What Am I Fighting For (袋小路 詰磨呂)
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特機捜

 雑然とした繁華街はいつも統一感のない人の群れで溢れ返っているが、今日は特別人が多いように思える。加えてみんなどこか浮足立っている。まあそれも当然か。現場に近づくにつれ、ちらほらと赤い回転灯つきの車両が見えはじめ、それに伴って警察官や交通整理が目に入るようになる。混乱の伺えるメインの通りを逸れ、脇道に入るとさらに人だかりが密度を増した。どうやら近くなってきたかな。

 

「まさかこれ、全部野次馬か」

 

 助手席に座る菊月がうんざりした顔で吐き捨てた。まあ僕も同じ思いだけれど。こんな昼間から無遠慮にたむろしちゃって、まったく暇なようで羨ましいよ。こちとら非番のところを駆り出されてるってのに。

 連絡にあった場所に近づいてきた。人の隙間からわずかに規制線が見える。どうやら現場に着いたらしい。なんとか人の少ないところを見つけて車を止める。

 

「ここが?」

「そう。情報の通りならここのはずだよ」

「煩いところだ」

「しょうがないさ。こういうところで殺人なんて起きたからには人も集まるよ、さ降りて降りて」

 

 不機嫌そうに煙草をダッシュボードに突っ込む菊月を尻目に、車のドアを上げて外に出る。降りしきる雨がすぐに冷たく僕に突き刺さる。真冬の寒さに加えてこれはなかなかに厳しい。寒がりの菊月にはなおさら堪えるらしく、車を出て早々に彼女は顔をしかめた。

 

「まったく、雨ばかり元気に降る」

「元気なのは雨ばっかりでもなさそうだよ」

 

 前を指してやると、菊月はさらにげんなりとした顔になった。残念ながら指した僕も同様の顔である。目の前にはビニールをかけたカメラのレンズとマイク、スピーカー、それに人、人、人。

 

「東亜報道機構の沢渡です、今回の事件の犯人は!?」

「週刊真実です!」

「東洋放送ですが!」

 

 これだ。

 

「いまからそれを調べるんだよ。ちょっと退いててね」

 

 いったいどこから嗅ぎ付けたのか、もうマスコミの人だかりができている。こいつらは本当にどこから湧いてくるんだろう。このご時世、事件が1つしかないなんてことないだろう、他のとこいけばいいのに。

 

「こちら太平洋新聞です、あなたも艦娘ですよね? これは身内の犯罪の可能性とは思われないのですか!?」

「知らない。邪魔だからどいてくれ」

 

 菊月は冷たくあしらっているようだが、立ち塞がる記者を前に攻めあぐねているらしく歩みが重い。誰か被疑者について口を滑らせた警官でもいるのか、もう犯人のことを聞く記者までいる始末だ。面倒くさい。僕らも艦娘とはいえ、駆逐艦だから物理的に小さい。ゆえに大きい記者たちに囲まれると非常に動きづらくなる。もちろん力任せにぶっとばして道を開けることはできるが、それをすると面倒なことになるのは想像するまでもない。結果として小さな体躯で人の足の間を潜り抜けるように進むほかない。結局、記者の壁を抜けるのに随分と時間がかかってしまった。

 

「もう、いきなり疲れちゃったよ」

「ああいう相手に優しくしてやる必要はないぞ、皐月」

「僕はそこまで割りきれないんだよ」

 

 ほうほうの体で抜け出した僕に対し、菊月のほうはしゃんとしているように見える。しかし制服が所々よれているあたり、かなり強引に突破してきたらしい。そんな有り様の僕らに対し現場の若い警官が怪訝そうな視線を無遠慮にぶつけてくる。

 

「あのね、お嬢ちゃんたち、ここは君たちみたいな……」

 

 ああ、またか。この時ばかりはこんな見た目を恨むよ。あと何回このやり取りをすればいいんだろうね。

 

特機捜(とっきそう)の菊月だ。こっちはバディの皐月。文句ないか」

「トッキソウ? あー、ごめんねお嬢ちゃん。今お兄さんたちは大事な仕事をしててね、ごっこ遊びに付き合う余裕はないんだ」

「は?」

「あっははは、困ったね」

 

 どうもこの若い警官はその若さからか僕たちのことを知らないらしい。特機捜の名前を出しても通じなかったのは久しぶりだ。面倒くささを顔からにじませた菊月が懐から手帳を取りだそうとしたその時、若い警官の頭が急に傾いた。後方から中年の警官が彼をひっ叩いたからだ。

 

「バカ野郎」

「痛った! 何ですか先輩!」

「黙ってろ。いやすまんねどうも。さあ入ってくれ、先に2人来てる」

 

 年配の警官が慌てて飛び出してきて若い警官をひっぱたいた。それでようやく僕らは現場入りすることができた。規制線を抜ける僕らの後ろから、先の若い警官の不満げな声が聞こえる。

 

「先輩、あの子達、何者なんです?」

「お前な、現場が初めてっつってもそのくらい……まあいい。現場のデカには関わっちゃいけねえモノがいくつかあるが、そのうち1つがあれだ」

「つまり?」

「あれは『特種機動捜査隊』。略して特機捜(とっきそう)……既存の機動捜査隊の執行権限を拡大した部隊とも言えるものだが、実質は対艦娘の専門だ」

「艦娘! ははぁ、なるほど、あれが。それで、どうして関わってはダメなんです?」

「まあ、お前もこのヤマでわかるだろうよ」

 

 噂話ならもう少し聞こえないようにやってくれるといいんだけど。まあ僕たちの耳がよすぎるのもあるし責めるのもかわいそうか。

 

「ち、聞こえよがしに」

「まあまあ菊月、落ち着いて」

「やあ、遅かったねお2人さん」

 

 ようやっと規制線をくぐった僕らに暢気に声をかけてきたのは望月。なにが面白いのかにやにやとした表情だ。遅かったね、というあたり僕らが記者に揉まれるのをわざわざ見に来たのか。まったくいい趣味をしている。それにしても、もう来てたのか。僕らもそこまでちんたらしていたわけではないんだけど。

 

「たまたま近くに来てたからねぇ。運がいいんだか悪いんだかって感じだよ。……ごほっ」

「運は知らんが少なくとも調子は悪そうだな。さっさと肺を交換しろというんだ」

「まいっちゃうねあはは」

 

 望月は呼吸器系の器官に異常を抱えている。早く取り替えればいいと思うのは彼女以外の総意なのだが、当の本人が「咳してないと生きてる心地がしない」という調子だからそのままだ。菊月が理解できないものを見る顔をするのを止めるのは酷と言うものだろう。

 

「今回はたまたま幸運に繋がったけど、急にパトロールの道順ずらしたのは許してないんだからね」

 

 横合いからの声に「げっ」とばつが悪そうにする望月。その声の主、三日月は「げっ、とはなによ人を悪者みたいに」と不満げにした。パトロールの道順をずらしたとは。なるほど、望月たちの担当区域からは遠いのに早い到着だと思ったらそういうことだったか。それにしてもずいぶん大胆な変更だ、三日月がぷりぷりするのもわかるというものだ。

 

「あたしの勘がこっちのほうがいいと思ったんだって」

「もう、調子のいいことばっかり言って」

「こっちには最近評判の肉まん屋があるもんね。こないだテレビで見たけど美味しそうだったなあ。わりと流行に敏感な望月の気を引くには十分以上だったよね」

「ちょ、ちょっと皐月」

「もっちー?」

「いや、今のは誤解で……あー咳が、ごっほごぉっほ」

 

 咳き込むフリをしながら恨めしげにこっちを見てくる望月の視線をあえて無視する。僕は世間話をしただけだもんね。決して先程の意趣返しとかそんなことは考えていないよ。決して。

 

「で、現場はどうなんだ」

「まああとで聞きます。こっちです」

「ふぅ。ほら、あの看板」

 

 僕らの小さな抗争には興味なさげに呟いた菊月のおかげで、三日月は追求をやめることにしたらしい。露骨にほっとした様子の望月が指差した方向には「Cafe Voyage」の看板。現場となってしまった喫茶店だ。小ぢんまりとした店だが、この繁華街に珍しく清潔感がある佇まいである。そんなところで事件が起こってしまうのだから実に皮肉なものだ。

