世界から天才音楽家と呼ばれた俺だけど、目が覚めたら金髪美少女になっていたので今度はトップアイドルとか人気声優目指して頑張りたいと思います。 (水羽希)
しおりを挟む

序章
後戻りできない過去


「貴女はこのまま女の子のままでいたいの? それとも男に戻りたい?」

 

 目の前の少女は俺に向かってそんな言葉を発してくる。軽くて高い柔らかな声音のはずなのに重く響くように重圧なプレッシャーが襲い掛かってくる。

 

 まるで、この控室全体が抑圧されたかのような感覚。自分よりも小さなはずの彼女が大きく見えた。

 

「も、戻りたいのに決まってるさ。だって――」

「ふ~ん、じゃあ、今すぐ元に戻してあげようか?」

 

「…………」

 

 圧力に負けないように一生懸命声を出してみるが彼女がそう言うと簡単に黙り込んでしまう。

 

 残念だが口ではそう言っても自分の本心はそうではない。正直、もうどうしたら良いのか分からない。どっちを選ぶかなんて……

 

 居たたまれなくなり彼女から逃げるように視線を逸らす。長い金髪の髪が揺れて視界を掠める。

 

 一連の動作から彼女も重々承知のようで……

 

「ふふん、分かってるよ。貴女はもう気軽に決断できるような立場じゃない。どっちも大事だからね~、まっ、でも、時間切れ前までには決めておいてね? じゃないと取り返しがつかないことになるから」

 

 気軽そうにそう言うと彼女は軽い足取りで歩み始め、横を通り過ぎて部屋の出入り口に向かう。

 

 すると、「バイバイ♪」という楽観的な口調でそう言い残すと風のようにこの場から去っていった。

 

 どうしてこんなに大変な自分に対してこんな態度でいられるのか。一番分かっているヤツなはずなのにとてつもなく腹が立つ。

 

 なぜ、自分だけがこんなに理不尽な目に合わないといけないのだろうか。女になって今日まで慣れないなかでこんなに頑張ってきたのに。

 

 ――……もう! こんなことなら最初からやめておけば良かった。あの時に変な努力をしないで素直に諦めてしまえば良かった……!

 

 なんとも口に出しづらい後悔の念がグツグツと湧いてくる。

 

 身に纏っている華やかな可愛らしいアイドルの衣装とは正反対のどうしようにもない真っ暗で後ろ向きな感情。

 

 そりゃ、自分だって男に戻れるのなら戻りたい。でも、一概に友達――仲間を裏切るような行為はしたくはない。だけど、恋人を裏切ることだってしたくもない。

 

 もはや完全な手詰まり。このまま回答期限までずっと黙っておこうかな……? でも、アイツは答えがないととんでもないことになると言っていた。

 

「――くそっ! もっと早くからこのことに気づいておけば……っ!!」

 

 小さな手で握りこぶしを作りギュッと力を入れる。

 

 ――期限まであと十日しかない……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天才音楽家、金髪美少女になる
うん、女になったから仕事休めるな!


 

 よく晴れた朝。ベットのすぐとなりにある窓からほわほわとした暖かな日差しがカーテン隙間から漏れ出ている。

 

 微睡の常闇を払うかのように照らすその光は、俺を夢から現実に引き戻すかのように眠気を消し去っていく。もう、朝なのか……

 

 顔全体に太陽の熱を感じてまだ眠気の重さが残った目蓋をゆっくりと開く。朝日に照らされた薄暗い部屋の天井。静かで霧みたいな灰色の景色。

 

 この季節にしては冷たくてしっとりとした空気が漂っていて、思わず鼻から下の顔の半分を布団の中に隠してしまう。ぽかぽかとした自分の温もりが感じられて気持ちいい。

 

 ほわーっと思わず再び目を閉じて一抹の余韻に浸る。ほら、目覚めの良い朝のこのかすかな眠気と布団の温かみって一つの幸せみたいなものだろ? このまま二度寝してしまいたい……

 

 目蓋の上から貫通してくる光を鬱陶しくも思いつつ穏やかな呼吸を続ける。昨日はバリトン歌唱の独唱とかの練習で疲れたからなぁ。もうちょっとぐらい寝てもいいよね。

 

 勝手な言い訳を考えて体の上からズレかけている布団の位置を整えると、すぅーすぅーと女の子みたいな柔らかい寝息を続ける。

 

 呼吸をするたびに胸が波打つかのように上下する。ただ無音の部屋に柔い俺の呼吸する音が響く。細くて艶麗な高いソプラノの音。

 

 「んん」漏れ出す唸り声もなんだか妙に女らしい色っぽい声だった。

 

 んー? なんか今日の俺、妙に色っぽいな。声、壊した?

 

「――……んん…………ん?」

 

 なに? なんだこの変な感じ。声が変って……いうか高い? いや、裏声とかそんなんじゃないくて……ナチュラルに地声が……って――えっ?

 

 あまりにも不思議に思って「あーあー」声を出しながら響く胸に手を当てたところ、声だけじゃなくて体に変化が起きていたことに気づく。

 

 ――ふにっと柔らかな感触が手から……触ると弾力を持つ膨らみが二つ。服越しでも感じれる男にはないはずのアレがある。

 

 えっと、これってつまるところおっ――ってはああああああ?

 

 バサッとロケットのように体を起こして布団を跳ねのけた。空気は一瞬のうちに青から赤色と移り変わり冷たいとか温かいとかはもうどうでもよかった。

 

 ――え、えぇ? な、なにこれ……!?

 

 おそるおそる視線を下ろすと、真っ白なシーツの上には自分の変わり果てた太ももから膝にかけての脚が映った。背丈が合わずにぶかぶかになっており、つま先まですっぽりと隠れてしまっている。

 

 しかし、そんなサイズが合わなくなったぶかぶかの服の上からでも分かるほど体の変化は劇的なモノだった。脚の全体は完全に女の子っぽく丸くて綺麗なふっくらとした曲線を描いている。

 

 男のあのゴツゴツとした足の形は完全に消え去っていた。

 

 上半身は言わずもがな服はぶかぶかになっているが、胸は先ほどの通りに膨らみを持っておりパジャマの布越しに小さいながらもその膨らみを強調していた。

 

 裾から出ている小さな手、はだけて襟首から露出している綺麗な鎖骨のライン。現実を受け止められずに口から漏れ出る「あわわ」と言語になっていない少女の声。

 

 どれもこの現実が俺が女になったと訴えるには充分な証拠を持っていた。

 

 でも、こんなことすぐに受け止めることなんてできるだろうか?

 

「えっと、ゆ、夢でも見てるの……?」

 

 そんな非現実的なことに対する定番なセリフを吐いて見せる。

 

 だって、まったくの意味不明だもの。何を言っているのか分からないと思うが文字通りに眠りから覚めたら女になってた。こんなのいくら優秀な科学者でも分からない現象だろう。

 

 いったい、どうなって……? うわっ、髪の毛も長くなってる……!

 

 長い髪の毛がチラチラと視界に入るとやっとのことで気づく。綺麗な輝くような金髪の色がそこにはあった。光を反射して宝石のように光を放っている。

 

 金髪で肌も真っ白だぁ……もともとハーフで半分白人だから肌も白いし金髪だったけど前の時とはレベルが違う。

 

 本当に白いし髪も綺麗なんだ。これは女になってしまったせいなんだろうか?

 

 手を首筋にやると長い金髪の毛に触れる。試しに手に取ってみるが明らかに男の時の何倍もの長さがあり、とてもさらさらとしていて触り心地がいい。

 

 次に頬っぺたを触るとすべすべで成人男性の触り心地ではなかった。まさに少女のきめ細やかな若々しい肌触り。その触っている手も細くて小さくて簡単に折れてしまいそうな見た目だ。

 

「あー! えっと、おはよう?」

 

 自分の声を試しに出してみる――うん、なんて可愛らしい声。まるで声優さんだ。鈴の鳴るような凛とした綺麗な声音。なんて可愛らしい声。

 

 あの長年磨き上げたバリトン歌手としての響きも跡形も何もない。わははは、完全な女の子だー!

 

 おかしなテンションになって腕を天井に伸ばして拳を突き上げる。ぶかぶかになった袖口から細くてきめ細やかな綺麗な腕が顔を出す。ムダ毛一切ない女性から嫉妬されそうな珠のような肌。

 

 完全に俺は金髪美少女に仕上がってしまっていたのだ。

 

 ――はは、ははは……うむ、めっちゃ困る!! これでは困る! 今日はベルリンに戻る予定だったのに仕事ができない。非常に困った……! どうしようか……

 

 腕を組んで「う~む」と低い声で唸り声を上げる。それすらも高くてあの時の低くて太い声はもう出せそうにない。ふむふむと可愛い声でしかめっ面を浮かべて腕を組んでいる少女――そんな姿を想像するとどうにかなってしまいそうだ。

 

 それに残念ながらどうやらバリトン歌手生命は完全に絶たれたようだ。こんなんじゃあテノールすらできそうにない。てか、そんなレベルじゃない。

 

 ――もう女性歌手になるしかない。そもそも性別がもう違し。じゃあ、これから天才ソプラノ歌手を目指して再び世界へ――

 

「……んな訳ないだろ」

 

 自虐的なノリツッコミを入れる。今からやるにしても大変だし、そもそもそんなことやっている場合じゃない。いったい、どうしたらいいものか……?

 

 うむ、まあ、何はともあれとりあえずこのことは報告しないとな。

 

 思い立ったのが吉。ベットから這い出てカーペットが敷いてある床に足を付ける。

 

 ――ズズズ……パサッ!

