佐城沙知はまだ恋を知らない (タトバリンクス)
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佐城沙知はまだ恋を知らない
一話『あたしに恋を教えて』


初めましての方、初めましてタトバリンクスです。

ユルーイ感じで書き始めたので、気楽に読んでください。

それではお楽しみください。


「……」

 

 人と知り合うきっかけといえば様々だ。

 

 例えば同じクラスで席が隣同士だったり。

 

 例えば同じ部活だったり。

 

 例えば家同士が近所で自然と遊ぶようになったり。

 

 今上げた一例以外にも様々なきっかけの形がある。そんな星の数ほどの出会いがやがてかけがえない友人や恋人、そして家族の始まりとなる。

 

 なぜこんなことを語りだしたかというと、今まさに僕は一つの出会いのきっかけに直面したからである。

 

「マジで……死ぬ……」

 

 それはゴールデンウィークが明けた五月六日。久々の授業が終わった放課後の廊下。

 

 窓から少しずつ日が傾き始めたオレンジ色の日差しが差し込む廊下で、一人の女の子が倒れていた。

 

「あの……大丈夫ですか……」

 

 僕は恐る恐る近づいて女の子に声をかけてみると、彼女はガシッと僕の脚を掴んだ。

 

「ひっ!!」

 

「あたしを……第二科学室まで……連れてって……」

 

 急に脚を掴まれて驚いて尻餅を付いてしまった僕に彼女は気にせず死にそうな声でお願いをしてくる。

 

「分かった!!分かったから!!とりあえず脚を離してください!!」

 

 あまりにも恐すぎる状況だったので、僕は彼女をお願いを聞き、彼女を第二科学室まで連れていってあげた。

 

 ※※※

 

「いや~君のお陰で死なずに済んだよ、ありがとう」

 

 科学室の机で向かい合いながら椅子に座る彼女は笑顔でお礼を言う。

 

 お互いの手には準備室にあった栄養ドリンクを持っている。科学室に連れていった際に、ついでに取ってきて欲しいと言われたものだ。

 

 彼女をチラッと見ると、顔が綺麗に整いながらも知的なメガネを掛け、綺麗に手入れされた黒髪をポニーテールで結んだ女の子。

 

 制服のリボンから僕と同じ一年生だということが分かる。

 

「別にお礼を言われるほどじゃあ……」

 

「イヤイヤイヤ、マジで死ぬところだったから君には感謝しかないよ、え~と、確か……誰だっけ?」

 

「同じクラスの島田頼那(しまだらいな)だよ……佐城沙知(さじょうさち)さん……」

 

「あれ? そうだっけ? ごめんね、あたしって人の顔と名前を覚えるの苦手で、というかよくみんな覚えられるよね」

 

「まだ入学して一ヶ月だから、別にみんなが覚えているとは言いきれないけど……」

 

「じゃあ……何で君はあたしのこと覚えてるの?」

 

「うぅ……それは……」

 

 彼女のことをちゃんと覚えてた理由を答えることができなかった。というか言えるはずもない。

 

「へぇ~言えない理由があるんだ~、あたし気になるなぁ~」

 

 僕の反応を見て、面白そうなおもちゃを見つけたような悪い顔をする佐城さん。何か嫌な予感がする。

 

「ふ~ん、もしかしてあたしの身体でエッチな妄想とかしたりしてる?」

 

「はあ!?」

 

「あたしっておっぱい大きいから男子に自慰行為のオカズにされてると思うんだよね」

 

 初めて話す相手にとんでもないこと口にする佐城さんにドン引きせざる追えなかった。

 

 スタイルが良いのは認めるけど、これをさらっと言える思考回路は理解できない。

 

「仮にしてたとしてもそれを本人の前で言うと思う?」

 

「まあ、確かに……けど、あたしとしては年頃の男子がどういったシチュエーションであたしを辱しめているのか気になるんだよね」

 

「か、変わってるね……」

 

 知的な容姿から繰り出される直球な猥談。あまりにもギャップがありすぎてマジで思考回路が理解できない。

 

「ちなみにバストは90のFカップだよ」

 

 バスト90……Fカップか……。ダメだ、ダメだ。邪な妄想をしてしまいそうになる。

 

「あっ、今、あたしの胸見たでしょ」

 

「見てないって!!」

 

「ウソ付いても無駄だよ、目線で分かるよ」

 

「ごめんなさい!! チラッと見てました!!」

 

 不敵な笑みを僕に向ける佐城さんに対して、恐怖を感じて、直ぐ様机に全力で頭を付ける。マジで何されるか分からない。

 

「素直でよろしいけど、物足りないなぁ~」

 

 つまらなそうな顔をする佐城さん。マジで謝らなければ変な方向でからかってきたかもしれない。

 

「さて、話を戻して君があたしのこと覚えてたのは、もしかしてあたしのこと好きだった?」

 

「……違う」

 

「おっ!! この反応マジっぽい!! ねえねえあたしのどういうところに惚れたの!? 顔? おっぱい? お尻?」

 

 エサに食い付いたようにグイグイと質問責めする佐城さん。この人、恥じらいってものがないな。

 

「おっと、話さないとこの教室から出さないし、何だったら逃げようものなら学校中に広めまくるよ!!」

 

 有無を言わさず、素早い動きで教室の至るところの鍵を閉めて、更に脅してくる。

 

 おかしいな。ただ行き倒れてた佐城さんを助けただけなのに何でこんなことになってるんだろう。

 

「それでそれで、一体あたしのどこを見て惚れたの!!」

 

「……一目惚れだよ……」

 

 下手に誤魔化したりすると、変な方向に話が進むかもしれないからボソッと口にする。

 

「一目惚れかぁ~!! どんな感じなの!? どこで一目惚れしたの!? 教えて!!」

 

 何でこの人、自分に対しての恋バナでそんなに盛り上がれるのだろうか。何で僕はこんな恥ずかしい思いをしなければならないんだろうか。

 

「言わないとダメなのか?」

 

「聞きたいなぁ~、聞きたいなぁ~」

 

 キラキラと輝かせてる顔を近づけながら僕を見つめる佐城さんに、目を逸らして諦めるように話した。

 

「入学式の日に佐城さんをパッと見て、目が離せなくなって気づいたら好きになってた」

 

「入学式の日に一目惚れって……ラブコメマンガみたいな展開だね!! 興味深い!! ちなみにどこが目が離せないの!?」

 

「笑顔……」

 

「THE・王・道!! 良いじゃん良いじゃん!! 何で笑顔なの!?」

 

「無邪気っぽい笑顔が可愛かったから……」

 

「なるほどね!! エッチな見た目の女の子の子どもっぽさのギャップにエモさ感じたんだ!!」

 

「分析しなくていい!! 恥ずかしいから!!」

 

 何故僕は初恋の相手にこんなことを答えているのだろうか。というか恥ずかしくないのか佐城さんは。

 

「何でこんなこと聞くんだよ、てか相手が自分だっていうのに恥ずかしくないのかよ」

 

「え~別に恥ずかしいとは思わないし、ただ単純に恋をしている人の感情とか知りたいだけ」

 

 からっとした表情で答える彼女。この反応からして、この人はただ好奇心だけで僕の恋心を知ろうとしていただけ。

 

「あたしって昔から好奇心旺盛で知らないことは知るまでとことん調べないと気が済まないタイプなんだよね」

 

「何となくそんな気はした」

 

「やっぱりそう思われちゃうよね~、知らないことあるとグイグイいってよく引かれることも日常茶飯事だし、ウザがられるなんて当たり前だよ」

 

「でも止められないんだよね~、どんな状況だろうと、空気読めなくても、あたしは知りたいって思ったらもう行動しちゃってるから~」

 

 自分の性質を自覚した上で、曲げるつもりはないと感じさせる彼女の言葉に僕は思わず口にした。

 

「何かカッコいい……」

 

「うぇ!? カッコいいなんて初めて言われたよ!! 何で何でそう思ったの!?」

 

「何て言うか生き方に芯がある感じがカッコいいって」

 

 正直、この感想は僕が彼女に恋をしているせいで、フィルターが掛かってそんな風に思えたのかもしれない。恋愛感情がない状態で同じことを聞いたら、もしかしたら彼女のことをウザがってしまってたかもしれない。

 

「なるほど~芯ね……あたしは知的好奇心の赴くままに行動しているだけだけどね……君にはそんな風に見えるのか……」

 

 僕の答えを聞いて突然あれこれ考え始める佐城さん。

 

「これも彼があたしに恋をしているから……それとも彼自身の感性かな……これは……ヨシッ!!」

 

 色々とぶつぶつ何か独り言を言ったと思ったら突然、何かを決断したかのように僕の方を見る。

 

「確認だけど、あなたはあたしのことを好きなんだよね?」

 

「うん……まあ……そうだけど……」

 

 面と向かってもう一度言うのは恥ずかしいというか照れる。てか何の確認だよ。

 

「で、あたしは恋を知りたいって思ってる……これってお互いに利害が一致していると思うんだよ」

 

「一体何の話をしているんだ……」

 

「つまり、あたしたちが付き合えば、お互いに欲しいものは手に入るって話だよ!!」

 

「……はあ!?」

 

 一瞬、話の内容が理解できなくて、理解に遅れたが、いや、理解できたところで全く頭に追い付かない。

 

「君はあたしを恋人にできて、あたしは恋を知ることができる、ほらっ、Win-Winでしょ?」

 

「いや……確かに……そうだけど!! そんな簡単に恋人を選んで良いのか!?」

 

「別にあたしは恋を知れればそれで良いし、君もあたしを恋人にできる、お互いに得をできてるから問題ないって」

 

 無邪気な笑顔で答える彼女。本当に自分が知らないことに対してなりふり構わずに行動するみたいだ。

 

 実際に彼女の発言を耳にして、ようやく実感ができた。彼女は知的好奇心だけで生きている獣。自分が知らないものを知れるとなれば、どこまでも貪欲に食らい付いていく。

 

 彼女の本質は無邪気とも言えるし、狂っているとも言える。

 

 そんな彼女が恐いと思う僕がいると同時に、彼女が自分の恋人になるという事実に高揚感で高ぶる自分もいた。

 

 佐城さんは美人だし、スタイルも良いし、何より胸が大きい。こんな人が僕の彼女になるなんて、僕の人生でもう二度とないかもしれない。

 

 いや、しかし、知的好奇心だけで付き合おうとしてくる人だ。どう見ても見えている地雷でしかない。下手をすれば面倒事に巻き込まれるなんて一度や二度じゃ済まないはず。

 

「あたしは恋が知りたいの!!」

 

 思考を巡らせてる僕の不意を突くように佐城さんは腕を掴み、真っ直ぐ僕を見つめながら──

 

「だからあなたがあたしに恋を教えて!!」

 

 無邪気な笑顔でお願いする彼女を見て僕は決心した。

 

「分かった!! だから、佐城さんも僕の彼女になって欲しい!!」

 

 もういい。この無邪気な笑顔が一番近くで見れるなら面倒事の十個や百個、千個だってドンと来い。

 

「おぉ~!! 引き受けてくれると思ってたよ、これからもよろしくね、ラインハルトくん!!」

 

「頼那だよ!!」

 

「おっと、そうだっけ? あはは、ごめんごめん」

 

 まさか、名前すら覚えてない人と恋人になろうとするなんて思っても見なかったけど……先行き不安だ……。

 

 そんな不安を感じているとは露知らずに無邪気な笑顔を向けたまま握った手をブルンブルン上下に振り回す佐城さんを見て思った。

 

 僕はもう既に彼女の笑顔によって狂わされたみたいだと。

 




如何だったでしょうか。

こんな感じで二人の恋愛は始まっていきます。ぶっちゃユルーイ感じでやっていくので、特に気にせず、読んでいただければ幸いです。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。


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ニ話『デートしようか』

 入学式の日──僕は学校を探索していた。

 

 特に当てもなくふらふらと校内を歩いていただけなので目的もない。あえて言うなら三年間過ごす学校に何処に何があるか知っておこうかなぐらいの気持ち。

 

 もっと言うとこれから新しい生活が始まるという期待感と高揚感が足を動かしたんだろう。このまま帰るのは勿体ないって。

 

 そんな感じで適当に歩いていると、校庭に着いたので、一休みしようとした時に偶然、彼女を目にした。

 

 校庭で目をキラキラさせながら何故か写真を撮りまくっていた佐城さん。一体何が楽しいのか端から見ても分からない。

 

 ただ……綺麗な黒髪を靡かせながら楽しそうに無邪気に笑っている彼女の姿に目が離せなくなった。

 

 そんな彼女に僕は惹かれてしまった。

 

 これが僕の初恋のきっかけだった。

 

 それからすぐに初恋は一応実った形になったのだが……。

 

「さて、それじゃあ早速デートしようか!」

 

「えぇ!? いきなり!?」

 

 何も脈絡もなしに唐突に放課後デートを提案してくる佐城さん。

 

 知的好奇心が強いのか、はたまた行動力が高いのか、あるいはその両方なのか彼女の突発的な提案に僕は驚く。

 

「うん、善は急げって言うし、それにあたしは今すぐにでも恋を知りたいの」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「ほらっ、行こうよ!!」

 

 そう言って佐城さんは僕の手を引いて歩き出す。一先ずはなるがままに彼女に付いて歩く。

 

 自分の手汗で不快感出してしまわないかとか気にするけど、彼女は全く気にしてる素振りはない。

 

「ちょっ、待って、心の準備が……」

 

 正直、急に手を握られて内心ドキドキしている。それに彼女の柔らかい手の感覚が僕の心を狂わせる。

 

「そんなの必要ないでしょ? あたしたちは恋人同士なったんだから」

 

「いや、それはそうだけど……」

 

「それに、君があたしに恋を教えるんでしょ? 早く教えて欲しいなぁ」

 

 グイグイ引っ張られる僕をチラリと見やりながら、クスクスと笑う佐城さん。

 

 なんか完全に遊ばれてる気がする。とは言え、結局、僕はこの人に惚れてしまったのだ。

 

 そして何より、僕が恋をしたのはこの人の笑顔なのだから。

 

「はあ……分かったよ……」

 

「そうこなくっちゃ」

 

 そう言って微笑む彼女はやっぱり可愛かった。彼女の恋人になる以上、こういった無茶振りとか増えていくんだろう。それはそれでやっていくしかない。

 

「それで、どこに行くの?」

 

「んー、あたしは別にどこでも良いんだけどね」

 

「いや、そう言われても……」

 

 どうやら本当にノープランのようだ。

 

「あっ、じゃあ、あたしが行きたいところがあるからそこに連れて行ってあげる」

 

「それで、どこに連れて行くつもり?」

 

 無難にカフェとかショッピングモール辺りだろうと考えてた。軽く佐城さんの好みとか趣味を知って、今後のデートプランに繋げようとしていたが、僕の目論みは外れることになる。

 

「あたしの家」

 

「…………は?」

 

「あたしの家に行くの」

 

「いや、なんで!?」

 

 初デートの場所が予想の斜め上過ぎて頭を抱えたくなる。普通は四、五回くらい外でデートしてからお家デートじゃないのか。ぶっちゃけ他の人の感覚が分からないから四、五回でお家デートするのかすらも分からないけど。

 

 ただ初手でお家デートはあり得ない。というかハードルが高い。下手したら親に紹介される流れになる。

 

「だって、あたしは恋を知りたいんだよ? 恋人になったらまず最初に何をするの?」

 

「いや、まあ、それは……デートとか?」

 

「それもあるけど、ほらっ、恋人同士の定番と言えばキスじゃない? だからあたしは君とキスがしたい!!」

 

「いやいやいやいや、ちょっと待って!? 僕らまだ付き合って初日だよ!? いくらなんでも早すぎるよ!!」

 

「大丈夫!! あたしに任せて!!」

 

「何を任せろと!?」

 

「良いから行くよ!!」

 

 そう言ってまたもや僕の手を引っ張る佐城さん。

 

「ちょっ、本当に待って!? もうちょっと話し合おう!?」

 

「そんなの必要ないよ」

 

「どう見てもあるって!!」

 

「しょうがないなぁ~、百歩譲ってキスはなしとして、一先ずあたしの家に行くでいい?」

 

「何か間違っていると思うけど……それでいいよ」

 

「ほらっ、行くよ!!」

 

 結局、僕は佐城さんに押し切られる形で彼女の家に行くことになった。

 

 そうして校門前まで歩くと、突然佐城さんは立ち止まり、自分の鞄を漁り始める。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと探し物……あった」

 

 佐城さんが取り出したのは、四角い箱みたいなものだった。

 

「何これ?」

 

「フフフ、まあ見ててよ」

 

 不敵に笑いながら佐城さんは手に持っている四角い箱に付いているボタンを押すと、箱からギイギイと機械音みたいのが聞こえ始める。

 

 そのまま佐城さんは箱を地面置き、放置された箱は意味の分からない変形すると、まるでセグウェイに似た何かになった。

 

「……」

 

「これこそが沙知ちゃん万能アイテムの一つ『楽々移動くんバージョン10. 1』だよ」

 

「何そのネーミングセンスのないマシン……というかセグウェイだよねこれ?」

 

 得意気にドヤ顔をしている佐城さんにツッコミを入れる。

 

「確かに一見そう見えるが、甘いよラインハルトくん」

 

「いや、僕の名前は頼那だよ」

 

「このマシンは何といっても軽量で持ち運び楽なのと一時間充電すれば半日は走れる優れものなんだよ」

 

「話を聞いてよ」

 

「しかし、バッテリーの残量を確認できないという欠陥があるけどね」

 

「今時あり得ない欠陥だよねそれ?」

 

「いや~軽量化するのに拘り過ぎて、すっかり失念したよ」

 

 ハハハと笑う佐城さん。この会話だけでも彼女がどんな人なのかよく分かる。

 

「というかこれ佐城さんが作ったの?」

 

「これはお姉ちゃんとの合作、あたしが設計してお姉ちゃんが組み立てるって感じでね」

 

「なるほどね、二人で作っておいて、バッテリー残量を表示させるのに気づかなかったと」

 

「ハハハ、ホント笑っちゃうよね」

 

 二人して天然な感じがするけど、とはいえこんなものを作れるなんて佐城姉妹恐るべし。

 

「まあ、そんなことは置いておいて、ほら行くよ」

 

「ちょっと待ってよ佐城さん」

 

 彼女はマシンに乗って走り始めるから僕は慌てて彼女を追いかける。というかそれ一人用なんだ。

 

 僕が徒歩なのを一応考慮しているのか佐城さんはそれほどスピードを出していない。ただ徒歩で歩く僕とセグウェイ的な物に乗っている佐城さんが並んでいるこの状況は異常だった。

 

 他の通行人の邪魔にならないかとか、周囲から変な目で見られないかとか、色々と考えていたが、そんなことよりも一番引っ掛かっていることが一つある。

 

 彼女と一緒に下校ってこんなんだっけ!? 

 

「ねぇ……佐城さん……」

 

「そういえばライトくんの家って逆方向とかじゃないよね」

 

「今のところ方向は一緒だよ……あと僕の名前は頼那だよ……」

 

 この状況について彼女に聞こうとしたが、彼女は僕とは全く違う心配をしていた。あとまだ名前間違えてるし。

 

「あの……佐城さん……」

 

「なに?」

 

「他の人の邪魔になるし、それ降りない?」

 

 この状況を変えたい僕はもっともらしい理由を付けてそう提案すると、佐城さんはこの世の終わりみたいな顔をしていた。

 

「えっ!? 何その顔、こわっ!!」

 

「ひどっ!! ……ライブラリーくん、あたしに死ねって言ってきたんだよ!! そんなこと言われたらこんな顔にもなるよ!!」

 

「そんなこと言った覚えはないよ!! あと僕の名前は頼那だって!!」

 

「だってあたしにこの『楽々移動くんバージョン10. 1』に降りろって言ったよね、それはつまりあたしに歩けと言ってるんだよね!!」

 

「まあ、そうなるね」

 

「やっぱり、あたしに死ねって言ってるんじゃん!!」

 

「はあ!? 全然意味が分からないんだけど!!」

 

「あたし自慢じゃないけど、体力全くないんだよ、三分歩いただけで息上がるんだから!!」

 

「それは全く自慢なんかじゃないよね!! そんなどこかの光の巨人みたいな……」

 

 ウソだよねと言いかけたときにあることを思い出した。そもそも佐城さんと恋人同士になった切っ掛けは彼女が廊下で死にかけてたのが原因。

 

 僕たちの教室から彼女を連れて行った第二科学室までおよそ五分くらいで着く距離。

 

 そして佐城さんが倒れていたのは、その二つの教室のおおよそ半分くらいの距離。限界と言った三分くらい歩いた距離とほぼ合致する。

 

 これらから導き出される答えはただ一つ。マジなのか、佐城さん。

 

「一応確認するけど……今日廊下で倒れてたのって……」

 

 恐る恐る僕は佐城さんに確認をしてみる。きっと僕の予想は点で的外れなだけなんだよね。というか的外れで合ってくれ。

 

「それはもちろん、体力が無くて死にかけてただけだけど?」

 

「……」

 

 マジかよ、佐城さん。

 

 突き付けられた事実に僕は呆然とするしかなかった。

 

 僕が衝撃受けているのと反対に佐城さんは何言ってるのこの人みたいな顔をしている。

 

「何か……ごめんなさい」

 

「分かればよし!!」

 

 一先ず謝ると、満足げな顔をして許す佐城さん。

 

 そんな変な会話をしてあることを思った。

 

 もしかして僕はとんでもない人と付き合ってしまったのでと。

 




そんなわけでいかがだったでしょうか。

基本ノリと勢いだけでやりきるのがこの小説のスタイルです。

気軽に感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

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それでは次回をお楽しみに。


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三話 『名前で呼んで』

 そんなこんなで佐城さんと会話をしていると、目的地である彼女の自宅に辿り着いた。

 

「ここがあたしの家だよ」

 

 佐城さんの家はごく普通の一軒家だった。何の変哲もないどこにでもあるような感じのする。

 

「普通の家でガッカリしているでしょ」

 

「別にそんなことはないよ」

 

「まあ、正直な話あたしのほうがガッカリしてるけどね!!」

 

「いや、何で!?」

 

「だって、研究室とか、家が変形したりとか、秘密の場所に繋がってとかあったほうが面白いでしょ」

 

「いや、無いから」

 

 確かにそういう展開に憧れる気持ちはあるけど、残念ながら現実ではあり得ない。

 

「とりあえず、入っていいよ」

 

 佐城さんが家の扉を開けてくれたので、お言葉に甘えて中に入る。

 

「ただいま~、お母さ~ん彼氏連れてきたから、部屋に何か持ってきて~」

 

「ちょっと!? いきなりなに言ってるの!?」

 

 家に入るなり突然大声で堂々と言う佐城さんに焦る僕。そして案の定家の奥からドタドタと慌てるような音が聞こえて、佐城さんの母親らしき人が慌てたように出てくる。

 

「ちょっ、沙知ちゃん!? 彼氏って何なの!? 」

 

「この人があたしの彼氏」

 

 そう言って佐城さんは自分の後ろに僕を引っ張って前に出すと、佐城さんのお母さんは僕の姿を見てかなり驚いていた。まあ娘がいきなり彼氏を連れてきたからそりゃ驚くよね。

 

「は、初めてまして……島田頼那です……佐城さん……いや、沙知さんとは、その……お、お付き合いさせていただいています」

 

「これはご丁寧に……私は沙知の母です」

 

 緊張しながら挨拶する僕の姿に佐城さんのお母さんもハッとしたようにお辞儀を返す。

 

「えっ? 本当に沙知ちゃんの彼氏なの? 嘘じゃなく?」

 

「本当だってば、何で疑うのさ」

 

「だって沙知ちゃんに彼氏ができるなんて思わなかったから……」

 

 そう言いながら、佐城さんのお母さんは僕と佐城さんを交互に見ながら驚いていた。

 

「ちょっ!! あたしのこと何だと思っているの!? あたしだって彼氏くらいできるよ!!」

 

「だって実験大好きのマッドサイエンティスト気質の沙知ちゃんに彼氏なんてできるわけがないじゃない!!」

 

「むき~!! 確かに実験大好きだけど、そこまでひどくないもん!!」

 

「正直沙々ちゃんの彼氏のほうが信憑性があるわ、沙知ちゃんの彼氏ってだけでもう何か可哀想」

 

「可哀想!? ナチュラル罵倒過ぎる!!」

 

 僕そっちのけで佐城さんのお母さんと彼女はワーワーギャーギャー言い合いを始める。そんな二人を見て僕は苦笑いを浮かべるしかできなかった。

 

「君大丈夫? うちのバカ娘に弱みとか握られてない? 何かのバツゲームで仕方なく付き合ってない? 」

 

 二人が言い合っていると、佐城さんのお母さんは心配そうに僕の方を見て、何やら勘違いをしているのかそんな質問をしてきた。

 

「さっきから酷すぎるんですけど!? 何であたしがそんな酷いことしないといけないの!!」

 

「沙知ちゃんは今までの行動を顧みて?」

 

「ううっ、確かに……」

 

 どうやら心当たりがあるのか、佐城さんは悔しそうに食い下がる。

 

「あの……僕なら大丈夫ですよ、一応沙知さんが僕からの告白を了承して、付き合いましたので……」

 

「あら? 本当なの? だとしたらごめんなさいね、この子……変な子だからつい……」

 

「ついって何さ!!」

 

「本当にごめんなさいね」

 

 改めて佐城さんのお母さんが僕に謝罪をする。何気にこの人も毒舌入ってるよね……何となく分かってたけど。

 

「色々と難のある子だけど、どうかこれからこの子をよろしくお願いね」

 

「えっと……こちらこそ……」

 

 佐城さんのお母さんから彼氏として一応認められたのか握手を求められて、それに応じる。

 

「嫌になったり、面倒になったらすぐに別れても大丈夫だからね」

 

「お母さん!?」

 

 最後の最後にサラリと毒を混ぜる佐城さんのお母さん。やっぱりこの人は毒舌の持ち主だった。

 

「ほらっ、お母さんのことは放っておいていいから部屋に行くよ!!」

 

 そう言って佐城さんは僕の手を引っ張ると、玄関の近くにある部屋へと案内される。

 

「ここがあたしの部屋だよ」

 

 佐城さんに連れて来られた部屋は、白と黄色を基調した女の子っぽい部屋だった。本棚には教科書や漫画、分厚い図鑑などが入れられている。

 

「……」

 

「あっ、絶対いまイメージと全く違うとか思ったでしょ」

 

「いや、そんなことは……黄色が好きなの?」

 

「ん? どうだろう? 黄色って記憶力とか理解力を上げるのに効果があるから自分の部屋には多く入れているだけなんだよね」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 そういうところは理屈っぽく家具とか選んでると思うと、この部屋は佐城さんらしいイメージに合っている気がする。

 

「まあ、そんなことは置いといて、とりあえずそこ座ってよ」

 

 そう言って佐城さんはベッドの上に座ると、その隣をポンポンと叩き、僕にも隣に座るように促してきた。

 

「あの……何か近くない?」

 

「別にいいじゃん、あたしたち付き合ってるんだし、恋人同士ってこれが普通じゃないの?」

 

「それはその……そうだけど……」

 

 確かに普通の恋人たちはこういうことをするイメージはある。けど佐城さんとは付き合って一時間も満たない僕にとってこれはなかなかにハードルが高い。

 

「ほらっ、遠慮しないで座ってよ」

 

 躊躇う僕の手を引いて強引に座る僕に満足したのか、佐城さんは嬉しそうに笑う。

 

 その笑顔は無邪気な子供みたいに見えてとても可愛らしく見惚れていると、心臓が大きく高鳴る。

 

 それに佐城さんと近いせいか彼女の良い匂いとほんの微かに香る柑橘系の香りをダイレクトに感じて僕の心臓がさっきよりも激しく鼓動を始めた。

 

 佐城さんが近くにいるってだけでもドキドキするのに、更にこんなことされてたら心臓が持たない。

 

「どうしたの? そんなにソワソワして」

 

「な、何でもないよ!!」

 

 動揺が顔に出ているのを指摘されて、慌てて平静を装うとするけど、うまくいかなかったようで佐城さんにクスクス笑われてしまう。

 

 そしてそのままジッと僕の顔を見つめる佐城さん。

 

「な、なに……?」

 

「へぇ~、好きな人が近くに座るだけでこんなに顔って赤くなるだ~って観察してたの」

 

「……」

 

 興味深そうにありとあらゆる角度から僕を見る佐城さん。彼女からすれば僕は彼女が恋を知るための観察対象でしかない。

 

 そんな佐城さんに意識させられている自分が悔しいけど、こんなことされたら嫌でも意識をせざるを得ない。

 

 それにここまで距離が近いと佐城さんの制服越しからでも分かる胸の膨らみだとか、スカートから見える綺麗な脚が視界に入ってあらぬことを想像して悶々としてしまう。

 

 何とかこの気持ちを抑えようと我慢している僕に救いの手が現れた。

 

「ほらっ!! バカ娘、お茶とお菓子を持ってきてあげたわよ!!」

 

 そんな声が聞こえてきたかと思ったら、佐城さんのお母さんが部屋に入ってくる。どうやら飲み物とお菓子を運んで来てくれたらしい。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 僕はお礼を言うと飲み物とお菓子を受け取る。

 

「って、いまバカって言った!? 自分のカワイイカワイイ美人な天才の娘に対して!!?」

 

「天才だろうと今までの奇行と今の発言の時点でバカと言われても仕方ないでしょ!!」

 

「なんでよ!! あたしはただ自分がしたいことをしているのに、バカなんておかしいもん!!」

 

 佐城さんのお母さんの登場でさっきまでの微妙な雰囲気が一転してギャアギャアと言い合いをする二人。佐城さんのお母さんの登場は本当に感謝したい。

 

 だってあのまま続いていたら僕は色々な意味で限界を迎えていたと思うし。

 

 それにしてもこの親子、言い合ってはいるけどやっぱり仲がいいんだな。

 

 そんな二人の見ているとまるで緊張しているのがバカみたいに思えて、ふと、力が抜けた。

 

 さっきまであんなにも緊張していたのが噓みたいに自然に笑えてる気がする。

 

「ちょっと、なに笑ってるの!?」

 

「えっ? いや、親子で仲良いんだなって」

 

「うん、まあ、こんなのは日常茶飯事だから……」

 

「ごめんなさいね、親子の見苦しいところを見せちゃって」

 

「いえ、気にしてませんので」

 

 別に二人は言い合ってるけど仲が悪いわけではなくてむしろ仲が良いからこんなことが起きているのだと思うし。

 

 そのせいか若干二人の間に入りづらいって気はしないけど……。

 

「それじゃああとは若い二人でごゆっくり……沙知ちゃんは頼那くんに変なことしちゃダメよ」

 

「ちょっ!! お母さん!?」

 

 そんなやり取りを終えると、佐城さんのお母さんは微笑みながら部屋を去っていった。

 

「そんなにお母さんはあたしが変なことすると思っているのかな?」

 

 佐城さんは不満を口にしながら持ってきてもらったお菓子をモグモグと食べていた。

 

「う、うん、まあ」

 

 さすがにこの流れで変じゃないとは言えないので、言葉を濁す。

 

「何か失礼じゃない!? まだ知り合って一時間くらいだよね!?」

 

 そう言ってプンプンと怒った顔をする佐城さん。そんな顔をしているとちょっと子供っぽくて可愛らしいなと思ってしまう。

 

「そもそも恋が知りたいから付き合うって言い出したのは佐城さんだし」

 

「それはそうだけど、それ言ったら君は変な子を好きになった変人になるけど?」

 

「うん、そうだね」

 

「そこは否定しないんだ」

 

 佐城さんがこんなにも変わった人だなんて思わなかったけど、好きになった事実は変わらないから否定しようがない。

 

「それに佐城さんがこんなに愉快な人だなんて知れたのは、付き合ってみた結果だから」

 

「アハハ、君って変わってるね」

 

「佐城さんには言われたくないよ」

 

 僕がそう言うと朗らかに笑う佐城さん。すると、佐城さんは思い出したかのようにこんなことを口にした。

 

「そういえば、恋人どうしってお互いの呼び方ってどうするんだろ?」

 

「お互いが呼びたい呼び方でいいんじゃない?」

 

「そうなの? じゃああたしのことは名前で呼んで?」

 

「えっ!? それは……」

 

「あれっ? 何でそんなに照れているの? さっきお母さんと話していたときは普通に呼んでたでしょ」

 

 名前で呼んでと言われて咄嗟に反応できずに挙動不審になる。そんな僕に対して不思議そうにしながら訊ねる佐城さん。

 

「急に……好きな人の名前を呼ぶのは……ちょっと……照れる」

 

「ふ~ん、そういうものなんだ~」

 

 名前を呼ばれると急に恥ずかしくなった僕はボソリと呟くと、佐城さんはよく分かっていなさそうに返事した。

 

「まあ、とりあえず慣れるまで呼んでみてよ」

 

「う、うん、えっと……さ、沙知?」

 

 そんな恥ずかしさを堪えつつ彼女の名前を呼ぶ。何だか気恥ずかしくて顔から湯気が出るんじゃないかってくらい熱い気がするけど何とか耐えることができた。

 

「アハハ、顔真っ赤だよ」

 

「……」

 

 そう言って沙知は楽しそうに笑いながら僕を指さして指摘する。どうやら沙知は僕が恥ずかしがっているのが可笑しいらしい。

 

「まあまあ、これからよろしくね、頼那くん」

 

 佐知はそう言って僕に満面の笑みを浮かべながら手を握ってきた。

 

「うん……よろしく、沙知」

 

 未だに照れくささは残ってはいたけど、それでも僕たちは向き合って笑いあうのだった。




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四話 『一緒に食べる?』

 沙知と恋人になってから翌日、教室に着いて自分の席に座ると、僕は大きなあくびをした。

 

「おはよう」

 

 そこに同じクラスで友達の佐々木が声をかけてきたので、僕は眠い目を擦りながら挨拶を返す。

 

「眠そうだな……夜更かしでもしたのか?」

 

「まあそんなところ……」

 

 沙知に告白されて付き合ったという事実のせいで昨日の夜は全然眠れなかったのである。そして今も若干眠気が残っている。

 

 結局、昨日は沙知の家で彼女と会話だけして、その日はお開きとなった。まあお互い初めて同士では何をすればいいのか分からないから仕方ないのだが。

 

 帰りに沙知のお母さんに夜ご飯とかで誘われたけど、丁重に断らせていただいた。

 

 流石に付き合ってまだ一日目で彼女の家族と飯を食うのは緊張し過ぎて大変なことになりそうだったからだ。

 

 そういえば、沙知の双子のお姉さんとは会ってなかったな。まあ、同じ学校らしいし、いつか会えるかもしれないからそのときでいっか。

 

「今日の一限は……って数学か……」

 

 今日やる授業を確認すると思わずため息がこぼれる。眠気マックスな今の状態で授業をやるのは色々とめんどくさい。

 

「はぁ……こんな日に限って苦手な数学って……」

 

「確かに寝不足の時は辛いな」

 

「そうなんだよ……」

 

 そんな憂鬱な気分になる中、愚痴を溢していると、ゼハゼハと息を切らしながらこっちに近づいてくる足音を耳にして、視線を音のする方へと向ける。

 

「ゼェ……ハァ……や、やっと着いた……」

 

 そんな疲れきった呟きと一緒に教室に現れたのは沙知だった。

 

「ほら、見ろよ、島田の思い人が来たぞ」

 

 佐々木にからかわれながら彼女の方を見る。沙知は大きく肩で息をしていて、その度に彼女の大きな胸が揺れていて、クラスの男子たちの大半は思わず視線がそちらに行ってしまう。

 

「やっぱり佐城、スタイルはいいよな……」

 

 ボソッと隣にいる佐々木が呟くのを聞いて思わず反応してしまいそうになる。確かに沙知はスタイルはいいし、何よりあの大きな胸は正直言って反則だと思う。

 

 男なら誰でも目がそっちに行ってしまうのはしょうがない。僕も全く見るなってのは無理な話。だが、自分の彼女が他の男子にそんな風に見られていると思うと、正直あまり気持ちの良いものではない。

 

「ふう~、やっと息が整った」

 

 そんな男子たちの視線を気にすることもなく沙知は自分の席に移動すると、沙知は僕に気づいたのかこちらを見てニコッと笑ってこちらに近づいてきた。

 

「あっ、おはよう、頼那くん、こんなところで会うなんて奇遇だね」

 

「おはよう、沙知、奇遇も何も僕たち同じクラスなんだから不思議じゃないから」

 

「アハハ、そうだっけ? あたし全然気にしてなかったから頼那くんが同じクラスだったなんて全然知らなかったよ」

 

「そもそも昨日同じ話をしたから」

 

「アハハ、そういえばそんな話をしたような気がするよ、多分」

 

「いや、したから!! 正直、認知されてなくてショック受けてたんだぞ」

 

 笑いながら言う沙知に対して思わず突っ込む。

 

 そんな僕たちの会話を隣で聞いていた佐々木は何故か困惑した表情を浮かべていた。

 

「な、なあ、島田……」

 

「なに?」

 

「何で佐城とそんな親しげに話せるんだ?」

 

「そ、それは……」

 

 佐々木に言われてハッとなる。今まで接点のなかった沙知と急に親しげに話していたら周りが不思議に思っても仕方ない。

 

 佐々木に対してどう説明しようかと頭を悩ませていると、沙知が話しかけてきた。

 

「えっ? だってあたしと頼那くんは恋人だから」

 

「えっ!?」

 

「ちょっ、沙知……!!」

 

 僕が悩んでいるうちにとんでもないことを口走る沙知に思わず制止しようとするけど、もう遅い。

 

『えっ?』

 

 彼女の発言に教室中が一瞬ざわめく。そして一斉に僕の方を見たため、急に恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「お前、いつの間にそんな関係になってたんだ!?」

 

 佐々木が信じられないという顔で驚きながら詰め寄ってくる。

 

「いや、それはその……昨日からで……」

 

 さすがに恋人になった経緯を人に説明するのは凄く恥ずかしいし、沙知もいてかなり恥ずかしい。僕が言い淀んでいる間にまたしても沙知が割り込んできた。

 

「頼那くんがあたしのこと好きだったみたいだから、恋人にしてあげたの」

 

「っ!?」

 

 そう言って当たり前のように言い放つ沙知に対して顔が一気に熱くなる。確かに彼女の言った言葉に間違いはないのだがその発言が恥ずかしいことに変わりない。

 

 教室中からはマジでって言葉がちらほら聞こえてくるし……穴があったら入りたい気持ちになるからやめてくれ。

 

「沙知、その……そういうことはあまり……」

 

「えっ? 事実でしょ?」

 

 僕が宥めようとするが、沙知は不思議そうに首を傾げていた。そんな彼女にどう説明しようか頭を悩ませていると、そんなやり取りを見ていた佐々木が僕に聞いてくる。

 

「島田……お前……佐城に遊ばれてないか?」

 

「えっ? そんなことないよ」

 

 佐々木の危惧はもっともだけど、今はそこは重要じゃない。

 

 結果的にクラスの人たちには僕と沙知が付き合い始めたということはすでに知られてしまった。あまり注目されるのは苦手なのに……。

 

「ねえ、頼那くん」

 

 僕が頭の抱えていると、沙知は僕の袖をクイッと引っ張りながら僕の名前を呼んだ。

 

「な、なに?」

 

「さっきから話しかけてくるこの人……誰? 頼那くんの知り合い?」

 

「えっ? 同じクラスの佐々木だけど……」

 

「……」

 

 僕の紹介を聞いても沙知は無反応で、佐々木を見つめたまま固まている。二人の間に微妙な空気が流れる中、そんな沙知に対して佐々木が話しかける。

 

「よ、よう……佐城さん」

 

「……だれ? こんな人いたっけ?」

 

 どうやら佐々木のことが一切記憶になかったらしい沙知は首を傾げながらそう呟いた。

 

「ちょっと、沙知」

 

 さすがに失礼すぎるから注意しようと僕は口を挟もうとすると、佐々木が大げさに反応した。

 

「ちょっと佐城さん!? それは酷くないか!? 一応同じ中学だっただろ!?」

 

「えっ? そうなの? アハハ、ごめんね、あたし他人の顔と名前覚えるの苦手だから」

 

 沙知は笑いながら軽く謝っていた。そんな沙知に佐々木は諦めたようなため息を一つつく。

 

「まあ、佐城さんが絶対覚えてないのは何となく分かっていたけど……面と向かって言われると傷つくな」

 

「アハハ、ごめんごめん、頼那くんの友だちみたいだし、これからよろしくね、沙悟浄くん」

 

「佐々木だよ!! さっき島田が言ってたよな!!」

 

 沙知のあまりにも大雑把な間違いに佐々木がすかさず訂正する。

 

 確かに僕はさっき沙知に佐々木のことを紹介したはずなんだけどな……。てか似たようなやり取りを昨日もしたような気がする。

 

「島田……本当に佐城が彼女でいいのか? マジで見た目だけで選んでるなら佐城姉のほうがまだマシだぞ?」

 

 佐々木は可哀想なものを見るような目で僕を心配しながら聞いてくる。

 

 何かこれも昨日聞いたな……。なんて思いながら僕は佐々木の質問に答えることにした。

 

「まあ……好きになちゃったし……」

 

「はぁ……お前は恋に恋する乙女かよ」

 

 僕の言葉を聞いて佐々木は呆れたようにため息をついた。どうやら僕のことを心配してのことらしい。

 

「まあ、二人がそれでいいなら外野が口出す筋合いもないか」

 

 どこか吹っ切れたような表情を浮かべながら佐々木は納得してくれたみたいだ。

 

「それじゃあ俺は邪魔みたいだしお暇するとしますかね」

 

「あっ、ちょっと佐々木……」

 

 僕の呼び止めにも応じず自分の席の方へと戻っていってしまった。何か余計な気遣いをさせてしまって申し訳ないと思っていると沙知が僕に話しかけてくる。

 

「ねぇ、頼那くん」

 

「なに?」

 

「やっぱり頼那くんって変わってるよね」

 

「えっ? なんで?」

 

 沙知の言葉に思わず困惑の声を漏らす僕。正直、沙知には言われたくないって言いそうになったが、また話が逸れそうだから黙っておく。

 

「だって、あたしって周囲からの反応を分析すれば、変人の部類に入ると思うよ?」

 

 人指し指を口元に当てながら首をかしげている沙知を見て、僕は苦笑いしながら答える。

 

「そ、そんなことないと思うよ?」

 

「本当にそう思ってる? 本心で言って」

 

 僕がそう言うと沙知は訝しげな表情になって聞き返すので、僕は戸惑いながらも答えた。

 

「……ごめん、どう考えても変人だね」

 

「だよね、良かった」

 

 僕の言葉に満足いったのか満面の笑みで頷く沙知。

 

 そんな彼女を見ていると思わずドキッとしてしまう。沙知って行動こそはあれだけど、改めて思うけど可愛いんだよな。

 

 そんな僕のことを不思議そうに見ながら沙知が更に話しかけてくる。

 

「どうかしたの?」

 

「……いや、何でもないよ」

 

「変な頼那くん」

 

 そう言って笑う沙知に対して僕も苦笑いをすることしか出来なかった。

 

「それにしてもみんながみんなあたしよりもお姉ちゃんのほうがマシだって言うけど、あたしからしたらどっちもどっちな気がするんだけどなあ」

 

「そもそも僕は君のお姉さんに会ったことないから分からないよ」

 

 まあ仮に会ったとしても沙知が好きなのは姉で僕のことを好きになるなんて思えないけど。

 

「あれ、そうだっけ? それじゃあ今日のお昼休みに一緒に食べる?」

 

「えっ、いいの?」

 

「うん、頼那くんをお姉ちゃんに紹介したいし」

 

「じゃあ……お言葉に甘えようかな……」

 

 彼女のお姉さんに会うのは少し緊張するが、沙知と一緒にお昼を食べれるのは、普通に嬉しいから僕は沙知の提案に頷いた。

 

「それじゃあ決まりだね、お姉ちゃんには連絡しとくね」

 

 そうニッコリと笑った後、沙知は席に戻ったのだった。




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五話 『あたしは惚れてないけど?』

 午前中の授業が終わって昼休みになると同時に沙知がこちらを向いてくる。

 

「お~い、頼那く~ん、お昼食べに行こっ」

 

 沙知は楽しそうに笑いながらそう言ってきたので僕は席を立って答える。

 

「ちょっと待って、すぐに準備するから……」

 

 僕は教科書を机の中にしまい、鞄からコンビニの袋を取り出して沙知の元へと歩み寄る。

 

「それでどこで食べる?」

 

「中庭のベンチにお姉ちゃん呼んでるからそこで」

 

「了解、行こうか」

 

 沙知とそんなやり取りをすると僕たちは二人並んで中庭へと移動した。そして中庭に着くと、ベンチに二人並んで腰を下ろす。

 

 周囲を見渡すがまだ沙知のお姉さんらしき人は見当たらない。

 

「アハハ、まだお姉ちゃんは来てないみたいだね」

 

「沙知のお姉さんってどんな人なの?」

 

「う~ん、それは会ってからのお楽しみってことで」

 

 沙知はニヤニヤしながら人差し指を口に当ててこちらをチラチラと見ていた。

 

「そんなことより、頼那くんのお昼ごはんはそれなの?」

 

 沙知はそう言うと僕が持っているコンビニの袋を指さしながら聞いてきた。

 

「そうだけど」

 

「なに買ったの?」

 

「パンだけど……」

 

 袋から出して中身を見せると沙知は呆れたように溜め息をこぼしていた。

 

「はぁ~ダメだな~頼那くんは、お昼こそしっかり食べないと、栄養が足りなくて授業中眠くなっちゃうんだよ」

 

「うっ……そういう沙知はどうなんだよ……」

 

「ふっふーん、よくぞ聞いてくれました」

 

 僕が聞き返すと沙知は待っていましたとばかりに大きな胸を張りながら手に持っていたお弁当の袋を僕の顔の前に突きつけた。

 

 そして沙知はドヤ顔を僕に見せびらかしてきた。

 

「じゃ~ん、これがあたしのお昼ごはんで~す」

 

「ま……マジで?」

 

 彼女のお弁当の中身を見て驚いた。何故なら弁当箱の中は彩りが豊かで、それでいて栄養のバランスも良さそうなものばかりだったから。

 

 白米にお肉、魚、野菜、果物のバランスも考えられた素敵なお弁当だった。

 

「どうだ、すごいでしょ」

 

「意外……沙知って絶対、栄養? 栄養ドリンクとかゼリーで済ませてるタイプだと思ってたから」

 

「なにそれ? あたし、そんな風に思われてたの!?」

 

「まあ……」

 

 僕の言葉にショックを受けてたのか沙知は肩を落としながら俯いてしまっていた。どうやら僕の勝手な想像だったらしい。

 

 そんなやり取りを二人がしていると、後ろから声をかけられた。

 

「いや、そいつその通りのキャラだぞ」

 

 振り返るとそこには一人の女子がいた。体型は沙知と同じくらいで、髪は肩に掛からないくらいのショート。そして沙知と瓜二つと言って良いほど顔が整っており、制服を着こなしていて凛とした佇まいをしている。

 

