭の中で響く。テストが終わってリラックスした空気の談話室で話すハーマイオニーは唯一テストと同じ緊張感を持ってエルファバを鼓舞する。

 

『直接対決。』

『ハーマイオニー、僕ら未成年は魔法使えないんだよ?』

『ロン頭使って。論理で戦うのよ。私が賢者の石で薬を探し当てたようにね。』

『君それ事あるごとに言ってるね。』

『あら?マクゴナガル教授のチェスを破ったって周りに言いふらしてるのはどこのどなたでしょうね?』

『まあ、とにかく!』

 

この"対決"はロンが言い返す前にハリーによって終結させられた。ハーマイオニーは咳払いし、エルファバに言った。

 

『お父さんに直接聞くんだ。』

『?』

『君のお父さんしかいないだろう?』

 

エルファバは外出時のお供であるネズミーさんのスウェットを脱ぎ(エルファバがホグワーツ入学以前から持っている数少ない服であったため、クッタクタで毛玉だらけだ)、暑苦しいジーンズを脱ぎ(上手にジーンズと素肌の間を凍らせてクールダウンしてたなど口が裂けても言えない。脚はビチョビチョである)、新しく買ったGAPの最高に着心地のいい藍色のTシャツに着替え(ハーマイオニーがこれは外出用だと言っていたが気にしない。エルファバは今着たいのだ。)着心地ゼロのショートパンツを履いて戦闘態勢を整えた。

 

「シャキーン。」

 

デパートで見た某アメコミ・ヒーローの決めポーズを見よう見まねでやった。楽しい。

 

「行くぜ、坊や。」

 

余計な言葉も覚えてきた。準備万全。あとはターゲットが来るのを待つのみだ。

 

(…宿題やろ。)

 

何事もなかったかのようにエルファバは机に向かい出した。

 

 

ーーーーーーー

 

 

「…ディ、言うことが聞きなさい。」

「やだ。」

「エディ。」

「エルフィーと喋りたい!」

 

魔法史のレポートのテーマ、魔法戦士ファービア・ロールの最大の偉業である小鬼と魔法使いに一時休戦条約を結ばせたことに対して賛成か反対かの結論をあと少しで終える頃、エディと母親が帰ってきた。

 

「エルフィーまたすぐいなくなっちゃうんでしょ?!」

 

いつもは芋虫を部屋に持ち込むとか、エルファバの部屋の前で大音量で音楽流すとか、アリの行列を追い求めて迷子になってお巡りさんに保護されるとか、友達を引き連れてエルファバの部屋の前でエルファバ・コールをするとか、金魚の鉢を床に落として金魚と水草がリビングに散らばりそれを踏んだお客様にトラウマを植え付けるとか、そういうことばっかりしているエディだが今日は珍しく母親を説得しようと試みているらしい。珍しく。

 

「エルファバはあなたに良い影響を及ぼさないわ。それにあなたは友達がたくさ「いないわよ!!みんな私となんか話してくれない!1人ぼっちはいやなの!!」…エディ。」

 

「どうかしたか?」

 

今度は低い男の人の声がした。エルファバのターゲットだ。

 

「パパ!ママがエルフィーと話しちゃダメだって!」

「理由は?」

「わかんない!!」

 

そこからひそひそと話し声がするものの、エルファバの部屋までは届かなかった。

 

というか気にするヒマがなかった。

 

「ぇるふぃいいいいいいい!!」

 

迫ってくる怪物(エディ)にエルファバは必死に扉を押さえつける。

 

ドンドンドンっ!!

 

「あっち行ってよ!」

「エルフィー!!聞いて!!ママがねえっ「知ってるからあっち行って!」」

 

大攻防戦である。今やエディはエルファバよりも身長が高くなっていた。ドアノブはガチャガチャ荒ぶり、今にも壊れそうだった。

 

「今宿題やってるのよ!邪魔しないでっ!」

 

ピタっ。

 

「?」

 

ドアノブの荒ぶりと扉の威圧が止まった。

 

(勉強しているというのは意外といい言葉なのかもしれないわ。これからはそう「…魔法学校の勉強?」)

 

あっしまった。と言葉に出たときは遅かった。ドアノブがさっきの2倍速くらいで動き回り、扉を叩く音が破壊音に近かった。

 

「なにしてるの!?ねえ!!なにしてるのねえ!!おしえてえ!!」

 

エルファバは危うく命の危険に晒されてると判断し、机の上にある杖を取りに行ってしまうところだった。

 

「エイドリアナ!」

 

ドアの向こう側から父親が叱る声がした。

 

「頼むからエルフィーの部屋の扉を破壊しないでやってくれ。ホグワーツの話なら父さんがするから。」

「分かった…。でもエルフィーの友達の話も聞きたいの!エルフィー友達できたか心配だし。」

 

ハリーがいかに優しくて、ハーマイオニーがいかに賢くて、ロンがいかに面白いかを話すのにこの疲れた体に鞭打つことは惜しくない。最初は教室に行くだけでも大変だったことや、イベントごとの装飾が美しくてため息がでてしまうこと。自分が魔法薬学と魔法史で1番の成績を取ったこと(全体的に本気を出さなかったことにハーマイオニーには怒られたが)。あとは自分の生みの母親のこと。

 

きっとこの1年間の話をしたらエディはあの大きな目をキラキラさせながら聞いてくれ、自分のことのように喜んでくれるに違いない。

 

しかしそれは叶わないことはエルファバにも分かっていた。

 

「エルファバ。入ってもいいか?」

「うん。」

 

父親は少し疲れたような顔をしながらエルファバの部屋に入ってきた。まあ疲れたような顔をしているのはいつものことだ。それに怪物(エディ)を追い払うのも一苦労だったに違いない。父親は額に汗をにじませながらネクタイを緩め、エルファバの部屋に入り、一瞬買い物袋の山に目を止めたもののすぐにエルファバの瞳を見た。

 

「どうだった?ホグワーツは。」

 

何気ない質問だ。しかしエルファバは"力"について聞いたのだと受け取った。

 

「平気よ。」

 

言いたいことがたくさんある。学校で何があったのか事細かに説明したかった。ハリーがクィレルから救ってくれたことやあのあと結局自ら危険なことを犯したエルファバには罰則があり、怪我を負ったユニコーンたちの治療をしたり、その間じゅうずっとハグリッドに謝れ続けたこと(『本当にすまねえ!ドラゴンの卵ごときにちっちゃなエルファバを危険にあわせちまって!!』『私チビじゃないもん。』)。ハリーの素晴らしいクィディッチの成績と勇気ある3人の行動にさらに加点が入りグリフィンドールはここ数年類を見ない圧勝を見せ、レイブンクローとハッフルパフからも大歓声が響き渡ったこと。父親はどこまで知ってるだろうか?

 

しかしそれを今言う時ではないのだ。

 

今は最高に着心地のいい服を着てる、決めポーズもした、大丈夫だ。

 

(落ち着いて、エルファバ。)

 

「お父さん。グリンダ・オルレアンについて教えて。」



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2.グリンダ・プロジェクト②

 

唐突なエルファバの言葉に父親が一瞬目を逸らしたのをエルファバは見逃さない。

 

『直球に言うのよ。簡潔にストレートに自分の主張を貫く。』

 

妖精の呪文の時間で妖精の粉を出す呪文(主にクリスマスの装飾をするのに役に立つらしい)の練習中にハーマイオニーが言っていたことが復唱された。

 

『はい、リピートアフターミー。』

『簡潔に、ストレートに…へくちっ。』

 

エルファバのくしゃみで積まれた金色の粉の山が一瞬にして消えてクラス中に笑われたのを思い出してしまった。恥ずかしい。

 

「グリンダについてお前が知る必要はない。」

 

父親の言葉がエルファバを現実に引き戻した。床に座り込んでるあたり、まだ話を聞いてくれる余地があるようだ。

 

「グリンダ・オルレアンって私にそっくりなのに知る必要なんてないの?」

 

エルファバは早口で父親に持論を告げる。これもまたハーマイオニーの戦略だ。

 

「どうせ大体の調べはついてるんだろう?」

 

ハリーが言ったとおりだった。

 

『お父さんレイブンクローで首席なら僕たちがいろいろ調べてることも察しがついてると思うよ。むしろ上手いことはぐらかされるかもしれない。』

 

魔法薬学の最中、ハリーは小声でエルファバに言った。スネイプの目を気にしながら喋るのはかなり大変なのだ。

 

『ウソついたら余計ダメだと思う。言葉を気をつけて正直に言えばまだマシになるはずだよ。君のパパはバーノンおじさんじゃないし。だから『無駄口を叩くなポッター、グリフィンドール10点減点。…作り方を間違えたなさらに10点減点。』』

 

エルファバとハリーの目の前に巨大なコウモリが減点できた喜びにニヤリと笑った。クィレルがいなくなり、グリフィンドールに大量得点が入ってからハリーいじめはさらにひどいものになっていた。正直なところ20点減点したところで大したことはないのだが。

 

(スネイプは味方よね?)

 

エルファバだけではない、他の3人も思ってることだ。スネイプは羊皮紙に何かを書き込み(腕の動きからして0と書いたと思われる)去っていった。エルファバも一緒に作っていたにもかかわらず、減点されたのはハリーのみだったことは成績返却後に分かったことだ。

 

「グリンダ・オルレアンがレイブンクローのビーターでクィレルのお姉さんで私の生みのお母さんだってことは知ってるわ。」

 

どうでもいい回想を頭の奥に押しやり、エルファバは続けた。どうもエルファバがホグワーツに帰りたいという衝動はタバコ禁煙中の人がタバコを欲しがるのと同じ感覚らしい。

 

「お父さんが首席だったのも…?」

 

エルファバは父親がヒゲを撫でながら感心したようにうなづいているのに気がついた。

 

「お前よくしゃべるようになったな。」

「そう…?」

『話逸らされちゃダメよエルファバ!!』

 

ハーマイオニーの怒号が脳内で聞こえる。

 

「大丈夫よハーマイオニー。」

「ハーマイオニー?」

「なんでもないわ。とにかく教えてほしいの。あの人はお父さんにとって、誰なの?」

 

今日のエルファバの疲れはMAXだ。昼間はクーラーのきいたデパート内を歩き回り、さらに今はいつも以上に喋り倒さなくてはいけない。重労働である。だがこのチャンスは二度と訪れないかもしれない。眉間にシワを寄せる父親にエルファバ続けた。

 

「私、グリンダ・オルレアンのこと知らないせいで友達と絶交しかけたのよ。」

 

必殺、罪悪感を植え付ける攻撃!!

 

提案者はロンだった。家に帰る朝食時にハーマイオニーとハリーですらマーマレードたっぷりのトーストをかじるのを止めたぐらいだった。

 

『パパもママも僕が友達がいることにずいぶんホッとしてるんだ。だからエルファバのパパだってそうなんじゃない?』

『でもそれは私の『いいアイデアねロン!』…え?』

 

ハーマイオニーはずいと前に出てエルファバにニヤリと笑った。

 

『お父さんに罪悪感を持たせるのよ。自分のせいで自分の娘が絶交しかけたなんて言ったらきっと罪悪感が湧いて言ってくれるわ。』

 

エルファバはロンとハーマイオニーを交互に見るが、どっちも悪だくみをする小悪党のような笑みを浮かべた。

 

(ええ…えっ?)

 

エルファバは助けを求めてハリーを見た。

 

『ロン、君って最高だ。』

 

無駄だ。ハリーも全く同じ顔をしてエルファバを見ていた。

 

『言ってくれるよね?』

『えっ、でもそれって私のせいだ『タップダンス。』…はい。』

 

エルファバの過去の悪行をダシに意見を通す。

罪悪感を上手く使う術を身をもって知ったエルファバだった。

 

効果はテキメンだ。父親はエルファバの言葉に弾けたように顔を上げ、痛みを感じたかのように顔を歪ませた。

 

(ごめんお父さん。)

 

「ちょっと待ってくれ。」

 

そう言って父親はエルファバを置いて部屋を出た。

エルファバは新たなる罪悪感に心を痛ませながら、静かに部屋で待っていた。

 

ガチャ。

 

エルファバはてっきり父親が帰って来たのかと思った。まさか違う人物が部屋に来るなんて思いもしなかったのだ。

 

「お母さん...」

 

母親を見るのはずいぶん久しぶりな気がした。赤いポロシャツにジーンズを履いたエディにそっくりな母親は黒髪に少し白髪が混じっている。目の下にはクマがあり、最後に見た時よりもずっと老けて見えた。

 

「それなに?」

 

母親はエルファバの部屋に積まれた袋の山を指差す。

 

「えっ…っと…。」

「答えて。こんなものあなたに与えた覚えはないわ。」

 

まずかった。まさか母親が自分の部屋に来るなんて考えになかったのだ。というよりも、母親が自分のことに関心を持つこと自体ビックリなのだが。

 

エルファバはなるべく目を合わせないように母親のジーンズを見ながらボソボソとしゃべりだす。

 

「今日…ハーマイオニーと買い物に行ったの。」

 

どう言ってもウソだということはバレるに決まってる。ならば正直に話した方がいい。

 

「ハーマイオニー?誰なの?」

「友達よ。…学校の。」

「友達?あの学校の?なんで普通の子たちが買うようなブランド知ってるのよ?」

「ハーマイオニーはね、マグ…私たちと同じ生まれなの。ご両親は歯医者で「お金は?」…ハーマイオニーのお母さんが払ってくれた。」

 

エルファバは恐る恐る顔を上げた。母親は意外なことに怒っているというよりかはたしなめるような顔をしていた。

 

「エルファバ、あなたはいけないことをしたって分かってるはずよ。」

「うん。」

 

母親はため息をつき、しゃがみこんでエルファバと目を合わせる。黒々とした瞳に自分が映し出されるのを奇妙な感覚で見つめていた。

 

「お母さんもあなたの服が足りないことを分かっててそのままにしていたのは悪かったけど、服を買いたいときはお母さんに言いなさい。ハーマイオニーっていったかしら?その子にもそのお母さんにも迷惑をかけることになるでしょう。」

 

あまりにも意外すぎる言葉にエルファバは宙をぷかぷか浮いているような感じがした。

 

(お母さんが私の服を買ってくれる?そう言ったの?)

 

こんなふうに対等に話してくれるのはいつぶりだろうか。母親に触れてもらえている。それだけで嬉しかった。

 

「今度その子に会った時にお金とお礼のお菓子でもあげましょう。それに私も久しぶりに…。」

 

母親の言葉は続かなかった。何かに気を取られているようだ。黒い目をこれでもかと見開き、その視線は天井に注がれているようだった。

 

「お母さ…?」

 

バシンっ!!

 

エルファバの頬に鋭い痛みが走り、口の中に鉄の味が広がる。

 

「えっ…。」

 

右頬は熱を持ち始め、痛みと母親にぶたれた悲しみで視界がぼやけてきた。

 

「どうして!?」

「お母さ…。」

「なんで"力"を使ったのよっ!?」

 

頬に温かい何かが伝うのを感じた。そして手に、頬に、額に、肩に、冷たい"何か"を感じた。

 

「ごっ、ごめっ、なさっ…。」

 

止めようとエルファバが必死に努力をしするが、雪の粒は大きくなっていくばかりだ。

 

「お母さんのことそんなに嫌いなの!?」

「違っ、大好きよお母さん…。」

「ふざけないで!!そうやって"力"が操れないふりしてお父さんに守ってもらおうとして!!だからあの日だってマー「アマンダ!!!」」

 

父親はエルファバを殴ろうとしていた母親の腕を掴み、睨みつけていた。その青い瞳は母親が大嫌いだと言っていた。

 

「出てけ。」

 

母親はまるでエルファバのせいだと言わんばかりにギロリと睨みつけてから、父親の手を振りほどいて出て行った。

 

「エルファバ。」

 

(痛い、悲しいよお父さん。)

 

父親に抱きしめて欲しかった。エルファバは悪くないって言って欲しかった。

 

「どうして"力"を使ったりなんかしたんだ。あいつがお前の"力"が嫌いだって知ってるだろう?」

 

しかしそれは叶わない。

 

「分からないの…!!どうやって力を止めればいいか…!!」

 

必死なエルファバの主張も叶わず、父親は首を振るだけだった。

 

「お前はできないんじゃない。しようとしないだけだ。」

 

(違う!私は止めたいの!こんな"力"消えてしまえばどんなに楽か、ハリー達に全てを話してしまえたら!)

そう叫びたいが、分かってもらえない辛さから嗚咽が止まらない。

 

「なっ…なにが…ひっく…ちがうの…?」

「何がだ。」

「ひっく…みんなと…わっ…たし…どう…ちがうの…?」

 

(私とみんな、どちらも魔力がある。どんなに偉大な魔法使いでも時折感情で魔力を暴発させることがある。ねえお父さん、私とみんなとどう違うの?)

 

「お前の"力"は殺傷能力があるんだよエルファバ。普通の子どもの魔法使いのように感情でガラスを割ったり気味の悪い液体になって周囲を漂うのとはわけが違うんだよ。」

 

もうわけが分からなかった。エルファバは普通になりたかった。ハーマイオニーのように母親や父親に愛されたい。ロンのように妹と普通に話したい。

 

「お前の"力"は年を重ねるごとに強くなる。今はこうやって部屋に雪を降らせたり、水たまり程度に周囲を凍らせるだけだ。でも…」

 

父親は少し言うのを躊躇してから囁くような声で続けた。

 

「グリンダも全く同じ"力"を持っていた。"名前を言ってはいけないあの人"がイギリス中を支配していた時、彼女の心は悪に染まって行ってしまった。そして最期、山の中に追い詰められた時に登山中だったマグル17人と魔法使いたち5人を巻き込んで山ごと凍らせたんだ。…自らもな。彼女にはそのくらいの力があったんだよ。」

 

あたりは静かだった。小鳥がさえずることもない、車が走っている気配もない。

 

「なぜ11年もグリンダの体がそのままあったと思う?魔法省がその物珍しさに凍った体を神秘部が保管してたからだ。そして去年の夏、彼女の弟がそれを盗んだ。」

 

そこで言葉を切り、泣きじゃくるエルファバの前に小さな水色の箱を差し出した。

 

「これが全ての答えだ。自分で答えを探すんだ。」

 

その箱には雪の結晶の装飾が施されており、それがまるでこの部屋に降り注ぐ雪のようにキラキラと動いていることから魔法のものであることが分かった。さびた南京錠がかかっていることからもうずいぶん昔から開けられていないことが分かる。

 

「鍵はない。もう大分昔に捨ててしまった。けどお前ならどうやって開ければいいか知ってるだろう?」

 

エルファバは目をこすりながらうなづく。さっきよりかは落ち着いてきた。

 

「これだけ言っておく。お前の"力"でエディが死にかけたようにお前の"力"で人を殺せるし、お前を悪に染めてしまう力がある。どちらも人に見せることでその可能性を高めてしまうんだよ。」

 

父親は立ち上がり、エルファバに振り返りもせずに部屋から出て行こうとした。

 

「たとえそれが親友でも、愛している人でも。」

 

それだけつぶやき、父親は出て行ってしまった。

父親の出て行った部屋は空っぽで、真っ白で、寒くて。

 

「私は…。」

 

グリンダは悪に染まってしまった。

母親は私が嫌いだ。

父親は分かってくれない。

エディは何も知らない。

 

じゃあ、ハリーは?ロンは?ハーマイオニーは?

 

『絶対君は辛いことや悲しいことがあるのに、それを僕らに相談しようともしない!そんなに僕らが信じられないかい?!僕らだって君と同じくらい君のことを考えてるんだ!』

『私たちならきっと解決できると思うのよ、できなくても言うだけでスッキリすることだってあるし、ね?』

『言葉にするともやもやしてる気持ちが整理されるって。』

 

どれくらい時間が経ったのだろう。泣きすぎてクラクラしていた時だった。

 

「おーや?チビファバちゃん、部屋が雪まつりだ!たーいへんだあ!」

「やめろよフレッド!多分嫌なことがあったんだよ。言っただろう?」

「おーや、ロニー坊やは女の子の前でカッコつけようとしてらっしゃる。」

「やめろジョージ!」

 

信じられなかった。エルファバは腫れた目を何度もこすって確認する。

まず、窓の前で車が浮いてる。

 

そして…

 

「チビファバが泣いてるから泣きファバだな!」

「久しぶり、エルファバ!」

「カッコつけんなロン。」

 

その車の中に赤毛の男の子が3人。

 

「ロン、フレッド、ジョージ?」

 

大好きな友人ロンとその兄でエルファバ観察が大好きな双子のフレッドとジョージ(見分けはつかない)。

 

「どうして?」

「そりゃ、泣き虫嬢ちゃんを助けにきたに決まってるだろ?」

「泣き虫じゃないもん。」

 

エルファバは双子の1人を睨みつけた。

 

「ほー!チビさん反抗するようになったもんだ!」

「チビじゃないもん。」

「エルファバいじめんなよ…僕ら、ハリーを助けに行くんだ!来るかい?…君の夏休みもそんなに楽しくなさそうだし。」

 

収集のつかなそうな争いにロンは痺れを切らしたのか、ずいっと双子の前に出て言った。

 

「ハリーを?」

「うん。いっそエルファバ荷物持ってこのまま泊まりにおいでよ!」

「…待ってて。」

 

エルファバは水色の箱と宿題、新しい服たちをトランクに突っ込んだ。荷物は随分と少なかった。そして、小走りで(子犬みたいな走り方と双子が笑っていたのであとでどうしようか考えよう)部屋から出て、出せる声で家族にこう叫んだ。

 

「みんなまた来年の夏に会おうね!私もう戻らないわ!」

 

ええっ!?という妹の声とドタドタと聞こえる足音を無視してエルファバは双子たちの手を借りながら、空飛ぶ車へ乗り込んだ。

 

先ほどまで落ち込んでいたエルファバはまるで風船が膨らむように希望が高まった。

 

エルファバの夏休みが始まる。

 

 



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3.隠れ穴にて

『…んの小娘、やり返して来やがった。』

『やってやれよ。』

 

やめて。そんなことしないで。

 

『ははっ、おい。本当にやるのか?』

 

やだ、やだ、お願いやめて。

 

「いやあっ!!」

 

バキバキっ!!

 

「!?」

 

エルファバは一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。額には汗が滲み、呼吸は荒い。エルファバは呼吸を整えながら自分のあたりを確認した。自分の寝ていたシーツからはロンの匂いがする。

 

(思い出した、ここロンの家だわ。)

 

あのあとハリーとヘドウィグを餓死寸前状態から救い出したエルファバたちは無事、ウィーズリー宅である隠れ穴にたどり着いた。ミセス・ウィーズリーから大叱責と大歓迎をされたハリーとエルファバに庭小人駆除か睡眠の二択が迫られた。エルファバはハリーが救助されたのを見届けてから車の中でジョージの膝の上で爆睡し、半分引きずられながらジョージに連れてこられ、ミセス・ウィーズリーの大叱責の間立ったままフレッドにもたれかかり爆睡。自動的にジニーのベッド行きとなったわけだ。

 

「ん…?」

 

魔法で支えているとしか思えない物理を無視して斜めになった天井とその壁にはクィディッチのユニフォームやフリルのついたワンピースがかかっていている。男の人がウインクを何回もしているようなポスターが飾られ、その周辺はキラキラと氷が壁を覆って

 

氷?

 

「氷!!」

 

最悪だった。エルファバは髪をブンブン振りながらあたりを確認した。ベットの柱、シーツ、壁の一部が銀色の氷に包まれている。

 

(どうしよう…!?もしこれを見られたら?)

 

エルファバはパニックになる。必死に抑えるがただ氷が広がるばかりだ。

 

パキパキパキ…。

 

「だっダメっ!」

 

今度は自分のシーツが少しづつ凍り出す。

 

コンコンっ

 

「エルファバ?昼ごはんが出来たわよ。食べられる?」

「まっ間に合ってますっ!」

「?」

 

ガチャ。

 

「エルファバ?あなた…。」

 

ミセス・ウィーズリーの言葉はそこで途切れた。娘の部屋に突如出現した銀色の氷たちに目を奪われたのだ。

 

「ごっ、ごめんなさい!あのっ、私どうしたらいいか…!自分でコントロールできないの!本当に…」

 

ミセス・ウィーズリーは真っ直ぐにエルファバの元へと向かってきた。

 

「ひっ!」

 

エルファバは恐ろしさにギュッと目をつむった。もう痛みなんて嫌だった。ひとりぼっちなんて。

 

(誰か助けて。)

 

しかし体が感じたのは鋭い痛みではなく柔らかく温かいものだった。

 

「…?」

 

恐る恐る目を開けると、燃えるような赤毛がエルファバの顔を覆っている。そこから玉ねぎとベーコンの匂いが漂ってきた。それがミセス・ウィーズリーの髪の毛で、自分はその人の腕の中にいるんだと気付くのに数十秒かかった。

 

「エルファバ、大丈夫。何も恐れることなんてないの。」

 

ミセス・ウィーズリーはしばらくしたあとにゆっくり離れ、今度は両手でエルファバの頬を覆った。暖かく柔らかい指。エルファバを見つめるその瞳は少し濡れているようだ。

 

「昔も今もこれからも、あなたは何一つ間違ったことなんてしてないの。魔力の暴発なんて誰だってあるのよ。」

 

何一つ間違ったことなんてしてない、何も恐れることなんてない。その言葉がエルファバの心の中にどっしりと乗っかっていく。

 

「私は7人子供を育ててるけど、全員魔力を制御できなかったわ。ビルは怒っておもちゃを巨大化させて家を一部壊しちゃったし、チャーリーも空高く舞い上がって危うくマグルに見られるところだったし。みんなそんなものなのよ。」

 

そう。みんなそうであるはずなのだ。

ハリーだって入学前何回も魔力を出したって言ってたしロンもハーマイオニーも。

 

(じゃあ、私は?私とみんなはどう違うの?)

 

『これだけ言っておく。お前の"力"でエディが死にかけたようにお前の"力"で人を殺せるし、お前を悪に染めてしまう力がある。どちらも人に見せることでその可能性を高めてしまうんだよ。』

 

言ってしまいたい。

 

『君の持つ"力"は、確かに人を傷つけるかもしれん。じゃが、使い方次第では人を救うこともできるのじゃよ。』

 

私は…。

 

「私は…違います…。」

 

心臓が早鐘を打つ。引いていた汗が再び滲み出す。呼吸が速くなる。ギュッとシーツを握りしめ、優しそうなミセス・ウィーズリーの顔をじっと見つめた。

 

「私は…私は…私の"力"は…。」

 

(言うのよエルファバ、言うの!それか見せればいい!エルファバ!)

 

「何が違うの?」

 

エルファバはミセス・ウィーズリーに震えながら手の平を見せた。

(そう、いつも通り、いつも通りに"力"を見せればいい。凍って、氷をだして!決意が消えてしまう前に!)

 

「どうしたの?エルファバ。無理しちゃダメよ。」

 

急にミセス・ウィーズリーが歪み、頭の重みを支えきれなくなった。

 

(苦しい。呼吸ができない。)

 

エルファバはベッドを体全体に感じる。

 

「はあっはあっ…!!…!…!」

「エルファバ!」

 

ミセス・ウィーズリーがエルファバの首に杖を向けると、どっと新鮮な空気が口から入り込み、エルファバの肺を満たす。

 

「はあっ…はあっ…。ごめんなさい。」

 

エルファバは涙目でミセス・ウィーズリーを見つめながら呼吸を整えた。

 

「言ったでしょう?あなたが謝ることなんて何一つとしてないのよ。…昼ごはんにしましょう。日中であればここは日差しがよく当たるから氷なんてすぐに溶けるわ。立てる?それともここに持ってきましょうか?」

「立てます。」

 

ミセス・ウィーズリーはもう一度ハグしてからエルファバの手を引き、部屋の外へと連れ出した。

 

「紅茶でも飲めばきっといい気分になるわ。ねっ?一緒にお茶しましょう。坊やたちはアフタヌーンティーよりも泥んこになって遊びたいんでしょうけど…知っての通り私は娘がジニーしかいないから…ぜひ女子3人でお茶会しましょう!」

「はい。」

 

エルファバは頑張って無表情を貫いたが、目頭がツンと痛くなり、ミセス・ウィーズリーの後ろで繋がれていない片腕でゴシゴシと目を吹いた。

 

こんな全てを包み込むような優しさに触れたのは何年ぶりだろうか。

 

(私は何も悪くない。謝ることなんてない。その言葉をどれほど待ちわびていたのか、言われるまで自分でも分からなかった。)

 

そして変わらぬ自分の"力"を言えない弱さに悔しさを感じた。これを言ってしまえたら、自分はもっと楽になるはずだ。

 

「そう、何も悪いことなんてないの。…たとえあなたがどんな恐ろしい"力"を持っていても。」

 

去り際に小声で呟いたミセス・ウィーズリーの言葉はエルファバには届かなかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

大勢の男の子たちと1つの家で過ごすというのはエルファバにとって初めての経験で少し怖かったが、そこはハリーが上手に配慮してくれたおかげでなんとかなった。本当に彼は気のきく友人である。その反面ロンは見事、無愛想なパーシーとエルファバをダイニングに2人っきりにしてエルファバに恐怖体験を植え付けさせたのだった。

 

「全く、ロンは…。」

 

無事ダイニングの真ん中でコーヒーカップを持ったまま固まってたエルファバを救出したハリーはため息をついた。そしてハーマイオニーの"エルファバ改造大作戦"の期間外である今、スズメの巣のようになっている白い髪の毛の奥からじっと見つめる視線に気がついた。

 

ピピピピ、解析中。

 

『ごめんねハリー。私悪気ないんだけど、年上の男の人怖くて。』

「いいんだよ。僕だって多分女の子だらけの家に行ったら戸惑うだろうし。」

 

ハリーは変換を的中させた自分を褒めた。エルファバの感情を表情から読み解くのは高等テクニックだが、エルファバの思考回路は割と単純というか、簡単というか、基本的に人のことしか考えていないのでしばらく付き合えば分かってくる。

 

というのはハリー個人の意見であり、他の人はまた違ったりする。例えばロンはエルファバがどれだけ自分たちを大事に思ってるのか分からないと言ってるし、ハーマイオニーはエルファバの思考は複雑でたまに突拍子のない行動をするから注意しなくてはと思っている。

 

「それよりエルファバ、髪とかしなよ。またおばさんの魔法でブラシ5本くらいの襲撃にあうよ。」

 

ハリーはエルファバの顔にかかる絡まった髪をどかしながら言う。そこからぶすっとしたエルファバの顔が見えた。きっと昨日のブラシたちの襲撃で抜けてしまった哀れな髪たちを思い出しているんだろう。

 

(可愛いんだから、もっと外見に気を使えばいいのに。)

 

ハリーはこっそりとエルファバを分析する。本人に言っても理解しないことはハーマイオニーが実証済みだ。それにいくら女友達とはいえ、そんなこと言うのは恥ずかしかった。

 

そんな仲のいい様子を陰から見ている人物がいた。

 

ジニー・ウィーズリー、ロンの妹でハリーに憧れている女の子だ。

 

「ハリーとエルファバは付き合ってるの?」

 

ジニーはエルファバが部屋に戻ってきたとき、泣きそうな顔をクマ柄のクッションに埋めて尋ねてきた。

 

ハリーたちとは違い、ジニーはエルファバとは完全初対面である。部屋を共有しているが、この少女をジニーはあまり好きではなかった。無愛想だし、ハリーと仲がいいし、無表情だし、ハリーと仲がいいし、話しかけても無視するし(これをロンに聞いたら本に集中していたからだろうと言っていたが)、ハリーと仲がいいし、自分の部屋を氷まみれにするし。

 

ジニーはエルファバに嫉妬していた。

 

無表情のエルファバのパジャマからのびるほっそりと長い手脚、腰まである真珠のように光沢のある真っ白な髪の毛。陶器のようにスベスベの肌に、長くて豊かな白いまつげから覗く青空のような瞳。そしてピンク色のふっくらとした花びらのような唇。

 

特記すべきなのが髪は驚くほどボサボサで、パジャマに I will be back という文字と知らないおじさんがデカデカと書かれているのにそれでも可愛いということだ。むしろこのアンバランスさがエルファバの無邪気さを引き立ててるとジニーは分析した。

 

自分の憧れであるハリーがエルファバの髪を払ってあげてた仕草はまるで恋人のようだった。フレッドとジョージが言うにはエルファバにはファン・クラブがあって、ハリーはそのファン・クラブの創設者らしい。赤毛でソバカスだらけの自分なんてかないっこない。

 

「それ以上よ。」

 

とんでもないことを暴露しやがったエルファバにジニーはクッションを投げつけたくなるのを必死で抑え、クッションに顔を埋めた。

 

エルファバは物覚えはいい方である。ルームメイトの女性陣3人がボーイフレンドは男友達ではなく、彼氏のことだと散々伝えてそれは理解している。恋愛という現象についてもしっかり学んだつもりだった。

 

しかし問題は3人も未経験が故に、「付き合っている」という概念を伝えていなかったことである。今ジニーが「付き合っている」と言われた時にエルファバは「知り合い程度の友人か。」と聞かれたと勘違いしたのであった。

 

(ジニーってハリーのこと嫌いなのね。すっごくいい人なのに。どんなにいい人か言えば分かってくれるかも。)

 

「ハリーってすっごく優しくていい人よ。それにクィディッチが上手くてみんなから賞賛されてるの。あなたもクィディッチ好きでしょ?最後の試合は相手が悪くて負けちゃったけど、みんな6年生と対等にやりあったハリーを褒めてたわ。それにハリーってスネイプからいじめられても…スネイプって教授だけど、ちゃんと我慢してるの。普通の生徒なら仕返しとか授業放棄とかしてしまうものだけど、でもしっかり授業に参加して耐えてるのよ。本当、私彼ってすごいと思う。」

 

友達のためとなれば饒舌に喋る。この力をもっと日常生活に活かせればエルファバに嫌われてると思ってる哀れな男子生徒たちを慰められるはずなのだが。

 

「ふんっ。」

 

ジニーはそっぽ向いてしまった。残念ながらここまでエルファバが話すことがどれだけすごいことなのかジニーは理解できなかった。

 

(惚気ちゃって。私がハリーのこと好きだって知ってるくせに、本当やだ。)

 

まさかここまで露骨な態度なのに気付いてないわけがないとジニーは思った。

 

「…。」

 

(何か言ってはならないことを言ってしまったかしら。)

 

エルファバはシュンとして水色の箱を取り、ジニーの部屋を後にした。

 

 

ーーーーーー

 

「持ってきたかい?」

「うん。」

 

ロンの部屋は満杯だった。ハリー、ロン、そして面白いことが大好きなフレッドとジョージである。

 

勝手にシャッフルしているカードをまたぎ、真ん中に水色の箱を置いた。

 

「これか、その秘密の箱ってのは。」

「うん。開けてほしいの。」

 

フレッドとジョージはマグルのピッキングの技術を持っているのだ。これはハリー救出の際に見事活用され、ハリーを救うこととなった。ジョージはヒゲをさする動作をしながら、もったいぶる。

 

「ふーん、これはずいぶんと大仕事だなあ。どうだフレッド?」

「ああ、我々の繊細な技術をここに使用するのにどれだけの労力と時間が必要か…。」

「ただ鍵開けるだけだろ。」

「「出来るのかお前?」」

「いや。できないけど…。」

 

ロンはハリーとエルファバに目配せする。どうやらこの赤毛双子は年下に代償を求めているらしい。ホグワーツに行ってから魔法で開けるのも手ではあるが、そこまで待ちたくない。できれば今日中にハーマイオニーに伝えたいのだ。それにフレッドとジョージに事情はざっくり話してしまっているため今更断ったら誰に言うか分からない。

 

おそらくここまで計算の内だったのだろう。さすがである。

 

「何がほしいの?」

 

ハリーの問いに双子はニヤリと笑う。

 

「ハリー、フレッドとジョージは家の手伝いをしたくないんだよ。」

 

ロンの言葉にフレッドはチッチッチ、と人差し指を振る。

 

「残念だなロニー坊や。時間が有り余る君には分からないだろうが我々は将来に向けて多大な時間とお金の投資が必要なわけだよ。」

「僕らはお金はないよ。」

「それはいいさ、下級生にお金をせびるつもりはない。」

「じゃあ僕らにこの夏ずっと家の手伝いを全てやれってわけ?」

「僕は気にしないよ。ダーズリーの家でずっと家事やってるから慣れっこさ。」

「…ハリーには悪いけど私も家事を代わるのは問題ないわ。」

「えー…。」

「「取引成立だな。」」

 

不服そうなロンをよそに、ジョージがいそいそとピンで箱を開け出した。

 

「さあ、何が入ってる?」

「お宝か?」

「地図か?」

「それとも邪悪な呪いとか?」

「やめろよ兄貴たち。これがエルファバの母親の何かだって知ってるだろ?」

「ムードってものがあるだろ?…お、開いた。」

 

一気に空気が張り詰める。エルファバは、まるで危険なものを覗くように恐る恐る箱を開けて、中身を確認した。

 

「何が入ってる?」

「小さい手帳と写真と…鎖に指輪がついてる。」

 

手帳は水色で箱と同じ雪の結晶の装飾がついていた。ボロボロで糸がほつれ、今にも壊れてしまいそうだ。

 

「…何も書いてないわ。」

 

手帳は所々シミがついているぐらいで、メモ書きすら残されていない。

 

「何か呪文がかかってるのかもなー。誰も見れないように。」

 

フレッドは手帳をマジマジと見ながら呟く。

 

これはハーマイオニーと一緒に調べたほうがいいかもしれないわ。いくつか簡単な呪い破りの呪文は知ってるけど、ハーマイオニーならもっと知ってそうだし。

 

エルファバは手帳を箱に戻した。そしてジャラジャラと鈍い光を放つ金色の鎖にかかっている、金の指輪をマジマジと見た。

 

なんだろうこれ?

 

「この写真…。」

「バカっ、なんでお前が先に見てるんだよ?!」

「お前はエルファバの保護者か?!」

 

フレッドとジョージに張っ倒されたロンはいじけながらエルファバに写真をパスする。

 

「その男の人ってエルファバのお父さん?」

 

写真は動いていた。まあ魔法界なら当たり前の話なのだが、今だに紙切れの中で何かが動いているというのは違和感がある。さらに違和感だったのはセピア色の写真の中で1組のカップルが仲良く赤ん坊をあやしていることだった。カップルなのだからそれも当然の話だが…。

 

「グリンダ・オルレアンとお父さんだ。しかも笑ってる。」

 

グリンダ・オルレアンはともかく、こんなに穏やかに笑う父親を見たことがなかった。赤ん坊とグリンダを見て幸せそうに微笑み、時折グリンダの額にキスを落としている。いつもくたびれたような父親がこんな風に笑うなんてエルファバは知らなかった。

 

(それにキスって真実の愛から生まれるもので…えっ?えっ?)

 

一方、レイブンクローの無愛想なビーターもニコニコしながら赤ん坊の手を握り、写真を見る人に手を振っていた。緩くウェーブのかかった髪の毛はエルファバのボサボサな髪とは違い、整っている。Mr.Vが入ったグリンダ・オルレアンは見た目は一緒ではあるが、中身は全く別人なのだと写真で実感する。

 

「これ、きっと結婚指輪だよ。」

 

一緒に写真を見ていたハリーはエルファバが握っている鎖付きの指輪とグリンダの指にはまっている指輪を交互に指す。

 

「多分だけど、サイズ的にグリンダのじゃないかな。」

「けっこんゆびわ…。」

「この人と結婚してるよっていう指輪だよ。見たことない?」

「ないわ。」

 

男の人がアクセサリーをするなんて知らなかった。お父さんはは全くそういうものをしていなかったから。そういえばミスター・ウィーズリーもしていたかもしれないわ。

 

「じゃあ、この2人は…真実の愛で…結ばれてる?白雪姫と王子様みたいに…?」

「多分…そうじゃないかな?」

 

(あれ?でもお父さんはお母さんと結婚してるよね?真実の愛のゴールは結婚なんでしょ?で、真実の愛って1人だけで…あれ?あれ?)

 

エルファバの頭の中は吹き飛ばされたグームのようだ。

 

「この赤ちゃん、エルファバだよね?」

 

ハリーは触れてはいけないことを言ってしまったと思い、話題を変える。

 

「…違うわ。」

 

エルファバが返した反応は意外だった。確信したような声色にハリーは不審に思う。こんな判断しづらい小さな赤ちゃんを何を思って自分ではないと判断したのだろうか?

 

「どうして?」

 

ハリーはエルファバが少しずつ深い悲しみに溺れていくのが見て取れた。

 

「この子毛が真っ黒。」

「えっ?」

 

無邪気に母親と父親の指を握ろうとする赤ん坊は父親に似て黒髪だった。エルファバの光沢ある白とは真反対だ。

 

「じゃっ、じゃあ、妹とか?」

「エディはお母さんにそっくりだし、グリンダが死んだのが私が生まれた直後だったから、年が合わないわ。」

 

部屋は静まりかえっていた。

 

グリンダと父親は真実の愛で結ばれてたのだろうか。その2人の子供は誰なんだろうか?

 

「私は「チビファバの髪の毛突然変異したんじゃねーか?」…え?」

「フレッド。俺も思ってたところだ。」

 

ぽかんとしている3人をおいて早口で双子は漫談を続ける。

 

「ああ、気の毒にチビファバよ。きっとそなたは強大な力を得るために、色素と身長と髪の毛の神様に捧げてしまったのだ。」

 

ロンは吹き出したのを咳で誤魔化す。ハリーですら口角をヒクヒクさせていた。エルファバはそんな2人を見て訳が分からないといった感じだ。

 

「しかしそれを後悔しているに違いない。そなたは幼稚園生のような格好できっと入園することも可能なぐらい「私チビじゃないもん。」」

「「チービ!」」

「チビじゃない、そっちが大きすぎるの。」

「「チービ!」」

「チビじゃないもん!」

 

エルファバは地団駄を踏み、双子を睨みつける。が、容姿のせいで全然怖くない。ハリーとロンは双子とエルファバを交互に見た。

 

エルファバは閃いた。

 

「おばさまに言いつけてやる。」

「「それは勘弁。」」

 

ちょこちょこと障害物を避けながら扉に向かって走り出すリスのようなエルファバとそれを捕まえようとするネコのような双子の攻防戦にロンとハリーは笑った。

 

あまりに暴れすぎてミセス・ウィーズリーの刺客である"これでどんなハエはいなくなる!魔法のハエ叩き!byギルデロイ・ロックハート"がやってくるのはあと5秒後のことである。

 



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4.不穏なダイアゴン横丁

「つまり、グリンダ・オルレアンはあなたのお父さんと結婚してて、でもその子供はあなたじゃないと、そういうことよね。」

「写真だけで見るとね。」

 

ハーマイオニーとエルファバはダイアゴン横丁を歩いていた。1年前と変わらず、不思議なものや気持ち悪いもので溢れかえっている。エルファバは水色のワンピースをユラユラさせながら、ハーマイオニーに連れられ、この横丁で異様な雰囲気を漂わせる乙女チックでキラキラしているお店へ向かった。

 

「でも赤ちゃんの時から髪の毛の色が変わるのはそんなに不思議じゃないわ。」

 

ハーマイオニーは店内に入り、ハーマイオニーはまつげを伸ばすエキスやら毛穴を引き締める冷却きゅうりクリームパックなどが売られているコーナーへ吸い込まれていった。

 

(ハーマイオニーは自分は全くオシャレしないのに、どうしてこんなのに興味があるのかしら。)

 

「ハーマイオニー…それ、ばっちいよ。」

 

絵の具を全て混ぜたように濁った色をしている液体を、興味深そうに手の甲に塗るハーマイオニーにエルファバは顔をしかめた。

 

「美容文化はマグルのほうが進んでいるのよ。マグルは人間の体の構造を論理的に研究してるから、確実に肌を潤わせたり、お化粧に何が必要かとかちゃんと分かってるの。まあ、魔法使いが作るものは全部自然のものだから体には優しいし、そもそも女性が化粧をし始めたのはマグルと魔法が混在していた時代に呪術として使われていた名残でマグルの世界で残ってるの。魔法史のコラムに書いてあったわ。」

「472ページのマグルと魔法使いの決裂のところよね。右下の。」

「あー、そうだったかしら?あなたほど記憶力ないから…。」

 

ここに男性陣がいたらちんぷんかんぷんだろう。これが学年主席と(本気を出せばおそらく)次席の実力だ。

 

ハーマイオニーは自分の手の甲を嗅ぐと「うわっ。」とつぶやき咳き込んだ。

 

「あとこれ、エルファバ用に選んでるのよ。」

「…はい?」

 

先ほどの液体を横見する。

 

"輝くユニコーンのような肌に!カタツムリ20匹の凝縮エキス!"

 

その液体に小さく白い球体が無数に見えた。それはまるで目玉のような…。痙攣したように首を振るエルファバは親友3人でなくても、全力で嫌がっていることが分かる。

 

「あのね、聞いたけど、この夏私がいなかった時あなたひどかったらしいじゃない!あのパジャマは人様の前で着る服じゃないの!」

「…」

 

どのパジャマかは言われなくても分かっていた。フレッドとジョージはハーマイオニーに会って早々あのエルファバのパジャマに映るイカしたおっさんは誰だとハーマイオニーに聞いたのだ。白いまつげからジロリと覗く青い瞳に対してハーマイオニーはため息をつく。

 

「まあ、いろいろあるにしてもこれで本屋で調べなきゃいけないことが絞れたわ。」

 

ハーマイオニーはしつこい店員に大人の微笑みで対処しながらエルファバの腕を引っ張る。

 

「?」

「まずは呪い破りの呪文をかたっぱしから調べて、それからグリンダ・オルレアンじゃなくてグリンダ・"スミス"で探すの。結婚したら名字が変わるでしょ?」

「…そうなんだ。」

「知らなかったのね。」

 

ハーマイオニーはため息をついた。

 

「あなたは年上なのか年下なのか、同級生なのかたまに分からなくなるわ。」

 

本当不思議、とハーマイオニーは笑うが、言われた当人は訳が分からないと肩をすくめた。目の前には比較的大きな店が佇んでいた。黒いペンキで塗られた店の周辺を取り囲むのは大量に積み重ねられた色とりどりの本、本、本、本。

 

「エルファバ、好きでしょ?」

「うんっ。」

 

ハーマイオニーとエルファバにとっては天国だった。ハーマイオニーはプカプカ浮かぶ本を指でそっとなぞる。

 

フローリシュ・アンド・ブロッツ書店、イギリス内でも有名な本屋さんだ。

 

ここが有名な理由は古い本と新しい本両方が集まっていることや、優秀な魔法使いたちがこぞってここに訪れるからだけではない。柔らかい色の木で複雑な曲線を描く階段や細かい装飾品は訪れた人々にため息をつかせる。そして…。

 

「今日、ここにロックハートがいるんですって!!サインもらいに行きましょうよ!!」

 

装飾品の上にベタベタ飾られたポスターに映るチャーミングな笑みを浮かべる男性にハーマイオニーは大興奮だ。ハーマイオニーだけではない。店内は目をハートにした黒い魔女たちでごった返してた。その視線の先にはポスターと全く同じ顔のハンサムなブロンドの男性が本にサインを書いていた。

 

「あった。」

 

興味なし。

ロックハートに背を向けて、エルファバは自分より少し高いところから本を引っ張り出す。

 

「エルファバ、分かってるの?教科書書いてる人に会えるのよ!」

「周辺の気候を変えてしまうくらい大きな事件だったみたい。」

「エルファバ聞いてる?」

「聞いてないよ。」

 

エルファバの代わりに合流したロンが答えた。予想通りだとニヤニヤ笑っている。

 

「さっすがエルファバ。君と違ってハンサムには興味ないってよー。」

「ロン!私はハンサムだからロックハートに興味があるわけじゃ…その周辺の気候を変える?それってすっごい大きなことよ。一時的な天候変化はそこまで難しくないけど、気候って!それにあなたのお母さんは…その…亡くなってるわけだし…。」

 

エルファバは値段の高額さに「うわっ。」とつぶやいてからハーマイオニーに本を渡す。ロンは話をそらされたとブーブー言っていた。

 

「気にしないでハーマイオニー。正直なところ、私はグリンダのことを、なんていうか、おとぎ話の登場人物のようにしか思えないのよ。」

 

ハーマイオニーは大きな本を持ったまま、悲しそうな、怒ってるような目でエルファバを見つめた。エルファバは近くにある"魔法と宗教"という本に目を奪われていて気づいていない。本当はハーマイオニーに気候を変えた魔法について言及されたくなかったから目をそらしていたのだが。

 

「20世紀の闇の魔女、魔法使い最新版。」

 

ハーマイオニーから本を受け取ったハリー(ハリー、真っ黒けっけね。)は声に出して読んだ。

 

「誰が買うんだろう?こんな物騒な本。」

 

ロンはその本を危険物を見るような目で見つめた。

 

「私みたいに親が誠に残念なことしちゃった人が自分の親のこと探すのよきっと。」

 

ハリーとロンはハーマイオニーが睨んでるのにも関わらず、ゲラゲラ笑った。エルファバも嬉しそうにピョンピョン踵を宙に浮かせる。

 

ドンっ

 

「きゃっ。」

 

エルファバは気の短そうな小男に押され、本の山に倒れこんでしまった。

 

「どけ、チビ。」

 

男は大きなカメラでバシャバシャと紫の煙を出しながら目がくらむようなフラッシュを焚いた。

 

「大丈夫エルファバ?」

 

ハリーはエルファバの手を引っ張り、起き上がらせる。

 

「大丈夫。」

 

エルファバはパンパンっとスカートについた埃を払う。

 

「やなやつ。」

「エルファバ、ケガはな「もしかして、君はハリー・ポッターでは?!」」

 

ハーマイオニーの気遣いはロックハートの叫び声によってかき消された。もうずっと会っていなかった親友に再会したようにロックハートはハリーに手を伸ばしている。

ロックハートはハリーの登場に驚きつつも、このドラマティックなシーンを演出するために自分の体を若干ひねらせ、勿忘草色のローブをライトに上手く当たるようにしているあたり、しっかりどうやれば自分が美しく見えるかを心得ている。

 

「ハリー連れてかれちゃった。」

「なんと記念すべき日でしょう!!彼は私の自伝を買うためだけにこの書店を訪れた!そして…」

 

なんというか、この人見てると妙な気持ちに襲われるわ。怒ってるっていうには小さすぎるけど、イライラというには大きすぎるこのモヤモヤした感情の名前は…。

 

「なんか、ウザいなあのロックハート。」

 

ロンは哀れな親友を引きずっていったロックハートを見て、ボソッとつぶやいた。

 

「ウザい…。」

「ロン、エルファバにへんな言葉教えないで!!」

 

ハーマイオニーが釘を刺すには遅すぎた。エルファバの脳内に新たに"ウザい"

という言葉が加わった。

 

ウザい=ロックハート。

 

「私、もう少し本探してる。」

 

何故か分からないが、大歓声が起こったところでエルファバは人ごみから逃走した。

 

「待って、私も一緒に行く!」

 

あの小さい体が人ごみに押しつぶされないか心配なハーマイオニーはエルファバを追いかけていった。

 

ドンっ、

 

「いたっ!」

 

案の定、エルファバは誰かにぶつかってしまった。いや、向こうからぶつかってきたと言ったほうがいいかもしれない。

 

「前を見ろ、ゴーストめ。」

「…マルフォイ。」

 

エルファバよりもずっと背の高いマルフォイは本を数冊抱えながらエルファバを見下していた。

 

「ゴースト?私のこと?」

 

エルファバは立ち上がって本を拾いながら言う。

 

「ああ、いいあだ名だろ?教室に行くのに呼吸困難になるチビめ。白すぎて不気味なんだよ。」

 

マルフォイはわざとらしくゼエゼエと息を自分の首を絞めてもう片方の手で空を切った。エルファバの体力のなさは学校レベルで有名な話だが、ここまで堂々とバカにするのはスリザリン生、特にマルフォイと愉快な仲間たちぐらいである。

 

「気にしちゃダメよエルファバ。」

 

後ろから追いついてきたハーマイオニーはエルファバの肩を引っ張り、店の盛り上がっている中へと連れ戻した。

 

「嫉妬してるのよ。私もあなたもマルフォイよりも成績がいいから、ってああ、ハリーたちも絡まれてる…。」

 

振り向くと、別の方向から来たハリー、ジニーそしてロンもマルフォイに絡まれてた。ロンもジニーも顔を真っ赤にしているあたり、マルフォイが何か言ったようだ。

 

「どうして私たちのこと放ってくれないのかしら?嫌いなら避けてくれればいいのに!」

 

ハーマイオニーはカンカンだ。

 

「愛の反対は無関心よハーマイオニー。」

「それじゃあまるでマルフォイが私たちに愛情があるみたいじゃないっ!気持ち悪いっ!ミスター・ウィーズリー!」

 

赤毛、とくにウィーズリー一家の赤毛というのはよく目立つ。ミスター・ウィーズリーはちょうど奥様魔女方の熱気に疲れ果て、外に避難してこようとしているところだった。

 

「ああ、やあ君達。一体「ロンたちがマルフォイに絡まれてるみたいなんです。」」

 

ミスター・ウィーズリーは眉間にしわを寄せ、考え込んだ。

 

「マルフォイ…そうか、それはまずいな。」

「あっちです。」

 

ハリーたちがいる方向へミスター・ウィーズリーはその方向へ向かおうとした。向かおうとしたのだ。

 

「ミスター…?」

 

エルファバもハーマイオニーも気がついた。ミスター・ウィーズリーがハリーたちに声をかける直前、急に立ち止まり意図的にエルファバの前に立ったのだ。まるで何かから隠すように。

 

「おや、アーサーじゃないか。」

 

男性の気取った声が聞こえてきた。

 

「ルシウス。」

 

ミスター・ウィーズリーは軽く、無愛想に会釈をする。エルファバは何かに睨まれたように動けない。

 

「ずいぶん仕事が大変なようだな。当然給料は出ているのか?…どうやらそうではないようだ。」

 

ドサッと本が大鍋に落ちる音が響く。ハーマイオニーの目配せでわかった。マルフォイの父親に違いない。

 

こんなに嫌味なことを人に言うなんて大人気ないわ。リンゴは木から遠いところには落ちない(蛙の子は蛙と同じ意味)って言うけど本当ね。

 

後ろ姿しか見えないミスター・ウィーズリーの耳はピンクに染まっていた。

 

「あんな奴らと付き合っているとは…君の一族は落ちるところまで落ちたらしい。」

「魔法使いの面汚しというのは私と君では意見が違ってくるようだ。」

 

2人の顔が見えないエルファバは誰のことを言ってるのか理解できなかった。

 

「そこにいるのは誰だ?」

 

ミスター・ウィーズリーの体がビクッと震えたのは誰が見ても明白だった。

 

「君の後ろにいる子だ。」

「ハーマイオニーだ。ハーマイオニー・グレンジャー。」

 

紹介されたハーマイオニーは軽く会釈をするが、ミスター・マルフォイは違う、とつぶやいた。

 

「君が後ろに隠している子だよアーサー。」

 

自分のことだと気づいたエルファバは恐る恐る、大蛇の前に出てくるように、一歩前に進み出た。

 

マルフォイによく似たミスター・マルフォイは長いプラチナブロンドの前髪を払い、貪るようにエルファバを見つめた。

 

「これは…素晴らしい。なんということだ。」

 

頭の先から足まで、行ったり来たりしたミスター・マルフォイの視線は最終的にエルファバの顔へと移った。

 

「名前は?お嬢さん?」

 

聞き方は丁寧だったものの、早く聞きたくてウズウズしているのが見え見えだった。

 

「エルファバ…スミス…」

「スミス。デニス・スミスの子供か?」

 

エルファバは自分のスカートを握り締めながら頷いた。

 

「みんな、行こう。」

 

ミスター・ウィーズリーは全員を外へ出るように促した。

 

「知らなかったな。ドラコは君のことを話さなかったし。」

「父上、授業によく遅れてくる不真面目なグリフィンドール生がこいつです。」

 

自分に飛び火すると思ったのか、慌てて息子は口を挟む。

 

「エルファバは遅れたくて遅れてるわけじゃない!」

「そうよ!バカなこと言わないでよ!」

「みんな行くぞ!」

 

ミスター・ウィーズリーはエルファバとハーマイオニーを店外へと引っ張った。ミスター・マルフォイが長い顎を撫でて考え事を深めているのが気になった。

 

「君は使えるのか?」

 

ミスター・マルフォイはエルファバを指差し、囁くように問いかけた。

 

「エルファバ。」

 

ミスター・ウィーズリーはエルファバを引っ張ったが、エルファバは凍ったようにそこに立ち尽くしてしまった。恐怖でいっぱいだったが、その先が知りたいという気持ちになってしまったのだ。ミスター・マルフォイが自分の何を知っているのかを。

 

「君は使えるのか?あの女と同じ全てを凍ら「おいでっ!」」

 

ミスター・ウィーズリーは半分抱きかかえるようにしてエルファバを連れて行った。ウィーズリー夫妻は何かに追われるように本屋から走り、子供達は訳が分からないといった顔でそのあとを追いかける。ハーマイオニーは両親と合流し、そのまま別れた。

 

「またねみんな!」

「バイバイハーマイオニー。」

 

その一連の流れを見て不敵に笑うマルフォイに気付いたのは、息子以外誰もいなかった。

 

そのあとフレッドとジョージがしつこく親たちに事情を聞いたが、ウィーズリー夫妻が質問に答えることはなかった。ハリー、ロン、エルファバは強制的に宿題をやらされ(主にロンが)機嫌が悪くなったものの、美味しいチキンやスープ、デザートのクレームブリュレを食べればみんなすっかり機嫌が良くなった。

 

 

エルファバも機嫌が良くなり部屋に戻って教科書を仕分けしている時だった。

 

「あなた、魔法コントロールできないの?」

 

ジニーが発した言葉にエルファバは教科書一式と新しい制服を全て床に落としてしまった。心臓がうるさくエルファバの体を叩く。

 

「そう思う?」

 

今更遅いが平静を装い、物を拾った。

 

「だって私の部屋を凍らしたし、マルフォイと一緒にいた時、店内の床も凍ってたわ。」

「…そう。」

「そうなのね。」

 

今度はエルファバを少し非難するような目で見つめた。

 

「フレッドとジョージが言ってたわ。魔法がコントロールできないのは小さい子か頭のおかしい人だって。」

 

小さな嫉妬心だった。ハリーが好きなエルファバにちょっとヤキモチを焼いたジニーはいつも冷静なエルファバに少しムッとしてほしかったのだ。前髪で顔は見えないがうつむいてるあたり、成功していると思った。

 

「そうかもね。私って頭がおかしいのかも。」

 

エルファバは教科書たちを拾い上げ、まっすぐにジニーの元へと歩いてきた。

 

ぶたれる!

 

「きゃっ!」

 

ジニーは目をつむった。

 

ドサッ!

 

「これ、あなたのよ。」

 

恐る恐るジニーが目を開けると、キョトンとしたエルファバの姿があった。エルファバはジニーのベッドの上に自分の持っていた教科書を数冊置いたのだ。

 

「え?」

 

闇の力:護身術入門、基本呪文集、魔法薬調合法…。

 

どれもジニーが持っているお下がりのものよりもずっと綺麗だった。他の子のもののように綺麗な1年生用の教科書たちだ。

 

「これはちょっとインクこぼしちゃったけど、字は読めるはずよ。」

「…くれるの?」

「1年生の時って新しいものの方が気持ちいいしね。あなたのものと交換でいいならこれ全部持って行っていいわよ。」

 

私も読みたいから、とエルファバは口角を少しあげる。

 

ジニーはすぐそばにある自分の古びた教科書をエルファバに渡す。古びた教科書を持つ姿も愛らしい。

 

「本当にいいの?」

「うん。」

「本当に本当に?」

「うん。」

 

ミスター・マルフォイに教科書についてバカにされたのが恥ずかしかった。これからできる友達たちにもバカにされるのではないかと不安で不安で仕方がなかった。それをエルファバは察して、自分の教科書をくれると言ってくれたのだ。

 

ジニーは意地悪を言ってしまったのをひどく後悔した。

 

「ありが…。」

 

お礼を言う前にエルファバは何かを思い出すように小走りで部屋から出て行ってしまった。

 

「ごめんね、エルファバ。」

 

本人には届かない言葉を誰もいない部屋でジニーは口に出した。

時を同じくして、エルファバはトイレに駆け込んでいた。

 

「はあっ…はあっ…うっ!!」

 

下から上へ押されている不快感と共に今日のディナーであるクレームブリュレやチキン、スープが外へと投げ出されてしまった。

 

「はあ…。」

 

美味しかったのに…。

 

ミセス・ウィーズリーに申し訳ない気分になりながら、エルファバはとぼとぼトイレを後にした。

 

「エルファバ?」

「ハリー。」

 

トイレの前に歯ブラシを持ったハリーが立っていた。明るいグリーンの目はエルファバを心配そうに見つめている。

 

「大丈夫?」

「平気よ。」

 

反射的に返してしまったことを後悔した。ハリーが疑わしそうに眉毛を上げたからだ。

 

「ええっと、私は大丈夫よ。大丈夫なんだけど、大丈夫じゃないというか…大丈夫なのかな私?」

 

ハリーは大きくため息をつき、エルファバを手招きした。当然ながらエルファバの中に思い出されるのは"タップダンス事件"だ。助けを求めなかったせいで、親切を仇で返したせいで危うく友達たちを失いかけた記憶にも新しいとは言えない事件。

 

恐る恐る、エルファバはハリーに近づく。その様子はまるでイタズラをしてこれから主人に怒られる子犬に見えてしまうのはなにもハリーだけではない。シュンとして白い髪から覗く大きな瞳は既にごめんなさいと言っていた。

 

「エルファバ。」

「うん。」

「僕はずっと君はわざと僕らに助けを求めることをしないと思ってたんだ。でもそうじゃないんだね。」

 

エルファバは頭の上にハテナマークをたくさん浮かべる。

 

「分からないんじゃない?いつ、どのタイミングで助けを求めるべきなのか。」

 

ハリーは何回もいとこのダドリーにいじめられてるからこそ回避する方法をその場で考えられる。しかし、エルファバは悩みを相談するという経験がなく、そもそも自分の問題を他人と比較するということもなかったため、悩みを相談するという概念がエルファバの中にはないのではとハリーは思った。

 

「そう…なのかなあ?」

「僕は君じゃないから分からないけどね。」

 

エルファバは少し斜めった壁に寄りかかる。

 

「さあ、話すんだ。」

「えっ?」

「君が今思ってること。きっとスッキリするよ。」

 

ポタポタと水が滴る音だけが2人の間の沈黙を繋ぐ。偶然にもウィーズリーの誰かやうるさいお化けが来ることはなかった。

 

「私…ジニーが羨ましい。」

「ジニー?」

 

エルファバのグルグルした感情を必死にまとめた結果、このような言葉になった。

 

「ジニーもロンも羨ましい。美味しい食べ物を毎日食べれて、いっつも笑ってて。」

「そうだね。ミセス・ウィーズリーはすごく優しい。」

「それにミセス・ウィーズリーとミスター・ウィーズリーは四六時中チュウしてるわ。」

「…四六時中?」

 

意外と夫婦円満なダーズリー夫妻を見てきたハリーは夫婦間でのキスなど慣れっこだった。

 

「私、お父さんとお母さんがチュウしてるとこ見たことない。」

 

そう言って一呼吸置いてから、エルファバは続ける。

 

「ここのお家は私がいたところとは違いすぎるの。全然雰囲気が違いすぎて、私の家と比べてしまって…。それを考えると気分が悪くなって毎晩吐いてたわ。」

 

エルファバはチラリとハリーの顔色を伺った。

 

「君の気持ち分かるよ。僕だってここに預けられてたらどれほど幸せだったかって何百万回も思ってた。でも、これから何回だって来れる、そうだろ?」

「うん。」

「自分の元の家のことを忘れてしまうくらい何回も何回もここに来ればいい。そうしたら吐かなくなるよきっと。」

 

ハリーは妹を慰めるようにエルファバの頭を撫でた。

 

「それだけ?」

「……今はね。」

 

ジニーに頭のおかしい子と言われたことも言ってしまいたかった。しかしそれはハリーに自分の"力"についても言うことになってしまう。それはできなかった。

 

「ハリー。」

「なに?」

「もしも、もしもねハリー。私の"力"でみんなを傷つけてしまったら、みんなは私のこと嫌いになる?」

 

エルファバはハリーが驚いたように「なに言ってるんだい?」と言うかと思った。あるいは眉をひそめるかどちらかだと思っていた。

 

まさか、声をあげて笑い出すなんて。

 

「あっはっはっはっは!!」

 

ハリーはメガネをずらしながらゲラゲラと身体を震わせて笑った。

 

「ハリー!私真剣なのよ!」

「あっはっはっは…ごめんごめん!」

 

ハリーは涙を拭き、口角をひくつかせながらメガネを直す。

 

「でもさエルファバ、考えてよ。君の力じゃ到底僕らに敵いっこないよ。だって君、本を4、5冊持ち上げる時ですら生まれたての鹿みたいじゃないか!君が力腕力で僕らに勝てるわけないよ。それに…」

 

ハリーはまだ笑っていた。エルファバはジッとハリーを睨む。

しばらく腹の虫が収まりそうになかった。

 

「君がそんなことするなんて、絶対わざとじゃないって分かってるから。」

 

 



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5.漏れていく秘密

柔らかい蝋燭の光に照らされる美しいホグワーツ城内、グリフィンドール、女子寮。

 

無事ホグワーツへ到着したエルファバはベッドの上で黒い日記帳を眺めていた。今日の昼のジニーとの会話を思い出す。

 

『ジニー、これあなたの?』

『いいえ、違うわ。』

『そう。』

 

(ジニーの教科書の中に紛れていたのに、ジニーの物じゃないなんて。でも、フレッドとジョージやロンが日記なんて書きそうにもないし、パーシーのかしら?)

 

無表情に黒い日記帳を自分のトランクに仕舞うエルファバにジニーは訝しげな目を向けていた。

 

(エルファバの物じゃないから私に聞くのよね?どうして誰のか聞かないのかしら?やっぱりこの間意地悪言ってしまったのが悪かったのよねきっと…。)

 

このようにエルファバとジニーの意思疎通はウィーズリー宅滞在最終日まで上手くいかなかった。ジニーは優しくしてくれたエルファバと仲良くなりたいと願っていたものの、エルファバ自身の性格のおかげでジニーはエルファバに完全に嫌われていると思っていたのだ。

 

もちろん、エルファバ本人はジニーが好きだったしむしろ年下の友人が出来たことに本人なりに大喜びしていた。顔に出ていないだけで。

 

閑話休題。

 

エルファバはインクと羽ペンをトランクから取り出し、床で爆睡しているラベンダーとパーバティをまたいで(2人は休暇中の出来事を長い間喋っているうちに寝てしまったようだ。)机へと向かった。ペンにインクを付け、少し考えてからこう書いた。

 

"ハロー。私の名前はエルファバ・リリー・スミス。ミセス・ウィーズリーの作ったご飯が大好きな12歳。"

 

ちょっとしたイタズラ心だ。持ち主はウィーズリー家の誰かなのは間違いのだから、きっと面白いと思ってくれるに違いない。キラキラと輝く文字にエルファバは胸を躍らせた。

 

エルファバは持ち主の反応を早く見たかった…が。

 

ーーーーー

こんにちは、エルファバ・リリー・スミス。僕の名前はトム・リドル。君はどのようにしてこの日記を見つけたんだい?

ーーーーー

 

エルファバの文字が吸い込まれるように消えたかと思えば、今使ったインクが滲み出て丁寧な筆記体の文字が現れたのだ。数秒エルファバは固まり、思わず後ろを振り向いた。先ほどの床で寝ている2人とちゃんとベットの上で寝ているハーマイオニー。誰も見ていない。

 

"ジニーの教科書の中に紛れていたの。"

 

エルファバは興奮気味返す。文字は消え、再びインクがトムの文字に変わる。

 

"ジニーは君の友達?"

"私はそう思ってるわ。"

 

少し考えてから、エルファバは続けて書く。

 

"あなたはどうして喋れるの?"

 

回答はすぐに現れた。

 

"僕は君の友達だからだよ、エルファバ。君の悩んでいることや悲しいこと、友達に言えない秘密をここに書き綴っていけばいい。感情を表に出すのはスッキリするよ。そのために僕はここにいるんだ。"

 

友達に言えない秘密。

 

エルファバは日記に浮かび上がってきた文字を何度も何度も読み返した。ここに書いてしまえば、文字は消えて無くなる。家族のこと、友達のこと。グリンダや"力"について。全てここで言ってしまえば…。

 

母親の怒った顔、グリンダの無表情な顔、ハリーたちの、ウィーズリー夫妻の笑い声。ホグワーツの料理の匂い。

 

全ての記憶が蘇ってくる。

 

(…辛いことがなかったことになる?)

 

エルファバは羽ペンを握りしめ、インクを染み込ませ、書き込んだ。

 

"考えさせて。"

 

トムの返事を待たずにエルファバは日記帳を閉じた。

 

その不思議な日記帳のことがずっと頭から離れず、薬草学ではマンドレイクを鉢から抜く際に耳当てを付け忘れ、直前にアンナに止められるという珍事まで引き起こしてしまった(『大丈夫?!』『どうして耳当て?』『付けないと気絶しちゃうからよ!エルファバしっかり!』)し、午後の抜き打ちテスト中もぼんやりとしてしまった。しかしそのテストはエルファバからすれば頭を使うわけでもないので大丈夫だった。

 

「チッチッチ、誰も私の好きな色を覚えていないようですね〜。それに私の誕生日の理想的な贈り物は魔法界と非魔法界のハーモニーです。」

 

これ、両面顏(クィレル)よりも酷いんじゃね?

 

男子生徒誰しもがそう思っているところである一方、女子生徒はこの授業に何の疑問を持たずにウットリとロックハートの"講義"に聞き入っていた。

 

闇の魔術に対する防衛術の初回の授業はミニテストから始まった。それはまだいい。問題はテストの内容だ。

 

"ギルデロイ・ロックハートの好きな色は?"

"ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は?"

 

こんなのが延々と3ページ近くあった。

 

「ところが、ミス・グレンジャーとミス・スミスは満点だ!グリフィンドールに1人10点ずつあげよう!」

 

ハーマイオニーは名前を呼ばれた時に顔がピンクに染まり、ラベンダーたちに羨ましがられてた。一方エルファバはというと、いつも通りの無表情だ。

 

「エルファバって誰かにメロメロになることってあるのかなあ?ロックハートとか。」

 

ネビルはコソッと男の子たちに聞く。

 

「想像つかないけど女の子だし、あるんじゃない?」

「可愛いんだろうなあ。あの白いほっぺを赤くして…。」

「キモいぞシェーマス。」

「黙れディーン。」

 

ロンは3人の会話を聞いていたロンはもったいぶって咳払いをする。

 

「なんだいロン。」

 

緩んだネクタイを締め直し、ツルツルの顎をわざとらしく撫でる。

 

「えー、我々の見解を伺いたいですかエルファバ・ファンクラブのみなさん?」

「やめてくれよロン。ファンクラブに入ってるのはシェーマスとネビルだけだ。僕は違うよ。」

「僕は入ってない…。」

 

ディーンはパチル姉妹推しだ。ネビルは入会していないのに何故か入っていることになっている。不憫である。

 

「まあ、それはそれとして…。ポッター教授、我々の見解をこの3人に教えてあげましょうか。」

 

ハリーも便乗してロンの真似をし、しゃがれた声を作り出す。ロックハートは自分の功績に話すことに夢中になっている。

 

「そうですねウィーズリー教授。まず、現段階ではエルファバが誰かにメロメロになることはないと断言できます。」

「根拠は?」

「エルファバは基本男子生徒と話すことはできません。」

「「「…あー。」」」

 

3人とも納得の声を出す。

 

「それに「こらっ、そこの腕白坊主!気をつけないと足を取られてしまうぞ!この連中にね!」」

 

ロックハートが高々と覆いを取ると、カゴの中に大量のピクシー妖精がブンブンと回っていた。

 

「捕らえたてのコーンウォール地方のピクシーたち、邪悪な小悪魔たちですぞ!」

 

シェーマスはプッと吹き出し、危険そうじゃないとつぶやいたが、今度ロックハートはニヤニヤと笑って恐ろしい一言を放った。

 

「この邪悪な小悪魔たちをどうやって扱うのか、君たちのお手並み拝見っ!!」

 

そこからは生徒たちにとって地獄タイム。教室に解き放たれたピクシーたちはインクをひっくり返すわ、教科書を引きちぎるわ、制服に噛み付くわで生徒たちは大パニックとなった。

 

「いやっ、痛いっ!」

 

1匹がハーマイオニーがくれたピンをいつの間にか外し、エルファバの頭を突いてきた。

 

「やめてっ!」

「あっち行けっ!」

 

シェーマスはピクシーを教科書で引っ叩いた。

 

「ありがとう。」

 

シェーマス・ビジョンにより微笑むエルファバは銀色の光を放つ女神として映し出されていた。

 

「いっ、いや…。いいんだ。」

 

当然無能な教授は謎の呪文を叫ぶが、ロックハートはピクシーに杖を奪われてしまった。シェーマスは恥ずかしそうに髪の毛を引っ張られているラベンダーの救出へと向かった。

 

目を離したスキに今度別のピクシーはエルファバのペンダントに目をつけた。

 

「返して!大事なものなの!」

 

ホグワーツにいるときは形見離さずつけているハグリッドのペンダントを引っ張られ、エルファバの首にグイグイと細い鎖が食い込み、ミシミシと鎖が壊れるのを肌で感じた。

 

エルファバの怒りは爆発した。

 

「返してって言ってるでしょっ!!!!!」

 

バキバキバキバキっ!!

 

今度ピクシーは宙を浮いたまま動きを止めた。いや、宙に浮いているという表現は正しくない。凍ったピクシーは机を分厚く覆う氷の上に包まれていた。氷は軽々とエルファバの身長を超えるほど大きなもので、まるで波が机を包んだ瞬間を固めたような形をした氷だ。

 

「でっ、デフィーソロ!!」

 

エルファバは頭が真っ白くなり、慌ててローブから白い杖を取り出していつもの呪文を唱えた。氷はトロトロと溶けた後に溶けた水すらも跡形なく消え、全てがなかったことにされた。先ほどのピクシーは状況が分からず、キョトンと浮いている。

 

「ごめんなさい。」

 

エルファバは囁くようにつぶやき、杖を天井に向けて呪文を唱えた。

 

「イモビラス 動くな!」

 

全ての騒音が消えた。全てのピクシーたちが宙で固まったように動けなくなったからだ。ネビルがなぜかシャンデリアに吊るされていて気の毒だとエルファバは思った。

 

「私も全く同じ呪文を唱えようとしてたところよ。」

 

ハーマイオニーは自分の杖をしまいながらエルファバにニッコリと笑いかけた。グリフィンドール生はエルファバに拍手を送る。

 

(誰もあれを見てない…よかった…。)

 

エルファバはドクドクとうるさい心臓を深呼吸で落ち着かせ凍結が始まった床から早々と離れた。

 

「レパロ 治れ。」

 

エルファバは壊れかけたペンダントに呪文をかける、が、依然として不恰好な鎖は情けなくブラブラとエルファバの指の間で踊っているだけだ。

 

グリフィンドール生は誰からも指示されずとも自主的にのクラスから出て行った。もういたくなかったからだろう。エルファバもハリーのメガネを直し、ハーマイオニーの後をついていった。

 

「はあ、最悪だったなハリー。こんなのが続くなら僕これからの授業欠席しちゃおっかな…ハリー?」

「ねえロン。」

「どうした?」

「魔法って、使えるの?…杖なしで。」

「何言ってるんだいハリー。僕らだって入学前にたくさん魔法使ってたじゃないか。大人の魔法使いだって怒ったりすると全身から臭い煙放出したり、物を全部グニャって曲げたりするよ。チャーリーなんて「そうだよね。そうだよね、うん。」」

 

ハリーは一部始終をみてしまった。ハグリッドのペンダントを取られそうになったエルファバが怒り、杖なしで巨大な氷の塊を出現させた瞬間を。だが、そこは問題ではなく、ハリーが気になったのはそれに対するエルファバの反応だ。

 

エルファバの顔はハリーの人生の中でどの人物もしたことのない表情だった。何かを呪っているような、大怪我した部分を思いっきり押されるような表情。

 

(気のせいかもしれない。)

 

ハーマイオニーと話しているエルファバの小さい背中を見つめる。呪文が成功し、それをハーマイオニーが褒めたので少し嬉しそうだ。

 

「…まさか。」

 

ハリーはロンと共に歩き出した。

 

"トム

今日の闇の魔術に対する防衛術の授業は最悪だったわ。"

"どうして?"

"ダメな教授が教室にピクシーを放ったの。"

"ひどいなそれは。それはピクシーを2年生の授業で使うなんて危険極まりないよ。ピクシー扱ったのは確か4年の時だった。それも魔法薬学で血液を使った程度だ。"

"ピクシーの血液って使えるの?扱うのはすごく難しいって聞いたけど。"

 

トムはただの日記ではなく、そこらにいる上級生よりずっとウィットに富んだ話題をエルファバに提供してくれた。ハーマイオニーも優秀な生徒ではあったが、お互いに2年生ということだけあり魔法の話題を話すには限界というものがあったのだ。上級生の友人がほとんどいないエルファバにとってトムは素晴らしい知識の宝。毎晩寝る前にトムに1日の出来事を報告して、自分の読んだ本について質問するのがエルファバの日課となった。一方で、トムはエルファバのことも褒めた。

 

"君って2年生にしてはすごく賢い。もしかして首席かい?"

"いいえ。首席は私の友達よ。私覚えるのは得意なんだけど、考えて何かするのが苦手だから成績は平均くらい。"

 

ハリーたちと関わっている時とはまた違う楽しさをエルファバはおぼえていた。

 

「ハーイ。」

 

そんなある日、エルファバはハグリッドの小屋に行く途中でジニーと遭遇した。

 

「はっ、ハーイエルファバ。」

「なにしてるの?」

 

ハリーが来るのを待ってるなんて口が裂けても言えないジニーはブラブラしていると答えた。

 

「エルファバは?」

「ハグリッドにペンダントを直してもらうわ。」

 

エルファバは自分の首にかかるペンダントをジニーに見せる。そして思い出したようにエルファバはゴソゴソと革のバックの中を探った。

 

「あなたのお兄さんのものでもないらしいから使わせてもらってるわ。」

 

真っ黒い日記はエルファバの手のせいでずいぶん小さく見える。

 

「そうなの?てっきりパーシーのかと思ってたわ。」

「見たこともないって言ってたわ。」

 

エルファバは秘密話をするようにジニーに体を寄せた。

 

「この日記の中にトムって人がいて、なんでも答えてくれるの。」

「えっ?どういうこと?」

 

エルファバはペラペラと日記をめくるが、そこにはエルファバが使っている気配はなく、淡々と白紙が続くだけだ。

 

「文字を書くと吸い取られて、代わりにトムっていうこの日記の中にいる人がそれに対して答えてくれるのよ。彼ってすっごく賢くてなんでも知ってるから。」

 

ジニーには多くの悩みがあった。お下がりのこと、双子の兄がからかってくること、友達ができないこと、母親と父親が恋しいこと、そしてハリーのこと。

 

誰にも言えない。話し相手がいない。

ジニーは孤独だった。

 

(エルファバ、いいなあ。そんなポケットに入れる友達のようなものがあって。)

 

「良ければ、使う?」

 

エルファバは日記をジニーに渡す。

 

「えっ?」

「これもともとあなたの持ち物の中にあったから。」

「えっ、でもこれってあなたが…。」

 

エルファバは首を振る。

 

「1年って大変らしいから。」

 

エルファバはなかったが、一部の新入生はホームシックになったり友達ができなかったりするらしい。それを聞いたエルファバはジニーもそうなのではないかと心配したのだ。

 

「ありがとう。」

「いいの。」

 

エルファバはじゃあね、と言ってハグリッドの小屋へと歩いていった。

 

「あんなに美人で優しいなら、ハリーが好きなのも当然だよね…。」

 

ジニーは日記帳を見つめてから、ボソッとつぶやいた。

 

ーーーーー

 

「ほれっ、直ったぞ。」

「ありがとうハグリッド。」

 

エルファバは規則的に連なる鎖を満足げに見てから、改めて星たちを閉じ込めたようなペンダントを自分の首に下げた。

 

「悪かったな。その鎖は魔除けでな、変な生物が悪さできんようになってるんだが…呪文も弾くとは思わんかった。ピクシーなんぞは小物すぎて逆にこれが反応しなかったんだな。」

「いいの。」

 

エルファバはハグリッドの巨大なソファに座りながらイチゴとオレンジの香り漂う紅茶を飲み、一息ついた。ファングがべろっとエルファバの手を舐めたので、少し躊躇しながらも頭を撫でる。

 

平和なひとときのはずだった。

 

「…で、ですね、女性が悲鳴をあげた。私が走っていくともう1匹狼男が女性に噛みつこうとしていたわけです。だから私がこうやって彼女の上に覆いかぶさり、『彼女に手を出すなっ!』と叫んだわけです。そしたら狼男は『貴様なんぞに彼女を助けられるか。』と嘲笑った。私は華麗に金縛り呪文を狼人間にかけ女性を逃し、私はテレフォンボックスへと逃げ込んだ。」

 

そう、これ(ロックハート)いなければ。

エルファバの隣で一人芝居しているロックハートはなんとも滑稽で、ハンサムで、

 

ウザい。

 

「で?何をしに来たっちゅうわけだお前さんは?」

 

いつも穏やかなハグリッドがこの時ばかりは明らかに不機嫌オーラ満載で食器を片付けている。

 

「ああ、すっかり忘れていましたっ!私の本で水魔の追い払い方を書いておいたでしょう?あなたのような方にぴったりのほ「お前さんの本など1冊も読んでねえ。何年俺がホグワーツの森番をやってると思っとるんだ。」」

 

訳は"とっとと帰れ。"だ。

 

「なんと!私の著書を読んでいないと?!ギルデロイ・ロックハートのガイドブック〜一般家庭の害虫〜は魔女から最も簡単に害虫駆除ができると大評判ですよ!それ「俺はエルファバに鎖の直し方を教えるんだ。」」

 

訳: "なんでもいいから帰れ。"

 

「いえっ、私が教えましょう!この学年の秀才ちゃんに私から簡単にできる物を直す呪文を施せばもうここへわざわざ足を運ばなくても大丈夫っ!私の本を読む時間が増えますよっ!」

 

ロックハートはエルファバにイタズラっぽくウインクを発動した。女の子なら大体が落ちてしまうウインク。

 

エルファバにはこうかはないみたいだ。

 

気まずい沈黙が小さな小屋を支配する。

 

「さあって、そろそろお暇するとしましょうっ!私も暇ではないのでね…ハグリッド、あなたが私の本を持っていないのは驚きだ。サイン付きのものを今晩中に届けますよっ!」

 

ロックハートは真っ白な歯を背を向けたハグリッドと感情を抜いた人形のようなエルファバに向け、真っ赤なローブを翻して去っていった。

 

「…あいつの寮知ってるか?」

 

謎の余韻が残った小屋の中でしばらくしてハグリッドが口を開いた。

 

「レイブンクローだ。」

「…。」

「分かるぞエルファバ。俺らの知ってるレイブンクロー生と大分違う。時々俺は組み分け帽子を疑うことがあってだな。」

 

コンコン。

 

誰かが小屋の扉をノックした。

 

「まあたかっ?」

 

心底嫌そうにハグリッドは深呼吸を数回繰り返してから、ゆっくりと扉を開けた。しかし、来たのは2人が待ち望んでた人たちだったために、小屋の空気は一気に浄化された。

 

「みんな…どうしたの?」

 

だが、様子がおかしい。ロンがハーマイオニーとハリーに肩を抱かれてハグリッドの家にやってきた。ロンの顔は青白く、気分が悪そうだ。ハリーは赤と黄色のクィディッチ・ユニフォームをなびかせ、切羽詰まったようにキョロキョロと小屋を見渡す。

 

「ロン大丈夫?」

「エルファバダメだ!!」

 

ハリーがそう言うが遅し、エルファバがロンの顔を覗き込んだ時、悲劇は起こってしまったのだ。

 

「うえっ!」

 

ベチャっ。

 

「あっ。」

「うわっ。」

「あちゃっ。」

 

ロンの口から出た何かがエルファバの鼻に直撃し、エルファバは状況を理解するのに数秒、そして"何か"が鼻の上で動いていることにさらに数秒かかった。

 

「いる…。」

 

頑張って絞りだした言葉がこれだ。エルファバは震える手でヌメヌメした硬いゼリーのようなものに触れた。

 

モゾモゾ。

 

「……。」

「エルファバ…ごめん。」

 

ロンは口を押さえながら小声で呟く。

 

エルファバは意を決してそれをつまみあげる。ノロノロと指の先で抵抗しているナメクジとエルファバは目があった。

 

やあ。

 

エルファバは人生で一度も出したことのない速さでハグリッドの小屋を駆け出し、すぐ近くの水溜めに顔を突っ込んで必死に顔をこすった。

 

パキパキっ…。

 

「デフィーソロ、デフィーソロ…うう…。」

 

人間必死になるとダンブルドアもびっくりなスピードで杖が出せる。エルファバは水の水温が下がった瞬間に杖を取り出し、冷却を防いだ。

 

「ううっ…。」

 

しかしいくら洗っても洗っても鼻先のヌメヌメは取れない。

 

「エルファバ?大丈夫?」

「う…ん…。」

 

追いかけてきたハリーは一瞬で悟った。

 

エルファバの心の叫びが顔から読み取れた。眉間にシワがより、青い瞳に涙をいっぱいためてハリーを見つめてきた。哀れなことに、感情が表に出ればいいものが本人の性格上それはできないようだった。

 

気持ち悪いいいいいいい!!うわあああああああんっ!!

 

まるで自分が悪いことをしたようだとハリーは一瞬罪悪感持った。

 

「大丈夫、ただのナメクジだよ。」

「な…んで…?」

「ロンの口からナメクジが出たか?」

 

ハリーはエルファバの言葉を引き取る。

 

「マルフォイだよ、ハーマイオニーに向かって…なんて言ったんだっけ?それをハグリッドに聞かなきゃ。」

 

エルファバはコクコクと下を向いて頷く。

 

「ほら、大丈夫だって。早く行こう。」

 

ハリーはエルファバの腕に触れた。

 

「!?」

 

ガバッと、エルファバはその細い腕からは想像もつかない力でハリーの手を振りほどいた。

 

「えっ?どうしたの?」

「えっ、あっ、ごめん…。ごめんなさい。ちょっとびっくりして…。」

 

オロオロしたエルファバに悪気はないんだとハリーはホッとした。

 

「大丈夫、反抗期の娘に拒否される父親とはこんな気分なのかってびっくりしただけだから。」

 

つまりちょっと傷ついたという意味だ。

 

「?うん。」

 

(ハリーの手が凍らなくて良かった。そんなことになったら私気絶しちゃうわ。)

 

エルファバはハリーとハグリッドの小屋に向かいながら一息ついた。一方ハリーはというと、自分のユニフォームの裾に気をとられていた。

 

凍ってる…?

 

鮮やかな赤と黄色に彩られたグリフィンドールのユニフォーム、その腕の裾の部分が1センチほどキレイに凍っていた。霜がついているというレベルではなく、氷が裾全体を包んでいるといったほうが正しい。

 

「エルファバ、これって「そんなことを言ったのか!」」

 

小屋の扉の隙間からハグリッドの唸り声が漏れた。エルファバとハリーは顔を見合わせ、小屋に入ってハグリッドと話を聞いた。

 

穢れた血。

 

それは最大のマグル生まれに対する侮辱。純潔と呼ばれる魔法使いのごく一部がマグル生まれを蔑むために作られた言葉。マルフォイはハーマイオニーにその言葉を吐き捨てたらしい。

 

「全く、狂ってるよ。自分たちが優秀だなんて。マグル生まれでも素晴らしい魔法使いなんてたくさんいる。」

「それに我らがハーマイオニーが呪文を失敗したことなんぞ今まで一度もなかったぞ。」

 

ハグリッドが誇らしげに言った言葉にハーマイオニーは恥ずかしそうに手で顔を覆い隠す。

 

「ハーマイオニーは首席だもんね。」

 

エルファバはハーマイオニーの服をクイクイっと引っ張った。

 

「やめてよエルファバ。恥ずかしいわ。」

「事実だもん。」

 

照れる友人をからかうのはずいぶん楽しいと思ったエルファバは珍しく笑った。ホグワーツ新学期入って初のエルファバの笑顔は一瞬でその場の空気を明るくするパワーがあった。

 

誰もがもっとエルファバは(他人から見てもしっかり認識できる程度に)笑うべきだと思った瞬間だ。

 

「そういやハリー、お前さん、サイン入りの写真配ってるそうじゃないか?なんで俺にくれなかったんだ?」

「ハグリッド!僕そんなことしてないよ!」

 

この場の空気に便乗してハグリッドもハリーをからかった。

 

「冗談だ。」

「本当勘弁してよ。」

 

ハリーはムキになって糖蜜ヌガーを口に押し込み、口を完全接着してしまった。モガモガしているハリーに気づいてエルファバは粘着を弱くする呪文をかけてあげた。

 

「どうやらハーマイオニーはロックハートにお熱のようでな。エルファバはどうだ?」

 

ハリーもロンも、そして質問したハグリッドも、答えを知っている。3人とも世代を超えて同じ顔でニヤニヤしてエルファバ本人からそれを聞くのを待っていた。ハーマイオニーはといえば、ずっと自分の世界に浸っていたので、エルファバがロックハートに対してどう思ってるのかなど考えたこともなかった。

 

エルファバは冷たくなった紅茶を口に流し込み、静かにつぶやいた。

 

「私、あの人きらい。」

「エルファバ!?」

 

ハーマイオニーが叫んだのと、男性陣が歓声を上げてハイタッチしたのは全く同じタイミングだった。

 



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6.最初の犠牲者

「やあ、エルファバ。」

「ハーイ、セドリック。」

 

図書室でセドリックはエルファバに届かない本を軽々取る。エルファバはお礼を伝えながら吟味した。

 

「…何かあった?」

「分かるの?」

 

ちなみに本日のエルファバの髪型はなんとファンの要望に応えたツインテールでジャパニーズアニメの美少女を彷彿させる。2つの真っ白い束はリンゴの匂いを漂わせながら元々のファンに加えて新入生のファンも絶賛増加中で、ファンクラブ運営メンバーであるフレッドとジョージが入会費でがっぽがっぽ稼いでるともっぱらだ。

 

「なんとなくね。」

「私の感情に気が付いたの3人以外であなたが初めてよ。」

「そうか。」

 

嬉しいなとセドリックは笑う。

 

「なんかいつもに比べて憂鬱な顔してたからさ。で、どうしたの?」

「別に大丈夫よ。」

 

と、反射的に言ってしまいエルファバは後悔した。しかし相手はハリーではない。まあいいか、と思った時にセドリックはエルファバの持っている本をスッと持っていった。

キョトンとしたエルファバは思わずハッフルパフの黄色と黒のネクタイを見つめていた。

 

(どうしてハッフルパフのシンボルカラーって黄色と黒なのかしら?分からないわ。人を落ち着かせるため?うーん、グリフィンドールの赤と金って主張が強すぎるし、スリザリンは冷たい感じがするわ。レイブンクローは…。)

 

エルファバお得意の関係ないことを考えて集中しているのには訳がある。セドリックの顔は疑わしそうに、たしなめるように眉毛をあげていたからだ。

 

よくいる3人以外で初めての経験だ。

 

「大丈夫じゃないと思うよ。なんかずいぶん疲れてるみたいだし君もまだ12歳なんだから…君って12歳で合ってるよね?」

「分からないわ。でも、人に自分の悩みを話して一体何になるの?」

 

エルファバは"防衛術の心構えとその鍛え方"をセドリックの手から取りバックの中に入れた。

 

「君がスッキリする。」

「あなたは?」

「僕?僕は君がスッキリすればいいから。」

 

(ハリーもセドリックもどうして人のことなんて知りたがるのかしら?私の憂鬱な気持ちを聞いても楽しい気分になるわけでもないのに。私はスッキリするけど、そっちには何も残らないわ。)

 

「君はもし友達が困ってたらどうする?」

 

セドリックはエルファバの心を読んだかのようにエルファバに質問を投げかけた。

 

「その人の悩みを聞いてできることはないか考える。」

 

即答だった。

 

「そういうことだよ。」

「…あー。」

 

この白いチビさんは他人のことはすぐ気付くのに自分のことになると驚くほど鈍感だな、とセドリックは思う。

 

一方のエルファバは大きく羊皮紙の匂いと共に空気を吸い、吐き出す息とともに悩みを出した。

 

「人と物を共有してるんだけど、返してくれないの。」

 

エルファバが言っているのはジニーのことだった。エルファバが貸した日記の虜になってしまったジニーは日記を返してくれる気配が微塵もない。ジニーはまるで日記と一心同体のようにぴったりと形見離さず持ち歩いている。

 

「本人に言ってみれば…って言っても君の場合はちょっと難しそうだね。」

 

ただでさえ必要最低限のことしか言わないエルファバにとって人に何かを要求するというのはドラゴンに呪いをかけてこいと言ってるのと同じなわけで。

 

「もう少し待つわ。」

 

少しでもジニーの不安が取り除けたら私はいいし。

 

「そっか。無理しちゃダメだよ。」

「あと…。」

「?」

 

エルファバは自身の毛先をクルクルと弄んでから、小声で囁いた。

 

「ハーマイオニー…。」

「ハーマイオニー?」

 

エルファバはうなづく。まるで今まで隠してきた罪を告白するかのようにその声は罪悪感に満ちていた。

 

「ハーマイオニー…が、いろいろ私の外見について…言ってくるの…。」

「ハーマイオニーが君の外見についていじわる言ってくるの?」

 

エルファバは首を振る。そろそろあの館長が来る予感がしてならないとセドリックはエルファバを上手く死角へと手招きした。

 

「その、ハーマイオニーは私が外見に気を使わなさすぎだって言っていろいろしてくれるんだけど…。」

「やりすぎ?」

 

エルファバはユニコーン尻尾のようなツインテールを揺らしてうなづいた。

 

事実、ハーマイオニーの"エルファバ改造"は日に日に暴走と呼べる域までに成長していった。髪をいじるのはまだいい。ハーマイオニーはエルファバの私服、化粧、さらには持ち物にまで女子力を求めてきた。

髪の毛のセットのために2時間くらい早く起きるように強要される、気がつけばエルファバ愛用の白い羽ペンが消えてカラフルなものに変わっている、朝起きた瞬間に白い粉を顔にふっかけられたりと(ハーマイオニーが魔法でエルファバが起きた直後に粉が噴射されるようにセットした)あげればキリがない。その暴走っぷりはハリーやロンが心配するレベルである。

 

『ハーマイオニー、やめてやれよ。外見なんて他人の勝手だろ?』

『ハーマイオニー、エルファバが日に日にやつれてるよ。』

『私がこうしなきゃエルファバはボサボサの地味な生徒になっちゃうじゃない!』

 

何の使命に燃えているのか、2人が抗議すると決まってハーマイオニーは熱くこう答えた。

 

「ハーマイオニーって君の親友なんでしょ?じゃあ直接言ってもいいんじゃないかな?」

「言ったわ。」

「言ったの?」

「うん。」

「反応は?」

 

『エルファバ。人っていうのはね、外見の清潔さとかで判断されるのよ。私がやらないとあなたは無法地帯のようになってしまうわ。』

『どうしてあなたは私のばっかり気にするの?』

『私はいいのよ。問題はあなたなの。』

『ハーマイオニー、私ちゃんと自分で髪の毛とかしたり、可愛いもの持つ努力をしたりするわ。だから『あっ、エルファバこれ見て!これエルファバに似合うと思うの!』…うん。』

 

「ダメだったんだ。」

「ダメだった。」

 

回想を口に出すまでもなくセドリックは悟った。エルファバは小さくため息をつく。

 

「ハーマイオニーだけじゃなくて、ラベンダーとかパーバティーもなの。」

 

2人に関してはハーマイオニーに便乗してるだけで、ハーマイオニーほどひどくはないのだがそれを加速させているのも事実だ。

 

「友達思いなんだろうけど、エルファバの意思に反してるのか…僕はそのままでいいと思うけどね。個人的にはたまに君が私服で着てるマグルのキャラクターとか俳優がプリントしてある服を見るの好きだし。」

「かっこいいでしょ。」

 

ちょっと得意げなエルファバにセドリックはクスッと笑う。

 

「…私子供っぽかった?」

「ううん。かっこよかったよ。まあ、本当無理しないでね。」

「うん。」

 

今日のお礼にセドリックにまた何かあげようと考えた。

エルファバは少しため息をつき、セドリックに小さく手を振ってから歩き始める。図書館の入り口にはハーマイオニーが待っていた。

 

「エルファバ、本見つかった?」

「うん。」

「セドリックとは最近どうなの?」

「セドリックはいい人よ。そういえば明日って…」

 

なんとなく嫌な予感がしたため、エルファバは宿題に話をそらそうとした。

 

「違うわよ!セドリックはボーイフレンドになれそうなの?恋人って意味ね。」

 

さすがハーマイオニー。エルファバのしそうな誤解に対してぬかりなく説明を加える。

 

「……………セドリックは友達よ。」

 

なんとなく言ってはいけない答えだと分かっていたが、嘘をつくわけにはいかなかった。エルファバは正直に自分の思いを伝えた。案の定、ハーマイオニーは立ち止まり、エルファバの肩を抱いて極秘機密を告白するような顔で言った。

 

「エルファバ。あなたは可愛いんだから、そこのところはしっかりしなきゃダメ。」

「ハーマイオニー、あなただって可愛「そんなお世辞言ってる暇ないの。あなたは「あらっ、あの子なあにしてるのかしらあ?」」」

 

話に割り込んできたのはスリザリンの塊だった。パンジーは仲間を4、5人引き連れてハーマイオニーとエルファバに近づいてくる。

 

「お願いだからホグワーツから出て行ってくれない?ホグワーツ城が汚れちゃうわ。」

 

パンジーがそう言うと他のスリザリン生も笑い、それが廊下に反響して猿の大群が鳴いているようだった。ハーマイオニーは唇を噛んで俯いた。マルフォイがハーマイオニーを侮辱してからというもの、スリザリン生徒が便乗してハーマイオニーをこうやって馬鹿にするのだ。

 

「ハーマイオニー、行こう。」

 

エルファバはハーマイオニーを引っ張るがハーマイオニーは動かない。反論する言葉を探しているのかもしれない。

 

「何よ、ゴースト。」

 

エルファバは無視してハーマイオニーを揺する。自分をけなされるのはどうでもいい。

 

「本当、あなたって気持ち悪いんだけど。ボソボソしゃべって生きてないみたい。」

「そう。」

 

エルファバは生返事をしてからハーマイオニーを全体重かけて引っ張っていった。エルファバが興味なさげに反応したのがイラっときたのか、パンジーは続けた。

 

「髪の毛真っ白で不気味。」

「気持ち悪いっ!」

「こんな人と一緒に生活してるなんてやだー。」

「穢れた血と生き霊と一緒に勉強してるなんて言ったらお母様はなんておっしゃるかしら?」

 

パキパキっ…。

 

「エルファバ…?」

 

ハーマイオニーはエルファバの異変にいち早く気づいた。エルファバはローブをシワができるほどに握りしめ、スリザリン生を睨みつけるが焦点が定まっていない。

 

「怒らせないでよ…。」

 

エルファバはパンジーに近づいた。

 

「ひっ!!」

 

身長はパンジーの方が一回りも二回りも大きい。しかし今は完全に縮こまり、小柄なエルファバがずっと大きく見えた。

 

殺気、あるいは狂気。

 

それが今パンジーがエルファバに感じているものだ。

 

「私のことは勝手に貶せばいい。でもね、ハーマイオニーのことをバカにするのは許さない。」

 

バキバキバキバキっ!!

 

「きゃあっ!!」

 

パンジーが突如としてクルクルと踊り出した。

 

「いやっ!いやっ!」

「パンジー!どうしたの?!」

「冷たいっ!!」

「「冷たい?」」

 

ハーマイオニーとエルファバはその光景を見守っていた。

 

「あなたがやったの?」

「行こう。」

 

当然エルファバは何をしたかハーマイオニーに言うことはできない。杖を使わず、意図的にパンジーの靴の内部を軽く凍らせたなんて口が裂けても言えない。

 

「デフィーソロ…」

 

ハーマイオニーには聞こえないようにコッソリと凍ったローブの一部を元に戻す。

 

「何か言った?」

「ううん。」

「本当、あの人たちって…あっ!!新しい髪飾りが今日中に届くのよ!」

「そう…。」

 

『"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。どんな理由であろうとね。特に人に見られたりしたら人々はお前を気味悪がり、離れていく。』

 

(一体何てことをしてしまったの?)

 

エルファバは自問自答していた。1年の時もそうだったが、友人が侮辱されると我を忘れて"力"を意識的に使ってしまう。ハーマイオニーが気づいた様子はない。楽しそうに髪飾りについて話している。

 

(きっと誰も分からないはずよ。あのおばかさんたちですら私がやったなんて証拠ないもの。私は杖をあの人たちの前で出したわけじゃない、そもそも指一本動かしてないわ。そう、誰も分からない。)

 

が、この思いが崩れ去ったのは次の魔法薬学の時であった。

 

「グリフィンドール10点減点。」

 

コウモリ男はエルファバが教室へ入室した瞬間に減点した。そして見向きもせず、黙々と煙の中で調合する薬を選別していた。

 

「…理由はなんですか?」

「ミス・パーキンソンに呪いをかけた。」

 

(ずるいわ。だってあの子は…。)

 

「あの子ハーマイオニーにいじわる言ったんです。」

「それは貴様が呪いをかけていい理由にはならん。」

 

今日はたまたま早めに魔法薬学の用意をしたかったので来たが、それが失敗だった。ハーマイオニーはスプラウト教授にアルカロイド系の毒用ハサミのオススメの材質を聞きにいったし、ロンとハリーは午後一発目の授業前恒例の"ものすごい長いトイレ"に行っている。

 

「"きっと誰も分からないはず"、"自分がやったなんて証拠ない"。この心理がこの世の負を生み出しているとは思わないかね?"力"を使うことで悪になると言われているなら貴様がミス・パーキンソンにした行為はその第一歩だ。 」

「でも…。」

「言い訳をしたらさらに減点するぞ。」

 

エルファバはネットリした前髪の奥で光る黒々した目を睨みつけた。

 

「どうやら貴様は今年も惨めな夏休みを送ったらしい。私の言ったことをキレイさっぱり忘れたのだな。」

 

(スネイプは一体何の呪文を使ったのかしら?人の心を読む魔法なんて聞いたことないわ。トムに聞いてみようかしら。ジニー早く日記返してほしい…。こんなのフェアじゃないし。)

 

言い返せば減点される可能性があるので、エルファバは黙って荷物を置いて席についた。

 

(いいわ。あの人がどう思うと関係ないわ。私は幸せよ。私は…。)

 

『なんで"力"を使ったのよっ!?』

『どうして"力"を使ったりなんかしたんだ。』

 

(私は…。)

 

「エルファバ?」

「あっ、ハリー。」

 

エルファバはハリーの席を空け、座るように促した。

 

「なんか浮かない顔してるね。大丈夫?」

「平気、平気よハリー。」

 

ハリーに咎められる前にエルファバは今日の薬の材料を倉庫へと取りに向かった。

 

(平気よ、エルファバ・スミス。このくらい。)

 

エルファバは暗がりの中で自分に言い聞かせた。自分が幸せか否かよりもハーマイオニーに向けられた侮辱に対する怒りにシフトすることにした。

 

(穢れた血なんて、許せないわ。純血主義なんて!私のお父さんもマグルだけどレイブンクローで首席だったし。)

 

パキパキ…。

 

(血筋で誰かを責めていいなんて理由にならないのよ。)

 

エルファバは乱暴に瓶の蓋を閉め、もう一度気持ちを落ち着かせてからハリーの元へと向かった。

 

"それ"はこの授業の数日後に起こった。

 

エルファバは人ごみの最前列ででニヤニヤ笑うマルフォイに叫びたかった。

 

「次はお前らだぞ、穢れた血め!!」

 

"THE CHAMBER OF SECRET HAS BEEN OPENED. ENEMIES OF HTE HEIR, BEWARE."

 

マルフォイは壁に書かれた文字を読み、向かいにいるハーマイオニーをせせら笑う。その言葉の意味することをエルファバは理解することはできない。誰がやったのかも、何を目的にそれを書いたかも分からない。その文章は赤黒くギラギラと光っている。

 

そして、そのメッセージを引き立てるように周辺は霜でかこまれていた。

 

(どうして…!?)

 

書いてから少し時間が経っているのか霜は徐々に水となり、タラタラと壁を伝う。それが余計に不気味さを煽っていた。

 

エルファバは不安そうにしている生徒の中で必死に自分の記憶を辿っていた。今日の出来事、自分の歩いた場所、自分の心情。

 

(この前パンジーの靴を凍らせたけど、この場所じゃないわ。)

 

エルファバは信じられなかった。目の前で起こってることは何か悪い夢なのだと思いたかった。壁の近くの松明の腕木に引っかかって動かないあの猫が生徒の嫌うフィルチの猫であることは間違いなかった。

 

「ミセス・ノリス…。」

 

フィルチのかすれた声が廊下に響いた。小さい声にも関わらず、その声はざわつく生徒を一気に沈める。

 

「わたしの猫だ!お前だ!お前がやったんだ!」

 

フィルチの飛び出した目がハリーを向いていた。エルファバはその殺気に思わずロンの後ろへと隠れた。

 

「ぼっ、僕じゃ「おまえだ!おまえが!殺した!殺してやる!わたしが!この手で!「アーガス!」」」

 

ダンブルドア校長が数人の教授を従えて現れた。生徒を数名通り抜け、哀れなミセス・ノリスをそっと腕木から外す。

 

「アーガスとそこの4人は一緒においで。いくつか聞きたいことがある。」

 

“そこの4人”とは居合わせたハリー、ロン、ハーマイオニー、エルファバのことである。一行はそこから1番近いロックハートの部屋へとたどり着いた。ベタベタと張り付いたロックハートと写真たちは突然の来客に慌てふためき、枠の奥へと逃げ込んだ。

 

エルファバ以外の3人は目配せで情報の把握をしようとしたが、あまりにも怪奇なことすぎて2年生の知識では状況を理解するにはあまりにも難しかった。

 

その中でエルファバは小さく震えていた。

 

「エルファバ、大丈夫よ。」

 

ハーマイオニーがそっとエルファバの肩に手を置こうとした。

 

ばっ!!

 

「ダメっ!」

 

エルファバはそれを拒否した。ハリーやロンだけではない。教授たちや写真のロックハートたちまでもエルファバに視線を注いだ。

 

「ごめんなさい。」

 

エルファバは痛いほどに手のひらに爪を食い込ませ、"力"を出さないように耐えた。

 

(落ち着いてエルファバ。私がこんなことするはずないわ。)

 

別の声が囁く。

 

(でも、あの猫はまるで凍ったみたい。もしもあれを私がやったのなら…。)

 

『エディっ!エディっ!しっかりしてよおっ!』

 

(あれがエディの未来だった…?じゃああの猫は凍ってるんじゃ…!?)

 

「アーガス、猫は死んでおらんよ。石になっただけじゃ。…凍ったわけでもない。」

 

部屋に入った時の第一声に不謹慎ながら、エルファバはホッとした。エルファバを見て話していることからして、ダンブルドアはエルファバの不安を読み取っていたに違いない。

 

(石。凍ったんじゃない。私のせいじゃない。じゃあ、あれは?文字の周りの霜はなんだったのかしら。)

 

ホッとしたのもつかの間、新たな疑問と不安がエルファバの心を包んだ。

 

「やっぱり!私もそう思「どうしてこうなったのかはわしにも分からん。」」

 

ロックハートが叫ぶ絶妙なタイミングで校長は言葉をかぶせた。

 

「あいつが知ってる!」

 

フィルチはハリーを指差して叫んだ。

 

「最も高度な闇の魔術をもってして「あいつだ!あいつがやったに違いないんだ!あいつは…私が出来損ないのスクイブだって知っているんだ!!」」

 

(………え?)

 

思わずハーマイオニーと顔を見合わせてしまった。

 

(フィルチが…スクイブ?)

 

スクイブというのは魔法使いの家系に生まれたのにも関わらず、魔力を持たない人間のことだ。最近の魔法使いは混血が増えた分スクイブは減ってきているが、かつては純血家系で親戚同士で結婚を繰り返したためにスクイブの数がかなり多かった。

 

(フィルチがスクイブ?じゃあ、今まで生徒に嫌がらせしてたのってまさか…嫉妬?)

 

「僕じゃありません!!僕はスクイブがなんなのか知りませんし…。」

 

ハリーはスクイブという言葉を知らなかったらしい。必死に否定した。

 

「馬鹿な!」

 

ここでフィルチの前にコウモリがマントを広げて立ちふさがった。

4人はブスッとその背中を睨みつけた。

 

「一言よろしいですかな?」

 

スネイプのことだ。ハリーが嫌いなスネイプがこっちにとっていい発言をするわけがない。

 

「確かにポッターとその仲間はたまたまその場に居合わせただけかもしれませんなあ。」

 

(あなたはそう思ってないくせに。)

エルファバはスネイプの口調にイラッとした。

 

「しかし状況は疑わしい。なぜこの4人がハロウィン・パーティーではなくあの場にいたのか。」

 

ハリー達は地下牢で行われていた"絶命日パーティー"についての説明をした。グリフィンドール専属のゴーストであるニックの絶命日パーティーに誘われたハリーはロン、ハーマイオニー、エルファバと一緒にそこへ向かった。しかし当然ゴーストの食事なんて食べられるはずもなく、3人のお腹に限界が来てそこから抜けたわけだ(エルファバは実を言うと結構楽しんでいたのだが、ロンにそこから引きずられるようにして抜け出してきたのだ)。

 

「だから、そこのゴースト達が僕らがそこにいたことを証明してくれます。」

「それではそのあとパーティーに来なかった理由は?」

 

さすがスネイプ。痛いところをついてくる。

 

パーティーから抜けたあと、ハリーはいきなり立ち止まりこう言った。

 

『またあの声だ!』

 

当然ハリー以外には聞こえなかった。しかしあのハリーの動揺っぷりはウソとは思えない。誰かを殺すつもりだとハリーが叫んで走り出した。その結果あの場所にたどり着いたというのが真相だ。

 

しかし教授達は信じてくれるだろうか?

 

「あの地下牢で空腹を満たせたとは思えんがな。」

「ぼっ僕たち、空腹じゃありませんでしたっ!!」

 

ぐるるるるう。

 

ロンの言い訳も虚しく、部屋にロンの空腹を知らせる音が鳴った。スネイプはニヤニヤとチャンスだと言わんばかりにハリーのクィディッチ参加禁止をするべきだと言った。

 

そのやりとりをエルファバはあまり聞いていなかった。

 

あの壁に書かれた血の文字…秘密の部屋…確かサラザール・スリザリンの…あっ。

 

「疑わしきは罰せず。マグルの刑事裁判の原則じゃ。」

 

校長はまっすぐスネイプを見て言った。

 

「私の猫が石にされたんだ!納得がいかん!」

 

フィルチは子供が駄々をこねるように地団駄を踏んだ。

 

「心配ない。スプラウト教授がマンドレイクで回復薬を作ってくださるからな。皆の者、帰ってよろしい。ああ、エルファバ。君は残ってくれ。」

 

3人と一緒に帰ろうとしたエルファバを校長は引き止めた。

 

「もう一度、あの場所へ行ってはくれぬかの?君もよく知る理由でじゃ。」

 

校長はあの壁を覆う霜と氷について言ってるのだろう。エルファバは黙ってうなづき、校長のあとへとついていった。廊下に戻ると、もう人だかりは消え、 そこは再び寂しい廊下へと戻っていた。しかし赤黒いメッセージとそれを囲む氷はありありと残っている。

 

「さあ、いつもの呪文を唱えるのじゃ。」

 

エルファバはローブから杖を取り出しつつ、小さく深呼吸をした。

 

「これで…。」

「もしも溶けなければこれは君が作った氷ではない。」

「もしも、消えれば…?」

「その時はその時考えよう。」

 

校長は少し腰を折り、ほほほっと笑った。正直エルファバからすれば笑い事ではない。

 

当然、3年生以上となれば凍結呪文やら氷を作る魔法やらで簡単に氷や霜を作り出すことが可能だ。しかしこの10月にあえてこの壁に霜を作り出した理由は一体なんなのだろうか。

 

それがエルファバの呪文で答えがわかる。

 

「デフィーソロ...」

 

エルファバはぎゅっと目を瞑って呪文を唱えた。現実を知りたくない。もしもこれで霜が消えてしまえば、何も知らない自分がこれに関与していることになってしまう。

 

「目を開くのじゃ、エルファバ。何も起こっておらん。」

「…?」

 

恐る恐る目を開けると、霜と氷は今だに雫が伝うたびにキラリと光り、ポタポタと床に落ちていっている。

 

良かった。

 

エルファバはホッとして床に倒れこんでしまいそうになった。

 

「安心するのじゃ。わしは最初から君がこれに関わっているとは思っておらん。」

 

ダンブルドア校長はエルファバに一瞬微笑んでから、すぐに真剣な顔になり杖で凍った一部を突き始めた。

 

「しかし、事はあまり君にとってはいい方向には向いてないのお。」

「?どういうことですか?」

 

ダンブルドア校長はエルファバに向き直り、静かに、しかし力のある声でハッキリと言った。

 

「ここであえて氷を使った理由…犯人は君の"力"を知った上で、君に罪をなすりつけようとしたということじゃよ。」

 

 

 



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7.母の愛、疑念、信頼

邪悪な笑い声が頭の上で響いていた。もうくたくたになった体にさらなる苦痛を刻み込まれ、悲鳴を上げる。

 

(誰か、誰か、誰か助けて。)

 

手を伸ばしても、その先にあるのは鋭いナイフか手をめちゃくちゃにしようとする握力だけ。

 

誰も助けてなんてくれない。ならば自分で自分の身を守るしかない。私は使った。自分にしかない、ただ一つの手段で自分を守った。しかしそれは一時的に苦しみから解放されるだけ、その代償にさらなる痛みが返ってくるのだ。

 

『っんのガキがあああああああああああああ!!』

 

「!?」

 

パキパキパキパキっ!!

 

月明かりが差し込むグリフィンドール塔、女子寮でエルファバは目が覚めた。

 

「はあっ…はあっ…。」

 

もう11月だというのに汗をぐっしょりかき、エルファバは息荒く髪の毛をかき乱す。

 

悪夢を見ていた。孤独と苦痛が世界を満たす…。

 

(あれ?私、何の夢を見てたのかしら?)

 

「んっ。」

 

パーバティーが毛布の中に猫のようにくるまったところで、エルファバは部屋中が氷に包まれていることに気がついた。慌てていつものように呪文を唱え、エルファバ自身もふわふわの毛布の中に身を委ねる。

 

「…エルファバ?起きてるの?」

「ハーマイオニー。」

 

どうやら起こしてしまったようだ。ハーマイオニーはボサボサの髪の毛の中から眠たそうな声を出す。

 

「大丈夫?」

「うん。ちょっと怖い夢をみただけ。」

 

(なんだか覚えてないけど。)

 

「そう…。何かあったら言ってね。」

「ありがと。」

 

とは言ったものの、眠気は完全に吹き飛んでしまった。

エルファバはベットの隣にある杖を持ち、毛布を被って呪文を唱えた。

 

「ルーモス 光よ。」

 

ぽうっと白いつえの先端から青白い光が発される。ラベンダーがモゾモゾと動いたが、その光をそこまで気にしている様子もない。エルファバはベッドの下からあのボロボロのノートを取り出した。母親の秘密が詰まっていると思われるノート。繊細な雪の結晶が描かれたノートは今にも破れそうなほどに脆い。

 

エルファバにはある確信があった。

 

雪の結晶の上に手を置き、目をゆっくり閉じ、絵と同じ形をした結晶を頭で思い描く。すると、手のひらがふんわり温かくなった。

エルファバの手の下に、ボロボロのノートは存在しなかった。その代わりに手の下にあったのは先ほどのものより一回りくらい大きく、立派になったノートだ。ノートの間に何かを強引に押し込んだようで、ノートの中心が不自然に膨らんでいる。

 

エルファバはノートに光を近づけ、注意深くノートを開いた。

 

(手紙…?)

 

開封した形跡のある手紙が数枚ほどノートに挟まっている。エルファバは少し罪悪感を持ちながらもそのうちの1枚を読んだ。

 

ーーーーーー

親愛なるグリンダ

 

ハーイ!元気にしてるかしら?私は元気よ。私、すっごくすっごく興奮しているの!あなたの娘のゴッドマザーになれるなんて!私の赤ちゃんが生まれるのには少し時間がかかりそうだけど、まだ男の子か女の子か分からないの。あの人が嫌がってね…私は知りたかったわ。男の子だったら赤ちゃんのゴッドファーザーはまあ、分かるでしょ?女の子だったらゴッドマザーはあなたになってもらいたいわ。彼はあなたのこと結構気に入ってるのよ。(あなたはどうか知らないけど!)

お互い妊娠してるしこの状況でなかなか会うのは難しいけど、あなたに会いたいわ。

 

愛をこめて

 

リリー

 

P.S. デニスによろしく言っておいて!

 

ーーーーーー

(私のミドルネーム。まさかこの人は私の、ゴットマザー?

後見人なの?そうだとしたら、今どこで何をしているのかしら。私のことは知ってるはずよ。グリンダは魔女なのだから彼女も魔女よね。文章からして旦那さんもお子さんもいるみたいだわ。どこかで家族と…。)

 

エルファバは息を飲んだ。

 

顔の知らない女性と男性、その子供の温かく幸せな家庭の中に招かれる自分。本当の娘のように愛され、抱きしめてもらえる。美味しい食事を食べてソファで広い膝に座りながら飽きるほどにハリー達のことを話す。そして自分の作り出す"作品"の数々を褒めてくれて…。

 

(何考えてるの。)

 

エルファバは首を振り、夢を必死に消した。こんなことを願っても辛いのは自分だけだと誰よりもよく知っている。自分が生まれてこのかた、その人に会ったことなど一度もない。つまりこのリリーという人は自分を忘れてしまっている。つまりそういうことなのだ。

 

(これ…。)

 

その手紙が挟まったページには黒髪の赤ちゃんの写真が貼られていた。ベビーベッドの中で横になっている赤ん坊は怪訝そうな顔で写真の先のエルファバに手を伸ばそうとしている。

 

"私たちの大切な宝物、エルフィー"

 

筆記体で裏にそう書かれていた。

 

エルファバはノートをぎゅっと握りしめた。やっと身をもって実感したのだ。グリンダ・オルレアンは紛れもなくこの世界に生きていて、そしてあの黒髪は自分なのだと。

 

エルファバ・リリー・スミス。

 

自分が愛されていた事実は確かにあったのだ。

 

どうやらこれはグリンダのアルバムだったらしい。各ページに写真が貼られている。1番多いのは父親とのツーショット。魔法のかかった写真はセピア色だが、2人の笑顔は周辺を色づかせるように明るく、美しいものだ。

 

(この人がリリーかしら?)

 

お腹の膨らんだグリンダともう一人の女性が仲良く互いのお腹をさすっている。どちらも美人で華やかだ。

 

(この人、どこかで見た気がするわ。)

 

リリーと思われる女性には見覚えがあった。当然一度も会ったことはないのだが、懐かしいというか、しょっちゅう会ったことのあるような、そんな雰囲気があるのだ。

 

(明日みんなに見せよっと。)

 

エルファバは自分の胸を締め付けるような感情をそっと胸に秘めつつも、ノートをベッドの下にしまった。

 

「ノッ…」

 

光を消そうとして、エルファバは呪文を止める。この胸の高鳴りを止められそうにない。自分にあり得たかもしれない未来を頭で思い描いてしまう。現実を見て生きていかなくてはいかないのに、このまま永遠に素晴らしい夢の中で生きていきたいと思ってしまうのだ。

 

(ちょっとだけ…。)

 

エルファバは杖を膝に挟み、左の手のひらを天井に向け、右手で"力"をだした。

右手から発散される氷の粒たちは左手の中で踊り、エルファバの思う理想を作り出す。

 

(出来た。)

 

15秒ほどで手の上に氷の彫刻が完成した。ソファの上で座る髪の長い女性と背の高い男性、そして男性の膝に座る自分。

 

(エディも入れなきゃ。)

 

そう呟いてすぐに女性にしがみつくエディを作り出した。

 

(違う。エディがしがみつくのはお母さんじゃなきゃ。それにこれじゃあお母さんが仲間外れじゃない。)

 

しかし、手の中でみるみる溶け出す作品をまた作り直そうという気はおきなかった。氷と一緒で、それは一瞬でなかったことにされる儚い夢なのだから。

 

「デフィーソロ…ノックス 消えよ。」

 

エルファバの夢と光はそこで消えた。

 

 

ーーーーーーー

 

ミセス・ノリスの一件があってからというもの、学校では不穏な空気が漂っていた。特に1年生は初めての学校生活でこんなことが起こってしまい、パニックを起こしてしまう子もいた。

 

「ジニー。」

「ハーイ、エルファバ。」

 

朝食をとっているジニーの顔色はとても悪い。ロン曰くジニーは無類の猫好きらしいが、それを差し引いてもずいぶん顔色が悪い。

 

「大丈夫?」

「ええ、平気よ。」

 

エルファバはジニーの隣に座り、ワッフルにバターを塗り始めながら、ここに来るまでに何度も唱えた言葉を吐いた。

 

「ジニー、あの日記なんだけど…そろそろ、返して、くれない、かな?」

 

エルファバはジニーの反応をちらりと伺う。あからさまに嫌そうだ。

 

「えっ、私もっと使いたいわ。」

「えっ…と…そろそろ、私も、使いたいなあ、って。」

 

なんだかんだでジニーは1ヶ月以上日記をエルファバに返してないのだ。しかも催促をするのはこれで3回目だった。

 

「嫌よ。」

「…わか…った。」

 

(トムに聞きたいこといっぱいあったのに。)

 

そんな考えに気を取られボーっとしてバターをつけすぎたワッフルにメープルシロップをかけ、口に含んだ。

 

「ジニー。それは良くないだろ?」

 

パーシーだった。少し赤毛に寝癖をつけながらジニーを諭す。どんな時も監督生バッチを着けるのを忘れないパーシーはすごい責任感があるとエルファバは思う。

 

「パーシー、これは私たちの問題よ。入ってこないで。」

「状況は良く分からないが、エルファバの物をお前が借りてるんだろ?人の物はなるべく早く返すのが礼儀だとママが言ってたのを忘れたのかい?」

 

正論で返されたジニーはウッと声を漏らす。

 

(兄弟ゲンカね…他人のケンカを見るのってずいぶん久しぶりだわ。)

 

最後の一口でお皿にくっついたメープルシロップをできるだけ拭き取っているエルファバは他人事である。

 

「でもっ、でもっ、これは私の持ち物の中に入ってたのよっ?」

「そうだとしてもお前がエルファバにあげたんじゃないのか?じゃなきゃエルファバが"返して"なんて表現使わないだろう?」

 

パーシーはジニーにずいっと近づき、ハッキリといった。

 

「エルファバに、返すんだ。じゃないとママに言いつけるぞ。」

 

ジニーはパーシーを睨みつけ、エルファバを睨みつけ(えっ、どうして私?)乱暴に黒いノートを取り出して、バンっ!と机に叩きつけた。

 

「ジニー!」

 

パタパタと走り去るジニーの背中にパーシーは叫ぶが、エルファバは止めた。

 

「いいの。ありがとうパーシー。」

「すまない。ジニーは事件で不安定なんだよ。ハリーや君が退学になるかもとか、ホームシックとかでね。」

 

エルファバはあまり聞いていなかった。長年会えていなかった友人に再会したかのようにまじまじと日記を見つめた。エルファバがなんとしてもこれを手に入れたかったのには訳がある。生物を石にするような魔法、あるいは生き物についてトムに聞きたかったのだ。

 

ここのところハーマイオニーとエルファバはずっと図書館にこもりっきりだった。(エルファバはハーマイオニーの熱中する先が変わったため大いに喜んだ)理由は生徒たちの注目の的である誰が、あるいは何がミセス・ノリスを石化させただ。被害にあったのが学校一の嫌われ者の飼い猫ということもあり、多くの生徒は嬉々としてこの話題を扱ったが、ハーマイオニーの見解は違った物だ。

 

『もしもわざとフィルチの猫を狙ったものならこの事件は連鎖するかもしれない。そうならマグル生まれが危ないわ。』

 

実際に調べた結果やはりと言うべきか、当たったのはスリザリンにまつわる歴史だ。

 

『エルファバ、ホグワーツの歴史の創設者たちの歴史の部分読み上げてもらっていい?』

『…ゴドリック・グリフィンドールはロウェナ・レイブンクローやヘルガ・ハッフルパフとと恋仲だったなどの噂は『ごめんなさい、グリフィンドールのとスリザリンの決闘の部分まで飛ばして。』』

『スリザリンの創設者であるサラザール・スリザリンはゴドリック・グリフィンドールと決裂したのち、秘密の部屋と呼ばれる場所に自らの敵となる生徒たちを抹消する怪物を放った。かっこスリザリンとグリフィンドールは決闘をしたという説もあるかっことじ。そして秘密の部屋を開くものはスリザリンの真の継承者であり、その継承者が現れた時にこの学校から魔法を学ぶにふさわしからざる者を追放すると言われている。』

 

ハーマイオニーはニヤッと笑ってエルファバにハグをした。

 

『あなたって本当最高よ。』

 

エルファバはよく理解できなかったが、ハーマイオニーが嬉しそうだったのでエルファバも幸せだった。

 

"ハーイ、トム。エルファバよ。覚えてるかしら?"

 

パーシーが教授に呼ばれて席を離れたのを見計らい、エルファバはトムにメッセージを書き込んだ。

 

"やあ、もちろん覚えてるよ。本当に久しぶりだね。"

"ええ、ジニーに返してもらったのよ。あとで聞きたいことがあるんだけどいいかしら?友達と一緒に。"

 

いつもよりも少し間が空き、トムから返事がきた。

 

"僕のことはできるだけ他の人に伝えないほうがいいと思うんだ。"

"どうして?"

"僕は人の悩みに答えたり、知識を答えたりすることができる。それが多くの人に共有されてしまった場合、僕が混乱するんだ。それによってここに書かれたことが外に漏れてしまうかもしれない。"

 

文字は消え、トムは続ける。

 

"君は特に僕に何も伝えてないけど、ジニーはここに誰にも言えない悩み事を綴ったんだ。それが漏れてしまってはジニーもかわいそうだ。"

 

(そうね。)

 

エルファバは心の中でうなづいた。幸いなことにハーマイオニーにはこれについての詳細は伝えていない。"どんな質問にも答えてくれる人がいるからその人に秘密の部屋について聞く。"と言っただけだ。心配はない。トムに聞いてその情報をハーマイオニーに伝えればいい。

 

"分かったわ。"

"で、聞きたいことっていうのは?"

"あとで書くわ。これから授業だから。"

 

そう書き、エルファバは日記を閉じた。

 

同じ頃、グリフィンドールの談話室でこれから大広間に向かおうとしているハーマイオニーはハリーとロンに自分の仮説である秘密の部屋についてを聞かせていた。

 

「へー、つまり例の純血主義ってスリザリンが言い出したものなんだ。お金を出したってそんなとこ入りたくないよ。」

「そうね。」

「…」

 

ハリーはそこについては何も言えなかった。1年の時、組分け帽子が自分をスリザリンに入れようとしたことを思い出してしまったからだ。

 

「あとでエルファバも一緒に現場を見に行きましょうよ。何か手がかりがあるかもしれないわ。」

「そうだね。そういえばエルファバは?」

「ジニーに物を返してもらうからって先に大広間に行ったわ。」

 

ハリーの問いにハーマイオニーは答える。

 

「なんか…エルファバだけ別行動多いよな1年の時から。」

 

ロンはボソッとつぶやく。

 

「ずっと1人だったから団体行動とか慣れてないのよ。」

 

ハーマイオニーは少し非難めいた声色でロンに言った。

 

「そんなに怒るなよハーマイオニー。君ってエルファバのことになるとすぐ怒るんだから。ちょっと気になっただけだよ。」

 

全く、とロンは首を振った。ハーマイオニーが言いかける前にハリーが遮る。

 

「でも誰だと思う?スクイブやマグル出身の子を追い出したい子なんて。」

「そんなの分かりきったことさハリー。」

 

ロンは緩んだネクタイを締めながらかしこまる。

 

「我々の知っている人物の中でマグル生まれがクズだって思ってる奴は誰でしょーか?」

「まさかあなたマルフォイのこと言ってるの?」

「モチのロンさ!」

 

ロンが思いの外大声を出したので寮の出口でたむろしていた1年生がビクッとなった。

 

「マルフォイ?まさか…。」

 

ロンとハーマイオニーがずっと言い争いをしている間、ハリーには別の可能性がよぎっていた。それはエルファバのあの能力。

 

ミセス・ノリスがいた現場の壁には所々霜があったのに加えて、床の水溜りは所々凍っていた。そしてダンブルドアのあの言葉。

 

『石になっただけじゃ。…凍った訳でもない。』

 

まるでその言葉はエルファバのために付け足されたような言葉だった。かなり動揺していたエルファバもその言葉のあとは思いの外落ち着いてた気がする。ロックハートの初回の授業、ナメクジ顔面放射事件(赤毛双子命名)、さらに言えば1年の時にも突然雪が降ってきたり、地面が凍ったりしていることが何回かあった。

 

(エルファバには特別な能力があるのかもしれない。それがスリザリンの真の継承者の証で、もしも、もしもエルファバが今回の事件に関与していたら?)

 

エルファバのあの無表情な、ちょっとぼんやりとどこか遠くを見ているような顔を思い出す。

 

(いや、あのエルファバがそんなことをする訳がない。性格上エルファバができる訳がないし、そもそもエルファバの父親も母親もレイブンクローだ。本人もグリフィンドール。スリザリンの継承者な訳がない。)

 

じゃあ、一体あの氷たちはどうやって説明すればいいのだろうか?

 

「…リー、ハリー!」

 

考え事をしていたハリーの目に、ロンのどアップ顔が映されていた。

 

「うわっ!」

「ったく、ハリー全然話聞いてないじゃないか?何考えてるんだい?」

「えっ、あー…。」

 

エルファバが継承者かもと考えてたなんて言えなかった。このことを知っているのはハリーしかいないのだ。

 

「…なんでもない。」

「そうか。こっちは大変、ハーマイオニーが校則を50くらい破るのを待ってないといけないんだぜ?」

「なんのために?」

「何って、マルフォイから秘密の部屋のことを聞き出すためよ。」

 

ハーマイオニーは鼻息荒くロンを睨みつける。

 

「エルファバにも言わなきゃ。成績的にはエルファバのほうが私よりもできるし。」

「何をするんだい?」

「ポリジュース薬を作るだけよ。」

 

ーーーーーー

 

あのピクシー大放出の事件後、ロックハートの授業というのは涙が出るほど退屈なものとなった。哀れなハリーは今日もいつもロックハートの喜劇(武勇伝)に付き合わされている。しかし今日の場合はハリーに頑張ってもらわなくてはならなかった。

 

エルファバはロンと一緒にハリーを応援しつつ、ロックハートの顔写真をいかにスネイプに似せるかというゲームを行っていた。豊かなブロンドがインクで黒く塗りつぶされ、あたふたとスネハートはもがいている。

 

「動くなよスネイプ、もうすぐねっとり髪の毛が完成するんだから。セリフも入れるか。」

「"私の愛の妙薬で魔女たちはメロメロだ!"でいい?」

「最高。」

 

黒い笑みを浮かべるロンはまだしも、これを無表情でやっているエルファバは側から見ればずいぶん恐ろしかった。ガリガリと2人の生徒に汚されていくスネハートは写真の中で絶叫していた。

 

「さあっ!今日の宿題は敗北した狼男の心情を詩に書くことだ。1番うまかった人にはサイン入りの本を進呈!」

 

ロンはその言葉を合図に華麗に落書きされた教科書をしまう。これがハーマイオニーにばれたら大変だからだ。

 

ハーマイオニーは2人とクタクタになっているハリーに目配せし、ロックハートの元へと駆け寄った。

 

「ハリーおつ。」

「お疲れ様。」

「君ら僕が一生懸命ロックハートの機嫌を良くしようとしている間になんかやってたでしょ?」

 

人の気も知らないで、とハリーはため息をついた。ロンは笑いを堪えており、エルファバもさもおかしそうに踵を上げ下げしている。

 

「ロン、ハーマイオニーが上手くいってるか確認してきてくれない?ストッパーが必要かも。」

「それ言えてる。」

 

ロンは納得し、ロックハートとの会話に夢中になっているハーマイオニーを止めに入った。ハリーはその間にエルファバに素早く、廊下へと誘った。

 

「エルファバ。」

 

チャンスは今しかない気がした。

 

「?」

「君に聞きたいことがあるんだ。」

「なに?」

「あのミセス・ノリスが襲われた場所…凍ってたよね。」

 

わずかにエルファバの真っ青な目が見開かれる。

 

「ええ…そうね。」

「何か心あたりはあるかい?あれって、なんというかすごく不自然だと思うんだよ。」

 

エルファバの反応を伺ったが、エルファバはじっとハリーを見つめたまま動かない。これからハリーが言うことを待っているようだ。

 

「僕は、君が杖な「ハリー!エルファバ!」」

 

ハーマイオニーが嬉しそうにロックハートのサイン付きの許可書を見せながら走ってきた。

 

「信じらないよ、あいつ、何の本借りるか見もしなかった!まあ、あいつ能無しだから。」

「能無しなんかじゃないわ!」

 

ハリーはチラッとエルファバを見る。相変わらず無表情で普段から一緒にいるハリーですら感情が読み取れない。

 

「…行こう、図書室に。」

「ええっ!これで作れるわ!」

 

ハーマイオニーもロンも、ハリーとエルファバの間にある微妙な距離感を感じることができなかった。

 

「エルファバ、先にあの女子トイレ行っててくれない?一応誰かいないかチェックしてほしいの。私は本借りなきゃいけないし、ロンとハリーが行って誰かに捕まるのも嫌だわ。」

「分かった。」

「えっ、あそこ使うの!?勘弁してくれよ!」

「あそこだったら私たちのプライバシーが保証されるでしょ!?」

 

ハリーは再び言い争う2人をよそに、徐々に小さくなっていくエルファバの背中を見つめていた。エルファバは脈打つ心臓を必死に抑えていた。

 

(落ち着いて…ハリーはただあの時壁に氷があったことに関して不自然に思っただけよ。誰が私のことなんて分かる?)

 

エルファバは自分でも驚くくらい怯えていた。足がガタガタ震え、その足元は銀色の光沢に包まれている。どうすることもできず、エルファバは図書館に到着すると、衝動的にバックに手を突っ込み、震える手でインクと羽ペン、そしてあの日記を出した。

 

"トム、私怖いわ。"

 

書き殴った字は辛うじて読めるくらいだ。スルスルとそれは消え、あの知的そうな字が浮かび上がる。

 

"何かあったのかい?"

"私、秘密があるの。どんなに仲の良い子にも言えない。それのせいで誰かが私を猫を石にしてしまった犯人に仕立て上げようとしたし、妹も殺しかけてしまった。でも親友になら伝えてもいいって思ってる。でも心のどこかがそれを必死に止めるの。みんなに伝えられたらどんなにいいか!本当、自分が怖いわ!"

 

エルファバは今思ってることを手の動かすままに書き込み、制服や白紙のページにインクが飛び散った。

 

"その秘密が漏れたらどうなるんだい?"

"特に…何もない…と思う。お父さんやお母さんが怒るかもね。お父さんは私は悪い魔女になってしまうって。"

 

どんどん気持ちが落ち着いてきた。明らかに自分の行動は不自然で早く女子トイレの様子を見に行かなければならない。

 

"君が言いたくないのであればいいけど、言えばスッキリすると思うよ。僕なら誰にも言わないし、一緒に秘密を共有できる。"

 

ずいぶん魅力的な言葉だ。秘密を共有すれば少し楽になるかもしれない。

 

"私の秘密は…"

 

スッと文字が消える。

 

"君の秘密は?"

"私の秘密は…"

 

(私の秘密は…。)

 

トムなら信頼できる。エルファバはそう信じた。

 

"全てを凍らすことができる。杖なしでね。"

 



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8.決闘クラブ

「さあ、どいてどいて!」

 

マダム・ポンプリーがせかせかと医務室で走っていた。ロン、ハーマイオニー、エルファバは邪魔にならないように脇に避けながらベッドで横になるハリーを心配そうに見ていた。

 

「ハリー…。」

 

ぐったりしているハリーが心配でエルファバは自身のローブを握りしめた。

 

「まったく!真っ直ぐここへ来るべきでした!」

 

マダム・ポンプリーは憤慨していた。

 

「ホント。」

 

エルファバはボソッとつぶやいた。

 

ハリーはクイディッチの試合でマルフォイとハリーしか追わない細工されたブラッチャーとの死闘の末、腕を代償に見事グリフィンドールを勝利に導いた。

しかしここからが問題だった。

 

骨折したハリーは本来ならもっと早くここに来てその場で治療を受けているはずだった。哀れなハリーはロックハートに捕まった。その毒牙にかけられたハリーは腕の骨ごと抜かれてしまった。

 

(ああ、なんてひどい!なんて酷い!ロミオとジュリエットに勝る悲劇だわ!)

 

「エルファバ何考えてるの。」

 

ハーマイオニーはジロッとエルファバを睨み付ける。

 

「だって、治療呪文なんて基本的に一般の魔法使いが使うなんて難しいから良しとされていないわ。怪我の多い職業に就いている魔法使いとか癒者ならともかく。それにね、言っては申し訳ないけどハリーの怪我は誰がどう見ても命に関わるものではなかったのよ。ロックハートはいかに自分が優れているかを見せつけるためにハリーを利用したのよ。それが許せない。しかもそれで治せたならまだしも悪化させたし。」

 

エルファバが早口に長文をツラツラと話すのは珍しいため、医務室にいるグリフィンドール選手全員が動きが止まった。全員の目がエルファバに注がれる。

 

「?」

 

キョトンしたたエルファバは周囲を見渡したが、何事もなかったかのように活動再開。ハーマイオニーは思わずロックハートを庇った。

 

「誰にだってミスはあるわよ。それにハリー、痛みはもうないんでしょ?」

「ああ、それ通り越してもう何も感じないけど。」

 

ハリーの発言に言葉を詰まらせたハーマイオニー。エルファバは目の合ったハーマイオニーにクイっと白い眉を動かした。

 

一方グリフィンドール生はケーキやら菓子やらを持ち込み、ささやかな勝利パーティーを開こうとしていた。しかし残念ながらそれはマダム・ポンプリーによって阻害された。

 

「彼はこれから23本骨を再生させるんですよ!?騒がしくしたら治るものも治りませんっ!出てお行きっ!」

 

マダム・ポンプリーの言葉に反応したモップ5本ほどが雫を飛ばしながら生徒たちの体をグイグイと押し付けてきた。

あれよあれよと言う間にグリフィンドール選手とお菓子たちが医務室から追い出されバタンと扉を閉めてしまった。

 

閉め出されて解散したエルファバはそのまま部屋に戻り、新しい日課になったトムとの対話に勤しんだ。

 

"トム、ハリーがケガをしてしまったの。明日には治るらしいんだけど少し寂しいわ。"

"本当かい?それは大変だ。"

"そういえば君の"力"について何か進展はあったかい?"

"いいえ、特には。"

 

新しい日課と言いつつ、エルファバは少しトムに不信感を持つようになっていた。

自分が"力"を持っていると話して以来、トムはしきりにそれについて聞いてくる。今までのトムはこっちから質問したらそれに関してしか答えなかった。にも関わらず、"力"のことを自ら尋ねてくるというのはおかしい。てっきりエルファバはこの日記には知恵魔法や感情読み込み呪文がかけられていて、書いた人にあった言葉を書いているのだろうと結論づけていたが、実際はこの日記は全く同じものを知らない誰かが持っていて、この文面が誰かに読まれているんではと考えていた。

 

(ちょっと怖いわ。普通に話すのであればまだしも、知らない誰かに…秘密を…。)

 

エルファバは自分の"力"以上のことをトムに情報として与えるのを止めたのだ。

 

「エルファバ?」

 

何故か生クリームを口につけたパーバティがエルファバを呼ぶ。

(何かのパーティーだったのかしら?)

 

「?」

「ロンの妹が呼んでるわ。」

 

エルファバがパーバティの後ろを覗くと、オドオドしているジニーが立っていた。

 

「どうぞ。」

 

エルファバはジニーを招く。ジニーはハーマイオニーのベッドに座り、ため息をついた。エルファバは何となく予想がついていた。おそらく日記を返して欲しいという催促だろう。

 

日記を返してもらってからというもの、ジニーに遭遇する確率というのが今までの3倍くらいになった。かといって、直接返してほしいといってきたわけではない。無言の圧力だ。まるでエルファバを追いかけているかのようで少し寒気がした。

 

(ストーカーに追われるってこんな気分なのかしらね。)

 

「ねえ、あなた最近調子どうなの?」 

「…まあまあよ。」

 

突然の挨拶に拍子抜けしながらエルファバは答えた。

 

「違うの。そういう意味じゃないの。すっごく変なこと聞くけど、最近体調が悪くなったり、記憶が飛んだりしない?」

 

(体調…。)

 

確かに体調が優れない日が続いた気がした。しかし記憶が飛ぶといったことはなかった気がする。

 

「私、そうだったの。気がつけばぽっかりと記憶が空いたような時間帯があったり、ずっと具合の悪いな日が続いて…。でもそれが急になくなったのよ。」

 

ジニーは殺人に使った凶器を指差すように震えながら日記を指差した。

 

「それがなくなってから。」

 

エルファバは日記を手に持ち、パラパラと白紙のページをめくる。この沈黙の中で談話室からは小さな爆発音と歓声が響いてきた。

 

「私、あなたがそれを持っていってから気が狂うかと思ったのよ。昼も夜もずうっとそれについて考えてて…。でもある時ふっと力が抜けて、何で自分がここまで日記がほしいのか分からなくなって。それとパーシーにも最近体調が良いって言われるようになったの。」

 

やはり、この日記は怪しい。エルファバは確信した。

 

「…ハリーたちに言おう。きっと何かいいアドバイスが「ダメよっ!!!!」」

 

ジニーは弾けるように立ち上がり、エルファバに迫るように近づいた。ベッドの柱がその衝撃でミシミシっとなった。

 

「どうして?」

「それには私の秘密が書いてあるのっ!!それであの3人にバレたらどうするの?!あなた責任とれるの!?」

「じっ、ジニー…。分かったわ。ハリーたちには言わない。」

 

ジニーの表情は差し迫るものがあり、エルファバは圧倒されてしまった。赤毛をブンブン振り回し、目に涙をためているジニーに勝てる気がしなかった。

 

「あなたには分からないわよ。あなたみたいに美人な子に悩みなんてないんでしょうねきっと。」

 

座り込んだジニーは囁くように呟く。

 

「私にも悩みはあるわ。解決にずいぶん時間のかかりそうなものがいくつかね。」

 

エルファバは自分のベッドの下をチラリと見た。全ての自分の悩みの謎が詰まっているあの箱やグリンダの幸せそうな顔を思い浮かべる。

 

「教授に言うのはどうかしら?彼らは魔法のエキスパートよ。マクゴナガル教授は?きっと上手くいくわ。」

 

こっちの提案には納得したらしい。ジニーは小さくうなづき、ゆっくり立ち上がった。

 

「でも、これ私にしか症状が出なかったんでしょ?もう1度確認させてほしいわ。明日中に返すから1回日記貸してもらえない?絶対明日返すわ。」

「分かった。」

 

エルファバはジニーに日記を渡す。

 

「明日1番にあなたの部屋に行くわ。」

「うん、お願い。」

 

しかしエルファバはこの日記を渡したことをひどく後悔した。

 

 

ーーーーーー

「コリン・クリービーが石化した?」

 

翌朝早くのハーマイオニーからのニュースはエルファバを言葉通り凍りつかせた。毛布は内側でカチンコチンになっている。

 

「ええ、さっきマクゴナガル教授がフリットウィック教授に話してたわ。本当はハリーのお見舞いに行くべきなんでしょうけど、早くポリジュース薬を作り始めるべきだわ。」

「ええ、そうね。」

 

エルファバの中で最悪の可能性がよぎった。ミセス・ノリス、コリン・クリービー。この2人が襲われたときにジニーが日記を持っていた。

 

そしてジニーには記憶のない部分がある。

 

「私もすぐ行くわ。ちょっと待って。」

 

エルファバは髪をとかそうとするハーマイオニーを振り切り、ジニーのいる部屋へと駆け込んだ。

 

「ジニー!」

 

飛び込んだ部屋ではむにゃむにゃ言っている1年生が数名寝ていた。

 

1つベッドが空いている。

 

「エルファバ。」

 

エルファバの背後にパジャマ姿のジニーがいた。

 

「おはよう。えっと、日記取りに来たわ。」

 

(おかしい。ジニーの様子が変だわ。焦点が定まっていない。)

 

「エルファバ。やっぱりやめたわ。」

「?」

「この日記は私の物。誰にも渡しはしないわ。」

 

ジニーは愛しそうに日記を抱く。昨日の不安にかられたジニーとはまるで別人だ。

 

「何言ってるの?おかしいんでしょうその日記。今日渡すっていったじゃない。」

「そう言って私の秘密漏らそうとするんでしょ?」

 

エルファバは必死に説得できそうな言葉を頭の中にある語彙から探し当てようとする。

 

「あ、あなたの秘密を漏らす気なんてないわジニー。お願いよ。」

 

ジニーはギロリとエルファバを睨みつけ、ふふふっと笑った。その姿は11歳の少女のそれとは違い、邪悪で憎しみにあふれたものだった。

1年生の時にヴォルデモートに取り憑かれたグリンダを彷彿させる。

 

「言っちゃおうかしら?あなたの秘密。」

 

エルファバはチラリと1年生を見た。まだ夢の中のようだ。

 

「あなたが魔力を暴発させる精神異常者だってこと。」

「!」

「それを知ったらあなたのお友達はどうなるかしらね?話してくれなくなる?拒絶し、迫害する?ふふっ。」

 

立ち尽くすエルファバにジニーは背を向け、歩き出す。

 

「ほうら、また凍ってるわよ。精神異常者さん?」

 

エルファバの立つ床周辺が氷となっていた。

 

「デフィーソロ…ジニー、あなたはかなりまずい状況にいるのよ。」

 

ジニーは足を止める。

 

「何か言ったかしら?」

「あなたが生徒を襲ってるのね?」

「そんな証拠どこにもないでしょう?」

「それってイエスって意味かしら?あと私はね…」

 

ジニーは鼻を鳴らして階段を降りていく。聞く価値のないことだと思われたらしい。

 

「精神異常者なんかじゃないわ。」

 

それはどちらかと言うと自分に言い聞かせているような言葉だった。

 

ーーーーーーー

 

トイレでポリジュース薬を作り始めた頃、退院したハリーがやってきて興味深いことを教えてくれた。

 

どうやら秘密の部屋は前にも1度開かれたことがあるらしい。

石化したコリンが医務室に運ばれてきた際に、ダンブルドアがそう言っていたそうだ。

 

「これで決まりだ。きっとルシウス・マルフォイが学生だった時に開けたんだよ。」

 

ロンはそう言っていた。

 

(ルシウス・マルフォイ…確か書店で会ったわね。もしもあの時、あの日記をジニーの教科書の中に入れてあれと対になっているもう1つの日記で子マルフォイがトムという偽名を使ってジニーに上手く言う。そうすれば…きっとさっきの変わりようもマルフォイが何か言ったに違いないわ。私の信用を失わせるようなことを。そうじゃなきゃあんなひどいことを言わないはずだわ。ひどいこと…。もしかして上手く丸め込んだのは子マルフォイじゃなくて親マルフォイかもしれないわ。子マルフォイがあんな知的なわけがない。あれはかなり強力な呪いがかかってるに違いないわ。私、日記から離れて体の調子がいいもの。)

 

「ねえ。」

 

エルファバが声をかけると3人は振り向く。

 

「実は…もしかしたら私、知ってるかもしれない。」

「「「なにを?」」」

 

ロンたちはぽかんとする。エルファバは深く呼吸する。

 

「なんだい?」

「ジニーと私が使ってる日「ロン?」」

 

エルファバは金縛りにあったかのように硬直した。エルファバだけではない。他の3人も同じだった。

 

「ジニー?!」

「ロン、あなたどうして女子トイレなんかにいるのよ?」

 

エルファバは息を殺す。

 

「ちょっと調べごと!あっち行けよ!」

「女子トイレで何調べてるのよ?!」

「いろいろ男にも事情があるんだよ!」

「うっわーロンサイッテー!」

「うっさいな!ハリーだっているぞ!!」

「ロン!」

 

ジニーからの返答はなかった。代わりにバタバタと逃げていく足音がトイレに虚しく響き、一瞬の静寂をマートルのすすり泣きが破った。

 

「どうせ、みんな私がいるからってここを使ってっ!嘆きのマートルがいるから誰もここに来ないだろうって!あああああ…」

 

ロンとハリーの顔は真っ赤だった。ハーマイオニーはマートルを無視し、自分の意見を主張した。

 

「まあ、多分この様子じゃあジニーは私たちが…正確にはロンとハリーが、女子トイレにいたことは言わないでしょう。感謝よハリー。」

 

ハリーはがっくしとトイレの壁に頭をつく。

 

「そういえば、エルファバ。さっきの話。」

「え、あ、うん。そうね…。」

 

ジニーがここに来た理由は1つしかない。

 

お前を見ているぞ、という警告。

 

もうウソをつきたくない。この大事な親友たちに隠し事をするなんて嫌だった。

 

「ジニーがね、日記を持ってるんだけど、それがジニーに悪い影響をもたらしてるかもしれないの。」

「日記が?」

 

決意が揺らがぬうちにエルファバは一気にしゃべる。

 

「そう…それを持ってると人が変わったようになるのよ。もしかしたら…その…今回のことと関係あるかも。」

 

ハーマイオニーは考え込み、よく分からない臭い粉末を加えながら答えた。

 

「分かったわ。それについても一緒に考えましょう。でも、ポリジュース薬が最優先よエルファバ。」

 

ロンは納得したようにハーマイオニーにうなづいた。ハリーはまだ考え込んでるようだった。

 

「そう…ね。」

 

(ジニーのさっきのロンと話している時の声色はいつものジニーだったわ。もしかしたらジニーの中に別の人格が生まれ、何かを実行する時は私を精神異常者扱いした悪ジニーで、良ジニーはさっきのいつも通りのジニーなのかもしれない。それなら記憶が飛んでるというジニーの発言もつじつまが合うわ。秘密を言わないって良ジニーと約束してしまったし、悪ジニーが私を見張ってる状態で日記のことを3人に話すのは懸命じゃないわ。でもそれって私の中にも悪エルファバと良エルファバがいるってこと?でも私の中にぽっかり空いた記憶なんてないし。ああ、頭が混乱してきたわ。少なくともマクゴナガル教授には今日中にこのことを話さないと…。ジニーが危ないわ。)

 

 

ーーーーーー

 

 

石化の不安はコリン・クリービーの件を封切りに広まった。なるべく1人にならないようにみんな集団で歩き、効果がイマイチよく分からない魔除けが随分と流行った。ハグリッドは常にペンダントをつけるように指示されたが元からエルファバは身につけていたので変わらないが、なるべく外さないようにと口を酸っぱくして言われた。

 

そして、マクゴナガル教授へ日記のことを伝えようと頑張ったエルファバだが、ことごとく全てをジニーによって妨害された。変身術の時に言う、手紙を渡す、ハリーと一緒に言いに行く。どれも失敗に終わった。ハリーは積極的に協力してくれた。そのため自然とハリーと行動する機会が増え、ジニーとの距離もできていった。

 

ハーマイオニーがジニーの部屋に忍び込んで日記をとるという提案をロンがしたが、ハーマイオニーがポリジュース薬完成を最優先事項としているために無理だった。

 

一方で4人は順調に(なんとスネイプの個人の棚から材料を盗むことまで成功したのだ)ポリジュース薬を作る。エルファバとハーマイオニーという組み合わせは最強だった。難しい調合を難なくこなし、テキパキと事を進める女子2人に男子2人は口が開きっぱなしだった。

 

そんなある日のことだ。グリフィンドール寮の掲示板にあるお知らせが張り出された。

 

「決闘クラブだって!」

「今夜が第1回目だ!」

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーは行く気満々だったが、エルファバはイマイチ乗り気ではなかった。

 

「ハーマイオニー…。」

 

エルファバはパスタに胡椒をかけながらハーマイオニーを見る。

 

「エルファバも今夜8時大広間。」

「…はーい。」

 

エルファバは渋々3人について行く。

 

長机が全て退かされ、ふわふわと浮かぶロウソクの先と天井に映し出される満天の星空が壁側に設置された金色の舞台を照らしていた。

 

(嘘でしょ?)

 

講師はなんとロックハートだった。しかも助手はスネイプ。

 

「みなさんお揃いのようで!結構結構!」

 

エルファバはロンとハリーと目配せを交わす。

 

なんだかよく分からないお手本のあとに(とりあえずロックハートが無能であることをますます証明するだけだった)スネイプがレイブンクロー生とハッフルパフ生を無視して“お気に入り”のグリフィンドールに生徒を指名した。ハリーとハーマイオニーが餌食となり、哀れに思ってたところに白羽の矢が飛んだ。

 

「…ミス・グレンジャーはこっちに。そして、ミス・スミス。こっちに出てきてもらおうか。」

 

エルファバはスネイプの呼びかけに無表情で舞台へと登った。対峙する相手を見て、グリフィンドール生、いや、スリザリンを除く全寮の生徒が思った。

 

これは反則だと。

 

エルファバと縦も横もふた回りくらい大きくて肌が浅黒いスリザリン女子生徒はエルファバを威嚇するように仁王立ちしていた。ひとまとめにされた黒髪を揺らし、鼻息荒くエルファバの用意を待つ。

 

「これはダメだろ。」

「マジで、相手考えろよスネイプ。」

「まあ、これ魔法の勝負だし。腕っ節の勝負ならエルファバ絶対二つ折りにされるけどさ。」

 

みんな自分の予想を口々に語る。スリザリン生とエルファバは数歩歩み出てお辞儀をした。基本的にスリザリン生はグリフィンドール生と関わる時は特に礼儀に欠けているが、この女子生徒はその辺りの常識はわきまえているようだ。

 

お互い無表情に離れ、杖を構えた。

 

「武器を取るだけです!いいですね?1、2、3っ!」

「えっエクス「エヴァーテ・スタティム 宙を踊れ!」」

 

青白い光は真っ直ぐに放たれ、エルファバの肩に当たった。

 

「!?」

 

ふわっと浮き上がった身体は宙を舞い、エルファバを床に叩きつけた。

 

「!」

 

女子生徒がこっちに近づいてくる気配を感じる。エルファバは勢い良く立ち上がり、杖を構えた。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!」

 

数秒、大広間に沈黙が広がった。

何も起こらない。

 

「なに、あんた下手くそ?」

「…。」

 

エルファバの心情は読めない。

 

「エルファバ、どうしたのかしら。」

 

ハンナは不安そうに呟く。

 

「いや、あの子元からああよ。」

 

ラベンダーはハンナの疑問に答えた。

 

「え、だってエルファバ成績悪い方じゃないじゃない。今日は緊張しちゃってるんじゃ…。」

「違うわパドマ。」

 

それを聞いていたパーバティは自分の双子の妹の発言を否定した。同学年のグリフィンドール生は皆最初から分かっていたかのようにため息をつく。しかし他寮の生徒たちはまるで訳が分からないというように互いの顔を見合わせた。

 

「エルファバはね、攻撃呪文と呪いがネビル並みにできないのよ。」

 

ラベンダーの衝撃発言は周囲の生徒の心を1つにした。

 

「ええっ!?」

 

他の優秀な成績が目立っていて、有名な話ではないが、エルファバの闇の魔術に対する防衛術の成績は芳しくない。

それも最下位ではないのは持ち前の記憶力でペーパーテストはハーマイオニーに次ぐ点数を取っていたからだ。実技に関しては壊滅的で闇の魔術に対する防衛術の中で初歩とされている"周辺にいる小さな虫を弾く呪文"でネビルと共に補修を食らった。(『こっ、これで、補修を、うっ受ける人は、あっ、あまりいないです…。』『…。』)それに加え、先輩からいたずら系の呪いの数々を教わるのはどの寮も共通の伝統だが、そこでもエルファバはフレッドとジョージから"補修"をもらった。

 

ちなみ妖精の呪文や変身術に関しては全く問題なく平均以上の成績を収め、さらにそれ以外にも人に害を与えない呪文であれば難なく使える。

 

「でも、武装解除の呪文だって攻撃呪文じゃないじゃない!」

「どうも攻撃呪文になりそうな呪文は全般ダメみたいよ。ほら、さっきあれでスネイプがロックハート吹っ飛ばしてたろ?」

 

ロンの回答に皆唖然とした。

 

「どうしましたエルファバ?あなたの実力はこんなものではないでしょう?」

 

普段たいして授業をしていないロックハートがそんなこと知る由もない。能天気にエルファバを励ました。エルファバはなにも起こらない自らの杖を握りながら知る限りの呪文を唱えた。

 

「エクスペリアームズ… エヴァーテ・スタティム…ええっと、ええっと「エクスペリアームズ 武器よ去れ。」」

 

ポンっ、と手から抜けた白い杖はキュルキュルと宙を舞い、どっしりした女子生徒の手の中に収まった。

 

「ウチの勝ち。」

 

女子生徒はエルファバの杖を弄び、自分が勝者であることを見せつけた。

 

「ミス・スミス!なぜ本気を出さなかったんだい?これが秘密の部屋に住む怪物だったら!君は怪物相手にもこんな弱気かい?違うだろう?いつも全力でなくては。私だってこれまで数百万回と決闘をやりましたが…あまりに多くの人が私と決闘をやりたがりましてね、大概の人が哀れにも病院送りになりましたが、何事にも全力で取り組まないといつか足元をすくわれてしまいますよっ!」

 

ロックハートはエルファバにウインクをした。エルファバはロックハートなど見ていなかった。相変わらず何を考えているかを理解するのは大多数のせいとには難しい。

 

「あんた、一回酔い覚ましでも飲んできたら?」

 

スリザリン生は低く、ハッキリとした声でロックハートに言った。

 

「あんた、スミスだっけ?別にこいつ手ェ抜いてたとかじゃないだろ。どこをどう見たらそう見えるんだ。本当にあんた教授か?」

 

超ストレートな物言いに決闘を見ていた生徒たちがざわついた。さすがのロックハートもこの生徒が自分を否定したことに気づいたらしい。大きく咳払いし紫色のローブをなびかせながら女子生徒と対峙する。

 

「失礼ですがミス・マクドナルド。私はあなたよりも実践経験があります。それにそのような態度は教授には無礼「あんたの実践経験じゃないよ私が聞いてんのは。教授としての才能。」」

 

ふてぶてしい態度に生徒たちはさらにざわつく。

 

「ロックハート教授を悪く言うなんてサイッテー!」

「しんじらんない!」

「いいぞもっとやれ!」

「ヒューヒュー!」

 

体格のいいスリザリン生は鼻で笑い、もうお前に用はないと言わんばかりにドスドスと舞台を降りてった。

 

「あんたが大好きなポッターがピンチだよ。助けてやったら?あと、ウチの名前さ…。」

 

その名前を聞いた瞬間、エルファバの世界は止まった。誰もそれには気づかない。しかし、それは確かに起こったのだ。

 

「マックロード。マルガリータ・マックロード。生徒の名前ぐらい覚えとけよな。」

 

マルガリータはオラオラと周囲の男子生徒を蹴散らしながら大広間から出て行った。

 

マチルダ・マックロード。

 

グリンダを探す際に候補になった名前だった。エルファバは弾けるように舞台から飛び降りた。足に衝撃がかかったが気にしない。そんなことが気にならないくらいに夢中になってた。

 

「マルガリータ!」

 

久しぶりに走ったエルファバは思いのほか体力を消耗し、呼吸が乱れた。しっかりと話そうとするのに30秒くらいかかった。

 

「あんたってなんでそんなに体力ないの?」

「…小さい時…運動…してなくて。」

「それ差し引いてもそこまでになるか普通?」

 

まあ関係ないけど、とマルガリータはエルファバの杖を渡した。

 

「返す。あのファッキン教師で頭がいっぱいになって忘れてた。」

「…ファッキン…?」

「いいよそこ気にしなくて。」

 

エルファバの周囲の人間はみんな言葉遣いが丁寧なため、エルファバはスラングに対して疎い。特にハーマイオニーがそういった下品な言葉からエルファバを離しているのだ。

 

「ありゃムカつくよ。ウチだったら殴ってるね確実。てかあんた、人攻撃すんのに抵抗ありすぎ。」

「?」

 

マルガリータは丸い鼻をボリボリかきながらため息をついた。

 

「あんたの構えと呪文の発音は完璧だった。それでも呪文が出せないのは精神的な問題じゃないの?ここまで完璧なのに使えない奴初めて見たけど。あと、うちのことマギーでいいから。」

 

エルファバは杖を受け取りながら、話の内容を整理する。

 

「ああっ、わかった。マギーね。マギー…。あっそうだ。」

 

エルファバは自分が来た理由を思い出した。

 

「あなたの名字、マックロードよね?」

「ああ、そうだけど。」

「お母さんの名前ってマチルダだったりするかしら?」

「そうだったりするけど。元レイブンクローのチェイサー。」

 

(やっぱり。彼女はマチルダ・マックロードの娘だわ!)

エルファバは自分の中に湧き上がる興奮を必死に抑え込む。

 

「まあ、ウチは見ての通りスリザリンだけど。」

「ええ、さっき知ったわ。私はグリフィンドールのエルファバ・スミスよ。」

「知ってるから。」

 

あんた有名だからね、と言われエルファバはキョトンとする。

 

「ユニコーンみたいな髪を持つミステリアスなグリフィンドール生、通称歩く天使。」

「誰が?」

「あんただよ。」

「…へえ…。」

 

マギーはハハハッと笑う。随分と豪快な笑い声が廊下に響き渡った。

 

「なんかイメージと違うねあんた。笑ってるとこほとんど見ないからてっきり高嶺の花みたいな性格だと思ってたけどそうでもないんだね。」

「?私そう見えるの?」

「少なくともウチはそうだった。」

「ふうん。」

「まあ無愛想だってのは本当みたいだけど。じゃっ、ウチ寮に戻るわ。決闘クラブって思いの外つまんなかったからさ。」

 

マギーは背を向け、エルファバに手を振りながら歩き出した。エルファバも小さく手を振り返し、大広間へ戻っていった。

 

ーーーーーー

 

大広間の空気はさっきと変わっていた。話し声が興奮から恐怖や不安になり、みんなが様子を見ようと背伸びをしている。エルファバは様子を伺いたかったが、さすがにこの人並みへと潜っていったら自分が潰れることはエルファバも認めざる得なかった。

 

「セドリック。どうしたの?」

 

1番後ろで全く背伸びをせずにでも舞台の様子を理解しているらしいセドリックに(羨ましい)エルファバは話しかける。

 

「マルフォイがヘビを出したんだ。でロックハート教授が追い払おうとしたんだけど。」

「ダメだったのね。」

 

(あの人の武勇伝って他人のものなんじゃない?)

 

「よお、チビファバ。よく見えるように肩車してやろっか?」

 

ジョーダンにからかわれたエルファバは口先に指を突っ込み、イーッと歯を見せた。

 

「イーだ。」

「君でもそんなことするんだ。」

 

セドリックは口元を腕で隠しながら言う。どうやら必死に笑いをこらえているらしい。

 

「?」

「イーッて。」

「ああ、これはケイティが今度バカにされたらやれって言ったの。」

 

エルファバの意思ではなかった。当然グリフィンドールの先輩が後輩にボーイフレンドが出来るように図った策略である。さらに言えばそれを望んだハーマイオニーの策略でもある。

 

「そう、そうなんだ。」

 

セドリックはやっと落ち着いたようだった。エルファバは肩をすくめる。

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

大広間にシューシューと隙間から抜ける風のような音が反響した。

 

「おい、ポッターがヘビと話してるぞ。」

「ハッフルパフ生にヘビをけしかけてる。」

 

(ハリーがヘビをけしかけてる?そんなことありえないわ。)

 

「パーセルタングだ。」

「パーセルタング…。」

 

ヘビ語を話せる者は魔法界でそう呼ばれる。しかしこれを公にするというのはハリーにとってかなりまずいのだ。かのサラザール・スリザリンがパーセルタングであり、それは自分は純血主義の悪の魔法使いであるという意思表示になるのだから。

 

(でも、ハリーがそんなことするはずがないわ。)

 

「一体君は何を考えてるんだ?」

 

かなり怒った男子生徒の声が響く。人混みをかき分け、彼は出てきた。大股でその場を後にしたハッフルパフ生はおそらくジャスティンだろう。

 

ちなみにエルファバ・ファンクラブの会員でもある。

 

「ポッターはスリザリンの継承者なのか?この事件も…。」

「ありえないわセドリック。ハリーはグリフィンドールよ?」

 

セドリックの独り言にエルファバは食ってかかった。が、セドリックは反論する。

 

「1000年以上前の人なんだ。魔法使いの血が混じっているなら誰だってあり得るんだ。僕や君も含めてね。」

 

エルファバはぎゅっと拳を握った。

 



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9.クリスマス

どこか虚ろな顔のハリーは自分のことを話す雑音が嫌でも耳に入ってきて、サクサクフワフワのベルギーワッフルを楽しめないでいた。

朝からずっとこんな感じだった。特にハッフルパフ生はジャスティンの寮のため、本人がいろいろ言ったのだろう。あからさまにハリーを避けている。

 

昨日ジャスティンとグリフィンドールの専属霊であるほとんど首なしニックが石化しているのが発見されパニックとなった。ゴーストであるニックですら危害を加えることができるなんて一体どんな怪物なのかというのがみんなの不安を煽った。クリスマス休暇に帰るリストにみんな自分の名前を書き込んだ。

 

ちょこん。

 

エルファバはハリーの隣に座り、手紙をフランスパンをかじりながら開いていた。

 

「エルファバおはよう。」

「はよ。」

 

いつも通りのエルファバだ。最近ずっとハーマイオニーの暴走により、日に日にやつれてきていたが今日は髪の手入れとか化粧とか身だしなみの襲撃にあわなかったらしい。髪はボサボサで荒れ放題、肌は少し乾燥気味でクタクタな布に印刷されたジェームズ・ボンドがエルファバの上半身で銃を構えていた。

 

しかし、"エルファバらしさ"は憂鬱なハリーの気持ちを少し良くした。

 

「やっぱり君そっちのほうがいい。」

「私も楽だわ。」

 

エルファバは手紙から目を離さずに反応する。そろそろ集中しだして話しかけても反応しなくなる頃だ。ハリーとエルファバの間に沈黙が流れる。しかし全く気にならなかった。むしろ沈黙が心地よかった。

 

エルファバは無言で手紙をポケットにしまいこみ、クリーム色のプティングをよそう。

 

「誰から?」

「お父さん。」

「クリスマス休暇中に帰って来いとか?」

「まあ、そんな感じ。」

 

エルファバは新学期になってからというもの、父親に1度しか手紙を出していない。しかもそれもこの事件が起こる前の話だ。が、どこから話を聞きつけたのか、父親は今回のことを知ったらしい。

 

ーーーーーー

エルファバ

ホグワーツで起こってることを聞いた。クリスマスはこっちに帰って来なさい。危険だし怪物に会った時にお前の"力"が周囲にバレてしまっては大変だ。

 

私の心配じゃないのね。

ーーーーーー

エルファバの心がツンと痛んだ。

 

「帰る?」

「…帰らない。ポリジュース薬完成させなきゃ。」

 

そう意気込むエルファバにハリーは複雑な気分になった。1つハリーしか知らない事実があった。

 

コリン・クリービーが石化して医務室に運ばれたとき、ハリーはその場にいた。教授たちが数名きたとき、ダンブルドアは静かに言った。

 

『わしはココアを取りに行ったとき、氷に足を滑らせての。その先で彼が倒れておった。』

『まさか…!!』

『しかし彼女の秘密を知る者は限られておる。』

 

この時ハリーは確信した。彼女というのはエルファバのことだと。エルファバのあの魔法は教授たちに認識されていることなのだ。

 

『ダンブルドア教授、ミスター・クリービーの腕も凍ってます。』

『凍ってるのは表面だけじゃ。おそらく中は石じゃろう。彼の体に害はないじゃろうからそのまま自然に溶けるのを待っとくれ。魔法ではどうしようもできん。』

 

そしてジャスティンとニックだ。ジャスティンの体の半分は凍っており、宙に浮いていたニックの体はドーム状の氷の中にあった。サラザール・スリザリンは1000年以上前の人間だ。どの人が継承者でもあり得なくはない。自分でもあり得なくはない。

 

つまりエルファバでもあり得なくはないのではないだろうか。

 

しかしその考えはしたくない。ハリーはマルフォイがスリザリンの継承者で、何かしらの方法でエルファバを操っているだとしたかった。現にエルファバはこんなにも協力してくれるではないか。ポリジュース薬だってエルファバがいなければ完成は難しかっただろう。

 

『ジニーがね、日記を持ってるんだけど、それがジニーに悪い影響をもたらしてるかもしれないの。』

 

エルファバとジニーはどちらかと言うとそこまで仲の良い方ではない。人見知りのエルファバがなぜジニーの持ち物などに目がいくのだろうか?疑えばキリがない。しかしどうもそれが気になった。それはハーマイオニーも同じ考えだとハリーは確信していた。エルファバが気付いているか定かではないが、最近ずっと自分かハーマイオニーがくっついているのだ。それはエルファバを疑っているという何よりの証拠だ。

 

「隣座るよ。」

 

マギーはグリフィンドールの席であるにも関わらず、堂々とエルファバの隣に座り、近くにあるトーストを素手でつかみ、大口を開けて食べだした。周囲のグリフィンドール生はヒソヒソと話し、マギーを指差すがマギーはまるで他人事のように自分の指についたバターを舐めとる。

 

「シット!あいつらウチの制服になんか呪いかけやがったな。スミス直してくんない?」

 

気色悪い緑や黄色に変色するマギーのスカートにエルファバは呪文をかける。

 

「あ、ポッター。」

 

マギーはハリーと目が合うと席から立ち上がる。

 

「悪かったね、スミスだけだと思ってた。」

「いや、僕は気にしないよ。座ってなよ…君がこの騒がしさを気にしないならの話だけど。」

 

エルファバはちょっと嬉しそうにハリーを見た。

頻度は少ないものの、エルファバはマギーと話すようになっていた。ズバズバとものを言い我が道を行くマギーはエルファバにとってかなり新鮮だった。魔法薬学でもよくグループを組むようになり、面白い話と言葉を教えてくれる。

最初はハリーもマギーがスリザリンだということもあり、彼女にあまりいい印象を持ってなかった。しかしハリーがスリザリンの継承者だと噂されるようになったあと、マギーはこう言った。

 

『いや、パーセルマウスだからってスリザリンの継承者とか言ってるのただのバカでしょ。ダンブルドアもパーセルマウスだし、そんなの優秀な上級生なら誰だって知ってる。バカな奴らはさ、不安になるとその原因をなんでもいいから探し出して、根拠もないのにそれを責めんのさ。』

 

これはマギーがエルファバに対して言ってたのをハリーが聞いたものだが、それ以降マギーに対する印象が変わったのだ。しかし、他の2人はハリーのように学校の生徒からスリザリンの継承者だと疑われているわけでもない。そのためマギーの良さも分からないわけで。

 

「エルファバ?」

 

エルファバの後ろに気がつけばハーマイオニーが仁王立ちしていた。

 

「"あれ"のチェックを一緒にしてほしいんだけど。」

「いいよ。ちょっと待って。」

「いいえ、今すぐよ。」

 

ハーマイオニーはマギーをエルファバから離したいのだ。特にスリザリンから嫌がらせをよく受けるハーマイオニーはマギーもそういう人物だと思っているのだ。

 

「分かった。」

 

そんな意図があるとはつゆ知らず、エルファバはフランスパンの最後の一切れを口に含み、手紙をポケットに突っ込んだ。

 

「あと、ここスリザリンの席じゃないわよ。」

「どうもグレンジャー。」

 

バチバチバチっ!!

 

ハリーには火花が見えた気がした(しかもハーマイオニーから一方的に)。

 

「でも、ウチこっちのほうがやりやすいんだよね。」

「あなたなんのために寮制度があると思ってるの?」

「さあ?教授がやりやすいからじゃないの?」

「その通りよ。あなた狡猾に生きるスリザリンで私たちは騎士道を重んじるグリフィンドール。タイプが違うわ。」

 

マギーはため息をつき、ベーコンを一握りつかんで、ハーマイオニーに少しぶつかってから席を離れた。エルファバはマギーに小さく手を振った。

 

「ハーマイオニー、どうしてマギーが嫌いなんだい?悪い子じゃないよ。」

「おいおい正気かよハリー。」

 

ロンはハリーの隣に滑り込み、スープをカップに注ぎ込む。

 

「スリザリンはグリフィンドールと"いい関係"だろ?」

 

ハリーとエルファバは顔を見合わせ、エルファバはトボトボハーマイオニーについていく。

 

「エルファバ、一回髪の毛セットして顔にクリーム塗るわよ。」

 

来た。

 

「私このままがいい。」

「だーめ。みっともないわ。」

「ハーマイオニーがつけるやつ痛い。ヒリヒリするんだもん。」

 

最近エルファバの肌には所々赤くなったりプツプツとしたものができたりするようになり、粉やクリームを塗るとそこが痛むのだ。

 

「じゃあ新しく買ったクリーム使いましょ。」

 

エルファバはうつむきながら、授業に間に合うかと心配していた。それよりも大事な心配があったというのに。

 

「ハー…マイ…オニー…?」

「はいはい、じっとしててね。」

 

グリフィンドール女子寮の一室、ハーマイオニーが持っている瓶はエルファバを震撼させた。

 

"ミセス・ナメクジのスーパー美容クリーム!"

 

瓶には濁った緑色の液体ナメクジらしき残骸がプカプカと浮いていた。

 

「お願いハーマイオニー。それだけはホントやめて。」

 

エルファバの懇願もむなしくハーマイオニーが呪文を唱えるとねっとりとしたクリームが一塊、瓶から出てきて宙を浮かぶ。

 

「これ肌荒れにも効くんだって。だから大丈夫よ。」

「そういうことじゃなくって…!」

 

ナメクジを顔に付けるのがいや、と言おうとしたがその言葉は息となって消えた。

 

塊が迫ってくる。エルファバはとりあえず部屋の扉へと一目散に逃げ出した。

 

「待ちなさいっ!!」

 

ハーマイオニーは杖を取り出し、エルファバの知らない呪文を唱えた。

バタン、とエルファバの目の前で扉が閉まる。

 

ガチャ、ガチャガチャガチャガチャ…。

 

開かない。

 

「ハーマイオニー、本当なんでもするからそれだけは勘弁してっ…。」

 

この涙で空のように青い目を潤ませ、上目遣いで見るエルファバを見れば恋愛感情のないハリーやロンですら一発でやめるはずだ。

 

パキパキ…。

 

「あなたのためよエルファバ。」

 

それを非情に言い放つハーマイオニーはまさに悪魔である。ナメクジの塊とハーマイオニー悪魔がエルファバを追い詰めた。

 

「ハーマイオニー、本当お願い、お願いだから、本当に、やめてやめていやああああああっ!!」

 

女子生徒の悲鳴がグリフィンドールに響き渡る。これが無口な生徒のエルファバ・スミスのものだと分かるものはいなかった。

 

 

ーーーーーー

 

30分後、マダム・ポンプリーは無言でいそいそと数種類の薬をエルファバの顔に塗りたくった。

 

「エルファバ…。」

「マジかよ。」

 

ハリーとロンは心底かわいそうだと思った。

 

エルファバの顔は大量の蜂に刺されたかのように2、3倍に赤く膨れ上がっていた。髪が白くなければ誰だか分からないレベルだ。まぶたもデロンと腫れた重みで垂れ下がり、トマトのように口の前でぶら下がった鼻と口がエルファバの言葉を解読不可能にしていた。

 

「エルファバ本当に、本当に、ごめんなさい…。」

 

ハーマイオニーはこんなはずじゃなかった、とポロポロと涙を流した。

 

「ふぁいふぉーふ、ふぁーふぁいほひー。」

 

ハーマイオニー曰く、エルファバに塗ったエキスは呪いニキビのための薬だったらしい。本来であれば数滴ニキビの広がった範囲に塗れば充分。つまり成分はかなり強烈で、それをなんの呪いもないツヤツヤの顔に被ったエルファバ(『エルファバに塗ったってハーマイオニー言ったじゃないか。』『ロンうるさいわねえええええええええ!!』『ハーマイオニー、ダメだ!ロンの顔までめちゃくちゃにしないで!』)の今の状態は当然といえば当然だった。

 

マダム・ポンプリーはテキパキとエルファバの顔に薬を塗りたくって、キビキビとエルファバに指示を出す。

 

「クリスマスあたりまではここにいるように。」

「ふぁい。」

「宿題は友達から受け取るように。クリスマスプレゼントは私がこっちにとどくように手配します。いいですね?」

「ふぁい。」

 

ハーマイオニーは控えめにエルファバにハグをした。

 

「ごめんなさい。もうおしろいも口紅もマスカラもチークもパックもクリームもやめるし、エルファバの私物にカラフルになる魔法をかけることやバック捨てるのもやめるわ…。本当にごめんなさい!」

「おったまげー、君どっからそのお金でてたの?」

 

ロンの発言はないものとされた。

 

「ふぁいふぉーふ、ふぁいふぉーふ、ふぁふぁふぁいでふぁーふぁいほひー。」

「あとあんまりしゃべらないように。」

「ふぁい。」

 

マダム・ポンプリーはエルファバのために特別な羽ペンを用意してくれた。思ったことをこの羽ペンが書いてくれるらしい。

 

"大丈夫よハーマイオニー。そんなに泣かないで。私は大丈夫。目が見えないししゃべれないし耳もイマイチ聞こえが悪いけど大丈夫よ。"

 

「「それダメじゃん。」」

 

ハーマイオニーはエルファバの文章を読んでまたワッと泣き出す。

 

「私あなたがカタツムリ嫌いだって知らなくて、私あなたがキレイになっていくのが嬉しくて、それに石になるのも怖かったし、穢れた血って言われるのも嫌だったし、私はあなたみたいにキレイじゃないからこんなの似合わないし、もう私バカだったわ!」

「「?」」

 

ロンとハリーはチンプンカンプンで顔を見合わせた。ハーマイオニーは一体何を言いたいのだろうか?

 

"ハーマイオニー、大変だったのね。私も気づいてあげられればよかったわ。あなたはたくさんストレスを抱えてて、私にいろいろオシャレとかさせることでストレス発散してたってことね?"

 

ハーマイオニーはずびっと鼻をすすって、うんうん、とうなづいた。男組はエルファバの理解力に感動した。

 

「私、あなたが嫌がってるって分からなかったの。もう、2度とやらない!本当ごめんなさい!」

「えっ普通気づかない?」

「シッ!」

 

ミスター・空気クラッシャーのロンの口をハリーは押さえつけた。

 

そんなこんなでエルファバの顔にはグルグルと包帯が巻き付けられ、真っ暗な中でしばらく生活するようになった。エルファバは石化したという噂が広がり、生徒たちが医務室を覗きに来る音がちょくちょく聞こえた。幸いマダム・ポンプリーがカーテンで仕切りを作ってくれたのでエルファバは安心して勉強に励んだ(エルファバの記憶力は教科書が見えなくても授業についていけるのでハーマイオニーに羨ましがられた)。それにハリーたちは当然のように毎日見舞いに来てくれたし代わる代わる生徒が来るので飽きはしなかった。

 

「大丈夫?」

 

"その声は、セドリック?"

 

「そうだよ。シュークリーム持ってきたけど食べれそうにないね。」

 

"そうなの。私今1つ目のゴツい巨人みたいで包帯を取るとき以外食事が許されてないの。でもありがとう。こんな顔になっても嫌いにならないでね。"

 

「嫌いになんてならないよ。じゃなきゃここに来ないし。筆談のほうがよくしゃべるね。」

 

"そう?意識してないけど。"

 

「うん、君は普段は必要最低限のことしか言わないからね。」

 

"そうなんだ。知らなかった。これからもっと喋れるように努力する。"

 

「いいんじゃないかな?それが君だから。」

 

フレッドとジョージはエルファバを散々ミイラミイラとからかってから話すカードを大量に放置して帰ったが、怒ったマダム・ポンプリーに全て回収されてしまった(チビファバ・スミスはミイラ〜ミイラ〜ミイラ〜♬)。パーバティは自分のルーツであるインドのいい匂いのする線香を、ラベンダーは触っていると気持ちのいいフワフワした布をくれた。あと送り主不明のお菓子が大量に置かれた。

 

「もしかしたらあなたがいない間に"あれ"決行するかもしれないんだけどいいかしら?」

 

"いいよ!ずっと持ってるわけにはいかないし。先にやって!"

 

「ありがとう。」

 

ハーマイオニーの発言の所々に罪悪感が見え隠れした。それをエルファバは頑張って慰め、宿題を手伝ってもらうことで元気を出させた。そして休暇に入り人の声が消え、エルファバの鼻と唇の腫れが引いて筆談ペンが必要ではなくなった頃、ジニーがやってきた。

 

「エルファバ。」

 

エルファバはジニーの声が聞こえると姿勢を正した。

 

「ジニー。」

「エルファバ、私、私ね、てっきりあなたが石になっちゃったのかと思って。フレッドとジョージがそう言ってたから。でもさっきロンが違うって教えてくれて…だからここにきたの。私、あなたが石になってなくて良かった。」

 

その声はエルファバが恐れるジニーではなかった。いつもの、11歳の可愛らしいジニーだ。

 

「エルファバ、あなた私を避けてた?」

「あなたが私のこと精神異常者だって…。」

 

ジニーは大声で叫んだ。

 

「言ってないわそんなことっ!!」

 

マダム・ポンプリーの咳払いがジニーの叫びの直後に響いた。

 

(やっぱり、覚えてないのね。きっと悪ジニーのせいだわ。)

 

「ええ、あなたは言ってないわ。」

「どういう「日記のせいであなたの中に悪ジニーが生まれたの。」」

 

エルファバは自らの推測を説明した。マルフォイが、誰かが日記でジニーの中に別の人格を作り出しそれがこれまでの事件を引き起こしていること、つまりリドルという人物は存在しないということだ。

 

「呪いだから体調も悪くなって、あなたの記憶もなくなって、悪ジニーが悪さしたのよそれ「つまり私が今までの事件の犯人ってことね?」…え?」

 

ジニーの声は震えていた。エルファバは真っ暗な世界の中でどうすればいいのかと手を伸ばす。

 

「ミセス・ノリスもコリンもジャスティンもニックも、みんな、みんな、私が…!!」

「違うわジニー、それは悪ジ「それって私じゃない!!!」」

 

バン!とジニーが机を叩き、バラバラとお菓子が床に落ちていく。

 

「こらっ!!大声出すんじゃありませんっ!!出てお行きっ!!」

 

ズルズルと何かが引きずられていく音がする。

 

「ジニーお願い!!」

 

エルファバはありったけの大声でジニーに叫んだ。

 

「日記を捨てて!!」

 

バタン、と扉が閉まるとともに医務室に静寂が訪れた。

 

(きっと、あのあともジニーはトムにそそのかされて、つま親マルフォイだけど日記を使い続けてたに違いないわ。ジニーがどこまで書いてたのか知らないけど、ジニーがきっと今までの犠牲者がマグル生まれだって何かしらの経緯で伝えた。それで怪物をその生徒に…。そもそも怪物って何かの比喩かしら?だって怪物って呼ばれるようなものがこの学校をウロウロしてたら気づくわよね普通。特にダンブルドア教授だったらわかるはず。ああ、頭が痛くなってきたわ。)

 

倒れると柔らかいシーツがエルファバを受け止めてくれた。

 

(ああ、そういえば明日ってクリスマスだったわね…。)

 

 

ーーーーーー 

 

「メリー・クリスマス、ミス・スミス。」

 

バラっと包帯が目から落ち、白い医務室の景色がエルファバの目に飛び込んできた。まだ目の上に異物感があるものの、大分改善されたようだ。

 

「今薬を持ってきます。それまでプレゼントをチェックしてなさい。」

「うわっ。」

 

飛び込んできたのは色とりどりにラッピングされたプレゼントの山、山、山。

 

(去年よりもちょっと増えてるわね。やった。)

 

エルファバは心の中で小さくガッツポーズをした。

 

ハーマイオニーからはずっと欲しかった東洋の魔法についての本、ハリーからは孔雀の模様の羽ペン、ロンからはお菓子セット、ハグリッドは糖蜜ヌガー、ミセス・ウィーズリーからはネイビーブルーのセーターと大きなプラムのケーキ、フレッドとジョージからはキャンディの山(絶対食べない)そして、

 

「………………エディ?」

 

赤い手袋の送り主はエディだった。

 

ーーーーーー

エルフィー

メリー・クリスマス!ダンブルドアさんがね、フクロウにくくつけたらプレゼント届けてくれるっておしえてくれたの!だから手ぶくろおくるね!

 

あなたの妹エディ

 

ーーーーー

 

(なんてこと教えるのよ!)

 

エルファバは頭を抱えた。

 

(だんだんエディが魔法界の知識を持ってくるのは困るわ。多分魔力はないからここに入学とかはないんだけど…エルフィーって書けるようになったのね。去年はアルフィーだったのに)

 

とても複雑な気分になった。

 

「エルファバ!メリークリスマス!」

 

ハーマイオニー、ロン、ハリーが医務室に走りこんできた。

 

「メリークリスマス。みんなプレゼントありがとう。」

「私こそ!素敵なカチューシャだったわ!」

 

ハーマイオニーは嬉しそうにエルファバに抱きつき、笑う。

 

(きっと私の顔が大分治ってきて嬉しいのね。)

 

「調子どう?実は今夜決行する予定なんだ。」

 

ハリーはチラッとマダム・ポンプリーの様子を伺ってからエルファバに小声で囁いた。

 

「多分まだだと思うわ。私が希望すればクリスマス・ディナーは行っていいらしいけど。」

「そっか。」

「誰が誰になるの?」

「ハリーとロンがクラップとゴイルで私がマックロードよ。」

「「「えっ?」」」

 

3人の声が珍しく揃った。ロンとハーマイオニーは初耳だったらしい。

 

「変身する人の一部を取ってくれば平気。」

「ハーマイオニー、スーパーで洗剤を買ってこいみたいなノリで言うのやめようよ。どうやって3人の一部を取るっていうんだい?」

「ハリー、すーぱーとせんざいってなん「眠り薬で眠らして隠すのよ。簡単でしょ?」」

 

ハーマイオニーはスラスラと言った。

 

「クラップとゴイルに眠り薬を飲ませるのは簡単だろうけどさ、マックロードに飲ませることって難しくないか?」

 

ロンは1番の問題を指摘した。

 

「それは心配ないわ。もうマックロードの毛は手に入ってるの。この前彼女がぶつかったときにあの子の長い黒髪がローブに乗っかったの。で、本物の彼女のことは人気のないところでエルファバに引き止めてもらうわ。」

「え。」

「まあこれ今思いついたことなんだけど。」

 

エルファバはいくらスリザリンの継承者を探すためとはいえ、マギーを巻き込むのは少し気の毒だと思った。

 

「マギーを騙すわけじゃないのよエルファバ。ただ普通に1時間くらい会話してくれればいいの。オッケー?」

「…分かった。」

 

ハーマイオニーは自信ありげに笑ったが、ハリー、ロン、エルファバは目で合図した。

 

絶対うまく行く気がしないと。

 

 

ーーーーーー

 

そんなこんなで大役を任されてしまったエルファバは顔にペタペタとガーゼを貼り、クリスマス・ディナーへと参加した。去年と同じくらい大広間は豪華絢爛だった。霜や雪の結晶をかたどったオーナメント、金や銀のヒイラギとヤドリギの小枝が天井と壁を埋め尽くし、その隙間から魔法の雪が降ったいた。

 

(やっぱり雪っていいなあ。)

 

エルファバはウットリとそれを見つめていた。

 

(ああ、いけないわ。マギーを探さなきゃ。)

 

ダンブルドアが揚々とクリスマス・キャロルを指揮している近くでマギーは1人でエッグタルトを頬張っていた。

 

「隣いいかしら?」

「あ?いいよ。」

 

ちょうどハリーとロンがハーマイオニーにディナーを中断させられて大広間から引きずり出されているところだった。今から1時間と30分といったところか。

 

「あいつらについていかなくていいの?」

 

マギーはハリーたちを顎で指す。

 

(いきなり核心を…!!)

 

エルファバは冷や汗をかく。

 

「いいの。みんなとは毎日話してるから。」

「ふーん。」

 

マギーは興味無さげにチキンの山盛りをエルファバに渡した。

 

「ありがとう。」

「あんたマジで貧相だから食いな。」

 

(それにしてもハーマイオニーは私になんて仕事を託したのかしら?私こういうの苦手だって分かってるでしょ!?)

 

「まっ、マギーはさ、どうして今年残ったの?」

「んー。母親が毎年主催するクリスマス・パーティに参加すんのが面倒だったから。」

 

会話終了。気まずい沈黙が流れた。

 

(うわっ、何話そう?どうしようどうしよう緊張しすぎて床凍っちゃういや凍っちゃダメなんだけどどうすればいいの誰でもいいから助けて本当にハーマイオニーはマギーになってるハリーはクラップかゴイルでロンもクラップかゴイルじゃない誰も私のこと助けてくれない本当誰か助けてうわうわバ「あんたさ、なんで母親のこと聞いたの?」)

 

「ふへえ?」

「ふへえ?じゃなくてさ、初対面で。」

「えっ、ああ。マチルダ・マックロードって私その…」

「何。」

 

一瞬、グリンダ・オルレアンのことを言おうか迷った。しかしマギーがマチルダの娘であるならグリンダのこともなにか知っているかもしれないと思ったのだ。

 

「マチルダ・マックロードっていう人がね…つまりあなたのお母さんだけど、私の本当のお母さんの知り合いかもしれないのよ。」

「へえ?名前は?」

「グリンダ・オルレアン。」

 

マギーの目は驚きで見開かれた。

 

「グリンダ・オルレアン?」

「ええ、知ってる?」

「ウチの母親とその友達がよく話してる。あいつが闇の魔女になることは予想できたって。」

 

クリスマス・キャロルは3曲目に入った。ハグリッドはそれに合わせて陽気に歌っている。エルファバにはそれが遠くで起こっていることのように思えた。

 

「ウチの母親の友達、嫌いなんだよね。」

 

マギーはオレンジジュースをぐびっと飲み干した。

 

「あんたもチキン食べな。」

「うん。」

 

エルファバはチキンを切り、あまり開かない口に強引に入れ込んだ。

 

「あいつら人の悪口で生きてるようなもんさ。自分の学生時代の元カレとか、嫌な教授とか、友達とかの話でいっつも盛り上がってんの。ウチの母親は本当はそういうの好きじゃないけど、嫌われたくないから黙ってる。ムカつくよね。だからウチはクリスマス・パーティ嫌いなんだよ。」

 

マギーは一呼吸置く。

 

「あんたは母親のこと探してるってこと?」

 

エルファバはうなづく。

 

「私の本当の母親については1年の時に知ったの。お父さんも隠してて。母親が闇の魔女なのを知ったのもつい最近。でも、」

 

エルファバはギュッとナイフとフォークを握りしめた。

 

「私は、そうは思わない。グリンダ・オルレアンは本当は愛情に溢れてて、友人を大切にする人だったと思うの。何かの間違いでああなってしまったんだわ。」

 

天候を変えてしまったあの事件は、私のように"力"を感情で暴走させてしまった。それを悔やんだグリンダは自らを凍らせた…。

 

「私がそう思いたいだけなんだけど。」

「まあ誰だって親はいい奴だって思いたいわな。」

「うん。」

 

エルファバは冷めたチキンを頬張る。

 

「でも、ゆーてグリンダ・オルレアンが起こした事件って山嵐のやつだけでしょ。聞いた話だと。」

「そうよ、どうしてあなたのお母さんのお友達はグリンダが闇の魔女になるって思ったのかしら。」

「あいつは気取ってたとか、男にチヤホヤされてたとか、クイーンて呼ばれてたとか、そんな感じだよ。」

「……………それだけ?」

「それだけ。くっだらないでしょ?」

「バカみたい。」

 

マギーはエルファバの一言にゲラゲラ笑って手を叩いた。

 

「来年のクリスマスウチん家来る?本人たちの口から聞いてごらんよ!マジだから。」

 

それに、とマギーは目をこすりながら口角をひくつかせた。

 

「あんたと一緒ならあいつらの会話も面白い物になるかもね。」

 

 

 

ーーーーーー

 

なんだかんだでエルファバは2時間近くマギーとしゃべってから医務室に戻った。医務室は真っ暗で、あの3人もいなかった。

 

(上手くいったかしら?どうだったのかしら?明日聞こう。)

 

しかしその次の日も、またその次の日も3人が医務室を訪れることはなかった。毎日見舞いに来てくれた3人がパタリと来なくなったのだ。医務室に缶詰めのエルファバにその理由を知る術はなかった。

 

「今日で退院してよろしい。」

 

休みの最終日、マダム・ポンプリーにそう言われた瞬間、エルファバは大量のクリスマスプレゼントとお見舞いの品を腕いっぱいに抱え、前が見えなくなりながらもできるだけ早くグリフィンドール塔へと向かった。

 

(グリフィンドール塔?)

 

違う。そんな気がした。エルファバは方向転換し、嘆きのマートルのいる女子トイレへと向かった。

 

ずいぶん前にポリジュース薬は使って、あそこにはもう用がないことは分かっていた。しかし、なぜかみんなそこにいる気がした。

 

そこに着くと案の定話し声がした。

 

「…ニー、落ち着いて。仮定の話だってハリーが言ってるだろ?」

「これが落ち着いてられるもんですか!!ハリー!!そんなこと言うなんて私許さない!!」

 

ハーマイオニーがものすごい剣幕だった。しかも相手はハリーということがエルファバにとっては意外だった。

 

「ハーマイオニー!!話を聞いてくれ!!感情的にならないでくれ!!」

 

そう言うハリーもエルファバが聞いたことのない声で怒っている。エルファバは自分が怒られてるようで身を縮めた。

 

「僕がそう考えるなら君だって考えたはずだ!!彼女の行動はおかしすぎる!!どうしてこの数ヶ月ベッタリくっついてたんだ!?」

「それはあの子が心配だったからよ!!別に疑ってたわけじゃない!!まさかあなたマルフォイの言うこと信じるんじゃないでしょうね!?」

 

2人の叫び声がぐわんぐわんトイレで響き渡った。

 

「信じたくない!!けどマルフォイは僕らじゃなくてクラップとゴイルに言ったんだ!!嘘つくわけないだろう!!」

 

一体なんの話をしているのかしら?

 

「エルファバがスリザリンの継承者なんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサドサドサっ。

 

 

 

 

 

エルファバは持ってるもの全てを床に落とした。

 

 

 

 

 

スリザリンの継承者は私の"力"を知った上で私に罪をなすりつけようとした。ジニーは私が物を凍らすことを知っていた。ジニーに別の人格を作らせ、"怪物"をマグル生まれを襲わせてた。

 

(ああ、私ってなんてバカだったのかしら。)

 

「エルファバ?」

 

驚いたようにロンがエルファバの前に立っていた。

 

「ちっ、違うんだよ。これは…。」

「エルファバ!」

「エルファバ…。」

 

ハリーとハーマイオニーがこっちに来た。

 

「エルファバ聞いて。」

「来ないで。」

 

エルファバの踏んでいる床から、少しずつ、少しずつ、薄い氷が女子トイレを侵食していく。刺々しいその氷は今にも3人を襲い、突き刺しそうだ。

 

3人と話がしたかった。しかし3人の安全が1番大事だった。

 

「私じゃないよみんな。私じゃない。」

 

エルファバの視界が歪んでいく。

3人の叫び声を背中で感じながら走り出した。



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10.最後の犠牲者

「何か君に考えはあるんだろう。」

「お前らの脳は本当物事を記憶するために作られてないな。言っただろう?」

 

クリスマス、スリザリン寮でクラップに変身したロンとゴイルに変身したハリーはマルフォイに確信に迫っていた。ちなみにマギーになったハーマイオニーはその3人から少し離れたところで様子を伺っていた。そのほうがマギーらしいからだ。

 

「スミスだよスミス。」

「「どの?」」

 

スミスというのは2年生だけでも2人はいる。ハッフルパフのザガリアス・スミスともう1人は当然、グリフィンドールのエルファバ・スミスだ。

 

「グリフィンドールのほうに決まってるだろ。あのウスノロな訳あるか。」

 

マギー(ハーマイオニー)の目が、ありえないと言わんばかりに見開いた。きっとこの2人も同じ顔をしていたに違いない。マルフォイは怪訝そうに眉を上げる。

 

「僕が夏明けに言ったことは当然覚えていないよな?父上は僕におっしゃったんだ。"あれ"は成長したら人を殺す力があるから気をつけるようにとね。」

「人を殺す力?!エル…スミスが?」

 

クラップ(ロン)は思わずエルファバと言いそうになるのを抑えた。

 

「今回の事件のことと同様に詳しくは教えて下さらない。あのユーレイは使い方次第によっては上手い方向に向かうが、敵にしたら…まずいって言い方をしてたな、うん。」

 

マルフォイは誰かの持ち物らしき何かをポンポンと投げながら答えた。

 

「だがあれが持つ"人を殺す力"というのが、人間を石にする能力だったら今回の話もうまくまとまる。だろ?」

 

どうだ!と自慢げなマルフォイの後ろでハーマイオニーが呆れていた。

 

「すごいな。」

「さすがだマルフォイ。」

 

ハリーとロンは棒読みでマルフォイを褒める。所詮マルフォイ。さすがマルフォイ。

 

「あんた一回頭クリスマス・ディナーのフルーツポンチの中に突っ込んで冷やしてきたら?まだ余ってると思うよ。」

 

ハーマイオニーがマギーらしく参戦してきた。マルフォイの顔がクソ爆弾でも投げつけられたかのように歪む。

 

「はあ?」

「第1にスミスの小ささじゃまず1番最初の犠牲者の猫がいた場所に届かない。第2にスミスはマグルのいる環境で育ってて父親もマグル。マグルを恨む理由がない。第3に彼女はグリフィンドール生。スリザリンの継承者にはなれない。」

 

この3つの理由にハリーとロンも大きくうなづいた。まさしく3人が思ってたことだ。

 

「黙れ、穢れた血め。お前の意見なんて誰も求めてないんだよ。」

 

ハリーはマルフォイの後ろで掴みかかりそうなロンを必死に押さえつけていた。まだ体格が一緒なのは助かった。もしもハリーがハリーのままだったら引きずられていたことだろう。

 

「ハーマイオニーじゃない、マギーだ。」

 

ハリーはできるだけ小声でロンの耳に囁く。

 

「お前みたいなのがスリザリンに入れた理由が理解できないね。」

「ウチもなんであんたみたいなのがシーカーやってんのか分かんない。」

 

(いいぞハーマイオニー!!)

 

ハリーとロンは心の中でガッツポーズを決めた。マルフォイは血色の悪い肌をピンクに染めた。

 

「いいこと教えてやるよ。50年前、秘密の部屋が1度開かれた時、穢れた血が1人死んだ。今回もスミスか怪物に殺されるならお前かグレンジャーならいいんだ。」

 

そう吐き捨てて、マルフォイは怒りで歪んでるハリーとロンの元へ戻ってきた。

 

「ああ、そうだ。いいもん見せてやるよ。」

 

その後のことをハリーはあまり覚えていない。その数分後にポリジュース薬の効き目が切れたため、慌てて戻ってきたのだ。

 

「でもエルファバがスリザリンの継承者だなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがあるよなハリー?」

 

ロンは戻った体に合わないローブを脱ぎながら言った。

 

「…」

「ハリー?」

 

ハリーは答えられなかった。否定できなかったのだ。ハーマイオニーは個室から出てきて、これまで見たことのないくらい真剣な眼差しでハリーを見た。

 

「ハリー、今思ってることを言ってちょうだい。」

 

今日のことでマルフォイがエルファバを操っているという可能性が完全に消えた。そしてエルファバには"人を殺す力"があると言っていた。

 

(エルファバがスリザリンの継承者?)

 

自分の推測を2人に言ってしまえば4人の中に出来上がった何かが壊れてしまう気がした。1年と半分の中で、平凡な日常と、非凡な冒険の中で生まれたものが消える気がした。

 

「僕もエルファバがスリザリンの継承者だなんて馬鹿馬鹿しいと思うよ。」

「顔がそう言ってないわハリー。」

 

やはりハーマイオニーをこの状況で欺くのは無理があった。

 

「言えよハリー。」

 

ロンにも促される。スリザリンの継承者だと疑われた自分と普通に一緒にいてくれたエルファバ。自分を頼りにしてくれるエルファバ。兄弟のいないハリーにとってエルファバは妹みたいな存在だった。ハーマイオニーが姉で、ロンとは双子でエルファバが妹。

 

「僕は、エルファバがスリザリンの継承者だと思う。本人が意図してない中で。」

 

できるだけハリーは感情を入れずに答えた。エルファバが作り出す氷のこと、犠牲者たちの周りには必ず氷があったこと、エルファバの不審な行動。

 

「エルファバの能力と誰かを石にする能力が違うもので、スリザリンの怪物がエルファバを操っているなら説明がつかないかい?それに「じゃあ誰が秘密の部屋を開いたというの?」」

 

ハーマイオニーの言葉には冷たい響きがあった。

 

「ハリー、あなたの言うことは矛盾してるわ。もしもそうだとしたらエルファバは私たちに相談するはずでしょう?タップダンスのことがあってからエルファバ、結構話すようになったじゃない。」

「ああそうだハーマイオニー。でも3割くらいだよそれでも。」

 

ハリーは少しイライラした口調でしゃべった。

 

「それに魔力の暴走ってそんなに珍しいことじゃないわ。エルファバの過去も過去だから教授たちが把握しているのも当然よ。それに、」

 

ハーマイオニーは少しためらうように話す。ハリーがイライラしていることに気づいているのだ。

 

「魔力の暴走ってすっごく不安定で、自分でその力を出そうと思っても出せないものなのよ。」

「分かった、分かったよハーマイオニー!」

 

ハリーは中断した。これ以上話を続けてもきっとお互いのことを納得することはできないだろう。

 

「僕もエルファバがスリザリンの継承者だとは思わないよ。」

 

ずっとオロオロしていたロンが口を開いた。

 

「ただエルファバが今回のことの重要なことを知ってたと思うんだ。ほら、なんだっけ?ジニーの日記?」

 

ハーマイオニーが思い出したようにハッとする。

 

「そうだ!それがあったわ!明日エルファバのところに行って詳しく聞きましょう!」

 

そうハーマイオニーは意気込んでいた、というより早いところこの話し合いを終わらせようとしているようにハリーは見えた。

 

 

そのハリーの予想は当たっていたようで、次の日も、その次の日も、3人の中で、エルファバのお見舞いに行こうと言い出すものはいなかった。腫れ物に触るようにその話題はなんとなく避けられ、当たり障りのない会話で何日か済まされた。ジニーに誰かが日記について聞いたかも不明だった。だが休暇が終わりに近づくにつれてスネイプの課題よりも厄介な問題を解決しなくてなならなくなった。

 

ハリーはロンとハーマイオニーを女子トイレに呼び出した。さすがにこのままだとまずいと思ったからだ。

 

「2人とも、この問題を解決する必要がある。誰かジニーに日記のことを聞いたかい?」

「ジニーは日記なんて知らないって言ってたわ。」

 

即座にハーマイオニーが答えた。

 

「え、じゃあそれって…。」

 

ロンは言葉を最後まで完結させなかった。ハーマイオニーが睨みつけたからだ。

 

「ジニーかエルファバがウソをついてるんだ。」

 

ハリーはロンの言葉を引き取る。

 

「状況的に「エルファバが犯人ってこと?」…そうなるよハーマイオニー。」

「そんなのおかしいわ。」

「仮定の話だけど、エルファバが誰かに脅されてやらされてるんだと思うんだ。」

「じゃあなんでエルファバは私たちに相談しないの?」

「僕らが絡んでくるとなったらエルファバは言わないと思う。でももしもエルファバがこれまでの犠牲者に関与しているなら…」

 

ガタンっ!とハーマイオニーはバックを落とした。

 

「ハーマイオニー、落ち着いて。仮定の話だってハリーが言ってるだろう?」

「これが落ち着いてられるもんですか!!ハリー!!そんなこと言うなんて私許さない!!」

 

ハーマイオニーがものすごい剣幕でハリーに向かって怒った。

 

「ハーマイオニー!!話を聞いてくれ!!感情的にならないでくれ!!」

 

そう言うハリーもカッとなってハーマイオニーに食ってかかった。

 

「僕がそう考えるなら君だって考えたはずだ!!彼女の行動はおかしすぎる!!どうしてこの数ヶ月ベッタリくっついてたんだ!?」

「それはあの子が心配だったからよ!!別に疑ってたわけじゃない!!まさかあなたマルフォイの言うこと信じるんじゃないでしょうね!?」

 

叫びすぎてハリーはめまいがした。マートルが自分の不幸を嘆いて甲高い声で泣いているがそんなの気にならなかった。

 

「信じたくない!!けどマルフォイは僕らじゃなくてクラップとゴイルに言ったんだ!!嘘つくわけないだろう!!エルファバがスリザリンの継承者なんだ!!」

 

ドサドサっ。

 

何かが落下する音が入り口から聞こえてきた。3人は思わず口を塞いだ。誰かに聞かれてた。

 

ロンは2人に静かにするように指示し、足音を立てないように入り口に向かう。そして次にロンが声を発した時に出た名前は1番この話を聞いてほしくない人物だった。

 

「エルファバ?」

 

ハリーとハーマイオニーは急いで入り口に向かった。

 

「エルファバ!」

「エルファバ…。」

 

最悪のタイミングだった。

 

「来ないで。」

 

シュー…

 

エルファバのいた場所から少しずつ刺々しい氷がハリーたちの元に向かってくる。3人は後ずさりした。エルファバの作り出す氷は先端が鋭く、布だったら簡単に貫通してしまうだろう。エルファバの持っていた人形やカード、お菓子も今や氷の塊となっていた。

 

「私じゃないよみんな。私じゃない。」

「エルファバ待って!!行かないで!!」

 

3人は必死に後を追おうとするが、鋭く滑りやすい氷に足を取られた。

 

「エルファバ!」

 

やっと女子トイレを抜けたと思ってホッとしたハリーは外の光景にショックを受けた。

 

「う…わ…。」

 

廊下が一面氷だった。床はもちろん、壁や天井の細かい装飾まで氷に包まれていた。

 

「デフィーソロ」

 

ハーマイオニーは廊下に向け、呪文を唱えた。

 

何も起こらない。

 

「エルファバはね、毎晩悪夢にうなされてたの。」

 

ハーマイオニーは罪を告白するように小さく囁く。

 

「悪夢にうなされるたびにエルファバは部屋を凍らせてた。部屋が凍るたびにエルファバはこの呪文を唱えた。でもこれってエルファバじゃなきゃダメなのね。部屋だけじゃない。エルファバが1年の時からビックリしたり、怖いことがあったり、怒ったりするとどこかしらが凍ってた。」

 

ハーマイオニーは目からキラリと一粒涙を流した。

 

「私、ハリーが知るずっと前から知ってたの。でもエルファバが少しでもよくなるようにって思ってそのこと図書館で調べたらね、本に書いてあったの。制御不能な魔力は気が触れている典型的な証拠。そんな人は病院に入れられて、一生を終える。完治して治ることはほぼないから。」

 

ハリーはハーマイオニーがここまで感情的になった理由が今ようやく分かった。

 

「エルファバが犯人となったらエルファバはアズカバンに入れられる。そうじゃなくてもエルファバのことが知られれば一生マンゴ生活になるってこと?」

 

ロンの言葉にハーマイオニーは目をこすりながらうなづいた。ハリーはよく分からないといったふうにロンを見た。

 

「ああ、アズカバンは魔法使いの刑務所でマンゴは聖マンゴ病院のことでイギリス最大の魔法使い用の病院。」

 

廊下にはハーマイオニーのすすり泣く声が響き、ハリーとロンでハーマイオニーの背中を撫でた。ハリーは反省した。スリザリンの継承者がエルファバかもしれないということに考えが行き過ぎててその後のことやエルファバのことを全く考えてなかった。

 

「エルファバはスリザリンの継承者じゃない。でも重大な何かを知ってる。これで3人の意見は一致してるよね?」

 

ロンとハーマイオニーはうなづく。

 

「エルファバを探そう。」

「ハリー見て!」

 

ロンは廊下を指した。反対側からゆっくりゆっくりと光の反射を受けながら氷が溶け、その溶けた水がまるでそもそも存在していないかのように消えていった。

 

ハリーはその様子が美しいと思わず思ってしまった。

 

「あっちだ。行こう!」

 

ーーーーー

 

3人は広大な城の中を走り回った。ウィーズリー兄妹や残っている他寮の生徒、ゴーストや絵の中の人々にもお願いし、エルファバ捜索が行われた。

 

「これは一体なんの騒ぎです?」

 

事態が大きくなったころ、マクゴナガル教授は各空き教室をバタバタと開け閉めしているロンに尋ねた。

 

「エルファバを探してます。」

 

バタン、バタン、バタン、バタン。

 

「いないのですか?」

「いません。グリフィンドール寮も医務室も大広間もチェックしましたがいないんです。」

「そんな小さな棚と思いますがねミスター・ウィーズリー。」

「エルファバの小ささならありえるかなと。」

 

ロンは教科書をいれる棚を確認していた。

 

「ウィーズリー、スリザリン寮にはいなかった。」

「スリザリン寮?」

 

マクゴナガル教授はマギーの発言に驚愕した。

 

「ミス・スミスはグリフィンドールですよミス・マックロード!」

「探せって言われたんで。」

 

マギーはあっけらかんと答えた。

 

「ハッフルパフ寮にもいませんでした、ミスター・ウィーズリー。」

「太った修道士!?」

「レイブンクロー寮にもいませんでしたわ。」

「灰色のレディまで!?」

 

マクゴナガル教授はめまいがした。

 

「一体なぜ!?」

「レイブンクローにもハッフルパフにも残っている生徒があまりにも少なかったので2人に頼みました。」

 

若干ズレたロンの回答にマクゴナガル教授は壁に寄りかかる。

 

どうも複雑だった。普段あまり団結することのない他寮が1人の生徒を探すためだけに生物を超えて団結しているというこの状況を飲み込めなかったのだ。

 

「なぜそこまでしてミス・スミスを探してるのですか?」

「すっごく、すっごく、大事な用があって!!」

 

ロンは力説した。

 

「でも、そのちょっとした誤解から彼女がいなくなってしまったんです。ほらホグワーツって馬鹿でかいから探すのに時間がかかって。」

 

マクゴナガル教授はため息をついた。

 

「今こんな事件が起こってる中で、多くの人間やゴーストを動かすのはあまり懸命ではありません。できれば避けてほしいものです。」

 

ロンは納得してない、と言わんばかりに眉間にシワを寄せた。

 

「ミス・スミスを探すのはやめ『ミス・スミスを探している諸君、ご苦労じゃ。大広間に水とスナックが用意されとるから好きにとって行くがいい。』…ダンブルドア校長?」

 

魔法で大きくなったダンブルドアの声が城中に響き渡った。

 

『生徒を石にする者はこんな状況で事件を起こさんと思うぞミネルバ?』

「校長どこにいらっしゃるのですか!?」

『ミス・スミスは皆も知っての通り小柄じゃ。細かいところもしっかりと見ないと大変じゃ。しっかり探すのじゃぞ?』

「「「「「はああああああい!!」」」」」

 

ホグワーツ創設以来といっても過言ではない見事な返事が城の至る所から聞こえてきた。

 

「よしっ!校長の許可が出たところでいっちょ探すぜ!」

 

ロンは呆然と立ち尽くす教授を置いて生徒とゴーストを引き連れて行った。

 

 

ーーーーー 

 

 

4時間に及ぶ生徒、ゴースト、絵の人物、そして数名の教職陣(ダンブルドア校長の実況とロックハートの邪魔、そしてハグリットの校庭捜索)による思いの外大きくなったエルファバ大捜索だが、その結果は報われなかった。

 

「あいつ隠れんの上手いなあ。」

「あいつ、」

「本当」

「「チビだから。」」

 

エルファバ捜索に関わった者は大広間に集合していた。

 

「エルファバどこに隠れたのかしら?相当よ、ここまで探して見つからないなんて。」

『皆の者よ、時の流れは早いもので残念ながら生徒は就寝時間じゃ。ほれっ、戻るのじゃ。』

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーはゴーストや絵の人物とは違い生身の体で1番動き回ったのでクタクタだった。

 

「さすがに戻ってくるんじゃない?」

 

ロンは楽観視していた。

 

「そうね…期待しましょ。エルファバのベットに探知呪文と夜鳴き呪文かけるわ。エルファバが横になった瞬間大きな音がするの。そしたらすぐ分かるわ。」

 

とりあえず3人はこの大捜索の本来の目的を忘れ、自分たちのフカフカのベットへと真っ直ぐに向かった。

 

 

 

ーーーーーー 

 

 

 

「うそ?!」

 

翌日、ハリー談話室でハーマイオニーの報告に驚愕した。続々と休暇を終えた生徒が寮に荷物を運んでいる時、フレッドとジョージは昨日の大捜索を面白おかしく生徒たちに聞かせていた。

 

「うそじゃないわ。1度もエルファバは戻ってこなかった。」

 

間違いないわ、とハーマイオニーはため息をつく。

 

「大捜索すぎて恥ずかしくなって出てこれなくなったとか?」

「まあありえなくはないけど、エルファバだったらみんなに迷惑かけてるって思って大捜索が始まったって分かった段階で出てくるんじゃないかしら?」

「ロンの言ってることもハーマイオニーの言ってることもありえるな。」

「人数増えたし、もっかいやる?」

「「勘弁してよ。」」

 

ハーマイオニーとハリーはハモった。

 

「あなた何気に楽しんでたでしょ。」

「ははっ、バレた?」

 

ロンは頭をかく。

 

「おかしな。」

「パース、どうした?」

 

パーシーが入り口付近でウロウロしている。

 

「帰ってきたグリフィンドール生の人数が半分くらい合わない。もうホグワーツ特急からはとっくに全員下車しているのに。まさか外で遊んでるわけじゃないだろうな。」

 

パーシーがもったいぶって、グリフィンドール寮から出て行った。

 

「なんか外騒がしくない?」

 

パーシーが出て行った際に聞こえた声は随分と騒がしいものだった。

 

「まさか、エルファバ?!」

 

ハーマイオニーの声に弾けるように3人は寮から飛び出していった。声のする方へ階段を駆け下りると、人だかりができていた。

 

「寒い。」

 

ハーマイオニーはつぶやく。

 

確かに寒かった。ここの廊下の一帯だけにまるで冷蔵庫のように気温が低い。どちらかといえば薬草学で使う温室に近いため、本来であればこの廊下は避寒地のはずだった。寒さとは別の悪寒が3人の背中を貫く。

 

「通して!!通して!!」

「お願い通して!!」

 

人を押しのけて3人はどんどん前へと突き進んでいった。

 

「ダメだ!!」

 

最後に目の前を妨害したのはハグリッドだった。おそらくハグリッドのいる先の角を曲がれば何が起こっているのか分かるだろう。その目は涙で濡れている。

 

「ハグリッド!!お願いだ!!通してくれ!!」

「頼むよ!!」

「いけねえ!!この道を通った生徒3人がすでに犠牲になっとる!!」

 

3人は訳が分からなかった。

 

「他の生徒もだ!!とっとと戻れ!!さもなくばお前さんら石になるぞ!!」

 

ハグリッドの掛け声で周辺の兵隊の石像たちが1人でに槍の模型で生徒たちをどんどん追い払い始めた。

 

「マクゴナガル教授の魔法だわ!」

「下がれ!!下がれ!!」

 

押し問答になりながら生徒たちは後ろに下がっていく。だがここで引き下がる3人ではなかった。上手く石像の兵隊を切り抜けて再びハグリッドの元へ向かった。

 

「ダメだと言っとるだろうがっ!!!」

 

3人は固まった。ここまで怒るハグリットはハグリッドがダンブルドアをダーズリーに侮辱されたのを見て以来だった。

 

「じゃあせめて何が起こってるかだけでも教えてくれ!」

「ダメだ!絶対に言うなとダンブルドア校長のお達しだ!連絡が来るはずだから大人しく寮で待てい!お前さんらの命に関わることなんだ!」

 

唾を飛ばして叫ぶハグリッドに3人は後ずさりした。

 

「ハグリッド!エルファバはどこ?」

 

エルファバ、という名前を聞いた瞬間ハグリッドの目から涙が滝のように溢れてきた。

 

「ハグリッド…エルファバは?」

「いばねえっ!!ダンブルドアごうぢょうがらいばれてるんだ!!」

 

分厚いコートで鼻水と涙を拭ったハグリッドはそういったまま、1人でしゃくりあげて何も答えなかった。

 

「行きましょう…。多分これ以上待っても何も起こらないと思うの。」

 

後ろ髪引かれる思いで3人は現場を後にした。

 

  

ーーーーー 

 

 

数時間後、生徒は監督生の指示のもと大広間に集められた。

クリスマス帰りの生徒たちはザワザワと自分の推測を話しながらダンブルドア校長が話すのを待つ。

 

「今朝起こったことを話そう。」

 

ダンブルドア校長は今までに聞いたことのないくらい重々しい口調で話始めた。大広間はシーン、と静まり返った。

 

「今朝、いわゆる"スリザリンの怪物"と呼ばれる生物が発見された。」

 

その一言で再び一気に生徒がざわついた。

 

「静かにっ!!」

 

マクゴナガル教授の一喝で再び静まりかえる。

 

「ありがとうミネルバ。正体はバジリスクと呼ばれる巨大な蛇じゃった。どこで生まれたかもホグワーツでどうやって育ったかもまるで検討がつかない。しかし、記録されてる限りではバジリスクと目が合うと死ぬと言われておる。」

 

下級生はちんぷんかんぷんといったように辺りをキョロキョロ見渡し、上級生は信じられないと言わんばかりに校長の話に食い入るように聞き入った。

 

「幸いなことに、これまではどの生徒も直接バジリスクの眼を見なかったために最悪の事態は逃れた。」

 

ハリーは思い出していた。コリンはカメラを、ジャスティンはニックを通して見たに違いない。ニックはもとから死んでいるので石になった。ミセス・ノリスはあの時床に凍りかけの水溜まりがあったのでそこでヘビを見たのだろう。

 

1つずつピースが繋がっていく。パーセルマウスだからこそハリーにのみあの不気味な声が聞こえたのだ。

 

「バジリスクが最後の生徒を襲っている時、ロックハート教授がその場面に出くわした。そ「そして私がバジリスクを複雑な冷凍呪文で凍らせましたっ!!」」

 

ロックハートは高らかにダンブルドア校長の前に立ち、ライラック色のローブを翻し、発言を奪っていった。

 

「あなた方を怪物の恐怖から救ったのです!」

 

これには多くの生徒が拍手をロックハートに送った。特に女子生徒はロックハートの勇姿を近くで見られたと大喜びして、ロックハートが嫌いな男子生徒ですら感心して拍手したりピーピー指を鳴らしたりしていた。

 

しかしロンとハリーは顔を見合わせた。

 

「「エルファバだ。」」

 

あのアホで無能なロックハートが、ピクシーすら追い払えなかったロックハートが、巨大な蛇など追い払えるのか?これが別の手段だったら信じられたが、凍らしたとなると話は別だ。

 

「ハリー、やばい。」

 

ロンの言われるがままに教授たちを見た。マクゴナガル、スプラウト、フィットウィック、マダム・フーチ、マダム・ポンプリー、ハグリッド。みんなゾッとするような目でロックハートを見ていた。スネイプに至ってはもはや杖を取り出している。あの視線を浴びてもなお平然と笑っていられるロックハートはある意味大蛇なんかよりも強いとハリーは思った。

 

「そうじゃ、じゃが数名の犠牲者も出た。」

 

ダンブルドア校長の言葉でさっきの騒がしさがウソのようにシンと大広間が静まりかえった。

 

「凍らせたために大蛇と目が合うとすぐに石になってしまうという状況が作り出されてしまった。ギルデロイよ、どいてくれぬかの?」

「はっ、はい。」

「ありがとう。それにより氷越しに目が合ってしまった4年のハッフルパフ生メアリー・マクガヴィン、同じく4年のレイブンクロー生アンドリュー・ブランディ、そして6年のスリザリン生のジャスティン・バークレーじゃ。」

 

これに今度はスリザリン生の動揺が広がった。スリザリン生なら絶対に襲われないという自信があったのだろう。

 

「当然だろ。怪物は凍ったわけだから裏を返せばその状況は無差別殺戮兵器みたいなもんさ。」

 

レイブンクローの男子生徒が隣で耳打ちしていたのがハリーの耳にも入ってきた。しかしそれどころではない。どうしてエルファバの名前が呼ばれないのか。

 

『いけねえ!!この道を通った生徒3人がすでに犠牲になっとる!!』

 

ハグリッドはそう言っていた。エルファバは犠牲になっていないということか?いや、

 

ハリーはその答えを知っていた。しかし、否定したかった。

 

(ウソだ、絶対ウソだ。

 

「そして…残念じゃが…ロックハート教授が怪物を発見した時、襲われていたのが…。」

 

(その名前を言わないでくれ!!)

 

そんなハリーの願いは虚しく崩れ去った。

 

「2年のグリフィンドール生、エルファバ・スミス。」

 

ハーマイオニーが椅子から崩れて落ちていくのが視界の端で見えた。ロンがハリーのローブを掴む。グリフィンドールの机から悲鳴や息を飲む音が聞こえた。

 

「彼女は、何も持っていなかった。」

 

ウソだ。

 

「ミス・スミスは直接バジリスクの目を「「ウソだっ!!!」」」

 

ハリーとロンが叫んだのは同時だった。

 

「ポッター、ウィーズリー落ち着きなさい。」

 

マクゴナガル教授の制止を振り切り、ハリーとロンは叫んだ。

 

「ウソです、絶対ウソです!確認してください!」

「そうです!エルファバだったらバジリスクを回避する術を知ってたはずだっ!昨日あんだけ探してもいなかったのに!それなのにどうして!」

「ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー、落ち着くのじゃ。彼女が死んだとは決まっておらん。」

「へ…?」

「彼女の体は今、大蛇と共に分厚い氷の中じゃ。そのため彼女が石になっているのか否か、判断がつかんのじゃよ。」

 

ロンは思わず席に座り込んでしまった。ハリーは立ち尽くしたまま、じっとまるでダンブルドア校長が悪いとでも言わんばかりに睨みつけた。

 

「氷の中にいたのであれば氷を通して見たかもしれん。しかしロックハート教授の放った呪文が先か、怪物がミス・スミスを襲ったのが先か、判断がつかん。」

 

(氷なら魔法で大量に火を作れば簡単に溶けるはずだ。何を言っているのだろう?)

 

これがハリーの正直な感想だった。

 

「もう、怪物に襲われる心配はない。じゃがまだこの事件の全貌も明らかになっとらん。じゃから皆の者気をつけるように。監督生、生徒を寮へ連れて行くのじゃ。」

 

生徒たちの空気は怪物がいなくなったにも関わらず重々しいものだった。もしかしたらエルファバが死んでしまったかもしれない。その事実が1人1人の心を締め付けているのだ。

 

「ハーマイオニー…。」

 

床で静かに泣いているハーマイオニーにロンは話しかける。反応はない。

 

「ハーマイオニー。」

 

ロンとハリーは静かにハーマイオニーを抱きしめた。

 

「エルファバは大丈夫さ。あの子はいつも僕らに心配かけてるだろ?」

 

エルファバはよく1人で突っ走る。それは悪気は一切なく、長い間エルファバは1人ぼっちだったから人の頼り方が分からないのだ。人のことはしょっちゅう助けるくせに、自分のことはずいぶんと雑で気にしない。そんなところがエルファバの欠点であり長点だった。

 

「ハーマイオニー、でも、絶対最後にはいたずらしたのがばれた子犬みたいな顔で反省して戻ってくるよ。」

 

ハーマイオニーはロンとハリーの腕の中で小さくうなづく。

 

「氷溶けたら、また説教だな。まあ経緯次第だけど。」 

「お取込み中申し訳ないが。」

 

スネイプは獲物を捕まえるコウモリのように3人の後ろに立っていた。

 

「校長がお呼びだ。」

 



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11.氷の魔女がいないホグワーツ

変な格好をした知らないおばさんが家に来た。ママはあたしをリビングから追い出そうとすると、おばさんはそれを止めた。

 

「あなたはエルファバ・スミスの妹ですね。ダンブルドア校長から聞いてます。あなたにも知ってほしい…お姉さんのことを。」

 

(あ、この人、エルフィーの学校の人だ。あたし見たことあるもん。)

 

「主人は家におりません。だから今あなたが私に何を説明しても私には理解できません。」

「いいえ、理解していただかなくても結構です。これだけ申し上げれば。」

 

おばさんの目はお母さんのことを嫌いだって言ってた。けれど、真っ直ぐに自信を持って、けど悲しげにこう言った。

 

「あなたのお姉さんが私たちを怪物から救いました。」

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

「君たちにミス・スミスの姿を見せたい。」

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーはダンブルドアに連れられてあの廊下まで来ていた。やはりここは異常に温度が低い。

 

「ミス・グレンジャー、見るのが辛かったらすぐに言うのじゃぞ?」

「…はい。」

 

ハーマイオニーは囁くように答える。

 

「今バジリスクの目が見える部分は幕で覆っておる。じゃが見るときは充分注意するように。よいな?」

 

3人はうなづく。角を曲がると、ライム色の帽子を被った男性が待っていた。

 

「コーネリウス。」

「アルバス。今来たところだ。部下は外で待機させているが、これは…!」

「そうじゃ。エルファバ・スミスがつくりだした氷じゃ。手紙に書いた通り、グリンダ・スミスと同じ能力を持っておる。」

 

グリンダ?

 

ハリーはロンと顔を見合わせる。エルファバの母親も同じ能力を持っていたのか。

 

「ああ、だが想像以上だ。まさか、ここの水分全てを凍らすなんて…!!」

 

まるで、巨大なアイスキューブのようだった。その中に黒い影が2つ人形のように埋まっている。

 

「エルファバ…。」

 

3人のよく知るエルファバの後ろ姿だった。最後に3人が見たときと全く同じパジャマで、髪の毛が逆立ったまま凍っている。そしてその姿は怪物に毅然とした姿勢で立ち向かい、まるで何かを発するように両手のひらを大蛇の体に向けていた。

 

「コーネリウス。」

 

3人と共にまじまじと氷を眺めているコーネリウスという男性にダンブルドアは尋ねた。

 

「魔法省大臣として、これをどう思うか教えてほしい。この姿を見て、彼女がスリザリンの継承者だと思うじゃろうか?」

 

ロンは分かっていないハリーに口パクで答えた。

 

『彼は魔法省で1番偉い人。』

 

コーネリウスは、息を飲み目の前の景色に圧倒されながらも気を取り直す。

 

「とんでもない。誰がこの巨大な化け物に立ち向かっている12歳の少女を疑うか。彼女を疑っているものに私の見たものをそのまま伝えよう。彼女は英雄だと。」

 

ハーマイオニーは大分落ち着いたようだった。きっとエルファバに罪を着せられることを心配していたに違いない。

 

「エルファバは何か重要なことを知っていたのではないかと思います。」

 

ハリーは口を開いた。

 

「どうしてそう思うのじゃ?」

「…これまでの犠牲者には全て氷が絡んできています。」

「それは彼女のではない。最初の段階でエルファバ本人が証明してくれた。」

「ああ…。」

 

ハリーの体の力が抜けていく。エルファバはやはり無実だった。改めて理解した。エルファバを疑った過去の自分を殴り飛ばしたい気分だ。

 

「じゃが犯人が何かしらの方法でエルファバの"力"について知っていたのは事実じゃ。そして彼女は重要な何かを知っていたと考えるのが懸命じゃ。」

「どういうことですかなアルバス?」

「毎回のように犯人は犠牲者の一部を凍らせてた。しかしミス・スミスの作る恐ろしく複雑で洗練された魔法とは違い、簡単な冷却呪文によって作られたものじゃった。犯人はミス・スミスがただ情緒が不安定な少女という認識しかなかったに違いない。じゃが彼女が杖なしで魔法を使えるという情報が入ってきた。…つまり、本人から聞いたということではないようじゃ。」

「エルファバは極度に"力"が知られることを恐れていました。」

 

ハーマイオニーは少し震えた声で言った。

 

「だから、誰かが彼女の能力を見て言ったんだと思います。」

「見られた心あたりはあるかのミス・グレンジャー?」

 

ダンブルドアは優しくハーマイオニーに話しかける。ハーマイオニーはそれに答えるようにハッキリとした口調で答えた。

 

「私の知ってる限りだとルームメイトのラベンダーとパーバティですけど…でも彼女たちは気づいていないと思います。」

 

ふとハリーは初めてエルファバの能力を見たロックハートの授業を思い出す。ハリーいた場所からはエルファバが杖なしで魔法を使ったことはわかるだろう。しかし、角度を変えれば誰もがあの氷はエルファバの杖から放たれた魔法だと思うはずだ。

 

「ダンブルドア校長、ミセス・スミスを連れてきました。」

「おおご苦労じゃミネルバ。」

 

マクゴナガルに連れられてやってきた女性は(血が繋がっていないので当たり前ではあるものの)驚くほどエルファバに似ていなかった。

白髪交じりの黒髪が無造作に肩に乗っかっている。目つきが悪く常に人を睨みつけているようだ。このホグワーツでYシャツにジーンズという格好なので普通の格好のはずがずいぶんと違和感があった。

 

「あなたたちだあれ?」

「エディ指ささないのっ!」

 

ミセス・スミスの後ろにいたのはエルファバの妹だろう。母親によく似ているが目つきは悪くない。体の至る所に擦り傷があり、肌が全体的に日焼けして色黒かった。彼女もマグルのキャラクターがかいてある蛍光ピンクのTシャツにジーンズという格好だった。

 

「はじめまして、ミセス・スミス、ミス・スミス。ホグワーツの校長をしているアルバス・ダンブルドアじゃ。」

 

ダンブルドアが丁寧に腰を折るが、エルファバの母親は、ふてぶてしく軽く頭を下げる程度だった。

 

「エディ・スミスです。エルフィーの妹です。いつもお手紙返してくれてありがとう。」

 

対してエディはちょこちょことダンブルドアの前に来て、ペコッとお辞儀した。

 

「エルフィーは怪物たおしたんでしょ?エルフィーはどこ?」

 

そこにいるほぼ全員がこの無邪気な質問に答えられなかった。

 

「ミセス・スミス、そしてエディ。説明するよりもここに来て実際に見てもらったほうがいいと思い、ミネルバに呼んでもらった次第じゃ。」

 

ダンブルドアはエルファバの背中を指差し、静かに、しかしハッキリと2人に言った。

 

「エルファバじゃ。」

 

エルファバの母親もエディも訳が分からないといった風に眉をひそめた。

 

「おそらくエルファバから聞いておると思うがここ最近非魔法使い生まれ…わしらの世界ではマグルと呼ぶが、マグル生まれの生徒が石になるという事件が起こっていた。誰も解決ができなかった中、エルファバは自らの"力"を使い、怪物を氷の中に閉じ込めた…自らの体と共に。」

 

エディは氷の近くまでいってしげしげと1メートルほど先にいるエルファバを見ていた。

 

「その怪物の名はバジリスク。その怪物の目を見ると死ぬといわれておる。今までは幸運なことに誰も直接はその目を見なかった。しかし…。」

 

ダンブルドアはどんどん近づいていくエディの手をそっと握った。

 

「彼女は直接目を見た可能性がある。」

「じゃあエルファバは死んだっていうの?」

「…あくまで可能性の話じゃ。」

 

エルファバの母親はゆっくり氷の巨大な塊に近づき、それに触れた。

 

「エルファバ…。」

 

エルファバの母親の背中は震えていた。

 

エルファバの母親はエルファバのことを嫌いなのではなかったのか?

 

3人の頭の中に浮かんだ疑問は同じだった。エルファバの話では母親はエルファバの能力を嫌い、エルファバの存在を小さな部屋に押しやる最悪な母親だった。ところが今そこにいる彼女は普通の、死んでしまったかもしれない娘のことを案じる母親だった。

 

「エルフィーはしんじゃったの?」

 

手を握られたエディはダンブルドアを見上げる。

 

「誰にも分からん。君のお姉さんをこの氷から救い出さぬ限りな。」

「校長。」

 

フィットウィックがキーキー声で誰かを引き連れてやって来た。

 

「デニスを連れて来ました。」

 

ハリーはフィットウィックの連れてきた男性を見て、エルファバの父親だと思った。

 

エルファバの顔の造りは写真で見たグリンダ・オルレアンに似ているがエルファバの醸し出すあまり人を近づかせない感じの雰囲気は父親似だ。無精ひげを生やした黒髪の男性は身長が高く、やつれているように見える。しかしマグルのスーツを着た彼の青い瞳は鋭かった。

 

「ああ、デニス。」

「ダンブルドア。」

 

デニスと呼ばれたエルファバの父親は一瞬ハリーに目を止め、そして逸らした。軽くダンブルドアと握手を交わす。

 

「事情はフィリウスから聞いたじゃろう。」

「この子達は?」

 

エルファバの父親が3人を邪魔だと思っているのは明らかだった。無表情だがこの無表情のタイプはエルファバに似ている。1年半エルファバと一緒にいた3人は幸か不幸か彼が何を思っているのか分かってしまった。

 

「僕ら、ここにいます。」

 

ハリーはキッパリと言った。正直、初対面の大の大人の考えに反するのは少し恐怖だった。しかし今はそれよりもエルファバのことをもっと知りたかった。

 

「絶対動きません。」

 

ハーマイオニーも賛同した。エルファバの父親は少し考え込む。

 

「君らはエルファバの秘密を知ってるのか?」

「はい。でも私たち3人以外は誰も知りませんし、誰にも言うつもりはありません。」

 

ハリーが口を開く前にハーマイオニーが早口に答えた。

 

「いいだろう。」

「デニス、我々が聞きたいことは分かっていますよね?」

 

3人に許可が下りた時点でマクゴナガルは急かすように話した。

 

「ええ。どうやって彼女をこの氷から取り出すかですよね。」

 

エルファバの父親は淡々と語る。ハリーは驚いた。娘が死んでいるかもしれないという状況でなぜ彼はこれほどまでに落ち着いているのだろうか?死んでいないという確証でもあるのか。今世紀で最大の魔法使いだと言われている校長ですら死んだかもしれないと言っているのにも関わらずだ。それとも…実はエルファバを厄介払いできてホッとしているのか。

 

マクゴナガルも少し拍子抜けしたようで、短く息を漏らした。

 

「私とミネルバ、そして校長で試せる魔法は試しました。しかしこの氷は魔法が当たった瞬間に全てそれを凍らせてしまいます。」

 

フィットウィックは杖で氷を指しながら言う。

 

「熱で溶かすことも試しましたがびくともしませんでした。」

 

ハリーが氷を見ると、確かに平らな氷の表面にいくつかボコボコと盛り上がっている部分があった。

 

「この氷には一切魔法は効きません。魔法でつくられた火による熱も無効です。あの呪文は例外ですが。」

「じゃあ、やはりクィレルをここに連れて来て呪文を唱えるというのは?」

 

フィットウィックの提案にダンブルドアが首を振る。どうしてここであのクィレルの名前が出てくるのかハリーには理解ができなかった。

 

「あまり奴に杖を持たせるのは賢明ではないじゃろう。」

「はい。それにあの呪文は使いこなせないと全ての氷を溶かしてしまう。だからこの怪物も一緒に出てくるでしょう。」

「じゃが所詮は氷。そうじゃろう?」

「ええ。だから時間はマグルの方法でやれば溶けます。」

「つまりマッチやライターを使って火をおこし、その熱で溶かせばいいと?」

 

ロンは突然出てきたマグル用語にちんぷんかんぷんのようだった。ハリーはマクゴナガルがマグルの物の名称を知っているという事実に驚く。

 

「あと、エルファバのみを出すならチェーンソーやのこぎりを使って彼女の周辺の氷を削れば怪物を凍らせたままエルファバを溶かすことができるでしょう。あとはマグルの世界に存在する科学的な薬品を氷にかけて火をつけるぐらいでしょうか。あまり現実的な考えではありませんが、それぐらいしかアイデアはありません。」

 

マクゴナガルは納得したようにうなずき、杖を振って羊皮紙とペンを取り出し、メモを取った。

 

「お父さん。」

 

エディはダンブルドアの手を離れ、父親へと近づく。

 

「エルフィー、しんじゃったの?」

「まさか。エルファバが死ぬわけないだろう?」

 

その発言は自分の娘を慰めるためなのか、それとも本当にそう思ってるのか、どっちともとれた。

 

「…エルファバ…。お願い…死なないで…。」

 

か細い母親の声だった。懇願している声は痛々しい。

エルファバが母親のこんな姿を見たら、きっと少しエルファバは母親に実は愛されていたという自信を持つだろう。

 

ハーマイオニーもエルファバがいる氷へ一歩近づく。中のエルファバをじっと見つめ、頭を氷にくっつけた。ハリーとロンはそんなハーマイオニーの元へそっと近づくが…。

 

「…あなた、何言ってるの?」

 

ハーマイオニーの問いかけはエルファバの母親に向けられていた。それに反応する様に母親はハーマイオニーを向く。

 

「あなたの呟きが聞こえたわ。てっきりエルファバへ向けられてるのかと思ってたけど…『お願い、死なないで。じゃなきゃ私は一生嫌われたままだわ。』『あの人に殺される。早く起きて。』『あなたは死んでないはず。起きて証明して。』…あなた、さっきからエルファバの心配を全くしてない。事情は知らないけど、自分の保身ばかりだわ。」

 

ハーマイオニーは怒りでぶるっと震える。エルファバの母親は一瞬見開いたが、すぐに悲しそうな顔に戻る。

 

「…あなたがハーマイオニーね。エルファバが話していたわ。一緒に買い物に行ってくれてたって…ありがとう。彼女は喜んでいたわ。」

 

ハリーはこの光景をもう何百万回と見たことがある。自分の親戚のダーズリー一家で。ハリーから都合の悪いことを聞かれた時に関係ない話をして逸らす。ペチュニア叔母さんの常套手段だった。

 

ハリーは瞬時にハーマイオニーが言ったことが真実であり、図星を突かれたエルファバの母親は話を逸らしたのだと悟った。

 

「…あなたは、エルファバの母親なんかじゃない…。エルファバがなんと言ってもね。」

「ミス・グレンジャー。口を慎みなさい。」

 

マクゴナガル教授はハーマイオニーをたしなめるが、止まらない。

 

「エルファバはどうしてあんなに小さいの?どうしてエルファバは魔力をコントロールできないの?どうしてエルファバはあんなに私たちに能力を知られることを恐れていたの?きっと全部あなた…いえ、あなたたちのせいだわ…!エルファバは毎晩毎晩悪夢にうなされるけど、起きると忘れるの!きっともっともっとあなたは酷いことしてたのよエルファバに!!」

 

最後の言葉はほぼ叫びに近かった。ハーマイオニーは再び嗚咽して、氷の前に座り込んだ。ハリーとロンはハーマイオニーの背中をさする。

 

エルファバの母親は突然の出来事に数秒固まっていたが、ため息をつき、エディを連れて肩を鳴らしながら歩き出す。

 

「ママ…私エルフィーのそばに「帰るわよ。失礼しちゃうわ。」」

 

エルファバの父親は、軽くハーマイオニーに頭を下げてから2人を追いかけた。

 

ハリーは、あの家族の冷たさを感じた。あんなに冷めきった人たちの塊を家族と呼んでいいのか。ダーズリーたちですら他人に迷惑をかける形ではあるものの家族を思いやっている。エルファバはあの冷たい家族の中で蔑まれ、疎まれ、誰にも頼ることができなかったのだ。

 

あの家庭環境を理解していれば、エルファバがこの氷の中に閉じ込められるという事態を防げたのか。

 

ハリーは悶々と考えた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

エルファバが怪物を凍らせたという事実はいろんなところで影響をおよぼした。

 

まずハグリッドに着せられた罪が晴れた。

 

生徒たちほぼ全員がこのことを知らなかったが、ハグリッドは最初に秘密の部屋が開いた時の犯人でホグワーツを追放されていたということをハグリッドの口から直接聞いた。しかし今回バジリスクが出てきたことでハグリッドが飼っていた蜘蛛とは異なったため(ロンはそれを聞いて紅茶をむせていた)ハグリッドの名誉が回復したという。

 

「もう一度ホグワーツで勉強するかとダンブルドア校長先生はおっしゃったが、俺は門番がいいと断ったんだ。じゃが、嬉しかった。俺の罪は晴れたんだ。」

「良かったよ本当に。」

「俺はっ、エルファバに感謝せんとなあっ…。」

 

ハグリッドはハリーの肩まで覆えそうな大きなハンカチでぶおおっと鼻をかんだ。その鼻息がハリーたちに振る舞われたケーキ(よく分からない硬い物体入りの)を吹き飛ばした。

 

あと当然ながら怪物がいなくなったため石になった犠牲者はもう出てこない。ホグワーツに平和が戻った。しかしながら、どちらかというとマイナスなことが増えた気がするとハリーは思っていた。

 

ラベンダーはしょっちゅう突然泣き出して、よくいろんな生徒に慰められていた。

 

「わっ、私エルファバにペン借りてて…返せてなかったのよっ…!!それに…エルファバともっと…。話せばよかった…!!」

 

ハリーはチラリとラベンダーがハッフルパフのアンナにそう言っているのを休み時間に聞いた。一方パーバティはラベンダーのように公で泣くことはないもののエルファバのベットを見て毎晩泣いているという。

 

「よくエルファバが寝る前にパーバティの悩みを聞いてあげてたのよ。かなり信頼してたみたいで。」

 

ハリーはパーバティとラベンダーはエルファバと同室なのにエルファバがうなされてたのを知らないのを疑問に思った。

 

「申し訳無かったけど…エルファバがうなされてた時、エルファバに無声呪文をかけてたの。だからパーバティもラベンダーも気がつかなかったのよ。」

 

ハーマイオニーはロンとハリーにお昼の時間にこっそり教えてくれた。

 

エルファバと接点のあったセドリックもかなり落ち込んでいるらしいと風の噂で聞いた。優秀にも関わらずテストの成績もガタ落ちし、あまりの落ち込み様にからかえないとフレッドとジョージが嘆いていた。

 

そして闇の魔術に対する防衛術の授業はそんな落ち込む生徒の神経を逆なでした。

 

「私がミス・スミスの叫び声を聞いた時、華麗に杖を取り出し角を曲がった。そして大蛇に食べられそうになったミス・スミスに…ハリー、口を開けてっ!そうそう!私は『避けろっ!!』と言い、複雑な呪文を唱えた。そして大蛇は…。」

 

2年グリフィンドール生全員、驚くことにファンである女子生徒も、呪いをかけようと準備しているのにロックハートは気がつかなかった。他の授業ではエルファバに関わりのない生徒が多かったために俗物根性で興味深く見ている生徒も少なからずいた。ここ最近ずっとこの授業が"好評"だったので続けていた。噂ではこの授業を受けた真面目なハッフルパフ生徒の半分が無言退出をしたとか、キレた赤毛の双子がロックハートの顔にクソ爆弾を投げつけたとか言われているが犠牲者のいる学年寮でこれをやったのは何よりのロックハートの最大の失敗だっただろう。毎回ラベンダーやネビルが泣きながら教室を出て行くにも関わらず続行したロックハートに皆の怒りは頂点に達したところで、チャイムが鳴った。

 

「さあっ!今日の宿題は私の勇気に免じてなしだっ!いい放課後をねっ!明日の朝食をお楽しみにっ!」

 

とはいえどもロックハートの部屋の前には人だかりができている。今や"バジリスクを倒した英雄"は学校全体で見ればヒーローだった。だからロックハートは退出されようが妨害されようが授業を続行するのだ。

 

「さあさあっ!!サインを欲しい人はこっちにおいでっ!」

「あれはエルファバがやったんだ!!」

「ロン落ち着いて。」

 

ロンは思いっきり壁を蹴り上げ、指先を痛めた。

 

「エルファバが怪物に立ち向かったんだ!!あの無能じゃない!!エルファバがたった1人で怪物と戦ったんだ!!」

 

ロンは痛さにぴょんぴょん跳ねながら叫んだ。

 

「ええ、そうよロン。でも私たちしかエルファバの姿を見てないのよ。」

 

生徒の噂は見事ロックハートに汚染され、エルファバは恐怖に怯えた表情で床に倒れているということになっていた。

 

「コンチクショー!!」

「ロン!!」

 

ハリーはロンの気持ちが痛いほど分かった。ハリーがバジリスクの役を演じている時、何度あの憎たらしい顔にマンドレイクを投げつけるか膨らみ薬を顔にかけるイメージをしたことか。エルファバの姿を見ろと叫びたかった。100歩譲ってエルファバの姿を見ないでも、エルファバの生死に関わる状況の中で自分の英雄談をまるで劇のように授業でやるなんて最低だとハリーは思った。

 

あれからハリー達に情報は一切入ってこない。きっとエルファバの父親が言っていたマグルの方法でエルファバを取り出そうと試みているに違いない。時々あの廊下付近を通るが、がりがりと氷を削る音が響いている。そして封鎖された廊下の前には花やお菓子、そしてカードが大量に置かれている。ハリーたちはあえて花やカードは置いていない。それをすればまるでエルファバが死んだと言っているようなものだ。そんなことはしたくなかった。

 

「エルファバは絶対生きてる。生きてる。」

 

ハリーは自分に言い聞かせるように言った。

 

 

ーーーーーーー

 

 

「ハッピー・バレンタインっ!!」

 

ロックハートは人の神経を逆撫でる天才か何かなのか。

 

ゴテゴテの花が大広間の壁という壁を覆い、空から降ってくるハート形の紙吹雪がハリーの眼鏡の上に乗っかった。

 

「37人の女子生徒が私にバレンタインカードを送ってくれました!ありがとう!みなさん愛の日ですよ愛の日!スネイプ教授に愛の妙薬の作り方を教えてもらうもよしっ!フィットウィック教授に魅惑の呪文を教えてもらうもよしっ!この暗いホグワーツの雰囲気を愛の力でふっとばしましょう!」

 

ウザい。

 

「そして愛のキューピットたちがバレンタインカードを送ってくれますっ!」

 

ロックハートが手を叩くとゴツい無愛想な小人たちが12人ほど大広間に入ってきた。金色の翼とハープを付けられているが恐ろしいほど似合ってない。寝起きのエルファバの方がよっぽど可愛らしい。

 

「アーマイオニー・グレンジャー。あなたにです。」

 

張り付いたような笑みを浮かべる小人は体が薄汚れていて不潔なのは明らかだ。

 

「あ…どうも。」

 

ハーマイオニーが親指と人差し指の先で赤いカードを受け取ると、男子生徒がピーピー囃し立てた。

 

「誰だい?君にカード送る物好きなんて?」

 

ロンの爆弾発言にハリーは骨生え薬を一気飲みした気分になった。

 

「…」

 

しかしハーマイオニーは聞いてなかった。受け取ったカードを凝視して何も音が入ってきていないようだった。

 

「ハーマイオニー?」

「おーい、誰がくれたの?」

 

グイッ!