 

 すると、自分のパジャマのズボンとパンツが脱げて「あっ……」と間の抜けた声を漏らす。

 

 眼前には相棒が消えうせた股間やすべすべの太ももが露わとなり、頭の中には女の子がやってはいけない格好している自分が脳内スクリーンに映し出される。あまりにもの痴態。

 

 ――自分のとはいえ異性の下半身はそこそこ堪えるな……あんまり見ないようにしよう。ここでジッと見つめたままだとなんか変態っぽいし。いけなさそうだしな。

 

 本来ならば童貞では生ではなかなか目にできない聖域を目撃した俺は視線を逸らして散らかった部屋の中を進む。

 

 紙や楽譜が散乱している床を歩き机の上に置いてあった充電していたスマホに手を伸ばす。

 

 大きくなったように感じるスマホを手に取り、SNSを使って俺の秘書的な存在のアシスタントに

 

『緊急事態、女になったから仕事無理かも!!(ごめんなさいをしてるスタンプ)』

 

 ……を送っておく。アイツならきっと分かってくれるだろう――……あ、そうだ。適当に証拠となる自撮りでも付随させておくか。

 

 そう思い立った俺はカメラを起動させた――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女になった自分の体を撮ってみる。

 

 カチッっとボタンを押してカメラを起動するとそこいたのは金髪の美少女だった。

 

 少女はスマホカメラをボーっと見つめていており、可愛らしくパチパチと二回まばたきをする。青いサファイヤブルーの瞳が揺れ、輝き――とても綺麗だった。

 

 画面の彼女は俺がやることなすことを鏡のように返してくる。手を上げれば彼女もまた手を上げて、口を動かせば彼女もみずみずしい唇を動かす。

 

 ――はは、マジでこれは夢なんじゃないかな? と、考えてしまう。でも、この子は確実に現実に存在しているし、こうして目の前にいる。

 

 そして、確実にその子は呼吸をして生きている。意思を持って感情を持って。

 

 ただ問題なのはこの子自身が俺だということ。なぜか? いや、分からんよ。そんなん、知らんうちになってた。

 

 ……不思議というかなんというか。つっか、俺という体はどこにいってしまったのだろう?

 

 てか、俺という存在はある意味消えてしまったのではないのか? 確かに意識を持ってこうして少女の中には俺という者は存在している。

 

 でも、肉体が変わりこうして女の子になってしまった俺。それは今までの俺と同一人物だとは言い切れるのか?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……そう言い換えたら――なんだか怖くなる。現にアイツはこんな俺を信じてくれるのか? ……いや、ダメだ。後ろ向きになったらそれこそ終わりだ。

 

 悲観するよりやるべきことやらないと。うん、前向きに前向きに……!

 

 首を横にブンブンと振ってうっそうとした気持ちを切り替える。

 

 スマホの画面の中の少女も同じように行動し、金髪がふわっと揺れてまるでイラストの一枚絵。とても美しかった。

 

 ……うーん、それにしてもナルシストとかじゃないけど、今の俺――めっちゃ可愛い。男の時なんかハーフだったけどイマイチだったから女の俺。すげぇよ。

 

 なんだろう。ドイツ人と日本人とのいいとこ取りってやつか? 白い肌や青い目、そしてこの金髪はドイツ人由来のモノ。見るものを誘惑する宝石みたいな見た目。

 

 そして、この子供っぽい可愛らしいフェイスは日本人特有のモノ。ベビーフェイスってやつ? あちら側の人って可愛いよりも美しい、そんな成長をするのでこの見た目はハーフならではの恩恵だろう。

 

 んで、まあ、おかげで今の俺は金髪美少女と言っても過言ではないぐらいの愛くるしい外見を手にした。

 

 アイドルとかやったら絶対に受けそう……ん? アイドルか。なんかいいな……今度はアイドルでも目指そうかな。

 

 ドイツ人ハーフ系美少女アイドル爆誕!! ……なーんてな。ふざけてないでとにかく自撮りを済ませてアイツに送るか。

 

 内カメラに目を向けてスマホを左手固定し、右手で適当にポーズを決める。自分の手よりも大きな画面を操作して……

 

 ――パシャ! と、カメラの音とともに俺の姿がスマホに焼き付けられる。画面にはピースをした金髪の少女がニコッとした表情で写っている。

 

 あとは……よし、これで……送信!! 証拠画像も上げたしこれで分かってくれるといいが……まっ、大丈夫だろう!

 

 迷いを振り払うように勝手にそう決めつけるとスマホを元の場所に置く。喉乾いたからなんか飲もう。と、体を動かすとスースーと脚に冷たい感覚が走った。

 

「あっ、そういや下丸出しだった。流石に何か着ないとヤバいな」

 

 いくら自分の体だと言え女の子が半裸でいるのはマズかろう。でも、なんか着れるモノあったかな……?

 

 顎に手を当てて「うむうむ」と唸る。大人の服は無理だし、大学、高校時代のモノも無理。こんな小さな体に合うわけがない。

 

 うむ……そうだ! 確か押し入れに中坊の時に着てたジャージがまだあったな。あれならギリ着れそうか?

 

 十年近く前の愛用服のことを思い出した俺は、着替えるために上のパジャマも脱ぎ捨てる。脱ぐ時に長い金髪の髪が揺れて一糸まとわぬ背中にさらっとした髪の感触が走る。

 

 すっぽんぽん――これで文字通りに全裸になった俺は部屋の隅に移動する。押し入れの扉を開けて、綺麗に束ねられた衣服を引っ掻き回す。

 

 これでもないな――これじゃない……あー、この服ここにあったんだ! ――いやいや、今はそうじゃない――と、出したモノを床に散らかしながら目当てのモノを探す。

 

 だいたい探すこと五分ぐらいかな? 赤色の服が顔を出す……

 

「――……おっ! これは……っ!」

 

 足元が衣服で埋まってきた頃に、目当てのジャージがクローゼットから姿を現した。久しぶりだな学生時代の戦友よー!

 

 両手で懐かしき相棒と再会を果たしギュッとそれを小さな胸で抱きしめた。

 

 ずっと着ていないからとくに変でも良くもない匂いだけど甘酸っぱい青春の香りがほのかに感じられた。

 

 ――よーし! これでやっと裸から解放される。とジャージに腕を通そうとした時だった。

 

 ドカン! と、勢いよく何かを開けた音が部屋に鳴り響いた。あ、アイツもう来たのか? 思ったより早いな。

 

 先ほど写真を送った相手の顔を思い浮かべた。俺の予想は当たっていたらしく一人の女性が部屋にずかずかと入ってきた。

 

「――ノアさん!! いったい何なんですかこれっ!! ちゃんと説明して――ええええッ!?」

 

 俺の姿を見た彼女は悲鳴にも聞こえない声で絶叫したのであった――あはは、どうやって説明しようかなぁ……これ。信じてくれると良いけど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

全裸の俺。元カノと対面する。

 長い黒い髪を一つ縛りにして肩に掛けている大人の女性。

 

 彼女はメガネを掛けていてインテリで清楚な見た目をしている。真っ黒なその瞳はレンズ越しに変わり果てた俺に対して驚きの視線を送ってくる。

 

 まあ、確かに信じられないことなのは分かるが、第一反応がこれじゃあこの先不安になる。

 

 正直、なんて言えばいいのか分からないが、かるーくあまり刺激しないように話しかけてみる。

 

「あー、えー、えっと、まず、あんまり大きな声出すなよ? となりの部屋に迷惑だろ?」

「そそそそんなの……ああありえる……わ、わけ……」

 

 突然、現れた彼女は口をあんぐりと開けてガタガタと震えている。うん、ダメだこりゃ……全然、聞いてないな。まさか、ここまで動揺するとは。

 

「ん? おーい? 聞いてるか~?」

「あ、あはは、ははは! ……そうだわ。これは夢よ……ノアさんがこ、こんな女の子な訳ないわ……何かの間違いよ……ははっ!」

 

「お、おい、本当に大丈夫かお前?」

「ふふははは――お嬢ちゃん、ここはノアさんの部屋よ? そんな格好で入ったらいけないことなのよ?」

 

「ひ、否定はできないけど、もうちょっとこうさ? 話を聞いてな?」

「あーもう、ノアさんったらどうしてこんな子を……見たところ貴女も外人っぽいから知り合いだったりする?」

 

「知り合いっていうか本人なんだけど……」

「でも、ノアさんにこんな子供の知り合いが居るなんて聞いたことないわ。まさか、まったくの部外者とか? まっ、直接聞けば解決するか!」

 

 俺の言葉にいっさい耳を傾けずに自分の中だけで話を広げていく。

 

 なるほどな。完全に女の子扱いして現実から目を背けるらしいなこの馬鹿垂れは。残念なことにコイツが信じてくれないとなるとほぼ詰み。

 

 そりゃ、確かににわかには信じられないことなんだろうけど。こんな現実逃避のやり方をされたらどうしたらいいのか分からん。

 

 と、とにかく、説得しないことには何も始まらない。多少強引になろうが背に腹は代えられない。このアホなんとかする……!

 

 手に持っていたジャージにギュッと力を込めて握り締めると、胸や股間など最低限のところを服で隠して彼女に近づく。

 

 カーペットと俺の足が擦れる音と歩みを進める足踏みの音だけが部屋だけに響く。

 

 彼女はそんな接近してくる裸の少女に対して目を丸くする。

 

「な、なに? て、てか、そのジャージはノアさんの!? あ、貴女! もしかして全裸泥棒なの!?」

「んな訳ないだろ。てか、なんなんだよその新しい泥棒……家入る前に通報されるわ!」

 

「通報……? あっ! そうだわ! 変な人を見かけたら通報! 小学生でも分かる常識じゃない――」

「――ッ!! お、お前!!」

 

 余計なこと言うんじゃなかった。ちくしょう……!

 

 彼女は裸でうろつく俺を見かねてバッグからスマートフォンを取り出した。ここで通報されたらすっげー面倒くさいことになる。絶対止めないと……!