 確認するまでもなく彼女が沙知のお姉さんなのだろう。沙知とは違うその雰囲気に思わず見惚れてしまう。

 

「あっ、お姉ちゃん、やっときた! こっちこっち」

 

 そう言って沙知はお姉さんに向かって手招きをする。

 

「すまない、授業がちょっと長引いて遅れた」

 

「もう、遅いよ~お姉ちゃん」

 

 沙知のお姉さんは謝罪しながら僕たちの元へと来るとぼくの方へ視線を送る。

 

「ふ~ん、あんたが沙知の彼氏?」

 

「は……はい、そうです」

 

 僕の目をジッと見つめながら質問してくる沙知のお姉さんにたじろぎながらも僕はそう答える。

 

 沙知と瓜二つのサファイアのような青い瞳に見つめられていると、まるで彼女に見つめられているかのようで緊張してしまう。

 

 それにしても双子の姉だというが、髪型が違うだけでここまで印象が変わるものなのかと内心驚いていた。

 

「ホントにいたんだな、てっきりただの妄想かと思ってた」

 

「失礼しちゃうな~、昨日言ったじゃん」

 

 どうやら沙知のお姉さんは沙知に彼氏が出来たことに信じてなかったらしく、疑っている様子だった。そういえば沙知のお母さんも最初会ったとき、彼氏が出来たことに半信半疑だったな。

 

「顔は……普通、特段カッコいいわけでもないし、カワイイ系でもないか」

 

 沙知のお姉さんは、僕の顔をじっくり見つめながら品定めするかのようにそう言った。それを聞いて思わずムッとしてしまう。

 

 僕は別にカッコよくもなければ可愛くもない普通の高校生なのは百も承知だけど、初対面の相手に言われるのは何か癪に触る。

 

「お姉ちゃん!! そんなホントのこと言っちゃダメだよ」

 

「ぐっ!!」

 

 沙知のその一言で僕はダメージを受けた。

 

「えっ? なんで頼那くんがダメージ受けてるの?」

 

 沙知が不思議そうに首を傾げていると、沙知のお姉さんが呆れたように溜息をこぼしていた。

 

「はあ……沙知、こういうときは彼氏のフォローするのが彼女だろ、なに追い討ちかけてんだよ」

 

「えぇ、なんで? フォローも何も本当のこと言っただけじゃん!」

 

 沙知は訳が分からないとばかりに首をかしげていた。やっぱり僕のこと彼女の中では普通の男子にしか見えてないらしい。

 

 そんなやり取りをしていると、沙知のお姉さんが顔に手を当てて深い溜め息をついた。

 

「悪い、オレもあんたに不快な思いをさせてしまったな」

 

「い……いえ……」

 

 少しバツが悪そうな顔をする沙知のお姉さんに僕は苦笑いしながら答えた。

 

 てか沙知のお姉さんオレっ子なんだ……。

 

「とにかくオレは沙知の双子の姉、佐城沙々だ、気軽に沙々って呼んでくれ」

 

「僕は島田頼那、よろしく沙々さん」

 

 僕たちはお互いに挨拶すると、沙々さんは沙知の隣に座り、手に持っていたお弁当を広げる。

 

 お弁当を見ると沙知と同じ中身で、バランスもしっかりと考えられた彩りが豊かなお弁当だった。

 

「二人はいつもお弁当なの?」

 

「まあな、『オレ』がこいつの分も含めて二人分作っているから」

 

 自分が作ったことを強調させるように言うと沙知はドヤ顔をしながら僕のことを見てきた。

 

「あたしのお姉ちゃんは口調は男っぽくてボーイッシュだけど、料理は上手なんだよ」

 

 沙知は自慢げにそう言うと自分のお弁当に入っているおかずを口に入れた。それに対して沙々さんはジト目で彼女を見ていた。

 

「なんでお前が誇らしげなんだ……」

 

「あたしのお姉ちゃんだからだよ」

 

 沙知がそう答えると沙々さんは呆れたように溜息をこぼしていた。容姿や声は全く一緒な双子でこうも性格が違うのかと少し驚いてしまった。

 

 ただどちらも絶世の美少女と言っても差し支えないレベルで、ただお昼を食べているだけでも絵になるほど二人とも魅力的だ。

 

 僕が二人を見つめていると沙々さんが不思議そうに僕を見ていた。

 

「どうした? オレたちの顔なんか見て……」

 

「い……いや、そのホントそっくりだなって……」

 

「よく言われるよね~、髪型一緒にすると見分けつかないとか言われるし」

 

 確かに髪型も一緒だとパッと見どっちなんだ? ってなるだろうなぁ。

 

「まあ、中身は全く別物だけどな」

 

「そうなの?」

 

「ああ、沙知はこんな感じで、手先は不器用で体力はゴミレベルで、倫理観はぶっ壊れているが、頭だけは良いからな」

 

 沙々さんの評価に対して、不服だったのか沙知は異議申し立てをしていた。

 

「ちょっと~お姉ちゃんあたしを頭しか取り柄のない天才みたいに言うのやめてよ」

 

「事実だろ、あと自分で天才って言うな」

 

「事実を言ってるだけだよ~」

 

 沙知と沙々さんはそんなやりとりをしているが、何だかとても楽しそうに見えた。こういう姉妹のやり取りは微笑ましく感じてしまう。

 

 ただ気になることもあるので確認をしてみることにした。

 

「じゃあ、沙知から見て沙々さんはどんな人なの?」

 

 僕がそう尋ねると沙知は少し考えてから口を開いた。

 

「う~んと……料理上手で、手先が器用だから工作とか得意で、体力はそれなりにあるけど、あたしより頭悪いお姉ちゃん!!」

 

「最後の言い方!!」

 

 沙知の言葉に思わず僕は突っ込みを入れてしまう。流石に怒ったかと思って沙々さんの方を見ると、彼女は気にしてないようだった。

 

「こいつから見れば他人はみんな馬鹿に見えてるからな、怒るだけ損だぞ」

 

 そう言って沙々さんは卵焼きを食べる。

 

「まあ、こんな感じでオレたち姉妹は性格がこうも違うんだ、分かっただろ」

 

「うん、そうみたいだね……」

 

 まあ性格があまりにも違うので驚きはしたけど、二人が仲良しだってことは十分に分かった。

 

「それで島田はなんでこんな愚妹と付き合ってるんだ?」

 

「ちょっとお姉ちゃん!!」

 

 沙々さんは不思議そうに首を傾げて僕の方を見るとそう聞いてきた。

 

 それに対して、僕は一瞬言葉を失ったがちゃんと答えようと思った。

 

「えっと……それは……」

 

 何て返そうか迷ってしまったけど、僕が答えるよりも先に沙知が答えた。

 

「そんなの決まってるよ、頼那くんがあたしに惚れているからだよ」

 

「ちょっと沙知!?」

 

 沙知の言葉を聞いて僕は突っ込みを入れた。確かに惚れているのは事実だが、恥ずかしいからやめてほしい。

 

「なに? それは本当か?」

 

「う……うん」

 

 沙々さんは僕に確認するようにそう言ってきたので、僕は返事をすると彼女は首を傾げた。

 

「何だか納得してないみたいだけど?」

 

「ああ、別に島田が沙知に惚れているのはいい、ただ逆はどうなんだ?」

 

「どうって……」

 

 沙々さんのその指摘に僕は口ごもってしまう。僕と沙知の関係は普通の恋人という形ではないからだ。

 

「えっ? あたしは惚れてないけど?」

 

 僕が口ごもっていると、またしても沙知が口を挟んできた。

 

 それを聞いて沙々さんは頭を抱える仕草をする。

 

「お前な……少しは空気読め……」

 

 いやまあ、気持ちは分からなくもないけど。でも彼女は本心で言ってるので仕方がないだろう。実際惚れているのは僕だけなのだから。

 

「えっ!? 事実なのに?」

 

 沙知は不思議そうに首を傾げる。

 

 そんな沙知の反応を見ていた沙々さんはため息をついた。そして僕の肩をポンと叩いてきた。

 

「なあ島田、今からでも遅くないから考え直さないか? コイツに好意を持つより良い相手はいくらでもいる」

 

 沙々さんがそう問いかけてくる。僕は彼女の言葉を黙って聞いていたが、答えはもう決まっていたので返事をした。

 

「ありがとう……けど、沙知と別れる気はないよ」

 

 僕がそう言うと彼女はもう一度深いため息をついた。そして僕の方を見るとじっと目を見つめてきた。

 

「そうか、島田が良いのなら、外野であるオレがとやかく言うつもりはない、ただ……」

 

「ただ?」

 

 沙々さんはそう言って言葉を切ると、少し躊躇う素振りを見せた後、口を開いた。

 

「いやなんでもない……まあ、沙知について、何かあったらいつでも相談してくれてもいいからな」

 

 そうだけ言って沙々さんは再びお弁当に箸を向ける。

 

「えっ? なにお姉ちゃん、あたしと頼那くんに何か心配ごとでもあるの?」

 

 沙知は訝しげにそう尋ねると、沙々さんは首を横に振った。

 

「お前の取り柄について話そうと思ってたけど、一切ないなって気づいたから言わなかっただけだ」

 

「ちょっとお姉ちゃん、また人を馬鹿にしたようなこと言ったよね!」

 

 沙知の抗議に対して、沙々さんは弁当を口に運んで誤魔化していた。そんな彼女のことを沙知は頬を膨らませて睨めつけていたのだった。




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六話 『もっと当ててあげよっか?』

 沙知と恋人となってから数日が経った。

 

 恋人となるまで接点がなかった僕たちだったが、学校でも会ったら話をするようになっていた。

 

 それに今まではあまり彼女のことをチラチラとしか見ていなかったが、最近は彼女の一挙手一投足が気になるようになっていた。

 

 基本的に彼女は授業態度が良くない。授業を聞いていてつまらないのかノートに何かを書いたりしている。しかし教師に指名されたりしたらしっかりと答えている。

 

 ただ宿題を忘れてたり、余所事をやって先生に怒られることが多いためクラスの中では比較的目立って見える。

 

 それに技術系の科目だと彼女は不器用なのかとにかく見ていてハラハラすることがある。この前も工作の授業のときに指を切ってしまい、痛さで半泣きになっていたのは記憶に新しい。

 

 あと沙知は体育の授業は絶対に見学をしている。理由を彼女に聞くと、運動するほどの体力はないかららしい。

 

 そんな感じで授業の様子だけでもかなり悪目立ちしている彼女だが、容姿の良さもあって更に目立っている。それは良い意味でも悪い意味でも。

 

 女子からは容姿の良さと自由奔放な性格があまり評判が良くなく、男子からは容姿は良いせいか男子の彼女を見る目は邪なものが多い。

 

 ただ当の本人はその状況を一切気にしてないどころか、むしろ興味がない様子だった。

 

 そんな感じでここ数日間の彼女の様子を頭の中でまとめていると、不意に彼女が僕の顔を覗き込んできた。

 

「うぉ!! どうした!?」

 

 さっきまで考え事に耽っていたので、いきなり現れた彼女に僕は驚いてしまう。すると沙知は訝しげに眉をひそめていた。

 

「それはあたしのセリフだよ、さっきからずっとボーッとしていたけど考え事?」

 

「え? ああ……ちょっと沙知のことを考えていて」

 

「あたし? 何で?」

 

 沙知は僕の返答に不思議そうな顔をしていた。自分の事でボーッとされてるなど言われて戸惑うのは当然だろう。

 

「まあ、好きな相手のことを考えるのは当然だろ、彼氏なんだし」

 

 僕がそういうとあまりピンときていないのか沙知は首を傾げていた。恋人同士とは言うもののやっぱり彼女は僕に対して好意を抱いてる様子はない。

 

「それにしても頼那くんってホントにあたしのこと好きだよね~もしかしてあたしの裸とか想像する?」

 

 沙知はニヤリと嫌な笑みを浮かべながら僕に近づいてくると顔を覗き込んできた。

 

「そ、それは……するけど」

 

 沙知の裸を想像してることは確かなので、僕は彼女の問いに対して素直に答えた。その答えを聞いて満足したのか、彼女は今度は意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「あははっ、素直だな~」

 

「沙知は素直に言ってほしいタイプだろ」

 

「まあ、そうだけど、よく分かってるね」

 

 そう言って彼女はクスッと笑みを浮かべる。その表情が可愛くて思わずドキッとしてしまい、僕は顔が熱くなるのを感じていた。

 

「それよりも今日の授業も終わったし、早く部室まで連れていってよ」

 

「はいはい、分かったよ」

 

 僕は沙知の言葉にそう応えると荷物をまとめて教室を出る。そしてすぐに沙知と合流して、部室に向かった。

 

 科学部の部室である第二科学室は校舎の隅に位置しており、僕らが普段使っている教室からかなり離れている。だから移動しているとそこそこ時間がかかる。

 

 ただそのぶん部室に行くためには人通りが少ないため二人きりの時間が過ごせるという利点はあるが……。

 

「ゼェゼェ……部室……遠いよ……」

 

 体力のない沙知にとってはただただ苦しい道のりでしかないようだ。さっきから辛そうに息を切らして愚痴をこぼしている。

 

 たかがこの距離で情けないなどとは言わないが、あまりにも辛そうなので沙知のことを気遣って話しかける。

 

「肩貸そうか?」

 

 僕が沙知にそう尋ねると、彼女は首を横振ると僕の方を見た。

 

「おんぶして」

 

「はぁ!?」

 

 彼女の唐突な提案に僕は思わず声を上げてしまう。突然のことで混乱していると、彼女は意地悪そうに言った。

 

「もしかしておんぶも出来ないの?」

 

 沙知は馬鹿にしたような顔で僕を見ていたが、彼女からしたらニヤニヤしてるだけにしか見えていないので素直に答えることにした。

 

「それぐらいできる……けど……おんぶってことは……その……」

 

 僕は歯切れが悪くなったが、何を言いたいのか分かった沙知はニヤニヤしたまま僕を見た。

 

「なに? もしかして胸とか当たるからドキドキしちゃうとか?」

 

「あ……ああ……」

 

 沙知の言葉に僕は思わず狼狽えてしまう。すると彼女はまた意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「え~、別にあたしは気にしないからいいじゃん」

 

 確かに沙知が気にしないのなら僕だけがドキドキしていればいい話なんだけど、僕が意識しすぎてしまって逆に恥ずかしくなる。

 

「沙知が気にしてなくても僕が気にするんだよ……」

 

「ふ~ん……まあいっか」

 

 少し間を置いて彼女はそう応えると、突然僕の背中に抱きついてきた。

 

「ちょっ!? さ、沙知!?」

 

 突然の彼女の行動に動揺してしまい声を上げてしまう。そんな僕の反応が面白いのかクスクスと彼女は笑っていた。

 

「あははっ、何テンパってるの?」

 

 そんな僕を見て沙知は面白そうに笑う。そして僕の耳元に顔を近づけると甘い声で囁いた。

 

「あたしの胸の感触、背中から存分に味わいなよ」

 

 彼女の吐息とその言葉にゾクッとする感覚を覚えると同時に、僕の背中から伝わる柔らかい感触にも更に意識が向いてしまう。

 

「どうどう? 何か感じる?」

 

「べ、別に……」

 

「でも耳真っ赤だよ……それにちょっと前屈みになってるし」

 

 僕は沙知に指摘されて咄嗟に前屈みになっていた体を直す。別に前屈みになるほど反応はしていない。ちょっと当てられただけで興奮したりなんかしない。

 

「もっと当ててあげよっか?」

 

 沙知はそう言うと更に僕にぎゅーっと胸を押し当ててくる。柔らかい感触がよりダイレクトに伝わってくるため、僕はさらに反応してしまう。

 

「ちょっと……沙知……」

 

「どうしたの? 何か問題ある?」

 

 正直問題しかない気がするが、僕が何かを言っても彼女のことだから聞き入れてはくれなそうだから何も言わなかった。むしろ問題を訴えると、沙知は僕の反応を楽しもうとしてくるから言わない方が得策だろう。

 

「いや、ない……それで本当におんぶしていいのか?」

 

「うん、いいよ」

 

 彼女は即答したが、正直に言うと離してもらいたかった。好きな人を背中に感じるのだから反応はするし、理性で抑えつけている欲望を抑えるので精一杯だ。

 

「それじゃあ頼那くんよろしくね」

 

「あ……ああ……」

 

 僕が返事をすると彼女は僕の首に腕を回してくる。更に沙知が僕の背中からずり落ちないように彼女の足を腕で固定すると、僕の腕に沙知の柔らかい太ももが触れる。

 

 その感触に僕は理性が飛びそうにってしまうが、彼女に悟られないように平静を装う。

 

 それから僕は沙知をおぶったまま歩きだすと、彼女の方から話しかけてきた。

 

「ね~もっと速く歩いて~」

 

「さすがに無理……」

 

 僕はあまり筋肉のあるほうじゃないため、彼女をおぶった状態では速く歩くことができなかった。

 

 それに欲望を理性で押さえつけているので、精神的にも体力的にもかなりキツイ。

 

「もしかして、あたしの感触をできるだけ長く楽しめるようにわざとゆっくり歩いてる?」

 

 沙知は僕の顔を覗き込みながらそう言ってきた。

 

「もしかしてあたしの胸とか太ももに興奮しちゃってたりしたの? 頼那くんのエッチ~」

 

 明らかに面白がっている様子の沙知に僕は何も言い返すことができなかった。確かにその二つに興奮してしまっているのも事実だったからだ。

 

 それはそれとして人一人を抱えながら歩くのがこんなに辛いとは思わなかった。こんなことなら体力をつけるために毎日筋トレしとくべきだった。

 

「さては図星だった? 全く……頼那くんのむっつりスケベ~」

 

「ああもううるさいな……降ろして……置いていくぞ……」

 

 沙知のからかい口調に対して僕はイライラした口調で言う。すると沙知は慌てた感じで謝ってきた。

 

「わわっ!! 嘘だって! 降ろしたりしないでよ」

 

 沙知はギュッと強く僕に抱きついて僕から降ろされないようにしがみついてきた。そのせいで僕の理性が飛びそうになるのを必死な思いで抑えつける。

 

 それからしばらく歩いてやっとの思いで科学室に到着した。

 

「ハァ……ハァ……ほら沙知着いたからもう立てるだろ……」

 

 僕は息を切らしながら沙知に離れるように促す。もう腕の感覚がなくなりそうになるほど疲れたので早く休みたい。

 

「ありがとう、凄く助かったよ」

 

 沙知は腕から離れると、僕の方を向いてニコーッと笑ってそう言った。その屈託のない笑顔が可愛くて一瞬見とれてしまったがすぐに我に返った僕は慌てて沙知から視線を外した。

 

「ほらっ……早く科学室に入ってくれ」

 

 僕はそう言って沙知が科学室に入るように促すと彼女はまたクスッと笑った。

 

「照れてる?」

 

「……うるさい……」

 

 僕がそう言うと沙知はさらに可笑しそうに笑う。そして満足したのかやっと科学室に入ってくれたのだった。




如何だったでしょうか。

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誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。


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七話 『ほら……ちゃんと見てよ』

 科学室に入ると、僕は沙知を背負っていたせいで疲れたので、近くの椅子に腰を下ろした。

 

「さてと……今日の実験の準備をしないと」

 

 沙知はそう言うと準備室のドアを開けると、中から道具やら必要な物を出していた。僕はその様子をただただボーッと眺めていた。

 

 正直沙知が何をするのか一切知らないので、これから何をするのか全く見当がつかない。

 

「それで今日は何を実験するんだ?」

 

 僕がそう尋ねると、沙知は必要な物を出しながら返答してきた。

 

「ちょっと待ってて」

 

 彼女はそれだけ言うとまた準備室に戻って行ったので僕は待ち続けることにした。

 

 それからしばらくして戻ってくると手にはビーカーや試験管など実験に必要な道具が握られていた。

 

「それはなにに使うんだ?」

 

 僕は彼女が持ってきた道具について尋ねる。すると彼女は頷いて答えた。

 

「まあまあ、それは後でのお楽しみだよ」

 

 沙知はそう言って手に持っていた物を机の上に置いた。そして今度は僕の方を向いて手招きをしてきた。

 

「ほらっ、こっち来て」

 

「えっ? 何だ?」

 

 僕は呼ばれるままに近づくと、道具が置かれている机の近くに来るように言われた。

 

「とりあえずそこの椅子に座ってくれる?」

 

 彼女の指示通り近くにあった椅子に座ると、彼女は僕の向かい側に座る。

 

「いったい何する気なんだ?」

 

 僕は彼女に尋ねると、沙知はニコっと笑みを浮かべた。

 

「その前に……あたしを運んでくれたお礼に頼那くんにこれをあげるね」

 

「えっ? ああ、ありがとう」

 

 お礼に何かくれるというのはありがたいことではあるが、彼女が急に変な笑顔を浮かべたせいでどこか嫌な予感がしてしまう。

 

「これ食べて」

 

 沙知は準備室から持ってきた道具と一緒に持ってきていた箱からクッキーを取り出した。

 

「いただきます」

 

 沙知にそう言われて僕は彼女から貰ったクッキーを口に頬張ると、その瞬間口の中で一瞬にしてとろけるような口どけが広がった。程よい甘さとサクサクとした食感がクセになるくらい美味しい。

 

 あまりの美味しさに無言で食べること沙知はニヤニヤしながら僕のことをジッと見ていた。

 

「ど……どうかしたか?」

 

 あまりにも沙知が僕の方をじっと見ているので思わず気になって声をかける。すると彼女はニヤニヤしたまま口を開いた。

 

「どう? そのクッキー?」

 

「凄く美味しいぞ」

 

 沙知が作ったのかは分からないが、味は本当に絶品だった。僕がそう感想を述べると彼女は首を横に振って口を開く。

 

「違う違うそうじゃなくて、そろそろかな?」

 

 沙知は意味深に呟くと、沙知は立ち上がる。僕は一体どういう意味なのか不思議に思っていると、突然異変が起こりだした。

 

「ん? ……ん!!」

 

 沙知の着ていた制服が消えて彼女の下着姿になっていた。あまりに突然の出来事に僕は驚くしかなかった。

 

「な、何だ!? これ!?」

 

 突然のことで驚いていると、沙知は僕の反応を見てクスッと笑った。そして妖艶な表情を浮かべながら僕に近づいてきてしゃがみこんだ。

 

「ふふふっ……どう?」

 

 そう言いながら彼女は自分の下着を見せつけるかのように手を後ろに組み、前屈みに体を曲げる。そのせいで沙知の柔らかそうな胸の膨らみが強調された谷間が見えると同時に、薄いピンク色で上下お揃いの柄のついた可愛らしい下着が僕の目に映った。

 

「な……何をしているんだ沙知……」

 

 僕は顔を真っ赤にしながらも、目の前で行われている異様な光景に目を離せなかった。

 

「何って普通にしているだけだけど?」

 

 沙知はそう言いながら胸を強調するかのように前屈みに体を曲げて見せつけてくる。そんな彼女の姿を見て僕の理性はさらに揺らぎ出す。

 

「ちょっ!? な、何で!?」

 

 何とか精神を保ちつつどうして制服が消えたのか尋ねると、沙知は意味深な笑みを僕に浮かべた。

 

「フフフ……実は頼那くんが食べたそのクッキーはね、ただのクッキーじゃないんだよ」

 

「それってどういうことだよ?」

 

 意味が分からない僕は沙知に聞いてみると彼女はニヤッと笑って説明してくれた。

 

「そのクッキーを食べた者は色んなものを透視して見れるようになるんだよ」

 

「は? 透視って……えっ?」

 

 僕は沙知の言っている意味が分からなくて混乱するが、沙知はクスッと可笑しそうに笑う。

 

「だから今の頼那くんにはあたしがどんな下着を穿いてるか丸見えってことだよ」

 

 そう言って沙知は前屈みの体勢から堂々と胸を張るポーズに切り替えた。それによってさっきまでよりくっきりと下着が見えるようになってしまい、僕は思わず目を逸らしてしまう。

 

「そ、そんな……そんなの漫画とかアニメでしか聞いたことがないぞ……」

 

 僕は信じられない気持ちでそう呟くと、沙知は僕の顔を覗き込んでくる。

 

「天才のあたしに不可能はないよ」

 

「うっ……」

 

 そう言われてしまっては何も言い返せない。実際に目の前で起こっている以上信じるしかないのだろう。

 

「それに……そろそろ更にクッキーの効果が発揮される時間だから……」

 

 沙知はそう言うとチラチラと見ていた沙知の下着が段々と透け始めていた。

 

「ちょっ!? さ、沙知!?」

 

 彼女の下着が透けてきているのに気づいた僕は驚いて立ち上がると、その反応を見た彼女は妖艶な笑みを浮かべた。

 

「フフッ……どうしたの? そろそろあたしの全部が見えてくる頃じゃない?」

 

 そう言われた瞬間、彼女の透けている下着の下が見えて少しずつ綺麗な肌が見えてくる。

 

「う……ぅ……」

 

 まさかの光景に顔がすごく熱くなるのが分かる。何とかこの光景を見ないように目を閉じようと努力するが、妙に気になるせいでなかなか目をつぶることができなかった。

 

 悲しい男の性というべきか……。

 

「ほらっ、そんなに見たいなら堂々と見てもいいんだよ? 。ほらっ」

 

 沙知はニヤニヤしながらそう言うと、透けている下着から僅かに見える自分の胸を強調させるように手で下から軽く持ち上げる。そのせいで彼女の柔らかそうな胸がプルンと揺れる。

 

「ほら……ちゃんと見てよ、実験なんだから……」

 

 僕は目の前の沙知を見てはダメだと分かっていても、自然と見てしまっていた。

 

 沙知の柔らかくて綺麗な肌が徐々に露わになり、その大事なところを包んでいる下着も段々と見えなくなっていく。

 

「あっ……」

 

 僕が食い入るように彼女の透けている下着を見ていると、ついに下着が消え、彼女のとても綺麗な白い肋骨が見えた。

 

「えっ……骨?」

 

 突然のことに僕は思わず声に出してしまうと、沙知がクスッと笑った。

 

「当たり前じゃん、透視なんだから最終的に骨が見えるに決まってんじゃん」

 

「ま……まあそうだよな……」

 

 彼女の言っていることはもっともなのだが、なんかこう……さっきまでのドキドキというかムラムラしていた気分が完全に吹き飛んだ。

 

「それで、どう?」

 

 沙知はクルクルと回りながら聞いてくる。

 

「どうって……人体模型が動いているように見えて軽くホラーだよ」

 

 楽しくしている沙知とは正反対に僕は真顔でそう答える。すると沙知は可笑しそうにまた笑った。

 

「アハハハハ……そっか、人体模型に見えるんだ」

 

 おそらくお腹を抱えて笑いだした彼女の笑い声が科学室に響き渡る。そんな彼女を余所に僕の気分は完全に冷め切ってしまっていた。

 

「あの……これ、いつ効果切れんの?」

 

 流石に自分の彼女の骨の姿をずっと見続けるのも耐えられないので、僕は沙知にそう聞いてみると、彼女は僕の方を向いてきて口の近くに手を置きながら考える素振りをする。

 

「そうだね……たぶんあと十分ぐらいかな」

 

 彼女はそう言ってから僕の目の前に座る。

 

 目の前にいるのは沙知なんだろうけど、骨が椅子に座っている姿はなかなかにシュール。というかギャグマンガのような光景だ。

 

「ほ、本当にあと十分したらこれがなくなるんだな?」

 

 僕の目の前に座る沙知というか骨を見ながら彼女に確認をとると彼女はウンと頷いた。僕はその事実にホッと安心するが、それまでこの骨の姿の沙知と向かい合いながら過ごさなければならないと思うと複雑な気持ちになった。

 

 それから十分くらい経つと沙知の言う通り効果が切れて、いつもの沙知の姿に見えて僕はホッとするのだった。

 




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八話 『特別だからね!!』

 クッキーの効果が切れてようやく普通の目に戻ると、僕はどっとした疲れが出て机に項垂れると、沙知は僕を見ながらニヤニヤしていた。

 

「ふふっ、楽しかったね」

 

 沙知は満足げな笑みを浮かべながらそう言うと僕に顔を向けた。

 

「全然楽しくないよ……これは二度とするなよ?」

 

「それはどうかな?」

 

 沙知は意味深な言葉を言うと、鞄からペットボトルを取り出して、僕に一本渡してきた。

 

「あげるね」

 

「あ、ありがとう……けど、何も入ってないよな……」

 

「さあ? どうでしょう?」

 

 沙知はニタァと笑みを浮かべてそう言った。

 

「お、おい! そんなこと言われたら怖くて飲めないって」

 

「冗談だってば、ちゃんと普通の水だから安心して」

 

 そう言いながら沙知はペットボトルの蓋を開けて中身を飲む。僕は彼女を見ながらゆっくりとペットボトルを開けるとそのまま口へ水を流し込んだ。

 

「ふぅ……」

 

 僕が飲む様子を彼女はジッーと見続けていたため気まずくなりすぐに蓋をして、机の上にペットボトルを置く。

 

「なんだ? ずっと僕のこと見て」

 

 僕がそう言うと沙知は可笑しそうに笑う。

 

「いや~、頼那くんがあたしの下着や裸を見てあわてふためく姿は面白かったなって」

 

「元はというと沙知のせいだろ?」

 

「そうだけど、たかが布切れや裸を見ただけでそんな反応するんだって少し思っちゃった」

 

「布切れって言うなよ……」

 

 相変わらず羞恥心が欠落している沙知にツッコミを入れると、ふと僕は思い立ったことを口にした。

 

「なあ沙知……少し聞いてもいいか?」

 

「なに?」

 

 沙知はキョトンとした顔で尋ねてくるので、僕は言葉を口にする。

 

「そもそも何であんなクッキーを作ったんだ?」

 

「あ~……あれ? あれは別にたいした理由はないよ」

 

「そうなのか?」

 

 あまりにも簡単な答えに僕はポカンとしていると、彼女が頷く。

 

「うん、ただ単純にお姉ちゃんの役に立てばなって思って作っただけだから」

 

「沙々さんの?」

 

 沙々さんとあの透視ができるクッキーの繋がりが全然分からない僕はそう聞き返した。

 

「そうそう、お姉ちゃんって変わってて機械弄りとか趣味なんだよね」

 

「そういえば、沙知が乗っているセグウェイは沙々さんが作ったって言ってたな」

 

「そうそう、あたしが設計してお姉ちゃんが組み立てる。二人とも得意分野が違うし、お姉ちゃんは機械に詳しいからなかなか理に適ってるよね」

 

 沙知は嬉しそうに頷きながら言ってくるが僕は思わず頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「それのどこが理由になるんだ?」

 

「機械ってさ壊れたら直すとき一回中を解体しないと、どこが原因か分からないこと多いからね」

 

「ああ……なるほどな」

 

 沙知が何のためにあのクッキーを作ったのか理解した。

 

 つまり沙知は壊れた機械の原因を探るときに、わざわざ解体せずに原因がすぐ分かるようにしようと考えて作ったってことだ。

 

「つまり沙知は透視できるクッキーを作って、沙々さんが機械を直すときに役に立つようにしたかったってわけか?」

 

 僕はそう解釈したことを言ってみると、沙知は頷いた。

 

「そう!! その通りだよ!!」

 

 沙知が嬉しそうに声を高くして僕に顔を近づけてきたので思わず僕は体を反らせる。

 

「近いって……」

 

 僕はそう呟くが、彼女は御構い無しに顔を近づけてくる。

 

「まあそんな感じでお姉ちゃんの役に立ちたかったから作ったんだよ!!」

 

「そ……そうか……」

 

 沙知は少し鼻息を荒くしながらもキラキラとした笑顔をこちらに向けてくる。

 

「沙知って……沙々さんのこと大好きなんだな」

 

「うん!! あたしにとってお姉ちゃんだけが特別だからね!!」

 

 沙知は満面の笑みで即答すると、僕は彼女のその言葉にどこか羨ましさを感じた。

 

 まだ僕は沙知にとっての特別にはなれていない。恋人同士とは言っても沙知は僕のことをただの彼氏役としか思っていていない。それが歯がゆい、沙知にも僕という存在をもっと意識させてやりたいと思ってしまう自分がいた。

 

「頼那くん?」

 

 ボーッと考え込んでいる僕に沙知が顔を覗き込んでくると、僕は我に返る。

 

「あ……何でもない」

 

 まあ、今の僕はそんな状況でも彼女と一緒にいられるならこの関係のままで良いかもと妥協する自分もいる。

 

 彼女の特別にはなれなくても、一応は僕は彼女の彼氏だ。こうして今は二人でいれるならそれでいい。

 

 もしかしたらこのまま一緒にいれば沙知が僕のことをちゃんと見てくれるかもしれない。

 

 色々と行動に問題がある彼女だけど、彼女が見せる純粋でキラキラとした笑顔がよく見れるのなら、それだけでもいい。

 

 休日遊んだり、学校帰りや放課後にこんな風に彼女と楽しく話せれば、それだけで今はとても楽しいと感じる。

 

 そんなことを考えながら僕は時計を見ると、あと十分ほどで下校時間になることに気づく。

 

「そろそろ帰るか?」

 

 僕がそう言うと彼女は頷く。

 

「そうだね、もうそんな時間だね」

 

 沙知は椅子から立ち上がると用意した道具の後片付けをし、自分の鞄を肩にかけて帰る準備をする。それを見て僕も帰らなければと思い、机においていた鞄を持ち上げて科学室を出た。

 

「そうだ頼那くん」

 

 玄関まで歩いて行くと沙知が僕の制服の袖を掴みながら言ってきた。

 

「なんだ?」

 

 僕は振り向くと沙知はニコッと笑ってきた。

 

「それじゃあ、またあたしをおんぶして下駄箱まで送ってくれる?」

 

 沙知がそう聞いてくると、僕は思わず顔を引きつらせる。

 

「帰りもか……」

 

「うんっ」

 

 満面の笑みを浮かべている沙知の顔を見ると、断るという気持ちが薄れていく。

 

「はあ……分かったよ」

 

 僕が了承すると沙知は満足そうに笑みを浮かべる。こういうところは無邪気で可愛いんだけど……と思いながら僕は沙知をおんぶして下駄箱まで歩く羽目になった。

 

 翌日、今日は金曜日だから休みのどちらかに沙知とデートする約束をしようと考えていた。

 

 だが、その計画はあっという間に一気に消え去るのだった。

 

 なぜならその日沙知は学校を休んで約束することも出来なかった。

 

 結局、沙知との週末はデートをすることもせず、月曜日を向かえた。

 

 いつものように朝は教室で佐々木と他愛ない話をしていると、沙知がゼイゼイと息を切らしながらいつものように登校してきた。

 

 沙知は自分の席に着くとすぐに鞄を机の横にかけて机に突っ伏せる。

 

 そんな様子を見ていた僕は沙知に声を掛けようと彼女の席まで歩いていく。

 

「おはよう沙知、体調はどう?」

 

 僕がそう聞くと沙知は突っ伏せながら顔だけ僕に向けてきた。

 

 そして不思議そうな顔を浮かべる。

 

「君……誰?」

 

「えっ?」

 

 突然、沙知から発せられた言葉に僕は一瞬固まってしまう。すると彼女を見ていた佐々木も心配そうに僕の方に来た。

 

「おい、また冗談言ってるのか? 彼氏の顔と名前を忘れるってどんなボケだよ」

 

 僕が何も言えず固まっていると、それを見た佐々木は怪訝な表情をする。そして、僕はチラッと沙知の顔を見て彼女の目を見ると、その目は明らかに嘘をついているようではなかった。

 

「ごめん、あたし君のこと知らない」

 

 沙知は素っ気なくそう言うと、僕から目線を外して再び顔を伏せる。

 

 その反応を見た僕はどんな反応を取れば良いのか分からず、ただただその場で立ちすくむしか出来なかった。




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九話 『恋人同士になるのは』

 それからの記憶はとても曖昧だった。いつの間にかお昼休みになっていた。

 

 僕は校庭のベンチで一人お昼を食べていた。教室にいると嫌でも沙知のことが目に入るため、僕は逃げるようにこの場所でご飯を食べている。

 

 正直味は一切しない。ただ口に入れたものを喉に通して胃の中に流し込むだけだ。

 

 それに沙知とはこの場所で一緒にお昼を食べたことを思い出しては憂鬱な気分になってしまう。

 

 何でこんなことになってしまったのか……そればかりが頭の中を駆け巡る。

 

 そんなことを考えていると突然背後から人の気配を感じた僕は後ろを振り向くと、そこには沙知の姉である沙々さんが立っていた。

 

「あ……沙々さん」

 

「良かった……君を探していたんだ」

 

 沙々さんは安心した表情でそう言うと、僕の横に腰を下ろした。

 

「探していったって……僕に何か用ですか?」

 

「ああ……実は島田に話しておかないといけないことがあってな……」

 

 沙々さんはそう言い出すので、僕は首を傾げた。

 

「僕にですか?」

 

 沙々さんが僕に話があるといっても一体何の話なのかまるで見当がつかなかった。それにあまり彼女とは一緒に居たいとは思えず、僕はこの場を立ち去りたかった。

 

 双子だから仕方がないとはいえ、彼女の顔や声は沙知と全く一緒で嫌でも沙知のことを意識してしまう。

 

 そんなことを思いつつも彼女の言葉に耳を傾けていると、彼女は真剣な表情で口を開く。

 

「単刀直入に言うが島田……沙知が君の事を忘れていただろう」

 

 沙々さんのその言葉に僕の心臓は一瞬止まりそうになるが、なんとか平常心を保とうとする。だがそれでも僕は動揺を隠せないでいた。

 

 そんな僕の様子を見て沙々さんはやっぱりかというような反応を見せる。

 

「その様子だと本当に忘れていたようだな」

 

 沙々さんにそう言われると、僕は頷くしかなかった。それを見た沙々さんは僕に真剣な表情を浮かべる。

 

「さて……何から話せば良いものか……」

 

 沙々さんは腕を組みながらしばらくそう呟いた後に、ベンチに深く座り込んだ。

 

「あの……一つ聞いて良いですか?」

 

 僕がそう聞くと、沙々さんはちらっとこちらを見てくる。

 

「なんだ?」

 

「どうして……沙知は僕の事を忘れたんですか? 突然のこと過ぎて頭が混乱しているんですけど」

 

 僕は自分が思っている疑問を正直に口にした。

 

 あまりにも唐突に僕のことを忘れていた理由がどうしても知りたかったのだ。

 

 沙々さんはそれを聞くとしばらく考え込んだ様子を見せた後に静かに答えた。

 

「そうだな……今からとても酷いことを言うが許してくれ」

 

「なんですか?」

 

 沙々さんのトーンが下がる様子に僕は緊張した表情を浮かべる。そしてしばらくの間の後に沙々さんは重い口を開く。

 

「あいつは島田に興味がなくなったからだ」

 

「えっ……」

 

 沙々さんが言ったことに僕は一瞬反応できなかった。そして頭が真っ白になると、僕は全身に冷や汗をかき始める。

 

 そんな僕に対して沙々さんは構わず言葉を続ける。

 

「前置きとしてあいつは自分の知的好奇心のままに生きている」

 

「それは……なんとなく分かります」

 

 僕がそう答えると、沙々さんは真剣な目を向けてくる。

 

「自分が興味ある対象を見つけた際はそれを一心不乱に追いかけ自分が満足するところまで知ろうとする性格だ」

 

「はあ……」

 

「逆に言えば興味の対象外のことは一切記憶しようとしないし、記憶したところですぐに忘れる、あいつと一緒にいてそんな場面を見たことがあるはずだ」

 

 沙々さんにそう言われて僕は今まで沙知と過ごしてきた中で、ふと思い当たる出来事を思い出してしまう。

 

 あれは沙知と初めて知り合ったときのことだ。彼女に僕の名前を教えたが何度か間違えていた。それに沙知と中学が一緒だった佐々木のことも一切覚えていなかった。

 

「確かにありましたけど……あれは冗談だと思っていたので」

 

「いや冗談なんかではない、あいつは興味を持った対象しか記憶しないんだ」

 

「け……けど、沙知が僕の名前をちゃんと覚えてくれましたよ……」

 

 僕はなんとかそう反論するが、沙々さんは首を横に振る。

 

「それは恋人同士は名前で呼び合うものだと認識したから覚えただけだろう」

 

 沙々さんの言葉に僕は何も言えなくなる。確かにそうかもしれないと思ったからだ。

 

 そんな僕を憐れむ目で見ながら沙々さんは続ける。

 

「そもそも何故あいつと付き合うことになったんだ?」

 

「それは……沙知が恋愛感情を知りたいって言ってきたからです」

 

 僕が沙知から恋人同士の提案をされたときのことを思い出す。

 

 そういえば彼女は僕に沙知のどんなところに恋愛感情を感じたかという質問をしてきた。あの時は単なる興味本位だったと思っていたが、まさかこんなことになるなんて思いもしなかっただろう。

 

「ああ……なんとなく想像できるな……」

 

 そんな僕の気持ちを察してか沙々さんは苦笑いを浮かべる。

 

「あいつにとって恋愛感情を知ることが興味の対象であって、島田自身は興味の対象ではなかった」

 

 沙々さんの言葉が僕の胸に突き刺さる。はっきり言われたからか余計に胸が苦しい……。

 

「あくまでも恋愛感情を知るための恋人Aというサンプル……といったところだな」

 

「そう……なんですか」

 

 僕は沙々さんが言ったことに対して返す言葉が思いつかなかった。そんな僕の反応を見ると、彼女は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「悪いな……嫌な話をしてしまって……」

 

「……いえ大丈夫です」

 

 本当は大丈夫ではないけど、沙々さんだってこんな話をするのは心苦しいはずだ。これ以上気を遣わせるわけにはいかないと思い僕は平然を装う。

 

「そうか……話を続ける、今回沙知が島田のことを忘れたのは、恋愛感情を知るという知的好奇心よりも他のことに関心が移ってしまったからだ」

 

「他のこと?」

 

「ああ、それで沙知は恋愛感情のことなんて眼中になくなっただろう」

 

 沙々さんはそう断言すると、僕の中である一つの考えが頭に浮かぶ。

 

「それじゃあ……もしも、また恋愛感情について知りたいって思ったら……」

 

 僕が恐る恐る沙々さんに尋ねると彼女は目線を下にやって答える。

 

「……恋愛感情について興味を持ったという事実は思い出すだろうが、誰と何をしたかは綺麗さっぱり忘れるだろう」

 

「そ……そんな……」

 

 沙々さんがあまりにも落ち着いた様子で話す様子に僕は心の底から絶望感を感じ始める。もし、これから沙知がまた恋愛について興味を持ったところで、僕については全て忘れてしまうということに。

 

「だから、島田がもう一度あいつと恋人役をやるとしてもまた最初からやり直しになるということだ」

 

「は……ははっ……」

 

 沙々さんの言葉に僕は思わず乾いた笑いをこぼしてしまう。あまりにも現実離れした話ばかりするせいでどう反応したらいいか分からなくなったからだ。

 

「それにまた興味の対象が変われば島田のことは間違いなく忘れるだろうな」

 

「……」

 

 沙々さんの言葉を聞いて僕は絶句する。僕が何度沙知の恋人役になったところで彼女が興味を示さなくなれば、沙知は僕のことを忘れてしまうんだ。

 

 僕はそんな事実を認めたくなくて耳を塞ぎたくなるが、そんなことをしても何も変わりはしない。

 

「じゃあどうすれば……」

 

 僕が力なくそう呟くと沙々さんはしばらく黙り込んでいた後、神妙な面持ちで口を開いた。

 

「島田……正直に言うぞ、沙知のことは諦めろ、その方がお前のためだ」

 

 沙々さんが僕のために気を遣いながら言っているのはなんとなく分かる。

 

 確かに沙知のことを諦めれば、もう何も悩まなくていい。ただただ初恋が失恋で終わった。いや、始まってすらもいない。それだけだ。

 

「仮に島田が沙知を諦めないと選択しても、あいつにはもう一つ致命的な欠点がある」

 

「……なんですか」

 

「それは……あいつの身体は恐ろしいほどに病弱ということだ」

 

「えっ……?」

 

 沙々さんの言葉が一瞬理解できず、僕は思わず変な声を上げてしまう。だが僕の様子も気にせずに彼女は言葉を続ける。

 

「お前も知っていると思うがあいつは体力が無いだろ?」

 

「それは知ってます」

 

 沙知は毎日登校する度に息を切らせて教室に入る姿を何度も見たことがある。

 

 それに登下校する際は必ずセグウェイに乗っているし、体育の授業は絶対に見学をしているのが日常だった。

 

 その理由が単純に体力がなくて体を動かすのが億劫だからなのかと僕は勝手に解釈していたが、どうやらそれだけではないらしい。

 

「あいつの体は普通の人より体力が無い、それに少しでも運動をすればそれだけで死にかけるぐらいだ」

 

「そ……そんなにですか……」

 

 そこまで聞いて僕はようやく初めて知り合ったときに沙知が倒れていたのかを理解した。

 

 あのとき彼女は科学室に行こうとして、少しの距離を歩いただけで疲れ果てていた。それは運動したからではなく、ただ短い距離を歩いただけなのに……。

 

 それだけで疲れるほどの虚弱体質。

 

「仮に島田が沙知と恋人役を続けたとしよう、まず普通のデートはほぼできないと言っていい」

 

 沙々さんの言うことは最もだ。たかが校内の移動だけで疲れ果ててしまうほどの虚弱体質が仮にデートができるだろうか。

 

 答えはノーだ。どこかへ遊びに行こうとなれば、必ずしも移動は発生する。その度に沙知の身体に負担が掛かるだろう。

 

「もし、沙知と島田が本当の意味で恋人同士になったとしてもまともな男女交際はほぼ制限されてくる」

 

「沙知に負担が掛かるからですよね……」

 

 僕は重い口調で呟く。すると沙々さんは静かに首を縦に振った。

 

「……そうだな、その上虚弱体質である以上、この先妊娠はおろか性行為でさえ、あいつには死のリスクがある」

 

「……」

 

「だからな島田……あいつと恋人同士になるのは諦めて、また別の相手を探すほうがお前の為だ」

 

 沙々さんの言う通りかもしれない。相手は自分のことをまともに見ていない。それどころか実験動物くらいにしか思ってない。

 

 そんな相手に対して僕が必死にアプローチをして上手くいくとは到底思えない。もし、例え付き合ったとしても、沙知が虚弱体質である以上まともな恋人同士の営みはできない。

 

 そんなできないことだらけの関係なんて苦痛でしかない。

 

 普通に考えてそんな相手と恋人になるくらいならまた別の相手を探したほうが自分の為なのだろう。

 

 だからか……。沙知のお母さんも辛くなったら娘とはすぐに別れても良いなんてことを言っていた。

 

「確かに……このまま続けてもデメリットだらけですね」

 

 僕がそう呟くと、沙々さんは申し訳なさそうな声で謝る。

 

「すまないな島田……」

 

 沙々さんが謝ることなんて何一つもない。だってこんな残酷な真実をちゃんと説明してくれたんだ。感謝こそしても責める道理はない。

 

「いえ、ありがとうございます」

 

 僕は沙々さんに向かって頭を下げると感謝の言葉を告げた。そして一度息を吐くと顔を上げて答える。

 

「正直……ショックなことが多すぎて頭がこんがらがってます、だから、自分の中でちゃんと整理する時間をください」

 