 

ハーマイオニーは2人がクリスマスの時にポリジュース薬を飲むのを嫌がった時に大広間から連れ出した時と同じ力で2人を引っ張った。

 

「いたいよハーマイオニー!」

「どうしたの?」

 

ハーマイオニーは無言でハリーの胸にカードを押し付けた。

 

「なに?僕らに読んでもらいたいほど嬉しかったの?」

 

ロンの冗談にキッとハーマイオニーは睨んで、顎でカードを読めと指示した。

 

ーーーーー

ハーマイオニーへ

ハッピー・バレンタイン。これをあなたが読んでいるということは、私は石になって医務室にいるのでしょう。迷惑かけてごめんなさい。あの時魔力を爆発させてごめんなさい。でも、私はスリザリンの継承者じゃないの。その証拠をつかもうとしたんだけど、あなたたちがこれを持っているということはそれに失敗したんだと思う。

私はこの事件に関わる重要な物をこの城に隠しました。ハリーが退院した時に言ってたアレです。本人は今手元になくて焦ってると思うけど、その子に渡さないでください。ソレは闇の魔術を間接的に人にかけることができて、持っていた彼女はそれによって悪い人格が生まれたのではないかと考えています。今はその子の手元から離れているけど、戻ったらきっとまた彼女の意図しないところでマグル生まれの子が襲われるでしょう。犯人はクリスマスを共に過ごした私たちの親愛なる人の父上だと思います。

このことを書いた手紙をマクゴナガル教授にも渡してあります。見つけたらすぐに教授に渡してください。

ソレは黒くて薄くT.M.RIDDLEと名前があります。

場所はマギーに聞いてください。

 

あなたたちの幸運を祈ってます。

 

E.S

ーーーーー

 

その綺麗な筆記体で書かれている手紙は数ヶ月しか経っていないにも関わらず懐かしかった。

 

「エルファバ…。」

 

エルファバは自分の身が危険であるということを覚悟の上でこの手紙を書き、多くの手紙が行き交うバレンタインという時期を選んだのだ。

 

一体何をエルファバは知っていたのだろうか。そして何を思ってエルファバはこれを書いたのだろうか。

 

「エルファバは怪物の正体がバジリスクだって予想してなかったに違いないわ。」

 

ハーマイオニーは目尻に光る涙を拭った。

 

「だってこの手紙だと100%石になっているという書き方をされているもの。だから逆を言えばエルファバは死にはしないって高を括って怪物に臨んだに違いないわ。」

「ジニーの日記がどうして…。」

 

ロンはショックを隠せない状態だった。

 

「マルフォイの父親がその日記を通じてジニーに呪いをかけたのね。」

「でもマルフォイは犯人じゃない。そうだろ?」

「マルフォイは父親は何も教えてくれないって言ってた。ありえなくはないと思う。」

 

ハーマイオニーは杖を取り出し、手紙を燃やした。

 

「証拠隠滅よ。」

 

唖然とするハリーとロンにハーマイオニーは答えた。

 

「私たちがエルファバの意思を受け取らなきゃ。そうでしょ?」

 

 

 



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12.告白

3人がマギーに話しかけるタイミングはそこから数日後の魔法薬学しかなかった。いつもエルファバと組んでいるマギーはずっと1人で作業を行っている。ハーマイオニーはユニコーンの毛を漁るマギーに近づいた。

 

「ハーイ、マギー。」

 

マギーは怪訝そうな顔をしてハーマイオニーをみた。

 

「狡猾さを重んじるスリザリンとは合わないんじゃなかったの?」 

「う、えっ、えっと…。」

 

ハーマイオニーは適当に毒ガエルを乾燥させたものの詰まった瓶を開けながら言葉を考えた。ひどい悪臭だ。

 

「わっ、私…あなたのこと誤解してたと思う…。」

「違うねグレンジャー。あんたはスミスからのヒントが欲しくてそんなこと言ってんだ。」

 

バカみたい、とマギーは席に戻ろうとした。

 

「違うわ!」

 

ハーマイオニーはマギーの腕を掴む。思いの外大きな声だったので、近くにいた生徒全員振り向いた。

 

「ハーマイオニー大丈夫かよ…。」

「人の心配をしている場合ですかなミスター・ウィーズリー?材料が全て大鍋で焦げ付いてるぞ?グリフィンドール3点減点。」

 

スネイプは意地悪く鼻を鳴らし、羊皮紙に大きくゼロを書いた。

 

「わっ、私、あなたのこと勘違いしてた。スリザリンだからマグル生まれを差別する嫌な奴だって思ってたの。でも…」

 

ハーマイオニーが言葉を考えた。ハーマイオニーがクリスマスの時にマギーになってマルフォイからいろいろ聞き出していたことは誰にも言ってはいけない。

 

「あなたも、私と同じ生まれだったことを最近知ったの。」

「へー、そりゃビックリだ。」

 

マギーは嫌味ったらしくわざと驚いてみせた。

 

「うちの母親はね、マグル生まれの魔女だ。スミスはずっと前から知ってて、うちがスリザリンから浮いてることを知っててできるだけ一緒にいたんだ。今日なんかスミスいないおかげでゴリラとチン"パンジー"に大鍋隠されたしね。てっきりあんたも知ってると思ってたけど。」

 

マギーは暴言を吐かれて怒り狂ってるミリセント・ブルストローネとパンジー・パーキンソンを鼻で笑いながら答えた。

 

「エルファバは私の前であなたの話をしなかったわ。」

「あいつらし。」

 

その口調からマギーもエルファバがいないことでひどく悲しんでることにハーマイオニーは気がついた。表に感情が出ないだけで、マギーもエルファバがいない寂しさを抱えている。マギーも自分と同じ思いをしているのだと。ハーマイオニーは頭を下げた。

 

「ごめんなさい。私はあなたを寮で差別してたわ。それはマグル生まれと純血を差別するのと同じこと。もし、これから良ければ、仲良くしてほしいわ。…エルファバのことを抜きにして。」

 

ハーマイオニーはマギーに手を差し伸べた。クラス全員がその様子を見守っていた。見守っていたという言葉は少し訂正すべきだろう。野次を飛ばそうとしたマルフォイの口はパーバティの呪いによって文字通り縫われていたし、バタバタ動いているゴリラとチン"パンジー"はグリフィンドール男子生徒たち4人に取り押さえられていた。

 

「いいよ。仲良くなってあげる。」

 

パシっとマギーは軽くハーマイオニーの手を叩いた。ハーマイオニーは嬉しそうに顔を上げ、マギーに抱きついた。

 

「うおっ!」

 

大柄なマギーでもハーマイオニー・アタックは結構強かったらしい。少しよろめきながらハーマイオニーを受けとった。

 

「今日は私と一緒に調合しない?」

「いい…けど。ポッターとかウィーズリーとかはいいの?」

 

マギーはハーマイオニーの髪の毛の中からモゴモゴと言う。

 

「僕はいいよ。ねっ?ロン?」

「え、あ、うん。」

 

ロンにはまだ抵抗があるらしい。ちょっと目が泳いでいるのをハリーは目ざとく気づき、思いっきり足を踏みつけた。

 

「僕が席をずれたら、ここでマックロードはハーマイオニーとやれるだろ?」

 

意外にもそう発言したのはシェーマスだった。マギーは驚いたように目を見開く。

 

「私今たまたまパドマの鍋も持ってるから2つあるの。だからこれ使って。」

 

続けてパーバティがマギーに鍋を渡した。

 

「あ…どうも。」

「ぼっ僕…「ネビルは自分の薬に集中しろ。」」

 

ディーンの見事なツッコミにグリフィンドール生は笑った。

 

「お取込み中申し訳ないが。」

 

ドスの効いた声が地下牢の明るい雰囲気をぶち壊した。

 

「グリフィンドール、無駄話につき全員2点ずつ減点。ポッター、よそ見をするなもう2点減点。」

 

なんというとばっちりだろうか。だが誰も気にしなかった。スネイプがハリーの点数を"ついでに"減点するのはハーマイオニーがどんな日でも授業の復習をすることと同じくらい普通の出来事だ。

 

「スリザリンは減点しないんですか?」

 

マギーの発言にスネイプはギロッと睨みつけた後、スリザリンから1点減点した。だがすぐにマルフォイの鍋を見て2点加点していた。

 

のちにこの話はグリフィンドールの中にスリザリン生が紛れたという異例なこととしてホグワーツ中に語られることになる。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

「あいつ、自分のベットの下に隠したって言ってた。」

 

授業終了後、マギーは他には聞こえないように早口で伝えた。

 

「ウチはそれがなんだか知らないけど。」

 

3人は顔を見合わせマギーにお礼を言ったあと、急いでグリフィンドール塔へと走った。

 

「まあ、エルファバ考えたよな?」

 

ロンは合言葉を唱えた後でハアハア言いながら笑う。

 

「だって誰も考えないよ。スリザリンの生徒がグリフィンドールの生徒に関するヒントをもらうなんてさ。」

「ええ、でも隠し場所がエルファバにしてはちょっと無用心すぎるわ。もしかしたら簡単な保護呪文でもかけられてるのかもしれないけど…私見てくるわ。」

 

ハーマイオニーは階段を駆け上がっていく。

 

「これで日記を手に入れたらすぐにマクゴナガルに渡せばいいってことだよね?」

 

そう自分で言ってハリーは違和感を感じた。それを突き止めるにはそう時間はかからなかった。

 

「ねえ、おかしいと思わない?」

「ん?何が?」

「僕ら、この数日でマクゴナガルに何回か会ってる。授業も受けた。」

「うん。」

「どうしてマクゴナガルは何も僕らに聞いてこないんだ?」

 

ハリーとロンは側から見れば同じショックを受けたような顔をしていたに違いない。直後に降りてきたハーマイオニーも話を聞いていないにも関わらずついさっきレンガで頭を殴られたような顔をしていた。

 

「ないの。」

「「え?」」

「ないのよ。それらしきものが。しかもエルファバのお母さんの形見が入った箱も消えてるの…。」

「ハーマイオニー、気づいたんだけどマクゴナガルにもきっとこのことが知られてない!だってこの数日に1度も僕らに日記のことを聞いてこなかったじゃないか!」

 

ハーマイオニーは息を飲んだ。

 

「ジニーがやったのか?」

 

ロンは信じられないといった声色だ。

 

「わっ、私ベットの下で確認したんだけど、やっぱり、エルファバはベットの下周辺に簡単な保護呪文をかけてたわ。どういうのかわからないけど、きっと1年生のジニーが壊せるものじゃないと思うの。エルファバがつくったものだから…。」

 

ハーマイオニーの言い方はあまり確証がないことが滲み出ていた。

 

その時だった。

 

バチンっ!

 

「ハリー・ポッター!!」

「ドビー!?」

 

汚らしい枕カバーを羽織ったドビーはボールのような大きな目に涙をためていた。

 

「ハリー…ポッター…。」

 

その瞬間ハリーはピンときた。ドビーの両腕を押さえつけ、ドンっとソファで拘束した。

 

「ハリー!やめてあげて!」

「ドビー!日記はどこにあるんだ!?」

 

ドビーはボロボロと涙をしわくちゃな肌に流しながら叫んだ。

 

「ハリー・ポッター!!ドビーめは命令されたら従わなくてはならない運命にあるのでございますっ!!ドビーめはハリー・ポッターを危険な目にわせたくないっ!!しかしそれにも限界があるのでございますっ!!」

 

わんわん泣くドビー容赦無くハリーは怒鳴った。

 

「ドビー!!質問に答えろっ!!日記はどこだっ!?」

「ごっ、ご主人様がドビーめに命令して、本来の持ち主に返すようにとおっしゃったのでそうしましたああああっ!!教授に対しての手紙も妨害しなくてはならなかったのでございますううっ!!」

 

3人は固まった。ドビーはその隙に暖炉まで走り、思いっきり頭をぶつけ続けた。

 

「ドビーは悪い子っ!!ドビーは悪い子っ!!」

 

ハリーはハッとすると、ドビーの首根っこをつかんで"お仕置き"を止めさせた。

 

「いつだ?いつそれをジニーに渡したんだ!?それにエルファバの母親の日記は!?どうしてマクゴナガルは知らないんだ!?全部答えろ!!」

「言えませんっ!言えませんハリー・ポッター!ドビーは悪い子っ!エルファバ・スミスはあんなにドビーめに良くしてくれたのにっ!ドビーは何もできないっ!」

「エルファバの何を知っているのあなたは!?」

 

ハーマイオニーも怒っていた。

 

「言えませんっ!言えませんっ!」

「どうしてそこまで言って詳細が言えないんだ!?」

 

ロンも応戦してきたところでドビーはバシッと音を出して消えてしまった。

ハリーは叫び声を上げて思いっきりソファを蹴っ飛ばした。

 

「ジニーだ!ジニーを探そう!」

 

ロンとハーマイオニーはハリーの同意を求めた。今は闇雲に怒りを発散させる場合ではないことぐらいハリーにも分かっていた。

 

「ああ、探そう。」

「今ジニーって何してるんだ?」

「分からないわ!…もうすぐ授業だし私たちは今…。」

 

外からザワザワと声が聞こえてきた。

 

「みんな、どうしたんだい?これから授業だろ?」

 

ロンは一番乗りで入ってきたフレッドとジョージに尋ねる。

 

「なんか緊急で生徒は全員寮で待機だってよー。」

 

どちらかが力の無い声で答える。日記がジニーに渡ったと思われるこのタイミングだ。まさか。

 

「フレッド!ジョージ!ジニーは?!」

「「さあ?」」

 

3人は人並みを逆走して、入口へと向かった。

 

「待つんだ君たち!!」

 

パーシーだった。3人の前に仁王立ちして立ちふさがった。監督生の威厳としてここはテコでも動かないだろう。

 

「パース!ジニーはどこだい?!緊急なんだ!」

 

ロンは道を妨害されていることにイライラしながら聞いた。

 

「そのうち戻ってくる。全生徒が寮に戻るように言われたんだから。僕の手間をかけさせないでくれ。」

 

絶対戻ってこないという3人の思いは一致していた。

 

「パース!手間なんてかけさせないよ!僕ら今回のことで重要なことを知っててそれを教授に言わなきゃいけないんだ!」

「ロン!これはお遊びじゃない!君たちの探偵ごっこにはうんざりだ!」

「探偵ごっこだって?!僕らがいつそんなことしたんだ!?」

 

パーシーはロンを押さえつけようと必死だ。意図しているわけではないが、チャンスだった。ハーマイオニーはハリーに目配せし、ハリーは向かってくる人並みを縫いながら上手く寮から出たが…。

 

「ポッター!!!」

 

見つかった。しかも相手が悪いことにスネイプだった。眉間にシワを寄せ、悪魔の形相でハリーに近づいてきた。

 

「一体何をしてるのかね?全生徒例外なく寮に戻るようにと言われていたはずだが?」

「ええ。そうなんですが、今回のことで重要なことを知っててそれを教授に言わなき「何を言い訳してる?全く傲慢なことだ。この非常事態においても目立ちたいか?父親そっくりだ。」」

 

ハリーはただでさえドビーの件で怒り爆発寸前なのにスネイプのいびりを我慢している余裕などない。

 

「ジニー・ウィーズリーを見ませんでしたか?!彼女が秘密の部屋に関する「ミス・ウィーズリーなら自分の寮に戻りましたがね?嘘は感心しませんぞ?さあ、早く寮に戻るのだ。さもなくば貴様の寮から減点するぞ?」」

 

ハリーはしばらくスネイプとにらみ合っていた。このまま引き下がるなんてできない。しかしこれ以上何を言ってもハリーの言うことをスネイプが聞いてくれるとも思わなかった。相手が悪かった。

 

ハリーは諦めて、太った貴婦人(レディ)に合言葉を唱え、中に入った。

 

「ハリー!!なんてことしてくれたんだ!?監督生の僕を無視して出ていくなんて!!」

 

そう間近で唾を飛ばして怒鳴るパーシーなどハリーの眼中になかった。

 

「ジニー?」

 

なんとジニーは帰ってきてた。談話室の隅でハーマイオニーとロンが話をしている。ジニーは目をこすっていた。

 

「ごめん…。ごめんパーシー。」

 

ハリーは適当に謝り、急いでジニーのところへと向かった。

 

「ああ、ハリー。」

 

ジニーがハリーに気がつくとうつむいて黙り込んでしまった。実のことを言うとジニーはつい数日前、ハリーに自作の歌入りのバレンタインカードを送っており、それが授業中に流れてクラス中に笑われるというハリーの人生の中で恥ずかしい出来事ランキングベスト3に入る出来事を作った張本人なのだ。

 

「どうなってるんだ?」

 

ハリーはジニーを見ないようにハーマイオニーとロンに尋ねた。

 

「今、日記について聞いたわ。いろいろ教えてくれた。」

 

まずジニーの学用品の中にあったのをエルファバが発見し使用していたこと、その後エルファバがジニーに貸してジニーがその日記に自分の悩みを書いたこと。そのあとジニーは日記に執着すると同時に体調不良、記憶の欠如が起こった。エルファバにその日記を返却するとそれがなくなった。

 

「…それで?」

「それを今から聞くの。ジニー…教えて?」

 

ジニーがすすり泣いていることにフレッドとジョージも気づいて近づいてきた。そうするとジニーは口をつぐんでしまった。

 

「ジニー、頼むよ!大事なことなんだ!」

 

ロンはしびれを切らして急かした。

 

「こんなこと言ったらみんな私のこと嫌いになっちゃう!!」

 

ジニーは泣きながら、自分の部屋に逃げようとした。しかしそれは叶わなかった。

 

「ジニー。」

 

赤毛のどちらかがそれを止めた。

 

「「逃げるな。」」

 

ジニーは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら自分の兄たちを睨みつけた。

 

「2人には分からないわよ!私…本当にひどいことしたわ!エルファバが今ああなってるのは私のせいなの!まるで自分が自分じゃなくなったみたいで…本当どうしたらいいか!!」

「ジニー、一体何をしたんだ?やったこと次第では僕は監督生として教授たちに報告しなきゃならない。」

 

パーシーの一言でジニーは震えた。今やこの一連の出来事はグリフィンドールの談話室にいる全員が見守っていた。

 

「そんなに怖いのかジニー。」

 

ジニーは痙攣したようにうなづく。

 

「フレッド、じゃあ手本を見せよう。」

「そうだなジョージ。」

 

そう言うと双子はおもむろに談話室のテーブルに登って話し始めた。

 

「パース静かに!」

 

ロンは注意しようとするパーシーを止めた。

 

「みんな聞いてくれ。」

 

生徒たちは何が始まるんだろうと皆不思議そうに赤毛双子の元へ集まった。いつになく真剣な顔をする2人にみんな興味をそそられた。

 

「休み最終日。エルファバ大捜索が行われたのは皆周知の事実。その次の日にエルファバが襲われたのも。」

 

生徒たちはそれぞれ同意の声を出した。

 

「エルファバ大捜索の時、俺たちは独自のルートでエルファバがどこにいるのか知っていた。」

 

談話室の中に動揺が走った。ハーマイオニーとハリーはとっさに知ってそうなロンを見たが、ロンですら訳が分からないといった顔をした。

 

「なんで居場所を言わなかったのかという理由は単純だった。面白いから。」

 

動揺は今度は失望や怒りに変わった。1人の女子生徒の命が関わったことにも関わらず、それを"面白いから"という理由で片付けられるはずがない。

 

「フレッド!ジョージ!そんなこと許されるとでも思ってるのか!?」

 

パーシーに関しては激怒していた。ジニーはパーシーの激昂ぶりにビクッと体を震わす。自分が怒られてる気分になってるのだろう。

 

「思ってない。だからこうやってみんなの前で言ったんだ。」

「まさかこんなことになると思わなかった…ってのは言い訳だ。」

「どこにいたんだい?」

 

ハリーは思わず聞いてしまった。あそこまで探しておいていないとどこにいるか気にしない訳がない。

 

「「女子塔。」」

「ええっ?」

 

1番驚いたのはハーマイオニーだ。

 

「私何十回も全部の部屋を見て回ったのよ?」

 

抜け目のないハーマイオニーのことだ。どこかを見落とすなんてありえるだろうか?

 

「というか、女子塔に男子が入れるわけないだろ?どうやって「まあ、とにかくだ。」」

 

ロンの疑問を遮った。

 

「俺らがあの時居場所を言えば、エルファバは氷の中に閉じ込められないですんだんだ。」

「どうすればいいのか分からない。けど俺らに今出来るのは自分の行動を反省すること、それだけだ。」

 

少しの沈黙の中、パーシーが口を開いた。

 

「こうなると思ってたから僕は常日ごろから君らのことを…!!」

 

パーシーは下唇を噛み締めていた。

 

「やめろよパーシー。パーシーは自分の出世のこと考えてるんだろ?兄貴のことじゃなくて…。」

 

発言したのはロンだった。

 

「なんだと?」

「誰がこんなこと予想できた?無理だよ。怪物がなんだったかすら分からないこの状況で、エルファバが怪物と対峙したなんて誰が予想できる?フレッドとジョージは悪くない。」

 

ロンは複雑そうに顔を歪めた。ハリーは今この状況で1番辛いのはロンであることに気がついた。フレッドとジョージのこと、パーシーの態度、そしてジニーだ。

 

「あんがと、我が弟よ。」

「お前ってば、最高だぜ。さて。」

 

フレッドとジョージはジニーを見た。まだ泣いているジニーだったが、もう覚悟を決めたようだった。

 

「ジニー。準備はいいか?」

 

ジニーはうなづいて、2人の立っているテーブルへと向かった。

 

「ジニー!ここではダメだ!僕が教授を「ペトリフィカス・トタルス 石になれ。」」

 

喚いていたパーシーが固まり、どさっとカーペットの上に倒れた。

 

「罰はあとでいくらでも受けるよ。でもね、妹の決意を無下にすんな。」

 

全身金縛り術をかけたのはなんとアンジェリーナだった。動かないパーシーにそう言うと、ジニーに続きを促した。ジニーは深呼吸して話す。

 

事の経緯は、ある日記から始まった。

エルファバが使用していた日記をホームシックだったジニーに貸してくれた。その日記の虜になったジニーは全ての悩みを日記に書き綴った。しかし、そこから記憶が無くなったり体調がすぐれないことが増えた。日記が原因だとは思わなかったが、エルファバへ日記を返したらすぐに体調が回復する。

 

エルファバはというと日記の影響を受けず、普通だったという。ジニーはそれを不思議に思い、次の日にエルファバが取りに行くという約束で借りた。

しかし日記にいるトム・リドルという存在がジニーをまた日記の虜にさせた。何をしたかは記憶にないが、エルファバを"精神異常者"と言ったらしい。

しばらくしてジニーがエルファバをたずねると、日記がジニーに呪いをかけて違う人格を作り出して、これまでマグル生まれを襲わせているのではという推測を立てていた。ジニーはそれに恐怖した。

 

ジニーは自分が犯人だという事実から逃げた。

 

エルファバの制止を無視して日記に自分のことを書き続けたという。

 

「…怖くなって…でも誰にも相談できなかった…。エルファバがいなくなったって聞いて、私のせいだって思ったの。だから見つけたらすぐに謝って、一緒に教授と日記を持って行こうって思ったら…次の日エルファバは氷の中にいて、日記もなくなってて…。」

 

ジニーはうずくまった。とてもおかしな話で信憑性に欠ける。しかしたった11歳の魔女がここまで大きな事件を引き起こせるはずがない。

可能なのだとすれば、第三者が関わっていると考えるのが妥当だ。しかしそれを理解している上級生ならまだしもそれを11歳、12歳の生徒に理解しろというのも無理な話だ。現に1年生の数人は疑わしそうな顔をしている。

 

「彼女の言ってることは筋が通ってる。」

 

アリシアが声を出した。

 

「私はこの子が今回の事件の犯人だとは思わないよ。だからこのことで誰かが彼女をいじめてるとか言うのが耳に入ったらタダじゃおかないからね?」

 

アリシアは1年生たちが固まっているところをギロリと睨みつけた。上級生の睨みは下級生を震え上がらせる。

 

「こんなふうに言わせる必要あったのかな…?みんなの前で言わせるなんてジニーがかわいそうだ…。」

 

ネビルがボソッとつぶやいた。大勢の関係のない生徒たちにフレッド、ジョージ、ジニーのしたことを知らせるというのは確かに疑問を持つことだろう。生徒は何もできないし最悪の場合、話が歪む可能性だってある。ネビルはそのことを感覚的に気づいたのだろう。

 

「もちろんあったさ。ロンの妹を守れるだろ?僕らが彼女が無実だという証人だ。」

 

答えたのはディーンだった。ネビルはその言葉にそうか、と納得した。もういいだろうと判断したのか、赤毛双子とジニーはテーブルを降りた。ジニーは双子の兄にお礼を言っていた。

 

「あなたがずっとつんけんしてたのはわるい魔法のせいでしょ?」

 

1年生たちがジニーに寄ってきた。

 

「てっきり私たちが嫌いなのかと思ってたわ。私はメアリー。この大きいのはダニエル、金髪がケイトリンで小さいのがマイクよ。よろしくね。」

「…よろしく。」

 

ジニーは同級生たちに囲まれて弱々しく微笑んだ。

 

「校長のところへ行こう。」

 

この空気を乱して申し訳ないとハリーは少し罪悪感を覚えたが、今はそれどころではない。

 

「ジニー。日記を持って、校長室へ行こう。僕らと一緒に。」

 

ジニーはキョトンとした。

 

「もちろん校長に会いに行くわ…でも、私日記がなくて…。」

「屋敷しもべ妖精が日記を持って来なかった?」

 

ハーマイオニーの問いにジニーは首を振った。

 

「じゃあ、あいつ嘘ついたのか?わざわざ嘘をつくために僕らのもとに?」

「まさか…。」

『ごっご主人様がドビーめに命令して、本来の持ち主に返すようにとおっしゃったのでそうしましたああああっ!!』

 

本来の持ち主…。

 

「エルファバ!」

 

ハーマイオニーは大声を出す。しかしグリフィンドールはもうガヤガヤと喧騒が戻っていたので誰も気づかなかった。

 

「ハーマイオニー、エルファバは氷の中だ。」

「もしも!」

 

ハーマイオニーはずいっと顔を寄せる。

 

「もしも、私たちが全員ここに集められた理由が、エルファバが氷から出されるってことで安全面を考慮されたことだったら?だったらつじつまが合うじゃない!」

「ドビーがそれを知ってたってのかい?」

 

ハーマイオニーは1年たちに聞こえないように声をひそめる。

 

「エルファバがカードに書いてたじゃない。犯人はきっとマルフォイの父親だって。」

「じゃあ、ドビーのご主人って…」

「なるほど!マルフォイの父親はホグワーツの理事だからきっとホグワーツの内情を知ってる。で、エルファバは何か重要なことを知っててまずくなったからエルファバをバジリスクで襲って返り討ちにあった。だってエルファバは混血だもの!それ以外考えられない!それに困ったマルフォイの父親はエルファバが出てくるタイミングを見計らってもう一度エルファバに日記を持たせる気なんだ!」

 

ピースが当てはまっていく。しかし一つだけ疑問は残った。

 

「でもどうしてわざわざエルファバに日記を渡すんだ?言っては申し訳ないけどエルファバはジニーと違って操られてないって言ってたし。エルファバに日記を渡してもメリットなんてないはずだ。」

「分からないわ。でもエルファバに日記が渡ったならエルファバは操られていないだろうし、話が早いわ。」

 

パーシーが金縛りにあっているということで3人は楽に寮から出て行けた。

 

ーーーーー 

 

同時刻、医務室近くの廊下。

 

幸いだったのは生徒が全員安全地帯にいるということ。

不幸なのは数時間前にダンブルドア校長がエルファバ・スミスを死なせたということで停職になったこと。

 

「ミス・スミス、落ち着きなさい。」

 

石造りの廊下は、氷と冷気に包まれている。マクゴナガル、フリットウィック、スネイプが女子生徒に杖を向けていた。パジャマ姿のエルファバは虚ろな顔で3人を見ている。

 

無事に氷の中から救出されたエルファバだったが、意識が戻ると"力"で教授たちを攻撃してきたのだ。

 

バキバキっ!バキバキっ!バキバキっ!

 

壁や天井から氷の棘が生えてくる。その棘は3人を追い詰めていく。

 

「プロテゴ 護れ!プロテゴ!プロテゴ!」

 

フリットウィックが作った盾を棘が次々に破っていった。

 

「フィリウスダメですっ!魔法は効きません!」

「やむ得ませんな。」

 

スネイプは天井にある石細工の装飾を破壊した。それはマクゴナガルによる呪文で、エルファバには当たらない、しかし氷による攻撃は防げる的確な位置に落とされた。

 

「ほんの時間稼ぎです。あの子をどうやって止めましょう?」

「私の倉庫にデニスからもらったマグルの使う薬品が残ってます。それでなんとかミス・スミス本人を麻痺させれば…。」

 

バキバキバキバキっ!!

 

3人はとっさに杖を構える。

 

「そんな…!!」

 

エルファバの氷の棘は石の塊を貫通した。バラバラと床に残骸が落ちていく。

 

「氷であんなこと…!!」

「この際一回あれが氷だという固定概念は捨てましょう。ダンブルドアもそもそもあれは氷ではなく氷に限りなく近い未知の魔法だと明言していた…さもなくばこっちがやられる。」

「セブルス、ここは我々がなんとか抑えます。だからマグルの薬品を。」

 

マクゴナガルは呻くようにスネイプに言った。スネイプはうまいこと氷の妨害をかわしながら地下牢へと向かっていった。今度エルファバは3人の足元に"力"を放った。次々に放たれる小さな氷の塊はツルツルと3人のバランス感覚を奪っていく。マクゴナガルは危うく転びかけたフリットウィックの頭をつかんだ。

 

「ありがとうミネルバ!」

 

エルファバの片腕には黒い本らしきものを抱えていた。マクゴナガルは不審に思った。なぜ、この状況であんなものを大事そうに抱えているのか。長年培ってきた勘だ。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!」

 

紅色の閃光が真っ直ぐエルファバの腕に向かった。しかしエルファバの体に触れることはなかった。マクゴナガルは下唇を噛んだ。

 

エルファバは目の前で薄い氷の壁を作ることで呪文を回避したのだ。

 

「ミス・スミス!返事をしなさい!」

 

エルファバは2人を睨みつけ、フウッと息を吐くと、肉眼で見えるほどの大きな雪の結晶が空中で舞った。エルファバはそれを素手でつかんだ。

 

「------。」

 

エルファバが何を言ってたのかは理解できなかった。

 

バキバキバキバキ!

 

エルファバが結晶を床に叩きつけた。地面から高さ4、5メートルほどの分厚い氷の壁が迫ってくる。

 

「走って!!!」

 

あの壁に押しつぶされたらひとたまりもない。氷の壁が、迫る。2人は必死だ。

 

「ああ!ミネルバ!」

「っ!!」

 

マクゴナガルが氷に足を取られて、転んだ。膝にくる激痛でうずくまった。

 

壁が、迫ってくる。

 

フリットウィックはマクゴナガルを魔法で浮かし、曲がり角へと飛ばした。それに続きフィットウィックも曲がり角に、滑り込む。

 

壁はすぐ近くで大きな音を立てて崩れていった。

 

「ミネルバ、無事か?」

「ええ、ありがとう…。」

 

マクゴナガルはよろよろと立ち上がった。

 

「いない。一体どこに…?」

 

氷の壁をつくったエルファバは氷という大きな爪痕を残して忽然と消えていた。

 

「ミス・スミスはどうしてこんなことを…?」

 

マクゴナガルが考えにふけってたとき、"奴"はやってきた。

 

「いやいやー。つい迷ってしまいましてね。どうですか私のこの美しい氷の芸術っ!」

 

マクゴナガルとフリットウィックはギロリとロックハートミスター・KYを見た。

 

「ちょっと攻撃的ですが、いかがです?この暗いホグワーツにパンチが効いてると思いませんかねえ?」

「適任者だわ。」

 

マクゴナガルは名案だと言わんばかりにポンっと手を叩く。

 

「あなたのような英雄なら今のミス・スミスを止められるでしょう。」

 

フリットウィックも便乗してキーキー声で言った。ロックハートはキョトンとした。

 

「ミス・スミス?もう死んだんじゃ「彼女は今氷の棘を出しながら暴走してます。怪物が原因かもしれません。それかあなたの呪文が彼女の体の中に入り込んだのかも。」」

 

マクゴナガルはテキパキとまるで今日の業務を説明するかのようにロックハートに説明する。

 

「私とフィリウス、そしてセブルスが止めようとしましたが全く歯が立ちませんでした。数々の英雄談を持つあなたなら彼女を止められる。違いますか?」

 

ロックハートは誰でも分かるくらいに固まった。

 

「そっ、そー…ですねー…。装備してきますっ!」

「よろしくお願いします。ホグワーツ存続のためにも。教授全員とダンブルドア校長に連絡を。生徒たちは引き続き寮で待機です。理由は例の怪物が動き始めた可能性があると言いましょう。ミス・スミスを守るためにも。」

 

2人は毅然とした態度で去っていく。

 

 

 

 

さて。

 

 

 

 

ロックハートは焦っていた。当然である。なぜなら皆さんご存知の通り彼がやった偉業は全て嘘。人がやったことを全て自分のものとしていた。幼少期から姉弟の中で唯一魔力を持っていたので魔女である母親からえこひいきされた。レイブンクロー生時代は自分が有名ではないと知り、目立つことに集中した。おかげで在学中では超有名になった。卒業後はひたすら忘却術を学び、他人の才能を自分のものとする術を得た。

 

そんな自分が今、本当に怪物エルファバ退治を任された。こんなの契約書になかった。

 

逃げよう。ロックハートは決心した。

 

そのときだ。

 

「「「教授!!」」」

 

曲がり角でグリフィンドールの問題児に遭遇した。

 

「やっ、やあ坊やたち…。」

 

確かこの3人は怪物エルファバの友達だ。自分のことは黙っておく。むしろ黙っておかないと自分の名誉が

 

「教授!僕ら今の話聞いてました!」

「僕らも止めます!」

「私たちこの事件のこと知ってるんです!」

 

ロックハートは自らの死亡フラグがキレイにたつのを感じた。

 



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13.秘密の部屋①

話はクリスマス後、休み明け1日前にさかのぼる。

 

エルファバは真っ暗な闇の中にいた。膝を抱え込みじっと何も言わず、物音を立てずに"その時"を待っていた。ちょくちょく人の出入りがあるが、それは少ししたらすぐに離れていく。

 

(人のスーツケースに入り込むの、生まれて初めて。ロンの服の匂いがする。私この匂い、好き。)

 

そう、エルファバは今スーツケースの中に身を隠しているのだ。ジニーから日記を奪うためだ。

 

エルファバはスリザリンの継承者だと疑われてる。このままだと大事な親友たちに疑われたままだ。疑いを晴らすためには証拠が必要。エルファバにはジニーがまだ日記を持っているという確証があったのだ。2年生のエルファバは人の物を奪うような魔法は知らないし、呪い関連は全般ダメ。エルファバは認めたくないが、力勝負なら男兄弟に囲まれて育ったジニーのほうが圧倒的に強いのだ。しかも、仮に奪えたとしても、悪ジニーが暴れかねない。結果思いついたのはジニーのスーツケースに身を隠し、ジニーが寝静まったところを見計らって日記をこっそり奪うということだ。これが作戦A。作戦Bの決行は日記を奪ってからだ。

 

(でも、この匂い嗅ぐと安心しちゃって…寝ちゃう…。)

 

エルファバは現在暗闇の中で夢と現実をさまよっている。うっつらうっつらと目をパチパチさせている。

 

(眠い…。ねむい…。…。)

 

『ミス・スミスを探している諸君、ご苦労じゃ。大広間に水とスナックが用意されとるから好きにとって行くがいい。』

 

ダンブルドア教授のアナウンスが城中に流れ出したのは、エルファバが睡魔に意識を支配された数分後の話だ。

 

ガタガタ、

 

「!?」

 

エルファバはビクッと起き上がり、思いっきり頭をスーツケースにぶつけた。

 

「いっ!」

 

地味に痛い。

 

(今何時かしら…?)

 

スーツケースに耳をぴったりつけると、外は無音だ。試しに出てもいいかもしれないと思い、そっとスーツケースを開けた。体はバッキバキだったのでエルファバは起きて軽くストレッチをする。

 

「んー。」

 

外はスーツケースと一緒で暗い、カーテンから漏れる月明かりで辛うじに部屋が見える…月明かり!エルファバはハッとあたりを見回す。自分が今しがたいたスーツケースの隣のベッドでジニーが寝息をスースー立てている。

 

隣には黒い日記がある。

 

MI6の工作員にでもなった気分でエルファバはそーっと日記に手を伸ばす。

 

(ジニー、起きちゃダメよ。起きないで…。)

 

掴んだ瞬間、さっ!!と奪った。

 

(寝てて!!)

 

「…んっ。」

 

ジニーはまだ眠りの中だ。ホッとしたエルファバは忍び足でジニーの部屋を抜け出した。

 

幸いにも誰も使っていない女子の部屋があったため、そこの電気をつけて新たなる作戦へと行動を移した。

 

まずはマクゴナガル教授とハーマイオニー、マギーへの手紙だ。ダンブルドア校長にしなかったのは、校長という役職的にエルファバの手紙がおざなりになる可能性が高いと判断したからだ。渡す日はバレンタイン。理由はよく分からないがこの日はかなりの手紙のやりとりがされる。去年のこの時期にエルファバの元にも大量の手紙が来たものだ。時期は遅くなるが、これから自分の作戦がうまくいけば問題ないはずだ。

 

そもそもこれは作戦C。Bが失敗した時に備えての前準備だ。Bは成功する確率のほうが高い。

 

(あなたたちの幸運を祈ってます。E.Sっと。)

 

「…ふうっ。」

 

エルファバはため息をつき、問題の日記を取り出した。ペンの先をインクに浸し、ツラツラと書き始めた。

 

"久しぶりね、トム。"

"やあエルファバ。君と話せて嬉しいよ。"

"よくもジニーを使ってマグルたちを石にしてくれたわね。"

 

早速本題に入る。リドルからの返答は少し時間がかかった。

 

"君はどうやら僕の想像以上に賢かったようだ。素晴らしいよ。まだ荒削りだが君の能力やその知性を磨けばさらなる魔法界の発展につながるだろう。"

"どうも。あなたはジニーに私のことを精神異常だって言ってたみたいだし、今回の事件の犯人を私にしようとしてたみたいだけど。"

"価値の分からない人間が知る必要はない。魔力の暴走は魔法界では狂気の象徴だ。しかし君の場合、それは可能性の証。君の能力が友人や家族に拒絶されてさぞかし辛かっただろう。荒い手段ではあるけど、他人に期待を持つとろくなことはないということを君に教えてあげたかったのさ。"

 

リドルは獲物を狩る蜘蛛のように優雅に巧妙に罠を仕掛けてくる。エルファバが回答に迷っているとリドルは畳み掛けるように言ってくる。

 

"きっと将来、誰も君のことを好きになんてならない。"

 

リドルの書いた文字が歪んできた。

 

"君の能力を知ったら皆が君を化け物扱いするだろう。"

 

ぽろっとエルファバの目から涙が落ち、リドルの日記の上に乗っかり、消えていく。ハリーが、ロンが、ハーマイオニーが、自分を軽蔑する姿がリアルに感じられた。

 

"愛されたいんだろう?"

 

あのミセス・ウィーズリーの全てを包み込むような優しさ、ミスター・ウィーズリーの守ってくれるような力。エルファバにはない。あの日から、ロンの家に行った日から思っていた。あの全てが自分ただ1人に向いていればいいのにと。

 

(愛されたい。)

 

そう強く願っていた。

 

友人関係は不安定だ。3人のことは信頼しているけども、ケンカをしたら一生元には戻れないのではないかという不安がある。大人がくれる優しさは海のように広く深い、安定したものがある。そんな愛が欲しかった。

 

"僕ならできる。僕は小さい時に魔力のせいで大人にも子供にもいじめられた。だから君の気持ちは理解できるよ。"

 

嗚咽するエルファバにリドルは優しく甘美な言葉でエルファバを誘ってくる。

 

"僕と一緒にこの残酷な世界を変えよう。"

 

その文字にエルファバは冷水をかけられたような気分になった。本来の目的を忘れてた。ずずっと鼻水を吸い、エルファバは震える手で文字を書いた。

 

"それは難しいと思う。"

"どうして?"

 

1度書いたらもう戻れない。エルファバは深呼吸をして再び書いた。

 

"だって私マグル生まれだもの。"

 

リドルは何も書いてこない。これが答えだろう。そう思いエルファバは日記を閉じた。

 

明日、スリザリンの怪物がエルファバを襲ってくる。リドルもといマルフォイはマグル嫌いなのだから。エルファバの能力なんかよりもマグル抹消の方が重要項目だろうとエルファバは分かっていた。当然のことながら、これは怪物をおびき寄せるためのウソだ。

 

(私の"力"が役に立つ時があるとしたらこの時だわ。)

 

バチンっ!!

 

「?」

 

エルファバの胸くらいの高さの不思議な生き物が音がした方に立っていた。

 

「エルファバ・スミス!」

 

茶色い顔、テニスボールくらいの大きな目、顔が割れて見えるほどに大きな口、コウモリのような長い耳、細く短い手足に長い指。

 

(屋敷しもべ妖精ね。)

 

突然のドビーの登場にもエルファバはずいぶんと冷静だった。

 

「あなたはホグワーツの屋敷しもべ妖精?あと、こんばんは。」

 

ハウス・エルフは首を振る。

 

「違います。ドビーはあるお屋敷に務めております。なぜあなたがそれを持っておいでですか?!」

「友達から借りたの。」

 

エルファバは天気を答えるように答えた。

 

「左様でございますか…。」

 

ドビーってどっかで聞いたことがあるわ…ああ。

 

「あなた、マルフォイの家の屋敷しもべ妖精でしょ?」

 

ドビーはひゃあっ!!と大きな声をあげて腰を抜かしてしまった。

 

「なっ、な、な、な、な、なぜっ!?」

「ハリーに警告してたから。」

 

それだけでなぜ、それに辿り着けたか。それがドビーには理解できなかった。しかし最近エルファバはよくしゃべるので忘れがちだが、彼女は必要最低限のこと以外口にしない。ハリーに警告してたから、の一言で理解できるドビーではないのだから。

 

「ばっ、ば、ば、ば、ば。」

「この日記は渡さないわよ。」

 

エルファバはドビーに杖を向けた。

 

「どっ、ドビーめは本日はご主人の命令では来ておりませんっ!!」

「あ、そう。」

 

エルファバはまだ杖を向けたままだ。ドビーはよろよろと立ち上がる。

 

「ドビーめは警告しに参りました。あなた様はハリー・ポッターのお友達にして超越した魔法の持ち主!!その日記は危険なのです!!」

「知ってる。」

 

エルファバはあっけらかんと答える。

 

「でも怪物がいなくなれば危険さは半減するでしょう?」

「えっ!?いなくなる!?」

 

(感情が忙しいわねこの子。)

 

エルファバは日記からある程度の距離を置きながら答えた。

 

「私が朝襲われるわ。どんな怪物なのか分からないけど…私の"力"なら捕まえられる。あ、そうだ。」

 

エルファバはドビーに近づき、両肩にそっと手を置いた。

 

「私はあなたの主人がこの事件を引き起こしたと思ってるの。別にイエスもノーも言わなくていいわ。目的はアーサー・ウィーズリーの社会的地位を落とすためでしょ?」

 

ドビーの慌てぶりが答えだった。

 

「もしも、日記がジニーの手元にないと気がつけばあなたの主人ジニーに返すように言うんじゃない?」

 

ドビーの目にはみるみると涙がたまってきた。

 

やりたくないことをやらされる辛さ。憧れの人を助けたい気持ちと主人の命令を聞かなくてはならないという間での苦悩。

 

ドビーは声を上げて泣いた。

 

「どっどっドビーめは!!ほっほっ本当はこんなことしたくないのでありますっ!!」

 

エルファバはドビーの背中に触れた。

 

「大丈夫。」

 

エルファバはドビーの背中を優しくさすりながらしゃべった。

 

「あなたの主人は日記を取り返し、本来の持ち主の元に返せと言うでしょう。でも私は怪物を倒したらすぐに日記をダンブルドア校長に渡すつもりだから。もしも仮に失敗してもあなたは素直に"本来の"持ち主に返せばいいの。」

 

ドビーはしゃくりあげながらエルファバの胸から顔を離す。エルファバはドビーの大きな目をしっかりと見た。

 

「"本来の持ち主"は私なの。石になった私のそばに置いて。そしたら持ち主に返したことになるでしょう?あなたは命令に背いてないし。」

 

きっとその日記に誰かが気づくはずだ。ドビーはその言葉の意味を理解したのか、涙と鼻水を飛ばしながらうなづく。

 

「ハリーたちが気付いてくれたら完璧なんだけど…。」

 

正直なところ、エルファバにはハリーたちが自分の友達でいてくれるか確証はなかった。頭ではハリーやロン、ハーマイオニーがそんな人間ではないことは理解している。自分の"力"を知っても前と変わらず仲良くしてくれるはずだ。しかし心の奥深くで、警鐘が鳴っている。

 

奴らは秘密を知ってしまった、逃げなければお前を殺しにくると。

 

自分の行動の矛盾さに呆れる。馬鹿馬鹿しい。そんなことする人たちではないしそもそも、そんな力ないはずだ。エルファバの目から一雫の涙が流れた。

 

「あーあ…。」

 

(私ってずっとこのままなのかな。自分の"力"に一生怯えて、手を差し伸べる友達たちに恐怖して。一生一生私は孤独に生きていくのかな。)

 

「ドビー…私行かなきゃ。」

 

エルファバはまた泣き出してしまったドビーにハグし、荷物を持って部屋を出た。

 

少し行けば、自分の部屋がある。パーバティとラベンダーは今休暇中でいないので、今あの部屋にいるのはハーマイオニーだけだ。

スヤスヤ寝ているハーマイオニーの寝顔を見ると、エルファバはホッとした。ハーマイオニーだったら夜通しで自分を待っていそうだったらからだ。

 

エルファバは自分のベットの下に日記を突っ込み、その隣にあるグリンダの物がある箱からチェーンにつながる指輪を取り出した。

 

ハグリッドのお守りとグリンダの指輪があればなんでもできる気がした。

 

エルファバは再び箱をしまい、知っている限りの保護呪文をかけ、ハーマイオニーのみ解除が可能にした。きっとハウス・エルフは強い魔力の持つ生き物だからドビーならこれを破れるだろう。

 

できればハーマイオニーが先に手に入れて欲しいけど、どっちみちちゃんとした人間の元に渡るはずだ。

 

エルファバはハーマイオニーに小さく手を振ってから部屋を後にした。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

エルファバが寮を出た時にはすでに少し空は明るくなっていた。ミセス・ノリスがいないのでフィルチが来れば気配で分かるはずだ。

 

(やっぱりゴーゴンの末裔がホグワーツに入り込んできたとしか思えないのよね。みんな石化のみで誰も死んでないし…。でもあれって神話だから、信憑性がないし。でもバジリスクやコカトリス・バジリスクとは雄雌関係にあると言われている伝説の生き物で息を吹きかけるだけで生き物を石に変える力がある)だとは思えないのよね。そんな化け物がいたら気づくでしょ普通。)

 

エルファバがそう考えながら、廊下を歩いていた時だった。

 

『またあの声だ!』

 

石化したミセス・ノリスを見つける直前にハリーが言っていた言葉だ。ハリー以外聞こえない声。ハリーは決闘の時に蛇と喋れてた。パーセルマウス…。

 

エルファバは気付いた。怪物の正体に。なぜ、どうして。その疑問を考えるには遅すぎた。

 

気配が迫ってくる。

 

床に巨体を引きずってくる音だ。ズルズルと迫ってくる音はエルファバを縮こまらせた。

 

(まずいわ。)

 

エルファバはハグリッドのペンダントとグリンダの指輪を握りしめた。

 

「きっと全て上手く行くわ。」

 

エルファバは小さく呟く。その言葉は誰が言ってた言葉なのかエルファバには分からない。バジリスク、蛇の王。目を見ただけでその生物は死ぬ。牙には猛毒が含まれており、非常に危険…。

 

(ああ、ダメだわ。パニックでどうでもいい情報しか頭に巡ってこない。)

 

シューシューと息を吐く音が廊下に妖しく響いた。ハリーが蛇語を使った時と同じ音だ。

 

(ハリーたち怒るだろうな…。普通に怪物凍らせて終わらせようと思ったんだけどな。まあある意味作戦は成功したわけで。)

 

太陽が差し込んできた。その光はエルファバに降る雪にキラキラと反射した。

 

エルファバはゆっくりと後ろに下がる。今まで自分の"力"を最大限に出したことはない。しかし今がその時だ。

 

怪物の影が伸びてきて、異臭が漂う。同時に氷が廊下一帯の壁を覆った。

 

(もっと、もっと、もっと、もっと!!)

 

エルファバは出せる限りの力を出した。空気の水分という水分が結晶になり、それが繋がっていく。

 

黄色い目玉を持つ巨大な蛇と対峙した時、体が硬くなる感覚と身を貫くような冷たさがエルファバを襲った。怪物も同じに違いない。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ…。

 

次にエルファバが意識を取り戻したとき、身体中に振動が伝わってきた。肌という肌が細い針で貫かれると感じるほど冷たい。特にまぶたはガッチリとテープでもされるかのように重い。

 

(氷の中かしら?氷の中ってこんなに冷たいのね。)

 

エルファバは急に体を倒されたのに気がついた。

 

(今日は何日なのかしら。寒い。痛い。絶対凍傷があるわ。自分が発生させた氷で自らを傷つけるなんて皮肉ね…それにしても普通氷の中にいたら人は死んじゃうらしいけど私は違う…多分生きているけどどうしてかしら。正式には氷ではなく氷に近い道の魔法だからかしら。)

 

「…ミス、ミス・スミス!」

 

どれくらいたっただろうか?急にまぶたが軽くなり、暖かい空気が顔全体を温めた。

 

「無事か。」

 

目を開けた先にいたのはスネイプだった。ご自慢の鉤鼻がくっつくほどにエルファバをまじまじと見ていた。

 

「…さ…う…ぃ。」

 

自分でも何を言ってるのか理解できないくらい細々とした声が唇の隙間からでる。

 

「今熱湯と水で徐々にお前の周りにある忌々しい氷を溶かしている。」

 

スネイプの説明は頭に入ってこなかった。スネイプは温めたタオルをエルファバの口から上にかけた。エルファバの神経が産声を上げ、一気に感覚を取り戻す。

 

「ったかぃ…。」

 

快楽を知ってしまうと自分の置かれている苦痛が余計辛く感じるものだ。ナイフで切り裂かれるような痛みは果てしなく続くように思えた。エルファバは愚痴をこぼさずにひたすら耐えた。かと思えば、その苦しみから解放されたのはあっという間だった。スネイプは私に大量のタオルをかけた。そのタオルはふんわりとして暖かい。

 

「飲め。」

 

スネイプに半強制的に飲まされたのはコンソメスープだった。体の内側が一気に蘇っていく。エルファバはスネイプに身を預け、外側も内側もあったかくなる感覚を味わった。

 

「ありが…。」

「何も喋るな。飲み干せ。」

 

(スネイプはハリーをいじめるのとえこひいきがなければいい教授なのに。)

 

ハッキリとしていく意識の中でエルファバはそう思った。

 

「私は教授としての責任を果たしただけでそれ以上もそれ以下もない。」

 

私が考えてること分かったのかなあ。

 

「教授たちを呼んでくる。せいぜい凍傷だらけの体をあたためてろ。」

 

(一言余計ね本当に。)

 

エルファバはスネイプの後ろすがたを睨みつけた。

 

バシッ!

 

「エルファバ・スミス!!」

 

直後に現れたのはドビーだった。前に会った時よりも嬉しそうでぴょんぴょん跳ねている。

 

「ご主人は命令しました!!ドビーめにこの日記を"本来の"持ち主に渡すようにと!!あなた様の言う通りでした!!」

 

生き生きと誇らしげにドビーは日記を見せた。正しいことをしている自分が嬉しくて嬉しくて仕方がないに違いない。

 

「やった。」

 

対してエルファバはまだ氷の中から生還して数分しか経ってない。そのためあまり力が出なかった。それに気がついたのか、ドビーは骨ばった手でエルファバの手に日記をつかませた。

 

「あなた様がハリー・ポッターにこれを渡せば、事件は解決ですっ!」

 

エルファバはそのドビーのキーキー声がかなり遠くに聞こえた。頭の中で謎の声が響く。

 

『やあエルファバ・スミス。この僕を出し抜いたなんて大したものだよ。君が穢れた血だという嘘に騙されてしまった。おかげで僕のペットは氷漬けだ。』

 

謎の声は笑った。しかしそれは怒鳴り声よりもエルファバの背筋をゾッとさせた。

 

『僕の忠実な下部が君の真実を教えてくれた。哀しい君の人生をね。実に興味深い。ただ邪魔者が多いな…。』

 

まるで夢の中のようにふわふわしている。エルファバの体は勝手に動く。

 

『これはすごい。古代魔術では杖を使わない技術があったというがまさか現代でできる人間がいるなんて。素晴らしい、見ろ!イギリスで最も優秀といわれるホグワーツの教授たちが太刀打ちできない!』

 

リドルは嬉しそうだ。誰かが私を呼んでる。遠く遠く、私の知らないところで…。

 

(違う、遠くなんかじゃない。すごくすごく近くだ。)

 

「!」

 

一瞬にして現実がエルファバの体に入り込んできた。ジメッとした温室からの空気、それと反対のひんやりとした空気、所々悲鳴を上げる体。

 

「ミス・スミス!返事をしなさい!」

 

マクゴナガル教授だ。隣には小さなフィットウィック教授もいる。その2人は私に杖を向けて、暴れる猛獣を見るような目でエルファバを見ていた。利き手が不自然に上がっている。

 

手のひらの上には大きな雪の結晶が浮かんでいた。

 

「…ごめんなさい…。」

 

またの意識が遠のいていく。

 

『なんて不安定なんだ…!!どうしてだ?僕は君の秘密を知ってるというのに。教授たちには早いとこ退散してもらおう。』

 

(やめて、そんなことしないで!)

 

エルファバは闇の中で必死にもがく。

 

『抵抗するな!さもなくば貴様の命を削るぞ!』

 

(私の命なんてどうでもいい。"力"を止めて!)

 

『エルファバ・スミス。僕は君の命を削りたくなんてないんだ。君は自分の能力を悪と決めつけ、本当の才能に気づいてないが、君の能力は世界を変える力がある。』

 

エルファバは自分を操る無数の手を必死に振り払う。

 

(やだ!やだ!やだ!私の"力"に才能なんてない!これは人を傷つける悪い魔法なの!お願い教授を傷つけないで!)

 

『その思想を植え付けた穢れた血も排除してやろう。君の存在価値を理解せずに殴り、罵倒し、屈服させようとした人間たちに価値などない。』

 

エルファバの頭を巨大な手が握りつぶすような感覚に襲われたエルファバは絶叫した。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「…んっ。」

 

エルファバは再び冷たい空気にさらされていた。

 

「やあ。」

 

エルファバは地べたで寝ていた。

 

「起きたかいお寝坊さん?」

 

ゆっくりと起き上がると頭がズキっと痛んだ。声のする方を見上げれば、スラッとした男子生徒がエルファバを見下ろしている。周囲は君の悪い蛇の彫刻が立ち並び、どこかで水がぴちゃぴちゃいっている。

 

「…リドル…?」

「そうだよ。こうやって顔を合わせて話すのは初めてだねエルファバ・スミス。」

 

緑色のネクタイをつけた黒髪の青年はクスクスと笑い、エルファバと同じ目線にかがんだ。

 

「あなたは…日記でしょ?」

「ああ、そうだ。日記だ。でもジニーのおチビさんと君が僕に秘密をバラしたことによって僕はここにいるんだ。」

 

リドルはエルファバ反応を見て面白そうにニヤリと笑った。

 

「どうだった?」

「?」

「僕のおかげで君は押さえつけられてた力を思う存分発揮できた。気持ち良かった?」

 

リドルは今度はエルファバの顎を掴み、エルファバが逃げられないようにする。

 

「何を…。」

「君は現実から逃げたいだけだ。その魔法使うことに常に罪悪感を感じる君は自分の能力を使うことを無意識に封じ込めてる。と、同時に君の能力は本能の中で自己防衛として発揮するようだ。その狭間で君は悩んでいる。」

 

可哀想に、とリドルは思ってもなさそうなことを口にする。

 

「君の能力は氷のような物体を発生させるだけではない…その形も操れるし、場所によっては雪雲も発生できる。氷だから自然に溶けるという問題もその場で天候を変えてしまえばいい。マグルの魔法の真似事(テクノロジー)が弱点みたいだがこの世界に住んでいる以上そんなの問題ではない。君は成長途中だから数年したらもっとすごいことができるかもしれない。どうだ?魅力的じゃないか?」

 

リドルは再びまるで愛しい恋人に触れるかのようにエルファバの頬を撫でた。

 

「才能を押さえつけるほど苦痛なことはない、無駄な努力だ。ナンセンスだよ。」

 

リドルの言う通りだった。バジリスクと対峙した時、エルファバは自分の持っている"力"を生まれて初めて最大限に発揮した。その時、1番記憶に残ったのは"力"を使った罪悪感でも、身を貫く激痛でもなく。

 

快楽だった。

 

身体中の毒素を全て解放したような解放感だった。

 

「僕はもうすぐ日記に閉じ込められた記憶という域を超え、人になる。その時は「エルファバ!!!」」

 

ハリーが息を切らしてこの不気味な場所へと入って来た。所々切り傷があり、ここまで来るのに相当苦労したことが伺える。

 

「ハリー?」

「ハリー・ポッター、君を待ってたよ。」

 

リドルはエルファバの"力"を見た時と同じくらい興奮していた。リドルの目が赤く光っている。

 

「「エルファバ!」」

「ロン?ハーマイオニー?」

 

2人とも切羽詰まったように走りこんできた。ハーマイオニーは髪を乱しており、ロンも壊れかけの杖を持ちながらハーマイオニーの盾になるように走っている。

 

「っちっ、邪魔者が…!!」

「あああああああああああ!!助けてえええええええええええ!!」

「…ロックハート?」

 

いつものハンサム顏は何処へやら。汗と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたロックハートが腰を抜かしてロンの足をつかもうとしながら入って来た。

 

「あああああああああああ殺されるうううううううううう!!」

「エルファバ!!目を閉じるんだ!!」

 

ハリーの一言で何が来るのかエルファバは一瞬で理解した。バジリスクだ。

 

「!?」

「君には君の仕事をしてもらう。」

『夢でも見てもらおうか。』

 

(まただわ。意識を乗っ取られていく…。ハリーたちを攻撃なんて…ない…。)

 

エルファバは深く闇に戻っていった。

 

 



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14.秘密の部屋②

「エルファバ!」

「ハリー?」

 

やっとたどり着いた。エルファバが部屋の少し先でしゃがみこんでいた。いつもよりも色白く唇は紫に変色している。

 

「ハリー・ポッター、君を待ってたよ。」

 

エルファバの隣には背の高いハンサムな男子生徒が興奮したように笑っていた。ハリーはその生徒に見覚えがない。なぜ自分のことを知っているのか理解できなかった。

 

「あああああああああああ殺されるうううううううううう!!」

 

ロックハートの絶叫でハリーは今自分はまさにバジリスクに追いかけられているところだということを思い出す。

 

「エルファバ!!目を閉じるんだ!!」

 

エルファバはその一言で理解したようで、ギュッと目を瞑る。

 

「安心しろ。僕からの指示がない限り襲わないさ。」

 

男子生徒は優雅に落ち着いた声で言う。

 

「君からの指示?君は一体…?」

「トム・リドル。」

 

ハーマイオニーは毅然として、リドルを睨みつけた。

エルファバはだらりと身体の力が抜け、立っているのも精一杯な様子だ。

 

「エルファバを操ってるのね。」

「話に聞いたとおりずいぶん賢いようだ。ハーマイオニー・グレンジャー。その通り、僕はトム・リドル。日記の中にいる記憶だ。」

「どうして私の名前を…?」

 

リドルは喉を鳴らして笑い、エルファバの頬を舐めるように手の甲で撫でる。エルファバの焦点は定まってない。

 

「このまた賢いお嬢さんが教えてくれたよ。君は学年で最も賢い生徒だと。最初の方はね、彼女も僕を信頼してくれてたんだよ。」

 

リドルがエルファバの頭を指でツンっと触るとエルファバはまるで強い力で押されたようにドサリと床に崩れた。

 

「エル…!!」

 

ロンがとっさに近づこうとすると、すぐ後ろでシューシューと威嚇するような声が聞こえた。

 

「まだだ。ウィーズリー、血を裏切る一族。君はあのジニーのチビのお兄さんかな?彼女にはずいぶんお世話になったよ。最初はこの眠り姫が僕の日記を使用してた。まあ2年生の割に賢かったからまあまあ暇つぶしになったものの、僕の思惑にはハマらなかった。それである時、別の人間が僕の日記に書き込みをしたんだ。退屈だったが僕の欲しいものをくれたよ。」

 

こうやって話している間、リドルはハリーを貪るように眺めていた。他の人間はまるで存在しないかのように。

 

「彼女の秘密だ。暗い彼女の秘密を知れば知るほど僕は強くなった。ジニーのおチビさんから離れると僕の力は弱くなる。それが気がかりだったが、僕は自分でいうのもどうかと思うけど、いつだって誰でも惹きつけられたんだ。おかげで彼女は僕に夢中になった。」

 

リドルは小ばかにしたように笑った。ロンの顔は怒りで歪み、ハーマイオニーがロンを必死に抑えている状態だった。

 

「君らはもう知っているだろう。この一連の事件は全部ジニーがやったことだ。本人は無自覚だったけどね。」

 

ハリーはイマイチ話がついていけなかった。記憶が自分で意思を持ち、今回の事件を引き起こしたというのか、それともマルフォイが作った魔法なのか。

 

「1年生のジニーが1人でやったことではないというのはすぐに分かる事実だ。だからそんなことをやりそうな人物をジニーから上手く聞き出して抜擢したんだ。それがエルファバ・スミスだった。」

 

エルファバはゆっくりと立ち上がり、右手をあげる。するとエルファバの右手から、白い霧が出た。その霧の中で雪の結晶がヒラヒラと飛んでいく。

 

「彼女の能力は単なる精神異常ではない。今世紀の魔法では実現不可能なほどに複雑で精巧、そして完璧な魔術だ。それに気づいたのはジニーからエルファバが日記を奪い、自らそのことを告白した時だ。僕はこの時ばかりは悔やんだよ。」

 

まるでリドルは美しい思い出を語るかのように口角を上げ、エルファバを見た。

 

「僕はもっとこの魔術について知りたいという感情が勝ってしまってね、いろいろ聞いてしまった。そのせいでエルファバに怪しまれる結果となったのは痛手だったよ。彼女は能力を持っているという秘密を僕に明かしたが、それはこのお嬢さんの中で微々たるものだったし。赤毛のチビと比べると操るほどの力を持ち合わせていなかった。」

 

ロックハートは後ろで控えているバジリスクに恐怖し、ヒーヒー言っていた。

 

「だが、ラッキーなことにエルファバはジニーに日記を返した。僕はジニーを上手く取り入り、ジニーを操ってエルファバを拒絶しエルファバの手に日記が渡らないようにした。そして僕はエルファバの力とみせかけて、簡単な冷却呪文を穢れた血の周りにつくった。どうだい?君らは彼女を疑ったはずだ。」

 

ハリーは怒りでめまいがした。目の前で声をあげて笑うリドルとリドルの思惑にまんまとはまり、エルファバを疑った自分を、友人を疑った自分が憎らしかった。

 

「ジニーをつかいエルファバを追い込んで行くのが僕の計画だった。上手くいったよ途中までは…。」

 

今度はリドルは憎々しげに虚ろに立つエルファバの髪の毛を強く掴んだ。

 

「やめて!!」

「それがどうだ?自分は穢れた血であるという嘘にまんまと僕は騙された!!迂闊だった。この僕が穢れた血の持つ力などに頼るなんて、ありえない。結びつきの強いジニーを使ってエルファバ・スミスをバジリスクに襲わせた…結果は君らがご存知の通りさ。僕の大事なペットは氷漬け、日記はジニーのチビの手元を離れたために結びつきがどんどん弱まっていった。」

 

リドルは強い力でエルファバの髪をグイグイと引っ張り、離した時にリドルの細長い指にシルクのように白い髪が何本も絡まっていた。衝撃で床に叩きつけられたエルファバにハーマイオニーが駆け寄る。エルファバの頭から血が出てくる。

 

「だがね、ハリー・ポッター。幸運は僕に微笑んだんだ。次に日記に書き込んだのは僕の未来の忠実なしもべだった。僕は彼にエルファバ・スミスの生い立ちをできるだけ詳しく教えるように命令したよ。どうやら僕のことを完全には理解してないようで苛立ったが、まあ彼女の中に入り込むには充分だった。こうして僕はエルファバ・スミスとジニー・ウィーズリー2人の魂を得ることに成功した。どちらの元へ行っても2人は僕の物だ。今の僕はジニーの魂8割、エルファバの魂が2割という感じかな。エルファバ・スミスは貴重な人材だから死んでほしくないしね。」

 

リドルがまるでおとぎ話のように語る物語は3人の背筋をゾッとさせた。2人の少女の魂をエネルギーを補給するガソリンのように扱っているのだから。

 

「じゃ…じゃあ…ジニーは…。」

「ああ、そろそろ死ぬだろうね。彼女は僕に秘密を語りすぎたし、エルファバの魂を使えば僕は日記なしでもジニーを操れる。」

 

あっけらかんと答えたリドルにロンは呆然と立ち尽くす。

 

「エルファバを手に入れた僕はもう一つやりたいことがあってね。君だよ。ハリー・ポッター。君に聞きたいことがある。なぜ大して力のない赤ん坊が今世紀最大の魔法使いを破った?ヴォルデモート卿は全てを壊されたのになぜ君はたった傷1つだけで逃れられたんだ?」

 

リドルは興奮気味にハリーの前髪を引っ張り、稲妻型の傷を見た。ハリーは痛みに呻き、リドルの手を払う。

 

「どうして僕にこだわるんだ?ヴォルデモートなんて君よりあとの人間だろう?」

 

リドルはその問いを待っていたようだ。興奮で美しい顔が歪む。

 

「ハリー・ポッター…違うさ。ヴォルデモート卿、彼は僕の過去であり、現在であり、そして未来だ。」

 

リドルは生気のない目で床を見るエルファバのパジャマのポケットから杖を抜き、空中に書いた。

 

TOM MARVOLO RIDDLE

 

杖を一振りする。

 

I AM LORD VOLDEMORT

 

「ヴォルデモート…。」

「そうだ。僕がヴォルデモートだ。僕が穢れた血のマグルの名前などずっと使用するわけがないだろう?サラザール・スリザリンという高潔な血が流れている僕が!!僕は来る未来に相応しい名前をつけた。僕が世界一の魔法使いになったその日に誰もが口にすることを恐れる名前を!!」

 

リドルの瞳は真っ赤に染まり、邪悪な笑みで4人を蔑んでいた。

 

パキパキパキパキ…

 

「ひゃっ!」

 

ハーマイオニーはとっさにエルファバから離れる。エルファバが横たわる床が謎の模様を描きながら凍っていく。

 

「魔法陣だ。」

 

リドルはハーマイオニーを押しのけ、貪るように床を眺めた。高学年の男性に押されたハーマイオニーは硬い床へ倒れ込んだ。

 

「ハーマイオニー!大丈夫?」

「っつう…。」

 

すかさずロンがハーマイオニーに駆け寄る。ハーマイオニーは自分の足首をさする。どうやら足をくじいたらしい。

 

「なんの魔法陣だ?複雑すぎて訳が分からない。」

 

そう言うリドルの口元は笑ってる。まるで難しい問題に挑む数学者のようだ。夢中になってエルファバの杖を振り、床に描かれた模様を空中で書き写し始める。

 

「…ダンブルドアなら分かるわ。」

 

ハハーマイオニーが呟いた言葉にリドルは動作をやめた。震える体をロンに支えてもらっているものの、ハーマイオニーの声はハッキリしたものだった。

 

「いまなんて言った?」

「ダンブルドアならこの複雑な魔法陣だって解けるわ。みんなが彼が世界で偉大な魔法使いだって言ってる。それが真実。未来のあなたはホグワーツに指一本触れられなかった。それが全て。あなたはダンブルドアには勝てない。」

 

リドルは醜悪な顔でハーマイオニーにどんどん近づいていく。

 

「はっ、ハーマイオニーに手を出すな!」

 

ロンが必死にテープでぐるぐる巻きにされている杖を向け、ハーマイオニーの盾になる。負傷したハーマイオニーに戦わせるのは難しいしロンの杖は使えない。ハリーは必死にターゲットを自分に変える方法を考えた。

 

「去年、本物の君を見たぞ!人の魂に取り付く醜い残骸だった!あれが、世界一の魔法使いだって?汚らわしい!!」

 

ハリーはチャンスだと思った。リドルは食いついた。

 

「リドル!!ハーマイオニー言う通りだ君はダンブルドアには勝てない!!」

「あいつは僕の記憶にしかすぎない存在にホグワーツを追い出された!!」

「なっ…!!」

 

一瞬ハリーはその言葉にたじろいだ。ロンもハーマイオニーも固まった。

 

ダンブルドアがホグワーツを追い出された?どういうことだ?確かにエルファバの暴走を止めようとした時、ダンブルドアの存在がなかった。マクゴナガル、スネイプ、フィットウィックの3人ですらエルファバの魔法を止められないのだ。何故ダンブルドアが出てこない?

 

リドル勝ち誇ったように笑う。綺麗な笑いのはずだが、その笑みは汚く見えた。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

「…んっ。」

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

あのあと、私は小さな部屋の中でうずくまって泣いていた。何時間も前にぶたれた頬が今だにジンジンと痛む。

 

『エルフィー。』

 

軽く扉をノックしてお父さんが入ってきた。

 

『おとう…さん。』

 

私は駆け寄り、温かいお父さんのお腹にしがみつく。

 

『お前に悪いことなんて何一つとしてない。あれは事故だ。』

『えぐっ…でっでも…おかーさん…。』

 

お父さんのYシャツは私と同じ柔軟剤の匂いがする。

 

『母さんは気が動転してしまったんだよ。誰にだってあることだ。エディだって興味本位でエルフィーを滑り台から落としたことあるじゃないか。』

『そう…なのかなあ。』

 

お母さんは私のこと娘だなんて思ってくれてない。それが辛かった。お父さんは私をそっと抱きしめ、頭を撫でた。

 

『あの時、エルフィーはエディを怒ったか?』

『ううん。だってエディちっちゃかったから。』

『ほら、そういうことさ。大丈夫だ、全て上手くいく。ほらっ、父さんにキレイな雪の結晶を見せてくれよ。』

 

私はそう言われて嬉しくなった。私は自分のこの魔法が大好きだし、エディにあんなことが起こってからはもう2度と使えないと思ってたからだ。

 

私は大きな雪の結晶を父親に見せる。

 

『エディにも見せてやれ。』

『うんっ。』

 

お父さんはワシャワシャと大きな手で頭を撫でた。私も思わず笑う。

 

『今日から叔父さんの家に行くんだろ?早く用意しなきゃ置いてかれるぞー。』

 

そうだった。今日から叔父さんの家に泊まりに行くんだった。4人の従兄弟たちに会いに行くの。叔父さんはすっごい力持ちで、筋肉があって、すごく…すごく…

 

痛くて、怖くて、暗くて、

 

『いやだ。』

 

不思議そうに見るお父さんに私は主張した。思い出してしまった。私がエディを凍らせてしまったあの日には続きがあったのだ。

 

『やだ。やだ。私、あそこに行ったら死んじゃう。私が私じゃなくなっちゃう。…"力"がコントロールできなくなる。お父さん…お父さん?』

 

目の前にいるのはお父さんじゃなかった。

 

『魔女!』

『何をしたの!?!?』

『気持ち悪い!!!』

 

叔父さんが、叔母さんが、知らない大人たちが私を取り囲んでいる。

 

 

 

ーーーーー

 

 

「いやああ!!いや!!いや!!来ないでええ!!やだ!!もうやめて!!」

「エルファバ!!落ち着いて!!エルファバ!!」

 

エルファバは四方八方に"力"を発射していた。何かに取り憑かれたように大声で叫びながら髪を振り乱し、ドーム状の部屋を銀色に染めていく。ハリーたちは散り散りになり、辛うじてそれを避けていた。

 

「おとうさああん!!おかあさあああん!!たすけてええええ!!」

「…くそっ。」

 

リドルの片腕が凍っている。避けそびれたようだ。

 

『…許さん…殺す…にんげんの女…』

 

その言葉にハリーとリドルのみが反応した。

 

「まずい、バジリスクが怒ってる!!!」

 

ハリーが2人に警告したのと同時にリドルはシューシューと蛇語で話した。

 

「ひいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

ロックハートは隅っこに丸まって震えている。

 

『やめろ!!僕の命令に従え!!』

 

リドルの命令が聞こえないようだ。蛇が濡れた地を這う音が近づいてくる。ターゲットはエルファバに違いない。前にもこのバジリスクはエルファバに凍らされたことがあるのだ。

 

「ハリー!!ロン!!ハーマイオニー!!」

 

エルファバは3人の名前を呼ぶ。

 

「エルファバ!僕らはここだよ!ここに!」

 

ハリーは叫んでも、エルファバには届かないようだ。

 

「そうだ…。僕らはすごい近くにいるよ。エルファバ。いつだって、君が隠し事をしてても、僕らは君と一緒にいる。ダンブルドアだって!!」

 

ハリーはリドルに向かって叫んだ。

 

「ダンブルドアだって!!たとえこのホグワーツにいなくても!!彼の心はホグワーツと一緒のはずだ!!」

 

1人だったら恐ろしかった。しかし、今はロンとハーマイオニーが一緒だ。そしてダンブルドアだってハリーの味方のはずだ。エルファバもいる。それがハリーを強くした。

 

その時だった。

 

どこからともなく、音楽が聞こえて来た。

ゾッとするほど妖しく、美しい旋律…どんどん大きくなって近づいてくる。

 

白鳥ほどの深紅の鳥が炎散らしながら、ハリーに向かって何かを投げた。ハリーはそれをキャッチし、まじまじと見つめる。

 

つぎはぎの黒い帽子…見覚えがある。

 

「…組分け帽子…?」

「ハリー!!バジリスクが!!」

 

帽子に気を取られている隙に蛇の胴体がハリーの体をかすめた。すぐ近くで暴走するエルファバに噛みつこうとした。

 

「やめろ!!」

「イモビラス 動くな!」

 

ハーマイオニーが唱えたのはエルファバがロックハートの授業で唱えてた呪文だ。バジリスクの動きが止まる。

 

「エルファバを!」

 

しかし誰もエルファバの元には辿りつけない。あの氷の魔法に当たればひとたまりもないのだ。リドルがいい例だ。しかし、こちらも時間がない。バジリスクの体が震えだす。

 

「一体どうすれば…!?」

 

一か八か。

 

「ハリー!」

 

ハリーはエルファバの魔法をブラッチャーを避けるように軽やかに避け、エルファバのもとへ駆け寄る。

 

『殺す…殺す…殺す…!!』

 

ハリーは全ての力を振り絞りエルファバを突き飛ばした。エルファバはバランスを崩し、自らの氷で体を滑らせ倒れ込む。

 

「ごめん、エルファバ!許して!」

 

ハリーは謝るがエルファバからの反応はない。ハリーは藁にも縋る思いでもらった帽子を被った。

 

「助けて…助けて…!お願い!僕らを…!」

『ぎゃあああああああっ!』

 

ハリーたちの真上で何かが破裂するような音とシャーッシャーッと声にならない叫びが部屋に響く。と、そんなハリーの頭上に鈍器のようなものが落っこちたのは同時だった。

 

「何が起こってるの!?」

 

ハーマイオニーが叫ぶ。

ハリーは気絶しそうになりながらも、状況を把握しようと上を向く。

 

フォークスは蛇の首を飛び回り、バジリスクは煩わしそうに毒牙を振り回す。

 

そしてー。

 

ズブっ。ボタボタボタっ。

 

黄色いバジリスクの眼球はフォークスによって潰された。と、同時にどす黒い液体が大量に床へ降り注いだ。

 

がしゃんっ!!

 

自暴自棄に、エルファバとハリーのいたまさにその場所にバジリスクは噛みついていた。氷の棘に噛みついたバジリスクは苦痛で呻いた。

 

ハリーは帽子に手を突っ込むと、美しい銀色の剣が出てきた。

 

「喰らえっ!!」

 

ハリーはその剣をバジリスクの目に突き刺した。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!!」

 

どす黒い血が氷と混じり合う。ハリーは辛うじてバジリスクから避けていく。

 

「…ぅう…?」

 

遠くから小さな声が聞こえた。

 

「エルファバ!」

 

どうやら正気に戻ったらしい。エルファバは頭を抑えながら辺りをキョロキョロする。

 

「…?私…?」

「エルファバ!バジリスク凍らせて!」

 

ハリーはバジリスクの絶叫に負けないくらいに叫んだ。喉から血の味がする。

 

エルファバは周りを見渡して状況を理解した。すぐに近くにあるバジリスクの胴体に触れる。

 

バキバキバキバキ…

 

バジリスクの胴体が凍った地面と一体化した。しかし、暴れている頭部はまだ凍ってない。そうこうしているうちにバジリスクの体半分ほどで凍結が止まった。

 

「何してるんだ!!全部だよ全部!!」

「むっ、無理よ!!そんなことできない!!」

「エルファバ!!こんな化け物に躊躇する必要ないんだ!!」

「躊躇なんてしてないわ!!私の"力"には限界があるのよ!!」

「嘘つくなよ!!君ホグワーツの廊下全部凍らせてたんだぜ?!」

「…!?」

 

エルファバが嘘を言ってるようには見えなかった。しかし心当たりはあるようで、もう一度、バジリスクに向かって手をかざす。

 

「…!!出て!!凍って!!なんでこんな時だけ…?!」

 

もともとあった氷にどんどん厚みが足させるだけだった。

 

「きゃっ!?」

 

エルファバは後ずさりした。

 

「僕の邪魔をするな!!」

 

リドルが杖をエルファバに向けている。目にも止まらぬ速さで次々と魔法をエルファバに振りかざした。エルファバは自分とリドルの間に薄い氷を作り出し、呪文を全て無効化した。

 

「ダメよロン!!」

 

加勢しようとしたロンをハーマイオニーが制止した。

 

「彼は記憶とはいえ5年生よ!?私たちよりよっぽど呪文も知ってる!」

 「でもあのままにしたらエルファバが!!」

 「分かってる!!分かってる!!ロックハート教授!!」

 

ハーマイオニーは隅っこで泥だらけになりながら怯えているロックハートに声をかけた。

 

「お願いです!!エルファバを助けて!!」

「…いえっ!?え!?わっ私が!?そんな…!?」

「教授は英雄でしょ!?あなたなら5年生のリドルに勝てるでしょ!?」

 

ハーマイオニーの純真無垢な願いはもろく儚く崩れ去った。

 

「わっ、私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!」

 

それだけ言えば賢いハーマイオニーには充分だった。裏切られた瞬間だった。ハーマイオニーはボロボロと泣き、絶望した。

 

ロックハートがペテン師だったことではなく、今の状況を打開する策がないという事実に。

 

「ああ…そんな…。」

「ハーマイオニー!!諦めちゃダメだ!!エルファバ!!」

 

ハリーは怒り狂って攻撃してくるバジリスクを避けながら叫んだ。杖を取り出し、もう片方のバジリスクの目玉に向かって呪文を唱えた。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!!」

 

紅色の光線が見事バジリスクの目に命中した。目玉がハリーの元へと飛んでくる。

 

「エルファバ!!尖ったやつ!!」

 

リドルの攻撃を避けながら、エルファバはバジリスクの胸に手を伸ばす。

 

エルファバの指の先から飛び出た銀色の光は空中でハリーが取り出した剣と同じ形を作り出し、バジリスクの心臓へと飛んでいった。

 

 

ドスっ

 

 

 

秘密の部屋に静寂が訪れた。

 

 

なんの音も立てず、蛇は息絶えた。巨体が氷を突き破り倒れる音が響き、数百年生きたこの部屋の主が息絶えたことは全員が分かることだった。

 

「…マジかよ…。」

 

ボソッと呟いたロンの言葉が全てを物語っていた。リドルは髪をかきむしり、エルファバに止めを刺そうと杖を上げた。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!!」

 

ハーマイオニーが足を引きずりながら、エルファバの元へと来た。リドルはハーマイオニーの呪文を難なく受け止め、反撃した。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!!」

 

やられそうになったハーマイオニーの前にハリーが立ち塞がる。しかしリドルの呪文の強さにハリーは体制を崩した。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!!」

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!ペトリフィカス・トタルス 石になれ!」

 

2人の知っている呪文はあまりにも少なかった。

 

「2年ごときが!!!この僕に!!!勝てるとでも思ったかああああ!?!?」

 

2人は囮だった。

 

ロンがたった今死んだバジリスクの元へと走り込んでいた。

 

パキパキパキパキ…。

 

エルファバはリドルの足元の氷を分厚くし、足元を掬う。

 

ザクッ!!!

 

リドルの動きが止まった。

 

ロンがエルファバの溶けかけの剣でリドルの日記を突き刺していた。日記からインクが溢れている。

 

その瞬間、エルファバは鼓膜を壊すような悲鳴に思わず耳を塞いだ。ロンは顔をしかめながら何度も何度も持ち手を変えて日記を刺していく。

 

リドルは数分前の自らのペットのようにのたうち回り、消えた。

 

「…きえた。」

「うん。」

「終わったの?」

「多分。」

 

どっと疲労感が4人を襲い、クラクラと倒れこむ。

 

「…っ!っ!あーっははははははは!!」

 

高らかに笑ったのはロックハートだった。さっきの動揺っぷりが嘘のように高らかに笑ってるが、涙と鼻水は肌の上で輝いているし、ズボンは濡れてはいけないところが濡れている。漏らしたらしい。

 

「怪物はいなくなった!!私が倒した!!君たちを私が救った!!私は英雄だ!!」

 

エルファバは無意識にハリーの元へと寄る。ある意味リドルや怪物よりも意味不明で怖い光景である。ハリーもエルファバを自分の背中に隠し、剣を構える。

 

「頭おかしくなっちゃったのかな?」

「いや、もとからだよ。」

 

ロックハートは鮮やかな色のローブから杖を取り出す。

 

「こういうことだ!!君らはバジリスクという化け物を目撃し、哀れにも…正気を失った。あとを追いかけた私は4人を救い出し、怪物と例のあの人の記憶を倒し、英雄となる。こういうストーリーだ。お嫌いかな?ん?」

 

4人は顔を見合わせた。

 

「さあ、皆の者よ、記憶に別れを告げるがいい。オブリビエイト、忘れよ!!!」

 

真っ白な糸状の光が4人に向かって走ってくる。

 

バキバキバキ!!

 

 

「「「「…」」」」

 

 

4人の前に氷の壁が出現し、呪文はそこに当たると氷の粒となってしまった。

 

「この氷、どの呪文にも無効なのね。」

「あら、エルファバ知らなかったの?」

「うん。さっき知った。」

「この氷には一切魔法は効かないし、魔法でつくられた火による熱も無効なんだよ。」

「ロン、それエルファバのお父さんの言ってたことと丸かぶりよ。あ、エルファバ。氷溶かしてちょうだい。」

「うん。」

 

エルファバは落ちていた杖を拾い、つぶやく。

 

「デフィーソロ。」

 

ハリーたちを隔てた壁が、凍りついた床が、尖った氷が、どんどんなかったことになっていく。氷そしてそれが滑らかに消えていく様は、なんとも言えない美しさがある。

 

「すっごい。キレイだよ。」

「ありがと。」

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!!」

 

ハーマイオニーがロックハートの杖を奪った。

 

「あっ…。」

 

4人はずんずんロックハートを角に追い込んだ。

 

「ハーイ、お漏らしさん。」

 

ハーマイオニー・スマイルである。怒り顔より怖いとエルファバの中で有名なアレである。

 

「エルファバ、このお漏らしさんの手を凍らしちゃって。」

「はーい。」

 

バキバキ!

 

「ひいっ!!」

 

警察に捕まった窃盗犯のようだとハリーは思った。

 

「なーんか、こいつのせいで僕らが秘密の部屋の怪物たちを倒したってことが台無しだな。」

 

ロンは日記をつまみ上げながらガッカリしたように言う。

 

「そうでもないわ。」

 

ハーマイオニーは満面の笑みでロックハートの頬に手を添える。

 

バッチーン!!

 

「いいね。悪くない。」

「おばかさん。」

「どうやって帰る?行きは楽だったけど。」

 

ここは地下であるのに加え、今はロックハートも含め全員負傷者だ。秘密の部屋の外はゴツゴツした岩がいっぱいで歩きづらい。

 

「歩いて帰るしかないかしら…これは置いていきましょう。」

「ハーマイオニー、それはまずいよ。」

 

エルファバはびりっと自分のパジャマの一部を破り、氷の棒を作りハーマイオニーの足を固定した。

 

「エルファバ、帰ったら説教よ。」

「……………………はい。」

「ハーマイオニー、今回はエルファバあんまり悪くないよ。むしろ悪いの僕らだし。」

「いーえ!私たちに心配かけたことに関してお説教させていただきます!!あと!あなたが自分の力を隠してたこともね!!」

「ハーマイオニー、1年の時から知ってるんだから何を今更…。」

「ロン!」

 

エルファバが助けを求める目をしてきたがハリーはどうしようもないと首を振る。

 

「みんな知ってたんだ…。」

「まあね。」

 

エルファバは立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

「本当、本当にごめんなさい。私、ずっとずっと言いたかった。でもできなかったの。どうしてなのか理解できなかったけど、さっきやっと分かった。」

 

エルファバはゆっくり顔を上げる。その顔は決意に満ちていた。

 

「理由は帰ってから話す。…頑張るわ。」

 

3人は互いをみたあと、曰くありげに目配せするのをエルファバがおずおずと見守る。

 

入り口で待っているフォークスがどこか微笑んでいる気がした。

 

 



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15.何も縛れない

「…で、僕らはフォークスに乗って帰ってきました。」

 

秘密の部屋にいたことが遠い昔の話に感じた。

 

居心地の良い校長室に居心地の良いソファで座っていると、4人は互いの体温を感じながらこれまでの"物語"を語った。机の上には組分け帽子、ルビーの入った剣、そしてリドルの日記の残骸が置いてある。

 

「こっ校長!!私もバジリスクに攻撃を…!!」

 

ロックハートは床に転がされていた。

 

「ギルデロイ。今はハリーの番じゃ。」

 

ダンブルドアは静かにロックハートを制した。エルファバは居心地の良さを噛みしめている反面、不安もあった。リドルがやったことはリドルがいなくなった今、証明できないのだ。自分はともかく、あの1年生のジニーが無実だとどうやったら立証されるのか。それを見透かしたように校長は微笑んだ。

 

「問題はどのようにしてヴォルデモート卿がどうやって2人に魔法をかけたかということじゃな。」

 

安堵感がエルファバの身体の中を巡っていく。みんなも安堵したようだったが…。

 

「あ。」

 

視線の全てがエルファバに集中していた。

 

「あ、えっーと、これは、ジニーの教科書の中に入ってて…。」

 

今度はエルファバの番だった。話すのは苦手なため、筋道を立てて話した。ハリーたちはすでに知っていたに違いない。ジニーとの日記のやりとりやリドルに"力"について話したことなどだ。

 

「なんと。エルファバよ、"力"について3人に話したのかの?」

「3人に見られてしまったんです。」

「そうか、そうか。」

 

校長は良いことじゃ、と言ってから日記をしげしげと眺めはじめた。校長室には不思議なものがコツコツと音を鳴らしたり、キラキラいっている音のみが響いた。もう知られることに対する恐怖はなかった。

 

「ダンブルドア校長。」

 

10分後くらいにマクゴナガル教授が校長にやってきた。

 

「ミス・ウィーズリーの目が覚めました。異常は何もありません。」

 

その言葉にロンが1番ホッとしていた。ヘナヘナと身体の力が抜け、ソファにだらしなく横たわった。

 

「上々じゃ。」

「そして校長室の前にグリフィンドール生が押し寄せてます。ミス・ウィーズリーが無実だと訴えてます。」

「ほーほー。」

 

ダンブルドア校長は新しい宝物を見つけた子供のようにキラキラと目を輝かせていた。自分が出た寮で一致団結しているという事実が嬉しくて仕方ないに違いない。

 

「私のおかげですっ!!」

 

またロックハートである。

 

「私がグリフィンドール生にミス・ウィーズリーは無実であると説得しました!!」

「エルファバ、あいつの口の中に大っきい氷突っ込んでくれない?」

「いいよ。」

 

ロンとエルファバは名案だとばかりにがっちり握手する。

 

「ミネルバよ、厄介事を押し付けて申し訳ないがギルデロイを彼の部屋へ送ってくれないかの?ミス・スミスの氷が彼の口に突っ込まれる前に。そしてグリフィンドール生に言っといてくれ、ミス・ウィーズリーは処罰なしじゃと。」

「承知しました。」

「えっ。」

「ちぇっ。」

「ちぇっ。」

 

文字通り、引きずられていくロックハートを見ながらロンとエルファバはブスッといじけた。

 

「ミスター・ウィーズリー。1つ聞きたいのじゃが、ミス・スミスの氷でこれを刺したそうじゃな。」

 

校長はボロボロの日記を掲げながら、ロンに聞く。

 

「はっ、はい。」

「氷にバジリスクの血はついておったかの?」

「はい。べったり。」

 

校長はほうほう、と長い髭を撫でながら興味深く日記を眺めた。再び沈黙が流れた。エルファバは睡魔に負けそうだ。ハリーの肩を借りてエルファバは眠りの世界へと誘われる。

 

「エルファバ、寝ちゃダメだよ。」 

「うーん…。」

「ほほほ。お疲れのところ申し訳ないの。じゃが事は早く解決させないとな。」

 

このゆったりした空間で、いきなりハリーとロンが姿勢を正した。エルファバもなんとなく体を起こす。

 

「わしの記憶では君たちがこれ以上校則を破ったら退校処分じゃと言ったな。」

 

(あ。)

 

エルファバは無意識にハリーの袖を掴んだ。

 

「前言撤回じゃ。ホグワーツ特別功労賞が授与される。もちろん、ミス・グレンジャーとミス・スミスにもじゃ。グリフィンドールは1人200点。」

 

ハーマイオニーは思わず立ち上がり、ロンは興奮気味に頬を染め、ハリーは満面の笑みでガッツポーズをし、エルファバは無表情だった。

 

(ホグワーツ特別功労賞!?)

 

脳内は4人の中で1番大パニックを起こしていたが。

 

興奮する4人の元に金色の羽を生やした美しい鳥がヒューンと飛んで、背もたれに着地した。エルファバとその鳥はじっと見つめ合う。パチクリと瞬きした鳥はハリーに擦り寄る。

 

「フォークスが君を気に入っとるとは興味深い。うぬぼれとるわけではないが、君はわしを信頼してくれとるのかのお。そうでないとフォークスは懐かん。」

 

ハリーが鳥を撫でる仕草はとても優しかった。話の中でハリーが真のグリフィンドール生であることが分かったことも安心する要因の一つだったのだろう。

 

ハリーが帽子から取り出したのはゴドリック・グリフィンドールの剣だったのだ。

 

「校長先生。」

「なにかのエルファバ?」

「私…思い出しました。」

 

ダンブルドア校長はその言葉の意味を一瞬で理解した。優しい微笑みが消え、神妙な面持ちになった。

 

「そうか。」

 

きっと校長は知っていたのだろう。エルファバは校長に哀れんだような目でみられるのが恥ずかしかった。エルファバは自分が氷を作り出してしまう予感がして居心地の良いソファから離れ、日陰となっている冷たい大理石の床へと歩いた。

 

「エル…!」

 

呼び止めようとするロンをハーマイオニーが静止した。校長も止めなかった。3人とエルファバの間の空間はまるで心の距離を表しているようだった。エルファバは呼吸をおく。

 

「私、その…この"力"のせいで、マグルの人たちに暴力を振るわれたの。」

 

ハーマイオニーが息を飲んだ。

 

「正直いつだったかも覚えてないし、誰がやったのかも曖昧だわ。でも暗い部屋の中で大人が、私を殴ってきたの。私は"力"をつかって抵抗するんだけど、私は…私は…!!」

 

呼吸が苦しくなる。心臓が胸骨を壊すのではと思うくらいに激しく動いた。

 

「もうよい、もうよい!」

 

気がつけば、校長は倒れかけたエルファバを支え、しわくちゃな手でエルファバの手をしっかりと握っていた。明るいブルーの瞳に怒りの炎がチラついていたのをエルファバは見逃さなかった。

 

「辛かったじゃろう。怖かったじゃろう。君はは一切悪くない!こんな小さな君に一体何の罪があるというのじゃ?アリ…!」

 

校長はそこで言葉を止めた。ぐっと何かを飲み込むような顔をして、次に顔を上げた時、彼はいつもの賢人の顔をしていた。

気がつけば大理石は氷の床となっていた。エルファバはポケットに手を突っ込むが、杖がなかった。

 

「エルファバよ。ワシはの、魔法使いたちはもっと人間の神秘について研究すべきだと思うのじゃよ。8歳の君に起こった出来事は恐ろしい出来事じゃった。大人でも同じ目にあったら深い傷を負って生活する。」

 

ダンブルドア校長はエルファバをソファに戻るように促したが、エルファバは首を振った。

 

「残酷の限りを尽くされた8歳の君はの、前を向き、輝く先の道を歩き出すために記憶を消したのじゃ。それは魔法ではない、エルファバの無意識の中で行った。記憶がなくなったが、君の本能の中にある安全装置は強化されたのじゃよ。少しでも危険を察知したら自らを守れるようにの。そして、リドルが君の中に侵入した時にその閉じられた記憶がこじ開けられてしまったのじゃ。」

「でもしっかりとは覚えてないんです。秘密の部屋にいる時は覚えてたんですけど…何が何だか…。まるで何かのワンシーンを見ているような気分で…。ごめんなさい。」

 

そうか、とダンブルドア校長は弱々しく笑った。ハリーは少し氷に足を取られながらも、エルファバのもとに近づいた。

 

「はい。」

 

ハリーはエルファバの杖を持っていた。エルファバは少し後ずさりする。

 

「ダメよハリー。」

 

エルファバは杖に届くか届かないかのギリギリのところまでハリーと距離をとり、指先で杖を摘んだ。

 

「エルファバは一生能力を操れないんですか?」

 

エルファバが聞きたかった質問をハーマイオニーが聞いてくれた。

 

「わしの知っている限りでは、どんな魔法も心の傷を癒すことはできん。記憶を消しても本能にそれは残るのじゃ。」

 

すまんの、と校長は申し訳なさそうに肩をすくめる。

 

「しかし、今の生活を満たすことで癒しにはなるじゃろう。」

 

ハリーはそのスキをついてエルファバの腕をつかみ、ぐいっと引っ張って強引にソファに座らせた。

 

「ハリー!」

 

エルファバは立ち上がろうとするが、ぐいぐいとハリーのクィディッチで鍛えられた腕がエルファバの頭を押す。

 

「君はこうでもしないと隣に座らないだろう?」

 

その強引な方法にハーマイオニーとロンからは批判的な目で見られたハリーはブスッと腕を組む。

 

「君は僕らの友達だエルファバ。だから、信じてよ。」

 

エルファバが口を開こうとした時、校長が穏やかにハリーに語りかけた。

 

「もちろん、エルファバは君らを信じとるよハリー。クィレルの一件があってから彼女は何十回、何百回も君らに"力"について話そうとした。じゃが、エルファバの無意識は人に知られると攻撃されるという公式が出来上がっていた。防衛本能じゃよ。そして今は自らの恐怖によって君たちを氷漬けにしたくないだけじゃ。」

 

君の気持ちも分からなくないがの、と校長に笑いかけたハリーは気まずそうに押したエルファバの頭を撫でる。みんなの体温は温かい。自分の全てを包み込んでくれる。

 

「ごめんなさい。私、話すって約束「大丈夫。待つよ。」」

 

ハリーの言葉を筆頭に、ロン、ハーマイオニーが笑いかけた。その笑顔がどれほどエルファバを救ったか、3人は分からないだろう。きっとこの恩は一生かけても返しきれないとエルファバは思った。こんなに優しい人間がこの世にいるのだろうか?

 

バンっ!!

 

あまりにも勢いよくドアが開いたため、エルファバはソファの一部を凍らせてしまった。幸いにも誰も見ておらず、こっそりと体で凍った部分を覆った。

 

「エルファバ隠さないで。」

「ごめん。癖なの。」

 

ハリーにたしなめられるように見られ、エルファバは縮こまった。どうやらハリーは"力"を隠すことに関して全面的に禁止するつもりらしい。

 

「こんばんはルシウス。」

 

ドアを乱暴に開けたのはルシウス・マルフォイだった。顔に怒りを浮かべている。そして体の下で体を包帯でぐるぐる巻きにしておどおどしているのはドビーだった。

 

「あ、ドビー。」

 

エルファバと目があったドビーは一瞬涙で目がキラキラと輝いたが、すぐに恐怖の色が顔に戻る。小走りでマントに這いつくばるように主人を追いかけた。

 

「それで!停職処分になったにも関わらず、お帰りになったわけだ!」

 

校長は静かに微笑む。

 

「はて、ルシウスよ。それが状況が変わっての。わしが停職になった数時間後に君以外の理事から手紙が来ての。ミス・スミスが部屋に連れ去られたと聞いて、すぐに戻ってきてほしいと頼んできたのじゃよ。なんでもわしを停職処分にしたくなければ、家族を呪ってやるとあなたに脅された、そう考えている者が複数いるんじゃ。」

 

ルシウス・マルフォイの顔はいつも以上に青白くなる。

 

「犯人はヴォルデモートじゃよ。今回は別の人物と手を組んだようじゃ。この日記を使用してのお。」

 

校長はロンが刺した小さく黒い本を見せる。

 

「ハリーたちの話によれば、この本は最初はミス・ウィーズリーの娘の手にあったらしい。もしもこのまま日記が見つからず、彼女がマグル生まれを襲わせたとなれば、父親のアーサー・ウィーズリーの名誉が傷つくじゃろうな。ここからはあくまで推測じゃが、この日記の持ち主はアーサー・ウィーズリーの失脚、そして彼によって作られた"マグル保護法"の信頼を失わせるためにミス・ウィーズリーの学用品に入れたのじゃろう。しかし…。」

 

校長はここでエルファバに優しく笑いかけた。

 

「犯人は順調に事が進んでいると思い、事をよく確認しなかった。ミス・スミスの仕掛けた素晴らしい作戦に気づかなかった。」

 

ドビーはさっきからミスター・マルフォイを指差せ、日記を指し、自分を殴るという変な行動を取っているので、4人は顔を見合わせた。意味は分かるが、早くやめさせてあげなくては気の毒だ。

 

「日記の存在が消えていることに気づいた犯人は、何かしらの手段で日記を奪還した。しかし作戦を変更したのじゃよ。ミス・スミスを操れば、わしの名誉が奪われるとな。」

 

(自分の作戦失敗の裏に私がいると気づいたミスター・マルフォイは日記に私について知ってる情報を書いたのね。)

 

"信頼"はなかったために不安定ではあったものの、リドルはエルファバの"秘密"については知ってたから日記に触れた瞬間、エルファバの心に入り込めた。ミスター・マルフォイはエルファバを使ってダンブルドア校長の失脚、そして事件が明るみになった時に願わくばミスター・ウィーズリーの名誉を傷つけるという2つの大きな果実を得ようとした。

 

「残念ながら、それは叶わなかったようじゃがな。」

 

校長はミスター・マルフォイを徐々に追い詰めている。

 

「それは…幸運だった。これからもあなた様とこの勇敢な生徒たちの活躍に期待しましょう。」

 

ミスター・マルフォイはそう言いながらも視線はずっとエルファバを捉えていた。

 

「能力には可能性がある。生かして他者を殺すも自らを殺し他者を生かすのも君次第だ。帰るぞドビー。」

「ああ、そうじゃルシウス。デニス・スミスの職業を知っとるかの?」

 

背を向けたミスター・マルフォイに校長はまるでイギリスの大臣の話をするかのようだった。

 

「表は貿易をしておるが実際は簡単に言えばマグルと魔法使いの荷物のやり取りを仲介する仕事じゃよ。」

 

ミスター・マルフォイは早く帰りたいとつま先をトントンっと叩く。

 

「君の荷物から阿片が見つかったそうじゃ。」

 

ロンとハリーはなんだか分からないと言った顔をしたが、ハーマイオニーとエルファバはすぐに理解した。ミスター・マルフォイもピクッと反応した。

 

「マグルの警察は君を追っている。当然君が捕まることはないじゃろうが、デニスの魔法の腕前は知っておるじゃろう?」

「…っちっ!帰るぞドビー!」

 

ドビーがされているのは文字通り虐待だった。慌てて追いかけたドビーは何度も何度もミスター・マルフォイに蹴られ、ドビーの痛々しい叫び声が廊下中に響き渡った。

 

「校長先生。その日記、ミスター・マルフォイにお返ししても?」

「もちろんじゃとも。他の3人も帰ってよろしい。」

 

ハリーは慌てたように日記をひっつかみ、校長室を飛び出していった。

 

「アヘンってなんだい?」

「麻薬よ。魔法界だと阿片は普通に魔法薬の効能を強くするために使われてるけど、マグルの世界だとこの麻薬が原因で戦争が起こったりして大変だったから法律で禁止されてるのよ。エルファバのお父さんはきっとわざとマグルの人にミスター・マルフォイが阿片を持ってるって言ったのよ。」

 

ロンはまだ理解できないと首を傾げたのでイライラとハーマイオニーが解説する。

 

「だーかーら!エルファバのお父さんの仕事は魔法界とマグルの物資の仲介人なの!魔法界にはマグルじゃ理解できないものがいっぱいあるわ!それを上手く隠したり、別のものに見せたりするのが彼の仕事!ミスター・マルフォイが魔法薬の材料として仕入れた阿片を隠さずにわざとマグルに見せたのよ。彼がまずい立場に追い込まれるために!」

「なるほど!!ざまあ見ろだ!!」

 

スッキリした顔のロンに対してハーマイオニーはげっそりと疲れ切っていた。

 

「私、医務室に行くわ。」

「あなたはしばらく1人になっちゃだーめ。ついていくわ。」

「エルファバ、ハーマイオニーの命令は法律だよ。」

「そんなこと言ったらロンは重罪人じゃない。」

 

得意げに言うロンと仁王立ちで立つハーマイオニー、そして無表情に2人を見るエルファバに校長は滑稽だと笑った。

 

 

ーーーーー

 

医務室にはまだ多くの犠牲者が横たわっていたが、マダム・ポンフリーは3人を通してくれた。

 

「「「…」」」

 

なんか派手な色のローブにくるまった物体がぐるぐるにベットに巻き付けられているのは無視しようと暗黙の了解で3人は同意した。

多分マクゴナガル教授の私的な恨みだ。

 

「ああっ…!!」

 

ミセス・ウィーズリーがロン、エルファバ、ハーマイオニーをまとめて抱きしめた。頬には涙の跡がたくさんあり、髪の毛がボサボサで少しやつれた感じが見受けられる。

 

「ママ…!!苦しい…!!」

「あっ、ごめんなさい!」

 

ミセス・ウィーズリーは今度は3人の頬を1人1人丁寧に包み込み、額を重ねた。

 

「あなたたちは戻ってくれた。ジニーの命を救ってくれた。」

 

そう小さな声で繰り返す。エルファバはその柔らかく温かい感触を自分の肌に刻みつけた。鼻腔をくすぐるウィーズリー家の匂い。ラベンダーと野菜が混じった匂いは決して特別な香りではないが、エルファバはここに何一つとして危険がないことを今この瞬間、ハッキリと理解した。

 

「君たちは私たちの誇りだ。」

 

後ろでジニーの背中をさすりながら、ミスター・ウィーズリーは笑いかけた。エルファバもその反応に返す。ジニーはエルファバの姿を見ると、再びさめざめと泣き始めた。エルファバは少し困ったようにロン、ミスター・ウィーズリーを見た。なぜジニーが自分を見て泣き始めたのか理解できなかったのだ。

 

「きっと申し訳なく思ってるんだよ。」

 

ロンはそれを察して説明した。エルファバはミセス・ウィーズリーの腕の中をゆっくり離れ、ジニーに近づいた。哀れなジニーは真っ赤に腫れた目をさらにこすり、しゃくりあげる。

 

「…ハーイ。」

 

(きっと私たちの関係はいろいろな悪い要因で気まずくなってしまった。でも悪い要因がなくなった今、私たちの関係は新しくなったはずよ。)

 

「私、エルファバ・スミスっていうの。グリフィンドールの2年生。あなたのことを知りたいわ。」

 

ジニーは涙で歪んだ世界の中でクッキリと白髪の少女が微笑んでこちらに手を差し伸べているのが見えた。

 

「…私、ジニーよ。ジニー・ウィーズリー。」

 

ジニーは涙で湿った手でエルファバの手を握った。その瞬間、安堵の声がこの部屋にいる人間全員から漏れた。

 

「パパ、ママ。僕、黒幕をやっつけたんだ!!」 

「「ロン!!あなた空気を読みなさい!!」」

 

 

こうして、再び平穏な日々が戻ってきた。

 

 

「エ"ル"フ"ァバ!!」

「エル〜!!!」

 

寮に帰るとパーバティとラベンダーがエルファバに抱きついてきた。

エルファバは2人の重みで倒れ込んでしまった。後ろがベットでよかった。

 

「ただいま。」

 

エルファバは2人の背中を撫でる。

 

「もうっ!!もうっ!!心配させてえええ!!」

「終業式までずうっといるんだからねっ!!」

「うん。」

 

ハーマイオニーは、温かくそれを見守っていた。

4人は寮を問わず(というのは間違いか。スリザリンからはマギー以外特にはなかった)多くの生徒から歓迎の言葉をもらい、特にハリーはハリーを疑っていた生徒たちから謝罪をもらっていた。エルファバも英雄として崇められ、ますますファンが増えたともっぱらの噂だ。

知り合いに会う度に賞賛され、生まれて初めての経験で戸惑いながらも受け入れた。知り合いでない子に話しかけられた時はハーマイオニーかパーバティかラベンダーの背後に隠れた。

 

「僕、いいのにな…。」

 

ハッフルパフ生のアーミーからもらった高級チョコをつまんでハリーは苦笑する。アーミーは薬草学の授業でなかなかハリーの手を離してくれなかった。

 

「もらえるものはもらっとけよハリー!」

 

ロンは何の躊躇もなくハリーのチョコをつかんでいった。そして、下級生の集団へ戻って行く。

 

「ロンに自信がついて良かったわ。」

 

ハーマイオニーはハリーの許可を取り、チョコをもらう。

ロンは下級生に自分がリドルを倒した瞬間を何度も何度も再現していた。素直な下級生はその話に目を輝かせるのでロンも調子に乗って気がつけば蛇と邪悪な男に立ち向かう"ロンと愉快な仲間達"の物語となっていた。

 

2人は苦笑してその様子を見届ける。

 

「もらうよ。」

 

ハリーの許可をもらう前にマギーはぬっと背後から現れて、チョコを口の中に放り込んだ。

 

「そういや、ポッター。マルフォイんとこのハウス・エルフ解放したらしいじゃん。あいつがぶーたれてた。」

 

やるね。とマギーは鼻で笑う。ハリーは照れ臭そうに頭をかいた。

 

「それにマグルの警察に指名手配でしょ?理事も辞めさせられたことだし、もうあいつ得意げに歩かないんだ。ざまあ!」

「ああ、最高だよ…そういえばマギー。エルファバ知らない?いなくなちゃって。」

「ああ、スミスならディゴリーと一緒にいたよ。」

 

その言葉に、ハーマイオニーの目が光ったことにハリーは気づかないわけにはいかなかった。

 

「ハーマイオニー…もうやめてあげてねさすがに。」

「分かってるわ。もう彼女の外見に口出ししないわよ。でも…エルファバが戻って来た時のセドリックの顔よ!この2年ずっと普通の友達だったけど、きっと今回がきっかけでセドリックは恋心が芽生えてると思うわ。吊り橋効果ってやつよ。」

 

ハリーとマギーがアイコンタクトをとったことをハーマイオニーは知らない。

 

同じ頃、セドリックとエルファバは湖の周囲を歩いていた。

 

「本当君って子は…思った以上に大胆だった…これ以上されると心臓いくつあっても足りないからもうこんなことしないでね。」

「ごめんなさい。」

 

セドリックは半分呆れ気味にエルファバの物語を聞いていた。春風はエルファバの白い髪の毛をふわりと浮かび上がらせ、そっと肌を撫でる。もう前のように完璧に髪をセットしないナチュラルな姿だ。しかしその姿はユニコーンのように清純な輝きで、見るものを魅了する。

 

(セドリックに話すのはいろいろと話をカットしたり編集しなきゃいけないのは申し訳ないわ…。でも3人以外に"力"について話すのには勇気がいる。)

 

「でも、この事件を通して1つだけいいことが分かったわ。」

 

エルファバはうっとおしそうに髪の毛をゴムでまとめるが、ボサボサすぎるので後れ毛がたくさんある。セドリックはそれを指摘しようと迷った結果、黙っておいた。

 

「本当私はいい友達を持ったと思うの。みんな私を心配してくれたの。あなたも含めてね。」

「君は君が思ってる以上に愛されてるんだよ。」

「クソ嬉しいわ。」

「!?」

 

エルファバは今日の宴のメニューについて集中していてセドリックの顔が信じられないと言っていたことに気付けなかった。

 

「エルファバ…その…あんまりそういう言葉遣いはよくないよ。」

「?」

「クソとか普通は使わないんだよ。」

「マギーは言ってたわ。」

「例外だよ。」

「そっかあ。じゃあセドリックは使うの?」

「僕は使わないよ。好きじゃないからね。」

「ふーん。」

 

エルファバは肩をすくめる。

 

「今年も優勝杯はグリフィンドールに持ってかれちゃった。」

 

セドリックはそう言って笑った。エルファバは気まずそうに視線を逸らした。

それをカラカラとセドリックは笑い、冗談だよと言ってエルファバの視界に入り込んだ。

 

「夏休み僕の家においでよ。漏れ鍋でもいいしさ。きっと父さんも母さんも君を気にいるだろうし、ご両親には僕から手紙書くよ。」

「そうね。」

 

(食事に行くぐらいならお母さんも許してくれるといいんだけど。)

 

エルファバは一株の不安を覚えたが…やめた。

 

「エルファバー!」

 

パーバティとラベンダーがエルファバを呼んでいる。

 

「授業行くわよー!」

「うん。あとでねセドリック。」

「バイバイ。」

 

エルファバは2人のもとへ駆けていく。

 

「「で?」」

「?」

 

ラベンダーとパーバティはエルファバを挟み、ニヤニヤしながらエルファバを見た。

 

「セドリック・ディゴリーとはどうなの?!」

「え?」 

「もー!絶対セドリックはエルファバのこと好きだって!」

「それハーマイオニーにも言われたけど…そんなことないから…。」

 

秘密の部屋の一件以降、パーバティとラベンダーはこれでもかとエルファバに恋愛知識を叩き込んだため、少しずつエルファバも理解してきた。

 

どうやら周りはエルファバとセドリックが恋仲になるんじゃないかと思っているらしいが、そんなことは1ミリもないとエルファバは確信している。

2人が言うような突然キスをされたり愛の告白をされたり、熱っぽく見つめられたり、男子生徒と一緒にいて不機嫌になったりしないからだ。

 

12歳の少女たちが考える恋愛は、どの世界でも同じでファンタジーに溢れていた。

 

「2人の言う愛の兆候はセドリックにはないわ。」

「本当にーーー?!鈍感だから、気づいてないだけなじゃないの?!」

「失礼しちゃうわね。」

 

むすッとしたエルファバを半分からかいながら、3人で闇の魔術に対する防衛術の授業へと向かった。

 

なぜか不明だが、ロックハートは事件解決後も闇の魔術に対する防衛術の授業を続行することになった。誰も信じない自分の秘密の部屋での"ロックハートと愉快な仲間達の物語"をクラスに聞かせた。

 

「っと、ここで私が素早く短剣を杖から放ち、大蛇の心臓に真っ直ぐ突き刺した。…ハリー、動いてっ!」

 

ハリーがリドル役である。なんという配役なのかと皆が思ったが、ハリーはどこか楽しそうだった。ニヤニヤとシェーマスやロンの方を向いてアイコンタクトをとっていた。

 

「そして私は"例のあの人"に向かった。」

「どの教授もみんなハリー達のおかげだって言ってるのにあの神経すごいよね。」

 

ネビルにまでこんなことを言われる始末である。しかしそんなネビルですらウキウキしていた。

 

「…で、ハリー倒れて!そうっ!そして私は彼にこう言った「今だっ!!」」

 

ハリーのかけ声を合図に爆発音が教室の音を占拠した。紙吹雪がロックハートのもとに一斉に向かい、転がった小さなラッパに足が生えロックハートの体をよじ登り、耳元で鳴らす。

生徒たちは全員隠し持っていた風船を取り出し、杖を振って一瞬で膨らませ手を離す。

 

《私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!》

《私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!》

《私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!》

《私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!》

 

風船たちはロックハートのあの情けない声を発しながら教室中を駆け巡った。グリフィンドール生は大爆笑しながら、荷物をまとめ次々と出て行く。

 

ロックハートは紙吹雪と風船まみれになって呆然と教室に取り残された。

 

「あ、教授。プレゼント。もういらないからさ。」

 

ロンは放心状態のロックハートに一冊の本を渡す。その本は紛れもなく自分が書いた本であるが…。

 

『私の愛の妙薬で魔女たちはメロメロだ!』

 

そう叫んでいる自分の写真の髪の毛と服が黒く塗りつぶされていた。

 

「ハイハイみんな無様なほら吹き教授の絶叫風船いかが〜?」

「1人3シックル〜!」

 

当然開発者はこのウィーズリーの双子である。教室の前で販売してた。

 

「「おう、チビファバ〜!」」

「チビじゃないもん。」

 

もはやこのやりとりは挨拶同然となっていた。エルファバが帰ってきてすぐに頭を深々と下げて謝る赤毛双子は、学校中で語り継がれることとなった。当然ながらエルファバは彼らを咎めることなく、代わりにロックハート風船を作るように勧めたのだった。

 

赤毛双子といえば、夏休みに開けてもらったグリンダの箱。あれから箱はずっと紛失していた。自由になったドビーに聞いても知らないということだった。

 

(あれが唯一の手がかりだったのに。)

 

「大丈夫。きっと見つかるわ。」

 

部屋で少し落ち込むエルファバにハーマイオニーはそう励ましてくれた。

 

「さあ、豪華なご馳走が待ってるわよ!!」

「うんっ!!」

 

宴はこれまで夜通しで続いた。皆パジャマ姿で喋ったり、ご飯を食べたりとそれぞれ楽しんだ。石になった犠牲者たちが戻り、フレッドとジョージは"ロックハート絶叫風船"を生徒に売りまくり、生徒が盛り上げ用に使ったためさらにうるさくした。(『私は忘却術しか使えなああああああああああああああああああああああああい!!』)グリフィンドール生はエルファバの知らぬ間に結束力を高めていた。(「エルファバのおかげよ。」「?」)エルファバはジニーと一緒に座り、ぎこちないながらも親交を深めていった。(「ハリーはあなたの彼氏(ボーイフレンド)じゃないの!?」「?違うわよ。」「だってハリーと付き合ってるって…。」「…ごめんなさい。夏休みの自分を殴りたいわ。」)そしてスリザリンのマギーが普通にグリフィンドールの席に座って食事をし始め、ハーマイオニーとテストについて話し始めたことはさらにエルファバを驚かせた。(「いつ仲良くなったの?」「これもあなたのおかげ。」「?」)マクゴナガル教授がお祝いとしてテストをキャンセルしたという知らせがハーマイオニーを除く全生徒を歓喜させた。ハグリッドは4人に会うとすぐに頭をワシャワシャと撫でたり、肩を叩いたりしたためにやらトライフルやレモンメレンゲパイに顔を突っ込んで周囲の爆笑を誘った。

 

ちなみにロックハートはひっそりと辞めた。さすがのロックハートもあの風船はこたえたらしい。

 

そんなこんなで怪物のいない普通の学生生活を堪能した4人は、あっという間に家に帰る日がやってきた。4人で電話番号を交換し、さよならのハグをした。

 

「絶対絶対電話して。僕あと3カ月もダドリーしか話し相手がいないなんて耐えられないから。」

 

ハリーはつくづく気の毒である。不機嫌そうなダーズリー一家がハリーを待っていた。”普通の見た目ではない“エルファバと話しているハリーを恨めしそうに眺めている。

 

「電話するわ。」

 

ハリーと少し長めのハグを終えると、とぼとぼとハリーはダーズリー一家の元へ向かっていった。今年のハリーの功績の割にあんまりだとエルファバは自分の環境を棚に上げて思った。

 

エルファバはそんなハリーを見送った後、小さなスーツケースと共に駅を出ると父親がエルファバを待っていた。スーツケースをトランクに入れ、助手席に座った。去年よりよっぽど体力がついた気がする。これまではスーツケースを運ぶことで精一杯だった。

 

「おかえり。」

「ただいま。」

 

父親は車の扉を閉め、騒がしいロンドンの街を走り出した。車の中はガスの臭いとエンジンの音しかしなかった。

エルファバはずっと窓の外を見つめていた。もうすでにホグワーツが恋しい。

 

「…手紙、無視してただろう。」

 

長い長い沈黙を破ったのは父親だった。

 

「ええ。」

 

父親からの手紙は最初のもの以外読まずに全て捨てていた。平穏な日々の中で来た父親の手紙は部屋を凍らせてしまい、ハーマイオニーが慰めてくれた。

エルファバの心配よりも"力"が周囲にバレたことを懸念する手紙だった。

 

「聞いたわ。私が氷の中にいた時の様子を。」

 

ハリーたちは躊躇したが、父親と母親の様子をエルファバに伝えた。

母親の言動は予想していたとはいえショックだった。

 

どんなに泣き叫んでも、名前を呼んでも、2人がエルファバを助けることはなかった。エルファバの心を救ったのは何年も生活を共にした父親でも母親でもなく、たった2年一緒にいた親友たちだった。

 

「長い悪夢の中にいたのを私は覚えてる。」

 

父親は何も言わない。

 

「お父さんもお母さんも私のこと化け物だと思ってるんだわ。」

「そんなこと思うわけないだろう。」

 

父親はかなり怒ったようにエルファバに言った。だがエルファバは信じなかった。

 

「じゃあなぜ、お父さんは私を避けるの?なぜずっとずっとあの小さな部屋に閉じ込めてたの?私はグリンダ・オルレアンと違って"力"を操れないもの。」

 

父親から答えを聞けることはなかった。そのまま再び長い長い沈黙が2人を包む。

 

「けどもういいの。私は…悪い魔女の娘として生きていくわ。私の大事な人がそれを受け入れてくれるから。」

 

エルファバが車を出る直前、エルファバは父親に告げた。

 

「おいエル「エルフィー!!!」

 

父親が何か言う前にエディがエルファバに突進してきた。

 

「エルフィー!!エルフィー!!生きてた!!」

「…勝手に殺さないで。」

 

やはり、妹の前で素直になれない。ニッコリと無邪気に笑うエディを無下にすることは良心が痛んだ。

目は真っ赤に充血し、鼻水の跡がある。エルファバの生存が確認されたのは数ヶ月も前にも関わらずずっと泣いていたのか。

 

それとも両親は今日の今日まで、エルファバの生存をエディに伝えていなかったのだろうか。

 

「放して。」

 

エディはもうすぐ自分の背に追いつきそうだった。いつ身長が伸びたのだろうか。

 

(私はエディのこと何も知らない。エディも私のことを知らない。)

 

エディとエルファバの母親が違うことも。今年の出来事も。エルファバの決意も。

 

「エルフィー!!今日こそ魔法の学校の…?」

 

母親が玄関から現れた。母親の髪には白髪が増えた気がする。エルファバはじっと母親を見た。そしてゆっくりと手のひらを向けた。

 

バキバキっ!!

 

「うわあっ…。」

 

玄関を囲む壁が一面凍った。イギリスの弱々しい夏の日差しが氷に反射し、ダイアモンドのように輝いている。母親の顔が怒りで歪んだ。それを気にせず、エルファバはくるくると回った。スカートがヒラリと舞うのと共に、雪の結晶が消えては現れ、消えては現れを繰り返す。

 

「あなたたちも"力"も私を縛れないわ。」

 

エルファバは固まった3人を置いて、スーツケースを引きずって家の中へ入っていく。

 

エルファバは思わず鼻歌を歌う。

 

今年の夏休みは去年よりマシになりそうだ。

 




【お詫び】
秘密の部屋から話の展開に若干変更がありましたが…。
先に言います。オリキャラのマギーは今後の重要な展開にあまり関わって来ませんっっっっっ!!!もしもマギーファンがいたら申し訳ないです…!!!

前はエルファバの力の秘密やマギーの父親の話を話に入れるつもりだったんですが、再度プロットを考えたときに細かい部分が思い出せず話に組み込めませんでした。が、個人的には「ふてぶてしいマグルのスリザリン生」という設定とこの展開が好きだったので修正前とほぼ変わらずこのままにしてあります。

オマケの小話では登場させる予定です。


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アズカバンの囚人
1.妹への招待状


新学期前のエルファバは、去年そして学校入学前に比べてかなり活発になった。

去年はエルファバの人生において最も記憶に残る年だったと言っても過言ではないだろう。小さな日記帳へ自分の秘密を書き出したことから始まり、数千年ホグワーツの中で生き長らえた怪物との対峙。そして自らの秘密をついに親友たちへ明かした。

 

一番知って欲しい人たちへ秘密を開示し、心の荷はかなり軽くなった。

家族の目もそこまで気にしなくなった気がする。

 

朝6時ごろに起床し、読書。そのあとはシャワーを浴びて散歩。帰ってきたら学校の宿題を行い、夜はホグワーツの誰かしらと電話または文通を行なっていた。数年前のエルファバの行動範囲が自分の部屋とシャワー室だけであり、毎授業のたびにゼエゼエ言いながら教室移動をしていた時期を考えればとんでもない進歩だった。

 

さらに。父親の書斎から生みの親であるグリンダのものと思われる銀行の鍵を盗んだ。罪悪感はあったが、グリンダのものは自分のものだと言い聞かせた。少なくとも形見の日記にはそう書いてあった。そのため大体は手助けを借りずに生活してきた。

 

 

 

そして何より、今日はまた人生で初めての経験をしている。

 

「ずっとご飯食べてなかったのね。」

 

エルファバは自分の身体の2/3ほどの大きさの黒犬にドロドロした液体を飲ませた。思いの外、犬は弱ってたらしい。エルファバの膝の上に顔を乗せ、かなり時間をかけてドロドロしたものを飲み込んだ。

 

エルファバの部屋には今2匹動物がいる。1匹は熊のように大きな犬で、もう1匹は小さな黒猫だ。

 

今日の図書館の帰り道に、この2匹が弱々しくゴミ捨て場の近くで倒れ込んでいたのだ。特に犬はやせ細り怪我を負っていたので、エルファバのベットで治るまで休ませている。

最初はエルファバを警戒しっぱなしで何度も脱走しようとしたが、犬も体力が落ちているらしい。ついに諦めてエルファバの治療を素直に受けた。本の記憶を頼りに、見よう見まねで犬を治療したがなんとか効いたようだった。

 

「こんなに瘦せ細っちゃって。飼い主はいるのかしら。」

 

なんとか時間をかけて犬は食べ物を食べきった。エルファバは犬の体を動かそうとする。

 

「キャンっ!」

「あっ、ごめんなさい。怪我してるのね。」

 

どうやら犬は左の前足を怪我してたらしい。弱々しく泣いたと思ったらウーっと威嚇の声を出す。

 

「ちょっと触るね。」

「ギャアンっ!!」

「きゃあっ!」

「グルルルル!!」

「ごめんね。ちょっと冷やしたかったの。」

 

エルファバはベットから降り、黒犬の目線までしゃがんだ。

黒犬はかなり嫌そうにエルファバを睨みつける。命の恩人であるはずだが、エルファバは好かれていないらしい。

 

「触られたくないのね…ちょっと待ってね。」

 

エルファバはまるでパン生地をこねて形を作るように手を動かした。するとキラキラした白い粉がエルファバの手の中で現れる。そしてそれはエルファバの手から離れて、犬の前足まで飛んでいった。

 

「キャンっ!」

 

その粉は犬の前足の周りでずっとクルクル舞っている。黒犬は静かになった。

 

「冷やしたほうがいいと思うわ」

 

エルファバは犬の頭を撫でた。一方黒犬と一緒にいた黒猫は黒犬とはずいぶん対照的だった。エルファバの膝に体が全て乗るほど小柄だが健康体そのものである。治療は不要だと思うがエルファバに随分懐いたらしく、先ほどからエルファバの体に何度も体を擦り付けている。

 

(この子、可愛い。ホグワーツには猫を持ち込んでいいし、せっかくだし飼おうかな。エサ代もそこまでかからないはず。グリンゴッツにある貯金から買えるわ。)

 

「ゴロゴロゴロゴロ…。」

「いい子いい子。」

 

耳の後ろをかいてやればこの通りである。

エルファバは名前を考えた。

 

「あなたの名前もつけなきゃね…ビアード(ヒゲ)でいい?」

「ミャっ!」

 

猫の言葉は分からないが明らかに猫は嫌がっている。ゴロゴロ言っていたにも関わらずエルファバを睨みつけている。

 

「じゃあタイニー(小さい)?」

 

自分がチビと呼ばれて嫌がっているのに動物にはチビと名付けようとするエルファバである。悪気はない。

 

「ミャっ!」

「じゃあロビンは?バットマンの仲間なんだけど…。」

「ニャー。」

 

やっとまともな名前が出てきたと黒猫は安堵したようだった。

またゴロゴロ言い始める。

 

「ロビン、あなたはホグワーツに連れて行けるんだけど…あなたは難しそうね。」

 

黒犬はエルファバをじっと見つめる。

 

「けどどうにかするわ…あなたの名前はレインね。雨の中にいたから。」

 

それから数日、この2匹と一緒に日々を過ごした。ロビンはエルファバにデレデレになり、レインはロビンほどではないもののエルファバに懐いたようで、家から出る気配はなかった。

エルファバの心は癒された。活動的になったとは言え、家での生活は肩身が狭い。

 

この前、こんなことを育ての母親が言ってるのを聞いてしまった。

 

『エルファバは反抗期なのよ。大人に抗う自分がカッコいいと思う時期。きっとあのおバカな3人に変なことを吹き込まれたに違いないわね。』

 

妹のエディに言ってた言葉である。

 

「…私これがカッコいいだなんて思ってないわ。」

 

エルファバはため息をつく。黒犬はリラックスしたようだった。

 

「あなたにも名前を…」

 

カタカタ、

 

窓を叩く音が聞こえた。

 

「ヘドウィグ。」

 

エルファバの親友のハリーの美しいフクロウだ。窓を開けてやるとエルファバの机に止まり、足をこちらに突き出してした。

 

「暑いのにお疲れ様。」

 

エルファバは手の上で氷をつくり、ヘドウィグにあげると、ホーとひと鳴きしてから氷に擦り寄っていった。手作り冷蔵庫(氷でできている)からミネラルウォーターを取り出し、小さな皿に入れてからハリーからの手紙を読んだ。

 

「ハリーって言う親友からの手紙なの。優しくて頭も良くて、才能に溢れている…けどすごく謙虚な人なの。」

 

エルファバは、ロビンと黒犬に話しかけた。

 

ーーーーー

エルファバ

誕生日プレゼントありがとう!君のくれた本、すっごく読みやすくて面白かった!あの続き持ってたら貸してほしいよ。ホグワーツにあるかな?

ーーーーー

 

(良かった。)

 

ハリーの誕生日プレゼントに箒磨きセットをあげようとしたのだが絶対に被ると確信していたので伝説のシーカーの伝記とスニッチのフィギュアをあげたのだ。案の定ハーマイオニーが箒磨きセットを送っていた。エルファバは続きを読む。

 

ーーーーー

君が鍵を盗んだって聞いて驚いたけど、その調子だよ。もっと自分の意見を主張するべきだと思うよ。反抗期だなんて言われても気にしちゃダメだ。僕は今マージ叔母さんっていう意地悪な親戚が来ててずっとネチネチ言われてるよ。

聞いたと思うけど、ロンが電話の使い方を分かってなくてバーノンおじさんを怒らせてしまったんだ。それも相まって君と連絡取れないのは本当に残念だよ。君だったら問題なく電話できたと思うのに。

 

でも、これもホグズミードの許可書を取るためだ。お互い頑張ろう。

 

ハリー

ーーーーー

 

エルファバとハリーのこの夏の最大の目標はホグズミードの許可書を取ることだった。ハリーの場合は意地悪な親戚であること、エルファバは多少理解のありそうな父親が出張中で帰ってきていないというのがある。

 

「本返してくる。」

 

エルファバはフォアとロビンを撫でて、犬や猫の飼い方について書かれた本を持って部屋を出る。家を出た瞬間から人々がエルファバとすれ違うたびにひそひそと話すのが聞こえた。

 

「誰あの子…?」

「髪が白いわ。ちょっと気持ち悪いかも。」

「見たことないわ…最近引っ越してきたのかしら。」

「ちっちゃいわね。」

 

(…この服装変かしら?ハーマイオニーが似合うって言ってくれたワンピース着てるんだけど。ハグリッドのくれたペンダントと合わないのかなあ。)

 

白のワンピースに麦わら帽子をかぶったエルファバは一際目立っていた。そしてやはり気にするポイントはずれている。

 

「捕まえろ!」

「あっちだ!」

 

エルファバより少し年下であろう男の子たちがエルファバの前を走り去った。

 

(男の子って元気ね。)

 

「あっち行ってよ!!」

 

(ん?女の子もいるの?というかこの声って…。)

 

「変わり者のエディを今日こそ捕まえるぞ!!」

 

男の子たち数人が1人の女の子を追いかけていた。その女の子は黒髪の見覚えのある後ろ姿…。

 

「エディ?」

 

明らかに追いかけっこではなかった。エディの方は切羽詰まったように逃げ、ガタイの良い男の子がはさみ打ちしようと回りこむ。

 

「ルパンさん助けて!!」

 

パキパキパキパキ…。

 

妹を苛められているという怒りがエルファバの頭を支配する。

 

エルファバは周辺の道路を一瞬で凍らせた。

 

「うわっ!!」

「なんだ?!」

 

ズデン!と数人の男の子は尻餅をついた。しかしあと2、3人はすでにエディに追いつきそうだった。エルファバも慌てて追いかける。

 

「エディ!!」

「エルフィー?きゃあっ!!」

 

自分に気を取られたエディは男の子に捕まってしまった。エルファバはエディの髪を引っ張る男の子の1人につかみ掛かった。

 

「はっなせっ!!」

「きゃっ!!」

 

男の子はエルファバを乱暴にひきはがすと、エルファバはその反動で倒れてしまった。

 

「…おい、待てギャロット!!こいつもしかして…!」

「あっ!!」

 

エディは隙をついて男の子たちを振り切り、走り出す。エディは道路を飛び出した。

 

巨大なトラックがクラクションを鳴らしてエディの元へ、突っ込んでくる。

 

「エディっ!!!」

 

エルファバはとっさに杖を取り出し、思いついた呪文を早口で唱えた。

 

「イモビラス 動くなっ!!」

 

トラックの動きがエディにぶつかるスレスレで止まった。

 

男の子たちは呆然と目の前で起こった現象に目を奪われていた。しかし、それはエルファバも同じだった。

 

エディは()()()()()

 

フワフワとトラックよりも高い場所でまるで何かに吊るされたように手を広げ、キョトンとした顔で宙に浮いていた。

 

「うわっ、私空飛んでるう〜。」

 

本人はなんとものんきな反応である。エディはゆっくりと反対車線へと移動し、ゆらゆらと着地した。

 

「…フィニート 終われ」

 

そうエルファバが唱えた時、トラックは爆音とともに消えた。

 

「…やべえ。」

「E.T.だE.T.」

「あいつ宇宙人だったのかあ。」

 

元の原因を作ったいじめっ子にエルファバはキッとにらみつけ、杖を突きつける。エルファバの端正な顔が歪み、風がないのに髪の毛とスカートがエルファバの怒りとともに浮き上がっている。

 

「「「ひっ!!」」」

「あなたたちがホグワーツの人間だったら呪ってるところよ!!」

 

ピキピキピキっ!!

 

エルファバの背後に氷の棘が現れ、先端がいじめっ子を示す。

 

「エディに何かしたら許さないっ!!許さないんだからっ!!」

 

バキバキバキバキっ!!!

 

「ぎゃあああっ!!」

「逃げろっ!!」

「化け物おおっ!!」

 

(化け物…?)

 

少年たちは氷に足を取られながら逃げていく。エルファバはふとあたりを見回して唖然とした。今まで怒った時に凍る範囲というのは大きな水たまり程度だった。しかし、今は半径4メートルは凍っている。

 

「ひゃっ!!」

 

背後にはハリネズミの背中のような2メートルほどの尖った物体があった。幸いにもこの夏の暑さでどんどん形は崩れてはいるものの、その見た目は異常だった。エルファバは慌ててその場から離れた。

 

「はあっ、はあっ!」

 

自分の"力"は明らかに強くなっている。前も怒りで凍らせることはあったがここまでではなかった。自分は化け物に近づいているのだろうか。

 

恐怖で自分を抱いた。

 

「…エルファバ?」

 

その時、男性が声をかけたため、エルファバはビクッと体を震わした。

 

声をかけた男性はとてもみすぼらしかった。ボロボロになったバッグを肩から下げ、誰かのお下がりのようなジーンズとTシャツを着ている。明るいブラウンの髪には白髪が混じり、顔や体は痩せこけていた。

 

「エルフィー!!」

 

エディはなぜかその人に抱っこされていた。エルファバが黙って男性を睨みつけていると、男性は困ったように笑う。

 

「そんな怖い顔しないでくれよ。」

「エルフィーはいっつもこんな顔よ。」

 

(うるさいわね。)

 

「僕はリーマス・ルーピンっていうんだ。エディと知り合いで、今たまたま、エディと会ったんだ。」

 

エルファバはこっそり自分の杖をポケットに入れる。エルファバは気が気ではなかった。彼に自分のしたことが見られたのではないか?魔法ならともかく、"力"を見られてしまった場合…。

 

『っんのガキがあああああああああああああ!!』

 

あの恐ろしい声がエルファバの脳内を支配する。

 

「エルフィー、あのね、ルパンさんが助けてくれたの。だからね、お礼したい。」

「エディは足をくじいたみたいなんだ。だから君の家まで送ってあげたいんだけど。」

「…お好きに。」

 

エルファバは2人に背を向け、歩き出す。モヤモヤした感情が巡った。

 

(力に対する疑問を男性(ルパンさん?)が持たなかったのにはホッとしたわ。でもあんまり彼に家に入ってほしくないわ。知らない人は家に入れるなっていうし。)

 

正直、エルファバの彼に対する印象はあまりいいものではなかった。そもそも男性というものに恐怖意識があることに加え、全くの赤の他人がエディと親密になっていることが気に入らない。

 

「ルパンさん、ありがとう!」

「いや、君もエルファバも無事でよかった。」

 

(あなた初対面でしょ。私の名前呼ばないでよ。)

 

「でも、どうして教えてくれなかったの?あなたも魔法使いだなんて。」

 

(…ん?)

 

エルファバは足を止める。

 

「あんまり人には言ってはいけないルールなんだよ。ごめんね。」

「でも、いいなー!私エルフィーやルパンさんみたいにひょいひょいって魔法を使えるようになりたい!」

 

エルファバは信じられなかった。だがこれでエディが浮いた理由がわかった。しかしだ。問題はそこではなかった。

 

「ねえ、エルフィー?エルフィーも「…して。」」

「ん?」

「どうして?あなたは私のことをペラペラ話すのよ?!」

 

エルファバは抱えられているエディに怒った。他人に自分のことを話しているという事実を。

 

「どうしてよ?!私はあなたが嫌いなのにっ!!どうして私の話をするのよ?!しかも私の魔法のことまで…!?」

 

まさか。とエルファバは思った。

 

「まさか、"力"の事も…!?」

 

エディがエルファバから目を逸らしたのが答えだった。どうりで道路が氷まみれでも驚かないわけだ。

 

「…っ嫌いっ!!大っ嫌いよあなたなんて!!」

 

エルファバは自分が出したことのない大声を出して、家まで走った。どうやって部屋にたどり着いたかは覚えていない。部屋に入るなりベットへ杖を放り投げ、そこへダイブした。

 

「ワフッ!」

 

レインがいることも忘れてエルファバは泣き出した。

 

エルファバはエディを氷の塊にして以来、エディを避け続けていた。何度も何度も嫌いだとエディに言ってきたが、本当は大好きだった。しかし嫌うフリをしなければ母親が怒る。それでエルファバはずっとエディを避けてきた。しかしその状況は夏になって変わった。だが、エディに関わるのだけはできなかった。何年もあんな態度を取り続けて今さら戻れないというのもあるし、エディと関われば母親や父親と関わる機会が増える。

 

自分はこんなに苦労しているのになぜ理解してくれないのだろう。

 

それに自分が知られたくない秘密をなぜペラペラと人に喋るのか。しかも大人の男性に。自分を閉じ込め、暴力を振るった大人の男性に。

 

「ワンっ!」

「…はあ。」

 

レインを撫でながらエルファバは部屋を見た。案の定凍ってる。

 

「もうやだ…。」

 

早くホグワーツに戻りたいと真剣に思った。ロンの家に滞在するのもいいが、迷惑などかけられない。ハリーだって意地悪な親戚たちとの生活を我慢しているのだ。セドリックに食事に誘われたが、それはまだまだ先の話だ。

 

レインはエルファバの体の上に乗っかり、顎をぺろりと舐めた。

 

「ありがとうレイン。」

「シャーーーーっ!!」

「ロビンもありがとう。」

 

その時、エディの叫び声が下から聞こえてきた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ミス・スミス。ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可されたことを心よりお喜び申し上げます。教科書ならびに教材のリストを同封しましたのでご確認下さい… ミス・スミス。ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可されたことを心よりお喜び申し上げます。教科書ならびに教材のリストを同封しましたのでご確認下さい。ミス・スミス…」

 

エディはたった今手渡された手紙を何度も何度も何度も読んでいた。

 

「ほほほ…。」

 

手紙を渡した老人は人様の家でちゃっかりとソファに座り、ちゃっかりその家のティーカップで紅茶をすすっている。

色黒で活発な少女の目が輝きに満ちているのを穏やかに見守っていた。

 

「行けるの?!」

「おおそうじゃともそうじゃとも。」

「本当に?!ドッキリじゃない?!カメラとか仕掛けてない?!」

「そんな意地悪なことせんよ。君の念願じゃからのう。」

 

エディは目と口を大きく見開き、足を挫いたことも忘れ体全体で喜びを表現した。

 

「…っいやったああああああああああああああああ!!」

 

リビング中を駆け回り、ソファと飛び跳ね、そこにいる人物全員と置物と家具にハグをした。

 

「やっぱり私には才能があったのね!!クリスマスにマドンナのベストアルバムもらった時よりも嬉しいわああああああ!!」

 

その喜びの例えでは誰にも伝わらないが、とりあえずものすごく嬉しいことはその場にいるみんなが分かった。

 

一方叫び声を聞いて駆けつけたエルファバは訳がわからなかった。

 

「こんにちはエルファバ。充実した夏休みを過ごしとるかの?」

 

声をかけた老人は三日月型のメガネが折れ曲がった鼻に引っかかり、この暑い夏なのに分厚い紺のローブを羽織っている。

 

(…どうしてホグワーツの校長が私の家のソファに座ってるのかしら?)

 

「やったやったやったやったやったやった!!」

 

(…エディがいつも以上におかしいわ。)

いつもおかしい前提である。

 

「混乱しとるようじゃの。ほほほ…。」

 

(…校長先生、そのカップ私の家のじゃないかしら?)

 

「エルフィーっっっっっっっ!!!」

 

エディは踊りながら私の目の前にやってきた。

 

「私ねっ!!行けるのよ!!」

 

エディはエルファバに先ほどの手紙を見せた。それはエルファバも見覚えのあるものだった。

 

「私っっっっっっ!!ホグワーツに行けるのよっっっっっっ!!」

 

 

 

 

 

 

(…え。)

 

 

 

 

 

 

「…ありえないわ。」

「私もそう思ったの!!でもね、ダンさんは私にウソじゃないって!!もう最高っ!!私魔女になれるのねっっっっ!!」

 

エディは突然得意のバレエを優雅に踊り出し、鼻歌を歌い出す。

 

「…エディって魔力あるんですか?」

「彼女の魔力は君もさっき見たはずだよ。ほら、浮いてた。」

 

ルパンさんは微笑を浮かべながらエルファバの疑問に答えた。

 

(あれは、彼の魔法ではなくエディの魔力だったのね。)

 

「ずっと君はホグワーツに来たいと何度も手紙でよこしてたからのお。わしも君の笑顔が見れて嬉しい。」

 

ダンブルドア校長はニコニコと踊るエディに笑いかけた。

そしてルパンさんに向き直る。

 

「さあて、リーマスよ。わしがここに来た理由は分かっておるな?」

「私にはできません。私には…その、持病がありますし…迷惑をかけます。」

 

ルパンさんは頭をかきながら困惑気味に言った。エルファバは何の話をしているのだろうと訝しがった。

 

「新しい闇の魔術に対する防衛術の教授を探しておってな。彼は適任者だと思うのじゃよ。」

 

そんなエルファバに校長は答えてくれた。

 

「そんな「ルパンさん私の教授になるの?!」」

 

そこらへんで踊っていたエディはピタっと止まった。ルパンさんは明らかに自分が不利な方向へ物事が進んでいることを悟ったのだろう。エディを不穏な目で見る。

 

「いや…私はね、安定した仕事につかない方がいいんだよ。言っただろう?私は病気があるって。」

「えー…。でもルパンさんが私の教授になってくれたら絶対最高なのに!」

「ミス・スミス言う通りじゃよリーマスよ。幸い君の病気のことも心配はいらん。しっかり対処は考えておる。」

「え、じゃあいいじゃん!!」

 

エディは思いっきり、ルパンさんの体にしがみ付いた。

飛び込んできたエディにルパンさんは困惑する。

 

「お願いルパンさん!!私の教授になって!!」

「ルーピン教授じゃよ。」

「ルーピン教授!」

「え、いや…その…。」

 

(哀れなルパンさん…。エディのキラキラした目でお願いされると大体の大人はオチちゃうのよね。校長はそれを知っててやったのかしら?そんな訳ないわよね。…そんなことありそうだから怖いんだけど。)

 

エルファバは完全に傍観者だった。

 

「ホグワーツに行けば、いろいろと安定するじゃろう。持病に関してはさっき言った通りじゃ。リーマスよ、君のユーモアセンスや観察力は教授向きじゃとわしは確信しとる。その優しさもきっと生徒を救うこととなるじゃろう。ホグワーツの校長として、ぜひ教授になっていただきたい。」

 

ルパンさんは少し困ったように口をすぼめ、ソファに座ってエディの頭を撫でた。

 

「………わかりました。やりましょう。」

 

ーーーーー

 

親愛なるハリー、ロン、ハーマイオニー。

 

私の家のリビングで妹の入学と新しい闇の魔術に対する防衛術の教授が決まりました。

 

ーーーーー

 

エルファバはたった今起こった衝撃を脳内で文字化した。

ダンブルドア校長は気がついたら消え、エディは踊り狂ってルパンさんは困っているが関係ない。

親友に伝えるべく、階段を上がり、自分の部屋へと戻った。しかし、衝撃はそれだけでは終わらなかったのだ。

 

部屋にいたのはロビンのみ。あの大きな黒犬は忽然と姿を消していた。

 

「レイン?レイン?」

 

ベットの下も、机の下もいない。

 

(あれ?)

 

窓が開いていた。ヘドウィグが出て行かないようにさっき閉めたはずだった。しっかりロックもかけたはずだった。

 

だが黒犬が出て行くには充分な大きさだった。

 

(でも、どうやって鍵を開けたのかしら…?)

 

そしてー。

 

「…待って。」

 

エルファバは、ある事実に気づいた。

慌ててベットをひっくり返し、スーツケースをひっくり返した。

 

「ニャー。」

 

ロビンはそれを机の上から眺めていた。

 

(…ない!ない!ない!ない!)

 

エルファバはパニック気味に床をどんどん凍らせていく。

 

(ないわ!)

 

「杖が…杖がない!!!」

 



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2.アズカバンからの友人

エルファバ衝撃の1日から数日後。ホグワーツに行くと意気込むエディだったが、母親がそう簡単に許すわけはなかった。

 

「ダメよ。」

「なんで?!エルフィーは行ってるじゃない!!」

「何度も言ってるけど、エルファバは例外よ。あの子は"あれ"をコントロールするために言ったんだから。」

「ねーお願いお願いお願いお願いお願いお願い!!」

「ダメなものはダメよ。いい?魔法の学校なんかに行ったら社会における教養が学べないわ。」

「でも、いっぱいいっぱい本とか読めばいいじゃない!」

「読むのあなた?活字を読めば眠りにつくあなたが?」

「読…む!読むわ!魔法を学べるなら何冊でも読む!」

「信用できないわ。」

 

これでエディは諦めるものだと思ったが、彼女の野望は強かった。

 

「いいわ、プランB、通称プロジェクト・ゴーストに変更よ。」

 

このプランBというのが酷かった。どこかの映画からヒントを得たらしいが、夜通しで母親のベットの隣で歌を歌うというもので、これは母親の真上の部屋で寝ているエルファバにも深刻な被害をもたらた。

 

「エンダアアアアアアアアアアィイアァァーウィルオオルウェイズラアアアアアアビュウウウウウアアアアアア〜♫」

 

翌日エルファバの顔はいつもより不健康そうで、クマがクッキリと目の下に現れていた。

 

他にもいろいろとやらかしたが、8月最後の週になるとさすがのエディもなす術がなくなってきて、キッチンにあるゴミ箱と棚の間に入ってぐずるという謎の抵抗にはしった。

 

「エディご飯食べて。」

「私ちゃんと勉強する…。」

「エディ。」

「私、エルフィーと同じ学校行きたい…。」

 

しかしそんな長い攻防戦も父親が帰って来れば全くの無意味であったと知ることになる。

 

「エディ、お前にホグワーツの入学書が?」

 

エディには魔力がないというのはエルファバと同意見だったらしい。

 

「うんっ。でもママがダメって「行っていいぞ。」…っいよっしゃああああああっ!!!」

 

母親がどんな表情をしていたのかは知らない。しかしエディの勝利の雄叫びは熟睡しているロビンの機嫌を悪くした。

 

「明日にでも学用品を買いに行こう。」

「デニス!あなた何を言ってるのか分かってるの?!」

 

父親と母親のケンカする声が響く中でエルファバはロビンを撫でながら思ったことは1つ。

 

(…杖どうしよう。レインが持ち出してしまったのかしら。あれはグリンダ唯一の形見だったのに。明日漏れ鍋でセドリックと会う前後で買おうかしら。そこまで高くはないから…。)

 

「エルフィー。」

 

どうやら母親を振り切ったらしい。父親はエルファバの部屋をノックして入ってきた。

 

「シャーっ!!」

 

突然、部屋の主となっていた猫を父親は怪訝そうに見たが、あまり気にせずに部屋に入ってきた。

 

「明日ダイアゴン横丁に行くから、一緒に行こう。エディの入学品も一緒にお前の学用品も買ったほうがいいだろう。」

 

これが普通の誘いならばエルファバはオッケーしたが、今回は違った。父親に杖をなくしたことを伝えるわけにはいかないし、セドリックと食事することを伝えるのはいちいち面倒だ。

 

「私は1人で行くわ。」

「ダメだ。」

 

即答だった。

 

(どうして?人に"力"を知られるのが嫌だから?去年フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で床凍らせちゃったことを知ってるから?それとも、私が何かを試すために力を使うとでも思ってるのかしら?そこまでおバカさんじゃないんだけど。)

 

父親はエルファバが何を考えてるか読めたらしい。ため息をついてエルファバと同じ目線にしゃがんだ。

 

「シリウス・ブラックが脱獄したのは知ってるだろう?"名前を言ってはいけないあの人"の腹心の部下だったやつだ。」

 

当然エルファバも知っていた。最近魔法使いの監獄であるアズカバン脱獄した殺人鬼。マグルのニュースでも日刊予言者新聞にも載っていた。

 

「そんな殺人鬼がいる中で娘をたった1人で外出させる親なんていないだろう?」

 

(お母さんは私が1人で外出してても気にしなかったけど。)

 

「私はお父さんとエディと行くところ違うし、友達にも会うから。」

「けど、行き先は一緒だ。」

 

どうやらエルファバの負けのようだ。

 

「…分かったわ。」

 

そう承諾したが、次の日地下鉄に乗ってる間エディは興奮しっぱなしで、エルファバは来るんじゃなかったと激しく後悔した。

 

「ホグワーツで私いっぱい友達つくる!」

「エルフィーと同じところがいいなー!!」

 

(どうかせめて今日は私の友達とエディが会いませんように。)

 

そう願うエルファバだった。

 

「パパはもちろん魔法を使えるんでしょ?」

「ああ。」

「どうして普通に家で使わないの?すっごくかっこいいのに!」

 

隣に座るお婆さんはこっちを見てニコニコしている。はたから見れば妹の空想話に付き合ってあげている優しい家族に見えただろう。エルファバは恥ずかしくてエディと距離をおいて座っていたが。

 

「父さんはちょっといろいろあったんだ。」

「いろいろって?」

「魔法は当然素晴らしいよ。けど便利すぎるが故にたまに面倒を引き起こす。」

「ふーん。」

 

一瞬、父親が過去に戻っていることにエルファバは気づいた。父親は闇の魔女といわれるグリンダと一緒にいて幸せだったのだろうか。

 

エルファバにはその答えが分からない。

 

 

ーーーーー

 

漏れ鍋はこれからホグワーツに入学する人たちでごった返していた。

 

「あたしたち、今から魔法学校の道具を買いに行くんでしょ?どうしてパブに入るの?」

「ここが魔法の町をつなぐ秘密の店だからだよ。」

 

どうやら父親も相当楽しんでいるらしい。エディなんかは目が飛び出るほど見開いている。

 

ちょうど3年前、エルファバもここにきた時は人生でトップ3に入るほどに興奮したものだ。あのレンガがゴロゴロと動く様を見たらエディは興奮で気絶してしまうのではないかとエルファバは心配した。

 

エルファバはそんなごった返したパブの中で親友を見つけた。エルファバと同じタイミングでここに来た友達だ。

 

「ハリー?」

 

(いるだなんて知らなかったわ。教えてくれたら良かったのに!)

 

「!エルファバ!」

 

エルファバは家族に構わずハリーに抱きついた。が、不思議そうにゆっくりと離れた。

 

「?どうしたの?」

「ハリー、変な風邪引いたの?」

「?」

 

人に分かるくらいにエルファバはハリーを心配していた。

 

「ううん。どうして?」

「だって…いきなり身長が高くなってるし、声が変だわ。」

 

ハリーは一瞬エルファバが言っていることが理解できなかった。

 

「…っああっ!違うよ、これは成長期。」

 

ケタケタと笑うハリーにエルファバは上目遣いに見る。

前回ハリーに会った時よりも身長差がひろがっていてエルファバは少しショックだった。てっきりなにか変な感染症にでもかかったのかと思ってたが、そうではないらしい。

 

「男の子は、大人になるにつれて身長が伸びて声が低くなるんだ。きっとロンもそうだよ。ほらっ、」

「…ハリーこれ以上身長高くなるの…?」

「うん。ごめんねエルファバ。」

 

エルファバはブスッと腕を組んだ。すっごく遠回しにハリーがエルファバの身長をからかったのを理解したからだ。ハリーは通じたとニヤッと笑った。

 

「おうおうハリー、ガールフレンドを怒らせたかー?」

 

カウンターで飲んでいる男性にそう言われるとハリーはみるみる顔を赤くした。魔法界最も強い闇の魔法使いと2度も戦ったハリーも13歳の男の子。お年頃なのだ。

 

「ちっ違います!彼女はただの友達で…。」

 

純情な反応を見せるハリーに周囲の大人たちは手を叩いて笑った。

 

「私、ハリーのガールフレンドじゃないけど。」

「からかわれてるんだよ…。」

 

そして純情を通り越して無反応な13歳の少女が約1名。女友達が1人でもいればいい加減覚えなさいと引っ叩かれるところである。ハリーとしては複雑な心境である。

 

「ゴホン。エルファバはこれからどうするの?」

「教科書とかいろいろ買って、夕方ここでセドリックの家族に会うわ。」

「ちょうど僕もそうしようとしてたところだよ。一緒に行かない?」

「ええ。」

 

と、答えた後にエルファバはチラッと父親を見る。

大興奮のエディをなだめるのに必死なようだった。エディの叫び声はパブ中に響き渡っており、魔法使いたちが微笑ましそうに見守っていた。おそらく、父親はエルファバに構っている暇はないだろう。

 

(せっかくだし、いいわよね。)

 

「ところでハリーはどうしてここにいるの?」

「あれ?…実は数日前にここに来たばかりなんだ。話せば長くなるけど、簡単に言えばマージおばさんを膨らませた。」

「…なにそれ。」

 

ミスター・トラブルメーカーのハリーと話しながらダイアゴン横丁へと入っていった。

3年ぶりのハリーだけとの買い物はなかなか面白かった。最近ハリーはずっとここを出入りしているらしく、いろんなお店に連れて行ってくれた。

 

「わああああっ!!すごおおおおおい!!」

 

途中大興奮している妹ともすれ違ったが、察しのいいハリーはそこに触れることはなかった。

 

「僕あのガラスの銀河系の模型欲しいんだよ!」

「キレイ。」

「でしょ?!あれ買ったらきっと天文学の授業受けなくてよくなるよ!割り勘して2人で買わない?!」

「それはダメかな。」

「…」

 

まあ分かってたけど、とうなだれるハリーにエルファバは悪いことをした気分になった。ハリーは無口なエルファバと一緒にいてつまらなくないのかとディーンに聞かれたことがある。答えはノーだ。

 

「あの魔女の鼻、ニンジンみたいにぶら下がってるわ。」

「確かに。付け鼻かもよ。」

「「スネイプの鼻。」」

 

ハリーとエルファバは笑った。正直どこが面白いのか端から見れば理解不能だろう。夏休み直前に4人でスネイプの鼻は取り外し式なのではないかという話で盛り上がっていたのだ。取り外し可能だった場合、回転式か、スライド式か、はたまたパスワード式か。

 

完全な内輪ネタである。

 

そんなこんなで2人は必要な教科書やら道具やら材料やらを購入し、体力のないエルファバはハリーに支えてもらいながら戻ってきた。

 

ハリーの部屋のベットで2人で寝っ転がりながら新しい教科書を眺めて休憩していたらもうセドリックに会う時間となった。

 

「あとでねハリー。」

「バイバイ。」

 

セドリックはハリーよりも身長が高いにも関わらずハリーの倍身長が伸びててエルファバはさらにショックを受けた。セドリックの頭にエルファバの手が届くか否かの身長差にエルファバは少し嫉妬した。

 

「セドリック、何か呪いでもかかったの?」

「え、まさか!どうしてそう思うの?」

 

セドリックは笑いながら、エルファバをエスコートする。その振る舞いはまさに英国紳士、周囲の奥様方はぜひ彼を息子に!と思った。

 

「だって、急に身長が伸びてるんだもの。」

 

(このまま伸びたら天井つき破っちゃうんじゃない?)

 

「…それはないと思うよ。」

「どうして私の言うこと分かったの?」

「母さんにも同じこと言われたから。」

「ふーん。」

「エルファバも身長伸ばし「いい。」…そっか。ほら、あそこに座っている人たちだよ。」

 

エルファバは人の良さそうな夫婦が窓側のテーブル席に座っているのが見えた。薄暗いパブなのでこちらが近づいてきているのには気づかない。

 

「ああ、そうだ。僕、監督生になったんだ。」

「おめでとう。」

 

声に抑揚がないが、これでも心底喜んでいる。

 

「君が悪いことしたら減点しちゃおっかな?」

 

セドリックが冗談で言っているのは重々承知だが、エルファバは内心ヒヤヒヤだ。意外とエルファバはハリーたちと共に(やむ得ない場合がほとんどだが)規則破りの常習犯だ。

 

(どうか今年はトラブルがやってきませんように。セドリックに減点されたくないもの。初っ端からハリーがちょっと怪しいけど。)

 

「父さん、母さん。連れてきたよ。」

 

エルファバはこんな風に人と食事するのは初めてだった。ロンの家でご飯を食べたことはあるがあれはアットホームな中だったので比較的エルファバは落ち着いて食べれた。

 

(セドリックのご両親はどちらも魔法使いだから一応外出用のローブをハリーの部屋で着てきたけど、大丈夫よね?ちゃんと礼儀正しくしなきゃ。)

 

「父さん、母さん。こちらエルファバ・スミス。エルファバ、僕の父さんと母さんだ。」

「はっ、はじめま…。」

 

次に起こることを誰が予想できただろうか。エルファバは動揺した。幸いローブと薄暗さで隠れていたからいいものの、エルファバの周囲は凍ったのをエルファバは肌で感じた。

 

 

 

 

 

ミセス・ディゴリーはエルファバを見るなり、泣き崩れたのだ。

 

 

 

 

エルファバの鼓膜を刺激するのは女性が泣く声。背中に突き刺さる客の視線。

 

「ううっ…!!あなたあっ…!!」

「サマンサ!しっかりするんだ!」

「母さん?」

 

セドリックとミスター・ディゴリーは泣き崩れた母に、妻に、駆け寄った。エルファバは訳が分からず、立ち尽くすことしかできない。

 

「母さん、一体どうしたんだい?」

「ううううっ!!あなたが!!あなたが!!」

 

ミセス・ディゴリーはそう言いながらエルファバを指差す。

 

初対面のはずだ。エルファバは必死に頭の中で記憶の糸をたどるが、彼女に何かをした記憶がない。

 

「ミス・スミス。」

 

ミスター・ディゴリーは妻の背中をさすりながら、エルファバに話しかける。

 

「君の母親はグリンダ・スミスだね?」

 

エルファバはうなづく。

 

「サマンサの弟がね、君の母親に殺されたんだ。」

 

闇の魔女グリンダ・オルレアン。

 

暗黒時代、"名前を言ってはいけないあの人"に忠誠を尽くし、山の中に追い詰められた時に登山中だったマグル17人と彼女を逮捕しに来た魔法使いたち5人を巻き込んで山ごと凍らせた。今もその山は常に吹雪であり、マグル避けをすると同時に悲劇を繰り返されないように慰霊碑がある。

 

1年前、書店で見つけた本の中にあった文章がエルファバの頭に流れた。

 

「当然君に罪はない。しかし、君はあまりにもグリンダ・スミスに似すぎていた。」

「…ごめんなさい…。知っていればこんなこと…。」

「いや、こちらこそすまない。ただ食事は難しいだろう。」

「…。」

 

このまま凍ってしまいたいとエルファバは思った。ミセス・ディゴリーの泣き叫ぶ姿が、声が、空気が、辛かった。

 

「ごめん…僕知らなくて…エル…」

 

セドリックは本当に申し訳なさそうにエルファバに言った。エルファバは首を振り、ゆっくりと、しかしできるだけ早く、店から出て、人のいない裏路地へと逃げ込んだ。

 

「〜〜〜!!!」

 

人がいないのを確認すると、エルファバは崩れ落ちた。下唇を噛み、声を上げるのを必死で堪える。1番辛いのはミセス・ディゴリーだ。

 

『正直なところ、私はグリンダのことを、なんていうか、おとぎ話の登場人物のようにしか思えないのよ。』

 

いつかハーマイオニーに言った言葉だ。

 

しかしなんて浅はかな考えだったのだろうか。グリンダが殺した人たち全てに家族がいて、親友がいて、愛する人間がいたのだ。そしてその人たちは愛する人間を失った心の傷を抱えて今を生きている。ただマグル17人と魔法使い5人を殺したのではない。

 

殺した22人の全ての権利を奪い、彼らに関わる数え切れないほどの人々のかけがえのないものの一部を引きちぎったのだ。

 

「っああっ!!」

 

エルファバは感情に任せて"力"をボロボロの壁に発射した。渦巻いた模様が壁に現れる。エルファバは手当たり次第周囲の物を凍らせた。

 

「ううっ…!!」

 

濁ったものを発散する快感としてはならないことをしているという罪悪感が交互にエルファバの体を出入りする。しかし、どちらかといえば快感の方が勝っていた。

 

『僕のおかげで君は押さえつけられてた力を思う存分発揮できた。気持ち良かった?』

 

なぜここでリドルの声がするのかエルファバには分からなかった。

 

『才能を押さえつけるほど苦痛なことはない、無駄な努力だ。ナンセンスだよ。』

 

(そうよ。力を抑えるなんて無意味だわ。こんなに気持ちいいのに、どうして抑え込む必要があるの?グリンダがこの力を持ってたから悪の道に進んだなんてそんな確証ないじゃない。辛いこと、悲しいこと、全て氷となって吐き出されていく。それのどこがいけないの?誰か教えてよ!)

 

『"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。』

 

「!?」

 

父親の言ったことを思い出した。

 

(何をやってるのかしら私…?思うままに"力"を使うなんてこれじゃあグリンダと一緒じゃない。)

 

自らが作り出した氷の世界でエルファバは泣いた。

 

私の"力"で人を殺せる。

私を悪に染めてしまう力がある。

人に見せることでその可能性を高めてしまう。

 

 

 

ーーーーーー

 

「それってエルファバ悪くないじゃないの。」

 

エルファバは合流した3人とアイスを頬張っていた。どうやら手紙でこの日にロンもハーマイオニーも来ることになっていたらしいが、エルファバは知らなかった。

 

「うん…。」

 

3人の慰め方は個人の性格が出ていて面白い。

 

「何もあなたが責任を感じる必要なんてないわ!」

「そうだよ。君はただ純粋にご飯を食べようとしてただけだ。何も悪くない。」

「運がなかったんだよ。」

 

ロンは少しソワソワしながら、あたりを見回す。

 

「ねえ、エルファバ。このタイミングで悪いんだけど僕ちょっとトイレに行きたいんだ。これ凍らせておいてくれない?」

 

ロンは溶けかけのオレンジアイスクリームをエルファバに渡した。

 

「私、あなたのその能力欲しいわ。」

「?ありがとう。」

「ほ・め・て・な・い・わ・よ!!」

 

ハーマイオニーはバックでロンを叩いた。

 

「あなたはこの2年間何を見てたの?!エルファバは能力を見られたくないの!!そもそもこのタイミングでそれ言う?!」

「えっ、だって、僕らに能力のこと知られたんだからいいじゃないか。」

 

エルファバは困ったようにハーマイオニーとロンを交互に見るしかなかった。

 

「0か1かじゃないのよロン。頭使って。」

 

頭使ってと言われたロンはブスッとアイスクリームを口に突っ込んだ。

 

「でも実際どうなの?」

「?」

「僕らに知られてから君の中で能力に対する変化ってあった?」

 

ハリーは怪訝そうに尋ねた。

 

「そうね…。」

 

"力"を使う快楽を覚えてしまった、と言ったら引かれるとエルファバは本能で思った。

 

「感情の起伏があるたびにいろんなところが凍るから今もあまり好きではないわね。」

 

エディが追いかけられた時のことを思い出す。

 

「やっぱり、感情の起伏で魔法が出るのはあなたの過去に関係しているのかしら?」

「多分ね。」

「どういう気分なんだい?使ってると。」

 

正直あまり聞かれたくない質問だ。しかし聞かれたからにははぐらかすわけにはいかない。エルファバはクッキーアイスクリームを小さな口に入れる。

 

「…すっごく気持ちいいわ。本当自分がしたいようにすると、毒素が抜けるっていうのかしら。さっきも…ミセス・ディゴリーのことがあって…。」

 

いや、言うのはやめた方がいいだろうか?エルファバの心臓は警告するようにドクドクと鳴る。

 

「…裏道で思う存分周囲を凍らせたの。」

 

言わなきゃ良かったとエルファバは後悔した。3人ともエルファバを責めたわけではない。しかしそれを言ってしまうこと自体が罪だとエルファバは感じた。いや、もしかしたら3人は表に出さないだけで自分に失望したかもしれない。それに対する罪の意識すら軽くなっているということだろうか?

 

「帰ろう。」

 

気まずい沈黙が流れたところで、痺れを切らしたロンが言った。

 

「漏れ鍋にパパもママもいるから。僕ら今日はそこに泊まって、そのままホグワーツに行くんだ!」

「本当?!」

 

ハリーは嬉しそうにロンの肩を抱いた。

 

「私もそうすれば良かったわ。」

 

ハーマイオニーは新しく買ったオレンジ色の猫のクルックシャンクスを抱き直す。ロンは注意深く胸ポケットに手を突っ込んだ。そこには最近元気のないスキャバーズがうずくまっており、さっきこのハーマイオニーの猫に追いかけられたため、警戒しているのだ。

 

「その猫嫌な奴だぜ。」

「あなたがちゃんとペットの管理しないからでしょ?!」

「ああ、また波乱の予感だ。」

 

ロンとハーマイオニーのケンカっぷりを見てハリーはやれやれと首を振った。

 

ーーーーー

 

パブに帰ってくると、ウィーズリー一家が1番長い机を占領していた。

 

「いやいや、ご機嫌いかがかなエルファバ?」

「いいわ。」

 

首席になったパーシーはHB(首席)バッチを輝かせて、もったいぶってエルファバに話しかけてきた。赤毛の双子はそれが気に入らないらしい。

 

ふと、エルファバが席を見渡すととても奇妙な光景だった。

 

フレッドとジョージはパーシーのコーンポタージュに粉を入れて気色悪い色のポタージュにしていて、ミセス・ウィーズリーはハリーを抱きしめていろいろと話しかけていた。

 

「これなに?」

「薬を作るための鍋よ。」

「これは?」

「杖磨きセット。」

「これって取っておいた方がいいの?」

「いいえ。捨てて大丈夫よ。」

「「ジニーが姉貴顔してるぞ!」」

 

ウィーズリー一家の中で1番年下のジニーは新入生にいろいろと教えていた。

フレッドとジョージはそれを冷やかす。

 

(…エディ…。)

 

「10年ぶりだね!元気にしてたかい?」

「おかげさまで。」

 

こちらもこちらで奇妙な光景だ。ミスター・ウィーズリーと父親が握手して話している。知り合いだったらしい。

 

「去年は娘がお世話になりました。」

「いやいや!とても知的で優しい子だったからこちらも助かったよ。彼女が楽しんでくれたならいいんだけど。」

「楽しんでたみたいです。あまり感情が表に出ない子なので分からないかもしれませんが。」

「ははっ君とそっくりだ!」

 

(一体何の共通点かしら…?)

 

「よおハリー。」

 

ミセス・ウィーズリーの話のターゲットがハーマイオニーに変わると、さっきハリーをからかってた男性がハリーに話しかけた。男性は高身長で明るい茶色の癖の強い髪とそれと同じ色の髭が顔を覆っていた。

 

(彼は毛になにかこだわりでもあるのかしら。魔除けとか。)

 

「学用品は買えたか?」

「ええ。なんとか買えました。」

「箒を買う誘惑には勝てたのか?」

「…頑張りました。前に言ったように叔父と叔母に教科書代をせがむのは嫌ですし、今の箒で満足していますから。」

「確かにな。君の飛びっぷりを1回見てみたいよ。あっ。」

 

エルファバは男性に指差され、反射的にハリーの後ろに隠れた。

 

「この子、動物の赤ちゃん並みに警戒心強くて。」

 

気まずい2人の間に挟まれたハリーは的確な例えでフォローした。

 

(赤ちゃんって何よ。)

 

エルファバは内心むくれた。

 

「スキャバーズ!!」

「こらっ!!クルックシャンクス!!」」

「ミ"ヤ"ーっ!!」

 

スキャバーズは死に物狂いといった感じでこっちに向かってくる。一方でクルックシャンクスも暴れてハーマイオニーの腕から脱出し、ガニ股でスキャバーズを追いかけた。

 

「イタッ!!」

「ハリー大丈夫?」

 

ハリーはスキャバーズを捕まえようとして手を伸ばしたが、引っかかれてしまったようだ。ハリーは傷をなめて苦笑した。

 

「何本も針を刺されたみたいだったよ。あ、ホップカークさんも気をつけて!」

「あ、ありがとうございます。」

 

どうやら男性が捕まえたらしかった。スキャバーズは男性の右手でキーキーと暴れて、必死に逃げようとしている。ロンは男性にお礼を言って返してもらおうとした。

 

「あの…?」

 

しかし、男性は返す気配はない。スキャバーズが男性の指を引っかいたり、噛み付いたりしてどんどん男性の指が痛々しくなっていくのに関わらず、彼は気にしておらず、なにかにとりつかれたようにスキャバーズを見ていた。

 

「!?」

 

突然男性はローブから杖を取り出し、スキャバーズにつきつけた。

 

「何を…?!」

「…っぎあああああっ!!」

 

次の瞬間、目を疑うようなことが起こった。

 

「ああ…!ああ…?」

 

ハゲかかった髪に小柄な身長、急激に痩せたと思われる余った皮膚はスキャバーズの肌のように薄汚れていた。彼は四つん這いに走る動作をした後、訳が分からないといった顔で自分の両手を見つめている。

 

あまりにも異常に飼い主のロン、ハリー、エルファバは後ずさった。3人だけではない。今の男の叫び声がパブ中に響き渡ったため、皆その男に釘付けになった。

 

スキャバーズが人間に変わったのだ。

 

「…っちっ。やっぱ使えねーなこれ。」

 

呪文をスキャバーズに放った茶色の男性はボソッとつぶやいた。

 

「まあいい。どっちにしろお前はここで死ぬんだよ…なあ、ピーター?」

 

彼は白い杖をスキャバーズに向けた。

 

「あっ!」

 

その杖はエルファバが失くしたグリンダの杖だった。

 



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3.ディメンター

光景が恐ろしすぎて、エルファバは無意識にハリーにすり寄った。

 

「しっしっしっし、シリウ「黙れ」」

 

ホップカークが再び呪文を唱えると、人間スキャバーズは口に接着剤でも付けられたかのようにモゴモゴと自らの口をこじ開けようとする。呼吸器官も塞がれているようでスキャバーズの顔はだんだん苦しそうに歪んでいった。

 

「やっ、やめてくれっ!!スキャバーズが死んじゃう!!」

 

まだ状況把握ができていないロンは茶髪の男性に訴えた。

 

「こいつなんて別に死んでも構わないさ。ってか、俺はこいつを殺しに来たんだ。」

「はっ、はあ?」

 

ロンは誰かこの状況を説明してくれとロンはあたりを見渡す。しかし当然ながら誰もそんなことはできない。

 

「3人とも離れるんだ!!」

 

ミスター・ウィーズリーは杖をホップカークに向けながら叫んだ。エルファバの父親もミセス・ウィーズリーも杖を取り出し、構えていた。

漏れ鍋内は騒然とし、不安げな声を各々あげている。

 

「なあピーター。俺はお前に全てを奪われたよ。13年間、時間も、幸福な思い出も、自由も、親友たちも、ゴットサンの成長の過程も、全部全部…!!死んだほうがマシかもしれない何度思ったか!!ずっとネズミになってぬくぬくと魔法使いの家で生活してた裏切り者が!!返せよピーターっ!!俺の全てを!!返せっ!!返せっ!!」

 

(泣いてるの…?)

 

ホップカークは涙を流しているわけでも、それをこらえているわけでもない。鬼のような怒りに顔を歪めている。しかしエルファバはそれが全てを奪われた男の悲痛な叫びに感じたのだ。

 

そんな叫びをピーターと呼ばれたスキャバーズが聞いてたとは思えない。顔色が赤黒くなっていった。ハリーは慌ててピーターに近づき、塞がった口を両手でこじ開けた。

 

「ぶふぁあっ!!はあ…はあ…はあ…。ああ…ありがたいよハリー。」

「汚い手でハリーに触るなっ!!」

 

ホップカークは大股でハリーに近づく。

 

「ハリー離れろ!!」

 

今度はミスター・ウィーズリーがホップカークとハリーの間に割って入り、自らの背中を盾にした。

 

「ハリーに手を出すなシリウス・ブラックっ!!」

 

その名前にパブにいた全員が身震いした。

 

「シリウス・ブラック…?!」

「そんな…!!」

 

店内はパニックになる寸前だった。ホップカークはその名が出ると肩を震わせた。

 

「俺は無実だ!この卑怯な鼠野郎に騙されたんだ!」

「君が多くの人間を殺害した瞬間を多くの人間が証言してる!」

「それもこいつだ!こいつに罪をなすりつけられたんだ!」

 

そのやり取りを見て皆口々に憶測を語り出す。

 

「やはりアズカバンで正気を失ったか…。」

「あの人から杖を取り上げてっ!!この漏れ鍋を木っ端微塵に壊すわよっ!」

 

周囲のどよめきがホップカーク改めシリウス・ブラックを余計に苛立たせているようだった。写真とは全く異なる容姿だが、きっと変装しているのだろう。

 

「ブラック、お前が無実だというのなら杖を捨てろ。」

 

エルファバの父親は構えたまま、静かに警告した。

その声が漏れ鍋内をシンとさせた。

 

「俺は無実だ。けど、それは無理な願いだな。」

「その杖はオルレアンのだ。お前のじゃない。どうやって盗んだのか分からないが…」

 

エルファバは父親とチラッと目があった。視線を感じた時、気まずさと、ぞわりとエルファバの中で悲しみとも怒りとも言えない感情が走った。

 

(それは今は"私の"杖よ。グリンダのじゃない。)

 

「ピーター・ペティグリューがなぜ生きているのかは理解できない。だが仮にお前が無罪だったとしても彼を殺した瞬間、お前は本当の犯罪者になるぞ。」

「っ!うるせえっ!」

 

なぜ父親はシリウス・ブラックを煽っているのかエルファバには理解できなかった。シリウス・ブラックは逮捕される直前に道路を大爆発させて多くのマグルと魔法使いを道連れにした。そんな人物をこんな小さなパブに杖を持たしたままにしておくのはあまりにも危険だ。

 

「彼はシリウス・ブラックなんですか…?」

 

ハリーはミスター・ウィーズリーに聞こえるか聞こえないかの声で尋ねた。

 

「ああ。そうだよハリー。君の命を狙っている"例のあの人"の部下だった奴だ。」

「そっそんな…。何かの間違いです。彼は僕に良くしてくれました。宿題教えてくれたり、面白い物を見せてくれて…。」

 

ハリーが戸惑いながらそう話した時、確かにシリウス・ブラックの瞳にキラリと光が帯びたのをエルファバは見逃さなかった。

 

「ハリー、君は騙されてるんだ!ずっと君を殺す機会を狙ってたんだこいつは!」

 

バーンっ!!

 

シリウス・ブラックはパブの壁を破壊した。少し古びたレンガ造りの壁が無残にも散った。同時に客が悲鳴を上げ、我先にと小さな入り口に押し寄せていった。

 

シリウス・ブラックは元の姿に戻っていた。ミスター・ウィーズリーとエルファバの父親がシリウス・ブラックとやりあっていた。赤や青の閃光がランプや酒の瓶にあたり、跳ね返る。

 

「あなたたちっ!!」

 

ミセス・ウィーズリーがしゃがみこみながら叫んだ。エルファバは戦いを見ている2人の腕を引っ張ってミセス・ウィーズリーのいる方向へと引っ張る。さすがに今度は2人とも従った。

 

「早くここからでなさいっ!あの青い壁が出来ているところを辿れば安全よ!」

 

見ると客を青く透明で柔らかい膜で包んでいる。きっとエルファバが知らない防御呪文だ。

 

(お父さんはミセス・ウィーズリーにこれを作らせるために時間稼ぎをしてたのね。)

 

混乱の中エルファバはどこか冷静に考えた。

 

「スキャバーズがいない。」

 

ロンはあたりを見回して呟いた。他の2人も出口に向かうことに頭がいってなかった。

 

「スキャバーズが!」

 

ピーター・ペティグリューはパブの窓をレンガで叩き割り、今まさに飛び出そうとしているところだった。

 

「待ちなさいっ!!」

 

ミセス・ウィーズリーの制止を振り切り、3人は走り出す…。

 

ガシッ!!

 

「悪ぃな。」

 

エルファバの腕を掴んだのは、シリウス・ブラックだった。

 

「え。」

 

ひょいっとエルファバを人形のように抱きかかえ、エルファバの首に杖を突きつけた。シリウス・ブラックの腕はやせ細っていて一体どこからそんなパワーが出てくるのか理解できなかった。

 

「攻撃をやめろっ!さもなくばこいつを殺すっ!」

 

ミスター・ウィーズリーと父親は攻撃を止めた。

 

「殺すのはピーター・ペティグリューだけじゃないのか?!」

「状況が変わったっ!!」

 

そう言ってエルファバを担いでシリウス・ブラックはハリーとロンと同じ方向に走り出した。ミセス・ウィーズリーの悲鳴が遠ざかる。シリウス・ブラックがどこかを通り抜けた時、エルファバは頬に鋭い痛みを感じた。きっとガラスだ。

 

(やだ、怖い…!!)

 

エルファバはどうすればいいか分からず、遠ざかるパブを見ながら頭を必死に考えた。

 

「おい、やめろっ!!」

 

突然シリウス・ブラックが大声を出したのでビクッと体を震わす。

 

「頼むから凍らすなっ!!」

 

エルファバを担いでいるシリウス・ブラックの肩が薄い氷で覆われている。

 

「ごめんなさい…!」

(…あれ?どうして私謝ったのかしら?悪いことしたのは彼で…。)

「事が終わったら絶対解放してやるから、今は我慢してろっ!」

(事が終わったらって…スキャバーズを殺すってことじゃあ…?)

「それとも失神されたいか?!」

 

多分力を使えばシリウス・ブラックはすぐに凍るはずだ。しかし杖を体に押し付けられるとまるで金縛りを受けたように固まってしまう。痙攣したように首を振った。

 

「よしっ、いい子だ。そのままじっとしてろ…ハリーはどこだ?」

(なぜハリーを…?)

「ハリーっっっっ!!」

 

シリウス・ブラックは叫んだ。エルファバが必死に後ろを向くとハリーとロンは這いつくばるようにしてどこかを覗いていた。

 

(彼はどうしてハリーを友達みたいに呼ぶの?)

「ピーターは?!ピーターはどこだ?!」

「…ネズミならこっちに…こっちに逃げました。」

 

壁に空いた小さな隙間だ。人は通れない。

 

「クソっ!!逃げられたっ!!」

 

シリウス・ブラックが壁を蹴るとその振動がエルファバにも伝わった。ハリーはブラックと抱えられたエルファバを交互に見た。

 

「ミスター・ホップカーク…あなたは魔法省の人間じゃないんですか?!どうして…?!僕の父親の思い出も!!学校の話も!!全部!!嘘だったんですか?!あなたを信用していたのに…。」

「嘘なんかじゃねえっ!!このお嬢ちゃんの手紙使って騙したことは悪かった!!でもハリー!!俺は無実だっ!!信じてくれっ!!君の両親に誓って!!俺は無実だ!!君の両親を殺していないっ!!」

「僕の両親を…何て言いました…!?」

「俺は…!!」

 

シリウス・ブラックが何かを言う前に大量の破裂音が近くで鳴り響く。

 

「きゃっ!!」

 

かなり乱暴にシリウス・ブラックはエルファバを地面に落とした。ゴキっと嫌な音が聞こえた。

赤い閃光を一斉に宙を舞う。

 

「っうっ…。」

「すまないお嬢ちゃん。君の杖、使いづらいがもう少し貸してくれ。ハリー、ピーター・ペティグリューは必ずホグワーツに戻ってくる。気を抜くな。」

 

バシッ!

 

シリウス・ブラックは3人の目の前から消えた。

 

その直後に大量の魔法使いがこちらに押し寄せて来た。無傷の3人を過剰なまでに保護し、大通りに連れて行く。3人は放心状態だった。

 

ーーーーー

 

《シリウス・ブラック、現る》

 

1993年8月31日、ダイアゴン横丁はパニックに陥った。人が1番集う漏れ鍋に脱獄した殺人鬼シリウス・ブラックが現れた。さらにおかしなことに、シリウス・ブラックに殺されたと思われていたピーター・ペティグリューが現れた。

その昼間の悪夢は魔法界を震撼させ、魔法大臣のコーネリウス・ファッジはマグル政府に捜査員増員を要請、魔法使いが多く住む街にも安全対策の強化を宣言した。さらにピーター・ペティグリューの保護を呼びかけた。

『彼はおそらくシリウス・ブラックという脅威にさらされているに違いない。どんな絶望の中でも必ず希望があります。ピーター・ペティグリュー、13年前のあなたの勇気を讃え我々魔法省はあなたを全力で守ります。』

 

ーーーーー

 

翌日、エディは素晴らしい朝を迎えていた。

 

「ああ、なんていい天気!!いよいよホグワーツに行けるのね!いっぱい魔法を覚えて、友達をつくって!バスケットコートあるかなあ?ああっ!バスケットボール入れなきゃ!あと人形とCDとライブTシャツと!あたし、遂にホグワーツに行ける!!こんなに心が躍ることってないわっ!」

 

ドンっ、ドンっ、ドンっ!

 

エディは階段を数歩飛ばして降りリビングに突っ込んだ。

 

「おっはよっ!!」

「エディ、もう少し静かにして。」

「はーいっ!!いよいよホグワーツよママっ!!」

「ええ、そうね。」

「エルフィーが使うような魔法いっぱいいっぱい覚えるの!クリスマスにはお菓子とか不思議な物あげるっ!」

「ありがとう。」

 

朝食のトーストを口に突っ込み、サラダを突っ込んで再び階段を上がった。

 

「エルフィーおっはよっ!!」

 

ボサボサ髪の姉にハグをして、バレエのステップを踏みながら自分の部屋に入った。

 

「バイバイ私の部屋っ!」

 

各家具にキスをして大きなトランクを引っ張った。

 

「エルフィー、ホグワーツの寮って4つあるんでしょ?私エルフィーと同じ寮に入りたいなぁっ!!」

 

いつも通りエルファバからの反応はなかった。だが気にしない。車の外でも中でもずっと踊りっぱなし歌いっぱなしで家族にうざがられても気にしない。それがエディだ。

 

キング・クロス駅に到着しトランクを駅まで運んだ。父親曰く、何と駅名は9と3/4番線で柱をすり抜けて行くらしい。

と3/4番線で柱をすり抜けて行くらしい。

 

「あそこから行くの…?」

「ああ。」

「もう、どこまで私を喜ばせるのかしら?!魔法の学校の入り口が何の変哲もない柱?!なんて素晴らしいの!!」

「一緒に行こう。」

「うんっっっ!!」

 

カートと父親とともにエディは走り出す。

あと、1メートル、数センチ…。

 

「もう目を開けろエディ。」

 

エディがゆっくり目を開けると、紅色の蒸気機関車が煙を上げていた。

 

ホグワーツ特急。

 

色とりどりの猫が足元で走り回り、人々がおしゃべりを交わし、フクロウがホーホー鳴いている。

 

「ああ、なんて素敵な機関車なの!!これがあたしを魔法の世界へと連れて行ってくれる!!ついにあたしは変人扱いされない世界へと行くのね!!毎晩毎晩豪華なディナー食べてキレイな魔法をたくさん披露してみんなに尊敬されたい!!」

「エディ、頼むからせめて歌うか踊るかどっちかにしてくれ…みんな見てる。」

「オオオオオオオオオオオっっっ!!あれ?エルフィーは?」

「どっか行ったわ。」

「ママ、どうしてそんなに嫌そうなの?こんなにスゴイのに!!見てっ!!あの人どうしてウンチだらけなのかしら?」

「悪戯グッズだろう。」

「パパ、ママ!あたしすっごい魔法をたくさん覚えてくるっ!」

 

エディは父親と母親に飛びついた。

 

「エルフィーっ!エルフィーっ!どこー?あたしの記念すべき瞬間に一緒にいてよおっ!

 

 

 

その頃のエルファバ。

 

 

 

「「なんで隠れてるんだエルファバ?」」

「お願いそこから一歩も動かないで!」

 

かなり遠くにいるはずなのにエディの歌声がこっちまで聞こえたのでとっさに双子の後ろに隠れたのだった。

 

「ふふっ、あの新入生可愛いわねー。興奮しちゃって。」

「恥ずかしくないのかな?」

「あいつできれば俺の寮に入ってきてほしくない。」

 

妹はすでに目立っていた。しかも自分の名前を呼んでいるではないか。

 

「「それっ。」」

「やめてっ!」

 

チームワーク抜群に隙間を作り動く双子にエルファバは必死についていった。

姉の苦労を梅雨知らず、エディは全身でホグワーツへ行ける喜びを体現する。

 

「あたし、エルフィーみたいに人を喜ばせる魔法が使えるようになりたいの!どうしたらあんな風に雪を「エディ。」」

 

父親はしゃがみ込み、エディと同じ目線になった。

エディはエルファバよりも少し身長は高いがそれでも11歳。まだまだ小さい。

 

「エルフィーの魔法のことは誰にも言ってはダメだよ。」

「どうして?」

「エルファバの魔法は人を不幸にするから。」

 

父親の代わりに母親が答えた。

 

「そんなことないよ。だって私はエルフィーの魔法大好きだもん。」

「バカなこと言わないで。あなた、あの子のせいで氷の塊になりかけたじゃない。」

「お前は黙ってろ。」

「ママ何言ってるの?」

「あいつの言うことは気にしなくていいんだ。ただ、もしもみんながエルフィーのことを知れば、エルフィーは悪い魔女になってしまうんだ。」

「どうしてそんなこと分かるの?」

 

エディはすべての感情や疑問を心で止めることを知らないのだ。頭で考えたことは思考を通さずにそのまま出てくる。しかし悪意は一切ないため、責められない。

 

「…昔、父さんには大事な人がいた。その人は特別な"力"を持っていたんだ。しかし彼女は悪い奴らにそそのかされ、それを使うと自分が特別な存在になると思い上がってしまって、あまりにも多くの人を傷つけてしまった。エルフィーにはそんな人間になってほしくないんだ。」

「ふーん。でもパパはその大事な人のこと今でも大好きなんだね。」

「…いいや。そんなことないよ。」

 

汽笛が駅に響き渡る。

 

「大変!あたしもう行かなきゃっ!手紙いっぱいいーっぱい送るね!!」

 

エディは両親の頬にキスをして、列車に乗り込んだ。

 

「バイバーイ、ロンドーーーーーン!!私たくさん友達作るねえっ!!」

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「あなたの妹すごいわね。仮にも昨日殺人鬼に遭遇したのよ?普通元気ないわよあそこまで。」

「…。」

 

ハーマイオニーは各コンパートメントにも響き渡るエディの声に呆れ笑いをしながらいった。

 

「まあホグワーツに行く時って興奮するよな。あそこまで感情を表に出さないけど。」

「〜!!」

 

エルファバは恥ずかしさによって固まっていた。

 

コンパートメントにはエルファバ、ロン、ハーマイオニー、そして熟睡している男性がいた。相変わらずみずほらしい格好で、ローブはつきはぎだらけのルーピン教授だった。正直エルファバは彼のいるコンパートメントに入りたくなかったが、やむをえなかった。

 

「ハリーは?」

「なんか用事があるけどすぐ戻って来るってよ。」

 

ハーマイオニーはふーん、と話を聞くと日刊予言者新聞を開いた。一面にはシリウス・ブラックが邪悪に笑っている写真、そして小太りでネズミ顏のおどおどした男性の写真が並んで掲載されていた。

 

「昼間の悪夢…無垢な新入生を人質に…捜査員の増加…安全対策…ピーター・ペティグリューの全力保護を宣言…。」

 

エルファバはハーマイオニーの声を聞きながら違うことを考えていた。昨日の夜の話である。家に帰ったエルファバは早々に父親に質問責めにあった。

 

『誰か家に入れなかったか?』

『私は入れてないわ。』

『お前が入れなきゃ杖が盗まれるはずなんてないんだよ。お前がどこかで落としたなら別だが…あの家は私かエディかエルファバが認めた相手しか入れないようになってるんだ。』

『…え?』

『保護呪文をずっと前にかけたんだ。私たちが知らない人間は家の存在を知ることがあっても入れないんだ。』

『でも…保護呪文かけてたらリス1匹『動物は例外だ。とにかくお前かエディが人を招き入れるか、その人物と接点がなければ家に人が入れるはずがないんだよ。』』

 

エルファバは冷水を浴びせられた気分だった。

 

『本当に分からないわ。』

『重要なことなんだ。家に殺人鬼が出入りしてたかもしれないんだぞ?お前の杖だって持ってる。』

『…私のこと疑ってるのね。』

『疑ってるわけじゃない。お前たちが心配なんだよ。』

『お父さんが心配なのは"私たち"じゃなくて、"杖とエディ"でしょ。』

 

その時、生まれて初めて父親に打たれた。リビングの中で嫌な空気が充満した。

 

『…次それを言ったらただじゃおかないぞ!!』

 

父親は何かから目を覚まさせるようにエルファバの肩を揺すった。

 

『お前もエディも同じように愛してるに決まってるだろ?!』

 

ここまで感情的になった父親は初めて見た。しかしそれはエルファバの心に響いてこなかった。何もないところに呪文を放つようにあまりにも実感がわかない。

 

『…お互い頭を冷やそう。部屋に戻れ。』

 

(感情的になっているのは私じゃなくてお父さんだわ。何を言ってるの?)

自分のせいにされたエルファバは、沸々を湧いてくる怒りをエルファバは必死に抑えた。

 

『私、グリンダじゃなくてエディと同じお母さんの下で生まれたかった。』

 

捨て台詞で言うと、エルファバは自分の部屋まで駆け上がり、自分の部屋の扉を凍らせた。できる限り氷を分厚く分厚くして誰も入れないようにした。

 

「エルファバ?」

「…ん?」

「どう思う?今回のこと。」

 

エルファバは毛づくろいするロビンを膝に抱えながら考えた。

 

「なんというか、すっごく不自然だわ。」

「ええ、本当よね。」

「何がだい?」

 

ハーマイオニーは、はあっとため息をつく。

 

「まず、あなたのネズミが13年間もずっとネズミになって隠れていた理由が分からないわ。誰かに追われていたなら魔法省に保護してもらえばいいじゃない。彼は命をかけてシリウス・ブラックを捕まえようとしたことによってマーリン勲章をもらったのよ?」

「なんか他に理由があったんじゃあ…?」

「それにハリーから聞いたけど、シリウス・ブラックはエドワード・ホップカークって名乗ってたでしょ?マファルダ・ホップカークの夫で、彼女は魔法不適正使用取締局の局次長をやってるの。実際私が昨日調べたら彼女にはパートナーがいるけど男性じゃないわ。しかも!ハリーの話だと、エルファバはこの夏に魔法を使ったけど正当防衛が認められたっていう手紙をシリウス・ブラックが持ってたのよ。」

「シリウス・ブラックはエルファバの杖と手紙を持ってた…?」

「そう。でもおかしいと思わない?どうしてわざわざハリーを取り入るような真似をするのかしら?ハリーに一体何の目的があるって言うの?」

 

ここで話を切るとハーマイオニーはエルファバの方を向いた。

 

「シリウス・ブラックはあなたを絶対に知ってたわ。少なくともあなたが魔女だって知ってたに違いないわ。そしてあなたの部屋に侵入した。何か心当たりはない?」

 

エルファバは少し考えてから答えた。

 

「私も昨日知ったんだけど、私の家には保護呪文がかかっているらしいわ。」

 

ロンが口を挟む前にハーマイオニーはシーっと言った。

 

「その保護呪文は私たち家族が知っていてかつ、好意を持っている人間しか入れない仕組みになっているらしいわ。動物は例外らしいけど…。」

「じゃあ、心当たりなしってこと?」

 

ロンがガッカリした声を出す。

 

「私、ロビンを拾ったって言ったじゃない?あの時、庭に怪我した犬が倒れてて私、その犬を自分の家に入れたの。」

 

ハーマイオニーはエルファバの言葉に弾けたように立ち上がった。

 

「アニメーガス!!!!」

「ハーマイオニー今くしゃみした?」

「バカなこと言わないでロン!動物もどきよ!シリウス・ブラックは犬に化けてたのよ!!」

 

ハーマイオニーは興奮して髪の毛をブンブン振りルーピン教授にそれが当たっていた。

 

「やっぱりそう思う?」

「ええ!!きっとピーター・ペティグリューもね!!じゃないとあそこまで完璧に動物に変身するのは不可能よ!!同族意識で分かったんじゃないかしら?!私図書館に行ったら調べてみる!!」

 

そう言い切ったタイミングでコンパートメントにハリーがやってきた。思いの外嬉しそうな顔をしている気がする。

 

「ハリー、なんかいいことでもあった?」

 

ロンも気づいたらしい。

 

「えっ、いや、別に特には…この人は?」

「R.J.ルーピン教授。新しい闇の魔術に対する防衛術の教授よ。」

 

ハーマイオニーが答えるとハリーは不審そうにルーピン教授を覗き込む。

 

「本当にこの人寝てる?」

「ええ多分ね。どうして?」

 

ハリーはコンパートメントの扉を閉め、エルファバの隣に座った。

 

「話さなきゃいけないことがあるんだ。さっきミスター・ウィーズリーに言われたんだけど…シリウス・ブラックは僕の命を狙ってるらしい。」

 

その口ぶりからハリーはそれを信じていないことは明らかだった。しかしハーマイオニーは口を両手で覆い、ロンの顔は青白くなった。エルファバはいつも通りである。

 

「僕の命を狙って脱獄したってさ。で、僕には彼を探さないようにって。」

「そんな…ハリーを狙ってるなんて…!!ハリー、お願いだからトラブルに突っ込まないでね?」

「僕は今まで一度もトラブルに突っ込んだことなんてないさ!トラブルのほうが僕に突っ込んでくるんだよ!」

 

今まではそうだったかもしれないが信憑性はかなり低かった。

 

「でも…ハリーを狙っていたならあまりにもまどろっこしくないかい?わざわざ変装してハリーに接近するなんて…。」

「シリウス・ブラックは僕を狙ってたんじゃない。ピーター・ペティグリューを狙ってたんだ。彼だって言ってたじゃないか。ピーター・ペティグリューを殺しに来たって。」

「ごめん、僕ちょっと頭が痛くなってきた。」

 

ルーピン教授がモゾモゾと動いて、隣のエルファバに触れた。エルファバはハリーに寄っ掛かる。

 

「エルファバ…そんなに嫌がらなくてもいいんじゃない…?」

 

目があうとハリーは憐れみといった感じでルーピン教授を見ていた。

 

「つまり、ハリーはシリウス・ブラックが無実だと思ってるのね?」

「エルファバ、話を…うん、そうだよ。」

「シリウス・ブラックの話を全部鵜呑みにするってこと?ハリー、正気かよ?」

「ロン、君だって見ただろう?シリウス・ブラックはピーター・ペティグリューに激怒してた。全てを奪われたって。あれがウソに見える?それに彼は僕に気をつけろって警告してきたんだ。僕を狙っている人がそんなこと言うかな?ミスター・ウィーズリーだって僕に警告はしたけど、ピーター・ペティグリューの生存が確認されたってことで状況がどんどん変わってきてるってね。」

「確かにね、ピーター・ペティグリューの死によって成立していたものが壊れていってるのは確かよ。でもねハリー。」

 

ハーマイオニーは諭すようにハリーに言う。

 

「シリウス・ブラックがたった1発の魔法で多くの死者を出したのは多くの証言者がいるの。百歩譲ってシリウス・ブラックが無実だったとしましょう。でもだからといってピーター・ペティグリューを殺すというのは正しいことではないのよ。それにエルファバへの態度!いろいろ謎は多いけど、今はシリウス・ブラックを疑うというのが賢明だと思うわハリー。」

 

ハーマイオニーはこれ以上この話をするつもりはないらしい。ロンにホグズミードのことをいろいろ聞いた。面白いお菓子のあるお菓子屋や歴史的建造物の話をしだした。

 

「僕、許可もらえなかった。君の勝ちだよ。」

 

その会話はますますハリーを落ち込ませた。

 

「偶然ねハリー。私もよ。昨日の夜ちょっとした喧嘩しちゃって、すっかり忘れちゃったのよ。」

「そっか。じゃあ、2人でなんか楽しいことしよう。」

「うん。」

 

正直エルファバはあまりホグズミードに行けないことに落胆してはいなかった。部屋にこもるのは慣れっこだからだ。むしろ今回はハリーがいる。それだけで幸せだ。

 

車内販売でいろいろ買ったりマルフォイと下っ端が来てやいやい言ってったりしたが、比較的平和な旅だった。

 

「…。」

「ミャー。」

 

ハリーはこの間にエルファバの飼い猫であるロビンがマルフォイ、ダドリー、スネイプと同じレベルで嫌いになった。エルファバの前では可愛い猫を演じているが、他の3人のことを見下しているのは見て分かる通りだった。ロンの制服を引っ掻き、クルックシャンクスにちょっかいをかけ、少し前にハリーの膝の上で危うくおしっこをするところだったのだ。しかもわざとである。

 

飼い主エルファバは本を読んでいた。集中しだすとエルファバは全く物事が見えなくなるのでロビンの悪さに気がついていない。

 

「エルファバー。」

「おーい。」

「エールちゃーん。」

 

ひょいっ。

 

ロンは試しに本を取ってみた。

 

「………………………あ。」

 

エルファバは知らない世界にやってきたような顔で3人を見た。

 

「君の猫最高に嫌な奴だよ。檻に入れてくれない?」

「ロビンが何かしたの?」

「僕におしっこかけようとした。しかもわざとね。」

「制服引っ掻いた。」

「クルックシャンクスにちょっかいをかけたわ。」

「やだ…ごめんなさい。」

「最初は子猫だししょうがないかなって思ったんだけど…どーもわざとやってるっぽくて。」

 

エルファバはロビンを抱き上げてじっと見た。

 

「ロビン、ダメでしょ?そんなことしたら…彼らは私の大事な友達なの。」

「ミャーン。」

 

ロビンは再び最高に可愛い猫を演出した。目を潤ませ、エルファバの顎に尻尾を絡ませる。

 

「騙されちゃダメだよエルファバ!」

「そいつは悪魔だ!」

「そんな可愛い顔したってダメなんだから。…可愛いけど。」

「ミャーン?」

「だーめ。」

「ミャ?」

「だめっ。」

 

エルファバはどんなにロビンが可愛くても決して盲目にはならなかった。ロビンを檻に入れてしっかり鍵をかけた。ロビンが悲痛な声を上げてエルファバは出してあげたい気が抑えられなさそうになるが必死に我慢した。

 

「いい飼い主だ。どっかの誰かと違って。」

「ロン、今思うとクルックシャンクスはスキャバーズが不思議だったから追ってたのよ。」

「そんなことまで猫は考えないさ。ハーマイオニーも頼むからそいつを檻に入れてくれ!」

 

スキャバーズ不在でもこのことに関するケンカは止まらないらしい。

 

「…おかしいわね…。」

 

エルファバは今だに起きない教授越しに窓を見た。

 

「ほら、エルファバも猫がおかし「まだ1時よ、それなのに列車が速度を落としてる。」」

 

コンパートメント外でも騒めきが大きくなった。ガタンっ!!と大きく揺れ、明かりが全て消えた。

 

「故障?」

「まさか、シリウス・ブラックが?」

「ロン、変な事言わないで!!」

「何かが列車に入ってくる…!!」

「私、運転士に…。」

「アイタッ!」

「誰?」

「ネビルだよ!その声はハリー?」

「ああ、そうだ。」

「あなたは?」

「ジニーよ。」

「ハリー、お願い押さないで。」

「ネビル、押さないでくれ。エルファバが潰れる。」

「静かに!!」

 

エルファバのすぐ後ろで低い男性の声がした。ルーピン教授だ。カチリと音がすると真ん中でボウっと炎がルーピン教授が手の中に灯されていた。

 

扉の外に何かいる。

 

「動かないで。」

 

ルーピン教授は立ち上がり、扉を開けようと手を伸ばした。しかし、その前に扉が開く。

 

扉の外には天井まで届く黒い影がいた。顔を頭巾で覆い、手は腐敗したように皺くちゃで穢らわしい。ガラガラと音を立てて部屋に入ってきた。同時に体の芯まで寒気が入り込んできた。

 

エルファバは深い深い闇へと引きずられていく。

 

 

ーーーーー

真っ暗な場所、乾燥しやすいイギリスでこの場所はムッとする暑さがこもっていた。どれくらいここにいたか覚えていない。けど早くこの汚い場所から助けてほしかった。

 

お父さん?お母さん?どこにいるの?

 

『よお化け物。』

 

恰幅のいい男性が私に近づいてくる。確か私の叔父さん。

 

『餌だ。食え。』

 

よく分からない物体に私はかぶりついた。まずいけど、これがなければ私はもうごはんを食べれない。

 

『どんな気分だ化け物?』

 

家に返して…。

 

『化け物が一丁前に望んでんじゃねえよ。本来お前は生きてちゃいけない人間なんだ。』

 

帰れないなら…。

 

『っ冷えっ!!こいつ!!』

 

男は私の髪を掴み、数回私の顔を殴った。

 

やだ、やだ誰か!!誰か私を助けて!!

 

誰か!!

 

 

 

ーーーーー

 

 

「…ルファバ!!エルファバ!!」

「!?」

 

エルファバは辺りを見回した。車内は明るく列車は再び走り出したらしい。

 

「う…そ…!」

 

コンパートメント内は冷え切っていた。当然、自らの作り出した氷によって。

 

「やっ、やだやだごめんなさいっ!こんなこともうしないわっ!」

「エルファバ、落ち着いて。」

「おねがいいい子にするからっ!」

「だから、いたいことしないでえっ…!」

 

エルファバはポロポロと泣いた。言葉も幼児のように舌ったらずでハーマイオニーにすり寄っていく様はまるで小さな子供のようだった。

 

「エルファバ、大丈夫よ。大丈夫だから。」

「えぐっ…ひくっ…ううっ…。」

 

ハーマイオニーは優しく頭を撫でた。

 

ハリーも倒れてエルファバも人が変わったようになっていた。しかも季節は夏にも関わらずコンパートメント内は冷蔵庫のようだった。

 

「誰も君を傷つけやしないよエルファバ。」

 

低い男性の声にエルファバはビクッと反応した。

 

「ごめんね。ビックリさせちゃったかな?」

 

エルファバは鼻水をズズッと吸いハーマイオニーにしがみついた。

 

「もう平気だ。奴らは消えたよ。シリウス・ブラックがいないって分かったからね。私はハリーが起き次第運転士と話す。」

 

エルファバは新しく買った杖を取り出す。

 

「でっ…デフィーソロ…。」

 

しゃくりあげながら唱えた呪文はコンパートメントの空気をマシなものにした。

 

「ハリー!」

 

むくりと床に倒れていたハリーが起きた。

 

「何が起こったの…?あれは…?誰が叫んだの…?」

「エルファバだよ。」

 

パキっと大きな音でみんな飛び上がった。ルーピン教授がハリーに大きなチョコレートのかけらを渡し、みんなに配るがエルファバだけ首を振って断った。

 

「元気になるから、ほらっ。」

 

ルーピン教授には申し訳ないが、エルファバは教授のがっしりした大きな手もそれに握られているチョコレートも恐怖の対象でしかなかった。さっきの恐ろしい記憶と一致するのだ。

 

「ルーピン教授…さっきのは…?」

 

「ディメンター。吸魂鬼と呼ばれるアズカバンの看守だよ。シリウス・ブラックを探してたんだ。」

 

エルファバのチョコレートをハーマイオニーに預けチョコレートの包み紙をクシャクシャに丸めポケットに入れた。

 

「私は運転士と話してくる。」

「あのっ…。」

 

エルファバは震えながらルーピン教授を呼んだ。

 

「ん?なんだいエルファバ?」

「…みてきて…ください…エディの…ようす…。」

 

ルーピン教授はもちろん、と微笑み、コンパートメントから出て行った。

 

エルファバは深く深呼吸を繰り返し、チョコレートを少し口に含んだ。

 

 

 

 

少しだけ暖かくなった。

 



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4.ホグワーツのトラブルメーカー

豪華絢爛な装飾に鮮やかな寮の旗の下で在校生は新入生の入場を待った。

 

「エルファバ、凍ってる。」

「え。」

 

エルファバはロンに指摘されて慌てて机を覆う氷を溶かした。

 

「ごめん…。」

「まあ分かるよ。妹の組分けって心配だよな。」

 

ハリー、エルファバ、ハーマイオニーはホグワーツに到着して早々にグリフィンドールの厳格な寮監のマクゴナガル教授に呼ばれた。ディメンターによる影響を心配してのことだったらしいが、ハリーは全くもって平気でエルファバもまだ動揺している部分はあるものの、大丈夫だと答えた。今のところ、エルファバにはそれより大事なことがあるのだ。

 

「それでは、新入生入場。」

 

ゾロゾロと着慣れてない制服を着て、上級生は見慣れた美しい大広間を恐る恐るといった感じで新入生は歩いていた。

 

「うわああああっ!!きれええええっ!!なんでろうそくが浮いてるの?!しかも天井ふきぬけね!!…あれ?外雨だったのにどうしてこっちは満天の星空なの?まあ、いいや。とにかくすごい!!あたしここ大好きっ!!」

 

そんな控えめな新入生の中でうるさいのが1匹。

 

「エルファバ、凍ってる凍ってる!!」

 

(私、早く部屋行きたい…。)

 

「ミス・スミス、興奮するのは構いませんがもう少し静かに。」

「はーい!」

 

今まで組分け前にこんな注意をされた生徒はいるのだろうか?皆クスクス笑っていた。例年マクゴナガル教授が組分けの儀式を担当しているが、今年はハッフルパフの寮監であるスプラウト教授だった。きっとハリーとハーマイオニーに付き添っているのだろう。

 

「名前を呼んだらこの椅子の前にきてください。あなたがたの寮を決めます。」

「はいっ!」

「いい返事じゃミス・スミス。」

「ありがとう!」

 

ダンブルドア校長との掛け合いに今度こそどっと笑いが起こった。スミスという名字はポピュラーな名前なので誰もこのとても元気のいい少女があの無口で神秘的な容姿のエルファバ・スミスの妹だということには気づいていない。

 

一方フレッドとジョージは知っていたのでエディとエルファバを交互に見てお腹を抱えていた。

 

「エルファバ、僕凍ったチキンは食べたくないよ?」

 

エルファバは一見無表情だが頬がだんだん赤くなっていた。

 

「アベカシス、クリスティーナ!」

 

組分けが始まった。スミスはSなのでかなり後ろである。エディは身長が高くて目立つくせに落ち着きがないのでソワソワしていてまた笑われる。おまけに組分けが終わった子たち数名とハイタッチまでしている。ホームスクールだったとは思えないくらいのコミュニケーションスキルである。

 

(私、組分けの段階で友達ほとんどいなかったのに…。)

 

「スミス、エイドリアナ!」

「はいっ!やっと私の番っ!」

 

(いろいろ余計なのよいつも!どうしてそんな目立つことするのかしら…?)

 

自分も組分けの時にかなり目立っていたことを棚に上げてエルファバはエディを心配した。エディの黒髪にボロボロの帽子が被せられた。

 

エディの組分けは通常より長かった。次第に周囲がざわつき始める。

 

「組分け困難者?」

「いや、まだ4分だ。」

「あれって50年に1回だろ?」

「もうすぐ5分よ。」

「エルファバ、みんなが言ってる組分け困難者ってなに?」

 

ロンが不思議そうに聞く。

 

「組分けに5分以上かかる人のことを組分け困難者って呼ぶの。マクゴナガル教授とかフリットウィック教授がそうだったわ。噂だと最終的には生徒に任せるって話だけど…。」

 

エルファバはエディがどこに行くのかまるで見当がつかなかった。スリザリンはあり得ないだろう。エディがどれだけ勉強ができるか不明だがレイブンクローというイメージでもない。ハッフルパフの特徴として、どんな性格の生徒も受け入れるという傾向のため、組分け困難になる人間は大体キャラの強い他の3寮のはずだ。となると残りは…。

 

「グリフィンドールはダメ、グリフィンドールはダメ…!!」

 

エルファバは小声で願った。

 

「…ハッフルパアアアアアアアアアフ!!!」

 

(…え?)

 

「「「「…いっいええええええええええええいっ!!」」」」

 

全員、ハッフルパフ寮の生徒ですら一瞬拍子抜けした。エディは歓声のする寮の机へと走っていく。

 

「あ…よかった。」

 

エルファバはセドリックと握手するエディを見てホッとした。

 

(セドリック…。)

 

彼の母親のことを思うと胸が痛む。当然セドリックはエディがエルファバの妹であることは知らない。

 

「ハリー、ハーマイオニー、一体何だったの?」

 

2人は組分けが終わったと同時に戻ってきた。ハリーがロンに耳打ちで説明しようとした矢先、ダンブルドア校長が立ち上がった。

 

「新入生の諸君、おめでとう。心から歓迎する。さて、皆の者が宴のご馳走でボーッとする前にいろいろと話しておかなくてはならないことがある。」

 

いつにも増して慎重な面持ちの校長に誰もが耳を傾ける。

 

「皆が知っての通り、今年は安全のためにアズカバンの看守であるディメンターを受け入れた。」

 

一瞬で静かになった。

 

「あの者たちは入り口という入り口を堅めておる。ディメンターがいる限り誰も許可なしに学校から出るでないぞ。悪戯や変装に引っかかる代物ではないからのお。…透明マントでさえ無駄じゃ。」

 

付け足された言葉にロンとハリーは目配せを交わす。

まるで4人に釘を刺しているようだ。

 

「あの者たちには言い訳など通じぬ。監督生、首席の者よ。生徒をよろしく頼みますぞ。」

 

そのあとは楽しいニュースだった。ルーピン教授が闇の魔術に対する防衛術の授業を持つこと、そしてなんとハグリッドが魔法生物飼育学の授業を持つことになった。この発表には生徒が拍手喝采だった。ハグリッドは涙ぐんでいた。

 

「それでは、宴を。」

 

みんないきなり出現したご馳走にヨダレを垂らしてかぶりついた。こんがり焼けたミートパイに熱々のシチュー、揚げたてのフライドポテトやロンご所望のフライドチキンが金の皿を彩った。

 

「ってことはハグリッドは1人前の魔法使いとして認められたのね!」

 

カボチャのタルトを頬張りながらハーマイオニーは興奮気味に喋った。ハグリッドは去年、マグルの女子生徒を殺害したという汚名が晴らされたのだ。

 

みんながお腹いっぱいになって寝る時間だとダンブルドア校長は告げ、4人でお祝いを言いにいくとハグリッドはナプキンに顔を埋めた。マクゴナガル教授に去るように合図されたので4人はハグリッドを微笑ましく見てから自らの寮に戻った。

 

「パーバティ、ラベンダー。」

「久しぶりっ!」

「やっぱ寝るのはこのメンツでなきゃね!」

「宿題がはかどるしっ!」

「ちょっと、どういうことそれ?」

「冗談よハーマイオニー。」

 

ルームメイトとハグを交わし、明日使う教科書をバックに詰める。

 

「聞いて、みんな。私ね、すっごいいいことがあったの。超イケメンと友達になって、現在進行形で文通中っ!」

「なにそれ羨ましいわねっ!」

「あなたたちそろそろ寝なさいよ。」

 

そう突っ込むハーマイオニーも実際興味津々で聞いてたりする。

ハーマイオニーの態度もここ数年で随分軟化した。

 

「本当かっこいいんだから!」

 

ベットをくっつけ、それぞれの枕を抱えながらお互いの近況報告(主に恋愛話)を交わす。

 

「エルファバは?」

「?」

「ないの最近?」

「ないわよ。」

 

エルファバよりも先にハーマイオニーは答えた。

 

「夏休みにハリーと一緒に買い物行ったことを、大人に茶化されたのに分かってないような子よ?」

「うわっ。」

「突っ込みどころ満載ね。」

「私はセドリックは絶対、エルファバのこと好きだと思うんだけど。」

 

セドリックを思い出し、罪悪感でエルファバは枕をギュッっと抱きしめた。

 

「なんかよく分からないのよ。みんなの言う恋愛と私が大事な人に思う愛情ってどう違うの?」

「そうねー、その人と会うとドキドキするの。四六時中その人のことを考えちゃって何にも手がつかなくなるっていうか…。」

「…それって生活に支障出るわよね?」

「「うん。」」

「なのに楽しいの?」

「「うん。」」

 

パーバティとラベンダーは3歳の無垢な少女を見るようにエルファバを見た。

 

「まあ、あなたにもわかる日が来るわ。」

「すごいわ2人とも。まだ13歳なのにそんなこと知ってるなんて。」

「エルファバ?なぜ私をカウントしなかったのかしら?」

「ハーマイオニー、経験あるの?」

 

エルファバの地味に失礼な発言にパーバティとラベンダーは笑い転げた。ハーマイオニーは頬を膨らませながらも思わず吹き出してしまった。

 

楽しい夜だった。

 

「あ、エルファバ。ずっと言おうと思ってたんだけど。」

「?」

「あなたがズボンとして履いてるの…男性用の下着よ。」

「!?」

 

 

ーーーーーーー

 

 

「あ、エリー!」

「エディ!初めての箒はどうだった?」

「もう最高っ!私近いうちに箒買ってもらうわ!」

「エディ!」

「マイケル!あとでお菓子ちょうだいよー?!」

「よおエディ!」

「ハグリッド!あなたが教授で本当に嬉しいわ!また金曜日ね!」

「あ、ルパンさー…じゃなかったルーピン教授!あなたの授業大好きよっ!」

「ありがとう。そんなに私の授業が好きなら宿題やってもらえると嬉しいな。」

「あっ、やっべ忘れてた!」

 

エディは年齢、寮、性別関係なく知り合いを作り、入学1週間足らずでエディの名前をみんなが知った。そして彼女はホグワーツ始まって以来最大のトラブルメーカーだと囁かれるようになった。

 

「グリフィンドール10点減点。」

 

エルファバはスネイプ教授とすれ違った瞬間、減点を食らった。

 

「すれ違っただけですよ?」

 

ロンが抗議するとスネイプ教授はこれ以上ないぐらいの不機嫌顏で言った。

 

「先ほど貴様の妹が貴重な毒ガエルの目玉を爆発させた。」

「ハッフルパフから減点すればいいじゃないですか。」

「口答えするなウィーズリー、2点減点。」

 

ロンとエルファバは目配せをして黙って大広間に向かうことにした。

 

「スミス!!見て、ディメンターよ!!ううううううっ!!」

 

エルファバは大広間に入って早々意地悪なパンジー・パーキンソンやその他大勢に野次を投げかけられる。エルファバとハリーがディメンターに遭遇して気絶したことは学校中で有名な話になっていた。マルフォイやその他スリザリン生がそれをバカバカしい仕草でするのだ。

 

「あんたって人のことバカにしてる時ただでさえデカイ鼻と下唇がもっとデカくなってるって知ってた?これ以上ブスになりたくないならやめな。」

 

スリザリン生であるマギーお得意の嫌味にグリフィンドール生は拍手を送った。特にロンは手が赤くなるまで叩いた。

 

「このデブっ!」

 

パーキンソンは顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「3点。」

「は?」

「ダメだね。人を侮辱する時はそんな抽象的だとなんとも思わない。そういやさっき熱心にその魚みたいな目をデカくする呪文を探してたけど、直径1センチくらいしかない脳みそを大きくする呪文でも考えてからウチのこと侮辱するんだね…もっともウチは侮辱されてもどうでもいいけど。」

 

マギーはあくびしてエルファバの隣に座った。スリザリン生と敵対するグリフィンドール生だが、マギーはもはやグリフィンドール生扱いだった。グリフィンドールとスリザリンの不仲を嘆くほとんど首無しニックと血みどろ男爵に希望の星として見られているが、本人は嫌がっている。

 

マギーなりの優しさで誘ってくれたことにエルファバは心が軽くなった。

 

「そういや、あんた妹いたんだね。」

「う…………………ん。」

「なに、嫌いなの?」

「…あまり、好きじゃないわ。」

「なんか入学して結構いろいろやらかしてるみたいだけど。」

「…はあっ。」

 

ここで、エディのここ数日の事件簿をご覧頂こう。

 

事件①「間違えた。」事件

 

それは入学式終了後に起こった。新しい監督生のセドリック・ディゴリーは新入生を案内し、黄色と黒のインテリアが施された居心地の良いハッフルパフの寮へと案内した。

 

『何か質問は?』

 

早くも女子新入生はがっしりした体型のハンサムなセドリック・ディゴリーにメロメロだった。真っ白な歯を見せて笑いかけられるとクラクラしてしまう。

 

『ここって黄色が目印なの?』

 

聞いたのは既に新しいハッフルパフ生全員と仲良くなったエディ・スミスだった。日焼けした肌に艶やかながらも手入れされていない髪の毛、人よりも大きな体をヒョコヒョコさせて聞く。

 

『ああ。ハッフルパフは黄色と黒がシンボルカラーだよ。グリフィンドールは赤、レイブンクローは紺、スリザリンは緑。』

 

エディはそれを聞いて、少し顔をしかめた。

 

『どうしたの?』

『いや…そんなに大した問題じゃないんだけど…。』

『僕で良ければ聞くよ?』

 

この一言でもう女子生徒はノックアウトである。ぼんやりとした女子生徒たちの頭にぶっこまれたのはエディの衝撃的なセリフだった。

 

『いや…間違えたの。』

『何を?』

『入る寮。』

『ん?』

『入る寮。』

『『『『…ん?!』』』』

 

エディは笑って頭をかきながら答えた。

 

『いやーさ、なんだっけあの帽子に?いろいろ迷われた挙句にさ、自分で選べって言われちゃって、ここがエルフィーが入った寮の名前な気がしたからさー。でもエルフィーのネクタイって赤だったの。でもここの人たちみんないい人たちだし、私はここで最高の学校生活を送れそう!』

 

在学生も新入生もこの発言には唖然とした。この事件は"新入生のエディ・スミスはヤバイ"と寮全体に広まり、さらには寮を超え、学年を超えた。この発言でエディはハッフルパフ内に不謹慎な奴と思う敵とめっちゃ面白い奴と思う味方を作り出すのだった。

 

そしてこれを聞いた読書中の彼女の姉は談話室のソファの上に雪を積もらせた。

 

事件② 走る炎事件

 

それは変身術の授業の時に起こった。新入生恒例のマッチ棒を針に変える授業はいわゆる"洗礼"である。ここでほとんどの生徒が散々複雑なことを書かされた挙句に魔法はチチンプイプイではできないことを悟らされる。

 

『んーんーんーんー!』

『ミス・スミス、唸るのはおやめなさい。』

『でもマクゴナガル教授、あなたはこれのプロフェッショナルだから分からないと思いますけど、なかなか難しいんですよ木の棒を銀の針に変えるの。』

『それをやらなくては何も始まりませんよ。』

『うーん、うーん…うわっ?!できたあっ!!』

『まだです。』

『え、どうして?』

『あなたのマッチ棒はツヤのあるマッチ棒に変化しただけです。』

『えー、だめですかー?こういうユニークな針いいと思いません?』

『銀色で尖っていない限り針とは呼べません。』

『そっかあ…ていやっ!』

 

エディが適当に杖を振った瞬間、何の変哲もないツヤのあるマッチ棒はメラメラと燃える炎となり、ネズミ花火のように教室を疾走した。

 

教室は大パニックとなった。マクゴナガル教授がすぐに収集してけが人はでなかったものの授業どころではなくなり、哀れな新入生数名が号泣してハッフルパフの初回の授業は終了した。

 

『………ごめんなさい。』

 

この時ばかりはエディも反省した。

 

『……………以後気をつけるように………。』

 

この事件も回りに回って姉の耳に届き、教科書数冊を凍らせた。

 

事件③追いかけっこ事件

 

これは本人たちからすれば特に事件でも何でもなかったが、エルファバ・ファンクラブ・メンバーとエルファバの周囲の人間からすればただ事じゃなかった。

 

『エールフィイイイイイイイっ!!』

『!?』

 

エディが入学して3日後の昼食の場で、遂にエルファバはエディに遭遇してしまった。

 

『何?エルファバあの子と知り合いなの?』

 

一緒に来ていたパーバティに聞かれたがエルファバは答える暇はなかった。

 

『あっち行ってエディ!』

『エルフィー、あなたグリフィンドールだったのね知らなかった!ロミルダと同じね!』

『大きい声で喋らないでよ!』

『エルフィー、聞いたわ!エルフィーって勉強すっごいできるんでしょ?!』

『うるさいっ!あっち行ってよ!』

『あとさあとさ、有名人と親友で毎年悪者と戦ってるんでしょ?!ほーんとかっこいい!!で、エルフィーは今年飛行訓練するんでしょ?!一緒に2人で箒買わない?クラス違うから一緒に使おうよ!!』

 

エルファバは、本来1年生で受けるべきだった飛行訓練を体が貧弱だと言う理由で(と、本人は思っていた)免除されていた。

が、ここ数年で体力もつき去年に至っては大蛇と戦ったこともあり飛行訓練に充分な体力があると判断されて1年生に混じる形で授業に参加することになった。その情報をどこから仕入れたのか。

 

『ミス・スミス!!教職員用のテーブルに入ってくるんじゃありませんっ!!』

『ごめんなさーい!待ってエルフィー!』

『ミス・スミスとミス・スミス!食事中に動き回らないでくださいっ!減点しますよっ!』

『はーい。』

 

マクゴナガル教授とスミス×2の攻防戦を全員がポカーンとした目で見ていた。

何を勘違いしたのか呆気に取られた生徒陣にふふんっと得意げにエディは言った。

 

『ふふんっ!私のお姉ちゃん美人でしょ?エルファバ・スミスっていうのよ。』

『君、エルファバ・スミスの妹なの?!』

『うん!』

 

質問したハッフルパフ生のジャスティンはあんぐりと口を開け、その他のエルファバ・ファンとともに動揺してグリフィンドールにいるエルファバ・ファンクラブの管理者であるウィーズリーを見た。

 

『『俺らだって今年知った!!』』

 

黒髪と白髪、日焼けした肌に真っ白な肌、がっしりと筋肉のある大柄な体に少し不健康そうな細い体。そして、思ったことを脳を通さずに表に出すエディと思ったことを一切表に出さないエルファバ。

 

2人はどこをとっても全く似ていなかった。

 

『まあ2人とも放ってても目立つってことぐらいよね共通点は…。』

 

パーバティは誰もが思ったことをその後エルファバに直接告げた。

 

『やめて!』

 

パーバティは生まれて初めてエルファバに怒られた。そしてそのあとものすごい勢いで謝られた。

 

ーーーーー

 

 

「まー、あんたら2人が仲良くしてるところが想像できないけどねむしろ。」

 

その他にもフリットウィック教授吹っ飛ばし事件とか巨大ミミズ出現 in 闇の魔術に対する防衛術とか薬草学で本来人間には攻撃しないはずの蔓に嚙みつかれたとか話せばキリがない。その二次被害として全てエルファバに降りかかっているのだ。ついさっきスネイプに減点されたように。

 

「半年はバレないようにする計画だった…。」

「いや、無理でしょ。」

 

エルファバは頭を抱えた。

しかしエディのおかげでいいことも起こった。

 

「エルファバ。」

 

それは初回の数占いと変身術の授業を終わらせたお昼休み。図書館前の廊下で話しかけたのはセドリックだった。エルファバは本を数冊抱えたまま、どうしたらいいか分からずに身構えてしまった。

 

「君の妹について聞きたいことがあるんだ。」

(え、エディ?)

「どうしたらもう少し大人しくなるかな?」

 

セドリックのユーモアであることはすぐに分かった。きっとエディのことはエルファバと話す口実だったに違いない。

 

「そうね…悪気はないから本当にダメなことはダメな理由を説明すれば言うこと聞くはずよ。でもたまに本当に本人の無自覚なことでトラブル起こすから…その時は見なかったフリをしてほしいわ。」

「それは無理だよ。僕は監督生だし。」

「ええ、だから言ったの。」

 

エルファバも出来る限り普段上げない口角を必死に上げた。ラベンダー曰く(スリザリンのブサイクな女子を除いてと言っていたが)、女の子の笑顔は男子を魅了する最大の武器らしい。

 

(セドリックを魅了したら少しコミュニケーションが上手くいくかしら?)

 

エルファバはそれを友達として大事なセドリックとのコミュニケーションの潤沢油扱いとして使用した。上手くいったようだった。

 

「悪い冗談を言うようになったね。」

 

セドリックはくくっと笑ってから、真剣な顔つきで話し始めた。

 

「この前はごめんね。母さんが、あんな風になってしまって。」

「いいの。」

「母さんが君に謝ってた。僕も母さんの弟のこと知らなかったし、その…君のお母さんのことも。」

 

エルファバはどう返事していいのか分からず、セドリックの制服で輝くPのバッチを見た。

 

「君も辛かっただろうに。」

「そんなことないわ。」

 

疑わしそうな顔をセドリックにされたのでエルファバは付け加える。

 

「本当なの。彼女の存在を知ったのつい最近だし。」

 

そうか、とセドリックは曖昧に微笑んだ。セドリックはとてもいい人で信頼できるがまだいろんなことを話すのには早かった。

 

「私、そろそろ行かなきゃ。」

「ああ。また話そう。」

「うん。」

 

セドリックが背を向けて図書館に入ろうとした時、エルファバは思わず声をかけた。

 

「ねえ、セドリック。」

「なんだい?」

「もしもの話だけど。」

 

エルファバはゆっくりと息を吸った。

 

「例えば…私が誰かを傷つけるような魔法を持ってたとして、あなたにも危険が及ぶとしたら、あなたは私から離れる?」

 

その言葉を口にした後、エルファバはセドリックが放つ雰囲気に縛られてそこから離れられなかった。あまりにもセドリックが真剣な顔でエルファバを見てくるのだ。

 

「ごめんなさい…冗談よ。」

 

セドリックはゆっくりとエルファバに近づいてきた。

 

「?」

 

腕を掴まれたと同時にエルファバの世界は暗くなり、代わりに少し体温の高いセドリックの腕がエルファバの体を包み込んだ。セドリックのくせっ毛の強い髪がエルファバの髪に触れてくすぐったさを感じた時、エルファバのこめかみに柔らかいものが押し当てられた。

 

「これが答え。」

 

セドリックはエルファバをゆっくり離す。耳元で話されるのでむず痒かった。エルファバはセドリックの腕の中で見上げながら戸惑った。

 

「えっ…と…セドリックが盾になって私からみんなを守るって…こと?」

「違うよ、"君を"守るんだ。」

 

やっぱり分からないか、とセドリックは笑う。セドリックの行動の意味が分からず戸惑うエルファバに微笑む。

 

「そろそろお昼食べに行かなくていいの?」

「あー…そうね。それじゃあ。」

「バイバイ。」

 

セドリックの腕の中から離れたエルファバは先ほど柔らかいものが当たったこめかみを触って考えた。

 

(…キス…だったけど、唇ではなかったから愛のキスではないわよね?)

 

大広間に行けばハーマイオニーとロンがいつものように口論していた。

 

「トレローニー教授は君にはオーラがないって言ってた!君は1つの教科でも自分が劣等生に見えるのが嫌なんだ!」

 

ハーマイオニーが口を開く前にエルファバが入った。

 

「今度はどうして喧嘩しているの?」

 

ロンとハーマイオニーが気まずそうにそっぽを向いたので代わりにハリーが答えた。

 

「黒い犬のことだよ。ほら、僕らが占い学で見た。」

 

ハリーがトレローニー教授に死を宣告されたことはあっという間に広まっていた。ティーカップに黒い犬が現れたということが、マクゴナガル教授曰く毎年恒例行事らしい。

 

「あの人インチキよ絶対!」

「まあ僕が少し神妙な顔してるから2人は心配してくれたんだけど、別にそれに関してはそこまで心配してないよ。だって黒犬はシリウス・ブラックなんだろう?」

 

ハーマイオニーは咎めるようにロンを見た。

 

「え、言っちゃいけなかったの?」

「別にそうではないけど…調べたらシリウス・ブラックは動物もどきじゃなかったわ。あまりハリーに期待させたくなかったの。」

「そんなのどうやってわかるのさ?」

「あなたマクゴナガル教授の話聞いてた?動物もどきは今世紀で7人しかいないのよ。さっき調べたらシリウス・ブラックもピーター・ペティグリューも名前が載ってなかったの。ハリーに期待させちゃって悪かったけど、きっと私の勘違いだったわ。だってそんな複雑な魔法を使える人物が偶然2人もいるなんて思えない。」

「いや、偶然じゃない。」

「どういうことハリー?」

 

4人は額を寄せ合って他に話が漏れないようにする。

 

「変身術の授業の後、マクゴナガル教授にシリウス・ブラックとピーター・ペティグリューの関係を聞いたんだ。」

「本当に?」

「うん。最初は教授も話すことを躊躇してたけど諦めて教えてくれた。シリウス・ブラックとピーター・ペティグリュー、そして僕の父さん、は学生時代の親友だったんだ。」

 

ロンとハーマイオニーは顔を見合わせる。

 

「それって…。」

「僕の父さんと母さんがヴォルデモートに狙われた時、シリウス・ブラックの中に魔法で父さんと母さんの居場所を封じ込めた。けど、シリウス・ブラックはすでにヴォルデモートの手先で、奴に父さんと母さんの居場所を教えた。」

 

ハーマイオニーは呻き、ロンは息を飲む。

 

「そのあとだ。ピーター・ペティグリューはシリウス・ブラックの裏切りを悟り、ブラックをマグルのいる通りで追い詰めた。けど、ブラックの方が攻撃が速くて、ピーター・ペティグリューは木っ端微塵に吹っ飛んでしまった。ここまでが語られてきた事実だってマクゴナガル教授は言ってたよ。」

「けど、ピーター・ペティグリューは現れたわね。」

「そう。けど、シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューが親友だったなら同じ動物もどきでも話は通じる。現にシリウス・ブラックと父さんは学校内でもすごく優秀だったらしいから。」

「じゃあ、違法で動物もどきになっていたと…申請しなかった理由は分からないけど確かに繋がるわ。」

 

これはハーマイオニーも納得したらしい。

 

「けど、おかしいよね。生きてたとしてスキャバーズはどうしてずっとネズミになって隠れたんだろう?」

「もしもピーター・ペティグリューとシリウス・ブラックの立場が逆なら?ピーター・ペティグリューがシリウス・ブラックに僕の父さんと母さんを裏切った罪をなすりつけたとしたら?それで死んだフリをして逃げ続けていたら?」

「まさか!」

「じゃなきゃわざわざ今になってシリウス・ブラックは脱獄してピーター・ペティグリューを追うんだい?」

「ハリー、逆になぜシリウス・ブラックは今になってピーター・ペティグリューを追うの?13年間も経った今!それにネズミなんていっぱいいるじゃない!偶然ハリーに会って、そこで偶然ロンのネズミを捕まえて、それがビンゴだったなんておかしいわよ!」

「それは…直接本人に聞かなきゃ分からないけど、それでもピーター・ペティグリューの行動だっておかしい!」

 

ハリーとハーマイオニーは一通り議論を終え、クルッとエルファバとロンの方を向いた。2人はちょうど銀の皿の上に出現した美味しそうな焼きたてココナッツクッキーに気を取られていた。

 

「エヘンっ!」

「「?」」

 

ロンもエルファバも唇の端にクッキーのカスをつけていた。

 

「「どう思う?」」

「えっ…あー…僕は、シリウス・ブラックがクロだと思う。…ブラックなだけに?」

 

ハリーはロンは自分の味方をしてくれるに違いないと思っていたのだろう。顔をしかめていた。

 

「パパが言ってたんだけど、アズカバンって大体の人が気が狂っちゃうんだって。シリウス・ブラックの頭がおかしくなっちゃって、自分は無実でスキャバーズこそ真犯人だって思ってるっていう可能性が高いんじゃないかなあ。」

「君はピーター・ペティグリューをスキャバーズだと思ってるからそう言うんだ。」

「君こそ、シリウス・ブラックを気の良いおじさんのエドワード・ホップカークだと思ってないかい?」

 

ハリーはムッとしてエルファバが手を伸ばしたココナッツクッキーをひったくり口へ突っ込む。エルファバは最後の手持ちの金を取られたような顔になる。

 

「次はハグリッドの授業ね。」

 

エルファバは自分に白羽の矢が飛ぶ前に話題を変えた。

 

「そうね。ハグリッドはホグワーツにいる動物のほとんどを手懐けるし、どんなことするのか楽しみだわ!」

「スリザリンと組まされるのが最悪だけど。」

「魔法生物飼育学はマギーいないしね。」

「あら、ロン。あなたがそんなこと言うなんて。」

「あいつ面白いよ。マギーの発言でスリザリンの連中が真っ赤になって怒るのが超楽しい。」

「僕らでなんとかハグリッドの授業成功させてあげようよ。」

 

時間になり、4人は立ち上がってこちらに向かって気絶するフリをするスリザリン生を無視して歩き出す。

 

「ねえ、ハーマイオニー。」

「なあにエルファバ?」

「私1つ分からないことがあるの。」

「何かしら?」

「あなた、数占いの授業に出ながらどうやって占い学に出たの?」

「やあねエルファバ。そんなことできるはずないでしょ。あれは同じ時間にあるわけだし…。」

 

エルファバはジッとハーマイオニーを見てから考えた。

 

(ハーマイオニー隠し事してるわね…まあ、私はこの2年間でいろいろ隠し事してて許してもらったのだから、ハーマイオニーの秘密の1つや2つ気にしちゃダメよ。きっとハーマイオニーにも事情があるんでしょうし。)

 

しかし、ロンとハリーはそうは思わなかったようだった。どうやら2人の話を聞いてたらしく目配せをしていた。

 

ふとハッフルパフの席を見ると、エディが多くの人に囲まれていた。とても楽しそうに笑っている。それを見るとエルファバの心は温かくなった。

 

(たくさん友達出来たのね。)

 

少し離れた場所でセドリックが友達に囲まれていた。セドリックはハッフルパフ中の憧れだと聞いたことがある。軽く手を振るとセドリックの周辺がヒューヒューと口笛を吹いて盛り上がる。セドリックは照れ臭そうに近くの友人の頭を掴み、エルファバに振り返した。

 

(なんであんなに盛り上がってるのかしら?)

 

「ふふんっ。」

「なにハーマイオニー?」

「別に?」

 

ハーマイオニーは3年越しの計画の成功を確信して機嫌が良くなった。

 

 

 

 

 



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5.疑惑のマルフォイ

「あんのやろ…!」

「呪いかけてやるっ!」

「ロンもハリーも落ち着いて!エルファバは大丈夫だから!」

 

ハグリッドの初回の授業、結論から言えばあまり上手くいかなかった。ハグリッドはヒッポグリフという美しい生物を扱った。皆からは概ね好評で上手く行っていて、特にハリーは背中に乗って空を飛ぶまで懐かれた。しかしながらそれが面白くないのがマルフォイと愉快な仲間たち。ハグリッドの言うことを聞いていなかったために決してしてはならないヒッポグリフの侮辱をしたのだ。

 

「…で、バックビークが暴れ出して…私そこから見てないんだけど。」

 

ハーマイオニーは小声でエルファバに囁く。エルファバの利き腕である左腕は包帯で分厚く巻かれ、身動きが思うようにとれない。ハリーにマフィンを食べさせてもらいながらエルファバは答えた。

 

「私も覚えてないけど…多分"力"で隣にいたマルフォイを吹っ飛ばしたのよ。」

「そんなこと出来るの?あなたの能力って凍らすことでしょ?」

「私もそう思ってたわ。でも違うみたいね。」

 

仕組みは理解できないけど、とエルファバは肩をすくめた。

 

「マルフォイが怪我すれば良かったんだ!そしたらクィディッチ参加できなくなるかもしれなかったのに!」

 

ロンとハリーの共通の怒りのポイントはマルフォイがエルファバを怪我させたこと、マルフォイが危うくハグリッドの授業を潰しかけたことだ。実際4人でヘコんだハグリッドを必死になだめて、次回の授業もするように説得するのにかなり時間がかかった。

 

「ハリー、もしマルフォイが怪我してたらハグリッドがクビになってたかもしれないのよ?」

「けど、エルファバ危うく左腕もげちゃうところだったんだぜ?」

「ただ腕の中で一部骨が潰れただけよ。」

 

エルファバはあまりフォローになっていないフォローを入れた。ギリギリハリーは納得したように黙ったがロンはまだ不満気だ。

 

「マルフォイのヒッポグリフがエルファバの腕をかすった瞬間、エルファバのヒッポグリフが怒って飛びかかったのはある意味良かったかもね。ターゲットが変わったから。」

「そのあと2匹を押さえつけるのが大変そうだったけど。」

 

あの時のヒッポグリフは『うちの子に何をするっっっっっ!!!』というキレ方だった。エルファバが貧弱で可哀想だと思われるのは種を超えてるということが今回の出来事で証明された。

 

「でもあいつはエルファバの腕を粉砕するほどの価値すらないぜ?」

「ロン、多分エルファバは脊髄反射だったのよ。多分隣にいればあなたでもハリーでも誰でも助けたわ。」

 

ロンはまあまあ納得したようだがそれでも感情的には機嫌が悪い。カボチャジュースを一気にズズッと飲み干した。

 

「マルフォイに私の"力"のことバレてないわよね…?」

「ないない。」

「だってマルフォイよ?」

「あいつトロールを子分として引き連れてるんだよ?」

 

エルファバの唯一の心配は3人によって否定された。

 

「なら、いいけど…。」

 

エルファバはチラッとスリザリンの席を見た。

話の中心人物は、ハリーを指差してバカバカしく気絶の物真似をしていた。

 

「本っ当、あいつちょっとぐらい感謝しろよなエルファバに!」

「「「マルフォイだから。」」」

「だなっ。ハリーも気にするなよ。」

「ああ、勿論だ。」

 

しかし、マルフォイは自らも足を怪我したと騒ぎ立てた。所詮足にできた擦り傷程度だったのでハグリッドの授業に影響は出ないようだがマルフォイは大げさに英雄ぶって自分の危機一髪な話を語っていた。

 

「エルファバ、なんであいつの足元凍らせなかったんだんだろ。」

「僕だったらあいつが転ぶ先にトゲつきの氷作ってやるけど。」

 

魔法薬学で縮み薬を作っている時にそれをやってのけたので、エルファバの怪我を知っているグリフィンドール生の怒りはピークだった。

 

「無駄口を叩くなポッター、5点減点。」

 

こいつもこいつである。スネイプはマルフォイが喋っているのを無視して少し喋ったハリーを減点した。スネイプといえば、例年以上にハリーいじめとネビルいじめが激しくなった。ミスをしたネビルの薬をみんなに見せつけ、ネビルのカエルに飲ませるという。

 

(スネイプって本当嫌な人ね…あれ、私これ切ったかしら?これも、これも…。マギーが切ってくれたのかしら。)

 

「マギー、ありがと。」

「は?何言ってんの?」

「マギーが切ってくれたんじゃないの?」

「ウチは自分のことで手一杯だから。」

「あ、そうなの…。」

 

エルファバは不思議に思いながらも、薬作りを再開した。

 

「おい。」

 

エルファバの隣にやって来たのはマルフォイだった。

 

「僕は足が悪いんだ。そこの瓶を取れ。」

 

(私の方が重症なんだけどな。)

 

そう思いつつも面倒だったので、エルファバは棚まで行って取ってあげた。

 

「どうやったんだ?」

 

マルフォイは瓶を受け取る際に小声でエルファバに聞く。

 

「なんのこと?」

「あのウスノロの授業でだ。」

「ハグリッドのことそんなふうに言わないでよ。」

 

エルファバは作業に戻ろうとすると、ガシッと怪我をしていない方の腕を掴まれる。

 

「僕の質問に答えろ。」

「あなたの質問の意図が理解できないわ。」

「僕があの化け物に襲われそうになった時、お前は僕になんかしたんだ。」

「魔法であなたを押したのよ。」

「違う。そんなんじゃなかった。」

 

ハリーとロンがこっちを見ていた。エルファバはアイコンタクトを送る。

 

「父上が言ってた。お前が成長したら人を殺す力があるから気をつけるようにとね。お前が僕を吹っ飛ばした時、杖を持ってなかった。」

「…そんなこと…。」

「去年父上に聞いたが、何も答えてくださらなかった。けどあの時お腹に冷たい風を感じたんだ。お前みたいなノロマがあの瞬間に杖を取り出して僕を吹っ飛ばすなんてことできるわけないだろう?」

 

(落ち着いて…落ち着いて…。)

 

エルファバは自分の気持ちを悟られないように強気に出た。

 

「そうしたのよ。あなたの腕の骨がバラバラになるのを防いだのに人を化け物扱いするなんて酷い人ね。」

 

エルファバは自分の左腕を見せながらマルフォイに言う。マルフォイは分厚い包帯を見てたじろいだ。

 

「ぼっ、僕はお前のこと他の奴には言ってないんだ。感謝するんだな!」

「何を言うのかしら?私は悪いことはしてないはずよ。」

「…チッ!」

 

どうやらカマかけしようとしたらしい。

 

「スネイプ教授ー。マルフォイがスミスいじめてまーす。」

 

マギーが気の無い、しかしハッキリした声でスネイプに向かって言った。スネイプは当然ながらそれを無視し、エルファバを助けようと立ち上がったシェーマスの元に向かった。

 

「なあにしてるのドラコ?」

 

パンジーがかわいこぶりながら近づいてくる。まずい。エルファバは1度ハーマイオニーを侮辱したパンジーの足を凍らせたのだ。

 

「おい、偏屈爺さん。あんたの薬焦げてる。」

「だっ、誰が爺さん…!?」

 

直後、地下牢に焦げ臭い匂いが充満した。

 

「くっせー!」

「ゴホゴホっ!」

「何やってんだよマルフォイ!」

「ふざけんなよ!」

「そ、そんな!始めてからまだ3分も経ってないのに!」

 

マルフォイは慌てて自分の鍋に飛びついた。エルファバはポツンと立ち尽くし、シェーマスに促されてぼんやりと自分の席に戻った。

 

また材料切れてる。あとは煮るだけだった。どれも均等に完璧に切れている。

 

(私の材料を素早く完璧に切れて、誰にも気づかれずにマルフォイの薬を焦がせる人物…。)

 

エルファバはマルフォイに誰にでもミスはあるとなだめているスネイプに目を向けた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

午後の授業は闇の魔術に対する防衛術のみだった。

 

「この2年間で僕はこの授業でまともな経験をしたことがないよ。」

 

ロンは羽根ペンと羊皮紙を出しながら言った。

 

「ルーピン教授はまともなそうだけど。」

「でも、なーんか頼りなさそうだよなー。」

「でも、ダンブルドア教授が直々にお願いしに行ったんだから、優秀に違いないわ。そうでしょエルファバ?」

「ええ。」

「2年早く雇ってほしかったよ。」

「本当ね。」

「1人は例のあの人の手先で、もう1人は現在進行形でペテン師。」

「この前ロックハートは秘密の部屋に関する本を出してたわ。」

 

ハーマイオニーはカバンを整理しながら言う。

 

「反省してねーなー。」

「で、クィレルはアズカバンと。」

「彼はヌルメンガードよ。」

「ヌルヌルガード?」

「ハリー、ロンみたいなこと言わないで。ヌルメンガード。アズカバンと並ぶ大きな監獄よ。」

 

ハーマイオニーが話を続けようとした時、ルーピン教授が教室に入ってきた。初めに会った時よりも健康的になった気もしなくはない。ルーピン教授はボロボロのカバンを机に置き、微笑を浮かべた。

 

「みんな、羊皮紙とペンはしまって。今日は実地だからね。」

 

生徒たちはソワソワしながら荷物をしまった。

 

「実地なんて僕らやったことないよな?」

「ロックハートのピクシー大放出をカウントすれば別だけどね。」

「あれは実地じゃなくてただの迷惑行為。」

 

3人が話で盛り上がっている中でエルファバはため息をついた。

 

正直、みんながルーピン教授を嫌うような要因が欲しいと心のどこかで願っている自分がいた。ルーピン教授にとってはありがた迷惑な話だがどうしてもエルファバはルーピン教授を見るたびに、正体の分からないあの記憶の中の男性を思い出してしまうのだ。自分を殴り、嘲笑うあの人を。そんな人を、大好きなみんなに好きになってほしくなかったのだ。

 

(ああ、なんて酷いことを考えてるのかしら私。Mr.V並みに最低な人間だわ。彼はエディの面倒も見てくれたしディメンターの時だって…、彼って私よりもエディと一緒にいるに違いないわ。私なんか避けなきゃいけないのに!嫌な人…待って、彼は良い人よ!本当私は何を考えてるのかしら?!なんか変な物でも食べた?)

