TSクズ娘は百人の男を誑かしたい (げれげれ)
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1話「今時、神様転生モノですか」

 あるところに、不憫な少女が居ました。

 

 彼女はとても心優しく、素直で、善性の人でした。

 

 

 疲れた顔の老人が居れば座席を譲り、目が見えぬ人が居れば横断歩道で手を引いて、ボランティアの募集があれば喜んで参加しました。

 

 それらは全て打算ではなく、100%の善意からの行動でした。彼女にとっては人助けは当然の事で、恩に着せることもありませんでした。

 

 

 また彼女はとても信心深く、神への祈りを毎日欠かしませんでした。

 

 今日も健康に生きられることを喜び、近所の教会に行ってミサに参加しました。

 

 そんな、絵に描いたような素敵な女の子の善行を神はずっと見ていたのでした。

 

 

 しかし、少女は幸せに一生を終えることはできませんでした。

 

 神様は、生きている人間に対し何も恩恵を与えません。

 

 どれだけ清廉に生きて善行を積んでいたとしても、死ぬときは一瞬です。

 

 彼女が通う学校への通学路、仲の良い友人と談笑しながら歩道を歩いていた優しい少女は、背後から突っ込んできた暴走族のバイクに撥ねられてしまいました。

 

 

 バイクの運転手は、幸いにも路傍の茂みに身を着地して軽傷ですみました。

 

 しかし、吹っ飛ばされた女の子は受け身を取ることもできず、アスファルトに頭を強く打ちつけてしまいました。

 

 割れた顔面からは赤黒い血がダクダクと流れ、脳漿は飛び散り、小刻みに数分痙攣した後に少女は息を引き取りました。

 

 

 飲酒運転をした未成年のバイクによる、事故死。

 

 それが、その少女の死因として警察の事故報告書に記載された文言でした。

 

 

 

 

 

 神様、とよばれる存在は同情しました。

 

 ああ、なんて可哀そうなんだ。

 

 今世ではここまで不幸な目に遭った訳なんだし、せめて来世では幸せな人生を歩んでいけるよう調整してあげよう。

 

 そう思って、神様は亡くなった少女の望みを読みました。

 

 毎日を清廉に生きて、誰よりも優しくあった少女の願いは、たった一つだけでした。

 

 

 

 ───モテモテ逆ハーレム作ってチヤホヤされたいなぁ。

 

 

 

 少女の欲望はとても純粋でした。種の生存本能に則った、至って普通の願望でした。

 

 神様はソレを知って快く、少女に祝福を与えました。

 

 彼女の来世は、100人以上の異性から好意を持たれるモテモテ逆ハーライフとなるように、と。

 

 それはそれで苦労するんじゃないか、という懸念を神様は持ちませんでした。

 

 だって、人間の恋愛とかよく知らないので。

 

 

 さて、ここまでで話が終われば全ては丸く収まっていたでしょう。

 

 問題は、次でした。

 

 

 死んだ少女に素晴らしい?祝福を与えた神様は、次の魂を転生させるときにウッカリミスをしました。

 

 次の人間の魂は先ほどの少女とは打って変わって、ゴミカスのような人生でした。

 

 その男はロクに働きもせず親のすねをかじり、そのくせ自分の失敗は全て環境のせいだと罵倒し、碌に運動もしなかったせいで成人病にかかったが通院もせず、ある日脳血栓でポックリ死んでしまったというロクデナシの王様みたいな存在でした。

 

 そんなカスの来世には、先ほどと違って試練を与えねばなりません。

 

 神様はその魂に「来世では100人以上の人間の助けになるような行動をしなさい」という制約を課しました。

 

 日々を善く生きて、前世での自堕落な行動で親にかけた迷惑を償えという判断です。

 

 これでこのゴミカスも、少しはマシな魂になって戻ってくるでしょう。

 

 そう思って神はカス魂を輪廻転生に戻したのですが……。

 

 

 あれ、何かおかしくね。

 

 あ、しまった間違えた。これ、前の娘の祝福じゃん。

 

 

 そう、なんとうっかり神様はカスの魂に間違えて「100人以上の異性から好意を持たれる」という()()をかけてしまったのです。

 

 これはひどい。神はうっかり、祝福の内容を取り違えてしまっていたのでした。

 

 つまり、先ほどの清廉な少女には「100人以上の人間の助けになるよう行動する」祝福を与えてしまっていたのです。

 

 神様は顔を真っ青にしました。何せもう、来世へと旅立ってしまった魂には神様から干渉できません。

 

 何と不幸な少女でしょう。前世であれだけひどい目に遭っていながら、次の人生でも報われない制約を課されてしまうなんて。

 

 何と憎たらしい男でしょう。あれだけ好き放題に生きていながら、今世で逆に幸せになってしまうなんて。

 

 せめてこの次の次の来世では、落とし前をつけさせなくては。

 

 ───そんな、ちょっとした運命の悪戯で生まれ変わった二つの魂が、ありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、言う裏事情を知ったのは数年前の話です。

 

 ソレを知って神様でもミスをするもんなんだ、と意外に思ったりもしましたが……。よく考えれば聖書とか読んでると、神様って人間臭いミスとか嫉妬とか沢山してますもんね。

 

 ま、そういうこともあるのでしょう。

 

 

 この話は、突然に夢枕に『神様的なよくわからない謎オッサン』が現れて私に話してくれた内容でした。

 

 最初は夢だと思って気にしないふりをしていたのですが、そしたらこのオッサンなんと一か月以上夢枕に立ち続けやがりました。

 

 しかもご丁寧に「明日の天気は~じゃ」「今週のポケ〇ンの展開は~じゃ」「そのドラマの犯人は~じゃ」などとメッチャ腹立つお告げを残していく上、そのお告げの全てが百発百中だったので、私は諦めて信じることにしました。

 

 だって、ねえ。いきなり私の前世が「前世のお前はカスの中のカスじゃ。人間の屑、うんこの擬人化、全自動親泣かせ機、細胞増殖するゴミ」と罵倒され「はいそうですか」と受け入れられる方がおかしいでしょう。

 

 しかし残念ながら、どうやら神様(オッサン)の言ったことは事実のようです。となれば、私はモテモテ逆ハー生活を約束されているということになります。

 

 それはそれで結果オーライ。私と間違えられたメッチャ良い娘に同情はしますが、私は今世を楽しく過ごさせてもらいましょう。

 

 因みに今世は女性です。前世男だったらしいですけど、そんなの関係ありません。イケメンを集めて毎日パーリーナイトです。

 

 100人も男が寄ってくるのです。しっかり選別してより取り見取り、良いイケメンを選んであげましょう。

 

 

 

 

 

 

 と思っていたのですが。

 

 私にかけられたのは「異性100人に問答無用でモテる魔法」ではなく「異性100人から告られないと帰れまテン!」という呪いらしいです。

 

 祝福とは、神様から与えられたご褒美。制約とは、神様から与えられた試練。

 

 つまり「100人以上からモテられる」というご褒美ではなく、「100人からモテられるよう努力してくださいね」と言う試練を課された形らしいです。

 

 「普通はもうちょい軽い制約を課すんじゃが、うっかりしてな。貴様、100人以上の異性からモテないと輪廻転生に帰ってこれないゾイ」と、神様は仰いました。

 

 もし私が試練を達成できず、輪廻転生の輪に戻れないとどうなるの? と尋ねましたら、神様は半笑いで「消☆滅」と答えてくれました。ぶっ殺すぞクソジジイ。

 

 ごめんネ♪ がんばってネ♪ でもお前クズだし、丁度良いオシオキかもネ♪

 

 そんな有難い天啓(神様からのお言葉の事。福音ともいう)が脳に響いたかと思ったら、その日以来神様は現れなくなりました。

 

 私は絶望しました。何度も、自分の正気を疑いました。

 

 アレは神様の言葉でも何でもなく、もう一人の私の作り出した幻聴であると言ってくれ。そう、切望しました。

 

 

 

 ───ちなみに。現時点で私は何人の異性から好意を向けられてるの?

 

 ───0人じゃ。

 

 

 

 神様との別れ際に聞いたこの答えが、本当だと信じたくありませんし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傘子(かさこ)美音(あまね)。16歳。

 

 成績優秀、品行方正、黒髪ロングの正統派美少女。

 

 パッチリまつげがチャームポイント。胸はソコソコ、尻はデカめ。

 

 教師からの覚えもめでたく、学業も優秀で、友人も多い。

 

「このスペックでモテてないは嘘でしょう」

 

 それが、私の自己評価です。芸能人ともタメ張る美貌のスーパーJK、それが私です。

 

 ナルシスト? 自惚れ屋? いえいえそんな、客観的評価でしょう。

 

 前世男の私が言うのです。間違いありません。

 

 

「お、アマネじゃん。おはカス」

「おはようございます」

「おはゴミ」

 

 

 ほら、こうして歩いていても級友たちが声をかけてきます。

 

 前世の私がどうだったか走りませんが、今世の私は至ってまともな人間なのです。

 

「ところで昨日のアマネからのLINEの件だけど」

「それがどうかしましたか?」

「正気? 彼氏を作りたいって」

 

 そんなまっとうな美少女である私が少し本気を出せば、彼氏の一人や二人、いや百人くらい余裕でしょう。

 

 神様とやらの与太話を信じるのも癪ですが、別に私ほどになると100人からコクられるくらいどうってことはありません。

 

 ま、これも念のため。ちっとばかし男を転がしてやるとしましょうか。

 

「彼氏を作りたいんじゃないです。ざっと百人くらいの男から好意を持たれたいなと」

「……何で?」

「それだけ男が居れば、貢ぎ物だけで毎日楽しく過ごせますし」

「お前、男を下僕か何かと勘違いしてない?」

 

 そう。私は彼氏を作ってはいけないのです。

 

 何故なら、私は百人の男を転がさなければならない忙しい身。一人の男にかまけている余裕はありません。

 

 男からはベタ惚れされつつ、自分は惚れない。それこそ、私の求める恋愛の形なのです。

 

「あのアマネが急に『恋愛したい』とか意味わかんないこと言い出すから、風邪でも引いたのかと思ったけど」

「結局いつものアマネじゃな、コレ。男を転がすのカッコいい、みたいな中二病に目覚めたか?」

「何ですか。私が恋をしたらいけないとでも言うのですか」

「お前がしたいのは恋じゃない」

 

 私の友人達は呆れ顔で、恋に目覚めた私を罵倒します。

 

 許せません。本当に二人は、私の友達なのでしょうか。

 

「で? そんな歪んだ願望を背負って、お前は私らに何を相談したかったんだ」

「マス子は前、彼氏いましたよね。参考がてら、その時の話を伺いたかったのですが」

「……うえー。お前相手に恋バナしろってかぁ、嫌だなぁ」

「何がですか」

 

 マス子、と呼ばれた背の高い女子は私の要望に顔をしかめました。

 

 マス子と言うのは本名ではありません。彼女はハーフで増田モンゴメリという名前なのですが、長いので皆マス子と呼ぶようになっただけです。

 

 気っ風がよくサバサバしていて、男女から人気がある女子バスケ部のエース。

 

 そんな彼女は、恋愛経験もそれなりに積んでいるのです。

 

「良いじゃないですか、恥ずかしがらなくても」

「恥ずかしかねぇんだよ、お前に話すのが嫌なんだよ」

「酷いです。どうしてそんな意地悪を言うのですか」

 

 残念ながら私に恋愛経験はありません。やはりここは、先達の手口を真似るのが成功の早道でしょう。

 

 だと思ったのですが、マス子は全然話してくれる様子がありません。

 

 女同士で恋バナをするのに、何故こうもしぶるのでしょう。

 

「お前さ。普段あんなに人の弱味とか黒歴史ネタを集めて脅しておいて、何で話して貰えると思ってんだよ」

「ほう、つまりマス子の恋愛エピソードはそれなりの黒歴史ネタなのですね。是非調べないと」

「あーっ! もう、こいつはコレだから」

「生粋のクズじゃのう」

 

 どうやら、マス子の恋愛エピソードはかなり面白いネタの様です。

 

 伝を使って探ってみましょう。いざという時に役に立つかもしれません。

 

「分かった分かった話すよ、大したネタでもないんだ」

「おや、では何故話を渋ったのですか?」

「え、目の前にクズが居るからだけど」

「マス子さん、いくらネギネギが馬鹿だからってそんな暴言を吐いてはいけませんよ」

「お前だよ!」

 

 そんなかんじにギャアギャアと騒ぎながら、マス子は自らの恋愛話を話してくれました。

 

 その内容とは、

 

 

 女子バスケのエースをやっている彼女は、練習が終わったあとに男子バスケの部員から呼び出されて告白を受けました。

 

 特定の相手も居なかったのでオーケーを出し、マス子と男子の交際はスタートしました。

 

 しかし、マス子にとってデートは退屈でした。男子と一緒に水族館に出掛けたものの、あまり感動はありませんでした。

 

 むしろ、せっかくの大会前の休みの日だし、バスケの自主練をしたいなと感じてしまいました。

 

 お相手の男子もそれをうっすら悟ったようで、デートを早々に切り上げてマス子を楽しませることが出来ずごめんと謝られました。

 

 それで気まずくなり、自然消滅の様に交際は終了しました。

 

 

 

 

 

 

「え、つまらないんですが」

「たいしたネタじゃないって言っただろう」

 

 マス子の話を聞き終えた私は、溜め息をつきました。

 

 私が知りたい情報が、何一つ入っていなかったからです。

 

「そうじゃなく私が知りたいのは、どうやってマス子が男子をコマしたのかという所です」

「知らねぇよ! 何かいきなり呼び出されて付き合うことになったんだし」

「それ、元々仲良かったんじゃないんですか?」

「いや。あんまり話したことなかった……、告白されて本当にビックリしたよ」

「ま、マス子は人気じゃからのう」

 

 深く掘り下げて聞いても、帰ってきたのは「何にもしてないけど告白されました~」という自慢染みた返事ばかり。

 

 マス子は、案外性格が悪いのかもしれません。

 

「まったく使えませんね、マス子は。ネギネギ、貴女は何か良い恋エピソードを持ってませんか」

 

 マス子から情報を聞き出すのを諦めて、私はマス子の隣の小柄な女子に話しかけました。

 

「持っとらんし、持っていたとしても貴様の前では話さん」

「ぶぅ、皆イジワルです」

 

 彼女はネギネギ、目付きの悪い小柄な娘です。

 

 ネギネギは岡山からの転校生で、方言丸出しで古風な口調です。キャラ付けのつもりなんでしょうか。

 

「ネギネギは金持ってますし、ATMになればイケメンを捕まえられるんじゃないです?」

「何が悲しくて金で男を買わねばならんのじゃ」

「でも、何となくホストとかに嵌まりそうな雰囲気有りますよネギネギ」

「失礼が過ぎる」

 

 そんなネギネギの取り柄は、たくさん金を持っている所です。

 

 彼女は医者の家系に生まれて親が大金持ちで、その豊富な資金を使って株取引を行い、多大な利益を上げているらしいです。

 

 お年玉を渡したら100万円に増やした伝説を持つ彼女は、その百万を適当に運用しながら現在も着実に増やし続けているようで。

 

 おそらく今、ネギネギの総資産は一千万を超えているらしいです(本人は総資産を隠したがっているので、個人的に調べました)。

 

 そんな背景もあるので、私はネギネギの親友をやっています。おそらくマス子も同じ理由でしょう。

 

「クズの戯れ言はさておき、実際ネギネギは気を付けた方が良いと思うぜ。男慣れしてなくて純粋な分、騙されやすいってのは同意だ」

「お、おいおい。お前までそんな」

「悪意をもって騙そうとしてくる人間は、少なからず居るんだ。ネギネギは可愛いし、用心するに越したことはないぜ」

「うーむ」

 

 おいマス子、ネギネギ。なんか今、私の方を見ませんでした?

 

「まだ男と付き合ったことも無いんだろ? 信用できるバスケ部の後輩でも紹介しようか?」

「え、何それずるい。私に紹介してくださいよ」

「アマネはともかく、ネギネギなら喜んでキューピッドやるぜ?」

「そ、そう言うのはやっぱり敷居が高いというか。やっぱ恋って運命的なもんじゃけぇ」

「ブフー~~~っ!! 運命! 運命って言いましたかこの脳内お花畑! どれだけ男女交際に夢見てるんですか面白すぎるんですけど!」

「……なんで私、この女の友人やっとるんじゃろ」

 

 不意打ちなネギネギの爆笑ジョークに、思わず腹を抱えて笑ってしまいました。

 

 人前で大笑いするなどはしたない。反省しないと。

 

「てか私ですよ。私に紹介してくださいよマス子! 求める者に与えるべきです、男という者は!」

「……えっと、すまん。お前と釣り合う男に心当たりがなくてな」

「誰でも良いですよ。私は心が広いですからね!」

「まぁバスケ部にも性格悪い奴は居るんだが……、お前と釣り合うクラスとなると居ないな。悪い」

「ん?」

 

 ポリポリと頭を掻いて、マス子は謝罪します。

 

 まぁ変なの紹介されても困りますし……、私と釣り合う男子がいないなら仕方ない。

 

「それじゃ、今日の放課後。この面子で男漁りしませんか?」

 

 こうなったら自力で探しに行きましょう。逆ナンというやつです。

 

 町行く男を捕まえて、適当な店で奢らせつつ粉をかける作戦です。

 

 幸いにしてマス子は、ハーフ特有の美形な顔立ち。私は純和風の美少女。ネギネギは金持ち。

 

 きっと、入れ食いで男がよってくるに違いありません。

 

「え、やだ。バスケ部の練習あるからパス」

「……そんなアグレッシブなのは苦手じゃ」

「もー、何ですか。付き合い悪いですね」

 

 ところが二人とも、乗り気でない様子。

 

 少しは協力してほしいものです。女1人より、複数名の方が成功しやすいのに。

 

「そもそも私は、そんなことしなくても寄って来て────」

「やかましい」

「あひゃあ!?」

 

 サラリとモテ自慢をしてくるマス子の胸を揉みしだいて、私は溜め息をつきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、男漁るか」

 

 放課後。私は当初の予定通り、逆ナンの旅へと出発しました。

 

 こんな時のために買っておいた「童貞を毒殺する服」が役に立つ日が来たのです。制服は流石にヤバいので、着替えてます。

 

 さて、逆ナンってどうすれば良いのでしょう。取り敢えず手口は、マス子達に聞いておいたのですが……。

 

 

 

『お前、見た目だけは良いからなぁ……。黙って歩いてりゃ釣れるんじゃないか?』

『ほうほう』

『そして黙ってさえいれば良い感じになれるし、黙ってさえいればそのまま付き合えるかもな』

『……』

『何か一言でも話した瞬間にアウトだ。男はお前にドン引きして、駆け足で逃げ出してしまうだろう。絶対に黙ってろよ』

『一言も喋らないのは無理でしょう。では、どうやって黙ったままお金を巻き上げると言うんです?』

『うん。やっぱお前に恋愛は無理だ』

 

 

 あまり有用な助言は得られませんでした。

 

 そもそも黙って歩いているだけで男が釣れるなら、これまで何度も声を掛けられていないとおかしいです。

 

 自分が人気な事にかまけて、モテる努力を怠ってきたマス子は当てになりません。

 

 ここはやはり、アグレッシブに自分から声をかけていく必要があるでしょう。

 

 まずは、そうですね。騙しやすそうな陰気な男に声をかけますか。

 

 女の子と話し慣れていないボッチ君を煽てて、手玉に取ってやりましょう。

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、その、そう言うのは、迷惑と言うか。ぼ、ぼぼ僕、友達と約束があるので失礼します」

「かーっ!! 良いですよ、もう」

 

 ダメでした。声を掛けた全員、オドオドしながら逃げ出してしまいました。

 

 そうなのです。陰キャは逆ナンとかされたことがないのです。なので経験値が足りなすぎて、思わず断ってしまうのでしょう。

 

 こんな美少女にモノを奢れるチャンスなんて滅多にないと言うのに……、勿体ない。

 

 まぁ、どうせ陰キャは陰キャ。適当にお金を巻き上げてポイする予定だったのです。

 

 目の前のチャンスを活かせないアホには興味ありません。次はもうちょっと、遊び慣れてそうな人に声を掛けましょう。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

「ち、ちょっとゴメン。用事思い出したわー」

「俺も俺も」

「うぇーい、またね?」

 

 

 ダメでした。

 

 何で? どうしてドイツもコイツも急に用事思い出すのですか?