「そうだな……それがいい……」

 

 沙々さんは頷くと立ち上がり僕に背中を向けた。おそらく僕を一人にさせてくれているのだろう。そんな気遣いがありがたくもあり辛くもあった。

 

 そして僕は校庭のベンチで一人座りぼんやりと空を見上げて、ただ空を眺めることしかできなかった。




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十話 『もう行っちゃうの?』

 その日の放課後、僕はHRが終わるとすぐに教室を出て帰ろうとするが、ふと、沙知の様子が気になって彼女の席へと視線を向けた。

 

 沙知は僕の視線には気づいた様子もなく、教室を出て行くのが見えた。

 

 これから部活でも行くのだろうか。途中で体力が無くなって倒れてしまわないだろうか。そんなことを一瞬考えるが、今の僕と彼女は赤の他人同士だし、何の関係もない。

 

 彼女の後を追うこともなく、僕はそのまま教室を出ると、一人で下駄箱へと向かう。だが、僕の足は真っ直ぐ下駄箱へは向かわず、校内を無意味に徘徊していた。

 

 このまま真っ直ぐに家に帰ったところで自分のモヤモヤが晴れることは恐らくない。

 

 闇雲に歩いたところで何かが変わる訳じゃない。ただ何かしてないとずっと沙知のことが思い浮かんでしまう。

 だからせめて気持ちだけでも落ち着けようと、当てもなくフラフラと校内を歩くことしかできなかった。

 

 歩き始めてしばらく経った後、気付けば科学室に続く廊下まで来ていた。

 

「どうしてこんなところまで……」

 

 そう口にしながら、科学室に向かって歩く。

 

 我ながらバカらしいことしていると思う。

 

 沙知との繋がりも既に無いはずなのに、僕は思わず彼女を求めているのだ。そんな自分がとても惨めで滑稽にすら思えてしまう。

 

 しばらく暗い気持ちのまま歩くと、廊下で倒れている人影が目に入った。

 

「沙知……?」

 

 廊下に倒れ込んでいたのは紛れもない沙知本人であった。

 

 まさか自分の目の錯覚じゃないかと思ったが、何度瞬きをしてもそれは変わらなかった。

 

「ハア……ハア……」

 

 苦しそうな声を上げながらうつ伏せの状態で倒れている沙知に僕は思わず慌てて駆け寄って行く。

 

「沙知!! 大丈夫か!?」

 

 僕がそう声を掛けた瞬間、沙知の体がビクッと跳ね上がり、ゆっくりと顔を上げる。

 

「誰か……いるの?」

 

 僕と目が合うと、彼女は弱々しくそう尋ねてくる。

 

「ああ……ってそんなことよりも!!」

 

 僕は慌てて沙知の身体を起こすと、彼女の背中を支えた。

 

「あ~……うん大丈夫……いつものことだから」

 

 沙知は苦笑いしながら答えると、その場で自分の力だけで立ち上がるが足取りがかなりフラついていた。そんな彼女を僕は支えると廊下の壁まで運ぶことにした。

 

「ありがとう……え~と……」

 

 沙知は僕の顔を見ながら疑問符を浮かべる。彼女にしてみればもう僕は恋人ではなくただの他人だから。

 

「同じクラスの島田だよ」

 

 僕はそう答えると、沙知は納得した様子だった。

 

「あ~そうなんだ……クラスメイトの顔なんて殆ど覚えてないから分かんないや……」

 

 沙知はそう答えた後、辛そうにしながら呼吸を繰り返していた。僕は心配そうな顔で見ていると沙知は僕の視線に気づいたのか苦笑いしながら口を開いた。

 

「ああ……ごめんね? こんな姿見たら心配になるよね……」

 

「まあ……」

 

 沙知が苦しそうにしているのを見て、心配するなという方が無理な話だ。

 

「そんなことよりも保健室連れていこうか?」

 

「あ~……うん……お願い……」

 

「……ああ、分かった」

 

 僕は彼女の体を支えながら、彼女を保健室まで連れて行った。沙知の身体を支えながら歩いていると、彼女の苦しそうに息をする音が聞こえてくる。

 

 僕が前に沙知を助けたときはここまで酷い様子ではなかったと思う。

 

「失礼します」

 

 保健室の入り口に着くと、僕は扉を開けて中へと入る。中に入ると、保健の先生はちょうど留守だったのか誰もいなかった。僕は近くにあったベッドに彼女を横に寝かせると、彼女はふうっとため息をついた。

 

「ごめん……本当に迷惑かけちゃって……」

 

「いや気にしないでいいよ、それよりも先生呼んでくるよ」

 

 僕は沙知にそう伝えると、保健室を出て行こうとするが沙知から呼び止められた。

 

「え……もう行っちゃうの?」

 

「いや……ここにいてもすること無いし……」

 

「お願いだから……傍にいてよ」

 

 沙知は少し悲しそうな声で懇願するように言った。その表情を見て僕はしばらく悩んだ後、ため息をついて保健室の扉を閉めてベッドの横にある椅子へ座る。すると、彼女は少し安心したような表情を浮かべた。

 

「ありがとう……」

 

 僕は彼女のお礼の言葉を無言で受け取った後、しばらくの間沈黙が続いた。

 

 正直、今はあまり沙知とは関わりたくない。ただでさえ沙知のことを整理ができていないんだ。

 

 こんな状態で彼女と関わったら、未練がましく彼女と関わりを持とうとしてしまう気がする。

 

 ただこの状態の沙知を置いて帰るのはあまりに後味が悪い。だからこうして彼女の傍にいる。

 

 結局自分勝手な理由で中途半端に彼女に関わり続ける自分がつくづく嫌になる。

 

 そんなことを考えながらしばらく沈黙が続いた後、最初に口を開いたのは僕だった。

 

「そういえば沙々さんは? 一緒じゃないの?」

 

 沙知と一緒いるはずの沙々さんが居なかったことに疑問を抱いていると、彼女は小さな声で呟いた。

 

「ホントはお姉ちゃんに科学室まで連れていってもらう予定だったんだけど……あたしが勝手に一人で向かっちゃったんだよね」

 

 沙知は心底申し訳なさそうに答えていた。だが僕は、それを聞いてどこか違和感のようなものを感じていた。

 

「それはつまり……自力で科学室まで行こうとしたってこと?」

 

 僕がそう尋ねると、彼女はゆっくりと頷いた。でもそれはおかしな話だ。

 

 沙知は自分が体力が無いのは自覚している訳でわざわざ一人で彼女にとっては遠い教室まで歩こうとは思わないはずだ。

 

 僕は先ほどの違和感が気になり考え込んでいると、沙知はどこか不思議そうな表情を浮かべて口を開く。

 

「変だよね……けど、何かお姉ちゃんと一緒じゃなくても行けそうな気がしたの……」

 

「え……?」

 

 彼女の言葉がいまいち理解できずに困惑した表情浮かべていると、沙知はとても要領を得ない様子で話し始める。

 

「あ~……なんて言ったらいいんだろう……分からないけど、お姉ちゃんじゃない誰かと一緒に科学室に向かっている感覚になってた気がするの……」

 

 彼女はそう言い終えると、唸りながら頭を悩ませる。僕はその言葉で全てを理解した。

 

 恐らく沙知は無意識のうちに、僕と一緒に科学室に行くと思い、身体が動いたのだろう。

 

 沙知が僕のことを忘れていながらも、身体はそのことを覚えていた。なんて都合の良い解釈が頭に過る。

 

「そっか……けど、沙々さんと行く予定だったのなら、沙知が教室に居なくて心配してるんじゃないか?」

 

「そうだね……ちょっと連絡してみる……」

 

 彼女はそう言うと、カバンからスマホを取り出して沙々さんに連絡を取り始めた。

 

 彼女の通話を隣で聞いていると、沙々さんがすごい剣幕で怒っているのが電話越しでも感じられた。

 

「お姉ちゃん……怖い」

 

 沙知は泣きそうな顔でそう言った後、静かに電話を切ると深いため息をついた。

 

 そんな沙知の様子を見て、思わず僕は苦笑してしまう。

 

「怒るのは当たり前だよ……病弱な妹がもしかしたらって思えば普通心配になるよ」

 

「うん……そうだね……」

 

 沙知は力なくそう呟くと、少し表情を曇らせた。僕はそんな表情の沙知を見ていると、とても胸が締め付けられた。

 

 いつもはうるさいくらい元気にはしゃいでいた彼女が本当は思っていた以上に身体が弱い。

 

 そんな事実を実感してしまい、僕は彼女に対してどうすればいいのか分からなくなっていった。

 

 もし、もう一度沙知と恋人同士になれたとして、彼女とできることはあまりにも少ない。

 

 むしろ苦労することのほうが圧倒的に多いだろう。

 

 このまま沙々さんの言う通り沙知とはもう恋人同士にならないほうが僕のためなのかもしれない。

 

 とても自分勝手な理由だけど、彼女との関わりをここできっぱりと断ち切った方がいいのかもしれない。

 

「ねえ……」

 

 沙知がとても小さな声で急に僕を呼ぶと、弱々しい表情で僕のことを見つめる。

 

「お姉ちゃんが来るまで……もうちょっとだけ……そばにいてくれない……?」

 

 沙知は縋るようにそうお願いすると、僕の服の裾を力なく摘まんでいた。僕はそんな沙知の姿を見て、断ることはできなくなっていた。

 

「……いいよ」

 

 僕は少し考えた後そう答えた。沙知はそんな僕の返事に安心したように笑う。

 

「ありがとう……」

 

 彼女が弱々しく笑うと、僕はさっき以上に胸が締め付けられてしまい、僕は彼女の視線から目をそらす。

 

 僕が顔を逸らして窓の景色に視線を向けると、空はどんよりとした雲に覆われていて暗くなり始めていた。きっと今日は晴れることはないだろう。

 

「ごめんね、知らない相手の頼みごとなんて……ちょっとナーバスになっているから……誰と一緒に居たくて……」

 

 そんな僕に対して沙知は辛そうにしながらも申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「いや……気にしないでいいよ……一応……クラスメイトだし……」

 

 僕が少し口ごもって答える。本当は君の彼氏だからって言いたかったけど、今は恋人同士でもないただのクラスメイトだ。だから僕は曖昧に答えた。

 

「そっか……クラスメイトだったっけ……なら今とテンションのギャップがありすぎて、びっくりさせたかもね……」

 

 沙知は苦笑を浮かべていた。

 

「体調が悪いんだから仕方ないよ……」

 

「そうだけど……クラスだとあたし結構……ウザいというかうるさいでしょ……だからクラスメイトは結構嫌がってると思うんだけど……」

 

 沙知は少し寂しそう呟いた。確かに普段の彼女と比べたらだいぶ大人しくなったなと感じていた。

 

「別に僕はそんな風に思ってないよ」

 

 僕が答えると、沙知は意外そうな表情を浮かべた。

 

「そうなんだ……変わってるね……」

 

「そうかな?」

 

 沙知の返答に僕は思わず首を傾げる。そんな僕を見た彼女は軽く笑った後、口を開いた。

 

「そうだよ……あたしって見た目は男の子好みだけど、この性格だから変な子ってよく思われてるんだ」

 

「まあ……見た目は置いておいて、確かに元気だなとは思うけど……」

 

「でしょ……だからクラスでも浮くのは当然だし……だからクラスメイトからは嫌われてる自覚はある……」

 

 沙知は僕の言葉に同意すると、悲しそうに笑った。

 

「それに嫌われてなくても……あたし身体弱いから……友だちと遊びに行くことなんてできないし……」

 

 沙知はそう答えた後、窓の外へ視線を向ける。まるで外の世界へ羨望の眼差しを向けるように。

 

「もし、身体が弱くなかったら佐城さんは何がしたい?」

 

 思わず僕は空を見上げている沙知にそう尋ねてしまう。

 

 そんな質問に対して沙知は何か思い浮かべるようにしばらく思案していた。

 

「そうだね……動物園に、水族館、遊園地に……行ったことないから行ってみたいかな……」

 

 沙知は軽く笑いながら答える。それはまるで彼女が自分が行けないであろう場所を列挙している。

 

「あと、色んな場所の……美味しいものとか食べてみたいし……とにかくたくさんやりたいことはあるかな……本を読むだけじゃあ分からないことまだまだあるし……」

 

 彼女は目を輝かせながら、そう語る。普段学校じゃ元気な風に振る舞っている彼女だが、本当は身体が弱くていつ倒れるか分からない彼女だ。だから、他の生徒の何倍も楽しいことをしたい願望があるのだろう。

 

「そっか……色んなところに行きたいのか……」

 

「うん……でもね……現実的には難しいんだけど……」

 

 沙知は諦めたかのような悲しい表情でそう答える。

 

「なんか……酷いことを聞いちゃったな……ごめん……」

 

 僕は彼女の辛い現実を目の当たりにして、つい謝ってしまう。だが沙知は首を横に振った。

 

「ううん……謝らないでいいよ……あたしこそごめんね……せっかくこうやって話しかけてもらったのに変な空気にさせちゃって……」

 

 彼女は僕に対してどこか申し訳なさそうに謝る。彼女も彼女で必要以上に責任を感じてしまっているのだろう。

 

「それは……別に気にしなくていいよ」

 

 僕がそう答えると、沙知はしばらく黙ってから口を開いた。

 

「ねえ……できれば、今日のことは忘れて……あたしはきっと今日のことは忘れてると思うから……」

 

 沙知は懇願するような目で僕を見た。彼女自身、自分の記憶力がないことを自覚はしているし、僕が変な気遣いをしてくるのも悪いと思っているのだろう。

 

「そうだな……僕は今日何も見なかったことにするよ」

 

 だから、彼女の不安を解消しようと沙知の言葉に同意した。彼女はそんな僕に対してどこか悲しげな表情を浮かべた後、口を開いた。

 

「ありがとう……」

 

 沙知が小さな声でお礼を言うと、廊下の方からバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえる。

 

「お姉ちゃん……かな?」

 

 沙知は足音の方向に目を向けながらそう呟いた。そして、その直後保健室に勢いよく扉を開き沙々さんが飛び込んできた。

 

「この愚妹が!! 身体が弱いくせに一人で歩き回るな!! 何かあったらどうするつもりだ!?」

 

 沙々さんは怒鳴りながら保健室に入ってきた後、ベッドで横になっている沙知を見つけると、さらに睨み始めた。そんな姉を見て彼女は慌てながら口を開く。

 

「ご……ごめん……」

 

 だがそんな彼女の謝罪を無視して、沙々さんはこちらに近づく。すると、沙々さんは僕に気づいたのか驚いた顔を浮かべる。

 

「島田……なんでお前がここに……?」

 

 沙々さんは不思議そうに尋ねる。沙々さんが戸惑うのは無理もない。今日、別れたほうが良いと忠告した相手がなぜかここにいるのだから。

 

 そんな沙々さんに対して僕は素直に答えた。

 

「廊下でたまたま倒れている彼女を見つけて……それで保健室に連れてきたんだよ」

 

「そ、そうか……それは助かった、愚妹の代わりに礼を言う」

 

 沙々さんはとても申し訳なさそうに感謝の言葉を述べる。そして沙知のことを心配そうに見つめた後、ゆっくり沙知の身体を起こしながら口を開いた。

 

「ホント、沙知……心配をさせるな……」

 

「ごめんなさい……お姉ちゃん」

 

 沙知は申し訳なさそうな顔でそう答えた。すると沙々さんは僕に向かって小声で話しかけてきた。

 

「悪いな、島田……色々と整理ができてない状況で、沙知に関わらせてしまって」

 

「いや、大丈夫だよ」

 

 沙々さんが謝ることではない。本当にたまたま偶然居合わせただけなのだから。

 

 僕がそう答えると、沙々さんはほっとした様子を見せた。

 

「なら……すまないが今日はこれで帰ってくれ」

 

 沙々さんの言葉に僕は黙って頷いた。そして彼女は改めて僕にお礼を告げた後、沙知と一緒に保健室から出て行った。

 

 僕はそんな二人を見送った後、静かな足取りで学校を出たのだった。




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十一話 『ねぇ……どうなの?』

 あれから数日が過ぎた。特に変わったことはないし、沙知と関わることもない平凡な日々だった。

 

 沙知は一日ほど自宅で療養していたあと、その次の日にはまた学校に登校してきた。

 

 ただ、やっぱり保健室で僕と会ったことは忘れていて、沙知がそのことを口にすることもなかった。

 

 沙知はそんな様子だったから僕もあえて口にしようとはしなかった。だからあの件に触れることもないまま時間は流れていった。

 

 次第に僕と沙知が付き合っていた事実はクラスの中でも忘れ去られていった。

 

 まるで最初から何事も無かったかのよう。

 

 ある日のこと、お腹の調子が悪くHRが終わったあと、僕はトイレで長い格闘をしていた。

 

 長い格闘の末お腹が落ち着いてトイレから立ち去ると、既に結構な時間が経っていたのか茜色の夕日が廊下の窓から差し込んでいた。

 

 ただそんな景色は綺麗ではあるものの、どこか物寂しく感じてしまう。

 

「久々にお腹を下したな……参った……」

 

 そんな独り言を呟きながらも誰もいない廊下を歩く。そして自分の鞄を取りに教室まで戻ると、そこには自分の席に座る沙知がいた。

 

 教室の窓から茜色の夕焼けの光を吸い込んで彼女の綺麗な黒髪はキラキラと輝くように見えた。それはとても幻想的で思わず見とれてしまうほど美しかった。

 

 そんな僕の視線に気づいたのか、沙知は不意にこちらを振り向いた。

 

「あっ……」

 

 こちらに目を向けた沙知はにっこりと微笑む。とても嬉しそうな笑みだった。

 

「え~と……同じクラスの人だよね?」

 

 沙知は確かめるようにそう尋ねてきた。僕は彼女の問いかけに対してゆっくり頷くと、自分の名前を口にした。

 

「うん、同じクラスの島田……」

 

 僕が名乗ると、彼女は納得したようかのようにうなずいた後再び口を開いた。

 

「こんな遅くまで学校にいたんだね、部活?」

 

「あ……いや、僕はお腹が痛くてトイレに籠っていただけだから……」

 

 彼女の言葉につい余計なことを口走ってしまったと後悔する。だが沙知は僕の発言を聞いて、くすくすと笑った。

 

「アハハ、そっか~、お腹を壊して大変だったんだね」

 

 沙知の明るい笑い声を聞いて、どこか照れくさくて頭を軽くかいた後、僕は気になっていたことを口にした。

 

「そういう佐城さんはどうしてここに……部活は?」

 

 僕がそう尋ねると、彼女は少し困ったような表情浮かべたあと口を開いた。

 

「本当は部活に行きたかったんだけど、お姉ちゃんに止められてね……あたし身体弱いから」

 

 沙知は苦笑いしながら、自分のことを話す。それを聞かされた僕はとても申し訳ない気持ちになる。

 

「そうだったんだ……ごめん、余計なことを言ったな……」

 

 そんな僕に彼女は首をゆっくりと横に振った。

 

「気にしないでいいよ~あたし身体が弱いのは事実だし……それにお姉ちゃんを待っている間、退屈だったから君が良ければ話し相手になってくれない?」

 

 沙知は笑顔でそう言うと、隣の椅子を引いて僕に座るように促した。本当はもう彼女とは関わりたくないけど、何故か僕は素直に従い、椅子に座ることにした。

 

「僕でいいなら別に構わないよ……」

 

 すると、彼女は嬉しそうににっこりと微笑んだ。本当に無邪気な笑みだ。

 

 やっぱり……すごく可愛いな……。

 

 そんな彼女のことをじっと見つめていると、僕の視線に気づいたのか沙知は首を傾げる。

 

「どうしたの? そんなにあたしを見つめて……?」

 

 不思議そうな表情を浮かべながらそう尋ねてきたので僕は思わず動揺してしまう。そして少し間を開けてから答えた。

 

「い、いやなんでもない……」

 

 そんな僕を見て、沙知はにやにやと笑っていた。まるで僕が沙知に対してどう思っていたか分かっていたかのように。

 

「ん~? もしかして島田君ってあたしのことが気になるの?」

 

 そして追い討ちをかけるように、そんなことを言ってきたので僕は必死に平静を装うことにする。だが沙知の態度からすでに僕の心の中は見透かされている気がする。

 

「別に……そんなことは……」

 

「え~そうなの? あたしって凄く可愛いと思うんだけどな~」

 

 そんな僕の反応を見て沙知はどこか不満げな声をあげた。

 

「相変わらず……自分でそれを言うんだ……」

 

 僕が呆れながら小さな呟くと、沙知は楽しそうに笑いながら口を開く。

 

「だって本当のことだから、それにあたしが結構男子にエロい目で視られることって知ってるんだよ~」

 

 沙知はそんなことを言った後、自分の胸を誇らしげに強調させた。制服の上からでも分かるほど大きな胸が強調されて、思わず僕の視線はそこに釘付けになってしまう。

 

「アハハ、島田君ってやっぱりあたしの身体に興味あるんだ~」

 

 そんな僕を見た沙知は楽しそうに笑った。

 

「そ……そういうのじゃない!!」

 

 僕が慌てて否定すると、沙知はさらに嬉しそうな笑みを見せた。完全に僕のことをからかって楽しんでいる顔をしている。だけど、この感じがとても久々で、懐かしく感じてしまう。

 

「また照れてる~」

 

 そんな僕に対して沙知はからかうような言葉を向けると、僕は話題を逸らそうと試みる。

 

「それよりその机に置いてあるでっかいゴーグルみたいなのは一体何なの?」

 

 沙知は机の上になぜか巨大なゴーグルのようなものを常備していた。まるで昔のスパイ映画に出てきそうなやつだ。正直、とても気になる代物だった。

 

「これ? これが気にちゃうか~どうしようかな~教えてもいいけど……」

 

 沙知はわざともったいぶるような言葉を口にする。それからムムムと考え込むような様子を見せると、何か思い付いたかのように明るい声をあげた。

 

「あ、そうだ!! せっかくだし、着けてみてよ!!」

 

 そして沙知は無邪気に笑いながらそんな提案をしてきた。

 

「え……これを?」

 

 沙知がいきなりそんなことを言い出すので、僕は戸惑った声を漏らす。まあ着けてみて欲しいと言うのなら、別に問題はないから素直に試着することにする。

 

「じゃ、じゃあ、せっかくだから……」

 

 それから僕はおずおずとゴーグルに手を伸ばすと手に取った。そして装着してみると、突然音を鳴り出した。

 

「わっ!?」

 

 僕は突然鳴った音に驚いていると、ゴーグルの紐が僕の頭にジャストフィットするように自動的に調節される。そして沙知が嬉しそうに口を開いた。

 

「どうどう!! スゴいでしょ!! このゴーグル着けるだけで、使用者の頭に合わせてサイズを調整してくれるんだよ~」

 

「確かに凄いけど、それでこれって何に使うんだよ……普通のゴーグルにしか見えないし」

 

「ふっふっふ~実はただのゴーグルじゃないんだよ!!」

 

 沙知は目を輝かせながら、自慢げにゴーグルの説明を始める。

 

「このゴーグルは着用者の頭の形や耳の位置など個人差のあるデータを瞬時に読み取ることができて、これによって使用者の頭の形に合わせたサイズを自動で調整してくれるんだよ!!」

 

 つまり僕の頭にジャストフィットするように調節されてるのか……確かにすごいけど、なんか地味な機能だな。

 

「なるほどな……それでこれから何に使うんだ?」

 

 僕がそう尋ねると、沙知は意地悪そうな笑みを浮かべて僕を見つめる。……なんか嫌な予感がするな。

 

「フッフッフ……焦らないの!! 実はね……これは普通のゴーグルじゃないんだよ、ゴーグルの左側にあるボタンを押してみてよ」

 

 僕は沙知の言う通りに左のボタンをゆっくりと押してみた。すると、ゴーグルからゴゴゴと何かすごい音が流れてきた。

 

「これは?」

 

「今からこのゴーグルの真なる機能が動くから、ちゃんと見ててね~」

 

 真なる機能……? いったい何だろう。すると僕の眼にはゴーグルから通して見える沙知に変化が起きた。

 

「なっ!?」

 

 突然、沙知の制服が透けて、身体の線が露わになった。そして彼女の下着がはっきり見えるようになったのだ。

 

 僕が驚いたような表情を浮かべると、それを見て沙知は楽しそうに笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「このゴーグルには着用者だけが見える透過機能があってね……つまり、どんなものでも透けて見えるんだよ!! どう? すごいでしょ!!」

 

「確かにすごいけど!! またスケスケになるものを作ってきてたのか!!」

 

 咄嗟に視線を逸らし、沙知の下着を見ないようにする。

 

 前回のクッキーといい。今回のゴーグルといい。沙知は何なんだ!? 何で女の子なのに、こういうのを作ってくるんだよ!! 

 

 僕が困惑していると沙知は首を傾げた。

 

「また? 何であたしが別のスケスケアイテムを作ってきたこと知ってるの?」

 

「うっ!? そ、それは……」

 

 その言葉に僕は思わず動揺してしまう。沙知が不思議そうに首をかしげた後、やがて何かに気づいたような様子になった。

 

「ま、まさか……お姉ちゃんから話を聞いて、あたしの身体を見ようとあたしに話しかけたの!?」

 

「……確かに沙々さんから聞いたのは事実だけど、ゴーグルに関しては本当に何も聞いてない!!」

 

 沙知の言葉に僕は慌てて否定の言葉を告げた。半分は嘘だけど、半分は事実だから大丈夫なはず……多分だけど。

 

 僕がそう考えながら言葉を待っていると、沙知はしばらく何か考える素振りを見せる。そして彼女は再び口を開いた。

 

「ふ~ん、まあそういうことにしておくよ~」

 

 沙知は僕の言葉を信じきれない様子だったが、それ以上追求することは止めてくれた。

 

「分かったなら……これどうやって外せば……」

 

 今ゴーグルは僕の頭にジャストフィットしているので、外したくても外せない状況だった。

 

「あっ、ごめんね、いま教えるね~」

 

 沙知は明るい口調でそう言いながら、僕の頭のゴーグルを触ると取り外し方の説明を始めた。

 

「左右のボタンを同時押しすると、すぐ外れるよ~」

 

 沙知に言われた通りに僕は言われたボタンを同時に押す。すると機械音が鳴りやんだ後、頭の圧迫感が消えてなくなった。そしてすぐにゴーグルも外された。

 

「は~やっと外せた……凄い技術だけど……何か疲れた……」

 

「アハハ、すごいでしょ!! あたしのゴーグル(名称未定)は!!」

 

 沙知は誇らしげに胸を張ると、僕の視線が自然と沙知の胸へいってしまう。そして彼女のさっき見た下着を思い出してしまう。

 

 とても可愛らしい黄色の下着だったってことを……。

 

「あれれ~どうしたのかな~あたしの胸を見て……君ってばエッチだね」

 

「な、なんでもない!!」

 

 僕は慌てて首をブンブン横に振って否定すると、沙知は意地悪そうな笑みを浮かべながらこちらを見ている。

 

「ウソだ~本当はあたしの胸を見てたくせに~」

 

 ほれほれと見せつけるように胸を強調してからかってくる沙知。

 

「ほんと!! 見てないから!!」

 

 僕はそう言いながらもつい沙知の胸をチラ見してしまう。そしてしばらくし、自分の行いを恥じて僕は顔が真っ赤に染まったのだった。

 

 そんな僕を見て、沙知は笑いながら僕の耳元に近づくと、小さな声でそっと囁いた。

 

「ちなみにあのままゴーグルを着けた状態で左のボタンを押したら、あたしの全裸が見れたのに勿体ないことしたね」

 

 沙知がそんなことを呟いた瞬間、僕の頭はボフと音をたててしまいそうなほど急激に真っ赤になった。それを見て、沙知はまたいたずらっぽく笑う。

 

「アハハ、君ってばホント面白い反応するね!!」

 

 それからしばらく沙知は楽しそうにひとしきり笑っていた。

 

 相変わらず人をからかうのが好きだというか、おちょくるのが好きな人だな。こんなことばっかりして僕に襲われたらどうするつもりなんだよ。

 

 沙知にはからかう癖があるということは分かっていたし、何度もこういう場面もあったけど、初対面の状態でここまでからかわれるとは思ってもいなかった。

 

 だけど……やっぱり彼女の笑顔はとっても可愛いな……。

 

 改めて彼女の笑顔が見ると、自然とそう思う自分がいた。

 

 身体が弱ってナイーブになっていた彼女を知っているからこそ、余計にそう思ってしまうのかもしれない。

 

「あれ? どうしたの? あたしのことをぼーっと見て……」

 

 沙知は突然視線を下に向けた僕に対して、不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。そんな彼女の仕草が僕の目に入り、僕はハッとなって慌てて言葉を返した。

 

「い、いや……別に……沙知の笑顔が可愛いなって……」

 

「えっ……」

 

 僕の言葉に沙知は一瞬驚いたような顔をした後、僕は自分が何を言ったのかを理解し、顔を真っ赤にして俯いた。

 

 やってしまった……沙知の笑顔が可愛いと思っただけなのに余計なことを言ってしまった。ここはなんとか誤魔化さなければ……いや、言い訳すら思い付いていないんだけど!!

 

 そんな焦る僕のことを気にもせずに沙知は不思議そうにこちらを見つめたあと口を開く。

 

「ふ~ん、そっか……」

 

 沙知は小さく呟くと、嬉しそうに微笑みながら言葉を続けた。

 

「あたしが可愛いのは事実だけど、面と向かって可愛いと褒められるのは初めてだよ」

 

 沙知は楽しそうにニヤニヤしながら僕のことを見つめていて、僕はそんな沙知のことが直視できず思わず視線を外した。

 

「……そりゃあ僕も言うつもりはなかったけど……つい口が滑ったというか……」

 

「へ~つい口が滑ったか~」

 

 沙知はそう言うと、僕の肩を指でつつくとそのまま顔を近づけてくる。

 

 彼女の綺麗な黒髪からいい柑橘系の香りが漂ってきて、僕の鼓動が自然と早くなっていく。

 

 彼女のメガネのレンズから覗き込むサファイアのような青い瞳には、顔を真っ赤にして動揺する僕の姿がはっきりと映っていた。

 

 彼女の整った顔立ちを見て、僕は一瞬息をするのを忘れてしまったほどだ。沙知の大きくて青い瞳と白くて透き通るような綺麗な肌はまさしく美少女だと思わせるものだったから。

 

 すると僕柔らかそうでプルンと艶のある沙知の唇が、僕の耳元へゆっくりと近づく。そして囁くような声が鼓膜に届く。

 

「もしかして本当にあたしのことが好きだったりして……」

 

「なっ!?」

 

 一瞬ドキッと心臓が大きく跳ねる。彼女の綺麗な声が、吐息が耳にかかった。その声の調子からはどこかからかっているようにも聞こえる。

 

 沙知はさらに言葉を続ける。

 

「ねぇ……どうなの?」

 

 彼女の言葉と共に耳に掛かる熱い吐息に背筋がゾワリと震えるような感覚が襲いかかってくる。そして沙知の潤んだ青い瞳で間近に迫る綺麗な顔を見ると、頭が混乱してくる。

 

 僕は沙知のことは好きだ。

 

 いや、そもそも何で沙知のことが好きになったんだ?

 それに沙知は僕のことをどう思っているんだ? いや、そんなことは分かっているはずだ。

 

 沙知は僕のことなんかどうにも思っていない。その事実は明白だ。

 

 僕は沙知にとっての特別になっていない。だから彼女は僕に興味の対象がなくなったから捨てるように僕のことを忘れた。

 

 それに沙知の身体は病弱だ。いつまた体調を崩して倒れるか分からない。それどころか普通のデートさえ彼女の体調を気遣わないといけないし、エッチなことだってできないんだぞ。

 

 そんな相手を好きになったって、僕が辛い思いをすることが多いのは目に見えている。

 

 自分勝手だけど、正直こんな地雷だらけの彼女と付き合っても……。

 

 頭の中で色々な考えが頭を過る中、ある景色が僕の目に映った。

 

 それは入学式の日、学校の中庭で写真を撮っている沙知の姿だった。

 

 何が楽しいか分からないけど、沙知は満面の笑みを浮かべていた。

 

 そして僕が彼女を見つけて一目惚れした……大切な思い出だ。

 

 そんな光景を思い出すと、僕の胸の鼓動はまたしてもドクン大きく高鳴った。

 

 そうだ……あの日あの時見た彼女はとても綺麗で可憐だったんだ。

 

「沙知……」

 

 僕が名前を呼ぶと、沙知はゆっくり僕から顔を離すと笑顔のままこちらを見つめてきた。

 

 沙知の眼には僕が映っていた。だからそんな彼女のことをじっと真っ直ぐに見つめながら僕は口を開いた。

 

「好きだ」

 

 僕の口から出た言葉は紛れもない彼女への本心だった。




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十二話 『わかんない』

「好きだ」

 

 前回は自分からちゃんと伝えることができなかった。

 

 だから今度は沙知の瞳を真っすぐに見つめて、しっかりと自分の口から伝えた。

 

 沙知は僕の言葉を聞いた途端、眼をぱちくりさせる。彼女はまるで信じられないものを見たように、しばらく驚いた顔で僕を見つめる。

 

 それからしばらくすると、彼女はニヤッと意地悪な笑みを浮かべると僕に顔を近づけてきた。そしてニヤニヤしながら口を開く。

 

「はいはい、どうせからかってるんでしょ?」

 

 沙知は僕の言葉を疑うようにそう言った後、悪戯っぽい笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「アハハ、恥ずかしがってウソを言うなんて君も可愛いね」

 

 沙知はからかうように笑みを浮かべながら、僕を見つめながら話し続ける。だけど僕は淡々と言葉を口にする。

 

「本気だ……」

 

 僕の言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳は大きく見開く。そして信じられないと言わんばかりにさらに眼を丸くさせた後、驚きと動揺が入り混じった表情をする。

 

 そんな沙知をまっすぐに見つめて、僕は再び口を開いた。

 

「前から伝えたかった……今度はちゃんと伝えられた……」

 

 僕の口から次々に出てくる言葉がよほど想定外だったらしく、彼女は驚きの表情のまま硬直していた。その表情は何を言ったの? と問いかけるような目だ。

 

「……ホントに好きなの?」

 

 やがて沙知はポツリと小さな声でそう呟いた。その問いに僕は何も言わずに真っ直ぐに彼女を見つめ返すと、沙知はまた口を開いた。

 

「そんな目……ウソを言ってるようには見えないね」

 

 沙知は僕の瞳をしばらく見つめた後、僕の顔から距離を取ると、諦めたように大きくため息を付いた。

 

「ふぅ……そうだね……まさか君があたしのことが好きだったとは思わなかったよ」

 

 沙知は真剣な表情でそう語り始める。だから僕も真剣な顔つきになる。

 

「人間ってウソつくとき視線が結構動いたりするんだけど、君の視線はずっと真っすぐだった、そしてさっきの言葉を聞いて、ウソ偽りのない気持ちだって分かったし」

 

 すると沙知は僕を見つめ直すと、ニッコリと笑顔を見せた。その笑みは儚く今にも消えてしまいそうなほど美しかった。

 

「でもさ、君ってばあたしがどれだけ面倒か知らないでしょ、だってあた──」

 

「知ってる……」

 

 沙知が言い切る前に僕がそう言葉を遮った。

 

「知ってる……君の身体が弱いことも、君が人でなしで、他人のことなんてすぐに忘れることだって……」

 

 僕の言葉に沙知は眉をピクッと動かした。そんな彼女に向かって僕は続けて口を開く。

 

「運動もできない、料理だってできない、一人でまともに校内を歩き回れない、人をからかうのが好きだし、勝手に実験のモルモットにしたり、正直まともじゃない人だって分かってる」

 

 僕がそう言うと、沙知はムッとした表情を浮かべて不満げに口を開いた。

 

「そこまで分かってるならあたしのこと好きにならないでしょ」

 

 僕はその言葉を聞いて首を横に振ると、沙知に向かって言葉を続ける。

 

「好きになるよ」

 

 僕の口から出た言葉に沙知は驚きの表情を浮かべ、僕から視線を逸らした。

 

「……わからない」

 

 沙知は戸惑いの混じった声でそう呟く。今までにない沙知の反応に僕は驚いた。

 

 知らないことに対して好奇心を向け、常に探求心のある沙知。そんな彼女が拒絶するかのような表情をしている。

 

 すると、沙知は何かに気付いたかのようにハッとした表情を浮かべる。

 

「もしかして同情? それともこんな子ならワンチャンイケるかも? みたいな理由かな?」

 

「違う!!」

 

 沙知の言葉を否定するように僕は叫んだ。すると彼女はビクッと身体を震わせ、驚いた表情になった。

 

 それからゆっくりと僕のことを見つめて口を開いた。

 

「……じゃあ……なんで……」

 

 沙知は小さな声で問いかける。それは疑問ではなく、むしろ理由を求めているような声だった。彼女は怯えにも似た表情を浮かべながら僕に向かって口を開いた。

 

「……なんで君はあたしなんかのこと好きになれるの?」

 

 その言葉と共に彼女の瞳は、まるで何かを確かめるかのように不安げに揺れているように見えるのだった。

 

 沙知は恐怖にも似た表情を浮かべて、声を震わせながら言葉を口にする。そんな彼女に僕は大きく頷き言葉を返した。

 

「ずっと君が気になっていた……初めて会った時から……そして、君と一度恋人同士になったときも」

 

「!!」

 

 沙知の表情が変わった。彼女は酷く驚いた表情になり、口に手を当てて身体を震わせる。だけど動揺しながらもなんとか冷静さを取り戻そうとしていた。

 

「あ、あたし……知らない……君と……恋人に……なったことなんて……」

 

 動揺して上手く喋れないのか、彼女はつっかえながらもそう言った。

 

「そうだよね……君が覚えてないのも僕は知っている」

 

 そんな沙知の言葉に僕は優しい口調と共にそっと話しかける。僕の言葉に対して沙知は首を横に振って答える。

 

「わかんない……わかんないよ……なんで……」

 

 本当に理由が分からないのか、沙知は激しく動揺していた。両手で頭を押さえながら、激しく顔を左右に振ったり髪を手でかき乱したりしている。

 

 そんな彼女に僕はゆっくりと近づいた。沙知はビクッと身体を震わせ僕から距離を取ろうと、立ち上がり後ろに下がろうとする。だけどイスが邪魔になって、彼女との距離は縮まるばかりだった。

 

 沙知はそれでも僕と距離を保とうと後ろに下がろうとする。でもやがて窓際の壁まで追い込まれ、それ以上下がれなくなる。

 

 そして僕は距離を縮めて彼女の顔を間近で見つめた。

 

「わかんない……わかんない……わかんない……」

 

 まるで怯えた子供みたいに、沙知は首を横に振ってわかんないと繰り返す。その姿が酷く儚くて、今にも消えてしまいそうなほど弱々しいものに見えて、全てから拒絶しているようにも見えてた。

 

 それにどこか怖がっているようにも。

 

 そんな風に怯えた目をする彼女に、僕はゆっくり手を伸ばした。

 

 沙知は反射的に身体を強張らせる。僕は彼女の頭に手をのせて優しく撫でると、沙知は大きく目を見開いた後僕に向かって口を開く。

 

「なんで……」

 

 ただそれだけを呟く。彼女の言葉からは困惑が伺える。

 

 沙知は信じられないものを見るような目で僕のことを見つめて、震える声を振り絞るように言葉を続けた。

 

「なんで……あたしを好きになるの? 恋人だった……君のことを……忘れて……傷つけて……男ならこんな女いらないでしょ?」

 

 沙知は震える声でそう問いかける。彼女は身体だけじゃなくて心も震えていた。

 

 そんな彼女に僕は優しい口調で話しかける。

 

「そうだね、正直めちゃくちゃ傷付いた」

 

 僕の言葉に沙知は唇をきゅっとかみしめる。だけど僕は構わず言葉を続ける。

 

「だって沙知がいきなり僕のこと忘れるから、ショックで何もできなかったし」

 

 あのときのことは今でも思い出せる。まるで世界が終わったような絶望的な気持ちになったことを覚えている。

 

「それから沙々さんに沙知の体質のことも聞かされて、正直このまま何も無かったかのように沙知との関係を終わらせてもいいと思った」

 

「だったら……なんで……」

 

 沙知は信じられないものを見たような目で僕を見つめながら、震えた声でそう呟く。

 

 彼女からしたら僕は知らない間に傷つけて振った相手だ。普通ならこのまま関わり合いなんて持たないようにするだろう。

 

 ましてや自分が最大限の地雷だって認識しているようにも感じた。だから彼女が僕の言葉を理解できないのも分かる気がする。

 

 そんな僕が彼女が好きなのだと伝えるなんて普通では考えられないことだろうから。だけど……それでも僕はハッキリと告げた。

 

「君と一緒に過ごすのがとても楽しかったから」

 

 そう。それだけなのだ。

 

 好きな人と中身のない話をしたり、一緒に帰ったり遊んだりすることはすごく楽しくて、幸せなことなんだって初めて知った。

 

 それに沙知の魅力を知ることにもなった。今まで知らない彼女の新たな一面を見ることで、ますます彼女を好きになっていった。

 

 そして気付いたときには沙知のことばかり考えるようになっていたんだ。

 

「そんなあたし……ワガママで自分勝手な女なのに」

 

 自分の言葉に否定に近い反応を示す沙知に、僕はさらに続ける。

 

「知ってる、僕がいくら頑張ってもきっとそれは直らないだろうなって思っている」

 

 そんな僕の言葉に彼女は唇を嚙みしめながら俯く。そんな彼女に僕は静かに口を開く。

 

「でもいいんだ」

 

 沙知はハッと僕の方を見ると、信じられないと言いたげな表情を浮かべる。だから僕は言葉を続ける。

 

「君と関われば関わるほど君を知っていく、新しい君の一面を知るたびに余計に君を好きになっていくんだ、だからもっと君を知りたい」

 

 それが僕の素直な気持ちだった。今まで知らなかった彼女の一面を知るたびに、彼女を好きになっていったんだ。

 

 何かを知ることはとても素敵なことだ。それが好きな相手のことなら尚更。

 

 僕は沙知のことが好きだから、だからこそ彼女についてもっと知りたいって思うんだ。

 

 そして理解したいって思うんだ。だって知らないことがあるのは嫌だから……それに何より僕が彼女に対する想いの強さを証明したいという思いもあるのかもしれない。

 

「わかんないよ……」

 

 沙知は小さな声でそう呟くと、俯かせていた顔を上げた。その表情は今までにないぐらい弱々しく感じる。

 

 どうしてそこまで拒絶するのかは正直分からないけど、でも沙知がそんな表情をするのを見て心がズキっと痛んだ。

 

「他人を好きになる気持ちなんて……わからない」

 

 沙知は苦しそうに表情を歪ませながら、たどたどしく答えた。

 

 その反応はまるであのときとは逆だ。僕と付き合うときにあれだけ恋を知りたがった沙知が、今は拒絶して知ろうとしない。

 

「どうしたら信じてくれる?」

 

 僕がそう尋ねると、沙知は動揺したように目を丸くする。そして逃げるように眼を逸らすと、両手をきゅっと握って声を絞り出した。

 

「じゃあ証明してよ……」

 

 沙知の答えに僕は思わず驚いてしまう。今まで拒絶することはあってもこういう反応をするのは初めてだった。

 

 沙知自身も戸惑っているようで、取り乱した様子で僕と視線を合わせるとまた俯いてしまう。

 

「あたしが好きだったら……あたしの言うことをやって見せてよ……」

 

「なにを?」

 

「じゃ、じゃあ……今度の……テストで……あたしより上位に入りなよ……そうしたら……信じてあげる……」

 

 そう言って彼女は弱々しく笑う。まるで無理だと決めつけているように。沙知がそう思うのは当然だ。

 

 なぜなら彼女は入学試験を首席で入学するほどの成績の持ち主なのだから。だから今度のテストで僕が学年トップになれば信じてあげるなんて、沙知にしてみれば無茶振りもいいところだ。

 

 だけどそれでも……僕は。

 

「わかった」

 

 迷いはなかった。それで彼女が信じてくれるなら、僕は全力でやるだけだ。

 

「えっ? き、君……ほ、本気でいってるの? あたしの言ったことわかってる?」

 

 彼女は信じられないと言いたげな顔で僕に問いかける。自分が無茶振りをしたのに僕が即答したことに驚いている様子だ。

 

「わかっている、君が学年でトップだって知ってる」

 

「じゃあ……なんで?」

 

 信じられないという顔で沙知は僕に問いかける。そんな彼女に僕は口を開く。

 

「君に信じてもらえるならなんだってする、だから、僕が君に勝ったら僕のことを信じてほしい」

 

 噓偽りのない気持ちを彼女にぶつけた。別に付き合えとは言わない。ただただ信じてほしかった。僕の想いを、君のことを好きだっていうことを分かってほしいだけなのだと。

 

 そんな僕に沙知は顔を下に向けてボソッと口を開く。

 

「バカだよ……君……」

 

 沙知はそう呟くと、顔をあげて僕の瞳をじっと見つめ返した。

 

「いいよ……君が勝ったら……君の言葉を信じてあげる」

 

 そう言って彼女は僕の身体に触れると、少し押して退いてほしいとアピールをする。それにしたがって僕が後ろに下がると、彼女は自分の席まで歩いていきカバンを手に取って、中をゴソゴソと探り始める。

 

「なにをするの?」

 

 僕がそう問いかけると、沙知は取り出したものをそっと机の上に置いて僕の方に目を向けた。置かれているのは一冊のノートだ。

 

 彼女はノートを開くと、ポケットに入れていたペンを使って何かを書き始めた。

 

「ごめん……君の名前……なんだっけ……」

 

「島田頼那」

 

 僕は名前を彼女に教えてあげた。すると沙知はまたペンを走らせる。

 

 書き終わるとノートを見せてくるので、横から覗き込むようにページを見てみる。そこにはこう書いてあった。

 

『テストで島田くんに負けたら彼の言葉を信じる』

 

 どうやらそのページは僕との約束を書いてあるみたいだ。

 

「あたしが君との約束を忘れないようにするため」

 

 彼女はそう呟くと、ノートを閉じて自分のカバンの中に戻した。

 

「こうすれば……絶対に忘れないよ」

 

 沙知は今まで聞いたことない真面目なトーンで僕にそう告げる。だけどそれ以上に僕に対して真面目に向き合おうとしているように思えた。

 

 そして彼女はカバンを机の上に置くと、僕の目の前にやってくる。そんな沙知に思わず緊張してしまうが、できるだけ表情には出さないようにした。

 

 そんな僕に向かって彼女口を開く。

 

「ホントに君があたしに勝ったら君の言葉を信じる……その上でもう一度……あたし伝えて……今日言ったこと……」

 

「わかったよ、君に勝ってもう一度告白する」

 

 僕がハッキリとそう告げる。それを聞いて沙知は僕から離れると自分の席に向かって歩いていく。そして机の上に置いてあったカバンを手に取って肩にかけると、僕の方へ振り向いた。

 

「じゃあね、また今度……」

 

 それだけ言うと彼女は教室から出ようとする。その背中がいつもより小さく見えた。

 

「沙知」

 

 僕が彼女の名前を呼ぶと彼女は立ち止まって振り返る。

 