 

しかしエルファバの意思に反して3分後、ルーピン教授はポルターガイストのピーブスを簡単な呪文で撃退して一瞬で尊敬の的になっていた。

 

「…。」

「エルファバ、元気ないわね。どうかしたの?」

「…あとで話すわ。」

「さあみんな、お入り。」

 

ルーピン教授は職員室の扉を抑え、片手でみんなを中へと誘う。

 

教授に一歩、また一歩近づいていく。

 

ルーピン教授は細いが、筋肉はあった。ゴツゴツとしたその手で顔を殴られるかもしれない。髪を引っ張られたらどうすればいいのか。無意識に"力"で対抗してしまえば今度は棒で打たれるだろう。エルファバは自分を抱いて、ドアを抑えるルーピン教授の横を通ろうとした。

 

(落ち着いて、落ち着いて…。)

 

エルファバはハグリッドのペンダントとグリンダの指輪を握りしめる。時間は果てしなく続くような気がして、ようやく彼の顔が視界から消える。

 

ルーピン教授は、ローブに手を入れる。

 

「!?」

「?」

 

どんな顔をしていたのかエルファバは分からない。ルーピン教授はエルファバと怪訝そうに目を合わせ、ローブから杖を取り出した。

 

「私の顔に何かついてるかな?」

「…いえ…。」

 

エルファバは聞こえるか聞こえないかの声で言うと急いでハーマイオニーの隣に並んだ。てっきりルーピン教授がナイフか何かを取り出すのかと思ったのだ。

 

(そんなわけ…ないわよね。)

 

エルファバはスネイプがネビルをいじめる言葉もルーピン教授が洋箪笥の中にいるマネ妖怪ボガートの説明やハーマイオニーとハリーの発言も頭に入ってこなかった。

 

ディメンターはその人の人生の中で最も忌まわしい記憶を呼び起こす。リドルに取り憑かれた時に思い出した記憶はボンヤリと映画のワンシーンのような感じだったが、ディメンターによってエルファバは自分の忌まわしい記憶に飛んだ気分になった。その詳細はまだおぼろけであるが確か何かのキッカケでエルファバは自分の叔父に"力"を見せ、それでどこかに連れられた。そして閉じ込められ殴られた。具体的なキッカケもどうやって逃げたかも全く分からない。ルーピン教授と叔父が似ているかと言われれば全く似ていない。それでもルーピン教授に恐怖を覚えるのはきっと彼をよく知らないからだろう。

 

「リディクラス 馬鹿馬鹿しい!」

 

ネビルが呪文を唱え、エルファバはハッと覚めた。

 

「?」

 

授業を聞いていなかったエルファバは全く理解不能だった。

 

「みんな良くやった。ボガートと対決した生徒は1人5点、ハーマイオニーとハリーにも5点ずつだ。」

「でも、僕何も…。」

「君は最初の時に質問に答えてくれた。宿題はボガートに関する章を読んでまとめを提出、いいね?今日はこれでおしまい。」

 

ぼんやりしているうちに授業が終わってしまった。エルファバはあわてて興奮気味に喋る生徒たちの波についていく。

 

「あ、エルファバ。ちょっといいかな?」

 

1番話したくないルーピン教授に呼び止められた。頼りになる3人はもういない。エルファバは少し距離をとり、ルーピン教授と向き合った。

 

「授業中ずっと上の空だったね?」

 

どうやら見破られていたらしい。たしなめるような、面白がるような目で見られてエルファバは視線を外す。

 

「…すいません。」

 

必要最低限に話をとどめておこうと努力する。ルーピン教授と話したくないし、自分の勝手な都合で不快な思いをさせたくはなかった。

 

「いや、君は真面目な生徒だと聞いてるからきっと何かあったんだろうと思う。もしも何か手伝えることがあれば手伝うし、何か知識が欲しいのであればいつでも聞きにおいで。」

「どうも。」

 

ルーピン教授のその言葉は暗にエルファバがディメンターで呼び起こされた記憶があることを知っていると告げているようなものだった。エルファバは半分逃げるように職員室から去った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

ルーピン教授の授業は瞬く間に全生徒の1番人気の授業となった。エルファバは当然授業としては面白いのは理解しているが、エルファバは必死に自分が過去に引きずられないようにすることで精一杯だった。最初は授業に集中しないエルファバを3人は心配した。

 

「エルファバ、ルーピン教授は素晴らしい教授よ。」

「分かってるわ。でも、怖いの。」

「そんな悪い人じゃない。僕らをディメンターから救ってくれたじゃないか。」

「ええ、そうね。」

「あんまり授業聞いてないとまずいよ。君は優秀だから問題ないだろうけど。」

 

しかしそれも最初のうちだった。10月に入ってハリーはクィディッチで、ハーマイオニーは勉強で忙しくなった。ロンとよく過ごすようになったエルファバはそこまでルーピン教授の授業についてとやかく言われることはなくなり、代わりに一緒に宿題をしたりチェスの指導を受けたりした。

 

「ナイトをEの5へ。」

「あっ…。」

 

ロンにクイーンを取られてしまった。どうもエルファバはゲームがあまり得意ではない。ロンのナイトにバラバラにされたクイーンの残骸を回収する。

 

「ビショップを犠牲にすれば良かったんだよ。」

「可哀想だわ。」

「それ言ったらキリがないよエルファバ。」

「どうしてロンはそんなにチェスが強いの?」

「兄貴たちが教えてくれたんだ。」

「いいわね、仲が良くて。」

 

この調子だと確実にチェックメイトされる。

 

「エルファバはどうしてエディが嫌いなの?」

 

何気なくロンは聞いてくる。

 

「…嫌いではないわ。そういう設定にしたいの。」

「チェック。…なんで?」

 

ロンは多くの駒を残したまま、エルファバの駒はごくわずかだ。

 

「エディと関わると、いろいろと厄介なことが起こって…。」

「確かに。そういえば君の妹レイブンクローの寮に数日寝泊まりして減点食らったらしいよ。」

「…もう。」

 

ガシャンっ。

 

「はい、チェックメイト。」

 

エルファバのキングはロンのルークによって完膚なきまでに壊された。

 

「本当、ロン強いわ。」

「まあね。」

 

エルファバはソファで猫のように伸びをする。その仕草が言葉では言えないくらいセクシーでロンはドギマギしてしまった。ハーマイオニーにはない要素だ。当然ロンはエルファバに対してそのような感情はないが否が応でも反応してしまう。エルファバがエディのように黒髪ならこんな気持ちにならないとロンは思った。

 

「私はエディが好きよ。ちょっと世話がやけるけど、あの子はみんなから愛されるから。」

「?好きなのに避けるの?」

「うん。」

「僕にはよく分からないなあ。」

 

暖炉で石炭が弱々しく光っている。エルファバはぼんやりと見つめた。少しウトウトしてくる。

 

「私にも分からないわ。」

 

エルファバは同じ時に、とても重大なことが起こっていたことを知らない。

 

「おい。」

 

エルファバの秘密を探っているマルフォイだが犬猿の仲のグリフィンドール生はスリザリンの相手などしないことなど百も承知だし、自分も関わりたくない。ポッターらへんにバレると面倒だった。なので、マルフォイは他寮から責めることにした。

 

「ん?」

 

エディ・スミス。エルファバ・スミスの妹にしてホグワーツ始まって以来の大問題児。彼女が現れてから事件が起こると思えば渦中には彼女がいる。ちょうど校庭で自己流で魔法薬を開発しようとしているところだ。なにを作るかも不明であり、自分が地下牢で適当にとってきた材料が何なのかも分かっていない。

 

「お前、エルファバ・スミスの妹だな?」

「うんっ!あなたもファンクラブのメンバー?入学してからエルフィーのこと聞いてくる人多いんだよね〜エルフィー美人だからさ「ハッ。この僕がそんな低俗な団体になんて入るか。このチョコレート欲しいか?魔法界最高級のチョコレートだ。」」

「それってゴディバ?それともリンドール?」

「…それがなんだか知らないが。マグルの反吐の出るようなチョコレートじゃない。」

「魔法チョコレートね、ステキ、ありがとう!!」

「おおっと待て。これが欲しいならお前の姉について教えるんだ。」

「エルフィーについて?」

「そうだ。そうじゃなきゃ僕のような純血の魔法使いがお前みたいな劣等生ハッフルパフの問題児に話しかけるわけないだろう。」

「そんなにエルフィーのこと知りたいなら直接聞けばいいじゃない。」

「それができないからこうしてるんだ…!!」

 

マルフォイは早くもこの負け犬に話しかけたことをひどく後悔していた。バカ(エディ)に話しかけたのはエルファバの容姿からしてエディが混血であると確信したからだ。穢れた血(マグル)なら絶対話しかけなかった。マルフォイ的には混血はギリギリ許容範囲なのだ。不愉快ではあるが。

 

「で、何が知りたいの?」

 

だが話してくれるらしい。マルフォイはホッとして、しかし余裕ぶってニヤリと笑った。

 

「お前の姉の秘密についてだ。」

「秘密?」

「そうだ。」

「あたしはエルフィーのことあんまりよく知らないからなあ。」

「何を言ってるんだ?お前はあいつの妹なんだから他の人間よりも知ってるだろ。」

「どうだろーね。エルフィーは数年間部屋に閉じこもってそのままホグワーツ行っちゃったから。昔エルフィーはもっと喋ったし、笑ったし、いっぱい走ったのよ?一緒に公園に行って遊んだり、こっそり部屋でわんちゃんのお世話したりしてたの。エルフィーは頼れるお姉ちゃんで最高の親友だった。エルフィーみたいな人どこ探してもいないもの。でも急にエルフィーは部屋に閉じこもって、あたしのこと嫌いだって言い出したの。」

 

マルフォイはひとりっ子なので、心のどこかに兄弟願望があった。しかし今目の前でごく当たり前のように話すこの少女の経験は苛酷ではないだろうか。突然大好きな姉に嫌われるなんて。

 

「理由は?」

「さあ?」

「さあって、お前の家族の問題だろ。」

「だって誰も教えてくれないんだもん。2週間くらいエルフィーがいなくなった時もあるけど、ママはエルフィーは悪い子だからとしか言わないし、エルフィーが帰ってきてからはエルフィーは私と話してくれない。パパはあんまり家にいないし…今あたしはエルフィーのこと何も知らない。だから秘密も知らないな。」

 

エディはマルフォイの手からチョコレートを取り、包み紙を開けて口の中に放り込んだ。

 

「ありがと!あなたって意外といい人ね!」

 

マルフォイは数秒立ち尽くしてから、慌てて自分の寮へと向かっていった。

 

「…まずいぞ…。」

 

ハリーはちょうどクィディッチの練習帰りでエディとマルフォイが話している場面に遭遇した。早足で寮に戻り、状況をエルファバに伝えた。ちょうど図書室から帰ってきたハーマイオニーも加え、暖炉の前のソファで額を寄せ合う。

 

「マルフォイがエルファバのことにたどり着けるかい?無理だろ。エルファバがスリザリンの後継者とか言ってたんだぜ?」

「私最近よく凍らしちゃってるのよ。特に闇の魔術に対する防衛術で。」

「グリフィンドール生に聴き込もうとするほどマルフォイはバカじゃないと思うわ。だからそこは心配いらないんじゃないかしら。」

「いっそバラしちゃイッタっ!!!」

「ロン、あなたって本当無神経ね!!それやったら周りがどんな反応するか分かってるの?!」

「僕はロンの意見に賛成だな。」

「ハリー?!」

「いや、全員じゃなくて理解ありそうな生徒を味方につけるんだ。僕ら3人でいろいろするのは限界がある。」

「確かに。エルファバと仲のいい子に協力してもらえれば、他の人にバレる恐れがなくなるかもしれないわね。マギーとかグリフィンドールで信用できそうな…あっ!エディにマルフォイが声かけてくれるなら例えば同じ寮のセドリックに打ち明けるのはどうエルファバ?」

「……………………いいと思う。」

「「「本当に思ってる?」」」

 

3人の声は見事に揃った。エルファバはうつむきながらボソボソと言った。

 

「それが最善策だってことはわかってるわ。…でも怖いの。セドリックが嫌というわけではないんだけど。」

「エルファバ、僕らだって君のこと知ったって平気だったんだから大丈夫だよ。」

「みんなあなたたちみたいに優しいわけじゃないのよハリー。」

「けど、このままじゃ余計な人にあなたのことが知られてしまうわ。それで傷つくのはあなたよ?」

 

しかし、4人の会議はある声によって中断された。

 

「へええええっ!!グリフィンドールの寮ってハッフルパフの寮と同じぐらい居心地がいいのね!!本当はあたしここに入る予定だったのよ!!まあ、ハッフルパフも最高だけどねっ!!」

 

赤いネクタイの集団の中に黄色いネクタイが1匹。

 

「えっ、エディ…!!」

「エルフィー!!」

 

それは紛れもなく妹の姿。顔の所々に煤と引っかき傷が付き、髪の毛にはホコリが付いてることからしてどこかに顔を突っ込んできたに違いない。

 

「あなたハッフルパフでしょ?!太った貴婦人(レディ)が止めなかったの?!」

「太った貴婦人(レディ)?あー、あの扉の人?仲良いから入れてもらった!合言葉知ってたしね!どの寮も入り方が独特で面白いわね!あとはスリザリン寮だけっ!」

 

ハーマイオニーとハリーは顔を見合わせた。エディはホグワーツ制覇でも目指しているのか。

 

「あたし、今ホグワーツ制覇目指してるんだ!!さっきも空き教室にみんなと探索しに行ったの。変な隙間があったから顔突っ込んだらなんかいたみたいで、もう大変っ!!ちょっとここで休ませてもらうわ!!」

 

ビンゴだった。

 

エディはどかっとソファに座り込む。

 

「ハッフルパフの寮はね、厨房の廊下右手の陰にある樽の山が入り口になってて、二つ目の列の真ん中の樽の底を2回程叩くと、寮への扉が現れるよー。あ、ちなみに間違えるとセキュリティで熱々のビネガーがかかるから気をつけてね!」

「「いいこと聞いたぜ。」」

「おいフレッドもジョージもやめろよ!!」

「あ、あなたがフレッドとジョージね!噂で聞いてるわ!最高に面白いってね!」

「君こそホグワーツ始まって以来の、」

「問題児、」

「「エディ・スミスじゃないか!」」

「ワオ、息ピッタリ!!」

「ロン!!!何としてもエディとあの2人を仲良くさせちゃダメよ!!!ホグワーツが壊れる!!」

「僕もそんな気がするっ!!」

「何をしてる君たち!!」

 

首席のパーシーである。他寮の生徒が侵入しているのを目ざとく、発見。詰め寄った。

 

「君っ!!!他寮に入るのは校則違反だぞっ!!」

「え、でもスプラウト教授がそういうことはバレないようにやりなさいって言ってたもん。」

「「バレたからアウトだな。」」

「あー、そっかあ。」

「そっかあーじゃない!!今すぐハッフルパフの監督生を呼ばせてもらうぞ!!」

「えっ!セドリックは呼ばないであげて!最近すっごく疲れてるの!」

「「絶対お前のせいだって。」」

「あー、そっかあ。」

「若き才能の持ち主よ。君が好奇心の赴くままにいきたいのなら、」

「われわれを呼ぶがよい。」

「「君を理想郷(ユートピア)へと誘おう。」」

「何それ最高っ!!!ほかの子も呼んでいい?!?!」

「「君が望むのであれば。」」

「フレッド!!ジョージ!!下級生を巻き込むんじゃないっ!!」

 

このあとエディはパーシーに引っ張り出され、セドリックを含むハッフルパフの監督生数名に回収されていった。セドリックは少し疲れた顔をしていた。

 

 

このやり取りの中エルファバは、自室へ逃走した。

 

ーーーーーー

エディのグリフィンドール騒動から数時間後。エルファバは毛布にくるまり、ロビンを撫でながら月を眺めていた。

 

(本当、エディどうして迷惑ばかり…?)

 

ピキピキ…。

 

(マルフォイに"力"のことが知られてしまったら…?)

 

ピキピキ…。

 

(明日ルーピン教授の授業だわ。どうしよう…?)

 

ピキピキ…。

 

エディのことやルーピン教授のこと、グリンダのこと、マルフォイのこと、あまりにも悩みが多すぎた。

 

(ああ、いつの間にベットが凍って…。)

 

そして、エルファバの体全身が叫ぶ。"力"を使えと。

 

「デフィーソロ…何を馬鹿なことを…。」

 

自分のあるもの全てを出し切ればどんなに気持ちいいかエルファバが1番理解していた。しかし屋内でやったら3人とも迷惑だろうし、それ以前に自分のことがバレる。

 

(けど、どんなに気持ちいいかしら…。)

 

ふと、エルファバは窓の正面に映る木に目をやった。

 

目の前にある禿げかけの木を銀色の氷で覆い、ガラス細工のように細かい模様を描く。クリスマスのオーナメントのようなしずくの飾りをぶら下げれば月の光に反射してもっと美しいだろう。

 

その想像はエルファバの身体中の体温を上げ、歓喜した。エルファバは窓を開ける。木から部屋までは3メートルほどの距離があった。

 

(ああ、もう止められないわ!!)

 

エルファバにとってそれはそこまで大きな問題ではなかった。片腕のパジャマを捲り上げ、右腕で木に向かってかざす。エルファバの手から強い風と共に大粒の雪が大量に現れ、それは自分のあるべき場所に向かう。それは大きな塊となって思って木と部屋を繋いだ。

 

バキバキバキっ!

 

エルファバがその脆い塊に触れると、一瞬でそれは硬い、頑丈な氷の橋に変わる。エルファバは杖を持ち、裸足でそこを歩いた。

 

罪悪感はとうに忘れてしまった。

 

木まで到達すると、灰色の大きな木にそっと触れる。流れるように木は分厚い氷に覆われ、その上からエルファバが見た美しい模様を描く。木の枝にはダイアモンドの形をした氷が細長い氷にぶら下がっていた。

 

「…ふふっ。」

 

(ああ、なんて美しいの。これが私が作ったものなのね!!)

 

エルファバはそれだけでは物足りなかった。愛らしい小鳥が数羽舞えばこの自分の作品はもっと映えるはずだ。エルファバは右手の指をゴニョゴニョと動かす。キラキラと氷の粉が踊ったかと思えば、氷でできた小さな小鳥がエルファバの手の上にちょこんと乗っかっていた。

 

「行っておいで。」

 

エルファバは空に手を伸ばす。しかし小鳥は相変わらず手の上に乗っかったままでむしろ体温で溶け始めた。

 

(変ね…。私が小さい時は雪を吹くドラゴンとかひょこひょこ動く雪だるまが出来ていたのに。どうして動かないのかしら?)

 

エルファバは木の幹に寄っ掛かりながら考える。

 

(物を動かすのはどうやってやってたのかしら?)

 

少しずつ氷が溶け始めたので、エルファバは木の上に雪雲を作る。その直後にひらめいた。

 

(あっ!物を動かす魔法は幼少期に起こる制御不能な魔法ね!つまりあのドラゴンや雪だるまは私の"力"と魔法が合わさったものなんだわ!)

 

しかしそうすると新たな疑問が生まれる。

 

(でも魔法は私の氷を通さないはずよ。そんなこと可能なのかしら?)

 

エルファバは溶けかけの小鳥をもう一度作り直して床に置き慣れない右手で杖を持ち呪文を唱えた。

 

「ロコモータ 動け!」

 

当然何も起こらない。氷の小鳥を溶かして今度は呪文を唱えてから作ってみるが、何も起こらない。

 

(何かテクニックが必要なのかもしれないわ。)

 

エルファバは小鳥を作るのをやめ、自分のいる場所から地上へ滑り台を作る。よくこうやってエディと遊んだものだ。土に触れたエルファバの足は一瞬で地面を氷の床へと生えた。エルファバは滑るように、踊るように、雪の粒を宙に舞わせたり冷たい風を起こして竜巻を作った。

 

 

(ああ、私はこの世界が好き…。)

 

 

エルファバは悩みを忘れていつまでも踊り続けた。



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6.こじ開けられた記憶

新学期のざわめきが落ち着いたにもかかわらず。3年生は浮き足立っていた。

 

「ホグズミード週末よ!!」

「どうしよう!おめかししなきゃ!」

 

みんなが浮き足立っている時、ロンはハリーを慰めていた。

 

「ハリー、1回マクゴナガルに聞いてみなよ。」

「ロン。今ハリーが外に出るのはその…賢明じゃないと思うわ。」

 

ハーマイオニーはほつれたバックを直しながら忠告する。

 

「ハーマイオニーいいよ。君が懸念してるのはシリウス・ブラックのことだろう?それにロン、マクゴナガルは多分今の状況じゃ許可してくれないことも分かってる。エルファバもいるし僕はここに残るよ。」

 

エルファバは自分の名前を呼ばれて体をピクッと少し震わせた。

 

「でもハリー…。」

「ホグズミードからいっぱいお菓子持ってきてくれよ。」

「…うん。2人の分買ってくるよ。」

 

ロンは言う。

思いの外ハリーの諦めが早かった。ハーマイオニーはいつも頑固はハリーがすぐに諦めたことを訝しがったようだったが、自分の意見が通ったことを喜ぶことにしたようだ。

 

「エルファバ、何読んでるの?」

「お父さんからの手紙よ。」

 

そして何の躊躇もなく燃える暖炉に丸めて捨てた。

 

「君のお父さん何だって?」

「別に…大したことじゃないわ。いつも通りよ。」

 

エルファバはそう言って課題の本に目を通した。

 

「エルフィーっ!!!」

 

エディは普通にグリフィンドールの女子塔から降りてきて叫んだ。もう誰も驚かない。数日前とうとうスリザリン寮も彼女の手の中に落ちたらしい。マギー情報である。

 

「…ああ、もう。」

 

エルファバはバタンと本を閉じ、ソファを間に挟みエディと距離をとった。

 

「パパから手紙きた?なんかホグズミードの許可書?入れたから見て欲しいって!!」

 

エルファバは息を飲む。

 

(…余計なことを…!)

 

エルファバ以外の3人はエディを見て、暖炉を見て、エルファバを見た。

 

「エディ、お父さんに金輪際手紙を送らないでって伝えて。」

「自分で言えばいいじゃん。」

「もう言ったわよ。パーシー!!」

「え、いるの?!やばっ!!」

 

エディはバスケで鍛えた速さでグリフィンドールの寮を出て行った。

 

「ゴホンっ!!」

 

エルファバはゆっくりと仁王立ちしているハーマイオニーの方向に向いた。

 

「許可書を捨てたの?」

「…はい。」

 

仁王立ちにハリーが加わった。

 

「どうして捨てたんだい?というか黙ってたんだい?」

 

エルファバは飼い主に怒られている子犬にように縮こまった。その光景は周囲からすれば何とも滑稽であるが本人たちはいたって真剣なため、必死に笑いを堪えた。

 

「僕に気を使ったのかい?」

「…違うの。」

 

エルファバはため息つき、小声で話す。

 

「許可書を渡す条件がね…"あれ"を使わないってことなの。だからカッとなっちゃって…。」

 

2人のたしなめる目が一瞬で同情に変わった。

 

「そうなの…。」

「お父さんは多分私の"あれ"が感情によって作用していることを理解してないのよ。多分グリンダが完璧に制御できてたからだと思うんだけど。」

 

エルファバの毎晩の"実験"から導き出された答えだった。おそらくエルファバの場合過去のトラウマにより"力"だけではなく、通常の魔力も不安定な状態だった。一歩間違えれば病院に一生入院しなくてはいけないレベルのはずだ。それがどういうわけか混合して感情の揺れが起こった時に爆発する。父親はそれが理解できていなかった。

 

「どうにかして君のお父さんに説明できないのかい?」

「そうね…いつかちゃんと説明がつくようになったらするつもりよ。」

 

エルファバは最近の夜のことを3人に話していないことに気がついた。

 

(話さなきゃ怒るだろうな…特にハリーが。)

 

ハリーは特に隠し事に関してうるさい。本人がまっすぐな性格だからいろいろ正面切って言ってもらわないと気が済まないのに加えて意外と頑固だ。しかし今はそれを言うタイミングではないだろう。

 

「お土産ちょうだいね。」

 

そんなこんなでハロウィンの日3年生は出払い、残っているのはハリーとエルファバだけだった。

 

 

 

が。

 

 

 

(…ハリーはどこに行ったのかしら?)

 

朝食を4人で食べた後、ハリーはどこかに行ってしまった。エルファバは図書室で宿題を終え、パーバティおすすめのシリーズ本を4冊ほど借りて新たなファンクラブメンバーである下級生が話しかけても聞こえないほどに没頭した。ちなみにエルファバを本から気を逸らすには本を奪うしかないということを新学期初日にロンが見つけた。彼女の集中力は頭を叩いても顔の前で手をひらひらさせても耳元で大声を出しても効かないのだ。そしてこの本を奪うという行為は何回も行うとエルファバは周囲が引くほど怒るということをフレッドとジョージとエディが実証してくれた。

 

女子なら誰もが涙して読む魔法使いと女性ヴァンパイアの恋の悲劇の結末を無表情で読み切ると、目の前にハリーが立っていた。

 

「やあ。」

「ハリー。」

「ここにいたんだ。なに読んでたの?」

「愛と彼と血とって本よ。良かった。」

「なんかそんな単調に言われると説得力がないんだよね。」

「女性ヴァンパイアがヴァンパイアだからって一方的に別れさせられたけど彼に執着してしまっていっぱいの人を傷つけて、それに後悔して自らの体を太陽にさらすの。でも恋人だった魔法使いは実は彼女を守るために別れを告げたの。彼女が自分の身代わりになったことを知らないまま彼女の幸せを願っているっていう結末。」

「なんかすごく悲しいね。」

「本当ね。でも分からないわ。」

「何が?」

「だって魔法使いは別れれば彼女が傷つくことぐらい分かってるはずよ。別れなくてはいけないのならこっそり口裏合わせすればいいのに。」

「まあ物語だからね。もし僕も彼の立場なら君が言うようにすると思うよ。」

「そうよね。」

 

エルファバが本を宙に掲げると、本は吸い込まれるように宙に舞い、本棚の中へと戻っていった。

 

「あ、そうだ。ルーピン教授が今からお茶しないかってさ。」

 

だからここに来たんだ、と笑うハリーに対してエルファバは顔をしかめた。

 

「私はいいわ。」

「でも、ルーピン教授が君も誘えってさ。」

「ハリー…申し訳ないけど…私、怖いのよ…。だって手ががっしりしてるし、」

「まあ筋肉あるよね。」

「大きいし、」

「ハグリッドに比べてたら何でもないさ。」

 

(まあそうだけど。ちょっと違うじゃないそれは。)

 

「何考えてるか分からないし。」

「…まあ、そこはちょっと否定できないけど。ほらあれだよ、敵の心を知るってのは大事だと思うよ。」

 

エルファバはますます顔をしかめながらも、ゆっくりと頷いた。イエスの返答をもらえたハリーはエルファバを引っ張り、びっくりしている下級生の間を通ってルーピン教授の部屋へと向かった。ノックをするとルーピン教授は2人に微笑みかけ、中へと案内した。

 

「紅茶はどうかな?ティーバックしかないんだけど…でもハリー、お茶の葉はうんざりだろう?」

 

ルーピン教授の言葉にハリーはぎこちなく笑った。

 

「ええ…まあ。」

 

ルーピン教授が杖でヤカンを叩くと、たちまち湯気が噴き出した。

 

「気にしたりしてないよね?」

「そうですね…それに関してちょっと気になってることはありますけど。」

 

ルーピン教授が濁ったピンク色をしたティーカップを渡してきた。エルファバは彼の太いゴツゴツした指に神経を注ぎながら慎重に受け取った。

 

「なんだい?」

「教授はどうしてボガートと僕を戦わせてくれなかったのですか?」

「君だったら言わなくても分かると思ったんだけどな。」

 

ハリーは意表を突かれたようだった。

 

「ボガートが君の前に現れたら、ヴォルデモートになると思ったからだよ。そうしたら教室中がパニックだ。」

「…あっつ。」

 

どさくさに紛れてエルファバは舌を火傷した。

 

「ええ、確かにヴォルデモートを思い浮かべました。けどそのあとすぐにディメンターを思い浮かべたんです。」

 

「つまり君が恐れているのは恐怖そのものということか…いや、感心したよ。」

 

エルファバが猫のように慎重にフーフーと紅茶に息を吹きかけると金色の液体が放射線状に小さな波を立てる。

 

「私が君にはボガートと戦う能力がないと思ってると考えたのかな?」

「あの…はい。」

 

エルファバは恐る恐る口をつける。まだ熱いが飲めることは飲めた。

 

「ごめん。熱かったかな?」

「いえ…別に…。」

「猫舌なんですこの子。」

 

(ハリー、余計なこと言わないでよ。)

 

エルファバはハリーを睨んだ。

 

「そうか。それは悪かったね。」

 

微笑むルーピン教授にエルファバは目を合わせなかった。

 

「あ、あともう1つ聞きたいことが…。」

 

とハリーが言いかけたところでドアをノックする音に中断された。入ってきたのはスネイプだった。エルファバとハリーは怪訝そうに顔を見合わせ、スネイプがもつかすかに煙が上がるゴブレットに目をやった。

 

「ああ、セブルスありがとう。ちょうど2人に水魔を見せててね。」

「一鍋分煎じた。必要とあらば。」

 

スネイプはニコリともせずにさっさとルーピン教授にゴブレットを渡した。3人から一切目をそらさず、後ずさりしながらスネイプは去っていった。

 

「ありがたいよ。この薬はすごく複雑で、元々薬を煎じるのが苦手な私にスネイプ教授が調合してくださるんだ。」

 

エルファバはゴブレットの中の中身をチラリとのぞくと濁ったグレーの液体がポコポコと泡を出していた。

 

「少しでも砂糖と入れると効き目がなくなるのが残念だ。本当に酷い味でね。…あ、ハリー。もう1つ聞きたいことってなんだっけ?」

 

ルーピン教授は身震いしながらその薬を飲んだ。

 

「あ、はい…教授は…シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューの事件についてどう思いますか?」

 

部屋の中の空気が変わった。今まで穏やかな空気が流れていたはずなのに、ヒビが入りそうな緊張した空気だった。

 

「…なぜ、私にそれを?」

 

ルーピン教授は空になったゴブレットを机に置いて、ハリーに向き合う。

 

「教授は彼らと同じ学年だって聞いて。ピーター・ペティグリューがアニメーガスなら何か心当たりがあるんじゃないかと思いまして。」

「…そう思うかい?」

「はい。」

 

ハリーの返事は確信めいたものがあった。まるでルーピン教授が何か重要な手がかりを持っていて、それを引き出そうとするようだ。

 

「僕はマクゴナガル教授に事情を全て聞きました。両親のことも。」

「…そうか。」

 

その声は悲痛そうだ。

 

「はい。でも僕はシリウス・ブラックが無実なのではないかと思うんです。」

 

エルファバは眉をひそめた。その推測をまだ証拠もない段階で言うのはあまりにも早計すぎる。これはルーピン教授も考えたらしい。

 

「何を根拠に?」

「僕は逃走中の彼に会いました。彼にご飯を奢ってもらったこともありますし、宿題も教えてもらいました。彼が僕の両親について話す時、すごく生き生きしてて僕は自分の両親に誇りが持てたんです。僕は彼が両親を裏切ったなんて信じられない。もしも僕の感覚が間違えてたとしても、自分のボスの仇である僕に近づき仲良くしてなんのメリットがあるんでしょうか。僕を信用して誘き寄せる目的だとしても僕は彼と何度も2人きりになってるからそれが理由だとは思えなくて…だからあなたに聞きたいんです。」

 

ハリーは呼吸を置いた。

 

「シリウス・ブラックとピーター・ペティグリュー、ヴォルデモートの部下になりそうなのはどちらだと思いますか?」

 

ハリーはルーピン教授からほしい答えがあるに違いない。

 

(もしかしてハリー、何か知ってるの?)

 

「…ハリー、私には分からない。」

 

長い沈黙の後、ルーピン教授はゆっくり首を振った。

 

「私は彼らのことをよく知らない。」

「そんなの…!!」

 

ハリーは何か言いたそうなのをぐっと堪える。

 

「ハリー、君は何か私に言ってないことを知ってるね。隠すつもりはないから答えよう。私は君のお父さん…ジェームズとシリウス・ブラック、そしてピーター・ペティグリューと仲が良かった。彼らは僕の親友だった。」

「親友だったあなたなら誰がどういう性格だったかなんて分かるはずだ。」

「そんなことはないよハリー。何年たっても人のことなんて分からない。君の話しぶりだとピーターがシリウスに罪を被せたんじゃないかと思ってるみたいだね。けど、シリウスが多くのマグルと魔法使いを殺したのは多くの証言者が目撃してる。私はどちらもそんなことする人間には思えないし、君のご両親の居場所を知っていたのはシリウスだった。それは周知の事実だったんだ。」

 

ハリーはうなだれたように肩を落とした。

 

「分かるよ。いい人だと思ってた人物が実は違った時、すごくショックだ。」

 

親友の2人が殺され、1人がその2人を殺した犯人だった。それだけで神を恨むはずだ。そして今、その殺されたはずの1人が生きていてもう1人が脱獄した。

 

「ルーピン教授はたった2日で一気に友人を失ったんですね…失ったと思っていた…。」

「まあ、傷は少しずつ癒えてるよ。それに新たなショックも加わったしね。」

 

(たった2日でハリー、ロン、ハーマイオニーを失ったら私は気が狂うわ。それもあんな状況なんて。)

 

エルファバは同情する。

 

「じゃあもしも、彼らが全く変わってなかったとしたら…いいえ、変なこと聞いてすいませんでした。」

「いや、大丈夫だよ。君の気持ちは分かる。むしろしっかり聞いてくれてありがたかった。」

 

ルーピン教授は資料に手を伸ばしたのがいいタイミングだった。ハリーとエルファバはお礼を言い、部屋から出て行った。出て行く直前、ハリーはルーピン教授に尋ねた。

 

「今度聞きに来てもいいですか?僕の父さんの話。」

「ああ、もちろんだよ。」

 

その声は嬉しそうで、ハリーはホッとしたようだった。

 

 

ーーーーーー

 

3年生たちは初めてのホグズミードでの興奮をずっと引きずっていた。

 

「本当バタービールが最高なんだよ!体の芯から温まる!」

「ホグズミードの入り口近くにあるコスメショップがあってね、そこのリップって色が1時間ごとに変わるのよ!」

「あのショーウィンドウにあるドレス着てみたいなあっ!」

 

4人で大広間に向かった時、すでに飾り付けが完成していた。何百もの切り抜きカボチャがふわふわと浮かび、ろうそくに灯された瞳がこちらをギロリと睨みつけている。生きたコウモリが夜空を飛び回り、その下で鮮やかなウミヘビがくねくねしていた。

ブイヤーベースのシチューに肉汁で輝くミートパイ、チキンや色鮮やかなサラダ。デザートにはカボチャのパイやキャラメルタルトが並び、みんな貪るように食べた。

 

「ルーピン教授があなたの両親と親友同士だったなんていつ知ったの?」

 

ハーマイオニーはメレンゲクッキーを数個エルファバに分けながら尋ねた。

 

「図書室でいろいろ調べてたんだ。」

「ハリー、ずっと図書室にいたの?」

「そうだよ。」

 

(変ね、私朝からずっと図書室いたけど、ハリーいたかしら?)

 

エルファバが口を開く前にゴーストによる余興が始まった。空中滑走したゴーストたちは乱れぬ動きでパフォーマンスを繰り広げ、グリフィンドール寮のゴーストであるニックがしくじった打ち首の再現をして大爆笑だった。そして最後は。

 

「ぽうっ!!!!!」

 

クリクリの長い黒髪にどこからか調達してきたスパンコールを縫い付けたスーツにサングラスをかけたエディだった。マグルの服装に身を包んだエディに全校生徒(スリザリンの一部は例外)、特にマグル生まれの生徒たちはその姿にお腹を抱えて笑った。

 

「2人とも笑いすぎじゃない?」

 

悶絶するハリーとハーマイオニーに不思議そうにロンは聞いた。

 

「あっはは…ああ…お腹痛いわ…。」

「僕まだダメだ…。」

 

ハリーはヒクヒクしながら涙を拭いた。

 

「エルファバ、確かに面白いけどさ、なんでみんなあんなに笑ってるの?」

 

エディは歓声を浴びながら料理の乗っていないテーブルの上で滑らかに滑っていた。マグルの世界では有名な踊り。

 

「エディがやってるのってマグルで有名な歌手のモノマネなの。マイケル・ジャクソンっていうらしいんだけど…。」

「ぽうっ!!!!」

「もうやだ…。」

 

エルファバはコテンと撃沈した。マイケル・ジャクソンのモノマネも大好評に終了した後、エディは今まで以上に注目を集めた。

 

それから数日後。

 

「えっへへー、やっちった。」

 

ハロウィンの熱は数日経ってもなかなか生徒たちから抜けず、フワフワしている生徒たちに教授たちは散々手こずった。エディも例外ではなく、寝坊して朝食に遅れそうになった際、ホグワーツの階段を駆け下りたらしい。特記すべきなのはここは魔法学校のホグワーツであり、この学校の階段はいたずら好きでよく動くことだ。

 

「んでー、私が近道と思って飛び降りた時にね、着地した場所に階段が来て挟まれたってわけ。」

 

エディはヤバイよねーとケタケタ笑いながら右腕にグルグル巻きにされた包帯を見せるが、石と石に挟まれた皮膚の痛みを想像して皆震え上がっていた。

 

「全く…。」

 

エルファバはため息をつく。

 

「ミス・スミスっ!!」

「はいっ!」

「ハロウィンの熱で浮かれてるんじゃありませんっ!!ハッフルパフ10点減点っ!!」

「ええ…そんなあっ…!!」

 

マクゴナガル教授に減点されたエディはがくりとヘコんで友人たちに慰められた。一方でグリフィンドールの空気はどんよりしている。

 

「全く、スネイプに比べたらマクゴナガルも可愛いもんだぜ。」

 

ディーンの言葉に3年のグリフィンドール生は口々に合意した。

 

「ハーマイオニー、気にしちゃダメよ。あんな意地悪さん。」

「ええ、ありがとうエルファバ。」

 

ハーマイオニーは弱々しく笑った。

 

「ルーピン教授の病気早く治んねーかなー。」

 

今日の闇の魔術に対する防衛術はひどいものだった。病気で休みのルーピン教授の代わりにやってきたのはスネイプで、ちゃんと理由のあるハリーを遅刻で減点し、カリキュラムを無視した授業、ハーマイオニーを知ったかぶりと侮辱してルーピン教授の授業体制をボロクソに言ってたのだ。

 

「ハリー、頼むから明日のクィディッチでスリザリンぺしゃんこにしてくれよ!」

「いや僕もそうしたいところなんだけどさ、実は対戦相手変わったんだよ。」

「「「「「えっ!?」」」」」

 

ハリーの衝撃発言にみんなが驚いた。

 

「なんで?!」

「マルフォイが怪我してるからだと。」

「絶対ウソじゃん!かすり傷じゃんあいつ!」

「庇ったエルファバの方が重傷じゃない!」

「私大したことないわよ。」

「エルファバ、そこじゃないの論点は!」

「ごめん。」

「天気だよ。こんなんでやりたくないんだあいつら。」

「サイッテー!」

「教授も教授なら生徒も生徒だ!」

「とにかく、今回の対戦相手はハッフルパフだ。」

 

ハリーはカボチャジュースを一気飲みし、あとで、と言うと小走りに去って行った。グリフィンドール生がやいやい言いながら散っていく中でハーマイオニーはエルファバに近づいた。

 

「ねえ。ハリー何か隠し事してると思わない?」

「?」

 

エルファバはコンソメスープを飲み干す。

 

「最近よく1人でどこか行っちゃうし、なんか変なのよね…。」

「…確かに…不思議よね。」

「まあ隠し事あるのは問題ないんだけどこれがシリウス・ブラック関係だったら嫌だなあって。」

 

ハーマイオニーはチラっとロンがスネイプの悪口に集中しているのを確認した。

 

「ほらっ、ハリーってたまに暴走するじゃない?」

 

(え、それハーマイオニーが言う?)

 

エルファバは口から出す前に頑張って飲み込んだ。

 

「だからちょっと様子見ててほしいわ。このことに関してはハリーはあなたを信頼してるみたいだし。」

「ふぁい。」

 

エルファバはクラッカーを食べながらうなづいた。

 

 

ーーーーー

 

 

外は大荒れだった。この大雨の中でも当然のようにクィディッチは開催された。ハッフルパフ対グリフィンドールは今、グリフィンドールが50点リード。ハリーはメガネが濡れてかなり支障が出ているようだった。

 

「私ちょっと行ってくるっ!!」

 

ハーマイオニーはエルファバに叫んで、消えた。雨だとほとんど何も見えなかった。ハーマイオニーにレインコートで完全防備されたエルファバはフードから顔を覗かせていてまるでてるてる坊主のようだった。

 

雨と人の歓声が耳を支配する。その中でホイッスルが鳴った。

 

「エルファバ!エルファバ!」

 

再び盛り上がる歓声の中でロンが叫んだ。

 

「何?!」

 

エルファバも出来るだけ大声で叫んだ。ロンが何かを言っているが聞こえない。

 

「ごめんなさい、聞こえないわ!」

 

ロンはどこかを指差しているがエルファバの身長ではこの人ごみに紛れては見えなかった。ロンは人ごみをかき分け、エルファバの腕を必死に握り、引っ張った。

 

「あれ!!!」

 

やっと巨体の生徒の前をくぐり抜け、ロンが指差した先を見て、エルファバは驚愕した。

 

1番上の誰もいない席で、薄暗い空をバックに巨大な毛むくじゃらの黒い犬がじっと試合を見ていた。

 

「ブラックだ!!」

 

ロンが叫んだと同時にエルファバとロンはその席まで走り出した。走ると雨が顔にたくさん打ち付けてくる。客席が歓声を上げ、雷が落ちた。

 

あの姿は夏に見た黒犬、レインそのままだ。

 

「ブラック!!」

 

ロンの叫び声にビクッと犬が反応した。あと数メートルで届きそうだ。

 

「レイン!!」

 

犬は警戒していた。このままでは逃げられてしまう。

 

「何してるんだあいつ?てかどうやってホグワーツに…?」

 

ロンはだんだん声が小さくなっていった。ロンの声だけではない。競技場から音が奪われていった。聞こえるのは打ち付ける雨の音。

 

「ディメンター…。」

 

数百体のディメンターがピッチにたってウロウロしていた。その視線の先にいるのはハリーと。

 

「エルファバ…こっちを見てるよあいつら…ブラックを…。」

 

違う、エルファバは本能的に思った。ディメンター(こいつら)が見ているのはその数メートル横にいるエルファバだった。

 

体を打ち付ける冷たい雨が、骨まで染みてくる感覚がした。

雨が私の古い傷口をこじ開ける。頭が痛い。胸が、お腹が、足が、心が…。

 

 

 

------

 

あの日には続きがあった。私には4人の従兄弟たちがいた。体にいっぱい傷のある従兄弟たちは私の秘密を知っていた。

 

『エルファバ!あれやってー!』

『スケートしたい!』

『えー…ダメだよ今日は…。』

『エルフィー!お願い!』

 

大人たちが出かけたのを見計らってみんなは私に"力"を使うことをせがんできた。躊躇したけど、数時間前まで氷になりかけたエディもせがむのでしかたなく小さく雪だるまを作った。

 

『きゃー!』

『すごーい!つめたーい!』

 

それでは飽き足らず、皆どんどん大きいものを作るように要求し、私も自分が母親に怒られたことなど忘れて1メートルほどの恐竜がピョコピョコ飛び跳ねていた。

 

でも、大人が思ったより早く帰ってきた。

 

『何やってるんだお前らあっ!!』

 

最初、大人たちは理解してなかった。大量の氷を冷蔵庫の中から持ち出したと思ったみたいで。従兄弟の父親、つまり叔父は従兄弟たちを何度も何度も殴りつけた。私とエディは恐怖のあまり互いの体にしがみ付いた。従兄弟たちの絶叫と殴る音が中庭に響く。

 

『クソガキ!!クソガキ!!』

 

その姿があまりにもかわいそうで私は思わず叫んだ。

 

『ごめんなさい、私がやったの!みんなをぶたないで!』

 

手の中で氷が現れた時、叔父さんの顔は恐怖で歪んだ。暴力のターゲットは私に変わった。

 

『それを…俺の前で!見せるなあああっ!』

 

叔父の叫びは家にいる大人たちを引き寄せた。大人数人は私を囲み、私の口を塞ぎ、首を絞めてきた。

 

『化け物!』

『やめてくれ!』

『ふざけやがって!』

『なんてことするの!』

 

私は苦しくて、必死にもがいた。

 

『ぎゃあっ!?』

『冷たいっ!!』

『エルフィっ!!』

 

エディが私を助けるために抵抗した。足にしがみついて、必死に抵抗する。暴力のターゲットにエディが加わった。

 

『エディ!!』

 

小さなエディの手を握り、恐ろしい大人から必死に逃れようとした。足元を滑らせ、拳を凍らせ、氷の壁を作り、必死に母親や父親の名前を叫んだ。果てしなく続く地獄に思えた。

 

『お母さん!!お父さん!!助けてえっ!!』

『パパアアアアアアアアママアアアアアアアア!!ママアアアアアアアア!!どこおおおおおおおっ?!』

 

泣きじゃくるエディを引っ張り、玄関へと走った。

 

『エルファバ?エディ?』

 

玄関にお母さんが立っていた。

 

『どうしたの一体?!』

 

2人でお母さんに抱きついた。

 

『おじさんがエルフィーをぶつのおおおおおおっ!!』

『お母さんこわいよおっ!!』

『!?どうしてそんな…?!』

『アマンダ離れろっ!!そいつあ魔女だ!!』

 

血を流した叔父さんが私を指差した。

 

『そいつ、なんかよくわからんものを飛ばして俺を殺そうとしたんだ!』

『俺の腕を凍らせたぞ?!』

『その子人間じゃないわ!』

『…まさかアマンダ、知ってたのか?!』

 

お母さんはエディを抱いて立ち上がった。私から離れた。

 

『いいえ…知らなかったわ…。』

『…お母さん…?』

『触らないで…化け物!』

 

伸ばした手は叩かれた。その顔はあまりにも冷たくて、体に力が入らなかった。

 

『…お母さん!!お母さん!!助けてお母さん!!やだ!!お母さん!!』

 

8歳の力はあまりにも非力だった。エルファバは必死に手を伸ばすが母親は腕を組んでそこから動かない。

 

『ママ!!エルフィーが!!エルフィー!!エルフィー!!どこ行くの!!エルフィー!!』

『エディ!!エディ!!エディ!!エディ!!助けて!!お母さん!!お父さん!!』

 

私とエディが大人たちに引き剥がされていく。

 

『ママっ!!エルフィーはどこにいくの?!』

『エルファバは…悪い子だから…お仕置きしなくちゃいけないの…。』

 

意識を失い、気がつけば真っ暗な場所にいた。鉄や土の匂いが充満するその部屋は地獄だった。それは従兄弟たちから“お仕置き部屋”と呼ばれている場所だった。

 

『お母さん…お父さん…エディ…。』

 

大人たちは、私が死なない程度に痛めつけた。殴る蹴る。椅子で殴りかかる。最初私は抵抗したが、抵抗した力の倍で大人たちは私を屈服させた。今と違っていくら物を凍らせるといっても本当に遊び程度だった。

 

『おか…さ…おと…さん…エ…ディ…。』

 

誰も助けに来てくれない。叔父だけは飽きずに私に時々食べ物らしきものを与えては気がすむまで私に暴力を振るった。

 

『あっはははっ!!おーおーまだ抵抗するのか化け物がよお?お前らに生きている価値なんてないんだ!!』

 

どうして私はここまでのことをされて生きているのだろうか。たまに意識が遠のくけど、気がつけばまたここにいる。服を着たい。早く家に帰りたい。汚い体を洗いたい。痛いところを治してほしい。お父さんとお母さんに抱きしめてほしい。エディに会いたい。

 

『……………………ィ』

『なあに言ってんだお前??ってまた凍らすんじゃねーよっ!!』

 

また意識が遠くなる。どうして誰も私を助けてくれないんだろう。

"力"がなければ…こんなことには…。

 

『… ァイ… ステューピファイ……エル…起きろ…ダメだ…どうしてこんな…』

 

------

 

目覚めるとエルファバは氷の世界にいた。深夜に作ったようなあの美しい世界ではなく、歪な形をした氷が覆う世界に。

 

「…?」

 

エルファバは白いベットの上にいた。

 

「起きたかの。」

 

ダンブルドア校長は氷の世界の中に違和感なく溶け込んでいる。

 

「クィディッチの試合中にディメンターが侵入してきたのじゃ。奴らは君を襲い…君はうなされておってな。医務室に運べなかったのじゃ。ここは空き教室じゃ。」

 

エルファバは隣の棚らしき氷の物体の上にあるコップと水だった物体を眺めた。

 

「思い出してしまったかの…。」

 

生々しい痛み、いやらしい笑い声。体にこびりついている。

 

「………はい………。」

「すまなかった。」

 

ダンブルドア校長は恐ることなくエルファバの 近くへと寄ってきた。

 

「グリンダが亡くなった時、デニスは絶望に打ちひしがれた。彼女の闇を知れなかった事実、愛する者を失った悲しみ。計り知れない苦しみじゃ。」

 

突拍子もなくダンブルドア校長は話し始めた。

 

「彼は魔法を恨んだ。家に保護呪文をかけて最後、一切の魔法関係の交流を断ったのじゃ。わしは君らの居所がつかめず、どこで何をやっているのか、全くわからなかった。君が入学が近づいた際、期限ギリギリでデニスの職場をやっと見つけ出したのじゃよ。」

 

部屋には白い粉が静かに降っている。

 

「そうして君がグリンダに乗り移ったヴォルデモートと対峙した後、デニスから手紙が届き、愚かな大人たちが君にした仕打ちを教えてくれたのじゃ。偏見、支配欲、嫉妬、恐怖。自らの弱さを抱え込んだ大人は何の罪もない無垢な君にそれを押し付けた。」

 

情けない、と校長は首を振る。そしてエルファバの手を握り、頭を下げた。

 

「すまなかった…君をこんな目に合わして…すまなかった…すまなかった…。」

 

エルファバは声が出なかった。この弱々しい校長のせいではないのに。そんなに謝らないでほしかった。

 

「そ…ん………な………。」

 

ダンブルドア校長はゆっくり顔を上げると、静かに話した。

 

「気持ちが落ち着くまで、ここにおるがよい。何日でも何ヶ月でも。君が受けた心の傷は本来何年かかっても癒されるものではないのじゃよ。無理をせんでよい。」

「…ありがとうございます…。」

「ゆっくりおやすみ。」

 

校長のしわくちゃな手は離れ、エルファバからどんどん遠ざかっていく。それが寂しいような、ほっとしたような、複雑な心境だった。

 

歪な氷からトゲが生え、刺さってヒビが入り、欠片が風に飛ばされ、吹き荒れる。

 

エルファバは氷の世界でただただ泣き叫んだ。



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7.日記帳と姉妹の誤解

「ルーピン教授、もう平気なの?」

「ああ、大丈夫だよ。」

 

エディはルーピン教授にもらった紅茶を啜りながら聞いた。

 

「君こそ、あんまりお転婆しちゃダメだよ。女の子なんだから体に傷ができたら大変だ。」

 

ルーピン教授はエディの右腕に巻かれた包帯を見ながらたしなめるように言う。

 

「えっ、あー、うん。そうだねーあたし一応女に生まれたからねー。気をつけないと。」

「一応って。面白いなあ君は。」

「…ルーピン教授?」

「ん?」

「あのさ、この間のこと覚えてる?」

「どのこと?」

「ルパンさん…じゃなかった、ルーピン教授さ、あたしに手紙くれたの。お茶しようって。それでーあたし手紙に書いてあった場所に行ったんだけど…そのー、ルパンさんいなくて。だからーどうしたのかなって。」

「手紙…?いや、書いてないよ。君と喋りたい時は直接言うからね。本当に私の名前が?」

「えっ、あー、うん。書いてあった。…本当、あー、あたしの勘違いだったのかも。」

「どうやって私だと判断したんだい?」

「いや、なんとなくだよなんとなく。多分、そー、勘違いだったんだと思う。多分。字がルパンさんみたいだったからさー、多分勘違いしたんだよ。」

「…エディ?」

「ん?」

「何か隠してる?」

「かっかっ隠してなんかないよ!!あーあたしもう行かなきゃっ!!バイバイっ!!紅茶ありがとうっ!!」

「この後何も予定ないって言ってなかったっけ?」

 

ルーピン教授が言い終わる前にエディは逃走した。

 

「…君の嘘が明らかに分かりやすいところ、好きだよエディ。」

 

彼は苦笑した。

 

 

 

ーーーーーー

 

エルファバは4日ほど空き教室にで寝泊まりした後、授業に復帰した。一見エルファバは変わりないように思えた。

 

「スミス!ディメンターに襲われたんですって?」

「4日も授業にいないなんて!」

「サボりよサボり!」

「本当、自分の体力の無さは自分のせいなのに!」

「体が弱ければなんでも許されると思ってるのかしらー?」

 

スリザリンの連中はエルファバが帰ってくるなりヤイヤイ囃し立てた。エルファバは何も聞こえていないかのようにそれを無視し、大広間の席に着いた。

 

「エルファバ。あんな奴らの言うこと気にすんなよ。」

「うん。」

「次は数占いね。エルファバ、あとでノート見せるわ。」

「うん。ありがとう。」

 

エルファバは熱々のスコーンにクロテッドクリームとイチゴジャムを塗り一口かじった。ロンとハーマイオニーは目配せをする。エルファバがディメンターに襲われて医務室ではないどこか知らないところに隔離されてからというもの、帰ってきたエルファバはおかしかった。1年の最初のエルファバに似ている。心を閉ざし、誰にも助けを求めず、1人で闇を抱え込んでいる。

 

おまけに本人に自覚症状がない。

 

「ハーイ、ハリー。」

「やあ。」

 

ハリーはエルファバの隣に座り、エルファバにスコーンを取るように頼んだ。ハリーもディメンターに襲われて落ちた時箒が使い物にならなくなってしまい、そこからずっと塞ぎ込んでいる。

 

「あっ、えーっと…。」

 

ハーマイオニーはこの気まずい空気で必死に話題を探した。

 

「みんなはこのクリスマス休暇どうするの?」

「僕は残るよ。」

「僕も。パーシーと2週間もいなきゃいけないなんて耐えられない。」

「私もよ。どうしても図書館を使わなきゃいけないし。エルファバは?」

「私もホグワーツかな。」

 

エルファバがアールグレイティーにミルクを入れると透明な金色の液体にドロリとした白が渦を巻く。きっとロンとハーマイオニーはハリーのために残るのだ。エルファバはシンプルに帰りたくないだけだったが、4人と一緒にいるのは嬉しい。

 

「ねえ、エルファバ。そのー、話せる範囲でいいんだけど…ディメンターは君にどんな記憶を見せアイタっ!!」

 

ロンはハーマイオニーに足を踏まれたらしい。エルファバは無表情に3人を見る。付き合いの長い3人でも今のエルファバの感情を読み取るのは不可能だった。

 

「私がエディを凍らせた日の午後から数日間叔父さんの家に行ったら大人たちに地下に連れ込まれて殴られたり刺されたりしたのを思い出したの。」

 

必要最低限の言葉でしか説明されなかったため、その状況の異常性を理解するのに時間がかかった。

 

「えっ…それって…。」

 

ハーマイオニーはガタッと立ち上がり、向かいにいるエルファバに抱きついた。

 

「ハーマイオニー…。」

「…ひぐっ…!そんな感じだと思ってたけど…あんまりだわ…!ひぐっ…辛かったわねエルファバ…辛かったわね…!」

 

エルファバの視界は栗色の毛で遮られている。

 

「ハーマイオニー、どうしてあなたが泣くの?」

「だってえっ…あまりにも理不尽なんですもの!エルファバがされたこと!仕打ち!…私あなたの心が癒されるなら何でもするっ!何でも協力するわっ!」

「ありがとう。」

 

エルファバは一瞬口角を上げ、あたりを見回した。何事かとみんながこちらを見ている。

 

「私…もう行かなきゃ。」

 

ハーマイオニーが止めるより早く、エルファバは半分逃げるように大広間から抜け出した。

友達の優しさが嬉しい反面、そんな優しさを受け取る心の余裕がない自分に罪悪感を覚える。

 

「エルファバ!」

 

大広間を出るとすぐ、誰かに呼び止められた。

 

「アレックスよせよ。やあ、エルファバ。」

「セドリック。」

 

セドリックは友人たちを振り切りながらこちらに近づいてきた。

 

がっしりした体型、茶髪。

 

「大丈夫かい?ずっと姿が見えなかったけど。」

 

エルファバは下がってセドリックと距離をとる。

 

「平気よ。」

 

セドリックの背後でセドリックの友達たちがニヤニヤとこっちを見ている。その笑みがあの大人たちを思い出させる。床でパキパキと何かが割れる音がした。

 

「大丈夫…じゃなさそうだよ…1年の最初の君に戻ったみたいだ。」

「そうかしら。」

 

(セドリックは悪くないのに。私は彼が怖い…。彼の友達が怖い…。)

 

「もしも何か困ったことがあれば、いつでも言ってほしい。できる限り助けになるよ。」

「うん。ごめん、もう行かなきゃ。」

 

エルファバは少しだけ口角を上げ後ずさりして授業へと走って行った。

項垂れたセドリックを物陰に隠れていた友人たちが慰めていたのをエルファバは知らない。

 

 

ーーーーーー

 

 

パキパキ、パキパキ!!

 

ここ1ヶ月毎日、どうやって授業を過ごし、夕食を食べ、寮に戻ったのかはあまり覚えていない。ただこの瞬間だけ、エルファバは生きている実感を噛み締めていた。

 

エルファバは華麗に"スケートリング"の上を滑り、中心地にもみの木の形をした氷を作った。凍った地面に巨大な雪の結晶を描く。木の枝に氷柱を垂らし、クリスタルのように輝くそれを滑る勢いとともに撫でると金管楽器のような澄んだ音が響いた。

 

「あ…。」

 

金色の毛色をしたユニコーンの子ども2匹が不思議そうに蹄で氷をつついていた。エルファバが冷たい風でたてがみを撫ででやるとくすぐったそうに身をよじった。

 

「デフィーソロ!」

 

エルファバは2匹のお客さんのために氷を溶かす。エルファバの存在に気づいた2匹はじっとエルファバの様子を伺う。警戒されないようにエルファバはゆっくりとしゃがみ、舌を鳴らす。

 

「おいで。」

 

まだ2匹は警戒している。1匹はゆっくりゆっくりと近づいてくるがもう1匹は動こうともしない。

 

「ロコモーター 動け」

 

エルファバは何もないところに呪文を唱える。すると杖からぼんやりとした光がゆらゆらとエルファバの周りを漂う。それを包むようにエルファバは手から雪を出す。

 

「できた…!」

 

エルファバの膝ぐらいの氷のユニコーンがエルファバの元を駆け回り、そして本物のユニコーンの元へと走った。一回ビクッと体を震わせた2匹だったが無邪気にじゃれるエルファバのユニコーンと遊び始めた。

 

試行錯誤した結果、エルファバはついに魔法を生かしながら自分の"力"を残すことに成功した。

 

がさがさっ。

 

エルファバは不自然な草の音に飛び跳ねた。周辺に氷が張られる。

 

「はぁっはぁっ…!!」

 

音の先から荒い息遣いが聞こえる。ユニコーンたちはその音に驚き、逃げ出した。エルファバは杖を向けた。教授だったらエルファバを見つけた段階ですぐに姿を見せるはずだ。暗闇の中、お互いの様子を伺うのは果てしなく長い時間に思えた。

 

「誰なの?」

 

エルファバは声をかけた。

 

「シリウス・ブラック?」

 

厳重な警備とはいえ1度はここよりも厳しいセキュリティのアズカバンを抜けてきたのだ。ここにいても不思議ではない。草陰に隠れている誰かはその名前を聞くと、ヒッ!と声を上げた。その声に聞き覚えがあった。

 

「ピーター・ペティグリュー?」

「うっ!」

「ルーモス光よ。」

 

エルファバが明かりを灯すと、痩せこけたネズミのような顔のピーター・ペティグリューがいた。汗が光に反射し、シリウス・ブラックに会った時以上にひどい顔をしている。

 

「えっエルファバぁっ………!」

 

向こうはエルファバと2年間も一緒にいるから知っている。しかしエルファバからすれば初対面同然の相手に名前を呼ばれるのは身震いした。それも相手がよだれを垂らしながら手を伸ばしてくるのだから。ピーター・ペティグリューとエルファバの距離はそれなりにあるが、エルファバはいつでも逃げれるように構えた。

 

「どぉこぉ…にっきぃ…。」

「日記…?」

「グリンダのぉにっきぃ…ないところされちゃうよぉ…!」

 

涙と鼻水と汗でピーター・ペティグリューの顔はぐちゃぐちゃだ。

 

「グリンダの日記?あれは2年の時に箱ごと盗まれて…誰に殺されるの?」

「僕が!!僕が取ったんだあっ!!けどないんだあっ!!あの方に言われて持ってこないと僕は死んじゃうんだあっ!!」

 

ペティグリューの叫び声はホグワーツ城に反響した。

その時である。

 

「誰かそこにいるのか?」

 

遠くで声が聞こえた。

 

「ひいいいいいいいっ!!!」

 

ピーター・ペティグリューとエルファバが動いたのはほぼ同タイミングだった。

 

(考えるべきだったわ。ユニコーンが来れる場所まできてしまっていたんだわ!)

 

エルファバは来た道を必死に走った。

 

「やだっやだよおおおおおっ!!!」

 

ピーター・ペティグリューも骨と皮だけの体でゼエゼエ隣を走っている。運動神経がお世辞にも良いとはいえないエルファバを追い越した。

 

「ピーター…?!」

 

しかし、それが仇となった。角を曲がったところでピーター・ペティグリューは誰かに見つかったらしい。エルファバは急停止し、息を殺して草陰に隠れた。

 

「ピーター!」

「りっリーマスぅぅぅぅっ!!」

「ピーター、まさかとは思ったが、やっぱり君だったのか…なぜここに…?」

「こっここが安全だと思ったからだ!ここならシリウスから逃げられると思ったんだ!」

「ディメンターの目をどうやってかいくぐった?」

「ぼっ僕はアニメーガスだから!ディメンターは人間にしか興味ないみたいで…。」

「!それでシリウスは脱獄できたのか!」

「リーマス!お願いだよぉっ…助けてくれよぉ…。」

 

大の大人の情けない泣き声が反響する。

 

「シリウスが僕を殺しに来るよぉっ…!!」

「分かったピーター。君を助けよう。でも1つだけ聞きたいことがあるんだ。」

「なんだい…?」

「さっき誰と話してたんだい?」

 

エルファバの近くにある草が氷に変わった。

 

「エルファバ・スミスだ…ちっ違う!僕じゃない!僕じゃないよリーマス!あの子が勝手に外に出て遊んでたんだ!」

「消灯時間の過ぎたこの真夜中にかい?」

「リーマス、何も不思議じゃないさ…僕らだってやってただろう?けどあの子は恐ろしいよ…グリンダと一緒だ!自分の能力に飲み込まれようとしてる!」

 

エルファバは冷気がそっちに伝わっていないことを祈るばかりだ。

 

「まさか、今ここにいるのかあの子は?エルファバ!いるなら出てきなさい!」

 

これがマクゴナガル教授なら大人しく出てきただろう。しかしルーピン教授の前に出て行くわけにはいかなかった。ペティグリューが何をしでかすかも分かったものではない。

 

「彼女はいないよ…さっき君の声を聞いたら逃げて行った…。」

「…氷が証拠だ…教授として罰則をつけなければ。」

「リーマス。良かったよ…教職について…ダンブルドアなら君の…その、持病も理解してるし。不安定な仕事より安定してるし。」

「…ありがとうピーター。」

 

ルーピン教授とペティグリューは恐る恐る、かつての波長を探るように話した。ルーピン教授の声はエルファバたちが知らない声色だった。

 

「リーマス…その、本当は君のことを助けられたらと思っていたよ。僕は逃げてばかりの臆病者だ。君の事情を知っていたのに自分のことに必死になって…ごめんね。」

「いいんだ。」

 

エルファバは物音を立てないように細心の注意を払いながらじっと話を聞いた。ピーターのさっきの焦り方とは別人のような落ち着きぶりにエルファバは驚く。シリウス・ブラックとハリーの父親が親友だったようにこの2人も親友だったのだろう。段々、数十年の年月を感じさせない昨晩も話していたかのような雰囲気へと変わる。

 

「あ、そうだ忘れる前に…君に警告しなきゃいけないことがある。エルファバ・スミス…あの子は自らの能力に魅了されてるんだ。今呼んだら毎晩の楽しみを邪魔された怒りで凍らされてしまうかもしれない。」

 

突如エルファバの名前がねじ込まれ、耳を疑った。

 

「あの子はそんな子じゃ…。」

「もちろん本人はそんな子じゃない。でもグリンダと一緒だ。誰も彼女みたいに意志の強い女性が例のあの人の側につくなんて想像つかなかっただろう?でも彼女は自分のできることに酔ってしまったんだ。さっき彼女を見つけて警告したんだ。グリンダの日記があれば自分を止められるってね。」

「それであの子は?」

「自分のことを怪物だと言いたいのかと怒ってね…さっき叫んだのは彼女の能力で危うく凍らされかけたからだよ。」

 

(そんなこと!!)

 

もしもエルファバでなければ誰もがこの濡れ衣に対してその場で声を上げただろう。しかしそこは寡黙なエルファバだった。心の中にとどめた。巧妙なウソだった。仮に日記という単語が聞こえても話が矛盾しないようにしたのだろう。

 

しかし、エルファバには言葉以外に感情を表す手段があった。

 

ピキピキピキ…。

 

エルファバは隠れた草陰が凍っていくことに気づいた。エルファバはゆっくり、ゆっくり、音を立てないように後ずさる。早く離れなければ気温の低下か氷、雪などでエルファバの存在に気づかれてしまう。

 

自分の体から冷気が出ているのを感じ、エルファバの周囲はどんどん凍っていった。

 

そして何より、嗚咽が漏れないように必死にパジャマごと腕を噛む。

 

(こんな私だからお父さんもお母さんも私を愛してくれない。大事な妹と一緒にいることも許されない。自分の好きなものを好きだと言うことも。私だから酷いことをされても誰も助けてられない。助けてくれない。)

 

「リーマス…お願いだ助けてくれ…僕はどうしたら…。」

「…分かった。どうにか手を打と…」

 

ルーピン教授とペティグリューの会話がどんどん聞こえなくなり、数メートルほど離れたと同時にエルファバは駆け足でその場から逃げ出した。

 

その後どうなったのかはエルファバはわからなかった。魔法省がペティグリューを保護したというニュースを聞くことはなかったしエルファバはちょくちょく体調を崩すことが増え、ルーピン教授の授業も休みがちになったからだ。それに授業に行っても彼がそれを追及することはなかった。一方、クィディッチでハッフルパフがレイブンクローにぺしゃんこにされたことによりグリフィンドール優勝への可能性が上がり、寮内は喜びに沸いた。

 

「ほらあっ!見ろよエディ!言っただろ?前回はディメンターが入ってきたから僕らが負けただけで別にハッフルパフは強いチームでもなんでもないさ!」

「え〜。そんな言い方ないじゃない〜。セドリックはすごいシーカーよ。それにあたしも来年チームに入って活躍してやるんだから!」

「あれ?クィディッチよりも"ばすけ"の方が面白いんじゃなかったっけ?」

「ん、まあ、考えが変わったの。クィディッチの金の玉取ったら大量得点の試合終了っていうマグルのスポーツからすると意味不なルールは納得できないけど、箒に乗ってやるスリリングなゲームは試合を見てかっちょいいと思ったわ。それにちょっとバスケに似てるし!あ、明日試合やるから来てねー。」

 

最近エディはホグワーツ内でバスケチームを結成した。メンバー募集のためにチラシが城中にバラまかれ、面白いこと大好きな赤毛双子+リー・ジョーダンが宣伝に参加したことにより、最終的には夕食の大広間に大量のミニバスケットボールが降るという軽い珍事件が起こった。最初はルールの分かるマグル生まれの生徒のみでやっていたが、魔法を一切使わない自らの勘と運動神経勝負のスポーツというのは魔法使いたちからすれば斬新で面白いらしい。

 

「やっと寮対抗でやれるようになったよー。まだスリザリンが足りないけど、まあどうにかなるっしょー。」

 

ちなみにエディは初心者の多いチームの中で強すぎるので試合に参加することができず、指導の立場になった。

 

「もうそろそろバスケットボールがフィルチの持ち込み禁止リストに入るんじゃないかって噂だけど。」

 

ハッフルパフの敗北に少し機嫌をよくしたハリーはローストビーフの脂身を取り除きながら言った。ハーマイオニーとロンはいない。ロンはハリーをバカにするマルフォイにキレてワニの心臓を投げつけたために罰則を受けており、ハーマイオニーはどこにいるか不明だ。

 

「ところでエルファバさ、今週末空いてる?みんながホグズミードに行っている時。」

「うん。」

「じゃあその時ついて来て欲しいところがあるんだ。いいかな?」

「うん。」

 

エルファバは柔らかい出来立ての白パンをちぎった。その時グリフィンドール優勝に燃えるウッドがこっちに接近してきた。

 

「あ…僕行かなきゃ…。」

 

幻覚だろうか。ウッドの背後には炎が見える。ハリーがパンをくわえて早足に去ったあと、エルファバはコーンスープをすすった。

 

「エルフィー。」

 

先ほどまで友達と話していたエディがエルファバの正面に座っていた。思わずたじろぐがエルファバは持ち直し精一杯睨みつけた。

 

「なによ。」

「エルフィー、大丈夫なの?ルーピン教授が言ってたの。ここ最近エルフィーが授業に来てないって。病気だって聞いたけど、セドリックもエルフィーの心配をしてるし、あたしもエルフィーの心配してるわ。」

 

エルファバは荷物を持って早足で大広間の出口へと向かった。

 

「エルフィー!待って!」

「あっち行ってよエディ。」

 

エディはいつの間にかエルファバの背を越していた。運動神経のいいエディはすぐにエルファバの腕を掴んだ。

 

「どうしてエルフィーはあたしが嫌いなの?嫌なことしたなら謝る!あたしずっとずっと寂しかったの!そりゃ、ここの友達は最高よ。あたしのこと変人って言わないし、みんな何しても笑って許してくれる。エルフィーのこと知ってるし、魔法がいっぱい学べるし、他にもたくさん…でも!エルフィーがいなきゃ!やっとエルフィーと話せると思ったのに!前と変わらないし、この前のクィディッチの試合でエルフィー倒れちゃってそこからずっと変だし!」

 

エディは泣きそうな顔でエルファバを見た。そんな顔を見るとエルファバの心も揺らぐ。

 

「逆にあなたはどうして私なんかと関わりたいのよ。」

「だって、エルフィーみたいに優しい人はいないし!ホグワーツの人だって言うもん!エルフィーは静かで何考えてんのか分からないけど!いっつも誰かを助けてるって!みんなを助けるために大蛇に立ち向かう人なんてこの世にいない。エルフィーは私のことを一番理解してくれるの!あたしが危険な目に遭ったら真っ先に助けてくれて…!」

「私あなたを殺しかけたのよ?それなのに、そんなのおかしいわ。」

「?エルフィー何言ってんの?」

「何って…!私が7歳の時!公園で私の魔法があなたの体に当たって!どんどんあなたの体凍っちゃったじゃない!それで私お母さんにも嫌われて…。」

「?エルフィー、あたしそれ覚えてない。」

 

エルファバは頭を鈍器で殴られたような感覚に襲われた。考えてみればエディはその時4歳だった。エルファバにとってはかなりショッキングな出来事ではあったがエディはどうなのだろうか。たくさんの出来事があった中で、エディにとって大したことのない出来事なら…。

 

「じゃあ、そのあと叔父さんの家に行ったことは…?」

「叔父さんの家?叔父さんの家にはしょっちゅう行ってるけど?」

「そのあと叔父さんの家に行って、いとこたちが暴力を振るわれてたのは?2人で怖い大人から逃げたことは?…私がいなくなってたことは?」

「…エルフィーが何日かいなくなった時?もしかして、ママがエルフィーが悪い子だからお仕置きされてるって言って。そこからエルフィーは私と話してくれなくなったこと?…あっ。」

 

エディの顔がみるみる青ざめていく。小さかったエディからすれば記憶が断片的でつながっていなかったのだろう。違う理由だが、エルファバ自身も忘れていたのだ。

 

「叔父さんの家で、なに、されたの?」

「あなたの家族を壊したのは、私なのよ。」

 

そろそろ授業が始まろうとしていた。生徒たちは2人のことなど目に入らず、せわしなく次の授業の準備をしていた。

 

「私がいなければ、あなたはもっと幸せだった。お母さんもお父さんももっと笑ってた。こんな"力"がなければ、あなたは普通の生活を送ってたわ。私なんかいなければ…。」

「エルフィー、どうしてそんなこと言うの?違うでしょ?待って、あたし何を知らないの?エルフィーがあたしを嫌っている理由は他にあるの?」

「あなたは覚えていないでしょうけど、覚えてたら私のことなんか追いかけないわよ!お母さんだって私がそんなことしたから私のこと嫌いなのよ!お父さんだって…。」

「エルフィー、あたしのお姉ちゃんはエルフィーじゃなきゃ!お願いだからそんなこと言わないでよ!」

「そんな重要なことを忘れてるあなたなんか…どうせ別に私じゃなくたっていいのよ。私はあなたのお姉ちゃんなんかじゃない!」

 

エディは下唇を噛んだ。この数年間何を言われてもめげなかったエディがだ。

エルファバも胸が張り裂けそうだった。

 

「授業が始まりますよ!早く準備なさい!」

 

その言葉を合図にエルファバは逃げるようにその場から去った。1度も振り返らなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

乳白色の空の下、ホグワーツの中はクリスマス・モード一色だった。雪が校庭と屋根に降り積もり、色とりどりのコートを身にまとった生徒たちがワクワクしながらホグズミードに歩いていた。

 

そんな中で逆方向に行く生徒が2名。

 

「私はよからぬことを企むものなり。 」

 

ハリーがボロボロの羊皮紙に呪文を唱えた。杖の触れた先からインクの線が走り出す。

 

「これ…。」

「ホグワーツの地図だよ。初日に列車でフレッドとジョージがくれたんだ。去年君がいなくなった時にこれで君の居場所を見つけてたんだって。」

 

ハリーは地図を用心深く見ながら何かを探していた。地図上には動く点がいくつもあり、それにはそれぞれ名前がふられている。

 

「誰がどこにいるのか分かるの?」

「うん。見つけた。」

 

歩き出すハリーにエルファバはついていく。

 

「これから起こることは誰にも言わないでほしいんだ。ロンにも、ハーマイオニーにも。」

 

エルファバは信じられないといった目でハリーを見た。こういう秘密事をするのはハリー自身が好きではないはずだ。

 

「もちろん、いつかは言うさ。でもハーマイオニーもロンも僕の言うことを信じてくれるとは思えない。実際そうだから最近その話題を避けてるんだ。1番信じてくれそうなのは君だ。」

「何を言って…?」

「シッ!」

 

誰もいない、肖像画すらない辺鄙な廊下だった。そこに扉がある。エルファバが少し前までいた空き教室だった。

 

「アロホモラ 開け」

 

ハリーは鍵のかかった扉を開け、エルファバに入るように促した。ボロボロの棚と机とベッドしかない部屋だ。

 

「パットフット。僕はプロングスの息子だ。」

 

ハリーがそう言うと、石と爪が擦れる音がした。それがこちらに近づいてくる。ベッドの下から現れたのは大きな黒い犬。

 

「レイン…。」

 

エルファバは思わず呟いた。前よりも毛並みが良くなっている気がする。黒い犬はハリーとエルファバを交互に見たあと、影が伸びた。

 

「久しぶりだな、お嬢ちゃん。」

「シリウス・ブラック…。」

 

前と変わらない姿のシリウス・ブラックがエルファバの前に立っていた。



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8.とんだクリスマス

「ハリー、食いモンっ!」

「はい。」

 

ハリーが少し膨らんだバックを渡すとシリウス・ブラックはすぐさまひっくり返し、中から出てきたミートパイやチキンやフルーツにがっつき始めた。

 

「ハリー。」

「分かってる。説明するよ。」

 

ハリーはエルファバに座るように促した。エルファバは冷たい石畳であぐらをかいた。

 

「新学期初日にフレッドとジョージにこの地図をもらった。君に見せた通り、これはホグワーツの地図で、どこに誰がいるのか分かる。理由は去年エルファバがいなくなった時にエルファバの存在を知ってたのに面白がって教えなかった結果エルファバが氷の中に閉じ込められた。それに対する償いとホグズミードに行けない僕を気遣ってくれたんだ。で、僕は暇さえあればずっとこれを眺めてた。」

「その時に彼の名前を?」

「そう。最初のホグズミード行きを見計らって彼のいる場所に来たんだ。彼に全部聞いた。…シリウスは無実だったんだ。」

 

(シリウス?)

 

エルファバはごく自然に呼ばれるブラックの名前に眉をひそめた。彼らの関係が相当親密になっている証拠だった。

 

「やっぱり僕が正しかったんだ。ピーター・ペティグリューと彼の立場は逆で、ペティグリューが最終的に自分の死を装ってシリウスに罪を着せたんだ。13年間アズカバンに囚われたシリウスは自分が無実だという真実で正気を保ち続けてた。けどある日新聞である記事を見つけたんだ。」

 

タイミング良く、シリウス・ブラックはかぼちゃジュースを一気飲みしながら古びた新聞紙を投げてきた。

 

「ロンがエジプトに行った記事。」

「まさかこれで見分けられたってこと?」

「俺は奴が変身した姿を何百万回も見てるからな。それに前足が欠けてる。」

 

シリウス・ブラックはエルファバを話が分かる人物だと判断したらしい。チキンを飲み込んでハリーに代わって話し始めた。

 

「いろいろ端折るが、俺はハリーを守るために犬になって脱獄した。でずっと犬になって必死にハリーの元へと近づいた時、気持ちの緩みからかさすがに体の限界が来た。前足を怪我してたもんだから倒れ込んでいたら、隣で寝てた黒猫と共にある少女が自分の部屋に俺を運んだわけだ。」

「私?」

「ご名答。まあ、こっからはお嬢ちゃんも分かってるはずさ。目覚めた時はこんなことしてる暇はねえと思ったが、俺を拾ってくれた子は魔女だと一発で分かったよ。見た目オルレアンだったからな。だから計画を変更したんだ。」

「杖を盗るために大人しくしてたってわけね。」

 

シリウス・ブラックのローブからはみ出てる白い杖を見ながらエルファバは答えた。

 

「まあ最初の目的としてはそういうことだった。けどお前がハリーという名前を出しただろう?『ハリーって親友からの手紙なの。優しくて頭も良くて、才能に溢れている…けどすごく謙虚な人なの。』って。」

 

シリウス・ブラックがわざと裏声を出してエルファバの口調を真似た。エルファバは恥ずかしいやらイライラするやらで顔を背けた。ハリーは苦笑した。

 

「だから、お前についていけばハリーに会える可能性がかなり高いと踏み杖を盗むのはやめてそのまま家にいることにした…勘は正しかった。これだよ。」

 

くしゃくしゃになった紙をこちらに投げてきた。開く見慣れた字で書かれてあった。

 

ーーーーー

 

エルファバ

やあエルファバ。今すごいこと聞いちゃったんだ。ハリーがおばさんを膨らませたって!ずっとハリーのこといじめてたマージ叔母さんって奴だよ。ざまあ見やがれだ!あ、でもパパが言うには怒りによる魔力の爆発だからお咎めはないってよ。だから心配しないでね。

ハリーはこれから漏れ鍋で過ごすらしいんだ。僕らもエジプトから帰ってきたらそっちで滞在する予定だけどそこで落ち合わないかい?ハーマイオニーは来れるってよ。今返事が来た。

返事待ってるよ!

 

ロン

 

ーーーーー

 

もう1通は魔法省の“M”マークが付いている手紙だった。

見覚えがない。

 

ーーーーー

ミス・スミス

 

本日14:17頃、貴殿の住居周辺において「物質一時停止呪文」と「呪文解除呪文」が使われたとの情報を受け取りました。しかし、調査の結果、国際機密保持法により貴殿が他者の命を守るための行為であったと認められたためここにお知らせします。

 

楽しい休暇を!

 

魔法不適正使用取締局

マファルダ・ホップカーク

 

ーーーーー

 

「この手紙でハリーもピーターもどこにいるのか分かった。だからもう1通の魔法省からの手紙を持って行ってハリーに見せた。ちょうど偶然にも…ハリーも叔母さんを膨らませて悪さをしたようだし(シリウスはハリーにニヤッと笑いかけた)、魔法を使った2人のホグワーツ生へのお目付役になったと伝えた。おかげで物事がかなりスムーズに進んだ。」

 

ここまでシリウス・ブラックが話したところでエルファバはたまらず言った。

 

「杖返してください。」

「悪いが俺もこれがないと困るんだよ。今は主に食べ物の調達とかあとは万が一身を守るときに。それにお嬢ちゃんの杖を交換したら俺がホグワーツ内にいるのがバレる。」

「でもそれは母の形見で…。」

「俺だって交換したいものなら交換したいさ。まだ杖の所有権がお嬢ちゃんにあるみたいで言うこと聞かねえんだ。杖元々も癖が強いみたいだしな。」

「エルファバ、お願いだ。もう少し待っててほしい。」

「ハリー。そもそも彼が話すことには全く証拠も根拠もないわ。仮に彼が無実だったとしても、アニメーガスである段階で違法だし杖を故意に盗んだんだから杖窃盗罪よ。普通の窃盗罪より罪が重いわ。」

 

ハリーは悲しげに顔を歪めた。エルファバの良心が痛む。

 

「君なら信じてくれると思ったのに。」

「ミスター・ブラック、私に忘却呪文は効きませんよ。」

「チッ。」

 

シリウス・ブラックはエルファバの杖を渋々しまった。氷がどの魔法も通さないのはエルファバ自身が証明済みだ。攻撃的なシリウス・ブラックには全く罪悪感が湧かなかった。

 

「ハリー。信じてないわけではないわ。この前ピーター・ペティグリューに会って、人柄が分かったの。」

「えっ?」

「は?」

 

エルファバはこの間の深夜に起こった出来事を説明した。シリウス・ブラックは長い顎髭を撫でながら考え込んだ。きっと長い間体を清潔にしていないのだろう。

 

「じゃあルーピン教授はピーター・ペティグリューと一緒にいる可能性があるってこと?地図には出てなかったけど…。ああ、ルーピン教授も僕の父さんたちと親友だったから注意して見てたんだ。」

 

エルファバが怪訝そうな顔をしたのが分かったらしい。ハリーが説明をいれた。

 

「ああ…その下り全部ミスター・ブラックに聞いたのね。」

「うん。ルーピン教授はシリウスに協力してくれそうか聞きたくて声かけたんだ…結果は難しかったけど。エルファバは、ペティグリューにひどいことされたんだ。信じてくれるよね?」

「ええ。信じるわよ。でも、私が言ってるのは世間的な信頼のことよ。」

「お嬢ちゃんの言う通りだハリー。残念ながら13歳の魔法使い2人の証言じゃ信ぴょう性はない。リーマスがピーターと接触したなら信じてくれると思ったが…魔法省も動いてないとなるとリーマスがピーターに丸め込まれた可能性、あるいは記憶修正されてるとか。俺らはあいつを甘く見てたが、今思うと意外とピンチの時に何かよく分かんねーパワー出してたもんだ。」

 

ハリーはエルファバがシリウス・ブラックを信用していないと思った時よりも落ち込んでいた。

 

「ああ、あと…お嬢ちゃんが言ってる日記帳ってのはこれか?」

 

シリウスは近くにある机の中をゴソゴソと探り、なにかを取り出した。

それは繊細な雪の結晶が描かれたボロボロのノートだった。紛れもなくグリンダのノートだ。

 

「あっ、それ!!どうして?!」

「クルックシャンクスだよ。」

「クルックシャンクス?」

 

突然出たなんも関連が無さそうなハーマイオニーの猫の名前だ。ハリーの代わりにシリウス・ブラックは続けた。

 

「ハリーと出会う前に俺は、クルックシャンクスと接触をしてたんだ。向こうは俺が人間だと確信して警戒していたが、最終的には俺の目的を理解し、いろいろ手助けしてくれた。食い物を運んできたり、ピーターが校内に入り込んでないか、あとはお金のやり取りとかな。その時にピーターの臭いがする品としてこれを持ってきたわけだ。」

 

エルファバはクルックシャンクスの頭の良さに舌を巻いた。ハーマイオニーが聞いたら泣いて喜ぶ。

 

「ピーターはそれを探して…何のために。」

「大方、お嬢ちゃんの氷のパワーに関することだろう。あの方ってピーターが言う相手は1人しかない。ヴォルデモートだ。日記帳を自分で隠した理由は分からないがおそらくヴォルデモートを探して見つけ出し自分を助けてもらう代わりに日記帳で情報を与えるつもりだったとかだろう。杖を使わずに操れるしかも魔法に無効化できる力…喉から手が出るほど欲しい情報だろうよ。」

 

エルファバは日記に手を伸ばすがシリウス・ブラックは首を振る。

 

「今は俺が持っていた方がいい。これをお嬢ちゃんが持っていた場合あいつが何をしでかすか分からないからな。13人のマグルを殺害した奴なんだ。いくらお嬢ちゃんが魔法を通さない氷を作れたとしても、お尋ね者で常に隠れている俺が持っているのが賢明だ。」

 

悔しいがその通りだとエルファバがガックリ肩を落とす。やり取りを聞いていたハリーが思わず口を出した。

 

「僕、あなたが早く無罪になってほしい。13年もディメンターと一緒にいて、逃げれた今もこんな生活してて…無罪の人がこんなことするべきじゃないんだ。」

「ハリー、そう言ってもらえるだけでありがたいよ。」

「僕ダーズリーなんかとじゃなくて、ゴットファーザーのあなたと一緒に暮らしたい!」

 

シリウス・ブラックの目が大きく見開かれた。まさかハリーがそんなことを思ってるとは考えてなかったらしい。かなり動揺していた。恐る恐るといった感じでやせ細った手をハリーの頭に乗っけて、ハリーのくしゃくしゃな黒髪に触れた。

 

「そんな…いいのか俺なんかで…?13年も離れてた俺で?」

「その…あなたが…良ければですけど…。」

 

ハリーは自分が思わず言った言葉が急に恥ずかしくなったらしい。少し顔を赤らめながらうなづいた。

シリウス・ブラックの顔はぱあっと輝いた。ハリーを助けるために死に物狂いでアズカバンから脱獄し、今も続く辛い生活が全て報われた… 13年の長い苦しみなどなかったかのような快活な笑みだ。

 

が、意地なのかエルファバという第三者が近くにいたからか、それは口に出さず少し乱暴気味にハリーの頭をワシャワシャと撫でた。

 

「君が望むなら。」

 

エルファバはその2人を眺めてた。ほとんどお互いを知らない人物が絆で繋がれることもあるんだとしみじみ実感した。ハリーが彼を信じ続けてた理由はこういうことだったのだ。

 

ハリーが嬉しそうに顔を上げた時、明るいグリーンの瞳が輝いていた。その瞬間、セピア色の女性がエルファバの頭の中で微笑んでいた。

 

(エルファバ・リリー・スミス。リリー。私のゴットマザー。)

 

ハリーの輝くグリーンと今はないグリンダの日記の中でグリンダと笑ってたあの女性の瞳が重なった。セピア色の彼女の瞳だけ、ハリーの瞳に色付いた。

 

「ハリー。君はジェームズに、君の父さんの生き写しだ。けど目だけ違う。目はリリー、君の母親にそっくりだ。」

 

シリウスはハリーの顔を見ながら言った。

 

ハリーとシリウス・ブラックを自分とゴットマザーに重ねていた。いつかこんな人が自分の前に現われるかもしれないと夢見ていた。しかしそれは本当に夢だった。

 

「あなたが無罪になるように協力します。」

 

シリウス・ブラックと別れる直前エルファバは言った。

 

「ただし無罪になった暁には杖を返してください。それと私はお嬢ちゃんじゃなくてエルファバです。」

「…分かったよ。」

 

シリウス・ブラックは頭をガシガシかきながら気まずそうに答えた。

 

「けど、見た目が本当に"お嬢ちゃん"なんだよな。13歳とは思えねえ。年齢詐欺してんじゃねーか?」

 

シリウス・ブラックはニヤニヤしながらエルファバをからかった。エルファバは無表情にシリウス・ブラックを見てからさっさと空き教室を出た。

 

「エルファバ。マントかぶって。」

 

ハリーと一緒に透明マントに入り姿が見えないまま、グリフィンドール寮へと帰って来る。ガラガラの寮でハリーとエルファバはシリウスを無罪にする計画を立て始めた。

 

「まずペティグリューを探さなきゃ。どこにいるのかな?僕ここ最近クィディッチの練習で疲れて全然地図見れてなくて…。」

「ペティグリューはネズミになれるからこの地図にはのってない場所に潜んでるかも。バジリスクみたいにパイプとか排水溝とか。」

「そうだね。もしそうだとしたらどうやって捕まえよう…?」

「ルーピン教授がペティグリューをどうしたのか聞いたほうがいいかもね。忘却されてるなら忘却したということが証拠になるかも。…ねえ、これロンとハーマイオニーには言わないの?」

「君も言ったようにまだ彼らを信用させる証拠がない。下手にシリウスの居場所とそれを知る手段を2人に教えたくないんだ。」

「…分かった。」

 

隠し事が嫌いなハリーがここまでするのだから相当の覚悟だろう。4人で考えれば心強いがハリーの意見も一理ある。2人で計画を立てているとゾロゾロとホグズミード帰りの生徒が寮を出入りするようになり、それはお開きになった。

 

ーーーーー

 

1番好きなシーズンは何かと聞かれたら、エルファバは迷わずクリスマスだと答える。いい子でいればサンタクロースはやってくる。しかしエルファバの場合は違った。エルファバの元にサンタクロースが来たことはなかった。エルファバはずっと自分が悪い子だからだと思っていたが蓋を開ければなんてことはない。サンタクロースは親なのだから。

 

(でも、1回そんな夢を見てみたかったなあ。)

 

ホグワーツ入学前、クリスマスのたびに悲しい思いをしたのを覚えている。窓から聞こえる笑い声を聞くたびにエルファバは自分が嫌いになっていった。しかし今は違う。サンタクロースではないがそれよりも素晴らしくて大事な友達たちがクリスマスにプレゼントをくれるのだから。

 

「メリークリスマス、ハーマイオニー!」

「メリークリスマス、エルファバ!」

 

起きがけにエルファバとハーマイオニーは抱き合った。

去年のクリスマスはエルファバが諸事情により医務室にいたし、秘密の部屋の騒ぎであまりクリスマスどころではなかったので、しっかりと堪能するのは2年ぶりだ。

 

今も悩み事は尽きないし、完全に心が晴れている訳ではなかったが。シリウス・ブラックという別の悩みの種も増えた。

 

「クリスマスプレゼント見に行きましょう!」

「うん。」

 

エルファバとハーマイオニーは起きたのが早かったらしい。談話室には誰もいなかった。

 

クリスマスツリーに駆け寄り、エルファバは早速丁寧に包み紙を開け始めた。ハリーは書くたびに色が変わるインク、ロンは毎年恒例のお菓子セット、エディからはマフラー。ミセス・ウィーズリーからは真紅のセーターと手作りのミンスパイ、ナッツ入りの砂糖菓子だ。ハグリッドは噛み付く財布だった。セドリックからはキレイな髪飾りだった(「ねえ、もういい加減セドリックがあなたを好きだと認めたらどう?」「もうっ、そんなんじゃないったら。」)。

 

「うわっ。」

 

ハーマイオニーからはエルファバの身長ほどある熊の人形だった。足の裏を押せば小さくなる。しかもラベンダーのいい匂いがする。エルファバは肌触り最高の熊に抱きついた。心が軽くなった気がする。

 

ディメンターによって呼び覚まされた悪夢を癒してくれるのはいつだって友達だった。

 

エルファバとエディは2人で大広間まで降りるとハリーとロンが待っていた。

 

「メリークリスマス!ロン、ハリー!」

「メリークリスマス、エルファバ。プレゼントすごくクールだった!あの動く人形を見れば箒乗る時の正しいフォームがわかるよ!」

「ハリーこそ。あのインク本当に綺麗…」

 

ハリーとエルファバが仲良く話しているが、ハーマイオニーとロンがお互いに全く口を効いていないことに気づいた。

 

「今度は何で喧嘩してるの。」

 

もはやこの2人が喧嘩しているのは日常茶飯事なので特に驚かない。小声で聞いたエルファバにハリーは肩をすくめた。もう相手にしないことにした。

大広間には大きなテーブルが中央に1つ、その上に食器が十二人分用意されていた。どうやら今年は教授たちと一緒にクリスマスを過ごすらしい。

 

「メリークリスマス!よくぞ来てくださった。さあ、お座りお座り!」

 

ダンブルドア校長はずいぶんご機嫌で、陽気にスネイプにクラッカーを渡したり自ら三角帽子を被って皆にご飯を食べるように促した。

 

教授たちを交えた夕食はなかなか面白かった。噂の死を予言するトレローニー教授にも会い、エルファバは死を宣告された。(「白い髪!!!貧弱な体!!!残念ながら…もうまもなく…!!」「貧弱じゃないもん。」)

ダンブルドア校長はエルファバに少し多めにローストビーフを切り分け、いたずらっぽくウインクをした。

ハリーはロンやハーマイオニーを置いて、ご馳走を持って早々に立ち去った。

 

(…シリウスに食べ物を持って行ったのね。教授の前で少し大胆じゃないかしら。)

 

案の定、その背中をスネイプがジッと見ていた。エルファバは心臓に悪く身震いがした。

 

「おうおう、そうじゃ。」

 

ダンブルドア校長はそんなことを全く気にせず、話し出した。エルファバは引き続きローストビーフをかじっている。ハーマイオニーはマクゴナガル教授と話し込み、ロンもどこかへいなくなった。教授陣とクリスマスを過ごすのは気まずく、ハリーを追いかけて行ったのだろう。

 

「エディ・スミスが入学してからホグワーツはずいぶん明るくなったのお。わしは嬉しい。エディは全ての寮の架け橋となってくれていると思う。あそこまで分け隔てなく人と関われる子も珍しい。」

 

エルファバは嬉しいが、素直にその感情を表に出せなかった。

 

「エディは…元々魔力はあったんでしょうか。私正直エディに魔力があった記憶がなくて。」

 

と、自分で言ってふとエディが魔力を発揮するであろう頃に自分がそもそもエディのそばにいなかったことに気づいた。

 

「エディは優秀な魔女だとスプラウト教授が力説しておったぞ。問題は興味のあるものとないものの差が激しすぎることだとも。」

 

ヒクヒクと髭を動かしながら、ダンブルドア校長は話す。エディという存在が面白くてしょうがないといった顔だ。対してスネイプは不愉快極まりないという顔をしていた。エディはスネイプの授業で何度も薬品を爆発させているという噂である。フィルチからもフレッドとジョージ並みに目をつけられているとも。

 

「きっと、君らは良いコンビなんじゃろうな。あの子はいつも君の自慢をしているそうじゃし。仲良くしておいた方が今後哀れなミスター・ディゴリーやその他教授を救うことになるかもしれん。もちろん、君も。」

 

にっこり笑いかける校長にエルファバは曖昧に笑っておいた。いろいろ言いたいことはあるが…確実に入れるのはエディのトラブル気質は決してエルファバがいたところで解決するわけではないということだ。

 

エルファバは冷めたクリームパスタを自分でよそいながら、今ここにエディがいたらどんなに楽しいかと考えた。

 

 

ーーーーー

 

エルファバは寮の戻ると、なんとハリーとロンVSハーマイオニーという構図が出来上がっていた。理由はこうだ。

 

「ハーマイオニーが世界最高の箒を!!教授に調べるように指示したんだ!!」

「ピカピカの箒が1度解体されちゃうんだよ!!」

 

誰もいない談話室での2人の憤慨っぷりは大したものだが、エルファバは至って冷静だった。

 

「…誰からのプレゼントだったの。」

 

エルファバは紅茶を飲み干して静かに聞いた。2人は少し詰まったが、ロンが答えた。

 

「名前はなかった。ハーマイオニーはシリウス・ブラックだって。奴が呪いをかけたかもしれないからって。」

 

エルファバはちらっとハリーを見たが、どうやらビンゴらしい。エルファバからサッと目を逸らした。

おそらくシリウスがあの後サプライズであげたのだろう。クルックシャンクスがお金を確保したと言っていたのはそのためだ。が、今のハリーは事情を知ってもなお、ハーマイオニーにはそれを言えない。

 

「ふーん。」

 

(じゃあハーマイオニーは悪くないじゃない。)

 

エルファバの物言いに若干のトゲがあるのにハリーもロンも気がつかないわけにはいかなかった。ちょっとたじろいで、ハリーはエルファバの説得にかかった。

 

「エルファバ、仮にだよ。もしもすっごい高級で貴重な本が匿名で君の元に届いたとしよう。その本を読もうとした直前、その本には呪いがかかっているかもしれないから1度解体するって言われて没収されたらどう思う?」

 

ハリーの問いにエルファバは淡々と答えた。

 

「別に呪いがかかっていなかったら戻ってくるでしょうから待つわ。ダメだったら…まあ今度自分で買うわ。」

 

これは間接的にハリーに箒は確実に戻ってくるのに何をそこまで怒っているんだと言っていた。ハリーにも伝わったらしく、顔を歪めた。

 

「2人ともハーマイオニーが良かれと思ってやったのに、自分の自己欲求を妨害されたから怒ってるのね。少し意地悪よ。」

 

エルファバは荷物をまとめ、さっさと自分の部屋へと戻る。

入って真っ直ぐにベットの上ですすり泣くハーマイオニーの前に座った。

 

「私の判断よ。ハーマイオニーは悪くないわ。」

 

ハーマイオニーが口を開く前にエルファバは言った。ハーマイオニーはこういう時、同情されるのを嫌がるのだ。エルファバは自分の意思で来たことを知ってほしかった。

 

「男ってバカなのよ。」

 

ハーマイオニーはため息をついてエルファバによりかかる。ハーマイオニーの豊かな栗色の髪がエルファバの顔に覆い被さり、なにも見えなくなった。

 

「箒と自分の命どっちが大事なわけ?もしものことだってあり得るじゃない!ハリーはシリウス・ブラックが無実だって信じて疑わないからあんなこと言うのね。ロンも便乗してっ…関係ないじゃない!あれが本とか何かだったら絶対私の味方してくれた!」

 

エルファバは黙って話を聞いていた。

 

「…ごめんなさい。こんなに愚痴って。」

「いいよ。だって私のゴットマザーがハリーのお母さんだって知った時、私が部屋中凍らしてすっごい寒い中でもハーマイオニーは最後まで慰めてくれたじゃない。それだけじゃない…もう何回ハーマイオニーに慰められたか分からないわ。」

 

エルファバはハーマイオニーの手を握り、口角を上げる。

ハーマイオニーの髪に隠れて全く見えないが。

 

「プレゼントありがとう。あのクマさんと寝始めてから快眠なの。」

「良かった。もう深夜に遊びに行っちゃダメよ。」

 

エルファバは驚いてハーマイオニーを見た。髪で隠れて見えないが。

 

「やだ…知ってたの?」

「当たり前じゃない。あなたがいなくなるとロビンがニャーニャーうるさいのよ。クルックシャンクスに八つ当りするし。ラベンダーとパーバティは気づいてないと思うけどね。」

 

ハーマイオニーは顔を上げて、いたずらっぽく大きな前歯を見せて笑う。やっとエルファバはハーマイオニーの顔が見えた。目が腫れている。

 

「…ごめん。」

「でも窓から見てあなたの"作品"、月に反射して綺麗だった。今度お昼とかに見せてよ、ねっ?」

「…頑張る。」

 

エルファバとハーマイオニーは仲良く、本を読み始めた。

 



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9.守護霊

「あ、ドラコじゃん。」

「スミス、マグルの下等な遊びをホグワーツに広めるな。」

 

エディはありったけの材料(枯れかけの木や噛んだチューインガム、網、針金など)で作ったバスケットゴールでシュート練習をしていた。

 

「下等なんかじゃないよ。ちゃーんとオリンピック…壮大なワールドカップみたいなもんね。そこで認められた公式スポーツですう。」

 

マルフォイはフンっと鼻を鳴らして汚物でも見るような目でゴールとボールを交互に見た。

 

「お前、いつまで包帯巻いてるんだ。」

 

マルフォイはハロウィンから腕に巻かれた包帯を見た。

 

「あー、これ?もうすぐ取れるよ。」

「何の怪我だ。」

「階段に挟まれたの。」

「本当か?」

「…うん。」

「まあ僕からすればどうでもいい話だ。」

「あー、そういえばエルフィーの秘密分かったの?」

「クリスマスに父上に聞いたが何も教えて下さらなかった。自分で探せということなのだろう。けど手がかりがあまりにも少ない…あの冷たい冷気はコントロールして出したものじゃないはずだ。だからもっと兆候があるはず「ドラコって丁寧だねー。父上って呼ぶなんて。パパでいいじゃん、よっ!」」

 

エディが投げたシュートが見事にゴールにスポット入った時、ゴールから鈴の音と何十人もの歓声が聞こえた。

 

「ルーピン教授がゴールした時に分かるようにって呪文かけてくれたの。いーでしょー?ドラコもやってみなよ!」

「わっ!」

 

エディはボールを突然マルフォイにパスしたのでマルフォイは不意をつかれたが、クィディッチで鍛えた反射神経でキャッチした。

 

「危ないだろ!」

「ははっ、ごめんごめん。でも筋よかったよ!投げてみなよ!」

「だから僕は低俗なマグルの遊びなんて「遊びもなにもそのボールをあの輪っかに通すだけだよ!やってみなって!」」

 

マルフォイは渋々、ボールを投げた。

 

「おっ、入った!!」

 

ポスっといい音を立て、マルフォイのボールはちくはぐのゴールへと吸い込まれ、鈴の音と歓声が響いた。

 

「いいじゃんドラコ!あんたも入りなよバスケチーム!」

「…。」

 

マルフォイは認めたくなかった。自分のボールがゴールに入る高揚感と目の前にいる年下の少女の無邪気さに胸がざわついたなんて。

 

ーーーーー

 

ハリーとロンと離れたことでエルファバは自然にハーマイオニーと行動を共にすることが増えたものの、ハーマイオニーはちょくちょく消えるのでエルファバはポツンといることの方が多かった。ハリーは少しそれを気にしているそぶりをみせたが、エルファバ本人はあまり気にしていない。

 

ハリーとの接触が減ったことにより厄介なのはシリウス・ブラックの行動が分からないことだった。エルファバ自らシリウス・ブラックのところに行くのは気が進まない。考えてみれば自分のベッドに彼を寝かせたし、彼は自分の体に乗っかってきたし、膝に顎ものっけてきたし、おまけに彼の前で着替えもした。挙句に杖と日記帳を現在進行形で奪われているのだ。印象がいいわけがない。

 

「じゃあ、授業はここまで。次の範囲の予習を済ませてきてね。エルファバ。」

 

闇の魔術に対する防衛術で久しぶりに授業に現れたルーピン教授はエルファバを呼んだ。

 

「ちょっといいかな。」

 

すでにハーマイオニーは退出していた。ハリーの視線を感じたが、目配せすると不自然なので気づかないフリをしてルーピン教授の元へと向かった。エルファバがペティグリューに会ってから既に2ヶ月近く経っている。

 

「君が夜に寮を抜け出した件だけど、罰則は明日から毎日学年末まで私の書類の処理を手伝うことだ。当然魔法は使わないよ。いいね?」

「はい。…学年末まで…毎日?」

 

今は1月、学年末が終わるのは7月だ。つまりこれから約6ヶ月ほど、毎日放課後苦手なルーピン教授と共に過ごさなくてはならないのだ。苦手なルーピン教授と。大人の男性と。

 

「悪いことしたからね。」

 

(最悪。)

 

通常の罰則は1回の大きな罰、例えばロンがマルフォイにワニの心臓を投げつけてトイレを手で磨かなくてはならなくなったとか、ハリーが車で木に突っ込んだならロックハートのファンレターの返事書きとかだ。1日で終わるものがほとんどだ。

 

「もちろん、私の持病が悪化した時は例外だよ。」

 

こんなに長い罰則なんて聞いたことがなかった。

 

(私への個人的な嫌がらせ?)

 

「私が…その、発作起こした場合はどうするんですか?」

「心配ないよ。君は対策できるだろう?」

「そうじゃなくて…!」

 

ルーピン教授の微笑みがエルファバをイラつかせた。ただ凍るだけではない。エルファバの氷は形状が感情と共に変化する。怒りは針のように鋭いものに変わる。ルーピン教授をあの大人たちと重ねあわせれば彼を傷つけるなど容易い。

 

「私は私の意志関係なくあなたを傷つけることが可能なんです。」

「エルファバ、私も大の大人だ。自分の身ぐらい自分で守れる。君が何も心配することはない。」

 

分かってくれないルーピン教授にイライラした。本物を見せれば恐れてくれるだろうか。

 

(分からないなら今ここで…生徒もいないし…!)

 

ハッとその思考をしている自分にエルファバは気づいた。そして自分自身に失望した。

 

「!?」

 

左手の違和感を感じ、見るとゾッとした。鋭利な氷が左手に握られ、水が滴っていた。

 

「それで私を刺そうとしたのかい?」

 

ルーピン教授は静かにエルファバの目を見て言った。エルファバは慌てて杖を取り出し、呪文を唱え、消失させた。

 

「ごっ…ごめんなさい…!!そうじゃなくて…!」

「エルファバ。」

 

ルーピン教授はエルファバ両肩に手を置き、エルファバの目線に合わせた。反射的にエルファバはルーピン教授の手を解こうとしたが男性の力には勝てない。エルファバは涙目だった。

 

「エルファバ、今も私が怖いかい?」

 

エルファバはうなづく。

 

「どうして?」

「…ごめんなさい…本当に意味はなくて…離してください…。」

 

冷気がエルファバの体から出ていた。このままではルーピン教授の手が凍傷してしまう。

 

「君が正直に答えたら離すよ。どうして私が怖いのかな?」

「…るから…。」

「ごめん、聞こえなかった。」

「…にてるから…。」

「誰に?」

「おじさんに…。わたしは…あなたがこわいし…きずつけたくないから…。」

「君は君を傷つけたおじさんに似ている私が怖い。だから自分の意志関係なく防衛本能で私を傷つけてしまうのが嫌だということかな?」

「うん…。」

 

ルーピン教授は肩に置いた手を優しく滑らせ、エルファバの頭に乗せた。

 

「それを理解しない私に腹が立ち、気づいたら氷が発生していたと。」

「うん。」

「けど、それで激しい自己嫌悪に陥ってる。」

「…はい。」

 

ルーピン教授はポンポンと頭を叩く。

 

「じゃあこの罰則はお互いにとっていいはずだ。」

 

ルーピン教授は再び意味深に微笑んだ。

 

「あの…ペティグ…。」

 

ルーピン教授の目はペティグリューについて言及させない強い何かを感じさせ、エルファバは口をつぐんだ。

 

そんなこんなで始まったエルファバの"罰則"は思いの外うまくいった。エルファバの方でまだルーピン教授に苦手意識があるものの1人で黙々と作業するものを選んだため接する機会はあまりなかった。

 

深夜に"力"を使いたいという衝動もハーマイオニーがくれたクマさんとロビンのおかげで大分抑えられるようになった。

 

「みゃーん。」

 

エルファバは膝にロビンを挟み頭を撫でながら、ピーター・ペティグリューの事件について書かれた章を読んでいた。ロビンはエルファバを独占できてご機嫌である。

 

(ピーター・ペティグリューはグリンダの日記を持っていたけどクルックシャンクスに盗まれた。ルーピン教授はペティグリューのことを覚えている。あの日記の執着からして日記が見つかるまでまだホグワーツにいるはずだわ。ルーピン教授がペティグリュー側について匿ってるのかもしれない。)

 

ハーマイオニーがヨロヨロと部屋に入ってきて、ドサリとベットに倒れこんだ。

 

「ハーマイオニー。少し休んだら?」

「そうしたいけど…まだ宿題が…。」

「宿題って、フィットウィック教授しかないし、そこまで時間かかるわけじゃないから30分ぐらい…。」

「いいえ。それだけじゃないのよ。 他に3教科もあるわ。」

「それってハーマイオニーが授業とってるの?」

「ええ。」

 

(ハーマイオニーだけ私たちと違う次元で生きてるのかしら。1日36時間とか。)

 

「エルファバ。」

「ん?」

「ハリー、まさかシリウス・ブラックと会ってるなんてないわよね?」

 

その瞬間、エルファバの時間が止まった。

 

「…………………………どうしてそう思うの。」

「いや、別に。ハリーがやけに大人しいと思うのよ。ほら、前はブラックのことになると私に食ってかかってたの。箒のことも怒り方が尋常じゃないし…それがないにしても自分が無実だと信じてる人の安否が分からない時にあそこまで大人しいかなって。でもシリウス・ブラックがホグワーツにいるならゴーストか誰かが目撃するわよ。」

「……………………だよね。」

「さっきから気になってたから言うわ。何かしらその沈黙は?」

 

エルファバは膝でゴロニャンしてるロビンを顔の前に掲げて自らの顔を隠した。ロビンの黒いお腹がハーマイオニーの前に立ち塞がる。

 

「エルファバ答えなさい。何を隠してるの?!」

「エルファバ・スミス、黙秘権を使用します。」

「こらー!!」

「ミャー!!」

 

エルファバはロビンを抱えて逃走した。ハリーと口をきいていないがハリーが嫌いなわけではないしそもそも他人の秘密をばらすわけにはいかなかった。

 

「待ちなさいエルファバっ!」

「ロビン!どうしよう?」

「ミャー!」

「そうよね。ハリーとの約束だもん!」

 

談話室は寝る前準備で賑わっていた。ハリーがクィディッチチームのメンバーと話しているのが目に入った。

 

「あれっ。エルフィー猫いたの?」

 

エディは同級生とお菓子を分け合っていた。エルファバは凍りつく。

 

「消灯時間だー!部屋に戻れー!」

 

パーシーの一声が死刑台へのベルだった。みんなおしゃべりをやめてぞろぞろと各部屋に向かい(エディはパーシーに引きずられていった)、エルファバは固まった。

 

「エルファバー?寝るよー?どうしたの血相変えて。」

 

ネグリジェ姿のラベンダーがエルファバに声をかけてきた。

 

(そうだ。消灯時間。パーバティもラベンダーもいるなかで聞けるはずないわ。)

 

「ちょっとね。」

 

案の定、ハーマイオニーがその晩にエルファバを問いただすことはなかった。しかしその翌日からはハーマイオニーはエルファバからしつこく問いただすようになった。朝食、授業の合間、昼食、授業の合間、夕食、寝る前。

 

「エルファバ、ハリーの危険が迫ってるかもしれないのよ。いい加減話しなさい。」

「黙秘します。」

「エルファバ、取り調べじゃないの。重要なことなのよ!」

「黙秘します。」

 

エルファバは早足で図書館の棚をクルクル回りながらハーマイオニーを巻こうとしていた。

 

「エルファバ、あなたが喋らないことでハリーが危険な目にあったらどうするの?!」

「そんなに聞きたいならハリーに聞けばいいじゃない。彼が当事者なんだから。私の口から言うことじゃないわ。」

「ハリーは…今バカなことで私と口聞いてくれないもの!」

「ごめん、ハーマイオニー…でも私は何も言えないわ。」

 

ハーマイオニーは鼻息荒くエルファバを睨む。真相を言ってもファイアボルトの一件もあり、今のハーマイオニーがいい方向に物事を進めるとは思えない。それにエルファバは誰にも言ってはいけないというハリーとの約束を破りたくはなかった。ハーマイオニーは今やルーピン教授並みに疲れ果てた顔をしている。

 

「そうっ!ならいいわ。エルファバもハリーと一緒で犯罪者の味方ってわけね!」

「私は…。」

 

エルファバは何か言う前にハーマイオニーは足音鳴らして去ってしまった。

ひとりぼっちになった。今年のハーマイオニーはよくどこかに消えていたが、その時は全く気にならなかった。同じ事象なのに今回は孤独を感じる。

 

「大丈夫?」

 

恐る恐る、一部始終を見ていたセドリックがエルファバの肩を叩いた。エルファバはため息をつき、本棚に寄りかかって座った。

 

「…大丈夫……じゃないかも。」

「ケンカ?」

「うん、それに近いわ…。」

 

セドリックもエルファバに合わせて本棚を背に座り込んだ。

 

「ハリーとちょっと…黙っててほしいって言われてたことがあって、それがハーマイオニーにバレてしまったの。私はハリーとの約束を守りたくてその、黙秘権を使用したのね。」

 

セドリックは黙秘権という言葉に吹いた。エルファバはブスッと睨みつける。

 

「セドリック、私真剣なのよ。」

「ごめん。」

「でも、そしたらハーマイオニー怒っちゃった…当たり前か。」

「ポッターからすれば、黙っててほしいことだったんだろう?それはそれを知ろうとするグレンジャーが悪いんじゃないか?」

「ハーマイオニーはハリーを心配してたの。」

「じゃあポッターに直接聞けばいいのに。」

「2人はケンカ中なの。」

「あー…。」

 

エルファバは体育座りで膝に顎を乗っけて考え込んだ。

 

「どうしてみんなお互いを思ってるのにうまくいかないのかしら。」

「そんなこともあるさ。」

 

セドリックの手は温かかった。その手の温もりはどうにかなるという不思議な安心感があった。

 

「早くみんな仲直りしてほしいな。」

「君は中間管理職みたいな立場だね。きっとすぐに仲直りするさ。」

 

セドリックを探す声がする。じゃあね、と言ってエルファバの頭をわしゃわしゃっと撫でた。力の加減ができなかったのか、ただでさえボサボサの髪がさらにボサボサになる。セドリックが離れて数秒後、エルファバはセドリックに対する恐怖、というより男性に対する恐怖が少しなくなっていることに気がついた。

 

(ルーピン教授の罰則で毎晩彼といるから…?)

 

 

ーーーーー

 

 

「エルファバ、ついてきてくれるかい?」

 

ある木曜日の夜、エルファバはルーピン教授の部屋で教材の整理をしていたところ、ルーピン教授に呼び止められた。

 

「今日は個人レッスンがあってね。君の手伝いが必要なんだ。」

 

荷造り用の鞄を持ったルーピン教授は少し機嫌が良さそうだった。

 

「はい。」

「良かった。」

 

基本的にエルファバはルーピン教授に返事しかしない。基本エルファバは必要最低限しか話さないがルーピン教授に対しては特にそうだった。しかし彼がそれを気にしている様子はなかった。廊下を出て歩くとすぐに、シリウス・ブラックがいる空き教室がある。静かなその空き教室は誰も気にも止めないくらい地味だ。

 

「あそこに何か思い入れが?」

 

ルーピン教授はエルファバと話したいらしい。

 

「いえ…。あそこで数日過ごしたんで。」

「ディメンターのことがあった時だね。」

「はい。」

 

そこからルーピン教授は何も話さなかった。エルファバがあの忌まわしい記憶を自分から追い出すことに集中しようとしているのが暗闇の中で分かったのかもしれない。今は冬だが、あの記憶が蘇るたびにエルファバの体はあの日のようにムッとした暑さを肌に思い出し、じんわりと汗をかく。

 

「1つお節介で言わせてもらうと、」

 

魔法史の教室の前で立ち止まると、ルーピン教授は言った。

 

「君は怪物なんかじゃないよ。少なくとも君には感情があって、大事な人を傷つけたくないと思えばそんな事態を避けることができる。例えば…そうだな、満月の時に自我を失う狼人間のほうがよっぽど怪物だ。」

「あなたにはどちらの気持ちも分からないと思います。」

 

ルーピン教授は怪訝そうにエルファバを見る。

 

「意識があってもなくても、人を傷つけるのは苦しいです。それに狼人間の方は魔法界で苦労していると聞きます。ホグワーツにももしかしたらいるかもしれません…今の発言はすごく失礼だと思います。」

 

軽蔑した感情が言葉に出てしまった。エルファバは、すいませんと謝った。

どうもルーピン教授とは折り合いがつかない。普通エルファバはここまで人に八つ当たりのようなことはしないのだ。

 

「いや、私も少し軽率だった。すまなかった。」

 

そんなエルファバをいつもルーピン教授は受け入れてくれる。エルファバは申し訳なかった。失礼だと不機嫌になったり、減点してくれれば心置きなくルーピン教授を嫌うことができるのに。毎回自分の器の小ささを感じさせられる。

 

教授は教授の扉を開けた。

 

「エルファバ?」

「ハリー?」

 

教室にいたのはハリーだった。青い明かりをつけた杖をこちらに向けている。お互いがお互いの登場に驚いていた。

 

「どうして…。」

「君もディメンターの追い払い方を習いに来たの?」

 

ハリーと話すのは久しぶりだった。

 

「いいえ…あなたこれから守護霊の呪文を習うの?」

「守護霊の呪文?」

「これから君が習う呪文の名前だよハリー。」

 

ルーピン教授は杖を振って教室の明かりをつけた。

 

「ボガートを使うんだ。ミスター・フィルチの戸棚に隠れていたのを使う。君がこれを見たらこいつはディメンターに変身するはずだ。」

 

鞄をビンス教授の机に置きながらルーピン教授はテキパキ答える。エルファバとハリーは目を合わせる。

 

「エルファバが言った通り、ディメンターを追い払う呪文は守護霊の呪文と呼ばれるものだ。普通の魔法のレベルを超える複雑な魔法だよ。」

「どんな力を持っているんですか?」

「呪文がしっかり成功すれば守護霊が出てくる。いわば保護者だよ。これが君とディメンターとの間で盾となる。守護霊は希望や幸福といったプラスのエネルギーで出来ていて、ディメンターはそれを傷つけることはできないんだ。けど、さっきも言った通り守護霊(パトローナス)は作るのが非常に困難だ。君には難しいかもしれない。」

 

そうは言ってもハリーの強い決意を崩すことはできなかった。

 

「どうやって守護霊を?」

「1番幸せな思い出を考えながら呪文を唱えるんだ。」

 

エルファバは自分の幸せな思い出を考えた。幸か不幸か、エルファバの幸せな思い出というのはかなり限られている。エディと仲の良かったあの日々か、ホグワーツでの生活だ。

 

「呪文はエクスペクト・パトローナム 守護霊よ来たれ だ。」

 

エルファバはハリーとルーピン教授のやり取りを尻目にエルファバは教授の隅で杖を取り出し、呪文を唱えた。

 

「エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来たれ 」

 

シューと銀色の光を帯びた強い煙が杖の先から現れその煙は一瞬4つ脚の動物の形のようになり、消えた。エディと一緒に雪だるまを作ったりアイススケートをした思い出だった。

 

(少し思い出が弱かったのかも。)

 

エルファバはその1回で守護霊の呪文をするのを止めた。ハリーはエルファバのものよりもずっと薄くてぼんやりしたものだった。ボガートが扮したディメンターを倒そうとするたびにハリーは倒れ、悪夢にうなされた。

 

「ハリー、ハリー!起きるんだ。」

 

ハリーが再びおきあがった時、小さい声でハリーはつぶやいた。

 

「父さんの声が聞こえた。母さんを捨て身でヴォルデモートから守ろうとしてた。」

「ジェームズの声を?」

「はい。」

 

ルーピン教授はしばらく考え込んだ。ハリーはまだ意識がぼんやりしているようだった。

 

「…こんなこと君に言うんじゃなかった。君にこんなことさせるなんて…。」

「!違います!もう一度やらせてください!」

 

ハリーはガバッと立ち上がり、構えた。ルーピン教授は思いをこらえたような顔をして、もう再び箱の蓋を開けた。またディメンターが現れ、ハリーの呪文を唱える声が小さくなる。

 

「……シリウス………!」

 

ハリーは気絶しなかった。じっと体を持ちこたえていた。彼がつぶやいたその名前はルーピン教授にも、エルファバにも、届いた。

 

「泣いてる僕を…ハグリッドが助けてくれた。外に出たらシリウスがオートバイに乗ってきた…シリウスはハグリッドから父さんと母さんが死んだって聞いて…取り乱してた。」

「ハリー!」

 

ルーピン教授はいつもの呪文でボガートを消した。そして大股で少し意識が朦朧としているハリーに近づき、肩を掴み、揺すった。

 

「ハリー!シリウスに会ったんだな!?そうなんだな!?答えるんだハリー!」

「あっ、会いました…。」

 

その気迫に押され、ハリーは思わず答えてしまったようだった。ルーピン教授は焦っていた。何かに追われているような顔をしている。冷や汗をかき、その蒼白な顔にハリーもエルファバも驚いていた。

 

「るっ、ルーピン教授…シリウスは…シリウス・ブラックは無実です!まだ証拠はありませんけど…彼は命をかけて僕を守ろうとしてくれたんです!」

 

ルーピン教授は杖を床に置き、しゃがみこんだ。

 

「…分かってる…!分かってる…ハリー!私は…。」

 

明かりが一斉に消えた。3人が声を上げる前に、3人のどの声でもない声が教室に響いた。

 

「オビリエイト 忘れよ」

 

ドサリ、と人が倒れる音がした。

 

「リーマス!約束したじゃないかあっ!」

 

ルーピン教授の杖を持ったガリガリの男が、倒れたルーピン教授を唾を飛ばして怒鳴り、手を踏みつけた。

 

「シリウスが…シリウスがこの城にいる…!!探さなきゃあ…殺さなきゃあ…!!僕は殺されるうっ!!」

 

男はうずくまり、ガタガタと震えた。よだれと涙を垂らし、自らに降りかかる恐怖におののいた。

 

「ハリーぃ…いいよねえ…ジェームズとは親友だったんだ…ちょっとの間借りるよお…っ!」

 

男はハリーの手に握られた杖を奪った。

 

「インペリオ 服従せよ」

 

ルーピン教授はゆらりと正気のない顔で立ち上がった。

 

「リーマス…僕の親友…バラされたくないよねぇ…あのこと?嫌だよねえ?傷つきたくないよねえ?」

 

まるで操り人形のようにルーピン教授はうなづいた。

 

「そぉそぉ、それでいい…この2人を寮に返すんだ…。」

 

男が机の下に隠れると、ハリーとエルファバがゆっくり立ち上がった。

 

「大丈夫かハリー。」

 

ルーピン教授はハリーに近づき、起き上がるのを手伝った。

 

「もう今日は遅い。2人とも帰るんだ。」

 

ハリーとエルファバは何も言わず、教室から出て行った。沈黙のまま2人はグリフィンドール寮までたどり着き太った貴婦人(レディ)に合言葉を言って入ると、まだ談話室内はガヤガヤしていた。2人は端っこまで行くとハリーは口を開いた。

 

「…ありがとうエルファバ。」

 

ハリーは周りの目を気にしながら答えた。

 

「いいの。」

 

エルファバは震えていた。周囲のカーテンや絨毯が少しずつ凍っていく。

 

「ごめんなさい…怖くて…デフィーソロ…」

「大丈夫、僕もだ。君が僕とあいつの間に氷の壁を作ってくれなかったら今頃僕は何もかも忘れてた。ルーピン教授は…?」

「多分ハリーの杖で操られてるわ。多分記憶はあると思うんだけど…。」

 

エルファバは涙目だった。

 

「真っ暗になる直前、鼠がルーピン教授の杖の前にいたの。私真っ暗になった時、一か八かで記憶を頼りにルーピン教授とハリーと私の前に壁を作ったの。それですぐに氷を解いたんだけど…ごめんなさい、あの時ペティグリューごと凍らせれば…!」

「ルーピン教授も記憶を消されていないなら倒れたフリをしていたんだ。きっとあの判断は正しかった。彼は脅されてんだ。シリウスに会わなきゃ。」

「ダメよハリー!今会ったらペティグリューにシリウスの居場所が知られるわ!」

「でも、危険を知らせないとペティグリューにシリウスが殺される!」

 

ハリーもエルファバも半分パニックだった。

 

「全部マクゴナガル教授に伝えましょう。」

「僕らは"記憶を消されて"いることになってるんだ。それにルーピン教授が操られてるなら絶対どの教授もマークされる。」

「じゃあ…どうすれば…。」

「ミャーン。」

 

ロビンがエルファバの足にじゃれつき、さりげなくハリーを踏みつけた。

 

「…エルファバ。ロビンって君の言うことなら何でも聞く?」

「多分?どうして?」

「シリウスに伝える手段を思いついた。」

 

 



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10.ふわふわした小さな問題

「ロビン。」

「みゃー!」

「お願いがあるの。これをシリウス・ブラックのところに持って行って。」

「みゃ?」

 

エルファバは、金の首輪になにかを括り付けた。

ロビンは普通の猫よりかなり賢い。確実に言葉を理解しているし、誰に甘えて誰に甘えるべきではないかをきっちり分かっている。

 

案の定ロビンは誰のことか、瞬時に理解した。

エルファバの問いかけに対し、先ほどまで生き生きしていたがシリウス・ブラックという名前を聞いた瞬間小馬鹿にしたような顔をして座り込んだ。

 

ハリーとエルファバは呆れ顔で、ロビンを見た。

 

「それやればエルファバから高級キャットフードをもらいながら、撫で撫でしてもらえるよロビン。」

「ええ。」

「みゃっ!」

 

いきなりシャキッとして、ロビンは一目散に走り去っていった。

 

「…まだ行き先伝えてないのに…。」

「ロビンって人間の言葉が分かるのはすごいけど…頭いいんだか悪いんだか。性格は最悪だけど。僕らも用意しよう。」

「うん。」

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

計画は放課後に行われた。エルファバは中庭のベンチに座って本を読むフリをして、周辺を見回した。途中数名の男子生徒が話しかけてくるというハプニングに見舞われたが、なんとか回避(逃走)した。

 

「エルファバ、僕、君の後ろにいるよ。」

 

10分ほどたってハリーの声が背後から聞こえた。エルファバはチラリと後ろを見ても何もない。

 

「全部順調。次の隠れ家は暴れ柳。」

「暴れ柳?」

 

エルファバは聞き間違えかと思って素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「うん。そこまで歩いて。」

「分かったわ。」

 

少し暗くなった中庭から廊下を通じて入った時、エルファバは手探りで空を切った。柔らかい布の感覚に触れるとそれを掴み、たくし上げて、中に入った。

 

「暴れ柳の近くに何かあったかしら?」

 

透明な布の中にハリーとハリーの腰ぐらいの犬がいた。

 

「シリウスがそこに行けってさ。僕も詳しいことは分からない。」

 

廊下を抜けるとホグワーツ名物の暴れ柳がゆらゆらと枝を揺らしていた。

 

「地図で見たらこの下に通路があった。」

 

犬はマントから飛び出し、根元まで走って行った。

 

「シリウス!」

 

根元のコブに一直線に走った犬はコブに両前脚を乗せた。するとゆらゆらと動いていた枝が普通の木のようにピタッと止まった。エルファバとハリーは顔を見合わせた。

 

「知らなかった。」

 

犬はそこから見える通路に真っ直ぐと歩いて行った。エルファバとハリーもついていく。どうやらどこかの小屋のような場所と繋がっているようだった。破壊された椅子などが転がっている。犬はどこに行くか分かっているように階段を登り、一部屋へと入って行った。

 

「もう脱いでいいと思う。」

 

部屋に着き、エルファバとハリーは蒸し暑いマントから出ると、ホコリが溜まったベットに腰掛けた。黒い犬は一瞬でボロボロのローブを着たシリウス・ブラックに戻り、ドサリと床に座った。

 

「最近ネズミが増えたなとは思ったんだよ。」

 

ブラックの第一声はそれだった。かったるそうにハリーが持ってきたカボチャジュースを飲み干す。

 

「あいつは昔からネズミのネットワークを使って情報収集してたからな。あと少し遅かったら俺はあいつに捕まってたかもな。」

 

ははっと乾いた笑いをするブラックにハリーは心配そうな目で見た。目が合ったブラックはハリーの頭をワシャワシャと撫でる。

 

「あの猫使って手紙を送るってのはいい手だったなハリー。」

「本当間に合って良かった。クルックシャンクスは…その今使えなくて。あ、エルファバありがとう。」

 

ハリーはエルファバに杖を渡す。

 

「…ハリー、お前の杖は?」

「ペティグリューに盗まれました。」

「は?!」

 

ハリーはブラックに昨日起こった出来事を事細かに説明した。ルーピン教授の手をピーターが踏まれるくだりになるとブラックは激怒した。

 

「話をまとめれば、あのファッキン・ピーターはハリーの杖を使ってリーマスを操り、俺を殺そうとしてるってわけだな?」

「まあ、ざっくりまとめれば。」

「ファック!」

 

ブラックは舌打ちをしてイライラと頭をかいた。シリウスが叫んだ罵り言葉はマギーがよく言っているのでエルファバはあえて意味を聞くことはなかった。

 

「けど、気になることがあって…。ルーピン教授はおそらく、操られる前から…ペティグリューを匿ってた。」

 

ハリーの疑っているような口ぶりに反してブラックはあっけらかんと答えた。

 

「だろうな。リーマスは脅されてたんだ。あいつはリーマスの弱みを握ってる。リーマスはあんなちんけな奴の言うことを簡単に聞くような男じゃない。」

「どんな弱みを…?」

 

ブラックは首を振った。

 

「それはあいつの人生に関わることだから言えない。」

 

ハリーはエルファバに助けを求めるような目をしたがエルファバは首を振った。ルーピン教授の弱みなど知る由もない。

 

「シリウスが言えないなら、僕らが調べて憶測をたてるならいいんだよね?」

「さすがジェームズの息子だな。」

 

シリウス・ブラックはニヤッと笑った。

 

「まあそれを知らなくても服従の呪文でリーマスが操られてるなら、いくつか破る手段はある。あいつが強い意志を持ち、それを破るかハリーの杖を取り戻すかだ。可能性として確実なのは後者だな。」

「今どこにいるかも分からないペティグリューをどうやって探し出すの?」

「簡単だ。俺が囮になって出てきて奴が俺を殺そうとしている隙に杖を奪う。」

「それって、シリウスが危ないんじゃ…?」

 

ブラックは犬が吠えるように笑った。

 

「大丈夫だハリー。俺はあいつに殺されるほどヤワじゃないさ。心配するな。とりあえずハリーはリーマスの言動をよく見てほしい。あいつの意志の強さならピーターの呪文を破る可能性だって充分あるんだから。」

 

ハリーは不満気だった。エルファバもブラックはペティグリューのことを甘く見過ぎだと思った。その甘さが13年間自らを鎖に繋いだというのに。

 

「ただ急いだ方がいい。服従の呪文は体力を奪う。あいつのためにも早く行動を移さねーと。ハリー、お前のためにもだ。」

 

ブラックはハリーの両肩に手を置いて真剣に話しかけた。

 

「ハリー、もしもちょっとでもピーターがお前に危害を加えたら、俺はお前を助けに行く。どこにいてもだ。」

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「ハーマイオニーだ。」

 

透明マントを2人で被って暴れ柳から出たあと、ハリーは言った。

 

「ハーマイオニーはルーピン教授の弱みを知ってるはずだ。そういう素振りを見せてた。シリウスあのままじゃホグワーツに乗り込んできちゃうよ。その前に止めないと。」

「そうね。」

「エルファバ、ハーマイオニーに聞いてくれない?」

「今ハーマイオニーと口を聞いてないわ。」

 

向こうが一方的にそっぽを向いているので、同室のパーバティとラベンダーが巻き込まれているのをエルファバは思い出す。

 

「…どうしよう。」

「ハーマイオニーに全部話すのは?」

「信じてくれないよ。」

「ハーマイオニーは賢いわ。ミスター・ブラックは当然無実なんだから話の筋は通るしルーピン教授が操られてるんだからルーピン教授の様子が変だってハーマイオニーも分かるはずよ。」

「……うん。」

「ハーマイオニーは察してるわよ。」

「……うん。」

「なんならミスター・ブラックに直接会わせればいい。」

「……うん。」

「ハリー、今は非常事態よ。」

「……うん。」

 

誰もいない廊下まで来るとエルファバはマントからでて腕を組んだ。

 

「何が嫌なの?」

 

ハリーは眉間にシワを寄せてマントを畳んだ。

 

「その…ハーマイオニーだって隠し事してるのに不公平だと思うんだ。分かってるよ、僕が悪いのは!」

 

ハリーはエルファバが口を開く前に慌てて言った。

 

「分かってるけど…ハーマイオニーはいっつも自分が正しいみたいな態度してるし、人に親切押し付けるようなことして…。」

 

段々ハリーの声が小さくなっていった。口に出せば出すほど自分が残念なプライドに縛られてる自覚が湧いてきたのだろう。

 

(男の子ってなんか独特のプライドがあるわよね…いい格好しようとか、自分の所有物に関する執着心とか。)

 

エルファバはこれを言えばハーマイオニーは100%同意して自分の意見をまくし立てるだろうと思った。少なくともハリーは自覚しているだけマシだろう。

 

「私、ルーピン教授の罰則行かなきゃ。」

「えっ…ええ?」

「だって私は昨日の一件は"忘れてる"ことになってるし。」

 

エルファバはいつも以上に感情を出さないように淡々とハリーに告げた。

当然今やさらに危険人物となってしまったルーピン教授と2人だけで過ごすのは怖い。しかし罰則が続行している以上、それを避けてはいけないのだ。

 

「僕も行く。」

「そんなことしたら怪しまれるわ。」

 

ハリーはエルファバの感情が読めなくて少しイライラしているようだ。髪の毛をガシガシかくのがシリウス・ブラックに似ていた。

 

(なんで似るのよ…。)

 

「エルファバ、本当に…相手はルーピン教授の仮面を被ったペティグリューだ。僕は行けないから…誰でもいい。僕らより年上で男子生徒の子をなんか口実作って一緒にいさせて!」

「そんな人いないわよハリー。」

「…いるよ。エルファバ。君と仲が良くて、頼んだら二つ返事でオッケーしてくれる年上の男子生徒。」

 

ハリーはそういうとそのままエルファバを連れて図書館へと向かった。エルファバはずっと理解できないまま着いていく。

 

「よしっ、いた。」

 

図書館の入り口付近の席で、ハリーたちより年上の体格ががっしりとした男子生徒たちが勉強に勤しんでいた。制服に黄色が見える。ハッフルパフの生徒たちだ。エルファバとハリーは一番近い本棚に身を隠す。

 

「まさかセドリックのこと…?」

「ああ。絶対オッケーしてくれるよ。」

 

ガタイのいい生徒に紛れて勉強しているガタイのいいセドリック。この頃はテストが近くなり、かなり忙しそうだった。あまり手を煩わせたくない。

 

「ハリー…セドリックは今O.W.L直前だから、あまり「エルファバ、セドリックのテストと自分の命どっちが大切なんだ!これは非常事態なんだよ!」」

 

ハリーは小声、しかし厳しめにエルファバをたしなめる。

 

「フレッドとジョージは?あの2人テスト勉強全くしてないって噂だし。」

「罰則にあの2人を連れ込むのは良くないと思う…。」

 

あの2人を連れて行くことで罰則が増えそうだ。エルファバは深呼吸をする。

 

(そもそも断られる可能性も充分あるわけで。将来がかかっている忙しい時に申し訳ないけど…!背に腹はかえられぬとはまさにこのことね。)

 

「わかった。セドリックに聞くわ。」

 

ハリーは当然だと言わんばかりに頷く。そしていきなりエルファバの髪に手をかけ、手櫛でエルファバの白い髪を整えだした。

 

「ブラシとかある?なるべく容姿整えて!」

「あ…るけど、どうして?」

 

エルファバはバックに手を突っ込んであまり使用していないブラシで髪を整えながら聞く。ハリーは今は非常事態だから仕方ない、と呟いた。

 

「いいかい。ある程度見た目を良くしてセドリック・ディゴリーに近づいて、ちょっと困った感じの声を出して上目遣いでこう言うんだ。『セドリック、あなたにしか頼めないの…お願い。』って。他の誰でもないセドリックに頼んでいることを強調するんだ。できればセドリックのローブの端を少し引っ張って。そんなことしなくても大丈夫だと思うけど、エルファバの言う通りセドリックはテスト直前だから、確実に100%イエスをもらえるように。」

「ハリー。それに近いこと、ラベンダーが貸してくれた『男を落とすテクニック!魔法のように男性があなたを好きになる!』に書いてあったんだけど、私は今セドリックに頼み事をするのよね?」

「エルファバ。君にこんなこと教えたくなかったんだけど、聞いてほしい。今後本当に困った時はこれを男に使うんだ。君がそれをやったら男は絶対なんでも言うこと聞く。忍びの地図を賭けてもいい。」

「それってつまり好きじゃないのに好きフ「エルファバ!時間がない!行って!」」

 

ハリーに押されて、エルファバはハッフルパフ集団のもとへ向かった。かなり困惑している。恐る恐る、男子生徒集団の元へ向かうエルファバ。丸いテーブルに6人の男子生徒がいる中で、セドリックはエルファバに背を向けて座っている。

 

エルファバは、ゆっくりゆっくり近づきセドリックに声をかけようとするとセドリックの向かいに座る男子生徒と目があってしまった。ライオンに見つかった小動物のように固まるエルファバ。

 

「おいセドリック。」

 

セドリックが顔を上げると、その男子生徒は顎でエルファバをしゃくった。その人も含め座っていた男子生徒たちみんな顔をあげ、そちらを向く。

そして全員がニヤつき始める。ガタイのいい生徒たちからニヤニヤ見られてエルファバは恐怖するがー。

 

「あ、エルファバ。どうした?」

 

セドリックが後ろを向く。テスト勉強のせいか少し目の下にクマがある。エルファバは罪悪感で胸が裂けそうだった。

 

(エルファバ…頑張れ…!)

 

本棚の陰でハリーは全力でエルファバを応援した。

 

(ごめんなさいセドリック…。)

 

エルファバはセドリックのローブを軽くつまんだ。

 

「セドリック、あのね…セドリックにしか頼めないことがあるの…忙しいのは分かってるんだけど…おねがいっ。」

 

エルファバは上目遣いで、セドリックを見つめ囁いた。緊張気味だったのか艶やかな白い髪から覗く青い目が少し潤んでいる。

 

(すごい…100点満点だエルファバ…!)

 

恋愛に超絶鈍感のエルファバが、ここまでできると思わなかったハリーは自分の教えたことを完璧に仕上げたエルファバに大量のチョコレートをあげたいと思った。

 

セドリックは無言で立ち上がり、エルファバの腕を掴んで誰もいないところへ連れて行った。置いてかれた男子生徒たち5人は、ため息やら口笛やらを吹く。

 

「…やっば。」

「あれはそそるな。」

「いやー、テスト前にいいもん見れた。」

「何見せられたんだ俺ら。」

「あれ確信犯か?」

「写真撮ってセドリックに売りつけたかったわ。」

 

上級生たちからの感想(フィードバック)を聞き、ハリーは勝利を確信した。

 

(けど、エルファバには本当に重要な時だけ使うように言わないとな…。)

 

セドリックが早足で戻ってきて、早急に荷物をまとめてルーピン教授に質問があるから抜けると言ったのはその数秒後のことだった。

 

 

ーーーーー

 

 

「ルーピン教授、この前の説明についてなんですけど…。」

 

セドリックは生気のない目のルーピン教授に質問をしてた。エルファバは今度使う資料を選別をしながらチラリとその様子を伺った。セドリックはエルファバが本でかじった程度の知識について質問している。

 

「ありがとうございます。」

「ああ。私は少し私室からちょっと取りに行くものがあるから待っててね。」

 

淡々と告げたルーピン教授は2人を置いて、教室を出て行った。罰則の生徒を置いてどこかへ行くなど前までにはあり得ないことだった。

 

「それで…ルーピン教授との罰則に付き合ってほしいって君何したの?」

 

ルーピン教授が出て行き早々セドリックは面白おかしそうにエルファバに聞いた。

 

「消灯時間に野外にいたの。」

「なんで?」

「そうしたい時ない?」

「ない。」

「冬の夜空って最高なのよ。」

 

セドリックはケタケタ笑って椅子に身を任せた。

 

「エディさ、この前も消灯ギリギリに窓開けて上半身を出して叫んでたんだ。『本っ当あたしホグワーツの夜空大好きっ!』って。君たち似てるよね。」

「やめてよ。」

「ごめんごめん。そんな睨まないでよ。」

 

セドリックは隣の椅子を引いて、エルファバに隣に座るように促す。素直に座ったエルファバをセドリックはじっと見つめた。エルファバはキョトンとして見つめ返す。セドリックはエルファバから目を逸らし、窓を見て話しだした。

 

耳が少し赤い。

 

「母さんが君とご飯食べたいってさ。」

「えっ。」

「クリスマスの時に君の話をしたんだ。…多分君のお母さんとは全然違う人だって。暴力とか陰口とかそういうマイナスなものとは無縁の優しい子だって言ったら、お詫びを兼ねてもう一回食事したいって。」

 

エルファバはどう返せばいいかわからなかった。とても光栄な話だった。けれども、セドリックが話したエルファバ評は少し誤りがあった。

 

「当然君もあの場にいていい気分にはならなかったはずだ。だから、本当に君が良ければなんだけど…。」

「ううん、嬉しいわ。本当に嬉しい。こんな私で良ければいつでも…。」

「"こんな私"だなんて言わないでエルファバ。」

 

窓を見ていたセドリックが向き直り近づいてくる。エルファバは反射的に下がろうとしたが、セドリックが腕を掴んだ。

 

「エルファバ、君はもっと自信を持つべきた。君は気遣いができて、知的で、優しくて…その、きれいだ。君のこと嫌いになる人なんていないよ。」

「えっ、あー…ありがとう…。」

 

セドリックのゴツゴツした手が自分の動きを拘束しているのが嫌だった。怖かった。彼のがっしりした手が鈍器となり、体を破壊されるかもしれない。

 

「セドリック…ありがとう…ごめんなさい…離して…。」

「怖がらないで。何もしないから。」

 

そんなことはエルファバも分かっていた。セドリックはさらに近づきエルファバの顔を覗き込む。

 

「エルファバ、10月の頃からずっと変だ。どうして僕を怖がるんだい?少しずつ戻った気がしたけどやっぱり…本当、心当たりがないんだ。何かしたなら謝る。」

「違うの…本当に…セドリックは悪くないの…!ただ、私ちょっと男の人怖くて…。」

「ポッターやウィーズリーと、僕は何が違う?」

 

セドリックは迫った。エルファバは混乱してバランスを崩し、椅子から落ちてしまった。

 

「っつう…。」

「ごめん!大丈夫?!」

 

セドリックは勢いよく立ち上がった。セドリックはエルファバを見下ろした。

 

(私は非力な痩せっぽっちの8歳だった。彼は私の叔父さんだった。必死に生きようとする私を上から嘲り、私を殴る。)

 

「エルファバ?」

 

(違う、ここは教室よ。彼はセドリック・ディゴリー、ハッフルパフ寮の6年生優秀な生徒で優しい人。叔父さんとは程遠い人間よ。)

 

エルファバは自分に言い聞かせた。

 

「っ!!」

 

セドリックの視線はエルファバから外れた。その代わりに次に彼の目に映ったのは見慣れた教室が銀色に染まっていくその瞬間。自らの頬に触れる白い粉に触れ、それが指に触れて透ける様子を不思議そうに眺めていた。

 

「セドリック…。」

 

エルファバの口から白い息が漏れた。

 

「ピーブスがなにかしでかしたんだね。本当嫌な奴だよ。」

 

セドリックはエルファバがやったものだとは思わなかったらしい。ハハッと乾いた笑いをしてエルファバに手を伸ばした。

 

「ダメっっっっ!!!」

 

バキッバキッ!!

 

叫んだ時には遅かった。エルファバに手を伸ばしたそのままの形でセドリックの腕が分厚い氷に覆われいた。

 

「え…あ…そんな…そんな…!ごめんなさいセドリック…!セドリック…! 」

 

エルファバがパニックを起こせば起こすほどどこからか雪と風が生まれ、羊皮紙や羽根ペンが舞う。

 

「ちがうの…!こんなことしたかったんじゃ…!デフィーソロ、デフィーソロ…!!」

 

エルファバは杖を取り出し、あの呪文を何度も何度も唱えた。しかし、氷が消えていくのと新しく増えるのが同時進行しているので結果的に無意味だった。

 

「エルファバ。」

 

セドリックの背後に立っていたのはルーピン教授だった。さっとエルファバの近くまで来て、しゃがみこむ。

 

「エルファバ、落ち着くんだ。落ち着いて呪文を唱えれば心配することなんて何もない。」

「触らないでっ!!」

 

手を伸ばしたルーピン教授をエルファバは拒絶した。

 

「エルファバ。」

「教授の腕も凍らせたくないんです…。」

 

エルファバは必死に自分を落ち着かせる方法を考えた。降り注ぐ雪を見ると、小さい時にエディがこれを見て大喜びしたのを思い出した。

少しずつ心が落ち着いてくる。

 

(エディは今もこれを見て喜んでくれるかな…。大嫌いなもので喜ぶエディを見て落ち着くなんて皮肉な話。)

 

エルファバはセドリックに杖を向け、まだ少し震える声で唱えた。

 

「デフィーソロ…」

 

セドリックを覆う氷が水となって消えていき、教室を覆う氷と積もる雪がなかったかのように元の色を取り戻していた。

 

「腕のことはごめんなさい。私は…コントロールできないの…。あなたを危ない目に合わせるつもりなんて毛頭なくて、でももし怖くなっ「エルファバ。」」

 

半分パニックになりながら、謝罪を述べるエルファバをセドリックは制した。ゆっくり顔を上げると、驚くことにセドリックは笑っていた。

 

「大げさだよ。ただ腕が凍っただけだ。」

 

エルファバは言葉を失ってしまった。てっきりセドリックとはもう友達ではいられないと思った。セドリックの腕が凍った時、エディが凍ったことを思い出した。母親の激昂に父親が自分から離れる瞬間、そして自分を襲った暴力の数々。負の思い出がエルファバの頭をよぎり、セドリックとの離別という新たなる悪夢が自らの中に刻まれると思ってたのだ。

 

「…本当?」

「うん。」

「気を使ってない?本当に気にしなくていいから。」

「逆に君はこれを僕に知られることを恐れていたのかい?怖がることないよ。だってすごく綺麗だった。」

 

セドリックに自分の全てを肯定された気分になった。セドリックに自分の夜の秘密を見せたら喜んでくれるだろうか…エディと同じように。エルファバの中でそんな淡い期待が生まれる。

 

「セドリック。このことは誰にも言わないでほしい。」

 

ルーピン教授はセドリックに語りかけた。

 

「エルファバは決して病気とかそういうのではないんだけれど、多くの人物に知られるとエルファバがプレッシャーに感じるから…いいかな?」

「ええ。もちろんです。」

 

セドリックはハッキリと頷き、エルファバにニッコリ笑いかけた。

 

「良かった…それじゃあエルファバ、罰則を続けようか。」

 

その言葉は合図だった。察したセドリックは散らばった荷物をまとめてバックに詰め、帰り際にエルファバに小さく手を振った。

 

「じゃあねエルファバ。また明日。」

「バイバイ。」

 

(…あれ?)

 

エルファバは違和感に気がついた。

 

「エルファバ。そこの本取ってもらっていいかな?」

「はい。」

 

(しまった…ルーピン教授と2人きりになっちゃった!)

 

再びパニックのエルファバをよそにルーピン教授は杖を振って、傾いた椅子や机を戻し、散らばった羊皮紙をまとめている。

 

「エルファバ、こんなこと言うと君はまた嫌かもしれないけど、」

 

ルーピン教授は崩れた不思議な球体の模型を浮かせ、作動させてエルファバに向き直った。

 

「君は能力によってたくさんトラウマがあるだろう。それは重々承知だ。さっきもセドリックの腕を凍らせてしまったことによって彼との友情の終わりを悟ってたに違いない。でも、そうはならなかった。」

 

ルーピン教授は微笑んでエルファバの様子を伺う。

 

「本当に大事な友人は君の能力だけで君の元からは離れない…なんというか、そうだな…君の能力のことは、フワフワした小さな問題なんだ。」

 

当然それを抱えている身としては辛いけどね、とルーピン教授は付け加えた。

 

「もっと君を慕う人を信じるのも悪くないはずだ。」

「でも、もしも、もしもそんな彼らを傷つけてしまったら?そうしたら私はどうすればいいんでしょうか?」

「別に人を傷つけるのは何も君だけじゃないんだ。君の能力が目に見えるだけで誰しも人を傷つける。」

 

また目頭が痛くなってきた。セドリックに大げさだと言われた時も必死に泣くのを堪えた。エルファバは下唇を噛む。

 

「いいんだよ泣くのを堪えなくて。泣いてこの部屋が凍るとかも考えなくていい。」

 

ルーピン教授はエルファバに1番近い椅子に腰掛け、エルファバを見た。

 

「私は意外と君の泣き顔を見てるしね。」

 

エルファバは小さい子供のように声をあげて泣き出した。上がった温度がまた下り、エルファバを中心に放射線状に雪の結晶の模様が広がっていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「もう一回確認するけど、その時はムーニーは完全に呪文からは解放されてたと。」

「うん。」

 

次の日のエルファバの顔はひどいものだった。目が腫れて泣いたのは丸わかりだったのでエルファバ・ファンクラブのメンバーはざわついていた。エルファバが泣いた理由の考察は数日にわたり考えられ、そんな時にそばに居られるハリーは絶賛妬まれ中だ。ハリーは(1年の時から)もう慣れた妬ましい視線を背中に浴びながらコーンスープをすすった。強いて言えば、セドリックが悪いはずだ。自分だけ責められるのは解せない。

 

と、ハリーは思う。

 

「けど、あの様子だとまたかかったみたいだ。」

 

ハリーは教職員席で焦点の定まっていないムーニーをパンの持っている手で指した。

 

「そうね。」

「つまり、ワームテールの呪文は微弱ってことだ。」

 

ワームテールとはピーター・ペティグリューのことだ。学生時代のあだ名らしい。ムーニーはルーピン教授。パッドフットはシリウス・ブラック。それを暗号としてそれを使うのをエルファバが提案した時、シリウス・ブラックはかなり嫌がったが、ハリーがお願いした瞬間あっさりオッケーした。

 

(親バカ。)

 

エルファバは思った。実際ハリーもハリーで父親的な立場の人物がいないのでシリウスの親バカっぷりに気づいていない。気づかない方が幸せなこともあると思い、エルファバは黙っている。

 

「じゃあパッドフットが飛び込む心配もなくなってきた。」

 

ついでにここ数日でファイアボルトが返却されたのでハリーはポジティブ思考になっている。

 

「ムーニーはその…なんだっけ?」

「服従の呪文。」

「それっ。それを一瞬でも破ったならワームテールを捕まえるなりなんなりすれば良かったのに。」

「多分それができないのがムーニーの秘密につながるんでしょうね。」

 

エルファバはバターをトーストに塗りながら淡々と語る。

 

「…僕らの斜め後ろでハーマイオニーが君を見てる。」

 

気づいていたが、エルファバはあえてそれを見ようとはしなかった。

 

「君が泣き腫らしたのは知ってるけど自分は事情知らないから知りたいけど、僕がいるから多分話しかけられないんだろうね。あ、来る。」

 

エルファバが後ろを向くと、ハーマイオニーが何かを決意した顔で2人の顔を交互に見た。

 

「ハリー…あなた、シリウス・ブラックに会ってるわね?」

 

ハリーは信じられないといった顔でエルファバを見た。

 

「彼女は何も言ってないわ。黙秘権使ったの。」

「それ半分答えてるようなものじゃない?」

「ごめん。」

 

エルファバはシュンとして俯いた。

 

「私が問いただしたの。エルファバは悪くないわ。ハリー…私決めたの。ここ最近ずっと殺人鬼と会っているならあなたは殺されてもおかしくないなって。けど、あなたはここにいる。」

「ああ、ピンピンしてるよ。」

 

ハリーはちょっと皮肉っぽく言った。シリウス・ブラックを犯人扱いしていたことを根に持っている。

 

「それにね…。」

 

ざわついている大広間でハーマイオニーは声を落として話した。

 

「昨日の夜、ロンがペティグリューに会ってたの。」

「えっ?!」

「シッ!!」

 

ハリーの驚嘆の声に気づいた人は誰もいなかった。

 

「ペティグリューは談話室にいたの。ロンとは何回も会っているような口ぶりだったわ。彼はすごく焦っているみたいだった。ロンに協力を求めていたの。ロンはできるだけ協力するけど、心当たりがないって言ってたわ。ロンはペティグリューを信じきっていたんだけど、その…。」

 

ハーマイオニーは口ごもる。

 

「なに?」

「エルファバ、気を悪くしたらごめんなさい。ペティグリューはエルファバは魔力を制御できない化け物だって言っててその辺でロンも不信感を抱いたみたいだったわ。」

「仮にもロンとエルファバがずっと一緒にいるのを2年間も見てたのに何言ってるんだ?」

 

ハリーの疑問はもっともだった。

 

「ペティグリューは完全に冷静さを失ってたわ。けどそんなこと言ってたから確信したの。ペティグリューはおかしいって。だから私ちゃんとハリーの意見を聞きたいの。」

 

ハーマイオニーがそう言い切ったタイミングで、寝癖をつけてパジャマ姿のロンが現れた。見た目とは裏腹に深刻そうな顔つきである。

 

「あの…おはよう。みんなに言わなきゃいけないことがあるんだ。」

「「ペティグリューに会ってた?」」

「うん、そう…へ?なんでみんな知ってるの?」

 

ハーマイオニーは呆れた顔で腕を組んだ。

 

「ハーマイオニーが教えてくれた。」

 

エルファバは無邪気に答えた。

 

「ああ…ええ…そうなの…。」

 

ロンは気まずそうにモジモジとした。

 

「もう授業が始まっちゃうわ。今夜みんなで話し合いましょう。」

「「待って!」」

 

去ろうとしたハーマイオニーにハリーとロンが同じタイミングで引き止めた。

 

「なに?」

 

2人は顔を見合わせ、口をモゴモゴさせて言った。

 

「ごめん。」

「ごめんなさい。」

 

ハーマイオニーはため息をついてから、吹き出した。

 

「いいわ。私も勝手に箒のこと言ってしまってごめんなさい。」

 

3人がお互いに謝っている時、エディが友達数人と大広間に入ってきた。

 

「エディ、それって大丈夫なの?」

「大丈夫だよ!すっごく怯えてたしさ、そのままほっとくのは可哀想だよ。」

「うーん、でもペットショップのやつとは違うんだよ?魔力があるわけじゃないしさ、バイキンいっぱい付いてるよ。」

「そーなの?でもその割にキレイだったよ。それにさ、」

 

エルファバは自分の集中を3人に戻そうとした時、衝撃的な言葉が入ってきた。

 

「あの子前足欠けてたからそれが治るまでは一緒にいなきゃ!」

 



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11.ハロウィンの悲劇

エディは珍しく、どの寮にも行かず、校庭で遊ばず、ルーピン教授のところにもカドガン卿の絵の場所にも行かず、太った修道士とも喋らずに自分のベッドで新しく飼い始めたネズミの世話をしていた。

 

「なーんか、痩せっぽちだねーあんた。」

 

柔らかいシーツの上を歩きづらそうにポテポテと行くネズミを見ながら、エディは今だに外せない、いや外さない包帯の巻かれた腕に触れた。

 

「ルーピン教授…。」

 

エディは引き出しから羊皮紙の一部を取り出した。

 

ーーーーー

 

エディ

今夜、消灯時間のあとに私のオフィスで2人だけでお茶をしよう。ここに来るまでに誰にも見つからないように。

R.J.L

 

------

 

 

それはハロウィンの次の日だった。放課後フクロウから来た手紙にエディは心躍らせながら数日語の夜を待った。マグルの子が持ち込んでいたコーヒーを大量摂取して寝ないようにした。エディは今まで数々の問題を起こしていたが、別に悪いことするスリルを楽しんでいるのではなく、本当に心躍るものを心のままにやっているだけでだった。なので消灯時間外に寮を出るということは特に魅力を感じなかった。しかし今回は別だ。

 

(夜のお茶会って魅力的!本っ当ルーピン教授って最高の教授だわ!)

 

そして夜、皆が寝静まった時にエディはこっそりとベッドを抜け出し、扉を抜け、グリフィンドールの尊敬すべき先輩であるウィーズリー兄弟に教えてもらった厨房の抜け道を使ってゴーストにも天敵フィルチにも会わずに無事いつも行くルーピン教授の部屋へとたどり着いた。音を立てないようにそっと扉を開けた。

 

『ルーピン教授?来たよー?』

 

月明かりで照らされた教室を抜ければいつもルーピン教授とお茶をする場所だ。

 

『ルーピン教授?』

 

エディは聞いた。地の底から這い上がるような呻き声を。

 

『ルーピン教授…?』

 

エディはドアを開けた。こちら側の月明かりが漏れ、奥がよく見える。ルーピン教授だった。いつも以上にげっそりしたルーピン教授が胸に手を当て、呼吸苦しくソファでうずくまっている。

 

『ルーピン教授!大丈…?』

『ぐあああああああああああああああああっ!!』

 

絶叫とともにルーピン教授の頭と体が伸びた。背中が盛り上がり、服がメリメリと引きちぎられる。全身から毛が生え、手が丸まり黒い鋭い爪が生え出す。

エディは立ち尽くすしかなかった。変わり果てたルーピン教授と目が合う。その姿は映画で見た狼男にそっくりだった。

 

『…教授?ルーピン教授?』

 

鋭い牙が月に光る。ルーピン教授が近づいてくる。

 

『…ルパンさん…。』

 

エディはこの瞬間、本能で彼は、優しい彼は、自分が分からなくなっているのだと思った。エディが逃げようと走り出したタイミングで信じられない速さでルーピン教授がエディを襲ってきた。

 

『いやあぁっ!!』

 

ドアを閉めるが間に合わず、エディの背後でバキバキと木が破壊される音が聞こえた。振り返る暇などなかった。

 

『あ…あ…!!』

 

エディは杖を取り出した。しかし浮かぶ呪文はこの場では役に立たないものばかりだ。"彼"の気配がすぐそばまで迫っていた。

 

(もうすぐ!もうすぐ扉が…!)

 

『ああああああああああっ!!!!』

 

しかしドアノブに手を伸ばそうとした時、右腕に激痛が走った。

 

『あああっ…!』

 

焼け付くような痛み。えぐられるような痛み。エディはたまらず倒れこんでしまった。その痛みを植え付けた張本人がエディを見下ろす。"彼"の爪から液体が滴る。右腕に触れると同じドロドロとしたものがベッタリ手に付いた。

 

『ル…パン…さん…。』

 

エディがどんなに呼んでも"彼"の目に映る自分は獲物。それ以上もそれ以下もなかった。扉を背に追い詰められたエディの目にチラリと机が入った。

 

(びゅーん、ひょい…。sじゃなくてfの発音…。)

 

エディは動かせない右手から杖を取り、机に向かって唱えた。

 

『ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ』

 

5人ほど座れる大きな長机はフワフワと浮き、こっちへ近づいてきた。ルーピン教授が大きな口を開けて噛みつこうとした時、机はルーピン教授の背中に落ちてきた。

 

『ぎゃああっ!!』

 

エディは素早く自分の脚を引っ込めた。今しがた脚があった場所に机が音を立てて落ちたのだ。痛みでルーピン教授がひるんだスキにエディは扉を開け急いで閉めた。鍵を閉めたエディは目と鼻の先でドンドンと衝撃のくる扉をまるで怪物を見るように怯えた目で見た。

 

『…ああ…怖かった…。』

 

最初、エディはそのまま寮に戻ろうかと思った。しかし、さすがにこのままだと死んでしまうと思ったのでそのまま医務室へ行くことにした。

 

『あなた一体どうしたっていうの?!?!』

 

思いの外重症だったらしい。普段は何をしたか問いたださないネグリジェ姿のマダム・ポンフリーがこの時ばかりはすごい剣幕で何をしていたのか聞いてきた。

 

『こんなに酷い傷で!!』

 

すぐにスプラウト教授が医務室まで飛んで来た。

 

『エディ・スミス。あなたは深夜に何をしていたというのですか?!』

 

いつもは大らかなスプラウト教授にもひどく怒られた。

 

『階段に挟まれました。』

 

エディは嘘をついた。当然マダム・ポンフリーには通じない嘘であることぐらいは百も承知だ。お医者さんというのはすごい人で、骨の折れ方や傷のつき方で何をしたのかぐらいすぐに分かるのだ。けれど、エディはルーピン教授にこの学校の教師でいてほしかった。やめてほしくなかった。

 

あれは呪いなのか、なんなのかエディには分からなかったがとにかく言えるのはエディはルーピン教授が大好きだった。

 

『エディ・スミス。あなたは素行の良い生徒ではありません。けれどあなたは節度はあります。なぜかというとあなたは自分か友達が楽しいと思うことを追求するからであって、そこにたまたま校則が当てはまらないからです。だから聞きたいのです。どうしてこのようなことをしたのですか?』

『…なんとなく…夜のホグワーツはキレイかなと…。』

 

スプラウト教授はひどく失望した顔をした。エディは罪悪感で心が痛んだ。ポケットの中にあるルーピン教授の手紙を渡せば自身の潔白は証明される。けれどそしたらルーピン教授が自分を怪我させた責任を問われる。エディは罰則を受けるだけでいい。選択は楽だった。

 

『エディ・スミス、ハッフルパフから50点減点です。処罰は『待ってください。』』

 

マダム・ポンフリーが遮った。

 

『この子の腕の傷…階段に挟まれたものなんかではありませんでした。』

『いいえ、そういうものです。』

 

エディは思わず口走った。

 

『彼女の傷はそんなものではありません。挟まれたものなんかよりもずっと深くて、真っ直ぐな傷です。まるで獣に『あたしは階段に挟まれましたっっっ!!!』』

 

エディは思わず叫んだ。

 

『スプラウト教授!あたしは夜のホグワーツを見に行こうとして!足を滑らせて階段に挟まれました!あたしは罰則でしょ?!』

 

エディの慌てっぷりに2人は驚いた。

 

『マダム・ポンフリー!あたしの傷はたまたま深くて真っ直ぐだっただけ!お願いだから…。』

 

言葉を続けようとした時、小走りでダンブルドア校長とマクゴナガル教授が入ってきた。

 

『みなさん、ここにおったか。非常事態じゃ…おや。』

 

ダンブルドア校長はエディを見て、血の滲む包帯をじっと見た。

 

『その傷は…。』

『さっきこの子が医務室に来たんです。』

『あなたこんな時に消灯時間外に寮を?!』

 

マクゴナガル教授の顔が真っ赤になるのをダンブルドア校長が手を上げて制した。

 

『ミネルバ、落ち着くのじゃ。きっともう先に2人に怒られたじゃろう。エディよ、怪我の理由はなんじゃ?』

『ホグワーツの夜が見たくて消灯時間外に外に出て階段に挟まれました。』

 

誰かが言う前にエディは早口に答えた。が、マダム・ポンフリーはそれを遮った。

 

『ダンブルドア校長、彼女はそう言っていますがそんな怪我では『嘘じゃありません!!!本当です!!!信じてください!!!』』

 

エディは4人に訴えかけた。泣きそうになるのを必死に堪える。

 

『不思議な話じゃのエディ。』

 

校長は静かにエディに話しかけた。

 

『話によれば君は無遅刻無欠席を目指しておるから夜更かしはしないと聞いたのじゃがな。』

『きっ気が変わったんです。』

『少し前にの、あるゴーストが教えてくれたのじゃ。君の友人たちが深夜にホグワーツを徘徊しようと提案した時に君は断ったそうじゃな。夜のホグワーツは薄気味悪いし身長を伸ばすためには早寝早起きがいいからと言っていたそうじゃの。』

『…!』

 

もうここまで来るとエディは何も言えなかった。

 

『ある人物に会いに行ったのじゃな。』

 

他の3人が息を飲んだ。エディは必死に首を振った。

 

『違いますっ…!』

 

エディは右腕の包帯を握りしめながら唇を噛んだ。

 

『違う…違うから…!!!私は罰則?退学になるの?なんでもいいから…!!お願いだから聞かないで校長先生!!』

 

エディは叫んだ。じっとダンブルドア校長の青い目を見た。

全てを悟ったようなその目にエディはたじろぐが、自分の主張を曲げるつもりはない。ルーピン教授の人生がかかっているのだ。

 

『そうか。本当に階段で挟んだのじゃな。』

『校長?!』

 

ダンブルドア校長の急に納得した態度にマクゴナガル教授とスプラウト教授はたじろいだ。

 

『そうか、そうか。悪かったの。今ちょっとした緊急事態が発生しとってな。そのせいかと思ったのじゃが…違ったとは。何より無事で良かった。』

 

ダンブルドア校長以外の面々は、エディさえも、はあ?といった顔でダンブルドア校長を見ていた。本人はすまなかったの、と穏やかな笑みを浮かべている。

 

『校長。』

 

今度はスネイプだった。エディのもう1人の天敵スネイプ。

細長い指で金色のゴブレットを弄んでいる。

 

『原因が分かりました。砂糖が微量にですがゴブレットの底に溶けていました。』

『ご苦労。きっと犯人はネズミじゃの。しっかりと細かい穴まで塞がなくては。それであの件は上手くいったかの?』

『なんとか。現状復帰は今夜中に済ませなくては。』

『上々じゃ。それではわしはちょっと片付けをしに行こうかの。このことはわしらだけの秘密じゃ。スプラウト教授よ、彼女の件はお任せしますぞ?』

『えっ、ええ…。』

 

よく分からぬまま、エディは罰則としてハグリッドとヒッポグリフの約1Kgの餌探しを命じられた。皆怪訝そうにしていたが、しかしそんなの苦ではなかった。

 

 

------

 

そのあとルーピン教授は何事もなかったかのようにエディと接し、エディもあれはルーピン教授ではなかったと自分に言い聞かせた。

 

「ルーピン教授…。」

 

いや、ルーピン教授ではないと言い聞かせたというのは嘘になる。ルーピン教授は人狼なのだ。アニーの話によれば、彼女の従兄弟は人狼に噛まれてしまい職に就けなくなっている。マイケルの人狼になってしまった叔父さんは家族と自ら縁を切りその後消息不明なようだ。

 

「ねえ。あたしさ、この手紙送ったのはルーピン教授じゃないって分かってるんだ。けどさ、ルーピン教授に心当たりなんて聞けない。だってそんなこと聞いたらあたし以上にルーピン教授は傷つくよ。…エルフィーもあたしを傷つけて、あたしは覚えてないのに離れちゃった。もうこれ以上誰も離れて欲しくないもん。だからあたしは死ぬまでこれを隠し続けるんだ。決めたの。」

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

「じゃあムーニーは今ペ…ワームテールに操られてるってこと?」

「まあ僕らは"知らない"けど、そうだよ。」

 

4人で誰にも気づかれずに好きな話をできる場所というのはなかなか難しかった。談話室だと話を聞かれる確率は高いし、ペティグリューの目に付きそうな場所は避けたい。シリウス・ブラックのいる場所という手もなくはないがこれ以上彼を刺激するのは良くないというハリーの意見もあり、最終的にはシリウスが前に隠れててエルファバが数日泊まった空き教室に4人で透明マントを使って入り、中に入った瞬間エルファバが部屋全体を凍らすということでまとまった。ハーマイオニーの十八番の青い火を灯して4人でブランケットにくるまりながら話し合いを進めた。

 

「多分ムーニーはそれを気づかせるためにエルファバの罰則を異常に長くしたんだと思うわ。気づかせるために。」

「じゃあ私彼に悪いことしちゃったわ…。」

「そんなの分かりっこないさ。」

 

エルファバはロンの一言でホッとした。話がまとまったところでハリーはハーマイオニーの方を向いた。

 

「今度は君の番だよハーマイオニー。もちろん知ってるんだよね?ムーニーの秘密。」

「ええ。まあね。エルファバ、てっきりあなたも知ってるかと思ったんだけど。」

 

エルファバは肩をすくめる。

 

「彼は人狼よ。」

「えっ!?」

 

ロンはビクッと反応した反面、エルファバとハリーは無反応だった。いや、驚いてはいるのだがやはりそれはエルファバ基準なわけで。ハーマイオニーは思ったような反応を2人から得られずに少しガッカリしたようだった。

 

「彼の病気の傾向と月の満ち欠けは一致してたし、ボガートが映した彼の怖いものは満月だったから。」

「じゃあ、人狼が僕らにずっと教えてたってことかい?」

 

ハーマイオニーはため息をつく。

 

「ロン、偏見よ。魔法界では非人間生物…吸血鬼とか偏見持たれがちだけど、どっちもしっかりとした対策がとられているし、人には害がないはずなのよ。」

 

ロンは納得したような、しないような変な顔をした。

 

「彼はここに来る前、マグルの工事の仕事をやってたの。なにか魔法使いなのにそんなことしてるなんて事情はあると思ったけど…。」

「そんなに差別されてるの人狼って。スネイプはそんなこと言ってなかったのに。」

「スネイプは多分ムーニーが人狼であることを生徒に気づかせたくてそんなことしたのよ!あの人本当最低だと思うわ!」

 

ハーマイオニーはカンカンだった。それを聞いたハリーも怒り出して収集がつかなくなりそうだったのでエルファバは話を進めることにした。

 

「まあ、皮肉なことにスネイプの意地悪が私たちがムーニーを救う手段になったわけだし利用しましょう。」

 

感謝はしないけど、とエルファバは心の中で完結させた。

 

「じゃあワームテールはそれを使ってずっと脅してたってこと?」

「そうなるわね。」

「親友だから知ってたことのはずなのにそれを自分のために利用したのか!」

 

ここまでくるとペティグリューの神経を疑うレベルだった。

 

「えっと…じゃあハーマイオニーが言ったってことは次は…。」

「あなたの番よロン。」

 

もっともよく分からない段階にやってきた。ロンは3人の視線を感じてモジモジと居心地悪そうに顔をよじらせる。

 

「あー、そっか。えっと…何から話せば良いのかな…。」

「全部よ。どこでいつワームテールと会ったのか、何の話をしてたのか、洗いざらい話しなさい!」

「そっ、そんなに怒るなよハーマイオニー…。」

「怒ってないわよ。早く知りたいの!」

「分かった、分かったから!…僕がペティグ…ワームテールと会ったのは確か…12月だ。うん。ハッフルパフ戦のあとだったから。彼は談話室に置いてあったお菓子に食らいついてた。スキャバーズとしてね。それで人間になって僕と目があうとビックリしててそれで、助けてほしいって言われたんだ。」

「で、助けたんだ。」

「ハリー、そんな言い方しないでくれよ。あいつすっごいリアルな嘘ついたんだぜ?ブラックはディメンターと長年いたせいで正気を失っちゃって、君のお父さんとお母さんを殺したことを忘れちゃったって。で、僕はどうして魔法省に助けを求めないんだって聞いたら、ブラックの仲間…例のあの人の部下がね、何人か魔法省にいるからそこに行くわけにはいかなかったって。みんな裁判では無罪判決が下ったから今更もう1度証言してもスルリと抜けるって。」

 

このウソには3人も舌を巻いた。仮にシリウス・ブラックとハリーが遭遇せずに先にピーターの話を聞いてしまったら、そっちを信じてしまっただろう。ロンは少し得意げにほらね、と言った。

 

「だから僕はワームテールにご飯と食事をあげたんだ。ママがくれたパイとか、自分の夕食とか。すっごい感謝されたよ。自分がネズミだった時もちゃんと世話してくれてありがとうって何度も言ってくれたし。だから僕はワームテールのことを良いやつだって思ってたんだ。シリウスがスネイプをいじめてた話とかもされたし。」

「シリウスがスネイプをいじめてた?」

 

ハリーは信じられないといった顔でロンを見た。

 

「ああ。あとは自分はシリウスと君の父さんといていつも自信を無くしてたとか、いろいろ。」

「あいつ父さんとシリウスのおかげでアニメーガスになれたのに何を…!!」

 

むしゃくしゃしているハリーにエルファバは自分のバッグをあげた。

 

「いいの?」

「どうぞ。」

 

ハリーはエルファバのバッグをサンドバッグ代わりに何度も殴った。

 

「ありがとう。ロン、続けて。」

 

戻ってきたエルファバのバッグは思いの外しわくちゃだった。男の子のパワーを舐めたらダメだ。

 

「あ、うん。で、何回か会ってるうちにだんだん様子がおかしくなっていったんだ。なんか取り憑かれてるっていうか、怯えてるっていうか。ブラックがすぐそばまで来てるかもって言ってたんだ。だからそんなことディメンターがいるんだしありえないよって言った。」

「多分そのあたりよ。私とワームテールが遭遇したの。」

「グリンダの日記を探していたっていう?」

「ええ。」

 

そう言ってエルファバはふと思い出した。

 

『僕が!!僕が取ったんだあっ!!けどないんだあっ!!あの方に言われて持ってこないと僕は死んじゃうんだあっ!!』

 

「ワームテールはMr.Vに指示されて日記を取りに来たってシリウス・ブラックが。」

 

ハーマイオニーは、なるほど、と納得した。

 

「確かに彼の性格上いくらアニメーガスだからといってこのディメンターの群れの中に行ったりしないわよね。」

「で、昨日だ。彼に思い切って聞いたんだ。困ってることあったら言ってごらん、協力するからって。だってもう何あげても食べないくらい追い詰められてたし。そしたら、エルファバがブラックと同じぐらい怖いって。能力に飲み込まれていく彼女は母親と同じくらい恐ろしい人になるとね。ブラックがこの学校に彼女がいるって気がついて手を組んだら殺されるって。だから僕は変だなって思ったんだ。」

「まあ、間違ってはないけどね。だってエルファバはこっち側だし。」

 

ハリーは満足げにエルファバの肩を叩いた。

 

「今日ハリーの話聞かなきゃ、僕ペティグリューの言うこと鵜呑みにしてたよ。」

「話を整理するとこうね。」

 

ハーマイオニーは羊皮紙に要点をまとめ出した。

 

・Wは2年生の時にグリンダの日記を盗んだ

・Sが脱獄して逃走し誰か(おそらく例のあの人)と接触。日記を取りに行かされる

・Wはグリンダの日記を探して学校に侵入

・ロンと接触して食料確保

・しかし日記が見つからずに焦りエルファバとMに接触

・WはMの秘密を握り、黙らせる

・ハリーとエルファバに話そうとしたMにハリーの杖で服従の呪文をかける

・Wは今エディのところに

 

「ハーマイオニー。エルファバを悪者にしようとしてるのも追加して。」

「了解。」

 

・エルファバを悪者にしようとしてる

 

ハーマイオニーは書き足して、小さく読み上げてからエルファバに羊皮紙を渡した。

 

「これが宿題のリストに見えるように呪文をかけてもらってるの。念には念を入れなきゃ。」

「なんかこうすると分かりやすいね。」

 

ロンは羊皮紙を眺めながらヘラヘラ笑った。

 

「最優先事項はエディからワームテールを引き剥がすことね。ワームテールが誰の指示でやったのかはすぐにわかるわ。」

「ええ、そうね。もうあの子ったらなんでネズミなんか拾うのかしら?」

「ロンが今度接触した時にスキついてエルファバが凍らせちゃうとか。」

「で、そのままダンブルドア校長のところに引っ張っていく?」

「それいいかも。」

「でも、ワームテールがいつ来るかなんて分からないよ。それにエディから充分なエサをもらってるならこっちに来る可能性って低くないかい?」

 

ロンの言い分はもっともである。

 

「多分ワームテールはロンが怪しんだことを察したんでしょうね。」

 

ハーマイオニーがどうしたものかと考え込んだ時、鐘の音が聞こえた。ハリーがあ、と言った。

 

「ごめん。クィディッチの練習。」

「私も罰則だわ。」

 

エルファバとハリーは2人にごめん、と言った。ロンは仕方ないさと言うが、ハーマイオニーからの返事がない。

 

「…こうなったら強行突破ね。」

「「え?」」

 

ハーマイオニーは決心した顔でハッキリと告げた。エルファバはなんとなく予想がついた。そしてこれから自分が背負わされる任務も。

 

「エディにあなたの飼っているネズミは人殺しよって言うの。」

「「…え?!」」

 

ロンとハリーは顔を見合わせた。

 

「任せて。ちゃんと計画があるから。」

 

 

ーーーーーーー

 

残念ながらホグワーツの生徒全員が妹の命に左右されているわけではない。特にグリフィンドール生とレイブンクロー生は数日前からクィディッチ戦にソワソワしていた。勝てば決勝に進める大試合。ハリーはずいぶん上手く勉強とクィディッチとゴットファーザーの運命を両立しているとエルファバはしみじみ思った。

 

「懐かしいな。これでよく深夜に徘徊したもんだ。」

 

シリウス・ブラックは嬉しそうに透明マントを被った。エルファバは地図を注意深く見て畳み、シリウスがマントを返してくれるのを待った。

 

『シリウスにシリウスがくれたファイアボルトで飛んでるのを見てほしいんだ!』

 

ハーマイオニーとエルファバは反対したがハリーの熱意に押されて折れた。実際、伝言係を頼まれたエルファバがシリウス・ブラックに伝えに行くと彼は2つ返事でオッケーした。計画はというとまずエルファバがブラックと共に透明マントで連れ出し、ロンとハーマイオニーの近くに連れてからエルファバはマントをブラックに渡しエルファバがエディの元へ行く。やはりなんだかんだでエディはエルファバの言うことを聞くからということだ。

 

(なんか習い事の送り迎えみたいね。)

 

初めてエルファバが計画を聞いた感想である。

 

「わっ!!」

「ひゃっ!!」

 

バキバキっ!!

 

シリウス・ブラックがマントを被ったままエルファバの背中を押してきた。

 

「はっはっはっ!!猫みてー!!」

 

エルファバは犬が吠えるみたいに笑いながらマントから出てきたシリウス・ブラックを睨みながら凍ってしまった床を呪文で直した。その溶けていく様をブラックはまじまじと見た。

 

「綺麗だな。」

「どうも。」

「なんだ嬉しくないのか?」

「別に…。」

 

本当は自分の作ったものを綺麗だと言われるのはとても嬉しかった。胸が高鳴った。しかしそれをどう表現していいかわからなかった。

 

「そういえばハリーは杖どうしたんだ?」

「ロンの家の使っていない杖を借りてます。」

「ロン…ピーターの飼い主か。新学期前に会うくらいだから仲がいいのか。」

「ホグワーツの中で一番仲がいいと思います。」

「へえ。」

 

シリウス・ブラックは考え込んだ。きっと自分にはまだまだ知らないハリーの世界があると思っているのだろう。その気持ちは分からんでもなかった。

エルファバも部屋に閉じこもっていた時エディを拒絶する反面、エディがどんどん自分の知らない友達ができていくのを感じてものすごい孤独に襲われたものだ。エディを独占したいとかそういうことではない。ただ自分のいない間にいろんなことが彼女の中にどんどん起こる。その中でエディは変わっていく。その変化に自分が置いていかれるのが寂しいのだ。

 

「行きましょう。ハリーが待ってる。」

 

エルファバはシリウス・ブラックの手の中に握られているマントを被った。

 

いろいろありながらも(「お前しっかりしてるように見えて抜けてんな!」「…」)無事にハーマイオニーとロンを見つけ出したエルファバはロンとハーマイオニーの肩を叩く。

 

「送迎お疲れー。」

「ありがとうロン。」

 

エルファバは辺りを見回してから素早く外に出た。冷たい空気がエルファバの肺を満たす。

 

「計画通りに行くわよエルファバ!」

「うんっ!」

「エディはどこにいるの?」

「向かいのピッチ!」

「なんで分かるの?」

「勘!」

 

ハーマイオニーとロンはガッツポーズをした。エルファバも返して、走り出すと割れんばかりの拍手が競技場に響き渡る。

 

「全員飛び立ちました。レイブンクロー対グリフィンドールの対決、準決勝です!何と言っても本日の目玉はハリー・ポッターの…」

 

リー・ジョーダンの軽快な実況もみんなの歓声もエルファバの耳には届かなかった。

 

エディを、そしてルーピン教授を救う壮大な"鬼ごっこ"の火蓋が落とされた。

 



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12.ネズミの物語

【注意】
ここから、ピーター・ペティグリューのキャラ改変があります。


ピーター・ペティグリューはある少女のポケットの中で必死に数々の恐怖と戦っていた。"あの方"に服従しなくては自分は虫ケラのように殺される。日記をなんとしてでも見つけなくては。ピーターの脳内に再生される記憶の数々。

 

ーーーーーー

 

『ピーター!!お前!!リリーとジェームズを売ったのか!!』

『ちっ、違うんだシリウス!!それは…『何が違うんだ!!まともな答えじゃなきゃ殺すぞ!!』』

 

ジェームズとリリーを裏切った時、心が罪悪感でいっぱいになったがそれ以上に自分の死への恐怖が消えたことでホッとした。が、“あの方”は消えた。

鬼のような表情で迫ってくるシリウス。まともに戦ったら勝てない。

 

『…じぇっ、ジェームズとリリーが!!!シリウスよくも!!!』

 

ピーターは杖を出して、道路を吹き飛ばした。マグルたちを巻き添えにして。絶叫とシリウスの高笑いが下水道の中まで聞こえてきた。恐怖と罪悪感で頭がふらつく中、自分が地獄へ堕ちることを確信する。

 

(僕は一体なんてことを…!)

 

それから13年、ネズミとして生きてきた。自分を探す魔法使いと真実が暴かれる恐怖、そして自責の念から逃げ回った。自分は他の3人と比べればあまりにも凡人だった。

 

ピーターの親友たちは尊敬の対象であり、そして嫉妬の対象でもあった。ジェームズとシリウスは本来自分とは交わるはずのない人間。彼らと一緒にいると楽しい反面、自分の自信がなくなっていった。

決して自分は悪い人間ではなかったはずだ。大義を尽くす人間だった。ホグワーツで最初の友人になったリーマスのために命をかけてアニメーガスになった。不死鳥の騎士団へ入団した。その他いざとなれば勇気を出すことが多かったように思う。

 

しかし、どんなに頑張っても3人に勝てないと日々感じていた。

 

優秀なのはもちろん元から友情に厚いジェームズ、家族と決別して同じ価値観を持つ友情を大切に思っていたシリウス、自らの秘密を知りながらもなお受け入れてくれた友人たちがいるリーマス。それに比べて自分には何もなかった。何も無さすぎた。自分が普通だった。自分も大義のために命をかけて戦っていたが、いつも恐怖で心が押し潰されそうだった。

 

そしてシリウスは脱獄し、自分を見つけ出してしまった。さらに自分の生存が多くの人間にバレてしまった。自分を恨む大勢の人間が自分を探しに来る。自分が助かるには生死不明な"あの方"を探すしかなかった。

 

『久しぶりだ。ワームテール。噂には聞いているぞ。』

 

アルバニアにいるという情報を信じて向かった結果、彼はいた。

 

その姿は辛うじて人間と認識できる生き物のような形ではあったが、"あの方"は生きていた。人間以下になった“あの方"はそれでもなお邪悪で凶悪、強大なパワーを持っている。

 

『お前は逃げ回った。誰も助けず、ただただ私欲のために…当然、のこのこ舞い戻ったからには何か俺様に捧げる有益な情報は持っているんだろうな?』

 

ピーターは必死に頭の記憶をたどった挙句、元飼い主の友人の杖無しで凍らせる能力について話した。"あの方"はこの情報を大層気に入ったようだった。

 

『その娘はホグワーツの生徒だ。ダンブルドアの目がつくような行動は避けるのが無難だ。しかしそれがあれば俺様は人知を超えた存在となる…。』

『ごっ、ご主人様…日記があります。グリンダ・スミスが書いた日記が…!そこにはあの娘の能力についてしっかりと書かれております。』

『それはどこにある?』

『ほっ、ホグワーツですご主人様…。』

 

そして"あの方"はこう言った。

 

『取ってこい。』

 

それは容易い話だった。どこにあるのかは自分が知っている。自分があの場から盗んで、隠したのだから。長い道のりではあったが、確実に遂行できる任務…。

 

『ないっ!ないっ!ないっ!ないっ!どこだあああああああああっ!?』

 

なかった。本来あるべき場所になかった。ホグワーツのグリフィンドール寮近くにある近くにある小さな窪みに箱ごと隠したはずだった。毎晩パイプや下水道を伝って死に物狂いで探したが見当たらなかった。各寮、各教室、隠し棚。杖のない中で探すのは絶望的だった。鍵のかかった引き出しは調べられず、生きた心地のしない毎日が続いたある日。

 

『…そこにいるのは誰だ?』

 

机を漁っていた時に誰かに見つかってしまった。灯りがこちらに迫ってくる。ピーターはとっさにネズミに変身して、暗闇へと飛び込んだ。

 

『?』

 

声の主はかつてのもう1人の友人、リーマス・ルーピンだった。

 

(彼がホグワーツで働いている…?!)

 

『…ピーターが…?』

 

ネズミになって逃げたのが仇になった。彼は自分がネズミになれることを知っている。棚の下で恐怖に震えるピーターに気づかずに大股歩きでリーマスは部屋から出て行った。

 

自分の存在が周囲に知られる前にリーマスをホグワーツから追い出さなくてはならなかった。あるいは彼の信頼を落とす方法を。ピーターがリーマスの飲む薬は脱狼薬であり欠かさず飲んでいること、砂糖が少しでも入ると効き目がなくなることを知るのは難しくなかった。

 

(しかし正しい選択なのか?ホグワーツ最初の友人を追い詰めることが果たして…。)

 

『ルパンさん…じゃなかった、ルーピン教授!』

 

深夜に彼を訪れても不思議ではない女子生徒を探すのも簡単だった。傷つけることも簡単だ。

 

『ああああああああああっ!!!!』

 

親友が女子生徒を傷つけるのをピーターはネズミの姿で見ていた。リーマスは人格者だった。いい友人だった。そんな彼にこんなことをするのは胸が痛んだが…。

 

『ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ』

『ぎゃああっ!!』

 

女子生徒は逃げおおせてしまった。狼化したリーマスは教授数人がかりで外へと逃がされた。少女は誰にも事実を言わず、リーマスの使うゴブレットも薬も厳重に管理され、それに触れることすら不可能となってしまった。

 

その事実はピーターを今まで以上に焦らせた。どんなに一生懸命探しても見つからない日記、自分の存在がバレるかもしれないという恐怖でピーターは気が狂いそうだった。

 

そしてあの日、ついにピーターはリーマスと再会してしまった。

 

『ピーター、まさかとは思ったが、やっぱり君だったのか…なぜここに…?』

 

日記のことを言うわけにはいかず、ピーターは必死にグリンダの娘のウソをついた。そのウソをついてくうちに彼女と母親の姿が重なり、それが事実に思えてきた。

 

グリンダは化け物だった。

 

ーーーーー

 

それは10年以上も前のことだ。彼女とは出会うべきではない場所で出会ってしまった。

 

『ピーター、あなたもここにいるなんてね。あの気取り屋達は知ってるの?』

『きっ君こそ…どうしてこんなところにいるんだい?』

『別に。あなた方みたいに勇敢なグリフィンドール生とは違って私は臆病なの。だから大多数の人間につく。』

『何言ってるんだい?君はレイブンクローだ。頭がいいじゃないか!ここにいなくても自分の身ぐらい守れる。僕なんか全然頭も良くないし、魔法の腕も大したことないし…。』

『頭がいいってことはこれから先に起こる最悪の可能性を予期できるってことよ。騎士団を見てごらんなさいよ。スリザリンとレイブンクローの卒業生の人間なんてごくわずか。自分の命を落とす可能性が高いってことも分かるし、どれだけ虚しいかというのも分かる。頭がいい人って臆病者が多いのよ。』

『でっ、でも。』

『それに、私は、もう何も残っていない。彼に合わせる顔がない。』

 

彼女はやけに悲しそうな顔をしていた。それがとても美しかった。彼女に夫がいるのも子供がいるのも分かっていたが、ピーターは彼女に恋に落ちた。自分と同じ立場の人間がいるという事実がピーターを落ち着かせ、彼女は役立たずの自分をかばってくれた。彼女を信頼していた。

 

------

 

驚くことに、エディは本当に向かいのピッチにいた。

 

「チョウかっこいいね。アンジェリーナとアリシアもいい!戦う女の子はカッコいいよ。セドリックに頼んで来年選手にしてもらうー!」

 

いつも通りエディの周囲は奇妙だった。各ピッチで赤マフラーと紺マフラーの集団で別れているのにここだけ赤、紺、黄、緑と色とりどりだ。ザワザワと話し声と歓声がする中で、エルファバは人生で自分の意識した中で1番大きな声を出した。

 

「エイドリアナ・レイ・スミス!!」

 

周囲がざわつくのをエルファバは肌で感じた。

 

「エルフィー?」

 

ずっと自分から話しかけてこなかったエルファバが話しかけてきて、しかもエルファバにしては大声で自分の名前を呼んでいる。

 

「エディ!」

 

エルファバは思いっきり息を吸って叫んだ。

 

「あなたの飼ってるネズミ!犯罪者よ!」

「「「「…はあ?」」」」

「は・ん・ざ・い・しゃ!!」

 

喉が枯れそうだった。しかしエディのためにここでやめるわけにはいかない。

 

「親友を殺し、裏切り、ネズミになって13年も身を隠して!!私のことを化け物扱いする犯罪者よぉっ、ゲホッゲホッ…。」

 

むせた。

 

「前足欠けたネズミよ!!あなた持ってるでしょ?!ちょうだい!!」

「持ってるけど…。そんな大声で言うことだったの?」

 

エルファバとエディで立場が逆である。

 

「だってそういう奴だってみんなに知らせなきゃ!!」

 

当然ながらこんな奇怪な行動をしているのはハーマイオニーの指示だ。

 

『ペティグリューを焦らせるの。まあ大半は嘘だってからかうでしょうけど、いいのそれは。大事なのは全員にそれを伝えているという事実なのよ。チャンスはクィディッチの日ね。』

『……それ私じゃなきゃダメ?』

『エディが信じる人じゃないとダメだわ。ロンは風評被害だけどフレッドとジョージの弟だってこともあってなんかのいたずらだと思うでしょうし、私はエディの関わりは皆無、ハリーは試合に出るし。』

『…分かったけど…私凍らせちゃうかも…。』

『いいじゃん。そしたらペティグリューの行く手が遮られるよ。』

 

エルファバを知らない生徒も知っている生徒も見ている。エルファバは頭が沸騰しそうだった。

 

「あっ!!!」

 

エディのポケットからボロっと大きなものが落っこちた。それが目にも止まらぬ速さで走り出す。

 

「ごめんなさい!通して!」

 

エルファバは自分よりも何倍も大きい上級生を押しのけ(どうやったかは分からないが、彼は冷たい!と叫んだ気がした)、灰色の物体を追いかけて席の間と人の間を走り、エルファバから逃れようとする。杖を持ち、エルファバは狙いを定めた。

 

「イモビラス 動きよ止まれ!」

 

ギリギリ射程範囲を超えたようだ。変わらぬ動きでネズミは遠ざかる。

 

(人はいないわね。)

 

エルファバは周囲を見渡して、みんながクィディッチに夢中だと確認したところでエルファバは手袋を外した。

 

バキバキっ!バキっ!バキっ!

 

エルファバの手から放たれる銀色の光は地面に触れると氷としてこびりつく。ネズミはそれをスレスレで避ける。エルファバは息を切らして立ち止まった。

 

「いいわ…あなたがそのつもりなら。」

 

エルファバは地面に触った。そこを中心に地面全体が一瞬で氷に包まれた。ネズミは足を滑らせ、もたつく。エルファバはもう一度手のひらをネズミに向けた…。

 

「ステューピファイ 麻痺せよ」

 

赤い閃光がエルファバの耳を掠めた。

 

「ルーピン教授!」

 

ルーピン教授はエルファバに杖を向けている。ネズミはその隙に茂みへと逃げ込んだ。

 

「…うっ、あっ…。」

 

ルーピン教授はブルブルと腕を震わせている。まるできつく巻かれた縄を解こうとしているようだ。

 

「エル…ファバ…逃げるんだ…!早く…!」

 

エルファバはルーピン教授にごめんなさいと謝って、ピッチの方へと走り出した。ルーピン教授を救えなかったことが何よりも悔しかった。

 

ーーーーー

 

「あと少しだったのに。」

 

試合が終わってシリウス・ブラックを暴れ柳の下まで送ったあとにエルファバは3人に報告した。グリフィンドールを見事にスリザリンとの決勝戦へと導いたハリーはスッキリした顔で地図を眺めていた。ちなみにハリーの飛びっぷりをいかにべた褒めしていたかを知っているのはエルファバのみである。

 

「ある。あいつの名前が!」

 

ハリーは図書室の机の上に教科書の上に地図を広げた。ピーター・ペティグリューという名前の点が3階の廊下を慌ただしく走っている。

 

「これまではこの時間にいることなんてなかった。」

「相当焦ってるのね。」

 

ハーマイオニーが悪い笑みを浮かべ、ロンが小さく、うわあ…と言ったのが隣のエルファバには聞こえた。

 

「まあ、ペティグリューを捕まえられなかったのは残念だけど、これで少なくともエディの元には戻ってこないわ。」

「ええ。ありがとう。」

「代わりにエルファバ変人疑惑は出てるけど。」

「いいんじゃない、嘘ではないし。」

「ロン。」

 

エルファバはロンを睨みつけた。今この瞬間だってエルファバは他寮からの痛々しい視線に耐えているのだ。

 

「当然シリウスは知らないんだよね?」

「ええ。バッチリよ。」

 

ハーマイオニーはテキパキと宿題をこなしながら、次の作戦を練りだした。

 

「日記のレプリカを作るっていう手もあるけど、時間がないわね。そもそもあの人なんで2年の時に日記持って行って、そのままホグワーツに置いて行ったのかしたから?」

「奪うのが目的だったんじゃない?」

「どういうことロン?」

「うーん、なんかよく分からないけど、グリンダかエルファバに恨みがあって、盗んで困らせることが目的だったんじゃないかなあ。だからそのあと日記がどうなろうがどうでもよかったんだよ。」

「なるほどね。一理あるかも。」

「私、何かしたかしら彼に。」

「恨みがあるのはエルファバじゃなくてグリンダだよ。だってあいつはヴォルデモートの部下だったんだから。」

「ハリー、あの人の名前呼ばないでくれよ!」

「そんなことどうでもいいよロン。」

「まあ、ともあれ!いいヒントが見つかったわ。ワームテールはきっと何かしらのコンプレックスがあるわ。だからそこを突けば、ボロを出すかもしれない。」

 

 

 

------

 

 

『君を魔法省へ連れて行く。』

 

リーマスはある日、唐突にピーターにハッキリそう告げた。

持ってきてくれたディナーの残りをこぼした。

 

『ネズミになろうとしても無駄だピーター。君が漏れ鍋で発見されたと聞いた時から、ずっと考えてたんだ。シリウスはアズカバンから脱獄した直後、何をしたか知ってるか?ハリーに…ジェームズの子供の元へ真っ先に向かったんだ。ハリーの居場所をどのように把握したかはわからないが、ゴットファーザーとしてゴットサンに会いに行ったんだよ。そして自分でできる限りのことを尽くしたんだ。アズカバンで気が狂っていた人間がそんなことするだろうか?君は13年間ハリーのそばにいて、ずっとネズミになって隠れただけだった。』

『リーマス…僕はハリーを陰ながら見守っていたんだよ。そりゃシリウスほど派手に接触はできなかったさ…僕は死んでいる扱いだったし…そもそも、シリウスは秘密の守人だったんだ!』

『ああ、そうだ。私には分からない…だから君が本当に行ってほしいんだよ…!本当に無実なら日の光の下で真実を明かしてくれ!』

『シリウスに殺されるよそんなことしたら!』

『君の功績と狙われているのは周知の事実だ。最高の警備が君にはつくだろう。』

『そんなんじゃダメだ!!奴らはコネがあるんだ!!今度は奴らがそれをかいくぐって殺しにくる!!』

『…奴ら?』

 

ピーターは自分が失言をしたことに気づいてしまった。

 

『あっ、ちっ、違うんだリーマス!!違う…!!』

 

その言葉でリーマスは全てを悟った。杖をピーターに向ける。

 

『君がリリーとジェームズを殺し、シリウスを追い詰めたんだな?そして君が最も恐れているのはシリウスじゃない。魔法省にいる、裁判を逃れて生きている死喰い人だな?』

 

ピーターはもうダメだと悟った。リーマスは確信を持っている。何を言っても信じてくれないだろう。

 

そう思った時、ピーターの頭の中でピカッと何かが光った。

 

『…リーマス。病気の調子はどうだい?』

『何を言ってるんだ。』

『いいや、僕は本当に心配してるんだ。スネイプが君にあの病気のために薬を調合してるそうじゃないか。』

『ご心配には及ばないよ。彼は案外律儀だからね。』

『ああ、そうだね。けど、先月飲んだ薬…少し甘くなかったかい?』

 

リーマスは明らかに動揺した。

 

『…まさか…君は…。』

『ホグワーツでの職を失えば君は困るはずだ。反人狼法が可決されるかもしれないし、そうなってしまえば君のお父さんの安らかな生活を脅かしちゃうしねえ…それに、』

 

ピーターは邪悪な感情と共に自分は一体何をしているんだろうという思いがあった。友達のいない自分をジェームズとシリウスに紹介してくれたのも彼だった。狼人間だと知るまでは彼のことは自分と同じように凡人なのだと思っていた。

 

『君のお気に入りの生徒を傷つけたくないだろう?きっと狼の君がいるオフィスに彼女を誘い込むのは簡単だ。エディ・スミスだったっけ?あの子は好奇心旺盛だからねえ。』

 

リーマスの顔が怒りと悲しみで歪んだ。そんな顔ほとんど見たことがなかった。きっと彼女に強い思い入れがあるのだろう。リーマスは公平な人間だったがやたら、ハリー、グリンダの娘、そしてエディ・スミスに肩入れしているのは親友だから分かったことだ。

 

もうすでに傷つけていることも知らずに…。

 

『やめてくれ…それだけは…!』

 

ピーターは懇願するリーマスを見て良心が痛んだ。自分は既にあの1年生を誘い込み、殺しかけている。それを知ったら彼はどんな顔をするのだろう?

 

『なら、僕を突き出したりしないよね?』

 

彼の返答は時間がかかった。自分の正義と恐怖が戦っている、苦悶に満ちた顔だった。

 

『…言わない。言わないよピーター…。』

 

リーマスは杖を下ろした。ピーターはどんどん自分が悪に染まっていくのを感じたー。

 

 

ーーーーーー

 

 

ハリーはグリフィンドール生全体からロイヤルファミリーの一員であるかにように護衛されていた。グリフィンドールとスリザリンが決勝戦の対戦相手となった今、スリザリン生徒がひっきりなしにハリーを転ばせようとしたり、呪いをかけようとするからだ。大事なシーカーが医務室に運ばれたりしたら大変だ。そんな事情でハリーは四六時中誰かに見張られているためにシリウスのところに行けなくなってしまった。

 

「また、お前かよ。」

 

結果的に食料を届ける係はエルファバだった。エルファバは憎たらしいブラックの言葉に何も反応せず、革に入った食べ物と飲み物を渡した。

 

「ハリーはグリフィンドール内で英雄なんです。」

「だろうな。」

 

声色ですぐに機嫌が良くなったのは分かった。ハリーをおだてれば大体ブラックの機嫌は良くなる。とりあえず、友達の長所を語るのなら苦ではないエルファバにとってこれほど楽なことはなかった。

 

「けど、ちょっとぐらい危険な方が楽しいだろ?」

「危険のスケールが大きすぎますあなたの場合。」

 

エルファバは早く罰則に行かなければと思いながらブラックに冷静に言った。ブラックはエルファバをからかうのが面白くて仕方がないらしい。いろいろ困らすようなことを言ってエルファバの反応を見た。

 

「ホグワーツで犬になってピーターを探してえな。ここは本当に退屈すぎて死ぬ。」

「あともう少しの辛抱ですから。」

「もう少し?根拠は?」

 

そして困ったことに、ブラックはピーターの居場所をエルファバ達が知っていることを勘付いていた。忍びの地図を持っていれば大体は分かるだろうというのが彼の持論だ。それは事実だ。

 

『お願いだエルファバ!絶対パッドフットにはワームテールの状況を言わないで!上手く切り抜けてくれ!』

 

ハリーのあの眉毛をハの字にしてお願いする顔を思い出す。あんな顔をされてはノーとは言えない。今のところペティグリューには何の進展もない。おそらく新たなる場所を探して誰かのペットとなろうとしているのだというのがハーマイオニーの出した結論だった。

 

「なあお嬢ちゃん。」

「エルファバです。」

「んなことはいいんだよ。お嬢ちゃん、俺は真剣にピーターを探してるんだ。あんまり怒らすな。」

 

ブラックは急に真剣な顔でエルファバに言ってきた。ブラックは立つと190センチ近くある。エルファバは数歩下がって、早鐘を打つ心臓を抑えた。

 

(大丈夫大丈夫。ルーピン教授との罰則で男性に慣れてきた…。いざとなれば凍らせればいい。)

 

「ハリーがあなたに本当の人殺しになってほしくないそうです。」

「へえ?」

「ハリーはペティグリューが捕まったら、殺すんじゃなくてディメンターに渡すつもりらしいです。…あなたと一緒に暮らしたいから。」

 

“暮らしたい”の部分を少し強調した。

ブラックは一瞬にして顔から怒りの色が消えた。そして、はあっ、とため息をついてホコリまみれのベットに座り込んだ。

 

「んなこと言われたら何にもできねーじゃねーか。」

 

エルファバは父親ってこんなものなのだろうかとまじまじと観察した。

 

(親バカだと思ってたけど、ここまでハリーの"一緒に暮らしたい"攻撃がてきめんだなんて。)

 

ハリーと違ってエルファバには血の繋がった父親がいるが、一緒に生活をしている事を喜んでるとは思えない。きっと自分と生活をしているのはたまたまエルファバがグリンダの子供だからだ。その繋がりさえ失えば、あとは何も残らない。少しブラックが可愛く思えた。

 

「何ジロジロ見てんだ?」

「ハリー効果はすごいなと。」

「あ?」

「何でもないです。」

 

(やっぱりこの人あんまり好きじゃないわ。)

 

ガン飛ばされたエルファバは、スッと柱に隠れた。

 

「なあ、せめて状況だけでも教えてくんねーか?やっぱり何も知らないというのは…こたえる。」

「本当に伝えることがないんです。今はどこにとどまってるとかそういうのもないですし。」

「そうか。何か進展があれば教えてくれ。」

「ええ。」

 

エルファバはこの事をハリーに報告した。驚いた顔はしていたが、納得したようだった。

 

「そうだよね。パッドフットに何もかも秘密にしておくべきじゃない。彼が正しい。」

 

今晩の"会議"が終了して、ハーマイオニーとロンが自分の部屋に戻ろうとする中、ハリーだけが人のいない談話室に残っていた。

 

「ハリー?大丈夫?」

「ああ、平気だよ。今から守護霊の呪文を練習するんだ。」

 

ハリーはロンの家の杖を出し、目を閉じて練習しだした。

 

「エクスペクト・パトローナム… エクスペクト・パトローナム…」

 

ハリーが呪文を唱えるたびにボンヤリした霧が杖の先から出てくる。

 

「毎晩練習してるけどこれ以上できないんだ。」

 

ハリーは悔しそうに拳でソファを殴った。エルファバはふと杖を出して、ハリーと同じ呪文を唱える。

 

「エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来れ」

 

ハリーのものよりも濃い霧がエルファバの杖から飛び出し、ボンヤリと4本脚の動物の形が出てきた。なんの動物かは判別できない。

 

「すごい!」

 

ハリーの声でエルファバはビックリしてしまい、動物は消えた。

 

「どうやってるの?!僕守護霊の形すら浮かんでこないのに!」

「え?」

「何を思い浮かべてるの?」

「えっ…えー…。」

「なに?教えてよ。」

「あっ…あなたたちのことよハリー…。」

「えっ。」

 

エルファバは恥ずかしがって顔を両手で覆い隠した。ハリーも妙に恥ずかしくなってエルファバから目をそらして頭をかく。

 

「初めてやった時はエディとの思い出だったんだけど…本当昔のことだからハッキリしてなくて…で、今は3人のことを思い浮かべたの…やだ、恥ずかしい…!」

 

何の躊躇もなく親友たちの自慢を長々とするエルファバがこのタイミングで恥ずかしがる理由はハリーは理解できなかったが、むず痒い気持ちになった。話題を変えることにした。

 

「そっそういえば、ルーピン教授の罰則は大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。今のところは問題ないわ。」

 

不謹慎かもしれないが、ルーピン教授の罰則は前よりもずっと楽しいものになっていた。いつもはとても虚ろなルーピン教授だが、時々呪文が切れるらしく、ふと本当の彼と話せる時がある。その時が楽しかった。エルファバは彼に対する恐怖は前の一件で大分消えていた。

 

問題なのは呪文によってルーピン教授の身体的、精神的な力がかなり弱まっているということだった。教授たちもルーピン教授の異変には気がついているはずだ。ハーマイオニーとエルファバはどうにかしてルーピン教授を服従の呪文から解放してあげたいと調べていた。

 

「君に宿題を出そうかな。」

 

金曜日の罰則の日、ルーピン教授は穏やかな笑みを浮かべていた。疲れ果てているがそれを取り繕うとしているのが分かる。

 

「宿題ですか?」

「なぞなぞだよエルファバ。賢い君なら分かるはずだ。」

 

エルファバは選別していた資料を置き、ルーピン教授の話に聞き入った。

 

「来週の月曜日は満月だ。魔法において月の満ち欠けは古来から研究され続けている。薬を煎じたり占い学でも重要なものだ。さて、問題です。」

 

ルーピン教授はエルファバを期待に満ちた顔で見た。

 

「満月は一体何を意味するでしょうか?」

「…?」

 

この問題の意図が全くつかめなかった。満月はルーピン教授からすれば狼となる時期。ルーピン教授はエルファバに自分は狼人間だと伝えたいのだろうか。

 

「宿題の起源は来週の月曜日まで。友達に聞いても全然構わないよ。」

「あ…はい。」

 

エルファバは1人で考えてみたが答えが分からず、寝る前に(ロン曰くカリカリしている)ハーマイオニーに聞いてみた。

 

「満月?それがルーピン教授からの宿題?」

「ええ。」

 

ハーマイオニーのベットの上でエルファバはハーマイオニーがくれたクマさんを抱きながら口を尖らせる。

 

「そうね、占い学だと…私はあの分野は嫌いだけど…完了のエネルギーを利用して放出するといいって言われているわ。今までの習慣とか人間関係とかいろいろ。逆にエネルギーは満ち足りているから体の持つ吸引力が最大になるって…エルファバどうしたの?」

 

エルファバは突如、興奮気味にピョンピョン跳ね始めた。

 

「お手洗い行きたいの?」

「ルーピン教授からのメッセージよ!!」

「え?」

「ルーピン教授は満月に変身するわ!!!」

 

エルファバが跳ねるたびにハーマイオニーのベットがミシミシっとなった。しかしそんなことを気にせずにエルファバはウサギのように跳ね続けた。

 

「ええ…そうね。それがどうしたの?」

「狼になった時!!ルーピン教授の中にあるエネルギーが放出されるのよ!!つまり!!ルーピン教授の中にある呪いが!!放出される!!」

 

ハーマイオニーは一瞬固まったかと思うと、弾けたように立ち上がってエルファバと跳ねた。

 

「だから教授たちはみんな様子を見てたのね!!呪いが解けるのは時間の問題だから!!」

「そう!!」

 

エルファバとハーマイオニーは手をつないでキャッキャ笑いながらクルクルと踊るように回った。

 

「じゃあワームテールはその時にまた現れる?」

 

ハーマイオニーとエルファバは息を切らしながらベットに座り込む。

 

「そうね。その時がラストチャンスね。ペティグリューを捕まえるの!」

 

エルファバとハーマイオニーはがっしり手を握る。

 

「あの地図で見張り、ルーピン教授が狼から人間に戻る時…つまり早朝にワームテールを捕まえる!」

「来週の月曜日!」

「明日ハリーとロンにも伝えなきゃ!!」

 

しかしこの女子2人は次の日の午後に男子2人によって奈落の底へと突き落とされることになる。

 

「地図を没収されました。」

 

ロンとハリーは絶望した顔でグリフィンドール寮に帰ってきた。

 

「なんですって?」

「地図を没収されました。」

「誰に?」

 

ハーマイオニーは口をあんぐりと開けた。エルファバも驚きで眉間にシワを寄せている。

 

「ハリーをホグズミードに連れて行きたかったんだ。叫びの屋敷の前でマルフォイに遭遇して、僕の家族を侮辱して。」

「それで僕は怒ってマルフォイにやり返したんだ。泥を投げつけて…僕の生首を見せた。」

「あなたの生首?!」

「透明マントで…体を隠したんだ。」

 

ハーマイオニーは持っている本を2人に投げつけそうな勢いだった。

 

「それで?」

「そのあとマルフォイがスネイプに言って、スネイプが僕を呼んだんだ。いろいろ尋問して…そしたらルーピン教授が来て、ゾンコの商品だろうって…それでルーピン教授がそれを持って行った。」

 

想像以上に最悪な展開だった。

 

「ハリー…それが本当なら…今…地図持ってるのは…ルーピン教授…つまり…ワームテール…ってことよね…!?」

「そうだ。」

「どうしよう…?」

「地図を奪還しなきゃ…!シリウスがこっちに来れば彼がどこにいるのかも分かっちゃうよ…!」

 

 

ーーーーーー

 

ピーターは突如舞い降りた幸運に舞い上がっていた。自分が学生時代に作成した地図が手に入ったのだ。もう恐れるものは何もない。

 

「リーマス…ありがとう…やっぱり君は僕の親友だね…!」

 

グリフィンドール寮の談話室にハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、そしてエルファバ・スミスの点が並んでいる。ペラペラとめくれば自分のいる部屋にリーマス・ルーピンとピーター・ペティグリューという点がある。そしてその近くに近づいてきている点が2つあった。

 

ドラコ・マルフォイとエイドリアナ・スミスと書かれている。

 

「あいつは、杖なしで何かを凍らせることができるんだ。グリフィンドールとレイブンクローの試合中に僕は見たんだ!」

 

マルフォイは誇らしげにエディに語った。

 

「そういえばあいつ2年の時にバジリスクを自分と一緒に氷の中に閉じ込めてた。これでいろいろ分かったぞ!」

「ねえドラコ。それ知ってどうするの?まさか全校生徒に言いふらす訳じゃないよね?」

 

エディの発言にドラコは固まった。そのつもりだったからだ。

 

「けっけど、正解だろ?」

「残念だけど外れ。」

「外れだって?!僕はこの目で見たんだ!というかそもそもお前はあいつの秘密知らないって言ってたぞ!」

「だってあたしからしたら秘密でもなんでもないもん。それにエルフィーの魔法って他にもいっぱいあるもん。」

「例えば?」

「物を宙に浮かせたり、生きてるものを作ったりとか。」

「それはどの魔法使いも子供の時はできることだ!それとスミスの魔法は違う!」

「ふーん。」

 

エディは大して興味がなさそうにドラコの話を聞いていた。

 

「というか、ドラコもルーピン教授に用があるの?」

「違う、僕はお前に用があったんだ。…いや、その、偶然会っただけで…!」

 

ドラコが慌てて訂正しようとするのをエディは聞いていなかった。ルーピン教授の部屋の前に来ると、コンコンとノックして扉を開けた。

 

「失礼しまーす!ルーピンきょう…。」

 

エディの言葉は続かなかった。エディはドサッと倒れたのだ。

 

「!?おっ、おい!しっかりしろよ!どうしたんだよ?!」

 

ドラコは慌ててエディの元に駆け寄った。しかしそこでドラコの意識も途切れた。

 

「シリウス…リーマス…僕を怖がらせるものは…この場で、今夜、消す…!」



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13.逆転時計

地図を奪還する方法は皆無だった。透明マントを被っても地図には出る。解決策は絶望的だった。

 

失態を犯した、しかも大事なシリウスの命に関わるような事を犯したハリーの落胆ぷりといったら凄まじいものだった。授業にもクィディッチにも身が入らず、ロンも責任を感じてかなりヘコんではいたがハリーが凄まじすぎて反省しているのか疑ってしまうレベルだ。ハーマイオニーは難しそうな本を7冊ほど図書館から借りてきて必死に調べている。一方エルファバはソファで騒がしい談話室で体育座りになって考え込んでいた。

 

「エディ・スミス!エディ・スミスはいるか?!」

 

寝る前の騒がしい寮の中でパーシーが大声を上げた。

 

「エディ?ここにはいないわ。ハッフルパフ寮かスリザリン寮かレイブンクロー寮かルーピン教授のオフィスか8階の踊り場か校庭じゃない?」

「選択肢多いな。」

「どれでもないなら私たちには分からないわ。」

 

1年生の集団は肩をすくめた。

 

「ハッフルパフの監督生が探してる。今日の授業に出てないらしい。」

「えー、無遅刻無欠席のエディが?」

「あの子意外と授業好きだもんね。」

 

エルファバはそのやりとりを見て、嫌な予感が頭をよぎった。いや、予感というにはあまりにも確信めいている。

 

「…エディ…。」

 

ハーマイオニーは立ち上がったエルファバの肩に手を置く。

 

「ねえ、エルファバ?」

「エディ…多分ペティグ、ワームテールに…。」

「それって何か証拠があるの?」

「ないわ…でも、そんな気がするの…。」

 

エルファバは不安気に自分を抱いた。

 

 

ーーーーー

 

ピーターはリーマスを操り、魔法で中を広げたスーツケースに生徒を入れた。地図で厄介なメンバーやグリフィンドール寮に集まっているのは確認済みだった。地図がなければ手も足も出せないに違いない。スーツケースを持ったリーマスは廊下を抜け、夜の校庭を歩く。

 

「僕はどこへ行くんだいピーター。」

 

リーマスにかけた呪文が解けたようだった。ハッキリとした声でピーターに問いかける。

 

「呪いが解けてしまったようだねリーマス。もう1度かけなきゃ…。」

「ピーター。もうドラコとエディが寮にいないことぐらい勘付かれている。それに、私は教授として君にこの2人を傷つけることを許さない。」

 

リーマスには杖がなかった。しかし恐れることなく毅然とピーターを見る。

 

「リーマス、君は体調が悪いはずだ。無理しちゃダメだろう?」

「幸い、私はさっきセブルスの目と鼻の先で薬を飲んだからね。狼にはなるだろうけど自我を失い、暴れることはない。」

「けど、狼になった君を見た君のお気に入りの生徒は君を拒絶するだろうね。」

 

リーマスはスーツケースを見て自嘲的に笑う。ジェームズもシリウスもリーマスがこんなふうに笑うたびに怒ったものだった。自分を貶す時の笑い方だ。

 

「そうだね。けど2人を守るためには仕方のないことだ。これで無事なら本望だよ。」

 

沸々とピーターの胸の中で黒いものが熱を帯びる。彼は特別な人間であり、自分は凡人であると分かるとやってくるあの感情。

 

「っだからっ!だからっ!君ら3人は非凡なのにそれが当たり前かのように僕に要求してくる!君が狼人間だった時だって!僕は受け入れるのに時間がかかった!そりゃそうさ、狼人間は差別されるもんだからさ!ああ、そんな顔をすればいいさリーマス!事実だからねっ!あんな時だってジェームズは僕を怒った!あの時の僕は自分を責めたけれど、それが普通なんだ!君たちは僕に、凡人の僕に理想を押し付けた!それに必死について行こうとした僕は滑稽だったに違いないさ!そうだろう?僕のことを笑ってた!!! クルーシオ 苦しめ!」

 

リーマスは苦しみにもがいて倒れた。酸素を求めてゼエゼエ息を吐き、胸を必死に叩いた。その姿を見るとピーターは少し満足した。

 

「ほーらっ!!勇気なんて何の意味もないものさっ!!勇気っていうのが重要だなんて言うのは大体才能を持ってる奴か馬鹿だけだ!!」

 

バーンっ!とスーツケースが開くと、紐によって縛られた黒髪の女子生徒とプラチナブロンドの男子生徒が出てきて、魔法によって宙を浮いた。2人の生徒は必死に何かを言おうと口をパクパクさせているが、ピーターによって声を奪われているためにそれが音になることはない。

 

「そんな、ふうに、思った、ことは…や…め…ろっ…ピーター…!」

 

2人の生徒は行く先はユラユラと枝を揺らす暴れ柳。かつてディヴィ・ガージョンが目を失明しかけたその木の凶暴性は何度もそこを通ったリーマスが1番よく分かっていた。どちらの生徒の顔も必死に首を振っている。女子生徒はリーマスに向かって助けを求めていた。

 

「レダクト 粉々に」

 

ピーターは暴れ柳付近にあるコブを、あの殺人木を止める唯一の手段を、粉砕した。その刺激で木はブンブンと枝をムチのように振り回しだした。その真下にいる2人の体にそれが何度も何度も掠める。

 

「ダメだっ!!」

 

ピーターは体を張って走り出そうとしたリーマスを縛りあげた。もがくリーマスにピーターは近づいた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

《全ての生徒に連絡、シリウス・ブラックが現れた。全員寮に入るように。2人の生徒が人質に取られている。教授方は至急クィディッチ競技場に来てください。》

 

グリフィンドール寮の生徒はその発言に騒然とした。ざわつく中で監督生がそれを沈めようと必死に抑える。

 

「シリウス・ブラックがこの学校に?!」

「警備をくぐったの!?」

「どうして…?」

「みんな落ち着くんだ!!寮は完全に安全だ!!」

 

エルファバはハーマイオニーにしがみついた。

 

「人質の1人はエディだわ…!」

 

エルファバが握った部分がどんどん氷になっていく。それに気づかないほどエルファバは焦っていた。

 

「どうしよう…!?」

「シリウスがそんなことするわけない!ペティグリューだ!」

 

ハリーの怒りのつぶやきはグリフィンドール寮内のパニックにかき消された。

 

「ねえ、暴れ柳のところに誰かいるよ?」

 

1年生が窓を指差す。その発言はこの騒がしさがまるでなかったかのように静まる。そしてみんな一斉に窓に駆け寄った。

 

「生徒だ。あいつらが人質だ!!」

 

そう言ったのはリーだった。

 

「でもクィディッチ競技場にいるって言ってたよね?」

 

エルファバは目を凝らした。暴れ柳の真下にいる2つの人影とそこから少し離れた場所にいる人影。そして別の影が暴れ柳から飛び出してきた。シリウス・ブラックだ。グリフィンドールの生徒全員が固唾を飲んでその光景を見守っている。何かをやり取りした後、誰かが赤い花火を空に放った。あれは救出を促すための呪文だ。あれを見たらディメンターがやってくる。シリウス・ブラックが危ない。

 

「エルファバ!こっち来て!」

 

ハーマイオニーはエディの安否から目を離せないエルファバを人がいない部屋へと引っ張った。

 

 

ーーーーー

 

 

地図を見れば、教授たちの名前が書かれた点が一斉にクィディッチ競技場に向かっている。自分の存在を知っているあの4人も寮にいる。人質の生徒たちの体や顔に切り傷が少しずつ増えていく。

 

「これでいい…さあシリウス、君はどこにいる…?君を殺さないと…。」

 

ピーターは自分の目的も忘れ、ただただ自分の感情に身を任せて行動していた。最初は恐怖が彼を動かしていた。主人に対する恐怖や事実が暴かれる恐怖、自分が友人を裏切ったという罪悪感を感じる恐怖。しかし重なる幸運がそれをかき消した。

 

シリウスとリーマス、そしてあの生徒4人を殺せば怖いものはない。

 

そう思ってた時、ピーターの右手に激痛が走った。

 

「あああああああああああっ!!!」

 

黒い物体がピーターの右手を引きちぎった。

 

「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!」

 

黒い物体は人質の足にうずくまったと思うと暴れ柳から少し離れた場所へと人質を引きずった。それはピーターが学生時代に何十回も見た巨大な犬だった。それがこれまた見覚えのある姿へ変身する。

 

「ハリーにお前のことを殺すなとは言われたけどな、やっぱりお前をこの世から抹消しないと俺の腹の虫が治まらねえ。」

 

ピーターはシリウスに右手のあった場所を押さえながらヒーヒー泣いている。シリウスはそんなことを気にかける様子もなく、リーマスの縄を解いた。

 

「ありがとう、シリウス…。」

「いいさ。」

 

シリウスはリーマスの手を掴み、立ち上がらせる。

13年ぶりの親友たちの再会だった。

 

「謝らなければならないことがある…13年前、俺は最後の最後でジェームズとリリーに…俺ではなくこいつを秘密の守人にするべきだと勧めた。目くらましとして…結果として2人は死に、俺は13年の全てを奪われた…もし「もし私を信頼してればこうはならなかった?」…ああ、俺はお前をスパイだと疑ってた。」

 

リーマスは懐かしむように笑う。

 

「私も君に謝らなければならないことがある。私は君をスパイとして疑い、2人とピーターが死んだと言われた時、それを信じた。君が脱獄した時だってずっと疑ってた。ピーターがボロを出すまで確信が持てなかった…あの時君を信じていれば君の未来はもっと明るいものだったはずだ。」

「許してやるさムーニー。その代わり、俺のことも許してくれるか?」

「ああ、もちろんだ。」

 

シリウスとリーマスは軽く抱擁を交わした。

 

「挨拶は改めてあとでゆっくりやろう。…ドラコ、エディ、大丈夫か?」

「あんたら、あたしたちのこと完全に忘れてたでしょ!?」

 

エディはシリウスに縄を解かれながら2人に悪態をついた。

 

「ごめん。」

「本っ当死ぬかと思ったんだからあああっ!!!冗談抜きで!!もーやだあっ…!!」

 

エディは号泣しながらリーマスに抱きついた。足を引きずってる。

 

「知らなかったなムーニー。俺の知らないところでそんなお熱いロマンスがあったなんてなあ。…ロリコンだってことはみんなに黙っておくよ。」

「パッドフット。何か勘違いしてるみたいだけどそんなんじゃないから。」

「しっ、シリウス・ブラックだあっ!!僕ころされちゃうよおっ!!」

 

プラチナブロンドの男子生徒はシリウスに縄を解かれるのを全力で拒否した。

 

「お前、状況把握力ねーな。誰がお前を危険な目に合わせたと思ってるんだ? エクスペリアームズ 武器よ去れ」

 

リーマスの杖で攻撃しようとしたピーターにシリウスはさらっと呪文をかけた。

 

「こいつを殺そうムーニー。」

「ああ、そうだね。けどこの2人にトラウマを植え付けたくはないし…。」

「記憶を消せばいいさ。」

「そういう問題じゃないんだけど…。」

 

その時だった。リーマスが苦しそうにうずくまったのは。

 

「リーマス?」

「すまないシリウス…時間切れだ…。」

 

空には金色に光る丸い月が浮かんでいた。そして一瞬気を取られたスキに事態は一気に悪い方向へと進む。

 

「ペリキュラム 救出せよ」

 

プラチナブロンドの男子生徒が宙に向かって上げた赤い閃光は空で破裂音を鳴らして火花を散らした。

 

「…バカっ…!」

 

シリウスがそう吐き捨てたと同時に一気に気温が下がった。背筋が凍るようなその感覚はただの天候の変化ではない。リーマスは苦しそうに呼吸をする。

教授そしてディメンターたちがこちらの存在に気づいたはずだ。

 

「大丈夫だ…薬は飲んだ…。シリウス…早く逃げろっ…逃げろっ!!!」

「…すまない…。」

 

シリウスは近くにいた少女をひっつかみ、走り出した。

 

「えっ、えーっ?!ちょっとぉー!?」

 

ピーターはすでに逃げてしまったようだった。ピーターを罵りながらシリウスは女子生徒を担ぎ、走り出す。

 

「おじさん!あんた健気な女子生徒に何すんのよ!」

「うるせえっ!!こっちは命懸かってるんだ!!」

 

シリウスが走り出した先にあったのは湖だった。彼女を盾にすれば自分に危害が加えられることがないと思っていた。

 

《ディメンターたちに告ぐ。シリウス・ブラックを確保せよ。抵抗をするようであればキスの執行も許可する。》

 

空には黒い影が何十体も飛び交っている。自分の考えが甘かったことを思い知らされた。

 

シリウスは杖を取り出した時、背中に激痛が走る。

 

「うっ!!」

 

シリウスは倒れ、担いでいた少女も湖を囲む砂利へと投げ出された。

背中がズキズキ痛み、生温かいものを感じる。ピーターがシリウスの背中目掛けて切り裂きの呪文をかけたのだ。

 

「シリウス…!!君にはキスを受けてもらう…!!」

 

ピーターは杖を向けて、倒れたシリウスを見下ろす。シリウスは痛みにもがきながらピーターを睨みつける。

 

「ふざけるな…!!ジェームズとリリーを裏切ったのはどこのどいつだ?!リーマスの持病をダシに脅し続けてたのはどこのどいつだ…!?俺を鎖に繋いだのはどこのどいつだ…!お前こそ!!キスを受けるべき人間だ!!」

「僕は怖いんだシリウス!!自分の命よりも友情を取るなんて物語の世界に過ぎないんだ!!君たちは僕に!!必要以上のことを求めすぎた!!そんなこと僕にはできなかった!!それともなんだ?!ジェームズとリリーのために僕は死ねと?!僕は…!!」

 

ピーターの言葉は続かなかった。ディメンターの集団がこちらに降りてきた。

 

「ひいいいいいいいいいっ!!!」

 

女子生徒はシリウスを担ごうとしたが、体格差がありすぎた。ピーターは一目散に逃げた。

 

「悪いな…お嬢ちゃん。」

「許さん。」

 

目の前に霧が立ち込め、視界がぼんやりしてくる。

 

「いい?あたし今度テストあるの!!そのために勉強しなきゃ!!あたしあんまり勉強できないからスネイプの授業真面目に受けないと進学できないし!!マクゴナガルの授業受けないと進学できないし!!どっちも無理ならマダム・フーチの授業で点数稼がなきゃ!!それにエルフィーと仲直りしなきゃ!!あたしやらなきゃいけないことがたくさんあるの!!」

 

シリウスはこのシリアスな場面で、勉強やら授業やら非現実的なことを出す女子生徒に思わずふっと笑った。そしてエルファバとこの生徒は喧嘩しているらしい。ぜひあの無表情なおチビさんが、感情的に怒り狂っている場面を見てみたいと思った。

 

腐乱した大量の手が伸びてくる。女子生徒は怒りながら近くにある枝をブンブンと振り回す。

 

「こっち来んなよーーーっ!!」

「俺を助けるのか?」

「ルーピン教授がなんかあんたとは友達的なこと言ってたから助ける!」

「…やっぱお前らできてんだろ。」

 

シリウスはこんな場面を目前にして、自分が冗談をかませることが不思議だった。理由はすぐに気づいた。ハリーだ。

 

(そうだ、アズカバンから出てからたくさん幸福をもらったから…まだ死ぬわけにはいかない…!ハリーのために…!)

 

シリウスと女子生徒の前に白い髪の少女が立ちはだかった。

 

「エディ…ミスター・ブラック!エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来れ!」

「エルフィー!」

 

パジャマ姿のエルファバはぼんやりとした白い霧を近づくディメンターに放つ。

 

「こっち来ないでよっ!!」

 

エルファバは怒って何度も何度も杖を振り回した。その姿はさっきの女子生徒の行動とよく似ていた。

 

「ハリーはこの人と暮らすの!この人のために半年間ずっと頑張ってきたの!私だって!エディと仲直りしたいのよ!エクスペクト・パトローナム!エクスペクト・パトローナム!エクスペクト…エクスペクト…。」

 

黒髪の女子生徒は完全に意識を失っていた。シリウスの意識もだんだん意識が遠のいていく。

 

「エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来れ!」

 

誰かがエルファバと同じ呪文を唱えた。するとエルファバのものとは比べ物にならないほどのまばゆい光が、湖全体を包み込んだ。その光の中心となっている4本脚の動物は頭を下げて、ディメンターたちに突進していく。そして倒れた人間たちの周囲をかけていき、最後にシリウスの前にゆっくりと座り込んだ。その後ろには眼鏡をかけた男性がいる。

 

「ジェー…ム…。」

 

シリウスの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

同じ頃。ハーマイオニーはグリフィンドールの生徒が外の光景に夢中になっているのを逆手に誰もいない部屋へと3人を連れ込み、あるものを見せた。

 

「これは逆転時計といって、私が学校に戻ってきた日にマクゴナガル教授がくださったの。これで時間を戻って全部の授業を受けてた。勉強以外では絶対使いませんって誓ったんだけど…もうこれしかないわ。未来への干渉になるしすっごくすっごく危険だけど、みんなを救わないと!」

「なんで黙っ「ロン静かに!」」

 

不満を漏らしそうなロンにハリーは黙らせた。

 

「今から私たちは2時間前に戻る。きっとワームテールはパッドフットを誘き出そうとしてるんでしょうけど、叫びの屋敷からじゃあの呼びかけは聞こえない!だからそれを伝えなきゃ!」

「けど、そしたら地図に載るんじゃ…。」

「ハリー、私が地図上に2人いることあった?」

「いや…ないと思う。」

「ええ、だって"その時の私たち"は寮にいるんだもの。大丈夫よ。」

「けど、それってシリウスを危険な目に合わせることだ!」

 

ハリーはハーマイオニーに食らいつく。

 

「ハリー、パッドフットは自分を守る手段を私たちよりも知ってる。けど今人質になっているエディと誰かは酷い怪我を負う可能性が高いの!」

「ハリー、もしもパッドフットが危険な目に遭うとしたら私たちでなんとかしましょう。」

 

エルファバの発言でハリーは渋々納得した。

 

「でも!絶対!絶っ対他の人に私たちが"2人存在してる"って事実がバレてはダメよ!特に自分自身にバレないようにして!」

「なんで?会ったら説明すればいいじゃん。」

「ロン、あなた今目の前に自分が現れたらどうする?」

「多分ポリジュースかなんかで飲んだ別人だと思うかな。」

「そういうことよ。」

 

ハーマイオニーはため息をつく。

 

「ってことは、透明マントを使って校庭に行って…シリウスに伝えて…それから?」

「ええ、あとは…。「暴れ柳の動きを止めないと。気づかれないようにやれば平気でしょう?」まあ、それもそうね。チーム分けは?」

「僕とハーマイオニーでシリウスに伝えて、エルファバとロンで行こう。その方がバランスがいいと思う。」

 

エルファバとロンはうなづく。ハーマイオニーは窓を見た。

 

「ディメンターが一カ所に集中してる…パットフットが見つかったのかもしれない。」

「じゃっ、じゃあ早く行かないと!!」

「いいえ、今行ったら時間軸が合わないわ!ここに戻ってくる時間も考えないと…まだ、あと20分待って。」

 

ハリーにとってのその20分は果てしなく長いものに思えたに違いない。ソワソワしたり窓を見ながらイライラして足を鳴らしていた。

 

「みんな、固まって、くっついて!」

 

ハーマイオニーは金色の鎖を4人の体に巻きつけた。さすがに4人も入ると鎖が首に食い込む。おまけにこの4人は身長差が激しかった。

 

「ロン、エルファバ抱えて!」

「ごめんエルファバ。」

 

エルファバは仏頂面でロンにしがみついた。同級生にしがみつくのは複雑な気持ちである。

 

「行くわよっ!」

 

ハーマイオニーがそう言うと、薄暗い部屋が一気に遠くになっていくような気がした。数々の叫び声が近づいては遠のき、また近づいては遠のく。それが終わると、さっきの部屋とは変わらない場所だった。

 

「いいエルファバ、ロン、ハリー。さっきは10時45分だった。何があっても10時45分に誰にも見られずに戻ってくること!はい、リピートアフターミー!」

「「「何があっても10時45分に誰にも見られずに戻ってくること。」」」

「絶対よ!」

 

4人は透明マントをかぶり、校庭へと急いだ。幸か不幸か"この時間"、生徒が行き来するのは問題がなかったので4人の足音は人の話し声や足音にかき消された。厄介だったのは校庭に出るときだった。フィルチが廊下と校庭を繋ぐ場所の前でウロウロしていたのでロンがたまたまホグズミードで買ったクソ爆弾を投げて囮にした。

 

「僕とハーマイオニーはコブを突いて入る。君らはマントをかぶって待って。タイミングに合わせてコブを突くんだ。そしたらエディは無事なはずだ。」

「グッドラック!」

「ああ、君らもね。」

 

ハーマイオニーとハリーはマントから出て、コブを突いた。すると暴れ柳の動きが止まり、奥に見える道へと2人は入っていった。エルファバとロンは2人でじっとルーピン教授とペティグリューが来るのを待った。

 

「暴れ柳ってああいうシステムなんだね。知らなかった。」

「私も実際ここに来るまでは知らなかったわ。…あれに目でもやられてしまったらひとたまりもないわ!」

「君、そろそろ仲直りしたら妹と。」

 

ロンの急な発言を脳内で処理するのに時間がかかった。

 

「…え?」

「いやさ、エディもエルファバもお互いを思いやってるんだもん。僕はよく分からないけど…エディは君のこといつでも受け入れてくれるだろうし、もういいんじゃない?」

 

エルファバはロンの言葉に思わず黙ってしまった。母親や父親のこともエディとの関係を複雑化させている要因だったが、1番はこれ以上エディを自分の"力"で傷つけないためだった。しかしあれは、本当に、たまたまの偶然であったことがハリーやロン、ハーマイオニーといて証明された。さらに自分の"力"を知られるのを恐れる理由はエディの出来事ではなく、全く違うことであることはこの1年で分かったことなのだ。

 

エディを避ける理由はすでに消えている。あとは数年避け続けてきたというエルファバの罪悪感を消すだけだった。

 

「…そうね…私…もっとエディと喋りたい。前みたいに遊びたいし、エディに私の生活を知ってほしい。前みたいに誰よりも仲のいい姉妹になりたい。」

「じゃあそれ明日までの宿題だね。…あれ?なんかでも時間戻ってきたから混乱しちゃった。僕らもとの時間にはどうやって戻るの?」

「10時45分よりあとに私たちは存在しないわ。だから今の急いで戻ってきて、埋め合わせするの。」

「うーん、よく分からないなあ。」

 

しばらくすると、ペティグリューのわめき声が聞こえてきた。そろそろだろう。

 

「ハリーとハーマイオニーってずっとあそこにいるのかな?」

 

ロンは暴れ柳の下の通路を指差す。

 

「多分。下手に動くべきではないと思ってるんだと思う。」

 

そう言葉を切ったところで少しづつ人の影がこちらに近づいてきているのが分かった。その影の形がおかしいことに気がついた直後、エルファバは間一髪、声をあげそうになったロンの口を塞いだ。縄で体を縛られ、宙に浮いているのはエディと、なんとマルフォイだった。暴れ柳に近づくにつれて2人はジタバタと暴れ涙をボロボロ流していた。暴れ柳の方も自分に近づくものに攻撃する準備をするかのように、ゆらりと枝を揺らす。エルファバはコブに向かって杖を構えたが。

 

「レダクト 粉々に」

 

最後の希望はペティグリューによって破壊された。刺激を受けた暴れ柳は勢いよく枝をマルフォイとエディに振り下ろし始めた。

 

「エルファバ!風!風だ!」

 

ロンが囁いた言葉でエルファバは何を意味するか分かった。エルファバはマントから手を外気にさらし、2人に迫り来るムチのような枝たちを風で向きを変えさせた。

 

「エディっ…!!」

 

致命傷は負わないまでもエディの頬に、腕に、どんどん切り傷をつくっていく。

 

「ダメだっ!!」

 

ルーピン教授が走ってきて、捨て身で2人のことを守ろうとした。しかしペティグリューが放った縄でルーピン教授の首や腰に巻きついた。

 

「リーマス!僕の邪魔をしないでもらえるかなぁ?」

 

そしてペティグリューが呪文をブツブツ唱えると、あの放送がホグワーツ城内から聞こえてきた。

 

《全ての生徒に連絡、シリウス・ブラックが現れた。全員寮に入るように。2人の生徒が人質に取られている。教授方は至急クィディッチ競技場に来てください。》

 

「あっはは…!これでいい…さあシリウス、君はどこにいるんだい?」

 

ペティグリューの顔は快楽で溺れていた。かつての親友たちを罪もない生徒を使って陥れて喜んでいる。

 

「エルファバ!マントが!」

 

ロンは小声でエルファバに指摘した。エディが傷つくたびにエルファバは周囲を凍らせ、マントの裾が段々白くなって周囲と同化しなくなっていた。

 

「!?」

 

エルファバは暴れ柳の内部に続く通路に大きな空気砲を一発放った。枝がなくなった一瞬をついて大きな犬が中から飛び出してきた。怒りで顔を歪めたその犬はピーターの杖を持った手に飛びかかりー。

 

「あああああああああああっ!!!」

 

事が起こる直前でエルファバとロンは目を伏せた。ものが裂ける嫌な音が夜の校庭に響いた。黒い犬はエディとマルフォイの足に噛みつき、引きずった。

 

「あああああっ、やめてえええええっ!!」

 

マルフォイは情けない声を出した。エルファバたちの方向に引きずられてきたので2人は慌てて避けた。ブラックは犬から人に戻り、痛みにあえぐペティグリューを見下ろした。

 

「ハリーにお前のことを殺すなとは言われたけどな、やっぱりお前をこの世から抹消しないと俺の腹の虫が治まらねえ。」

 

ブラックはそんなことを気にかける様子もなく、ルーピン教授の縄を解いた。

 

「ありがとう、シリウス…。」

 

2人は13年前に互いをスパイとして疑っていたことを謝り、抱擁を交わした。

 

「挨拶は改めてあとでゆっくりやろう。…ドラコ、エディ、大丈夫か?」

「あんたら、あたしたちのこと完全に忘れてたでしょ!?」

「ごめん。」

「本っ当死ぬかと思ったんだからあああっ!!!冗談抜きで!!もーやだあっ…!!」

 

エディもマルフォイも大きな怪我はしてないようだった。マルフォイはどうでもいいがエディは女の子なので傷がついてはまずい。エルファバは心底ホッとし、凍ってしまったマントの一部を元に戻した。

 

「しっ、シリウス・ブラックだあっ!!僕ころされちゃうよおっ!!」

「お前、状況把握力ねーな。誰がお前を危険な目に合わせたと思ってるんだ? 」

「いーぞ!」

 

ロンはブラックがマルフォイをボロクソ言ったことに大喜びだった。ペティグリューは杖を奪われ、絶体絶命の中で涎を垂らしてあわあわと口をパクパクさせていた。

 

「こいつを殺そうムーニー。」

「ああ、そうだね。けどこの2人にトラウマを植え付けたくはないし…。」

「記憶を消せばいいさ。」

「そういう問題じゃないんだけど…。」

 

その時、金色の光が空から差し込んだ。その光はルーピン教授を照らす。その光を浴びるとルーピン教授は苦しそうに倒れこんだ。

満月だ。

 

「リーマス?」

「すまないシリウス…時間切れだ…。」

「あっ!」

 

ロンが声をあげた時にはもう遅かった。

 

「ペリキュラム 救出せよ」

 

マルフォイが宙に向かって上げた赤い閃光は空で破裂音を鳴らして火花を散らした。

 

「「…バカっ…!」」

 

ロンとブラックは同じタイミングでマルフォイを罵った。

 

「大丈夫だ…薬は飲んだ…。シリウス…早く逃げろっ…逃げろっ!!!」

「…すまない…。」

 

ブラックはエディをつかんで走りだした。

 

「あの人!!」

「エルファバ、大丈夫だ!エディがいる限り他の人は手を出さないはずだ!」

「もうっ…!」

 

ロンはマントのままガタガタ震えているマルフォイに接近し、殴った。

 

「お前のせいでめちゃくちゃだ!!」

 

マルフォイは見えない何かに殴られるわ目の前に変身するルーピン教授がいるわでパニック状態だった。

 

「狼人間だああああああああっ!」

「エルファバ、氷。」

「イエス・サー。」

 

エルファバは特大氷をマントの中で作り出し、マルフォイの大きく開いた口に突っ込んだ。モガモガ言っているマルフォイを放置した。

 

「ロン、大丈夫。ルーピン教授は自我が残るはずよ。」

 

ルーピン教授が絶叫すると、頭と体が伸びる。全身から毛が生えて爪が黒く鋭くなる。ロンは分かっているとはいえ、小刻みに震えている。エルファバはロンの手をつないだ。

 

「!エルファバっ!うんっ、やっぱり、やっぱり分かっててもちょっと怖いよね?うんっ。君はこういうの見たことないだろうし、ずっとマグルと生活してきたし、うんっ。分かるよ。大丈夫っ。なんとかなる…。」

「…そうねロン。」

 

ルーピン教授は完全に狼だった。目が合う。

 

「ルーピン教授…?」

 

襲ってはこない。自我が残っている。不思議そうにエルファバとロンを交互に見る。マントを被っても狼になったルーピン教授は見えてるに違いない。

 

「大丈夫です。私たち知ってますから。」

 

ルーピン教授は少し安心した顔をした…気がした。鼻をひくつかせて、何かを探るように周囲を伺うと(ロンがビクッと体を震わせた)いきなり走りだした。エルファバとロンはあとを追いかける。

 

「ねえ、もうこの角度からは誰も見えないよ!マント脱いでいい?!」

「ええ!」

 

2人は暑苦しいマントから出て肌全体に外の冷気を浴びた。

 

「ペティグリューを追いかけてるんだわ!! ルーモス 光よ!」

 

エルファバは息絶え絶えに地面についた血を追いかけた。まだそこまで遠くに行っていないはずだ。

 

「いた!」

 

エルファバよりも数倍速くロンは走りこんだ。エルファバは体力が消耗され、呼吸をするのすら苦しくなっていく。

 

「つっかまえた!! 」

「やっ、やめろおおっ!!」

「逃げんな卑怯者っ!!」

 

少し先でロンとペティグリューの声が聞こえた。

エルファバはよろつきながらもペティグリューに杖を構える。

 

「僕のこと卑怯者だと言えんのかあ君は!?ああ!?」

 

ペティグリューは逆上していた。ルーピン教授は怒ったように唸り声を上げる。ロンは暴れるペティグリューに必死にしがみついた。ペティグリューは大の大人だったが、ここ最近の生活を考えるとかなり体力が落ちていたのだろう。ロンを振り切れずにいた。

 

「君だってあの有名なハリー・ポッターのお飾りで嫌な思いをしてるはずだ!!違うのか!?僕だってそうだった!!この3人の中で僕の存在意義なんてなかった!!パシリ!!他寮の偵察!!そんなもんさ!!」

「ハリーは僕のことそんなふうに思ってない。」

 

ロンは毅然とした態度だった。

エルファバは目の端に何かが横切った。ピンときた。

 

「あなた、シリウス・ブラックに罪をなすりつけたことを認めるの?」

「シリウスはあの時僕をなんて言ったか知ってるか?!『ジェームズ、ピーターを秘密の守人にしよう。俺よりもこいつにやったほうが目くらましになる。』ジェームズは大賛成さ!目くらまし!!目くらましになる!!みんなに見合うために必死に努力してきたし、色んなものを捧げたのに!!!2人の中で僕はそんな扱いだったのさ!!僕は能無し!!それに僕は2人のために命をかけろと!?僕が死んでもいいのか!?その程度の人間だったんだ!!グリンダだって!!」

 

《ディメンターたちに告ぐ。シリウス・ブラックを確保せよ。抵抗をするようであればキスの執行も許可する。》

 

ペティグリューが言うことを遮り、校庭に放送が鳴った。気を取られたその瞬間が命取りだった。

 

「ぐはっ!!」

 

ロンはペティグリューにお腹を殴られ、走りだした。

 

「ロン!!」

 

茂みに隠れていたハーマイオニーがペティグリューの前に現れ、杖を向けた。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!」

「プレデゴ 守れ!」

「きゃあっ!!」

 

ペティグリューはハーマイオニーに突進し、ハーマイオニーの顔を殴った。

 

「ハーマイオニー!!」

 

ハーマイオニーは気を失った。ルーピン教授が吠えて、ペティグリューに襲いかかるがペティグリューは周辺にある蔦をルーピン教授の体に絡みつかせた。それがグイグイとルーピン教授の体を締め付けるのをエルファバは必死に剥がした。

 

「エルファバ!」

「ロン!大丈夫?!」

 

ロンはルーピン教授に絡んだ蔦を必死に剥がした。ルーピン教授は苦しそうにうめく。

 

「大丈夫、エルファバ、ピーターを追いかけるんだ!君なら氷を張れば間に合うかも!早く!」

 

エルファバはハーマイオニーを!とロンに言って走り出した。エルファバの背丈ほどある草の中を必死に走った。葉が鋭い葉がエルファバの肌を傷つけるのを気にも止めず、ペティグリューを追いかけた。

 

「ディメンター…!」

 

草むらを抜けるとそこは湖だった。大量の黒いマントを着た生物がたった2人の人間を取り囲んでいた。

 

「エディ…ミスター・ブラック!エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来れ!」

「エルフィー!」

 

エルファバの杖から放たれたぼんやりとした光の霧によって数体のディメンターが逃げていく。

 

「こっち来ないでよっ!!」

 

エルファバは怒って何度も何度も杖を振り回した。友達の大事な人を、妹を奪うディメンター。あの忌まわしい思い出が、エルファバを包もうとしていた。ムッとした暑さ、大人たちの笑い声。死んでしまうほどの痛み。

 

「ハリーはこの人と暮らすの!この人のために半年間ずっと頑張ってきたの!私だって!エディと仲直りしたいのよ!エクスペクト・パトローナム!エクスペクト・パトローナム!エクスペクト…エクスペクト…。」

 

エルファバの意識も段々遠のきそうだった。

 

(このままじゃ私は9歳のあの日のまま、全てが止まってしまうわ。大人と別れた日に。エディと別れてしまった日に。私は今ここにいるのに!)