 

 駆け足気味で部屋を走り、彼女の側まで接近する。そのスマホをよこせ!! ――と、手を伸ばして彼女の握っているスマホに触れようとしたが……

 

「な、何よ!? 変態ちゃんは大人しくしてなさい!」 

 

 と、いってスマホを持っていた手を高いところまで上げられて俺がいくら頑張ろうが、身長的な意味で届かない位置まで上げられてしまった。

 

 なんでこんなに聞き分けがないんだよコイツ! ちょっとでも信じた俺がバカだった。もっと、考えて連絡すればよかった。

 

 ――しかも、くそぉ、こんな子供の体じゃあアイツの手にも届かないし――ああ、もうっ!

 

「ほらっ! 貸せっ!!」

 

 あとがなくなった俺は持っていたジャージを床に放り投げて万歳の体勢になって両手を空に伸ばしたままぴょんぴょんと飛ぶ。

 

 もの凄い滑稽でシュールな絵ずらだがこうでもしないとアイツからスマホを奪えない。こうしているうちにも警察の音がどんどんと聞こえてくる気がした。

 

「もう、しつこいわね。警察に引き渡した後はちゃんと反省しなさい? あと、きっちりと親御さんには教育しなおして貰わないと」

「――もうっ!! だから、俺がノアだって言ってるだろ!? なんで信じてくれないんだよ!!」

 

「は? ノアさんがこんなちんちくりんな生意気なガキの訳ないでしょ? だいたい、ノアさんは男。あんたみたいなしょぼいおっぱいもついてないし、股間には立派なモノがあるわ。現実を見なさい」

 

「しょぼいとかいうな! 子供の体だから仕方ないだろっ!」

「はーい! ノアさんは大人でーす! やっぱり、まったくの他人――」

 

「だーかーら! 子供の女の体になったんだって!!」

 

「そんなこと現実に起きるわけないでしょ? 本当におかしな子ね」

 

「……っ! ふふ、その言葉。お前にそっくりそのまま返すぜ――そこまで言うのなら俺とお前しか知らないお前の黒歴史ストーリーをここで言おうか?」

 

「な、なによそれ? 適当なことは言わないことね。ノアさんと私は元恋人関係よ? あんたみたいなどこかも分からない馬の骨の女の子供がそんなこと――」

「初デートの時に行ったドイツでお前がスケジュール間違えて南ドイツ(ミュウヘン)に行くはずだったのに真反対の北ドイツ(ハンブルク)の方面に行ったこと……」

 

「ッ!? な、なんでそのこと知ってるのよ!?」

「高校時代にバレンタインのチョコを俺じゃなくてまったく関係のない人に渡して相手が勘違いして大騒動になったこと」

 

「あああああっ! やめて!! これ以上は言わないで! あれは不可抗力だったの! 数学の宿題で夜更かして寝坊しててどうしても頭が回らなくて……」

「そういう理由だったのか? つーか、お前って他の教科は凄いのに本当に数学ダメだよな? 二年の時に後輩から数学教えてもらってたのは流石にビビったぞ?」

 

「だってぇ、愛ちゃん頭良いし……数列とか意味が分からないし――……はっ! いけないいけない!! 危うく流されるとこだった! の、ノアさんのフリして騙そうとしても無駄よ!」

 

「ん? そうか、じゃあ――中学時代の演劇中に主役のヒロインなのに大事なところでセリフを間違えて、保護者たちや他の生徒から爆笑を買って、しかもその内容がとんでもない卑猥な読み間違え――」

 

「ああああっ! 分かった!! 分かったわよ!! 貴女がノアさんって認めるから!! もうやめてー!」

 

「サイコーに面白かったよなアレ。感動の王子との再会シーンで読み間違えでお――」

「ダメダメダメダメダメダメダメッ! 言わないで! 死んじゃう!! 本当にやめて!」

 

 顔を真っ赤にしてギブアップ宣言をする彼女。流石に時が経って大人になろうが史上最大の黒歴史の記憶は薄れてないらしい。涙目になるぐらいに効いたみたいだ。

 

 ――ふう、流石に可哀そうだからもうやめておくか。コイツは見ての通り抜けてるところが多いから掘り出そうと思えばいくらでも出てくるが、もうこれ以上は過剰だろう。

 

「うっ……うっ……ノアさん酷い。アレは言わないって付き合う時の約束だったのに」

「ご、ごめん。流石に掘り起こし過ぎだかな……?」

 

 思った以上によっぽど効いたのか胸を押さえて身悶えている。警察に連絡する気は失せたのかスマホの画面はスリープモードになって暗くなっていた。

 

 ――あー、危ないところだった! こんな二十を超えた歳で補導されるとか考えたくもない。

 

 にしても、コイツの昔話は懐かしいな。今度、二人で思い出話でもするのもいいかもな、っと……こんな格好もずっとはしてられないな。

 

 ゾクゾクと身体に寒気を覚えた俺はしゃがみこむと床に散らばっていたジャージを拾い上げて袖を通した。流石にこのままずっと裸でいたら変態なのは否定できなくなるからな。

 

 スースーと肌と布が擦れる音が部屋に鳴り響く。

 

 直に肌の上からジャージを羽織り、少し大きめなズボンを穿く――と、同時にとあることを思い出す。

 

 ――あっ、パンツない。どうしよ……?

 

 無論、男として生きてきた人間が女物の下着を持っている方がおかしいのでこれは当然。でも、何も着ないというのは流石に……と思うがないモノは仕方がない。

 

「……はぁ、まさかのこの体でノーパンかぁ」

 

 目を閉じてあまり気にしないようにしてズボンを直接穿いた。下着を着てないから変な感覚になりつつも無事に着替え終えた。

 

 んー。ズボンの長さとか袖口が垂れるのでピッタリではないか。まっ、ズボンがさっきみたいにズレ落ちないだけマシだろう。

 

 さてと、これで最低限人間として格好はできたか。これから先はどうしていこうか。

 

 たくさんやらないといけないことが山積みだけど、まー、とりあえず、あの撃沈した元カノ――亜里沙(ありさ)を助けてやらないとな……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序曲の終わりに

 

「お、おーい、亜里沙? 大丈夫か~?」

「…………」

 

 物腰柔らかな少女の声でそっと元カノそう尋ねてみるが何の反応もなかった。まるで彼女の周りだけ夜のように鬱蒼としていた。

 

 あーどうしたものか……と、ぶかぶかなジャージに身を包んだ俺は、そんな彼女の下へと歩み寄るとそのまま床にペタリと膝を付ける。

 

 細い首を動かしてしゃがみ込んでいる亜里沙の顔を覗く。

 

 子供っぽい体系になってしまった俺は亜里沙よりも小柄であり、さっきも思ったけどこうして側まで寄ってみると男の時とは違って自分よりも大きな亜里沙というのはなんだか変にも思えた。

 

 ――まあ、今はそんな感想を言っている時じゃないんだけどな。肝心のコイツは黒歴史アタックが相当効いてしまっていたらしく、完全にノックアウトしてしまっているし。下手したら俺たちの仲が危うい。

 

 よく分からないようなことをブツブツと何かを呪文のように呟いて顔を黒く暗くしている様子は元カレとしては心配せずにはいられない姿だ。

 

 自分が蒔いたことだとはいえ元気に戻って欲しい。

 

「ん、おーい、おーい、さっきのは謝るから顔上げてくれないか?」

「…………」

 

 まるで胸をナイフで刺されたかのように「うっ……うっ」とうめき声みたいのを出して、両手で胸を痛々しく抑え込んでいるのを見ていると申し訳なかった気持ちになる。

 

 ――んー、やり過ぎたかな? でも、頑なに信じようとしなかったコイツにも非がある。しかし、この子メンタルが弱すぎやしないか?

 

「むぅ、困ったなぁ……」

 

 お地蔵さんのように固まってしまった亜里沙。この先どうすればよく分からなくなって、髪をくしゃくしゃと掻きむしって悩んでいると――

 

「……うぅ……うう、寿命が三年ほど縮んだ気分……」

「おっ、やっと口を開いてくれた! もう大丈夫なのか?」

 

「え、えぇ、なんとか……正直、ノアさんには三日間ぐらい豪華なご飯奢って貰っても許してあげられないぐらいに傷つきましたけど」

 

 こちらを軽く睨むかのように鋭い視線を向けてくる。

 

 んー、ご飯を奢れってまた妙なことを。ま、まあ、とにかく無事に復活してくれて良かった。

 

 大きな喧嘩にならずにすんで安心した俺は小さな頭を下げる。

 

「ご、ごめんって。こっちだってどうしても信じて欲しくて……」

 

「『信じて欲しくて』――ねぇ……私はまだまだ事態を飲み込め切れてないんですが、本当にノアさんなんですか?」

 

 平常に戻りつつある亜里沙が改めて俺のことを疑ってくる。うぐぅ、やっぱり、簡単に説得して理解してもらうのは無理なのかな。くそぉ……

 

 痛いところを付かれた俺は表情を濁らせる。口では「ほ、本当だって……」と歯切れの悪い答えを返すが、自信のなさが余計にこの話に対しての疑いの念を強くする。

 

 亜里沙はそんなしょんぼりとしている俺の様子を流し目で見るとゆっくりと立ち上がった。

 

「……残酷な話ですが、男の人が一晩で女になるなんてにわかには信じられませんよ」

「わ、分かってるよ。俺だってどうしてこうなったのか教えて欲しいぐらいだし」

 

「と、言いますが……困りますね。夢のまた夢みたいな話――……でもまあ、ノアさんがこんな女の子を影武者にして夜逃げなんても信じられないし、正直、何を信用すればいいのか分からない……かな?」

「亜里沙……」

 

 座ったままの体勢で見下ろしてくる彼女の瞳をジッと見る。信じてあげたいけど信じきれない――そんな浮かない表情をしていた。

 

 ぐぬぬ、やっぱりそんな都合よくはいかないのか。と、思っていたが……亜里沙の表情はいつの間にかパッと晴れていた。

 

「そ、そんな顔しないでくださいよ。別に何か貴女に制裁とか加えようとかそんなことではないんですよ?

