副の神(副生徒会長の神田) (若気のItaly)
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1話 副生徒会
「副」という言葉から、何を思い浮かべるだろうか。
例えば、戦隊モノの副リーダー。どんな危険な場所でも突き進んでいく勇敢なリーダーを、冷静な判断と落ち着いた行動でサポートするアシスト副リーダー。
例えば、ショップの副店長。責任感があって店の運営を一括する店長に対し、店の売り上げを作るエリート副店長。
いずれも
しかし、世の中そんな立派な「副」ばかりではない。
<<副生徒会室>>
「だりいいい...」
明らかに一番仕事をしていないやつが、ついに机の上で組んだ腕に頭を据え、寝る体制に入った。
「おい、起きろ〜。てか、お前音をあげるほど働いてねえじゃねえか」
スラッとした男子が作業の手を止めて突っ込む。口では作業を促しているが「本当はこんな作業放り投げたい!」という気持ちが表情から滲み出ている。
この2人は我らが副生徒会のメンバー。
一応作業を続けているイケメン君は、副生徒会長の
そしてもう1人、完全にやる気を無くし、ついにはスマホを触り始めたこの野郎は、副風紀委員長の
三浦は、以前は風紀委員長だった。が、まあご察しの通り委員長をするような性格じゃない(よりによって風紀だし)。ということで生徒会長から「相応しくない」と解雇された。三浦に関してはあまり可哀想とは思わないが、それはおそらく俺が薄情であるためではないだろう。
お待たせしました。
そしてこの場にいる3人目、俺こと
両親がメジャーな漢字で名前をつけてくれたおかげで変換機能では一番最初に出てきます。趣味は被弾です。よろしく。
かなり滑った気がするけど、気にしない気にしない。
肩書きは「副メンバー」。うん、意味がわからない。
正常な思考回路の持ち主なら「副?w」って思うはずなので説明しておこう。
それは1ヶ月前のこと。
廊下を歩いていた俺は、高校1年生の時には見かけなかった「副生徒会」という謎の看板を見つけた。好奇心に負けて、ドアを少しだけ開けて覗いてみたのだが...ちょうどそこに三浦が後ろから歩いてきた。こいつは俺を見つけるや否や、部屋の中の神田に「お〜い、入会希望者だぞ〜」
?!である。言葉が出なかった。
入るとか言ってねえけど!?
てか副生徒会ってなんだよ!
てかここ途中から入会とかあるんだね!へえ!
と、思っただけで言えなかった。なぜか嬉しそうな神田に「どの役職がいい?」と聞かれ、「え、そういうの大丈夫」と答えた俺は、こんな肩書きに。
自己紹介に戻るが、俺は部活でもなければ共通の趣味でもないこの謎の集団にこういう経緯で所属することになってしまった。興味本位による不本意な結果だ。
そう言えば、作業がめんどくさいとかそういう話をしていたんだった。ここは腐っても生徒会、部費の拡大の申請や学校予算の管理など、様々なデスクワークが..............ない。
驚くほど無い。ぶっちゃけ暇な時の方が多い。と言うよりほとんど暇である。
じゃあ、今日に限って何をしているのかというと、文化祭で門を飾り付けるためのちっちゃいポンポンみたいなやつを作っている。なんて言うんだこれ。とりあえず机を囲んで、そのミニポンポンを作っているところだ。机で作業してるから一応デスクワークなのだろうか。
ここ、副生徒会室に回される仕事は、基本「生徒会長がめんどくさいと思った手作業」である。扱い酷すぎない?
雇われてねえけど!って叫びたいが、それでお金を出されても困るので、とりあえず無視できる程度の不満を垂れ流しておくこととしよう。環境基本法に触れないくらいに。
「そういや、大トロは?」
「あ〜、さっきもう来るって言ってたよ。」
そうだった、この副生徒会のメンバーはもう1人いる。肩書きが副書記の...
