天才剣士がいたからって身内も同じだとは限らない (塩なめこ)
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兄貴と風見幽香と俺と

ふと降って湧いた概念をとりあえず書いてみただけの話




 人里の治安を守る者、それが自警団である。

 外敵である妖怪や妖獣の里への侵入を防いだり、武器や里を囲む防壁の手入れをしたりと防御を固め里を存続させるための自衛力となる。

 しかし、時には人々のいざこざの仲裁をしたり、道路掃除や拡張、建築などにも手を出したりと内政にも取り組むこともある。

 それが名目上、自警団に求められる役割だ。

 

 だが、実際にその本来の目的のために働けているかと言うとそうでもない。人里の守護者を名乗るにしてはお粗末と言っていいだろう。なんせ自力で外敵を退けることなんてほとんどできないのだから。

 だがしかしそれは仕方の無いことだった。なんせ相手は妖怪なのだ。

 

 人よりも遥かに強靭な肉体、圧倒的な再生力、超次元的な能力に殺そうとしても死なない魂に寄った生物、それが妖怪なのだ。

 人間が彼らを倒すには自身の霊力をもってするか、魔法使いになって人の道を外れ、魔力を用いた法でもって滅するしかない。

 

 それにその技術も半端であっては意味が無い。なぜなら厄介なことに人里を襲う妖怪というのは大体強力な奴ばかりだからだ。

 そうなる理由は考えてみれば簡単だ。そもそもこの幻想郷では基本的に里の人間を食おうとすること自体がご法度だ。それを破れば博麗の巫女か妖怪の賢者とやらに殺される。

 故にこの里に来る妖怪は大体二通りで、法を知らない新参者か、先述した罰が怖くないほど強い奴のどちらかなのだ。

 

 そうなると里としてはどうしようもない。

 そも霊力や魔力を操れる人間自体が希少存在だ。都合よくそんな奴が里にいる訳では無い。そして対抗する手段が無ければ殺されるだけである。

 

 そしてそれは里と運命を共にする自警団も同じ。ではそんな自警団の実際の役割とはなにか。

 人々の前に立ち、囮となって時間を稼ぎ、上白沢先生か博麗の巫女が到着するまで必死に戦う。要は肉壁なのだ。

 

 そんな肉壁集団の団長に俺はこの度就任した。してしまった。

 理由は単純、代々俺の家の者がその役職に就いていたからというものだ。

 おじいちゃんも父さんも先代頭目の兄貴も全員妖怪に殺された。

 そんな不吉極まりない過去を持つ立場に収まってしまったのである。まだ齢二十にも満たない若造がだ。

 しかも───。

 

 

「団長! 今日はどのような鍛錬をいたしましょう?」

「頭、里周りの壁の補強終わりました。次の指示を」

「頭目、備蓄している武器を一新すべきと愚考いたしますがいかがいたしましょうか?」

 

 

 ───なまじ先代が強かったせいで過去最高に部下の士気が高い。

 

 ここで俺の兄貴、つまり一個前の自警団団長の話をしよう。

 俺の兄貴は天才だった。それはもう里の人々だけでなく、博麗の巫女や賢者、外に住む妖怪までもが認めるほどに。

 

 剣の腕前、俺など遠く及ばない。

 体術の心得、当然俺より数段上だ。

 政治の腕、学のない俺と比べるのもおこがましい。

 あらゆる能力で俺含めた歴代の頭目たちの上を行っていた。無論霊力もだ。彼ならそれを放出するだけで雑魚を消滅させることができた。

 

 幾多の大妖怪を討伐し、退治し、懲らしめて、人里は若い天才の登場でこの先30年は安泰だと泣くほど喜んだ。彼はみんなの希望だったんだ。

 でも、そんな兄貴もまた妖怪に殺された。圧倒的才覚と知力を持った彼の治世はたった3年で終わった。たった3年だ。

 

 妖怪は本当に油断ならないものなのだ。彼らの強い個体は圧倒的身体能力の他に、何かしら強力な特殊能力を持っている。彼は新参者のそれにやられたのだ。

 ここ数十年でもあれほど幻想郷を騒がせた事件はないと言われている吸血鬼異変。その終結間際で彼は逝ってしまった。俺の目の前で。

 

 俺はあの光景を今でも夢に見る。あの完璧だった兄貴まで妖怪の魔の手にかかった。だと言うのに里の皆が俺に期待を寄せている。兄貴が死んだのに士気が高いのはみんなのその過大評価のせいだった。

 なぜこうも俺が評価されるのか。簡単だ。俺は兄貴が命を落としたあの紅い館から生きて帰ってきた。その事実が実情を知らない村の人たちに現実逃避の道を作ってしまった。

「まだ弟がいる」とそんなふうに宣ったのは誰だっただろうか。俺がいたとしても前より良くなることなどないと言うのに。

 

 

「あぁ……えーと、そのだな……。あー、鍛錬は二人一組で組手を。補強組は見回り組と交代してくれ。武器に関してはかかる費用をまとめて帳簿を出しといてくれ」

「「「了解しました!」」」

 

 

 正直不安でならない。

 今の人里は希望に満ち溢れすぎている。言い方を変えれば浮かれすぎだ。なんでそんなに浮かれていられるのかは分からないが、とにかくダメだ。

 俺はそんなに強くない。俺は兄貴のようになれない。俺は兄貴の代わりじゃない。

 

 

「さぁ、来なさい琥二郎(こじろう)。遊んであげるわ」

「……へいへい」

 

 

 だから俺に兄貴を求めないでくれ。人間も妖怪も、風見幽香───お前も! 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……くそっ!」

「ほらほらどうしたの? また私に手を使わせないわけ? 龍一(りゅういち)はこんなもの簡単にかいくぐって来たわよ」

 

 

 うるさい、黙れと返す余裕もない。なぜなら、ここからすぐにでも動かなければ俺は粉々になるからだ。

 風見幽香自身は動いていない。彼女は妖力に任せた光弾の弾幕を展開している。その速度は普通人間には捉えきれないほどのもの。

 力を捻り出して走り出せば、やはり俺のいた場所は大きな爆煙を上げた。地面は抉れ、大きな穴ぼこのできあがりだ。

 

 動け、動け、動け、動け────! 

 

 でなければ待つのは死だ。近づけ、近づけ、近づけ!! 

 

 俺は霊力こそあれど兄貴のように飛ぶことは出来ない。そもそもの容量が少ないからだ。だから牽制に霊力弾を飛ばすことも出来ない。そんなことをすればガス欠で動けなくなるうえ、力を溜めるのに止まらなくてはならない。この状況では愚の骨頂。

 故に手に持つこの剣が届く所まで近づくしかない。

 

 視界に入る全てのものの位置を正確に把握しろ。動きを予想し、順序を立て、道を設定し、動き出す。

 思考を回し、想定を更新し、標的の位置を予想し、これまでの全てを繰り返し、攻撃できるその時まで動き回れ。

 

 近づけば近づくほど弾の密度は濃くなる。それは子供すらも通さないほどに狭くなり、重なる光の弾は同時に視界まで奪う。風見幽香の位置はもう目では捉えられない。故に目だけに頼るのもまた愚かな行為だ。

 

 感じろ、感じろ、感じろ、感じろ────ッ! 

 

 まだ兄貴が生きていた頃、二人で鍛錬してきたことを思い出せ。

 

 

『いいか琥二郎。俺たちが苦戦を強いられるような相手はな、最初俺たちに本気を出さない。唯一絶対の自信がある自分の能力を使おうとしないんだ』

 

 

 なぜならそれは俺たち人間が弱いから。人間ごときに本気を出せば、それは妖怪としての威厳を損なう行為となる。

 威厳とは妖怪の糧となる畏れの源だ。人々の畏れを保つために妖怪は化け物でなくてはならない。即ち不死身で、圧倒的で、不可思議で、未知数であらねばならないのだ。

 

 

『そういう奴は大抵自分の苦手とする方法で戦ってくる。多くの場合は妖力を用いた何がしかの遠距離攻撃だ。それだけで十分人は殺れる』

 

 

 分かっている。風見幽香は未だ本気では無い。手心を加えている。俺の事を可愛がるように嬲っているだけだ。そんな力しか俺にはないから。

 

 

『だがその事を卑下する必要は無い。俺たちは事実弱いからな。大事なのは奴らの慢心をチャンスに変えられるかどうか。そのための基本になる技をお前に教え込む。最初の一歩は───』

 

 敵を捕捉しろ! 

 

 

 ゾワリとした感触が肌を走る。今まで正面に捉えていたそれは、俺の右肩の表面をなぞるとそのまま下に沈み、脇腹に突き刺さる。

 

 

『それは妖怪の持つ畏れだ。それに刺激された俺たちの生存本能が肌に現れる。それで大体の方向が分かるだろ? 敵が近づけばそれは更に強くなる。その感覚があれば視界の塞がれた状況でも適切な距離感を保てるんだ』

 

 

 まずい。風見幽香は右後ろ方向に回り込んで近づいてきた。まだ俺の正面には奴のばらまいた弾幕が残っている。このまま突っ込んでくるのだとしたら押し込まれて致命傷は必至だ。

 だが逃げ道がない。無理にわけいって来たがために退避できる道が限定的すぎる。あの風見幽香が直で殴りに来ているのだ。俺の思考を読んだ上で逃げた先に待ち構えている可能性が高い。

 

 

「……っ」

 

『妖怪は選択肢が多い。その身体能力に任せれば俺たちの動きを見てから動いても間に合いやがる。だからどんなに気をつけても追い詰められるときは来る。だが、そんな時こそ冷静さを失っちゃあだめだ。そんな状況の中でも最高の力を発揮しようとしろ』

 

 

 ふと空を見上げる。そこはこの地べたよりも自由で穏やかに見えた。

 あぁくそ、どこまでも行ける兄貴ならここを選ぶんだろうな。

 だが俺には選べない。空に身を投げ出しても待っているのはさらなる不自由だ。

 

 

「行くぞ、風見幽香ッ!」

 

 

 盾と剣を構えて振り返り突貫する。ここがこの戦いの正念場だ。

 奴は確実に待ち構えている。俺の肌がそれを訴えている。虫が這いずり回るのと同じくらいの速度で左前方から近づくそれは、まさに今眼前に出てくるであろう敵を見据えているように感じた。

 

 

『まぁでも、さっき言ったように基本の2つ目は相手の攻撃に当たらないこと』

 

 

 光弾の裏でなびく綺麗な緑色の髪が見える。

 

 

『何度も言ってわかってると思うけど妖怪の攻撃はいくら霊力で防御を固めても一打一打が致命傷になる』

 

 

 近づく奴は何か大きな赤い玉のように見えて、その四肢を目で捉えることは出来ない。だがそれが攻撃だと言うことを俺の本能が認識した。

 狙うはカウンター。霊力の込めたこの盾で一撃目を流し、力を殺し、振り抜き終えた瞬間を狙う───! 

 

 

『だから、やっぱり当たらない、当てられない足運びや状況作りがキモなんだ』

 

(───あ)

 

 

 だけど俺の斬撃に手応えはない。だと言うのに盾を握る左手は何故か力を逃がした感触が鮮明に焼き付いていて。

 

 

「馬鹿ね。真正面で私とやり合おうだなんて、度が過ぎるんじゃないかしら」

 

 

 瞬間、映ったのは瞳だろうか? 赤く光る点が顔の横を閃光のように駆けて行ったと思えば。

 

 

「そもそも、アイツなら八方塞がりの状況になんて陥らないのよ」

 

 

 俺の視界は激痛と共に大きく暴れ回り、気づいたその時には土の茶色が頭上に見えていた。

 

 

「弱い。本当に弱いわ、貴方」

 

 

 そんな言葉を最後に俺は今日()気を失った。

()()彼女に勝つことができなかった。

 なんで俺はこんな大妖怪とぶつかり稽古をしなきゃならないんだ。命が幾つ会っても足りやしない。

 そんな愚痴をつぶやくのを最後に、俺の思考は完全に真っ暗になった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 風見幽香と兄貴の関係はどこから始まったのか、俺も正確な時期は知らない。だが、原因になったであろう事件についてなら知っている。

 

 発端はとある悪ガキ共の遊びからだった。

 そいつらは寺子屋でも問題児で、暇さえあれば危険なことに挑戦するやんちゃ野郎どもだった。ウチら自警団も彼らの遊びとやらに付き合わされたことが何度かある。

 

 とある日の午前中。彼らは寺子屋を抜け出して里を散策していると、里を囲う壁に小さな隙間があるのを見つけた。丁度子供なら入れるくらいの小さなものだ。

 彼らは暇つぶしと称してそこに躊躇うことなく入っていった。すぐ外は雑木林なので迷いやすいのだが、それをその場にいた変に知恵のあるガキが解決しちまったばっかりに事は起こることになる。

 

 

「木に目印をつけながら歩けばいいんだよ」

 

 

 そうやって当たり前のように持ち歩いていた小さなナイフ(あとで事情聴取したら一人の少年が父親からくすねたものらしい)で傷を刻みながら冒険を始めたというわけだ。

 

 そうして雑木林を抜けた先が太陽の畑だったのは運が悪かったとしか言いようがない。当時のそこは夏真っ盛りだったこともあり、綺麗な向日葵が一面に咲き誇っていた。故に風見幽香がいるのは間違いなく、しかしそれを知らない無知な子供たちは果敢にもこの場所に足を踏み入れてしまった。

 

 道中妖精にすら会わなかったことは幸運だったと言えるだろうか。それ故に怪我をすることもなく、逃げ帰るという発想も浮かぶことはなかった。

 

 結局彼らはその美しい向日葵に魅力された。綺麗なものを見た悪ガキ共にそのままの状態を保つなどという考えなどなく、やはり小僧らしくその花々を手中に収めようとした。粗雑なやり口で。

 それも一本や二本ならまだ許容範囲だったかもしれない。だが欲深い童たちは新しい畑道を作らんばかりの勢いで摘み始めた。なまじ人数がいたばかりに競い合いになり、その行為を花をこよなく愛する風見幽香が許すわけがなかった。

 

 

「そこでなにをしているのかしら」

 

 

 初めて怒気ではなく殺気を受けた子供たちはそこではじめて自分たちの行動の愚かさを知った。あとは有無を言わさぬ制裁が彼らに下り、数名の若い命が消えることになるだろう。

 本来ならば。

 

 

「こちらに非があるのは認める。罰を与えるから殺すのは待ってくれないか」

 

 

 彼らの命が果てることは無かった。どうやったのかは俺も知らないが、風見幽香の繰り出したあらゆる攻撃を既のところで兄貴が全て無力化したからだ。

 

 兄貴が風見幽香と対峙する少し前、自警団に悪ガキ共の行方が分からないと上白沢先生が上がり込んで来た。俺と兄貴含めた数人が彼らの捜索にあたり、壁の穴とその先に見える木に刻まれた目印を見つけたことで事態を把握。なんとか間に合うことが出来たのだ。

 

 そこからはなんやかんやあって風見幽香を兄貴がコテンパンにした。死なない程度に。

 ここからあやふやなのは空を飛ぶ兄貴との連絡用に施していた遠隔会話の術が切れてしまったからだ。いくら兄貴とは言えど幻想郷でも屈指の大妖怪相手には全力だったのだろうと思う。子供たちも護りながらだし。

 

 俺が子供たちの確保のために太陽の畑に着いた時には全て終わった後だった。兄貴からプイっと顔を逸らし、静かに花の傘を持って佇む風見幽香の後ろ姿はとても印象的だった。

 まぁその後ろで兄貴の説教を聞かされながら土下座している子供たちの姿もあり、とてもシュールな光景でもあったからなのかもしれないが。

 

