世界から天才音楽家と呼ばれた俺だけど、目が覚めたら金髪美少女になっていたので今度はトップアイドルとか人気声優目指して頑張りたいと思います。(ハーメルン版) (水羽希)
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序章
後戻りできない過去


「貴女はこのまま女の子のままでいたいの? それとも男に戻りたい?」

 

 目の前の少女は俺に向かってそんな言葉を発してくる。軽くて高い柔らかな声音のはずなのに重く響くように重圧なプレッシャーが襲い掛かってくる。

 

 まるで、この控室全体が抑圧されたかのような感覚。自分よりも小さなはずの彼女が大きく見えた。

 

「も、戻りたいのに決まってるさ。だって――」

「ふ~ん、じゃあ、今すぐ元に戻してあげようか?」

 

「…………」

 

 圧力に負けないように一生懸命声を出してみるが彼女がそう言うと簡単に黙り込んでしまう。

 

 残念だが口ではそう言っても自分の本心はそうではない。正直、もうどうしたら良いのか分からない。どっちを選ぶかなんて……

 

 居たたまれなくなり彼女から逃げるように視線を逸らす。長い金髪の髪が揺れて視界を掠める。

 

 一連の動作から彼女も重々承知のようで……

 

「ふふん、分かってるよ。貴女はもう気軽に決断できるような立場じゃない。どっちも大事だからね~、まっ、でも、時間切れ前までには決めておいてね? じゃないと取り返しがつかないことになるから」

 

 気軽そうにそう言うと彼女は軽い足取りで歩み始め、横を通り過ぎて部屋の出入り口に向かう。

 

 すると、「バイバイ♪」という楽観的な口調でそう言い残すと風のようにこの場から去っていった。

 

 どうしてこんなに大変な自分に対してこんな態度でいられるのか。一番分かっているヤツなはずなのにとてつもなく腹が立つ。

 

 なぜ、自分だけがこんなに理不尽な目に合わないといけないのだろうか。女になって今日まで慣れないなかでこんなに頑張ってきたのに。

 

 ――……もう! こんなことなら最初からやめておけば良かった。あの時に変な努力をしないで素直に諦めてしまえば良かった……!

 

 なんとも口に出しづらい後悔の念がグツグツと湧いてくる。

 

 身に纏っている華やかな可愛らしいアイドルの衣装とは正反対のどうしようにもない真っ暗で後ろ向きな感情。

 

 そりゃ、自分だって男に戻れるのなら戻りたい。でも、一概に友達――仲間を裏切るような行為はしたくはない。だけど、恋人を裏切ることだってしたくもない。

 

 もはや完全な手詰まり。このまま回答期限までずっと黙っておこうかな……? でも、アイツは答えがないととんでもないことになると言っていた。

 

「――くそっ! もっと早くからこのことに気づいておけば……っ!!」

 

 小さな手で握りこぶしを作りギュッと力を入れる。

 

 ――期限まであと十日しかない……



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天才音楽家、金髪美少女になる
うん、女になったから仕事休めるな!


 

 よく晴れた朝。ベットのすぐとなりにある窓からほわほわとした暖かな日差しがカーテン隙間から漏れ出ている。

 

 微睡の常闇を払うかのように照らすその光は、俺を夢から現実に引き戻すかのように眠気を消し去っていく。もう、朝なのか……

 

 顔全体に太陽の熱を感じてまだ眠気の重さが残った目蓋をゆっくりと開く。朝日に照らされた薄暗い部屋の天井。静かで霧みたいな灰色の景色。

 

 この季節にしては冷たくてしっとりとした空気が漂っていて、思わず鼻から下の顔の半分を布団の中に隠してしまう。ぽかぽかとした自分の温もりが感じられて気持ちいい。

 

 ほわーっと思わず再び目を閉じて一抹の余韻に浸る。ほら、目覚めの良い朝のこのかすかな眠気と布団の温かみって一つの幸せみたいなものだろ? このまま二度寝してしまいたい……

 

 目蓋の上から貫通してくる光を鬱陶しくも思いつつ穏やかな呼吸を続ける。昨日はバリトン歌唱の独唱とかの練習で疲れたからなぁ。もうちょっとぐらい寝てもいいよね。

 

 勝手な言い訳を考えて体の上からズレかけている布団の位置を整えると、すぅーすぅーと女の子みたいな柔らかい寝息を続ける。

 

 呼吸をするたびに胸が波打つかのように上下する。ただ無音の部屋に柔い俺の呼吸する音が響く。細くて艶麗な高いソプラノの音。

 

 「んん」漏れ出す唸り声もなんだか妙に女らしい色っぽい声だった。

 

 んー? なんか今日の俺、妙に色っぽいな。声、壊した?

 

「――……んん…………ん?」

 

 なに? なんだこの変な感じ。声が変って……いうか高い? いや、裏声とかそんなんじゃないくて……ナチュラルに地声が……って――えっ?

 

 あまりにも不思議に思って「あーあー」声を出しながら響く胸に手を当てたところ、声だけじゃなくて体に変化が起きていたことに気づく。

 

 ――ふにっと柔らかな感触が手から……触ると弾力を持つ膨らみが二つ。服越しでも感じれる男にはないはずのアレがある。

 

 えっと、これってつまるところおっ――ってはああああああ?

 

 バサッとロケットのように体を起こして布団を跳ねのけた。空気は一瞬のうちに青から赤色と移り変わり冷たいとか温かいとかはもうどうでもよかった。

 

 ――え、えぇ? な、なにこれ……!?

 

 おそるおそる視線を下ろすと、真っ白なシーツの上には自分の変わり果てた太ももから膝にかけての脚が映った。背丈が合わずにぶかぶかになっており、つま先まですっぽりと隠れてしまっている。

 

 しかし、そんなサイズが合わなくなったぶかぶかの服の上からでも分かるほど体の変化は劇的なモノだった。脚の全体は完全に女の子っぽく丸くて綺麗なふっくらとした曲線を描いている。

 

 男のあのゴツゴツとした足の形は完全に消え去っていた。

 

 上半身は言わずもがな服はぶかぶかになっているが、胸は先ほどの通りに膨らみを持っておりパジャマの布越しに小さいながらもその膨らみを強調していた。

 

 裾から出ている小さな手、はだけて襟首から露出している綺麗な鎖骨のライン。現実を受け止められずに口から漏れ出る「あわわ」と言語になっていない少女の声。

 

 どれもこの現実が俺が女になったと訴えるには充分な証拠を持っていた。

 

 でも、こんなことすぐに受け止めることなんてできるだろうか?

 

「えっと、ゆ、夢でも見てるの……?」

 

 そんな非現実的なことに対する定番なセリフを吐いて見せる。

 

 だって、まったくの意味不明だもの。何を言っているのか分からないと思うが文字通りに眠りから覚めたら女になってた。こんなのいくら優秀な科学者でも分からない現象だろう。

 

 いったい、どうなって……? うわっ、髪の毛も長くなってる……!

 

 長い髪の毛がチラチラと視界に入るとやっとのことで気づく。綺麗な輝くような金髪の色がそこにはあった。光を反射して宝石のように光を放っている。

 

 金髪で肌も真っ白だぁ……もともとハーフで半分白人だから肌も白いし金髪だったけど前の時とはレベルが違う。

 

 本当に白いし髪も綺麗なんだ。これは女になってしまったせいなんだろうか?

 

 手を首筋にやると長い金髪の毛に触れる。試しに手に取ってみるが明らかに男の時の何倍もの長さがあり、とてもさらさらとしていて触り心地がいい。

 

 次に頬っぺたを触るとすべすべで成人男性の触り心地ではなかった。まさに少女のきめ細やかな若々しい肌触り。その触っている手も細くて小さくて簡単に折れてしまいそうな見た目だ。

 

「あー! えっと、おはよう?」

 

 自分の声を試しに出してみる――うん、なんて可愛らしい声。まるで声優さんだ。鈴の鳴るような凛とした綺麗な声音。なんて可愛らしい声。

 

 あの長年磨き上げたバリトン歌手としての響きも跡形も何もない。わははは、完全な女の子だー!

 

 おかしなテンションになって腕を天井に伸ばして拳を突き上げる。ぶかぶかになった袖口から細くてきめ細やかな綺麗な腕が顔を出す。ムダ毛一切ない女性から嫉妬されそうな珠のような肌。

 

 完全に俺は金髪美少女に仕上がってしまっていたのだ。

 

 ――はは、ははは……うむ、めっちゃ困る!! これでは困る! 今日はベルリンに戻る予定だったのに仕事ができない。非常に困った……! どうしようか……

 

 腕を組んで「う~む」と低い声で唸り声を上げる。それすらも高くてあの時の低くて太い声はもう出せそうにない。ふむふむと可愛い声でしかめっ面を浮かべて腕を組んでいる少女――そんな姿を想像するとどうにかなってしまいそうだ。

 

 それに残念ながらどうやらバリトン歌手生命は完全に絶たれたようだ。こんなんじゃあテノールすらできそうにない。てか、そんなレベルじゃない。

 

 ――もう女性歌手になるしかない。そもそも性別がもう違し。じゃあ、これから天才ソプラノ歌手を目指して再び世界へ――

 

「……んな訳ないだろ」

 

 自虐的なノリツッコミを入れる。今からやるにしても大変だし、そもそもそんなことやっている場合じゃない。いったい、どうしたらいいものか……?

 

 うむ、まあ、何はともあれとりあえずこのことは報告しないとな。

 

 思い立ったのが吉。ベットから這い出てカーペットが敷いてある床に足を付ける。

 

 ――ズズズ……パサッ!

 

 すると、自分のパジャマのズボンとパンツが脱げて「あっ……」と間の抜けた声を漏らす。

 

 眼前には相棒が消えうせた股間やすべすべの太ももが露わとなり、頭の中には女の子がやってはいけない格好している自分が脳内スクリーンに映し出される。あまりにもの痴態。

 

 ――自分のとはいえ異性の下半身はそこそこ堪えるな……あんまり見ないようにしよう。ここでジッと見つめたままだとなんか変態っぽいし。いけなさそうだしな。

 

 本来ならば童貞では生ではなかなか目にできない聖域を目撃した俺は視線を逸らして散らかった部屋の中を進む。

 

 紙や楽譜が散乱している床を歩き机の上に置いてあった充電していたスマホに手を伸ばす。

 

 大きくなったように感じるスマホを手に取り、SNSを使って俺の秘書的な存在のアシスタントに

 

『緊急事態、女になったから仕事無理かも!!(ごめんなさいをしてるスタンプ)』

 

 ……を送っておく。アイツならきっと分かってくれるだろう――……あ、そうだ。適当に証拠となる自撮りでも付随させておくか。

 

 そう思い立った俺はカメラを起動させた――



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女になった自分の体を撮ってみる。

 

 カチッっとボタンを押してカメラを起動するとそこいたのは金髪の美少女だった。

 

 少女はスマホカメラをボーっと見つめていており、可愛らしくパチパチと二回まばたきをする。青いサファイヤブルーの瞳が揺れ、輝き――とても綺麗だった。

 

 画面の彼女は俺がやることなすことを鏡のように返してくる。手を上げれば彼女もまた手を上げて、口を動かせば彼女もみずみずしい唇を動かす。

 

 ――はは、マジでこれは夢なんじゃないかな? と、考えてしまう。でも、この子は確実に現実に存在しているし、こうして目の前にいる。

 

 そして、確実にその子は呼吸をして生きている。意思を持って感情を持って。

 

 ただ問題なのはこの子自身が俺だということ。なぜか? いや、分からんよ。そんなん、知らんうちになってた。

 

 ……不思議というかなんというか。つっか、俺という体はどこにいってしまったのだろう?

 

 てか、俺という存在はある意味消えてしまったのではないのか? 確かに意識を持ってこうして少女の中には俺という者は存在している。

 

 でも、肉体が変わりこうして女の子になってしまった俺。それは今までの俺と同一人物だとは言い切れるのか?

 

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 ……そう言い換えたら――なんだか怖くなる。現にアイツはこんな俺を信じてくれるのか? ……いや、ダメだ。後ろ向きになったらそれこそ終わりだ。

 

 悲観するよりやるべきことやらないと。うん、前向きに前向きに……!

 

 首を横にブンブンと振ってうっそうとした気持ちを切り替える。

 

 スマホの画面の中の少女も同じように行動し、金髪がふわっと揺れてまるでイラストの一枚絵。とても美しかった。

 

 ……うーん、それにしてもナルシストとかじゃないけど、今の俺――めっちゃ可愛い。男の時なんかハーフだったけどイマイチだったから女の俺。すげぇよ。

 

 なんだろう。ドイツ人と日本人とのいいとこ取りってやつか? 白い肌や青い目、そしてこの金髪はドイツ人由来のモノ。見るものを誘惑する宝石みたいな見た目。

 

 そして、この子供っぽい可愛らしいフェイスは日本人特有のモノ。ベビーフェイスってやつ? あちら側の人って可愛いよりも美しい、そんな成長をするのでこの見た目はハーフならではの恩恵だろう。

 

 んで、まあ、おかげで今の俺は金髪美少女と言っても過言ではないぐらいの愛くるしい外見を手にした。

 

 アイドルとかやったら絶対に受けそう……ん? アイドルか。なんかいいな……今度はアイドルでも目指そうかな。

 

 ドイツ人ハーフ系美少女アイドル爆誕!! ……なーんてな。ふざけてないでとにかく自撮りを済ませてアイツに送るか。

 

 内カメラに目を向けてスマホを左手固定し、右手で適当にポーズを決める。自分の手よりも大きな画面を操作して……

 

 ――パシャ! と、カメラの音とともに俺の姿がスマホに焼き付けられる。画面にはピースをした金髪の少女がニコッとした表情で写っている。

 

 あとは……よし、これで……送信!! 証拠画像も上げたしこれで分かってくれるといいが……まっ、大丈夫だろう!

 

 迷いを振り払うように勝手にそう決めつけるとスマホを元の場所に置く。喉乾いたからなんか飲もう。と、体を動かすとスースーと脚に冷たい感覚が走った。

 

「あっ、そういや下丸出しだった。流石に何か着ないとヤバいな」

 

 いくら自分の体だと言え女の子が半裸でいるのはマズかろう。でも、なんか着れるモノあったかな……?

 

 顎に手を当てて「うむうむ」と唸る。大人の服は無理だし、大学、高校時代のモノも無理。こんな小さな体に合うわけがない。

 

 うむ……そうだ! 確か押し入れに中坊の時に着てたジャージがまだあったな。あれならギリ着れそうか?

 

 十年近く前の愛用服のことを思い出した俺は、着替えるために上のパジャマも脱ぎ捨てる。脱ぐ時に長い金髪の髪が揺れて一糸まとわぬ背中にさらっとした髪の感触が走る。

 

 すっぽんぽん――これで文字通りに全裸になった俺は部屋の隅に移動する。押し入れの扉を開けて、綺麗に束ねられた衣服を引っ掻き回す。

 

 これでもないな――これじゃない……あー、この服ここにあったんだ! ――いやいや、今はそうじゃない――と、出したモノを床に散らかしながら目当てのモノを探す。

 

 だいたい探すこと五分ぐらいかな? 赤色の服が顔を出す……

 

「――……おっ! これは……っ!」

 

 足元が衣服で埋まってきた頃に、目当てのジャージがクローゼットから姿を現した。久しぶりだな学生時代の戦友よー!

 

 両手で懐かしき相棒と再会を果たしギュッとそれを小さな胸で抱きしめた。

 

 ずっと着ていないからとくに変でも良くもない匂いだけど甘酸っぱい青春の香りがほのかに感じられた。

 

 ――よーし! これでやっと裸から解放される。とジャージに腕を通そうとした時だった。

 

 ドカン! と、勢いよく何かを開けた音が部屋に鳴り響いた。あ、アイツもう来たのか? 思ったより早いな。

 

 先ほど写真を送った相手の顔を思い浮かべた。俺の予想は当たっていたらしく一人の女性が部屋にずかずかと入ってきた。

 

「――ノアさん!! いったい何なんですかこれっ!! ちゃんと説明して――ええええッ!?」

 

 俺の姿を見た彼女は悲鳴にも聞こえない声で絶叫したのであった――あはは、どうやって説明しようかなぁ……これ。信じてくれると良いけど。



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全裸の俺。元カノと対面する。

 長い黒い髪を一つ縛りにして肩に掛けている大人の女性。

 

 彼女はメガネを掛けていてインテリで清楚な見た目をしている。真っ黒なその瞳はレンズ越しに変わり果てた俺に対して驚きの視線を送ってくる。

 

 まあ、確かに信じられないことなのは分かるが、第一反応がこれじゃあこの先不安になる。

 

 正直、なんて言えばいいのか分からないが、かるーくあまり刺激しないように話しかけてみる。

 

「あー、えー、えっと、まず、あんまり大きな声出すなよ? となりの部屋に迷惑だろ?」

「そそそそんなの……ああありえる……わ、わけ……」

 

 突然、現れた彼女は口をあんぐりと開けてガタガタと震えている。うん、ダメだこりゃ……全然、聞いてないな。まさか、ここまで動揺するとは。

 

「ん? おーい? 聞いてるか~?」

「あ、あはは、ははは! ……そうだわ。これは夢よ……ノアさんがこ、こんな女の子な訳ないわ……何かの間違いよ……ははっ!」

 

「お、おい、本当に大丈夫かお前?」

「ふふははは――お嬢ちゃん、ここはノアさんの部屋よ? そんな格好で入ったらいけないことなのよ?」

 

「ひ、否定はできないけど、もうちょっとこうさ? 話を聞いてな?」

「あーもう、ノアさんったらどうしてこんな子を……見たところ貴女も外人っぽいから知り合いだったりする?」

 

「知り合いっていうか本人なんだけど……」

「でも、ノアさんにこんな子供の知り合いが居るなんて聞いたことないわ。まさか、まったくの部外者とか? まっ、直接聞けば解決するか!」

 

 俺の言葉にいっさい耳を傾けずに自分の中だけで話を広げていく。

 

 なるほどな。完全に女の子扱いして現実から目を背けるらしいなこの馬鹿垂れは。残念なことにコイツが信じてくれないとなるとほぼ詰み。

 

 そりゃ、確かににわかには信じられないことなんだろうけど。こんな現実逃避のやり方をされたらどうしたらいいのか分からん。

 

 と、とにかく、説得しないことには何も始まらない。多少強引になろうが背に腹は代えられない。このアホなんとかする……!

 

 手に持っていたジャージにギュッと力を込めて握り締めると、胸や股間など最低限のところを服で隠して彼女に近づく。

 

 カーペットと俺の足が擦れる音と歩みを進める足踏みの音だけが部屋だけに響く。

 

 彼女はそんな接近してくる裸の少女に対して目を丸くする。

 

「な、なに? て、てか、そのジャージはノアさんの!? あ、貴女! もしかして全裸泥棒なの!?」

「んな訳ないだろ。てか、なんなんだよその新しい泥棒……家入る前に通報されるわ!」

 

「通報……? あっ! そうだわ! 変な人を見かけたら通報! 小学生でも分かる常識じゃない――」

「――ッ!! お、お前!!」

 

 余計なこと言うんじゃなかった。ちくしょう……!

 

 彼女は裸でうろつく俺を見かねてバッグからスマートフォンを取り出した。ここで通報されたらすっげー面倒くさいことになる。絶対止めないと……!

 

 駆け足気味で部屋を走り、彼女の側まで接近する。そのスマホをよこせ!! ――と、手を伸ばして彼女の握っているスマホに触れようとしたが……

 

「な、何よ!? 変態ちゃんは大人しくしてなさい!」 

 

 と、いってスマホを持っていた手を高いところまで上げられて俺がいくら頑張ろうが、身長的な意味で届かない位置まで上げられてしまった。

 

 なんでこんなに聞き分けがないんだよコイツ! ちょっとでも信じた俺がバカだった。もっと、考えて連絡すればよかった。

 

 ――しかも、くそぉ、こんな子供の体じゃあアイツの手にも届かないし――ああ、もうっ!

 

「ほらっ! 貸せっ!!」

 

 あとがなくなった俺は持っていたジャージを床に放り投げて万歳の体勢になって両手を空に伸ばしたままぴょんぴょんと飛ぶ。

 

 もの凄い滑稽でシュールな絵ずらだがこうでもしないとアイツからスマホを奪えない。こうしているうちにも警察の音がどんどんと聞こえてくる気がした。

 

「もう、しつこいわね。警察に引き渡した後はちゃんと反省しなさい? あと、きっちりと親御さんには教育しなおして貰わないと」

「――もうっ!! だから、俺がノアだって言ってるだろ!? なんで信じてくれないんだよ!!」

 

「は? ノアさんがこんなちんちくりんな生意気なガキの訳ないでしょ? だいたい、ノアさんは男。あんたみたいなしょぼいおっぱいもついてないし、股間には立派なモノがあるわ。現実を見なさい」

 

「しょぼいとかいうな! 子供の体だから仕方ないだろっ!」

「はーい! ノアさんは大人でーす! やっぱり、まったくの他人――」

 

「だーかーら! 子供の女の体になったんだって!!」

 

「そんなこと現実に起きるわけないでしょ? 本当におかしな子ね」

 

「……っ! ふふ、その言葉。お前にそっくりそのまま返すぜ――そこまで言うのなら俺とお前しか知らないお前の黒歴史ストーリーをここで言おうか?」

 

「な、なによそれ? 適当なことは言わないことね。ノアさんと私は元恋人関係よ? あんたみたいなどこかも分からない馬の骨の女の子供がそんなこと――」

「初デートの時に行ったドイツでお前がスケジュール間違えて南ドイツ(ミュウヘン)に行くはずだったのに真反対の北ドイツ(ハンブルク)の方面に行ったこと……」

 

「ッ!? な、なんでそのこと知ってるのよ!?」

「高校時代にバレンタインのチョコを俺じゃなくてまったく関係のない人に渡して相手が勘違いして大騒動になったこと」

 

「あああああっ! やめて!! これ以上は言わないで! あれは不可抗力だったの! 数学の宿題で夜更かして寝坊しててどうしても頭が回らなくて……」

「そういう理由だったのか? つーか、お前って他の教科は凄いのに本当に数学ダメだよな? 二年の時に後輩から数学教えてもらってたのは流石にビビったぞ?」

 

「だってぇ、愛ちゃん頭良いし……数列とか意味が分からないし――……はっ! いけないいけない!! 危うく流されるとこだった! の、ノアさんのフリして騙そうとしても無駄よ!」

 

「ん? そうか、じゃあ――中学時代の演劇中に主役のヒロインなのに大事なところでセリフを間違えて、保護者たちや他の生徒から爆笑を買って、しかもその内容がとんでもない卑猥な読み間違え――」

 

「ああああっ! 分かった!! 分かったわよ!! 貴女がノアさんって認めるから!! もうやめてー!」

 

「サイコーに面白かったよなアレ。感動の王子との再会シーンで読み間違えでお――」

「ダメダメダメダメダメダメダメッ! 言わないで! 死んじゃう!! 本当にやめて!」

 

 顔を真っ赤にしてギブアップ宣言をする彼女。流石に時が経って大人になろうが史上最大の黒歴史の記憶は薄れてないらしい。涙目になるぐらいに効いたみたいだ。

 

 ――ふう、流石に可哀そうだからもうやめておくか。コイツは見ての通り抜けてるところが多いから掘り出そうと思えばいくらでも出てくるが、もうこれ以上は過剰だろう。

 

「うっ……うっ……ノアさん酷い。アレは言わないって付き合う時の約束だったのに」

「ご、ごめん。流石に掘り起こし過ぎだかな……?」

 

 思った以上によっぽど効いたのか胸を押さえて身悶えている。警察に連絡する気は失せたのかスマホの画面はスリープモードになって暗くなっていた。

 

 ――あー、危ないところだった! こんな二十を超えた歳で補導されるとか考えたくもない。

 

 にしても、コイツの昔話は懐かしいな。今度、二人で思い出話でもするのもいいかもな、っと……こんな格好もずっとはしてられないな。

 

 ゾクゾクと身体に寒気を覚えた俺はしゃがみこむと床に散らばっていたジャージを拾い上げて袖を通した。流石にこのままずっと裸でいたら変態なのは否定できなくなるからな。

 

 スースーと肌と布が擦れる音が部屋に鳴り響く。

 

 直に肌の上からジャージを羽織り、少し大きめなズボンを穿く――と、同時にとあることを思い出す。

 

 ――あっ、パンツない。どうしよ……?