ガラガラガラ
「ごめん、ちょっと遅れた」
こいつ、
こんなに幸せそうな名前のやつは笑福亭鶴瓶くらいだ。
しかし見て分かる通り、姓と名を跨いで美味しそうな感じになっている。あだ名は「大トロ」から「アナゴ」、また「握り」や「軍艦」など多岐に渡り、次々と新しい呼び方も開拓されている。ちなみに、副生徒会内では大トロで統一されている、わかりにくいからね。
性格は、簡単に言うとまともだ。
頭はいいけどたまに壊れる神田、クズで怠け者な三浦に対し、いつもツッコミを入れる感じの役回りだ。
神田と三浦が2人で左遷された時、神田が2人じゃなんか足りないと言うことで親友の大トロに頼んで入ってもらった、らしい。
メンバー紹介はこれで終わり。
この副生徒会、統率は取れていないが、ある意味バランスは取れている気がする。
「お、今日は珍しく仕事来てんだ。」
大トロが荷物を置いて神田の作業を覗き込む。
「どういう仕事?」
「なんか文化祭で門を飾り付けるくしゃくしゃのやつを作ってるらしいー」
「なんで他人事なんだよ。お前もやれよ。」
寝たまま返答をする三浦に、大トロがチョップする。
「いやだ。俺は今晩御飯の献立を考えるのに忙しいんだ。」
「それくらいのことなら脳みそ並列に使えよ。てか、晩飯作るのお前じゃなくて母親だろ」
「だから、リクエストするんだよ」
「今17時半ですけど?!せめて前日とかにしろよリクエストは」
三浦は大トロがくると、ボケのスイッチが入るみたいだ。
ちゃんと全部拾う大トロも尊敬に値する。なんか拾い食いみたいな文になってしまった。
まあ、実際3秒ルールと言わんばかりのスピードで突っ込んでいるが。
「いやうち、食卓囲んでから何食べたいか1人ずつ言って、それから作るって感じなんだよね」
「嘘つけ、どこの料理店だよ」
「これが本当の『ファミリー』レストラン」
「うるせえ、仕事しろ」
そんな会話を神田は楽しそうに聞いていた。
♦︎♦︎♦︎
結局、この日は大トロの加勢から作業が3倍くらいのスピードで進み、ノルマはすぐに終わった。
今日は珍しく仕事があったが、いつもは放課後駄弁っているだけ。4人全員、生徒会であるという自覚は全くと言って良いほどない、実際生徒会じゃないし。
だが、それでいい。「副生徒会」という謎の看板で守られた空間があり、部活や同好会と違ってメインの活動すらない。
ほぼ無理矢理入れられたグループだけど、いつの間にか居場所になってしまっている。
高校男子4人のちょっと変わった青春の形。
メンバー紹介
神田 航一(副生徒会長)
頭がよくてしっかりしているが、たまにトンチンカンなことを言ったりする我らがリーダー。
「かんだ」じゃなくて「かみた」、よく間違えられる。
生徒会長に「なんか合わない」という理不尽な理由で、生徒会室から別の校舎に左遷された。
身内での絡みではニコニコしながら聞き手に回ることが多い。
松寿 司 (副書記)
メガネくん。
神田に誘われてここに入った。
真面目な性格でみんな(主に三浦)のボケにツッコミを入れる役回り。
甘いものが好きで、チョコとかをいつも持ち歩いている。
そのため、バレンタインにチョコもらったと毎年勘違いされる(毎年もらってない)。
三浦 涼 (副風紀委員長)
元風紀委員長。
風紀委員だが、自分が必要ないと思う校則は守らないため、生徒会長から解雇された。例えば「頭髪は眉毛にかかってはいけない」という校則があるが、必要性がわからないので、髪は長め。
面倒臭がり屋。
大トロがいる時はかなりボケる。
安藤 颯太 (副メンバー)
今作の語り手。
成り行きで副生徒会のメンバーになり、最初の「役職何がいい?」という質問に「濁した返答をしたところ、こんな肩書きになってしまった。
偏頭痛に悩んでいる。
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2話 重要会議
ドアを開けると、やけに神妙な面持ちで神田が座っていた。
「まさか...?」
「...そのまさかだ」
すっごい真剣な表情だ。これ真面目に聞いた方がいいやつかな。
「ごめん、まさかとか言ったけど実は皆目見当もついてない。」
「だと思ったよ、適当だな」
神田が笑う。だと思ったなら「そのまさかだ」とか言ってくるお前も適当じゃねえか。
「まあ、とりあえず全員揃ってから言いたいから。安藤も隣でなんかそれっぽい雰囲気出してて」