 さっきから見た感じ悪い子でもないようですし、妙に私たちの関係にも詳しいみたいだし……ま、まあ、今は“本当のノアさん”ってことにしておきましょうか」

「あ、亜里沙っ! ありがと!」

 

 パッと立ち上がって疑いつつも信じてくれた亜里沙に感謝を述べる。うんうん! 流石は俺が選んだ元カノ。別れても心は繋がってるんだよ。

 

 ふふふっ――思わず笑みが浮かんできてしまう。さっきからずっと心配事だらけだったせいで、こうして安心感を得られてストレスから解放されたおかげだろう。

 

 なんだかいつもより頼もしく見える亜里沙。そんな俺に対して不思議そうな顔をすると。

 

「……と、その前に。一応確認しておきたいんだけどいい?」

「ん? なに?」

 

「出身地は?」

「オーストリアのウィーン」

 

「ドイツ語は?」

「Kann sprechen」

 

「初めて一緒に行ったところは?」

「中学の時に某探偵モノの映画見たこと」

 

「――おし! 暫定的にノアさんで合ってるみたい!」

 

 グッとガッツポーズを決める亜里沙。なんだか、俺たち二人の空気がいつもの調子に戻ってくれて助かった。コイツは気分屋でテンションは常に高い。こうして明るい方がこっちも気が楽だ。

 

 一緒に居て元気をくれる。寛容で話もしやすい。改めて彼女の良いところを実感できてよかった。とりあえずはこれで警察に突き出されたりとかのバットエンドルートは回避できたできた。

 

 ――ふぅ、やれやれ……と、うまく着地点に乗れてやれやれと肩をすくめる。

 

 亜里沙はそんな俺を見て綺麗な右腕を伸ばすと、俺の柔らかな弾力ある左頬っぺたに手を添える。そして、そのまま人差し指と親指でぷにぷにと軽くつねる。

 

「うわ~、絶対に感触良いと思ってたらマジでいいわ~」

「……おい、他人の体であしょぶな」

 

「いいじゃん、私たちの関係なんだから……って、ノアさんは結構普通にしてるけど、戸惑ったりなんかはしないんですか?」

「うん、最初はびっくりしたけど、まあ、なんとなく受け止められてる感じ」

 

「なんとなくって――ふふっ、ノアさんは相変わらずに変わり者だね~」

「お互い様だろー?」

 

 お前だけには言われたくない。と、不満な目つきで返すと亜里沙は頬っぺたからスッと手を離す。

 

 ちょっぴり痛かったのでつねられた頬をすりすりと左手で擦る。確かに感触良いな、これ……あながち、コイツの言っていることも間違いじゃないな、と、思って感触を堪能していると。

 

「――理由は分かりました! ベルリンには私から連絡しておきます。ノアさんは指示があるまで待機しててください」

 

 と、亜里沙は急に業務的な口調になる。どうやら、仕事モードに戻ったらしい。ずっと、こうして話している訳にもいかないから当然だろう。

 

 俺は触っていた左手をスッと頬から離す。

 

「うん、頼んだ――あと、一つお願いができないか?」

「なんですか?」

 

 きょとんとしてそう尋ねてくる彼女に対して、俺は自分の着ている服を指さしながらこう言った――

 

「ちょっと、服買ってきてくれないか……?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天才音楽家、ショッピングに行く
元男と元カノのショッピングデート


「すっげーな、あれ……」

「おっ、俺、あんな子を目の前で見れるなんて……」

 

「なにあれー! 外国からの留学生の子とか!?」

「ねっ! 絶対にそうじゃない!? 日本の制服着てるし!」

 

 大学生ぐらいの男二人組。制服を着た女子高生の二人。あー、聞こえてるぞ? まったくもう、ここに来てから嫌というほど聞いた声が再び俺を襲ってくる。

 

 来る人、すれ違う人、目があった人、そうでない人もみんなみんな俺に対して何かしらのアクションを起こしてくる。

 

 先ほどのように聞こえないと思って遠目で俺の容姿を褒めたたえる人もいれば、声は出さないが明らかに俺を見て驚いたり、見とれたり、憧れたり、鼻の下を伸ばしたり――ああ、もう嫌だ。

 

「ふふ、ノアさん人気者じゃないですか。こっちも恥ずかしくなっちゃいそうです」

 

 となりにいる亜里沙(こいつ)はこの様子を見て感心と困惑が混じったかのような表情をする。

 

 彼女も俺に巻き添えを食らう感じで大衆の視線に晒されて困っている様子――のだが、亜里沙は気づいていないのかもしれないが、こちらを見てくる野郎どものなかには意識して亜里沙を見てるヤツもいる。

 

 まあ、分からんでもない。亜里沙は実際にすっごく美人だから見とれてもしょうがない。俺だってこいつの可愛らしさに惹かれて付き合ってたんだし……って、今はそんなことはどうでもいい。

 

「おい、なんでこんなことになってんだよ? 買い物に集中できてねぇじゃねぇかよ?」

「ははは、ノアさんの破壊力が想像以上でしたね。私の学生時代の制服を貸したのは失敗でした……」

 

 そう小声で言い、どうしようにもない乾いた苦笑いを浮かべると俺の着ている制服をまじまじと見つめる。

 

 俺も彼女の視線に釣られて自身を纏っている服に目がいく……大きな赤いリボンが胸元に結んである可愛らしいセーラー服にひらひらとしたスカートも完備。

 

 なぜ、俺がこんなものを着ているかというと、服を借りる時に亜里沙が言うには昔着ていた服はすべて妹にあげたか処分したらしく今の俺が着れそうなのは中学時代の制服だけだったというオチ。

 

 まー、じゃあ、仕方ないのでこれを着て今の俺の合う服をショッピングセンターに買いにいきましょうとなり現在に至る。リアル金髪少女が日本の学生服を着るというのは世間的には効果は抜群だったらしく、このようにあっという間に通行人の目を奪っていきましたとさ。落ち着かねぇ……な。

 

「まぁ、好意的に見られるってのは悪くはないんじゃあ……?」

「そうでもないぞ、緊張するし、現に買い物に集中できないじゃないかよ」

 

「でも、ほら……自分の見た目が認められるってよくないですか?」

「よい……のか?」

 

「私は可愛いって思われたりされるのは嬉しいと思いますよ。ノアさんは違うのかもですけど」

「う~ん、そんなもんか?」

 

「少なくても私の周りでは――それに学生の風を感じられるのもいいじゃないんですか?」

「学生ねぇ……」

 

 見た目や側はそうかもしれないけど中身は二十代後半の男だからな。学生気分とかよりも……女装? いや、今は女だから違うか。あえて例えるならコスプレ……か?

 

 腕組をしながらそう考えこんでいると亜里沙がニコッと笑みを浮かべる。

 

「ふふ、それにしてもノアさんとショッピングだなんて久しぶりですね!」

「そうだな、最近は仕事で忙しかったからな」

 

「演奏会に合唱……日本でこうして買い物するのもずいぶんと懐かしい気もします」

「だな、よく思えば本当に学生以来じゃないか?」

 

「あー、確かに高校ぶり? なんだかあの頃のデートを思い出してしまいますね……」

 

 少し照れながら遠い向こう側を見つめる亜里沙。俺もつられて遠いあの頃を眺めるかのように思い出をゆっくりと思い浮かべていく。

 

「ははっ、あの頃は本当に毎日が楽しかったよな」

「うん、音楽の練習とかはすっごく大変だったけど、二人でコンテストとかコンクールに出たり」

 

「こうして二人で出かけたり」

「時には二人そろって先生に怒られたりなんかもしましたね!」

 

「そんなこともあったなぁ……まっ、アレはほとんどお前のせいだったけど」

「いやいや、アレはほとんどノアさんのせいでしょ?」

 

「ウソ言うなよ! 音楽室の掃除とかよくさぼったりしてただろ?」

「してないわよ!! ノアさんの方がさぼってた!」

 

 迷いもなく強くそう言い放つ頑固な後輩。こいつ……やっぱり変わってないな。

 

「…………」

「…………」

 

 俺たち二人の間に無言が続く。お互いに歩きながら睨み合いこのまま喧嘩――とはならずにギスギスとしたのは束の間。亜里沙が突然噴き出すように笑い始めた。

 

「ぷ……あははっ! こういうのも懐かしいですね。こうやって喧嘩もよくしましたね」

「せっかくのデートなのに喧嘩とかしまくったよな」

 

 彼女の微笑みに対してこちらも笑みを返しながらそう言った。さすがにこの年になればこの程度のことで喧嘩ということはない。

 

 でも、昔は出かけに行ってよく結構な頻度で喧嘩するけど仲直りが早い。これが俺たち二人の良くも悪くも仲の良い親密な関係性だったな。

 

 ――あの中学時代からずっとずっとの――……あっ、そういえば、今の亜里沙の彼氏とはうまくいってるのだろうか? 久しぶりに聞いてみようかな。

 

「……なあ、お前の――」

「あっ! 付きましたよ! あの店です!!」

 

 聞こえなかったのか現カレのことを聞こうとしたがお構いなしに話題をお店のことへとすり替えられる。まっ、急いで聞くようなことでもないし、あとでゆっくりと聞けばいいか。

 

 そう決め込むとさっきのことは忘れ、足を止め目的の店の外見の様子を窺う。

 

 それはかなり大きな店でこのエリアにあるどの店よりも一回りも二回りもでかい。ガラス張りのなので中に入っていく客や中にいる人たちのことをよく観察できた。

 