 そんな彼女に僕は一言伝えた。

 

「絶対勝つよ」

 

 そんな僕の言葉に彼女は何も反応はせず、そのまま教室から出ていった。

 

 沙知が出ていきガラリと静かになった教室で僕はゆっくりと机に向き直る。

 

 そして渇をいれるように自分の頬を叩く。

 

「よし!!」

 

 これからが正念場だ。テストで沙知に勝たなければならないのだから。僕は決意を固めるように大きく頷くのだった。




如何だったでしょうか。

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十三話 『用とはなんだ?』

 沙知に勝つと猛り立った翌日、僕は教室で一人頭を悩ましていた。

 

「どうしたら勝てるんだろ……」

 

 正直その問題に直面していた。沙知に勝つということ自体僕には非常に難易度が高い。別に成績が悪いわけではないが、学年トップである彼女が相手だ。

 

 元々、僕は今までテストなんて一夜漬けで赤点を取らないために必死で勉強している程度だ。

 

 そんな勉強法しか知らないから、上手い方法が全くもって浮かんでこないのが現状である。

 

 だからといって諦めたくない。

 

 今の僕にできることを最大限考えなければならない。僕は足りない頭をフル回転させ作戦を考えることにした。

 

 やっぱり手っ取り早いのは、成績が上の人に勉強を教わることだ。

 

 ただ問題は誰が成績が良いのか分からないことだ。

 

 そもそも入学して一ヶ月。つまりこの学校での最初のテストである。そのため誰がどれだけの成績が良いのか本当に分からない。

 

 だからどうしたらいいかと頭を捻るが、こういうときに限ってアイデアが出ないもの。

 

「よう、島田」

 

 僕が机で頭を抱えながらウンウンと悩んでいると、僕に声をかけてくる人物がいた。声の方に目を向けると、佐々木がこちらに近づいてくるところだった。

 

「佐々木、おはよう」

 

 僕がそう答えると、彼は前の席に腰を下ろした。

 

「で、朝からお前なに悩んでんだ?」

 

「なあ……うちの学年で頭が良いやつって誰か分かるか?」

 

 僕がそう尋ねると、佐々木は面倒くさそうな表情を浮かべる。

 

「んなもん、佐城妹に決まってるじゃねぇか」

 

「だよなぁ……」

 

 予想通りの答えを佐々木は返す。入試を首席で合格した沙知は、学年の中でも一番成績が優秀なことは明らか。

 

「じゃあ次に頭が良い人はわかるか?」

 

「知らねえよ、まだ学校来たばっかだぞ?」

 

「だよなぁ……」

 

 僕は佐々木の言葉を最後にため息を吐いて考え込んだ。

 

 学年でトップの成績を誇る沙知にどうやって勝つのかを……。

 

 そんなことを考えていると、佐々木は呆れたように僕の顔を覗き込むと、口を開く。

 

「なにしたんだよお前? お前が頭を抱えるって相当だろ」

 

「沙知に勝つんだ、テストで」

 

 僕は真剣な表情をして答える。そう答えた僕を見た佐々木は一瞬キョトンとした後、腹を抱えて笑い出したのだ。いきなり笑われてしまって戸惑う僕に彼は笑いながら口を開いた。

 

「ギャハハハ、マジで!? お前それで悩んでんのか!?」

 

「笑わなくてもいいじゃないか……」

 

 お腹を抱えながら笑っている佐々木に僕はそう口を尖らせる。

 

 そんな僕の言葉を聞いて、彼は笑いながら口を開いた。

 

「悪ぃ、ツボに入っちまった」

 

 それから一頻り笑い終えたのか、呼吸を整えると僕に笑みを浮かべる。

 

「だけどよ、お前がどれだけ頭良いのか知らないけどよ、そもそもあの佐城に勝つって思っちゃってること自体が俺からしたらやべえよ」

 

「でも勝たないといけないんだよ、沙知に……」

 

 僕がそう口にすると、佐々木は頭の後ろで手を組みながら僕に視線をむける。

 

「まぁお前がどこまで本気なのか知らねえけどさ、それ結構無謀じゃねえの?」

 

「僕は……本気だ」

 

 それだけ言って佐々木から顔を背ける。

 

 そんな僕を見た彼はやれやれと言いたげに肩を竦めると、再び口を開く。

 

「てっきり佐城のこと、諦めたかと思たんだけどな……あんな扱いされてよ」

 

「自分でもバカだとは自覚してる……だけど簡単に諦めれないんだ」

 

 僕がそう言うと佐々木は後頭部で手を組むのを止めると、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「じゃあ一つだけ教えといてやるよ、俺が知っている学年トップに負けないぐらい成績の良いやつを」

 

 その言葉に僕は「本当に!?」と彼に詰め寄る。そんな僕の剣幕に、佐々木は苦笑いを浮かべた。それからすぐに表情を戻して話を続けた。

 

「しかも中学の頃に佐城妹から何度か一位の座を奪い取ったやつだ」

 

「それ本当!?」

 

「ああ、ガチなやつ」

 

 僕は佐々木の言葉に驚いて目を見開いた。まさかそんな存在がいたことに驚きを隠せなかったからだ。

 

「それで一体誰なんだ? 学年トップに勝てそうな人って……」

 

 僕がそう言うと佐々木は、僕にその人物の名前を告げた。

 

「佐城姉だよ」

 

「そうか……沙々さんが……」

 

 彼女の名前を聞いて、僕はどこか納得した気持ちになっていた。

 

 沙知の姉である沙々さんなら、学年でトップクラスの成績を持っていることになんの不思議もなかったからだ。

 

「俺のいた中学じゃあ佐城姉妹は有名人だったんだぜ? 三年間ずっと学年一位と二位を争ってんだから」

 

「なるほど……」

 

 そんな佐々木の言葉に僕も納得した。確かにそれならば彼女の成績が優れていることに納得ができる。

 

 学年トップの成績を持っている沙知に勝つためには、彼女に勉強を教わるのが一番だと思う。

 

「佐々木、沙々さんって何組か分かる?」

 

 僕が佐々木にそう尋ねると、彼はすぐに答えてくれた。

「確か二組だったはずだ」

 

 ***

 

 それからお昼休みになると、僕は買ってきたお昼を食べ終わってから沙々さんのクラスに向かった。

 

 一年が五クラスあるうちの、沙々さんのクラスは二組だ。僕は四組なので三組の教室を挟んで隣にある。

 

 廊下に出て少し歩くと二組の教室が見えた。クラスの前に来ると僕はから中の様子を窺う。

 

 今日は沙知が例の如く体調不良で休みだから教室に居ると思う。

 

 だから教室内を見渡して、彼女を探すと教室の窓際の席に彼女はいた。だが肝心の沙々さんのまわりにはクラスの子が集まっていて、声をかけられる状況ではなさそうだった。

 

「はぁ……どうしよう……」

 

 沙々さんに声をかけたいが、みんなの中心にいる彼女にどうやって声をかければいいのだろうか。僕は廊下に突っ立ったまま頭を悩ませていると、扉の近くの席に座っている女子生徒が僕に声をかけてきた。

 

「誰に用事? 呼んできてあげるよ」

 

 僕が考え込んでいるのを見かねて助け舟を出してくれた。その気遣いに僕は感謝を覚えながら彼女に沙々さんを呼んでもらうことにした。

 

「ありがとう、佐城沙々さんに用があるんだ」

 

「わかった、沙々ちゃんね」

 

 そう言って彼女は立ち上がると、沙々さんの元へと近づいていく。

 

 それからしばらくすると、沙々さんが立ち上がってこちらに向かってきた。

 

「誰かと思えば、島田か」

 

 僕の前までやってきた沙々さんは少し驚いた表情を浮かべながらそう呟いた。

 

「いきなり押しかけてごめん……沙々さんに少し用事があるんだ」

 

「別に構わない」

 

 僕の突然の誘いに嫌な顔をせず笑顔で答えてくれる。そんな彼女の対応に感謝しつつも僕は言葉を続けていく。

 

「実は沙々さんに……」

 

 頼み事を口にしようとしたけど、やたらと視線を感じた。恐らく沙々さんにクラスの人だろう、遠巻きに僕たちの様子を見ているのが何人もいるのが分かった。

 

(あの野郎……一体どんな用なんだか……)

 

 そんな声が聞こえてくる気がするほど、視線が僕に向けられるのだ。普通に考えて男子である僕が沙々さんを訪ねて来たから気になるんだろう。

 

「場所……変えるか?」

 

 そんな僕の様子を見て、沙々さんは心配そうな表情でそう尋ねてくれた。ただこれだけ注目を集めている状況なので正直ありがたい。僕が頷くと、沙々さんは僕を教室から連れ出してくれたのだ。

 

 いつもの中庭にやって来た僕と沙々さんはベンチに座ると早速話を始めた。

 

「それでオレに用とはなんだ?」

 

 沙々さんがそう尋ねてきたので、僕は口を開き彼女に伝えた。

 

「実は勉強を教えてほしいんだ」

 

 そんな僕のお願いに彼女は不思議そうな顔で首を傾げる。それもそのはずだ。急にそんなお願いをされてもなんのこっちゃ? と思うのは当たり前だ。

 

 なので僕は沙知との勝負の経緯を話すことにした。沙々さんは静かに僕の話に耳を傾け、僕はこれまでの経緯を丁寧に説明する。

 

 僕が一通り話し終えると、沙々さんはしばらく思案した後、納得したように頷いた。

 

「なるほどな……つまり沙知に勝ちたくてオレに勉強を教えてほしいと」

 

 沙々さんの確認するような問いに僕は首を縦に動かして答える。それを確認した彼女の口角は少しだけ上がっているように見えた。

 

「しかし、良いのか島田……あの愚昧……沙知と本気で付き合うつもりか?」

 

 沙々さんが問いかけるのは無理もない。沙知の体質について誰よりも知っているからこその反応だと思う。僕はまっすぐ彼女の瞳を捉えて大きく頷く。

 

「沙知のこと好きだから」

 

 はっきりとした口調でそう伝えると、沙々さんは一瞬目を丸くしたが、すぐに元の表情に戻して笑みを浮かべる。

 

「そうか……そうか!! ハハハ、そうかぁ!!」

 

 どこか嬉しそうに沙々さんはそう声を漏らす。そんな彼女の反応に僕は首を傾げていると、彼女は再び口を開いた。

 

「いやなに、ここまでストレートに言ってくるとは思ってなくてな」

 

「そ、そう……」

 

 沙々さんの言葉になんだか急に恥ずかしくなる。別に事実を言っただけだから問題ないとは思うが。それでもそんな風に言われると僕も照れ臭い気持ちになる。

 

「惚れた相手のために努力するか、なかなかの根性で気に入ったぞ、島田」

 

「ありがとう、それで沙々さんにお願いしたいんだけど……」

 

 僕は照れくさくなる気持ちを抑えながら本題に入ろうとする。だけど僕がその言葉を口にする前に彼女は先に口を開いた。

 

「了解した、オレが島田に勉強を教えてやる」

 

「本当!?」

 

 そんな沙々さんの言葉に僕は嬉しさのあまり大きな声が出てしまう。まさか、こんなに簡単に了承してくれるなんて思ってなかったから素直に嬉しい。そんな僕に彼女は笑うのだった。

 

「ああ、ちゃんと面倒を見てやるよ。その代わりしっかり勉強してテストでうちの愚昧……いや沙知に勝つんだぞ?」

 

「もちろん!!」

 

 僕の言葉を聞くと、沙々さんは立ち上がって制服のスカートをパンパンとはたく。

 

「よし、なら早速今日から始めよう、放課後は空いているか?」

 

「うん、大丈夫」

 

 僕が返事をすると沙々さんは再び嬉しそうな表情を見せる。そんな彼女の顔がとても沙知にそっくりだった。やっぱり双子よく似ているなって思ってしまった。

 

「なら放課後は家で勉強するとしよう、その方が集中できるからな」

 

「いいよ……えっ!?」

 

 僕は沙々さんの言葉を聞いて頷きかけたのだが、ある事実を気づいて動きが止まる。そんな僕を不思議そうに見つめていた沙々さんに慌てて声を掛ける。

 

「僕の家?」

 

「いや、オレの家だ、問題あるか?」

 

 そんな僕の反応に小首を傾げる沙々さんだが、問題は大ありだ。女子の家に男子が行くのも問題だが、ましてやそれが沙々さんとなればなおさらだ。

 

 沙々さんの家ということは沙知の家ってことになる。つまり沙知の家に上がり込むということに。

 

「ん? 何か問題あるか?」

 

「いや、その……」

 

 言葉を濁す僕に対して彼女はそんな僕の表情を読んでか小さく笑う。

 

「ああ、さすがに年頃の男子が女子の家に上がるとなると抵抗があるか」

 

「うん……まあ……」

 

 そんな僕の反応に沙々さんは「ふむ」と小首を傾げる。

 

「しかしな、オレの家は島田も知っているし、それに一度来ていたと思うが?」

 

 沙々さんの言う通りだ。僕は彼女の家に一度来たことがある。そのときは沙々さんとは会わなかったけど。

 

「いや、そうなんだけどさ……」

 

 そんな僕の様子に沙々さんはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「オレに簡単に手を出すほど、島田の沙知への思いは低いものなのか?」

 

「それは違う!!」

 

 僕は間髪入れずに声を上げる。そんな僕の言葉に沙々さんは嬉しそうに微笑んだ。

 

「なら何も問題はないだろ? お前のその覚悟を見込んで誘っているんだから」

 

 その問いかけに僕は力強く頷き返す。そんな僕を見て沙々さんは笑うのだった。

 

「なら決まりだ」

 

 どこか楽しげな様子の沙々さんの言葉は僕の心にストンと落ちていく。彼女に誘われるまま、放課後の勉強会が決定したのだ。

 

「放課後待っているぞ、場所は校門前で会おう」

 

 そんな沙々さんの約束の言葉に僕は静かに頷いたのだった。




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十四話 『良い表情をするな』

 その日の放課後、約束通り沙々さんと校門前で合流をすると、彼女は踵を返して歩き始める。その背中を僕は追いかける。

 

 しばらく話ながら歩き続けていると、僕たちは沙々さんの家がある住宅街へと入って行った。

 

「着いたぞ」

 

 そんな短い言葉が聞こえてきたので僕は顔を上げる。そこにあったのは普通の二階建ての一軒家。

 

「すまないが少し待っててくれないか? 部屋の片付けと着替えて来るからな」

 

「え、あ……うん……」

 

 突然の彼女の申し出に驚きつつも僕は頷く。すると彼女はすぐに家に入って行く。その後姿を見ながら僕は待つことに。

 

 ここに来るのも二度目だ。

 

 最初は沙知と恋人同士になったその日に来たんだ。それから来ることが無かったから、こうして来るのは久し振りだ。

 

 そんなことを考えながら待っていると、玄関の扉が開き中から沙々さんが出てきた。

 

「すまんな、待たして」

 

「いや全然……その格好……」

 

 そんな僕の反応に沙々さんは優しく笑みを浮かべると僕に歩み寄る。

 

「これがオレの家にいる時のオレの普段着なんだ」

 

 そんな彼女の服装は、赤のジャージを羽織ったラフな格好だった。ショートヘアーの髪も相まってボーイッシュな雰囲気だった。

 

「さあ、上がってくれ」

 

「うん……」

 

 そんな沙々さんの言葉に従い僕は家の中に入ることにしたのだ。玄関で靴を脱ぎ家に上がると、玄関近くの部屋が目に止まる。

 

 そこは沙知の部屋。今は扉が閉まっていて中の様子を見ることが出来ない。

 

「沙知の様子はどう?」

 

「朝よりは大分落ち着いたみたいだ」

 

 そんな会話を続けながら沙々さんは階段を登っていき、僕は彼女の後をついていく。二階へと上がると、すぐ近くの扉を沙々さんは開く。

 

「ここがオレの部屋だ」

 

 そんな言葉を呟くと沙々さんは中へと入っていく。僕も続けて中に入り室内を見渡す。

 

 室内はベッドと机、それから本棚など必要なものが置いてあるが、何よりも目を引くのは部屋に飾られた物だ。

 

 ロボットのプラモデルにヒーローもののロボットのおもちゃ、それに工具類などが並べられている。沙知の部屋とは大違いで、男の子らしい部屋だった。

 

 見ているだけでワクワクするようなそんな気分になる。

 

「これ……全部沙々さんの?」

 

 そんな僕の率直な疑問に沙々さんは笑いながら答える。

 

「ああ、女子らしくはないがな、オレのコレクションだ」

 

 そんな自傷気味の発言とは裏腹に、沙々さんはどこか楽しそうに語る。

 

 きっとこのコレクションにはとても思い入れがあるんだと思う。

 

 そうでなければそんな風に語るわけがない。

 

「まあ適当に座ってくれ」

 

 そんな沙々さんの言葉に従って僕はテーブルの前に腰を下ろすと、彼女は自分のベッドに腰を下ろす。

 

「では勉強を始めよう……と言ってもテストまでニ週間ちょっとだからそんなに長くは教えることが出来ないが」

 

「大丈夫、沙知に勝つためだからしっかりやるよ」

 

 そんな僕の言葉に沙々さんは楽しげに頷く。

 

「ふふ、その意気だ、さて、まずは……そうだな……島田がどれだけ勉強できるのか確認したい」

 

「分かった」

 

 それから僕と沙々さんによる勉強会はスタートした。最初は僕がどの程度出来るのかを確認するために、彼女はテスト範囲の問題を出してくる。

 

 その問題を解き終わると、沙々さんはすぐに別の問題を出してくる。そんな繰り返しで気付けば一時間が経っていた。

 

「なるほどな、とりあえず基本は押さえてるところか、これならしっかりやれば上位には行けるだろう」

 

「あ、ありがとう……」

 

 その言葉を聞いて僕は安心する。終わってるレベルなんて言われたらどうしようかと思っていた。そんな僕の気持ちを見透かしたのか彼女は少し厳しい表情を浮かべた。

 

「ただな、沙知に勝つとなると、今のままでは厳しいな」

 

「そっか……やっぱり沙知って勉強は出来るの?」

 

 そんな僕の問いに沙々さんは苦笑いを浮かべながら頭を軽くかいていた。その反応を見た僕は少しだけ不安になる。

 

「ああ、あいつは手を抜かなければ、平気で満点を取れるやつだからな……手を抜いても平均九十点後半近くは取ることが出来るやつだ」

 

「そうなんだ……」

 

 やっぱり沙知は凄いやつなのだと改めて感じてしまう。元から分かっていたことだけど、こうして聞くと本当に沙知に勝つのは厳しいことを思い知らされる。

 

「今回に関してはおそらく手を抜いてくるはずだ」

 

「えっ……どうして?」

 

 彼女の発言に僕は首を傾げる。そんな僕の反応に沙々さんは理由を話してくれた。

 

「あいつは負けず嫌いだからな、基本的に負けない限りは手を抜く、直近のテストでオレに勝っているから相当舐めているだろうな」

 

 腹立たしいことなと付け加えた後、沙々さんは冷静に分析を始める。

 

「しかしだからこそ今回は付け入る隙が十分ある」

 

 確かに沙知が本気を出して全教科満点を取られてしまったら、もう勝ちはあり得ない。だけど、沙々さんの言う通り手を抜いているなら勝算は限りなく低いがゼロではない。

 

「実際に勝つとしたら、どのくらいの点数を取れば勝てると思う?」

 

「そうだな……理想はオール満点がベストだが……最悪どの教科も落とせて一、二問が限界だな」

 

 今回の試験の教科は五科目だ。それで落とせるのが一、二問と考えると、平均九十七点が最低ラインと考えた方がいいかもしれない。

 

 改めて勝利条件を考えると、相当厳しいのが分かる。

 沙知もそれが分かっていて僕に勝負を仕掛けてきたのだろう。絶対に無理だと。

 

 でも、だからこそ、ここで沙知に勝つことができれば、彼女に僕の本気を信じてもらうことが出来る。

 

 そんな強い気持ちと共に静かに拳を握りしめた時だった。僕を見て沙々さんが小さく笑う。

 

「良い表情をするな、島田は」

 

「えっ?」

 

 沙々さんのそんな言葉に僕はドキッとする。正直自分がどんな顔をしているのかなんて分からない。

 

 ただそんな僕を見て沙々さんはクスクスと笑っていた。

 

「何かを成し遂げようとする強い意思を感じられる、オレはそういうのは好きだ」

 

 そんな沙々さんの言葉に僕は驚いてしまう。まさかそんなふうに褒められるなんて思いもしなかったからだ。

 

「ありがとう」

 

 そう言って少し照れながら笑みを浮かべる僕に沙々さんは優しく笑い返してくれる。

 

 その顔はとても沙知にそっくりだったので、僕は思わず目線を逸らした。そんな僕の視線に気づいたのか沙々さんは不思議そうな表情を浮かべる。

 

「どうかしたか?」

 

 そんな沙々さんの質問に僕は少し慌てながら答えた。

 

「い、いや……何でもないよ……」

 

 何とか笑って誤魔化したが、僕の心臓はドキドキと鳴っていた。今の一瞬だけだけど沙々さんと沙知が同一人物に思えたからだろう。

 

 そんな僕の心情を察したのか沙々さんは優しく微笑み掛けてくれる。

 

「そうか、オレは沙知とそっくりだからな、あいつのことを好きな島田にとって少しやりづらいのは分かる」

 

 そんな沙々さんの言葉に僕は思わず俯いてしまう。そんな僕の反応を見てか、彼女はまた小さく笑いをこぼすのだった。

 

「まあ、少しお茶に休憩しよう、やらなければならないことは多いが根をつめ過ぎては身が持たないからな」

 

 そういって立ち上がると、沙々さんは部屋から出ていこうとする。その際に僕の横を通りすぎると、彼女からいい匂いが漂ってきた。

 

 それは沙知と同じ女の子っぽい柔らかな柑橘系の匂いだった。

 

 その匂いに思わずドキッとしてしまった。

 

 沙々さんは僕のそんな反応に気付かずに部屋から出て行った。

 

 一人沙々さんの部屋に残された僕。静かな部屋に心臓の鼓動だけが聞こえる。

 

 その音が妙にうるさく感じて、僕は思わず頬を軽く抓る。

 

「何やってんだろ……」

 

 そんな言葉が自然に漏れてくる。バカらしいと自分でも思っているが、そうでもしないと落ち着かないのだ。

 

 彼女と同じ髪の色。

 

 彼女と同じ声。

 

 彼女と同じ瞳。

 

 彼女と同じ顔。

 

 彼女と同じ匂い。

 

 別人だと分かっていても、ふとした拍子で沙々さんを沙知と錯覚してしまうのだ。

 

 そう認識してしまうたびに僕の胸が高鳴るのだった。

 

 いけない……まただ。

 

 そんな鼓動に思わず顔を横に振りながら意識しないようにする。

 

 相手は沙々さんだ……今日、僕の話を聞いてくれて力になってくれた恩人。決して沙知ではない。

 

 僕は自分にそう言い聞かせながら気持ちを落ち着かせるため、周囲を見てみる。

 

 このまま考え事をしていると、思考が堂々巡りしそうな気がしたから。

 

 あんまり人の部屋をじろじろと、しかも女の子の部屋をジロジロと見て回るのは失礼だよなと思いつつも、視線をさ迷わせてしまう。

 

 ただ沙々さんの部屋はあまりにも女の子っぽくない。部屋の主である沙々さんは、とてもボーイッシュで喋り方も男みたいな時があるから、余計にそう思うのかもしれない。

 

 それも相まってか、本当に女の子の部屋なのかと疑いたくなるほど男っぽい部屋だ。

 

 ロボットのプラモデルに、ヒーローモノのおもちゃに、工具。男が好きそうなものが並べられている。何だったら家具とか小物に関しては赤色が多い。

 

 赤色が好きなんだなと思いながら、沙知の部屋を思い出す。

 

 そういえば沙知は黄色系が好きだったな。本が多いし、結構可愛い小物も多い部屋だった。

 

 そう思うと、そんな些細な所で彼女と沙々さんは違うんだなと思うのだった。

 

「何か面白いモノでもあったか?」

 

 そんな沙々さんの声が聞こえてきて、僕は現実に引き戻される。いつの間にか、お茶をお盆に載せた沙々さんが戻ってきていたのだった。

 

「どうかしたか?」

 

 不思議そうな顔で沙々さんは僕を見るので、僕も思わず狼狽してしまう。こんな不躾に見ていればそれは不思議にも思うよな。

 

「え~と……その……」

 

 慌てていたせいで上手い言葉が出てこず思わずしどろもどろになってしまう。とりあえず何か話題がないかと視線をさ迷わせると、僕の目に入ってきたのはとても見覚えのあるゴーグルだ。

 

「あれは……?」

 

 まるでスパイ映画に出てきそうな大きなゴーグル。そう、沙知が作った例の透けるゴーグルだった。

 

「ああ、あれが気になるのか……そうか……気になるか……」

 

 すると何故か沙々さんが少しだけ含みを持たせた言い回しで呟いた。そんな沙々さんに僕は小首を傾げる。

 

 そんな僕の反応を見てか、彼女はニヤリと笑みを浮かべると、持ってきたお盆を机の上に置き、おもむろにそのゴーグルを手に取ったのだった。

 

「フフフ、これが気になるのか島田?」

 

 沙々さんは手にしたゴーグルを僕に見せつけるように構える。あっ、この流れとても見覚えのある。

 

「まあ気になるかな……」

 

 そんな僕の反応に沙々さんは嬉しそうに笑みを浮かべると、だろだろと言いたげに頷いて見せる。

 

「これが気になるか~どうするか~教えてもいいが……」

 

 そんなわざとらしい反応にとてもデジャブを感じる。というか反応が全く沙知と一緒だ。

 

 もうこうなれば次に言う言葉も予想できる。

 

「そうだ、せっかくだ、着けてみるといい!!」

 

 うん、思った通りだ。この姉妹根っこは同じだ。

 

 こんなことで気付かさせる僕だった。




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十五話 『誰か来てるの?』

 それから沙々さんに例のゴーグルを付けられて、沙知のときと同じようにあれやこれや説明を受けた。

 

 まあその機能については既に沙知から聞いているだが……。

 

 そんなことを考えながら沙々さんの説明に耳を傾ける。しかし専門用語ばかりで全く理解ができない。

 

 あとゴーグルのモーター音を聞くだけで興奮するとか、このゴテゴテした見た目だけでテンションが上がるとか……。

 

 僕にはちょっと分からない世界の話だなと思いつつも、ここまで熱く語ってくる沙々さんに僕は驚いていた。

 

 一見クールそうな彼女が子どものように目を輝かせながら語っている。

 

 その姿にどこかギャップを感じながらも、不思議と違和感は感じない。やっぱり沙知とそっくりだからだろうか。

 

 それから一通りの説明を聞いた後、ゴーグルは外してもらえたのだが、沙々さんはとても満足そうで僕も何故かホッとするのだった。

 

「すまない、話しすぎたな……」

 

 そんな反省した様子の沙々さんを見ると僕は何だか可笑しくて笑みがこぼれる。

 

「気にしてないよ」

 

 僕がそう答えると沙々さんも安心したようで穏やかな笑顔に戻った。ただ少し照れくさそうに頬を掻いている。

 

 それからお茶を飲みながらしばし談笑した僕たちは、ゆっくりと休憩を取った後、勉強を開始することにした。

 

 途中、何度か休憩を入れながら、僕は沙々さんの指導の下、テスト範囲の復習と重要事項の確認などを行い、あっという間に時間は過ぎていくのだった。

 

「今日はここまでにしよう」

 

 日が完全に沈んだ頃、僕の疲れ切った様子を察したのか沙々さんがそう提案してくる。

 

「分かったよ、今日はありがとう」

 

 僕はその提案に素直に従うことにした。さすがにいつもしないことをしているせいか疲労感が半端ではない。

 

「どうだ、これからやれそうか?」

 

 そんな沙々さんの問いに僕は考える。

 

 正直自信もないし、本当に沙知に勝てるのかと不安に思っている。ただ……。

 

「うん……やれそう……いや、やる……」

 

 それは確かな気持ちだった。沙知に僕の気持ちを信じてもらうために負けられないし、何より沙知と真剣に向き合いたいと思ったから。

 

 もちろんまた明日になったら不安がぶり返すかもしれない。いや、多分、ずっと不安が消えることはないと今は思っている。

 

 でも、それでもやると決めたからには絶対にやると僕は決めたのだ。

 

 そんな僕の答えに沙々さんは微笑んでくれた。

 

「そうか……」

 

 それだけ言って、沙々さんは立ち上がると、ノートや文房具を片付け始めた。

 

 僕も自分の文房具をカバンにしまうと、部屋から出る準備をする。

 

「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ」

 

 そう伝えると沙々さんはお見送りしてくれるのか一緒に部屋から出てくれる。そのまま玄関まで行くと、靴を履いてから沙々さんのほうを向く。

 

「今日は本当にありがとう」

 

 僕は改めて沙々さんにお礼を言った。何から何まで僕の面倒を見てくれた彼女には頭が上がらない。

 

「気にするな、オレが好きでやったことだ」

 

「それでもお礼は言わせて欲しいよ」

 

「そうか……だが、テストまでこれから毎日続けるんだ、いちいち礼など言われると、こちらとしてはむず痒い、礼は島田があいつに勝ったときにしてくれ」

 

 そんな沙々さんの言葉に僕は笑いながら分かったと伝えた。

 

 沙々さんにちゃんとお礼が言えるように僕自身が頑張らなくてはと決意を固めた。

 

 そんなことを考えていると、ふと、沙知の部屋の扉に視線が行く。

 

 今、彼女は何をしているんだろうかと気になったのだ。

 すると、タイミングが良いのか悪いのか、丁度扉が開かれた。

 

「あれっ? お姉ちゃん、誰か来てるの?」

 

 そう言いながら沙知は室内から顔を出してくる。そして、こちらへと視線を向けた瞬間、僕と目と目が合う。

 

 すると沙知の目が一瞬見開かれた後、パタンと静かに扉を閉じた。

 

 しかし、すぐにまた扉が開き、沙知が部屋から出てきた。

 

 出てきた沙知の服は学校を休んだため、当然制服ではなく私服だ。

 

 寝間着だろうか。彼女が好きな色である黄色がメインとした可愛らしい動物が描かれているパジャマだった。

 

 ただ若干サイズが合っていないのか、大きめの胸元のせいで、屈んだりしたら見えてしまいそうで少しドキドキしてしまう。

 

 ただそれ以上に僕は彼女の寝間着姿を見て、こんな状況だというのにドキッとしてしまった。

 

 それにヘアスタイルはいつも学校でしているようなポニーテール姿ではなく、髪を解いている状態だった。そのため印象が少し違って、ちょっと可愛く見えてしまう。

 

 そんないつもと違う沙知の姿に僕の鼓動が早くなるのを感じるのだった。

 

 そんな沙知に見惚れていると、彼女はそのまま玄関の前までやってくる。そして沙々さんの後ろで僕をじろじろと見つめてきた。

 

 何故か無言で見つめてくるので、僕は思わずたじろいでしまう。

 

 そんな僕の気持ちなど知らないであろう沙知は、ひとしきり僕を見た後、いつものような笑顔で僕に話しかけてきた。

 

「えっ!? もしかしてお姉ちゃんの彼氏!?」

 

 まるで僕とは初めて会いましたと言わんばかりの沙知の反応。

 

 やっぱり沙知は僕のことはまた忘れているみたいだ。それは分かっていたことだが、実際にされると堪えるものがある。

 

 僕はそんな気持ちを堪えていると、沙々さんは呆れ顔で答えた。

 

「おまえは何を馬鹿なことを言っているんだ」

 

「えぇ~? だってお姉ちゃんが男の子を家に上げているのって初めてじゃない?」

 

 沙知がそう反論すると、沙々さんは呆れながらも真面目に答える。

 

「そもそも島田とはそんな仲じゃない、ただの友だちで、家に上げたのも勉強会のためだ」

 

「へぇ……そうなんだ……」

 

 そんな沙々さんの言葉に納得しながらも疑っている様子の沙知は僕と沙々さんの交互に視線を向ける。

 

 

 僕はそんな沙知に何を話していいか分からないでいた。すると、沙知はこちらに顔を近づけて僕を見つめる。しかもとてもニヤニヤとした笑みを浮かべながら。

 

「もしかして……大人の勉強会って奴?」

 

「なっ!?」

 

 いきなりの言葉に僕は顔が真っ赤になるのを感じる。そして焦りながらしどろもどろに答えた。

 

「い、いや、別に……そういうことはしてないから!!」

 

 そんな僕の様子を沙知はますます面白そうに笑う。

 

「あははっ、顔真っ赤にして面白いね」

 

 そんな無邪気な笑みを浮かべながら僕の顔を覗き込んでくるのは本当に心臓に悪い。

 

 彼女の顔がとても近くて、僕は思わず視線を外しそうになる。

 

「あまりからかってやるな」

 

「イタッ!!」

 

 沙々さんが沙知の頭に軽くチョップを入れる。沙知は叩かれた頭を撫でながら、上目遣いで沙々さんを睨み付けた。

 

「もうっ!! 痛いよお姉ちゃん!!」

 

「おまえが島田をからかっているからだ」

 

 沙々さんはそう言い放つと、沙知は少し拗ねたように頬を膨らませると口を開いた。

 

「えぇ~だってお姉ちゃんが男の子を連れ込むなんて初めてだもん」

 

「さっきも言ったが、テストの勉強のために連れてきただけだ」

 

 沙々さんはそう言い聞かせるように答えると、沙知は首を捻ってから沙々さんに言った。

 

「テスト? 何の?」

 

 沙知は頭に疑問符を浮かべ、まるで意外な答えが返ってきたことを表すような態度だった。

 

 それに対して、沙々さんは呆れた顔で説明する。

 

「学校の、もうすぐ中間だ、そのために島田に勉強を教えていた」

 

「ああ!! そっかそっか!! あったねそんなの!!」

 

 沙知はポンッと手を叩くと、納得したように頷く。そして少し考えるような素振りを見せてから、再び口を開いた。

 

「でも、テスト勉強ならお姉ちゃんじゃなくてあたしに頼れば良いのに、あたし学年トップだから頭良いよ」

 

 そんな提案をしてくる沙知に対して、僕は思わず胸が痛くなった。

 

 彼女は僕との約束も忘れている。そんな事実が僕を締め付けてくる。

 

 そんな僕の表情を沙知は不思議に思ったのか、僕を覗き見る。

 

「あれ? どうしたの?」

 

 沙知が首を傾げるので、僕は慌てて表情を取り繕い答える。

「い、いや別に何でも……」

 

「そう? なら良いけど」

 

 そんな僕の反応に沙知は少しだけ怪訝な表情になりつつも、あまり追及する気はないらしくあっさりと引いてくれた。そんなやり取りを見ていた沙々さんが口を開く。

 

「さて、とりあえず今日はもう帰れ島田……」

 

 沙々さんに促されると、僕は玄関の扉を開けて外へと出る。

 

 外へ出るとすっかり暗くなり、街灯が明々と灯っていた。そんな周りを見ていると、沙々さんも外にやってくる。沙知はさすがに出てこなかったので、少しほっとした。

 

「島田……あいつは相変わらずあの調子だ……それでもやるのか?」

 

 沙々さんの問いかけに僕は迷いなく答える。

 

「もちろんだよ」

 

 僕が力強く伝えると、沙々さんは真剣な眼差しで僕を見つめながら口を開いた。

 

「そうか……なら最後まで付き合うぞ……」

 

 そんな沙々さんの気遣いに僕は素直に感謝した。やっぱり良い人だなと再認識する。

 

「ありがとう……」

 

 僕がそうお礼を伝えると、沙々さんはフッと笑って見せる。そしてそのまま彼女は家のほうへと歩き始めた。

 

 そして玄関の前に立つと、僕のほうヘ振り返り口を開く。

 

「それじゃあ、またな島田」

 

「また明日」

 

 そう伝えると沙々さんは家の扉を開けて中に入る。それを見届けた後僕は一人自宅へと帰るのだった。




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十六話 『顔……すごく赤いよ?』

 それからの毎日は、佐城家で沙々さんに勉強を教えてもらった。

 

 放課後、学校が終わればそのまま佐城家へと行き、沙々さんとの猛勉強に励んだ。

 

 休日もありがたいことにわざわざ時間を割いてもらい、勉強を見てもらったりもした。

 

 本当に沙々さんには頭が上がらない。改めて僕のお願いを聞いてくれたことに感謝するばかりだ。

 

 そんな佐城家にお邪魔するようになってから数日が経過したある日のこと。いつも通り二人で勉強をしていたときのことだ。

 

「島田は沙知のどこが好きなんだ?」

 

 勉強の休憩時間に、沙々さんが唐突にそんなことを聞いてきた。あまりに唐突な質問だったため、僕は何を聞かれているのか理解が遅れてしまう。

 

「えっ? どうしていきなり……?」

 

 そんな沙々さんの問いかけに戸惑いを隠せない僕を見て、沙々さんは可笑しそうに笑った後、口を開く。

 

「いやなに、ちょっと気になってな……あの面倒な妹のどこが好きなんだと思ってな」

 

 沙々さんの表情はふざけている様子はなく、ただ純粋な興味といった感じだ。

 

「正直なところ、顔とスタイルだけなら美少女の部類に間違いなく入る、ただし黙っていればの枕詞が入るが」

 

 沙々さんは沙知のことを誉めているのか貶しているのか良く分からない言葉で絶賛する。

 

「まあ、オレに瓜二つの双子の妹だから美形なのは当然だが」

 

 さらっと自分も美形であると宣言するあたり、沙々さんはなかなか自分の容姿には自信があるようだ。

 

 というかこの姉妹は結構自分のことに自信満々だよな。沙知もそうだけど、沙々さんもかなり。

 

「正直な話、髪型を同じにすれば、見た目は同じ以上、顔やスタイルで選んでいるならオレのほうがまだあいつよりかは手間がかからないはずなんだ」

 

「たしかに沙々さんも綺麗ですもんね……」

 

 僕は目の前に座る沙々さんを改めて眺める。短くてさらさらの黒髪、清潔感もあり顔も美形だ。背も高くスタイルも良いし、まさに非の打ちどころがないと言えるだろう。

 

 本当に外見だけで選ぶならこの姉妹はどっちも間違いなく美少女だ。

 

「島田が外見重視で選んでいるのなら、オレと付き合う方が何かと都合がいいだろうに、例えば……」

 

 そう言い掛けて沙々さんはこちらに近づくと僕の耳元で囁く。

 

「夜の付き合いなんかもな……」

 

 そんなちょっとからかい気味に言う沙々さんの言葉に僕は思わず赤面した。そんな僕を見て沙々さんがニヤニヤと笑う。

 

「おぉ、顔が赤くなっているぞ島田」

 

「やっ、やめてよ沙々さん……」

 

 沙々さんの肩を持って、軽く押しのけようとする僕を見て、沙々さんは楽しそうに笑う。

 

「ハハハ、面白い反応をするな、ならこういうのはどうだ?」

 

 沙々さんは喉の調子を合わせるかのように咳払いをすると、少し声を高くしながら言う。

 

「頼那くん、アタシのこと好き?」

 

 彼女の口から聞こえてきたのは、沙知と同じ声だった。声のトーンやイントネーション、口調はとても似ている。

 

 その変わりように僕は思わずドキッとしてしまう。沙々さんはいつもの口調よりさらに高めの声で続けた。

 

「ねぇ……頼那くん……」

 

 これは絶対にわざとやっているだろう。というか口調だけじゃなくて仕草までそっくりなため、本当に沙知が言っているようにしか見えない。

 

 ただでさえ、沙知にそっくりな沙々さんを見ているだけでドキドキすることがあるのに、口調まで沙知とそっくりにされたらさすがに冷静でいられない。

 

「どうしたの? 顔……すごく赤いよ?」

 

 そんな沙々さんがさらに顔を近付けてくる。沙々さんの青い瞳に僕の顔が映る。息遣いさえも聞こえてきて、こんなに近い距離に沙々さんがいると思うとますます心臓がドキドキしてくる。

 

「なんてな、さすがにこれはやりすぎた……しかし、おまえ本当に分かりやすく顔に出るな」

 

 沙々さんはそんな僕の反応を楽しそうに笑った。そんなに表情に出ているのかと僕は両手で顔を隠すが既に遅いだろう。

 

 そんな僕とは正反対にまったく表情の変わらない沙々さんの姿になんだか悔しくなる。

 

「そもそもなんでそんなことを突然聞いてきたんだよ……」

 

 僕が沙々さんの行動に少し拗ねたように問い掛けると、沙々さんは答えた。

 

「いやなに、どうして島田があいつのことを好きになったのか気になってな」

 

「それが今のやり取りと何か関係が?」

 

「簡単な話だ、外見や仕草、口調、合わせようと思えばオレと沙知は見分けがつかないレベルでそっくりだ、それは分かっただろう」

 

 そんな沙々さんの言葉に僕は頷く。

 

「だとしたら、お前は何をもってあいつを選んだのか、それが知りたくてな」

 

 そう答える沙々さんの顔は、僕に対して真剣な目をしている。その表情に僕はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「色々と制限が多いあいつを好きでいられ続けるその理由を知りたくてな……」

 

 彼女はそう言い切り、僕の目を見つめ続ける。しかし僕自身も沙知を好きになった理由を言葉にすることが出来ないため困ってしまう。

 

 ただ漠然と彼女が好きで好きでしょうがないというのが僕の中にあるだけだ。あとあるとすれば……。

 

「沙知の笑顔を一番近くで見て、彼女のことを知りたいからかな……」

 

 僕の言葉に沙々さんは呆気を取られたような表情をして、ハッと笑い出す。

 

「ははっ……そうかあいつのことを知りたいか……」

 

 そしてなぜか少し遠い目をした後、納得したような顔になる。

 

「これは確かにあいつに効く言葉だ、なるほどな、あいつが交換条件を出すのも分かる」

 

 一人で何やら納得しながらぶつぶつと言っているが僕には何のことかさっぱりわからない。

 

「なら、あの愚妹の彼氏、オレの義弟になるかもしれない島田にアドバイスしてやろう」

 

「お、義弟!?」

 

 いきなりの発言に僕は目を丸くする。確かに沙知との恋人関係が上手く行って、そのままゴールインしたらそうなるわけだけど……。

 

 内心動揺している僕に沙々さんは真剣な顔付きで言う。

 

「良いから聞け」

 

 その言葉で僕は心をどうにか落ち着かせる。沙々さんはそんな僕を見つめながら言葉を続けた。

 

「島田も知っての通り、あれは知ることに対して貪欲な獣みたいなものだ」

 

「け、獣?」

 

 沙々さんの口から出た突然の発言に僕は戸惑う。でも沙々さんはそんな僕を置いてさらに話を進める。

 

「ああ、自分の興味あるものに対して自分が納得するまで知りたいという欲求があいつの身体を突き動かしている」

 

 そのせいで無茶して体調崩すのはいただけないが、と付け加えて沙々さんは言う。

 

「だから、あいつは知ることの楽しさと同時に残酷さもよく知っている」

 

「残酷さ……」

 

 沙々さんの言葉を繰り返すように僕は呟いた。その言葉に彼女は頷く。

 

「知らなくていいことまでを知って、後悔してしまうこともたくさんやらかした」

 

 それはとても寂しそうな表情を浮かべ、後悔していることが分かる。

 

 そんな沙々さんの様子に僕は沙知の過去に何があったのか気になったが、それは今は聞かない方がいい気がしてただ彼女の話を聞く。

 

「だから、あいつと付き合いたいと思ったなら覚悟がいるぞ……」

 

 そう呟く沙々さんの瞳はどこか遠い過去を見つめているような感じがした。僕はそんな沙々さんの様子を見つめることしか出来ない。

 

 そんな僕に気付いたのか、彼女はすぐにいつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

「すまない、話を戻そう……島田はあいつにお前の本心が本物だと伝えたいんだろ?」

 

「まあ、うん……」

 

 沙々さんの問いかけに僕は曖昧に頷く。本当はもう一度沙知と恋人関係に戻りたいけど、現状それが叶わないから、せめて僕の気持ちを信じてもらいたい。だから、そのためにこうして勉強をして沙知に勝とうとしている。

 

 そんな僕に対して、沙々さんは僕の瞳をまっすぐ見ながら口を開く。

 

「ならば、島田は考えなければならない、なぜあいつがこの条件を提示したのか、なぜあいつはお前の好意を知ろうとしないのか」

 

 その言葉で僕はハッとする。そうだ、僕の気持ちを信じて貰うことに精一杯で沙知が何を考えて、この条件を提示したのかを考えようとしなくなっていた。

 

 僕は自分のことばかり考えていて肝心な沙知の気持ちを蔑ろにしかけていたことに気付く。

 

「けど、何で沙々さんはわざわざ僕にそんなことを?」

 

 僕が思わずそう尋ねると、沙々さんは表情を和らげて言った。

 

「何、あの愚妹のためだ、あいつも彼氏がちゃんとできれば、少しは落ち着くだろうって思ってな、それに……」

 

「それに?」

 

「オレが島田のことを気に入ってるのも理由だな、オレの恋人に欲しいくらい……」

 

 僕は最後の言葉に対して驚いてしまったが、そんな僕の様子に沙々さんは盛大に笑う。

 

「ハハハ、安心しろ冗談だ」

 

 そんな彼女の態度に僕は苦笑いで応えるしかない。そんな僕の様子に沙々さんはニヤリと笑って見せると口を開いた。

 

「まあ、とにかくだ島田……あいつに伝えたいことがあるならオレの言ったことを忘れるなよ」

 

 そう言うと彼女は教科書を開いて勉強を再開しようと合図を送る。

 

「ありがとう」

 

 それだけ伝えて僕も沙々さんに続いて教科書を開いて勉強を再開するのだった。




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十七話 『お前はよくやった』

 テスト当日まで、沙々さんと勉強会を続け、家でも遊ぶ時間を減らして、寝るギリギリまで勉強を続けた。

 

 最初の数日は僕のその姿を見て、親は驚いた顔をしていたが、次第に察してくれたのか何も言わずに見守ってくれていた。

 

 時折、飲み物や夜食を持ってきてくれたりと、僕の自主学習をサポートしてくれていた。その心遣いに僕は感謝しかない。

 

 そんな沙々さんや家族の支えのおかげで、勉強への意欲を失わずに済み、試験期間を過ごしたのだった。

 

 そしていよいよテスト当日になった。

 

 僕は勉強した甲斐があって、なかなか手ごたえを感じ、人生で一番の出来ではないかと思えるほど。

 

 それに沙々さんにもやることはやった、あとは、落ち着いて取り組めと言われ自信を持ってテストに臨むことができた。

 

 二日間にもおよぶ中間テストを終えると、そのまままっすぐ帰宅してベッドにダイブする。

 

「疲れた~」

 

 さすがにずっと張り詰めて勉強していたせいか身体中が疲れきっていた。普段そんなに勉強しているわけじゃないから、余計そう感じてしまう。

 

 だけどなんとか中間テストは終わった。あとは結果を祈るだけだ。

 

 もし沙知より順位が上なら……沙知にもう一度告白しよう。僕が沙知をどれだけ好きなのかちゃんと伝えるんだ。

 