 

 こんなに可愛らしい娘から声掛けて貰えたのに。もっとその幸運を活用しましょうよ。

 

「……」

 

 いや、そんな筈はありません。

 

 私には分かります。私はめっちゃ可愛いです。

 

 清楚を絵にかいたような、正当派黒髪ロング。

 

 そんな私がモテない訳がありません。

 

 

 

「……」

 

 

 

 モテない、訳が……。

 

 

 

 

「あの。マス子、私って客観的に見て可愛いですよね?」

『いきなり電話してきて何だよ。あー、そうだな、可愛いんじゃないか? 喋らなければ』

「ですよね、ですよね! ……あれ? じゃあ喋るとどうなるんです?」

『ゲロ以下の匂いがプンプンする』

 

 ……嘘でしょう。

 

 まさか、私はモテない系女子なのですか?

 

『誰だって好んでデーモンと付き合いたくはないだろう』

「デーモン!?」

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自覚していませんでした。

 

 まさか、本当にあの神様(オッサン)の言っていた通り、私に好意を抱いている男は一人も居ないなんて。

 

 誰も私に告白してこないな~、変だなぁとは思っていたんです。

 

 きっと照れてるのかな、私は高嶺の花過ぎるのかな、と自己解釈してはいたのですが。

 

「……」

 

 どうしてなのでしょう。私はこんなに可愛くて、美しくて、可憐なのに。

 

 喋るとゲロ以下? マス子の言葉の意味が理解できません。

 

 もしかして、私は声がそんなに綺麗じゃないのでしょうか。自分の耳で聞こえる声と、実際の声は違うと言います。今度、録音した自分の声を聞いてみましょう。

 

 声質はトレーニングで変えることもできます。声優さんとか、七色の声を使い分けてます。

 

 何とかゲロ以下の声と言われないよう、努力をしないと────

 

 

 

 

 

「……君、一人?」

「へ?」

 

 

 

 

 

 逆ナンが失敗に終わり、公園のベンチで落ち込んでいた私の前から静かな男の人の声がしました。

 

 見上げると、不思議な色の瞳をした男性が私を見下ろしていました。

 

 

「今、ヒマ?」

「えっ? あ、その」

「ヒマなら、ちょっと俺と遊ばない?」

「……」

 

 ……。その男性は、黒を基調としたドクロ系のデザインの服を着ていて。

 

 顔は、なんと言うかまあ……イケメン寄り。

 

 背もそこそこ高く、お洒落も最低限にこなしていると言った感じの大学生くらいの男です。

 

 こ、これは。

 

「は、はい、分かりました!」

「お、良いの?」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 これは、間違いない。ナンパです。

 

 私の美貌と色香に釣られたバカが、私をナンパしにきやがったのです。

 

「へぇ、ノリ良いじゃん。じゃ、着いてきてよ」

「了解です」

 

 シメシメ、という雰囲気は出しません。

 

 ここは敢えてつれない振りをして、沢山貢いでもらうのです。

 

「何処へ行くのですか?」

「良いトコロ」

 

 人生で初めてのナンパにウキウキしながら、私はその男性に導かれるままにホイホイついていきました。

 

 さあて、この男はどんなものを貢いでくれるのでしょうか。

 

 安いものでも構いません。つまらないものでも結構。

 

 男から貢ぎ物を貰ったという事実こそが重要なのです。これで、明日ネギネギとマス子を煽り倒す事が出来るのですから。

 

 ああ、気分が良い。明日が楽しみです。

 

「良いところですか、楽しみですねー」

「ふーん、あんまり警戒しないんだ。初対面の男相手に」

「えへへ、人当たりが良いので」

 

 男はフッ、と笑みを浮かべて私の手を取りました。

 

 これは、握手というやつでしょうか。

 

「手、繋いで歩こうよ」

「おお」

 

 いや、恋人繋ぎというやつですね。何だ何だ、この人私にベタ惚れじゃないですか。

 

 困ったなぁ、私はみんなのアマネちゃんなのに。こんな積極的に来られては、嫉妬してファンが事件を起こしてしまうかもしれません。

 

 でもまぁ、その無謀な勇気に免じて手を許してあげましょう。

 

「じゃ、こっち」

「ええ」

 

 さてさて、何処へ連れていって貰えるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 がちゃん。

 

 寂れたアパートのドアに、チェーンロックがかけられました。

 

「えっと、ここは?」

「俺ん()

 

 連れ込まれたのは、6畳ほどの小さな部屋。

 

 ここが良いところ? どこも良くないのですが。

 

 実は畳の下に金を隠しているとか?

 

「えっと、どうして私はこんなところに連れてこられたのでしょうか」

「このアパート、ボロいから全然人住んでねーの。この時間帯は、だいたい無人になってる」

「……はぁ」

「良い場所だろ?」

 

 ニヤリ、とその男は冷たい目で私を見下ろしています。

 

 ……え、何ですかこの空気。何か急に威圧感だしてきたんですけど。

 

 これはアレですね。これ以上この場に留まってしまえば、ヒデェ目にあう奴ですね。

 

 まだ何も貰っていませんが、ここは撤退するべきでしょう。

 

「……あーごめんなさい。しまった、私ちょっと用事を思いだし────」

「叫んでも良いよ。防音設備はバッチリだし、ここら辺は誰も住んでないから」

「あの、だからその」

「むしろ良い声出してね。その方が売れるし」

 

 彼はガサゴソと押し入れを漁り、脚立とビデオカメラを取り出しました。

 

 ……段々、今の自分の置かれた状況が理解できてきました。

 

 あ、これヤバい奴だ。

 

「ちょ、ちょちょちょ何ですかそのビデオ。私がいくら可愛いからって勝手に撮影とか」

「うん、可愛いね君。大丈夫」

「何が大丈夫ですか、肖像権って知ってますか、訴えますよ慰謝料請求しますよ」

「あー無理無理」

 

 ジリジリ、と男はにじり寄ってきます。

 

 この野郎、さてはエッチな事をするつもりですね。

 

 そしてエッチな行為を撮影して、あられもない姿を晒した私を動画で脅すつもりですね。

 

 舐めるんじゃない。私は、受けた屈辱を決して忘れません。

 

 もしそんなふざけた真似をされたら、動画をネット流出されようが迷わず警察に駆け込んで慰謝料を請求します。

 

 動画を拡散されたら、その分慰謝料を上乗せします。問答無用で裁判所に来てもらいます。

 

 おとなしく泣き寝入りすると思わないでください。なんなら行為の最中に、お前の粗末なイチモツを噛みちぎって────

 

「君、生きて帰れないし」

「……」

殺人(スナッフ)ビデオって知ってる? 俺、その撮影の専門なんだよね」

 

 ……。

 

「ほら、そこの畳に血が付いてるでしょ。それは、二十歳くらいのキャバ嬢引っかけた時の奴」

「……」

「達磨になって血の涙を流しながら、おしっこ漏らす姿は傑作だったなぁ。君はどんな無様を晒してくれるのかな」

「……ぃ」

「君、高校生? スゴいね、俺のビデオだと最年少だよ。ああもう、最高」

「ひ、ひぃぃぃ」

「遺体は何処に捨ててほしい? 俺、中国の工事会社に伝があるんだ。君の死体はアスファルトに混ぜて何処ぞの道路の素材に使われる事になるんだけど……、せっかくなら大都市が良いかな?」

「ひぃぃぃいいいいいい!?」

 

 男は冷酷な笑みを浮かべて、(ふる)い血がベットリ付いたノコギリを取り出しました。

 

 良く見たら、カピカピの毛髪がノコギリの取っ手に絡み付いています。

 

「さあて、抵抗してね」

「いやぁぁぁぁぁああああ! 助けてくださいいいいいいいいい!」

 

 あかん。アレはダメです、ヤバい人の中でも1等ヤバい人です。

 

 逃げねばなりません。逃げて、警察に駆け込まねばなりません。

 

 男は、玄関口に立っています。

 

 窓にはベランダすらなく、固そうな鉄格子が嵌められている様子。

 

 窓から脱出は難しいでしょう。つまりこの部屋の退路は、玄関のみ。

 

「良いね、その表情(かお)

 

 男は機嫌よさそうに、ノコギリをブンブン振りながら歩いてきます。

 

 私は追い詰められる様に、部屋の四隅へと後退りします。

 

 怖い、怖い、恐ろしい。どうして私がこんな目に。

 

「やめて、許して、嫌です! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 死にたくありません!」

「へぇ、そうなんだ」

 

 殺される。このままでは、私は無惨に殺されてしまいます。

 

「土下座します、靴を舐めます、抵抗しません、何でも言うこと聞きます、だから殺さないでください!」

「へーぇ」

 

 ここで私が死んだらどうなるのでしょうか?

 

 あの神様とやらの言うことが本当であれば……生まれ変わることすら出来ないのでしょうか?

 

「私悪いことしてません! 生まれてこの方清廉潔白、人のために生きてきました! なので許してください、生まれてはじめてナンパされて浮かれてただけなんです!」

 

 恐怖のあまり、命乞いと謝罪が入り交じった絶叫を繰り返します。

 

 しかし、そんな私を見て男はニタニタと愉しそうに笑うばかりでした。

 

「今度から、ついていく相手はよく選んだ方がいいね」

「やめてください! こっちこないてください、近付かないでください!」

「俺って、そういう命乞いとか聞くと────」

 

 逃げなければならない。

 

 それは分かっているのに、私の足はすくんで使い物になりません。

 

 一歩ずつ、凶悪な殺人鬼が私の方へ近づいてきます。

 

 腰が砕け尻餅をついて、パニックに陥りながら私は壁に張り付きます。

 

 誰か、助けてください。マス子、ネギネギ、気付いてください。

 

 私がピンチです。このままではもう2度と、

 

「興奮して、出ちゃいそうになるんだ」

「嫌アアアアアアアアっ!!」

 

 もう2度と、貴女達と一緒に学校で笑い合えません────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶおん、ぶおん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り上げられたその刃物(きょうき)は、無機質に私に向けて叩きつけられました。

 

 男は愉しげに、絶望の涙を流す私を見下ろしています。

 

 恐怖で心が凍りつき、金切り声が部屋に響き渡って、

 

 

 

「ラーメン定食、一丁お待ちぃぃぃ!!!」

「はぁ────!?」

 

 

 

 ノコギリを振り回す男の顔面に、ホカホカアツアツの中華麺がぶちまけられる姿を呆然と眺めてました。

 

 ……ラーメン?

 

「ファミリーハイツ谷奥302号室の佐藤さまでお間違えないでしょうか。女の子の悲鳴が轟いたので、部屋を確認せず殴り込んでしまいました」

「熱っ! あ、熱つつつつ!?」

 

 ノコギリを振り回していた男は、ラーメンの丼を頭に被ったまま絶叫しています。

 

 部屋には中華の良い香りが、能天気に広がりました。

 

 これは、何が起きているのでしょう。

 

「困りますね。うちは暴力行為とかしちゃうお客さんの利用をお断りしてるんで」

「誰だお前ぇ!」

「申し訳ありませんが佐藤様、次回から貴方は当店利用を停止させていただきます」

「誰だよ佐藤って! うちは出前なんか頼んでねぇわくそったれ!」

「あれ? 俺ってば、また配達先間違えちゃってます?」

 

 見れば、いつの間にやらノコギリ男の後ろに青年が立っていました。

 

 彼はまんまる餃子亭、と刻印された鉄の箱を持っています。出前のお兄さんでしょうか。

 

「まあ何にせよ。社会的正義と公序良俗に則って……」

「くそ、何なんだよコイツ! せっかくの撮影が」

「今からお前をぶっ飛ばさせていただきまーす」

 

 ゴーン、と縁起の良い金属音が安アパートに木霊しました。

 

 青年の放り投げた金属の箱が、ノコギリの束とぶつかって寺の鐘のような音色を奏でた様です。

 

「うおっ!?」

「ああもう、今年に入ってから何件目だよこういうの」

 

 そして、血塗れノコギリは男の手を離れて回転しながら畳の上に転がります。

 

 私は唖然として、身動きひとつとれません。

 

 武器を弾き飛ばされ動揺している殺人犯に、怯える様子もなく青年は肉薄していました。

 

「いい加減、荒事にも慣れてきたな」

「うごおおおおお!? 痛ぇぇぇええ!?」

「おし、犯人確保。……無事だったか、お嬢さん」

 

 私が1分ほど、床にへたれこんでいるうちに全てが終わりました。

 

 乱入してきた青年は、実にテキパキと効率よく凶悪な男を無力化してくれたのです。

 

「あ、あり、ありがとうございます」

「ん、良いってことよ」

「離せぇぇぇ!!!」

 

 

 

 その後、男は警察に通報して拘束してもらいました。

 

 私と青年も数時間事情聴取されましたが、もう遅いので明日再度と言うことになりました。

 

 どうやらあのノコギリ男、初犯ではないようで彼は何人もの女性を手にかけてきたらしいです。

 

 今回の一件はかなりの大事件としてニュースを騒がすことになるでしょう。

 

「ま、お嬢さんにも油断はあったな。初対面の男の部屋に上がっちゃまずいでしょ」

「そういうものなのですね」

「世間慣れしてないなぁ」

 

 街でナンパされてついていったら、殺人犯でした。そう警察にお伝えしたら、もう少し警戒心を持ちなさいと説教されてしまいました。

 

「……生まれてはじめてナンパされて、少し浮かれてしまいました」

「いや、まあ災難だったな。お互いに」

 

 私を助けてくれた青年は、恥ずかしそうに笑って頭を掻きました。

 

「まぁ俺は災難っつか。自業自得っつか」

 

 どうやら彼の本来の配達先は、全然違うアパートだったようでした。住所の入力を一桁間違えており、町1つ離れた場所まで宅配に来てしまったようです。

 

 ラーメン定食を注文した佐藤氏はいつまでも届かぬ事に大変立腹しているらしく、彼は同じようなミスを何度も繰り返していたようで、バイトをクビになりそうとの事です。

 

「にしても、お嬢さん綺麗なのにナンパされるのは初めてだったのか」

「い、今までそういうのには疎くて、その。恋愛経験とかはまったく」

「勿体ねぇ。俺が知り合いならほっとかないのにな」

 

 青年はニコリと笑って、私の目を見つめます。

 

 ……その時ぐらり、と脳が揺れた気がしました。

 

「あう、あの、その……。あ、何とお呼びすれば」

「ん、俺の名前か? 宮司間(ぐうじま)清太(せいた)だ。みんなセイって呼んでくる」

「あ、これはご丁寧に。か、傘子(かさこ)美音(あまね)と申します。みんなカスって呼んでます」

「ん?」

 

 な、名前を聞けました。この方の名前はセイさんと言うらしいです。

 

 ただそれだけの情報なのに、嬉しくて嬉しくて仕方ありません。

 

「で、ではセイさん。こ、この度は本当に、ありがとうございました」

「おう、気にすんな」

 

 これは何でしょうか。

 

 先ほどから動悸が止まらないのです。青年(セイ)の声を聞く度に、頬の筋肉が硬直します。

 

「ぜ、是非とも今度、その、お礼を申し上げたいのですが」

「別にいいよ。そんな」

「ですが、その」

「あー。じゃああれだ、今度、俺のバイト先の餃子亭にでも来てくれ。そんで金落としてくれたら、店長も機嫌よくなるだろ」

 

 ずっと、胸が苦しいです。

 

 何故か顔が熱を持っていますし、上手に息が出来ません。

 

 セイさんの身振り手振りのその全てが、目に焼き付いて離れなくなってます。

 

「じゃあな。まぁ、また会えるかは分かんないけど」

「……あっ」

 

 ああ、間違いありません。

 

 これは、この胸の高まりは、息苦しさは。

 

「あ、会いに行きます! またその、貴方の餃子亭へ!」

「おーそうか。じゃ、待ってるぜ」

 

 この、生まれてはじめての感情は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「狭心症かと思うので病院にいきます」

「違うだろ」

 

 家に帰って母に受診希望を申し出ると、頭をチョップされました。



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2話「はいはいテンプレテンプレ」

 私の名前は傘子(かさこ)美音(あまね)、現役バリバリ女子高生。しっとり長い黒髪で、慎ましい胸に大きめのお尻が魅力の純和風美少女です。

 