 周りの目から隠すように張られたブルーシートをくぐり、中に入る。数人の警官に囲まれ、事情聴取を受ける男がひとりと、まだ年のさほどいかぬ娘が3人。こちらは店のカウンターでおとなしくしている。所轄の警察官が事件発覚の経緯と彼らの説明をしてくれた。

 

「まず被害者を発見したのは巡回の警察官です。争うような音がすると近隣住民から通報があり、現場に向かったところトイレに男の死体を発見したとのことでした」

「第一発見者が警官?」

 

 訝しげな顔の望月に、三日月が同調した。

 

「近隣住民から通報があった、とのことでしたよね?」

「そんな音で争ってるってのに店の店員は誰も見に行かなかったっての?」

「裏の通りでよくある喧嘩の音だと思ったそうなんですが」

 

 警官も神妙な顔をした。その視線の先には男、そしてまだ中学生にもなっていないと思しき少女が3人。

 

「彼が店主です。柏木 久三、54歳。肉親は両親のみですが、父母ともに他界。今は店員とこの喫茶店を経営していました」

「それで、その店員がこの娘たちってことか。時代が時代とはいえ、労働基準法どうしてるのさ」

 

 中肉中背、ところどころ頭髪に白いものが混じり始めた頭を何度か下げつつ、事情聴取に応じている男。いかにも優しそうなその顔に反して、別に血縁でもない小さな女の子を既に働かせてるとは。呆れた僕をこづく肘。菊月のものだ。顎で娘たちを何やらさしている。

 

「よく見ろ」

 

 よく見ろというのでよく見てみる。3人の中では1番年長に見える少女の顔にどこかで見たような既視感を感じた。具体的には軍にいた頃に見た気がする。服装は各々艦娘のそれではなく給仕の制服だが、顔までは変わるものでもない。それでようやく見分けがついた。

 

「ああ、艦娘」

「ついでに言うと登録済み。左から5年前、半年前、2年前に退役してる」

()()()()()()し、見ればわかるよ」

「いや……まあいいか」

 

 情報だけもらって警官を返したらしい望月が補足してくれた。彼女が言うには退役済みで市民登録も済ませているらしい3人は、なるほど首筋の端子が潰れている。艦娘がその任務を終えて退役するためには、市民社会において不必要な艤装を使えなくする処置を受ける必要がある。"艦娘(少女)"が"(兵器)"に等しい活躍をするには、艤装を首筋の端子を介して接続し、電脳から直接艤装を操ることで以て初めてその力を発揮するという手順を踏まなければならない。つまり、その端子が潰れている以上は12cm砲でこの店が一瞬で瓦礫になる心配はしなくてよいということだ。

 それで、この幼い(ように見える)3人が店員というのも合点が行く。退役艦娘は見た目と精神年齢が一致することの方が少ないのだ。小学校すら卒業していないような体躯で立派な賃金労働者をしている例など枚挙に暇がない。

 尤も、予めそう設定された自我の精神年齢は見た目不相応とはいえ、この世に"生"を受けてからの実年齢だとそのうら若き見た目から想定されるものをさらに下回ることの方が多いのもまた事実であるが。

 

大鷹(たいよう)択捉(えとろふ)日振(ひぶり)か」

 

 データを照合したらしい菊月が呟く。どの子もあまり戦闘向きの艦ではなかったようだが、艦娘はそもそも作りが人とは一線を画している。小さななりでも筋力や皮膚の剛性は人間とはモノが違う。給仕の仕事をやるにあたって困ることはなかっただろう。むしろ加減を間違えて金属製でもない食器を割らぬように気を使う必要さえあったのではないだろうか。

 

「退役して平和に喫茶店店員か。いいねぇ、あたしもそうしたかったよ」

「ちょっともっち、状況考えてよ」

 

 少なくとも僕たちが仕事でここに来ている時点で平和に店員生活ができているとは言い難いのは確かだ。現に艦娘たちはみな沈痛な面持ちをしている。大鷹だけは海防艦の2人を気遣ってか気丈に振る舞っているようだ。青ざめる択捉を慰めるように、その前にかがむ。

 

「大鷹さん……」

「大丈夫です。きっと大丈夫です」

 

 それでも、あまり落ち着いた様子には見えない。早く事件を解決した方がよさそうだ。望月に先を促す。

 

「それで、被害者(マルガイ)はどこに?」

「こっち」

 

 望月に連れられてきたのはトイレ。その個室の1つに死体はあった。

 

「真壁 海也34歳、現在無職。ここの常連客だったらしい」

「へえ、恨まれる顔には見えないけどね」

「計画的な犯行とも思えませんから、ここで何か突発的なトラブルがあったんでしょうね」

 

 三日月の言うように、閉じた洋式便器の上に座るようにして息絶えている男性の首もとには圧迫されたあとがあり、一目で窒息死、それも手で首を絞められての絞殺とわかる。現場となった個室の壁には穴があいていたり、トイレ用の芳香剤が置かれた棚もめちゃくちゃになっているので、相当に抵抗したようだ。

 

「それで、被疑者は」

『それについては私から話すわね』

 

 単刀直入な菊月の問いに、脳内に割り込んできたのは如月の声だ。いい加減慣れてきたが、電脳ネットで急に思考に割り込まれるのはいつでも妙な感覚だ。

 

「あ、如月か。終わった?」

『大体はね。望月のデータをこっちで分析にかけたけど、死体の死因は首の圧迫による窒息死とみて間違いなさそうね。それから、圧迫痕に重なるように店主の男の指紋が出てるわ』

 

 なんだ、それなら話は早い。さっきの店主を捕まえてこの事件は一件落着だ。そう思いかけたのだが、しかし如月の話はそれで終わりではなかった。

 

『でも、どう見ても圧迫の跡と大きさが合わないのよね。十中八九後からついたものだわ』

「後からぁ?」

『指紋に比べて圧迫痕が細すぎるわ。そもそも位置もずれてるし』

「めんどくさいなぁ」

「もっち」

 

 あからさまに面倒さを隠さぬ顔で頭をかく望月を三日月が窘めた。如月が転送してきた図が展開されると、たしかに圧迫痕と指紋に微妙なズレがある。

 

「どういうことだ」

『圧迫のあとを分析すると指は細く、手のひらも小さい。子供の手の跡に近いわ。普通の人間ならそんなことあり得ないけど』

「艦娘ってわけね」

 

 僕の呟きに『だからあなたたちがここに呼ばれているってわけよ』と如月は肯定した。なるほどこれは面倒なことになったかもしれない。あの3人のうちの誰かが、人を殺しているかもしれない。

 

「つまり、あの3人のうちの誰かがこの男の首を締めて、それを庇うために店主がそのあと首を絞め直したということか?」

「そういうことになるねえ。やれやれ、かわいそうに。死んでからもう一度首を絞められるとは」

 

 望月は気の毒げに男を見やり、ナムナムと拝む。

 

『そういうことだから、万が一に備えてB(強行制圧)装備の長月ちゃんと文月ちゃんをバックアップに送ったわ。必要なら如月か卯月ちゃんに連絡してね』

「わかりました。それから、先程の解析結果は所轄の警察には?」

『いいえ? だって如月からはコンタクトとれないもの。着信拒否されてるようなものよ』

 

 相変わらず冷たいわよねえ、とぼやく如月を尻目に、三日月は如月による解析結果を他に回しに行くとこの場を立ち去った。

 

「あの子らに話を聞いてみる必要があるね」

「そのようだな」

「尋問は苦手なんだけどねえ」

 

 頭を掻きながら望月が出ていく。それに続いて僕らもトイレを出て、カウンターへ戻る。僕はなんだか気を取られて、1度死体を振り返った。相変わらず死体はうんともすんとも言いもせず、争う過程でかなり芸術的にねじ曲がった腕をだらりと投げ出している。開いたままの目には切れかけの電灯が瞬いていた。

 

「何してる」

「ああごめん、今行くよ」

 

 



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艦娘

 

 

 トイレを出て戻ると、店主への尋問がいよいよ佳境を迎えたらしく、店主も警官もどこか熱くなっているように見える。ついに若い警官が壁に拳を叩きつけた。

 

「被害者の首からお前の指紋が出てる! お前が犯人なのか?」

「ああそうだ、俺が犯人だよ! さっさとムショでもどこでも連れてけってんだ!」

「そうかいい度胸だ! あとの話は署で──」

「まってまってください刑事さん!」

 

 店主が連れて行かれそうになったすんでのところで三日月が割り込み、先の如月の解析結果を交えて事情を説明する。

 警官のほうは渋々ながら店主を放したが、面倒なのはこちらのほうだった。

 