 

 無論、男として生きてきた人間が女物の下着を持っている方がおかしいのでこれは当然。でも、何も着ないというのは流石に……と思うがないモノは仕方がない。

 

「……はぁ、まさかのこの体でノーパンかぁ」

 

 目を閉じてあまり気にしないようにしてズボンを直接穿いた。下着を着てないから変な感覚になりつつも無事に着替え終えた。

 

 んー。ズボンの長さとか袖口が垂れるのでピッタリではないか。まっ、ズボンがさっきみたいにズレ落ちないだけマシだろう。

 

 さてと、これで最低限人間として格好はできたか。これから先はどうしていこうか。

 

 たくさんやらないといけないことが山積みだけど、まー、とりあえず、あの撃沈した元カノ――亜里沙(ありさ)を助けてやらないとな……



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序曲の終わりに

 

「お、おーい、亜里沙? 大丈夫か~?」

「…………」

 

 物腰柔らかな少女の声でそっと元カノそう尋ねてみるが何の反応もなかった。まるで彼女の周りだけ夜のように鬱蒼としていた。

 

 あーどうしたものか……と、ぶかぶかなジャージに身を包んだ俺は、そんな彼女の下へと歩み寄るとそのまま床にペタリと膝を付ける。

 

 細い首を動かしてしゃがみ込んでいる亜里沙の顔を覗く。

 

 子供っぽい体系になってしまった俺は亜里沙よりも小柄であり、さっきも思ったけどこうして側まで寄ってみると男の時とは違って自分よりも大きな亜里沙というのはなんだか変にも思えた。

 

 ――まあ、今はそんな感想を言っている時じゃないんだけどな。肝心のコイツは黒歴史アタックが相当効いてしまっていたらしく、完全にノックアウトしてしまっているし。下手したら俺たちの仲が危うい。

 

 よく分からないようなことをブツブツと何かを呪文のように呟いて顔を黒く暗くしている様子は元カレとしては心配せずにはいられない姿だ。

 

 自分が蒔いたことだとはいえ元気に戻って欲しい。

 

「ん、おーい、おーい、さっきのは謝るから顔上げてくれないか?」

「…………」

 

 まるで胸をナイフで刺されたかのように「うっ……うっ」とうめき声みたいのを出して、両手で胸を痛々しく抑え込んでいるのを見ていると申し訳なかった気持ちになる。

 

 ――んー、やり過ぎたかな? でも、頑なに信じようとしなかったコイツにも非がある。しかし、この子メンタルが弱すぎやしないか?

 

「むぅ、困ったなぁ……」

 

 お地蔵さんのように固まってしまった亜里沙。この先どうすればよく分からなくなって、髪をくしゃくしゃと掻きむしって悩んでいると――

 

「……うぅ……うう、寿命が三年ほど縮んだ気分……」

「おっ、やっと口を開いてくれた! もう大丈夫なのか?」

 

「え、えぇ、なんとか……正直、ノアさんには三日間ぐらい豪華なご飯奢って貰っても許してあげられないぐらいに傷つきましたけど」

 

 こちらを軽く睨むかのように鋭い視線を向けてくる。

 

 んー、ご飯を奢れってまた妙なことを。ま、まあ、とにかく無事に復活してくれて良かった。

 

 大きな喧嘩にならずにすんで安心した俺は小さな頭を下げる。

 

「ご、ごめんって。こっちだってどうしても信じて欲しくて……」

 

「『信じて欲しくて』――ねぇ……私はまだまだ事態を飲み込め切れてないんですが、本当にノアさんなんですか?」

 

 平常に戻りつつある亜里沙が改めて俺のことを疑ってくる。うぐぅ、やっぱり、簡単に説得して理解してもらうのは無理なのかな。くそぉ……

 

 痛いところを付かれた俺は表情を濁らせる。口では「ほ、本当だって……」と歯切れの悪い答えを返すが、自信のなさが余計にこの話に対しての疑いの念を強くする。

 

 亜里沙はそんなしょんぼりとしている俺の様子を流し目で見るとゆっくりと立ち上がった。

 

「……残酷な話ですが、男の人が一晩で女になるなんてにわかには信じられませんよ」

「わ、分かってるよ。俺だってどうしてこうなったのか教えて欲しいぐらいだし」

 

「と、言いますが……困りますね。夢のまた夢みたいな話――……でもまあ、ノアさんがこんな女の子を影武者にして夜逃げなんても信じられないし、正直、何を信用すればいいのか分からない……かな?」

「亜里沙……」

 

 座ったままの体勢で見下ろしてくる彼女の瞳をジッと見る。信じてあげたいけど信じきれない――そんな浮かない表情をしていた。

 

 ぐぬぬ、やっぱりそんな都合よくはいかないのか。と、思っていたが……亜里沙の表情はいつの間にかパッと晴れていた。

 

「そ、そんな顔しないでくださいよ。別に何か貴女に制裁とか加えようとかそんなことではないんですよ?

 さっきから見た感じ悪い子でもないようですし、妙に私たちの関係にも詳しいみたいだし……ま、まあ、今は“本当のノアさん”ってことにしておきましょうか」

「あ、亜里沙っ! ありがと!」

 

 パッと立ち上がって疑いつつも信じてくれた亜里沙に感謝を述べる。うんうん! 流石は俺が選んだ元カノ。別れても心は繋がってるんだよ。

 

 ふふふっ――思わず笑みが浮かんできてしまう。さっきからずっと心配事だらけだったせいで、こうして安心感を得られてストレスから解放されたおかげだろう。

 

 なんだかいつもより頼もしく見える亜里沙。そんな俺に対して不思議そうな顔をすると。

 

「……と、その前に。一応確認しておきたいんだけどいい?」

「ん? なに?」

 

「出身地は?」

「オーストリアのウィーン」

 

「ドイツ語は?」

「Kann sprechen」

 

「初めて一緒に行ったところは?」

「中学の時に某探偵モノの映画見たこと」

 

「――おし! 暫定的にノアさんで合ってるみたい!」

 

 グッとガッツポーズを決める亜里沙。なんだか、俺たち二人の空気がいつもの調子に戻ってくれて助かった。コイツは気分屋でテンションは常に高い。こうして明るい方がこっちも気が楽だ。

 

 一緒に居て元気をくれる。寛容で話もしやすい。改めて彼女の良いところを実感できてよかった。とりあえずはこれで警察に突き出されたりとかのバットエンドルートは回避できたできた。

 

 ――ふぅ、やれやれ……と、うまく着地点に乗れてやれやれと肩をすくめる。

 

 亜里沙はそんな俺を見て綺麗な右腕を伸ばすと、俺の柔らかな弾力ある左頬っぺたに手を添える。そして、そのまま人差し指と親指でぷにぷにと軽くつねる。

 

「うわ~、絶対に感触良いと思ってたらマジでいいわ~」

「……おい、他人の体であしょぶな」

 

「いいじゃん、私たちの関係なんだから……って、ノアさんは結構普通にしてるけど、戸惑ったりなんかはしないんですか?」

「うん、最初はびっくりしたけど、まあ、なんとなく受け止められてる感じ」

 

「なんとなくって――ふふっ、ノアさんは相変わらずに変わり者だね~」

「お互い様だろー?」

 

 お前だけには言われたくない。と、不満な目つきで返すと亜里沙は頬っぺたからスッと手を離す。

 

 ちょっぴり痛かったのでつねられた頬をすりすりと左手で擦る。確かに感触良いな、これ……あながち、コイツの言っていることも間違いじゃないな、と、思って感触を堪能していると。

 

「――理由は分かりました! ベルリンには私から連絡しておきます。ノアさんは指示があるまで待機しててください」

 

 と、亜里沙は急に業務的な口調になる。どうやら、仕事モードに戻ったらしい。ずっと、こうして話している訳にもいかないから当然だろう。

 

 俺は触っていた左手をスッと頬から離す。

 

「うん、頼んだ――あと、一つお願いができないか?」

「なんですか?」

 

 きょとんとしてそう尋ねてくる彼女に対して、俺は自分の着ている服を指さしながらこう言った――

 

「ちょっと、服買ってきてくれないか……?」



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天才音楽家、ゲーム配信に参加する
暇なのでゲームをしてみる


【小説家になろう』様に出していたモノを追加したものです。


 

『じゃあ、行ってくるね~』

 

 亜里沙の軽いノリの声が玄関に響いてから数分程度が経った。特に何もすることがない俺はベッドで大の字になって天井をボーっと見上げていた。

 

 右手の甲を両目のまぶたの上に当てて「はぁ~」と大きなため息をつく。ため息の理由は朝からいろいろあって疲れていたこともあるけど何よりもショックなことが一つあった。それは――

 

 たぶん、力が落ちてピアノ弾けなくなってる――いや、正しく言えば上手く弾けなくなってるかもしれない。音楽から少し離れられるって言っても今までできることができなくなることは結構辛いことだった。

 

 まあ、でも、正確に言えばやろうと思えば弾ける。でも……手がなぁ……

 

 天井に小さくなった白くて頼りない女の子の手を伸ばす。小さくなったせいで今まで通りに演奏できなくなってるのも確定だし、筋肉が衰えたせいで鍵盤を叩く力加減の調整をどうすればいいのか今のところ全く見えない。

 

 まあ、練習すればある程度はそんなに時間が経たなくてもすぐに元に戻るだろうけど……その、なんだ……俺はあんまし練習とかをやるタイプじゃないっていうか……面倒くさい。こんなこと言ったらダメなんだろうけど。

 

「う~、この調子じゃあ、声の方も少し不安だな~! どうしよ……」

 

 仰向けになっていた体を今度はうつ伏せにして、だらだらとベッドの上でうな垂れる。ネガティブな気持ちが溢れ出てくるが考えてても仕方がない。練習するしかそれしかない!

 

 ……うん! そうだそうだ! 考えてもしょうがない! 気分を切り替えようそうしよう! ――よし、気晴らしに動画でも見てよ。今日、土曜日だしなんかやってるだろ。

 

 半分、現実逃避の形で枕もとに置いてあった大きなスマホを取り出す。ロックを外して某動画配信アプリを起動する。たくさんの動画がスマホに映りそれをスライドさせていき何か面白いモノがないか探していく。

 

「――あ、有名声優の金藤結友が新曲発表したんだ……あとで聴いてみよ」

 

 少女の声でそう呟くとお気に入りの動画へ一覧へと飛ぶ。お気に入り登録した動画投稿者たちの動画がズラリと表示される。同じくスクロールして目的の動画を探す。

 

 んー、なんか面白いの――……おっ、ほほろさんが生やってる! ……ん? 参加者募集中? ボイチャ……なるほど。亜里沙が帰って来るまで時間あるし参加できるもんなら参加してみようかな。

 

 生に入ると俺の大好きなアニメ系ゲームの実況者であるほほろさんが自前のイケボを使ってゲームをしていた。登録者はそんなに多くはないが俺を含むアニメ好きの視聴者から愛されており、今絶賛成長中のゲーム実況者だ。

 

 チャット欄には『上手い』『いい声ですね』やアニメなどの話題で盛り上がっていた。配信を見るとそこは剣を持った女の子が大きなモンスターと複数人でチームを組んで戦っていた。しかも、このゲームはよく見る光景だった。

 

 ――マジか! 今ちょうどハマってたやつじゃん! よし、ちょうどいま手元にゲーム機もあるし参加しよ……! ちょうど枠も空いてるし行けるぞ……ッ!

 

 配信とこのお祭り感に乗せられた俺は、()()()()()()()()()()()()()()()稿()()()()()()()()()()()になっていることを気づかないままチャット欄に「参加したいです」と打ち込み、即座にゲームを起動して配信に女の子の声でボイチャに参加してしまった――



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盛り上がる生配信

 

 ポチっと電源ボタンを押してお目当てのゲームを起動する。すぐに女の子たちが描かれたホーム画面が映り、スティックを動かして“マルチプレイ”を選択して決定ボタンを押した。

 

「こんにちはー、不束者ですがお手柔らかにお願いします……!」

 

 ラグがあるのか俺が入ったところでチャット欄には特に反応はない。

 

 新たなリスナーが入ると誰かしら反応を示すのだが、まあ、一般リスナーが入ったところでは反応はもともとから少ないから気にすることもないだろう。

 

「あ、自分は西側に行くんでよろしくでーす」

 

 俺はそう言ってボイスチャットに参加しているメンバーに軽い挨拶をすると、配信画面に映っている識別部屋番号を入力して彼が待っている部屋へと入場した。

 

 ここからは戦いの途中の彼らの手助けに入る――まずは西門を落とすか。と、簡単な予定を立てると自キャラを操作して武器を構えて突撃する。

 

 ――よしっ! 助太刀いたすぞ! 練習の成果を見せてやる……ッ!

 

 完全にゲームに感情移入してしまっている俺は気を高ぶらせる。音楽と同じで俺は何かをやるときは完全に集中してしまい周りのことがそっちのけになる。本当に何も感じなくなる聞こえなくなる。

 

 これは音楽という声や体で表現するものならこののめり込む特性は良いモノだ。だが、今回ばかりは最悪の方向へと向かっていってしまった……

 

 ボタンを押して巧みにキャラを操作する。このゲームは強大な敵NPC対プレイヤーたちという協力型のアクションゲームであり、武器を持った女の子たちが爽快に敵を倒して敵陣地に攻め入るといった感じだ。

 

 敵陣地の基地を完全制圧したらこちらの勝利、逆に自陣の基地が占領されたらこちらの敗北。

 

 キャラがやられると自陣から復活してまた武器を持ち戦いに行くが、復活までそこそこの時間が掛かり人数が減ったところを敵に侵攻されて負けるということが多々あり注意。

 

 最近、このゲームが人気でアニメ化されアニメ勢にも人気なホットな話題のゲーム。アニメ話題に敏感なほほろさんがやるのも何の疑問も抱かないモノだ。

 

 まさか、自分の好きな実況者と好きなゲームができるなんてついてるな~……!

 

 気を高ぶらせて敵をどんどんと倒していく。一匹……二匹……と敵モンスターを撃破していく。

 

 魔法を唱えて雑魚を殲滅し、中ボスをやり込んで作った武器で叩きのめして進んでいく。うん! 爽快! 俺が入ったことで劣勢だった味方チームが完全に優勢となっていた。

 

 よし! もっともっと来い!! ――……と、この時の俺は完全に自分が女になっているということを忘れてしまっていた。

 

 ボス級モンスターを倒せば「よっしゃー!」と高くて可愛らしい声を上げて仲間がピンチなのを見かけると「今助けます!」と言って声を張る。

 

 この時は気づかなかったがほほろさんや他メンバーは突如現れた謎の女に動揺しつつも返事を返してくれていた。

 

 本当なら彼らも突然現れた俺に対してツッコみたくてもツッコめなかったのだろう。だって、彼らはかなりの集中力を要されるゲームをやっているのだ。曖昧な反応しか返せないだろう。

 

 これはあとでチャットログを見返して判明したことだが――

 

[ノアさんって女の人だったの!?]

[えっ!? マジ!! しかも、声すっごく可愛い!!]

 

[女の子なのにこんなゲームやってたんだ……]

[待って、今、チャンネル登録した]

 

 と、かなりの大盛況となっていた。

 

 無論、激しいゲームをしているからスマホの画面に流れているチャット欄になんか目が行くわけがない――なので気づいていなかった……

 

 自分がプライベート用のアカウントではなくて音楽活動として使っていたアカウントで「参加します」と書き込んでいたことを。

 

 ちなみに、ノアという名前なら日本なら実名と思われないしいけるか? と思った



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荒ぶるチャット欄

 

 もし、アカウントを変えて生放送に参加していたらこんなことにはならなかっただろう。一人の女の子ユーザーが現れて終わり。これだけの話だ。

 

 でも、現実はもう何も変わらない。本当は男なのにノア=女の子という構図ができあがり、それはもう変えようのない事実となってしまった。

 

 亜里沙のことをさんざんバカ呼ばわりしたが、俺もたいがいかもしれない――ってか、この場をなんとかして収めないと完全に配信が俺の話題一色に……

 

[もう一度声聞かせて~]

[俺も聞きたい]

 

[チャンネル登録した]

[ノアさんの好きなアニメってなんですか~?]

 

 ――……ダメだ。完全にもう手遅れだ。ほほろさんもゲームそっちのけで俺に対する話題で盛り上がってる。

 

『もしもーし! ノアさん? 返事をしてください!』

 

 どうやら呼ばれているみたいだ――俺はゴクリと生唾を飲み込む。ゲーム機を握っていた手にはじわっと汗が現れ、全身の血液が凍らされたかのようにスーッと冷たい悪寒が背筋を走った。

 

 もう! 俺は舞台専門でこういうネットでスポットが当たるのに耐性はあんまりないんだよ……ってもそんなことは言ってられないし――

 

「は、はい! き、聞こえてますよ!! ちょっと眠たくてボーっとしてました!」

 

 と、平然を装って返事を返す。もう、正直どうしようもないので生主のほほろさんに頼るしかない。

 

 できるだけ負担にならないように頼む! と、願うしかないが彼もまた男だった。鼻の下を伸ばしたような声が耳に入った。

 

『へへ、本当に声可愛いですね~、若々しくて――って、気になったのですけどおいくつなんですか?』

「え、え? え~と、そのぅ……」

 

 返答に困って自信なさげな声が漏れる。だからこういうの苦手なんだって!! 俺は音楽家であってこういうのはあんまり無理なんだって!!

 

 しかも、実年齢は24歳だけど、今の身体は何歳かって分かる訳ねーだろ! いったい、なんて答えればいいんだよ!!

 

 この感情をぶつけるところが無くて火山が噴火する如くに心の中で罵倒する。睨みつけたスマホの画面では……

 

[声可愛すぎて草]

[え~? 声優さん!?]

 

[困ってる声も可愛いいいいいいいいいいい]

[アニメキャラ(魔法少女なゆたん)に声似てる]

 

[声優の金藤結友さんよりも声好きかも]

[女性に歳を聴くの失礼ですよ?]

 

[いや、声優のゆみりんだろそこは!!]

 

 チャット欄も盛り上がっているようで――おほほほ……こんちくしょう……! きっと彼らの脳内では俺はきっといかがわしい妄想に晒されているのであろう……くそぉ。

 

 ギシギシと歯ぎしりをして女になってしまった自分のことを呪っているとほほろさんが申し訳なさそうな声を出す。

 

『えっと、すいません。年齢を聴いたのは失礼でしたね……』

「あ、いえ、事情があって言えなくて……」

 

『そうでしたか。軽率な質問でしたね……すいません。あの、違う話ですが音楽がお上手で声が綺麗ですのでもしかしたら声優さんでしょうか?』

「あ、ち、違いますよ? 音楽をやっているただの女の子ですよ~」

 

 絶賛、世界で活躍中の――と、心の中で付け加える。このあともこんな感じの無難な会話が続いていく。

 

 ゲームではなくなったが、比較的しばらくは平穏でなんとか終われそう……んなわけないだろ。案の定こちらは良くてもチャット欄に妙な兆しが生まれていた。

 

[ゆみりんにそっくりな声で音楽もできるなら絶対にせいマジ上手い]

[それ思った。歌って欲しい]

 

[ノアさんのせいマジ聞きたい]

[もはやゲーム関係なくて草]

 

 と、なにやら嫌な予感が漂ってくる。あ、これ絶対に歌わされるヤツだ。ちなみに、せいマジとは今期の大人気アニメのOPの略である。ポップさが売りの人気曲。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。だから、何度も言っているが舞台での発表はともかく不特定多数のネットでのこういうやり取りはまったく耐性がない。興味はあるけど……

 

 ともかく、まあ、ここは強引にでもゲーム配信に戻っていただかないと……そもそも、ゲーム目当てで来てる人も居るからダメじゃないか。うん、これは俺が正しい……

 

「ほほろさん、そろそろ――」

『おっ! せいマジか。いいですねー……ノアさん、急だけど歌えますか?』

 

「…………」

 

 ――どうしてこうなった……



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音楽家としての実力

 

 俺、個人としては見知らぬネットの世界で歌を披露することには少し抵抗がある。誰が聞いているのか分からない。これが怖いところ。

 

 人工ボイスとかそういうので動画投稿はするけれど生声はちょっと……よく考えたら今は女の子だしこういうの危ないんじゃあ……

 

「どうですか? やってくれませんか?」

「えぇ……えっと、その……」

 

 舞台ではみんながこちらを見て声援や眼差しをくれる。でも、実際にはここにいるのは俺一人。いつもと同じようにできるか分からない。

 

 正直言って辞退したい――だけど、俺は生粋の音楽家でもある。期待されているのならやらない手はない。

 

 みんなのパフォーマンスには答える。それがポリシーでもある。しかしなあ、女の子の声で歌うのははじめてだぞ……?

 

「生声で歌うのは下手かもしれませんけどいいですか?」

「あ、別に良いですよ! 楽しくできればそれで!」

 

 明るい彼の声がスマホのスピーカー越しに帰ってくる。ゲーム機の音量をゼロにして、手放したあとにスマホの画面を見る。

 

 チャット欄を見ると[聞きたい]という意見が物凄い多数派だ。実際に放送主であるほほろさんもOKと言っている。じゃあ……

 

「……ゲームの配信ですけど、歌いますよ……?」

 

 最後の確認だと言わんばかりにほほろさん――みんなに尋ねる。すると――

 

『いいですよー、もともと雑談がメインでゲームはおまけみたいな感じでしたから』

 

 と、気軽な声が返ってくる。チャット欄も[いいよー]や[はよ]という言葉がどんどんと流れてくる。

 

 しょうがないな……俺も音楽家だ。みんなにやって欲しいとリクエストされたならやるしかない――うん、やるか……!