 それから兄貴は子供たちを引き連れて太陽の畑で向日葵の世話をするようになった。風見幽香に誠意を示すためだ。

 そうして夏が過ぎ秋の頃になると、風見幽香の姿が里で頻繁に目撃されるようになる。向日葵の世話が終わり兄貴が彼女の所に赴かなくなったからだと思う。

 

 彼女の目的は兄貴との決着をつける事。あの時は油断があったし殺されてもいないのだからまだ終わってない、戦え! ……というのが彼女の言い分。俺との付き合いはそうして家の玄関に押しかけるようになってからだ。

 

 兄貴は当然戦う理由がないので断り続けた。里の中で戦うのはご法度で最悪幻想郷から追い出されかねないので、彼女も強硬手段を選べず、結果兄貴が死ぬまでずっと付き合いが続いた。

 

 そう、死ぬまで。

 

 

「ハァ……」

 

 

 自警団の駐屯所のベットの上で思わずため息が出る。兄貴の死亡報告をしたのは俺だった。それがほとんど毎日のように訪れる彼女に対しての礼儀であり義務であると思ったからだ。

 

 

『…………嘘』

 

 

 あの時の彼女の顔もまた、印象的で忘れることができない。一体彼女はあの時何を思っていたのだろうか。兄貴を()()()()()()()()俺への憎しみがあったのか。それとも兄貴に対する失望があったのか。

 

 それから数日して、彼女は俺に対して八つ当たりにも似た稽古をつけ始めた。最初で殺されていたならどれだけ良かっただろうか。彼女はこうして毎度毎度俺を生還させる。

 故に断るに断れない。数日で治る傷しかつけない代わりに、癒えた時を狙ってまた戦う。戦う。戦う。戦う。

 明らかに彼女は俺に兄貴の代わりになることを求めていた。自分を打ち負かし、本気で勝負できて、決着をつけてくれる相手を。

 

 

 

「師事も受けた。同じ飯を食って同じ屋根の下で同じように育ったさ。でもな風見幽香、いくら身内が天才だったとしても────」

 

 

 

 人は他人とは絶対同じにはなれない。

 

 

 

 

 

 




好評なら続くかもしれません

10月22日追記
次話投稿が決まったのでサブタイトルを変更しました。
本日21時投稿予定です。


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兄貴と仕事と俺と

高評価に投票を頂いたので続きました。

財布様、評価していただきありがとうございます。


 がしゃがしゃと夜の人里には似合わない大きな音が響く。

 それは祭りの音などでは断じてない。里を囲む壁よりも大きなそれは、里の出入口を探して大きな音を隠しもせずに歩き回る。

 

 それの正体はがしゃどくろ。

 

 供養や埋葬のされなかった死者たちの怨念や骸骨が集まり、巨大な骸の妖怪として再誕した存在。所謂怨霊の類に近い化け物だ。

 

 そのどくろに集まるように小さな光が群がっている。それこそが俺たち自警団の光であり、この夜の世界を照らす唯一の光源だ。

 

 

「状況は?」

「未だ被害は出ていません。一度里の壁に身体をぶつけたみたいですが突破できず、門を目指して迂回する形をとっているみたいです」

「了解、ありがとう」

 

 

 あれだけの図体を用いれば壁どころか家屋すらも破壊して進むことが出来ただろう。それをしてこなかったということは兄貴が考案した新しい防壁が機能しているという事だ。つくづくあの人は恐ろしいなとこの仕事をしていると思う。

 

 

「東門を開けてやれ。全員そこに集合。3人ほど伝令として博麗神社に回す」

「よろしいのですか、わざわざ里に侵入させるようなことをして」

「狙いがわかっているなら誘導が効く。ガチガチに固めて強行突破に舵を切られるよりかは、敢えて入口を作ってやって万全の体制で叩いた方が効果があるだろう」

「なるほど、分かりました。全員東門に集合! 門を開けたらすぐに伝令は博麗神社に行け! 」

「今は夜だ。道中他の妖怪にも襲われる可能性がある。帰ってくるのは朝になってからでいい。その分他のものには目もくれず全力で走り抜けろよ!!」

 

 

 指示を飛ばして俺も剣を抜く。東門には既に灯りがそこら中に点っており昼のように明るい。これならば視界に困ることもないだろう。

 

 

「来ます!」

 

 

 一人が声をあげると同時に門の端を大きな骨の手が鷲掴みにした。グイッと覗き込むように現れた白い顔は、夜の漆黒の色と相まって死神を連想させる出で立ちだ。

 

 

「────────!!!!!」

 

 

 それはどんな音だったか。咆哮と共に奴は里へと侵入する。威嚇とともに発さられた畏れが俺の全身を走っていく。

 

 がしゃどくろの全長は一丈を優に超える。その手だけで人を握りつぶすことができ、その体を倒すだけで生物を肉片へと変えることができる。

 そうしてできあがった物や生者を大きな口で噛み砕き喰らうのだ。その目的は生者の命を吸い甦ろうとせんがため。

 

 だが悲しいかな、奴はどんなに頑張っても他者を糧とすることは出来ない。なぜなら奴は骸骨、ただの骸、どくろ。

 その内に食道はなく、胃もなければ腸すらない。喰らえど喰らえど口を通ったそれはぼとりと落ちるのみ。化け物の通るところに血の道ができあがるだけに過ぎない。

 

 だがそれすらも奴には分からない。骸の複合体故に魂も混濁し知性など存在しない。だからこそ幻想郷の法など気にもせず襲ってくる。

 ただ災厄を撒き散らすことでしか自身を主張できず、誰かに討伐され、弔われるその時まで彷徨い続ける。それががしゃどくろという妖怪の本質だ。

 

 果たしてその体から鳴るがしゃがしゃという音は魂の悲鳴なのか、それとも恨みつらみのこもった呪いなのか。こちらとしてはどちらであっても迷惑極まりないが。

 

 

「総員槍を構えろ! 傷は与えられなくても足元を崩すことは出来る。崩れたところを俺が押し出す! 手と奴の体に押しつぶされるなよ!」

「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 

 雄叫びに続いて第一撃を入れる。奴の頭の目の前まで飛び上がり、霊力を込めた渾身の蹴りを放つ。奴はその図体に見合った重さをしているようでビクともしない。だが今はそれでいい。俺の役割は最も厄介な凶器とあの腕の攻撃を一手に引き受けること。

 

 

「──────!!!」

 

 

 狙い通り、目の前の羽虫を払うがごとくどくろは動き出す。その巨腕を振り上げ手のひらで押し潰すつもりだ。

 

 

『里の防衛において主戦場になるのは門の前後だ。あそこは里の大通りと直結してる関係でとても広い。大人数で戦える代わりに敵もその体を何不自由なく動かすことができるだろう』

 

 

 奴の一撃は他の妖怪に漏れず全てが致命の一打に有り得る。霊力持ちが少ない一般団員が受ければ死ぬのは必定。なぎ払いでも繰り出されたら一溜りもないだろう。だからこうして俺だけを狙ってくれるならやりやすい。

 

 

『防壁もないし、あったところで潰されるだけだろ? だから霊力が扱える俺たちが率先して抑えに入るんだ』

 

 

 それにその一撃も普段風見幽香から貰う打撃に比べれば、遅く、弱く、そして軽い。いなすことなど造作もない。

 

 

「オラァ!」

「─────ッ!?」

 

 

 左腕に霊力を溜め、盾で受けたその手のひらを頭上へとはじき返す。

 簡単に押しつぶせると考えていたであろう矮小な存在から、手元を吹き飛ばされるほどの力が加わった。その事に驚愕したのか奴は数歩後退ろうとする。そこが隙。

 

 

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 

 両脇から挟むように槍がやつの脚目掛けて突っ込んでくる。しかしただの槍。突き刺すことどころかかすり傷をつけることもできない。

 

 

「──────」

 

 

 だが物理的に奴の邪魔になればそれでいい。足の踏み場が無くなった奴はその図体に見合った重量を支えようとして片足で踏ん張った。そんな体重が寄った姿勢を見逃すわけがない。

 再度俺は飛び上がる。狙いは先程と同じ。

 

 

「倒れろ!」

 

 

 下げた足は槍に阻まれ、地に足をつけて自重を支えることができないどくろは、その頭蓋に衝撃を加えられて盛大に転がる。上半身まで里に入っていたその体は完全に門の外へと押し返され、無様に腹を上に向けたまま仰向けに倒れた。

 

 

「あれなら立ち上がるのにしばらく時間がいるだろう。皆は次の用意を。追撃はするなよ」

「いいんですか? 貴方ならあのどくろだって……」

「あの大きさの怨霊は無理だ。ああいうのを祓うのは巫女の仕事さ」

 

 

 倒せないことは無い。だが倒すだけでは意味が無いのだ。

 これは上白沢先生を呼びに行かなかった理由でもあるが、怨霊の類はただ物理的に消し去ったとしても完全に消えることはない。彼らの魂は現世に縛られ続ける。

 しかもその性質上妖怪は近づけない。怨霊に呑まれれば、彼らの混沌とした魂と混ざり合う危険性があり、最悪消滅という死が訪れる。

 

 完全に奴らを消し去るには巫女に『お祓い』という形で成仏させてやるしかない。すなわち膨大な量の霊力をぶつけること。残念ながら俺では不完全に消滅させることしかできない。

 そうなれば待っているのは里での再誕。しかも正式な『お祓い』ではなかったがために、再誕時に病魔を撒き散らす恐れすらある。

 兄貴ならばその霊力でもって恨みすら消しされたのであろうが。

 

 

「とにかくこれを繰り返す。使者が博麗神社に着いて巫女が飛んでくるのを待つにしても1時間から2時間ほどかかるだろう。俺たちはそれまで時間稼ぎに徹するんだ」

 

 

 結局、敵が風見幽香ほど強くなかったとしても自警団のやることは変わらない。人々の壁となって人間でも最強格の巫女の到着を待たねば勝てないのだ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 それから博麗の巫女がやって来てがしゃどくろを滅したのはもうそろそろ朝日が出てくるであろうという時刻だった。

 

 既にどくろのいた痕跡はない。知性もなく力も大妖怪に比べれば劣る奴を足止めなんて、準備さえ整っていればどうということは無い。

 数名の負傷者を出したがそれも軽微で、伝令の無事も確認したため死者はいない。今奴がぶつかったという壁の方にも確認に行かせているが、今のところ家屋の被害もあがってきていない。

 

 壁が壊されていればこんなに簡単には行かなかった。武器を複数持たせていたから簡単に止めることができた。

 兄貴が準備し、残したものは十全にその成果を発揮したのだ。

 

 

(だからどうか、安らかに眠っていてくれ。俺が生きている限り里は俺が護るから)

 

 

 門の横には簡単な墓が作られており線香の煙が立ち昇っている。俺は心の中でそう呟きながら、そこで先の亡霊に対して祈りを捧げていた。

 

 実はがしゃどくろの出現というのは、この幻想郷では基本起こり得ないことだったりする。

 怨念や亡霊の存在は確かに至る所で観測できる。だがしかし、怨念の融合体であるあのどくろが現れるのは皆無に等しいと言っていい。

 

 まず、ここには閻魔様が管轄する地獄が三途の川を隔てて存在している。いくら正当な手順を踏んで埋葬されなかったと言えど、死んだ者の魂はそちらに流れていくはずなのだ。

 そして収容しきれなかった魂たちが怨霊や人魂になって幻想郷を飛び交う。彼らは閻魔様の判決を待つ身分であり、転生前の気晴らしに動き回っているだけだ。

 そんな彼らがわざわざ複合体になって魂をごちゃ混ぜにし、生者を襲っても何の得もない。そうなれば転生が先延ばしになるだけだし、生命として不純な存在となるため、酷い時は転生することが出来なくなってしまうだろう。

 

 では何故今回、奴が出現したのか。多分、先の吸血鬼異変のせいだ。憶測だが十中八九そうだと言っていいだろう。

 

 先の異変では外から来た妖怪もここにいた妖怪も、そして人間もたくさんの人が死んでしまった。その経緯はどうであれ、本当にたくさんの命がひとつの場所で散った。

 また、特に怨霊となるであろう死に方をした者たちもいた。吸血鬼に血を吸われた奴らだ。彼らは食屍鬼と化して魂の輪廻から外れ、吸血鬼の所有物となって生き長らえた。

 それを巫女や兄貴、俺が手当り次第に葬った。それは死者に対する鎮魂では断じて無かっただろう。彼らの魂はこの世に残り続けたのだ。

 

 そして彼らだけではない。俺の兄貴もまたその遺体を埋葬してやることが出来なかった。彼の体はこの世から粉々に消えてなくなってしまっている。

 弔わなかったわけじゃない。だが、精一杯の供養と言っても本人のいない墓と仏壇が家にあるだけだ。死者がいないそれに一体どれだけの価値があるというのだろうか。

 

 俺にはあれに兄貴の魂も含まれていたんじゃないかと思えてならない。だから今、巫女による『お祓い』が済んだ今、こうして仮設の墓を作り弔うのだ。他の魂たちと共に安らかに眠って欲しいが為に。

 

 

「後で花を持ってくるか」

 

 

 一連の動作で冥福を祈り帰路に経つ。そろそろ農家の人が起きて田畑を確認しに来る頃合だ。……がしゃどくろの出現が深夜になったのも、あの日吸血鬼異変が起こったのが深夜だったからなのか。

 

 そんな考え事をするが思考はまとまらない。ほぼ徹夜状態で流石に眠いからだろう。花屋が開くのも数時間後だし、一眠りしてもいいかと今日の予定を立てながら玄関を開けてみると、その計画を無惨にも破壊するものがそこにあった。

 

 

「これは……文?」

 

 

 差出人は『八雲紫』と記されていた。

 その無駄に綺麗で逆に不気味な文字を見つめていると、ゾワリとした感覚が背中を撫でる。

 

 

「っ……?」

 

 

 咄嗟に柄を握って後ろを振り向けばそこには一輪の彼岸花。先程の一瞬、何者かが俺の背後を取っていたのは間違いないようだ。こんな芸当ができるのは一人しか思い浮かばないが。

 この花は追悼の意、ということなのだろうか。とにかく妖怪関連の厄介事が舞い込んできたというのは間違いない。

 

 

「風見幽香に続いて妖怪の賢者まで……。俺のことはほっといてくれよ」

 

 

 怒鳴る気にもなれない呆れた声が()()()()()()()()()広すぎる家に響いた。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

『日が昇りきった頃にお待ちしておりますわ』

 

 

 それが手紙の最後の一文。酷いもんだ、朝一で妖怪退治をしたばかりだというのに昼過ぎを指定してきやがった。あちらもその事を知らないわけじゃないだろうに。

 

 きっとこれも兄貴と接するのと同じ感覚だからなのだろうと結論付ける。いや、俺は空が飛べないので兄貴よりもスピードが出ないし、道中で妖怪に出くわす危険性もあるんだが。

 身勝手な妖怪に合わせてやるのもまた器量というやつだろうか。ともかく、出発は朝食を食べて直ぐにすることにした。二時間程しか眠れなかったが致し方ないだろう。

 

 

「それでは上白沢先生、留守の間よろしくお願いします。一日で済むとは思いますが、何かあったら直ぐに博麗の巫女まで。相手が賢者なら彼女から私に連絡がいくでしょう」

「あぁ、任された。……琥二郎、それとは別にだな、お前はまだ十五だ。私に対してそんなに気を使わなくてもいいんだぞ? せめて名前で呼んでくれないか」

「ありがたいことですが申し訳ありません。今は立場というものがありますから」

「そ、そうか」

 

 

 うぐっ。上白沢先生が泣きそうな顔をしてしまっている……。やはり皆には慧音先生と呼ばれているのに俺だけに呼ばれないのは心にくるものがあるのだろうか。

 だが、どうか許して欲しい。別に嫌いというわけでは断じてないから。こうして立場や責任を武器にして取り繕っていないと俺はてんでダメなのだ。女性の、特に綺麗な女性に対しては顔を向けることすら出来なくなってしまう。あぁ、黄泉の国で今でも笑ってるんだろうな兄貴。

 

 ……分かっている。分かっているさ、これをどうにかしなきゃならないことくらい。こんな性分だから博麗の巫女とか今まで直で会ったことがないし、敵認定してる風見幽香にでさえ、戦意を無くすとすぐ直視できなくなっちまうし。

 今回の件に関しても果たして俺は人里代表として恥じない振る舞いができるのだろうか? 妖怪の賢者は吸血鬼異変でちらっと見た程度だったがかなりの美人だった思い出がある。……憂鬱だ。

 

 

「と、とにかく、行ってきますね」

 

 

 心を押し殺し、愛用の盾と剣といくつかの道具を持って西門から出発する。

 目指すは博麗神社とは真逆の方向にあるという幻の舘、マヨイガ。

 

 

『先代からの約束の件でご連絡させて頂きました』

 

 

 文の第一文にはそう書かれていた。全く、里の守護者たる自警団には政治の役割なんて求められていないのに、あのバカ兄貴は何を勝手に約定など結んでいやがるのだろうか。しかも内容を誰にも伝えていないし。嫌な予感しかない。

 

 

「せめて俺にだけでも話してくれても良かったじゃないか」

 

 

 そんなに頼りなかったのかな、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実はこの一話でゆかりんに会うつもりでした。がしゃどくろは前置きだったのにねーおかしいねー。

なんで少なくともあと一話は構想が出来上がっております。お楽しみに。


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兄貴と天狗と俺と

 お待たせ致しました。

 今話投稿の間にも高評価に投票を頂いてしまいました。というわけでこの先も数話は続きます。ヒトリババヌキ様、ご評価ありがとうございます!