「指紋が出たんだろ!? 俺が犯人なんだよ、ムシャクシャしたからあいつを殺したんだ、俺を連れてけっつってんだろ!」

 

 顔面蒼白でまくし立てる男に、ついに望月が我慢しきれなくなったかこちらも早口でまくしたてた。

 

「えーいやかましい。あんたは首のあとにあるような細い指してないでしょうが。そもそも、圧迫痕それ自体には指紋も爪の痕も残っちゃいないんだ、そんなのは人間が首を絞めて殺した事件じゃありえないんだってば」

「じゃあ俺は手袋して殺したんだよ、そういうことだ!とにかく連れてけ!」

「指紋が出てるってのはどうしたんだよもう支離滅裂じゃんか! ……っほ、ごほっ」

「ちょっともっち! 柏木さんも落ち着いてください」

「だいたいあいつは昔からいけすかねえ男だったんだ、俺の娘たちを変な目で見やがって……」

 

 変な目で、ね。

 

「如月、被害者の身元漁れる?」

『ちょっと今手が離せないわ、弥生ちゃんに頼んでくれる?』

「皐月、なにか気づいたのか」

「望月と店主の口論の中でちょっと気になることがあって」

「娘ということか? あれは血縁ではなく、単に娘のように見ているというだけだぞ」

「いやそりゃわかるけど」

「……そうか」

 

 したり顔で指摘してきた菊月を軽くいなす間に弥生が出た。

 

『おまたせ。なに、皐月』

「ああ、市民コード19F14R81のこいつ。真壁の経歴と、あとは通販の記録、特にアダルト書籍とかDVDのログが欲しいんだけど」

『……わかった」

「頼むよ」

『10分待って』

「了解、ごめんね」

『おこって、ないよ』

 

 さて、これでいい。弥生には何か土産でも買っていこう。現場に意識を戻すと、菊月が警官の方を胡乱な目で見ながら首を傾げている。

 

「鑑識は何をやってるんだ。あのくらい、私たちの視界リンクを介しての解析でもわかったことだぞ」

「鑑識ならいないよ」

「何?」

 

 やっとおとなしくなったらしい店主を警官に任せ、望月がこちらにやってくる。店長の男とは一区切りついたらしいが、相当に苦労したらしい。少なくとも見た目は歳を取らないはずの艦娘であるのに急に老け込んで見える。

 

「お疲れさん」

「ふぃー。まったくあの店長ったら頑固だよ」

「こっちが論理立てて説明しても全く聞き入れてくれませんでしたからね……」

 

 三日月が望月関連以外で愚痴をこぼすのは 珍しい。あの店長、なかなかのやり手だ。そう揶揄すると「冗談じゃありません」とそっぽを向かれてしまった。ごめんてば。

 

「まーともかく店長は白だね。状況証拠からしてもそれは明らかだけど、それにあの態度。間違いなく何か庇ってるし」

「まあ、そうだろうね」

「被害者については?」

 

 菊月が続けて尋ねたそれにも望月はため息交じりに首を振る。ついでに懐から煙草を取り出したが、それは火がつけられる前に三日月によって一瞬で回収され、据わった目で見られた望月は頭を掻いた。

 

「めっ、ですよ」

「……あー、かなりうざったく思ってたのは確かなようだけど、殺意にまで至る動機はなさそうだよ。あくまであの場で話したことだけの憶測には過ぎないけどね」

 

 それを信用するとやはり艦娘たちの中に、ということになる。

 

「それで、鑑識の話だっけ?」

「そうだ」

「えーとですね」

 

 いわく。所轄の鑑識は来ていたらしいが、三日月ら、要はおそらく艦娘を見るなり踵を返したらしい。

 

「またかあ」

「まあ、いつものことでしょ」

「協力する気はないのか?」

「あったらこっちを見るなり鑑識を帰らせたりはしないと思いますよ」

 

 三日月には珍しくトゲのある言葉とともに、彼女が視線をやった先には若い警官の頭を小突いていた中年の警官。周囲にはひっきりなしに警官が指示を仰ぎに来ている通り、彼が現場指揮らしいが……。

 

「結局一言も僕らと話さないもんね、彼」

「小さい男だ」

『ちょっと、あなたたちの言動でまで反感買ったらたまらないわ。無駄口叩いてないで動いてくださる?』

 

  今は僕らの視界を介しての現場検証やら送ったデータやらの処理で忙しいだろうに、発言内容の検閲までするんだから如月は実に有能だ。もう少し休んでくれるといいんだけどな。具体的には僕らの軽口を聞き逃すくらいには。

 

「へいへい」

『ただでさえこっちには情報回ってこないんだから、あなたたちが頼りなのよ。現場とは仲良くしてちょうだい』

 

 さて、艦娘たちに話を聞こう。今回の事件の起こりは見えてきたかもしれない。そちらを見やると、先程よりかは幾分か落ち着いてきたようだが、まだ不安げにしている3人が見える。あの中の一人は。

 

「人殺し、か」

「皐月」

 

 紫煙を薫らせて菊月が戻ってきた。よく見るとさっき三日月が回収していた望月のお気に入りの銘柄だ。ちゃっかりもらってきたらしい。

 

『これを見てみろ』

 

 菊月から送られてきたのは文書データ。数年前のこの自治体の広報誌のようだ。わざわざ電脳通信で送ってくるあたりなにかある。どうやらただ一服していたわけではないらしい。

 

『これが?』

『21pだ。『街角看板娘』のコーナー』

 

 言われた箇所に飛ぶと、今よりもいくぶんか新しく見えるこの店の外観と、同様に若々しい店主の写真、それと娘が2人。大鷹と日振だ。何やら町の看板娘を紹介するコーナーらしく、店と娘について人気メニューの紹介を交えて綴られている。

 

『おいしそうだなあこのオムレツ』

『おい』

『わかってるよ。これ何年前のやつ?』

『2年前だ。だからまだ択捉はいない』

 

 だが問題はそこじゃない、と続けてテキストデータ。先程の紹介文の一部抜粋だ。

 

『"1人は最後まで姿を見せてくれなかった。美人3人娘との評判でこういうことは慣れっこと思いきや、恥ずかしがり屋な一面もあるようだ"』

『3人目だ。択捉が半年前に退役してるのは軍の記録で明らかだ、疑いようがない。つまり』

『艦娘はあの3人だけじゃない。4人目の可能性ね』

『そういうことだ』

 

 電脳通信の感覚はあんまり好きじゃないが、唇を動かさずに意思の疎通ができるのは便利だ。突然黙ったように見えるのがアレだけど。現に目の前の大鷹は明らかに不審な目でこちらを見つめている。視線をひしひしと感じながら歩み寄ると、一歩引かれた。ちょっと傷つくなあ。

 

「……あの、なんでしょう」

「いや、被害者について聞こうと思ってね。常連客だって聞いたから、店主さんに聞こうかと思ったんだけどあの調子だからさ」

 

 露骨にこちらを警戒しているのか、大鷹は声色も態度も刺々しい。よく見ると全員同じようなもんか。何か隠してるのは間違いないだろうが、それは果たして4人目のことなのかな。

 

「大鷹さんは?」

「……いえ、大鷹としては、特には」

 

 海防艦2人の方を見やると、こちらもおっかなびっくりといった様子である。まったく、不審者かなにかでも見るみたいだ。

 

「日振としても、特には……ないです。はい。ありません」

「択捉も、同じです」

 

 日振は面接でも受けるみたいに(後で思ったけどまあ圧迫面接みたいなものだ)カチコチになりながら、択捉は編まれたおさげをいじりながらそう答えた。うーん、とりつく島もないな。これは。ハナからこちらに協力する気がない。びっくりするくらい嘘をついている反応だ。人間社会で暮らすようになった艦娘にはある程度人間の生理的反応が移るというが、ここまではっきりと顕れると偽装されてるのか疑いたくなる。

 

『当たり前だ。仲間が捕まる捜査に協力する奴がそうそういるものか』

『同時に声紋分析にもかけてるけど、まあ嘘ついてるかしら……ちょっと純粋すぎて心配になるわねえ』

 

 僕としては、まだ外部犯の可能性も捨ててはいないんだけど。この反応を見るに、4人目も含めた中にいるのは確定なのかな。大鷹の方へ向き直ると、もうほぼ睨まれていた。だんだんと視線に剣呑さすら感じる。