 

「そうですか――……分かりました。じゃあ、歌います」

『ほ、本当ですか……ッ!?』

 

 嬉しそうな声を上げるほほろさんに対して「はい、ですが少し待って下さい」と答えると一度動画アプリを閉じてピアノ鍵盤が描かれたアプリアイコンをタップした。

 

 この部屋にはピアノがないからな。日本にいることが少なくて泊まるだけの理由で借りている部屋だ。電子ピアノもないしマジで泊まるだけの部屋。

 

 アプリが起動する。

 

 画面にはピアノの鍵盤が羅列していて、鍵盤を押すとピアノの柔らかい音が鳴る。無事に音がなったことを確認すると目当ての音を探す。

 

 ――えっと、確か……Es(エス)の音……

 

 俗に言うドイツ語のミの(フラット)の音を探して鍵盤を押して目当ての音を鳴らした。よし、これでOKだ。

 

 鳴らした音を頭に刻み込むと配信に戻る。

 

 今のはせいマジを歌う際に最初の出だしの音を知る必要だったので行った行為だ。大雑把に言うと頭の音。一番最初に俺が奏でる音となるモノだ。

 

 何も聞かずにぶっつけ本番でやるということも考えたがいろんな人が聞いてるのだ。舞台と同じように手を抜かずにパーフェクトにやると決めた。

 

 初っ端から音を間違えて音痴疑惑なんかもかけられても嫌だからな。ここは出し惜しみはしないぞ。

 

「――……はい、準備は整いました。歌いますね」

『お願いします……』

 

 そう言われるとスーッと息を吸ってお腹を膨らませて空気を溜める。いわゆる、腹式呼吸というやつだ。

 

 女になったせいか溜められる量が減った気がするが――今はどうでもいい。気にせずに進める。

 

 せいマジの歌詞とメロディを瞬時に思い浮かべ、先ほど頭に入れたEsの音を狙撃手のように狙い可愛らしいソプラノを奏でる。

 

 見事に外さずに歌うことができた。80点ぐらいかな? そのまま音楽はどんどん流れていく。

 

 まず、最初にAメロに突入する。ここは明るい曲調だが思春期の悩みや心の葛藤を歌うというところだ。

 

 明るくて輝かしいメロディだが歌詞は不安で少し暗い。まさに年頃の子供の不安定な心境を現している。

 

 個人的には歌うというのは演劇などに近いと考えている。見落としがちだが歌詞という一つ一つの言葉に感情を乗せて表現しないといけないから。

 

 ――まさに、今歌っているところがそうだ。弾んでいて気持ちが踊りそうな曲調なのに心配や不安というマイナスなイメージの単語がよく出る。

 

 こういうところを歌う時には手っ取り早いのはやっぱり子供になりきるというのが一番簡単だ。若いころの自分になったつもりで歌う。一番、気持ちが歌に現れると思う。

 

 これだと演じていると言っても過言ではないと思う。実際にこの時の俺は主人公になりきるぐらいの想いで歌っていた。てか、ほぼ声も真似てゆみりんごっこって呼ばれるぐらいにのめり込んでた。

 

 そしてそして、次にBメロへと突入する。ここは一気に暗くなり先ほどと違って歌詞、曲ともに元気がない。気を付けるとすれば暗くなりすぎて音程も下がってしまうことだろうか。

 

 カラオケなどの採点で音程がズレるということがあるとは思うが、多くの場合それは感情に歌を揺さぶられているということが多いと思う。

 

 明るければ自然と声は高くなり、暗ければ声が低くなる。こういうことが無いようにしっかりと基礎を固めて声がブレないようにする。大切なことだ。

 

 さて、ついに歌はサビへと突入した。ここは明るい曲に明るい歌詞。歌いやすいメロディ。なんでこの曲がヒットしたか分かる部分だ。

 

 ここでは一気に声量を上げて盛り上がっていることを表現する。口の中を大きくスペースを空けて口角、表情筋を使って全力で表現する。

 

 世界で活躍する音楽家としてのプライドを込めた盛り上がり。有り余る経験と音楽理論で武装した演奏能力をふんだんに使って全力でフルパワーで歌いきる。

 

 心だけではない。体も使う……思わず踊ってしまいそうなほどに曲にのめり込み――さっきまで盛り上がりが嘘だったかのように歌を止め、部屋には静寂が戻った……

 

「――終わりましたよ。どうですか……?」

『…………』

 

 ほほろさんは何も言わない。いったいどうしたのだろうか? 回線でも悪いのだろうか……? もしかして聞こえてなかった? でも、チャット欄は――

 

[やば]

[想像以上に上手いんだけど…]

 

[うま]

[やば]

 

[やば]

[声似すぎというか本人だろw]

 

[やば]

[てか、本人超えてね?]

 

[歌唱力が高すぎて草]

[これで声優業じゃねぇの!?]

 

 

 ――と、ちゃんと動いてる。正直、本人よりか上手いは言い過ぎだ。せいマジ自体は二、三回程度聞いただけだから練習もクソもしてない。下手な方だ。

 

『は、はは……す、すごいですね……』

 

 どうやらちゃんと聞こえたらしくて震えた声と乾いた笑い声が聞こえてくる。

 

「いやいやまだですよ。練習もあまりしてませんし」

『い、いや! とんでもなく上手いですよ!? 正直、言ったらダメですけど私は本人さんよりノアさんの歌の方が上手いし凄いと思いました!!』

 

「え? そ、それは流石に無いと……」

『いいえ、あの……声マネもしてくれたんですよね? 凄く可愛い声だったし、聴いてるこっちも引き込まれましたよ!!』

 

「え? えぇ……」

 

 あまりにもべた褒めしてくるので逆にお世辞だと思ってしまう。

 

 だって、俺はクラシックメインだし……アニメは好きといってもその辺は素人。西洋音楽的な音楽能力がアニソンとか声優演技にまったくとはいわないけどそこまで関係しているとは思えなかった。

 

 その辺の人よりかは上手くやる自信はあるが、本業に比べればごっこレベル。この時の俺はそう思っていた……

 

『いいえ! 凄いですって!! ――あ、あの、良ければ他の曲も聞かせてくれませんか!!』

「――え? 他の……?」

 

『はい! あっ!! みんなで決めましょう!! みなさん、二曲目――』

「えっ! ちょ、ちょっと……!」

 

 ほほろさんは完全にもう気持ちが高ぶってメーターが振り切れてしまっているのか俺の静止も聞かずに視聴者と次の曲を決め始めていく。

 

 ――え? お、俺……そんなに歌うと思っていなかったんだけど……!?

 

 一曲歌うのにどれだけの集中力を使うか。

 

 結局、俺の意見は通らずに生放送は『ノアさんの歌唱コーナー』になってしまい俺は続けて歌わされることになった。

 

 のちに俺のチャンネル登録者が爆増したのはまた別の話だ――



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天才音楽家、ショッピングに行く
元男と元カノのショッピングデート


 あの配信のあとくたくたになった俺を亜里沙はショッピングに駆り出した。

 

「すっげーな、あれ……」

「おっ、俺、あんな子を目の前で見れるなんて……」

 

「なにあれー! 外国からの留学生の子とか!?」

「ねっ! 絶対にそうじゃない!? 日本の制服着てるし!」

 

 大学生ぐらいの男二人組。制服を着た女子高生の二人。あー、聞こえてるぞ? まったくもう、ここに来てから嫌というほど聞いた声が再び俺を襲ってくる。

 

 来る人、すれ違う人、目があった人、そうでない人もみんなみんな俺に対して何かしらのアクションを起こしてくる。

 

 先ほどのように聞こえないと思って遠目で俺の容姿を褒めたたえる人もいれば、声は出さないが明らかに俺を見て驚いたり、見とれたり、憧れたり、鼻の下を伸ばしたり――ああ、もう嫌だ。

 

「ふふ、ノアさん人気者じゃないですか。こっちも恥ずかしくなっちゃいそうです」

 

 となりにいる亜里沙(こいつ)はこの様子を見て感心と困惑が混じったかのような表情をする。

 

 彼女も俺に巻き添えを食らう感じで大衆の視線に晒されて困っている様子――のだが、亜里沙は気づいていないのかもしれないが、こちらを見てくる野郎どものなかには意識して亜里沙を見てるヤツもいる。

 

 まあ、分からんでもない。亜里沙は実際にすっごく美人だから見とれてもしょうがない。俺だってこいつの可愛らしさに惹かれて付き合ってたんだし……って、今はそんなことはどうでもいい。

 

「おい、なんでこんなことになってんだよ? 買い物に集中できてねぇじゃねぇかよ?」

「ははは、ノアさんの破壊力が想像以上でしたね。私の学生時代の制服を貸したのは失敗でした……」

 

 そう小声で言い、どうしようにもない乾いた苦笑いを浮かべると俺の着ている制服をまじまじと見つめる。

 

 俺も彼女の視線に釣られて自身を纏っている服に目がいく……大きな赤いリボンが胸元に結んである可愛らしいセーラー服にひらひらとしたスカートも完備。

 

 なぜ、俺がこんなものを着ているかというと、服を借りる時に亜里沙が言うには昔着ていた服はすべて妹にあげたか処分したらしく今の俺が着れそうなのは中学時代の制服だけだったというオチ。

 

 まー、じゃあ、仕方ないのでこれを着て今の俺の合う服をショッピングセンターに買いにいきましょうとなり現在に至る。リアル金髪少女が日本の学生服を着るというのは世間的には効果は抜群だったらしく、このようにあっという間に通行人の目を奪っていきましたとさ。落ち着かねぇ……な。

 

「まぁ、好意的に見られるってのは悪くはないんじゃあ……?」

「そうでもないぞ、緊張するし、現に買い物に集中できないじゃないかよ」

 

「でも、ほら……自分の見た目が認められるってよくないですか?」

「よい……のか?」

 

「私は可愛いって思われたりされるのは嬉しいと思いますよ。ノアさんは違うのかもですけど」

「う~ん、そんなもんか?」

 

「少なくても私の周りでは――それに学生の風を感じられるのもいいじゃないんですか?」

「学生ねぇ……」

 

 見た目や側はそうかもしれないけど中身は二十代後半の男だからな。学生気分とかよりも……女装? いや、今は女だから違うか。あえて例えるならコスプレ……か?

 

 腕組をしながらそう考えこんでいると亜里沙がニコッと笑みを浮かべる。

 

「ふふ、それにしてもノアさんとショッピングだなんて久しぶりですね!」

「そうだな、最近は仕事で忙しかったからな」

 

「演奏会に合唱……日本でこうして買い物するのもずいぶんと懐かしい気もします」

「だな、よく思えば本当に学生以来じゃないか?」

 

「あー、確かに高校ぶり? なんだかあの頃のデートを思い出してしまいますね……」

 

 少し照れながら遠い向こう側を見つめる亜里沙。俺もつられて遠いあの頃を眺めるかのように思い出をゆっくりと思い浮かべていく。

 

「ははっ、あの頃は本当に毎日が楽しかったよな」

「うん、音楽の練習とかはすっごく大変だったけど、二人でコンテストとかコンクールに出たり」

 

「こうして二人で出かけたり」

「時には二人そろって先生に怒られたりなんかもしましたね!」

 

「そんなこともあったなぁ……まっ、アレはほとんどお前のせいだったけど」

「いやいや、アレはほとんどノアさんのせいでしょ?」

 

「ウソ言うなよ! 音楽室の掃除とかよくさぼったりしてただろ?」

「してないわよ!! ノアさんの方がさぼってた!」

 

 迷いもなく強くそう言い放つ頑固な後輩。こいつ……やっぱり変わってないな。

 

「…………」

「…………」

 

 俺たち二人の間に無言が続く。お互いに歩きながら睨み合いこのまま喧嘩――とはならずにギスギスとしたのは束の間。亜里沙が突然噴き出すように笑い始めた。

 

「ぷ……あははっ! こういうのも懐かしいですね。こうやって喧嘩もよくしましたね」

「せっかくのデートなのに喧嘩とかしまくったよな」

 

 彼女の微笑みに対してこちらも笑みを返しながらそう言った。さすがにこの年になればこの程度のことで喧嘩ということはない。

 

 でも、昔は出かけに行ってよく結構な頻度で喧嘩するけど仲直りが早い。これが俺たち二人の良くも悪くも仲の良い親密な関係性だったな。

 

 ――あの中学時代からずっとずっとの――……あっ、そういえば、今の亜里沙の彼氏とはうまくいってるのだろうか? 久しぶりに聞いてみようかな。

 

「……なあ、お前の――」

「あっ! 付きましたよ! あの店です!!」

 

 聞こえなかったのか現カレのことを聞こうとしたがお構いなしに話題をお店のことへとすり替えられる。まっ、急いで聞くようなことでもないし、あとでゆっくりと聞けばいいか。

 

 そう決め込むとさっきのことは忘れ、足を止め目的の店の外見の様子を窺う。

 

 それはかなり大きな店でこのエリアにあるどの店よりも一回りも二回りもでかい。ガラス張りのなので中に入っていく客や中にいる人たちのことをよく観察できた。

 

 楽しそうに店員さんと談笑する若い女の人、十代ぐらいの女の子がグループでキャッキャッと買い物を楽しむ様子。パッと見は十代や二十代の女性の人が多かった。亜里沙曰く、「私のお気に入りのお店!」らしい。

 

 まあ、それは納得。外見は可愛らしい装飾が目立ついかにも女性用ってな感じだしな。扉の前にはいかにもの女性層を狙ったデザインの看板が設置してあって――あなただけのファッションを見つけませんか? という美人なモデルさんが写ったモノが置いてある。

 

 ふむ、それにしても『あなただけのファッション』ねぇ――どういうことだ? と、気になったので看板に近寄って何が書いてあるのか見てみる。

 

 ……どうやらここは美容院や服屋、さらにはアクセサリーや化粧品屋などが一体となっており、お客さん一人一人に対してよくファッションの組み合わせを厳選して提供してくれるらしい。こんなところ来たことないからいまいちピンとこないけど。

 

 う~ん、アイツにいったいここで何をされるのか? と、少しこれから訪れる未来に恐れを抱きつつ店の中をジロジロと見ていると、亜里沙が手招きをしながらお店に入っていく様子が目に留まる。

 

 仕方ない。ずっと学生服を着てるわけにもいけないし――と、俺はお店の中へと進んでいった……



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あんまり恥ずかしいのはやめてね

「いらっしゃいませー! ……あっ、亜里沙さん! こんにちは~」

「こんにちは、今日もよろしくお願いします!」

 

 亜里沙がそう言うとニコニコとお出迎えしてくれた店員さんの元へと駆け寄っていく。二人とも表情に明かりが見えており、俺のことはそっちのけで仲良く談笑し始めた。

 

 内容は使っている化粧品の話とかお店の売り上げとかなどの普遍的な世間話。耳が他人よりもいいことが自慢の俺にとってはほとんどの会話は丸聞こえだった。この様子だと女子トークは長引きそうだな。

 

 そう思いながら二人で楽しく会話に花を咲かせる彼女らを見つめる。変わらず話し続ける二人だったので適当に店の中でも観察でもすることにした。

 

 まず、目に入った……というか鼻に入ったのは店全体に漂う独特ないい匂いだった。香水とかその辺に疎い俺にはこの匂いが何なのかは分からないけど、とにかく嗅いでいて気を悪くするようなものではなかった。むしろいい。

 

 男にとっては馴染みのない感じだが、まあ、女性向きの店にはとても似合っている花のある匂いだ。花のある……そう、もちろんこの空気の中では商品も可愛らしさ満点のものばかりだった。

 

 先ほどの店の外からは見えにくくかったけどここでは服の種類もよく分かる。基本的にさっき予想した通り若い子向けの服が多いというのはあっていたが、ここで見るとそのほとんどが可愛い系のモノ。

 

 つまり、女性向けと言ってもどちらかというとリボンなどの装飾が豪華なキュートな服。中にはゴスロリといっても差し付けないようなものまであった。亜里沙の趣向の傾向からしてこの店の常連だということは腑に落ちた。あいつ可愛いのとかに目がないし。

 

 そんなことを思い出しながら話し込んでいる亜里沙にちらりと目を向け、視線を外して今度は店の右手にある附属している美容室に目をやる。

 

 カラフルな装飾に施されたそこには椅子に座るお客さんとハサミを片手に散髪をする女性スタッフという光景があった。サービスを受けている子ははほとんど十代や二十代の女の子がばかりで美容師さんも若い女性しかいなかった。

 

 ――はぇー、マジで本当に若い女性向けの店なんだな。店側もそれを意識して経営してるみたいだが……うん、えっと、その、別にそれはいいんだ。あの……亜里沙のヤツは本気でこの店のサービスを俺に受けさせる気なのか? 男の俺にこんなものを……

 

 ふと、目の前にある店の中央に設置してあるマネキンに目を向ける。とても可愛らしいゴスロリチックな洋服を着てひらひらなスカートを履いている。脳内で自分がこんなものを着ていることを想像すると――うわぁ……なんか嫌だなぁ。

 

 寒気にも似た感覚が俺のことを襲い掛かってくる。しかし、現実は何も変わらない。現に店員さんと亜里沙が会話を終えてこちらまでニコニコとしながら歩いてきていた。

 

 ……仕方ないな。と、ここまで来て逃げも隠れもできない俺は「ん、うーん」と、うめき声に似た声を出して自然と彼女たちに対して身構える。強力なボスを前にした勇者みたいな気分だ。

 

「ふふ、初めまして! ノアちゃんで会ってる?」

「あ、はい、よろしくお願いします……」

 

「こちらこそよろしくお願いね。私は今回ノアちゃんを担当する坂橋です!」

 

 彼女――坂橋さんはそう言うと胸元に付いている名札を指さす。そこにはちゃんと彼女の名前が書かれていて偽りないということが分かる。それにしても“担当”ねぇ……

 

 一つの単語が耳に引っかかる。こういう服屋とかでは聞かない言葉だったので余計に気になる。客個人にスタッフを付けるってどういうこと? これは単にこのお店だけが特殊なのか、それとも今時は普通なのかどうなのか……分からんな。

 

 思わず首を傾げてしまいたくなる。いったいどうなるのか? ――と、エプロンドレス姿の坂橋さんを見つめる。ジッと見つめられて不思議に思ったのか彼女はポカンとした表情を浮かべた。

 

「……どうしたの?」

「あ、いえ、担当ってどういうことかと思いまして」

 

「――あ、そのこと? 亜里沙さん教えてなかったの?」

「ええ、受けてからのお楽しみってことで……」

 

「ははっ、そういうことかぁ! なら、百聞は一見に如かず! さっそくやってみようか!!」

 

 彼女はそう言うとお店の奥に向かって歩き出す。何が何だか分からず俺と亜里沙もそれに釣られてついていく。さっきニタニタとしていた亜里沙のことも気になるけど、そんなこと考える暇もなく何かが始まってしまった。

 

 洋服コーナーを過ぎて美容室を過ぎて……しばらく歩いていると坂橋さんが不意に――……

 

「じゃあ、まずは下着から決めますよ」

「――へ?」

 

 唐突にそんなことを言われて間抜けな声を漏らしてしまう。てっきり洋服でも着せられると思ったが……なんで下着? 亜里沙の顔を助けを求めるように見るが「ぷぷぷ」と変な笑い声を出していた。なんだよこいつ。

 

 馬鹿にしたような笑みを浮かべている彼女を睨みつけていると目的地に着いてしまった。つい昨日まで男だった俺にとってやはり女性の下着屋に入るということはそれなりに抵抗が出る。

 

 ――なんだろう、禁忌を犯してしまったようないけないことをしてる感じだ。そもそも男の俺はこんな店に入ったことすらダメだったのでは? 現代では通販とかで買うのがベストだったのでは?

 

 ――……今更そんなことを考えるがもう遅い。すでに目の前には女の子用の下着がたくさん目に映る。

 

 しかし、これらが普通なら良かったんだけど下着のデザインがいろいろとすごいっていうか見てるこっちが恥ずかしくなるっていうか……流石はこのキュートに全振りしてる店が売り出しているモノだと納得してしまう。

 

 その並んでいるモノすべてが可愛らしいデザインでほとんどが異性を魅了するかのような際どいものが多かった。もはや可愛らしさに振り切れすぎていかがわしいレベル。

 

 ――なんで人に見られないような下着にそこまでお洒落を求めるのか。いまいちピンとこない。俺は今からこんなのを着るのか……と、そんな圧巻な景色を一望していると坂橋さんが淡々とした声で話しかけてきた。

 

「今回は全身コーディネート学割プランということで、下着とお洋服と靴、美容室付きの豪華なプランです。この坂橋がノアちゃんにとっても似合う服を厳選させていただき、可愛らしく着飾って差し上げます!」

「あ、あー、べ、別に下着はいいですよ! てきとーな服と散髪ぐらいで――」

 

「ダメですよノアさん! せっかく見た目がいいのに!」

「そうですよー、こんなきれいな金髪持ってるのに! 女の子は下着からお洒落しないと」

 

 断ろうとしたが――ぐぬぅ、二人の圧が凄い……どうやら逃げれそうにない。言っても無駄だろうから抵抗はせずにさりげなく健全なものを選ばれるように立ちまわった方が良さそうだ。そんな無難なモノがここにあればいいけど。

 

 下着コーナーに入って背徳感が襲い掛かってくるなか、不安がこもった目で売られているモノを見る。なんか蝶がらのやべーやつ。紐みたいなやべーやつ。まともだと思ったけど派手でやべーやつ。んー、無さそうだな! あーちくしょうめ!

 

 心の叫び虚しく俺は流されるかのようにさらにさらにと下着のジャングルへと連れていかれる。進むたびに派手になっていく商品を目にするたびに勝負下着でも買いに来たのかと錯覚してしまうかのような心境。心なしか子供になった俺にこんなモノを着せようかとする彼女ら二人が悪魔のように見えた。

 

 無論、俺がなんと言おうと悪魔の談笑は続く――

 

「ねぇー、坂橋さん? これとか似合いそーじゃない?」

「んー、ノアちゃんは外人さんのハーフらしく脚がすらっとしてるからもっとぴっちりくるヤツとか似合うと思うよ?」

 

「……んー、じゃあこれ?」

「あ、そうそう、でも、もうちょっと布面積が少なくてもいいかも。なるべくスタイルは協調させていきたいですから――最悪、Tバックみたいのでも……」

 

「……!?」

 

 とんでもない単語が聞こえてくる。流石にこのまま黙っていたら不味い。なんとかして干渉しないと……!

 

「あ、ああ! 自分、こういうの着てみたいです!! どうですかっ!?」

 

 二人の間に割り込むようにして必死に突撃していく。もちろん選んだのはその場しのぎの適当なモノ。白色で派手だけどブラ、パンツともに布面積諸々まだ許容範囲。こいつらが選んだとんでも品みたいなやつよりは百倍マシだ。

 

 俺は彼女らに選んだモノを渡すと坂橋さんがそれをまじまじと見つめる。

 

「……ノアちゃん、なんでこれがいいの?」

「えっと、ほら、自分って胸とかは小さいし子供っぽいからまだそんなに派手なのは――」

 

「そんなことないよ。ノアちゃんはたぶんこれからどんどんスタイル良くなっていくと思うよ? 目視だけど脚は長くてポテンシャルはばっちりだし、現時点での体系でもちょっと大人っぽいヤツを選んだら同年代の子より数段は映えると思うけど」

 

「で、でも、ほら、学校であんまりは、派手なのは着れな――」

「大丈夫、学校のは別のに買いますから! 普段は派手でも大丈夫ですよ!」

 

「あ、亜里沙っ! お、おまっ!」

 

 せっかくいい言い訳を考えたのに馬鹿な後輩のせいで――くそっ! あとで覚えてろよ……! 昼飯はこいつの嫌いなセロリを食わせてやる。

 

 心の中で復習を誓うが唯一の突破口を潰されてしまいどうにもならない。現に坂橋さんは満足そうな顔をするとそこら辺にあった下着をどんどんと手に取っていく。

 

「ふふっ、だったら何着か選びますね。悪いようにはしませんよ?」

「――あんまり恥ずかしいのはやめてください……ね?」

 

 俺がそう言うと坂橋さんはスマイルを崩さずに紐みたいな何かをを持っていたかごに躊躇なく入れた。



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ミニスカートって下着を見えそうで怖いよね?

「ノアちゃん! 着替え終わったー?」

「は、はい! ちょうど今終わりました!」

 

 試着室のカーテン越しから聞こえてくる坂橋さんに対してそう返事を返した。軽々とした彼女の声とは裏腹にここ試着室では重々しい空気が流れている。

 

 ――くそ、こんな格好を公衆の面前んで晒すのかよ……!