 今回は前回の話と合体させたかったゆかりんと合うお話です。一応オリキャラ注意です。




 人里は幻想郷の中心部に位置している。

 門は東西南北にひとつずつあり、それぞれを繋ぐようにした十字の大通りが里の主要道路だ。

 

 東門からずっといけば幻想郷の東端である博麗神社が。北へ行くと妖怪たちの住む山や、麓の大きな湖に例の紅い館、魔法の森なんかが見えてくる。

 南から出ればすぐ竹林が見えてきて、南東方向に向かえば太陽の畑、南西方向に向かえば里の墓所やその先の無縁塚に行くことができる。

 

 そして俺が今進む西門から先の道。ここは最も人通りが少ない道で、死者のみが通ると言われている。それは比喩表現ではなく、この先が三途の川に繋がっており、閻魔様の待つ地獄への一本道であるためだ。

 そんな道の先に博麗神社と対をなすマヨイガがあるのである。噂ではあの神社とあそことで、幻想郷を外と隔絶させている結界の楔を守っているとかいないとか。

 

 まぁそんな道中であるためか、どうにも寒気がする。というか見られている気がする。何にかは分からないが、どこか遠くから探ろうとしている者の気配を感じるのだ。

 

 

(気のせいだって切り捨てる……なんてのはないよなぁ流石に)

 

 

 畏れ、寒気、恐怖、酩酊、幻覚などなど。その全ての異常は俺たち人間の最強にして最大の武器。最後の防衛線だ。それらが現れるということは何がしかが俺の体に作用しているということ。

 里の中でならともかく、里の外でそういったものを軽んじるのは死に直結しかねない。何故ならば、妖怪や妖獣なんかの類は大抵がそういった卑劣な手法を用いる攻撃を行うからだ。

 

 酒に酔わせて喰う。恐怖で精神を攻撃してから喰う。病魔で体を弱らせてから喰う。美味い話をチラつかせて騙し討ちで喰う。幻覚を見せて自分の巣に引き込んで喰う。

 奴らは人を喰らう生き物。人が他の動物や植物を食すのに頭を働かせてそれに適した道具を作ってきたように、奴らは人を喰らうために最適な進化を遂げてきた存在だ。

 

 だからこそ妖と対峙する者は人体の危険信号に敏感であらねばならない。自分が今平常ではないことを自覚できたなら、それはこちらの武器になる。

 攻撃を受けていると知覚すること。それが俺の家が紡いできた技術の基本。

 外からの刺激に対する身体の反応、それを知ることで己の五体を知り、操ることこそが『市川家』に伝わる技法なのだ。

 

 

『そうやって自分を知れば、自分が外の世界に発する作用も操れるようになる。己を怨霊と間違わせるんだ。そうすればお前も里の外でほとんど妖怪と合わなくなるよ』

 

 

 物事は様々な物体の相互作用によって決まる……とかなんとか。

 妖怪から受けた刺激に身体が反応するように、妖怪も人間から受けた刺激に対して反応する。前者を操れるならまた後者も操れるはず……というのがウチ流の気配絶ちの理論。

 

 俺が現在進行形でしているのもその理論を元に応用したものの一種。妖怪が好まない気配、つまり死者の魂を真似ることで外の道を歩く際の安全性を高めている。

 生命力から生まれる霊力や、発する熱をあえて弱まらせて死の気配をばら撒く。妖怪は魂に寄る生き物だから、触れれば最悪消滅しかねない怨霊の類を検知すると近寄らなくなる。この技はそんな彼らの習性を利用したものだ。

 

 

(なーのに見られてる気がするんだよな)

 

 

 もちろんこの方法で避けられるのは妖怪や妖獣の類だけだ。自然から産み出される妖精や、同様の気配を持つ怨念たちには効果が薄い。

 とはいえ太陽が直上に登りかけている今の時間帯、怨霊は外を自由に行き来したがらない。妖精の線もあるが、妖精なら妖精らしい気が感じられるはずなのである。具体的には温もりとかいい匂いとか。

 

 今はそれが全くない。なのに寒気と視線だけが感じられてしまっている。……熟練者はこれらの感覚から何がどこにいるか正確に把握できるのだというが本当だろうか。兄貴とかは虫とか猫探すの上手かったけど。

 

 まぁ俺は未熟者だから正確な位置も大まかな方角も分からないけどね。とりあえず警戒するだけはしとくことにした。どの道、里の人間は専守防衛。あちらから襲わないならこちからも何もしない。それが幻想郷のルールだ。

 

 

(っと、アレかな?)

 

 

 西門からしばらくしたところには山側の雑木林へ入っていく道と丘の間を抜ける道が交差する分岐点がある。そこに一目で妖怪だと分かる派手さと畏れを有している影が見えた。

 

 金の髪に金の瞳、大きなとんがりをふたつ備えた帽子とそれだけでも目立つが、それ以上に視線を吸寄せるのは背にある九本の尾。

 毛並みがよく美しい輝きを放つそれは長寿の証。どこからどう見ても妖狐だ。しかもこれは相当の実力者。俺の死の気配なんてものともしないだろうというのが見ただけで分かる。

 

 

(そして容姿もべらぼうに良いっていうね……)

 

 

 緊張からなのか、その実力の高さゆえなのか冷や汗が出るのを抑えられない。やばい、俺耐えられないかも。

 

 

「お待ちしておりました、市川琥二郎様。私は紫様の元までの案内人を務めます八雲藍と言う者です。以後お見知りおきを」

「これはご丁寧にどうも。ご存知の通り、人里自警団現代表、市川琥二郎です。マヨイガまでのご同行よろしくお願いします」

「……ではこちらへ」

 

 

 そうやって形の上での礼儀をお互いに通し終えると、八雲藍に先導されて林の中へと入っていく。

 

 マヨイガは伝承によると遭遇するだけでも奇跡であると言われている。

 きらびらやかな屋敷の中はこれまた豪華な内装の部屋が無数に存在し、そこから何か一つでも家具を持って帰ることができればその者には幸運が訪れるとか。

 だがその美味しい話だけを鵜呑みにして欲深な人間が入れば、待っているのは地獄だ。そういう奴らは一生屋敷から出られず、時間からも現世からも隔絶させた無限に続く部屋の中を延々彷徨うことになるのだ。

 

 そういう神出鬼没さと迷宮のような複雑な内装を合わせ持っていることから、常人が探してもまず屋敷が見つからず、見つかったとしても当主である八雲紫と会うことは不可能に近い。

 家主にとっては無敵の居城だ。こうして招待され、案内人でも通さない限り一生使っても巡り会う事はないだろう。とはいえ、防犯用のカラクリにしてはかなり凝りすぎていると思うけれど。

 

 林の中を進んでいくと次第に傾斜がきつくなっていく。普段は空を飛んでいくからなのか、八雲紫の能力で出入りしているからなのか、今通っている道は酷く汚れていてボロボロだ。昨年のものであろう落ち葉が散乱し、湿気を含んでいるためか足で踏むとぐちゃぐちゃと音が鳴る。

 

 目の前の八雲藍も随分と歩きにくそうにしている。こうやって陸路を進むのに慣れていないのだろう。そんな考えに思い至ると、先程からチラチラと見つめてくるのは俺が煩わしいからなのではないかと思えてくるな。……ごめんね、飛べなくて。

 

 …………いや、違うな。今まで意識してなかったから気づかなかったけど、あの瞳は煩わしいそれを見る目というか、興味本位で観察している目に見えるな。 え、なに? 俺今試されてるのか? 

 

 それにしては空気が堅苦しくない。試練を与える妖怪ってのはもっとこう威圧的なものなんじゃないのか? まぁ比較対象が風見幽香だから宛にはなんないけど。

 ていうかこうやって意識し始めると、彼女結構な頻度で見てくる。視線は顔だけでなく、身体中に刺さってくるし、なんかむず痒い。

 

 

「……何か私に気になるところでも?」

「あっ、いえすみません不躾にジロジロと見てしまって。ただなんというか、あまりに違いすぎたので」

「違う? 何とですか?」

 

 

 言ってから気づく。あーこれいつものパターンだ。俺が妖怪から好奇の目を向けられる理由なんてひとつしか思い浮かばない。

 

 

「貴方の兄君とです。……貴方が私たちに向けてくる感情は兄君のそれとはかなり異なっていたのでつい」

 

 

 やはり彼女も兄貴との関係者だった。しかし、あぁそうかそうだろう。俺は家族であっても兄貴本人ではない。彼が持つ憎悪の念まで継承していると思ったら大間違いだ。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「扉を開けたらそこはすぐ当主の間でした。どうかしらマヨイガは」

「どうもしないですよ。想像通り、伝承通りです。靴の脱ぎ場に困るくらいですかね?」

 

 

 言って草履を脱いで手に持つと、敷かれていた座布団に正座する。そして横に盾を置き、その上に剣と草履を乗せると、俺は改めて部屋の中をぐるりと見渡した。

 

 言い伝え通りどこか古めかしい内装は、しかし綺麗で人を魅了する侘び寂びを兼ね備えているように見える。今座った座布団の布も触り心地が良く、座りやすい。

 ここは内装的に居間で間違いないだろう。中心には大きな木の机が鎮座しており、その上には人数分の茶が置かれている。意外なことに暗くはない。部屋同士を隔絶する障子にはありもしない外からの光が差し込んでいるからだ。

 

 ちなみに俺はその障子の先から入ってきた。外から見たらただの引き戸であったのに振り返れば和紙の扉になっていたのには流石に驚いた。まぁ舐められると困るので強気な物言いで隠し通したが。

 

 さてそんな場所に座して顔を見合わせているのは俺含めて()()()

 一人は人里の代表たる俺。もう一人は道案内を務めてくれていた八雲藍。そして家主たる八雲紫。残り二人は八雲紫が招待した別の客、天狗だ。しかもかなり高位の。

 

 

「さて、ようやっと全員揃ったみたいだから改めて自己紹介をさせてもらおうか。わしは天魔。天狗たちの長にして今の妖怪の山をまとめ役でもある。

こっちは射命丸文、烏天狗だ。一応付き人として付いてきた次第だ。今回の会議には関わりないから気にせんといてくれ」

「射命丸文と申します。以後お見知りおきを」

 

 

 聞いてどっと汗が吹き出すのを感じる。高位の、所ではない。あれは天狗の中で最上級の強者、首魁ではないか!

 

 

「……人里自警団現代表、市川琥二郎です」

「そして私がこのマヨイガの主、八雲紫よ。まぁお二方はそれぞれ個人的に会っているからやる必要もなかったかしらね?」

 

 

 くすくすと扇子で口元を隠す八雲紫の横で俺は内心驚いていた。なんとか自己紹介の文がでてきた自分にだ。初対面の女性に対してよくやったと褒めたくなる。

 そう、女性だ。この場にいる男は俺以外に居ない。目の前の天魔はその口調や、男の天狗によくある特徴を象った、赤くて鼻の長い面をしているために分かりにくいが女である。

 

 

「なるほど、お前があの男の弟か。ならそんな堅苦しい話し方である必要はねぇよ」

「初対面ですから、通すべき礼儀は通すべきだと思いまして、ましてや女性の方にはね。……だがそちらがそう言うなら俺も素で話させてもらうぞ」

「へぇ、気づいたのか。わしが女であることを初見で見破るとは流石あの男の弟よの」

 

 

 ケラケラと面白そうに笑いながら天魔は天狗の面を横にズラして素顔を見せる。やはりあの男装は試練の一つか。果たして俺は彼女のお眼鏡にかなっているのかいないのか。からかうような物言いから強めな語気程度は効かないことはとりあえず分かった。

 

 

「さて、顔合わせも終わったことですし早速本題に入らせて頂きますが、よろしいかしら?」

「待ってくれ。兄……先代からの約定とやらの仔細を俺はまだ知らんが」

「安心しな、それ含めて全部話してやるよ。口止めしてたのはこっちだからな。……まぁ一言で言っちまえば妖怪の山と人里との経済的な連携の話なんだがな」

「……なんだって?」

 

 

 あの兄貴が結んでいたという約束。それを聞いた時点では何らかの惨事を引き起こしかねない物騒なものだと俺は思っていた。だが意外にも、天魔の口から発せられたのは妖怪と協力するという比較的温和なもの。

 

 あの妖怪を憎んでいた兄貴が? かの妖怪の山の頭領と? そんな疑問符が頭の中を埋めつくし、俺はこの場がどんなものかも忘れ阿呆面を晒していた。

 

 

「かかか、餌の供給だとか領地の奪い合いだとかの話だと思ったか? まぁ家族のお前から見ても奴の憎しみの念は相当強かったということだな。

 だから話してやるよ。何があってあいつがこんな話に乗ってきたのかをよ」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 兄貴の強さの源はなんなのだろうか。

 そう里の人間に聞かれることが多々ある。弟の目から見てどうなのかと。

 俺はそういう時には「彼の産まれもっての才能です」と答えるが、実際の所そうではない。

 

 人は才能だけでは強くなれない。大事なのはそれをどれに活かすか。

 兄貴なら政治もできた。料理もできた。農業だってできたし先生にだってなれただろう。何故ならそういう才能もあったから。

 なのに彼は武人としての道をひた走った。実力を求めて鍛錬を積んだ。何故か。

 

 妖怪が憎いからだ。

 

 父を殺し、母の精神を病ませ死に追いやった妖怪……鬼を彼は心底憎んでいた。

 そして奴が過去妖怪の山の大将だったからこそ、他の妖怪に対しても容赦がなかった。それは時折上白沢先生にも向くほどに苛烈で、とても褒められたものではない。

 