 私にはちょっと人とは違う所がありまして、中々に信じがたい話なのですが、どうやら私は100人の男性から好意を持って貰えないと消滅してしまう様なのです。

 

 まぁそれ自体に大きな問題はありません。私の美貌は天下一品、その気になれば男は選り取り見取りです。親友のマス子が言うには声がゲロ以下らしいですが、それは訓練でどうとでもなるでしょう。

 

 そんな私ですが最近、不幸にも凶悪犯罪者に目をつけられまして、日夜ワイドショーで放送されるレベルの大事件の被害者となってしまいました。

 

 あろうことか殺人犯に襲われ、殺されかけてしまったのです。セイさん────私の窮地を救ってくれたあのお方が居なければ、きっと今私はこうして生きていないでしょう。

 

 しかし九死に一生を得て一安心、というようにこの世界は出来ていません。

 

 そんな大事件に巻き込まれてしまった私の学校にはマスコミさんが大量に押しかけてきて、被害者である私を見かけると鼻息荒く詰め寄ってきたのです。

 

 誰だって金になる情報があれば、脇目も降らず飛びつくモノ。きっと彼らは、放送に映えるいい感じの映像を撮ることしか頭になかったに違いありません。

 

 押し掛けてきた人の群れに勝てず、その日は学校から引き返すはめになりました。

 

 私だけならいざ知らず、マスコミの人は少しでも面白いネタを探したいのか無関係な生徒にまで声をかけまくっています。

 

 私の友人のマス子やネギネギも被害にあったみたいで、辟易としていました。

 

『被害者の少女について何か一言を!』

『いつかやると思ってました』

『えっ』

『えっ』

 

 結局、この珍騒動が落ち着くまで私は数日学校を休むはめになりました。

 

 TVインタビューに映った面倒臭そうなマス子の顔が、印象的でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またお前はとんでもない事件に巻き込まれたな」

 

 私が例の大事件に巻き込まれ九死に一生を得てから、3日後。

 

 ようやく出歩ける程度にマスコミが引いていき、私は久し振りにネギネギやマス子と共に登校路を歩んでいました。

 

「今日は家まで迎えに来てもらって本当に助かりました。正直、まだ一人で出歩くのは怖いんです」

「まぁ、そんな目に逢えばなぁ」

「今も、急に豹変した男に襲われないかと、内心ビクビクしてます」

「それで今日は妙におとなしいんじゃな」

 

 殺人鬼に襲われるという経験は、私に思った以上に大きな影響を及ぼしていました。

 

 それに追い討ちをかけるように、マスコミに追い回されてしまった訳で。

 

 そのせいか今迄は平気で町を歩けていたのに、今は人通りの多いところを歩くだけで恐怖心がわいてくるようになっていたのです。

 

 この二人の素晴らしい友人に迎えに来てもらえなければ、不登校になっていたかもしれません。

 

「いやまぁ、百歩譲ったら私たち友達じゃん。それくらいお安い御用さ」

「そうじゃ、四捨五入すれば私らは友達じゃ」

「わあ、ありがとうございます」

 

 優しい級友の厚意に心を温かくなります。持つべきものは親友です。

 

 この二人を裏切る時は、しっかり躊躇うようにしましょう。

 

「それでですね。今度その、お礼がてらお二人をお食事でもご馳走したいと思ってまして」

「おや、珍しい。いったいどんな下心があるんだ?」

「下心というかなんというか。まぁ、今回の事件はもう結構報道されてると思うのですが」

 

 私がお二人を食事に誘うと、マス子は随分と怪訝な声を出しました。

 

 そんなに私が身銭を切るのが珍しいのでしょうか。

 

「今回の事件、どこまで聞いてます?」

「あー、中々に危なかったそうじゃな。殺される寸前で助けてもらったと聞いたわ」

「お前、昔から本当に悪運強いよな」

 

 マス子達は、連日のワイドショーのお陰で今回の事件の詳細を把握している様子です。

 

 これなら、話が早いです。

 

「実は今回、私を助けていただいた方にお礼を言いに行こうと思ってまして」

「ほう?」

「そこで、その方が働いてる飲食店を聞いてあるのですが。私一人だと恥ずかしいというか、えっと」

「……え、恥という概念を持っておったのかアマネ」

 

 実際、女の子一人で餃子のお店に行くのは少し敷居が高いです。

 

 だれか誘って来いよ、ボッチかよと言う目であの方に見られるかもしれません。

 

「それで、そのぅ。お二人へのお礼もかねてお代は出しますので、どうかついてきて頂けないかな、なんてですね」

「ほほーう?」

「いや、うむ。だがそれはお前らしからぬ良い心がけじゃぞアマネ。流石のお前も、命を救われれば恩義を感じるのじゃな」

 

 ネギネギはどうやら、私の話を聞いて得心がいった顔になりました。

 

 彼女は礼儀とかそういうのに煩いタイプです。

 

 普段は私が適当なことを言うとあれこれと説教を受ける羽目になるのですが、今回の件には協力的に動いてくれるでしょう。

 

「私は構わんぞアマネ。一人で飯を食いに行くのも辛かろう」

「ありがとうございます。本当に助かります」

「マス子はどうじゃ」

「そうだなぁ~」

 

 ただ、気になるのがマス子です。私が食事を提案してから、何故か妙な笑みを浮かべているのです。

 

 何故か、癪に障る顔ですね。

 

「まぁ良いか、付き合うよ。今日は部活ない日だから」

「おお、ありがとうございます」

「ま、それに面白いモン見れそうだし」

 

 少し含みのある言い方をして、マス子は口元を抑えています。

 

 何でしょうか。ちょっと嫌な予感がしてきました。

 

「ところで話は変わるのですが、ネギネギ」

「おう、何じゃ」

「お金貸してください」

「……」

 

 まあ気にしないでいましょう、マス子の性格が悪いのは周知の事実です。今更です。

 

 今は、今日の食事代を捻出する為に行動しないといけません。

 

「いくらじゃ」

「一万円もあれば」

「……、まぁ今回は用途がはっきりしとるしな。貸してやる」

「感謝します、ネギネギ。一生親友でいましょう」

 

 やはり、持つべきものは金を持った友人です。

 

 私は何とも言えぬ微妙な顔で財布から一万円札を渡してくれるネギネギに抱き着き、カウンターでアッパーカットを貰ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、此処か。部活帰りに来たことあるわ」

 

 その日の放課後。

 

 私たちJK3人組は、仲良く町内の中華系ファミレス「まんまる餃子亭」に足を運んでいました。

 

「味はどんなもんじゃった、マス子?」

「悪くはねぇよ。少し脂っぽかったけど」

「ここにあのお方が働いて……」

 

 軽くスマホで調べたところ、ここは円形の餃子をウリにしている中華系ファミリーレストランの様です。

 

 ここの店に佐藤さんがラーメン定食を注文してくれたおかげで、私は一命をとりとめたのです。

 

「で、では入ってみましょう。セ、セイさんは居るでしょうか」

「え、調べてなかったの? 店に電話してシフトとか聞いてから行けばよかったのに」

「……」

 

 それもそうです、うっかりしていました。

 

 あの方に会えると思うと、何故か色々とフワフワしてしまいます。

 

「ま、ここまで来たんじゃからとりあえず入ってみよう。そんで聞いた方がてっとり早い」

「そうです、その通りですネギネギ」

 

 この店は、私の家からそんなに遠い場所ではありません。

 

 なので、セイさんが居なかったとしてもまたの機会を狙えばいいだけです。

 

「……えっと、失礼します」

「いらっしゃいませー」

 

 女は度胸。

 

 私は意を決し、先陣を切ってまんまる餃子亭の暖簾を潜りました。

 

 この先に、あの方が待っていると信じて。

 

「3名様ですね。テーブル席をご希望ですか」

「は、はい。ええっと、その」

 

 店に入って最初に目についたのは、優しそうな女性の店員さんでした。

 

 大人のお姉さんといった感じです。

 

「あの、すみません。実は私、とある方に逢いに来まして」

「……はあ」

「数日前、私の危ないところを助けていただいた方で。その方に誘われて、今日は食事に伺ったんですけど」

「あー……。成程。当店の、宮司間の事でいらっしゃいますか」

「は、はい! ぐ、ぐ、宮司間さんは、今シフト中……でしょうか。お忙しい様子でしたら、お礼の品だけでも」

「あー、えー」

 

 私のたどたどしい会話を読み取ったあと、店員さんは眉を八の字にして困り顔になりました。

 

 もしかして、私の件でクビにでもなったのでしょうか。

 

「ええ、おっしゃる通り宮司間はシフト中ですが」

「すいまっせーん! 遅れましたぁ!!」

 

 その時突然、私の背後から大声が響きました。

 

 驚いて、思わず振り返ります。すると、

 

「げ、お客さんもう入って────」

「アホ!」

 

 スパーン、と元気よく女性店員さんにシバかれるセイさんが居ました。

 

 ああ、やっと会えました。私を助けてくれた恩人に。

 

「……シフト時間になっても姿を現さない上に、客前で大声出して入ってくるなこのボンクラがぁ!」

「あ痛テテテテテ!!? す、すんません!!」

 

 そのままセイさんは、女性店員さんに耳を引っ張られて悶絶しています。

 

 痛がっている顔も素敵です。

 

「で? 今日は何で遅れた?」

「その、道端に産気づいたおばあちゃんが居て。急いで近くの産婦人科までおぶっていきまして」

「……」

 

 店員さんはセイさんの言い訳を聞くと、黙ったまま耳を更に捻り上げます。

 

 痛い、痛いと叫ぶセイさんは半泣きです。

 

「はぁ、もういいよ。信じるに値しない戯言みたいな言い訳だが、どうせ本当なんだろう」

「あ、当たり前っすよ。俺、生まれてこの方嘘ついたことはないんで」

「遅刻は常習だがな。良いから着替えてこい、そんでこの娘らの接客してやれ」

「え。あ、ハイ」

 

 はぁー、と女性は大きなため息をついて手を離すと、セイさんを控室に追いやりました。

 

 何でしょう。セイさん、そんなに遅刻が多いのでしょうか。

 

 案外、私生活はだらしないのかもしれません。となると、お礼に色々世話を焼いてあげるのもアリかもです。

 

「あ、あのー……」

「あ、ああすみません。宮司間は支度したらすぐお客様の席に行かせますので……」

「ありがとうございます。あ、ではテーブル席に案内していただけますか」

「はい、よろこんで」

 

 店員さんはすぐに先ほどの丁寧な口調に戻り、にこやかに応対してくださいました。

 

 良かった、これでちゃんとお礼を言うことができそうです。

 

「ねぇアマネ、さっきの男の人が例の王子様?」

「あ、ハイ。私を助けてくれた恩人さんです」

「はー、なんかこう言っちゃあれじゃが。あんまり冴えんのう」

「どこがですか、かなり格好良くないですか? あの方」

「……ふぅん」

 

 マス子やネギネギは、セイさんを見てあんまり好印象を持っていない様子でした。

 

 あんなにイケてるのに、不思議ですね。

 

「老婆が産気づいたって、もう少しマシな言い訳は無いんかのう。絶対嘘じゃろ」

「どうしてそんなこと言うんですか、あの方が嘘つくはずないでしょう」

「いや、だってのう」

 

 ネギネギはどうやら、先ほどのセイさんの言い訳を嘘と思っているようです。

 

 人を信じることのできないなんて、ネギネギは可哀そうな人です。

 

「まぁ遅刻常習は、あんまり褒められねぇな」

「少しだらしないところがあるくらいの方が、かわいらしいんですよ」

「ま、私には関係ないけえ」

 

 そんな会話をしながら、私達は四角いテーブル席に案内されました。

 

 店は清潔で、雰囲気も良い感じです。

 

「では少々お待ちください、宮司間が伺います」

「ありがとうございます」

「あ、宮司間は全力疾走した直後らしいので、汗臭かったら下げますよ。気軽に言いつけてください」

 

 そういうと、女性店員は会釈してメニューを全員に配ってくれました。

 

 そういや、セイさん少し汗かいてましたね。

 

「……もしかして、店員さんはあの言い訳を信じとるんです?」

「ええ、嘘は言ってないと思いますよ」

 

 ネギネギは意外そうに、その女性店員を見つめました。

 

 何ですか、当たり前でしょう。セイさんが嘘をつくはずがないんです。

 

「彼のココ半月の言い訳を教えて差し上げましょうか。某国のテロ行為を前もって防ぐため遅刻、麻薬取引現場に出くわして警察に引き渡すため遅刻、溺れている幼児を助けるため飛び込んで配達失敗、JKを襲っている連続殺人犯に遭遇し助けるため配達失敗etc……。最初のうちは鼻で笑ってたけど、後から後から彼の言ったとおりの事件がマスコミで報道されましてね」

 

 ……。

 

「全部事実だったんですよ、アイツの言い訳……。頭がおかしくなりそうでした、アイツなら産気づいた老婆くらい出くわすでしょうよ」

「えぇ……?」

「貴方もあの男に何か助けられた口なんでしょ。しょっちゅう来るんです、アイツに謝礼持ってくる客……」

 

 ……。ええ、その連続殺人犯から助けられたJKです、ハイ。

 

「すごい頻度で遅刻するし、配達頼むとちょくちょく失敗するし、それでトラブルになって赤字増えるし……。でも、いつも人のためになることしてるからクビにし辛いし……」

「や、厄介すぎるバイトじゃのう」

「……私自身も、アイツに借りがあるからクビにしたくないし。まぁ、そんな迷惑な男なんです、アイツ」

 

 その女性店員はそういうと、かなりくたびれた笑顔を浮かべました。

 

 そっか。セイさん、そんなに人生経験が豊富なんですね。

 

 素敵です。

 

「アマネ、お前の恩人ヤベーもんに憑かれてないか? コ●ン君の生き霊とか」

「と言うか、その事件を全部解決してるのヤバすぎじゃろ」

 

 そんな奴に近づかない方が良いのではないか、とジト目で私を睨むネギネギ。

 

 何を言うのですか。逆にスゴいじゃないですか、逆に。

 

「まぁ良い、私はちっと花摘んでくるけぇ。注文取りに来たら、炒飯定食(チャーテイ)頼んでおいてくれマス子」

「あいよ、行ってら」

 

 ネギネギはそう言うと、席を立ってお手洗いに行きました。

 

 テーブルには私とマス子の二人が残されます。さて、私も注文を決めないと。

 

 メニューを見ると、非常にオーソドックスな中華ファミレスと言った感じです。

 

 どれも、中々に美味しそうです。

 

 

「……さて、アマネ」

「どうかしましたか、マス子?」

「お前、さっきのセイさんとやらに惚れてるだろ」

 

 私がメニューを開いて美味しそうな小籠包に気をとられていると、マス子は突然に妙なことを言い出しました。

 

 ……この女は、突然に何を言っているのでしょう。

 

「はぁ、マス子は案外恋愛脳ですね。何を言い出すかと思えば」

「だってさっきから、ずっとニヤニヤしてセイさん見てるじゃん。ついにお前にも人らしい感情が芽生えたのかと、私は感激してたんだよ」

「別にニヤニヤしてなんかいませんよ。私はその、あれ? 人らしい感情って?」

「端から見ればバレバレだよ。命の危機を救われて、ストンと恋に落ちちゃった?」

「違いますよ、もう。私に芽生えているのは純粋な恩義です」

 

 マス子は大層に面白そうな顔をして、私の方を見つめていました。

 

 やめてください、変な誤解をしないでほしいです。

 

「お前に恩義を感じる部分があるとは思えないけどなー、認めちゃったらどうだアマネ」

「確かに格好の良い方ですが、私はあれです。100人くらい男を転がさないといけないので、誰かに惚れている暇は無いのです」

 

 これは、マス子の性格の悪いところが出ていますね。私をからかうつもりなのでしょう、しかしそうは行きません。

 

「ふーん。じゃあ私が彼を誘惑とかしちゃっても良いの?」

「どうぞどうぞ、好きにすれば良いのではないですか。私には関係ないですし」

「ほう」

「ですがマス子はバスケ忙しいんじゃないですか? セイさんもお忙しい身ですし、年齢差もありますし、やめといた方が良いんじゃないですか?」

「……」

「私としては全然構わないですけどね? その、私はマス子を想ってですね」

「あはは、分かった分かった。悪かったよ、そんなに怒るな」

 

 私からの忠告を一通り聞いたあと、マス子は噴き出して笑っていました。

 

 何がそんなに面白かったのでしょう。

 

「そんなに顔を真っ赤にして怒るとは思わなかったんだ。そっかそっか、お前にもついに春が来たか」

「何ですか。私は怒ってなんかいませんよ」

「はいはい、それより早く注文決めようぜ。もうすぐセイさん来ちまうぞ」

「そうですよ。全く、意味のわからない話をしないでください」

 

 一体何なんでしょうかマス子は。

 

 不快です、とても腹が立ちます。

 

 自分でもよく分からないくらい苛立ってしまいます。

 

「お、見ろよ。丁度セイさん出てきたぞ」

「あ、本当ですね。早く決めないと」

 

 見れば確かに、裏から制服に着替えたセイさんが姿を見せていました。

 

 どうしましょう。マス子の与太話に付き合ったせいで、まだ注文を決めきれていませんでした。

 

 余計な時間を食ったものです。

 

「私は決めたぜ」

「そうですね、じゃあ私は命を救われたラーメン定食を────」

 

 此方に向かって歩いてくるセイさんに手を振りながら、私は取り敢えずの注文を決定したら、

 

 

 

 

 

「きゃっ!?」

「おっと」

 

 

 

 

 

 トイレから出てきて足を滑らしたネギネギが、セイさんに抱き付いて押し倒した瞬間を目撃してしまいました。

 

 ……あ?

 

「も、申し訳ない。ゆ、床が滑ったんじゃ」

「ああ、こっちこそスミマセン。うちの床、油が飛んで滑ること有るんで」

 

 ネギネギはセイさんに覆い被さって、密着しながら頬を赤らめてます。

 

 それは、吐息と吐息がかかり合う距離。ネギネギは恥ずかしそうに、そのまま目を伏せました。

 

 同時に何処かで、バキッという変な音がしました。

 

「怪我はしとらんじゃろうか?」

「大丈夫大丈夫」

 

 ……不思議ですね。何で二人は離れないんでしょうか。

 

 近くないですか。何かネギネギ、卑しい表情(カオ)していませんか。

 

 メスブタですか? 発情期ですか?