「はぁ~……ちゃんと問題解けたかな……」

 

 そんな心配事が疲れ切った僕の口から漏れる。するとどんどん不安が募ってしまう。

 

 スペルミスしてないよな。解答欄ちゃんと合っていたよな。あの計算正しいよな。

 

 一度溢れだしたら、どんどん出てくる不安感に僕は布団を被ると、無理矢理にでも眠ることにした。

 

 今日の僕はやりきったんだ。だから不安になることなんてない。そう言い聞かせながら。

 

 そして迎えたテストの返却日。僕は答え合わせは自信満々で余裕綽々と言った感じで……ではなく、結局、不安に思いながらこの時を待っていた。

 

 正直、めちゃくちゃ緊張して吐きそうになるくらい心臓がドキドキしていた。

 

 昨日なんて、結局眠れず、気持ち悪すぎて薬飲むくらいには緊張していた。

 

 やっぱり沙々さんからのお墨付きといっても、実際僕自身ちゃんと出来ていたかと言われたら確証を持てなかったから。

 

 そんなことを考えているうちに、ついに最初に数学のテスト結果が返却される日が来た。

 

 一呼吸、深呼吸をした後、意を決して僕は解答用紙を受け取りに先生のところへと行く。

 

「よし……って、まじか」

 

 解答用紙を受け取った瞬間僕は目を疑った。本当にこれ夢じゃないのかと思い自分の頬を抓ってみる。

 

 普通に痛い……やはりこれは現実だ。

 

 数学のテストの点数、九十七点。これまでの僕では考えられない点数だ。自分でも驚いてしまうような点数に僕はただただ戸惑う。

 

 多分、これは沙々さんの勉強会のおかげだろう。

 

 問題傾向を教えてくれたり、解き方の基本など、僕が一人でやっていたらとてもこんな点数は取れていない。本当に彼女には頭が上がらない。

 

 僕のテストを勝手に覗き込んできた佐々木は僕の点数を見て思わず大声を上げ、先生に怒られていた。

 

 それから次々と解答用紙が返却されていく。残りのテストもそのどれもが九十点台を越えていて、これまでだったら考えられない点数だった。

 

 そんな満足のいく点数が取れたことに僕は浮かれると、同時にこのテストで沙知が僕に負けたらどうしようかと不安にも思っていた。

 

 沙々さんの話を聞く限り、これでもかなりギリギリのライン。確実に勝つんだったら満点を取れれば良かったんだけど、今の僕ではここが限界。

 

 あとはただ祈るくらいしか僕には出来ることがなく、そわそわとしながら順位が発表されるのを待つしかない。

 

 ちなみに沙々さんには自分の点数を伝えてある。彼女も僕の点数を聞いて、褒めてくれたが、沙知に勝てるかははぐらかした。

 

 そうして一週間が経った頃にようやくテストの順位が張り出された。

 

 昼休みに僕と佐々木は確認しに掲示板の前に来ていた。掲示板の前にはたくさんの人が集まり、自分たちの順位を確認しては一喜一憂している。

 

「なあ……なんか心臓が張り裂けそうなんだけど」

 

 僕は震え声でそんなことを言う。その様子を見て佐々木は笑う。

 

「いやお前、ただ成績を確認すんだけだろ?」

 

 そうなんだけど、ここまで来てやっぱり逃げたい気持ちが芽生え始めてしまった。けど、確認しないとずっと不安でいっぱいで夜も眠れなくなる。というか、ここ一週間はマジで眠れなかった。

 

 休日だって気が休まらなくて、次のテストに向けて無駄に勉強するくらいだ。だから、ここまで来たら確認しないわけにはいかない。

 

「ほら、早くしろって」

 

 佐々木にそう言われ、僕は思い切って順位を見に行くことにした。

 

 何はともあれまずは一位の名前を確認する。もし沙知が一位なら僕の負けだ。

 

 そもそも入試を首席で通した彼女が、ここに名前がなければまだ僕にチャンスはある。

 

 僕は不安の気持ちを抱えながら、恐る恐る一位の名前を確認する。

 

 そこに書かれた名前を見て僕は絶望した。

 

 一位、佐城と書かれていたのだ。

 

 その事実に僕はその場に崩れ落ちそうになる。

 

「おい! 島田大丈夫かよ……」

 

 そんな僕を見て佐々木が心配そうに声を掛ける。僕は何とかふらつきながらも立ち上がった。

 

「うん、大丈夫……けど、ダメだった……」

 

 僕のその言葉で彼は察してくれたのか何も言わない。ただ悲しそうな表情を浮かべただけだった。

 

 そんな彼の姿を見て、僕がこれ以上心配をかけないよう気丈に振る舞う。

 

「まあ、しょうがない、相手は学年一位なんだからさ……さすがだよ沙知……」

 

 僕はそう言いながら自分に納得しようするが、心にくるものがある。でも何とか我慢しながら笑うことが出来た。

 

「じゃあ、教室に戻ろ……」

 

 僕はこれ以上ここにいたくなくて、すぐにでもその場を離れようとしたが……。

 

「おっ、島田か、順位はどうだった?」

 

 タイミング悪く沙々さんが僕に気付き声を掛けてきた。僕は顔を引きつらせながら彼女を見る。

 

 僕の顔を見た沙々さんは僕が何を思っているのか察したようで、口を開いた。

 

「その様子だと……いや、何も言うまい」

 

 その言葉に僕は顔を上げて沙々さんを見る。そんな僕に沙々さんは優しく微笑みかける。

 

「島田、お前は今回かなりの努力をした、それはオレがよく知っている」

 

 沙々さんの言葉に僕は小さく頷く。

 

 そう、努力したはずだ……必死に勉強して頑張って、いい点数を取ったのに沙知は上を行った。

 

「お前はよくやった、偉いぞ島田」

 

「あ、姉御……」

 

 沙々さんの言葉に僕の瞳から涙が流れる。

 

 あんなに必死にやって負けたというのに、この人だけは僕を褒めてくれる。それが何より嬉しくて僕は涙をこらえることができなかった。

 

「い、いや……泣くなよ島田……あと、姉御って呼ぶな」

 

 僕の涙を見て慌てだす沙々さんに、僕も何とか泣きやもうとするが全然止まらない。すると、沙々さんはいきなり僕を抱きしめ、頭をポンポンと優しく叩いてくれた。

 

「島田、よく頑張ったな」

 

 そんな沙々さんの優しさに僕はしばらく甘えさせてもらった。本当に僕の涙腺はおかしくなってしまったのかもしれない。そう思えてしまうほど涙が止まらなかった……。

 

 どのくらい泣いていたか分からないがようやく落ち着いた僕は沙々さんから身体を離した。

 

「ありがとう、沙々さん……」

 

「気にするな、オレとお前は共に勉強した友だ、これくらい当然だ」

 

 沙々さんにそう言われて、僕は再び泣きそうになるがなんとか堪えて話を続ける。

 

「本当に沙々さんのおかげで今回のテストはいい成績を取れたよ、ありがとう……」

 

 僕はそう言って改めてお礼を言う。そして僕が今まで頑張った成果が全て出し切れたと、心から思えたのもきっと彼女のお陰だ。

 

 本当に沙々さんには感謝しかない。

 

「それは何よりだな、ではオレも自分の順位を確認するとしよう、今回はあの愚妹に負けたようだが、自分の順位は気になるからな」

 

 沙々さんはそう言って、僕の隣から離れ掲示板の方へとゆっくりと歩いていく。

 

 沙々さんが離れたところで佐々木が驚いた顔で僕を見ていることに気付いた。

 

「島田お前……何で佐城姉とそんなに親しく話してるんだよ!!」

 

 どうやら彼は僕と沙々さんが親しげに話している姿を見て、驚いてしまったようだ。

 

「お前あれか!? 佐城妹がダメだったから、佐城姉に鞍替えってか!! しかもあんな優しくしてもらうなんてうらやましすぎだろ!!」

 

 僕が沙々さんと話していたのがどうやら気に入らないみたいで、何やら訳の分からないことを言いながら怒っている佐々木。

 

「いや、鞍替えとかじゃないから!!」

 

 そんな彼の勘違いに僕は全力で否定しておいた。何を勘違いしているか知らないけど、そこだけは強く否定する。

 

「チックショー、俺だってスタイル良い女子に優しくされてぇよ」

 

「それ、佐城さんの前で言ったらぶっ飛ばされるよ……」

 

 そんな僕の忠告を聞いているのかいないのか、彼は悔しそうに掲示板の方を見る。僕も彼が見た方を見るとちょうど沙々さんが自分の順位を確認している最中だった。

 

 すると、突然、沙々さんは慌てた様子でこちらに戻ってきた。

 

「沙々さん? どうしたの?」

 

 僕は彼女の慌てように声を掛けると、彼女は僕の腕を掴み掲示板の近くまで僕を連れて来た。

 

「あれをちゃんと見ろ……」

 

 彼女の突然の行動に僕は訝し気に思いつつも沙々さんが指さす方を見てみる。

 

 するとそこには……

 

 1位:佐城沙々 491点

 

 2位:島田頼那 487点

 

 3位:佐城沙知 486点

 

 そう書かれていた。つまり一位が沙々さん。二位は僕、そして三位はまさかの……沙知。

 

「はぁ!!??」

 

 思わず僕は驚きの声を上げてしまった。

 

「お前ちゃんと名前まで見ずに勝手に負けたとか勘違いしたんじゃないだろうな?」

 

 僕の様子を見て沙々さんが呆れたように言ってくる。

 

 確かに名前まで確認してなかった。

 

 そもそも沙々さんも佐城って名字なの完全に忘れていた。不安でいっぱいいっぱいで失念ってレベルじゃない。

 

 そしてさっきまでの自分の行動を思い出して恥ずかしくなってしまった。

 

 顔すごく熱い。いま、絶対顔真っ赤なんだろうなって分かる。

 

「とりあえず……おめでとう、島田」

 

 沙々さんはそう言って僕に微笑みかけた。

 

「うん……ありがとう、沙々さんも一位おめでとう……」

 

 真っ赤になってしまった顔を見せたくないから俯きながら僕は沙々さんにお礼を言う。

 

「ああ、お互いよく頑張ったな」

 

 僕の目の前に手を差し出す沙々さん。そんな彼女に僕は躊躇いつつも手を出すと彼女はその手を強引に掴み握手してきた。

 

「よし、ここからお前の正念場だ、頑張れよ」

 

「うん、沙々さんのおかげでなんだか頑張れそう」

 

 そしてお互いに頷きあうと、沙々さんは手を離して、視線を別に向ける。

 

「それで? お前はいつまでコソコソしているつもりだ?」

 

 そんな沙々さんの言葉に僕は振り返る。そこにはおずおずといった感じで僕たちを見ている沙知が立っていた。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 沙々さんが声を掛けると、彼女はばつが悪そうな顔をして口を開いた。

 

「その……お、おめでとう……お姉ちゃん……」

 

 どうやら沙知もお祝いを言ってるつもりみたいだが、その言い方はまるで動揺しているみたいだ。

 

 視線も定まってなく、心ここに在らずと言った様子。

 本当にいつもの彼女らしくない。

 

 いつもの彼女ならここで──

 

『一回勝ったからって、まだまだだね、お姉ちゃん』

 

 って感じで軽口を言ってくるはず。それなのに彼女はそう言わなかった。それがなんだか不思議に思える。

 

「沙知……?」

 

 僕は心配になり彼女に向かって一歩進むが……。

 

「うっ……」

 

 そう言うと沙知は俯きながら逃げるように自分のクラスがある教室の方へと戻って行った。

 

 そんな沙知を見つめていると、突然、背中を叩かれた。

 

「イッタ!!」

 

 いきなり叩いてきた沙々さんに僕は思わず声を上げて、彼女の向き直ると、追いかけろと言わんばかりの目で僕を見ている。

 

 僕はその目を見て、ただ頷くと沙知の後を追うために自分も自分のクラスの方へと戻るのだった。




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十八話 『約束』

 教室に戻る途中で、沙知の背中が見えたから、僕は彼女に声を掛ける。

 

「さ、沙知!!」

 

 僕が声をかけると彼女はピタリと止まる。だけど、それも一瞬で一度も振り返ることなく、またスタスタと歩き出した。

 

 そんな彼女の背中を僕は急いで追いかけると、彼女は走り出した。僕を置いて行くように。

 

「さ、沙知!? 待ってよ!!」

 

 僕は慌てて彼女に声を掛けて、追いかける。けど、その必要はなかった。

 

 走り出した彼女の脚はびっくりするくらい遅かったからだ。

 

「遅っ!!」

 

 沙知の遅さに、ついそんな言葉が出てしまう。だって正直早歩きの僕でもすぐに追い付けるくらいだからだ。

 

 むしろ、歩いたほうが速いレベルで足が遅い。なんだったらもう息を切らして肩で息をしている。

 

「はあ……はあ……」

 

 もう限界なのか彼女は立ち止まって、息を整える。僕はそんな彼女にゆっくり近づいた。

 

「沙知……大丈夫……」

 

 僕がそう声を掛けると、彼女は僕の方をゆっくりと振り向いて顔を合わせる。

 

 彼女の顔はとても青ざめて苦しそうだ。すると、沙知は口元を手で押さえると突然──

 

「オエェー」

 

 沙知はその場でしゃがみ込み、吐いてしまった。

 

※※※

 

 それから僕は沙知を保健室に連れて行き、保健室にあるベッドを借り寝かしつけた。

 

 僕は保健室の先生に事情を説明して、沙知が落ち着くまで側にいさせてもらうことにした。

 

 そんな僕の姿に先生は気を遣ってくれて「先生ちょっと吐き気止め買ってくるからお願いね」と言ってくれた。本当に親切な先生だと思う。

 

 そんな先生の好意に甘えるように、僕はベッドで横になる沙知の側に寄る。

 

 ちなみに沙知が汚してしまった廊下は沙々さんが掃除してくれた。

 

「身体弱いのに走るから……」

 

 僕はそう言うと、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。

 

「だって……君が追いかけてくるから……」

 

 ベッドに横になって顔を僕の方から逸らす沙知は蚊の鳴くような声で小さく答えた。

 

「沙知に話したいことがあったから追いかけたんだよ……それに少し心配だったから」

 

「何が……?」

 

「さっきからずっと様子がおかしかったから……」

 

 僕がそう問うと彼女は、身体をビクッとさせて黙り込んでしまう。

 

「ねえ、何かあった?」

 

「……」

 

「僕が何かしたなら謝るからさ……」

 

 僕は心配になり彼女に問い詰める。すると彼女は少し俯いた後……小さく口を開いた。

 

「……君は何もしてないよ」

 

 彼女の言葉を聞いて僕は安心して息をつく。でも彼女の言葉はそれで終わりではなかった。

 

「……むしろ、君はよく頑張ったよ……頼那くん……」

「えっ……」

 

 僕は彼女のその言葉に戸惑う。今、頼那くんて……彼女が僕のことを名前で呼ぶなんて……。

 

「あたしが君の名前、覚えていたの意外だった?」

 

 彼女の言葉を聞いて、僕はゆっくり頷く。だって彼女は自分が興味ないものを覚えているはずがなかったから。

 

 そんな僕の反応を見た彼女は僕の方を向いて口を開く。

 

「だって、毎日家に来て、お姉ちゃんと一緒に勉強しているんだもん、自然と覚えるよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 沙知とは初日以外全く顔を合わせることもなかったのに、彼女は僕のことを覚えていた。なんだかそれが無性に嬉しかった。

 

「すごいね……さすがはお姉ちゃんの彼氏だ……」

 

「えっ?」

 

 僕は彼女の予想外の言葉に思わず声を漏らしてしまう。

 

 僕が沙々さんの彼氏? それは一体どういうことなのだろう? 

 

「えっ……て、頼那くんはお姉ちゃんの彼氏でしょ、毎日一緒に楽しそうに勉強して、仲が良いし……」

 

 沙知は首を傾げながら僕を見て言う。どうやら彼女は盛大な勘違いをしているみたいだ。

 

「いや、全然違うから!! 僕と沙々さんは友だち!!」

 

「えっ、そうなの……?」

 

 僕が誤解を解こうとして思わず大きな声を出してしまい、沙知が戸惑いながら僕に聞いてくる。その彼女の言葉に僕は強く頷いた。

 

「それに僕が好きなのは沙知……君だから」

 

「えっ……」

 

 ふと、出てしまった言葉に沙知は驚いた顔で僕を見てくる。その顔を見た瞬間、自分が何を言ったか自覚して身体が熱を持ち始めた。

 

 多分、自分の出てしまった言葉で顔が真っ赤になっていると思う。

 

 でもこのときのために僕は勉強を頑張り、テストで彼女に勝ったんだ。だからこそ、僕は恥ずかしがることなく彼女に想いを告げる。

 

「改めて言うね……佐城沙知さん、僕はあなたのことが好きです」

 

 真っ直ぐ彼女を見つめながら二度目の告白を彼女にした。すると彼女は困惑しきった顔で僕を見て、口を開いた。

 

「なんで……」

 

 なんで。

 

 彼女から溢れた言葉は一度目に告白したときと同じものだった。

 

 あのときと同じように動揺した顔する沙知。そんな彼女は震えた声で僕に向かって口を開く。

 

「わかんない……」

 

 これもあのときと同じだ。まるで理解したくない。知りなくないという感じの声。

 

「沙知……」

 

 彼女は顔を僕から逸らし、両手で顔を隠すと涙をこぼして震えてしまっている。

 

「わかんないよ……そんなの……」

 

 そんな彼女の絞り出したような声が僕の耳に静かに響いた。

 

 まるで前回の二の舞だ。沙知が僕の言葉を信じず、ただ拒絶してしまう。だけど、今回は前回とは違う。

 

「沙知は覚えているか分からないけど、僕がテストで君に勝ったら僕の言ったことを信じてくれるって約束したよね」

 

 前回のときに彼女と交わした約束。沙知は約束のこと忘れているけど、僕はその約束のために努力した。

 

「だから僕は沙知に勝ったよ……沙知のことが大好きな僕が、君のことが好きだって気持ちを信じて貰うために本気で勉強したから……」

 

 そう、今回の僕は本気だった。本気で勉強して沙知に勝とうと思った。彼女との約束は僕を奮い立たせてくれたから……。

 

 けど、約束をした相手が覚えてないのならただの自己満足なのかもしれない。それでも僕が頑張ってこれたのは、彼女に信じて貰えるように頑張るためだから。

 

 それに別に沙知と付き合いたいとは思っていない。

 

 いや、本当は付き合いたいけど、僕に対して恋愛感情のない彼女にそれを望むのは酷な話だ。ただ彼女に信じてもらうためのきっかけになるだけでいい。

 

 例え約束を覚え──

 

「分かってるよ……だから……分かんないんだよ……」

 

「えっ……」

 

 彼女の言葉に僕の思考は止まってしまう。だって彼女は僕との約束を覚えていないはず。

 

 だから何が分かっているのか、彼女の言葉の意味が僕には理解できなかったから。すると、沙知は顔を僕の方から見えないように布団で隠したまま、口を開いた。

 

「約束……覚えてるよ……」

 

 そんな予想外の彼女の言葉を聞いて、僕は固まってしまう。

 

「えっ……噓……でしょ……?」

 

 だって沙知は僕とのことを覚えてないはずで……覚えてるってことはつまり……。

 

「ウソじゃないよ……頼那くんがあたしのこと……好きだってことは信じるよ……」

 

「じゃあ……」

 

 彼女がようやく信じて貰えたことに対する喜びと、理解してくれたことへの混乱がごちゃ混ぜになって僕は脳で処理しきれない。すると、僕の頬からポロッと何かが流れていく感覚がした。

 

「えっ……」

 

 驚いて頬に触れて見ると、指先が濡れている。それを目にしてようやく僕は自分が涙を流しているのだと気付くことができた。

 

 それを自覚した瞬間、涙が止まらなくなった。

 

 なんで泣くんだよ、僕。好きな子の前で情けなく泣くなんて……。

 

 けど、溢れだした涙は止まらない。止められるはずがない。

 

 だって好きな子に自分の気持ちを信じて貰えたから。嬉しくて仕方がない。

 

「だ、大丈夫……」

 

 そんな泣いている僕を見て沙知が布団から顔を出して心配そうに僕を見てきた。だから僕はそんな情けない涙だらけの顔を腕で隠しながら言う。

 

「大丈夫だよ……ちょっと気が抜けただけだから……心配してくれてありがとう」

 

 彼女の気持ちがどうあれ、僕の想いが届いたことに変わりはないから、涙が止まるまでそう答えたのだった。




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十九話 『例えば……?』

 その後、僕の涙が止まり落ち着くと、改めて自分の状況を頭の中で整理した。

 

 今のところ沙知に自分の告白は信じて貰えた。だけど、彼女が僕に対してどんな感情を抱いているかは分からない。

 

 最初に恋人関係になったときは沙知には恋愛感情が一切なかった。ただ僕という都合の良い彼氏役を用意して恋というものを知りたかっただけ。

 

 なら今回はどうだろう。最初のときとは違い、僕の気持ちを伝えた上で彼女は僕のことをどう思っているのか。彼女の気持ちを知りたい。

 

 だから僕は改めて彼女の目を真っ直ぐに見ながら尋ねた。

 

「ねえ、沙知……君に聞きたいことがあるんだけど……」

 

「……うん」

 

 彼女は布団を被りながら答える。そのせいで顔は見えない。

 

「もし、答えたくなかったら無理して答えなくてもいいんだけど……沙知は僕のことをどう思ってる?」

 

 そう単刀直入に尋ねた。そんな僕の問い掛けに対して彼女はしばらくの間黙ったままだった。でもしばらくすると小さな声で呟いた。

 

「……わかんない」

 

 沙知の返答はそんな言葉だった。

 

 好きとか嫌いとかではなく分からない。それが彼女が僕に抱いている気持ち。

 

「あたしには……恋がわかんない……」

 

 その言葉を呟くと沙知はまた黙ってしまった。けど、なんとなく分かる気がした。彼女は恋というのを知らないから。

 

 その好きという気持ちが分からなくて僕に対して、どうすれば良いのか、彼女は分からず困惑させているみたいだ。

 

「ごめん……僕の気持ちを一方的に押し付けちゃって……沙知からしたら迷惑だったよね」

 

 沙知の気持ちも考えずに自分の気持ちばかりをぶつけてしまった。

 

 よくよく考えれば、好意の一切ない相手に好意の言葉を投げかけられるなんて恐怖でしかない。

 

「何で頼那くんが謝るの? 君は君の気持ちを正直に伝えてくれただけじゃない」

 

 僕の謝罪に沙知は布団を被ったまま答えた。相変わらず表情は見えない彼女は続けて口にした。

 

「あ、あたしね……最初に君が告白したときにはね……君の言葉が冗談じゃないってことはちゃんと伝わっていたんだよ……だからこそ自分の感情に戸惑った……」

 

 呟くような弱々しい声が布団の中から聞こえてきた。僕は沙知の言葉に耳を傾ける。

 

「誰かに素直な気持ちで自分のことを好きって言って貰えるのって、すごく嬉しいことなんだなって思った……」

 

 弱々しい声からだんだんと声が少しずつ大きくなっていく。

 

「こんなにも純粋で真っ直ぐで……正直な想いを人から向けられたことなんてあたしなかったから、心がね、震えたんだよ、人ってこんなにも誰かを好きになれるんだなって思った」

 

 ようやく彼女は顔をこちらに向けた。その顔は頬が真っ赤になっており、彼女の綺麗な青い瞳は潤んでいた。

 

「あたしもその気持ちが知りたい、誰かをそんな風に好きになってみたい、恋を知りたいって……そんな風に思ったんだ……けど……」

 

「けど……?」

 

 その僕の問い掛けに彼女は悲しそうな顔をして答えた。

 

「だけど、あたしには分からないんだよ……どうして、君はあたしのことを好きなんだろって、思ったら……なんか分かんなくなって……」

 

 彼女の言葉の最後の方はすでに消え入りそうな声だった。それだけ彼女は僕が好意を寄せていることに戸惑っている。

 

「あたしはこんな体質だからできないことも多くて……正直、知ってたら絶対に避けるよ……それに……」

 

 沙知は唇を噛みながら顔を下に向ける。そして沙知の口からポツリ、ポツリと言葉がこぼれ落ちる。

 

「それに……あたしと……瓜二つの……お姉ちゃんを……知ってたら……絶対に……あたしよりも……お姉ちゃんのことが……好きになるに決まってる……」

 

 彼女がこんなに悲しそうな顔で話しているのを僕は今まで見たことがなかった。

 

 沙知は自分のお姉さん──沙々さんのことはとても好きだと言っていた。彼女の役に立ちたいって言って、すごい発明をするくらいに。

 

 きっと、それだけ沙知にとって沙々さんは理想の姉でとても大切な存在なんだろう。彼女が特別だというほど。

 

 ただそれと同時に沙知にとって彼女はとても強いコンプレックスになっている。

 

「お姉ちゃんは……ちょっと趣味は変わっているけど……みんなに頼られて……優しくて……運動も勉強もできて……可愛くて……そんなお姉ちゃんを知ったら……誰だって好きになっちゃう……あたしが勝てる要素なんて……一つもない……」

 

「沙知……」

 

 僕は思わず彼女の名前を呟いた。彼女の瞳には涙が溜まっていた。

 

「それに……健康だから……ちゃんとエッチなこともできるし……スタイルも良いから……男の子だったら……絶対にお姉ちゃんの方を選ぶし……」

 

 自虐的な笑みを浮かべながら、彼女は涙をポロポロと流す。本当はこんな悲しいことなんて言いたくないはずなのに、涙と共に本音が溢れる。

 

 それは彼女がずっと誰にも打ち明けずに一人で抱えてきたものだ。そんな彼女の言葉を黙って聞く。

 

「だから、なおさら……分からないんだよ……」

 

 彼女は布団の端をギュッと握りながら震えた声で続けて話した。

 

「君があたしのこと好きって言っても好きになる理由が一切分からないんだよ……」

 

 それは彼女の本音。ずっと溜め込んでいた心の奥にある本当の想い。

 

 彼女の深意を聞いて、僕はやっと沙知の一連の行動の意味が理解できた気がした。

 

 つまり、彼女は怖いんだ。

 

 ただでさえ沙知は自分に対して恋愛感情を抱いている僕にも困惑していた。

 

 好きという感情さえもよく分かっていないのに、なぜ相手が自分に好意を持っているのかが理解できないから。

 

 佐城沙々という沙知にとっては目の上のたんこぶの存在がいて、それなのになぜ自分を選んだのかが理解できない。

 

 佐城沙知にとって、知るということは空気を吸うように当たり前のことだ。

 

 逆に言えば、知らない、理解できないは彼女にとって、恐怖そのものだ。だから、自分が僕から好かれる理由が分からないのが怖くて怖くて仕方がない。

 

 僕から逃げ出したのも怖かったから。分からないものが近づいてくる恐怖に身体が反応して、その場から逃げ出した。

 

 沙知は再び布団に顔を埋めながら言葉を続けた。

 

「だから……どうして君にここまで好かれてるのかが分かんないよ……」

 

 そんな彼女の弱々しい、縋るような声はとても痛々しかった。

 

 僕は布団を掴んでいる彼女の手をそっと掴んだ。すると、沙知はビクッと身体を振るわせ、恐る恐る顔を上げた。その瞳からは涙が流れ続けている。

 

 そんな怯える少女を見て僕は優しく微笑んだ。

 

 彼女になんと言えば彼女は安心するだろう。そんなことは分かりきっている。だからこそ、僕は率直な言葉で伝えることにした。

 

「ありがとう、沙知の気持ちを教えてくれて、君のことをまた知ることができたから」

 

 僕が笑顔で感謝の気持ちを伝えると沙知は驚いたように僕の顔を見る。

 

「え……なんで……」

 

 そんな言葉を漏らして戸惑いの表情で彼女は僕を見た。そんな彼女に僕は優しく微笑みながら言った。

 

「だって、本当に嬉しかったから」

 

 彼女の本心を僕に教えてくれたことが嬉しいんだ。

 

 前はただ沙知の側に居れば、自然と彼女は僕に惹かれて、好きになってくれると思っていた。でもそれじゃあダメだって分かった。知ることができた。だからこそ……。

 

「あのね、沙知。僕は君が沙々さんと比べて劣っているところがあるとか以前に君は僕にとっては素敵な女の子だよ」

 

 彼女の瞳をしっかり見ながら伝えると、彼女はまだ信じられないように僕を見ていた。

 

「例えば……?」

 

 彼女は小さな声でそう尋ねた。まだ僕のことを信じられていないんだ、きっと沙知は。

 

 だから、僕はそんな疑いを晴らすように微笑んで口を開く。

 

「楽しそうに笑っている君の笑顔が僕は好き」

 

 そう伝えると彼女は少し顔を紅くしながら小さな声で言う。

 

「もっと……」

 

 彼女がそう言うので、僕はさらに言葉を続ける。

 

「自分の興味あることに対して、真っ直ぐな好奇心を持っているところがカッコいい」

 

「もっと……」

 

 沙知がまたおねだりしてくる。何度だって言ってあげる。僕が今思っている彼女への気持ちを。

 

「結構スキンシップ近いところがドキッする」

 

「もっと……言って……」

 

 彼女は切ない声で次を催促する。僕はその彼女のおねだりを断らないで次の言葉を紡ぐ。

 

「実は負けず嫌いなところが可愛い」

 

「……」

 

「すごい発明が作れるところが尊敬する」

 

「……」

 

「けど、僕をモルモットにするのはちょっと止めて欲しい」

 

 その言葉を聞くと、ちょっと沙知はシュンっと下を向いてしまった。僕はそんな沙知の頭に手を置きながら続けて言った。

 

「そういう顔も……可愛い」

 

「……っ!」

 

 僕がそう伝えると彼女はさらに顔を赤くして布団の中に潜ってしまう。

 

 だから、僕はそんな彼女から布団を優しく引き剥がして顔を近付ける。すると、僕と沙知の顔がすごく近い距離になる。

 

 彼女の綺麗な瞳と僕の視線が交わる。その青い瞳は本当に綺麗な目をしていた。

 

 その宝石のように綺麗な目は涙で濡れており、いつもの沙知からは感じられないどこか色っぽさを感じる。

 

 そんな目の前にいる彼女はとても可愛らしくて愛しかった。

 

 長くて綺麗な黒髪からいい香りがした。僕はそんな香りに誘われるようにさっきの続きを口にする。

 

「発明品を自慢しているときのドヤ顔とかも好き」

 

「っ……」

 

 沙知は驚きで言葉を失っていた。そんな彼女に僕は言葉を続ける。

 

「ナイーブになると、甘え坊になるところが可愛い」

 

 そんな僕の言葉を聞き、ようやく彼女は口を開いた。

 

「……ば、……ばか……」

 

 そう小さく呟いて僕から目を逸らした彼女の顔は真っ赤になっていた。

 

「もう……やめてよ……あんまり可愛いって言わないで……」

 

 そんな反応に僕は素直に思ったことを口にした。

 

「照れた沙知が可愛い」

 

「……もう!」

 

 沙知は布団を手でモジモジと掴みながら行き場のない羞恥心を露わにする。そんな可愛らしい姿を見て僕は笑う。

 

「ははっ……いつものお返しだよ」

 

「ん~っ!!」

 

 沙知は恥ずかしいのを誤魔化そうとしているのか、僕の胸をポスポスと両手で叩いてくる。正直、全く痛くない。

 

「さっきの不安そうな表情より、今の沙知の方が僕は好きだよ」

 

 僕がそう微笑みながら伝えると彼女はボソッと小さな声で言った。

 

「……いじわる……」

 

 沙知はそんなことを呟いたが、その表情にはもう先程までの不安さは窺えなかった。ただその仕草や表情はとても可愛かった。僕はそんな彼女の頭をまた優しく撫でた。

 

「また君の新しい一面を知ることができて僕は嬉しいよ」

 

 僕はありのままの思いを素直に伝える。すると沙知は恥ずかしそうに小さく頷く。

 

「そう……なんだね……」

 

「うん、だからこれからも色々と知りたいなって思っているよ、もちろん、君が良かったらの話だけど」

 

 そう沙知に問いかけると、彼女は顔を背けて、こう呟いた。

 

「今から……ちょっと気持ちを整理するから……時間ちょうだい……」

 

 そう言うと沙知はまた顔を僕から逸らしてしまった。まあ、それはそうだ。好きな人に自分のことをいろいろと知られてしまったんだから、恥ずかしくなるのは当然だ。

 

「うん……分かった」

 

 だから僕もその気持ちを汲むことにした。すると、沙知は再び布団を被り、布団に潜ったまま気持ちを整理するのだった。




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二十話 『あたし』

 あたし、佐城沙知は幼い頃から身体が弱かった。

 

 ちょっと出掛ければ風邪を引くし、ちょっと運動すれば、熱が出る。中学生に上がるまで、あたしは健康診断で『異常なし』って言われたことが一回もないくらいには体が弱い。

 

 大体病院か自室で過ごしている毎日で、今でも頻度は減ったけどそれは変わらない。

 

 姉である沙々お姉ちゃんは全く健康だ。むしろ、病気とは無縁なくらいに元気だ。それはあたしの憧れでもあり、ある意味羨ましい。あたしには備わってない元気さだから。

 

 あたしとお姉ちゃんの身体的特徴は全く同じで見た目では区別がつかないくらいだった。

 

 あたしと同じ整っていて可愛い顔立ちだからよくいろんな人から間違われる。

 

 それがちょっとコンプレックスなあたしはいつからかお姉ちゃんが絶対にしないポニーテールにするようになった。

 

 病弱だったあたしはあんまり元気ではなかったから、口数も少ないし、あまり外で遊ぶタイプじゃなかった。だから、学校に友だちも居なかったし、そもそも学校に行けてないからあまり会う機会はなかった。

 

 ここでも対照的にお姉ちゃんは友だちが多くて、毎日いろんな友だちと遊んでいる。

 

 それにお姉ちゃんは頭が良いから色んな勉強も簡単にできちゃうし、運動神経もいいから何でもできる自慢の姉。あたしはそんなお姉ちゃんが大好きだった。

 

 だから小さい頃からずっと憧れているのと同じくらいにコンプレックスだった。

 

 そんなあたしの毎日の楽しみは教育テレビの科学コーナーと動物の生態映像を見ることだった。

 

 幼稚園や学校に行けず、することのないあたしにとってその時間が唯一の楽しみだった。

 

「さあ、今日はどんな実験をしようかな」

 

 あたしはウキウキしながらベッドで横になりながらテレビを見ている。

 

 今日は何が見られるかな? どんな結果になるのかな? 何でそうなるのかな? そんな気持ちで番組をみていた。その時間があたしにとってはワクワクするもののひとつだった。

 

 あと、動物が好きなあたしにお父さんは色んな生き物の図鑑を買ってきては、興味を引き出せるように工夫してくれた。

 

 だからあたしは色んな実験や生き物に興味が持てるようになったし、気づけばそれが好きになっていった。あたしの趣味は本や図鑑を見て勉強をする時間が増えていった。

 

 でもいつもテレビとかで実験や動物の映像を見ると、どうしても疑問に思うことがあるの。

 

 そんな時はお父さんかお母さんに聞いたりして、教えて貰ったりした。

 

 時には二人が答えられないときがある。そういうときは一緒になって調べてくれたりしてそれが分かった時の達成感も、とても嬉しいものだった。

 

 答えを探して、見つけることができた時の喜びはテレビで見たときより、遥かに大きかった。

 

 いつしか実験や動物の映像や本をみるといつもあたしはこう思うようになってしまったんだ……『知りたい』って……。

 

 そんなあたしの知的好奇心に火が付いて、気づけば色んなことを知ろうと、様々なことを学んでいた。

 

 世界にはこんなにも面白いものが広がっていて、楽しいことが沢山あるのに、それを知ろうとしないなんてもったいない。あたしはそう思うようになっていたんだ。

 

 だけど、世界の色んなことを知るたびにあたしは絶望した。知れば知るほど、あたしは知ることしかできないんだと分かった。

 

 世界はこんなにも面白いのに、身体が弱いせいで体験することができない。

 

 それにあたしの知的好奇心が知るべきではない事実を知ってしまったことで、あたしは悩む羽目になった。

 

 それは今でも悩んでいるほどの大きな事実で、このあたしの行動がお姉ちゃんを大いに困らせたのは、言うまでのない。

 

 むしろ、この事実があたしにとってお姉ちゃんを唯一の特別にしてしまった。

 

 けど、そんなバカみたいな過ちを犯したくせに、知ることへの好奇心はあたしの中にあり続けた。

 

 知ることの楽しさと恐さ。その両方を知りあたしはまた新しい何かを探していった。

 

 中学になり、学校も週に三回くらいは通えるくらいには、身体も少しは健康になってきた。

 

 だから、今度は友だちを作って色々と経験したいと思っていた。

 

 そうすれば、この病弱なあたしでも少しは楽しく過ごせると思うから。

 

 けど、それはできなかった。

 

 幼い頃から人付き合いが最小限だったあたしは同年代の女子とは感性が合わなくて、合わせようとしてもうざがられる。男子からは成長したあたしの身体をジロジロ見られる。

 

 それに結局身体が弱いことには変わらず、友だちになれそうでも遊びには行けないから、次第にあたしのことを煙たがるようになっていった。

 

 その要素が重なりあって、あたしはクラスで浮いていた。

 

 元々家で一人で過ごす時間が多かったから学校で一人になっても平気ではあった。

 

 別にこんな人たちと付き合う価値もないと、覚える必要がないと、勝手に見下すことで何も考えないようにした。見ない振りをした。

 

 結局、中学のときもあたしの相手をしてくれるのは、お姉ちゃんだけ。お姉ちゃんとテストの順位を競っているのが、一番楽しかった。

 

 あと、学校に通い続けたのは、学校の備品を借りられるからその点だけは学校に通う価値はあると思った。

 

 そして、高校に入学すると、入学早々に自分の身体でやらかしたのは、今でも記憶に新しい。

 

 そのせいでお姉ちゃんにはとても迷惑をかけたのはよく覚えている。

 

 高校に入って、まずしたことはあたしのためだけの科学部を作ったこと。

 

 せっかく学校に通って、学校の備品を使えるんだったら、部活動として、堂々と使えるようにしようとあたしは思いついたんだ。

 

 部長はあたしになり、部員はお姉ちゃんになった。あとは名前だけ貸してもらったお姉ちゃんの知り合いで何とか部活の申請はできた。

 

 その部活動の内容はあたしの知的好奇心を満たすための実験。お姉ちゃんは他事で忙しそうだから、部長としてあたしがその部を一人で受け持った。

 

 そしてあたしの部活は始動したんだ。

 

 一ヶ月何も問題なく、活動していたからか、お姉ちゃんもあたしも気が緩んだのか、ちょっと調子に乗っていたと思う。

 

 いつもはお姉ちゃんに科学部の部室まで送ってもらってた。けど、その日はお姉ちゃんが先生の頼み事で忙しいらしくて、一人で教室で待っているようにお姉ちゃんに言われていた。

 

 でも、あたしは最近身体の調子が良かったかは調子乗って一人で部室に向かっていた。

 

 高校生になって身体も丈夫になったと勘違いして、意気揚々と部室まで歩いて向かった。

 

 けど、あたしは部室までの半分の満たない距離で力尽きて、廊下で倒れた。

 

 マズイ……。このままじゃあ、あたしここで死ぬかもしれない……。そんな不安な思いを抱えながら、あたしは廊下で倒れていた。

 

「マジで……死ぬ……」

 

 そんな声が自然に出て、体も動かず、意識も朦朧としてきた。

 

 けど、そんな時に誰かが声をかけてきた。

 

「あの……大丈夫ですか……」

 

 男の人の声が聞こえた。それにこっちに近づいてくる足音が聞こえてくる。あたしは藁にも縋る思いで、その声の主に助けを求めることにした。

 

「ひっ!!」

 

 あたしが急に脚を掴んだせいで、男の子は尻餅を付いてしまう。けど、あたしはそんなことを気にせず、最後の力を振り絞って、死にものぐるいで声を出した。

 

「あたしを……第二科学室まで……連れてって……」

 

「分かった!! 分かったから!! とりあえず脚を離してください!!」

 

 男の子がそういうとあたしは脚を掴んだままだったことに気が付く。脚から手を離して、あたしは助けてくれる男の子の顔を見る。

 

 その人が彼──島田頼那くんだった。




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二十一話 『なに?この記憶……』

「あ……れ……?」

 

 なに? この記憶……。あたし……知らない。こんなの……。

 

「どうしたの? 沙知?」

 

 お布団を隔てて、頼那くんがあたしの様子が変だと感じ取るとすぐにそう聞いてくる。

 

「ううん……何でもないよ……」

 

 あたしだってこんなことは初めてで上手く状況が分からない。

 

 でもそんなあたしにも何となく分かることがあった。

 

 たぶん、これはあたしが忘れていたことなんだろうってことだけは分かったんだ。

 

 何で忘れたんだっけ? 単純に彼に興味がなくて、いつものように忘れただけだっけ? 

 

 よく分からないけど、思い出したこの記憶はちゃんと思い出そうと、自分の記憶を辿ってみる。

 

 頼那くん助けられたあたしは科学室まで連れて行って貰った。

 

 それからお礼にあたし特製の栄養ドリンクを分けてあげて、彼とお話を

 することにした。

 

 彼の印象は普通。過度にイケメン過ぎず、ブサメンでもない。

 

 可もなく不可もないと感じさせる印象。ただ視線はちょっと挙動不審で何だか気になるタイプだった。

 

 それにチラチラとあたしの胸を見ていて、普通の男子のいつもの反応だなって気にすらしていなかった。

 

 だから特に気にする必要のない、この後、存在さえも忘れることになる男の子だと、頭の中ではそう思っていた。

 

 けど、彼はあたしのことを知っていて、何でかなと気になったから少し彼との会話をすることにしたんだ。

 

「じゃあ……何で君はあたしのこと覚えてるの?」

 

「うぅ……それは……」

 

 彼の視線は更に泳ぎ始めて、挙動も落ち着きがなくなる。

 

 それに何だか冷や汗までかいているようにも見えるし、顔もなんか紅い? そんな風にあたしの目には映っていた。

 

 そんな彼の様子を見てちょっと気になったから意地悪に声をかけることにした。

 

「へぇ~言えない理由があるんだ~、あたし気になるなぁ~」

 

 あたしはニタニタと悪い笑顔を浮かべながら彼に尋ねる。彼はとても困った様子で狼狽えていた。

 

 そんな彼の様子を見て、何故か彼に興味が湧いてきたあたしは意地悪くからかい始めた。

 

「ふ~ん、もしかしてあたしの身体でエッチな妄想とかしたりしてる?」

 

「はあ!?」

 

「あたしっておっぱい大きいから男子に自慰行為のオカズにされてると思うんだよね」

 

 ちょっとエッチな話をして彼の反応をあたしは楽しむことにした。彼の反応は正直で、顔を真っ赤にしてあたふたとしている。その様子が面白くてつい頬が緩み笑ってしまう。

 

 男の子って単純だな~と心の中で思っていたけど、最後のほうは正直過ぎて面白くなかったから話題を戻すことにした。

 

「さて、話を戻して君があたしのこと覚えてたのは、もしかしてあたしのこと好きだった?」

 

 適当に冗談で言った言葉に彼の目がピクッと動く。そして視線を下に逸らすと彼は──

 

「……違う」

 

 そう否定した。けど明らかに今までのようにすぐに否定している感じはなかった。

 

 明らかに動揺したような感じだし、頬も更に紅くなっている。そんな反応を見てあたしはニヤリと笑い、彼に食い付いてみた。

 

「おっ!! この反応マジっぽい!! ねえねえあたしのどういうところに惚れたの!? 顔? おっぱい? お尻?」

 

 彼の顔に近づき、下から覗き込むように煽るようなからかいをする。すると、彼は顔をもっと紅くして、今にも逃げ出しそうだったからすぐさま科学室の扉を閉めに向かう。

 

「おっと、話さないとこの教室から出さないし、何だったら逃げようものなら学校中に広めまくるよ!!」

 

 なんて出来もしないウソを付いて脅して、扉に鍵をロックして彼の逃げ道を塞ぎ、追い詰める。

 

「それでそれで、一体あたしのどこを見て惚れたの!!」

 

 あたしの身近には恋愛系の話題がないし、この手を逃したら恋バナなんて出来なそうだから、今は絶好のチャンスだと思ってちょっとしつこく質問する。

 

 すると、彼は観念してあたしの質問に答えてくれることにしたようだ。

 

「……一目惚れだよ……」

 

 そう彼はボソッと答えた。その答えを聞いた瞬間、あたしの知的好奇心は止まらなかった。

 

 根掘り葉掘り彼から好きになった理由を聞き出した。途中、なんか引っ掛かることを言っていたけど、あたしは気にしなかった。

 

「何でこんなこと聞くんだよ、てか相手が自分だっていうのに恥ずかしくないのかよ」

 

「え~別に恥ずかしいとは思わないし、ただ単純に恋をしている人の感情とか知りたいだけ」

 

 そう。あたしはただ知りたいだけ、人がどのように他人を好きになるのか。どういうときに好きって感情が生まれるのか。それが知りたい。

 

 他人にどう思われようともう曲げれることができないあたしの性。あたしがあたしであるための大事な要素。

 

 そんなあたしのことを彼はこう言った。

 

「何かカッコいい……」

 

「うぇ!? カッコいいなんて初めて言われたよ!! 何で何でそう思ったの!?」

 

 あたしがカッコいい!? それがちょっと意外すぎて、あたしは彼にもっと聞きたいと思った。

 

「何て言うか生き方に芯がある感じがカッコいいって」

 

 その答えがとても面白くて彼に興味が湧いた。彼ならあたしに恋というものを知る丁度いいモルモットに感じたんだ。

 

 だからあたしはある提案を持ち掛けることにした。

 

「確認だけど、あなたはあたしのことを好きなんだよね?」

 

「うん……まあ……そうだけど……」

 

「で、あたしは恋を知りたいって思ってる……これってお互いに利害が一致していると思うんだよ」

 

「一体何の話をしているんだ……」

 

「つまり、あたしたちが付き合えば、お互いに欲しいものは手に入るって話だよ!!」

 

「……はあ!?」

 

 あたしの提案に彼は驚愕の声を上げる。しかし、あたしは気にせずに話を続けた。

 

「君はあたしを恋人にできて、あたしは恋を知ることができる、ほらっ、Win-Winでしょ?」

 

「いや……確かに……そうだけど!! そんな簡単に恋人を選んで良いのか!?」

 

「別にあたしは恋を知れればそれで良いし、君もあたしを恋人にできる、お互いに得をできてるから問題ないって」

 

 そう。あたしは自分が恋を知れたら相手は誰でも良かった。たまたま自分に惚れている彼が居て、ちょうど恋というものに興味を持ったから提案してみただけだった。

 

 彼は困惑した表情をしている。そんな彼女に追い打ちをかけるようにあたしは彼に近づきながら頼む。

 

「あたしは恋が知りたいの!! だからあなたがあたしに恋を教えて!!」

 

 彼の腕を掴みながら真っ直ぐに彼を見つめた。すると彼は紅くなった顔と潤んだ瞳であたしに返事する。

 

「分かった!! だから、佐城さんも僕の彼女になって欲しい!!」

 

 あたしは満面の笑みを浮かべると、彼に向かって大きく頷いた。これで彼との関係は始まりを告げたんだ。

 

 そしてこの日を境にあたしたちは恋人の関係になったんだ。

 

 それから彼を自分の部屋に呼んで、恋人らしい呼び方ってなにって訊ねたんだっけ。

 

 そこで初めて彼の名前を認知した。正直、ただのモルモット程度にしか思っていなかったから、名前なんて覚える価値もなかった。けど、恋人同士は名前で呼ぶみたいな感じだったから改めて彼の名前を覚えた。

 

『頼那くん』

 

 それが彼の名前だった。

 

 そっか……さっきから自然と彼のことを名前で呼んでいたのは……これが一番しっくりきたからだったんだ……。

 

「頼那くん……」

 

 つい反射的に名前を呼んでしまう。すると、彼の声が突然と耳に入ってくる。

 

「……沙知?」

 

 彼があたしの名を呼ぶと、自分の声が自然とでてしまっていたことに気が付いて、咄嗟に口に手を置く。そして何事もなかったかのように平然を装うことにした。今は布団の中で彼には見えていないのに。

 

「な……何でもないよ……」

 

 頼那くんはそう? と返すと、それ以上は何も追及はしてこなかった。

 

 あたしは再び忘れていた自分の記憶を辿り始める。

 

 あたしと頼那くんが恋人関係になってからは、あたしが彼を振り回す日々だった。

 

 一緒にお昼を食べて、あたしの実験に付き合わせて、一緒に帰る。そんな平凡な日々。だけど、あたしにはそれがとても楽しかった。

 

 他人とこんな風に過ごすのが初めてで楽しかった。あたしが我が儘言っても何だかんだと頼那くんは付き合ってくれていた。

 

 だから、あたしは彼に甘えていた。自分に都合の良い相手を手に入れて浮かれていた。

 

 相手は自分に惚れているんだから、何をやっても許してくれると勝手に思い込んでいた。

 

 ある日、あたしはいつもの体調不良で休んだ。

 

 その時、ふと、思ったんだ。

 

 頼那くんはあたしが身体が弱いってことを知らない。

 

 もし、それを知ったら頼那くんはどうするんだろうって。

 

 普通に考えて、面倒になるんだろうなって。

 

 自分は悪くないのに彼女の世話をしないといけないし、気を遣わないといけない。それはとても面倒なこと。好きな相手でも苦痛でしかない。

 

 それに頼那くんはあたしを好きになった理由は一目惚れって言ってた。それってつまり、あたしには見た目しか価値がないと、言うこと。

 

 何だったら頼那くんはお姉ちゃんの存在も知っている。なら答えは簡単。

 

 あたしからお姉ちゃんに鞍替えをすれば、それでことはすべて丸く収まる。

 

 そうだ。同じ見た目ならあたしよりもお姉ちゃんのほうが良いに決まっている。

 

 あたしと比べてお姉ちゃんは人当たりは良いんだから、頼那くんもそっちのほうが好きになるのは、当然だよね。

 

 何だかそう思うと急に全部がバカらしくなった。それで恋に関しての興味が薄れていった。だから、あたしはその日を境に彼のことは忘れることにした。

 

 次に彼と会ったときにはもうあたしは彼のことを忘れていた。その時の顔は覚えていない。

 

 それから何事も無かったかのように過ごすはずだった……。

 

 けど、そうはならなかった。

 

 彼の優しさに甘えていたってこともあって、あたしは無意識に彼が部室まで連れて行って貰えると、勘違いをしてしまった。

 

 その結果、廊下で倒れて、またしても彼があたしを助けてくれた。

 

 今度はさすがに保健室に連れて行ってもらい、何とか事無きを得た。

 

 ただ、体調不良でナーバスになっていたあたしは保健室で独りになるのが恐かった。だから、保健室から出ていこうとする彼を見て、不安になった。

 

 いつもだったら他人に絶対にそんなしないのに、彼に向かってこう言っちゃった。

 

「お願いだから……傍にいてよ」

 

 そんな風に彼を引き留めてしまった。自分でもなぜだか分かんないけど、彼がこの場から居なくなることに不安感を覚えて、呼び止めてしまった。

 

 普段だったら絶対こんなことはしないのに……なんでかあたしは彼を引き留めちゃったんだ。何でだろう?