 だから俺は嘘をつく。そんなものが兄貴の強さを求める原動力だと周囲に言う事などできなかった。

 

 兄貴は人としてもできていたのでそれが身勝手で醜悪な感情だという事を自覚していた。だからこそ彼は俺にも同じものを求めようとはせず、押しつけようともしなかった。

 代わりにその思いを隠そうとはしなかった。十五になって自警団団長に就任するまでの間、彼は夜な夜な外へ赴き衣類をボロボロして帰ってくるという行為を繰り返していた。

 

 

「妖怪と戦ってきた」

 

 

 それだけ言うと床につき、死んだように眠っていたものだ。

 

 

「アイツと初めて会ったのはもう六年前になるのか。もうそろそろ秋も近いって頃の夜に山の門番から連絡が入ったのさ。鬼を出せって言って殴り込んできた人間のガキが居るってな。はじめはなんの冗談かと思ったぜ」

 

 

 俺はこの時はじめてあの夜に何があったのかを知った。俺が今まで聞く事のできなかった戦いの夜を。

 

 

「現場に行ってみれば本当にガキだった。あとで聞いたら当時はまだ十二だって言うんだから驚きだよな。そんな童があろうことか誇りある天狗の兵士たちを嬲ってるんだからまた驚きだ」

 

 

 天魔は続ける。その表情は楽しそうで懐かしそうで、しかし悲しそうに。

 

 

「わしが到着してすぐに奴はわしのとこまで来て斬りかかって気やがった。気配で気づいたんだろうよ、わしがこの山で最強の妖怪だってことに。だからわしの口から真実を言ったのさ。ここには鬼なんかいねぇってな。そうしたら奴はこう答えた。じゃあ先日里を襲ったアレはなんだったんだってよ」

 

 

 兄貴が十二の時、当時の俺は九つ。母が自殺し、その亡骸を埋葬してすぐの頃、それが天魔の語る時期にぴったりと符合する。父が鬼に殺されてから半月経つか経たないかの時分だ。

 

 

「わしはそう言われると心底困った。確かに鬼は妖怪の山を支配していたが、今は地底に潜んで気まぐれに地上に遊びに来るだけ。わしら天狗には今すぐにどうこうできるわけじゃない。

だから奴の暴走を止めようにも材料がなかった。実力で抑えようにも仲間を巻き添えにしかねない状況。まだ死者が出ていない今のうちに解決を図りたかった。だから提案したのさ、約束を」

「それが里と山の協定に繋がる……のか? 聞く限りだと協力だ何だと話していられるような雰囲気には感じられないが」

「それを受け入れられるから奴は凄いのさ。冷静さを失っているようで冷静だった。少なくとも鬼を直接屠る機会を一時の感情で潰すことは無かった。ある程度の対価を支払ってもらう代わりに、鬼との対戦の場を設けてやると契約を交わしたのさ」

「その対価こそが、経済協力」

「その通り。そしてこれは俺の仲間を傷つけたことに対する落とし前でもあった。個人の憎しみを理由に今まで以上に人里への妖怪の侵入を許すんだからな」

 

 

 確かにそう聞くと中々不釣り合いな協定のように思えてくる。だが実情はこちらにも十分利があるものだ。市場の拡大に、新しい技術の流入、さらなる儲けを里にもたらすかもしれない。それ故に解せない。

 

 

「何故商売を? 山の技術は里の数年は先をいっている貴重なものだと聞く。それを商品にしようだなんて」

「内々だけじゃつまらないのさ。山の外で商売するからこその駆け引きが生まれ、面白みも増す。わしも外交っていう新しい遊びができる。

……戦いを捨てた幻想郷の妖怪はな、こうした代わりになるものを見つけないと消滅しちまうのさ」

 

 

 妖怪は人を喰らうことが生き甲斐だった。だがそれは幻想郷を保つために捨てざるを得なかった。なぜならここが崩れれば待っているのは外の世界との同化。確実なる消滅。

 だがそれを分かっていたとしてもやはりつまらないものはつまらない。そうやって腑抜けになっていたがために吸血鬼異変は起こった。突如として来訪した新参者に唆されて数多の妖怪が戦いに参加する羽目になり、その犠牲としてたくさんの人が亡くなったのは記憶に新しい。

 

 

「それはわしたち山の妖怪も、そこのスキマ妖怪も望んじゃいない。本当ならあんなことが起きる前に生き甲斐を用意してやりたかったと思っているくらいさ」

「……」

「それにだ。妖怪と人間が共存できる幻の理想郷を作りたいっていうのがそこの八雲の願いなのよ」

「この話は渡りに船でしたのよ? 経緯はどうあれ人と妖怪が自らの意思でお互いに歩み寄ろうとしている。乗らない方がおかしいですわ」

 

 

 今回の会談の本題、その仔細は確かにこれで分かった。それぞれ独立し、閉鎖的な生活を送っていた山と里による開放市場。幻想郷を変える前代未聞の出来事になり得るだろう。

 だが問題はそれを取り決めるはずの、鬼と戦いたいという願いを叶えるはずの存在がもうこの世にはないという点。

 

 

「だから確認したいのです。市川琥二郎、貴方は兄の残したこの新たな試みに挑戦する勇気があるのか」

 

 

 ……正直、俺はこの話に乗ってもいいのではないかと思う。これは双方得になる約定だ。確かに内部勢力を統合したり、密に連絡をして調整していったりと苦労することは多々あるだろう。だがそれ以上の利益と、何より安全が買えるかもしれない。

 

 

「俺は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、待ちな八雲。ついでにそれに見合う実力があるのかどうかも示してもらわなきゃ困る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────瞬間、俺の横を旋風が凪いだ。

 

 

「……っ!? 天魔、貴方何を」

 

 

 彼女を中心とした風の渦がこの部屋全体に吹き込む。部屋を隔てる戸という戸は全て開き、無限に続く数多の部屋全てに風の権化たる天魔の力が轟いていく。

 急に空気が変わった。このまま穏やかに話が進んでいくと思い込んでいた俺や、八雲紫は驚愕の色を隠せない。

 

 

「言ったろ。これはあくまでも龍一との契約だ。知恵も実力もあった龍一との、だ! お前が政治を楽しむっつうわしのメリットを満たすことが出来るのか? お前が不測の事態に対応できるほど強いのか?

 否! 断じて否だ市川琥二郎! 貴様に、龍一の代わりになる力は無い!」

 

 

 その豪風に耐えかねて思わず膝をついてしまう。このままではマヨイガの無限迷宮に飛ばされてしまうだろう。何とかしなければいけない。でなければ俺は帰れなくなる。

 

 

「がしゃどくろなんぞに遅れを取りおって。お前なら全力を出せば奴を滅せられたろうにそうしなかった。それをすれば貴様は霊力が尽き機能不全を起こすからな」

「そう、だ……ともッ! あの程度の怨霊を相手に全力なんて出せるものか!兄はもう居ない。今、里の人間で最大戦力たる俺が、あんな小物相手に倒れていいわけが無いだろう!!」

「ほぉ、この強風の中言い返したその根性だけは認めてやってもいい。だがそう言うならば、なればこそ貴様では足りないのだ! 奴ならばその程度の相手を軽くあしらった上でわしと一戦交えるだろうよ」

「……っ」

「加えて貴様には知恵もない。この会談の裏も見ようとせず、知ろうとしない! そしてなにより、貴様は妖怪に対して恨みすら抱いていない。張り合えるかそんな小僧とッッッ!!」

 

 

 ギチギチと畳が音を立て始める。彼女は床からひっくり返さんばかりの勢いで風を強めていく。霊力を体に纏い抗ってはいるが、限界が近いのは誰の目にも明らかだった。

 

 

「ならばお前は、この俺に何を望む……ッ」

「決まっている。知恵と力だ。まずはここに墜ちろ。出てきたら一考してやる。でなければ貴様の兄は落とし前をつけられなかったとして、我々が報復に出るのみだ」

「報復……だって!?」

 

 

 嫌な汗が吹き出す。それが意味するところ、それ即ち。

 

 

「あの兄が傷つけた同胞の分だけ、貴様の里にいる人を殺すのみよ。そして、そうなった場合そこに貴様はおらんだろうがな」

 

 

 その一言を最後に俺の聴覚は轟音以外の何者も捉えられなくなった。耳を潰すほどの強風に耐えきれず、俺はついに五体を宙に晒す。

 

 天魔を含めた四人の妖怪の姿が遠くなっていく。空も飛べず、風も操れない俺に最早抗う術などなく。やがて彼らは次第に閉まっていく扉の裏に消えた。

 

 

 

 俺はこの無限迷宮にて完全に孤立することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 




 六千字程度になる予定が八千字に……。読みにくくなければ幸いです。


 簡単登場人物紹介

 ・天魔
 原作において射命丸文がその名前に言及するが未だに出番のない妖怪の山総大将。性別や容姿すら分からないのでこの作品ではわしっ娘キャラになっている。 髪は白に近い灰色、瞳の色は射命丸文と同じ赤っぽい茶色。

 服は天狗で画像検索して出てくる、男の翼の生えた天狗の服の色を白基調にしたような感じ。チャームポイントに高尾山とかのお土産で買えるような赤い天狗の面をしているが、これは彼女で言うところの男装である。
 グラマラスボディ


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マヨイガ

おまたせしました。
実は昨日のうちに投稿させる予定がアレルギーの悪化で遅れてしまうというね。体調不良には気をつけよう!

そしてまたまた評価を頂いてしまいました。カタナタカさん、投票して頂きありがとうございます!
UA数も1500近いですし、感謝感激雨あられです


「全く、貴方はまた勝手にやってくれたわね……」

「かかか、すまんな散らかして。ほら文、片付けてやりな」

「えぇ!? 私がやるんですか!?」

 

 

 と、言いつつも射命丸文は風を使って器用に畳を並べつつ、壁まで吹き飛ばされた机を手で運んで部屋の真ん中に戻す。口ではああ言ったが天魔の無茶ぶり具合は今に始まったことではない。

 

 

「さて、悪いが新しい茶を淹れてくれないか? 茶碗は壊さないようにしたんだが中身は無事じゃないだろ」

「……藍、お願いしていいかしら」

「了解しました」

 

 

 琥二郎に対して怒気にも似た妖力をぶつけていた彼女だが、現在は飄々としている。人里への天狗の報復なんて紫にしてもあまり喜べる事態ではないのだが。

 

 

「貴方、さっきのあれは本気なの?」

「あぁ本気だとも」

「貴方が望む商いという新しい遊び、実現できなくなるわよ」

「少なくとも今後十数年は無理になるだろうな。あいつが帰ってこなければだが」

 

 

 ケラケラと笑いながら藍が差し出した茶をぐいっと飲む天魔。その様子を見て紫は思った。まさかこいつ、琥二郎にあれほど言っておきながら期待しているというのか? 

 

 

「なんだよその顔。そんなに悪いのか? わしがあいつを期待しちゃよ」

「少なくとも先程までのやり取りを見ている限りだと、ね。……結局どうなのよ。今日彼と初めて会って、貴方のお眼鏡にはかなったの?」

「いや、まだ足りねぇなあれじゃ。

 確かに武人の家の小僧ってだけのことはある。剣術や身のこなしはそれなりに体系化されたものを習得しているようだし、知恵はないが知識はたーんと溜め込んでるよ。まだ十五だってことを考えるとそれなりに強くなるだろう」

「足りないと言う割には結構高評価じゃない」

「それなりじゃダメだろ、龍一の代わりになるには」

 

 

 何も天魔は最初から龍一とタメを張れる力を今の琥二郎に求めてはいない。霊力や剣の腕前なんかの生来の才能の差。これはどう頑張っても覆すのは不可能に近いだろうし、事実できていない。十五の龍一はこんなものではなかった。

 

 だが、将来的にはそうなってもらわなければ困る。そうでなければ協力者としても頼りないし、競争者として物足りない。

 

 

「あのまま鍛錬を重ねて強くなったとしても、一昔前にたくさんいた退治屋とどっこいくらいにしかならねぇだろ」

 

 

 天魔には琥二郎が生前の龍一と同等、またはそれ以上の存在になれる伸び代を持っているとは思えなかった。少なくとも今のところは。

 

 

「じゃあ何に期待してるのよ貴方」

「お前や龍一、風見幽香に見えてる市川琥二郎に期待してる」

「……」

 

 

 過去、龍一は琥二郎のことを『俺を超えるかもしれない』と言った。風見幽香も一時の感情に任せて殺しても良かっただろうに、今は後生大事に育てている。そして八雲紫も彼のことを高く評価しているのを天魔は知っている。

 

 

「わしはまだあいつの本気を見れとらん。今の限界も知らん。だがあいつはがしゃどくろにも風見幽香にも本気を出さんし、ここまでの道中ちょっかいかけてた文にも手を出さなかった。いやー困った困った!」

「なるほどね。だからあの子の本気を出させるために里を引き合いに出して脅したわけ」

「その通り。あいつが龍一と違って憎しみで動かないのはよく分かったからな!」

 

 

 はっはっはっと大きく高笑う天魔。この女、こんなふうに笑っているが内心では里の人間を殺す算段もしているのだから油断ならない。

 しかも天魔の打つべき手は紫から見ても的確だ。一度の対談と龍一からの話だけで琥二郎の性格を分析し、彼が全力を出さざるをえない状況を完璧に作りあげた。

 

 故に、紫には先の「本気だとも」という言葉が嘘偽りでないのが分かる。でなければ意味がないのだ。この先も琥二郎が全力を出させるためには、常に里が危険な状態にあるのだということを理解させてやらねばならない。

 

 ひと吹きすればこの幻想郷から大多数の人間が消えかねない状況は、紫としても到底見過ごすことのできないものだが。

 

 

「いやーでも天魔様、流石にこの屋敷に閉じ込めるのはやりすぎなんじゃないですか?」

「なんだ文、お前もそんなことを言うのか」

「だってこれ、龍一さんだって生前達成したことないじゃないですか」

「だからこそいいんだろう? そういうのをやり遂げてもらってはじめてあいつに価値が生まれるのさ」

 

 

 兄のなし得なかった偉業の一つ。それを今の琥二郎が達成できるかどうかは分からない。紫は彼を見守る者として生還を心から祈った。

 

 スキマを通して見える彼は、まだ一つ目の部屋から動こうとすらしていない。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 迷ったらまずは状況整理。行動するにしてもコレをやらねば何もできない。

 

 現在、俺は天魔の風に吹き飛ばされてマヨイガで生成された何処かの部屋にいる。ここは畳が敷かれた四畳半の小さな部屋だ。家具は一切なく、部屋の一辺に障子の戸がひとつずつ。つまり四つの隣接する部屋に接続していると考えられる。

 

 そして、そんな状態の俺に求められたのは自力での脱出。故に八雲紫や八雲藍の力を借りては駄目だ。

 達成できなければ天狗たちの報復が里を襲う。……兄貴があちらでどの程度暴れていたのか知らないのでその被害を予想することは不可能だ。

 

 手持ちの道具は剣と盾、そして小袋に入れて置いた石、握り飯、水筒と小刀が一本だ。

 

 

「ふざけんなくそが」

 

 

 そう言わないとやってられなかった。

 野良妖怪ばかり狩っていたと思っていた兄貴も、唐突に現れては資格無しと判断してここにぶち込んだ天魔も、ふざけてやがる。

 

 あぁでも、自分の行動がこうやって里を害することに繋がると分かったから、兄貴は立場を得てから妖怪狩りをしなくなったのか。最初の一回以外風見幽香に手を出さなかったのも納得できる。