 

 羞恥心に塗れた自分の瞳をおそるおそる目の前の鏡に向ける。

 

 そこに移るのはさっきとは違う学生服を着ていない自分の姿――うるうると宝石のような青い瞳を揺らして鏡の中にいる金髪の女の子。

 

 白を基調としたフリフリがたくさんついた洋服を身に着けていて、胸元には大きなリボンがありゴスロリチックなそのデザインが俺の目に焼き付けられる。

 

 スカートの丈は完全にミニスカと言っても差し支えないレベルで太ももが大きく露出している。少し風がいたずらしたらこの布一枚下にあるあの下着が丸見えになると考えるとゾッとする。

 

 ――そう、このスカートの下にある“あの下着”がもしも見られてしまうと……

 

 頭の中でそのことを想像し――鏡の中の目の前の少女はカッと顔を真っ赤に染め上げて青い目を自分の下半身に向けて自身の姿を見てたじろぐ。

 

 恥じらいながらもじもじと足をくねくねとする仕草は露出した太ももあってか、異性だけではなく同性の女性すら目をがっちりとくぎ付けにできるほどの扇情的な魔力があった。

 

 例えば、恥ずかしいスカートから伸びるスラっとしているが、同時にふっくらと程よく肉が付いているまるびを帯びた女の子らしい脚とか、ニーハイソックスを履いているため強調される一部分露出した太もも――いわゆる絶対領域のところとか。

 

 まあ、結論……とにかく今の俺はとてつもなく魅力的な女の子になってしまったということだ。

 

 はっきりというと本当に可愛いし似合ってるし、坂橋さんも本当にコーディネートのプロだということはこの姿をみればよく分かる。今の俺も正直言うと好みのタイプではある。

 

 でもなあ、これ……実は中身は男の俺なんだぜ? そこが非常に残念というか、自分がやるとこんなに恥ずかしいというか……えっと、その、まあ、何が何だか分からない。

 

 とにかく変な気分になるとだけ言っておこう――……と、まあ、何はともあれこれで着替えは終わったので坂橋さんに今度は散髪して貰うことになるのだけどいったいどんな髪型にされるのか……

 

 ツインテール? それともパーマとかかけられてウェーブロング? お姫様みたいな姫カット? あえてざっくりと切り払ってショートとか? 三つ編みとか? ちょっと考えるだけでもこれだけある。

 

 ああ、いったいどんな髪型にされるのか……ふふ、楽しみ――って、俺はいったい何を!? いやいや、髪型のことでこんな――……いろいろありすぎて変になってしまったのか俺?

 

 突如、湧き上がってくる謎の喜びの感情。髪型なんかにこれっぽっちの感情も抱いていなかったはずなのになんで……?

 

 変な感情。思わずわしゃわしゃと髪の毛を掻き毟る。金髪の長髪が視界の中で揺れ動き照明の光を反射して輝く。体と心のギャップで揺れ動きざわめく自分に対して試着室は静寂で静か。

 

 まるで気持ち悪さを覚えるほどのその楽しいという感情。なんでこんなことを思ってしまったのか? そんな疑問を考えようとは思ったが時間と人間は待ってはくれない。

 

「ノアちゃん! どうしたのー? 遅いよー?」

「――あ! すいません! 今出ます!!」

 

 パッと彼女の声で現実に引き戻されると脱ぎ散らかした服を回収する。

 

 制服を拾い上げて、スカートを拾い上げて、現在俺が履いている下着とは打って変わって地味なデザインのパンツを拾い上げ――外界と隔ていていた赤い色のカーテンを勢いよく開けて外に出る。

 

 明るい店内の光とともに亜里沙と坂橋さんの姿が目の中に飛び込んでくる。二人とも俺の姿を見るなり輝かしい太陽なような笑みを見せた。

 

「ああー! ほらほら!! すっごく似合ってない?」

「ノアちゃん可愛いー! 私の目に狂いはなかったわ!! ねっ、こっち向いて!」

 

 俺の姿を見て喜び笑う亜里沙と坂橋さん。二人は気づいていないかもしれないけど大声で騒いだせいで他のお客さんや店員さんの注目も集めてしまい少し見られていて恥ずかしい。

 

 男でミニスカの姿を晒すなんて――うぐぅ、大切なモノを失ってしまった気がする。頼むから二人とも子供みたいにキャッキャッ言うのはやめてくれ。ホント恥ずかしい……もう。

 

 思わず二人から目を反らして明後日の方角を見る。誰もいない床のシミをジーっと。その不自然で恥ずかしがってる姿を見た亜里沙はツンツンと俺の脇腹を突く。

 

「ノアさん~? もしかして恥ずかしんですか?」

「あ、当たり前だろ! こ、こんな服……人前なんかに……」

 

「えー、でも、ノアさんって私にこういう格好してって昔よく言ってましたよねー? 好きじゃなかったんですかぁ?」

「し、してもらうと自分がやるのとは違うだろっ! ったく……」

 

 ここぞとばかりに挑発してくる後輩を鋭い目つきで睨みつける。

 

 しかし、彼女はそんなのは全く効きませんと言いたいかのようにクスクスと女の子特有の笑い声を聞かせてくる。ここが店ではなかったらいろいろと文句を言いたかったがこれ以上は坂橋さんもいるのでやめた。

 

 俺自身も女々しい姿を晒したくなかったので熱い感情を押さえつけるかのようにして押し殺すと平然を装う。醜態を隠せているのかは分からないけど赤くしているよりかはマシなはずだ。

 

「じゃあ、今度は髪の毛切るからこっちに来てくれる?」

「は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 手招きしてくる彼女に対して改めて挨拶を交わすと今度はお店の美容院へと足を向ける。

 

 亜里沙とはここで一度お別れとなり俺たち二人で向かうこととなった。移動中にいろいろと坂橋さんと会話を交わしたがこれといって普通の世間話の範疇を出ることはなかった。

 

 ただ、どんな髪型にするのかと聞いた時に「ふふ、とっても可愛く」と答えられた際には、いったいどうなるものかとこのあとのことを心配せずにはいられなかった。

 

 ――まあ、彼女のことだからあんまり変なのにはしないだろう。それがこの服装みたいに注目を浴びるかどうかの問題は抜きにして。正直、ここまで来たのならばっちり仕上げて欲しい気もする。

 

 歩き動くミニスカートからスラっと伸びる奇麗な足を眼前にそんなことを考えていると目的の場所に着いた。ここもたくさん若い女の人がいて店員さんたちが忙しそうに働いていた。

 

「――えっと、ノアちゃんは一番奥のあの席に座ってくれる?」

「分かりました」

 

 坂橋さんにそう言われると奥の方――お店側から見て一番右手にある席に座る。坂橋さんとは散髪するための道具を取りに行ったためしばしのお別れ。

 

 一人取り残された俺はスタッフと他のお客さんの注目に晒されながら指定した席に向かう。黒色の座席に座ると目の前の大きな鏡にミニスカ姿の可愛らしい金髪の女の子が写った。

 

 さっき試着室で見た通りの服装だが……スカートが短いせいで股を閉じて座らないと下着が見えてしまいそうだ。もう、男の俺がこんなことに気を使わないといけないなんて……ちくしょう!

 

 女の子との大変さを身に染みて感じつつぎゅっと内股になる。これからはパンチラの危機にも怯えないといけなきゃと――ちょうど今後のことを考えていたその時だった。

 

「あらあら、なんて可愛らしい子なの……!」

 

 突然、見知らぬ人の声が隣から聞こえてくる。左の方を見るとパーマを掛けている二十代ぐらい――俺や亜里沙よりも少し年上ぐらいの黒髪の女の人が俺のことをぼーっとした表情で見ていた。

 

 ――か、可愛いって……さっきも言われたけど赤の他人にそう言われると少し嬉しい気もするな。ま、まあ、とりあえず――

 

「えっと、その、ありがとうございます……」

「ふふ、どういたしまして! ――えっと、貴女ってもしかしてハーフで合ってる?」

 

「えっ、なんで分かったんですか?」

 

 一発で日本人とドイツ人の混血であることを見破られて驚く。男の時もそうだったが俺は日本人よりもドイツ人の遺伝子が強く出ていて青目で金髪。よく純血だと言われてきたのに。

 

 驚いて呆気にとられている俺に対し、彼女は白い歯を見せてニヤリと笑った。

 

「ふっ、実は私、ちょっとそういう仕事してて分かっちゃうのよ!」

「へー、どんな仕事をしてるんですか?」

 

「貴女みたいなハーフの女の子をたくさん見る仕事よ。でも、こんなに綺麗で可愛らしい子は初めてかもしれないわぁ。ぜひ、うちに来て欲しいわっ……!!」

「……? 来てほしいってどこにですか?」

 

 素朴に疑問を返すと彼女は溢れて抑えきれないのか、人前だというのに子供のような幼いような笑顔を俺に晒す。いったい、どうしたんだこの人? 変な人なのか……?

 

 さっきとは別の驚きだが彼女はお構いなしに変なことを口走る。

 

「――ああ、いけないいけない! ごめん、ふふ、ちょっとまさかこんなところで見つけられて――私もう――だめだめ、この子はまだ入るって決めてないじゃないの! ああ、でも、この子が来てくれたら本当に――」

「だ、大丈夫?」

 

「う、ん? あ、ああ、ごめん! えっと、名前教えてもらってもいい?」

「え、な、名前? なん――」

 

「こらー! 店内での勧誘はうちではお断りですよ!!」

 

 名前を教える間もなく会話は打ち切られた。乱入者は戻ってきた坂橋さんだった。霧吹きを持って散髪用具を身に着けとなりにいた女性を見下すように睨みつけていた。

 

「か、勧誘? それってどういうことですか?」

 

 状況を呑み込めないが坂橋さんにそう尋ねた……

 



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スカウトされちゃった!

「あー、この人ね。アイドルマネージャーなの」

「アイドルマネージャー? アイドルって……あの?」

 

 頭の中でよくあるアイドル像を思い浮かべる。キラキラのステージで歌い踊る美少女たちに観客たちの熱気と声援。

 

 俺も音楽家としてステージによく立つが同じステージで発表する俺たちとは違った存在。

 

 そのステージを作っている関係者が目の前にいるなんて……さっきと違い彼女が変な人ではなく立派な人に見えた。一音楽家としてはとても興味があるしステージを作る人間に悪い人はいないと思っている。

 

 くぅー! そんな人と話せるチャンスがくるなんて。目の前の鏡の中にいる金髪の少女の宝石のような青い目がよりいっそう輝きを増した。

 

「あ、あの! よければアイドルマネージャーの仕事についていろいろ教えてくれませんか!?」

「え? もしかしたら結構食いつきがいい……?」

 

「はい! 俺、音楽好きなんですっごく興味があります!!」

「は、はぁ……」

 

 パーマの女性は口をあんぐりと開けて驚いている。後ろにいた坂橋さんも急に豹変した俺を見て驚きを隠せずにいた。

 

「ま、まあいっか! この子が乗り気なら簡単に勧誘できそうだし」

「こら~、それとこれとは話は別よ。お仕事のお話をするだけならいいけど、ここでビジネスの話はやめてよね?」

 

「分かりましたー、えっと、アイドルマネージャーの話だっけ? いいよ、たくさん教えてあげる!」

「ありがとうございます!!」

 

 笑顔でそう言う彼女に対して晴れやかにお礼を述べた。やった! こういうのは現場で働く人に聞くのが一番ためなるからな。ラッキー!

 

 どんな話を聞けるのか楽しみで胸が膨らんだ俺は彼女に耳を傾ける。坂橋さんが俺にエプロンをかけ同時に散髪をしながらの雑談会になった。

 

 彼女――青木さんの話はどれもが面白そうで楽しそうで興味の泉が湧き上がってくるかのように俺はアイドル話にのめり込んでしまっていた。

 

 裏方の仕事。アイドルの練習や曲の決め方に踊りといった振り付けはどうやって作っているのか。

 

 普段なら聞きようのない裏の裏のまで……今日、ここまで来てどれほど良かったと感じたか。子供心を思い出したかのように素直に聞き込んでいく俺に対して青木さんのトークはより激しさを増していく。

 

「もう、完全に私が入る余地ないじゃないの……」

 

 髪の毛を切っていた坂橋さんがしょんぼりとしながらそう言った。途中までならなんとなくでついてこれた彼女だったが俺と青木さんの話が深くなればなるほど会話に参加する機会がなくなりついには二人だけの話になってしまった。

 

 ついには青木さんがパーマを掛け終わったのにも関わらず、別のお客さんに席を譲った彼女は立ち話をしてでも俺たち二人の話は続き――……

 

「へぇ~、音楽プロデューサーってそんな風に曲を作っていたんですかー!」

「うんうん、普段はあんなにどんくさいのに曲を作るときはホントに凄いのよ? グループのこととかを精密に細かく分析してその子にあった曲をそりゃあ完璧に作っちゃうんだから!」

 

「グループってアイドルのですよね?」

「うん、アイドルはチームプレイだからその子のってよりもグループで作るってのが定跡よ?」

 

「なるほど~そうなんですかー? ……あっ、そういえば青木さんってマネージャーなんですよね!? どんなユニットのマネージャーなんですか? 有名だったりするんですか?」

「え? えー、あのー、その……へへへ、ちょっと困ったなぁ……」

 

「……? どうしたんですか?」

 

 ここに来て表情に曇りを見せた彼女。いったいどうしたんだろうか? 言いにくいことなのか? 疑問に思っているとずっと口を閉じていた坂橋さんが突然口を開く。

 

「えーと、青木さん、言いにくいのなら私からノアちゃんに私から教えてあげてもいい?」

「あはは、いいですよ。ここまで聞いてくれたんですから……」

 

「分かったわ。あのね、よく聞いてね? 実は青木さんの担当ユニット……解散の危機なのよ」

「――え?」

 

 言いづらいことだからネガティブなことだとは予想していたがそこまでだったとは……

 

 こっちの業界でも成功する人もいれば成功しないで終わっていく人もいる。よく音楽を目指す人間は山のようにいるがその道のりは思ったよりも険しいのだ。

 

 なぜなら、演奏家などもそうだが音楽というのはとってもお金がかかる。いろんな意味でだ。

 

 例えば今の俺が音楽家になれなかったらどうなってただろうか……? 

 

 俺も小さいころからたくさんのことをしてきた。お金もかけてきた。でも、失敗して落ちればそのかけてきた時間やお金は水泡となる。考えただけでもぞっとする……

 

「あ、あのぅ……それって結構やばい感じですか? 何とかなりそうな感じですか……?」

 

 俺は恐る恐る彼女にどの程度のモノかと尋ねてみる。すると、心配を掛けたくないのか、見るのが痛々しいほどの作り笑いを浮かべると。

 

「ちょっと、ピンチかも? ハハハ、抜けちゃう子もいるし、やめる子もいるし、スポンサーも離れちゃうし……」

「それってやばいじゃないですかっ!? どうするんですか……?」

 

「う、うん、なんとか今は社長のおかげでもってる――でも、五人中二人しか残ってないから新しい子探してて――……こういうこと」

「あ、あー、だからかぁ……」

 

 彼女にそう言われてやっと理解できた。なぜ、しつこく勧誘を行っているのか? その理由がやっと繋がった。

 

「んで、ノアちゃんどうかな?」

「え? 何がです?」

 

「ほ、ほら! ここまで来たら分かるでしょ?」

「え? えー? 分かりますけど……う、う~ん……」

 

 青木さんから羨望の眼差しで見つめられる。改めてこうしてスカウトされると……ど、どーしよ?

 

「お願いっ! ノアちゃんなら絶対にいける! だから――」

「で、でも、自分は……」

 

「お願い! みんな本当にいい子なの! 私、あの子たちのこと助けてあげたいの! だからーー」

 

「はーいはーい! 話はそこまで!! 続きはお店の外でやってね? ……青木さんも気持ちは分かるけど、ノアちゃんは中学生よ? 子供なんだから混乱しちゃうわよ?」

 

「ぐぬぅ、分かりました……! えっと、ノアさん!!」

「は、はい!!」

 

 急に大声で名前を呼ばれて驚いてしまう。鏡の中には綺麗に整えられたミディアムロングの髪型をした金髪の子がびっくりしている様子が――あー、いつの間にか終わってたのか……って、今はそんな場合じゃないな……!

 

 散髪が終わったことを確認すると椅子から降りて青木さんと向き合う。

 

「これ! 私の連絡先です! よければ連絡してください!! 助けてください! お願いします!!」

「りょ、了解しました……!」

 

 電話番号とメールアドレスが書いてある紙を受け取る。俺が受け取ったのを見ると青木さんは「それでは!」と、風のようにこの場から去っていた。

 

 そんな彼女の背中を見守って呆然と立ち尽くしていると坂橋さんが切った髪の毛を片付けながら呟くように話す。

 

「まー、あの子もチームを守りたいって想いがあるから悪く思わないであげて」

「は、はい、分かってます……」

 

 彼女にそう言い返すとこのお店で起きた騒動は終わりを告げた。

 

 

 

「――という話をさっきしてたんだけど、どう思う?」

「いきなりですね。普段なら私もノアさんがしたいっていうのなら止めませんけど、状況が状況ですからねぇ……」

 

 亜里沙はしかめっ面をしながらそう答える。

 

 あれから店をあとにした俺たちは次の目的の場所へと進みながら先ほどまでの話で盛り上がっていた。

 

 春の並木を歩いて心地よく温かい空気のはずなのにスカートに入ってくる風はなんだか冷たく感じられる。通行人にもじろじろ見られるし疲れるわ。

 

 心に何かが突っかかる感覚を抱えつつ春の青空の下で会話を続ける。

 

「今はこんな体になってしまったから休止中――ってことになってるんだよな?」

「はい、今はそういうことになってますね。もちろん早く治すように原因究明に全力を尽くせと言われてますが」

 

「治せって……一般の医者はこんなのに対応できるのか?」

「でき――ないと思いますよねー、まあ、私は一生ノアさんがこのままでもいいと思いますけど?」

 

「縁起が悪いこと言うなよ。さっきから通行人にチラチラ見られてて疲れるんだけど?」

 

 見世物を見るかのようにこちらを見てくる通行人に対して目をやると亜里沙もその人を見る。主に男性中心で俺をなめるような視線で見てくる。きっと、風のいたずらで俺が卑猥な姿を晒さないかとかでも考えてるんだろ? 野郎どもが……ちくしょう。

 

「ふふ、モテモテですね。アイドルもまんざら悪くないんじゃないんですか?」

「ふざけんな。アイドルはいいとしてこんなのは認めんぞ」

 

「えー、アイドルはいいんですか?」

「ま、まあな、ちょっとどんなのか興味あったし」

 

「ふ~ん、それってそのユニットを助けたいって意味で? それとも音楽好きっていう意味で?」

「……両方」

 

「ふふふ、ノアさんらしいですね。でも、無理かもしれませんよ?」

「――でも、聞いてみないと分からないだろ?」

 

「そうですね。とりあえずは性転換した原因……それを見つけてからですね!」

 

 亜里沙がそう言うと俺たちはとある場所へと向かった……



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天才音楽家、病院に行く
赤毛の女医


 

 病気にかかってそれを治すために向かうところ。つまり、病院に俺は亜里沙と二人でやって来たのだけど本当に大丈夫なのか? そんな心配事で胸がいっぱいだった。

 

 保険証もないし自分の身元を保証するモノは一切ない。完全に今の俺は無戸籍という状態であり十分な医療を受けられるのか本当に心配だった。てか、女になるって本当に病気という類なのか?

 

 もしかしたら、ろくに取り合っても貰えずに追い出されたりとか? なんとか医者に診てもらうことは成功したけど“自分が男だと思い込んでいる女”として処理されたりなんてことも。

 

 ドイツの方が診断書をもらって来い。そして、証明しなければサボりで晒し首にするっていうからここに来たが……憂鬱だ。いざ、こうして待合室で待っているとどんな診断を受けるのか不安だ。

 

 膝に置いてある両手に自然と力が入る。その下には丸くて大きな白い太ももにミニスカート。

 

 現実は何も変わらない。時間も過ぎていく――ちらりとコンクリートの柱にかかっているアナログ時計に目をやる。こういう時って時間は遅く感じるよな。まだ、ここに来てから三十分も経っていない。

 

 横を見れば長い廊下に淡々と並べられている長椅子。その椅子の前には診察室がずらりと向き合うように設置してある。扉の前には番号が書いてあり一から十番まで、呼ばれ次第そのどれかに入る。

 

 いったい、何番に入れと言われるのか? 周りの人たちは次々と呼ばれているがなんか妙に俺は呼ばれない。やっぱり、保険証も身分も証明できないから後回しとか……? 絶望的だろくそー!

 

「……はぁ、もうだめだぁ……」

 

 塩対応確定。亜里沙がいたらまだ心細くなかったけど、アイツはなんか他のところに呼ばれて飛び出していった。何か重大な病気を宣告される前みたいな気分だよ。ちくしょう。

 

 そもそも、どう考えても治療法なんて無さそうだし、ノアちゃんのまま生きていくことだって覚悟せねば。ははは、プロ音楽家の最後は女の子になるってか? うぅ、嫌だぁ……

 

「――姫川さーん! 姫川さんは居ますか?!」

「……は、はい!!」

 

 一人で落ち込んでいたところ名前を呼ばれる。廊下の奥……ちょうど長椅子が置かれなくなり階段を上って別の階に移動する場所。そこから彼女の声は聞こえてきた。

 

「あれ? あそこって診察室なかったはず?」

 

 変な違和感を覚える。診察室から出てきてないってことは奥に見えるナースさんは階段か廊下の突き当りにある非常口から出てきたことになるんだけど。もしかしたら、俺だけ別の階……?

 

「……? 外人のお嬢ちゃん、いかないのかい?」

「あ、ああ、すいません……!」

 

 ボーっとしているととなり座っていたおじいちゃんにそう言われてやっと行動に移した。席を立ち外見ゆえに周りの視線を集めてしまうのでそれに耐え、ナースさんの元へとスタスタと移動した。

 

姫川望愛(ひめかわのあ)さん……? で、あってますよね?」

「は、はい! こう見えても日本人なんです! 驚きました?」

 

「はい、びっくりしました……ハーフの方なんですか?」

「お母さんがドイツ人なんですよ。ドイツ語だってもちろんいけますよ?」

 

「へぇ~、金髪で可愛らしいし憧れちゃうわぁ。ずいぶん国際的な子たちがこの病気ねぇ……

 

 ――……それにしても男の子で望愛って……ずいぶん可愛らしい名前なのねー」

 

「――ッ!? な、なんで俺のこと……?」

 

 驚きとともに背中をぞわぞわと蛇が這うかのような嫌悪感が襲う。なんでこの人、男ということを知って……いやいや、ええっ!? どうして……はぁ!?

 

「ふふ、驚いているみたいね。詳しことは春先生に――いくよ、着いてきてね?」

 

 そう言うとクルリと背中を向けると会談へと向かって歩き出す。驚きのさなかにいる俺は返事を返すこともできずに無言のまま彼女についていく。

 

 階段を一段、一段と上って二階へと出る。そこはつくり的には一階と同じだったが下のよりか廊下は長く、彼女が歩いていくその先の奥の方にポツンと何も書かれていない扉があった。

 

 暗い廊下にただ一つだけ灯されたランプの下にある部屋。ちょっと不気味で二人で歩いているとはいえここは少し怖いところに思えた。すれ違いざまに小さな窓を覗くと外は雨が降っていた。

 

「着きました。中へどうぞ……」

 

 そういうとスライド式のドアを開けて俺を招き入れてくれる。どうやら彼女は中に入らないらしくここでお別れとなった。

 

 なんで俺だけ違うところなのか? ここは何の部屋なのか? 不安だらけだったが彼女が言った言葉の理由。知りたいことも同時にたくさんあったので引き返すわけにも行けないし、もしかしたら治療方法があるかもしれない。そんな期待を胸に中に入る。

 

「ふふ、来たわね。今月で貴女を含めて二人目よ~、いったい何が起きてるのかしら?」

 

 室内に入ると同時にそんな声が俺を出迎えてくれた。中はいたって普通の診察室。荷物を入れるカゴに寝台、先生が座る机とレントゲンを貼るホワイトボードみたいなヤツ。

 

 俺は手荷物は特に持ってはいなかったで先生に向かい合うように置いてあった黒い椅子に腰かける。彼女――眼鏡を掛けたぼさぼさの赤毛にダボダボの白衣を着た女医がそこにいた。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 俺は少し戸惑いながら彼女に頭を下げた。人は見かけで判断したらいけないって分かってるけどこの人はなんだか医者っぽくないっていうか……見ただけで不思議と分かる変な人だった。

 

「うんうん、えーっと、姫川望愛さんだったけ?」

「はい、そうです」

 

「ふ~ん、望愛くんって呼べばいい? もしかしたら望愛ちゃんにもうなっちゃったぁ?」

「なるって……どういうことですか?」

 

「ん、そのままの意味だよぉ。そんな服着てたら女の子になっちゃったのかと思ってねー」

「なってませんって、これは、その……不可抗力というか……その」

 

「ふ~~~ん、じゃあ、まだ、男の子ってことで望愛くんって呼ぶねー?」

「…………はい」

 

 なんだよこの人は。喋り方も変だし、テンションも若干おかしい……いや、結構おかしい。でも、表情はずっと真顔のままだ。なに、この人……?