 

 あたしは心の中で困惑していると、彼は少しだけ一緒に居てくれた。彼がすぐ側に寄ると、あたしは何故か安心した。そして少しだけお話をして時間を過ごした。

 

 その日から数日後、またしても彼と話す機会が訪れた。

 

 そのときもあたしは彼のことを忘れていたけど、彼とお話をするのはとても楽しかった。

 

 あたしの発明品で彼があたふたとする様はとても面白かった。

 

 そしてあの日みたいに彼がまた口を滑らせて面白いことを口にするから、思わずからかっちゃった。

 

「もしかして本当にあたしのことが好きだったりして……」

 

「なっ!?」

 

 彼は顔を真っ赤にすると、しばらく固まった。それが面白くて次はどんな風にからかってあげようかって、ちょっぴり意地悪なことを思っていた。

 

 けど、彼は突然何かを決心したみたいな顔をすると、あたしにこんなことを言い出した。

 

「好きだ」

 

 その言葉にあたしの思考は停止した。




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二十二話 『君の言葉があたしの心に残り続ける』

 彼に告白されてあたしはまずは疑問が頭に浮かんだ。なんで彼はあたしなんかを好きになったんだろう。

 

 会って一時間も満たない相手に好きになる要素なんて見た目くらい。

 

 あたしは見た目だけなら美人だし、男の子なら誰でも靡くだろうと思っていた。けど、同じ見た目のお姉ちゃんがいるわけだし、それはないか。

 

 それに話の流れ的にあたしが散々からかったから仕返しに好きって言った可能性もある。

 

 彼はあたしの予想以上のリアクションを取ってくれるから、その反応が面白くてからかってた所もある。

 

 それなら確かに告白してあたしを狼狽えさせるのも分からなくない。かわいいね。けど、残念。その手には乗らないよ。

 

「はいはい、どうせからかってるんでしょ?」

 

 そう言ってあたしは茶化すように彼の告白を流して、ニヤニヤと笑った。

 

「アハハ、恥ずかしがってウソを言うなんて君も可愛いね」

 

 しかし、彼はあたしの茶化しには乗らずにあたしから視線を逸らさず 、真っ直ぐと見つめてこう言ってきた。

 

「本気だ……」

 

 その彼の目は嘘を付いている目じゃなくて、真剣そのものだった。

 

 視線が一切逸れず、ただあたしを見続けてくる。本気の人の目。それがあたしを捉えて、離さなかった。

 

 あたしに対して茶化したり、ウソをついていないことははっきりと分かった。けど……。

 

「でもさ、君ってばあたしがどれだけ面倒か知らないでしょ、だってあた──」

 

「知ってる……」

 

 あたしが自分の欠点を口にしようとした瞬間、彼はあたしの言葉を遮り、そう言い切った。

 

「知ってる……君の身体が弱いことも、君が人でなしで、他人のことなんてすぐに忘れることだって……」

 

 その彼の言葉を聞いた瞬間、あたしの頭の中には疑問でいっぱいになった。

 

 あたしの何を知っているの? なんでそんなことまで知ってるの? なんで? なんで? なんで? と頭の中を疑問が次々と沸いてくる。

 

 今まで一度だって彼とは接点がないはず。なのに、まるで他人に心を覗かれて恐怖している感じだった。

 

「運動もできない、料理だってできない、一人でまともに校内を歩き回れない、人をからかうのが好きだし、勝手に実験のモルモットにしたり、正直まともじゃない人だって分かってる」

 

 つらつらとあたしの欠点を話す彼にあたしは腹が立ってきた。

 

 自分で理解していて、認めていても他人に指摘されるのがこんなに腹が立ったことなんて今まで一度もなかった。

 あたしは沸いてくる怒りをそのまま彼にぶつけてしまった。

 

「そこまで分かってるならあたしのこと好きにならないでしょ」

 

 こんな欠点まみれのあたしなんて好きになる人いない。恋も愛も知らないあたしのことなんて誰も好きになんてなってくれない。

 

 すると、彼は真っ直ぐとあたしを見つめてこう言った。

 

「好きになるよ」

 

 彼の言葉にあたしの怒りは行き場をなくしたみたいに霧散していった。むしろ彼のことが理解できなくて、混乱してしまっていた。

 

 あたしのことを知ってる、欠点も理解してる、なら何でこんなあたしを好きになったの? その部分だけがどうしても理解できなくて。

 

「……わからない」

 

 思わずその言葉が口から出てしまった。自分が理解できないものが目の前にあると不安になる。

 

 それでも理解しようと思考を巡らせていると、あたしは一つの答えに辿り着いた。

 

「もしかして同情? それともこんな子ならワンチャンイケるかも? みたいな理由かな?」

 

 どうせあたしの体が弱いことを知って、可哀想だと思ったからそんなあたしを好きになったんだ。そういう打算的な感じなんだと思った。なら納得いく。これなら理解できるし、説明がつく。でも……彼はそれを否定した。

 

「違う!!」

 

 力強く否定する彼の言葉にあたしはビクッとした。それは怒鳴られたからではない。

 

 否定されたときの彼の目が、本気であたしは怖くなってしまった。だって、理解ができなかったから。

 

 同情じゃない。打算でもない。なら何が理由であたしのことが好きなの。

 

 知り合ったばかりの彼が何を考えているのか全く分からない。ただ、あたしが理解できることは、彼があたしの欠点を理解していて、それでもなおあたしを好きだと言っているということだけだった。

 

「……じゃあ……なんで……なんで君はあたしなんかのこと好きになれるの?」

 

 好きになる理由が分からなくて、つい彼にそんな質問をしてしまった。

 

「ずっと君が気になっていた……初めて会った時から……そして、君と一度恋人同士になったときも」

 

「!!」

 

 彼の言葉にあたしは今度こそ頭が真っ白になる。一瞬、何を言われたのか理解できなかったけど、だんだんを理解が追い付いていくと、思わず彼から視線を逸らした。

 

「あ、あたし……知らない……君と……恋人に……なったことなんて……」

 

 あたしは記憶を必死に思い出してみるが、そんな記憶はどこにもなかった。となると彼がウソを付いているか。それともあたしが忘れているのか。しかし、彼がウソを付く理由が無い。だとするなら忘れているのは……あたし。

 

「そうだよね……君が覚えてないのも僕は知っている」

 

 彼は淡々とした様子でそう話す。まるでいつものことだったかのように、その事実を受け入れたように。

 

「わかんない……わかんないよ……なんで……」

 

 自分のことを忘れるような相手を好きになるの? どうしてそれを知っていながら、あたしのことを好きで居られるの?

 

 理解ができなくて、頭を左右に振り、思考が動転して、両手で頭を押さえて、あたしは自分の髪をぐしゃぐしゃに乱し始めた。

 

 そんなあたしに彼は一歩一歩、近付いていく。それが怖くてあたしは分からないと呟きながら、一歩一歩、後ろに下がっていく。けど、それもすぐに終わりを迎えてあたしの背中には壁が当たり、それ以上下がれなくなっていた。

 

 理解できない恐怖と逃げられない恐怖で、あたしは逃げ場のない不安と焦燥感でいっぱいだった。すると、彼はあたしの頭を優しく撫でた。ゆっくりと頭を撫でつける優しい手付きに、あたしはビクッと肩を上下させ、顔を上げた。

 

「なんで……あたしを好きになるの? 恋人だった……君のことを……忘れて……傷つけて……男ならこんな女いらないでしょ?」

 

「そうだね、正直めちゃくちゃ傷付いた」

 

 あたしの言葉に彼は苦笑しながらそう言うと、そのまま続けて言葉を紡いだ。そして──

 

「君と一緒に過ごすのがとても楽しかったから」

 

 彼から出た言葉はとても単純なものだった。一緒に居るのが楽しかったから好きになる? そんな子供じみた理由であたしを好きになったというの? 理解ができない。それに……。

 

「そんなあたし……ワガママで自分勝手な女なのに」

 

「知ってる、僕がいくら頑張ってもきっとそれは直らないだろうなって思っている」

 

 あたしの悪態に彼は意地悪そうに微笑みながら、そう返した。それに対してあたしはなにも言い返せなかった。だって事実だから……。すると、彼はこう言ってきた。

 

「でもいいんだ、君と関われば関わるほど君を知っていく、新しい君の一面を知るたびに余計に君を好きになっていくんだ、だからもっと君を知りたい」

 

 その言葉であたしは言い表せない感情で胸が締め付けられる。それは苦しいようで、心地よくて、嬉しくて、暖かかった。

 

 彼はあたしのことを知りたいって言ってくれる。その言葉はあたしにとってこの世で一番信じられる言葉。

 

 あたしの根底にある衝動。あたしがあたしであるための根源。それが彼を突き動かしている。

 

 それは信じられる。なら本当に彼はあたしのことが……。

 

 もし、そうなら知りたいって思った。人を好きになるってどういうことなのか知りたいって感情が、衝動が溢れてくる。だけど……。

 

「他人を好きになる気持ちなんて……わからない」

 

 彼が何を言っても、あたしには信じることができなかった。他人を好きになる気持ちなんて分からないし、それに言葉ではいくらでもそう言える。

 

「じゃあ証明してよ……」

 

 手っ取り早くあたしは、彼に対して証明を要求した。それは無理難題。あたしよりテストの順位が上だったら信じるという条件を出した。つまり、学年一位なら信じるって言っているようなもの。

 

 彼が勉強がどれだけできるのかあたしは知らない。けど、元から成績が良くても悪くても、あたしがいる以上、学年一位なんてそう簡単に取れるものじゃない。

 

 それができるのは、お姉ちゃんくらい。だから、無理難題を彼に要求している。

 

 どうせ、言葉だけで出来もしない。そんな無茶を言われて本気でやる人なんて……。

 

「わかった」

 

 短くそう返事をする彼にあたしは驚いてしまった。そんな簡単に安請け合いしていいの? 

 

 彼に自分がどれだけ無謀なことをしようとしているのか、理解しているのか不安になって言葉を掛ける。だけど……。

 

「君に信じてもらえるならなんだってする、だから、僕が君に勝ったら僕のことを信じてほしい」

 

「バカだよ……君……」

 

 彼は本気だった。それが痛いほど伝わってくる、まっすぐな目であたしを見てくる彼がとても眩しく感じて、あたしは彼から視線を真っ直ぐ受け止める。

 

「いいよ……君が勝ったら……君の言葉を信じてあげる」

 

 そして、あたしは彼とそう約束した。絶対に勝てない条件を出して、無理難題を押し付けたのにもかかわらず。

 

 一応彼に対して誠意は見せようと、彼の名前を聞き、ノートに今回の約束を一応書き残しておく。

 

 絶対に彼があたしに勝つことなんて無いだろうけど、念のため、あたしが約束を忘れないように。

 

 本当に君はバカだ、わざわざな勝ち目のない勝負を受けるなんて。

 

 あたしは約束を書き記したノートを鞄にしまうと、すぐさま、鞄を持って教室から出ていこうとする。

 

 さっさとこの場から去りたくて、少し歩幅を早く動かして、歩く。

 

 そんなあたしに対して彼はあたしの背中に言葉を掛けた。

 

「沙知」

 

 その呼び掛けにあたしの足はピタリと止まる。そして、ゆっくりと身体を彼の方へ向けると、彼はあたしに対してこう言った。

 

「絶対勝つよ」

 

 揺るぎのない闘志が籠った瞳を向けて、そう宣言する彼にあたしは何も答えず、再び足を前へと出して歩み出した。

 

 背中越しの彼から視線を外しながら、廊下を歩き始めた。

 

 なんで? どうして君があたしなんかにそこまで言うの? どうせ、その言葉は口先だけの大層な言葉。だって本気であたしのこと好きになる人なんているはずないんだから……。

 

 あたしはそう決めつけて、長い廊下を抜け昇降口へと向かった。

 

 ただ、君の言葉があたしの心に残り続ける。




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二十三話 『ウソ……つき……』

 翌日、あたしは学校を休んだ。

 

 別に体調が悪かったわけじゃない。いつもみたいに熱なんてないし、怠さも吐き気も一切ない。

 

 ただあるとすればそれは睡魔。前日、あたしはなかなか寝付けず、気づいた頃にはお日様がおはようと昇ってきていた。

 

 それから一眠りしようとしても眠れず、ベッドでゴロゴロしているとお姉ちゃんがやってきてあたしの部屋に入って来た。

 

「沙知? 今日は学校行ける?」

 

 扉から顔を覗かせながらそう聞いてくるお姉ちゃんにあたしは答える。

 

「休む……」

 

 それだけ伝えて、あたしはすぐにお姉ちゃんに背中を向けた。

 

 別に体調が悪いわけじゃないし、寝不足なだけ。けど、なぜだか今日は学校になんて行きたくなかった。多分、おそらく……いや、十中八九、彼と顔を合わせるのがイヤだったというか。

 

 彼の言葉があたしの頭の中で何度も何度も反復する。

 

 あたしは信じるとは言ってないのに、あの後も何度も何度も彼の言葉があたしの頭の中を駆け巡って、眠ることができなかった。

 

 それに彼はあたしと同じクラスらしいし、顔を合わせたらきっとあたしはいつもの佐城沙知を保てなくなって、昨日みたいに動揺するかもしれない。

 

 そんな姿を見られたくなくて、あたしは学校を休むことにする。

 

 

「朝ごはん机の上に置いてあるから、お昼もいつも通りお弁当を置いていくから」

 

 その言葉だけ残してお姉ちゃんは部屋から出ていく。

 

 しばらくすると階段を上る音が聞こえたので、あたしは少し安堵のため息が漏れた。そして……あたしは眠ろうと瞼を閉じた。

 

 それからあたしの意識が途切れるまで、かなりの時間が掛かった。

 

 目が覚めたのは夕方の五時を回った頃だった。

 

 カーテンから夕日の光が漏れていて、部屋の中をオレンジ色に染めていた。あたしはゆっくりとベッドから起きてスマホで時間を確認する。

 

「ヤバイ……めちゃくちゃ寝た……」

 

 ポツリとそう呟くとあたしはスマホをポケットにしまって、ベッドから下りた。

 

 何かお腹の中に入れないとと思って、部屋を出てリビングへと向かう。

 

 部屋を出るときにチラッと玄関の靴を覗いた。お姉ちゃんの靴はあったから帰ってきているのはわかったけど、そこにはもう一足お姉ちゃんの靴以外があった。

 

 誰のだろう。お姉ちゃんの友達かな? そう推測して、あたしはリビングの扉を開けて中に入る。

 

 そして冷蔵庫に入っていたお弁当を取り出して、レンジで温めてリビングのテーブルに置いて、ソファーに座りながらテレビを付けて食べ始めた。

 

 お弁当を食べている間、ずっとボーっとしていたあたしの頭の中にはやっぱり彼の言葉がこびり付いていた。

 

『好きだ』

 

 昨日言われたことを思い出すと、やっぱり理解ができない。あたしが彼のことを好きになる理由がわからない。

 

 何度も何度も仮説を考えるけど、どれもこれも説得力がなくて、すぐに意味を成さないガラクタに変わる……本当に謎。

 

 やっぱりあたしを好きになる理由なんて分かんない。

 

 そんなことを考えながらも、お昼ご飯を食べ終え、あたしは自分の部屋に戻る。そして、再びベッドの上で横になった。

 

「う~ん……」

 

 枕に顔を埋めながら、唸り声を上げていくと、部屋の外から誰かの声が聞こえてくる。一人はお姉ちゃんでもう一人は誰かわからない。

 

 あたしは少し気になって部屋の扉を開けると、ちょうど玄関で話しているお姉ちゃんの姿が見えた。

 

「あれっ? お姉ちゃん、誰か来てるの?」

 

 そうお姉ちゃんに聞きながら、部屋から玄関を覗くと、そこに居たのは、何故か昨日会ったはずの彼の姿があった。

 

 彼は驚いた様子であたしのことを見つめていて、あたしも思わず目を見開いて呆然としてしまった。

 

 なんで彼が家に居るのか分からなかったけど、とりあえず一旦逃げるように部屋に身体を戻して、扉を閉める。

 

 何で彼が家に居るの? もしかしてお見舞いに……なわけないよね。

 

 しかも制服姿で、学校が終わってそのままここに来たような感じ。さっきの知らない靴は多分、彼の靴なんだ。でも靴があったのは、三十分以上も前だから、お見舞いに来るにしても長居する理由なんてない。

 

 じゃあ、何で彼はここに来たの? それに彼はさっきまでどこに居たの? あたしの部屋にも居ない。リビングにも居なかった。となると、考えられる可能性は一つ。

 

 お姉ちゃんの部屋。

 

 それはそれで、なんで? お姉ちゃんがあの自分の部屋に友達をそれも男の子を部屋に呼ぶとは思えない。それに少しだけ聞こえた話し声はとても仲が良さそうだったし……。

 

 この間、あたしの思考はグルグルとあらゆる方向に思考を働かせる。そして、ある結論に達した。

 

 あっ……これ、出しに使われたんだ……。

 

 彼がお姉ちゃんと仲良くなるためにあたしを利用しようとしている。だとしたら、納得が行く。

 やっぱりそうなんだ……きっとそうなのね。でもそう考えれば昨日の言葉にも合点が合うし、辻褄があう。

 

 もう……それならそれでもいいけど別にあたしがどうのこうの言えることないわけで……いや、違うそうじゃない。

 

 なんであたしはこんなにイラ付いているの? なんでこんなにもムカつくのか自分でも分からない。

 

 じゃあ、何がムカつくって聞かれたらまた答えられないと思う。それにそんなことを自分で問いかけて自分に答えられるわけない。

 

 もういいや……何を考えても意味ないし……。

 

 一人自問自答を繰り返して無駄だと悟ったあたしは考えるのを止めた。

 

 そして、再び部屋の扉を開けてお姉ちゃんとその友達と思われる彼に対して、あたしは不機嫌さを隠して近づいて二人に言う。

 

「えっ!? もしかしてお姉ちゃんの彼氏!?」

 

 驚くような素振りを見せて、あたしは二人を見つめてそう言い放つ。するとお姉ちゃんは呆れた顔でこちらを見ていた。

 

「おまえは何を馬鹿なことを言っているんだ」

 

「えぇ~? だってお姉ちゃんが男の子を家に上げているのって初めてじゃない?」

 

 あたしが記憶している限り、お姉ちゃんが男の人を家に連れて来たことなんて一度もない。だから、目の前に居る彼が来て、お姉ちゃんが連れ込んでいる。それはつまり、そういうことなんだとあたしは推測した。

 するとお姉ちゃんは小さなため息を漏らしてからあたしに言う。

 

「そもそも島田とはそんな仲じゃない、ただの友だちで、家に上げたのも勉強会のためだ」

 

「へぇ……そうなんだ……」

 

 なるほど、あたしとの約束を利用して勉強会という体でお姉ちゃんに近付いた。あくまでもあたしに勝つという大義名分で勝てない約束を利用した。

 

 ふ~ん……そっか……。そういうことなんだね……。

 

 全てに合点がいったあたしは、出しに使われた腹いせに彼のことをからかってやることにした。

 

「もしかして……大人の勉強会って奴?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう聞くと、彼は突然顔を赤くしてあたふたと焦り出した。

 

 そのまま更に追い撃ちをかけるようにからかっていると、お姉ちゃんに頭を叩かれた。

 

「イタッ!!」

 

 突然の痛みに声を上げて、頭をさすりながら涙目になってお姉ちゃんの方をみる。

 

「もうっ!! 痛いよお姉ちゃん!!」

 

「おまえが島田をからかっているからだ」

 

 お姉ちゃんは呆れながらそんなことを言ってきて、あたしはこれ以上はやめてあげようと思う。ただあたしの気持ちは一切晴れなかった。

 

 それからテストのことを惚けて、彼との約束を忘れたように装い、彼のやる気を削ごうとする。

 

「でも、テスト勉強ならお姉ちゃんじゃなくてあたしに頼れば良いのに、あたし学年トップだから頭良いよ」

 

 そう言って何事も無かったように彼にそんな提案をする。約束相手にこんなことを言われればどんな気持ちになるか、それは容易に想像できる。

 

 案の定彼は痛いところを突かれたのか、苦い顔をした。

 

「あれ? どうしたの?」

 

 そんな顔をしていた彼に対して、あたしは追い打ちを掛けるように惚けた顔をする。すると、彼は必死で苦い顔を隠して笑顔を作った。

 

「い、いや別に何でも……」

 

「そう? なら良いけど」

 

 彼の必死な作り笑いに対して、あたしは怪訝な顔をして返す。

 

 その様子を見てられなかったお姉ちゃんは彼に帰るように促し、彼はそのまま言われた通り帰っていった。

 

 彼を見送ったあと、お姉ちゃんが口を開く。

 

「沙知、さっきの発言はなに?」

 

 案の定、お姉ちゃんはお説教モードになりながらあたしに向かって鋭い視線を向けてくる。けど、その視線は長く続かなかった。なぜなら──

 

「ウソ……つき……」

 

 あたしが不意に溢した言葉に対して、お姉ちゃんは目が点になり硬直してしまったから。そして……あたしは泣きそうになっていた。

 

「え? 沙知?」

 

 何故か動揺するお姉ちゃんにあたしは感情が抑えられなくなり涙をぽろぽろと溢しながらあたしはそのまま部屋に閉じこもる。

 

 そして、扉を開けないようにベッドに戻って布団を被ると枕に顔を埋めて泣き崩れた。

 

 なんで泣いてるのか自分でもわからない。けど、溢れてくるこの涙を止めることなんてできなくて、あたしはひたすら涙を流した。

 

 あたしのこと、好きだって言っておいて、結局、あたしのこと、都合のいいように利用してるだけじゃん……。

 

 嘘つき……大嘘吐き……。

 

 もう嫌だよ……好きなんて言葉二度と聞きたくない……。

 

 もう誰も信用したくないな……。全部もうどうでもいい……どうでも良いからもう関わらないで……。

 

 心の中でそう呟くと、あたしはそのまま眠りについた。




如何だったでしょうか。

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それでは次回をお楽しみに。


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二十四話 『あたしは恋を知りたい』

 それからテスト当日まで彼は毎日、放課後になると家にやってきてテスト勉強をしていった。

 

 あたしは彼が家に来るといつも部屋に閉じ籠り、顔を合わせないようにしていた。

 

 当然、学校でも一言も会話することもなかった。

 

 ただ彼に対してのモヤモヤが日を経つごとに少しずつ募っていって、胸が苦しくなる。

 

 でもそのことを彼に悟られるのが嫌で強情になったあたしは彼のことをとことん無視してしまっていた。そしてそれが余計にあたしの中でモヤモヤを強くしていくことに……もう自分でもどうしようも出来なくなっていた。

 

 それにお姉ちゃんの態度からして、彼のことが気に入っているのは、見て分かる。

 

 そうじゃないないとあのお姉ちゃんが他人を家に上げたりしないし、ましてや自分の部屋に入れるなんて絶対にありえない。

 

 だから、余計にモヤモヤする。あたしのことを好きだと言った彼がお姉ちゃんと仲良くなっているものだから余計に……。

 

 

 よくよく考えなくても、あたしよりもお姉ちゃんのほうが良いのは明白。だから、彼がお姉ちゃんを狙っているのも当然。

 

 そう自分が納得するように頭の中では言い聞かすけど、やっぱり心の中はそれを認めたくないのかモヤモヤが溜まっていく。

 

 胸がチクリとする感覚に襲われる。まるで針で刺されているようでチクチクした痛みが広がっていく。それが不快感丸出しのなんとも言えない痛みだった。

 

 ノートに書いた約束を見るたびにページを破り捨ててやりたい衝動が募っていく。

 

 元々これは彼を突き放すための約束。叶うはずのない約束だから。破り捨てたって構わない。

 

 だってこれは形だけの約束なのだから……。

 

 けど、何故か破くことが出来なくて、ずっとそのノートは彼の約束が書いてあるページを残ったまま。

 

 そんなことを繰り返していたらあっという間にテスト当日を迎える。

 

 テスト自体は問題なかった。あたしは勉強が趣味みたいな人だから、九十点以上を取るのもそんなに苦じゃない。

 

 実際に返ってきたテストの点数は平均九十七点。これを越えるのはほぼ無理だろう。

 

 お姉ちゃんも全てのテストが返ってきたみたいだけど、点数までは教えてくれない。

 

 毎回、順位が発表されたときのお楽しみとしてお姉ちゃんは言わない。結果が分かったときの一喜一憂が楽しいらしい。

 

 そうしてテストが終わり、順位が発表されるまで数日は彼が家にやってくることはなかった。

 

 彼がどれだけ点数が良かったのかちゃんとは知らない。ただ、教室で彼の友だち? が彼の点数を見て驚いた声は聞こえていた。

 

 それなりには良かったんだろうくらいしか認識していない。あたしにはもうどうでも良かったから。

 

 そして順位が発表された日の昼休み。あたしはお姉ちゃんに連れられて掲示板の前までやってきた。

 

 そこには何人もの男女が立っていて、生徒たちが順位を見て賑わせていた。

 

 その中に彼の姿もあった。

 

 お姉ちゃんは彼の姿を見るなり彼の元へと歩み寄っていく。お姉ちゃんが声をかけると、彼は泣き始めた。

 

 その様子を見て彼はあたしに負けたんだと確信した。それと同時に嫌な感情がまたムクムクと胸の中で膨れていく。

 

 絶対に勝つと言っていたくせに負けて、あれだけ見栄を張っておきながらこの始末。

 

「ウソつき……」

 

 遠目で彼を見ていたあたしはボソリと言葉を漏らした。

 

 所詮口だけ……彼との約束なんて覚えている価値もなかったんだ。

 

 そんなことを思いながら彼を見つめる。いや、目が離せなかったんだ。

 

 彼の流した涙はまるで本気で悔しがっているようにも見えたから。でもそんなはずない。口だけ人なんだ。

 

 彼はお姉ちゃんに良いように見せるために嘘泣きをしているだけだ。そう自分に言い聞かせた。

 

 しばらく経つとお姉ちゃんが彼を抱き締めて、落ち着かせるように頭をポンポンと叩いていた。

 

 その光景を見ていると胸の中がゴワゴワとして不快な感情が込み上げてくる。

 

 何だろうこの気持ち……。お姉ちゃんが彼を抱き締めているのを見てるとなんかモヤモヤする……。

 

 お姉ちゃんが彼に盗られるとでも……思ってるのかな……? それなら納得出来る。けど、本当にそうなの? なんか違うような……。

 

 なにこれ……おかしいな……こんなことでイラつくなんて……それに心なしか胸もチクチクするし……。

 

 あたしはモヤモヤに苛立ちを覚え始めていた。なんで彼がお姉ちゃんに抱き締められている姿を見て、イライラするのか自分でもわからないでいる。

 

「なんで……」

 

 モヤモヤに苛立った気持ちを誤魔化すように呟き、二人から逃げるように目線を逸らした。

 

 逸らした先には今回の順位が表示されている。順位表を見たあたしはその場に立ち尽くした。

 

「ウソ……」

 

 一位にはあたしの名前が書いてなかった。代わりに書いてあったのはお姉ちゃんの名前で、つまりお姉ちゃんが首位になったことになる。

 

 別にそれがおかしいとかじゃなくて、あたしが驚いたのはそこじゃない。だって……。

 

「なんで……」

 

 なんで……彼よりもあたしの順位が低いの……? そんなのあり得ないはずなのに……。あたしはその現実を認めることが出来なかった。

 

 けど、何度見返しても変わらない。彼が二位で、あたしが三位。

 

 その差はたった一点。僅差であたしが彼に負けた。その事実があたしを混乱させた。

 

 じゃあなんで彼はあんな泣き顔をお姉ちゃんに見せていたの? それすらも全然分かんないよ……。

 

 彼のほうにチラリと視線を向けると、お姉ちゃんが彼にちゃんと結果を見ろと言い聞かせ、掲示板の近くまで誘導していた。

 

 お姉ちゃんと一緒に掲示板の前に立つ彼は自分の順位を見て、驚いた声を上げていた。

 

 どうやら彼は何か勘違いをしていたみたい。多分、名字だけ見てあたしに負けたんだと、勝手に思い込んでいたんだと思う。

 

 そこは納得できた。だけど、自分が彼に負けたことには納得がいかない。

 

 彼が勝ったということは……それはつまり、彼の約束を叶えていることになる。

 

 つまり、彼の言葉をあたしが信じることに……。

 

『好きだ』

 

 頭のなかでその言葉が響き渡る。その言葉を思い出した瞬間、体中が沸騰しそうなくらい熱くなる。

 

 胸の中がムズムズして、心臓が高鳴っていく感覚に襲われた。そんな自分の感情がわからないまま立ち尽くしていると──

 

「それで? お前はいつまでコソコソしているつもりだ?」

 

 そう言ってお姉ちゃんはあたしに声を投げかけた。それにより彼にあたしがここにいることバレてしまう。

 

 あたしは咄嗟に視線を逸らして彼と目が合わないようにする。ただ必死で目線を逸らしているせいで端から見たら挙動不審にも見える。

 

「その……お、おめでとう……お姉ちゃん……」

 

 とりあえずお姉ちゃんに祝いの言葉を送る。すると何故か彼があたしの名前を呼んで、一歩ずつ近づいてくる。

 

 彼が近づいてきた瞬間、あたしは思わずその場から逃げ出す。

 

 なんで逃げ出しているんだろ……こんなことしたら絶対変に思われるのに……。もうどうしたいいかわからないよ……。

 

 逃げ出したあたしを彼は追いかけてきた。

 

 なんで追いかけて来るの? 意味わかんない……。

 

 そのことで頭がいっぱいいっぱいになって、考える余裕すらなかった。

 

 ただ今は逃げることだけを考えてひたすら走った。だけど、体力のないあたしが逃げたところで彼との差が縮まっていく。

 

 それに普段走らないから息が上がって苦しくなってきた。このままだとあたしが先にバテる……どうしよう……。

 

 そう悩んでいるうちに限界が来て、あたしは脚を止めてその場で立ち止まってしまう。

 

 もう、走れない……。それに走ったせいで吐き気がするし……というかもう吐きそう……。

 

 あ……やば……。

 

 彼が近づいたタイミングであたしは口元に手を押さえた。それから堪えていたものが一気に溢れ出し、その場に逆流した吐瀉物を吐き出した。

 

「オエェー」

 

 苦しそうに悶えながらその場で嘔吐していると彼は慌てた様子であたしの前で膝をついた。

 

 彼に背中をさすられて少し吐き気が和らいだけど、すぐにまた気持ち悪いのが込み上げてきた。

 

 そんなあたしを彼は必死に介抱してくれたけど、あたしはまともに顔を合わせることが出来ずにずっと顔を背けたままだった。

 

 もう嫌だよ……なんでこうなるの……もう嫌だよぉ……。

 

 それからすぐにトイレに連れていかれて口をゆすがされた。その後に保健室に連れていかれて今に至る。

 

 彼に……頼那くんにもう一度告白されて、あたしは彼の言葉を信じると言った。

 

 すると、彼はその場で嬉しそうに泣きじゃくり始めて、あたしはどうすればいいのか分からず困惑することしか出来なかった。

 

 けど……その姿を見て、頼那くんは本当にあたしのことが……本気で好きなんだということが何となく分かった。

 

 あたしのことが本当に好きだから、あたしに信じてもらえるようにテストを頑張った。

 

 そして本当にあたしに勝っちゃうなんて……。

 

 頼那くんの行動や言動をちゃんと見ると、そのどれもがあたしに対する好意からきているものだった。それに気づかなかったあたしは、勝手に彼に失望して、勝手に彼を悪者にした。

 

 自分が傷付かないように、自分を守りたいがために……。

 

 頼那くんはずっとあたしのことを思って行動してくれていたのに……あたしは彼の想いをなにも分かろうともしないで自分都合でしか物事を見てなかった。

 

 彼は言葉だけじゃなくて、行動でもしっかりと示してくれた。だから……あたしも……ちゃんと誠意を見せなきゃいけない。

 

 あたしのことを好きだと言ってくれる頼那くんに。

 

 あたしのために勉強を頑張ってくれた彼に。

 

 ちゃんと……応えなきゃ……。

 

 あたしはもう、頼那くんから逃げないと決意した。自分の都合のいいように彼を見て、信用せず逆恨みをするようなことなんか絶対にしないって決めたんだ……。

 

 それに、彼を本気で信じるって決めることができたから、今は向き合うことができる。

 

 だから……ちゃんと伝えなきゃ……。

 

 あたしは被っていた布団を剥ぎとるとベッドから起き上がる。

 

 まだ頼那くんとは目線を合わせられないけど、ちゃんと彼を見て話さないと……。

 

「ら、頼那くん……」

 

 

 緊張で呂律が回らない。ただ名前呼ぶだけでもやっとの状態だ。本当に情けない……。けど、ちゃんと伝えなきゃ……あたしは自分の胸元に手を当てて小さく深呼吸して彼に向き合った。

 

「えっとね……その……あたし……」

 

 上手く言葉が出てこない。人に好意を持たれたことがなければ、告白をされたこともないからなにを言えばいいのか分からない。

 

 あたしが口ごもっていると、頼那くんが優しそうな顔であたしを見つめていた。

 

 特段カッコいいわけでもなければ、不細工な顔をしているわけでもない。むしろどこにでもいそうな顔に体型。

 

 そんな彼からの視線を受けてあたしは一気に顔に熱が籠る。恥ずかしくて今すぐにでも逃げ出したくなったけど、そんな我儘はもうしないって決めたんだ。

 

 だから、あたしは彼から決して目を逸らさないで彼の目を見つめながら必死に言葉を紡ぐ。

 

「あたし……本当に……頼那くんのことが……」

 

 こんなこと言ったら頼那くんは幻滅するかもしれない。けど、ちゃんと言わないといけない。真っ直ぐあたしに向き合おうとしてくれる彼にウソを付きたくないから。

 

「好きか……分かんない……」

 

 今、あたしが彼に言える精一杯の言葉……。嘘偽りのない本当に正直な言葉。

 

 ここ数日頼那くんに対して向けられた感情が理解できない。だから好きって感情をあたしはちゃんと判断できない。

 

 あたしが彼に抱いている感情の正体もハッキリとしていない。ただ自分でもよく分からない状態で彼と向き合いたくなんかない。

 

 だからこそちゃんと向き合うためにあたしは──

 

「だから……あたしに……恋を教えて……」

 

 それは頼那くんと恋人関係になるときに言ったセリフ。だけど、意味合いはあのときとは違う。

 

 ちゃんと彼と向き合うためにあたしは恋を知りたい。前みたいなお遊びの実験じゃなくて本気で恋を知りたい。

 

 しっかりと自分の中で答えを出さなきゃ頼那くんと向き合えない。彼の真っ直ぐな好意に応えられないから……。だから知りたいんだ。

 

「あたしのワガママで頼那くんを振り回すし、体質のせいでいっぱい迷惑かけちゃう面倒な女だけど……それでもいいなら……」

 

 これは彼への確認の言葉。これから自分が向き合うために、彼の時間を無駄に使わせることになる。

 

 最低最悪な面倒極まりない女の子との徒労に終わるかもしれない恋愛を彼は本当にしてくれるのかと、あたしは問いかけた。

 

「いいよ」

 

 そんなの当たり前だとばかりに即答する頼那くん。あまりにも即答で答えるから思わず戸惑ってしまう。

 

「え……ほ、ホントにいいの……?」

 

「本当に」

 

 彼にもう一度確認の言葉をかけると彼はまた即答で答える。そんな頼那くんにあたしは思わず尋ね返す。

 

「もし……本当にあたしが頼那くんのこと、好きになって……その……恋をしたらどうなるか分かんないよ……」

 

 恋を知ったあたしがどんな行動に出るのか自分でも予想できない。どんなことをやらかすか分からない。例えば……。

 

「恋を知った途端、頼那くんに興味がなくなるかもしれないし、逆に燃え上がり過ぎて、頼那くんと結婚しなきゃヤダとかワガママ言い出すかもしれないよ」

 

 

 とんでもない女だって自分でも分かってる。そんな女を恋人にするってことはつまりそういうことだ。あたし次第で頼那くんの人生を振り回す可能性だってあるんだから。

 

 なのに……彼は笑みを絶やさずに答えた。

 

「沙知が僕に興味が無くなったらまた興味が持ってもらえるようにまた努力するし、君となら結婚だってする覚悟は出来てるよ」

 

 彼の言葉を聞き、あたしは目を見開く。そして数秒ほど彼の顔を見ていると、あたしはとんでもない告白をされたことに気づく。

 

「あっ……え……えっと……あ、あたしなんかと結婚したいってこと……?」

 

「沙知さえ良ければ結婚して欲しいと思ってる」

 

 聞き間違いじゃない。しっかりと彼の口からその言葉を聞いた。そして彼の言葉を聞いたあたしは、今までに感じたことのないくらい顔が熱くなった気がした。

 

「あ……あたしなんかでホントにいいの……?」

 

 そんな素っ頓狂な言葉があたしの口から出てきた。だって本当にそうとしか言えないもん……。

 

 まさか、あたしなんかと結婚したいなんて言うなんて思わなかったんだもん……。

 

 だけど、彼のことを信じるって言った以上、彼の言ったことは全部本気だって信じる。

 

「沙知がいいんだ」

 

 彼にそう言われた瞬間、心臓の音が激しく鳴り響いた。胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚がした。それはとても苦しくて、切なくて……。そして嫌じゃない不思議な感覚だった。

 

「う、うん……ありがと……」

 

 顔が熱い。正直頼那くんの顔が直視できない。しかも、恥ずかしいせいかどう接したらいいかが分からなくて俯いてしまう。

 

 ホント、君ってとんでもない男の子だよね……。

 

 自分の事をそこまで思ってくれる人がどれだけいるのか。正直分からないけど、あたしは彼の気持ちに応えようと思う。本当に好きなのかは分からない……でも彼と一緒ならきっと何かを見つけられるかもしれないから……。

 

「そ、それじゃあ……これからも……よろしくね……頼那くん……」

 

 あたしは真っ赤な顔のまま精一杯の笑顔で応えた。それを聞いた彼は嬉しそうに笑ってくれた。それから手を差し出してきた。

 

「こちらこそよろしく」

 

 彼の差し出された手にそっと手を重ねると、頼那くんは優しくあたしの手を握り返してくれた。そんな些細なことですら嬉しいと思ってしまった。

 

 そんな彼の優しさに触れながら、あたしは彼とこれから知っていこうと心に決めた。

 

 あたしはまだ恋を知らない。

 

 これから先、本当に誰かを好きになる日が来るのか……それとも恋を知ることなく人生を終えるかもしれない。

 

 でも、今は彼と一緒に知りたいって思う。この気持ちがどんなものなのかを……。

 

 彼ならきっとあたしと一緒に答えを見つけてくれるかもしれない……。

 

 そんな予感を胸に抱きながらあたしは、精一杯の笑顔を彼の前に晒した。

 

 こうしてあたしたちは恋を知るためにもう一度恋人同士になった。




如何だったでしょうか。

次回で今回の章は完結予定です。

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二十五話 『そんな彼女と僕は恋を知りたい』

 翌朝、僕は沙知の家の前で一人悶えていた。

 

「あぁ~……」

 

 そんな声にならない声を上げながら、昨日の自分のことを思い返す。

 

 昨日すっごく恥ずかしいこと言ったなぁ……。勢いであんな事言っちゃったけど大丈夫かな……? 

 

 いや……大丈夫なはずない!! 何あの歯の浮くような台詞の数々!? 傍から見たらめっちゃ恥ずかしいこと言っていたよね!? ああもう! めっちゃ恥ずかしい!!