 まぁそもそもの話、吸血鬼異変中に自分が亡くなるなんて思ってもいなかったんだろうな。生きていたら全部丸く治まった話である。

 

 

「……はぁ」

 

 

 そう考えるとやっぱり俺にも払うべきツケがあるように思えて、しかし理不尽であるのも変わりなくて、それでもやはり納得できなくて、どうしようもなく大きなため息が出てしまう。

 ともかくやることは変わりない。里云々以前にここに閉じ込められれば俺だって死ぬのだ。脱出を目指す。

 

 

「とりあえず検証だな」

 

 

 伝承は確かに人里にも伝わっている。だが、ああいうものは大抵、人々に警鐘を鳴らすために誇張表現されているものが多い。

 だからそれと真実のすり合わせは必要不可欠なことだ。

 

 

「さて、と」

 

 

 とりあえずやることは決まった。であればいつまでも吹っ飛ばされた時のまま仰向けになっている理由はない。

 起き上がりとりあえず近くの戸を開ける。隣の部屋もここと同じく何も無い四畳半の部屋。変わったところと言えば戸が障子から襖になっていることくらいか。

 

 そこを開けたまま、更にふたつ目、みっつ目、よっつ目と順番に障子を開けていく。その先はひとつ目に開けた部屋とほとんど変わらない。

 つまり、基本的にはこのような狭い部屋が無限に続いているというわけだ。

 

 

「これなら確かに、家具を持って帰れれば幸せもんだ」

 

 

 先程会談していたような部屋というものがそもそも特異なのだろう。役割の与えられていない部屋がこのマヨイガの大部分を占めているようだ。

 だからこそ、この屋敷から何か持ち出せたのならそれは幸運の証として機能する。

 ここから持ち出せるものなどせいぜい床に敷かれた畳くらいなもの。常人ではまず持ち運びながら出口を探すなんてことは出来ないだろう。

 

 

「それじゃあ次は……斬るか」

 

 

 第二の検証。この壁や天井の破壊が可能かどうか。……実は結果は目に見えているのだが、まぁやっておくに越したことはない。

 

 

「……ふっ!!」

 

 

 剣に霊力を込めて大回転切りを二回。一回目は四つの壁全てを斬るように。二回目は空中に飛び上がり床と天井を斬り裂けるように。

 しかしどれにも手応えは無い。壁や天井、そして障子に貼られた和紙に至るまで無傷だ。

 強いて傷をつけられたものといえば畳のみ。しかしその先に見える床にもやはり傷はない。

 

 

「やっぱりか……」

 

 

 天魔の豪風を受けていて何一つ傷がついていないことから予想はしていたが、この『部屋』という空間を形作る境界に関わる全てのものは無敵の耐性を持っているようだ。

 彼女から距離が離れたがために風の威力が弱まった結果……という希望的推論はこれで無惨に消え去った。

 

 

「……んじゃ、この部屋を離れる前に最後のお土産をっと」

 

 

 懐から小刀を取り出し、部屋の真ん中に突き刺す。ちょうど前後の壁と垂直に、左右の壁と平行になるようにだ。

 

 

「いくか」

 

 

 恐る恐る適当な戸の先の部屋に侵入する。片足を踏み込んだその瞬間、ストンと静かな音を立てて俺が選んでいない障子が全て閉められた。

 そのままゆっくり静かに体を進ませる。ちょうど腰に下げる剣が部屋に入ったくらいのところで、俺が開けていた戸も独りでに動き、閉じた。

 

 即座に今入ってきた戸を開ける。

 

 

「……境界ができあがれば混ざるのか」

 

 

 そこには無傷の畳が綺麗に敷かれた四畳半の部屋。先程突き刺した小刀は跡形もなく消え去っていた。

 

 そして見つける。それはおぞましいものであると同時に、俺にとって値千金の情報をくれる存在。

 

 

「……ぅあ?」

 

 

 精神のイカれた先駆者様だ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「こんな、美味いもん食ったのはひぐっ、久しぶりで……っ!」

「おおそうか食え食え。俺は人より食べるからな。握り飯を六個も作っといて良かったよ」

 

 

 まぁ水筒の水は一人分しかなくて心許ないんだけどね。

 握りと一緒に水を飲ませながらその男の状態を観察する。

 髪は金髪だが生え際が黒っぽい。服はボロボロだが、人里では見た事のない種類のもの。そんな衣類の穴から見える肌には、どこで付けたか分からない土汚れがあり、状態はまだ新しいように見える。

 

 風体の次は体調を診る。がしかし、おかしなことに体には何一つ異常がない。泣きながら食事を頬張るほど久しく食べていなかったにしては不自然だ。

 

 

「ようやく……っ、ようやくここに来て人に会えました! 貴方は救世主? 救助隊? それとも警察です!?」

「おぉう、落ち着け。お前よりぱっと見歳下の小僧が救助に来た人間に見えるか?」

「え、あっホントだ……。じゃあもしかして貴方もここに閉じ込められちゃった人ですか!? ひょぇぇえええええそんなあああああああああぁぁぁ!!!」

「落ち着けって言ってるだろ!」

「あひんっ!」

 

 

 頭に軽く拳骨をくらわせて無理やりに黙らせる。

 しかしそうか、『警察』という言葉でよく分かった。通りでそんな不思議な風体な訳か。

 彼は幻想郷の外から来た外来人だ。先の『警察』という語句は、これまで里に訪れた外来人が書き残した書物に記されていたものだ。

 

 そこから、しばしば騒ぐことがあったがその外来人の話を聞くことが出来た。

 彼の名前は久野一輝。

 オカルトなるものを探るのが好きで、頻繁にそういう曰く付きの所にフラフラと出かけるのが趣味な男。

 そんな趣味のために山に行ったらいつの間にか幻想郷に辿り着き、野良妖怪に襲われたところこのマヨイガに逃げ込んだと言う。服がボロボロで汚れているのはそういう経緯だからだった。

 

 

「あの変な化け物からは逃げられたけど、玄関を開けてみればこの部屋に繋がってるし、いくら移動しても同じ部屋しか出てこないし」

「……そうやってどれくらいの時間が経った?」

「どれくらい? あー、えっと、どれくらいだったかな? 二年、三年いや、いやいやいや、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌────!」

 

 

 時間については禁句だったようで、何かを思い出したと思ったら彼は発狂した。

 俺は収まるまで彼の背を撫でる。彼には話してもらわなければならないのだ。この空間における時の流れを。

 ガチガチと震える彼を落ち着かせるために俺は妖精の気配を真似た。それは外の世界を連想させる自然の温もり。人が営みの上に築いた平穏を感じさせるような穏やかな気配。

 それにあてられたからか、震えは収まらずとも久野は必死に口を動かしてくれた。

 

 

「お、おかしいんだ。おれ、俺はた、確かに、確かに何年も……何千年もこ、この場所に居たんだ。で、でも腹は空かねぇし、眠くもならねぇんだよォ……だから、だから俺、おれは……あぁぁぁぁあああああああああぁぁぁ───」

「ありがとう。よく話してくれた。だからもういい、もう思い出さなくていいから」

 

 

 これで俺は確信を得ることができた。このマヨイガは外とは違う時間軸で時が流れている。幾万倍かは分からないが、あちらでの1秒が数時間、もしくは数日になるほどに延びている。

 

 だが、俺たちの生理現象を含めた外から来た物の時間は外が基準で動いているのだ。だから久野は何千年もこの場所にいたというのに餓死していない。健康状態を見ても餓死寸前に見えなかったのはそういうからくりがあったからだ。

 

 これは中に入った人をさらに狂わせるだろう。明らかに長時間閉じ込められているというのに、自分の腹時計は宛にないほどにゆっくりだ。その齟齬はここで暮らす時間が長ければ長いほど精神に負荷をかけてくる。

 

 久野の飢餓状態からして、彼がここに入ってからまだ一日とちょっとくらいしか経っていない。しかし、その数万、数億倍もの時間を彼が過ごしていたと考えると恐ろしい不快感が込み上げてくる。

 

 

「う、ううぅ……っ」

「大丈夫だ。俺がここから出してやる。実を言うとな、俺はこの辺にある里の兵士なんだ。だから強い。安心しろ。守ってやるから」

「……ぁ」

 

 

 久野は静かに頷いて瞼を閉じた。俺と出会い少し精神的に回復したからだろうか。ようやく訪れた眠気にその身を委ねることが出来たのだ。

 

 

「ありがとう久野。俺はこれでじっくりとこの屋敷を攻略できる」

 

 

 ここと外の時差がそれほどまでにあるということは、天魔たちが里を襲うまでの間であってもかなりの時間がある。俺は急いでこの屋敷から出ようとしなくていいということだ。

 だが問題もある。生理現象も含めた俺の時間が外基準となると、霊力の回復には数千万年かかるということになる。つまり、霊力に関しては今まで以上に慎重に扱わなければならないということだ。

 

 

「ちょっとそれ借りるぞ」

 

 

 俺が羽織っていた着物と、久野の上着を切り裂き結んで長い紐を作る。これで久野の体を背中に括り付けることができるだろう。……勝手に使ってしまったがボロボロでみっともなかったのでまぁ許してくれると信じる。

 

 

「いくぞ!」

 

 

 四畳半の部屋を駆ける。駆ける。駆ける。

 どれだけ進んでも景色は変わらない。ただひたすら霊力を込めた脚を回し、戸を開き、前へ、前へ、前へ、前へ───。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……んぁ……?」

 

 

 なんだかとても温かいものに包まれて目が覚める。俺なんで寝てたんだっけ? ていうかこれ布団……? じゃあ出れたのか? あれは全部夢だったのか!? 

 そう思い至ってカバっと起き上がる。そして気づく。この布団は自分が普段使っていたようなものでは無いことに。遥か昔のことなのでその詳細はもう覚えていないが、少なくとも敷布団ではなかったはずだ。

 

 

「夢じゃない……。はっ!? ならあの、えーと市川……さんはどこにっ!?」

「ここにいるぞ」

 

 

 声の方向に振り返る。布団の横、小さな窓の前で座布団にぐったりと座っている市川さんの姿がそこにあった。

 そして周囲をぐるりと見渡す。この部屋は今までいた四畳半の何もない部屋などではなく、布団が敷かれ、棚や花瓶が置かれていた。部屋を囲うようにあった戸も、布団の前にひとつ襖があるのみだ。

 

 

「良かった! 迷い込んだのは夢じゃなくて残念だけど市川さんと出会えたのは夢じゃなくて良かった!」

「忙しい奴だなー。あと、俺のことは琥二郎でいいよ。市川呼びもさん付けも慣れてないし」

「でもいくら歳下とはいえ命の恩人を呼び捨てでしかも名前呼びなんて」

「本人がいいって言ってるからいいんだ。それにまだマヨイガから脱出できたわけじゃないしな」

「え? この部屋は外じゃないんすか!? そこにある窓だってどう見ても外写してるでしょ! 」

「でも開いてみたらご覧の通り、だ」

 

 

 そう言って琥二郎は目の前の窓を開けた。その窓は手前に引くタイプのもので、ガラス越しに開けた琥二郎さんの顔が見ることができる。普通に考えれば彼の視線の先に映るのは真昼の空になるはずだ。

 だが実際に首を動かして自分の目で捉えた景色は、何千年も見た四畳半の小さな部屋だった。

 

 

「う、うひゃあ!? どうなってんすかこれ!」

「そう言えばマヨイガの詳細を話してなかったな。分かったことも含めて説明してやるから安静にしてな」

 

 

 そう言って琥二郎さんはこの屋敷、通称『マヨイガ』の仕組みについて教えてくれた。

 まずこれは先程も聞いた時間の話。外の物とこことは進む速度が違うってやつ。それで次が内装の話。基本は四畳半の小さな部屋が無限にあって、ここみたいな役割の与えられた部屋が数個あるだけ。

 

 彼がここで休憩しているのはここが寝室であり、休むのにぴったりなものが沢山置かれていたからだ。

 

 最後に、この屋敷が迷宮化してる最大の理由、部屋の位置がランダムに変化するという特異性について。

 なんでも、壁とか窓とか扉とかで境界だか敷居を作っちゃうと、その瞬間に部屋は移動してしまうらしい。

 

 

「この窓を一旦閉めて開けた時の部屋、同じ四畳半の部屋に見えるけど実際は全く別のものだ。どうやら部屋と部屋との繋がりが何かによって遮られた時、瞬間移動みたいな形で転移してるんだ。しかも多分接続する方向も毎回変わる」

「えぇとつまり、目印を付けて部屋割りを把握しようとしても意味ないってことっすか? 例えば以前も来たことがある部屋で以前と同じ扉を選んでも、全く別の部屋に繋がるってことですもんね」

「その通り。もしかしてそういうことやってた? いくつかの部屋に爪で引っ掻いたような跡が見えたから」

「はい、やってたっす。ていうかマジかぁ……。無駄だったんすねあれ」

 

 

 結構傷つけるの大変だったんだけどなぁ。壁とか障子とか何故かかすり傷すらつかないし。

 ていうか、あれ? 琥二郎さんがこう言ってるってことはもしかして……。

 

 

「琥二郎さんでも脱出するのは不可能ってことっすか……?」

「……今のところは、まぁそうなる」

 

 

 琥二郎さんは俺が眠っている間に起こったことを話し始めた。

 俺の上着と琥二郎の服を使って俺を背に背負い、霊力とかいう不思議な力で身体能力を強化してとにかくひとつの方向に走りまくったらしい。霊力の限界ギリギリまで。

 霊力っていうのは時間が経てば回復するものらしい。だから彼はここで力を抜いて回復に努めているのだ。

 

 

「キリのいいところでこの部屋を見つけられたのは幸運だったよ。……2つ目に入った部屋で久野を見つけられたし、意外と今日の俺は運がいいのかな?」

「言ってる場合っすか!? それって収穫なしだったって……あぁ俺が寝てる間に十分に回復したってことっすか!」

「そんな奴がこんなぐったりとしてるか普通。久野が寝て八時間、俺がここにきてもう五時間くらい経ってるけど駄目だわ」

「あ、俺そんなに寝てたんすね。眠気が来るまでは長いのに寝てる時間は普通……って、やっぱりダメだったんすね!!」

 

 

 あわわと頭を抱える。よく見たら出会った時はあれほど頼りになりそうな笑顔を浮かべていた琥二郎さんも、顔の疲労感を隠せないほど消耗していた。

 霊力とかいうファンタジーに出てくる力を持つ彼。そんな彼でも無理なのかと思うと、また絶望で体が動かなくなりそうになる。

 

 

「まぁそんなに暗くなるなよ。実はまだ手があるんだ」

 

 

 口は軽いが息は荒い琥二郎さん。だが彼の表情は明るい。まだ諦めていないというよりかは、何か確信に似たものを得ているような顔だ。彼は続ける。

 

 

「実はな。俺は三つのものを待ってたんだ。

 一つは俺の霊力、体力の回復。これでも結構マシになっててな。もう少し待てば問題なく動けるようになるよ。

 んで二つ目に久野、お前が起きること。これからやろうとしてることは一人じゃ無理なんだ。ほんと、お前と出会えたのは俺にとって奇跡以外の何物でもねぇよ。

 最後に三つ目、俺をここに叩き入れた野郎が外に出るのを待ってた。アイツが玄関前に居ないと外がどこだか分かんねぇからな」

「な、何を言ってるんすか……?」

 

 

 色々と理解できない言葉にそう返すしかなかった。外が何処か分からない? それはまるで部屋の位置がどこだか分かっているような言い方だ。

 

 

「あー……説明するよりまず見せた方がはやいか」

 

 

 そう言うと彼は、この部屋唯一の戸である襖の前に座り込むんだ。そしてその引手に手を当てると、目を瞑り集中し始める。

 