 

「ふふ、変な人過ぎてびっくりしてるって表情だねぇ?」

「そ、そんなことないですよ?」

 

「ううん、私にはわかるよー? 気を使わなくてもいいからね?」

「使ってませんって」

 

「あらあら、そうなのー? 優しいのね――まあ、いいわ。そろそろ本題に入りましょうかぁ。貴方がどうして変わってしまったのか……その理由を教えるわぁ」

 

 彼女はそう言うとそばにあった机の上からA4サイズの紙の束を手に取ると気だるそうな眼付きのままぺらぺらと紙をめくっていく。五枚ほどめくったところでピタリと手を止めると「えーと」と呟きながら指先で紙を表面をなぞっていく。

 

「……んー、君のかかった病気は間違いなく少女化症候群。突如男性が少女へと変身してしまう病気。DNA単位での変化が見られて臓器含めて細胞単位の若返りも確認されている……日本国、いや世界からごく少数だけど報告がある立派な病気よ」

「ということは、自分以外にも患者がいるってことですか?」

 

「いるわよぉ、しかも――っと、まあ、それはまたあとの話ってことでぇ。話を戻すけどさっき貴方の連れの人から聞いた証言と照らし合わせるとこの病気で間違いないってことは確実ねぇ」

「え? 亜里沙がここに来てたんですか?」

 

「ん、正確に言うと私が会ったんじゃなくてさっきここに来たナースの子が話したんだけどねぇ。その亜里沙っていう子にはいろいろ聞いたあとに悪いけど先に帰ってもらったわぁ」

「帰った? ど、どうして俺に黙っ――」

 

「私がそう頼んだのよぉ。慎重に進めないといけないこともあるし、それに貴女は()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから……」



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少女化症候群

 ニタニタと気味の悪い悪魔のような笑みを浮かべる彼女。明確に室内の空気がさっきとは違ったものになり不気味で恐ろしく思える空気が漂っていた。

 

「……ど、どういうことですか? 帰れないって……」

 

 細々としたか弱く震えた少女の声が自分の口から発せられる。背中にはまるで脊髄を舐められたかのような悪寒が走り、俺の顔はおそらく恐怖で引きつっていただろう。

 

 怯えた女の子が不安な姿でそこにいたら普通はなだめようとしたり怖がらせないようにするだろう。しかし、目の前の真っ赤な目を持つ赤毛の女性は違った。

 

「そうよ。貴方はもう二度と外には出れない。この病気の人間は人権が無くなったも同然。もう、姫川望愛という人間は私の所持物。被検体も同然なんだからぁ……」

 

 真っ黒な泥のような笑みを見せる。医者としてこれはどうなのか? なんと彼女は恐怖を煽るかのように恐ろしい表情を浮かべて急き立てるように話しかけてきた。

 

「はぁ? 被検体? もう、からかうのはやめてください! ふざけないでください!」

「ふざけてなんかないわよ? 本当のことよぉ、この病気の患者の末路はこうなるっていうことは」

 

「末路? それを治すためにここに……」

「治すねぇ……結構なことだけどぉ、残念だけど治らないわよぉ? せめてもだけど医学の発展のためにその命――私に預けてくれないかしら?」

 

「ほ、本気で何を……? 命とか発展とか……正気なんですかっ?」

 

 訳の分からないマッドサイエンティストみたいなことを口走る彼女に対して怒声が混じった声をぶつける。だが、彼女は小娘がいくら吠えようが無駄だと言わんばかりに微動だとしない。

 

 椅子の背もたれに深く背中を預け、机に頬杖つき、赤い目がこちらをジッと見つめていた。まるで待ちに待った獲物が来た。そんな眼が自分に向けられている。

 

「ふふっ、悪く思わないでねぇ――……だって、これは仕方のない犠牲なんだからぁ」

「……さっきから犠牲だとかいったい何なんですか?」

 

「そのままの意味。よく考えてごらんなさい? この病気のことを……細胞レベルでの若返りに完全なる性転換――人類がまだ到達できていないことを二つもこなせる病気。これにかかった子を解剖とかしたら医学が発展したりとか思わないのぉ?」

「思いません! 仮に本当に医学が発展するとしても人を踏みにじるような方法は――」

 

「残念だけど認められるのよぉ? 実際にこの患者は高額で海外では取引されてるのぉ。お金の塊みたいなモノなの。だって体を調べればすごいことが分かるかもしれないからねぇ。元凶のウイルスだったりDNAだったりが観測されるかもしれないし……生きてれば数億、死体でも何千、目とか手でも――」

「も、もうやめてください! ほ、本当にお前――お前たちは人間なんですかっ? 人の命を何だと思ってるんですか……?」

 

「そうねぇ、かけがえのないモノだけどぉ……治療法や医学の発展にとっては仕方のない犠牲。現に何人かは手術台に寝っ転がったのよ? そして、私はそれを切ったのぉ……フフフ」

「――ッ!?」

 

 驚きのあまり声が出なかった。なぜならコイツはこんなことをしているのに心の底から笑っていたから。比喩とかそんなものを抜きにして本当に悪魔だ。どのみちここにいたら本当に命すら危うい。

 

 ――じゃあ、俺にできることとしたら逃げること。なんとか警察とかに逃げないと……!

 

「――ッ!」

「あら……?」

 

 室内に椅子が倒れてガシャン! という音が響く。身の危険を感じた俺はこの部屋から逃げようと入ってきた扉の方へと向かって全力で向かう。

 

 どうして病院ぐるみでこんなことをしているのか? 自分の思ったより大変な事態になってしまった――そんな後悔とどうして自分なんだッ!? という想いを噛み締める。亜里沙も心配だ。ここから出たらアイツの顔を見たい。もしかしたら、アイツも無事じゃないかもしれない。

 

 軽はずみで起きたこの事件。ここに来なければ巻き込まれることはなかった。

 

 ――だが、もう全てが遅かった。もっと想像力を働かせて自分でこの病気を調べるなりなんなりをすれば良かった。敵のど真ん中にいて逃げられるはずがなかったのだ。

 

 ――ゆえに脱出ルートなんて塞がれていたのだ。現実は開かない扉を俺に示してきた。

 

「あ、開かないっ……! くそっ!!」

「無駄よぉ♪ 逃げられるわけないじゃん?」

 

「く、来るなッ!? こ、こんなことをして許されると思うなっ!」

 

 もう隠す気もない男口調で彼女に対して叫ぶ。刃物のように鋭く彼女を睨みつけるが悪魔は止まらない。こうなったら力ずくでもここから逃げる。

 

「う、うおおおおおっ!」

「……あらあら? 血の気の多いことねぇ」

 

 扉に背を向けて悪魔と対面すると握りこぶしを作って殴りかかる。狙うは顔面の鼻の頭――男の頃の巨体とそこから繰り出されるパンチなら倒すことができたかもしれない――が、今は違う。

 

「――よっと、女の子がそんなことしちゃいけないよぉ?」

「っ! は、離せッ!!」

 

 情けないことに軽くハエをあしらうかのように受け止められてしまい、逆に彼女に腕をつかまれてそのまま羽交い絞めにされてしまう。こうして密着すると体格の差が大きく最初からかなわない相手だったとひしひしと感じられる。

 

「ふふ、気持ちは十分だけどぉ、十代前半の女の子腕力じゃあ私には勝てないわぁ」

「ん、んっ! 痛いっ!! くそっ! 離せッ!」

 

 体をぶんぶんと振り回したり、足に力を入れて抜け出そうとしてもびくともしない。体格に差がありすぎる。子犬がライオンに喧嘩をしているようなものだ。勝負にもならない。

 

 死の恐怖。理不尽な現実。亜里沙の心配。ついにはそれを醜い声にして叫ぶしかなかった。それも虚しく部屋に響くだけだ。ついには暴れ疲れて体に力が入らなくなってくる。

 

「はぁ……はぁ……離してくれ」

「嫌だよぉ♪ ――それに警察とかに逃げたとしても無駄よ? グルだからねぇ……貴女は終わりよ」

 

「ふ、ふざけるなぁ! こ、こんなの認めないッ!!」

「はいはい、次は研究所で会いましょうねぇ? ――……じゃあ、眠らせろ!」

 

 さっきまではふわふわと態度を一貫していた彼女だが急変し口調が厳しいものへと変わる。

 

 命令を聞いてかあれほど開かなかった扉はあっさりと開き、そこから何やら布切れを持ったナースが部屋に入ってくる。俺のぐったりとした体を入ってきた彼女に向けるとハンカチを俺の口にあてがう。

 

「――ごめんね」

「…………」

 

 抵抗しようとしたが無駄だと悟った俺はそれを受け入れた。何かの薬品なのだろうか? 甘い匂いがする。なんのにおいだろ? わからない……もう、お、おれ……だ……め。

 

 すぅーっと蝋燭が消えるかのように意識が無くなる。最後に聞こえたのは――

 

「オーケー、あとはあの子と同じ地下に運んでおけ――絶対に見――な! DNA検査――を――」

 

 ……という途切れ途切れのセリフのみだった。

 

 

 ――何か音が聞こえる。ぺらぺら……ぺらぺら……と、これは紙をめくる音? 誰か本でも読んでいるのだろうか。目を開けたいけどまぶたが若干重い感じがする。

 

「――ん――うっ……」

 

 音が気になり重い石を持ち上げるような感じで目を開ける。光――真っ暗だった視界に電気の白い明りが目に入ってくる。見慣れない天井だ。

 

 どうやらどこかに寝かされている様子。感覚的にはベットかな? 暖かくて気持ちいい。それにしても、俺、どうしてたんだっけ……?

 

「おっ? お目覚めかー? へぇ~目は青色なのかぁ」

「……だれぇ?」

 

 寝ぼけているのか変にぼやけた声を出してしまう。光が眩しくて見えにくかったけどよく周りを見ると黒い影がどんどんと鮮明になっていって――それが女の子の顔だったということが判明する。

 

「ふふ、声は結構高めで良いねぇ……憧れるよ」

「…………」

 

「んー? もしかしたら、麻酔がまだ抜けてないのかー? もしも~し?」

 

 妙なハイテンションで寝起きの俺に接してくる謎の女の子。どんどんと意識が戻っていっているのか彼女の顔がはっきりと見えるようになってくる。

 

 黒くて大きな目。整った顔立ちだがあどけなさが残る幼さがどことなく感じられる顔。長くてスッとした髪。みずみずしくて触りたくなるような白い肌。小学生? いや、中学……十代前半ぐらいだろうか……?

 

「……若い……が、がくせいさん……?」

「う~ん、正解だけど不正解! 貴方と同じで中身は成人男性の女の子だよ?」

 

「そっかぁ……って、え?」

 

 まさかの同胞なのか? 驚いて身を起こしていろいろと聞き出そうとしたいが思うように体が入らなくてリアクションに欠けてしまう。もしかしたら、夢なのかこれは……?

 

 少しぼやける視界の中仰向けのまま彼女を見つめる。本当はいろいろと聞きたい。でも、一度ははっきりと覚醒した意識だったが次第に意識とともに薄れていく。まぶたもまた重くなっていく……

 

「……どうやらまだ麻酔が残ってるみたいだね。大丈夫、安心してひと眠りしてて……また、あとでたくさんお話ししよ」

 

 そう言って黒髪の少女はニコニコと笑みを浮かべると彼女は腕をこちらに伸ばしてはだけていた掛け布団を治してくれる。ここはどこなんだ? 君は誰? 亜里沙はどうなった?

 

 ――そもそもこれは夢の中なのか? 分からない。意識がなくなる。そう考える余裕もなく俺は再び意識を手放した……



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見知らぬ部屋で目覚めました

「――んっ……うぅ」

 

 真っ暗な暗闇に光がまぶたを貫いて差し込んでくる。うなされるかのように目を覚ました俺はゆっくりとまぶたを持ち上げる。水中の中で目を開けたかのようなぼやけ方をしていたが次第にはっきりと鮮明に見えるようになってきた。

 

 ――ここは……どこだ? あれからどれほど時間がたったのだろう? 眠っていたので分からないけどずいぶんの間気を失っていた気がする。昼か夜かもわからない。

 

 ――俺はどうなってしまったのだろうか?

 

 ――亜里沙は無事なんだろうか?

 

 ――ここはいったいどこなんだろうか?

 

 さまざまな疑問が頭の中を駆け巡るが考えていてもしょうがない。自分の頭だけでは奴らの目的なんか分かるはずなんかないし、とにかく目を覚まして状況把握が必要だ。

 

「よいしょっと……」

 

 石のように凝り固まった体を動かして上半身を起こす。体にかかっていた掛け布団がずるずると体から滑るように落ちていく。体を包んでいた暖かな空気が発散され冷たい外気に体が晒される。

 

「ふぅ……」

 

 深いため息を一呼吸挟んだあとに肩を持ち上げたり下げたりして固まった上半身をほぐす。どうやら快眠という訳ではなさそうだ。喉も妙にカラカラしてるし少しだけ重い倦怠感がある。それに妙に左腕に何かヒリヒリとした痛みがある。

 

「――ったく、なんでこ……あれ?」

 

 痛みの正体を知ろうとして左腕を見てみたところ自分が着ていた服が変わっていたことに気づく。あのお店で買った派手なモノとは違って病院の――手術の時に着るような薄手のワンピースのような服に代わっていた。

 

 あの医者が眠っている間に着せ替えたのだろうか? だったらあのド派手な下着を見られたわけなんだが……まあ、恥ずかしいがそれどころではない。アイツがいうことが本当なら俺の命が危ないことになる……そうだ、ここは危険なんだ。早く逃げ出さないと……!

 

 どんどんと記憶が蘇ってきた俺はすぐさまにベットから降りて地面に足を付ける。そのまま裸足のままペタペタと地面を踏んで歩いて部屋の中を一望した。

 

 部屋はそこまでは大きくない。十畳……? それよりか少し広いぐらいだ。

 

 下を見ると白い床、前を見ると無機質なコンクリートの灰色の重厚な壁。上を見ると天井には蛍光灯があり部屋を明るく照らしていたが、なんだか空気が重く暗いように感じられた。

 

 窓は一切なくてドアが二つある。一つはベットのすぐそばにある大きなスライド式のドアで部屋の奥の方には普通の大きさのモノが一つ。

 

 ベットの向かい側には金属製の大きな銀色の台があり、そこにはさまざまな注射器など医療器具やよく分からない機械が散乱して置いてあった。

 

 ――と、まあ、だいたい気になったのはそれぐらいだけだ。あとは俺のベットの隣にあるカーテンに四方八方仕切られた謎の空間。いったいあそこには何があるのかと気にはしたが俺が今やるべきなのはこれではない。

 

 ペタペタと白くて細い足を前に出して扉の前まで移動する。ぶかぶかの服の袖から伸びる手をドアノブに伸ばして掴み、ガチャガチャと音を立てて扉を引っ張てみるが……

 

「――くっ、やっぱり開かないか……っ!」

 

 だいたい予想はついていたが開かなかった。俺を大金だと思っている連中がみすみす獲物を逃がすわけないか。こうなるとあっちも開かないよなぁ……でも、確認だけはしておこう。

 

 くるりと大きな扉に背を向けて今度は小さな方に前身を向ける。そして、そのまま向かおうと――した瞬間。カーテンで仕切られていたあそこから人の声がした。

 

「ハル先生ぃ……もう、戻ってきたの?」

「……!?」

 

 ――え? ここに人がいたのかよ? 気づかなかった……!

 

 まさか、こんなところに人がいるとは思わなかった俺はカーテンに対して身構える。声からして女の子のようだけどさっきのあの医者とは違う若い少女の声。しかも、とてつもなく綺麗な美声であり透き通った真珠のような――たぶん、この声の持ち主は声を鍛えてる。

 

 ――訓練しないと絶対に出せない声、聞いただけで分かった。いったい何者なのだろうか? その綺麗な宝石の持ち主はカーテンの中からひょこっと顔を出して登場した。

 

「――ん? お? おぉっ? 起きたんかっ!」

「え? あ、まあ、そうですけど……」

 

「ずいぶん寝てたよね~、もう、一日たったよ? 泥のように寝てたよねー」

「え? そんなにっ!?」

 

 予想外な事実が帰ってきて声を荒げる。たくさん寝てたとは思ってたけどそんなに寝てたのかよ俺……こうなってくるとここが病院かも怪しくなってくる。遠くまで運ぶには十分な時間だ。

 

 アイツももう帰らせる気がないって言ってたし、本格的に不味くないか? まさか、ほぼ一日の間無防備を晒し続けていたなんて。このまま解剖とかされて殺されてしまうのか? い、いや、まだだ! 諦めるなんてことできるわけがない……!

 

 落ちかけていた心にもう一度火をつける。目の前の少女はカーテンを片付けながらそんな俺のことを不思議モノを見るような目で見ていた。

 

「……? どうしたの? そんなしかめっ面して」

「い、いえ、気にしないでください……え、えっと、貴女もあの医者に連れてこられたんですか?」

 

「医者? 春先生のこと?」

 

 彼女は首を傾げながらあの時のナースが言っていた名を呟くように口に出した。俺はその言葉に対して深くうなずく。

 

「そうです。自分はあの人に眠らされてここに連れてこられました。貴女も――」

「ふふっ、違うよ。私は先生に検査してもらってるだけだよー」

 

「け、検査? それって無理やり――」

「ううん、自分から頼んでだよ。貴女は初めてだからああなっただけだよ? 春先生も酷いことしてごめんって謝ってたじゃん? ――でも、アレ怖いよねぇ、私たちに怖さを教えてためって言ってるけど過激だよ。私も最初の頃は女の子になったせいで大変な――」

 

「え、えっと、すいません。どういうことですか? は、話が全然見えないんですけど?」

 

 何が何だか分からない。この一言に尽きる……おそらく、この子も俺と同じ病気ということはさっきのことから分かるけど、何だこの温度差は? あの先生が俺に謝ってた? 怖さを教える? 意味が分からない……どういうことなんだこれ?

 

「――ん? もしかしてらさっきのこと記憶にないの?」

「は、はい、あの、眠らされてからは……」

 

「私の名前は? 分かる?」

「い、いえ、全然……」

 

「ふ~ん、じゃあ、混乱するのも無理ないか。確かにあの時はふにゃふにゃだったからねぇ……まっ、でも、安心して別に貴方含めて危険な目に合う訳じゃないわ。むしろ、頑張って治してくれるよ? ――まっ、じゃあ、忘れたんなら改めて自己紹介からしようか!」

 

 彼女はそう言うと俺の前に飛び出すようにやって来る。黒くて長い髪の毛が揺れて波のように空中で舞う。白くて健康的な肌にぱっちりとした黒い目に長いまつげ。身長は今の俺よりも少し大きい。服は俺と同じピンク色の検査着で同じ格好をしている。

 

 そして、何よりも彼女の突出したモノ――

 

「私は金藤結友(かねふじゆう)って言います。改めてよろしくっ! 姫川さん!」

 

 ん、どこかで聞いたことある名前のような……? ま、いいか。とにかく、この明るくて聞いているだけでも気持ちが晴れるかのような美声。

 

 本当に綺麗な声だ、この子が歌を歌ったりしたら本当にいい音楽が作れるだろう。素晴らしい……が、それよりも気になることがある。

 

「こちらこそよろしくお願いします……えっと、金藤さん。さっきも言ってましたけど、貴女って自分と同じなんですか?」

「同じ? 何が?」

 

「え、えと、病気ですよ。同じだったら中身は当然……?」

「ん、あーそういうこと? 男だよ? 三十歳の」

 

「……!? そ、そうですか……」

 

 分かってはいたがやはり――し、しかも年齢も上だなんて。パッと見は本当に年相応の女の子にしか見えないんだけど。中の人が特殊なだけなのか?

 

 目を丸くして目の前の元男の少女を見つめる。彼女は先ほどからの笑顔を絶やさずにずっと幼くて心からの笑み顔に浮かべている。

 

「ん? どうしたの? もしかしたら、私のこと疑ってるの?」

「い、いえ、そんなことは――」

 

「いーのいーの隠さなくても~、先生にも完全に女の子にしか見えないってよく言われるもん。同じ病気だって言われても疑っちゃうよね。それに私って可愛いから可愛くするのが一番じゃない?」

「は、はぁ……」

 

「ふふ、姫川さんだってそのうちに変化がくるはずよ? まあ、それを受け入れるか受け入れないかは貴女次第だけどね」

「……自分は男のままがいいです」

 

「えー、私はこんなに可愛いからなりきっちゃえばいいと思うのに、金髪少女だよ? なれて嬉しくないの?」

「確かに、新鮮な体験ですけど……自分は男であり、それに男の姫川望愛の帰還を望んでいる人間は大勢います。ずっとこのままでいるわけにもいかないんです……」

 

「そっか、まあ、私だったら楽しむけどね。実際に可愛い服着てたからそれなり楽しんでたのでしょ?」

「…………」

 

 そう言われて何も答えられなかった。楽しんでいたかそうでないか? 複雑な気持ちだったからだ。確かにおしゃれは男の頃よりもずっと楽しめると思った。ああいう風なことは男にはできない。

 

 ――でも、分からない。どっちがいいなんてなんか……絶対と決めつけるということは……だけど、戻りたい。俺は音楽家、帰りが待つ人もいる。亜里沙にしろ応援してくれるファンにしろ、だから戻らないといけない今はこう強く思っている。

 

 俺は現にここにこれを治すためにやって来た。でも、眠らされて検査されて……何が何だか分からない。でも、ひとまずは解剖されたり殺されたりはしないと確認できただけでも良かった。

 

 あとは春先生という人から詳しい事情を聞くだけ――のはずだった。一度は止みあがった心の雨だったが、再び大降りに降り出すことになる。彼女――金藤さんのこの一言からだった。

 

「――私は大変だと思うよ? ずっと男を保つなんて」

「どういうことですか?」

 

「治す方法がないの。今までいろんな治療をしたけど治った人がいないの……」




 読んでくださりありがとうございます。また、お気に入り登録などで応援したくださり本当に感謝しております。
 お知らせですが、本作はそろそろアイドル編へと続いて参ります。旧作と一転してスピードを重視でやっていきます。次回以降はテンポよく進んでいきますのでどうかこれからもよろしくです。
 稚拙な文ですがここまで改めてありがとうございます。なろうの方もそろそろ動き出します!


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中身が男の大人気声優

「――戻れない? それって……」

「うん、病気を治せた人がいない。不治病だってことだよ、治そうとしても死んじゃう人だっていた」

 

「なっ……!」

 

 感情が抜け落ちたかのような表情のまま淡々と恐るべき事実を言いのける彼女。まさか、亡くなってしまう人がいるとは予想もしていなかった俺は絶句する。

 

 いや、絶句どころか絶望。金藤さんの言うことが真実なら俺は死ぬまでこの姿だってことだ。男としての俺という存在はある意味死んだみたいなものじゃないかよ。くそ……っ!