 

「人の家の前でなに悶えてるんだ……」

 

「ぬわぁ!?」

 

 そんな恥ずかしいことを考えながら悶えていると、いきなり背後から話しかけられて僕は奇声を上げた。

 

 後ろを振り返ると沙々さんがジト目で僕のことを見ていた。

 

「さ、沙々さん!?」

 

「なにそんなに動揺しているんだ」

 

「い、いや……気にしないで……」

 

 僕は彼女にそう言いながら苦笑いを浮かべた。そしてとりあえず平静を装うと咳払いをする。

 

「沙知から聞いた、どうやら無事に恋人同士になれたようだな」

 

「うん、その節は本当にお世話になりました……」

 

 色々と迷惑を掛けたこともあり、僕は彼女にお礼の意味も込めて頭を下げた。

 

 そんな僕の行動を見た後、沙々さんは僕の耳元まで近付いてきてそっと耳打ちした。

 

「結婚しても良いとまで言ったそうだな」

 

「っ!? ごほっ……けほ……!!」

 

 沙々さんのまさかの一言に僕は咳き込み、動揺から大量の汗をかいてしまう。それを見て彼女はニヤリと笑う。

 

「それはまた面白いことを言ったな」

 

 そう言いながら彼女はとても愉快そうに笑みを浮かべた。まるで新しいおもちゃをもらったかのような子供のような顔で笑っている。

 

 そんな沙々さんに僕は動揺した様子で聞き返してしまう。

 

「ど、どこでそれを……」

 

「沙知から聞いた……というよりも惚気られた」

 

「なっ!?」

 

 沙々さんの返答を聞いて僕は言葉を詰まらせた。沙知が昨日のことをまさか沙々さんに言うとは思わなかったから。

 

 恥ずかしさに悶えそうになるけど、それより何より沙知が僕について惚気たことの方が衝撃的だった。

 

 そんな様子の僕に彼女はニヤニヤと笑みを浮かべながらずっと見つめている。

 

「まさか、島田がそんなことまでを言うなんてな……」

 

「やめてください恥ずかしいので……」

 

 思い出すだけでも悶絶しそうになる。こんな気持ちでこれから沙知と会わないといけないと思うと恥ずかしくて死にそうになる。

 

「それはそうと、沙知を迎えに来たのだろう、今呼んでやるから待っていろ」

 

「あっ……うん……」

 

 沙々さんがそう言うと、彼女は家の中に入っていく。それから少し待っていると、沙々さんと一緒に沙知が家から出てきて僕の目の前に来た。

 

「おはよう、頼那くん!!」

 

 いつも通りの元気な様子で挨拶をしてくる沙知。そんないつも通りの様子に僕は戸惑いながらも挨拶を返した。

 

「お、おはよう……」

 

「ん? どうしたの、頼那くん?」

 

 そう言って沙知は首を傾げて僕の顔を見上げる。彼女の上目遣いに僕は思わず視線を逸らしてしまう。

 

 そんな僕の様子に彼女は不思議そうな表情を浮かべた。

 

「島田は昨日、沙知に言ったことが恥ずかしくて、顔を合わせるのが恥ずかしいそうだ」

 

「さ、沙々さん……!!」

 

 沙知に対して僕が悶絶していると沙々さんがそんなことを暴露した。思わぬ暴露に僕は沙々さんのことを睨むが、彼女は愉しそうに僕の反応を見ているだけだった。

 

「昨日、言ったこと……イヤだった?」

 

 沙知が不安そうな表情を浮かべながら僕のことを見ている。そんな彼女の様子を見て僕は慌てて反論する。

 

「そ、そんなことない!! ただ……あんな台詞……恥ずかし過ぎて……」

 

 正直、思い出すだけで悶えそうになる。よくあんな恥ずかしい台詞を言えたもんだと自分で自分を褒めてあげたい気持ちになる。

 

「沙知が好きなのは本当だから……その……気持ちがいっぱいいっぱいで、あんな恥ずかしい台詞を言っちゃったけど……嘘じゃないから」

 

 顔を真っ赤にしながら僕は彼女に伝える。そんな僕の言葉に沙知は嬉しそうに笑ってくれた。

 

「うん、分かってるよ」

 

 そんな彼女の笑みに思わずドキッとしてしまう。好きな人の笑顔ってこんなに破壊力があるものなのか……!? 本当に凄いな……。

 

 そんな僕の様子に沙知はまた笑い声を上げていた。

 

 彼女の笑顔と声に僕はまたもや悶えそうになる。

 

「まったく、惚気るならオレのいないところでしてもらいたいのだがな」

 

 沙々さんはそう言って呆れながら先に歩き出した。

 

「お暑い二人の邪魔になりそうだからさっさと先に行ってるな」

 

「さ、沙々さん!?」

 

 僕の言葉も聞かずに先に行く彼女に僕は戸惑う。そんな彼女が見えなくなるまで見送った後、隣に立つ沙知が笑みを浮かべていた。

 

「えっと……とりあえず学校行こうか?」

 

 恥ずかしさを誤魔化すようにそう言った僕に彼女は頷いた。それから沙知はセグウェイを取り出して発進させる準備を始める。

 

「準備できたよ、それじゃあ行こ!」

 

 彼女がセグウェイに乗ると、スイッチを起動して発進させる。僕はそんな沙知の隣で並びながら通学路を進んでいった。

 

 沙知と一緒にセグウェイでの登下校は何度か経験しているが、端から見たらかなりシュールな絵面だと思う。だけど、あまり気にするようなことではなかったから僕らに学校へと向かった。

 

「そういえば本当に朝から迎えに来てくれたんだね」

 

「当然、昨日約束したから……」

 

 沙知の言葉に僕は頷く。昨日、沙知と恋人同士になった放課後に彼女と色んなことを話し合った。

 

 その一つに登下校は一緒にしようと言う話になった。そんな昨日のことを思い出した後、僕は沙知に尋ねる。

 

「今日は体調どう? まだ吐き気とかしてない?」

 

「うん!! 今日は元気だよ!!」

 

 元気よく返事をしながら、沙知は僕にそう言ってくる。その笑顔はとても輝いて見えて、見ているこっちも自然と笑顔になってしまう。

 

「そっか、それは良かった……」

 

 心の底からホッとして僕はホッと息を吐いた。

 

 登下校を一緒にする理由は彼女を一人にさせないため。彼女の体質上、いつどこで症状が酷くなるのか分からない。だから登下校中は極力、側にいるようにした方が良いと思ったからだ。

 

 元々は沙々さんがやっていたことだけど、彼女の恋人になった以上、僕も彼女が少しでも過ごしやすくなるように協力する義務があると思い一緒に登下校することを提案した。

 

「けど、あたしの体質が心配だからって、これから毎日早起きするのは大変でしょ?」

 

 沙知は心配そうな様子で僕に聞き返してくる。僕はそんな沙知に笑みを見せながら答えた。

 

「いや、大丈夫これから早寝早起きの習慣をつくれば、別に大変じゃないよ」

 

 これからは僕も早起きして沙知と一緒に登下校をしようと決めた。好きな人のために何か出来るならそれが一番だ。それに……。

 

「沙知と一緒に居れる時間が長くなるのは嬉しいから……」

 

 自然と出た言葉だった。沙知と過ごす時間が増えると思うと凄く嬉しくなってくるんだ。それくらい、僕の中で彼女の存在が大きくなってるんだ。

 

「……やっぱり頼那くんは変わってるね」

 

「そうかな……?」

 

「そうだよ、こんな面倒な変わっているあたしなんかに構ってるんだもん……」

 

 彼女がそう言って苦笑いを浮かべた。その言葉に僕は思わずムッとしてしまう。そんな僕の様子を見て彼女は首を傾げた。

 

「どうしたの?」

 

「沙知……そんなこと言わないで欲しい」

 

 そんな僕のことを不思議そうに見ている沙知に僕ははっきりと告げた。今、ここで言わないと駄目だと思ったから。

 

「別に沙知のことは面倒なんて思ってない、僕は沙知が好きだから、君を支えていきたい」

 

 自分の本心を僕は彼女に言った。

 

 沙知は自分の体質のせいで卑屈に考えている節がある。だけど、彼女にそんな卑下するようなことを言わないで欲しかった。だからこうして素直に気持ちを伝えたんだ。

 

「頼那くん……うん、ありがとう」

 

 そんな僕の言葉を聞いた沙知は嬉しそうな笑みを浮かべて応えてくれた。

 

「まあ、でも……変わっている女の子とは常々思っているけど」

 

「そこは否定してくれないんだね」

 

 そんな僕の付け足しに沙知がジト目で僕のことを見てくる。そんな様子に僕は思わず笑ってしまった。

 

「そういうところが好きだからね」

 

「それは喜んでいいのか複雑だな~」

 

 沙知はそう言って苦笑いをして肩を竦める。だけど、彼女の横顔を見るとほんの少しだけ嬉しそうにしている気がした。

 

「けど、やっぱりまだあたしには分からないかな、人を好きになるってこと」

 

 沙知はポツリと呟き始める。その言葉に僕はあえて何も聞き返すようなことはしなかった。

 

 今、彼女が恋というものに向き合おうとしていることを知っているから。だからそんな彼女と一緒に時間を過ごしていくことにした。

 

「すぐに分からなくても大丈夫だよ、いつか、僕のことを好きにさせてみせるから」

 

 今はそれでいい。焦らず、ゆっくりと恋を知れば良い。僕だってまだまだ沙知に対しては知らないことだらけだから。

 

「そう、ならこれからどうしよっか? あたし、恋に対して知らないことばかりだから、色々教えて欲しいな」

 

 沙知はそう言いながらチラッと僕のことを見る。そんな彼女の様子を見て僕は思わずドキドキとしてしまう。

 

「と、とりあえず、一緒に登下校して、一緒にお昼食べて、放課後もこうして一緒にいるようにしよっか」

 

「前と同じことするの?」

 

「もちろん、前できなかったことも一緒にしていくし、沙知がやりたいこともやるから色々と言って」

 

 僕がそう伝えると沙知は少し考え始めた。そしてしばらくした後、納得した様子で頷く。

 

「そっか……うん!! それも良いかも!! じゃあ……さっそく……」

 

「あっ、変な実験に巻き込むのは止めて」

 

「そんなぁ~」

 

 僕の言葉に沙知は残念そうに声を上げる。そんな彼女の様子に僕は苦笑いをしてしまう。だけど、そんなところも彼女らしいから困らされたけど不快だとは思わなかった。

 

 そんな会話をしながら僕たちは学校へと向かっていった。

 

 これから色んなことを知っていくと思う。

 

 僕の知らない彼女の秘密。

 

 彼女の知らない彼女たちの事実。

 

 そんなたくさんのことを僕たちは知っていかないといけない。

 

 これは僕が愛した彼女との出会いの物語。

 

 だけど、彼女はまだ恋を知らない。

 

 そんな彼女と僕は恋を知りたい。

 

 それが僕の願いだから……。




如何だったでしょうか。

今回にて『佐城沙知はまだ恋を知らない』編は終了です。

二人の出会いの物語を経て、二人が本当の恋人同士になれるのか見守っていただけると嬉しいです。

ここで一旦、報告です。

一先ずの区切りが付いたので、次の更新はしばらく先になります。

理由は次の話の構成ともう一本連載している小説を優先したいためです。

そのため、しばらくは更新の予定はありません。

ただ、もう一本のほうが区切りがつき次第、また連載を再開するので、それまで待っていただけると幸いです。

お気に入り登録や感想、評価などいただければ、もしかしたらこっちのほうがモチベ上がるかもしれませんが……。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回『佐城沙知はデートをしてみたい』編をお楽しみに。


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佐城沙知はデートをしてみたい
二十六話 『恋人と友だちの違いって何だろう?』


お待たせしました。

新章『佐城沙知はデートをしてみたい』編開始です

それではお楽しみください。


「恋人と友だちの違いって何だろう?」

 

 昼休みの校庭、日陰でお弁当を食べながら、沙知はそんな疑問を僕に投げかけた。

 

「急にどうしたの……?」

 

 僕は戸惑いながらも彼女に聞き返す。いきなり恋人と友だちの違いについて聞かれたら誰だって戸惑うだろう。

 

「いや、頼那くんと恋人関係になって一週間くらい経ったでしょ?」

 

「うん、そうだね……」

 

 沙知の言葉に僕は頷いた。彼女の言う通り、僕と沙知は恋人同士になってから一週間ほど経っている。

 

 時期は既に六月の中頃。夏の気配を感じ始める時期だが、僕たちの関係にこれといった変化は感じられない。

 

 変化というなら六月に入ったことで衣替えをしたくらいだ。沙知の制服姿も夏服に変わり、元から主張の激しい彼女の胸がより強調されていた。

 

「毎日、一緒に登下校して、遊んだり、お昼食べたり、放課後も一緒にいるけど……結局、友だちと同じことしてる気がするんだよね……」

 

 沙知の言葉に僕は改めて考えてみる。確かに彼女が言う通り、普通の友人関係と同じようなことをしている気がする。

 

「まあ、あたしは友だちがいなかったから、これはこれで楽しいし、不満があるわけじゃないんだよね」

 

 沙知はアハハと笑いながら僕にそう言ってきた。

 

 正直、反応に困る。彼女の体質を考えれば、敢えてそういった友人関係を作ろうとしなかったのは、簡単に想像がつく。

 

「ただ、こうして頼那くんと恋人関係になった以上、あたしとしてはやっぱり恋というものを知りたいってわけなんですよ」

 

 ビシッと僕に指を差しながら沙知はそう言った。その彼女の言葉と態度に僕は思わず笑ってしまう。

 

「えっと……なんで笑うかな?」

 

 沙知はムっとした表情を浮かべながら僕のことを見た。そんな彼女のリアクションに僕は慌てて謝罪する。

 

「ごめん、別にバカにしたわけじゃなくて……」

 

 僕の言葉の意味が分からないのか、沙知は首を傾げていた。

 

 そんな姿も可愛らしいと思ってしまうのは、惚れた弱みなのかもしれない。

 

 僕は思っていることを正直に彼女に伝えた。

 

「沙知が僕との関係を凄く真剣に考えてくれてたのが嬉しくて……」

 

 付き合う前までは一切僕のことを眼中になかった彼女が、こうして考えてくれているだけで嬉しかった。

 

 彼女のその気持ちがとても心に響いたから。

 

「別に……あたしはいつも通り自分勝手に知りたいことを知ろうとしているだけだよ」

 

「それが沙知らしいよ、そういう真っ直ぐなところが……」

 

 僕はそう言いながら空を見上げた。そこには雲一つない青空が広がっている。

 

 太陽が眩しくて目を細めると、沙知が不満そうに僕のことを見ていた。

 

「また一人で自己完結して……まあいいけど、それで話を戻すよ」

 

 沙知は頬を膨らませながら僕にそう言ってくる。そんな彼女に僕は頷くことで返した。

 

「実際、友だちと恋人ってどんなところが違うんだろ?」

 

「それは……やっぱり、恋人は友だちより特別な存在で……」

 

 沙知の疑問に僕が答えようとすると彼女はそれを遮ってきた。

 

「いや、そういうのじゃなくてさ、もっとこう……具体的な違いを知りたいわけよ」

 

「具体的……?」

 

 そんな彼女の返答に僕は首を傾げて聞き返してしまう。そんな僕の様子に沙知は頷いてみせた。

 

「そうそう、友だちと恋人、その決定的な違いって何さ?」

 

「決定的な違い……?」

 

 沙知の言葉に僕は考え込んでしまう。改めて言葉にすると、中々思い浮かばないものだ。

 

「例えばこの一週間あたしたちがしたことって、結局友だち同士でもできることじゃん?」

 

 沙知はお弁当の唐揚げを摘まみながら僕に言う。

 

「キスとか、セックスとか、それだってそういったことする友だちとか作る人は普通にいるわけだし」

 

 最後の言葉に僕は苦笑いしてしまう。相変わらずこの辺に関しては彼女はストレートだった。

 

「ほら、そんな感じで恋人になったからって普通の友だちと変わらないじゃん」

 

 沙知の言いたいことは何となく分かる気がする。

 

 恋人らしいことというのは、何も友だちと出来ることと、変わらないのではないかと。

 

 ある意味、それは僕たちにとって大事なことのような気がする。

 

 友だちと恋人の違い。

 

 その違いを知ることが彼女が恋を知るための一歩なのかもしれない。

 

 けど、実際問題。僕はそれを沙知に教えられるほど、恋愛経験が豊富なわけではない。

 

「ん~?」

 

 僕は唸りながらサンドイッチを片手に考える。でも、どれだけ考えても結局、明確な答えが出ない。

 

「何と言えばいいか……分からない……」

 

 結局、僕の口から出たのはそんな言葉だった。そんな僕の様子に沙知は笑顔で答える。

 

「だよね~、あたしも実際わかんないから、こうして聞いてるわけだし」

 

 沙知はそう言うと小さく肩を竦めた。どうやら彼女は恋人と友だちの違いについて真剣に考えてはいたが、答えは出なかったみたいだ。

 

「なら、分かるまで、とことん追究していくのがあたしじゃん?」

 

 沙知はパンと両手を合わせて笑顔を浮かべながら僕に言う。そんな彼女の笑顔に僕は見惚れてしまった。

 

「沙知って、本当に前向きだよね」

 

 そんな沙知の笑みに見惚れながらも僕は素直な気持ちを口にした。

 

 今まで彼女はこうして色んなことに一生懸命取り組んできたんだろう。

 

 それはとても凄いことだと思うし、彼女のそういう姿勢に惹かれたんだ。

 

「ふふん、あたしが恋という難題を見事に解き明かして見せるから、首を洗って待ってるといいよ」

 

 沙知は誇らしげに笑いながら僕にそう言ってくる。そんな彼女を見て僕は思わず吹き出してしまった。

 

「何がおかしいのかな?」

 

 ムッとした表情で彼女は僕のことを見る。そんな反応を見せる彼女も可愛らしいと思ってしまった。

 

「別にバカにしたわけじゃないよ……ただ、あたしじゃなくてあたしたちが、でしょ?」

 

 僕がそう言うと沙知は首をコテンと傾げた。そんな彼女の様子に僕は笑みが浮かんでしまう。

 

「僕も沙知と一緒に恋を知りたいから、だから二人で頑張っていこうね」

 

 僕がそう言うと沙知はポンッと手を叩いて、満面の笑みを浮かべた。

 

「なるほど!! 助手としてあたしの手伝いをしたいってことだね!!」

 

 何か違うような気がするけど……まあ良いか。

 

「まあ、ただ……ちゃんと行動に移せるのは、来週以降かな?」

 

「えっ? 何で? 思い立ったら吉日がモットーの天才巨乳美少女の佐城沙知ちゃんは今すぐにでも恋というものを知りたいんだよ?」

 

 沙知はやる気に満ち溢れた様子で僕に訴えかけてくると、僕との距離を一気に詰めてきた。

 

 フワッと風に乗って彼女の甘い匂いが僕の鼻腔をくすぐる。

 

「沙知……近い……」

 

 僕はドキドキしながら沙知のことをやんわりと押し返す。すると彼女は素直に引き下がってくれた。

 

「何で来週以降からなの?」

 

 ちょっと不貞腐れた様子で沙知は僕に聞いてくる。そんな彼女に僕は頬をかきながら理由を言った。

 

「来週から期末テストがあるでしょ? だから来週までテスト勉強しないと」

 

 もうなんだかんだ早いもので、期末テストも目前に迫っていた。

 

 前回の中間で二位だったからもう赤点の心配はないけど、この調子を期末までキープしたいと思っている。

 

「あ~……テスト……テスト!?」

 

 僕の言葉を聞いた沙知はふと何かを思い出したように声をあげた。そんな彼女の反応に僕は首を傾げる。

 

「どうしたの?」

 

「いや、前回あたし、頼那くんにテストの順位で負けてるじゃん!!」

 

「負けてるって言っても前回は一点差でしょ?」

 

 そう、沙知は前回のテストでは僕と僅差で三位だった。マジの接戦で僕も必死だったんだから。

 

「嫌だ!! 前回負けたままなんて!!」

 

 沙知はそんなことを言いながら、僕の肩を掴んで大きく揺らしてくる。そのせいで頭がぐわんぐわんと揺れてしまった。

 

「ちょ、ちょっと、沙知……止めて……」

 

「絶対あたしが勝つもん!!」

 

 何か子どもみたいなことを言っている沙知。これが沙々さんから聞いた沙知の負けず嫌いなところか……。

 

「そもそも僕が沙知に勝てたのは沙々さんとの勉強会があったからで……」

 

「そんなこと知ってるもん!! あたしは頼那くんとお姉ちゃんに負けっぱなしなのが嫌なの!!」

 

「それは分かるけど……どうする気?」

 

 僕がそう聞き返すと、沙知は僕の身体を揺らすのを止めた。

 

「テストで勝負だよ!! あたしが勝ったら、何でも言うことをひとつ聞くこと!!」

 

 またテストで勝負をするのか。前回のテストで僕が沙知よりも順位が高かったから、彼女はこんなにも必死なのだろう。

 

「別に構わないけど、もし、そうじゃなかったら?」

 

「もし、仮にあたしが勝てなかったら頼那くんの言うことを何でも聞くよ!!」

 

 僕の質問に沙知はそう返答してくる。そこまでして僕と勝負したいのか。それに勝てなかったらか……。

 

「分かった、その勝負に乗ってあげるよ」

 

 僕は素直に彼女の提案を受け入れることにした。正直、前回みたいなモチベもなかったからちょうどいい。

 

「へぇ~、頼那くん、あたしにしてほしいことでもあるのかな? 例えばエッチなこととか?」

 

「あ、あるわけないって!!」

 

 沙知の言葉に僕は顔を真っ赤にして全力で否定する。僕の反応を見て沙知はニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「最近おっぱいばっかり見てるもんね~」

 

「だから、違うって!!」

 

「ウソだ~、衣替えしてから一日に二、三十回はあたしのおっぱい見てるよね?」

 

「そんなには見てないから!!」

 

「見ていることは否定しないんだね」

 

「うっ……それは……」

 

 確かに否定はしていない。だけど、僕はそこまで見てないと思うし、チラッとくらいは見てるかもだけど……。

 

「あ~頼那くんのエッチ~、そんなに見たいなら素直に言えば見せてあげるよ?」

 

「えっ……それは……」

 

 沙知のその言葉に僕は思わずドキッとしてしまう。彼女のその大きな胸に興味がないと言えばウソになるし、正直、見てみたい気持ちも少しはある。

 

 すると、沙知はそんな僕の様子を察したのか、自分の胸を下から持ち上げるように掴むと僕に見せつけてきた。

 

「ほら、Fカップのおっぱいだよ? 触りたくない?」

 

 ポンポンと跳ねるようして胸をアピールしてくる沙知。僕はそんな彼女から思わず視線を反らしてしまう。

 

「頼那くんのエッチ~、顔赤いよ~」

 

 そう言いながら彼女は僕の頬をツンツンと突いてくる。おかげで顔がより赤くなりそうだ。

 

「あ~もう!! この話は終わり!! それよりも沙知は僕に何をお願いしたいの!?」

 

 これ以上、彼女のペースに付き合うとまずいと僕の直感が言っている。そのため僕は強引に話を変えることにした。

 

「え~、そうだね~……この前、作ったあたしの新発明のモルモ……試してもらおうかな~?」

 

「今モルモットって、言ったよね!?」

 

「気のせいだよ」

 

「いや、言ったよね!?」

 

「言ってないよ~」

 

 滅茶苦茶惚けてくる沙知。これはガチでモルモットにさせられるんじゃないかと思った。

 

 沙知のことだ。マジでやりかねない。そんな恐怖が僕を襲う。

 

 次のテスト、負けるわけには行かないな……。

 

「こうなったら……また沙々さんにお願いして、次のテストの勉強会を……」

 

「それは絶対ダメ!!」

 

 僕がモルモットにされないために沙々さんの名前を出した瞬間、沙知が凄い剣幕で否定してきた。

 

「お姉ちゃんに頼るのはダメ!!」

 

 沙知の必死な様子に僕は動揺してしまう。けど、普通に考えれば、彼女持ちの僕が彼女以外の異性と勉強会をするのはやっぱり駄目な気がする。

 

 ましては沙知にそっくりな沙々さんなら尚更だ。

 

「う、うん……分かった」

 

 僕は沙知に気圧されてしまい思わず頷いてしまう。しかし、これでかなり困ったことになってしまった。

 

 沙々さんに頼れないとなると、沙知に勝てる見込みは万が一にもない。

 

 このままでは沙知の実験のモルモット確定だ。さて、どうしたものか……。

 

「頼那くん、あたしも鬼じゃないよ? だからね?」

 

 そんな僕の不安を察知したのか沙知は僕に優しい笑みを浮かべてそう言ってきた。

 

「あたしが頼那くんと一緒にテスト勉強会してあげる」

 

「へっ? 沙知と?」

 

 予想外の提案に僕は戸惑ってしまう。そんな僕を見て沙知は深く頷いた。

 

「うん、あたしが頼那くんと一緒に勉強会してあげるよ」

 

「けど、今回テストで勝負とか言っているのに?」

 

「うん、別に頼那くんに教えたところで、本気を出したあたしが負けるわけないからね」

 

 沙知はそう言いながら僕にドヤ顔を向けてくる。正直、ムカつくくらいのドヤ顔だ。

 

 そんな沙知に僕はちょっとイラッときてしまうが、それも可愛いと思えてしまうから本当に彼女に惚れ込んでしまったんだなと思う。

 

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな?」

 

 僕はちょっと冗談っぽくそんなことを言ってみる。すると沙知は得意げな顔になった。

 

「うんうん、素直なのは良いことだよ~」

 

 そんな感じで、沙知とよく分からない勝負とテスト勉強会が決まったのだった。




如何だったでしょうか。

今回から新章スタートしていきます。恋人関係になった二人の行く末を見届けてくれたら嬉しいです。

良ければ気軽にお気に入り、感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。


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二十七話 『何を見せられてんだ……』

 放課後、僕はテストの勉強会のために沙知の家にお邪魔していた。

 

「何か久し振りに沙知の部屋に来た気がする」

 

「そりゃ、頼那くんを部屋に入れるのは、初めて会ったとき以来だからね」

 

 沙知はそう言いながら鞄を勉強机に置くと、勉強道具を取り出した。

 

 僕も鞄を床に置いて、中から勉強道具を取り出そうとする。

 

「何か緊張するな」

 

「あはは、別にお姉ちゃんの部屋に何度も勉強しに来たことがあるんでしょ?」

 

「そうだけど、それでも異性の……それも彼女の部屋にお邪魔するとなると緊張するよ」

 

 僕はそう言いながら適当に教科書を何冊か取り出すと、机の上に置いた。

 

「そんなもんなの?」

 

「そんなもんなの」

 

 沙知の言葉に僕はそう返すと、鞄の中に入っていたテスト範囲表を机の上に広げる。

 

「今日はどこを勉強する?」

 

「ちょっと待って」

 

 僕が範囲表に目を向けて、そう尋ねると突然、バサッと何かが落ちる音がした。

 

 その音を聞いて僕は視線を上げる。

 すると、そこには制服を脱ぎ始めている沙知の姿があった。

 

「ちょっ……ちょっと、沙知!?」

 

「ん? 何?」

 

 驚く僕に対して沙知は普通に返事を返してくる。その様子から察するにわざとじゃないみたいだ。

 

 そんな彼女の姿を見て僕はドキッとしてしまう。ブラウスの第二ボタンまで外したことで見える白くて綺麗な彼女の肌。

 

 そして彼女の豊満な胸を包み込む可愛らしい黄色いブラジャーが僕の視線を奪って離さなかった。

 

「えっと……その……」

 

 僕は思わず目を背けてしまう。すると、沙知は意味が理解できないのか首を傾げた。

 

「どうしたの?」

 

 そう言いながらも制服を脱ぐのを止めない沙知。彼女の服を脱ぐ音だけでドキドキしてしまう。

 

「その……着替えるなら言って欲しかったかな……?」

 

 僕は正直に思っていたことを沙知に伝えた。すると彼女は納得がいったのか手をポンッと叩いて笑みを浮かべる。

 

「あっ、もしかして、あたしの下着姿が見て、発情した?」

 

「発情って、いやまあ……確かにそうだけど……沙知は恥ずかしくないの?」

 

 あまりにもストレートな発言に僕は思わず聞き返してしまう。すると沙知は平然と答えた。

 

「別に~、だってただの布切れと裸だよ? そんな見ても面白くないでしょ?」

 

 沙知はそう言うと床に落ちていた制服を拾って、ベットの上に置く。その際、彼女の大きな胸が圧迫されて苦しそうにしているのが分かった。

 

「ん? どうかした?」

 

 僕がずっと彼女を見ていたからか沙知が不思議そうにそう聞いてきた。僕は慌てて視線を反らす。

 

「い、いや……何でもない……」

 

 僕はそう答えると、沙知は今度はスカートを脱ぎ始めようとした。

 

「ちょっと、外出てる」

 

「え? 別に良いのに」

 

「いや、僕が良くないから!! 着替えたら言って!!」

 

 僕は慌ててそう言うと、沙知は渋々といった様子で頷いた。僕は急いで部屋の外に出ると、大きく息を吐く。

 

「はぁ~……心臓に悪すぎ……」

 

 そう呟きながらも僕の頭には沙知のブラジャーに包まれた大きな胸がこびりついていた。

 

「あんなの見せられたら……ムラムラするに決ま──」

 

「何にムラムラするだって?」

 

 僕が沙知の胸のことを口にしていると、突然声が聞こえた。振り返ると、そこにはキョトンとした顔の沙々さんが玄関で立っていた。

 

「さ、沙々さん!?」

 

「ここはオレの家なんだから何をそんなに驚くんだ?」

 

「あ、いや……その……」

 

「まあいい」

 

 沙々さんはそう言うと靴を脱いで家に上がってくると、僕の前までやって来た。

 

「それで今日はどうした?」

 

「えっと、沙知が勉強会をしてくれるって言って」

 

 僕は思わず正直に話してしまう。すると、沙々さんは意外そうな顔を浮かべた。

 

「あいつが誘ったのか?」

 

「は、はい……」

 

「そうか……珍しいこともあるもんだ」

 

 沙々さんはそう言うと、僕から視線を外して沙知の部屋を見る。

 

「それで勉強会しに来た島田、沙知の部屋の前で何をしているんだ?」

 

「えっと……それは……」

 

 僕が口ごもっているとガチャっと沙知の部屋の扉が開いた。

 

「頼那くん、着替え終わったよ?」

 

 そう言って姿を現した沙知は、動物の柄が入った黄色いパジャマに着替えていた。

 

 若干サイズがあっていないのか、お腹の辺りがチラチラと見えてしまっている。

 

 正直、目のやり場に困る格好だ。まあ、下着姿よりかは何十倍もマシだけど。

 

「あっ、お姉ちゃん、おかえり~」

 

「ただいま」

 

 沙知の言葉に返すと沙々さんは僕の方に目を向けた。そして僕をジーッと見てくる。

 

「な、何ですか?」

 

「なるほどな」

 

 僕の答えに沙々さんは不敵な笑みを浮かべてきた。一体何がなるほどなのか、全く分からない。

 

「島田がムラムラするって言ったのは、これの着替え姿を想像していたからか」

 

「い、いや……そんなことは……」

 

 僕がそう否定すると沙々さんはニヤニヤとした笑みを浮かべた。

 

「別に隠さなくても良いぞ? 好きな女子の着替え姿に欲情するのは至って普通のことだ」

 

「いや、その……」

 

「違うよ、お姉ちゃん」

 

 僕が困っていると沙知が会話に割って入ってきた。彼女は僕と沙々さんを交互に見るとニコッと笑う。

 

「頼那くんがムラムラしていたのは、あたしの下着姿にだよ?」

 

「なっ……さ、沙知!!」

 

 僕の反応を見て楽しそうに笑う沙知。そんな僕の反応を見て、沙々さんは驚いた反応をする。

 

「下着姿? もしかして……沙知、島田の前で着替えようと……」

 

「うん、そうだよ?」

 

「お前、正気か?」

 

 沙々さんは信じられないといった様子で聞いてくる。その反応に沙知はキョトンとした。

 

「何か問題あるの?」

 

「大アリだ!! そもそも島田の前で着替えるなんて…………」

 

 沙々さんはそう言うと、僕の方に目を向けた。その目は『お前もそう思うよな?』と僕に同意を求めてくる。

 

 そんな彼女の目に僕は全力で頷く。その反応に沙知は納得いかないと言わんばかりに首を傾げた。

 

「別に良いじゃん、下着って言ったってただの布切れだよ?」

 

「いや、布切れって……お前は……」

 

 沙々さんは呆れた様子で言うと深く溜め息を吐いた。そして僕に同情の眼差しを向けてくる。

 

「ホント、よくこんなのと付き合えるな……」

 

「あはは……まあ、好きだから」

 

 僕が臆面もなく答えると、沙々さんは顔を赤くした。

 

「そ、そんなストレートに言えるのか……島田は」

 

「まあ……事実だから……」

 

 沙々さんの反応で自分が凄いことを口にしたことに気付く。そのせいで僕も顔を赤くした。

 

 すると、沙知は面白そうに笑って僕と沙々さんの間に割って入ってくる。

 

「頼那くんはあたしのこと、欲情するくらい好きなんだもんね」

 

「沙知!?」

 

 悪戯っぽく笑う彼女に僕は思わず声を荒げる。すると、沙々さんは頭を抱えるように再び溜め息を吐いた。

 

「はぁ~、島田はこんなにも一途なのに、この愚妹は……」

 

「愚妹って、お姉ちゃん!! いまあたしのことバカにした!?」

 

「そりゃ、バカにもするだろ」

 

 沙々さんはそう言うと再び僕に目を向ける。彼女の目は呆れているようだった。

 

「やっぱり、この愚妹よりオレと付き合うのが最善だぞ、島田?」

 

「えっ? いや……その……」

 

 沙々さんにそんなことを言われて僕は戸惑ってしまう。そんな僕の反応を見て沙知の表情が暗くなり始める。

 

「やっぱり……頼那くんはお姉ちゃんの方がいいんだ……」

 

 不味い、沙知がコンプレックスを刺激されている。僕は慌てて沙知をフォローしようとする。

 

「そんなことはない!! 僕は沙知のストレートな言い方も驚くけど、好きだから」

 

「……」

 

 沙知は無言のままで僕をジーッと見つめてきた。これはおねだりしているときの顔だ。

 

「そ、それに沙知の純粋なところ可愛いし、そんな顔も可愛いよ」

 

「えへへ、そんなに褒められても……まあ、この通りだけどね!!」

 

 沙知は嬉しそうにそう言うと胸を張ってみせた。どうやら僕の言葉で機嫌が直ったみたいだ。

 

 僕は安堵する。そんな彼女の姿を見て、沙々さんは何度目か溜め息を吐いた。

 

「オレは……何を見せられてんだ……」

 

「あ、あはは……」

 

 そんな沙々さんの言葉に僕は苦笑いで答えることしかできなかった。

 

「それじゃあ、頼那くん、勉強会始めよっか!!」

 

 機嫌を良くした沙知は僕の腕を引っ張って、部屋の中に連れていこうとする。

 

「えっ? うん、それじゃあ、沙々さん、また今度」

 

「あ、あぁ……それじゃあ、頑張れよ」

 

 沙々さんは僕の言葉にそう返すと手を振ってきた。僕もそれに応えるように手を振ると、沙知に引っ張られるがまま彼女の部屋に入った。

 

 そして、僕は沙知と勉強会をすることになった。

 

 沙知と勉強して分かったことは、彼女が意外と教えるのが、上手いとことだ。

 

 学校の授業よりも分かりやすい。そして僕の分からないところを順序立てて、説明してくれる。

 

 人に教えるには、人の三倍理解していないといけないというが、まさにその通りだと思う。

 

 彼女の説明を聞いていると、すぐに僕の中にある靄が消えたような気がした。

 

 沙知は本当に天才なんだと改めて実感した。

 

 ただ、問題があるとすれば、それは話が必ずと言っていいほど脱線することだ。

 

 気が付けば、僕の疑問に対しての深い説明になっていることが多い。絶対にテストには出ないであろう、雑学を聞かされることもあった。

 

 それでも、沙知の説明は分かりやすいので、僕は彼女の話を真剣に聞いていた。

 

 そして、勉強を始めて一時間ほど経ったときだった。

 

「あ~疲れた~」

 

 突然、沙知がそんなことを言い始める。彼女はそのままベッドの上に倒れるように横になった。

 

「沙知、大丈夫?」

 

 僕は彼女のことが心配になり声をかける。しかし、返事はない。

 

「……もしかして寝てる?」

 

 僕はそう言いながら彼女に近付くと、彼女は目を閉じてスヤスヤと寝息を立てていた。

 

「寝ちゃったのか……」

 

 僕はそう呟くと彼女の寝顔をジッと見つめる。

 

 普段は楽しそうにしている彼女だが、こうして黙って寝ている姿を見ると、本当にモデルみたいに美しい顔をしている。

 

 整った目鼻立ちに艶やかな髪。きっと誰もが美人だと認める容姿だ。そんな彼女だから寝ているだけでも絵になる。

 

「僕には勿体ないレベルで綺麗で可愛い彼女だよな……」

 

 僕は思わずそう呟いてしまう。本来なら釣り合うはずのない彼女と僕が付き合っていることが、本当に不思議な気分だ。

 

 僕は沙知に布団をそっと掛けてあげる。こんなに気持ち良さそうに眠っている彼女を邪魔したくはなかった。

 

 僕はちょっと休憩と沙知の近くに座った。それから何をするわけでもなくボーッとしていた。

 

 沙知の部屋は一度来たときと変わらず、黄色の家具や小物が多い。あとは動物の置物やぬいぐるみが沢山ある。

 

 本棚には図鑑やサイエンス系の参考書や雑誌など色んな本があって沙知の知的好奇心を物語っていた。

 

 その中によく見ると、気になる雑誌が一冊だけあった。

 

「あれ? これって……」

 

 僕はそれを手に取って、確認してみる。それはとてもボロボロで年季の入った雑誌だった。

 

 僕は気になってパラパラとページを捲っていく。そしてページを捲るたびにそこに書かれていることに驚いた。

 

「これって……」

 

「ん~、頼那くん……?」

 

 僕が雑誌を捲っていると、突然沙知が目を覚まし起き上がってきた。僕は慌てて雑誌を元の場所に戻して、沙知のほうを見る。

 

「あれ? 何で頼那くんが……ここにいるの?」

 

 寝ぼけているのか目を擦りながら沙知は聞いてくる。そんな彼女に僕は苦笑いしながら答えた。

 

「勉強会するって、沙知の部屋に呼んだの覚えてない?」

 

「あ、そういえば……」

 

 沙知は自分の頬をペチペチと叩くように触る。そして徐々に意識が覚醒してきたのか辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「あ~あたし寝ちゃったのか~」

 

「うん、ぐっすりと」

 

「あはは……何かごめんね? あたし多分疲れたみたいで……」

 

 沙知はそう言いながら謝ってくる。僕は首を横に振って答えた。

 

「良いよ、気にしないで」

 

 ただでさえ体力のない沙知だから、疲れたなら仕方ない。僕は沙知にそう伝えると、彼女は申し訳なさそうにしながらも微笑んだ。

 

「ありがとう、頼那くん」

 

「どういたしまして、今日はもうお開きにする?」

 

 僕の質問に沙知はう~んと首を傾げる。

 

「多分、まだ大丈夫だと思うけど……変にやっちゃうと、明日体調崩すかもしれないし……今日は終わりにしようか」

 

「そうだね、じゃあまた明日ってこと?」

 

 僕がそう言うと沙知は頷いてみせる。そんな彼女の様子に僕は安心した。

 

 すると沙知が何か思い付いたかのように手を叩いてくる。そして少し考えたあとに口を開いた。

 

「ねえ、頼那くんさえ良かったら、もう少しだけお話しない?」

 

「うん、良いよ」

 

 僕がそう答えると沙知は嬉しそうに微笑んでくれた。そんな彼女の笑顔にドキッとする。

 

 それからしばらく他愛のない話をすることになった。と言っても沙知の話を永遠と僕が聞いているって感じだけど。

 

 僕は沙々さんが持ってきてくれた紅茶を飲みながら、彼女の話を聞く。その時間がとても心地良かった。

 

 しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気付いたときには日も沈みかけていた。

 

「そろそろ暗くなってきたから帰るね」

 

「え~もう?」

 

 僕が立ち上がると沙知は不満そうに頬を膨らませる。

 

「もうって、結構長居したよ?」

 

 僕は苦笑いしながら答えると沙知は納得いかないのか不満そうな態度を見せる。

 

 そんな彼女の態度に僕は困ってしまう。その反応もまた可愛らしいから許すけど。

 

「明日もあるし、今日は帰るよ」

 

「む~、分かった……」

 

 沙知は不満そうながらも納得してくれたみたいだった。僕はホッとして荷物を持ち直す。

 

「それじゃ、お邪魔しました」

 

「うん、ばいばい頼那くん」

 

 僕が帰るのを沙知が見送ってくれる。僕は彼女に手を振ると、沙知も嬉しそうに手を振ってくれた。

 

 こんな風に彼女と恋人みたいなやりとりができるようになるなんて、一週間前の僕は想像もしていなかっただろう。

 

 今の自分の状況に少しだけ驚きつつ、僕は沙知の家をあとにした。

 

 帰り道、日も沈み少し涼しくなった風を感じながら、幸せな気分に浸っていた。

 

 そんな中、ふと、僕はあることを思い出す。それは沙知の部屋で見つけたあの雑誌のことだった。

 

「あれって……もしかして……」

 

 僕は書かれていたことを思い出す。それと同時に前に彼女が口にしたことも思い出した。

 

「やっぱり、そうだよな……」

 

 僕はそう考えると、自分の中であることを思い付いた。それはきっと彼女にとって、知りたいことの一つのはずだ。

 

「よし、決めた」

 

 僕は一人そう呟くと、自宅への道を急いだ。今回の自分がやるべきことが分かったから、居ても立っても居られなかったから。

 

 そして僕は自宅に着くと、自室に直行。そのまま鞄から勉強道具を取り出して、机に向かった。

 

 そして再び勉強を始めたのだった。




如何だったでしょうか。

良ければ気軽にお気に入り、感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。


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二十八話 『どこに魅力を感じるの?』

「男の子って、女の子のどこに魅力を感じるの?」

 

 ある日の放課後。僕は沙知と勉強会をしていた。といっても沙知は自分のベッドに横になっているだけだが。

 

「いきなりどうしたの?」

 

 毎度毎度、突拍子もなく、いきなりそう聞いてきた沙知に僕は困惑してしまう。

 

「いや~、ちょっと気になっちゃって」

 

 彼女はゴロンとうつ伏せに寝転がりながら、脚をブラブラとさせ僕を見つめる。

 

「頼那くんがあたしのどこに魅力を感じるのかは知っているんだけど、他の男の子ってどうなのかな~って」

 

 口元に指を当てながら、沙知は首を傾げる。どうやら純粋に疑問に思ったみたいだ。

 

「あたし的には恋を知りたいわけだし、他人の意見と言うか、フェチのサンプルデータは欲しいんだよね」

 

「いや、サンプルって……」

 

 まあ、確かに恋を知りたい彼女からすれば、色んな人の好みを聞いてみたくなるのも頷ける。

 

「なるほど……話してもいいけど、テスト勉強はしなくて良いの?」

 

 僕と勝負するとか言っていたくせに、今のところ勉強はしていない。しかも彼女のベッドで寝転んでいるだけだ。

 

「ん? しなくても点は取れるし、あたしなら少し勉強するだけで、ほぼ満点取れるし……」

 

 沙知は僕の質問に当然のように答える。さも当たり前のようにそう言うものだから僕は唖然とするしかなかった。

 

「相変わらずすごいね……沙知は」

 

「えへへ、まあね~あたし、天才だから!!」

 

 僕が褒めると沙知は笑顔でドヤ顔を決める。めちゃくちゃ舐められている気もしたが、そんな彼女も可愛いので、どうでもよくなった。

 

 それよりも沙知に恋愛感情を知ってもらうほうが重要だ。

 

「まあ、そんなことよりさ、男の子が女の子のどこに魅力を感じるか教えてよ」

 

 沙知はそう言うと、四つん這いで僕の方に近付いてきた。

 

 今日の彼女の服装は薄手のワンピーススタイル。そんな格好で四つん這いになっているものだから、つい彼女の豊満な胸を見てしまう。

 

 なんだったら服の隙間から、彼女の黄色色の下着が見えてしまっている。

 

 それどころかベットの高さと相まって、僕の顔の位置がちょうど沙知の胸元辺りになっている。

 

 そうなると自然と彼女の胸元の深い谷間が目に入り、僕の視線は釘付けになってしまうわけで。

 

 やっぱり、デカすぎる。威圧感というか、圧倒される感じだ。というか、沙知は無警戒にも程がある。

 

「頼那くん?」

 

 僕は彼女の呼びかけにハッと我に返る。そして慌てて彼女の胸元から視線を逸らした。

 

「え~と、そうだな~」

 

 僕は誤魔化すように呟きながら、沙知の質問の答えを考える。

 

 手っ取り早く今まで自分の友人と話した会話を思い返してみる。

 

 結構、この手の会話は中学時代でもしていたから、何かしら答えられるはず。

 

「僕の友だちだと、脚が綺麗な子に惹かれるって言ってたよ」

 

「脚? どうして?」

 

 沙知は不思議そうに首を傾げる。この辺はフェチ的な要素が関係してくるので、なかなか説明が難しい。

 

「筋肉の付き具合とか、脚の太さとかが人によって魅力的に見えるらしいよ」

 

「ふ~ん、そうなんだ……脚か~」

 

 沙知は自分の身体を起き上がらせると、ベットの上に座る。すると、今度は僕の顔の近くに彼女の脚が来る。

 

 目の前に沙知の綺麗な脚が。僕は思わずゴクリと唾を飲んでしまう。

 

「頼那くんはあたしの脚って魅力的に見えるの?」

 

 沙知は自分の脚をまじまじと見つめながら、僕にそう聞いてくる。

 

 僕は彼女の脚から視線を離すことができないまま、頷いてみせた。

 

「う、うん……とても魅力的だよ……」

 

 少し肉付きが良くて柔らかそうな彼女の脚。ニーハイで締められているせいか、肉感が出て余計に魅力的に見えてしまう。

 

「どんな風に魅力的?」

 

「ど、どんな風にって……とっても柔らかそうで、しなやかで……つい触ってみたくなるというか……」

 

「へえ~」

 

 なんだこの質問は……僕は困惑してしまう。沙知的にはただ単に気になったから聞いただけなのは分かる。

 

 ただ、端から見たら僕がとても変態的なことを言っていて、かなり恥ずかしい。

 

「頼那くんって傾向的に女の子の柔らかい部分に惹かれるよね」

 

「うっ……」

 

 沙知の言葉に僕は言葉を詰まらせてしまう。確かに僕は女性の柔らかい部分に魅力を感じる。それは事実だけど……。

 

 しかし、それを面と向かって言われると、さすがに恥ずかしいものがある。

 

「確かにあたしの脚って柔らかい感じがあるよね」

 

 ペチペチと自分の脚を触りながら沙知は納得するように頷いてみせる。

 

「柔らかいというか……ムチムチしてる?」

 

 彼女の言葉に僕はドキッとする。沙知が自分からそんなことを言うなんて思わなかったから。

 

「って言ってもあたしの場合、運動しないから肉が付いちゃうんだよね」

 

 沙知はそう言うと、自分の脚に付いた肉を摘まむ。そしてそれをムニムニと弄り始めた。

 

 確かに彼女は運動をあまりしない。というかできないから、足もそこまで筋肉質じゃない。

 

「まあ、男にはムチってしたタイプの女の子が好きな人もいるから……」

 

「それって頼那くんでしょ?」

 

「うっ……まあ、否定はしないけど……」

 

 僕の返事に沙知はクスクスと笑っている。そんな彼女の笑みを見ていると、なんだか恥ずかしくなる。

 

「でも柔らかいものが好きっていう感覚、あたしも分からなくないかな?」

 

「沙知も?」

 

「うん、この部屋の中見たら分かるけど、ぬいぐるみとか多いし、柔らかいの好きだよ」

 

 彼女の部屋を見渡すと、至る所に動物のぬいぐるみなど柔らかそうなものが置かれている。

 

 沙知は自分の近くにあったキリンのぬいぐるみを抱き締めると、顔をスリスリと擦り付ける。

 

 その姿はとても可愛くて、愛らしい。そんな沙知を見て僕も癒された気分になる。

 

「やっぱり、女の子って可愛いものとか柔らかいものが好きなの?」

 

「う~ん、どうだろう、あたしに一般的な女子の感覚は分からないけど」

 

 沙知はそう言いながら、ぎゅっとぬいぐるみを抱き締める。

 

「こういう風に抱き締めていると、安心できるのは事実だよね」

 

 沙知はそう言いながら、ぬいぐるみに顔を埋める。まるで甘える子供みたいに見えた。

 

 正直、こうして彼女に抱き締められているキリンのぬいぐるみが羨ましい。

 

「まあ、それには理由がちゃんとあるんだけどね」

 

 沙知はぬいぐるみから顔を離し、僕のほうを見る。そしてそのまま話を続けた。

 

「人間は柔らかいものに触れると、オキシトシンが分泌されるからね」

 

「オキシトシン?」

 

 聞き慣れない言葉だったから、僕は首を傾げる。そんな僕を見て沙知は説明してくれた。

 

「簡単に言うと幸せホルモンって呼ばれるもので、それが脳から分泌されると、ストレスの軽減や精神安定の効果もあるんだ」

 

「へ~そうなんだ」

 

「寝るときに抱き枕してたり、ぬいぐるみを抱いてたりする人が多いでしょ? あれもそういう理由」

 

「なるほど……確かに」

 

 沙知の説明に僕は納得する。確かに僕も彼女と同じようにぬいぐるみとか枕を抱き締めると、落ち着く感覚に覚えがある。

 

「って考えると、頼那くんみたいに柔らかそうな女の子が好きな人って、女の子に安心とか求めているのかもね」

 

「どうなんだろう……?」

 

 そう言われても、いまいちピンと来ない。確かに沙知みたいな女の子はドストライクだけど。

 

 安心感があると言われると、首を傾げる。むしろ沙知といると、ドキドキしてばかりな気がする。

 

 異性的なドキドキもあるけど、危なかっかしくてハラハラさせられることもほうが多い。

 

「なにその反応?」

 

「いや……沙知は見てて、心配になることが多いから……」

 