「おけ」
この雰囲気は作られたものだったのか、なんか騙されたみたいな感じだ。くそう、俺も残る2人を全力で騙してやろうじゃないか。
5分ほど経って、廊下から大トロと三浦の声が聞こえ始めた。神田が俺に目配せをしたので、俺も神田の隣に座って、なるべくそれっぽい雰囲気を出した。
「うわ!何?!」
ドアを開け、中を一目見た大トロが叫んだ。後ろから三浦も覗き込み、
「え、何?人死んだの?」
と一言。
「入ってくれ...みんなに悪いニュースがある」
ここまで勿体ぶられると、ネタなのではないかと思ってしまう。
「てか、安藤は知ってる側なの?すごいシリアスな雰囲気出してるけど」
「あ、いや俺はまだ何も聞いてない」
「紛らわしいなおい」
この状況下でツッコミどころを逃さないとは、大トロは何とも抜け目ないやつだ。脱帽する、それは室内だから当然か。
「で?どうした」
大トロが3人を代表してきいた。
「文化祭で副生徒会が...何か出しものをしなくちゃいけないらしい」
「はあ?!」
「え、嘘だろ?」
「勘弁してくれよ」
俺含めみんな取り乱した。当たり前だ、この体たらくグループで。
「どうすんだよ、副生徒会が今までやった仕事なんて一番大きいやつでもベルマークの集計くらいだぞ」
大トロがため息をついた。
「だよな〜、じゃあそれやるか」
「それって?」
「ベルマーク集計」
「馬鹿じゃねえのか」
「わお、いつもよりツッコミが過激だねえ」
三浦が大トロの肩をつつく。
文化祭の出し物でベルマーク集計ってホントにどういうことだよ。
中庭でベルマークの公開集計パフォーマンスか?You’re kidding.
成立しないようなことを言うのがボケだが、これはすっとぼけすぎていて、もはやボケとしても成立していない気がする。
「生徒会長からは『ダンスでもしたら?』って言われたけど」
「「「しねえよ」」」
「だよね〜」
特別にダンスを忌み嫌っているわけではないが、俺たちはハモった。
理由はまあ色々ある。
俺たちができるようなクオリティのダンスじゃ出し物にもならないこと。
失敗した時のリスク(数週間クラスでネタにされるとか)が大きいこと。
うちの学校にはハイクオリティのダンス部がいること。などなど。
でも一番大きい理由は「練習だるい」だろう。
(俺含め)なんて積極性のない連中なんだ。夏休み序盤を彷彿とさせる怠惰っぷりだ。
「とりあえず何にしよっか〜」
あまり真剣に考えてなさそうな声で神田が言った。さっきのシリアスな演技は何だったの。
「まず範囲絞って考えてくか。これだけは譲れない条件とかある?」
「1、頑張って練習しなくていいこと。2、当日忙しくないこと。3、失敗とかなさそうなこと。」
「注文多いな、宮沢賢治か。」
なんか三浦が言うとだらしなく聞こえるけど、的は得てるんだよなあ。楽な事前準備で終わるなら、それに越したことはない。
「あ、じゃあみんなの前で漫才するのとかどう?」
「さっきの条件聞いてた?」
「ごめん聞いてなかった」
「ドロップキックしたろか」
神田が人に話を振っといて返事を聞いてないのはいつものこととして、こいつ漫才したいとか言うタイプだったんだな、初見。文化祭での漫才とスカイダイビングだけはリスクが高すぎて絶対にしたくない。してみたいとも思わない。
「あー、じゃあレモネードとか出す?」
「レモネードスタンド活動ってこと?」
おおお。発案者は神田だが文化祭でレモネードスタンド活動とは、なかなか粋な(粋な?)考えじゃないか。
「何だそのガソリンスタンドみたいなやつ」って思っている読者もいるかもしれないので、一応解説を入れておこう。我ながら気が効く、さながらお母さんだ。
レモネードスタンド活動とは、レモネードを売り、入ったお金で小児癌の治療費などを病院に寄付するという、アメリカ発祥の言わばボランティア活動のことだ。
神田はポカンとした表情を浮かべて
「??何それ、ガソリンスタンド?レモネードって作るの簡単そうじゃん」
...解説は神田にこそ必要だった。
「動機薄!小児癌の支援金集めとかそういうご立派な物を想像してたわ」
「ああ、それいいね」
「適当すぎだろ」
♦︎♦︎♦︎
ということで後日出来上がったパンフレットがこちら
〜レモネードスタンド〜
場所:副生徒会室
値段:一杯200円
副生徒会選りすぐりのレモンを使用したレモネード、文句なしの味!