 

「そっか。店長さんとは仲がよくなかったのかな?」

「……店長はあの人を嫌っていましたけど。あの人がどうだったかは、知りません」

「それじゃあ、別の質問なんだけど。この店って、ほかにも店員がいたりしない?」

「いいえ、私たちだけです」

「前からそうなの?」

 

 目を見た。一瞬、本当に一瞬だけ大鷹はこちらを睨んだ。普通の人間なら気がつかない程度の表情の変化だが、こちとら艦娘だ。眉毛1本が風にそよいだだけでもわかる。

 

「はい。そうですね」

「3人だけで回してるの。大変じゃない?」

「いいえ、3人でも平気です」

「そっか、頑張ってるんだね」

 

 ありがとう、と告げて3人娘のところを去る。菊月が壁に背中を預けてこちらを見やる。

 

「で、どっちだ」

「まあ十中八九黒だね」

『それで間違いないわ。SNSを漁ってみたけど、1年くらい前までは大鷹、日振ともう1人で回していたのは間違いない。客の発信した内容を信じるなら、形式は択捉型海防艦の松輪。残念ながら写真はないけど』

 

 軍のデータに登録されてる松輪はこれね、と送られてきた諸元に目を通した。戦時も終わりに近づいてきた後期には海上警備に安価な海防艦が大量に生産され、そして戦争の終結とともに多くが廃棄(・・)か民間に下りたという海防艦の1つ。華奢で虫も殺せません、といった見た目ではある。だが

 

「まあ形式さえわかれば姿はそう違わんだろう」

『そうであってほしいわ』

「確かこの建物には2階があったな」

「うん。望月、三日月、聞こえてる?」

『はいはい』

『なんでしょう?』

「そういうことだから、ちょっと店主さん連れ出しといて」

『ふうん。如月、説明』

『はいはい』

 

 わかってしまえば呆気ないものだ。既に現場周辺のカメラには艦娘らしき存在が移っていないことは所轄が確認済みで、そうなるとまだこの建物にいるということだ。そして所轄から現場を引き継いだ時、まだ2階は捜索していなかった。つまり、松輪は2階に隠れていると考えるのが自然である。

 

「どちらへ? そっちは私たちの生活スペースです」

「そうきたか」

 

 そう確信し、店の奥、階段へ続く扉の前にやってきた僕と菊月の前に、いつの間に移動したやら大鷹と択捉が立ちはだかった。手にはそれぞれモップと箒。

 

「2階も捜査する必要があってね。そこをどいてもらえるかな」

「恥ずかしながら散らかっておりまして、まず掃除させていただけませんか」

「悪いけどそういうわけにもいかなくてね」

 

 大鷹の双眸は真っすぐにこちらを見つめている。何よりも雄弁に語る瞳には梃子でも動かないと書いてある。……面倒なことになった。僕と大鷹が睨み合っているのにしびれを切らしたか、菊月が一歩進み出る。

 

「もう、わかっているだろう。今なら1人(・・)で済むんだ。そこをどけ」

 

 1人、のところで目に角が立った大鷹だが、すぐに戻すと微笑んで言った。

 

「なんのことかわかりかねます」

「ふむ」

「強いて言うなら、これ以上あの子が辛い目に遭うのは私たちは耐えられません」

 

 菊月が飛びのいた。そこに大鷹の頭上を飛び越えて択捉が襲い掛かり、自在箒が振り下ろされる。不幸にもその先にあった机が叩き割られると、その破片、折れた机の足がささくれだった面を僕に向けて投げつけられた。それを払ったときには、眼前に大鷹の持つモップの先が迫ってきていた。上体をそらして何とか躱す。その勢いを利用して放った蹴りで柄を蹴り上げるも、まるでその衝撃がなかったようにピタリと柄が止まった。大鷹型は非戦闘要員って聞いたことあるんだけど、さすがに空母か。基礎的な馬力が段違いだ。馬鹿力でもって僕の蹴りをなかったことにした大鷹は、続いて袈裟懸けにモップを振り下ろした。それを半歩下がって避け手近なコップを投げるが、これは返す刀ならぬモップで粉砕され、青いグラスの破片が床に飛び散った。

 

「大鷹……!」

「そちらもこれでおわかりでしょう」

 

 お互いに大型艦ではないから装甲はほとんどない。だが、義体の出力だけは一丁前に備わっているから互いに一撃必殺だ。この間合いでは悠長に銃を抜いてから照準する暇なんてない。見ると菊月の方も似たような状況らしく、一瞬のにらみ合いとなった。

 その刹那、かすかにガラスが割れる音が聞こえ、小さな影が店の表、駐車場に飛び降りていったのが窓越しに確認できた。

 

「逃走はやめなさい! 大人しくしていれば危害を加えはしません!」

 

 店主を出して戻ってきていたらしい三日月の呼び掛けも虚しく、おそらく松輪であろう影は店の裏に消えていった。

 

「……既に1階でドタバタやってんのにそれは説得力ないって三日月さんや」

 

 望月がため息を吐き、懐のリボルバーを抜いた。それを見て三日月も懐の銃に手をかけた。心なしか憮然としているのは気のせいだろう。

 

「ごほん。私たちで追跡します。お2人でこの子たちをお願いします」

「気を付けてね」

 

 そうして三日月が動きかけたそのとき、如月の悲鳴のような通信が脳をつんざいた。

 

『待って、護身用に─』

「あッ……!?」

 

 それに思い至ったときにはもう遅く、日振がカウンター裏から飛びだした。手に持ち出してきたそれはこちらに向けて今にも火を噴かんとしている。

 

「動かないで!」

 

 日振の張り詰めた声が現場の空気を一変させた。その小さなからだには不釣り合いな長物、水平二連ショットガンを構えてこちらを睨みつけた。

 

「おいおい冗談でしょ」

「一歩でも動いたらこれで撃ちますからね……!」

 

 カウンター裏に備えてあったらしいショットガンを持ち出し、こちらへ向ける日振の目からは覚悟が見える。未登録の艦娘が捕まったらどうなるかなどはわかっているのだろう。それ故に店主は庇ったしこの子たちもこうして妨害するわけだ。

 

「ええっと、そんなもの振り回したってしょうがないよ、落ち着いて……」

 

 とりあえずなだめにかかった望月の足元が爆ぜ、フローリングが無惨に捲れ上がる。

 

「次は当てます」

 

 なるほどこれは困った。どうやら本気で僕らをここから追わせないつもりらしい。こんなことしたって彼女らに待つのは破滅だけだってのはわかるだろうに、なにがそうさせるんだ? たまらず三日月が如月に通信を飛ばす。

 

『援護は出せませんか?』

『文月ちゃんを向かわせるわ。水無月ちゃん、エスコートしてあげて』

『いや、僕たちでなんとかするよ。それより文月には松輪を追わせて』

『なんとかって、あんなものここで乱射されても困るわ。あなたたちはともかく普通の警官も野次馬もいるじゃない。あんまり刺激しちゃダメよ』

『私は皐月に賛成だ。未登録の艦娘なんていつ暴発するかわからん。最悪はあれを野放しにするほうだと考えるが』

『そもそも仮にここで日振が暴れたって警官か僕らがケガするだけ(許容範囲)でしょ?』

『あのね、そんな簡単な話じゃないんだから』

『私も反対です、ここは援護を待った方が……』

 

 思考加速まで用いての議論は僕と菊月、如月と三日月で割れて暗礁に乗りかけたが、そこへ長月が珍しく割り込み通信を入れる。

 

『神妙な議論に割り込むのは気が引けるが、文月ならもうアレを追ってるよ』

『ちょっと長月ちゃん、それどういうこと』

『もうとっくに飛び降りていったぴょん。うーちゃんに言えばどこにだって降ろせるのに』

『”なんだか、この子の出番がありそうだよねえ?”って白鞘一振り持ってさっさとね。止める間もない』

『……ああもう、あの子ったら!』

『一振りって、B装備は?』

『私の隣で寝てるよ』

『うふふ、最高ね。2度と軽口叩かないで』

『さて現場組、こっちはいつでもいい』

 

 とりあえず文月が松輪を追っているらしい。それなら大した問題はなさそうだけど、問題は日振だ。その小さな体躯に不釣り合いな長物の先はこちらをにらんで動かない。

 