 

エルファバの体のバランスが崩れそうになった時、何かがしっかりと体を支えた。エルファバよりも大きく、温かい何かが。

 

「エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来れ!」

 

エルファバのものとは比べ物にならないほどのまばゆい光が、湖全体を包み込んだ。その光の中心となっている4本脚の動物は牡鹿だった。頭を下げて、ディメンターたちに突進していく。全ての邪悪なものを蹴散らしてから、主人の元へ戻った。

 

「父さんだ…。」

 

ハリーが牡鹿に触れようとすると、それは消えた。

 

「父さんが変身した時の動物は、牡鹿なんだ…。」

 

エルファバは思わず、ハリーに抱きついた。

 

「すごいよハリー。すごく高度な魔法を成功させちゃうなんて…!」

 

ハリーはエルファバが抱きついたことに戸惑いつつもぎこちなく背中を撫でた。

 

「僕、君たちのことを思い浮かべたんだ。」

「え?」

「君からヒントをもらったんだよ。幸せって案外近いところにあるんだね。」

 

ハリーがしみじみと言った時、校庭に放送が流れた。

 

《ディメンターに告ぐ。シリウス・ブラックへのキスの執行は中止だ。繰り返す。シリウス・ブラックへのキスの執行は中止だ。》

 

ハリーとエルファバはその放送の意味が理解できなかった。

 

「シリウスは…じゃあ…「シリウス・ブラックは無罪になったのよ。」」

「ハーマイオニー!」

 

エルファバはハーマイオニーに抱きついた。少し頬が腫れているものの、満足げな表情だ。

 

「ペティグリューの自白、本人は気づいてないでしょうけど、拡声呪文で校庭全体に響くようにしたわ。本人の証言ほど有力なものってないでしょ?」

 

ハリーは驚いて目を白黒させたのち、勢い良くハーマイオニーに飛びついた。

 

「ハーマイオニー!!!君って最高だ!!!シリウスが無実になったんだ!!!感謝してもしきれないよ!!!ありがとう!!!」

 

ハリーは眼鏡が落ちたのも気にせずに小さい子のようにピョンピョンと飛び跳ねた。ハーマイオニーは困ったように一緒に飛んでいた。

 

「みんな、まずい!あと15分で寮に戻らないと!!」

 

ロンが叫んだと同時にハリーの興奮はピタリと止まった。ロンが持っていた透明マントに入り、4人で走りだす。

 

 

 

 

4人のこの功績は4人しか知らないものとなった。

 

 



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14.仲直り

彼女は僕と同じ立場の人間だと思ってた。自分の死を恐れ、大多数の人間につく普通の、ジェームズやシリウスなんかと違う人間なんだと思ってた。あの時までは。

 

それは闇の帝王が人間以下の存在になり果てる半年前。

 

『ねえピーター。あなたどうしてここにいるの?』

『僕は1年前にデスイーターになるように言われたんだ…。』

 

本当のことを言えば、自分から進んで裏切ることを選んだ。デスイーターは当時対抗組織である不死鳥の騎士団の2倍の戦力を誇っていた。弱い自分が死ぬのは時間の問題だと感じ、自らスパイになることを選んだのだが、グリンダに臆病者だと思われたくはなかった。そっちの方がマシな理由に思えた。

 

『そう…。』

 

グリンダは神秘的な美しさだった。彼女の瞳を見れば誰もが彼女は多くの困難を乗り越えてきたのだと思う、そんな力強さがあった。グリンダはそんな瞳で何かを決心したようにピーターを見た。

 

『つまりあなたは脅されている…そういうことでいいかしら?』

『ああ。そうだよ。』

『じゃあ逃げましょう。』

 

ピーターはグリンダが何を言ったのかわからなかった。

 

『へ?』

『あなた…脅されてるんでしょう?あなた自身の意思でここにいるわけではない。正直最初はあなたの意思でここにいると思って警戒してたけど、見た限りあなたは常に怯えているわ。大丈夫、あなたを助けるわ。だから私を信じて。』

 

グリンダはピーターを心底心配した目で見ていた。

 

『実はね、"例のあの人"を倒す方法が見つかったかもしれないのよ。私がキーパーソンになるはずだわ…自分で言うのは嫌だけど。ダンブルドア教授にそれを打診してみようと思うの。あなたのことも…脅されているから助けてほしいって。』

 

その瞬間、ピーターはグリンダの好きな部分が全て醜く見えるようになった。瞳も、髪も、その自分に同情する優しさも。

 

『……ありがとう。君は優しいね。』

 

特別だと思っていた人間が自分と同じように臆病で、人を裏切るような人物だった。だからグリンダが好きだった。しかし、勘違いだったのだ。彼女は命をかけて不死鳥の騎士団のメンバーとしてここにスパイし、臆病者な自分と出会った。

 

彼女もジェームズ、シリウス、リーマスと同じだった。自分が彼女と同じだなんてなんと愚かしいことか。彼女と別れたその足でピーターは裏切り者の密告をした。その数日後、話があると言ってマグルの登山客が多い山へと誘い込んだ。

 

『ピーター、なに話って?悪いんだけどなかなか会えなくてまだダンブルドアには言えてないの。』

『ああ、そうなんだ…。』

『ピーター、どうしてそんなに震えているの?』

 

ピーターはその理由を答える必要はなかった。直後に悲鳴が聞こえ、グリンダがそっちに向かって走りだしたからだ。悲鳴に混じり笑い声もあった。

 

『なんてことを!!』

 

20人ほどのマグルが7人の魔法使いの手によって惨殺されていた。ヒステリックに笑う魔女は機嫌が悪く、死の呪文ではなくわざと痛みを感じるような殺し方でマグルの息を止めていた。グリンダが杖を取り出した。

 

『エクスペリアームズ 武器よ去れ』

 

杖を奪われたグリンダは困惑したようにピーターを見た。

 

『ピーター…!?』

『ご機嫌麗しゅうございます、下劣なスパイさあん?』

 

状況を把握したらしいグリンダは追い詰められているにも関わらず、毅然とした態度で7人の闇の魔法使いたちへ向いた。囲まれている以上、杖がなければあるのは死のみにも関わらずだ。

 

『下劣はどっちだかね、ミセス・レストレンジ。やっぱりあなたの義兄のルシウス・マルフォイはクロね。心配ご無用、あなたはすでに証拠がゴロゴロ出てるからあなたの髪のように真っ黒よ。帰って報告しないと。』

『お初にお目にかかりますミセス・スミス。しかし私の名前を報告する必要はない。我々のボスから君のことは全てにおいて再起不能にしてから始末するように命令されている。』

 

ルシウスの発言にデスイーターたちが舌舐めずりをしてグリンダの身体を見た。

 

『そうはいかないわ。今日は私が夕食を作る日なの、早く帰らないと。』

 

その毅然とした態度を見てピーターはますますグリンダに裏切られたという怒りが強くなっていった。

 

『面白い発見だわ、グリフィンドールにも腰抜けがいるのね。』

 

グリンダの言葉は恐怖から、友人たちを裏切っているピーターの心をえぐった。

 

『うるさいっっっっ!!!お前が僕を裏切ったんだああっ!!!レイブンクローは臆病者がいるって言ったじゃないかああああっ!!!』

『ええ。私は臆病者よ。…普通の人以上にマグルの夫とその娘を失うことを恐れてる…私の夫は私の活動を知らない、今も私が仕事してると思ってるわ。』

 

その自己犠牲がジェームズ、シリウス、リーマスに似ていた。ピーターは怒りで気が狂いそうだった。

 

『あなたってコンプレックスの塊、』

 

やめろ…。

 

『優秀な3人に劣等感を抱いてる。嫉妬してる。』

 

やめろ…。

 

『なのになんも努力してない。』

 

やめろ…。

 

『臆病者と腰抜けは違うのよ。』

『やめろおおおおっ!!クルーシオ 苦しめっ!!!』

 

呪文をかけたにも関わらずグリンダは全く動かなかった。むしろ、

 

『なんなんだそれは!?』

 

グリンダは全く杖を持っていなかった。にも関わらずグリンダ周りを囲むように薄い氷の板が現れた。

 

『レダクト 粉々に!』

 

呪文が氷に当たって吸収される。氷になんの変化もない。

グリンダは必死なデスイーターを嘲笑うと両手を空にあげた。

 

『ついでだからあなたたちも道連れにしてあげる。』

 

周囲はだんだん刺すような寒さになり、肌を切り裂くような風が吹く。その風はだんだん豪風と呼べるほどの強さとなり、雪が混じりだした。

 

『こいつ杖をもう一本隠し持っていたぞ!!』

 

誰かが叫ぶが、グリンダは声を上げて笑った。

残忍で、人を見下す笑い。

グリンダは両手に何も持っていなかった。

 

『やめろっ!!助けてくれえええっ!!』

 

グリンダがデスイーターの1人に触れると一瞬で彼は氷の塊となった。グリンダが踏みつけると彼はガシャンとただの破片となる。対して殺されたマグルたちの周囲に手をかざすとドーム型の氷が彼らを包んだ。まるでこの豪雪から守るように。

 

ベラトリックスはグリンダに緑の閃光を何度も何度も飛ばしていくが、その度に大粒の雪が緑の閃光を包み、ただの氷の欠片となっていく。ピーターは脇目もふらず、他のデスイーターを押しのけて必死にその異常現象から逃げ出した。グリンダは普通じゃない、化け物だった。

 

『ピーター!!!』

 

グリンダが操る氷の棘がピーターに迫ってくる。

 

『あああああああああっ!!!』

 

あれほどに命の危険を感じたことはなかった。寒い。冷たいあの氷に自らを貫かれるという恐怖はこれまで感じたものとは桁違いだった。

 

『そうそう、逃げ惑いなさい。杖に依存しているあなたたちに私の“これ”なんか微塵も分からないでしょうね。』

 

そしてグリンダは杖も箒もなく宙へと浮いた。

 

『さあ、あなたのボスに伝えなさい!!私は何年でもこの氷の中で、夫と娘に会える時を待つわ!!』

 

この豪雪の中で死んでしまうと思った。目の前が真っ白な中で、自分の存在も消えると思った。命からがら逃げ切ったピーターは、ダンブルドアにグリンダが裏切り、多くのマグルと魔法使いを氷の中に閉じ込めたことを伝えた。ダンブルドアはひどく疲れ切った顔をした。

 

『それは確かなことかの?』

『…はい…この目で見ました。』

 

実際、魔法省からも同じ発表をされた。ルシウスの差し金だろう。グリンダの死をきっかけに夫のデニスは消息不明となった。リリーがその事実を知った時彼女の死をひどく悲しんだが、裏切ったことに関してはハッキリとそれは違うと言った。

 

『リリー、落ち着くんだ。ハリーが起きるよ。』

『私は落ち着いているわジェームズ。ピーター、グリンダがマグルを殺すわけないじゃない。デニスはマグルだし、子供だっているのよ?』

『でも、僕は見たんだ…。』

『そもそもグリンダ自身だって混血じゃないの。』

『リリー、奴ら全員が純血ってわけじゃないよ。混血だって沢山いるしコンプレックスを持ったマグル生まれだっている。』

 

ジェームズの言葉にリリーは首を振った。

 

『けど、私は彼女が人殺しになるなんて思えないもの!じゃああの子はどうなるの?エルファバは?私のゴットドーターは人殺しの娘として一生を過ごすの?そんなの許せないわ!私の親友はそんなことする人間じゃない!』

 

一方でピーターは闇の陣営からはピーターの失態であると責められ、次に失態を犯せばピーターの命はなかった。結局リリーは最期までダンブルドアにグリンダの無実を訴え続けて亡くなったらしい。

 

時は流れて11年後、ピーターの飼い主の友人としてグリンダとデニスの子供が現れた。飼い主の話によれば彼女の人生はグリンダがいなくなったことによりずいぶん悲惨だったらしい。何も罪もない娘を不幸にさせた罪悪感があったものの、グリンダにそっくりな彼女を見ると自分を侮辱したグリンダへの恨みが再熱した。

 

グリンダの痕跡を消すためにどさくさに紛れてグリンダの遺品を奪った。

 

"デニスには反対されたけど、やっぱり不死鳥の騎士団に入ることにした。私は自分の命が大切。けどそれ以上にデニスとこれから生まれる子供が平和に生きていける世界がほしい。"

 

ピーターはそう書かれたページをビリッと破り、捨てた。しかし、グリンダの日記を見るとグリンダはいかに幸せだったのか、よく分かった。

 

『僕は普通の人間を殺したのか…?違う、グリンダは杖を使わずに不思議な魔法を使ってた。あいつは普通じゃなかった。なんの努力もしていない非凡な人間だ…!』

 

そうは言ってもデニスや娘と幸せそうに笑うグリンダの日記を全て燃やせるほど、ピーターは非情になれなれなかった。グリフィンドール塔の近くに日記が入った箱を埋めた。今はどこにあるか分からない。

 

何もかも、全て、自分の臆病さが招いた結果だった。

 

「あ…あ…あ…。」

 

周囲の草木は枯れ、霜がすべてを覆っていた。全てがだんだん黒くなっていく。罰なのかもしれない、ピーターはそう思った。しかしピーターは全ての罪を思い出してもなお、罰を受ける覚悟はなかった。

 

「やだ…やだ…!!ぼぐはじにだぐない!!!じにだぐない!!やべろ!!だのむよ!!」

 

鼻水と涎を垂らしてピーターは懇願した。

 

ピーターの脳裏に浮かぶ、学生時代の思い出。木の下でジェームズが、シリウスが、リーマスが笑っている。くだらないことで笑って過ごす学生時代は最高の思い出だった。

 

 

ーーーーー

 

 

 

シリウスの手足は鉛のようだった。まぶたが重くて開けられず、居心地のいいベットにいつまでも寝ていたかった。

 

「…いやはや、しかしどう対処しようか?こんな失態が知られれば私の支持率は急降下だ!」

「そうじゃのコーネリウス。しかしシリウスは13年も無実の罪でアズカバンにいたのは事実じゃろう?それを隠してあとで露呈するよりもよっぽどいいじゃろう?」

「まっ、まあ、そうだな…しかしどう言えば…?」

「全てを恐れることなく、伝えるのじゃ。包み隠さず。おおっ、噂をすれば起きたようじゃなシリウスよ。」

 

目を開けると、シリウスはちょうど白い髭の老人と目が合った。隣にいるのは確か現大臣のコーネリウス・ファッジだ。

 

「チョコレートを食べるのじゃシリウス。まずはそっからじゃ。」

 

シリウスは訳も分からずにチョコレートをかじる。ダンブルドアはファッジに席を外すようにお願いし、シリウスの近くに座った。

 

「あっ、あの…俺は…!」

「無実じゃよ。」

「…は?」

「君にキスが行われる数分前、新たなる事実が発覚したのじゃよ。わしらは君がいるという話を聞いてクィディッチ競技場へと向かったのじゃが、どうももぬけの殻じゃ。そうするとどういうわけか、どこからともなく音が聞こえてくる。ピーター・ペティグリューが自らの罪を棚に上げ、君やジェームズの才能に嫉妬するその瞬間の声じゃ。全ての歯車がぴったりと重なった。間一髪、君は助かっ「そうだ!ピーター!あいつは逃げた!いってえっ!」」

 

シリウスは背中の痛みにうずくまる。

 

「落ち着くのじゃシリウス。君は怪我人じゃからのう。よく聞くのじゃ。奴は逃げてはおらぬ…むしろ…キスはピーター・ペティグリューに執行された。」

 

心臓を直接撫でられたような感覚がした。

 

「ディメンターは直前になってキスを阻まれたことにひどく腹を立ててな。真犯人がピーター・ペティグリューだと分かると真っ先に奴の元へと向かい…執行したのじゃ。」

 

ダンブルドアの発言にはディメンターへの嫌悪が見え隠れしていた。

 

「真実は闇の中じゃ…しかし、ホグワーツの教授30名以上がピーター・ペティグリューの自白を聞いた。じゃから晴れて君は無罪じゃ。」

 

ちいと手続きが面倒じゃがな、とダンブルドアは笑う。まずシリウスの脳裏に浮かんだのはハリーの顔だった。ゴットサンと、ジェームズの息子と暮らせる。犯罪者としてコソコソ隠れるのではなく堂々と、胸を張ってこの世界で…。

 

「けど…そんなことで…。」

「ああ、そうじゃ。当然謎は残る。ミス・スミスを…黒い子と白い子のことじゃが、人質にした理由や脱獄した手段などを伝えないといけない。君が無罪放免になるまでに不可解なことが立て続けに起こったのじゃ。」

 

ダンブルドアはチラッとマダム・ポンプリーを見た。マダム・ポンフリーは誰かにブツブツと文句を言っている。

 

「今朝聞いた話じゃが、4人の生徒が雪崩のように階段から落っこちたそうじゃ。不幸なことにホグワーツの階段は動く。結構な大惨事になったようじゃの。しかし4人は全員平気だと言い張って医務室に来ようとせんかった。まあ半強制的に来させたがの。」

 

ダンブルドアがそれをさも愉快そうに話した理由をシリウスは少し考えてからハッと思い出した。

 

「ジェームズが俺を助けてくれました。」

「ほお?」

「ジェームズの守護霊は銀色の牡鹿だった。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれませんが…ジェームズが俺を助けてくれたんです。」

「さすがじゃの。彼はどんな時も自らを省みず友人を助ける。」

 

シリウスはハリーが誇らしかった。13歳で有体の守護霊を作れる魔法使いはこの世に何人いるのだろうか。しかもジェームズの雄鹿を…。

 

「いい加減本当のことを話すのだ!!」

 

話を遮った怒鳴り声にシリウスは眉をひそめた。自分が、何よりジェームズがこの声の主が嫌いだった。そしてそのあとに生徒たちの抗議が聞こえた。

 

「本当のことも何も僕たち階段から落ちたんですスネイプ教授。」

「ええ、本当に。」

「嘘をついても無駄だ!!階段から落ちてこんな傷がつくはずがない!!昨晩消灯時間以降に出歩いたな!?」

「嘘だと思うならグリフィンドール生全員に聞いてください。」

「もしも、僕らが同じ時間に2人存在したとかなんとかなら話は別ですけどね。」

 

カーテンの隙間からくしゃくしゃな黒、フワフワの赤、ボサボサの白、もさもさな栗の髪がシリウスの目に入った。4人の後ろ姿には各自擦り傷をつくったり青痰があったりするが、大怪我をした者はいないようだ。スネイプは4人に何かを言おうとするが逆にマダム・ポンフリーに怒られて、仕方なく退散した。

 

ハリーがまるで居場所を知っていたかのように後ろを向く。シリウスと目が合ったがハリーはすぐに目を逸らし、他の4人と歩きだす。

 

「君が無罪になって会うのは初めてじゃというのにずいぶん親しいようじゃのお。」

 

ダンブルドアはいたずらっぽく笑った。

 

 

ーーーーー

 

 

 

4人が"一緒に階段から落ちた"数日後、シリウス・ブラックの無罪が大々的に報道され、ホグワーツ中が騒然となった。新聞には当時の魔法省が起こした失態の数々、13年間も地獄のような環境におかれた無実の男の悲劇や13年も犯罪者を逃していたファッジの政権への批判が書かれていた。

 

「僕の杖と地図、戻ってきた!!」

 

ハリーはその日の放課後、嬉しそうに自分の杖をブンブン振りながら寮に戻ってきた。

 

「本人はもうここを出たらしくて、それは残念だったけど。あっ、エルファバのもあるよ!日記もね。」

 

ハリーはエルファバに羊皮紙の巻かれた白い杖と日記を渡してきた。

 

「良かったわ。そのまま持ってかれたらどうなるかと…。」

 

エルファバはそう言いかけて、杖に巻かれた羊皮紙の特徴的な文字で書かれた短い手紙を読んで固まった。

 

ーーーーー

 

可愛いおチビさん

あなたがずっと返してほしいと言っていた大事な大事な杖、お返しします。おチビさんの杖が余ると思いますので回収させて頂きますね。次会う日までに1ミリでもあなたの身長が伸びて大人の色気がついていることを願って。

黒犬より

 

ーーーー

 

エルファバはとっさに自分のローブに手を突っ込んだ。

 

「ない。」

「エルファバ?どうしたの?」

「あの人今度は私の新しい方の杖持ってったわ。」

「え?いつ?」

「分からないわ。だって最後の授業の時はあったもの。」

 

(あの人…やっぱり好きじゃないわ。)

 

みんなあの夜の出来事をもとに様々な憶測をたててはいるが誰も真実に近づけるようなことを言っている人間はいない。

 

「なんか自分だけ真実を知ってるなんていい気分。」

「ロンったら。」

 

ハーマイオニーはロンの浮かれっぷりにため息をついた。ハーマイオニーの顔の腫れは大分引き、ロンの手に巻かれた包帯も今日中に取れる予定だ。

 

「けどさ、なんで僕らに言ってくれなかったんだよ?」

「だってマクゴナガル教授と約束してたんですもの。」

 

しれっと言うハーマイオニーにロンは不満げに額にシワを寄せた。

今は中庭で特に話を聞いている生徒もいない。心置きなく話せた。

 

「でももうやらないわ。だって気が狂いそうだったわ。学期末には逆転時計は教授にお返しする。」

「ねえ、君たち。」

 

2人に話しかけたのはハッフルパフの監督生、セドリック・ディゴリーだった。ハーマイオニーの中でエルファバの彼氏候補第1位である。ハリーのグッジョブな計画を聞いた時ハーマイオニーは大喜びだった。

エルファバ自身もセドリックに秘密を知られたが受け入れてくれたと話していた。もうこの2人を隔てるものは何もない。あとはセドリックが勇気を出すだけだ。

 

「エルファバの友達だよね?探してるんだけど。」

「ちょうどあなたの後ろにいるわ。」

 

セドリックが後ろを向くと、1つの丘を挟み、足に包帯をグルグル巻きにしたエディが木の下で友人と話していた。しかしエルファバの姿は見えない。

 

「えっ?」

「ごめん、エルファバ丘の陰に隠れてるっぽい。今から仲直りするんだよエディと。」

「えっ、どうして?」

 

あれほどまでにエディを拒絶していたエルファバが、どういう風の吹き回しでそんな思いに至ったのかセドリックには理解できなかった。

 

「そうね。階段から落ちてその怖さを知った時、エディのことが心配になったらしいわ。というか素直になろうと思ったんですって。あの子も複雑なようで単純だからねー。」

「それってすっごい複雑ってこと?」

「ロン、あなたは黙ってなさい。」

 

セドリックはロンとハーマイオニーのやり取りを聞いてはおらず、エディにコソコソ接近する白い少女を観察していた。

 

(なんて言おう。どうしよう。ハーイでいいのかしら?こういう時なんて言えばいいのかしら?本のどこを探しても長年拒絶し続けた妹との仲直りの仕方なんて書いてなかったわ。どうしよう。意外とエディは気にしていないかも?いや、そんなことないわ。あの子も繊細だもの。でも「あっ、エルフィー!!」

 

エディは友達がいるのを気にせずにこっちに駆け寄ってきた。

 

「エルフィーが言ったこと本当だったね!あたしあいつに頬擦りとかしちゃってた。今思うとホント気持ち悪いっ!うう〜っ!!…エルフィー?」

「なに?」

「あっち行って!とか言わないの?」

 

周囲にいた友人たちは空気を読んで周りから姿を消した。エディは怪訝そうにエルファバを見つめた。

 

「エディ。」

 

エルファバのはエディの手を握る。色黒なエディの肌と色白なエルファバの肌。

 

「私ね、あなたは覚えてないでしょうけど、間違えて私の"力"でエディを傷つけちゃったの。そのあと、もう2度とあなたを傷つけないように必死に避け続けた。酷いこといっぱいいっぱい言ったわ。けど、私…あなたが大好きよ。ずっと私のこと、こんな私を好きでいてくれてありがとう…。これから、私はあなたの普通のお姉ちゃんでありたいわ。」

 

エディはまるでそれを予期してたかのように、ふふんっ、と得意げに笑った。

 

「エルフィー、あたしこんな日が来ること、分かってた。分かってたの!エースオブベースが今年のビルボードで何曲もランクインすることぐらい分かりやすいよ!」

 

エルファバはエディのわかりづらい例えを聞き流した。エディは改めてぎゅっと手を握る。

 

「エルフィー、あたしの話を聞いてほしい。ホグワーツに入学する前と入学したあと、ぜんぶ、ぜーんぶ!!エルフィーも友達紹介して!!ボーイフレンドも!!絶対ね!!」

「うん。」

「あたしの好きな曲全部聞いて!!」

「うん。」

「あたしのために…雪だるま作ってくれる?」

 

エルファバは周囲を見渡しハーマイオニーやロン、セドリックしか見ていないことを確認すると、左の手のひらをエディの前に見せ、右手を手品のようにクネクネさせると、キラキラと輝く粉が現れて一瞬で2つの玉がエルファバの手の上に乗っかった。

 

「もちろん。」

 

ハーマイオニーたちの場所からエルファバがふっと見えなくなった。エディがエルファバに抱きついたのだ。エディの重さに耐えられらなかったエルファバはそのまま芝生に倒れこんだ。

 

「エルフィー!今からルーピン教授のところに行くよっ!」

「え…え?」

「エルフィーだってどっちみち罰則でしょ?」

「まあ、そうだけど…。」

 

エディはエルファバをつかんで走り出す。エルファバは走りながらロンたちに手を振った。幸せそうだった。

 

多くの生徒があの事件を見た。ホグワーツ内に人狼がいるという事実は確定したが、幸か不幸かあの暗闇の中でルーピン教授がそうだと断定できる人間はいなかった。ルーピン教授がそうなのではないかという疑惑は生徒たちの中では拭えなかったが、確証がないことをいいことにそれはあくまで噂にすぎないとダンブルドア校長は言い張った。というか強引に押し通した。唯一公式で真相を分かっているマルフォイはエディが口止めしたらしい。あのマルフォイをどうやって口止めしたのかというのはエディのみぞ知る。

 

「今頃、校長室には親御さんからクレームの手紙が大量に届いてるだろうね。私のところにも吠えメールがいくつか届いたし。」

「クレーム?みんなどうしてそんな意地悪するの?」

「私のような人間が生徒を教えるというのはあまり良くないことなんだよ。」

 

エディはムスッとクッキーをかじる。自分のお気に入りの人がいわれのないことで嫌がらせを受けるのが嫌で嫌で仕方がないようだ。

 

「ほうら、また来た。」

 

フクロウが赤い便箋と手紙を落としていく。ルーピン教授は開けようとはせずにそのまま暖炉に投げ込んだ。その手紙が火の中で小さく化け物とか、人間ぶるなとか言っていたのはルーピン教授も聞こえているはずだ。ルーピン教授は曖昧に微笑んで、再び席に戻った。

 

「…ルーピン教授?」

 

エルファバはティーカップを置いておずおずと聞いた。

 

「なんだい?」

「ごめんなさい。私教授のことを知らずにたくさん失礼なことを言いました。それに意味もなく怖がって…本当にごめんなさい。」

 

(あなたには私の気持ちは分からないとか、その他もろもろ。むしろルーピン教授は誰よりも私のことを理解してくれてたわ。)

 

「大丈夫さ。そんなに大したことじゃない。君の過去を考えたらね。それより君たちはいいのかい?」

「なにが?」

「私と一緒にいて怖くないかい?」

「何言ってんのルーピン教授。全然怖くないよ。だってルーピン教授は薬飲めばいいんでしょ?」

「まあ、そうだけど…。」

 

ルーピン教授はこれ以上聞いても答えは同じだと思ったのだろう。それ以降言及はしなかった。

 

「夏休みはね、エルフィーのこといないって言いやがった友達にエルフィーを紹介するの。で、エルフィーと一緒にショッピング行って、お菓子つくって、公園でブランコして、宿題手伝ってもらって、あとアイススケートもしたい!」

 

エディがいろいろ言うのをエルファバは黙ってとても嬉しそうに聞いていた。ルーピン教授はそんな2人を微笑ましく見守った。

 

幸せだったのは2人だけではない。今年グリフィンドールは見事決勝戦でスリザリンを負かし、優勝した。チームを優勝へと導いたハリーは大スターとなり、バタービールを大量にかけられてびしょ濡れだった。お祭り騒ぎのグリフィンドール生の中にはエディもいた。エディがいれば他寮の生徒も来るわけで、皆は寮を飛び出し、赤、黄、青のネクタイをした生徒たちが大広間で食べたり飲んだりした。

 

数少ないがエディに着いてきた緑のネクタイをした生徒もいたらしい。エディの功績に首無しニックと血みどろ男爵は涙ぐみ、ダンブルドア校長もかなり上機嫌だったそうだ。

 

「エルファバ!」

 

セドリックは危うくバタービールをかけられそうになり固まってたエルファバを引っ張ってあまり人のいないところへと連れ出した。

 

「ありがとうセドリック。」

「いや、大丈夫!あのさ、」

「うん。」

「僕のガールフレンドになってくれない?」

 

セドリックはいたって真面目だった。エルファバはハーマイオニーやラベンダーが散々言っていたことをセドリックが口に出し、また別の意味で固まった。

 

「…あー…それって…?」

「悪いことじゃないからとりあえずイエスって言って!」

「いっイエス?」

「ありがとう!」

 

セドリックはエルファバに軽く唇にキスをしてから、再び人ごみの中に紛れていった。友人たちはヒューヒューと大いに茶化し、うるさい、黙ってくれ、とセドリックは叫んでた。

 

「…へ?」

 

それ以降にちょっとした事件が起こったのは、テスト後の話だった。ハリーが占い学のテストの時にトレローニー教授がおかしくなったという。

 

「闇の帝王は自らの力で再び立ち上がるであろう、以前よりさらに恐ろしく、新たなる力を手に入れ、全ての者の希望を燃やし尽くすであろう。」

 

ずっとハリーはそれが引っかかっていたようだが、誰もその意味は理解できない。

 

「闇の帝王ってヴォルデモートだろう?ダンブルドアが言うにはあいつは死んでるように生きているのに自分の力で立ち上がるとか。」

「まあ、あの人頭おかしいし気にしなくていいんじゃないかしら?」

 

ハーマイオニーはしれっとそう言った。ロンは肩をすくめた。エルファバも訳が分からないといった感じでグリンダの日記から顔を上げた。

 

「ダンブルドア校長に言うべきかもね。」

 

それしか言えなかった。

 

エルファバが巻き込まれたエディの食人蔓騒動や、全教授が巻き込まれたフレジョ&エディ主催のエイプリルフール・ドッキリなど、多くの事件がありながらも、あっという間に家に帰る日がやってきた。

 

「エルファバ。」

「なにハリー?」

 

同じコンパートメントでハーマイオニーとロンは爆睡していた。エルファバは改めて戻ってきたグリンダの日記を丁寧に確認していた。

 

「僕思い出したんだけど、僕の母さんがね、ヴォルデモートに殺される直前、 言ってたことがあって…。」

「?」

「デフィーソロって言ってたんだ。それって君が氷を溶かすときに使う呪文だろう?」

「えっ、ええ。」

「何度も何度も唱えてたんだ。」

 

ハリーは考え込む。エルファバもその意味がわからなかった。おそらくハリーの母親であるリリー・ポッターはグリンダから聞いたに違いない。

 

「1つ心当たりがあるとすれば、私の名前ね。」

「名前?」

 

エルファバは日記をめくり、あるページをハリーに見せた。

 

「私のミドルネームはリリー。ゴットマザーはリリー・ポッターなの。」

 

ハリーはまじまじとグリンダとリリーが映った写真を見た。

 

「2人ともお腹が膨らんでる。」

「そうね。」

「僕ら、生まれる前から出会ってた。」

「ええ。」

「僕の母さんが君のゴットマザーってことは、僕ら兄妹だったんだね。」

「姉弟かもよ。」

 

何かを思いついたようにハリーはエルファバの頬をぶしゅっと潰した。

 

「ひゅふぇ?」

「なんで黙ってたの?」

「ふゅふぁっひふぃっふぁ。(さっき知った。)」

「嘘だ。」

「ふゅひょふぇふひゅひふぁひぇん。(嘘ですすいません。)」

「僕が納得する理由を5秒以内に言いなさい。」

「ふぁっふぇふぃふふぁふぁふぁっふぁひょん。」

 

ハリーはエルファバの頬から手を外し、腕を組んだ。エルファバは頬を触りながら弁解した。

 

「本当に最近まで気づかなかったのよ。私ゴットマザーは生きてると思ってて、ちょっとショックだったの。けどそれをハリーに言うのは失礼でしょう?ごめんなさい。」

 

エルファバから犬の耳が生えて、それがパッタリとしおれているのがハリーには見えた。何度見てもエルファバが落ち込んだ姿は悪戯して飼い主に怒られている子犬にしか見えない。

 

「僕に気を遣ってたの?」

「うん…。」

 

ロビンはエルファバがハリーにいじめられていると思ったのか、檻の中で暴れていた。

 

「…ふふっ。」

「なんでハリー笑ったの?」

「だって落ち込んだ君が面白いんだもん。」

「面白くないよ!」

「面白いよ!1回録画してあげるよ!あっはは!」

「ハリー!」

 

立場が逆転した。エルファバは腕を組んだいつまでも笑い続けるハリーを睨みつけた。

 

「けど、そうだとしても、なんで母さんはその呪文を唱えたんだろう。こんなこと言ってしまってはあれだけど、それを唱えても母さんがどうにかなったとは思えない。だってその呪文は氷を溶かす呪文だ。しかも君の氷だけ。」

 

ハリーは一通り笑い終わると、真顔で言った。

 

「まさか、なにか君の氷にまつわる何かなのかな…僕が生き残った理由。」

「今度調べてみるわ。」

「分かった。なんかあったら教えて。」

「うん。」

 

濃い1年だった。エルファバはハーマイオニーの家族に挨拶をし、セドリックに電話番号を渡して、ぎこちなく額にキスをされてハリーとロン、ウィーズリー双子を驚かせた(「嘘だろエルファバ!君にボーイフレンドができたなんて!いったいどこをどうなったらセドリック・ディゴリーと付き合うんだい!?」「ロン、失礼だよ」)。ミスター・ウィーズリーとミセス・ウィーズリーにも改めて挨拶をし、ハリーの叔父叔母のところにも行こうと思ったが、ハリーが誰かと話し込んでいたのでやめた。マギーにも電話番号を渡す。そしてラベンダーに本を返しー。

 

「エルフィー、なるべくパパとママのところに行かないようにしてるでしょ?」

 

見かねたエディが呆れてこちらに来た。

 

「うん。」

「2人とも待ってるよー?」

「私たち仲良くなったこと、なんて言えばいい?」

「エルフィー、あたしたち姉妹なんだよ?仲良くしていけない理由なんてないよ。」

「普通はね。」

 

エディはエルファバの手を繋ぎ、2人の元へと歩き出す。友達の家族を見ると、父親と母親の関係は完全に冷え切っていた。母親は父親に話しかけようとするが父親は距離を取り、目も合わせない。

 

「パパー!!ママー!!」

 

エディが大声で2人を呼ぶとどちらもこちらを振り向いた。そしてどちらもとても驚いていた。

 

「ただいま!っという訳であたしエディ・スミスはエルファバ・スミスと無事仲直りしましたー!いえーい!」

 

エディにはまだ過去に起こったことを話していなかった。あれを思い出すと、どうしても2人に対する怒りの感情が浮かんでくる。

 

(どうして助けてくれなかったの?どうして私を置いていったの?私が人殺しの娘だから?人殺しの能力を持っているから?)

 

「大変な1年だったな。」

 

父親はエディの頭を撫でる。エルファバはいないかのように扱った。

 

「本当ね。」

 

父親にならい、母親もエディにだけ声をかける。エルファバは肩をすくめた。

 

「エルフィー、今年も最強だったんだよ。ハリーのパパの無実を証明してちょーかっこいいんだから!!!あとね、エルフィーとホグワーツをいーーーっぱい探検したのよ!ああ、パパとママに見せたかったな。もう、あたしホグワーツに来て良かった。友達もいーっぱいなの!って、エルフィー?」

 

エディのエルファバは途中で中断された。エルファバはものすごく強い力で引っ張られていった。人ごみから少し外れた公衆電話の前で立ち止まると、エルファバの両肩を掴んで動揺したように言った。

 

「エルファバ!!落ち着いて聞いてほしいんだ!!」

 

さっきエルファバと別れたハリーはメガネをずらして、エルファバを揺すった。

 

「私は落ち着いてるわよ。」

「僕、シリウスと暮らすんだ!!!さっきシリウスが変装した姿で僕に近づいて、7月の中旬から一緒に暮らせるって!!!ダーズリーたちと2週間くらいいれば、僕シリウスと一緒に暮らせるんだ!!!」

 

ハリーはエルファバに抱きついて飛び跳ねた。ガタイのいいハリーが軽いエルファバを抱えたのでエルファバも跳ねた。その興奮っぷりは今まで見たことがない。クィディッチが優勝した時もここまで興奮してなかった。

 

「僕は、本当の…僕を本当に愛してくれる人と暮らせるんだ!」

「おめでとう。」

 

エルファバは小さい子のように大喜びしているハリーを見て、とても嬉しくなった。例えて言うならバタービールを一気飲みした気分だ。

 

「良かったわね。今シリウスはどこにいるの?」

「僕ね、すっごく嬉しかったんだけど、シリウスに子供だと思われたくなくて、嬉しいの頑張って隠したんだ。エルファバに伝えてくるって言って!僕、本当、本当幸せなんだ今!最高のパトローナスが出せるよきっと!」

「あー…ハリー?」

「ロンとハーマイオニーにも言いたかったんだけど、2人とも先帰っちゃってて!ああ、本当、ついに親と暮らせる!ダーズリーみたいなのじゃなくて僕を本当に大切にしてくれる人と!シリウスが無実になっていつか暮らせるとは思ってたけど、こんなに早いなんて思わなくて!だってダンブルドアは最低でも来年の夏からだからって…あんまりニヤついてると変だよね?ああ、シリウスにもう一回会う前にちゃんとしなきゃ!」

「ハリー?」

 

エルファバは破顔しているハリーに非常に残念なお知らせをしなくてはならなかった。

 

「…後ろに…。」

 

ハリーの真後ろにもじゃもじゃの茶髪に顔が覆われた高身長の男性がニヤニヤしながら公衆電話に寄っかかって腕を組んでいた。エドワード・ホップカークだ。トレンチコートを着こなす彼は完全にマグルの世界に溶け込んでいる。ウキウキしていたハリーのテンションは急降下し、固まった。

 

「あっ………、やっやあシリウス。」

「最初に言った時に思った以上に反応が薄かったからショックだったよ。良かった。これから、からかうネタができた。」

「エルファバ、ロックハートが使ってたのなんだっけ?」

「忘却術?」

「早くそれ覚えなきゃ。」

「なんでだよーかっこいいぞ?グリフィンドールを優勝に導いた勇敢なるシーカーがゴットファーザーと一緒に暮らせるって喜んでうさぎのように飛び跳ねて女の子に抱きついてるのは。」

「やめて!」

 

ハリーは怒ったロンみたいに耳が真っ赤だった。が、どこか嬉しそうだった。ブラックはハリーと喋るのは何よりの喜びなのは言わずもがなである。

 

「やあ可愛いおチビさん。杖をどうも。偶然にも君の杖は俺にとっても合ってた。杖の木と芯はなんだ?」

「シカモアでドラゴンの琴線です。あとミスター・ブラック、おチビさんって言わないで頂けますか?」

「シリウス、エルファバに身長のことは禁句だよ。」

 

天然かわざとか、ハリーは余計な一言を足した。

 

「じゃあ、俺のことシリウスって呼べよ。そしたらやめてやる。」

 

ブラックはまるで新しくできた面白いオモチャでどうやって遊ぶかを考えるようにエルファバを見た。エルファバはそんなブラックを精神年齢はハリーより下だと呆れつつも、小声で答えた。

 

「……シリウス?」

「上出来だ"チビちゃん"。」

「エルフィー!!行くってさー!!」

 

エルファバが抗議する前にエディが呼びに来た。そろそろ友人と別れないといけない。エルファバはニヤニヤ笑うブラック改めシリウスをムスッと睨んだが、諦めた。

 

(文句はハリーの家に行く時にしてやるわ。)

 

「いい夏休みを。」

「君もねエルファバ!」

 

上機嫌なハリーとシリウスはエルファバに手を振る。エディは反対の手を握った。

 

「ん、あたし、このおじさんに会ったことある?」

 

エディは変装したシリウスをまじまじと見つめた。

 

「私たち姉妹を人質にした悪いやつよ…あ、それをダーズリー一家に漏らせば「おい、やめてくれ!!」」

 

エルファバとエディはシリウスの必死さにカラカラと笑った。ハリーも照れ笑いしている。幸せな親子に別れを告げ、2人は両親の元へ駆け出した。

 

「なんだか分からないけどおじさんとハリー元気でねー!…エルフィー、あたし決めた。」

「?」

 

エディは声のトーンを落とした。

 

「あたし、何があってもエルフィーを守る。」

「ありがとう。私も何があってもエディを守るわ。」

 

エルファバとエディは2人で車に乗り込んだ。2人は口論したのだろう。そんな雰囲気だった。しかしそれをエディが見事に壊してくれた。

 

「あたし話したいことがいっぱいあるの。まず入学2日目にしてあたしはホグワーツの全てを知るって決めてね、クラブを作ったの。ああ、手紙で言った通りバスケットボールのクラブも作ったけどそれとは別のね。もうホグワーツったら本当いちいち面白くて…」

 

ゆっくり動き出す車から肩を組んでいたシリウスがハリーを離し、親戚のダーズリー達に引き取られていくのが見えた。ゴットマザーがいないエルファバにはこんな日は来ないだろうが、気にしなかった。

 

「談話室はハッフルパフも悪くないけど、1番はグリフィンドール。グリフィンドールの談話室は他の寮に比べても圧倒的に椅子が多くて、暖炉もあって、交流スペースとしては4つの寮の中で最高なのよ!ね、エルフィー!」

「うん。」

 

エルファバはハーマイオニーの家にも行ける、ロンの家にも行ける、7月末になればシリウスとハリーの家にも行ける。マギーの家も歓迎してくれるだろうし、また改めてセドリックとも食事をすることになった。エルファバの行く場所はたくさんあるのだ…エディと一緒に。

 

エルファバとエディの夏休みが始まる。

 

 



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炎のゴブレット
小話1:ハリーの夏休み


魔法学校に通うハリーは生まれて以来の最高の夏休みになりそうでどんなに嫌なことがあっても、乗り越えられた。

例え肥満気味の従兄弟のせいで自分の毎食がグレープフルーツ1/4になりひもじい思いをしようとも、自分の叔父叔母がどんな嫌味を言ってこようとも、何にも気にならなかった。

 

理由はいろいろある。まず前提にハリーは友人達からの助けにより餓死寸前状態を回避していたことが挙げられるだろう。友人達は積極的にスナックやら食べ物を送ってくれて、ハリーはお腹いっぱいになれた。むしろ余ってしまうくらいだ。

2つ目は、ハリーは今年の夏は今日でもう自分の家にいなくても良いということである。

 

「で?」

 

居間でハリーの叔父さんであるバーノン・ダドリーは一張羅の背広を着こなし、イライラと貧乏ゆすりをしながら、ハリーに聞いた。貧乏ゆすりのせいでソファが若干揺れている。

 

「お前のゴットファーザーはちゃんとまともな服で来るんだろうな?」

 

ハリーのゴットファーザーとはシリウス・ブラックのことだった。それを知ったのは去年のこと。シリウスはアズカバンという魔法使いの監獄で13年間閉じ込められていたが、ハリーを守るために脱獄し、そのあとさまざまなことがあったがこの度無実となった。

 

ハリーは2週間ダーズリー家にいればシリウスと暮らせることになり、虐待するような親戚ではなく血の繋がりはなくとも愛してくれる人と暮らせる日を今か今かと待ち構えついにその日はやってきたのだがー。

 

「…あー。」

「お前らの仲間の服装を見たことがあるぞ。まともな服を着る礼儀を持ち合わせた方がいい。」

 

ハリーはシリウスがどんな服装で来るのか全く見当がつかなかった。最後に会った時は囚人服を着たままで髪も髭も伸ばしっぱなしでハリーの叔父が言う“まとも”から程遠い格好だった。流石に無実になった今、もう少し清潔にしているとは思うが。ハリーはシリウスの格好によって叔父さんが無礼な態度を取らないかだけ心配だった。

 

コンコン、

 

ドアのノックが聞こえるとバーノン叔父さんはビクッと体を震わせた。が、フンっ!と鼻を鳴らしてドスドス足音を立てながら廊下を歩き扉を力任せに開けた。

 

ドアを開けた先には、男性が立っていた。

バーノン叔父さんよりふた回りほど身長が高く、数倍もスラっと手足が長く少し光沢を帯びた黒い背広を着こなし、ウェーブかかった黒髪と顎髭が綺麗に整えられている。

 

誰がどう見ても洗練された英国紳士。

 

「お初にお目にかかります。あなたがハリーの叔父のバーノンさんですね?私、ハリーのゴットファーザーであるシリウス・ブラックと申します。」

 

最後に会った時とは、全く別人のシリウスがそこにはいた。こんなに完璧にマグルの服装をできる魔法使いは初めて見た。普通魔法使いは背広にパジャマやらパーティハットを被るやらチグハグな格好をしているものだったが、シリウスは違った。

 

「んのお………どうも…。」

 

バーノン叔父さんも拍子抜けしたらしい。シリウスを上から下までジロジロと見回した後、ボソッと挨拶をする。ハリーは心の中でガッツポーズした。

 

「ああ、そして…。」

 

そしてシリウスの背後には誰か人影があった。シリウスが退くと後ろから出てきたのは、艶のある黒髪のショートヘアでブルーの瞳をした小柄な少女。濃いブルーのワンピースを着た少女が誰なのかハリーは喋り出すまで分からなかった。

 

「こちらが私の娘のエリー・ブラックです。」

「………エリーです。はじめまして。」

 

なんと、それは親友であるエルファバだった。ユニコーンの毛のように白い髪が特徴的なエルファバだったが、恐らく変身術で髪を変えているかカツラを被っているのだろう。そして本人は無表情だったがハリーにはわかった。“たった今訳も分からず強制的に連れて来られて、不服です”とエルファバは感じている。“私、エリーなの?”とも。

 

ほぼ初対面のバーノン叔父さんはわからないだろうが。

 

「それでは、今後のハリーの処遇についてもお話ししたく…長くはかかりません。少しお邪魔してもよろしいでしょうか。」

 

バーノン叔父さんはフンっ、と鼻を鳴らしてお好きにと言ってシリウスとエルファバを中へ招いた。ハリーが微笑むとシリウスはウインクをする。エルファバはハリーに目配せした。ハリーと“エリー”は初対面という設定なのだろう。

 

居間のソファにシリウスとエルファバは座り、テーブルを挟んでバーノン叔父さんはシリウスの正面に座り、その隣にそそくさと来たペチュニア叔母さんが座る。どういうわけかエルファバをジロジロと見ていた。

 

「ハリー、君はエリーの隣に座りなさい。今後の話にも関わってくるだろうから。」

 

自分の立ち位置に迷ってオロオロしていたハリーに優しくシリウスは促した。

 

魔法使いを恐れている従兄弟のダドリーは、元囚人であるハリーのゴッドファーザーが小柄な少女を連れて来ていると分かると下に降りて来て、居間の入口からお尻をさすりながら、ジロジロ覗いていた。最後にダドリーが魔法使いに会った時は豚の尻尾が生えて、高いお金を払って切除したのだ。

 

来客があれば、お茶の一杯でも出すのが本来のマナーだがさっさと帰ってほしいのかもてなす気配はない。

 

「それで?」

 

ハリーが座ったのを確認すると、バーノン叔父さんはどかっと威厳たっぷりにシリウスを見下ろした。シリウスはそれに動揺せず、毅然とした態度で話し始めた。

 

「はい…手紙に書いたことの繰り返しになってしまいますが…私はハリーの後見人にも関わらず無実の罪で13年間囚人として扱われていましたが、この度ハリーの活躍により(と言って誇らしげにハリーを見た)無実が証明されました。ハリーとも交流を交わし、今後休暇の際には私の家とお宅を行き来することをお許し願いたいです。」

 

バーノン叔父さんは品定めするようにシリウスとエルファバを見ている。

 

「お前は、こいつと同じ…ということだな?」

「ハリーと同じく魔…同じ学校に通っていたということであれば、そうです。」

「お前の娘は?なぜわざわざ連れてきた?同情でも買うつもりか?ん?」

 

バーノン叔父さんは隣に座っているエルファバを顎でしゃくった。シリウスは、エルファバの肩に手を置いた。

 

「ああ、彼女は生まれも育ちもマ…あなた方と同じです。ハリーと同じ学校には通ってません。母親は彼女が生まれてすぐに他界して孤児院に預けられていたのですが私の無実が証明されたということで、一緒に住むことになりました。ハリーのことも理解しています。」

 

ハリーはエルファバを盗み見たが、“なにそれ初耳”と顔が言っていた。おそらくこのためにエルファバは連れてこられたのだろう。魔法使いのシリウスが毎回ダーズリー一家を出入り、あるいは遭遇するのは許してくれないかもしれない。なのでマグルの世界に理解があり、か弱いエルファバという存在を持ってくることで頑固なバーノン叔父さんを懐柔するつもりなのだ。シリウスは続ける。

 

「あなた方が、あまり私たちのような人種と関わりたくないことも重々承知しておりますので、「当然だ!」」

 

バーノン叔父さんが突然話を遮ったので、シリウスは話を切った。エルファバはぎゅっとスカートの裾を握っている。エルファバは特殊な能力の持ち主で、なんでも凍らす力を持っているのだ。しかし本人の意思に反して、感情の揺れで発生してしまうためかなり集中してそれが出ないようにしているのだろう。

 

「お前らは、決してまともではない。この坊主のせいで我々家族はどれほど迷惑を被ったか…。そもそもこいつの母親と父親がよく分からんことで死ななければこんなことには…!いいか、お前らはまともじゃない。お前のせいでマージがどんなことになったかわしは忘れた訳ではないからな…!」

「それは、お前らが僕の両親を馬鹿にしたからだ!」

「黙れ!!育ててもらった恩を忘れたのか!!お前がこの家で生きていけることをありがたく思え!!」

 

バーノン叔父さんに突っかかったハリーだったが、バーノン叔父さんが暴言を吐いたら今度はシリウスが立ち上がり、怒りなど忘れてしまった。シリウスは、背広の内ポケットに手を入れそこから杖を出して、バーノン叔父さんに突きつけようとしたがー。

 

「ぱっパパ?」

 

エルファバは立ち上がって、シリウスの腕を掴みバーノン叔父さんに背を向けて、さりげなくエリーの腕の中に杖を隠した。

 

「エリー、ハヤクオウチニカエリタイ、カエロウヨ。」

 

とんでもなく棒読みだ。が、それでシリウスはハッと我に返ったらしい。

 

「あ、ああ、そうだなエリー。早く家に帰って“セサミ・ストリート”を観ような。」

 

幼児に言い聞かせるようにエルファバの頭を撫でるシリウス。エルファバは14歳のはずであり、セサミ・ストリートは乳幼児が観る番組である。エルファバはせっかく窮地を救ったにも関わらずとんでもないことを言われ、心外だとばかりに睨んだ。

 

その一連の流れが面白くて、ハリーは笑うのを咳で誤魔化した。

 

立ち上がったシリウスにバーノン叔父さんとペチュニア叔母さんは怯えていたので、座り作り笑いをして話を続けた。

 

「今後ハリーとあなた方の世界に理解があるこの子と共にハリーを迎えに行きます。ご迷惑はかけませんので。」

「かっ、勝手にしろ!」

「それではそのように。ハリー、荷物を手伝「おっお前のような人間がわしらの家をうろつくのを許さん!」…じゃあエリー、悪いがハリーを手伝ってくれ。彼女はいいでしょう?」

 

バーノン叔父さんはエルファバを上から下まで見てからイエスのような声を漏らしたので、ハリーはエルファバについて居間を出た。さすがのバーノン叔父さんもか弱そうなマグルの少女には特に言うことはなかったようだ。というより、少女を怒鳴り散らす中年男性が“まともじゃない”と判断したのかもしれないとハリーは思った。従兄弟のダドリーとエルファバの目が合う、エルファバは大柄なダドリーを見て少したじろぐが逃げるようにハリーについていく。

 

階段前にすでにハリーの小さな荷物は用意されていた。

 

「エル…エリー、悪いけど箒を持ってもらっていい?一番軽いはずだから。」

「うん。」

 

そして、箒を持ちエルファバはいそいそと居間へ戻ろうとするがー。

 

ドタっ!

 

「きゃっ!」

 

エルファバは何かに引っかかって、転んだ。

 

「いったっ…。」

 

見るとダドリーがニヤニヤしながらエルファバを見下ろしていた。ダドリーが足を引っ掛けたのだろう。

 

「痛い痛い痛い!」

 

今度は立ちあがろうとするエルファバの手をわざと踏み付けた。エルファバの華奢な手がダドリーの巨漢に踏み潰されたらたまったものではない。どんどん体重をかけて来ては声を上げた。

 

「おいチビ、“あれ”でも使って仕返ししてみろよ。」

「何してるんだダドリー!!!」

 

ハリーが来るとダドリーはサッとエルファバから離れた。ハリーは駆け寄って立ち上がらせる。

 

「大丈夫?このウスノロに何かされたかい?」

「こいつがノロマで勝手に転んだんだよ。」

 

ダドリーはまだニヤニヤしていた。おそらくエリーが魔法使いではないということで、ダイエットのストレスが溜まっていたダドリーは嫌がらせをしたのだろう。父親(設定)のシリウスがこれを知ったら仕返しをすることなど考えが及ばないダドリーだ。

 

「何の騒ぎだ?」

 

シリウスとペチュニア叔母さんとバーノン叔父さんが廊下へ来た。

 

「なんでもないわ。」

 

エルファバはハリーが何か言う前に立ち上がり、箒を抱え直した。箒には何も傷はついていないようだ。

 

「行きましょう。」

「あっ、ああ…。」

 

ハリーはダドリーを睨みつけ、エルファバとシリウスと共にダーズリー邸を後にする。ハリーに特にお別れを言わず、ただ無言でハリーを見つめるだけだった。シリウスはプリベット通りの角を曲がった瞬間、杖を取り出し一瞬で魔法使いのローブに着替えた。上質な紺のローブはマグルの正装と同様シリウスによく似合う。

 

「あーーーー、柄にもないことすると疲れるな!まあもう、ここまでしたならいいだろう。」

「一体どうしたんだいエルファバ?」

 

エリーは踏まれなかった右手で黒髪のカツラを取り、“エルファバ”になった。力任せに脱いだので白い髪は惨めなくらいボサボサだがエルファバが気にしている様子はない。

 

「あなたの従兄弟が私の足を引っ掛けた上に手を踏んできたの。」

「なんだって?見せてくれ。」

 

エルファバは左手を差し出すとシリウスが間に入り、エルファバの手をしげしげと眺める。

 

「骨は折れてないな?ちょっと赤いが多分大丈夫なはずだ。氷で冷やせ。ハリーのこともあるし、今から戻って、あいつらのこと呪ってやろうか?俺だとバレなきゃいいわけで。」

「いいよ…でも、お小遣い稼ぎの割に合わない。」

 

ハリーが怪訝そうな顔でエルファバとシリウスの交互を見た。エルファバはうんざりした顔で喋り出した。

 

「この数時間前に図書館の帰り道にシリウスに拉致されて、5ガリオンあげるから娘を演じてくれって言われたの。」

「言っておくがダンブルドアの命令だぞ?」

「シリウスが暴走しないようにとハリーの親戚からハリーをスムーズに連れ出せるようにね。」

「悪かったって…小遣い6ガリオンにしてやるから。」

「しかも毎年だなんて聞いてないもん!」

 

エルファバはむくれて、シリウスを睨んだ。

 

「しかも、ハリーの親戚が知らないところでいっぱいいじわるしてきて!やんなっちゃう!」

「悪かった悪かった。お前の反応が面白くてつい…もうしないから。」

 

ハリーはエルファバとシリウスのやりとりを聞きやけに仲がいいなと思った。エルファバは元々大人の男性が苦手にも関わらずシリウスに噛み付いてるしシリウスもエルファバをいじることがやけに楽しそうだ。ハリーは少しだけ羨ましかった。

 

問題はシリウスとエルファバは親子ほど離れており、シリウスの言動が子供っぽいというには度を越していることだが…。

 

「この先で魔法省の連中が待ってる。俺が逃走しないように…無実の俺が一体どこへ逃げると思ってるんだか。」

「魔法省?」

「ああ。もちろん、俺の無実は証明されたがいろいろな不可解現象…例えばアズカバンの脱獄の話とかな。それを根掘り葉掘り聞きたいんだ。大丈夫さ、ハリー。もう家もあるし、これから一緒に過ごせる。」

「うん…。」

 

ハリーはシリウスを心配するような、自分にこれから待ち受ける幸福への心の準備ができていないような、変な顔だった。

 

「私は帰るわね。」

「ああ、ありがとさん。これがお駄賃な。」

 

シリウスは6ガリオンをポケットから取り出し、エルファバに渡すと少し機嫌が良くなったようにエルファバはフンと鼻を鳴らした。

 

「エルファバ、いろいろごめんね。本当に助かったよ。それにダドリー…今度どうにかして僕が仕返しするからさ。」

「うーん、その必要はないかな。」

「?」

 

エルファバは、ベッと舌を出してこう言った。

 

「冷蔵庫丸々凍らせて来たから。」



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1.燃える魔法使い

エディ・スミスの人生は輝きに満ち溢れていた。

 

常に好奇心と持ち前の行動力を活かしてトラブルを起こし、周囲から浮いていたエディだったが、去年そんな彼女の人生の転機があった。

 

それがホグワーツ魔法魔術学校への入学だった。

 

魔法魔術の学習、エディの個性を受け入れてくれる最高の友人等、時に厳しく時に優しい教授たち(一部ただただ意地悪な教授もいるが)、美しく摩訶不思議なホグワーツ城、ユーモラスなゴーストたち、魔法の悪戯グッズ。見たことがない魔法生物たち。

 

特に最初の年はエディにとって最高だった。入学前から良くしてくれたリーマス・ルーピンが教授になりエディを教えてくれた。そして、ずっと無視され続けていた姉のエルファバとついに仲直りができたのだ。エディの人生を映画にすれば第一作目で最高のエンディングだった。

 

エディにとってこの夏休みはその続きになるはずだったがー。

 

「エディ、機嫌直しなさい。」

「んー。」

「エディ。」

「なんでルーピン教授いなくなっちゃったのおおおおお!?」

 

エディは顔をクッションで埋め、脚をバタバタとソファで喚いていた。夏休み初日からずっとこんな調子だった。原因は初日の夕方に届いた手紙だった。

 

ーーーーーー

エディとエルファバへ

 

私は本日付で君たちの教授をやめることになった。君たちに出会えて本当によかった。今度は友人として会えることを願って。

 

R.J.ルーピン

ーーーーーー

 

短い別れの手紙にエディは大号泣した。大号泣したあと怒りの手紙を感情に任せて送ったのが、数日前。返信はない。父親は呆れながらもエディの頭を撫でる。

 

「もう、いいだろう。仕方がないこと…。」

 

父親はそう言って、言葉を切った。エディの右腕にある黒いものを凝視する。

 

「あっ。」

 

慌てて隠すももう遅かった。父親はエディの右腕にあるものが何かハッキリ分かったようだった。老けた顔にシワが刻まれる。

 

「えっへへ…かっちょいいっしょ…はは…はは…。」

「エディ、誰にお金を払ってもらった?」

「えっ、あー、いや、自分のお小遣いで、あーうん。」

 

エディが父親に部屋の角まで追い詰められたタイミングで、扉が開いた。

 

「あ、エルフィーおかえりい!」

 

エディは隣に最近仲良くなった姉を座らせ、安心したようにすり寄った。

父親は、姉妹を交互に見てソファに座らせる。

 

「エディ、そしてエルファバ。聞かせてくれ。お前の腕だが、どっからその模様は湧いて出たんだ?」

 

エディの右腕の真ん中にS字型の太い線があり、そこからいくつも黒い小さい花が咲いている。

 

「えーっと…。」

「エルファバ。お前だな?」

 

エルファバと呼ばれた少女は父親と同じくらい無表情に父親を見た。

 

「去年、グリンダの銀行の鍵を盗んだことぐらい分かってるぞ。」

 

エルファバは肩をすくめる。自白と判断したのか視線は父親のエディへ向いた。

 

「12歳でタトゥーを入れるなんて、不良少女にもほどがあるぞエディ。よそからなんと言われるか…。」

「大丈夫だよ。だって魔法学校に行くんだもん。それにロンドンにはタトゥー入れてる人なんていーっぱいいるもん。」

「あれはドラックの売人とかだ。やってしまったものは仕方ないが…そういうことはもうやるな。」

「はーい。」

 

エディはあっけらかんとしていた。父親は首を振る。

 

「エルフィーね!あたしのバスケクラブに来てもらったの!あたしは完全嘘つき扱いだったんだけど、形勢逆転。みーんなあたしに謝ってくれたわ。けど一部の奴が白い髪はじーさんばーさんの髪だって言ったの。ねえ、そんなことよりパパあたしもう機嫌直ったし、タトゥーもオッケーしてくれたし、いいでしょう?」

「反省してるのかエディ…分かった分かった。ダイアゴン横丁に行こう。」

「っいやったー!!!」

 

エディはエルファバの腕を掴み、走り出す。エルファバは反対の手で父の手を繋いだ。その行為に父親は心底驚いたようだった。

 

「ダメ?」

「まさか。」

 

エルファバはある日を境に父親との距離を縮めようと努力している。父親もエルファバとエディとの時間を作ろうとこのようにショッピングに行ったり、映画を観に行ったりしている。

 

ーーーーーー

 

その日は夏休みが始まって数日経った時のことだった。

 

魔法省の紋章が付いた手紙がゴミ箱に入っており、エルファバはこっそりとそれを取り出して見ると、グリンダの無実が決まったことを知らせる文章が書かれていた。理由はグリンダが大量殺人を行ったという証言をしたのはあのピーター・ペティグリューであり、再調査した結果あの場にいた魔法使いの数名がデスイーターであったということが分かったからだそうだ。魔法省が管理していたグリンダの遺体は返却されると記載があった。

 

父親は夏休みが始まってから一度も家には帰ってきていない。エルファバとエディが魔法省から来た手紙を捨てる訳がない。母親が捨てたのだろう。エルファバはそれを自分の部屋に保管し、深夜1時頃に父親の帰って来たのを見計らって書斎に侵入した。

 

『グリンダは無実だって。』

 

くしゃくしゃになった手紙を何度も何度も読むと父親は椅子にもたれかかって、大きくため息をついた。エルファバはただ単に自分を冷遇した父親への軽い仕返しのつもりで本当ならここでさっさと去ろうと思ってた。それだけ伝えて部屋から出ようとすると、父親の弱った声を聞いて思わず立ち止まった。

 

『なんで、信じてやれなかったんだろう…?』

 

エルファバはドアの前でじっと立っている。

 

『エルファバ…こっち来てくれないか…?』

 

その口ぶりはまるでエルファバがそれを拒否するのを予想してるような話し方だった。エルファバは少し躊躇したものの、父親から1メートルほど距離を置いて近づいた。

 

『もっと近くに来てほしい。』

『えっ。』

『嫌か?嫌ならいいんだが…。』

『イヤじゃないけど…いいの?』

 

エルファバの問いに父親は自嘲的に笑う。

 

『そうだよな。困るよないきなりそんなこと言われても…。』

 

父親はゆっくり、エルファバが触れればすぐに逃げてしまうかのようにエルファバに手を伸ばした。そして指先に触れるか触れないかのところでエルファバの様子を伺い、エルファバが抵抗しないのを確認してエルファバの手を握った。

 

『私は父親としても夫としても最低だった。あいつを信じてやれなかった。』

 

父親はエルファバの手を確認する。自分が思っていたのとは違ったようだ。

 

『たった1つの情報で、あいつに裏切られたと思った。その日からお前を1人で育てることになって、正直…複雑だった。お前のことは愛してるけれど、ところどころにグリンダの影を見てしまっていたんだ。それでもなんだかんだでやってきた。けれどあの日から本当にどうすればいいのか分からなくなった。』

 

それはエルファバにとって人生で最も恐ろしい日だ。大人たちに全てを捻じ曲げられた日。

 

『私が…グリンダの娘じゃなかったら…お父さんは私を…助けてくれた…?』

 

父親はエルファバの途切れ途切れの発言にショックを受けたようだった。

 

『違う…違うよエルファバ。』

 

今度は何の躊躇もなく、父親はエルファバを抱きしめた。これにはエルファバもビックリしてしまい、危うく床を凍らせるところだった。

 

『そんな思いをさせていたのか…ごめんなエルファバ…ごめんな…。』

 

父親は何度も何度も謝罪を繰り返す。エルファバは父親が最後に抱きしめてくれたのはいつだったかと考えていた。

 

『こんなこと言ったら言い訳になるかもしれないが…私は仕事でずっとケニアに行ってたんだ。帰って来たら、お前が家にいなかった。どこにいるのかと聞いたらエディが言ったんだ。エルファバは悪いことをしたから叔父さんの家にいると。』

 

それはエルファバが記憶する限り母親がエディに言った言葉だ。4、5歳だったエディにしてみれば何の重みも持たない言葉だったのだろう。実際彼女は忘れている。

 

『あいつの兄貴の家に行ったら、お前が…ボロボロだった。あの時は見る影がなかった。』

 

父親の言葉が所々震えているのを聞いた時、あの出来事がトラウマとなっているのは父親だけではないことをエルファバは知った。

 

『じゃっ、じゃあ…。』

『ああ、お前をあの環境からは救い出した。けど…俺はその時、ミスを犯したんだ。いや、ミスとは言えないな。ただ偶然…お父さんは普通の人ができないことを出来てしまったんだ。』

 

父親はエルファバをゆっくり離し、頭を撫でる。

 

『持っていた杖でお前の体を蝕んだ傷を全て治したんだ。』

 

確かにエルファバの体には大きな傷跡はない。それを不思議には思っていたが、

 

『それの何がミスなの?』

『お前がされた虐待の数々を法的に訴えることができなくなった。お前は事件のショックから記憶を失った。あいつらはしらばっくれた。』

 

イギリスの法律では婚姻を継続しがたい重大な理由があり、2年の別居期間がある場合のみ離婚が許される。例外的に暴力などは別居期間がなくても離婚が受理されることもあるが、エルファバの場合その証拠がなくなってしまった。

 

『あの時まではあいつとは上手くいってたから離婚の理由が作れなかったんだ。それに離婚したとしてもお前たちを預けれる場所がなかった。私の親は魔法を良しとしていなかったからお前を見ればあの出来事の二の舞になることは目に見えてたし、グリンダの両親は既に他界してた。グリンダの弟はお前の知っての通りだ。友人とは完全に縁を切っていた。その日から私はお前から逃げ続けた。』

 

父親はあの日からエルファバに接触する機会は減った。必要最低限のことだけやって余計なことはしなくなった。

 

『去年、お前は言ったよな。自分じゃなくて杖が大事なんだろうと。心のどこかで私が逃げ続けてもお前はちゃんとやっていけると思ってた。だからあんなふうに思われてるなんて思わなかったんだ。手紙も避けられるし、バカだと思うかもしれないが…その時になってやっと自分の愚かさが分かった。』

 

2人の間に長い長い沈黙が訪れた。エルファバも父親もお互いに気を使い、何も話さなかった。

 

『許してくれないか?』

 

しばらくして口を開いた父親は言うだけ言ってみようといった感じだった。答えに期待してない。

 

『私は魔法のせいで親に気味悪がられて、あまりいい思いをしなかった。だからどうやって娘たちと接すればいいのかわからない。お前が負った傷を父親としてどうやって癒せばいいのか分からない…それでも、私はお前を愛してる。エディもお前も、私の大事な娘だ。もしもお前がそれでも許してくれるなら…私はお前の父親でありたい。』

 

エルファバは少し躊躇しながらも父親の膝に座り、身を委ねた。

 

『ずっと、こうしてほしかった。』

『これから何度でもやるよ。』

 

父親はエルファバに腕を回し、包み込んだ。そのままエルファバは寝息を立てて眠ってしまった。

 

ーーーーー

 

「でも、パパに傷のことバレなくて良かったよ本当に。」

 

エディはアイスクリームサンデーをカウンターで食らいながら、ヘラヘラと笑う。エルファバはため息をついて言った。

 

「エディ、タトゥーは傷のカモフラージュなんだからなるべく隠してよ…ルーピン教授のためにも。」

「分かってるーって!ねえねえ!それよりもあの話の続き教えてよ!秘密の部屋の話!」

 

エディはエルファバの冒険(災難)を聞くのが好きだ。エディがあまりにも目をキラッキラさせるのでエルファバも思わず話の続きをしてしまう。エディは意外と聞き上手で投げれば返ってくる見事な反応をする。

 

「ほんっとすごい!エルフィーっていうか4人ともトラブルメーカーだねえ!」

「あなたには言われたくない言葉ね。」

「それで、どうやって秘密の部屋って行くの?」

「それ聞いてどうするの?」

「行くに決まってるじゃん。」

「おばかさんね。」

「だってさ、巨大な蛇の死骸があるんでしょ?しかも1000年以上隠された部屋っ!ロマンがあるじゃーん?」

「エディね…近所に落ちてるものとは訳が違うのよ?それにエディじゃ行けないわよ。」

「え、なんで?」

「だって…。」

「え、なに教えてよ。」

「ヒントになっちゃうから言わない。」

「えー、教えて教えて教えて!!!」

 

エディはエルファバに抱きつく。エディはエルファバの身長を越していたため、エルファバはよろけて危うく椅子から落ちるところだった。アイスクリームパーラーのお兄さんがそれを見て笑っている。

 

「そういやさ、結局ハリーはシリウスと暮らせてるの?」

「ええ。」

 

エルファバは少し前のことを思い出して、顔をしかめた。

 

図書館へ本を返却した帰り道、曲がり角を曲がったら突然“姿あらわし”でシリウスが現れてそのまま状況も分からず黒髪のカツラを被らされ、シリウスの娘を演じることになった。なんだかんだで上手くいったが、毎年このイベントがあるという。

 

「まあお小遣い貰えたからいいわ。」

「でも金色のお金数枚ぐらいでしょ?」

「ガリオンよエディ。まあ悪くないわ。結局クィディッチのワールドカップに誘われてそっちへ行くことにしたみたいだけど…。」

 

ハリーのその時の苦悩に満ちた手紙は、これまでにないくらい重々しかった。クィディッチのワールドカップに行きたい。けどシリウスとの初めての夏休みを堪能したい。2人分チケットはないため、ハリー1人でしか行けない。シリウスをおいて行きたくはない。何がベストアンサーか。

 

結論、シリウスが察して行ってくるように促して事なきことを得たようだった。

 

「そんなことよりエルフィー大変。あと5分と45秒でセドリックが来るわ。そっちの方が重要よ。いい?大晦日にエルフィーからセドリックとキスをするのが今の最終目標だからね?いやー、告白した直後に嬉しくて人前でキスしちゃうセドリックはなー…紳士じゃないけど、イケメンだから許そう。はい、これからセドリックと一緒にいる時にしてはいけないことは?」

「男の子の話をしちゃいけない。」

 

まるで学校の問題を解いてるようである。エディは大げさな身振り手振りで"指導"する。

 

「その通りよエルフィー。わざと男の子の話をして相手の気をひくっていう高等テクニックもあるけどエルフィーは使えないの分かってるからいい。とりあえず、ハリーやロンとのことを楽しそうに話しちゃダメなの。」

「エディ、あなたどうしてそんなこと知ってるの?」

 

この夏のエディの話を聞いた限り、エディにそれっぽい人物はいない。

 

「エルフィーにボーイフレンドができたってことであたしの友達たちが総力を上げてアドバイスをくれたの。大丈夫、全員勉強はできないけど男をオトすことにかけてはプロフェッショナルなビッチたちよ。」

 

(それっていいことなのかしら。)

 

「あ、ヤバイそろそろね。あたしはパパと一緒にいてこっちには来させないようにするから!!エルフィー。エンジョイっ!!」

 

エディはガッツポーズを決めて自分のアイスクリームを持ってそそくさと移動した。ちょうど数分後、ガタイのいい男の子がエルファバの前に座った。

 

「久しぶり。」

 

ますます身長の高くなったこのハンサムな青年はセドリック・ディゴリーだ。ハッフルパフの希望の星、尊敬の的、そしてホグワーツ内のイケメンランキング常に上位(ちなみにそのランキング内にはハリーも入っているらしい、本人が聞いたら嫌がりそうだが)の青年だ。数ヶ月前にエルファバは成り行きでセドリックのガールフレンドとなった。

 

「セドリック、元気だった?」

「うん、明日からクィディッチ・ワールドカップなんだ。その前に君に会えて嬉しいよ。」

「セドリックも行くんだ。」

「そう、父さんの話によるとポッターとウィーズリーも一緒に来るって。君の親友たちが来るから君も来ると思ってたんだけど…。」

 

セドリックは少しガッカリしたような声色でエルファバは申し訳ない気持ちになった。

 

「ロンに興味あるか聞かれた時に断ったの。今年はエディといたいなって思って。」

「そうなんだ。そしたら君の分まで楽しんでくるね。」

 

エルファバは、うん。とうなづいてからその流れでハリーがクィディッチがうまい話をしようかと思ったがエディの話を思い出しやめた。ウィーズリー一家と会うということだったのでロンから聞いたフレジョの面白話でもしようかと思ったが、またエディの話を思い出して止める。

 

「どうしたの?なんか考え事してる?」

「なに話そっかなって。私あなたを嫉妬させる高等テクニックができないからロンとハリーの話はしちゃダメらしいの。」

「よく分からないけどそれって僕に言ったらダメなことじゃない?」

「そうなの?」

 

セドリックはエルファバがキョトンとしたのを見て、フッと吹き出した。

 

「やっぱり君って本当面白い。」

「そんなことないわ。」

「君のそういうところ僕は好きだよ。」

 

あんまり褒められている気がせず、エルファバは顔をしかめた。

 

「あと、嫉妬に関してはあんまり認めたくないけどそんなことしなくても平気だよ。たまにポッターがエルファバの頭をこんなふうに撫でてるのとか見ると…なんていうか、少しイラッとはくる。」

 

と、セドリックはエルファバの艶やかな髪を撫で、そのまま髪を自分の指の間に通す。

 

「けど、どうしようもない問題さ。だって君らは親友なんだから。アレックスと僕が親友なのと同じ理由だよ。頭ではそうやって処理してる。」

 

セドリックはしばらくエルファバの髪を弄んだ後、少しため息をついて頬杖をついた。

 

「けど変だよね。だってポッターはグレンジャーの頭は撫でない。そもそも女友達の頭なんて撫でないよ普通。少なくとも僕はそうだ。」

「………やっぱりヤキモチやいてるんじゃ……?」

「そうだね。」

 

エルファバは少し拗ねたように口を尖らすセドリックが少し子供っぽくて可愛いと思ってしまった。エディの言っていたギャップ萌えというやつだろうか。

 

「逆に君がワールドカップに来なくて良かったかも。ポッターやウィーズリーの嫉妬してる僕をあの双子たちに見られたらなんて言われるか。そんなものを父さんに見られでもしたら…身震いする。」

 

大げさに言うセドリックにエルファバはなんて言えばいいのか分からず、目線を逸らした。そんなエルファバをじっと観察してからセドリックは笑った。

 

「1つ言っていい?去年、君にもっとアプローチしたほうがいいって言ったの、アレックスなんだ。もっと君に触ったりハグしたりキスしたほうがいいってさ。けど、そういうの意識してやるのってすごくむず痒いんだよね。君もそのアプローチあんまり気付いてないみたいだし。」

 

図星だった。それを言われた瞬間心当たりのあるセドリックの言動が2、3個ほど思い浮かんだ。

 

「もちろん君のことは1人の女性として好きだし、君が僕のガールフレンドであることは本当、嬉しいよ。でもやっぱり僕らにはそういう駆け引き似合わないよ。だからさ、」

 

セドリックはエルファバの頭から手を離し、フッと微笑んだ。

 

「最近読んだ本のこと教えて。」

 

そのあとエルファバは肩に力を入れずにいつも通りセドリックと話せた。パーバティからはエルファバからキスの1つぐらいするべきだとアドバイスされていたが、身長的な問題でできなかった。ジャンプすれば届くかもしれないがなにかしらのミスでセドリックの唇にエルファバの歯が当たった時などのことを考えると申し訳ない、とかそんなことを考える必要がないのだ。

 

「セドリックいい男ね。」

 

長いことセドリックと話し、それを報告したらエディは専門家ぶって語った。

 

「この超絶鈍感娘エルファバ・スミスをガールフレンドにしただけあるわ。エルフィー、逃しちゃダメよ。」

「エディ、あなたそんなに私の心配しなくていいのよ。」

「大丈夫。あたしは心の王子様のルーピン教授と結婚するって決めてるから。」

 

エルファバはエディの心の王子様のことが気になっていた。今年から反人狼法が可決されてしまい、彼は魔法界で就職するのはほぼ不可能になってしまった。思慮深く賢い彼がそんな酷い目に遭っているということが納得できない。

 

「エディ、ルーピン教授にクッキーあげようよ。」

「いいけど、まずエルフィー料理できるようにならなきゃダメだよ。だってさ、エルフィー卵も割れないじゃん。この前ビックリしちゃったよーエルフィーの手が卵まみれになってるんだもん。」

「頑張るから教えて。」

「練習用の卵はエルフィーが買ってね。」

 

ーーーーーー

 

 

「ロンっ!!!ハリーっ!!」

 

新学期当日、エルファバは2人に抱きついた。

 

「私、本当に本当に心配したのっ…!!大丈夫?」

 

ロンもハリーも困ったようにエルファバを見る。

 

「見た通りだよ。みんな無事。」

 

そうなだめてもエルファバはハリーとロンに駄々をこねた子どものようにしがみついていた。

 

「エルファバ、大丈夫だって。昨日電話もしたじゃん。」

「うん。」

「エルファバ、コンパートメント探すから離れてもらっていい?」

「やだ。」

「エルファバ。」

「やだ。」

「今のエルファバ、5歳ぐらいに見えるよ。」

「いいもん。」

「エルファバ、お土産のスパイダーマンの人形あげるから離れて。」

「…………………分かった。」

 

エルファバは渋々、2人から離れた。改めて親友たちを見るとロンはますますノッポになって、ハリーもハリーで身長がグーンと高くなっている。3人は列車が発車すると同時にミスター・ウィーズリーとミセス・ウィーズリーに手を振った。

 

「けど、けど、私本当に心配したのよ?一瞬でエディの部屋が凍っちゃった。」

 

エルファバがエディの部屋を凍らせた原因は数日前に出た記事だった。ハリー達が行っていたクィディッチのワールドカップで襲撃があったというニュースでエルファバはパニックになり、エディもエディで友達がたくさん観戦に行ったので2人ともパニックになり最終的には2人で友達に電話しまくり無事を確認したことで解決した。

 

「数人ぐらい亡くなった人がいるって書かれてたし、「あれはウソよ。デマよデマ。」」

 

エルファバの抱きつくターゲットは今度ハーマイオニーになった。同性の特権か、ハーマイオニーはエルファバがしがみつくのを良しとした。

 

「エルファバったら甘えん坊ね。新聞を100%鵜呑みにするべきじゃないわ。ロマン・ローランだって今日の新聞はウソの巣窟だって言ってたじゃない。」

「「誰それ?」」

「あなたたち本読まないの?」

 

ハーマイオニーは無知なハリーとロンにため息をついて空いたコンパートメントに入った。

 

「シリウスもエルファバみたいに心配してた。彼ってば僕のこと小学生みたいに扱うんだ。どっちかっていうと彼の方が子供っぽいと思うんだけど。」

 

そうは言いつつもハリーは嬉しそうだった。本気で自分を心配してくれる大人が身近にいることが喜ばしいことなのだろう。ハリーにはいつでもおいでと言われていたが2人の大事な夏休みを邪魔したくはないので今年は行かなかった。

 

「シリウスとはいい夏休みだったの?」

「うん。人生の中で最高の夏休みだった。シリウスはよく魔法省に連れて行かれるのが嫌そうだったけど、それ以外は楽しくやってるよ。彼ったら興味のあることはトコトンやるけどないことには本当無頓着で…家事は全般僕の仕事。多分僕が学校にいる間はルーピン教授が来てくれるから大丈夫だと思うけど。」

「ルーピン教授?」

「話を遮ってごめんなさい。けどエルファバ、1つ言わなきゃいけないことがあるのよ。」

 

エルファバはハーマイオニーに擦り寄りながら、不思議そうに首を傾げた。

 

ハーマイオニーは事件の経緯を話し始めた。ワールドカップが終わった夜に仮面を被った集団がマグルたちを人質に宿泊施設に襲撃をかけた。しかしある人物がハリーの杖で闇の印を空にあげるとその人物は杖を屋敷しもべ妖精に押し付けて逃走した。そこはエルファバも大体新聞で知る通りだった。

 

「本っ当にありえないわ!!こんな奴隷制度が魔法界に蔓延ってるなんて!!」

 

ハーマイオニーはハウス・エルフの対応にかなり憤慨しているようだが、そこの話題はエルファバに言いたいことではないらしい。ハーマイオニーがクラウチというハウス・エルフの主人への悪口の遮って話しだす。

 

「実は新聞と違うところがあるんだ。仮面の連中が逃げ出した理由なんだけど。」

 

エルファバの猫であるロビンはゴロゴロと喉を鳴らしてエルファバの膝を堪能していた。

 

「仮面の連中の1人が森に逃げ込んだ僕らを見つけて、狙ってきたんだ。僕らは追い詰められてどうしようもなくなった時…いきなり、そいつが燃えたんだ。」

「燃えた?」

「うん。文字通り、火がついた。そして僕らの背後から男性が現れて、大丈夫かって聞いて僕らが大丈夫だって答えるとその人は森から飛び出して大きな火の玉を仮面の連中に飛ばした。彼はどんどん炎を出して何度も何度も奴らを攻撃した。その炎は人質のマグルと奴らの繋がりも切って、最終的には闇の印が出る前に奴らは退散したんだ。」

「彼、杖を持っていなかったのよ。」

 

ハーマイオニーはハリーが言いたいことを引き取った。

 

「両手から炎を出してた。ドラゴンみたいに。あなたと同じよエルファバ。あの連中が彼に呪いを放ってたけど、彼の炎はそれを全て焼き尽くしていたわ。そのあと魔法省の職員が来たらさっさといなくなってたけど。心当たりない?」

 

コンパートメントの外ではガヤガヤと生徒が話している。その音がエルファバの中から全て消え、今親友たちから告げられた事実のみが頭に残る。

 

「あなたのような人がいるのよこの世界に。」



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2.ダームストラングとボーバトン

炎を操る魔法使い。

 

その存在はエルファバにとってとてつもないものだった。これまで膨大な本を読んでも彼のことはおろか、自分自身に関連する氷の魔法使いについても手がかりなど皆無だった。

 

グリンダの日記によればオルレアン家は代々この能力が家族の中で1番最初に生まれた子供に受け継がれてきたらしい。そしてその能力は魔法界でも疎まれる存在であるため長年隠され続けてきた。しかしこれはマグル的に言えば遺伝的なもので、血が混じれば混じるほどに弱くなりエルファバの曾祖父あたりから感情の起伏で左右されることはなくなり、その辺から学校にも通うようになったとのことだ。トラウマのせいでコントロールができなくなったエルファバは例外なのだろう。

 

グリンダの日記にはこれぐらいのことしか書いていない。炎を操る魔法使いのことなど一言も触れられていなかった。しかし自分以外にそんな存在がいるとすれば、これまで以上にいろいろ分かるかもしれない。

 

ピーブズが水風船をぶつけてこようとも、髪を引っ張られようとも皆が突如として変わったエルファバの髪にやいやい言おうともご馳走を食べようともハーマイオニーがハウス・エルフの作った食事を食べるのを拒否しようとも新任の教授の見かけが強烈だろうともダンブルドア校長が数百年ぶりに行う一大イベントの告知をしようとも頭に入ってはくるが、二の次だった(そもそもその大半はエルファバにとってあまり関係のないことだった)。

 

「言うタイミング間違えたかもね。」

「え?」

「なんというか完全なうわの空ではないんだけど、君の意識が常に数センチ浮いてる感じ。」

 

寮に帰る途中でハリーが半分呆れていた。

 

一大イベントであるトライウィザード・トーナメントはエルファバからすればどこ吹く風であった。17歳未満は参加できないし、するつもりもない。今年はクィディッチができないということでエディが絶望していた(「あたしクィディッチやりたかったのに!!!百歩譲ってトライなんちゃらがあったとしても参加できないし!!!」とその日の晩、エルファバのベットの上で嘆いていた。パーシーがいなくなった今、エディが他寮にいるということを怒る人物はもはやいなくなった。むしろパーバティが慰めに回るほどである)。セドリックは参加しようと思っていることをこっそり教えてくれた。

 

エルファバもエディもハリーもルーピン教授がいないことを悲しんだが、新しく来たマッド・アイという教授は噂によれば元闇払いでアズカバンの牢獄を半分は埋めたらしい。許されざる呪文を全て生徒の前で行うという、これまでの授業とはまた異質なものだった。

 

「生徒にあんなことするなんてどうなんだろう。少なくとも4年生より下の生徒に教える内容じゃない。」

 

セドリックはその授業に消極的だった。図書室で一緒に勉強している時にセドリックはエルファバに小声で告げた。

 

「それに生徒も生徒だ。まるで何かのショーを体験するみたいに興奮気味で…あれでどれほどの人が犠牲になったと思ってるんだ?」

 

エルファバはスネイプの解毒剤の調合方法をまとめ上げてから答えた。

 

「みんながもっと真剣に取り組むべきだというのは賛成だけど、私はたとえ1年生が許されざる呪文を身をもって体験するべきじゃないっていうのは反対よ。」

 

セドリックは驚いたように眉を上げる。

 

「本当に自分の前に暴力が現れた時、誰も助けてくれない。」

「そんな大げさな…。」

「みんな自分のことに手一杯でしょう?」

 

エルファバは羊皮紙の端をいじりながら言った。セドリックはエルファバの意識がここではないどこかに飛んでいるのに気づいた。そして、エルファバの指先からでる不思議な銀色の物体は少しづつ不思議な模様を描きながら教科書、インク、羊皮紙、机を覆っていく。

 

「エルファバ?エルファバ!」

「?…!」

 

エルファバは目を見開いて、辺りを見回した。数名がこちらを見渡している。慌てて杖を取り出し、前エルファバが氷を発生させた時に唱えた奇妙な呪文を唱えるのをじっと見つめてた。

 

「ごめん…。」

 

エルファバは消え入りそうな声で謝罪した。セドリックはエルファバの手を握る。

 

「何考えてたの?」

「昔のことよ。」

 

エルファバは震えている。セドリックはそんなエルファバの手にキスをした。

 

「必要だったら、いつでも聞くから。」

 

セドリックはエルファバの手の甲を自らの頬に当てながら言うとエルファバの震えは少し収まった。

 

そんなムーディーの授業だが、セドリックの不安とは裏腹にどんどん実践へと移っていった。ムーディー教授は生徒1人1人に服従の呪文をかけた。ロンもエルファバも服従の呪文にあまり強くはなかった。ロンは教室中をスキップして回ったし、エルファバはエディみたいにペチャクチャと自分のことを大っぴらに喋ってしまった。

 

「みんな聞いて!エルね、今年の夏休み最高だったの!エディと一緒にアイスクリームパーラー行ったりミュージカル観に行ったり、セドリックとおしゃべりしたり!あんなに楽しい夏休みもそうそうないと思うわ。もちろんロンのお家で過ごした夏休みも最高だったわ。今が最高に幸せよ!」

 

そのあとエルファバは恥ずかしさのあまり教室の机の下に隠れた。

 

「お前の妹を知っているぞ。トランクをいじりおってな、わしがいなければ今頃トランクの中に閉じ込められておったわ。」

「すいません。」

「とんでもないクソガキだあいつは。」

 

そういうムーディー教授の口調と顔は(多分)どこか面白がっていた。その話はエディからも聞いていた。どうやらムーディー教授のトランクは人を閉じ込めるためのものらしく、エディはいじくったためにその中に吸い込まれたらしい。

 

「あれヤバイよ!あんな小さい箱にあんなスペースがあるなんて想像できない!あそこに入ったらもー興奮しちゃってさー!!ゴーロゴーロしてた!!」

 

危うく閉じ込められるところだったのに本人はこの反応である。

 

解毒剤のレポートやら2年生の寮対抗(つまりエディの学年)の"ミニ"ウィザード・トーナメント事件やら参考書の読破やらエディの血まみれ騒動やらハグリッドが生み出した謎の生物の世話やらいろいろと毎日が過ぎるとあっという間に対抗学校がやってくる日となった。

 

「ミス・スミス、くれぐれも、くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も、お行儀よくして下さいよ?」

 

その日の朝に上半身が階段に刺さり、呼び出しを食らったエディにマクゴナガル教授は何度も何度も忠告した。

 

「分かってますよー。」

 

エディは分かってなさそうな笑顔で言った。マクゴナガル教授は呆れて首を振りながら次の生徒を注意しに行く。皆見たことのない学校の生徒を今か今かと玄関ホールで跳ねながら待ち続けていたが、マギーはその辺の床であぐらをかいて座っていた。

 

「たかが他校の生徒が2校来るだけなのになんでこんなに盛り上がってんの?」

 

エルファバはマギーの隣に座る。身長が低すぎてどんなに背伸びしても前が見えないので諦めた。

 

「「抱っこちまちょーか?」」

 

それを見たフレッドとジョージが小馬鹿にしてきたのをエルファバは舌を出して返した。

 

マギーの疑問をよそに、2校の来校は壮大だった。馬車でやって来たボーバトン魔法アカデミーや湖からやって来たダームストラング専門学校はホグワーツの制服に比べて派手な制服で、校長もハグリッドと同じくらいの大きな女校長やヤギ顔の校長などさすが魔法学校と言える風貌だった。

 

「見て!あの人すっごいカッコいい!」

 

パーバティとラベンダーは明るい茶色の髪をしたボーバトンの生徒を指差していた。2人だけではなく他の女子生徒も彼について話しているらしい。一方で男子生徒はダームストラングのある生徒を指差していた。

 

「クラムだ!」

「あいつ学生だったのか!?」

「羊皮紙もペンも忘れた!!最悪だ!!」

 

ホグワーツの生徒は大広間へと移りボーバトン生はレイブンクローの席に、ダームストラング生はスリザリンの席に(ロンが悔しがってた)座った。まるで見世物のようなテンションにエルファバはぽそっと呟いた。

 

「サーカスみたいね。」

「エルファバ、そういうのなんて言うか知ってる?」

「?」

「他人事。」

「??」

 

エルファバは自分が"サーカス"の中心メンバーであることに気づいていない。白い艶やかな髪と妖艶な雰囲気を撒き散らしながら歩く、身長の小さい少女にボーバトンの生徒とダームストラングの生徒は男女問わず穴が開くほど見ていた。そのどこか憂いのある目に見つめられたいと思う男子生徒を見て某赤毛双子はまた商売が繁盛するとニヤリとほくそ笑んだ。実際その憂いの目は本日の夕食が載せられる皿を見ているのだが。

 

「あの人好きじゃないわ。」

 

ハーマイオニーはスカーフで首を覆うボーバトンの生徒を顎で指した。

 

「傲慢ちきよ絶対。」

 

ダンブルドア校長の話が始まると、ハーマイオニーの彼女に対する嫌悪感はどんどん強くなっていった。どうやら彼女はホグワーツを見下しているらしい。しかしハーマイオニーもその直後に出てきたご馳走を見ればニッコリ笑ってよそいはじめた。

 

「なにこれ?」

「アッシュ・パルマンティエ。」

「これは?」

「シューファルシ。」

「それはツヴィーベルクーヘン。」

「エルファバ物知りね。」

「この夏、料理本をいっぱい読んでたの。」

「卵も割れないから?」

 

ロンの発言にエルファバはソーセージにかじりつく手を止めた。ハーマイオニーとハリーの顔も特に驚いていない。

 

「誰から聞いたの?」

「「エディ。」」

「エルファバ、私たちこの夏ずっとエディともやり取りしてたのよ。」

 

エルファバは恥ずかしいあまり、固まったまま数秒間動かなかった。そして既に他校の友人を数名つくった妹の方向をゆっくり見た。当の本人は姉と目があうと無邪気に手を振る。

 

「エルファバ、僕らの机の下凍ってるから溶かしてもらっていい?」

「デフィーソロ…私お嫁にいけないよ…。」

「僕は君の口からお嫁っていう言葉が出てきたのが驚きだけど、今のところはセドリックがいるから大丈夫じゃない?」

「あのー、ブイヤベースはもう食べないのですかー?」

 

エルファバの背後に現れたボーバトンの女子生徒はハーマイオニーが嫌がっていた生徒だった。長いシルバーブロンドの髪をなびかせて立っている。しかしエルファバが親切にブイヤベースを分けて渡すと、美しい顔が少し歪み力任せにお皿を取って去っていった。

 

「あの子ヴィーラだ!!!」

 

ロンは恍惚の表情で叫んだ。

 

「いいえ、違います。そんな風に口をあんぐり開けて見てるのはあなただけよロン。それにあの子がエルファバを見たときの顔見てた?嫉妬に歪んでたわ!」

 

ハーマイオニーは少し誇らしげにエルファバを見てうなづく。しかしロンはお構いなしである。

 

「あんな子ホグワーツでは作れないよ。」

「ホグワーツにもちゃんとした女の子はいるよ。」

「例えば?」

「…エルファバとか。」

 

そう言うハリーの視線は明らかに違う方向を向いていたのは流石のエルファバも分かった。

 

「そりゃエルファバは…その美人だけどさ、ずーっと一緒にいるから例外さ!」

「私美人なんかじゃないわ。」

「エルファバ、そろそろ自覚した方がいいよ。じゃなきゃいくらディゴリーが守ってくれたって本人が警戒しなきゃいつか他の男に喰われちゃう。」

「やめてロン。」

 

既にエルファバの興味はソーセージに向いていた。かじったソーセージの断面はわずかな部分がまだピンク色で食べたらお腹を壊してしまうかもしれない。エルファバは体が強い方ではない。

 

「半焼けか。」

 

エルファバの頭の上から声が降ってきた。

 

「貸せ。」

 

ヒョイっとエルファバのフォークごとソーセージを取った人の腕はゴツゴツしていた。エルファバは少しビクッと体を震わせて後ろを向くと、彼のローブは真紅だった。彼は身長が190センチほどあって、顔はモアイ像にそっくりだとエルファバは思った。エルファバに向かって得意げな笑みを浮かべている。

 

彼の右手から真っ赤な炎が現れ、その中にエルファバの食べかけのソーセージを突っ込んだ。

 

その光景に皆呆気に取られていた。周囲のグリフィンドール生、通路を挟んでハッフルパフ生、反対側のレイブンクロー生とスリザリン生の一部はあんぐりと口を開けて見ていた。

 

彼は得意げにエルファバのかじった方を一口食べ、エルファバに返した。

 

「アダム・ベルンシュタインだ。よろしく。」

 

アダムはそう名乗ってスリザリンの席に戻っていく。ダームストラングの生徒は特に驚いた様子もなく、彼の友達らしい男子生徒はアダムの背中を叩き、エルファバを見て笑った。彼がいなくなったと同時に一気に声のボリュームが大きくなった。

 

「見たか!?」

「あれどうやったの!?杖はなかったわ!!」

「魔法のいたずらグッズだよきっと!」

「あんなの見たことがないわ!マジックよマジック!!」

「ここは魔法(マジック)の学校なのに何言ってるんだ?」

「あれ俺もやってみてえな!!」

 

そんな中でエルファバ以外の3人は声を揃えてこう言った。

 

「「「彼じゃない!」」」

「背丈が違うわ!」

「体ももっと細かった。あんなゴツくない。」

「それに声はもっとなんか、洗練されてた!」

 

エルファバは一気にしゃべる友人の顔を目を白黒させながら見ていた。

 

「じゃあもう1人いるってこと?」

 

ハーマイオニーは注意深く大広間を見て、少し声を小さく言った。

 

「見て、ボーバトンの生徒は驚いてないわ。もしかしたら彼らの中にいるのかも。」

「エルファバみたいな人がこの世に3人もいるのかい?でも隠してるエルファバはともかくそんな人いたら大ニュースだよ。」

「ええ。ロンの言う通り、もっといたら大ニュースよ。本当に数限られていると思うわ。エルファバのお父さんだってあなたのような人は世界にいないって言っていたんでしょう?」

「ええ。」

「じゃあもしかしたら、学校に保護されているのかもね。けどあのアダムっていう人は…というかダームストラングは隠すつもりはないのかもね。じゃなきゃわざわざエルファバのところに来て、みんなの見ている前であんなことしないわ。」

 

ダームストラングの校長であるカルカロフは満足げにアダムを見ていた。

 

「愚かだわ。あのアダムって人もカルカロフも。ここに来て初日であんなことするなんて、危険性を分かっていないわ。」

 

デザートをたっぷりと食べ終えると、ダンブルドア校長が嬉しそうに大広間を見渡す。

 

「トライウィザード・トーナメントを開催するにあたって、紹介しておきたい方々がいる。まずは国際魔法協力部のミスター・バーテミウス・クラウチ。」

 

彼はニコリともせずにパラパラと起こった拍手に軽く頭を下げた。ハーマイオニーが鼻を鳴らす。ハーマイオニーがハウス・エルフにご執心となった原因をつくった人物だ。

 

「そして魔法ゲーム・スポーツ部からお越しになったミスター・ルード・バグマン、そしてミス・バーサ・ジョーキンズじゃ。」

 

クラウチとは対照的にこの2人は愛想良く手を振った。バーサ・ジョーキンズと呼ばれた女性の方は子供っぽくヒョコヒョコと飛び跳ねている。クラウチはそれを嫌そうに睨みつけていた。

 

「あいつもいんのかよ。」

 

ロンは忌々しそうに吐き捨てる。良くわからないといった顔をしたエルファバにハリーが補足説明をした。

 

「あのバーサ・ジョーキンズっていうやつ、嫌な奴でさ。クィディッチのワールド・カップの時に僕にいろいろ聞いてきたんだ。どうやってヴォルデモートを倒したのかとか、ホグワーツに入学するまでの11年間何をしてきたのかとか…迷惑だった。」

 

ハリーのうんざりした顔でエルファバはいろいろと察した。相当しつこかったのだろう。そんな2人も大会の代表選手の選考方法をダンブルドア校長が話し始めると聞き耳を立てた。エルファバはその間、アダムのことを考えていた。

 

(アダムはあの"力"を持ってどんな人生を送ってきたのかしら。私のように拒絶されたことってあるのかしら?ううん、ハーマイオニーが言う通り、そんなことあったらあんな風に人前で見せたりしないわよね。ボーバトンにいるとして…その人は誰なのかしら?それにハーマイオニーを助けた人がボーバトンの人とも限らない。私のような人がこの世界に複数いるなんて…。)

 

 

ーーーーーー

 

 

次の日、皆が友達が代表選手に立候補するのを見守っていた。セドリック、アンジェリーナ(グリフィンドール生は全力でアンジェリーナを応援していたがエルファバの心境は複雑である)が立候補し、薬を飲んで立候補しようとしたフレッドとジョージと立候補するつもりはないが名前は入れてみたいという意味不明な理由で薬を飲んだエディに真っ白い顎髭が生えて大爆笑をかっさらった後、4人は大広間で朝食をとり、ハグリッドの元へ向かおうとしている時だった。

 

「おいロン、君のオトモダチがいるぞ。」

 

ハリーはニヤニヤしながらロンを小突いた。昨日のヴィーラ生徒である。

 

「あの子どこ泊まってるんだろう。」

「あとつければいいんじゃない?あなたのオトモダチなんだから。」

 

エルファバはハリーとグータッチを交わした。

 

「エルファバ、君はそういうこと言わないと思ってたけど。」

「さっきセドリックのこと悪く言ったお返しよ。」

 

なんだかんだ言いつつもロンはエルファバのアイデアに従いヴィーラを追いかけた。中庭を通り、ハグリッドの小屋の辺り200メートルほど離れたところにパステル色の馬車が止まっていた。

 

「なんであんなに女子生徒がいるんだ?」

 

そのすぐ近くでホグワーツ、ダームストラング、そしてボーバトンの生徒が混じってたむろしている。

 

「なーるほど。ディゴリーみたいな奴がボーバトンにもいるってことか。」

「ロン、それ以上セドリックを悪く言うとあなたの靴の中凍らせるわよ。」

「僕のことからかった仕返しだよエルファバ。知ってるかい?復讐は繰り返すんだ。」

「イーっだ。」

 

彼女たちのお目当は昨日パーバティとラベンダーがカッコいいと言っていた明るいブラウンの髪をしたボーバトンの男子生徒だ。スラッと高身長な彼は細いがしっかりと筋肉が付いている。顔立ちも映画俳優かと思わせるほどに整っていて、女子の目を惹くのはある意味当然だった。そんな彼は女子が群がっているのを鬱陶しげな顔をしながら木の下で本を読んでいる。

 

その時だった。

 

赤い玉がハグリッドの小屋前を横切り、真っ直ぐその彼の元へと走りこんでいった。

 

「あっ!」

 

エルファバと周辺の女子生徒が悲鳴を上げたのは同じタイミングだった。玉は木に当たり、形を変えて木を侵食していく。

 

「お前は代表選手に立候補してなかったのか?」

 

炎が来た方向からやってきたのはアダムと取り巻きだった。ニヤニヤと取り巻きはいやらしい目でボーバトンの男子生徒を見ている。ボーバトンの男子生徒は彼らを睨みつけると杖を取り出し、唱える。

 

「デフィーソロ」

 

すると黒くなった木からみるみるうちに赤い部分が抜けていく。

 

「ダンブルドア校長が言ってたわ…あの呪文はオルレアン家しか使えないって。」

「じゃああの人エルファバの従兄弟かなんか?」

「どうかしら…クィレルに子供はいないし、オルレアン家の血縁者は私しかいないって聞いたけど…。分家とか?」

「まあ、彼らが君の親戚だとして、少なくともあの呪文を知ってるってことは…。」

 

ロンが言う前に答えが出た。今度はボーバトンの男子生徒が軽く手を振ると宙に火の玉が現れる。

 

「本読んでるんだ。とっとと失せろ。」

 

それをアダムに向かって投げつけた。コントロール良く真っ直ぐに飛んだ彼の炎をアダムは笑って腕から炎を出し、それを同化させる。アダムが小馬鹿にしたように笑うと取り巻きたちもゲラゲラ笑う。

 

「ルーカス。お仲間同士仲良くやろうぜ。」

「お前と同じにするな。虫酸が走る。」

 

ルーカスと呼ばれたボーバトンの男子生徒は今にも炎の玉をもう1発投げ込みそうだ。

 

「エルファバ、止めに入って!」

「ロン、それやったら事態が混乱するだけだ。」

 

心配する周囲をよそにアダムは思いっきりフーっ!と息を吐く。するとドラゴンのように口から炎が出てきて、そのままルーカスに直撃した。女子生徒が悲鳴をあげる。

 

「ハグリッドを呼びましょう。彼は一応教授なんだから介入すれば、止まるかもしれないわ。」

「僕行ってくる!」

 

ロンは走っていく。ルーカスは少し汗をかき、髪の毛が乱れてはいるが、無傷だった。

 

「火は彼に当たったよね?」

「もしも私と特徴が全て同じなら、多分温風で火を避けたんだと思う。」

 

その光景を見る3校の生徒たちはまるで命綱なしの綱渡りを見ているかのような緊張感だ。そこから動けない。止めに入ろうとしない。

 

「おいおい、せっかく数年ぶりに会ったってのにその態度はなんだ?」

 

おちょくったように話すアダムに対し、ルーカスは心底憎んでいる目をアダムに向けている。その目はハリーを見るスネイプの目を思い出させた。ルーカスは忌々しそうに舌打ちし、本を持ってこちらに歩きだす。

 

「ハリー、彼こっちに…。」

 

エルファバは口を閉じた。アダムの炎がこちら側に襲いかかってきたのだ。その大きさは先ほどの火の玉や吐く炎とはスケールが違う。エルファバとハリーは散り散りにその攻撃を回避した。

 

「…いたっ!」

「ハリー!」

 

ハリーは腕の一部を火傷していた。ローブが焼け焦げ、皮膚がただれている。

 

「おい、君ら大丈…。」

 

その瞬間エルファバの身体中にアドレナリンが駆け巡り、熱を持った。

 

バキバキバキっ!!

 

ミシミシミシっ!!

 

エルファバの周囲に一瞬で鋭い棘の氷が大量に発生したのと頭上で嫌な音がしたのとは同じタイミングだった。また女子生徒が絶叫したのが聞こえ、炎を纏った木の幹がエルファバの頭上へと落ちてきた。

 

「!?」

「ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ!」

 

エルファバの頭に当たるあと数センチで木の幹は空中で止まった。ハリーが浮遊呪文を唱えたのだ。エルファバはハリーに抱きつく。その瞬間、木の幹は今しがたエルファバがいた地面へ落ちた。

 

「エルファバ怪我は!?」

「…平気よ。ありがとう。ハリーは!?」

「火がかすっただけだ。」

 

エルファバは息を整え、倒れた木の幹を見ると、下にあったエルファバの氷のおかげで火は鎮火していた。煙を上げ、焦げ臭い匂いを漂わせている。

 

「なんだ、そこデキてんのか。かわいこちゃん狙ってたのに。やっぱゆうめいじんには勝てねーな。」

 

ハリーとエルファバが抱き合っているのを見てアダムがつまんなそうに言った。

 

「何しちょるお前さんら!!!」

「何をしてるんだ!!!」

 

ハグリッドとカルカロフが同じタイミングで来た。ハグリッドの後ろにロンがいる。

 

「誰がこれをやった!?」

 

ハグリッドが怒鳴るとその場にいる全生徒がアダムを見た。ハグリッドは掴みかかりそうな勢いでアダムを見たが、カルカロフは主犯が分かると声のトーンを和らげた。

 

「アダム、ちょっとハメを外しただけだろう。よくあることだ。」

「よくあること!?ハリーとエルファバが焼け死ぬかもしれんかったんだぞ!?」

 

ハグリッドを暴れされたら誰も止められない。カルカロフの言い分に腹は立つが、これ以上ハグリッドを怒らせたら今の騒ぎ以上にけが人がでそうだった。ロンと他のホグワーツ生数名が仲裁に入る。一方カルカロフはハグリッドを無視し丸焦げで煙を上げている木の幹を見ていた。アダムもルーカスもそうだった。

 

「誰がこれを鎮火した?」

 

エルファバとハリーは目を合わせる。当然(間接的に)エルファバなわけだが、周囲の雰囲気からすると誰がやったか分からない状況だ。カルカロフは少し焦っている気がする。

 

「誰だ?アダムの炎を消したのは?」

 

エルファバはカルカロフの一言で察した。おそらくアダムとルーカスの炎はエルファバの氷と同じように普通の魔法が効かないに違いない。普通に魔法で凍らせても鎮火することはないはずだ。つまりカルカロフは、おそらくルーカスとアダムも、新たなる魔法使いの存在を疑っている。

 

「あー…僕です。」

 

ハリーは腕の火傷を隠しながら、前に一歩出てきた。エルファバは思わずハリーのローブをつかんだ。

 

「ハリー・ポッター…!?」

「エルファバが、彼女のことですけど、」

 

と言ってハリーは後ろにいるエルファバを指差す。

 

「彼女の上に燃えた木の幹が落ちてくるのを見て、浮かばせて、水をかけたんです。」

「どうやって?」

「別に…普通に杖で。」

 

ハリーはまるでトーストにバターを塗ったと言っているかのような口調だ。エルファバはハリーとカルカロフを交互に見る。カルカロフはイライラと眉間にシワを寄せ、山羊のような顎に生える顎髭を震わせる。

 

「何も難しい呪文ではないですよ。2年生で習う呪文です。」

「そんなことはあり得ん。アダムの炎は魔法の水で消火されることはない。」

「けど、消火されましたよ。」

 

しばらくハリーとカルカロフのにらみ合いが続いた。幸か不幸かルーカスもアダムもカルカロフも、その他の生徒も完全にハリーがやったことだと信じたようだ。エルファバだったらそこまで上手い話をできなかっただろう。かなりギリギリの線だったが、きっと氷が現れたのは一瞬で、さらに多くの生徒がそれよりも降ってきた木の幹に気を取られていたに違いない。

 

「ハリー、お前さん怪我しちょる。治療せな。」

 

ハグリッドが沈黙を破り、その場を終わらせた。何かを言いたげなカルカロフの前にハグリッドはデンっと立ちはだかり、ハリーとエルファバに小屋へと入るように促した。エルファバは好奇の目に晒されながら小屋に入ると急いで近くにあった桶を呪文でキレイにして水をはり、自分の"力"で桶の外側を凍らせた。

 

「ありがとう。」

 

ハリーは冷たい水に腕を浸けると少し顔を歪めた。

 

「こちらこそありがとうハリー。私2回もあなたに助けられた。」

「いいんだ。」

 

ロンが小屋にやってきた。息を切らして悪態をついている。

 

「なんなんだよあいつら正気か?!火の玉バンバン出すなんてマジで意味不明だ!!」

「魔法が効かないから余計タチ悪いよ。この火傷魔法薬で治るかな?」

「大丈夫なはずよ。私凍傷しょっちゅうしてるけど魔法薬で治るし。」

「けどハリー、多分あいつら君がエルファバみたいなこと出来るって思ったよ。あのアダムとかいう奴ハリーを攻撃するよ。」

 

ハグリッドが鼻息荒く、小屋の中に入ってきた。肩を鳴らし、荒々しくベットにどっしんと座ったため、周辺の物と3人が数センチ浮いた。

 

「ハリー、大丈夫か?」

「うん。平気だよハグリッド。」

「全くダームストラングの奴は得体が知れん!このことはダンブルドア校長には今夜にでも報告する。ムーディー教授にもだ。ハリー、ロン、エルファバ。ダームストラングの連中の思考はどっちかちゅうとスリザリン寄りだ。警戒しておくに越したことはない。」

 

言われなくても分かっていた。あのアダム・ベルンシュタインは危険な香りがする。まだ事情はよく分からないが少なくとも他校であんな行為にでるということ自体正気ではない。

 

「僕は平気だけど、エルファバ、あいつに君のこと知られちゃダメだ。」

 

ハリーはハグリッドの持ってきた臭い軟膏を塗りながら言う。

 

「あのルーカスっていうのは分からないけど、アダムは平気で人を攻撃する。エルファバはあんまり防衛術とかも上手くないし、女の子だから。」

 

エルファバはハグリッドの小屋の窓から外の景色を見た。緑々していた校庭は黒と灰色の煙に覆われている。

 

焦げ臭い匂いは小屋まで入ってきていた。



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3.4人目の代表者

【注意】
この話には性的で下品な表現が出てきます。


「さて、いよいよ結果発表じゃ!」

 

発表はハロウィン・パーティーと同じタイミングだった。かぼちゃの中にあった蝋燭の火が全て消え、ゴブレットの中の青白い炎が大広間を照らす。

 

「ダームストラングの代表選手は、ビクトール・クラム!」

 

拍手、歓声が大広間に響きクラムが無表情で隣の部屋へと歩いていく。カルカロフは大喜びだった。

 

「ボーバトンの代表選手は、フラー・デラクール!」

 

ロンのヴィーラが立ち上がり、大多数の男子生徒の注目を奪いながら後ろの扉へと歩いた。

 

「ホグワーツの代表選手は、セドリック・ディゴリー!」

 

隣の席のハッフルパフが総立ちとなり、セドリックが選ばれたことを喜んだ。足を踏み鳴らしピーピーと指笛を吹く。セドリックはその歓迎を照れくさそうに笑いながらもエルファバの隅を通る時はさりげなくくしゃっと頭を撫でた。

 

「結構結構!選ばれた代表選手は全力で…。」

 

エルファバは少し眠かった。正直あまり関心のない話題だったし、エディとこっそり羊皮紙でゲームをするくらい暇だった。まあセドリックが選ばれたのは喜ばしいことなのだが、本音は早く寝たいというところだ。

 

「ハリー・ポッター。」

 

親友の、呼ばれるはずのない名前が呼ばれる時までは。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「…分からないわ。ロンは何に怒っているの?」

「ああ、本当だ。ロンは何に怒ってる?」

 

翌日エルファバはハーマイオニーに意味が分からないといった口調で、ハリーはイライラした口調で聞いた。

 

「だから…ロンはハリーに嫉妬してるのよ。今までハリーばっかり目立っててロンは添え物扱いだったから…。」

「でもどれもハリーが意図したことじゃないわ。」

「ええ、そうよ。そうなんだけど…。」

 

ハリーは乾いた笑いをした。

 

「そりゃ傑作だ。どこへ行ってもジロジロと額を見られる役目ならいくらでも代わってやるって!」

 

生まれて初めて、ハリーとロンが険悪なムードになった。この2人は基本的にいつでも仲良くやってきたというのに、どうやらロンの嫉妬が原因で仲違いしてしまったらしい。

 

さらに悪いことにハッフルパフとグリフィンドールの仲が険悪化した。いつもは目立たないハッフルパフから出てきたセドリックの存在はもうハリウッド・スターに近かった。映画版をオードリー・ヘップバーンがやったら舞台版のジュリー・アンドリュースに同情票が集まり、結果アカデミー賞をジュリー・アンドリュースが取ったような現象らしい(エディの例え話)。

 

「けど…セドリック。ハリーは入れてないわ。彼そんな人じゃないもの。」

「そりゃ、本人はそう言うだろうね。…ごめん、ちょっと待ってね。」

 

セドリックは6年生の女子生徒の方を向きながら答える。

 

モヤぁっ…。

 

「ハリーじゃないわ。きっと他のハリーのことを狙ってる誰かなの。」

「そんなの確証なんかないよエルファバ…ありがとう。嬉しいよ。」

 

さっきからセドリックはエルファバの方を向かない。まとわりつく女子生徒の方を向いてばかりだ。

 

モヤぁっ…モヤぁっ…。

 

「セドリック、だから「ねーセドリックっ!」」

 

女子生徒数名がエルファバとセドリックの間に割りこんできた。エルファバはセドリックが見えなくなり、エルファバは仕方なくその場を離れた。

 

モヤぁっ、モヤぁっ、モヤぁっ。

 

一方でアダムとその取り巻きはマルフォイ並みに嫌な奴だった。アダムは自分が代表選手だと信じて疑っていなかったらしく、機嫌が最悪だった。しかしムーディ教授は火の玉事件以降彼に目をつけていた。さすがに大きな事件を起こす訳にはいかず、女子生徒に卑猥な言葉を投げかけるだけにとどめておいた。もちろんそれもそれでかなり迷惑だが。

 

「あの人たちまた見てるわ。」

 

ラベンダーと一緒に課題をやっていた時、忌々しそうにスリザリンの席を見ていた。アダムと取り巻きがニヤニヤといやらしい笑いでこちらを見ている。取り巻きの1人が自分の胸の下で両手で何かを持ち上げて、揺らすような仕草をしてラベンダーを指差した。

 

「あの人たち、この前私の胸を掴んで、おっぱいおばけって呼んだのよ!?本当ありえない!!ホグワーツにはそんな侮蔑的なする人いなかった…!いかに周りが紳士的かがよーく分かったわ!エルファバも気をつけてね?」

「うん。」

 

この場にハーマイオニーはいなかった。

ハーマイオニーは完全にハリーの味方でハリーと常に行動していた。エルファバも事情はよく分からないが、なんとなくロンが悪い気がした。しかしロンは誰か味方を作りたかったらしく、暇があればエルファバの方に寄ってきた。なので結果的にエルファバはロン、シェーマス、ディーンという不思議なメンバーと一緒にいることが増えた。いつもとは違うメンバーと一緒にいるのはまあまあ面白かったが、ロンはともかくとしてディーンはエルファバとイマイチ話が噛み合わないし、シェーマスはあまりエルファバと目を合わせてくれない。なので少し居心地が悪かった。少なくともいつもの4人と一緒にいるようなあの落ち着いた感覚はない。

 

そして問題はもう1つ。

 

「あーあ。」

 

エルファバのりでベタベタになった数占いの教科書を見て、ため息をついた。ここ最近誰だか分からないが、エルファバにちょくちょく嫌がらせを仕掛けてくる。靴がなくなったり、羽根ペンがなくなったり、このように教科書を糊付けされたり。犯人は熱狂的なセドリック・ファンだろうとハーマイオニーが推測していた。

 

「エルファバ、あなたは自分の悪いところを認めない駄々っ子みたいに頑なだけど「駄々っ子じゃないもん。」まあ聞いて。エルファバ、あなたは美人なの。美人で秀才で非の打ち所がないあなたは妬まれてるのよ。それで今回、ハッフルパフの英雄サー・セドリックはあなたのボーイフレンド、グリフィンドールの反逆者ハリー・ポッターはあなたの親友。だからあなたをこき下ろすチャンスだと思ったんでしょうね。」

「そんな…。」

 

正直なところ、エルファバはいじめられて傷ついてるとかそういうのではない。ただ時たま授業に支障がでることをされると困るのだ。が、自分が仲のいい2人の間で板挟みになるのはいただけない。

 

「あんたもうちょっと自尊心持ったら?」

 

マギーはネズミの肝臓を大鍋に放り込みながら呆れ気味に言った。

 

「あとディゴリーのことならディゴリーに言いなよ。」

「セドリックは忙しいわ。第1の試練のこととか女の子の対応とか。」

 

セドリックが女の子に取り囲まれるのを見ると、エルファバはまたモヤぁっとした感情がエルファバの中でジワジワ広がる。セドリックがエルファバに話しかけるたびにセドリック・ファンはエルファバを犯罪者でも見るかのような目で見るのもあまりいい気持ちではなかった。

 

「まあガールフレンドを守れない奴とはさっさと別れたほうがいいよ。諦めな。」

「そう…かしら…?」

「とっとと別れなよ。あんたあいつと付き合ってて何の利点もないじゃん。ポッターがこのまま目立つようなことが起こったら、あんたに対するいじめが酷くなる。」

 

エルファバは穴が空いた大鍋を修復しながら考える。いじわるな女子生徒にやられたものだ。

 

「嫉妬って人の性格を悪くするのね。」

 

マギーの推測通り、事態は悪化を極めた。代表選手を特集した記事ではハリーが鼻もちならない人物にかき立てられ(「あれだよ、マイケル・ジャクソンが変態みたいに書かれているのと一緒。記者はドラマティックに話を歪曲すんのが好きなの。」とエディは言っていた)、ハリーとセドリックがエルファバを取り合っているかのような書き方をされたためにいよいよセドリック・ファンがヒートアップしてエルファバいじめが酷くなった。

 

「あーら、ポッターのガールフレンドがなんのようかしらー?」

「別に…。」

 

ただ中庭を歩いてただけでレイブンクローの5年たちに絡まれた。何も用がないにも関わらず、である。

エルファバをいじめている中心人物だ。不幸なことにスリザリンのパンジー・パーキンソンやその取り巻きもクスクスと笑って指を指している。そしてさらに不幸なことにハリーとロンはスネイプを侮辱したことで罰則中でハーマイオニーは図書室、エルファバと仲のよいハッフルパフ生も見て見ぬ振りだ。

 

「えー?聞こえなーい!あなたの声小さすぎて分からないわー!」

 

エディには意地悪する奴を凍らせればいいと言ってるが、そうはいかない。アダムやルーカスがこっちを見ている。

 

(こんな不幸な状況ってそうそう無いわ。どうやって切り抜けようかしら。)

 

「私はセドリックのガールフレンド、ハリーは私のベスト・フレンドよ。」

「じゃああなたの"かわいい"友達のようにシマリスにしてあげましょうか?」

 

ハーマイオニーが呪いで前歯が伸びてしまったのは学校中で有名な話になっている。スリザリンの女子がどっと笑った。その笑いがエルファバの着火剤だった。

 

「ハーマイオニーをバカにしないでよ!!」

「面白いじゃない?ガリ勉にただ傷がついてるだけで有名なメガネ、あなたって面白い人と友達になってるのねえ。勉強なんてやればいくらだってできるようになるし、傷がついて有名になるぐらいなら私だってできるわ。」

 

怒りがエルファバの意識から体を切り離し、次の行動に備えて準備をする。

 

(この人たちの周りに氷の塊を作って閉じ込めるの。それでどんどん接近させて逃げ場をなくして、限界まで押しつぶしてやるわ。許さない、許さない、ハリーとハーマイオニーをバカにして…許さない!)

 

「エルフィー、ストップストップっ!」

 

エディがエルファバに飛びついて、エルファバの視界を覆い隠した。

 

「エルフィー、今のやばかったよ。」

 

エディは耳元でエルファバに囁いてからゆっくりと離れた。周囲がざわついている。視界がハッキリするとその訳が分かった。

 

中庭全体にデコボコした氷の床が現れて生徒たちが足を取られていた。そしてレイブンクロー生たちを取り囲む氷は先端が鋭く、その先端は彼女たちのスカートやブラウスを引き裂いていて、彼女たちはパニックを起こしていた。

 

「あんたらさあー、悲鳴上げてるけどそれぐらいのことしてんじゃん。あたしの魔法、かっちょいいっしょ?」

「あっ、あんた2年のハッフルパフ劣等生でしょ?!こっ、こんなことできるわけない!!杖も出してないあんたに!!!」

「あっはー!バレた?さっすがレイブンクロー生!あんたらの反応が面白くて便乗しちゃった〜。とにかくあたしはいじめなんて大嫌いなの。」

「エディっ!」

 

レイブンクロー生の1人が氷の棘を抜け出し、杖を取り出した。しかし、エディの方が速かった。エルファバが見えない速さで杖を取り出し、呪文を唱えた。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ」

 

エディはバスケのボールを取る要領で彼女の手から飛び出した茶色い棒を掴んだ。

 

「何を…!?」

 

4人ほどのレイブンクロー生がエディに杖を向け、呪いをかけようとした。しかしエディはそれをまるで踊るように華麗に避け、しなやかに杖を奪っていく。たった1つの呪文でしか対応してないが、2年のエディは5年のレイブンクロー生を圧倒していた。

 

「あたしの心の王子様の授業は真面目にやるの。」

「今はムーディ教授でしょう?」

「やめてエルフィー。」

 

エディは汗ひとつかかずにニッコニッコして、取り上げた杖4本を踏みつけた。ミシミシっと杖が鳴いて、地面にひれ伏すレイブンクロー生はヒッと声を上げる。エディはローブをゴソゴソやって容器を取り出す。そして状況を把握しないレイブンクロー生のところへ近づいた。

 

「ブボチューバー・アターーーーーーーーック!!」

 

ーーーーーー

 

ルーピン教授

 

お元気でしょうか。お返事がありませんが、これを書いたらあなたが笑ってくれると思い書いてます。

ブボチューバーという液体がありますよね。原液だと皮膚に害があるあれです。私がいじめられた時にエディはどういう訳かそれを持っていまして、それを私をいじめていた年上のレイブンクロー生の顔にぶっかけました。とても大変な騒ぎになり、エディは1ヶ月ボーバトン魔法アカデミーが連れてきた馬の粗相の処理をしなくてはならなくなりました。

しかし寮監であるスプライト教授は目の前でハッフルパフが関係するいじめが行われたにもかかわらず、自分たちの嫉妬が原因で見て見ぬ振りをした一部のハッフルパフ生に激怒し、被害者が身内といえども果敢に先輩に立ち向かったエディを褒め称えたらしいです。当然やり方には顔をしかめていたそうですが。

そしてエディは素晴らしい決闘術の才能の持ち主です。年上のレイブンクロー生4人をたった1つの呪文で圧倒してました。またぜひ見に来てくれればと思います。

 

長文失礼しました。教授もお元気で。

 

エルファバより

 

P.S.私とハリーは今もこれからも親友です。

 

ーーーーーー

 

これが送られて来た手紙の主は久しぶりに声を上げて笑った。送り主の妹の決闘術の才能に感嘆の声を上げ、送り主がいじめられていたということを心底心配し、最後の追伸で分かっているよ、と微笑んだ。

 

しかし、彼が返信を返すことがなかった。

 

「エルファバ。」

 

セドリックがその数日後に図書室で話しかけてきた。今日はファンはいない。なぜか晴れやかな気持ちになった。

 

「ごめん。君が嫌がらせ受けてたなんて知らなかった。スプラウト教授が談話室で怒ってるのを聞いて知ったんだ。だけどどうして言ってくれなかったんだい?」

 

エルファバはキョトンと見る。セドリックはしびれを切らしたように言う。

 

「僕はポッターと君を取り合ってるわけじゃない。正真正銘君のボーイフレンドだ。そうだろう?なのにどうして君のピンチを教えてくれなかったんだ?」

「え…だって忙しそうだったし…。」

「君の方が優先順位高いに決まってるだろう?」

 

セドリックが珍しくイライラしている。いつも穏やかでマイナス感情とは無縁な彼が、ライトブラウンの髪をガシガシやりながら眉間にシワを寄せている。

 

「なんで君ってこう…もっと主張しないんだ?君が主張しなきゃ君はずっとポッターか僕に取り合いされてる女の子になるんだよ?」

「そうじゃないことぐらいあなたが1番分かってるじゃない。」

「ああ、そうだ。僕と君が1番分かってる。けどそれだけじゃダメなんだよ。他の人にだって君が僕のガールフレンドだって分かってもらわないと。」

 

なんで、と言う前にエルファバの体が宙に浮き、セドリックの顔が迫ってきた。そして唇や頬、額に柔らかいものが強く押し当てられた。エルファバは数秒して、セドリックに抱き上げられているということが理解できた。

 

「なんで言わないと分かんないかなあ…?」

 

セドリックはエルファバの耳元で吐き捨てた。

 

「セドリック、なんか怖いよ…。」

「本当、僕が代表選手になってもポッターの心配ばっかりするし、大事なこと言わないし今度はウィーズリーと君のファンとずっと一緒にいるし。」

 

セドリックの肩越しにエディと友達(ホグワーツとボーバトンだった)がいた。見た感じどうやら会話が全部聞こえているようだ。エディが代表して口パクで主張してくる。

 

《なにしてんの!いえ!あいしてるっていえ!》

《なんで?》

《セドリックはしっとしてんの!》

《しっとお?》

「よそ見しないで。」

「あっ、はい、ごめんなさい。」

 

エディと友達たちは何事もなかったかのように背を向けた。しかしセドリックグイグイくるねえ、とか意外と肉食?独占欲強め?など、まる聞こえなのはセドリックも同じなようで、段々セドリックの体が熱くなっていく。

 

「…エルファバ、お願いだからエディに逐一報告しないで。」

 

セドリックはエルファバの肩に頭をぐりぐり擦り付けた。セドリックの髪質は硬いので首に当たって少し痛い。

 

「セドリック、私どうしたらいいの?」

 

エルファバからすればセドリックが代表選手になった時、充分お祝いの言葉は送った。ハリーのことを出してきたのはセドリックだ。ロンといるのはロンがエルファバに味方になってほしいからだ。

 

(もうっ。嫉妬っていう感情って本当厄介なのね。ロンや女の子がいじわるにしちゃうしセドリックを怒らせちゃうし。厄介ね。)

 

「どうって…できればもっと僕を頼ってほしいし…もうちょっと僕を見てほしい。」

 

ここで聞いてたエディからの指令が入った。

 

《えるふぃーももやもやしてたこといって!》

《え〜?》

 

エルファバは困りながらもエディ教官の言う事を聞くことにした。

 

「あの…セドリック、私も女の子があなたの周りに来る度になんか…モヤぁって。モヤぁってしたの。」

 

エルファバは恐る恐るセドリックを見ると、先ほどのセドリックとは打って変わって、なんというか、少し嬉しそうだったのだ。

 

「モヤってしたの?」

 

心なしかニヤついてるのを抑えている。

 

「うん。」

「そっか。そうなんだ。こんな気持ちしてるの僕だけかと思ってた。」

 

セドリックは晴れやかにエルファバを下ろした。

 

「まあ、こういう時だけエディに感謝だね。」

 

それ以降、エルファバはセドリックとまた普通に接するようになった。いや、正式には普通とは言えない。たまにセドリックが人前でエルファバにキスしたりするのがエルファバは恥ずかしかったが、セドリックは御構い無しだった。その行為はセドリック・ファンとエルファバ・ファンの心を折ったそうだ。

 

エディが目立ったために、その前に起こった中庭が凍るという謎の現象については誰も言及しなかった。一部を除いて。

 

「マギー。そこのワニの肝臓取ってもらっていいかしら?」

 

魔法薬学の授業中、エルファバは中の液体がピンクから赤になるのをじっくり観察しながら、隣のマギーに話しかけた。しかし返事はない。

 

「マギー?」

「あいつならどっか行ったぞ。」

 

エルファバはその声を聞いてギョッとした。その声はアダムだった。マギーのいたはずの席に座り、頬杖をついてニヤニヤといやらしい目でエルファバを見ている。

 

「あっ…ハーイ…アダム。」

 

エルファバはアダムの近くにあるワニの肝臓を取り、薬を作るのに忙しいフリをした。ハーマイオニーやパーバティ、ラベンダーの心配そうな視線を感じる。みんなアダムとその取り巻きたちの被害者だ。ロンたちといたことはアダムたちからエルファバを遠ざけていた。しかし今は複雑な薬を作るのに必死で気にすることはできても、スネイプの目が光るこの地下牢でグリフィンドール生が行動に移すのは無理だ。エルファバの体を舐め回すように見る。

 

「案外、いい体してるな。清純そうな顔してボーイフレンドとヤリまくってんのか?」

 

エルファバはアダムの言葉を無視した。これがラベンダーなら金切り声を上げて呪いをかけているところだが、そういうことにかなり疎いエルファバは何を言われているのか理解できなかった。

 

「チビのくせに発育はいいようだな。」

「チビじゃない。」

 

そこは否定したが。

 

「その発達途中の柔らかそうな胸を揉んでみたいところだが、あとでにしてやるよ。本題に入ろう、氷の"力"があるのはハリー・ポッターか。」

 

エルファバが驚いてわずかに体を震わせたのをアダムは勘違いしたようだった。やっぱりな、と笑う。

 

「ポッターが濃厚だな。氷の“力”があったのなら“例のあの人”から逃げられたのも頷ける。俺らの親族では専らその説が強かったんだ。どうだ?親友として心当たりでもあるか?」

「別に。」

 

常に無表情なのが功を制した。表情が出ないのでビクビクしているのを知られることはないはずだ。

 

「俺は木の棒がなくても全てのものを燃やし尽くすことができる。これを持てるのは世界で1人だけだが…一応ルーカスも持ってる。俺の親たちは毎回そこで情報交換をしたんだ。俺もルーカスと遊ぶのが好きだった。本人は嫌がってたけどな。」

 

(この人、なんておバカなの。)

 

自分の出生や"力"のことをここまでペラペラ話すのは愚かにも程がある。しかしエルファバが知らない情報を提供してくれるので黙って聞くことにした。

 

「そこで聞いたのが、イギリスには氷を操る奴がいるってことだ。1度も会ったことはないが、噂じゃホグワーツにいるんだと。」

「…そう。」

「ポッターは"生き残った男の子"だ。俺らの炎は全ての呪文を焼き尽くす。死の呪文もな。あいつがガキの時に氷で身を守ったっていうのもありえなくはない。」

 

エルファバは薬が仕上がり、火を消す。

 

「どうだ?面白いだろ?ポッターはここまでお前に話したか?ん?」

 

エルファバはチラッとハリーを見た。気の毒に、スネイプのいびりに耐えている。アダムはエルファバの耳に口を寄せ、囁いた。

 

「第一の試練、楽しみだな。」

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「本っ当最低!」

 

放課後、ハーマイオニーはアダムがエルファバに放った卑猥な発言に大憤慨していた。エルファバが今まで聞いたことのないような言葉でアダムを罵った。

 

「心配しないでエルファバ。次アダムがエルファバに近づこうもんなら私が呪ってあげる。クラムといいベルンシュタインといいダームストラングにはロクな奴がいないわ!それにバーサ・ジョーキンズ!私にハリーとセドリックとエルファバの関係をしつっこく聞いてきたのよ。何度も何度も同じ答えを言ってるのにまるでエルファバがハリーと恋人だって言わせたいがために誘導してくんの!大人としてありえないわ!」

「その人どうしてハーマイオニーに…?」

「あなた最近ロンたちと一緒にいたでしょう?意外とあの3人あなたのいじめ以降睨みきかせてくれてるのよ…特にシェーマス。」

「そうなの?」

「ええ。あとリータ・スキーターって奴も気をつけて。ハリーについて嘘八百書いた女よ。スキを突いてあなたにインタビューしてくるかもしれないわ。」

 

エルファバはロンたちにお礼を言わなければと思ったが、その"スキ"をつかれてしまった。夕食後、セドリックを探していた時に目の前に突然、ワニ革のバックを持った真っ赤な爪の女性が現れたのだ。

 

「こんにちは。あたくしはリータ・スキーター。記者ざんす。」

 

(来た。)

 

「どうも。」

 

エルファバは軽く会釈してさっさと逃げようとしたが、爪が食い込むほどにエルファバは腕を掴まれ、捕らえられた。

 

「インタビューしたいんざんすけど、よろしいかしら?」

「ちょっと今は「素敵ざんすわ。」」

 

エルファバは廊下の隅に連行された。

 

「えっ、いやっ、ちょっと。」

「それでー?学校1のハンサムボーイと生き残った男の子、どっちと付き合いたい?」

 

黄緑色の長い羽ペンと羊皮紙がどこからか現れて、滑るように内容を書き始める。

 

「ハリーとはただの友人です。」

 

《エルファバ・スミス、ハリーと同学年でありホグワーツでは学校で最も美人と名高い彼女だが、どこか性格が悪そうなのが顔に出ている。今や、代表選手であるセドリック・ディゴリーと代表選手であり生き残った男の子という羨ましい選択肢を持っているが、彼女は余裕綽々に気だるそうだ。》

 

「…あの…。」

「もー、ペンのことは気にしなくていいざんす。さあさあ、謙遜しなくていいざんすよ?どっちも悪くない選択ざんすよねー?顔と名声、どっちが好み?」

「…。」

 

(どうやら面倒なものに引っかかってしまったようね。)

 

《ハリーは悲劇の少年よ。とても傷つきやすくて、私が一緒にいてあげないと死んじゃうんじゃないかって不安で不安で、私もいろいろと家庭内であったから彼とは共鳴できる部分があるんです。》

 

「どうやって私の家族のことを?」

「だからペンのことは気にしなくていいざんす…あら、家庭問題が?」

 

スキーターがにんまりと笑ったのを見てエルファバはしまったと思った。カマかけられた。

 

「『あなたとハリーの悲劇の共通点』なんて記事どうざんす?あなたも複雑な家庭事情が?例えば父親からの虐待とか、母親からの育児放棄とか。そこまで大きくなくてもいいざんすよ。妹や弟との格差なんかどうざんす?」

 

バキバキっ!!

 

スキーターの笑顔が強張った。ポトッと羊皮紙と派手な色の羽ペンが床に落ちる。羽ペンは落ちた時に銀色の破片と共に粉々になった。

 

「何かご質問は?」

 

スキーターは一気に温度が下がった廊下でフルフルと震えていた。エルファバがいる場所からヌルヌルとゆっくりと得体の知れない銀色のものが壁、床を伝ってスキーターを追い詰める。

 

「何かご質問は?」

「ひっひいいいいっ!!」

 

スキーターはペンも羊皮紙も置いて、走りづらそうなヒールを鳴らして逃げていく。エルファバはグリンダの白い杖を取り出して、いつもの呪文を唱えた。

 

「どんどん強くなってる…。」

 

ブボチューバー事件も今回の事件もそうだが、感情によって表れる氷の大きさや形が確実に大きくなっている。マイナスな感情によって氷が作り出される時、エルファバは感情のコントロールができなくなる。この氷と同じように自分の心も冷たく、残酷になるのだ。その対象の人物がどうにでもなればいいと思う。

 

(このままではアダムやルーカスに氷を操る魔女が私だってバレてしまうわ。)

 

エルファバは静かに深呼吸をする。

 

「どうにかなるわ…どうにかなる。」

 

 




ハッフルパフ談話室にて。

スプラウト教授「全く!!!ハッフルパフ生としていじめを見過ごすのは恥ずべき行為です!!!
エディ「ええ、そうですとも!」
スプラウト教授:「確かにミスター・ディゴリーがハッフルパフ寮からホグワーツ代表として参加したことは誇らしいこと。しかしだからと言ってミスター・ポッターといがみ合う理由はございません。ましてや何も関係ないミス・スミスへのいじめを見て見ぬふりをするとは言語道断です!」
エディ「おっしゃる通り!」
スプラウト教授「ミス・スミス。被害者が姉とはいえあなたの行為は勇敢でした。が、やり方は感心しません。よって罰則を。」
エディ「ぬわんですって!?!?」
スプラウト教授「そもそもブボチューバーの原液などなぜ持ち歩いてたんですか!?」
エディ「えっとー(フレッドとジョージに持ってこいって言われたなんて言えないし…。)」
スプラウト教授「罰則です!!!」
エディ「そんなあああああ!!これも全部セドリックのせいだからねえええ!!」


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4.第一の試練

そこは寒かった。人間以下の存在である"それ"は人間ではないために人間がしなくてならない活動をする必要はなかった。しかし、"それ"は死んではいない。だから寒さも飢えも感じることができた。永遠の拷問だった。

 

しかし今、そんな寒さなど忘れてしまったかのように興奮していた。

 

誰かが"それ"の声を呼んでいる。

 

前もそうだった。その声は前も"それ"を探してここまでやってきた。しかし、声は"それ"を見つけることはできなかったのだ。

 

「…俺様はここだ…!」

 

どんなに叫んでも、弱った女のようにか細い声しか出ない。"それ"は自分の無力さに怒りを覚えた。しかしなんということか、声は前回と違いどんどん近くなっていく。"それ"も体が張り裂けそうな痛みに耐えながら、必死に自らの存在を叫んだ。

 

「我が君…?我が君っ!!」

 

ついに"それ"の存在が他者に知られることとなった。やせ細った男は人間以下の"それ"に恭しく跪いた。

 

「我が君…あなたをずっと探しておりました。」

「もうお前らには何も期待していなかったが…今更俺様を探すこととなった理由を聞いてやろう。」

「申し訳ございません。我が君。私はずっとアズカバンに幽閉されていました。上手く脱獄したら今度は父親に服従の呪文をかけられました。やっとそれを打ち破り、あなたを探した次第でございます。この森にいらっしゃるとの噂を聞き何度か探しに来ました。」

「なるほど。つまりお前は今俺様を探さずにのうのうと生きているあいつらとは違うということだな。」

 

少し機嫌を直した"それ"に対し、男はこの上ない不名誉だと言わんばかりに唾を飛ばして怒った。

 

「あなた様を裏切り平然と生きているあいつら…マルフォイ、ノット、マクネア、クラッブ、ゴイル…!!私はあいつらを許せません!!もしも私が脱獄した身でなければあいつらの無残な死体を世に晒してやるところです!!」

「おうおうそう言ってやるな。お前の俺様に対する忠誠心はわかった。安心するがいいさ、俺様が再び世に出るときに奴らにはそれなりの制裁を加えるつもりだ。」

 

男は当然だとばかりにせせら嗤う。

 

「そんな忠実なお前に聞きたいことがある…ワームテールの居場所を知っているか?あいつもどうやら臆病風に吹かれて逃げたようだが。」

「ワームテールはディメンターのキスを受けたと聞いております。我が君。」

 

少し沈黙が流れる。

 

「なるほど。つまり有益な情報を提供してこなかったと。役立たずめが。」

「我が君、ワームテールが何の情報を提供したかは分かりませんが、あなたの役に立つ情報を持ってきました。」

 

"それ"はその有益な情報とやらにあまり期待はしていなかった。自分が数年前目撃し、ディメンターのキスを受けた愚かな下僕が提供すると思っていたあの杖なくして魔法が使える魔女の情報がここ数年では最も有益だった。しかし自分を死に物狂いで探した部下の情報を聞いてやるのが慈悲というものだと考えた。

 

「聞かせろ。」

「はい。まず今ホグワーツではトライ・ウィザード・トーナメントが行われています。そこにボーバトン、ダームストラングの生徒も参加しています。」

「ダームストラング…仲間を売ったカルカロフがいるということだな?」

「その通りでございます我が君。私はダームストラングの生徒一同が学校を出発する前夜、カルカロフに接触しました。私らを裏切った奴を殺すためでしたが…。」

 

話が進むにつれて、だんだん"それ"は自らを貫く痛みを忘れ、興奮しだした。自分の忠実な部下が持ってきた情報は利用価値があった。自分が作り出すこれからのために必要な能力と力が、自分がこれから進むべきシナリオがまるで真っ白なキャンバスに鮮やかに広がる絵のように、ハッキリと描かれていく。"それ"は自らの勝利を確信した。

 

ハリー・ポッターを殺すのだ。

 

そしてちょうどその時、そこから遥か先のホグワーツでハリーは激痛に悶えながら目覚めた。

 

「ハリー!ハリー!大丈夫かい?」

 

ハリーが目を覚めるとネビル、ディーン、シェーマス、そしてロンがハリーのベットを囲んでいた。ハリーの体は汗でぐっしょり濡れていて、一瞬自分が何をしているのかわからなかった。

 

「僕…何してたんだい?」

「君、ちょっと前からずっとなんかうなされてて、だんだん声が大きくなってみんな起こされたんだ。ずっと額を…というか傷を抑えてた。」

 

ディーンが説明しなくともハリーの稲妻型の傷跡は暑い鉄を押し付けたような痛みだ。ハリーは傷を揉みながら、呼吸を落ち着かせる。

 

「大丈夫かハリー?」

「ああ、平気さ。」

 

ハリーは反射的にそう答えた。皆が疑わしそうな目を向けたのでとっさにそれっぽい嘘を考えた。

 

「ほら…今日、第一の試練だし…多分緊張してたんだ。本当ごめん起こして。」

 

ハリーはタオルケットにくるまり再び寝ようとしたが、ロンの一言で覚醒した。

 

「どうせそうやって言って僕らに気にしてほしいんだろ?放っておけよ。」

 

ハリーの傷跡の痛みは一気に吹っ飛び、気がつけばロンが吹っ飛んでいた。

 

 

ーーーーー

 

 

「ハリー、1番悪いのはロンだけどやっぱり手を出すのはまずかったわ。」

「…ああ、そうだね。」

 

ハリーは少し虚ろな目で昼食のベーコンを小さな口に押し込む。ハーマイオニーは少し先にいるロンを横目で見ながら続けた。頬が赤く腫れたロンは食べ物を噛むのも難しそうだ。

 

「傷跡の事は言ったの?」

「シリウスに手紙は書いた。ダンブルドアにはまだ言えてないよ。あの人今日本番だから忙しいし。」

 

エルファバとエディがハーマイオニーを囲う形で座ってきた。

 

「エルフィーがロンとは一緒にいないってさ。」

 

エディはフランスパンをかじりながらしゃべる。

 

「…。」

「ロンがハリーにそんな意地悪言うと思ってなかったみたい。」

 

エルファバは何も言わなかった。しかし感情は分かる。机ごと食材と飲み物が氷の一部となっているのだから。

 

「エルフィー。机の上が冷凍庫。」

「…ごめん。」

 

エルファバは呪文を唱えて、氷を溶かし、別の呪文で冷たくなった料理を温めた。ボーバトンとダームストラングの生徒がヒソヒソとハリーと今しがた凍った料理を指差している。ハリーは分かっているようでさらに縮こまったところをエディが小声で皆に言った。

 

「みんなハリーのこと氷の魔法使いだと思ってるよ。第一の試練もそれを使うと思ってるみたい。ダームストラングもボーバトンもそういうのがいるのは自分の学校だけだって信じて疑ってなかったから嫌みたいだけど。」

「氷の魔法使い?」

「うん。アインシュタインと「ベルンシュタイン。」そうそれ、ハーマイオニー。とレインウォーターは炎の魔法使いらしいよ。レインウォーターなんて火を消しちゃいそうな名前なのにね。だからハリーは氷の魔法使い。けどホグワーツの人はあんまり信じてないよ。だってハリーみたいな有名人がそんな力あったら絶対有名になるじゃん。それに4年間も隠し通せるはずがないって。」

 

ハリーもそう言われているのは知っていた。アダム・ベルンシュタインやルーカス・レインウォーターに何度か聞かれている。アダムはハリーが氷の魔法使いだと決めつけて危うく教科書一式がバックごと灰になりそうだったが、ルーカスに関してはブボチューバ事件のこともあり、ハリー以外の氷の魔法使いの可能性も疑っていたようだ。しかしどういう訳かエルファバにはルーカスの矛先は向いていない。エルファバの母親のことを考えれば“氷の魔法使いの髪は真っ白である”ということぐらいは伝わっていそうだがー。

 

「ごめんねハリー。」

「大丈夫さ。」

 

エルファバは怯えた目でハリーを見て謝った。

こういう時にいっつも突っかかってきそうなマルフォイが黙っているのは気になったが、周囲は噂しているだけで実害を加えてくるのはアダムぐらいなものだ。

 

「エルファバ、そろそろ行かないとまたセドリックに嫉妬されるわよ。」

「あ、そっか。」

 

エルファバは3人に別れを告げてからセドリックを探しに大広間から廊下へ出た。セドリックはすぐに見つかった。ゴツイ友達たちに励まされていて話しかけづらかったが、そのうちの1人がエルファバに気づくと2人きりにしてくれた。彼らはエルファバが男性を怖がっているのを分かってくれている。

 

「やあエルファバ。」

 

エルファバは安心してセドリックに近づいた。

 

「君は怖がってるみたいだけど、みんないい奴だよ。」

「うん…分かってはいるんだけど…私男の人は怖くて。」

 

エルファバの脳裏に浮かぶのは泥のついた服で笑う男たち。エルファバの世界から引き離して暗い世界へ引きずり込んだ男たち。

 

「私、努力するね。」

 

セドリックは答える代わりにクスクス笑ってエルファバを抱き上げて窓のくぼみに乗っけた。セドリックとエルファバは同じ顔の高さになった。

 

「ねえ、君からキスしてよ。」

「えっ。」

「やだ?」

 

エルファバは少し考え、セドリックの唇に自分のものを押し付けた。エルファバのキスは大人っぽい外見に合わず子どもが親にするようなキスだった。しかも息を止めている。

 

「エルファバ、息すればいいのに。」

「くすぐったいかなって。」

「へえ。いつも僕がキスする時くすぐったいって思ってるんだ。」

「うん。ってやめてよセドリック…!」

 

エルファバは身をよじらせてセドリックがくすぐってくるのを避けようし、セドリックはエルファバの体の至る所にキスをしようとした。そんなバカップルを激写する影が2つ。

 

「チビファバの笑った顔は俺が撮ったものの方がよく写ってる。こりゃ6シックルは高くつくぞ。」

「待て待て。ディゴリーのゴツイ体とチビファバの華奢な体がしっかり撮れたのは俺だ。2人のファンたちは身長差がたまんないって言ってんだ。」

「分かった。お前が1番だフレッド。」

 

エルファバにセドリック・ディゴリーというボーイフレンドができたことでエルファバ・ファンクラブの商売は失速の一方を辿ると思われた。しかし、某エルファバの妹がセドリックとエルファバのカップルファンがいる情報をもとに新たな事業を始めた。彼らがいちゃつく写真を求める生徒は思いの外多かった(「ホグワーツのトム・クルーズとニコール・キッドマンだね!」by某エルファバの妹)。そしてそんな2人を心から祝福できないという方たちには2人のいちゃつき写真を魔法で購入者に変換するという事業までやり始めた。

 

ちなみに後者の事業の方はセドリックが良しとしておらず2回ほど警告をもらっている。次やったら呪いをかけるとも。エルファバは当然ながらこれに関しては何も知らない。

 

 

ーーーーー

 

 

 

その日の午後、ついに皆が待ち焦がれた第一の試練が行われた。エルファバはハーマイオニー、エディ、マギー、パーバティ、ラベンダーと一緒に観戦だ。

 

「どうしよう…私絶対凍らせちゃうわ。」

 

エルファバは凍らせる、の部分を声を小さくする。

 

「大丈夫だってエルフィー。それよりもさ、もしもドラゴンがこっちに来たらどうなるかの方が気になる。」

「観客席の方には保護呪文がかかってるのよ。だから火を吹いても心配いらないわ。それにドラゴンは鎖で繋がれてるからね。」

 

エディの質問にパーバティが代わりに答えた。

 

「ハリーもセドリックも大丈夫かしら…?」

「セドリックは分からないけどハリーはエルファバとハーマイオニーが指導したんでしょう?」

「まあそうだけど…。」

 

不正行為ではあるが直前にハリーは第一の試練がドラゴンを出し抜くことであると知っていた。シリウスがヒントを教えようとしたものの、途中でロンが来て中断。図書室で調べても分からず途方に暮れていた時、何も知らないマギーが言った。

 

『ポッターのことだし地上でやる試練ならあの速い箒で飛んで逃げればいいんじゃないの?』

『箒の持ち込みは許可されてないんだよマギー。』

『持ち込めないなら"引き寄せれば"いいじゃん。』

 

その時、ハーマイオニー、ハリー、エルファバの頭に"降臨"した。ハリーとハーマイオニーは一気にマギーに抱きついた。

 

『『ありがとうっっっっ!!!!』』

『君って最高だ!!!』

『あなたって素晴らしいわ!!!』

 

エルファバも何度も何度もうなづいた。

 

『あっ、あー…?』

『ポッター、グレンジャー、スミス。5点ずつ減点。』

 

4人ともその時が魔法薬の授業であることをすっかり忘れていた。不機嫌なコウモリがバサバサとやってきて、攻撃して去っていった。この日からエルファバとハーマイオニーによるハリーの引き寄せの呪文の猛特訓が始まった。

ちなみにハリーはこのことをセドリックに教えたらしい。リータ・スキーターの記事のせいであった2人の溝はハリーの誠実な対応によりうまく埋まったようだ。

 

「さーあさーあ始まりましたトライ・ウィザード・トーナメント第一の試練っっ!!今回の課題は営巣中のドラゴンから黄金の卵を奪うという極めてデンジャラスでエキサイティングなものだ!!さあ4人の選手たちはいかにしてこの凶暴なドラゴンと立ち向かうのか!」

 

ルード・バグマンの声が競技場中に響いた。続いてバーサ・ジョーキンズが選手の順番を読み上げた。

 

「最初はセドリック・ディゴリー!!ホグワーツ代表のハンサムボーイ!劣等生の多いハッフルパフでは珍しい優等生、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか!」

 

この実況はハッフルパフ生のひんしゅくを買ったがセドリックが現れたら、それは歓声にかき消された。歓声に答えるセドリックの動きは鈍く、緊張してるのは遠くから見ても分かる。

 

「セドリック・ディゴリーのお相手をするのはスウェーデン・ショート・スナウト種!魅惑的なシルバー・ブルーの鱗は手袋やトロフィーの装飾に引っ張りだこ。鼻孔からでる鮮やかなブルーの炎は肉も炎も一瞬で炭にしてしまいます。魅惑的と言えばセドリック・ディゴリー選手は生き残った男の子であるハリー・ポッターと女の子の取り合いをしているらしいですがこれは「それでは試合開始っ!!」」

 

バーサが余計なことを言う前にルード・バグマンが試合のベルを鳴らした。

 

エルファバは固唾を飲んで見守っていた。セドリックが走り出すとドラゴンは侵入者にいきなり火を吹いたのだ。

 

「おおおおおっ!危ない!危機一髪だ!」

 

セドリックは辛うじてそれを避けたようだが、競技場中にツンと焦げ臭い匂いが充満し、観客の不安を煽る。セドリックは再び走り込み、ドラゴンをしっかり観察しながらも岩の陰に隠れてどんどん卵に接近していく。

 

「ああっ、セドリック…!」

 

皆が試合に集中していることはエルファバにとって幸いだった。さっきからセドリックが心配で仕方ないわ雪が舞うわ誰も座っていないベンチが凍るわで大変なのだ。

 

「セドリック何したの?!」

「分からないわ!」

「これはこれは危険な賭けに出ましたっ!」

 

セドリックはドラゴンの正面にある岩に呪文をかけた。するとゴツゴツした岩は柔らかいフワフワした物体へと変化し、ヒョコヒョコ動き出したのだ。ドラゴンがそれに気をとられているスキにセドリックは卵へと一直線に走り出した。

 

「うまい動きですっ!」

 

しかし、ドラゴンの標的はすぐにセドリックに移った。ドラゴンはセドリックに再び青い炎を吹きかけた。会場から悲鳴が上がる。

 

「おおおおっ!!ディゴリー!!やりました!!金の卵を取りました!!」

 

セドリックは腕に火傷を負っていたが、両手に卵を抱えていた。ホッとしたように笑いながら職員に連れられて裏口へと走り出した。ドラゴンは魔法使い数名によって沈められていた。

 

「ああ…良かった…。」

 

エルファバはへなへなと床に座り込む。

 

「あんたまだ落ち着くのは早いよ。ポッターだって残ってんだから。」

 

マギーがエルファバの腕を引いて立ち上がらせた。

 

「そうなのよね…本当これ心臓に悪いわ…。」

 

エルファバはマギーに寄っかかった。フラー・デラクールもビクトール・クラムもなんだかんだで上手くやってのけた。しかしフラーのスカートには火がついてしまいパニックになり、クラムは卵を一部破壊してしまったため減点対象となってしまった。

 

「ハリー…。」

 

正直、ハリーの呼び寄せの呪文は今朝の段階でも完璧ではなかった。ハーマイオニーはエルファバの手を握って励ます。

 

「ハリーなら大丈夫よエルファバ。」

 

そう言うハーマイオニーの手も震えている。

 

「さあさあ最後は代表選手の中では最年少である生き残った男の子、ハリー・ポッター!どうやってこの大会に出れたかは分かりませんが、きっとすごい技を持っているに違いありません!なんて言ったって彼はたった1歳にして例のあの人を打ち破っているのですから!」

 

バーサがなんと言おうとハリーには何も聞こえていないようだった。ハリーは自分が希望して代表選手に選ばれたわけではないのだ。誰かの思惑によって自分の命をかけている。

 

「そんなハリー・ポッターと相見えるのはハンガリー・ホーンテール種!ドラゴンの中では1番気性の激しく危険と言われております!さあ、どうなるのか!?試合開始!」

 

もう観客の声がこのドラゴンにとって耳障りのようだった。ドラゴンは卵を抱えながら棘だらけの尾を観客席にぶつけた。防御呪文のおかげで観客席は無傷だったが、他のドラゴンは観客席を攻撃したことはなかったので周囲はざわめいた。

 

ハリーは杖を上げて呪文を唱える。

 

「お願い!!」

 

ハーマイオニーが天に向かって懇願した。

 

「おおおおっ?!森の方から何かがやってくるぞ!?あれは…箒だああっ!!」

 

ハーマイオニーは歓声を上げてエルファバに抱きついた。エルファバもハーマイオニーの髪の毛に顔を埋める。周囲も箒の出現に熱狂した。ハリーは優秀なシーカーだ。誰もが彼の飛びっぷりを認めている。

 

「ハリーが使っているのはファイアボルト、世界最高級の箒です!」

 

ハリーは箒にまたがり、信じられない速さで空へ向かって飛んでいった。大歓声の中バグマンは叫ぶ。

 

「噂にそぐわぬ素晴らしい飛びっぷりです!!しかしここからどうやって卵を奪うハリー・ポッター!?」

 

ハリーは急降下し、ドラゴンの首もそれを追う。ドラゴンが真っ赤な火炎を噴射する直前、ハリーは動きを見切ったように箒の向きを変えて再び急上昇した。

 

「いやあ、たまげたもんです。ミスター・クラム!見てるかね?!」

 

ハリーはドラゴンの頭上で弧を描きながら飛ぶ。ドラゴンが口を開いた瞬間、ハリーは急降下した。しかしそこに尻尾が飛んできて、ハリーの肩から血が滲んだ。

 

「ああっ…!!」

 

エルファバはうめいた。しかしハリーはそれに気にもとめず、ドラゴンを煽り続ける。ドラゴンは段々いらただしそうに唸った。

 

「きたっ!」

 

エディが叫んだ瞬間、ドラゴンは巨大な翼を大きく広げて飛び立ったのだ。ハリーは急降下し、鉤爪のある前足の間に突っ込んでいきーー。

 

「やりましたハリー・ポッター!!やりました!!」

 

ハリーは空中で怪我をしていない方の手で高々と金の卵を上げていた。皆が、特にホグワーツ生が声が枯れるほどにハリーの名前を叫んだ。ハリーは嬉しそうにゆっくりと地上に向かい箒から降りていく。

 

「行こうハーマイオニー!」

「ええ!」

 

エルファバとハーマイオニーは手をつないで走り出した時だった。

 

急に足元がミシミシっという音と共にぐらついた。

 

「!?」

「きゃあっ!!」

 

エルファバは近くにいたエディの体をつかみ、エディはエルファバの腕へと倒れこんだ。

 

「なんなの!?」

 

そこにいた生徒たちほぼ全員がバランスを崩していた。皆ベンチや人をつかみ、たった今起こった状況を把握しようとしている。

 

「観客席が斜めってる!!」

 

女子生徒の1人が金切り声を上げた。

 

ミシミシっ!!

 

再び観客席が斜めった。エルファバはハーマイオニーとエディしがみつく。

 

「何が起こって…!?」

 

エルファバは目を合わせてしまった。

 

先ほどまでハリーが戦っていた、あの凶暴なドラゴンに。

 

防御呪文をかけられていたはずの観客席にドラゴンがしがみつき、その重みで観客席が斜めっていたのだ。鞭のような尻尾が観客席の骨組みを破壊し、本来あるべき席の姿を壊していく。ドラゴンは唸り、自分の卵を取られた憎しみを観客席にいる生徒たちに向け、大きく息を吸う。

 

悲鳴と怒号と燃える熱さがすべてを飲み込んだ。誰もが身を焼かれる激痛を覚悟した。しかしそれはいつまでたってもやってこなかった。

 

「エルファバっっっっ!!!」

 

ラベンダーの金切り声が全生徒の目を開けさせた。

 

「はあっ…はあっ…はあっ。」

 

観客席の所々は燃えている。しかし、観客のいる中心部分に全く被害は及んでなかった。エルファバは息を切らし、汗をかきながら空に向かって手の平を向けていた。エルファバの手から出てきたのは灰色の煙だった。杖は持っていない。

 

エルファバは炎の中で冷気を放ち、なんとか炎が直撃しないようにしていた。が、エルファバ自身は熱気で全身が火傷しそうだった。エルファバは斜めった席を走り、端まで来ると曲がった柱に触れた。

 

バキバキバキバキバキバキバキバキっ!!

 

曲がった柱は銀色に包まれ、そこから破壊された部分、消えた部分が埋め合わされる。不安定な観客席の揺れが止まった。

 

「ドラゴンを失神させろ!」

「急げ!」

 

ホーンテールの標的はエルファバだった。エルファバは柵をまたぎ、何もない場所に手をかざすと、空気を破るような音とともに2メートルほどの橋が現れた。そこをなんの躊躇もなくエルファバは走った。両手をその先にかざすとエルファバの手から白い粉が吹き出てその一粒一粒が繋がり、まるで主人を通すかのようにじっと固まった。

 

観客は今目の前に起こっている現象を見つめることしかできない。

 

ドラゴンがエルファバに向かって火を噴く。エルファバは橋とともにあっという間に火に包まれた。

 

「エルファバあっ!!」

 

パーバティが、ラベンダーが、ハーマイオニーが悲鳴を上げた。ドラゴンが火を噴いたところから水蒸気が上がった。壊れかけた橋の隅でエルファバはぶら下がっていた。

 

「うっ…!」

 

エルファバは熱で溶けかけた氷を橋を掴んでいない方の手でなんとか修復した。

 

「エルフィーっっっ!!」

 

エディが身を乗り出して、エルファバの元へ向かおうとするのをマギーに止められているのが見える。

 

(観客を火から守って、観客席の応急処置をして、ターゲットを私にするまでは良かったわ。けどこのままじゃみんなにターゲットが移るのも時間の問題…!)

 

みんなが悲鳴を上げている。この距離だとホーンテールを失神させることができないのだろう。地上で騒いでいるのが聞こえた。ホーンテールが観客席から離れ、翼を広げてこちらに近づいてくるのが聞こえた。もうエルファバの腕も手も体重を支えきれなかった。エルファバは最後の力を振り絞り、ホーンテールの居場所を探した。ホーンテールはエルファバの目と鼻の先で宙を浮き、大きく息を吸っていた。

 

「一か八か…。」

 

ドラゴンが急接近した時、エルファバはドラゴンに触れた。

 

少しだけ火を吹いたドラゴンが言葉にならない声で絶叫しながら黒い鼻が、顔が、胴体が、鱗がどんどん銀色になっていく。そして完全にドラゴンの色と形が完全に変わった時、ドラゴンが地上へと落下していった。

 

ドラゴンは氷の塊となったのだ。

 

それを見届けた直後、誰かがエルファバを抱き上げた。

 

「エルファバ!」

 

それは先ほどの箒に乗ったハリーだった。エルファバは何も言えずに伸ばされた手を取り、がっしりとした体に寄りかかった。

 

「君、みんなの命を救ったんだよ。」

 

ハリーが試合会場へエルファバを降ろすと、ドサリと床に倒れこんだ。全身が熱くヒリヒリする。服も所々燃えている。

 

「わたし…。」

 

エルファバは周囲の異様な空気に気づかないわけにはいかなかった。重い体を持ち上げ、周囲を見渡した。

 

皆が、エルファバを見ていた。皆の顔は米粒のように小さいのに、その1つ1つがエルファバを見ているのが分かる。そして今いる地上。ハリー、ハグリッド、マクゴナガル教授、ムーディー教授、マダム・マクシーム、カルカロフ、バグマン、バーサ・ジョーキンズ、そしてダンブルドア校長。

 

全ての目がエルファバを見ている。誰も、何も喋らない。

 

「エルファバ…。」

 

床が模様を描きながら凍っていく。

 

「エルファバ、安心せい。大丈「ハグリッド!」」

 

バキバキっ!!

 

エルファバに近づこうとしたハグリッドの分厚いコートの一部が凍った。

 

「あっ、…ハグリッド…ごめんなさい…!」

「大丈夫だ!このぐらい良くあるもんさ。」

「ちっ、違うの!来ないで!」

「お前さん火傷しちょる。治療せな!俺は大丈夫だから。」

 

エルファバは必死に落ち着こうと深呼吸をする。ハグリッドが笑いかけたのを見てホッとしかけた時だった。

 

「なっ、なんなんだお前は!!」

 

叫んだのはカルカロフだった。エルファバを指差し、大声で、皆に聞こえるように叫んだ。

 

「ダンブルドア!貴様はこんな化け物を隠していたのか!?」

 

化け物。

 

その言葉はエルファバを刺激した。

 

「イゴールよ。彼女も君のところの生徒と同じじゃ。何も恐れることはない。」

「アダムはドラゴンを氷漬けにしたりせんぞ!?」

 

エルファバはよろよろと柱に寄っかかった。

 

バキバキバキバキっ!!

 

「!?」

 

柱はエルファバの意思関係なく、ウネウネとした突起物のついた氷に包まれた。観客の一部が悲鳴をあげる。

 

「あ、え、そんな…!」

「この子私たちを攻撃するつもりよ!」

「お黙りバーサ!!たった今彼女は会場の半分を救ったばかりです!!」

 

しゃがみこむエルファバの腕をハリーはつかみ、走り出す。

 

「ハリー、ダメよ!凍っちゃう!」

「君はあの場にいちゃダメだ!どこか遠くへ行こう!」

 

ハリーは自分の手が凍っていくのを気にせずにエルファバを引っ張り続けた。そして人がいない場所までやってくると離した。

 

「ハリー!エルファバ!」

 

ハーマイオニーと、ロンが走ってきた。

 

「2人とも「私たちは平気よ。エルファバが守ってくれたから。」」

 

ハリーが聞く前にハーマイオニーが言った。そして震えてハリーの腕を掴むエルファバに向き直る。

 

「エルファバ、あなたがしたことは勇気ある行動よ。素晴らしかったわ。あなたがいなければ私たちみんな大変なことになってた。」

「ドラゴンが失神する前に鎖が外れて、防御呪文がなくなってたんだ。誰かの策略だよ。」

 

ハリーとハーマイオニーの言葉にエルファバはすがるようにうなづく。

 

「エルファバ。君はすごいことしたんだよ。誰も責めやしないさ。フレッドとジョージですらすっげえって言ってたぜ?」

 

エルファバはポロポロと涙を流す。周囲の草木が薄い霜に覆われている。

 

「こうかい…は…してないよ…。」

「むしろ誇るべきよ。」

「けど…けど…みんな…しっちゃった…!わたしが…こんなだって…みんな…!」

 

エルファバの脳裏を走る最悪の記憶。夏の暑さがドラゴンの炎の熱さと重なり、肌が火照る。

 

誰も入れない、誰も見れない記憶。

 

4人の鼻を木を焼く焦げ臭いがくすぐった。

 



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5.思いがけないサプライズ

「ハーイ、エルファバ。」

「ハーイ。」

 

エルファバは1人で図書室で本を読んでいた。セドリックはエルファバの向かいに座り、エルファバが話を聞けるように優しく本を取り上げた。

 

「その…どう最近?」

「思ったより、悪くないわ。」

「そうなの?」

「うん。酷い時はは地下室に連れ込まれて監禁されたし、殴られたし。」

 

エルファバはものすごい爆弾を放ったことに気づかず、セドリックのゴツゴツした指をなぞった。

 

「ごめんなさい。なんか悪いこと言ったかしら?」

 

固まるセドリックにエルファバは心配そうに顔を覗き込んだ。

 

「あ…いや…その…。ごめん。変なこと聞いてしまって。」

「?」

「君にそんな酷いことをする大人がいたなんて…許せないな。」

「そうね。あんまりいい思い出じゃないわ。それに比べたら、問題ないけど…。」

 

エルファバはセドリックの手の甲に頬を当てた。セドリックがいつもエルファバにやる仕草だ。

 

「パーバティは怒ってしまったからそれはとても悲しいわ。」

 

あれが起こった夜、ハーマイオニーがエルファバと一緒に付き添ってくれていた。治療を終え、夜部屋に帰ってきた時、1番最初にエルファバに話しかけてきたのはパーバティだった。

 

『エルファバ。あなたもそういう魔法が使えたのね。』

『パーバティ、エルファバは『ハーマイオニーあなたは黙ってて。』』

 

ハーマイオニーが擁護するのを遮ってパーバティはエルファバに詰め寄った。ラベンダーは複雑そうな顔でエルファバとパーバティを交互に見た。

 

『いつから?』

『…生まれた時からずっとよ。』

 

パーバティはため息をついて、早口で喋った。

 

『あなたってずっと私たちを入れてくれなかったわよね。エルファバ。確かにあなたと私はハーマイオニーやハリーほど仲のいい友達じゃないわ。けど、少なくとも私はあなたのこといい友達だと思ってたわ。私はあなたにいろいろ悩み相談をしてたしあなたの答えはいつも適切だった。女の子の中ではあなたのことよく分かってる方だと思ってたわ。けど…あなたは私のことこれっぽっちも信頼してなかったのね。』

 

エルファバは何を言えば正解なのかわからなかった。エルファバからすればパーバティを信頼してたか否かの問題ではない。単純に多くの人間にそれを知られることを恐れていたのであって、パーバティという人間を信頼していなかったという訳ではない。

 

「パーバティ!エルファバは今日何十人、何百人もの人を救ったのよ!?そんなこと…!!」

「お願いだからハーマイオニーは黙っててよ!あなたはどうせずっと前から知ってたでしょう?!あなたたちとは違うのよ私は!私とエルファバの信頼の問題をしてるの!」

 

エルファバが黙っているとパーバティはため息をついてベットに入って目も合わせずにお休みを言った。

 

それ以降パーバティとは話していない。

 

エルファバは何も話すのはフェアじゃないと思い、9歳の時に自分の身に起こった話をした。なんとなくセドリックならいいだろうと感じた。床は凍ってしまったがセドリックはそんなことを気にしてはいなかった。普通の家庭で幸せに生活してきたセドリックにとっては少々刺激の強すぎる話だったのかもしれない。

気がつけばセドリックはエルファバの向かいではなく隣に座った。

 

「こんな話するべきじゃなかったわね…ごめんなさ!?」

 

エルファバの体全体に硬いような柔らかいようなものがぶつかり、少し汗の匂いがした。

 

「エルファバ…知らなかった。そんな辛い思いしてたなんて…!ごめんね…。」

「えっ、何いってるのセドリック…あなたは何も…。」

 

セドリックは腕の中でエルファバを閉じ込めたまま、エルファバの頭を撫でた。エルファバはこの話をセドリックをしたことを後悔した。この話を聞いたことでセドリックは傷付いてしまったのだから。

 

それ以降エルファバはこの話をセドリックの前でするのはやめた。

 

ドラゴン騒動以降、エルファバは代表選手と同じくらい、いやそれ以上に注目の的だった。ほぼ全員がエルファバがアダムやルーカスと同じように杖を使わずに巨大なドラゴンを凍らせたのを見た。さらにエルファバは天候変化、観客席や柱、ハグリッドのコートを凍らせ、何もない場所から橋を出現させている。エルファバが廊下を歩けば誰もが指を指しヒソヒソとエルファバの話をしていた。

 

しかし、周囲の反応はエルファバの予想とは大分違うものだった。

 

「ねえ、どうやって杖使わないで魔法を使うの?」

 

ある日廊下を歩いていると小さい1年生たちが無垢な瞳でエルファバに聞いてきた。まるで天才児に勉強の方法を聞いてくるかのような物言いだ。

 

「別に…本当に大したことじゃないわ。」

「ドラゴンを凍らせたのに?」

「僕あんなの見たことない!」

 

この可愛い1年生にまともな答えをしないのは罪悪感がある。しかしながらロンにも同じようなことを聞かれたことはあるがエルファバからすれば凍らせるというのは呪文を唱えるよりも手っ取り早かったりする。しかし意識してそれでも杖を使い魔法を唱えようと努力するのは、制御できないし当たり前すぎてありがたみを感じないからだ。

 

エルファバは談話室の誰もが聞き耳を立てているのを感じながら答えた。

 

「本当生まれつきなの。多分何も教えられないと思う…ごめんなさい。」

 

あからさまにガッカリした1年生たちにエルファバはもう一度謝ってハリーたちの元へと戻った。

 

このように驚くことにエルファバを怖がるものはほとんどいなかった。大きな理由としてすでにアダムとルーカスという存在がいたからだろう。一部のボーバトンとダームストラングはその2人がいるということでホグワーツの生徒を見下している節があった。しかしエルファバの登場により彼らは縮こまり、ホグワーツ生から賞賛されることとなる。フレッドとジョージからこんなに面白いことをなぜ隠していたのかと怒られた。

 

「お前の身長が伸びてないのはその特殊な魔法が使えたからだな!」

「チビじゃないもん!」

 

明くる日、ハリーとロンはたくさんの進路資料の中でウーウー言っていた。エルファバが気がつけば2人は仲良くなって前のように普通に話していた。エルファバにとってはハグリッドが危険な動物を好む理由と同じくらいに謎である。そろそろOWLのために進路を決めないといけない時期だ。

 

ハーマイオニーは読み終わったであろう本の数冊をエルファバのためにどかしてニッコリ笑った。

 

「エルファバは何か興味のある職業はあるの?」

「私はもう決まってるの。」

 

エルファバはさらっと言い退けて本を読み始めようとしたところで、ハリーにそれを没収された。

 

「なんでもないかのように言ってるけど、君ぐらいだよ僕らの中で進路が決まってるの。」

 

エルファバはキョトンとハリー、ロン、ハーマイオニーを見た。誰もがエルファバの進路に興味を持っている。

 

「何になるの?」

「魔法薬学者よ。」

 

3人はその答えを聞いて、納得の声を上げた。が、その後ロンはガタッ!と立ち上がった。

 

「ってことはあのスネイプと7年間を共にするってこと?うっげー!!」

「仕方ないわ。」

「どうしてそれになろうとしてるの?」

「明白よハリー。」

 

ハーマイオニーは全て分かりきっているといった笑みでエルファバを見るのでロンが不満気に口を尖らせている。

 

「魔法薬を使えば、今魔法界で差別を受けている種族を救うことができるわけ。例えばヴァンパイアとか人狼とかね。」

 

エルファバはハーマイオニーの答えに正解だと微笑んだ。

 

「じゃあルーピン教授のために魔法薬学者になるのかい?」

「まあそれもあるわ。調べたら人狼長い間偏見を持ち続けられて、最近では人狼を就職させるとそこの機関がマイナスになってしまうような法律までできてしまったの。ルーピン教授が飲んでいた薬は煎じるのが難しいし高価だから就職できなければそのお金も手に入らないの。そんな悪循環も断ち切りたいし…私のためにも。」

 

エルファバは資料の山に頭を乗っけて物憂い気な表情で言う。

 

「精神安定剤みたいなものがあればどこかを凍らす被害も最小限に抑えられるかなって。」

「魔法界では精神的な治療の技術は発達してないの。」

 

ハリーとロンにハーマイオニーは説明を加えた。

 

「なんだいそれ?」

「こういうことよ。」

 

ポカンと口を開けるロンをハーマイオニーは指差した。

 

アダムやカルカロフがエルファバに絡もうと何度も何度も試みている様子だが、毎回何かしらの妨害にあっていた。それはハリーやロンだったり、グリフィンドールの生徒だったり教授だったり。ありがたいことではあるが教授まで介入してくることはかなり違和感だった。

 

「多分、ダンブルドアが何か指示を出してるに違いないわ。ほら、"ハリーのパパ"が言ってたんでしょう?彼はデスイーターだって。」

 

"ハリーのパパ"をハーマイオニーが強く強調したのには訳があった。

 

「僕行きません!!」

「いいえ、行くのです。」

「行きません!!」

「伝統ですポッター!!」

「そんなの知りませんっ!!」

「あなたは代表選手でしょう!?」

「なりたくてなった訳じゃないです!!」

 

今や廊下で大激論を繰り広げているハリーとマクゴナガル教授に誰もが釘付けだった。

 

事の発端はこうである。クリスマスに開催される三校の交流を目的としたダンスパーティーについての説明がマクゴナガル教授からされて解散した直後である。マクゴナガル教授はハリーに耳打ちした。

 

「あなたは代表選手なのですからパートナーを探さなくてはいけません。」

「僕は行きません。」

 

即答だった。

 

「今年のクリスマスは家族と過ごすんです。」

 

シリウスと過ごせる初めての夏休みはクィディッチ・ワールドカップというイベントによって短縮された。クリスマスはイギリスでは家族と過ごす一大イベント。何としてもシリウスが無罪となった初めてのクリスマスは帰省するとハリーは意気込んでいた。

 

「あそこまでマクゴナガルに歯向かうなんておっどろきだよね。どんだけハリーってシリウス好きなんだろう。」

「ハリーがファザコンになっていくわ。」

 

しかし相手は伝統を重んじる厳格なマクゴナガル教授。手強かった。

 

「いいですか、ポッター。我々ホグワーツは代表選手を2人出すというタブーを既にしています。その中でさらにあなたがクリスマスのパーティーに参加しないとなるとホグワーツの評判が悪くなります。」

「知りませんそんなの!!」

「ポッターっ!!」

 

普段は穏やかなハリーだが自分が決めたものに関しては徹底的に曲げない不屈の精神を持っている。

 

「頑固ね。」

「けど初めて家族と過ごすクリスマスなんだから、いいんじゃないかしら。」

「もういっそダンブルドアに直訴すればいいのに。」

「まあね…そういえば分かっていると思うけど、あなたのパートナーはセドリックよ。」

「ハーマイオニー、そんなのさすがにエルファバも分かってるでしょ。」

「分かってるわよ。ただセドリックの前にエルファバが誰かにダンス申し込まれてオッケーなんかしちゃう前に言っておかなきゃ。」

「エルファバとセドリックがカップルだなんてもうみんなが知ってることだろ?」

「それを知ってたって言ってくる不届き者はいるのよ。」

 

ハーマイオニーの読みは当たっていた。どういう訳かドラゴンを丸ごと凍らせてもそしてそもそも彼氏がいるのは周知の事実であっても、ボーバトン、ダームストラング、そしてホグワーツ。ありとあらゆる男子生徒と女子生徒がエルファバにダンスを申し込んできた。

 

「ごめんなさい、私セドリックと踊るから。」

「私セドリックと踊るの。」

「私は…。」

 

最初は丁寧に断っていたエルファバだったが、段々面倒になってきて2日目あたりからはなるべく必要最低限の場所にしか行かずそれ以降は寮にこもった。ちなみにハリーはロンのアドバイス通り校長に直訴して「オッケーじゃよ。」の一言で全て解決した。ハーマイオニーはビクトール・クラムにダンスを申し込まれてオッケーした。

 

「私…本当に信じられないわ…。今までずっと彼が図書室に来てたのは私に話しかけるためなんですって。」

 

ハーマイオニーは興奮気味に、しかし誰にもバレないようにエルファバに言った。

 

同じ頃、ある男子生徒がボーバトンの生徒と話すエディに話しかけた。

 

「おい。」

「ドラコじゃん。どうしたの?」

 

ドラコ・マルフォイはマフラーで赤くなっていく頬を隠し、睨みつけるようにエディを見た。

 

夏休み中、ずっとエディが忘れられなかった。何度も何度も手紙を書いては破り捨てた。クィディッチ・ワールドカップでエディが来るのではないかという淡い期待があったが、代わりに会った面々はグレンジャーとウィーズリーとポッター。そこで白い姉の方がいれば妹のエディもいるとふんでいたのに姉妹共々いなかった。当然自分の父親がこれを知ったら間違っていると諭されることくらい分かっていたので、会わないほうが良かったのかもしれない。しかしこれまでずっと同じような仲間とばっかり過ごしている中で、エディという存在はとても新鮮だった。

 

「お前、ダ…ス…行きたい…か?」

「ん?ごめんなんて言った?」

 

ドラコは丁寧に誘うなどという礼儀はかなぐり捨てた。

 

「っ!!ダンスだよダンス・パーティー!!美味いものいっぱい食いたいかって聞いてるんだ!!」

「うん!!ダンス・パーティー行きたい!!」

 

エディはニッコリ笑った。まだあどけなく純粋無垢な笑みで。ドラコにはホグワーツ中がそれで輝いているように見えた。

 

「じゃあ連れてってやる。」

「え、どうやって?」

「僕のパートナーになったら食えるぞ。」

「え、いいの?」

「ああ。」

 

エディは飛び跳ねてドラコに抱きついた。

 

「ありがとうっっ!!あたし本当に行きたかったの!!でも2年生は行けないって言われて…本当本当ありがとうね!!」

 

チュッとエディはドラコの頬にキスをした。

 

「ばっバカっ!!」

 

ドラコは今しがたキスされた頬に手を当てながら後ずさった。

 

「なに照れてんの。かーわーいーいー!初めてじゃないのにねー!エルフィーのこととルーピン教授のこと言わないって約束でキ「うるさいっ!!」」

 

慌てて周囲を確認して逃げるように去るドラコをエディとボーバトンの生徒はクスクス笑っていた。

 

「…というわけであたしはドラコと行くから!!」

「「「「「はあ?」」」」」

 

しかしドラコ・マルフォイという人物を知るホグワーツ面々はボーバトンの生徒ほど微笑ましくはしてくれなかった。エディがそれを宣言したことでホグワーツ生徒の9割近い人から総スカンを食らったのは言うまでもない。

 

「エディ、あいつは最低だ。」

「あんな人とダンスに行ったら君の評判が落ちるよ。」

「私に呪いをかけたのよ?」

「マグル生まれを穢れた血って呼ぶし!」

「この前私のことを気味悪い雪女って呼んだわ。」

「親父がデスイーターだぜ?」

「我が友よ。君のためにやめるべきだ。」

「あいつ頭皮黄色信号だよな。」

「ホグワーツ歴史史上最悪のシーカー。あ、ちなみに最高は君だぜハリー。」

「あ、どうも。」

「百歩譲ってスリザリン生がいいとしてあいつだけはやめとけ。」

「私もスリザリン生だけど、彼はあんまり好きじゃないわ。」

 

最後の最後に大親友でスリザリン生であるアステリアに聞いたところこのような回答が返ってきた。

 

「えー。悪い奴じゃないよドラコは。ただちょっと自慢好きなだけで。」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

エルファバは1時間目の数占いの授業にハーマイオニーより遅れて入って来た。不幸なことに朝にバーサ・ジョーキンスに遭遇したのだ。

 

『ねーねー、あなたの家族構成は?どうやって氷を作ってるの?気持ちが高ぶるといろんなもの凍らせちゃったりする?ハリーとは今どんな関係?セドリックとは?』

 

これはダンス・パーティーに誘う男子生徒よりもうっとおしく、早く終わらないかと強く願った。なんだかんだで最終的にムーディー教授が追っ払ってくれたからいいものの、あと数分で授業に遅れてしまうところだった。

 

(ああ、良かったわ間に合って。)

 

エルファバはふと、周囲を見ると違和感を覚えた。

 

皆がエルファバを見る目、目、目。

 

ドラゴンを凍らせた時ですら感じたことのない感覚だった。まるで今にもエルファバが爆発してこの教室を破壊してしまうのではないかと皆が恐れているかのようだった。授業を体験している一部のボーバトンやダームストラングの生徒も同じようにエルファバを見ている。

 

エルファバは怖くなった。

 

「ハ…ーマイオニー…?」

 

エルファバは恐怖でクラクラする頭を必死に正して、1番この状況を説明してくれそうな親友を探した。

 

「エルファバ…!」

 

ハーマイオニーは倒れこむようにエルファバに抱きついてきた。

 

「どうしたの?」

 

ハーマイオニーの目は真っ赤に腫れ、体は震えている。

 

「新聞が…!」

「新聞?」

 

ハーマイオニーが片手でグシャグシャに潰している新聞をエルファバは取った。

 

「あの人最低よっ!!」

 

新聞の一面にデカデカと載っているのはエルファバの写真だった。あの日、第一の試練でエルファバが柱に触れてそれが氷に変わり、エルファバがさめざめと泣く。

 

エルファバは目を通した。

 

ーーーーーー

ハリー・ポッターの悲劇の共通点

 

先日、"生き残った男の子"ハリー・ポッターと"ホグワーツ随一の美少女"エルファバ・スミス、そして"ホグワーツ1のイケメン"セドリック・ディゴリーの三角関係をお伝えしたが、今回リータ・スキーターはその三角関係は我らがハリー・ポッターが勝利するだろうと断言した。

魔法使いはマグルの世界で拒絶される。それは周知の事実だ。過去の長い歴史の中で魔法使いはマグルから迫害を受け身を隠す結果となった。…にも関わらずホグワーツの校長であるアルバス・ダンブルドアはどういうわけか、"例のあの人"を見事打ち破った英雄であるハリー・ポッターをマグルへと預けたのだ。

 

『彼のマグルの親戚はひどかったみたいです。彼を無視したり、ご飯をあげなかったり。』

 

多くの生徒がハリー・ポッターがその親戚に虐待を加えられたと証言している。ハリー・ポッターはその虐待がトラウマになり、今でも自分の不幸を嘆いているという。

そして、エルファバ・スミスだが今回恐るべき事実が明らかになった。彼女もまたマグルの家庭で育てられたが、母親が情緒不安定であり、幼い頃は魔力のない妹と差別されて育ったという。さらに彼女が成長すると彼女の美貌を妬んだ母親はマグルの男たちの元へと彼女を金で売り、彼女はマグルの男たちに数年に渡り身体的、精神的、そして性的虐待を受けた。その結果彼女の精神は蝕まれ、感情の爆発が起こるとドラゴンを凍らせてしまうほどに強力な魔力を発動させるという。

 

『私は彼女に足を凍らされた経験があります。ただ話しかけただけなのに。』

 

同級生であるパンジー・パーキンソンはこう言う。彼女が凍らせた物は数知れず、ダンブルドアは火消し作業に走っているという。

この2人はマグルから迫害されたという共通点を持っており、時折2人でその傷を分かち合っているという。

 

『僕は平和に生きてきた人間だ。彼女の気持ちを完全に理解することなんてできない。』

 

セドリック・ディゴリーもこんな諦めの言葉を言うほどに彼らの過去は2人を密接に繋いでいる。2人のそんなマグルから迫害された苦しい過去をひた隠しにして適切な処置をしないアルバス・ダンブルドア、そしてファッジ政権がこれを放っておくという今の魔法界の現状は大いに疑問が残るところである。

 

ーーーーー

 

「…そんな…。」

 

カラカラの口からやっと出た言葉だ。誰も何も言わない。

 

「この記事はエルファバの名誉を汚してるわ!!!これを書いたらエルファバがどんな目で見られるか!!!」

 

ハーマイオニーが大声で泣いてエルファバに抱きついた。

 

「雪…。」

 

レイブンクローの生徒がぽそっとつぶやいた。気がつけば教室中に白い粉雪がヒラヒラと降っている。

 

「本当なの?あなた、アダムやルーカスみたいに操れないの?」

 

エルファバはハーマイオニーを抱き寄せながら、なるべく感情を抑えて、ゆっくり言った。

 

「操れない…操れない。」

「じゃあ僕らを凍らせる可能性もあるってことだ。」

「っ!!なんて物言いなの!?それが何!?今までエルファバがあなたたちを凍らせたことがある!?この子は自分のどうしようもない、手の届かない場所で酷い心の傷を負わされたのに!!彼女がこれをコントロールできないことでどれだけ悩んでたか!!」

 

それ以上ハーマイオニーは嗚咽して、喋ることはできなかった。

 

ドラゴンを凍らせた時はきっと誰もがこの得体の知れない能力をエルファバが操れたから皆が賞賛したのだ。得体の知れない能力を本人が操れないとなると途端に人は自分を疎む。それが精神的な原因だったら尚更だ。

 

「ハーマイオニー…ごめん…私行くね。」

「私もついていくわ。今日は授業なんか受ける気になれない。」

 

ドラゴンを凍らせた時、エルファバは終わったと思った。エルファバが築き上げてきた全てが。一歩歩き出すたびに床は不思議な模様を描き、その度に教室にいる生徒たちは恐怖の声を上げる。

 

自分が恐るべきは"力"を知られることではない。"力"を操れないことを知られることだった。エルファバは教室を出る前に、後ろを振り向いた。

 

「デフィーソロ」

 

エルファバが教室に残した跡がまるで昔からいなかったように全て消えていく。

 

その日からエルファバの学校生活は180度変わってしまった。皆がエルファバを避けるようになった。触れると凍ってしまうと思われているようだった。ハッフルパフの5年生が教科書と羽ペンを落として、エルファバが一緒に拾おうとしたら、彼はそれらを全部放置して逃げてしまった。

 

「大丈夫。すぐ終わるよ。」

 

呆然と立ち尽くすエルファバにハリーは肩を叩いた。彼はこんな風に人から避けられるのには慣れっこだった。

 

「シリウスからの伝言。いじめるやつは凍らせるか呪いをかけろってさ。できない場合は俺がやってやるって。」

「…もうっ。」

 

なんともシリウスらしいアドバイスだ。思わず笑ってしまった。

 

「ねえ。」

 

バーサ・ジョーキンズはハリーとエルファバに話しかけた。

 

「おおっと。お願いあなたは近づかないで。私凍りたくないもの。」

 

バーサは動いたエルファバを(近づこうとしたのではなく逃げようとしたのだが)、制止した。

 

「ねえねえ、やっぱりあなたたちってそういうトラウマで繋がってるの?同じ穴のムジナって感じ?」

「それ以上ゴチャゴチャ言うと呪うぞ!!」

 

ハリーの一喝にバーサは怖い怖いと言いながら逃げていく。

 

「誰が君の過去を言ったんだろう?確かにほとんどがウソだけど、ちょっと本当のことだってあるだろう?」

 

大広間に入っていく段階でハーマイオニーと合流した。

 

「それ私も考えてたの。いろいろめちゃくちゃだけど一部だけ合ってるっていうのも変な話じゃない?だから誰かが何か言ったんじゃないかしら。このこと知ってるのは?」

 

ハーマイオニーはとても優しくエルファバに聞いた。周囲はエルファバを病原菌を見るような目で見ているのが視界に入っているのだろう。

 

「あなたたち3人と…セドリック。」

「じゃあセドリックが?」

「セドリックはそんな人じゃない…と思う。」

「僕もそう思う。というか、あんなにエルファバにゾッコンなセドリックがそんなことしない気がする。例えばセドリックが友達に言ってたとか?」

「あり…えるかな?」

 

ちょうどその時3人の間に黒い何かが横切った。

 

「エルフィーっっっ!!!」

 

顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしたエディがエルファバの上にのしかかった。

 

「エルフィー!!!あたし知らなかった!!エルフィーがそんなそんな辛い思いしてたなんて!!どうして言ってくれなかったの?!あたしエルフィーの妹なのに!!なにもできなかったあああああっ!!」

 

エディの大号泣は大広間中に響き、お昼で少しざわついてた生徒はシンっと静まり返った。

 

「エディ…しょうがないわ。あなたはまだ6歳とか5歳とかそれくらいだったのよ。それにあの記事には一部ウソがあるわ。だからそんなに気にしないで。」

 

エルファバはエディの頭を優しく撫でる。エディは目をグリグリ擦って何度も何度もうなづいた。自分が魔力のないと書かれたことに関してはあまり重要ポイントではないのがなんともエディらしかった。

 

「私お昼食べないと…。」

 

エディはヨロヨロと立ち上がって、グリフィンドールの席へと戻っていく。エルファバはハリーの手を借りて立ち上がった。

 

「ああ、そうさ。エルファバに触ったよ。なんか文句あるなら後で言ってくれ。」

 

ハリーはエルファバに触れたことで驚愕の声を上げた生徒たちを睨みつけた。毎回毎回食事を大勢の前でするのは苦痛だった。しかしここで逃げてはもう戻れない気がした。ロンは先に席を取って待ってくれている。エルファバの背中を叩いて口角を上げる。

 

「みんなどうせすぐ忘れるさ。ハリーだってスリザリンの継承者とかなんか言われたり、今回だっていろいろあったけど大丈夫だろ?今日のコーンポタージュ食べて元気を…?」

 

ロンが言葉を切った。エルファバの背後を見ている。エルファバが振り向くと意外な人物が立っていた。

 

「やあ。」

 

ルーカス・レインウォーターは長身でモデルのような体型と彫刻のように完璧な顔だった。女性たちがキャーキャー言うのもうなづける。ロンはこの能力を持つ人間はみんな美形なのかと思ったが、アダムの存在を思い出してその仮説を頭から消した。

 

「この子借りてもいい?」

 

指差されたエルファバはまるで飼い主から離される子犬のような顔で3人を見た。

 

「大丈夫。取って食ったりはしないからさ。」

 

ね?とエルファバに向かって言うルーカスはとても穏やかでなんとなくエルファバはこの人ならいいかなと思い、コクリとうなづいた。

 

「ありがとう。時間は取らせないよ。」

 

ルーカスとエルファバといういろんな意味で異色な2人を生徒たちは目で追っていった。大広間の外のホールのあまり目立たないところまでくるとルーカスはエルファバに向き直った。

 

「君も大変みたいだね。」

「ん…まあね。」

 

そういうことに鈍感なエルファバでも壁に寄っ掛かるルーカスは絵になると思った。少しウェーブのかかった明るいブラウンの髪も顔の絶妙な位置にかかっている。

 

「ダンス・パーティーさ、俺と踊らない?」

「……………はい?」

 

なんの前触れもないお誘いにエルファバは一瞬理解するのに時間がかかった。

 

「だって君あの代表選手と踊るんでしょ?こんな状況じゃあ好奇の目で見られるし、どう?あ、もうあの人には許可取ってるから平気。」

「いや…どうして?」

「反応意外だな。自惚じゃないけど俺と踊るって言われたらもっと喜ぶと思ってたよ。」

「いやとかではなくて…。」

「君高嶺の花の傲慢で嫌な奴だと思ってたけど、案外可愛いね。」

 

ルーカスはひょうひょうと言うがエルファバが全くついていけてない。顔が無表情だが目だけがコロコロと動いているのは端から見るとなんとも滑稽である。

 

「君は変装して俺のパートナーになればいいよ。その方が楽でしょ?」

「うっうん…セドリックは大丈夫なのね?」

「本人も君はなるべく目立つべきじゃないって言ってたから。」

 

しかしエルファバはふと思う。一緒にダンスを踊るということは男女において素晴らしい夜になるという。セドリックはそんな夜を他の男性と過ごすことを許可するとは思えなかった。

 

「セドリックにもう一回話聞いてからでもいい?」

「いいよ。俺は焦んないから。」

 

ルーカスは手をヒラヒラさせて大丈夫だとアピールする。

 

外は曇っていた。今にも雨が降りそうで校庭に出ている人は誰もいない。エルファバはこのどんよりとした灰色の景色を純白に変えてしまいたいという衝動に駆られた。

 

「できるの?」

 

ルーカスは心を読んだかのようにエルファバに聞いた。エルファバは窓を少し開け、手を出した。エルファバの手から冷たい風が球体を作り、空高く飛んでいった。その数秒後外は一気に冷え込み、雲の色も変わってきた。

 

「きた。」

 

空から降ってくる小さな小さな粒はエルファバの手に止まり、一瞬で見えなくなった。

 



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6.クリスマス・ダンスパーティー

【注意】
このお話には若干の性描写とBL描写がございます。


「どうかな?」

「女神みたいよ。」

「そんな…そうじゃなくてハーマイオニー…。」

「うふふ、ごめんなさい。でも本当似合ってるから。」

 

薄いピンクのシフォンドレスを着たハーマイオニーも本当に美しいとエルファバは思った。いつも自分を差し置いてエルファバにばかり気を使っているので、気づかなかった。

一方エルファバはというと、胸のあたりがピンクで下半身にいくにつれて段々と白くなっているグラデーションのAラインドレスだ。エルファバの女性らしくなりつつある体型をキレイに生かしたドレスを選んだのはミセス・ウィーズリーだ。しかし生まれて初めてヒールを履くのでガニ股歩きになるのが非常に残念だとハーマイオニーは思った。

 

「それにしてもどうして染め粉が効かないのかしらね。」

 

エルファバはハーマイオニーの問いに肩をすくめる。

 

目立たないように、エルファバは飲むタイプの染め粉(これはうぶ毛までキレイに染まるという優れものだ)で髪をジニーのような真っ赤な毛に染めようとしたがエルファバは規定量ギリギリまで飲んでも効果はなかった。結局エルファバは赤毛のカツラをかぶって参加することになった。

 

「あなたに白髪でこのドレス着てほしかったわ。」

「私も!絶対映えてたわ!」

 

ハーマイオニーのつぶやきにラベンダーも100%同意した。パーバティは髪を結わくのに夢中で何も反応しなかった。あえてそういう風に見えるようにしているのかもしれない。

 

「セドリックは結局レイブンクローのチョウ・チャンと踊るんですって。でもセドリックはあんまり乗り気じゃないらしいから、気にしちゃダメよ!イケメンルーカスとのひと時を楽しんでね!」

 

ラベンダーがウキウキしているのに対してエルファバはぎこちなく笑った。

 

 

ーーーーー

 

 

「見て。あの人めっちゃイケメンじゃない?」

「そう…かな?」

「ボーバトンの連中はさ、ホグワーツの奴らは田舎くさいって言うけどマッチョな人多くて好きだよ。ダームストラングはムサすぎて好きじゃない。」

「へー。」

「へーって。まあイケメンに囲まれてると感覚鈍るよね。」

「イケメン?」

「ディゴリーだけじゃなくてハリー・ポッターとかも顔立ち整ってんじゃん。いいよね、俺ハリー・ポッターも好きだなー。まあ残念ながら彼にはその傾向はないみたいだけどね。」

 

この会話をしているのはルーカスとエルファバである。影に隠れた目立たない、且つホールが見渡せる場所でエルファバとルーカスは談笑していた。セドリックがエルファバとルーカスがダンスのパートナーとして一緒にいるのをオッケーしたのには理由があった。ルーカスに誘われた後にセドリックに聞いてみるとセドリックは言った。

 

『彼は君よりも僕が好みなんだってさ。』

『……彼はセドリックが好きなの?』

『うん、そういうことになるね。』

『なのにセドリックじゃなくて私と踊るの?』

『本当は僕と踊りたくて踊りたくて仕方ないけど周りの目があるし、何より今回は君と喋りたいんだって。』

 

ルーカスはウエーブかかったライトブラウンの髪を金髪に染め上げ、伸ばすことで他の生徒の目を巻いた。

 

「ちょっと前まで恋人(ボーイフレンド)いたんだけどここ来る前になんか向こうが嫉妬に狂って俺に呪いかけようとしやがってさ。女にモテるとそういうのも厄介だから嫌なんだよね。あ、ちなみによく勘違いされるけど俺は心も男だから。女装癖とかなないからね。エルちゃんなんか知識なさそうだし今度いろいろ教えてあげる。」

「ありがと。」

 

エルファバ自身はそこに対する偏見はなかったのもルーカスが心を開いてくれた要因の1つだった。幼い頃から数々の本を読んでいるエルファバはシェークスピアやオスカー・ワイルド、レオナルド・ダ・ヴィンチが同性愛者であることも知っており、特に珍しいことでもないと考えていたからだ。

 

「なんか話聞いてるとエルちゃん不安だなあ。なんか知識あるようでないんだよね。」

「どういう?」

「性知識。」

「せいちしき?」

「ほら分かってない。君変態から狙われそうだし俺がそっちのことも手取り足取り教えてあげてもいいけどそれじゃあセクハラに見えるだろうしなー。それにそれやったらディゴリーに殺されるな。」

 

ルーカスがサラッと問題発言をしたことにエルファバは気づいていない。

 

話に出たセドリックはエルファバの1つ上の中国系の女子生徒(ラベンダーが言っていたチョウだろう)と並んで座っている。なんとなく考えた。

 

(あの記事が出なかったら私はセドリックとあの席に座っていたわ。そうしたらセドリックは私のドレス姿を見てなんて言ったかしら?優しい彼のことだから仮に私がカエルの着ぐるみ着ても似合ってるって言いそうだけど。)

 

大広間は銀色の霜に包まれ、満天の星空の下でヤドリギや蔦の花が絡んでいる。皆が拍手をすると代表選手たちが前に出てきてゆっくりと最初のワルツを始める体制になった。皆が(特に女子)ウキウキしている中でエルファバとルーカスは大きめのチキンを食べ始めた。

 

「それで?あの記事はどこまでが本当なの?」

 

何の前触れもなくルーカスは確信をついてきた。エルファバのフォークからポトっと肉の欠片が落ちた。

 

「どこまでって言われるとよく分からないんだけど、多分母親は私を妬んでる訳じゃないし、私は叔父さんにお金で売られた訳でもないし、数年間暴力振るわれてた訳ではないわ。でも似たようなことがあったのは事実だし、精神的な影響でコントロールできないこともあるわ。」

 

ルーカスはエルファバの顔を覗き込んだ。

 

「話で聞いたけど、2年の時に廊下と蛇を凍らせたってのはそれは意識的?それともそういう無意識なもの?」

「どっちもかしら。凍らせようとは思ったけど、あそこまでできるなんて思ってなかったし。」

「へえ。」

 

ルーカスはチキンを自分の炎で少し燃やしてからまたひとかじりした。

 

「あなたたちは完璧にコントロールできるの?」

「むしろ俺はエルちゃんが精神的にコントロールできないっていうのが本当だってことにびっくりした。」

 

(じゃあやっぱり、私って異常なのね。)

 

エルファバは心臓からシュルシュルと空気が抜けていくのを感じた。

 

「知ってる?僕らのこれって遺伝子なんだ。」

「遺伝子?」

 

それを察したのかは分からないが、ルーカスはエルファバの興味の持ちそうな話題に移した。

 

「そ。数百年前に"呪われた"僕らの一族は感情によって周囲を燃やし…あるいは凍らせて、マグルからも魔法使いからも疎まれる存在だった。魔法使いたちの魔法は効かず、皆身を隠すしかなかった。」

「数百年前…魔法界からすると意外と最近なのね。どうしてその話が広まらなかったのかしら。呪われたって誰に?」

「ゴブリン…小鬼。」

 

エルファバは魔法史の教科書に載っていたゴブリンの反乱が起こった時の話を思い出した。

 

"ゴブリンの反乱の際、ゴブリンには魔法使いの協力者が数人いたとされる。しかしゴブリン側は否定しているので真偽は定かではない。"

 

「!私たちの祖先は…!」

「ゴブリンに協力してた。」

 

エルファバは納得したようにうなづく。

 

「私銀行にお金をおろしにいくたびにジロジロ見られてたの。彼らは知ってたのね。」

「俺らの祖先はゴブリンと魔法使いとの戦いにゴブリン側として戦った。」

「けど呪われたんでしょう?」

「そこがポイントなんだ。ゴブリンたちが言うにはどうやら終戦の条件としてゴブリン側が提示した魔法使いたちが奴らの所有物を渡すことを俺らの祖先は拒否したらしい。盗んだ物を返さない魔法使いの"不誠実さ"に怒ったゴブリンは俺らに罰として呪いをかけたってわけ。」

 

ゴブリンと魔法使いの長年の不仲は有名な話だった。ゴブリンと魔法使いでは価値観、特に宝に対する考え方が違った。互いが卑怯な手を使い、お互いに多くの犠牲を出し現在は魔法使いが勝利したということで表面上は仲がいい。しかし話によればゴブリン側は宝に対する処遇や杖を持つことを許可されていないなどのことに不満を持っている。

 

「まあ、呪われた俺らに出来ることは少ないけど…言えるのは、氷なら炎よりも人を守ることができると思うよ。だからエルちゃんにはコントロールできないからって気を落とさないで欲しいな。」

「そんな…あなただって守ったでしょう?」

 

ルーカスはキョトンとエルファバを見返した。

 

「クィディッチのワールドカップで。」

「あ、あれ君の知り合いだったの?」

「ハリー、ロン、ハーマイオニーだったの。」

「へえー!不思議な偶然っていうのもあるんだねえ。ハリー・ポッターを助けた男ってことでイギリスの魔法省からたんまりお金もーらおっと。」

 

ルーカスはジョークを言ってクククっと笑ったがすぐに真顔になる。

 

「俺はただこれでできるだけ多くの人を守りたいんだ。君も感じたことがあると思うけど、たまに…俺自身の炎に俺が飲み込まれるんじゃないかって思うんだ。いつか誰かを傷つけて、それに快感を覚えるような人間になりそうで怖い。アダムがそうだ。」

 

ルーカスは辺りを見回してから声を落とした。

 

「今更って思うかもしれないけれど、あいつは危険だ。俺とあいつは家族ぐるみで関わりがあったんだけど、あいつは子どもの頃、俺でいろいろ"実験"してたんだ。最終的には俺の親が気づいて終わらせたんだけどね。内容はこんなキレイな夜に言えるもんじゃない。ああ、言っておくけど俺がゲイなのは生まれつきだから、そういうので目覚めたわけじゃない…って言ってもエルちゃん分かんないよね。」

「んー。」

「今度教えてあげる。とりあえず、アダムからはできるだけ離れて。ダームストラングはカルカロフが校長になったことによって暗黒期を迎えてるし…なんかあったら俺に言って。」

「分かっ「エルフィーっっ!!」」

 

エルファバの言葉を遮ったのは当然エディだ。"プロフェッショナルなビッチたち"に仕込んでもらったのか、朱色のドレスをヒラヒラさせて走ってきた。その背後には、燕尾服を着たマルフォイがついてきた。

 

「あなた本当に…。」

 

エルファバは覚悟を決めて、立ち上がった。

 

「エディ。ちょっとマルフォイと話してもいいかしら?」

「ん?いいよ?」

 

エルファバは自分よりも20センチ近く背の高いマルフォイを睨みつける。マルフォイもマルフォイでエルファバを小ばかにしたような目で見た。

 

「僕に近づかないでくれよ。パンジーみたいに情緒不安定で凍らされるのはごめんだ。僕はあの記者が暴くよりもずっと前からお前が精神病だってことは分かってたんだ。」

「エディと一緒にいるのはどういう目的なの?」

「僕じゃない。あいつが俺と行きたいって言うから仕方なく付き合ってやってるだけさ。」

 

(どうしてこんな人とエディは付き合ってられるワケ?)

 

エルファバは憎たらしいにやつき顏のマルフォイに呪いをかけたいと本気で思った。きっとこの白い肌に膿がたまった赤いニキビはよく映えるだろうと考えると少し落ち着いた。エルファバは一歩近づくとマルフォイはひるんだ。

 

「おいっ、僕に近づくなって言ってるだろう!?化け物!」

「エディにこれ以上何か危害を加えるならいくらだって化け物になってやるわ。」

 

エルファバが踏み出した足の先直径30センチほどで空気が割れる音がする。

マルフォイがそれを見て、ヒエっと声を上げた。

 

「ただでさえハーマイオニーがあなたたちに侮辱されてることが耐えられないのに、エディまでそんなことされたら私何するか分からないわよ。」

「僕はグレンジャーみたいな穢れた血を持つ人間が魔法教育を受けるべきじゃないと正当な主張をしてるだけさ。お前の妹は…別に…。」

 

マルフォイはエルファバの後ろでルーカスに挨拶するエディをチラリと見た。

 

「マグルのハーマイオニーやエディをこれ以上辱めるなら私本当に凍らすから。」

「だからお前の妹は違うって言ってるだろう?」

「何が違うって言うのよ。彼女が私と異母姉妹でマグル生まれであることはお父様から聞いてるんじゃなくて?」

 

この一言で挑戦的だったマルフォイの笑みが一瞬で消えたことはさすがのエルファバも分かった。

 

「なんだって…?」

 

なんとなく、なんとなくだが、エルファバはマルフォイに余計な情報を与えたような気がした。

 

(考えてみれば記事にはエディと私が異母姉妹であることは載ってなかったし、エディ本人もそこを理解してないわ。ってことはマルフォイがエディと一緒にいたのはまさか彼はエディを混血だと思ったから…!?)

 

「あいつが…穢れた血…?」

「やめてその呼び方。」

「そんな…。」

 

マルフォイは髪をかきむしって、キョロキョロと何かすがるものを探すように挙動不審に首を動かした。動揺している。

 

「ドラコとエルフィー、話終わった?」

 

エディがエルファバとマルフォイの顔を交互に覗く。

 

「あっ…ああ。」

 

マルフォイはエディから視線を逸らす。青白い頬がピンク色になっている。

 

「ドラコ、あたしエルフィーにやってほしいことがあるの。だからちょっと離れてていい?」

「ん…。」

「ありがと。」

 

エルファバの同意は得ずにエディはエルファバの腕を掴んで人の多い場所にずんずんと歩き出す。

 

「エルフィー、あのデラクールがね…可愛いガブリエルじゃなくて憎たらしい姉貴の方ね。ホグワーツの装飾は最悪だって言ってたの。ボーバトンのクリスマスは溶けない氷の装飾があってキラキラ輝くんですって。だから「待って。ダメよ。」」

 

エディが結論を言う前にエルファバはエディから離れて首を振った。

 

「なんで?」

「なんでって…そんなことしたらみんな怖がるわ。」

「そうかな?キレイだったらみんななんでもいいと思うけど。」

「それが杖から出されて、精神的に不安定なものじゃなければね。」

「けどエルフィー普段から出せるでしょ?」

「そうだけど、そうじゃなくて。」

「いいじゃんいいじゃん。てかあたし今スケートしたい気分なの。ハーマイオニー!!」

 

ハーマイオニーはエルファバの後ろでビクトール・クラムと談笑しているところだった。

 

「なあに?」

「スケート靴ちょうだーい!」

「はーい!」

 

ハーマイオニーは杖を取り出し、エディのしなやかなヒールを一瞬でゴツいスケート靴に変えた。

 

「持ってきてたの。」

「あなたたち、まさか事前に計画してたわね?」

 

エルファバはハーマイオニーを睨むが当の本人は嬉々としてクラムに事情を説明していた。

 

「エディ!」

 

エディは人をかいくぐって絨毯の上を器用に走る。その先は大理石のダンスホール。

 

「ほらほら床凍らせないとあたし転んじゃうよ〜?」

「エディっ!」

 

エルファバもエルファバで慣れないヒールでよろよろとエディを追いかけている。あと数メートル、数センチ…。

 

バキバキバキバキっ!!

 

「ひゃっほ〜うっ!!」

 

エディは美しく大理石の上で滑り始めた。エルファバは大理石と絨毯の境界線ギリギリで必死にエディの行く先を凍らせた。

 

「なんだあれ?」

「アイススケートよ。」

「スッゲー!」

「氷の上を飛んでるみたい!」

「エディって本当なんでもできるのね!」

 

一方"裏方"のエルファバは足の方に異変を感じていた。気がつけばエルファバの銀色のハイヒールがエディと同じものになっている。

 

「ハーマイオニー、私はやらないわ。」

「ふふっ、やるのよ。」

「やんない。」

「やるわ。」

「やんな!?」

 

突然強い力がエルファバをダンスホールへと押した。エルファバはよろっとバランスを崩しながらも後ろ向きになりながら滑ってなんとか体制を持ち直す。必死にエディと自分の行先を見ながら、凍らせた。エルファバがいた場所にはフレッド、ジョージ、そしてロンがいた。

 

「誰やったの!?」

「「ロン。」」

「僕じゃないよ!」

 

そう言う3人はニヤニヤしているのでおそらく全員共犯だろう。今やエルファバとエディはその場に生徒たち全員の注目の的だった。

 

「エルフィー!ダンスホール全部凍らせちゃいなよ!その方が楽だよ!」

 

主犯格(エディ)は辺りを取り囲む生徒たちに歌手のように投げキスをしながらスピンした。エディと自分が転ばないように必死に床を凍らせる。黒髪の少女と赤毛の少女が華麗に床を滑る(正しくはエディをエルファバが追いかけている)を生徒たちは感嘆の声を上げて見ていた。

 

「みんな聞いてっ!!」

 

ただでさえ注目を浴びているのにエディはさらに大声を出した。

 

「あー、バンドのおじさんたちセッション邪魔してごめんね!あなたたちの歌好きよ!けど、今はあたしのお姉ちゃんのパフォーマンスを見てほしいの!」

「エディ、何を言って…?」

「どっかのボーバトンの誰かさんはホグワーツの装飾をボロクソ言ってたから、エルフィーにそれを変えてもらおうと思うの。もちろん全部じゃないよ?あたしはこの飾り好きだからね。」

 

ハーマイオニー、ロン、フレジョは拍手やらピーピー口笛を吹くやらで盛り上げたが、他の生徒たちは不安げにヒソヒソと声を潜めて話す。"どっかのボーバトンの誰かさん"は美しい顔を醜悪に歪めてエルファバとエディを睨んでいた。

 

「エディ、私そんなことできないわよ…。」

「大丈夫だって。サーカスみたいにひょいひょいって大げさにやればいいんんだから。」

 

エルファバはチラッとハーマイオニーとロンを見た。ロンはうなづき、ハーマイオニーはエルファバを指差し、片手の指をウネウネと伸び縮みさせた。おそらく普段のエルファバの真似だろう。そこにルーカスが寄ってきたが、面白そうに口笛を吹いて拍手をする。次に座っているセドリックを見た。彼はウインクをして脚を組んだ。

 

「分かったわ…。」

 

エルファバはゆっくりと両腕を大きく広げ、ホールを見渡す。

シン…と静まり返り、全ての視線はエルファバを見ているのを全身で感じた。

エルファバはそれを無視し、なるべく建物全体に注意を向ける。

 

(このクリスマスに合うのは彫刻みたいなものよりも花の方がいいわね。蔦とかあっても悪くないわ。)

 

エルファバは滑りだす。蝶が舞うように大理石の上を滑るたびにダイアモンドのようにきらめく粉が舞った。それはまるで妖精の粉のようで、観客数名からため息が漏れる。

 

「見て!」

 

ダームストラングの女子生徒がテーブルを指差して叫んだ。各テーブルの真ん中に氷でできた花と花瓶が置かれていた。花はピンポンマムで細かな花びらの細部に至るまで作り込まれていた。壁には本物のヒイラギと氷のヒイラギが混じり、天井の角には大きなポインセチアを咲かす。その華麗な魔法に会場にいる人々は拍手を送った。

 

エルファバは息を飲む。

これを望んでいた。自分の魔法が人に喜ばれるのを。自分のエゴでも構わなかった。エルファバは自分の髪を締め付けるカツラを力任せに投げ捨てた。絹のような白い髪が現れ、その美しさで皆はまた歓声を上げる。

 

「もっと!もっと!」

 

生徒たちはエルファバにねだった。エルファバは杖で呪文を唱え、それと同時に手を伸ばすと指先にアゲハ蝶が生まれて大広間の中で優雅に羽ばたいた。

 

歓声はどんどん大きくなり、エルファバは天井に手のひらを向ける。銀色の光が上へ放たれ、会場内に雪が降り始めた。

 

「見て、これ普通の雪より粒が大きいよ!」

「すごい、結晶がはっきり見える!」

「キレー!」

 

ハーマイオニーは杖で滑れるマグル生まれの生徒にスケート靴を履かせていた。初体験のフレッドとジョージは無謀にも挑戦して盛大にコケて笑いを誘っている。

 

 

「見事なものじゃ。」

 

エルファバの後ろにはダンブルドア校長がいた。自分の作品を作るのに集中していたエルファバはぎょっとした。

 

「来年からはフリットウィック教授と共に君にクリスマスの飾りを頼もうかのお。」

「お上手ですね。」

「はるか昔にマグル生まれの学友に教えてもらったのじゃ。」

 

ダンブルドア校長は魔法使いとは思えない、そして老人とは思えない軽快な滑りで別の意味で注目を浴びていた。しかもスケート靴が自前である。エルファバの周囲をなめらかに一周してからニッコリと微笑み、お辞儀をすると皆感嘆の声を漏らしパラパラと拍手した。

今度はフリットウィック教授は杖を一振りする。

 

「これで魔法使いでもスケートは楽しめるでしょう。」

 

スケートをやりたいとブーブー言っていたフレッドとジョージ、そしてリーが2センチほど宙を浮き、氷の上を滑り始めた。

 

「簡単な浮遊呪文。自分にではなく靴にかけるのですよー。」

 

ペアを組んだ男女はお互いの体を支えながら、氷の上で滑りだした。雪を降らせ、凍らせ、滑り、笑う。

 

不思議な夜は時を早めた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

エルファバは大広間の外でセドリックを待っていた。

あの大活躍のあと、もう誰もエルファバが精神異常者などと呼ばなくなった。むしろ次々とエルファバがダンスを申し込まれてルーカスが連れ出さなくてはてんてこ舞いになっていた。

 

(セドリックまだかな。)

 

エルファバの周りでは妖精たちがくすくす笑いながら光を放ち、飛んでいる。クリスマスの夜によく似合う。その中で、カップルがキスしたり、キスしたり、キスしたりしている。そんなことを気にするエルファバでもなかったが、問題はエルファバの場所からは見えない暗がりにいるあるカップルである。

 

「ダメよ…こんなところで…。」

「いいだろ?誰も気にしないさ。」

 

そこから聞こえる吐息と怪しい雰囲気にさすがの他のカップルたちも退散し始めた。

 

(女の人苦しそうね。大丈夫かしら。でも嬉しそうでもあるし…人呼んだ方がいいかしら。)

 

いらぬ心配をするエルファバである。

 

「あっ、あっ、ああっ…!」

 

嬌声響く廊下でエルファバは2人の安否を気にしながらセドリックを待った。

 

「あ、セドリック。」

 

セドリックはすごい勢いでエルファバのところにじ来たかと思えば、すごい勢いでエルファバを校庭まで引っ張っていった。

 

「なんであんなところにいるんだよ?!」

「ごっごめんなさい…。」

 

エルファバはセドリックが声を荒げる理由が分からずに反射的に謝った。

 

「えっ、あっ、いや…その…怒ってるんじゃなくて…居づらくなかったのかな…って。」

 

エルファバの手を握るセドリックの手が段々熱くなっているのを感じた。

 

「ちょっと女の人が苦しそうだったから助けを呼ぼうとしたけど。」

「しなくて正解だよ。って、え?」

「?」

「…まさか、知らないの?」

「知らないって何が?」

「…なんでもない。」

 

彼氏としてとんでもない問題に直面したことをセドリックは理解せざるえなかった。このやり取りをルーカスが聞いたら、満面の笑みでやって来て「ヘルプしよか?どっちにも伝授するよ?」と聞いてくるだろう。

 

頭を抱えたが気を取り直し、セドリックはエルファバの頭を軽くポンっと叩いた。

 

「やっぱり白髪の方が君って感じ。」

「そう?」

「うん。いつもキレイだけど、今日は一緒にいるのが申し訳なくなるくらい美しい。」

「恥ずかしいわ…ありがと。」

「本当だよ?」

「…うん。セドリックも素敵だったわ。」

「僕は現在形で綺麗って言ったのに、君は僕のこと過去形で言うのかい?」

「違うわよ…!だって今セドリックのこと見えなくて…!」

「ははは。冗談だよ。」

 

真っ暗な校庭の中で妖精たちの光のみで互いの顔はよく見えない。大広間からは優美な音楽が漏れている。セドリックは大げさに片手を後ろに回し、腰を折って、エルファバに手を出す。

 

「一緒に踊ってくれませんか、綺麗なお嬢さん?」

 

エルファバは、少し複雑な顔をしてセドリックの手を取る。

 

「私踊るのダメなの。」

「ロングボトムの足7回踏んだんだって?」

「誰が言ったの?」

「エディ。」

「もうやだあの子。」

 

セドリックは笑ってエルファバの手を取り、エルファバの腰に手を回して、音楽に合わせてワルツを踊り始めた。

 

「あっ、ごめんなさい。」

「ごめんなさい。」

「あー、もうっ。本当ごめんなさい。」

 

案の定何度も足を踏んでは謝るエルファバにセドリックは突然しゃがみ込み、エルファバのヒールを脱がせ、横抱きにした。

 

「どう?」

「足が楽だわ。」

 

エルファバとセドリックは笑ってワルツの音に合わせてゆらゆらと動いた。

 

「私、来年もずっとこうしてたい。」

「僕も。」

 

エルファバはセドリックの首に腕を回して身を委ねた。

 

ーーーーー

 

ハリーへ

 

クリスマス・ダンスパーティーは楽しかったわ。けど、私はあの計画にあなたがどこまで関わっていたのか知りたいわ。

 

エルファバ

 

ーーーーー



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7.第二の試練

「ハグリッドに巨人の血が?」

 

ダンスパーティーの翌朝、ロンは興奮気味にハーマイオニーとエルファバに報告した。

 

「そうなんだよ!多分マクシームにも!そんな告白をしてるのを聞いちゃったんだ!」

 

基本反応が薄いエルファバはともかくとして、ハーマイオニーからの反応が薄いことにロンはじれったそうに体を上下させた。

 

「なんとなくそんな気はしてたわよ。ハグリッドよりも身長の高いマダム・マクシームだって確実にそうだわ。けど狼人間への差別と一緒で巨人だからといって何かがあるって訳じゃないのよ。」

 

ロンは不満そうな顔をしたが、つい昨日ハーマイオニーと(エルファバには原因がよく分からない)ケンカをしたところだったのでこれ以上何かを言うのはやめた。ハーマイオニーは口いっぱいにコーンフレークを入れる。

 

「エルファバも分かってたの?」

「なんとなくね。」

「なんで教えてくれなかったんだよ。僕ら親友だろう?」

「確証はなかったし、ハグリッドも言わなかったってことは知られなくなかったのかなって。

 

ロンはハーマイオニーに反論できないこともセットで、エルファバのスコーンを1つ奪った。エルファバはロンを睨みつけた。

 

休暇が終わると、ハリーはとてもウキウキした顔で帰ってきた。クリスマスの出来事を興奮気味にノンストップで話しており、それを聞く役目はロン、ハーマイオニーからエルファバに代わった。

 

「チェルトナムの家でシリウスとリーマス…ルーピン教授のことだけど、その3人で過ごしたんだ。料理はマグルのスーパーマーケットで買ったチキンとサラダとケーキだったけど最高のクリスマスだった。3人の学生時代の話とか僕の1年と2年で起こった話とかして、本当本当楽しかった!大人になってからの話だけど、シリウスと僕の父さん、1回空飛ぶバイクに乗ってマグルの警察とデスイーターに追いかけられたんだってさ!それで…。」

 

言うまでもなく、聞く役目はエルファバに適役だった。比較的大人しいハリーが小さい子が今日起こったことを親に聞かせるようにずっと話している光景はなかなか面白いものだったが、部屋が一緒のロンは「僕もうお腹いっぱい。」と降参を宣言し、ハーマイオニーもハーマイオニーで早い段階でエルファバにその役目をパスした。

 

「ルーピン教授元気にしてた?」

「前に比べるとみすぼらしくなってた…けど君の手紙は受け取ってたみたいだよ。エディのブボチューバ事件は傑作だって笑ってたし。」

 

おそらくルーピン教授は就職ができていないに違いない。それでも手紙で喜んでくれたということを聞けただけで嬉しかった。ちなみに聞けば聞くほどシリウスのハリーに対する溺愛っぷりはすごいらしく、ハリーもハリーでやり過ぎだと言いつつも満更ではなさそうだ。親戚を親バカだと言っていたハリーだったが、今やシリウスもその道を爆進中だと誰も言う勇気はなかった。

 

「あ、そういえば僕第二の試練の謎が解けた。」

「「えっ!?」」

 

本を読んでいたハーマイオニーとチェスの駒を磨いていたロンは大きな声を上げた。

 

「すっごく重要じゃない!!どうやって!?」

「シリウスにヒントをもらったんだ。けど、問題はそのあとなんだよ。」

 

ハリーが言うには金の卵が隠していた言葉は海から大事な人を救う試練をしろということらしい。1時間水中を潜っていないといけないというのが最大の難関だった。

 

「なんか知らない?1時間湖に潜り続ける方法?」

 

口を開いたのはエルファバだった。

 

「泡呪文は?」

「「なにそれ?」」

「口に水圧に負けない泡をつける呪文よ。」

「いいかも。それって僕にもできる?」

「N•E•W•Tレベル。」

「じゃあ却下。」

 

そんなこんなで4人は休み時間は1時間ほど湖に潜れる方法を図書館で探す時間に費やすことになった。

 

「変身呪文で魚になるのは?」

「変身呪文って難易度高いし危険度が高いわ。」

「一生エラが取れなくなるかも。」

「うーっ。それは勘弁。絶対1時間で解けるやつにしてくれよ。」

「あ。これは?エラ昆布。」

「なにそれ?」

「食べるとエラとヒレができてきっかり1時間で元に戻る。」

「最高じゃないか!どこにあるのかな?」

 

その答えを持っている人物は誰もいなかった。うやむやにしたままただただ日が過ぎていった。

 

「そういえば、君クリスマスのパーティーの時に近くにバーサ・ジョーキンスとアダムの近くにいたけど、何してたんだいあの2人?」

 

集中力が切れたハリーは気分転換に本を片付けていたエルファバに聞いた。

 

「えっそうなの?」

「うん。君が大広間の外にいて、男女のペアが周辺にいて、そのうちの1組に。」

 

エルファバが答える前にハーマイオニーがずいっとエルファバを押しのけてハリーに近づいた。その顔はまるで子供の隠し事を問い詰める母親のようだ。

 

「悪趣味ねハリー。」

「何言ってるんだいハーマイオニー?」

「ロン、この人私たちのクリスマスの様子をあの地図を開きながらクリスマス・ディナー食べてたのよ。どおりで誰が誰と踊ったのかやけに知ってるわけだわ。いいおつまみになったでしょうね。」

「そうなのかいハリー!?」

 

ハリーはゆっくりとハーマイオニーから目を逸らした。その先にいるエルファバは無表情にハリーを見る。彼女から表情は読めないが心なしか軽蔑しているように見える。ハリーは見間違いだと心の中で唱えた。エルファバがそこまで考えられるはずがない。

 

「ロン、君はパートナーの年下のハッフルパフ生に置いてけぼりにされてたね。」

「おい言うなよっ!!」

 

ハリーはロンにソファのクッションで殴られるのを笑って抵抗した。ハーマイオニーは全く、と腕を組んだ。

 

「さぞかし楽しいクリスマスだったでしょうね。どうせ、シリウスにいろいろ吹き込まれたんでしょう。」

 

ハーマイオニーが言うことは図星だった。シリウスは男女関係のプロフェッショナルでチキンを頬張りながら、地図上の点の動きを指差してこのカップルはいずれ別れるだろうとか、こいつらは多分とりあえず相手を探してくっついてるんだとかあれやこれや言っていた。そしてそういうのはよくないよと言いながらも嬉々として、こことここは付き合ってたのに今回は踊ってないとか、あの子は可愛いからモテるとかいろんな合いの手を入れていたのは我らがルーピン教授である。

 

「もうっ。」

「良ければシリウスの考察みんなに聞かせるよ。」

「結構よっ!高みの見物しちゃって!」

 

"ハリー叩き"にハーマイオニーが加わった。エルファバはキョロキョロと3人を見てからゆっくりと少し遠くにあったクッションを持って、よく分からずにペチペチと"ハリー叩き"に参加した。

 

「エルファバ!訳も分からず僕を叩かないでよ!」

 

しかし数日後、そんな順調な空気を吹っ飛ばすようなことをリータ・スキーターがまたやってのけた。

 

「ロン言ってないでしょうね?」

「言ってないよ!!言うわけないだろう!?」

 

ハリーは怒り任せに新聞をぐしゃぐしゃにして捨て、荒々しく昨日4人でじゃれたソファに座った。

 

「あの人、透明マントかなんかを使って隠れてたんじゃないかしら。」

 

ハグリッドがジャイアントの血を引いてることが新聞によって全ての人に知られてしまったのだ。

 

「盗み聞きしてたってこと?」

「ハグリッドバカだよ!あんなところで秘密バラしちゃうなんて!」

「授業が全部終わったらハグリッドに会いに行こう。僕はハグリッドに戻ってきてほしい。君もそうだろう?」

 

ハリーはものすごく威圧的にハーマイオニーを見た。

 

「今回きちんとした授業を受けて新鮮に感じたわ…でっ、でもハグリッドに戻ってきてほしい!」

 

ハリーの目の怒りの色が強くなったのでハーマイオニーは慌てて付け加えた。

 

ハグリッドの授業は正直なところ、評判はよくない。バックビークなどのヒッポグリフを扱った3年の時はまだしも4年になったらどういうわけか、ものすごい危険な動物を扱うようになったのだ。今教えている教授は危険な動物ではなく安全かつしっかりした知識を教えてくれるので優等生のハーマイオニーからしたら彼女に教えてもらったほうがいいに違いない。

 

その晩どんなにハグリッドの小屋の戸や窓をどんなに叩いてもハグリッドが出てくることはなかった。

 

「エルファバ、鍵穴の中で氷を作って鍵を作ったりできない?キーピッキングみたいなさ。」

「できないことはないけれど…ハグリッドの意思に反するんじゃないかしら。」

 

他の生徒たちはハグリッドがいないのを寂しがったが、授業は持たなくていいと思っているようだった。あの授業はハグリッドの人柄で持っていたようなものだ。授業は引き続きあの女性教授がやり、授業中もずっとスリザリン生徒がハグリッドをバカにして笑うのでハリーがその辺にあった大量の雪の塊をそいつらに浴びせた。

 

「エルファバ、雪の棘をあいつらの頭上に降らせてくれ。」

「それか氷の滑り台作って湖に放り込んで。」

「氷の巨人を作ってさ、あいつらをホグワーツ城から投げるってのは?」

「うーん、悪くないけど今回の場合はちょっとまずいよ。」

「じゃあ、奴らの口の中凍らせてよ。」

 

パーバティが言った。エルファバは驚いて、周辺の木々を凍らせてしまった。パーバティがエルファバに話しかけたのは第1の試練の時以来だ。

 

「できるエルファバ?」

「…できないことはないけど、証拠がないほうがいいと思うわ。」

 

幸いまだ雪が残っているので木々が凍っても違和感はなかった。パーバティは堰を切ったように話し始めた。

 

「エルファバ。私ごめんなさい。意地はってて、あなたのこと何も知らなくて…。記事が出てからも酷い態度取ったから謝るタイミングを完全に見失っちゃって…。許してくれる?」

 

エルファバは言い終わる前にパーバティに抱きついた。

 

「もう一生喋れないかと思ったわ。」

 

エルファバはパーバティからゆっくり離れて、笑った。

 

「また一緒にしゃべろうね。」

「うんっ!」

 

エルファバとパーバティは2人でユニコーンの子供を優しく撫でた。

 

エルファバの笑顔にシェーマスが悶絶してたのと、スリザリン生をハーマイオニーがえげつない魔法で黙らせたのをエルファバは見ていない。

 

 

ーーーーー

 

 

ホグズミードは相変わらず混んでいた。エルファバは父親への手紙の返信を書いてからエディのお土産(ざっと20個はあり、しかも多岐に渡り「エルファバ!エディを甘やかすんじゃないの!」とハーマイオニーに言われた)を購入してからホグズミードのパブで3人に落ち合った。

 

「ハグリッドは?」

「「「「「いない。」」」」」

 

どういう訳かハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてマギーとルーカスがカウンターにいた。改めて見ると不思議なメンツである。

 

「そういえばマギーってさ、エルファバの能力のこと知ってたの?」

「知ってたよフツーに。」

 

ロンの問いにマギーは何を今更といった感じでバタービールを仰いだ。

 

「知ってたっていつから?」

「ウチはスミスの母親の能力のこと知ってたから娘もそうだろうなって思ってた。だから知り合う前からだよ。」

「ふーん、じゃあずっとナイショにしてたんだー。やーさーしっ!」

「うっせ。」

 

マギーは鬱陶しそうにルーカスを睨んだ。ルーカスは何かを知っているかのように含み笑いをする。

 

「ルーカスはてっきりこういう場所は好きじゃないと思ったわ。」

「イケメンのハリー・ポッターくんとお近づきになりたくて。」

 

ルーカスがハリーの肩に手を回すとハリーは飲んだバタービールを吹き出した。ハリーとルーカスの顔の距離は普通ではない。

 

(今にもルーカスがハリーにキスしてしまいそうね。)

 

「うん、そう意味だよハリー?」

「…あっ、あの、ごめん。君の気持ちは嬉しいんだけど、「ははっ!冗談だよ。」「目が本気だった目が!」」

 

しれっと言うルーカスにロンはつっこんだが、大して気にしてないようだった。

 

「まあ冗談は置いておいて、俺は連中の動向を見てたんだよ。」

 

ルーカスが顎で指す先には、小さい人のような生物が1人の人間を囲んでいた。

 

「バグマンだ。」

「周辺にいるのはゴブリンね。」

 

おどろおどろしい雰囲気だ。パブの角でゴブリンたちは全員腕組みしているし、バグマンは神妙な面持ちで何かをまくし立てている。あまり近づきたくはないし現に誰も近づいていない。

 

「よしっ、バーサ・ジョーキンスはいないな。」

「どうしてホグズミードにいるんだろう?トーナメントはまだまだ先だろ?」「さあね。」

「ハリー!」

 

バグマンはハリーを見つけるなり、たちまち神妙な顔つきを剥いで少年のような笑みで大股歩きでハリーに近づき、ハリーを連れて行った。

 

「何話してるのかしらね?」

「あれじゃない?多分最初の試練のこと褒めてるんだよ。」

「そうだったら、連れて行く必要ないよね。」

 

ふと、エルファバは右側からものすごい視線を感じた。なんというか、殺気である。

 

「エルファバ、ゴブリンがすっごい君のこと見てるよ。」

 

前はとても気味悪く感じたが、今は理由を知っているから何も恐れることはない。エルファバはロンに曖昧に微笑み、ヒソヒソとゴブリンたちは話してはエルファバを指差しているのを無視してバタービールを口に含んだ。

 

「お前の母親は罪人だ。」

 

ゴブリンの1人がエルファバの真後ろにいた。まるでエルファバが重罪を犯したように血走った目で睨み、しわくちゃな指を突きつける。他のゴブリンたちよりも顔や手の甲にシワが多く、白い髪が頭から生えているのを見ると年配らしい。

 

「いいえ。彼女は無実よ。」

「違う。我々の言いたいことはそういうことではない。」

 

別の若いゴブリンが走ってきて母語で耳打ちする。今喋ったゴブリンをたしなめているようだった。しかしそのゴブリンは怒りが収まらないらしく、ガタッと立ち上がった。

 

「お前の母親は我々を侮辱したのだ!」

 

怒るゴブリンに対しエルファバは訳が分からず、助けを求めてルーカスを見た。ルーカスはカウンターから立ち上がり、ゴブリンたちを睨みつけながらゆっくりとエルファバの隣に来た。

 

「お前のその醜い老婆のような白髪がその証拠だ!お前の母親は我々を裏切ったために我々が呪いをかけ!?!?」

 

老いたゴブリンがエルファバにそれ以上喋ることはなかった。若いゴブリン数人が老いたゴブリンの口と体を押さえつけたのだ。ゴブリンたちは老いたゴブリンを睨みつけていた。

 

「すいません。ちょっと彼はボケておりましてな。」

 

押さえつけていないゴブリンは恭しくお辞儀して笑ったが、それがかえってわざとらしい。押さえつけられた老人ゴブリンはモガモガ言いながら仲間たちに引きずられていった。

 

「私の髪が呪いの印?」

「いえ。気にするに値することではありません。」

「もしあなたたちの言うことが本当ならあなたたちは魔法使いとの条約を破ったことになるわよ…魔法使い以外は魔法を使えないってよーく知っているわよね?」

「とんでもない!魔法など使いませんよ我々は!私たちの生きがいは美しい物を創り、守ることです。」

 

ハーマイオニーが痛いところを突いても全く動じない。世慣れたゴブリンである。話を終わらす前にバグマンが戻ってきて、ゴブリンたちを引き連れてさっさとパブを出て行ってしまった。

 

「バグマンはなんの話をしたの君に?」

「金の卵のヒントを教えたいって。」

「八百長じゃん。」

「セドリックも助けようって気はないの?」

 

ロンの問いにハリーは首を振った。

 

「セドリック大丈夫かしら?」

「そろそろ構ってあげないとまたヤキモチやくよ。」

 

ハリーの指摘にエルファバは肩をすくめる。

 

「セドリックもそんなしょっちゅうヤキモチやいてるわけじゃないと思うけど。」

「どうかな?どう思うハリーくんとロンくん?」

 

ルーカスの言葉にハリーとロンは同じ顔をしてバタービールを飲む手を止め、同じタイミングでジョッキをカウンターに置いた。ハーマイオニーはクスクス笑って賞賛の目でルーカスを見た。

 

「なんで僕らに…?」

「だって、2人ともいろんなシチュエーションでヤキモチ妬いてるでしょ。特にロンくん。」

「君の炎は人間の心を読める訳じゃないだろう?」

「まあね。けどエルちゃん観察しているうちに誰が誰を好きだか読めちゃった。」

「あーらステキ。ルーカス、今度教えて。」

 

ハーマイオニーは散々クラムのことをからかわれたりバカにされたので2人、特にロンに恨みを持っていた。こういう時のハーマイオニーの笑顔は怒っている時よりも恐ろしい。

 

「エルファバ、頼むから厄介な奴と友達にならないでくれ!」

 

小声で怒るロンにエルファバはまた肩をすくめた。

 

 

 

ーーーーーー

 

深い深い記憶。探っていくといろんなことが分かる。

 

『何やってるんだお前らあっ!!』

 

ああ、そうだわ。これは人生で一番悲しい記憶。

 

叔父は従兄弟たちを何度も何度も殴りつけて、私とエディは恐怖のあまり互いの体にしがみ付いていた。それは確実に躾の域を超えたもので、従兄弟たちの苦しそうな声に耐えられなくなった私は、自分の“力”を見せた。

 

『それを…俺の前で!見せるなあああっ!』

 

叔父の叫びは大人数人を呼び、私を囲み、私の口を塞ぎ、首を絞めて私を殺そうとした。

 

『ぎゃあっ!?』

『冷たいっ!!』

『エルフィっ!!』

 

エディが私を助けるために抵抗した。足にしがみついたのだ。

 

叔父さんは足が凍ると叫びエディを殴ろうとしてー。

 

あれ。おかしい。

 

私は何か重要なことを見逃しているようなー。

 

「…ファバ!エルファバ!」

 

顔と髪が濡れたセドリックが視界に入ってきた。それがすごく綺麗だとエルファバは思った。その次には耳にはけたたましい歓声が鼓膜に反響して、髪の毛が体にまとわりついて服がぴったり体に張り付いている。そしてタオルでぐるぐる巻きにされていて身動きが取れない。

 

「僕1番だよ、お寝坊さん。」

 

エルファバはのそのそと起き上がり、自分がずぶ濡れな理由を数秒考えた。

 

それでエルファバは思い出した。エルファバは第2の試練でセドリックの"一番失いたくない物"になったのだ。眠り薬を飲んで、湖の底へ閉じ込められ、代表者が助けるという試験だった。それでセドリックはやってのけたのだろう。

数メートル先でハリーもロンもハーマイオニーも陸に上がってタオルでグルグル巻きにされていた。ロンはハリーの一番失いたくない物、ハーマイオニーはクラムの一番失いたくない物だった。3人とも無事なようだった。

 

「…セドリックが1番?」

「そうだよ。」

「おめでとっ。」

 

エルファバはセドリックに抱きついた。セドリックの体も濡れていて冷たい。マダム・ポンフリーは長時間濡れた2人がそばにいることを許さなかった。

 

「ほらっ!愛の炎があなたたちを温めてくれるとは限らないのっ!さっさと離れてタオルを巻いて薬を飲みなさいっ!」

 

セドリックは笑ってエルファバに薬を渡した。それを飲むとエルファバの耳から湯気が出たのでまたセドリックは笑った。エルファバはぷうっと頬を膨らませてセドリックにも薬を飲ませた。セドリックの耳からも湯気が出てまた笑った。

エルファバは3人と話したかったが、ハリーはどういうわけかボーバトンの代表選手のフラー・デラクールと話し込んでいてハーマイオニーはクラムと一緒にいる。ロンは金髪の女の子と話していた。おそらくエディと仲のいいガブリエルだろう。何度か一緒にいるのを見かけたことがある。

 

(何がともあれみんな無事で良かった。)

 

「いい夢見てた?」

 

セドリックは余裕の笑みを浮かべていた。

 

「あー…そうね…。」

 

(何かすごく重要な夢を見てた気がするけど…。)

 

「忘れちゃったわ。」

 

 



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8.クラウチ氏の告白

エルファバはハーマイオニーにもたれかかって、あくびをした。部屋の中は生暖かく、話を聞いているつもりでもその室温はどうしてもエルファバの思考をゆるく遅くした。4人の前にいる男性は、英国紳士らしく紅茶を優雅に飲んだ後話を続けた。

 

「つまりハリーはその屋敷しもべ妖精にそのエラ昆布を探させたのか?」

「うん、ハーマイオニーはものすごく反対したんだけど…。」

「今も反対よ。」

 

ハーマイオニーは鬼のような顔でロンとハリーを交互に睨みつけた。

 

ありとあらゆる手段を考えたが、4年生のハリーが水中で1時間息をする方法はほぼ皆無に等しかった。4人で話し合った結果、ロンがものすごく躊躇しながら聞いた。

 

『あのさ…誰かが見つけたじゃん…あのエラ昆布とか言うの…探さない?』

『このだだっ広いホグワーツを?その辺に生えてる物じゃないし、何年もかかっちゃうわ。』

『いや…ほら…君は怒るだろうけど、いるだろう?ホグワーツを大体把握してて自由に動ける奴ら…。』

 

ここまできてハーマイオニーはハッキリ、キッパリ、言った。

 

『ダメよ。』

 

おそらくロンとハリーの間で何度かこの話はしてきたに違いない。2人は予想通りだという顔をして、ハーマイオニーの説得に取り掛かった。

 

『けどさ、それ以外ないだろう?僕らの時間は授業や宿題に取られる。それとも今からN.E.W.Tレベルの魔法を必死に練習するかい?あと数週間しかないのに?』

『けどそれは、私たちの理念に反するわ!』

『君だけだよ。』

『何か言ったかしら?』

『けど、それしか手段は…。』

『大体それがこのホグワーツにあるのかすら分からないじゃない。それなのにそんなことさせるなんて奴隷労働。私たちがそんなことしたら彼らはまた奴隷としての思考を植え付けてしまうじゃない!!』

 

ハーマイオニーの主張虚しく、ロンとハリーの案は強行された。

 

『ハリー・ポッターのためならドビーはなんでもします!!』

 

マルフォイの屋敷しもべ妖精だったドビーは訳あってホグワーツで働いていた。クリスマスにロンがあげたセーターとエルファバがあげた子供用のズボンとハリーはあげた靴下を履いてドビーはぴょんぴょん跳ねていた。

 

『ハーマイオニー、ドビーは一応自由…というか、雇い主はホグワーツだからハリーの命令には拒否権もあるのよ。だけど彼が承諾したんだからそれは奴隷労働じゃなくて『エルファバまでそんなこと言うなんて!』』

 

ハーマイオニーはその日終始不機嫌だった。だが皮肉なことにこの策は大成功だった。ドビーは第二の試練2日前にやってのけたのだった。

 

『ドビーはハリー・ポッターのためにエラ昆布を見つけましたっ!!』

 

目に涙を溜めて喜ぶドビーの頭にはたんこぶが数個でき、手は包帯でグルグル巻きだった。きっと見つけられないたびに自分を罰したのだろう。ロンとハリーはハーマイオニーに見つからないようにドビーを隠してエラ昆布を手に入れた。

 

『ありがとうドビー。本当、本当助かった。ちなみにどこで見つけたの?』

『スネイプ教授の私用倉庫ですハリー・ポッター!』

『『『…。』』』

 

ちょっと厄介な問題を引き連れてドビーは帰ってきたが、もうそこは目をつむることにした(「ハリーには悪いけど、多分僕らには被害こないさエルファバ。」)。ドビーにはハリーとエルファバを助けたかっただけなのだが逆にハリーを危険な目に合わせるという前科が数件があるので試しにドビーのエラ昆布を一欠片食べると、ハリーはうずくまった。

 

『すっげえハリー。手足見てみろよ!ヒレが出てるぜ!』

 

しかし当のハリーはそれどころではなかった。エルファバは慌てて、周囲構わず杖で桶を呼び寄せてハリーの体が全身入るように肥大させ、水を張って魔法でもがくハリーを浮かせて突っ込んだ。

 

『何でハリーを突っ込んだんだいエルファバ?』

『ハリーはえら呼吸に変わったのよ!』

『だから?』

『ここじゃ呼吸できなくなるわ!』

『なんで?』

『だってえら呼吸だもの!』

『えらこきゅうってなに?』

『魚の呼吸法。』

『魚は海の外じゃ呼吸できないのかい?』

『そうよ。』

『どうして?』

『だってえら呼吸だもの。』

『えらこきゅうってそもそもどういうもの?』

『えら呼吸は…あとで説明するわ。』

『大丈夫、これならいけるよ!!』

 

堂々巡りをしているロンとエルファバにハリーは桶から顔を出すと笑顔で親指を立てた。

 

「で、ハリーは1番最初に着いて自分の人質だけではない全員を助け出そうとしたんだろう?道徳的だ。」

 

ハリーは褒められて照れ笑いをした。ハーマイオニーは納得いかなさそうにバタービールを一気飲みした。エルファバは後々ハリーからそれを聞いたので(しかも心優しいハリーはとても言いにくそうだった)実質1番になったセドリックとの間でとても複雑な心境だった。

 

「ハリーもみんなも無事で良かった。で、本題に入るが、ハリーが直前に見たものをもう一回話してくれるか。」

 

長い赤毛をひとまとめにしてポニーテールを作り、黒いローブを被るその人は何の違和感もなくホグズミードにいるが…。

 

(この人、ハリーとクリスマスを一緒に過ごしたのに暇なのかしら。)

 

「むっ!」

 

その人は突然エルファバの小さな鼻をつまんだ。

 

「お前今俺のこと『暇人だなこいつ。』とかいう目で見たな?ん?」

「みてません。」

「悪い子にはこうだ。」

 

その男性はニヤニヤと面白そうにエルファバの反応を楽しんでいる。エルファバの鼻を右に引っ張り左に引っ張り、上下に引っ張ってから離した。エルファバは鼻をさすって男性を睨みつけた。長い赤毛の前髪からグレーのいたずらっぽい目が見え隠れした。

 

1000人ほどいるこのホグワーツの生徒の中で、わざわざホグズミードまでやって来て自分の子供に会いたがる親が何人いるだろうか。このシリウス・ブラックがそうだ。ハリーはまた会えることに喜んでいたから言えなかったものの、手紙をもらった時それ以外の3人、つまりハーマイオニー、ロン、エルファバはさすがに引いた。

 

(ルーピン教授がいれば良かったのにな。)

 

「どうせ俺よりもリーマスが良かったとか思ってんだろ。」

 

(心読めるのかしらこの人。)

 

「ハリー、カルカロフとアダムを見たんでしょう?」

「うん。」

 

ドビーにエラ昆布を手に入れたように頼んだものの不安だったハリーはそのあとも図書室で手がかりを探すことをやめなかった。その時ふとアダムとカルカロフが図書室を通りかかったという。ハリーが追いかけて聞き耳をたてると2人は口論していた。

 

『段々印が強くなってる。あのお方の力が強大になってるということだ…!』

『だからなんだ?俺の知ったこっちゃねえ。』

『お前…!お前の計画が失敗すれば"あれ"がなくなるぞ!』

 

すると焦げ臭い匂いが廊下に充満したという。

 

『俺の計画?ふざけるな…!てめえの命と引き換えに俺はこんなことさせられてんだ…お前は高みの見物。おまけに危うくトンチンカンな情報をやるところだったよなあお前?あ?俺は計画が完遂したらとっとと返してもらうからな!』

 

「印ってなんのこと?」

「分からない。何のことなんだろう?」

「その話だけだとそのアダムって奴がカルカロフに脅されてなんかやってるってことになるな。」

「あいつが?人に変な火の玉ぶっ放つあいつが?脅されるタマじゃないよ。」

「私もそう思うわ。あの態度とかエルファバがされたこととか思うと…。」

「アダムって奴がどんな人間なのかイマイチわからないが、カルカロフが自分の保身のために生徒を脅している可能性は充分あり得る。」

 

シリウスは共にナッツを奥歯で噛み砕きながら、4人にドライイチジクを取り分けた。

 

「これまでの不可解な出来事…例えば第一の試練の保護呪文が切れたり、お役所の人間と未成年がイチャコラしてたり。そして今回の話。臭うな。もしかしたらハリーを代表者にするように仕向けたのもそいつらかもしれないな。」

「あのお方ってことは、誰かに指示されてるんだ。」

「普通に考えてヴォルデモートだな。」

 

シリウスがその名を発するとハーマイオニーとロンは金縛りにかかったようにビクッと体を震わした。

 

「けど、ヴォルデモートが(また2人は体を震わす)カルカロフを仲間にするはずなんてないだろう?だってシリウスの話じゃ彼はいろんな仲間を裏切ったんだ。」

「ハリーの夢の中じゃ誰かがカルカロフを襲撃しようとしたと言ってたんだろう?」

「ん、まあね。」

 

ハリーが大分前に見た夢はとても気持ちの悪い夢であまり思い出したくない。シリウスは察したように話題を変える。

 

「カルカロフが炎を操れるダームストラングの生徒の存在を奴に伝えた。」

「アダムを自分の手下にしたってこと?」

「まあ、そうだな。」

 

自分で言ったにも関わらずシリウスはどうも納得のいかなさそうな顔で黒髪をガシガシとかいた。

 

「そりゃあ、彼をデスイーターにすれば強いでしょうけど、かつて魔法界を恐怖に陥れた闇の魔法使いが他者に頼りっぱなしにするかしら。」

「そうだなハーマイオニー。奴は人にへり下るようなタマじゃない。ハリーを代表選手になるように仕向けたとしても、ハリーを殺すことはできないはずだ。今回の試合も安全面が最大限に考慮されてるし、直接殺すってなってもハリーにはリリーの護りがあるから指一本触れられないことは1年の時に身をもって分かってるはずだ。」

 

話は平行線をタラタラと流れた。最終的にはハリーは何かあったらダンブルドア校長かムーディ教授のところに行くこと、その2人がいなければ誰でもいいから教授の部屋に駆け込むという結論に至った。カルカロフがスネイプに接触してたという話からスネイプの悪口話となり、それまで一切喋らなかったエルファバにシリウスは何か喋れとイジられ、シリウス的クリスマス・ダンスパーティのカップル考察を聞いて終了した。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

「悪いけど、アダムに何をされたのか言う気はないよ。」

 

次の日の昼食、ハリーとエルファバは1人でいるルーカスにアダムについて聞いた。アダムが脅しの道具として使われているものが何なのかを知るためだった。ルーカスお気に入りの2人が行ったが、ルーカスはアダムという名前が出た時点で気分を害したようだった。

 

「君たちに協力できないのは悪いけど、思い出したくないんだ。」

 

嫌な気持ちを残したまま、闇の魔術に対する防衛術の授業へと移動した。が、今度はハーマイオニーとロンは険悪なムードになっていた。ハーマイオニーがホグワーツ内の屋敷しもべ妖精たちを刺激してしまい、もうお菓子を食べに行けなくなってしまったからだ。ハリーとエルファバが教室に入ってくると2人ともピタッと喧騒をやめて反応を伺った。ハリーが首を振ると2人ともガッカリしたようにまたケンカを始めた。

 

「あの2人ケンカばっか。」

「そうだね。」

「どうしてケンカばかりしてるのかしら。」

「うーん…ケンカするほど仲がいいって言うし。」

 

ハリーはモゴモゴと口ごもった。ハリーはシリウスがクリスマスに言っていたある言葉を思い出したのである。

 

『ロンも素直じゃねーな。好きなんだろハーマイオニーが。』

 

そうこうしているうちにコツっ、コツっ、と金属が重なる音がしてムーディ教授が授業を始めた。今日の授業は"呪い外し"についてだ。

エルファバにとって今もこれは苦手教科の1つである。授業は面白くタメになるし、理解度からすればクラストップクラスだ。しかし実践となるとまるでダメだった。特にこの授業はこれまで以上に実践を重視する授業なので余計エルファバのダメダメ感が目立ち、ムーディ教授に完全にマークされていた。

 

(今日も本物の目と義眼の両方と目が合うわ。)

 

「スミスっっ!!」

「はっ、はいっ…。」

「お前は放課後わしと補習だ!」

 

呪い外しは完璧に出来たはずだが、授業後にエルファバはムーディ教授からお呼び出しを食らった。突然ムーディ教授に呼ばれたのでエルファバは半径1.5メートルほどを凍らせてしまった。ハリーたちに慰められ(「別に悪い教授じゃないさ。」「食べられたりしないよ。」「エルファバは補習をもらったことに対して落ち込んでるのよ?私たち談話室にいるから。」)奇妙な物をたくさん揃った部屋にやって来た。

 

「来たかスミス。」

 

ムーディ教授は椅子に腰掛けていた。義足をソファの上に乗っけていたが、エルファバが来るとよっこらせと立ち上がった。

 

「お前さんがここに来た理由は分かるか?」

「えっ…っと、私はあまり実践が得意ではないから…?」

「その通りだ。姉妹で比べる訳ではないが、妹は実践においてはずば抜けた才能を持っている。遺伝だ。お前さんの父親は決闘チャンピョンだったからな。そしてお前はポッターと同じくらいに実践を必要とする。カルカロフとベルンシュタイン。わしが目を光らせているがどうもコソコソと何かをしておる。」

 

やはり、と言うべきか。ハリーが(正式にはシリウスが)ムーディ教授がこの学校にやって来たのはカルカロフを監視するためだというのは正しかったのだ。

ムーディ教授はエルファバに杖を突きつけた。

 

「お前の能力は魔法という魔法を一切通さないと聞いた。しかしそれはベルンシュタインも同じことだ。」

 

(まあ正しく言えば魔法を包むように凍らせるイメージをすれば氷でも魔法が使えるけど。)

 

エルファバは心の中で訂正を加える。去年の深夜寝室から抜け出して氷と思う存分遊んだ結果である。

 

「2つの同じような魔法を使える場合、やはり最後に勝つのはこの杖から出る魔法だ。お前は呪い外しや妨害呪文は上手いが武装解除などは壊滅的だ。おそらく本能的に人を攻撃するのを避けてるのだろうがそんなことを気にしておったらいざという時にどうなるか分かったもんじゃない。」

 

と言ってムーディ教授はポケットに手を突っ込み、ボロボロの羊皮紙を取り出して手に握らせた。

 

「持って行け。次の授業後までにこれをできるようにするのだ。その課題ができたら次の課題がこの紙に書かれる。」

 

エルファバが紙を見ると少し荒っぽい字で"武装解除呪文"と書かれていた。

 

「以上だ。部屋に戻れ。」

「はっ、はい…。」

 

勝手に始まり勝手に終わった。エルファバは気持ちがついていかないままムーディ教授の部屋を後にした。

 

(特別課題ってことよね。)

 

しかし案外ムーディ教授は面倒見がいい人間なのかもしれないとエルファバは思った。外を出て少し廊下を歩くと聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「…まえ、女の子なんだからもっと考えろよ。」

「猫ちゃん可愛かったのにな〜。」

「猫なんて気まぐれな生き物なんだから…。」

 

1つは大事な妹の声、もう1つは大嫌いな人の声だった。

 

「エルフィー!」

 

エディが手を振ってこちらに走ってきた。エルファバはエディのネクタイが緩んでいるのを直してため息をついた。

 

「あなた今度は何したの?」

「誰かの猫を拾おうとしたら顔引っかかれちゃったの。」

 

エディの顔面は引っかき傷だらけである。エルファバはため息をついてエディと話してたであろうマルフォイを睨んだ。

 

(今ならロミオとジュリエットのジュリエットの親の気持ちが分かるわ。なんでこんな人と一緒にいるの?)