副生徒会長神田から一言
「このレモネードスタンドで得た資金は小児癌の治療や研究のための費用として病院に寄付します。この文化祭から助け合いの輪を広げましょう。」
「お前これなんかセコいな」
「ホントそれだよ」
大トロが笑いながら言って、俺も同意する。
身内から見れば突っ込みたい点がこの短い文章の中に凝縮されている。
「うわべ良し子ちゃんか、お前。何が助け合いの輪だよ、お前の動機習字紙くらい薄かったじゃねえか。」
「紙の種類による薄さの違い、共感性低いだろ。紙なんか全部薄いわ」
「お前っっ、習字紙舐めてんのか?」
「いつからそんな習字紙推し始めたんだよ」
「いや、一ミリも推してないけど」
「絡んできただけかよ」
大トロと三浦は今日もキレキレだ。てか、あれ?突っ込まれるべきは神田なのでは?路線戻すか。
「あと、レモネードまだ作ってないし、レモン選んですらないんだよなあ」
「え、もうレモン買ったし試作したよ?」
「「「え?」」」
またハモっちゃったよ。
てか、え?もう作った?
「うちの爺さんがレモン作ってるからさあ、そこで文化祭で使う分までレモン買って、レモネードも家で作ってみたよ」
頼れる兄貴じゃねえか。
さらっと言うけど、すごいよ?それ。
社会科とかのテストの中の会話文で
ゆみこさん「地域にはそれぞれの特産品があるんだね」
だいちさん「自分たちの地域では何が有名なのかな」
ゆみこさん「だるまが有名だと聞いたことがあるよ」
だいちさん「じゃあ、だるまづくりを実際に見に行ってみよう」
とか言ってるあの人たちくらい凄まじい行動力だ。
うん...ちょっとわかりづらい例えだったね。
♦︎♦︎♦︎
とりあえず、みんなで「ううぇ〜い、神田やるぅ〜」とか色々やってその日は帰った。神田によるとレモネード作りはダンスの練習の50分の1くらい楽らしい。嬉しい限りだ。
今は俺は帰りの電車に揺られている。
向かいに座ってるおじさん、お腹のボタン一個開いてるけど指摘した方がいいかな?
あれ、そう言えば...
「レモン買う費用って経費で落ちるんだよな?」
副生徒会のグループLINEにメッセージを送った。まもなくして
「そりゃそうだろ、俺らで自腹とか言われたら発狂だわ」
と大トロから返信があった。
え...じゃあ...
神田あいつ!副生徒会の予算、あいつんちに流れてんじゃねえか!
「クッソ!」
電車の中なのに、割と大きな声を出してしまい、8人くらいに見られた。
はっずいなあ、もう。
...そういや神田、新しい靴履いてたわ。
スピッツっていいっすよね(唐突)
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3話 文化祭当日
文化祭のテーマが決まった後のこと。
俺たちは全員で力を合わせて準備をし、互いを知り、友情が深まり、チームが一つになっていった...みたいな感動の物語は当然なく、お馴染みの単純作業によって当日用のレモネードを一気に作り上げ、当日を迎えた。
ちなみに、僕らの楽しいレモネード作りの手順はこうだ。
1〜!レモンを絞る。
2〜!砂糖と水を加える。
3〜!加熱。
以上。
なんて楽しい作業なんだ!こんなに楽しい作業なら一日中やってられそうだぜ!なんて冗談を言っているように聞こえるかもしれないが、ガチで一日中これをやった。
調理室にて、レモンを絞り続ける俺、砂糖と水を測って加え続ける神田、加熱し続ける大トロと三浦。そこには汗はあっても笑いも感動もない。
製作中の回想シーンに入ってもいいが、サボりたい三浦とサボらせない大トロの闘いがあっただけだ。言わずとも想像していただけるだろうと期待を込め、準備の過程は節略させていただくこととしよう。
ということで、今日はもう文化祭当日。
交代制で、午前中は俺と大トロ、午後は三浦と神田が働くことになった。
今は午前中、レモネードスタンドと言うよりかは、迷子センターみたいな飾り気のない売り場に、大トロと仲良く座って店番をしている。店番と言っても商品を取った人からお金を受け取るだけだ。駅前とかの交通量調査のバイトくらい暇な仕事である。まあ、したことないからイメージだけど。