 

 唇を噛み締めて両手をギュッと握りしめる。まるで、現実に対する怒りや悔しさに噛み付き握り潰すかのように。ど、どうしてこんなことに……

 

「そ、そんなに泣きそうな顔しないで」

 

 金藤さんが心配そうに気を使ってくれる。はは、俺って今そういう顔をしてるのか……泣きそうねぇ。大泣きしてもいいような気分なのは否定しない。だって――

 

「も、戻れないんですよ? 周りの人にはなんて言えばいいのか……そもそも信用してくれるのか……音楽だって本当はやらないといけないのに……」

「…………」

 

 彼女は何も答えなかった。そりゃあ、女になった当初やあの服屋とかではなんだかんだ現実を受け止めていたけど冷静に考えてみるとやっぱり男に戻れないのは辛い。

 

 アイドルになる、ならない――少しの間は真剣に考えてみたりもしたがやっぱりファンもいるし亜里沙もいる。改めて現実を突きつけられると葛藤を感じざるえない。

 

 ――どうしたいいんだろう? これから俺……その時だった……

 

「分かるよ、私も最初はどうなるかってすごく心配して怖かったよ」

 

 目の前にいた金藤さんが優しそうな声で、心に響くかのような笛のような音の声を響かせる。表情はさっきの子供みたいなものではなく真剣で泣いた子供をなだめるかようなそんな顔。話は続く――

 

「でもね、春先生や新しい出会いだってたくさんあった。そんな人たちに支えられて私は今ここに居る。女の子も悪いもんじゃないよ? 男の頃の地位や名誉は全部なくなっちゃったけどねっ♪」

「そ、そんな軽々しく言っていいことなんですか?」

 

「うん! 無くなったらならまた作ればいい! 現に今は改めて声優やって新しいファンもたくさんできたし! んー、もしかしたら、男の頃よりも充実してるかも」

「そ、そうですか……って、へ? い、今なんて?」

 

 ん? 俺の聞き間違えではなかったら声優って言わなかったこの人? 金藤結友……どっかで聞いたことがあったと思ったら大人気声優の……おいおい、まさか――!?

 

 点と点が線で繋がる。人気声優の正体が男ッ!? しかも、有名人が目の前にいる!? 驚きのあまり震えた声がさっきよりも一倍ぐらいしゃきんとした敬語で尋ねる。

 

「あ、あのぅ? もしかしなくても、声優の金藤結友さん?」

「ん? そうだよ。せーゆーさんだよ私」

 

「えと、今期のアニメ出てましたよね?」

「うん、ヒロインのミルフィーナちゃん役で出てたよ。『我が、鬼よ! 今ここに顕現して真なる力を』――ってね!」

 

「カッコいいですよねー、あと、人気ソシャゲにも出てませんでしたか?」

「あー、長七神聖のカイゼリン・カリューア?」

 

「違います、最近の六星の方です」

「了解、『スターダストシャイン!』の方ね! あの子可愛いですよね」

 

「うん、イラストがあの有名な――って、マジで本物だぁ……やべぇよ」

 

 さっきまで中身が男の少女だった彼女だったが畏怖と憧れの視線でしか見れなくなった。妙に声が普通ではないって思ってたら本業の方だよ。そりゃあ、あんな綺麗な声が出せるはずだぁ。

 

 綺麗で透明で宝石のような輝きを持つ声。見た目も黒髪のとてつもない美少女だし――人気声優になれるだけのポテンシャルはもちろんある。

 

 正体が分かりさっきよりも五割増しぐらいに大きく見える彼女。キリっとしたドヤ顔を自信満々な眩しいほどの表情で決める。

 

「ふふっ、どう? 凄いでしょ?」

「御見それしました――つか、人気声優の正体が三十歳の男性って」

 

「知られたら炎上不可避ですねぇ」

「他人事みたいに言わないでください。はあ、世の中ってとんでもないことがあるもんだなぁ」

 

「姫川さんも大概ですよ。世界的な音楽家なんて、私より全然凄いじゃない?」

「え? うーん、まあ、そうだけど――なんで知ってるの?」

 

「春先生から聞いた。凄いよね音楽家って、ハーフみたいだからぜひ私の事務所にも来て欲しいよ。実は絶賛ピンチで新メンバー募集してるの」

「そうなんですか。でも、自分は音楽のこともあるからこれからはどうなるか分かりません。女になったからさらば引退す! ってことは簡単にはできませんし」

 

 それにドイツにはどうやって説明したらいいと……? 戻れないのだったら確かに生活のためにお助けするのはいいかもだけど説得できる気がしない。

 

 つか、またメンバー不足ですかい。どこの業界も大変なんだなぁ。

 

 ずっと立ち話をしていて足が痛くなったのでベットに腰かけた。金藤さんも俺につられて座り込む。彼女は布団の上で体育座りをすると何やら「むふふ」とした表情を浮かべて話しかけてくる。

 

「ふふふ、そこんとこはご心配なく。良くも悪くも姫川さんは男性の時のしがらみから解放されるよ」

「どういうことですか?」

 

「そのままの意味。詳しくは春先生から聞いてね! だからそんなに暗くならない明るく! せっかく可愛いんだから姫川さんは暗い性格やめた方がいいよ?」

「そ、そんな暗いですか?」

 

「うん、今話してきた感じ、気弱な女の子って感じだよ?」

「そうですか……あはは、本当は自分、結構明るい性格なんですけどねぇ」

 

「そうなの?」

「はい、本当は明るいですよ自分。堅物に見られるかもしれないけど、本当はもっとのびのびっとしてますよ? 男の頃は金藤さんとまではいきませんけど明るかったですよ? ふふっ」

 

 先ほどとは打って変わって笑顔を浮かべて見せる。もちろん半分は嘘だけどね。

 

 昨日まで――男だったときは良くも悪くも割と雑な性格で気も性格も生活も軽い感じの男だった。だけど、こうして身体が変わってしまって自分を少し見失ってしまったのかもしれない。

 

 男の頃も軽い割には重い空気やネガティブなことに気をやられることもあったからな。今回もそのせいで自分の暗いところが出てしまったかもな。まっ、悲しむのもこれまでにしておこう……

 

「へぇー、てっきり元から暗いと……」

「金藤さんが明るすぎなだけじゃないですか?」

 

「そう? まー、よく友達からも元気すぎるって言われるしー、合ってるかも……?」

「ほら、やっぱりそうじゃないですか――でも、考えてみると配役もおバカな元気キャラ多いし」

 

「お、おバカ!? し、心外な! 私の演技がバカ役ハマりですとっ?」

「うん、だってほら、ミルフィーナは中二キャラだけど実は天然でアホやらかすし、カリューアも“土の上にも三年”とか“積分は一見にしかず”みたいな変なことわざ? みたいなわざと間違えてんだろみたいなこと言うし」

 

「う、うぅ、た、確かに……!」

「ふふっ、実は明るいんじゃなくてバカ過ぎてそう見えてるだけったり……?」

 

「やめろぉ! 心当たりがありすぎて胸に刺さるぅ……」

「はははっ、どうやら世界の真実を衝いてしまったようだな」

 

「そこでミルフィーナのセリフ……!?」

 

 おっ、ちゃんとツッコんでくれたか。語録になるほど有名だから言ってみたけどちゃんと返してくれたな彼女。バカといったけどノリが良くて本当に明るくて元気な子だ。こっちも笑顔になれる。

 

 それにこうしてヲタクチックな会話をしたのも久しぶりな気がする。亜里沙はアニメとかゲームにも興味ないし学生時代の友達とも会うこともないしな。彼が中身が男だということなのでこういうのも気軽に話し合える。

 

「金藤さん、ありがとうございます。元気が出ました」

「え? いきなりどうしたの?」

 

 座ったまま軽くお辞儀をして礼をすると不思議なモノをみるかのような表情をする。まあ、金藤さんにはその気はなかったかもしれないけどこの会話で気が軽くなった。俺としてはこのことは感謝したかった。

 

「……なんでもありません。あっ、よければ声優業の歌とかも聞いていいですか?」

「歌? あー、いいよ。やっぱり音楽家としてはそこに食いつく?」

 

「もちろんです」

 

 そう答えると今度はアニソンなどの話になった。そして、次にはソシャゲの話になり、舞台の話なり、ついにはこのヒロインが可愛いやら、同人ゲームといったただのヲタク話へと遷移していった。

 

 気が付けばずっと二人で話し込んでいた。これぞヲタクトークというやつだろう。ついさっき会ったばかりなのにここまでくると完全に俺は金藤さんに打ち解けてしまっていた。

 

 俺たち二人の熱の入った談笑が響き、笑い声が響き、金藤さんのヒロイン声が響く。時間感覚が薄れて気が付いたころには俺たち二人はベットでゴロゴロと横になりながら話すというここまで来たらもうマブダチと言えるほどになっていた。

 

「――……じゃないですか?」

「あぁー分かる。あそこでカリナちゃんを殺すべきじゃなかったよねぇ」

 

「マジでそれです。完全にあの後の戦いが茶番じゃないですか!」

「うんうん、死ぬほど分かるよぉ。だってあそこから――」

 

「ちょっと見ない隙にずいぶんと仲良くなったのねぇ、あんたたち……」

 

「「え?」」

 

 俺でもなく金藤さんのモノでもない女性の声。聞き覚えのある声だった、声の主の方を見るとそこには呆れたような顔で見下ろしている気だるそうな赤毛の女医――ここに俺を連れてきた元凶の春先生がいた。

 

「すまん、ノックしても返事がなかったから勝手に入らせてもらった……で、何やってんのお前ら?」

「親睦を深めるために必要な女子トークだよ!」

 

 となりに居た金藤さんが嬉々とした表情でそう答える。それを見た春先生は「ふ~ん」とつまらなそうな表情を浮かべると掛けていた眼鏡をおでこの方に引っ掛けると嘲笑を浮かべる。

 

「女子トークにしては凌辱モノとか同人ゲームとかのワードが聞こえてきたけどぉ?」

「あ、いや、それはぁ……」

 

 いやいや外まで聞こえていたのかよ。あんまり女性には聞かせられないような話――てか、聞かせたらダメなヤツっ! ぐぬぅ、少し気まずいなぁ。

 

 ベットから跳ね起きて正座をすると叱られた子供のように肩を縮ませる。金藤さんは別に何とも思っていないのかずっと寝たままニコニコとしていた。図太い子だなこの子……

 

 ベットで正座する俺、ずっとニコニコしている金藤さん、そしてそれらを見下すかのように見ている春先生とそんなフォーメーション。最初に動いたのは春先生でヤレヤレとした仕草を見せると。

 

「ふぅ、まあ、仲良くなったんなら良かった。えーと、望愛くん? 改めてさっきは驚かせてすまん。あれはお前に忠告の意味も含めてやったことなんだ。さっきも説明したことだがな」

「ええっと、すいません、それについてなんですが……」

 

「ん? どうかしたのか?」

「せんせー! 姫川さんはさっきのことよく覚えてないみたいだよ? 私のことも忘れてたし」

 

「げっ、そうなのか?」

 

 金藤さんの言葉を聞いた先生は俺に対して呆気にとられた表情をする。俺はそれに対して深くうなずくと彼女はぼさぼさの髪の毛を掻き毟るとまたまた肩をすくめてヤレヤレと口に出す。

 

「そっかぁ、じゃあ、もう一度言うな――えーっと、この病気の患者が狙われる。これは知ってるな?」

「はい、それは覚えてます。お金になるんでしたよね?」

 

「そうだ。完全なる性転換に若返り――解剖したり実験台にもされたりと何をしても儲かるお金の塊みたいなもんだ……あっ、さっきのは演技で実際に私はしていないからな」

「分かってます。でも、なんでそんな真似を?」

 

「よくあるんだよこれが……海外ではこうした例がな。お前らみたいに治療をしに来た患者をさっきのみたいに拉致する。実際にさっきのは東欧で起きたことをそのままやってみたんだ。どうだろ? 怖かっただろ? それだけお前は危険な状態だったってことだ。その怖さを忘れて欲しくないためにその身で体験してもらったんだ。気楽に第三者に話して亡くなった人間もいるからな」

 

 淡々とした口調で話す彼女だが目はあの気だるさが抜けていて鋼のように硬くて鋭い真剣な目つきだった。俺は黙って先生の話を聞く金藤さんも真面目な顔になっていた。

 

「で、ここからは話は少し変わるが、この病気の被害者の保護、及び治療法の確立と研究のために各国はこの病気の患者には特別優遇処置を取ることにした。まあ、簡単に言えば患者は国が保護しますよー、治療法の確立にも努力しますよー、でも、研究には力をご協力くださいってな感じだ」

「なるほど、だいたい分かりましたが研究って何ですか?」

 

「ああー、ほら、やっぱり偉そうなこと言うけど若返りとか完全性転換とか凄いじゃん? いろいろ保護するけどそこんとこ少し協力してくれませんか? ――てな感じ。ほら、結友ちゃんが実際に今やってるのがそれ」

 

 先生がそう言うと釣られて俺も金藤さんの方を見る。彼女は「そういうこと~♪」とニコニコとした顔をのままそう答えた。

 

「――まっ、研究って言っても検査と治療のついでみたいなものだけどなぁ ――と、検査で思い出したが望愛くんは正真正銘の少女化症候群で間違いないぞ? 寝ている間にいろいろさせてもらったが間違いないな。少女化のDNAもあったし、子供も産める体に完全に変わってる。確定だよ」

「そう、ですか……じゃあ、自分も金藤さんみたいに……?」

 

「ああ、月に一回は来てもらうことになるな。検査は異常がないか確かめること、治療は望愛くんがどうしたいかによって決まるな。こいつみたいに諦めて女の自分を享受していくのか、少しだけ男性ホルモンの注入などして抗うのか、それとも手術をして一か八かを試すか……そこはお前次第だな。まあ、どのみち今からいろいろと大変になる――まあ、私もサポートするがな」

「ありがとうございます……」




 評価ありがとうございます。お気に入りなども本当に感謝です。応援がとても励みになっています。
 そろそろ本作はアイドル編へと突入します。至らない点がたくさんあるかと思いますがどうかこれからもどうかよろしくお願いします。


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波乱な日の終わり

「で、どうするんだ? 正直なことを言うとどの治療法もお前の期待には答えられそうにはないな」

「はい、知ってます。確か、誰も男に戻れたことがないんでしたっけ?」

 

 抑揚の乏しい声でそう言うと春先生は「ああ、そうだ」と言ったあと赤い目を金藤さんに向ける。

 

「やるなら私は手術は失敗し死亡する可能性が高いから結友ちゃんが一時期やってた薬の投与の方を薦めることになるが……」

「私はオススメはしないねっ、あんなのはもう飲みたくないよーだっ!」

 

「そ、そんなにキツイ代物なんですか?」

 

 ずっとニコニコしていた金藤さんが鞭に打たれたかのような顔をするなんて。きっと、副作用とかが大変で飲み続けるのも辛いモノなんだろう。

 

 どれほどのモノなのか気になるな。ちょっとだけ好奇心というか少し興味がわいてくる。

 

「まさか、姫川さん……本当に“アレ”飲むの?」

 

 となりにベットにいた金藤さんが神妙な顔つきでこちらをジッと見てくる。明らかに表情だけで飲むなと言っているような顔つきだ。

 

「え? う、う~ん、どうだろ? 話を聞く限り副作用が辛そうとしか……」

「別に辛いわけじゃないよ? で、でも、そ、そのぅ……あれは……」

 

「……? どうしたんですか? 辛くないのなら何がダメなんですか?」

「う、うぅ……思い出すだけでも恥ずかしいよぉ……言えないよぉ」

 

 突然、顔を真っ赤にしてもじもじと体を動かし始める彼女。は、恥ずかしい……? 薬で文字通り恥ずかしくなるのか? それともなんか媚薬みたいな効果でもあるのか?

 

 いまいち分からんな。とにかく赤面して顔を真っ赤にするぐらい恥ずかしい想いをしたってことか。俺も飲んだら黒歴史みたいになっちまうのか? そうだったら考え物だな。でもなぁ……

 

 うーむ、膝を抱えて丸くなっている彼女をきょとんとしたまま見つめていると、「ごほん」とその光景を見ていた春先生が咳ばらいを行う。すると、彼女も若干頬を朱色に染めつつ――

 

「あ、アレはな。私も飲むこと自体はオススメはしないな。でも、男性ホルモンの分泌に一役あるのは確実だから一度は試してみるといいな……まっ、それでもオススメはしないが」

「そこまでのモノなんですか?」

 

「か、簡単に言えば性欲増強効果ってところだ」

「せ、せいよく――ぞ、増強っ?」

 

 予想した通りの媚薬効果――って、マジかい! 本当にそんな効果あるのかよ。完全に面食らった、そんな淫乱な薬がなんで認可されてんだよ。

 

 先ほどよりも顔が赤くなっている春先生が絞るような声で話す。

 

「男性ホルモンの大量分泌。確かにこれで精神面はかなりの男性に近くなるんだが……」

「だが……?」

 

「女性の体にとてつもなく欲情するから自分の体に欲情し始める」

「なんですか、そのポンコツは?」

 

「仕方ないだろ? 比較的安全なのはこれぐらいなんだ。それほどこの病気に対する有効な手段が乏しいってことだ。男性ホルモンなどの注射器による注入をしたら病気と相性が悪いのか反発してホルモンバランスが崩壊して全身不随になる患者もいたし」

「ぜ、全身不随……ですか?」

 

 思ったより重篤な事態だった。まあ、死亡例もあるからそのぐらいのことは起きてもおかしくないか。でも、完全にこれって打つ手がなくないか? ポンコツの飲むか死ぬか放置か――って……

 

「これ、完全にどうしようもなくないですか?」

「うん、どうしようもない。結友ちゃんも最初はいろいろやったけど結局は経過を見て検査。あとはメンタルケアとかが一番良いと」

 

「要するに何もせずに放置ってことですか?」

「まあな、コイツは薬に耐えられなくて止めたが海外では頑張って飲み切ってるやつもいる。望愛くん次第だな」

 

「は、はい……分かりました。と、とりあえず薬はお試しに少しだけってことでいいですか?」

「あー、まあ、いいけど……本当に飲むのか?」

 

 ここまで聞いておいてバカなのか? と、言いたげな蔑んだかのような顔をこちらに向けてくる。でも、こっちも何もしないわけにはいかない。強い決意を彼女らに向ける。

 

「はい、でも、やっぱり何もしないよりもやった方がいいし、俺は男に戻るのを諦めたわけじゃない。少なからずの努力はするべきだろうと考えています」

「や、やめておいた方がいいよっ! 本当に大変なんだよ!?」

 

 金藤さんが血相を変えて必死になって説得してくれる。だけど、俺の決意は揺るがない。まあ、性欲ぐらいならたぶん耐えられるし大丈夫だろうし。

 

「大丈夫ですよ。なんとか乗り切ってみせますよ」

「乗り切れないって!!」

 

「いつでも前向き。そっちの方がいいって言ってたですよね?」

「い、いや! それ前向き違う! ただの無謀だって!!」

 

「そうですか? まー、酷かったらやめるんでそんなに心配しなくても……」

「い、いや、だから――……あー、もう、しーらない! 飲むんだったら絶対に水分補給はしておいた方がいいよ。私からの最後のアドバイスだからねっ……あと、部屋から出ない方がいいよ……ホント。姫川さんもああなっちゃうんだろうなぁ……あぁ……ふにゅう……」

 

 引き留めることを諦めたのかそっぽ向いてしまう彼女。最後の方は何を言っているのか聞き取れなかったが、たぶん俺に対していってることではなさそうだし大丈夫だろう。

 

「……まっ、お前が決意したなら止めないけどな。とりあえず薬は三日分、これでいいな?」

「はい、ありがとうございます」

 

「やばくなったらやめろよ? ったく、本当に勇気があるやつだな――……えっと、確かぁー、あとはお前の女としての戸籍ことだけだな」

「戸籍? そんな簡単にもらえるものなんですか……?」

 

「この病気に掛かったら国から保護って言ったろ? 戸籍、住所、家族構成、名前の偽造、年齢、ほぼ全ての完全にお前という女の子がこの国に昔から存在したというレベルでお前に関する書類が作られる」

「そ、そこまでやるですか……?」

 

「ああ、完全にお前という女が昔からこの日本に住んでましたってことにできるレベルだ。そこまでしないとさっき言ったみたいに被害に会う人間がいるからな――まあ、日本では実例はないけど」

「す、凄いですね……」

 

 なんか国ぐるみで守ってもらえるだなんて興奮してきちゃうな。身を狙われて守られるという特別な人間ってのも悪い気はしないかも。

 

 ふふ、これでちょっとだけ安心できた。これで生活に困ることはなくなるだろうし。だけど、まだまだ懸念があることには変わりがない。例えばだけど……

 

「え、えっと、職場とかにはどういう対応になるんですか?」

「それも安心しろ。絶対に口を出せないトップシークレットな対応するから」

 

「そ、そこまでしてもらうとなんだか気が引けますね」

「病気自体がトップシークレットみたいなものだからな……と、まあ、あとは書類関係のモノばかり。これからは私の仕事だ……とりあえずは今日はもう帰ってもらってもいいぞ。帰りは私が送っていく」

 

「い、いやっ! 別にいいですよ!」

「遠慮すんなって! どうせコイツも送っていかないといけないしな、それに今のお前らは未成年の女の子だし夜道は危険だろ?」

 

「そりゃあ、そうですけど……変な気分だなぁ、中身は大人なんだけど……」

「まっ、いいじゃん! 私たちは人畜無害な美少女。守られて当然な立ち位置だよっ」

 

「び、美少女って、それを自分で言っちゃうのか?」

「実際に可愛いからいいんです~♪」

 

「ああ~、確かに……うーん、まあいいか。じゃあ、よろしくお願いします、先生」

 

 そう言うと春先生は「おう!」と返事をして会話を締めくくりは終わりになった。ひとまずは検査着から元の服に着替えてから病院をでることになった。春先生が隣の部屋から預かっていた服を二人分のかごの中に入れて持ってくる。

 

「ほい、じゃあ、私は鍵持ってくるからそれまでに頼む――抜いた奴はかごに入れてその辺に置いておいてくれ」

 

 そう言ってベットの上にそれを置いたあとここからまた退出していく彼女。扉が閉まる音とともに部屋に静寂が戻り再び俺たちはこの部屋で二人っきりになった。金藤さんが俺の分のかごを持ち上げるとこちらに渡してくる。

 

「はい、どうぞ!」

「ありがとうございます」

 

 受け取ると中を確認する。ミニスカート、下着や――うん、全部あるな。じゃあ、さっそく着替え始めようか。とりあえずは検査着を抜いて……って、あっ……!