 楽しそうに店員さんと談笑する若い女の人、十代ぐらいの女の子がグループでキャッキャッと買い物を楽しむ様子。パッと見は十代や二十代の女性の人が多かった。亜里沙曰く、「私のお気に入りのお店!」らしい。

 

 まあ、それは納得。外見は可愛らしい装飾が目立ついかにも女性用ってな感じだしな。扉の前にはいかにもの女性層を狙ったデザインの看板が設置してあって――あなただけのファッションを見つけませんか? という美人なモデルさんが写ったモノが置いてある。

 

 ふむ、それにしても『あなただけのファッション』ねぇ――どういうことだ? と、気になったので看板に近寄って何が書いてあるのか見てみる。

 

 ……どうやらここは美容院や服屋、さらにはアクセサリーや化粧品屋などが一体となっており、お客さん一人一人に対してよくファッションの組み合わせを厳選して提供してくれるらしい。こんなところ来たことないからいまいちピンとこないけど。

 

 う~ん、アイツにいったいここで何をされるのか? と、少しこれから訪れる未来に恐れを抱きつつ店の中をジロジロと見ていると、亜里沙が手招きをしながらお店に入っていく様子が目に留まる。

 

 仕方ない。ずっと学生服を着てるわけにもいけないし――と、俺はお店の中へと進んでいった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あんまり恥ずかしいのはやめてね

「いらっしゃいませー! ……あっ、亜里沙さん! こんにちは~」

「こんにちは、今日もよろしくお願いします!」

 

 亜里沙がそう言うとニコニコとお出迎えしてくれた店員さんの元へと駆け寄っていく。二人とも表情に明かりが見えており、俺のことはそっちのけで仲良く談笑し始めた。

 

 内容は使っている化粧品の話とかお店の売り上げとかなどの普遍的な世間話。耳が他人よりもいいことが自慢の俺にとってはほとんどの会話は丸聞こえだった。この様子だと女子トークは長引きそうだな。

 

 そう思いながら二人で楽しく会話に花を咲かせる彼女らを見つめる。変わらず話し続ける二人だったので適当に店の中でも観察でもすることにした。

 

 まず、目に入った……というか鼻に入ったのは店全体に漂う独特ないい匂いだった。香水とかその辺に疎い俺にはこの匂いが何なのかは分からないけど、とにかく嗅いでいて気を悪くするようなものではなかった。むしろいい。

 

 男にとっては馴染みのない感じだが、まあ、女性向きの店にはとても似合っている花のある匂いだ。花のある……そう、もちろんこの空気の中では商品も可愛らしさ満点のものばかりだった。

 

 先ほどの店の外からは見えにくくかったけどここでは服の種類もよく分かる。基本的にさっき予想した通り若い子向けの服が多いというのはあっていたが、ここで見るとそのほとんどが可愛い系のモノ。

 

 つまり、女性向けと言ってもどちらかというとリボンなどの装飾が豪華なキュートな服。中にはゴスロリといっても差し付けないようなものまであった。亜里沙の趣向の傾向からしてこの店の常連だということは腑に落ちた。あいつ可愛いのとかに目がないし。

 

 そんなことを思い出しながら話し込んでいる亜里沙にちらりと目を向け、視線を外して今度は店の右手にある附属している美容室に目をやる。

 

 カラフルな装飾に施されたそこには椅子に座るお客さんとハサミを片手に散髪をする女性スタッフという光景があった。サービスを受けている子ははほとんど十代や二十代の女の子がばかりで美容師さんも若い女性しかいなかった。

 

 ――はぇー、マジで本当に若い女性向けの店なんだな。店側もそれを意識して経営してるみたいだが……うん、えっと、その、別にそれはいいんだ。あの……亜里沙のヤツは本気でこの店のサービスを俺に受けさせる気なのか? 男の俺にこんなものを……

 

 ふと、目の前にある店の中央に設置してあるマネキンに目を向ける。とても可愛らしいゴスロリチックな洋服を着てひらひらなスカートを履いている。脳内で自分がこんなものを着ていることを想像すると――うわぁ……なんか嫌だなぁ。

 

 寒気にも似た感覚が俺のことを襲い掛かってくる。しかし、現実は何も変わらない。現に店員さんと亜里沙が会話を終えてこちらまでニコニコとしながら歩いてきていた。

 

 ……仕方ないな。と、ここまで来て逃げも隠れもできない俺は「ん、うーん」と、うめき声に似た声を出して自然と彼女たちに対して身構える。強力なボスを前にした勇者みたいな気分だ。

 

「ふふ、初めまして! ノアちゃんで会ってる?」

「あ、はい、よろしくお願いします……」

 

「こちらこそよろしくお願いね。私は今回ノアちゃんを担当する坂橋です!」

 

 彼女――坂橋さんはそう言うと胸元に付いている名札を指さす。そこにはちゃんと彼女の名前が書かれていて偽りないということが分かる。それにしても“担当”ねぇ……

 

 一つの単語が耳に引っかかる。こういう服屋とかでは聞かない言葉だったので余計に気になる。客個人にスタッフを付けるってどういうこと? これは単にこのお店だけが特殊なのか、それとも今時は普通なのかどうなのか……分からんな。

 

 思わず首を傾げてしまいたくなる。いったいどうなるのか? ――と、エプロンドレス姿の坂橋さんを見つめる。ジッと見つめられて不思議に思ったのか彼女はポカンとした表情を浮かべた。

 

「……どうしたの?」

「あ、いえ、担当ってどういうことかと思いまして」

 

「――あ、そのこと? 亜里沙さん教えてなかったの?」

「ええ、受けてからのお楽しみってことで……」

 

「ははっ、そういうことかぁ! なら、百聞は一見に如かず! さっそくやってみようか!!」

 

 彼女はそう言うとお店の奥に向かって歩き出す。何が何だか分からず俺と亜里沙もそれに釣られてついていく。さっきニタニタとしていた亜里沙のことも気になるけど、そんなこと考える暇もなく何かが始まってしまった。

 

 洋服コーナーを過ぎて美容室を過ぎて……しばらく歩いていると坂橋さんが不意に――……

 

「じゃあ、まずは下着から決めますよ」

「――へ?」

 

 唐突にそんなことを言われて間抜けな声を漏らしてしまう。てっきり洋服でも着せられると思ったが……なんで下着? 亜里沙の顔を助けを求めるように見るが「ぷぷぷ」と変な笑い声を出していた。なんだよこいつ。

 

 馬鹿にしたような笑みを浮かべている彼女を睨みつけていると目的地に着いてしまった。つい昨日まで男だった俺にとってやはり女性の下着屋に入るということはそれなりに抵抗が出る。

 

 ――なんだろう、禁忌を犯してしまったようないけないことをしてる感じだ。そもそも男の俺はこんな店に入ったことすらダメだったのでは? 現代では通販とかで買うのがベストだったのでは?

 

 ――……今更そんなことを考えるがもう遅い。すでに目の前には女の子用の下着がたくさん目に映る。

 

 しかし、これらが普通なら良かったんだけど下着のデザインがいろいろとすごいっていうか見てるこっちが恥ずかしくなるっていうか……流石はこのキュートに全振りしてる店が売り出しているモノだと納得してしまう。

 

 その並んでいるモノすべてが可愛らしいデザインでほとんどが異性を魅了するかのような際どいものが多かった。もはや可愛らしさに振り切れすぎていかがわしいレベル。

 

 ――なんで人に見られないような下着にそこまでお洒落を求めるのか。いまいちピンとこない。俺は今からこんなのを着るのか……と、そんな圧巻な景色を一望していると坂橋さんが淡々とした声で話しかけてきた。

 

「今回は全身コーディネート学割プランということで、下着とお洋服と靴、美容室付きの豪華なプランです。この坂橋がノアちゃんにとっても似合う服を厳選させていただき、可愛らしく着飾って差し上げます!」

「あ、あー、べ、別に下着はいいですよ! てきとーな服と散髪ぐらいで――」

 

「ダメですよノアさん! せっかく見た目がいいのに!」

「そうですよー、こんなきれいな金髪持ってるのに! 女の子は下着からお洒落しないと」

 

 断ろうとしたが――ぐぬぅ、二人の圧が凄い……どうやら逃げれそうにない。言っても無駄だろうから抵抗はせずにさりげなく健全なものを選ばれるように立ちまわった方が良さそうだ。そんな無難なモノがここにあればいいけど。

 

 下着コーナーに入って背徳感が襲い掛かってくるなか、不安がこもった目で売られているモノを見る。なんか蝶がらのやべーやつ。紐みたいなやべーやつ。まともだと思ったけど派手でやべーやつ。んー、無さそうだな! あーちくしょうめ!

 

 心の叫び虚しく俺は流されるかのようにさらにさらにと下着のジャングルへと連れていかれる。進むたびに派手になっていく商品を目にするたびに勝負下着でも買いに来たのかと錯覚してしまうかのような心境。心なしか子供になった俺にこんなモノを着せようかとする彼女ら二人が悪魔のように見えた。

 

 無論、俺がなんと言おうと悪魔の談笑は続く――

 

「ねぇー、坂橋さん? これとか似合いそーじゃない?」

「んー、ノアちゃんは外人さんのハーフらしく脚がすらっとしてるからもっとぴっちりくるヤツとか似合うと思うよ?」

 

「……んー、じゃあこれ?」

「あ、そうそう、でも、もうちょっと布面積が少なくてもいいかも。なるべくスタイルは協調させていきたいですから――最悪、Tバックみたいのでも……」

 

「……!?」

 

 とんでもない単語が聞こえてくる。流石にこのまま黙っていたら不味い。なんとかして干渉しないと……!