 沙知にジト目を向けられ、僕はボソッと呟く。すると彼女はムッとした表情になった。

 

「それじゃあ、まるであたしが心配にさせるようなことばっかりしてるみたいじゃん」

 

「それは……うん……その通り……」

 

 沙知の言葉に僕は苦笑いを浮かべながら、素直にそう答える。

 

 そんな僕の返答に沙知はぷくっと頬を膨らませる。

 

 こういうところは子どもっぽいというか、可愛らしい。見た目はかなり大人っぽいのに、基本中身は子ども。純粋過ぎるが故の危うさが彼女にはある。

 

「むう……そう言われると、否定はしづらい、あたしってデンジャラスな女だからね」

 

 沙知は自分でそう言って、自分自身で頷いている。

 

「さすがに何言っているか意味が分からないんだけど」

 

 僕はそんな沙知にツッコミを入れると、彼女は楽しそうに笑う。そして僕の隣にちょこんと座ってきた。

 

「まあまあ、気にしないで話を戻そ? それで?」

 

「うん、えっと……男は女の子のどこに魅力を感じるかの質問だよね?」

 

「そうそう」

 

 僕は改めて沙知にそう尋ねる。彼女はコクッと頷きながら、僕の方を見てきた。

 

「そうだな……あとは……」

 

 もう一度自分の記憶にある友だちとの会話を思い出してみる。すると、とある意見が浮かんできた。

 

「ギャップかな」

 

「ギャップ?」

 

 僕の答えに沙知は首を傾げる。僕は頷きながら、彼女の質問に答えた。

 

「うん、例えば沙々さんって、沙知と同じですごく美人で、大人のお姉さんって感じだけど」

 

「うんうん、あたしの自慢のお姉ちゃんだよ!」

 

 沙知は自分のことのように嬉しそうに頷きながら答えてくれる。そんな姿を微笑ましく思いながら、僕は話を続けた。

 

「でも、機械やロボットのことになると、子どもっぽいというか、無邪気になるっていうか……見た目の印象から、一気に幼い感じになるんだよね」

 

 前に沙々さんから発明品を見せてもらったときのことを思い出す。あのときの沙々さんはすごく楽しそうに発明品について語っていた。

 

 そのときの姿があまりにもカッコイイイメージの沙々さんとはかけ離れていて、新鮮だった。

 

「なるほどね~、お姉ちゃんってば機械に変な拘りがあるからね~」

 

「そういうの見ると、人によっては魅力に感じるんじゃないかな?」

 

 僕がそう言うと、沙知はう~んと唸る。そして何か気づいた顔をした。

 

「お姉ちゃんを例に出したってことは、頼那くんはお姉ちゃんのギャップにやられちゃったってこと?」

 

「いや、印象には残ったけど、そういうところは沙知とそっくりだなって……」

 

 沙知の返しに僕は苦笑いしながら答える。下手に口ごもると、変な誤解をされそうだったから。

 

「アハハ、双子の姉妹だからね~」

 

 沙知は僕の答えに納得がいったのか、楽しそうに笑っている。良かった。変な誤解とかはしていないようだ。

 

「なるほどね~ギャップか……確かにそれは言えてるかも」

 

 沙知は腕組みしながら、コクコクと頷く。

 

「まあ、あくまで一つの意見だけど、参考になった?」

 

「うん、まだ聞きたいけど、頼那くんもそろそろ勉強したいよね」

 

 机の上に置かれた教科書をパラパラと捲りながら、沙知は答える。確かに彼女の言う通り、そろそろ勉強に戻りたい。

 

「そうだね」

 

「よし、それじゃあ、色々と教えてくれたお礼にあたしが頼那くんに勉強を教えて進ぜよう」

 

 沙知は得意げな顔で、僕に向かって胸を張る。そんな彼女の姿に僕は思わず笑みをこぼしてしまう。

 

「なにその口調……それじゃあ、お手柔らかにお願いします」

 

「はいは~い、あたしに任せなさい!!」

 

 沙知は嬉しそうにそう返事をすると、教科書を開いた。僕はそんな彼女を見つめながら、勉強を再開するのだった。

 

 そんなこんなで沙知とはテスト当日までほぼ毎日勉強会を行った。

 

 沙知と一緒に勉強したおかげで、テストの手応えはバッチリだった。

 

 実際に返ってきたテストは前回同様高得点。なんだったら前よりも満点に近い点数をとることができた。

 

 勝負の相手である沙知の点数は気になるけど、結果は順位の発表で分かるまで秘密にすることにしている。

 

 今日は順位発表の日。僕と沙知は一緒にテストの順位が張り出されている掲示板に向かっている途中。

 

「フフフ」

 

 沙知はなんだか嬉しそうな表情をしながら、僕を見てくる。

 

「どうしたの? なんか嬉しそうだけど」

 

 僕がそう聞くと、沙知は満面の笑みで答える。

 

「いや~これから頼那くんにどんな実験をお願いしようかって考えると、つい口元が緩んじゃって」

 

 もう既に沙知は僕に勝った前提で話を進めている。そんな彼女の様子を見て僕は内心苦笑いしてしまう。

 

「そんな余裕でいいの? 僕が勝つ可能性だってあるんだよ?」

 

「え~そんなわけないよ。頼那くんがあたしに勝てる要素なんて何もないじゃん」

 

 沙知はアッサリと僕の言葉を否定してくる。

 

 随分と舐められているけど、僕は気にせずに彼女と一緒に順位表が張り出されている掲示板のところに向かった。

 

 そうして掲示板の前に着くと、そこには多くの人が群がっていた。みんな自分の順位が気になっているようだ。

 

「うわ~、人多いね」

 

「そうだね、じゃあ僕が見てくるから沙知はここで待ってて」

 

「は~い」

 

 僕は人混みの中を掻き分け、何とか掲示板の前まで到着する。

 

 そして自分と沙知の順位を確認すべく、張り出されている紙に目を向けた。するとそこには意外な結果が待っていた。

 

 一位 佐城沙知 494点

 

 一位 島田頼那 494点

 

「え?」

 

 僕は思わずポカンと口を開けたまま固まってしまうのだった。




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二十九話 『何をお願いするの?』

「いや~、まさか同率一位になるなんてね」

 

 昼休みの教室。僕は沙知と向かい合って昼食を食べていた。

 

 いつもなら中庭のベンチで食べているんだけど、今日はそこではなく、教室。

 

 最近は暑くなって、日差しも強くなり沙知の体調面を心配して空調の効く教室で食べることにした。

 

 まあ、珍しく教室で食べているものだから、周囲の視線が気になるけど。

 

 僕はコンビニで買ってきたパンとお茶を飲みながら、沙知の話を聞いていた。

 

「このあたしに食らい付くとは頼那くんもやるね~、褒めてあげよう」

 

 沙知は嬉しそうにそう言いながら、僕の頭を撫でる。彼女の柔らかい手が僕の髪の毛に触れ、なんだかくすぐったい。

 

「ちょ……沙知……人前だから……」

 

 僕は沙知の手を優しく退かそうとする。けど、彼女は全く手を退かさないので、そのまま僕の頭を撫で続ける。

 

 周囲から視線が集まっているのが分かる。明らかに奇異の目だ。恥ずかしくて顔が熱くなってきた。

 

 しかし、そんな僕を御構い無しに沙知は楽しそうにクスクスと笑っている。

 

「まあ、なんにせよ……頼那くんが同率一位になったんだし、今回の勝負は引き分けだね」

 

 僕の頭から手を離すと、沙知はお弁当の玉子焼きをパクッと食べながらそう呟く。

 

 確かに今回の勝負は同率一位で終わったから、お互いに結果は引き分け。

 

 順位としては沙知に負けることになったけど、悔しい気持ちはなかった。

 

「僕があの順位に行けたのは、沙知との勉強会のおかげだよ」

 

「あはは、つまり、あたしがすごいってことだよね!!」

 

 沙知は嬉しそうに笑いながら、僕に向かって胸を張ってみせる。そんな彼女の姿に僕は苦笑いしてしまう。

 

 まあ、すごいのは事実だし、それは否定できないから間違いではないけど。

 

 人に勉強を教えつつも自分はしっかりと一位な辺り、沙知らしい。

 

 でも素直にそう言ってしまうと、調子に乗るので黙っておく。

 

 それはそうと、さっきから気になっていたことを確認することにした。

 

 僕はパンを一旦置き、机に肘を付けながら沙知に向かって口を開く。

 

「けど、勝負の話しは僕の勝ちだよ」

 

 そう言って僕は沙知に向かって微笑む。すると沙知は不思議そうな表情を浮かべた。

 

「えっ? なんで? テストの結果は同点だったじゃん」

 

 沙知はキョトンとした表情のまま、モグモグと口を動かしている。その姿がなんだかハムスターみたいで可愛らしい。

 

「今回の勝負って、沙知が勝ったら僕に何でもお願いするってやつだったよね」

 

「うん、そうだね、そうじゃなかったらあたしが頼那くんのお願いを何でも聞くってことになるけど」

 

 沙知はモグモグしながら、首を傾げる。そんな彼女に僕は答えを教えてあげた。

 

「だったら沙知の負けだよ、だって今回の勝負の内容は……」

 

 そこで僕は言葉を区切ると、一気に笑顔でこう言い放った。

 

「沙知が僕より点数が高ければ勝ちってルールでしょ」

 

「あっ!!」

 

 そのことに気づいた沙知は声を上げて、呆然とした表情をしていた。そして目をキョロキョロとさせて、焦りの表情になる。

 

「そ、そんなこと言ったかな……? あ、あたし、どうでもいいことは忘れるの頼那くん知っているでしょ……」

 

 明後日の方を向きながらフュ~と下手くそな口笛を吹く沙知。もちろんそんな下手くそな口笛で誤魔化せるわけもなく、僕はさらに追い打ちをかけることにした。

 

「でもさっき、あっ!! って言っていたよね」

 

「あ、あれは……その……えっと……」

 

 沙知は必死で誤魔化そうと言葉を探しているけど、僕の指摘通りさっきの反応で沙知は墓穴を掘ってしまっている。

 

 だからもう誤魔化せないと悟ったのか、観念した表情で小さくため息をついている。

 

「はぁ~……良いよ、今回もあたしの負けで」

 

「うん、ありがとう」

 

 沙知の敗北宣言を聞いて、僕は笑顔で頷く。そして改めて今回の勝負の結果について話す。

 

「それで……頼那くんはあたしにどんなエッチなお願いをするつもりなのかな~」

 

 沙知はニヤニヤと笑いながら周囲に聞こえるような声でそんなことを言ってくる。

 

「ちょ!? 沙知さん!?」

 

 僕は慌てて彼女の口を手で押さえた。けど、もう遅い。

 

 沙知の爆弾発言に教室中の視線が僕に集まる。そしてみんなヒソヒソと何かを話しているようだった。

 

「んぐぐ……ぷはぁ~、何すんの頼那くん!!」

 

 沙知は僕の手を振り払うと、可愛らしく怒る。それから頬を膨らませると、僕に抗議してきた。

 

「それはこっちのセリフだって!! いきなり何言いだしているのさ!!」

 

 僕は顔を赤くしながら、沙知のことを注意する。すると沙知は当然のように言葉を返してきた。

 

「え~だって、男の子って、女の子に何でもお願いできるときって、エッチなお願いするんじゃないの?」

 

 沙知は純粋な眼差しを僕に向けてくる。その表情には悪気は一切感じられない。だからこそ余計にタチが悪い。

 

「そんなことお願いするわけないって……」

 

「まあ、あたしは別に何でもいいんだけどね」

 

 沙知はそう言いながら、お弁当のシャケを口に運ぶ。そしてモグモグと口を動かすと、美味しそうな表情になった。

 

「うん、美味しっ」

 

 本当に美味しそうに食べるなぁ。

 

 沙知が美味しそうに食べている姿を眺めながらパンを噛る。

 

「それで? 結局、頼那くんはあたしに何をお願いするの?」

 

「あっ……うん……その……」

 

 沙知の言葉に僕は思わず言い淀んでしまう。

 

 改めて言うとなると、ちょっと恥ずかしい。けれど言わないとダメだろう。

 

 でもいざお願いするってなると、やっぱり緊張するな……いや、何に緊張しているんだって話だけど。

 

 僕は自分にツッコミながら、意を決して口を開く。

 

「お願いって言うのは……」

 

「うん?」

 

「その僕と一緒に出かけて欲しいんだ……」

 

 そう、これは言ってしまえばデートのお誘いだ。

 

「え? そんなことでいいの?」

 

 僕のお願いを聞いた沙知はキョトンとした表情になっている。僕としても拍子抜けな感じになったが、とりあえず頷いた。

 

「うん……僕はそれで十分だよ……」

 

 すると沙知は少し考え込みながらも、答えてくれる。

 

「う~ん……でもあたし身体弱いからそんな遠くまで行けないのは、頼那くん知ってるよね」

 

 沙知の言うように、彼女の身体は弱い。だから遠出するのは無理だと分かっている。

 

「うん……それはもちろん分かってるよ」

 

 僕は素直に頷く。彼女の体質を考慮した上で、お願いした。

 

「だから、今度の休みに一緒に映画に行かない?」

 

 この辺だと、映画館なら電車ですぐに行ける。その上、駅直でショッピングモール内に映画館があるからお店が充実している。

 

 それなら沙知の負担も少ないと思う。僕はそう考えて、沙知に提案した。

 

「えっ? 映画に連れてってくれるの?」

 

「うん、どうかな……?」

 

 僕の提案に沙知は驚いた顔をすると、手に持っていたお弁当箱を机の上に置いた。

 

「行く!! いっく!!」

 

 そして興奮した様子で、目をキラキラと輝かせながら僕の手をガチッと握ってくる。

 

「わ、分かったから……落ち着いて沙知……」

 

 興奮気味に手を握ってきた沙知に僕は苦笑いしてしまう。

 

 彼女のリアクションでクラスのみんなも僕たちに注目しているのが分かった。

 

 なんか恥ずかしくなってきたので、沙知の手を離すが、沙知は興奮を隠せない様子で腕を上下に振っている。

 

「だって、映画だよ!! こんなのテンション上がるしかないじゃん!!」

 

 子どもみたいにはしゃいでいる沙知を見ていると、なんだか微笑ましく思ってしまう。

 

「沙知って、そんなに映画好きなの?」

 

「うん、大好き!!」

 

 僕の質問に沙知は満面の笑みで答える。その笑顔は本当に幸せそうで見ているこっちまで嬉しくなってしまう。

 

 そんな沙知の笑顔を見ていると、僕も自然と笑みが溢れるのだった。

 

「それに映画って言ったらポップコーンでしょ!!」

 

「そうだね、映画には必須だよね」

 

 沙知の言葉に僕は同意する。ポップコーンは映画館の定番だ。

 

「分かってるじゃん!! あたし、ポップコーン大好きなの!!」

 

 沙知は目をキラキラさせながら、僕に顔を近づけてくる。

 

 普段から子どもっぽい沙知だけど、映画と聞いて一段と子どもっぽくなっている。

 

 けど、それがどこか可愛らしくて、誘ってみて良かったな、と僕は思った。

 

「映画とポップコーン楽しみ!! 頼那くん、それでいつ行くの!?」

 

 沙知は興奮冷めやらぬ様子で、僕の手を掴んで身体を揺さぶってくる。ガンガンと身体を揺らされながら、僕は沙知に答えた。

 

「えっと……今度の日曜日はどうかな?」

 

 すると沙知はピタッと動きを止めたかと思うと、僕から手を離した。そして少し考えるような仕草をする。

 

「えっと……来週の日曜日がいいな……」

 

「えっ? 来週の日曜日?」

 

 沙知の答えに僕は驚いてしまう。

 

 てっきり沙知のことだから、すぐにでも行くと言うと思っていた。だから沙知の提案には驚いた。

 

「うん……ダメかな……」

 

 沙知は上目遣いで、僕の顔を覗き込んでくる。その仕草にドキッとしてしまうが、僕は慌てて首を横に振る。

 

「いや……ダメじゃないよ、なら、来週の日曜日にしようか」

 

「うん!! ありがとう、頼那くん!!」

 

 僕がそう言うと、沙知は嬉しそうに表情を綻ばせて満面の笑みを浮かべてくれた。

 

「てか、これってもしかして所謂デートってやつ?」

 

「えっ? いま気付いたの……」

 

 沙知の言葉に僕は苦笑いしてしまう。まさかデートだと気付いていなかったなんて。沙知らしいと言えば沙知らしいけど。

 

「つまり、これはあたしが恋を知るための実験の一つってこと?」

 

「まあ、そうだね」

 

 前に友だちと恋人の違いを聞いてきた沙知。彼女にとってその違いの知るための足掛かりになってくれると思う。

 

 まあ、僕は僕で普通に沙知とデートがしたかったというのもあるけど。

 

「あはは!! 映画にも行けて、実験もできるなんて、最高だよ!!」

 

 沙知は嬉しそうに笑いながら、僕の肩をバンバンと叩いてくる。

 

 全然痛くないから、別にいいんだけど。沙知がここまで喜んでくれているなら、良かった。

 

「それで何の映画を見るの!?」

 

「それはまたあとで決めよう」

 

「うん、分かった、えへへ……楽しみだな」

 

 沙知は足をバタバタとさせながら、お弁当箱を再び手に取り、またお弁当を食べ始める。

 

 本当に楽しみなのか、その口元は緩んでいた。

 

 誘ってみて良かった、僕も沙知とのデートが楽しみだ。それに来週の日曜日か……。

 

 僕は自分のスマホを取り出して、日付をカレンダーで確認する。

 

 ある意味ちょうど良いタイミングで良かったのかもしれない。

 

 そんなことを思いながら、スマホをポケットの中にしまう。すると、あることに気づいた。

 

 クラス内の視線を一身に浴びていることに。

 

 そのことに気づいて、僕はハッとして周囲を見回すと、十人十色の表情でクラスメイトたちが僕を見ていることに気づく。

 

「お熱いね~」

 

「クソっ、見せつけやがって」

 

「俺だって彼女が欲しいなぁ~」

 

 クラスメイトたちの視線を一身に浴び、僕は恥ずかしくなってしまう。

 

「ねえ、頼那くん」

 

 沙知はモグモグとお弁当を食べながら、話しかけてくる。僕は周囲を見回しながら答えた。

 

「な、なに?」

 

「なに恥ずかしがっているの?」

 

 ニコニコと屈託のない笑顔で僕に問いかけてくる沙知。そんな笑顔をされると断ることも出来ない。

 

「いや……その……」

 

 僕が口籠もっていると、沙知は首を傾げる。この状況を一切理解していないようだ。

 

 僕は諦めて、沙知に言葉をかける。

 

「沙知って、ホント、そういうとこ、すごいね」

 

「????」

 

 僕の言葉の真意が分からないようで、沙知は不思議そうに小首を傾げている。

 

 そんな彼女の様子に僕は苦笑するのだった。

 




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三十話 『そういうものなの?』

「映画~、映画~、え・い・が~」

 

 放課後、沙知は帰り支度をしながら、楽しそうに歌を口ずさんでいる。

 

 僕とデートの約束をしてからというもの、沙知はご機嫌でずっとこの調子。

 

 心なしか彼女の長く結ばれたポニーテールが犬のしっぽみたいに揺れているような気がする。

 

 そんな彼女を眺めながら、鞄に教科書をしまっていると、不意にクラスメイトの佐々木が声をかけてきた。

 

「なあ、島田」

 

「ん? 何?」

 

 僕は教科書を鞄に入れながら、返事を返す。すると佐々木は羨ましそうな視線を送ってきた。

 

「お前はいいよな、あんな美少女とデートなんてできて」

 

「何でさ、散々、沙知はないって言ってたじゃないか」

 

 事あるごとに沙知を貶していた佐々木。まあ、否定できない要素が沙知本人にはたくさんあるのは事実だけど。

 

「いや、それはそうだけどよ……やっぱり、あんな美少女とデートできるならしたいじゃん」

 

 佐々木は羨ましそうな表情でそんなことを言ってくる。彼の言葉に僕は勝ち誇った顔で答えた。

 

「そんなに彼女が欲しいなら、気になる相手に告白すれば?」

 

「んなもん、とっくにしてるよ、でも未だに付き合えないんだよ!!」

 

 佐々木は自棄になって、僕の肩をバシバシと叩いてくる。痛いからやめてほしい。

 

「だからこそだ!! お前があの佐城妹を落としたのかが知りたい!!」

 

「別に沙知とは落としたとかじゃなくて……」

 

 僕は思わず口を濁してしまう。確かに付き合ってはいるが、沙知は僕に恋愛感情を抱いているわけじゃない。

 

 ただ単に恋を知らないから、知りたいという気持ちがあるだけだ。でもそんなことを言えるわけがないので僕は言葉を濁した。

 

「ったく、あんなに彼氏とのデート楽しみにしているなんて、めっちゃラブラブじゃねえかよ」

 

「そう見える?」

 

「そうにしか見えねえよ、むしろ、何に見えんだよ」

 

 佐々木の言葉に僕は思わず苦笑いしてしまう。確かに傍から見たら、そう見えるのかもしれない。

 

 そんなことを思っていると、トコトコと僕の目の前に沙知がやって来た。

 

「ねえねえ? 笹山くんとなに話してるの?」

 

 僕と佐々木が話している内容が気になったのか、沙知は首を傾げながら聞いてくる。

 

 そして、相変わらず佐々木の名前を間違っていた。

 

「だから、佐々木だって言っているだろ!! 佐城妹!!」

 

「あれ? そうだっけ? ゴメンゴメン、里山くん?」

 

 沙知が首を傾げながら、佐々木の名前を呼ぶ。その間違いに佐々木は頭を抱えて蹲ってしまう。

 

「だぁぁぁ!! 何故、また間違える!!」

 

「あははっ、あたし興味ないことは一秒で忘れちゃうから!!」

 

 沙知は楽しそうに笑いながら、佐々木に向かって悪びれずそんなことを言う。

 

「俺のこと、そんなに興味がないってことか!? すげー傷つくんだけど!!」

 

「うん、そうだけど?」

 

 沙知の悪気のない一言に、佐々木はガクッと肩を落とした。

 

「ねえねえ、そんなことよりもそろそろ帰ろうよ」

 

 落ち込む佐々木を無視して、沙知は僕の袖をくいくいと引っ張ってくる。そんな彼女の様子に僕は苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「そうだね、帰ろうか」

 

 沙知の言葉に同意して、僕は帰り支度を済ませた鞄を手に持った。

 

「猿渡くんバイバイ~」

 

「だから俺は佐々木だっての!!」

 

 沙知はニコニコと手を振りながら、教室から出て行った。そして僕も彼女を追いかけるように教室を出る。

 

 そんな僕の後ろ姿を佐々木は恨めしそうに睨んでいた。まあ、可哀想ではあるけど、沙知が相手では仕方ない。

 

 僕は心の中でそんなことを思いながら、教室を後にした。

 

「沙知、待ってよ」

 

 沙知と合流した僕は彼女の後を追いかけるように廊下を歩いていた。

 

 僕の声を聞いて、沙知はクルッと振り向くと、頬を緩ませながらとことこと僕の元までやってくる。

 

 そして沙知は僕の前に立つと、笑顔を浮かべながら言った。

 

「へへっ、映画楽しみ~」

 

 そう言って機嫌良さそうに身体を左右に揺らす沙知。そんな彼女の仕草に僕は思わず微笑んでしまう。

 

「気が早いよ、沙知、まだ一週間も先だよ」

 

「えへへ、分かってるけど、楽しみなんだから仕方ないじゃん!!」

 

 沙知は子どもっぽい笑みを浮かべながら、僕を見上げてくる。その笑顔に僕はドキッとしてしまう。

 

 本当、沙知って笑顔が可愛いんだよな。この笑顔でお願いされたら、大抵のことは聞いてしまいそうになる。

 

 ホント、惚れた弱みってヤツは厄介だってつくづく思う。

 

 僕はそんなことを考えながら、沙知と一緒に下駄箱の前までやってきた。そして自分の下駄箱から靴を取り出して、上履きをしまう。

 

 それから二人でローファーに履き替えて、校舎を出る。夏も近づいて最近は日が沈むのも遅くなった。

 

 僕たちは校門を出ると、沙知は鞄をゴソゴソを漁り始める。おそらくセグウェイを探しているのだろう。

 

「沙知、ちょっと待ってくれる?」

 

「ん? なに?」

 

 沙知は鞄から顔を上げ、僕の方を見る。そんな彼女に僕は口を開いた。

 

「今日から少しだけ一緒に歩いて帰らない?」

 

「えっ? なんで……」

 

 沙知は僕の提案に青ざめた顔で僕を見てくる。

 

 まあ、沙知の反応は当然だ。体力のない彼女にとって、長距離を歩くのは、かなり辛いだろう。

 

「あたしに歩かせるなんて、頼那くんはあたしを殺す気なの?」

 

 沙知は青ざめた顔のまま、僕に迫ってくる。

 

 これに関しては真面目に冗談ではなく、事実あり得るから、質が悪い。

 

「いや……別に沙知を殺す気はないけど……」

 

「ならどうして? あたし、絶対に嫌だよ」

 

 案の定、沙知は本気で嫌がっているようで、首を左右に振りながら後ずさる。

 

 僕は慌てて言葉を続けた。

 

「そんなずっと歩けとは言わないよ、ただ、デートをする上で、体力をつけた方が良いと思うんだ」

 

 今回行く映画館は大型ショッピングモールの中に入っている。店内でそれなりの距離を歩くのは必然だ。

 

 それに最寄りの駅から歩く必要も出てくる。となれば体力は少しでもつけておいた方が良いと思ったからだ。

 

「そうだけど……でも……」

 

 困った表情で僕を見ている沙知。そんな彼女の表情に僕は真っ直ぐと沙知を見た。

 

「辛くなる前にすぐに僕に言って、無理はさせないから」

 

「う~……でも……あたし……歩くの……結構……遅いし……疲れたら多分、当分動けなくなるから……帰るの遅くなっちゃうよ」

 

 沙知は視線を泳がせながら、申し訳なさそうに言ってくる。僕はそんな彼女の態度に優しく微笑む。

 

「いいよ、いくら遅れても僕は待つよ」

 

「ホントに?」

 

 沙知は僕の目を見ながら、首を傾げる。そんな彼女の仕草に僕はドキッとしてしまう。

 

 ホント、こういう不意打ちをしてくるから、困るんだよな。

 

 思わず目線を逸らしたくなりそうだったけど、なんとか耐えて僕は沙知に頷いた。

 

「ホント」

 

 ただそれだけの言葉。だけど、その一言に沙知は嬉しそうに表情を綻ばせる。

 

 そして、腰を少し曲げて、僕の顔を覗き込みながら上目遣いでニッコリと微笑む。

 

「うんっ……頼那くんがそういうなら信じるよ……」

 

「ありがとう」

 

 僕はお礼を言うと、沙知の目の前に手を差し出す。すると沙知は僕の顔と手を交互に見比べてきた。

 

「えっと……これは?」

 

 状況がよく分かっていないのか、沙知は困惑している様子だった。そんな彼女に僕は照れながら答えた。

 

「えっと……手、繋がない? せっかく、恋人同士で一緒に歩いて帰るから」

 

「そういうものなの?」

 

「うん、そういうものなの」

 

 そんな僕の言葉に沙知は納得したように頷いた。そして彼女は僕の手を取ると、僕の手の感触を確かめるように、にぎにぎと小さな手で僕の手を掴んでくる。

 

 そのせいで沙知の手の感触が直に伝わってくる。

 

 柔らかい。それに小さいな。指も細くて、今にも折れてしまいそうだ。

 

 そんなことを思いながら、僕は沙知の手を軽く握り返す。すると彼女は嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「そういえば、初めて会ったときにも手を繋いでいたね」

 

「えっ? う、うん……」

 

 沙知の言葉に僕はあの時のことを思い出す。初めて彼女と恋人関係になったときに、沙知に手を引っ張られながら歩いたっけ。

 

 今思えば、あれが沙知と初めて手を繋いだ瞬間だったような気がする。

 

「あの時は特に気にしてなかったけど、頼那くんの手ってあたしの手より大きいね」

 

「まあ、男だからね」

 

「ふふ、そうだね」

 

 沙知は笑いながら、僕の手の感触を確かめるようににぎにぎと手を握り締めてくる。

 

 そして僕は恥ずかしさを誤魔化すように口を開く。

 

「さ、さあ行こうか、日が暮れちゃうし」

 

「うんっ!!」

 

 そんな僕の言葉に沙知は元気よく頷くと、僕の手を握って、ゆっくりと歩き始める。

 

 僕もそれに合わせて、沙知のペースに合わせて、歩いていく。

 

 それから少し彼女と歩いて分かったことがある。

 

 彼女の歩幅はとても小さい。ちょっとでも僕が早歩きになると、沙知は付いてこられないだろう。

 

 だから僕は彼女に歩調を合わせて歩いていく。

 

 下手に歩調を乱すと、すぐに彼女の体力が底をついてしまう。

 

 これは多分、電車でちょっと立っているだけでも貧血をおこしそうだな。

 

 そんなことを考えながら、僕は沙知のペースに合わせて歩いて行く。

 

 あと、一緒に並んで分かったことだけど……。

 

 すっごく沙知の良い匂いがする。なんかずっと嗅いでいたいくらい、良い匂い。

 

 視線を横にすると、沙知の顔がある。その横顔はとても綺麗で、可愛くて心臓の高鳴りが止まらなくなる。

 

 手を繋ぐとこんなにも沙知の顔が近くなるんだ。思わず彼女をずっと見てしまいそう。だけど、流石にそれをしてしまうと、僕が持たないので視線を前に向ける。

 

 それにそんなに長く沙知と一緒に歩いているわけには行かない。

 

 沙知は僕を信じて一緒に歩いてくれている。なら、ちゃんと頃合いは見て、沙知に声をかけないと。

 

 既に一緒に歩いてから三分ほど経っている。前に沙知が話したこと通りなら、そろそろ切り上げないと不味い。

 

「沙知、今日はもうこの辺で歩くのは止めよう」

 

 僕はそう言って、歩くのを止める。すると沙知もピタリと足を止めた。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 僕が足を止めると、沙知は肩を上下させて、呼吸を整えている。そんな様子に僕は心配そうな顔を浮かべる。

 

「大丈夫?」

 

「うん……なんとかね」

 

 そんな僕の心配の言葉に沙知は苦笑いしながら、呼吸を整えていた。

 

「ごめん、無理させちゃったよね」

 

「ううん、このくらいならギリギリ……むしろ、ちょうど良いタイミングだったよ」

 

 沙知は息を整えながら、僕にそう言ってくる。僕はその言葉を信じることにした。

 

「それならいいんだけど」

 

「うん、心配してくれてありがとうね、頼那くん」

 

 沙知は嬉しそうに微笑んでお礼を言ってくる。その笑顔に思わずドキッとしてしまうが……今はそれどころではない。

 

 この僅かな距離でこうなる。これがデート当日ならその時点でアウトだろう。

 

 沙知の体力を考えると、いかに適度に沙知を休ませるかちゃんと僕が考えて行動しないといけない。

 

 沙知は映画に誘っただけで、ずっと楽しそうにしている。きっとデート当日ならテンションだって、もっと上がっているはずだ。

 

 ここまで映画を楽しみにしている彼女に悲しい顔はさせたくない。むしろ、最後まで笑顔でいてもらいたい。

 

 それが彼氏として僕が彼女にしなければならないことだ。

 

 沙知の彼氏として、しっかりしないと。せっかく僕のことを信じてくれている沙知に申し訳が立たない。

 

 僕はそう心の中で決意するのだった。




如何だったでしょうか。

良ければ気軽にお気に入り、感想や評価など頂けるとモチベにも繋がって嬉しいです。

誤字、脱字ありましたらご報告していただけると有り難いです。

それでは次回をお楽しみに。


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三十一話 『付き合ってくれないか?』

「ここから乗れば、エレベーターが近いんだ」

 

 日曜日の午前九時のこと。僕は一人電車を降りると、ホームをじっくりと観察する。

 

 同じように降りてくる乗客の数を見ていると、午前中のしかも休日の早い時間だからか、あまり人がいない。

 

 これなら来週同じ電車のエレベーターに近い車両に乗っても座っていけそうだ。

 

 僕はそう判断すると、エレベーターに乗って改札口がある階まで移動する。そして改札を抜けて、今度は改札口をじっくりと観察する。

 

 この駅は大型ショッピングモールと繋がっていて、改札を抜ければすぐにモールへと繋がっている。

 

 そして、この大型ショッピングモールの中に映画館があるという訳。

 

 僕は周囲を確認すると、早速その駅から出ていく。そして自動改札を通って、改札口を抜けると、ショッピングモールに繋がる道を歩いていく。

 

「このくらいの距離なら沙知でも歩けそうかな?」

 

 僕は歩きながら、スマホで駅からショッピングモールまでの時間を計算してみる。

 

 大体、歩きで三、四分ってところ。このくらいならなんとか沙知でも歩けそう。

 

 そんなことを考えつつ歩いていると、ショッピングモールの入り口が見えてくる。そして僕はショッピングモールの中へと入っていく。

 

「えっと、映画館は……」

 

 久し振りに来たから、ショッピングモールの入り口にある地図を見て、映画館の場所を確認する。

 

「あった、二階のここか……」

 

 僕は地図で映画館の場所を見つけて、そこに向かって歩いていく。

 

 ショッピングモールの中を歩いていると、開店したばかりか比較的人の数は少ない。だから歩きやすくて助かる。これなら沙知と歩いても大丈夫そうだ。

 

 ただ映画が終わる頃には人が多くなっているのは目に見えているので、そこはちゃんと考えておかないと。

 

 周囲のお店を見ながら、僕は映画館へと向かう。お店ごとに開店時間が違うからか、今まさに開店準備中というお店もあれば、もう既に営業しているお店もあった。

 

 入り口から一番近かったエスカレーターに乗って、僕は二階に向かう。エスカレーターやエレベーターの位置もちゃんと覚えておこう。

 

 デート当日は沙知に無理させたくないから、そう心の中で言い聞かせながらエスカレーターを降りて映画館へと向かった。

 

 そして五分ほど歩いて、僕は映画館の前に到着する。どうやらまだ開館して間もないからか、人はそんなに多くないように見えた。

 

 これなら沙知が人が多くて疲れるという心配はしなくても良さそうだ。

 

「まあ、ただ映画館まで歩くだけだし……やること終わった……」

 

 今日はあくまでも下見。沙知が無事にここまで歩いて行けるように、ルート確認が目的。

 

 なので、今日の目的は達成したとも言える。

 

「ふぅ……せっかく来たし、色々とお店でも見て回るかな」

 

 このまま帰るのはもったいない気がしたから、僕はショッピングモールの中を見て回ることにした。

 

 映画館から少し歩くとゲームセンターがある。その隣には家電量販店がある。

 

「少し来ないだけで、店内のお店もだいぶ変わってるな」

 

 この家電量販店も最近リニューアルしてできたって話を親から聞いたのを思い出す。

 

 とりあえずゲームセンターの中を覗いてから、家電量販店に行くかな。

 

 そう考えた僕はゲームセンターの中に入って、店内を見て回ることにする。といっても目ぼしいものはないから適当に見て回るだけ。

 

 そんなんだからあっという間にゲームセンターの中を見終わって、次はゲームセンターの隣にある家電量販店に入る。

 

「えっと……扇風機と……エアコンか」

 

 まず僕は店頭に並んでいる商品を見ていく。夏が近くなって、気温も高くなってきているから、冷房機器も扇風機も多く並べられていた。

 

 ただ、電化製品に全くと言っていいほど、詳しくないから違いが分からない。

 

「沙々さんなら分かるんだろうけど」

 

 機械好きの沙々さんなら、家電製品の良し悪しが分かるのだろう。そんなことを思いながら、僕は電化製品を見て回る。

 

 たくさん並べられて置かれているテレビ。家電量販店で見るテレビって、大きく見えなさそうだけど、実際部屋に置くと、意外と大きく見えるんだよな。

 

 テレビのコーナーを眺めていると、ゲームやおもちゃなどを置いてあるコーナーも視界に入る。

 

「最近面白いゲームあるかな……」

 

 僕は興味本位で、そちらのコーナーにも行ってみようと思った矢先のことだった。

 

「ここ、品揃えいいじゃん」

 

 おもちゃコーナーの前で、まじまじとおもちゃを眺めている人影が視界に入る。

 

「んん?」

 

 どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきたので、僕はその人影の方へと視線を向ける。そこには沙知の双子の姉である沙々さんがいた。

 

「沙々さん?」

 

 僕は思わず彼女の名前を呼んでしまう。すると彼女は僕の声に気づいたのか、こちらに視線を向けてきた。

 

「ん? えっ……島田!?」

 

 沙々さんは僕に気づくと、慌てたような声で僕の名前を口にする。

 

「き、奇遇じゃ……コホン、だな、こんなところで……買い物か?」

 

 戸惑いながら、僕のことを見てくる沙々さん。そんな彼女の様子に僕は少し疑問が浮かんでくる。

 

 何か一瞬いつもより、声のトーンが高かった気がするけど、気のせいだろうか。

 

 それになんか沙々さんの様子が少しおかしいような……。

 

「ちょっとデートの下見に来ただけだよ」

 

 とりあえず、今は彼女の様子について深く追及するのはやめておこう。僕はそう判断した。

 

「デート?」

 

 沙々さんは少し首を傾げると、顎に手を当てて何か考え始めた。そして納得したように頷く。

 

「ああ、そういうことか、なるほど、島田は殊勝なやつだな」

 

「そういう沙々さんは、買い物?」

 

「ああ、これを買いにな」

 

 おもちゃコーナーに並べられているおもちゃの箱の一つを手に取り見せてくる沙々さん。

 

 それはヒーローモノのロボットの玩具だった。

 

「それって今年やっているヒーローモノの?」

 

「そうだ、最近発売したばかりでな、欲しいと思っていたんだ」

 

 そういえば、沙々さんヒーローモノのロボット好きだったな。部屋にもいっぱいヒーローものの玩具があるし。

 

 沙々さんの部屋に行ったときに、その部屋が特撮モノのグッズだらけだったのを思い出す。

 

「今年のシリーズはすごいんだぞ、これとここにあるロボが全合体し……」

 

 沙々さんはキラキラと目を輝かせながら、自分の持っているヒーローのロボットについての解説をし始める。そんな彼女に僕は苦笑いを浮かべることしかできない。

 

 そんな説明が始まって数分が経過して、ようやく彼女は我に帰る。

 

「おっと……すまない」

 

 どうやら熱が入りすぎていたらしい。そんな彼女に僕は首を横に振って応える。

 

「別に大丈夫だよ」

 

「そうか? それなら良いんだが……」

 

 少し申し訳なさそうな表情を浮かべる沙々さん。

 

 僕的には特に気にするようなことではないから、気を遣わないで欲しいんだけどな。

 

 彼女が自分の趣味のことで熱く語るタイプなのは知っているし、何だったら妹である沙知も同じタイプだ。

 

「それで島田は今日は他には予定があるのか?」

 

「今日は下見ってだけだから、特にはないかな、あとはその辺を見てから帰るくらい」

 

「そうなのか? ふむ……」

 

 僕の返答に沙々さんは少し考え込むように黙り込む。そして何かを思いついたように、手を叩く。

 

「島田、これから時間あるか?」

 

「え? うん、あるけど……」

 

「そうか、なら少しだけオレに付き合ってくれないか?」

 

「沙々さんに?」

 

 そんな唐突な提案に僕は首を傾げる。すると彼女は少し苦笑いを浮かべる。

 

「ああ、実はこのあとも色々と買い物に行くのだが、買うものが多くな……もし良ければで良いんだが」

 

「ああ、なるほど……そういうこと」

 

 つまり、荷物持ちのお願いか。それくらいなら全然構わない。むしろ沙々さんには中間テストのときに散々お世話になったし、その恩返しをしたかったから丁度良い。

 

「いいよ、荷物持ちくらいなら」

 

 僕がそう返答すると、沙々さんは少し申し訳なそうな顔を浮かべる。

 

「いいのか? なんだか突然で申し訳ないんだが……」

 

「いいよ、どうせ僕も適当にお店を見て回るつもりだったし」

 

 ついでにこのショッピングモール内のお店を事前に見て回っておくのも悪くない。

 

 そんなことを考えていると、沙々さんは安心したように微笑んでいた。

 

「ありがとう、島田」

 

 彼女は僕にお礼を言う。そしてそのまま僕は沙々さんの買い物に付き合うことにした。

 

「それで? 次はどこに行くの?」

 

 家電量販店で沙々さんがおもちゃの会計を終えたところで、僕は沙々さんにそう問いかける。

 

「次は服を見て回ろうと思ってな」

 

「服?」

 

 服と言われて、改めて沙々さんの服装を見てみる。

 

 ボーイッシュでクールな印象の沙々さん。そんな彼女のイメージを崩さないような服装。

 

 ベージュのパーカーに、黒いデニムのパンツ、白いスニーカーと動きやすさ重視の格好。

 

 ただそれでいて、沙々さん元来のクールな印象を残しつつも、ヘアアクセでしっかりとお洒落も忘れていない。そして肩にはトートバックを掛けている。

 

 元の顔とスタイルの良さも相まって、本当に美人だ。

 

 周囲を歩く人たちも沙々さんの美貌に見蕩れて、つい目で追っているのが分かる。

 

 僕はそんな周囲の視線が彼女に注がれていることに気づいていた。

 

 そんな周囲の視線に気がつかないのか、それとも慣れているのか分からないが、沙々さんは落ち着いた様子で答えてくる。

 

「どうした? そんなにオレをまじまじと見つめて」

 

「いや、沙々さんの私服姿、そういえば初めて見たなって」

 

「ああ、そういえば、制服か部屋着のジャージしか見せたことがなかったな」

 

 沙々さんは納得がいった様子で頷く。そして自分の格好を確認するように、その場で軽くターンしてみせる。

 

「どうだ、似合っているだろ?」

 

「うん、似合ってるよ、むしろ元が良いから、何着ても似合うと思う」

 

 僕がそう言うと、沙々さんはとても嬉しそうに微笑む。

 

「まあ、オレが美人なのも否定はしない」

 

 この姉妹特有の自信たっぷりの自慢に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 佐城姉妹のこの自信は、本当に羨ましいと思う。

 

「さて、それじゃあ服を見て回るか」

 

「うん、そうだね」

 

 そんな会話をしながら、僕たちは洋服店が並ぶエリアへと移動していく。そして数あるお店の中で最初に目についたお店の中に入っていく。

 

「さて、どんな服が良いだろうか……」

 

「沙々さんは普段どんな服を着ているの?」

 

 僕はとりあえず参考に聞いてみることにする。すると沙々さんは考え込んだような素振りを見せる。

 

「オレか? まあ……基本は動きやすい服装だな」

 

 動きやすくてお洒落な格好か……。僕は彼女のその条件を聞いて、頭の中にしっかりと刻み込む。

 

「大体いま着ている服装と傾向が偏るな」

 

 沙々さんは自分が着ている服を改めて見て答える。動きやすさと、お洒落を両立した格好。それが彼女の好みの服装みたいだ。

 

「ふむ、そうだな……ここは島田が好きな服装の系統を聞いて、それに合わせるか」

 

「え? 僕の?」

 

 そんな沙々さんの突然の提案に僕は思わず聞き返してしまう。すると彼女は頷く。

 

「島田はどんな服が好きなんだ?」

 

 そう聞いてくる沙々さんに、僕は少し考えるように腕を組むと、自分の好みを考える。

 

 自分の好みの女性の服装か……。そんなこと言われてもな……。

 

「う~ん……」

 

 僕は沙々さんの質問に、自分の好みの服を考える。

 

 そしてしばらく考えても答えが出ない。

 

「ごめん、あんまり意識したことないから……よく分からないや……」

 

 僕は素直にそう答える。そもそも僕はファッションにあまり興味がない。だから自分の好みの服と言われても、答えられないのだ。

 

 そんな僕の返答に沙々さんは特に気にした素振りは見せずにこんな提案をしてきた。

 

「なら、沙知に似合いそうな服装をイメージして、それをオレに教えてくれないか?」

 

「うん? 分かった」

 

 とりあえず沙知に似合いそうな服装をイメージしてみる。すると、意外とすんなりとイメージが湧いてきた。

 

 沙知と言えば、とにかく黄色いが好きなイメージがある。なら、彼女のイメージに近い黄色い服装なんか良いかもしれない。

 

「これとかかな?」

 

 沙知のイメージに合いそうなスカートを沙々さんに見せる。

 

「これか……なら……」

 

 すると、沙々さんはじっくりと僕が差し出したスカートを見る。そして静かに頷くと、トップスが並べられている棚に向かう。

 

「ふむ、この辺は……」

 

 沙々さんはトップスをいくつか手に取って見比べる。そしてその中から何着かを選び出すと、僕のところに戻ってくる。

 

「試着してみてもいいか?」

 

「うん、もちろん」

 

 僕がそう答えると、沙々さんは僕が選んだスカートを受け取り、何着かのトップスを持って試着室の方へと向かっていく。

 

 沙々さんは試着室の中に入ると、カーテンを閉めて着替え始める。

 

 沙々さんの着替えが終わるまで僕は試着室の前で待つことにする。

 

 しばらく待っていると、カーテンが開く音が聞こえてくる。僕は沙々さんの着替えが終わったのだと思い、その方へ視線を向ける。

 

「こんな感じだが……どうだ?」

 

 そう言いながら、試着室から出てくる沙々さん。そこには黄色のスカートとトップスを着た沙々さんがいた。

 

 スカートは膝よりも少し上くらいの丈の黄色のスカートだ。トップスはベージュ色のオフショルダーのトップスという組み合わせ。

 

 沙々さんの短い髪型と相まって、可愛らしい印象を受ける。

 

 さっきまでのボーイッシュなスタイルからイメージがガラッと変わった感じ。

 

「似合ってるよ、沙々さん」

 

 そんな僕の感想を聞いて、沙々さんは少しむず痒いような仕草を見せる。

 

「そ、そうか……あまり、こういったのは着ないから、少し落ち着かないな」

 

 普段あまりスカートを履かないからだろうか。沙々さんは自分の格好に少し戸惑っているように見えた。

 

「他の服も着てみる?」

 

「そうだな、他も色々と試してみたいが、ちょっと待って、一旦、スマホのカメラで撮ってもらってもいいか?」

 

「うん、それは構わないけど……」

 

「助かる」

 

 そんなやり取りをすると、沙々さんはカバンからスマホを取り出して僕に手渡す。僕は沙々さんから受け取ったスマホのカメラで、試着した服を次々に映していく。

 

 そして数十分ほどそんなやり取りを繰り返していると、沙々さんはその中から数点選ぶと、トップスとスカートを購入することにした。

 

「結構色々と買ったね」

 

「ああ、服はいくらあっても困ることはないからな」

 

 そう言って、沙々さんは両手に紙袋いっぱいの洋服を抱えていた。僕は彼女の持っている紙袋を受け取り、彼女の横に並ぶ。

 

「ありがとう、助かる」

 

「別にいいよ」

 

 そんな会話をしながら、僕たちは洋服店を後にする。

 

 洋服を買ってからしばらくショッピングモール内のお店を回り、他にも色々と見て回るのだった。




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