 

 何なのでしょう。

 

 

 

「お、おいアマネー?」

「……何です」

「お前、割り箸ソレ」

「……おぉ?」

 

 

 

 あと何故か、私の割り箸が掌の中でまっぷたつにへし折れてました。

 

 どうやらこの箸、腐っていた様です。不良品を置いておかないで欲しいですね。

 

 

「ま、君に怪我がなくて良かった。今から注文取りに行くから、先に座って待っててくれ」

「う、うぅむ。乗っかっちゃって申し訳なかった」

「いや気にするな、羽根のように軽かったよ」

 

 

 ばつが悪そうな顔でネギネギは立ち上がり、そのまま顔を赤らめてます。

 

 そんな彼女を、セイさんは微笑を浮かべて見つめあっています。

 

 ……何で? 見つめ合う必要性が? あるんでしょう?

 

 

 

 

「……」

「落ち着けー? おーい、アマネー?」

 

 

 ……。

 

 何でしょう、煩わしいですねマス子は。

 

 私はこんなに落ち着いていると言うのに。ええ、私の思考回路はクリアそのものです。

 

 

「大丈夫ですよマス子。私はセイさんとネギネギが倒れられたので、少し心配していただけです」

「そ、そうか。今お前、凄い表情してたぞ」

「あはは、気のせいですよ」

 

 

 そして楽しかったですよ、ネギネギ。

 

 貴女との友情ごっこ。



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3話「ネギネギ暗殺大作戦、です」

 私の名前は傘子(かさこ)美音(あまね)、とっても美人な女子高生。文武両道、容姿端麗の風光明媚な美少女です。

 

 今までは平穏無事な輝かしいJK生活を送っていた私ですが、つい先日もの凄い凶悪犯罪に巻き込まれてしまいました。

 

 それは何と、連続殺人事件。可愛すぎる私は、殺人ビデオの撮影をしている凶悪犯にロックオンされてしまったのです。

 

 私自身に油断があったのかもしれません。あんなに躊躇い無く他者を害する人を、私は今まで見たことがなかったのです。

 

 そんな凶悪犯とはつゆ知らず、ナンパされて浮かれてしまった私はノコノコと殺人犯の部屋までついていってしまいました。

 

 殺されても不思議ではない状況でしたが、辛くもラーメン定食を携えたイケメンの乱入により私は九死に一生を得ることができました。

 

 そのイケメンの名前はセイさん。私は命を助けられた感謝を伝えるため、彼の働く『まんまる餃子亭』に遊びに行くことにしました。

 

 しかし、ここで問題が。この間男性に襲われたばかりの私は、一人で出かけるのが怖かったのです。

 

 この物騒な世の中、何処に人殺しが潜んでいるか分かりません。

 

 どうか一緒に来てくれませんかとお願いすると、マス子とネギネギは快諾してくれました。

 

 持つべきものは友人です。お金も貸してくれましたし、二人には感謝してもしきれません。

 

 そして。

 

 その後なんやかんやあって、現在私は金を貸してくれる元友人(クソネギ)をぶっ殺す計画を練っている最中なのでした。

 

 

 

 

「まったく、焦ったのう。あんなに男子と密着したのは初めてじゃ」

「お帰りなさいネギネギ。見てましたよー?」

「う、うるさいのう。私だって足を滑らす事くらいあるわい」

 

 しかしセイさんは、本当に格好いいですね。

 

 あの奥手なネギネギが、あんなに積極的に誘惑するだなんて思ってもいませんでした。

 

 恋愛経験の少ないネギネギの事です、何も考えず色香に惑ってセイさんに抱きついたのでしょう。

 

 男を見ると本能的に媚を売る、まことネギネギは卑しいですね。やはり若いウチから金持ってる人間は、品性に欠ける様子です。

 

「ん? 何じゃ、そんなに私を見つめて」

「いえ、特に何も? ネギネギは可愛いですねと、思っていただけですよ」

「は? 何じゃ、気持ち悪い」

 

 これは、元友人として彼女の人格を矯正してあげないといけません。

 

 人間というのは、中身が大事です。しかし、皆が皆性格が良いとは限りません。

 

 私のように外見も中身も完璧な女性が存在する傍ら、ネギネギの様に見た目も性格もゴミクズな卑女もこの世に生まれ落ちているのです。

 

 ネギネギの脳味噌をクチュクチュして、アッアッしてあげましょう。

 

「おいアマネ落ち着けって。ほら、セイさん注文取りにきたぞ」

「……おお」

「お礼言って、プレゼント渡すんじゃなかったのかよ」

「そうでした、まずはそちらが優先ですね」

 

 マス子に袖をつつかれて、大事なことを思い出しました。

 

 そうです、彼にお礼を述べるのが先です。何よりの優先事項です。

 

 セイさんの前ではしたない行動をするのも気が引けますし、ネギカスの始末は後回しにしましょう。

 

「はい、いらっしゃい」

「あ、セイさん!」

 

 見れば、もう目と鼻の先にセイさんが来ているではありませんか。袋のネズミです、捕まえてお礼を言わないと。

 

「えっと、君が俺に用事あるんだっけ?」

「は、はい。えっと先日、助けて頂いてありがとうございました」

「あーっ! 君か、覚えてるよ。確かノコギリ男に襲われてた娘だな、怪我はなかったか?」

 

 セイさんは私の顔を見ると、すぐに思い出してくれました。

 

 それだけではなく、私の身を案じてくれています。本当に良い人です。

 

「セイさんのお陰で、無傷で済みました。……改めてお礼を申し上げます」

「良いって良いって。たまたまその場に居合わせただけだな、俺」

「それで、つまらないものですがお礼の品を。甘味です、良ければ後でお食べになってください」

「あー。これはご丁寧に、どうも。いやー、金欠だから食い物は助かるな」

 

 ネギネギから譲り受けた1万円で用意しておいたお菓子を渡すと、セイさんは笑顔で受け取ってくれました。

 

 良かったです。男の人が何を貰って喜ぶか分からなかったので、無難に高いお菓子をお渡しして正解でした。

 

「おー。アマネにしちゃ、随分まともにお礼を言うとるのう」

「あは、ははは。まぁ流石のアマネも感謝してんだろ」

「聞こえてますよ二人とも。私が普段まともじゃないような言い方はやめてください」

「ん?」

 

 私が真剣にお礼を言っているのが珍しいのか、二人が茶々を入れてきます。

 

 もう、邪魔しないでくださいよ。セイさんに笑われたじゃないですか。

 

「ハハハ、随分と仲がいいんだな君達」

「お見苦しいところを見せてすみません、二人は少し調子乗りなので」

 

 何故かずっと疑問符を浮かべている二人を無視し、セイさんに弁明しておきます。

 

 まったく、私が変な子だと思われたらどうするんですか。

 

「初めまして宮司間さん、私の名は増田(マス子)と言います。私の友達?を助けてくれてありがとうございました」

「ああ、これはご丁寧に。宮司間清太です、よろしく」

「先程は迷惑かけて申し訳のう。根岸(ネギネギ)という者じゃ、先日はアマネが世話んなったです」

「さっきのことは気にしないで良いよ。事故だしな」

 

 私に続いて、マス子とネギネギも自己紹介を始めました。

 

 これで一通り、名前は交換できた感じですね。

 

「じゃあ、改めて注文を聞こうか。決まってる?」

「おお、じゃあ私は炒飯定食を────」

 

 私達がそれぞれ注文をすると、セイさんは笑顔で対応してくれました。

 

 ああ、良いですこの感じ。こんなに簡単にセイさんとお喋り出来るなんて。

 

 今後、このお店に通ってしまうかもしれません。

 

「注文は以上でしょうか? デザートはどうっすか、ウチの店の名物は『胡麻揚げ団子』ですが」

「おー、確かそれ旨かったヤツだ。私、ソレもお願いします」

「セイさんのおススメなら、私もいただきます!」

「ほんじゃあ、私もお願いするかのう」

 

 やはり女子は、甘いものに目が無い生き物。ごま団子に声を合わせて全員食い付きました。

 

 そんな私達を見て『了解』とセイさんは微笑み、厨房に戻って行きました。

 

 ああ、不思議です。

 

 さっきまでネギカスをどう処刑しようかで頭がいっぱいだったのに、今は幸せな感じに包まれて頬が緩んでしまっています。

 

「なんじゃ、妙にアホ面しとるのうアマネ。呆けとらんか?」

「まあまあ、アマネにも色々あるんだよ。放っておこう」

 

 改めて見ると、セイさん結構筋肉質でしたね。細マッチョという奴なんでしょうか。

 

 私が襲われた時の、セイさんの雄姿が思い起こされます。とても頼りがいがありました────

 

「にしてもさっきは焦ったわい。あんな失態は初めてじゃ」

「まぁ、こういう店は滑りやすいから気を付けな~? 割と命の危機だったぞネギネギ」

「え、そんなに危ないコケ方しとったか?」

「ああ、うんまぁ。世の中には、人の命を奪う事に躊躇いがない危険人物も居るんだぞ」

「そうじゃのう、アマネも災難じゃったな。それと私が滑ったことに何の関係が……?」

 

 はっ、そうです。ボーっとしている場合ではありませんでした。

 

 ネギネギの始末方法を考えないといけないのでした。

 

「ネギネギは華奢だから、そう言う事になるんですよ。もっと体を鍛えないと」

「そんなこと言われてものう。インドア派じゃけぇ、運動は苦手じゃ」

「一度、ウチのバスケ部に体験入部してみるかネギネギ? 女バスは比較的緩いぞ、なんたって私がキャプテンだからな」

「ヴェッ」

 

 マス子に突然バスケに誘われ、ネギネギは顔を真っ青にして首を振ります。

 

 女子バスケは緩い、ですって。この女は本気でそれを言っているのでしょうか。

 

「マス子あなた、部活は結構ガチでしょう。幾つか情報ありますけど、部員からかなりビビられてますよ」

「え、マジで!? 私、めっちゃ皆に優しくしてるぞ」

「『笑顔でシゴいてくるドSバスケ馬鹿』と女子部員から呪詛の嵐が、そしてマゾ男子からは熱愛の目線が刺さっていると聞いてます」

「えっ」

 

 私の話を聞いてマス子の笑顔が凍り付きました。自覚無かったんですか、貴女。

 

 マス子率いる女子バスケ部は近辺でかなり強豪らしいですが、同時に練習がきつい事でも有名です。

 

 そのお陰か女子バスケ部員の実力は高く、中でもエースのマス子は日本代表候補に選ばれた事も有るのだとか。

 

「嘘だろ……? 私、あんまり話したことない男子に告られることが多かったけど、それってもしかして……?」

「知りたくなかった情報を知ってしまったようじゃのう。すまんマス子、その噂は私も聞いた事あるけぇ」

「有名ですよ、女バスの部長は校内一のサディストだって」

「……マジでか?」

 

 ガーン、とマス子はかなり大きなダメージを受けている様子です。

 

 マス子がどうやってマゾ男子を調教していたかの手口を知りたかったのですが、どうやら無自覚にやっていたみたいですね。

 

 マス子は天然のドS女という事らしいです。まったく使えない。

 

「マス子がそれなりの金額(せいい)を見せてくださるなら、情報操作を行いますけど。マス子はサドの変態じゃないですよって」

「いや、良い。お前に頼むとロクなことにならん、自分の行動で何とかする……」

「ちぇ」

 

 友人が傷ついているっぽいので手助けを提案しましたが、蹴られてしまいました。

 

 そういう噂の操作は得意なのですが。せっかくのお小遣いのチャンスが……。

 

「安心せい、私はマス子が優しいのは知ってるけぇ。何事にも、一生懸命なだけじゃ」

「ネギネギ……」

「だけど、女子バスケ部に入部するのはごめんなんですよね」

「いや、それは私がインドアじゃけぇ、その」

「良いんだ、良いんだ。そっか、少し自分を見直すかな」

 

 マス子は微妙にショックから立ち直っていないまま、曖昧な顔でネギネギの頭を撫でています。

 

 ですがマス子は、

 

『元気な時に入るシュートは、疲れると入らなくなる。でも疲れている時に入るシュートは、いつでも入るんだ』

 

 等とほざいて、バスケの練習前から陸上部並みに走り込ませてると聞いています。

 

 そんな彼女が多少優しくなったとて、評価が変わることは無いでしょう。

 

「マス子は、キツい練習させてるのに部員が付いてくるだけのカリスマを持っとるんじゃ。人望が有るんじゃ。そこはマス子のエエところじゃろ」

「うん、うん……。ありがとなネギネギ」

「そうですよマス子。自分の性癖欲望を満たす為にバスケ部を支配しているなんて、素晴らしいです。それは1つの人間としての究極のあり方と言えるでしょう。他者を支配し、蹂躙する喜びに勝るものはありません」

「お前にはお礼を言えねぇな」

 

 そんな可哀想なマス子を慰めながら、セイさんに持ってきてもらったラーメン定食を頂きました。

 

 この店の料理は何というか、まあ普通に美味しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

「おまちどう、デザートの胡麻揚げ団子」

「おお、来た来た」

 

 私達が入店してからジワジワ客が増え始め、セイさんも忙しそうにし始めました。

 

 あんまり長居すると迷惑になりそうです。さっと食べて帰るとしましょう。

 

「これがカリカリで旨いんだ」

「おお、確かに美味しそうじゃのう。……熱っ!?」

「かなり熱々だから、猫舌なら少し冷ました方が良いかもな」

「そ、そうする」

 

 ネギネギは一口かじりついて、そのまま団子を皿に落としました。

 

 本当に揚げたてなんですね。

 

「うう、食べたものを落とすとは、はしたないわい」

「……」

 

 ……ふむ。そうか、その手がありましたか。

 

 少し良いことを思いついた私は、テーブルの脇に置いてあった調味料コーナーに目をやります。

 

 

 見つけました。『ハバネロ濃縮★激辛ラー油』、と書かれた真っ赤なソース。

 

 く、くくく。これさえ有ればクソネギに地獄を見せてやることが出来ます。

 

 この女は、重度の猫舌です。辛いものも苦手で、ピリ辛ですら敬遠する筋金入りのお子様味覚。

 

 そんな卑ネギが、ラー油の詰まった胡麻団子を食べたらどんな顔をするでしょうねぇ……。

 

 よし、奴の団子にラー油を仕込みましょう。

 

 これは良い案です。上手くやれば、セイさんにこの女の団子リバースな超汚い絵面を見せつけ、幻滅させることが出来ます。

 

 ケケケケケ。セイさんの目の前で無様にゲロを吐かせて、アダ名をゲロゲロにしてやりましょう。

 

「ネギネギ、お水は彼処でセルフサービスですよ。前もって注いできたらどうですか」

「うむ、そうするかの」

 

 ()()無く口車にのせて泥棒ネギを席から追い出しました。

 

 今がチャンスです。

 

 私はマス子が余所見しているのを確認し、私はネギネギの胡麻団子にラー油容器の先端を突っ込み、ダクダクと中に注ぎ込みました。

 

 これで、ミッションコンプリート。

 

 ネギネギが口を付けた箇所からラー油を流し込んだので、新たに穴を開けたりしておらず、見た目からは絶対分かりません。

 

 ────まさに、完全犯罪。

 

 く、くくく。これでネギネギを毒殺し社会的に追い詰めてやりましょう。

 

 さあ、どんな汚い声で鳴くか今から楽しみです。

 

「あ、見ろよアマネ。何かセイさん、お前の方を見てないか?」

「えっ!? マジですか!?」

 

 突然マス子に声をかけられセイさんの方を見ると、彼は爽やかな笑顔で筋肉質な男子集団を接客中でした。

 

 欠片もこちらを見ていません。

 

「……見てないじゃないですか」

「あれ? そっかぁ、勘違いだったか」

 

 まったく、マス子はなんなのでしょう。

 

「悪い悪い」

「もう、まったく」

 

 そうこうしているうちに、トテトテとネギネギが歩いて戻ってきました。

 

 両手に3つ、水を持っています。どうやら、全員分注いできてくれたみたいです。

 

「お、盛り上がってるが何の話じゃ?」

「何でもありませんよ。あ、お水ありがとうございます」

「ついでじゃけぇ」

 

 ネギネギから水を受け取り、グビリと飲み干します。

 

 ううん、勝利の1杯は旨い。

 

「ネギネギ、そろそろ団子も冷めてきたと思うぞ」

「そうかのう、では頂くとするか」

 

 おお、マス子よナイスアシストです。適当に折を見て私も団子を促すつもりでしたが、マス子がやってくれるとは。

 

 愚かにもネギネギは何も疑う様子なく、団子を口に持っていきました。

 

 さあ、地獄を見てもらいますよネギネギ。

 

「アマネは食わねーのか?」

「おお、私も食べます食べます」

 

 さあて、ハバネロ入りの激辛調味料の味をしっかり堪能してくださいね────

 

 

 

 

 

 

 ぶちゅっ、と変な感触がして。

 

 私の口の中に、熱くて酸っぱい液体がドロリと流れ込んできました。

 

 

「…………」

「おう、どうしたよアマネ」

 

 

 額から脂汗が滝のように流れてきます。

 

 同時に、針で刺された様な激痛が口腔内を暴れまわっています。

 

「んぶっ……えほっ……」

 

 余りの激痛に噎せ込んでしまい、鼻に汁が逆流してツンと酸っぱい鼻水が鼻腔粘膜を焼き付くします。

 

 これ、は。

 

「ん~! 旨い、これは旨い! この団子はさくさくしてモチモチじゃ、餡もしつこくなくて上品じゃ」

「お、気に入ったかネギネギは」

「こりゃ、名物と謳うだけあるわい。はー、美味しいのう」

 

 クソネギは頬を押さえて弛んだ笑顔を浮かべ、胡麻団子を咀嚼しています。

 

 おかしい、貴様の団子にはラー油が大量に仕込まれているハズ……っ!!

 

 これは、これはまさか!

 

 

「おいどうしたアマネ、頬が痙攣している様子だが?」

「は、は、は……。何でゅえも、ありましぇんですよ……?」

「どうしたんじゃ? アマネ、体調でも悪いのかの?」

 

 わざとらしく笑いかけてくる、マス子。

 

 このアマ、まさか、まさか……!