 

 途中までで手を掛けたぐらいでとあることに気づく。この検査着は浴衣を想像してもらえると分かりやすいと思うが両腕に袖を通した後は服にくっ付いている紐で前の方を結ぶという感じになっている。だいたい、その紐をほどくぐらいで俺の手は石になったかのようにピタリと動きを止めた。

 

「ねぇ、着替えるんだったカーテン閉めて……って、あっ……」

「ん? どっしたの?」

 

 金藤さんの方を見るともうすっぽんぽんになっていた。仲良くなれたとはいえプライベートなので隠そうカーテンを閉めてからと提案したかったがどうやら遅かったみたいだ。まあ、この歳で少女の裸にあからさまな興奮はしないが……ちょっと気まずい。

 

 ジロジロ見るのもアレだから反対の方向を向くと素っ頓狂な声が背中にぶつかる。

 

「ん? 着替えないの?」

「いや、カーテン閉めてからにしようと思っていたんですけど、脱いでしまったのならもういいかなと」

 

「んー? そんなに裸気にする? 他人の人に見られるのは結構慣れちゃったよ」

「い、いえ、そうじゃなくて……で、でも、見られるのか自分だけでもカーテン……」

 

 考えてみると逆に体を見られるということは考えてなかった――カーテンに手を伸ばして閉めようとしたが下着姿の金藤さんが「あははっ!」と、ニコニコしながら明るい笑い声をあげた。声に少し驚いた俺はビクッと体を震わせて手を止めて彼女の方を向く。

 

「――ふふ、別に私は何とも思わないって、それにその体で生活していくんだったらこういうことにも慣れないといけないよ?」

「え、う、うーん、そ、そうかな?」

 

「練習だと思って何も気にせず着替えてみて……それとも……もしかしたら、重度の恥ずかしがり屋さんなのかなぁ~? ふふ、ジロジロ見られて興奮しちゃったり……?」

 

 挑発的な笑みを浮かべて俺の顔に焦点を当てるかのようにして見つめてくる。

 

 ――べ、別に恥ずかしいとかじゃないし、それに男の頃はハーフゆえの高身長と骨格の良さを自慢するかのように堂々と着替えてたしー、銭湯の脱衣所とかで羨望の眼差しを集めたのはいい気分だったしー、それに今は彼女の言うとおりに美少女……こうして注目を浴びて体を自慢するのは今までしてきたじゃないか……っ!

 

 うんうん、そうだ……そうに決まってる! ここはハーフ美女の気合の入れどころだ。震える手を精神力で押さえつけて検査着を脱いだ。上は付けてないので無機質なデザインのパンツだけを脱いであっという間に素っ裸になる。

 

「おっ、やればできるじゃん!」

「ちょ、ちょっと、変な感じだけど脱いじゃえば大したことないですねっ」

 

 脱いだものを畳みながら勝ち誇ったかのようにして宣言する。金藤さんの方はもう服を着替え終わる直前であとは学校制服のブレザーを着るだけになっていた――……ん? 制服? どうしてそんなの着てるの? ……あとで聴けばいいか、今は着替え着替えっと……

 

 かごの方に手を突っ込んでお目当ての下着を探し出す。おっ、あったあった! アイツらが選んだめちゃくそセクシーなヤツ。この布面積の少ない紫色の同性すら引き付けてしまうであろう派手なアダルトチックな――って、あっ……こんなの穿いてたことすっかり忘れてた……ッ!?

 

 んん、どうしようか? 裸を見られたり見たりは最悪はいいが、いくら何でもこれは悪趣味というか……その、初対面で間もない人に見せられる姿じゃない……変な趣味に思われたらどうしよ?

 

「――? ねぇ、いつまで裸でいるの? 服、着ないの?」

 

 後ろの方を見ると着替えが終わった金藤さんが不思議なモノを見るような表情で首を傾げていた。俺はとっさに彼女の方を向くと持っていた下着をパッと背に回して隠す。

 

「えっ、い、いや……そ、その、やっぱり、カーテン閉めていいかなって……」

「今さら? ふふっ、やっぱり恥ずかしくて耐えられなくなっちゃった?」

 

「ち、違うっ! ちょ、ちょっと! そ、その……こ、こ、これは――」

「おっすー! お前らの靴、持ってきたぞ――!」

 

 くっそバットタイミング過ぎる……! 突然、何だと思ったら春先生が戻ってきてしまった。自然と下着を持っていた手に力が入り体中に脂汗がじわっと流れる。うすら寒さに似た感覚を感じながらこちらまでやって来る先生の方に視線を合わせる。

 

「ん? どうして望愛くんだけまだ裸なんだ? 何かあったのか?」

「ううん、ただ、姫川さん、なんか着替えるの恥ずかしいみたいだよ? ほら、真っ赤になって固まっちゃってるし」

 

 淡々と金藤さんがそう言うと春先生は顔をしかめる。その後、肩をすくめて「やれやれ」と呟くと持っていた俺たち二人の靴を床に置くとコツコツと音を立てて歩み寄ってくる。

 

「んー、まあ、複雑な状態で恥ずかしい気持ちは分かるけど生きてくためにはなぁ……」

「だ、だから違うんですって! 恥ずかしくはないんですって!」

 

「じゃあ、なんで着替えないんだ? 早く済ませろよ」

「は、はいっ! わ、分かってます……分かってます……うぅ……」

 

 彼女らに見えないように背中に隠してある両手のモノをまたまた強く握りしめる。くそくそくそくそくそくそくそっ!! あ、アイツらがこんなの選ばなかったら今頃は普通にできてたのにぃ! あーもう! 絶対に許せねぇ!! ああああ! もうおおおおっ!

 

 恥ずかしくない! でも、これを着るのは悔しくて恥ずかしくてしょうがないし、怒りでもう……あー、ダメだ。もう心の中はいろいろな感情でカオス化してて彼女たちの顔をまともにみることすらできない……俺はうつむいて地面を向くと目を閉じで噛み締めるようにして唇を噛む。ぎゅーっと。

 

「……あー、もう、分かったって! そんな全裸で涙目になって全身真っ赤にされるとこっちも変な気分になるわ――そこまで嫌うんだったら隠れてもいいから早く済ませてくれ、みっともない」

「姫川さん、えっちぃ……」

 

 髪の毛をくしゃくしゃと掻き毟りながら俺の醜態を蔑むように目を向ける春先生。何を想像しているのか分からないが恍惚とした一目惚れしたかのような表情を浮かべる金藤さん。あー、腹が立つ。俺が悪いわけじゃないのになんでこんな目に……っ!

 

「う、うぅ……だから本当は違うんですって……っ!」

「違う違うって……何が?」

 

「だからこれは……」

「これは? 恥ずかしくないなら普通にできるだろ?」

 

「いや、だからこれは――」

「ああ! いい加減にしてくれないか? ――ったく、なんであんなドスケベな下着は着れるくせにこれは全くダメなんだな……」

 

 心底あきれたかのようにそう言う彼女であったがそんなことはどうでもいい。それよりもさっきの発言に気になりすぎる点があった。

 

「ちょ、ちょっと! なんでし、下着のこと知ってるんですか――ッ!?」

「えー? 当たり前だろ? 脱がしたの私なんだし……でも、思い出してみたら凄いよな。勝負下着っていうか……それはその、私はまず穿けないな。あんなのよく穿けるぜ……」

 

「えっ? なになに? どんなの穿いてたの?」

 

 生きのいい魚が食いつくかのようにして話に割り入ってくる金藤さん。あは、はは、もう、バレてたんだ。しかも、金藤さんにも絶賛話し中だし――……もう、どうでもいいや……

 

 力が尽きた――糸が切れたかのように足から力が抜けてペタリとベットに座り込む。気力が完全に抜けたのか持っていた下着も手から離れて床に落ちていく。

 

「おいおい、ベットは清潔にだぞ? 何も着ずにそのまんま直接座るのは汚れる――って、あ、そうそう、これだよコイツが穿いてたの」

 

 先生が床に落下した紐を拾い上げると金藤さんに見せつけるかのようにして広げる。すると、悪魔のような笑みをこちらに向けると笑い吹き出し、およそ女性のモノとは思えない鼻の下を伸ばしたむっつりとした顔をする。

 

「えっろ、なにこれ~ほぼ紐じゃん……結構やるねー姫川さん……ぷぷぷ」

「――はは、もう、嫌だ……」




 いつも応援ありがとうございます。作者でございます。
 お知らせですが、ハメ版を見ている方が大半だと思いますがそろそろなろう版の方も再開を視野に入れています。なろう版の方は書き直しということでほぼハメ版のストーリーをなぞる部分が多いですが、ハメ版はなろう版に比べて一部の表現の規制が緩いと聞いたので、せっかくなので一部パターンは変更してみたいと考えています。
 その代わり、なろう版の方ではそれが抜け落ちた劣化ということにもしたくないので別のエピソードとかいれて――という感じで考えています。もちろん、こちらもどちらかを優遇するかという考えだけはないので安心してご覧になっていただければなと思います。
 ではでは、今回もありがとうございました。


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天才音楽、アイドルなる!
アイドル生活の始まりの朝


 あの日からだいたい一週間ぐらい経ったかな。俺は完全に今までの姫川望愛としてではなく、まったく別人として人生を歩むことになった――これからは人畜無害な可憐な花として生きていく……と、言ってもあんまり実感はないけどな。

 

 仕事は無期限休業だし家にいてどこにも行く当てがないから無職みたいにだらだらとぐーたら……そりゃあ、体は性別が変わってしまうほどに変化したけど中身の変化はあまりないから劇的に性格が変わった訳でもないしなぁ……もともと休みの日は寝てるだけの人間だったし……

 

 ベットに横たわりながらスマホの電源を入れる。現在、朝の八時――と、今日も九時間睡眠か。なんかこの体になってから寝つきがいい気がする。肩もこらないし腰も痛くなりにくいし若返ったという実感がこれでもかと感じられる。あはっ……若いっていいなぁ……

 

 スマホの電源を落とすともう一度仰向けになって目を閉じる。布団の中の温もりとまぶたの裏に側に残る淡い眠気が心地よい。でも、だからといって別に眠いわけでもない体の中から溢れんばかりの生き生きとした生命力みたいなものが感じられる。

 

 あー、目覚めもいいし憂鬱な仕事もないし、こんな心境で朝を迎え入れられるなんて……よーし! 今日もたくさん遊ぶぞーっ! ……ふふ、なーんちゃって……そろそろ音楽の方もしないと腕がなまっちゃいそうだな――と、目を覚ましていつも通りに歯を磨きに行こうとしたその時だった。

 

「――え? あ、あはは……お、おはよー?」

「――え?」

 

 目を開ける。

 

 少女の気の抜けた挨拶。

 

 肺が瞬きの間止まる

 

 黒目がぼやける天井――くっきり女の子の顔を映し出した。

 

「え?」

「え? ――って、ちょ――ッ!?」

 

 突然の乱入者――一瞬だったからよく分からなかったが見たことある顔だ。

 

 俺はそのまま布団を蹴飛ばしてゴキブリを見た女の子のようにその場から離れる。

 

「――いてぇ!?」

 

 ベットから降りるときに腰を強打してしまって凄く痛い。ったく、誰だよ? と、サンタクロースもびっくりな不法侵入をしてきた人物を座ったままの視線で見上げた。

 

 白くて綺麗な脚、ちょっぴり短い黒色のプリーツスカートにお揃いで同じ色のジャケットを着ていて胸元には赤いリボンが結んである。

 

 窓から漏れ出る朝日を背に物語に出てくる神様みたいな幻想的な光景で、女の子は――人気声優の少女がびっくりした表情でこちらを見ていた。俺はお尻を摩りながらふらつきながらも立つ。

 

「……いてて、誰かと思えば金藤さんじゃないですか……」

「ご、ごめん、そこまで驚くとは思わなかった……」

 

 学校の制服に身を包んだ金藤さんが申し訳なさそうに舌を出して愛想笑いを浮かべていた。俺はパジャマ姿のまま立ち上がりくちゃくちゃになったベットの上を片付け始める。

 

「もう、凄くびっくりしましたよ……で、どうしてここに来たんですか?」

「あーえっと、その……あ、あ、あのぅ……」

 

「……? どうかしたんですか?」

 

 金藤さんらしかぬもじもじとした態度。体をすくませて怯えるうさぎみたいな声が引きつっていてとてもたじろいでいる様子だった。俺は床に転がってた枕を拾い上げてそれを片手に首を傾げる。

 

「どうかしたんですか?」

「えっと、わ、わ、私――あ、あああああっ! 本当にごめなんさいっぃ!!」

 

「へ? は? え? ちょ、ちょっと! なんで謝るの!?」

 

 不意打ちのお手本のような膝をくっつけて綺麗な九十度の角度で謝ってくる彼女。え? な、なんで謝ってくるんだこの子!? 意味が分からんぞ!?

 

 完全に面食らって口をポカンと開けてしまうが彼女は何度も謝ってくる。

 

「すいません! すいません! あの日のことは本当に悪かったです! 無視しないでください! 自分と同じ子がいると思ってついつい調子に乗ってしまって……! な、なんなら私があの下着を穿いて姫川さんの前でなんでもするから! バカにしていいからああっ!」

「お、落ち着いて! ど、どういうことなんですか? ちゃんとゆっくり話してください」

 

 激しく荒ぶる彼女に対して暴れ馬をなだめるかのような感じで落ち着かせる。よく見るとこの子泣いてるし……本当に中身は三十の男なのか? この人は……?

 

「ふ――ふぅ……ご、ごめん、取り乱して……」

「えっと、どうしたんですか? 金藤さんらしくないですよ? 泣いたりなんかして……」

 

「泣くのに決まってますよ! あの日からずっと姫川さんに無視されて――嫌われちゃったのかなって思って……ぐすっ……」

「あの日……? あっ、あの事ですか?」

 

 綺麗になったベットで二人で腰かけるとあの時のことを思い出す。そう、あの日のあの病院での下着の件のことだろう。あの後、金藤さんに「スケベ」やら「むっつり」とからかい続けられた結果、最終的には俺がへそを曲げて無視すること決め込んでしまった。そして、あの日から喧嘩別れみたいな状態になっていた。

 

「――ご、ごめんなさい、姫川さんのこと凄く傷つけてしまって……」

 

 再び頭を下げて室内に響く彼女の謝罪の声。声優だからか声に熱情が入っていて聞いてるだけでこっちが申し訳なく感じてしまう。その点は流石といったところだ。

 

 う~ん、でも、正直寝たら忘れるこの望愛様。全然気にしてない、別に金藤さんもかなり反省しているみたいだしこれ以上彼女を苦痛に追いやる理由は存在はしない。じゃあ、ここは――首を振る。

 

「ううん、気にしないでください。謝ったのならそれでもういいですよ」

「ゆ、許してくれるの……?」

 

「はい、もちろんです。もう、何も思ってませんよ? 自分もあの時は大人げなかったと思いましたし」

 

 単語一つ一つが口から出されていくたびに、本心を伝えていくたびにと枯れた花が活力を取り戻していくかのように元気になっていく彼女、日が差したような眩しい笑みをこちらに向けてくる。

 

「あ、ありがとうっ! もう、絶対に嫌がることはしないよっ!! あー、良かったぁ……もう、一生口をきいてくれないと思ってたよ……今日も無視されるかと思ってて……」

「ははは、そこまではしませんよ」

 

「で、でも、一昨日の夜に偶然に駅前で声かけた時は無視されて――それで私……」

 

 嫌なことを思い出したのか顔が曇り方をガックシと落とす。でも、そんなことよりもって、へ? 駅前で俺に声を掛けた? いやいや、どういうことだ?

 

「すいませんが、人違いじゃないですか? 私は一昨日は薬のせいで外出できませんでしたし」

「へ? ほ、本当? じゃ、じゃあ、アレは――え? でも、どう見ても姫川さんだったはず……? ど、どういうことなんですか?」

 

 気が動転したかのように目がオロオロと揺れ泳ぐ彼女の瞳。いや、それはないはずだ。あの薬のせいでとんでもないことになっていた俺は絶対に外には出れない。出たら社会的に死んじゃう。無意識のうちに外に出ることもできないぐらいだし、金藤さんの見た人は他人の空似だろう。

 

「ひ、人違いじゃないですか? 絶対に外には出れませんし」

「――ドッペルゲンガー?」

 

「まさか、そんなはずは……はは、さすがにそれはないですよ――えっと、ところでどうしてここに入れたんですか? 鍵は女になってからは人一倍気を付けているのですが……」

 

 話がややこしくなりそうだったので強引に話を切り替える。彼女も気持ち悪くなったのかこの話はやめていつも通りの状態に戻った。

 

「あー、実はね、さっきここに謝りに来た時に亜里沙って言う人と会ってここ、開けてくれたの」

「亜里沙に? アイツ確か今日は仕事なはずだろ……?」

 

 電話ですでにベルリンの方に話は通したが俺は事実上の音楽界隈からの追放的な意味で名簿から除籍された。だが、亜里沙は当然まだあそこに所属してるし別の仕事がもうすでに始まっているはず。

 

 そもそも日本にすらもういないと思っていたが――そうでもないのか? 金藤さんの言うことが本当ならまだここで仕事、もしくは休暇を取っているということになるが……あとで聴いてみるか。

 

「それにしても、亜里沙って人凄く美人さんだったなぁ――ねぇ、二人はどんな関係なの? ……うふふ、もしかしたら恋人さんだったり?」

「元、恋人です。大学時代の終わりぐらいに別れてからはビジネスパートナーみたいな関係だったんです」

 

「おーいわゆる元カノってやつ? あんなに可愛い子が彼女だったなんて姫川さんも意外とやるねぇ――私なんか男の頃はずっと童貞……彼女なんてもできやしないし、灰色の人生だったよ」

「ふふ、いいでしょ? でも、今の金藤さんにはたくさんファンがいるじゃないですか?」

 

「いるけどさぁ、やっぱり未練あるよなぁ……自分の貞操観念に……アイツは逝ってしまったの、自分の宿命を果たせずに……」

「カリューアのセリフですね。自分は――いや、宿命は果たされた。生きるという守るという立派な天性を果たして――って、返せばいいんですかね?」

 

「おお、メルフィルのセリフ! ふふ、姫川さん結構、声マネうまいねー!」

「オペラとかの演技派もしてましたから――残念ながらメルフィルの限定ガチャは当たりませんでしたけど……」

 

「ぷはははっ! 自分は当たりましたよ? カリューアは当たらなかったけど」

「自分の演技した役は出なかったんですねー」

 

「まあ、メルフィルは強いからいいけど……でも、不遇のカリューアをいじめるヲタクは許せません。あの子、私すっごい好きなんですよ。もう、はらわたが煮えくり返る……ぐぬぅ……」

「だな、弱いけど叩きが過ぎますよ、アレは……」

 

 またまた二人でヲタクトークを繰り広げる俺たち。結局は次の行動を移せたのは三十分経った後からだった。

 

「すいません、着替えと歯磨きしてきますね」

「いってらー!」

 

 ニコニコとしている彼女を残して俺は着替えと歯を磨きに洗面所へ向かう。その間、金藤さんにはさっきの部屋で待っててもらうことにした。

 

 洗濯機の前に立つとパジャマを脱ぎそれを入れる。脱衣所の引き出しに入ってた着替えを取り出して身に着けていく――あ、ちなみに下着はあのあと自分で無難なモノに買い替えた。あんなの着てられねぇし、スカートを履く以上リスクが高すぎる。

 

「……う~ん、やっぱりスカートは慣れそうにないなぁ……」

 

 鏡の中にいる金髪の女の子が意にそぐわない表情をしている。ひざ丈の赤いチェック柄のスカートに上は半そでの白いポロシャツ。適当に合わせてきてみたけどいまいち女子の服装はどうすればいいのか分からない。まあ、別に気にすることもないしこれでいいか。

 

 分からなかったら亜里沙とか金藤さんに聞いてみればいいし、そう思った次に俺は歯磨きを済ませて顔を洗い待たせている金藤さんの元へと急いで戻った。

 

「おー、おかえり! ――う~ん、もうちょっと可愛いの着れなかったの? この間のミニスカやつは髪型からして気合入ってたのに……」

「アレは他の人にやってもらったんです。それに可愛いっていうのがいまいち分からなくて――……って、何を見てたんですか? ずっと壁の方をボーっと見てたみたいですけど?」

 

「ん? あー、アレだよ。あそこに掛かってる賞状。あれって姫川さんのヤツでしょ?」

「ん――? あっ、そういえばこんなのあったなぁ、うん、これは自分のですよ」

 

 彼女が指さす方を見るとそこにはたくさんの症状が掛かっていた。居間の端に飾ってある今までの俺の努力の結晶。実家の方にもたくさんあるがここに一部だけ飾ってある

 

 全日本ピアノコンクール最優秀賞。サキソフォン独奏金賞。東アジア歌唱コンクール特別優秀賞……あと、他にも写真などがたくさん飾ってある。金藤さんはそれらを羨望の輝きを持った目で見つめていた。

 

「凄いよねぇ、全部優勝とか金賞――逆にそれ以外はないのか?」

「ないですね、確か子供も頃のヤツはいくつかはあった気がしますが……」

 

「うわぁ~やっば……本当に世界的音楽家なんだ――あっ、これって男の頃の姫川さん?」

「ん、あー、そうですよ、どうですか?」

 

 飾ってあった写真に食いつく本当に子どもの女の子のような彼女。指さす方向にはサックスを持って黒髪の女の子と一緒に映る金髪の男の姿があった。だいたい、高校生ぐらいの時のヤツだな。

 

「すっごく背が高いねー、となりの女の子と比べると小屋と豪邸ぐらいの差があるよ」

「ど、独特なたとえ方ですね……高校生の時でもう185㎝はありましたから」

 

「185ッ!? はは、男の頃の私と20㎝も違う――……今はこんなにちんちくりんなのに……」

「ちんちくりんって……確かに今は金藤さんよりも背は若干低いですけど……失礼ですねぇ」

 

「だって本当に今は小さいじゃないですか――ん? あれ? もしかしてこの隣にいる女の子って」

「よく分かりましたね。隣に居るのは高校時代の亜里沙ですよ」

 

 となりで一緒に映っている黒髪の女の子――当時、十五歳だった亜里沙だ。今の彼女とは違い髪型は肩にかかるぐらいで短めで俺の腕に寄りかかって満点の笑みを浮かべピースをしている。

 

「ずいぶんと仲が良さそうですね。若干、今の亜里沙さんと雰囲気が違う……?」

「あぁ、あの頃は本当に凄いぐらいに落ち着きがなかったからな。こうしていつもスキンシップしてきて大変だった。今の金藤さんよりも元気ッ子でしたね」

 

「マジですかッ!? 今の亜里沙さんは大人の女性って感じだったのに……」

「今はかなり落ち着いたからな。でも、たまに悪乗りするけど」

 

 あの下着のことを思い浮かべながらそう言う。でも、アイツ、大学時代まではハチャメチャな性格だったよな……? 大人になって急に変わったと記憶している。何か劇的な変化でもあったのか?

 

 言われてみると不思議なこの感覚。なんだろうか……? と、思っていたがすぐに考えを止めた。まあ、社会人になって自分も変わらないといけないと思ったんだろう。人間ってそんなもんだ。

 

 昔は昔、今は今は、確かに昔の亜里沙も今にないところがあって良かった。写真に入り浸りながらそんな遠いころの懐かしさに目を細めていると金藤さんが突然こちらに振り向くと思えば両手で俺の肩をがっしりと掴んでくる。俺は小動物のように体を震わせた。

 

「きゃっ!? い、いきなりなんですかっ?」

「うんうんっ! この実績にこの音楽能力ッ!! 絶対にいけるよっ!! ――ねぇ、今ってもう音楽の仕事やめたんでしょ?」

 

「え? あー、うん……除籍されたから引退したみたいな感じだけど……それが?」

「じゃあさ! 私みたいに声優とかアイドルしてみない!?」

 

 え? あー、あいどる? そんなこと青木にも言われたなぁ……すっかり忘れてたって――……

 

「――えっ、ええええ!?」




 今回もご愛読ありがとうございました。またまたお知らせですが章のタイトルを変更するかもしれませんのでご了承ください。次回もどうかよろしくお願いしますです!