「武器を置いてください! いくら艦娘だって、殺せますよ!」

「落ち着いてください、今なら間に合います、日振さん……」

「武器を! 置いて!」

 

 三日月の説得にも聞く耳を持つ気はなさそうだ。外をちらりと確認し、聴覚センサの感度を最大にする。小さくティルトローターの駆動音が聞こえたことを確認し、センサを切った。

 

『長月』

『了解』

 

 店の窓ガラスが砕け、日振の頭が爆ぜて循環液と金属片を撒き散らす。びくりと痙攣して力を失った手からショットガンが床に転がり、思わず僕から視線を外した大鷹の表情から色が抜け落ちた。音を戻すとまだガラスが飛び散っているのか、場違いに澄んだ高音がちらほらと聞こえる。

 

『命中を確認。次弾の必要性はないと判断する』

「流石だな。行くぞ皐月」

「さすがだよ長月!スポッター要らずだね」

『当然だ。……スポッター(文月)はいないことの方が多いしな』

「皐月より如月へ、これより菊月と皐月は被疑者を追うよ」

 

 菊月は脅威(日振)の無力化を確認するや、択捉を蹴り倒して昏倒させるとすぐに店を飛び出していった。呆然とする大鷹と、気を失った択捉には当面抵抗の意思なしと判断し、僕も菊月に続いた。

 



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What Am I Fighting For

 

 

 

「松輪は!?」

『八代通り沿いに繁華街を南下してるぴょん』

「通り沿いね……人が多くて車は使えないな」

 

 菊月を追って店の外に出ると、先程の銃声を聞き付けてか、そもそも野次馬が減ってないのか、相変わらず人だかりが規制線のすぐ外にある。

 

「足があるだろう」

 

 上から菊月の声。振り向くと既に彼女は喫茶店の瓦屋根の上に登っており、「さっさと来い」と屋根の向こうに消えていってしまった。

 

「まあ、そうだけどさ!」

 

 規制線に背を向け、エアコンの室外機や雨どいを足場に喫茶店の屋根へ飛び乗る。そのまま建物の屋根づたいに僕らは通りへ駆け出した。

 

「こっちだ」

「言われなくても!」

 

 屋根から屋根へ次々に飛び移る。このような移動も艦娘の脚力あってのことだ。ちょっと僕らの重量的に瓦屋根のところは割りながらの移動になるが、そこは勘弁してほしい。

 

「うわったた!?」

 

 なんて思ってたら木造の屋根が抜けた。天井を突き破って階下の床に叩きつけられる。なんとか全部ぶち抜かずに済んだのはいいが、あんぐりと口を開けた家主らしき男性と目が合った。あら歯磨き中か。邪魔してごめんね。

 

「……こ、このバカ野郎! どうしてくれんだうちの屋根!」

「ごめんておじさん! 請求は警察に送っといて!」

「ああん!?」

 

 おじさんの怒鳴り散らす声を尻目に先を急ぐ。もうそろそろ八代通りだ。計算通りなら先回りできてるはずなんだけど。

 

『何をしているんだ』

「木造の屋根抜いちゃって……」

『気を付けた方がいい。あの類いのクレームは所轄から全部如月に行くぞ。あとが面倒だ』

「面目ないね……」

 

 老若男女さまざまな人で埋め尽くされた通りを見やる。あの中からあの小さな体躯を見つけるのは中々難しいかもしれない。

 

『皐月、菊月はもうすぐ目標との接触地点だぴょん。周りに注意するぴょん』

 

 反応はまだこの通りを過ぎてない。なんとか間に合ったらしい。とはいえ、雨が降っているとはいえちょうど定時は上がりの時間だ。眼下の通りは人でごった返している。

 

「ここからでは到底見つからん。行くぞ」

 

 言うが早いか、屋根を蹴って飛び降りる菊月。僕も続いて、目標着地点は屋台の布屋根。この高さでもあそこに降りれば大丈夫なはずだ。布がたわんで衝撃を吸収──することなく僕を青果の棚に叩き込んだ。

 

「何しやがんだてめぇ!」

「ごめーん!」

 

 思ったより屋台が経年劣化してたのか屋台が崩壊してしった。リンゴやスイカといった青果類があたりに転がる。菊月のほうは直接着地したらしい。無茶をする。歩道が陥没してるじゃないか。

 

「始末書と小言が少ない方を選んだまでだ」

「さっきクレームが如月に行くって」

「如月にな。私には関係のないことだ」

「……ところで、降りたのはいいけど、そのあとのプランあるの?」

「あるなら聞くが」

「つまりないと」

『皐月ちゃん、菊月ちゃん?』

 

 微妙な空気になりかけたところで電脳通信。文月か。どこ行ってたんだ、と言いたいのを堪えて応答する。

 

「はい皐月だよ。どうしたの?」

『今マルヒの反応が二人と重なるところにあるんだけど……近くにいる?』

 

 重なるところに、とはいってもこの人ごみじゃわからない。どこだ?

 そんな僕らの隣でぱきり、と音がした。散らばったリンゴの1つが踏み砕かれた音だ。普通に前を見てれば踏まなそうなものだが。──頻りに後ろを気にして走り去る小さな影。

 

「いた!」

「逃がすな!」

「こちら皐月!マルヒを発見、確保します!」

『うーちゃんからも確認したぴょん。照合完了、さっきの松輪で間違いないぴょん』

「クソ、人が多すぎるぞ」

 

 艦娘の中でも小柄な僕ら駆逐艦に対しても松輪他の海防艦はさらに小柄だ。ぼくらが中途半端に人にぶつかるのに対して松輪は足元の隙間を潜るようにしてすり抜けていく。3人目にぶつかってガンをつけられたところで菊月が拳銃を抜いた。

 

「警察だ! 道を開けろ!」

「うわぁ!?」

 

 突如拳銃を持ち出した菊月に群衆が慌てて飛び退く。これで進みやすくなったが、松輪も僕たちに気づいたようでこちらを振り向く。そして焦った様子で艤装の単装砲が展開される。……こんな人ごみの中で。これだから未登録の艦娘ってのは。悲鳴を上げて散り始めた人々の隙間、青白い顔でこちらに砲口を向ける松輪が見えた。

 

「みんな伏せて!」

 

 単装砲が火を噴く。即座に計算した弾道に僕は身を躍らせた。避けて周囲に被害が出るのと艦娘1体の損害のどちらがマシかという話だ。刹那の判断で盾になることを選んだ(褒めてほしい)僕を激しい衝撃と熱が襲う……はずだったが、かわりに僕を襲ったのは硬いアスファルトにダイブする感覚だった。それに一拍遅れて、ゴンとなにか硬くて重いものが落ちたような音が2つ響いた。

 

「マルヒ確認したよ。斬っちゃっていーい?」

「街中での艤装発砲だ、問答無用」

「わぁい!」

 

 目の前には文月が白鞘を振り抜いた姿勢で立っていた。

 横を見やると、信管部分を叩き切られた砲弾が転がっている。

 

「皐月ちゃん、相手が海防艦だと思って油断しちゃってた?」

 

 振り返り、こちらにいたずらっぽい視線を差し向ける文月。

 まったく、油断してなくたって僕にはこんな芸当できっこない。

 

「無駄口は後だ。逃がすな」

「わかってるよぉ」

『相手はこんな人もたくさんいる街中で艤装使ったし、もう容赦しなくていいぴょん』

「幸い今ので群衆も捌けたしね。強行制圧といこう」

 

 僕も拳銃を抜いた。菊月は腕を展開して内蔵の機関銃をセミオートで一発、松輪の単装砲を叩き落とした。その怯んだ隙を見計らい、僕は足の関節部を狙ってマカロフの引き金を引く。艤装展開中でも間接部ならダメージはあるはずだ。

 

「うぅっ」

 

 僕の狙い通りくるぶしを撃ち抜かれ、松輪はその場に崩れ落ちる。そして、足を止めればそこはもう文月の間合いだ。

 

「──つかまえた」

 

 白刃が煌めき、次いで循環液の飛沫が石畳を青く染め上げた。四肢を失った松輪にはもう艤装を扱うことはできないだろう。刃についた循環液を袖で拭った文月がこちらを振り向く。

 

「終わったよー」

「皐月より如月。マルヒを確保。四肢は落としたけど胴体と脳殻は無傷だよ」

『こちら如月、よくやったわ。卯月を回収に向かわせるわね、ご苦労様』

「了解だよ」

『現場で長月と望月が派手にやったから、そっちの処理に時間がねえ』

「派手に?」

 

 長月はともかく、その類に望月の名前が出るのは珍しい。何かあったのかな?