 

「心配要らねぇよネギネギ。ちっと口に合わなかったんじゃねぇの?」

「こんなに美味しいのに? ああ、さてはアマネも猫舌なんじゃな」

「しょ、そんな感じ」

 

 やってくれましたねマス子ぉ! 貴様、私とネギネギの団子を取り替えましたね!?

 

 なんて非道、なんて外道。これが人間のやることですか。

 

 や、やばいです。一歩間違えたら口に含んだもの全てリバースしてしまいます。

 

 セイさんの前で、そんな無様を晒すわけにはいきません。

 

 私の吐物の処理をセイさんにされるなんて事になれば、私はこの先生きていける自信がありません。

 

「お、お、おいしゅいデェス」

「片言になっとるぞ、アマネ」

 

 劇物を体内に孕んだことでガタガタと全身が痙攣していますが、何とか平静を装って笑顔を作ります。

 

 ははは、私は完璧クール美少女のアマネちゃん。公共の場で食べたものをリバースするなんてことが、有ってはならないのです。

 

 あ、でもダメですコレ。体が1秒でも早く外にぶちまけろって大騒ぎしてます。胃の粘膜がやべーことになる前に吐しゃ物をぶちまけろと叫んでいます。

 

 だっておかしいですもん、さっきから胃の動き方がバイブみたいです。胃ってもっとゆっくり動くものでしょう?

 

「ち、ちょ、ちょっとお花を摘みに行ってまいりましゅわ」

「……どうしたんじゃアイツ」

「ああ、何というか自業自得だ」

「さよか、ならどうでも良いわ」

 

 ヴぉご、おごごごご。胃が焼ける、我が体躯に灼熱の呪刻印が暴れ狂ってます。

 

 ああ、炎系の超能力者の気持が今ならわかります。体が焼けるってこんなに苦しいんですね。

 

 死ぬ、本気で死にます。あ、あ、あもうだめ、胃液が、光が逆流する─────

 

 おのれ、おのれマス子ぉぉぉぉ!!

 

「ぐヴぉぁ!!」

「お、お客さんどうした!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日。

 

 私は経験したことがないほど痛い灼熱の吐物を垂れました。

 

 食道って、割と痛みを感じる部位なんですね。体を貫くような酸っぱい火傷なんて、人生で初めて経験しました。

 

 そして、その次の日。

 

 私の肛門粘膜がとんでもないことになってました。

 

 女の子なので詳細は伏せますが、もうやべーことになってました。とてもじゃないがお嫁に行ける状態ではなくなってしまいました。

 

 これも全てマス子のせいです。あのアマ絶対に許しません、変態サディストとして有ることないこと吹聴してやります。

 

 この私を怒らせたことを後悔するがいい─────おごぅ!

 

 ああ、お尻が痛くて泣きそうです。



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4話「アイツ、見た目だけは良いのになぁ」

「ちょっと面貸せよ、増田」

「あん?」

 

 それは、私が高校に入学して間もない頃の話だ。私は、複数の男に囲まれて、人気の少ない裏路地に連れ込まれたことがあった。

 

 当時の自分は、はっきり言って荒れていた。

 

 アメリカから帰国した直後であり、まだ日本に慣れていなかったのもある。

 

 中学校(ジュニアハイスクール)での出来事を引き摺っていた事もあり、当時の私は喧嘩っ早い性格だった。

 

「私に何か用か」

「良いから黙って面貸せ。こっち来いって言ってんだよ」

 

 入学して数ヵ月で、私は既にクラスでも柄の悪い連中に目を付けられていた。

 

 まあ、思い当たる節はいくつか有った。

 

 私は不良が嫌いなのだ。とくに日本の不良は、貧弱なわりに陰険なイキり方をする。

 

 自分より弱い奴を狙って、イキるのだ。私としては、見るに耐えぬ不愉快な連中だった。

 

 なので当番をサボろうとした奴をきつく罵倒したり、カツアゲしてる現場を見て割り込んだりと、まぁそれなりに連中の邪魔をした。

 

「触んじゃねぇ、女の誘い方も知らんのか」

「うるせぇ、その口縫い付けるぞ」

 

 その、報復といったところだろう。

 

 正直、溜め息を付きたくなる展開だった。

 

 

 米国に住んでいた時も、こんな感じに絡まれた事があった。その時は、仲良くしていた友人の男性に庇われて事なきを得た。

 

 西欧人は日本人と比べ体格が良い。

 

 チンピラとはいえ、そこそこ鍛え上げられた体で胸ぐらを掴まれ見下ろされた時は流石に怖かった。

 

 それに比べ日本の不良はどうだ。

 

 私より華奢で背が低く、とても弱そうである。

 

 髪の毛を金色に染めた小猿の様な連中が、中途半端な高い声で脅してくるのだ。

 

 はっきり言って、あんまり怖くなかった。

 

「お前さ、ちょっと調子乗りすぎなんよ。胸に覚えあるよな?」

「馬鹿な奴だ、ヤキ入れられる前に気付ければ良かったのに」

 

 私は冷静に、敵の戦力を分析した。人数差だけは脅威だろう。

 

 相手は4人。1人だけまぁまぁの体格をしているが、そいつ以外は私より背が低い。

 

 しかも油断しているのか、全員何の警戒もせず私の拳の間合いでヘラヘラ笑っている。

 

 一番強そうな男も、不意を突ければ一撃で気絶()ばせるだろう。

 

 後は流れ作業だな。ストリートバスケで鍛えた体を、米国で培った喧嘩技術を、見せつけてやろう。

 

 

「抵抗しても良いぜ? バスケ部の連中、大会出れなくなるけどな」

「……」

「おお、ビビってるねぇ」

 

 本当に、愚かな連中だ。まさか私が、部活の活動停止くらいでビビってイモを引くと思われたのか。

 

 スラム並の治安だった前の学校では、喧嘩は日常茶飯事だった。

 

 自分に都合の悪い事実は、殴って脅して口止めをすればいいのだ。

 

「怖いねぇ、何されるか分かんねぇもんなぁ?」

「部活の仲間に迷惑はかけれねぇよなぁ?」

 

 ここは人気のない裏路地。目撃者さえ居なければ、どうとでもなる。

 

 あと一歩踏み込んでこい。そしたら、足を引っかけて頭蓋骨を地面に叩きつけてやる。

 

 そのまま流れでもう一人仕留めよう。こいつら全員、血祭りに上げてやる────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおーっ!! ちょうど良いタイミングで襲われている人がいますね。ラッキー、ラッキー」

 

 そう、まさに私が喧嘩を始めようとした瞬間、裏路地に能天気な女子の声が響きわたった。

 

「……あ?」

「おお、どうも初めまして。お取り込み中、申し訳ありません」

 

 呆然として振り向くと、そこには見覚えのある女生徒が立っていた。

 

 彼女はたしか、自分と同じクラスの、

 

「私は傘子美音と申します、以後お見知りおきを」

 

 日本人形の様に華奢で、可愛らしい────ひ弱な女の子だった。

 

「な、何だ? 増田の友人か、お前」

「いえ、あんま話したこと無いです」

 

 その女の事は、私はよく覚えていた。同じクラスに在籍する彼女は、クラスで明らかに浮いていたからだ。

 

 

 初めて彼女を見た瞬間、まるで作り物のようだと感じた。

 

 透明感の有る肌、美しく整った長髪、琥珀色のキレイな瞳。

 

 高価な日本人形を思わせるその造形は、東洋の美の究極であると思った。

 

 女性として、嫉妬心すら沸かなかった。住んでいる世界が違うのだと、本能的に理解させられた。

 

「でも、今日から友人になりましょう。ねぇ、増田さん」

「あ、え?」

 

 圧倒的な美貌で男子の殆どを魅了していた、傘子美音という芸術品。

 

 神秘的ですらあったその美少女が、

 

「私が、お力になりましょう。その代わり、たっぷり恩に感じてくださいね」

「えぇ……」

 

 こんな危険で低俗な連中との喧嘩場に、姿を見せたのである。

 

 私の混乱は、それはもう大したものであった。

 

「この女どうするよ」

「なぁ、これ見られたならしょうがなくね?」

 

 

 男達の反応は、分かりやすいモノだった。

 

 喧嘩を始めようとした矢先、芸能人もかくやという美少女が現れたのだ。

 

 この美少女も喧嘩に巻き込まれ、酷い目に遭わされてしまうかもしれない。それも、私の喧嘩に巻き込まれて。

 

「……ちっ」

 

 仕方ない、ここは手早く仕留めるしかない。

 

 傘子美音は見るからに弱そうだ。触れれば折れそうなほどに、貧弱な体躯だ。

 

 巻き込まれて一発でも殴られてしまえば、それだけで気を失ってしまうかもしれない。

 

 ここは多少リスクを冒してでも、私から仕掛けに行って────

 

「可愛いお友達持ってるんだな、増田ぁ」

「一緒にヤっちまうか。へへ、むしろラッキーだ」

「そうですね、ラッキーですね。さあ自分のスマホみてください、もっとラッキーな気持ちになれますよ」

 

 と、私が拳を握りしめた直後。

 

「あ? ……え、何か受信した。このKASなんちゃらってアドレスお前か?」

「はい、超ラッキー。どさくさに紛れて、こんなに可愛い私とアドレス交換できましたよ!」

「いや、何でお前俺のアドレス知って────、はぁぁぁあ!?」

 

 不良は自らのスマホを開き、大口を開けて絶叫した。

 

「貴方も、貴方も、貴方もどうぞー」

「えっ。ヴェッ!? 何でこの画像が!?」

「ちょ、待て! 何でお前がそれを知ってる!」

「あ、あ、あああ!?」

「全員、メール行き渡りましたねー?」

 

 一体、何が起こっているのか。

 

 美少女からのメールを受け取った男どもは、顔面を蒼白にして後ずさってしまったではないか。

 

「私ね、皆さんのとんでもない秘密を知っちゃったんですよ。いや、たまたま耳に挟んだだけなんですけどね」

「お、おま、お前ぇぇ!! な、何を企んでやがる、消せ消せ消せ消せ!」

「まぁ、皆さんとんでもない闇を抱えてらっしゃいますねぇ。でも大丈夫、私は可愛くて清楚なので、他人の秘密をばら撒いたりしませんよ♪」

 

 私はポカン、とその場に立ち尽くしていた。

 

 いや、立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「貴方達が、私のお下僕(トモダチ)になってくださる限りは、ですケド」

「はぁぁぁああああ!?」

 

 何せ目の前の少女は、たった一通のメールを送っただけで不良全員を制圧してしまったのだから。

 

「てめぇふざけんな、もし消さないようだったら────」

「おお、私を殴って口封じでもしてみます? やってごらんなさい、殺される前にうちの学校の裏掲示板に全部送信しますから。気持ち悪いですねぇ、こんな趣味があるだなんてドン引きですねぇ」

「ちょ、待て、落ち着け。分かった、何もしない、従うから! くそ、これ誰にも話したこと無いのに」

「何で知られてるんでしょうね? 不思議ですねぇ? ケケケケケ」

「な、何だこのアマ!」

 

 これは、本当にあの美少女なのだろうか。

 

 もう少しやり口が可愛ければ、小悪魔系というジャンルに分類できたかもしれない。

 

 しかし、私の目の前で醜悪な笑みを浮かべて不良共を脅すその少女は、

 

「頼む、その画像を消してくれ! それだけは不味いんだ!」

「これ見たときはドン引きでしたねー。いやーまさかねー」

「頼む、何も言うなぁぁぁあ!」

 

 ただの鬼畜外道にしか見えなかった。

 

「あ、そうそう。私、最近ちょっと、金欠なんですよね」

「か、金か? 金を出せってか、こんちくしょう!」

「そうですねー。一万円ほど貰えれば……貴方達に送らせていただいた内容の元データを全て削除いたしますよ」

「本当か? 一万円で、その画像消すんだな!? よし、そんくらいならカツアゲして────」

 

 流れるように不良共から、金を巻き上げようとする悪魔の化身。

 

 何て奴だ。あの女、カツアゲ犯からカツアゲしてやがる。

 

「ほら金だ、早く消せ!」

「こっちも出すよ、畜生! だから絶対に広めるなよ!」

「勿論、約束は守ります。自宅にあるバックアップ含めて、完全に削除いたしますとも」

「絶対だぞコラァ!」

 

 私は完全に蚊帳の外になってしまい、目の前で繰り広げられている恐喝行為にどう対応しようか迷っていると、

 

「でも、全員の秘密を消しちゃったら、私報復されちゃいますよね」

「え?」

「だから、秘密を消してあげるのは一人だけにします」

 

 悪魔はまだ悪行に満足していなかったのか、不良全員にニタリと気味の悪い笑みを振りまいて、

 

「貴方たちで話し合って、一人を選んでください。その人の秘密だけ、完全に消してあげましょう」

「……」

 

 そんな、とんでも外道な提案をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼイ、ゼイ。おら、一万円」

「毎度~。はい、スマホのデータは消しましたし自宅の元データも消しときますね」

「絶対だぞ、ゼイ、ゼイ」

 

 不良共の話し(なぐり)合いは壮絶だった。

 

 全身ボロボロになって気を失った不良が、裏路地に3人ほど寝転んでいた。

 

 誰もが『自分の秘密を消させろ』と主張し合い、仲間割れを起こしたのだ。

 

 それは恐らく、この性悪女の狙い通りの展開なのだろう。

 

 

「げへへ、新たな弱味ゲェーット」

 

 

 その当の本人であるアマネは、満面の笑みで地面に突っ伏している不良のズボンをずり下げ、局部丸出しの画像を撮影していたのだから。

 

 こいつ、ヒトの心が無いのか。

 

「てめぇ、もし消してなかったらぶち殺すからな」

「ええ、もちろん消しますとも。貴方にはまだまだ脅すネタ持ってるんで、この画像1枚が消えるくらい痛くないです」

「……待て」

 

 喧嘩の勝者である男を讃え、良かったですね、と微笑む悪魔。

 

 顔が凍り付いた不良とは対照的な、良い笑顔だった。

 

「あ、どんな弱味握られてるか知りたいです? そうですね、では特別に教えてあげてもいいですよ? もう一万円頂ければ……」

「待て。待て待て待て」

「ああ、もうお金無いんでしたっけ。それじゃ、また会いましょう。何か人手が必要になったら、呼び出させていただきますね~」

「この腐れ外道があ!! お前、俺の何を知っているぅぅ!!」

 

 こうして少女は、天災のように現れ不良共を恭順させ、ついでのように私を救ったのだった。

 

 助けられたはずなのに、私は随分ゲンナリと疲れていた。

 

「いやぁ、危ない所でしたね。私がいなければどうなっていたか!」

「……」

「ですが安心してください、この私の目が黒いうちはあんな連中に好き勝手させませんので!」

「……あ、ありがとう、な」

「良かったです、これで解決ですね」

 

 もしかしなくともこの女、私が不良に絡まれているのも『恩を売るチャンス』と考えて、裏路地に連れ込まれるまでは敢えて様子を見ていたんじゃないだろうか。

 

 そう思いたくなるくらい、いいタイミングで乱入されたし恩着せがましい言い草だった。

 

「では、これから友達になりましょう。貴方、バスケ部の新エースなんでしたっけ」

「え、いやまぁ。まだ新入生だけど、期待して貰っている感じ、かな」

「それは素晴らしい。クラスカースト上位っぽい女に恩が売れて、私も嬉しいです」

「ははは、は」

 

 だけど、まぁそれを抜きにしても助かったのは事実で。

 

 あのまま私が暴れていたら、きっとアメリカの時と同じように暴力沙汰ばっかの灰色な学校生活を送る羽目になっていた可能性が高くて。

 

「貴女は、優しそうな顔してますからね。荒事は似合いませんよ」

「そ、そうか?」

「そうですそうです、だから今後も私が守ってあげますね」

 

 そんなチンピラみたいな生き方を選ばずに済んだのは、間違いなくこの女のおかげで────

 

 

「……ありがと」

「ゲヘヘ、恩に着てください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってのが、私とアマネの出会いでな。それ以来、腐れ縁みたいな感じでずっとつるんでるんだ」

「……意外じゃのう」

 

 随分と懐かしい話を語ってしまったものある。

 

 もう、1年以上も前の話だ。

 

「マス子が何で、あんなのと仲良くしてたのか意外じゃったが……。結構、マス子もヤンチャ系じゃったんじゃのう」

「前の中学が、かなり荒れてたからなぁ。ハッキリ言って、高校入学した頃はチンピラだったんだよ私も」

「今のマス子からは想像もつかんのう」

「私が変われたのは、アイツのお陰かもな。何だかんだ、本当にアイツ不良を完璧に抑えてくれてるから」

「……不思議じゃ。その話だけ聞くと、アマネが良い奴に思えてくる」

「それは勘違いだ、知っての通りアイツはただのゴミだ。アイツのクズさが知れ渡ってからは、それなりに仲の良かった私が『アマネちゃん係』とか変な役職に任命されて、アイツの奇行の尻拭いをずっとさせられ続けて……」

「おお、マス子の顔が一気に老け込んだ……。苦労が偲ばれるのう」

 

 その衝撃的過ぎる出会いの後、私はクラスで唯一『アマネを止められる存在』としてアマネと行動を共にすることになった。

 

 見た目は100年に1人の美少女だというのに、話をすれば性根の腐ったゴミクズだからギャップが酷い。

 

 天は2物を与えずと言うが、せめてもう少しくらい与えてやってほしかった。人の心、とか。

 

「マス子は甘いんじゃ、アマネに優しくするからつけあがる」

「そんな事言ったらネギネギだって、よくアマネにお金貸してんじゃん」

「……まぁ、確かに。でも貸さんと、纏わりついて来てうっとおしいからのう」

 

 お金のことを言われると、少しばつが悪そうな顔をするネギネギ。

 

 ネギネギは毎週のように、あの悪魔にお金をせびられ続けている。

 

 本人同士の問題ではあるが、目に余るので何処かで注意するべきだとは思っていた。

 

「貸した金、総額で幾らになるんだ? アイツ少しでも、返済する気はあるのか?」

「おお、それが意外な事にな、絶対に期日までに返済するんじゃ」

「え、そうなの?」

 

 その答えは意外だった。まさかあのクズが、お金を返すだなんて。

 