 

「予言してやる。俺が次にここを開けた時見える部屋には、畳が乱雑に斬り裂かれ、真ん中に小刀が刺さっている───ッ!!」

 

 

 スパーンッ、と音を立てるほど勢いよく彼はその戸を開いた。

 

 

「本当だ───」

 

 

 そこには予言通り、小さな刀が綺麗に垂直に突き刺さっていた。まるで俺たち二人の行く末を祝福するように、輝きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ということでまた八千字です。しかもこの話でマヨイガ終わらなかったし……。

なんでまだまだ話数が増えます。区切りは一応決めているんですがどこまでかかることになるんでしょうね。


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約束

 またまたお待たせ致しました。
 この期間にまた投票して頂いて感謝です。elzex様、ありがとうございました。

 さて本当なら前回書くべきだったのでしょうが今ここで。

 水平線:視点切り替えしつつ場面変換
 ◆◆◆:場面変換

 という法則に一応なっております。間違ってると思ったら誤字報告していただけると幸いです。



 ペラペラとページをめくる音だけが部屋に響く。

 

 ここは御阿礼の子が住まう『稗田家』の屋敷。現在当主たる稗田阿弥様が死去し、使用人が偶に掃除にくる以外は開かれることのない場所だ。

 そんな所に今回、俺は特別に入れてもらった。

 

 目的は御阿礼の子が代々綴ってきた『幻想郷縁起』、その烏天狗の項目である。

 

 

「なになに? 昔はその強さから神格化されてた……か。風を操る化身ねぇ」

 

 

 妖怪を知り対策を促すための書物なので一部脚色されて書かれているのは分かる。だがそれを考慮したとしても、いや考慮することこそが愚行。あの烏天狗はここに記されていることと何ら変わらない実力を有しているだろう。

 

 

「三年後、三年後かぁ……」

 

 

 果たして俺は追いつくことができるだろうか、彼女、射命丸文の本気に。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 結論から言えば俺たち二人はマヨイガからの脱出を果たした。

 

 市川の家が継承してきた技の基本、霊力や妖力をそれに影響された体の反応から読み取る技法を用い、接続する部屋を意図的に操作したのだ。

 

 久野に見せた小刀による実験で感覚を掴んだ俺は、外にいるであろう天魔や八雲紫の畏れを追い、玄関と寝室の襖が隣接した瞬間を狙った。

 そうして俺たちは見事天魔の要求を満たしたというわけだ。

 しかし、それで全てのケリが着いたかと言うとそうでもない

 

 

『ほぉ……出てきたか。なるほどなるほど、貴様は猶予を与えてやるだけの価値を示しすことができたというわけだ』

『……何を、言ってやがる』

『わしは最初から一考してやるとしか言っとらんだろう。これで認められるとでも思ったか?』

 

 

 天魔は息も絶え絶えになりながら出てきたばかりの俺に、新たな条件を課したのである。

 

 

『三年後。貴様が生前の龍一と同じ歳となる三年後にここにいる文と戦って勝ってみせろ。そしたら最初の取り決め通り協定を結ぼうじゃないか』

『『は?』』

『力を示せと言っているのさ。あぁもちろん文、お前も手抜きは禁止だ。全力でやらなきゃキツイ罰を与えるからな』

『何いきなり言ってんですか。ふざけてんですか天魔様? それどっちにしてもわたしは痛い目に遭うじゃないですか!』

『とまぁそういうわけだ。もちろんお前が負ければ里へ攻撃する。……ちなみに龍一はこの文を本気を出さずに捻ったぞ』

 

 

 そんな仲間内にしか受けないような漫才と余計な一言も付け加えながら。

 

 俺は三年後、十八までに少なくともあの烏天狗と渡り合える所まで鍛え抜かなければならなくなった。

 だが鍛えるにしてもまずは情報収集だ。というわけで稗田の家に訪れていたわけなのだが……。読んだら読んだで頭を悩ませる結果となった。突破口は未だ見えない。

 

 

「市川様、何かお役に立てましたでしょうか?」

「えぇ、ありがとうございます。わざわざ鍵を開けていただいて」

「いえいえ、今や貴方様は里の代表。里の未来を決めるお方です。それに協力することもまた稗田の務めでございます。きっと阿弥様がご存命でも同じ決断をしたと思いますよ」

 

 

 そう言うのはこの屋敷で長年働いている老練な婦長である。天魔との約束事は皆の知るところとなった。というか俺が公開すべきとしたのである。

 

 そもそもこの勝負で勝ち取ろうとしている経済協定そのものが内々で決められるものでは無い。

 俺はこれが里の安定に繋がると思っているが、逆のことを思う人は必ずいるわけで。そういう人たちとの意見のすり合わせや妥協点の模索といった時間を長くとって置きたかった。

 

 後はやはり、兄貴の行為の落とし前という意味があるのだから、市川の家の者としての責任という意味でも隠す訳にはいかないと思ったのもある。

 言ってしまえば彼の蛮行による連帯責任で、理不尽に里の人間が殺さねかねないのだ。縁者としては誠心誠意対応するのが筋である。

 

 

「次の御阿礼の子の誕生も近いと聞きます。次はそちらの件で訪ねることになるでしょう」

「えぇ、お待ちしております。ですからどうか、死ぬ事のないように」

「……もちろんです。次世代の子供たちが平穏に暮らせる世にしてみせますよ」

 

 

 そんな不祥事が皆に知れることになったというのに里からの期待は変わらず重い。俺はそれに応えられるか未だに不安だ。

 

 

 

 


 

 

 

「後片付けありがとうね。もう好きにしていて構わないわよ、お疲れ様」

「このくらいお易い御用です」

 

 

 所変わってここはマヨイガ。天魔も琥二郎も去ったこの家、正確には寝室と二人を招いた居間の片付けを八雲藍がちょうど終えたところだった。

 

 

「まさか客間に上がり込んでくるとはね〜。やっぱり彼も持ってるわよね、色々と」

「……よろしかったのですか、あのような決闘を認めてしまって」

「もう、藍は心配性ね」

「私にはあれが烏天狗に勝てるとは思えないのです」

 

 

 紫がどうしてこんなにも余裕綽々なのか藍には分からなかった。普段からそういう所が紫にはあるのは分かる。実際にそういう姿を見てきて心配になった時だってあった。

 しかし敬愛する紫様の考えなら大丈夫だろう。それに思い至らない自分が実力不足なのだと納得することができた。

 事実、彼女は毎度の如く余裕を持ったまま事態を解決してきた。彼女の知恵と力には疑いはいない。

 

 だがこれはあくまでも当事者が紫ならの話。

 この幻想郷を確実に揺るがす出来事の主役はあの小僧、市川琥二郎である。心配するなという方が難しい話だった。

 己を打ち破り、紫と対等な関係まで持ち込んだ兄の龍一が今の琥二郎の立場にいたのならば、確かに杞憂と言えただろう。だがあの弟はまるで全然、程遠い。

 

 

「あの短時間でこの屋敷から脱出できたことは評価できます。しかも迷い込んだ他の人間も救っている。これだけでも逸話になるほどの偉業です。ですが、あれにできるのはそこまでではないのですか?」

「更なる偉業、つまり単身で天狗を倒すことはできないと藍は考えるのね?」

「はい」

 

 

 藍はマヨイガから脱出した直後の琥二郎の姿を思い出す。

 会談の時とは別人のように天魔を恐れ、全身に鳥肌が立ち、吐き気を隠しきれない表情をしながら嗚咽を漏らしていたあの姿を。

 

 中で何があったのかは知らない。だが、十時間程度しかあの屋敷に居なかったというのにあれほどまで疲弊し、別人のようになってしまう琥二郎に、藍は期待できない。

 

 

「紫様がそのように余裕を持たれているのは、彼が勝てるとお思いだからなのでしょう? 何故にあのような醜態を敵の前で晒した男に信頼を置けるのですか」

 

 

 天魔に身も心もあれほど恐怖していてはそもそも勝負になるかすら怪しい。勇気のない者は勇者にはなれないのだ。

 

 

「そうね。私も今すぐに戦えということなら、決闘はともかく里への襲撃はどんな手を使っても止めていたと思うわ」

「三年後ならあれの資質が目覚め、あの妖怪と渡り合える力を付けられるとお考えなのですか?」

「まぁ、結論から言えばそういうことになるわね。と言っても信じられないでしょうから、まずは貴方の誤解をひとつ解いてあげる」

「?」

「あの天魔に怯えきった姿。あれは醜態などでは断じてないわ。逆に賞賛すべき、更に言うなら警戒すべきものよ」

 

 

 マヨイガでの出来事を唯一スキマによって見ていた紫だから断言することができた。そして理解することもできた。過去龍一が『俺より強くなるかもしれない』と言ったそのわけを。

 彼にはあって龍一にはなかった才能。それは彼の五感の鋭敏さと、心の動きをある程度自在に操れること。言うなれば強い自制心だ。

 

 

「特に後者、これが無ければ彼はまだこの屋敷の中にいたことでしょう」

「分かりません……。心が自在に操れるというのなら、彼は自ら天魔の恐怖に屈する道を選んだというのですか?」

「その通りよ。彼は天魔に恐怖することを望んだ。屈するというよりかは受け入れるというのが正しい表現かしらね」

 

 

 そうしなければ琥二郎は外との繋がりを見つけることができなかった。

 確かに市川の技法を用いれば隣の部屋に何があるかくらい当てることは出来るだろう。だがそれは同じ時空に存在していなければならないという前提条件を満たした場合のみの話。

 

 琥二郎の小刀も琥二郎自身もマヨイガという異空間の中で存在していたが故に彼は難なく刀のある部屋を当てられることができた。

 

 だが、外の世界の天魔を探し出すのはそう容易ではない。マヨイガと現世は時空間という境界で完全に断絶している。

 だから彼が外の世界を捉えるためには、普段よりももっと感覚を鋭敏にしなければならなかった。時空を超えるほどの感覚を持たなければいけなかった。

 

 彼はその手段として、彼の中にある『勇気』と言えるもの、その全てを一時的に放棄することにした。

 天魔の巨大すぎる畏れを体がより感じ取れるように、それに対抗するあらゆる心の存在を消し去ったのだ。

 

 

「馬鹿な! それをここでしたと言うのですか!? 最悪精神が崩壊しかねない愚行だ!」

「そう。それができることもまた才能だけど、それをしようとすることもまた並の人間にできることではないわ」

 

 

 マヨイガは怪異である。怪異とは人によって紡がれてきた伝承や噂が元になって発生する怪奇現象のこと。つまり性質的には妖怪と似ている。

 故にその動力たる源は妖怪と同じ妖力であり、人々の畏れでもある。

 そんな四方八方が畏れで満たされた空間で、畏れに対する防衛機構とも言える勇気を捨てればどうなるか。待っているのは想像を絶する精神敵苦痛だ。

 

 だがそうしなければ琥二郎は天魔の畏れなんて察知することができなかった。ただでさえマヨイガの畏れがあるせいで妖怪を感知し辛いのに、空間の隔たりまであるのだ。不利は承知の上で実行する他なかった。

 

 琥二郎がこの手段に出れたのには三つの要因がある。

 

 一つは久野の存在。

 恐怖にまみれた琥二郎では感知できたところで戸を開けることができない。彼には口を少し動かせる程度の自由しかなく、他は寒気や幻覚などで動けなくなってしまう。

 故に久野という協力者がいたこと、もとい発見できたとこは琥二郎にとってまさに幸運だった。

 

 二つ目は天魔が直前までマヨイガの中にいたこと。

 彼女は琥二郎を閉じ込めたらすぐに外に出ても良かった。だが、気まぐれで茶を飲むためにしばしこのマヨイガに居てくれた。だから彼はマヨイガを探索している間に平時の彼女の畏れ、その出力と種類を察知し、事前に知ることができた。

 これがなければマヨイガの畏れの中から天魔の畏れを探す工程が必要になり、結果長時間の精神攻撃を受けて彼の心は破綻していただろう。

 

 加えて彼女が外に出ているという最も重要な情報を得るのにも役立った。

 現世を感知する際の楔とも言える彼女が外にいなければそもそも成り立たない計画だ。これを知れたのは大きい。

 

 最後に三つ目。これは天魔の強すぎる力、畏れだ。

 たとえ彼がどんなに頑張って感覚を鋭敏にしたとしても時空間を超えるほどのものにはなり得ない。それだけではダメだ。

 こちらからも空間の隔たりを乗り越えて干渉しできる力を発さない限りは。

 

 

「どれか一つでも欠けていれば彼の目論見は成功しなかったでしょうね」

「……あの時の彼が何をしていたのかは分かりました。ですがそれでも解せません。それは彼の感覚が鋭いことの証明であって強さの証明にはなり得ない」

「引かないわねぇ」

「えぇ、引きません。私はなぜ紫様がそこまで期待できるか気になって仕方がないのです」

「と言っても特別な理由がある訳じゃないのよ? 答えは簡単、私が今の彼の本気を見た事があるから」

「本気……ですか。天魔も言っていましたがそれ程までに強くなるのですか、彼は」

「……皆龍一の活躍に目が行って忘れがちだけれど、彼だってあの紅魔館で戦ってたのよ?」

 

 

 確かに首謀者たる伯爵を倒したのは龍一だ。博麗の巫女も、八雲紫も、弟の市川琥二郎も手が出せなかった相手。

 それを単独で打ち倒したからこそ、龍一は山の妖怪からも里の人間からも伝説として語られることになった。

 

 確かにそれに比べれば琥二郎の活躍は注目され辛いだろう。だが、彼だって人間にしては結構凄いことをしている。

 あの時の彼の役割、それは龍一が十全に戦える場を作ること。それ即ち伯爵との一騎打ちを成立させること。

 そのために琥二郎は二人が戦う空間に侵入しようとするありとあらゆる敵を切り刻んだ。死力を尽くし、全力使いきって殲滅した。

 

 

「あの時の彼を見ると、やっぱり期待せずにはいられないわよ。……その結果、動けなくなった彼を庇って龍一が死んでしまったのは残念だけれど」

 

 

 きっとあの風見幽香もそれを見たのだ。だからこそ彼女は琥二郎との戦いをやめない。今この時も。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

(弱い)

 

 

 琥二郎と戦い始めて早一ヶ月。風見幽香の評価は変わらない。

 弱い。成長の兆しなし。いや、実際はその逆で退化しているのではないか? 