 

「あ、ああ! 自分、こういうの着てみたいです!! どうですかっ!?」

 

 二人の間に割り込むようにして必死に突撃していく。もちろん選んだのはその場しのぎの適当なモノ。白色で派手だけどブラ、パンツともに布面積諸々まだ許容範囲。こいつらが選んだとんでも品みたいなやつよりは百倍マシだ。

 

 俺は彼女らに選んだモノを渡すと坂橋さんがそれをまじまじと見つめる。

 

「……ノアちゃん、なんでこれがいいの?」

「えっと、ほら、自分って胸とかは小さいし子供っぽいからまだそんなに派手なのは――」

 

「そんなことないよ。ノアちゃんはたぶんこれからどんどんスタイル良くなっていくと思うよ? 目視だけど脚は長くてポテンシャルはばっちりだし、現時点での体系でもちょっと大人っぽいヤツを選んだら同年代の子より数段は映えると思うけど」

 

「で、でも、ほら、学校であんまりは、派手なのは着れな――」

「大丈夫、学校のは別のに買いますから! 普段は派手でも大丈夫ですよ!」

 

「あ、亜里沙っ! お、おまっ!」

 

 せっかくいい言い訳を考えたのに馬鹿な後輩のせいで――くそっ! あとで覚えてろよ……! 昼飯はこいつの嫌いなセロリを食わせてやる。

 

 心の中で復習を誓うが唯一の突破口を潰されてしまいどうにもならない。現に坂橋さんは満足そうな顔をするとそこら辺にあった下着をどんどんと手に取っていく。

 

「ふふっ、だったら何着か選びますね。悪いようにはしませんよ?」

「――あんまり恥ずかしいのはやめてください……ね?」

 

 俺がそう言うと坂橋さんはスマイルを崩さずに紐みたいな何かをを持っていたかごに躊躇なく入れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミニスカートって下着を見えそうで怖いよね?

「ノアちゃん! 着替え終わったー?」

「は、はい! ちょうど今終わりました!」

 

 試着室のカーテン越しから聞こえてくる坂橋さんに対してそう返事を返した。軽々とした彼女の声とは裏腹にここ試着室では重々しい空気が流れている。

 

 ――くそ、こんな格好を公衆の面前んで晒すのかよ……!

 

 羞恥心に塗れた自分の瞳をおそるおそる目の前の鏡に向ける。

 

 そこに移るのはさっきとは違う学生服を着ていない自分の姿――うるうると宝石のような青い瞳を揺らして鏡の中にいる金髪の女の子。

 

 白を基調としたフリフリがたくさんついた洋服を身に着けていて、胸元には大きなリボンがありゴスロリチックなそのデザインが俺の目に焼き付けられる。

 

 スカートの丈は完全にミニスカと言っても差し支えないレベルで太ももが大きく露出している。少し風がいたずらしたらこの布一枚下にあるあの下着が丸見えになると考えるとゾッとする。

 

 ――そう、このスカートの下にある“あの下着”がもしも見られてしまうと……

 

 頭の中でそのことを想像し――鏡の中の目の前の少女はカッと顔を真っ赤に染め上げて青い目を自分の下半身に向けて自身の姿を見てたじろぐ。

 

 恥じらいながらもじもじと足をくねくねとする仕草は露出した太ももあってか、異性だけではなく同性の女性すら目をがっちりとくぎ付けにできるほどの扇情的な魔力があった。

 

 例えば、恥ずかしいスカートから伸びるスラっとしているが、同時にふっくらと程よく肉が付いているまるびを帯びた女の子らしい脚とか、ニーハイソックスを履いているため強調される一部分露出した太もも――いわゆる絶対領域のところとか。

 

 まあ、結論……とにかく今の俺はとてつもなく魅力的な女の子になってしまったということだ。

 

 はっきりというと本当に可愛いし似合ってるし、坂橋さんも本当にコーディネートのプロだということはこの姿をみればよく分かる。今の俺も正直言うと好みのタイプではある。

 

 でもなあ、これ……実は中身は男の俺なんだぜ? そこが非常に残念というか、自分がやるとこんなに恥ずかしいというか……えっと、その、まあ、何が何だか分からない。

 

 とにかく変な気分になるとだけ言っておこう――……と、まあ、何はともあれこれで着替えは終わったので坂橋さんに今度は散髪して貰うことになるのだけどいったいどんな髪型にされるのか……

 

 ツインテール? それともパーマとかかけられてウェーブロング? お姫様みたいな姫カット? あえてざっくりと切り払ってショートとか? 三つ編みとか? ちょっと考えるだけでもこれだけある。

 

 ああ、いったいどんな髪型にされるのか……ふふ、楽しみ――って、俺はいったい何を!? いやいや、髪型のことでこんな――……いろいろありすぎて変になってしまったのか俺?

 

 突如、湧き上がってくる謎の喜びの感情。髪型なんかにこれっぽっちの感情も抱いていなかったはずなのになんで……?

 

 変な感情。思わずわしゃわしゃと髪の毛を掻き毟る。金髪の長髪が視界の中で揺れ動き照明の光を反射して輝く。体と心のギャップで揺れ動きざわめく自分に対して試着室は静寂で静か。

 

 まるで気持ち悪さを覚えるほどのその楽しいという感情。なんでこんなことを思ってしまったのか? そんな疑問を考えようとは思ったが時間と人間は待ってはくれない。

 

「ノアちゃん! どうしたのー? 遅いよー?」

「――あ! すいません! 今出ます!!」

 

 パッと彼女の声で現実に引き戻されると脱ぎ散らかした服を回収する。

 

 制服を拾い上げて、スカートを拾い上げて、現在俺が履いている下着とは打って変わって地味なデザインのパンツを拾い上げ――外界と隔ていていた赤い色のカーテンを勢いよく開けて外に出る。

 

 明るい店内の光とともに亜里沙と坂橋さんの姿が目の中に飛び込んでくる。二人とも俺の姿を見るなり輝かしい太陽なような笑みを見せた。

 

「ああー! ほらほら!! すっごく似合ってない?」

「ノアちゃん可愛いー! 私の目に狂いはなかったわ!! ねっ、こっち向いて!」

 

 俺の姿を見て喜び笑う亜里沙と坂橋さん。二人は気づいていないかもしれないけど大声で騒いだせいで他のお客さんや店員さんの注目も集めてしまい少し見られていて恥ずかしい。

 

 男でミニスカの姿を晒すなんて――うぐぅ、大切なモノを失ってしまった気がする。頼むから二人とも子供みたいにキャッキャッ言うのはやめてくれ。ホント恥ずかしい……もう。

 

 思わず二人から目を反らして明後日の方角を見る。誰もいない床のシミをジーっと。その不自然で恥ずかしがってる姿を見た亜里沙はツンツンと俺の脇腹を突く。

 

「ノアさん~? もしかして恥ずかしんですか?」

「あ、当たり前だろ! こ、こんな服……人前なんかに……」

 

「えー、でも、ノアさんって私にこういう格好してって昔よく言ってましたよねー? 好きじゃなかったんですかぁ?」

「し、してもらうと自分がやるのとは違うだろっ! ったく……」

 

 ここぞとばかりに挑発してくる後輩を鋭い目つきで睨みつける。

 

 しかし、彼女はそんなのは全く効きませんと言いたいかのようにクスクスと女の子特有の笑い声を聞かせてくる。ここが店ではなかったらいろいろと文句を言いたかったがこれ以上は坂橋さんもいるのでやめた。

 

 俺自身も女々しい姿を晒したくなかったので熱い感情を押さえつけるかのようにして押し殺すと平然を装う。醜態を隠せているのかは分からないけど赤くしているよりかはマシなはずだ。

 

「じゃあ、今度は髪の毛切るからこっちに来てくれる?」

「は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 手招きしてくる彼女に対して改めて挨拶を交わすと今度はお店の美容院へと足を向ける。

 

 亜里沙とはここで一度お別れとなり俺たち二人で向かうこととなった。移動中にいろいろと坂橋さんと会話を交わしたがこれといって普通の世間話の範疇を出ることはなかった。

 

 ただ、どんな髪型にするのかと聞いた時に「ふふ、とっても可愛く」と答えられた際には、いったいどうなるものかとこのあとのことを心配せずにはいられなかった。

 

 ――まあ、彼女のことだからあんまり変なのにはしないだろう。それがこの服装みたいに注目を浴びるかどうかの問題は抜きにして。正直、ここまで来たのならばっちり仕上げて欲しい気もする。

 

 歩き動くミニスカートからスラっと伸びる奇麗な足を眼前にそんなことを考えていると目的の場所に着いた。ここもたくさん若い女の人がいて店員さんたちが忙しそうに働いていた。

 

「――えっと、ノアちゃんは一番奥のあの席に座ってくれる?」

「分かりました」

 

 坂橋さんにそう言われると奥の方――お店側から見て一番右手にある席に座る。坂橋さんとは散髪するための道具を取りに行ったためしばしのお別れ。

 

 一人取り残された俺はスタッフと他のお客さんの注目に晒されながら指定した席に向かう。黒色の座席に座ると目の前の大きな鏡にミニスカ姿の可愛らしい金髪の女の子が写った。

 

 さっき試着室で見た通りの服装だが……スカートが短いせいで股を閉じて座らないと下着が見えてしまいそうだ。もう、男の俺がこんなことに気を使わないといけないなんて……ちくしょう!