 

「ドラコがね、引っかき傷に効く薬をくれたの。ほらっ!」

 

赤黒い液体を入った瓶をエディは高々と掲げ、エディは満面の笑みでマルフォイとエルファバを見る。

 

「…そう。」

 

それは簡単に作れる傷口用の消毒液兼治療薬だった。一瞬で安全なものだと理解したが、マルフォイを責める口実がなくなってしまったのが悔しい。魔法薬学ができることがとても皮肉だとエルファバは思った。しかしエルファバの頭には新たな疑問が出てきた。

 

(マルフォイは何のためにエディに治療薬を?)

 

「おいっ!気安く人に見せるなって言っただろ?!それに入手元を言うなとも!」

「えーっ、だってエルフィーにもドラコがいい人だって教えたかったんだもーん。」

「僕は…いい人なんかじゃ…。」

 

マルフォイの耳がピンク色に染まる。

 

「ありがとうマルフォイ。」

 

マルフォイはハリーやハーマイオニーやロンに意地悪を言う嫌な奴だ。エルファバも何回ひどい言葉をかけられただろう。雪女、ゴースト、モンスター、気色悪い、存在感がない…などなど。しかし、エディに治療薬をくれたので仕方なく、仕方なく、お礼を言った。

 

「ふんっ。最初っから僕にそうやってへり下ってればいいものを。」

 

(訂正。やっぱり嫌な奴だわ。)

 

「んもうっ。ドラコったら素直じゃなーい!」

「うるさいっ!」

 

エディがマルフォイを頬をツンツンっと突っつくとドラコはそれを煩わしそうに振り払った。

エルファバに話しかけるマルフォイはまるで映画に出てくる主人公にすぐやられそうな小悪党みたいな感じだ。しかしエディと一緒にいるマルフォイは…まるで、普通の男の子だ。シェーマスやディーンのように…。

 

(我が妹ながらエディってすごいのね。誰でもエディの前だといい人になっちゃう。Mr.Vもエディと会えば何か変わるかもしれないわ。)

 

大方の予想通り、マルフォイの変化の理由をそっちの方向には考えないエルファバだった。

 

 

ーーーーー

 

 

ハリーの最終課題は迷路だった。数々の難問を解き、ゴールにたどり着けた人間が優勝だという。

 

「ステューピファイ 麻痺せよ!」

 

エルファバは赤い閃光が体に当たる直前、床にあるクッションの方向に体の重心を傾けて倒れこんだ。

 

「エルファバどう?」

「体が動かなくなっただけで、完全に失神はしてないわ。」

 

数十秒後にエルファバはノロノロと初めて体を使うロボットのように立ち上がった。ハリーはガッカリしたように肩を落とした。

 

「唱えても何も起こらないエルファバの武装解除よりいいって。」

「ロン。」

「確かにね。」

「ハーマイオニーぃっ。」

 

2人はニヤニヤしながらエルファバをからかった。エルファバはハーマイオニーに泣きついた。

 

「もう意地悪言うんじゃないの2人とも。」

 

そんなこんなで4人は呪文を30分ほど練習し、こっそり使った空き教室を出てきた。

 

「ハリー、失神呪文は大分上達したと思うわ。エルファバもあと少しよ。」

「なんかもう少し呪文覚えたほうがいい気がする。」

「そうね。少し調べてみ…。」

 

ハーマイオニーの言葉が途切れたのも無理はなかった。他の3人もハーマイオニーの話など耳に入ってこなかっただろう。

立派なローブを着込んだ男性が前からすごい勢いで走ってくる。

 

「あれは…バーティ・クラウチ?」

「何をそんなに急いでるのかしら?」

 

ハーマイオニーの言い方にはトゲがあったことからしてまだウィンキーのことを根に持っているのだろう。

 

「試合のことじゃない?大変だなあ。伝言なら魔法とか使えばいいのに「ダンブルドアはどこだ!?!?」」

 

クラウチはロンの両肩を掴んでロンが気持ち悪くなるほどに揺すった。

 

「ダンブルドアは!?彼は今どこにいるんだ!?」

「おっ落ち着いてください!ダンブルドア校長はきっと校長室にいるはずです。」

 

ハリーはクラウチをロンから引き剥がし、息を切らしながら答えた。クラウチは立派なローブを着込んでいるがよく見ると手入れは行き届いておらず、毛玉だらけだった。顔には汗が滲み目は血走っている。

 

「私はとんでもないことをしてしまったっ!!!!」

 

今度は引き剥がしたハリーの両腕をガッと掴んだ。

 

「わっ私誰か教授を呼んでくるわっ!」

「他の人間じゃダメなんだっ!!!ダンブルドアを!!!!ダンブルドアだっ!!!」

「バーティっ!わしの生徒を離すのじゃ!」

「だっ、ダンブルドア…!!」

 

ナイスタイミングでダンブルドア校長がやってきた。クラウチはダンブルドアを見るや否や、彼の前で崩れ落ちた。それに対して校長はいつものように落ち着きを払って問いかけた。

 

「何があったのじゃ?」

「私の息子が…っ、私を殺そうと…。」

 

ロンは肩を回し、ハリーは腕をさすりながら4人は状況把握に急いだ。

 

「(息子?だれ?)」

「(知らないわよ。)」

「これを言うのは酷じゃが、君の息子は亡くなっておるじゃろう。」

 

トライ・ウィザード・トーナメントに毎回いるがバクマンやバーサほどキャラが濃いわけでもハリーたちに接触して来るわけでもない。印象は薄いが息子に殺されそうになるなど、いかに息子に恨まれてたのか。クラウチは両手で自分の顔を覆い、手のひらで汗を拭った。

 

「ダンブルドア…私は罪を告白する…。私は息子を脱獄させた…。」

 

校長の明るいブルーの目の周りの白目の面積が少し広がった。

 

「アラスター!」

 

ダンブルドア校長が突然叫ぶと4人はビクッと体を震わした(そして床に氷が張られた)。コツっ、コツっと義足を鳴らして薄い闇からムーディ教授が現れる。

 

「厨房に行き、ウィンキーという屋敷しもべ妖精を呼んできてほしい。緊急事態じゃ。そして4人は寮に戻るのじゃ。くれぐれも、盗み聞きはせんように。」

 

ロンが不満の声を上げる前にハーマイオニーはロンの口を塞いだ。ハリーはきっと透明マントを持ってきてないことをこれほど後悔したことはないだろう。

 

「(不謹慎よ。)」

 

ハーマイオニーはハリーとロンを交互に睨み、半分連行するように2人の腕を掴んでクラウチと校長に背を向けて歩き出した。

 

「息子はあいつの手下になっていた!!!」

 

クラウチの叫びが廊下中に響く。

 

「ヴォルデモートかの?」

 

その名前を聞けば、ハリーを動かすのはハーマイオニーのみでは難しかった。ハリーはまるで両足に杭を打ったかのようにテコでも動かない。

 

「そうだっ…例のあの人だ…っ!」

「4人ともここに残って話を聞くのじゃ。」

 

数秒前ならハリーもロンも話を聞けることを喜んだだろう。しかし、今はそんな空気ではないことも2人には分かった。

 

「まず、全てを時系列で話すのじゃバーティよ。」

 

クラウチは声を震わせ話し始めた。

数十年前、何かしらの罪でクラウチの息子はアズカバンにいた。目の見えないディメンターの弱点を逆手に同じような精神状態になっていたクラウチの妻と息子をポリジュース薬で変身させて入れ替えた。

 

「どうやって脱獄した息子を大人しくさせたのじゃ?」

「…服従の…呪文を…。」

 

ハーマイオニーが息を飲んだのと、ムーディ教授の義足の音とパチパチと裸足で廊下を歩く音が重なった。

 

「ヒックっ…!ご主人様…!?」

 

クラウチの元で働いていたウィンキーだ。クラウチに解雇された後は、このホグワーツ城で飲んだくれていた。ご主人との再会で、ショックのあまり酔いがさめたようだ。エルファバは初対面であるが、ハリーたちから話と特徴を聞いていたので知っていた。

 

「君に話を聞くのはあとじゃウィンキー。バーティよ。続けるのじゃ。」

 

クラウチは話を続ける。

息子を監禁して昼も夜も透明マントを着させ、ウィンキーに息子を監視させていた。息子を哀れんだウィンキーはクラウチに外の空気を吸わせるように説得した。長い説得の末、クラウチはついに折れたのだった。

クィディッチのワールド・カップの貴賓席でウィンキーと息子を繋ぎ、席に座らせていた。

 

「けどっ…!!!それが間違いだったのだ!!!この無能な屋敷しもべ妖精は犯罪者を世に放ったのだ!!!!」

 

ウィンキーはビクッと体を震わせ、大声で泣き出した。ハーマイオニーがウィンキーのそばに駆け寄り、背中をさする。

 

「そして息子が今日やってきたのかの?」

「…そうだ…。私の自宅に…何の躊躇もなく死の呪文を放ってきた。私の思い出の全てが…消えた。」

「分からんなクラウチ。」

 

ずっと黙ってきたムーディ教授が声を上げた。

 

「なぜそれを今まで黙っていた?」

「…っ!!それは…!!私の罪が明るみになるのを恐れて…。」

「違う。」

 

今度は第三者のハリーが口を出した。

 

「あなたは確かに罪が明るみになるのを恐れていた…しかしそれ以上にあなたは自分の息子を…デスイーターである息子を匿っていたという事実を恐れたんだ。だから、自ら彼を捕まえようとしたんだ。」

「なっ!!何を…!?」

「シリウスが言ってたんだ。」

 

ロンはハリーに対して"なんで言ってくれなかったんだ"というサインを目で送った。ハリーは無視した。

 

「わしもそう思う。そうでなければヴォルデモートとの関係を気づいた理由が理解できぬ。バーティよ、君はもうすでに多くの罪を重ねた。これ以上嘘をつくでない。家に襲撃をかけたら騒ぎになるはずじゃろう。」

「…。」

 

クラウチは沈黙した。事実が知られるのを恐れている。息子を脱獄させて逃すということをあっさり言ったクラウチはこれ以上何を隠しているというのだろうか。

 

「ウィンキーよ。ワールド・カップについて話すのじゃ。君の知っている限りを。」

 

ダンブルドア校長はさっきと打って変わってとても優しい口調でウィンキーに話しかけた。ウィンキーは泣きじゃくってしゃくり上げながらもゆっくりと口を開いた。ウィンキーの心はクラウチにあるのだろうが実質的な主人はホグワーツの長であるダンブルドア校長にある。命令には逆らえなかったのだろう。

 

「わだくじは…なにもぞんじあげまぜん…っ!!だだ…ざわぎのどきに…ひが…!!びのながをどおったら…まぼうがぎれだのでございまず…!!」

「…火…?」

「ルーカスの火だわ。」

 

ウィンキーの背中を優しくさするハーマイオニーがハッとした。

 

「偶然だったんでしょうけど…あいつらに攻撃しようとして放った火が当たったんじゃないかしら。」

「そしてその直後にウィンキーに失神の呪文が当たった。」

 

ウィンキーは声を上げて崩れ落ちた。ハーマイオニーが立ち上がらせようとするものの、うずくまって声を上げて泣いている。

 

「お前の屋敷しもべ妖精は言ったぞクラウチ。」

 

ムーディは非情に言い放った。クラウチは蒼白な顔で、薄い唇からは息しか漏れない。

 

「……た。」

「なんだって?」

「…囚人に…磔の呪いを…かけた…。」

「磔の呪い…。」

「アルバニアにいると…そう…聞いて…。」

「見つけたのかの?」

 

ダンブルドア校長の質問に答えなかった。クラウチは痙攣し、嘔吐した。

 

「うわっ。」

 

ロンはエルファバに寄った。液体はタイルの隙間を通して徐々に広がっていく。嘔吐物の刺激中が廊下に充満した。しかし次の瞬間、校長が杖を一振りすると嘔吐物も、匂いも全てなかったことにされた。

 

「バーティ、ホグワーツは安全じゃ。医務室へ行こう。」

 

話は突然打ち切られた。校長はバーティを介助しながら歩き始めた。ムーディ教授も泣き叫ぶウィンキーを抱き上げて反対方向に歩き始める。

 

「あんなクラウチ見たらパーシーはどう思うかな。」

「クラウチ…分からないわ。一体どうしたっていうの?」

「多分ヴォルデモートを見たんだ。」

「ハリー、大丈夫?」

 

ハリーもクラウチのように顔が真っ白だった。今にもハリーも嘔吐しそうだ。

 

「大丈夫…大丈夫。」

 

ハリーはあの日の夢を思い出していた。ヴォルデモートを探していたのはクラウチの息子。クラウチが、そしてハリーが吐き気を催すほどに恐ろしい容姿もクラウチの息子は気にもとめていなかった。むしろ恍惚とした表情で、“それ”を見ていたのだ。

 

体の中の筋肉が、血管が、骨が、そして臓器が全て剥き出しになっている赤ん坊のようなあの姿を。



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9.第三の試練

クラウチの騒動はどういう訳か、外に漏れ出して早速リータ・スキーターの格好の餌食となった。日刊予言者新聞にいつも通り誇張及び歪曲された記事が掲載され、クラウチを見ていたホグワーツ生達はその話題で持ちきりとなっている。

 

いつも通り、ほぼ嘘だが一部本当の話もあった。

 

「あの女、一体どっから沸いてるのかしら?」

 

ハーマイオニーは思うように動かない両手を忌々しそうに振り、談話室で憎々しげに言う。エルファバの次はハーマイオニーがハリーを弄ぶ悪女として書かれたために匿名の魔女にブボチューバの原液を送られてそれをモロに両手に被ってしまったのだった。

 

「私のところにも吠えメールが来たわ。」

 

エルファバは何の抑揚もなく、そう言いながら新たな本を取り出す。

 

「そうなの?本当嫌になって…どうして教えてくれなかったのよ?!」

 

ハーマイオニーは妨害呪文のコツを読み込むエルファバにずいっと詰め寄った。こういうことが起こってもなかなか言わないのはエルファバの悪いところだと散々3人は(特にハリーが)言ってきた。1年や2年の時よりも大分マシにはなってきたが、今でも今回のように大事に至らなかったことなどは言わないことがある。

 

「だって凍らせたから…。」

「凍らせようが凍らせまいが、どうでもいいのっ!なんかあったら言いなさいっ!」

「はい。」

「エルフィ〜。」

 

エディはそんな2人の間に割って入って、まるでセクシー女優のようにエルファバの首に腕を回し、エルファバの膝に乗っかって、腰をクネクネさせた。

 

「重いエディ。」

「あのさぁ〜、お願いなんだけどぉ〜、夏休みにぃ〜、新しいミュージカルが始まるのよぉ〜。」

 

エディはそこで言葉を切って、エルファバをチラッと見た。姉は無表情である。

 

「だからぁ〜、ちょっとぉ〜、パパにお願いしてくれな〜い?」

「直接言えばいいじゃない。」

 

そこで甘ったるい演技をエディはかなぐり捨てた。

 

「パパがタトゥーしたペナルティで行っちゃダメだってええええええええっ!!!!あたし死んじゃうよおおおおおおおおっ!!!」

「生きなさい。」

 

グリフィンドールの寮はエディのやかましい声でいっぱいになった。エディは耳を塞いで談話室に逃走しようとするエルファバの足にしがみついた。

 

「フレッドとジョージも誘っちゃったのもおおおおおっ!!!」

「知らないわよぉっ…。」

「タトゥーのお金くれたのエルフィーだよね?!エルフィーもあたしと一緒だよねっ!?」

「だったら私がお父さんに言っても無駄だと思うけど。」

 

エルファバはふと今朝来た手紙を思い出す。

ーーーーー

エルフィー

エディがおそらく、何かのミュージカルに行きたいと言うだろうがエディはタトゥーを入れたペナルティとして行かせないつもりだ。当然お前がお金を払うのも禁止だ。

ーーーーー

 

「じゃあエルフィーお金貸して!!」

「あんまり使いたくないわ。」

 

エルファバとエディがもみくちゃやってるうちにハッフルパフの監督生がエディを回収しに来て、グリフィンドール寮に静けさがやって来た。そろそろ期末試験に向けて勉強しなくてはならないのだ。ハーマイオニーとエルファバは談話室に降りて、ソファで勉強していた時だった。

 

「やっほー。」

 

周囲の女子たちが色めき立っていたのでハーマイオニーは誰が来たのか見ないでも分かった。

 

「ルーカス、あなた合言葉誰に教えてもらったの?」

「ん?知りたい?」

「エディに教えてもらったんじゃなくて?」

 

エルファバの問いにルーカスは快活に笑い、ハーマイオニーは呆れた顔でソファに身を投げた。みんなヒソヒソと話しているが気にもとめない。ボーバトンの制服ではない紺色のローブを着ているルーカスはまたよく似合っていた。

 

「その手もあったね。けどもっと卑怯な手使っちゃった。」

 

エルファバは訳が分からずハーマイオニーを見た。

 

「多分だけど…グリフィンドールの女子生徒かなんかを"買収"したんでしょう。」

「おしいねハーミーちゃん。"男子生徒を"買収した。」

 

変なうめき声を上げたハーマイオニーとよく分からない顔をしているエルファバを見てケタケタ笑った後、エルファバの隣に積まれた本をヒョイっと取り上げて、パラパラと読んだ。

 

「魔法薬学者になりたいの?」

「ええ。」

「じゃあ将来俺と同じ職場になるかもね。俺はヒーラー、癒者になるんだ。ボーバトン卒業したら聖マンゴ病院に就職する。」

「本当?」

「ん。今度イギリスにまた来たらいろいろ教えるね。」

 

ルーカスはエルファバに本を返すと立ち上がった。

 

「さすがにUn salopは来れないか…。」

「?」

「なんでもないよ。ごめん、先約があるんだ。また話しよう!」

 

ルーカスはエルファバとハーマイオニーに手を振ると慣れた足取りでグリフィンドールの男子塔へと歩きだした。

 

「私…彼が少し怖いわ。」

 

ルーカスがいなくなり、いつものざわつきが戻った談話室でハーマイオニーはエルファバの耳に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で囁く。

 

「偏見じゃないのよ?彼、いい人だと思うわ。エルファバとかハリーをはじめとして私にもすごく優しいし。けど、なんというか心開いた人以外は結構無下に扱うし、時々ものすごい怖い顔をしてる時がある。さっきのUn salopって言うのもフランス語で男性に対する侮辱言葉なの。ここから先はあくまで推測なんだけど、多分その侮辱言葉を言っていたのはベルンシュタインに対してで、彼は…。」

 

ハーマイオニーはそこから何も言わなかった。エルファバもあえて聞こうとはしない。その先は分かる。

 

何をされたかは分からないが、ルーカスはアダムに対して並々ならぬ恨みを抱いている。時々ルーカスはアダムを恐ろしい目で見ているのだ。まるで獲物を狩ろうと品定めしているハイエナのように、普段のしなやかな雰囲気とは想像のつかないほど獰猛な目だ。

 

チャンスさえあれば、ルーカスはアダムを殺してしまうのではないか。

 

「どうしてアダムがここに来るって思ったのかしら?」

「それは私も考えてたわ。」

 

今度はエルファバとハーマイオニーの間にハリーとロンが座り込んできた。ハリーは疲れ切った顔をしていて、ソファの背にもたれかかって深いため息をついた。

 

「ハリー、占い学の時間に倒れたんだ。」

「大変じゃない!大丈夫?」

「ああ…平気だよ。」

 

ハリーは勢い良く起き上がり、堰を切ったように話し始めた。

 

占い学の時間中、居眠りをしていたハリーの夢の中に出てきたのはヴォルデモートとクラウチと呼ばれた男性だった。クラウチはヴォルデモートから罰を受けていたという。しかし何かの準備は整ったので命は助かった。ハリーは傷跡に激痛を感じてそのあと医務室には行かず、校長室に行った。そこで憂いの篩を使って見た、数十年前の裁判の記録の数々…。

 

「例のあの人に罰されてたクラウチってのは…「ジュニアの方だ。裁判ではそんなことやってないって言ってたけど、現にヴォルデモートに協力してる。」」

「ダンブルドアは例のあの人が強くなってると思っているのね。クラウチは一体何の裁判にかけられていたの?」

「それは…、分からなかった。」

 

エルファバは何となくハリーが嘘をついているのではないかと思った。おそらくダンブルドア校長にその内容を言うことを止められているのだろう。

 

「ダンブルドアはスネイプを信頼しているの?元デスイーターなのに?」

「うん。」

 

ロンもハリーもスネイプを疑っていた。ハーマイオニーはというとエルファバのように黙り込み、じっと燃える暖炉を睨みつけていた。

 

「夢にはカルカロフの名前も出てきたんだ。カルカロフは何か企んでて、生徒に何かを指図してるって。」

「アダム?」

「そうだろうね。」

「カルカロフもアダムも何がしたいんだ?」

「クラウチはここに来る前夜にカルカロフを襲撃したんだわ。」

 

しばらく口を開かなかったハーマイオニーが呟いた。

 

「どういうことハーマイオニー?」

「ハリーの最初の夢…第一の試練の時、例のあの人を見つけたのはクラウチだったとするわよ?そこで彼はカルカロフを殺そうとしたけどしなかったんだわ。前にシリウスの言ったみたいにきっとカルカロフはアダムの存在を教えて自分を守った…仲間を売るんだからそれぐらいのことはするわよ。」

「けど、カルカロフはともかくとしてアダムには例のあの人に従う理由なんてないよハーマイオニー。」

「あるわよロン。アダムはカルカロフに"大切な何か"と引き換えに何かをさせられてるんだわ。」

 

ロンは数秒その言葉をローディングしたあと、あっ!と声を上げて立ち上がった。

 

「繋がった繋がった!!じゃあカルカロフは自分の可愛さのために生徒を人質にしてるんだ!!嫌なやつ!!」

「それもシリウスも言ってたよロン。」

「あっ…そっか。」

 

ロンは座り、エルファバは肩を叩いて慰める。

 

「僕の母さんが残した護りはアダムには通用しないのかもしれない…エルファバ、君にも。」

 

ハリーは核心をついてきた。全てを見透かすようにじっと見つめるハリーにエルファバは思わずたじろいだ。

 

「杖を使った魔法は君の氷やアダムの炎には効かない。ヴォルデモートは今の段階で僕に手出しは出来ない。つまりアダムは僕を殺そうとしてる。だから第一の試練でアダムは僕が氷を操れるって思った時探りを入れて保護呪文を解いたりしたんだ。」

「実は、さっきルーカスがアダムを探してここまで来たの。今男子寮にいるけど。アダムがグリフィンドール寮に入る理由がハリーなら繋がるわ!」

「繋がるけど…なんか、まどろっこしくないかしら?」

 

エルファバは自分を抱きながら3人の顔色を伺う。

 

「だって、ハリーを…その、なんていうか、「殺すっていう言葉使っていいよ。本当のことだし。」…ごめんなさいハリー。ハリーを殺すなら、極端な話、ホグワーツに来た瞬間に城ごと燃やしたらいいじゃない。彼の炎の前で魔法は無力だし、私の存在だって知らなかったんだから。仮にバレないように静かに事を進めたって、炎でハリーを攻撃したら誰がやったかなんて一発で分かる。彼は自分の"力"を見せびらかしてたし。」

「そうよね。これもシリウスが言ってたけど、かつて闇の帝王と呼ばれた人間が自分の宿敵を他者に殺させないと思うのよ。」

「あいつの考えることなんて分からないよ。」

 

ハリーは伸びをして黒いものを吐き出すように大きく息を吐いた。

 

「人の人生をめちゃくちゃにする人間の考えてる事なんか。」

 

 

ーーーーー

 

数日後、ハリーはとても不思議なメンツで昼食にやって来た。

 

「ママ、ビル!」

 

グリフィンドールのテーブルに座っていたロンはハリーの後ろにいる赤毛の2人に駆け寄った。1人はエルファバもよく知るミセス・ウィーズリーだ。ロンを抱きしめ、キスをした。

 

「何しに来たの?」

「ハリーの最後の試合を見に来たのよ。」

 

ミセス・ウィーズリーはニコニコと楽しそうに話した。

 

「やあ、初めまして。君がエルファバだね?ビル・ウィーズリーだ。」

 

身長の高い、赤毛をポニーテールにした男性がエルファバに握手を求めてきた。耳に牙のようなものをぶら下げ、ドラゴン革のブーツを履いたビルはウィーズリー一家の中でも異色な存在だった。

 

「エルファバ・スミスです。」

 

(握手だ!握手だ!私ロンのお兄さんと握手してるうっ!!私仲良くしたいと思われてるのね!!やったあっ!!)

 

「ビル、言っておくけど彼女これでもめちゃくちゃ喜んでるんだ。」

 

相変わらず握手で興奮するのは1年の頃から変わっていない。ちなみに握手をする間、ビルはロンの言う通り彼女は淡々と事務業務をするゴブリンのように無表情だと思っていた。

 

チラッとハッフルパフの方を見ると、セドリックに連れられてミスター・ディゴリーとミセス・ディゴリーが席に座ろうとしていた。セドリックはエルファバに気づいて、こっちに手招きしたがミスター・ディゴリーはその腕を掴んで何かをセドリックに抗議していた。セドリックは少しムッとした顔で何かを言うのをミセス・ディゴリーが止めに入った。

 

「(大丈夫よ。)」

 

エルファバはセドリックに口パクで伝えた。

 

(私は歓迎されていないみたいね。)

 

「久しぶりだな、チ……エル。」

 

さも当然かのようにミセス・ウィーズリーとビルの後ろにシリウスがいた。何にも変装もせずに普通にやって来たシリウスはこの大広間でかなり目立っていた。堂々と歩くシリウスに校内はざわめいていたのを思い出す。

 

「シリウス・ブラックだ…。」

「ハリーと暮らしてるんでしょう?来て当然だわ。」

「分かってるけど、少し前まで犯罪者だった人がいるのはなんか違和感。」

「なんというか、すっごいイケメンね。」

 

シリウスは目立つことに関してはかなり慣れきっているようだった。彼の人生の中で彼が目立たないことなんてなかったのだろう。

 

(今私のことチビちゃんって呼ぼうとしたけど、ミセス・ウィーズリーがいる手前そう呼ぶのは良くないって思ったんでしょうね。けれどパッと名前が思い出せなくて、エルまで思い出したから不自然でないようにそう呼んだと…嫌な人。)

 

シリウスの評価はエルファバの中でもうマイナスまでいっている。

 

「どうも。」

 

わざと少しトゲのある言い方でエルファバは反応した。その言い方をミセス・ウィーズリーが聞き逃さなかった。一瞬ミセス・ウィーズリーの目が光り、その眼光はシリウスの方へ向いた。

 

「そういや、ゴブリンの反乱の名前なんだったっけ?僕いくつかでっち上げちゃったんだけど。」

「まあロンったら!」

 

今度はミセス・ウィーズリーはロンに向かって眼光を飛ばした。その隙にシリウスはエルファバの腕を掴んで耳元で小声で怒った。

 

「お前マジであの人の前で俺の評価落とすことすんなよ!」

 

ハリーにとってミセス・ウィーズリーは第二の母親のようなものだ。きっとハリーからも話を聞いてるだろうし、そんな人に評価が落ちれば別の意味でハリーと住めなくなる可能性だって出てくる訳で。

 

「ミセス・ウィーズリーはとても優しいから、子供のことをよく見てます。」

「お前さっきのわざとやりやがったな?」

「あ、シリウス・ブラックだ!やっほー。」

「「ハリーのパパだ!!」」

 

フレッド、ジョージ、ジニーそしてエディが駆け寄ってきた。シリウスはエルファバに尋問をやめる前に囁いた。

 

「あとで覚悟しとけ。」

 

(今日はいつでも氷の壁作れるようにしないといけないわ。)

 

エルファバは身震いする。

 

「ああこれがハリーのファザコンの原因か。」

「ジョージ!」

「ああそうだ。」

「…シリウス…!」

 

ハリーは恥ずかしそうにうつむいて席に着いたのを、フレッドとジョージそしてシリウスがからかった。

 

「エディ、何か食べるか?」

「ありがとフレッド。ミートパイちょうだーい。」

 

グリフィンドールの席での大所帯での食事はハリーのために用意されたものだったが、エルファバにとっても楽しかった。シリウスとフレッドとジョージとエディは案の定意気投合したがミセス・ウィーズリーの手前、まずい情報は教えないという暗黙の了解が成されたようだった。

 

「そういやエルフィーさ、小さい時に近所の木の下に出来てた穴を見つけて、その中に頭突っ込んで抜けられなくなったことあったよね。」

「ないわよそんなこと。」

「あったよ。」

「私エディみたいなことしないわ!」

「えー、だってあたし覚えてるもん。『私、不思議の国に行って来るねエディ!』って行って頭突っ込んだ。あたしあれすっごい衝撃的だったもん。」

「いつの話それ?」

「あたしが3歳か4歳の時。」

「…お願いそれ誰にも言わないで…。」

「おーい、シリウス!」

「エルファバ頭を穴に突っ込んだんだってよー!」

「「最近。」」

「フレッドとジョージ!1番嫌な人に間違った情報与えないで!!」

 

しかしエルファバは完全に悪ガキ4人からいじられるポジションになった。今は大人しいシリウスもミセス・ウィーズリーがいなくなった瞬間ネチネチ、エルファバをいじめるだろう。顔がそう言っていた。

 

「みんなが私にいじわるする。」

「けど本当なの?エディの話?」

 

ジニーは邪気もなく不思議そうに聞いたのでエルファバは答えざるえなかった。

 

「…だって…本に…書いてあったんだもん…。」

 

午後のテストは闇の魔術に対する防衛術を除いて何の支障もなかった。ムーディ教授の特別授業のおかげで中の下ぐらいにはなっていた。実際のところムーディ教授は「まあ、いいだろう。」と言ったので微妙だが。

 

夕食は豪勢だった。今度エルファバはセドリックの家族と一緒に食べたが、残念ながらウィーズリー一家の時ほど心地は良くなかった。ミスター・ディゴリーはエルファバがセドリックとハリーを弄んでいるという記事や"エルファバの悲劇"が引っかかっているらしく、遠回しにその話を聞いてきた。現在の家庭環境や記事の真偽を聞かれるとエルファバは夫妻が冷気を感じる前に、こっそりいつもの呪文を唱えなくてはならなかった。

 

「それで、妹は魔力がないと?」

「エディはハッフルパフだよ父さん。」

 

セドリックの声には呆れと怒りが混じっているように聞こえた。しかし気にするのは仕方のないことだとエルファバは思った。

 

「ハッフルパフか。妹との関係性は?」

「エディとは仲がいいです。彼女は優しいですし、周りを元気にしてくれます。」

「君は違うのかい?」

「…い…え。」

 

話がこじれるのにはエルファバにも原因があった。ハーマイオニーは食事前にエルファバに自分のアピールをしろと言われたが、アピールの仕方が分からないのだ。

 

「彼女は妹に負けないくらいとても優しいよ。誰にでも平等でみんなから愛されている。2年生の時に君がいなくなった時は学校総勢で君のこと探したよね…君が愛されてる証拠だと思う。」

「ありがとうセドリック。」

 

(セドリックに迷惑をかけているわ…けど私のアピールポイントなんて…何かあるかしら?)

 

「紳士、淑女のみなさん!あと5分で第三の試練が開始します!選手はミスター・バクマンと一緒に会場へ向かうこと!」

 

とてもいいタイミングでダンブルドア校長が言った。エルファバはホッとして両親から激励を受けるセドリックに声をかけた。

 

「ありきたりな言葉だけど…頑張ってセドリック。」

「僕が優勝するまでに家族に紹介できる自分のいいところ5つ考えておいて。」

 

セドリックはからかうように笑ってエルファバの頭を撫でた。エルファバはセドリックの両親に別れを告げて、みんなから激励を受けるハリーにも声をかけた。

 

「頑張ってねハリー。応援してるわ。」

「ありがとうエルファバ。」

 

ハリーはエルファバはグータッチをして、バクマンのあとについていく。

選手が出て行ったあとに観客もクィディッチ競技場へ行くように指示がなされた。いつもの競技場は6メートルほどの高さの生垣が周りを囲み、おどろおどろした空気だった。さらに空は濃紺に染まって一層不気味だった。ハーマイオニー、ロン、エルファバ、ミセス・ウィーズリー、ビル、シリウスは固まって座った。

 

「変なこと起こらなきゃいいんだけどな。」

 

シリウスは独り言を呟いた。

 

「紳士、淑女の皆さんお待たせしました!これがトライ・ウィザード・トーナメントの最終決戦です!」

 

大歓声と拍手の中ハーマイオニーは怪訝そうに首を傾げた。

 

「今日の司会はジョーキンスじゃないのね。」

 

4人の代表選手の得点、順位が発表された。

 

「では、ホイッスルを鳴らしたらハリーとセドリックは出発してください!1、2、3…」

 

バクマンがピッ!と笛を鳴らすとハリーもセドリックも慌てたように迷路の入り口に入っていった。数分してクラムがそして最後にフラーが迷路の中に入っていった。

空には各選手の様子が映されていた。4人とも慎重に、かつ早足に迷路内を進んだ。開始早々クラムが悪魔の罠に足を取られ、セドリックはハグリッドの尻尾爆発スクリュートの襲撃を受けていた。ハグリッドの授業内でのエルファバのトラウマである。

 

「凍ってんぞ。」

「ごめんなさい。」

 

案の定、セドリックが襲われる件でエルファバはスタンドの床を一部を凍らせた。しかしセドリックのシーンが終わったわけでもない。スクリュートのハサミがセドリックの腕をかすめるたびに床が凍る。周囲の生徒はひそひそと話してエルファバを睨む。

 

「凍らせないで欲しいんだけど。」

「本当迷惑。」

 

エルファバはその場にいるのがいたたまれなくなり、そっとその場を離れようとした。

 

「お前実際どっち応援してんだ?」

 

しかしその前にシリウスがエルファバの腕を掴んだ。

 

「どっちも応援してます…手を離してくれませんか?」

 

シリウスは何かいたずらを思いついた悪ガキのような笑みはどこかそれはフレッドとジョージを思い出させる。浮かべてエルファバを引っ張り、エルファバの目をもう片方の手で覆った。

 

「親友と恋人どっちが大事だ?」

「はーなーしーてっ!」

「どっちか答えるまではダメだ。」

「選べませんっ!」

 

エルファバはもがもがと動いたが小柄なエルファバが長身の筋肉質な男性に勝てるはずはなく、捕らえられた小動物のようにジタバタと動いていた。

 

「ほら終わったぞ。」

 

視界が明るくなると、セドリックはスクリュートから逃げ切っていた。擦り傷はあるが無事のようだ。

 

「良かった…。」

「あんな奴ら気にせずに見ようぜ。ハリーかお前のボーイフレンドがピンチになったら俺がまた覆ってやるよ。」

 

(あ、もしかして私が周辺凍らせないように隠してくれたのかな。)

 

「しかし残念だ。あれがお前のボーイフレンドの腕切ってくれたらハリーの優勝だったのによ。」

「おばさまに言いつけますよ。」

 

一瞬上がったシリウスの好感度は再び0を下回った。

 

「ねえ、見て!」

 

ハーマイオニーが指さした先は空ではなく、スタンドの最前列だった。

 

「カルカロフの席が空いてるわ!」

 

その席にいるのはダンブルドア校長、マダム・マクシーム、大臣のファッジ、クラウチ、そしてバクマンだった。

 

「動き出したかあの野郎。」

 

シリウスはキョロキョロと辺りを見回す。

 

「ムーディが巡回に回ってるはずだ。この状態でハリーや他の代表選手に手出しできないな。」

「あ、誰か来た!って、なんだジョーキンスだった。」

 

ロンはガッカリして座り込んだ。バーサ・ジョーキンスは体調が悪そうにヨロヨロと来賓席に入ってきた。彼女は何かを探すように辺りを見回して、ふと立ち止まった。バーサの手の中で何かがキラリと光りー。

 

「ダメっっ!!」

 

ハーマイオニーの悲鳴は歓声に飲まれた。観客はその事態に気付いていなかった。

 

バーサの体は1人の体にぴったり重なり、手の中の光は消えた。その代わりバーサの手はどす黒い液体に染まっていく。

 

「ダンブルドア校長っ!!!」

 

背の高い老人は突然の襲撃になす術もなくグニャリと体を曲げて倒れこんだ。

 

「ステューピファイ 麻痺せよ!」

 

シリウスは失神の呪文を飛ばした。赤い閃光は急降下し、バーサの腕に命中した。観客は徐々に来賓席を指さし始めた。ダンブルドア校長の腹に広がる赤黒いシミに悲鳴を上げる。

 

「おい、魔法省は役立たずしかいねーのか?!」

 

シリウスは3メートルほどあるスタンドから飛び降り、来賓席まで走って行った。

 

シリウスは倒れた校長の腹から何かを抜こうとしていた。しかしなかなか抜けないらしく、まごついている。クラウチは激昂して失神したバーサに杖を向けているのをバクマンに抑えられている。マダム・マクシームは校長に駆け寄り、腹に呪文を唱えていた。

 

「全員動くなっ!!!」

 

ムーディ教授は拡声呪文で声をスタンドに響かせた。

 

「競技はまだ続いているっ!!!」

 

マダム・マクシームは誰かを連れて再びダンブルドアに近づいた。よく見るとルーカスだ。話し込んだ後、ルーカスはダンブルドアの腹に突き刺さっている何かを燃やした。シリウスは魔法で担架を作り、ダンブルドアを乗せた。

 

「なんと恐ろしい…!!」

 

ミセス・ウィーズリーは両手で口を覆う。

 

「ジョーキンスはダンブルドアに何の恨みがあってあんなことしたんだ?」

「大丈夫かしら…!?もうそんなに若くないのに…!!」

「あああああああっ!!!」

 

人間のものとは思えない声が競技場に響き渡った。

 

バーサ・ジョーキンスはスネイプに抑えられていた。まるで猛獣のようにむちゃくちゃに暴れ、必死にダンブルドアの方へ行こうとしていた。スネイプはバーサに呪文をかけて再び眠らせた。

 

「ハリーとセドリックは?どこにいるの?」

 

エルファバが上空に映されている映像を見ると、忽然と迷路からハリーとセドリックが消えていた。

 

ーーーーー

その頃ホグワーツからはるか遠くの墓場で、少年2人は倒れこんでいた。男の持つ妖しく光る新品のナイフからどこからともなく流れてくる。

 

「やっと来たか。」

 

ハリーは額の傷跡が燃えるように痛み、その場にうずくまっている。

 

「敵の血…力ずくで奪われん…。」

 

ナイフから滴る血は一滴一滴ポタポタと沸騰する鍋の中へと落ちていく。

 

「セドリック…、セドリック…。」

 

ハリーの隣で横たわる少年は、目を見開きどこも向いていなかった。全身が焼けただれ、見るに堪えない変わり果てた姿だ。同時に傷跡がハリーの頭を割ってしまうのではないかと思うほどに痛んだ。大鍋から濃い蒸気と共に人影が見える。

 

「闇の帝王よ…蘇れ…!」

 

ハリーはうずくまり、早く何もかもが終わることを願った。夢であってほしい。これは全部嘘だ。

 

「ローブを着せろ。」

 

しかしその可能性を、この世の誰よりも冷たい声が壊した。

 



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10.ヴォルデモート卿の復活

ダンブルドアが魔法省の人間に刺される数分前。

 

ハリーは数々の障害を越えてゆっくりと、しかし着実にゴールへと向かっていた。4年生のハリーは知識と体力が圧倒的に足りなかったにも関わらず、よくやってのけたと自分で褒め称えたいぐらいだ。

考えてみればこの4年間で、ハリーたった1人で何かをやってのけるのはこれが初めてだった。1年の時エルファバの母親の体をヴォルデモートが乗っ取った時や2年のリドルとバジリスクとの戦い、3年の時のシリウスを無実にしようとした時も4人で一緒にそれを成し遂げた。今回も呪文を覚えるのを一緒に協力してはもらったが、本番は1人っきりだ。

 

そう考えてた時。

 

「うわっ!!!」

 

角を曲がった直後に火の玉がハリーの目の前に現れ、ハリーは顔にそれが当たるギリギリで伏せた。火の玉はジリジリと空気を焼きながらハリーの頭上を通り過ぎた。

 

「誰だ!?」

 

ハリーは体に付いた砂埃を叩いて、暗闇に杖を向けた。

 

一瞬ハリーの頭にアダムの顔が横切ったが、その可能性はすぐに消した。魔法の効かない火を放つアダムも所詮は生徒。こんなところに現れるはずがない。そう考えようとしたハリーの頭に今度はカルカロフの顔がぼんやりと浮かんだ。カルカロフはヴォルデモートに脅されている。そしてカルカロフはアダムを脅している。

 

全ては自分を殺すために。

 

「そんなことあったらきっとムーディかダンブルドアが飛んでくるさ。」

 

ハリーはそれが自分を落ち着かせる呪文のように唱えた。我ながら情けないと思ったが気にしない。一行に火が飛んできた闇から誰かがやってくる気配はない。

 

「ハリー?」

「エクスペリアームズ 武器よ去れっっ!」

 

ハリーは声のした背後へ即座に呪文を放った。しかし放った後にハリーは後悔した。声の主が敵ではないことが分かったからだ。ハリーは飛んできた杖をキャッチすると、すぐに彼の元へと駆け寄った。

 

「ごめんセドリック。」

「一体どうしたんだい?」

 

セドリックは驚きながらもゴツゴツした自分の杖を受け取った。

 

「何かに攻撃された直後で気が立ってたんだ。本当ごめん。」

「クィディッチで鍛えられた反射神経が活かされたな。」

 

ハリーは彼は突然の攻撃に怒っているかと思ったが、セドリックは怒っておらず穏やかな口調だった。

 

「で、その何かって言うのは?」

「分からない…てっきり…何かの生物かと思ったんだけど。」

 

さすがにアダムの名前を出すわけにはいかない。彼の恋人である無口少女がそれを言っているとも思えないしそのほうが好都合だった。

 

「またハグリッドの化け物か?」

「うーん…どうだろう…多分そうか「ハリー伏せろっ!」」

 

ハリーは何も考えずに体を叩きつけるように伏せた。

 

「ステューピファイ 麻痺せよ!」

 

ハリーが頭を上げるとセドリックは誰かと戦っていた。暗闇の向こうから青や黒の閃光がこちらに走ってくる。セドリックはそれを反対呪文でねじ伏せた。

 

「ルーモス・マキシマ 強い光よ!」

 

ハリーは光を空に向かって放った。暗闇が暴かれる。

 

「カルカロフ!」

 

山羊のような顔をした男は目をギラギラさせて杖を振っていた。学校の校長と生徒。当然ながらセドリックが劣勢だった。

 

「ペリキュラム 救出せよ!」

 

ハリーは赤い花火を放ってから加勢した。ハリーが加わったことにより、完璧と思われたカルカロフの体勢が徐々に崩れていく。

 

「教授たちは一体何をしてるんだ?!」

 

セドリックが吠える。

 

「教授たちはこの周辺を見回ってるはずだ!エクスペリアームズ 武器よ去れ!」

 

ポンっ!とカルカロフの手から杖が飛び、キュルキュルと宙を舞った杖は手を伸ばしたセドリックの手の中に収まった。

 

「なんのつもりだ?」

 

セドリックは武器をなくしたカルカロフに杖を向けて近づいた。

 

「あっははっ…。」

 

しかし、カルカロフの様子がおかしい。窮地に追い込まれたにも関わらず、笑っている。

 

「何がおかしいんだ?」

 

ハリーが叫ぶ前に事は起こった。蔦で作られた迷路が一瞬で炎に変わり、熱気がハリーたちを包んだ。ハリーよりも背の高い炎が退路を塞ぐ。

 

「アグアメンティ 水よ!」

 

ハリーは放水したが、水は炎に触れると一瞬で蒸気となり消える。ハリーはこの不可解な現象の理由を知っていた。ハリーは何かに腕を掴まれた。ハリーがビクともしないそれにもがいていると、突然狭い水道管に突っ込まれて頭を引っ張られるような現象が起こった。焼くような暑さは一瞬で消え、今度は刺すような冷たさがハリーの皮膚に触れる。

 

「あっ…はっ…うっ!」

 

ハリーは先ほどの現象のせいで吐き気をもよおした。うずくまるとその先の感覚に違和感を覚えた。うずくまり、床に触れるとそれはひんやりと固かった。

先程の校庭の土ではなくそれが墓石であることを少し経ってから気づいた。

 

ハリーは姿くらましでどこかへ連れて来られたのだ。

 

「我が君っ!私はハリー・ポッターを連れてきましたあっ!」

 

カルカロフの声は反響した。ハリーが辺りを見回すとそこには墓石が並んでいる。

 

「…クソがっ…!!」

 

ハリーの背後で別の男の声だ。これもハリーには聞き覚えがあった。

 

「ベルンシュタイン…。」

「アダム、余計な人間は連れてくるなと言ったはずだが?」

 

アダムは足元でうずくまっている誰かの髪をぐいっと引っ張って顔を上げさせた。セドリックだった。セドリックは必死にアダムに抵抗し、髪を掴む手を引き剥がそうともがいていた。アダムは空いている手に火の玉を作り出し、そのままセドリックの胸へと押し込んだ。

 

「セドリックっっ!!」

 

セドリックは火だるまになり、地面でもがき苦しんでいた。夕暮れを裂くその叫びにハリーは駆け寄り、転げ回るセドリックに思いついた呪文を唱えた。

 

「アグアメンティ 水よ!」

 

セドリックにかかった水はシュウっと音を立てて水蒸気を上げていく。

 

「俺の炎は魔法じゃ消せねーぞ、英雄さんよお。」

 

ハリーは怒りに任せて何度も何度もセドリックに水をかけた。エルファバがいればセドリックに応急処置ができたはずだとハリーは悔やんだ。セドリックの口から漏れる声は言葉にならない。声帯も炎に破壊されてしまったようだった。

 

『多分普通に魔法薬で治るわ。私凍傷しょっちゅうしてるけど魔法薬で治るし。』

 

前にエルファバはそう言っていた。火傷部分を魔法で作った水で冷やすのは少なくとも無駄にはならないはずだ。ハリーはそう信じたかった。

 

「!!」

 

今度はハリーが激痛で倒れこんだ。頭がぱっくりと割れそうな痛みにうずくまった。

 

「我が君っ!」

 

カルカロフは震えた声だ。何人かが跪いて、足が草に触れる音がする。ハリーは痛みに呻きながらも辺りを見回した。

 

「余計なことをしてくれたなイゴールよ。」

 

あの、ハリーが夢の中で聞いた声が耳に入ってくる。

 

「わっ、我が君?私はハリー・ポッターを…。」

 

ハリーは声のする方を見た。

 

少し先で、子供のようなものが杖を使って立っている。それはハリーが見た子供の中でどんなものよりも醜かった。薄い皮膚は血管や筋肉、臓器、骨という全てを透かしている。そしてそれは"それ"が動くたびに中の物も動いた。

 

「我が君。そのような身体では風邪を引きます。」

 

"それ"の後ろから歩いてきた男性は、何の躊躇もなく、しかし丁寧にそっと"それ"を持ち上げて包んだ。

 

「バーティ・クラウチ…!」

 

ハリーに呼ばれてクラウチはピクッと体を反応させたが、無視した。

 

「おいっ!アダムっ!何をしている?!」

 

叫んだのはカルカロフだった。アダムは、両手に杖を1本ずつ持っていた。

狼狽えるカルカロフは何も持っていない。

 

「お前!俺を裏切るのか?!俺はお前の恩師だぞっ!?」

「アバタケダブラ 息絶えよ。」

 

ハリーの目の端で緑色の光が妖しく光る。それが何を意味するのかはムーディ教授の授業でやっていた。それはカルカロフの身体を直撃し、ドサッと倒れこんだカルカロフはそこから動くことはなかった。

 

人が死んだ。あまりにもあっけなく…。

 

ハリーの脳裏にディメンターが呼び起こした悪夢がよぎった。

 

「時間です我が君。」

 

クラウチが杖を振ると、巨大な鍋の表面から火花が飛ぶ。クラウチは子供のような"それ"を丁寧に抱きかかえ、大鍋に入れた。バシャッと重い物が液体に落ちる音がする。

 

「父親の骨…知らぬ間に与えられん…。」

 

細かい塵がハリーのすぐ近くの墓の穴から舞い、グツグツと音を立てる大鍋の中に入っていった。ハリーは恐怖と痛みで体が硬直している。

 

「しもべの肉…。」

 

バーティ・クラウチが杖を一振りすると、アダムの手から杖が消えた。そしてもう一振りすると周りの天使をかたどった石像たちの首が一斉にアダムの方向をぐるん!と向きアダムへ走り出す。

 

「おい、何をするんだ!!やめろ!!」

 

アダムが火を出し抵抗するが、石像達には敵わない。5体ほどの石像たちがアダムの元へのしかかり、そこへクラウチが近づく。剥き出しになったアダムの腕へと杖を向けー。

 

「ああああああああっ!!」

 

アダムは絶叫した。クラウチはアダムの腕だったものを浮かせて無造作に大鍋へ放り込む。

 

「喜んでさし出されん…。」

 

そのままアダムの腕は大鍋にバシャッと落ちていった。その瞬間、液体が赤く燃え上がった。クラウチは大鍋に近づき、確認すると今度はローブからナイフを取り出して刃の先を鍋の中に向ける。クラウチがジッと固まり、しばらく大鍋の中の液体が沸騰する音とアダムの絶叫だけが墓場に響いた。

 

「やっと来たか。」

 

突然クラウチが笑った。ハリーは目の前で起こる状況にただただ見ていることしかできない。

 

「敵の血…力ずくで奪われん…。」

 

何もしていないナイフから赤く光る血が一滴一滴ポタポタと流れていく。

 

「セドリック…、セドリック…。」

 

ハリーはセドリックだった赤いものに声をかけた。全身焼けただれ、セドリックの目だけがその中で白く、瞳の焦点は合っていない。

 

(セドリック…お願いだ。死なないでくれ…!)

 

大鍋の液体が四方八方にダイアモンドのように輝いたかと思ったら、次の瞬間また漆黒に染まった。

 

(失敗だ。何もできてないんだ…。)

 

「ローブを着せろ。」

 

大鍋を跨いだ男にクラウチは素早くローブを着せた。

男は骸骨よりも白い顔に刻まれる深い皺、細長い目の中で不気味に光る赤い瞳。そして、スッとした高い鼻筋。

 

ハリーを悩ませ続けた悪夢に出てきた、ヴォルデモート卿と呼ばれた彼だ。

初老の英国人男性と見た目は変わりない。しかし赤い瞳と異常に白い肌が彼が普通の人間ではないことを感じさせる。

 

「思った以上だ。」

 

ヴォルデモートは赤い目で見て自分の腕に胸に腹に、指を滑らせ自分の体を慈しむかのように笑う。絶叫するアダム、自分の周りをシャーシャー音を立てながら這いずり回る大蛇のことを気に留めていない様子だった。

 

「お前が加えた魔術により、より精巧によく動く身体になった。感謝する。」

「我が君…。」

 

クラウチは跪き、ヴォルデモートに杖を捧げた。先程の自分を支えていた杖ではなく、魔法を使うための杖だ。まるで懐かしい友人のように愛おしそうにその杖を撫でると、跪くクラウチに向き直った。

 

「お前には最高の栄誉を与えよう。バーティよ。」

「ありがたき幸せでございます。」

 

クラウチはヴォルデモートのローブの端にキスをし、ささっとアダムの元へ歩くヴォルデモートの道を開ける。

 

「アダム。お前にも栄誉を与えよう。俺様を助け、獲物を上手く丸め込んだ。」

 

アダムは腕を失った痛みにずっと叫んでいた。ヴォルデモートは不愉快そうに顔を歪めたためクラウチが杖を振る。そうするとアダムの声が消えた。

アダムは依然叫び続けているが、声は出ない。まるで無声映画のようだった。

 

「“あれ”を出せ、バーティ。」

 

クラウチはサッと自らの左腕をローブを捲り上げヴォルデモートに差し出した。生々しい口から蛇が出ている髑髏の赤い刺青が見える。ハリーがワールドカップで見たものと同じだった。ヴォルデモートの人差し指がその刺青に触れると、クラウチは一瞬顔を歪めた。指を離すと刺青が黒く変色しているのがわかる。

 

「さあ、クラウチよ。この目でしっかりと見届けよう。この刺青を感じた時、戻るものが何人いるか…そして離れる愚か者が何人いるか。」

「はい、我が君。」

 

ハリーは、ハッと我に返り自らの杖を掴みヴォルデモートへ向ける。が、その瞬間ハリーは後ろへ吹っ飛び背後の墓石に打ち付けられ、どこからか出てきた麻の紐にきつく縛り上げられる。

 

「おうおう、ハリー・ポッターよ。まだ気が早い。まだだ、今宵は素晴らしい夜になる…。」

 

暗がりからローブと仮面を付けた人が次々に墓の間、木々の間から現れ、ゆっくりとヴォルデモートに近づいた。

 

「ご主人様…!」

「ご主人様…よくぞ…!」

 

数名がヴォルデモートのローブの端にキスをし、主人を囲い輪を作った。所々穴がある。

 

「よく戻った。デスイーターたちよ。」

 

ヴォルデモートは、戻ったデスイーター達に13年ぶりに出会えた喜びそしてこれまで探さなかった恨みを淡々と話し始めた。失望したと話し、許しを請う磔の呪文をデスイーターの1人にかけ、嘲笑う。

1人1人にヴォルデモートは問いかける。ルシウス・マルフォイ、マクネア、ノット、クラッブ、ゴイル…。

 

「貴様らが次に臆病風に吹かれた末路がこれだ。」

 

ヴォルデモートは杖を一振りすると、カルカロフの遺体が浮かび、輪の中をぐるぐるゆっくりと回った。だらんと力なく手足がぶら下がり、正気のない目をしているカルカロフをデスイーターたちは見ないように目を逸らした。

 

「決して、次は俺様への忠誠心が揺らぐことがないように。愚かなカルカロフの最期をしっかり刻め。」

 

浮いていたカルカロフの遺体は無造作に輪の外に捨てられた。

 

「一方でだ。アズカバンから脱獄し危険を犯してまでも俺様を探し出し忠誠を俺様へと見せてくれたのが、ここにいるバーティ・クラウチだ。俺様の計画を助け、復活に必要な材料、魔術を全て取り揃えた。以前よりもより強力になれるようバーティが本来俺様が使うはずの呪い(まじない)よりもより複雑に精巧にし、新たな力を受け入れられる体を創り出した。それが、これだ。」

 

ヴォルデモートが左手を空に掲げると、何もないところから炎が発生した。

轟々と燃えるその炎をハリーは呆然と眺めた。目の前で行われている事実。

 

「この我らの新たな友人である、アダムが代々受け継ぐ杖から発した魔法を無効化する炎…これにより俺様を倒せる人間は誰もいなくなった。死を超越した俺様はこの世の魔法すら統べる存在となったのだ。」

 

ヴォルデモートが…アダムの“力”を手にしてしまった。ハリーはその事実に絶望する。杖を魔法を使わずこの強大な闇の魔法使いを、どのように倒せばいいのかー。一方ヴォルデモートは恍惚とした目でその炎を眺めた。

 

「…これで良い。先ほども言った通り、お前には最高の栄誉を与えようバーティ。」

 

バーティは深々とお辞儀をする。

 

「おい…!」

 

輪の外から、先程腕を切断されたことにより狼狽していたアダムが腕を押さえてこちらに来た。ヴォルデモートそしてデスイーターたちが一斉に振り向く。自分の杖で止血したようで、腕の出血が止まっていた。

 

「弟を…返せ。」

 

ヴォルデモートは高らかに笑った。ハリーが何度か聞いたことのある残忍で冷たい声で。

 

「なんと素晴らしい兄弟愛よ!唯一カルカロフにしてはお前を招き入れるという選択は正しかったようだな!」

 

アダムは獣が威嚇するようにヴォルデモートを睨みつけた。

 

「お前は約束した!!!お前の計画に従えば弟は解放すると!!!」

 

ヴォルデモートはさらに笑う。その笑いすらハリーの全身を刺すような恐ろしさがある。

 

「そうだその通りだアダムよ。まだ俺様の計画は終わっていない。」

 

いつも余裕を見せるアダムの顔に絶望の色が浮かんだ。ヴォルデモートは続ける。

 

「もしも俺様の計画が気に入らないのであればさっさと離脱すればいいさ。だが…その場合お前はアズカバンに行き、弟は無残な死体を穢れた血どもに晒される。」

「…っあああああああっ!!!」

 

アダムの両手から太い火の柱が真っ直ぐヴォルデモートに向かって放たれた。冷たい空気が一瞬で熱くなる。

 

「っあーっははははっ!!!感情に飲まれては何も生まないぞアダム!!!」

 

ヴォルデモートは杖を使ってアダムの炎を防いでいた。一瞬ハリーはヴォルデモートが何か特別な呪文を使ってアダムの炎を防いだのかと思った。しかし、違った。ヴォルデモートは先ほど自らが入った大鍋の液体を目の前に持ってきて、アダムの炎を止めていたのだ。

 

「クルーシオ 苦しめっ!!」

 

ヴォルデモートはアダムに呪文をかけた。アダムは苦しそうに仰け反り、芝生を這いずりまわった。

 

「俺様に敬意を払うのだ!!それとも弟を殺してほしいのか?!」

 

あのヴォルデモートですらアダムの炎を防ぐのはギリギリだった。もっとヴォルデモートの反応が遅ければヴォルデモートの体は燃やされ尽くしていたのにとハリーは思った。アダムはやがて、声を出さなくなった。

 

「さて、どこまで話したかな?ああ、そうだ。ハリー・ポッター。今宵のパーティーに招待された若者だ。ご存知の通り、母親の古い魔術によって守られたハリー・ポッター…忌々しいことにこの者に俺様は手を出せなかった…がそれは今日までの話だ。」

 

ヴォルデモートは再び左手を空へかざすと、大きな火の玉が現れる。

ハリーの身体を丸々飲み込めるくらいの巨大な炎。

 

「この炎さえあれば…お前を殺せる。さあ、杖を取れハリー・ポッター。」

 

クラウチが杖を振ると、ハリーを縛っていた縄目が解けた。よろめいた足取りでハリーは立ち上がり、近くに落ちていた杖を拾う。

 

「決闘をしようハリー・ポッター。もちろんやり方は学んでいるな?あのダンブルドアが教えないわけはない。」

 

ハリーは一瞬ヴォルデモートの言ったことを理解できなかったが、徐々にヴォルデモートの目的が分かってきた。呪文が効かない炎で、杖で抵抗するハリーを痛ぶり殺すつもりなのだ。

 

「まず決闘の際はお辞儀だハリー・ポッター。礼儀を弁えなければダンブルドアもさぞや悲しむだろう。これから来る、苦痛を伴う死にお辞儀だ。」

 

デスイーター達がニヤニヤしながらハリーを眺めている。ハリーは顔を上げたままでヴォルデモートを睨み、この場での打開策を必死に考えた。

 

ハリーに使えるのは武装解除呪文しかない。あのアダムの炎への対抗呪文はエルファバがいつも唱えている「デフィーソロ」のみだ。が、あれは“力”を使う者とその血縁者のみ…ハリーは該当していないだろう。

 

「お辞儀をするのだ、ハリー・ポッター!!」

 

ハリーの背骨は何か強い力によって無理やり押され、曲げられた。デスイーター達の大笑いする声が聞こえる。

 

「クルーシオ 苦しめ!」

 

ハリーは全身を刻む苦しみに絶叫した。セドリックもこのような苦しみに耐えたのか?とにかく楽にしてほしい、終わりにしてほしいー。磔の呪文を数回かけられ、ハリーは憔悴した。

 

「休憩だハリー・ポッター。」

 

ハリーは呼吸を整えながら考える。

自分も最期は、セドリックのように焼かれてしまうのだろうか?

 

ヴォルデモートが次に杖を上げた時、ハリーは素早く近くの墓石へと隠れた。

呪文が墓石に命中し、割れる音が背後で聞こえる。

 

「かくれんぼではないぞハリー・ポッター!貴様の死を早めてもいい…!」

 

後ろでチカっと光った気がした。ハリーは一目散にその目の前の墓石へと逃げ込んだ。ハリーが今しがたいた場所はミシミシミシっと音を立て、火の玉が墓石を包み込んでいた。

 

「デフィーソロ!」

 

ハリーはそこへ向かって呪文を唱えたが当然効かず、炎が煌煌と燃えるだけだった。目をつむり、ハリーは考えた。この状況を打開する方法は何かないか。必死に考えたがアイデアが出てこない。

 

もうないのかもしれない。それであれば、自分はヴォルデモートに勇敢に立ち向かった父親のように死にたい。例え自分がそれで苦痛を伴っても。ハリーはゆっくり、墓石から出てきて杖を構えた。ヴォルデモートは満面の笑みでハリーへ左手を向けた。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!」

 

ハリーは大声で呪文を叫んだ。と同時に炎がハリーの身体を焼くことを覚悟して。

 

しかしその時は、やって来なかった。

 

ヴォルデモートはハリーに左手ではなく杖を向けていた。ハリーの武装解除呪文はヴォルデモートによって阻まれた。しかし、炎はいつまでもハリーへ発射されない。ヴォルデモートは、自らの左手をまじまじと見て、たった今起こった現象に信じられないと言わんばかりの表情だった。

 

ハリーはそれを見て1つの可能性を見いだす。

 

「馬鹿め。たかだか俺の左腕を奪っただけで、“それ”を完全にコントロールできるわけないだろうが!!!」

 

その直後、立ち上がったアダムは右腕から大きな炎の柱を出して龍のように墓全体にうねらせた。デスイーターたちは反射で消火しようとした者は炎が直撃し、火傷に身をよじられた。その他のデスイーター達は他者を押し退けて逃げる。

 

「ハリー・ポッター!!!」

 

ヴォルデモートが炎を避けながら、緑の閃光を飛ばしてきたのでハリーは一目散にアダムの元へと駆け寄った。

 

「ふざけるな!!ハリー・ポッター!!お前が来たら俺まで死ぬだろうが!!」

 

アダムはハリーに叫んだが、ハリーは無視しアダムの後ろに隠れる。

ヴォルデモートは忌々しそうに左腕を使わずに杖で応戦する。

 

「あいつ、操れないの?!」

「…俺たちの魔術は“血の呪い”だ。身体全てに呪いの血が入ってないと意味がない。」

 

アダムはさらに火力を上げ、デスイーターそしてヴォルデモートが近づかないようにする。

 

「バーティ!!俺様が命令するまで手を出すな!!あいつは俺様が直々に殺す!!

 

今度はヴォルデモートが炎の向こう側でそう叫んでいるのが聞こえた。

ハリーは打開策を探ろうとアダムの後ろで、キョロキョロ辺りを見回す。

 

炎と緑の閃光が飛び交う上空で、突如黄金の光が輝いていることをハリーは見つけた。それが何千にも裂けて周囲をアーチ状に包み込む。まるで光の籠となったその中で美しい調べが聞こえてきた。ハリーはこれを2年前に聞いたことがある。不死鳥の歌だ。絶望的だった状況の中で、その歌がハリーの心を鼓舞した。

 

自分は生きている。このまま帰る。

 

ハリーは心の中でそう自分に言い聞かせた。そのためには、アダムの協力が不可欠だ。姿くらまししてここから逃げられればあとは大丈夫だ。

 

「おい、ポッター!なんの呪文だこれは?!」

「分からない!」

「ハリー!」

 

突然、背後で誰かに呼ばれた。ハリーは振り返り杖を構えたが、その正体に息を飲んだ。

 

背の高くくしゃくしゃな髪の男性と髪の長い若い女性が立っている。

 

それは、ハリーの両親であるリリーとジェームズだった。

濃い灰色のゴーストのような2人は、ハリーに近づき肩を抱いた。その温もりを感じることはできないが、まるで2人は生きているかのにクッキリはっきりとその姿を認知できる。

 

「ハリー、大丈夫だ。僕やリリーも助けるから、あそこにいる怪我をした友達を連れてここを離れるんだ。この炎の魔法使いが姿くらましをするから。」

「あともう少しで終わるわハリー。もう少しの辛抱よ。」

 

ハリーは2人の言葉に何度も頷く。セドリックは数メートル先で炎が当たるか当たらないかの位置で横たわっていた。父親はハリーをすり抜け、アダムに話しかけた。

 

「僕が合図をするハリー。おい、醜男。やることは分かっているな?僕の息子をきっちり守ってくれ!」

「っちっ!」

 

アダムは、背後で何が起こっているのか理解していないようだったが忌々しそうにセドリックとハリーの間に炎の道を作った。

 

「今だハリー走れ!」

 

父親の叫びを合図にハリーはその道をまっすぐ走り、セドリックの元へ駆け寄った。

 

「ハリー・ポッター!」

 

ハリーの頭上を緑の閃光が数回すり抜ける。ヴォルデモートが炎を抜けこちらへ近づいて来た。ハリーは仰け反ったが、父親と母親のゴーストがヴォルデモートの元へ突進し、ヴォルデモートは身動きが取れなくなった。

 

アダムはこちらへ走り込み、ハリーはセドリックのユニフォームらしき布を掴み、反対の手でアダムにしがみついた。目の前が炎に包まれ、熱気でハリーの全身が火傷しそうだった。するとまた突然狭い水道管に突っ込まれて頭を引っ張られるような現象を身体に感じた。

 

ハリーはその感覚にまた気持ち悪さを感じたが、反面安堵に包まれた。

 

自分は生きて帰れるとー。

 



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11.炎と氷

どさっとハリーは床に倒れこんだ。一瞬の熱気を感じた後にハリーの耳を刺激したのはガヤガヤとした何十人もの声。

ハリーがいたのは全てのスタート地点だった。ここからハリーは迷路に入ったはずだ。しかし今はあの薄暗い迷路が全て撤去され、ハリーの知っているあのクィディッチのピッチになっている。

 

「っセドリックっ!!」

 

ハリーは隣で横たわるセドリックを揺すろうとしたが、セドリックのどの身体の部分も赤黒く触れない。先程ユニフォーム部分を瞬時に探して見つけられたのは奇跡だった。ハリーの頭にあのカルカロフの無残な最期がよぎった。ハリーはセドリックも口に手をかざしてみる。呼吸をしているのか分からない。

 

「誰かっ!!誰かっ!!セドリックが大変なんだ!!お願いだ!!」

 

ハリーは自分よりも重いセドリックを抱えて、必死に周囲に助けを求めた。スタンド席にいる生徒たち。ホグワーツ生、ダームストラング、ボーバトン。多くの人間がその場にいるのにハリーの声に誰も見向きもしなかった。

 

「誰かっ!!助けてくれっ!!手伝ってくれっ!!」

 

どんなに叫んでも、ハリーの声はどうでも良い喧騒にかき消される。セドリックの重さでハリーの体は傾き、セドリックがハリーにのしかかり、身動きが取れなくなった。

 

(誰も助けてくれない。誰も…。)

 

「ハリーっ!!!」

 

誰かがハリーとセドリックの間に手を入れて、セドリックを持ち上げた。

 

「ハリー!大丈夫かい?!これは誰なんだ…?2人とも早く医務室へ向かおう!」

 

ハリーと一緒にセドリックを抱えたのはロンだった。髪も全て燃えたセドリックをロンはあのハンサムで優秀はハッフルパフ生だと認知ができないようだった。

 

「2人とも一体何があったの?!迷路を撤去しても2人がいなくて…でもこの騒ぎじゃ…!!セドリックは?!」

 

駆け寄ってきたエルファバとハーマイオニーはロンとハリーが抱えているものを見た。

 

「まさか…それがセドリックなの…!?」

 

ハーマイオニーの金切り声にロンは固まりすぐさまセドリックを寝かせ、エルファバは冷気を浴びせた。エルファバの顔が青ざめ、体が震えている。周囲の床が少しずつ凍り始めていた。

 

「私、教授を呼んでくる…!」

「その必要はない。」

 

ハリーはまた違う手にグイッと体の向きを変えさせられた。そこには顔に大きな傷跡がある男がハリーを見ていた。

 

「ムーディ教授…。」

「お前は軽傷。」

「あの…教授っ…。セドリックが…。」

「むう。」

 

突然空中から人の頭くらいの壺が現れ、バシャっ!と透明な液体がセドリックの全身にかかりエルファバは飛び退いた。液体がかかった時、セドリックの体の赤みが少し引いた気がした。

 

「応急処置だ。こいつは担架が運ぶ…間に合うか分からんが…お前は大丈夫か?立てるか?」

「あっ、はい…。」

 

ハリーはムーディに支えられて、ノロノロと立ち上がった。立ち上がった先に涙をためたハーマイオニーと渋い顔をしたロン、そして少しだけ目を開くエルファバがいた。どこからか魔法の担架が現れ、セドリックがそれに乗りひとりでに城の中へと入っていく。

 

「無事でよかった…あなたが無事で…。」

 

ハーマイオニーは勢いよくハリーに抱きついた。肩が少し濡れるのを感じた。

 

「早く、お前も医務室へ行け。わしもついてい「ハリーっ!!」」

 

ハーマイオニーが離れると、今度は別の人物がハリーに抱きついた。

 

「ハリー!?大丈夫か!?怪我は?!」

 

シリウスはハリーの両頬を強く掴み、体の所々を触って確認した。

 

「うん…大丈「呪いとかかけられてないな!?焦点は合ってるか?!「ブラック!!お前が離れんと医務室にいけんっ!!」うっせー変人野郎っ!!俺はハリーが心配なんだっ!!」

 

一睨みしたあとシリウスは離れた。

 

「…シリウス…。」

「どうした?」

「…こんなこと信じてくれないかもしれないけど…ヴォルデモートが復活したんだ…僕の目の前で…。」

 

他の人には聞こえないほどの声の大きさでハリーはシリウスに囁いた。シリウスは数秒ハリーをまじまじと見てから再び抱きしめた。

 

「辛かったなハリー…無事で本当に良かった…!」

 

ハリーの固まった心の中でようやく暖かい何かが広がり、身体の感覚が戻ってくる。シリウスは信じてくれた。

 

「っ!」

 

エルファバは突然城の方に走り出した。

 

「セドリックの方を見に行ったんだよ。」

「ハリー…セドリックは…?」

「…分からない…ダメかもしれない…。」

 

シリウス、ロン、ハーマイオニーは息を呑む。

 

「息してなかったんだ…目も…見開いてて…僕は…僕は…。」

「ハリー、自分を責めるな。君はその時に出来ることをやったんだ。」

「違うんだシリウス…僕はもっと…。」

 

シリウスは優しくハリーを抱きしめ、頭を撫でる。

安心する反面、ハリーは気が気でなかった。セドリックがアダムに焼かれてからかなり時間が経過していた。もっと早く自分がアダムを治療していたら?そしたらアダムがすぐ復活して姿くらましで帰って来れたかもしれない。もしもこれでセドリックが死んだら?

 

エルファバに申し訳なかった。帰ってきた恋人が生死不明で変わり果てた姿だったのだ。何か他にできることがあったかもしれないー。

 

「エルファバ!」

 

エルファバの横を炎が横切り、ギリギリのところで急停止しエルファバはバランスを崩して後ろに倒れた。校庭とホグワーツを繋ぐ通路が燃え、危うくエルファバがその火の中に突っ込むところだった。

 

「スミス…。」

「アダム。」

 

アダムは背後からよろよろとエルファバに近づいてきた。エルファバは後ろの炎に気をつけながら後退りする。いつも余裕で人を嘲るような笑いを浮かべているアダムが、今は疲れ切っていた。エルファバはアダムの片腕が消えていることに気づき息を呑む。

 

「弟が…人質に取られてるんだ…そのせいでやりたくないことをやらされた。カルカロフの野郎が自分の可愛さで俺の能力を"例のあの人"に売ったんだ!!俺は弟を人質に取られて言うことを聞くしかなかったんだ!!頼む、ダンブルドアに抗議してくれ!」

「セドリックは…。」

「あれは俺じゃない!“例のあの人”だ!あいつが俺の力を奪い、邪魔者としてあいつを燃やしたんだ!」

 

この後に及び、嘘をつくアダムにハリーはカッと頭に血が上るのを感じた。今までの疲労感が吹っ飛び、ハリーは遠いところから喉が切れそうになる程叫ぶ。

 

「嘘をつくな!!!お前が、僕とセドリックを迷路からあの墓地へ連れ出したんだ!!!セドリックをあんな状態にしたのはお前だ!!!カルカロフを殺したのも僕がこの目で見たぞ!!!お前は…!!」

 

ハリーが言い終わる前に、4人は散り散りに逃げた。アダムの火がこちらへ向けられたからだ。火がこちらに到達しようとした直前、火は不自然に向きを変え上空へと消えた。

 

「ルーカス…!」

 

散り散りになった4人の前にルーカスは立ち塞がった。毅然とした態度で杖を向け、アダムを睨み付ける。

 

「デフィーソロ!」

 

ルーカスが叫ぶと、エルファバの背後の炎が跡形もなく消える。

散り散りになった4人はルーカスの後ろで再びまとまった。

 

「お前は混乱に乗じてダンブルドアに助けを請おうとしたな。そうはさせない…今ここで、終わらせる。」

 

シリウスは杖を取り出しルーカスの背後からアダムに向け、エルファバも立ち上がり自分の“力”を出す準備をする。

 

「本当なの?ハリーが言ったことは…セドリックを?」

「本当さ。」

 

アダムが言う前にルーカスが答えた。ハリーたちは全員ルーカスをまじまじと見る。ルーカスは薄ら笑いをしながら、皆が思っていることを代わりに答えた。

 

「こいつの常套句さ。体内を燃やし尽くし、相手を壊滅的に追い込む…俺の妹もやられた。」

 

ハーマイオニーがヒッと声を上げ、ロンが息を飲んだのが聞こえた。ハリーとシリウスは呆然とルーカスを眺める。

 

「それで妹さんは…?」

「死んだ。まだ10歳で幼かったから、全身を覆う火傷に耐えられなかったんだ。」

「なんでそんな非道なことを…!」

 

エルファバは目を見開き、ビクッと体を動かしたと同時に周囲に雪が降りはじめた。ルーカスは続ける。

 

「本当に可哀想だった。お前の家族はよく俺の家に遊びに来ていて、それで俺と妹を実験台にして遊んでたんだ。俺の妹はスクイブで母親からも父親からも疎まれてる存在だった。けど、俺からしたら無邪気に笑って俺を慕い追いかける妹は可愛くてしょうがなかった。友達も多くて誰からも愛される子…エディみたいに。」

 

アダムはルーカスをじっと睨みつけて動かない。ルーカスは淡々と話す。

エルファバの周りの床が、バキバキと音を立てて凍っているのが聞こえる。

 

「そう、それでアダム?お前はその妹に身体くらいの火の玉を押しつけた…今でも悪夢でうなされるよ。妹が俺に助けを求めて叫ぶ声…お兄ちゃん、熱い痛い助けてってさ。俺は必死に妹に水をかけて鎮火したけど妹は耐えきれなかった。お前はそれをただ黙って見守ってるだけだったな…言われないと妹だと認知できないくらい変わり果てて…さっきのセドリックと同じ状態だ。あの状態で助かれる人間なんてこの世に一握りだ。だからセドリックはお前のせいでもう…」

 

ルーカスが言い切ったのと同時にホグワーツの校庭が一瞬で凍った。あまりにも早すぎて冷気を感じたのはその数秒後だった。アダムは氷の塊に囲まれ、そこから無数の氷の棘が飛び出る。先端はアダムを躊躇なく刺そうとアダムへ伸びる。

 

「エルファバ!止めて!」

 

アダムは自分の周りに火の柱を作り、一気に氷の棘を溶かした。ハーマイオニーの叫びをよそに怒りの表情に顔を歪ませ、氷を操作するエルファバはいつもとはまるで別人だった。

 

アダムはエルファバに向かって火を投げつけた。エルファバはそれを冷風で跳ね除けた。今度は手のひらから銀色の球を作りエルファバがアダムに投げつける。アダムは避けたが、床の氷と左腕がないせいで体のバランスを崩し、転倒し頭を強打した。

 

エルファバはそのアダムにゆっくり近づきながら、再度凍らせアダムの足から膝までを床と一体化させた。アダムは身動きが取れず氷の中でもがいた。

 

ハーマイオニー、シリウスがエルファバを止めようと呪文をいくつか唱えたが、案の定呪文は氷または抵抗するアダムの炎の中へと消えていく。ロンやハリーがエルファバの元へ駆け寄ろうとしたが、氷に足を取られ近づけなかった。

 

「ルーカス!頼む、止めてくれ!あの2人が戦ったら、ホグワーツ壊れちゃうよ!ここにいる全員止められないんだから!」

 

ロンがルーカスに近づき、腕を掴んだがたじろいですぐに離れた。

 

ルーカスは、薄ら笑いながらその光景を見ていたのだ。邪悪でギラギラした目で様子を眺めている。

 

「まさか、ルーカス…エルファバ!騙されちゃダメ!ルーカスはあなたがアダムを攻撃するように仕向けたのよ!エルファバ聞こえてる!?」

 

エルファバはハーマイオニーの声に反応せずゆっくりアダムに近づき、足の氷にもがく見下ろす。

 

「なんのために…セドリックを…エディを…。」

 

どんどんか細くなるエルファバの声。そして季節外れの雪と風。

大粒の涙がエルファバの青い瞳から溢れ、そのままアダムの身体に落ちる。

 

「エディ?何を言ってるんだいエルファバ?今の話はセドリックとルーカスの妹…?」

 

ロンの言葉とシリウスがルーカスの首に杖を突きつけたのは同時だった。

ルーカスは高身長なはずだがシリウスがそれよりも高いためか、ルーカスがやけに小さく見える。

 

「あの子にかけた“錯乱の呪文”を解け!今すぐに!」

「錯乱の呪文ですって?!」

「待って、ハーマイオニーどういう「ルーカスがエルファバを錯乱させたの!エディとセドリック、両方がアダムに殺されてしまったって思い込ませて…!」」

 

エルファバの目は虚ろで、そのままドサッと座り込んだ。シリウスに杖を突きつけられたルーカスは両手を上げる。

 

「もう解けてるよ。ははっ、やっぱりホグワーツで悪いことをするもんじゃないな。それに…エルちゃんにアダムを()らせるのは無理があったな…色んな意味で。」

 

ルーカスは諦めたように弱々しく笑い、床の氷を自分の炎で溶かしながらエルファバに近づき、ボロボロ涙を流すエルファバの頭を優しく撫でた。

 

「ごめんね。怖い思いをさせてしまったね…。」

「良心を取り戻しましたねミスター・レインウォーター。マダム・マクシームが喜びます。

 

エルファバとルーカスの後ろからキーキーと高い声が優しく話しかけた。

 

「あなたは確か…フリットウィック教授。」

 

小さな教授は毅然とした態度で他の教授たちを引き連れていた。マクゴナガル教授、スプラウト教授、そしてスネイプ。ホグワーツ城からゾロゾロ出てきた。

 

「あの愚かなジョーキンスの呪いは解けましたよ。どうやらここ数日の記憶がないそうで…あなたに会ったのが最後の記憶だと。ミスター・ベルンシュタイン。」

「我がホグワーツの生徒でないことが唯一の幸い…そもそも校長が悪かったのですがね。」

 

フィットウィック教授に続き、マクゴナガル教授がそっとエルファバの肩に手を置いた。

 

「ここからはあくまで私たちの推測にすぎませんが…あなたは何かしらの方法で(こう言った時にマクゴナガル教授は汚物を見るような目でアダムを見た)バーサからこの迷路の仕組みを教えてもらった。しかし我々の警戒態勢は最大でした。そこであなたはわざとハリーが写っている時に炎を放った。わざと形を整え、教授達が迷路に仕掛けられた罠ではないと分かるものです。ダンブルドアがそこに気を取られた一瞬をついてバーサにダンブルドアを刺させた。合ってます?」

「弟を人質にされているんだ!!」

「だからといって、ミスター・ディゴリーを殺しかけていい理由にはならない!!」

 

マクゴナガル教授の後ろからずいっと出てきたスプラウト教授が声を荒げた。あの穏やかな教授が叫ぶのを誰もが生まれて初めて見ただろう。目と鼻が真っ赤に腫れ、今にもアダムを呪いそうだった。

 

「あなたとあなたの弟には同情します。しかしだからといって我々の生徒に危害を加える理由にはなりません。」

 

マクゴナガル教授はしゃくりあげるスプラウト教授から言葉を引き取り、顔色を変えずに言い放った。しばらく沈黙が流れる。エルファバはその間に落ち着き、深呼吸と小さな声でいつもの呪文を唱える。

 

「…へへっ、っはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 

沈黙を破ったのはアダムだった。突然ゲラゲラと笑いだし、教授たちは一斉に杖を構えた。

 

「それで?!それを証明してなんになるんだ?!あ?!俺があの女操って老いぼれ刺したのとチビと使いもんになんねージジイをぶっ殺したことによってなんだ?!それが理由で俺の弟は殺されんのか?!弟にはなーんにも罪がねえのによぉ?」

「…まさかカルカロフも…?」

「あーそーだよ!!だって命令されたもんは仕方ねーだろー?それを含めての計画だったんだからさぁ?」

「その計画の首謀者はヴォルデモートじゃな。」

 

ダンブルドア校長は教授陣の背後から姿を現した。バーサの奇襲を受けたはずだった。しかし何事もなかったかのように歩いている。アダムは驚いたようにダンブルドア校長をまじまじと見る。

 

「わしには素晴らしく賢いペットがおってのお。」

 

エルファバにダンブルドア校長は優しく微笑んだ。ダンブルドア校長の肩には大きく赤い鳥が座っている。

 

不死鳥、フォークスだ。

 

フォークスは優雅に校庭を飛んだ後、エルファバの肩に止まり、パチパチと瞬きしてから頰ずりをした。

 

「ミスター・ディゴリーはマダム・ポンプリーの懸命な治療の甲斐あり一命を取り留めた。意識はなく、まだこの後がどうなるかは予測がつかんが…。」

ハリーはヘナヘナと力なく倒れ、シリウスがポンポンと頭を撫でた。ダンブルドア校長は優しくハリーとエルファバに微笑み、今度はエルファバの前にいるルーカスとアダムへ少し厳しい声で話しかけた。

 

「ミスター・ベルンシュタイン。わしに助けを求めるのであれば、君の所存、これまでの経緯そして罪を全て話すのじゃ。ミスター・レインウォーター。君もじゃ。事情は察しておるがミス・スミスを錯乱させ、ホグワーツ内で殺人を犯そうとしたことはいただけない。ミス・スミスの優しさと自制心がなければ、ミスター・ベルンシュタインはもう死んでおったじゃろう。ハリー…過酷な試練の後で申し訳ないが今夜の出来事について話してほしい。あとエルファバ、君もじゃ。万が一炎の魔法使いたちが暴れたら、君が、止めるしかない。」

 

エルファバは、ボーッとした顔でよろよろ立ち上がった。ハリーは溶けかけの氷に気をつけながらエルファバに駆け寄る。

 

「この4人は、校長室へ。」

 

ーーーーー

 

教授陣全員に連れられ、4人は校長室へ来た。ダンブルドア校長はアダムをエルファバ、ルーカス、ハリーの正面に座らせ、自分は机の端に座った。

 

ちなみにシリウスもついて行くと言って聞かなかったので校長室の隅で立って聞いていた。エルファバはセドリックが心配でしょうがなかったが、自分の責務を全うしようとじっとアダムを観察する。

 

「さて。アダムよ。君は本当にわしの助けを望むなら君の罪を全てここで話すのじゃ。」

 

アダムは深呼吸してから話し始める。

 

「ここに来て少し経った話だ。カルカロフが俺と弟を呼んだ。入った瞬間あの野郎は弟に呪文をかけて、眠らせたんだ。俺がブッ殺そうとしたらあの野郎は自分に協力しねーと弟を殺すといいなすった。」

「協力とは?」

「あいつのご主人の命令に従うこと。」

「なるほど。ハリーの名前をゴブレットに入れたのは君じゃな?」

「カルカロフはホグワーツに俺のような人間がいるのを危惧してた。世界でたった1つと謳った貢ぎ物が2つありゃ元の子もねーからな。案の定、それっぽい人間が現れた時、しかもその相手はかの有名なハリー・ポッター様ときた。俺もその時はそう考えたさ。俺はゴブレットに自分の名前を入れたように見せかけてポッターの名前を入れるようにあいつに言われた。が、こいつ(と言ってハリーを睨みつけた)ときたら俺がいくら燃やしてやろうとしてもなんにもしねえ。だから1回目の試練の時にあいつのお友達がいるところの保護呪文ぶっ壊してやったってわけさ。」

 

エルファバは隣に座るハリーが拳を握る音を聞いた。

 

「エルファバがいなければみんな殺されるところだったんだぞ?」

「けどそうはならなかった。」

「ハリー、座るのじゃ。」

 

ハリーは立ち上がり、憎々しげにアダムを見た。握り締められた拳が今にもアダムの頬に向かって飛びそうだった。

 

「よくもそんなことを…カルカロフもルーカスの妹も…セドリックだって!お前にとって人を殺すなんてなんてことないんだな…!!」

「ハリーっ!」

 

ハリーはキッと校長を見る。

 

「座るのじゃ。」

 

ハリーは数秒息を荒く吐いた後、荒々しくソファに座ったのでエルファバは数センチほど浮いた。

 

「保護呪文はどうやって破ったのじゃ?君のような生徒が破れるようなものでもない。」

「バーサに解き方を教えてもらった。第3の試練の迷路の道筋もな。」

「なぜバーサは君にそれを教えたのじゃ?」

「数回啼かせてやったらあっさり吐いたぜ?」

 

ハリーはアダムが答えを言う前にエルファバの耳を塞いでいた。ダンブルドア校長はエルファバが見たことのない軽蔑した目で薄ら笑いをするアダムを見下していた。エルファバはハリーを怪訝そうに見つめた。

 

「それで?」

「自分の名誉を挽回しようとしていたカルカロフは何度もスミスを襲撃しようとした。けどガード硬すぎてなかなかできなかった。ただでさえムーディやあんたがいるのに加えて、クリスマス終わったら無関心決め込んでたルーカスまで監視に入りやがった。」

 

エルファバはハッとルーカスを見た。ホグズミード、グリフィンドールの寮…考えてみれば教授がいない場所でルーカスに遭遇する確率が高かった気がする。ルーカスはエルファバと目があうと、曖昧に笑ってウインクした。

 

「ヴォルデモートが何も命令してないのにも関わらずかの?」

「そうだ。あいつはプラスアルファをすれば自分の罪が償われると思ってたんだ。スミスを差し出せば、問題ないと…結局上手くいかずハリー・ポッターを差し出すというノルマは達成した。」

「どのようにハリーとミスター・ディゴリーを運んだのじゃ?」

「姿くらましだ。ホグワーツは姿くらましができないが、俺が作った炎の中で移動すれば、ホグワーツの魔術も無効化できる。」

「なるほど…そこまで尽くしたが君の弟は囚われの身と。君の腕は?」

「俺は聞いてなかった…こんなふうに腕がちょん切られるんだったら最初からこんなことには…参加していなかった。」

 

アダムは今はもうない左腕を見つめる。

カルカロフにもアダムにも同情の欠片はなかった。弟を人質に取られていたとはいえアダムは嬉々としてこの計画に参加していた。アダムは真剣な面持ちでダンブルドア校長を見た。ルーカスがその時に一瞬口角を上げたのをエルファバは気づいた。憔悴しているアダムを見て楽しんでいる気がした。校長はそれには答えずにハリーへ視線を変える。

 

「次はハリーじゃ。辛いじゃろうが…話してはくれぬかの?」

「こいつがいる前じゃ話したくありません。」

 

ハリーはアダムを指差した。

 

「ハリー。頼む。」

「話します。話しますけど、こいつの前だけでは嫌だ!こいつがカルカロフを殺した!セドリックを襲撃したのもこいつだ!それに今の話じゃ危うくエルファバだって!こいつが僕の話を聞く理由なんてない!」

「ハリー…すまないが、わしが彼から目を離す訳にはいかぬ。そしてわしは君の話を聞かなければならぬ…分かってほしい。」

 

長い沈黙が流れた。フォークスが毛づくろいをする音しか校長室には響かない。その沈黙に耐えられなくなったのかハリーは話し始めた。

 

迷路での戦闘、あの水道管に突っ込んで引っ張られるような感覚で墓地に飛ばされたこと、セドリックがアダムに全身を焼いたこと、ヴォルデモートの復活の儀式…アダムが腕を切られる描写、ヴォルデモートがアダムの腕により炎を操れるようになったこと、そしてハリーの両親に助けられ、セドリックを抱えて帰って来たこと。ダンブルドアは何も口を挟まなかった。エルファバもルーカスも、黙って話を聞く。

 

「…ヴォルデモートが、炎の“力”を…。」

 

ダンブルドア校長は疲れ切った顔で、両手で顔を覆った。たまらなくなったのかシリウスが口を出す。

 

「口を挟みますがダンブルドア。ハリーの話では、あなたの血を復活の材料に使用した…炎が血の呪いであると仮定して、ヴォルデモートが完全に肉を吸収したわけではないです。例えそれを取り込んだばかりだとしても一度や二度と火の玉を出したくらいでなくなるほどコントロール出来ないのであれば、かなり微弱で不安定…あいつが完全に力を掌握するまでにまだ対策ができると思います。」

 

それに対しここまでずっと黙っていたルーカスも入った。

 

「…あの。正直人間の肉を…特に俺らのような人間の肉を使って肉体を再生した事例を聞いたことがないのでなんとも言えないんですが…こいつの(と言ってルーカスはアダムを睨む)肉を完全に使用したわけではないので、あなたの血と同化、受肉してそもそも“力”が使えなくなる可能性もある気がします。」

「…そうじゃな。まだ時間がある…。」

 

ダンブルドア校長が顔を上げた時は、先ほどと同じ鋭い瞳孔でアダムを射抜いていた。

 

「なぜセドリックを焼いたのじゃ?」

「邪魔者を消すためだ。」 

 

アダムの答えにルーカスは声を上げて笑った。みんながルーカスを向くが、ルーカスは何も言わない。ダンブルドア校長はゆっくりルーカスに向き直り、言葉を選ぶようにゆっくり語りかける。

今度はアダムがルーカスに憎悪の目を向ける番だった。

 

「何か知っておるのか?ルーカスよ。」

「いや、別に?それだったら、どうしてセドリック・ディゴリーは即死しなかったのかなあって。俺だったら、中途半端に燃やして生かすよりさっさと死の呪文で殺…あ、ごめん。エルちゃん。例えだし、俺はセドリック・ディゴリーに恨みはないから。」

 

ソファが凍ったことに感づいたルーカスは、即座に訂正を加えた。エルファバはぎゅっと自分のスカートを掴み震えながらいつもの呪文を唱えた。

 

「ルーカス…お前…!」

「やだなー、何そんなに怒っちゃってんの?別にあくまでこれは俺の推測だし。」

 

ルーカスとアダムの間で曰くありげなやり取りがされているのをハリーとエルファバは困惑しながら見届けた。

 

「君は真実を言っておらんなアダムよ。」

 

校長はそれを遮り、明るいブルーの瞳でアダムを真っ直ぐに見つめる。

 

「わしが君に求めることは2つ。1つは真実を全て話すこと。もう1つは君の全ての罪を償うことじゃ。さもなくば君の弟を助けることはできん。」

 

アダムはギリリっと奥歯を噛んだ。校長は今度はハリーとエルファバに向き直る。アダムへの口調より数倍優しく、丁寧な物言いだった。

 

「ハリー、君のご両親が出てきたとのことじゃが…その時に何か変わったことはあったかの?例えば…杖が繋がったとか。」

「杖…いえ、特には。」

「ヴォルデモートに対抗するために、何か特殊なことは?」

「いえ…役に立ったのは武装解除呪文だけだと思います。」

「そうかの…ありがとうハリー。君は大人の魔法使いを大きく上回る勇気、かつてヴォルデモートと戦い敗れた者たちに劣らぬ勇気を見せてくれた。疲労困憊の中で話してくれて、ありがとう。ハリー。長く引き止めて悪かった。君には真実を知ってもらう必要があったのじゃ。エルファバとシリウス3人で医務室へ。」

「いいんですか?」

 

エルファバは驚いて聞いてしまった。てっきりルーカスの話も聞いてからだと思ってたからだ。

 

「ルーカスの感情はもう彼のコントロール下にある。それに彼はどうもわしを信用してくれぬ。しっかり信用してもらってからこの件を話すには今の時間だけじゃ足りないと判断した。ハリー、君とはもう一度どこかで話す必要があるが…今は休みなさい。」

 

ルーカスはダンブルドア校長の言葉を鼻で笑った。フラーがホグワーツに初めて来た時にした嘲笑によく似ている。

 

「エルファバも悪かったの。わしはマダム・マクシームやアラスタ、バーティと共に彼らの処罰を「彼ら?まさかルーカスも罰を受けるんですか?」」

 

ハリーは校長の言葉を遮った。ダンブルドア校長は落ち着きを払い話す。

 

「ルーカスはこれほどの事態になることの予測がつきながらも、私欲のために黙っておったのじゃ。結果、どうなったか。ヴォルデモートは復活し、哀れなバーサ・ジョーキンスは操られ、カルカロフは殺された。さらにアダムの弟はヴォルデモートに囚われ、エルファバも錯乱した。」

 

エルファバはルーカスが校長に一瞬憎悪の視線を投げたのを見て危うく校長室を凍らせるところだった。

 

「ダンブルドア校長…でも、ルーカスはアダムに目の前で妹さんを殺されてるんです。」

 

校長は優しくハリーの肩を叩き、ルーカスを見てからハリーに向き直る。

 

「その通りじゃ。ルーカスの思いは身を裂くほどの苦痛じゃっただろう。自分の肉親が目の前で殺される…わしも妹がおったからその気持ちは理解できる。それを否定するわけではないのじゃ。証拠が出たらアダムにはその社会的制裁を受けてもらうつもりじゃ。しかしじゃよハリー。だからといってアダムの弟は無関係じゃ。」

「でっでも…。」

「ルーカスは賢い子じゃ。さっきも言ったように彼は何が起こっているかしっかり理解しておった。彼が自らそれを止めることを求めておるわけではない。それが出来るのは勇敢なごく一部の人間のみじゃ。じゃが彼が介入しなくてもいくらだって彼らの計画を止める方法はあったにも関わらずそれをしなかった。エルファバを錯乱させたのが何よりの証拠じゃ。」

「いいよハリーくん。」

 

ルーカスは怯えた目で見るエルファバの頭を子犬を撫でるようにワシャワシャと撫でてハリーに言った。

 

「ダンブルドアの言う通り、俺はこいつがカルカロフと何か大きな計画を立ててることを知ってた。カルカロフがデスイーターの残党だから繋がってるのはそれ関連だって推測もついてた…ディゴリーが重傷を負ったのは完全に計算外だったけど…でも…その時にエルちゃんを操れば、こいつを殺せると思った。それは、許されることじゃない。」

 

ね?とルーカスはエルファバを覗き込んでエルファバの後れ毛を耳にかけてあげて笑った。エルファバは無表情に見つめ返す。美形の2人だとまるで映画のワンシーンのようだった。

 

「ハリーくん、俺のせいで巻き込んでごめんね。エルちゃんも…セドリックがあんなふうになるのを防げたかもしれない。」

 

校長はその一連のやりとりを見届けてからハリーとエルファバに医務室へ行くように再び促した。2人と入れ替わりでマダム・マクシーム、クラウチ、バクマンが校長室に入っていく。

 

ダンブルドア校長とアダムとルーカスの後ろ姿を扉が閉まるその直前までハリーとエルファバは見届けた。

 

 



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12.決別

「僕が巻き込まれたのは結果論だ。」

 

ハリーはガーゴイル像を通り過ぎてから言った。

 

「彼だって反省してるんだ。それにもしも僕の目の前で家族が死んだら僕だってルーカスと同じことしてたかもしれない。アダムの弟は気の毒だけど、アダムがそういうことしたんだ。」

 

エルファバは途中までコクコクとうなづいていたが、顎を触って考え込んだ。シリウスは優しくハリーの肩を抱きながら、黙って意見を聞いていた。

 

「ルーカスはいい人だと思うし、私もルーカスの気持ちは理解できるわ。でもルーカスは罰を受けるべき。」

「どうして?」

「だって彼反省してないもの。」

「けど僕らに謝ってきたじゃないか。」

 

ハリーは少し怒ったような口調で言ってしまったが、エルファバは大して気にしてないようだった。

 

「ルーカスは私たちを巻き込んだことと私を錯乱させたことを謝ったのよ。行為そのものじゃないわ。むしろ今のアダムの状況に関しては喜んでる…多分彼の弟を校長が救うことを望んでいない。」

「ルーカスがいなきゃ君にだって危険が及んでた。」

「そうね。」

「あいつの言動は不自然だ。」

 

シリウスは唐突に話に入ってきた。

 

「言動?誰の?」

「ルーカスって奴のだ。あの男に恨みがあったのは分かるが、自分だって炎を操れる…この1年でチビちゃんとハリーを絶えず守ることができるということは、逆に言えばあのアダムとかいう男の場所を基本把握してて、殺すチャンスはいくらでもあったはずなんだ。なんでチビちゃんをわざわざ錯乱させる必要があった?それに妹を殺されたのであればもう少しあいつの家族について言及があってもいいはずだ。魔法で証明できない事象とはいえ、妹を焼死させたなら遺体もあるし罪の立証は難しくないはず…すまないハリー。とにかく今は休まないと。」

 

そのあと3人は一言も話さなかった。医務室の扉の前で数人の人影があった。

 

「ハリーっ…!」

 

ミセス・ウィーズリーの目は真っ赤に腫れていて、その目でハリーを見つけると小走りでやってきてハリーを抱きしめた。

 

「大変だったわねぇ…ゆっくりおやすみなさい。」

 

ミセス・ウィーズリーはハリーを医務室の中に促した。ロンとハーマイオニーはエルファバに何が起こったのかを聞きたそうな顔をしているが、2人は(おそらく正確にはハーマイオニーが)エルファバが何を望んでいるのか理解した上で押し黙っている。

 

エルファバは倒れこむように医務室に入った。

 

左奥のベットでミセス・ディゴリーはミスター・ディゴリーの腕の中ですすり泣いてベットの近くに立っている。セドリックがいるのだろう。右奥には仕切りがあり、あそこでバーサ・ジョーキンスが寝ているに違いない。

 

「あなたはこちらへ来なさい。」

 

ハリーはセドリックのところへ行こうとしてマダム・ポンプリーに制止させられていた。ハリーは不満そうだったが体の疲労が限界を超えているのだろう。渋々ベットに向かった。

 

「セドリック…。」

「こんな症状見たことがありません。」

 

マダム・ポンプリーはテキパキとハリーに毛布をかけて言う。

 

「体の中で皮膚と筋肉や骨を燃やしていたのです。幸い内臓まで燃やす前に鎮火したので命の問題はないです。これからも普通に生活できます。」

 

セドリックの肌は赤黒く、人の皮膚とは思えなかった。髪の毛は全部燃え、セドリックだと言われなければ認知ができない。セドリックの体に白い粉がチラチラ乗っかり、一瞬で透明な液体になった。そしてエルファバの肌にもわずかに冷たさを感じる。

 

「ああ…もう…。」

 

エルファバはセドリックの体の上で舞う雪を手で払った。

 

「スプラウト教授によれば、ダームストラングの君のような生徒がセドリックをこんなにしたらしいじゃないか。」

 

ミスター・ディゴリーは唐突にそう言い放った。セドリックに目を向けていたエルファバが顔を上げるとミスター・ディゴリーが、まるでこの出来事を引き起こしたのはエルファバのせいだと言わんばかりに睨んでいる。

 

「ちょっ、ちょっとあなた…。」

「言っては悪いが君は情緒不安定だ。セドリックは君を好いていたが…もう金輪際、彼に近づかないでくれ。もうこれ以上セドリックを危険な目に合わせたくない。」

「おいっ。この子がお前の息子の身体を冷やしたから一命を取り留めたんさぞ?」

 

ハリーに付き添っていたシリウスが話に介入してきた。ミセス・ウィーズリーがいることも忘れて思わず声かけたようだ。

 

「関係ない。ただでさえ息子はどうなるか分からないのに…これ以上、私たちの息子に何かあったらどうするんだっていう話だ。私は父親として息子を守る。」

「やめてあなたかわいそうじゃない。」

「サマンサ、君はこの子の母親を疑ってたという罪悪感から彼女に聞けないんだ。考えてみろ。これからセドリックが…目を覚ますのかすらわからない。そんな中でこの娘がいることで今度はセドリックが氷漬けになる可能性だってある。さっきも校庭が凍ってたし、今だってわずかだが雪が舞ってた。」

「校庭が凍ってたのは、この子が錯乱してたからだ。それに「いいよシリウス…ありがとう。」」

 

エルファバは一歩前に進み出たシリウスの腕を掴んだ。シリウスは不満気に眉を潜める。

 

「ハリーもセドリックも寝てるから。」

 

エルファバはいつもの呪文を、いつのまに凍っていた床に唱えた。その氷はセドリックのベットの下を伝ってセドリックの両親にまで届いていた。

 

「ありがとうございます。ミセス・ウィーズリー、ビル。」

 

寝ているハリーに寄り添うミセス・ウィーズリーとビルにシリウスは紳士的に振る舞い、軽く腰を折ってお礼を言った。

 

「いいのよ。ハリーは私の息子のようなものだから。」

 

一方、エルファバはミスター・ディゴリーの視線を感じてエルファバはいたたまれなくなった。数十分後、ダンブルドア校長が医務室にやって来た。ディゴリー夫妻が校長に呼ばれるとセドリックに後ろ髪を引かれるように医務室を出て行き、医務室の緊張が一気に解ける。

 

「やな奴。」

「ロンっ!」

「だってあの人ずっとエルファバのこと睨んでるんだ。エルファバは今回の件に何も関わってないのにさ。」

 

ロンをミセス・ウィーズリーがたしなめた。エルファバもいるからかそれ以上は言わなかった。しかしミセス・ウィーズリーもディゴリー夫妻の考えることは理解できるに違いない。エルファバはこの数時間何度もいたたまれなくなって何度も医務室を出て行こうとしたが、シリウスにずっと腕を掴まれててできなかった。

 

「(は・な・し・て・く・だ・さ・い!)」

「(い・や・だ。)」

 

無言の攻防戦はミセス・ウィーズリーの水面下で行われていた。

 

「私にはアダムという人間が理解できないわ。弟を助けるために酷いことをしたけれど、それも嬉々とやっていてそれが上手くいかなくて弟が戻ってこないとなったらダンブルドアに助けを求めるの?」

 

ハーマイオニーはハリーとセドリックを起こさないように小さい声でみんなに意見を求めた。

 

「頭おかしいけど、弟は大事なんじゃないの?ほら僕らだって何かを楽しみながら物事を達成することだってあるじゃないか。けど達成してもらえるものもらえなきゃ怒るだろう?」

「問題はそれが多くの人間の命がかかってるって事だ。あとエルファバ。君はここにいていいんだよ…というかいる権利のある人間だ。」

 

ビルは壁に寄っ掛かって頭をかきながら、優しくエルファバに言う。ビルにはシリウスとエルファバの攻防戦が丸見えだったようで、エルファバは恥ずかしくなった。

 

会話が途切れた時、外が必要以上にガヤガヤ騒がしくなった。誰かが激しく言い合いをしてるようだ。

 

「誰?」

「全くあんな声で騒がれたら2人が起きてしまうわ!」

 

ミセス・ウィーズリーはイライラした口調で囁く。

 

バンっ!

 

「バーサ・ジョーキンスっっっ!!!」

 

ファッジ大臣だ。マダム・ポンプリーは唇をキュッと締めて怒ったように大臣に詰め寄った。

 

「お静かにお願いします大臣っ!」

 

マクゴナガル教授とスネイプがファッジの後を追いかけて医務室に入って来た。大臣は杖を取り出し医務室全体を見回してから右奥に向かって呪文を発射した。ガシャンっ!と仕切りが倒れ、バーサ・ジョーキンスがムクリと起き上がったところに大臣が掴みかかった。

 

「こんんおおっ恥さらしがあああっ!!」

「んお?えっ、ちょっ、何よ!?やめてよ!!」

 

大臣をバーサから教授2人とマダム・ポンプリーで引き剥がした。その他大勢はその光景をあっけにとられている。

 

「んっ。」

 

セドリックが少しだけ声を出したので、エルファバはセドリックに駆け寄った。

 

「私は被害者なのよ!?!?」

「男にたぶらかされてなぁにが被害者だあっ!?機密事項をペラペラと漏らしやがってええっ!!クビだっ!!お前はクビだあああっ!!」

「シレンシオ 黙れ」

 

スネイプが唱えた呪文で医務室に静けさが戻った。

 

「失礼大臣。しかし怪我人がいる医務室で騒がれては困ります。」

 

呆気に取られた大臣に対し、今度はバーサはボロボロと涙を流した。

 

「あの人私のこと愛してるって言ってくれたのよぉっ…好きな人のためなら乙女はなんでもするのよぉ…っ!」

「愚かな女だ。」

 

スネイプは汚らわしいと言わんばかりに吐き捨てる。マクゴナガル教授も汚物を見るような目で泣きじゃくるバーサを見た。

 

「なんの騒ぎじゃ?」

 

ダンブルドア校長はディゴリー夫妻を連れて戻ってきた。エルファバは逃げるようにセドリックの元を離れてハーマイオニーの隣に戻った。

 

「大臣がジョーキンスに怒鳴り散らしたのです。」

「ダンブルドアっ!!!」

「落ち着くのじゃファッジ。すでに事の概要はセブルスとミネルバから聞いておろう。」

「聞いた…聞いたとも!このバカ女の愚かな行為を!この英国魔法界を穢す愚行を!」

「おそらくあなたはそこにしか目が行っておらんな。わしが言っておるのはそのそもそもの根源の話じゃよコーネリウス。」

 

エルファバはハリーと目があった。おそらく薬と視力のせいで焦点がぼんやりしているようだ。

 

「アダムとイゴールが誰に従っていたかという話じゃ。」

「そこまで話はできませんでした校長。」

 

大臣はまだ怒りの名残で体を震わせているが、話を聞ける程度にはなったようだ。落ち着いたところで校長は言った。

 

「ヴォルデモートじゃよ。」

「な…!?」

 

大臣は表情が固まったが、すぐに微笑んだ。その笑みは無理やり絞り出したようだ。

 

「例のあの人?バカなことを言うなダンブルドア。何を根拠に?」

「ハリーとアダムから聞いた話じゃよ。つじつまが合っておる。イゴールがここにいないのも「カルカロフはベルンシュタインに殺されたと聞いたぞ?それにダンブルドア。その話からするとハリーは例のあの人に会ったと?」…そうじゃ。彼がヴォルデモートの復活を目撃した。」

 

冷静な校長に対して大臣は再び興奮している。その空気感の差に皆居心地の悪さを感じているようだった。

 

「何度でも言おう…ヴォルデモートは蘇った。ハリーの話では彼の父親の骨、アダムの腕、そしてわしの血を使ってな。」

「あなたの血?バカを言うんじゃない!あなたはこのホグワーツでこのバカ女に刺されて重体だった!まさかお忘れではありませぬな?」

 

バーサが泣き叫んだ。ダンブルドア校長はそれを気にせずにポケットから何かを鋭いものを取り出した。それは使用前の輝きを失い黒いシミがついている。

 

「これはバーサがわしに突き刺したナイフじゃ。解体してみたらナイフの先に小さい穴が空いており、ナイフ自体に転送魔法がかけられていた。おそらくわしの血をこれで採取したのだじゃろう。アダムの証言とも一致する。」

 

ファッジ大臣は薄ら笑いを浮かべていた。心の底から信じていないのだろう。まるでくだらないエイプリルフールの冗談を信じてしまった自分が情けないと思ってるかのような表情だ。

 

「じゃあなぜハリーは無傷なのだ?何にもなくハリーはここにいるぞ?」

「ハリーには奴の母親がつけた護りがある。ヴォルデモートも他の人間も傷1つつけられん。そして今宵は彼の勇気により無事に帰れたのじゃ…そもそも勇気を出し今宵戻ってきたハリーの名誉のために言うがハリーは無傷ではない。」

「しかしベルンシュタインの炎は魔法をミス・スミスのように通さないと聞いているぞ?ハリーを守る護りが魔法なのであればそんなの無意味だ!」

 

ダンブルドアは淡々と冷静に答えた。

 

「ヴォルデモートは、アダムの炎を取り込んだが上手く操れなかったのじゃ。奴は自らの手で殺すことを望んでおる。」

「ほお?ダンブルドア。あなたの言っていることはめちゃくちゃだ。闇の帝王が操れない能力で殺せないものを殺したい?何をおっしゃいますかな?そもそもこんな、たかだか14歳の少年の、しかもあんな、あんな少年を信じると?」

 

何かを察したビル、ハーマイオニー、エルファバはシリウスの前に立った。ものすごい顔で大臣を睨むシリウスは杖を取り出していた。

 

「あなたはリータ・スキーターの記事を読んでいるんですね、ファッジ大臣。」

 

声の主はハリーだった。大臣がすごすぎて、誰1人としてハリーが起きていることに気がつかず、声を聞いた瞬間全員飛び上がった。

 

「だっ、だったらなんだと言うのだ!城の至る所で発作で倒れるだとか…蛇語使いだとか!それにだ!エルファバ・スミス!あそこまで精神状態が不安定だと言う話は聞いていなかったぞダンブルドア!貴様の教育者としての責任を「論点がずれとるぞファッジよ。今重要なのは目の前の問題じゃ。」」

 

ダンブルドア校長はずいっとファッジの前に出てくる。

 

「今君が話したことに関してはわしの部屋で一部始終を1つ1つ語ろう。当然、ハリーやエルファバのことも…しかし、ヴォルデモートは時を待っておるのじゃ。ハリーの護りが解けるタイミング、あるいは自ら炎を操る術を「例のあの人は復活などしておらぬ!!しておらぬぞ!!!」」

 

マダム・ポンプリーに怒られそうな怒鳴り声を喚き散らし、当たり散らしながらファッジは医務室から去って行った。ハーマイオニーとエルファバは顔を見合わせ、イギリス魔法省の行く末が心配になった。

 

ーーーーーー

 

そこから1ヶ月。

 

クラウチは死んだはずの自分の息子を匿ったこと、服従の呪文や磔の呪文を使ったことが明るみになることを恐れて口を閉ざしてしまったとダンブルドア校長経由で聞きハリーは落胆していた。セドリックは聖マンゴへ移されたため、その後の行方は分からなかった。エルファバはセドリックのことで酷く落ち込んでいた。大事な人を心配しても行方が分からない。セドリックの両親からも接近を禁じられたため、どうしようもなかった。

 

「エルフィー、大丈夫だよ。なんかアリステアも言ってたけどマグルの世界よりも魔法の世界は重症やひどい怪我が多いんだって。その分治療もできるらしいからすぐ目が覚めるよ。あとエルフィーとセドリックがラブラブなのみーんな知ってるし、セドリックの親も分かってくれるよ…だってセドリック、エルフィーいないとどうなっちゃうか。セドリックってさ、エルフィーの前だとカッコつけてるんだよ。知ってた?」

「…なにそれ。」

「セドリック、ハッフルパフの談話室で『エルファバが可愛すぎてテスト勉強集中できない!』って叫んでたよ。2人が付き合う前だけどね。そのあとあたしと目が合ったから口止め料としてお菓子くれた。」

「喋っちゃってるじゃない。」

「へへっ、まだいろいろネタあるし〜。付き合った後もいろいろ。セドリックが起きないならいーっぱい喋ってやるんだから。」

 

テストも終わり、学校の最終日。

校庭の木の下で、エディはエルファバに寄っ掛かった。もうエルファバとエディは同じくらいの身長で、まるで同級生のようだった。エルファバとハリーは一連の出来事により好奇の目に晒されていたが、今日は珍しくあまり人はいなかったのでのんびりできる。エディはホグワーツやボーバトン、ダームストラングの友人たちとの時間を取りつつ、エルファバのそばにいて落ち込むエルファバを励ました。

 

エディは意外とマルチタスクなタイプかもしれないとエルファバは思った。

 

「それにアインシュタインは逮捕されたんでしょ?」

「ベルンシュタインね。アズカバンへ連行されたらしいわ…形式上は“死の呪い”を使った罪だけど…ルーカスの妹の話もちゃんと調査されるといいな。」

「エルフィーはやっぱり優しいよね。」

「?」

 

エディは、顔を上げてもーっ!と声を上げる。

 

「だあってさー!ルーカス、エルフィーのこと人殺しにしようとしたんだよ?!そんな人のこと気にかけることなくない!?一発呪っておきゃよかった!!やっぱ顔いい男はダメ!!」

 

エルファバは肩をすくめただけで、特に何も言わなかった。

 

結局のところ、ルーカスは傍観してただけで特に何も罪を犯してはいないのでマダム・マクシームがお目付けとしてずっとつくだけに留まった。エルファバとルーカスは接近を禁じられ、エルファバはルーカスと話せずじまいだった。たまに廊下や教室で会うが、その都度マダム・マクシームかムーディ教授がどこからともなく現れるのだった。

 

「私、もしもエディが…同じ目に遭ったって考えた時にアダムを攻撃したし。ルーカスの気持ちは分かるの。」

 

エディは少し考えエルファバの腕にすり寄り、少し声を小さくして話した。

 

「……エルフィーが、あたしからすればルーカスの妹になることだってありえたよね。おじさんのせいで。」

 

エルファバは一瞬固まったが、エディの柔らかい黒髪を撫でて気持ちを落ち着かせる。

 

「状況は違うけどね。」

「ルーカスのこと許してやるか。」

 

遠くでハリー、ハーマイオニー、ロンが歩いているのが見えた。大広間に向かっているのだろう。

 

「そろそろ時間だね。」

「そうね。」

 

芝生に座っていたエルファバとエディは立ち上がり、大広間へ向かった。

学期末にはいつもなら優勝寮の旗が掲げられているが、今日はいつも通りの大広間だった。エディはじゃあ、と言ってハッフルパフ寮の席に座り、ボーバトンの友達と話し込んだ。

 

他生徒、ホグワーツ生もボーバトン生も、ダームストラング生も。

 

みんなエルファバを指差してヒソヒソと噂している。エルファバの場合、ハリーが指さされるよりも露骨だった。

 

エルファバが校庭を一瞬で凍らせたのは生徒たちが窓から見ていたらしい。皆これまでも氷や雪は見ていたが、あそこまで広範囲なのは皆恐怖だったらしい。エルファバはルーカスやアダムと並べられ、陰でこう呼ばれている。

 

 

 

“氷の魔女”と。

 

 

 

エルファバはいつもの3人のところへすり寄る。

ダンブルドア校長は生徒が全員集まると、全校生徒にヴォルデモートの復活を告げ、戦ったハリーそしてセドリックへの敬意を見せた。そしてこのような世だからこそ、結束を強めるべきだと宣言した。皆がゴブレットを掲げ、その意志に賛同する。エルファバも、その一部だった。

 

エディは、その結束力の象徴といっても過言ではなかったかもしれない。他校でも沢山の友達を作ったエディはパーティ後に校庭の入り口で大、大、大号泣をし、他校の生徒たちにさよならを告げ、みんなもつられて涙涙のお別れとなった。各々学校そして国を超えた友情とドラマがあり、時には笑いを、時には涙を共有する。ハリー、ロンやフラー、クラムとハーマイオニー、が話しているのを見てエルファバはたまらなくなり走り出す。

 

「がぶりえるう…ぐずっ…ざようなら…!!あだじ、フランスご、がんばる…!!」

「さようなら…エディ…私も英語いっぱい勉強する…。」

「もう、じゅうぶんだよお…!」

 

エルファバは人混みを通り抜ける時に、エディとフラーの妹ガブリエルの熱い友情が視界に入った。エディは顔がぐしゃぐしゃだった。人混みをかき分け、ホグワーツ城の門の隅っこで“その人”は立っていた。

 

「ルーカス!」

 

ルーカスはマダム・マクシームやその他教授陣と共にいた。皆、ルーカスもエルファバの登場に驚いた。エルファバはつたない足でルーカスに駆け寄るー。

 

「おい!お前ダンブルドアが指示したことを…!」

 

エルファバはムーディ教授の言葉を無視し、全身の力をかけて跳び上がり、ルーカスに抱きついた。

 

「うおっと!」

 

全身でルーカスの体に抱きついた(というより全身でコアラのようにルーカスにしがみついた)エルファバをルーカスは慌てて支える。ホグワーツ教授陣、マダム・マクシームの不安気な、ハラハラした視線を感じながらも、エルファバはルーカスに支えられて、ゆっくり地面に着地する。

 

「大好きよ、ルーカス。」

 

真っ直ぐな目でそれを伝えるエルファバに、ルーカスは変な顔をした。嬉しいような困ったような。

 

「また会いましょう。炎の魔法使い。」

 

エルファバは少し微笑み、人混みと歓声の中へ消えていった。

 

ーーーーー 

 

帰りの汽車の中で4人はたわいのない話をした。ハーマイオニーがリータ・スキーターを捕まえたとか、ハリーはまた意地悪な親戚と過ごさないといけないとか優勝金はディゴリー夫妻がハリーに譲ったとか。いつも通り4人はハグをして電話や手紙をする約束をした。

 

「ねえハリー。」

 

エディはエルファバと話すハリーに言った。

 

「あたし聞いたんだけど、ハリーの家にルーピン教授がいるんでしょ?行っていい?あたし何百回も手紙送ってんのに返事書いてきやがらないからさ、突撃訪問してやりたいのっ!」

 

変な顔で意気込むエディにハリーはふふっと笑った。

 

「いいよ。エルファバもおいで。」

 

ハリーは穏やかに微笑むとエルファバはもちろん、と答えた。さまざまな困難を乗り越えたハリーにとっても、今回のことが一番精神的ダメージが大きいに違いない。

 

人が目の前で死に、友人が重症を負い、自身の宿敵が復活した。

 

けれど、それでも気丈に振る舞っている。じゃあね、と言って足取り重そうに意地悪な親戚の元へと歩いて行った。

エルファバはそれを見届け、エディと共に父親を探す。

 

「じゃあねドラコっ!」

 

エディはすれ違いざまにマルフォイに話しかけた。エルファバは目の端でミスター・マルフォイがものすごい顔をして息子を問い詰めているのが見えた。その少し先で父親が車と共に待っていた。

 

「パパー!久しぶりっ!あれ?ママは?」

 

エルファバの父親は肩をすくめた。

 

「体調が悪いんだと。」

「ふーん。」

 

エルファバが助手席に座り、エディが後ろに座った。

 

「どうだったこの1年は?」

「今年も最高だった!!もー、他校でまたいーっぱい友達ができたの!どの学校も面白くて…。」

 

エディのマシンガントークはエルファバの耳にほとんど入ってこない。エルファバはずっと流れる外の景色を眺めていた。エディや父親からなにかを聞かれたような気がするが、うわの空だった。

 

長い1年だった。エルファバの“力”が広く知られたが、自分が思ったより悪くはなかった。強いて言えばリータ・スキーターがいろいろかき回したくらいで。想像以上に皆が受け入れ、エルファバの4年生は幕を閉じた。セドリックのことだけ気がかりだったが、どうしようもできない。

 

エディはセドリックがいかにエルファバのことを好きでいるか説いていたが、エルファバもセドリックへの想いが強まるばかりだ。

 

「…ルフィー、エルフィーっ!」

 

エルファバはびくっと身体を震わせて考え事から現実の世界に戻ってきた。

 

「着いたぞ。」

「あ…うん。」

 

エルファバは車から降りて、自分のトランクを運ぼうとしたが父親が遮った。

 

「こういうのは男の仕事だ。任せとけ。」

 

父親は軽々とエルファバとエディのトランクを玄関に運んだ。エルファバは中に入らず、ぼんやりと空を眺めていた。

 

「エルファバ?大丈夫か?」

「ええ。」

「大変な一年だったな。」

「ハリーと…セドリックほどじゃないわ。」

 

エルファバは肩をすくめる。そういえば父親にセドリックとの関係を言っていないことをエルファバは思い出したが、そこまで重要じゃないと判断した。

 

「…お前の”力”は、役に立ったのか。」

 

父親は不安そうに、声を震わせた。

 

「ありがたいことにね。」

 

エディが自分の部屋へ行ったことを確認して、父親はエルファバと同じ目線に屈んだ。

 

「お願いがあるんだ。例のあの人について…ダンブルドアから聞いた。ハリー・ポッターの言っていることが100%正しいかは分からない、待て。最後まで話を聞いてくれ。ただ、ダンブルドアはここから本格的に例のあの人に対抗する仲間達を集めるだろう。けど…もしダンブルドアからお前の”力”を貸してほしいと言われても、断ってほしい。」

「グリンダの件があるから?」

「ああ、そうだ。お前の”力”が世間に知られたせいでこの1年お前の知らないところで大変だったんだ。もう…これ以上平穏を崩されたくない。」

「ごめん、約束できない。」

 

エルファバは間髪入れずに答える。

 

「トラブルに突っ込む気はないわ。けれど、私はこの“力”を誰かを救うために使える…そう信じてる。」

「その結果幼いお前がどうなったか分かっているのか?」

 

脳裏に浮かぶ、自分の叫び声と親戚たちの笑い声。

同時に反芻する、第一の試練での出来事。凍る観客席、氷の橋、銀色になったドラゴン。クリスマス・ダンスパーティ。氷のポインセチア、蝶。周りの歓声やみんなの笑い声、スケート靴。

 

「…。」

 

エルファバは下を向いた。父親はそれを合意と捉えたのか、家の中へ入っていく。

 

エルファバのブルーの瞳は決意に満ちていた。

 

 

 




【お知らせ】
ストックがそろそろ切れそうなため、今後週1回投稿になります


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不死鳥の騎士団
1.家出


「エルフィーっ!はーやーくっ!」

 

黒髪の少女はダンダンと地団駄を踏みながらひどく殺風景な部屋で姉である白髪の少女を待っていた。

 

「わかった。わかったから…。」

 

エルフィーと呼ばれた白髪の少女、エルファバ・スミスは眠そうにあくびをしながら妹であるエディ・スミスに引っ張られて階段を降りていく。

 

「エルファバ?エディ?またこんな朝からどこかに行くの?」

 

エルファバとは血の繋がっていない母親は怪訝そうに聞く。また白髪とシワが増えた母親の機嫌がいいことは好都合だった。

 

「あー、えーっと…。」

「友達に会ってくる。」

「そうそうっ!エルフィーの友達にね!」

「そう…暗くなる前に帰って来てね。」

 

エルファバは再びエディに引っ張られる形で外に飛び出した。

 

イギリスの夏の平均気温は17度。アメリカなどに比べれば全く夏とは言えない。世界には夏に40度や50度を超える場所もあると父親が言っていた。

 

「あたし、いつかハワイ行きたいなあ!砂浜でゴロゴロして、冷たい水の中で思いっきり泳ぐの!エルフィーってさ、夏にも氷作れるの?」

「作れるわよ。」

「じゃあ、エルフィーが海の中で、氷の椅子を作ってくれたらそこで座りながら海水浴できるね!」

「うん。」

 

エディは屈託のない笑顔で笑う。

 

数年前までエディとエルファバはしっかりとした姉妹関係を築いていなかった。いつの間にかエディの身長は同じくらいになり、仲良くなった1年でエルファバを越えてまるで植物が伸びるように背が高くなる。けれど笑顔は小さい頃から全く変わっていない。エディの笑顔で救われている人もたくさんいるだろう。

 

この笑顔をなんとしても守りたい。

 

エルファバの思いはただ1つだった。

 

エルファバとエディはバスと地下鉄を使ってロンドンの中心街までやって来た。この周辺の治安は良いとはいいがたい。

 

「キングスリー、おっはよー!!」

「おはよう。」

 

ナイキのTシャツにGAPのジーンズを着こなす長身の黒人男性はエルファバとエディを見つけて微笑んだ。

 

「毎回すごいねキングスリー。本当にマグルみたい。」 

「エディ声が大きいわよ。」

 

キングスリーの声は人を落ち着かせるような不思議な力がある。

 

「マグルに溶け込まないと、共存とはいえないからね。さあ、行こう。」

 

彼の後を嬉しそうについて行くエディ。エルファバは街中の喧騒を横目で見ながら、その中に溶け込むキングスリーの背中を見た。

 

それは夏休み初日。

見知らぬフクロウが手紙を咥えてエルファバの部屋にやって来た。その手紙はエルファバもエディも知っている懐かしい字体で書かれていた。

 

ーーーーーーーーーー

エルファバとエディ

久しぶり。元気かな。

急で申し訳ないが今日の午後君たちに会いたい。できれば君たちの親には内緒にしておいてほしい。君たちの家の近くのカフェで待ってる。

R.J.L

ーーーーーーーーーー 

 

エルファバはエディに何も告げずにカフェへと連れて行った。

 

『やあ。久しぶり。』

 

1番奥の目立たない席で、エルファバの3年の時の闇の魔術に対する防衛術の教授であるリーマス・ルーピン教授がエルファバとエディを見つけてぱあっと笑った。

前よりもかなりやつれてみずほらしくなっていたが、そんなものが見えなくなるほどにとても嬉しそうだった。てっきりエルファバはエディもまるで口の中で跳ねるキャンディのように喜ぶと思ったのに、エディは烈火のごとくルーピン教授に怒った。

 

『もおおおっ!!!なーにが久しぶりよおおおお!?手紙もなにもいっさいがっさいよこさなかったくせにいいいいいいっ!!バアアアアアアカっ!!』

 

店内の人がみんな振り返るほどの声でエディは怒鳴り、ルーピン教授の胸をポカポカ叩いた。

 

『ごめん、ごめんねエディ。』

 

ルーピン教授は困ったように怒るエディをなだめた。なだめた後にルーピン教授はエディにはオレンジジュースとケーキを、エルファバには紅茶をご馳走しながら説明した。

 

ヴォルデモートは復活した。ハリーとアダムの証言が一致したことからダンブルドア校長は事実と断定し、闇の陣営に対抗する秘密結社を結成した。

 

それが、不死鳥の騎士団。

 

本拠地はグリモールド12番地、シリウスの実家らしい。その実家はもう数十年使われていないらしく、人が住めるレベルではないとのことだった。そこで毎日エルファバとエディに掃除をしてほしいというお願いだった。

 

『掃除という名前の保護でしょう?』

『エルファバ、君は変わらず賢いね。』

 

ルーピン教授はチラッと周りを伺ってから話を続けた。

 

『夏休み初日にダンブルドアが君のお父さんに騎士団のことは伏せて、エルファバとエディの保護を申し出た…けど、ダメだった。ダンブルドアはエルファバの”力“を利用すると疑ってかかった。』

 

それはホグワーツから家へ戻ってきた時の反応でなんとなく察しがつく。

 

『正直、保護者であるデニスに許可なく君らを保護することは騎士団内でも賛否両論あった。だから君らに”シリウスとハリーの新居掃除を手伝ってもらう”という名目で通ってきてもらいたい…面倒だけどいいかな?』

 

ケーキで機嫌を直したエディは、ルーピン教授や友達に毎日会えるならとオッケーした。エルファバも承諾した。幸い、父親も忙しくあまり家にいない。

エルファバとエディがグリモールドへ通うことはそこまで難しくはなかった。

 

「いらっしゃい。エルファバ、エディ。」

 

ミセス・ウィーズリーはエルファバとエディを抱きしめて頬にキスをした。

 

「毎回お掃除手伝ってくれて助かるわ。ここったら本当に陰気臭くて、もう気が滅入っちゃいそうなの!」

 

ミセス・ウィーズリーがエルファバから離れながら嘆く。ミセス・ウィーズリーの髪の毛の間からその髪と全く同じ色の髪を持つ双子がこちらに目配せをする。

 

「今日は客間の掃除をしますね。」

「いいえ、あなたにはシャワー室を洗ってほしいの。」

 

ミセス・ウィーズリーは優しく、しかし異論は認めないといった口調である。エルファバは双子が残念そうに舌打ちをしているのが聞こえた。おそらくミセス・ウィーズリーにも聞こえただろう。

 

「少し休憩してからにします。」

 

エルファバはミセス・ウィーズリーの腕と、さっきから訝しげにエルファバを見るルーピン教授の視線を逃れ、気色悪い屋敷しもべ妖精の首が飾られた壁や蛇のモチーフのタペストリーを通って双子とエディと4人で階段を上がって奥の部屋に入った。

 

「どうだった?」

 

最近ますますひょろりとした双子の弟であるロンはバッとベットから飛び上った。その隣の机で本を読んでいたマグルの優等生であるハーマイオニーも4人が入って来たら即座に本を閉じた。

 

「多分俺らの目的バレてんな。」

「そんなあっ…。」

 

ロンはまたグデっとベットに寝っ転がった。

 

子供たちは騎士団の会議に参加するのを禁じられていた。あの手この手で聞き出そうとするが、なかなかうまくいかない。フレッドとジョージ開発の伸び耳の存在も一昨日バレてしまい、会議をするキッチンのある部屋には防御呪文をかけられてしまった。

 

光の見えない絶望の中、フレッドとジョージが言った。

 

『『チビファバの氷だったら、行けるんじゃねーか?』』

 

エルファバはホグワーツで学ぶ魔法以外に不思議な"力"を持っていた。それは杖を使わずに凍らせたり、雪を降らせたりするものだった。それに杖から出された魔法は効かず自然に溶けるか、たった1つの呪文でなければ消すことはできない。

フレッドとジョージの考えはこうだった。

 

客間は騎士団が会議をする場所の真下なのでエルファバが客間を掃除するフリをして 床の壁を薄く凍らす。そうすれば客間に声が漏れる。

 

「まあ、そのくらい視野に入れてるでしょうね。」

 

ハーマイオニーは最初から分かってたわ、と自分の本を片付ける。

 

「でも上手く客間にチビファバ忍びこめれば!」

「こっちのもんだ!」

「「お前の小ささならいける!!」」

「さっきからチビチビって…!私はチビじゃない!!」

「エルフィー、その反論は無理があるって。」

 

エルファバはキッとエディを睨んだ。

 

「大体私もう3回も捕まってるし、これ以上"ハリーのパパ"の餌食になりたくない。」

 

見つかった時にいつも生贄にされるのはエルファバだった。貧弱で小さい哀れなエルファバ(本人に言うと凍らされそうなので黙っているが)は見つかっても大人たちが怒る気力を削ぐらしい。そのため、怒られに行くのはいつもエルファバである。実際、一番怒るミセス・ウィーズリーもエルファバを見ればたしなめる程度で終わるのは事実だ。

 

問題は"ハリーのパパ"ことシリウス・ブラックである。

 

ハリーと一緒に生活していたチェルトナムにある家は騎士団のリーダーであるダンブルドアにより使用を禁じられた。ヴォルデモートが復活した今、ハリーに及ぶ危険は高くまだ2回しか戻っていない家はハリーにとって家と呼ぶには馴染みがないため、保護呪文が薄い可能性があるとのことだ。シリウスは基地として実家を提供したわけだが、彼にとってここで生活するということは苦痛でしかないらしい。おまけに精神安定剤(ハリー)もいないのでなにが起こるか。

 

「おい、エルファバ。」

 

(ほおら、来た。)

 

ナイスタイミング、バットタイミングと言うべきか。髪の毛が顔にかかり、黒いローブを着たシリウスが扉の前に立っていた。ハリーのために身を投げ打ってアズカバンから脱獄した時に比べると見違えるほどの変化だった。正式に無実となった彼はかつてのハンサムな顔に戻ったのに加えて大人の渋みを付け、今や別の意味で人目を引く(ジニー曰く「あれはすごいわ。私ファンになっちゃいそう!」)。たとえ、究極に機嫌が悪そうで貧乏ゆすりしながら壁に身を委ねても様になる。

 

「買い物行くぞ。」

「…昨日行ったばっか「水がねえんだ、行くぞっ!」」

 

エルファバは行ってきます…。とものすごく行ってきたくなさそうな声を出して、シリウスに引っ張られていった。

 

(これはなにか言われたに違いないわ。)

 

シリウスは家にいたくないあまり、常にエルファバかルーピン教授をどこかに振り回す。ものすごい譲って外に行くのはいいのだ。しかしシリウスはエルファバをバカにするのでエルファバはあまり楽しくない。フレッドとジョージは見境があるのだが、シリウスはないのだ。さらに譲ってそこはいいとしよう。

 

エルファバが見つかるとまるで、餌を見つけた野良犬のようにシリウスがやって来ていろいろ言われたりされたりする。残念なことにエルファバを生贄にするとちょっとシリウスの機嫌が良くなるので〝エルファバいじめ″はある一定の度を超えない限り黙認されている。それもエルファバは承知している(万が一シリウスがエルファバの嫌がることをしたときはルーピン教授がストップしてくれると約束してくれた)。ちなみにエルファバ的に1番屈辱的だったのは"高い高い"(誕生日は定かではないがエルファバは15歳である)をされたことだ。それに関してはされた瞬間、エルファバが固まって玄関ホールを氷漬けになり、シリウスはもれなくエディから飛び蹴りと3日間ハーマイオニーとジニーから軽蔑の目で見られ、ルーピン教授からはネチネチ嫌味を言われるという特典をゲットした。4人が仕返ししてくれたため、満足したが一生許さないとエルファバは決めている。

 

周辺はダウンタウンであり、軽くショッピングを行うのに最適なエリアだ。洋服や食料品店で賑わうそのエリアを見るのはエルファバは好きだった。

 

「おい、お前の好きな番組やってるぞ。」

「セサミ・ストリートなんかもう見ないわ。」

 

(というかそもそもシリウスはなんで知ってるのよ純血の魔法使いなのに。)

 

街頭にあるテレビに映るクッキーを頬張る青色のモンスターをお前のせいだとばかりにエルファバは睨む。

 

「あの服可愛いな。着るか?」

「着ません。」

 

赤ちゃん用の服のお店を嬉々として指差すシリウスをエルファバは睨みつけた。今日はいつも以上に見境のない日だ。

 

次はあのおもちゃ屋さんにある人形使うかだろうな。

 

「あの人形買ってやるぞチビちゃん。」

 

(ほらね。)

 

「…。」

「なんか反応しろよつまんね。」

 

エルファバはシリウスに何か言い返そうとキョロキョロと周囲を見渡し、そして見つけた。

 

「あそこにかっこいいバイクがありますよ。乗りますか?」

 

エルファバは子供用のカラフルな三輪車を指差した。

 

ーーーー

 

「…おかえり、エルファバ。」

 

1時間後、エルファバは戻ってきた。エルファバの髪はいつも以上にボサボサで顔は疲れ切っていた。ハーマイオニーとジニーは、シリウスに何かされたんだなと瞬時に悟った。エルファバはふら~っとベットまで歩いて来て、どさっと倒れこんだ。

 

「もうシリウスきらいぃ~っ。」

 

エルファバは近付いてきたハーマイオニーに抱きついた。

 

「シリウスやだぁ~!」

「泣かないでエルファバ、私が大人になったら呪ってやるから、ね?」

「ありがとジニー…。」

 

ハーマイオニーはエルファバを抱えたまま、立ち上がった。それほどにエルファバは軽いのだ。

 

「掃除行くわよエルファバ。」

「そのままつれてってください…。」

「最初からそのつもりよ。」

 

ハーマイオニーが薄暗い廊下で白い塊を運んでいるのを見て、ルーピン教授は怪訝そうな顔をする。

 

「エルファバ、またシリウスにいじめられたんですって。」

「ああ…。」

 

ルーピン教授はもう、分かりきっているというか諦めのため息をついた。

 

「毎回すまない。彼は、その…20代を過ごしてないから精神年齢が…そのままなんだ。」

「ルーピン教授。でも彼15歳のハリーよりも子供だと思うんですけど。」

 

辛辣なハーマイオニーに苦笑する。

 

「そうだね…うん、あとで注意しておく。あと私のことはリーマスでいいよ。」

「ルパンさんは?」

 

エルファバがムクっと起き上がり、真顔でそう言うとルーピン教授改めリーマスはクスッと笑う。リーマスますますみずほらしくなっているのは確かだが、それでもこの中で誰かと談笑している時は本当に穏やかだ。

 

「うん、それも悪くない。」

 

リーマスは嬉しそうに笑う。

 

今日の戦いの場は、シャワー室だった。

 

シャワー室はカビが生えたい放題なのに加えて得体の知れないナメクジのような物体が数体ウネウネと這いずり回っていた。今現在は1つあるまともなシャワー室を10人以上で使っているらしい。昨日ロンとジニーがシャワーの時間の長さでケンカしていたことをエルファバは知っている。

 

「気持ち悪い…気持ち悪い…。」

 

ハーマイオニーはまるでそれがこの気色悪い物体を消す呪文かのように何度も何度も唱える。エルファバは何も言ってないが、息を吸うたびに床の氷が分厚くなる。

 

「なんでここが私たちなの?フレッドとジョージなら嬉々としてやってくれるのに…!」

「…。」

 

(多分それが問題なんじゃないかしら。)

 

エルファバの考えは外に出ない。それどころではない。

 

ハーマイオニーとエルファバは口を開かず無言で"ミスター・グリーンのクリーン・クリーン!"をこれでもかとばら撒いて、逃げた。

 

「あと何室あるの?!」

「3。」

 

3つもシャワー室があるというのは大したものだし、これから不便さがなくなると思うととてもありがたいが2人からすればあと3回地獄に飛び込めと言っているようなものだ。

 

「あと3回もあんなところに行くならフラッフィーのいるあの部屋に3回行けって言われる方がマシ。」

「やっほー!」

 

そこに現れたエディは全身ホコリまみれだった。その運動神経の高さが買われて、シャンデリアに張り付いたドクシーの卵をとったり1センチほどホコリが積まれたタンスの上を掃除していたところだった。

 

「エディいいいいっ!」

「ちょうどいいところにっ!!」

「ん?」

 

数分後、シャワー室掃除はエディの登場により無事終了した。

 

「あんなん怖くもなんともないじゃん。ウネウネしてるだけだって。」

「「それが嫌なの!!」」

 

ハーマイオニーとエルファバは同時に叫んだ。

 

「約束通り、あたしの床掃除お願いね!」

「「喜んでっ!!」」

 

エルファバは階段を、ハーマイオニーが床を磨いている間エディは優雅に手すりで寝っ転がった。

 

ーーーーーー 

 

エルファバとエディは毎回夕食後にはここを出る。2人でロンドンの街を歩いている時、エディは何気なく言った。

 

「そういえば、ハリーはいつ来るの?」

 

エルファバは肩をすくめた。

 

騎士団に来た初日、ダンブルドア校長は子供達にここの情報を外部に漏らしてはいけないと強く誓わせた。

 

ここ最近ハリーからの手紙は来ない。最初こそロンやハーマイオニーはハリーにいろいろ手紙を送りハリーも返事をしてきた。

ハリーは母親(エルファバからするとゴットマザーにあたる)の護りが親戚の家にあるため、最低2週間は意地悪な親戚の元にいないといけない。しかし夏休みが始まりすでに3週間が経過していた。シリウスの機嫌が悪いのもこれが原因である。

 

騎士団のメンバーがハリーを見守っているという話を聞いてはいるが(伸び耳を使って聞いた)、実際のところどのような方針で騎士団が動いているのかは分からない。

 

「もうシリウスこのままじゃダンブルドアのことなんて無視して強行突破しちゃいそうだけど。」

「ありえるわね。」

「エルフィー大変だよ。シリウスと一緒にいないといけないのに離れなきゃいけないんだもん。」

「私人形じゃあるまいし…。」

 

エルファバはエディとの会話を楽しみつつも、心の中はどうしようもない孤独と虚無感に襲われていた。

 

前からそうなのだが、あのグリモールドに通い始めて初めて「家」を感じる。

2年生時にウィーズリー家に泊まった時と同様、最初数日は幸せな家庭と自分の家のギャップに吐き気を感じた。しかし今は、自分がその家庭の一部であると感じる。

 

騎士団の結成したきっかけは、Mr.Vの復活なので不謹慎だが、温かい人達に囲まれてこんな幸運を噛み締めていいのだと。

 

「エルファバ、エディ!」

「あ、ママ!」

 

母親が反対方向からやって来た。白髪とシワが増えた母親。昔はエディは母親にそっくりだったが今はエディも少しづつ父親に似てきた気がする。母親の顔は疲れている。

 

「持つよ、お母さん。」

 

エルファバは母親の持つ荷物を少し持った。少しビクビクしながら、母親の反応を前髪の隙間から見る。

 

「ありがとうエルファバ。優しい子ね。」

 

母親は笑う。最近母親はエルファバを殴らない。怒鳴ったりもしない。

 

安堵するが、そもそもこれはおかしいのではないかとどこかでエルファバは、思った。ミセス・ウィーズリーは怒る時は般若のようだが、こちらに非があることは重々理解している。一方でエルファバの母親はまるで地雷だ。どこで怒り出すのか、何が怒りポイントか。全く分からない。

 

イギリスの夏は長いとき夜9時まで明るい。そろそろ空が青から深紅に染まるころだ。

 

「エルフィー、明日キッチンでもう一回さ、人参切るところから始めようよ。」

「もう私あそこで料理の手伝いはしないって決めたの。」

「えーっ!」

「エディ、フレッドたちと面白がってるでしょう?」

「あはは、バレた?」

 

帰る直前、一瞬ミセス・ウィーズリーの夕飯の手伝いをしたがそのあまりの不器用さに男性陣に爆笑された。玉ねぎを剥けば玉ねぎの原型がなくなり、人参の皮を剥かせれば人参の原型が消え、卵を割らせればボウルに落ちる前に手の上で黄身と卵白と殻が混ざった。リーマスの「もう大丈夫だよ。」の一言がなければエルファバは今頃まだ醜態を晒していただろう。彼はとてもいい人だ。

 

しかし、しばらく眺めていた上に止めに入った時も薄笑いしていたので優しい人ではない。

 

「エディ?」

 

今日の出来事話に華を咲かせていたエディを母親が見ている。

 

「なあにママ?」

「今気づいたんだけど、あなたのタトゥー…何かにえぐられたようになっていない?」

 

エディは反射的にタトゥーを隠した。

 

「え、そう?」

 

エルファバは買い物袋を握る手にじんわりと汗が染み込むのを感じた。

 

エディは去年の夏休みに花柄のタトゥーを入れた。その原因はエディから聞いている。エディはある男の策略に巻き込まれ、狼人間である最愛の教授、リーマスに襲われたのだ。最悪の事態にならなかったものの、傷はエディの腕に残った。それを隠すためにエルファバはエディに頼まれてタトゥーを入れるお金を提供した。

 

「見せてエディ。」

 

エディは半強制的に腕を見せられた。

 

「どうしてこんなことになったの?」

 

エディはエルファバに助けを求める視線を送った。エルファバは理由を考えてあった。階段で挟まれたというエディ考案の理由は傷の形状的に無理があったので、エディはホグワーツの門番であるハグリッドの飼っているペットに過剰に手を出して怒らせたということにしてあった(実際これはロンやハーマイオニーに言ったらかなり説得力があると言われた。ハグリッドは危ないもの好きなのだ。)。

 

「あなたなのエルファバ?」

 

エルファバはその理由を言おうと口を開いた時、まるで蛇に睨まれたように固まった。

 

母親がエルファバをあの、憎悪の目で見ている。

 

「ママ、違うよ!エルフィーじゃ「エディ庇わないで。そんなことしたらこの子の思う壺よ。」」

 

エルファバは何かを言わないといけないと思った。しかし口から出るのは乾いた息だけで、声が出ない。

 

「ママ!違うってば!エルフィーじゃない!ねえ、話を「なんとか言いなさいエルファバ!!」」

 

エルファバは後ずさった。

 

バキバキバキっ!!

 

エルファバの背中が落書きだらけの壁に触れると、その汚い落書きは一瞬で消え、代わりに壁は銀色の氷に覆われた。

 

それがスイッチだった。

 

エルファバの世界は痛みと共に暗転する。

 

(頬が痛い。頭が痛い。お腹が痛い。)

 

重い頭は強制的に掴まれ、痛くない方の頬を叩かれる。

 

「やめてママ!!やめて!!やめてよおっ!!」

 

エディが泣きながら必死に母親にしがみついて、エルファバが殴られるのを止めようとする。しかしそれも振り払われ、エルファバは叩かれ、殴られる。周囲の歩いている人が足を止め、その異常事態にざわつく。

 

「おやめっ!!おやめなさいっ!!」

 

母親は知らない男性数人に止められて、金切り声を上げた。エルファバと母親の前に黒人の初老の女性が立ち塞がり、その孫らしき若い女性がエルファバを立ち上がらせる。

 

「この子は私の娘を殺そうとするのおおおっ!!何もかも奪おうとするのよおおおっ!!」

「バカ言うんじゃないよ!!こんな子に一体なーにができるっていうんだい?!」

 

エルファバはまだ頭がクラクラしていた。失神直前だったのだろう。立ち上がらせてくれた黒人女性がハンカチでエルファバの顔を拭く。白いハンカチはエルファバの顔を拭くと一瞬で赤黒く変わった。鼻血が出たらしい。

 

「ごめんなさい…ハンカチが…。」

「気にしないで。それよりあなた…冷たいわ。大丈夫?」

 

エルファバは慌てて女性から離れる。

 

「だ、大丈夫です…!」

「あなたたちは何も知らないから!!何も知らないからそんなこと言えるのよ!!この子は化け物なのよ!!私の全てを奪っていくのよ!!」

 

エディがエルファバに駆け寄ってきた。

 

「エルフィーっ!大丈夫!?」

「あなたのやっていることは立派な暴行です。母親ですか?これ以上彼女に危害を加えるなら然るべきところに通報します。」

 

スーツを着た男性は母親を一瞥すると、エルファバに優しく語りかけた。

 

「お嬢さん、びっくりしたね…君の母親はいつもこうなのかい?私は携帯電話を持っているから児童施設へ連絡しよう。君たちを保護してくれるはずだ。何も怖くないよ。」

 

エルファバは男性に痙攣するようにうなづいた。今度は黒人の初老女性は杖で母親を指す。

 

「あんた…私には分かるよ。あんた旦那が連れてきた連れ子に辛くあたってるんだろう。それもこんな公共の場でなさけない…。」

「うちの事情です。」

 

母親は数人の男性の手を振りほどき、エルファバとエディの腕を掴んだ。

 

「帰るわよ。」

 

周囲の人からの好奇の視線に晒されながら、エルファバもエディも無抵抗のまま引きずられるように帰っていった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「あんたはここを出て行きなさい。」

 

帰宅早々に母親はエルファバに告げた。

 

「え?」

「私たち顔見ないほうがお互いのためだと思うの。」

 

母親はエルファバの運んだ食材を淡々と冷蔵庫の中に入れて行く。エディは母親を信じられないといった顔で見ている。

 

「今はここを出ることはできないわ。」

 

(今出て行ったらお父さんは私が騎士団に誘拐されたと思うわ。)

 

「何言ってるの。あなただってここにいて楽しいわけじゃないでしょうに。あなたのお友達といたほうがいいでしょう?」

 

ピキピキっ!

 

赤いような黒いような感情がエルファバを支配する。柔らかい絨毯が硬くなり、夏の暑さが残る部屋の温度が下がっていく。

 

「お母さんは私を追い出したいの?」

「追い出したいなんて人聞きが悪いわね。私はあなたの将来を思って言ってるの。」

「ママ。」

 

エディはエルファバの手を握った。それだけでエルファバの心はホッと明るくなる。

 

「ママはどうしてエルフィーに意地悪ばっかり言うの?」

「いっ意地悪なんて言ってないわよ。ママはね、あなたのことを思ってるの。あなた小さい時のこと覚えてないの…?あなたこの子に氷漬けにされかけたの!」

 

母親はエディを引き寄せようとしたがエディは動かず、エルファバにすり寄った。

 

「…そんなこともあったかもね。それよりもママはエルフィーを酷いおじさんのところに置いて帰っちゃったこと覚えてないの?そのせいなんだよ。エルフィーが自分の魔法操れなくなっちゃったの。ママはさ、自分のことばっか棚に上げてエルファバを責めるのね。」

 

エルファバは驚いてしまった。エディがそんなことを言うとは思っていなかった。母親はキッとエルファバを睨む。

 

「また余計なことをエディに吹き込んだのね?どうしてそういうことエディに吹き込むの?エディはあなたの過去に無関係でしょう?」

「ママ…一体どうしちゃったの?ママは昔そんなんじゃなかった。」

「あなただって1回どっかから爆発する手紙とか、愚かな母親だと手紙に罵られてみるといいわ。」

 

エルファバとエディは顔を見合わせた。

 

「どういう「知らないわよ。ある時、いきなりフクロウが大量にやってきて、その手紙が大声で私を罵るのよ。私なんか死ねばいいって。私みたいな母親は売女になればいいとか、母親失格だってね。」」

 

エルファバは心当たりがあった。リータ・スキーターの書いたエルファバの家庭に関する記事だ。嘘八百だったとの魔法界の出来事であまり考えていなかったが、エルファバやハーマイオニーに敵意を向けた手紙が送られてきたのを思い出した。それがマグルの母親に送られていたらー。

 

母親は震えだした。目が充血して顔に血管が浮き出ている。エルファバが心配になって覗き込むと、エルファバを押していきなりリビングを飛び出し、階段で二階に上がって行く。

 

「お母さん、前からエルフィーに酷かったから、絶対そのせいじゃない気がするけど…今もっと頭おかしくなっちゃったの?絶対変だよ。」

「分からないわ。」

「ごめんエルフィー…あたしのせいで。」

「謝らないでエディ。あなたが悪いわけじゃ…。」

 

ドンっ!!

 

何かが落ちる音が廊下でした。高いところから重いものが落とされた音だった。

 

「びにゃーっ!!」

 

そして猫が驚く声がした。

 

「ロビンっ!」

 

エルファバの飼い猫であるロビンが廊下から走ってきてエルファバの胸に飛び込んだ。

 

ドサっ!ばさっ!ガタンっ!

 

エルファバとエディが様子を見に行くと、階段からいろんなものが廊下に落ちてくる。

トランク、キャットフード、ホグワーツの教科書、写真立て、服、羊皮紙の束に羽ペン。見覚えのあるものばかり…。

 

エルファバの私物だった。

 

エルファバもエディもショックを受けている間もなく、母親が階段から降りてきた。

 

「黙って猫なんて飼ってたのね…!」

 

エルファバが恐怖で硬直する中、母親はエルファバの髪を引っ掴み、玄関まで引っ張っていった。

 

「やめてよおっ!!エルフィーっ!!」

 

エディは号泣しながら母親につかみかかったが、無駄だった。母親は玄関の扉を開け、真っ暗になった外にエルファバを押し出した。エルファバは体のバランスが崩れる直前にロビンを離した。

 

「これも!!これも!!これも!!」

 

先ほど二階から落ちてきたもの全てが、玄関に放り出される。エルファバはロビンに落ちてきそうなものを全て冷風を放って方向を変えた。

 

「二度とこの家に入ってこないでっ!!」

 

バンっ!!

 

扉が閉められた。エディが泣きながら抗議する声が聞こえたが、それもだんだん遠くなった。

 

静寂。

 

エルファバは状況を理解するために数秒動けなかった。ロビンは自分がぞんざいな扱いを受けたことに腹を立てて、家に威嚇している。

 

(ああ、このインク瓶割れてるからもう使い物にならないわね。それ以外は…写真立ては後で直してもらう。トランクはほとんど中身出してないからホグワーツ行くには問題ないし…ロビンの檻もあるから汽車に乗る時も大丈夫…。)

 

エルファバは投げ捨てられた物をとりあえずトランクに突っ込んだ。キレイにとっておいた今までの教科書一式はトランクの中に入りきらず、玄関の階段の陰に積んでおいた。

 

(エディに持って来てもらえばいいかも。)

 

やけに落ち着いていた。いや、どちらかというと落ち着いていたというよりかは現実味がなくてフワフワしているといったほうが正しい。エルファバはトランクを持ってロビンと共に夜の道を歩き出す。

 

(ダメ。エディが1人になってしまうわ。)

 

エルファバは夜道の中立ち止まる。

 

(母親があんな興奮状態でエディが私の味方だったらエディも私みたいに殴られるかも…もう一回、謝って、家に入れてもらわなきゃ。今はエディの元を離れてはダメ。)

 

母親はエディにまで暴力を振るうかもしれない。そう思うが体が動かない。前には歩けるのに後ろを振り向き、数歩先の家まで歩けない。

 

どっと疲労感がエルファバを襲う。

今からロビンを抱えてトランクを持って歩く。

 

(グリモールド・プレイス…今からロビンを連れて行くしかないわね。)

 

地下鉄へ向かい、3、40分ほどかけてグリモールドに行くのは体力が必要だった。ふらふらと一旦近くの公園へ立ち寄る。片方のベンチにはお酒臭い先客がいたので、ジャングルジム前のベンチに座った。

トランクを足置き場にし、ロビンを撫でていると徐々に感情が追いついてきた。

 

(お母さんに追い出された。お母さんに物を全て家に放り投げられて、私のあの家での居場所は消えてしまった。存在を否定された。)

 

涙が溢れてくる。数時間前に母親に殴られた頬が、お腹が、鼻が痛い。鼻水をすすり、エルファバは顔を手で覆った。

 

「ううっ、さみいっ…!」

 

ホームレスの独り言でエルファバはふと公園を見渡す。

 

想像通り、全てが銀世界だった。幸い夜道で一瞬分からないが、街灯に照らされている辺りは、氷が光を反射してここが夏にしては不自然であることが分かる。問題なのは氷が公園外にも飛び出していて、道路も凍っていることだ。あそこを車が走ったら危ないだろう。

 

上を見ると、夏に不釣り合いな雪が公園の中で降っている。ちょっとした風に舞い、何かに触れた瞬間消える。

 

「おおっ!やべえここ!」

「あっぶねっ!」

「なんだこれ?なんかのテレビ企画か?」

 

若い男性らしき5人組が公園に入って来た。公園に突如出現した氷に恐怖心を抱く気配もなく、嬉々としてサンダルで氷の上を歩く。

 

「おいっ、ダストン見ろよ!」

 

男たちは数メートル先で涙を流すエルファバを見つけた。男たちは目配せして、いやらしくニヤリと笑うとエルファバの座るベンチを囲んだ。

 

「よお。家出か?」

 

エルファバは取り囲んだ男性たちに恐怖心を抱いた。がっしりとした腕やゴツゴツした手はエルファバのトラウマを刺激するのだ。男たちはゆっくりと近づいてエルファバをフェンスまで追い詰める。

 

「お嬢ちゃん、美味しそうだな~。」

「食べちゃいたいなあ。」

 

エルファバは恐怖を押し殺し必死に伝えた。

 

「…いっ、今は…私に…触らないほうが…いい…と思います…。」

「震えちゃってかわいー!俺先に味見しちゃおーっ!」

「ダメっ!」

 

リーダー格の男がエルファバの胸に手を伸ばした時だった。

 

バキバキバキっ!

 

「冷えっ!!」

「おいジャスティス!!」

 

男の手から腕が一気に凍った。

 

「ごっごめんなさいっ!私コントロールできなくて…あっ!!」

 

エルファバがフェンスに触れると、今度はフェンスから棘が生えてきた。

 

「ひいいいいいっ!!」

「ああ本当ごめんなさいっ!違うの!これ本当に…。」

「化け物!!!」

 

男たちは半泣きになりながら退散していく。

エルファバは1人取り残された。

 

「みゃ?」

 

ロビンが間抜けな声を上げる。エルファバはフェンスから生えた棘を、触りロビンの方を向いた。

 

「…ロビンごめんなさい。今日は野宿かも。」

 

エルファバはため息をついた。



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2.魔法省からの管理

深夜12時の公園。真っ暗な中でポツポツとあまり意味のない街灯が置かれている。

 

「お嬢ちゃん、こんな夜にどうしたんだーい?」

「おじちゃんの家泊まらせてあげるよ~?ぐへへへ…。」

 

エルファバは本日3組目となる男性集団に絡まれていた。ロビンは飽きることなく、彼らを威嚇し続け、エルファバは俯いて何も答えない。男たちはそんなエルファバの反応にイラついたのか、舌打ちをして低い声でエルファバを脅す。

 

「カマトトぶるんじゃねえクソガキが。なんか答えろってんだ。あ?」

「…。」

 

エルファバは固まり、どうすればいいか分からなかった。オロオロし、少しずつまた気温が低くなるのを感じる。この前の2組は結局氷が出た関係でビックリして逃げてしまったが早々氷を出現させるわけにはいかない。

 

「エルファバ!」

 

そんな時、救世主が現れた。 

リーマスが数メートル先から息を切らしてエルファバの元に走って来て、ギロっと男たちを睨む。

 

「この子に、何か御用ですか?」

 

丁寧だが、圧を感じる物言いに男たちは慌てて去っていく。エルファバはホッとしてリーマスに駆け寄った。

 

「大丈夫かい!?あいつらは一体…!?」

「平気よ。歩いてると変な人たちに絡まれて…でも大丈夫。」

 

少し汗が肌ににじんだリーマスの顔はホッとしているが、数分前まで顔をマイナスな感情で歪ませていた跡が残っている。

 

「良かった…。」

 

リーマスは脱力したように肩の力を抜いてため息をつき、今度は睨みつけてきたため、エルファバはたじろぐ。

 

「大丈夫じゃないだろう。こんな夜遅くに女の子が1人で出歩くものじゃない。無防備すぎる。」

「あ…えっ…ごめんなさい。」

 

ここまで怒ったリーマスをエルファバは初めて見た。その怒りが自分に向けられること、そしてその理由をエルファバは理解することができなかった。

 

「もうこんなことをするんじゃないよ。君は魔女であるとか特別な能力があるという以前に女の子だ。あまりこんなことを言いたくはないけれど…一部の男はそれだけで君を傷つけるんだ。しかも、“変な人たち”?ここに来るまでにどんだけ危険な目に遭ったんだ君は?」

「ごめんなさい…。」

「本当無事で良かった。みんなが君を心配してる。」

「うん…。」

 

エルファバはシュンと落ち込んで、リーマスについていく。リーマスはエルファバのトランクを持ちエルファバは気まずそうにロビンを撫でた。少しの沈黙の後、思うところがあったのかいつも以上に優しい声色でリーマスはエルファバに声をかけた。

 

「君がエディを置いて家出をしようとしたなんて、相当何かあったんだろう。夜遅くまで外にいたのはいただけないが…そこを考えるべきだった。言いすぎてしまった。ごめんね。」

 

エルファバはふるふると首を振り、もう一度謝る、が、一つ気になる点があった。

 

「家出…私が…?」

 

リーマスはピタッと立ち止まり、振り返った。それを見た時、エルファバは自分の言葉が口に出ていたことに気づく。前まではリーマスから見下ろされるのは怖かったが、最近は微塵も思わない。しかしリーマスは癖なのかエルファバと同じ視線に体を屈んだ。

 

「私たちは君が母親と口論になって出て行ったと君のお父さんから聞いているけど…違うのかい?」

 

エルファバは下唇を噛んだ。ひどい嘘だ。エルファバは沈黙を貫いているのを、汲み取ったのかリーマスはじっとエルファバの言葉を待った。

 

事情は複雑だ。エルファバが周辺を徘徊してた理由は、家出ではなく母親がエルファバを追い出したから。そもそもそこへ行き着くにはエディのタトゥーの話になり、エディが愚かなピーター・ペティグリューの罠にかかって狼化したリーマスに襲われた話をしなければいけなくなる。

 

家出したと言うことで話を収めるべきかもしれない。とエルファバは思い家出だと言おうと口を開いた時、リーマスはダメ押しをした。

 

「私は、君から話を聞きたいんだ。親の話ではなく他でもない君の意見をね。」

 

エルファバの感情は言葉と共に溢れ出した。母親との買い物、エディのタトゥーの話、母親の仕打ちの数々…。リーマスは話を止めずに聞いてくれた。リーマスにとって聞かれるとまずい話に関してはうまく誤魔化した。

 

「…酷い。本当に酷い…私たちが聞いていた話と随分違う。」

 

話し終えた時、リーマスは失望したように首を振り立ち上がる。

 

「計画変更だ。君を家ではなくグリモールド・プレイスに連れて行く。明日エディも迎えに…誰か騎士団のメンバーは空いてるはず。」

「で、でも、お父さんが許可してくれないんじゃ…。」

「君にとって家庭内も充分危険だエルファバ…言うのは酷かもしれないが、君の受けたことは立派な虐待だ。私は…私たちは騎士団として君たちを保護するんじゃない。大人として未成年の君とエディの安全を確保する。」

 

エルファバがほっと息をつくのと同時につるんっと、バランスを崩す。

 

「おっと!」

 

エルファバが滑って頭を打つ前にリーマスがエルファバの腕を掴んだ。エルファバの視線の先は街灯が反射している。

 

無意識に床を凍らせていたのだ。

 

「あ…ごめんなさい…!その…!」

「いいんだ。気にすることはない。」

 

リーマスは微笑んでいた。

 

「はい…。」 

 

30分後、エルファバたちはグリモールド・プレイスに到着した。ミセス・ウィーズリーはシリウスの母親の肖像画が怒鳴り散らすのを無視して音を立てて玄関ホールを走り込み、エルファバを強く抱きしめた。

 

「穢れた血!!クズども!!汚物!!化け物ども!!よくも我が父上の神聖なる家を汚してくれたな!!!」

「もうっ!!ものすごく心配したのよ!!無事でよかった…!!…一体全体何がどうなってそんな夜を出歩いていたのかしら!?もう2度とこんなことするんじゃありませんっ!!」

 

最初は優しく声をかけたミセス・ウィーズリーだったが段々シリウスの母親と同じくらいの怒鳴り声でエルファバを怒った。

 

「ご…めんなさい…。」

「あなたもう15歳でしょう!?夜になったら危険がたくさんだってことぐらい知ってるでしょう!?リーマスが事情を教えてくれました!!リーマスによればここへ来る道中も危ない状況だったと聞いてます!!」

「まあまあモリー。もういいじゃないか。リーマスだって怒ったんだろう。」

「良くないですアーサー!!」

 

エルファバはものすごく縮こまってミセス・ウィーズリーのお説教を受けた。シリウスが厨房の入り口から嬉々としてそれを眺めていて、それにリーマスが呆れたような視線を送っている。そしてそれを騎士団のメンバーであるショッキング・ピンクでツンツンショーツヘアのトンクスがジーッとそれを見ていた。

 

「モリー、今日はもう遅い。小言を言うのは明日でもいいだろう。」

 

小言、という言葉のチョイスにミセス・ウィーズリーはカチンときたらしいが、夫の全体的な言い分には納得したらしい。

 

「リーマス、エルファバを寝室まで送ってくれないか?」

「もちろん。」

 

大人たちがみんなで目配せし合ったのをエルファバは見逃さなかった。きっと想定外のこと…エルファバとエディについて話し合いするつもりなのだろう。ジニーとハーマイオニーが使っている部屋だ。その人数以上の息が聞こえたのはリーマスも気づいているだろうか。リーマスはエルファバにおやすみと言って数分後、ろうそくの灯りがともった。

 

「こっちものすごい騒ぎだったのよエルファバ?」

 

ハーマイオニーはネグリジェ姿が暗がりの中でぼんやりと見えた。ジニーが続ける。

 

「ママが騒いだから全部聞こえたの。夜の11時ごろにあなたが家出してどこにいるか分からないって連絡があったって。もっと長くあなたが見つからなかったらシリウスが犬になって匂いで探そうって案も出てたぐらいなの。」

 

ジニーが話しながらベットの下ゴソゴソやると、ノソノソと髪がボサボサのロンが出てきた。

 

「いたたた…頭打っちゃったよ。」

「私が家を出たってみんなどうやって知ったの?」

「あなたのお父さんが、ミスター・ウィーズリーに守護霊とフクロウを飛ばしたらしいわ。」

 

ハーマイオニーがロンを引っ張り上げたのと同じタイミングでバチンっ!と破裂音がして、エルファバの両サイドに人の気配を感じた。

 

「「よお家出娘。」」

「どうも。」

「我らの発明品で君の話は全て聞き取ったぞ。」

「あの騎士団を上手くだますなんて大したもんだチビファバ。」

「騎士団は何でも隠すんだ。俺らだって隠し事の1つや2つしてもいいはずだ。」

 

フレッドもジョージも、そしてこの場にいる全員が、当然エルファバが本当のことを話すものだと思っているようだった。エルファバは一瞬躊躇した。エディの傷のことは話しても大丈夫だろう。

 

「あのね…。」

 

エルファバが街中で母親に暴力を振るわれたこと、家から追い出されたこと、そしてリーマスに会うまで…。最初はみんな興味津々になって聞いていたが話し終えるとその空気はどんよりと重いものになった。フレッドとジョージすらジョークの1つも飛ばせないくらいだった。

 

「酷い…。」

 

ジニーはつぶやきにハーマイオニーも同意する。

 

「母親がすることじゃないわ…!例えあのスキータの記事のせいで何か言われたとしても、言っては悪いけど自業自得じゃない!エルファバのせいだなんて…!それに話ぶりだとそれにあなたのお父さんも加担してるってことじゃない!」

 

ハーマイオニーが積み上げられた古本にバンッと拳を叩きつけるとロンがひっと声を上げた。

 

「エルファバは母親に追い出されたから家に帰れず、ずうっと夜中の道を彷徨ってたってことかい?どうして、すぐにこっちに来ようって思わなかったんだい?」

「発想がなかったのとエディが心配で…。」

「多分明日エディが来たら、こっちに来るんじゃないか?嫌だろうエディもそんなとこいるのは。」

「まあ、心配だろうなフレッド。お前エディのこと好きだもんな。」

 

ジョージの爆弾発言に、重苦しい空気が吹っ飛んだ。

 

「「「「え?」」」」

 

ゴトっ、ガタンっ!!と派手にフレッドがジョージをベットに倒しこんだ。

 

「お前、今このタイミングで言うんじゃねーよ!!!」

 

フレッドがジョージの顔を枕で何度も叩くのを4人はポカーンと見ていた。フレッドの耳が真っ赤なのが薄暗い中でも分かる。

 

「そうなのジョージ!?」

「何で教えてくれなかったんだよ!」

「だって俺しか知らなかったし?」

 

しれっとそう言ってのけるジョージは悪びれる素振りすらない。むしろ言ってやったんだから感謝しろというばかりに得意げにフレッドに笑った。

 

「こいつっ!!お前…よりによってチビファバの前で…!!」

「いつから!?」

 

ハーマイオニーすらベットから身を乗り出した。

 

「最初は本当に妹感覚だったんだ。6年の…エディが2年の時さ、ダンス・パーティで「フレッドはアンジェリーナを誘ってたじゃないか!」まあ、聞けよロン。エディがマルフォイの野郎の誘いに乗ったって聞いた時に2人で茶化して終わったけど、実際目の前でマルフォイとエディが一緒に踊ったりしてたのが後々本気でイラついたらしくてエディがいない間にマルフォイに結構酷い呪いかけたんだ。」

 

話のメインであるフレッドは固まって動かない。

 

「まあ呪いをかけるのはいいけど、その後からエディを目で追いかけてたり、エディは気づいてないけど、ちょっと態度が変わってさ、問い詰めたら白状した。」

 

フレッドはバンっと枕でベットを叩き、吐き出した。

 

「俺だってまさか13歳のガキンチョ好きになるなんて思わなかったよ!!俺は年上のお姉様が好みだし、別にあいつ美人ってわけじゃないし、うるせえし、男みたいだし、女としての魅力なんかねえし「エルファバ落ち着きなさい、その雪の塊をしまいなさい、まだ続きがあるわ!」「…!」…でも、いい奴だし、たまーに可愛いとこあるっていうか…うん。」

「おいおい、お前もっと惚気ろよ。そんなもんじゃなかっただろ俺の前じゃ。」 

「黙れジョージ!あいつそれなりに観察力あるくせに自分のことに関しては超鈍感なんだよ!!アピールしてんのに思いっきりスルーしやがるし、2人でどっか行こうって言ってんのにジョージ連れてくるし、…。」

「お姉ちゃんの1番似ちゃいけないところが似ちゃったんだ。」

「待って、どういうことよロン。」

「そのまんまの意味だよ。」

 

ジョージは片割れの苦悩した姿を最高に楽しそうに見ていた。ジョージの一人勝ち感が否めない。

 

「けど、少し驚いたわ。あなたたち性格そっくりだからてっきり同じ人好きになると思ったんだけど。」

「それは幸運なことに重ならなかったなフレッド。」

「エディはどう…。」

 

ジニーが聞く前にバンっと扉が開き、明かりがついた。

 

「寝なさいっ!!」

 

ミセス・ウィーズリーが言い終える前にフレッドとジョージは逃げた。

 

ーーーーーー

 

翌朝、エルファバは1人起きた。あまり寝られなかったが、それでも自宅にいるよりよっぽど安全だっただろう。

ブカブカのハーマイオニーのTシャツを1枚とロンのズボンを紐で縛って着ていたエルファバは辛気臭いキッチンをうろうろし、インスタントコーヒーを作っているところにリーマスと出くわした。

 

「おはようエルファバ。」

 

低血圧のエルファバはぼうっとして、言葉が発せずペコリと頭を下げる。するとリーマスはふふっと笑った。

 

「君、酷い寝癖だ…着替えておいで。昨日のことでいろいろ聞きたいことがあるみたいだから。」

 

エルファバはコクっとうなづき、自分の髪を触る。確かに随分と芸術的な髪でとかした方が良さそうだとエルファバは思う。

 

着替えが終わり、エルファバはリーマスに連れられて厨房へと入った。どうやら聞き耳を立てようとしていた子供たちは追い払われたようで、その代わりにいたのはエルファバにも馴染み深い長身の老人だった。

 

「ダンブルドア校長。」

 

一体いつ、どうやって来たのかエルファバにはまるで分からない。ダンブルドア校長はまるでさも何ヶ月もここに滞在していたかのようにこの屋敷に馴染み、かつここまで来るにはあまりにも目立ちすぎる真紅のローブを羽織っている。

 

「おはようエルファバ。朝からすまんのお。」

 

校長が杖を一振りすると、小さい花の絵があしらわれた小ぶりのティーカップがエルファバの前に現れた。当然中には熱々のブレックファースト・ティー入りだ。

 

「お座り。おそらくここに呼ばれた理由は察しがついてるじゃろう。」

 

ダンブルドア校長の明るいブルーの目がキラッとまるでエルファバの嘘を暴くかのように光った。

 

嘘はつけない。

 

エルファバは正直に全てを話した。発端はエディのタトゥーの奥にある傷、母親から追い出されて公園をうろついていたこと…。校長はふんふんと聞いた後に優しく声かける。

 

「リーマスからはわしが上手く話しておこう。わしらもあの夜の話を彼には聞かせておらん。ピーターの策略とはいえ、大事にしておる少女が自分のせいで傷付いたとなれば必要以上に自分を責めるじゃろう。」

 

エルファバは小さく頭をさげる。少し気まずくなってぬるいお茶を飲む。

 

「君に言わなくてはならないことがある。」

 

ダンブルドア校長が次に口を開いた時、その口調は重々しかった。

 

「まず、夏休み前のことを覚えておるかの?コーネリウスがヴォルデモートの存在を頑なに信じず、その根拠として従わせたであろうアダム・ベルンシュタインが護りのあるハリーの殺人が可能であるということを言っておったのを。わしはそれに対してヴォルデモートは自らの手でハリーを殺したいと思っていると。」

「えっ、ええ。」

「そこでじゃが…相変わらずコーネリウスはヴォルデモート復活を頑なに認めておらん。が、ちーと厄介なことになった…コーネリウスの興味が君に向かい始めた。」 

「…?」

 

エルファバはあまりにも唐突すぎて、全くもって理解が追いつかなかった。

 

「当然、君の氷やアダムの炎が我々の魔法を通さないのは周知の事実じゃ。ルーカスも含めこの中でハリーに危害を加えることが可能なのもその3人。ヴォルデモートはハリーを早く殺めたくて仕方がないじゃろう。しかし当然ながら、あやつが手に入れたアダムは今はとらわれの身じゃ。」

 

エルファバにはまだ話が読めなかった。

 

「次にここで出てくるのはヴォルデモートとは関係ないコーネリウスの私欲じゃ。コーネリウスは君の"力"に対して学術的な興味を抱いておる。その証拠に彼は君の母親の体を病院ではなく魔法省に置いた。常に君を何かしらの口実で魔法省の管理下に置きたがっておる…言ってなかったが、彼からそのような誘いは何度も受けていたのじゃ。君の"力"をこれからの魔法の発達に役立てたいとな。ルーカスに関しては成人でそもそも彼の国籍はフランスじゃからイギリスの大臣であるコーネリウスが何かをできる領域ではない。シリウスの件やバーサ・ジョーキンスの失態で民衆からの支持が落ちてしまった今、何かしらの大きな成功を彼は世間にしらしめたいのじゃ。じゃから未成年で決定権のない君に目をつけたのじゃろう。」

「私…"力"が誰かの役に立てるならそれでも…。」

 

ダンブルドア校長は弱々しく口角を上げる。

 

「彼の要望は、君の学業に支障がでそうだったのじゃよ。校長としてそれはできん。」

 

校長はユーモアこめて言ったのか、真面目に言ったのかエルファバはどっちか分からなかった。校長はローブのポケットからなにか黄色い個体を取り出して口に放り込む。ダンブルドア校長はほれ、とエルファバにも1つくれた。口に含むとレモンキャンデーだった。

 

「これまでは、君に危害が及ぶような状態までいかなかった。しかしヴォルデモートの復活を考えたくないあまり、彼の中で論点がずれてしまい、強大な力でイギリスを飲み込みかねないため、安全のために魔法省の管理下に置くと言いだした。」

「…はい?」

「わしは君らではなくヴォルデモートを抑えることがイギリスの、世界のためになると言ったのじゃがの。それ以前に彼はもうヴォルデモートの存在を信じざるえない状況じゃった。問題を変換する方が好都合なのじゃろう。」

 

(えっ、えっ?)

 

エルファバの頭はパニック寸前だった。ファッジの思考回路が理解できないし、今現在のエルファバの立ち位置がかなりまずいことになっている気がした。

 

「わっ私…じゃあ、どうすれば…?」

「今は大丈夫じゃエルファバ。わしがその必要はないと言っておる。じゃが昨晩みたいなことがある…思いがけぬ出来事ではあったが君の家庭環境の中では今後何が起こるか分からん。学校に行くまではここにおるのじゃ…昨日の出来事はデニスに騎士団から伝えておるし、魔法省からの伝達もしておる。理不尽な暴力を我が生徒が受けるわけにはいかんと。よいな?」

 

ダンブルドア校長は悲しそうに顔を歪めた。

 

「許してくれるかのエルファバ?わしの至らなさで君はいつも辛い思いをしておる。」

「悪いのは…校長のせいではないでしょう?」

「全てにおいてじゃよエルファバ。」

 

冷め切った紅茶を校長は杖を振って消す。

 

「全て…?」

 

エルファバが尋ねても校長は曖昧に微笑むだけで答えなかった。

 

校長は、もうこれ以上話すことはないと立ち上がった。それに対してエルファバは立ち上がりたいが、足に力が入らない。それに気づいた校長はエルファバに優しく声をかける。

 

「そろそろエディも来る頃じゃ。良い夏休みを。」

 

校長はこの会話の中で初めて茶目っ気たっぷりに笑ってウインクする。エルファバも微笑で返した。

 

「あ、あの、校長先生。」

「なにかの?」

「ハリーにはまだ騎士団の話をしてはいけないのですか?」

 

これはロン、ハーマイオニーと3人で何回も交渉していることだった。事件の当事者…目撃者であるハリーが騎士団の存在を知らないことはあまりにも酷すぎると思った。が、ダンブルドア校長はまた険しい顔になり首を振る。

 

「今はその時ではない。もう少しじゃ。」

 

少し考えたがこれ以上エルファバ1人でダンブルドア校長を説得するのはなかなか難しい。エルファバはお礼を言って厨房を出ると外で待っていたミセス・ウィーズリーが入れ替わりで入って行き、校長に朝食を食べるかどうか尋ねる声が聞こえてきた。

 

エルファバは改めて、今自分の置かれている立ち位置について考えた。

 

(私を魔法省の管理下に…。そうしたら一体どうなるんだろう。友達に会えなくなる?嫌だわそんなの。それに今このタイミングで授業に支障が出たらO.W.L…今年の重要なテストが受けられなくなるわ。そしたら、魔法薬学師になれなくなるわ。だってあれはO.W.LでE(優秀)が必要な職業だもの。それに、それに…。)

 

「エルフィー!」

 

昨日のパジャマのままのエディが階段を駆け下りてきた。

 

「エディ…どうしたのその痣…!?」

「あ、校長先生!お願い待ってください!あたし言わなきゃいけないことがあるの!」

 

と、呼びかけたエディの右頬には昨日はなかった青々とした丸い痣ができていた。しかしエルファバの問いを無視してエディは抱きつき、声を詰まらせながら言った。

 

「エルフィー、大丈夫なの…?あたし、あのあとね、ううん、あたしはいいの。エルフィー、大丈夫?あたしごめんね。こんなことになるなんて夢にも思わなかったの!本当ごめんねぇ!」

「…エディ…どうしてあなたが謝るの…あなたは何も悪くないじゃない。」

「…ずずっ。あたし泣かないって決めたのに…。」

 

エディは服の袖で、涙を拭く。

 

「あたし…ダンブルドア校長に会わないと…言わなきゃいけないことがあるの。」

「うん。校長先生は厨房にいるから。」

「分かった…あとでねエルフィー。」

 

エルファバよりも少し大きくなったエディはもう一度エルファバにハグをして、厨房に向かう。

 

「エルフィー!!」

 

厨房の扉を少し開けた時、エディは後ろを向いてエルファバに言った。

 

「あたし、エルフィーをこれから悪い人から守るわ。…どんな手を使っても。」

 

なぜかは分からない…。しかしエルファバはそう言うエディの瞳にこれまでのエディからは見たことのない感情がエルファバの中にも直に伝わってくる。悲しみから湧き上がる怒り。それはまるで…。

 

「ありがとうエディ…私も同じよ。」

 

エルファバが階段を登ると、リーマスが吹き抜けの廊下でエルファバを待っていた。

 

「エディをありがとうございます。」

 

リーマスはいいんだよ、と微笑んだがすぐに難しい顔になる。おそらく何を言おうか考えてるんだろう。リーマスは白髪が増えてますますみずほらしくなっているのに、他のことを考えてほしくないとエルファバは思った。

 

「エルファバ。何が起こっても、私たちは君の味方だよ。」

 

しかし、考えこまれたその言葉に固まったエルファバの心がどんどん柔らかくなっていく。

 

「この結晶を見るのは2回目だ。これが出る時は君が安心しているのかな。」

「えっ、あっ!」

 

エルファバを中心に絨毯に雪の結晶の模様が広がっている。

 

「いやいや、とっても素敵だよエルファバ。辛気臭いこの家にはとてもいい飾りだ。」

「辛気臭くて悪かったなムーニー!」

 

上からわざと腹が立ったような声を作ったシリウスの声が降ってきた。

 

「ははっ、ごめんよパットフッド。」

「いいさ、チビ!この屋敷全部凍らして使えなくしちまえ!そしたら俺はハリーとあの家でまた暮らせるんだからな!」

「それはみんなが困るよ。」

 

(リーマスは冗談だろうけど、シリウスは本気だろうな。)

 

エルファバは苦笑しエディが無事にここへ来たことで、一気に安心して疲労と眠気が戻ってきたことが分かった。

 

「私…もう一回寝てきます。」

「もちろんさ、ゆっくり休みなさい。」

 

エルファバはリーマスに見守られながら、階段を登って行く。

 

エルファバの親友であるハリーが、吸魂鬼、ディメンターに襲われたという報告を聞き烈火の如く怒った校長を見て全員が、騎士団員さえも震えるのはそれから数日後の夜だった。



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3.子供たちの攻防戦

「ハリー、久しぶり!…ん、なんか変な空気じゃない?大丈夫そ?」

 

明らかに“変な空気“の中でこんなに堂々と普通のテンションで空気を読まずにこの部屋に入っていけるのはエディくらいだとエルファバは思った。

 

エルファバは部屋の異様な空気感を感じ取った。

 

ハリーがグリモールド・プレイスにやって来たという話を聞きつけて、会議を盗み聞きしていたエディとエルファバ(手伝わされた)は軽やかに階段を登ってハリーに会いに来たが、部屋に入ったらハリーは顔を赤くさせ、ハアハア息が荒い。ハーマイオニーは涙目でロンは緊張した顔をしている。

 

明らかに1ヶ月ぶりの親友たちによる喜ばしい再会の雰囲気ではなかった。

 

「お取り込む中だったかしら…。」

「大丈夫だ。絶好調。」

 

全く絶好調ではなさそうな声でハリーはどかっとロンのベットに座った。

 

「久しぶりエルファバ、エディ。」

 

ハリーは無理やり絞り出した笑顔で笑いかけた。いつもは穏やかで優しいハリーが、荒々しいのは珍しい。エルファバはハーマイオニーにアイコンタクトを取ったが、ハーマイオニーは涙を拭き、特にエルファバに返しはしなかった。

 

「久しぶりハリー…その、大変だったわね。私たちは何があってもハリーの味方よ。」

「君こそ…さっきハーマイオニーから聞いた。」

 

ハリーはツンケンした物言いだったが怒るとエルファバが怯えてしまうこと、そのせいでこの部屋が雪景色になってしまうことという物理的なデメリットを考える余裕ができたのかもしれない。エルファバはかけた言葉が正しいか、分からなかったが答えをくれる人はどこにもいない。

 

「今、ハリーに騎士団のことと私たちが何も知らされていない、頑張って聞き出そうとしていることもね。」

 

ハーマイオニーも少しツンツンした言い方だった。あとで何があったか聞こうとエルファバは思った。

 

「そーそー、もーさ、ハリーのことはみんな騒いでたから聞けたけど、結局伸び耳も使えないしエルフィーの氷で盗聴も無理!」

「どうやってエルファバの氷対策してるのかしらあー!」

 

バシっバシっ!と大きな音と共にフレッドとジョージが伸び耳を持って登場した。

 

「フレッド!ジョージ!いい加減それやめて!」

 

ハーマイオニーの抗議は無視され、2人はハリーをおちょくり、自分たちが姿くらましの試験に受かったことを告げた。そのあとすぐに扉からジニーが入ってくる。

 

「エディから聞いたかしら?エルファバの氷も無理だったわ…そして理由が分かった!理由聞きたい?」

「聞きたい!!!」

 

ハーマイオニーとロン、エディ、フレッドとジョージはずいっとジニーの前に来る。ジニーは悔しそうに爪を噛んでからハッキリと皆が理解できるように発音する。

 

「マグルの温かくなるブランケットを厨房の扉に張り付けて!!!エルファバの氷を溶かしてたの!!!」

 

数秒の沈黙、そしてハーマイオニーが興奮気味にああ!と声を出す。

 

「なるほど、電気毛布!マグルの電気を引っ張ってくるのはグリモールド・プレイスでは決して難しくないわね!元々すぐ近くにマグルがいるし、それでエルファバの氷を!すごい、騎士団のみんな考えたわね!誰のアイデアかしら?」

「ハーマイオニー、全然すごくない!嬉しくないから!」

「クリーチャーがマグルの製品をここへ持ち込んでなんて言うかな。」

 

みんなが口々に話しているとき、ハリーはエルファバにこそっと聞いてきた。

 

「その、君知ってる?セドリックのこと…。」

 

エルファバはふるふると首を振った。

 

「一応、セドリックが目を覚ましたら真っ先に騎士団に連絡するようにディゴリー夫妻にダンブルドア校長からお願いはしてるんだけど…。」

「そうなんだ…。」

 

エルファバの回答で何を話しているのか察したハーマイオニーが話に入って来た。

 

「ディゴリー夫妻はセドリックがこうなったのは学校の管理不足だと思っているの。それに日刊予言者新聞に書いてあることを信じているから、ダンブルドア校長にはそもそも報告しないかもしれないって。」

「日刊予言者新聞?ダンブルドアに関すること何か載ってたっけ?」

 

ハーマイオニーはうっ、と声を詰まらせた。ハリーは知らないのだ。今日刊予言者新聞がハリーを細々したところで揶揄し、侮辱していることを。ハリーの直した機嫌がだんだん悪くなっていくのをハーマイオニーもエルファバも肌で感じる。

 

「また何か僕に隠し事かい?」

「違うわよ!そうじゃなくて…日刊予言者新聞あなた読んでないの?」

「読んださ!」

「隅から隅まで?」

「それは…ヴォルデモートの記事なんか大見出しだろう?」

 

ハリーを傷つける役目をハーマイオニーに抱えさせるのは気の毒だとエルファバは思った。先ほどもハリーはハーマイオニーとロンにこれまでのことを劣化の如く怒ったのだろうと推測する。言葉を詰まらせるハーマイオニーの前にエルファバは立った。

 

「日刊予言者新聞にMr.Vやあなたのことは書いてないわ。ただ…魔法省に手を回されているんでしょうね。あなたのこと“嘘ばかりついて周りの目を引きたい愚かな少年”に仕立てるために嘲る言葉や悪質なジョークを新聞のいろんな記事の所々に紛れ込ませているの。」

「魔法界でもこーゆーこともあるんだね。てか日刊予言者新聞ってタブロイド誌じゃないでしょ?マジ神経疑うわ〜。」

 

エルファバとエディを交互に見たハリーは自分の頭をぐしゃぐしゃと乱し、イライラとしながら深くため息をついた。

 

「僕は周りの目なんか引きたくないし、そもそも僕が有名なのは親があいつに殺されたからで!!」

「分かってるわハリー。私たちは理解してる。」

 

エルファバは“私たち”という部分を強調して、ハリーの隣に座りイラつくハリーの顔を覗き込む。ハリーはジロっとエルファバを見た。

 

「今回のディメンターの件も、誰かに策略よ。私たちは理解してる。あなたが数週間何も知らずに親戚の元へ預けられてしまったのも申し訳なかったと思ってるわ。私たちもハリーに何かしようとダンブルドア校長を説得できるように努力したけど、そんなのハリーからすれば知らないことだし。」

 

と、一旦ここでエルファバは話を切りハリーの様子を伺いつつ、言葉を選んだ。

 

「結果論だけどハリーはここに来れたから私たちはできる限りサポートしていくし、情報も伝える。みんなで約束するわ。」

 

ハリーはジッとエルファバに話を聞き、エルファバが話し終えるとハリーはぽそりと、分かったと言った。と同時にフレッドとジョージは姿くらましで消え、ミセス・ウィーズリーが入ってきて夕食の準備ができたことを告げた。

 

エルファバとハリーが一緒に部屋を去ると、エディが得意げにハーマイオニーとロンに見る。

 

「あたしのお姉ちゃん、有能でしょ?」

 

ーーーーー

ハリーがやって来たことでシリウスが超上機嫌になったのはエルファバにとって喜ばしいことだった。シリウスによるエルファバいじめは激変しエルファバのストレスはだいぶ軽い。精神衛生も整った上に時間もできたので快適にグリモード・プレイスの掃除し、エルファバは1日で階段と2階の廊下をピカピカに磨く快挙を遂げ、皆から褒められた(「エルフィー、前までとんでもなく体力なかったのに!凄すぎる!」)。

 

ハリーの状況は状況で芳しくはないが、ハリーを支える人たちに囲まれているというのはホッとするようで、初日の夜のように大声で怒鳴ったりイライラしている様子はなくなった。

 

ただハーマイオニーはこれに関して納得がいってないことがあるらしい。

 

「いっつもそうよハリーって!エルファバには何かしらで優しいのよ。彼エルファバに怒ったことある?あなたが“力”について隠したこと以外で!私とは違ってハリーってあなたにブラコン?って感じなの。エルファバのゴットマザーはハリーのお母さんだし?」

 

ハーマイオニーは書斎の本を普通の書籍と魔法がかかったものへ分けながら愚痴った。要はロンと自分が怒鳴られエルファバはそうでなかったことが不服なのである。

 

「あと、今回に限っていえば、エルファバが魔法省の管理下に置かれる可能性のあるって分かってるから変な仲間意識があるのよ。もちろんそこは理解できるわ。ハリーに私たちが何もしてあげられなかったのも申し訳「ハーマイオニー!」」

 

エルファバは叫んで、ハーマイオニーが今しがた触っていた本を風で吹き飛ばした上で凍らせた。壁に凍ったまま引っ付いた本のページから巨大な無精髭を生やした唇が口を尖らせ飛び出ていた。

 

まるで本が今にもハーマイオニーにキスしようとしたようだ。

 

「大人に処理してもらいましょう。それ以外の本は確認できたし、あれは一旦放置で。」

 

エルファバは気持ち悪そうにそれを眺めて頷く。

 

「エルファバー?ちょっと客間まで来てくれないかしら?」

 

近くでミセス・ウィーズリーの声がした。

 

「客間行かなきゃかしら?」

「ハーマイオニーはいいんじゃないかな。」

 

ハリーという体力有り余る育ち盛りの少年が来たことで屋敷の大掃除は一気に捗った。と、同時に屋敷内の危険物もたくさん出てくるようになり、もはや片付けではなく屋敷に戦いを挑んでいるようだとハリーは言っていた。

 

そんな時に数年に渡りエルファバが必死に隠していた“力”は便利道具扱いされていた。杖を使わずとも凍らせて放置すれば解決するため、万が一危険な害虫やら魔法道具やらが出て来た時に対処できるということで、エルファバは重宝されたのだった。

 

エルファバは自分が磨いた廊下を渡り、男性陣が悪戦苦闘している客間へやって来た。ハリー、ロン、シリウス、ミセス・ウィーズリーはみんな埃まみれだった。

 

「ありがとうエルファバ。今このタペストリーを剥がそうとしてるんだけど“永久粘着呪文”がかかってるかもしれなくて…これ凍らせれば剥がせるかしら?毎回頼んでしまうのは気がひけるんだけど…。」

「大丈夫です。やってみます。」

 

ミセス・ウィーズリーが指差したところにはタペストリーがあった。色褪せいたるところに噛み跡があるが、それが金色の美しい刺繍を際立たせている。

 

そして金色の刺繍は様々な名前を結んでいる。マルフォイ・ファミリー、レストレンジ・ファミリー、ブラック・ファミリー…。おそらく家系図のタペストリーだ。

 

エルファバは深呼吸をし、タペストリーに触れる。そして全ての動きをとめ、再起不能にするイメージで全てを凍らせた。エルファバの手からゆっくりと雪の結晶のような模様を描きながら霜がタペストリーを包む。

 

そしてー。

 

「あらっ!」

 

テコでも動かなかったタペストリーはペロッと剥がれ、床へと落ちた。

 

「すごいわエルファバ!何をしても剥がれなかったのよ!」

 

ミセス・ウィーズリーはエルファバを抱き締める。玉ねぎを炒めた時の匂いがする。エルファバは少し複雑そうな顔をしてミセス・ウィーズリーの腕に顔を埋めた。掃除がうまくいって皆に褒められた時は素直に嬉しかったのだが、氷に関することを褒められるとイマイチ嬉しくないというか、喜んでいいのか分からなくなる。

 

シリウスもご機嫌にタペストリーを拾い、何の躊躇もなくゴミ袋へと放り投げながら、話しかけた。

 

「それにしても面白いなお前の氷は。魔法を全て無効化できるなんて、オルレアン…お前の母親に出会うまで聞いたこともなかった。逆にここまで強力な魔法を何世代も隠せていたのが不思議だ…どうやって隠してたんだろうな。」

「グリンダを知っているんですか?」

 

エルファバはシリウスを見て、ミセス・ウィーズリーを見た。よくよく考えればこの2人どちらも、エルファバの“力”を最初から普通に理解し受け入れていた気がする。男子陣も気になったようで自分の動きを止め、シリウスの答えを待った。

シリウスは一瞬ミセス・ウィーズリーの様子を伺った。この2人は数日前にハリーら子供達にどこまで情報を与えるかということで激しく口論したのだ。が、ミセス・ウィーズリーは優しくエルファバに微笑んでいたのでシリウスは答えを教えてくれた。

 

「オルレアンは騎士団員だったんだ。ダンブルドア曰く、二重スパイをしていた最中に命を落としたらしい。」

 

エルファバは、この埃まみれの屋敷が一気に美しくなった気がした。命をかけ、危険な二重スパイになりながら正義のために戦っていた母親。

 

エルファバは実親が誇らしくなった。

 

(グリンダが無実になったことで気にしていなかったけど、そっか。ピーター・ペティグリューがいた時は任務中だったのね。一体どんな人だったのかしら。性格は?何が好きだったんだろう。)

 

エルファバのグリンダに対する唯一の手がかりはあの古ぼけた日記のちょっとした文章や写真のみだ。父親からはあまり聞き出せなかった。

 

ミセス・ウィーズリーはタペストリーが剥がれたし、グリンダの話題になったことであえて離れるべきだと思ったのか、サンドイッチを作ってくると言って客間を離れた。

 

「どんな人だったか知ってますか?」

 

シリウスはエルファバを見下ろし、ニヤッと笑った。嫌な予感がする。

 

「お前より20センチくらい身長が高かったな。」

「パーソナリティを!教えてください。」

 

エルファバは睨んだ。ミセス・ウィーズリーがいなくなった瞬間シリウスはやりたい放題だ。

 

「冗談だって。いや身長に関しては事実だけど…そうだな。あいつは俺らが騎士団へ入ったかなり後に入団した…正直、あいつは見た目もああだしクイディッチのビーターだったから、目立つ存在だったが入団した時はみんな驚いた。そんな行動力があるタイプではないと思ったからな。そしてオルレアンは自らの“力”を見せて、自分がいかに役に立てるか証明したんだ。今ほどそれに対する情報はあまりこちらには与えられなかったけどな…多分オルレアン自身もダンブルドアにそこまで開示しなかったんだろう。」

 

そこでシリウスは一旦話を切った。シリウス家に仕える屋敷しもべ妖精、クリーチャーがやって来たからだ。シリウスの口調はそれまで優しかったが、クリーチャーを見るなり一気に声を低くする。

 

「出て行けクリーチャー。タペストリーはもう剥がした。」

 

腰につけたボロ布以外は素っ裸で、コウモリのような大きな耳からは白髪が生えている。クリーチャーはいつも掃除を邪魔しては、騎士団の面々と子供たちを侮辱してシリウスに怒られている。エルファバの知る屋敷しもべ妖精のドビーがいかに可愛らしく愛嬌があるかがよく分かるとつくづくエルファバは感じていた。

 

クリーチャーは憎悪の目をエルファバに向けた。彼からすればエルファバは大事な、7世紀ほどに及ぶ貴重なタペストリーを剥がしてしまった永久戦犯なのだろう。エルファバはシリウスの後ろへスッと隠れる。

 

「滅相もない。クリーチャーめは様子を伺いに…。」

 

と言ってクリーチャーは深々と腰を折り、豚のような鼻を自分の膝へくっつけ、ボソボソと言った。序盤は何を言っているのか理解できなかったがおそらく罵り言葉だろう。

 

「…白髪の氷の化け物。奥様の貴重なタペストリーを剥がしやがって。ああ、奥様はクリーチャーをお許しにならない…こんな混血のガキに…。」

 

シリウスは、喚くクリーチャーの首根っこを掴み部屋から放り投げ、扉を閉めた。

 

「ったく、あいつは…それで、何の話だったか…ああ。あいつはグリンゴッツに勤めていてゴブリンたちを味方につける任務を任されていたと聞いている。そこからいつ二重スパイに切り替えたかは分からないが、俺たちはペティグリューのことがあるまではオルレアンは黒だと思ってた。おそらくあまりにもオルレアンの情報開示が少なかったせいでいきなり加入した人間を、多少ダンブルドアも疑ってたんだろう。あいつもそこまで騎士団員とかかわろうとし関わろうとしなかった…けど、リリーとは仲良くしてたな。」

 

シリウスは再び話を止めた。シリウスの母親の肖像画がギャンギャンとこの住人を罵る声と共にドタドタと大きな足音がこちらへ近づいて来た。

 

「「チビファバ!!」」

 

バチンっ!大きな音がして部屋から出てきたエルファバの前にフレッドとジョージはエルファバを見、その後ろにいるシリウスを見、やべっ!という顔をした。

 

「フレッド!!ジョージ!!それを返しなさいっっっ!!!」

 

ミセス・ウィーズリーの怒鳴り声が外からしたかと思えば、ミスター・ウィーズリーが下から2人を追いかけて来た。

 

「お前宛の手紙だ!!」

「騎士団に渡る前に!!」

 

エルファバの前に華麗に現れたのはジニーと1階の厨房を掃除していたはずのエディだった。シリウスが手紙を奪う前にジョージが持っている紙切れを掴んで、手すりを滑り降りながら手紙を開いた。

 

「えーっと、ミス・エルファバ・リリー・スミス、貴殿の度重なる魔法漏洩とうわっとっ!!」

 

ミスター・ウィーズリーとすれ違う直前にエディは器用に迫る腕を避け手紙を読み続ける。

 

「こらっ!!エディ!」

「及び国際魔法使い機密保持法により貴殿をああああっ!!」

 

手すりを滑って見事に地面に着地したエディだったが、次の瞬間バチンっ!とシリウスが現れてエディは手紙を奪われて俵抱きにされてしまった。

 

「じゃじゃ馬めが。室内で姿くらましをするのがフレッドとジョージだけだと思ったか!」

「おーろーしーてーシリウス!!!」

 

Tシャツから背中が丸見えになってもなおエディは暴れる。

 

「こんの馬鹿力っ!!」

 

シリウスに担がれるエディはなかなかシュールである。エディは今身長170センチに追いつくほどに急成長しているのでなかなか重いはずだが、それを軽々担ぐシリウスもシリウスだ。「筋トレ効果か…。」とハリーが小さく呟いたのはエルファバにしか聞こえなかった。

 

「別に手紙を隠すつもりはない。先に確認するだけだ。」

 

ミスター・ウィーズリーはシリウスから手紙を受け取り、元凶である2人の息子を睨みつけた。フレッドとジョージも負けじと睨み返した。

 

「チビファバの手紙をなんでチビファバが先に見れないんだ!?」

「だから、先に確認するからだと言っているだろう!ほら、2人ともこっちへ来なさい!エディもだ!」

 

気がつけばシリウスの母親の喚きは止んでいた。フレッドとジョージ、そして担がれたエディはそのまま厨房へ連行され、閉められた扉からミセス・ウィーズリーが怒鳴りつけているのが漏れて来た。シリウスは歩きながら背伸びをして一仕事終えたと肩を叩く。

 

「あれ、あいつは?」

「エルファバなら2階に行ったよ。」

「あいつの手紙なのにあんまり興味ないんだな。」

「エルファバはそこまで反抗的じゃないからね。」

 

ハリーはシリウスの問いに答えつつもう少し自分のことに興味を持つべきだと思った。

 

その頃エルファバは2階でタペストリーを持ってウロウロしていた。

 

「あ、いた。」

 

エルファバは同じくウロウロしていた老いた屋敷しもべ妖精に話しかけた。クリーチャーは目が合うと深々とお辞儀をした。

 

「これはこれはお嬢様。」

 

そしていつも通りぼそっとつぶやく。

 

「由緒正しいタペストリーを剥がしたアマめ。お前を一生呪ってやる…ああ、奥様どうぞクリーチャーをお許しに「そのタペストリーをあげる。」」

 

エルファバはクリーチャーに丸めたタペストリーをヒョイっと渡した。あの金の刺繍と一族の名前が書いてあるタペストリーをクリーチャーは信じられないと言わんばかりに開いて覗き込んだ。

 

「これ服じゃないし、別に私たちも必要ないから大切にしてるあなたが持ってたほうがいいかなって。まだ冷たいし濡れてるけど。」

 

クリーチャーは微動だにしない。エルファバの声も聞こえているか不明だ。

 

「シリウスにはバレないようにね。彼この家のものなんでも捨てたがってるから。」

 

エルファバはクリーチャーを覗き込んだが、やはりエルファバが見えていないようだった。

 

「えっと、じゃあね。」

 

エルファバは皆がいる厨房へ戻っていった。

 

ーーーーー

事が動いたのは翌日、ハリーの尋問の日だった。ハリーとミスター・ウィーズリーそしてシリウスが早朝に魔法省へ向かった。

 

エルファバは、その1時間後くらいに起きたがもうすでに騎士団は慌ただしくいろいろ作業に取り掛かっていた。厨房にも何人か騎士団員がいた。

 

「エルファバおはよう。よく寝れたかい?」

 

エルファバは、リーマスの問いにコクコクと頷きながらインスタントコーヒーに瓶を薄目で作る。

 

「酷い寝癖ね。」

 

今日は長いブロンドヘアの騎士団員兼闇祓いであるトンクスが笑った。

 

「彼女、ちょっと無頓着なんだよ。」

「笑っちゃうわね。あとそのパジャマ、個性的で好きよ。マグルのキャラクターかしら?」

 

リーマスとがエルファバについて話しているのが聞こえたが、あまり気にせずお湯をマグカップに入れた。その背中には、なんともいえない顔の白いお化けの上にバッテンが描かれたロゴがあった。エルファバの最近の映画系私服のお気に入りの1つだが眠くてうまく説明できなかった。

 

が、エルファバは別の声を聞いて眠気が吹っ飛んだ。

 

「フーゴナゴール、ゴースト・バスターズ!でしょ、エルちゃん。」

 

懐かしい声。軽い調子で「エルちゃん」とエルファバを呼ぶのはこの世でただ1人だ。エルファバはゆっくり振り向くと、明るいブラウンの髪にグリーンの瞳を持った映画俳優のような男性がリーマスとトンクスの隣で笑って手を振っていた。

 

「エルちゃん寝ぼけてて俺のこと気づいてなかったでしょ?ずっといたのに。」

「ルーカス!」

 

エルファバはマグカップを乱暴に置き、立ち上がって手を広げるルーカスに思いっきり飛びついた。

 

「よし、今日は不意打ちじゃないから受け止められた。」

 

ルーカスはエルファバの両頬に軽くキスをした。

 

「ルーカス…!!久しぶり…!!」

「って言っても2ヶ月だけどね。けど俺も会いたかったよ。相変わらず可愛いなあ。そんなチャイニーズヌードルみたいな頭で変なTシャツ着て可愛いのエルちゃんだけだからね。」

 

エルファバはルーカスに降ろされ、クスクスと笑った。

 

「どうしてルーカスがここに?」

「俺も騎士団員なんだ一応。」

「え、そうなの?」

 

初耳だった。リーマスとトンクスを見るが少し気まずそうな顔をして目を逸らす。エルファバは怪訝そうにした後ルーカスに向き直った。

 

「俺はみんなほど表立って活躍してないんだよ。主に聖マンゴの様子を見張ってるから…基本仕事をして怪しいことがあればこちらに報告すればいればいいんだ。」

 

エルファバは納得したように頷く。そして一瞬考えた。

 

例え目立った行動をしないにしても、ここに来たマクゴナガル教授やスネイプのように何かしらの活動はできるはずだ。おそらく騎士団はルーカスが数ヶ月前エルファバを錯乱させてアダムを殺すように仕向けたことを許していないのだ。それか、ダンブルドア校長からエルファバにその話をしないように指示したか。

 

何かを悟ったのかルーカスは、リーマスの方を向く。

 

「えっと、もう魔法省の手紙の件は話していいの?」

「ああ、トンクスに裏を取ってもらったから大丈夫だ。あとで私から話す。」

 

リーマスはエルファバに座るように促したので、エルファバはコーヒーを一飲みしてからリーマスの正面に座った。

 

「またあとでねエルファバ!」

「うん、またねトンクス。」

 

トンクスはヒラヒラと手を振って厨房から出て行った。その入れ替わりでミセス・ウィーズリーが入って来た。

 

「おはよう、エルファバ。まあ、なんてひどい寝癖!」

 

エルファバの頬を包み、その反対の手で杖を一振りすると、数個のブラシがどこからともなく現れてエルファバの髪をとかしはじめた。癖っ毛ではないので、軽く水で濡らせばエルファバの髪は徐々にスムーズになっていく。

 

「あなたの毛は本当に綺麗ねエルファバ。まるでヴィーラみたい!本当に可愛いからあなたがオシャレに興味を持って大人の女性になったらもう男性がいーーっぱい寄ってきて大変でしょうね。」

「去年のダンス・パーティの時なんか、大変だったよね。何人の男が寄って来たか。俺が炎で威嚇しなきゃエルちゃん大変だったんだよ〜分かってる?」

 

エルファバは首をかしげた。段々覚醒してきて、1つの疑問が生まれる。

 

(普段は騎士団に関わらないルーカスがなぜここにいるの?)

 

髪の毛が整ったら、リーマスがエルファバに向かいに座るように促した。ルーカスはエルファバの隣に座り、ミセス・ウィーズリーは髪が整ったことに満足するといそいそと厨房で朝ごはんを作り始めた。

 

「君に昨日届いた手紙について今話してもいいかい?」

 

エルファバはコクっと頷く。リーマスは手紙をエルファバに渡した。

 

「長ったらしく複雑な文章だったけど、簡単に言えば魔法省は君に聖マンゴのヒーラーによるカウンセリングをつけると言い出した。」

「カウンセリング…?」

「ああ。君は精神的ショックがあり魔法のコントロールが必要だから、今後ホグワーツに戻った時に2週間に1回、聖マンゴのヒーラーが君を訪ね、精神面のサポートをするそうだ。」

 

エルファバは少し考えて口を尖らせる。

 

「が、問題は聖マンゴではなく魔法省がこれを言い出したことだよ。しかもこのタイミングで…簡単に言えば君を監視するんだ。」

 

エルファバは少し前にダンブルドア校長が言っていたことを思い出した。リーマスはここから少し声を落として話した。

 

「ここからはダンブルドアの推測だが…聖マンゴは君を精神病棟に入れる機会を窺ってる。隙をついて、魔法省による保護という名目で君の自由を奪うことを…。」

 

これでエルファバはなぜリーマスがエルファバにこれを告げる役割になったのかよく分かった。今後起こるであろう出来事を告げるのはエルファバ最も精神不安定な状態を見たことがある、そしてそれを理解した上で優しくエルファバに話しかけることができるリーマスが適任だ。現にエルファバの心臓は早鐘を打つが、思った以上に悪くない。

 

「でっ、でも、ダンブルドア校長にも言ったけど、私本当に魔力をコントロールできないし、カウンセリングは受けるべき…じゃないかしら。例えそれが管理の下でも…いつまでもみんなの優しさに甘えて好き勝手凍らせるわけにはいかないし。」

「それがまともなカウンセリングならね。」

 

リーマスは弱々しく笑う。

 

「君の精神を癒すちゃんとしたものならいいけど…そうならないとダンブルドアは考えている。だから私たちは対策を考えることにした。」

「対策…“力”を抑えるの?」

「いいや?」

 

ここでルーカスが心底楽しそうに話に入って来た。

 

「君が必要な時に最大限のパワーを発揮できるようにトレーニングするんだ。俺が手取り足取り教えてあげる。」

 



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4.新学期前後

 

ハリーが無事魔法省の尋問で無罪を勝ち得た名誉ある翌日の朝。

エルファバはルーカスに連れられ、広大な自然が広がる土地に来ていた。イギリスのどこにいるのかエルファバは検討がつかない。確実に言えるのはここには確実に人間は住んでいないだろう。ここなら思う存分“力”を使えそうだ。

もっとも、正式には2人ではなかったが。

 

「トンクス。」

「よ、エルファバ!楽しみだわー!噂に聞いてたあなたの氷の魔法が見れるなんて!」

 

今日は腰まであるストレートの赤毛トンクスが岩の上に座ってエルファバとルーカスに手を振っていた。エルファバも手を振る。ルーカスは無反応だった。

 

「ルーカスだけだと思ってたわ。」

「あのね、エルファバ。あなたを錯乱させて人殺しさせようとした男と2人きりにすると思う?今後練習の時は騎士団の誰かが見張りに来るわ。」

 

ルーカスは不愉快そうにトンクスを睨んだ後、エルファバに向かい合った。トンクスの存在は無視することにしたらしい。

 

「さて、エルちゃん。ここなら思う存分凍らせるよ。まずは、君の最大限を見せてほしいんだ。」

「最大限?」

「うん、数ヶ月前一瞬でホグワーツの校庭を凍らせたのが俺が知ってるエルちゃんのマックスかな…けど自分で最大限凍らせようって思ったことはないだろう?」

 

エルファバは首を振る。そもそもエルファバにとって“力”は隠すもので見せるものではなかった。

 

「じゃ、何事も自分の実力を知ってから始めないとね。それじゃあ、目を閉じて。」

 

エルファバは一瞬戸惑ったものの、目を閉じる。

 

「自分の中にある“力”をなるべく外に出すイメージをして。僕とトンクスのことは大丈夫…いざとなったら炎で身を守るから。」

 

エルファバはルーカスの言われたようにイメージする。

 

(私の“力”をイメージね。よし、外へ広がるように…実際私はどれくらい発揮できるのかしら。あ、でも自分の想像したものよりたくさん凍らせてしまったらルーカスやトンクスに迷惑がかかってしまうかも…。)

 

「はい、エルちゃん、もういいよー!」

「わお…。」

 

そこから数秒後、トンクスの感嘆の声とともにエルファバは目を開けるとギョッとした。先ほどまで青々としていた草原は、真冬のように凍っていた。

 

夏にも関わらず、完全に冬景色だ。

 

自分の“力”にも関わらず、動揺した。

 

「どのくらいかな。」

 

ルーカスはヒューと口笛を吹き、サッと杖を出して地平線へ向けると、青い光が発射され、それがピンと伸ばされる。数秒後にその先端がルーカスの元へ戻ってきた。

 

「ざっと半径5キロくらいか。でもちょっと自重してたでしょ…実際もう少し出る気がする。」

「ルーカスとトンクスが心配になっちゃって。」

「俺らは大丈夫だって。まあでも、さすがに次の練習ではここまでさせないから平気。これデフィソロれる?」

 

謎の略語を一瞬理解できなかったエルファバだったが、なんのことか理解し、いつもの呪文で氷を消失させた。

 

「よし、これで大丈夫。さて今日の練習はー。」

 

そこから数時間、エルファバとルーカスの練習は1日2、3時間週に2回ほど行われた。

最初は心身疲れ果ててヘロヘロだったがルーカスの指導はかなり上手く、夏休み最終日までには、エルファバの“力”は前以上にコントロールできるようになり、自由自在に動かせるようになった。心なしか感情に左右されなくなった気がしてエルファバは大いに喜んだ。

 

エルファバが最後の練習を終え、ルーカスからどんな敵にも耐えられると太鼓判を押されてグリモード・プレイスに戻り、飲み物を飲もうと厨房へ立ち寄ったところ鼻歌を歌いながら料理を作っているミセス・ウィーズリーを発見した。

 

「おかえりエルファバ、ルーカス。どうだった練習は?」

 

階段に座っていたハリーがエルファバに駆け寄って来た。おそらくエルファバが帰って来るのを待っていたのだろう。

 

「良かったわ。」

「良かったどころじゃない、上出来だよ!エルちゃんは本当に頭が良い。」

「そうか…実はロンとハーマイオニーが監督生になったんだ。だからおばさんあんなに元気で。」

 

エルファバは1秒静止し、ハリーが告げた事実を飲み込みジワジワと幸福が心を満たした。疲れなどどこかへ消えてしまった。

 

「え、すごい。」

「本当だね。」

「2人は上?お祝いに…」

 

と話したところでエルファバはハリーがエルファバほどこの事実を喜んでいないことに気づいた。うまく言えないが少し気分が沈んでいるようなー。

 

「どうかしたの?」

 

エルファバはハリーの顔を覗き込んだ。

 

「いや…その…別に。」

 

エルファバはジッとハリーを見つめる。

 

「本当に?」

「…なんでもないって言ってるだろ。」

「そう…。」

 

ハリーは気まずそうにそそくさと2階へ上がっていく。エルファバは訳が分からず、助けを求めるようにルーカスを見た。ルーカスはチッチッチッ、と人差し指を振る。

 

「エルちゃん、さっきのとは別にもう1個レッスンね。男ってのはプライドの生き物なんだ…例え君とハリーくんがどんなに仲の良い親友でもぜーーーったい君にカッコ悪い姿は見せない。ハリーくんは今ちょっと人に言えないカッコ悪い、情けないことを考えてたんだ。けどそれはカッコ悪い自覚はあって、けど自分の中で消化もできない。」

「でも、ハリー今私に駆け寄って来たわ。」

「多分だけど、君にしてほしいリアクションがあったんじゃない?けど君はそれをしなかったから…。」

「へえ…。」

「まあ、別にハリーくんが勝手に考えたことだからね。君が責任を負うことはないさ。」

 

よくよく考えてみれば、ハリーは大変な状況が常につきまとっている人生だが愚痴はあれど弱音は吐いたことがない気がする。いつも“力”のことでメソメソしていたエルファバからすれば、大きな発見だった。エルファバは男の子は大変だと思った。

 

(そういえば…私セドリックから悩みとか聞いたことないかも…。)

 

考えると年上のセドリックは常にエルファバのそばに立ち、全てを受け入れてくれた。ハリーたちとの冒険もいつも壮大すぎて全てを言えない…シリウスの件は良い例だ。そんな中でもセドリックはエルファバが話すこと話さないことを全て受け入れて、未熟なところも愛してくれた。

逆にセドリックから弱音を聞いたことがない。去年も過酷だったにも関わらず、エルファバの前ではいつも快活に振る舞っていた。

 

(逆に私じゃなくて、親友たちには弱音をこぼしていたのかしら。ああ、セドリックのことを考えたら悲しくなるわ。)

 

「なに百面相してるのエルちゃん。」

 

急に黙りこくったエルファバをルーカスは怪訝そうに見つめていた。

 

それから数時間後。ハーマイオニーとロンの監督生を祝う立食パーティだった。ミスター・ウィーズリー、ビル、シリウス、ルーピン、トンクス、キングズリー、そしてムーディ教授(今は教授ではないが)もやって来た。

 

「ルーカスは?さっきまでいたよね?」

 

各々話に花を咲かせる中で、どういうわけか機嫌を良くしたハリーはチキンを食いながらエルファバに尋ねた。ちょうどロンから延々と新しい箒の自慢をされていたところだったので助け舟を出したのだろう。ロンはすぐさまトンクスの方へ飛んでいった。

 

「ルーカスは参加しなかったの…ルーカスの参加を騎士団の何人かが良しとしてなくて…。」

「例えば?」

 

エルファバは周りをキョロキョロ見回してから、声を落とす。

 

「リーマス、キングスリー、ムーディ。この3人はそもそも私とルーカスの接触も良しとしてないらしいの。」

「リーマスは分かるかも。僕らのこと平等に気遣ってると思うけど、僕と君とエディのことは特に気にかけてるし…ムーディもあの性格だしね。キングスリーは?」

「マンダンガスと違って騎士団内の誰かに、恩義を感じている訳ではないからいつでも裏切る可能性があって危険だって。私とルーカスは“力”という他の人たちには理解できない共通点もあるから、私をうまく取り入って利用するんじゃないかって思ってるみたい。」

「そんな…僕はそうは思わないけど。」

「むしろ、3人の感覚が普通じゃないかしら。」

「僕らにはすごくフレンドリーじゃないか。」

 

実際ここ2、3週間の練習はルーカスと話せて非常に楽しかったのだが、見張り役の騎士団メンツとは微妙にギスギスしている時もあった。エルファバに話しかけるルーカスと騎士団に関わるルーカスは別人なのだ。練習途中にルーカスのたまに騎士団に向ける憎悪の目線に気づいてしまい、怯えてしまうこともあった。

それは警戒心剥き出しのムーディでも、決して嫌悪感を出さず紳士的に振る舞うリーマスでも、天真爛漫なトンクスでも。

唯一の例外がシリウスだ。シリウス自身はエルファバが錯乱された現場を直接目撃しているものの、ピリピリしているもののルーカスの態度は若干軟化した(「どうせ顔でしょ。」とハーマイオニーは鼻を鳴らしていた)。

 

反面、ルーカスはハリーやロン、ハーマイオニーに前と同じように絡んだ。ハーマイオニーとエディはルーカスを大層警戒し、なるべくエルファバにも距離を置くように散々警告もしているが、ルーカスはそれを面白がって2人をからかった。

 

パーティに誘った時もこのような感じだった。

 

『パーティ?うーん、ロンくんとハーミーちゃんが監督生になったのは嬉しいけど、俺が来たら大人たちが素直に喜べないでしょ。俺からはプレゼントを送るよ。あ、そうそう監督生同士ってやらしい関係に発展しやすいって俺のホグワーツのセフレが言っ『さっさと帰ってちょうだいルーカス!』楽しんでー!』

 

女子部屋に勝手に入ってきたルーカスは、ハーマイオニーから本を投げつけられながらヘラヘラ去って行った。エルファバはその後ルーカスを女子部屋に連れてきたことを凄まじくハーマイオニーに怒られた。

 

『いい性格してるよなルーカス。』

『ダンブルドアは一体何を考えてるのかしら?エルファバとルーカスの距離を近づけるなんて!!あんなあとに!!』

 

ルーカスに散々弄られたハーマイオニーはプリプリ怒りながら新しい教科書をまとめ、ロンは呆れながら監督生バッジを眺めていた。

 

エルファバはそれを思い出しながら、チキンに小さな口でかぶりつく。

 

「というか、それ誰から聞いたの?騎士団の誰かじゃないだろう?」

「もちろんルーカス本人よ。」

 

あの調子でヘラヘラとそれを話すルーカスは容易に想像できる、とハリーは思った。

 

「そういえば、魔法省からなにか連絡ってあったの?君の管理について。」

 

ハリーの問いにエルファバはふるふると首を振った。

 

「カウンセリングはホグワーツに行った時に付く以上のことは何も…。」

「そうなんだ…連中が何をしたいのか分からないけどエルファバは決して悪くないから。ホグワーツなら僕らもついてるし、いざとなれば僕らが守る。大丈夫だからね。」

「ありがとうハリー。」

 

おそらくハリーは、自身が魔法省へ行く時に言われて精神的に役になった言葉をエルファバにかけたのだろう。エルファバは笑いかけた。

 

「おい、ポッター。」

 

エルファバの背後からヌッと、ムーディが現れた。

 

「ポッターに用がある。借りるぞ。」

 

エルファバがイエスを言う前にムーディはハリーを連れて行った。エルファバは少しあくびが出たのと同時に自分が眠くなっていることに気づいた。

 

エルファバは皆に寝ることを告げ、楽しそうにダンスしているフレッドとエディの横を通って階段に上がろうとしたがー。

 

「ひくっ、ひくっ、」

 

客間の方から誰かが啜り泣く声が聞こえてきた。全員パーティに参加しているはずだ。ここに誰もいるはずはないが、エルファバは恐る恐る客間へと近づき、そっと中を覗いた。

 

いざという時のために凍らす準備もする。

 

「おばさま?おばさまなの?」

 

声の主は、ミセス・ウィーズリーだった。客間の床に疼くまり、啜り泣いている。

 

そしてそのすぐそばでハリーが目を見開いて倒れていた。まるで死んでいるかのように。

 

(いいえ、つい数秒前まで私はハリーと一緒にいたわ。しかもその後はムーディと…ありえない。)

 

そこでエルファバは、客間にまね妖怪(ボガート)がいるとミセス・ウィーズリーが言っていたことを思い出した。

 

そしてハリーの死体はロンに代わり、ビルの死体に変わった。死体が変わる度にミセス・ウィーズリーはまた声を出して泣く。

 

「大丈夫よおばさま。」

 

エルファバはミセス・ウィーズリーに駆け寄ると、縋るようにミセス・ウィーズリーがエルファバに抱きついた。エルファバは優しく背中をさする。

 

「ここを一旦離れましょう…誰か大人を呼んできます。そしたらー。」

 

エルファバは、ふとまね妖怪の方を見た。

 

それはもう死体ではなかった。

 

目の前には、エルファバの倍ほどの身長がある恰幅の良い男性が野球バットを持って2人を見下ろしている。

 

青いワイシャツにベージュのズボン、サスペンダー。

 

「なんで生きているんだ、化け物。」

 

男は暗闇の中で黒い目だけが光っている。そしてゆっくりエルファバの方へ近づいてきた。

 

エルファバは、一瞬たじろぐが決して動かない。

 

「それを…俺の前で!見せるなあああっ!」

「どうした!」

 

階段を駆け上がり、部屋に入ってきたのはリーマスだった。それに続きシリウス、そしてエディも入って来た。エルファバとミセス・ウィーズリー、そしてその背後にいる男を見て杖を取り出し構えた。

 

「お前のような怪物は、この世にいてはいけないんだ!!!!」

「リーマス…!これまね妖怪!」

「っリディクラス ばかばかしい!」

 

叫んだ男は消え、銀色の球に変わったところで今度こそまね妖怪は消えた。

 

ミセス・ウィーズリーは嗚咽してエルファバにより強く抱きついた。

 

「何があったんだ?」

「あっ、その、おばさまがまね妖怪を片付けようとして…その、私杖なかったから…。」

 

今の説明で通じたか否かは分からなかったが、リーマスはしゃがんでミセス・ウィーズリーの頭を撫でた。

 

「モリーにとって、とんでもなく恐ろしいものだったんだねきっと。大丈夫。ただのまね妖怪さ。」

 

エルファバはミセス・ウィーズリーが何を見たのか言うべきか迷ったが、次に発したエディの言葉でそのことに関して触れずに済んだ。

 

「あれ、叔父さんじゃん…。」

「ええ、そうね。」

「エルフィーのまね妖怪は、叔父さんになるんだ…知らなかった。」

「君がまね妖怪のことを覚えててくれてて元教授として嬉しいよ。だって君結局レポート提出しなかっただろう?」

「え、今それ言う?」

 

リーマスの程よいユーモアにエルファバは思わずクスッと笑った。ミセス・ウィーズリーも少し落ち着いたようで顔を上げた。まだ涙で顔がぐしゃぐしゃだった。リーマスがハンカチを渡すとそれで涙を拭いた。

 

「おばさま…。」

「ごっ、ごめんなさいね…みっともないところを…。」

 

ミセス・ウィーズリーは家族の半分が騎士団にいる命の危険性、絶縁のようになってしまったパーシー、万が一自分が亡くなった時にロンとジニーの面倒を誰が見るのか、そんな不安をしゃくり上げながら語った。

 

リーマスはそれに対し、優しくかつ論理的にミセス・ウィーズリーに説明しているのを見てエルファバは舌を巻いた。ミセス・ウィーズリーは徐々に落ち着いてきた。この役回りはリーマスにしかできないだろう。

 

(リーマスって人生何周してるのかしら。)

 

ミセス・ウィーズリーが落ち着き、寝室に戻っていく時にエルファバを呼び止めたのはシリウスだった。

 

「おい。」

 

エルファバとセットでエディも立ち止まった。

 

「さっきの男が例のお前の叔父さんか?」

「シリウス。」

 

パーティへ戻ろうとしたリーマスが2人の前に立ちシリウスを止めようとする。エルファバのトラウマを刺激しないようにリーマスはあえてエルファバのまね妖怪には触れなかったのだろう。

 

「別に嫌な記憶を思い出させたいわけじゃないんだよ。ただ1つ気になることがあるんだ…辛かったら答えなくていい。」

 

エルファバはコクコクと頷いた。

 

「あいつの姿と発言は記憶のそのままか?」

 

忘れるわけはない。ディメンターによって蘇った記憶の通りの姿、声だ。言っていた発言も一語一句間違っていない。

 

「話した内容をあたしは覚えてないけど…あれは叔父さんだった。」

「言ってたことも間違って…ないと思う…ひとつだけ言われたか曖昧な言葉があるけど…。」

 

エディが優しく俯くエルファバを抱きしめる。

 

『お前のような怪物は、この世にいてはいけないんだ!!!!』

 

それに近いことを言われたような言われたことのないような。エルファバは思い出せなかった。

 

シリウスはなるほど、と顎を触った。

 

「すまない、もしもお前の記憶そのままの発言ならなんとなく釈然としないんだ。お前の叔父さんの言動が…もちろん暴力を肯定するわけじゃないぞ?ただマグルっていうのは俺たち魔法使いを見ると普通怖がって避けるんだ。ハリーの親戚がいい例で…お前の“力”と俺たちの魔法をお前の叔父さんが区別できるはずもないし…ましてや、閉じ込めて痛ぶるなんて「もうやめて、シリウス!」」

 

エルファバはエディの腕の中で小刻みに震えていた。氷こそ出ていないものの、一気に廊下の気温が下がっているのが皆肌で感じた。

 

「すまなかった。」

 

エルファバは首を振る。そして顔を上げて真っ直ぐシリウスを向いた。エディを凍らせないように腕を解こうとするがエディは意地でも動かないのでエルファバは諦める。

 

「それ…私も思ってた。」

「エルフィー。」

 

エルファバの声はか細かった。

 

「叔父さん…まるで魔法そのものを憎んでるみたいだった。自分の子供にも…暴力を振ってたけど…それの比じゃなかったの…どうして、叔父さんはそんなに魔法を…嫌いだったのかなって。」

「君が考える必要はないさエルファバ。」

 

リーマスは優しくエルファバに語りかけた。

 

「きっとこの世の加害者はどこかで被害者だった…だから自分の傷を相手に植え付けようと人を傷つけたり、貶めたりできる。けれど、君がどんなに優しいからってそこまで考える理由はない。君は君の人生を生きるべきなんだよエルファバ。」

 

エルファバは頷き、エディに身を委ねる。

しばらく沈黙が続いた。

 

「…エディ…リーマスの授業あんなに好きって言ってたのにレポート提出しないなんて。」

「待って、エルフィーまでそれいじるの?」

 

廊下にいる4人、エルファバも含めて声を上げて笑った。

 

ーーーーー

翌日。

 

ホグワーツへの旅はいつもと違った。ハーマイオニーとロンは監督生のため、監督生用の車両へ行き、エルファバ、ハリー、ジニーそしてジニーの同級生のルーナが同じコンパートメイトだった。ルーナはレイブンクロー生で、杖を左耳に挟み、バタービールのコルクを繋ぎ合わせたネックレスを掛けて雑誌を逆さまに読んでいた。

変人(ルーニー)と呼ばれているその女子生徒とコンパートメントに乗るのは気が引けたハリーだった。

 

案の定、常に地に足がついておらず“ザ・クィブラー”と書かれた雑誌を逆さによんで集中しているルーナと基本人見知りなエルファバが特に会話が弾むわけでもなく、ハリーと2人でただただ流れる車窓をぼんやりと見つめていた。

 

「そういえば、君は1年生の頃に比べると無口ではなくなったし無表情でもなくなったよね。」

「…私そうだったの?」

「それ私も思ってたわ!」

 

ハリーの呟きにジニーが大きく頷く。

 

「前は表情が読めなかったけど、4年生の後半からかしら?あなたが何考えてるか分かるようになった!」

 

エルファバは戸惑ったようにハリーとジニーを交互に見る。

 

「私、逆にそんなに無表情だったかしら?」

「うん、すっごく。」

「前は常に“力”を隠さないとって無意識に気を張ってたのかもね。僕以外のホグワーツの人みんな知って安心したんじゃないかな。」

 

エルファバが、なるほどとつぶやく。

 

「ハリーもロンもハーマイオニーも私が何も言わなくても理解してくれるからてっきり、私って分かりやすい人間なんだと思ってたわ。」

「僕らは君とずっと一緒にいたからね。」

「レイブンクローの人たちがあんたのこと石像みたいで気持ち悪いって言ってたよ。」

 

唐突にルーナが雑誌から顔を上げて話し出したので3人とも固まった。飛び出したような大きな目がじっとエルファバを捉えている。

 

「あたしはそんなこと思ってないけど…あんたの妹が呪ったのを根に持ってるんだ。あとセドリック・ディゴリーはみんなの憧れだって言ってたもン。みんなあんたに嫉妬してるんだ。でもあたしはディゴリーより優しいからエディが好き。」

「え、えっと、ありがとう。」

 

ルーナなりの優しさなのか、とりあえずエルファバがお礼を言うとまたルーナは雑誌へ引っ込んだ。その後少しすると、レイブンクロー生のチョウがやって来てハリーに声かけ、随分と嬉しそうにハリーはコンパートメントから出て行った。

 

「ハリー、あのレイブンクロー生が好きなのね。」

 

ジニーはなんでもなさそうに、エルファバに聞いた。

 

「そう…なの…かな?」

「だって、ハリーのあのニヤつき顔見た?エルファバはハリーのあんな顔見たことある?」

 

エルファバは2秒考える。

 

「ないわね。」

「ほら!はあ、やっぱ男の子は可愛い子が好きなのね…」

 

ジニーがやけに落ち込んでいた時に、エルファバはジニーがかつてハリーのことが好きだったことを思い出した。あまりにも2人が普通に話していたし、ジニーはマイケル・コナーと付き合っているのは騎士団内の女性陣で情報共有していたので、すっかりエルファバの頭からその事実が抜け落ちていた…そのせいで2年生の時にエルファバとジニーの間でとんでもない事態になったにも関わらずだ。

 

(ジニー、今でもハリーが好きなのかしら…。)

 

「まあ、もう関係ないんだけどね。」

 

エルファバの考えていることを読み取ったのか、ジニーは軽い調子でしかし少し慌てて付け加えた。

 

エルファバはふと自分の関係を考える。

 

騎士団のメンバーでの恋バナを聞くといかにエルファバとセドリックの恋愛が上手く順調であるかがよく分かった。

セドリックがエルファバへの好意を自覚したのはエルファバがバジリスクに襲われた時だという。そこからセドリックがエルファバに告白してキスするまで付き合うまで1年。そこから恋人同士として一緒にいてさらに約1年。嫉妬や他者からの干渉などの小さい摩擦はあれど、喧嘩もなく穏やかに過ごしてきた。

普通のカップルはその小さい摩擦が大きな火種となり最終的に別れるケースも多い、というかそれが大半だ。

 

そもそもジニーのように好きな人ができてもその思いが実らないことだってあるのだ。エルファバのように悲劇的に離れることだってー。

 

(違う、セドリックはまだ死んでない…何を考えてるの私。)

 

「雪…。」

 

ルーナの声にエルファバはハッとした。

 

「あ、その、ごめんなさい…。」

 

エルファバは杖を出し、天井から舞う雪を消した。ジニーが心配そうに、ルーナが怪訝そうにエルファバを見ている。

 

「大丈夫?」

「…平気。」

 

ジニーが口を開く前に、この上なく上機嫌なハリーとぐったりしたロンと不機嫌なハーマイオニーがコンパートメントに入ってきたので話は中断した。

 

ジニーはじーっとそんな上機嫌なハリーを見ていた。

 

一方でスリザリンの監督生がマルフォイとパーキンソンであるという最悪のニュースをお知らせし、ロンはハリーから奪ったチョコレートを大口を開けて食べた。

 

「あ、でもエルファバ。さっき、あイタタタタタ!!!」

 

ロンの口をハーマイオニーが力任せに塞いだ。ロンは口の中のチョコレートとハーマイオニーの手でモガモガ言っていた。

 

「ほっんとにあなたって人は!!!」

「なんのこと?」

「その…すぐに分かるわ。ハリーあなたも。」

 

浮かれ気分なハリーは良い夢を見てたようだが、自分が呼ばれて目が覚めたかのようにキョトンとする。ハーマイオニーは真剣な目でエルファバとハリーをじっと見つめた。

 

「「?」」

「まあ、本当に…お互いに心が軽くなるはずよ。」

 

ハリーとエルファバは顔を見合わせた。空気を読まずにルーナが鼻歌を歌い出した。

 

その後は、ハーマイオニーがうっかりルーナの読んでいる雑誌を侮辱してルーナを怒らせたり(その雑誌の編集長がルーナの父親だったのだ)いつも通り監督生になりたてほやほやのマルフォイが権力を見せびらかしながら絡んできたり、いろいろあったが夜には無事ホグワーツに到着した。

 

汽車を降りると冷たい夜風が生徒たちの肌を刺し、松の木の匂いが鼻腔を満たす。ガヤガヤと各自の荷物やらペットを持った生徒たちでごった返す駅からホームへ歩きながら、どこかでエディが叫んでいた。

 

「あれ、今年の1年生引率ハグリッドじゃないの?!」

 

1年生の引率はハグリッドの役目のはずだが、今年は違う教授が行っていた。

ハリーが随分ショックを受けた顔をしていることをエルファバは気づいたが、あまりにも人が多い上に荷物やらロビンやらを抱えるのに必死でハリーに声をかけることすら叶わなかった。しかし、エルファバもハグリッドがいないのはかなり衝撃的だった。

 

ひとまずホグズミード駅から出てきたエルファバはキョロキョロとロンとハーマイオニーを探す。夜で薄暗くあまりよく見えない。監督生として他の生徒を引率しているのかもしれない。

 

「ねえ、ハリー。私たち先に行った方がいいかも…これじゃあロンもハーマイオニーも見つからないわ。」

「ああ、そうしてくれ。」

 

答えたのはハリーではなかった。エルファバは幻聴だと思い、固まった。

 

(この騒がしい中で、私は聞き間違いを?)

 

「ここで待たずに早く行ったほうがいい。人がごった返してるから。」

 

もう一度同じ声がした。聞き間違いではない。

あの優しい声。聞き間違うはずはない。

エルファバの隣にハリーがいた。視界の端に見えるハリーもエルファバと同じ方向を向き、きっと同じ表情をしているだろう。

 

「…久しぶり。」

 

黒髪にグレーの瞳、エルファバの二回りも背が高い青年がホグワーツのローブに黄色のネクタイをつけてエルファバを見ていた。

 

エルファバが最後に話した時と全く同じの、ハンサムなセドリックがそこにいた。

 



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5.大喧嘩

ハリーもエルファバも馬車からホグワーツ城まで行くのに上の空だった。組分け帽子が警告の歌を歌い、1年生の組み分けが終わり、いつものように夕食が始まった。

 

ほとんど首無しニックによる組分け帽子の豆知識やロンとハーマイオニーの喧嘩もあまり頭に入ってこなかった。エルファバは適当に野菜料理を取り分け、小さなブロッコリーを口に突っ込んだがほぼ味を感じない。

 

何度も反芻する、1時間ほど前のセドリックとの再会。

 

『セドリック!?』

 

エルファバは驚いて半径2メートルを凍らせた挙句にエルファバはセドリックに飛び込んだ。

 

『セドリック…!セドリック…!無事なの?!もうどこも痛くない?』

 

エルファバはハッとしてセドリックから離れた。

 

『ごめんなさい…私。』

『別にどこも痛くないからいい。』

『なら良かった…本当に…。』

 

セドリックはジッとエルファバを、無表情に見つめている。ハリーもエルファバに続いて、慌てたように駆け寄り軽くハグした。

 

『セドリック…本当に無事でよかった…!あそこから生還して…!』

『酷い火傷だったらしいね。君が僕を連れて帰ったって聞いた。あとその前後の話は覚えてないから君が証言したことについてはなにも聞かないでくれ。』

『え、あ、そ、そうなんだ…。』

 

まるで事前に用意された台詞のようにセドリックはハリーに言い切った。おそらくハリーは純粋にセドリックの心配をしており、セドリックの証言のことなど完全に頭から飛んでいたのだろう。かなり拍子抜けした声を出していた。

エルファバ、そしておそらくハリーもここまでセドリックと話して、セドリックの様子がおかしいことに気づいた。

 

セドリックはあまり話さない方ではあるが、表情は豊かだしユーモアや冗談も言う。しかし今は何の表情もなく淡々と言葉を発しているだけだった。エルファバが抱きついた時も抱き返すこともせず、ハリーと時もただされるがままだった。

 

まるでロボットのように。

 

『君たちは馬車に乗った方がいい。僕は監督生でみんなを誘導しなきゃいけないから。』

 

そこでエルファバは今ごった返した駅の目の前にいて、周りがジロジロとこちらを見てヒソヒソ話をしていることに気づいた。エルファバは慌てて氷を消し、荷物とロビンの籠を持ち直す。

 

『また後で話せる?』

『ああ。』

 

何かがおかしい。セドリックがセドリックではないようだ。無表情で無感情。エルファバとハリーは背中を向けて去るセドリックを戸惑ったように見るだけだった。

 

「セドリック…精神的ショックがあって当たり前よね。あんなことがあったら。」

「そう、そうだよね。」

 

ハリーとエルファバは自分に言い聞かせる。

エルファバはチラッとハッフルパフ寮の席を見る。セドリックが大広間に入った時はみんな歓喜の声を上げ、拍手で彼を迎えた。ホグワーツの模範生で人気者である彼の帰還は誰も知らなかったようで、セドリックの友達たちが抱きつきセドリックの周りを取り囲んでいた。

 

一方のセドリックは先程と同じでその歓声に応えることはおろか反応すら見せず、ただ友達と一緒に席に座るだけだった。

 

「ロンとハーマイオニー。君らは知ってたんだね。」

 

少し怒りの混じった声でハリーは食べ物に手をつける2人へ話しかける。ハーマイオニーは食べる手を止め、ハリーの機嫌を伺った。

 

「監督生のコンパートメントでセドリックを見つけた時、もちろん私たちは伝えようとしたわ…けど、セドリックが直接言うから2人には言わないでくれって。」

 

エルファバは、少し考えて蜂蜜パイを食べることにした。

 

「聖マンゴで目覚めたら、ルーカスとかが気づくんじゃないかなと思うんだけど…ダンブルドアは知ってたのかしら。」

「実は騎士団内だと共有してたけど、僕らは知らなかったとか?」

「けど、目が覚めたら教えてくれるってリーマスが言ってたのに…。」

 

ちょっとムスッとしたエルファバにハーマイオニーは励ました。

 

「きっと、かなり直前で目覚めて私たちに伝える暇がなかったと思うわ。」

 

エルファバは少し納得したように鼻を鳴らすが、ハリーの機嫌は直らず仏頂面のままだったが、騎士団への不信感がある仲間として認識したのかエルファバには優しくシチューを取り分けてくれた。今度はそれを見てハーマイオニーがイライラしながら、ローストビーフを噛みちぎった。

 

そのタイミングで噂のダンブルドア校長の話が始まった。前半は大して変わらない話だった。禁じられた森は立ち入り禁止であること、廊下で魔法を使わないこと。そして後半は新しい教授の話。

 

グラブリープランク教授とアンブリッジ教授。

 

本来ハグリッドの担当だった魔法生物飼育学。グラブリープランク教授がいつまで授業を担当するのかを言わなかった。これには4人全員パニック気味に目を合わせ、そして教授の席を見回した。エルファバは反射的に、1年の時にもらって未だに身につけているハグリッドからのペンダントを握りしめた。

 

(ハグリッドがいないホグワーツなんて…。)

 

エルファバはエディの方を見るとエディは周りの友人とアワアワしながら話し込んでいた。同じテーブルの方のセドリックは相変わらず、無表情だった。周りの友人たちがセドリックに積極的に話しかけるが特に反応はしていないようだ。

 

校長がクィディッチの話に入ろうとしたところ、闇の魔術に対する防衛術の教授であるアンブリッジ教授が話を遮った。

 

「皆さま、ホグワーツに戻ってきて本当に嬉しい限りですわ!」

 

ハリー曰く魔法大臣のファッジの部下だそう。

 

ずんぐりとした体にクリクリの薄茶色のショートヘア。けばけばしいピンクのヘアバンドとピンクのカーディガン。かなり悪趣味な容姿に不釣り合いの青白いガマガエルに似た顔ー。

 

他の教授の冷ややかな視線や興味のなさそうな生徒たちの空気など微塵も気にせず、アンブリッジ教授は甘ったるい声でご立派なスピーチを始めた。

 

やれ魔法省は若い魔法使いと魔女に教育に力を入れてきただのこれまでの校長たちは新しいものを随時取り入れてきたが進歩のための進歩は奨励されるべきではないだの、古い慣習は維持して禁ずるべきものはなんであれ禁じるなど。

 

多くの生徒が注意力が散漫になる中で(席が離れているのに関わらずエディがクィディッチに参加することを高らかに宣言している声が聞こえた)エルファバとハーマイオニーはアンブリッジ教授のスピーチに目配せした。

 

要は魔法省がホグワーツに干渉するつもりなのだ。

 

アンブリッジ教授のスピーチが終わると、ダンブルドア校長が再びクィディッチの話を簡単に知らせ会はお開きになった。ガタガタと皆が席を立って寮へ戻ろうとする。

 

「ミス・スミス!ミス・エルファバ!」

 

エルファバもその波に乗っかりセドリックの元へ行こうとしたところ、教授席から大きなかつ甘ったるい声で誰かがエルファバを呼び止めた。

 

アンブリッジ教授が、小走りでエルファバの元へ向かってくる。そしてエルファバから1メートルほどのあたりで立ち止まると、少し大きな声でエルファバに話しかけた。

 

「こんにちは。ミス・スミス。」

 

アンブリッジ教授はエルファバと同じくらいの身長だった。教授はエルファバを頭の先から足まで2周ほど舐め回すように見た後でまるで5歳児に話しかけるようにエルファバへ声かけた。ハリーは少し離れたところでエルファバの様子を眺めた。

 

「あなたの精神を安定させるカウンセリングですが、明日から1週間に1回行わせていただきます。」

 

エルファバが少し顔をしかめたのに、アンブリッジ教授は気づいているのか分からない。明らかに周囲の生徒にこの声が聞こえている、というより聞こえるようにこの話をしている。エルファバを精神異常者と周りに印象付けるのが目的なのか。

 

寮に戻ろうとした生徒たちは自分達の寮へと帰る足の動きをゆっくりにし可能な限りでエルファバとアンブリッジ教授の話に聞き耳を立てている。

 

「明日からですか。」

 

エルファバの問いに、まるでエルファバが駄々をこねたかのようにアンブリッジ教授はんー、んー、と首を振る。

 

「あなたの可哀想なその精神を私たち魔法省は総力を上げて治療したいと思っております。あなたの魔法も暴走するとずいぶんと不便でしょう?あなたが普通の生活をみんなとできるように一刻も早く治してあげたいのです。」

「はあ…。」

「遠慮しなくて良いのですよ。あなたはOWLも控えておりますし、できる限り早く治療しましょう。明日18時に私の部屋へ。どうぞよろしく。」

 

まるで自分がエルファバの命の恩人であり、エルファバがそれに深く感謝している前提のような話の進め方にエルファバは少し呆れた。アンブリッジ教授はンフフと笑ってから、スタスタとエルファバの元を去っていく。

 

アンブリッジ教授から解放された頃には結局セドリックどころか生徒もほぼいなくなっていた。エルファバとアンブリッジ教授の話を聞いても特に面白い収穫もなかったのだろう。ハリーだけがエルファバを待っていた。

 

「ありがとうハリー。」

「いいさ。僕が人混みにいるとみんなヒソヒソ話すし面倒なんだ。」

 

ハリーはうんざりした声で言った。廊下に人がまばらに残っていたがエルファバとハリーを指さしてはヒソヒソと話しているのがエルファバの視界の端で見えた。

ハリーはホグワーツ入学以来、根も葉もない噂で注目の的だったが今回の雰囲気がこれまでで最悪だと言えるだろう。

 

エルファバもハリーも無視することにした。

 

「カウンセリング、何をするつもりなんだろうね。」

「変なこと聞かれて、凍らせないといいんだけど…。」

「みんなそんなこと、気にしないさ。それにルーカスとのトレーニングでコントロールできるようになったんだろう?」

「ええ、一応…でも完全じゃないから…。」

「逆に君が凍らせたってことは連中が君の精神を害することを何かしたってことさ。君のせいじゃない。」

「ありがとうハリー。」

 

エルファバはハリーと話していて思い出した。

 

(そうだ、早速今日のことをリーマスに伝えなきゃ。)

 

エルファバは今朝のことを思い出す。

 

『今いいかな。』

 

自室で最後の荷物チェックをするエルファバのところへリーマスがノックをして入ってきた。エルファバは手を止める。

 

『リーマス。』

『ダンブルドアからの指示だ…これを持って行きなさい。』

 

と、渡されたのは何の変哲もない紺色の皮表紙の日記帳だった。それは2年生の時に見たリドルの日記を彷彿とさせた。

 

『カウンセリングでどんなことをしたか。何を聞かれたか可能な限りここに書き留めてほしい。』

 

そしてリーマスはもう1冊をエルファバに見せる。

 

『シリウスのアイデアでね…対になる日記帳を騎士団が管理している。君が書いたことを騎士団がすぐに共有できるようになっているんだ。』

『フクロウを飛ばして手紙を送るのはダメなのかしら。』

『マッドアイ曰く、多分魔法省がホグワーツ外の手紙のやり取りを見張ってる。なるべく手紙にはありきたりのことを書いた方がいい。』

 

エルファバは日記帳をじっと見つめてうなづいた。リーマスは少し躊躇した後、エルファバの両手を優しく握る。傷だらけでゴツゴツした手は前は恐怖だったが今はとても心強い。

 

『この1年は君にとって、すごく大変かもしれない。特にアンブリッジ…今年の闇の魔術に対する防衛術の教授は魔法省の手先だ。そして、あい…その教授は簡単に言えば自分が分からない種族を嫌ってる人間だ。』

 

(今、新しい教授を“あいつ”と言おうとした?)