 

 

(私の目も耄碌したのかしら)

 

 

 琥二郎と初めて戦ったあの夜に彼が見せた才気の片鱗は悪くないものだったはずだ。だと言うのに彼はあれ以来幽香の期待した力を見せようとしない。

 

 

『ふざけんな! 悔しくないのかって? 悔しくないわけが無いだろう! 悲しくないわけ、ないだろ……っ!』

『たった一人の家族だったんだぞ!! たった一人の、兄だったんだぞ……! 目の前で殺されて、仇と戦うこともできなくて、不甲斐ないと、悔しいと思わないわけないだろっ!』

『何被害者面してんだ! お前はいいよな、そうやって俺に恨みつらみをぶつければ楽になれるんだから! 泣きやめるんだから! 泣きたいのは、家族を失った俺の方だ!』

『ふざけんな……っ! ふざけてるよみんな……。なんで俺が褒められる……っ。なんで、俺が恨まれる……。なんで、なんで俺を庇ったんだよ、兄ちゃん……』

 

 

 思い出して左腕に力が入る。あの激情に任せた霊力の奔流はこの腕一本を確かに切り飛ばした。彼の感情の発露に気圧されていたとはいえ、この風見幽香から致命の一撃を与えたのだ。

 

 だが、琥二郎はあの時を最後に剣に感情を乗せようとしない。彼は殺されないと分かったからか、戦いを繰り返すうちに全力を出さなくなっていった。

 

 本気ではある。戦意もある。勝とうとする意志もある。

 だが足りない。生き残ろうと必死になっていたあの時と比べれば圧倒的に。風見幽香を満足させることなんてできない。

 

 

(この女々しい足掻きも無意味だったということ……)

 

 

 彼女の不満点はただ一つ、龍一がその内にある憎悪の力を秘めたまま死んでしまったこと。明らかに手を抜かれていた。それが気に食わなかった。

 

 琥二郎の感情をぶつけらた時、求めていたものが垣間見えた気がしたのだ。彼が成長すれば消えていってしまった龍一との勝負、その慰めになるのではないかと。代わりとなれるのではないかと。

 

 

「はぁっ……はぁっ……ぐっ!?」

 

 

 だが彼もまた立場を得ると気持ちを表に出さなくなった。それでも強くなる兆しがあればまだ耐えられたかもしれない。

 

 今の彼は目も当てられない。先日まではこの妖力弾の中を(見苦しい様ではあったが)掻い潜り、敵である自分へ攻撃しようと一生懸命だった。

 

 しかし現在は弾幕に翻弄されるばかり。器用に避けてはいるが、反応も遅ければ動きも悪い。このまま見ているだけで力尽きてしまう勢いだ。

 

 

(もう摘み取りの時期ね)

 

 

 終わらせる。戦意すら感じさせないこんな男を殺すことなど容易い。風見幽香自身の一撃を避けられたのは最初の一度だけなのだから。

 近づいて殴る。それでおしまいだ。それだけの動作を琥二郎は捉えることが出来ないが故に。

 しかし。

 

 

「ぐぅう……!」

 

 

 当たらない。

 

 

(往生際が悪いわね。まぁそれも次で)

 

「くそ……っ!」

 

 

 二打目当たらない。躱す、辛うじて。

 

 

(目で見えている? いや、カウンターを狙わずに避けに徹しているからね。なら面倒だけれど後ろから)

 

「っ……ぐうおおおおお!」

 

 

 しかしそれも左手に持つ盾を滑り込まれて阻まれる。力を逃がしきれなかったが故に琥二郎はそのまま吹っ飛ばされるが死なない。生き残る。まだ戦える。

 

 

(こいつ……見えているの? 数日前は防御すらままならなかったのに?)

 

 

 三度も繰り返せば偶然では片付けられない。何某かが起こって琥二郎は風見幽香の攻撃に紙一重とはいえ付いてこれるようになっている。彼から感じる弱まった戦意とは裏腹に、彼自身はほんのちょっぴり成長していた。

 

 よく見ればこの男、普段のそれとは様子が違う。体は震え、鳥肌が立ちっぱなしで息も荒い上に顔色が悪い。

 何かがあったのだ。自分の知らないところで何かが。

 

 

「おい、お前何があった!」

「ぐぇ!?」

 

 

 瞬間、風見幽香は先程殴りに行った時とは比べ物にならない速さで琥二郎の腕を掴んでいた。そのまま釣り上げるように腕を引っ張り、琥二郎の顔を近づけて凝視した。その顔は酷く恐怖に歪んでいる。

 

 

「何があった?」

「ひ、ひょえぇ……」

 

 

 琥二郎はその凝視に耐えられず、遂に戦意を無くしてしまった。彼は美人な女性と面と面で向き合って話すことが苦手だ。それが鼻先が触れ合いそうなほど近づいている。もうキャパオーバーだった。

このすぐ後、正気に戻った彼は阿呆な悲鳴をあげた自分を心底恥じた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 そして、この時初めて風見幽香は先日琥二郎が体験したこと、天狗との取り決めについて知った。

 

 

「ご感想の程は?」

「ムカつくわね」

「さいで……」

 

 

 彼女からして見れば調理中のご馳走を完成直後に横取りされるようなものだ。味わう権利は彼女以外には無いというのに。

 

 だがしかし、鳥天狗というスパイスがどのようなテイストを琥二郎に加えるかは興味があった。丁度、マヨイガという迷宮を打破した彼が新たな境地に至っている。

 そう思うとやはり彼には圧倒的に実戦経験が足りていないのだ。

風見幽香は己との戦いでそれを補おうとしていたが、普段から戦えば戦うほど彼の先が予想できてしまう。面白みがない。

 

 大妖怪たる天魔が相手ならともかく、鳥天狗ならば彼にちょうどいい相手なのではないだろうか? 

 三年後までにいくつかある琥二郎の課題を片付けられたならばだが。

 

 

「まぁいいわ。今日の貴方がビクビクしている理由もわかったし。

 しかし馬鹿ね、マヨイガから出るために捨てた勇気が戻ってきてないなんて」

「……そうそう湧くもんじゃない。それに俺はこの感覚を忘れたくなかったんだよ」

 

 

 一度恐怖に染まってしまうと正気に戻るのは簡単じゃない。トラウマとして心に根を貼り続ける。

 

 今の琥二郎は一人で天魔を直視することができなかった。マヨイガから脱出した直後は「久野を守りたい」という思いがあったおかげで、どうにか彼女と相対することができていただけだ。

 里に帰ってみればすぐに意識を失い、以降一人の時は弱小妖怪にさえもビビる有様を晒している。萌音には更に近づけなくなり、陰ながら彼女を泣かせる羽目になった。

 

 だがこれは琥二郎が強くなれるチャンスでもある。

 普段妖力を隠し通している萌音にすら反応するようになった体。その精度は凄まじく、今回幽香が放った妖力弾の全てを肌や空気で捉えられるようになった。

 

 正常でない己を理解して武器にせよ。

 

 それこそが市川の基本にして極意。心をある程度操れる自制心と地の感覚の良さが取り柄な琥二郎は、この市川の技法との相性がすこぶる良かった。

 

 琥二郎は万能の天才ではない。だが一つの方法を極める資質は確かに持ち合わせていた。それが龍一が『自分よりも強くなるかもしれない』と紫や天魔に零した理由。

 

 

「俺は強くならなくちゃならない。そうしなきゃまた失うだけになっちまう。……そのためにアンタの機嫌を損ねちまうのは申し訳ないが」

「へぇ、一応罪悪感があるのね」

「怒ってるのは分かるけど畏れを出すのやめてくれない? これでも結構ガチガチなんだけど……」

 

 

 今琥二郎が幽香に臆していないのは、強くなりたいという意志が勇気の代わりになってくれているからだ。幻想郷に彼女以上の大妖怪はそうそういないことを彼は知っている。

 

 そんな彼女と(ボロボロにボコされるとはいえ)殺される心配なく戦える環境を最大限活かしたい。そんな願いが彼を奮い立たせてくれていた。

 しかしそれも平時の彼女ならの話。本気で呪い殺しにきたらまず間違いなく意識が飛んでしまう。

 

 

「そう思うなら何か埋め合わせをしなさいよ。例えばなんでも言うことをひとつ聞くとか」

「嫌だ。あんたと、というか妖怪とそんな約束を結べないよ、自警団代表として」

「あらそう。せっかく貴方の鍛錬とやらに付き合ってやってもいいと思っていたのに、残念ね」

「……本気かよ。あのわがままで横暴な風見幽香が」

「気紛れよ。その方が楽しめそうだと思っただけのこと」

 

 

 

 この気持ちに嘘はない。烏天狗に踏み台になってもらい、さらなる成長を促したいと思ったのは本心だ。

 そのためには琥二郎に生き残ってもらわなければならないのに、今の彼を見ているととても勝てそうにない。

 だから協力する。それだけの事。

 全ては風見幽香が逃してしまった心躍る戦いを再現するため。

 

 

「……分かった。風見幽香、一つ約束をしよう」

「聞こうじゃない。貴方が差し出す対価は何?」

「俺自身だ」

 

 

 瞬間、幽香はその目を見て体が震えたように感じた。これは彼の目に映る熱意にあてられたから? それとも自身の嗜虐心を揺さぶったから? それとも、龍一からは終ぞ告げられなかったものを彼が言い出したから? 

 

 

 

 

「俺は俺があんたに勝てると思えたその時、あんたに決闘を挑もう。そして全身全霊をもってあんたを倒す」

「いいじゃない。忘れるんじゃないわよ?」

 

 

 この日、風見幽香と琥二郎は正式な契りを交わす。それは師弟というにはあまりにもおざなりで、しかし訓練相手というにはあまりにも苛烈な関係性。

 お互いがお互いを倒すために。兄を介さない繋がりがここに成立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ということでようやく第一目標が出てきました。
 射命丸さんとの決闘までの間にいくつかほのぼのとした東方Projectらしいエピソードが書けたらいいなー。

 感想・評価・お気に入りお待ちしております


 簡単人物紹介

 市川龍一
 主人公、市川琥二郎のお兄さん。作中では既に故人。
 自身の能力を『霊力を操る程度の能力』と自己申告している。それ程までに膨大な量を保有しており、他の才覚もずば抜けている百年に一人の逸材。二刀使い。

 欠点として挙げられるのが妖怪に対する憎しみくらいで、それ以外の性能は琥二郎より基本的に上。
 琥二郎は確かに彼よりも自制心が強く、感覚も鋭いが、前者に関しては一途な憎しみが彼の強さに繋がっているし、後者に関しては霊力による強化で補うことができたので、琥二郎に劣っているとは言い切れない。

 しかし、それでも市川の術の適性は琥二郎の方が高く、父には市川の術ではなく霊力を用いた技を覚えるべきだろうと助言された。
 紫や博麗の巫女とはその繋がりで知り合った。空を飛べたり遠隔会話ができたりするのは彼が彼女らに教えを乞うたからである。

 本当は政治に手を出すつもりはなかった。天魔の話に乗るために団長として里の統治に加わることを決める。
 経済協力に関しては妖怪と共生できる正確である弟に全部押し付ければいいかと思っていたらしい。


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世代

 なんとか週一投稿を継続できたぞ!!

 ということでお待たせしました。今回もオリキャラ注意です。一応、原作で言及があった人ではありますが……。





『いいかお前たち。市川の技は弱者が強者と戦えるよう生き残ることに重きを置いた防御の術だ』

 

 

 まだ俺が幼く、父さんが生きていた頃のことを思い出す。

 

 

『故に俺たちは必ず自身の火力不足という壁にぶち当たることになる。俺は一刀に全てを込めることにしたが……、幸いなことにお前たちは母さんの才能を継いだ。霊力は妖怪に最も効果がある。霊力を強めろ。それがきっとお前たちの強さに繋がるだろう』

 

 

 霊力を込める。剣に、盾に、槍に、石に、体に。

 霊力は人の体力と同じく、ギリギリまで使って回復させる動作を繰り返せば繰り返すほど増える。

 

 今行っているのはその鍛錬兼武器の強化。

物体に霊力を込めればそれは等しく妖怪への武器になる。この威力は込める量が多ければ多いほど強くなり、安定性も増して霧散しなくなっていく。

 兄貴が使っていた二振りの小太刀なんかはその完成系で、もう手入れをしなくなって一ヶ月ほど経つが、未だにその輝きは失われていない。どころか俺の使っているものよりもよく切れる。

 

 霊力に関することにはつくづく及ばない。俺なんて霊力は三日持てばいい方だ。そんな未熟者だから兄貴の刀にさえ手を出すことができない。それが完璧な均衡で成り立っているあの名刀を汚すことになってしまうから。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 こんなものかと一息付く。この修行で大事なことは霊力を使い切らないことだ。ギリギリの限界まででなければ効率が悪い。使い切って気絶でもしてしまうと、体の自然治癒力が意識への回復に使われてしまう。

 それではダメだ。それでは霊力の集中回復が行われず、容量は一向に増えていかない。日常生活に支障がない程度に霊力を使い、残りは普段から体に身に纏うことでジワジワと追い込んでいくことが成長への近道である。……らしい。

 

 

「どうしたものかな」

 

 

 俺は今霊力の修行で苦心していた。

 市川の技の方は順調だ。こちらに関しては家に残っている蔵書の中で次にやるべきことが記されているし、問題であった畏れに対して過敏になった体や心は、風見幽香の畏れを真正面から受けることで少しずつ調整できている。

 

 しかし霊力に関しては完全に専門外。市川の家が元々霊力の扱えない人の集まりであったこともあって手本になるようなものがない。先述の鍛え方も『鈴奈庵』で借りた本に書かれていたことを実践しているだけなのだ。

 

 ちなみにこの事で兄貴との思い出は宛にならない。生来から計り知れない霊力を持つ彼は霊力の増強で悩んだことがなかった。術に関しても身にやどる霊力のゴリ押しで発動していた節があり、非力な自分には真似するどころか参考にすることもできないのだ。

 

 

「待てよ? 確か兄貴はそういう術を博麗の巫女に習ったって言ってたな」

 

 

 霊力を用いた妖怪退治はあちらの方が一日の長がある。訪ねてみるのも悪くない……か? 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「却下」

「即答っ!? せめてもう少し考えてくれても……」

「即断即決が巫女には求められるの。いいから帰ってくれない?」

 

 

 で来てみれば門前払いを食らうことになった。ここまで来るの結構大変なので収穫無しで帰りたくないんだが。

 

 

「せめて何かそういう術の本でも貸して頂けませんか? そこからは独学でどうにかするので!」

「嫌。というかそれこれから使うし」

「お賽銭入れていくので!」

「ダメ」

「普通の人の十倍くらい入れてくので!!」

「…………ダメよ」

「百倍!」

「えぇいダメったらダメよ!」

「馬鹿な……」

 

 

 あの年がら年中金欠の巫女が金で釣られなかった? 幻想郷の端にあるせいで参拝客もまともに来ず、たまにやる宴会で奉納される物しか食い扶持を繋ぐものがない博麗の巫女が……。

 

 

「アンタ、今失礼なこと考えたでしょ」

「い、いえいえそんなことないですよー」

「その敬っているかいないのか分からない敬語もやめなさい。というか一向に目を合わせないのが物をねだる側の礼儀?」

「……ははは」

 

 

 博麗の巫女の容姿は言うまでもなく美麗だ。赤と白を基調にした派手な巫女服も難なく着こなしている。俺よりも歳を重ねているだろうにその姿はまるで少女のよう。この美しさが逆に怖いと思っちゃうからダメなんだろうね俺。

 

 

「真面目な話、あんたに術なんて必要ないわよ」

「対処の選択肢は多い方がいいと思うからなんですけども……」

「本当に選択肢になるの? 聞きかじっただけじゃ実戦では使えないわよ」

 

 

 言いたいことは分かる。だがしかし決闘まであと三年はあるのだ。切り札とまではいかなくても、意表が突けるくらいの術一つくらいなら覚えられると思うのだが……。それを巫女はあまり良いとは思えないらしい。

 

 

「アンタの現状を知らないわけじゃないの。その上で言ってるの。そもそも霊術を使えるほどの霊力がアンタにあるわけ?」

「……その辺もよく分かんないんですけど」

「…………はぁ。少なくともこんな感じの霊力弾が簡単に出せないようじゃダメよ」

 

 

 言って彼女は指の先に小さな光弾を出す。俺ならばこれを作るだけで数分かかるし、結構な量の霊力を消耗するだろう。

 

 

「ちなみにこれは術を扱える最低限のライン。戦闘で使おうとするならもっと大きいのをいっぺんに五個くらい作れなきゃ」

「無理ですね」

「はい、じゃあこの話はおしまいね」

「いやいやいやいや」

 

 

 それでは困る。相手は妖怪だ。しかも実力はかなり高い。

 もしかしたら俺の霊力は全く通用しないかもしれない。そうなれば待っているのは死だ。それ以外に彼らに対抗する手段なぞないのだから。

 

 

「大丈夫よ。見れば術を扱う才能はなくても霊力を扱う才能はあるみたいじゃない」

「同じじゃないんですかそれ」

「違うわよ。術ってのは霊力を介して現実に干渉するもの。アンタは霊力もそうだけどその干渉力ってやつも足りてないのよ」

「それが術を扱う才能……」

「そう。でもアンタは物に力を与える事が出来ている。体内の霊力を出したり戻したりっていう動作を行えているってこと。妖怪をぶちのめすだけならそれで十分なのよ」

 

 

 巫女は続けた。例えば剣なら、斬る役目は剣そのものにある。霊力はあくまでもその補助。妖怪の再生を遅らせたり、畏れや妖力によって強靭になっている肉体を、霊力で緩和して柔らかくしたりしているだけ。切れ味自体は剣に拠る。

 身体能力の強化もそう。跳躍力なら霊力という力を推進力にしたり、脚への外力を霊力が吸収していたりするために強くなったように見えている。

 

 

「その補助が効いてさえいれば人は戦える。アンタは私と違って近接戦闘の心得があるんだから、術なんて要らないわ」

「…………しかしそれでは」

「『兄のようになれない』とでも言う気? 憧憬に足を引っ張られてんじゃないわよ。アンタに求められてるのはそういうことじゃないでしょ」

 

 

 言われてギクリとする。図星だった。俺は兄貴のように他を圧倒したかった。それがそこに存在するだけで皆を守れるような、そんな強さが欲しかった。

 

 

「この際だからはっきり言うわ。アンタは兄にはなれない。私にだってなれない。誰にもアレにはなれないのよ」

「……えぇ、そうです。その通りです」

 

 

 分かっていたはずだ。理解していたはずだ。俺には資質も才能もないことを。一体何年兄貴の背中を見てきたというのだ。努力すれば辿り着けるという所にあの人はいない。なぜなれると思ったのだ! 