 

 女の子との大変さを身に染みて感じつつぎゅっと内股になる。これからはパンチラの危機にも怯えないといけなきゃと――ちょうど今後のことを考えていたその時だった。

 

「あらあら、なんて可愛らしい子なの……!」

 

 突然、見知らぬ人の声が隣から聞こえてくる。左の方を見るとパーマを掛けている二十代ぐらい――俺や亜里沙よりも少し年上ぐらいの黒髪の女の人が俺のことをぼーっとした表情で見ていた。

 

 ――か、可愛いって……さっきも言われたけど赤の他人にそう言われると少し嬉しい気もするな。ま、まあ、とりあえず――

 

「えっと、その、ありがとうございます……」

「ふふ、どういたしまして! ――えっと、貴女ってもしかしてハーフで合ってる?」

 

「えっ、なんで分かったんですか?」

 

 一発で日本人とドイツ人の混血であることを見破られて驚く。男の時もそうだったが俺は日本人よりもドイツ人の遺伝子が強く出ていて青目で金髪。よく純血だと言われてきたのに。

 

 驚いて呆気にとられている俺に対し、彼女は白い歯を見せてニヤリと笑った。

 

「ふっ、実は私、ちょっとそういう仕事してて分かっちゃうのよ!」

「へー、どんな仕事をしてるんですか?」

 

「貴女みたいなハーフの女の子をたくさん見る仕事よ。でも、こんなに綺麗で可愛らしい子は初めてかもしれないわぁ。ぜひ、うちに来て欲しいわっ……!!」

「……? 来てほしいってどこにですか?」

 

 素朴に疑問を返すと彼女は溢れて抑えきれないのか、人前だというのに子供のような幼いような笑顔を俺に晒す。いったい、どうしたんだこの人? 変な人なのか……?

 

 さっきとは別の驚きだが彼女はお構いなしに変なことを口走る。

 

「――ああ、いけないいけない! ごめん、ふふ、ちょっとまさかこんなところで見つけられて――私もう――だめだめ、この子はまだ入るって決めてないじゃないの! ああ、でも、この子が来てくれたら本当に――」

「だ、大丈夫?」

 

「う、ん? あ、ああ、ごめん! えっと、名前教えてもらってもいい?」

「え、な、名前? なん――」

 

「こらー! 店内での勧誘はうちではお断りですよ!!」

 

 名前を教える間もなく会話は打ち切られた。乱入者は戻ってきた坂橋さんだった。霧吹きを持って散髪用具を身に着けとなりにいた女性を見下すように睨みつけていた。

 

「か、勧誘? それってどういうことですか?」

 

 状況を呑み込めないが坂橋さんにそう尋ねた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スカウトされちゃった!

 

「あー、この人ね。アイドルマネージャーなの」

「アイドルマネージャー? アイドルって……あの?」

 

 頭の中でよくあるアイドル像を思い浮かべる。キラキラのステージで歌い踊る美少女たちに観客たちの熱気と声援。

 

 俺も音楽家としてステージによく立つが同じステージで発表する俺たちとは違った存在。

 

 そのステージを作っている関係者が目の前にいるなんて……さっきと違い彼女が変な人ではなく立派な人に見えた。一音楽家としてはとても興味があるしステージを作る人間に悪い人はいないと思っている。

 

 くぅー! そんな人と話せるチャンスがくるなんて。目の前の鏡の中にいる金髪の少女の宝石のような青い目がよりいっそう輝きを増した。

 

「あ、あの! よければアイドルマネージャーの仕事についていろいろ教えてくれませんか!?」

「え? もしかしたら結構食いつきがいい……?」

 

「はい! 俺、音楽好きなんですっごく興味があります!!」

「は、はぁ……」

 

 パーマの女性は口をあんぐりと開けて驚いている。後ろにいた坂橋さんも急に豹変した俺を見て驚きを隠せずにいた。

 

「ま、まあいっか! この子が乗り気なら簡単に勧誘できそうだし」

「こら~、それとこれとは話は別よ。お仕事のお話をするだけならいいけど、ここでビジネスの話はやめてよね?」

 

「分かりましたー、えっと、アイドルマネージャーの話だっけ? いいよ、たくさん教えてあげる!」

「ありがとうございます!!」

 

 笑顔でそう言う彼女に対して晴れやかにお礼を述べた。やった! こういうのは現場で働く人に聞くのが一番ためなるからな。ラッキー!

 

 どんな話を聞けるのか楽しみで胸が膨らんだ俺は彼女に耳を傾ける。坂橋さんが俺にエプロンをかけ同時に散髪をしながらの雑談会になった。

 

 彼女――青木さんの話はどれもが面白そうで楽しそうで興味の泉が湧き上がってくるかのように俺はアイドル話にのめり込んでしまっていた。

 

 裏方の仕事。アイドルの練習や曲の決め方に踊りといった振り付けはどうやって作っているのか。

 

 普段なら聞きようのない裏の裏のまで……今日、ここまで来てどれほど良かったと感じたか。子供心を思い出したかのように素直に聞き込んでいく俺に対して青木さんのトークはより激しさを増していく。

 

「もう、完全に私が入る余地ないじゃないの……」

 

 髪の毛を切っていた坂橋さんがしょんぼりとしながらそう言った。途中までならなんとなくでついてこれた彼女だったが俺と青木さんの話が深くなればなるほど会話に参加する機会がなくなりついには二人だけの話になってしまった。

 

 ついには青木さんがパーマを掛け終わったのにも関わらず、別のお客さんに席を譲った彼女は立ち話をしてでも俺たち二人の話は続き――……

 

「へぇ~、音楽プロデューサーってそんな風に曲を作っていたんですかー!」

「うんうん、普段はあんなにどんくさいのに曲を作るときはホントに凄いのよ? グループのこととかを精密に細かく分析してその子にあった曲をそりゃあ完璧に作っちゃうんだから!」

 

「グループってアイドルのですよね?」

「うん、アイドルはチームプレイだからその子のってよりもグループで作るってのが定跡よ?」

 

「なるほど~そうなんですかー? ……あっ、そういえば青木さんってマネージャーなんですよね!? どんなユニットのマネージャーなんですか? 有名だったりするんですか?」

「え? えー、あのー、その……へへへ、ちょっと困ったなぁ……」

 

「……? どうしたんですか?」

 

 ここに来て表情に曇りを見せた彼女。いったいどうしたんだろうか? 言いにくいことなのか? 疑問に思っているとずっと口を閉じていた坂橋さんが突然口を開く。

 

「えーと、青木さん、言いにくいのなら私からノアちゃんに私から教えてあげてもいい?」

「あはは、いいですよ。ここまで聞いてくれたんですから……」

 

「分かったわ。あのね、よく聞いてね? 実は青木さんの担当ユニット……解散の危機なのよ」

「――え?」

 

 言いづらいことだからネガティブなことだとは予想していたがそこまでだったとは。

 

 こっちの業界でも成功する人もいれば成功しないで終わっていく人もいる。よく音楽を目指す人間は山のようにいるがその道のりは思ったよりも険しい。なぜなら、演奏家などもそうだが音楽というのはとってもお金がかかる。いろんな意味で。

 

 例えばだが、もし、今の俺が音楽家になれなかったらどうなってただろうか……? 

 

 俺も小さいころからたくさんのことをしてきた。お金もかけてきた。でも、失敗して落ちればそのかけてきた時間やお金は水泡となる。考えただけでもぞっとする……

 

「あ、あのぅ……それって結構やばい感じですか? 何とかなりそうな感じですか……?」

 

 俺は恐る恐る彼女にどの程度のモノかと尋ねてみる。すると、心配を掛けたくないのか見るのが痛々しいほどの作り笑いを浮かべると。

 

「ちょっと、ピンチかも? ハハハ、抜けちゃう子もいるし、やめる子もいるし、スポンサーも離れちゃうし……」

「それってやばいじゃないですかっ!? どうするんですか……?」

 

「う、うん、なんとか今は社長のおかげでもってる――でも、五人中二人しか残ってないから新しい子探してて――……こういうこと」

「あ、あー、だからかぁ……」

 

 彼女にそう言われてやっと理解できた。なぜ、勧誘を行っているのか? その理由が。

 

「んで、ノアちゃんどうかな?」

「え? 何がです?」

 

「ほ、ほら! ここまで来たら分かるでしょ?」

「え? えー? 分かりますけど……う、う~ん……」

 

 青木さんから羨望の眼差しで見つめられる。改めてこうしてスカウトされると……ど、どーしよ?

 

「お願いっ! ノアちゃんなら絶対にいける! だから――」

「で、でも、自分は……」

 

「みんな本当にいい子なの! 私、あの子たちのこと助けてあげたいの! だからーー」

 

「はーいはーい! 話はそこまで!! 続きはお店の外でやってね? ……青木さんも気持ちは分かるけど、ノアちゃんは中学生よ? 子供んなんだから混乱しちゃうわよ?」

 

「ぐぬぅ、分かりました……! えっと、ノアさん!!」

「は、はい!!」

 

 急に大声で名前を呼ばれて驚いてしまう。鏡の中には綺麗に整えられたミディアムロングの髪型をした金髪の子がびっくりしている様子が――あー、いつの間にか終わってたのか……って、今はそんな場合じゃないな……!