 

エルファバは眉を上げる。

 

『ダンブルドアは君の前では冷静だけど、君に魔法省が危害を加えて精神に支障をきたすのをかなり危惧している…あそこまでダンブルドアが感情的になって人を心配しているのは珍しいよ。特に今年は君にとって進路が決まる大切な年だから、テスト以上の心労を加えたくない…だから私たちが全力で助ける。』

 

エルファバはたとえ自分にどんな恐ろしいことが起ころうとも、エルファバのことを考えてくれる人がいるだけで幸せだと思った。エルファバに危害が及べば、リーマス、ハリー、ロン、ハーマイオニー、エディ、ダンブルドア…その他面々が敢然と立ち向かってくれるだろう。当然逆も然りだ。

 

『リーマス、私のお父さんよりお父さんみたい。これからお父さんって呼んでいいかしら?』

『3年生の時はあんなに私のこと怖がってたのに、えらい変わりようだね。』

『それは…!だって…!』

『あれでも私は結構傷付いたんだよ?自分の心当たりなしに年頃の女の子に訳分からず避けられるんだから。』

『…ごめんなさい。』

『ごめんごめん、冗談さ。』

 

リーマスはいつもやつれて疲れ果てているが、この時はずいぶんと穏やかで10歳くらい若返ったようだった。エルファバも束の間の穏やかな時間を噛み締めた。

 

エルファバは談話室に入るとハリーと別れ、自分の部屋へと入った。

 

「パーバティ、ラベンダー!」

 

エルファバは気を取り直して、ルームメイトたちとの再会に胸を踊らせた。正確には2人の存在は認知し、挨拶したのだがセドリック事件のせいで上の空でしっかり話せなかった。ハーマイオニーはまだいなかったので、監督生の仕事に励んでいるのだろう。

 

エルファバはパーバティとラベンダーに抱きついた。

 

「いい夏休みだった?」

「ええ、一応ね。」

 

エルファバから離れたパーバティの目が少し泳いでいることに気づいた。それを見たラベンダーが批判するような目でパーバティを睨む。

 

「?」

「あの…ねえ。」

「どうかしたの?」

「あなたハリーが言ったこと、本当に信じてるわけ?」

「…?どういうこと?」

 

パーバティもラベンダーも一瞬後ろの扉を覗ってからまたエルファバに向き直った。

 

「ほら、例のあの人が蘇ったって話よ。」

「え、信じてるけど?」

「それは、本当に信じてるの?本当に本当に?」

 

ラベンダーが少し意地の悪い笑みを浮かべていることに気づかないわけにはいかなかった。今度はパーバティがラベンダーを諌めるような目で見ているがラベンダーは気づいていない。

 

「ハリーから、何か詳しい話聞いてる?ほらセドリックからも?あなた2人と近いじゃない?」

 

エルファバは少しずつ気分が悪くなってきた。つまりラベンダーは、セドリックやハリーの身に起こったことをいつものイケメンがどうだとかクラスメイトのゴシップと同じノリで聞こうとしているのだ。

 

そして後ろの扉を確認した理由はハーマイオニーだ。ハーマイオニーにこれを聞こうものなら激怒するに違いない。それが分かっているので感情を荒げない、怒らないであろうエルファバを狙って聞いたのだ。

 

「…ラベンダー…私、彼氏が死にかけたのよ。」

「でも、でも、セドリックはピンピンしてホグワーツにいるじゃない。」

「あなたは、先学期に校長が言っていたことを覚えていないの?“あの人”が復活したの。ハリーとセドリックはそれに巻き込まれて…。」

「あなた、日刊預言者新聞を読んでいないの?ハリーが世間からどう言われているか知らないの?」

「つまり、あなたはハリーの証言が嘘だと思ってるわけね。ナンセンスだわ。あなたハリーのことよく知っているでしょう?」

「何ですって?」

 

エルファバの冷たい物言いにラベンダーの血の気がサッと引いた。

パーバティは、部屋の気温が一気に下がったことに気付いたのか小声でラベンダーを止める。ラベンダーもそれに気づいているはずだ。が、エルファバに大声で言い放った。

 

「あなた、ハリーを盲信しすぎよ!本当にハリーが言ってることが真実ならどうして魔法省はそれを公言しないわけ?ハリーっていっつもそうじゃない!額の傷が痛むとか、幻覚を見てるとか周りから気をひこうと普段から必死なの、みーんな分かってるわ!」

「ハリーはそんな人じゃない!悪く言わないで!」

「だから、あなたはハリーのこと信じすぎなのよ!ハリーの話じゃセドリックだってまるで死にかけたみたいな話だったけど、普通に元気じゃない!あ、まさか!」

「ラベンダー!もうやめて!」

 

ラベンダーの前に立ちはだかったパーバティを押し退け、ラベンダーが意地悪そうな笑みを浮かべて続けた。

 

「エルファバ、あなた実はハリーともできてるんじゃない?」

 

空気が割れる音とパーバティとラベンダーの金切り声と、ハーマイオニーが部屋の扉を開けたのは同じタイミングだった。

 

「なに?何が起こったの?」

「私を…怒らせないでよ…!!!」

 

状況を理解できていないのはハーマイオニーだけではない。クルックシャンクスとロビンがシャーシャー言っている。部屋内は一瞬で銀景色となり周りのベッド、トランク、ペット用籠全て棘のついた氷に包まれた。

 

その棘は全てラベンダーを向いていた。

 

「きゃああああああっ!」

 

ラベンダーは叫びながらエルファバを、そして扉で棒立ちするハーマイオニーを押し退けて階段を降りて行った。

 

「何があったの…?」

 

ハーマイオニーは呆然としたエルファバに駆け寄り泣きそうなパーバティに尋ねた。パーバティは深くため息をついて、頭を抱える。エルファバは杖を出し、呪文を唱えて氷を消失させてぐったりと自分のベッドに座った。ハーマイオニーも隣に座る。

 

「ラベンダーが、ハリーとセドリックのことを聞いたの…ハリーが言ってることが本当なのかって。」

「何ですって?エルファバに?」

「その…私もハリーやセドリックのことみんな噂してるから聞きたかったのよ。だから聞こうって…セドリックも無事だったから聞いても問題ないはずだって2人で話してて…でも私、ラベンダーがあんな風に思ってたなんて知らなかったわ!言っておくけど、私はそこまで懐疑的だったわけじゃない。」

「ラベンダーが何を言ったのかは分からないけど、ハリーが親友で恋人がセドリックのエルファバにそんなこと聞くという発想がそもそもありえないわ。そんなに、人の悲劇を噂話したかったわけ?呆れるわ。」

 

ハーマイオニーのピシャリとした物言いに、パーバティは唇をキュッと噛み、何かを言い返そうと口を開こうとして止めた。

 

ラベンダーがマクゴナガル教授を連れて戻ってきたからだ。目を真っ赤にしたラベンダーがエルファバを睨んでいる。キビキビとマクゴナガル教授は部屋に入ってきてエルファバを見下ろした。

 

「ミス・ブラウンから話を聞きました。ミス・スミス、あなたはミス・ブラウンを攻撃しようとしたとか。」

「…間違っていません。」

「理由を。」

「…ラベンダーがハリーを侮辱して、その、許せなくて…そしたら氷が。」

「ミスター・ポッターを侮辱したと…事実ですか、ミス・ブラウン。」

「侮辱してません!事実を述べただけです。」

「…それではその事実はミスター・ポッターに面と向かって言える内容だったのですか?」

 

ここで威勢が良かったラベンダーは、ウッと言葉を詰まらせた。

 

「人に面と向かって言えないことを話すのは陰口にあたりますミス・ブラウン。」

 

マクゴナガル教授はその様子に眉を上げて、今度はエルファバに聞く。

 

「ミス・スミス。あなたは攻撃しようと例の…氷を出したとのことでしたが、そこに明確な意思はありましたか?」

「ありませんでした。怒って、制御出来なくて。」

「理解しました。ミス・パチル、ミス・グレンジャー。つまりこの2人の証言をまとめると、ミス・ブラウンとミス・スミスは口論になり、ミス・スミスが怒ったことで部屋が凍ったと。この理解で合ってますか?」

「教授、私は事が全て済んだ後で入ってきたのでなんとも言えません。けど…それで辻褄は合うと思います。」

 

ハーマイオニーが話した後、全員がパーバティの発言を待った。パーバティはラベンダーとエルファバを交互に見て少し考え、怯えたようにか細い声で間違っていないと答えた。

 

マクゴナガル教授はエルファバそしてラベンダーを交互に見る。

 

「お互い事実認識ができたところで、ミス・スミス、5点減点。同じくミス・ブラウン。グリフィンドールから5点減点です。2人とももう15歳、感情的に言い合うのはみっともないです。おやめなさい。」

 

エルファバは少し残念そうにしかし納得したように頷く。しかしラベンダーがそれを聞いて、はあ?と口を開いた。

 

「マクゴナガル教授!どうして私も減点なんですか?!不公平です!私は危うく怪我をするところだったのに!」

「諍いにおいて、誰かが100%非があるということは無いのです。ミス・スミスはあなたを攻撃した、だから減点しました。ええ、ミス・グレンジャー、攻撃の意図が無いのは理解してますが、受け流せなかったミス・スミスにも非があります。しかしそもそもミス・ブラウンがミス・スミスの友人を侮辱しなければこのような事態になりませんでした。」

 

マクゴナガル教授はこれで話は済んだとばかりにさっさと部屋を出て行こうとする。が、腹の虫が治らないラベンダーはまた怒ってマクゴナガル教授を止めた。

 

「教授!私は今日ここで寝たくありません!部屋を変更してください!」

 

エルファバとハーマイオニーは顔を合わせる。マクゴナガル教授が少し呆れたようにラベンダーを見た。

 

「部屋の変更は基本的に禁止です。5年生のあなたなら理解しているはずですが。」

「だって、エルファバの氷がいつ私を攻撃してくるか…!彼女の意思関係なく攻撃してくるなら…私今日は寝られません!」

 

エルファバは頭から冷水をかけられた気分だった。ラベンダーはワナワナとエルファバを犯罪者として突き出すようにエルファバを指差している。ハーマイオニーが鼻息荒くラベンダーを睨んだが、エルファバが冷静に発言した。

 

「マクゴナガル教授…ラベンダーの言っていることは正しいと思います。」

 

エルファバは皆の視線に耐えながら、続けた。再び部屋の気温が下がっていることは皆気づいているかはわからない。

 

「私…ラベンダーを傷つけるつもりは…なかったですし、これからもそのつもりもないですが…こんな状況じゃ…ラベンダーをいつ傷つけるか分かりません。」

 

ラベンダーは自分が提案したにも関わらず、エルファバがそれを飲んだことに酷くショックを受けたようだった。それを見てハーマイオニーは軽蔑するように鼻を鳴らした。哀れなパーバティはこの状況で板挟みにされ、オロオロしている。

マクゴナガル教授は一瞬エルファバを憐れんだように見たがすぐにいつもの教授に戻った。そして言葉を慎重に選び、双方を刺激しないように(とエルファバは思った)指示した。

 

「よろしい…分かりました。それでは、お二方が落ち着くまで…部屋を離しましょう。ミス・ブラウン、あなたの希望ですからあなたが動きなさい。部屋は今用意しますから荷物を準備してでお待ちなさい。」

 

マクゴナガル教授はササッと部屋から出て行く。ラベンダーはイライラしながら、荒々しく自分のトランクやローブを引っ掴み、扉の前へ運んだ。

 

「ラベンダー…。」

 

エルファバは恐る恐る、自分の“力”を出さないように慎重に注意を払いながら荷物を乱暴に降ろしたラベンダーに近づいた。

 

「ごめんなさい…私…。」

「パーバティ!行くわよ!」

「え?」

 

パーバティは、一瞬悩んだが渋々ラベンダーに言われてついて行った。2人の荷物が中に浮かびどこかへ運ばれ、2人も去った後ハーマイオニーは自分のベッドに身を投げた。

 

「ああもう!嫌な人!エルファバ、気にしちゃダメよ。心の中ではラベンダーは自分が悪いって理解してるのよ!分かってるけどプライドが邪魔して、エルファバに謝れなくて…それであんな態度だなんて!さっきの部屋を変えたことだってエルファバを謝らせて自分が悪くないことを主張したいがために…それに一緒についていったパーバティも同罪よ。」

 

ハーマイオニーは一通り怒った後、エルファバの隣に座り優しく手を取った。エルファバはため息をつく。

 

「マクゴナガル教授の言う通りだわ。私は“力”をコントロールできないことを理解してるのに、カッとなってしまって…ハリーのことを信じるのは私とハリーができているからって言われたしルーカスとせっかくトレ「何ですって?!信じられない!!どうしてあの子はいつもそんなことばかり言うの?」」

 

ハーマイオニーはカリカリと怒っている姿を見てエルファバは妙に冷静になった。ラベンダーはいつになったらエルファバを許してくれるか、それがただひたすら頭を支配した。

 

「エルファバ。何度でも言うわ。」

 

ボーッとしているエルファバにハーマイオニーはもう一度手を握り顔を覗き込んで力説する。

 

「あなたは友人のために怒ったのよ。あなたは悪くない…ただ、人と違った方法で怒りが表現されちゃって、それを理解できない人がいるだけよ。」

 

ずっと様子を眺めていたクルックシャンクスがそろそろ自分の餌を寄越せと檻からシャーっと鳴いた。

 



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6.悩みの種たち

『エルフィー!エディにちょっかい出さないでね!』

 

お母さんは私に何度もそう言って洗濯物をしまいに行った。私はベビーベッドでジタバタしているエディを柵越しにじっと見つめていた。

 

『エディ…あなたはどうしてそんなにちっちゃくてまるくてかわいいのかしら。あたし、あなたのかわいいかーわいいおねえちゃんよ。分かる?』

 

柵に手を入れてエディのほっぺを触るとプニっと柔らかい。私はほ〜と感心するけど、エディはそんなこと気にならないようだ。

 

『エディがおおきくなったらね、あたしのおもちゃいーっぱいかしてあげる。バービーとか、えほんもあるの。』

 

エディはうー、あー、と言いながらジタバタしていたが、段々ぐずってきた。

 

『あらあらたいへん。』

 

私はキョロキョロしたら、頭上にファーストメリーがぶら下がっていることに気づいた。パステルカラーのキリンやらウマやらゾウがじっと空間に浮いている。多分エディはこれを動かしたかったけれど、動かないからイライラしているのだ。

 

『あたしちっちゃいから、これうごかせないの。ほかのこよりは、おおきいんさけどね。』

 

エディのぐずりが段々泣き声に変わっていく。私はオロオロして、どうにかこうにかファーストメリーを動かそうと考えた。

 

あ、そうだ。私最近すっごいことできるんだった。

 

『えいっ。』

 

私が手をファーストメリーにかざすとゆっくりと回り始めた。エディはピタッと泣き止み、回る馬やら星やらを見てキャッキャと笑い出した。

 

私の手からは冷たい風が出ていて、それがファーストメリーに当たっているのだ。

 

『ふふふ。ほんと、わたしのいもうとかわいいなあ。』

 

私はいつまでもいつまでもエディを見つめていた。

 

「…目を開けなさい。」

 

無機質な男性の声が不意に頭の中で響き、ゆっくりエルファバは覚醒した。

 

レースの布で覆われた壁の前に紺色のローブを着た中年の男性が立っていた。白髪混じりのライトブラウンの髪の男性は、老け顔で無表情にエルファバを見つめていた。所々にドライフラワーが入った花瓶があり、悪趣味な猫の皿が壁にぶら下がっている部屋でエルファバは一瞬自分が何をしているのか分からなくなっていた。

 

「本日のカウンセリングは以上だ。」

「ミス・スミス。寮へお帰りなさい。」

 

アンブリッジは優雅に紅茶を飲みながらその様子を見守っていて、ニタニタしながらエルファバに退出命令を出した。中年の男性は聖マンゴからやって来たヒーラーでエルファバにあれこれ過去のことを聞き込みながら、エルファバと一緒に過去を巡り精神を癒すらしい。

 

その名目はともかくとして、アンブリッジがずっとその隣にいてエルファバの過去を聞き込むのはなかなかストレスだった。

 

(これは愚問だと思うけど、私のプライバシーを侵害するわ…どうせあの人がいないとしても、ヒーラーから情報が筒抜けではあるとは思うけど。)

 

エルファバが荷物を持ちぼーっとした足取りで扉に手をかける前に扉からノックが聞こえた。

 

「あら、ミスター・ポッター。どうぞお入りなさいな。ジョンはすぐにここを出ますからお気になさらず…。」

 

すれ違ったエルファバとハリーは目配せをしてから、エルファバは退出しハリーは部屋へと入っていった。ハリーはこれから罰則なのだ。

 

 

ーーーーー

 

新学期前、初回の練習のことだった。

エルファバが自分の氷を消した後にルーカスは高らかに宣言した。

 

『よし、これで大丈夫。さて今日の練習は、“閉心術”です!』

『?』

『うん、その顔すると思ったよ!多分「私は氷を操る方法を教えてもらうんじゃないの?」「閉心術を学ぶ理由は?」そんなことを考えてるね。もちろん、氷を操る訓練もやる。ただ俺とはその他の訓練もするつもりさ。』

 

エルファバはチラッと近くにいるトンクスを見た。トンクスは真面目な顔で頷く。

 

『そこで課題になってくるのが、君の力を必要なタイミングで最大限に発揮すること、あとは魔法省に捕まらないようにすること。俺が君に教えるのは、君の氷の使い方そして魔法省に心を読まれないようにするための手段だ…そこのところは俺は家庭である程度鍛えられてるんだ。エルちゃんのことだから閉心術のことは知っているはずだ。』

『知ってるわ。けど閉心術が魔法省から逃れるためにどんな役に…?』

『あくまでダンブルドアの考えだけど…魔法省はあの手のこの手で君を聖マンゴに入れたいらしい。それによって治療という名目でありとあらゆる実験が施せるからね。具体的に言えば君の心を探り精神攻撃を仕掛けてくる。』

 

エルファバは息を飲んだ。

 

『そう…だから君にはある程度心を閉じれるようにしてもらってなるべく弱みを握らせないようにする。さ、早速取り掛かろう!適当にどこか座って。』

 

ルーカスは杖をエルファバに向けた。エルファバは近くの岩に座った。

 

『閉心術のコツは、相手を信用しないこと。心を無にすること。ほら俺が次いつエルちゃんの心を取り入って、君を氷の殺人者に仕立て上げるか分からないからね。』

『えっ?』

『レジリメンス 開心!』

 

映画のワンシーンのように、これまでの記憶が頭の中で駆け巡った。

 

5歳の時くらいの時、エルファバとエディは雪の中を駆け巡って遊んでいた。エルファバが雪の球を作ってエディに投げつける。エディはキャッキャっと笑っている。11歳の時、マクゴナガル教授がエルファバの部屋の中でエルファバを見下ろしている。

廊下でのバジリスクとの戦い、漏れ鍋でネズミから人間に戻るペティグリュー。

セドリックが大真面目な顔でガールフレンドになってほしいと大広間の前の廊下で言ってきてエルファバがイエスと言ったらセドリックの顔が近づいてきてー。

 

(ああ、ダメダメダメ。ここは見せちゃ。)

 

時は一気に巻き戻り、エルファバが放った“力”がエディを貫通し、エディの髪がどんどん白くなっていくー。

 

『ダメだ!』

 

ルーカスの声で、エルファバの回想は止まった。エルファバのあたり3メートルほどが凍っていた。エルファバは見下ろすルーカスを少し怯えた目で見る。ルーカスはエルファバを怖い目で見つめていたが、すぐにしゃがんで優しいルーカスになった。

 

『ちょっと、記憶を遡りすぎちゃった。あれは見せすぎだよ…記憶閉じようとしてる?』

『……ごめんなさい。その、私あんまりルーカスに閉じたい記憶が無くて…。』

『ちょっとー。困るよそれじゃあ…よし、次はさっきチラッと見えたセドリックとのイチャイチャちゅっちゅしている記憶を細かく見ちゃおー!いっちばんやばい記憶を探ってあげる。セドリックへの採点もセットで!』

 

(それは色々と本当に困るわ。)

 

ルーカスはニヤニヤいやらしい笑みを浮かべながら、杖を顔が引き攣るエルファバに向けた。

 

『はーい、見られたくなかったら心を閉じてねー!レジリメンス 開心』

 

そんなこんなで、エルファバはルーカスから合格をもらえるほどに閉心術を身につけた。

 

初回のカウンセリングでジョンと呼ばれた中年の男性が、ヒーラーとしてやって来た時に“エルファバの過去を辿り少しでも精神を回復させる”名目でかけられた呪文はルーカスから受けたものより強力だが同じ感覚だった。なるべく楽しい記憶に集中して、悲しい記憶や辛い記憶は辿られないようにしている。

 

そもそも、ジョンはそもそもヒーラーでもなんでもなく魔法省に雇われた開心術士であるとエルファバは知っている。

 

ルーカスが言っていたことの加え魔法省はエルファバの過去を刺激し、トラブルを起こさせるつもりなのだ。それは自称ヒーラーのジョンが身長190センチのガタイの良い大男であることからも、エルファバに恐怖心を植え付けさせる意図があるのは明白だ。

 

「エルフィーおっかえりー!」

 

エルファバが戻って来るとエディがかつてラベンダーのものだったベッドで寝転んでいて、ハーマイオニーはすでにパジャマに着替え、別のベッドで“防衛術の理論”を読んでいたところだった。

 

「あら、ハーマイオニーそれ読んでるのね。」

「癪だけど勉強してあの婆をギャフンと言わせてやるのよ…どうだった?カウンセリングは。確か3回目くらいよね?」

「ええ。特に大きなヘマはしていないと思うわ。」

 

ラベンダーとパーバティは、結局あの夜以来この部屋に戻って来ることは無かった。廊下だろうが授業だろうがラベンダーはエルファバの姿が見えると何かに忙しいフリをしてエルファバを徹底的に避けた。パーバティはエルファバに話しかけようとする素振りは数回見せたものの結局いつもラベンダーと一緒なため、話せたことはない。

 

が、その結果女子部屋で何も気にせずに騎士団のことやカウンセリングについて話せるので結果的には良かったとハーマイオニーは大いに喜んだ。

 

「てか、カウンセリングって名目なのにエルフィーの神経削がれてるのおかしいよね。」

「本当。カウンセリングが聞いて呆れる!」

 

エディはベッドから起き上がり大袈裟に肩をすくめ、ハーマイオニーがこの本ですのせいだと言わんばかりに乱暴に“防衛術の理論”をバックの中に突っ込んだ。そして隣の布の手提げ袋から毛糸を取り出すと、それに呪文をかける。ハーマイオニーの隣で毛糸はかぎ針に引っかかりノソノソと動き出した。

ハーマイオニーは、ホグワーツで働く哀れな屋敷しもべ妖精のためにニット帽を作りグリフィンドール寮のそこらじゅうに置いているのだ。

 

「ハリーも様子がおかしいし…この1ヶ月あまりホグワーツが楽しいって感じられないわ正直。」

 

エルファバはパジャマに着替え、エディの隣に座った。エディは抱きつきエルファバに頬擦りをして膝に寝っ転がった。

 

「私もそう思うわ。OWL…普通魔法レベルテストもあるし、カウンセリングで心を閉じるのは訓練しているとは言え緊張する。」

「エルファバがこんな目に遭うなんて理不尽そのものよ。なんとかしないと…まずは、あの最低な闇の魔術に対する防衛術だけど…1つ考えがあるの。」

 

ハーマイオニーの考えは聞けずじまいだった。エルファバはエディの頭を撫でながら、“東洋の解毒術”を開いたのでエディがゲエ!と声をあげたのだ。

 

「ウソでしょエルフィー、今から勉強するの?」

「勉強ってほどじゃないわ。ただ教科書を復習するだけ。」

「しかもそれスネイプのやつじゃん、うっげー!」

「私魔法薬学でO(優秀)を取らないと魔法薬学士になれないのよ。それ以外に必要な呪文学は多分問題ないんだけど…。」

「逆にその2科目でいいの?」

「ええ。ただマクゴナガル教授は、万が一将来の方向性が変わった時のために他の科目の点数も取るべきですって。」

「そうよ!それが無難だわ!」

 

OWLのやる気がない、というかその暇がないハリーやロンを見て来たからかやっと話が分かる人が出たとハーマイオニーは目を輝かせる。エルファバは頭の中で計算する。

 

「正直、これまでの闇の魔術に対する防衛術は実技メインだったから取れる自信がなかったんだけど…アンブリッジのやり方なら教科書全部丸暗記すればいい点数取れそうね。」

「OWLは実技も入るらしいわよ。」

「…じゃあ、なしで。」

 

エルファバはシュンと落ち込み、再び教科書を読み始める。ハーマイオニーも編み物を始めたので、エディはつまらなさそうにエルファバの毛先を弄んだり、魚のように身体をウネウネさせてベッドの上で弾んだ。

 

そして、今年こそクィディッチに参加すると意気込んで、筋トレを始めた。

 

そこから30分ほど勉強した後、それも耐えられなくなったエディはエルファバに抱き着いた。エルファバはそんなエディを優しく受け止めた。

 

「最近セドリックとはどう?!」

「セドリック…ああ。」

 

エルファバは肩をすくめる。ハーマイオニーも興味が湧いたようで編み物を止めて話に入って来た。

 

「相変わらず無表情よね。少し前のエルファバみたい。」

 

セドリックはアダムから燃やされる前から様変わりしてしまった。誰にでも優しく、文武両道でハンサムという絵に描いた完璧生徒ではもはやない。セドリックの事情を考えれば人格が変わってしまうほどにトラウマになっても無理はないがー。

 

「私、今日は泣いているハッフルパフ女子生徒を見つけたの。泣きながら私に呪いをかけてこようとして、エディが助けてくれたんだけど。話を聞いたらセドリック、告白した子をこっぴどく振ったみたいで。」

「それって彼氏としてはいいことじゃないの?」

「…だとしても、『お前みたいな出目金と付き合うわけないだろう。何を言ってるんだ。』なんていう必要ないじゃない?」

「それは酷いわね…。」

 

ハーマイオニーは苦虫を噛み潰したような顔をする。エルファバもため息をついた。

 

5年生になったエルファバの悩みはカウンセリング、O.W.Lそしてセドリックだった。

 

ホグワーツの名物カップル(と、エディは主張している)だったエルファバとセドリックは破局したという噂がまことしやかに語られているのはエルファバも知っていた。去年はトライウィザードトーナメントでハリーと常に比較されエルファバとハリーがカップルであると揶揄されたセドリックが意識してエルファバと公然でイチャつき、エルファバが自分の彼女であることを吹聴していた(これもエディの話である)。

しかしながら、現在のセドリックはむしろエルファバと付き合っているのか不明なほどエルファバに無関心で廊下ですれ違っても気づかない。エルファバが声をかければ「…ああ。」といってエルファバをやっと認知するのだ。

そのせいでエルファバとセドリックが別れたと思い込む生徒が多発し、多数デートの申し込みが来てエルファバはウンザリしていた。かと思えば、ハーマイオニーとエルファバが図書館でいそいそ勉強していると勝手にセドリックが空いた席に座って自分のN.E.W.Tの勉強を勝手に始めることもあった。

 

『こんにちは、セドリック…あなたも一緒に私たちと勉強する?』

『別に他に席がなかったから。』

『え、あっ…そうなの。』

 

ハーマイオニーが気遣わしげにセドリックに話してもこの様だ。セドリックは吐き捨てるようにそう言いハーマイオニーは少しショックを受けたようにエルファバに助けを求めた。ハーマイオニーとセドリックを見てオロオロした。

 

シリウスによると、新学期初日にディゴリー夫妻をキングクロス駅で目撃したことで初めて騎士団はセドリックが昏睡状態から目覚めたという情報は認知したらしい。ホグワーツにも新学期当日にセドリックが戻ってくることがふくろうで連絡されたため、教授陣もてんてこ舞いだったそうだ。

 

セドリックは8月中旬にはすでに目覚めており、秘密裏に治療がすすめられていたそうだ。

 

『ルーカスだって聖マンゴにいたのに!』

 

数日前にシリウスが暖炉に現れて教えてくれた話だ。ハーマイオニーはその事実を聞いて大きな声を出したのでロンがシーっとたしなめた。

 

『ルーカスの配属や仕事の割り振りを確認したら、どうも8月中旬からあえてセドリックの病棟に近寄らないようにされてた。ダンブルドアと繋がっているのが読まれてたみたいだな。他にも騎士団の協力者は何人かいたが…連中も馬鹿ではなかったということさ。』

 

暖炉の中に現れたシリウスは炎の中で、しかめっ面だ。

 

『なんでダンブルドアに隠す必要があるんだ?セドリックはホグワーツの生徒なんだから、どのみちホグワーツに戻るなら教授たちも知るところだろう?』

『分かりきったことだわ。セドリックの両親がファッジの下についたことへの意思表示よ。』

 

シリウスがそういうことだ、と言うとハリーは大きくため息をついた。ジョンが開心術師であること、騎士団一同特にミセス・ウィーズリーとリーマスがエルファバの精神を大いに心配していることを教えてくれた。あとはファッジが妄想に取り憑かれダンブルドアが生徒を使ってファッジを倒す妄想をしていること、アンブリッジが狼人間を嫌っていることー。

 

シリウスはハリーの父親代わりとして可能な限り4人へ情報提供を行い、更には騎士団の仕事さえ入らなければ次のホグズミードにも訪れるらしい。

シリウスのハリー愛は目を見張るものがあるが、今年も健在らしい。というか自分の毛嫌いする実家に行き来しないといけないというストレスからパワーアップしてる。今度のホグズミードで会うのであればそもそもこの日にグリフィンドール寮の暖炉に現れる必要はないわけで。

 

子離れできない親を爆進しているシリウスだったが、情報を得られるわけだし何より過酷な状況で情緒不安定なハリーの機嫌が良くなるので黙っておこうとハーマイオニーとエルファバは約束した。

 

子供がホグワーツ在籍中に何の用事も無しにホグズミードへ行く親は何人いるだろうか。少なくともエルファバは知らない。

 

「けど、セドリックはあなたの気持ちがなくなったわけじゃないわエルファバ。」

 

ハーマイオニーはエルファバの様子を伺いながら、しかしはっきり自信を持って言った。

 

「だって、いつも勉強している時にセドリックはあなたを見つけたら真っ直ぐに私たちのところへ来るもの。」

「いつも席がなかったからって…。」

「そんなことないわ!彼1人だったら、その気になれば席なんてどこだって空いているもの!」

 

エディは、うんうんと頷く。

 

「セドリックって最近全体的に変だよ。前まではセドリックを中心に集団が群がってたんだけど今はセドリックは1人でいることが多い。セドリック、近しい人に失礼なことを言って取っ組み合いになったりしたみたい。他にも小さなトラブルから大きいところまで…結果みんなセドリックに寄り付かなくなっちゃったんだって今はいつも1人…あとはたまにアンソニーがたまにいるくらいかな。」

「アンソニーってリケットの方?ハッフルパフのビーターの?」

「そそ、セドリックと仲が良いの。変なやつでさ、人が不機嫌だと面白くてさらにからかうタイプなの。セドリックがずっと変なのが面白くてしょうがないみたい。」

 

エルファバはアンソニーのことを思い出した。セドリックの仲の良くてゴツいメンツの1人でエルファバがセドリックに話しかけたいが怖くてオドオドしていると毎回メンバーに撤収をかけてくれる人だ。

セドリックからあまり話に出ることはなかったが。

 

「なるほどね。仮に魔法省…ファッジやご両親から指示を出されて行動してたとしても不自然よね。無関係の生徒たちにまでそんなことするなんて。」

「セドリックはそれに対して謝りもしないし、興味も持たないみたい。けど…けど、エルフィーには失礼なこと言わないし、ハーマイオニーが言う通りエルフィーの席には座るから…エルフィー何かしらで関わりを持ちたいんだと思うんだけど…。」

「はあ!もう!勉強もあるのに!問題が山盛りよ!どれもこれも魔法省のせいだわ!せめて何か対策しないと!さっそく私のアイデアをハリーやロンに共有するわ!」

 

ハーマイオニーはそう叫ぶと、クルックシャンクスが呼応するようにニャー!と鳴いた。

 

次の日、薬草学の時間ではスプラウト教授が毒食虫蔓の葉を切る授業の中でさりげなくエルファバに近づいて、セドリックの様子を聞いてきたし、また別の日にマクゴナガル教授が廊下でセドリックに話しかけているのも見つけた。

 

当然ながらエルファバもセドリックに何かできることはないか、聞いているがいつも無表情に『別に。』と言われるだけだった。

 

一方ハリーは相変わらず、授業内で初代高等尋問官になったアンブリッジに噛みつき再び体に刻まれる罰則を食らい、明くる日夜遅くに寮に戻ってきた。フィットウィック教授のレポートを談話室で仕上げていたハーマイオニー、ロン、エルファバはハーマイオニーの“共有したいアイデア”を聞いて、エルファバとロンは大いに賛成した。

 

「めっちゃいいアイデアだよ!ハリーが闇の魔術の防衛術を教えてくれるなんて。」

「ええ、私もいいと思う。」

「君らまで…本当に…」

「ハリー!もう一回よく考えてみてよ!さっきも言った通り、1年で賢者の石を守ったのは、あなただし!」

「あれはエルファバの助けがあったからで、」

 

今度はロンがハリーを遮る。

 

「2年だってバジリスクとリドルに!」

「だからそれもエルファバの氷がなければ…そもそもリドルにとどめを刺したのは君だろう!」

「まあ、そうだけどさ、けどあの怪物を食い止めたのは君だぜ?」

「それに3年生の時は守護霊の呪文を!」

「ハーマイオニーいい加減にしてくれ。あれは君の逆転時計があったから!」

「私はディメンターを前にして有体の守護霊を作れなかった。けれどあなたは一発で成功したじゃない。」

 

ハリーはエルファバを裏切り者を見るような目で睨んできたので、思わず近くにあったソファを凍らせてしまった。ハーマイオニーはそれでたじろいだハリーの隙をついて、たたみかける。

 

「4年生の時、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)を7年生と肩を並べて戦ったのは他でもないあなたよ。それに例のあの人に立ち向かったのだって…。」

「あれだって、アダムがいなければ僕は死んでた。僕が賢かったわけでも、立ち振る舞いも分かったわけでもない。授業でそんなことは教えてもらえないから、そんな状況でどう立ち向かうかなんて一瞬でしか考えられないんだ…頼むからニヤニヤするなよ!!!!」

 

無策で提案したハーマイオニーではなかった。ハリーが怒り出した瞬間にエルファバを立ち上がらせ背後に素早く隠れてエルファバを盾にした。なぜかロンもエルファバの後ろに回った。

 

「え、ちょ、ハーマイオニー…はっ、ハリー。そんなに怒らないで…。」

 

オロオロと涙目になるエルファバとエルファバの背後から顔を出すハーマイオニーは、早口で捲し立てた。

 

「だからこそよハリー。本当の実践を知っている他でもないあなたから!私たちは学びたいのよ。本当はどういうことなのか…ゔぉ、ヴォルデモートと直面することが…」

 

ハーマイオニーがその名前を口にしたことで、明らかにハリーの態度が変わった。ハーマイオニー、エルファバの顔を交互に見てため息をついた後荒々しく椅子に座った。エルファバはその隙に凍ったソファの氷を焼失させた。

少し時間が経ったためか湿っている。

 

「それにね、ハリー。経験だけじゃない。唯一ムーディの服従の呪文を完全に退けたし、3年生の時リーマスのレッスンであなたは私に成績で勝った。決して運だけじゃない。」

 

ハリーはアンブリッジの罰則で傷つけられた手を撫でながら、暖炉の火を見つめていた。

 

「…考える。」

 

しばらくして、ハリーからそう返答された時は、ハーマイオニーは勝利の微笑みを抑えているようだとエルファバは思った。ハリーの物言いからほぼイエスであることを確信したようだった。

 

「ただ、頼むからもうエルファバを盾にするなよ。エルファバはびっくりすると周りを凍らせるんだから…本当に…。」

 

ハリーはそれを捨て台詞のように吐いてから、さっさと寝室へと戻って行った。ロンもあくびをして寝る宣言をしたのでハーマイオニーもエルファバも寝室へ戻ることにした。

 

「この手はあともう1、2回は使えるわね。」

 

階段を登っている時にハーマイオニーが悪魔のようなことを言い出したのでエルファバはヒッと声を上げた。

 

「私を盾にすること?!」

「お願いよエルファバ。今もうハリーはいつ怒鳴って怒り出すか分からない状態よ。エルンペントの角みたいなものだわ。けどやっぱりあなたがいればマシになるから…今だって直接あなたには怒鳴らなかったでしょう?私のやり口に気づいているから何回もやったら効果がなくなると思うけど。」

 

ハーマイオニーのエルファバは寝室に入り、ベッドに入り込んだ。エルファバは騎士団に向けた日記を開く。最近は悩みが多いせいで疲れており、一瞬記憶で叔父にベルトで背中を叩かれた記憶を見せてしまったのだ。騎士団にそれを報告しなければいけなかった。

 

「けどさっきだってソファ凍らせちゃったし。迷惑かけたくないわ。」

「ソファを凍らせても一瞬で戻せるけど怒鳴った後って、長く悪影響を人に及ぼすと思うわ!ハリーも理解しなきゃいけないのよ。例えどんな状況であっても人に当たり散らすのは良くないことだって。」

 

エルファバはふと自分の母親を思い出した。

心優しいハリーは例のあの人とのいざこざやアンブリッジのせいで情緒が不安定になり、イライラしている。

 

エルファバの知らないところで母親もそのようなことがあったのかもしれないと。

 

ーーーーー

 

数週間後。ホグズミード行き前日。

 

女はピンクの羽根ペンで気障ったらしく仕事を行っていた。書類にはホグワーツの教授陣たちの名前、動く写真、経歴が記入されている。

壁にかかった趣味の悪い皿たちの中で猫の絵が好き勝手動いていた。そのうちの1匹、1枚というべきか、黒猫がニャーと鳴くと女は羽根ペンを書く手を止めて、同時に扉がノックされた。

 

「お入り。」

 

女の声と共にガタイのいい男子生徒が入ってきた。

 

「お座りなさいな。気分はどう?あなたのお父様はあなたがホグワーツでしっかりやっているのか気がかりで、仕事に手もつかないとか…。」

「薬も飲み続けているので大丈夫です。」

「そう。それは良かった。」

 

女はニタっと笑う。おそらくその笑顔が一番自分の中で魅力的なものだと信じて疑っていないに違いないが、歯紅がついており、まるで獲物を食べた直後のガマガエルのようだ。

 

男子生徒は座らされたソファからチラッと猫たちの皿を見た後、女に向き直る。

 

「この前の話ですが。」

「あら、もう答えが聞けるなんて。」

「…やっぱり、僕はこんな目に遭わせたダンブルドアとポッターを許せないです。三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)は安全だと聞いていた。安全だと約束されていたのに僕はポッターのゴタゴタに巻き込まれて全身を焼かれた。そもそもポッターが参加しなければ僕はこんなことには…薬を投与している今も悪夢にうなされています。」

「そうですともそうですとも。」

「…あいつらに一泡吹かせたい。」

 

今度は女は先程の作り笑いではなく、心の底からニッコリと笑った。勝利を確信した醜悪な笑み。男子生徒はジッと女を見る。

 

「素晴らしい。あなたは6月から魔法省でインターンを希望していますね。私が推薦状を書きましょう。エイモスも喜ぶでしょう!「けど。」」

 

興奮気味な女を男子生徒は止めた。

 

「エルファバの話はできるか分かりません。」

「……あら。」

「なんでか分かりませんが…あまり乗り気がしないのです。」

 

女は一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐにニッコリまた笑って無表情の男子生徒に一歩近づいた。女はずんぐりした手で慈悲深く、と言った感じで男子生徒の頬に手を添える。

 

「決して悪いことではない。罪悪感を感じる必要はないのよ。そもそもあなたはとても幸せだったから…あなたは純血の家庭。お父様もお母様も由緒正しく優秀で愛情をあなたにたっぷりかけてきました。対して彼女は…あ、決して血で判断しているわけではございませんのよ。そこは誤解なさらないで。ただ彼女の家庭は複雑よ。詳細はご存知の通り。野蛮な母親と無関心な父親の下で育ったミス・スミスは情緒不安定。可愛い顔を武器に男に愛想を振り撒き依存して生きるの。」

「とても可哀想だけど、そういう子は適切な治療が受けれないと一生誰かに依存して生きていく術しか身につけられないの。事実今の彼女をご覧なさい。“生き残った男の子”のミスター・ポッター、“純血家庭”ミスター・ウィーズリー、“学年で最も優秀な”ミス・グレンジャー。そして全てを持ち優秀なあなた。何かしらのネームを持っている人ばかりに擦り寄っている。自身のアイデンティティがないから、そういう人で自身の肯定感を埋めようとしているの。」

 

女はさらに男子生徒に顔を近づけ、ささやく。

 

「ミス・スミスを魔法省は全力でサポートしたいと考えております。過酷な家庭環境から生来の性格を変えるのは非常に困難。だから、彼女には適切なサポートが必要なのです。妹の…実際にその父親と母親の血を引く少女の言動を見れば明らか。一昨日は消灯後に禁じられた森の入り口で、友人のサプライズパーティーの練習だと言って火花を散らせ、危うく森を燃やしかけたのです!」

「だからね。これはあなたがしっかり自分の人生を歩むための大きな試練でもあるのよ。もちろん強制はしないけれど…よくお考えなさい。」

 

男子生徒は微動だにせず女の話を聞き終わった。

 

「…考えさせてください。」

 

女はそれをイエスに近い返答だと捉えたのか、また醜悪に微笑んだ。

 



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7.エディの真実

「…スナッフル…スナッフル!!ステイ!!ステイ!!こんのっ馬鹿力!!」

 

エディとエルファバは巨大な黒犬に引きずられながらホグズミードの道を歩いていた。黒い犬は尻尾がちぎれそうなほど振り、愛しの息子に会えるのが今か今かとどんどん前へ進む。

 

「スナッフル!お願いだからちゃんと犬らしくして!魔法省はあなたのこと把握してるんだから!」

 

実はシリウスはアニメーガスであることは、3年生の時にハリーら4人でシリウスを救った際、ダンブルドアを打ち合わせの上で魔法省へ公開した。ピーター・ペティグリューが自白したとはいえ、完璧な無実を証明するにはアニメーガスである事実を伝えるしかなかったのだ。一応シリウスは法律違反を犯したわけだが、そこは13年も無実の罪で投獄されていたという魔法省の不都合も相まって不問だった。

 

が、当然アンブリッジは魔法省の人間なのでシリウスがアニメーガスであることは知っているはずだし、さらに言えばシリウスがホグズミードに来ることだって認知している可能性だってある。

 

が、シリウスはハリーに会いたくてしょうがないのでもうそんなことどうでもいいのだろう。

エルファバは声を落として忠告するが、シリウスがエルファバの話を聞くはずがない。

 

「エディ、多分ここからもうエディが走って。私はマギーと合流して伝達するから。」

「オッケー、それがいい。あとでね!」

 

エルファバがリールを外すとエディが瞬足で、そしてシリウスがそれ以上の速さで走って行った。

 

エルファバは一瞬で小さくなったエディとシリウスを見届けた後、途中の道でエルファバはポツンと一人で立ってぼーっとどこかを見つめていた。

すると遠くから、大柄なスリザリン生であるマギーがマイペースに歩いてきてエルファバに話しかけた。

 

「よ。」

「ハーイ、マギー。」

「んで、私はどこに行けばいいの?」

「この少し先のホグズヘッドへお願い。」

「結局あんたは参加しないわけ?あんたが一番必要そうなのに。」

 

エルファバはできないの、と首を振る。

 

「私は記憶を開心術師に見られているからアンブリッジに記憶を監視されているようなもの…万が一記憶を見られたら…。」

 

エルファバは残念そうに俯いた。

 

『ひえええええ!!マッジで!?それ天才的なアイデアすぎるんだけどおおおお!?…で、え!?エルフィーは行かないわけ!?』

 

数日前。

相変わらずグリフィンドール寮に我が物顔で居座るエディにハリーが闇の魔術に対する防衛術を教えるということを伝えるとエディは狂喜した。

座学が大嫌いなエディにとって今の闇の魔術に対する防衛術は地獄のようだった。退屈なので周りの友人たちといつも騒いではアンブリッジに怒られ段々目の敵にされていた。

 

最近では、狼人間を定期的に侮辱するアンブリッジに激怒し、エディ曰く“アンブリッジが気にしているであろう容姿の欠点“をうっかり指摘してしまったことで2週間罰則を食らった。ハリーと同じく書き取りの罰則のようで、手の甲から酷く出血して戻って来たとエディの友人経由で聞いた。エルファバはエディのいないところでシクシク泣き、騎士団と繋がるノートにその話を怨念をこめて書き殴ったのだった。きっとリーマスもこれを読んで烈火の如く怒っているだろうと願って。

 

その次の授業でエディは教室に入った瞬間に舌がもつれ、全く話せなかったという。お陰でクラスのみんなに笑いものにされたとエディはしれっと話していた。ハーマイオニーはアンブリッジがエディに舌もつれの呪いをかけたのだと推測していた。

 

閑話休題。

 

『参加したいのは山々なんだけど…私は行けないの。』

 

エディはどうしてえええええ!と叫びエルファバを揺すり、自分の長くて黒い前髪と顔も一緒に揺れた。

 

『ハリーから防衛術を教えてもらうことはすごく大切だと思うわ…私は参加しない方が…。』

『エルファバ、考えすぎよ。マイナスな記憶がチラッと見えてしまったのはそんな大したことじゃないわ。誰にだってそういうことがあるでしょう?』

 

再び編み物に悪戦苦闘していたハーマイオニーはおずおず言葉を選んでエルファバを励ます。

 

エルファバは度重なる開心術、大量の宿題、テストへのプレッシャーなどで疲弊し、ついに開心術中にエルファバが叔父にベルトで剥き出しの背中を打たれている姿を見せてしまったことを今だに悔やんでいた。

しかもアンブリッジの部屋の床を少し凍らせてしまい、とても屈辱感だった。

 

『けど、アンブリッジは弱みを使ってくるから…もしも、これで何か利用されたら…。』

 

エルファバは折れなかった。

ハーマイオニーとエディ、そして翌日夜に魔法史のレポートを見せている際にロンとハリーにも説得されたが、結果3人が折れた形になった。エルファバは情報は共有されるもののハリーの授業は参加しないこととなった。

はっきり口にはしないものの、やはり可能な限りバレないように動きたい。

マギーに別れを告げた後、エルファバはハリーから借りた透明マントを被り近くの岩に座り、ジッと怪しそうな人が三本の箒へ向かわないを観察した。

実際のところ、三本の箒へ向かった人で特に怪しそうな人はいなかった。

 

1時間ほど経ち、三本の箒へ入って行った生徒たちがワラワラと楽しそうに反対方向へと出て行った。そしてその固まりが透明のエルファバを通り過ぎた5分ほど後にハリー、ハーマイオニー、ロン、エディが黒い犬を連れて歩いて来た。スナッフルはご機嫌に尻尾を振りながらハリーを見上げる。ハリーも新学期が始まっていちばん穏やかな顔をしていた。

 

「ハリー、透明マントありがとう。長く借りてしまって申し訳なかったわ。」

 

エルファバはマントを脱いで丁寧に畳んで返し、小さい巾着袋をポケットから取り出した。

 

「役に立ったならよかったよ。なんだいそれ?」

「セドリックが服用している薬ひゃっ!」

 

エルファバはスナッフルの首に首輪と共に巻き付けようと屈み、手を伸ばすとスナッフルはエルファバの腕に噛み付く真似をし、吠えた。シリウスの笑い声によく似ている。エルファバは尻餅をついてしまい、ジトっとスナッフルを睨んでから、シリウスの首に巻き付けた。

 

「どうやって手に入れたんだい?」

「くすねたの。マグルの錠剤みたいな薬じゃなくて薬草を水に溶かすタイプだから良かった…だからセドリックの袋から一掴みしてね。お願いねスナッフル。」

 

5人と1匹は最初に来た辺鄙な道を歩き出した。結果、ハーマイオニーのプランはうまく行ったらしい。問題は30人近いメンバーをどのように確保するかということだがー。

 

「空き教室とか?」

「マクゴナガルが許してくれなさそう。」

「これは学習の一環だって言ったらお許しくださらないかしら?」

「学習の一環にしては少し攻撃的すぎるって思うだろうな。」

 

うーん、と5人で唸っていたがスナッフルがワンっ!と吠えた。

 

「どうしたの?」

 

スナッフルは遠くにぼんやり見えるおどろおどろしい屋敷の方向を向く。かつてスナッフルが青春時代に使っていた叫びの屋敷だ。

 

「叫びの屋敷ってこと?」

「悪くないけど…30人入らないかも…。」

 

スナッフルは明らかにシュンと俯いたのでハリーが元気づけるように頭を撫でた。その後5人と1匹はやいやい練習場所を話したが、結局分からずじまいだった。

 

ーーーーー

その数日後の月曜日、エルファバはアンブリッジの部屋で開心術をかけられている自覚がありながら、自分の記憶を探っていった。

 

(最近の記憶は見せてはダメだわ。昔の記憶を…。)

 

ホグワーツの廊下でエルファバを追いかけるクィレル、ドラゴンの炎が直撃して見るも無惨な顔になっていた。大蛇がエルファバと直面し、目を見る前に目の前を氷で覆われた。教室の中でリーマスが優しくエルファバに話しかけて、雪が降り始めた。母親がキッチンでエルファバに激昂して、平打ちした。確か母親の制止を無視して、その日のスープに入った食材を覗き込もうとしたのだ。いつの記憶かは分からない。

 

(やっぱり最近、ちょっと記憶が不安定かもー。)

 

「目を開けなさい。今日はもういいだろう。」

 

(…あれ。)

 

エルファバはジョンのボソボソした声が何を言ったのか理解するのに数秒時間がかかった。そして時計を見るといつもの”カウンセリング“は40分だが、まだ20分も経っていない。いつもエルファバが苦しむ姿をツマミに紅茶を飲んでいるアンブリッジもポカンとしていた。ジョンという開心術師はエルファバをジッと見つめ、あえてアンブリッジを視界に入れないようにしている気がする。

 

「あら、ジョン。カウンセリング時間がまだ半分残っているわよ?」

「精神は日に日に安定している。カウンセリング時間が短くても問題ない…むしろもうなくても…。」

「ジョン?これは私が「早く帰りなさいミス・スミス。君は5年生だ、テスト勉強もあるだろう。」」

 

相変わらずジョンは無愛想だった。が、何か強い意思を感じた。もうこれ以上話すことはないと言わんばかりにさっさと荷物をまとめ始めたので、エルファバはアンブリッジの制止を無視してそそくさと部屋から出た。が、エルファバがお礼を言って扉を閉めるか否かでアンブリッジがジョンへ噛み付く声が聞こえたのでエルファバは咄嗟にバッグからフレジョの伸び耳を取り出し、アンブリッジの部屋の扉にくっつけ、しゃがみ込んだ。

 

「…ったいどういうつもりですの?あなたの上司は私です!それをこんなふうに…!」

 

ガサゴソと音がした後に、ジョンの低い声が聞こえた。

 

「もう限界だよドローレンス。これ以上彼女たちから引き出せる記憶はない…家庭環境によるものだろう。それに…やはり…そもそもカウンセリングと称してこんなことを生徒たちに行うのは、違うと思う。」

「あら、それを決めるにはあなたではなく私ですわよ。会話が少ない彼女の記憶を読み解き、原因を探ることで彼女の精神的回復を「いや、違う。君はミス・スミスの弱みを探りそれを楽しんでいるだけだ。私がヒーラーであるという嘘までつかせて…そもそも前に言った通り開心術というのはかなり精神を疲弊させるんだ。特にO.W.Lがある5年生の少女に週に何度も行う行為では…」」

 

「エルファバ。」

 

エルファバはアンブリッジとジョンの話に集中しすぎて、周囲を全く気にしていなかった。ビクッと体を震わせたが、幸い周囲をそんなに凍らせることはなかった。アンブリッジが気づくほどではない。

 

「セドリック。」

 

エルファバは一通り確認して、話しかけたセドリックにシーっとジェスチャーした。セドリックは怪訝そうな顔でエルファバを見下ろし後ろを向いた。

 

「…では、次回も頼まれてくれますね?」

「…。」

 

アンブリッジの声だ。一番大事なポイントを聞き落とした気がする。ジョンは答えず、中で炎が燃える音がした。煙突飛行ネットワークを使ってアンブリッジの部屋から出ていったに違いない。

 

「セドリックもういいよ。」

 

エルファバは少しガッカリしながら立ち上がり、膝の埃を払った。

 

「セドリック、今からアンブリッジに用?」

「ああ。君、隠密活動に本当向いてないからやめた方がいいよ。普通生徒が行き交う廊下でそんな堂々と教授の話を盗み聞きしないから。」

 

セドリックは無愛想にそう言うと、アンブリッジの部屋をノックしたのでエルファバはササっとその場から離れた。

 

閉心術のカウンセリングが半分で終了したのでエルファバの足取りは軽かった。しかもジョンがもう少し抵抗してくれれば自身への閉心術も受けずに済むかもしれない。そうすればハリーの授業も受けられるだろう。まるでバタービールを一気飲みしたようだった。

 

ウキウキして寮に戻ると談話室では3人は魔法薬学のレポートを進めていたが、エルファバからすればハリーとロンが談話室にいることの方が驚きだった。

 

「あれ、早かったね。」

「クィディッチは?」

「アンブリッジが許可を出さなかったんだ。」

 

エルファバはハリーの隣に座った。

 

「スリザリンには出したのに?」

「ああ、どうせこの状況を楽しんでるんだあの婆あ…。」

 

そう吐き捨てるハリーの機嫌は最悪だった。

ホグズミードに行った翌週、アンブリッジはあるルールを出した。「学生による組織、グループ、クラブは全て解散」そして「許可のない保護者と手紙のやりとり以外での接触禁止」だ。

 

案の定というべきかアンブリッジにシリウスとの面会がバレていたらしい。ハーマイオニー曰く週末に行った会合についてはバレていないはずだと力説した。この2つの知らせを知ったハリーはクィディッチ、シリウスの2つの癒しを奪われ最高潮に不機嫌になったのは言うまでもない。

 

エルファバはハリーの隣にちょこんと座り、羊皮紙を開き、スネイプの課題を始めた。

 

「シリウスに言わなきゃ…多分もう暖炉に出てくるのもダメでしょう?」

 

エルファバはシリウスというワードを口パクにし、周囲を見回す。

 

「ええ…どうも手紙も見張られているというのは間違いなさそうね。シリウスが無茶しなきゃいいけど。」

「ハーマイオニー、なんだよ無茶って。」

 

機嫌が悪いハリーがますます突っかかってきたので、エルファバは話題を変えることにした。ハーマイオニーが言う通り、今のハリーはエルンペントのツノだ。

 

「そういえば、“あれ”にセドリックも参加するのよね?エディから聞いたわ。」

「あっ、そうなの!エディがセドリックを誘って…正直彼が参加するのは心配ではあるけど…ほら、魔法省のお膝元でしょう?けど、あなたとエディのお墨付きがあったし。あとセドリックの友達のアンソニーも参加したわ。さっき女子トイレでリストに署名してくれたから心配ないはず。」

「セドリック、大丈夫かな。噂じゃ、クィディッチは病院からの指示で出られないんだろう?」

 

ありがたいことにハリーの興味は、セドリックへの心配に移ったらしい。エルファバとハーマイオニーはホッとして話を続ける。

 

「“あれ”は体を使うでしょうけど、呪文がメインだから大丈夫ですって。」

「代理でシーカーはエディになったのよね?」

「うん。」

「本当かい?そしたら僕はチームが再編成されたら、エディと戦うのか…運動神経がいいのは分かってるけど、シーカー経験は僕が多いから、次回はグリフィンドールの勝ちだな。」

「ハリーったら、意地悪!」

「君は自分の寮を応援するべきなんだよ。」

 

ハリーが意地悪そうにニヤニヤ笑うその様はシリウスに似ている。エルファバはハリーの膝に軽くパンチした。が、ハリーが少し元気を取り戻したようでホッとした。

 

「それで思い出したけど、エディ、また罰則受けてるらしいけど大丈夫かい?」

 

課題がひと段落したらしいロンが話に入ってきた。

 

「ええ…その、消灯時間外に禁じられた森で花火をバンバンやっちゃった関係で…けど、消灯時間外の出歩きによる罰則の権利はアンブリッジではなくスプラウト教授なの。授業ではなかったから。だから、ドラゴンの糞を温室へ運ぶ手伝いを1週間で済んだわ。」

「良かった…マジでこれ以上あいつがホグワーツで権限を持たないことを祈るよ。」

 

ロンの言う通りだった。

その数日後、マクゴナガル教授の猛抗議によりグリフィンドールのクィディッチチームも無事再編成されることとなった。マクゴナガル教授がダンブルドア校長へ控訴したことで折れたのだとアンジェリーナが嬉々として話していた。

別問題だったハリーのレッスンを行う部屋もドビーの大活躍により無事発見。エルファバ以外の面々は武装解除の術を練習したと聞いて心底羨ましかった。

 

そこから数週間の時が流れたー。

 

「こんばんは、ミス・スミス。まだジョンは来ていないの。少し待っていただけるかしら。」

 

いつも通りカウンセリングのためにアンブリッジの部屋へ訪れたエルファバは、趣味の悪い部屋の時代遅れな花柄のソファに座った。ジョンはこれまできっかり5分前にはアンブリッジの部屋にいたにも関わらず珍しい。

 

アンブリッジは気障ったらしく紅茶をティーカップから飲み、いそいそと忙しく(エルファバはアピールしていると思った)、書類を読み、エルファバもぼんやりとジョンの到着を待った。

 

そこから5分、10分、15分…とうとう30分経ってもジョンが現れる気配はなかった。少しずつエルファバは1つの可能性を見出した。

 

(まさか、ジョンはボイコットを…?)

 

アンブリッジも苛立ちを抑えられないようで、さっきから必要以上に砂糖を紅茶に入れてかき混ぜている。ついにアンブリッジはガバッと立ち上がり、ずんぐりして指輪をたくさん付けた手で杖を握りエルファバに向けた。

 

「レジリメンス!!」

 

バキバキバキ!

 

一瞬、最近のグリフィンドール寮でエルファバに抱きつくエディが見えた。が、それだけだった。あまりにも一瞬なのでアンブリッジが今しがた見た光景を理解したかも不明だ。アンブリッジから飛び退くエルファバは、氷も少し出してしまった。アンブリッジは無表情だ。何を考えているか分からない。

 

(まさか、こんなことをするなんて…!)

 

エルファバはアンブリッジから目を離さず、凍ったソファと壁を見渡しゆっくり杖を出す。

 

「教授に杖を向けない!!!」

「こっ、氷を消すだけです…。」

 

アンブリッジは金切り声だった。パニックになっている。と、エルファバは思った。ジョンが職務放棄をしたのは完全に想定外であり、屈辱的な出来事だったのだろう。

 

アンブリッジはスーハーと深呼吸をして、無理やり自分の顔を笑顔にした。口元はひくついている。

 

「ジョンは、予定を間違えたようね。私から言っておきます…まあいいわ。今日はおかえりなさい。」

 

エルファバは当然ながら、自分の荷物を持ちアンブリッジの部屋をさっさと出た。完全に暗くなった廊下を1人で歩きながら、今起こった出来事全てを頭の中で整理する。そして段々心が軽やかになってきた。

 

(このままジョンがボイコットすれば、私ハリーのサークルに入れるかも…!あ、でも現実はそんなに甘くないわよね。きっとまた新しい閉心術師を出してくるに違いないわ。でも…それでも少しだけ希望を持ったって…。)

 

エルファバは思わず笑みがこぼれ、少し鼻歌を歌いながらもう暗い廊下をスキップして大広間に向かった。今の時間であれば大広間で夕食が出ているはずだ。まさかこんなタイミングで終われるとは予想していなかった。

 

(ハリーの授業に出られたら、どんなに楽しいかしら!私防衛呪文苦手だし…これでうまく行ったらもっとみんなの役に立ててそれで…。)

 

大広間に近づくにつれて、少しずつ照明が増えて明るくなっていく。人も増え、エルファバはスキップは止めたものの小さくハミングは歌っていた。

 

(それで…。)

 

エルファバのハッピーな気持ちが段々シュルシュルと消えていくのを感じた。周囲が異様な目でエルファバを見つめていることに気づかないわけにはいかなかったのだ。

 

エルファバを見て皆がヒソヒソと話している。そして、皆がエルファバを見る目、目、目。

 

これは記憶にある。ちょうど1年前、リータ・スキーターがエルファバの家族についての記事が出回った時と同じだ。あの時はエルファバの“力”がコントロールできないことが知れ渡り、皆がエルファバを腫れ物扱いした。

 

(けど…リータ・スキーターはハーマイオニーが懲らしめたから、ありえないはずで…けどどうしてみんなが私を見るの…?また何か私の家庭に関する記事?それとも“力”?)

 

エルファバは身を縮めながら、大広間に入り助けを求めてグリフィンドールのテーブルに座る友人を探した。

 

「エルファバ。」

 

エルファバが見つける前に、ハリーが話しかけてきた。無言で差し出したのは日刊預言者新聞だった。

 

ーーーーー

【速報:教育者アルバス・ダンブルドアのあるまじき隠蔽〜狼男による女子生徒傷害事件〜】

 

近頃のアルバス・ダンブルドアの判断力の喪失には魔法界各所から大きな嘆きがあるが、魔法省による調査によりアルバス・ダンブルドアの教育者として致命的な隠蔽工作が発覚した。

1993年、ダンブルドアは周囲の反対を押し切り狼人間を雇用した。ダンブルドアの人選ミスについては連日報道されている通りだが、1993年の狼人間の雇用はこれまで以上に疑問そして生徒への被害が及びであろう危険な判断だった。にも関わらず、ダンブルドアはこの雇用を強行し、あろうことか保護者にはその事実を知らせずに1年間狼人間による授業を実施したのだ。

そして、その人選は大きく誤っていたことが今回の調査で発覚した。当時狼人間と親しくしていた1年生女児が満月の日に狼人間と遭遇し、大きな怪我を負っていたのだ。

さらにあろうことか、アルバス・ダンブルドアはその女子生徒に口止めし、少女の腕に大きく残る傷の上から刺青を掘り隠すように指示した。

 

これは先日ホグワーツ高等尋問官に任命されたドローレンス・アンブリッジ女史による調査によって発覚した。

 

『ホグワーツ内の教授方は、アルバス・ダンブルドアにその事実を口止めされていたようでしたわ。私独自のパイプを使用し今回の事態が発覚しました。不慮の事故であることは重々理解しておりますが…最高峰の教育機関は保護者及び生徒に誠実であるべきで、自身の都合でこれを隠蔽していたアルバス・ダンブルドアには今後魔法省として言及を行う所存です。』

 

アンブリッジ女史はそのようにコメントしている。(アンブリッジ女史による1994年制定の反人狼法についての功績は4ページを参照)

 

現在、アルバス・ダンブルドアに取材を依頼したもののコメントはない状態である。この件については続報があり次第本紙にも随時報告をしていく所存だ。

 

ーーーーー

 

読み終わったエルファバは、周りに降る粉雪も気にせずワナワナと震えていた。激しい怒りがエルファバの底から湧き上がる。

 

「ち、違う…違うわ…あれは…ペティグリューが…!え、エディは…?」

「少し前に、大広間でこの記事を知ってみんなに言及されたんだ…特にマルフォイが…あいつが大声でエディを問い詰めたんだ。エディは違うって叫んで僕が止める前に走って行ってしまったよ。本当にあのアンブリッジ婆あ…。」

 

エルファバはここでやっと皆が、エルファバの反応と発言に聞き耳を立てていることに気づき、自分を抱きしめた。ハリーは優しくエルファバの両肩を叩く。

 

「さっさとここを出よう。僕の食事はもう済んだし、君も食べる気分にならないだろう。そうだ…ドビーにでもいくつか料理を運んでもらって…今日の練習前に少し時間あるからエディを探すの手伝うよ。」

「ええ…。」

 

エルファバはハリーに連れられてさっきの道を出た。相変わらず人がエルファバとハリーをジロジロ見ていた。生徒たちが吠えメールがとか、親がもうホグワーツにいかせてくれないかもという発言がチラチラ聞こえてきたが、エルファバは無視することにした。

 

「けどあの記事はどこまで本当なんだい?」

 

実はエディのタトゥーの件はハリーたちには話していなかった。理由は単純でこれはエルファバの問題ではなくエディの問題であり、そもそも真実も教授たちすら知らなかったからだ。そしてエルファバが3年生の時にエディの仲直りをした際に聞いた話だった。エディは唯一エルファバにだけ話し、傷を覆うためのアイデアをエルファバに聞いたのだ。

 

「……ほとんど合っているわ。違う点はあとタトゥーはエディの意思よ。あとそもそもリーマスが暴走したのは、ペティグリューの策略で…。」

「どこで、漏れたんだ?教授が?ペティグリューを野放しにしてたのは魔法省の失態なのに!」

「エディは教授たちに頑なに認めなかったのよ…それに教授たちが安易にアンブリッジに漏らすはずなんてありえないし、エディも絶対その話をするとは、あ…。」

 

エルファバはここで、大事なことを見落としていたことに気づき立ち止まった。こんな大事なことを見落とすとは、愚かにも程があるとエルファバは自分に苛立った。

 

少し前のカウンセリングでジョンは言っていたではないか。

 

これ以上“彼女たち”から引き出せる記憶はないと。

 

「ジョンは私だけじゃなく、エディの記憶までも開心していたのね。」

「なんだって?けどエディはカウンセリングを受けているわけではないだろう?」

「開心術はなにも、あんな風に対面で関わらなくてもいいの。多分1人でいるエディに背後から呪文をかけたんだわ!」

 

ハリーは天を仰ぎ、ガシガシと頭をかいた。

2人は再び歩き出す。大広間から離れるほどに人はまばらに減っていた。

 

「リーマス…お願いだから、自分を責めないで欲しいわ。」

「シリウスはどうにかリーマスを励ましていると信じよう。問題はエディだけど心当たりは「女子トイレ。彼女は3階の女子トイレよ…なんとなくだけど。」どうして分かるんだい?」

 

エルファバは肩をすくめた。

 

「なんとなくよ。変な話だけど。ハリーお願い…大量のお菓子や食べ物をくれない?」

 

ーーーーー

 

30分後、エルファバはハリーの助けを借りながら無事女子トイレへ辿り着いた。小さな身体では抱えきれないほどのお菓子をてんこ盛りにしながら、女子トイレの中に入った。

 

「エディ?」

 

少女が啜り泣く声が聞こえた。ハーマイオニーといい、女子トイレは泣く場所にピッタリなのだろうか。

エルファバは泣き声を頼りにエディの居場所を探した。一番端っこの個室の扉は閉まっており、そこから声が聞こえて来る。

 

「エディ…。」

「ぐずっ…エル…フィー?」

「うん。エディに食べ物とお菓子を持ってきたの。」

 

エルファバはお菓子と食べ物をよっこらせと下ろし、床にあぐらをかいた。エディの啜り泣きは止まらない。エルファバはここに来るまでに考えていた言葉を並べ始めた。

 

「エディ…本当にアンブリッジって性根曲がった奴よね。エディが何も悪くない。今回のことは悪意のある人が、もちろん私はエディが誰かに話をしていないことを分かってるし…あいつらはエディの心を読んだのよ。」

 

エディのしゃくり上げる声が小さくなった。エディに声が届いていると感じたエルファバは自分に自信を持ち、語りかける。

 

「だから…お願い、責任を感じないで。リーマスも校長も絶対理解してくれるはずよ。クリスマスの時、私も一緒に行くから…。」

 

そこでエルファバの言葉は切れた。バンっ!とエディは勢いよくトイレの個室のドアを開けたのだ。

 

「無責任なこと言わないでよ!!エルフィーだって、エルフィーが悪いわけじゃないのにあたしのこと避けたじゃない!!!もし、リーマスが私のそばから離れたら?もしルパンさんが私に冷たくなっちゃったら…?私どうしたらいいの?あたし…!!そうなっちゃうと嫌だから誰にも…言わなかったの!!ルパンさんがエルフィーみたいにあたしを置いてどこかへ行っちゃうって…!!もう、大好きな人が私を嫌いになっちゃうなんて…耐えられない…!」

 

エディがひとことを叫ぶたびに周囲の床に、壁に氷が張った。エディの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、声も枯れている。

 

「そんな…リーマスはあなたのことを嫌いになんて…私だって…。」

 

そう言ってエルファバは思い出した。

 

『うるさい。あっち行って。』

『誰があんたのために買うもんですか。』

『あっち行ってよ!』

『放して。』

『私はあなたが嫌いなのにっ!!』

 

エディを誤って凍らせかけて、数年。

エルファバはもうエディを傷つけないように、エディを何度も拒絶し続けた。そうすることでエディは安全に、傷つかずに生活できると信じていた。

3年生の時に、謝罪した時は満面の笑みでエディはエルファバの全てを受け入れてくれた。

 

反面エディからすれば、エルファバによる拒絶は突然始まった。エディは訳も分からずエルファバに拒絶される度に傷つきいろんなアプローチをかけて必死にエルファバに好かれようとして。それでも拒絶されて。

 

エディが2年前に言った言葉が反芻する。

 

『どうしてエルフィーはあたしが嫌いなの?嫌なことしたなら謝る!あたしずっとずっと寂しかったの!そりゃ、ここの友達は最高よ。あたしのこと変人って言わないし、みんな何しても笑って許してくれる。エルフィーのこと知ってるし、魔法がいっぱい学べるし、他にもたくさん…でも!エルフィーがいなきゃ!』

 

エディは強い子だと思っていた。そうではなく、エディは傷つきながらエディの形で拒絶に向き合い、そして乗り越えたのだ。そんなエディにもう一回傷つけと言っているようなものだ。

 

「ごめんなさい。」

 

エルファバは立ち上がり、恐る恐る泣きじゃくるエディに近づく。トイレの中に降る粉雪は無視する。

 

「私は…自分の罪を、被ってもう二度とあなたを傷つけないように必死で、私を好きでいてくれたあなたの気持ちなんて…考えたことなかった。」

「罪って何よおっ…。あたしはそんなこと1ミリも気にしてないのにい…。」

「ええ…私の身勝手な自己満足だったのよ。」

 

エルファバは自分よりも一回り大きいエディをギュッと抱きしめる。

 

「リーマスは…多分どんな事情であれ、あなたを傷つけたことを責めると思う。もしかしたらあなたとの距離を置くかもしれない。けど、忘れないで。私もリーマスもあなたを嫌いになんて…なったことないし、これからもならないわ。」

 

エディは痛いほどにエルファバにしがみつくように抱きしめた。

 

「…ぐずっ、これから私はどうやってリーマスと話せばいい…?」

「私が…エディとリーマスの間に入る。」

 

エルファバも涙を流していた。

 

「エディ…忘れないで。あなたを嫌いになる人なんか…この世にいるはずがないのよ。」

 

エルファバとエディの頭上ではヒラヒラと雪が舞い、2人の頬に、まつ毛に、髪の毛に乗っかった。

 

「エディ…一緒にご飯食べよう。」

「…うん。」



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8.劇薬

注意

この話にはBL表現が含まれています。


黄色のネクタイをした男子生徒は、女の悪趣味な部屋で無表情で新聞を眺めていたが読み終わるとパサっとローテーブルの上に新聞を投げ捨てた。

 

「あら。」

 

その音で、女教授は顔を上げる。

 

「何か?…ああ、もしかして今日の記事を読んでいたの?狼人間の話も?」

「…まあ、そんなところです。」

 

女はニタっと笑った。

 

「さすが日刊予言者新聞。早いわね掲載が。私へのインタビューは今朝の話だったのにまさか今日の夕方には載るなんて。」

「これは全て事実ですか?」

「ええ、もちろんよ。魔法省の名誉にかけて全て真実ですわ。ホグワーツの教授陣にも確認しましたし…。あなた、もしかしてミス・スミスから聞いていなかったの?」

 

可哀相に、と全く思っていなさそうな声色で女は語りかけ男子生徒にゆっくり近づいて顔を覗き込んだ。男子生徒は無表情で女を見つめ返す。

 

「ほらね…とっても重要な秘密を彼女はあなたに1つも打ち明けていない。ねえ、あの半人間がスミス姉妹の身元を引き受けようと動いていたのはご存じ?ただの元教授と女子生徒があまりにも親密すぎると思わないかしら?しかも半人間の分際で…。」

 

ここで、女は咳払いをする。

 

「新学期に入ってから、あの姉妹と元教授のやり取りを少し確認したのですが…考えすぎかしら、これはあくまで私の推測なんですけど、あの狼人間と姉妹ただならぬ関係だと思うのよ。ミスター・ディゴリー…あなたは大人だから私の言いたいこと分かるでしょう?」

 

男子生徒が女から目を逸らすと、女は男子生徒に紅茶を飲むことをすすめる。しかし彼は首を振った。

 

「まあ、紅茶を飲めば気分が晴れるわよ。」

「そんな感情が僕にはないことをご存じですよね。」

 

女がわざとらしく首を傾げると、頭の上のリボンのついたカチューシャがズレる。

 

「僕の感情は服用している薬で抑えつけられている。あなた方と僕の両親の指示だ。僕は何も感じない…喜怒哀楽だけではなく、人への気遣いも、誰かを愛しいと思う気持ちも…ほぼないに等しい。お陰で僕の友達はほとんどいなくなった。」

「そんなところへ追い詰めたのは誰でしょうね?」

「アルバス・ダンブルドアとハリー・ポッター…。」

 

答えに納得したように女はゆっくり体を上げ、猫の絵が描かれている皿たちの前をゆっくり歩く。

 

「ええ。そうですとも。私たち魔法省はあなたが健やかにホグワーツで生活できるようにその薬の服用を指示しました。そのおかげであなたは今誰も傷つけていない…そうでしょう?あなたの苦しみは重々理解しております。多感な青少年の感情を抑えつけるというのは私も心が痛みますわ。」

 

女はここでギュッと自身の胸元のシャツを握りしめ、苦しそうな顔をする。そして芝居かかって男子生徒も振り向き、ゆっくり近づきながら話を続けた。

 

「けれどあなたを守るためにはしょうがないことよ。分かってちょうだい。数年後、あなたは魔法省に感謝をするはず…だからね。」

 

女は男子生徒の膝に手を伸ばし、そっとそこにある男性らしいゴツゴツした大きな手を握った。

 

「もう、薬を飲んでいるフリをするのはやめなさいな。」

 

男子生徒の目は大きく見開かれた。

 

「ハロウィンの後ぐらいかしら。あなたの言動はいささか気になる部分があって…友人もいるようですし、スミス姉妹たちと接触が増えたでしょう?隠したって無駄ですよ。私の目は誤魔化せません。それに週1回は私とこうやってお話をしておりますが、微妙な感情機微が増えております。さっきあの半人間とミス・スミスの関係を匂わせた時のあなたの顔ったら!もう、嫉妬に歪む顔でしたわよ…ああ、けれどあれはハッタリではないわ。ちゃーんと証拠もあるもの…ほら、また感情が隠せてないわ。」

 

女は優しく、男子生徒の力の入った拳を叩く。

そしてそれをそっと撫でた。

 

「とても大人びているけれど、所詮あなたも17歳…大人、それも魔法省に入省しているようなエリートを誤魔化すのは難しいですわ。さて、紅茶はいかが?」

 

セドリックは、ジッとアンブリッジを睨みつける。先程よりも怒りを露わにしているようだった。ティーカップに手はつけない。

 

「いいですこと?お分かりいただけていないようですが、私からの指示は大臣からの指示と同義語でございます。それを聞かないと。魔法省に勤めているエイモスが可哀想ですわ。ただでさえあなたが心配で仕事に手がついておらず、魔法省のお荷物のような状態ですのに…さあ、いい子だから、紅茶をお飲みなさい。」

 

セドリックは少し考え、ため息をついてからティーカップを自身の大きな手に収めて一口飲んだ後、感情のこもった声でハッキリと吐き捨てた。

 

「僕のホグワーツでの生活を返せ。」

「まあっ、私にそれを言うのはお門違いよ…あなたは反抗期のようね。」

 

男子生徒の目は徐々に虚ろになり、女はふふっと笑った。

 

ーーーーー

 

ハーマイオニーとエルファバはホグワーツ特急に乗っていた。やたらと帰省する生徒は多かったもののコンパートメントは無事ハーマイオニーと2人で座れた。

 

「ええ?!ルーカスの家でクリスマス!?」

「クリスマスは騎…スナッフルの家よ。最初の数日だけルーカスの家に泊まるの。」

「ダンブルドアは許可したの?」

 

エルファバは少し俯きがちに話す。

 

「揉めたみたいだけど…私は魔法省に狙われているし、数人魔法使いが私の家へ着いていくと校長は踏んでいるわ。私は家に帰るのはまずいし、かと言ってスナッフルズの家に行くのは、保護呪文があるとしても付いてこられてしまうと大体の場所は把握されてしまう。それにほら、他の団員に家に行くと間接的に校長の味方であるとバレてしまうでしょう?だからある程度魔法省に顔が割れてて、仲がいい人の家へ行くことになったの。本当はロンの家へ行くつもりだったのだけれど…その。」

 

エルファバはここで口籠もる。ハーマイオニーは察したように顔を歪めた。ハリーとロン、そしてウィーズリー兄妹がホグワーツから消えたのは数日前のことだった。朝一番にエルファバとハーマイオニーは校長に呼び出され、騎士団の任務中にミスター・ウィーズリーが重傷を負い、それを目撃したハリーと親族は一足先にグリモールドプレイスに行ったのだ。

 

その後のアンブリッジの怒りたるや、エディが友達数人とヒソヒソ話をしていたという理由で40点も減点したことからも窺える。

 

「あの女がいるようじゃ、ホグワーツには残れないわよね…。」

「そうなの。」

「けど…ルーカス…ごめんなさいエルファバ。気を悪くしないで。けどルーカスは「私を操ろうとした、でしょう?」」

 

今度のエルファバは姿勢を正し、ハーマイオニーの目をジッと見て自信ありげに答えた。

 

「けど、ルーカスの恨んでいるアダムはアズカバンでしょう?きっと私には何もしないわ。」

「でも…。」

「それに、1日1回騎士団の誰かがルーカスの家に来て確認してくれるの。」

 

エルファバはこれでどうだ、と言わんばかりに得意げだ。

 

「そうなの…それなら心配いらないわね…。」

 

釈然としていないハーマイオニーと少し気まずくなり、エルファバは話題を変えることにした。

 

「スキー、楽しみねハーマイオニー。」

「ええ…そうね。」

 

が、この話題も少しハーマイオニーは居心地が悪そうだった。

 

「私…できれば、その、みんなと一緒にいたいと思うの。だってスキーは私の好みじゃないし。だから一回家に帰るふりをして夜の騎士バスでグリモールド・プレイスに行くつもり。」

 

ハーマイオニーはみんなのそばにいたいのだ。エルファバはモゴモゴと口を動かすハーマイオニーが可愛いと思いクスッと笑ってしまった。

 

「きっとハリーたちも喜ぶわ。クリスマス、楽しみね。」

「ええ…エディは結局、来ないの?」

 

今度はエルファバが俯く番だった。ハーマイオニーの問いにゆっくり首を振る。

 

「ええ。大丈夫だって言って結局家に帰るわ。」

 

ルーカスの家に一緒に戻るはずのエディが唐突に自宅へ行くと言い出したのは数日前の話だった。

 

『別に帰りたいわけじゃないよ。ただあたし、ちゃんとケジメをつけたいのよ。特にリーマスのことで。どうせ、タトゥーの話パパとママにも伝わってるでしょう?だから言ってやるつもりなの。2人よりもリーマスはよっぽどいい親だって。』

 

言い分は頭では理解できたものの、正直この申し出はエルファバにとってショックだった。いつもエルファバの味方でいるエディだが、本当は両親に会いたいのではないか。その機会をエルファバが奪ってしまっているのではないか。そう考えずにはいられなかった。

 

考えてみればエディはエルファバのように母親に嫌われているわけではない。所構わず、凍らせて迷惑をかけるわけではない。意見が違えど、エディと親たちはうまくやっていけるはずなのだ…エルファバさえいなければ。

 

『大丈夫。絶対クリスマスはシリウスの家に行くからさ。約束する。』

 

エルファバの気持ちに気づいたのか、エディはエディの両肩をポンポンと叩く。

 

『うん、待ってるね。』

 

エルファバは精一杯作り笑いをしてエディを見送ったが、うまく笑えたか不安だった。

 

ーーーーー

「ハアイ、エルファバ〜〜。」

 

キング・クロス駅を出るとすぐにルーカスはニッコリ笑いながらエルファバに手を振った。周りはルーカスのあまりのカッコ良さに魔法使いマグル問わずヒソヒソと色めき立っている。が、ルーカスにとって日常茶飯事なのだろう。全く気にも留めていない。

 

「エディと親たちは3人で車に乗って帰ったのをさっき見かけたよ。俺らも行こう。」

 

エルファバの荷物を軽々持ち上げようと屈んだルーカスは小声でエルファバに言う。

 

「3人だ。意外と多い。」

 

エルファバは周りに気づかれないように僅かに頷く。エルファバとルーカスを追いかけている人数だろう。

 

「本当は姿くらましするべきなんだけど、俺の家ここから徒歩圏内なんだよね〜。さっ、歩こ歩こ。」

 

エルファバは両親の元へ駆けていくハーマイオニーの背中を見届け、ルーカスと一緒に騒がしい駅の外を歩いていく。

 

「この数ヶ月は大変だったねエルちゃん。」

 

身長の高いルーカスをエルファバは見上げながら歩く。

 

「リーマスのこと。」

「私は…そんなことないわ。エディとリーマスが心配で。」

「あの新聞記事は汚かったよね。お前らはタブロイド誌かっての!本名隠してたけど誰のこと指してるのかなんてすぐに分かるし…あの記事がでたら、ますますリーマスは就職が難しくなる。どうにか助けてやれないかなと思うけどね。向こうは俺のことあんまり好きじゃないみたいだけど、俺は別に嫌いじゃないからさ。」

 

なんと言えばいいのかわからずエルファバは目を逸らした。クリスマスムードのロンドンではイルミネーションやらオーナメントやらが街中に飾られていて、とても美しかった。

 

「それにしても、エルちゃんは5年生になって表情が豊かになったしおしゃべりもするようになったね。あの無口なエルちゃんもちょこんとしてて可愛いけど。」

「それみんなに言われるんだけど…私そんなに無口だったかしら?」

「ははっ、まあそうだろうね。」

 

ルーカスとたわいのない話を続けると10分ほどでルーカスの家に到着した。マグルたちも大勢住んでいる小さなアパートの一室だった。

中に入ると質素な部屋の中にベッドとテレビ、小さなキッチン、テーブルがあるのみだった。ルーカスの私物はほとんどなく、この部屋を使用している形跡はあまりない。

 

怪訝そうに部屋を見渡しているエルファバにルーカスはクスクス笑う。

 

辺鄙(へんぴ)だと思った?」

「え、いや、そんなことは」

「本当はエロいポスターとか貼ってたんだけど、さすがに片付けろって騎士団の奴に怒られたんだよね。」

 

ルーカスはそう言いながら、杖を振るとどこからともなく空のティーカップが現れた。宙に浮かぶ青いティーカップはフワフワとエルファバの手元へくる。

 

「ミルクは?」

「ほしい。」

 

エルファバがティーカップを持つと、茶色い液体で中は満たされ、カップの下から湧き上がるように白い液体が混ざり合う。

温度もちょうどよく、ひと口飲むとたちまち身体が温かくなった。

 

「アールグレイだよ。」

「美味しい。」

「ありがとう。スコーンも食べる?さっきデパートで買ってきたんだけど。」

「うん、ありがとう。」

 

ルーカスがゴソゴソとキッチンにある袋の中を触っている間、エルファバはティーカップ片手にベッドの横にある写真を見た。

 

この部屋の中で唯一、ルーカスの人柄が分かる物だ。

 

モノクロの写真の中で、9歳ほどの顔が丸い女の子が満面の笑みでエルファバに手を振っている。そしてアッカンベーをして写真の縁に顔を隠し、また写真の中に戻って驚いたような顔をしていた。ワンピースを着ているが少し汚れている。目元だけルーカスに似ていた。

 

「妹。」

 

ルーカスは、エルファバの後ろからスコーンを手渡す。エルファバは一口紅茶を飲んでからスコーンをかじる。

 

「リンジーっていうんだ。ブサイクだろ?」

「ブ…?」

「ブサイクなくせに変顔が好きでさ、それでもっとブサイクになるんだ。それを言うと本人はキャアキャア喜ぶんだよ。生意気な口聞くし可愛くないんだ本当。」

 

と、言いつつその写真を眺めるルーカスは写真で豚鼻をするリンジーが愛おしそうに見つめていた。

 

『俺からしたら無邪気に笑って俺を慕い追いかける妹は可愛くてしょうがなかった。友達も多くて誰からも愛される子…エディみたいに。』

 

ルーカスがそのように言っていたのをエルファバは覚えている。その時のエルファバはルーカスに錯乱の呪文をかけられていたので、ぼんやりとした記憶だったが。

 

「こいつはスクイブだったから、マグルの友達とばかり遊んでいた。俺の親たちはスクイブの妹を邪険に扱ったけど、それでもこの子は擦れずに優しいいい子に育ってた。死んだ時いっぱい友達がこの子を弔ってくれたんだよ。みんな、その辺で摘んだ花とか雑草を持ってお悔やみを言いに来てくれたんだ。親たちはこの子が死んでから、自分達がした仕打ちを悔やんだんだ。バカだけどね。」

 

ルーカスはそう言って鼻で笑ったがエルファバは笑わなかった。

ルーカスはその見下した笑いを自己完結し、今度はエルファバにベッドに座るように促した。ルーカスの隣にちょこんと座ると話を続けた。

 

「俺の家とエルちゃんの家は逆だけど似てるかもね。結局どの世界も自分達と違う才能を怖がって嫌うんだろうな。」

「ルーカスは…?」

「俺は優遇されてたよ。これを持ったら尚更…。」

 

ルーカスは手のひらを広げると、その上で火の玉が煌々と燃えた。エルファバはジッと見つめる。エルファバはふと思う。

 

(もし…私がグリンダと生活していたら受け継いだ私を褒めてくれたのかしら…それとも…。)

 

「ルーカスは誰からの遺伝なの?私は前にも言った通り生みのお母さんだけど…。」

「俺は誰からも受け継いでいない。」

「え、そうな…。」

 

エルファバの記憶は1年前に戻る。本当にちょうど1年前のダンスパーティーの話だ。

 

『数百年前に"呪われた"僕らの一族は感情によって周囲を燃やし…あるいは凍らせて、マグルからも魔法使いからも疎まれる存在だった。魔法使いたちの魔法は効かず、皆身を隠すしかなかった。』

 

(ルーカス、これは遺伝だって前言ってなかったかしら?)

 

「ルー…。」

 

エルファバが口を開くと、ルーカスはエルファバの唇に人差し指を置く。黙ったエルファバが顔を上げるとルーカスは無表情でエルファバをジッと見つめていた。

 

何を考えているのか分からない、ジッとエルファバを明るいグリーンの瞳で見下ろすルーカスにたじろいだ。目を逸らしたいが逸らせない。さっきの穏やかな雰囲気は消え去り、外の喧騒が遠くから聞こえるだけだった。

 

「ヒントはあげた。」

 

しばらくの沈黙の後、ルーカスは毅然とした声で言う。

 

「答えを探すんだ…さっ、そろそろ騎士団の誰かが点検に来る頃だ。さっさと荷物片付けよ!」

 

突然普通のテンションに戻り杖を振り出すルーカスにエルファバは当惑しきっていた。

 

とりあえず紅茶は飲んだがぬるくなっていた。

 

ーーーーー

 

あの一件以降、特に気になることはなくルーカスと映画を観たり本を読んだりして休暇を楽しんでいた。

約束通り1日1回騎士団のメンバーが、というよりリーマスがルーカスの家を訪れてエルファバや部屋に呪いをかけられていないか確認しに来た。

 

「やあ、エルファバ。元気かい?」

「ええ、とっても元気よ。あのね、リーマスこの前の記事のことなんだけど「よし、君に呪いはかけられていないな。部屋を点検しよう。」」

 

リーマスが毎回確認を行うのは、騎士団員たちのエルファバとリーマスを話をさせようとする粋な計らいだろうと察した。エルファバもエディとの仲を取り持つと約束したので必死にリーマスと話そうとするが毎回逸される。もっと言えば目も合わせてくれない。エルファバに杖を振り、小さな部屋をウロつくのにリーマスは忙しいらしい。

 

前以上に酷くやつれ、白髪が増えた。服装も貧相でエディが見たら金切り声を上げて泣くのは容易に想像ができた。

 

ルーカスは玄関前の壁に寄りかかり、助けを求めるエルファバの視線に肩をすくめた。確かにルーカスへの信頼は薄いので、何かしたところでリーマスの心には響かないだろう。

エルファバは口を尖らせ、少し大きな声でリーマスに話しかけた。

 

「ねえ、リーマス。お願い話を「どこも呪いをかけられていないようで安心したよ。すまない、君ともっと話したいんだがそろそろ戻らないと。」」

 

そう言ってリーマスはルーカスに会釈もせずさっさと部屋を出て行ってしまった。それを呆然と眺め扉が閉まった後エルファバは、もうっ!と言ってルーカスの(今はエルファバが寝てる)ベットにボスっと身を投げた。

 

「う“〜〜〜〜〜。」

「猫の唸り声みたいだね。」

 

エルファバはのそッと顔だけ上げると、艶のある白い髪が全てエルファバの顔にかかっていた。ルーカスの使用するシャンプーはやたら質が良く、お陰でエルファバの髪はサラサラだった。

 

「だって結局この家に3回リーマスが訪れたのに結局何もできなかったの。明後日はみんなでクリスマス・パーティでエディも来るはずなのに…リーマスがこれで欠席したらエディが落ち込んじゃうわ。」

「俺も協力したいんだけどね。俺の家に泊まるということでそもそもピリピリしてるから、俺が動くとやばいってシリウスに釘刺されてるんだ。あの記事が出たことでリーマスは一旦任務から外されたし…あまりいい時期じゃないんだろう。」

「そうなの?」

「ああ。俺も詳しくは知らないけどね。」

 

エルファバは再び唸ってベッドに突っ伏した。ルーカスはその隣に座るとベッドがギシギシと鳴った。

 

「…あのアンブリッジばばあ…。」

「あーあ。エルちゃんの口が悪くなった。」

 

しばらくエルファバがハリーやロンから学んだ罵り言葉でワーワー騒いでいると、コンコンと大きな窓を何かが叩いた。ルーカスとエルファバは振り向く。

 

「あれ、フクロウだ。」

 

窓を開け、フクロウを部屋に入れてやる。茶色い見覚えのないフクロウが手紙と大きな包みを持って、ベッドの上に着地しヒョコヒョコとエルファバの前に近づいた。

 

「おい、汚いからベッドに乗るな。」

 

ルーカスの冷たい物言いに、ギョロッと黄色い目でフクロウは睨みつける。

 

「誰のフクロウかしら。」

「え、見覚えないの?」

「全く…。」

 

エルファバは起き上がり、手紙と包みを外した。

 

ーーーーー

エルフィーへ

 

ハーイ!アンソニーからフクロウを借りてこの手紙を送っているわ。

あともう少しで会えるのが楽しみで仕方ない!例のアレは本気で実行するつもりだからね。みんなにそう伝えて!

 

あと、ママからこれエルフィーにだって。なんのつもりか知らないけど送れってさ。本当はあたしは送りたくなかったんだけど、しつこくて。あたしがリーマスのこと話したらいきなり作りだして…こんなんでエルフィーへ行った仕打ちへ謝罪のつもりかしら?嫌なら全然捨ててもいい。むしろ捨てて。

 

とにかく!会えるのが楽しみだわ。

 

あなたが大好きなエディより

キスとハグ

 

P.S.ルーカス、エルフィーに何かしたらあたしが許さないから!

 

ーーーーー

 

「はは、俺、嫌われてんな。アンソニーって誰?」

「セドリックの友達。」

 

ルーカスはエルファバにピッタリくっつき一緒に手紙を読んでいた。

 

「念のためだけど、確実にエディが送ってきたやつ?」

「ええ、筆跡は同じだし。」

「けど、筆跡は魔法で真似られるからね。」

 

エルファバは苦笑いして、紙で包まれた何かを開けると甘い匂いがした。

 

「フルーツケーキ?」

 

母親がよくおやつとして作っていたイチジクなどのドライフルーツとナッツを練り込んだフルーツケーキだった。ナッツがケーキ生地からはみ出ており、それが少し焦げているがそれがまた美味しいとエルファバは小さい頃これをほじくって食べていたものだ。

 

「ええ、お母さんが小さい時によく作ってくれていたの。」

 

エルファバは、なんとも言えない気持ちになった。

 

(お母さんとは決別したいのにこんなことされたら…いいえ。お母さんは元々悪い人じゃないのよ。ただ…何かの理由で魔法が嫌いなのよね。)

 

「これは…エディの手紙だし、お母さんからの贈り物だわ。間違いない。」

 

エルファバは母親の優しさにギュッと胸が痛くなり思わず、その場でケーキをちぎり一口頬張った。

 

(ああ、そう…そうだわ。昔と同じ味。少しパサパサしているんだけどフルーツがぎっしり詰まっているからちょうどよくて、歯応えがあって毎回限界まで口に含むと噛んでいる時に体積が増えて、口からこぼれちゃってお母さんに怒られていたわ。)

 

「大丈夫?無理して食べてない?」

「平気。」

 

エルファバはもう二口、三口を口に頬張り、黙々と食べて飲み込んだ。

 

「美味しい?」

「ええ。」

「そろそろ夕食だし、これは食後に食べようか。台所に入れておくね。」

「ええ。」

 

エルファバは包みにフルーツケーキを戻し、ルーカスに手渡した。

 

「へー、そんなに夢中で食べ切るなら相当美味しいんだろうな。良かったね。まあ、エディの言う通り君への仕打ちはこれで解決するわけじゃないだろうけど、あの女は少なくともエルちゃんへの謝罪はちょっとは見せているってことだね。」

「ええ。」

「…エルちゃん?」

 

(ああ、美味しかったな。なんか久しぶりだったわ。今度お母さんにお礼をしないと…エディは嫌がるかもしれないけど人の礼儀として、そこはしっかりしないといけないわ。魔法のものを送ったら嫌がるから普通にマグルの紅茶とかがいいかしら。それに「エルちゃん。」)

 

ルーカスの呼びかけにエルファバは顔をあげる。そしてギョッとした。

 

 

 

 

ルーカスがエルファバに杖を向けている。

 

 

 

 

数日前にルーカスの家族の話をした際の無表情な顔の数倍恐ろしい、去年に妹の末路を皆へ語った際の表情をしたルーカスがそこにいた。

 

「手を上げて跪け。」

 

いつもより数段低い声でルーカスはエルファバに命令した。エルファバは両手をゆっくり上げ床に座り込んだ。

 

茶色いフクロウは怪訝そうにエルファバに近づく。

 

「そのまま動くな。俺の聞いたことにだけ答えろ。さもなくばお前を呪う。」

 

エルファバは頭が真っ白で、言葉が出てこず痙攣したように頷く。

 

(るっ、ルーカス…どうしちゃったの…?まさか、ずっとこれを狙ってて…!けど私を狙う理由なんてないはずだわ。どうしてこんなこと…!)

 

「名前は?」

「…名前?」

「そうだ、お前の名前だ。ミドルネーム入りで。」

「エルファバ・リリー・スミス。」

「妹の名前は?」

「エディ…エイドリアナ・レイ・スミス。」

「家族の名前は?」

「アマンダ・スミスとデニス・スミス。」

 

ルーカスは跪くエルファバに大股で近づき、エルファバの顔に触れるほどに杖の先を近づけた。室温がどんどん下がっていく。

 

「今何を考えてる?」

「…ルーカス、どうしてこんなことを…?」

「質問に答えろ。」

「こっ…怖い…!」

 

ルーカスはため息をつき、杖を振り上げた。

エルファバがギュッと目をつむったのと、ルーカスが呪文を唱えたのは同時だった。

 

「エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来たれ!」

 

バキバキバキバキっ!!!!!

 

「…えっ?」

 

部屋は完全に銀景色に包まれ、フクロウが急に室温が下がったことで怒り狂って室内を飛び回っていた。そしてルーカスの杖より噴き出てきたのはライオンの有体守護霊だった。それは部屋を見回したあと、辛うじて凍っていなかった壁の隙間から抜けて走り去っていた。

 

「エルちゃん。」

 

ルーカスはエルファバに駆け寄り、かがんでギュッと抱き寄せた。

 

「本当に本当にごめんね。また怖がらせてしまって…けど確認しなきゃいけなかったんだ。」

 

いつものルーカスの優しい声がエルファバの耳をくすぐり、呆気に取られながらエルファバはルーカスに両頬をキスされた。

 

「あっ、杖使って氷消していいからね?多分バレないし、寒いよね?毛布もすぐ持ってくるから。怖かったよね、本当にごめん。今リーマスもすぐ戻ってくるはずだから。今は自分の感情に向き合って欲しいんだ。」

「どういうこと?」

 

ルーカスはエルファバのおでこに自身のおでこを軽く当てる。

 

「エルちゃん、この事実を伝えるのは酷なんだけど…。あのケーキを口にした瞬間、君の顔から感情という感情がなくなり、目がうつろになった。口数も減り、僕への返答も必要最低限になった。僕はそれが君の感情によるものなのか、外部的な原因なのかを知る必要があって…こんな行動を取ったんだ。」

 

エルファバは訳が分からなかった。全く無自覚であり、特にコミュニケーショにおいて違和感はエルファバにはなかった。

 

「服従の呪文や錯乱の呪文ではなかった。君はしっかり質問に答えていたし、無抵抗だった。第三者が君を操っていたなら俺が攻撃耐性に入った段階で俺に攻撃し返すはずだ。残った可能性は1つだー。」

 

ルーカスは一呼吸し、ゆっくりハッキリと言った。

 

「あのフルーツケーキには魔法薬が仕込まれていた。しかも劇薬が。」

 

室内の気温はさらに下がった気がしたのはエルファバだけだっただろうか。

 




ルーカス「え?俺がゲイの証拠?なんで今更?」
シリウス「若い男女が1つ屋根の下に泊まるのは側から見ると好ましくないからな。しかもあのチビは未成年だし…ちゃんとそこを証明した上でチビをお前の部屋に泊まらせろとダンブルドアからのお達しだ。」
ルーカス「えー。えーっと、これアティテュード(イギリスの有名ゲイ雑誌)でしょー?テテュー(フランスの有名ゲイ雑誌)でしょー?そうそう、この人セクシーなんだよね!雑誌から一番エロいの拡大呪文で引き伸ばして貼ってるんだー!」
シリウス「よし。」
リーマス「頼むからエルファバが来る前にはそのポスターしまってくれよ。」


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9.劇薬ケーキと愛情ケーキ

エルファバが劇薬入りケーキを飲んだ後、もはや魔法省がエルファバを監視していることなどお構いなしに、騎士団メンバーが慌ただしくルーカスの家を行き来した。

 

リーマスはエディの件でエルファバを避けていることなどすっかり忘れて飛んで戻ってきてエルファバを大層心配し、他のメンバーと確認作業に急いだ。あれやこれや質問したが、やはりエルファバの感情表現は乏しいままのようだった。

 

その後ポートキーでグリモールド・プレイスに移動し、事情を知らないロンやハーマイオニーたちに挨拶もできずキッチンへとエルファバは連れられ、マッド・アイによる呪いの確認が行われた。

 

「呪われてはおらぬ。」

 

ルーカスと似たような脅しをかけられたエルファバは、今度はそこまで恐怖を感じずにマッド・アイの“呪いテスト”をパスした。

 

床に座らされていたエルファバは無表情で強制的に挙げられた両手を下げ、膝の埃を叩きながら立ち上がった。その横でエルファバがかじったフルーツケーキは爆発物のように扱われ、誰の手にも触れられないように宙に浮いていた。

 

驚くべきことに数時間後には魔法薬学の教授であるセブルス・スネイプが馳せ参じた。必死にエルファバの事情を探ろうとした子供たちは散り散りに逃げ帰った。

 

「飲め。解毒薬だ。」

 

ここからが問題だった。スネイプが渡した紫の薬を飲んだエルファバは2、3時間ほどトイレに篭りっきりで嘔吐をし続けた。最初の30分で胃の中が空っぽになったにも関わらず、それでもなお謎の液体をエルファバは吐き続けた。

 

「薬が体に癒着している。」

 

数時間の嘔吐により憔悴しきって薄暗く埃っぽい廊下の隅でぐったり座り込んでいるエルファバを見下ろし、何の憐れみも持たずにスネイプは告げた。

 

「癒着?どういうことだいセブルス?」

 

優しくエルファバの背中を撫で、水をあげるリーマスの問いかけにスネイプはそんなことも分からないのかとせせら笑った。廊下の端からシリウスが唸る声がしたがスネイプは無視する。

 

「スミスが服用したのはおそらく“魔力抑止薬”だ。魔力が抑えられない精神異常者が魔力を暴走しないようにする薬。服用すると魔力を抑え、生活に支障が出なくなる…が、副作用として感情の鈍化、集中力の欠如、発育不良が挙げられる。実際のところそこまで強い薬ではないが、長期間服用し続けることで人格へ支障をきたし、薬を抜くのに時間がかかる。」

「つまり…解毒薬を飲んだエルファバがここまで体調を崩したのは、ケーキだけではなくその前から薬を服用していたからだと?」

「理論上はそうなりますな。」

 

疲弊したエルファバはその会話を飲み込むのに随分時間がかかったが、その前に大人たちがやりとりを開始した。

 

「ホグワーツの食事にアンブリッジが薬を混ぜたか?あいつならやりかねない。」

「ホグワーツの食事に混ぜるのは無理があるだろう。大皿からみんなで取り分けるシステムだし、どの食器を使用するかを連中が分かるとは思えない。例のカウンセリング時に入れた可能性もあるが…。」

 

リーマスの考えを否定したのはキングスリーだった。

 

「そもそも、あのケーキは100%あの母親から来たものか確認しなければならないな。」

「あの人が我々の質問にしっかり答えてくれるか…誰かマグルへの理解があって向こうへ行けそうな人…ルーカス?」

「俺でよければだけど。」

「君の家へ行ったことは私たちより伝えているし、問題ないだろう。」

「開心術使っていい?その方が早くない?」

 

キングスリーとリーマス、シリウスは目配せする。

 

「いや、ちゃんと言質を取ってくれ。」

「はいはーい。」

 

そういうが早いが、ルーカスはさっさとグリモールド・プレイスを出てしまった。

 

「念のため子どもたちにホグワーツでのエルファバの様子を聞こう。シリウス、連れてきてくれ。」

 

シリウスはなるべくスネイプを視界に入れないようにしながら階段を上がり、ハーマイオニーとロンを連れてきた。ハリーはおそらくスネイプがいたのでパスしたのだろう(シリウスの甘さだ)。伸び耳で事情を聞いていたはずだが、特にロンは顔面蒼白でエルファバを心配そうに見ていた。父親が命の危険に晒された矢先の出来事なので、余計だとエルファバは思った。

 

「私…むしろエルファバは5年生になって感情が豊かになったと思います。」

 

騎士団の任務に直接は関係ないと判断されたのかエルファバがどのみち話すと判断されたのか包み隠さずリーマスから事情を聞いたハーマイオニーはおずおずと答えた。

 

「僕も。ホグワーツに戻る前からそんな感じだった。」

「そうか。ありがとう2人とも。そしてエルファバも…辛かったね。エルファバを連れて部屋に戻ってくれ。」

 

ハーマイオニーとロンに支えられながら、エルファバは前グリモールド・プレイスでエルファバが使用していたベッドに連れられ、泥のように眠り込んだ。

 

その一瞬、とエルファバは感じたがムクっと起き上がると夕方ごろにグリモールド・プレイスに来たはずだが、今はカーテンから日が差し込んでいた。

 

低血圧のエルファバはボサボサの頭を放置しノロノロと下へ降りると、皆が昼食にサンドイッチをつまんでいるところだった。

 

「エルファバ!」

 

厨房に入ってきたエルファバに真っ先に気づいたのはハーマイオニーだった。皆一斉に振り向く。

 

「ぉはよ。」

 

エルファバはあくびをしながら皆へ挨拶する。

 

「気分はどう?」

「うん、身体はだいぶ軽いわ。」

 

エルファバに抱きつき、ハーマイオニーは両頬に手を添え微笑む。

 

「表情も戻ったみたい!安心したわ。」

 

言われてみれば昨日フルーツケーキを食べた後と比較しても顔の筋肉を動かしている気がした。エルファバはこれが本来の自分なのだとしみじみ実感する。厨房にいるウィーズリー兄妹、ハリー、リーマス、シリウスも満足そうにエルファバを見ていた。

 

「結局なんだったんだい?エルファバに薬を仕込まれた原因は?」

「それはエルファバに直接話すよ。プライベートな内容だ「私どのみちみんなに話すから今ここで話しても大丈夫よ。」」

 

エルファバはリーマスの言葉を遮り、力強く言った。自分の言葉に思いの外力が入り、それで眠気も飛んだ。大人たちは戸惑ったように互いを見合わせるが、エルファバは今ここで話してくれないと意地でも動かないと心に誓った。

 

(騎士団の重要な任務に私の事情がそこまで影響あるとも思えないし。)

 

エルファバは妙な確信があった。

 

「エルファバお座りなさい。紅茶はいかが?ダージリンとアッサムがあるけど?」

 

その会話に割って入ったのはミセス・ウィーズリーだった。自身の夫が命の危機に晒されたにも関わらず、気丈に振る舞っている。が、少し顔がやつれている気がしてならなかった。

 

「ダージリンでお願いします。」

 

ミセス・ウィーズリーはニッコリ笑いかけ、杖を振るとティーカップが厨房の奥から現れた。

 

「あ、ちょっとちょっとルーカス!」

 

ミセス・ウィーズリーは慌てて廊下へ出た。エルファバはここでルーカスがさっきまでこの場にいたことに気づき、ミセス・ウィーズリーを追いかけた。ルーカスはドアノブに手をかけまさに出て行こうとしている最中だった。

 

「あなたもクリスマス、ここにいらっしゃい。」

 

ルーカスはいつもエルファバに見せる笑顔は見せない。大人を信用していないルーカスは子供たち以外の前では笑わなかった。が、今のルーカスの顔には一瞬戸惑いの色が浮かんだ。対してミセス・ウィーズリーは少しやつれているものの笑顔を絶やさない。

 

「あなたは私の夫を救ってくれたわ。ダンブルドアの指示を受けてすぐに魔法省に向かってくれて、適切な処置をしてくれた。ハリーとあなたのおかげでアーサーは救われたのよ。」

「…あなたはそうかもですけど、他の人はどう思ってるか。」

「来てよルーカス。絶対楽しいわ。」

「そうだよ!僕も来てほしい!」

 

エルファバは力を込めて言うと、後ろから来たハリーも続けて声をあげる。ルーカスは肩をすくめた。

 

「来てくれルーカス。君も騎士団の一員なんだから。」

 

エルファバの後ろからそう言ったのは驚くことにキングスリーだった。キングスリーはエルファバとルーカスを近づかせることを反対していた人物だったことをエルファバは思い出す。が誰しもを落ち着かせるその声は自信に満ち溢れていた。

 

「イケメンとのデートが入らなかったら来ますね。」

 

ルーカスはプイッと背を向けて、さっさとグリモールド・プレイスから出て行ってしまった。

 

「あら、気を悪くしてしまったかしら。」

「いいえ…照れ隠しだと思います。まさか自分が招待を受けるなんて思っていなかったんじゃないかと。」

 

エルファバは騎士団の団員たちがルーカスを認めてくれたことが嬉しくて仕方がなく、ヒョコヒョコ踵を上げ下げした。ふふん、と鼻歌を歌ってしまうくらいだった。

 

「ママ!エルファバに何があったのか聞かせてよ!」

 

ロンが厨房の中から声をかけ、大人たちとエルファバはハッとなった。

 

「あっ、そうね。エルファバへダージリンを入れ忘れたわ。それを入れたら話しましょう…エルファバ本当にいいの?みんなに聞かれてしまって。」

「ええ。みんな…私の家族のようなものだもの。」

「優しい子ね。けれど無理しちゃダメよ。」

 

エルファバはコクコク頷く。厨房に戻り、ハーマイオニーの隣に座った。気がつけばティーカップには熱く茶色い液体とお茶の葉のいい匂いが漂っていた。

 

大人たちは目を合わせ、誰が切り出すかをアイコンタクトで話し合ったが結局リーマスになった。

 

「そうだな…まだこの話は最終結論に至ってない。それを念頭に置くように。」

 

リーマスは子供たち全員、特にエルファバをしっかり見た。

 

「セブルスが昨日話していた“魔力抑止薬”は、聖マンゴで限られた魔法薬学者しか処方できない薬だ。高い技術を求められるし、何より薬の材料の一部は魔法省が保護対象としてる薬草で、とにかく一般的な魔法使いたちは作れない。」

「つまり聖マンゴは、魔法省と手を組んでるってこと?」

「いや、まだその結論に至るには早いんだよフレッド。私たちも最初はその線を疑った。が、ルーカスの見立てだとダンブルドア寄りのアーサーを入院させたから聖マンゴは中立で魔法省よりではない。もちろん魔法省からの援助も受けている病院だし、多少の言うことは聞かないといけないと推測しているけどね。」

 

リーマスはここで話を切り、心配そうにエルファバを見た。

 

「大丈夫。どんなことでも受け入れるわ。」

 

周りからの視線を感じつつ、エルファバはリーマスを真っ直ぐ見つめ返した。それを受け取ったかのようにリーマスは頷き、発したのは衝撃の一言だった。

 

「10年ほど前から今年までクィリナス・クィレルの名前でこの薬が処方され続けていた。」

「えっ?」

 

衝撃の事実に声を上げたのは他でもないハリーだった。

 

クィリナス・クィレル。

 

エルファバの実母であるグリンダ・オルレアンの弟であり、エルファバたちが1年生の時に闇の魔術の防衛術を担当していた教授だった。グリンダに歪んだ愛情を抱き、さまざまな劣等感からヴォルデモートに身体を乗っ取られホグワーツを暗躍した人物。

最終的にはハグリッドが飼っていたドラゴンの火をまともに食らい、全身大火傷を負ったのを見たのが最後だった。

 

確かクィリナス・クィレルは、現在ヌルメンガードというイギリス国外の刑務所に収監されているはずだ。

 

「牢獄にいる犯罪者への薬を誰かが受け取り続けていたの?この数年、誰も気づかなかったの?」

「正しく言えば、クィリナス・オルレアンの名前で受け取っていたんだ。珍しい名前だとは思うだろうがそれがクィリナス・クィレルだと紐づけられる者はいないだろう。犯罪者へ薬を処方してたなんて認知していない。」

 

ハーマイオニーの言葉に応えたのはキングスリーだった。エルファバとハリーは顔を見合わせてしまった。

 

「死んでいなければ薬は処方され続ける…つまりだエルファバ。君はクィリナス・クィレルの名義で処方された薬を5歳から摂取を続けていたんだ。しかも薬の処方された頻度を見るに…大人と同じ量を君は幼い頃から…。」

 

エルファバはゾッとして、自身を抱きしめた。地面が凍っていくのを感じ取りエルファバは思わず立ち上がった。

 

エルファバが動くたび、立っていた部分がパキパキと音を立てて凍っていく。

 

「すまない。やっぱり、まだ話さない方が「大丈夫…大丈夫だから。ここを凍らせたくないだけ…。どのみち知らないといけないことでしょう?」」

 

そう言いつつ、エルファバは自身が5歳から11歳ごろまで、1人でポツンと小さな部屋で過ごした食事風景が一気に脳内で駆け巡る。フルーツケーキに混じっていたなら、きっと普段から食事に混ぜられていたはずだ。

 

甘いオートミール、ジュース、フィッシュアンドチップス、クラムチャウダー、ラザニア、プティング…。

 

その全てがエルファバの感情を否定し、抑制するものたちだったのだ。それを知らず、狭い部屋でエルファバはじっと堪え、毎日を過ごした。ホグワーツへの入学が決まるまで…。

 

再び吐きそう、そして凍らしてしまいそうなのをグッと堪える。

 

「続けて…。」

「分かった。もうこれで最後だよ。ルーカス曰く君のお母さんは、この薬については魔力を抑える薬だと思っていて、身体や精神的な影響の出るものだとは知らなかったらしい。ショックを受けて取り乱していたようだ。」

 

エルファバは眉間に皺を寄せ、息を飲む。

 

「つまり、」

「そう…君にこの薬を処方することを決めたのはマグルの母親ではないということだ。」

 

ーーーーー

 

子供たちは呆然としたまま部屋に戻って来たが、エルファバは意外と冷静だった。全ての辻褄が合ってくる。

男子たちが寝る寝室にハリー、ロン、ハーマイオニー、エルファバは集合し、自分の意見を交換し合った。フレッドとジョージとジニーも聞きたがったが、一旦4人で話すからと説得し、3人へクリスマスの飾り付けを手伝わせるようにシリウスに促したのだった。

 

「けど、エルファバが表情を取り戻したのはつい最近だろ?仮に毎日毎食その薬を服用したとしてホグワーツにいる時は服用していないはずだ。そしたらもう少し感情があってもいい気がするけどね。」

 

部屋に集合するが否や、真っ先にこの点を指摘したのはロンだった。

 

「多分だけど、飲みすぎて戻るのに時間がかかったんじゃないかな。だって小さい頃から大人が飲む量を飲まされていたんだろ?」

 

ハリーの意見にロンは確かに、と数を数える。

 

「1年生の時は言わずもがな、ホグワーツを挟んで2年生の夏休みは僕の家に数週間だけ…ちょっとは表情変わってたのかなあ?それで3年生と4年生の時はずっと家にいたよね。そこでもずっと飲んでたとして、」

「5年生の早い段階でエルファバはここに来て、きっと完全に薬が抜けたのよ。」

 

今度はハーマイオニーがすかさず答えた。きっと教科書に何かヒントが書いてあったに違いない。

 

「精神的な影響を及ぼす薬って、長期間飲み続けると身体に馴染んでしまうって本に書いてあったわ。昨日も少量の薬を含んだだけで解毒に時間がかかったでしょう?あとはエルファバはその、辛いことも沢山あったしそれが薬と結びついていた部分もあると思うの。エルファバは氷のことを隠そうとしてたし。」

 

エルファバは皆の意見をコクコクと聞いて頷く。

 

「私、本当に気づかなかった。1年生から4年生の時も喜怒哀楽はあったと思うの。みんなと会えて嬉しいとか、悲しくて泣いたりとか。あとは自分のこと知られたらどうしようってパニックになったり。」

「あくまで抑制でしょう?元からあるものに蓋をするだけで、ゼロにするわけではないのよきっと。」

「そうだとして…あまり意味なかった気がするの。だって私の小さな感情の振れに合わせて凍ったり、雪を降らせたりしてて。」

「私それ、考えてたんだけど。」

 

ハーマイオニーは今度はおずおずと自信なさげに話す。

 

「多分薬は効いていたわ。だって、あなたいわゆる“ホグワーツで習う魔法”は幼少期に出てなかったでしょう?ほら、物浮かせたりとか、何か消したりとか。」

 

エルファバは自身の少ない記憶を辿る。

 

「…確かに。あまり記憶にないかも。それを試すほど外に出なかったってこともあるけど。小さい時はあったかな。」

「けど、エルファバの能力は消えなかった。つまりそもそもの性質が違うのよ。感情を抑えつけられることで多少の抑制には繋がったかもしれないけど…。」

「つまり何が言いたいんだい?」

 

ハリーが焦ったそうに促すとハーマイオニーは息を吸い、吐き出すと共に言い切った。

 

「あなたの能力は、エルファバそのものに備わっているのではなく本当に“呪い”なんだわ。比喩ではなく。」

「……血の呪い。」

 

ハリーが呟くとハーマイオニーは頷く。

 

「ルーカスも言ってたんだけ。小鬼だっけ?エルファバの一族に呪いをかけたのは。」

「そう。結局曖昧でちゃんとここも探れてないけど…。」

「小鬼自体そんなに普段関わる機会が少ないしね…フィットウィック教授に聞いたら何か聞けたりするかな。」

「そうだわ!私どうして気づかなかったのかしら!」

 

エルファバが話を続けようとしたところ、バタバタバタバタっと音が聞こえ、ブラック夫人の叫び声が聞こえたと共にどんどん慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

「メリークリスマスみんな!!!」

 

トナカイの着ぐるみを着て、顔を茶色に鼻を赤くペイントしたエディが、満面の笑みで部屋に飛び込んできた。

 

「ラーストクリスマス!アイゲイブマイハート!」

 

シリアスな会話をしていた4人は思わず笑ってしまった。

 

「エディ、まだクリスマスまで3日もあるわよ?」

「んもー、ハーマイオニー!クリスマスを堪能するのに早すぎるってことはないわよ!みんなでクリスマスの掃除しよう!」

 

トナカイ・エディに連れ出され、4人はグリモールド・プレイスの掃除に取り掛かった。今話した内容はエディにはすぐに話さないと目配せをしながら。

 

シリウスはやたら上機嫌で、グリモールド・プレイスに響く声でクリスマスソングを歌っていた。ハリー曰く、13年アズカバンにいたシリウスが今年は大勢とクリスマスを過ごせるという事実が楽しくてしょうがないそうだ。ただ、ハリーがクリスマス・ダンスパーティーという若人の青春を蹴りマクゴナガル教授と口論までして、シリウスとリーマスでクリスマスを行った去年の方が楽しそうで今の比じゃなかったとのことだ。

 

エディとリーマスはというと、今だに微妙な距離感があった。考えてみればエルファバは「リーマスとエディの距離を戻す」と高らかに宣言した割にいざとなったら自身の劇薬入りケーキ事件にかき消されて、実行できずじまいだった。

リーマスの掃除やら飾り付けを積極的に手伝おうとするエディに対し、リーマスは程よく距離を保っている印象だった。決して失礼ではない、話しかけても答えるしエディがユーモラスにフレッドやジョージとジョークをかませば笑う。けれど前のように近しい間柄というわけではなく、確実にエディに一線を引いていた。エルファバにも同様で、劇薬の件で関係性が戻ったかと思えたがエルファバが元に戻ったら再び距離を取られた。

 

そんなに甘くはなかった。

 

「新聞が出た直後、ダンブルドアはすぐにあいつにここへ隠れるように指示した。あんなに取り乱していたのを、初めて見たかもしれない。」

 

去年のダンスパーティーの噂を聞いたミセス・ウィーズリーに言われて、室内の飾りを書斎で考えていた時、機嫌のいいシリウスが唐突に部屋に入ってきてエルファバの隣に椅子を持ってドカっと座った。

 

「あいつはあのガマガエルに晒し者にされ、生徒をあわや殺しかけ、自分のせいで尊敬するダンブルドアの名誉を傷つけ、さらに目立ちすぎて任務にも関われなくなりここに居ざる得なくなった。」

 

椅子を逆向きに座り背もたれに腕と顔を乗っけ、頭をガシガシとかいたシリウスはエルファバに向き合う。

 

「あいつのニュースが出回った深夜、ダンブルドアがここへ来た時ムーニーは珍しく声を荒げながらダンブルドアに問い詰めた。思い返せば脱狼薬を飲んだにも関わらず全く記憶がない日が1日だけあり、そのあとエディが包帯を腕にしていたと。聞いたけどはぐらかされたし、教授陣も問題なかったの一点張りだったらしい。ダンブルドアはその日の真実を告げた。エディの意思でそのような処置をしたことも、当然あいつのせいじゃないことも強調したさ。卑怯者のピーターのせいだ…けど、それで納得するタイプじゃないだろ?」

 

エルファバはコクリと頷く。背もたれに身を預けたシリウスはまあ、と話を続ける。

 

「何よりあいつはエディとお前のこと気に入ってたんだ。ここにいる時もよくお前たち2人の話をしてたし、アンブリッジにいじめられていると聞いたら心底心配していた。分かっていると思うが2人を嫌いになってしまったわけじゃない。もう自分のような怪物と関わると皆が傷つくと思っているんだ。今あいつはアンブリッジのせいで全てを失って…ダンブルドアの指示でここにいるが、本当なら誰とも話さず、1人で篭っていたいだろう。だから、このクリスマスで仲を戻そうとするのではなく、普通に接してほしい。それがあいつのためだ。」

 

(エディとリーマスには親子のような、友人のような確かな絆があったはずなのに。)

 

どうすればいいか分からずエルファバは頭を抱えた。誰も悪くない。

 

(エディも。リーマスも。悪いのは自分の利益のために卑怯な手を使う人たちだ。)

 

その晩、ミセス・ウィーズリーのシーザーサラダとシェパードパイを食べた。

 

トンクスは自分の顔をブルドック、チワワ、プードルと変えて子供たちを大いに喜ばせていた。マッドアイとキングスリーは話し込んでいて、ハリーがチラチラその様子を窺っている。

 

ロンが教えてくれたが、エルファバとハーマイオニーがホグワーツから戻る前にハリー達はマッドアイが「ハリーに”例のあの人“が取り憑いている」と話しているのを耳にしてしまい、それ以降ハーマイオニーが来るまで塞ぎ込んでいたらしい。

 

エルファバはハリーを心底気の毒だと思った。ただただハリーは赤ちゃんの時に襲撃を受けたばかりにこのような運命を背負わされていたのだ。

 

エディはリーマスの隣に座り、トンクスの芸を見て2人で笑っていた。とてもいい雰囲気だとエルファバは思った。

 

「さあって!デザートよ!」

 

ミセス・ウィーズリーが、机の上にドンっと載せたのはエルファバの顔の二回りもある巨大なケーキだった。いちごとクリームがたっぷりかつ無造作にのったケーキにロウソクが数本刺さっている。火はついていない。

 

エルファバは怪訝そうな顔でそれを眺めていると、エルファバが使用した赤いナプキンが急に蛙のような声を出し、宙に浮かぶとパカパカと口のように動き出す。

 

「「「…アア“〜!!」」

 

エルファバはビクッと椅子ごと後退りした。他の人のナプキンたちもゆっくりエルファバに近づいてきた。皆は先ほどまでガヤガヤしていたにも関わらず一斉にナプキンに怯えるエルファバをニヤニヤ見つめている。

 

「「ハッピバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー!」」」

 

ナプキンが歌い出すとケーキの上でロウソクから氷の結晶のような火花が散り、ゆっくり消えていく。

 

(…???)

 

「ハッピバースデーディア、エルファバー!」

 

(……私?)

 

「ハッピバースデートゥーユー!!」

 

ナプキンの歌が終わると、厨房にいる全員が拍手をした。拍手の音と共にナプキンは持ち主のもとへ帰り、普通のナプキンに戻った。今度はケーキのクリームのでこぼこした表面に銀色の文字が浮かび上がる。

 

“エルファバ、ハッピバースデー”

 

(???)

 

「さあ、ロウソクを消して!」

 

エルファバは戸惑いながら、ミセス・ウィーズリーに促されフーッと火が灯ったロウソクを消した。

 

皆が再び楽しそうに拍手をする。口々に「おめでとう!」「16歳ね!」とエルファバにお祝いの言葉を投げかけるがエルファバは訳が分からない。

 

「今日は君の誕生日だよエルファバ。実は君が薬で感情を無くした時に原因を探ったら出てきたんだ。君は1979年12月23日生まれだって。」

 

エルファバはポカンとして、たった今キングスリーが言った言葉を理解するのに数秒かかった。

 

「今日はね、あなたに内緒でケーキをみんなで作ったのよ!スポンジはハリーとロンにやらせたの。ロンと比べてハリーったらとっても慣れた手つきで!」

「ダーズリー一家で散々やらされてたんで。」

 

ミセス・ウィーズリーの言葉にハリーは照れ臭そうに笑う。

 

「ハーマイオニーとジニーはクリームを泡立ててくれて、仕上げはエディとリーマスとトンクスがやってくれたのよ!」

「本当はもう少しキレイだったんだけど、あたしがその上にレシピ本落としちゃったのよね。」

 

トンクスが悪びれもせず白状した。

 

「あらっ、どおりで形が崩れてるわけね!全く、言ってくれたら直したのに!」

「料理に普通の修復呪文が効かないってよく分かったよモリー。」

「ママ、その3人は完全に人選ミスだよ。」

 

ロンのユーモラスなツッコミに皆が笑った。たしかにお菓子の仕上げをうまくやれそうな3人ではない。

 

「おうおう、俺らの仕掛けも忘れちゃいけねーぜ!」

「ナプキンに追い詰められるチビファバは傑作だったぜ!写真撮っておけば良かった。」

「フレッド、ジョージ、意地悪しないの。さあみんなでケーキ食べましょうねエルファバ…エルファバ?」

「え、あ、はい…。」

 

エルファバは自分の誕生日を祝われたことがなかった。そもそも自分の誕生日なんて知る由もない。遠い昔に誕生日パーティーを行った気がするがそれが自分のだったかそうでなかったかすら分からない。

 

(私がこんなこと、してもらっていいのかしら…いいのよ。だって、みんなが私のために誕生日ケーキを用意してくれて…ナプキンに魔法もかけてくれて。けれど、こんなことあっていいのかしら。)

 

「どうしたの?」

 

心配そうに顔を覗き込むミセス・ウィーズリー、そしてそれに気づいた皆が怪訝そうにエルファバに注目した。エルファバは戸惑ったように言う。

 

「その…嬉しすぎて、どういう顔をしたらいいか分からないんです…私また薬で変になってしまったんでしょうか。」

「あら。それでいいのよ。このケーキには何にも入っていないから安心してちょうだい。みんなのあなたへの愛だけが詰まっているわ。」

 

ミセス・ウィーズリーがウインクしながらエルファバの頬を優しく撫でると、玉ねぎの匂いがした。

 

 



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10.進路面談

 

残念ながら、エルファバのサプライズバースデーをピークにクリスマス休暇の幸福感は下降の一途を辿った。

クリスマスの日はミスター・ウィーズリーのお見舞いをした際にネビルとその家族に遭遇し、とても気まずい思いをした。どうやらネビルの両親はデスイーターたちに正気を失うまで磔の呪文で拷問を受けたらしい。今もその後遺症で精神後退してしまっているようだ。

 

帰りの車の中では誰にも何も話さなかった。

 

エルファバはその中でふと、考えていた。もしもあの聖マンゴ病院へ自分が何かしらの理由で入院することになったらどうなるのだろうかと。

 

(私の魔力の暴走具合なら、全然それはあり得るわけだし。)

 

ネビルの両親がいる場所と同じ病棟で、エルファバは魔力を操れない患者として1人寂しくベッドの上で日々を過ごす…。

 

(それは勘弁ね。)

 

同時にハーマイオニーがクリスマス前に言ってたことを思い出した。

 

『あなたの能力は、エルファバそのものに備わっているのではなく本当に“呪い”なんだわ。比喩ではなく。』

 

エルファバは帰宅後から数日間グリモールド・プレイスで呪いについて本を読み漁った。シリウスはエルファバがついにアンブリッジを本格的に呪おうと動き出したと揶揄したが、エルファバは可能な限り調べ尽くした。

エルファバは書斎で“血の呪いの考察〜魔法族にかかる種類と推測される原因について〜”を齧り付くように読み込んだ。呪いに関しては、かけられる前に反対呪文を唱えれるか、呪われた後はそれに基づく治療を行うか呪った本人が解呪すればいい。

 

エルファバを、エルファバの一族を呪ったのは小鬼(ゴブリン)

 

(けど、呪った小鬼(ゴブリン)たちはもう何百年も前に死亡しているし…。)

 

原因不明の何世紀にも渡る血の呪いが発症し衰弱する一族もあれば、女性にだけ動物へ変身し最終的には人間に戻れなくなる呪いもあるらしい。

 

(どのみち、呪いというだけあって不幸になるー。)

 

エルファバの人生も悲惨なものだ。これにより、酷い虐待を受け家族と関係が築けずエディとの時間の修復に時間がかかった。

 

(けど…。)

 

ひょいっ。

 

「あ。」

「ママがランチだって。さっきから呼んでるけど君が来ないから、どうせ本読んでるだと思ったらビンゴだね。」

 

ロンはエルファバの本を取り、エルファバの顔を覗き込んだ。そばかすだらけで赤毛のロンはここ最近随分男性らしい身体つきと顔になった気がした。

 

「それにしてもすーっごく、つまんなそうだねこの本。シリウスとかこんな本やら薄暗いこんな屋敷にずっと住んでたのかあ。僕なら発狂しちゃうよ。」

 

ロンはエルファバの本をパラパラめくりながら、うげーっと顔をしかめる。

 

「本当ね。」

「けどさ、前から思ってたんだけど君本当にその氷のやつ、消したいの?僕なら残しておくけどな。」

「?」

 

エルファバの過去を考えれば、この発言はハーマイオニーからどつかれ、ハリーからは呆れた目で見られるはずだ。幸か不幸か2人ともいなかったためツッコミ役が誰もおらずそのまま会話が続行された。

 

「だってさ、呪いという割にはとても便利だと思うんだそれ。僕らそれなかったらきっと1年の時も2年の時も死んでたし…4年の時だって、氷の力で僕らすっごい助けられたよ。もちろん、いろいろ凍らせちゃったり大変なこともあると思うけど、エルファバのことに限らず魔法ってそういうものじゃない?」

 

エルファバは少し考えた。ロンの言うことには一理ある。

 

「………確かに。」

 

実際のところ、エルファバの氷が直接的に誰かに被害を及ぼしたのはエディを凍らせた時くらいなものだ。

 

1年生時のクィレル、グリンダに乗り移ったヴォルデモートを倒す時、2年生ではリドルとバジリスクを倒した時、4年生ではドラゴンを氷漬けにした。4年生時に至ってはホグワーツとその他の2校の生徒たちを救った大きな功績があるとエルファバですら自負している。

 

「ハーマイオニーが大袈裟に捉えすぎなんだよ。」

 

ロンは、ウンウンと自分で言って自分で納得した。

 

そのすぐ後から、エルファバも自分のことを調べることだけに時間を裂けなくなってしまった。

 

聖マンゴ病院を訪れた際にファッジに近い魔法省の人間がいたとトンクスが発見し騎士団内の警戒心は高まったのだ。

 

「ハリーやアーサーではなく、エルファバが目的よ。おそらく今後エルファバが出入りしたことで何かしらのいちゃもんをつけてくる可能性は高いわね。」

「どうしてそれが分かるの?」

「観察してたけど、ずっとハリーではなくエルファバを見てたわ。」

 

ロンの質問に答えつつ、トンクスは忌々しそうにサンドイッチをかじっていた。

 

こうしてエルファバはクリスマス休暇の後半は再びルーカスと訓練を重ねることになったのだ。

 

「よーし、いい感じだ。休憩しよう。」

 

いつもの練習場所であるあの広大な土地は、今や雪景色に染まりすごく美しかったが、そう思ったのも最初のうちだ。エルファバは体力を使う過酷なトレーニングにゼエゼエと息を荒げながら地面に倒れ込む。

 

「もうこれで心配ないはずだ。騎士団のメンバーにも言っておくよ。」

 

エルファバは息絶え絶えに頷く。

 

「あ、そうそう。セドリック・ディゴリーが飲まされてた薬だけど、あれ俺らが知らない薬だった。」

「…へえ?」

 

唐突なルーカスからの報告にエルファバは素っ頓狂な声を上げた。

 

「エルちゃんが飲まされてた薬に近かったけどね。君が劇薬ケーキを食べさせられたから、それで分かったんだ。けどあれは見たことがない魔法薬だったよ…強いて言えばエルちゃんの物は感情に蓋をする薬だけど、ディゴリーのは感情を抹消する薬って感じかな…。どのみちあれは新しい薬を作ることを許可されている相当地位が高くて優秀なヒーラーしか作れない。」

 

エルファバは息切れといきなり言われた衝撃的事実に頭がこんがらがり、地面で大の字に寝転んだ。いろいろと考えたが、やめたエルファバはいったんその問題は放置することにした。

 

「…私って、呪われてるのかな。」

「どうしたの唐突に。」

「ハーマイオニーが言ってたの。私の“力”は呪いだって…魔法薬で抑えられなかったから。けれど、ロンが呪いの割に便利すぎるって言ってて。」

「……まあね。」

「ルーカス何か知ってる?」

 

エルファバが地面からムクっと起き上がると白い髪に茶色い土が所々付いている。それを呆れたように笑いながら、ルーカスは指で取り払ってくれた。

 

「確かに呪いというには便利すぎるかもね。けどハーミーちゃんが言う通り、これはジャンル分けするとすれば“呪い”かな。小鬼(ゴブリン)たちはこれを持っているものを全て不幸にしたいんだ…エルちゃんだって“これ”を持って不幸になっただろう?」

「うん…それはそうなんだけど。私の家族が差別したのも、叔父さんが虐待したのも、“力”が原因ではないと思うの。みんなが、マグルが嫌ってたのは“魔法”だからもしも私が他によくある魔力の暴発を起こした場合も同じになっていた気がして。」

 

シリウスが少し前に言ってたことを思い出す。

 

『お前の叔父さんの言動が…もちろん暴力を肯定するわけじゃないぞ?ただマグルっていうのは俺たち魔法使いを見ると普通怖がって避けるんだ。ハリーの親戚がいい例で…お前の“力”と俺たちの魔法をお前の叔父さんが区別できるはずもないし。』

 

考えてみれば1年生時にエルファバがクリスマスプレゼントとして送った魔法の刺繍本を送り返されたこともある。

 

つまり親戚たちはエルファバの“力”と魔法を別物として理解していないはずだ。

 

「うーん、まあ確かにね。まあ小鬼(ゴブリン)どもが呪ったのは数百年前でこんなこと予想してなかっただろうし、嫌がらせ程度に思ってんじゃないの?」

「そう…ね。」

「まあ、いい線いってるよ。通販広告と一緒だよ。便利なものほど裏があるって。」

「ルーカスはその裏を知っているってこと?」

「どうかな。」

 

(またはぐらかされた。)

 

エルファバはルーカスを睨んだが、「猫が餌もらえなくて拗ねてる時の顔と一緒」と小馬鹿にされた。

 

ーーーーー

 

休み最終日にハリーは新学期からスネイプとの個人授業があると絶望していた。今のハリーはシリウスと会う機会も奪われ、クィディッチの永久禁止、そして試験でピリつくホグワーツに変えるのは大層嫌がっていた。

 

エルファバも当然、今後のことを考えるとホグワーツへ戻るのはかなり嫌だった。アンブリッジがエルファバの精神を錯乱しようと何を仕掛けてくるか分からない。本来であればこんな訓練など使用する機会が無い方が楽なのだ。

 

エルファバとハリー2人でシリウスの目の前で大袈裟に嘆き、ハリーがいなくなることでご機嫌斜めなシリウスの機嫌をちょっと良くさせるという一仕事を終えた後、エルファバは荷造りをしていた。

 

ご機嫌をとったついでにシリウスに書斎から本をいくつか借りる許可をとり(そんなことせずともシリウスはこの家にある本を貸してくれるとは思うが)、書斎に向かっている途中だった。

 

「あれエディ、どうした「シッ!!!」」

「むぐっ。」

 

書斎近くの扉に隠れるエディにエルファバは顔を掴まれ、引っ張られた。書斎の中で誰かが口論している。

 

「…よ、リーマス。いくらなんでもかわいそうよ。あんなに慕ってるのに。」

「やめてくれトンクス。本当に…。」

「あなたの気持ちは理解できるわ。けれど、だからっていってエディやエルファバ、それにハリーにあんな態度をとっていい理由にはならないのよ。3人だってあなたの態度に気づいているわ。」

「…私は普通に接してるよトンクス。みんなに平等に関わってる。」

「あれのどこが普通なの?あからさますぎるわ。」

「頼むから…。」

 

書斎から聞こえてきたのはトンクスとリーマスの声だった。どちらかというとリーマスがトンクスに押されている。エルファバはエディに目で「どういうことなの?」と必死に伝えるがエディは話を聞くことに夢中だ。

 

「シリウスも何度も言ってたけど、あなたは万全な対策を取っていたのよ。それをあの意地汚いペティグリューが利用したの。」

「だから私だって何度も言った。そもそも私が火種を持っていたから、利用されたんだ。私が愚かだったんだ。あの子たちはみんな純真無垢なんだ…戯れて怪我したのとは訳が違うんだよトンクス…私はエディを…みんなに愛される子を私と同じ獣にしかけた。消えない傷までつけて…もう放っておいてくれ…。」

 

最後のリーマスの言葉は、泣いているのではないかと思うほど弱々しく震えていた。

 

大の大人が、しかも男性が、こんなにか細い声を出し懇願するものなのだとエルファバは衝撃を受けた。エディも同じ気持ちだったのだろう。唇を噛み必死に目を乱暴にこする。

 

「あなたは獣なんかじゃない。そんなふうに自分を責めるのはやめて!」

「トンクス、君が獣になった私を見て襲われたら少し考えが変わるさ。」

「エディは変わらなかったわ!そんなことがあってもあなたと一緒にいた。何度でも言うけどあれは事故だったの!私だってあなたを…!」

 

トンクスが急に黙り込んだ。エルファバとエディは何が起こったのか背伸びして中を覗こうとするがうまくいかない。

 

「…ダメだ。それ以上は言ってはいけない。」

「リーマス…!」

 

そのままトンクスを置いて書斎を去ったリーマスが、エルファバとエディを見ることはなかった。その直前に背後からハリーが透明マントの中に2人を入れたからだ。

 

トンクスが小さくため息をついて書斎を去ったのを確認してから、ハリーは透明マントをしまう。

 

「僕、グリモールド・プレイスにいたいよ。」

「私も…。」

 

エディは何も言わず、ただエルファバの腕に絡みついただけだった。

 

そんなこんなで、皆いつも以上にテンションが下がり気味で、ホグワーツへ戻った。相変わらずアンブリッジはホグワーツを我が物顔で牛耳っていた。

 

ハリーはスネイプと閉心術を学ぶこととなり、あれやこれや恥ずかしい過去を覗かれては精神を疲弊させているという。機嫌最悪なハリーをなだめるのはいつもエルファバの役目でクィディッチに忙しいロンや進路を考えるのに忙しい(というよりハリーをなだめるのを放棄した)ハーマイオニーと話さず、四六時中ハリーといる機会が増えた。

 

その間にも死喰い人の集団脱獄(アダムは脱獄していなかった)という大きなイベントがあったものの、それ以外ではアンブリッジからカウンセリングに呼ばれず、数ヶ月ほど平和な日々を過ごしていたエルファバだったが、2月上旬、とある人物に呼ばれてアンブリッジの授業が終わったすぐ後に向かった。

 

「お入りなさい。」

 

ノックをするとマクゴナガル教授の厳かな声が部屋の中から聞こえ、エルファバは息をグッと飲み、部屋に入り教授の目の前に座った。

 

「さて、前例よりかなり早いですが…手紙に書いた通り、あなたは特殊なケースですので進路面談を前倒しにすることになりました。6年目、7年目でどの学科を継続するかを決めます。前にあなたは…魔法薬学士になりたいと言っていましたがその夢に変更はないですね。」

「はい。」

 

エルファバはしっかりと頷く。エルファバの4年生の頃からの夢だった。

自身の“力”のコントロール、リーマスのような社会的弱者を薬で救えると考えたからだ。

 

「よろしい。必須となる魔法薬学であなたはE寄りのOです…今回のO.W.L.で努力すれば6年目のスネイプ教授の授業は出席できるでしょう。スネイプ教授はOを取った生徒しか教えないことで有名ですから。精進なさい。あとは呪文学。これはOですので現時点では問題はないですが、しっかり学習を続けていきましょう。」

 

エルファバの成績は決して問題はない。しかしエルファバの心の沈みは消えず、そわそわした。マクゴナガル教授は水色の冊子を手に取り、パラパラとめくりながら話を続ける。

 

「この2つさえ取っていれば問題はないですが…端的に言いますと、あなたの成績からすると非常にもったいない気もします。」

 

エルファバはキョトンとマクゴナガル教授を見つめた。教授はあなたのことですからそれ以外の授業を怠ることはないとは思うのですが、と前置きした上で続ける。

 

「魔法史や数占いの授業で非常に良い成績です。もしもこの2つの教科が好きであれば、錬金術や古代学の授業はあなたに合っているはずです。あなたは前々からやりたいことを決めていましたが、今の成績からして、もう少し将来の幅を広げても良いかと。例えばー。」

 

マクゴナガル教授はエルファバに手に持っていた水色の冊子を手渡す。

 

「銀行、とか。」

 

マクゴナガル教授が意図したわけではないことは重々理解しているが、小鬼(ゴブリン)たちがいるグリンゴッツの存在を思い出すと否が応でも自身の血の呪いについて考えざる得ない。

 

水色の冊子には“ゾクゾクするような冒険を!グリンゴッツ銀行で共に働きませんか?”と書いてある。

 

また違った心のざわめきを抑えつつエルファバは思いを伝えた。

 

「正直銀行にはあまり興味はなくて…それにグリンゴッツ銀行への就職には闇の魔術に対する防衛術が必須だと書いてありました。私の成績はAで、到底叶うものでは…「そのことですが、」」

 

一瞬マクゴナガル教授は、下唇を噛み考え込んだ。数秒の沈黙の後また話しだす。

 

「あなたは、本来の実力をこの5年間で出せていなかった可能性があるのですよ。フィットウィック教授とも話していましたが、ここ最近のあなたの実技の成績は目を見張るものがあります。まあ当然、あなたは目立つのを恐れて実際の実力を隠していたことも加味してですが…ええ、ミス・スミス。どの教授陣もそれは把握済みです。」

 

エルファバは、恥ずかしくなって目を逸らした。少し前なら床を凍らせていただろう。マクゴナガル教授は続ける。

 

「今年に入り、あなたは本来の実力を出せるようになってきた印象です。魔法を使いこなすには精神的な成熟も重要な要素の1つであることはあなたも分かっているでしょう。きっと…もっと良い成績を収めることができるはずです。」

 

エルファバは、マクゴナガル教授が暗にエルファバが薬によって魔力を抑えられていたことを示唆しているのだ。4年生時にはマッド・アイによって防衛術の特訓をすることでなんとか武装解除くらいはできるようになった。

 

(もう少し、進路を広げる…ね。)

 

「…けれどマクゴナガル教授…。」

「なんでしょう。」

「私は…そもそもO.W.Lを受けれるのでしょうか。」

 

一瞬、マクゴナガル教授はエルファバを憐れむような、悲しそうな目で見たのをエルファバは見逃さなかった。が、すぐに凛として冷静にしかしハッキリと告げた。

 

「当然です。ホグワーツの生徒であり、5年生である全ての魔女と魔法使いがO.W.Lを受験します。例外はありません。当然あなたもー。」

 

話途中に、誰かが部屋の扉を乱雑にノックした。エルファバとマクゴナガル教授は固まる。

 

「すいませんが、今は取り込み中でー。」

 

アンブリッジが、マクゴナガル教授の言葉を待たずにいそいそと部屋に入ってきて、しれっと部屋の端っこに収まった。

 

「失礼、ミネルバ。私進路面談がこんな早い時期にあるだなんて全く知りもしなかったから…遅れてしまって申し訳ないですわ。」

 

ニタっとアンブリッジが勝ち誇ったように笑う。エルファバは(最近豊かになったといわれる)表情にウンザリした感情を出さないように細心の注意を払ったが、マクゴナガル教授に至ってはそれを隠そうともせず小さくため息をついた。

 

「そうですか。それでは続けますが「お待ちになってミネルバ。私に許可もなくこーんなにも早くミス・スミスの進路相談を実施した理由が分かりませんわ。私、ミス・スミスに用があって先程の授業の後に彼女を探したのですよ。けれど授業が終わったら彼女はさっさと出ていってしまって…ルームメイトの…あ、失礼、ミス・スミスの脆弱な精神のせいで“元ルームメイト”のミス・パチルに聞きましたらあなたと会うと言っているではありませんか。例年進路面談の開始時期は4月あたりですのに、今は2月。なぜこのようなタイミングで進路面談の実施を?」」

 

マクゴナガル教授は間髪入れずに答える。

 

「これは正式な面談ではありませんドローレンス。ミス・スミスより進路を悩んでいると聞き、少し時間を取って話を聞いていただけです。」

「まあっ!なんて情熱的で生徒思いですこと!その些細な面談にそこまで資料を用意するものでしょうか?」

「正式な面談ではないと言っただけで、些細なものとは言っておりません。生徒たちの大事な将来の話のために、事前準備をするのは当然です。さて、話を続けますよミス・スミス。」

 

エルファバは慌ててマクゴナガル教授に向き直る。

 

「あなたが魔法薬学士になるという長らくの夢を叶えるのはとても良いことですが、あなたには可能性があるのです。今後のことも考え、1つに絞らず、別の進路を検討しても良いでしょう。そしてー。」

 

マクゴナガル教授は先程話した件を繰り返したが、エルファバがO.W.Lを受けれるか否かについての話には触れなかった。

 

ーーーーー

「お待ちになってミス・スミス。一緒に歩きましょう。」

 

面談終了後、まるで可愛らしい少女が母親に言うように、エルファバに声かけたアンブリッジにエルファバは一瞬の嫌悪感を覚えた。拒否権が無いことを悟ると仕方なく一緒に夕暮れの廊下を歩き始める。

この後は図書室でエディの宿題を見る予定だったが、一旦グリフィンドール寮へ戻るフリをした方が得策だと感じた。

 

「聖マンゴ経由で魔法省へ連絡が入りましたわ。あなた、幼少期からずっと”魔力抑止薬”を服用していたのね。可哀想に。」

(前置きもない、不躾な物言いは通常運転ね。)

「あなたも気づいていなかったとはいえ、私が施したカウンセリングは正しいものだったのね。」

(よくもそんなことを言えるわね。)

 

エルファバは心の中で、ツッコミを入れながら話す。エディはアンブリッジを見るたびに呪いをかけようと杖を取り出すので毎回周りが止めている始末である。

 

「そうそう、あなたに伝えたいことがあってね。あなたの精神を安定させるために、魔法省よりあなたへ特別なプログラムを組むことになったのよ。」

 

アンブリッジはまるで注目の新製品を紹介するように言う。

 

「あなたのボガートは虐待を行った叔父さまに変身すると聞いたわ。あなたの精神を不安定にさせる原因!そのボガートが変身した叔父様と対話を続けるの。物事を解決するには話し合いが不可欠でしょう?まずはボガート、そのあとはヒーラーがあなたの叔父さまに変身して模擬で対話を行う。最後には本物の叔父さまと話すの、どう?素敵でしょう?」

「…なんてことを…。」

「何ですって?」

 

エルファバは立ち止まり、同じ背丈のアンブリッジを睨み付ける。耐えられなかった。激しい怒りを必死に抑えつけながら、必死に自身の怒りを言語化する。

 

「そんなの…いらない…!私は…話したくない…!」

 

口を塞ぎ、首を絞めてくる醜悪な叔父の顔。

椅子で殴りかかられ、ペットの餌のような物を口に入れさせられ、服も変えられず。

 

「私たちはただ、あなたを思って…。無料で聖マンゴの施術を魔法省から与えられるというのに恩知らずね。」

「そんなの、施術じゃないです。カウンセリングだって…ジョンが開心術士ではないことぐらいとっくに知ってます。」

 

エルファバは続けて捲し立てる。

 

「私だけじゃない。ハリー、エディ、リーマス、セドリックまでどんどん追い詰めて…!」

 

エルファバがアンブリッジに向かって一歩前に出ると、パキパキっと氷を踏む音がする。

 

「私を…私の大切な人たちをこれ以上追い詰めたら、私は絶対に許さない…!」

 

アンブリッジは凄むエルファバにウフフと小馬鹿にしたように笑う。

 

「やはりあなたは精神異常者ね。周りをご覧なさい。」

 

エルファバがふと周りを見渡すと、広い廊下一体が棘のある銀色の氷に包まれていた。その棘が全てアンブリッジの方向を向いているが、アンブリッジは動揺していない。

 

エルファバは一瞬それを目に入れつつ直ぐにアンブリッジに向き直る。アンブリッジも一歩踏み出す。

 

「そしてお若いあなたは、ご自分が何をしているか分かっていないようね。私を恐喝するということは、魔法省、つまり大臣を恐喝することだということをご理解なさい。」

 

あとね、と言って半笑いでアンブリッジは続ける。

 

「可愛い顔で男に媚びる生き方は良くないですわよ。英雄ハリー・ポッター…今はただの目立ちたがり屋の大嘘つきですが。アルバス・ダンブルドア…ジョンのこともどうせダンブルドアから聞いたのでしょう。名家出身のセドリック・ディゴリーを誘惑すれば、誰もあなたを傷付けない。獣のリーマス・ルーピン…彼を誘惑する理由を私は理解できないですが、味方は多い方がいいですものね。」

「…何を…。」

「強いものに擦り寄って生きていくのは、楽ですものね。何もしなくても自分が優秀に感じますし、あなたを傷つけるものはいなくなる。あなたの可哀想な過去を見ればそちらに走ってしまう気持ちは多少なりとも理解できますが。」

 

エルファバは、思わず吹き出して声を上げて笑ってしまった。想像以上に自分の笑い声が醜悪な声で、驚く。

 

「何がおかしいのかしら?」

「ふふ…だって、それってそのままあなたのことじゃないですか。」

「…は?」

「実力の伴わないホグワーツの教授という仕事は、ファッジ大臣に擦り寄って得た仕事でしょう?私魔法省のいろんな優秀な方と会ったことありますけど、あなたが魔法省で活躍する理由が魔法だとは思わないもの!いつも話の引き合いに魔法省や魔法大臣の名前を出されるのは、アンブリッジ教授…あなたが何もないからでしょう?」

「…っっっ!!!グリフィンドール、50点減点です!!!!教授に対する侮辱!!!!あなたには罰則を…罰則を…!!」

 

息切れしたアンブリッジは、ゼエゼエいいながら呼吸を整える。エルファバはそれを無表情でジッと見つめる。

 

「罰則を与えます…近日中に伝えますので…!」

 

アンブリッジが踵を返すと、足を滑らせ思いっきり尻餅をついて転んだ。エルファバはそれすらも笑ってしまいそうになったが、流石にまた減点されるわけにはいかなかったので、堪えた。

 

「っっ〜!!!この忌々しい氷を早く消しなさい!!!」

 

エルファバは冷静に杖を取り出し、いつもの呪文を唱え、氷を消す。自身の短い身体をアタフタさせて起き上がるアンブリッジを見下ろしながら、この光景をエディに見せたらどんなに喜ぶかと考えた。

 

「だから子供は…!子供は嫌いなのよ…!」

 

そんな捨て台詞を吐きながら立ち去るアンブリッジの背中を見送り、エルファバはぽつりとつぶやく。

 

「これくらい言ってもいいよね、みんな。」

 

ーーーーー

セドリック・ディゴリーとエルファバ・スミスが中庭での大喧嘩の末、破局したと噂が流れたのは、その数日後のことだった。

 

 



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お礼と小話

コメント書いてくださっている皆さんいつも本当にありがとうございます。
どれもgoodをつけて大切に読ませていただいており励みになります。
数年前に同作を投稿していた時に、全てのコメントに返信していたのですがコメントの要望に沿って話を書こうとしてしまい…今回はコメントに目を通すだけにとどめておいております。
※訂正のご指摘いただいたものだけ、返信しております。

前の投稿作品から来て下さった方、新しく読んでくださっている方、本当に感謝です。

今回は前の投稿作品にも載せていた小話ですが、次回の本編は数年前から書こうと決めていた話です。
頑張って仕上げます…!


「…でさ、ルーピン教授とトンクスがいい感じとかデキたとかっていう公式情報入手してる人いないわけ?」

 

グリモールド・プレイス12番、書斎。新学期前。

埃っぽい部屋とおびただしい本の中で、普通の本と本の形をした魔法物(たまに叫ぶ本だったり噛み付いてくる本がある)と格闘する女性メンツたちは、この爆弾発言にピタッと作業を止めた。

 

「え、うそうそうそうそ!?!?」

 

最初に叫んだのはジニー・ウィーズリーだった。燃えるような赤い髪を揺らしながら爆弾発言の主に迫る。男兄弟に囲まれて生きてきたことも相まって、色恋沙汰に興味津々なお年頃である。

 

「しーっ!声大きいよジニー。ジェントルメンたちに聞かれたら面倒だからレディーズ達だけの時に聞いたのに!」

 

と、言いつつ悪びれずに爆弾発言をしたのはエディ・スミス。

日焼けした色黒の肌に黒髪、13歳にもかかわらず170センチの高身長ある少女。

ジニーの兄であるフレッドとジョージと共にホグワーツ随一の問題児であると名高いが、本人は自覚なしである。

 

「トンクスとルーピン教授が…?そんな素振りあった…?」

 

驚きつつも、冷静にツッコミを入れるのがハーマイオニー・グレンジャー。

エディの2つ上であり、秀才である。

今は豊かな栗色の髪を束ねて巨大な本を仕分けしていた。

 

エディはチラッと扉の外を見て、誰もいないことを確認すると話を続けた。

ハーマイオニーとジニーと3人で身を寄せ合う。

 

「え、逆にあそこまであからさまで分からないなんてことある?もー、わっかりやすいよ。特にルーピン教授。」

「あの2人、かなり歳の差よ?」

「ハーマイオニー、年齢はただの数字よ。愛に年齢なんて関係ないわ。」

 

エディは歌うように続ける。

 

「ウィノナ・ライダーとジョニー・デップだって10歳差だし…ま、あの2人は別れたけど。」

「そもそもそんな素振りなかったじゃない!」

「え、だって毎回ルーピン教授トンクスが任務に行く時とか次いつ会えるかめっちゃ聞いてるし、トンクスだっていつも強い女!って感じなのにルーピン教授といる時は乙女じゃん。」

「…あー、待ってちょうだい…言われてみればそうかも…確かリーマス教授にさりげなくトンクスの好きなもの聞かれたわ。ママにいつものお礼するってことで女性の好きなものを聞かれたついでに…うわ、完全に盲点だったわ…。ママに実際にそれあげてたし。」

「でも、ルーピン教授は誰にでも優しいし…エディの勘違いじゃない?」

 

エディはハーマイオニーの否定的な意見にちっがうよーーーー!!と首を大きく振る。

 

「ぜーーーーーーーったい違うもん!あんなルーピン教授見たことないし!こういう時のあたしの勘絶対外れないから!普段からビッチ達にいろいろ教えてもらってるから!てか、逆にあからさますぎてみんな知ってるかと思ったんだけど!違うの!?」

 

ハーマイオニーとジニーは顔を見合わせる。

 

「ねえ、エルフィーもそう思うでしょ?…エルフィー?」

 

エディは部屋の隅で丸まっている自分の姉を呼びつけた。が、反応はない。

 

「エルフィー?」

 

エルフィーと呼ばれたその少女は、ぶつぶつ何かを呟きながら体育座りで本を読んでいた。

小柄で華奢な体型、ユニコーンを彷彿させる白い髪(ただしボサボサである)。

人が指摘しないとエディの姉妹、しかも姉だと分からない。

 

「おーい。」

「エルファバ、完全に取り込まれちゃったわね本に。」

 

エルファバは勉強熱心な少女だが、集中しすぎて本に入り込む傾向がある。

こちらの声も聞こえていない。

ハーマイオニーはため息をつき、エルファバの本をヒョイっと取り上げた。

ピクッと反応したエルファバは青い瞳でハーマイオニーを見つめる。

 

無表情だが、驚いている。

 

「あなた、こうなるから書斎は手伝わない方が良かったのよ。」

「あっ、ごめんなさい…今まで見たことない魔法薬の話があったからつい…。」

「エルフィー呼んだけど、よくよく考えたらエルフィーに色恋沙汰は分からないか!」

 

ガハハ!と笑うエディに対し、エルフィーは心外だと言わんばかりにエディを睨む。

 

「そんなの分からないわよ。なんの話?」

「え、トンクスとルーピン教授ができてるって話。」

「…………あの2人が私とセドリックみたいな関係ってこと………?」

「え、珍しい。あのエルフィーがちゃんと理解してる。」

 

事を理解したエルファバは変わらず無表情だ。が、代わりにバキバキっ!と周囲50センチほど凍らせた。

 

「あっ…ごめんなさい…驚いちゃって…。」

 

エルファバが周囲を凍らせてあわあわしていると、コンコン、と誰かが空いたドアをノックした。

 

「お嬢さん方、片付けははかどってるかい?」

 

少しやつれて、顔じゅうに傷がある男性がこちらに微笑んでいる。

話題の中心人物、リーマス・ルーピン教授である。

ジニー、ハーマイオニー、エディが部屋の中心に集まっているのを見て片眉を上げる。

 

「その様子だとガールズトークに花を咲かせてるようだ…良かった、さっき男子達が食器棚に襲われかけてね。シリウスが助けたところだったんだ。この屋敷本当変なものが多くてモリーが心配して、女性陣に大人がついてほしいって。何か手伝えるかい?」

 

3人は、話題の主が現れた事でみんな動揺して、えーっと、あ、そのーしか言わない。

 

「ん?まさか、また会議の話盗み聞きしようとしてたのかい?」

「滅相もございません。」

「君がやけに丁寧な言葉を使う時は、あんまり信用できないからなあエディ。」

「…ひひっ。」

 

ある意味会議の話より気になるが、3人は苦笑いして所定位置に戻って本の整理を再開した。

 

「ルーピン教授?」

 

氷を頑張って体温で溶かし終わってエルファバが立ち上がって話しかける。

 

「なんだい?」

「ルーピン教授って、トンクスと付「ああああああああっ!!!エルファバ!!!!ゴミ箱持ってきてちょうだい!!!今すぐに!!!」…?、分かった…?」

 

エルファバは突如大声を出したハーマイオニーを訝しげに見ながらルーピン教授の前を通って下へと降りていった。

 

空気を読めない姉にヒヤヒヤしつつも、ルーピン教授とトンクスを絶対くっつけようとまた空気の読めない事を決めた妹のエディであった。

 



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11.氷に包まれるホグワーツ城

【注意】
この話では性描写を匂わせる表現が出てきます。

これが描きたかった。


「よくやったわセドリック。お父様も喜ぶでしょう。」

 

アンブリッジはセドリックの頬を手の甲で優しく撫で、軽い足取りでピンクでけばけばしい部屋をぐるぐる回った。セドリックはその手が興奮で汗ばんでいるのに気づき少し顔をしかめたが、上機嫌なアンブリッジは気づくはずもない。

 

「…合理的なことが何かを考えたまでです。」

「魔法省へのインターンの推薦状は記述済みですからね。あとは提出するだけです…最終的に何が決定打だったのかしら?なんて言って別れたの?」

「この学期になってからというもの、エルファバは…あいつはずっとポッターと一緒だった。彼氏の僕を蔑ろにしてずっと付きっきりで…。だからそのままそう言ってやりましたよ。本人は違うだの、誤解だの凍らせながら叫んでいましたが…もういいんです。マグル育ちはこれだから…。」

 

と言った直後にセドリックはしまった、と言わんばかりに口を噤んだが、アンブリッジはいいのよいいのよ、と肯定した。

 

「これは差別ではないわミスター・ディゴリー。事実ですもの。卑しいマグル生まれ達は高貴な魔法族へ擦り寄って生きていることがよーく分かったでしょう?けどどんなにあの可愛い顔で媚びても結局のところ、生来の下品さは隠せないものですよ。だからポッターとも上手くいくんでしょうね。“生き残った男の子”と言いつつ、あの子も所詮マグルの世界で育ちましたし。ああ、そうそうシェリー酒をありがとうセドリック。ここのブランドは非常に良くて…さすがエイモスだわ。確かあなたはもう成人だったわね。よろしければ一杯どう?」

「いえ、僕は…。」

「もう、遠慮しなくて良くってよ!今日はホグワーツの高等尋問官として、祝杯を共にすることを許可します。」

 

アンブリッジは杖を振ると、セドリックの目の前に上質なグラスが浮かんでいた。もう一振りすると、その中がブラウンの液体で満たされる。

セドリックは少し考えた後、グラスを掴んだ。ペアのグラスが、アンブリッジの肉肉しい手にも握られている。

 

「乾杯。」

 

アンブリッジがグラスを上げると、セドリックも無言でグラスを掲げて一口シェリー酒を飲む。

 

「さあて、これで憎きダンブルドアもポッターへも復讐できて、あなたの哀れな彼女…元彼女も病院へ送れるわね。あなたはとても偉大なことをしたの。決行は1か月後くらいを目指しているわ。ところで…あなたはミス・スミスと2年くらい交際したのよね。」

「ええ。」

「もう身体の関係はあったの?」

「…いえ。」

「どこまでいったの?」

「…キスはしました。」

「それ以上は?」

「…そこまでは。」

「あら、可哀想に…育ち盛りの男の子が2年も交際した女と何にもないなんて。苦行だったでしょう?」

 

アンブリッジはグビっとシェリー酒を飲み干し、今度は魔法を使わずにグラス一杯までシェリー酒を注ぐ。

 

「あなたが気にしていたのはあの女の過去のことかしら?だとしたらカマトトぶってるわ。生意気だったのよ。私があの女の叔父だったら、おんなじことをするでしょう!いいえ、もっと再起不能に…顔は酸呪文で溶かして二度と外に出れないようにしてやるわねまずは。」

 

アンブリッジはカッカッカッカッという普段の甘ったるい声ではなく、小悪党のような低い声で笑う。

 

「そして、あの女が受けたことをあの女ではなくあの妹にしてやるわ!穢れた血のあの小娘!!可愛げもない、不細工な問題児!!!マグルの貧相な遊びをこのホグワーツへ入れて!!ああ、顔を見ただけで磔の呪文をかけてやりたくなるわ!!…やっぱり魔法族の血を引く姉が美人で穢れた血の妹が醜いのは興味深いわね。」

 

ああ、暑くなってきたわあ、とアンブリッジはショッキングピンクのカーディガンを脱ぐ。

 

「あの手のタイプはね、自分が傷付くよりも他人が傷つく方が嫌なタイプで一生引きずるのよ。顔の溶けた姉と虐待された妹…あー、今からでも遅くないかしら?」

 

ンフフっと、笑いアンブリッジはセドリックの隣に座った。

 

「それにポッター。あれも父親は純血で母親は穢れた血…だからあんな癇癪持ちなのね。あれは哀れだと思わないセドリック?目立ちたいが故の嘘をでっち上げて、周りを混乱に陥れる…いかれ ポッターと情緒不安定なスミス…いくらなんでも仲が良すぎるわよね。もしかするとあの2人は身体の関係を…おおっと、失礼。気を悪くしないでちょうだいねセドリック。」

 

セドリックは、構いません。と言ったのでアンブリッジはまたシェリー酒を一気飲みし、体をくねらせて、セドリックに近づいてきた。

 

「そして忘れちゃいけない、あの半人間!ああ、もうあの記事を出した時本当ーに爽快だったわ!あの記事のおかげで、いろんなところで人狼検査が行われているらしいわよ。はあっ、私の功績が社会に影響を及ぼすなんてなんて素晴らしいこと!」

 

まるで恋人のようにアンブリッジは、セドリックの肩に頭を寄せ、恍惚にため息をつく。

 

「私の仕事が、魔法界の浄化をしている。この上ない喜びだわ。」

「…浄化、ですか。」

「ええ、そうよ。今の魔法界はいろんな害虫が我が物顔で魔法を使い居座っている…この上なく図々しいことだわ。」

「…ええ、そうですね。」

 

セドリックが同意をしたことにアンブリッジは少し驚き、顔を上げる。セドリックは立ち上がり、シェリー酒をグイッと飲み干した。

そして早口で喋り出す。

 

「僕が薬で感情がなくなった時、誰も助けてくれなかった。6年生の時…僕が代表選手になったときは皆が僕を尊敬し、崇めて応援したのに…薬を投与し始めてからは皆僕を避け、時には殴り、敬遠した…!その大半がマグル生まれか混血だった…!」

 

セドリックはガシガシと頭をかいてイライラしながら部屋の中を行ったり来たりする。アンブリッジは少し驚きながらそんなセドリックを目で追う。

 

「唯一一緒にいたアンソニーは純血だ。僕の病状を理解して一緒にいてくれた。薬を飲むことをやめればみんなの態度がもとに戻ると思ってやめたんだ…けど、違った。あなたの言う通りだった。結局“本物の魔法使い”以外は誰も僕を理解してくれない…!じゃあなんのためにあいつらは魔法を持ってるんだ?おかしい…ただあいつらは自分が優位に立った気でいたいだけなんだ。」

 

アンブリッジは感嘆で息を飲み、拍手をする。

 

「すごいわセドリック!!素晴らしい…!!」

「いいえ、僕が愚かだったんです。」

 

セドリックはアンブリッジの隣に荒々しく座る。

 

「魔法界は…純粋な魔法使いたちのためにあるべきだ。」

 

少し顔を近づけてアンブリッジの指輪が大量についた手をセドリックが包み込むように握る。

 

「あなたの計画に全面的に協力させてください…マグル生まれも、ダンブルドアもポッターも、みんな破滅させてやります。」

 

アンブリッジは満面の笑みを浮かべた。自身の部屋が、部屋が少し焦げ臭くなっていることに気づく由もなかった。

 

ーーーーー

「ねえ、ちょっと。」

 

図書館にてエルファバは銀行についての本を読み漁っていた。隣には心を閉じる方法を調べるハリーとテスト勉強しているマギーがいた。

 

「あなた本当ーに迷惑なんだけど、所々凍らせるのやめてくれないかしら?」

 

話しかけてきたのはパンジー・パーキンソンとミネストローネだった。エルファバに対して言ってきているのは明らかだった。エルファバはハリーとマギーを交互に見てから、答える。

 

「私じゃないわ。」

「とぼけても無駄よ。この学校でそこらかしこ凍らせる精神的に不安定な生徒はあんたしかいないわ!」

「彼氏に振られたからって、惨めね。」

 

2人は意地悪そうにグフフと笑う。

 

「まあ、お似合いだったわよねあんたたち。友達のいないセドリックに惨めなあんた。あーあ、セドリックはフリーってことよね今。まあ、顔は悪くないし純血だから声かけさせてもらおうかしらー。」

「僕らの勉強の邪魔をしたいならどっか行けよ。」

「監督生に口答えしたわねポッター。5点減点。スミスは城中を凍らせて迷惑かけたから10点減点。ああ、そうそうマックロードはスリザリンのくせにグリフィンドールに媚び売ってるから5点減点…グリフィンドールからね。」

 

エルファバ、ハリー、マギーは3人を走り去る2人を睨みつけてから、小声で話す。

 

「あたしのせいで、グリフィンドールから減点させちゃったね。悪かった。」

「どうせ何かしらケチをつけて僕らを減点するさ。それにあんなことで減点にはならないよ。」

 

マギーは、まあそうだけどと言った後に本をまとめるエルファバに向き直る。

 

「で、実際のところ違うの?」

 

エルファバは首を振り、本を空に投げると本はひとりでに自分のいた場所へと帰っていく。ハリーはまだ少し図書館に居残るということだったので、エルファバはマギーと共に図書館を出た。

 

「さすがに自分が出した氷は把握しているわ。」

「無意識に作ったものとかは?」

「私の一部だから…私の視界に入ってこなくてもどこに私の氷が発生しててどれくらいの広さなのかっていうのは把握できるの。」

 

マギーとエルファバの目の前に今度は見覚えのない高身長のレイブンクロー生が立ち塞がった。前髪をいじりながら、ニッコリとエルファバに笑いかける。

 

「やあ。エルファバ。」

 

エルファバは反射的にマギーの後ろへささっと隠れる。

 

「僕レイブンクローのレイモンドだけど。監督生の。今度のホグズミード暇かな?よければ僕と一緒に出かけないかい?いいカフェがあるんだ。ああ、そんな変な意味じゃなくてさ。」

 

隠れたエルファバを覗き込みながら徐々に近づいてくるレイブンクロー生にエルファバは怯えたように目を逸らす。

 

「おい、いきなり馴れ馴れしすぎんだろ。誰だよ。」

「だから監督生のレイモンドだって言ってるだろ。」

「レイブンクローの監督生何人いると思ってるんだよ。いちいち覚えちゃいないし、それをさも知ってるかのように話しかけやがって。大体お茶誘うならエルファバに顔認知されてからにしろよ。」

「黙れよスリザリン生。お前に聞いちゃいないよ。」

 

エルファバはスッとマギーの後ろから出てきたので、レイブンクロー生はパッと顔を輝かせたが次のエルファバの言葉でその顔が歪んだ。

 

「私…あなたのことよく知らないから…行けないわ。ごめんなさい。」

 

エルファバは満足げに鼻を鳴らすマギーの手を引っ張り早足で、そのレイブンクロー生の元を去る。周囲でそれを観戦していた生徒たちがギャアギャア喚いている。

 

「僕はディゴリーと違って、君がどこを凍らせたって怒りやしないのに!!!」

 

レイブンクロー生はエルファバの背中に捨て台詞を吐いた。

 

エルファバとマギーは廊下の角を曲がり、大広間に向かう最中で生徒たちが小声でヒソヒソと話している声が聞こえた。

 

「ねえ聞いた?」

「セドリックとエルファバが別れたって話でしょう?」

「最近のセドリック、様子がおかしかったわよね。前まであんなに優しかったのに今は急に変わっちゃって。」

「あのダームストラングの生徒が使う悪霊の火に取り込まれて人格が変わっちゃったらしいよ。」

「エルファバにそこらかしこ凍らせる精神異常者なんか純血で名門生まれの僕にふさわしくないってって言ったらしいわよ。」

「エルファバはショックで中庭全部を凍らせて、今も所々城を凍らせてるんだって。」

「最近氷が多いのはそのせいなのね。」

「あの2人好きだったのになー。お似合いで。」

「愛って儚いわね。」

「僕はスミスが四六時中ポッターと一緒にいるから、ディゴリーが愛想尽かしたって聞いたけど。」

「ポッターの嘘話を信じてるからってこと?」

「そうそう、ディゴリーがあの場にいてそんな事実はないって証言してるのにポッターの肩ばかり持つからって。」

 

エルファバとマギーは無言で大広間に入り、ロンとハーマイオニー、ジニーの隣に座った。ロンはクィディッチ練習直後なのか、憔悴しきっている。

 

「エルファバ、大丈夫?」

「ええ…ロンは…。」

 

ロンは俯いて何も話さないので、エルファバが戸惑っている時だった。

 

「エルファバ。」

「セドリック…?」

 

セドリックもクィディッチの練習を行なっていたのだろう。ハッフルパフのユニフォームを着てエルファバを見下ろしている。エルファバは周りの視線を気にしながら、立ち上がった。

 

「話がある。着いてきてくれ。」

 

エルファバはハーマイオニー、ロン、ジニー、マギーを横目に立ち上がり、ずんずん進むセドリックに小走りでついていく。今しがた来た道を戻っていく。エルファバとセドリックの噂をしていた生徒達はどよめき、ヒソヒソ話を続行する。

 

「セドリックとエルファバ、別れたんじゃないの?」

「どうしてまた?」

「もう復縁したとか?」

 

エルファバは戸惑いながら、セドリックの背中を追いかける。結局来たのは数週間前に2人が大喧嘩したといわれる中庭だった。

 

「せっ、セドリック、話って何?しかもこんな場所で…。」

「この数週間考えたんだ。君は僕と別れたせいで城を所々凍らせて、人に迷惑をかけている。だから…ヨリを戻した方がいいんじゃないかって。」

 

セドリックはエルファバに背を向けながら周りに聞こえる声で、唐突に話し始めた。エルファバは声を少し低くし、続ける。

 

「あの氷は私じゃなくて…それに「君は僕と一緒にいたいんだろう?だから条件をあげる。」」

 

セドリックは振り返った。表情は固く、何を考えているか分からない。

 

「君が、聖マンゴ病院で治療を受けること、そしてポッターやダンブルドアとの交流を止めるなら、僕は君との交際を続けるよ。」

「…ハリーや校長との関わりを止めることはできないわ。」

「じゃあ、僕と別れたままだ。」

 

エルファバはセドリックの高圧的な態度に動揺し、ギュッとスカートを掴む。

辺りを一度見回してから、息を吐くと共にセドリックに告げた。

 

「私は、ハリーを信じる。何があっても。」

 

セドリックはローブに手を突っ込む。エルファバも反射的に杖を取り出したがそれが大きな失敗だった。

 

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!」

 

エルファバの杖は宙を舞い、セドリックの手中に収まった。そしてそれをローブの中に仕舞い込んだ。

 

「セドリック…私、」

 

エルファバは怪訝そうな顔でセドリックを見つめていた。

 

「エルファバ・リリー・スミス。」

 

エルファバは背後から誰かに話しかけられた。後ろには黒いローブを着た魔法使い達が10名ほど横一列に立ち並んでいる。左胸にはMのバッジ…。

 

魔法省の人間だ。

 

エルファバに呼びかけた声の低い女性が、一本前に歩み出て、杖を振ると長い羊皮紙が現れ、それを自分の前に持ってくると読み上げ始めた。

 

「ホグワーツ魔術学校5年生、グリフィンドール寮。貴女は精神的トラウマによる魔力のコントロールが不能と判断された。詳細は以下の通り。1993年8月にはウィンザーのダウンタウン道路を怒りに任せ凍らせ、その2年後の1995年には家族との不仲が原因で深夜のロンドン郊外の広場マグルたちへ我々の力を晒した。」

 

黒いローブの魔法使いたちは全員フードを深く被り、顔が見えない。生徒たちはその異様な光景を目撃し、徐々に中庭に人が集まっている。エルファバは後退りして、小声で呼びかける。

 

「セドリック…これは…。」

「さらに同年9月には同室の生徒への怒りで魔力を暴発させるなど…我らが築き上げてきた国際魔法戦士連盟機密保持法を著しく犯す行為であります。そして最たる例は、」

 

魔女は杖でピラっと羊皮紙を伸ばし、後半部分を覗く。

 

「貴女の叔父であるエドワード・クロウへの傷害…殺人未遂。」

「…え…。」

「年明けに魔法省は通報があり現場に向かうとに向かうと、半分氷となっていた被害者を発見した。辛うじて、助かったものの治療が遅れ生涯片腕片脚での生活を余儀なくされ、由々しき事態であると魔法省は判断した。」

 

(叔父さん…?そんな、あり得ないわ。あの日から一度だって会ってない。そもそも私はずっとグリモールド・プレイスでみんなと一緒にいて…。)

 

「コーネリウス・ファッジ魔法大臣の名を元に正式に貴女を“魔力不適合者”と認定し、聖マンゴ病院への入院を決定した。よって聖マンゴ病院“呪文性損傷“の病棟へ我々ヒーラーが、貴女を連れて行きます。ご同行願えますでしょうか。」

 

”呪文性損傷“はネビルの両親が入院していた病棟であることをエルファバは思い出す。

 

「私じゃ…。」

「ご同行願えますか?さもなくば、少し手荒に連れて行く必要があります。」

「…私じゃない。違うわ。」

 

背後で、エヘンヘンと甘ったるい声の咳払いが聞こえた。

 

「もう1つ付け加えなくては。ミス・スミス。あなたは聖マンゴ病院へ入院しますので…この高貴な学校には不要な人材。ホグワーツ魔術学校は退学です。」

 

セドリックの隣でニッコリ笑っているのは、アンブリッジだった。恍惚そうな笑みを浮かべ獲物が仕留められる様を今か今かと待ち望んでいる。

 

エルファバの前に、現れたのは羊皮紙。めまいを感じながらエルファバが羊皮紙の中で読めたのは、

 

”エルファバ・リリー・スミス“

”国際魔法戦士連盟機密保持法の度重なる違反“

”退学“

 

という文字だった。

 

「現にこんなに城の所々を凍らせて…多くの勉学に励む生徒たちに迷惑をかけています。」

「エルファバじゃないです!」

 

アンブリッジの発言に間髪入れずに叫んだのは、ジニーだった。今や多くの学生がエルファバを取り囲む中でジニーはその中をかき分けて、人混みの先頭に立った。その後ろからロン、ハーマイオニーも続いて顔を出す。

 

「エルファバの氷は魔法の火じゃ消失できない!みんなが知っている事実よ!さっき“インセンディオ”で起こした火を氷に近づけたら簡単に溶けたわ!これは罠よ!」

 

ジニーが必死に自身を庇ってくれるその姿にエルファバは胸が熱くなる。ジニーが1年生の時、エルファバが教えたことだ。ジニーの声に冷静さを少し取り戻し、震えながら、セドリックに手を伸ばす。

 

「お、お願い…杖を…いつもの呪文で証明するから…叔父さんの氷も私ではないと…だから、セドリック…。」

「あら。そんなことをすると思う?」

 

エルファバとセドリックの間に割って入った手には先程セドリックに渡したエルファバの杖が握られている。

 

「ホグワーツの退学時には、どうなるか知ってる?ああ、あなたはあの退学した半巨人と仲が良かったわね。」

 

アンブリッジの宝石だらけの両手が、エルファバの杖の両端を握る。その瞬間エルファバはアンブリッジが何をしようとしているのか理解した。

 

「やめ…!」

 

エルファバが駆け寄ろうとした時、フードを被った魔法使い達が一斉にエルファバに駆け寄り、エルファバを地面に叩きつけた。

 

「いやっ!離して!お願いやめて!それは母親の形見なの!」

 

エルファバは地面やローブを凍らせて抵抗するが、ビクともしない。ローブの魔法使い達はガシャガシャと音がしてかつかなり重い。小柄なエルファバは窒息してしまいそうだった。

 

「やっぱり。実験の通り、小鬼(ゴブリン)の甲冑には効かないようね。」

 

重みでエルファバが息すらできないところで、アンブリッジの嘲笑う声が聞こえる。

 

「お願いやめて!!!」

 

ハーマイオニーの金切り声と、バシュッと呪文が飛んでくる音が聞こえた。

 

「ミス・グレンジャー!黙っておくのが賢明ですよ!ええ、そう。あなたまで魔法省に盾突いて退学になりたくないでしょう?」

「魔法省なんかくそくらえだ!エルファバを離せ!」

「ミスター・ウィーズリー!あなたのお父様がどこで働いているかご存じの上での発言かしら?これは魔法省へのー。」

 

そう言ったところで、エルファバは一気に新鮮な空気を吸い込むことができた。エルファバを取り押さえていた魔法使い達が全員宙をくるくると舞い飛んで行ったからだ。

 

「わしの生徒に、手荒な真似はやめてもらおう。」

 

ダンブルドア校長は気がつけば中庭の中心に立っていた。1つ1つの言葉を意識してハッキリ発音し、アンブリッジにしっかり聞こえるように話しかけた。態度は落ち着いているが、声は怒りを抑えているようにも感じる。

 

「ダンブルドア…!」

 

その直後、バタバタと足音がして大人の男性の息切れる声と共に人混みの先頭にファッジ、パーシー、キングスリーそして知らない男性と女性が現れた。

 

「ドローレンス、少し見込みが甘かったの。“わしが組んだ”学生の会合の証拠を掴み、わしを追及している間にミス・スミスを聖マンゴ病院へ…いや、その名をもとに神秘部へ連行する計画だった…会合のリーダーにミスター・ポッターを仕立て上げ、ミス・スミスを連行し、一連の首謀者としてわしを陥れる。君らの悩みの種を一掃できる最高のプランだったといえよう。」

 

エルファバはノロノロと立ち上がった。身体のところどころが痛い。

 

「ドローレンスよ、君がいなければわしが怪しむと考え別の職員を連れて来てポリジュース薬を飲ませたのは良い手だった。しかし、自身のパーソナリティと全く違う魔女を替え玉にしたのは爪が甘いと言わざる得ない。エミリー、卒業以来じゃの。優秀だが控えめな君が元気そうで良かった。」

 

ファッジの後ろで縮こまっているショッキングピンクのローブを着た女性にダンブルドアは軽く会釈した。ローブはアンブリッジの物だったのだろう。エミリーと呼ばれた女性はブカブカのローブを引きずっている。

 

「しかしじゃ、ドローレンスそしてコーネリウスよ。先ほども申した通り、わしの生徒に手荒な真似は許さん。ミス・スミスは決して情緒不安定な魔女ではない。我々と持っている魔法の性質が違うだけじゃ。」

「それを精神異常と「そして何より、君たちには生徒を退学にする権利を持ち合わせていないはずじゃ。それはまだ校長のわしが持っておる。」」

 

ファッジは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

「ところがどっこい、そういう訳にはいかない。『高等尋問官は生徒に著しく害を及ぼすホグワーツ魔法学校在籍生徒を退学にする権利を有する。』このような教育令をつい先ほど発令した。精神不安定で周りに害を及ぼす生徒、つまりミス・スミスを退学処分とする。なに、気を落とすでないミス・スミス。正しい環境で魔力をコントロールする知恵を身につけるだけだ。それがたまたまホグワーツじゃなかったというだけで「この者たちは“無言者”じゃなコーネリウス。」」

 

ダンブルドア校長の静かな物言いにファッジは豆鉄砲を打たれたような顔をする。校長に飛ばされた黒いフードの魔法使い達はすぐに体制を立て直し、また1列に並び直している。

 

「新学期の始めにも伝えたであろう。君らはミス・スミスの“力”を研究し、自らの武器に仕立て上げる口実を作り出しているだけじゃ。無言者たちとそこで利害が一致したかの?それにしても1人の女子生徒を大人の魔女魔法使いが一斉に取り押さえるとはなんとも嘆かわしいことか。」

 

ダンブルドアはサッと、エルファバの前に向き合った。

 

「わしはミス・スミスを…1人の女子生徒として成長する環境を残したい。事実、ミス・スミスは少しずつ能力をコントロールできるようになっておる。これは時間が必要ではあるがあるが、近い将来にはきっとー。」

 

アンブリッジがフンッと鼻を鳴らしエルファバに近づく。決して顔をダンブルドア校長からは逸らさない。

 

「この女子生徒がコントロールできるようになる?ハッ、とっても興味深いですわ。つい先日も氷の力を使って私を脅しましたし、たかだか彼氏と別れたくらいで城の所々を凍らせて。彼女のせいで何人の人が迷惑を被っているかー。ああ、そう、そこまで言うのならダンブルドア。私がこの場で証明してあげましょう。」

 

アンブリッジは再びエルファバの杖を両手で掴み、力をかける。

 

「いやっ!」

 

エルファバが近づこうとすると、アンブリッジとの間に透明なガラスのようなものが現れ、近づけなくなった。校長がサッと杖をアンブリッジに向けた。

 

「止めるなダンブルドア!さもなくばハリー・ポッターを退学にするぞ!」

 

ファッジがそう叫んだのと、ミシッと火花を散らしエルファバの杖が真っ二つに折れたのは同じタイミングだった。折れた先からは繊維のような糸が数本見えた。

 

「はい、これであなたはもうおしまいね。」

 

アンブリッジはただの木の枝となったエルファバの杖を芝生に投げ捨てた。

 

「あ…え…。」

 

エルファバは後退りし、その場に座り込んでしまった。バーン!とアンブリッジがダンブルドア校長に吹き飛ばされ、立っているセドリックを軽く押してから、後退りするエルファバに近づいた。

 

「エルファバ、落ち着くのじゃ。堪えるのじゃ。」

「つ…つえ…そんな…。」

 

頭を抱えたエルファバに校長の言葉は届かない。

エルファバの頭の中でいろいろな記憶が、まるで開心術をかけられた時のようにぐるぐると回る。

 

ホグワーツ入学前に父親からもらった白い杖。グリンダの杖。グリンダとハリーの母親が穏やかに笑っている。母親の筆跡。トロールを倒した時、エディをトラックから助けた時、エルファバのホグワーツ生活にはいつでも杖がいた。

 

まるで魂の一部分を潰されたような苦しみがエルファバの身体を駆け巡った。

 

中庭の気温が下がり、霜が芝生に見え始め、雪の混じった風が舞い、周りの生徒の羊皮紙が数枚宙を飛んでいることにエルファバは気がつかない。

 

「総員、実験体が暴れるぞ!!!指定した配置につけ!!!」

 

ファッジの叫びが遠くで聞こえる。

 

(私とグリンダを、ホグワーツを繋ぐものが…なくなった。)

 

「っっっうわああああああああっ!!!!」

 

エルファバの叫びと共に中庭のアーチが、廊下が、全てが氷に包まれる。石垣に寄りかかっていた生徒たちは慌てて飛び退き、後退りした。

 

「重傷を避ければ何をしても構わん!!!捕らえろ!!」

 

ファッジの声をよそに、大粒の涙を流すエルファバを中心に氷の波は広がり、廊下を伝って灰色の外壁が全て銀色に変わっていく。気温が一気に下がり、刺すような冷たさの風が生徒たちの肌を撫で、ブルッと身震いする。その風の中には雪の結晶も混じっていた。

 

風は渦巻きを描きながら生徒たちの羊皮紙を、髪の毛を荒らしてはけたたましく声を鳴らす。

 

あまりの強風に、その中心にいるエルファバに誰も近づけなかった。

 

そして今はホグワーツ城は、“氷の城”と呼ぶのに相応しく銀色の艶やかな城となった。

 

「風と氷に構うな!失神させろ!」

 

ファッジの叫びを合図に無言者達が一斉に赤い閃光をエルファバに飛ばしたー。

 

 




これが描きたかった(ゲス顔)


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12.さようなら

無言者達が一斉に赤い閃光をエルファバに飛ばしたが、エルファバに近づく直前で散り散りになった。エルファバの放つ強い強風で閃光はかき消されてしまったのだ。

 

生徒たちからは悲鳴と怒号が鳴り響く。

 

「わしの生徒に手を出すでない!!!」

 

ダンブルドア校長はそう叫ぶとエルファバの背後に立ち、エルファバに突進してくる無言者数名を金に光るロープで縛り上げた。もう数人がエルファバに近づこうとすると、今度はその数名をダンブルドアは吹き飛ばす。氷に足を取られ進めない者もいた。

 

「ドーリッシュ、キングスリー!実験体を捕獲しろ!傷つけなければ何をしても構わん!」

 

エルファバは声を上げて泣きながらも震える手で斜め上に手を伸ばす。氷の階段が現れ、エルファバはよろよろと不安定ながらもその階段を登り、中庭の真上にある渡り廊下の窓をよじ登った。そこから様子を眺めていた野次馬の生徒達は慌ててエルファバに道を開ける。

 

「誰か捕まえなさい!捕まえれば、寮に100点あげます!」

 

中庭からアンブリッジがそう叫ぶのが聞こえた。しかし、ホグワーツ城を氷漬けにするような力があるエルファバを、捕まえようとする勇者はいなかった。エルファバのために道を開け、じっと佇んでいる。エルファバは涙をブラウスでゴシゴシと拭いて、生徒たちの間を駆け抜ける。

 

「何事ですか?!」

 

マクゴナガル教授が廊下の角まで走って来た。後ろには今しがた授業をしていたであろう下級生達がついて来ている。城中が氷に包まれた異常事態に皆オロオロしている。エルファバはそれを無視し、階段を目指す。

 

「エルフィー!!」

 

その下級生の中からエディが飛び出して来た。エルファバは思わず立ち止まる。

 

「エディ…!」

「どうしたの!?校長先生が言ってたことが起こったの!?…魔法省がエルフィーを捕まえに来たの?」

 

(エディ、ごめんなさい。私ホグワーツを退学になっちゃったの。杖を折られて、もう今魔法を使う術がなくて逃げるしかないの。私のせいでエディまで退学になったらどうしよう…!)

 

エルファバはそうエディに言いたいが言葉が出てこない。

 

「エルフィー…!」

「!ダメっ!」

 

エディがエルファバに触ろうとすると、エディのローブの端が一気に氷に包まれてしまった。

 

「エディ!ごめんなさい!そんなつもりじゃ…!」

 

顔を歪ませたエディは杖を抜き、エルファバに向けたー。

 

「インペディメンタ 妨害せよ!!」

 

エルファバの背後にいたスリザリンの上級生が2名吹っ飛んだ。

 

「ミス・スミス!」

「教授、こいつらエルフィーに杖を向けてました!エルフィー…逃げて…エルフィーは悪くない。」

 

エルファバは目を真っ赤に腫らしながら、頷き鼻水をすすって走り出した。エディが武装解除の呪文を叫んでいるのが背後から聞こえる。

 

(アンブリッジが100点渡すって言ったから…もしかすると他の生徒達も来るかもしれない…“計画”ならダンブルドア校長の部屋へ行って移動キー(ポートキー)を使う計画だったけど…少なくとも階段で上へ行かないと…!)

 

苦しくなる息にエルファバは自分の体力の無さを呪った。流石に涙が止まらない中で凍った床を走るのは至難の業だ。杖さえあれば、自分のペースで床を溶かし走れる、そう考えてまた自身の杖の末路を思い出し涙が止まらなくなった。

 

と、その時だった。

 

「伏せろ!」

 

誰かがエルファバの腕を掴み強引に下へと引いた。

 

「ひゃっ!」

「ステューピファイ 麻痺せよ!」

 

エルファバの頭上を間一髪、赤い閃光が駆け抜けた。

 

「ハリー…!」

 

ハリーはエルファバを角へと引っ張り、動く階段のある通路へ隠れる。

 

「マルフォイの連中だよ。あいつらアンブリッジの指示で階段のところ待ち伏せしてたんだ。」

「そんな…!」

「けど安心して。一から説明させて…君と別れた後、僕がDAのことで校長室に連行されてて。今日DAの会合があって、それを発見して僕を退学にしたがってたんだ…ああ、もちろん嘘だよ。誰かが嘘の密告をしてくれたんだ…けれど、それをいろいろやり取りしてるうちに、ダンブルドアがアンブリッジが偽物であることに気づいて消えた。そしたら一気にホグワーツ城内が氷に包まれて。ファッジたちも追いかけてる時にマルフォイ達がこの辺りをウロウロしてて、騒ぎの隙にハーマイオニーに通達したんだ。ハーマイオニーがすぐにコインで召集をかけてくれて…みんながあいつらを締め上げてる。戦いの練習をしてた僕らが優勢だよ、ほら。」

 

エルファバはハリーに促され、陰から様子を覗くと、ネビル、ルーナ、パチル、ディーン、アーミー、アンナがスリザリンの制服を着た巨大ナメクジ3体を取り囲んでいる。

 

「今だ、行こう。」

 

エルファバはハリーに連れられ、エルファバは階段前の踊り場に来る。5人は誇らしげにエルファバに笑いかけた。階段は全て凍りつき、動いていない。

 

「みんな…。」

「で、どうするんだい?ずっとホグワーツを逃げ回ってる訳にはいかないだろう?」

 

アーミーはもったいぶって、エルファバに話しかけた。5人とも氷に少し足を取られながら、近づいてくる。エルファバは少し考えて、答えた。

 

「…一旦校長室に行こうと思う…。」

「けどダンブルドアはいないよ?」

「うん…でも、そういう、指示だから…。」

「どうやって行くの?階段が動かないのに。」

 

エルファバは踊り場から、3階の廊下に続く穴へ手を伸ばすと、一瞬で氷の階段が現れた。

 

「すっげえ…エルファバ、魔法勉強しなくていいんじゃない?」

 

ディーンの反応にエルファバは泣き笑いする。廊下が騒がしくなって来た。おそらく寮の100点を狙う生徒たちが氷を超えて迫っている。

 

「オッケー、僕らで奴らを引きつけよう。エルファバ、行って。」

「けど…みんな…退学になったら?」

「これだけの大人数を退学にはできないさ。心配しないで。」

 

ハリーはエルファバに一歩近づき、皆に聞こえないように耳元で囁く。

 

「“エディのあれ”がもうすぐさ。上手く行けば…君もホグワーツに戻って来れるしあの婆とはおさらばさ。僕もクィディッチができる。」

 

ハリーはそう言い、ニヤっと笑った。

 

「ちょっとなに!?隠し事しないでよ!」

 

ハッフルパフ生のアンナが恨みがましく叫んだ。

 

「隠し事じゃないよ。すぐに言う…エルファバ。また、絶対戻ってくるんだよ。僕らみんな待ってるから。」

 

エルファバはハリーやみんなの優しさに涙がポロッと出た。そしてそれを拭い、何度も頷く。

 

「さあ行くんだエルファバ!」

 

エルファバは自分の作った階段を駆け上がって行く。2階あたりまで到達した頃にハリー達が妨害呪文をかけているのが聞こえた。エルファバは一瞬後ろを向くと、加勢したジニーが“コウモリ鼻くそ呪い”を、エディが全身金縛り呪文をスリザリンの上級生にかけているところだった。

 

3階の廊下に入ったエルファバは、校長室の前まで来た。下に降りられなくなった生徒たちに遭遇したが、会うとしても皆エルファバを見た瞬間ギョッとして後退りするのだった。エルファバは深呼吸する。

 

(よし…合言葉は…。)

 

教えてもらった合言葉を言おうとした時だった。

 

「動くな。」

 

エルファバはビクッとなり、また周囲を凍らせてしまった。が、怯える必要はないことをすぐに悟った。

 

キングスリーがエルファバへ杖を向けている。エルファバは数歩後ろに下がった。

 

(キングスリー。)

 

キングスリーの後ろには箒が転がっていた。皆が移動手段を失い右往左往している中、冷静に箒に持ってここまで来たのだろう。

 

(騎士団のメンバーだけど、今は立場上こうするしかないわよね…どうしよう。)

 

「なぜそのネクタイを拾おうとした?」

「え?」

 

エルファバはキングスリーの杖の方向を見ると、くたびれたレイブンクローのネクタイが廊下に落とされていた。エルファバは校長室に入ることに必死でキングスリーに言われるまで全く気づかなかった。

 

「えっと…。」

 

エルファバがキングスリーに向き直るとキングスリーは少し頷きウインクする。

 

「このくたびれたネクタイがこんな場所にあるなんておかしい…不自然だ。何かあるに違いない。」

 

わざとらしく芝居かかった声でキングスリーは、ネクタイの存在意義を語る。廊下にネクタイが落ちているという事実はそこまで不自然でもないだろう。

が、聡明なキングスリーがわざわざこのタイミングでネクタイについて触れる理由ー。

 

あのネクタイは移動キー(ポートキー)だ。

 

(けど、ちょっと芝居かかってそんな風に言うなんて。キングスリー…私のこと笑わせようとしてくれてくれてるのかな。)

 

エルファバは少しクスッと笑うと、キングスリーもニヤッとする。

 

「いいか、そのネクタイにはー。」

「ステューピファイ 麻痺せよ!」

 

キングスリーが言い終わる前に、誰かが赤い閃光をキングスリーの背後から飛ばしそれをキングスリーが防いだ。

 

「ラベンダー?」

 

キングスリーに杖を向けているのは、ラベンダーだった。顔を真っ赤にしてプルプル震えているがしっかり構えている。

 

「エルファバ…ごめんなさい…私のせいで…。私があなたを守るから…!」

「お嬢さん、自分が何をしているのか分かっているのか?闇払いに…魔法省に楯突いてるんだぞ?」

 

キングスリーはエルファバに背を向けたと同時に、床に落ちたレイブンクローのネクタイが光り出した。

 

(ごめんねラベンダー。さっき私の退学理由にあなたとのことが言及されたから…違うのよ。あなたのせいじゃないの。どのみち魔法省は私を捕まえるつもりで、元からこうなることは分かってたのよ。闇払いに立ち向かうなんて、相当勇気のいることなはずなのに、キングスリーは味方だからね。)

 

エルファバがレイブンクローのネクタイを掴むと、へその裏側が引っ張られる感覚とともに風と色の中へエルファバは入り込んだー。

 

ーーーーー

数ヶ月前、クリスマス休暇中。

聖マンゴ病院へ行き、トンクスが魔法省の人間を発見した数日後の話だった。朝5時ごろにエルファバはミセス・ウィーズリーに起こされ、1人寝ぼけながら厨房へ向かうと、赤いローブのダンブルドア校長がテーブルに腰掛けて待っていた。まるで本当のサンタクロースのようだとエルファバは思った。

 

「おはよう。たびたび朝からすまんのお。」

 

ダンブルドア校長はどこからか熱々のココアを出してきて、エルファバに渡しエルファバが覚醒してから話しだした。

 

「単刀直入に言おう。魔法省が、本格的に君を保護という名の拘束を行おうと乗り出している。あまりこの可能性は考えたくないが、君がホグワーツにいる時に何かしら理由をつけて聖マンゴ病院へ連れて行く算段じゃ。」

 

そしてダンブルドア校長は少し考え、再び話し始めた。

 

「どうやら、ファッジは君を捕まえるために神秘部と手を組んだらしい。」

「しんぴ…ぶ…?」

 

左様、と校長は頷く。

 

「神秘部は愛や死、時間などを研究する部署…神秘部の実験や調査について他言することを一切禁じられており、大臣すらその秘密を保持する権利を放棄している。」

「けれど…それとわたしが、なんのかんけいが?」

 

エルファバはまだ眠くて口が回らず、子どものような口調になってしまった。

 

「これはわしの推測じゃが…おそらく、君の“力”には何か神秘部の人間にとって利益があるのじゃろう。グリンダの遺体を管理していたのも神秘部じゃ。何かしらの…メリットが…。」

「どんな…?」

 

エルファバはダンブルドア校長が一瞬泣きそうな顔をした気がしたが、勘違いだと思った。その次にはニッコリ笑っていたからだ。

 

「わしも君の“力”にはとても興味がある。ゆっくりお茶でもしながら10時間ほど語り合いたいものじゃ。君を上手く“使えれば”、わしに立ち向かう強力な武器を持てるとファッジは考えているようじゃが…事実、アダムも魔法省に全面協力する代わりにある程度の自由を許可される手筈が済んでいるようじゃ。」

 

エルファバの脳は覚醒してきて、少しずつものが考えられるようになる。

 

「けど…そうしたら、私は授業を受けられなくなって…。」

「…君の学業に支障が出る。特に今年はO.W.Lじゃ。これにより君の将来が決まる。」

 

ダンブルドア教授は、エルファバの言いたいことを引き取りしっかり頷いた。

 

「ホグワーツを退学にはならん。それはわしが持っている権利であり、魔法省がそれを干渉はできんと踏んでおる。それに君の学生生活を守るのは何よりも重要な要素じゃ。何人たりともそれを害する理由はない。君がホグワーツで学びたいと望む限り、我々は君を全力で守ろう。しかし魔法省は揚げ足を取るじゃろうから、今以上に君の“力”をコントロールしなくてはならない。暴走させると、君に判断力がないとみなし、聖マンゴ…魔法省への連行を強行する。」

 

エルファバはコクリと頷く。

 

「寮監であるミネルバにはわしから伝えておこう。そして、あんまり考えたくはないが…魔法省が強硬手段を取ることも考えねばならない。つまりじゃ。」

 

と言って、ダンブルドア教授は杖を一振りすればどこからともなく丸まった羊皮紙が現れ、エルファバの前で開かれる。

 

「君は、次の学期に入るまでにホグワーツの地図を頭に入れてもらい、最短でホグワーツ城から脱出そしてこのグリモールド・プレイスまで辿り着く訓練をしてもらう。」

 

羊皮紙にはホグワーツ城の全容が書かれていた。教室および部屋の位置…ハリーが持っている忍びの地図より簡易なものではあったが、頭の中で位置を把握するには充分だった。

1つ忍びの地図と違うのは。羊皮紙の上では赤いインクの線と点がヒュンヒュン飛び交っており、それらは全て3階の校長室へと向かっていたことだ。

 

「ああ、ハリー達に伝えて悪用なぞせんようにな。」

 

校長はユーモラスに付け加えた。

 

こうして、エルファバはホグワーツ城内を細々と把握しいつどこにいても最短で校長室へ行けるように叩き込まれた。

 

ーーーーー

 

エルファバは風の中で指示を思い出した。

 

(校長室へ向かい、移動キー(ポートキー)で移動する。私のケーキ騒動で魔法省にはグリモード・プレイスがロンドン市内にあることを把握されてしまった。だから直接グリモード・プレイスには向かわない。向かうのはー。)

 

エルファバは突如地面に叩きつけられた。身体の節々に痛みを感じながら、ゆっくり起き上がる。

 

いつも休みの時に通っている図書館の前にいた。絵本を返そうとした子供たちがエルファバをまじまじと見ている。

 

「ママー!空から白い女の子が降ってきたー!」

 

エルファバは自分の制服についた泥を払い、走り出す。

 

(校長先生が言ってた…私を捕らえるときは、私に関連する場所に魔法使いたちを置かせるだろうって。けれど、多分私の家の周りは少ないはず。だからー。)

 

エルファバは息切れし、氷を数個出して歩きながらそれを口に含み水分補給しつつ歩みは止めない。

 

(そういえばここの道路で、エディが車に轢かれかけてその時に魔法が発現したわね。みんな大丈夫かな…私を庇ってアンブリッジに酷いことされていないかしら。私は逃げるばかりでみんなに迷惑をかけてばかり…。)

 

ネガティヴな思考陥ると、周りで静かに粉雪が降ってきた。エルファバにすれ違う人は怪訝そうに手のひらを空にかざし、それが手の中で溶けるのを見ていた。

 

行き慣れた道を歩いて10分ほど。エルファバは自分の家に到着した。自分の部屋は、道路に面した2階にありその窓に氷の階段をかける。ルーカスがエディを連れに行った際にこっそりエルファバの部屋の窓を開けたらしい。

 

「入れそうよ。」

 

エルファバが窓に手をかけると、キキっと音を鳴らし部屋の窓は空いた。

身体を屈めて入ると、部屋は綺麗に整頓されていてエルファバは少し驚いた。最後にここに入ったのはおそらく母親で、エルファバの私物を荒らして投げ捨てたはずなので部屋の中は散乱していると思ったのだ。

 

ベッドメイキングがされ、本棚の本も整列している。机の上のノートとペンも綺麗に並べられ、まるで部屋の主の帰りを待っているようだった。

 

(ここで…。)

 

エルファバは息を吸い、声を発そうとした時、下から誰かの声が聞こえた。

 

「…ちょっと待って…。」

 

息をひそめ、エルファバはそろりそろりと階段を降りて耳をすませた。いつも父親と母親の喧嘩の声が聞こえたが、今日は感情が混じった喧嘩ではなく、慎重に何かを話し合う声だった。

 

「…のか?」

「ええ。もう…決めたの。ちゃんと3人での人生を歩んで行こうって。」

「お前のすることは許されるわけじゃない…それを理解しているのか?」

「分かってる。許してもらおうなんて思ってない。会わない方がお互いのためでしょう?」

「ああ…今後はあの…について、いろいろ考えないと…。」

 

父親がピタッと会話を止める。そしてゴソゴソと何かを探る音がした。

 

「ホメナム・レベリオ 人現れよ」

 

スーッとエルファバの中に何かが入り込む感覚がしたと思うと、父親が目の前に立っていた。先程は陰に隠れていたのに気がつけばエルファバは親たちが話しているリビングルームにいた。

 

「エルフィー。」

 

突如現れたエルファバに母親は怯えたように後退りした。

 

「エルフィー、ちょうど良かった。話をしよう。」

 

父親はエルファバのソファに座るように促し、母親と3つ分の紅茶を淹れる。母親はエルファバの隣に座りジッとエルファバを見るので、意図的に目を合わせないように使われていない暖炉を見つめた。

 

「エルフィー…ケーキのこと…ごめんなさい。私本当に知らなくて…その…。」

 

母親が謝罪をしてきたことに驚き、思わず目を合わせてしまった。

 

「私ね、あなたにしてきた仕打ちを客観的に見て…本当に酷いことをしたと思うの。ルーピンさん?やこの前ここにきたフランス人の男の人にも言われた。その…あなたに言わないといけないことがあって。」

 

いつも高圧的な母親が歯切れ悪く話しているのをエルファバはまじまじと見ていた。そして、母親が話し出すのを待ったが、いつまでも始まらない。

 

「アマンダ。俺が話そう。」

 

父親はマグカップを2つ持ってきてエルファバに手渡しする。エルファバは受け取るものの、口をつけずそのままテーブルに置いた。

父親はエルファバに飲むことを促すこともせず、そのまま話しはじめた。

 

「これまでお前に対して行った仕打ちは、本当に申し訳なく思ってる。」

 

エルファバは隣に座ってきた父親をじっと見つめる。今対抗手段は“力“しかない。いつでも出せるように心の準備をしておいた。

 

「言い訳になるかもしれないが、どれもこれもお前を守るためだったんだ。」

「娘の食事に薬を入れたり、家に閉じ込めたり、殴ったりすることが?」

「部屋に関してはあなたが勝手に…」

「口を挟むなアマンダ。」

 

エルファバは好奇心で親の話声を聞こうとした自分を既に後悔していた。この2人と話して自分が置かれている環境や仕打ちを理解してくれるとは到底思えなかった。現に、母親はエルファバの顔を見れば不機嫌になることも多く必要最小限に部屋を出ないようにしていた。

これを閉じ込めていたということを認めない。

 

「まず、アマンダ…お前の母親について知っておいてほしいことがある。どうしてこんなことをしたのか。」

 

母親がキュッと自分のシャツを握り締めたのを、エルファバは目の端で捉えた。

 

「アマンダは昔…お前くらいの年齢の時だ。とある魔法使いに家族を乗っ取られた経験がある。“名前を言ってはいけないあの人“が全盛期になるすこし前の話だ。魔法の世界ではマグル生まれに対する風当たりが強くなり、マグルは被虐していい、格下の存在であるという風潮が強くなった。魔法とは無縁の普通の家庭に未知の力を持った魔法使いが突然押し入り、呪いを駆使して居座ったそうだ。」

 

母親が小刻みに震え出した。エルファバはそんな母親をまじまじと見つめる。

 

「家族全員が未知の力に抗えず、従わなければ酷い目に遭わされる。理不尽な理由で苦痛を味わい、親たちは家にあるすべてのものを搾り取られ、子供達は学校にも通えず、召使いのようにそいつの世話をしないといけなくなったそうだ…ちょうど、お前が叔父さんにされたように。」

 

魔法を全く知らない人種からすれば、未知の能力で支配されるということへの恐怖は計り知れない。突然、自分の家族の顔が蜂に刺されたように膨れ上がったり、宙に浮かんだり、さらに言えば磔の呪文をかけられたとすれば…。

 

エルファバはなぜ母親が、叔父が、魔法に対してあそこまでの拒絶を見せたのか理解した。

 

母親はポロポロと涙を流し、震える。エルファバが思わず抱き寄せると母親はエルファバに縋りついた。

 

「…その魔法使いはどうなったの。」

 

母親の頭を撫でながら、エルファバは父親に聞く。

 

「ある日父親と外に出て行ったきり、帰ってこなくなったそうだ。本来マグルに危害が加われば、魔法省から記憶を忘却されるが、おそらくアマンダの父親はその魔法使いに反撃し共倒れになったんだろう。あるいはそいつが別の罪で捕まったか、はたまたアマンダの家族に飽きたのか…分からない。確実に言えるのは魔法省には通報されなかったことだ。そうすれば、残った家族たちの記憶はそのままになる。こんな訳の分からないことを周囲に告げても狂ったとしか思われない。」

「私とアマンダは幼馴染で、私のこともアマンダはよく知っていたから….それが魔法と呼ばれる類のものであることは理解していた。」

 

父親はここで言葉を切り、再度話し始める。

 

「そこから数年後、私はグリンダを亡くし1人でお前を育てないといけなくなった。当時は犯罪者の娘になってしまったお前と、そんなことを引き起こした魔法に酷く嫌悪し、完全にマグルとしてお前を育てることに決めた。本来、お前の“力“は前の保持者が死亡しない限りは引き継がないとグリンダに言われていて、あいつは氷の中で生き続けていた。だからこそ魔力は引き継がないと踏んでいたんだ。アマンダがそれに力を貸してくれる形で、私たちは結婚した。」

 

(けれどそうはならなかった。私は“力“を引き継ぎ、魔力を持つことになって….)

 

「お前に魔力が出現した時、私はアマンダに無理をしなくていいと告げたが、問題ないと言ったんだ。エディもいて、4人で楽しく生きていけると。お前とあの魔法使いが同じなわけがないとそう言っていたんだがー。」

「私がエディを凍らせたから、お母さんのトラウマが蘇ったのね。」

 

母親は啜り泣き、エルファバにありがとう、と言いながらゆっくり起き上がる。

 

「そういうことだ。結果エディは無事で問題なかった。アマンダもお前も落ち着き、気分転換に従兄弟の家に行ったら…後はお前の知っている通りだ。」

 

エルファバは、目が真っ赤の母親に向き直り、じっと見ながら聞いた。

 

「どうして…私を….叔父さんの好きなようにさせたの。どうしてあの時私の手を離したの。」

「私は…まだ、あなたを許せてなかった…ついに、魔法使いに、私たちがされた復讐を…できる時だと、そう思ったの。」

 

強大な権力を持っていた母親は今や、小柄で痩せ細った哀れな女性だった。

視点の合っていない母親はポツポツ喋り出す。

 

「あなたの魔法を見るたびに毎回どうしようもなく、憎くなった。不思議な出来事が起こるたびに、あなたが私を支配するんじゃないかと。私やエディを攻撃するんじゃないかと、震えて、あなたを殴った。幼少期の魔力はコントロールできないってデニスに聞いてたのに…頭では分かってるのに、あなたがわざと私を怯えさせようとしているんだって思ってしまって。学校に行かれるのだって、嫌だったけど、魔力をコントロールできるようになるって聞いたから…。それに…エディも…。」

 

エルファバはため息をついて父親を見る。

 

「だから、私に魔力抑止薬を処方したの?」

「それもある。」

 

感情が豊かになった自分の顔に呆れの色を出さずにはいられなかった。母親の気持ちを軽くするためにあまり意味のない魔法薬を10年ほどエルファバは飲み続けたのだ。

 

「そんなに、私が憎いならどうしてこの家にとどまったの。エディと2人で…あるいは3人でこの家を出て行けばよかった。どうして?」

 

母親はひどくショックを受けたように顔を上げ、エルファバにしっかり目を合わせた。母親のグリーンの瞳が白髪混じりの髪の毛から覗いている。

 

「そんなことするわけないでしょう?私はあなたを愛してるのよ。」

 

遠い記憶を思い出した。エディがまだお腹にいる頃。お腹の大きくなった母親はソファに座り、本を読んでいた。母親の膝にエルファバは頭を乗っける。

 

『ママー!ママー!』

『何よ、エルファバ。』

『ママー!ママー!』

『だからなにったら。』

『ママ、だいちゅきよ。』

 

母親は、ニッコリ笑って鼻をエルファバの頬にこすりつけ、キスをする。

エルファバはキャッキャッとくすぐったそうに笑った。

 

『私も、あなたが大好きよ。』

『あかちゃんとあたし、どっちがちゅき?』

『どっちも大好きよ。』

『えー。』

『あのね、妹が生まれると楽しいことが2倍になって愛も2倍になるのよ。』

『そうなの?』

『ええ。家族4人で楽しく過ごせるはずだわ。』

 

「お母さん…。」

 

エルファバは自分が救われていく、心に巣食っていた「自分は愛されていない」という声が小さくなっていくのを感じる。

 

(私は…どういう形であれ、愛されていたんだ。)

 

「エルファバ。もう一回、家族3人で一緒に暮らさないか?」

 

しばらくの沈黙の後、父親は声を発する。エルファバは父親の意外な提案に戸惑い母親を見る。母親も泣き笑いしながら頷く。

 

「3人でやり直そう。ここで前のように仲良く暮らすんだ。もちろん最初はうまくいかないことだってあるだろう。けれど、それもちゃんと乗り越えて本当の家族になろう。」

 

エルファバの鼻がツンと痛くなり、周りに静かに粉雪が落ち始める。

 

「あっ…。」

 

母親がそれに気がついた時、エルファバはまた殴られるのではないかと身をすくんだ。しかし母親は不思議そうにキョロキョロして、顔を歪ませながらも言った。

 

「あなたの雪って、こんなに綺麗だったのね…どうして、今まで気がつかなかったのかしら。」

 

エルファバは息を呑み、ついに涙がポロッと出た。嬉しさ、報われた気持ち、色んな感情が溢れてくる。粉雪は魔法陣のような形を描き宙を舞う。

 

何年も、一番聞きたい人から聞きたい言葉をもらえた。

 

「エディがここにいれば良かったのに。きっと今の様子を見たら、すっごくすっごく喜ぶわ。お母さんの気持ちも分かるから、魔法はなるべく見せないようにする。それに「いや、お前はもう魔法を使うことはない。」…え?」

 

エルファバの笑顔が歪む。何を言われているか理解が追いつかなかった。

 

(魔法を…使うことは、ない?)

 

エルファバはその言葉の意味を必死に探すが、見つからない。

 

「…わ、たし、が、ホグワーツを退学になったことを知ってるの?その、あれは「ホグワーツを退学になったことがフクロウでお前が来る直前に知った。けれどそれでいいじゃないか。」」

 

父親は、今までの中でハッキリかつ一番強く言う。

 

「お前はホグワーツを退学になったことは気に病む必要はない。もう魔法なんて…人を不幸にするだけだ。そんなものからは離れよう。もちろん、お前の“力”はコントロールに時間がかかる。それはアマンダも理解してくれた。」

「そうよエルファバ…魔法から離れて、私たちの世界で生きていきましょう。」

 

エルファバは抱き締めていた母親から離れ、立ち上がる。

 

「エルフィー…学校を退学になってショックを受けているのは分かる。けれどお前をここまで追い詰めた魔法省に…魔法にそこまで固執する必要はない。マグルたちだって魔法がなくても充分幸せに、楽しくやってる。」

 

(違う。)

 

エルファバはそう思った。

 

(たしかに私の“力”は私自身を不幸にした…これさえなければ私は家で楽しく生活できていたかもしれない。けれど、魔法がなければみんなに会えなかった。ハーマイオニー、ロン、ハリー、セドリック…私はホグワーツがあったから、みんなが私を受け入れてくれたから、今ここにいる。騎士団のメンバーだって、ルーカスも。)

(私が辛い目に遭ったのは魔法のせいじゃない…きっと、どんな形であれ私は何かの問題に当たって辛くて悲しいことは人生で起きるわ。たまたま私の場合その辛くて悲しいことが魔法によって引き起こされただけで…。けれど魔法を捨てれば…そうすれば、私は“家族”を得られる?)

 

「ホグワーツで会った人とはこれからも会えるのよね?」

 

父親は苦笑し、首を振った。

 

「何を言ってるんだエルフィー。ハリー・ポッターにダンブルドア…全員お前を使おうとしてくる奴らばかりだ。ハリー・ポッターなんかと一緒にいたら命がいくつあっても足りない。第一、一緒にいたら魔法から離れられなくなるだろう?」

 

エルファバの中で、“魔法”と“家族”の天秤が大きく音を立てて崩れる音が聞こえた。

 

「………いや。」

「何を「いやよ。そんなの。私は魔法と共に生きていくわ。」」

 

エルファバは、父親と母親を交互に見る。

 

「お父さんとお母さんと、エディの4人で一緒に仲良くなることをずっと夢見てた。ロンの家族たちみたいにみんなで楽しくご飯を食べてのけ者にされないで、1人でご飯を食べなくていい!そんなことできたらどれほど幸せだろうって!」

 

エルファバが言葉を発するたびに、家がどんどん氷に包まれていく。母親がヒーっと声を上げた。

 

「けど、けど、魔法は私の一部なの!魔法の世界は私を受け入れてくれたわ!友達たちは私を仲間外れになんてしなかった!私を殴ったり、目が合っただけで不機嫌にならなかったし、人前で殴ったりなんてしなかった!私というありのままの存在を受け入れてくれたのよ!そう…ホグワーツは私の家なの!」

 

エルファバはそう言って自分が今退学になったことを思い出し、また涙が溢れ気づいてしまった。

 

父親と母親に拒絶されるよりも、ホグワーツに戻れない方が自分にとっては苦しいことに。

 

それを感じて、エルファバはポロポロと泣き出す。たとえ父親と母親がどんなに改心してエルファバを受け入れてくれたとしても、エルファバは同じ形で両親をもう愛せないのだ。“親しい友人”くらいには思えても、“家族”としてもう愛することができない。

 

「ごめん…なさ…い。」

 

父親はため息をついて、首を振った。母親は縋るようにエルファバを見る。

 

「それがお前の答えなんだな…。」

「…お父さ…。」

「すまない。」

 

その謝罪の言葉にエルファバは、ハッとした。

 

大学の事実を知っているということは今魔法省に追われている身だと、父親は知っているはずだ。魔法省にエルファバが追われている限り、魔法を断絶するなどそもそも無理な話ー。

 

「私を…足止め…してたの…?さっき紅茶を用意している時に、まさか…。」

「今の言葉に嘘偽りは無い。」

 

エルファバは先程隠れていた階段に続く廊下前まで後退りする。父親がエルファバにジリジリ迫ってくる。

 

「魔法を捨てるなら、家族3人で生きる覚悟だった。けど…魔法省の管理にいる方がお前が安全なんだよ!!!!!分かってくれ!!!!ステューピファイ 麻痺せよ!!!!」

 

そう叫んだ父親が杖を抜いた瞬間をエルファバは目視できなかった。エルファバはただ固まるばかりで、何もできなかった。しかし失神はしなかった。

 

「シリウス・ブラック…!!」

 

黒いローブを羽織ったシリウスは、エルファバと父親の前に立ち塞がっていた。母親は突如現れた男性を見て、近所中に響き渡る声で叫んだ。

 

「決闘チャンピョンだったお前も腕が落ちたな。全盛期のお前に会いたかったよ。」

「どうやって…。」

「お前の娘が昔家にいれてくれたんだよ。お前の家は保護呪文がかかっているから、それを逆手に取ったんだ。」

 

シリウスはイタズラ成功、と言わんばかりに後ろのエルファバにニヤッとする。

 

「お前が無言者たちをいいタイミングで招き入れ、この子を捕まえる算段だったか…しかし、あいつら弱すぎる。もっと職員たちを鍛えるべきだと魔法省に伝えてくれ。準備運動にもならない。」

 

父親が青い閃光をいくつか放ったが、全てシリウスが阻止する。

 

「前にも言ったが、何も知らないくせに私たちの家庭事情に首を突っ込むな!!」

 

エルファバは外にローブを着た魔法使いが2、3人走ってきたのが見えた。エルファバが手をかざすと、手から銀色の光が放たれ、バキバキっ!と音がして、玄関と窓が分厚い氷に包まれた。

 

「エルフィー!!」

 

その瞬間、母親はエルファバを力強く抱き締めた。エルファバはそれに固まってしまった。

 

「エルフィー…お願い、行かないで…!一緒に私たちと生きて行きましょう…!私の娘はあなた…!」

「レラシオ 放せ」

 

母親はエルファバから引き剥がされ、床に倒れ込みシリウスがエルファバの腕を掴んだ。

 

「1つ教えてやるよ。俺たちは、お前らのやりとりを聞いてたんだ。俺の言いたいことが分かるか?」

 

座り込んだ母親と呆然としている父親にシリウスは叫ぶ。エルファバは思い出した。2人に見つかる直前。2人の会話をエルファバはシリウスとともに聞いていた。

 

『…のか?』

『ええ。もう…決めたの。ちゃんと3人での人生を歩んで行こうって。』

『お前のすることは許されるわけじゃない…それを理解しているのか?』

『分かってる。許してもらおうなんて思ってない。会わない方がお互いのためでしょう?』

 

 

 

 

 

 

 

『ああ…家族3人で生きていこう。今後はあの“怪物”について、いろいろ考えないと…。』

 

 

 

 

 

 

 

「自分の娘を怪物と呼ぶ親に…家庭事情を語る資格はない。」

「ちがっ…!」

「…お父さん…お母さん…。」

 

狼狽える父親にエルファバは声をかける。

シリウスの腕にしがみつき、2人の目を見て、ハッキリと告げた。

 

「さようなら。」

 

エルファバがそう告げると、父親と母親は消えエルファバはどこかに吸い込まれていった。

 



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13:逆襲

グリモード・プレイスに足をつけた時、エルファバはよろけたが頑丈なシリウスが支えてくれた。

 

「おい、大丈夫か?付き添い姿くらましをルーカスと一緒に訓練したと思うが、キツかったか?」

 

シリウスが顔を覗き込んできたので、エルファバは虚ろな目でコクコクと頷く。

 

「予定より30分の遅刻だぞブラック。」

 

グリモード・プレイスの居間でマッド・アイが仁王立ちしていた。

 

「しょーがねーだろ。こいつが親に見つかっちまったんだ。俺は犬になっていたから問題なかったが…様子を伺っていた。来た無言者たちを倒してたんだ。」

「魔法省に理由をつけて身柄を拘束される可能性が高いお前は、なるべく交戦を避けるようにダンブルドアの指示だった。」

「はいはい、悪うござんしたー。」

 

シリウスは呆然とするエルファバをよっ、と持ち上げる。エルファバは手足をされるがままだらんとさせソファに座らされた。

 

「ダンブルドアがあと数分で来る。無言者たちとファッジらを巻いているらしい。」

「おーおー、これは驚いた。校長殿は大臣と交戦ときた。それじゃあ俺の予定外の“やむえない交戦”は免除だな。」

「口を慎めブラック。」

 

シリウスは随分不機嫌なのには理由がある。今回の“エルファバ救出作戦”を実行するにあたり、エルファバの家へ入り込みそのまま姿くらましできる騎士団員はシリウスしかいなかった。リーマスもルーカスも顔が割れており、父親がその2人が入れない呪文をかけている可能性も高く、部屋に侵入するのは無理があった。シリウスはかつてエルファバの家で看病されていたため自由に家の出入りができ、かつ犬になればエルファバの部屋の窓からスムーズに入ることができた。家に帰ってきたエルファバと共に姿くらましできるのはシリウスだけだった。

 

つまりこの1月から数ヶ月間、いつでもエルファバを助けられるようにシリウスは大嫌いな実家に数ヶ月間缶詰だったのだ。数ヶ月ぶりに外に出れた血の気の多いシリウスは、テンションが上がり意気揚々と無言者数名を倒してついでに父親と渡り合ったということだ。

 

「デニスたちは魔法省側についたということか。」

 

部屋に早足で入ってきたのはリーマスだった。前以上に白髪が増え一気に老け込んでいる。きっとリーマスはシリウスより長くこの屋敷にいるに違いない。

 

「そうだ。一緒に暮らそうだの、魔法を捨てて幸せになろうだの、綺麗事を吐いてたよ。」

「魔法を捨てるだって?」

「ああ。ホグワーツを退学になったのはラッキーだと言ってこの子を懐柔しようとしたが本人が拒否した。」

 

シリウスは少し誇らしげにエルファバを見る。アウトローな仲間だと思っているのだろう。エルファバは曖昧に微笑み返す。

 

「で、拒否したら魔法省側行きというわけだ。」

「ひどいな…。」

 

リーマスは首を振ったと同時に、廊下で何かが燃える音と共に足音が聞こえた。

 

「ダンブルドア。無事だな。」

 

校長は何か砂のようなものを今は綺麗になった棚に置き、いそいそと居間へ入ってきた。砂の中から、ムクっと顔を覗かせたのは不死鳥のフォークスだった。目をパチパチとして周囲を見回してからあくびをして自分の砂の中へ戻る。

 

「エルファバも計画通り戻ってきたと…良かった。」

「計画通りではない。ブラックの奴が無言者数名と交戦しやがった。」

 

マッド・アイの報告にシリウスは舌打ちをし、ガシガシ頭をかきながらエルファバの隣にドスンと座った。ダンブルドア校長は想定内だったようで、特に驚きもせず一瞬たしなめるようにシリウスを見た。

 

「エルファバや。」

 

エルファバに近づき、ダンブルドア校長はしゃがむとエルファバと同じ目線になった。

 

「校長先生…ごめんなさい。私、ショックで…その、「良い良い、魔法使いにとって杖を折られるということは身を裂かれるような苦しみじゃ。あれはグリンダのものじゃったし、わしは君の本当の威力を知れた。」」

 

ダンブルドア校長は優しくウインクをする。

 

「君の本当の能力は、想像以上だった。」

「ホグワーツ城が氷漬けになったというのは本当か?」

「左様。広大なホグワーツ城周辺が氷漬けとなりかつ周りの天候も真冬のようじゃった。」

 

エルファバはますます自分の行ったことの重大さに縮こまるが、ダンブルドア校長は気にせず続ける。

 

「あの環境だとしばらくは休校じゃろう。自然に溶けることを考えても、数日は時間がかかると見ておる。わしらにもデメリットはあるが、それはドローレンスやファッジも同じ。お互い魔法は使えず、ホグワーツ城内は休戦じゃ。」

「ハリーたちは退学になりませんか?」

「安心するがよい。君も含め、魔法省は生徒を退学にする権利は持ち合わせておらん。」

 

エルファバはホッと一息ついたあと、堰を切ったように話し始めた。

 

「本当、あの人最低だわ…。私が叔父さんを凍らせたなんてでっち上げまでして私を「そのことじゃが。」」

 

エルファバの話を止め、ダンブルドア校長は重々しく口を開いた。

 

「残念ながら、君の叔父さんが凍ってしまったことは本当なのじゃ。」

「……何ですって?」

 

エルファバは助けを求めるようにシリウス、リーマス、マッドアイを見るが誰しもが重々しく思い詰めた顔をしていた。

 

「…魔法省が、叔父さんに攻撃を…?」

「可能性はある。じゃが、君を捕まえたいがために魔法機密保持法を破ってわざわざマグルを攻撃するリスクを取るとも思えん。」

「じゃあ…一体誰が…?」

 

ダンブルドア校長は首を振り、口をつぐんだ。

 

ーーーーー

 

エルファバがホグワーツ城一帯を凍らせてから数日後。ダンブルドア校長が予想した通り、授業はほぼ休講となった。

 

城にかけられた魔法はほぼ全て消えたため、城は教育機関として機能しなくなった。宙に浮いていた物やらオブジェが落下する大惨事となったし、ホグワーツにかかっていた保護呪文も一切合切消えた。

しかしハーマイオニー曰く1000年も続くホグワーツ城はこのような事態にもしっかり対応しており、古代ルーン文字で書かれた魔術書を読み解き、その代の校長が手順通り魔法と魔術を施せば数日でホグワーツ城は元に戻るらしい。

 

が、問題は校長が今不在ということだった。

 

“自称”校長を名乗ったアンブリッジだったが、ホグワーツ城の再建という大仕事を成し遂げられるほど優れた魔女ではなかった。そもそもその本も校長室にあるが、アンブリッジは氷が溶けた後の校長室にすら入れなかったらしい。

 

「あのババアのことだから、古代ルーン文字の基礎すら読むことも怪しいわ。」

 

ハーマイオニーはそう見下したように言った。

 

そんなこんなで学校は突如休校になり、学生たちは自主学習期間という名の無法地帯化が進んだのだった。フレッドとジョージはこれ幸いとバンバン花火をホグワーツ城内で散らせ、アンブリッジの再建を全力で妨害した。セキュリティが皆無に等しいホグワーツ城に脱獄した死喰い人たちが、乗り込んでくると噂で持ちきりだった。

この2つの理由のおかげで、アンブリッジの機嫌は最高潮に悪くエディのYシャツが美しく着れていないという理由でハッフルパフから10点減点した。その場にいた全員でエディがアンブリッジにクソ爆弾を投げるのを止めたのだった。

 

唯一、薬草学の授業だけは続行された。温室は魔法とマグルの技術両方使われていたのでエルファバの氷の被害は逃れたのだった。噂によるとスプラウト教授はエルファバがホグワーツ中を凍らせた時、授業を実施しており全く気づかなかったそうだが後々事の全容を知り、哀れなエルファバの末路と自分の愛する貴重な植物たちに被害が及ばなかった喜びが混ざって大泣きしたらしい。

 

しかし、こんな事態でも(5年生にとっては残念だが)O.W.L.などのテストは予定通り続行される決定が魔法省よりなされた。取り急ぎ収集がついた大広間は、食事時間以外はテストがある5年生と7年生の自主学習用スペースとして開放された。その日、ハリーたち5年生はその大広間でテスト勉強に明け暮れていた。

 

「なあ。あの噂本当だったんだな。」

 

ロンは大広間で勉強中、向かいに座っていたハリーとハーマイオニーに声をかけて顎で後ろを指す。

 

「うわっ。」

 

ハリーが声を出すのは無理もなかった。今しがた端っこの席に座ったセドリックの左目から頭にかけて、紫の巨大なイボたちが覆っていた。1人で座り、羽ペンと羊皮紙を開いて勉強に取り組んでいた。周りの生徒たちもセドリックを遠巻きに見て、ヒソヒソと嘲りながら去っていく。

 

「嘘でしょ?あれエディがやったの?」

「フレッドが言ってた。エルファバの杖を折らせたセドリックにブチ切れて、“いぼいぼの呪い”をかけたんだって。セドリックも抵抗しなかったらしいよ。」

「可哀想にセドリック…今魔法省でインターン中でしょう?」

「マダム・ポンプリーに言えばすぐに治してもらえそうだけど。」

「セドリックったら、変なところで律儀なんだから…。」

「あの一件でセドリック、相当なヘイトを買ったよね。嫌がらせもすごいって聞いたよ。」

「ううっ、見てるだけで寒気がしてくるよ…ああ、噂をすれば。」

 

今度はハーマイオニーとハリーの後ろにエディとルーナが駆け寄ってくる。セドリックに反して、かなり嬉しそうでスキップしながらやって来た。

 

「さあ、みんな。準備は整ったわよ。」

「本当?」

 

エディが高らかに言うとハリーはガタッと立ち上がった音が、静かな大広間中に響いた。

 

「うん。パパが今日発売のやつにハリーのインタビューが載るってさっき連絡してきたもン。雑誌のサンプルも送ってもらったンだ。」

「最高だ。これであのババアをホグワーツから追い出せるかな。」

 

興奮気味にロンが言う。ハーマイオニーは入って来たばかりのセドリックが、そそくさと大広間を出て行ったのを横目で見てから大きく頷く。

 

「ええ。手筈は完璧なはずよ。」

「よおよお、イタズラの準備が整ったと聞いたぜ!」

 

フレッドとジョージがニヤニヤしながら、エディの背後から現れた。

 

「俺たちの手で」

「我らのホグワーツを」

「「取り戻す!!」」

「エルフィーもね。」

「どのタイミングで言うんだ?」

「今日発売のやつだから、今日の夜6時にお披露目会だよ。フレッドとジョージがみんなに招待状を配るんだ〜。あいつが無様に堕ちる様をしっかりこの目で見てやるんだ。」

「楽しみだ…うまくいくといいな。」

「我々は皆の衆に招待状をお送りするので、一足早く失礼するとするよ。」

「では6時に、大広間で。」

 

フレッドとジョージはもったいぶって、気障ったらしく咳払いするのでみんなが笑った。

 

その数時間後。

 

アンブリッジは、輝かしい自身のキャリアの第一歩を散々な形で破壊されたことにこれまでにない憤りを覚えていた。廊下の角でキスしていたレイブンクロー生の2人から20点減点を行い鼻息荒く、夜のホグワーツをずんずん歩いていた。

 

あの不思議な魔術を暴発させる君の悪い女子学生は、この歴史あるホグワーツ城を氷漬けにしこの城にかかっているすべての魔術を無効化した。新聞には載せないように口止めし、生徒たちにも口止めの教育令を刊行して親にも言わないようにしているが、どこからかその情報が漏れて、ウィゼンガモットはファッジの管理能力を疑問視する声がから出ている。しかもあの赤毛双子。ホグワーツ城の再建に勤しむ自身を小賢しいイタズラグッズで全力で妨害していた。

教授たちも一切力を貸さず、教育者としてあるまじき光景であった。

 

それにハリー・ポッター。存在が害悪である。

 

ハリー・ポッターが虚言を吐いたことで結果ファッジに寄り添い、最高の地位を得ることができた。しかし毎授業ごとに虚言を吐き続けて、体罰をしてもめげず、挙句に闇の魔術に対する防衛術を学ぶ学生サークルも作っていた。

 

先日は忌々しい氷の娘とハリー・ポッター、そしてダンブルドアを一斉に捕縛する最大のチャンスだったが、結局どれも中途半端に終わった。ファッジが不機嫌になったがダンブルドアを追い出しホグワーツという強大な機関の権利を掌握できたと必死におだててなんとか気持ちが収まったのであった。

 

これもホグワーツ城の校長という、一生キャリアの中で輝き続けるであろう称号のためにはこの犠牲も必要なのかもしれないと思い始めた。

 

アンブリッジは自分で自分の機嫌を保ち、校長室(自称)へ戻ろうとした時だった。

 

「アンブリッジ校長!大変です!」

 

監督生であるパンジー・パーキンソンが血相を変えて後ろから息を切らしてこちらに走ってきた。

 

「ミス・パーキンソン、何事なの?」

「あいつらが…スリザリン以外の寮生たちが一斉に…校長の根も歯もない噂を…ばら撒いています…!!」

 

アンブリッジは慌てて廊下を走り、すぐ近くの大広間に向かう。今は夕食時で、ほぼ全校生徒が大広間にいるはずだ。大広間の入口には生徒たちが群がり何かの雑誌を見ながらザワザワ騒いでいるのが目に飛び込んでくる。

 

「どきなさい!どきなさい!」

 

アンブリッジは生徒たちを叱りつけ、押し倒し、大広間の中心までやってきた。中の大広間はもっと異様な光景だった。

 

食べ物が載った大皿とカボチャジュースが宙に浮かび、机と椅子が撤去され生徒たちは立食している。その間を花火が駆け巡り、各々それを避けながら食事をしていた。天井からはアンブリッジの顔がプリントされた横断幕が吊るされており、「私が魔法界の面汚しです!」「皆、私に従いなさい!」と言っていた。

 

「さあさあ、レディースアンドジェントルメーーーーーーーン!!!よってらっしゃい見てらっしゃい!!哀れなガマガエルが丸焦げになる様を見れる貴重なチャンスだよーーーーー!!!」

 

長身のハッフルパフ生は喉に杖を押し付け、拡声呪文を使い小さいテーブルの上に立って高らかに叫ぶと、大量に雑誌を宙に巻いた。

 

「招待状は皆さん持ってる?大広間に入ると、今話題の雑誌に変わるよ〜!」

「…ミス・スミス…!」

「あ、よーやく主役(ヴィラン)の登場ね。待ってたわ。」

 

エディの顔はハッフルパフのシンボルであるオレンジ一色にペイントされている。ニヤッと笑うとその白い歯がよく目立った。生徒たちはアンブリッジの存在に気づくと一斉に大広間の壁側に寄り、エディとアンブリッジの周りに大きな空間ができた。

 

「今は一体何時だと思ってるのかしら?すでに寮に戻るべき時間のはずなのにこんな大声で…他の生徒たちも…!ハッフルパフから「減点する?どうぞご勝手に。今日はあんたの最期を拝める日だからね。あ〜あ、そうね。“シックス・センス”ばりのどんでん返しをあんたにしてやる、最高のクライマックスを迎えるのよ。」」

「何を言っているのですか…?」

 

そう言うが否や、エディは棒立ちになるアンブリッジに宙に浮かんだ雑誌をひっつかみ、投げつけた。

 

「読んでご覧よ。あたしたちの…この数ヶ月の集大成をさ。」

 

アンブリッジはエディの無礼な態度に憤慨しつつも、今しがた投げつけられた雑誌を拾い上げる。その表紙には水色の文字に金色の縁取りで“クィブラー”と書かれ、その下にはニタニタ笑う自分がガイコツを積み上げたピンク色の玉座の上に座っている。

 

そしてアンブリッジの前には大きく、真っ赤な文字が浮かび上がってきた。

 

『魔法省最大の悪女〜魔法大臣上級次官ドローレンス・アンブリッジ女史の悪事を人気ライターのリータ・スキーターがすっぱ抜く〜』

 

「な…にを…?」

「右下もよく見てみろよ。傑作だぜ。愛しのファッジがなんて言うかな。」

 

今度は顔を赤と金に塗りたくったフレッドかジョージがエディと同じ机に乗り込み、エディを支えながら叫んだ。

 

アンブリッジは呆然としながら、右下で肩を組んでいる男性2人の写真をまじまじと見た。1人は少し嫌そうな顔で笑うハリー・ポッターだ。なるべく、少し隣の男性と距離を置こうとするもの、もう片方が強引に腕を引っ張り上げるのだ。その人はとてもハンサムで、セピア色の写真でもよく分かる真っ白の歯を見せて笑いかけていた。記事のタイトルはこうだ。

 

『特別会談スペシャル〜冒険家、ギルデロイ・ロックハートと生き残った男の子、ハリー・ポッターが“あの夜の出来事”を全て告白〜』

 

ーーーーー

 

 

数ヶ月前。グリモールド・プレイスの居間に子供たちは集まっていた。

 

『はいはいはい、みんな注目、注目!!!』

 

エディは骸骨の頭がついた松葉杖をカンカン床で鳴らしながら入ってきた。どこからか調達してきた紺色のぶかぶかローブを引きずり、部屋の端で仁王立ちする。ソファに座る、エルファバ、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニー。そして姿あらわしでソファの後ろでフレッドとジョージが現れたところでエディはわざとらしく咳払いをした。

 

『お集まりの皆さん、本日はお時間をどうもありがとう。集まってもらったのは他でもないわ。』

 

エディはチョークを取り出し、壁紙が剥がれ剥き出しになった木製の壁に荒々しく書き込んだ。

 

“アンブリッジをいかにホグワーツから追い出すか?”

 

『あー、エディ?』

『いい?こいつのせいであたしたちの輝かしい青春が奪われているわ。1年そして2年、あたしのホグワーツ生活は最高だったわ。友達、教授、授業!それにエルフィーと仲良くなれたし?』

 

ハーマイオニーの声を無視し、エディは恭しくエルファバにお辞儀するとエルファバもコクっと会釈する。

 

『けど、今のホグワーツは最悪よ。教育令、教育令、教育令!!体罰!!差別…!!あたしたちの大好きなホグワーツじゃない!!その全ての根源は?アンブリッジ!!』

 

ロンはそうだそうだ!と野次を入れ、ハリーもウンウンと頷く。

 

『こいつを今ここで叩き潰さないと、このイギリス魔法界にとって大損害よ!』

『エディ…?』

 

男子勢がやいやいピーピー囃し立てる中、ハーマイオニーは、恐る恐る手を挙げて興奮するエディを制止した。ロンは”やっぱりね“という顔をして腕を組み、首を振った。

 

『エディの言うことはすっごく分かるんだけど…その、方法はあるの?たしかに鼻持ちならないババアよアンブリッジは。けれど魔法省の偉い人で私たち生徒は、そいつを辞めさせる方法なんてないはずよ。それに、きっと今ここで悪いことをしてるんだから魔法省はこれが終わったら然るべき対処をしてくれるはずよ。』

『おいおい正気かハーマイオニー?今この魔法省の現状を見てそう言ってるのかい?』

 

ロンはやれやれと言った顔でハリーを見た。エルファバはそれをたしなめるように睨み、間に挟まれたハリーはどちらの味方をすればいいか分からないと2人から顔をそらす。ジニーは負けじと身を乗り出した。

 

『けど、この会議を開いているってことは考えがあるのよねエディ?』

『ない!!』

 

ジニーは頭を抱え、フレッドとジョージは吹き出し、エルファバは恥ずかしさに顔を赤らめ、ハリーがエルファバを慰めた。

 

『けど…けど、なんかあるはずなのよ!あの性悪女、常習犯だわ!あいつのホグワーツでの悪行を新聞にリークして晒すとか、いろいろ!』

『日刊預言者新聞が僕ら学生の言うことを聞くかな。ファッジの息もかかってたらお気に入りのアンブリッジのこと悪く書けないよ。』

 

ハリーは侮蔑の色を含みながら吐き捨てるように言った。

 

『うーーーん、日刊預言者じゃなくてもいい!なんか有名な新聞でリークできそうなことない?』

『……あ。』

 

しばらくの沈黙の後、ハーマイオニーが何かを思い出したように声を上げた。

 

『ハーマイオニー!!!何かある?!?!』

『媒体はともかく、手段はあるわ。』

 

ここでもまさかの大穴にみんなが驚いた。ハーマイオニーは少し嫌そうだが自自信ありげに答えた。

 

『リータ・スキーター。あいつの弱みを握れば、多分調べてくれる。』

『リータ・スキーター?あの嘘ばっかの記事を書く?』

『…なんか聞いたことあるその名前。』

『私のこと、セドリックとハリーを弄ぶビッチって書いた人よエディ。』

『…あ!エルフィーと叔父さんのこと書いた人!?うっげー!』

 

エディはオエーッと吐く真似をする。エルファバも肩をすくめた。

 

『ええ、そいつよ。』

『めちゃくちゃいいアイデアだけど、あいつ“週刊魔女”とかのゴシップがメインだろう?魔法省のこと書いてくれるかな?』

『あいつは魔法省の裁判で記者として入ってた。多少魔法省にも通じてる。』

 

フレッドの疑問にハリーが答えた。エディはパッと顔を輝かせ、クルッと周り、壁をタンタンっと手のひらで叩いた。

 

『決まりね。リータ・スキーターを使いましょう!』

 

事がさらに進展したのはその数日後、ミスター・ウィーズリーのお見舞いをしに聖マンゴ病院へ行った時のことだった。ミセス・ウィーズリーがマグルの治療で蛇に噛まれた部分を治療しようとした事でミスター・ウィーズリーに激怒し、子供たちはそこから避難していた。ロンはあくびをしながら言った。

 

『あーあ、僕お腹すいちゃったよ。』

『どこかにカフェとかレストランとかあるといいんだけど。』

『案内板が廊下のどこかにあったはずよ。見てみるわ…6階ですって。そしたらそこの階段を登って…』

 

ハーマイオニーがキョロキョロしていると、病院内を歩いているとやたら騒がしく、婦人たちが色めきだっていた。

 

『なんだい、有名人でも来てるのか?』

『あら、魔法界でもそんなボランティア的なことをするのね。マグルの病院だとよくあるのよ!』

『あんまり話は聞かないけどね。『ほらほら、みんな押さないんだ!急がなくても私はみんなに愛とサインを送るまでどこにも行きませんよ!』』

 

キザなセリフを吐くその声に、エルファバ、ハーマイオニーは顔を見合わせ、ロンとハリーも口を開けていた。

 

『ハーイ!このギルデロイ・ロックハートとの写真会!病気と闘う君たちに、悪と戦う私が応援に駆けつけましたよ!』

 

ライラック色のローブをなびかせ、ブロンドヘアをしっかり整えたロックハートは広い廊下で仁王立ちしてうっとりした魔女たちに握手とウインク、あるいは手の甲にキスをしていた。魔女たち数十名がロックハートを取り囲み、ロックハートがキザなセリフを吐くたびに黄色い声援を上げている。

 

『…誰あれ?』

『そっか、エディは知らないわよね。あの時、まだ入学してなかったから。私が1年だった時に闇の魔術に対する防衛術の教授をやってた人よ。』

『教授とは言い難かったけどな。まあ、アンブリッジよりよっぽどマシだけど。』

 

事態を理解できていないエディにジニーとフレッドが説明を入れた。

ハーマイオニーは、何かが降りてきたかのようにニンマリと笑い、ツカツカとロックハートの前に歩いて行った。

 

『ハーマイオニー、何する気だ?』

 

ロンとハリーは慌ててついていき、エルファバ、エディ、ジニー、フレッドとジョージもそれにならった。

 

『あーら、ロックハート教授!お久しぶり!』

 

ハーマイオニーは魔女たちの黄色い声援をかき消す大声で、ロックハートにそう言い放った。完璧なスマイルを振り撒いていたロックハートはハーマイオニーを見るなり凍りついた。

 

『…みっ、ミス・グレンジャー…!?』

『ちょっとお話しできます?元生徒のよしみで。』

 

エルファバは久しぶりに見るハーマイオニーの悪い笑みに寒気がした。

(この笑みはハリーが怒った時にエルファバを盾にできると言った時以来だ。)

 

『えっ、いや、その『あれ、それとも、私たちとの大冒険の話をする?お漏『行きます!行きますったら!』』

 

ロックハートの慌てっぷりにさっきまで騒いでいた魔女たちはシンと静まり返り、怪訝そうな顔でロックハートそしてハリーを眺めていた。

 

『あれってハリー・ポッター?』

『さすがロックハート、生き残った男の子と面識があるなんて。』

『けど、最近ハリー・ポッターって虚言癖すごいんでしょう…?』

 

エルファバはその魔女をムッと睨むがハーマイオニーが廊下の端にロックハートを連行したので慌ててついていった。ハーマイオニーは自分たちとロックハート、そして寝ている肖像画しかいないことを確認すると早口でエディに告げた。

 

『エディ、適任者がいたわ。』

『…適任者?』

『ええ、あのガマガエルを倒す以外にも大事なことってあるわ。ハリーの汚名を晴らすこと!』

『えーっと、それとその色男がどういう関係が?』

 

当のハリーも全く理解ができないと言わんばかりにハーマイオニーとロックハートをキョロキョロ見ている。ロックハートも廊下の角に後退りしながら口をパクパクさせている。

 

『エディ、この人魔法界だと有名な冒険家なのよ。めちゃくちゃペテン師だけどね。この人の名声を使ってハリーに真実を対談してもらうの!』

『き、君らに、協力?』

 

キョドッていたロックハートはここでやっと声を発した。明らかに不満そうである。ハーマイオニーはジロっとロックハートを睨む。

 

『あら、断れるお立場ですか?いいのよ。今からでもあなたの冒険話が全て人から取ってきて、その人には忘却呪文をかけて全て自分の手柄にしてるって。』

『っ!っだっ、誰がお前たちの言うことなんぞ信じるか!しかも、ハリー・ポッター!君は、最近“名前を言ってはいけないあの人”が復活したとかなんだとか言って周囲の気を引こうとしているらしいじゃないか!それに関する話を対談だと…?いや、まっぴらごめんだ!そしたら私の株が急行下して』

 

バキバキバキっ!!