「一度でも貸しが焦げ付いたら二度と貸さん、と言っておるからのう」

「ほう」

「そしたら『こんな便利な金融機関を利用できなくなるくらいなら、返しますよ仕方ない』と渋々払うのじゃ。だもんで、焦げ付いたことは一度もない」

「はー。金返す理由が、アマネらしいと言うか」

 

 しれっとあの性悪が友人を金融機関としか見ていない事実が判明したが、アマネなんてそんなモンなので私もネギネギも気にしなかった。

 

「そういや今日はアイツ、金策で忙しいって言ってたな。ネギネギへの借金返済の為だったのか」

「じゃろうのう」

 

 今日は学校が終わるなり、アマネは猛ダッシュで家に帰って行った。

 

 クズが居ない下校道は、至って平和で涙が出そうなほど嬉しかった。

 

「いやぁ、平和な帰り道ってのは良いもんだ。あの女の奇行に怯えなくて済む」

「そうじゃのう。こんな平和な日々がずっと続いてくれればのう」

 

 これぞ金を貸した最大のメリットじゃ、とネギネギは凄い事を言った。

 

 そんな目的で金を貸しているなら、止めることは出来ない。

 

「あー、平穏じゃ────」

「クケケケケケケケケ!!!」

 

 

 そんなのんきな帰り道に、何か悪魔みたいな高笑いが突如鳴り響いた。

 

 鳴り響いてしまった。

 

 

 

「まったく此処の玩具屋の爺はモノの価値が分かってませんねぇ! ライダー仮面の消しゴムフィギア、その超プレミア箱をこんな寂れた場所に置いてるんですから!」

「うぇ-ん。そろそろ代わってよ、お姉ちゃーん」

「やかましい、黙りなさいクソジャリが! このフィギアのシークレットは転売すればマニアが数万円出すんですよ! お前みたいなモノの価値も知らないガキには勿体なさすぎる代物です!」

 

 物凄く、とっても、かなーり嫌な気持ちになりながらも高笑いが響いた方向を見ると。

 

 瞳を金銭欲で輝かせた悪魔が、泣き叫ぶ子供を尻目に延々とガチャガチャを回している姿が目に映った。

 

「げひゃひゃひゃ! シルバー仕様の2体目ゲットぉ!! これで元は取れましたよぉ」

「お姉ちゃん、もう無くなっちゃうよぉ。代わってよぉ!」

「黙れって言ってんでしょう。ほら、何処にガチャは順番交代制って書いてますか? 先に来て、金を払ってガチャを回している私が正義なんですよ。この台はシークレットをコンプするまで私が占有しますのであしからずぅ! ……ち、ハズレですか」

「うわああああん!!!」

 

 ……。ああ、見てしまった。

 

 見たくないものを、見てしまった────

 

「のう、マス子」

「分かってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ痛ててててぇぇぇ!! な、何です、何事ですか!?」

「はーい、ボク。少しこのお姉ちゃんとお話があるから、その間にガチャガチャしてなー」

「痛い、イタイ、ってマス子ぉ!! 貴女、いきなり関節技極めてなんですか。今私には大事な仕事が……痛ててててぇぇぇ!!」

 

 ああ、どうして私はこの女の友人をやっているのだろう。

 

 時折、その理由を忘れそうになる。

 

「あ、見て! 凄い、キンキラのライダー仮面だ!」

「おお、良かったなボク。大当たりじゃんか」

「あああああああっ!!! そ、それです! それが転売価格3万円の激レアお宝────、寄越せ、返せ、それは私のです!! って、ひぎゃああああ腕がぁぁぁぁぁ!!」

「お姉ちゃん、ありがとー」

 

 醜い豚みたいな声を上げて、子供が手に入れたガチャガチャの景品を奪い取ろうと這いずる悪魔。

 

 子供相手に恐喝とか、恥を知らんのか。

 

「マス子、ネギネギ、よくもぉぉぉぉぉ!! あのプレミア箱は年に一度しか導入されない、ボーナスのようなガチャガチャなのに!!」

「……そうか、すまなかったな」

「これでネギネギへの返済が遅れたらどうしてくれます! お前のせいですよマス子、代わりにお金を返済してくれるんでしょうね! 謝罪と賠償を要求しますよ!」

「子供泣かせてまで稼ぐ金は、受取りとう無いわい……。ちゃんと、まっとうな手段で稼ぐんじゃ。返済は待つけぇ」

「まっとうな手段でしょうがぁ!!」

 

 私に取り押さえられキレ散らかす悪魔が、人の心を取り戻す日は来るのだろうか。

 

 きっと来ないんだろうなぁ、と私は遠い目になった。

 




 迷惑行為(台独占、子供への罵倒、転売行為)はやめようね!


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5話「クズ VS 盗撮魔! 社会のゴミ頂上決戦!」

1:名無し 2021/11/4 09:19:00 ID:lIrlHIfE

当掲示板「だんのうら」は、女人禁制の隠しスレです。

本スレで禁止されている根拠のない噂やエロ関連、教師の悪口なども全然オッケー。

自分が特定されるような書き込みは、後に自分の首を絞めますのでほどほどに。

 

【だんのうら鉄の掟】

女子には絶対に存在を悟られてはいけません。

パスワードが流出した場合はスレを破棄します。そして、犯人が特定できた場合はそれなりの報復があります。

またもしスレ破棄された場合、リアルで管理人に連絡を取ってください。別鯖が用意できれば、案内メールをお届けします。

 

パスワードはスレ番ごとに変わりますので、きちんとメモしてください。

次スレのパスワードは>>950のIDです。

 

前スレリンク

Htpp//kaskasch/ne.pj/114514

 

 

2:名無し 2021/11/4 09:31:02 ID:Jj6k/Aet

>>1乙

 

3:名無し 2021/11/4 09:40:36 ID:KMB6EeDd

このスレはカスゴミに監視されています

 

4:名無し 2021/11/4 09:53:17 ID:7DsLAHA9

2年に目茶苦茶おっぱい大きい女子いない?

すごい好み

 

5:名無し 2021/11/4 09:59:48 ID:TjxGjqV6

前スレの最後の方に張ってあった盗撮画像、再アップ希望

昨日インしてなくて見れなかった

 

6:名無し 2021/11/4 10:14:05 ID:GNfn6ipq

インしてないやつが悪い

マジでエロかったわ

 

7:名無し 2021/11/4 10:25:55 ID:UfkMq+Ut

エロ画像は一期一会

顔映ってないけど、小柄だったし1年女子かな

 

8:名無し 2021/11/4 10:36:06 ID:DNU4qZzd

女子更衣室だったよな、アレ

カメラ仕掛けたやつ勇者かよ

 

9:エロ神 2021/11/4 10:44:32 ID:crqSEoU2

再アップ Hppt//imugar/galley/810931

 

10:名無し 2021/11/4 10:53:24 ID:TjxGjVT6

サンキュー、思ったよりガチやん

これ犯罪やろ

 

11:名無し 2021/11/4 10:55:39 ID7DsLAH19:

もっと巨乳狙って盗撮しろや無能

貧乳は抜けん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「男子の間で、盗撮画像が出回り始めたじゃと?」

 

 どうも皆さんこんにちは。クラスのアイドルにして日本の国宝にして世界の輝石、究極の美少女こと傘子美音です。

 

 昨日はマス子のせいで、大損をこきました。転売しても利益はトントン、骨折り損のくたびれ儲けです。

 

 あの転売さえうまくいけば、今日もセイさんのお店に通えたのに。いつか復讐してやろうと思います。

 

「どうやら隠しカメラが仕掛けられてたらしい。この中に私の着替え写真もあったみたいで、男子部員が心配して教えてくれたんだ」

「……気持ち悪いのう。誰じゃ、そんなふざけたことした奴は」

「本当ですね。まったく、許せません」

 

 今日のお昼話題は、女子の盗撮画像の話でした。まったく運動部員は大変ですね。

 

 要は、男子の間で女子バスケ部の盗撮画像が流通し始めたらしいという話です。

 

 これ自体は、別に不思議でも何でもありません。むしろ私は、常々そんな事になるんじゃないかと思っておりました。

 

「でも、それこっそり部室の合い鍵を作って教師に隠してる運動部さんサイドにも問題あるんじゃないでしょうか」

「私もそれはどうかと思うんだけどよ。でも休日に自主練する時、いちいち職員室に鍵借り台帳記入しに行かなくて良いのは便利でさ」

「そんな事しとったのか」

 

 何せ、運動部の部室は誰でも入りたい放題なのですから。部室で着替えている女子部員が、盗撮の餌食にならない方がおかしいのです。

 

 各部は伝統的に部室の合鍵を隠し持っていて、休みの日やサボりたい時にこっそり部室を利用しているのです。

 

 しかもバスケ部の合い鍵は、『部室近くの張り紙の裏』というバレバレな場所に隠してあるそうで。

 

 鍵の場所を知っている人間であれば、侵入し放題で盗撮し放題なのです。起こるべくして起こった犯罪と言えましょう。

 

「合い鍵、もう無くしたらどうです。それですべて解決でしょう」

「いやそれも考えたんだけどよ。どうも、部室だけじゃなく女子更衣室での盗撮画像も出回ってるっぽくて」

「え、女子更衣室? どうやってそんな所にカメラ仕掛けたのじゃ」

 

 しかしマス子は、難しい顔をして話を続けました。

 

 どうやら今回の盗撮事件は、バスケ部の不用心が招いた単純な話ではない様子です。

 

「今回の事件、教師が犯人じゃないかって噂になっててな」

「なんと、それは本当かの」

「女子更衣室の鍵は、職員室にしかない筈なんだ。それをこっそり持ち出してカメラを仕掛けられるなんて、夜遅くまで残ってる教師くらいだ」

「ははあ、もしそうなら新聞沙汰の大事件ですね」

 

 マス子は心底、イヤそうな顔をして話を続けました。

 

 自分の盗撮画像が出回っているらしいのです、そりゃあ気持ち悪いでしょう。

 

「え、それじゃあもしかして私らの写真が出回る可能性もあるんか?」

「体育の時の着替えの画像もあったそうだ。十分あり得ると思う」

「ええええ! そ、それは困る、なんとか出来んか?」

「それを相談したくて、ここで話してるんだよ。誰が犯人か分からんし、教師には気軽に相談できねーからな」

 

 そこまで言うと、マス子は私の方を胡散臭い目でじっと見ていました。

 

 ……ふむふむ。つまり、そう言うことですねマス子。

 

「や、聞くぞアマネ。ぶっちゃけお前なら、犯人分かるんじゃねぇの?」

「まぁ、私なりに捜査は出来るでしょうね」

「……なら、やってくれるか?」

 

 この学校一の情報通、傘子美音ちゃんの力が借りたいと。

 

 マス子は、そう仰っているのですね!

 

「無論、私とマス子の仲です。お力になるのもやぶさかではありません、金額(せいい)によりますが」

「あー、絶対そう言うと思ったわ」

 

 はっはっは、この私がボランティアで動くわけがないでしょう。

 

 実際ネット上の捜査は、時間と金がかかるのです。無料で動いたりは出来ませんよ。

 

「私の家は貧乏だしな、大した額は出せん。ただ後輩の一人がショックで泣きだして、部活に来れなくなっててな。何とかしてやりてぇんだ」

「────マス子」

「今からバイト入れて、4~5千円くらいは作ってみる。それでどうだ?」

 

 苦渋に満ちた顔で、マス子は私に頭を下げました。

 

 ……この話を持ってきたマス子の家は、そんなに裕福ではありません。

 

 実家が貧乏な彼女は、部活で忙しい合間を縫って毎週バイトを入れ自分の部費を稼いでいると聞きます。

 

 そんな彼女が出す五千円と言うのは、途方もない大金と言えるでしょう。

 

 私はそんなマス子の覚悟を聞き────

 

「え、論外です。探偵の依頼料って平均10万円からですよ」

「そんな金が出せるかぁ!!」

 

 値段をつり上げました。

 

 ま、ただマス子がいかに貧乏だろうとビタ一文マケる気は無いですよ。

 

 五千円ぽっちで、このアマネちゃんが動くはずないでしょう。友達(げぼく)に命じてカツアゲさせるだけで、もっと高収入です。

 

「……私なら出せるが、そんな額払うなら普通に警察に相談するか探偵雇った方が良さそうじゃのう」

「何を言うんですネギネギ。絶対に私を雇った方が得ですよ? いろいろ特典が付いてきます」

「ほほう、どんな特典じゃ」

「そうですね、スピード解決はお約束します。明日までには犯人特定もしているでしょう。それと裏掲示板とか、ネット上にアップロードされた盗撮画像の削除ですね。そしてこれ以上の画像の拡散を防ぐことが可能です」

「うわ、ネットに画像上げられてるの!? マジ!?」

「この学校の裏掲示板に昨晩、盗撮画像がアップロードされていましたよ。放っておくとどんどん拡散されて行きますよ」

「ひぃいい! そ、そんなの嫌じゃ!」

 

 ネギネギが恐怖で上ずった声を上げます。よしよし、良い感じです。

 

 私の狙いは最初からネギネギ、貴女です。この喋るATMなら、10万円くらいポンと出してくれるでしょう。

 

 マス子の為となれば、この貧乳も金を下ろすに違いありません。

 

「裏掲示板なんてモンがあるのか。どうやって入るんだ?」

「男子専用で完全パスワード制の、隠し掲示板があるんですよ。そこで画像が拡散されているみたいですね」

「何でアマネが男子専用の掲示板のパスワード知って……、いや、アマネじゃもんな」

「本当かお疑いなら、今開いてみせますよ。お、また何か画像あがってますね」

 

 マス子は本当に、そんな掲示板があるのか疑っているようです。

 

 ははは、この学校の裏の裏、もっともアンダーグラウンドな世界ですからね。光の世界の住人であるマス子が、知るわけ無いでしょう。

 

「ほら、このサイト────」

「ん、どれどれ」

 

 

 ……。

 

 その裏掲示板を開いた瞬間に、私のテンションは氷点下へと落ち込みました。

 

 男子専門裏スレッド、通称「だんのうら」。そのサイトでは画像が投稿可能であり、普段はエロ男子どもがおかずの交換などをしている健全なスレッドなのですが、

 

「……」

「え、これアマネなんじゃ」

「げ、本当だ。顔も写ってるな」

 

 何処の誰か知りませんが、随分と調子に乗ったヤツがいる様子です。

 

 その最新ページを開けばデカデカと、私のあられもない下着写真がドカンと掲載されているではありませんか。

 

 どこの誰か知りませんが、私の盗撮画像をネットにアップロードしやがったようです。

 

 ……ははは。そうですか、そうですか。

 

「話が変わりましたマス子。その依頼、五千円でお受けします。犯人の特定と証拠集めと制裁、ついでに貴女の画像も削除申請しておきますね」

「お、おお。頼んだ」

「へぇー。まさかこの学校で、私に喧嘩を売る人がいるなんてビックリです。ふふ、ふふふふ。さあて、追い詰めすぎて制裁前に自殺させないように気を付けないと……」

「うわぁ、アマネが見たことのない顔をしとる」

 

 初めてですよ。ここまで私をコケにしてくれたお馬鹿さんは。

 

 私は別段、肌を見られることに抵抗があるわけではないのですが。それでも、勝手に盗み見られたあげくこのような形で拡散されるのは虫酸が走りますね。

 

「まずは私の画像の削除ですね。そんで、私の画像をダウンロードしようとしたやつにウイルスを混ぜ混んでおきましょう。今日、スマホを壊した男子は有罪です」

「……が、がんばれアマネ」

「マス子やネギネギも協力してくださいよ。犯人を特定でき次第、詰めに行きますので。2度とこのような戯けた真似が出来ないよう、身体と人格を破壊してやらないと」

「成る程、悪魔に力を借りるってこんな気分なんだな。頼もしい反面、本当にこれで正しいのか不安になってくる」

「アマネは敵に回すと糞雑魚じゃが、味方にするとおぞましいのう」

 

 さーて、相手が教師だろうが知ったこっちゃありません。

 

 社会的にも精神的にも、殺して差し上げますので。

 

「クケケケケケケ。ゲーッヘヘヘヘヘヘ!!」

「あーあ。喧嘩売っちゃいけない相手に、喧嘩売っちまったなぁ犯人さん」

 

 こうして私は、昼からの授業をサボって犯人探しを行う事にしました。

 

 誰でも入れると噂のバスケ部室を拝借し、ノートパソコンで盗撮犯のIPアドレスを抜いてやり、そのまま個人を特定していきます。

 

 さてさて、こいつは何処の誰でしょうか。アドレスだけ抜いても個人の特定には至らないことが多いです。ここから契約者情報までたどり着くには法的な申請を行わないといけません。

 

 しかし私にかかればこの通り、書き込み主のメールアドレスやらGogleアカウントやらを一瞬で抜くことができます。

 

 大体は過去の書き込みに加え、メアドの綴りやアウント名から個人が特定出来る事が多いのですが────

 

 

 

 ────ほうほう、成る程。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犯人特定したので詰めに行きますよ、マス子! ネギネギ!」

「うわ、早っ!」

 

 結局、私は一時間で犯人の特定に至りました。賢くて有能なアマネちゃんだからこそです。

 

 同時に、アップロードされた各画像はすべて消去いたしました。幸いなことに私の画像をダウンロードした馬鹿は殆どいないっぽいです。

 

 いやあ良かった。

 

「スピード解決過ぎるのう。本当に、間違いないのか?」

「ええ、間違いありません」

「頼もしいなぁ。で、誰なんだ」

 

 犯人の正体を聞きだすマス子は、少し声が冷たいです。

 

 彼女の後輩も被害にあっているらしいですからね。きっと内心、彼女もブチ切れていたのでしょう。

 

「ええ、それですが……」

 

 そんなマス子に、私は懇切丁寧に解説をしてあげました。今回の盗撮犯の手口を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下。

 

「江良さんって、嘘だろ?」

「いえ、残念ながら間違いないです」

 

 私から犯人の名前を聞いて、マス子は顔面を蒼白にしました。ネギネギは頭に疑問符を浮かべていますが、マス子からすれば信じがたい人物でしょう。

 

 何せ江良さん────江良慈絵という方はマス子にとって先輩で、男子バスケ部の女子マネをしている人なのです。

 

 おっとりとして優しく、男子から人気もある女子マネージャー。そんな彼女が、今回の盗撮騒動の犯人なのでした。

 