 

 散髪が終わったことを確認すると椅子から降りて青木さんと向き合う。

 

「これ! 私の連絡先です! よければ連絡してください!! 助けてください! お願いします!!」

「りょ、了解しました……!」

 

 電話番号とメールアドレスが書いてある紙を受け取る。俺が受け取ったのを見ると青木さんは「それでは!」と、風のようにこの場から去っていた。

 

 そんな彼女の背中を見守って呆然と立ち尽くしていると坂橋さんが切った髪の毛を片付けながら呟くように話す。

 

「まー、あの子もチームを守りたいって想いがあるから悪く思わないであげて」

「は、はい、分かってます……」

 

 彼女にそう言い返すとこのお店で起きた騒動は終わりを告げた。

 

 

 

「――という話をさっきしてたんだけど、どう思う?」

「いきなりですね。普段なら私もノアさんがしたいっていうのなら止めませんけど、状況が状況ですからねぇ……」

 

 亜里沙はしかめっ面をしながらそう答える。

 

 あれから店をあとにした俺たちは次の目的の場所へと進みながら先ほどまでの話で盛り上がっていた。

 

 春の並木を歩いて心地よく温かい空気のはずなのにスカートに入ってくる風はなんだか冷たく感じられる。通行人にもじろじろ見られるし疲れるわ。

 

 心に何かが突っかかる感覚を抱えつつ春の青空の下で会話を続ける。

 

「今はこんな体になってしまったから休止中――ってことになってるんだよな?」

「はい、今はそういうことになってますね。もちろん早く治すように原因究明に全力を尽くせと言われてますが」

 

「治せって……一般の医者はこんなのに対応できるのか?」

「でき――ないと思いますよねー、まあ、私は一生ノアさんがこのままでもいいと思いますけど?」

 

「縁起が悪いこと言うなよ。さっきから通行人にチラチラ見られてて疲れるんだけど?」

 

 見世物を見るかのようにこちらを見てくる通行人に対して目をやると亜里沙もその人を見る。主に男性中心で俺をなめるような視線で見てくる。きっと、風のいたずらで俺が卑猥な姿を晒さないかとかでも考えてるんだろ? 野郎どもが……ちくしょう。

 

「ふふ、モテモテですね。アイドルもまんざら悪くないんじゃないんですか?」

「ふざけんな。アイドルはいいとしてこんなのは認めんぞ」

 

「えー、アイドルはいいんですか?」

「ま、まあな、ちょっとどんなのか興味あったし」

 

「ふ~ん、それってそのユニットを助けたいって意味で? それとも音楽好きっていう意味で?」

「……両方」

 

「ふふふ、ノアさんらしいですね。でも、無理かもしれませんよ?」

「――でも、聞いてみないと分からないだろ?」

 

「そうですね。とりあえずは性転換した原因……それを見つけてからですね!」

 

 亜里沙がそう言うと俺たちはとある場所へと向かった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天才音楽家、アイドルになる!
赤毛の女医


 

 病気にかかってそれを治すために向かうところ。つまり、病院に俺は亜里沙と二人でやって来たのだけど本当に大丈夫なのか? そんな心配事で胸がいっぱいだった。

 

 保険証もないし自分の身元を保証するモノは一切ない。完全に今の俺は無戸籍という状態であり十分な医療を受けられるのか本当に心配だった。てか、女になるって本当に病気という類なのか?

 

 もしかしたら、ろくに取り合っても貰えずに追い出されたりとか? なんとか医者に診てもらうことは成功したけど“自分が男だと思い込んでいる女”として処理されたりなんてことも。

 

 ドイツの方が診断書をもらって来い。そして、証明しなければサボりで晒し首にするっていうからここに来たが……憂鬱だ。いざ、こうして待合室で待っているとどんな診断を受けるのか不安だ。

 

 膝に置いてある両手に自然と力が入る。その下には丸くて大きな白い太ももにミニスカート。

 

 現実は何も変わらない。時間も過ぎていく――ちらりとコンクリートの柱にかかっているアナログ時計に目をやる。こういう時って時間は遅く感じるよな。まだ、ここに来てから三十分も経っていない。

 

 横を見れば長い廊下に淡々と並べられている長椅子。その椅子の前には診察室がずらりと向き合うように設置してある。扉の前には番号が書いてあり一から十番まで、呼ばれ次第そのどれかに入る。

 

 いったい、何番に入れと言われるのか? 周りの人たちは次々と呼ばれているがなんか妙に俺は呼ばれない。やっぱり、保険証も身分も証明できないから後回しとか……? 絶望的だろくそー!

 

「……はぁ、もうだめだぁ……」

 

 塩対応確定。亜里沙がいたらまだ心細くなかったけど、アイツはなんか他のところに呼ばれて飛び出していった。何か重大な病気を宣告される前みたいな気分だよ。ちくしょう。

 

 そもそも、どう考えても治療法なんて無さそうだし、ノアちゃんのまま生きていくことだって覚悟せねば。ははは、プロ音楽家の最後は女の子になるってか? うぅ、嫌だぁ……

 

「――姫川さーん! 姫川さんは居ますか?!」

「……は、はい!!」

 

 一人で落ち込んでいたところ名前を呼ばれる。廊下の奥……ちょうど長椅子が置かれなくなり階段を上って別の階に移動する場所。そこから彼女の声は聞こえてきた。

 

「あれ? あそこって診察室なかったはず?」

 

 変な違和感を覚える。診察室から出てきてないってことは奥に見えるナースさんは階段か廊下の突き当りにある非常口から出てきたことになるんだけど。もしかしたら、俺だけ別の階……?

 

「……? 外人のお嬢ちゃん、いかないのかい?」

「あ、ああ、すいません……!」

 

 ボーっとしているととなり座っていたおじいちゃんにそう言われてやっと行動に移した。席を立ち外見ゆえに周りの視線を集めてしまうのでそれに耐え、ナースさんの元へとスタスタと移動した。

 

姫川望愛(ひめかわのあ)さん……? で、あってますよね?」

「は、はい! こう見えても日本人なんです! 驚きました?」

 

「はい、びっくりしました……ハーフの方なんですか?」

「お母さんがドイツ人なんですよ。ドイツ語だってもちろんいけますよ?」

 

「へぇ~、金髪で可愛らしいし憧れちゃうわぁ。ずいぶん国際的な子たちがこの病気ねぇ……

 

 ――……それにしても男の子で望愛って……ずいぶん可愛らしい名前なのねー」

 

「――ッ!? な、なんで俺のこと……?」

 

 驚きとともに背中をぞわぞわと蛇が這うかのような嫌悪感が襲う。なんでこの人、男ということを知って……いやいや、ええっ!? どうして……はぁ!?

 

「ふふ、驚いているみたいね。詳しことは春先生に――いくよ、着いてきてね?」

 

 そう言うとクルリと背中を向けると会談へと向かって歩き出す。驚きのさなかにいる俺は返事を返すこともできずに無言のまま彼女についていく。

 

 階段を一段、一段と上って二階へと出る。そこはつくり的には一階と同じだったが下のよりか廊下は長く、彼女が歩いていくその先の奥の方にポツンと何も書かれていない扉があった。

 

 暗い廊下にただ一つだけ灯されたランプの下にある部屋。ちょっと不気味で二人で歩いているとはいえここは少し怖いところに思えた。すれ違いざまに小さな窓を覗くと外は雨が降っていた。

 

「着きました。中へどうぞ……」

 

 そういうとスライド式のドアを開けて俺を招き入れてくれる。どうやら彼女は中に入らないらしくここでお別れとなった。

 

 なんで俺だけ違うところなのか? ここは何の部屋なのか? 不安だらけだったが彼女が言った言葉の理由。知りたいことも同時にたくさんあったので引き返すわけにも行けないし、もしかしたら治療方法があるかもしれない。そんな期待を胸に中に入る。

 

「ふふ、来たわね。今月で貴女を含めて二人目よ~、いったい何が起きてるのかしら?」

 

 室内に入ると同時にそんな声が俺を出迎えてくれた。中はいたって普通の診察室。荷物を入れるカゴに寝台、先生が座る机とレントゲンを貼るホワイトボードみたいなヤツ。

 

 俺は手荷物は特に持ってはいなかったで先生に向かい合うように置いてあった黒い椅子に腰かける。彼女――眼鏡を掛けたぼさぼさの赤毛にダボダボの白衣を着た女医がそこにいた。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 俺は少し戸惑いながら彼女に頭を下げた。人は見かけで判断したらいけないって分かってるけどこの人はなんだか医者っぽくないっていうか……見ただけで不思議と分かる変な人だった。

 

「うんうん、えーっと、姫川望愛さんだったけ?」

「はい、そうです」

 

「ふ~ん、望愛くんって呼べばいい? もしかしたら望愛ちゃんにもうなっちゃったぁ?」

「なるって……どういうことですか?」

 

「ん、そのままの意味だよぉ。そんな服着てたら女の子になっちゃったのかと思ってねー」

「なってませんって、これは、その……不可抗力というか……その」

 

「ふ~~~ん、じゃあ、まだ、男の子ってことで望愛くんって呼ぶねー?」

「…………はい」

 

 なんだよこの人は。喋り方も変だし、テンションも若干おかしい……いや、結構おかしい。でも、表情はずっと真顔のままだ。なに、この人……?

 

「ふふ、変な人過ぎてびっくりしてるって表情だねぇ?」

「そ、そんなことないですよ?」

 

「ううん、私にはわかるよー? 気を使わなくてもいいからね?」

「使ってませんって」

 

「あらあら、そうなのー? 優しいのね――まあ、いいわ。そろそろ本題に入りましょうかぁ。貴方がどうして変わってしまったのか……その理由を教えるわぁ」

 

 彼女はそう言うとそばにあった机の上からA4サイズの紙の束を手に取ると気だるそうな眼付きのままぺらぺらと紙をめくっていく。五枚ほどめくったところでピタリと手を止めると「えーと」と呟きながら指先で紙を表面をなぞっていく。

 

「……んー、君のかかった病気は間違いなく少女化症候群。突如男性が少女へと変身してしまう病気。DNA単位での変化が見られて臓器含めて細胞単位の若返りも確認されている……日本国、いや世界からごく少数だけど報告がある立派な病気よ」

「ということは、自分以外にも患者がいるってことですか?」

 

「いるわよぉ、しかも――っと、まあ、それはまたあとの話ってことでぇ。話を戻すけどさっき貴方の連れの人から聞いた証言と照らし合わせるとこの病気で間違いないってことは確実ねぇ」

「え? 亜里沙がここに来てたんですか?」

 

「ん、正確に言うと私が会ったんじゃなくてさっきここに来たナースの子が話したんだけどねぇ。その亜里沙っていう子にはいろいろ聞いたあとに悪いけど先に帰ってもらったわぁ」

「帰った? ど、どうして俺に黙っ――」

 

「私がそう頼んだのよぉ。慎重に進めないといけないこともあるし、それに貴女は()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。