 

エルファバが無言で氷の塊を手のひらに作り、ロックハートの顔の前に持ってきた。

 

『…あっ、はい、やります。』

『よろしい。』

『決まりね。』

 

氷をその辺にぽいっと捨てたエルファバを見たロンはハリーに耳打ちする。

 

『エルファバが僕らの味方で本当に良かったと思わないかいハリー…。』

『それを言うならハーマイオニーだよ、ロン…。』

 

ーーーーー

 

「…っていうわけ。記事もめちゃくちゃ面白いよ〜。」

 

エディは机から降り、嬉々としてアンブリッジの顔を覗き込んでいる。

 

「雑誌はこのルーナが協力してくれたの。」

 

エディが腰を折ると、大広間の端にいるルーナは得意げに笑った。ルーナはルーナで顔を紺色にペイントしている。

 

「あんたの被害者はごまんといた。あんたに呪いをかけられた人、ミスを押し付けられ魔法省を辞めた人、その他諸々。敏腕記者のリータ・スキーターは全てそれをかき集めてくれたわ。一語一句完璧にインタビューの内容を書き起こして、この完璧な記事を書き上げてくれたの。ねえ、人にこんなに恨まれてるって一体どんな気持ち?」

「有名人ロックハートとハリーのスペシャル対談付き。ロックハートは自分が執筆してるから、ハリーから聞いた話を書いてクィブラーに投稿すれば良かったってわけだ。魔法省のずさんな対応もセットで世間に知れ渡った。」

 

アンブリッジは記事が読めなくなるほどに握りしめ、震えていた。

 

「あれ?絶望した?自分の悪事が世の中に「…んふふっ、ふふふふ、あーっはははははっ!!」」

 

エディは突然笑い出したアンブリッジに顔をしかめ、後退りをした。

 

「あーっ!おっかしい!何を言い出すかと思えば!これだからあなたたちは教育が必須なのよ!たかだか週刊誌、しかも陳腐なクィブラーなんて記事に出た魔法省の記事なんてだーれが信じるというの?世の中のことを知らないあなたたちにこの私が優しーく教えてあげますわね。魔法省に対する批判の記事なんて毎日山のように出ております!これだって、世の中の人たちからするとちょっとしたエンターテイメントに過ぎません!!」

「その通りだ。こんな記事、毎日いくらでも出てる。」

 

アンブリッジの背後から現れたのはハリー、ロン、ハーマイオニーだった。エディたちとは違い、いつも通り制服を着こなし顔にペイントはない。アンブリッジの豹変ぶりに少し引いていたエディ、フレッド、ジョージは“ようやく主役が現れた”とニヤニヤしている。

 

「ああ、ミスター・ポッター。あなたからも減点しなくては。とんでもない嘘を世に広げたことでグリフィンドール、50点減「減点すればいいさ。僕らは真実を話しているから。けど、もっと自分の心配をするべきじゃないか?卑怯者の鬼ババアめ。」」

 

ハリーの暴言を止めず、ハーマイオニーはクスクスと笑い、ロンは声を上げて笑いそうになったのを咳で誤魔化した。

 

「お前をホグワーツから追い出すための策はもう1つ用意してるんだよ。」

「あーら、その素晴らしい策を私にも1つ教えてくださいませな。」

 

アンブリッジは小馬鹿にしたように瞬きを数回繰り返す。そんなアンブリッジに動じずハーマイオニーは一歩進み出て、勝ち誇ったように腕を組んだ。

 

「ええ、教えてあげるわ。あなたが醜悪であるという決定的な事実を、今この瞬間、魔法省で発表してくれている私たちの仲間がいるのよ。」

「…は?魔法省…?」

「そう。あなたがこのホグワーツでやったことを、クィブラーで載っていた悪行、そしてその他この雑誌に載っけられなかったこと全て、ね。」

「………馬鹿馬鹿しい。生徒がホグワーツを抜け出して魔法省へ行ったとでも?そんな人がこの城内にいるわけ「いるわよ。ほら、あなたが直々に許可を出して魔法省へ出入りできるようになった人。ここまでヒントを出しても分からないかしら?」」

 

アンブリッジはちんぷんかんぷんだと言う顔をした。ロンの隣にフレッドとジョージが並び、3人で同じ悪い笑みを浮かべた。

 

ハリーがその人物の名前を口に出したー。

 

ーーーーー

 

同時刻、グリモールド・プレイス。

シリウスは犬が吠えるような声でゲラゲラと笑っていた。机に長い脚を乗せ、椅子にもたれて仰け反って今にも頭から落っこちてしまいそうだ。

 

「さすが、ジェームズの息子だハリー!!クリスマスの時になんか集まってると思ってたが、ここまで大きく盛り上げてくれるとはな!!」

 

エルファバはシリウスとリーマスに例の雑誌、つまりはこの数ヶ月の集大成を見せていた。机の上にはティーカップが3つ置いてあるが紅茶はすでに冷めていた。

 

リータ・スキーターを使った魔法省の闇を暴くこと、ロックハートとハリーとの対談。この喜びを皆と分かち合えないのは非常に残念だ。ロックハートはともかくとしてリータ・スキーターに関しては、アンブリッジの悪行はゴロゴロ出てきたもののアンブリッジの報復を恐れて、なかなかみんな証言をしたがらなかった。

しかし、(どういう手段を使ったかは知らないが)どうにかこうにか、リーター・スキーターはアンブリッジの悪行をしっかり記事にしたのである。

ロックハートも隙あればハリーの勇気ある偉業を自分のものにしたがり、内容を改変したのでハーマイオニーが勉強の合間に何度も突き返したのだった。

 

「リーマスが私にくれた日記帳をヒントにしてハーマイオニーがリータ・スキーターとロックハートに魔法をかけた羊皮紙を渡したの。彼らが書いたことはすぐにこちらにある羊皮紙に反映されて、訂正できたわ。」

 

一方ルーピンはシリウスの隣で笑っていいのか、分からなさそうな複雑な顔で雑誌を読んでいた。

 

「その…エルファバ。申し訳ないんだけど、確かにこの記事は最高だ。特にハリーの告発は世間を動かすだろう。けれど、こんな記事嘘も本当も毎日のように掲載されている。魔法省がこの記事1つで動くとは…。」

「そうなのよ。みんなで実行に移す時、同じ指摘をされたの。」

 

ルーピンは雑誌から顔を外し、怪訝そうに眉を上げる。シリウスもまだ何か面白いことがあるのかと体を上げ、少年のように目を輝かせた。

 

「だから、もう1つ。言い逃れできない確固たる証拠を魔法省で今…。」

 

エルファバがそう言いかけたところで、誰かがゴトっとトロールの脚で作った傘立てを倒して、中へ入ってきた。シリウスの母親の肖像画はエルファバが氷を使って剥がしてしまったのでもう物音を立てても叫びはない。

 

「やだ、トンクス、帰って来ちゃったの?」

 

エルファバはひどくショックを受けた声を出して立ち上がった。

ショッキングピンクのツンツンヘアなトンクスはキョトンと厨房の入り口で立ち尽くした。

 

「え、なに?いけなかった?」

「いけなかったわけじゃないんだけど…。」

 

エルファバはもじもじして、上目遣いでトンクスを見上げた後、少し恥ずかしそうに右ポケットから何かを取り出した。

 

「…今魔法省で、私の彼氏が頑張ってるから、見て欲しかったの。」

 

エルファバが右手に持っていたのは、折れたはずの白い杖だった。

 

 



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14.セドリック・ディゴリー

注意:この話には原作キャラの性格改変があります。苦手な方は途中を飛ばしてください。


『確かにいい考えだとは思うんだけど。』

 

DAの集まりが終了し、皆が解散した頃。

必要の部屋で、ガタイのいいハッフルパフ生はリータ・スキーターとロックハートが書いた原稿を読み終えた後に呟く。

 

『正直、こういう政治批判の記事ってかなり出回ってるからこれでアンブリッジを今の地位から引きずり下ろすのは難しい気がする。』

 

真紅のグリフィンドールロゴ入りクッションに座り、長い脚を弄びながらその男子生徒は言いづらそうにしかし、言葉を選ばずに伝えるとエディはえー!と声を上げた。

 

『やっぱりそうよね。』

『おい、君めちゃくちゃ乗り気だったじゃないか。』

『もちろん一石を投じる記事になるはずよ。けれど決定打にはならないんじゃないかって私も思ってたわ。』

 

ロンとハーマイオニーがまた口論を始めそうだったので、ハリーは少し声を大きくしてハッフルパフ生に聞いた。

 

『けど、もうこれ以上僕らできることはないんだよ。学生の僕らじゃこれが限界だ…。』

『諦めるのは早いよハリー。ここにいるだろう?ホグワーツ生でありながら魔法省へ入り込めそうな奴が…。』

 

ハッフルパフ生はニヤッと笑った。

 

『え、誰?』

 

ロンの素っ頓狂な声に対し、ハーマイオニーがハッと息を飲む。

 

『そんな…!でもどうやって?』

『なんだい?どういうこと?』

『僕らは君がアンブリッジ撃退作戦を聞きたいってエルファバから聞いてたけど…まさか、協力してくれるのかい…セドリック!』

 

ハッフルパフのユニフォームを着たセドリックは立ち上がるとハリーより一回りほど大きく、がっしりとしていた。そしてハリーの肩を軽くパンチした。

 

『頼むよリーダー。僕も“ダンブルドア軍団”の一員なんだ。協力は惜しまないさ。』

 

ーーーーー

 

「は…セドリック?」

 

ハリーからその名を聞いたアンブリッジは、予想外の名前に持っていた雑誌を床に落とした。

 

「そうだよ。お前が薬で操っていたと思っていた愛しのセドリック・ディゴリーだ。今は魔法省でインターンしてる。お前が直々にセドリックに許可を出したんじゃないか。」

「ばっ、バカおっしゃい!!!彼は、完全に私の味方で…!!!」

「だから、その前提が違うんだよ。」

 

アンブリッジだけではない。セドリックの名前を出すと周囲の生徒たちもざわつきはじめた。元彼女を城全て凍らすまで追い詰めた悪名高きセドリック・ディゴリー。その元彼女の妹に呪われたのも記憶に新しい。

 

「セドリックは、最初から僕らの味方だったんだよ。前も、今も、そしてこれからもだ。」

「何をいうかと思えば…。」

 

笑顔を貼り付け、ェヘンェヘンといつもの調子で咳払いするアンブリッジにハーマイオニーはせせら笑った。

 

「信じてないのね。まあ、いいわ。あなたが信じなくてもここにいる生徒たちには真実を話して彼の名誉を回復させないと。」

 

ハーマイオニーはツカツカとアンブリッジの絵が描かれた弾幕の下まで行き、杖を向けた。そうするとアンブリッジの声は消え、弾幕はただの布になった。

そしてハーマイオニーはエディと同じく杖を喉に当てて拡声呪文を唱える。

 

「さて…どこから話すべきかしら。このアンブリッジの話ほど短く収まらないから「教授とお呼びなさい!!」はいはい。ええっと、まずはエルファバとセドリックのことはみんな気になるわよね。セドリックとエルファバを狙ってた皆さんには申し訳ないけど…あの2人、別れてないわ。」

 

生徒たちからこれまでで一番大きいどよめきが大広間に響く。

 

「復縁したってこと!?」

 

ハッフルパフの上級生が半分泣きそうな金切り声を上げた。

 

「いいえ。そもそもあの2人は別れたことなんてないのよ。今も仲良くやってるわ。」

「だって!あの2人は中庭で大喧嘩したって…!!」

「ええ。じゃあここにいるみんなに聞くわ。それを、2人が中庭で喧嘩した場面“を実際に”見た人いる?」

 

再び生徒たちはざわめく。ハーマイオニーの問いに首を振ったり、知らない、誰かに聞いたなど、全員の答えはノーだった。

 

「みんな、ハリーに対して根も歯もない噂をたっくさん流してくれたわよね。だから私たちもそれをやっただけよ。」

 

ざわついた生徒たちはハーマイオニーのドスの効いた声を聞いて縮こまり、しかし小声で自分達の憶測をヒソヒソ話す。ハーマイオニーは、アンブリッジを見て嘲笑った。アンブリッジは顔を真っ赤にしてプルプル震えている。

 

「あらあら、誰かさんはその前提が崩れたことで何かを悟ったみたいね。まあいいわ。続けましょう。フレッドとジョージがまず2人が別れたことを吹聴し、そして私たちの“協力者たち”…あなたが取り締まろうとしてたDAのメンバーよ。みんなで、あの2人が中庭で大喧嘩して別れた“らしい”って広めた。そうすることであなたにセドリックが従ったと思い込ませた。エルファバとセドリック、2人とももちろん承諾済み。そもそも発案者がセドリックだし。」

「魔法省はミスター・ディゴリーの精神状態を把握していたわ…!そんなこと…!」

「そうね。あなたたちは、回復して間もないセドリックに魔法省が承認していない魔法薬を飲ませセドリックの感情を無くさせ、自分達の都合の良いようにセドリックを操っていたわ…あら、これは内緒話だったかしら?」

 

今度、アンブリッジは顔がさーっと真っ青になった。赤くなったり青くなったり、見てるこちらとしては愉快だとハリーはせせら笑う。

 

「とある情報筋だと“服従の呪文”をかけた時と効力が似てるとか…そんなものを魔法省が一生徒に飲ませていたなんて知られたら、世間は何て言うかしら。けれど残念。セドリックはあなたたちより何倍も聡明で賢かったの。」

「根も歯もないことを…。」

「セドリックはその薬を飲まずに持ってる。証拠として提出できるぞ。」

 

ロンは嬉々として追い討ちをかけた。

 

「…みんな計算外だったのは、狡猾なあなたがセドリックとエルファバが別れた後に、稚拙な冷却呪文で所々城を凍らしてエルファバが情緒不安定であるように仕立てたこと。エルファバが叔父さんを殺そうとしただなんて嘘まで作って、ホグワーツを追い出されたこと…。」

 

ハーマイオニーが下唇を噛んだ。エディもフレッドもジョージも俯く。意気揚々としていたDA軍団の雰囲気が初めてどよんと暗くなった。

 

皆がエルファバの退学に責任を感じているのを野次馬の生徒たちは感じ取った。ハリーは気を取り直し、声を張り上げた。

 

「セドリックは本当にうまくやってくれたよ。去年の一件を僕のせいだと考えているように仕向けて、お前にDA実施について嘘の日程と内容を教えていたんだ。お前はこう言われていたはずだ。『今はみんな慎重で、決定的な証拠になるようなことはしていない。捕まえるのは証拠が少なすぎる。』実際は僕らと一緒に死喰い人(デスイーター)たちに対抗する術を一緒に学んでいたのに!」

「…ポッター…!!!やっぱり…!!!」

「ああ、もういいんだ。隠す理由はないから。僕を退学にする算段だったはずだけど証拠不十分だっただろう。僕が捕まる直前で、セドリックがみんなにDAを本格的に捕まえようとしてることを伝えたんだ。僕らはお前らに捕まる前に証拠を全部消し、DAメンバーのリストはセドリックが燃やしてくれた。」

「…ありえない。セドリックにそんなことするメリットが…?」

「とーってもいい質問だわガマガエル!」

 

ハリーの隣にずいっとエディが現れた。アンブリッジの周りを回った後、エディはミュージカルのように大げさな動作に歌うように語りかけた。

 

「これはね、エルフィーとセドリックの愛の魔法のおかげなのよ。魔法を…医療を超えた、最高の愛の力を今から話して、あ・げ・る。」

 

ーーーーー

 

子供の頃から、人は自分に優しかった。

それは自分が純血で、魔法が使えて、少し顔が良くて、スポーツができたからだと知ったのはホグワーツに入学してからだった。常に人に囲まれて、大人からは称賛され友達にも常に囲まれていた。

 

それは自分にとっては当たり前のことで、成績が悪い同級生は努力不足だと思った。この世の中は努力すればどうにかなる。何かが劣っているのは努力をしていないからだと考えていた。もっといえば、自分は差別されない人間。だからこそ人の痛みや辛さを知ることはないと思っていた。

 

自分は、薄っぺらい人間だったのだ。

そんな自分の転機は3年生の時だった。

 

『やあ…大丈夫かい?』

 

友達たちと次の授業へ向かう途中。白い髪の下級生が廊下の端でうずくまっていた。ぐったり体調が悪そうで、ゼエゼエ息も荒い。ボサボサの髪の中から青い瞳が見える。

 

『おい、セドリック下級生をナンパするなよ。』

『違うよ。この子が体調悪そうで…。』

『ふーん。さっすがセドリック。みんなに優しいのね!』

『きっとその子はホームシックなんじゃないの?』

『先行ってて。クィレル教授には遅れるって言ってくれ。』

 

友達たちはこの哀れな新入生を助けず、さっさと教室へと向かっていく。

セドリックは呆れてため息をついた。

 

『ああ、すまない。ホームシックなの?良ければ医務室に一緒に行こう。』

『…』

 

手を伸ばし、立ち上がるように促すと息が荒い女子生徒は痙攣したように首を横に振る。

 

(えっ、嫌がられた?)

 

完全に想定外だった。普通このような状況で自分が手を差し伸べられて嫌がられたことはない。手を取り、お礼を言われるものだと思っていた。しかしこの下級生は首を振りありがた迷惑だと言わんばかりに目を逸らした。

 

『…じゅぎょう…いきます…。』

 

下級生の声はか細く、ほとんど聞こえなかったが自分の申し出が拒否されたことは理解できた。正直、人の親切を無下にしたこの下級生にイラッとした。自分は授業に多少遅れてもその生徒を助けようとしたのに。その下級生の手を見ると“変身術入門”の教科書が握られている。

 

(変身術、すぐ近くじゃないか。)

 

セドリックはグイッとその下級生の腕を引っ張り、脇の下と両脚に腕を通して持ち上げた。

 

『!!!!』

 

自分のトランクより軽い女子生徒を横抱きにして変身術の教室へ向かう。

息を荒くしていた女子生徒は慌てて、セドリックにしがみつき自分の白い髪で顔を隠しながら小声でやめて、おろして、と行動と矛盾したことを呟いていた。セドリックはそれを無視した。

 

『…ええ、それでは早速変身術の基礎から…おや。』

 

すでに授業が始まっていた教室にセドリックと女子生徒は入ると、教室中が特に女子生徒がどよめいた。下級生が上級生に横抱きにされて入ってきたのだ。

 

『マクゴナガル教授。この女子生徒がうずくまっていて。医務室に行くことを提案したんですが本人が授業に行くと。』

『まあ。ありがとうミスター・ディゴリー。ミス・スミスはおそらく度重なる疲労で辿り着けなかったのでしょう。ホグワーツは広いですから。彼女をミス・パチルの席に座らせてあげなさい。』

『はい。』

 

セドリックはマクゴナガル教授が指差したところにヒョイっと女子生徒を座らせた。

 

『またね。”ミス・スミス“。』

『…ありがとうございます。』

 

今までで一番ハッキリした声で、”ミス・スミス“はお礼を言い、コクッとお辞儀をした。驚くセドリックをよそにクスリともせず、フイッと目を逸らしてセドリックがジッと”変身術“と書かれた黒板を見つめた。

 

後々に本人にこれを聞くと、”意味も分からず体格の大きい上級生に担がれたこと”“初回の授業で目立ったこと” そもそも自分にあまりにも体力がなさすぎること“などなど氷を出す理由が出揃っており、隠そうと必死だったらしい。

 

しかしそんなことを知らないセドリックは、ニコリともしないけれどハッキリお礼を言うミス・スミスという女子生徒が記憶に残ったのだった。

 

まもなくこの女子生徒はエルファバ・スミスという名前の美少女で、自分の同級生たちがエルファバを狙い始めていることを知った。セドリックといえば、エルファバを担いだということで(今思えば腹立たしい卑猥なものも含め)いろいろ質問攻めにあった。しかしセドリックからすれば、顔などあの珍しいブロンドともいえない真っ白い髪で覆われていたので全く分からなかった。

 

『ずっと前から思ってたんだけど、あなた前髪留めたほうがいいわ。』

『ん?前髪?』

 

次にセドリックがエルファバを見たのは課題を友達と行っていた図書室だった。栗色のボリューミーな髪をもつ同級生らしき女子生徒がポケットからピンを取り出し、エルファバの雪のように白いボサボサの髪をまとめると、初めてセドリックはエルファバの顔を拝めた。

 

(ああ、確かに顔は整っているな。)

 

白くきめ細かい肌。ハッキリとした目に小さい鼻。ピンク色の唇。男性受けしそうな美人だった。

しかし、虚ろでおそらくあまり笑わないタイプなのだろう。表情筋を使った形跡がない。

 

(表情がないし愛想もない。僕はもっと愛想がある子が好みだな。)

 

『おい、セドリック行くぞ。』

『ああ。』

 

そのあとセドリックの中でエルファバの印象はそこまでなかったが、嫌でもエルファバの話は聞こえてきた。仲のいいメンツ数名がエルファバをいたく気に入りやたらエルファバの情報を入れてきたのだ。やれ今日は髪を結んでて顔がよく見えただの、”生き残った男の子“ ハリー・ポッターと仲良くしてること、記憶力が異常にいいこと。13歳からすれば11歳など子供だ。にも関わらず熱を上げる学友たちに呆れ笑いして適当に受け流していた。

その中でセドリックすら驚いたのは、ハリー・ポッターとエルファバそして後の2人の生徒でホグワーツ城内に入ってきたトロールを倒したらしいということだった。

 

そのあとからその当事者の4名はよく一緒にいるのを見かけた。あのエルファバの前髪を止めていた栗色の髪の女子生徒とウィーズリー家の一番下の子(確か名前はロンだった)がよく話し、たまにハリー・ポッターが話している。エルファバ・スミスはその4人といて1ミリも楽しそうじゃなく、ただ4人について行っているように見えた。

 

しかし4人を見るたび、何かをエルファバが言ってそれに反応している3人を見ていると意外とうまくいっているのだと少し驚いた。エルファバが交友関係をうまくできるタイプには思えなかったからだ。

 

(そしたら僕も仲良くなれるんじゃないか?)

 

そう思い、今度はエルファバに積極的に話しかけるようになった。最初はかなり嫌がられ話しかけるたびに警戒する猫のように距離を取られた。しかし図書館で会うたびお互いの本の趣味が合うことが分かった。相変わらずエルファバの表情は全く読めず、向こうは楽しんでいるか不明だったので。ゲームを攻略する感覚でエルファバと話したが。

 

『あの本の結末、良かったよね。みんなハッピーエンディングで。』

『ええ。すごく良かった。』

 

周りの友達には本を読む人がいなかったため、エルファバがどう思っているのかはさておきなんとなくエルファバと話すのは気が休まった。

 

エルファバは友達と一緒に暴走したクィレル教授をホグワーツから追い出し、お互い一学年上になった。相変わらず見かけたら、エルファバに構い続ける日々が続いていた。

 

『あら、エルファバ!“上級生の男の子”とすっごく楽しそうじゃない!』

 

エルファバと2人で最近読んだ冒険小説について話しているとエルファバの友達がニッコリ笑いかけてきた。

 

(楽しそう?本当かな。)

 

『ええ。本の趣味が合う人がほとんどいなくてすっごく楽しいわ。また話せると嬉しい。』

 

エルファバは無表情にそう言った。セドリックは大層驚き、エルファバを凝視してしまった。付き合った後に知ったことだが、このハーマイオニーというエルファバの親友はエルファバは随分楽しそうにしているが、おそらく一般の感覚だとそれが伝わらないのでわざと割って入ったらしい。

そんな事情は全く知らかったが、案の定セドリックはこのやり取りに見事引っかかった。

 

(ああ、自分は思ったよりエルファバに良い友人として見られているのかもしれない。)

 

そう思うと冴えない、エルファバが急に可愛く思えた。友人のために一生懸命プレゼントを考えたり、たまにクスッとする面白い発言をするエルファバ。マグルのキャラクターの良さを無表情ながら饒舌に語ってきたり、2人で本の貸し合いをしたり。気がつけば自分の中でエルファバに次いつ会えるか、明るいブロンドヘアの女子生徒を見るとエルファバではないかと思うこともあった。

エルファバは時折、落ち込んでいたり疲れていたりしている感じだった。当時はスリザリンの怪物がホグワーツ内でマグル生まれを襲っていて校内は不穏な空気が漂っていたのでそのせいだと思っていた。

 

『聞いた?エルファバ・スミス、石化したらしいぜ。』

『え、そうなの!?あの見た目からして、魔法族だと思ってたけど!』

『きっと混血なんだよ。僕の親も多分純血以外は攻撃するって言っててホグワーツに帰らすの嫌がったんだ。』

 

クリスマス休暇が終わった後、ハッフルパフ寮に戻ってきた生徒たちは口々にそう話していた。セドリックは自分の荷物を置き噂話をしている上級生たちに声かけた。

 

『エルファバは石化してないよ。顔に…怪我をして治療してるだけだ。クリスマス前に僕も会ったし。』

 

実際のところ、あの女子生徒の暴走で顔が蜂に刺されたように膨れ上がり今は顔を包帯でぐるぐる巻きにされていたが、エルファバの名誉のために言わないでおいた。

 

『あら、そうなの?』

『セドリック、お前いつからエルファバ・スミスと仲良くなったんだよ?』

 

エルファバ・ファンのアダムが恨みがましく割って入ってきた。

 

『いや、たまたまだよ。そんな物凄く仲良いわけじゃない。』

『あの子そんなに面白くなさそうよね話してて。』

『すっごく面白いよ。ただ顔に表情が出ないだけでさ。』

『そうなの?セドリック、顔でそう思い込んでるだけじゃないの?』

『そんなことないよ。確かにエルファバは可愛いけど、それ以上に中身が本当に素敵なんだ。話してみれば分かるよ。』

 

食い気味に否定したセドリックにその周りの生徒たちは凝視する。誰かが口を開く前に慌てた様子の監督生が入ってきた。

 

『みんな、教授からの指示だ。今すぐ大広間に集まるように。』

 

まだ夕食の時間ではないのに、どうしたんだろう、と怪訝そうに生徒たちは口々に話しながら大広間に向かった。友達はあれこれセドリックはエルファバをどう思っているのか聞いてきたが、そのような空気ではないと察した。向かう間に多くの生徒があの怪物に襲われたらしいこと、誰かが怪物を倒したらしいこと、噂話が一気に流れ込んだ。そんな中での校長の言葉ー。

 

『今朝、いわゆる"スリザリンの怪物"と呼ばれる生物が発見された。』

『幸いなことに、これまではどの生徒も直接バジリスクの眼を見なかったために最悪の事態は逃れた。』

『それにより氷越しに目が合ってしまった4年のハッフルパフ生メアリー・マクガヴィン、ー生のー。ー生のーじゃ。』

 

メアリーは同級生だが、マグルではなかった。ハッフルパフに動揺が走る。

 

『そして…残念じゃが…ロックハート教授が怪物を発見した時、襲われていたのが2年のグリフィンドール生、エルファバ・スミス。』

 

セドリックの世界が終わった気がした。全てが暗く、何も感じない。自分の意識を保つのに精一杯だった。エルファバは、分厚い氷の中に閉じ込められ、生死不明だそうだ。この世の絶望を、セドリックば一気に味わった。

 

大広間で校長が解散を命じたが、立ち上がれず自分の中に湧き上がった大きな感情を13歳のセドリックは抱えきれなかった。そして混乱と絶望の中で気がついた。

 

(ああ、そうか、僕はエルファバが好きになっていたんだー。)

 

エルファバは奇跡的に生きていて、戻ってきた。そのニュースを聞いた時セドリックの安堵は人生の中で体感したことのない感覚だった。モノクロの世界が一気にカラーになったようだった。エルファバと親友の3人は、スリザリンの怪物を倒したことでホグワーツ特別功労賞を授与された。

2年連続でとんでもない冒険の数々をこなしたエルファバをセドリックは遠くから眺めることしかできなかった。

 

また一学年上がり、セドリックは友達に気づかれるくらいエルファバのことが好きになっていた。エルファバのファンたちには同胞だと思われ、それ以外にはどうせ顔だとか言われたが何でもよかった。

 

紆余曲折を経て、ついにエルファバの秘密を知ることとなった。

エルファバの慌てっぷりからこれまでの彼女が心を閉ざした理由を知り、ますます愛おしくなった。

いつもハリー・ポッターとトラブルごとに巻き込まれるエルファバに呆れと嫉妬を覚えたり、トラブルメーカーな妹に振り回されセドリックとエルファバはカップルになった。両親が快く思っていないが、エルファバの“力”や家庭環境にも理解が深まり、表情が豊かになったエルファバを好きになったのだったー。

 

ーーーーー

 

セドリックが目を覚ますと、見覚えのない白い天井が目の前に広がっていた。起き上がろうとすると全身がズキズキと痛み、まるで固定されているかのように動かない。声を出そうにも口からは自分のものとは思えない変なうめき声しか聞こえなかった。

 

『ミスター・ディゴリー、起きていらっしゃるの?』

 

中年の魔女が、セドリックを覗き込み目が合うと驚きの表情を浮かべ、慌てて部屋から飛び出して行った。そしてそこから数分後、バタバタと数名が部屋に入ってきて今度は背の高い白髪混じりの黒髪がセドリックを覗き込んだ。

 

『ミスター・ディゴリー。私の声が聞こえているかね?』

 

はい、と言おうとしたが口からはまたよく分からない奇声しか出なかった。男性はセドリックに魔法をかけると、近くにある羊皮紙と羽ペンがセドリックの目の前に現れ、ひとりでにインクを飛ばしながらものを書き始める。

 

“はい、聞こえてます。僕の声はとても変です。身体が全く動きません。ここはどこですか?”

 

『おお、意思もはっきりしている。ここは聖マンゴだよミスター・ディゴリー。君は未だかつて無い大火傷を負いここに運ばれてきた。筋肉も内臓のほとんども焼けていたのにこれは奇跡だ。』

 

“僕は入院してるんですね。治りますか?クィディッチはできますか?ホグワーツには戻れますか?”

 

『安心しなさい。順調に回復しているよ。まだ確定ではないが9月にはホグワーツにも戻れるだろう。』

 

そこからすぐに父親と母親が病室にやってきてどちらも大粒の涙を流しセドリックの意識が回復したこと、日常生活に戻れることを大いに喜んだ。

 

”ハリーは無事だったの?僕と一緒にいたはずだ。あのベルンシュタインともう2人、いたはずだ。多分もう1人は…“例のあの人”だ。うん。間違いない。“

 

父親と母親は顔を見合わせ、セドリックの言葉が信じられないと言わんばかりだった。

 

『あのねセドリック、実は『安心しなさい。ハリー・ポッターは無事だ。』』

 

母親の言うことを遮り父親はキッパリと言った。セドリックはホッとする。

 

”ハリーは何もなかった?僕みたいな怪我は?“

 

『ああ、ハリー・ポッターは何事もなく帰ってきた。』

 

“よかった…あの状況で生き延びるなんて…やっぱりハリーはすごいや。代表選手になったのも頷ける。僕手紙書かなきゃ。ハリーとエルファバ、あとみんなに。”

 

『…ああ。もちろんさ。父さんがふくろうを使って送ろう。』

 

セドリックは自分の意思を伝える羊皮紙を使い、そのまま手紙を書いた。

友人たちに取り急ぎ自分の意識が戻ったことを伝える手紙を書くと、エルファバとハリーへの手紙に取り掛かる。

 

(エルファバとハリーはどうせ夏休み中に合流してるんだろうな。2年の頃はウィーズリー家に滞在して3年の時も一緒にいたな。4年の時はそうではなかったけど…エルファバに送っておけばハリーにも届くだろう。)

 

少し嫉妬でイラッとしつつ、ハリーへのメッセージを綴る。

 

ーーーーー

親愛なるハリー 

 

いい夏休みを過ごしているかな?どうせ君はエルファバと早々に合流して一緒にいるんだろう?本当ずるいよ。僕だってエルファバと一緒にいたいのに、君らは冒険ばかりでエルファバの時間を奪うんだ。うらやましくてしょうがない。けど僕は頼れる大人の男性に見られたいから我慢して

 

ーーーーー

 

グシャっ。

 

ハリーへの手紙がひとりでに潰され、ポトッと床に落ちた。

 

(なるほど。この魔法、自分の本音が全部流れ出てしまうのか。慎重に書かないとな。)

 

自分の醜い嫉妬が言語化され、セドリックは一人で恥ずかしがった。そこから数時間、試行錯誤してハリーの手紙を書き上げた。

 

ーーーーー

親愛なるハリー

 

いい夏休みを過ごしているかな?エルファバと一緒にいるんだろうからエルファバと一緒に手紙を送付させてもらうね。

あの地獄みたいな迷路で君はそして僕も無事生還できたよ。お互い辛い経験だったね。僕があの場で役に立たず本当に申し訳なかった。

意識を取り戻したばかりだろうから、詳細は何も聞けていないんだ。

けど何か僕ができることがあれば、遠慮なく言ってほしい。代表選手のよしみでね。

 

君と語り合えるのを楽しみにしている。

 

セドリック

ーーーーー

 

エルファバへの手紙も書き始めたが、ハリー以上に自分の欲望が手紙に溢れ出て気持ち悪かったので、”エルファバ 僕は意識を取り戻してるよ。治療も順調さ。早く君に会いたい。“にとどめておいた。

 

そうして友人たちに数枚、エルファバとハリーに数枚手紙を送った。そして数日のうちに友人たちからはすぐに返事とお見舞いに行くと返事があり、実際にお見舞いも来た。しかしエルファバとハリーからは数日、1週間経っても返事は来なかった。

 

セドリックは嫌な予感がしていた。自分の自己肯定感の低い彼女はこういう場面で何も関係ないのに、もしかすると自分も同じようなことをセドリックにしてしまうかも、という思い込みで距離を置いたり最悪別れを切り出すことが充分あり得るからだ。

 

ーーーーー

エルファバ

 

僕の手紙届いているかい?届いているなら返事が欲しい。

君に会いたいんだ。ハリーとも話がしたい。返事待ってるよ。

 

セドリック

ーーーーー

 

セドリックの筋肉、皮膚は順調に治りセドリックの腕が動くようになったので今度は自力で数通エルファバに手紙を送ったが一向に返事はない。

 

(おかしい。これ以上書くと気持ち悪いか?けど心配だ。ハリー単体で送るべきか?)

 

『父さん…これ、ハリーとエルファバに…。』

『セドリック…前にも送っていただろう?返事がないのは2人とも忙しいんじゃないか?』

 

セドリックの喉はまだ完治していなかった。必要最低限の会話にするようにヒーラーから指示されていた。父親はセドリックの萎びた手にある羊皮紙を哀れそうに見る。

 

『けど…。』

 

エルファバもハリーも忙しいからといって命の危険に晒された友人や彼氏を無下にする人間ではない。ハリーは三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の第二の試練で本気で全員の人質を救おうとした人物だ。今回のことも確実に責任を感じているはずだからこの手紙を送ったら、すぐに返事をくれると踏んでいた。エルファバも同様だ。もし自分と離れることを選ぶとしても別れの手紙くらい寄越す気がする。

 

(ハリーとエルファバのことだからもしかするとまたなにかのトラブルに巻き込まれているのかもしれない。)

 

セドリックは自分にそう言い聞かせる。そして気を取り直して、今日届いた数日分の日刊予言者新聞を見た。やっと手が動かせるようになったので癒者(ヒーラー)にお願いして届けてもらった。

 

(”例のあの人“が復活したなら、一面記事に連日に載ってもおかしくないだろうけど。僕が目覚めるにが遅すぎたのかな。)

 

パラパラと新聞をめくると、ふと所々におかしな部分があることに気づいた。記事内容そのものではない。

 

”こうしてマレーシアの魔法使いたちはこの食人蔓を有益な薬草へ転用することに成功したのだった。彼らの功績は称えられるべきだろう。さもなくばこの食人蔓は人々へ大きな被害を与え、もっと言えば傷跡が痛むとホラを吹く少年を生み出したのかもしれないから。“

”この夢の中でシャボン玉を宝石に変えたと主張する男性と記事は我らが稲妻傷の友との会談をぜひ設定したいと思う。彼の新たな妄想のインスピレーションとなれば嬉しいのだが。“

 

所々にハリーを思わせる人物を揶揄する言葉が散りばめられていた。セドリックは慌てて自分の横に置いてあった別日の新聞を掴み、読み始める。”例のあの人“の記事はないが、やはりハリーが”妄想癖のある揶揄すべき対象“として書かれていた。

 

(大人が…大の大人が、公共のメディアを使って子供をこんな風に言うのか?大規模ないじめじゃないか。)

 

そして、セドリックはなぜハリーとエルファバから返事が届かないのかの答えを導き出した。心当たりがあった。

 

『父さん、これ、ハリーとエルファバに。』

 

明くる日、父親は少しため息をついたが、分かったよ、と言ってその手紙を持って病室から去る。セドリックは立ち上がり、おぼつかない足取りで父親を追いかけた。セドリックの回復は驚異的で、すでに焼かれた足の筋肉も皮膚も回復していたのだった。まだ長距離の移動は難しいが、セドリックは答えを確信にするのに、そこまで労力を使わずに済んだ。

 

…父親は少し離れたところで、セドリックが書いた手紙を杖を使って燃やし、使われていない暖炉に放り込んでいた。セドリックは息を飲み、父親に近づく。

 

『…父さん。』

『あっ…セドリック…たっ、立てるようになったのか…よかった…。』

『僕の手紙、燃やしてた。』

 

セドリックはまだ言葉を完璧に発するほど、口内と喉は回復していなかった。もっと言いたいことがあるのに言葉を制限されている。

 

『僕の、手紙…。』

 

セドリックが一歩近づくと、父親は後退りした。しかし周りを見渡し、今度は一歩前に進みセドリックの肩を抱く。父親はセドリックより身長が一回り小さいが、威厳があった。

 

『セドリック…いいか聞くんだ。この状況でハリー・ポッターとその仲間と交流するのは非常にまずいんだ。今ハリー・ポッターとダンブルドアを排除する動きが魔法省で始まってる。セドリックが目覚めた今、魔法省は私たち家族がどちらの味方につくか伺っているんだ。』

『なんで?』

『”例のあの人“関係だ。ポッターとダンブルドアは”あの人“が復活したと主張し大臣はそれを否定している。病的な否定の仕方だ。』

『僕、証言する。』

 

セドリックは”例のあの人“を直接目にしたわけではない。ただ自分の記憶を魔法省に”提出“すれば話のやり取りでハリーの証言が本当だと証明できるはずだ。そう考えたが、それをうまく言葉にできない。

 

『ハリー、助ける。』

『ダメだ。それはいけない。』

 

父親に鋭く否定された。

 

『いいか、事実か否かなんて問題じゃないんだ。今ポッターに味方するということはイギリス魔法省に盾突くことと同義語なんだ。セドリック、黙っていなさい。』

『…なんで?』

 

(それじゃあ、真実を語るハリーが公共で侮辱されているのをこのまま見ていろというのか?“例のあの人”が復活したら、何人の人が死ぬと思っているんだ。これがとんでもない愚策だと17歳の僕ですら分かるのに。)

 

『父さ』

『お願いだセドリック、父さんのためにも、家族のためにもハリー・ポッターとあの少女とやり取りをやめてくれ。今ポッターの味方だといわれているミスター・ウィーズリーの立場だってかなり危ういんだ。同じことがファッジに睨まれたら私たち家族はどうなるか…もっと言えばあの子と別れるんだ。』

『そんな』

『あの子はポッターの仲間だ。それにお前をこんな風にした力と同じものを持っている。お前の将来のためにも危険な存在だ。』

 

(父さん、父さんの言っていることはめちゃくちゃだ。自分たちのためにハリーを犠牲にしろと言っているんだよ?それにエルファバは…この件に関係ないじゃないか。)

 

セドリックの中に怒りが、ふつふつと湧き上がる。

 

(どんな思いであの2人の返事を僕は待っていたと?おかしい機関の味方をしろ?エルファバと別れろだって?)

 

『セドリック…。』

 

次の瞬間、父親は絶叫し飛び退いた。

 

 

 

 

煌々と炎がセドリックの周りを包んでいた。

 

 

 

 

赤と黄色に包まれ、熱風があたりを包み周りの羊皮紙、暖炉の灰が周囲を舞う。熱がセドリックの皮膚を今にも焼きそうなのにも関わらず、どうすることもできない。

 

セドリックは、自身の彼女を思い出した。“力”をうまく操れずパニックになりながら冷たい風が周りの羊皮紙を浮かばせ、あたりを凍らせるー。

 

『セドリック!!!やめるんだ!!!!』

 

父親はそう叫ぶがセドリックはどう止めればいいか検討がつかなかった。しかし、1つ確かなことがあった。

 

あの時、あの墓地で、セドリックは炎の魔法使いに呪われたのだ。

 

自身の髪の毛を掴み、火の玉を胸に押し込んだ炎の魔法使い、アダム・ベルンシュタインの薄ら笑いを思い出した。

 

 




セドリックの受難、後半戦へ続く。


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15.オレンジと青が混じる時

【注意】
前回に続きセドリックのキャラ改変があります。


 

自分は、呪われた。

 

どうやって鎮火したのか、自分の心を鎮めたのか覚えていなかった。おそらくが自分に失神呪文をかけたのだろうと思う。次に目を覚ました時には全く別の病棟に移されていた。他の患者もいない、扉すらない天井も壁も床も真っ白な部屋。完全に隔離用の部屋だ。

 

父親を危うく殺しかけた自身が恐ろしくてしょうがなかった。

 

(どうしよう…また同じことが起こったら…。)

 

セドリックはベッドしかない病室で、うずくまり自身が誰かを怪我させる恐怖に怯えていた。

 

(エルファバだったら…僕の気持ちを理解してくれる…。会いたい。お願いだから会わせてくれ…。)

 

しかし願い虚しく、次にどこからともなく扉が現れ入ってきたのは父親と母親、そしてファッジだった。

 

『父さん…ごめんなさい。僕、そんなつもりじゃなかったんだよ…『いいんだ、分かってるよセドリック。』』

 

父親は曖昧に笑いかけ、母親は心配そうにセドリックを見つつ、父親に寄り添った。それを遮るようにファッジがセドリックの前に現れた。

 

『いやはや、何も心配する必要はないセドリック。魔法省が総力を上げて君を治療するつもりだよ。ホグワーツで最後の年をしっかり過ごせるように手配する…進路に関わるN.E.W.T試験もあるからね。しかし、君がかかった炎の魔法はまだまだ未知数なことが多い。何せ魔法が効かないのだからね。』

 

ファッジはセドリックを安心させるために満面の笑みを浮かべているのだろうと当時は思っていた。思い返せば、そうではなく“エルファバ・スミス”というダンブルドア側の兵器に代わる炎の魔法使いを魔法省側が手に入れたことをファッジが喜んでいたのだ。

 

それから数週間、部屋に缶詰で自身の”力“を片っ端から調べ上げられた。数十名の魔法省職員の前で魔法を見せる作業が数時間続いた。しかし、必ずしも炎が望むタイミングで出てくるわけではなく、職員たちを苛立たせた。当然のようにハリーにもエルファバにも会えず、もはや友達にすら接触を禁じられた。自分の意図しないところでイライラを募らせ、部屋のベッドや新聞を燃やしさらに焦った。

 

(これで、ホグワーツに帰れなかったらどうしよう。)

 

唯一会うことを認められていた父親や母親にもイライラをぶつけてしまった。炎を見せ、怯えさせてさらに焦り。セドリックは人生で初めて“自分の努力ではどうしようもできないこと”にぶつかり、心身共に疲弊していた。

 

自分はこれまで努力すればなんでも叶ってきた。友達関係も、勉強も、クィディッチも。誰とだって上手くやれて、みんなに頼られて。しかし炎は自分の感情が揺れるたび目の前で煌々と燃える。火花を散らし、お前にはどうしようもないのだと嘲笑った。

 

進展があったのはセドリックの苦悩が数週間続き、ホグワーツに戻るまで残り数日となった時だった。白い部屋のベッドでまた新聞を燃やしてしまい、何もせずぼーっと座って白い天井を見ていたセドリックに意気揚々とファッジは近づき、こう言った。

 

『セドリック!いいニュースだ。君が安全にホグワーツへ戻るための薬を我々は開発した!』

 

ファッジは陽気に部屋に入ってきてセドリックの肩を叩く。軽い調子で言ってくるファッジに少し苛立ちを覚えたがそれ以上に安堵した。

 

(これで…ホグワーツに帰れる。クィディッチと、N.E.W.Tと…最後の学年だ。)

 

手渡された、コップの中に溶ける藍色の液体と浮かぶ金色の粉。まるで夜の色だった。セドリックは躊躇せずに飲み干した。

 

すると、セドリックの心は“無”になった。ホグワーツに帰れるかという不安、人を傷つけてしまう恐れ、全てが消えた。

 

『気分はどうだねセドリック?』

『普通です。』

『何か感じるかね?』

『何も…。』

『素晴らしい…!薬は問題なく上手く効いたということだな。これを服用して数日様子を見よう。』

 

そのあとセドリックは炎を出すことは一切無くなった。驚き新聞紙を燃やすことも、憤りで火の粉を散らすことも無くなり、ファッジは大いに喜んだがー。

 

『セドリック、大丈夫?具合は?』

『大丈夫だよ母さん。』

『そう…でも、あなた、少し、なんて言うか…。』

『なんだい、モゴモゴしないでハッキリものを言ってくれるかな。煩わしい。』

 

母親はビクッと顔を震わせ、俯く。

 

『セドリック…いくらなんでもそんな言い方することないだろう。言い方ってものがある。』

 

父親はセドリックをそうたしなめたが、セドリックは事実を言ったまでで、なのになぜそんなふうに言われるのか理解ができなかった。

 

(そういえば、あんなに会いたかったエルファバやハリーもどうでも良くなったな…けど、あの気持ちは苦しかったから無くなったのは楽だ。)

 

親たちの不安そうな顔にセドリックは気づかなかった。

 

『ねえ、あなた…これで良かったのかしら…?確かにセドリックは炎を出さなくなったけど…なんか、前のセドリックじゃない気がするのよ。』

 

退院そしてホグワーツへ向かう日、自分の病室の外で母親は父親にそう言っていた。父親は何も答えず、俯いていた。

 

(何を言ってるんだ。炎が消えたんだから、目標は達成した。そしたらホグワーツに…いや、別にホグワーツに行きたいとも思わない。なんであんなに炎を消すことに執着していたんだ?どうでもいい。何もかもー。)

 

父親にハリー・ポッターと関わらないこと、彼のために証言に加担しないことを堅く約束され、セドリックはホグワーツ特急に乗り込んだ。セドリックを見かけると皆がざわめき、拍手をし、肩を叩いて、時にはハグをして喜んだ。それをセドリックは適当な相槌で誤魔化し、監督生の仕事に務めた。

 

自分を取り囲み、身を案じてくれた友人たちが、どうでもよく感じる。

 

(おかしい…前までの僕なら、もっと愛想良くできたはずなのに。)

 

そんな小さな違和感も、追及するまでにはいかず友人たちからの激励が雑音に、ボディタッチが見知らぬ人からされたように不快だった。

 

『せっ、セドリック…よね?』

 

友人達と監督生用のコンパートメントを開けて入ってきたのは、エルファバの友人であるグレンジャーとウィーズリーだった。新品の監督生バッチを胸に輝かせている。友人たちは少し疎ましそうにグレンジャーとウィーズリーを見た。

 

『良かった…!!無事だったのね…!!本当に…!!』

 

グレンジャーは心底嬉しそうににっこり笑う。後ろのウィーズリーも軽く手を振った。

 

『ああ、僕の父さんや母さんも君のこと本当に心配してたよ。もちろんハリーやエルファバもね。』

 

セドリックから何も答えずにいると、2人は一瞬顔を見合わせ、ソワソワした。

 

『あの…このこと、ハリーとエルファバには、言っていい?本当に心配してたの。私たち監督生の仕事が一旦終わったから、2人に会う予定で。』

『僕から言うから言わないでくれ。』

 

合理的に考えた時、この周りにいる友人達の前でハリーとエルファバと話すのは、良くない。父親から言われたことの齟齬を合わせないといけない。グレンジャーとウィーズリーは分かった、と言って去って行った。

 

『ね、ねえ、セドリック。』

 

2人がいなくなった後、アニーという同級生がソワソワしてセドリックに聞く。

 

『あれ、ハリー・ポッターが言ってた“例のあの人”の話って本当なの…?』

 

皆が一斉にセドリックを見つめた。やけに皆がセドリックに話しかけてきたことに納得がいった。

 

『なるほど、君たちは野次馬精神で僕に絡んできたわけか。』

 

なんの感情もなく、セドリックはそう呟いた。

 

『そんな…違うわよ…!私たち心配で…!』

 

アニーは酷く傷ついた顔でセドリックを上目遣いで見る。

 

『セドリック、俺たち本当に心配してたんだよ。そんな言い方しなくてもいいだろう。』

『そうなんだ。』

 

怒った友達のハロルドにセドリックがそう言うと皆は顔を見合わせ、黙り込んだ。セドリックはそんな状況が鬱陶しく、窓の外を見つめることにした。誰も話しかけてこず、面倒なことがなくなったとセドリックは感じた。

 

(ああ、エルファバとハリーもこいつらと同じリアクションをするのだろうか。だとしたら面倒だな。)

 

案の定、その数時間後に列車を降りて遭遇したエルファバは2mほど周囲を凍らせ、セドリックに抱きついてきた。その後についてきたハリーに淡々と自分はなにもできない旨を伝えた。

 

(やっぱり、煩わしい…。)

 

最終学年になったホグワーツの生活はセドリックにとって面倒なことに尽きた。宿題を写させろと言ってきた友人に『そんなの自分でやればいいだろう。君に親切にしてなんのメリットがある?』と伝え、憤慨させた。

結局出場できなくなったクィディッチの練習に協力するように言われたので、新人の飛び具合を確認し正直な意見を言ったら新入生が泣き、同じメンバーのアンソニー・リケットが半笑いであの言い方は良くないと注意を受けた。

エディ以外は酷い飛び方だったので、それを指摘したまでのことだったのだが。

一番理不尽だったのは、ほとんど関わりのないスリザリンの上級生が自身の彼女が自分を好きになったから決闘しろと言われ、断ったら背後から背中モジャモジャ呪いをかけられたことだった。

 

自分が完全に被害者だと思っていたが、その現場を見ていたエルファバの妹であるエディにこう言われた。

 

『いや、まあね。そうなんだけどさ、セドリック悪くないんだけど。けどね、ほかの男に目移りするほど魅力のないお前に問題があるって言うのはまずいと思うよセドリック。そりゃ呪われるわ。』

 

どうしちゃったの?とエディは聞いてきた。

 

思えば、自分はこれまで細かい配慮をしていたと思う。

宿題はたしなめつつも見せていたし、クィディッチでは皆が気持ちよくプレイできるように声のかけ方をよく考えて伝えていた。色恋沙汰に巻き込まれるのはよくある話で、主にエルファバ関連で嫌味を言われたり今回のように誰かが自分を好きになったからどうにかしろといった要求はされていた。なるべく波風立てないように上手いこと説得、話を流していた。

 

それが、皆と仲良くするのにベストな行動だと信じていたから。

 

(けど、それってとても無駄なことじゃないか。それをやって僕になんのメリットがある?)

 

自分を囲んでいた友人たちは新学期が始まって数週間で自分から離れ、1人の時間が増えた。近づいてくるのは大抵ハリー絡みの話だ。

 

ホグワーツにやってきたアンブリッジ…ファッジ直属の部下は、この疑問にニコニコしながら答えた。

 

『なーーーんにも悪いことじゃないわミスター・ディゴリー。魔法省が開発した薬によってあなたは本当の自分になれたのよ。あなたは優しい人でこれまで周りに気を遣いすぎていたのよ。』

 

そうだったのかもしれない、とセドリックは思った。もう誰も話しかけてこない。面倒なことは最初の数週間で徐々に無くなってきた。誰もセドリックを頼らない、噂話の真偽も聞いてこない。

 

セドリックを見ればみんな、避けるようになった。噂によれば、セドリックがいなくなったせいでその学年の諍いや仲違いも一気に増えたらしい。

 

(静かだ…何も考えなくていい…けど、本当にこれでいいのだろうか…。)

 

漠然とした不安がたまに頭によぎり、そして最後にはどうでもいいことだと結論づけて消えた。

 

薬の服用と毎週アンブリッジの部屋に行くことが義務付けられていた。薬を飲めば飲むほど、不安と疑念は消え心は空っぽになった。考えることはなくなり、言われたことに従うだけ。

アンブリッジと話終わると数時間、頭の中で“ダンブルドアとポッターを追い詰めろ”“エルファバ・スミスの秘密を握れ‘という声が反芻したので、そうすることにした。

 

(この3人を追い詰めれるんだ…けどどうやって。)

 

ぼんやりそんな義務感を感じる反面、頭の中でずっとそれを考えるのも苦痛だった。考えることすら、セドリックにとっては大きな労力だった。

 

(けど…追い詰めれば、この苦痛からも解放されるからさっさとやろうー。まずはエルファバから、エルファバの弱点を知らないとー。)

 

ーーーーー

 

『…セドリック、セドリック!』

 

そんな生活が1ヶ月半続いたハロウィン後の深夜。セドリックは寮のベッドで寝ていた。男子生徒のいびきが響く中、明らかに女子生徒だと分かる声にセドリックは起こされた。セドリックが目を開けると目の前には誰もいない。

 

『誰だ。』

『あ、そっか、見えないのか。』

 

そう言って暗闇から突然現れたのはエディだった。なんでいるのか、どうやって入ってきたのか。

 

『ねえ、夜のホグワーツへ散歩に行かない?エルフィーが誘ってるの!』

『…君たちは狂ってるのか?今何時だと思ってるんだ。』

『今は深夜1時…ああ、待って待って!』

 

セドリックは寝返りを打ち、エディに背を向けるとエディは慌ててセドリックの顔の方へとやって来る。

 

『結構ヤバいんだって!たかだかエルフィーが校則を破りたいがためにあたしが協力すると思う?違うの!セドリックが来ないとエルフィーが禁じられた森で全裸で走り抜けるって脅されてるの!明日学校のマドンナ、エルフィーを全裸で走らせた戦犯だと思われてもいいわけ?!』

『…。』

『はい、嫌なら今すぐ、あたしと一緒についてきてよ!!』

 

セドリックは確かに面倒だと思い、渋々近くにあるローブを掴んで羽織り立ち上がった。

 

『はい、これ被って!透明マント!』

 

エディがセドリックの頭からマントを被せて歩き出す。寮を出て、真っ暗なキッチンをエディの杖灯りだけで歩き階段を上がって外に出る。

 

品行方正なセドリックが、消灯時間を破り外に出るのは初めてだった。途中でミセス・ノリスに会い、ニャーニャー鳴かれたがエディは「無視、無視!」と言って通り過ぎた。

 

(透明マント、か。本当に見えなくなるんだな。動物には効かないみたいだけど。)

 

外は肌寒かった。中庭を突っ切り、セドリックが入ったことがない茂みをずんずん歩いて5分ほどで、いきなり広い大きな広場に出た。

 

そこにぽつんと立っていたのはエルファバだった。

後ろには薄暗い森が広がっている。

 

エルファバは胸元がピンクで下半身につれて白くなるグラデーションのAラインドレスの上から、キラキラと石が所々付いているカーディガンを纏っていた。そのドレスは去年セドリックとのダンス・パーティで着ていたドレスであることをセドリックはぼんやり思い出す。白い髪はシニオンにきれいに結っているのが去年と違うところだった。

 

『エルフィー!』

 

エディは小声で背後から声をかける。エルファバはそれを事前に知っていたようで少し身体を震わせたが、すぐにエディとセドリックの方向へ向き直った。

 

『エディ…セドリック!良かった!てっきり来ないかと…。』

『僕が行かないと君が全裸になって、禁じられた森を走り回るっていわれたから来ただけだ。』

 

エルファバは凍りつき、ついでに周囲も2メートルほど凍らせた。エルファバは顔を両手で覆いながらセドリックが聞いたことがないような大きな声で、叫んだ。

 

『え、エディ!!!なんてことを『はいはい、2人で夜の散歩楽しんできて〜あたしはここで見張ってるから!はい、透明マント!』

 

エルファバはエディを睨みつけ、杖を取り出し氷を消した。頬を膨らませながらエディの手からマントをひったくる。そしてニヤニヤ笑うエディが走り去っていくのを睨みつけながら見送った。

 

『君は全裸で走り回るのか?』

『そんなことしないわ…!もうエディったら。』

『じゃあ、もう帰っていい?僕の役目は終わっただろう?』

『あ、え、待って。違うの。』

 

気を取り直して大きく深呼吸し、セドリックに向き直る。そして、咳払いをして大袈裟に腰を折ってドレスの両端を摘んで広げた。

 

『カッコいいお兄さん…私と一緒に夜の散歩に付き合ってくれませんか?』

 

(そういえば、そんなことをふざけて去年エルファバにそんなことを言ったな。)

 

『…なんのために。』

『夜のお散歩って素敵よ…ね、一回だけ。』

 

セドリックはため息をつき、どっちでもいい、と言った。

少しエルファバの弱点を知る、いい機会になるかもしれないと思ったのだ。

エルファバとセドリックは森の中へ歩き出す。隣のいるエルファバは去年のダンスパーティーと全く同じ、むしろもっと今の方が容姿は綺麗に整えているはずだった。

 

(あの時は本当にドキドキした。エルファバを抱えて踊った時にも余裕なフリして心臓がバクバクして聞こえないか不安だった。なのに今はそんなエルファバを間近で見ても何も感じない。そういえば、エルファバと5年間も一緒にいるのに弱点を知らないなんて。)

 

『ここね、3年生の時私が遊んでいた場所なの。』

 

エルファバは杖で灯りをつけて、セドリックの手を引っ張り森の中へ入っていく。エルファバが話している間もセドリックはこれが見つかったら面倒だな、とか森の中で危険な生物に遭遇したらどう対処するつもりなのか、などと感想を持っていた。

 

『3年生の時、自分の“力”を抑えられなくなって…というより抑えるのが辛くなっていつも寮から抜け出して1人で思う存分自分の作りたいものを作ってたの。4年生の時のダンスパーティーは、そのおかげで色々作れたのよ。だから…ルーモス マキシマ」

 

エルファバが放った呪文で、森の中が明るく照らされ全体が肉眼で分かった。

 

『…』

 

セドリックは無表情にまじまじと目の前に広がる光景を見ていた。

 

森の中に広がる空間の中心で、何かが動いてた。大きく丸い氷の屋根の下で、銀色の馬がクルクルと円を描いてゆっくり回っている。馬たちは上下に浮いたり沈んだりしながら今にも走り出しそうなポーズを取っているが、馬自体は動く気配はない。氷の屋根は透明だが、金色の蔦や花の細かいデザインが内側に施されている。取り囲む木々はダイアモンドカットされた氷たちが、また同じく氷の鎖によって繋がれ、木々に絡みついていた。

 

エルファバが杖をもう一振りすると、杖からオレンジの蛍のような光が何個も放たれ、木々の周りにぷかぷか浮いていた。その光が氷に反射し、より一層キラキラ輝いた。

 

『セドリック、覚えてるかしら?マグルの娯楽をいつか楽しみたいって言ったの。これはね、メリーゴーランドって言って偽物の馬に乗るマグルの遊びなオブジェなの。氷で何かを作るのは難しくなかったんだけど、すぐに溶けてしまうから、“溶解防止呪文”を覚えたり、“蛍火呪文”を習って…あと、デコレーション用の”金のリボン“っていう呪文をフィットウィック教授に教えてもらったのよ。あの屋根を作ってから自分でデザインしたのよ。ずっとセドリックにこれを見せたくて最近練習してて…でね、メリーゴーランドはマグルだとカップルが一緒に乗るってエディが言ってて…。』

 

エルファバは少しモジモジしながら、一生懸命いつも以上に長く話していたがセドリックは何も感じなかった。ぼんやりとメリーゴーランドと呼ばれている屋根にいる金色の天使をぼんやりと見つめた。

 

(これを、人は綺麗と言うんだろうか。多分、これを見たら人は感動するんだろう。けど…僕は何も感じない。)

 

そう思った時、何かがセドリックに問いかける。

 

本当に?

 

『僕のために?』

『…ええ。』

 

(僕のために作ってくれた。けどー。)

 

自分に感情なんて存在しないんだ。

 

本当にそうなのか?

 

『…これに一体何の意味があるんだ?なんで…これに時間をかけるなら勉強とかした方がよっぽど役に立つ…なんで、こんな、ことをー。』

 

その時、薬を服用して初めて胸の奥がザワッと不快な音を立てた。何かが溢れ出るような、体内で何かが蠢くような。セドリックは思わず隣にいる、エルファバを見た。

 

セドリックを見るエルファバ、目の中でオレンジ灯りと瞳の青が混じっていた。

 

 

 

 

 

『なんでって…私、あなたを愛しているのよ。』

 

 

 

 

 

エルファバは、サラリと当たり前のようにそう言ったのだった。

そして、私やっぱりそんなに表情がなかったかしら?とか、私ちゃんとあなたが好きなのよ、とオロオロしている。

 

セドリックの中で、何かが決壊した。

 

『ダメだ…エルファバ離れろ!』

 

セドリックが感情を込め大声を出したのと、勢い良く爆発のように発火したのは同じタイミングだった。目の前はオレンジでいっぱいになり、エルファバは熱気と炎の中に消えていった。

 

『エルファバ!』

 

手を伸ばすセドリックを焦燥感が襲う。エルファバが危険な目に遭ってたら自分のせいだー。

 

焦りから始まり、身体の中で喜怒哀楽がけたたましく叫び、暴れ、記憶がどんどん反芻する。炎の中に消えたエルファバが心配なのに、抑えていた感情が湧き出てきて酷い目眩でセドリックは、くの字に座り込んだ。

 

(そうだ…宿題を見せるのは本当はいつも嫌だった…けど、人間関係を円滑にするために…クィディッチだって努力をせずに自分の才能を高らかに自慢するやつにはうんざりしていて、けどみんなの士気をあげようとサポートして。友達の仲を取り持って仲良くするのは楽しくて、ワクワクすることがあって、エルファバといる時は…ドキドキして。)

 

『セドリック!アグアメンティ 水よ!』

 

自分を取り囲む炎の外でエルファバが呪文を放つ声が聞こえた。エルファバは無事だった。けれどここに来ようとしている。

 

『来ないで!僕は大丈夫だから!来ないでくれ!』

 

セドリックはパニックに陥っていた。自分のために校則違反をして、新しい呪文を覚えて、美しいものを作ってくれた。嬉しい。

エルファバへの愛おしさが溢れているのに、そばにいたいのに、自分が近づけばエルファバは傷つく。あの時の父親のようにー。

 

セドリックは辛うじてポケットから杖を取り出し、叫んだ。

 

『でっ、デフィーソロ!!!』

 

眩暈の中、エルファバが氷を消す時に使う呪文を唱えたが、ただ炎が煌々と燃えるだけだった。そしてどこかに杖を落としてしまった。

 

『セドリック!』

 

セドリックを囲む炎の間に穴ができた。と、同時に冷たい空気がセドリックに届く。エルファバの全身が見えて、エルファバはその穴からセドリックに駆け寄ってきた。

 

『だっ、ダメだ!来ちゃダメだ!』

 

セドリックは後退りして、叫ぶがエルファバは歩みを止めない。

 

『来るな!!!』

 

怒号と共に火はさらに大きく燃え上がり、エルファバの姿はまた見えなくなった。熱気でセドリックの喉が焼けそうだった。セドリックは自分の中に渦巻く感情と熱気で胸焼けと眩暈がしてその場に倒れ込んだ。

 

そんなセドリックの肌に心地よい冷たい風を感じた。再びエルファバは現れたのだった。白いドレスとカーディガンは所々燃え、肌も所々赤い。それでもエルファバは表情を変えず、躊躇なく炎をくぐり、セドリックに近づいていく。

 

『来るなって、言ってるのに…。』

 

あまりにも情けない声がセドリックの声から漏れる。エルファバに来ないでほしい、しかし感情に任せて叫べばエルファバを火傷させてしまう。

 

(ダメだ、エルファバが…エルファバを怪我させる…!)

 

そう思った瞬間、セドリックの意に反して炎はまた大きく燃え上がった。

 

『エル…!』

 

しかし今度は、エルファバが視界から消えることはなかった。襲ってきた炎はエルファバの手から放たれる銀色にキラキラ輝く風の中へと吸い込まれ、消えた。

 

エルファバは空へと手のひらを向けると、銀と青の光が上空へと上がった。それはアーチとなり弧を描いて下に落ちてきて瞬く間に周囲の炎を消した。

 

森の中に一気に静寂が戻った。

 

エルファバは後ずさるセドリックの近くにしゃがみ、両頬を手で包み込んだ。エルファバの手はひんやり冷たく気持ちがいい。それに思わず安心してしまう自分がいた。

 

『だっ、ダメだ…離れて…ケガする…。』

 

セドリックが動揺するたび、火の粉や蛍のような光が空中に現れるがその度に銀色の風が優しく吹き消すのだった。

 

『セドリック…。』

 

火と雪、熱気と冷気が混じる中、視界の中にいるエルファバは優しく微笑んだ。潤んだ目の中でセドリックの炎とエルファバの瞳の青が混じっている。

 

『大げさよ。ただ少し燃えただけだわ。』

『…そんなことは…。』

『怖がらないで。すごく綺麗だから。』

 

エルファバに触れられた時、セドリックの心は徐々に穏やかになっていった。まるで自身の炎がエルファバの起こす風に吸い込まれるように。

 

『大丈夫、大丈夫…。』

 

エルファバは自身のおでこをセドリックの額に当て、優しく何度も言い聞かせた。炎は徐々に弱まり、消えいく。

 

(何をしてもダメだったのに…こんなこと、で。)

 

倒れ込むセドリックにエルファバはゆっくり体重をかけ、そのままセドリックの体に乗っかってセドリックの背中に腕を回した。

 

『セドリック…あなたは、ずっと“これ”と戦っていたのね。』

 

セドリックの肩にエルファバは頭を乗っけ、はあっ、と声を漏らした。

 

『誰も傷つけないように、抱え込んで生活してた…気づいてあげられなくてごめんなさい。きっと辛かったでしょう?』

『そんなカッコいい感じじゃない。』

 

何も努力なんてしていなかった。ただ言われた通りに薬を飲み、自分の意思が消えて周りに迷惑をかけて。さらにはエルファバを傷付けようと考えていた。

 

(そんなことを知ったら、エルファバはなんて思うだろう。)

 

『あったかい。』

 

セドリックは自身の身体の上でモゾモゾするエルファバを恐る恐る、包み込むように抱き締める。10月の冷たい空気にさらされたエルファバの肌は冷たい。なのに、この数カ月間で初めてセドリックの心に安堵という感情が広がった。

 

(ああ、僕は…この子に触れていいんだ…今は。)

 

『君は、冷たいよ…10月なんだからそんな格好しないで。』

 

軽口を叩くと、エルファバはセドリックの身体の中でクスクスと身体を震わせて笑った。

 

氷の馬たちは、所々炎がちらつく中でそんなことを梅雨知らずゆっくりクルクルと回っていた。

 

 




セドリック編、あともう少し。
本当は2話で終了予定だったのに…。


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16.大いなる決断

何気に連載再開からもう1年経ってました…。早すぎる…。
セドリック編、超長くなったんで2話投稿です。
明日か明後日もう1話分投稿します。


 

その30分後、エルファバとセドリックは校長室にいた。室内にある階段の一番低い段座り、エルファバはハナハッカを火ぶくれした部分に塗っていた。

繰り返された突然の発火に、運動神経が良くないエルファバが対処できるわけがなかった。ある程度は風で防いだものの腕や肩に火傷を負っていたのだ。

 

『エルファバ…本当にごめん。』

 

隣に座ったセドリックは、何度目になるか分からない謝罪をエルファバにする。

 

『もう…セドリック本当に気にしなくていいから。ほら、もう治ったわ。』

 

エルファバはニッコリ笑って、すでに赤みの引いた肩をセドリックに見せる。セドリックは無理やり口角を上げた。自分の彼女に変な気を遣わせている自分に嫌悪した。

 

(本当に僕は…。)

 

校長に話しに行こうと提案したのはエルファバだった。セドリックは迷いながらも、今の現状を改善できるのは偉大なダンブルドアしかいないことも分かっていた。しかしどうやってこの深夜にエルファバが校長に会いに行くのか疑問だったが、校長室に着くや否やただひたすらお菓子の名前を叫び続け、最終的には“爆発ボンボン”で扉が開いたのだった(ハリーに合言葉がお菓子であることを聞いたらしい。セキュリティにどうなのかとセドリックは思った。)。

 

『セドリック、気分はどう?』

『すごくいいよ。感情がある。薬を飲まされていた時はずっとぼんやりしていて、意識がハッキリしていなかった。』

『どんな薬を…。』

 

エルファバが聞く前に校長室の扉が開き、真紅のローブを着たダンブルドアがゆっくり中へと入ってきた。

2人で部屋に入った直後、ダンブルドアは中にいて弾けたように立ち上がった。そして事情を説明する前に校長室にいるように伝え、エルファバにハナハッカを渡してさっさと出て行ってしまったのだ。セドリックはダンブルドアが元々このことを知っていたのではないかと思ったが、そうであればもっと前に対策を取っただろうとこの考えを消した。

 

『あの火事騒ぎはエディが引き起こしたことになっているようじゃ。君がやったとはドローレンスも思っておらぬ。』

『…部屋を抜け出す時、近くにあった教科書を人型人形に変えてベッドに入れてきました。』

『さすが我が校の代表選手じゃ。』

 

ダンブルドアはニッコリ笑いかける。エルファバは不安そうに眉を下げた。

 

(エディに申し訳ないことをした…今度何かでお礼をしないと。)

 

エディに自分の小遣いから何をプレゼントできるか考えていた時、セドリックは自身に人を思いやる心があることにホッとした。

 

『大丈夫じゃ。スプラウト教授には事情を話し上手いことまとめてもらうようにお願いしたからのお。』

 

そう言うと、セドリックとエルファバをソファに座らせて杖を振る。2人の目の前に、ティーカップとホットミルクが現れた。

 

『さて…セドリックや。君の立場もあるじゃろう。無理に事情を話さなくても良い。わしに…わしたちに何ができるか教えておくれ。』

 

正面に座り、そう言うダンブルドアにセドリックは面食らった。

 

『てっきり、僕の事情や大臣が何をしているのかを知りたいと思ってました。』

『わしはファッジに敵対しようとは微塵も思っておらぬ。ましてやそのために君を使おうとも。』

『…けど、』

『ここは学校じゃよセドリック。君の学生生活を安全に行えるように、我々は全力で支援するつもりじゃ。』

 

セドリックは少し動揺し、エルファバを見た。エルファバも頷く。

 

セドリックはこれまでの話をポツポツとした。聖マンゴで目覚めた時のこと。父親がエルファバやハリーに向けた手紙を捨てていたこと。それに怒った際に炎が出現したこと。それを抑えようとファッジが動き出したこと。薬を服用したら炎は消えたが感情すら消えたことー。

 

ダンブルドアもエルファバも黙って聞き、セドリックが話す以外はダンブルドアの不死鳥が自分の毛をむしる音しか聞こえなかった。

 

『…大人の事情に君を巻き込んでしまい申し訳なかった。』

 

全ての話を聞いた後、ダンブルドアはジッとセドリックの目を見てこう言った。

 

『安全だと謳っていた三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)に妨害が入り、生徒に危険な状況に陥らせたのはわしらの責任じゃ。』

 

すまない、と力強く言う100歳を超える老人にセドリックは何も言う気にはなれなかった。

 

『誰のせいでもないです。』

 

ダンブルドアの視線があまりにも強いためセドリックは目を逸らした。

 

『先ほども言った通り、わしたちは君が学生生活を…ホグワーツでの最後の1年を純粋に楽しめるよう、できる限りの支援をするつもりじゃ。何をしてほしい?…君はどうしたい?』

『……分かりません。』

 

セドリックはダンブルドアも隣にいるエルファバも見れなかった。

 

『僕は、ハリーの味方をしたい。ハリーの言っていることは全て本当であると、そう伝えるのが正義だ。僕はそれを通したい。けれどそしたら僕の父さんの立場が危うくなってしまう。魔法省勤めの父さんの息子が、ファッジに楯突いたら最悪職を失ってしまうかもしれないから。僕のせいでそんなことになったらと思うと…耐えられない。』

 

セドリックはどっちつかずな自分に嫌気が刺した。ハリーの友達であるエルファバが今どんな顔をしているのか知りたくなかった。勇敢さを持つグリフィンドールのエルファバはセドリックの弱さに失望したかもしれない。

 

『それで良いのじゃよ。』

 

ダンブルドアはローテーブル越しに優しくセドリックの肩を叩く。

 

『残念ながら、ファッジを止めることは難しいじゃろう。君がハリーのために証言をすれば、エイモスの立場が危うくなるのは想像できる。今やっているように、君もハリーという名声にすがる愚かな生徒だと見られるように工作するに違いない。わしは君が大きく行動をする必要はないと考える。』

『…じゃあ、何をすれば。』

『できることは君が今この時、何が辛いか、何をやめたいかを考えるのじゃ。』

 

セドリックは再び黙り込み、考えた。

 

『薬を…やめ、たい、けどそしたらみんなに迷惑を…。』

『わしも薬は止めるべきだと思う。』

 

セドリックはため息をつき、首を振った。

 

『また僕が感情的になって、周りを燃やしたらどうするんですか?そのせいで父さんもエルファバも危険な目に遭わせました。』

 

エルファバが、そんなことはないと言う前にダンブルドアが遮った。

 

『ふむ。しかしじゃ。話を聞いている限り、君が炎を出すのは大きく感情が揺れ動き不安定になった時だと見受けられる。穏やかな君が不安定になるのは数えるほどではないじゃろうか?』

『そんな…。』

 

セドリックは自分が炎を出した時を思い出した。父親へ怒った時、炎を出してしまう自分へ苛立ちを覚えた時、悲しい時。

だからこそ薬を服用することで問題なく、誰にも迷惑をかけずに生活ができていたのだ。

 

考えてみれば、先ほどの発火はそんなネガティブな感情はなかった。

 

『さっきは、どうしてー。薬はしっかり服用していたのに。』

 

ここでダンブルドアは初めてクスクスと笑った。

 

『あくまで推測じゃが、何か君の中で大きな感情の揺れが、薬では処理できなかったのじゃろう。例えば、美しく着飾り君のために尽くした誰かに対する愛おしさが爆発したとか。』

 

素敵なことじゃ、とダンブルドアが言ったと同時にソファが冷たくなった。エルファバが顔を覆っている。そんなエルファバを見てセドリックも恥ずかしくなった。

 

(やめてくれよ、君が発端じゃないか…。)

 

『愛じゃよ。恥ずかしがることはない。君らの純粋な愛情が、ファッジの作り出した薬を超えた…また、ここで愛の魔法がいかに強大かというわしの説が説明できた。』

 

そんな2人にダンブルドアは更なる追い打ちをかけてきた。エルファバが変な声を出して動かないのでセドリックは咳払いをして、気を持ち直す。

 

『まあ、そんなエルファバの努力の甲斐あり、薬が切れたことで今まで消されていたものの制御が追いつかなくなった。それにより感情の振れが大きかったと見てよいじゃろう。』

『つまり、長期的に見て薬の服用は…。』

『あまり良くない。』

 

セドリックは唇を噛んで、考えた。

 

『けど、薬を止めたらきっと反逆だと思われます。』

『そこは君も上手く立ち回る必要がある。』

 

セドリックは不安があった。正直いつ炎が出現するのかが完全に未知数で、セドリックすら分からないからだ。

 

『ずっと、炎を出さない環境にいるのは難しい。少し身体を動かす環境に入るのも好ましい。君は育ち盛りじゃからなのお。』

『クィディッチはできないです。』

『そうじゃな。もう少し軽い運動…ああ、エディがやっているバスケットボールクラブはどうじゃ?』

『えっと、マグルのスポーツはよく知らないですし…。』

 

セドリックはエルファバに助けを求めた。エルファバは無表情だった。ダンブルドアはスクッと立ち上がり、後ろの本棚をゴソゴソといじり、杖を振っていくつか本を取り出した。

 

『明日アンブリッジとの面談がまたあります。その時にもしかするとあなたとハリー、そしてエルファバのことを何か聞かれるかもしれません。その時はどうすれば…。』

『君が安全な学生生活を行うためにこれを要求するのは酷じゃが。明日のドローレンスにはこう伝えるのじゃ。わしとハリーは許せないがエルファバを追い詰めるのには少し抵抗があると。』

 

あったあった、とダンブルドアは1冊の本をセドリックに手渡した。怪訝な顔をしてセドリックは受け取る。

 

『誰か1人でも追い詰めることに抵抗があれば、ドローレンスは何もしてこんじゃろう…今は。さて、昔、闇払いを目指す生徒へ手解きをしておってな。古いが効果のある呪いと呪文が書いてある。そこに”顔面硬直呪文“というものはあってだな。嘘をついていることを悟られないようにする呪文が書いてある。君ならすぐに会得できるじゃろう。』

 

“闇払い入門”と書いた今にも破れそうな古い本をセドリックは恐る恐るめくる。出版日は1950年と書いてある。

 

『セドリックや。』

 

ダンブルドアはセドリックの隣に座り、ジッと見つめた。

 

『よいか。繰り返しになるがわしらは君にスパイになり魔法省の動向を探ってほしいなどとは思っておらん。君の決断じゃ。ただし…自分を殺さないでほしい。本当の君に、わしは真のセドリックを知りたいのじゃ。』

『本当の、自分。』

 

そんなに簡単ではない、とこの老人にセドリックは反抗したかった。

相手が例えば死喰い人で、人に害を及ぼす行為をしているのであれば、毅然と戦っていく。家族だってそんな自分を誇らしく思ってくれるはずだ。

今セドリックが目の前で相手しているのは本来味方であるべきの魔法省で、父親がそこで勤めている。自身は魔法省大臣を輩出するような名家の生まれて、それに恥じる行為をしてはならない。そうやって教育されてきた。

 

(僕は、どうしたらいいんだ?)

 

セドリックはエルファバをしっかり見れなかった。

 

それから、セドリックが感情のないふりを続けるのは楽だった。最初の1ヶ月目でセドリックが無神経、失礼な発言を続けたおかげで誰もセドリックに寄り付かなくなったからだ。

前までは、誰かしらがセドリックに話しかけてきたものだが今は全て1人で物をこなしていた。

 

たまに変人のアンソニーがセドリックに絡んで来たが、感情のあるセドリックはアンソニーに怪しまれないようにかつ興味を無くす塩梅で上手いこと対処した。

 

(友情ってあっけないな。)

 

この6年間でセドリックが努力して培ったものがたった1ヶ月で無くなったのだ。それともセドリックが配慮しすぎていたのか。寂しさで心がキュッと痛くなり、その度セドリックを小馬鹿にするように火花が散った。

 

(ああ、勘弁してくれよ。全部お前のせいなんだから。)

 

『セドリック、せっかくだし、ちょーイカしたサークル入らない?』

 

セドリックの大発火から数日後、エディが1人で廊下で本を読むセドリックに話しかけてきた。自分のせいで罰則を受けることになったエディからはドラゴンの糞の臭いがした。周りを見回し、素のままでエディに話しかけた。

 

『僕、運動できないんだ。知ってるだろ?』

『運動じゃなくてさ、闇の魔術に対抗する術を身につけるの。』

 

エディに誘われ、ハリー主催の闇の魔術に対抗する防衛術を学ぶサークルに参加した。セドリック自身はもうハリー側に加担しているようで気が進まなかったが、アンブリッジはセドリックがスパイしてくれるのだと大いに喜び、セドリックへの信頼度は増した様だった。

 

セドリックがいつでも裏切れる状態であることは、誘ったエディ以外は理解していたはずだ。しかし、皆温かくセドリックを受け入れてくれた。

 

『おうおう、優等生セドリック・ディゴリーがこのサークルに入ったということは、我々の首も危ういなフレッド。』

『本当だジョージ、いつやこの優等生殿が我々不良を密告することか…くわばらくわばら…。』

 

最初の会合で有名ないたずら双子はそうセドリックをからかった。ハーマイオニーは眉をひそめ、たしなめたがこのサークルに懐疑的なザガリアス・スミスを面と向かってからかっていないことを考えると、この2人はセドリックが裏切ることはないと思っていたのではないかと思った。むしろ揶揄することで、セドリックに釘を刺していたとも考えられるが。

 

ハリーは、下級生だがとても優秀な先生だとセドリックは思った。本人は自覚がないかもしれないが、人への鼓舞の仕方、教え方や例えが頭に入ってきやすく舌を巻いた。

三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)にハリーが参加したのは“例のあの人”の策略らしいが、それでも上手く成し遂げたのはハリーの才能あってこそで、自分の周りが同じ状況に陥ったらきっとハリーのように上手くはできない、むしろ泣いてダンブルドアに辞退を懇願するだろう。

 

(あのハリーの教えを今ここで止めてしまうのは、学校の損失だ。アンブリッジには上手いこと伝えておこう。)

 

『やっぱ、セドリックはすごいね。僕が言った呪文全部スムーズだ。』

 

皆が“盾の呪文”の練習で夢中になっている時にハリーは話しかけた。念のため、セドリックが薬を服用していないことはDAのメンバーにも隠していたが、エルファバが心配しているハリーには話したいと言われ、承諾したのだ。セドリックはあたりを見回してニヤッと笑う。

 

『先生の教えがあってこそさ。』

『やめてくれよ。君のことだから、どうせ最初から出来てたんだろ。』

 

ハリーはムッとしていた。どうやらハリーは意外とプライドが高いらしい。

 

『まさか。盾の呪文なんて早々使わないからね。』

『ここは君にとって楽しい場所かい?』

『ああ…すごく落ち着く。今のホグワーツで唯一と言って良い場所さ。』

『僕もさ。』

 

ハリーはニッコリ笑った。セドリックの言葉は、嘘ではなかった。

クィディッチができない今では、体が動かせるのはとても気分が良いし、何より自分がこれまで関わってきた仲間とは違うメンツと話すのは新鮮だった。クィディッチという共通点のあるグリフィンドールのアンジェリーナやアリシア、フレッドとジョージ、そして新シーカーのエディ。エディに関してはエルファバ関係の共通項しかなかったので、別の話題ができたのはなかなか面白かった。

エディ以外のメンバーはセドリックが薬を服用していたことも、それにより感情を失ったことも知らないので今だに演技を続けなければならなかったのは残念だが、前以上にセドリックに絡んでくるようになった。

 

『いやー、ディゴリーくんや。実際今の毒舌セドリックの方が俺たちとしてはとっても面白いんだよねえ。』

『…何を言って、』

『前の君って、次の単語を繋ぐ頭がなかったというか、端的に言えばつまらなかった!』

『そりゃどうも。』

 

休憩で床に座っていたセドリックに赤毛双子は絡んできた。からかわれているのを、後ろでアンソニーがニヤニヤしながら見てる。セドリックはうざったそうに首を振って立ち上がり、真面目に練習してる下級生たちの元へと歩いて行った。

 

(つまらなかった、か。)

 

下級生の呪文の体勢を指導しながらセドリックは考えた。

 

(ここにいるメンバーは、僕と同じ立場になったら迷わずハリーの味方をするんだろうな。いや、チョウに連れてこられたマリエッタやザガリアスは違うかもしれないけど。あの子、アンブリッジにいつか密告しそうだな…先に手を打っておいてー。)

 

セドリックはハッとした。

 

(僕は…中立といっておきながら、DAの存続を望んでいる。)

 

『ありがとうセドリック。初めてこの呪文成功した。あなたってとってもいい人ね。エディの方が優しいって思ってたこと訂正するもン。』

 

今しがたセドリックに体勢を整えてもらって、呪文に成功したルーナはセドリックを見上げてニッコリ笑った。

 

(ルーナ、ルーニー…。)

 

セドリックは、思い出した。いや、思い出さないようにしてたのだ。セドリックの周りの友人たちがルーナのことをからかい、小馬鹿にしていたことを。

 

(いや、僕も一緒になって笑ってたし…同罪か。)

 

『別に。』

『あら、今あなたすっごい嬉しそうな顔してたのに。どうしてそんな顔するの?』

 

セドリックはルーナから顔を逸らした。セドリックはこれまで友達と一緒になって笑ったことをどこかのタイミングでルーナに謝ろうと決めた。

 

(そうか…僕は、僕の心はもうこっちにある。)

 

迂闊だったのは、このタイミングでルーナに表情がバレているくらいセドリックは表情が豊かになっていることに気づかなかったことだ。

 

エディのタトゥーに関する記事が出た時、セドリックは怒りに震えた。ルーピン教授のことをセドリックは心の底から尊敬していたし、エルファバやエディからも話をよく聞いていた。

スリザリン連中は大広間でエディを糾弾し、嘲笑い、エディは泣きながら走り去っていくのをセドリックは目撃した。その直後にアンブリッジとの面談があったので、思わずその記事を読み込んでしまった。記事はルーピン教授という人格者とその人を守ろうとしたエディの努力を愚弄する記事だった。

 

セドリックはダンブルドアから表情を隠す呪文を練習するように言われていたにも関わらず、それを怠っていた。

 

おまけにアンブリッジがエルファバとルーピン教授が関係を持っていることを匂わすものだから、セドリックは怒りを隠すことを完全に忘れていた。

 

『とても大人びているけれど、所詮あなたも17歳…大人、それも魔法省に入省しているようなエリートを誤魔化すのは難しいですわ。さて、紅茶はいかが?』

『魔法省に勤めているエイモスが可哀想ですわ。ただでさえあなたが心配で仕事に手がついておらず、魔法省のお荷物のような状態ですのに…さあ、いい子だから、紅茶をお飲みなさい。』

 

セドリックは、もうこれを避ける手はないことを悟りアンブリッジに捨て台詞を吐いた。

 

『僕のホグワーツでの生活を返せ。』

 

(確かに僕の炎は人を傷つける。感情をコントロールできない。けれどそれで魔法省をスパイする理由なんかにならない。こいつらは僕の学生生活のことなど微塵も考えていない…僕は、)

 

そうして、セドリックは薬入りの紅茶を飲み干した。

 

『さて、調子はどうですか?』

『…。』

 

アンブリッジは満足げにニッコリ笑い、よろしいと言ってセドリックを解放した。セドリックはその足で、小走りで廊下を駆けた。途中で他の生徒たちにぶつかったがお構いなしに7階の“必要の部屋“のある場所へ来ると”吐き出す場所をくれ“と考えながらうろうろした。

 

『セドリック、一体どうし…。』

 

部屋の中にはハーマイオニー、エルファバ、そして目を腫らしたエディがいた。おそらくエディを慰めていたのだろう。セドリックは構わず口の中に手を突っ込み、薄く白い膜に包み込まれた茶色い液体を引っ張り上げた。

 

『…それなに?』

 

ハーマイオニーはセドリックの口の中から、現れた物体に若干引きながら聞く。セドリックは目の前に現れた洗面台にそれを捨て、自分の口の中を泡でいっぱいに満たして必死に何度も口を水で濯いだ。そして大きく呼吸をしてから話し始めた。

 

『例の薬入り紅茶だよ。アンブリッジが僕が服用してないことに勘付いたんだ。』

『え、飲まされたの!?』

 

エルファバは慌ててセドリックに駆け寄り、手をセドリックに伸ばす。小さいエルファバが必死に背伸びしてくるので、セドリックは笑って少し屈むと、エルファバは自分の両手でセドリックの顔を包み、自分の方へセドリックを向かせた。

 

『…笑ってる…どうやって、やり過ごしたの?』

『咄嗟に思いついたんだ。泡頭呪文ってあるだろう?僕が第二の試練で使った水中で呼吸ができるようにする泡を作る呪文。あれを口の中に作って紅茶がうまく入るようにして、体内に入らないようにした。若干隙間から紅茶が体に入り込んでまずいと思ったけど、少量なら支障ないみたいだ。』

『すごいわ。N.E.W.Tレベルの魔法をその場で自分流にアレンジしたの?』

『しかも無言呪文で?そんなことできるのね!』

『セドリックしかできないよ。』

 

エルファバから始まり、ハーマイオニー、顔がぐちゃぐちゃのエディ。年下の魔女たちに賞賛され、健全な男子生徒のセドリックは自尊心が満たされていくのを感じた。なんでもないかのように、エルファバの両手を自分の手で包んで体勢を戻す。

 

『まあね。けど、僕も迂闊だった。ダンブルドアから習った呪文をしっかりできるようにするよ。』

 

ダンブルドアが教えてくれた魔法はすぐに取得でき、アンブリッジを完全に欺くことに成功した。残念だがなるべくエルファバとエディにも接触を避け、ハリーやロンなどを介してエルファバとはやり取りした。

 

クリスマス休暇はセドリックも家に戻ったが、父親は随分とやつれてしまっていた。

顔の皺と白髪が明らかに増え、痩せこけた父親が戻ってきたセドリックを玄関で迎えた。

 

『セドリック、お前は薬を服用していなかったと聞いたぞ。』

 

家の鍵をかけて、早々の父親の第一声がこれだった。

 

『ああ、けど今は服用してる。なんの問題が?』

 

セドリックは無表情にそれらしい回答をするように努めた。父親はセドリックの両肩を掴み、震える声で言った。

 

『薬を飲まないと私たち家族がどうなるか分かっているのか…?ファッジに離反した家族になってしまうんだぞ…?学校でハリー・ポッターとダンブルドアに対する扱いを見ただろう…?私たちの立場はどうなる?特にセドリック、お前は最終学年で就職だってある。お前の成績なら問題なく魔法省に入れるはずだ。たかだか炎で、お前の人生を壊すわけにはいかないんだよ…!』

 

セドリックはまずいと思った。今から吐き出す言葉は完全に感情がこもっている。おそらくこの発言をしたら、セドリックが薬を服用していないことがバレてしまうだろう。

 

(もう遅いよ。僕はクィディッチもできない、人の感情も読めない、炎で人を燃やしてしまう怪物だ。)

 

セドリックは黙って父親を引き剥がし、杖で呪文をかけてさっさと自分の荷物を引き上げて、ベッドに身を投げる。自分のベッドに寝転びボンヤリ天井を見つめていた。たまに布の焦げる匂いがして、苛々するので自分の革バッグから写真を数枚取り出した。

 

1枚目はフレッドとジョージが隠し撮りしていたエルファバと自分の写真だった。ちょうど1年前、ダンスパーティーの時の2人だ。隠し撮りされてたのは腹立たしいがよく撮れている写真だったので、ある条件をつけてもらったのだ。

 

少し幼い自分と今より表情が乏しいエルファバが真顔でダンスしている。エルファバの動きがカクカクぎこちないし、毎ステップごとにセドリックの足を踏んでいる。明らかにフレッドとジョージによる編集が加えられていてエルファバが可哀想だと思った。

 

2枚目は、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)時に参加メンバーで撮った写真だった。ハリー、フラー、クラム、そして自分。

 

(この代表選手になるのは魔法能力、知力、勇気が必要。僕は選ばれたー。)

 

下で父親と母親の話し声が聞こえてきた。少し考え、セドリックはフレッドとジョージが無理矢理バッグに突っ込んできた、“伸び耳”の片方を部屋の外に出し、糸を自分の部屋に引っ張って来て、ベッドに座り込んでジッと耳をすませた。

 

『…わ。もちろん。気負いすぎだわエイモス。あの子は…。』

『サマンサ。私はいい父親か?』

 

父親の唐突な質問に少し沈黙が流れた。直前の話は分からないが、流れを切った質問なのは明確だった。父親は続ける。

 

『セドリックを思う度、家族を思う度に、私は悪い方向へ進んでる気がする…。家族を守るためにはファッジの言うことを聞かないといけない。世間の目から、この家を守らないといけない。セドリックの今の現状を…けど、私のセドはホグワーツでの学生生活を謳歌できてない。私が…魔法省がセドの幸せを奪ってる気がする…。』

『何を言うの。そんなことないわ。それを言うなら私だって…!』

 

母親の啜り泣く声がリビングに響く。

 

『私だって…!何が正解かなんて…!薬を飲んでセドが治るならって…!けど、ホグワーツでの様子を…教授に聞いたら…もう可哀想で…!これでいいのか…!』

 

セドリックは、燃えた伸び耳を引っ掴んでそのまま杖で“消失”させた。

 

(僕が…僕の存在が、家族を不幸にさせてるんだ。)

 

セドリックは頭を抱え、ベッドに身体を預けた。セドリックの顔に写真が貼りついた。3枚目は家族写真だった。1年生の時にセドリックと父親と母親3人で撮った。

 

それは家の前で撮った写真だった。幼いセドリックは誇らしげに少し大きいネクタイを小さい手で直し、背の高い父親と母親を見上げている。2人は互いに肩を抱き、セドリックの肩に手を置いていた。

 

(父さんと母さんを解放しよう…僕から。)

 

 



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17.告発と失踪

※一昨日、もう1話投稿してます。もしも数日ぶりに読みに来て話が(?)ってなっている場合は前話へGo!


数ヶ月後。

 

「ー、そうして部署に提出する報告書は、適切な場所へは渡らず、私は10000ガリオンを横領した罪を着せられ、退職に追われました。それだけならまだいい…あの…アンブリッジに…呪われ、娘には一生取れない呪いが顔に現れたのです…彼女は笑い者にされ、友達もできません…私が、もっと注意していたら…!」

 

ボロボロのローブを着た中年男性は、法廷の中心で泣き崩れた。妻らしき女性が駆け寄り、男性は支えられながら部屋をあとにした。ウィゼンガモット法廷の中は、人でごった返し魔法使いや魔女たちの告白を聞いていた。誰も物音も立てない。セドリックはその2人を見届け改めて裁判の被告人席に立つ。

 

セドリックの頭上で宙に浮かぶ横断幕にはこう書かれていた。

 

“ミス・ドローレンス・アンブリッジに関する告発会見“

 

「皆さま、これでミス・アンブリッジの悪事を暴こうとしたミスター・パティントンがどの様な目にあったかお分かりいただけたでしょう。ミス・アンブリッジがやったという確証はありませんが、今の話の流れを見れば明らかです。」

 

セドリックはホグワーツの制服とローブを着たまま、淡々と話を続ける。数多くの群衆の中で、ハンカチで汗を拭くミスター・ウィーズリーがいた。

 

「先程奥様が代理証言した開心術師のジョンについても同じです。今来た方に軽く説明すると、ジョンは、氷の魔女…エルファバ・スミスにカウンセリングと称して開心術を何度も行い、過去を探り情緒不安定になる様に仕向けました。同年代の息子がいるジョンは、この事実に胸を痛めましたがホグワーツに息子がいることを盾に従わざるえませんでした。しかしついにジョンはこの命令に反いた…結果は本日の“ザ・クィブラー”の88ページに記載の通り…彼は今謎の毒を摂取したことにより意識不明です。お二人とも早く良くなる様に心から祈っております。」

 

セドリックは軽く頭を下げた後、杖を振ると、“ザ・クィブラーが数冊どこからともなく現れ、今しがた入ってきた魔法省役員の手元へ届いた。

 

「さて、ここまでで多くの方にミス・アンブリッジの悪行についてお話いただきました。ああ、日刊予言者新聞の記者さんこんばんは。やっといらっしゃったんですね。他の方々はもうお揃いですので、どうぞ中へ。」

 

中年の魔法使い2人はセドリックに招かれるまま、ブロンドをカールし真っ赤なマニキュアを塗った爪でメモを取るリータ・スキーターの隣へ座った。最前列に座るリータは随分得意げだった。リータがここにいる証言者を集めたので当たり前だが。

 

「最後は僕が話します。ここまで話を聞いて、まだ疑問に思う方もいるでしょう。皆さんミス・アンブリッジの悪評はご存知でしょうが、実際にそれを目にした人はいません。きっとこう思う人もいるかもしれません。『これはファッジ大臣をこき下ろすための陰謀だ。』『ここ数年で飛躍的な出世をしたミス・アンブリッジへの嫌がらせだ。』…決してそうではないこと、今回、僕がウィゼンガモット法廷を使って声を上げた理由を…今ここで話します。そして、ミス・アンブリッジがマグル差別主義者で人を平気で不幸に陥れる魔女であることを説明します。僕は今ミス・アンブリッジが校長をしているホグワーツでの悪行を…まずはみなさんの手元にある雑誌の表紙裏に挟まれた写真をご覧ください。』

 

皆がざわつきながら雑誌をめくると、写真サイズの厚紙を取り出した。セドリックがまた杖を振ると厚紙に手の写真が浮かび上がった。男性が手の甲をいろんな角度に動かす。

 

『これは、ミス・アンブリッジの残忍な体罰の典型例です。“僕は嘘をついてはいけない”と手の甲に刻まれています…生徒のプライバシーのため具体的な経緯は避けますが、彼はミス・アンブリッジの主張に物申したところ特殊なペンを使って、この文字が手の甲に刻まれたようです。事実はどうであれ、これはいくらなんでもやりすぎではないでしょうか?』

『そしてこの魔法がかかったペンは、現在イギリスで入手がほぼ不可能となっており、魔法省管轄の検閲でない限りは手に入らない代物です。ちなみに同じような罰を受けた女子生徒もいます…この男子生徒は混血、女子生徒はマグル生まれです。今日まで純血生まれがそのような被害にあった話は聞いていません。』

 

セドリックは、この女子生徒がエディであり彼女がアンブリッジを授業中に“アフリカ産ピンク毒ガエル”と呼んだことで別の体罰を受けたことを思い出し、笑いそうになったが平静を装った。

 

『そして、これがミス・アンブリッジがマグル差別主義者であり、教育者として正しくない確固たる証拠です。僕は…僕は…。』

 

ここでセドリックは初めて言い淀み、群衆たちは次の言葉を待った。

 

『僕は…何が正しいのか分かりませんでした。勇気を持ち悪と戦えと皆は言いますが、その敵が明確な悪ではないケースがほとんどです。しかし、ミス・アンブリッジの悪行を目にし、耳にし、今日ここで告発を決めました。これはマグルの“音録”という音声を保存する技術にインスパイアされ、僕独自で杖の中に音を一時的に保存する魔法を開発しました。これが僕とアンブリッジのやり取りです。』

 

正式にはフレッド、ジョージ、リー、セドリックの4人で作った魔法だった。セドリックのアンブリッジに一泡吹かせたいという気持ちにいたずら好きの3人は大いに喜び、DAの練習合間にみんなで力を合わせて作成した魔法。

 

ついでに魔法作りに協力する代わりに、エルファバとセドリックを使った合成写真作りを一切禁止させることに成功した。

 

これを、エルファバと別れたという噂を流した直後に使用した。リータ・スキーターから集めた情報でアンブリッジはシェリー酒を飲むと見境が無くなると聞いて、DAのメンバーでお金を出し合い上質なシェリー酒を入手した。生徒だとお酒は手に入らないので、購入はルーカスが(嬉々として)協力してくれた。

 

その甲斐あって、もう言い逃れのできない発言を得られた。

 

セドリックが杖を振り、天井へ掲げるとレコードのような音声がウィゼンガモット法廷に響いた。アンブリッジの下品な高笑いと共に杖から溢れる邪悪で侮蔑に満ちた発言の数々。

 

『卑しいマグル生まれ達は高貴な魔法族へ擦り寄って生きていることがよーく分かったでしょう?けどどんなにあの可愛い顔で媚びても結局のところ、生来の下品さは隠せないものですよ。』

『顔は酸呪文で溶かして二度と外に出れないようにしてやるわねまずは。』

『穢れた血のあの小娘!!可愛げもない、不細工な問題児!!!マグルの貧相な遊びをこのホグワーツへ入れて!!ああ、顔を見ただけで磔の呪文をかけてやりたくなるわ!!』

『そして忘れちゃいけない、あの半人間!ああ、もうあの記事を出した時本当ーに爽快だったわ!あの記事のおかげで、いろんなところで人狼検査が行われているらしいわよ。はあっ、私の功績が社会に影響を及ぼすなんてなんて素晴らしいこと!』

『あれも父親は純血で母親は穢れた血…だからあんな癇癪持ちなのね。』

 

聞いている記者、魔法省職員たちは息を呑み、呻き、信じられないと口々にこぼした。中には気分を害し、退出する魔法使いも数名。

 

(そうさ。あの悪魔の残忍さを知るがいいさ。エルファバやエディ、ハリーを侮辱してた時に僕は部屋を燃やしてたけどこいつは、酔っ払って気づいていなかった。)

 

音声を保存する呪文を作るのはそこまで難しくなかったが、なるべく個人が特定されないようにうまく音を切ったり繋げたりするのが大変だった。特にセドリックはアンブリッジを煽るために自分の意思に反した純血主義発言をしたので、細心の注意を払った。

 

(けど、この魔法省には純血主義者が沢山いる。ファッジも含めて。これだけじゃホグワーツを追い出せても、魔法省にのこのこ戻ってくるはずだ。まだだ、まだこれから。)

 

一通り生徒を侮辱した後、アンブリッジの猫撫で声が裁判所に響く。

 

『ねえ、セドリック。あの小娘より、年上の女の方がいいでしょう?』

『おっしゃる意味が分かりませんが…。』

『またまた、あなたほど聡明な男性が分からないはずがないわ。怖いのね。大人の世界に飛び込んでいくのが。』

 

一瞬の沈黙。そしてアンブリッジは焦ったそうな声で続ける。

 

『もうっ、いいこと?私ね、これでも結構モテるのよ?私と一緒に穢れた血やダンブルドアを社会的な抹殺、いいえ。文字通りの抹殺をしていくのですから、いろいろ教えてあげるわ…権力の味と、大人の味。』

 

17歳の男子生徒に迫る、中年女性。

 

ウィゼンガモット法廷には、悲鳴とヒッと息を飲む声が漏れた。魔法使いは鳥肌が立ちブルッと体を震わせた者もいた。セドリックは勝利を確信する。

 

「僕は、この発言を身体に寄りかかられ太ももを撫でられながら言われました。」

 

セドリックは淡々と、その感情と思い出した時の嫌悪感による火が努めた。

 

しかし、この音声をDAのメンバーで聞いたときは阿鼻叫喚で、セドリック以上に不快感を示してくれたのである程度満足だった。

アンブリッジの女を出してくる様に男性陣は絶叫、そして耐えたセドリックに尊敬と労いをかけ、女性陣はあまりのおぞましさに凍りつき言葉を失っていた。

 

『エルファバ!セドリックを抱きしめるんだ!セドリックは勇敢な騎士だ!』

『セドリック、お前は本当に良くやったよ!見直した!俺はお前を一生尊敬する!』

『気持ちわりー…ズル休みスナック以上の破壊力だ。』

 

この新情報にリータ・スキーターが鼻息荒く、羽ペンを走らせている。他の記者たちもセドリックの写真をバシャバシャ撮り、今の音声を一語一句漏らさないようにインクを飛ばしながら書き込んでいた。

 

「僕からの証言は以上になります。多くの証言を集め、今日発表するに至りましたがそれは大変な作業でした。ミス・アンブリッジの報復を恐れて黙り込むんです。しかしどうにか説得をしザ・クィブラーへの掲載と、この場での証言を許してくれました。」

 

(まさか、ウィゼンガモット法廷を使うだなんて僕も知らなかったけど。)

 

アンブリッジに報復したい現魔法省職員が沢山の人が入れる場所を用意すると言ってくれたが、それがたまたまイギリス魔法省最大の法廷であるウィゼンガモット法廷だった。あまりの規模の大きさに肝が冷えたが、話題を作るのであれば大きい方がいい。そう考えて、覚悟を決めた。

 

実際のところ、ウィゼンガモット法廷を貸し出した魔女が魔法省内に大量にこのことに関するビラが撒いたようで、想像以上に人が集まった。ここまで人がアンブリッジの悪行を見聞きしたのだ。誰も言い逃れできず、ファッジも圧力をかけられないだろう。

 

(よし、あとは明日を待つのみだー。)

 

ウィゼンガモット法廷出入り口が騒がしくなった。紺色のローブを身に纏った集団が焦ったように人だかりをかき分け、記者団を押し退けてセドリックの目の前に来た。

 

先頭に立つのはアメリア・ボーンズ。ハッフルパフ生のスーザンの叔母だ。アメリアは周囲を見回した後、淡々とセドリックに話しかける。

 

「ミスター・セドリック・ディゴリー。あなたはインターン生の身でありながら、この魔法省の公共の機関であるウィゼンガモット法廷を私物化し、魔法省の一役員を晒し上げるただそれだけに使用しました。犯罪ではありませんが、1人の人権を傷つけ、魔法省の秩序を著しく乱すものです。この事の重大さを理解できておりますか?」

「ええ。もちろんです。」

 

セドリックはあえて、ふてぶてしく答えた。

分かっていた。自分の行動で一体自分の世間の評判がどうなることか。

 

「あなたの魔法省へのインターン…ないしは今後の就職は無きものになるのも?」

「ええ。」

「ここまでの報道陣を呼びつけ、あなたの名前は該当魔法省職員と同じ晒し者にされ、一生あなたには今回の出来事が付き纏います。理解していますか?」

「覚悟の上です。」

「ホグワーツをこのタイミングで退学になるかもしれませんよ。」

「……今の腐敗しきったホグワーツから退学できるなら本望です。」

 

この言葉を聞いたらフレッドとジョージがなんと言うか考えると笑えてきた。

 

アメリアは少しため息をついた。バカな坊やとでも思っているような表情だ。しかし一瞬アメリアがニヤッと笑ったのをセドリックは見逃さなかった。

 

「記者団!職員全員!ウィゼンガモット法廷から退出しなさい!さもなくば減給及び魔法省への出入りを禁止しますよ!」

 

アメリアはすぐに真顔に戻ると踵を返して、群衆に叫んだ。皆、ウィゼンガモット法廷から大人たちがそそくさと出ていく。リータ・スキーターは周りを押しのけ一目散に飛び出して行った。

 

「さあ、あなたも事情を聞かなければなりません。一生徒のあなたがなぜウィゼンガモット法廷を開けられたのか。まあ、目星がついておりますがね。ロザリーでしょう。あの人とミス・アンブリッジとなって不仲は有名ですから…連行なさい。」

 

騒がしい中、アメリアの指示で魔法使い3人がセドリックを取り囲む。セドリックは両手を上げ、無抵抗に指示に従った。

 

「まっ、待ってくれ!待ってくれ!セドリック!」

 

人混みを逆走し、メガネをずらしながら入ってきたのは父親だった。1年生時はあんなに身長の高かった父親は、セドリックより小さくて威厳はなく、1人の人間に見えた。

 

「セドリック…。」

「…父さ…。」

 

セドリックは声をかけようとしたが、父親に背を向けた。

 

(父さん、あなたの息子はこんな人間なんだ。もう僕を守ろうという、家族を守ろうっていう重圧からは解放されてくれ。)

 

「エイモス。あなたはこのことを知っていたのですか?」

「まさか…。」

「でしょうね。あなたは常に魔法省に協力的だった。」

 

この際だ、とセドリックは少し声を大きくした。

 

「父親は関係ない。父親は魔法省の指示に従っていた。そんな、そんな親に僕は…僕は、嫌気が差して…もう息子と思わないように、この直前に手紙を書いた…。」

 

セドリックは言葉に詰まった。しかし、そう悟られない様に早口で続ける。

 

「僕が勝手にアンブリッジに恨みを持っている人間を集め、その1人がウィゼンガモット法廷をこじ開けて、別の人がメディアを呼んだ。この件に父親は何にも「セドリック。」」

 

少し大きな声でセドリックを止めた父親は顔を歪め、涙を溜めつつ笑っていた。

 

「セドリック…お前は私の誇りだよ。」

「…父さん…?」

「セドリック、私が何年お前の父親をやっていると思ってるんだ?手紙を受け取り驚いたが…自分の決断で私たちに迷惑をかけない様にしたんだろう?」

「ちっ、ちがっ」

「いいんだ。いいんだ。セドリック…私は臆病者だった。巨大な権力を前に何をどうしたらいいのか、分からなかった。お前が…正しい物事のために、ちゃんと行動に移してくれて嬉しい。自慢の息子だセドリック。」

 

取り押さえていた魔法使いが、熱い!と言ってセドリックから離れた。慌てて辺りを見回したセドリックだったが、父親は近づき優しく抱きしめ、そしてアメリアに向き直った。

 

「私の息子だ…息子に責任が追及されるのであれば私も責任を持つ。」

「………セドリック・ディゴリーは17歳の大人。両親に責任を問うことはない。まあ、学生なのであなたにいくつか事情は聞くでしょう。」

「そうか…それは残念だ。」

 

セドリックは父親の肩を叩き、笑いかけてからゆっくりアメリアの方へと歩き出した。

 

自身も袖で涙を拭き、火花を散らしながら。

 

その数時間後、各社が一斉に記事を出した。アンブリッジの悪魔の様な笑みを浮かべた写真と共に出てくる大臣ファッジの右腕による大量の悪事、残忍な素顔。

 

どのメディアも言っていることは同じだったが、リータ・スキーターの記事は、”生き残った男の子”ハリー・ポッターに今年の夏、吸魂鬼(ディメンター)をけしかけたのも、このドローレンス・アンブリッジらしいという新情報を加えた。掲載したザ・クィブラーの号外は一番最初のアンブリッジ告発を掲載したものとともに飛ぶ様に売れたらしい。

 

リータ・スキーターの記事の始まりはこうだった。

 

”ハンサムなホグワーツの首席が、魔法省の強大な悪に立ち向かった。名前はセドリック・ディゴリー。“

 

ーーーーー

 

「やれやれ、やっとアンブリッジはホグワーツを去った様だ。」

 

外から帰ってきたリーマスはそう言いながら、厨房で本を読み込んでいるシリウスに新聞を手渡した。シリウスは本を閉じ、怪訝そうに眉を上げた後、新聞を受け取った。

 

「あそこまで社会的地位を落として、居残れる理由が?あの記事が出た段階で教授陣全員で追い出したと聞いていたが…ああ。なるほど。自分が校長だと言い張って居残ってたのか。」

「教授陣はアンブリッジをもういないものとして扱っていたようだけど。結局ファッジが撤退命令をこの数週間出さなかったからね…ホグワーツ城そのものには残っていたそうだ。アンブリッジ受け持ちの授業は代わる代わる教授たちが教えていたが…あいつがいることで、ホグワーツと魔法省におびただしい数の吠えメールが来たようで。ついにファッジはアンブリッジのホグワーツから戻るのと、魔法省からの解雇を決定した。」

 

リーマスは嬉々として、買ってきたビールを瓶からグビっと飲みシリウスにも別の瓶を渡した。

 

「さーって、ファッジがどんな行動に出ると思う?唯一信頼してたアンブリッジが居なくなって。」

「さあね。暴走がこれ以上酷くなるのが一番の懸念だけど、ひとまず生徒たちの安全は確保されたとダンブルドアは大いに喜んでたよ。もちろん、彼はまだホグワーツには戻れないけどね。そして、人狼のことも…。」

 

シリウスは微笑み、自身のビールを開けて一飲みした。

 

「良かったな。お前の信頼が回復した。」

「良くはないさ。結局…アンブリッジが言っていた話が全て嘘ということでまとまって、私がエディにしたことすら嘘となった…あれは本当なのに。」

 

だんだん声が小さくなるリーマスにシリウスはおいおいとため息をついた。

 

「あのな、それはそれでいいんだよ。本来当事者同士で話がまとまって世間には晒されるべき話じゃねーんだから。」

「けど、真実が嘘になるのは…。」

 

トントントンと階段を誰かが降りて来る音がした。

 

「シリウス?あ、リーマスおかえり。」

 

エルファバが白い杖と本を数冊持って、厨房へと入ってきた。マグルのパジャマ姿のエルファバは目の下にクマがあり、髪もいつも以上にボサボサだ。

 

「シリウス、また分からないことがあるの。」

「またか。なんだよ。」

 

口ではそう言いつつシリウスは少し嬉しそうだ。今しがたシリウスが見ていた本が“ミス・バッカーナの魔法薬研究〜魔法薬学師になるために必要な基礎〜”という本で、エルファバが来た瞬間にシリウスが消したのを見逃さなかった。

 

「O.W.Lのことじゃないんだけど、なんというか、杖があんまり馴染まないっていうか…。」

「まさか、魔法使ったのか?」

 

驚き、そして嬉しそうなシリウスにエルファバは首を振る。

 

「ううん、違うんだけど…なんか感覚的に杖が私のものじゃない気がして。」

「確か、お前がここに来る前にディゴリーが武装解除してたんだっけ?」

「うん。アンブリッジに指示されたセドリックが武装解除して、私の杖を持っていて。アンブリッジにはその場で作った偽物を渡したの。校長先生はそれに気づいて本物の杖をどさくさに紛れてセドリックから受け取ったらしいんだけど…これが偽物だったらどうしようって。」

「…大丈夫。偽物だったら数日経てば消失するさ。」

 

リーマスが優しく声をかけるとエルファバはパッと明るくなった。杖が間違いなく本物であることとリーマスがひさびさに声をかけてくれたことにエルファバは嬉しくなった。しかし、また少し落ち込む。

 

「O.W.Lの時に問題なく使えればいいんだけど。」

「だから、バレねーからこの家の中で実践呪文使えって何回言えば…。」

「それでハリーが法廷に連れて行かれちゃったじゃない!」

 

エルファバは法律違反を勧めるシリウスにムッと睨んだ。

 

「へーへー、分かりましたよ。優等生のミス・スミスさん。」

「もうっ!」

「シリウス…張り合うんじゃないよ…。」

 

シリウスは、はあっと大袈裟にため息をついた後に肩をすくめる。シリウスはまるでエルファバの生意気な弟のようだとリーマスは思った。

 

「そういえばさっき聞いてきた“マグルが考える魔法使いの伝承と変身術の関係性について“はうまくまとめられそうなのか?」

「あ、うん。シリウスが教えてくれた根拠で結構分かった。あとは具体的な魔法について書かないといけないけど…けど、アニメーガスの話をもう少し論理立てて理解すれば大丈夫だと思う。」

「よし。魔法史は大丈夫そうだな。」

 

エルファバはコクっと頷く。

 

「リーマス…。」

「なんだい?」

 

エルファバは少し恥ずかしそうに言った。

 

「闇の魔術に対する防衛術で分からないこと…あとで、聞いていい?」

「ああ、もちろん。元ホグワーツ教授が直々に教えよう。」

 

リーマスが少し芝居かかって言うとエルファバは嬉しそうに、目を輝かせてコクコク頷きまた勉強してくると部屋を出ていった。その様子をシリウスが明らかに不機嫌そうに見つめていたので、リーマスはニヤッと笑う。

 

「なんだい、私が教えるのは不服かい?」

「…別に。」

「君、エルファバに教えるの相当楽しんでるんだな。」

「暇つぶしになるだけだ…あいつは物覚えがいいくせに頭悪いから。」

「何言ってるんだい。あの子はとっても賢いよ。自分がエルファバに先生したいからそう言ってるだけだろう?」

 

リーマスはひとしきりからかった後に、真顔になる。

 

「それにしても、エルファバが心配だ。あの子寝る間も惜しんで勉強してるだろう?」

「ああ。あのババアが消えたからと言って魔法省があのチビちゃんに課した強制入院が消えた訳じゃない…今あの子の唯一のモチベーションはO.W.Lを受けることだ。けど、少しやりすぎた。多分1日20時間くらいは勉強してて、3時間くらいしか寝てない。学校にいないということも焦りに拍車をかけてるんだ。」

 

リーマスは首を振って、可哀想にと呟く。

 

「ただ、前に言った通り俺はいいと思うんだ…この家に缶詰めで何もできない。することもないと鬱々とするだけだからな。何か目標があった方が絶対いい。」

「そうだな…勉強を取り上げるのも酷かもしれない。けど休憩して欲しいな。」

 

リーマスはそうだ、と呟いた。

 

「さっき、ハチミツ紅茶を買ったんだ。入れて持っていこうかな。気に入ってくれるといいけど。」

「おや、さっきも思ったが意地張るのはやめたってか?冬中にあんなにトンクスやダンブルドアが説得しても子供たちに話さなかったのに。」

「……もう、そうする理由も無くなったから。」

「やっぱりお前ロリコンなんじゃないか?」

「黙らないと呪うかこのティーセットを君の頭上に落とすぞシリウス。」

 

シリウスは凄むリーマスに怖い怖いとケタケタ笑って、杖を振りティーカップとポットを引き寄せた。呪文を唱えるとポットの中にお湯が溜まった。リーマスは近くにあった布でそれを掴むと、茶葉と共に持って行った。

 

(良かったなリーマス。これもハリーたちのおかげだ。セドリック・ディゴリーをからかうのはもうやめるか…ダンブルドアは、騎士団の勧誘をかけるかもな、ディゴリーに…親が反対するかもしれないがまあそれは本人に何とか言うだろう。魔法の応用力、瞬発力…どれも申し分ない。)

 

グビっとビールを一口入れ、さっき消した本を出現させ読み込もうとしたがある考えがよぎる。

 

(ダンブルドアはディゴリーにはアンブリッジの言うことを聞くように指示していたと聞いている。エルファバが魔法省に捕えられそうになった時だって、ディゴリーはダンブルドアにいち早く伝えたはずだ。そうでないといくらダンブルドアといえども、ディゴリーがエルファバの杖のダミーを作っただなんて、考えないはず。そもそも魔法省が本格的に乗り出していることをエルファバ本人にも伝えていた…。)

 

シリウスは本を閉じる。

 

(杖を折られることをダンブルドアは…知っててエルファバに言わなかったのか?あの子がどれくらいの魔力を発揮するかを知りたいがために。大きな精神的ショックを与えることで、あの子の”力“がどれほどか知りたかったし、それを魔法省に見せることで威嚇になる…俺がひねくれすぎか?この考えを騎士団で言ったら批判を食らうだろうな…この組織はダンブルドアに盲信的すぎる。これから先…子供たち、ハリーもこの騎士団に加入するだろう。ハリーは守られるべき対象だが…)

 

「シリウス。」

 

リーマスはティーセットを持ったまま、厨房に戻ってきた。

 

「あっ、な、なんだリーマス。」

「エルファバがいない。」

「…は?」

 

リーマスはティーセットを置き、少し焦ったように話し出した。

 

「この屋敷のどこにもいないんだ。彼女が寝泊まりしてる女子部屋にも、書斎にも、屋根裏にも、その他の部屋にも、どこにもいない。」

「…そんなはずは、「ああ、私だってそう思ったさ。この家にいる限りは安全だし、ここから出てはいけないことなんてエルファバが一番分かってる。いくつか魔法を使って探したけどいないんだ。この家に隠し部屋は?」」

「伝えてるもの以外はない。」

「じゃあこの家のどこにもいない…!」

 

シリウスが何か言いかけた時、シリウスでもリーマスでもない第三者の声が厨房に響いた。

 

「シリウス!」

 

聞き慣れたしかしいるはずのない声にリーマスとシリウスは飛び上がり、声のした方を向いた。

 

「シリウス!リーマスも!」

 

暖炉の中で、ハリーの生首が喋っていた。シリウスとリーマスは慌てて暖炉に駆け寄り、ハリーに話しかけた。

 

「ハリー?どうしてここに?」

「シリウス!エルファバは?エルファバはいる!?」

「エルファバ?エルファバは今…いや、どうしてだ?」

「説明は後で!エルファバが大変なんだ!」

 

ハリーは血相を変えてシリウスに叫んだ。

 

「エルファバが、今この瞬間、魔法省で…神秘部で拷問を受けてるんだ!」

 



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18.苦肉の策

【注意】
この話にはグロテスクなシーンがあります。


エルファバは肌を刺す冷たい空気に身をよじらせ、目を覚ました。

 

「起きたか。」

 

床も壁も天井も真っ黒な部屋。奥で水が流れる音が聞こえている。エルファバは白いベッドの上に横たわり、ボーっと天井を眺めていた。

 

(どこ…ここ。)

 

「ここは神秘部、“愛の間”だ。」

 

エルファバの頭の中の問いに冷たい男性の声が答える。男性らしき人物が黒い甲冑に全身覆われており、エルファバのそばでジッと立ち尽くしており、ギョッと毛布を蹴飛ばし、後退った。声は部屋の中で反響するので、エルファバの頭はキンキンした。

 

(あれ…おかしいわ。私どうしてここにいるのかしら。だって私は部屋で勉強してたのに。ここが本当に神秘部なら私はどうやってここへー。)

 

「騎士団のマンダンガス・フレッチャーという男に協力してもらった…金を積んだら動いた。そちらの都合など知ったことではないが、あんな男が騎士団員とは、ダンブルドアも落ちたものだな。」

 

男はため息をついて首を振り、さて、と切り出す。

 

「数年間、我々がずっとアルバス・ダンブルドアへあなたと話をしたいと要請していたが、拒否されていた。先に言っておこう。手荒ではあったが、私たちの目的は接触であり、軟禁ではない。あなたに危害を加えるつもりはない。」

 

(あ。)

 

エルファバは思い出した。シリウスとリーマスと話したあと、部屋に戻る途中でマンダンガス・フレッチャーに会った。

 

『エルファバよお。手伝ってくれねえか?中に運びたいものがあるんだ。』

 

迂闊だった。考えてみれば重い荷物を運ぶのにエルファバなど選ぶはずがない。エルファバはマンダンガスの指示でグリモード・プレイスの外に一瞬出た。

 

そこから記憶がない。

 

おそらく、外に神秘部の職員が待機しておりエルファバが出てきた瞬間に失神呪文を打ったのだろう。

 

(シリウスのお母さんの肖像画、剥がさなければ良かったわ。そしたら扉を開けた音で叫んでくれたのに。そもそも、一瞬でも外に出てしまったのが間違いだけど…。ああ、みんなに怒られるだろうな。)

 

「危害を加えるつもりはないですって…?こんな失神させておいて?」

 

エルファバはジッと甲冑を睨んだ。おそらく小鬼が作った甲冑だ。凍らせて逃げるのは難しい。エルファバ自身には拘束はない。

 

(それなら、足を滑らせるとか?)

 

「それとこの部屋全体が、小鬼の特殊な魔術を練り込んだ大理石でできてる。あなたは逃げる術はない。」

 

エルファバの心を読んだかのように男は続けた。

 

「…どうして、」

 

そこまでして私を捕らえるの?と言いかけたところで男性は杖を取り出し、一振りすると甲冑の頭部分が溶けて無くなった。エルファバはその人物に息を飲んだ。

 

「……アンソニー…?」

 

セドリックの友人であったアンソニー・リケットはエルファバをジッと見下ろしている。いつも人を揶揄ってニヤニヤとしているアンソニーが、今は無表情でエルファバを見下ろしている。

 

「あなた…どうして…?生徒なのに…?」

「アンソニー・リケットという生徒は去年誤って“悪魔の罠”の茂みに入って死亡した。ホグワーツに入り込みたかった私たちは1人代表してその生徒になり、ホグワーツに入り込んでいる…生徒が亡くなったのは偶然だ。」

「アンソニーになりすましてセドリックを…アンソニーの家族や友達を騙してるのね。最低だわ。」

 

少しの沈黙の後、エルファバが軽蔑を込めてアンソニー(を模した神秘部の人間)を睨みつける。アンソニーはそれを無視する。

 

「私たちの印象が悪いようだが、あなたの杖を折ったのはアンブリッジの独断だ。」

「けど、私に叔父さんの罪をなすりつけたわ!ホグワーツに乗り込んでまで!」

「状況を考えるにあの状況ではあなたしか犯人はいなかった。ダンブルドアからその話を聞いていると思ったが?」

 

エルファバは下唇を噛む。

 

「叔父さんのことは私じゃないの…私…私、聖マンゴに入らない…入れないの!O.W.Lを受けないといけない…私は…その、感情で操れないのも、前に比べてだいぶ改善して…これからも頑張るから…!」

「そこも、改めて誤解のないように言っておこう。我々はたまたまあなたに接触しようと試みるファッジと利害が一致しただけで、あなたを監禁しようとか自由を奪うつもりはない。ダンブルドアやその信望者たちの妨害でここ数年あなたとの接触を阻まれただけでー。」

「じゃあ、逆にどうしてそこまでして私と接触したいのよ…?」

 

すっかりベッドは凍っており、細かい粉雪も舞っている。アンソニーはため息をつき鎧を鳴らしながら、杖を取り出した。

 

「それは、あなたの“力”にこの魔法界の未来が詰まっているからだ。」

 

杖を振ると、空中に金色の光が弧を描き素早く動き始めた。その光の残像は残りまるで羊皮紙に字を書き記しているかのようだ。

 

「…魔法陣…。」

 

古代ルーン文字やその他分からない言語が複数連なる魔法陣が描かれた金色の光はゆっくりとエルファバとアンソニーの周りを回る。

 

そしてエルファバはそれが自分の目の前に来た時、見慣れた英語が真ん中に書かれていることに気づいた。

 

「…デフィー・ソロ…。」

 

エルファバの氷、ルーカスやアダムの炎を解く呪文だ。

 

「あなた方の魔法は、この魔法界の叡智の賜物。この世界にある魔法を全て無効化する魔法だ。これが何を意味するか分かるか?」

 

アンソニーはここで初めて、少し感情を表したとエルファバは思った。湧き上がった興奮を抑えるかのようにアンソニーは大きく息を吐く。

 

「この世の呪いだって、全て無にできる。血の呪いを受けた者、醜い姿になり手の施しようのない患者、そして今この世に反対呪文のない死の呪い。多くの人を救う魔法があなたの持つ“力”だ。」

 

エルファバは2年生時に日記に閉じ込められていた記憶のリドルの話を思い出した。当時エルファバは気絶していたが、ハリーがリドルの様子を伝えてくれたのだ。リドルは、エルファバの氷について“今世紀の魔法では実現不可能なほどに複雑で精巧、そして完璧な魔術”であると言っていたと。

 

そして最近の記憶も蘇った。反芻するハーマイオニーとロンの言葉。

 

『あなたの能力は、エルファバそのものに備わっているのではなく本当に“呪い”なんだわ。比喩ではなく。』

『呪いという割にはとても便利だと思うんだそれ。僕らそれなかったらきっと1年の時も2年の時も死んでたし…4年の時だって、氷の力で僕らすっごい助けられたよ。もちろん、いろいろ凍らせちゃったり大変なこともあると思うけど、エルファバのことに限らず魔法ってそういうものじゃない?』

 

「しかし、不自然な点もある。」

 

アンソニーがもう一度杖を振ると、魔法陣がゆるゆると形を変えていく。

 

「我々が調べた限りのオルレアン一家とベルンシュタイン家の家系図だ。一家に1人いるはずなのに、所々継承者が抜けている。」

 

エルファバは現れた相関図に目を凝らすが、字が細かく人数も多いためしっかり読めなかった。アンソニーは続ける。

 

「しかも数百年、これが続いているにも関わらずグリンダ・オルレアン存在…あなたの母親が現れるまで、この魔術の存在が明るみにならなかった。ここまで強大な魔術を今の今まで隠し通していたか?そうだとしたら、ベルンシュタインがディゴリー家の子息にしたような魔法を移させるようにはしないはずだ。これをー呪いをかけた小鬼たちの策略なのかー。まだ未知数なことが多い。」

 

アンソニーは家系図を消し、エルファバをジッと見下ろす。グレーの瞳が射抜くようで落ち着かずエルファバは目を逸らした。

 

「…それで、まだ、私に接触した理由は…?ファッジのように学術的な興味が…?」

「あなたの“力”を調べ上げたいのは事実だ。しかしそれを我々は有用な形で使用できるようにし、そして解呪する。」

「……解呪…ですって?」

 

エルファバは思いがけないアンソニーの言葉に動揺し、まじまじと見てしまった。

 

「そう。そこがファッジとの大きな違いだ。ファッジは魔法界ではなく、魔法省に有益な形であなたの“力”を使うつもりだ。ディゴリー家の一件もあり、おそらくこれを量産し武器にしようと考えている。しかし我々は量産するつもりはない…便利な魔法だが形式は明らかに呪い…血の呪いだ。今は気づいていないかもしれないが、あなたに何かしらのデメリットがあるはず。我々に協力してくれると約束してくれるのであれば、あなたの“力”を魔法省の利益ではなく魔法界全ての人に貢献できる形になるまで研究し、かつあなたが望むのであれば解呪しよう。」

 

少しの沈黙、お互いの睨み合いが続く。

 

「血の呪いのほとんどは解く術はないわ。」

「それも、まだ調べていないから分からない。原因が小鬼たちの明確な悪意であれば、何かしら小鬼が作業して今も呪いを持続させている可能性が高い。そこさえ見つけられれば解呪できる。」

「…そもそもこの件に小鬼が関わっているかすら」

「あなたへの対抗手段は小鬼製の鎧、そして小鬼の魔術が練り込まれた特殊な大理石。明らかに小鬼には危害が加わらないようになっている。聡明なあなたであれば明白では?」

 

エルファバの魔法省、神秘部に協力しない理由が打ち消されている。

 

(解呪…考えたことなかった。これを共に一生生きていくものだと考えていたわ。まだ見えないデメリットのために選択肢を増やした方がいい…?いいえ、今返事を出さなくてもいいはずよ。その前に条件を聞かないと。)

 

「…具体的な協力方法は…?」

 

一瞬勝ち誇ったようにアンソニーのグレーの瞳が光ったのをエルファバは見逃さなかった。

 

「まだ協力するとは言っていないわ。」

「…ああ。そうだね。すまない。2つ提示したい。月に1回我々に会うこと、そして卒業後にー。」

 

もう1つの条件を話していたアンソニーは急に驚いたように目を見開き、固まった。

 

「?」

 

アンソニーの首からどす黒い血が大量に噴き出し、口から泡を吹いて、大きな音を立ててエルファバの横に倒れた。

 

「あ、アンソニー…?」

 

アンソニーは鎧の中で小刻みに震えていた。

 

「アンソニー!」

 

エルファバがアンソニーに駆け寄り体を持ち上げようとするが、鎧が重くビクともしない。アンソニーの痙攣が鎧越しにも伝わってくる。エルファバはアンソニーの手から杖を掴み、呪文を叫んだ。

 

「エバネスコ!消えよ!」

 

鎧が消失したと同時にエルファバは悲鳴を上げた。

 

 

 

 

アンソニーの身体に真っ黒な大蛇が巻き付き、エルファバを睨みつけていた。

 

 

 

 

蛇はエルファバの腕に飛び掛かってくる。

 

「きゃあっ!」

 

間一髪、足を滑らせたことで大蛇の毒牙を逃れた。

 

(ハリーが言ってた…ミスター・ウィーズリーを襲った蛇…!?)

 

「れっレラシオ!放せ!」

 

エルファバの呪文により、大蛇は数メートル先に吹っ飛んだ。エルファバはその隙をつき、アンソニーを抱えた。アンソニーは知らない端正な顔をした黒髪の男性へ変わっていた。本来のアンソニーなのだろう。エルファバの服と肌に血が大量につく。

 

蛇が迫ってくる。エルファバは“力”を数回蛇に向かって放ったが全て避けられ、氷は一瞬で大理石に吸収されてしまった。

 

エルファバは咄嗟に天井へと手を向けると、氷のドームがエルファバとアンソニーを包んだ。血のついた大蛇はエルファバの氷に何度も体当たりしたがびくともしない。

 

しかし、氷が異常なスピードで溶けていく。エルファバとアンソニーの上に水滴がポタポタと落ちてきた。

 

今度は杖をエルファバの服に向けた。

 

「ディフィンド 裂けよ」

 

腹部の布を裂き、首の傷口へと当てた。

 

(あと、毒が回らないように心臓を高くしないと…!)

 

エルファバがアンソニーの腰に氷の台を作った時、パキンっ!氷が割れる音が聞こえた。氷の隙間から蛇が入り込んできた。

 

「あっ、アクシオ!鎧よ来い!」

 

エルファバの目の前にアンソニーの鎧が踊り出た。身体にのしかかって来た鎧は相当重い。負けじとエルファバは叫んだ。

 

「ロコモーター!オパグノ!襲え!」

 

鎧はひとりでに動き、大蛇を抑えにかかった。蛇はシャーシャーと鎧の手の中で暴れ、鎧がよろめくが流石の大蛇も重い銀の塊には敵わないようだった。

 

(誰か…!)

 

そう思った時、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえたー。

 

ーーーーー

ハリーは鼻息荒く元アンブリッジの部屋内を行ったり来たりしていた。

ハーマイオニーとロンは暖炉近くの部屋に座り壁にある猫の絵がニャーニャー言っているのを居心地悪そうに睨んだ。

 

「ハリー…お願いだから落ち着いてよ…。」

「落ち着けるわけないだろう…!!エルファバは血だらけで“磔”にされてたんだ…!!それを見て落ち着けって?」

 

非難がましいハーマイオニーにハリーは噛み付く。

 

「だって、それは…!」

「幻覚だって言うのか!?あの時本当にエルファバが家にいるならシリウスやリーマスがとっくにそう言ってる!けど2人は『確認するからそこを動くな。』しか言ってない!!」

 

髪を乱暴にかきむしり、ハリーは額の傷を揉んだ。そしてさらに大声で叫んだ。ハリーが叫ぶと皿の中の猫たちがシャーーーっと威嚇するがハリーは気にも留めない。

 

「それに!!シリウスが20分後には連絡してくれるって言ってたのに、もう40分経ってて「エルファバ!?」」

 

ロンが跳ねるように立ち上がり、暖炉を覗き込むとエルファバの生首が座っていた。皆が安堵しつつ、ハリーとハーマイオニーも暖炉に駆け寄る。

 

「エルファバ!大丈夫なの!?」

 

ハリーの声にかき消されたが、その間にエディ、(エディの呪いがだいぶ引いた)セドリック、ネビル、ルーナ、ジニーが部屋に入ってきた。

エルファバは最後に会ったより少しやつれていたが、それでも拷問されているというほどではない。

 

「うん、平気よ…ちょっと神秘部の人に連れ去られただけなの。そのあと騎士団に救出してもらって。今はもう平気…心配させてしまってごめんなさい。」

 

一瞬の沈黙の後、ハリーはその場に座り込んだ。

 

「良かった…じゃあエルファバは拷問されていないんだね?」

 

ハーマイオニーはほら、と目で視線を送ってきた。ハリーは気まずそうに目を逸らす。

 

「良かったわ…ってことはハリーは幻覚を見たってこと?やっぱりスネイプ教授とのレッスンを「ああ、分かった。分かったよ。」」

 

ハリーはハーマイオニーの言葉を流しつつ、立ちあがろうとすると再び傷跡が痛んだ。再びエルファバが血だらけになり泣き叫ぶ映像が頭に流れるが、これは幻覚なのだと必死に言い聞かせる。

 

「けど神秘部に連れて行かれるなんて一体何があったの?」

「実はそのことなんだけど、ハリー。1つ伝言があって…こっちにきてくれないかしら?」

 

傷跡を揉み、よろよろと立ち上がりハリーはエルファバに近づいた。ロンとハーマイオニーは後ろに下がり、ハリーはエルファバに顔を近づける。

 

「ごめんなさい。」

「え?」

 

エルファバの生首両サイドから細い腕が伸び、ハリーの体に手を回したと思うとハリーを暖炉の中に引き摺り込んだ。

 

皆がハリーを呼ぶ声がどんどん遠ざかり、緑の炎が視界を覆った。ぐるぐると全身が回ったと思うと、身体を固い何かに打ち付けたのだった。

 

「いっつ…!」

「時間がないわ。」

 

エルファバは容赦なくハリーを暖炉から引っ張り出した。ハリーの知らない家だった。おそらくエルファバは誰か魔法使いの家に忍び込んだのだろう。状況を確認する間も無く、ぐいぐいとハリーを引っ張り、外へと出る。

小柄な割に力がかなり強い。

 

「一体…?」

「一緒に魔法省に来てほしいの。確認しないといけないことがあって。」

 

エルファバはブカブカのマグルのYシャツとジーンズを着て、髪の毛は結んでおらず、歩くと光に反射して艶やかに光った。

シャツがブカブカで肩までずり下がっており、すれ違った男子たちがエルファバを見て色めき立っていたがそんなことは気にもせずエルファバはずんずん街を歩いていく。

 

「…私が神秘部に連れて行かれたのは、マンダンガス・フレッチャーのせいなの。」

「マンダンガス…?」

「ええ。マンダンガスがお金を積んでもらって私を上手いこと外に出したというわけ。屋敷しもべのクリーチャーが見つけてくれたみたいで…騎士団がすぐに動いてくれたわ。」

「待って、戻ったのにまた魔法省に行くのかい?君が捕まったらまずいよ!」

 

ハリーは歩いてきた道に見覚えがあった。自分の裁判時にミスター・ウィーズリーと一緒に来た道だった。

 

「大丈夫。ある程度神秘部と話をつけてきたところだから、もうホグワーツも魔法省も問題ないの。」

「そ、そうなの…?」

「それよりあなたに知っておいてほしいことがある。これはね…ルーカスに教えてもらってまだ騎士団にも言ってないみたい。」

 

都会の喧騒の中、なんでもことないようにエルファバは切り出す。まあ勘づいてるってルーカスは言ってたけど、と前置きした。

 

「セドリックの例を見ての通り、私たちの“力”は人に移せる。大元になる人間は移した人間を通してさまざまなことが分かるの。

「…それって、」

「ルーカスはアダムに“力”を移された。」

 

電話ボックスの前でエルファバは立ち止まり、ハリーに入るように促した。電話ボックスは青年ハリーと小柄なエルファバが2人で入ってギリギリの大きさだ。

 

「ルーカスのことはおおよそ、あいつに分かる。よく分からないけど、今のハリーと“例のあの人”の状況に近いのかな。だからルーカスはマダム・マクシームにお願いして、閉心術と開心術を会得した…ありがたいことにあいつは馬鹿だから、向こうはその対策をしてこなかったみたい。本当は“力”を移された人間は大元の人間についての情報は得られないけど、ルーカスはあいつのことがある程度読めた。」

 

ハリーは去年ルーカスがエルファバを使ってアダムを襲撃した後にシリウスが、ルーカスがアダムの居場所を把握していることに疑問を持っていたことを思い出した。

 

エルファバは電話口で62442と回し落ち着きの払った女性の声に用件を聞かれ、野暮用と答えた。女性は杖を預けろという旨を伝えてから電話ボックスがガリガリ音を立てて地面の下へと沈んでいく。今しがた来た歩道が、ハリーたちの腹部、胸、頭へと上がっていった。

 

「前に言ってたルーカスの妹もそのターゲットだったの…あいつは実験的にランダムな人間に能力を移していた。もちろん、みんな酷い怪我をするし、全員がセドリックやルーカスみたいに生還できるわけじゃない。いろんな条件と運が重なって“力”を得られる。運動神経とか身体が丈夫とか…何より魔力があること。だから…ルーカスの妹は該当しなかった。」

 

エルファバの声は段々声が小さくなり、ハーを掴む力が弱まる。ルーカスの妹は魔力のないスクイブだった。俯いて暗い過去に共感するエルファバを戻すべく、ハリーは先ほどより少し大きな声で聞いた。

 

「アダムは、その、自分の兵隊を増やしてるの?」

「私も…ルーカスも最初はそう思った。けどどうやら違うみたいなの。」

 

アナウンスとともに、電話ボックスの扉が開くとエルファバとハリーはさっさと出て足速に金の格子扉をくぐり抜けてエレベーターに乗った。

途中で何人かが振り返ったが気にも止めず、

エルファバがボタンを押すと、ジャラジャラ音を立てて下へとエレベーターが動く。

 

「あいつは、力を誰かに移すつもりなの。」

 

騒音の中でエルファバは大きめの声で話した。一瞬ハリーは聞き間違いかと思って聞き返してしまった。

 

「…移す?」

「血縁者の弟を血眼になって探してるのもそれが理由。正当な継承者は血縁者が常だから、移しやすいと考えているの。」

「弟に対する愛情で探してた訳じゃなかったの。」

「うん…ルーカスが言うには弟もあの家庭に、あいつに虐げられてたしね。だから弟を盾に脅されて血相変えていたのはルーカスにとって結構疑問だったと言っていたわ。」

 

自分の血縁者がいないハリーは、アダムの仕打ちに吐き気を催した。どこまでも傲慢で、身勝手な奴だ。ふつふつと怒りが湧き出し、心でアダムを罵倒しているうちに、エレベーターが神秘部に到着したことを伝えた。

 

そして、嫌悪感とともにハリーの傷跡がズギッと痛む。

 

「大丈夫?」

 

エルファバが歩みを止めたのでハリーは、痛みをかき消すように声を荒げた。

 

「さっさと連れて行ってくれ!」

 

考えてみれば、ハリーは額の痛みに耐えながら訳もわからず魔法省に連れてこられている。エルファバが今目の前にいて無事ならハリーが今ここにいる理由はない。

そもそも、理由も告げず時間がないだのルーカスの話をされてイライラしてきた。エルファバは少し考え、杖を構えて薄暗い大理石の廊下の先へと歩き続けた。

 

「あいつの目的は力を移すことで「それ今関係ある?」大いにあるの。これからのあなたと…私のためにね。」」

 

今の状態でまともに話を聞ける気はしなかったが、ハリーは傷跡を抑えながら大股でエルファバについていく。

 

「あいつの真の目的は残念ながら、ルーカスでもそこまで調べられなかった…あの自己顕示欲の強いやつが、魔法使いの中で特別になれる能力を必死に手放そうとしてる…相当なデメリットがあるんだと思うわ。さあ、着いたわよ。」

 

そこは先ほどエルファバが拷問されていると思った部屋そのままだった。薄暗く静寂の中水が流れる音が聞こえる。大理石の部屋の真ん中にはぽつんとベッドが置かれている。

息絶え絶えにハリーはキョロキョロとあたりを見渡すが、変わったところはない。

 

エルファバはあたりを見回し、近くの壁をトントン、と杖で叩いた。ハリーは近づくと大理石に削られたような文字が浮かび上がった。それはリーマスの字だった。

 

“神秘部の人間が重症だったため救出済み。こちらに関しても連絡事項あり。“

 

ハリーも足元で、ザリッと何かを踏む音がした。見てみると床には痛々しく血が所々固まっており、砂のようにハリーの靴にまとわりついた。

 

「…君は怪我していない…誰の血?」

 

エルファバはしゃがんで、杖を振るとカサカサになった血痕が宙に浮く。そしてまじまじ見た後にポツリと呟く。

 

「……さっき書かれてた神秘部の人間のものよ……。」

「そうなの?…え、待って。」

 

ハリーはもう一度削られた文字を読み直そうと立ち上がるが、エルファバがその前に立ち上がる。

 

「それよりあなた、“デフィー・ソロ”って呪文使ったことある?」

「え、どうしたんだいいきなり。」

「いいから…。」

「それって君がよく使う魔法で他の人は使えないんだろう?僕が使うことなんか…。」

 

唐突なエルファバからの質問に戸惑いそしてイライラしつつ考える。

 

「な、ないよ。4年生の時に一時的に炎を使えたヴォルデモートに使おうとしたけど効かなかったし…あ、前に言ったけど僕の母さんが死ぬ直前に何回も唱えてて…。」

 

ハリーはチラッとエルファバを見るとエルファバはニッコリ笑っていた。勝ち誇ったような、満面の笑みでそんな表情をエルファバがするということにハリーは驚いた。

 

「一体…。」

「ハリー…この話を、ここでしたことをどうか忘れないで。あなたを絶対に助けるはずだから。」

 

ハリーがそれについて聞こうとすると、部屋の入り口からゾロゾロ黒い人影が入ってきた。ハリーはその人影に杖を構える。

 

死喰い人(デスイーター)だ…エルファバ…!」

 

それに対し、エルファバは構える気配もなく締まり無くヘラヘラ笑っているだけだった。

 

「ごめんねハリー…私あなたを囮に使っちゃった…。」

「…おとり…?」

「けど、長い目で見た時にこの方が絶対いいから…悪いけど、ここは自力で生き延びて。」

 

そう言うと、エルファバはハリーに耳を貸すように腕を引っ張る。ハリーが少し屈むと、ハリーの頬に柔らかいものが押し付けられ、そこからリップ音が響いた。

 

「ふふっ。浮気じゃないわってセドリックに伝えてね。」

 

エルファバはくすくすと笑い、呆気に取られるハリーを置いて人影の前に歩いた。

 

ユニコーンのような髪をなびかせ、エルファバは振り向いた。ピンクの唇は弧を描きハリーにニッコリと笑いかける。先程の勝ち誇った笑みではなく、幸せそうな、穏やかな笑顔。

 

(エルファバってこんなに大人っぽかったっけ。)

 

その刹那、ハリーには何が理解できなかった。

 

「さようなら…ハリー・ポッター。」

 

真っ黒い闇の中に飲み込まれたエルファバの手と足だけが宙に浮いている。その手足が数秒痙攣し、動かなくなるとその手足もゆっくり闇の中に消えていった。

 

「えっ」

 

コキっ、コキっ、とその闇の中から不気味な音が僅かながらに響き、闇からワインのような血がボタボタっと大理石の上に落ちた。同時に、ハリーは何が起こったのかを理解し絶叫し“闇”に飛びかかった。

 

「…うわああああああああっ!!エルファバ!!エルファバ!!エルファバ!!」

 

死喰い人(デスイーター)たちは、ハリーを見てゲラゲラ笑っている。“闇”は飛びかかってきたハリーに杖を向け、一振りするとハリーの体は宙を舞って大理石に叩きつけられた。

 

意識が遠のきそうになるハリーは、必死に敵を視線で捕らえようと目を回す。

“闇”は真っ黒い大蛇だった。光沢のある黒い皮膚と同じ色の瞳は同化している。その蛇の首から下は人の形をしており、手には杖を持っている。異様に大きい頭部と首は今しがた“喰らった”エルファバをゆっくりゆっくり飲み込むために脈を打ち、さらに膨張していた。

 

ハリーが呪文を唱えようとヨロヨロ立ち上がると、その蛇が武装解除の術でハリーの杖を奪った。ハリーが飛び掛かろうとすると別の人間がハリーを宙に浮かせ、四方八方にゆらゆらさせたあと再度、壁へと叩きつけた。

 

「エルファバ…エルファバが…。」

 

周囲の人間たちはエルファバを案じるハリーの口真似をして下品に笑った。数秒前まで一緒にいたエルファバ。1年生の時からの親友。無表情だったが、どんどん明るくなった家族のような親友。毎年冒険をするときはいつだってエルファバがいた。

 

(エルファバが死ぬはずない…生きてる…ミスター・ウィーズリーだって、あの中で生還したんだ…エルファバだって…!あの蛇を凍らせて戻って来てくれよ…!)

 

ハリーの願いも虚しく、エルファバの身体は大蛇の喉を通り、蛇とつながった人間の身体へと吸収された。蛇の顔が変形し黒い鱗が肌色に、薄茶色の髪と眉が生え、顔にそばかすが点々と現れた。

 

「…さて、随分と時間を食ってしまった。」

 

蛇だった男は人間となり、ハリーに杖を向けながら近づいた。

 

「“予言”を持って来てもらおうかハリー・ポッター。」

 

バーティ・クラウチ・ジュニアが不敵に笑うと、口の中はエルファバの血で真っ赤に染まっていた。

 




…あれ、もしかして原作よりハリーにトラウマを残してる?


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19.神秘部の戦い

ボロボロになったハリーは、操り人形のように強制的に神秘部の見たことのない廊下を歩かされていた。ハリーの意思を無視し右足、左足と前に進んでいる。

背後ではが死喰い人(デスイーター)数名、ハリーの後ろを歩いている。その先頭を歩くのはバーティ・クラウチ・ジュニア、そして黒髪の女性。その真ん中にはプラチナブロンドの男性もいる。

 

「それでそれで?いつ頃その氷の魔法を使えるってんだい?」

「少なくとも身体に肉体が馴染むまでに数時間はかかる…闇の帝王が言うには夜明けまでには完全に使いこなせているだろうとのことだ。」

 

クラウチが“闇の帝王”と言った時には少し恍惚とした、片思いの人について話すような響きがあった。

ハリーはエルファバを“喰らった”クラウチを何度も襲おうとしたが、杖を奪われ何度も呪われそして殴られた。口の中では血の味がして視界もおぼろけだ。右目が腫れて熱を持っているのを感じる。

 

「あーあ、待ちきれないねえ。あいつらを…穢れた血どもを氷漬けにする様を…!」

 

下品に笑う黒髪の魔女が、シリウスのいとこであるベラトリックス・レストレンジであることをハリーは思い出した。

 

「バーティ、若い女の魂と肉体を取り込んだんだろう…?ってことは、」

「無駄口を叩くなワクネア。重要な任務の途中だぞ…。」

 

嗜めたのはルシウス・マルフォイだった。ハリーは怒りと悲しみがぐるぐると体内を駆け巡る感覚にめまいを感じながら、ヨロヨロ歩く。ハリーの歩いている場所は、様々な時計がチクタクと音が聞こえると絶え間なく鳴っている。部屋の奥にある釣鐘型の時計はキラキラミラーボールのように輝き、部屋の中を煌めかせている。

 

「パクってお友達が食われちゃったねーポッティちゃん?それでエーンエーンって泣いて、こーんな姿になっちゃった。あーあ、かわいちょうですこと!」

 

ベラトリックスは歩きながら、ハリーの前をクルクル回って、赤ちゃん言葉でハリーを挑発する。

 

「黙れ…!」

「おうおう、こわいこわい!」

 

今無理矢理身体を動かしているハリーにベラトリックスへやり返す力はない。ハリーはその悔しさから下唇を血が出るほど噛んだ。

釣鐘の中では眩い卵型の光がキラキラした渦の中で漂っていた。そこを通り過ぎ、扉を潜る。ハリーはどこに連れて行かれているのか見当もつかなかったが、そんなことはどうでもいい。

 

エルファバの最期が何度も何度も頭の中で反芻する。今エルファバの肉体はバーティ・クラウチの腹の中。バーティーが変身した蛇に丸呑みにされ、蛇の口からはみ出て虚しく抵抗しようと痙攣していた手足。

 

なぜエルファバはあいつを凍らせなかったのか。エルファバだったら最期の抵抗でクラウチを凍らせそうなものだ。

 

(違う…エルファバは死んじゃいない…!あれは特殊な魔法だった…きっと何かの策で…。僕が、僕のせいでエルファバが…!)

 

「97列目の棚だ。」

 

ハリーが自分の目の前で起こった事象を頭で否定し続ける間、クラウチは淡々と死喰い人(デスイーター)たちに指示を出す。それに何名かは不服そうにため息をつき、そのうちの1人は舌打ちをする。

 

「止まれ。」

 

クラウチが言わずともハリーの身体は勝手に止まった。無理やり動きを止めさせたので、その衝撃が膝に来てズギッと関節に響いた。

 

「そこにある予言を取れ。」

 

“予言”と呼ばれたものが一体なんなのかハリーには検討がつかなかった。そしてしばらくして目の前に規則正しく陳列した埃被ったガラス玉の1つの真下にハリーの名前が書かれていることに気づいた。

感覚があまりない指でガラス玉を掴むとそれは、見た目に反して温かかった。

 

「それを拾ってこっちに渡すんだポッター…壊そうなんて考えるんじゃない。」

「これは…一体、こんなもののために…。」

「どうやらお前の恩師、偉大なアルバス・ダンブルドアはこれについて話をしていないようだな…まあ好都合だ。」

 

ハリーのまだ僅かに残る本能が、これを渡してはいけないと言っていた。これを騎士団総出で守っていたはずだ。手を伸ばすクラウチと対峙して、必死に時間を稼ごうと考えた。

 

「…一つ聞かせろ。」

「お前が交渉できる立場ではないはずだ。さっさと渡せ。」

「どうして…どうしてエルファバを喰ったんだ。」

「渡せと言ったぞポッター。」

 

マルフォイがハリーの首に杖を突きつける。ハリーの声は上擦ったが、必死に考えた。

 

「エルファバの力を…欲しいのは分かる。けど、エルファバは混血だ…。」

 

今まで周りの死喰い人(デスイーター)に嫌悪感を示されても気にしなかったクラウチがピクッと反応したことに気づいた。ハリーは必死に言葉を考える。

 

「ヴォルデモートだったら、そんな力をお前なんかに譲ったりしないはずだ。じゃあなんでわざわざお前に指示させた…?マグルの血を自分の中に取り込みたくなかったんだ。」

 

ヴォルデモート、と言った段階でベラトリックスは吠え、周囲と体を震わせた。しかしハリーはそれ以上にこの発言でクラウチを動揺させている手応えを感じていた。

 

(ごめんね、エルファバ。許してー。)

 

「純血だったお前はもう混血だ。僕のようにマグルの血がお前の体の中に流れてる。純血を重んじるあいつがなんでそんなことをお前に指示したんだろうな…もしかして、捨て駒とか?」

 

もちろんデタラメだった。そもそもヴォルデモートは混血だ。なぜクラウチがエルファバを喰ったのかは不明だが、そのようなことをヴォルデモートが気にするとは思えなかった。しかし、クラウチには効果はあったようだ。

クラウチは激昂してハリーに呪いをかけそうになったのを、死喰い人数名が取り押さえた。

 

「落ち着け、バーティ!挑発に乗るな!」

「黙れ!黙れ!お前にあのお方の何が分かる!誰があのお方を復活させたと!?この小僧が!!」

 

クラウチを抑えている死喰い人(デスイーター)数人は暴れるバーティに苦戦しながらも、心なしかせせら笑っていた。唯一マルフォイだけがため息をつき、呪文をかけるとクラウチは力が抜けゼエゼエ言いながら床へと座り込んだ。

 

「ガキが…。さあポッター、満足しただろう。さっさと予言をー。」

 

クラウチとハリーの間に割ってルシウスがハリーに手を伸ばしたが、ピタッと2人とも動きを止めた。後ろでドサっと何かが倒れる音がした。

 

「騎士団か!」

 

ベラトリックスがそう叫んだ理由はすぐに分かった。今しがたクラウチを取り押さえていた死喰い人(デスイーター)の1人が“失神”していたのがルシウス越しに見えた。ハリーは息を呑み、死喰い人(デスイーター)は全員戦闘体制となった。

 

「ポッター!早くそれをよこせ!」

「やめろバーティ!」

 

回復したクラウチがハリーに飛びかかろうとしたのをルシウスが体で抑え込む。

 

「壊されたら全てが水の泡だ!」

 

誰かが助けに来てくれたかもしれない、そう思うだけでハリーの心は少し冷静になれた。どうやら死喰い人(デスイーター)たちはこれが壊されるのが嫌らしい。今ハリーの運命はこの謎の物体、ハリーの手の中にあるー。

 

次の瞬間、遠くから呪文を叫ぶ声が2つ聞こえたと同時に赤い閃光と黄色い火花がこちらへ走り込んできた。

 

「ガキの声だ!」

「ステューピファイ!麻痺せよ!」

 

今度はハリーの後頭部スレスレに赤い閃光が走った。ルシウスは閃光を“盾の呪文”で防ぎ、攻撃を仕掛けてきた人物を見定めようと目を細めた。

 

「…ロン…?」

 

聞き間違いだと思った。しかし赤毛のロンが険しい顔で暗がりから杖を構えた状態で現れた。それに続いてハーマイオニー、ジニーが躍り出てきたところでハリーの見ているものが幻ではなく、本物であることを徐々に理解した。

 

「まさか、我々と渡り合おうってのかいぼくたち!?」

 

ベラトリックスが狂ったように笑って、3人に藍色の閃光を放ち3人は再び闇の中に消え、ベラトリックスは笑ったまま3人を追いかけていく。他の死喰い人(デスイーター)数名もベラトリックスに倣った。残った死喰い人(デスイーター)たちはハリーを取り囲むようにして杖を構えた。

 

「まだいるな…。学生どもがなんでこの場に…。」

「慌てるな。たかだか学生だ。」

「バカ言うんじゃない!ホグワーツからこんな人数抜け出したら直ぐに厄介な連中の知ることになるぞ!」

 

ルシウスがそう唸った直後、鎮座していたガラス玉が一斉にハリー以外の死喰い人へと襲いかかった。勢いよく割れていくガラス玉たちは何かを囁きながら消失していく。体制が崩れたその一瞬をつき、赤い閃光がガラス玉の間を縫って2つ走りそのうちの1つがワクネアへと命中した。

 

「待てポッター!!!」

 

ハリーはワクネアを跨いで、落ちた杖を拾い走り出す。訳もわからず薄暗い廊下を走り込み、角を曲がると何かにぶつかり倒れ込んだ。

 

「ハリー!」

「ネビル!?」

「大丈夫?酷い顔だよ。」

 

ハリーとぶつかったネビルは自力で立ち上がり、ハリーはルーナに手を借りて立ち上がった。

 

「レダクト 粉々に!」

「オグパノ 襲え インペディメンタ 妨害せよ!」

 

ハリーの前に立ったエディが唱えた呪文でガラス玉を支えていた棚が粉々になり、全ての玉がガラガラ音を立てて落ちていく。セドリックがその玉たちに呪文をかけ、ガラス玉たちが一斉に死喰い人たちがいた方向へと向かって走っていった。

 

「みんな…どうやってここまで…!!」

「アンブリッジは自分の暖炉を魔法省直通に作り替えてた。僕もインターンの時はそこから行ってたんだよ。」

「正直君とエルファバが、神秘部にいる保証なんてなかったけど一か八かでね。けど君とエルファバが魔法省にいるらしいって情報を職員が話してたんだ。」

 

セドリックとネビルの説明にハリーの頭の中は安堵と他の人たちを巻き込んだ罪悪感、そしてエルファバのように友達を失う恐怖がぐるぐる回った。

 

「やばっ、あいつら来る。」

 

最年少のエディはそう言いつつ全く怖がっている様子はない。

 

「ああ。ここから出よう…エルファバは?君と一緒にいたはずだろう?」

 

セドリックの問いかけにハリーは血の気が引いた。一気に室温が下がる。ネビル、ルーナ、エディもハリーの答えをじっと待った。

 

「ハリー?」

「……はっ、はぐれたんだ…今どこにいるか…。」

 

ハリーは震えた声で嘘をついた。エルファバの身に起こったことを、今この場で伝える勇気はハリーになかった。特に恋人のセドリックと妹のエディの反応など考えたくもない。

 

「…連中に捕まったのかな。エルファバを殺したりはしないはずだ…エルファバは特殊だから…。」

「そ、そうだよ。エルファバだったらあいつらから逃げられるよ。」

 

しばらくの沈黙の後、セドリックがそう呟いた。状況確認というよりも自分に言い聞かせているようにハリーは感じた。ネビルも少し声がうわずりながら同意する。対してルーナは随分と落ち着いており、気の抜けた声で提案した。

 

「それじゃあエルファバを探さないとね。」

「ダメだ…君ら巻き込むわけには、」

「エルフィーがいる場所なら、氷を辿れば分かると思う。だから、あっステューピファイ!麻痺せよ!」

 

エディは追いかけてきた男の呪文を避け、交戦を始めた。慌ててネビルとルーナが加勢する。男の後ろから来たマルフォイがハリーに杖を向けるとセドリックが前に立ち塞がった。

 

「ミスター・ディゴリー、君は聡明な一族の名誉に泥を塗りたいようだな…まあ、ディゴリー家は前々から“血を裏切るもの”ではあったが…。」

「死喰い人に加担するような大人が“聡明な一族”の当主をするのもいかがなものかと思いますが。」

 

セドリックは肩をすくめ、近くの今しがた空になった大きな棚を“呼び寄せ呪文”で引き寄せ、マルフォイを下敷きにしようとしたがルシウスが杖を一振りするとその棚は“消失”した。

 

「同じ手に引っかかると…。」

 

その隙をついたハリーは“全身金縛りの術”を放ったが、再度マルフォイがその術を捻じ曲げた。

 

セドリックとハリーは後退りし、マルフォイの呪文を避けながら走る。ルシウスの呪文は棚やガラス玉に当たって、音を立てながら空中を跳ねた。ガラス棚越しにハリーやセドリックと同じ速度で走ってハリーたちを捕らえようとしている男の影が見えた。

 

「エクスペリアームズ!武器よ去れ!」

 

ハリーは隙間から呪文を放つとガラスを壊しながら見事呪文が命中した。そしてハリーはその男がハリーの杖を奪っていたことを思い出す。

 

「アクシオ 杖よ来い!」

 

そう叫ぶとハリーの手の中に、ハリーの杖が飛び込んできた。

 

「さすがだよ先生。今の身のこなしは教科書に載せるべきだ。」

「やめてくれよ…。」

 

ハリーはワクネアの杖をその辺に投げる。セドリックは少し微笑んだがすぐに真顔になった。マルフォイは今ので巻けたようだ。

 

「みんなと合流しないと。」

「うん…ロン、ジニー、ルーナ!」

 

ロンとジニーとルーナは“予言の間”の扉前に立っていた。ジニーは明らかに身体のバランスがおかしく息絶え絶えになりながらルーナにもたれており、ロンはケタケタ笑ってた。セドリックとハリーは3人に駆け寄った。

 

「ルーナ、ネビルとエディは?今さっきまで一緒だっただろ?」

「うん。さっきを死喰い人《デスイーター》を“金縛り”した後、別の死喰い人が2人来たんだ。エディとネビルがその2人と戦ってるうちにハーマイオニーが入った。けどジニーとロンがいて、2人ともちょっと変だからこっちに来たんだもン。」

 

ロンは訳わからないことをケタケタ言いながら、廊下をコロコロ転がっていた。

 

「私とロンのことはいいから!加勢して!」

「ここはまずい、一旦外へでよう。」

 

ジニーの抗議を無視して、ハリーは扉をこじ開けてジニーとロンを連れ出した。床も壁も天井も真っ黒でその部屋の真ん中にベットが置いてある。先ほどエルファバが喰われた部屋でハリーはウッと眩暈がした。

 

ジニーを部屋の端に座らせ、暴れるロンもセドリックと2人がかりで引っ張ってきた。

 

「ここ、血がすごい…何かあったの?」

 

ルーナが床を見てハリーにそう問いかけた時、予言の間から悲鳴と物がガラガラ崩れる音が聞こえた。その直後、顔が血だらけのネビルが気絶したハーマイオニーを抱えてながら部屋に走り込んで来た。ハリーたちが杖を構えた直後、死喰い人(デスイーター)が紫色の炎を鞭のように振り回しながらネビルとハーマイオニーを追いかけてきた。

 

「コンフリンド 爆発せよ!」

 

ルーナがそう唱えるが、死喰い人(デスイーター)は炎でその呪文を焼き消した。

 

「ペトリフィカス・トタルス 石になれ!」

 

その隙をついてハリーが放った呪文が見事に命中し、男はドサっとその場に倒れ込んだ。

 

「ハーマイオニー!無事かい!?」

 

ハリーがそう叫ぶがハーマイオニーは返事をしない。

 

「だいじょうぶ、み“ゃぐはあ”る。」

 

ネビルは片手に折れた杖を持ったまま、そう唸った。どうやら鼻が折れたらしい。セドリックは今しがた金縛りもした死喰い人(デスイーター)を縄で巻き部屋の端に放り投げた。ルーナが駆け寄りネビルに杖を向けた。

 

「治療する。何回かやったことあるから大丈夫だもン。」

「い、いや。」

 

ネビルが遠慮しているうちに、また別の部隊が入ってきた。ハリーはその光景に息を飲んだ。

 

部屋に走り込んできた13歳のエディは無謀にも、闇払いのネビルの両親すら勝てなかった魔女ベラトリックス・レストレンジと一騎打ちをしていた。差は歴然で息絶え絶えに傷だらけのエディに対し、ベラトリックスは余裕そうに高笑いしながらエディを痛ぶり突撃してきた。

 

「あーっははは!いつまでそうやって踊っていられるかね穢れた血のお嬢ちゃーん?あんたも姉ちゃんと同じ場所へ送ってやるさ、クルーシオ 苦しめ!」

 

エディの杖が飛び、磔の呪文をまともに喰らったエディはその場に倒れ込んだ。ハリーとセドリック、ルーナが加勢しようとしたが、その後ろからまたマルフォイとクラウチが立ち塞がり、お互いに彼らの呪いを避けるのに精一杯だった。

 

「エディ!!!!」

 

エディは宙に浮き、上下に身体を動かした挙句固い壁に何度も何度も叩きつけられ、その度にベラトリックスの高笑いがドームの中に響く。ルーナがマルフォイの呪いを上手く避けエディの方へ行こうとしたところ、クラウチがルーナに呪文をかけた。ルーナは悲鳴を上げながら予言の間へと吹っ飛んでいった。それと行き違いで別の死喰い人(デスイーター)も数名部屋に入ってきた。

 

「ルーナ!」

 

ネビルが折れた杖で呪文を叫んで加勢しようとするが、杖からはわずかな火花が散るだけだった。クラウチはハリーを執拗に狙い、ハリーは後少しで体勢が崩れそうだった。マルフォイが放った呪文がセドリックの腕にあたり、バキバキと音を立ててセドリックの腕は石化した。数人の死喰い人(デスイーター)は手負いのネビルたちの方へ近づいていく。

 

「おーっと、そうだ。ただ穢れた血を殺すのはつまらないねえ。さっきあった脳みその水槽に突っ込んでやろうか。そしたら苦しんで罪を償いながら死ねるねえ?」

 

そんな中でもベラトリックスの残忍な声がよく聞こえた。血だらけになったエディは何も言わない。虫の息で痙攣している。しかしその目はジッと血だらけの髪の毛の隙間からベラトリックスを睨みつけていた。

 

「あたし…何の罪があるって言うの?」

「…あんたのその目、気に入らないね。生きている価値もないこの下等生物が。やっぱりあんたのことはさっさと殺そう。アバター。」

 

ベラトリックスが杖を振ろうと杖を上げたー。

 

バキバキバキバキっ!!!

 

ベラトリックスは自身の腕を見て目を見開いた。自分の杖と右腕が一体となり凍っている。

 

「…バーティ!なんのつもりだ!」

 

ベラトリックスは声を荒げるが、誰も回答しない。ハリー、セドリック、死喰い人(デスイーター)ですら、闘いの手を止めある一点を見つめていた。ドームの中の気温は一気に下がり、皆の吐息が白くなる。

 

 

 

「私の妹に!!!友達に手を出さないで!!!」

 

 

 

部屋に入ってきた少女は、白い髪をなびかせ叫ぶと、死喰い人(デスイーター)たちの足元からどんどん氷が這い上がってきた。脚が、胸がどんどん氷に侵食されていく。皆杖で炎やら呪文で自分の凍結を止めようとするが氷は止まらない。皆、冷たさに喘ぎついには首から上以外は全て氷に包まれた。

 

「エディ!」

 

エルファバはそんなに死喰い人(デスイーター)目もくれず、氷の滑り台を作って最短でエディに駆け寄った。

 

「エ、ル、フィ…。」

「エディ!大丈夫!?すぐに治すからね!」

 

先ほどまでの気迫はどこへやら、エルファバは金切り声を上げてエディを担ぎ上げた。白い部屋着のエルファバは裸足で、まるで今しがた家から飛び出してきたかのようだった。小柄なエルファバが10センチほど身長の違うエルファバを担ぐのは無理があった。よろっとバランスを崩したところでセドリックが駆け寄り、エディを担ぐ。

 

「エルファバ、君が無事でよかった。」

「私…?私は平気よ。それよりー。」

 

エディの身体がエルファバから離れた瞬間、ハリーはエルファバに抱きついた。

 

「!?ちょっと、ハリー?どうし…。」

 

ハリーは力の限り、死んだはずのエルファバを抱きしめる。あまりの身長差と強さにエルファバは宙に浮き、窒息しそうになり、バシバシとハリーの背中を叩いた。

 

「よかった…よかった…本当に…本当…。」

 

ハリーが力を緩め、エルファバの顔を見下ろすと困ったように笑っていた。

 

「ハリー…久しぶりね。」

「久しぶり?何言ってるんだ。君はー。」

「バカな!!!!闇の帝王が作った魔術は完璧だった!!!なぜ!!!」

 

クラウチはそう叫んだ時、バカにしたような豪快な笑い声が聞こえた。

 

 

 

 

自分にしか聞こえない、甲高い“男性”の笑い声。

 

 

 

 

 

『あーっははは!サプライズ♪ってところかな?』

「お、まえ、は…。」

『そっかー、俺の魂と身体を喰らっても姿が見えないわけだ。教えてあげる。俺の名前はルーカス・レインウォーター。イギリスとフランスのハーフで国籍はフランス。ボーバトン魔法アカデミー出身でー。「なぜお前の魂が…!!」…簡単だよ。俺がエルちゃんに変身してたんだ。』

 

皆が不気味そうに1人で喋るクラウチを見つめていた。誰も見えない、クラウチは脳内に響く声に話しかけている。ルーカスはまるでイタズラが成功した子供が種明かしするようにケタケタ笑って続けた。

 

『この魔術はすごいねー。例のあの人”が考えたの?魂が消えるとあの“力”は消失するからね…魂と肉体を丸ごと取り込んで徐々に馴染ませると。確かにこうすれば、“力”は消えない。アダムでも俺でもなくエルちゃんを狙うだろうってダンブルドアは考えてたし俺もそう思ってた…。』

『去年のエルちゃんがホグワーツの広大な校庭を、一瞬で凍らせたっていう情報が入ったなら誰だってそうする。お前らの神秘部にいるスパイが神秘部の連中を焚き付けて、エルちゃんを連れ去るように仕向けたね。ただでさえ予言の間をウロウロする騎士団を煙たがり、ダンブルドアに一泡吹かせたいと思ってた神秘部の作戦は大成功…そしてエルちゃんの警備が手薄なうちに職員を襲撃したと。ただ、ミスター・ウィーズリーを襲った蛇とは違うみたいだったね。そしてついでにその様子をハリーくんに見せて予言もゲットしようと目論んだ、ってとこかな。そして…何かしらの手段でハリーくんとエルちゃんが一緒にいることを確認した。』

 

ところが残念、とルーカスは歌うような解説が続く。

 

『神秘部にエルちゃんが連れて行かれたのをいち早くこっちが気づいたんだ…蛇を蹴散らし、騎士団はエルちゃんを保護した…これで一件落着…ってはずだったけど、俺はずっとこの時を待ってたんだ。お前らが確実にエルちゃんを狙わない手段を見つける必要があった。だからお前らのところにいるアダムが俺、あとセドリックの視覚を共有したはず…ああ。お前と同じ方法でアダムが脱獄したのは騎士団みーんなが知ってるさバーティ・クラウチ。あいつがもうアズカバンで正気を失ったこともね…あいつは結局バカがもっとバカになったってわけだね。そしてハリーくんとエルちゃんが魔法省に来たことは、アダムを介した俺とセドリックの記憶から分かったはずだ。ま、実際はエルちゃんに変装した俺だったってこと。』

 

ルーカスの笑い声がバーティの神経を逆撫でし、バーティは氷で動かない中で怒りに震える。

 

『俺は騎士団からハリーくん達にエルちゃんの無事を伝える役割だったんだ…ダンブルドアにそれを命じられた時、これが俺の運命なんだと思ったよ。まっさーか、蛇に丸呑みされるなんて想定外だったけど。あー身体中に棘が刺さって痛くてしんどかったよ!これを体験したのがエルちゃんじゃなくてよかったホント。けどお前はこれで罰を受けるのかな?ドンマイ♪』

 

氷によって死喰い人たちの意識はどんどん薄れていった。クラウチも消えかける意識の中で、エディを抱いてこちらを見つめるエルファバを捉えた。

 

『俺は、時間が経つにつれてお前と身体と魂が一体化する…この炎の呪いがお前の血肉になる…はあ、美しい俺がブサイクな君と統合されるのは世界の損失だけど、長い目で見た時に世界には貢献してるはずだからね…もちろん、お前は俺が責任を持ってきっちり殺してやるから安心して。』

 

軽口を叩いていたルーカスは最後ゾッとするような低い声でクラウチに囁く。

 

「……確かに喰らったのがお前なのは想定外だ…一度喰らったものを吐き出すことはできない上に、複数名を取り込む魔法ではない…。」

 

クラウチは1人で話し始めた。動ける学生たちはそっと杖を構える。

 

「が、お前も“炎の魔法使い”…つまり少なくとも俺にもできるということだ…!」

 

バーティがそう呟いた瞬間、愛の間はジュッ!と蒸気に包まれて周りが見えなくなった。熱が肌に触れ、あまりの熱さにその場にいた学生たち全員が叫んだ。

 

「なんだ!?」

 

その数秒後、今度は冷気が室内に舞う。エルファバが冷気で燃えるような蒸気を吹き飛ばしたのだった。

 

「そんな…!」

 

視界が晴れると、今しがたエルファバが凍らせた死喰い人(デスイーター)たちは皆立ち上がっていた。その中心にいるバーティの周囲を炎が渦巻いている。

 

「ど、どうなってるんだ!?魔法の炎じゃエルファバの氷は溶けないはずなのに!!」

 

ハリーは叫んで、負傷者達の前に立つ。エルファバとエディを抱えたセドリックも続いた。

 

「分からないわ…!まさか、アダムから“力”を移されたんじゃ…!」

 

セドリックは石化して使えない利き手をぶらぶらさせながら、反対の手で杖を握る。

 

「エルファバが凍らせたおかげで、奴らの体力をだいぶ削いでる。あと…こっちは“2人”いるから。」

 

セドリックの肩からわずかに発火し、エルファバに笑いかける。

 

「僕らが優勢だ…だから、大丈夫。」

 

エルファバもそんなセドリックを見て、少し安心し自らの“力”を出そうと思いっきり息を吸い込んだ時だったー。

 

バタン!と別の場所から扉が開き、シリウス、リーマス、ムーディ、トンクス、キングスリーが駆け込んで来た。次の瞬間何十個もの閃光が部屋に飛び交ったので、エルファバは氷のドームで学生達を包み込んだ。

氷越しの視界はぼやけており、光がチラチラ反射しているものの何がどうなっているかは分からない。しかし「なんで君がいるんだ!戻るように言ったはずだぞエルファバ!」とリーマスが叫んだ声だけハッキリと聞こえた。エルファバが気まずそうに縮こまった。

 

「エルファバ、この氷をもっと透明にできたりする?」

「えーっと、やってみるけど…。」

 

ハリーの要望にエルファバはじっと目の前の氷を睨みつけると、氷の中で白い濁った部分が下に落ちて戦況がハッキリ見えた。

エルファバの凍結により死喰い人(デスイーター)たちは体力を削がれ、騎士団の圧勝だった。ほぼ全員倒れており、今だに立って戦闘しているのはバーティとベラトリックス、紫の炎を使う魔法使い、ルシウスのみだった。ルシウスも今しがたトンクスの呪文が命中し倒れた。トンクスはベラトリックスと闘うシリウスに加勢した。リーマスとムーディは紫の炎を捻じ曲げ、魔法使いはバランスを崩す。

 

「ったたた…。」

 

エディがヨロヨロと立ちあがろうとしたのをエルファバは慌てて静止する。

 

「エディ、あなたは寝てて!」

「大丈夫だよエルフィー…。さっきのエルフィーホントかっこよかった。」

 

エルファバは一回りも大きいエディを抱きしめた。

 

「その、エルフィーは…魔法省に捕まってたんだよね?」

「え、ええ。神秘部に連れてかれて、けど職員が1人蛇に襲われたの。私も襲われかけたんだけどシリウスとリーマスが連れ戻しに来てくれて…で、家に戻った直後で今度は「逃げろ!!!」」

 

セドリックが叫んだと同時に、エルファバが作った氷のドーム天井が何かによって破壊された。そしてその破片と重たい何かが降りかかってくる。

 

「デフィーソロ!」

「アレスト・モメンタム 動きよ止まれ!」

 

エルファバの呪文でドームごと破片は消失し、ドームを壊したものは頭上スレスレで止まり、消失した。

 

「セドリック!」

 

セドリックは呪文を放ったと同時にバタッとその場に倒れ込んだ。ハリーとエルファバが駆け寄る。

 

「多分氷の破片が当たって気絶したんだ…。」

 

エルファバは脈を測ったが、正常だった。胸を撫で下ろしたエルファバとハリーの背後に気配を感じた。

 

「よく頑張った。」

 

ガバっと立ち上がったエルファバとハリーを見下ろしていたのは、ダンブルドアだった。記憶のまま深紅のローブを見に纏い、折れ曲がった鼻に半月型のメガネを乗っけているダンブルドアは、疲れているようで、呆れているようで、そしてどこか誇らしげだった。

 

ハリーがチラリとダンブルドアの背後を見ると、騎士団たちが杖を持ちながら走っていた。死喰い人たちは今しがた倒した者たち以外はいなくなっていた。

 

「君たちは…本当に…勇敢さを持った素晴らしい子じゃ。」

 

エルファバとハリーは顔を見合わせ、へたりと倒れ込んだ。もう何も心配はいらないのだと、ダンブルドアが守護霊かのように感じたのだった。

 



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20.氷の魔法使いと氷の魔女

ホグワーツレガシー!!!


「やめ!」

 

ホグワーツの大きな教室でエルファバは1人、羊皮紙を書く手を止めた。羊皮紙は宙に浮かび、試験官の手へと飛び込んでいく。試験官の小柄なでぽっちゃりとした魔女はニッコリとエルファバに笑いかけた。

 

「これであなたのO.W.Lは終了です。お疲れ様でした。」

 

エルファバはありがとうございます、とお辞儀をして荷物をまとめた。エルファバの得意な魔法史だったので特に不安はなかった。エルファバの秀悦な記憶力にシリウスですらいじめるワードが見つからなかったほどだった。それよりも前日の闇の魔術に対する防衛術や自分の将来に重要な魔法薬が上手くいかなかったのでそのほうがエルファバからすると気が気でなかった。

とは言いつつ革バッグに羽ペンとインクをしまい、やっとテストを終えた開放感を感じていると、ふとエルファバは視線を感じた。

 

「?」

 

試験官の魔女は少しもじもじ恥ずかしそうにしながらエルファバを見ていた。何か言いたそうだ。

 

「…何か…?」

「あ、あの、その嫌じゃなかったら…見せてくれないかしら?あなたの雪の魔法…?」

 

エルファバは少し考え、それが自分の“氷”であることに気づいた。見知らぬ人にそんなことを言われるのは変な気分だったがおそらくエルファバがホグワーツの校庭やら神秘部を一瞬で凍らせたことを知っているのだろう。

そう考えていると魔女はあ、あのね!と弁明を始めた。

 

「2年前にあなたがクリスマス・パーティでそれはそれは美しい装飾をしたと聞いているの!私の親戚がボーバトンの生徒でね!」

 

エルファバは、ああ、と納得した。

 

(そうよね。この教室を凍らせて欲しいだなんてわけないわよね。)

 

エルファバは荷物を下ろして白い杖を構えもう片手を広げた。呪文をいくつか唱えると、手からリボンの形をした雪と氷のアゲハ蝶が数匹現れ、広い教室を共に舞う。そして最後に魔女の周りをクルクルと回ると粉状になって消えた。一連の動きを見た魔女は、まあ!と感嘆の声をあげて拍手した。

 

「本当に本当に美しいわ!あなたは才能に恵まれたのね!」

「…才能だなんて…ただ雪と氷が使えるだけですよ。」

「いいえ。確かに雪と氷を呪文で出すことはできるわ…たとえばメテオロジンクスとかでね。けれど、それを美しいものとして作れるのはあなたの才能…あなたが才能に選ばれたのよ。」

 

魔女が興奮気味にそう言うと、エルファバの暗い心が少し明るく温かくなった気がした。

 

ルーカスの死は、ハリーとエルファバに大きな影を落とした。ハリーは“例のあの人”の幻影のせいでルーカスが死んだのだと、自責の念に苛まれて校長室の物を手当たり次第壊したらしい。

 

エルファバも同じタイミングで、いつもルーカスと一緒に“力”を操る練習をしていた場所へ連れて来られた。自分の身代わりになってルーカスが亡くなった、厳密には生きているが今後はあのバーティ・クラウチに身体と魂が一体化していくという事実をキングスリーから告げられた。騎士団員複数名がその場にいたがそれを告げた瞬間、皆が口々に謝り“姿くらまし”をした。その判断は正解だった。次の瞬間エルファバは泣き叫び、地面に倒れ込んで白い部屋着が泥だらけになり、涙と声が枯れた頃には地面や木々全てが分厚い氷に覆われていたことはもちろんのこと、一気に気温が下がり、雪が降り始めていた。1人でも人がいたらエルファバの魔法に巻き込まれていただろう。エルファバは涙すら出なくなった後、寝転がりながら雪が降る曇り空をぼんやり見つめていた。

 

どこからルーカスは自身の死を見据えていたのか。誰にも分からなかったが、エルファバはあのクリスマス休暇の時にはすでに覚悟していたのだろうと思った。ルーカスの家に来た初日、ルーカスは自分は遺伝で“力”を得たわけではないと言っていた。あの時からすでにルーカスの瞳を介してアダムが死喰い人(デスイーター)がいつエルファバの居場所を見張っている可能性だってあった。4年生の時から、アダムがルーカスの居場所や見ているものを共有していることは重々承知だったから。エルファバの髪の毛だって、その時にいくらだって採取できたはずだ。

 

(どうしてルーカス…どうして、そのことを騎士団に言わなかったの?騎士団だったら私を守る手段いくらだってあったはずなのに…そんなリスクを犯してまで、大人を避けたかった?)

 

どこか遠くで“姿あらわし”の音がして、ガシャンガシャンと金属が触れ合う音が聞こえてきた。

 

『…まだだめよリーマス…。』

 

小鬼製の甲冑を着たリーマスは、慣れなさそうに身体をガシャガシャいわせて寝っ転がるエルファバの隣に座り込んだ。

 

『君を1人にしておくわけにはいかない。』

 

リーマスは神秘部の戦いで負傷している。片腕にバーティの呪いが当たったと聞いた。本来ならここに来てはならないし、ましてや重い小鬼の甲冑など着ているなどあり得ないのだ。

 

『私またいつ凍らせちゃうか分からないし…。』

『そうだね。でもこうやって、小鬼の甲冑を着ていれば平気さ。』

『……1人にしてほしい……。』

『じゃあ、私のことはいないものとして扱ってくれ。』

 

リーマスは柔和で人の意見を尊重するがこの不屈の精神、悪い言い方をすれば頑固な部分はグリフィンドールだとエルファバは思った。3年生の時もエルファバに妙に嫌われているのを察しているのにめげずに関わってきたし、アンブリッジが書いた記事が出た時も子供と大人たち総動員で説得したが自分の殻に閉じこもったままだった。

 

『私は一夜にして3人の親友を失ったことがあるから、少し役に立てるかと思って。色々あって1人は戻ってきたけど。』

 

エルファバは少しだけ顔を上げて、甲冑を見た。

 

『自分の、嫌な部分を理解してくれる友達がいなくなるのは想像し難い痛み、辛さだ…。私も一夜にして人狼という自分を受け入れてくれた友達たちを失った時、この世界はなんて残酷で無慈悲なのだろうって呪ったよ。自分がどんなに苦しくても彼らがいれば暗い闇の中の蝋燭のように道を照らしてくれて、温かく孤独を和らげてくれたから。』

 

エルファバはため息をついて、共感した。ルーカスはエルファバのこの世界で唯一と言ってもいい理解者だった。エルファバには友人もいて家族のように扱ってくれる大人たちもいて幸運だ。けれど氷という物質を出せる、出してしまうという悩みは当然誰1人として抱えていない。たとえルーカスがエルファバを利用しようとした事実があっても、ルーカスはエルファバにとって兄のような頼れるエルファバの本当の心のうちを理解してくれる唯一無二の存在だったのだ。

 

『ルーカスは死んだわけじゃない。バーティ・クラウチという人間に取り込まれている…身体も魂もまだそこにある。助ける手立てがあるかもしれない…だから今は辛いだろうけど、希望を捨てないで。これを超えればきっと…報われる。親友だったシリウスが殺人鬼になり、けれど実は無実で私たちのもとへ戻って来るという奇跡も体験したから…説得力もあるだろう?』

 

しばらくの沈黙の後、エルファバはポソッと話した。

 

『…そうね…校長…の話…では、ルーカスは、生き…てるんだもんね…。』

『今世紀最大の魔法使いが言うなら間違いないさ。』

 

リーマスがまた甲冑を鳴らしながら杖を振ると、空中に熱々のスープが出てきた。

 

『寒いだろう。モリー特製のコンソメスープだ。』

 

エルファバはムクっと起き上がり、鼻を啜ってコンソメスープを一口飲んだ。

 

『ねえリーマス。』

『なんだい?』

『またエディとちゃんと話してくれる?』

『もちろんさ。私はね、エディが…血だらけになって倒れていた時大いに後悔したんだ…エディとまともに話せないまま、このままお別れになってしまったらどうしようってね。エディはまた私と話して、前みたいに仲良くしてくれるだろうか。』

『ええ。エディと何年も話さなかった私が言うんだから間違いないわ。』

 

リーマスとエルファバはそう言ってクスッと笑った。

 

ーーーーー

エルファバがテストを終えると、教室の外で白いTシャツとジーンズを着たエディが待っていた。所々顔や身体に絆創膏と頭と腕に包帯をつけ、エルファバが出てくるなり、エディは走ってエルファバに抱きついた。エルファバはエディの重さに危うく転びそうだったが、グッと堪えた。

 

「テストお疲れ様!これでエルフィーがまた偉大な魔女に一歩近づいたのね!」

「もう、エディったら…。」

 

エルファバがエディの頭を撫でると、いくつかの破裂音と共に赤、黄、緑、青の煙が校庭から上がり、大歓声が校内に反響した。そして金と銀の粉や妖精がワラワラと空を飛んでいた。

 

「これがホグワーツの卒業式かー!豪華だね!」

 

エルファバとエディは歩き出す。人は全員校庭に集中しているらしく、歓声に反して2人が歩く校舎には誰もいない。

 

「それにしても良かったねエルフィー!ホグワーツの卒業式で使う列車に帰りに乗せてもらえるなんて!」

「ええ、まさかあなたも来ていいなんて…いいことはするものね。」

 

神秘部での戦いは、いくつか思いがけない功績をもたらした。

騎士団やホグワーツの生徒たちの活躍により大量の死喰い人(デスイーター)が捕縛されて、アズカバンに幽閉された際に、複数名が“例のあの人”の存在を示唆したらしい。これ事実をもみ消そうとしたファッジだったがそれを疑念に思った魔法省職員複数名が“記憶”という確固たる証拠とともに(アンブリッジの記事で完全復活を果たした)リータ・スキーターへ情報提供をした。掲載されたのはなんと魔法省との癒着が強かった日刊予言者新聞だった(「クィブラーに最初のとくダネを取られたのが相当悔しかったんでしょうね。ざまあないわ。」とハーマイオニーはせせら笑っていた。)。

世間の魔法省へ正解を求める声がどんどん大きくなり、ついに“例のあの人”の復活を認めた。もみ消そうとした事実、アンブリッジという人選の悪さ、校長やハリーにした仕打ちを含めこれ以上ない大批判を浴びたファッジは辞職に追い込まれたのだった(ハリーは「毒には毒を当てればいいってこの経験で学んだ。」と苦笑いしていた)。

ついでにエルファバが死喰い人(デスイーター)を凍らせたという事実がサラッと新聞に記載されており、これ幸いとダンブルドア校長は騎士団で保護している神秘部の職員と今回の神秘部の失態、エルファバの貢献をダシに魔法省に手を回しエルファバの聖マンゴ病院への強制入院を解除した。

ついでに“魔法省から受けた耐え難い仕打ち”の代償としてエルファバの日付をずらしてO.W.Lの受験を許可させた。これはルーカスの死で沈んでいたエルファバを少し喜ばせた(「それで喜ぶなんてエルファバどうかしてるよ。」とロンは呆れていた)。

 

今度は煙の中で花火が上がり、パチパチパチっと空を駆け巡っている。その後空に真っ赤なWという文字が輝かしく浮かび、大きな歓声と拍手が学校中に響き渡った。

 

「ああ、フレッドとジョージがウィーズリー・ウィザード・ウィズの宣伝を大々的にするんだって!」

「なにそれ?」

「2人のお店よ!ダイアゴン横丁の中心にお店構えるらしいよー!あたしも大人になったら雇ってくれるって!」

 

就職先決まりー!とエディは喜んだがエルファバは素直に喜べなかった。

 

「…そんな、それはすごいけど一体どこからそんな大金を?ダイアゴン横丁の一画を借りるなんて相当大変じゃない。」

「ああ、ハリーとセドリックが三大魔法学校対抗試合(トライ・ウィザード・トーナメント)の賞金全部渡したらしいよ。2人とも計画したつもりじゃなかったらしいけど。セドリックったら、あの録音呪文開発で楽しくなっちゃったらしくてたまにフレッドとジョージが作りたい商品あったらアドバイスしてくれるんだってよ。」

「…まあ。」

 

エルファバはセドリックがそこまでフレッドとジョージと仲良くなっていたことに驚いた。エルファバが参加できなかったがダンブルドア軍団の影響だろう。

 

(考えてみれば、セドリックが私の周りの友達と関わる機会ってなかったわね…私も。いつも怖くて避けちゃうから。もう卒業しちゃうけど今日は思い切って話しかけようかしら。)

 

エディが包帯の巻いていないはずの肩を回すと痛っとつぶやいた。

 

「大丈夫?傷が痛いの?」

「あー、うん、そんな感じ。ヒリヒリするんだよねー。」

「かわいそうに…早く治るといいんだけど…。」

 

曲がり角を抜けた先では広大な校庭に生徒、教授、保護者たちが立食していた。バタービールの入ったジョッキや食べ物がふわふわ人混みをかき分けて、浮かんでいる。生徒たちは自身の寮カラーのローブを身にまとい、学友たちとの会話を弾ませていた。教授陣の中には無事名誉を回復させたダンブルドア校長もおり、保護者たちが挨拶をするために列をなしていた。

 

そして、足元ではおそらくフレッドとジョージが放ったショッキングピンクのネズミ花火がチョロチョロと駆け回っていて、空ではこれまたフレッドとジョージのピンク色と銀色の輝く羽の付いた子豚が数匹変な声を出して飛んでいた。

 

「あ、あれセドリックじゃない?」

 

エディが指差した先には、同級生たちに囲まれたセドリックがにこやかに会話していた。アンブリッジと魔法省という強大な敵に敢然と立ち向かったセドリックは一気に信用が回復、そして当然のように首席となり前のように友人たちに囲まれて最後の数ヶ月は元通りに学生生活を送れたのだった。

バタービールと骨付きチキンを手に持ちながら、笑顔を取り戻したセドリックを見て心からエルファバはホッとした。しかしエディはそうではないらしい。

 

「まー、みんな厚かましいよね。ハリーにもそうだけど噂で冷たくしたり、それでそれが嘘でしたーってなるとコロッと態度変えるんだもん。エルフィーあの中に入って、『私の彼氏に触らないで!』って言いなよ!ほら、あのレイブンクローのビッチ、めっちゃセドリックにボディタッチしてるよ!」

 

エディはさりげなく浮かんでいたバタービールを引っ掴み、グビッと飲んでいた。確かにレイブンクローの女子生徒がセドリックのローブを引っ張って引き寄せて、肩にもたれかかっている。そういえばその“レイブンクローのビッチ”は4年生時にエルファバに嫌がらせをしてきた女子生徒だった。

 

「………まあ、卒業式だし。」

「エルフィー、雪降ってる。」

「それは……その嫌だけど、私が彼女だから、あの子がどうしたってセドリックが私の彼氏なのは変わらないでしょう?」

「エルフィー、本妻の余裕ね。」

 

実際、それほど心配していなかった。女子生徒が肩にもたれかかった瞬間にセドリックはサッと離れて怒ったようにその女子生徒を睨みつけていた。前のセドリックだったら、穏便に事を済ませようとしていただろう。セドリックの変化に感心していると別の人混みをかき分けて、誰かが現れた。真紅ローブを着て、同じくらい真紅に染めた髪の毛をピチッと七三分けしたフレッドがエルファバとエディの前に現れた。

 

「フレッドーー!さっきあっちから見てたよ!あの宣伝ちょーイカすね!」

「ありがとう。あっ、あのさ…。」

 

いつもニヤニヤしていて、ジョージと一緒のフレッドが珍しく1人で真面目な顔をしてエディを見下ろしていた。真っ赤な髪とローブには金の粉がかかっているらしく光に反射してキラキラ輝いていた。

 

「今いい?ちょっと話があって…。」

「え、あたしに?」

「うん…。」

 

やけにもったいぶるフレッドにエディは怪訝そうな顔をして、エルファバを見た。エディからの返答を待つフレッドの耳がだんだん赤くなっている。

 

(この顔…なんか、既視感が…。)

 

「…あ、あ!行って!話してきて!私は大丈夫だから!」

 

エルファバはこの顔が2年前にセドリックがエルファバにガールフレンドになって欲しいと言った時と同じ顔であることを思い出し、食い気味に2人を送り出した。

 

…フレッドは卒業のタイミングでエディに付き合ってほしいと伝えるつもりなのだ。

 

「え?」

「い、いいからいいから!はい!」

 

エディとフレッドを押して見送った。

 

(エディがノーということは無いと思うけど…。)

 

「…ミス・エルファバ?」

 

エルファバが心配気味に2人を見送った背後から男の人が話しかけてきた。振り返ってギョッとした。

それは、紺色のローブを着たミスター・ディゴリーと黄色のドレスを着こなしたミセス・ディゴリーだった。

 

「今少しよろしいかな?」

 

エルファバが返事する前に、ミスター・ディゴリーは話し始めた。

 

「私は君に謝らないといけない…。」

「“私たち”よ。あなた。」

 

笑い声や歓声が所々で響く中、エルファバは突然の出来事に頭が真っ白になり、とにかく目の前も雪で真っ白にならないように必死に身を縮めた。

 

「私たちは…いや、主に私は、自分の息子を守ろうと必死になりすぎて随分君に失礼な態度を取ってしまった。本当にすまなかった。」

「そ、そんな、」

「病院では去年、君が応急処置を施したからこそセドの命を救われたと言われた。その後だって君がいなければ、私たちはセドの精神を殺していただろう。君が、セドの心も命も救ってくれたんだ。感謝してもしきれない…本当にありがとう。」

 

ディゴリー夫妻に深々と頭を下げられ、エルファバはもう氷を出さないようにすることすら忘れて慌ててしまった。周囲の人たちは何事かと伺っているのを背中で感じ取った。顔を上げ、少し震えているミスター・ディゴリーの腕をさすり、ミセス・ディゴリーはエルファバに微笑んだ。

 

「あなたが良ければ…これからセド共々私たちとも仲良くしてくれないかしら…もちろんあなたにしたことが許されるとは思っていない…だから本当にあなたが良ければだけど、あなたを、私の息子を支えてくれたあなたを家族だと思っていいかしら。」

 

エルファバはあの誕生日サプライズ以来、自分の顔に表情がなくなっていくのを感じた。突然のことで頭の処理が追いつかなくなり、凍りついてしまった。エルファバの反応を待つディゴリー夫妻の顔に不安の色が見える。何か言わないといけないのに、エルファバの想像の範疇を超えた申し出にどう返せばいいか分からなかった。

 

(私は、私に家族だなんて…血の繋がったお父さんですら私を“怪物”と呼んだのに…。)

 

「父さん!母さん!」

 

セドリックが集まる学友たちを振り切り、小走りで3人のそばに近づいてきた。

 

「話すときは僕がいる時にしてくれって言っただろう!」

 

セドリックは少し怒ったように2人にそう言って振り向くと、ギョッとした。ディゴリー夫妻も慌ててエルファバに駆け寄った。

 

エルファバの青い瞳からポロポロ、涙がこぼれ落ちていたのだ。涙は太陽に照らされ、キラキラと輝いていた。

 

セドリックが両親に何を言ったんだと思いっきり睨んだ直後エルファバはゆっくり、しかしハッキリとこう聞いた。

 

「めいわく…じゃないですか?わたしが、家族になって…?こんな…こんな、私みたいな…。だって、私は…。」

 

エルファバは目をブラウスの端で擦る。ディゴリー一家は、校庭の端で周囲の目を気にせず必死にエルファバが家族になってほしい理由をたくさん説明したのだった。

 

ーーーーー

 

「さて、ミス・スミス以外と話をしないと沈黙を保っていたわしに話があると聞いたが。」

 

卒業式を終え、生徒がホグワーツを旅立ったあとに老人はロンドンを訪れていた。ベッドと必要最低限の衣服と机が置いてあるだけの

古びた屋根裏部屋は、人が動くたびにギシギシと床が鳴った。老人は椅子に腰掛け、ベットに横たわる男は首に包帯を巻いている。ベットに横たわった男は静かに話し始めた。

 

「まさかこんなに早く来るとは。卒業式を切り上げたんですか?」

「君には関係のないことじゃ。」

「随分と冷たいんですね。」

「二度もわしの生徒に手荒な真似をした君たちに友好的に接するのは得策ではないと感じておる。」

「そうですか。」

「ましてや…君の背景を考えればなおさらじゃ。」

 

男はムクっと起き上がり、老人と同じ目線になる。今世紀最大の魔法使いを前にして、そして手負いにも関わらず男は怯む様子はない。

 

「時間がないんです。あなた方と協力関係を結びたい。」

「神秘部とな?」

「いえ、私個人です…あなたはエルファバ・スミスの“力”を闇の帝王打倒の全てに使おうと考え、魔法省にその仕組みを発見されないようにしていた…分かると魔法省も敵も瞬く間にこれを量産するでしょうから。事実、神秘部にも闇の帝王のスパイが紛れていましたからその判断は正解だったでしょう。今回の件で私も大いに反省しました。私はこの10年、これを追い求めてきてその利害関係が神秘部と一致していただけだ…魔法省から必要な情報はもう得られました。」

 

男はここで黙り、老人の反応を数秒待った。老人は沈黙を貫いたため男は話を続けた。

 

「ここから新しい情報を得るためにはミス・スミスの協力が不可欠だ。私の知っている情報を渡す代わりに、ミス・スミスの協力を願いたい。」

「……我々のメリットは、」

「闇の帝王に打ち勝つ最大の武器を、あなた方は得られるでしょう。」

 

老人は小さくため息をついて首を振る。

 

「残念じゃが…君とわしだと今立っている地点は同じなようじゃ。君が眠っている間にわしらは神秘部の“愛の間”で君らが持っている情報をほぼ全て入手した。悪く思わないでくれ。“力”の移し方、そして移された者たちが何ができるか、そしてその者たちの解呪方法、これまで誰に移されてきたか、そして…継承者たち本人の解呪方法、氷の古代魔法が発動されている場所。君は解呪方法を知っていることをミス・スミスに黙っておったな…我々としては隠してもらった方が嬉しいが、あのような惨い方法を…また君が提示した条件。」

 

老人は再び短くため息をつき、続けた。

 

「月1回君らに会うことともう1つ、ミス・スミスはヴォルデモートが操った蛇による襲撃で聞きそびれたらしいが、わしが当てよう…氷の古代魔法が隠されているグリンゴッツ銀行への就職じゃ。彼女の母親であるグリンダがグリンゴッツ銀行に就職し、古代魔法の破壊を目論みそして失敗した…彼女は小鬼たちから命を狙われ、己と家族の身を守るため騎士団に入ったのじゃ。ホグワーツの庇護下を離れた娘のミス・スミスが入れば…どんな酷い仕打ちをされるか分かったものではない。」

 

それにじゃ、と老人はブルーの瞳が半月型のメガネを通して男をじっと見た。

 

「君はホグワーツの生徒を騙り、教授陣を欺いていた。そんな死喰い人の君を我々は信用できん…レギュラス・ブラック。」

 

長い黒髪の男性は、じっと老人を見つめた。少し不服そうなその顔は兄であるシリウスが不機嫌な時の顔によく似ていた。老人は男としばらく睨み合った後立ち上がり身支度を始めた。

 

「君の身柄は我々が拘束する。ディメンターがアズカバンを放棄した今、連行は「待ってください。」」

 

老人は手を止め、男を見下ろした。

 

「いいでしょう。もう隠すのはやめます。腹の探り合いを聡明なあなたとしようとした私が愚かでした。」

 

男は老人の目をじっと見た。その目の中は先ほどと違い、熱が帯びていた。

 

「神秘部が知らない情報がある…あなたはそれを欲しがるはずだ。私はもう死喰い人ではないし、氷の魔法使いだった…グリンダ・スミスに”力“を移されたんです…もう今は使えないですが。そしてあなた方が入るのに苦労しているグリンダの実家、オルレアン家の場所と入り方を知っている。」

 

ーーーーー

 

さらに数時間後、ホグワーツの卒業生たちと保護者が最後のホグワーツ特急に乗っている時のこと。キングクロス駅は人でごった返していた。マグルの世界も休暇に入り家族連れがたくさん駅構内で行き来している中、1人の女性は列車に乗り込もうとせず9番線と10番線ソワソワと行ったり来たりしていた。駅員はそんな女性に声をかけた。

 

「あんた、ここ数日毎日ここに来てるだろう?列車にも乗らずここで何してるんだ?」

「…いいの。放っておいて。」

 

女性の不躾な態度に駅員はため息をついて、今度はエスカレーターを逆走している子どもたちを注意しに行った。

 

「アマンダ・スミスだな?」

 

山高帽を目深に被った男性が、背後から話しかけてきた。姿は見えないが声が低く、歩行杖を握っているその人は初老の男性であることが窺える。

 

「娘を待っているのか。エディ・スミスを。」

「!」

「騎士団の数名が交代でお前に伝えたが、まだ理解できていないようだから改めてわしから言おう。2人はもうここへは来ない。我々がエルファバ・スミスと共に保護した。もちろん本人の意思を確認してな…姉を虐待する親にはうんざりだそうだ。穏便なルーピンやニンファドーラが説得するうちに去るべきだったな。」

 

アマンダと呼ばれた女性は息を飲み、震えながら自分の持っていた革バックの中に手を突っ込む。

 

「それはデニスの杖か?やめておけ、お前ら魔力のないマグルが…ましてや訓練すら受けたことのない者が魔法など使いこなせるわけがない。」

 

アマンダはビクッと固まり、ゆっくりバックの中から手を抜いた。

 

「…お願い、話をさせて。誤解があるのよ。」

「誤解?一体何の誤解だというのだ?魔力がある娘を公共の場で殴ったことはマグルの団体も確認してる…誰かが通報したそうだ。それ以外でもエルファバ・スミスへの長年の虐待は周知の事実。それが何の誤解だと?」

「わ、私はもう、そんなことしないって決めたの!あの子と生きる覚悟を決めた!」

 

男性がため息をつき、帽子をずらすと左目には取ってつけたような明るい青色の義眼がグルグルと回っていた。女性はヒーッと声を上げて座り込んでぶるぶる震えていた。

 

「…覚悟とは、白々しい。覚悟ができるならもう何年も前からとっくにやってる…世の中そういうもんさ。10年以上もあの子はお前の愛を待ち望んだがそれに応えなかったのはお前、それだけの話だ。そして…ブラックの言葉を借りるのは癪だがこの件に関しては賛成だ…娘を“怪物”呼ばわりする親は親じゃない。お前さんらは自分のしたことを振り返りしっかり反省することだな…もうここには来るな。今すぐ去れ。」

 

男性はやれやれだ、と分厚い旅行用マントを翻して杖をつきながら歩いていく。女性がもう二度と、キングクロス駅を訪れることはないと確信したようだった。

女性は座り込み、ブルブル震えていたので今しがた話しかけてきた駅員が駆け寄ってきた。駅員はしゃがんであれやこれや聞くが、女性は答えない。しかしこう呟いたのだけは聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪物は……………エルフィーのこと、じゃなくて、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

エルファバがまだテストを受けている時のこと。エディは鼻歌を歌いながら8階の廊下でウロウロしていた。教授陣とゴーストたちは皆卒業式に出席しており、とても静かな廊下ではエディの鼻歌が響くがそれを咎める者などいなかった。

 

エディがある壁の前を右往左往すると墨のように黒い扉が現れた。その扉には3つドアノブがついている。エディは慣れた手つきでそのドアノブ3つを順番立ててガチャガチャとひねる。

 

「やっほー!」

 

薄暗い部屋の中をエディは軽い足取りで入って行った。部屋の中からザワザワと誰かが話している声が聞こえてくる。開いた扉は重い音を立てて閉まった後、ガチャガチャと複雑な音を立てて鍵を閉めた。

 

「ルーモス・マキシマ 強い光よ」

 

エディがそう唱えると、真っ暗だった部屋に青白い光りが天井で灯った。

 

「ここの部屋の居心地はどう?」

 

窓のない部屋は小教室ほどの大きさだった。その中でおびただしい量の吠えメールが飛び交っており、それらが罵倒の言葉を叫び部屋の中で反響した。

 

「あなたのした仕打ちを少しでも反省しているといいんだけど…ねえ?アンブリッジ。」

 

その部屋の真ん中でアンブリッジはヒューヒュー細い息で座り込んでいた。でっぷりと肥えていた彼女は今や痩せ細り、髪もボサボサで彼女を知る人物は一目見ただけでは彼女だとは認識できないレベルだろう。視点も定まっておらず、ぼんやりした目でエディを見上げた。頭上で手紙たちはバタバタ音を立てて叫び回っている。

 

「イギリス魔法省の恥晒し!」

「淫行教師!」

「あなたの見た目は見るに耐えません!」

「由緒正しいホグワーツから出てけ!」

「お前のような人間がいるというだけで吐き気がする!」

 

エディは、あははっ!と笑いながらそれを眺めていた。

 

「あんたほんと嫌われてたんだね。だってあんたがいなくなって数週間なのに誰も探そうとしないし、みんなあんたがいなくなって良かったって言ってるよ!はい、新しい手紙もあげるね。」

 

エディがジーンズのポケットから紙を数枚出し、杖で叩くとその数枚が鳥のような形となり暗い部屋の天井へと数羽飛び立っていった。その鳥たちも他の手紙たちに混じり、「あばずれ女!」「生徒の時間を返せ!」「ホグワーツの窓から飛び降りろ!」と鳴いて回った。エディはしゃがみ、アンブリッジの顔を覗き込んだ。

 

「あんたを世の中に放ったらなんかまたやらかすでしょ?あんたの机から、ハリーやエルフィー、そしてリーマスを悪く言う書類見つけたの。しかもいつ撮ったんだか知らないけどあたしのタトゥーの拡大図まで!ほーんと、信じられないわ。」

 

エディはわざとらしく肩をすくめる。

 

「あんたがホグワーツから出て行く日に会えたのが運命ね。最初はこのまま何も食べずに死ねばいいと思ったけど…みんなは生きて苦しい思いしてるのに、あんただけ死んじゃうのは不公平でしょ。だからどうしようかなーって思ってた。この前神秘部行った時に発見したんだけど魔法って本当に最高よね。時が止まる部屋があるんだもん!だからね、この部屋も時が止まる仕様にしたんだー。本当、それを叶えてくれるホグワーツって最高!あんたはこの部屋の中で、時が止まったままずっと痛みとあんたのことが嫌いな人たちからのメッセージの中で永遠に過ご…。」

 

エディの言葉が最後まで続くことはなかった。アンブリッジは奇声を上げてエディにつかみかかった。

 

「こんの穢れた血いいいいいいいいい!!!!私を解放しなさああああああああい!!!!」

「ったいなあ!!」

 

バリバリバリっ!!!

 

エディは、今しがた爪をたてて掴まれた肩をさすりながら立ち上がる。長い爪がエディの肩に食い込み、血が滲んでいた。

 

「…………なに。もっと、凍りたかったわけ?」

 

アンブリッジの下半身と今しがたエディを掴んだ右腕は氷の塊だった。凍っているのではなく、まるで身体に氷の腕と脚を取り付けたようだった。アンブリッジは泡とよだれを吹きながら床に転がってエグエグと声をこぼしている。

 

「はあっ。あたしやっぱちょっと抜けてるのかな。叔父さん凍らせた時も、結局魔法省にバレてエルフィーに迷惑かけちゃったし…本当気をつけなきゃ。ううん、誰にも言わなきゃバレないわ。誰にも迷惑をかけないように…あたしは1人で誰も傷つかない世界をつくるの。純血だろうが、マグルだろうが…特別な力を持っていようがいなかろうがね。」

 

そう言ってエディが腕を回すとその動きと共にフワッと白い粉が舞い、冷たい風が部屋の中で吹いた。アンブリッジはそれに対し、ヒッと短い悲鳴をあげた。

 

「あんたはこの部屋で一生、あんたを否定する言葉と氷の冷たさに苦しみながら生きるの…ああ、片腕だけだと不恰好だからもう片方も凍らせてあげるね。」

 

やめて、というアンブリッジの抵抗も虚しくエディはアンブリッジの痩せ細った腕を掴むと、バキバキバキっという音と共にその腕は氷の塊となった。

 

「あ“あ”…!」

「これでもう逃げられないね。はー、暇つぶしにもならないわ。じゃあね。もうここには来ないことにするわ。今度ハーマイオニーに忘却呪文教えてもらったら、あたしに関する記憶だけ修正しようかな。」

 

エディは、やれやれと言って部屋を後にする。後ろのアンブリッジを見向きもせず、複雑な鍵を開き出て行く際に、アンブリッジがどうして、と言った気がした。

 

(どうして、って、まさかどうしてこんな目にとか思ってる?それとも、どうしてあたしがエルフィーの魔法使えるかってこと?)

 

『いろんな条件と運が重なって、人にうつるらしいんだ…ルーカスが言ってた。運動神経とか身体が丈夫とか…何より魔力があること。どこまで本当なのか分からないけど。』

 

ハリーは神秘部の戦いから数日後に、戦いに参加したメンバーを必要の部屋に集めてそう伝えた。エルフィー(ルーカス)に暖炉へ引きずり込まれたときの結末を教えてくれたのだ。

 

『僕は、確かにクィディッチをやれるくらいに運動神経が良くて身体も丈夫だ。ホグワーツにいるぐらいだから魔力もある。』

 

セドリックは静かにそう言った後、ハーマイオニーが口を挟んだ。

 

『その条件で言うと、今この中にいるクィディッチをやっているハリーやロン、ジニーやエディも該当するってこと?』

『けど運もあるって。多分条件が当てはまっても全員じゃないんだ。』

 

エディはその時、何も口を挟まなかった。別のことを思い出していた。

 

『何って…!私が7歳の時!公園で私の魔法があなたの体に当たって!どんどんあなたの体凍っちゃったじゃない!それで私お母さんにも嫌われて…。』

 

1年生の時、表情のない3年生のエルフィーはあの時だけ動揺していた。

 

(あの日、あたしはエルフィーの魔法を分けてもらったんだ。だからこれを…みんなを傷つける人だけに使うね。ま、あのガマガエルみたいな奴がこの世界にそんなにいないことを願うけど。)

 

エディが部屋から出てきたとき、外は明るく窓から光が差し込んでいた。エディはその眩しさに目を細める。背伸びをした後大きな独り言を話した。

 

「うーわ、そっか。あの部屋時が止まってるからあそこで何分時間潰しても、時間変わらないのか。はーあ、あいつに引っかかれるし、やっぱ行く意味なかった。さーて、次はどこ探検しようかなー。」

 

エディは再び鼻歌を歌いながら、8階の廊下を歩き出した。

 

 

 



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謎のプリンス
1.シリウスの弟


闇が迫る。呼吸荒く私は悪あがきしながら醜く、地べたに這いずり自分の罪に向き合うことから逃れる。全身は汗で濡れ、髪が顔にまとわりつく。

 

闇は私を何度も呼ぶ。その声を聞くと自分の喉から血の味を感じるほど苦しく、絶叫し、声は憎悪に満ちている。

 

私はここから逃れる手立てを必死に考えた。私は家族のもとへ戻るのだ。何食わぬ顔をして、穢れた手で夕食を作り娘を抱いて。

 

(いいえ、そんなことは許されない…私はあの子に私の罪を背負わせた。)

 

『ごめんなさい、エルフィー。』

 

敵が迫る中で女は暗がりで涙した。

 

ーーーーー

 

どんよりとした天気の中、雨がしとしとと降っているところに1人老人がポツンと立ち尽くしていた。老人の目の前にある巨大な鉄の門はギシギシと音を立ててゆっくり開く。その門には大きく「より大きな善のために」と書かれているおり、老人はその文言をチラッと見るがそのあとは門の先の巨大な建物をジッと見つめていた。

老人がその門をくぐり、無表情な看守が4人建物の入り口に立っていた。老人が会釈を交わすと看守たちは一斉に向き直り深々とお辞儀をしたのち、そのうちの1人は恐る恐る男の目を黒い布で覆った。次の瞬間、フワッと浮き上がったと思うと、ドンっと鈍い感覚が足を通して体全体に渡った。

 

「これはこれは驚きだ。」

 

老人が自ら目隠しを取ると、今度は目と鼻の先に柵があった。老人は特に驚きもせずに声のする場所に目を向けた。

 

「偉大な魔法使いがわざわざこの辺鄙な場所に来るとは…。」

 

クィリナスと呼ばれた男性は柵の向こう側の暗がりからゆっくり出てきた。ボロボロのローブを着た男性の全身には醜い火傷の跡が残っている。その姿を見れば誰しもが、目をそらずだろうが、これは5年ほど前に彼の犯した罪の代償だった。老人は目を逸らすことなく、しかし憐れみを向けることもなかった。

 

「ここに入れてもらったことは感謝だ。アズカバンにいた場合、気が狂って自分が誰か分からなくなってた。」

 

質問には答えず、男性は人を小馬鹿にするような笑みで老人を見る。老人は話し始めた。

 

「“闇の帝王は自らの力で再び立ち上がるであろう、以前よりさらに恐ろしく、新たなる力を手に入れ、全ての者の希望を燃やし尽くすであろう。”これはハリー向けられた予言じゃが、これはあやつがあのアダムが持っていた“力“を意味するとわしは踏んでおる。つまりヴォルデモートが、炎を操れるようになるということになる。」

 

老人は自らのシンクのローブから新聞を取り出す。新聞の一面記事には体格の良い男性がユニフォームを着てニッコリ笑いかけているが、見出しは”プロクィディッチ選手、アンドリュー・ギボンヌ、焼死体で発見される。クィディッチ選手を狙った連続殺人鬼か?“という不吉なものだった。

 

「連日の報道で、プロそしてアマチュア問わずスポーツ選手…特にクィディッチ選手が相次いで焼死体で発見されるという事態が発生しとる。中には行方不明者も…。安全にあの”力“を取り込む手段を考えているか、はたまた“炎の軍隊”を作るつもりか、あるいは両方か。我々は哀れな犠牲者を1人でも少なくする必要がある。」

「氷の軍隊でも作るつもりか?」

 

老人は男の嘲笑った質問を無視して続けた。

 

「氷の”力“を今持っているのはグリンダ・スミスの娘、エルファバ・スミス。そして過去に受け継いだのはグリンダと交流のあった神秘部の職員のみと確認された。」

「おや、あれに当てられて生還した”穢れた血“の異母姉妹もてっきり適合者だと思ったが。」

 

ここまで自身のペースを崩さなかった老人はピタッと話を止めた。数秒の沈黙の後、男が次に話し始めた時は機嫌が良さそうだった。

 

「その反応は知っていたか?それとも初耳か?」

「…そのような言葉を使って人を侮辱するのはやめてもらおうかクィリナス。君も混血じゃろう。」

 

男は老人の言葉にサッと表情が消えた。

 

「君とおしゃべりをするつもりはないのじゃよ。元ホグワーツの教論で敬意を払うべきじゃが、わしの生徒たちを攻撃した人間にはもったいないのでな。さて続けよう…我々としては、ヴォルデモートの愚かで残虐な実験の犠牲者を何としても食い止める必要がある。そこで、わしはあることを思い出した。4年ほど前、ミス・スミスがヴォルデモートの記憶によって操られたバジリスクを凍らせた時じゃ…小さな体で果敢に怪物と立ち向かった彼女と大蛇は長くあの氷の中にいた…数日氷の中にいた2年生の少女は生きておった。つまり、今炎で襲われている者たちにも救う手立てがあるのではないかと。」

「私がその手がかりを持っていて、教えるとでも?」

「グリンダは…“あの時”、生きておったのじゃな?グリンダが山を凍らせた時ではなく、君が神秘部が厳重に保管する姉の遺体を奪った時…。」

 

男は両手で自身の顔を覆った。身体を震わせて奇妙な声を漏らす男をジッと老人は見下ろしていた。

 

男は、不愉快な声で笑っていた。

 

「ああ、ああ。そうさ。私が魔法省からあいつを"救い出した"時、あいつは生きていたさ…もう死んだものだと思い込んでいたが、氷を溶かしてあいつが身体を動かした時は随分と驚いた…!!ああ、これが運命なんだって、奇跡だってそう思ったさ…!!だが、あの女の第一声は『デニスは?』だった…!!姉さんと繋がった”穢れた血“!!!他の女と結婚して穢れた血のガキを作ったと言ってやったさ…!!!そしたらあのアバズレは、良かったと言いやがって…!!」

 

唾を飛ばして喋る男はここで言葉を切り、黙り込んだ。一瞬目をトロンとさせたがすぐに憎悪の表情に戻り続ける。

 

「そして…そして、私を誘惑して、あの女は永遠に私と一緒にいる代わりにホグワーツに入学する娘に会わせろと懇願してきた…男だったら誰だってあの誘惑に応える…!教室にあるトランクの中から娘の姿を見せてやった。迂闊だった…授業が終わり、生徒たちの入れ替わりで見えない隙に逃げようとしたんだ…!!!狡猾な女…いつだってああやって女を使って人を操る悪女なんだアイツは…!!!」

 

鉄の柵に怒りをぶつけた。カーンと冷たい音が広い独房に響く。老人は男を軽蔑した目で見たあと静かにこう言った。

 

「わしの知るグリンダは要求のために色目を使う人間ではなかった。彼女が騎士団に来た時、君のことを聞いたら怯えていて絶対に自分のことを漏らさぬようにと言われた。君の勘違いじゃろう…哀れなグリンダ…。」

 

首を振り、老人は男の姉である女性に同情した。娘と夫に会うために数十年氷に閉じ込められ、戻ってきたら恐怖の対象である男がおり、その男に夫は別の女性と結婚してその間に子供がいると言われた絶望。娘の成長した姿を見て、どんな気持ちになったか。そして娘に会うために抜け出そうとしたら男に捕まり。最期は闇の魔法使いに身体を乗っ取られてー。

 

「…ははっ。あいつは殺された。魔法界の英雄ハリー・ポッターと自分の娘に。」

「あの時衰弱したグリンダはヴォルデモートに取り憑かれておった。どのみち長い命ではなかった。」

「どうだかな…可愛い生徒たちのために真実を隠しているということか…お優しい校長先生だ。」

 

老人は女性を憐れむのはやめ、目の前の男に向き直った。

 

「つまり、あの氷の中でエルファバもグリンダも生き残ったということじゃな。それさえ聞ければ良かった。」

 

老人は踵を返し、手にある目隠しで再び自分の目を覆った。その時初めて男は動揺したように柵を掴んで前のめりになった。

 

「私に炎や氷の中で生き永らえる方法を聞きに来たのではなかったのか?」

「わしは君が“何も知らない”ということを確認しに来ただけじゃ。君は“グリンダがあの時生きていた”こと以上の情報を話さず、当時の君は、それに驚いた模様じゃったからな。グリンダが氷の中で生きていたことはすでに神秘部がとうの昔に解明しとる。君は…グリンダに最も近く、全てを知れる環境だったにも関わらず哀れなまでに無知のようじゃ…我々の情報の取りこぼしがないようにしたかった、ただそれだけのこと。」

 

ピキっと空気が割れるような音がした。男は柵を握り潰すように掴んでいる。老人は気にもせず、目隠しをして呪文を唱えてその場を去ろうとした時だった。

 

「神秘部は、お前らはあれの代償については知っているのか?」

 

老人は呪文を途中で止めた。

 

「……大方の予想はついている。」

 

男は、この時間の中で一番得意げに笑った。

 

「嘘だ。あるいは筋違いの推測をしている。あれは知ったものにも呪いが発動するからな…全貌を知った人間を小鬼たちは生かさない。教えてやろうか?あの女の娘をここに連れて来たら教えてやる。」

 

数秒の沈黙は永遠に感じられた。老人は何も答えず、バシッと音を鳴らすとすでに独房から消えていた。

 

ーーーーー

 

夏休みのグリモールド・プレイスでは実質的な家主が大層不機嫌だった。大きく舌打ちしながら、ドンドン足音を立てて2階から降りてきたので、居候の少女は震え上がり今しがた来たを片手に握りしめて1階の客間に避難した。

 

「はあっ。」

 

少女は客間の端に座り込んで、大きく深呼吸をする。黒いポロシャツにショートパンツを来た少女は真っ白な髪を適当にポニーテールにした。少女は少女と呼ぶには大人びており、ほっそりした脚と腕、色白の肌はモデルを彷彿とさせる。

 

(シリウスには勉強を見てもらったから、一緒に結果見て欲しかったのに…やめとこ。)

 

「エルファバ?」

 

同居しているメガネの少年は客間に入ってきて怪訝そうに少女を見下ろした。少年は今や少年というにはあまりにも声が低く、体格も大人の男性と張り合えるほどだった.

 

「ハリー。」

 

エルファバと呼ばれた少女はハリーという少年の後ろをチラッと見た後、小声で聞いた。

 

「今度はどうしてシリウスはご機嫌斜めなの?」

「マネ妖怪だよ。今まで僕の父さんと母さんに変身していたのが今日は僕になったらしい。」

「まあ。」

 

シリウスはここ数日機嫌が最悪だった。それは自身の屋敷しもべ妖精のクリーチャーと仲良くするように指示され、本人なりに努力しようとするがうまくいかないことか、または数日この屋敷から出ないように指示があったからか。

 

はたまた、ここ数十年死んだと思っていた関係性の良くない弟が実は生きていて今後この家に住む可能性があるからか。

 

とにかく様々な理由の中にこのマネ妖怪の件が加わったというわけだ。シリウスは基本ハリーがいればご機嫌で、つい数日前にハリーがこの家にやって来て少し機嫌が良くなったと思えばすぐにこれだ。

 

「エルファバは…。」

 

エルファバはハリーに無言で握りしめた手紙を見せる。それを見るとハリーは緊張した面持ちで自身が持った手紙をエルファバに見せた。ハリーは無言でエルファバに近づき、隣に座ってお互い身を寄せ合った。2人は頷き、アワアワしながら震える手で手紙を開く。

 

「何してるんだ?」

 

手紙の中身を読む直前、客間にヌッと今しがた話題になっていたシリウスが覗いてきた。声がまだ不機嫌そうでエルファバは一瞬うめいたがその前にハリーが答えた。

 

「テストの結果が来たんだ!」

「なんだって?」

 

シリウスの声からは不機嫌さが消え、両手に持っていた何かを杖で消失させてから、大股で入ってきた。今や小柄なエルファバは体格のいい男2人が顔を近づけているが全く気にも留めなかった。

 

3人は10秒ほど無言になった。ハリーとエルファバは自身の手紙を穴が開くほど読み込み、シリウスは2人の間に入り込んでハリーとエルファバの手紙を交互に見た。

 

「…よくやったな2人とも。」

 

シリウスの声かけを合図に、安堵の声をあげてエルファバもハリーもシリウスにもたれかかった。シリウスの逞しい腕は2人を軽々支えた。

 

「良かった…想像以上に悪くなかったよ。占い学はもともと失敗するって分かってたし、不安だった変身術と薬草学、魔法薬学もEだったよ!エルファバは?」

「ええ、私も悪くなかったわ…不安だった闇の魔術に対する防衛術はEで、一番大事な魔法薬学もOだったから。」

 

エルファバは闇の魔術に対する防衛術が壊滅的に苦手だった。精神面的に常に人を攻撃しないように意識していたのでその影響かと思われたが、それが改善された今も理論が全く理解できずスパルタ教師シリウスに(嬉々として)散々しごかれた。その甲斐ありなんとかパスできたのはエルファバにとって嬉しい限りだった。3人が笑い合ったところで、ドタドタと廊下を誰かが走る音がした。

 

「ハリー!エルファバ!」

 

入ってきたのは2人の親友ロンだった。ロンはハリー以上にヒョロっとのっぽになっており、燃えるような赤毛も伸びて前髪が隠れそうだった。続けて部屋に走り込んできたのは、栗色の髪の毛をボサボサにした別の親友ハーマイオニーだった。荒い息で部屋に入って来て、エルファバとハリーに駆け寄った。4人はお互いの手紙を交換し、黙々と読み込んだ後各々へ感想を述べた。

 

「ハーマイオニーすごいじゃないか!こんな成績出すなんて!何をそんなに落ち込んでいるんだい?」

「そんなこと…私、本当、本当に酷くて…!」

「その成績を酷いって言うのは全生徒を敵に回したぜハーマイオニー。」

 

4人の仲良しグループがやいやい騒いでいると、今度は重そうな紙袋を抱えたリーマスとエルファバの妹であるエディが部屋に入ってきた。エディの身長は今や175センチほどとなり、180センチほどのリーマスとそこまで大きな差がなく感じた。エルファバと同じく黒いポロシャツにショートパンツを履いていたが、エディは色黒で顔にそばかすがあり、長い黒髪をポニーテールにしている。

 

「O.W.Lの結果かい?」

「うん、僕らこれでみんなNEWTの仲間入りだよ!」

「それは良かった!今日はみんなでお祝いだね。」

「みんなおめでとう!あたしも2年後にこれやるのかー。やだなー。」

 

リーマスは杖を振りエディの紙袋も含めて宙に浮かばせてキッチンへと荷物を運ぶ。リーマスとエディはそれについていった。学生4人と中年男性はそれを見送り、きっちりリーマスとエディがいなくなったタイミングでこそこそ話し始めた。

 

「それで、結局フレッドは大丈夫なのかい?」

 

ハリーはロンに尋ねると肩をすくめた。

 

「それが分からないんだよ。ジョージもそうだけど、今あの2人お店開店して忙しいし家に戻って来てないし。」

「ジニーに聞いたんだけど、フレッドはもちろん絶対に言わないし、ジョージも詳細は聞いていないけどフレッドの様子はちょっとおかしいって手紙で言っていたらしいわ。元気だけど無理やり元気にしてるみたいな。」

 

フレッドとジョージ、エディはとても仲が良く、他のイタズラ好きリー・ジョーダンと共に去年はアンブリッジを散々困らせることに尽力していた。そんな中フレッドはエディのことが好きで、卒業式のラストチャンスにエディを見つけたフレッドは個別に呼び出し、付き合って欲しいと伝えたらしい。皆、おそらく告白したフレッド本人も含め高確率でエディは告白を受け入れるだろうと踏んでいた。

 

しかしエディの答えはまさかのノーだった。

 

理由はエディ曰く「フレッドのことをそういう対象として見れない」そうだ。

 

「まあ、男はプライドの生き物だからな。勝ち戦に負けたなんて死んでも言わないだろう。」

 

シリウスは専門家ぶってそう答えた。

 

「エディとフレッドは去年何回も2人きりでホグズミード行ったり、ホグワーツと探索してるんだぜ?エディが落ち込んだ時フレッドは散々お菓子持ってきたり面白い場所に連れて行ってエディを励ましたし、普通いけるって思うよ。」

「3年生でもないエディがホグズミードに行っているの?」

「そこはいいよハーマイオニー…。もう突っ込んでもしょうがないさ。」

 

ハリーは規律に厳しいハーマイオニーが青筋を立てたのでさりげなく抑えた。

 

「エディは?」

「普通よ。」

「普通だね。」

 

ロンの問いにエルファバとハリーは即答した。

 

「うーん、特に進展なしか。」

「リーマスとトンクスは?」

 

ハーマイオニーが急かすようにシリウスに聞いたが、今度はシリウスが肩をすくめた。

 

「こっちも特に進展があった様子はない。少し前はトンクスを…というかみんなを露骨に避けていたがあのババアが制裁されてからはなくなったな。とはいえトンクスはよくここに来るが、リーマスの態度は普通だ…あいつはババアの記事でダンブルドア側だと有名になってしまったから、最初に任されていた人狼の群れに紛れ込んで奴らを説得する任務はできなくなってしまったんだ。騎士団に貢献できていない焦りもあってそれどころじゃないのかもな。」

 

リーマスとトンクスは、お互い惹かれあっているがうまくいっていないもどかしい大人カップルだ。リーマスは自身が人狼であることを引け目に感じていて距離を取っている。トンクスは純粋にリーマスが好きで何百回もアタックしている状態らしい。

 

このようにロンとハーマイオニーはウィーズリー家に、エルファバとハリーはグリモード・プレイスでリーマスと住んでいるためお互いに情報交換をしているのだった。

 

「シリウス、そろそろじゃないか?」

 

噂の渦中のリーマスがいきなり部屋に入ってきたので5人は飛び上がった。

 

「そろそろ?なんの話だい?」

 

一気にシリウスの機嫌が氷点下まで落ちたのが、部屋にいる(素っ頓狂な声の)ロン以外が察した。そして別の意味で機嫌が落ちているのがエルファバだった。

 

「…面会。こいつにまつわる。」

 

シリウスはこいつ、と言って縮こまるエルファバを指差した。

 

「…あれは、ムーディと行くんじゃないの…!」

 

やっと出たエルファバの声は心なしか震えている。

 

「いや、ムーディは行けなくなったんだ。安全面を取ってシリウスが君に同行することになって…私も他の騎士団員も行けなくなったんだ。てっきりシリウスが君に伝えたと思ってたけど。」

 

エルファバはサーっと先ほどのテスト結果を見る時と同じくらい顔が青くなった。恐る恐るシリウスを見ると、シリウスはまた先ほどのイライラ不機嫌に戻っていた。

 

「はっ、ハリーは…。」

「ハリーは今からダンブルドアと一緒に出かけるんだ。」

「ねえ、エルファバ、どこに行くっていうのさ?」

 

ロンとハーマイオニーの方をゆっくり向き、エルファバは小さな声でポソっとつぶやいた。

 

「シリウスの弟のところ…。」

 

ーーーーー

 

「やあ、こんにちは。」

 

レギュラス・ブラックと名乗った男はとても無愛想で傲慢だと兄のシリウスから聞いていたが、エルファバが部屋に入るととてもにこやかに挨拶をしてくれた。

 

「わざわざこんな辺鄙な部屋に来てくれてありがとう。散らかっていてすまないね。」

 

エルファバは付き添いシリウスをチラッと見る。“辺鄙で散らかった部屋”を用意したのは騎士団側、皮肉を言っているわけだ。案の定シリウスは歯軋りし、右手をピクピクさせている。今にもローブの中に手を突っ込み、レギュラスを呪いそうだ。

 

「さあ、座って。そんなに緊張しないでほしいな。」

 

エルファバはゆっくり席に座るとレギュラスはクスッと笑った。

 

(緊張してるんじゃなくて、シリウスが怒り出したら私に八つ当たりしてくるから怖いのに…。)

 

レギュラスは黒髪で灰色の瞳の男性で、彼の元実家であるグリモールド・プレイスで見た写真より老けており、目の下にしわができていた。

彼が若い頃の写真を見たハリーは「シリウスの方がハンサム」と評してシリウスの機嫌を取っていたが(エルファバはハリーのナイスアシストに感謝した)、エルファバはシリウスにとてもよく似ていると感じた。ロンの兄ビルよりと同じくらい髪が長く、黒髪をポニーテールにして深い緑のローブはよく似合っている。

 

おそらくアズカバンにシリウスが全く行かずに大人として過ごしていたら彼のようになっただろうと感じた。

 

ふと、視線を下にすると両腕には鉄のブレスレットのようなものが付いている。

 

「これは私がここから逃げられないようにする道具だよ。この部屋から一歩出るとこれが作動して、私は気絶するんだ。」

 

怪訝そうに見ていたエルファバに気づいたのかレギュラスは静かに答えた。そう言いながらレギュラスはベッドに座り、その前の小さいテーブルを挟んでエルファバは座った。

シリウスはエルファバの後ろにある扉の前に寄りかかり、腕を組んで貧乏ゆすりをしている。

 

「何か飲むかい?私は杖を持っていないから、シリウスに頼むことになるけど。」

 

エルファバはふるふると首を振る。これ以上シリウスの機嫌を損ねるわけにはいかないとエルファバは怯えていた。

 

「随分と警戒されているようだね。」

 

エルファバの挙動不審な行動を勘違いしたようで、レギュラスはそう尋ねた。厳密には少し違うがエルファバは会話を続けることにした。「あなたのお兄さんの機嫌を損ねたくないの!」なんて言おうものなら、シリウスは帰り道にエルファバの髪をぐしゃぐしゃにして、嫌味をチクチク言ってくるだろう。

 

「…あなたこそ、魔法省にいる時と随分違うんですね。」

「あの時はとても重要な場面だったから私も緊張してて。それに魔法省にいたし、厳かにしなくてはならなかったから。」

 

レギュラスは少しおどけたように大袈裟に肩をすくめた。エルファバが何も飲むつもりのないことを理解したレギュラスはエルファバに向き直る。

 

「けど、今私はフリーなんだ。フランクにいこう…レギュラスって呼んでくれ。あなたのことはなんて呼べばいい?」

「……なんでも。」

「じゃあエルフィーって呼んでいいかい?」

 

エルファバは眉をひそめた。エルファバのことをエルフィーと呼ぶのは身内だけだった。エディ、今はもう縁を切った父親と母親。レギュラスは明らかにエルファバの様子を伺っている。

 

(どうしてそのあだ名を知っているの…。)

 

「……それは、関係が深い人だけが呼んでいる呼び方だから……。」

「分かった。じゃあエルファバと呼ぼうか。君とちゃんとした関係を築けるように努力する。けれど、君の信頼は1つ勝ち得たと信じてるんだけど…君の近しい友人であるセドリック・ディゴリーは解呪できただろう?」

 

エルファバは思わずシリウスの方を向いてしまった。シリウスはイライラしたように頭をガシガシとかいたあと、ああ。と短く返答した。

 

レギュラスの言う通り、セドリックの中にある炎は解呪できた。その方法は初めて聞いた時あまりにも単純すぎて本当か疑ったが、本当にセドリックは炎から解放されたのだった。

 

解呪方法はただ“炎を出し切ればいい”とのことだった。

 

思い返してみればアダムに“力”を移されたルーカスは炎をほとんど使っていなかった。4年生時のワールドカップでハリーたちを助けた時、アダムに襲われた2回、あとはエルファバに少し見せた時くらいか。移された人間たちは体内に魔力が“溜まっている”だけなので溜まった魔力を放出すればその後は“力”を扱えなくなり、大元の人間からの監視からも解放されるという。

 

『だったら、エルフィーも氷と雪をすっごい出したら無くなっちゃうってこと?』

 

先日の夕食時にリーマスとシリウスからそう聞かされたところ、ハリー、エルファバが疑問に思っていたことを真っ先にエディが聞いてくれた。

 

『神秘部に残っていた情報によるとそういうわけでもなさそうなんだ。おそらくエルファバとアダムは体内で魔力を創り出している…だからいくら使っても問題はない。』

『じゃあ、その、今クラウチが持っている“炎”も…。』

『出し切らせれば問題ない。だが神秘部にスパイが…レギュラスがいたんだ。連中も分かりきっているだろう。』

 

シリウスは不機嫌そうにブロッコリーにフォークを刺した。

 

閑話休題。

 

そんなこんなでセドリックは騎士団の監視のもと炎を半日かけて出し切り、解呪に成功したのだった。セドリックはもう感情によって現れる炎に怯える必要は無くなったが、「やっとこの炎を役立てられそうだったのに残念だよ。」とセドリックは嘆いていた。

 

「私は、ちゃんと君たちに本当のことを伝えただろう?あのまま解呪方法を黙っていたらセドリックの視点を通して死喰い人たちに君達の情報は筒抜けだった。」

「その解呪方法が連中に知られていることで我々としてはプラマイゼロだ。」

 

シリウスはレギュラスの言葉にぶっきらぼうに返す。レギュラスはエルファバの頭越しにチラッとシリウスを見たが、言い返さず無視した。

 

「話を変えようか…あなたには改めてお礼を言いたいんだ。私の命を救ってくれたからね。あのままだったら私は蛇に大動脈を噛まれて死んでいた。」

「えーっと…。」

 

レギュラスは愛想よくニッコリ微笑まれて、エルファバは思わず目を逸らす。

 

「これで私は、君ら親子共々に命を救われたわけだ。」

「…親子?」

 

食いついたことにレギュラスは得意げに笑った。エルファバは逸らした目をついまた合わせてしまった。

 

「そう。私はあなたのお母さんに一度命を救われているんだよ。ダンブルドアから私の目的は闇の帝王を倒すことであることは聞いているかな?」

 

エルファバはコクンと頷く。

 

「私は闇の帝王を倒す手筈を探していた。その時に死喰い人としてスパイしていたあなたのお母さん…グリンダは私に“力”を一部くれたんだよ…セドリックのようにね。いろいろあって私は闇の帝王を倒す手がかりを見つけた矢先、死喰い人の仲間に襲われた。奴らは私を湖の中に引き摺り込んで、溺れさせようとしたんだ…弱り切っていた私は最後の力を振り絞りグリンダの“力”を借りて湖を凍らせたんだ。数年後、神秘部の調査員は凍った私を発見し、引き上げたんだ。“力”をもらっていなければ私は今この場にいなかっただろう。」

 

だから、あなたたち親子に救われたというわけだ。とレギュラスははにかんだ。エルファバをジッと覗き込むレギュラスにエルファバは少し恥ずかしくなった。

 

「未成年を口説くな。さっさと本題に入ってもらおうか。お前とエルファバが話していいのは月1回30分だけだとダンブルドアは伝えたはずだが。」

「相変わらずだね、シリウス。そんなにイライラするべきじゃないよ。エルファバが怖がってるじゃないか。」

「こいつは別に俺のことは怖がってない。」

 

(シリウスもう怒らないでよ…。どちらかというとシリウスを怖がってるんだから…。)

 

シリウスとレギュラスの言い合いにエルファバは入れず、心の中でつぶやいた。レギュラスはため息をついて、エルファバに向き直った。

 

「シリウスが急かすから本題に入ろうか…前に言った通り、あなたの“力”には無限の可能性がある。氷は全ての魔法を無効化する、それに私は氷の中で数年生き残ったし、君のお母さんだって身体の原型を保ったままそのまま氷の中で生き続けていたんだ。」

「あなたはともかく、グリンダは、私のお母さんは氷の中で亡くなっていたでしょう?」

「………そうだね。」

 

不自然な沈黙にエルファバは怪訝そうな顔をしたがレギュラスは話を止めない。

 

「つまり、現世にある死の呪文に対抗できる唯一の手段であり…この世の全ての呪いを解く手段ともなるかもしれない。だから、私と一緒に調べて欲しいんだ。」

「調べるって…。」

 

それまでもレギュラスの顔はずっとにこやかだったが目は笑っていなかった。しかし今は目に光が入り、グレーの瞳がキラキラ輝いている。その目はシリウスがエルファバに悪戯を思いついた時のきらめきと同じだとエルファバは思った。

 

「私と一緒に来て欲しい。グリンダの家に。」

 

 



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2.心を操る

シリウスの神経を逆撫でしないように全集中したエルファバの努力虚しく、帰り道のシリウスは大変不機嫌であった。エルファバは付き添い姿くらましする際にシリウスの腕を握ることすら恐ろしかったものの、(何か思い直したのか)グリモード・プレイスに到着した頃には通常のシリウスに戻り、「お互いに面倒なことが一旦終わった記念」ということで子供達にお土産としてマグルのお菓子をたくさん買ってくれた上にエルファバにアイスクリームを奢ってくれる気前の良さを見せた。

 

「なんというか、少し拍子抜けしちゃったけど。」

 

今日は騎士団が何かしらでグリモード・プレイスで使わないといけないらしく居候のハリーとスミス姉妹はウィーズリー宅にお泊まりだった。

ジニーとエディが女子部屋で恋バナに花を咲かせている間にハリー、ハーマイオニー、ロン、エルファバは食後にシリウスが買い込んでくれたお菓子を囲んで、食べながら各々の報告会を行った。ハリーは新しい教授であるホラス・スラグホーン教授の勧誘を手伝った話、そして校長との個人授業がある話を聞かせた。

エルファバとレギュラスの面談を一通り聞いた後にロンは怪訝そうにマグルのグミを摘んだあと、口に頬張った。きっと動かないグミはロンにとっては奇妙だったのだろう。ハーマイオニーはお菓子など気にせず、熱を込めて自分の意見を語った。

 

「けど、これってきっとエルファバの魔法を解明できる時が来たのよ。シリウスの弟が言っていた通り、これまで対抗手段のなかった死の呪いや他の呪いを抑え込む呪文ができれば私たちにとって相当有利だわ。相手もアダムと…。」

 

ハーマイオニーは口を閉じた。エルファバとハリーを交互に見て、様子を確認した。ハーマイオニーの態度で今しがた「アダムとルーカス」と言おうとしたことに気づいた。ハリーも同じだったようで、虚な目をしながらチョコレートの金紙を剥がすのに集中しているふりをした。

 

「…とにかく向こうも炎を持っているのは少し痛いけど、ここで解明できれば大きな一歩になるわ。」

 

ハーマイオニーは慎重に言葉を選んで締めた。

 

「エルファバのお母さんの実家には一体何があるんだろう?ほら、グリンダの日記には大したことは書いてなかったんだろう?」

 

ハリーの問いかけにエルファバはコクリと頷く。

 

「大事なことは、そんなに。」

「シリウスの弟は家に何があるって思ってるのかな。」

「それは今日は教えてくれなかったの。」

「なんで?」

 

ロンの疑問に対する答えをエルファバは持っていたが、黙っていた。

 

「なんて言ってたのエルファバ?」

 

皆がエルファバの答えを待っていた。エルファバは意を決して、ゆっくり言った。

 

「ダンブルドアが信用できないからここでは言えないって。」

 

数秒の沈黙後、皆が脱力し呆れたように意見を述べた。

 

「今”例のあの人“の打倒に一番神経使って、騎士団のリーダーなのは他でもないダンブルドアなのにかい?」

「エルファバを取り入ろうとずいぶん必死なことを言うのね彼。信用に値しないわ。」

 

エルファバは肩をすくめ、エルファバの髪色と同じなメレンゲクッキーを数個口に入れた。この発言に一番反発すると思っていたハリーは意外にも冷静だった。

 

「ダンブルドアは秘密主義だから言わんとすることは分かるけど。僕も去年はそうだったし…。」

「けどダンブルドアが裏切るなんてありえないことよ。何言ってるのかしら。」

「本当ね…。」

 

エルファバは面会終わり側にレギュラスが言っていたことを思い出していた。シリウスが時間だと伝えたので椅子から立ち上がり、去ろうとした際にレギュラスはエルファバの腕を掴んだ。

 

『エルファバ、これだけは言わせて。本当にダンブルドアを信用しすぎないほうがいい。魔法使いたちは…特にグリフィンドールの連中はダンブルドアを盲信しすぎている。君に言ってない話もあるだろう。』

『おい、その子を離せ。』

 

シリウスはエルファバとレギュラスの間に割って入り。レギュラスの喉に杖を突きつけた。レギュラスはエルファバを離し、両手を上げる。

 

『本当に…シリウスもダンブルドアを信じすぎないで。』

 

シリウスはレギュラスを見下ろし、チッと舌打ちしてからエルファバを連れて外に出たのだった。

 

(あの場で…それを伝えるメリットってなにかしら?いや、おそらく私に疑念を持たせるのが目的なんだわ。無視無視。)

 

「それで、いつエルファバのお母さんの実家に行くの?」

「来月よ。本当はもっと早く行きたかったのだけど、騎士団が時期と一緒に来てくれるメンバーを要検討するって。」

「賢明だと思うわ。」

 

エルファバは焦ったそうに身をよじらせる。

 

「私は可能な限り、早く私の“力”の秘密を知りたいの。だって、ヴォルデモートを打倒する鍵になるかもしれないでしょう?」

 

エルファバは身体を向き直し、ハリーにじっと見た。

 

「予言。ハリーが3年生の時に聞いた“闇の帝王は自らの力で再び立ち上がるであろう、以前よりさらに恐ろしく、新たなる力を手に入れ、全ての者の希望を燃やし尽くすであろう。”…それにこの前ハリーが神秘部で聞いたもの。」

 

皆が見守る中、ハリーはジッとエルファバを見つめ返していた。

 

「七月の末、闇の帝王に三度抗った両親から生まれる子どもは、闇の帝王にはない力を手に入れる。闇の帝王自らがその子を比肩し示す…。」

「…一方は新たな力を得たものにより、この世の生を奪われる。」

 

ハリーはエルファバの言葉を引き取り、エルファバは大きく頷く。

 

「騎士団もダンブルドアも、力というのは氷と炎の話だと踏んでいる。」

「“力”を動かせて、アダムが死喰い人側にいて、ルーカスが…クラウチが“炎”を持っている今、ヴォルデモートが炎を操れるようになるのは時間の問題なの…私が、ハリーに“力”を安全に移せるようにしなきゃ。その手がかりがきっとグリンダの家にあるはずよ。」

 

エルファバは口には出さなかったが、ハリーという生涯の友人を助ける覚悟は重く大きいものだった。

 

(この“力”の可能性というのはまだ未知数。ハーマイオニーの言うようにきっと呪いの一種…そうだとしたら確実に安全な方向でハリーに移せるようにしないといけないわ。)

 

ーーーーー

日刊予言者新聞はクィディッチ選手を中心とした失踪、焼死、殺害のニュースを連日報道しているし、騎士団も最大の警戒をしているが、エルファバとしては穏やかな夏休みを過ごせていると感じた。

実の父親と母親から離れ、親たちが言っていた呪いの言葉が脳内でフラッシュバックすることもあるが、今はハリー、シリウス、リーマス、エディの5人で生活している(ハリーは最初の1ヶ月くらいはあの親戚ダーズリー一家に預けられており、シリウスが“娘”のエルファバを連れてハリーを迎えに行くという茶番もきっちり行った)。

ハリーはともかく中年男性2人の家に年頃の少女2人を生活させるのは賛否が分かれるところとなったが(主にミセス・ウィーズリーが)他に行くあてもなく、トンクスがグリモールド・プレイスを行き来するということで話が収まったのだった。

 

管理するという意味も兼ねて、グリモールド・プレイスで生活するというのはシリウスにとっては少し不満げだったが、時々ハリーとマグルの観光名所や魔法界で有名な場所に出かけて行けるので許容したようだった。

ハリーもハリーで4年生、5年生の夏にお預けだった”父親代わりの人との夏休み“を大いに楽しみ、次はどこに行こうかとソワソワしていて可愛いとエルファバは思っていた。

 

たまにエルファバとエディも外出に誘われ、行ったり行かなかったり。エディは友達が多いので、外出することも多かった。

エルファバはエルファバで時々セドリックの家に招かれ、昼食または夕食を共にした。3年生時の気まずい初対面や4年生時のギスギスした食事会が嘘のように毎回とても楽しいものだった。このご時世なので片手で数えるほどしかなく、おまけに2時間ほどしか会えず残念だが、ミセス・ディゴリーもミスター・ディゴリーをエルファバを随分可愛がってくれてエルファバは嬉しいような恥ずかしいようなむず痒さを覚えながら絶品の料理を味わった。ミセス・ウィーズリーの料理もとても美味しいが、ディゴリー家のフィッシュアンドチップスはエルファバがこれまで食べたものの中で最高で初めて食べた時は、昇天するかと思った。

セドリックの家は名家なので屋敷しもべ妖精も複数名いるが、料理だけはミセス・ディゴリーが作っているという。感心したエルファバはふと気づいた。

 

(私…セドリックと結婚したら、セドリックにとんでもないものを食べさせることにならないかしら…。)

 

エルファバは4年生の段階で、卵すらロクに割れないほど料理が下手であり頑張って勉強したもののホグワーツでの課題やら様々なトラブルやらで今や料理本はトランクの奥底で緩衝材代わりとして使われているのだった。

これまた美味しいチョコレートプティングを堪能しながら危機感を覚えたエルファバは、ミセス・ディゴリーに深刻にそれを伝えたところミセス・ディゴリーは大笑いしこれから料理を教えてくれることを約束した。

 

もっぱら最近は厨房に籠もり、1人黙々とキッチンでミセス・ディゴリーのプレゼントであるレシピ本とマグルのレシピ本と交互に睨めっこしながらミセス・ディゴリーからの最初の宿題であるスクランブルエッグを黙々と作っていた。

料理は大事だが1人で何かに打ち込むことは、ルーカスを失った悲しみから少し離れられた。

 

「すごい皺が寄ってるよエルファバ。」

 

リーマスはテーブルで真剣にレシピ本を凝視する指でエルファバの眉間を反対側から押しながら笑った。

 

「あ、リーマス。おかえりなさい。」

 

エルファバは穏やかに笑うリーマスに内心ホッとしながら笑いかけた。白髪が増え、ますます老け込みみずほらしくなったリーマスに皆心配しているのだ。

リーマスは怪訝そうにエルファバが読んだレシピ本をヒョイっと持ち上げて見る。

 

「スクランブルエッグ?」

「ええ。ミセス・ディゴリーからの宿題なの。」

「君が料理を学んでくれるのは助かるよ。何せこの家ではちゃんと料理ができるのはハリーと私しかいないからね。」

「ハリーは料理をするのは嫌がるからね。」

 

ハリー曰く「散々ダーズリーの家で料理したからできるならやりたくない。できるならミセス・ウィーズリーのご飯を食べていたい。」そうだ。今グリモード・プレイスはたまに帰ってくるリーマスとミセス・ウィーズリーが余分に作ってくれる料理で成り立っている。ミセス・ウィーズリーもリーマスも難しい時はやっとハリーが重い腰を上げてあり合わせで料理を作ってくれるのだ(ちなみにこれはそこそこ美味しい)。

 

レシピ本を机に置いたリーマスをエルファバは卵をかき混ぜる手を止めて覗き込んだ。

 

「リーマス、最近はどう?」

「どうって?」

「ええっと…。」

 

エルファバは慎重に言葉を選んだ。

 

「ほら、任務で忙しそうで休めてるのかなって。」

 

最近のリーマスは少し心配だった。騎士団は今誰しもが忙しいがリーマスは異常だ。

去年のアンブリッジが出した記事はリーマスの騎士団の活動に随分支障が出た。あの記事はリーマスが校長のサイドにいるということを示す確固たる証拠となり、リーマスが本来担うべきだった“人狼たちの説得”ができなくなってしまった。人狼たちはホグワーツに行けたリーマスを妬み、まともに話を聞いてくれないという。しかし魔法使いたちもリーマスの名前を人狼として知っている。

リーマスは自分の騎士団内での存在価値を見出せず焦ってどんどん任務を入れているのだった。

 

「ありがとう。今日はもう終わったからこの後ゆっくり休む予定だよ。」

「そう…。」

 

エルファバの質問の意図をリーマスは分かっているはずだが、優しく微笑んでそう言い切るだけだった。

 

「けど、せっかくならエルファバのスクランブルエッグの味見もするよ。」

「…ちゃんと美味しいものを作るわ。」

 

出来たら言うから休んでて、とエルファバは穏やかに微笑んで机に突っ伏すリーマスに背を向けて再びしかめっ面でレシピ本と睨めっこをするのだった。

 

そんなこんなであっという間に8月下旬となり、ダイアゴン横丁に新しい教材を買いに行った日は随分といろんなドラマがあった。

新しい教科書と制服を買いに行った際にはマルフォイとその母親に遭遇した。その後フレッドとジョージの“ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ”にいたところ、再び大通りを歩くマルフォイを見かけたハリーはロン、ハーマイオニーを連れてマルフォイを尾行した。エルファバも行く予定だったが今や大人サイズのハリー、ロン、身長がそこそこあるハーマイオニーで透明マントは満杯だったので遠慮して心配性なミセス・ウィーズリーと護衛のハグリッドをうまくなだめる役割を担った。

 

店の端でエディとフレッドが前のように仲良く話しているのを見ながら、フワフワしたピンクと紫のピグミーパフ2匹を肩に乗っけて撫でていた。

フレッドはエディにおもちゃの杖を身体に押し付け、エディは笑いながら身をよじらせた。その様子はカップルだと言われても不自然ではない。何ならミセス・ウィーズリーもその様子を見て満足そうに微笑んでいたので、まさかエディがフレッドを振ったなどと夢にも思っていないだろう。

 

「俺はフレッドがエディに惚れ薬を盛らないことを祈るよ。」

 

ジョージはピグミーパフの檻を掃除するふりをして、エルファバにため息混じりに話しかけた。檻の隣にはピンク色の液体が入ったゴールドの瓶が並んであり、ハート型のチャームには“ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ最高級 惚れ薬”と書かれていた。やけに本気のトーンで話しかけるのでエルファバはゾッとした。

 

「フレッドはそんなことしないでしょう?」

「どうかな。あんまりフレッドとこの話はしないんだ。」

 

自信無さげなジョージにエルファバは少しムッとした。安全性が保障されているとはいえ、さすがに妹に惚れ薬を盛られるというのはあまりいい気分ではない。

 

「お願いだからその時は止めてね。」

「どうかな。俺からしたらてっきりエディもフレッドが好きなものかと思ってたから。」

「どういう…?」

 

ジョージはイエスともノーとも言わず人混みの中に入っていった。フレッドとエディの恋愛模様は気になるし、お似合いだとは思うがさすがに惚れ薬なんて使うべきではない。

 

(解毒剤を作るために一本買うべきかしら…。)

 

キャッキャと興奮気味の女性陣たちの中でしかめっ面で惚れ薬を睨みつけている女性はエルファバのみだった。

 

「お嬢さん、誰かに惚れ薬を使う予定でも?」

 

気がつけば今しがたジョージがいた場所にセドリックがいた。騒ぐ女性陣たちはセドリックを見て感嘆のため息をつく。ホグワーツを卒業し、セドリックの言葉を借りれば“優等生のいい子ちゃん”を脱ぎ捨てた18歳のセドリックはますます魅力的に、大人の男性の魅力を醸し出していた。エルファバはそんなセドリックをチラッと睨んだ。

 

「ジョージがフレッドがエディに盛るかもしれないって言ってたの。」

「ああ…。」

 

セドリックは納得したように呟く。

 

「さすがにフレッドはやらないと思うけど。そんなことしても虚しいだけってことはフレッドが一番分かってるだろう。」

「本当に…けど、念のためこれ買って解毒剤作った方がいいかと思って。」

 

エルファバはふと嫌な考えが頭によぎった。

 

「まさか、セドリックあなた「その惚れ薬作成には携わってない。神に誓うよ。」」

 

半笑いで答えるセドリックに少しイラッとしながら、エルファバはエルファバに頬擦りするピグミーパフ2匹を名残惜しそうに檻に戻した。可愛くて買いたいのは山々だがロビンが嫉妬に狂うだろう。ただでさえ今グリモード・プレイスでハリーにヤキモチを焼いてハリーの衣服をビリビリに引き裂いてしまうのだから。

 

「…そんなことしてまで、その人の感情を操りたいかしら。」

 

セドリックが答える前にハリーたちが戻って来たことに気づいた。ミセス・ウィーズリーの詰問にあいそうだったのでエルファバが割って入った。

 

ーーーーー

 

ホグワーツ特急に乗り込んですでに数時間が経っていた。

 

エディはエルファバのコンパートメントに荷物を置いて、他のコンパートメント巡り友達に挨拶とハグをしフレッド、ジョージの商品を配って回っていた。3つ目のコンパートメントに入り、友達のタイラーが聞いたマグルと魔法使いにまつわるジョークは傑作でお腹が捩れるほど笑い、落ち着いたことにタイラーが思い出したようにこう言った。

 

「エディ、そういえばアストリアが探していたよ。」

「あ、そうなんだ!」

「…エディ、アストリアとは話してる?最近見かけないけど。」

 

タイラーは声を落とした。

 

「アストリアはいい奴だと思ったけど、結局スリザリンはスリザリンだったよな。あんなにエディと仲良かったのにあんなことするなんて。」

 

皆、ウンウンと同意する。

 

「エディももう話しかけても無視でいいと思うよ。僕もそう言ったし。」

「そうねー。ありがとう!またあとでねー!」

 

エディがコンパートメントを出ると緑のエンブレムの付いたローブをきた女子生徒がオドオドしてエディを待っていた。

 

「エディ…。」

 

エディはダークブロンドで自身より身長の低いその女子生徒を一瞥した後、何も言わずに横切った。

 

「エディ、わ、私謝りたくて…!!」

 

エディはピタッと足を止めた。コンパートメントから生徒達の楽しそうな笑い声が廊下まで響き渡る。泣きそうな声で女子生徒は続けた。

 

「去年はあなたに酷いことして本当にごめんなさい!その、私、親にあなたからもらった、マグルの雑誌見つかっちゃって…!すっごく怒られたし、寮の友達にもそうしなきゃいじめるって言われてそれで…!」

「だから、あたしのことみんなの前で“穢れた血”って呼んで卵投げつけたってこと?いや、それはいいんだけど。返り討ちにしたし。あんたあのガマガエルの親衛隊に入ってエルフィーのこと追いかけてたじゃん。」

「…それは、」

「もういい。あんたに会って今タイラーが教えてくれたジョークの余韻が台無し。」

 

エディはため息をついて、早足でエルファバが待つコンパートメントに向かった。その女子生徒が鼻水を啜る音も聞こえないフリをした。

 

(今のジョークの余韻が残ってるうちにエルフィーやジニーに伝えなきゃ。はーあ、何だっけ、あのこの前ハリーが教えてくれたエンディングの後味が悪い映画…。)

 

そう考えながらエディが歩いていると今度はエディより身長の高い男子生徒が立ちはだかった。

 

「おい。ちょっと来い。」

 

ドラコ・マルフォイは顎でエディを指す。エディはまたか、と首を振った。

 

「悪いけど、ドラコに付き合ってる暇はないの。あんたらスリザリン生なんであたしのこと待ってるわけ〜?も〜。てか、あたしあんたが去年リーマスのこと、“怪物に襲われた”って言いふらしたこと許してないんだからね?」

 

失礼しちゃうわ、とエディがドラコを横切ろうとした時だった。エディが気づいた時にはドラコはもうすでに呪文を唱えていた。

 

「インペリオ 服従せよ」

 

その瞬間、エディは立ち止まった。世界がとても美しく居心地に良いものに感じた。こんな幸福はいまだかつてない…幸せな気持ち。

エディは目をトロンと緩ませて、ドラコを見つめていた。

 

「こっちへ来い。」

 

ドラコがそう命令するとエディは素直にドラコについてきた。誰もいない列車も繋ぎ目まで来るとドラコはエディに命令した。

 

「床を舐めろ。」

 

エディは躊躇なくしゃがみ込み、ぺろぺろ舌を出して列車の床を舐め始めた。

 

(呪文が成功だ…!)