 

『……長月のほうは知ってるでしょうから省略するわ。その後に大鷹が拘束にかかった三日月を振り払って望月に襲いかかったらしいの』

「……なるほどね。じゃあそっちが先かな? 菊月、文月、そういうことだってさ」

『待って。卯月ちゃんには先にそっちに向かってもらうわ。少し待ってて』

「だって」

「了解した」

「はーい」

 

 望月が発砲するなんて珍しい。あいつは基本銃は威嚇のためで、撃たないのが一番いいって憚らないのに。

 

『あの、皐月』

 

 弥生だ。そういえば、頼んでたあれは結局艦娘たちの妨害でうやむやになっていた。弥生が今話そうとしたのもそのことで、一応伝えに来てくれたらしい。

 

『被害者の男の人は、だいぶ少女趣味、じゃないよね。まあロリコン、だったのは間違いないと思う』

「これは……」

 

 送られてきたログはなかなかに猟奇的なものだ。まあ出るわ出るわ緊縛、暴行、ロリコンの異常性癖特盛といった有り様。やはりというべきか非合法なスナッフフィルムまであった。悪い予感は当たってたらしい。事件の経緯は見えただろう。松輪が業務の合間にトイレに行ったところを被害者が襲撃、ところが相手は男のお好みのか弱い少女ではなく艦娘だ。返り討ちにあったところで、騒ぎを聞き付けた店主や他の店員がそれを発見、一連の隠蔽工作をしようとした。ところがそこに巡回の警察が現れ、中途半端に事件発覚、といったところか。

 

 

「それに」

「まだあるの」

「いや。これは違う話」

 

 弥生から送られてきたニュース記事には、大湊警備府の提督が逮捕されたとの大見出し。自衛隊法によって裁かれた結果武器破壊罪を世に知らしめ、そして世間が珍しく艦娘へ同情したその事件とは、軍務のストレスの捌け口に艦娘、とくに駆逐艦や海防艦を日常的に破損していたというものだ。そして弥生の言うことには、松輪が脱走したのはその大湊警備府第6支部からで、ちょうどその時期らしい。

 

「はあ、なんとも」

「何がだ」

 

 展開機構の機嫌が悪いのか、何度か腕を振ってようやく武器腕を収納した望月がやってきた。

 

「見たい?」

「そのような言い方をされると途端に見たくなくなってくる」

 

 そんな流れを菊月にも説明してやる。普段は頑として表情を崩さない菊月だが、今回はさすがに悲しげな顔をした。

 

「……そうだったか」

 

 

 説明を終えて見やると、菊月は自らが叩き落とした松輪の単装砲を拾い上げて何やら見つめていた。文月のほうはいつの間にかどこかへ消えている。相変わらず気まぐれなやつ。

 

「どうしたのさ」

「いや、何もない」

 

 僕が近づくと、さっさと立ち上がって松輪のほうに歩いていってしまった。まったく、神妙な顔してるから気をやったってのに。心配しがいのない。

 その松輪はいつの間にやら降り始めた雨に打たれながら倒れ伏し、空を見上げていた。意識があるのかないのか、虚ろな目で一言も発さない。文月が達磨にした断面からは青い循環液が流れ続け、石畳の水溜まりと溶け合ってまるで青い水溜まりにトルソを浮かべたような、妙な光景を作り出していた。

 

「まあ、こいつも可哀想なやつだ」

 

 菊月は独り言を言うように呟いた。「何がさ」僕は煙草をくわえながら答えた。どうもライターがうまいこと働かない。

 

「今回のことは、こいつ自身にとっては殺されかけたから正当防衛をしたに過ぎない。そしてそのこと自体はこれまでにもさんざんやっていたことだろう。人類対やつら(深海棲艦)のそれを代行する形で、ある時は自らに迫る暴行から逃れるという形で」

 

 そう吐き捨てると菊月も煙草を取り出して火を着けた。まったく何をいうかと思えば。それは当然だ、艦娘の至上命題は──僕らのような例外は稀だ──海の脅威から御国を守ることだ。あいつらに殺されかけたから殺す、普通のことだ。しかし──おかしいな、ちゃんとオイルは補給してきたのに。

 

「正当防衛として暴力を返すその相手が深海棲艦から人間に変わると、片や英雄、片やお尋ね者。後者の果ては私たちのようなのに終われて達磨にされる」

 

 哀れなもんだな、と紫煙を揺らす。その顔は事件を解決したというのになんだか憂いを帯びているようにも見えた。ちょっと、このライターそんなに安くなかったのに。使えなくなるには早いんじゃないの。

 

「あの」

「なんだ」

「火くれない?」

「聞いてたか?」

「ん? ごめんもう一度」

「……いや、なんでもない」

「それで、どうしたのさ急に。珍しく感傷的だね」

「聞いてるじゃないか。茶化してるのか」

 

 これまた彼女には珍しく肩をすくめた後、いつもの厳めしい面構えに戻る。なにか、考え事をしているのは間違いないみたいだけれど。

 

「どうしたと言われてもな。どうしたんだろうな」

 

 菊月らしくもなく、天を見上げる。石畳や露天の幌をたたく雨音に混じってヘリコプターのローターの音が聞こえてきた。卯月が到着したらしい。こちらを照らすヘリのライトの光の中に降りしきる雨粒がよく見える。

 

『お待たせしたぴょん!』

「ここだよ、ここ!」

『わかってるぴょん、今下ろすからまってるぴょん』

 

 猛烈な風と雨粒に叩かれつつ、ヘリの着陸を待つ。さすがは卯月というべきか、狭い道路だというのに難なく機体を下ろして見せる。後部のハッチが開き、中から人影が姿を現した。

 

「や、さっちん、菊月。お待たせ。今回はお疲れ様」

 

 水無月だった。松輪の体を指してやると、一瞬真顔になったがすぐにいつもの様子に戻り、苦笑する。

 

「これはふみちゃんが?」

「お察しの通りだよ」

「なるほどね。……こんだけ派手に斬っといて、脳殻周りとシャットダウンに繋がりかねない重要回路は避けて綺麗に残してあるのはさすがってところかなあ」

 

 文月が派手に斬り飛ばした腕部や脚部もしっかり回収すると、最後に松輪の胴体を抱え水無月はヘリに乗り込んだ。松輪は結局なにか反応を示すこともなく、人形のように運び込まれ床に転がされた。その隣には四肢が袋づめされて並べられる。そして現場には濁った青の水溜まりのみが残された。そうして積み込んだものの前で、水無月はぽつりとつぶやく。

 

「正当防衛、ねえ」

「なんだ、聞いてたの」

「まあ、ね。ごめんね!」

 

 まあ、オペレーター担当の彼女だ、いやでも聞こえることもあるだろうけど。というか、このヘリには長月も乗っていたはずじゃなかったか。

 

「ナガナガなら、さっちんたちの援護が終わってすぐ飛び降りちゃったよ。『揺れる足場は好かん』だって。艦娘なのに、おかしいんだ」

「なんだいそりゃ」

 

 相変わらず、支離滅裂な理由で持ち場を放棄するペアだ。たまに如月が眉間を揉んでいるのにもちょっと同情する。

 

「ところで、乗ってく?」

「いや、今回は車で来てるんだ」

「だってさ、うーちゃん?」

『りょうかーい! それじゃ、お疲れぴょん!』

 

 来たときと寸分違わぬ様子で飛び去っていったヘリを見送る。随分と低い位置にある雲に隠れるようにヘリの姿は夜闇に消えていった。

 結局今日は1日中雨が降り続いていたな。先程の青い水溜まりももう色が薄れ始めている。水面に写り始めた町並みも雨粒の波紋で歪にその形を変え、なにが起こったなどもうわからなくなり始めていた。

 

「ねえ菊月」

「なんだ」

「今回の僕らは、極論人間の自分勝手な欲望がきっかけになった事件で、艦娘を破壊した」

 

 ──僕らのやってることって

 

 目の前に車が止まった。よく見なくてもそれは僕の車だ。助手席のウィンドウが開き、文月が顔を出す。運転席には長月が座っている。ヘリで来た二人だ。帰りの足に僕の車を勝手に乗り回してくれたらしい。

 

「へいへい彼女~。ごはん食べに行かない?」

「それ、僕の車なんだけど」

 