想像していたよりも反響はよく、レモネードはそこそこのペースで購入されて旅立って行く。これも隣で真面目に客寄せをしている大トロのおかげだろう。
「レモネードどうですか?酸っぱすぎず、甘すぎない!こだわりの味ですよ〜」
大トロ先輩お疲れ様で〜す。ありがたやありがたや。とか思いつつ、俺は椅子に座って代金受け取り係に励む。励んでいるということにしておく。
俺たちは順調に売り上げを出していった。目の前にお金がどんどん積まれていく。いやあ、100円玉とはいえ頬が緩む。
おっと、これは寄付金なんだった、危ねえ危ねえ。
ここはこの学校の端の第3校舎、通行人は比較的少ない。退屈な仕事ではあるが、俺はそれなりに販売を楽しんでいた。たまたま通りかかったクラスメイトに絡んだり、可愛い子にちょっと割引したり(これは大トロには内緒)。
それだったのに、その空気をぶち壊すタイプの野郎が訪れた。
「あれ?副生徒会の出し物はダンスにしなかったのかい?神田くんにはそう言ったんだけどな〜」
爽やか笑顔のこの男子。
生徒会長の桐谷賢治だ。
一応同級生だが、毎度毎度見下したような態度で副生徒会に接してくる。
漫画とかで「いいのかい?僕にそんなこと言って。僕のパパはIT会社の社長で、この学校の校長とも仲がいいんだぜ?」とか言ってくる金持ちのウザイ奴。桐谷のイメージはあんな感じだ(コイツは特別金持ちという訳ではない)。
「流石にダンスはな、うちにはダンス部もいるわけだし間に合ってるでしょ」
と愛想笑いで流す大トロ。
「いやあ、やっぱりダンスもできないか〜。やっぱ『副』だしな〜」
うわあ...うっざ。笑えてくるレベルだ。毎度毎度思うが、こういう明らかな嫌味を吐く人間というのは、人に嫌われることを苦に思わないのだろうか。俺にはできない。
「ダンスもって言い方はダンス部に失礼でしょ、桐谷〜」
大トロは笑っているが、目が笑っていない。もうガツンと言い返しちゃってくれよ〜。まあ、これを口に出すと「他人任せだな、おい」って突っ込まれそうだから言わないでおくけども。
とりあえず、早く帰って欲しいから、雑に売っとくか。
「桐谷、お前もちろんレモネード買うだろ?」
「え?あー、じゃあもらうか。あんまり好きじゃないんだけどね」
余計な一言がついてきた気がするが無視しよう。
レモネードを一杯渡して、200円を受け取る。
「じゃあ、僕はそろそろ行くとするよ。美味しいレモンジュース、売るの頑張ってね。まあまだ飲んでないから美味しいかわかんないんだけど」
そう言い残して桐谷は笑顔で帰っていった。
「レモンジュースじゃなくてレモネードだよ、ばーか」
「いや、そこかよ」
去っていく桐谷の背中に大トロが毒を吐き、俺は何と、あの大トロに突っ込むことができた!
なんか今日いいことありそう。
と思っているのも束の間、桐谷が眉間にシワを寄せて帰ってきた。
「ねえ、このレモンジュース、虫が入ってたんだけど」
そう言って桐谷は蚊みたいな虫が一匹浮いたレモネードを見せてきた。
「あれ、おかしいな。ちゃんとチェックはしたんだけど...」
「それはそっちの都合だ。まさか無視しろなんて言わないよな?これはそっちの過失だろ?」
受け渡す前に虫が入ってしまったのかな、これは参った......とはならない。
なぜなら、俺らにはこれが絶対に受け渡し後に混入した、もしくは混入させられたものだという確信があった。
うちの副生徒会には天性のクレーマーがいる。そう三浦だ。
以前、クレープ屋の店員が三浦の注文を間違えたことがある。中のクリームが、注文した生クリームではなく、カスタードクリームだったのだ。
その時三浦は、それはもう怪訝そうな顔で
「すみません。これ、中カスタードクリームですよね?僕、カスタードって頼みましたっけ。勘違いだったら申し訳ないんですけど、僕、生クリームで頼みませんでした?」
レシートを確認しながらそんなことを言っていた。
店員はというと
「すみません。本当にすみません、すぐに作り直します」
そう言って、すごい慌てながら生クリームが入ったクレープを作ってきた。渡す際にも「本当に申し訳ありませんでした、ご注文の品です。今後このようなことはないようにしますので...」と謝っていた。しかし、三浦はこんなことじゃ許さない。