 

 自責の念が強まり、全身に力が入るのを抑えられない。

 これは俺の立場や役目とは全く関係のない奢りだ。履き違えるな。俺は里の守護者。里の存続こそが俺の使命だ。目的だ。強くなるというのはその手段だということを忘れるな。

 

 

「そも妖怪を圧倒できるというのがおかしな話。例外中の例外よ、彼は。確かに学ぶべきところはあるのでしょうけど、追いすぎるのも毒よ」

「肝に銘じておきます」

 

 

 結局、今までの積み重ねを続けていくしかないということだ。方法が間違っていないことは博麗の巫女が証言してくれた。大丈夫、大丈夫だ。焦るな。あと三年はあるのだから。

 

 

「それよりもアンタはアンタんとこの技を極めなさい。私の目から見てもまだまだ中途半端よ、それ」

「……家の技、知ってるんですか?」

「当たり前でしょ。アンタの親父と同世代だったんだから」

 

 

 こんなところで市川と繋がるとは意外だ。そうか、この人は父さんと歳が近いのか……。まてよ? ということは三十路はもう過ぎ───。

 

 

「殴るわよ」

「何も言ってないんですが!?」

「私の勘がアンタを殴れって言ってるのよ。なんか無礼なこと考えてるからってね」

 

 

 嘘だろ……。巫女の勘は当たりやすいと聞くが、そこまで具体的なものを感じ取れるならもはや読心術である。

 

 

「そんなことはどうでもいいのよ。ともかく、アンタは兄よりも父親の背中を追うべきよ。戦術も似てるんだし」

「兄貴の方は似てないんですか?」

「似てないわよ。アンタは市川の技を主軸にして霊力を補助に使ってるけど、兄はその逆よ。……あぁなるほど、だからアンタは兄にいつかは追いつけるかもって誤解したのね」

 

 

 ……確かに? 兄貴の戦いはいつも弾幕の嵐が吹き荒れていたり、炎が辺り一面に燃え盛っていたり、風が吹き荒れてところ構わず切り刻んでいたような。

 あれ、こうやって思い返してみると市川の技法を兄貴から学んだ割には、兄貴自身はあまり使ってない……のか? こう言っちゃなんだけどあの家の武術って派手じゃないから傍目からだとよく分からないな。

 

 それにしても父さん、父さんか。

 

 

「……俺、父さんの戦いを見たことがありません。存命の時は母さんと共に留守を任されることが多かったので」

「なら父を探すところから始めなさないな。里にならあの人を知っている人がたくさんいるでしょう?」

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 父の名は市川鉄心。鬼との戦闘後に捕食され死亡、享年34歳。

 

 父さんとの思い出はほとんどない。七つか八つに初めて指導を受けるまで、あの人は兄貴と共に自警団の仕事に出ずっぱりだったからだ。

 

 鍛錬が始まっても俺は実戦に出されることはなかった。あの人が俺に期待していたのは市川の秘技を後世に繋げること。争い事に関しては当時既に父さんを超えていた兄貴に任せ、弟の俺には血を繋ぐ事を第一に考え育てていた。

 

 この判断が間違っていたとは思っていない。

 父さんも兄弟がいたらしいが全員が全員子孫を残さず亡くなったと言うし、祖父も父さんを遺してすぐに亡くなってしまった。俺の代まで繋げるだけでも至難の業だっただろう。

 市川は人里でも数少ない古くから続く武人の家。自警団に所属している中では唯一の武張った家系である。血はともかく技術まで断絶してしまうのは里にとって大きな損失になる。

 

 幸い兄貴は歴代最強の戦士。彼ならばあらゆる厄災を払い、里の守護を完遂するだろう。父さん自身だってその天寿をまっとうできるかもしれない。

 となれば弟である俺は無理に戦う必要が無くなる。命の危険なく技の修練に専念でき、子を設ける余力も生まれてくるだろう。そうなれば市川の家は俺の代で大きく発展する。

 

 その父さんの思惑を俺は信じて疑わなかった。父さんは会うことは少なかったけれど愛情を注いでくれていたのを実感できたし、母さんは言うまでもなく優しかった。両親は今でも最高の家族だったと言いきれる。

 

 俺は市川の家を繋ぐのだと張り切り、父さんのいない間も鍛錬を積み、勉学に励み、数少ない父さんとの修行の時間で最大限吸収できるように努めた。

 

 それも父さんが死ぬことで一変してしまったが。

 兄貴はまだ十二。まだ自警団を単独で任せるわけにいかず、代理を立てながら運営について学ぶ途上。そんな彼も消えてしまえば俺の番だ。当然、実戦経験のない次期団長候補など認められるわけが無い。この日から俺も里の外へと出向くようになった。

 

 結局その兄貴も亡くなり、父さんの予想に反して俺が里の守護者として台頭せざるを得なくなった。

 

 父さんがこの現状を見たらどう思うのだろうか。大切に育ててくれてはいたが、そこまで推測するにはあまりにも過ごした時間が少なすぎた。

 

 

「と言うわけで、俺は父さんの人となりをあまり知りません。息子として、赤の他人から聞くというのは恥ずべきことなのでしょうが」

「それが里の未来に繋がるなら恥も外聞もあったもんじゃないでしょう。それが立場ある人間の務めと言うやつです。気にしないでください」

 

 

 俺は博麗神社から里に戻り、巫女の助言通り父さんの足跡を追うことにした。それで思い浮かんだ場所がここ『霧雨店』である。

 

 父さんとここの親父もまた巫女と同じく同年代の仲間だ。寺子屋時代からの友人同士だった二人は、お互いがお互いの家を継いでからも密接な関係を築いてきた仲であった。

 

 

「あ、確かにこれは俺の役目に関係することですが、私人としても興味のある話です。話しづらいのでしたら普段通りで構いませんよ? というか、歯に衣着せぬ物言いの方がこちらとしても好ましい」

「ん、あぁそうかい。んじゃ遠慮なく。とはいえ日常生活での奴くらいしか話せないんだがそれでもいいのかい?」

「大丈夫です。普段の身なりからも市川の技というのは見えてくるものなので」

「ほーん。俺が知らんだけで何かしらやってたわけかい。どうりでモテたわけだ」

 

 

 そうして霧雨の親父さんは幼少の父さんの様子を話し始めた。

 父さんはそれはそれはモテたらしい。人懐っこく年上相手でも物怖じしない。頼まれたことはそつなくこなすし、他人の心の動きにも機敏であったのか気遣いもできた。必然的にあの人の周りで不和が生まれることはなかったのだという。

 

 

「最初の頃は気に食わない奴だと思ってたね。なんせ武人の家の人間でいかにも正義感丸出しの顔をしてやがった。斜に構えてると思って何度か喧嘩を売ったこともあったよ。まぁものの見事に返り討ちにされたがね」

「そうでしょうね。普通の人とは鍛え方が違いますから」

「伊達に武張った家の人間じゃねぇってこったな。気づいたら転がされてたよ」

 

 

 あの人自身は静かな出で立ちであったという。だからこそ何をされたか分からなかった。痛みもなく地に伏せられ、手を差し伸べる父さんの顔はとても慈愛に満ち溢れていたとか。

 多分この時から感情の操作をしていたんだろうなと推測する。敵意を感じさせない雰囲気を醸し出していたのかもしれないし、逆に敵意を敏感に感じ取って動きを読んだのかもしれない。

 

 

「思えばあの時から奴の戦い方の基本ができてたのかもな。坊主は知っとるかい、奴の得物。まぁ俺も自警団で働いていた時にちらっと見た程度なんだがな」

「えぇ、そちらは存じています。太刀を用いた神速の抜刀術。それが父さんが極めたものだった」

「良くもまぁあんな長ぇもんを振り回せるなと思ったね。実際それで妖怪共を屠るんだからすげぇわ」

 

 

 がはははと笑いながら話す親父さん。その後も色んなことを教えてくれた。

 例えば好物が天ぷらだったとか、親父さんが商売を始める時に助けてくれた話とか、その関係で今でも自警団に武器を卸している話とか。母さんとの馴れ初めの話とか

 

 

「お前さんの母親は結構いいとこの娘さんでな。顔がまぁべらぼうに良かった! 俺たちの年代は揃いも揃ってあの人を射止めようと奔走したもんさ。そうしなかったのは鉄心の奴くらいだったな。仕事が忙しくてそれどころじゃなかったのよ」

「でもあの人はその仕事中に母さんの心を奪った。生前母さんがよく話してくれました。『あの時助けてくれた鉄心さんはまるで物語の中の英雄のようだった』と惚気けながら」

「そうそう、そうなのよ! 俺らはびっくりしたもんさ。なんの接点もない二人がいつの間にか夫婦の仲になってんだからよ! どんな魔法を使ったのかと思ったね。お陰様で俺の婚期は最近まで訪れなかったわ!」

 

「うっさいわねぇ! 魔理沙の奴が起きちまうだろ!!」

 

「「…………はい」」

 

 

 どうやら盛り上がり過ぎたらしい。奥さんの方からダメ出しが入った。続いて大きな鳴き声が部屋の奥から響いてくる。

 

 

「おめぇの声の方がバカでかいわ」

 

 

 とどめの一撃を放ったのは奥さん自身だった。苦笑いするしかないが、親父さんのように文句は言わない。元はと言えば俺がここに上がり込んできたことが原因だし、何よりその後のことが容易に想像できたからである。

 

 

「いっでぇ!」

 

 

 どこから聞きつけてきた奥さんは既に親父さんの後ろにおり、その拳を脳天に突き刺していた。

 

 

「殴られたいのかい」

「殴ってから言うな!」

「もう一発喰らうかって聞いてんだがね?」

「……すまなかったよ」

 

 

 親父さんはそう言いながら彼女の手の中の赤ん坊を抱いてあやし始めた。「ごめんなー父ちゃん母ちゃんがうるさくてなー」と小声で言っている。さりげなく奥さんのせいにもしているのは聞かなかったことにしておこう。

 

 

「娘さん、元気そうですね。お名前は決められたんですか?」

「あぁ、琥二郎さんにはまだ教えていませんでしたね。娘の魔理沙です」

「この辺りではあまり聞き慣れない名前ですね。由来は?」

「霖之助さんが拾った外の書物を参考にしたんです。旦那が悩んでいた時に相談に乗ってもらったらしく、色々あって『誰も付けたことがない俺の娘だけの特別な名前にしよう』と」

「それで魔理沙ですか。……可愛らしい響きです」

 

 

 そう言って幼子の顔を見る。奥さんに似てかなり綺麗だ。まだ薄い茶色っぽい髪色も伸びたら良く似合うことだろう。

 

 

「もう日も落ちてきますし、帰ります。今日はお忙しい中急な訪問にも対応していただきありがとうございました」

「良いってことよ。親友の息子が自分の父親を知らないと言って上がってきたんだ。何かしてやらなくちゃ友達失格ってもんだろう。それに子が親を知らないって言うのは哀しい」

「…………。そうですね。とても貴重なお話でした。俺の九年間に新たな色が宿るようで。このお返しは必ず」

 

 

 そう言って霧雨店を後にする。

 

 もう夕日が差し込める里の中を歩きながら、今日見聞きしたことを頭の中でまとめていく。強くなるための道標、父の背はまだ形を成していない。明日は上白沢先生のところにでも行こうか。

 

 

「……こんなんで皆を守れるかな、俺」

 

 

 思い出すのは先程の赤子の笑顔と、博麗の巫女の話。

 

 

『しかし霊術の本を使うって、貴方がですか?』

『違うわよ。次の巫女───霊夢って言うんだけどね? その子の指導のためにまとめておこうと思って』

『────傷、ダメなんですか?』

『……まぁね。今はまだいいわ。でもその内確実に妖怪に勝てなくなる。それを聞いた紫が見つけてきたのよ、霊夢を』

 

 

 博麗の巫女もまた代替わりの時期が近づいてきていた。まだ若い彼女を引退に追い込んだのは吸血鬼異変での負った大きな傷だ。

 

 彼女は一度伯爵に手酷くやられている。故に俺と兄貴が駆り出され、巫女ではなく兄貴が伯爵との一騎討ちに臨むことになったのだ。

 

 

『少ししたら巫女の座が空になるわ。その時人間を守れるのはアンタだけになる。だから約束しなさい。霊夢が巫女に就任するまでの間、絶対にやられるんじゃないわよ』

 

 

 俺が天狗との決闘で負けて困るのは、今を生きる子供たちだ。

 

 天狗の報復とやらがどのようなものかは分からない。だがあの天魔が人を滅すことで被る不利益を把握していないはずがない。とりあえず里は存続する。

 しかし、子供たちの親世代や、働き盛りの俺のような若者の過半数が死ぬかもしれない。そうなれば残るのは大量の孤児たちだ。

 

 させない。それだけは絶対に。

 繋いでみせる。次世代の子たちが安心して暮らせる世の中を。

 

 





 来週は忙しいので次の投稿は再来週になると思います。
 それまでお待ちいただければ。

 感想・評価・お気に入りお待ちしております。


 簡単人物紹介

 市川鉄心

 琥二郎と龍一の父親。享年34歳。
 市川の技法と抜刀術を用いて妖怪と戦ってきたが、彼自身が単独で討伐した事例は少ない。大抵慧音か博麗の巫女にトドメを任せている。
 それは彼に霊力を扱う才能がない故である。主人公が霊力を使えるのは母方の血の影響である。
 結果、彼の一刀は強靭な鬼に通用せず敗北。そのまま捕食されて人生の幕を閉じる。

 兄弟や父親、つまり琥二郎の祖父が亡くなっても動じることなく、里を存続させるという使命のために一生を捧げた。自制心含め琥二郎は父親似である。




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