「いや、だって江良さんがそんな。私、あの人にはすごくお世話になっててだな」

「そもそも、なんで女子が女子を盗撮するんじゃ」

 

 私の口から出てきた名前に、二人とも納得がいっていない様子です。

 

 ま、普段は好い人なんでしょうね、江良さん。私は会ったこと無いですけど。

 

「私が誤った情報を仕入れたことなんてありましたか? まあ見ててください」

「……勘違いだったら謝れよ、お前」

 

 そんな話をしている間に、3年生の教室に到着しました。

 

 件の江良さんには、前もってメールで呼び出しをかけています。アマネちゃんは用意周到なのです。

 

「お、出て来ましたね江良さん。さあ詰めに行きますよ、生き地獄を味わせてやりましょう」

「……いや、やっぱ江良さんはねーだろ。何か勘違いしてるんじゃねえの」

「そう思うなら、本人に聞いてみたらどうです」

 

 まもなく3年の教室から出てきた、少し顔をこわばらせている女の先輩に私は手を振りました。

 

 彼女は私に気付いて、親の仇でも見るかのように睨み付けてきます。

 

 その女性こそ江良先輩、バスケ部の女子マネージャーでした。

 

「……貴女が、傘子さんね。いきなり、あんなメール送ってくるって何?」

「書いてあった通りです、江良さん。女性同士とはいえ盗撮は犯罪ですよ、先輩」

「変な言い掛かりつけないで欲しいんだけど。ていうか、何で私のメアド知ってるのよ」

 

 江良先輩は不機嫌そうに、私を睨みつけていました。

 

 しかし、その瞳の奥に微かな動揺が見て取れます。

 

「マス子ちゃん、これどういう事?」

「す、すみません先輩。この馬鹿に例の盗撮騒動の犯人探しを頼んだんですが」

「だからこうして、ちゃんと見つけてあげたんじゃないですか」

 

 先輩の口調が固いですね。自分の犯行がバレて問い詰められそうなので、ドキドキしているのでしょう。

 

「非常に不愉快なんだけど、どうしてそんな疑いをかけられているのか聞いていいかしら?」

「ええ、いいですよ。まぁ証拠はてんこ盛りなので」

 

 この私が犯人を間違えるわけないでしょう。そもそも盗撮犯のメアドに呼び出しを送ったので、あのメール届いた時点で貴女を犯人です。

 

「まず状況証拠から行きましょうか。部室の合鍵の場所なんて、他の部の人には話さないでしょう? 部室にこっそり侵入できている時点で、犯人はバスケ部の可能性が非常に高いじゃないですか」

「で?」

「しかも江良さんは女性なので、女子更衣室にカメラを仕掛けるなんて造作もありません。自分のロッカーの隙間から写るようカメラを仕掛け、次の授業で回収するだけ」

 

 とまぁ、江良さんは犯行が非常に楽に可能なことを話してやります。

 

 しかも彼女は男子のマネージャーで、女バス部員とは着替えるタイミングが違うので、例の盗撮画像に映り込む心配もありません。

 

 自分だけ映っていなくても疑われない、安全圏にいるまま今回の騒動を起こすことができるのです。

 

「さらに半裸のネギネギが映ってた女子更衣室の画像を見るに、3年のロッカーの方向から撮影されてましたね。なので、犯人は3年の女子でほぼ間違いないかと」

「え、私写ってたの!?」

「結構ダウンロードされてましたよ」

「嘘じゃあぁぁぁ!?」

 

 自分まで被害にあっていたことを知り、ネギネギは顔を真っ赤にして絶叫しました。

 

 まったく、下着くらいで騒がしい。

 

 ネギネギの画像は顔が写っておらず、しかも小柄なので一年の女子と勘違いされてますのに。

 

「もう消しときましたので、安心してください。顔も写ってなかったですし、誰もネギネギとは気付きませんよ」

「う、うわああああ……。み、見られたあ……」

「よしよし、落ち着け落ち着け」

 

 ネギネギはショックで泣き出してしまいました。ホント、メンタル糞雑魚ですねこのATM。

 

 私なんて名前と顔つきで拡散されかけましたからね。まったく危ないところでした。

 

「まぁ今から女子更衣室に行って、盗撮画像の角度からロッカーの位置を割り出しても良いですよ。そもそも、盗撮犯の書き込みを法的な手順で開示すれば貴女に行き着くと思いますけど」

 

 まぁそれをやっちゃうと、私が違法な手段でこの人の個人情報を抜いたこともバレちゃうのでやりませんが。

 

「知らないわ、好きにすればいいじゃない」

「ああ、ハッタリと思ってますね? 本気でやりますよ私。金の心配なら、ネギネギが居る限り無問題なので」

「……え、私!?」

 

 いや、ハッタリなんですけどね。

 

 犯罪行為がばれて両者逮捕なんてオチ勘弁してもらいたいですから。

 

「……だから、私じゃないから好きにしなさいよって。そもそも、なんで私が盗撮なんてする理由ないでしょ────」

「そりゃ貴女がマス子に彼氏とられたからでしょう、しょーもない」

「へ?」

 

 動機の件でいきなり話を振られ、マス子が動揺して先輩を見つめます。

 

 ひどく単純な動機なんですよ、この騒動。

 

「こないだマス子が振った男子部員、もともと江良先輩と付き合ってたみたいです。そうですよね?」

「……」

「女子専門スレでその件を、随分煽られてましたね。負け犬だの敗北者だの、先の時代の遺物だの」

「……貴女も、あのスレ見てたのね」

「その煽りに対する復讐先が欲しかったんでしょう。しかし、ネットの書き込みは誰のものか特定できない。それで、貴女はマス子に復讐する事にしたんです。だからマス子の知り合いや、友人に的を絞って盗撮をしたんでしょう」

 

 ネットリンチ、女同士の嫉妬、マス子への怨恨。それが今回の事件の発端です。

 

 実は「だんのうら」以外にも幾つか隠しスレは存在しており、江良先輩はその中の女子専門スレ「じょしせん」の住人でした。

 

 江良先輩はそこで身バレした状態で、格好の良いバスケ部の彼氏が居ることを散々に自慢していた様子です。

 

 しかし、結果は知っての通り。江良先輩は、マス子に彼氏を取られたことが知れ渡ってしまい、掲示板で煽られ笑い者になっていた可哀そうな人なのです。

 

 ネット上で散々に誹謗中傷されたのは、彼女には耐えがたい屈辱だったでしょう。その恨みの矛先がネット上だけではなく、マス子に向いてしまったという形です。

 

「被害者はマス子と仲の良い女バス部員に加え、私、ネギネギ。完全にマス子の近辺を狙い撃ちですよね」

「え、そんな。私、アイツが江良先輩と付き合っていたとか知らなくて、そんなつもりは」

「ネットで馬鹿にされた復讐で、こんなしょうもない事件を起こしたゴミクズ。それがこの女なのですよマス子」

「……違うわ。だから、私じゃないって言っているでしょう!!」

 

 江良先輩は徹頭徹尾、誤魔化すつもりの様です。顔を真っ赤にして、私に食って掛かっています。

 

 ああもう、面倒になってきたのでとっとと証拠を突き付けますか。

 

「まぁ、しらばっくれるなら法的に対応するだけです。ああ、掲示板の書き込み削除なんて期待しても無駄ですから」

「……どういう意味よ」

「貴方のメールアドレス、どうして私が知っていたと思います? ……それは、貴女ご本人からメールをいただいたからですよ」

 

 そういって私は、ドヤ顔で江良先輩に付きつけました。

 

 私のアドレスに届いた、江良先輩からの『書き込み削除依頼メール』を。

 

「あのスレの管理人は私です。というか、裏掲示板全体の元締めは私なんです」

「えっ」

「表向きは不良に元締めさせてますけど、まぁ私が脅してやらせてるだけです。あのスレは私が弱み握りと個人情報集めのために運営している、私のための掲示板なんですよ」

「え、え……?」

「まさか書き込み主の特定作業中に犯人から連絡をいただけるなんて思ってもいませんでした。「だんのうら」が急にdat落ちして、ビビったのでしょうか? まぁ、これが動かぬ証拠ですよね、江良先輩」

 

 私のスマートフォンに写っているのは、江良先輩本人のメールアドレスから届いた『該当の書き込みを削除してください』というもの。証拠隠滅のつもりだったんでしょうか。

 

 流石の私も、いくつかの書き込みだけから犯人特定には至っていませんでした。今夜、じっくり徹夜で犯人特定作業にいそしむつもりでした。

 

 しかし、まさかの盗撮犯から書き込みの自白メール(さくじょいらい)が届いたではありませんか。正直、愚かすぎて笑いが止まりませんでした。

 

「ねぇ、先輩。これでもまだしらばっくれますか」

「あ、あ。何で、貴女が管理人だなんて知ってたら、私は」

「私の盗撮写真までは出さなかった、ですか? 反吐が出ますよ」

 

 まったく汚らわしい。この私の神々しく神聖な素肌を晒させた時点で、この女がどんな言い訳をしても聞く耳を持てません。

 

「先輩。法的な手段で正当に罰せられるのがお好きか、それとも前科が付かない代わりに私の下僕(トモダチ)になりたいか。ご自由に選んでくださいな」

「……」

「ま、どちらを取っても、ロクな事にはならないと思いますがね?」

 

 そういってにこやかに笑い、肩を叩く私を。

 

 江良先輩は顔面蒼白にして、見つめておりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな人じゃなかったんだけどな、江良先輩」

「本性を隠していただけでしょう。人は上辺だけじゃ、何もわかりません」

 

 マス子は、江良先輩のしでかした騒ぎをまだ受け入れられていない様子でした。

 

 しかし、どうあがいても今回の盗撮騒動の犯人は、あの江良という女で間違いないのです。

 

「私が部活入りたての頃とか、よく親切にしてくれてな。ジュース奢ってもらったし、後片づけ手伝ってもらったし。優しくて、みんな母親みたいに慕ってた」

「つまり外面(そとづら)はいいんですね、性格の悪い女ってのは大体そうです」

「お前は、外面すら良くないじゃん」

「ん?」

 

 マス子は、難しい顔をしていました。

 

 かつてお世話になった人に悪意を向けられて、混乱しているのかもしれません。

 

「きっと江良先輩、すごく辛かったんだよ。ネットで、誰かすらわからない相手に実名で馬鹿にされるなんてさ。顔も見えない相手だから、いつどこで誰に笑われているかわからない、凄くイヤだと思う」

「ネット上で、ほぼ実名出して書き込むあの女が馬鹿なんですよ」

「それでも。すごく辛くて、それを誰にも相談できず、歪んじゃったんだとしたら……悲しいなって」

 

 随分とマス子は、江良先輩の肩を持っていますね。

 

 自分が盗撮されたこと、忘れてませんかね。

 

「どんな理由があろうと、犯罪は犯罪じゃ。……私は、許せん」

「ええ、私も許すつもりはないです。一緒に、江良先輩を自殺まで追い詰めましょうネギネギ」

「や、そこまでは……。ただ、きっちりやらかした罪を償ってもらわにゃ困るわい」

 

 一方でネギネギは、怒り冷めやらぬといった雰囲気です。

 

 この辺の反応の違いは、やはり事前に江良先輩を知っていたかどうかなのでしょう。

 

「そういや気になってたんだが。何で、先輩は男子の専用スレに入れたんだ?」

「ああ、誰でも入れるんですよあのスレ。一応パスワードは設定してますけど、そのパスは結構楽に入手できます」

 

 まぁ、迂闊な書き込みを誘うための掲示板ですからね。

 

 それなりに門戸を広く開いておきたいので、管理人代行させてる不良のTwiterに「だんのうら」のパスワードを常時公開させています。

 

 これで、新規さんはいつでもスレに入ることができるのです。

 

「パスワードを知ってる人しか入れないスレという、特別感。それを演出することで、逆に広告になるんですよ」

「……考えてるんだな」

「そして利用者を限定しているように見せることで、普段より羽目を外した発言も引き出せる。裏掲示板はまさに、他人の弱みの宝庫です。普通にエロ画像を交換させてるだけで、性癖という弱みが手に入りますし」

 

 もともとこの掲示板は、ある卒業生が運営していた小さな掲示板でした。

 

 その裏掲示板が誹謗中傷や卑猥な話であふれており人の弱みの宝庫だったので、私からその方に脅迫(オネガイ)して、引き継ぐ形で運営を譲ってもらったのです。

 

 それから1年経った今では、それなりの周知度と書き込み数を誇るサイトへと発展しました。

 

「ネットは、怖い世界です。皆が薄氷の上を歩いているのに、それに気づかず迂闊な書き込みや発言をしてしまうひとで溢れています」

「……」

「お二人は大丈夫とは思いますが、くれぐれも軽率な真似はなさらないように注意してくださいね」

 

 確かに、ある意味では江良先輩も被害者なのかもしれません。

 

 しかし、私からすれば彼女の行動は全てが自業自得。

 

 江良先輩自身が気を付けてさえいれば、彼女の被害も防げる場面がいくらでもあったのです。

 

「のう、アマネよ。少し私からも聞いてよいか」

「どうしました、ネギネギ」

「……お前、管理人じゃったのなら女子の盗撮画像が上がった瞬間に対応できたんじゃないのか?」

「えっ」

 

 突然にネギネギは、そんな馬鹿なことを聞いてきました。

 

 やれやれ、やはりネギネギはネットというモノをまるで分っていませんね。

 

「残念ながら、それは不可能というやつですよネギネギ」

「それは、どうしてじゃ?」

「そんなにすぐ対応したら、被害者から依頼料を貰えないじゃないですか────」

 

 

 自慢げに私がそこまで言い終わった瞬間、ネギネギはスッと私の腕を捻り上げました。

 

 これは……小手返し固めというやつですか!

 

 

「あ痛だだだだだだだっ!!!!」

「お前が諸悪の根源じゃあ! 知ってて、わざと放置しとったんじゃな!? 私のやマス子の裸、ネットで拡散されてたのに!」

「や、だってすぐ動いたら一文にもなりませんし……。って痛い、痛い、ギブです!! 折れる、折れるぅー!!」

 

 この、チビのくせにいつの間にこんな関節技(サブミッション)を!

 

 私は肉体派ではなく頭脳派なんです、チビとはいえこうも綺麗に関節技を決められたら……。

 

「……そっかアマネ、お前が管理人だったな。だったら、お前が江良先輩のネットリンチを見過ごさなきゃこんなことにはならなかったんじゃないか」

 

 助けを求めてマス子の方を見ると、彼女は何やら考え込んでおりました。

 

 今回の事件を私に責任転嫁しようとしているらしいです。まったく、これだからマス子は!

 

「何言ってるんですか! 私が見過ごしていたわけないでしょう、そんな面白い事」

「ほう? じゃあ何か対応したのか?」

「無論、この私が先頭に立ってエラカスを全力で煽ってたに決まってるじゃないですか────ほぎゃあああああああ折れたああああああ!!」

「そうか、成程」

 

 マス子がもう片方の腕を十字固めして、そのまま迷わずへし折りました。

 

 何で!? ナンデ!? ドウシテ!!?

 

「友達の盗撮画像が上がっとったらすぐ対応せえや!」

「お前も事件に一役買ってんじゃねーか!」

「あんまりですぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 その日。私は完ぺきな仕事で盗撮犯を特定し事件解決に導いたのに、仲の良い友人からリンチを受けました。

 

 世の中は不条理です。ネット世界なんかより、よっぽど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【だんのうら 過去ログ】

 

 

235:名無し 2021/11/4 12:19:00 ID:Q95cOgNk

このスレほんま助かる

最近おかずに困らない

 

236:エロ神 2021/11/4 12:37:57 ID:crqSEoU2

新作だぞ

みんな大好き、2年の傘●美音の着替え

Hppt//imugar/galley 005392

 

237:名無し 2021/11/4 12:38:58 ID:U40RrRbr

>>236

ヴォェ!!!