「クレープ作り直すのにかかった時間、5分です。この時間のロスはあなたの謝罪で取り消されるものではありません。それに、生クリームとカスタードクリームを間違える、これもどうなんですか。もし僕が卵アレルギーがあったら?もし食べた後気づいていたら?それが原因で客が死んでも、あなたはただ平謝りするだけなんですか?こっちは金銭を渡して、品物を購入しています。販売のミスに責任を持つのなら、謝罪は目に見えるカタチでするのが筋ですよね」
そして、クレープ代の630円を丸々返してもらった三浦は、美味しそうに生クリームのクレープを食べていた。
俺たち副生徒会はこんな光景をそばで見てきた。見てきたからこそ、自分たちがレモネードを販売すると決まったときから、万が一にもミスが起こらないようにしようと全員(三浦は知らんが)が固く誓った。徹底した作業工程を経て作り、作り終わったレモネードも、蓋をした後に改めて異物が混入していないか全て確認した。
よって、今目の前にいる桐谷のクレームは言いがかりだと断言できる。だからこそ大トロの対応は冷静で冷淡だった。
「販売しているレモネードの安全面に関しては、間違いの無いようにしているので、その虫が入ったのは購入後ですね」
「異物混入してる事実はここにあるんだ。『虫が入ったのは購入後だ』なんて虫が良すぎるんじゃないか?」
虫だけにってか、やかましいわ。そのちょっとドヤ顔みたいなのもやめろよ、コイツもう喧嘩売ってるよな。
「おい、桐谷。いくら虫が好かないからって、言いがかりはやめてくれ」
意外な『虫』に被せた反論に桐谷は唖然とした。大トロは畳み掛ける。
「こっちが客として、虫を殺して対応してるのをいいことに、嫌味ばっか吐きやがって。流石に腹の虫が治らないわ」
三浦とは違い普段は割と大人しい大トロに責められて、桐谷は「いや、でも...」としか言えないでいる。それと渾身の『虫がいい(ドヤア)』をひっくり返されたのがよほど悔しいのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をしている。ざまあw
「とりあえず、早く帰ってくれ。謝罪とかはもういいから」
めっっっちゃ悔しそうな顔で、桐谷は去っていった。桐谷が角を曲がり見えなくなったところで、大トロは
「虫唾が走るな」
と一言。かっこよ。
「大トロ、や〜る〜。桐谷の顔も超ウケたわ〜」
どこからともなく、三浦が出てきた。後ろにいつにも増してニッコニコの神田もいる。
「お前ら、居たなら出てきてなんかフォロー入れろよ」
と大トロがため息をつくと、神田が
「でもほら、俺がいたら大トロもやりづらかったかもよ?」
「いや、どういうことだよ」
変わらない笑顔で答える神田に大トロはまたため息をついた。
♦︎♦︎♦︎
午後はいろんな出し物を見て回った。
1年4組のたこ焼きがめちゃくちゃ美味かった。
途中、副生徒会のレモネードスタンドの前を通り過ぎた。
その時チラッと見たが、三浦は居眠りをしていて、神田はただただ座って代金を受け取っていた。コイツらに客寄せという概念は無いのか。まあ、俺もさっきまで神田と同じポジだったけど。
でも、(羨ましいことに)神田はイケメンなので、客寄せをしなくても女子の客集まっていた。畜生が。
♦︎♦︎♦︎
文化祭の閉会式が終わり、俺らは副生徒会室に集まった。
レモネードは完売し、机の上には100円玉の山があった(ケースに入れていたが、三浦が100円玉の山見たいと言ってひっくり返した)。
「いやあ、やっぱり今回のMVPは大トロだよなあ」
「まあ、桐谷がウザかったからな」
俺のヨイショに、大トロが笑って返事をする。
「てか、わざわざ文句言うために虫入れて帰ってくる桐谷もやばいよな」
「いやホントにそれだよ。てか、桐谷って虫触れたっけ?」
三浦が首を傾げると、神田が
「桐谷なら虫触れないよ〜。レモネードの虫も俺が入れたし」
「「「え?!」」」
いやおいおいおい。
このあと、桐谷の件で4人で大爆笑し、今年の文化祭は幕を閉じた。ああ、楽しかった。
性格悪すぎだろ...俺ら。
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