 

ドラコはエディが自身の思い通りになることにこれまで感じたことのない優越感を感じた。跪いて、なんも躊躇せずに床を舐めるエディにこれからどのように従わせようかと考えていた。それは所詮16歳の妄想する域を超えないものであった。

 

(お前は俺の言うことを聞くんだ。あの方からの指示を達成するための糧になってもらう…。)

 

呪文成功に喜ぶドラコは全く気づいていなかった。

 

 

 

 

 

エディに対する“服従の呪文”がすでに徐々に解けていることに。

 

 

 

 

 

 

(うえー、きったなー。何してんだあたし。)

 

這いつくばって床を舐めるエディはそう考えていた。

 

エディは呪文にはかかったものの、2年生の時に経験したムーディのそれとはレベルが段違いだった。ドラコはおそらく、服従の呪文はエディにかけたのが初めてだったのだろう。エディはふとどうして自分がこのような状態になっているのかと冷静に思い返せるほどにはすぐに理性を取り戻した。

 

(このまま黙ってたほうがドラコが何しようとしているのか分かるから、まあいいや。)

 

「お前には知り合いが多い。知り合いを少しずつ集めて僕に伝えるんだ…それから、それから…。」

 

(うーん、死喰い人の生贄にでもなるのかなあ?そしたらマグル生まれとかで人に嫌がらせしてる人たちをたくさん罰を与えられるよね。例えば…去年リーマスのことでいろいろ嫌味言ってきた子とか、あと純血主義のアステリア、ザガリアス・スミスとか?)

 

“床を舐めるのをやめろ。俺を見上げるんだ。”

 

ドラコの命令が頭の中で響く。エディはムクっと起き上がり、虚な目でドラコ見た。

 

「お前は僕の言うことを聞くんだ。穢れた血として純血の僕に媚びて奴隷のように従え。」

 

エディはぼんやりとした意識の中、新たな目標を立てた。

 

(よし、ドラコの言うことを聞くフリをして、悪い奴らを成敗してキレイな世界を作っていこう。)

 

 



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3.授業初日

謎のプリンスは終盤までみんな青春してるから好き。
だから今回は青春回。


グリフィンドール寮談話室。ダイアゴン横丁でマルフォイに遭遇したハリーは“マルフォイが何か企んでいる”という推測を、ホグワーツ特急で盗み聞きした話を含めてより強固なものにした。

早朝で眠そうなエルファバをソファに連行して持論を繰り広げた上で「確かにそうかもしれないわ」という言葉を半ば無理矢理引き出す直前にハーマイオニーに妨害された。

 

「いい加減にしてちょうだいハリー!」

 

エルファバは半目でボサボサでまとまらない白い髪の毛を適当にポニーテールにした。

 

昨日はなかなかに濃い一日だった。ハリーとエルファバはスラグホーン教授のコンパートメント内パーティに招待され、根掘り葉掘りエルファバの“力”について話を聞いてきた。前以上に表情が豊かになり話す量も増えたとはいえでも、エルファバはそもそもそんなにお喋りではない。

皆に注目されながら話すのは苦手だったが最終的に魔法薬学師になりたいというエルファバの夢を聞いて、スラグホーン教授は大いにご機嫌だった(これはホグワーツに到着後、スラグホーン教授が魔法薬学の教授であり、闇の魔術に対する防衛術の教授がスネイプになったことでその理由がわかった)。

そのあとハリーはマルフォイを追って特急のどこかにいなくなったが、ハリーに再会した時はハリーの服は血糊でベッタリ。エルファバはショックでいつも通り3メートルほど周りを凍らせたものだ(もはや周りは慣れっこになっていた)。

 

その後は去年エルファバと大喧嘩をして部屋を別々にしたラベンダーとパーバティと無事に正式な仲直りをしてルームメイトに戻ったところ、ラベンダーが夜遅くまでロンについて聞いてきた。ロンに彼女はいるのか、付き合っている人はいるのかなど。

エルファバはいないはずだと答えたが、同じような質問はハーマイオニーが戻ってくるまで続いた。監督生の仕事を終えたハーマイオニーに、エルファバがロンについて確認しようとするとラベンダーに止められた。

そんなこんなでエルファバは4時間ほどしか寝られなかったにも関わらず起きて早々にハリーに捕まったのだ。

 

ハリーは力強くマルフォイが何か特別な存在、役割を担っていると得意げに語っていたこと。エルファバ以外の3人が見たボージンアンドバークスでマルフォイが店主を脅していたこと。

 

(確かに嘘というのは少し大きいけど…ああ、ダメダメ。眠い。)

 

エルファバの寝起きな脳はハリーの話を半分くらいしか理解できなかった。朝の弱いエルファバはボーッとハリーとハーマイオニーの口論を聞きながら歩いた。

 

「あ、エルフィーおっはよー!」

 

友達に囲まれいつも通り元気なエディに弱々しく手を振り、生徒たちの流れに沿って大広間に向かい適当にトーストを小さい口の中に突っ込んだ。味はしない。朝食を取った後、授業に行く前に6年生でO.W.Lの結果に基づいてどの教科を専攻していいかを決める時間になるとエルファバはだいぶ覚醒していた。

 

「さて、ミス・スミス。」

 

テキパキとマクゴナガル教授はエルファバの成績が書かれた羊皮紙を見定めた。

 

「魔法薬学師に必要な魔法薬学と呪文学はO。よろしい。数占いもOですね。魔法史に至ってはほぼ満点だと試験官からお墨付きをもらってます。懸念していた闇の魔術に対する防衛術も悪くない…さて、私が以前伝えたことは検討しましたか。」

 

眼鏡からチラッとマクゴナガル教授はエルファバを見下ろし、怒られていないのにエルファバは姿勢を正した。

 

「魔法薬学師以外の進路を考える、…銀行勤務についてですよね。」

「ええ。」

 

エルファバはウィーズリー家に泊まった日にロンの兄ビルとその婚約者であるフラーにグリンゴッツ銀行就職について話した。成績やエルファバの“力”を考えると合っている職業であること、また給与は魔法薬学師よりも不安定だが総合すると銀行勤めの方がいいとのことだ。

 

『グリンゴッツにもいろんな職業があってね。僕のように世界中に赴いてその場所の呪いを破る“呪い破り”、フラーのような事務職員、あとはお宝にかけられた魔法を紐解き研究する仕事。攻撃呪文が苦手なら分析はいいかもしれないね。』

『魔法分析…。』

 

実は最近フランス語を勉強し始めたエルファバはフラーに頑張ってフランス語で話しかけたのだが、鼻で笑われた。女性陣はそれに憤慨していたが意外とグリンゴッツ勤めについては真剣にビルと一緒にアドバイスをくれた。その後エディと大喧嘩していて、姉のエルファバも八つ当たりされたが。

 

結果、エルファバは進路を広げることを決めた。

 

「錬金術や古代学を取りたいと思います。」

 

マクゴナガル教授は特に表情を見せたわけではなかったが、納得したようにんん、と頷いて真っ白な羊皮紙を杖で叩いた。

 

「よろしい。あなたの時間割です。」

 

エルファバはお礼を言って時間割を受け取り眺めた。魔法薬学、呪文学、錬金術、古代学、闇の魔術に対する防衛術、薬草学、古代ルーン文字。最初は古代ルーン文字だ。

 

「ああ、そうそう。」

 

同じく古代ルーン文字へ向かうハーマイオニーを追いかけようとしたエルファバの背中にマクゴナガル教授は声かけた。振り返るとマクゴナガル教授は、まるで何事もないかのように、今日の朝食に関する感想を言うかのようにこう言った。

 

「新しい古代ルーン文字の助教授と仲良くしすぎないように。」

 

エルファバはキョトンとした。数秒考えてもその意味が理解できず、あ、はい。と言って大広間入り口で待つハーマイオニーに追いついた。

 

「良かった!分かってたけどね!数占いにあなたがいなくなってしまうのは寂しいけど…錬金術と古代学の授業も取れた?」

「うん。」

 

少し早足でエルファバとハーマイオニーは古代ルーン文字の教室へ向かった。エルファバはふと思い出す。

 

「古代ルーン文字は6年生から2人担任制なんだっけ。」

「ええ。助教授が入ってはずだわ。」

 

確か新学期の晩餐時に紹介された気がする。クリクリ癖毛の赤毛が目元までかかっていて、赤毛の髭が顎全体を覆っているヒョロリとのっぽの男性。挨拶時は少しオドオドしていて、立ち上がる際に長い脚をテーブルにぶつけていた。

 

「名前は…」

「レイモンド教授よ。どうして?」

 

エルファバは今しがたマクゴナガル教授に言われたことをハーマイオニーに伝えた。

 

「助教授と仲良くしすぎないように?」

「ええ。」

「助教授…うーん、一体なんなのかしら。」

 

そうこうしているうちに古代ルーン文字の教室に到着した。黒い大理石の中でルーン文字を模した白い大理石が宙に浮いており、朝日が入り込んで部屋は少し暖かい。エルファバとハーマイオニーが隣同士に座り、教科書をバッグから取り出している時だった。

 

「あの人よ助教授。」

 

ハーマイオニーはエルファバに耳打ちした。教壇に現れたレイモンド教授はくたびれたベージュのローブを纏って顔が赤毛に覆われている。そのすぐ後ろから古代ルーン文字の教授がいそいそと大量の羊皮紙を持って入ってきた。古代ルーン文字の女性教授はマクゴナガル教授と(ハーマイオニーが嫌いな)トレローニー教授の間みたいだとハーマイオニーと話していた。普段は冷静沈着で淡々としているが古代ルーン文字に関して面白く教えてくれ分かりやすい。しかし一回自分のこだわりスイッチが入ると授業に関係ないことを喋り続ける傾向がある。例えば去年の冬ごろ北欧ルーン文字とアングロサクソンルーン文字を使用して同じ魔術を錬成した際にどのような違いが出るかと、うっかりハッフルパフのアーミーが質問してしまったが故に、その2つについて4時間ほど熱く心底楽しそうに語った。おかげで次の魔法薬学はまるまるサボってしまい軒並み(スリザリン以外)スネイプに減点を食らった。

 

「教授のストッパー係で助教授が採用されたんじゃないかしら?去年同じことが起こって複数回他の授業に支障がでたって聞いたし。」

「アンブリッジの査定は問題なかったみたいだけど。」

「…そういえばアンブリッジって、」

 

エルファバの言葉を遮り、教授は咳払いをしてせかせか話し始めた。

 

「さて、ご存知の通り今回から古代ルーン文字は助教授との2人体制となります。これまでは古代ルーン文字と魔法の錬成の基礎を学んでいきましたが、6年生からはより実践的に魔術の解読を行なっていきます。大変魅力的ですが同時に危険を伴うものとなっておりますので、充分気をつけるように。早速本日はペアになって黒板に書かれた魔術の解読を行なっていきます。」

 

チョークがひとりでに難解なルーン文字を書いていく。エルファバとハーマイオニーは目を細めてそれを羊皮紙に書き写した。

 

「それでは始め!」

 

ハーマイオニーが早口に自分の解釈を話し始めた時、ハーマイオニーの背後にあの助教授が立っていた。エルファバが怪訝そうな顔で助教授を見るとハーマイオニーもそれに気づいて、振り返った。赤毛の助教授は赤い髭の中で口をヒクヒクさせている。

 

「何か…?」

 

ハーマイオニーが口を開く前にレイモンド教授はゆっくりと近づき、ハーマイオニーとエルファバにしか聞こえないくらい小声で囁いた。

 

「君たち、いくらなんでも髪が酷すぎる…。」

 

エルファバはその瞬間、周囲を2メートルくらい凍らせた。ハーマイオニーもあんぐり口を開けてレイモンド教授を見上げていた。周囲の生徒たちは何事かとこちらを見ていたので、エルファバは慌てて杖を取り出して氷を消した。レイモンド教授は髭の中でニヤッと笑って、さっさと他の生徒たちの方へと歩いて行った。

 

エルファバとハーマイオニーは顔を見合わせ、数秒固まった後にお互いの髪を撫でて寝癖を直したのだった。

 

エッセイ40センチと翻訳、そして重い本を3日後までに読むようにという初日にしては重すぎる宿題を出した後、授業は終了した。

生徒たちは課題の多さに呻きながらゾロゾロ教室を出て行ったが、エルファバとハーマイオニーは教室の端っこで生徒たちがいなくなるのをじっと待った。レイモンド助教授はいそいそと教室の片付けを行なっている…いや、そんなフリであることはハーマイオニーもエルファバも分かっていた。最後の1人がいなくなった瞬間、エルファバとハーマイオニーはレイモンド助教授に駆け寄った。

 

「あ、ミス・スミス、ミス・グレンジャー。一体どうしました?」

「……変な芝居はやめてちょうだい。」

 

ハーマイオニーはピシャリと言った。エルファバはというとジッとレイモンド助教授を睨みつけながら思い出していた。マクゴナガル教授が今朝言っていたことを思い出した。

 

『新しい古代ルーン文字の助教授と仲良くしすぎないように。』

 

この言葉の意味をようやく理解した。

 

 

 

 

思えばマクゴナガル教授は心なしか笑っていた。

 

 

 

 

 

「一体どういうつもりなのよ…セドリック!」

 

レイモンド助教授は大笑いしながら、杖を振って変装を解いた。顔を覆っていた赤毛が一瞬で消えて、黒髪に変わり華奢な体型は一気に膨れ上がり体格の良い青年が現れた。

 

「笑いすぎよセドリック!」

「ごめんごめん…本当はもう少し隠そうと思ってたんだけど、だって君たち本当に寝癖酷くて…。」

 

睨むエルファバの頭をセドリックはクククッと笑いながら撫でた。ハーマイオニーは驚きを隠せず続けた。

 

「どうしてあなたがここにいるの?就職したって言ってたじゃない!」

 

セドリックはやっと笑いを収め、教室内を歩きながら杖を振ると机や椅子を宙に浮き、モップやちりとりが勝手に掃除を始めた。

 

「元々魔法省でインターンしてからそのまま就職するつもりだったんだけど、あんなことした奴を雇うなんて魔法省の面子丸潰れだからね。」

「け、けど。それで、その後英国クィディッチ協会からオファーが来たって…。」

「それは本当だよ。ただ、今は若いクィディッチ選手が狙われている…昨今のニュースも知っているだろう?」

 

ハーマイオニーとエルファバは頷く。

 

「今年の8月にクィディッチ選手及びそこに就職予定だった人たちの内定が諸々取り消されたんだ。公にされていないけど、今年はクィディッチを始めとしたスポーツも軒並み中止になるから収益が認められないってことで役員を雇えなくなったんだ。」

「け、けどあなたほど優秀だったらどこでも…。」

「ハーマイオニー、考えてみてくれよ。僕は魔法省という魔法界最高機関に背いて情報漏洩、施設の無断使用をしたんだ。そんな奴を誰が雇いたい?クィディッチ協会についても父さんのコネで苦労して掴んだ就労先だったんだ。」

「そんな…。」

 

先ほどまで、黙ってホグワーツ就職したセドリックに怒っていたエルファバだったが一気にシュンとした。夏休み中にセドリックに何回も会っていたが、そんなことは一言も言ってくれなかった。

 

(気を遣って黙っていたのかしら。)

 

「どうしようか考えていた矢先にダンブルドアから連絡があったんだ。これから生徒たちに危険が及ばないようによりセキュリティを強化する、特にホグワーツ内でクィディッチを安全に行えるようにサポートしてほしいってね。元々教育には興味はあったけど、ホグワーツは後輩たちへの贔屓がないように卒業後すぐに戻るのは認められない。けど、今回は特別に認められたんだ。」

「変装を条件に?」

「あと君の贔屓をしないこと。」

 

セドリックはエルファバの頬を軽く摘んだ。エルファバがセドリックを思って落ち込んでしまったからだろう。エルファバは曖昧に微笑み、ハーマイオニーはそれをジッと見つめていた。

 

「本当は君らが取らない科目を担当する予定だったんだけど、僕が取った単位と重ね合わせると難しくて…。古代ルーン文字に入ったってわけ。他の人には内緒だよ…ああ、ハリーとロンにはいいけど。エディには口酸っぱく言っておいてくれ。僕は変装もするし、声も変えるから周りは分からないはずだけどね。」

 

エルファバとハーマイオニーは頷いた。

 

「ひとまずサプライズ成功…ってところかな。この後スネイプの授業だろう?また週末にでも話そう。」

 

ハーマイオニーとエルファバはハッとして慌てて次の授業へと急いだ。セドリックにはまた手紙を書くと伝え、小走りでスネイプの…魔法薬学ではなく闇の魔術に関する防衛術の授業へと向かった。

 

「まさか…セドリックがいるなんて。」

 

驚いた反面、エルファバの中でじわじわと暖かさが身体を包む感覚があった。友達たちがいるホグワーツもいいが、頼れる恋人がいるセドリックがいるというのは本当に心強い。何があっても大丈夫な気がしてきた。

 

「また、2人でセドリックにルーン文字の質問あったら聞きに行きましょう!」

「どうかしら…。」

「?」

「セドリックはあなたに会いに来たのよ。私がいたら邪魔なだけよ。」

「そんなこと…。」

「急ぎましょう。次はスネイプよ…初日から遅刻したらなんて言われるか。ハリーも前の個人授業で恨みがあるし、絶対何か問題起こすわよ。」

 

ハーマイオニーはエルファバの言葉を遮ってさっさと歩き始めた。

 

心なしか…ハーマイオニーが怒っているような気がする。

 

「えっ、ええ…。」

 

エルファバは慌てて早足のハーマイオニーを追いかけた。

 

ハーマイオニーが懸念した通り、ハリーはスネイプに楯突いたため授業初日にして罰則をもらった。無言呪文の練習中、スネイプがハリーを呪おうと(とハリーは主張している)したのでハリーは盾の呪文で応戦したのだった。ロンは大喜びだったが、ハーマイオニーは非難めいた忠告をしつこくハリーにしたのでハリーはウンザリして、エルファバをハーマイオニーとの間に挟んで歩いたが無意味だった。セドリックに会ってからハーマイオニーの機嫌はあまり良くない…とエルファバは思った。

 

(気のせいかしら。)

 

ハーマイオニーが数占いの授業へ行った後、ハリーとロンにセドリックの話をした。2人は予想通り驚きハリーはエルファバ期待通りの反応をした。

 

「セドリックがいるなら、クィディッチのこといろいろ聞ける!クィディッチのキャプテンやるにあたってアドバイスもらいたかったんだ!今度会いに行く時一緒に行かせてくれよ!」

「ええ、もちろんよ。」

 

ハリーは去年セドリックが魔法省と戦ってくれた時以来、セドリックを兄のように慕ってくれている。エルファバとしても嬉しかった。

 

「エルファバ、いいなー。セドリックに言えば課題の内容聞き放題じゃないか。」

 

ロンはロンだった。エルファバは口を尖らせる。

 

「そんなことしないわ…スネイプの課題さっさとやりましょう。」

 

1時間ほどの休憩の後は魔法薬学だった。

魔法薬学はスネイプからスラグホーンというハリーが校長と一緒に呼び戻した教授が担当になった。エルファバはホグワーツに行く初日に特急内にハリーとともに呼び出されて謎のパーティに参加したのでこのスラグホーンという教授をよく知っていた。

優秀な生徒を見抜き、愛でてコネにする傾向のあるスリザリン教授。

パーティ自体はそんなに面白いものではなかったし、人前で自分の経歴を語るなど恥ずかしすぎたので終始ハリーの後ろに隠れていたが、エルファバの夢を聞いてご機嫌だったスラグホーン教授はエルファバの態度を“謙虚”ととんでもなくポジティブに捉えてくれた。

 

『君はグリンダやデニスに似てとっても控えめだ!良いことだ!』

『………父と母を?』

『もっちろんさ!何を隠そう、この2人が出会ったのは私が主催するパーティだからね。氷の魔術を操るグリンダと決闘チャンピョンのデニス。デニスは無口な青年だったが非常に優秀だったさ。今は魔法を使わない仕事に就いていると聞いているが非常にもったいない…ああ、そうそう。リリーとグリンダが交流を持ったのも私のパーティだ!』

 

エルファバとハリーは目を見開いてお互いを見合った。

 

『グリンダはなんというか…あまり人との交流を好まなくてね。しかし才能豊かな魔女だったから私が頼み込んで1回だけ参加してもらったんだよ。その時リリーにグリンダのことをお願いしたんだ。仲良く話してたと思うがあの後どうなったか…。』

 

少し戸惑った後、エルファバは答えた。

 

『ハリーのお母さんは私の後継人なんです。』

『なんと!それは運命…ハリーと君は仲がいいと聞いているが、それを知って?』

『いいえ。知りませんでした。』

 

この話をエルファバはエディと(ハリーと親しすぎる理由を納得してもらうために)セドリック以外に話したことはなかったし、ハリーも同様に他の人には話したことがないようだった。お互い3年生の時にそれを知ってから特に触れることはなかったが、ハリーとエルファバはお互いに妙な結束感というか繋がりを感じているのは事実だろう。

 

スラグホーン教授は自分が見出した魔女たち2人が友情を育み、それがその子世代まで引き継がれているのを知って涙ぐんでいた。生徒たちはなんのこっちゃ分からなかったが、自分たちの経歴をこれで根掘り葉掘り聞かれることは無くなったのでありがたそうにエルファバとハリーを見つめていた。

 

さてこのスラグホーン教授の授業はある意味公平で、“愛の妙薬”、“真実薬”、“ポリジュース薬”を言い当てたマグル生まれでグリフィンドール生のハーマイオニーに得点をあげるということをやってのけて、スリザリン生に一泡吹かせた。(ハリーが事前にハーマイオニーの話を教授していたらしいが、それを聞いたロンがなぜか不機嫌になった。)

 

「ざまあねえなマルフォイの野郎。」

 

薬の説明が終わり、“生ける屍の水薬”の調合に入る際マグルのスリザリン生であるマギーがエルファバの隣に来て嘲笑った。大柄なマギーは今や身長がエディ以上にあり体格も良いので華奢なエルファバとは大きな違いだった。

 

エルファバは材料を揃えながら苦笑いする。

 

「スネイプの好待遇を期待してるんだなあいつ。ほおーら、見ろ。スラグホーンに媚び売ってるぜ。」

 

マルフォイは自分の曽祖父だかの話をスラグホーンにしているところだった。

 

「マギー、変なこと言っていい?」

「なに?」

「…私、実はスネイプに嫌なことされたことないの。ハーマイオニーやネビルにされたようなこと…あの3人には言えないんだけど。」

 

スネイプのエルファバに対する態度はずっと不可解だった。

 

例えば先ほどの闇の魔術に対する防衛術の授業で、生徒たちの中で唯一無言呪文が成功したハーマイオニーは無視だったが、シェーマスとのペアで同じく無言呪文を成功させたエルファバには10点得点を入れたのだ(エルファバのそばを通り過ぎる際に小声かつ早口で得点を入れた)。

それだけではない。3年生時に魔法薬学の時間エルファバが骨折して材料が切れなかった時、エルファバが目を離した隙に材料が切れていたことがあった。スリザリン生への贔屓に比べれば微々たるものだったが、知らぬ間に得点を入れてくれる時もあった。

 

かなり前にその話をハリー、ロン、ハーマイオニーにしたのだが絶対に勘違いだと言われた。考えてみればエルファバに得点を入れても、他のグリフィンドール生から減点しているので結果マイナスだった。エルファバの話は勘違いだと言いつつ、スネイプがロリコンである証拠があればスネイプをホグワーツから追い出せるのではないかとロンとハリーは真剣に話し合っていた。ハーマイオニーは「あなたたち、それスネイプとエルファバ両方に失礼なこと言ってるの分かってる?」と呆れていた。

 

「……ロリコンなんじゃねえの?」

 

案の定、エルファバの話を聞いた後マギーはそう言った。エルファバは肩をすくめ、薬の調合に取り掛かった。

 

薬の調合は恐ろしく難しく完璧に調合などできなかったが、なんとこれまで魔法薬が苦手だったハリーが調合に成功し幸運の薬”フェリックス・フェリシス“を得た。エルファバも途中まではうまく調合できていたはずだが、最後に薬をかき混ぜた時にライラック色からピンク色に変わるはずが、変わらずあと一歩のところでうまくいかなかった。スラグホーン教授は曖昧に微笑むハリーを絶賛し、マルフォイの不服顔を拝めたところで授業は終了した。

 

授業が終わり夕食時にハリーは教授から借りた古い教科書に書き込みと教科書の訂正があり、それに従ったらうまくいったと説明してくれた。ロンは面白がったが正義感の強いハーマイオニーは再び不機嫌になり、ハリーの実力ではないと怒り出した。

 

「ハリー、それって…。」

「エルファバ。君の考えているリドルの日記みたいなことにはならないさ。だって古い教科書で…。」

 

エルファバは2年生の時に自分の意思を持つ日記帳に心を開いてしまったが、故に大変な騒ぎになった。エルファバが不安そうにハリーを見つめていたので慌てて言った。

 

「あなた、誰かが書いたか分からない言葉に従ったの?」

 

エルファバの後ろから抱きしめる形でジニーがハリーと目を合わせてきた。ジニーからは花のいい匂いが漂った。

 

「いや、だから安全で…。」

 

ハリーはいきなり現れたジニーから目を逸らした。段々ハリーの耳が赤くなっていることにエルファバは気づく。

 

「ジニーとエルファバの言う通りよ。おかしなことがないか調べるべきだわ。」

 

ハーマイオニーはカバンからハリーの教科書を取り上げて呪文を唱えたが、本は何もなくジッとしているだけだった。何も起こらず驚くハーマイオニーにハリーは憤慨し「本がひっくり返るのを見るかい?」と皮肉を言いながら本を奪い返した拍子に教科書を床に落としてしまった。ハーマイオニーは何もなくて不服そうだったが、エルファバは興味津々だった。

 

(魔法薬学師になるための何かを得られるかもしれないわ。ハリー見せてくれるかしら?)

 

「…エルファバ。」

 

ハリーは落として見開かれた古い教科書の裏表紙をエルファバに見せてきた。まさかこんなに早く見せてくれるなんて、と怪訝そうに覗き込むと読みづらい細身の筆跡でこのように書いてあった。

 

“半純血のプリンス蔵書”

 

「…半純血の、」

「その下見てくれ。」

 

そう書かれた真下、ハリーが指差した先に別の筆跡があり、その上にインクでグリグリと強く塗りつぶされていた。しかし、目を凝らすとなんとなく文字が読めた。

 

「…まさか、」

「なに?どうしたの?」

 

エルファバが息を呑んで杖を取り出すと、ハーマイオニーとロン、ジニーも教科書を覗き込んできた。きっと何か怪しいものを見つけたと思っているのだろう。

 

「レベリオ 現れよ」

 

エルファバが杖でその塗りつぶされた部分を叩くと、塗りつぶしインクの部分が徐々に溶けるように消えていく。その下に現れた筆跡は先ほどのものよりかなり読みやすい筆圧が強いそしてエルファバが驚くには充分すぎる情報があった。

 

 

“なお、ただのデニス・スミスの補助あり”。

 

 

 

 



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4.グリンダの家

最近オープンしたハリー・ポッタースタジオのカフェで食べれる予定のアンブリッジのアフタヌーンティーセットっていうハリポタファンからしたら大ウケかつヴォルデモート以上のヘイト買ってるくせに妙に美味しそうな商品作った人天才だと思う。早く発売しないかな。


 

「父さんとシリウスはスネイプをいじめてたんだ。」

 

談話室はエルファバとハリー2人だけだった。エルファバは早速始まった錬金術の“物質を金に変えることのメリットとデメリット、それに伴うマグルとの共同研究がこの学問において重要だった理由”に関するエッセイを書いていた。対してハリーはシリウスからの手紙を読んでいた後唐突にこう言った。ちょうど集中力が切れたタイミングだったからかこの言葉は見事にエルファバの脳の届き、驚いて顔を上げた。

 

「え?」

「誰にも言うなって言われたし、僕もそのつもりがなかったんだけど。」

 

ハリーはため息混じりに話し始めた。

 

「魔法省で死喰い人(デスイーター)といざこざした前後で僕がスネイプから閉心術の練習受けてただろう?あの時スネイプが途中で教えるのをやめてしまったのは僕がスネイプの記憶を見たからなんだ。」

「…スネイプがいじめられている?」

 

ハリーは黙って頷く。

 

「そんなつもりなかったんだけど。5年生の時の話だと思う…みんなO.W.Lを受けてたんだ。父さんとシリウスがスネイプを空中に浮かばせて…みんなの笑い物にしてたんだよ。それを母さんが止めてた。母さんは父さんが大嫌いだって言ってたんだけど。けどスネイプは母さんのこと穢れた血って呼んだんだ。」

 

エルファバはハリーの唐突な告白になんと返せばいいのか分からなかったが、ひどいわねとだけ返した。

 

「夏休みにシリウスにその真相を聞いたんだ…ガキだったんだってさ。父さんはなんでもできるお坊ちゃんだったから、傲慢でなりふり構わず人に呪いをかけていてスネイプには特に酷かったと。けどスネイプもやり返していて…。」

 

段々ハリーの言葉が小さくなっていく。エルファバはチラッとハリーを見ると、俯いていた。

 

(ハリーは両親を誇りに思っていた。だからこそ落胆が大きかったのね。)

 

『今後はあの“怪物”について、いろいろ考えないと…。』

 

エルファバは今年の3月ごろに父親が自分をなんと言っていたかを思い出す。これまで家にそんなにいなかった父親にあまり期待はしていなかったが、4年生の時にグリンダが無実だと知った父親はエルファバに、エディに、歩み寄ってくれた。ある程度会話も増えたし楽しく生活できていた。

 

そんな裏でエルファバの食事に薬を仕込んでいた父親、エルファバを“怪物”と呼んだ父親。

 

(私なら親に対する落胆を共感してくれると思ったのかしら。)

 

エルファバは少し考えた後明るくこう言った。

 

「ハリーの護りはお母さんからだもんね。いざとなるのは父親じゃなくて母親!ってところかしら?」

「君も随分言うようになったね。」

 

エルファバはおどけたように細い腕を上げて(ない)力こぶを作るとハリーもふふっと笑ってくれた。

 

「ハリーはきっといいお父さんになるわ。だって、人の痛みを知っているもの。」

「そうなるといいけど。君は聞き上手だからいいお母さんになるだろうね。」

 

少し考えた後、エルファバはありがとうと微笑んだ。

 

(私って…将来どうなるのかしら。)

 

あまり考えたことがなかった。1年生から4年生ぐらいは自分の目の前のことで手一杯だった。”力“のことやそれがバレないか、家庭のこと…。5年生も相変わらずトラブル続きだったが、家庭からも意図せず完全に優しい大人たちのおかげで少しずつ自分の今後を考える機会が増えてきた。

 

(将来まだ何の職業に就くかは決まっていないけれど、きっと働くのは好き…だと思う。好きな職業に就いて働いて、ホグワーツ生は卒業後に結婚する人も多いし、私とセドリックもいずれは…。)

 

エルファバはパーバティ、ラベンダーが言っていたことを思い出す。

 

『エルファバって、ずっとセドリックと一緒にいるのでいいの?』

『少し遊んだ方が将来のためにならない?』

『…遊ぶ…?』

『セドリックだって、エルファバ以外の子ともしかしたらくっつくかもしれないのよ?』

『2人ともエルファバに変なこと吹き込むのはやめてちょうだい!』

 

ハーマイオニーがたしなめたが、エルファバは“遊ぶ”の意味がいまいち理解できなかった。

 

「けど、そんなに仲が良くなかったのにハリーのお父さんとお母さんはどうして結ばれたのかしら。」

「7年生になって傲慢な態度が治ったら母さんは父さんと付き合い始めたらしい。」

「そうなのね。誰にでも間違いはあるから、そんな素敵なお母さんが結婚したってことはお父さんも素敵な人になったのよきっと。」

「そうだね…。」

 

ハリーはスッキリしたようだった。納得したようにウンウンと呟くと、今はハリーにとって大事な“上級魔法薬”をぺらっと開いた。この本で今はハリーは魔法薬学が得意科目になった。共有しようと提案したが、ハーマイオニーは憤慨し意地でもその教科書に頼らなかったし、ロンも文字の識別に苦労してギブアップした。一方でエルファバは魔法薬学がない週末にハリーから教科書を借りて、勉強の合間に読み込んで返した。

 

エルファバは自分の父親に似て、恐ろしく記憶力がいいのは周知の事実だった。ハーマイオニーはエルファバを批判したが、「私の将来に役立つかもでしょう?」と言うとエルファバを睨むだけでそれ以上は何も言わなかった。実際魔法薬学についてはエルファバの場合ある程度成績が良いので、“半純血のプリンス蔵書”に書いてある事項は試したり試さなかったりで授業をエルファバ自身の実験として使用した。

 

エルファバもエッセイを書き終わり猫のように伸びをしながらふと考えた。

 

(そういえば、シリウスとリーマスは仲の良いピーターに裏切られたわね。そうすると…私は…もしかすると7年生になった時に…みんなと仲良くなくなって、セドリックは私と別れて、みたいな未来だってありえるということ?)

 

伸びをしているエルファバを横目で見ていたハリーはエルファバの顔が唐突に暗くなりボロボロと涙をこぼし始めたので、ギョッとしてめくっていた教科書を机に放り投げた。

 

「エルファバ?どうしたの?」

「…ううっ、みんなと別れるなんてやだぁ…。」

「待って、何でその結論に至ったの?ちょっと僕が泣かせたって思われるとセドリックとハーマイオニーに殺されるから、泣き止んでくれ!」

 

エルファバはぐずぐず言いながら涙を拭く。ハリーはオロオロしながら、エルファバの肩を抱いた。

 

「どうしてそんなふうに思ったんだいいきなり…。」

「だってぇ…。」

 

ハリーは顔に触れる粉雪の冷たさを感じながら脳を回転させた。最悪なことに下級生たちが談話室に戻ってきて怪訝そうにこちらを見ていた。

 

(そうか…酷い家庭環境だったエルファバのことだから今は幸せだけど、これが崩れたらどうしようって思考になったのか。でも今のどこの話で?けど、慰めるか。)

 

「エルファバ、僕らが仲違いするはずないだろう?普通の友達と違っていろんなことを乗り越えてきたんだから。」

「…うん、」

「君とセドリックだって去年あんなことがあってもちゃんと強い絆で乗り越えたじゃないか。あれ以上のことなんか早々起こらないさ。」

「うん、」

 

エルファバは袖で涙を拭いながら小さい子供のように頷く。

 

「…君の家みたいなことは起こらないよ。約束する。」

「私たちずっといっしょ?」

 

ハリーは少し答えを迷ってしまった。考えたくはないがヴォルデモートが復活した今、みんながずっと一緒だなんて約束はできない。日刊予言者新聞は連日行方不明者や死亡者の報道をしている。そんな中でみんながずっと一緒だなんて保証なんてできるのだろうか?

 

(いや、絶対みんな一緒だ。ルーカスのような人を作らないー。絶対に。)

 

「ああ、ずっと一緒だよ。」

 

ハリーは力強く、自分に言い聞かせるようにそう言った。

 

 

ーーーーー

「え、一緒に来てくれるのセドリックなの?」

 

そこから数週間後の金曜日。

授業が終わったエルファバは黒の分厚いローブを手に持ちながら警備員が多数いるホグワーツ正門前に来た人物に目を見開いていた。セドリックは変装をせず、同じく黒いローブを羽織ってニッコリ笑いかけた。

 

「そう。護衛担当…学校卒業したての僕1人でいいのか不安だったけど、ダンブルドアが僕だけでいいってさ。ちゃんと責任を持って君を守るよ。」

 

エルファバはホッとしてセドリックの胸に飛び込むと、セドリックは逞しくエルファバを受け止めてくれた。

 

「あんまり知らない人とかだったらどうしようかと思って…。」

「あとシリウスだったらとか?」

「…そう…。」

 

セドリックは乾いた声で笑った。

 

「シリウスは別の任務で忙しいらしいよ。ダンブルドアが言うにはこれから行く先で、中立にしっかり判断ができる人物がいいって…さあ、寒くなるだろうからローブを着て。」

 

エルファバは私服のセーターとジーンズの上からローブを羽織り、深呼吸した後にセドリックの腕に掴まった。その瞬間、いつものように水道管に無理やり押し込まれたような感覚を数秒感じた後に目を開けると、満天の星空がエルファバの目の中に飛び込んできた。

 

「うわあっ…。」

 

息を吸い込むと、爽やかな草の匂いが鼻腔の中いっぱいに広がった。広大な自然と藍色の星空の境界線が肉眼ではっきり見えるほどに月は明るかった。緩やかで冷たい風はエルファバの肌をくすぐり、髪の毛を優しく持ち上げる。

 

「ここは?」

 

杖に明かりを灯して歩き出したセドリックにエルファバは尋ねた。歩くたびに草が触れる音と芝生の匂いがする。

 

「オックスフォードから離れたワトリントンってところ。マグルが住むには不便な場所らしくて、魔法使いたちが多い場所なんだ。」

 

ローブから羊皮紙を取り出し、それを杖に近づけた。エルファバが背伸びして覗き込むと地図らしきものの上に十字架があり、線が重なる部分に氷の結晶が描いてあった。

 

「こんな草原の中に家があるの?」

「それが騎士団も死喰い人も…魔法省も見つけられなかった理由らしい。」

「こんばんは。」

 

エルファバとセドリックの背後から優しい男性の声が聞こえた。振り向くと、杖で明かりを照らす黒いローブの男性とその後ろでにこやかに手を振るレギュラスがいた。

 

「闇払いです。レギュラス・ブラックをここまで連れてくるように指示されました…あなたと合流したら私は去るように言われておりますが。」

「はい、ありがとうございます。」

 

闇払いはエルファバ、セドリック、そしてレギュラスを見て訝しながらも“姿くらまし”した。レギュラスは黒髪をポニーテールにして、同じく黒いローブを着ている。久しぶりに外に出れたからか思いの外生き生きしてる。

 

(学生と卒業したての17歳に元死喰い人(デスイーター)を任せるって変な話だものね…セドリックはすごい魔法使いだけど…。)

 

「はじめましてセドリック。レギュラス・ブラックだ。よろしくね。」

 

レギュラスは朗らかにセドリックに握手を求めたが、セドリックは軽く会釈しただけで握り返さなかった。レギュラスの表情は薄暗くよく分からなかったが、手を引っ込めて何事もなかったかのように話を続けた。

 

「さて、家はこの下に埋まっている。君しか取り出せない。」

「埋まってる?」

「闇の帝王が活発化した時、グリンダの家族…オルレアン家は立て続けに亡くなった。暗殺だったのか、病気だったのかは分からないけど。グリンダは天涯孤独に…厳密には弟のクウィナスがいたけど、誰も頼れる人間がいなくなった段階で家を隠したほうがいいと判断して自分しか家に辿り着けないようにしたんだ。」

「…ここは、」

「私しか知らない。グリンダに教えてもらったんだ。魔法省にも言っていなかった…繰り返しになるけど、私はもう死喰い人(デスイーター)ではないから闇の陣営も知らないはず。」

 

エルファバが口を開く前にレギュラスは聞きたいことを全て答えた。死喰い人(デスイーター)ではないと繰り返し言うレギュラスだが油断はできない。

 

「どうして…どうして、私のお父さんですら知らなかったことをあなたは知っているの?」

 

レギュラスは後ろを振り返った。薄暗い中でも、「何を言っているんだ?」という顔をしているのは明らかだった。

 

「君のお父さんは知っていたはずだけどな。少なくともグリンダは君のお父さんには伝えていたはずだ。」

 

エルファバは顔をしかめて、考えたがそもそも父親はエルファバに魔法から離れてほしかったのだ。知っていても言わないのは自然なことかもしれない、とエルファバは自己完結した。

 

「さて、ここの地面一体を凍らせると地下に繋がる階段が出てくるはずだ。」

 

少し考えて、恐る恐る右足を出した。バキバキバキっ!と空気が割れる音と同時に、暗い草原の気温は一気に下がった。そこから数秒、ゴゴゴっと地下から何か大きな物が這い出てくる音が聞こえた。

 

「下がって。」

 

セドリックがそう言ってエルファバの前に来たと同時に、草原を包む氷がキシキシと音を立ててまるで削られるかのようにひとりでにエルファバたちの前に集まってきた。氷の破片たちは草原の上で弧を描き魔法陣のような模様を立てたと思えば、ピキピキっと最終的には人が2人くらい通れるマンホールのような氷の塊になった。

 

「ここが入り口だよ。」

 

セドリックは杖を持っていない片手で魔法陣が描かれた氷の扉を開けた。分厚い氷の下には石の階段がある。レギュラスはセドリックが促す前に先に下を降りた。セドリック、エルファバが後に続く。エルファバはその穴に手をかざし、薄い氷を張った。

 

「この地下に誰か敵が入ってきたら、分かるようにするわ。」

「ああ、助かるよ。」

 

埃かぶった階段を降りるエルファバにセドリックは言った。

 

「インセンディオ 燃えよ!」

 

セドリックが呪文を唱えると、部屋の中が一気に明るくなった。中は思った以上に広々としていた。

藍色を基調とした壁とカーペット。部屋の真ん中には焦茶色の木製ダイニングテーブルが置かれ、その周りを銀の椅子が3、4脚ほど囲っていた。部屋の端にある長年使われていないであろう暖炉は周りが銀色でできた細い蔦のような装飾で囲われていて、それが不規則に太くなり天井に広がっている。天井の蔦はエルファバの体くらいの太さのものが絡まり合い、時折その銀の蔦はゴソゴソと緩やかに動いている。蔦が動くたびにそこから吊るされた部屋を照らす大きなランタンがゆらゆらと揺れた。

 

「てっきり雪の結晶だらけの家だと思ったけど違うんだね。どちらかというとレイブンクロー寮を彷彿させる。」

 

セドリックは辺りを見回してそう呟いた。エルファバは銀の蔦がある壁の中にいくつか写真が埋め込まれていることに気がついた。蔦たちがその写真だけ避けて動いているようだ。

 

「グリンダ…。」

 

ホグワーツの制服を着たグリンダはおそらく5、6年生くらいだった。エルファバにそっくりだったが、エルファバよりも体格がしっかりしており、もしかすると実際の年齢はもう少し幼いかもしれないとエルファバは感じた。後ろには父親らしき男性がニッコリ笑っている。父親はこれでもかと言わんばかりに恰幅が良く大きな手をグリンダの肩に乗っけている。そしてグリンダの隣には新品のホグワーツ制服を着てニッコリカメラに手を振っている男の子がいた。

 

(クィレルね…。)

 

髪色は茶色か黒のようで髪が真っ白なグリンダは目立っていた。エルファバが会ったのは髪がない(後頭部にヴォルデモートを飼っている)クィレルだったので、少年クィレルを見るのは少し不思議だった。

部屋を辿ると壁の中にいろんな写真が会った。レイブンクロー監督生になったグリンダ、箒に乗ってブラッチャーを棍棒で跳ね返すグリンダ、(驚くことに)エルファバの父親デニスと2人で寄り添ってニッコリ笑うグリンダー。

 

「ああ、そこの部屋は入らないほうがいいよ。」

 

エルファバが写真に集中している間、セドリックが見ている少し開いている扉に対してレギュラスは言った。扉には金色の綴り字で“クィリナス”と描かれている。

 

「呪いでもかけられているんですか?」

「まあ、そんなところかな…気になるなら君だけ扉の隙間から見てごらん。ただエルファバには刺激が強すぎるから見ないことをオススメする。」

 

セドリックはチラッとエルファバが気づいていないことを確認した後にルーモス、と唱えて光を扉の隙間に入れて覗き込んだ。確認して数秒後、セドリックは早急に扉を閉めてため息をついた。

 

「…親は気づかなかったのか?話には聞いていたけど…。」

 

セドリックの声色は嫌悪感を隠しきれていない。顔色すら悪くなっていた。レギュラスはセドリックに同情するように優しく声をかける。

 

「親は弟に関心がなかったらしい。」

 

セドリックは被りを振る。その間のやり取りにエルファバは全く気づかず、部屋をうろうろしていた。ふとテーブルいっぱいを覆うにある大きな羊皮紙に気づいた。

 

「これ…。」

 

見覚えがあった。銀色に塗られた羊皮紙の中で、雪の結晶がチラチラと舞っている。その上に黒い文字と金色の文字で人の名前があった。

 

(家系図だわ。シリウスの家にあったタペストリーみたいな。)

 

例えば最初は“エヴァーソン・オルレアン”が金色の文字と“サラ・ベラ・ベルナール”が黒色。それは赤色の毛糸で繋がっておりその毛糸が枝分かれして“エドワード・オルレアン”という人と結ばれていた。きっと2人の息子だろう。その他にもアデラインという女性が2人の間にいた。そして“エドワード・オルレアン”は“セレナ・ポッター”と繋がっていてー。

 

(ポッター?私ハリーと親戚ってこと?)

 

しかし、ここで不思議に思った。エドワードとセレナには3人の息子がいることになっている。しかしそのうちの1人には名前がない。名前のないその人は「マリアン・シーラン」と赤い糸で繋がっている。その下には2人子供がいるが、そのうちの1人も名前がなかった。

その後も空白部分または金色の文字で描かれた人物がいる。しばらく追うと空白の部分と繋がった”ベンジャミン・オルレアン”の下に金色に描かれた“グリンダ・オルレアン”が“デニス・スミス”という名前と繋がりその下に“エルファバ・スミス”という名前が描かれている。エルファバの名前も金色。

 

(そういえばレギュラスもそんなこと言っていたわね。金色に描かれた名前は“力”を持っている人ということで間違いなさそう…けど、どうして名前が抜けているのかしら…100年ほど前だから記載漏れ?けれどそんなはずないのよ。だってー。)

 

エルファバはチラッとセドリックとレギュラスを見た。

 

「どうしたの?」

「…なんでもない、」

 

エルファバは思わずセドリックから顔を逸らしてしまった。学生のエルファバと赤い毛糸で結ばれていたのは“セドリック・ディゴリー”だったからだ。

 

「楽しんでもらえたかな?」

 

レギュラスはエルファバにテーブルを挟んで近づいた。

 

「君しか入れないから、好きなタイミングで来るといいよ。いろいろ調べられるだろう。」

 

エルファバはレギュラスを見る。

 

「現世にある死の呪文に対抗できる唯一の手段をあなたと調べるんじゃなくて?」

「私は、ここに来たことがあってもう調べ尽くしてるんだ。君を…君たちを呼んだのはただちゃんと話をしたかっただけで、グリンダの実家に来ること自体はそこまで重要じゃなかったんだ。」

 

え、とエルファバがいう前に既にセドリックはレギュラスに杖を構えていた。レギュラスは穏やかな顔で両手をあげている。

 

「何度だって言うけど、私は死喰い人(デスイーター)と交流はない。むしろ私は闇の帝王に反旗を翻した人間なんだ。けど、騎士団の人間には私の胸の内を明かすつもりはない。」

 

数秒の沈黙を破ったのはセドリックだった。

 

「なぜ騎士団に言わないことをエルファバに言うんだ?」

「エルファバと君に、だよ。理由はいろいろあるけど、まず騎士団内の私への信頼が薄いからこれから話すことを信頼してくれない。何より…ダンブルドアを信用できない。」

 

レギュラスは両手を下げて、エルファバとセドリックを交互に見る。

 

「私の推測が正しければ…間違っていないはずだけど、ダンブルドアは大義のために人の命を犠牲にすることに躊躇のない冷酷な人間だ。もちろん、闇の帝王を打倒するという目的はあるけれど…そのためには手段を選ばない。セドリック、君だってダンブルドアを疑っているはずだ。」

 

セドリックの杖を持っている手がピクッと動いた。エルファバはそれが図星であることを悟ったと同時に、このままレギュラスのペースにのまれるとまずいとエルファバは感じた。

 

「それをどうして私に?」

「グリンダとの約束なんだよ。君を守るっていうことが。もっと言えば…君とハリー・ポッターを守ること、だけどね。」

「ハリーを?」

「うん。グリンダはリリー・ポッターと仲が良かったからね。」

 

エルファバは頑張って頭をフル回転させた。

 

(校長先生の信頼を落として、私やセドリックの信頼を勝ち得ることでどんなメリットが…闇の陣営に私を引き摺り込むため?けれどそしたらもっと上手くアプローチしないかしら…私やセドリックの弱みに漬け込むとか。けれどここまで来れたということは、グリンダとの交流があったのは間違いないわよね。一体どうしたら…。)

 

「それを、あなたが守る義理がどこにあるんだ?なんのメリットがある?」

 

エルファバが考えていると代わりにセドリックが布石を打った。心なしか威嚇するように口調が強い。

 

「グリンダは私の家族を守ってくれたんだ。」

「家族って…。」

「クリーチャー。私の大事な家族。」

 

と、言ったところでレギュラスはエルファバの顔をジッと覗き込んできた。灰色のシリウスと同じ瞳は何かを探ろうとしている。エルファバはハッと気づいた。

 

(クリーチャーの存在を私が知っていたらおかしいわ…レギュラスは騎士団の基地がグリモールド・プレイスであることを疑ってる…!だとしたらまずいわ。)

 

エルファバはなるべく表情を崩さないようにして、レギュラスを見返した。

 

「…続けて?」

 

レギュラスはそんなエルファバをクスッと笑った。目尻に笑い皺ができるところがシリウスによく似ていた。

 

「私もクリーチャーもグリンダがいなければ亡くなっていただろう。」

「どうやってグリンダはあなた2人を救おうとしたの?」

「それが分からないんだよ。」

 

レギュラスは少し悲しそうに、というよりも悔しそうに言って銀色の椅子に座った。

 

「私はその時、まだ闇の帝王に心酔している時だった。ある日、闇の帝王にクリーチャーを貸して欲しいと言われた。闇の帝王に力を貸せるというのは名誉なことだとクリーチャーに伝えて喜んで貸そうとした…その直前、スパイだったグリンダが私に声をかけた…実験したいことがあるから協力してくれと。けれどその前後のことにはグリンダに記憶を消されたんだ。次に目覚めた時に私は氷の“力”を持っていて、クリーチャーは闇の帝王に貸し出された…結果クリーチャーは闇の帝王に利用され、酷い目に遭って帰ってきた…生きて帰って来れたのが奇跡、という具合にね。」

 

レギュラスはそこで言葉を切った。なんとなく、レギュラスの性格が見えてきた。

 

(シリウスとレギュラスは性格があまり似ていないと思ったけど…なんとなく似ている部分がある。人を揶揄うところとか心を開く人と閉じる人を選んでいる部分。言い方を変えれば選民思想…。そして、心を開いた人には話し過ぎてしまう部分。)

 

エルファバはジッとレギュラスを観察した。レギュラスは命の恩人であるエルファバに自分のことを喋り過ぎたと思っている…エルファバがこの話を騎士団員に告げ口する可能性を考えずに。少し考え込んだレギュラスは、今度は慎重に話し始めた。

 

「私をもっと信用してもらうために2人にヒントを教えよう。できればあまり騎士団には話してほしくないけど…やむ得ない。近々ダンブルドアは闇の帝王を打倒する術をハリー・ポッターに教える。そして多分、君やハリー・ポッターの友達にも伝えていいことになるはずだ。そして、それは私も何なのかは分かっている。それはー。」

 

ガシャン!

 

何かが割れる音と男性が驚く声が入り口で聞こえた。入り口の氷が破れたのだ。

 

セドリックは弾けたように音のする方向へと走っていった。

 

「君はここにいて!」

 

そう言って部屋から消えた数秒後、閃光が弾ける音とセドリックではない別の男性が叫ぶ声が部屋の外から聞こえてきた。

 

「セドリック!」

 

エルファバは何も考えず、入り口の外へと走って行った。エルファバが階段を登ると、入り口付近に黒いローブの男が1人気絶していた。数メートル離れたところでセドリックが骸骨のマスクを被った男性と戦っていた。エルファバは身を隠しながら戦況を伺う。

 

「あっ!」

 

セドリックの背後から身長の高い黒いローブの男が近づいていた。セドリックは気づいていない。エルファバは入り口から飛び出し、手で何かを丸める仕草をしてそれをその男性に向かって放った。エルファバが放った“玉”は男を直撃し、肩から下の上半身が凍ったと同時に数メートルほど遠くに吹っ飛んでいった。

 

「そこにいろ!」

 

エルファバの背後からまた別の男性が叫び、エルファバの両脇を青と赤の閃光が走ったと思えば、その閃光が1つに繋がった瞬間黒いロープのようなものが光から飛び出て、セドリックと戦っていた相手に絡みついた。男は叫びながら倒れ込んだ。今度はセドリックから数メートル離れた先でブワッと火柱が見えたがそれは一瞬にして消えた。

 

「今…。」

「エルファバ!大丈夫かい?」

 

セドリックは小走りでエルファバに近づいてきた。

 

「ええ、平気よ。あなたは?」

 

エルファバはセドリックのローブについた葉っぱを払った。

 

「ああ、大丈夫…応援ありがとうございます。」

「なんてことはない…どうやってあいつらここを嗅ぎつけた?」

 

ムーディは義足を鳴らしながらエルファバの後ろから近づいて来た。きっと今の一瞬でセドリックが応援を呼んだのだろう。

 

「ルーモス マキシマ 大きな光を!」

 

ムーディがそう唱えると暗い草原が空中に放たれた青白い光で煌々と照らされた。エルファバは念のため辺りを見回すがもう敵はいなさそうだ。レギュラスはグリンダの家の前にぼんやり立っていた。

 

「お前!」

 

ムーディは怒鳴りながら勢い良くレギュラスに杖を向けたので、エルファバはビクッとその辺を凍らせた。

 

「そいつから離れろ!仲間と連絡を取るつもりか!?」

 

ムーディはレギュラスのそばで伸びている死喰い人を杖で指した。レギュラスは呆れたように大きなため息をついて距離を取る。

 

「こいつの杖は?」

「そこに折れてますよ。」

 

用心深いムーディは早足で死喰い人に近づき、しゃがみ込んで確認している間にセドリックはエルファバにコソッと耳打ちした。

 

「…スだった。」

「え?」

「あれは、ルーカスだったと思う。おかしなことを言っているのは分かってる。さっき火を放って消えた魔法使いだよ。薄暗かったけど、あの背丈、走り方…100%断言はできないけどルーカスにそっくりだった。」

 

エルファバが息を呑んだと同時に、喋り始めたのはレギュラスだった。

 

「あの炎で去ったのはクラウチかな。ベルンシュタインの家を調査してここまで辿り着いた可能性はある。クラウチは炎の魔法使いであるレインウォーターを喰らったからきっとレインウォーターの容姿に近づいてるはずだけど。」

「喋るなブラック。今お前を調べてる。」

「はいはい。」

 

レギュラスは両手を上げ、ムーディに手荒なボディチェックを受けているところだった。エルファバとセドリックは顔を見合わせる。そしてエルファバは俯いた。

 

(ルーカスが…それじゃあもしこれからクラウチと対峙したら、クラウチはルーカスの見た目をしているということ?)

 

不安になりギュッとローブを握りしめるエルファバの肩をセドリックは優しく抱いた。

 

カサっ。

 

握りしめた時、ローブのポケットに何かが入っていることに気がついた。エルファバはポケットに手を突っ込むと小さく古い羊皮紙が出てきた。身に覚えのないものだ。ふと両手を上げているレギュラスを見ると、目が合いレギュラスはウインクをした。

 

「何?」

 

アイコンタクトをしたセドリックはその羊皮紙を広げて目を凝らすエルファバに声かけた。

 

“さっきの話の続き。分霊箱(ホークラックス)という言葉がこれから出てくるはずだ。これは闇の帝王を倒す重大な鍵になるから覚えておいて。できればあまり周りには言わないでくれ。“

 

「分…」

 

エルファバがそれを読み終わったと同時に羊皮紙がドロっと溶けて、手の中で消えた。

 

 




ちなみに書き忘れたが、ヴォルデモートとハリーの繋がりはエルファバの格好をしたルーカスの死により切れてるよ


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5.すれ違い

【注意】
この話にはオリキャラとハリポタ登場人物の匂わせが出てきます。苦手な人は飛ばしてください。


グリンダの家から帰って来た次の日の週末。

旅に疲れていたエルファバは「久しぶりだから」という理由で無理をしてホグズミードに来たことを大いに後悔した。

 

想像以上に寒い道のり(“氷の魔女”であるエルファバがそんなことを思うのは異常だ)を歩いていたがホグズミードはこのご時世でほぼお店が閉まっていた。おまけに道中ロンとハーマイオニーは険悪な雰囲気になり、ハリーとエルファバだけがその沈黙を破ろうと無理に会話している状態だった。

 

「僕と君は遠い親戚だったっていうには面白い偶然だね。」

「ええ、なんだかハリーとは不思議な縁を感じるわ。」

 

ロンは“才能がある生徒”しか呼ばれないスラグクラブにこの4人の中で唯一呼ばれていないことに対してイライラしており、ハーマイオニーはロンの機嫌を取ろうとしたが“三本の箒”に来たら今度はハーマイオニーがイライラしていた。2人とも少し声を大きくして話すハリーとエルファバの会話には乗ってこない。適当に相槌を打つだけだ。三本の箒の店内がガヤガヤしていることだけが唯一の救いだった。

 

「それにしても、えーっと、レギュラスは随分と協力的じゃないか?」

 

ハリーはレギュラスの部分だけ口パクでエルファバに言った。

 

「そうね…そう思ったんだけど。」

「彼のことを少し信頼して歩み寄ってもいい気がするけど、どうなんだろう?…ルーカスの時と違って、彼が何かしら罪を犯したわけじゃないはずなのに。」

「私もそれを提案したんだけど、騎士団員が言うには所々に差別発言が見受けられるから、信用できないんですって。」

「例えば?」

「トンクスのこと。トンクスって、彼からしたら姪にあたるでしょう?詳しくは聞いていないけど、まるで存在しないかのように扱ったって…。」

 

エルファバとハリーは一緒にチラッとロンとハーマイオニーを見た。ここまで興味のある話題を提供したにも関わらず、どちらもそっぽを向いている。この気まずい空気を改善できないことを悟った。

 

「天気も悪いし帰りましょう。」

 

察しのいいハーマイオニーがそう言って立ち上がると、察しの悪いロンも同意して立ち上がった。ハリーとエルファバもホッとして立ち上がり、自分たちが飲んだバタービールのグラスをまとめる。

 

(4人でホグワーツに帰るのも気まずいわね。本当はどこかでエディと落ち合いたかったけど、今の雰囲気でハリーを置いていくのは可哀想だしハリーを連れて行くのも良くない。ハーマイオニーを引き剥がして、ハリーにロンを任せようかしら。)

 

と考えたところでハリーと目が合った。おそらくハリーも同じことを考えていた。ロンとハーマイオニーの扱いに慣れた2人の結託はもはや親戚という納得感を感じさせるものがあった。

 

「ロン、一緒に帰ろう。」

「ハーマイオニー、これからエディに会わない?この後、ここに来るはずなんだけど。」

 

2人とも少し表情が晴れてリラックスしたようだった。エルファバはハーマイオニーと席に残り、4人分のグラスを片付けてもう1杯ずつバタービールを注文した。

 

「ロンって…本当に…どうしてあんなに…!情けない…男らしくない…!」

 

ロンがいなくなった瞬間にハーマイオニーが唸るように愚痴を言い始めたのでエルファバは早急に新しいバタービールをハーマイオニーの前に持ってきた。勢いよくグビっとハーマイオニーがジョッキで飲んだ後からロンの愚痴がさらに酷くなった。エルファバは相槌を打ちながら話を聞いていると、三本の箒の入り口から大きな耳当てと赤いマフラーでぐるぐる巻きなエディが入って来た。珍しく1人だ。

 

「あ、エディ〜。」

 

エルファバがエディに手を振るとエディもすぐ気づいてこちらに駆け寄って来た。エルファバがエディのために椅子を引くとエディは、ああ、と言った。

 

「あたし、別の用事があって一緒にいられないんだー。ごめんね!」

「え、そうなの?」

 

てっきり久しぶりに話せると思っていたエルファバの中で寂しさが渦巻く。

 

4年生になってからというもの、エディはあまりエルファバに話しかけてこなくなった。「14歳なんてそんなものよ。」とハーマイオニーは言っていたが、いつもエルフィー、エルフィーとついて回っていたエディが可愛かったので思春期はこんなに残酷なのかとエルファバはしょげていた。

 

(久しぶりにエディと話せると思ったのに…。)

 

じゃあね、とさっさと行ってしまったエディにエルファバは肩を落として席に座る。ハーマイオニーはロンに対する怒りが収まらないようで、引き続きロンへの悪態をついていた。エルファバは適当に相槌を打ちながらミートパイを口に押し込んだのだった。

 

一方、エディはキョロキョロと辺りを見回してミセス・ウィーズリーお手製マフラーを取りながら1人で座っている男子生徒に話しかけた。

 

「ハーイ、ジョーイ。」

 

ジョーイと呼ばれたハッフルパフ生は大きい眼鏡をかけたそばかすだらけの痩せた生徒だった。長い赤毛は髪の毛にまとわりつきあまり清潔感はなく、身長はエディよりも低く、小柄でオドオドとエディから目を逸らす。

 

「な、なんだよ…僕は他の人を待ってて…「その待ってる人があたしなの。」」

 

きょとんとしてジョーイはズレた眼鏡の位置を直す。そしてワナワナと唇を震わせてどもりながら怒った。

 

「ばっ、馬鹿にしたんだな!ぼっ僕みたいな負け犬だったらまんまと引っかかるって!あの手紙も嘘だったんだな!?」

 

彼の声は小さく、三本の箒の喧騒の中に消えていったがエディにはしっかり聞こえていた。

 

「嘘なんかじゃないよ。あたしは話を「信じないぞ!お前は学校の中でも勝ち組の人間だ!学校のムードメーカー、エディ・スミス…お前の周りには常に金魚のフンどもがついて回ってる!教授たちもお前には甘い!それに、それに、」あのねえ。」

 

エディはジョーイの話を遮った。

 

「あんた、あたしが勝ち組だって本当にそう思ってるの?去年…アンブリッジが校長だった時あたしはマグル生まれだからって散々いじめられたんだよ?知らないの?」

 

汗に濡れた長い前髪が眼鏡にくっつき、その隙間からエディの様子を伺うジョーイに「あんたさ、隠キャなのはこっちの知ったこっちゃないけど流石にそのキショい髪型はどうにかしなよ。だからみんなに細身トロールって言われるんだよ。」と言いたくなるのをグッと堪えて続ける。

 

「知らないはずないよね。だってあんたは周りのマグル生まれの根も葉もない悪口をさりげなく広めたり、靴を履く時に靴の口がネズミの口になる呪文とか陰険な意地悪繰り返してるでしょ?あ、今日のことは関係ないけどね。」

 

青くなったジョーイを見て慌てて訂正する。

 

「聞いたよ。あんたって3人兄弟の中で一番成績悪くて父親からネチネチいじめられてるって。」

「…うるさい…。」

「悔しくない?あんたあの中なら一番顔いいのに。」

 

(まあ、最下位争い的なやつでね。)

 

心の中でエディは言葉を完結させる。対してジョーイはエディの顔をまじまじと見る。

 

「何かあるのか?」

 

食いついてきたジョージにエディはほくそ笑んだ。

 

「…あんたを馬鹿にしてきた奴らに負けない“力”、欲しくない?」

 

ーーーーー

ハーマイオニーとロンが変な雰囲気になっているのに加えて、ホグズミードから戻るとハリーもハリーで“マルフォイ死喰い人説”をより熱く語り始めた。

 

「おかしいと思わないかい?マルフォイが“あの”ザガリアス・スミスと話し込んでたんだ!」

 

その説をハリーが唱え始めると、ハーマイオニーとロンは聞かないフリをすることは分かっているので話し相手は決まってエルファバだった。その日の夕食時もわざわざエルファバの隣に座ってこの説を語る。

ハリーが言うには、そんなマルフォイとザガリアス・スミスがあの日にホグズミードにも行かずホグワーツの廊下隅で話し込んでたんだらしい。ザガリアス・スミスがハリーと目が合うと、気まずそうに目を逸らしどこかに去って行ったそうだ。

 

「…何を話しているか分からないからなんとも…。」

 

熱々のチリビーンズにトーストを浸しながらエルファバがふとハーマイオニーを見るとしかめっ面で首を振っている。話を広げるな、ということだろう。エルファバは無難な回答をするがハリーは熱弁する。

 

「あいつとマルフォイが2人で話してるなんておかしいよ。マルフォイは純血かスリザリン以外は格下だと思ってる人間だ。そんな奴が落ちこぼれのザガリアス・スミスになんの用がある?」

「そうね…。」

 

正直、エルファバからしても、ザガリアス・スミスなど普段目もくれない生徒と話しているというだけでマルフォイが怪しい動きをしていると考えるのは早計だと思った。ザガリアス・スミスは鼻につく嫌なやつで、去年もヴォルデモート復活で疑われていたハリーにやたらと突っかかっていた。

マルフォイとはジャンルの違う嫌なやつ、とでも言うべきだろうか。

 

「例えばだけど…マルフォイがヴォルデモートに指示されて”炎の軍隊“をホグワーツ内で作っているとしたら?そしたら辻褄が合わないか?」

「んー…けれど、あの人は運動神経良くはないはずだけど。」

「数打てば当たる理論だ。」

「あれって相当酷い火傷を負わないと影響がないわよ。」

「今は人集めしてるんだよ。」

「そうだとして、そんなに大人数に声をかけて計画がバレる可能性だってあるでしょう?ましてや目立つマルフォイよ。」

「そんなことを考えるほどあいつは頭良くないよ!」

 

エルファバは少し考え、自分の意見は言わず共感とハリーの言葉を言い直してくり返すというエディが暴走して一生喋り倒す時によく使うテクニックでその場を収めることにした。

 

「なるほど、ハリーはマルフォイが軍隊を作ろうとしていると思っているのね。」

「彼がいつもと違う行動をしているから。」

「確かに目を光らせたほうがいいかもしれないわ。」

 

結果、ハリーはエルファバが自分の意見に賛同していると思ったらしくほら見ろ、と言わんばかりにロンとハーマイオニーを見るので2人は呆れていた。

 

その後はなかなか4人一緒にいることはなくなった。ハリーとロンはクィディッチで来るスリザリン戦で殺気立っていてあまり話しかける気分にならなかった。エルファバとハーマイオニーは一緒にいたが、彼女は彼女で随分不機嫌だった。原因はロンのことなのだろうが、それ以外でも2人でいる時に何故かハーマイオニーが突然もっと不機嫌になってしまうことがありエルファバは訳が分からなかった。

 

その日もハリーと一緒に夕食後にセドリックに会いに行こうと誘ったのだがハーマイオニーはツンツンした声で、「課題があるからいいわ。」と断ってさっさと図書館に行ってしまった。

 

(ハーマイオニー、どうしちゃったのかしら。)

 

エルファバは部屋着に着替えて、灰色のガウンを着ながら誰もいない談話室に降りてきた時だった。

 

「おい、エルファバ!!」

 

ロンが怒ったようにエルファバに話しかけてきた。泥まみれのクィディッチのユニフォームを着て、おまけに身長がエルファバより30センチ以上も高く、かなり怒っているロンは怖かった。

 

「え、な、何ロン…?」

 

エルファバがロンを怖いと思ったのは(失礼だが)今までほとんど無かった。

 

「ハーマイオニーはクラムとキスしたのか?」

「…へ?」

 

唐突な質問にエルファバは当惑した。いるはずのハリーに助けを求めようとロンの後ろを覗こうとしたがロンがエルファバの視界に割り込んできた。

 

「ハーマイオニーはクラムとキスしたのかよ?」

「え、ええ…でもそれ2年も前のはな…し…。」

 

ロンはエルファバが言い終わる前に、エルファバにぶつかったことを謝りもせず、悪態を吐きながらさっさと階段を上がっていった。

 

「…私、何かした…?」

 

怯えながらエルファバはハリーの腕を掴むとハリーは優しくエルファバを肩を撫でながら、しかしキッパリこう言った。

 

「君は悪くないけど、かなりまずい。」

 

結局ハリーも気が乗らないということでエルファバだけセドリックの元へと向かったのだった。

ハリーの予想通り、その翌日からロンはハーマイオニーに酷い態度を取るようになった。ハーマイオニーが来ると機嫌が悪そうに不貞腐れ、存在を無視する。ハーマイオニーは訳も分からず傷つき、エルファバは胸が痛かった。

 

「ロン。いい加減にして。ハーマイオニーが一体何をしたっていうのよ。」

 

エルファバはロンの態度が酷いので、夕食時ついにフォークをバンっと置いて、立ち上がりロンを睨み付けた。向かいに座るロンは不貞腐れてエルファバすら無視し、ミートスパゲッティを一口頬張った。その態度にさらにイライラすると、机がカタカタと動きエルファバの白い髪が逆立ち始める。ロンの隣に座るハリーはまずいと思ったようだ。

 

何せ今のエルファバは本気になればホグワーツ城を丸々凍らせて機能を停止する力があるのだ。

 

「おい、ロン。」

「…」

「何か言ったらどうなの?」

「もういいわよ!!」

 

ロンとエルファバが一触即発状態になると、ついにハーマイオニーは憤慨して荷物を半分ほど置いて大広間から大股歩きで去って行った。エルファバはキッとロンを睨みつけてから、ハーマイオニーの荷物を持って慌ててハーマイオニーを追いかけていく。

 

(もう、なんでこんなことに…まさか、ロンは自分だけ恋愛経験がないから怒ってるとか?けれどそしたらどうしてハーマイオニーにだけ酷く当たるの?他の人にも酷いけど…。)

 

小柄でそこまで体力がないエルファバはゼーゼー言いながら女子寮の部屋に戻って来たが、そこは決して安息できる場所ではないことを扉を開けた瞬間悟った。

 

「…でね、ロンったら本当に可愛くて!もう私笑っちゃったのよー!」

 

ノー天気なラベンダーの甲高い声が部屋内に響く。エルファバは反射的にハーマイオニーのベッドを見る。ハーマイオニーは般若のような顔で“新しい魔法時代の幕開け〜イギリス魔法界の歴史と変身術の変容、そしてこれから〜”を読んでいた。

 

「あ、エルファバおかえり〜。」

「はっハーイ。」

 

震えながらラベンダーに挨拶しつつ、ハーマイオニーの荷物をそっとベッドの上に降ろした。

 

「ハーマイオニー…。」

「なに。私今忙しいの。」

 

(あ、話しかけてはいけないわ。)

 

自分のベッドの周りに早々にカーテンをかけて着替えを始めた。この雰囲気を可能な限り遮断したかった。しかしラベンダーの甲高い声は容赦なく響く。

 

「ロンって本当6年生になって急にハンサムになったと思うのよ!クィディッチ戦が楽しみだわ〜。」

 

半純血のプリンス蔵書に書かれた“耳塞ぎ呪文”を今こそ使う時だと思った。あれは自分の話を聞かれないようにするための呪文。最近スネイプの授業で学んだ“無言呪文”を使ってハーマイオニーにラベンダーたちの声が聞こえないようにした。

 

(少しでもハーマイオニーの気が落ち着けばいいんだけど…何よりロンの機嫌が治りますように…。)

 

しかしこれがまたハーマイオニーを怒らせてしまった。翌朝、“プリンス”の呪文を使ったことにハーマイオニーはカンカンに怒って、朝エルファバを置いてさっさと大広間に行ってしまった。

 

「ねえ、ハーマイオニーはどうして不機嫌なの?」

 

置いて行かれてショボンとしているエルファバにラベンダーとパーバティはそう聞いた。

 

「えーっと、私もよく分からなくて。」

「ロンのこと?」

「さあ…。」

 

あまり人の関係を他人に言わないほうがいい気がしたエルファバは曖昧に答えた。しかしラベンダーは少しキラッと目を光らせて前のめりに聞いてきた。

 

「もう一回聞くけど、ロンってシングルよね?ハーマイオニーと付き合っているとかではないでしょう?」

「ええ、2人は友達よ。」

「私がロンを狙ってもいいわよね?」

「いいんじゃないかしら?」

 

(ロンはシングルで寂しいんだから、そうした方が機嫌が治りそう。)

 

この数ヶ月で何度聞かれたか分からない質問にエルファバは少しウンザリしつつ、そしてこの状況が改善できる策少し期待しつつ寝室を出て階段を降りた。談話室には同じく朝なのに疲れ切ったハリーがいたので、2人で情報共有をする。

 

「僕もお手上げだよ。クィディッチに影響が出そうだ…ここでしかマルフォイをペシャンコにできないのに。」

(ハリーったら。クィディッチのことばっかり。)

「…ねえ、ラベンダーがロンに興味あるみたいなの。もしもロンとラベンダーが付き合ったら上手「いやいや、もっと関係悪くなるよ。それは。」」

「?どうして?」

「いや、どうしてってさ…。」

 

ハリーがモゴモゴと言っていると大広間に入った瞬間、クィディッチのことでケイティ・ベルに引っ張られてあっという間にエルファバは1人になった。大広間をキョロキョロするが仲のいい人はいなかった。

 

(エディ…もいないか。)

 

最近話しかけられないどころかエディをそもそも見ない気がした…考えてみればエディも4年生。前みたいにホグワーツ大探検もできないはず…何せフレッドとジョージだっていないのだから。大人の階段を登りつつあるエディに対して嬉しいような寂しいような、そんな気持ちが胸の中で渦巻きつつ、エルファバは適当にトーストを掴んで外に出た。

トーストを食べながら向かったのは図書館だった。今日のエルファバは1限がない。ハーマイオニーも同様だがあまり協力は求められないだろう。エルファバはマダム・ビンスに睨みつけられながらエルファバの上半身ほどもある本を棚から引っ張り出した。エルファバは深呼吸をし、ゆっくりとページをめくりはじめる。

 

本のタイトルは“1977年卒ホグワーツ生の記録”。

 

レイブンクロー、ビーターであるグリンダ。クィディッチのユニフォームを着て、箒に乗っている。モノクロ写真でも白い髪がよく目立った。写真の競技場でグリンダは駆け巡り、写真フレームの目の前までくるとエルファバと目が合った。エルファバを一瞥した後、向かってきた暴れ玉であるブラッチャーを誰かに打っていた。

 

「…あ。」

 

よく見るとこのクィディッチ戦はレイブンクロー対グリフィンドールなのだと分かった。ブラッチャーをスレスレで避けてからグリンダに突進してきたのはハリー…ではなく、ハリーの父親であるジェームズだったからだ。悪い笑みを浮かべながら向かってくるので、グリンダは慌てて遠くへ逃げていく。

その写真にクスリと笑った後、ページをめくっていった。ページ途中にはシリウス、ルーピン、ピーターも見つけた。ハリーにこのメンバーがスネイプをいじめていたのだと聞いていたので複雑な気持ちになった。一喜一憂しながらもページめくるが結局それ以上の情報は得られなかった。

 

(お父さんのこと、もっと調べることができればいろいろ分かるかもしれないのに…。)

 

エルファバはがっくし肩を落として2限目に向かった。

 

更なる事件が起こったのはこの数日後、まさにクィディッチのことだった。ハリーはキャプテンとしての初試合で(ザガリアス・スミスの嫌味な実況もありながら)無事勝利を収めた。その要因としてハリーのキャプテンとしての手腕や選手の質などもあるが、ロンが絶好調だったということも挙げられた。不穏な雰囲気だったグリフィンドールは瞬く間に最高潮に盛り上がり、観客席はお祭り騒ぎだった。しかし、エルファバとハーマイオニーは知っている…ハリーが幸運の薬であるフェリックス・フェリシスをロンに盛ったことを。ハリーがスニッチを捕まえた後、ハーマイオニーはエルファバを置いて早足で観客席を去った。きっと2人に不正を注意しに行ったのだろう。

 

エルファバからすれば、ロンの機嫌が治ってハーマイオニーと仲直りをすれば万事解決でハーマイオニーほどの正義感もない。いろいろ行動が裏目に出ているエルファバは適当なタイミングで寮に戻ることにした。

 

(けれどセドリックに会いに行こうかしら…談話室はきっと騒がしいもの。いやダメだわ。この前会いに行ったばかりだもの…何回も行くと怪しまれる…。)

 

寮の入口を守る太った婦人(レディ)にエルファバは合言葉を伝えて扉が開いた時、観客席の盛り上がりはすでに談話室まで持ち込まれていることが分かった。エルファバは甲高い叫び声に少し顔をしかめ、耳を塞ぎながら人混みをかき分けていく。

 

「え?」

 

さっさと寝室に繋がる階段を上ろうとした時にチラッと見えた光景にエルファバはあんぐり口を開けた。

 

ロンとラベンダーがまるで接着剤のように密接に、手を、身体を、そして唇、舌を絡め合っていた。

 

(えー…クィディッチの試合前はカップルではなかったはずだし。けれど、それでこんなに密着するものなの?)

 

流石にここまで大っぴらに人間が絡み合っているのを直接目にしたのは初めてだった。エルファバが知っている“それ”はウィーズリー夫妻が愛らしく頬や額にキスしている姿やセドリックと2人でいる時に抱きついたり軽くキスしたりしているものだ。今目の前で行われているものは、そういう可愛らしいものではなくあまりにも肉欲的で、生々しく、獣のようで愛らしさとは程遠い。

 

(まるで顔を食べようとしているみたい。)

 

人間にはそのような欲求が備わっていることは丁寧にルーカスが教えてくれた。自分がセドリックとそれをやっているのを想像してみたがあまりにも滑稽でそんなことをセドリック、ましてや自分がしたいとは思わなかった。

 

(そんな欲求がロンとラベンダーにはあっただなんて…あ。)

 

エルファバは自分が突っ立っている反対側でハーマイオニーがそれを同じくまじまじと見ていることに気がついてしまった。今まで見たことのないくらい顔を歪ませたハーマイオニーは涙を拭い、人を押し除けて外へと向かってしまった。エルファバも慌てて追いかけていく。

 

「ハーマイオニー!」

 

エルファバの声は聞こえているはずだ。しかしハーマイオニーはどんどんエルファバと距離を取って寮を飛び出し、誰もいない廊下を走っていき最初にあった教室に入り込んで行った。

 

「ハーマイオニー…?」

 

教室をノックするが、返事がない。

 

「入るわよ…?」

 

教室の扉を開けると、机に腰掛けてハーマイオニーが杖を使って何かを創り出していた。杖を振るたび、何かが飛び立ちハーマイオニーの頭上をクルクル回っている。目を凝らすとそれは黄色い小鳥だった。

 

「えーっと…すごいわねハーマイオニー、これってN.E.W.Tレベルの魔法でしょう?」

「ありがとう…。」

 

弱々しい声のハーマイオニーの隣にエルファバが座る。

 

「どう思った?」

「?」

「ロンと…ラベンダーがキスしているのを見て。」

「えっと…。」

「ロンがこれで機嫌が治ればいいって、そう思ったでしょう?」

「そう…ね。」

 

ふふッと笑ったハーマイオニーの声はいつもの優しいものではなく、自嘲する笑いだった。

 

「それじゃあ、私がこの小鳥を使って何をしようとしているかなんて検討もつかないでしょう?」

「何かしようとしているの?」

「…」

 

何かハーマイオニーの地雷を踏んでいることは理解できたが、どうすればいいのか検討もつかなかった。このまま立ち去るわけにはいかない。

 

「…ない。」

「え?」

「あなたに!!!私の気持ちなんか!!!分かるはずない!!!」

 

ハーマイオニーは立ち上がり、一言一言を区切りながら怒鳴った。小鳥がピーっ!と威嚇するように鳴き、エルファバは机から飛び退いて後退りした。

 

「あなたに!!!セドリックもいて!!!男の子で!!!なんの苦労もしてないあなたに!!!私のことなんか!!!男の子はみんなあなたには優しいじゃない!!!美人なあなたは普通の女の子の苦労なんかしてないでしょう!!!」

 

教室に反響する声はまるで冷水を頭からかけられたようだった。エルファバはハーマイオニーが言った一言一言を頭の中で落とし込もうとする。

 

(私が何も苦労もしていないですって?男の人で?)

 

引き出されていく幼少期の頃の記憶…エルファバの叔父が革のベルトでエルファバの背中を何度も何度も叩く姿。食べ物とゴミの中間のようなドロドロした液体を無理矢理口に流す叔父…。それによって今エルファバに起こっている事象の数々…。

 

(ハーマイオニーは理解してくれていると思ったのに…。)

 

ジワっとやるせない、失望した気持ちがエルファバの心の中で広がっていく。

 

「…もういい。」

 

(ハーマイオニーなんか知らないわー。)

 

一気に疲れたエルファバは、首を振って空き教室から出て行くことにした。教室を出て行ったところでユニフォーム姿のハリーが少し小走りでこちらに近づいてきた。

 

「エルファバ!ハーマイオニー、知らない?」

「…あそこの教室にいるわ。」

「そう…君は行かないの?」

 

今起こったことを説明する気にはなれなかったのでエルファバは何も言わず首を振って、トボトボと廊下を歩き出した。

廊下は静かで特に誰にもすれ違わなかった。胸の中にぽっかり穴が空いたようなこの虚無感をどのように消化すればいいのか。人がお互いを理解するのは難しいとはいうものの、ハーマイオニーはエルファバに寄り添って理解してくれていると思っていたし逆も然りだ。一体何がどうなってこんなことになってしまったのか。

 

ふとこの話を誰かに聞いてもらえやしないかと思った。一番最初に思い浮かんだのはセドリックだったが、この時間に訪ねるわけにはいかなかった。流石に怪しまれる。ハリー…は今ハーマイオニーと一緒にいる。ロンは論外。そうなると残るはー。

 

「エルフィー?」

 

気がつけば制服を着たエディがエルファバの顔を覗き込んでいた。前に比べて大人びた顔つきになり、少し目の下にクマがある。

 

「エディ…。」

「どうしたの?さっきから何度も声かけてるのに。」

 

エルファバは何も言わず、エディの身体に腕を回した。そして肩に頭を乗っけて大きく深呼吸をした。エディも腕を回してエルファバの頭を優しく撫でる。

 

「何かあったの?嫌なことされたの?」

 

エルファバはエディの肩に顔をグリグリと擦った。少し気持ちが落ち着いた気がする。エディに促され、エルファバは廊下にあるちょうど2人くらいが座れる壁の窪みに腰掛ける。エルファバはポツリポツリとここ最近の出来事、そして今しがたハーマイオニーに言われたことを話した。

 

「…なにそれ、ひどいね。」

 

エディは笑いもせず、ただ一言そう言った。エルファバはそうね、と言ってエディにもたれかかった。

 

「…私、どうしたらいいか分からなくて。でもハーマイオニーが悪いわけではないと思うの。そもそも事の発端はロンがハーマイオニーに酷い態度を取り始めたからで。」

「ロンとハーマイオニーね。」

「ロンはもうこれでラベンダーと付き合い始めたから、機嫌が良くなるはずだけど…はあ、あの2人の絡み方もなんていうか…そんなことしたいのかしらみんな。」

 

エディが無意識に2、3つほど空いていたブラウスのボタンを抑え、ソワソワと唇を触ったことに自分の膝と爪を見ながら話していたエルファバは気づいていなかった。

 

「あたしの友達たちも前まではイケメンといかに遭遇率上げるかみたいな話だったけど、今はもっとエッチな話題ばっかり…みんなそういうのに興味があるお年頃なんじゃないの?男の子も女の子も。」

 

エディがチラッと視線を数メートル離れたところにやると、無表情のマルフォイが杖を持って廊下の曲がり角に立っていた。そのマルフォイのネクタイとブラウスも少し乱れており、杖の先は妖しく光っている。エディは少し顔をしかめたが、次に話し始めた時はいつも通りの明るい声だった。

 

「心配しないでエルフィー。あたしがいつもエルフィーを守るから!エルフィーを傷つける奴は呪ってやるからさ!」

「もう、エディったら。」

 

エディに寄りかかるエルファバは弱々しく笑った。一方物陰に隠れたマルフォイは、唇を噛みながら立ち去って行ったー。

 

 



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6.穢れた青春

キャビネットとソファのみ置かれる部屋で、もう10分ほどリップ音が鳴っていた。

 

「ドラコ…。」

 

エディは古いソファに座るドラコに跨がり、指にプラチナブロンドの髪を通して唇、頬、首筋に何度もキスを落としていた。

 

「ドラコ…大好き…こっち向いて…。」

「ふん、他の混血どものこともそうやって誑かしてるくせに。」

 

と、言いつつドラコもエディの頭と腰に手を回しエディの唇が近くに来れば、啄むように何度もキスをしていた。

 

「違う、そんなことない。あたしが好きなのはドラコだけだよ。」

「あの赤毛双子の片割れのこともか?」

「…どっちのこと言ってるの?フレッド?ジョージ?」

「どっちでもいい。」

 

ドラコはエディの強く頭を掴み、口を塞ぐようにしてまたキスをした。エディは髪を引っ張られた痛みに顔を一瞬しかめた。水が吸い付く音がしばらく響いた後、エディとドラコはゆっくり離れた。

 

「私フレッドのこと振ったんだよ…知ってるでしょ?」

「お前のことが好きなのはそっちの赤毛なんだな。」

 

舌打ちする一瞬固まるが、エディは“脳に来た指示の通り”ドラコを抱き締めた。

 

「そんなこといいじゃん。今はこうやってドラコのこと…。」

 

次の瞬間、ドラコは力いっぱいエディを押した。エディはバランスを崩して石畳の上に倒れ込んだ。

 

「勘違いするな。この僕が…お前みたいな穢れた血なんか…。」

 

ドラコはエディを一瞥して、部屋を出て行く。エディは1人ぼっちになった。

 

「…いや、そうしろってあんたが“服従の呪文”かけてるんじゃん。」

 

エディはスカートについた埃を払いながら、ドスの効いた声でそう呟いた。

 

ーーーーー

相変わらずエルファバはハーマイオニーともロンとも口を聞かずじまいだった。ロンはラベンダーとずっとベタベタくっついており、四六時中イチャイチャしていた。

おまけにラベンダーは女子寮でハーマイオニーに聞こえるようにいかにロンと愛し合っているか、そしてそんなロンを小鳥で襲撃した(とのちのちにエルファバは知った)ハーマイオニーがいかに酷く嫉妬に狂った女であるかをペチャクチャ喋り、あろうことかエルファバに賛同を得ようとした。

エルファバは賛成も反対もせず、沈黙を貫いたが何故かそれがラベンダーからするとラベンダーとロンを応援しているということになったらしい。その新たな誤解のせいでハーマイオニーはますますエルファバを避けるようになり、今や女子寮は地獄のような雰囲気になっていた。

 

“小鳥事件”の数日後にハリーと2人でセドリックの部屋を訪ねて事の顛末を伝えた。コーヒーと紅茶、そして茶菓子を用意してくれたセドリックにハリーとエルファバは全ての鬱憤を晴らすようにノンストップで話し続けた。15分ほど話し終えたあと、セドリックはなるほど、と言ってコーヒーカップを置いた。

 

「つまり、すべての根源はロンとハーマイオニーはお互いに好きだけどロンのくだらない嫉妬…数年前にビクトールとキスしたってことに今このタイミングで苛立ったと。」

「そう。そういうこと。」

「そういうことなの…!?」

 

エルファバは危うく手に持っているクッキーを落としそうになったが、そんなエルファバをハリーは呆れ気味にセドリックは面白そうに見ていた。

 

「エルファバ…君って、本当に恋愛事情に鈍感なんだね…。流石に16歳になったら分かると思ってた。」

「だって、あの2人喧嘩ばかりだったじゃない!その延長線だとばかり…!」

「これから、君が不可解だと思った男女のもつれは恋愛関係だと思っておくんだエル。まあ、子供でコンプレックス持ちのロンは一旦置いておこう。こればかりは本人の問題でどうしようもないからね…ハーマイオニーについてだけど、君とハーマイオニーですれ違いがある気がするな。」

 

セドリックはもう一度コーヒーを飲んで、話を聞いた後にこう言った。

 

「…すれ違い?」

「うん。そうだな…。」

 

頼りになるセドリックにハリーは期待の目を向けた。唯一ハリーが謎だったハーマイオニーの思考についてが分かる。

 

「きっとハーマイオニーは“同学年の異性からの君の扱い”を言っていたんだよ。例えばだけど、ロンはハーマイオニーには怒鳴るけどエルには怒鳴らない。黙り込むだけだ。きっとそういう扱いの違いを感じる機会がここ数年で多かったんじゃないかな。」

「同年代…の異性…」

「もっと具体的に言うと、例えば容姿に対する侮辱とかかな。僕が知る限り、エルは同年代の…特に異性から侮辱を受けたことがあまりないんじゃないかな?少なくともあまり記憶に残らないくらい。」

 

エルファバは少し振り返る。スリザリン生から白髪お化けと言われたことは何回かある。また身長についてシリウスやウィーズリー双子がからかってくることはあった。それは不快だったが、引きずるほどではない。とても不快だが。

 

「彼氏として贔屓目なしでエルは綺麗だから、第一印象で酷い扱いを受けたりすることは少ないんだ。むしろ見た目で君が知らないところで得しているんだよ。」

「ハーマイオニーだって可愛いわ。」

「そうだね…けど、悲しいことに人はこの世の1%を非の打ち所がない美男美女とした時にも、残りの99%に何かしらのいちゃもんをつける。そのいちゃもんを言われる回数の差に対してハーマイオニーはずっと不満を抱えていたんだ。」

 

ハリーは4年生の時、マルフォイと呪いをぶつけ合った際にハーマイオニーに呪いが直撃して歯が異常に伸びた時、そこに来たスネイプがハーマイオニーに「いつもと変わらない」と言い放ったことを思い出した。また去年ハーマイオニーに「私には怒鳴るくせにエルファバには怒鳴らないなんておかしい」とチクチク言われたことを思い出す。

 

ハリーからすればエルファバは実際の血縁関係もあったし、魔法省から敵対視されているという仲間意識が自分の中に、そのような差別があったのかもしれない、とハリーは反省した。少なくともいろんな理由をつけてエルファバを怖がらせてはいけないと思っていたのは事実だ。

 

同じくして、エルファバはハーマイオニーの発言を思い出す。

 

『男の子で!!!なんの苦労もしてないあなたに!!!私のことなんか!!!男の子はみんなあなたには優しいじゃない!!!美人なあなたは普通の女の子の苦労なんかしてないでしょう!!!』

 

(少し…分かってきた。ハーマイオニーは私と比較して得していると思っていたのね。)

 

それに、とセドリックは続けた。

 

「恋愛がうまくいっていないハーマイオニーからすれば、僕と君の関係が順調なのも羨ましかったんじゃないかな。思いがけず僕らは遠距離じゃなくなってハーマイオニーは僕らの姿を見ることになっただろう?」

「あ。」

 

振り返るとハーマイオニーが不機嫌になった時もセドリックの話題の時ばかりだった。大好きなロンから冷たい扱いを受けて、大いに傷付いたハーマイオニー。対して卒業した彼氏がそばにして、大切にされている自分ー。

 

ハーマイオニーが不快な気持ちになるのは当たり前かもしれない。

 

「私、配慮が足りなかったわ。」

「まあエルファバは鈍感だけど、普通にしてただけだから…。」

 

ハリーは優しくそう声かけた。エルファバはありがとう、と言った。

 

その数日後はクリスマス休暇前日だった。変身術の時間、ロンの失敗を笑った仕返しにロンはハーマイオニーの授業時のモノマネをするという悪意に満ちた行為をやってのけた。エルファバは怒りで氷の玉を手の中で作っていたがー。

 

「ミネルバ。エルファバ・スミスを…。」

 

ロンにぶつけるあと一歩手前で、薬草学のスプラウト教授が教室に入ってきた。エルファバはサッと氷の玉を引っ込めて、ロンの脚の辺りに転がしておいた。ロンはモノマネを止めたと同時に「冷たっ!!!」と叫んでいた。

エルファバはスプラウト教授の後ろに怪訝そうな顔をしたエディがいることに気づいた。

 

「ええ。」

 

教室の生徒たちがザワザワと話をしている中でエルファバは自分の荷物を掴み、注目を浴びながらスプラウト教授の元に駆け寄った。スプラウト教授は深刻そうにため息をついて、エディとエルファバについて来るように言った。2人は目配せしながらスプラウト教授に着いていく。

 

(まさか…。)

 

なんとなくエルファバはこの先何が待ち受けているのか感じ取った。呼吸が浅くなり、冷気が自分を包むのを感じた。似たような光景をエルファバは数ヶ月ほど前に知っている。とある生徒は、薬草学の時に同じように教授に呼ばれた。

 

「エルフィー?大丈夫?」

 

エディはエルファバの手を握ってきた。

 

(きっとエディは気づいていないのね。この先のこと…。)

 

何も言わずにエルファバはエディの手を握り返した。

 

「…リーマス…?」

 

しばらく歩くと、クィディッチ競技場の入り口に立っているリーマスに気がついた。曖昧に微笑んでエルファバとエディに手を振っている。

 

「やあ、エルファバ、エディ。」

「どうしてここにいるの?会うのは明日じゃ…。」

「ミス・エルファバはリーマスと一緒についていきなさい。あなたは私と一緒に。」

 

深刻そうな声でスプラウト教授がそう言うと、エルファバとエディは顔を見合わせ指示通りにエルファバはリーマスに、エディはスプラウト教授の方へ行く。リーマスとエルファバは競技場に入りエディは更衣室の方へと入って行った。誰もいない競技場は不気味なくらい静かで、何の音もしない。

 

「……何か察しがついてるかい?」

「ええ…一応…。」

 

エルファバはなるべく自分を落ち着かせ、周囲を氷で包まないように深呼吸を何回か繰り返す。

 

「……私とエディに関係する人が…。」

 

エルファバが言い終わる前にリーマスは優しくエルファバの頭を撫で、エルファバの目線まで屈んだ。しばらくの沈黙の後、重々しく口を開いた。

 

「…君のお父さん…デニス・スミスの遺体が発見された。」

 

ーーーーー

 

「うわっ。」

 

その数時間後、エディは自分の“元”家を見て思わず声を上げた。

 

「魔法で周りには見えないようになっておる。側から見ればいつも通り君たちの家じゃ。」

 

言われなければ、それがかつて自分家だったとは分からないくらい倒壊していた。レンガと木片が粉々に砕けて周囲に飛び散り、その中に血も混じっていた。周囲の大人たちが何も気にしないで通り過ぎるのを怪訝そうに見ていたエディに、ダンブルドアはそう言った。

 

エディはそれに対して特に何も言わず、瓦礫をどかしながらズンズン家に入って行った。

 

「まさか…校長先生が来るなんて。」

「君がわしをダンさんと呼んでくれた時が懐かしいのお。」

 

ダンブルドアはそう微笑んだ。

 

結局、父親の死を告げられたエルフィーは想像より落ち着いていた。事前に心の準備をしていたからか、そこまで会う機会がなかったからかー。

しかし家に行った時にどうなるか…思わず雪を降らせたり凍らせたりすることで死喰い人(デスイーター)にエルフィーがそこにいるとバレるのはまずいということで、エルフィーはグリモールド・プレイスにひと足先に帰ってエディが家に行って残りの荷物などを取りに行くことになった。

 

入口はぐにゃりと不自然な形で曲がっており、入るのに一苦労した。ダンブルドアが杖を振ると一時的に家の玄関が現れ、エディは中に入れた。

 

「君のお父さんは、3人の死喰い人(デスイーター)を相手にしたと聞いている。彼は魔法省や騎士団の支援を拒否し最期まで自らの力で守り切ろうとしたのじゃ。」

「馬鹿だね。」

「無理もない。彼からすれば娘2人を騎士団に奪われてしまったのじゃから…魔法など彼からすれば存在が呪い…手を借りるなどもってのほかじゃっただろう。もっといえば、彼の人生はー。」

 

家の中は思っていたよりも崩れてはいなかった。机は真っ二つに割れていたり、椅子が散乱してはいたが一応部屋の原型が保っていた。ダンブルドアが瓦礫を宙で浮かせてくれるのに合わせてエディは中に入っていく。

 

「あの女は…。」

「行方不明じゃ。今騎士団も保護のために探してはいるが…もしかするとデニスに万が一のことがあった時の逃げ場所などを伝えられていたかもしれん。それに母親と呼ぶのが適切じゃろう。」

「ふーん。」

「心配かの?」

「まさか。自業自得だと思ってます。」

 

ふむ、とダンブルドアは肯定とも否定とも捉えられる返答をした。エディは気にせずずんずんと中へ進んでいく。奥になればなるほど、家の中は綺麗だった。父親はおそらくリビングで死喰い人(デスイーター)を食い止めていた。階段に通じる廊下に入ると、そこはエディの記憶通りの家だった。

 

死喰い人(デスイーター)は、どうして今のタイミングで襲撃したんでしょうか。エルフィーの話だと、シリウスの弟から欲しい情報は得たはずなのに。」

「おそらく、何か知る必要がある情報が出てきたのじゃろう。きっと当事者しか知りえない情報を。」

 

エディが階段を登ると、今までなかったギジギシという音が響いた。階段の幅もずいぶんと狭くなった気がする。

 

「その情報は得られたんでしょうか。」

 

そう聞きながらも、エディの部屋の手前にある父親の書斎を見れば答えが分かった。部屋の中には本やら紙が散乱していた。死喰い人(デスイーター)が情報を得るために荒らしたのだろう。チラッと見た後、エディはそのまま自分の部屋へと入った。

 

エディの部屋は知人が見ればエディのものだとすぐに分かる。壁には映画のポスターや歌手のライブポスターが所狭しと貼られ、机の上にはCDやレコードが大量に積み上げられていた。勉強するスペースはない。

ベッドシーツと枕カバーはエディがわがままを言って買ってもらったジュディ・アンドリューの写真がプリントされたものだ。

 

「君らしい部屋じゃの。」

 

ダンブルドアは優しくそう言った。

 

「君にホグワーツの入学許可証を渡したことをつい昨日のことのように覚えておる。君は歌いながらバレエを踊っておったのお。」

 

そういえばそんなこともあったとエディは苦笑いした。あの時の高揚感は今でもはっきり思い出せる。

 

(エルフィーとあたしは同じだったのね!!!ああ神様ありがとう!!!)

 

大好きなお姉ちゃんと同じ人生を歩めるという事実に興奮した。そして願いは叶い、新しい友人、新しい授業、何よりエルフィーと仲直りをして全てが美しくまるで映画のようなエンディングを迎えた。

 

「君がホグワーツに来てから、この学校は本当に明るくなった。皆がホグワーツという学校へ興味を持ち、学習意欲が上がったように思う。何より君の無邪気さはまるでミスター・ウィーズリーの花火のようじゃ。」

「無邪気…ね。」

 

自分の部屋に何も持って行くものがないとエディは気づいた。

 

(あんなに好きだったのに…。CDやポスターが今じゃガラクタに思える)

 

そして無邪気、というダンブルドアの言葉にエディは自嘲する。

 

「みんな、あたしのことをそう言うの。別にそんなことないんだけど…。」

「はて、そうかの。」

 

目が合ったダンブルドアと数秒見つめ合った後、エディはふいっと目を逸らす。

 

「ここに欲しいものはないです。エルフィーの部屋と、あと、何かエルフィーのために必要なものを“あの人”の書斎から。」

「父親、と呼ぶのじゃ。」

「あんなの父親じゃない。」

 

気まずい空気の中、エディはダンブルドアの脇をササっと通って隣にあるエルフィーの部屋へ入った。エルフィーの部屋は対照的に驚くほど何も無かった。机と椅子と、クローゼット。クローゼットの中には幼児用の服が数着無造作に放り投げられているだけだった。ふとその上に1冊のノートとペンが置かれている。エルフィーには申し訳ないと思いつつ、それを開いた。

ノートは水をこぼしたのかしわしわになっていた。ページをペラペラとめくると、小さい子どもが書いたであろう筆圧の強い字で幼いエルフィーの懺悔が書かれていた。

 

ーーーーー

 

“こおりとゆきをださないようにする”

・ぶたれてもわたしがわるいからなかない。

・わたしがおこっちゃいけないからおこらない。

・わたしはわるいこだからうれしくならない。

・おかあさんのまえにいかない。

・よくわからないまほうをださない。

・エディにあわない。

 

ーーーーー

 

エディはそれを見てキュッと胸が苦しくなった。きっとエルフィーのすごく小さい時…ホグワーツに行く前。

 

(エルフィーがこの部屋で苦しんでいた時、あたしは何してた?ヘラヘラ笑って、楽しんでー。)

 

「さて、君の“力”についてじゃが。」

 

ダンブルドアにそう言われてエディはハッとした。

 

 

 

 

エディは部屋に雪を降らせていた。

 

 

 

 

エディは適当に降る雪を手で払う。ダンブルドアはエディの隣にあるエルフィーの小さい机に腰掛けた。

 

「去年、君はエルファバに対する理不尽な仕打ちで母親への怒りを爆発させた時“これ”が使えると言ってくれたの。そのおかげでわしはミスター・ディゴリーに起きたことに対して正しく推理しその後の対策をできるようになった。結果的にはミスター・ディゴリーがわしの想像をはるかの超える勇気を見せてくれたことで、その必要は無くなったが…“これ”について、知っているものは?」

「いいえ。校長先生に言われた通り誰にも言っていません。」

 

反射的に答える、と同時に少しずつドクドク心臓が慌ただしくなっているのを感じた。

 

「“誰にも言っていない”…。」

 

そのあとしばらく沈黙が流れた。ダンブルドアのブルーの瞳はジッとエディを捕らえて逃さない。ここで目を逸らしては負けだとエディは思った。負けじとダンブルドアを見つめ、次の言葉を待つ。どのくらい経ったのか、口を開いたのはダンブルドアだった。

 

「………叔父さんを凍らせたのは君じゃな。」

 

予想していたにも関わらず、エディはゴクッと息を飲んだ。イギリスがもう12月で気温は0度に近いにも関わらず、エディは髪の毛の中でタラッと汗が流れるのを感じた。

 

(誤魔化すのも、無理かな。)

 

「死んでないからいいじゃないですか。」

 

なるべく明るい声でそう言うように努めたが、声は震えていた。ダンブルドアは神妙な面持ちで首を振る。それはイタズラを嗜めるようなものではない、もっと重々しいものだということはエディにも分かっていた。

 

「たまたま、死んでいなかった。君は明らかに意思を持って、叔父さんを攻撃した。」

「叔父さんだって明らかな意思を持ってエルフィーを攻撃しました。」

「じゃが、君が叔父さんと同じようなことをやってエルファバは喜ぶじゃろうか…リーマスも、君の友達も。」

 

一瞬、エディは口封じにダンブルドアをこの場で凍らせようと思った。

 

(多分、一瞬で終わる…そうすれば、)

 

しかし、それではまたエルフィーが疑われてしまう。エディは軽い口調で喋りながらエルフィーの部屋を出た。ダンブルドアがゆっくりついてくる気配を感じる。

 

「別に、あたしの好きでやったの。喜んで欲しかったわけじゃない。あいつがいなくなって悲しんだ奴なんかいないんだよ。校長は知らないでしょう?あいつはエルフィーにしたこと、すっごい誇らしげに喋ってたの。エルフィーのことなんでか知らないけど死んだって思ってて、“害虫を駆除した”とか“俺はみんなを守った”とかまるで、狩りに成功したみたいに…あたしは何回もあの家に行ったことあるし、エルフィーの話だってしたけどそれはイマジナリーフレンドだと思ってたの。『もう妄想から目が覚めたのか。』だの…あと、聞いてもいない自分のビジネスがいかに成功しているかをずーーーーーーーっと喋ってた。あたしより年下の従兄弟たちの体には痣とかタバコの跡もあった…あいつがいることで、きっと傷つく人が現れる。だからー。」

「だから、叔父さんを消そうとしたのじゃな。」

 

ダンブルドアはエディの言葉を引き取った。改めて入った父親の書斎は思っていたより荒れていた。おそらく死喰い人(デスイーター)達が何かしらの手がかりを探していたに違いない。エディは床にあった無造作に破り捨てられたノート用紙を拾い上げた。

 

「確かに君の叔父さんというのはあまり良い人物ではなかったじゃろう。しかし、それを行い君の魂を穢すことをする必要はないのじゃ。」

 

ダンブルドアの言葉は聞こえないふりをして、その代わりの細い筆記体で書かれた文字にエディは目を凝らす。

 

(父親(あいつ)の字だ)

 

ーーーーー

 

エルフィー

・頭蓋骨破損

・背中に水脹れ多数

・脱水症状

・爪が数枚剥がれていた

・右目の眼球破裂

 

メモ

あいつの心を開心すると、エルフィーはもっと酷い怪我をしているはず。一部治ってる?←“力”の影響?魔力?

 

ーーーーー

 

エディはぎゅっと用紙を握りしめ、ついてきたダンブルドアに紙を押し付けた。

 

「エルフィーがこんなことをされているのに?」

 

少し怪訝そうに眉を上げたダンブルドアはその紙を読み込んでいた。エディは荒らされた部屋を物色する。エルフィーに何か役に立ちそうなものがあれば持ってきて欲しいと頼まれたのだ。しかし紙という紙は全て破られ、書物はズタズタに切り刻まれている。目新しいものはなさそうだった。きっと新しい情報は死喰い人(デスイーター)持って行ってしまった。

 

「君の叔父さんは裁かれて然るべきじゃよ。ただ、その執行人が君である必要はない。」

 

しばらくしてダンブルドアが静かにこう言った。エディは少しため息をつき、尋ねた。

 

「…あたしをアズカバンに突き出しますか?」

「君の罪を償わせるのであればそれが最も適切かもしれぬ…じゃが、わしは君の魂を救いたいのじゃ。」

「魂?」

「そうじゃ。魂。」

 

ダンブルドアは近くにあった何かを拾い上げ、真紅のローブの中にしまった。そしてエディの目線に合わせて腰を曲げた。

 

「昨今の君の様子はどうもおかしい…かつての明るく皆に元気をもたらす君とは全く違うようじゃ。周りの教授や友人達も大層心配しておる。直接校長室を訪ねてくる者もいれば、手紙を寄越す者もおる。たくさんの人と関わっていた君は、今はミスター・マルフォイと一緒にいることが多いとか。」

「私元々ドラコと仲良いですけど。」

「その通りじゃ。とても稀有だとわしも聞いておったが…去年、君はミスター・マルフォイにリーマスのことを全校生徒に言いふらされたあと絶交したと聞いておる。」

 

エディはそれに対して何も答えなかった。頭の中でドラコの声がする。

 

“ダンブルドアに何も喋るな。助けを求めるな。”

 

エディがホグワーツに出発する前にマルフォイはエディに杖を突き付けて、こう言った。

 

『今起こっていることを…ダンブルドアに告げ口したら、どうなるか分かってるな…?お前が集めた奴らと同じ目に遭わせてやるからな。』

『彼らは何をされるの?』

 

マルフォイは答えず、それだけ言って踵を返した。

 

「そしてもう1つ。君は悪人ではない。これまでの君をわしは一校長としてしっかりと見ているつもりじゃ。エディ・スミスはお転婆で行動力があり無垢で、友や家族のために立ち向かえる勇気を持っておる。だからこそ今大勢の友人達が君を心配しておる…間もなく、君とエルファバの保護者としてリーマスを指名するつもりじゃ…誰よりも君たち2人を気にかけているからのお。彼も君に会えば様子がおかしいことに気がつく。そんな君に自らを穢すような行動をわしは持ってほしくないのじゃ。」

 

外で家の外で子供達がはしゃぐ声が聞こえた。姉妹のようで、妹が姉を追いかけている。エディはエルフィーを思い出した。

 

ユニコーンのような白く艶やかな髪に色白の肌、ピンク色の唇にブルーの瞳。純粋無垢で優しくて、ちょっぴり変わっていて、自分に自信がなく無頓着なくせに大事な人のためなら躊躇なく命を投げ出せる姉ー。

 

「多分、あたし校長先生が思っているほどいい人なんかじゃないよ。」

 

エディは色黒な自分の肌を見て、黒い髪をかき上げて笑った。

 




しれっとセドリックはエルファバを別の呼び方をするようになった。


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7.呪いの代償

グリモールド・プレイスの厨房では機嫌のいいシリウスの声が響き渡っていた。

 

「あー、そうそう!その辺でストップだ!よしよし、いい感じだな。あとできればあれが欲しいな、あのマグルがよく付ける明かりがついた紐…。」

 

エルファバが作った氷のポインセチアや星のオーナメントの数々はシリウスの指示と呪文によって浮かんでいる。エルファバは白いスウェットを着て、歌いながら大股で歩き杖を振り回すシリウスに早歩きでついていく。藍色のローブを翻しながら歩くシリウスはまるで怪盗のようだ。

 

「イルミネーションライトのこと?けど電気が通っていないと難しいんじゃないかしら。」

「まあそれはどうにかなるさ…物がなくても妖精を紐に引っ付ければ。」

「それは可哀想だわ。」

「まあそうか…今から妖精なんて捕まらないだろうし…何か代用できる魔法はあるかな?」

 

今年のクリスマスは、安全面を考慮してグリモールド・プレイスとウィーズリー家別々で行うことになった。ミセス・ウィーズリーがいると気を使うシリウスは大いに喜び、上機嫌でクリスマスの準備に取り掛かった。実の父親を亡くしているエルファバとエディがいるにも関わらず上機嫌な様子を見せるのは不謹慎だとリーマスは眉を顰めたが、エルファバからすると随分ありがたかったしシリウスもあえてそうしてくれている気がした。

 

なお父親が亡くなった騒ぎに紛れて、レギュラスは逃走した。シリウス曰く魔法省はレギュラスを逃した騎士団をチクチクと批判しているが、ダンブルドアはそこまで懸念していないらしい。

 

『ダンブルドアはレギュラスを現状味方でもないが敵でもないと判断した。場合によってはこちらの敵になるらしいけど。』

『どうして?』

 

昨晩、夕食時にリーマスからその話を聞いたエディはすかさず問いかけた。熱心に聞くエディに対しエルファバは少し視線を落としていた。

 

(あの時…グリンダの家に行った時に死喰い人の杖を奪っていたんじゃないかしら…純血で生粋の魔法使いなレギュラスがマグルのような方法で脱出を思い浮かぶとは思えない。魔法がなければ…杖がないと抜け出せないはずだもの。)

 

『多分レギュラスはどこかの段階で我々の本拠地がレギュラスにゆかりのある地だと分かっているようだ。しかし今のところ、どこも死喰い人の気配はない。』

『少なくとも死喰い人側ではないということ?』

『そうだね。ただ彼の態度には気になる部分もある…100%味方とは言い切れないだろう。隠していることも多かったし、彼の差別的な言動も見てとれた。』

『あいつは少なくとも17年くらいは親からマグル差別や選民思想が素晴らしいと散々教育されてきたし、本人もそうあるべきだと信じて疑っていなかった。この10年でグリンダの云々があったとしても、マグル差別が抜け切れていると思えない…死喰い人と命をかけて戦う人間ではない、騎士団には相応しくないとダンブルドアも言っている。』

 

シリウスもハムを頬張りながらリーマスに続けた。しばらくの沈黙の後、ふとエルファバは思ったことを口に出した。

 

『けど、逆に言えばレギュラスは本当に私の“力”が魔法界の役に立つと思って活動しているってこと?』

『どうかな…。セドリックの報告だとそれを差し引いても君への干渉が大きい。警戒するに越したことはない。』

 

なんとなく、レギュラスという家族を思い出す足枷が無くなったのもシリウスの機嫌に影響している気がした。自分の周りで多くのことが起こるのは少し疲れてしまったエルファバはグリモールド・プレイスでの平和な時間が本当に大切に思えた。シリウスのご機嫌な後ろ姿を見ながらふと考える。

 

(みんな、命をかけて戦っている。今この瞬間を大切にしていかないと…。そして、私ができることでみんなを助けていかないと。)

 

本を片手にぶつぶつとシリウスは何かを呟いていた。その本のタイトルは”これであなたもクリスマスの人気者!クリスマス特別魔法辞典!“だった。去年感情を失ったセドリックを励まそうとエルファバもその本を図書館から借りていて見覚えがあった。

 

玄関ホールにシリウスが杖を向けるとポン、ポンと小さな光がふわふわ浮かんで宙を漂った。まるで、蛍のようなその光は幻想的で美しい。

 

「ご主人様。」

 

エルファバの後ろからヌッとクリーチャーが現れた。ビー玉のような大きな目でジッとシリウスを見つめ、数秒した後に緑の布を両手でシリウスの前に掲げた。

 

「頼まれていた物をお持ちいたしました。」

 

エルファバはクリーチャーとシリウスを交互に見た。数秒の沈黙の後、シリウスは少し低い声でこう言って受け取った。

 

「…クリーチャー………ありがとう。」

 

ポカンと口を開けたエルファバを無視してクリーチャーは軽くお辞儀をした後、さっさと中庭の方へと消えていった。決して仲良くはない、しかし去年の今頃の関係性に比べたらとんでもない進歩だ。今の様子を見たらハーマイオニーが泣いて喜ぶだろう。

 

「なんだよ。」

 

シリウスはムッとエルファバを見下ろしていたので慌てて、首を振った。エルファバが魔法省に連れ去られた時、目撃し正確な情報を伝えたのはクリーチャーだった。その事実をダンブルドアは指摘しクリーチャーはあくまで元主人たちの思想に沿っているだけで決して悪い屋敷しもべではない、愛情に飢えているから親切にすること、さもなくば生存していたレギュラスの方へ裏切ることをシリウスに厳しく伝えた。もちろんこれに反発したシリウスだったが、レギュラスの元へ行かれるのは相当まずいということでシリウスは仕方なく優しくすることにした。

当然レギュラスの生存をクリーチャーは知らない。なので最初は歩み寄ろうとするシリウスをぶつぶつと小声で揶揄し、挑発した。しかしリーマスの根気強い支えもあって、シリウスは偏屈なクリーチャーに「ありがとう」「ごめんなさい」を言うのを徹底するとクリーチャーのぶつぶつは段々少なくなっていったらしい。

 

そうリーマスから聞いてはいたが、まさかここまで改善しているとは。

 

「…クリスマスはあまりいい思い出がなかった。」

 

魔法で畳まれた緑の布を広げながらシリウスはボソッと呟いた。

 

「クリスマスは家族の行事だ。俺からすれば、毎年自分を嘲笑う家族と一緒に過ごす地獄みたいなイベント…ジェームズにはクリスマス休暇でどうしても家に戻らないといけない時にはサーカスのピエロになってくると言っていたものさ。」

 

シリウスはぐるっと屋敷の中を見回して忌々しそうにそう吐き捨てた。

 

「途中からジェームズと両親が俺を呼んでクリスマスパーティーをしてくれたものさ。とても良いクリスマスだったが、残念ながら3人とも早く亡くなってしまってー。」

 

シリウスの瞳はシャッターが閉じたように暗くなった。

 

(シリウスは自分の選択でハリーのお父さんを死なせてしまったことを今でも悔いているのね…唯一無二の親友だったし。)

 

エルファバはそっとシリウスの手から布の端を持って、玄関に敷きながらなるべく明るい声でこう言った。

 

「そしたらハリーが4年生の時にクリスマスのダンス・パーティを蹴ってシリウスと過ごしたいって言われて最高だったでしょう?」

 

その一言でシリウスの顔はパッと明るくなった。

 

「ああ。その時は今日みたいに豪勢な飾りはできなかったけどな。男3人だったし、家も小さかった。ターキーを食らいながら“忍びの地図”で昔みたいに人間模様を観察したし。」

「ハリーから聞いたわ。」

 

クククッと笑ったシリウスにエルファバは呆れたようにため息をつく。

 

「それから、クリスマスは楽しみなイベントになったんだ。去年も人がたくさんいて楽しかったし…今年も。これからは5人で毎年クリスマスをやれると思うと楽しみだ。」

 

布の位置を確認していたエルファバはその言葉の意味を理解するのに数秒時間がかかった。えっ、とシリウスの方を見るとあのいつものエルファバを揶揄う時やハリーと話す時の少年のような笑顔ではなく、大人の男性のような余裕がある顔で微笑んでいた。これまで子供のようだと思っていたシリウスが成熟した大人の男性ですごくハンサムだと思った。

 

(シリウスは無くなってしまった私の帰る場所はここでいいんだと言ってくれているのね。)

 

「…うん!」

 

それに応えるようにエルファバはニッコリと笑った。

 

その数日後にハリーは「マルフォイが何を企んでいるか聞き込むスネイプ」という新情報をこさえてグリモールド・プレイスに戻ってきた。

エルファバとエディに気を遣ったハリーは2人がいないところでその話をしていたが、興奮気味だったので浴室でシャワーを浴びて廊下を歩いていたエルファバには丸聞こえだった。

 

「…で、最後にスネイプはマルフォイが女子生徒を誑かしていることを指摘したらマルフォイは激昂してその場を去ったんだ。多分その女子生徒はパンジーって奴のことだと思うんだけど。」

 

髪の毛から水を滴らせたまま、エルファバもジッと話を聞いていた。ハリーのことだからエルファバが聞けば教えてくれるはずだが、話を遮りたくなくて聞き耳を立ててしまう。

 

「きっとスネイプはー。」

「援助を申し出るふりをしてマルフォイの企みを聞き出そうとした?」

 

リーマスの指摘にハリーは早口で答えた。リーマスはダンブルドアが信じる限りスネイプを信じると答え、シリウスは少し考えた後にハリーの意見に賛同しつつ別のことを指摘した。

 

「仮にあのマルフォイの息子が何か考えているとして、それはなんだと思う?」

 

シリウスが全面的にハリーの考えを理解してくれたのが嬉しいらしく、エルファバに伝えた考えをまた改めて言った。

 

「マルフォイはヴォルデモートに指示されて”炎の軍隊“をホグワーツ内で作っている…と思う。最近マルフォイが格下だと思っているような生徒に話しかけているのを見かけたんだ。ホグズミードの時やこの前のスラグホーンのクリスマス・パーティでも。」

「それはクィディッチの選手たちなのか?」

「いや…それは違うんだけど。」

 

エルファバが集中して聞いていると、後ろから誰かに抱きしめられた。

 

「ほーら、エルフィー!ダメだよ濡れたままでこんなところ立ってちゃ!風邪引いちゃうよー!タオルで髪拭いてあげる!」

 

大きな声で話しかけてきたエディの声は、確実に3人の男性陣にも聞こえた。エルファバは抱きついてタオルでゴシゴシと髪の毛を拭かれながら、ガチャっと居間の扉を開けて盗み聞きしたことを謝ると“マルフォイ問題”の話は中断となった。

 

その後、ハリーはエディがシャワーを浴びている間にエルファバの部屋に来た。お互いヨレヨレTシャツとスウェットという姿でエルファバに至っては2年生時から来ている服をそのまま着ていた。

 

「ハリー、さっきはごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったの。」

「いや、いいよ。謝らないでくれ。君にも聞かせる話だったし。」

「それにスラグホーンのクリスマス・パーティも一緒に行けなかったし…。」

 

スラグホーン企画のクリスマス・パーティにハリーとエルファバはペアで行く予定だったのだが、父親のことがありハリーに何も言えず一足早く帰ってきたのだ。

 

「エルファバ、その、お父さんのこと残念だったね。」

「ええ…でも正直立ち直るのは前に比べて難しくなさそうなの。」

「そう…。」

 

ルーカスを亡くした時の方が苦しかったし、自分がこの悲劇を乗り越えられるか分からなかった。今もルーカスが恋しくて泣いてしまうこともある。対して父親は誰かの死が2回目だからか、それとも父親が自分を“怪物”と呼んだ段階で永久の別れを告げたつもりだったからか、ルーカスほどには大きなショックは受けていない。

もちろん、肉親を失った喪失感は言い表せない。

 

お前が負った傷を父親としてどうやって癒せばいいのか分からない…それでも、私はお前を愛してる。エディもお前も、私の大事な娘だ。もしもお前がそれでも許してくれるなら…私はお前の父親でありたい。』

 

あの時、14歳の時に冴えない、疲れた顔の父親から溢れた言葉は紛れもない事実のはずだ。

 

どこからボタンの掛け違いが…決裂が起こったのか。話し合うことはできなかったのか。

 

『魔法を捨てるなら、家族で生きる覚悟だった。けど…魔法省の管理にいる方がお前が安全なんだよ!!!!!分かってくれ!!!!』

 

幼少期の時にエルファバに薬を盛り続けた理由やエルファバに頑なに“力”を使わせなかった理由。

 

『"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。どんな理由であろうとね。特に人に見られたりしたら人々はお前を気味悪がり、離れていく。』

 

エルファバの人生を呪い続けたあの言葉の意味は?

 

(今みんなが私の“力”を知りつつあるけど、誰も私を気味悪がったりしない。離れても行かない。マグルの世界ならとにかく、魔法の世界だったら受け入れてくれるってことお父さんだったら分かったはずなのにー。何をもってそんなことを?そこまでして私に“力”を使わせたくなかった?グリンダを…思い出すから?ううん、だったらホグワーツに行く段階で諦めるはず。)

 

「ハリー、すっごいおかしな話なんだけど、」

「なんだい?」

「…私、クィレルに会ってみたいの。」

 

数秒の沈黙。

ハリーが真顔になったのが耐えられず、エルファバは続ける。

 

「ほら、私の出生を知っているのはクィレルしかいないでしょう?今もう私の“力”を知るのはクィレルしかいないのよ。私は…お父さんの真意を知りたいし私はみんなの役に立つために、クィレルに会うしかないと思うの。」

「うーーん…。」

 

ハリーは苦い顔をしてイエスともノーとも言わなかった。11歳当時、“実の姉に恋愛感情を向けている”ということにピンと来ていなかったが年齢を重ねて物事が分かるようになればなるほどその異常性を理解できるようになった。挙句は娘のエルファバを追いかけ回し、顔は火傷まみれ。エルファバからすれば相当なトラウマになるはずだ。

 

いくら牢屋に入っているとはいえ随分危険ではないだろうか?

 

「どう…だろう。騎士団にお願いしてみたら?」

「ここに来た時にお願いしてみたけど、ダメって言われたわ。」

 

リーマスに、とエルファバは心の中で付け加えた。ダメだとリーマスは即答し、必要なことがあれば騎士団が聞き込むと力説した。賛成してくれそうなシリウスですら、事実を知るのは大事だがレギュラスがエルファバに干渉してこようとしてきたのを知って、危険だとやや反対よりの意見だった。

 

「けど…それ以外にもう向き合う方法がない気がするの。グリンダの実家には目新しいものはないんでしょうし、日記だってグリンダの人間関係を知る上では良かったけれど“力”のことはそこまでよ。」

「……。」

 

ハリーの視線は扉近くにある焦茶色の革でできた巾着バッグに注がれていた。その中から赤い毛のような塊がはみ出ている。

 

「その巾着に入ってるやつ、数年前にダンスパーティで使ったカツラだったりする?」

「う"っ。」

 

比喩ではなく本当に部屋の気温が数度くらい下がったのが答えだった。

 

「まさか、君1人で変装してクィレルに会いに行くとかじゃないよね?こんな状況で?あいつ海外の牢獄にいるのに?」

「早朝の飛行機でオーストリアまで2時間で行けるの。日帰りで帰れるかなって……お金もあるし…やっぱり無謀よね。」

「君ってたまに恐ろしいくらい行動力あるよね。」

「ハリー、あの、例えばだけど、」

「流石に僕もこれには協力はしな…」

 

そのタイミングでガチャっと扉を開けて入ってきたのは、エディではなく眉間に皺を寄せたリーマスだった。エルファバはその顔を見て、今の話を聞かれたのだと悟った。

 

「ごごごごめんなさい!ただ考えていただけで、そんな細かい計画は立ててないから…!」

 

エルファバはとっさにハリーの後ろへ隠れた。対してハリーは冷静に耳塞ぎ呪文を使うべきだったと妙に冷静だった。なぜならリーマスは怒ったような顔をしていたが本気で怒っているわけではなく、エルファバを嗜めるためにわざとそのような顔をしているのだとハリーはすぐに分かった。

 

リーマスは大きくため息をついた。

 

ーーーーー

数日後。

 

絶景を見渡せる高い山、それに似つかわしくない無表情な高い壁の前にバシッと音が聞こえ、どこからともなく男性と少女が現れた。

 

「少しクラクラするかい?」

 

リーマスの問いにエルファバは首を振った。

 

「ううん、大丈夫…本当に良かったの?」

「ああ。昨日も言ったけど、君の気持ちは分かるからね…自分の中にある見ず知らずのパワーがわからないというのは苦痛だ。亡くなった父親を守れなかった…そして彼の真意を図りきれなかった私たち騎士団の責任もある。最初は君の安全を考慮して良くないと思ったが…。君に重なる辛い出来事を少しでも乗り越える糧になって欲しい。」

「ありがとう。」

「けどもう1人で行こうだなんて思わないでね。全く、君は普段大人しいからノーマークだけど、忘れた頃に無謀な試みをするからね。グリフィンドール生だとよく分かるよ。」

「…うん。」

「ダンブルドアには後で一緒に怒られに行こう。」

 

小言を言いつつ、茶目っけたっぷりにウインクするリーマスにエルファバはクスッと笑った。

 

その場所は美しい絶景を見渡せるにも関わらず、今にも雨が降りそうな天気でどんよりと薄暗かった。エルファバとリーマスが数メートルほど歩くと、ハグリッドもやすやすと通れるくらいの巨大な門が現れた。そしてその門の一番高い部分にはこのように書かれていた。

 

“より大きな善のために”

 

その門を潜りさらに奥へ進むと、屈強なボディビルダーのような身体に中世に出てくるような甲冑を纏った看守たちが正面玄関に立ち塞がっていた。リーマスはその看守たちに近づき、静かにこう言った。

 

「私は騎士団のリーマス・ルーピン。クィリナス・クィレルに会いに来た。」

 

看守たちはチラッとリーマスの後ろに立つエルファバを見てからこう言った。

 

「その囚人の面会、1人だ。2人、入れない。」

「…そんなルールが?初めて聞いたし、彼女は未成年だ。ここに1人にはできない。」

「規則は規則だ。守れない、面会、できない。」

「“その囚人”ということはクィレルだけの規則ということだな…誰の指示だ?」

「アルバス・ダンブルドア。」

 

エルファバとリーマスは困惑して顔を見合わせた。何をもってそのようなルールを設けたのかが分からない。リーマスはエルファバの肩を抱き、考え込んだ。

 

「…直接面会するのはこの子だ。だが未成年だから私が奴の独房の外で待機する…これでどうだ?」

 

看守たちはしばらくエルファバが知らない言語で話をした。おそらくドイツ語だ。ドイツ語は英語と近い部分もあるのでこの看守たちがリーマスからの提案をどうするのかを話し合っているのだと分かった。数分後、看守の1人はこう言った。

 

「いいだろう。」

 

看守の1人が黒く細長い布を持ってエルファバに近づいてきた。

 

「目隠しをされて、独房の中に飛ばされるんだ。私も外にいるから何かあったらすぐに呼んで。呪文を使ってもいいし、凍らせてもいいから。何より、あいつは歪んでいる…君を傷つける言葉もかけてくるだろうから、事実であること以外は耳を傾けないで。」

 

リーマスの指示にエルファバはゆっくり頷くと、目の前が真っ暗になった。後ろで結ばれるのを肌で感じた直後、フワッと身体が浮き上がった。

 

「ひゃっ!」

 

姿くらましとは全く異なるその感覚にエルファバは確実に周囲を凍らせたことを確信した。その数秒後、ドンっと鈍い感覚が足から身体へ響きエルファバはどこかに着地したのだと思った。

 

「…エルファバ・スミス。」

 

エルファバを呼んだのは、リーマスでも看守でもない。恐る恐る目隠しを取ると、数センチ離れた先にエルファバと囚人を隔てる柵があった。柵の先には1人の男性の気配。ボロボロの薄汚いローブを着た男性が牢屋の奥で座っていた。全身には醜い火傷の跡が残っている…ドラゴンの子供に焼かれた跡だ。

 

「クィリナス・クィレル…。」

 

エルファバがそう呼ぶとゆっくりと立ち上がり、近づいてきた。最後に会った時は11歳。ホグワーツ内を追いかけ回され、髪の毛を掴まれて引きずられ。最後は首を絞めて殺されかけた。エルファバの男性への恐怖を植え付けた1人であることは間違いない。

 

しかし、今のクィレルはエルファバが想像していたよりよっぽど弱々しく身長も小さいように思えた。

 

(考えてみれば5年前の話だもの。当たり前よね。)

 

思ったより、エルファバの中でクィレルと対峙して恐怖はなかった。いざとなれば凍らしたり杖で対抗できるー。

 

「忌々しいくらいに我が姉に似ているな。お前の中に穢れた血が入り混じっていると思うと…虫唾が走るが…あの女のことを思い出すよ…。」

 

クィレルの声色はまとわりつくようなねっとりした声だった。例えに出して悪いが、セドリックに媚を売る女子生徒を思い出す。ケロイドの中から見える視線も気持ちが悪い…早くこの場から去りたい、そう思った。

 

「さて、そんなお前がどうしてここに来た?クィレル叔父さんが当ててあげようか?」

「…。」

「お前は全てを知りたいだろう?“力”の代償やあの女や穢れた血の父親について…あの穢れた血はきっとお前に何も喋らないだろうからなあ?あの女のしでかした罪について。」

 

父親が亡くなったことを伝えるのは得策ではない、と思った。

 

「…マグル生まれのことをそんなふうに呼ばないで。あなただって…。」

 

エルファバはジッとクィレルの視線を見返した。ここで目を逸らしたら負けだと思った。

 

「…その生意気な態度、あの罪深い女にそっくりだ。忌々しい。」

「グリンダは無実よ。グリンダは騎士団として死喰い人の仲間をスパイしていたの…無実のマグルも魔法使いも殺していない。」

 

クィレルはため息をついた。何も分かっていない反抗的な子供に呆れた親のような態度にエルファバは少しイラッと来た。そしてわざとらしく、語りながら牢屋の中を行き来し始めた。

 

「さて、歴史の時間だミス・エルファバ。お前の中に巣食う“力”は遡ること数百年前の話だ。小鬼(ゴブリン)の反乱が起こった時、小鬼(ゴブリン)側についた魔法使い達がいた。博愛主義者だった魔法使い達は全ての生物が平等に生活するべきだという信念の元、傲慢な魔法使い達に一矢報いるべく小鬼(ゴブリン)たちに魔法と杖を授けた。その代わりに奴らたちはその魔法を使った甲冑や剣などを分け与えた…結局は魔法使い達が勝利を収め、哀れな小鬼(ゴブリン)どもは魔法使い達に媚びへつらう人生に逆戻り。だが、奴らは闘いの間で人間の魔法と小鬼(ゴブリン)の魔法を融合させ魔法使い達の知らない古代魔法を構築しさらに発展を遂げた。」

「あの獣どもは傲慢で卑しい連中だった。それだけに飽き足らず、自分たちの仲間だった魔法使いに分け与えた甲冑や剣を返すように要求した。だが魔法使い達は拒否したー。確かに戦争は負けたが、魔法使い達は発展した。できる限りのことはした…だから甲冑や剣を返す理由はない、それが奴らの主張だった。奴らは怒り狂った。戦争に負けた哀れな種族からさらに物を奪い取る気かとな。だから奴らはこの魔法使い達に…剣や盾にかける炎や氷を模した呪いを人間にかけたー更なる呪いを加えて。」

 

エルファバは黙って聞いていた。この歴史は数年前にルーカスに聞いた。炎の呪いをベルンシュタイン家、氷の呪いをオルレアン家が受け継いだ。

 

「杖を使わずに天候を変えるほどのパワーと通常の呪文や呪いを弾く特異性…祖先は最初、小鬼(ゴブリン)から呪われたことにすら気づかなかった。むしろ贈り物だと考えた…感情によって左右されてしまうのが玉に瑕だがそんなもの魔法界にいくらでもある。そんなことは問題にはならなかったがー。」

 

その瞬間、クィレルのケロイドだらけの顔は醜悪に歪んだ。これをエルファバに言いたくてしょうがなかった、今からエルファバの心を傷つけようとしていると分かった。

 

「執念深い小鬼(ゴブリン)達はこの愚かな魔法使いに一矢報いるために強大な呪いをかけた。」

 

これだ、とエルファバは思った。聞きたかった、呪いの全容。エルファバを、そしてこれまで友人達を助けた“力”が“血の呪い”と呼ばれる所以ー。

 

「…この“力”を持ったものは所有してから約15年後に炎に包まれるか、氷の塊となって死ぬ。そして、その後…その人間は綺麗さっぱり忘れ去られる。まるでこの世界に存在していなかったかのように…血縁者ではないこの呪いを知る者も同様だ。そして所有者が死んだら、最も近い血縁者へと引き継がれる。」

 

クィレルはここで形を切り、顔を嘲笑で醜悪に歪めてエルファバを覗き込んだ。

 

(血の呪いー、と言うくらいだから死に至るというのは覚悟はしていた。けれど、人間の存在が忘れられる?)

 

「ありえないわ…そうだとしたらグリンダはどうして死んだのに、みんなグリンダの記憶があるの?」

 

しかし、同時にエルファバの中でこれまで謎だったピースが徐々にはまっていく音が聞こえていた。

 

父親がエルファバに薬を飲ませて魔力を抑えつけてまで頑なに“力”を使わせなかった理由、“炎の魔法使い”であるアダム・ベルンシュタインがルーカスやその妹、自身の弟に呪いを移そうとした理由。グリンダの実家にあった家系図にいくつか不自然な空白があったのは。

 

“力”の…呪いの代償が“死と忘却”だと、伝わっていたとしたら?

 

(そんな、強大な呪いなんて…存在するの?その人物の記憶全てを消すような呪いなんて聞いたことがない…。)

 

「ここからお前が一番知りたいことを教えてやろう。お前ら家族の歴史さ。」

 

エルファバは必死で否定した。否定する頭の中にクィレルの残忍な声が入り込んでくる。

 

「あの女は学生時代に”力“の代償に気がついた…自らの死と愛しの穢れた血に忘れられることに恐怖した。呪いを解くためにあいつはホグワーツ卒業後にグリンゴッツ銀行へ就職を決めた…1、2年かけてあいつは小鬼(ゴブリン)を懐柔し、呪いを解く鍵を見つけた。グリンゴッツ002番金庫、そこに先祖を呪い続ける古代魔法が小鬼どもによって慎重に守られている。解呪方法は小鬼(ゴブリン)の死体5体分の血肉を金庫内に捧げ………自分と血縁関係がある生きている子供に“力”を移すこと。」

 

牢屋の中に吹き込む生ぬるい風と冷たい刺すような風が牢屋の中で混じり合う。

 

「そうだ…。あの女は自分の全ての死から逃れるために卒業後すぐにガキを…お前を造った。”力“を自分の娘に移すためにな…そうすれば自分は死んでも記憶がこの世界に残る。あの女は哀れな小鬼(ゴブリン)もを殺害し、自らのガキを犠牲にしてまで生き残りたい、弱い愚かな女だったんだ…!」

「…ウソ、」

 

数年前、ホグズミードで出会った老いた小鬼(ゴブリン)の声が、これまで忘れ去っていた憎憎しい声がエルファバの頭の中で響く。

 

『お前の母親は罪人だ。』

『お前の母親は我々を侮辱したのだ!』

『お前のその醜い老婆のような白髪がその証拠だ!』

 

「あの女は追い詰められた後、自らを凍らせてそこから数十年罪から逃げ続けた!あの穢れた血はあいつが氷の中で生きているにも関わらず、お前が”力“を継承したことで気がついたんだ!そして悟った!あの女がお前を!犠牲にしたと!」

「嘘よ!!!!!」

 

バキバキバキっ!!!

 

牢屋の中は一瞬で分厚い氷に包まれた。エルファバは構わずに叫び続けた。

 

「嘘だわ!人が何十年も氷の中で生きているはずはない!グリンダが死んだから私に”力“が移ったのよ!」

「バカな小娘が…あいつの死因は”焼死“だ。氷の中で死んだんじゃない。お前とハリー・ポッターがあの女を殺したんだよ。あのお方は生きている人間にしか乗り移れない…!」

 

エルファバは息を飲んだ。5年前、ヴォルデモートが取り憑いたグリンダをハリーとエルファバで…。全身を燃やされ、足を凍らされたグリンダの身の毛もよだつ声を思い出す。

 

『ああああああああああはははは、そう!!それでいい!!それでいいの!!』

 

(そうだ…あの時…グリンダは笑っていた…それは、自分が記憶を残したまま死ねるから?そんな、嘘、私は、私は“力”を移すために生まれたの…?!そんな、そんなはずない!)

 

エルファバは辺りを凍らせながら耳を塞いだ。涙が溢れる。クィレルはそれを見て嘲笑った。

 

「お前という人間は、肉親に呪いを受け継がれ!!肉親を殺し!!そして死んで忘れられる!!そんな運命なんだよ!!」

「ボンバーダ・マキシマ 破壊せよ!」

 

爆音と共に、リーマスと看守が数名入り込んできた。立ち上がれず座り込んだエルファバにリーマスは自分のローブで包むように抱きしめる。

 

「エルファバ、大丈夫かい?聞いてはダメだ。落ち着いて、落ち着くんだ…あいつは歪んでいる。」

 

自分のローブが凍るのを構わず、リーマスは優しくそして根気強く語りかけた。

 

「やあ、君がリーマス・ルーピンかな…人狼にも関わらずダンブルドアを盾に生きている男。」

「私のことはなんとでも言えばいい…この子を傷つけるような真似は許さない。何を言った?」

 

エルファバが今までに聞いたことのないような怒りと軽蔑に満ちた声色でリーマスはクィレルにそう告げた。クィレルは大きく高笑いするとリーマスはより一層エルファバを強く抱きしめた。

 

「おやおや、穢れた血の代わりにワンちゃんが父親ときたか…ところで、“炎の魔法使い”ベルンシュタインの次男は救出できたのか?」

 

アダムの弟。エルファバは名前すら知らなかった。アダムが死喰い人として暗躍した大きな理由、アダムが“力”を移そうと必死になって探していた弟。

 

(…考えてみれば、全く話を聞かなかった。騎士団が探している、その進捗を教えてくれるはずなのに…最後にアダムの弟の話を聞いたのはいつ?ルーカスの最期?まさかー。)

 

「ベルンシュタインの、次男……?一体何の話をしている?あの男に…兄弟はいないはずだ。」

 

エルファバの魔力の暴走はピタッと止まった。雪も、氷も、冷風もぴたりと。それはエルファバが落ち着いたからではない。

 

「エルファバ?」

 

あまりの衝撃に、エルファバはまともにリーマスの顔を見ることが出来なかった。

 

血の呪いの代償が“死と存在の抹消”であることが、今ここで証明された。

 



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8.父親の物語

地下には2人の男の叫び声が聞こえていた。

 

『セクタムセンプラっっっっっ!!!!』

 

1人の男は血だらけになって息絶え絶えに倒れ込んでいた。体全身に大きな切り傷からドクドクと血を流し、もう傷つけないように懇願する。

もう1人の男、襲撃するその魔法使いは懇願するその男が人には見えなかった。何度も何度も男を苦しめても足りなかった。デニスはチラッと暗がりで数匹うごめくネズミがいることに気づいた。そのネズミたちに杖を向けた。

 

『オパグノ 襲え』

 

魔法使いの指示を受けたネズミたちは一斉に傷だらけの男に群がい、男というご馳走を喰らおうと牙を向いた。

 

『や、やめろ!やめろおおお!やめてくれええ!悪かった!悪かったからああ!』

『私の娘だって、そう懇願しただろう。けど、お前はやめなかった。』

 

魔法使いはその男より2回りほど細く小柄だった。しかし男はその巨体を丸め、悶絶しまるで子供のようにエグエグ泣いて許しを乞う。しゃがんだ魔法使いはその男を見下ろした。

 

『あの子は5歳だ。そんな子に…お前は。あの子がお前に何をしたというんだ。お前ら家族の過去は知ってる。アマンダから聞いたから…どうやらその魔法使いはお前に躾をしてなかったらしいな。』

 

魔法使いの淡々とした声は男の叫び声にかき消された。ネズミが腕にある深い切り傷に噛みついたのだ。

 

『あ、悪魔あああああああ!!!!』

『お前を殺したって、きっとあの子の気は晴れない。あの子は…お前らとの出来事を忘れたけれど、絶対部屋から出てこない。きっと本能が拒否しているんだ。お前らが…私たちの平和な家庭を壊したんだ。』

 

と、言いつつ魔法使いは心のどこかで分かっていた。きっと何かしらの形で自分が築き上げてきた家族が崩れるということを。娘に…エルファバに”力“がついた時から、危ない橋を渡っていた。

 

ーーーーー

 

『呪い?』

『ええ。可哀想な小鬼(ゴブリン)に恩を仇で返した私らを永久に呪っているらしいわ。随分迷惑な話ですこと。』

 

グリンダと付き合い始めたのは5年生くらいの時だった。グリンダは学校内だとお高く止まっていると揶揄され、クイーンというあだ名がついていた。確かにグリンダの皮肉めいた言い方や本のセリフのような言い回しは少し変わっていたが、決して傲慢な人間というわけではなかった。

よく借りた本が被っていることを本に貼り付けられた名前リストで知り、数年くらいお互い名前と顔だけ一致している状態だったが、スラグホーンのパーティでグリンダと話し始めた。

 

付き合い始めてしばらくした時、グリンダは自分の“力”について教えてくれた。

 

『けど、話を聞く限り呪いの割に随分と便利じゃないか?』

『そうなのよね。私の親戚も訝っているけれど。』

 

2人で中庭で勉強したり本を読むのが日課だった。グリンダは”友達はいない“と断言していた。つるんでいる人はいるが友達ではない、と何度も強調していて同じく友達が多くないデニスと一緒に過ごす時間は自然に増えていった。

 

『もう、助けないことにしたの。』

 

グリンダが顎で指した数メートル先ではグリフィンドールの傲慢な悪ガキであるジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックが嬉々として、誰かに呪文をかけていた。2人が杖を向ける先はスリザリンの生徒ー、セブルス・スネイプだった。2対1で攻撃されている。スネイプは優秀な魔法使いだがそれを上回るジェームズとシリウスにやられて、尻餅をついている。周りはそれを揶揄してピーピー口笛を吹いていた。

 

『…ああ。仲の良いリリーを侮辱したんだ。』

『結局どうなったの?あのあと。』

 

本をパタンと閉じて、ため息をついた。

 

『どこまで話したっけ。』

『あなたがリリー・エバンスとセブルス・スネイプを仲直りさせようとしたら、エバンスから“穢れた血”って言われたっていう話まで。』

『ああ、そうだったね。結局、周りに真偽を確認したらそうだと言われて…セブに流石に手を貸せないと伝えたら、背後から呪いをかけられて…こうだよ。腹立つけど、グリフィンドールのリーマス・ルーピンいなかったらまずかった。』

 

制服のブラウスを少し脱ぎ、肩を出すと肩から背中にかけて大きなガーゼで覆われていた。

 

『全治1ヶ月の深い傷跡さ。』

『まあ、さすがスリザリン。やることが狡猾ですこと。』

『感心するんじゃなくて、そういう時は普通、彼氏の心配をするものなんだよ。』

 

グリンダが鼻で笑ったことに呆れる。

 

『あら。あなたが今ここにいるってことは命に別状はないんでしょう?だから不幸を笑ってあげるのが救いかと思って。』

『君って最高だよ。』

 

デニスはクスリとも笑わずにそう吐き捨てた。

グリンダは少し考えて、読んでいる古代ルーン文字の教科書を脇に置き、手の中で何かを丸める動きをした。

それを勢いよく押し出すと、空気の玉が2つポッターとブラックに命中し2人はコメディのように吹き飛んだ。それに対して周囲は大いに沸き、ジェームズが間抜けに起き上がりながら怒って誰がやったと叫んでいた。しかし目立てて心なしか喜んでいる。その隙にセブルスはそそくさと立ち上がって逃げた。遠くからセブルスの視線と合った気がしたが、デニスは避けて何事もなかったかのように続ける。

 

『ああ、最高で思い出した。今度またスラグホーンのパーティ一緒に来てくれないか?有名人とのコネが多い人にゴマすれるいい機会だよ。』

『はあ?行かないわよ。あんなくだらないパーティ。』

『いいじゃないか。ああ、そこでリリーも紹介するよ。話せればだけどー。』

 

ーーーーー

 

その数年後、卒業してすぐグリンダと結婚した。グリンダはグリンゴッツに就職し、仕事と自分の呪いの探索に明け暮れていた。妊娠が発覚してもなお、臨月になってもなお働いているグリンダが心配だったが、グリンダは繰り返しこう言った。

 

『動いている方が楽。』

 

しかし、この時すでにグリンダの様子は少しおかしかった。何かに急かされているような焦燥感があった。

 

『呪いのこと、何か分かったのか。』

『…ええ。』

 

雪が降るある日、グリンダは帰宅して自分のコートをソファに放り投げてこう言った。

 

『私の小鬼(ゴブリン)語スキルが正しければ、死ぬわね。数年以内に。』

 

あっけらかんと、まるで風邪が悪化したかのように言われると、どうしても深刻になれなかった。

 

『根拠は?』

『オルレアン家の家系図にない名前がグリンゴッツの…魔法使いが入れない資料室に古本があったの。身に覚えのない名前だった。そこに呪いの全てが書かれた。』

『おい、気をつけてくれよ。小鬼(ゴブリン)たちは博愛主義者じゃないんだ。』

『ええ…一応小鬼(ゴブリン)の協力者たちもいて。ヘマはしないわ。』

『頼むよ。僕らの赤ん坊のためにも…君に死なれたら困る。』

『そりゃね。あなた卵の1つも割れないし。私がいなきゃご飯すら食べていけないわよね。』

 

グリンダはお腹を撫でて、そう鼻で笑った。けれど、きっとグリンダは自分の死を…呪いの代償を恐れていた。グリンダはエルファバを出産後も変わらず働き続けた。グリンダが構わず働き続けるので、仕事を辞めて自分の娘…エルフィーに慣れない手つきで子育てをした。さすがに苦言を呈したがグリンダは構わず働き続け…むしろ無断で数日帰ってこないなんてこともあり、不満と疑念が重なっていった。そんな数ヶ月後、切羽詰まって家に戻って来てグリンゴッツをクビになったと言った。

 

『なんだ?バレたのか?』

『ええ、そんなところ。けど大丈夫。あなたには危害が及ばないようにするから。』

『僕のことはどうでもいい。エルフィーはどうなる?』

『…平気でしょう。』

 

長い付き合いだから分かった。その時、グリンダが嘘をついたことを。ただ何に対して嘘をついたのか分からなかった…いや分からないふりをした。

 

そこからグリンダは家にますます帰って来なくなった…自分の中でグリンダへの信頼が最底辺まで落ち、しばらく経ってグリンダが“ 死喰い人(デスイーター)”として無実の魔法使いや魔女を“あれ”で何人も殺害した後に氷の中に逃げ込んだと聞いた。誰とも関わらず、逃げ込むことに決めた卑怯者。

 

グリンダの裏切り…そしてそんな女を信頼し子供を作った自分への自己嫌悪。

 

グリンダと仲良くなってエルフィーのゴットマザーになったリリーやダンブルドアかららしき何通も手紙が届いたが読まずに全て捨てて、家の中に閉じこもった。心は何も聞こえず、何も動かずただエルフィーの産声や泣き声を合図におしめやらミルクやらのために身体を動かしてただけだった。

 

グリンダの言っていた“あなたに危害が及ばないようにする”は死喰い人(デスイーター)の仲間に入ることだった。

 

(僕はマグルだ…そんなことされたって何も…嬉しくなんてない。どうしてそんなことを…グリンゴッツで何をしたんだ…。)

 

エルフィーに“力”が引き継がれていないのがグリンダが生きている証拠だった。グリンダが氷から出てきた時、どんな顔で会えば良いのか。エルフィーにはなんと伝えればいい?

 

もうまもなく、リリーとその夫ジェームズも命を落として1人息子のハリーだけ生き残ったと聞いた。リリーは数少ない友人だった。優しく明るいそして勇気があって皆を鼓舞する存在。

 

『あなたは私のこと本当に友達だと思ってくれているから好きなの。大人になればなるほど、男の人の下心って見えるでしょう?あなたはそんなことないから。』

 

豊かな赤髪をなびかせて、輝くほど美しいリリーはそう笑った。美しいという認識はあるのに不思議とリリーを女性として見ることはなかった…まるで姉のような存在だ。

 

『美の女神に僕が近づくなんて、恐れ多すぎてそんな感情すら湧かないよ。みんな身の程を知るべきさ。』

『まあ、デニスったら知らぬ間にお世辞が上手になっちゃって…昔は、必要最低限のことを私とアマンダと…セブにしか話さなかったのに。』

 

妻の悪行の次は友人を亡くした。かなり後になってリリーは“名前を言ってはいけないあの人”に命を狙われて、ハリーの身代わりになったと知った。なんとも彼女らしい最期だと不謹慎ながら感心してしまった。

さらに荒れた自分に幼馴染のアマンダは見かねて、毎日お節介に部屋の掃除とエルフィーの世話を勝手出た。ほぼ住み込みでアマンダは大学の忙しい間を縫って来るアマンダを見ると申し訳ない気持ちと自分も頑張らねばという活力が湧いてきた。

 

エルフィーが2歳になった頃、かなりお転婆で主張の激しいイヤイヤ期真っ盛りの中、壁に大きな落書きをした。エルフィーを叱りつけると自分の最高傑作を侮辱され心外だったのかギャンギャン泣き喚き、カーペットの上で身体を全身使いながら自分の怒りを表現した。自分は魔法でその落書きを消そうとしたが、アマンダが現れたのでサッと杖を隠した。

 

…アマンダの過去を考えると魔法を見せる気にはなれなかった。

 

『こーら!!エルフィー!!いい加減にしなさい!!ほら、角に座って反省しなさい!!』

 

アマンダは暴れるエルフィーの腕を掴み、部屋の角に座らせようとした。

 

『ぎゃああああ!!!ママいやああああああ!!!』

 

自分も、何よりもアマンダは固まった。自分もアマンダもエルフィーにアマンダを母親だと伝えた記憶はなかった。エルフィーはその隙に母親の手から逃れて自分の部屋へ逃走した。

 

『…エルフィーがママって思ってるのに否定するのは酷ね。』

『いいのか。この子は…魔女になる。グリンダの“力”がいつ宿るか分からない。』

 

アマンダにはグリンダの“力”を受け継ぐ条件が死であることは言わなかった。気を使わせたくなかった。少し考えた後、グリンダはこう答えた。

 

『大丈夫よ。だって将来的にコントロールできるようになるんでしょう?エルフィーが物事を分かるようになったら、私の過去を伝える。理解してもらうわ…私もエルフィーの母親になりたい。』

 

こうして幼馴染のアマンダは、エルフィーの母親になり自分の家族となった。グリンダの更なる秘密を知ることになったのは、エディが生まれた直後のことだった。

 

『マーーーーーマーーー!!』

 

朝から元気に駆け寄って来た艶やかな黒髪のエルファバの髪はまるで老婆のように…かつての妻のように真っ白になっていた。エルファバは気づいておらず、無邪気に母親であるアマンダに抱きついた。

 

『エ、エルフィー…?あなた、』

 

アマンダは明らかに狼狽えて、エルファバを抱き上げた。髪だけではない、眉も、まつ毛も、体毛全てが1日にして真っ白になった。ネクタイを締めて仕事に向かおうとしていた自分もその姿を見て固まった。

 

『わー、エルフィー、まっしろけっけ!おばあーちゃんだー!ヒッヒッヒっ。』

 

エルファバはアマンダの腕の中で自分の髪の毛を摘んで、わざとしゃがれた声で笑った。無邪気な笑い声が響く。アマンダは凍りついていた。

 

あの髪は、グリンダの”力“を受け継いだ証拠。そんなことはありえない。魔法省の人間が言うにはグリンダは氷の中で生きている。慌てて仕事を休みにして魔法省に問い合わせたが、やはりグリンダは氷の中であの時のまま生きている。興味津々に何があったのか聞き込んで来る人間の口になった手紙を紙を拳で握りしめて暖炉に投げ捨てた。

 

髪の毛が真っ白になった自分の娘。あの髪色は“力”を持つ人間の証。グリンダは…魔法省によると氷の中で生きたまま眠っている。

 

(魔法の呪いは規則的だ。ちゃんと条件に則っていく…氷の中で眠るグリンダは死んだ人間と判定されたのか?いや、呪いがそんな意思を持つはずがない。何かが呪いに手を加えなければー、誰かが、意図的にエルファバに移さなければ。)

 

その瞬間、全てが繋がった。

 

グリンゴッツをクビになった日。グリンダは、意図してエルフィーに“力”を移したのだ。呪いの代償…“死”を知って。

 

『…平気でしょう。』

 

あの時の違和感は、そういうことだった。呪いをいじったことが小鬼たちにバレたから逃げた。娘に呪いを移した罪悪感が少なくともあったのだ。そしてもう1つ思い出す。

 

『魔法使いが入れない資料室に古本があったの。身に覚えのない親戚たちの名前が羅列されていたし呪いの全てが書かれた。』

 

身に覚えのない名前。昔家系図にいくつか穴があると言っていた。魔法使いの家系図だ…作成者名前を忘れただなんてないだろう。きっと血を辿る呪文もあるはずだ。

 

(まさか…呪いの代償は“死と忘却”なのでは…。)

 

そもそもグリンダのような特殊な”力“が隠されているわけでもないのになぜ知られていない?”力“の存在が所有者ごと葬り去られている、としたら。憶測でしかない。しかし嫌な確信があった。

 

(あいつが自分の死を恐れるような人間とは思えない。きっと、忘却を恐れてー。)

 

その日の晩、エルフィーも赤ん坊のエディも寝た隙にアマンダに細かい呪いの詳細は避けて端的に伝えた。

 

『エルフィーはあいつの呪いを受け継いだ。あいつは制御できていたが、エルフィーはまだ幼い。理解できず“力”を使ってみせるかもしれない。どうする?今なら…。』

『別れたりしないわ。エルフィーもエディも私の子だもの。家族みんなで頑張っていける。乗り越えていきましょう。』

 

カゾクミンナデ、ノリコエヨウ。

 

ーーーーー

 

あんな言葉をまともに受け入れて信じた自分が愚かだった。

あの日自分はアメリカに出張中だった。遊んだエディの髪がどんどん白くなり、まるで凍っていくように身体が固くなっているとアマンダは金切り声で電話してきた。アメリカから飛んで帰った時には全てが終わっていた。エディは無事だったし、エルフィーは反省していた。怒りに震えていたアマンダだったが、なだめると徐々に落ち着き兄の家へと遊びに出かけた。安心だと思い、次の出張先であるケニアへ行った数日後ー。

 

娘は、アマンダの兄の家で娘の原形を留めていなかった。様子がおかしいアマンダとエディを置いて1人で兄の家へと向かった。

 

1人でエルフィーの人形で遊んでいたエディの言ったあの言葉を思い出して。

 

『エルフィーはわるいことしたから、おじさんちにいるの。』

 

家に着くと、エルフィーの従兄弟たちが…アマンダから聞いていたよりずっとみずほらしくて身体に酷い傷がある男の子3人は庭に座り込んでいた。

 

『君たち!エルフィーを知らないか?』

 

年齢は違う3人、皆同じ目をしていた。目の光がない、この世の終わりのような目。しばらくして一番身長の高い子が震える手で少し先にある床に取り付けられた扉を指差した。

 

『エルフィーは、お仕置き部屋にいる。まだ…生きてる…と思う。ごめんなさい…。』

 

(まだ生きてる?それじゃあまるで…。)

 

子供が指差した扉は地下に続くようだった。南京錠と鎖が近くに放り投げられていた。勢いよく開けて、薄暗い階段を転げ落ちるように降りそこから見える光に向かっていった。

 

娘、娘らしき物体が地下室の真ん中でピクっと動いていた。

 

血溜まりの中で大きく歪んだ頭は白い髪の毛に覆われているからそうだと分かった。そこから細い棒と太い棒が重なって繋がっていると思ったのは服を着ていないエルフィーの身体だった。わずかに発する蛙のような鳴き声はエルフィーの声だった。

 

その直後のことはよく覚えていない。持っていた杖でその近くにいた人間を”失神“させて知っている限りの呪文でエルフィーを応急処置したと思う。

 

なんの奇跡か、知っている限りの呪文でエルフィーは人間としての原形を取り戻した。それを確認した後、急いで聖マンゴ病院に守護霊を送ったところすぐに薬をフクロウに乗せて来た。薬をエルフィーに飲ませたところ棒のようだったエルフィーの身体はすぐ膨らみ肉と筋肉がついて、元の健康体に戻った。

 

それからあの獣を何度傷つけても、アマンダが何度謝罪しても、エルフィーが健康体に戻って覚えていないとしても、気が晴れることはなかった。何度信じる人を間違えればいいのか。神という存在がいるとしたら、何回自分は大切な人を失えば満足してくれるのか。

 

(家族ってなんだ?私が何をしたというんだ?…一体なんの罰だ?)

 

グリンダの弟の名前で薬を処方し、エルフィーの食事に混ぜるようにアマンダに指示した。魔法使いの連中に自分の居場所がバレるのだけはごめんだった。きっと“力”を抑えれば、呪いの効力は遅らせることができるはずだー、そう思い大人と同じ量を飲ませた。そう思うしかなかった。そして、自分は家族という存在から目を背けて、魔法と無縁のマグルの仕事に没頭した。

エルフィーがどんどん部屋に篭りきりになり、誰とも話さなくなってエディがひたすらエルフィーを追いかけていることも見て見ぬフリをした。

 

結局、通常の魔法とは違う小鬼(ゴブリン)の呪いに薬は全く効果がなく、エルフィーが精神的に不安定になり氷や雪を出すたびにアマンダを激昂させていたと聞いたのは随分後になってからだった。エルフィーの魔力を薬で抑え込んだことで我が家は平和に生活できているのだと、月に数回しか帰らない家に対してそう言い聞かせた。

 

しかしエルフィーが11歳になった年、会社の応接室にマグルの正装服をピチッと着て姿勢良く座ったマクゴナガル教授がやってきた時に、散々魔力を抑えることを考えていたにも関わらず、ホッとした。

 

(ああ、これでエルフィーのことはホグワーツがなんとかしてくれる。私は…エルフィーの“呪い”について何も考えなくていい。)

 

エルフィーはホグワーツに入ると確信していた。ここからエルフィーは7年間ホグワーツという閉鎖的な環境で生きていく。休みの時くらいしか関わる機会がない。卒業する頃には成人だ。自分の役目はここまでだ、そう感じて肩の荷が降りた気がした。結局自分のことしか考えていなかったのだ。

 

(あとは呪いのことだ。なるべく使わせないようにしないといけない。けれど…真実を伝えるのはあまりにも酷だ。使わせないようにしたら、呪いも弱小化するかもしれないし。)

 

エルフィーのホグワーツ行きが決まり、久しぶりのキングクロス駅に向かう車の中。エルフィーに“力”について言い聞かせないといけなかった。

呪いの象徴である白い老婆のような髪の中に埋もれた顔と青い瞳を覗き込んだ。随分久しぶりに見るエルフィーは、グリンダの生き写しだった。

 

自分を裏切り、苦しめた元凶。

 

エルフィーは悪くない。なんの罪もない。頭ではそう分かっているのに、自分を苦しめたグリンダへの憎しみがふつふつ湧き上がるのを感じだ。とても小さい手を…今思えば自分がそうさせた手を握って言い聞かせた。

 

『"力"を使えばお前は悪い魔女になってしまう。どんな理由であろうとね。特に人に見られたりしたら人々はお前を気味悪がり、離れていく。』

 

ーーーーー

……そういえば、書いていて気づいたが、エルフィーが死にかけた時に薬をくれたのは君だったのか。あんなすぐに聖マンゴの人間が薬をくれるわけがないからな。ありがとう。なぜ私たち家族の状況を把握していたのかはあえて聞かないでおくよ。死喰い人(デスイーター)だった君がダンブルドアの側だったなんて…リリーを本当に愛していたんだな君は。私とは大違いだな。

どうせお前のことだから、今の状況を嘲笑っているんだろうな。エルフィーが入学した少し後にダンブルドアの話をちゃんと聞いていれば未来は少し変わったかもしれない。あいつが騎士団に入っていたとは言われたが、もう裏切られることがまっぴらごめんだった私は聞く耳すら持たなかったから。

あのあとグリンダの大量殺人について娘の手で、無実が証明された時に私も父親としてちゃんと娘達に向き合おうと努力した。けれど、もう遅かったんだ。週刊誌に私たち家族の記事が出て世間から攻撃され、”名前を言ってはいけないあの人“が復活して。

あとは君の知る通りさ。エルフィーの身体にかかった呪いについてはこの手紙には記さない…人に言うとペナルティとして他者に告げた人間もあるようだから。

エディのことも、どうしたら良かったんだろうと思う。アマンダの血筋が暴力的な家庭だった、エディは生まれながらに怪物だったと恥を偲んでダンブルドアに伝えたらエディは怪物じゃないと言われたけれど。もっとちゃんとエディとも向き合っていたら変わったのだろうか。今となっては分からない。

魔法なんて厄介なものに関わって、人生を狂わされたしもう来世は2度と魔法なんか学ばないって魂に刻むよ。でも、私はそもそもマグルの家庭で唯一魔法が発現して気味悪がられて育児放棄された時から、私の人生は終わっていたのかもしれないな。

けれど、ホグワーツ前に君とリリーと、アマンダ4人で過ごした日々は自信を持って人生の最高の瞬間だったと言えるよ。君のことも良い友達だと今でも思っている。

リリーのために人生を捧げるのもいいけど、君のための人生も歩んでくれることを祈っている。どうかあのジジイに使い倒されないように。

 

親愛を込めて

デニス

ーーーーーー

男は亡き友人からの手紙を読み終わった。部屋の中ではひとりでに動くぜんまいが規則正しくコツコツと自分の仕事を行う音が響くだけだった。

 

「何か、目新しいことはあったかの?」

 

”ジジイ“と手紙で指摘された老人は、自身の椅子に座り男を見上げていた。手紙を渡したのは他でもない彼。それでも白々しく聞いてくる姿に男は苛立ちを覚えながら手紙を畳んでローブにしまった。

 

「特に何も。」

「そうか。」

 

分かりきった返事をした返事をした老人はため息をついてゆっくり立ち上がった。杖を振り、ローブを引き寄せて宙に浮くローブに手を通す。

 

「エルファバにかかった呪い。わしの推理が正しければ「あの娘は死ぬ?」………おそらく。」

「呪いの元凶はグリンゴッツにあるのは間違いがない…となると、吾輩にはどうしようもできない。」

 

老人は振り向いて、男の目をじっと見た。しばらくの沈黙の後に少し早口にこう告げた。

 

「少し外出することにしよう。小鬼(ゴブリン)たちに交渉をしてくる…グリンダの罪を考えると解呪をしてくれるとは思わんがな。グリンダは“1人っ子”である以上直接的な血縁関係のあるエルファバを呪い続けるのが得策といえよう。」

「……それでは一体何をしに行くのですかな?小鬼(ゴブリン)たちと楽しくお茶会でも?」

 

皮肉めいた男の発言に老人は曖昧に微笑んだ。

 

「悪くないじゃろう。お土産の1つでも持っていけば、少しは気が晴れるかもしれん。」

 

そう言って老人は、腰を曲げて暖炉の中へと入った。

 



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9.協力者

エルファバの冬休みはボーッと天井を空虚に見つめて、あっという間に数日、数週間が経った。

 

シリウスが主催したクリスマスパーティーもその後のウィーズリー家との集まりも体調が優れない、という理由をつけてエルファバは部屋に篭った。元々はエディと共用だったが、どうしても1人になりたいとお願いして部屋を移動してもらった。

 

『やめておこうシリウス。彼女は理解者と肉親を亡くしているんだ…気丈に振る舞っていても、後で気持ちが落ち込むことだってある。』

 

気分転換に外出へ誘おうとしたシリウスとエディにリーマスがそう諌めているのをエルファバは“伸び耳”を床につけて聞いた。シリウスは納得したがエディは少しでも外に出さないとまた部屋から出てこなくなるのではないかと懸念していた。

 

『きっとエルファバなら大丈夫だよ。昔とは違うんだから。』

 

そうやってエディにハリーは優しく声かけているのが聞こえる。エルファバはため息をついた。

 

(昔とは違う、そうね…本当に。)

 

エルファバは床で丸くなって、床のタイルをじっと見た。クィレルからの“話”が紛れもない事実であることがさらに裏付けられたのは、あの牢獄から帰って来て数時間後のことだった。

 

『クィレル?誰だいそれ?』

 

シャワーを浴びたハリーにすれ違った時、顔色が悪いエルファバにどこへ行っていたのか聞いて来たハリーに『今日、クィレルに会いに行ったの。』と言ったらこのような返答だった。

 

(私の呪いは、口外したらその者の存在すら抹消される…。1年生の時のホグワーツ教授を忘れるなんて、どれほど強大な呪いなの?この呪いの埋め合わせはどうなっているのかしら…?)

 

きっと聞き込めば皆がこの矛盾に気づく…しかし、記憶の穴など理由がない限り誰も追及などしない。ここを突き詰めれば最後、これも呪いの発動に繋がるはずだ。

 

(あのクィレルという男は、きっと私に大きな傷をつける機会を虎視眈々と狙っていたのね。グリンダに愛されなかったから私を傷つけようと…効果はテキメンね。)

 

エルファバは自嘲的に笑うと、弱々しい息が口から漏れた。

 

(全てのモヤが晴れていく。アダムが躍起になって弟を探していた意味。自分の死を恐れて弟に“力”を移そうとしてた。ルーカスやルーカスの妹もその実験として使われたということね…その過程で“力”をある一定条件で移すことができて、移された者の位置を知ることができるというのはそこで知ったに違いないわ。ルーカスもアダムと幼馴染ということは、ある程度憶測はついていたに違いないわ。セドリックに関しては、きっと継承してくれればラッキー、ダメでもホグワーツ側にスパイができると踏んだはず…お父さんが大量の薬を飲ませてまでも“力”を使わせたくなかった理由。同じく確証まではいかなくても、推測はできていたんだと思う…お父さんに、申し訳ないこと、したな。)

 

父親がエルファバに薬を飲ませてまで“力”を使わせたくなかった理由は、“力”を使うことが命を削ることだと考えていたからだろう。エルファバは床の上で体勢を変える。今度はベッドの側面をじっと見つめながら考えた。

 

(タイムリミットは15年。必死に抑えていたことを加味してもタイムリミット通りだと考えた方がいいわね。私が“力”を持った時っていつだったのかしら。物心ついた頃にはあった気がする。)

 

脳の中の細い線を辿るようにエルファバは自分の一番古い記憶を思い出した。去年開心術を受けたことが皮肉にも記憶を呼び起こすことを容易にした。

 

(そうだ…エディが生まれてすぐ。私が2、3歳の時。エディの誕生日は6月だから私の命もあと半年くらいってところかしら。あと半年経てば、この世界の人たちは私のことなんて無かったことになる。エディも、セドリックも、ハリー、ロン、ハーマイオニー、リーマス、シリウス…私の人生に関わった人たちが私を忘れて生きていく。)

 

クィレルの記憶が消えたと分かった直後、エルファバはすぐにでも自分を知る人たちの目の前から消えてしまおうと思った。

シリウスがクリスマスキャロルを歌いながらディナーの食材を揃えている音を脳から消して、エルファバはホグワーツに持って行くトランクに必要最低限の荷物をまとめた。自分の呪いを解く旅に出ようと。呪いが解ければ何事もなく戻ってくればいい。解けないならー、エルファバという存在が消えるだけだ。

しかしトランクを持ち上げた時、シリウスの歌に音を合わせて歌うエディと歌わないけれど泡立て器で何かを混ぜながらリズムを取る誰か(きっとハリーだろう)の音を聞いて、エルファバは止まった。

 

もし、エルファバがいなくなったら皆がどんな行動を取るのか…。2年生の時、ホグワーツから消えたエルファバを生徒たち総出で探してくれた。5年生の時、家を追い出されたエルファバをリーマスが夜遅くまでロンドン中を回って見つけ出した。そしてエルファバを捕えようとする魔法省に敢然と立ち向かった友人と大人たち。

 

エルファバの今は、多くの人の優しさと愛でできている。

 

誰にも何も言わず、このグリモールド・プレイスを飛び出せば騎士団員が総出でエルファバ捜索に乗り出すはずだ。セドリックは寝ないで探すかもしれない。今口を聞いていないハーマイオニーだってエルファバがいなくなったという話を聞けば心配して勉強すらできないだろう。

エディとハリーだって、大人しくグリモールド・プレイスやホグワーツで待たない。飛び出して行くはずだ。それに騎士団側からすれば今は“炎の魔法使い”であるクラウチに対抗できる手段はエルファバだ。

 

何より恐ろしいのは、誰かしらが“なぜエルファバがいなくなったか”という答えを探し出してしまうこと。

 

(私は、もう1人なんかじゃないから。)

 

呪いの代償をもっと早く知っていれば…例えば3年生の頃までに知れば、そんなことを考えず衝動的に飛び出して皆がエルファバを忘れるまでジッとどこかに身を隠したり海外へ渡ろうとしたはず。けれど、そんなことはできない。

 

(だって私は…みんなから愛されているから。だからこそ、私はこうやって部屋の中で丸まって自分の死を待つのみー。)

 

エルファバがいなくなった世界はどうなっていくのか。セドリックが他の女性と…あの”レイブンクローのビッチ“と一緒になる想像をするだけで黒い感情が渦巻いた…そうでなくともモテるセドリックのことだから、きっと良い伴侶に恵まれる。ハーマイオニーとロンの拗れ切った仲を修復するためにハリーは誰に相談するのだろう。ハリーとヴォルデモートとの闘いは…エルファバが世界から消えた場合、クラウチが持つ”炎“の対策ができない。

 

この流れでいうとエルファバではないオルレアン家に最も近い親族へ”力“が継承されるはずだ。それが誰になるかなど見当もつかない。

 

(そもそも存在が消えれば、きっと“氷”の存在も忘れ去られてしまうはずだわ。考えてみれば、ここまで高度な技術がグリンダから知れ渡っているのもおかしな話よ…普通もっと文書とか記録があって調べやすいはずだし魔法省だって見逃すはずがない。“氷”と“炎”以外にもあるのかしら…例えば雷とか?もしも死喰い人(デスイーター)側がそれを知ったらまずい。知っている誰かに私の”力“を…いいえ、ダメよ。この呪いは私で終わらせないと。)

 

そう考えるとグリンダがエルファバにした仕打ちへの憎しみがジワッと水の中で広がる墨のように広がった。

 

”私たちの大切な宝物、エルフィー“

 

エルファバらしき赤ちゃんの写真には間違いなくそう書かれていた。グリンダに愛されていた、それがエルファバにとって希望だった。父親から怪物と言われても、母親からの暴力も、グリンダがエルファバを愛して亡くなったと信じていたから。

 

(愛する娘に”呪い“を引き継ぐだなんて。)

 

5体の小鬼たちの命と娘を犠牲にしたグリンダ。あながち“大量殺害を犯した闇の魔女”というのは間違っていなかったのだ…小鬼からすれば。

 

(そうか。それで自分自身を守るためにダンブルドアのいる騎士団に。)

 

子供もがいながらの二重スパイ。多少の罪の意識を感じていたのであれば、そんな危険任務を引き受けたことも納得だ。

 

ドンドンドンドン、

 

そんなことを考えていると、荒々しく階段を登る音がしたかと思えばドンドンっ!と扉を叩かれた。

 

「おい、チビ!買い物に行くぞ!」

 

エルファバが声をかける間もなく、ガチャっと扉を開けてトレンチコートを着たシリウスが入ってきた。

 

「ほらっ、そんなとこで寝てると風邪引くから!身体動かしてあっためるぞ!」

 

シリウスが杖を振るとエルファバは勝手に白いニット帽と手袋、そしてキラキラと光で反射するマフラーを着ていた。そして少し大きい青色のダウンジャケットも着てエルファバは着膨れしていた。その後からドタドタと走ってきたのは同じくマフラーとコートを着ているエディだった。なんとなく、この2週間で身長が伸びた気がした。

 

「もう、シリウス!リーマスがいないからって!」

 

と、怒ったような口調だったが心なしか嬉しそうだ。

 

「…外出た方が寒いと思うんだけど…。」

 

エルファバがクスッと笑って、そう呟くとシリウスはエルファバのニット帽を押しつぶしてそのまま髪の毛ごとぐしゃぐしゃにした。

 

ーーーーー

 

そこから数時間、シリウスにエディと2人でいろんなところに連れ回され、大晦日の準備をさせられた。店がほとんど閉まっていたので遠出して買い込んだ結果、帰ってきたらリーマスに(シリウスが)こっぴどく怒られていた。

本当はハリーを含め3人の子供たちは死喰い人(デスイーター)陣営に狙われている可能性が高いため許可無く外に連れ出してはいけなかったらしい。

エルファバは少し気分が晴れたので良かったが、リーマスに説教されているシリウスを置いてこっそり上に上がった。

 

「エディ、寒かったから先にシャワー浴びてね。」

「…うん。」

 

エディはエルファバの手をギュッと握って離さない。その手は冷たく不安げだった。

 

「…もう部屋に篭ったりしない。体調は戻ったの。約束するわ。」

 

エルファバはエディに優しくハグすると、エディは長い腕をエルファバに回した。

 

「シャワー浴びてきて。」

 

エルファバはそう言うとエディは安心したように顔が綻んで、階段を降りていく。その背中を見つめてからエルファバは自分の部屋に入ったがー。

 

「おかえり。」

 

迎えた男性の声は、ハリーはなく、ましてや下にいるリーマスでもシリウスでもなく…ただ今しがた一緒にいたシリウスに少し似た声だった。そのせいでエルファバは一瞬誰が部屋にいるのか理解ができなかった。

 

藍色のローブを椅子にかけ、マグルの燕尾服にポニーテール姿のレギュラスが、エルファバのベッドに座って魔法薬学の教科書を読んでいる。

 

「シ「シレンシオ 黙れ」」

 

エルファバは力の限り叫んだが、一気に声を失い口をパクパクさせた。

 

「全く君って子は…。どうして私がここにいるかという問いかけに関しては私の実家なのだから、入れて当然と答えておこう…この世界からクィレルが消えた。だからここに来た。」

 

レギュラスは随分とリラックスした様子だった。エルファバは大人2人に助けを求める方法を考えることをぴたりと止めた。「覚えているの?」と聞いたが口がパクパク動くだけだった。しかしレギュラスはエルファバが何を話したか分かったらしい。

 

「一応ね。私はグリンダから“力”を引き継いで調べた後、呪いの代償について大方検討がついたから、ちょっとした細工をした…ただ、呪いが消えるわけじゃなくて進行を遅らせているだけ。1年後にはきっと私はクィレルの存在を…君にかけられた呪いだけどちょっとした穴があって…呪いの内容をハッキリ口に出さない限りは効果が発動しない。対策を話すのは問題ないようだから、呪いの内容をハッキリ出さないでね。」

 

頷きながら、エルファバのレギュラスに対する信頼度が一気に上がっていく。

 

(クィレルのことを覚えているなんて、レギュラスは本当に…少なくともグリンダから“力”を受け取ってしっかり研究をした。もしかして…レギュラスは本当にー。いいえ、けれどそもそもグリンダが信用に値しないじゃない。何を考えていたのか。)

 

レギュラスはゆっくり教科書を閉じて立ち上がる。

 

「少なくとも私たちはやっと同じスタートラインに立てた…呪いの代償を私は知るべきだと思ったけど、ダンブルドアは君がそれを知らせないようにしていた。おそらくダンブルドアはある程度推測ついていただろうけど、君が誤って誰かに漏らして早く“力”が無くなる可能性もあったから。」

 

なるほど、とエルファバは思った。

 

(ヌルメンガードで1人しか面会できないようにしたのはそのためだったのね。きっと誰かが同伴したら聞いたその人は呪いが発動する。)

 

「どうかな?そろそろ腹を割って話し合える?」

 

エルファバは少し考えた。これまでのレギュラスの行動を。

魔法省にエルファバを連れ去ったことはマイナスだが、それ以外は常にレギュラスは紳士的だった。今現状騎士団に捕まる可能性が高いグリモードプレイスに単独で侵入してきていることを考えると決して悪い人間ではないはずだ。

エルファバを懐柔するより、グリモードプレイスの場所を死喰い人(デスイーター)たち全員で襲撃してからエルファバを連れ去る方がよっぽど効率的なはず。

 

(少し…信じてもいいかも。少なくともこの選択が間違っていても…どうせみんなから私の記憶が消えるんだもの。)

 

エルファバはコクンと頷く。レギュラスは安堵したように微笑んだ。レギュラスは杖を振ると古い椅子がレギュラスの向かいに現れ、そこにエルファバを手招きした。エルファバはそこに素直に座る。

 

「さて、これで私たちは共謀ってことだね。全てをフェアに話そう…ただし、この話は誰にもしないでほしい…特にダンブルドアには。」

 

エルファバは少し声を出そうと喉を動かす。話せそうだ。

 

「あなたはどうしてダンブルドアを信用していないの?」

「あの人の目的があくまで闇の帝王の打倒であってそのための犠牲を厭わないからだよ。きっと君のことも…ハリー・ポッターのこともね。まあここは一旦細かい話さないでおくよ…まだ分霊箱(ホークラックス)の話は出ていないだろう?」

 

エルファバは頷く。

 

「じゃあ、その時に私がダンブルドアを信用しない理由を話す。」

「今全てをフェアに話そうって言ったじゃない。」

「物事には順序ってものがあるから。」

 

レギュラスは面白そうにニヤッと笑ってエルファバの反応を伺う。からかわれていることに気づいてエルファバはふいっと顔を逸らした。

 

「私の呪いについて、話してくれる?」

「ああ、もちろんさ。」

 

気がつけばエルファバの目の前に熱々の紅茶が入ったティーカップが置かれていた。エルファバはそれを飲むと喉を伝って紅茶が冷えたを温めていくのを感じる。そしてリラックスできたところでふと疑問を感じた。

 

「…話しているここに誰も来ない?」

「クリーチャーが足止めしてくれている。」

「あなたが、ここが騎士団の本拠地だと知ったのはクリーチャーが言ったの?」

 

レギュラスはどこからか現れた黒いマグカップでコーヒーらしきものを飲んだ。

 

「いや、多分本拠地が自分の家だということは前々から予測はついていたんだ…すごくいいアイデアだったと思う。」

 

(やっぱりあの時…レギュラスと初めて会った時、私の反応を見てグリモード・プレイスが基地だとバレてしまったのね。)

 

「ただ、ダンブルドアが“秘密の守人”になっていることだけ厄介だった。クリーチャーと手紙でやり取りしていて、ここに入れるように手を尽くしてくれた…まだ会うわけにはいかないけど、本当は彼に会いたくてしょうがないよ。」

 

レギュラスの声はまるでおじいちゃん子の孫が祖父を懐かしむように愛しそうで、エルファバは少し驚いた。シリウスが屋敷しもべ妖精を邪険に扱っている姿やマルフォイ家のドビーに対する仕打ちが記憶に新しいので、意外だったのだ。

 

(クリーチャーがブラック家についてあそこまで良く言っていたのは屋敷しもべ妖精だからではなくて、本当に…?)

 

エルファバがそんなレギュラスを見つめていると、レギュラスは、まあとにかくと鋭い声を出した。

 

「呪いの解呪は…現状ほぼ無理だ。グリンダが解呪をしようとしたことで小鬼(ゴブリン)たちはますます魔法使いに不信感を抱くようになりセキュリティも強化された。私も魔法省にいた時何回か潜入しようとしたけど、その目的でグリンゴッツに入ろうとすることすら無理だったよ…けれど連中も魔法使いに呪いをかけただなんて魔法省にでも知られたら協定違反だからね。君に直接的な危害は加えないさ。」

 

レギュラスは再びコーヒーを一口飲んで顔をしかめた。おそらく粉ごと飲んでしまったのだろう。

 

小鬼(ゴブリン)たちの心配はしなくていいけど、君の残り時間が短いことが厄介だ…君を救う1つ手筈があるとすれば、誰かに呪いを移すことだ。」

「私は、グリンダのような真似はしないわ。」

 

反射的に出たその言葉にはグリンダに対する嫌悪が全面に出てしまい、エルファバは慌てて口を塞いだがレギュラスは曖昧に微笑んだだけだった。

 

「君は強い子だね。」

「別に…。」

「ただ、その方が合理的ではあるんだよ。君の時間はかなり限られているから今から解呪方法を探すのは無理がある。けれどグリンダの前例がある通り、生きた人間に移すことはできるから他の人に移せば君は一度呪いからは逃れられて、そこから10年ほどかけて解呪方法を探せばいい。」

「……けど、誰に移すの?」

「解呪よりは、難しくない。あの家系図を辿れば目星はつくはずだ。」

 

エルファバは数秒目をつぶって考えた後こう言った。

 

「…いいえ。やっぱり意図的に“力”は動かさないわ。あなたは呪いの影響を遅らせていて、クィレルも覚えているということは世界が忘れても…あなたはしばらく私を覚えているでしょう?それまでにできることを全部やるわ。そこからはあなたに引き継ぐ。」

 

レギュラスは肩をすくめた。

 

「どうやら人使いの荒さは、グリンダに似てるね。」

 

エルファバはグリンダに似ていると言われて随分不快だったが、無視して話を続けた。

 

「他にもいたのかしら…これまで、生きたまま“力”を移した人。」

「いや、グリンダが初めてらしい。同胞を殺害された小鬼(ゴブリン)たちの怒りは凄まじいものだった…元々結束力の強い種族だからね。だからグリンダはダンブルドアをバックにつけ、死喰い人(デスイーター)のスパイをしたんだ。小鬼(ゴブリン)側からすればどちらの味方かは分からなかったけれど、とにかく強大な魔法使いを後ろにつけて手を出せなかったからグリンダの行動は正解だっただろう…グリンダの悲劇はその目的が原因で、ダンブルドアからも闇の帝王からも完全に信頼を得られなかったことだろう。完璧な忠誠をダンブルドアに見せることができなかったから、死喰い人とマグルたちを複数名凍らせて自らも氷の中に閉じこもった時、ダンブルドアがグリンダはスパイだったことを口にしなかった。私は彼女が元からスパイだと知っていたけど。」

「どうして?」

 

核心に迫れる、とエルファバは思った。レギュラスが命を張ってまでこの“力”に関わろうとする原因。

しかし数秒の沈黙が何分かにも感じた。下ではリーマスのお説教が終わったのか、仲良くシリウスと談笑している声が聞こえる。何かで笑った時、ハリーの声も聞こえた。エルファバの部屋と別世界だった。

 

「…私はね、シリウスの言う通り元々は闇の帝王に心酔していたんだ。」

 

先ほどよりも、少し小さい声でレギュラスはこう言った。

 

「けれど、私の家族…大事なクリーチャーを闇の帝王はボロ雑巾のように酷い扱いをして、危うくクリーチャーは死ぬところだった。その時に初めて気づいた…私が差別していた”穢れた血“と呼ぶ種族たちは何人こんな思いをしたんだろうと。」

 

エルファバと目が合うと、苦笑いしてこう続けた。

 

「言い訳させてもらうと、私は当時16歳で君と同い年だった。聡明で周りに正しい思考を持つ大人が周りにいる君と違い、私の家族はブラック家を実質的なイギリスの王族だと信じて疑っておらず、純血以外は皆家畜だと断言する家庭だった…16年間そんな環境にいて、自分の考えが誤っているだなんて普通は疑わないものさ。ましてや私はスリザリンで周りの友人たちも同じ考えだった…そんな中で刃向かえるシリウスが異端すぎたんだよ。それに教えに背いたシリウスの扱いを見れば家でどう立ち回るべきかなんて一目瞭然だった。純血主義者たちなんてそんなものさ。」

「…今は、」

 

エルファバはトンクスの存在を無視したというレギュラスの言動と今の話に疑問を抱いた。

 

「……少なくとも闇の帝王の在り方に疑問を持ち、私と同じ思いをする人を無くそうと心に決めた。闇の帝王の話とクリーチャーの話から秘密を推測して…。」

 

レギュラスはハッとして立ち上がり、ドアを見つめた後ため息をついた。

 

「クリーチャーは君の妹を止められなかったようだ。もう行かないと。」

 

サッとローブを羽織り、レギュラスは立ち上がる。

 

「次回どうにかホグワーツに侵入して頑張って君に接触するよ。それまでに君がなすべき事を考えてほしい。」

「ホグワーツ…?今あそこはセキュリティがしっかりしてるでしょう?入れるわけないわ!」

「そう言ってたけど数年前、脱獄囚のシリウスだって侵入できた。弟の私だってできないことはないさ…じゃあね。」

 

レギュラスが笑ってヒラヒラっと手を振ると、何の音も立てずレギュラスが視界から一瞬で消えた。

呆気に取られていると同時に荒々しくドンドンっ!とドアをノックしてエルファバが何かを言う前にタンクトップの髪を濡らしたエディが雪崩のように入ってきた。

 

「エルフィーーー!!」

 

抱きつこうとするエディをエルファバは慌てて静止する。

 

「ちょっと、私まだシャワー浴びてないから…!」

「えー?」

 

エルファバは動揺を隠しつつ、すでに肩に腕を回すエディを必死に止めた。

 

「私もシャワー浴びてくるわね。」

「はーい。待ってるね。」

 

ふと考えた。レギュラスがここから姿くらましをできるとは考えづらい。音もなかった。レギュラスは目くらましの術で視覚的に消えただけ。おそらくレギュラスはまだこの部屋にいて、隙を見て外に出るつもりだ。そうなるとエディを外に出す必要がある。

 

「男性陣たちは何をしているのかしら?楽しそうだったけど。」

「シリウスとハリーがチェスやってるの。ハリーったらゲームになるととんでもなく口が悪くなるの。それを見ておじさんたちは笑ってたよ。」

「そう…私もシャワー浴びたら見に行くね。」

 

長い腕を回したまま、エディの顔はパッと明るくなり、

 

「もう部屋に篭らない?」

「うん。」

「年末年始はみんなで過ごせる?」

「ええ。」

「やったー!」

「エディだから私は身体が…!」

 

エルファバの抗議を無視して、エディはエルファバを抱きしめた。そんな姉妹2人の横を何かが横切り、それに合わせて風が吹いたが姉が部屋に篭らないと知り喜ぶ妹はまったく気づかなかった。

 

「もう大丈夫なの?」

「ええ…。」

 

レギュラスがうまくグリモード・プレイスを抜けられるように願いながら考えた。

 

「……クヨクヨしているほど、人生って長くないなと思って。今やるべきことを考えないと。」

「エルフィーったら。なんかおばあちゃんみたいなこと言うんだね。」

 

エルファバはエディの言葉には答えず、優しく微笑んだだけだった。

 



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10.御伽の薬

エルファバの表面的な楽しい休暇が崩れたのは休暇最後の日のこと。

今年限定でクリスマス休暇にホグワーツから戻る生徒たちは、煙突飛行ネットワークに各家庭を繋げることになっている。グリモールド・プレイスの場所を魔法省に把握されたくないという校長の意向でハリー、エルファバ、エディは最後の1日だけウィーズリー家で過ごすこととなった。だいぶ感じのよくなったフラー(エルファバが少しフランス語を話せるようになったことが大きいだろう)と共にお皿洗いを終え、寝る支度をしようとリビングに向かった時だった。

 

「…だよな?」

「ああ、本当に間違いないよ。何度も言ってるけど。」

「本当に?」

 

暗いリビングの角でハリーの声が聞こえる。うんざりしたような声を出すハリーと対照的に相手は何度も何かを確認している。声は小さくてよく聞こえない上に相手が誰なのか暗くてよく見えなかった。少なくともハリーより身長の高い誰かではあるのは影でわかる。エルファバがランプの灯りを点けると、リビングが一気に明るくなる。

 

「ハリー…と、フレッド。何しているの、こんなところで。」

 

エルファバは欠伸をしながら、眩しさに目を細めるハリーとパジャマ姿のフレッドに話しかけた。フレッドとジョージの見分けは難しいが、長く一緒にいるとなんとなく雰囲気で分かるようになった。

 

「エディが夕食に出てないブラウニーを食べたか何度も確認してきたんだよ。なんかエディがもらったって言ってたやつで。君は知ってる?」

 

フレッドは、しまった!という顔を一瞬したが慌ててエルファバに背を向けた。怪訝そうにエルファバはその様子を見ながら、答える。

 

「ブラウニー?私は見ていな…。」

 

そして、エルファバはハッとした。夏休み時の、双子ジョージの言葉を思い出したのだ。

 

『俺はフレッドがエディに惚れ薬を盛らないことを祈るよ。』

 

ウィーズリー宅を氷漬けにしない理性をギリギリ保ちながら、大股歩きでフレッドに詰め寄った。

 

「あなた!エディに惚れ薬を盛ったわね!?信じらんない!」

 

フレッドはバツが悪そうにエルファバから顔を逸らし、両手を上げた。エルファバとフレッドは2、30センチほどの身長差があるにも関わらず、今にもエルファバがフレッドを喰らいそうな凄みがある。もっといえば、氷こそ出していないもののエルファバの白い髪は魔力で逆立ってメデューサのようになっていた。

 

「え?」

 

ハリーはポカンとエルファバとフレッドを交互に見た後に、素っ頓狂な声を上げた。対してフレッドは小声でボソボソと抗議する。

 

「…違うよ…ただ、ママのブラウニーをエディが食べれたか聞きたくて…。」

「今晩ブラウニーなんかデザートになかったけど!」

「いや、それは…。」

 

しどろもどろなフレッドを見てハリーは驚きと共に感心してしまった。いつもジョークを飛ばしてのらりくらりやっているフレッドがこんなことになっているのはハリーからすれば初めてだったからだ。

 

「エディに惚れ薬を盛ったのね?」

「い、いや、その、微量だから…。」

「量なんか関係ないわ!解毒剤は?」

 

フレッドは俯いたまま、しかし何か確固たる意思を持っている様子でしっかり口を噤んだ。

 

(解毒剤をエディに飲ませる気はないのね。)

 

「いいわ…、私が解毒剤飲ませるから。」

「えっ、君レシピ知らないだ「こんなこともあろうかと、あなたの店で惚れ薬を買って解毒剤の作り方は把握しています!」マジかよ…。」

 

フレッドは自信作をあっさり見破られたことがショックだったらしい。エルファバはキッと睨むと観念したようにため息をついた。

 

「…解毒剤なんて作らなくていい。エディに入れたのはほんの数滴で、効き目は数時間。この夜しかないから。」

「今晩だけ?なんで?まさかエディと…!」

「まさか、何よ。」

「待って、ハリー、君は多分とても大きな勘違いをしている。俺は紳士だ。そうじゃなくて、」

「フレッド?」

 

3人の口論は張本人が入ってきたことで、ピタッと止まった。と同時にエルファバはエディに向かって冷たい空気砲を放った。

 

「うわっ!エルフィーなに?!」

 

顔を仰向けてエディが笑ってるうちに、エルファバはフレッドを睨みつけてエディに駆け寄った。

 

「エディ、どうしたの?」

「え、ジョージがフレッド探してたから呼びに来たの。なんか薬草の数が足りないってさ。」

 

エルファバの頭越しにエディはフレッドを見た。目が合うと、いたずらっぽくニヤッとエディは笑った。

 

「フレッドぉ。ジョージが俺に黙って何か作ったかも〜って言ってたよ!何してんの?」

「え、あ、まあ、内緒。」

 

(あら…?エディ…普通だわ。)

 

フレッドはエディの前でいつもの調子で軽口を叩いた。てっきりフレッドと目が合った時にエディ

 

「えー、ナイショだなんてずるいー!」

「そりゃ、このフレッド様が作った試作品さ。お前とジョージにもすぐ言うよ。俺も今からそっち行くから。」

 

フレッドはエルファバを横切り、いつもの調子で喋りながらエディと一緒に2階へと上がっていく。ハッとして2人を追いかけようとするエルファバの腕をハリーは掴んだ。

 

「エルファバ、多分フレッドとエディは大丈夫だよ。ジョージだっているし。」

「で、でも、」

「だってエディ普通だったよ。きっと惚れ薬の効果はなかったんだよ。」

「…フレッドの薬が失敗するだなんてあるかしら?」

 

ハリーは短く唸っただけで、特に返事はしなかった。

 

エディがフレッドに普通に話しかけてきた時、フレッドが嬉しそうに…大きな喜びを表に出さないように口元を隠していたことをハリーは見逃さなかった。惚れ薬を盛られたエディが普通にしている姿を見て、なぜフレッドが喜んでいたかは分からないが、少なくともフレッドが求めていた効果を発揮したに違いない。

 

しかし、それをエルファバには言わない方がいい気がした。

 

その後フレッドは終始ご機嫌だったが、エディには何も問題はなさそうだったので一旦その問題を置いておくことにしたエルファバは、ウィーズリー宅からマクゴナガル教授の暖炉に煙突飛行ネットワークでホグワーツへ戻ってきた。エディと適当に話し、スーツケースを部屋に置いて早々にその足で行ったことのない教室へと走って行った。去年ホグワーツの地図を丸暗記したエルファバからすると、この広大なホグワーツ内を迷うことはなくなった。長い廊下と階段を下り、一階へと来て皆が向かう大広間とは逆の廊下。誰もそこに行かないことは想定内だった。

 

(十一番教室…あった。)

 

エルファバは教室の前で乱れた息を整えるため、ゆっくり深呼吸をし髪の毛を手櫛でキレイにしてから優しく2回教室をノックした。

 

「どうぞ。」

 

低い男性の声が、教室の中から響く。エルファバがここに来るのははじめてだ。ゆっくり扉を開けると、苔と土の匂いがエルファバの鼻いっぱいに広がる。一歩教室に足を踏み入れるとそこは樹海だった。教室の床には分厚い苔が生え、どっしりとした樹木が何本も生えている。夕陽の光がその樹木から優しく漏れていた。

 

(ハリーたちから聞いてはいたけど…。)

 

エルファバはキョロキョロしながら教室に入っていく。エルファバはこの教室で教えられる教科を取ったことがない。

 

「こんにちは。エルファバ・スミス。」

 

先ほどの声の主はこの森の真ん中に立っていた。明るいプラチナブロンドの髪に驚くほど澄んで青い目。色白で筋肉質な上半身は、馬の下半身と繋がっている。その人は近づいてくるエルファバをジッと見下ろしていた。

 

「こんにちは、フィレンツェ教授。授業をとっていない私をご存知なのですね。」

「あなたは有名人であり、面白い運命をお持ちだ。ここにあなたが来ることは彗星の下に予測されていた。」

 

占い学を取っていないエルファバからすると彗星が何を指しているのか全く分からなかったが、エルファバはこの道中に何度も練習した言葉を続ける。

 

「あの、教科を取っていない私が無礼を承知なのは分かっているのですが、お願いがあって「君は友人を仲直りさせるべくここに来た。」…はい。」

 

フィレンツェ教授は一切瞬きせず、ジッとエルファバを見下ろしていた。2メートル以上体格のあるフィレンツェ教授に低身長のエルファバは尻込みしてしまった。

 

「占いというのはそのような些細な問題のために使うものではない。この世界を俯瞰する叡智の1つとして使われる。」

 

分かってはいたものの、エルファバはフィレンツェ教授の理性的かつ有無を言わせないその言葉と声色に落胆した。

 

(ダメよ。ここで諦めたら。)

 

「確かに、教授からすれば些細な問題かもしれませんが私にとっては大事なことで。」

「恋愛の問題、仕事の問題、魔法使いたちは人生のほんの一瞬の出来事、相談したことすら忘れることを次から次へと相談してくる…若い子供達であれば尚更。友人たちの問題はあなたがここに来る理由に過ぎなかった。」

 

フィレンツェ教授は手を伸ばし、徐々にその手を下ろすと部屋の明かりが夕暮れから夜へと変わり、天井に満天の星空が映される。

 

「そもそもこの世界において、君の存在は幾千の命と共に消える運命だった。」

「?…あの、」

「あなたの運命は火星の中にあり、君は非道な暴力の中で、消える宿命だった。」

 

フィレンツェ教授は空を指差しながらそう解説する。天文学は勉強していたエルファバだったので惑星や衛星の名前は把握していたものの、占い学においてそれが何を意味するのかは当然知らなかった。

 

だが“非道な暴力”というのが幼少期の叔父からのものであることは理解ができた。

 

「あなたは、運命と相反する存在…あなたという星は本来あるべきだった星たちを動かしている。」

 

そう言いながらフィレンツェ教授は手に持った薬草のいくつかに火をつける。教室の中で刺激臭が充満した。

 

「あなたは人間の3歳ごろに武器にかけるべき呪いをかけられた。」

「えっ?」

「それにより5歳ごろに生涯を終えるはずだったが、男がそれを救った。」

 

エルファバはヒュッと鳥肌が立った。ハリーやロンはトレローニー教授の占いをでたらめだと揶揄していた。しかしエルファバが誰にも話していない…呪いが剣や盾にかけられるべき呪いであったことをどうしてこのフィレンツェ教授は知っているのか。

 

(彼は…本当に、)

 

しばらくの沈黙の後、独り言のようにブツブツと教授が喋りはじめた。

 

「生きるべき命が…消えつつあるが、…と…の命が救われた。男は苦悩し…そして…なるほど、…恐ろしい運命から逃れることが…。…も…これは、10年の永い眠り…。」

 

と、ここで急にフィレンツェ教授はエルファバに向き直った。驚くほど澄んだ青い瞳はまるで天井にある星の1つのようだった。

 

「星はあなたにこう告げている。毒という呪いを食み、死に迫る時に愛が全てを救う…。」

「……?」

「ケンタウロスの叡智はここまでハッキリ人間に合わせたメッセージを渡すことはない。これがあなたが欲しいメッセージだろう。」

「毒って…。」

「例え話ではない。本当に毒を飲んで呪いに蝕まれる人間が見える…そして、こうも告げている。」

 

フィレンツェ教授はゆっくり、エルファバに告げた。

 

「友人の死へ誘う(いざなう)のはあなただ。」

 

ーーーーー

 

残り半年を切ったエルファバの命。レギュラスに会った後にどのように使うかを年末年始で考えていた。

 

(私が今やるべきことは、周りの状況をもっと良くすること…もっとみんなが幸せになれるような環境を作ること。呪いに関しても同時並行で調べるとして、今必要なのは…ハーマイオニーとロンを仲直りさせることよ。)

 

ハリーとも話し合ったが、ロンとラベンダーが(色んな意味で)絡みついている限り修復は不可能だという結論に至った。無理やり別れさせることも考えたが、別れたところで1人になったロンが不機嫌になってまた当たり散らすことも目に見えていた。ハリーは2人の仲の取り持つことに疲弊していて、あまり関わりたくなさそうだった。

とはいえ、エルファバの知恵だとロンとハーマイオニーを仲直りさせる方法など全く思いつかなかった。セドリックも「当人たちの問題だからエルファバが入る必要はない」と優しく宥められ、人間関係の天才リーマスも同様だった。

 

(でも…それじゃあダメなの。私が…みんなの記憶から消える前に最後に4人で仲良くしたいの。)

 

エルファバの人生を支えた3人。勇敢でエルファバを先導するハリーにひょうきんなムードメーカーのロン。賢く友達思いなハーマイオニー。3人がいたから、エルファバは小鬼にかけられた“呪い”と自分自身がかけた“呪い”に向き合うことができたのだ。

 

だからこそ、エルファバは手段を選ばないことにした。

 

(占いから第三者の目線でアドバイスをもらえれば、少し糸口が見えるかなって思ったのだけれど。)

 

“毒という呪いを食み、死に迫る時に愛が全てを救う”

 

フィレンツェ教授と会ってからエルファバは上の空だった。柱にぶつかったり、誰かに話しかけられてもしばらく返答がなかったり、物を落としたりした。

 

(毒という呪いを食み…誰かが誤って毒を飲んで死にかけることが大事ということ?そして毒を作り、飲ませるのは私…私?仮にシンプルに私が毒薬をロンかハーマイオニーに飲ませて、命の危険に晒したとしましょう。愛が全てを救う…は何?そんな話…。)

 

「あ。」

 

ベッドに入り、ラベンダーとパーバティのひそひそ声を聞きながら暗闇を見ていた時に突如、ホグワーツを追われてグリモールド・プレイスで身を削って勉強していた時にシリウスから教えてもらった薬について思い出した。

 

『“御伽の薬”については覚えておくといいぞ。OWLはまだ解明されていない事象によって発展した魔法についての問題が大好きなんだ。“御伽の薬”については数年に1回くらい出題される。』

『魔法史でチラッと話していたのは聞いたことがあるけど。』

『ああ。マグルと魔法の関係性において欠かせない薬だ。ここはみんな理解していると思って割と見落としがちだが、魔法史、魔法薬学、呪文学どのエッセイでも論じることができる万能な薬さ。』

 

“御伽の薬”。

 

それは、王女様が毒を飲み、王子様の真実の愛のキスで目覚めるという夢物語を叶える薬だ。

まだ魔法使いとマグルが共存していた中世以前では、そのような魔法薬もとい毒薬が流行っていたという。相手の愛を試すためにあえてそのような毒薬を飲み眠りにつく、そして相手のキスによって目覚める。愛という無機物による解毒というのはロマンチックで全世界の魔女魔法使いたちが熱狂し、一気に魔法薬学が学問として発展したといわれている。

反面、“御伽の薬”を身体から検出することは難しく、暗殺道具としても使われていた。また真実の愛ではない人物がキスをしても起きず、文字通り永遠の眠りについてしまったことがあり、恋にのぼせ上がった愚かで若い魔法使いたち以外は手を出さなかったという。

そして現代でも同様“愚かで若い魔法使い達”が一時の感情でそのような愛の確かめ合いをしないようにその毒薬のレシピを知ることはない。

 

(けれど…学問の最先端であるホグワーツ図書室に絶対レシピはあるわ。おそらくあの禁書棚所蔵。2年生の時ポリジュース薬のレシピがあった場所にはあるはずよ。)

 

“御伽の薬”について思い出した翌日から今度は授業の合間に図書室で1人勉強するふりをしながら、目の前にある“ここから禁書棚“と書かれている看板をジッと睨みつける日々が続いた。

 

(あそこは教授許可があれば入れる…以前はポンコツなロックハートだったけど、今はそんな小手先のテクニックで騙される人なんていないわよね。禁書棚に入るときは何の本を借りるかも書かないといけないし、スラグホーン教授に適当な理由をつけてサインをもらう?いいえ、仮に毒薬を生徒が作ったとなったら真っ先に疑われるでしょう…それじゃあセドリック?)

 

そこまで考えたところで、エルファバはようやく我にかえり、ため息をついた。

 

(占い…に固執しない方がいいのは分かっている。むしろこんなの馬鹿げてるわ…そもそも、私が解釈を誤っているかも。あの禁書棚にある本でレシピを見つけたところで、材料が揃うわけもない。スネイプの薬草庫に忍び込むだなんて恐ろしいことできやしないわ。それにもし仮に毒薬を飲ませてロンかハーマイオニーが2度と目を覚まさなかったら?毒薬を調べれば誰が調合したのか分かるし、私だってバレたらセドリックだって共犯になる…セドリックがホグワーツを追い出されたら、次の就職先はないかもしれないし私に失望するでしょう…私はどうせ半年後に記憶が消えるからいいけど。)

 

周囲は図書室でたまに粉雪を降らせるエルファバに同情し、遠巻きに見守っていた。あまり関係性が良くなかったとはいえ父親を亡くしたという話はすでにホグワーツ中に広がっていたので、エルファバが上の空なのは父親が亡くなったせいだと思っている。

 

まさか、友人に毒を盛るべきか悩んで上の空になっているなど誰も思っていなかった。

 

ーーーーー

 

エディはドラコと数週間会わなかったために軟弱なドラコの呪いは休暇の最終日ごろに完全に解けてしまったようだった。ホグワーツから戻ってきて大広間に入った時にふと気がついたことがある。

 

(あれ…どうして、)

 

ドラコはエディに冬休みに入るまでに15人ほどの劣等生達に“炎の魔法使いになれる”という誘い文句を使うように指示をした。なのでてっきりこの冬休み明けにはそのメンバーは“洗礼”を受けセドリックのようになり戻って来ないと踏んでいたのだが、

 

(みんないる。)

 

あの冴えないハッフルパフのジョーイもクィディッチで汚い不正行為をするレイブンクロー生、ルーナいじめの主犯格、去年エディをリーマス関連でいじめた連中や、エルフィーにセドリックのことで嫌がらせをしたビッチの1人。

エディはいつも通りみんなとお喋りし、楽しく過ごすフリをしながらエディが選別した“ホグワーツからいなくなるべき人間”たちを観察していたが、心なしかみんなとても生き生きしている。

 

(全員“適合した”ってこと?でもハリーが言ってた運動神経がいい人には当てはまる人たちばかりじゃないし、そもそもこの2週間ですぐ回復するなんておかしいわ。セドリックが丸々1ヶ月かかったんだもん。まさか、あたしまた何かしちゃいけないことしたの?)

 

中庭でエディは周りの友達と談笑しながら、そんなことを考えていたがー。

 

「おい!」

 

急にグイッと誰かに腕を引っ張られ、エディは現実に引き戻された。

 

「ドラコ・マルフォイ…!」

 

ハッフルパフの同級生であるシンシアが悲鳴に近い声でそう呼んだが、ドラコは気にせずエディをグイグイと引き摺るように引っ張っていく。

 

「あ、ごめん!みんな!大丈夫!大丈夫だから!気にしないでまたあとでね〜!」

 

エディは空いているもう片方の手で怯える友人達に手を振りながら、ドラコに従った。

 

(おかしい…怪しまれるから人前で接触を避けろと言っていたのはドラコだったのに。どうしてそんなに…。)

 

「ねえ、そんなに引っ張らなくてもついていくよ。」

 

そう言ってはみたもののドラコは手の力を緩めない。中庭から廊下を辿り2階、3階と登る間多くの生徒がこの異様な光景を眺めていた。

 

次にドラコが手を緩めた時は、3階の女子トイレへ到着した時、エディを壁に叩きつけて青白い顔を真っ赤にしてエディの胸ぐらを掴んだ。

 

「お前!!!服従の呪文はいつ解けた!?」

 

(げっ、もうバレた。)

 

「お前に昨晩指示を出したのにお前は動かなかった!いつからだ!?」

「…えーっと、あたしに服従の呪文かけてたの?」

 

嘘をつくのが下手なエディが精一杯搾り出した言い分がこれだった。エディはドラコに掴まれた腕をさする。おそらく青あざになっている。ドラコは一瞬目が泳いだが、すぐに向き直る。

 

「そ、そうだ。お前は僕が服従させていた。この半年、気づかなかっただろう?」

 

(……分かってたけど。でも確かに半分夢見心地だったかもな。)

 

ドラコはエディのブラウスから手を離し、腕を組んだ。いつもの傲慢なドラコだ。よく見るとドラコは制服ではない、真っ黒なローブだった。今しがた帰ってきたのだろう。

 

「……どうして、」

「お前が何をしていたか、お前は僕の仕事を手伝わせていた。この世界で存在するべきじゃない人間の選別をお前にやらせた。それを愛する半人間とゴースト女に言ったらなんて言うかな?」

「…エルフィーとリーマスをそんな風に言わないで。」

「穢れた血が僕に口答えするな。」

「………また、あたしに服従の呪文をかけるの?」

「いや、」

 

てっきり再度服従の呪文をかけられると思っていたエディは拍子抜けした。ドラコはプラチナブロンドの髪の隙間からエディの目をジッと見つめた。ドラコの目は先ほどの蔑むようなものではなく、熱っぽくそして怯えた目だった。

 

「……さ、作戦を変える。もう1回お前に服従の呪文をかけて解けた時、ダンブルドアにでも告げ口されるとまずいからな…。」

「何を、」

「グレンジャーを懐柔しろ。」

「…グレ、?」

 

エディはグレンジャーが誰のことなのか分かり、ゾクっと鳥肌が立った。

 

「グレンジャーがここを憎むように仕向けるんだ。あいつは穢れた血でブスで勉強しか脳がない奴、コンプレックスの塊だ。しかもウィーズリーやポッター、ゴース…スミスとも仲違いしているだろう。今がチャンスだ。」

「チャンスって………ハーマイオニーは、運動神経が良くないよ。懐柔してどうするの。」

「……お前がその理由を知る必要はない。とにかく、あの穢れた血にホグワーツを恨むように仕向けろ。期限は3月まで。」

「できなかったら?」

 

ドラコはローブから杖を取り出し、杖をエディの胸に向けた。

 

「常にグラップとゴイルがお前を見張っている。僕もだ。このことを誰かに話そうものならお前が僕の計画を手伝ったことを全員にバラしてやる。そうすれば、人狼も姉さんも失望するぞ…父親も、母親も、失った可哀想なお前の行き場は無くなる。もちろんグレンジャーの懐柔に失敗しても同様だ。」

 

凄みを効かせてそう言うマルフォイがエディには滑稽に思えた。

 

(マルフォイの手伝いをしてたことを告げ口されても、そもそも誰も信じないし聞かれても“服従の呪文”をかけられていたって言ったらリーマスもエルフィーも分かってくれるよ。あの2人は…本当に優しいから。バカだなあドラコ。それにハーマイオニーみたいな人がたとえ、どんなに苦しいことがあってもホグワーツを恨むような方向にはいかないことなんて誰が見ても明白なのに…ドラコはきっと本当にコンプレックス持ちの人の性格を分かっていないなあ。)

 

笑いを堪えながら、頷くエディをドラコは怯えて震えていると思ったらしい。ドラコは杖を下ろし、エディに背を向けた。そして聞き取れるか聞き取れないかギリギリの音量と速度でこう言った。

 

「…その、父親のこと、残念だったな。」

「………えっ?」

 

ドラコはローブを翻し、早足で女子トイレから出て行った。

 

「…あんたの父親の友達が殺したんじゃん…。何言ってんのあいつ。」

 

エディは大きくため息をつき、掴まれてシワシワになったブラウスとネクタイを整えて歩き出した。

 

(ハーマイオニーのことは面倒になったな。あたしが失敗したらドラコがハーマイオニーに何かしようとするかもしれないし、そもそも何の目的でホグワーツに恨みを持たせるわけ?っていうか、そもそもコンプレックス持ちの人ってどっちかっていうとロンじゃない?いやロンがターゲットになっても困るけど…どうしたもんかな。一旦図書室で昼寝するか。エルフィーもいるかもしれないし。)

 

そう思った時、ぴたっと立ち止まる。ドラコと話していた時には全く感じなかった不安と恐怖がエディの身体にジワリと広がる。

 

(あたしは…エルフィーと一緒にいる価値なんかないのに…)

 

あの家族の血が流れていてエルフィーを追い詰めた自分、叔父を凍らせ、アンブリッジを監禁し、死喰い人(デスイーター)の片棒を担ぐ自分。

 

(…ううん、今はハーマイオニーの状況を探るためにエルフィーに会わないと。)

 

エディはそう自分に言い聞かせた。

 

うるさいという理由で図書室司書であるマダム・ピンスから毛嫌いされているエディだったが、エルフィーが一緒だと睨まれるだけで済む。今日は入口でひと睨みされただけで入れたのエルフィーが図書室にいるに違いない。

案の定、ウロウロすると自習スペースの真ん中でエルフィーが6人席に1人で静かに本と羊皮紙に睨めっこしていた。

 

「エルフィー。」

 

エルフィーに声をかけると、顔を上げてニコッと微笑んだ。

 

(元気そう、良かった。)

 

目の下にクマがあるが、それ以外は平気そうだった。エディはエルフィーの隣に座り、エルフィーは広げていた本を片付けエディのためのスペースを作る。

 

「……エディ。」

「ん?」

 

エルファバは向き直り、神妙な面持ちで声を落として身体を少し近づけた。

 

「………図書室の禁書棚って行く方法あったりする……教授の許可無しで。」

「?あるけど。」

「本当?」

「禁書棚行くのはいいけど結構面倒だよ。あたしとフレッドとジョージで攻略に2ヶ月かかったし。」

「入るのに2ヶ月もかかるの?」

「ううん、攻略ってだけで実際はスムーズにいけば4、5時間くらいかな。でもその割にメリットないよ。だって結局辿り着いたところで、ピンスが禁書棚に入れる生徒を把握してるから自由に探索っていうのは難しいから…普通に許可証もらって行った方が早いんじゃないかなあ。なんで行きたいの?」

 

小声で話していたエルファバが耳をエディに近づけて、さらに小さい声で話す。

 

「内緒だけど聞いてくれる?」

「うん。」

「…ロンとハーマイオニーどちらかに“御伽の薬”を盛ろうか悩んでて。」

「何それ?」

「……毒薬。」

「え!?」

 

エディの大声で自習していた皆は一斉にこちらを向いた。ごめん、と全員に両手のひらを合わせて謝り再びエルフィーの方を向く。

 

「でも、どうしてよ。」

 

エルフィーは事情をあらかた説明してくれた。2人を仲直りさせたくてハンサムなフィレンツェ教授を頼ったことやそこでの回答、毒を盛るのはエルフィーだと言われたこと。

 

そして、それを全て叶える薬が現状、御伽の薬であること。

 

「馬鹿げているし、友達に毒を盛るなんて最低だって分かってる…そもそもロンとハーマイオニーが運命の人だなんて保証もないでしょう?けれどそれくらいしなきゃ、あの2人素直にならない気がするし。」

「うーん、」

 

エディはエルフィーの机周りをウロウロするスリザリンの女子生徒をチラッと見た。ブラウンのおさげ頭で小柄な1年生くらいの女の子…。

 

ドラコが変装させたゴイルだ。

 

(あの距離なら伸び耳使わない限りは聞こえないはずだけど…別にやましい話じゃないし。ただハーマイオニーかロンに薬を盛ろうって話でしょ。それならー、)

 

そこまで考えたところで、エディはハッと思いついた。

 

(もしかしてハーマイオニーを昏睡させればドラコの目的は避けられる?ハーマイオニーの安全は保たれるし、ロンとハーマイオニーは仲直りできるし、オールオッケーじゃん。完璧じゃんか!)

 

「乗った!」

「え?」

「エルフィー、あたし協力するよ。毒盛り計画!」

 



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11.それぞれの思惑

その日の夜は肌を刺すような寒さで、誰も外にいなかった。家でワイワイ家族との時間を過ごし、皆が学校に会社に心の準備を整える声が聞こえる中で女は1人で薄暗い夜道を歩いていた。寒さを煽る風が吹き、女は身体を縮こまらせて赤いマフラーを結び直した時だった。

 

「こんばんは。」

 

真正面に人が現れ、女はヒッと声を上げた。

高身長で長い口髭を蓄えた老人が静かに佇んでいた。真紅のローブを羽織った男性は半月型の眼鏡から青い瞳を覗かせている。

 

前から人が歩いて来た気配はなく、本当に突然…魔法のようにこの老人は現れたのだ。老人は寒さを全く感じていないようで、縮こまったりなどせず姿勢を正し堂々とした出立だ。

 

「こうやって会うのは2回目じゃのう。」

 

話したいことがたくさんあったにも関わらず、大事な第一声は嫌味だった。

 

「私を殺しに来るには随分遅かったわね。」

 

失敗した、と女は後悔したが老人は全く気にしていないようで朗らかにその嫌味に優しく返した。

 

「まさか。わしはあの者たちと違い君を殺したりなどせぬことは君がよく理解しておるじゃろう。」

「あの人は…デニスは?」

「…残念ながら。」

「そう。」

 

再び風が吹き、女の耳にはゴウっという空気を切る音しか聞こえなくなった。老人が風の中で何かを呟くと、その風は一瞬で消え夜道に静けさが戻った。女が憎む“魔法”を使ったのだろうと思ったが、この老人は魔法使い達が共通して持っている木の棒を持たずに魔法を唱えた。

 

まるで自分の…神秘的な美しさを持つ娘ように。

 

そして、不思議と刺すような痛みの空気がふわっと温かい空気に変わる。

 

「デニスを追った者たちを…わしらまでもを逃れるのは決して容易いことではない。この数週間、恐ろしかったじゃろう。魔法を持たない君がどのように逃げ仰せたのかがわしからするといささか不思議じゃが…。」

「……あなたたちのような人達を嫌うのは大勢いるのよ。そのコミュニティに保護されていたの。」

「ほお。」

「例えば魔法使いの兄に虐げられた妹、隣人が魔法使い家族で魔法の暴発によって子を失った親、怪物を見たと主張したことで夫を精神病院に入れられた妻とか…私のような人間は歓迎されて、特殊な方法で保護されるのよ。」

「じゃが、君を見る限りどうもそのコミュニティから抜けて来たように見えるが。」

「最初は良かったけどね、けれどみんなあまりにも恨みが強すぎて…そこにいることに疲れたの。最近は特に恨みが強くなっているみたい。」

「君は…成長したのじゃな。」

 

女のため息は真っ白だった。

 

「……私は何も知らない。話せることもない。」

「わしらがしたいのは君の保護じゃよ。」

「嘘よ…デニスがあなたがあの子を…エルフィーを利用するつもりなんだって言ってたわ。」

「決してそのようなことは、」

「じゃあ、どうしてあの子は死ぬ運命なのに助けないの?あなた校長でしょう?」

 

老人が口を閉じた時の一瞬の動揺を女は見逃さなかった。

 

「デニスが…襲撃を受ける直前に話してくれたの。あの子を待ち受ける運命を…そして、あなたは犯罪者を倒すためにそれを利用することもね。あの眼鏡の男の子…まさかリリーの子供だったなんてね。自分を犠牲にして子供を生かすなんて彼女らしいというか…それで?エルフィーは魔法使いの英雄になるための犠牲になるの?」

「…最善は尽くしておる。」

 

その時、女は常に冷静沈着な老人の声が震えていることに気がついた。まるで泣きそうになっているようなー。しかし老人の瞳は濡れていないし、真剣なその面持ちは崩れていない。

 

しかし、老人がこれから1人の少女に起こる恐ろしい未来を心から憂いていることは分かった。女は少したじろいだ。静かな沈黙の後、女はこう切り出す。

 

「………もう、私は生きることなんかどうでも良かった………でも、娘を、エルフィーを、救う方法が1つだけ……あるかもしれなくて、」

 

女はダウンジャケットのポケットからくしゃくしゃになった紙を老人に手渡す。老人はそれを広げて街灯に照らして読み込む。

 

「エルフィーに飲ませる薬が何なのかを知った時、私はあの子のこと何も知らないんだって思ったから、デニスがいない隙を狙って書斎に入って魔法書を漁ったの。そしたらこのページに付箋を貼ってあって……。」

「これは、」

「さっき私がペチュニアを訪ねたことくらい分かっているでしょう。ペチュニアに見せて聞いてみたけど、知らないって…まあ、あの子は魔女じゃないから当たり前だけど。エルフィーに渡せたらと思ったけれども、もういい。」

 

しわくちゃなその紙を老人は大切に畳み、ローブの中にしまった。

 

「君は…嘆かわしいことにもう1人の自身の娘を忘れているようじゃ。」

「エディは…、」

「2人とも君の立派な娘じゃ。友や家族を思い、自らを犠牲にできる勇敢な子たち。たとえ…過ちを犯したとしても最後まで君の娘じゃ。」

「何よ…エディが私の兄を焚き付けたり襲ったりしたのは私のせいだっていうの?私だって…私だって、辛かったのに…!」

 

短くため息をつき、老人は杖を取り出しその先を女に向けた。女は目に涙を溜め、この気温の中で頬を高揚させている。

 

「己が被害者であるという意識は、身を滅ぼすのじゃアマンダよ。君が躓いたのは誰かのせいかもしれぬが、起き上がれないこと…傷を治せないのは君自身の問題じゃ。そしてまだ終わりではない。わしらが君を保護すれば、君は娘たちとまだ和解できる余地がある。誤解を解き、過ちを悔い改めてやり直しを「もうそういうのいいからさっさと殺してよ!!!!!」」

 

女の声が道中に響いた。老人は短くため息をつき、杖を出す。

 

「これが君の答えということじゃな。残念に思う…君はこの地域の図書館の司書じゃった。ずっと働いていたが、魔法へのトラウマを消すため…アイルランドへと飛び立つことに決めるじゃろう。美しい自然の中で何にも恐れることはなく、魔法の恐怖から解放され新しい自分へと生まれ変わり5年後にまたイギリスに戻ってくる。アイルランドへ行く手筈はわしが整えよう…君は知る由はないが。」

 

老人から告げられる自分ではない人生について…女はそれがどういう意味なのか悟った。女が望むことではなかったので抗議をしようとした時、

 

 

 

 

ふと冷たく柔らかいものがふわりと肌に触れ肌の中で溶けていくのを感じた。

 

 

 

 

ふと見上げると、真っ暗な闇からゆらゆらと粉雪が現れた。女はまた粉雪が肌に感じると血が滲むほど下唇を噛み、涙を溢した。頬を伝う涙と粉雪が混じり合う。

 

「……オブリビエイト 忘れよ。」

 

この世界からの解放の前、女は思い出す。

 

牧場で羊や犬に囲まれながら育った幼少期。引っ越しをしてデニスと友達になった。いつも寂しそうだけれど優しいデニスに恋に落ち、デニスの友人であるセブルスとリリーと仲良くなった。自分以外の3人は魔法使いとなって数年後には魔法学校へと旅立った。寂しさを噛み締めながらも、平和の暮らしていた数年後魔法使いからの襲撃。召使のようにこき使われ、学校にも行けず家族全員の尊厳を破壊された。父親も母親も必死に自分と兄を守ろうとしたが魔法という凶器の前で無力。思い出したくもない記憶の数々…そして、骸骨のようになった父親はその魔法使いを連れて二度と帰って来なかった。そしてさらに数年後、魔法使いの女と結婚し裏切られたデニスを見た。リリーも死にセブルスとも仲違いしていた。孤独になったデニスは何も、どこも見ていなかった。

 

魔法は、全てを壊す。

 

そんなデニスとの間に生まれた愛する子供のエルフィーとエディ。2人のことは愛してるはずだったのに。結局、自分は悲劇のヒロインとなって自分の環境を嘆き、その鬱憤をエルフィーにぶつけあの魔法使いと同じになった。誰も恨まない優しいエルフィーに代わって妹であるエディが、兄を攻撃した。

 

(もう私は死にたかったのに、)

 

走馬灯、とでも言うべきなのか。

 

何度も何度も反芻する愛しの家族たちの笑顔。エルファバ、エイドリアナ、そしてデニス。

 

美しい、幸せが今この瞬間、自分の中から消え去ろうとしている。そう思うと初めて、猛烈な後悔が押し寄せてくる。

 

(ごめんなさい、記憶を消さないで、エルフィーに、エディに謝らせて。お願い。)

 

そう言いたいが、記憶の数々が押し寄せ言葉にならない。最後、老人の明るいブルーの瞳が鋭くこう言っていた。

 

これが、お前の罰なのだと。

 

ーーーーー

 

「昔は禁書棚には鍵があったんだけど、最近は忍び込む人が減ったらしくて、ロープだけの仕切りになったみたいよ。日中はビンスも見張ってるしね。」

「てっきり入るのに何かの魔法がかけられているのかと思っていたわ。」

「入るのは問題ないの。ただ無許可で入った生徒が本を開けると、その本が叫ぶっていう面倒なアラームがあって…一旦全ての本にそれを止める呪文をかけないといけないわけ。」

「だから4、5時間…ってことね。」

「今回はエルフィーが本の目星がついてて良かった。」

 

エディは本棚をゴソゴソと探すエルファバの手元を照らしながらヒソヒソ声でそう言った。

 

「それにしても、今日中に見つかるといいんだけどなー…今日は2人とも“元気爆発薬”飲んで夜通し頑張ったけど毎回そんなわけにはいかまいでしょ?それに、」

「……、あった。ルーモス 光よ。」

「嘘、はやっ。待って、その本に呪文かけるから…はい、いいよ。」

 

エルファバは自分の杖で手元を照らし、その杖を口にくわえる。そしてエルファバの身長の半分くらいの本を開いて読み込み、指を折りながら宙を見て考え事をした。エディはその背後に立ち、ハリーから借りた(エルファバが罪悪感に埋もれながら勝手に拝借した)“忍びの地図”を片手に周りに人はいないかを監視した。

 

「やった。うん、間違いない。」

 

エルファバは咥えていた杖を右手に持ち、自信をもって、しかし小声でこう言った。

 

「この薬、フレッドとジョージの惚れ薬とほぼ同じ成分。分量の調整と紫トリカブトの葉とロシア産アメジストの粉を少々加えればいいだけ。私惚れ薬持ってるけど、使えるかしら。」

「嘘、なんで?セドリックなんかエルフィーに常時惚れ薬使ってるみたいにベタ惚れじゃんか。」

「……研究目的よ。買ったの去年の夏だし。」

「じゃあ使えないね。魔力が切れちゃってるはず。ってことは、買い直し?あたしも持ってないから。」

「けれど、こんなにホグワーツの監視が厳しい中で持ち込めるかしら。」

「フレッドとジョージは惚れ薬を香水や咳止め薬って偽装して送ってるからそれは大丈夫だと思うけど…エルフィーに足がつかない方がいいよね。あたしが偽名使って注文しようか?」

「……いえ、それは私がやるわ。むしろエディにこれ以上片棒を担がせるわけにはいかないもの。」

「あたしは別に大丈夫だよ。これまで悪いこといっぱいしてるし、理由なんか作れるよ。けどエルフィーがこっそり惚れ薬を買ってるってバレたらまずいでしょ。」

 

エルファバは困ったように微笑み、背の高いエディの頬を撫でた。エルファバの手は少しひんやりしていた。

 

「エディ…これは、エディがしているようなみんなが笑っちゃう可愛いイタズラとは少し違うから…下手したらロンかハーマイオニーが二度と目が覚めないかもしれない。」

 

エディは痩せ細り、氷漬けにされたガマガエルと同じく氷漬けにされて呻いている獣の姿が頭によぎる。

 

(可愛いイタズラ…ね。)

 

「………分かった。そしたらこうしよう。あたしの友達が惚れ薬が欲しいけど、フレッドとジョージの店から買ったって絶対バレたくないからあたしが直接どっちかからもらうの。ホグワーツ内のフクロウ便だと万が一があった時に足がついちゃうしエルフィーが偽名使っていたなんてバレたらますます怪しいもん。」

「………うーん、」

 

エディはエルファバに手を差し出す。

 

「あたしはイタズラのプロよ。任せてよ。」

「…………あなたが危険になる真似は決してしないでね。」

 

そう言ってエルファバはエディの手を握った。

 

すさまじい記憶力を持つエルファバは薬のレシピを頭に叩き込み、翌日から惚れ薬以外の材料収集に取り掛かった。といいつつもそんなに難しくはない。魔法薬の教室内で生徒が自由に出入りできる材料庫からすべての材料が揃う。

 

(今日の魔法薬の授業でいくつか持って行こうっと。スムーズにいけば今週のホグズミードの日にエディが惚れ薬をゲットする…あ。)

 

元気爆発薬の効果が切れて眠くなってきたエルファバがそう考えていると、廊下でハーマイオニーとすれ違いそうになった。

 

「ハー…、」

 

ハーマイオニーはエルファバが話しかけようとするや否やギョッとして、早足で逃げるようにエルファバの横を通り過ぎて行った。

 

(ああ…また…。)

 

ラベンダーと絡み合う時以外には普通のロンとは問題がないものの、ハーマイオニーとの仲直りが難航していた。毎回エルファバが話しかけようとするとハーマイオニーは少し目を見開き逃げるように去ってしまう。

 

エルファバはハリーに相談した。

 

「私がラベンダーとロンを応援していると思っているのよ。そんなことしたつもりないんだけど…。」

「僕も一応ハーマイオニーにそう言ったんだけど…ハーマイオニーはロンの名前を出しただけで怒り出すんだ。全く僕とエルファバに対してとんでもない八つ当たりだよ。今日もそのせいで口を聞いてもらえなくて。」

 

午後の魔法薬学へ向かう途中、ハリーもかなりウンザリした声でそう話した。

 

「でもどうしてそんなに避けるのかしら…いつものハーマイオニーだったらこれくらい時間が経てば、私に謝罪の余地をくれそうなのに…。」

「君が、というよりロンの話が嫌とか?」

「そうね…。」

 

エルファバの命が尽きるまであと4ヶ月ほど。せめて皆から記憶が無くなる前にハーマイオニーと話したい。

 

「今日のグループどうする?今日だけ誰かグループ変わってもらう?」

「いえ…私ハーマイオニーと仲直りしたいから今日は私がハーマイオニーと組むわ。」

 

(もうこれしか話すタイミング無さそうだし…。)

 

拒絶されるのが怖いがエルファバは覚悟を決める。

 

「ところでダンブルドアの宿題って何?」

「ああ…実は昨日ヴォルデモートの記憶をまた見たんだよ。1つはヴォルデモートの叔父との記憶。もう1つはスラグホーンとの記憶。」

「え?スラグホーン教授、ヴォルデモートを教えていたの?」

「そうなんだ。スラグホーンにあることを奴は聞いたんだけど、記憶が改竄されていたから…君、聞いたことある?分霊箱(ホークラックス)って。」

 

エルファバはその瞬間、完全に記憶の彼方にあったレギュラスの手紙を思い出した。

 

分霊箱(ホークラックス)という言葉がこれから出てくるはずだ。これは闇の帝王を倒す重大な鍵になるから覚えておいて。できればあまり周りには言わないでくれ。“

 

鳥肌が立ったのは廊下が肌寒かったからではない。

 

「…その反応、知ってるのかい?」

 

エルファバは少し悩んだ後、ハリーに伝えることにした。

 

「…レギュラスが教えてくれたの。ヴォルデモートを倒す鍵だって。」

「なんだって?他には?」

「それ以外は、何も。多分自分を信じてもらうために言ったのだと思うわ。」

「ダンブルドアが探しているもの…これでレギュラスへの信頼が随分上がったね。」

「そう……ね。」

「それにしても何で言ってくれなかったんだ?ものすごく重要じゃないか!」

 

隠し事が嫌いなハリーにはこれは地雷だった。エルファバは少し言葉に詰まりつつ答えた。

 

「はっ、話半分に聞いてたのよ。当時は信頼に値しないって思っていて。一応、少しだけ図書館で探ったのだけれど、重要な情報はほとんどなかったの。校長先生がしっかり話すまでは私が余計なことを言うべきじゃないなって…それにその後はそれどころではなかったから。」

 

嘘ではない。あの紙を一緒に見たセドリックも探してくれたがそれらしき本は見つからなかった。唯一見つけた本には“あまりにも恐ろしい魔法のためここには記載しない”という調べているものをおちょくっているとしか思えない文言だけだった。

ここで父親の死、という絶対に深掘りさせないカードを出してハリーは口篭った。こんな形で父親の死を利用したくなかったが、エルファバの…そして場合によっては他の人の命がかかっている。

 

「ハーマイオニーもそう言っていた。君ですらそうだなんて。」

 

気まずい雰囲気のハリーは話をずらした。上手く行ったようだ。

 

『あの人の目的があくまで闇の帝王の打倒であってそのための犠牲を厭わないからだよ。きっと君のことも…ハリー・ポッターのこともね。まあここは一旦細かい話さないでおくよ…。』

『その時に私がダンブルドアを信用しない理由を話す。』

 

(レギュラスはホグワーツに入れる手立てを見つけたのかしら。少なくとも、次に会ったときに話は進められそうね…分霊箱(ホークラックス)の詳細は聞けていないけれど。)

 

エルファバは随分と身長が伸びたハリーの横顔を見上げる。

 

(ロンかハーマイオニーに毒を盛るだなんて知ったら、ハリーはどんな反応をするかしら。)

 

多い隠し事を思い出すたびにエルファバの胃がキリキリと音を鳴らした。

 

ーーーーー

 

エディにとってこれほどまでに、忙しくしんどい数週間はホグワーツ生活史上初めてだった。

 

(はー、こんなに忙しいのなんていつ以来かな?服従の呪文にかけられて中途半端に意識がある方がまだマシだったかも。一応今は全部において上手いこと立ち回っているはずだけど…。)

 

まず第一優先はハーマイオニーの安全確保だった。ハーマイオニーがエルフィーと仲直りした場合、ドラコが何をするのか分からなかった。エディがハーマイオニーを懐柔できなかったとなると、エディはまだしもハーマイオニーへの危害に加わる。なので申し訳ないがハーマイオニーには少し孤立してもらうように動いた。

 

『エルフィーと喧嘩でもしたの?なんかエルフィーすっごい泣いてたけれど。ハーマイオニーなら分かってくれると思っていたのにって。けど多分誤解だよね?まさかハーマイオニーがエルフィーのこと深く傷つけるようなこと言わないよね?』

『ロンがあそこまで機嫌いいの珍しいね。エルフィーも言ってたよ。そっちの方が機嫌悪いより良いって。』

『エルフィーはハーマイオニーの顔を見ると辛いけど、これまでの恩もあるから仲直りしたいって言ってたの。できれば仲直りしてあげてくれないかな?』

 

日を開けつつ、授業や休みの合間に投げかけた言葉は、ハーマイオニーとエルフィーを引き裂くのに充分な効果があった。2人の友情を引き裂くのは流石に胸が痛んだが致し方ない。

 

(あたしはただこの世界で生きる値しない人を選別したいだけ…ハーマイオニーは違う。)

 

ハーマイオニーとエルフィーの友情を壊しつつ、同時進行でエルフィーには全てを解決させるには毒薬を、何よりロンではなくハーマイオニーに飲ますしかないと思い込ませた。

 

『トレローニーが言ってたならともかく、ケンタウルスの占いって外れないって友達みんな言ってたよ!だから大丈夫だよ!エルフィーだったらちゃんと正確に薬作れるだろうし!』

『男女の思い出っていうのは一生残るんだよ!こういうドラマチックなのは繋がる上で大事だって!それに命の危険に晒されればハーマイオニーも素直になってくれるよきっと!』

 

毒薬作りはなんとか納得はしてくれたはずだ。薬もここまで強く押せばあえてロンにする理由はない。あとはエディが惚れ薬を手に入れるだけ。フレッドとジョージに手紙を出したらすぐに返事をくれて、次のホグズミード行きでもらえることになった。

相変わらずドラコは子分2人にエディの行動を見張らせ逐一報告させている。エディがさりげなく聞いたが、ドラコが何をしようとしているのかは知らないらしい。

 

だが…ドラコとエディが時折密室で2人きりになっていることは知っている。

 

男女2人だから何かが起こっていると訝しがっているが、ドラコが“穢れた血”に興味など持たないだろうとも思っている。

 

(まー、ドラコも男の子ってわけね。好き放題できる子がいれば、手を出す。男の子ってやだなー…。)

 

「よおよお。お嬢さん。よければ俺とお茶しない?」

 

からかうようなに話しかけてきたのは、フレッド。顔を見なくても分かった。案の定、ニヤニヤと小馬鹿にした顔のフレッドがエディを覗き込んでいる。ミセス・ウィーズリーお手製の真っ赤なセーターを着て緑と黄色のニット帽と耳当て。かなり目立つ格好だ。

エディはチラッと周囲を見渡す。叫びの屋敷の周辺だから誰もいないし家一軒すらない、ただ枯れ木と切り株と溶けかけてツルツルになった雪がポツポツとあるだけ。だからこの場所を選んだのだ。

 

「やあね、あたしはそんな安い女じゃないわよ。ありがとう…本当助かる。」

 

エディはぶりっ子しながら、フレッドの片手に持っている紙袋を受け取ろうとしたがサッとフレッドはそれを取り上げる。

 

「まあまあ、待てよ。ゆっくりいこうぜ。お前には喋りたいことが百味ビーンズなんだ。」

「……なんか、随分ご機嫌だね。フレッド。どうかしたの。あたしはちょっと急いでるから早めにお願い。」

 

2人でいるところを誰かにあまり見られたくない。エディはソワソワと周囲を見た。誰もいない。

 

「なあ、最近調子どうだ?」

「調子ぃ?いつも通りだけど、なんでよ。」

「エディ。」

 

フレッドはエディの片手を手袋のついた両手で握り、フレッドの方に引き寄せて跪いた。

 

「もう1回、俺と付き合うこと考えてくれないか。」

「フレッ……ド。」

「お前のことちゃんと支えたいし、助けたい。お前最近、様子が変だから…その、俺が告白したことで困らせたのなら申し訳ないけど、友達じゃなくて彼氏としてサポートしたい。前はふざけた感じで聞いて悪かったよ…恥ずかしかったんだ。」

 

はるか遠くで学生たちの声が聞こえる。男子の低い笑い声と女子の甲高い笑い声。エディとフレッドの間には枯葉が舞う音だけが聞こえる。

 

「………も、もっと、ロマンチックな場所で告白できなかったの…?」

「お前が嫌だと思って。確かにここだとムード無さすぎたけど…望むなら今からマダム・パディフットの店でも「い、いい。大丈夫だから。」」

 

エディはフレッドの腕を掴み、立ち上がらせてそっと手を離す。

 

「その…前に言ったようにあたしはフレッドのこと、親友なの。恋人にはなれない。」

「頼むから、もう意地を張らないでくれよ。」

「意地…って、なに?随分あたしがあんたに気があるみたいに言うんだね。」

 

フレッドはエディから目を逸らし、少し息を吸って覚悟を決めたようにエディに向き合った。

 

「お前の気持ちを知りたくて…クリスマス休暇の時に惚れ薬を入れたブラウニーを食べさせた。」

 

惚れ薬、と聞いた瞬間サーっとエディの血の気が引いた。

 

「悪かった…ごく少量だから、本当にたいしたことない…謝る。けどお前は無反応だった。家の中で俺を探し回って愛の告白をしたり、恋に恋してハミングしたりしなかった。普通だったんだよ。惚れ薬が効かない唯一の条件…知ってるか?」

 

エディは痙攣するように首を振る。エディはこのまま魔法で時間を止められないか、フレッドに会ったつい数十秒まで時を戻してこのやり取りが無かったことにできないか必死に考えた。いや、もっと言えばクリスマス休暇時に戻って過去の自分にブラウニーを食べるなと警告できないか。

 

(嫌だ、お願い、フレッド、ダメ、言わないで。)

 

「惚れ薬と同等かそれを上回る好意を相手に持っていた時、だよ。」

 

フレッドは申し訳無さそうに、けれどそれ以上に嬉しさを隠しきれずにいる、何よりエディに対して愛おしくてしょうがないという顔をしていた。

 

エディが、それに対して絶望していることすら、今は気づいていない。

 

「もう認めてくれよ。お前は俺のことが好きなんだ、だから少しでもお前が何に悩んでいるのか共有してくれ。」

 

エディの中で反芻する、たくさんの記憶。フレッドとジョージと出会ってホグワーツを探検した日々。煤だらけになったり、蜘蛛の巣に頭を突っ込んだり。エディがエルフィーと仲直りしたことを喜んでもらって祝杯を上げてくれた1年生最後の日。皆より早くホグズミードへと連れて行ってもらえた2年生の秋。変な踊りでみんなを笑わせたりスケートを手伝ったダンスパーティ。そして“赤毛の双子”ではなく、“フレッド”を単体として見始めた時ー。

 

「……い。」

「え?」

「…き、気持ち悪い…!」

 

エディはフレッドと距離を取り、力の限り叫んだ。

 

「あたしに薬を盛ったってこと?気持ち悪い、最低!あんたがしてることあたしのクソ親どもがエルフィーにしたことと同じじゃない!」

 

フレッドはエディの拒絶に動揺して口をパクパクさせた。エディは畳み掛けるように続ける。

 

「告白してきた時から、あんたが私のことそういう目で見ているって気づいて気持ち悪くてしょうがなかった!けど、我慢してた。だってずっと仲のいい友達だしこれからもそれでいいってあんた言ったじゃない!確かに…確かに…私あの日ちょっとおかしいと思った…!だって気持ちの悪いあんたがちょっとカッコよく思えた…そりゃそうよね。だってあんたあたしに惚れ薬盛ったんだもん!でもそれは、あたしが気が触れたんだって思ったから言わなかったの!」

 

何もない場所で、フレッドへの罵倒が響く。エディは床に置いた紙袋を引っ掴み、背を向けて走る直前に振り返る。

 

「私に二度と近づかないで!ジョージにもそう言って!」

「じょ、ジョージは関係ないだろ!」

「あんたと同じ顔見るだけで虫唾が走る!あんたのこと氷漬けにしてやるんだから!」

「エディ…。」

 

エディは全速力で走り、ホグワーツ城に早く到着するように願った。フレッドが姿あらわしできない場所へ一刻も早く辿り着くようにと。

 

エディが走るたび、季節外れの粉雪が舞った。

 

 



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