 言外に鍵は? と問うとこれには長月が答えた。

 

「生体認証はやめておけ。艦娘のはごまかすのが楽だ」

「あっそう」

「まあまあ。行くよねえ?」

 

 なにがまあまあだ。抗議の視線をじろりと向けるも揃ってどこ吹く風。まったくこのコンビは何時でも何処でもこんな調子だから、無神経というべきか大物というべきか……。

 

「いや、行くけどさ。菊月は?」

「私は……断ると足がなさそうだ」

「わかってるなら早く乗れ、私は腹が減った」

「なんで人の車勝手に乗り回しといてそんなに偉そうなのさ」

「わたしお寿司食べたいなあ~」

「なんでわざわばっ……」

 

 仕方なく後部座席に乗ると、扉を閉めるか閉めないかというタイミングで長月はアクセルを踏んだ。間の悪いことに菊月は舌を噛んだらしい。

 

「うわっ、煙草くさい! 2人ともまた煙草吸ってたでしょ!」

「そうだな」

「う~落ち着いてみると車の中も結構……でも下りたら足がないし……でもこの臭いかあ」

「嫌なら下りたらいいだろう」

 

 これだ。なぜか菊月と文月は相性が悪い。先程菊月が同乗を渋ったのもほぼこれだろう。なぜか、というより愛煙家と嫌煙家の時点で相性がいいはずもないか。今回に関しては勝手に僕の車を足にした文月が悪いので擁護はしない。

 

「皐月よ、ハンバーガーなんかどうだ? そろそろ十五夜バーガーの時期だ」

「もうなんでもいいよ……」

 

 なんだか、急に疲れが来た気がする。とにかくなんでもいいから早くどこかで降りないと文月に通気性をよくするとか言って物理的にルーフオープンされそうだ。

 

 



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特種機動捜査隊

 

『命中を確認。次弾の必要性はないと判断する』

「流石だな。行くぞ皐月」

「さすがだよ長月! スポッターいらずだね」

『当然だ。……スポッターはいないことの方が多いしな』

「皐月より如月へ、これより菊月と皐月は被疑者を追うよ」

 

 一瞬にして青い血糊に彩られた現場には意も介さず、菊月は無力化を確認するやすぐに店を飛び出していった。呆然とする大鷹と、気絶した択捉を一瞥するや皐月も同様に駆け出した。やれやれ、荒事慣れしてる連中は怖いねえ。こちとら未だにショットガンの銃口がちらついてぶるっちゃうよ。

 

『ちょっと、何したの』

「望月より報告。海防艦日振、登録IDを38E1153、これを制圧しようとするも叶わず、やむを得ず現場の判断で射殺処分とした。どうぞ」

『ハァ!? ……もう、被害は?』

「現場の窓ガラス1枚ってとこ」

『ちゃんと最小限に抑えてるのがホント……その判断を追認します』

 

 菊月と皐月が被疑者(松輪)を追いかけてさっさと出てった直後、慌てた如月から状況の確認が入ったが、さしたる問題はない。陸の上で銃を取る艦娘に基本慈悲はない。

 

「あーあ、ひどい有り様」

 

 日振の残骸を調べるが、一目でそれとわかる脳殻全損。これでは"女神(クラウドバックアップ)"を使わないとメモリー復元は難しそうだ。それもそのはず、狙撃銃を叩き込まれて耐えられるほど海防艦は頑丈にはできていない。そもそも装甲を備えているのは戦艦などの大型艦に限られる。あたしにだってそう遠い世界の話じゃない。艤装がなければ耐衝撃装甲も起動できない、ましてや標準装甲もない駆逐以下艦娘の耐久力なんて人間とさほど変わらないのだ。

 まあ、こうしてあたしらが処分対象にしたやつらはそれ相応の理由があるとして当然バックアップごと消されるわけだが。これは業界の闇だとかそんな話じゃない。退役艦娘法にそう定められているのだ。

 

「ど……どうして……」

 

 呆然自失といった体の大鷹が絞りだした。ふらり、と幽鬼のように立ち上がった彼女はうわごとのように呟く。

 

「日振ちゃんをあんな、ひどい……それをして、どうしてあなたたちはそうも……」

 

 ようやく交差した彼女の視線は虚ろだった。ああ、いつも通りだ。

 

「平然としていられるの……」

 

 なんとなく、答えてやる。特にそうしてやる義務はないが、無視する理由もなかった。

 

「なんども言わせないでほしいな。公務執行妨害。退役艦娘法違反。逃走幇助。これ以上に言葉いる?」

「違う、そんなこと聞いてるんじゃ」

「私らには艦娘が社会において守るべき秩序を乱した際に、即刻鎮圧する義務がある。つまりいつも通り、任務だよ。今回日振を射殺したのは単にそれが一番早く、周りへの被害を抑えて処分できる方法と判断したに過ぎない」

 

 大鷹が目を見開いて固まった。まさか、忘れていたのだろうか。軍務についていたときに、私達が替えの利く消耗品扱いされなかった日などないだろうに。

 

「ああ、あんた『大鷹』なんて名前だから紛らわしいけど、春日丸型(ほぼ輸送用)か。ID見るに後期生産みたいだし、それなら実戦なんてありやしないよね」

「ええ、そうです。……激戦だった頃は、味方殺しも任務の内だったとはつゆほども知りませんでしたけれど」

「そりゃあね。そんな軍務受けたことないし」

よかった(・・・・)です」

 

 いや幸せなことではあるけど。曲がりなりにも公権力たる望月たちに歯向かうということはそういう覚悟はあるものだと思っていた。択捉に電脳錠をかけ終えた三日月が続いて大鷹に向かう。後ろに回って電子錠をかけようとしたその瞬間、それまで糸の切れた人形のようだった大鷹は突如三日月をはねのけた。

 

「大鷹に……私に触れないで! この……人でなし!」

 

 先程のモップを手に取り、まっすぐあたしのほうへ駆ける速度はなるほど艦娘だ、人の出せる速度ではない。人を外れたその力を以てすればそのモップの柄を用いてすらもあたしの頭蓋くらい砕くことは余裕で可能だ。どちらが人でなしだ。まあ、大鷹が人でないのは確かだし、それはまたあたしも同じってね。

 

「人でなし、ね」

「もっち!」

「あたしら艦娘が人だったことが1度でもあったもんか」

 

 こちらを殺さんと迫る大鷹の眉間に照準を合わせ、トリガーを引く。撃鉄が起こされ、雷管を叩く。設計された機構の通り、S&W M360は.357マグナム弾を発砲炎と共に亜音速で撃ち出した。射撃の腕前は正直言って下の下のあたしだが、訓練の甲斐あって今回は寸分たがわず大鷹の眉間に弾痕が刻まれ、大鷹という艦娘だったものはがくんと勢いそのままに倒れこみ、あたしの足元に転がった。

 

「もっち! 大丈夫!?」

「この通り五体満足。……ごほ、やっぱり硝煙は嫌いだよ」

「この仕事してるのに……はやく」

「肺は変えないよ。愛着があってねえ。これもおんなじ」

「もう……」

 

 紙巻きに火をつける。三日月がたいそう不満そうだが許してほしい。大鷹が「平然」なんて言ってたけど、あたしだって平然なモノか。

 今そこでまさしく糸の切れた(・・・・・)人形と化した、額から青い循環液を垂れ流す存在とあたしには何の違いがあるだろう? あたしはまだ額の風通しが悪く、プログラムに従って脳殻()が身体を動かしてるだけ?