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スターズプロダクション、新たな生活

「おおおおおおお願いしますッ!! 本当にメンバーに入ってくるんですかッ!?」

「は、はい……何度もそういってるじゃないですか――」

 

「本当ですかッ!? 本当にメンバーに入ってくれるんですねッ!?」

「だ、だから何度もそう言ってますって……」

 

 聞こえているのか聞こえていないのか――やれやれ、なんだか頭が痛くなってきた。

 

 あのあと部屋で勧誘を受けた俺はさっそくというか急にこれでいいのか? と、言いたいレベルで金藤さんが所属するスターズプロダクションに連れてこられた。てか、偶然が過ぎると思えば金藤さんと青木さんの勧誘がどちらも同じことを言ってたなんて……もはや運命。

 

 しかも、大手企業のスターズとか聞いてないぞ……たぶん、音楽界に所属したままだったら絶対にアイドルなんかなれなかっただろうな。女としての姫川望愛になれたからここに来れた感はある。

 

 今の俺はどこにも所属――いや、ただの日本に住んでいるハーフ少女。生活金とかは貰えるとはいえニート生活は長くしててもいけないし地道にアイドルやってもいいかな。って、思っていたが、スターズだったなんて……地道とはいえない派手な女の子人生になりそうだ。

 

「あはあはあはあは――ゲホッ! ゲホゲホ! む、むせたぁ……」

「ちょっと、落ち着きなよ。青木さ~ん?」

 

「ゲホゲホ……それにしても、まさか結友ちゃんと望愛ちゃんが友達だったとは――そして、その望愛ちゃんをここに連れてきちゃうなんて……っ! さすが、我が事務所が誇る声優よ!」

「せ、正確に言えばちょっとだけ別系列だけどね、まあ、お隣さんみたいなもんだけど」

 

「でも! 系列は同じでしょ!? 友達、家族、仲間よ。結友ちゃあああん!」

「あ、はぁ、そうですね。家族だよね……」

 

 あまりにも騒がしくてやかましいアイドルマネジャーに若干引いてる金藤さん。あ、あの元気な金藤さんがテンションで圧倒されているなんて……? 本当にうるさい人だ。

 

 殺風景な部屋なのに賑やかに感じられるほどだ。ここの室内は出入り口が一つに大きな窓が一つ。中央にはテーブルとそれを囲む四つのパイプ椅子。俺たちは二人隣で入り口側の椅子に座り青木さん大きな窓を背に一人だけで向こう側に座っている。

 

 目の前の青木さんはずっと荒ぶっている。俺はずっと引いている。金藤さんもテンションに圧倒されて唖然とした表情で固まっている。

 

「ふぅ……子供の前なのに大人げない姿を見せてしまいました……でも、本当に嬉しいですよ。望愛ちゃんが本当に入ってくれるなんて……っ! これでメンバーが揃いました!」

「確か、他に自分含めて三人必要だったんですよね? 他の子はもう集まってたんですか?」

 

「えぇ、しばらく前にね。でも、なんか――ビビッて自分に雷が走ったような――その……この子がいいなって子が全然見つからなくてね……だから、その雷のノアちゃんが来てくれてホントに……嬉しくて……」

「凄く嬉しいってことはもう分かりましたよ。あはは……」

 

「うふふ、今日からよろしくね! ――……結友ちゃんも協力してくれてありがと、まさか、軽く頼んでいた結友ちゃんが連れてきてくれるなんて……ホント、感謝っ!」

「それほどでも……私も今のあのユニットを助けれるのは姫川さんだけだって思ったし……」

 

「うんっ! こんなにビジュアルが完璧なんだもん! 音楽もできるみたいし――あっ、聞いておきたいんだけど、音楽ってどれほどできるの? どんな経験とか特技があるか知っておかないと!」

 

 机に少し身を乗り出して窓から見える太陽が差す青空を背に聞いてくる。う~む、どれほどか……か、難しい聞き方してくるなぁ。なんて言えばいいんだろ? ――と、考えていると……

 

「むふふふ、青木さん! 驚かないでよね? 姫川さんはなんと世界的な――むごっ!?」

「ば、ばかっ! それはダメだろッ!!」

 

 慌てて口を押えて最悪なカミングアウトを防ぐことに成功する。青木さんはその様子を目を玉のように丸くして見ていたが「あはは」と愛想笑いで誤魔化す。

 

 もういいかな? 金藤さんの口を塞いでいた手を離すと不機嫌そうに口を尖らせて怒ってこちらを睨んでいた。バカ野郎、なんで戸籍が変わったのか聞いてなかったのかよコイツ……っ! と、言いたいが必死にこらえて左耳に耳打ちする。

 

「こら! なんで正体を隠してるか思い出してください、今は男じゃないから世界的な音楽家の姫川望愛ですっていうのは無理があるし、変に怪しまれたらどうするんですか?」

「……あ、そうだった……えへへ……」

 

「ったく、気を付けてください……金藤さんもそうなんですから……でも、どうしたもんか……」

「じゃあ、控えめに地区大会優勝とかは?」

 

「それでも女としての音楽の実績は何もないですよ。経歴に特技か……難しいことになったなぁ」

 

 都合の良い言葉がなかなか見当たら凝り固まった頭を抱える。

 

 言うまでもないと思うが春先生やその関係者ができるのはあくまで生まれた時から今に至るまでの必要最低限の経歴を作ること。あくまで生活に困らないようにしてもらえるだけ、ある意味だけど俺は彼女らに貰った女の姫川望愛を演じて生きていく――そういった解釈ができるだろう。

 

 そのように考えると、この体ではそんな音楽関係で大きな実績は作ってない……それどころか何もないただ平凡なただの女の子だ。だったら、ここで答えるべき解答は――

 

「……えっと、音楽はただの趣味です。でも、誰にも負けないぐらいの意気込みはあります!」

「そうそう! 本当に姫川さんは音楽上手なんだよ! たまにキャラソンとかの仕事の時に私にたくさんアドバイスできるぐらいに上手」

 

 今度はうまくフォローを掛けてきてくれる金藤さん。俺たちの言葉を聞いた彼女はふむふむと顎に手を当てて小さな植物を念入りに観察するみたいな目でこちらを見てくる。

 

「ふ~ん、そうなんだ。実力はどの程度なの?」

「ふ、普通の人がこれぐらいだったら、自分はこのぐらいです!」

 

 日本語が通じない外国人に話すときみたいにオーバーなジェスチャーをしてみる。多少無理やりな感じがするが青木さんはクスクスと微笑をしながら聞いてくれていた。

 

「ふふふ、それだったら凄い上手ってことじゃない」

「はい、ピアノだったり歌だったり楽器だったりなんでもやれますよ!」

 

「そんなに上手だったらコンクールとかにも出ればいいのに――出たことないの?」

「出場経験はありませんね……口だけになりますが……」

 

「そっか……残念ですね。実績とかがあればたくさんPRできるのに」

「ううん! 青木さん、本当に姫川さんは凄いんですよ! 天才なんですよ! たぶんこのスターズに匹敵するアーティストはいないよ!! デビューしたらヤバいと思う」

 

「そ、そこまでなの? で、でも、そんなに上手だったら有名になったりとかしてると思うけど?」

「隠れた天才音楽家ってところだよ。だって、私は姫川さんの部屋でたくさん賞状――もごっ!?」

 

「だーかーら! それは言っちゃダメって!」

 

 またまた口をふさいで発言を止めることになってしまった。手を離すと「ごめん」と言ってきたけど。ちょっと、ムカついたから「ふん!」とそっぽ向いたら無視のトラウマが蘇ったのかテンションが世界恐慌並みの急暴落した。

 

 ちなみに、この後にこの時のことを聞いたら「本当に仲がいいんだなぁ」と思っていたらしい。俺と青木さんの話はまだまだ続く。

 

「ん、じゃあ、ダンスとか運動の経験とかは?」

「な、ないですね……それはまったく……」

 

「そ、そっか……さっきも言ったけど、本当なら実績があった方がいいの――まっ、好きならどんどん上手くなっていくと思うよ。他の子はかなりの実績があったりするけど……可愛いから大丈夫!」

「は、はい、追い付けるように精進します……」

 

 青木さんの表情を見ていると……うん、あんまり実技面ではダメかな? と、思われてるような気がしていてならない。いや、絶対にそう思われてる。逆に言うとそれらを帳消しにしてまで弄ぶほどに俺の外見が優れているということなのか? 一目惚れってヤツじゃないかそれはぁ……?

 

 特技面に関しては効果はいま一つみたいな表情をされたが、話はどんどんと進んでいき軽くここの施設の紹介とか練習メニューとかの話だった。まあ、さすが大企業といったところだろうか。それもが凄く充実していて聞いてるだけでもワクワクしてくる内容だった。

 

 部屋の空気も最高だし俺も金藤さんも青木さんもみんな楽しく話せた。だが、最後にとんでもない話が出てくるとは考えてもいなかった。ここからまた話はスタートする。

 

「では、最後にだけど……って、たぶん子供の貴女たちにはよく分からないと思うけど、あとで保護者と学校の先生とかにお話し入れたいから帰りの時に大事な書類渡すね」

「え? 保護者? 学校?」

 

「ええ、そうよ。未成年だから当たり前じゃない。親御さんに許可は必要だし、早退だってしないといけないし、その辺の事情はちゃんとしないとね。一回ぐらいはお父さんお母さんに会わないといけないし」

「え、会う? ――は、はぁ、まあ、確かにそうですけど……」

 

 変な汗をじわじわと流して落ち着かない素振りで返事を返す。や、やばい、この病気になって特別処置を受けた人は年齢が十三歳からになる――まあ、これはどうでもよくて保護者と学校のことだ。

 

「ん? どうしたの? 急に弱気になって?」

 

 さっきとは変わって金藤さんの方から耳元に小声で話しかけてくる。俺はタイミングを見計らって青木さんに聞こえないようにして慎重に返事をする。

 

「ほ、ほら、不味くないですか?」

「え? 別に大丈夫だよ……私がちゃんと声優してるのが何よりの証拠――」

 

「違う違います、それはだいたい分かってたけど……うちの両親、どっちも今は海外にいます」

「――え?」

 

「しかも、日本に来る予定はここ五年はないです……」

「ええええ!? 大変だよっ! じゃあ、アイドルになれないじゃん! どうしようッ!?」

 

「こっちが聞きたいよ……」

「春先生に何とかしてもらおうっ!」

 

「そ、そんな便利アイテムみたいな扱い……ああ、どうするかぁ……」

 

 予想外のことで悩む結果となり再び頭を抱えることになった中、青木さんの声が俺を現実へと引き戻していく。

 

「え、えっと、二人とも~? 今の話聞いてた? 結友ちゃんは仕事、望愛ちゃんはさっそくメンバーと顔合わせだよ~?」




 おはようございます。寒い中今回もご愛読ありがとうございました。
 お知らせで章のタイトル変更しました。なろうの方もそろそろ更新できそうですのでそちらの方もよろしくです。次回もどうかよろしくお願いします。


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喧嘩が絶えないメンバーたち

 だいたいあの部屋から移動してから随分と経った気がする。いったいどれだけ歩くのか? 大企業の社内を移動するのはある意味公園の外周を歩く散歩よりもいい運動になるかもしれない。毎日通うと言われれば少しだけ面倒くさいなと思っちゃうけど。

 

「――ふぅ、やっと着きました。ここでみんな練習してるはずよ」

「はい、なんだかすごく緊張します」

 

「大丈夫、ちょっと個性的な子が多いけどみんな良い子よ……入ろうか?」

 

 青木さんの言葉にゆっくりと頷くと彼女は練習中と書かれた扉を堂々と開けて中へと入っていく。俺はそんな彼女の背中に着いていき扉の中へと吸い込まれるようにして入室した。

 

「みんな、おはよう――って、あれ? 練習は?」

 

 だだっ広い部屋の中に青木さんの腑抜けた声が響き渡る。

 

 中は小さな体育館のようになっていて下手の入り口で靴を脱ぐスタイルになっている。だいたい三十人ほどぐらいは余裕で入ってしまうぐらいの大きさの室内の中でたった四人の女の子たちがジャージ姿のまま二人一組になって何かあったのか睨みながら向き合っていた。

 

「あ、青木さんっ! 大変なんですよっ!? また、二人が喧嘩して……止めてくださいッ!」

 

 ブロンズ色の髪色をした女の子がこちらの方までやって来くると奥の方を指さす。け、喧嘩って……しかも、またって言ってることは何度も起きているってことだろ? 喧嘩絶えないアイドルグループなんて大丈夫なのかよ? 空気もなんだかピリピリしてるし。

 

 肉食獣同士の戦いを見守るかのように青木さんの背中に隠れて奥の方へと目をやると確かに何かを言い合っているようだった。銀髪の髪と金髪の髪が荒ぶるように揺れていた。

 

「もう、今日は望愛ちゃんも来てるのに……いつも喧嘩して……っ!」

 

 喧嘩の様子を見ていた青木さんは盲点を突かれたかのように呆れた表情をすると肩をすくめながら喧嘩の爆心地へと向かっていた。ずいぶんとヒートアップしているの声がどんどんと大きくなる。

 

「アンタが私の言う通りに踊らないから失敗したんでしょ!? この没落貴族!」

「聞き捨てなりませんわね。平民風情がこの英国貴族の(わたくし)を侮辱するなんて!!」

 

「ふんっ! もう、私は限界よ! アンタらみたいな下手糞なヤツとはもうやれないわっ!!」

「こちらこそ同じ意見です。低レベルに合わせていた私が愚かでしたの、これからはずっと私は自分の好きなようにやらせてもらいますわ」

 

「ちょっと、アンタたち! いい加減にしなさいッ!!」

 

 初めて聞いた青木さんの怒声がビリビリと響き渡る。さっきの楽しく三人で談笑していた彼女はここにはいなかった。しかし、結構……いや、たぶんこの子らやばいぐらいに仲が悪いぞ。本当にこれでやっていけるのかよ? 一緒に歌うのにこれじゃあ絶対にダメだ……

 

 アイドル初日からチーム分裂の危機に出会わすなんて……靴を脱いだ俺はその様子をジッとした目つきで見守る。隣で心配そうにこの光景を見ていたブロンズ髪の少女と一瞬だけ目が合う。どうやら俺のことが気になっているようだがすぐに目を離して四人の方へと注目を向ける。

 

「青木さん、(わたくし)はこの下品な方たちとはやってられません。抜けさせてください。もしくはこの無能なリーダーの解雇を要求します」

「こ、こら! エレナっ! やめなさいっ!」

 

 青木さんが金髪の女の子の対してそう言うが銀髪の子は反応してしまう。銀髪の子は火山が噴火したかのように顔を真っ赤にしてさっきよりも大きな声で怒鳴る。

 

「はあっ!? あ、アンタ! 私にぶっ殺されたいの?」

「エリザも殺すとか絶対に言ったらだめっ!」

 

 青木さんが頑張って必死に止めに入るが喧嘩は止まらない。金髪の子はこんなにもドロドロとした居心地の悪い場所にも関わらず、暑い中でアイスを食べて涼んでいるかのような住んだ顔をしてる。

 

「ふむ、殺すですか……やはり下品で低劣な方ですね。脅迫罪で訴訟を起こしましょうか、きっと、我が一族の優秀な弁護士が貴女にお似合いな刑務所にお入れになさってくださるでしょう」

「やれるもんならやってみろ! この猿知恵女!」

 

「汚い言葉を使ってあたかも強者のように振る舞う。弱者の典型例ですね、ダメな人間になったらいけないという見本で全国の学校で流しましょうか? 客観的に見て動物的なのは貴女でしょう――心底、貴方たち二人には疑問を覚えずにはいられませんね。こんな低レベルな――きゃああっ!?」

「このクソ女!! 本気で死にてぇのかッ!?」

 

 銀髪の女の子の堪忍袋の緒が切れて我慢の限界に達したのか容赦ない暴力が襲った。顔を叩かれて上半身を押されて吹っ飛ばされた金髪の子はドンッ――と、鈍い音を立てて床に倒れる。青木さんも流石に怒ったのか「やめなさいっ!!」と今日一番の大声を出して殴った彼女を取り押さえた。

 

 今あの子結構ヤバい音出して倒れたけど大丈夫かよ? さすがに見てられねぇな……俺は倒れた女の子の方へと駆け寄ると様子を窺う。唇が切れて出血してるのか口元が少し赤くなっていたがすぐに起き上がり取り押さえられている銀髪の子をさっきの涼しい顔とは違って心から呪うかのような目つきで睨んでいた。

 

「流石に本気で怒りますよ? 私に血を流させるなんて……」

「アンタがあんなこと言ったのが悪いのよっ! ――もう! 離してッ! 悪いけど、もうアンタたちとは練習はできないわ!」

 

 よく見ると涙目になっている彼女。それを睨む金髪とブロンズ髪の女の子。銀髪の子を取り押さえている青木さん。それを見守る赤髪の女の子。んで、完全に蚊帳の外の俺。

 

 ホント、話に全くついていけてない。青木さん以外は全員初対面だからどういう人たちなのかも分からないし、この喧嘩が何がどうやって起きたかも全く予想がつかない。

 

 ただ、状況から整理すると結構な頻度でこの子ら喧嘩しているみたいだ。こんなんじゃあ、アイドルになる以前の問題じゃないのか? 面倒くさいところに来てしまったなぁ……

 

 ことの成り行きを見守っていると青木さんが銀髪の子を離した。すると、ずっと傍観する側に回っていた赤い髪の子がやって口を開いた。

 

「……青木さん、私たちは今日は第二室の方にいきます……行こ、エリザ?」

「同感、行きましょ……! ――じゃあ、またね。元、チームメイトさん」

 

 少し落ち着いたのか普通の声でそう言うと、解放された彼女は一緒にいたもう一人の子を連れてここから去って行ってしまった。去り際の嫌みに腹がったのかここに残った二人はムスッとした顔をしていた。

 

 バタンと扉が閉まる。嫌で冷たい居心地の悪い重い空気と俺たち四人だけがここに残された。嵐が去った後のような何とも言えない静寂さだった。

 

「エレナちゃん大丈夫?」

「ええ、少し血の味がしますけど体の方は大丈夫ですわ」

 

「ティッシュ使う?」

「お言葉に甘えて……まともなのはレティシアさんだけですわ」

 

 金髪の子とブロンズ髪の子は仲が良さそうにお互いを慰め合っていた。二人はあの子らと比べて仲が良い方なのか? 微笑みを交わし合っているし……どうやら単純なことじゃなくて結構複雑そうな問題だな。

 

 だが、しかし、最悪な顔合わせになってしまったな。さっき出ていった二人は俺のこと覚えてすらいないだろ……? たぶんだけど、認知すらされてなかったと確信できる。何のための挨拶だよと感じてしまうが一番の被害者は青木さんだろう。

 

「はぁ……こんなに酷いのは初めて……」

 

 亜里沙も言っていたがマネージャーというのは本当に神経を使うみたいだからこんなふうになっていたら身も持たないだろう。

 

 糞居づらい空気だな……みんなから一歩引いたところでボーっとこの光景を傍観し、突っ立っていると青木さんがトボトボとした幽霊のような足取りでこちらに歩み寄ってくる。

 

「はぁ……望愛ちゃんには本当に申し訳ないわ……ごめんなさい、いつもはこれほど酷くないの」

「あ、は、はい、しかし、大変なことになりましたね」

 

「まったく、マネージャーとしてどうすれば……あー、彼氏もできないしなんでこんなことに……望愛ちゃんが来たと思ったらまたまた大変なことになった、本番は近いのに全然まとまらないし、このままだったら私――左遷されて……そ、それだけは何とか阻止しないと! うぅ、今回のは酷すぎるよ……うぅ……」

 

 大事なモノを無くしたときみたいな追い詰められた表情をしている青木さん。最後らへんは何言ってるか分からなかったけど……その、マネージャーも大変だな。俺もここに入ると決めた以上は仲直りの手伝いをしていきたいんだが――

 

「叩くなんて……サイテーだよねあの人たち」

「私は本当のことを言っただけですのに」

 

 ダメダメだな。彼女ら二人はこの子らも完全にさっきの人たちを目の敵にしてしまっているみたいだ。ずいぶんと骨が折れることになりそうだなぁ……最悪、どっちの中にも入れずに共通の敵にされていじめ――いや、そんなことを考えるのはやめておこう。

 

 二人で話す少女、頭を抱える青木さん、そして、いろんなことに頭を駆け巡らせる俺。それぞれバラバラに全然違うことをしていたがそれもとある一言によって終わることとなる。

 

「ああもう! なんで貴女たちはそんなに仲が悪いの!? 暴力沙汰にもなっちゃったしどうするのよっ!?」

「大丈夫ですわ。もう、彼女は傷害罪で訴訟を起こせますわ。貴族に逆らった報いを受けてもらいます」

 

「だから、そういうことじゃなくて! どうしてエレナちゃんはそうドライなの? さっきのもそういうところが原因じゃなの?」

「ち、違いますわ。私は正しいことをしただけ……もう、さっきのはどうでも良いと思いませんか? 私はそれよりもずっとその子が気になってなりません」

 

「私も気になっていましたの。見たところ私たちと同じみたいですけど――もしかしたら……」

 

 やっと二人が食いついてくれた。よし、来たぞ! と、意気込んで俺は一歩前に出て自己紹介をする準備をする。ここはやっぱり中身が大人であるがうまくみんなをまとめていくべきだな。入ると決めた以上はこのユニットに貢献していかないと。

 

「はい、私は――……」

「この子は望愛ちゃんって言うの、貴女たちと一緒の新入組よ。本当はあの二人を入れて今日は仲良く自己紹介しようと思っていたんだけど……喧嘩しちゃってたからこんな感じに」

 

「そうでしたの? ごめんなさいね。見苦しいところをお見せしてしまって」

「……あ、ははは、気にしてないのでいいですよ……とほほ」

 

 青木さんに先を越されて紹介されてしまった。まあ、いいや、二人の表情をから見ると悪い印象を抱かれてる感じではなさそうだ。よしよし、ここから上手く溶け込めていってなんとかみんなの仲を良くしていければなんとか持ち直せるか?

 

 考えふける俺に金髪の子が歩み寄ってくる。

 

「うふふ、じゃあ、私も紹介させていただきますわ。私の名前はエレナと言います。お母様のイギリスの高貴なる貴族の血と日本の大企業の社長であるお父様の血を引く完璧な人間でございますわ。同じ新入組として頑張っていきましょうですわ」

「は、はい、よろしくお願いします……」

 

「ふふ、大船に乗った気分でいなさい」

 

 その大船、仲間と撃ち合って沈みそうなんですけど……まあ、いいや。

 

 彼女は俺とは違ってどちらかと白色に近い金髪をした女の子。イギリス貴族の末裔らしいエレナさんは自信満々な様子で自己紹介してくる。目は俺とは違ってエメラルドグリーンで釣り目気味。背丈や体格は俺よりも少し大きい。

 

 髪型は長い髪を後ろで止めてポニーテール。残念ながら来ている服がジャージなために華に欠けるけど振る舞いや行動などに身から溢れる気品がある感じがする。子供の割には振る舞いが丁寧だったり、一つ一つの仕草や動作だったりに高貴な自信が含まれているような……でも、どこか棘があったりようにも感じられるたぶんこの子の身から溢れるプライドの高さがそう感じさせているのだろうか。

 

 エレナさんのとなりに今度はブロンズ色の少女がやって来る。

 

「私はレティシアって言います……あ、いちおう出生のことを言うとお父さんが日本人でお母さんがフランス人です。特に貴族とかそういうのはないけどアイドル活動頑張ってます!」

「こちらこそよろしくお願いします! レティシアさん!」

 

 今度は金髪ではなく綺麗な銅色の髪の毛が舞った。目は俺と同じ青い色をしているが彼女の方が薄いような気もする。髪はそこまで長くなくてレッスン中に髪を結ぶ必要がないぐらい、ボブカットというやつだろうか。

 

 エレナさんとは違ってどちらかというと金藤さんのような性格のタイプと見た。二人とも、こうやって見てみると普通だけど何がそんなにこの子を喧嘩に入り浸ってしまうのか?

 

 とにかく、まだまだよく観察していく必要がありそうだ……




 今回もありがとうございました。もしかしたら、一部書き直すかもですがその時はまた軽くチェックしてくれると幸いです。


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