 

「ちょっとあんた、そっちは……!」

「うるせぇ、こんなバカスカ銃声が聞こえて娘の様子1つ見せねえってのかよ!?」

「あっ、ダメです柏木さん!?」

「どけよ、なん……」

 

 なにやら表が騒がしいと思ったら、店主が来ちゃったらしい。あーあ、見てもいいことなんかないのに。中年男の視線はまず真っ青になったカウンターに散らばる金属片あたりをさまよい、次にあたしの下で風穴の空いた大鷹を見た。たっぷり30秒は経ったかな、やっと目が合った。

 ああ、いつも通りだ。

 

「で、あんたも言うの? 人でなしってさ」

 

 

 

E38387E38383E382ABE383BCE38389E381AFE4BABAE99693E3818BEFBC9F

 

 

「──ということがあったんです……」

「相変わらず、なんというか望月にはいっつもそんな役回りさせちゃうな」

「いや、あれは……」

 

 有線接続(ワイヤード)での記憶の共有を終え、事の子細を知ったが、暢気にハンバーガーを食べていた裏で望月がそんなことになっていたとは思いもしなかった。昨晩の自分にいら立つが、したところでしょうがないのはわかっている。言いよどむ三日月を促しているとその後ろ、扉が開いた。慌てて入口付近からどいたが、出てきた人物はそれを苦笑して止め、部屋に僕らを招き入れた。

 

「2人とも外で話してないで、入ってくればいいだろう」

「いや、なんとなく……」

「気が引ける? 望月が処分した艦娘の周辺を煽って(・・・)生傷負って帰ってくるなんてもはや恒例行事じゃないか。全損まで行ったのはまあ久しぶりだが……」

 

 招き入れた人物、長月はこの部屋、通称「霊安室」の管理を一手に担っている。今回望月は大鷹らを処分したのち、狂乱した店主に相当(・・)痛めつけられたらしく、呑気にハンバーガーをかっ食らっていた僕らが現場に駆け付けたときには、特に頭部は原型が残っていなかった。それで、義体再建造ということになったのだという。僕の目の前、『棺桶』と揶揄される長方形の装置の中で、望月の義体が今まさに「高速建造」されているところだ。

 

「見てるしかないなんて、本当に……」

 

 三日月は顔を覆った。止めることならいつでもできる場所にいたのは彼女である。そうしなかったのは、ひとえにできなかったからだ。この部隊では随一といっていい優しさにあふれた彼女だ、目の前で痛めつけられる望月を見て何もしないなんて大層心が痛むことだろう。

 

「しょうがない。そう決まっているんだ。望月だってそれは理解しているだろう」

 

 艦娘法、第2条。艦娘は然るべき機関がその必要性を認めた場合を除いて人間の行動を阻害してはならない。僕らの行動原理において何よりも優先される、不文律の1つである。

 

「捜査任務の権限がないときの私たち、本当になにも……」

「自己防衛すら認められないなんて、どうかしてるよ」

 

 つい、拳を握りしめすぎた。カーボンの関節が軋みを上げる。

 

「憤るのはわかるが、手は開いておけ。私の仕事を増やしてくれるな」

「わかってるよ」

 

 長月に窘められ、ようやく手を緩めたが、とっさに走らせた自己診断プログラムでは中指の第一関節が圧壊していると警告が出ている。この程度なら自己修復する、僕は努めて警告を無視した。そんなときに、少し重苦しくあったこの部屋の空気に合わない軽い調子の声を聴覚が拾った。

 

『いやー流石に全損するまでには警察のおっちゃんたちが止めてくれると思ったんだけどねえ』

「もっち!?」

 

 望月の声だ。『棺桶』の横、統合ターミナルのスピーカーから聞こえる声は確かに彼女の声だった。いっそ拍子抜けするほどいつも通りの彼女の声だった。

 

「目が覚めたか。気分はどうだ」

『いいと思う? これで特注の肺(・・・・)はまっさらピカピカ新品だよ』

「元気そうで何よりだ。建造終了まではあと30分ほどだ。しばらく大人しくしていることだな」

『こういうなにもできない時間って長いんだよねえ……』

 

 なんだか望月があまりにもいつも通りすぎて、こっちが深刻でいるのがあほらしくなってきてしまった。まだ顔は見えないが、いつものうんざりした顔をしているのが想像できる。

 

「やあ、望月。とりあえずまた会えてうれしいよ」

『お、その声は皐月か。どう、ちゃんと捕まえたかい?』

「もちろん。ばっちりだよ」

『流石。君らに限って海防艦1隻逃がすなんてことないとは思ってたけど、”女神”の時間的にねえ』

 

 よかったねえ、なんて軽く言う彼女に伝えるか迷ったが、一応言っておこう。いや、僕が伝えたいだけかもしれないけど。

 

「あの店主なんだけど、捕まったよ」

『まあ、そりゃねえ。立派な器物損壊(・・・・)だし。そのくらいはあのおっちゃんたちも仕事してくんなきゃ』

 

 そう。望月を全損状態にした店主は器物損壊罪で逮捕された。すべて済んでから、悠長にあの中年警官は店主に手錠をかけたという。「気は済んだか?」とでも言うように肩をポン、と叩いて。あの態度から半ば想定内ではあったが、実際にやられるとやるせないものだったとは三日月の言だ。

 

「ああ、そうだ。皐月、お前に伝えなきゃいけないことがあった。ちょっと外で話そう」

「え? いいけど、もう少しもちづ……ぁ痛」

 

 望月の様子をこのまま見ていようと思ったのだが、脇を小突かれた。昨日もあったような、これ。抗議の目線を長月にやると、これまた見覚えのある仕草、つまり顎で促される。その先には……。

 

「そうだった。すぐ出よう。今すぐ出るよ」

「ああ、早くしろ」

『なにさ急に。せっかく舞い戻ったんだぜ、復活祭とかないの?』

「生憎、それは私の役目じゃなさそうだ。やる気満々の聖母様に任せるさ」

『は?』

 

 閉めた扉、そこそこ気密性の高いそれをあっさり貫通する三日月の怒声が聞こえてきたのはそれから間もなくだった。

 

「どうして! いっつもいっつも! 私の目の前で! もっちがボロボロになるさまを見てるだけが! どれだけ!」

 

 

 

 

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 『霊安室』を後にして談話室へ戻ると、珍しくメンツが勢ぞろいだった。当然望月と三日月を除いてだが。

 

「おかえり、皐月ちゃん、ナガナガちゃん。望月ちゃんも無事目が覚めたみたいだし、とりあえずこれでホントの作戦完了、かにゃ?」

「睦月! 珍しいじゃないか」

「おい、水無月はどこだ。あの呼び方が広まるのは好ましくないぞ」

「よいではないか~」

 

 特にこの睦月はほとんど顔を出さないのだ。僕と菊月をはじめとした実働部隊、如月が束ねる諜報部隊とあって、その両方を統括する……ことになっているのが睦月だ。でも実際は交渉や根回しを専門にしているらしいが、なにをやってるのかはよく知らない。はっきりしてるのは長月をからかうのが好きなこと。

 

「水無月ちゃんなら今お茶を入れてるよー。睦月ちゃんのお土産で、クッキーがあるんだってー」

「クッキー。嬉しいけど、気を使わなくて、いいのに」

「ううん、久しぶりだったからねえ。それに、みんなにお話ししたいこともあったから」

 

 文月がソファに転がりながら長月に答えた。それに押されてちょっと迷惑そうな弥生は睦月に礼を述べたが、にっこりと笑って睦月はそれを制した。そう。睦月がこの事務所にやってくるのは、決まって話があるときだ。

 

「睦月の話だと、厄介事の気がするのは。……私の、気のせいだろうか」

 

 ソファの間、四角い机にはちょうどいいとばかりに麻雀のセットが広げられ、面子は弥生、卯月、菊月、睦月らしい。菊月はいつにも増して渋い顔だ。どうも旗色はよくなさそうだ。

 

「ぷっぷくぷ~! それ、リーチだぴょん!」

「……おこった」

「え? う、うっそぴょ~ん……」

「……うそ」

「どれどれ。ほう、面白いじゃないか」

 

 長月が手牌を覗き込んだ卯月の捨て牌には索子がない。なるほど、アガれば高そうだ。

 

「さあ、お茶が入ったよ!」

「クッキーもいい感じよ。ありがとうね? 睦月ちゃん」

「いいんだよう、如月ちゃん! さあみんな! 会議始めるから、ちゃんと座ってくれるかにゃ? ちなみにツモにゃしい」

 

 しかし、そんなわかりやすい待ちに振り込む者は案の定おらず、さらに睦月がアガった。これは僕の感覚だが、睦月は異常にツモアガりが多い気がする。運がいいというかこれは、どうなのだろう。

 

「む、勝ち逃げか。……大三元、字一色!?」

「相変わらず、強い」

「勝てないぴょん」

「つまり私は……いくらだ? 計算したくない」

「さあさ、あとできっちりいただくのですよ! それはそれとして! お仕事の話ですよ!」

 

 消沈する麻雀組を尻目に睦月は手を合わせて声を張り上げた。今日もこの特別機動捜査隊、略して特機捜には厄介ごとが舞い込んでくる。

 

 




ちなみに睦月は半荘で17万稼いだ。


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