 

238:名無し 2021/11/4 12:39:04 ID:qXcNY+i2

>>236

吐き気が止まらなくなった

殺すぞ

 

239:名無し 2021/11/4 12:39:52 ID:nY6AdYJs

>>236

グロ注意

 

240:名無し 2021/11/4 12:40:45 ID:+2xPaLnL

>>236

消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ

 

241:名無し 2021/11/4 12:43:33 ID:MgMHckv4

>>236

ファっ!? うーん(即死)

 

242:名無し 2021/11/4 12:45:22 ID:0K0UGTD+

>>236

こんなおぞましい盗撮画像があるか

 

243:名無し 2021/11/4 12:46:01 ID:crqSEoU2

>>236

スマホぶっ壊れた

 

244:名無し 2021/11/4 12:48:30 ID:n9sgnril

>>236

あーあ、お前終わったな

 

245:管理人 2021/11/4 12:50:23 ID:hfnleA+J

スレストッパーAMNちゃんです。

このスレッドは今後アクセス禁止とします。

 



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6話「私だって、最低の人間さ」

 ふとした時に、思い出してしまうことがある。あの時の自分が、間違ったことをしたとは思っていない。

 

 だけど、今でも夢に見てしまうんだ。その時の仲の良かった友人の、恐怖で血の気が引いた視線が忘れられない。

 

 

 あの学校に、もはや私の居場所はなかった。だから、私はアメリカから逃げ出した。

 

 

 ああ、神様。本当に神様というヤツが存在するのであれば。

 

 ────どうか私を、断罪してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「江良カスが自首しやがった、ガッデム!」

「……」

 

 その日は朝から、悪魔(アマネ)が猛っていた。

 

 理由は、稼ごうと思っていたカモに逃げられたからである。

 

「前科持つのが怖くないんですかね。あー、当てが外れました! アイツでたっぷり稼ぐつもりだったのに!」

「……稼ぐ?」

「慰めてください。エラカス用のネットで買春客を募集する宣伝素材、作ってたのが無駄になりました。アイツならそれなりの値段で売れたのに」

「良かった。先輩に自首するよう説得して、本当に良かった」

 

 江良先輩は、盗撮という罪を犯した。それによって、私を含め傷ついた娘がたくさんいた。

 

 だから、法の裁きを受けることになった。それが、彼女の負うべき責任なのだ。

 

 あの年で前科を持ってしまえば、この先一生苦労することになるだろう。しかし、誰かに裁いて貰える事になった先輩が、私は少しだけ羨ましかった。

 

「こうなれば慰謝料です! 私の受けた精神的苦痛を金額に変えるんです、たっぷり巻き上げますよ!」

「……好きにしろ、そりゃお前の権利だ」

「そしてあの方のお店に通うんです! ああセイさん、もう一週間もお店に行けてません。私、忘れられたりしてないでしょうか……」

「クズと乙女を共存させるな」

 

 最近、アマネは何かと金に煩くなっていた。元々、金銭欲の塊みたいな女だったが、最近それが顕著になった。

 

 その理由は、男に惚れたからであるらしい。好きな男のバイトする店に通うため、お小遣いの消費が激しくなったという理由だ。

 

 この女にも、ヒトらしい感情は有ったのだ。これを機に、何とか真人間に戻ってほしいものである。

 

「あ、そうだマス子! 金ですよ、金♪ 5千円寄越してください、そういう約束でしたよね」

「ちっ、覚えてやがったか」

「私は貴女のために、色々手を尽くしてやったんですよ! 卑劣な盗撮犯からあなたたちを守るため奮闘したのです、それに対する感謝の心と、誠意(マネー)をください。その金で『まんまる餃子亭』に行きますので」

「や、最初は普通に支払うつもりだったんだが。お前から話の全貌を聞いて、踏み倒すことにした」

「はぁぁぁ!? 私に何の落ち度があるってんです!?」

「運営してる掲示板の管理責任」

「あだだだだだだ!!」

 

 アマネが目を見開いて私の胸ぐらを掴み上げてきたので、逆に顔面を掴ん(アイアンクロー)でつるし上げる。

 

 こいつ、まだ私から金を取るつもりだったのか。こいつもむしろ、私やネギネギに慰謝料払えってレベルだろ。

 

「酷いです、そうやってマス子はいつも私を悪者にして!」

「実際、いつも悪者じゃろ」

「マス子は何時もそう。私を利用するだけ利用しておいて、飽きたらポイなんですね!」

「急にヘラるな」

 

 お前なんぞ、むしろ利用し(かかわり)たくない。

 

「ふんだ、もういいです! 次からマス子の頼みなんか聞いてあげませんから」

「……はぁ。わかったよ、今度メシ一回奢ってやるから」

「本当ですか!? いつですか、今日ですか? まんまる餃子亭に行きますか?」

「安いなーコイツ」

 

 ただアマネは、何をしでかすか分からない爆弾のような女。

 

 へそを曲げられて、くだらない悪戯をされても面倒だ。一食くらい奢ってやろう。

 

 こいつは馬鹿でゲンキンなので、意外と扱いやすい。

 

「今日はバスケ部があるから駄目だ、また部活のない日にな」

「ほう、私も付いて行って良いかのう」

「良いぜ、みんなで食いに行こう。あ、ちゃんとお目当ての人がシフト中か調べとけよアマネ」

「お、お、お目当ての人なんていませんけど!? まぁでも、どうせなら、格好いい人が接客してくれた方が嬉しいですし。ま、マス子がそういうのであればセイさんのシフトを聞いておくとしますか」

「誰もセイさんの名前出してねーのに。本当、分かりやすい奴」

 

 アマネはセイさんの名前を出し、クネクネ気持ち悪い動きで腰を振り始めた。

 

 乙女は恋をすれば、可愛くなるという。実際、最近のアマネの行動にはほんの僅かながら可愛げも出てきたように思う。

 

 そのクネクネ動きは気色悪いが。

 

「たーたったったー。まんまる餃子のTEL番は~」

 

 ……アマネという少女は、品性を疑うドクズである。

 

 しかし彼女の外見だけは素晴らしい。もしまともな性格であれば、きっと落とせない相手なんていないハズだ。

 

 今のアマネの可愛げが続くのであれば、上手くいってしまうかもしれない。

 

 そしてあわよくば、セイさんという彼氏に染められ真人間に変貌してほしいものである。

 

「それじゃあ、明日にでも予定決めましょう」

「了解だ」

 

 しかし。

 

 もし本当にアマネがクズでなくなるのであれば喜ばしいことだが、私の内心に少しモヤりとしたものが残った。

 

「……」

「どうした、マス子」

 

 その理由は、何となく想像がつく。

 

 存外、アマネという少女(ゴミ)の存在は私の助けになっていたのかもしれない。

 

 何故なら彼女が近くにいるだけで、私は少し安心してしまうからだ。

 

 私は自分よりも、いや()()()()()()()()()()()()が傍に置くことで、歪んだ安心を得ていたのだろう。

 

「じゃあ、私はバスケ部の練習いかなきゃだから」

「おお、またのマス子。ほら、今日はもう帰るぞアマネ」

「え、えへへへ。セイさんのシフト聞くために店に電話かけるのって、変じゃないですよね? 大丈夫ですよね?」

「変じゃと思うよ」

「ですよね、じゃあかけますね! もしかして、セイさんが出てくださったりしないかな」

「話聞いとらんなコイツ」

 

 本当の自分を隠し、過去を偽り、私は生きている。

 

 バスケ部の皆は、ネギネギは、私の本性を知ったらどう思うであろうか。

 

 ───アマネよりはマシだ、と言ってくれるんじゃないか。このクズのお陰で、相対的に私は許されるんじゃないか。

 

 私はそんな、人として終わっている思考回路にたどり着いて、自己嫌悪で黙り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今月のお小遣いは、残り少ない。

 

 アマネにメシを奢ってやる約束をしてしまった以上、今の手持ちでは心もとない。

 

 今週の週末は自主練に参加せず、日雇いのバイトにでも応募してみるとしよう。

 

「あ。マス子主将、お疲れ様です!」

「例の事件、解決してくださったの先輩なんですよね。ありがとうございます!」

「私というか、私の悪友がやってくれたんだがな」

 

 私が体育館に顔を出すと、既に熱意のある後輩が練習を始めていた。

 

 彼女らは何も知らず無垢に、私へ尊敬の念を向けてくれている。

 

 それがどれだけ有難い事なのか、想像もつかない。

 

「増田先輩オツっす。今日もおっぱいでかいっすね」

「お前ソレ、男が言ったらセクハラだからな」

「にしししし!」

 

 こんな風にフランクに接してくれている後輩や、妙にキラキラした視線を向けてくれる後輩。

 

 彼女らがもし、私の本性を知ったらどう思うのだろう。

 

「まぁ私の方がでかいんスけどね。バスケの実力では主将に負けていても、グラマラスさでは私こそ部内一番!」

「そうか、良かったな。お前はランニングノルマ一周追加だ」

「うげええ! 違うッス、ジョークっす」

「普段ならともかく。そっち方面でピリピリしてた今、下ネタ飛ばすな」

「ぎゃああ、ッス!!」

 

 いや、そんな暗い考えはもうやめだ。今はバスケに集中しよう。

 

 秋の大会も近い。私には、このメンバーを全国の舞台に連れていく義務がある。

 

 地区大会には、猛者が多い。代表的なのは去年の全国大会MVP、魔術師(ウィザルト)の異名を持つ天才率いる東岡第一女子バスケ部。

 

 他にも全身を筋肉の鎧で纏った男子さながらのフィジカルで圧倒してくる『メスゴリラ軍団』蒙古襲来高校女子バスケ部に、百発百中のシュート精度を誇る『スナイパーズ』暗薩高校女子と、私の地区は強敵には事欠かない。

 

 去年は惜しくも決勝で魔術師(ウィザルト)に後れを取って全国の切符を逃したが、今年こそは優勝旗をうちの学校に持ち帰りたいものだ。

 

 

 

「……あん? 電話?」

「どうしたッスか先輩」

「いやスマン、少し通話してくる。誰だこの番号」

 

 頭をバスケに切り替えて、アップを始めようとした瞬間。

 

 見覚えのない電話番号から、突然に通話がかかってきた。

 

「見覚えない番号って大体アマネなんだよな。アイツ、いくつ電話番号持ってんだ」

 

 いつものしょうもない用事なのか。それともワザワザ番号を変えないといけない、重要な要件なのか。

 

 存外、ただの間違い電話かもしれない。私は体育館から外に出て、人気のない校舎裏で通話に出た。

 

「はいもしもし」

Hi, Montgomery(よお、モンゴメリー)

 

 その電話の相手は、

 

Long time no see(会いたかったぜクソ野郎)

「……」

I wanna see you,bitch(ちょっとツラ貸せよ)

 

 二度と聞きたくなかった、スラム訛りの英語だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その通話を切ることすら許されないまま、私は学校近くの路地裏に呼び出された。

 

 それは奇しくも以前、私が入学直後に不良に連れ込まれた裏路地だった。

 

『何の用だ』

『言われなくてもわかってんじゃねぇのか?』

 

 声を聴いただけで分かっていた。その電話の声の主に。

 

 それはかつて、アメリカで散々に嫌な思いをしてきた相手。

 

 かつて私の友人を傷つけ、大喧嘩の末に少年院の送りにした男だ。

 

『随分、日本で楽しくやってたみたいだなモンゴメリー。こっちでも誰かにその貧相なケツ振って、毎日乱交パーティでもしてんのか?』

『は、いくらモテないからってそんなあり得ん妄想垂れ流すなよ。自分が童貞だって、バレるぞケイリー』

 

 ケイリー、と呼ばれたそいつは私の挑発に反応すら返さなかった。

 

 彼は私がアメリカにいた時の宿敵で、因縁の敵だった。

 

『はっはっは、俺が童貞かどうか試してみるかクソビッチ。自慢のテクニックで今夜足腰立たなくしてやるからよ』

 

 そう。この男は、

 

『オメーの腰巾着の時みたいになぁ』

 

 かつて、私の親友を自殺にまで追い込んだ正真正銘のクソ野郎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 中学校に入った当初、私のすぐ近くの席に座っていた女子生徒がいた。

 

 彼女はサバサバと気立て良く、竹を割ったように明るい性格だった。

 

 私とは性格の相性がよく、何処に行くにしても一緒だった。

 

 

 そんな彼女だが、人には言えない秘密があった。

 

 何と、体を売って金を稼がされていたのだ。

 

 

 それは彼女自身の意思というより、親に強制されての事だった。

 

 裕福ではない彼女の家は、娘の貞操を売り飛ばして金に換えていたのだ。

 

 スラムではよくある話、だった。

 

 

 そして彼女はある日、学校の友人の家に売られた。

 

 買ったのは、ケイリーの家だった。ケイリーは金の力で彼女を辱め、その写真を面白半分に学校でばら撒きやがった。

 

 

 それから、彼女は学校に来なくなり。心配して何度も会いに行ったが、やがて彼女は命を絶ってしまった。

 

 

 

『これだから童貞は情けない。金を払わねぇと女を抱けないとは、自分のムスコの小ささがそんなに気になるのか』

『金を払って抱かれる方が百倍みっともねぇけどな』

 

 当時の私は、ブチ切れた。

 

 何せ彼女が死んだ時、ケイリー達は笑っていやがったのだ。

 

 『これでアイツの最期の男は俺達だ』と、自慢げに吹聴して回ったのだ。

 

 私は、そんなケイリー達を散々に痛めつけた。

 

『その臭い口閉じろよ、ケイリー。本題があるんだろ、早く言えよ』

『言わずとも分かるだろってんだ。ノコノコと、呼び出しに応じてくれて助かったぜモンゴメリー』

 

 彼の用事とやらは、容易に想像がつく。私に、その時の復讐がしたいのだろう。

 

 ケイリーは、典型的な小物だ。そして、手段を選ばない畜生だ。

 

『多くのジャップを巻き込まずに済んで助かった』

 

 通話を切ることは許されなかった。警察などに相談する余裕もないまま、私は一人で呼び出しに応じた。

 

 この呼び出しに応じなかったら、バスケ部の面々や仲の良い友人(ネギネギやアマネ)に被害が及ぶ可能性もあった。だから、私は応じざるを得なかった。

 

『心置きなくボコボコにして、ぶっ殺してやる』

 

 親友を失ったとき、私の目の前は真っ暗になった。二度と立ち直れないんじゃないかと、錯覚した。

 

 アマネはともかく、もしまた私のせいで大切な誰かが傷つくなんてことになったら、もう二度と立ち直れない。

 

『やってみろや童貞』

 

 久しぶりの喧嘩だ。もしコイツに勝っても、バスケ部の大会出場に関わるかもしれない。

 

 だけど、それでも。私はこの男に、正面から相対せねばならない理由があった。

 

 私が一人で、この男の始末をつけねばならない理由が────

 

 

「ほえー、凄いですねぇ。マス子はアメリカ語もペラペラと聞いていましたが」

「……え?」

「和訳してくださいよ、和訳。なんか今、カッコいい事を言ってたんでしょう?」

「……ええぇ?」

 

 

 だが、これは一体どういう事だろう。

 

 それはちょうど1年前、私が路地裏に連れ込まれた時のようなタイミングの良さで。

 

 いや、ある意味で致命的に空気の読めていないタイミングで。

 

 

『あん? おお、日本での友人が駆けつけてきたのか。泣かせるねぇ』

『友人……。友人? あーっと』

『何だその怪訝な顔』

 

 

 傘子美音と言う、この高校を代表する畜生────いや、日本を代表する畜生が、この裏路地に姿を現したのだった。

 

「あーアマネ? 見ての通り今からケンカなんだが」

「ふふーん、スキャンダルですね! 部活に迷惑をかけたくなければ口止め料を払ってくださいマス子」

「うーんこの、敵が二人に増えた」

 

 おそらくアマネは、電話で裏路地まで呼び出される私の姿を見たのだ。

 

 そして有難いことに、心配して? 乱入してきてくれたのかもしれない。

 

 いや、恩を売りに来たのか、脅しの材料を集めに来たのか、半々と言ったところか。

 

『ほぉ、なかなか可愛い娘じゃねぇか。たっぷりと、泣きわめくまでヒィコラ楽しませてもらおうか』

『ふっ、好きにしな。割とマジで好きにしな』

『ん?』

 

 駆けつけてきてくれたのがアマネで良かった。

 

 巻き込まれるのがこの畜生ならば、どうなろうと心が痛まない。

 

「マス子、今なんて言ったのですか?」

「アマネはお前なんかに傷つけさせない、私が守るって言ったんだ」

「マジですか! ひゅー、マス子カッコ良い!」

 

 こんなゴミでも上手く活用すれば、肉壁くらいにはなるだろう。

 

 ちょうど良いタイミングで、アマネが沸いてきてくれたものである。

 

「イヤ、見捨テラレテタヨ、キミ」

「何ですと!?」

「日本語イケたのかよお前」

 

 ケイリーは怪訝な表情のまま、片言の日本語で語り掛けてきた。

 

 スラム育ちのバカが、日本語を習得しているとは思わなかった。

 

「キミ、モンゴメリーノ友人?」

「へへーん、親友ですよ」

「ソウカイ、ジャア君モ彼女ト同ジ目ニアッテモラウ」

「じゃあ、やっぱり赤の他人でした。こんな女見たこともありません。てへぺろ」

「……」

 

 ものの数秒で親友を撤回する女、アマネ。こんなヤツだからこそ、見捨て甲斐がある。

 

 ある意味ではこれも、信頼と言えるかもしれない。

 

「それよりマス子、部活の連中が心配してましたよ。練習時間になってもキャプテンが姿を見せないって」

「……あー、もうそんな時間か。とっととコイツ始末して、説明にいかねぇと」

「Hoom、随分と舐められテルネ」

 

 私はポキリ、ポキリと指を鳴らし殴り合いに備えた。

 

 ケイリーは日本の不良と比べ体格もよく喧嘩慣れしているが、以前は私の圧勝だった。

 

 タバコにシンナーと、体に悪いものばっかやってるヤツがスポーツマンの体力に勝てるわけ無いのだ。

 

「アメリカの時みたいに、またお前の顔をドラム代わりに演奏してやるよ」

「オイオイ落ち着けよ。わざわざコンナ所に呼び出しタンダ、俺が一人な訳ネーダロ」

 

 ニタリ、とケイリーは嗤う。

 

 その言葉に不穏な気配を感じ、私は背後を返り見た。

 

「……ち、一人じゃ何も出来ないチキン野郎が」

「オメーが怨み買いスギなんだヨ、この売女(ビッチ)

 

 気付けば私は、囲まれていた。

 

 いつの間にかゾロゾロと男どもが、裏路地の出口を塞ぐように立っていた。

 

「ソッチは2人、コッチは5人。さて、ジャパニーズ土下座の準備は宜しイカ?」

「はっ! とうとう年貢の納め時ですねマス子! 覚悟すると良いですよ!」

「ナチュラルに寝返んなお前」

 

 げへ、と下卑た笑みを浮かべて筋骨隆々の男達が私を見下していた。

 

 ……吐き気がする。

 

 不利を悟って音速で裏切った親友(自称) はさておいて、この人数差は正直キツい。

 

「お前も、あの女みたいに2度と社会に出られなくしてやるよ」

「撮影はお任せください! 最高のファックビデオにして見せますよ!」

 

 まさか女相手に徒党を組むなんて、情けないことをしてくるとは思わなかった。

 

 流石はケイリー、正真正銘のクズ野郎だ。

 

「エット君、モンゴメリーのフレンドでは?」

「馬鹿言わないでください、アイツに無理やり舎弟にされてた可哀想な虐められっ子ですよ私は。貴方達に乗っかって日頃の怨みを晴らさせてください!」

「……ソ、ソウカ。え、でもサッキ親友ッテ」

「あんな女を親友と想ったことなど人生で一度も有りませんよ、ヒャーッハッハッハ」

「エェ……?」

 

 そして、その正真正銘のクズ野郎ケイリーですらドン引きしているアマネは、どこまでクズなんだろう。

 

「HAHAHA! 面白イ友人(フレンド)ダネ。ソンナ君に良いコトをオシエテヤロウ」

「良いコト? もしかしてマス子の弱味ですか? 知りたい、知りたいです!」

「オ、オウ。……ヒッヒッヒ、コイツはな」

 

 ケイリーは冷たく、私を見下す。

 

 その目には、深く暗い怨みが籠っている。

 

「ヒトゴロシ、殺人犯なんダヨ」

 

 その言葉が、私の胸をチクリと刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふとした時に、思い出してしまうことがある。

 

 真っ黒な血で濡れた、自らの角張った右拳を。

 

 ツンと酸っぱい、血の混じった吐瀉物の匂いを。

 

 

 あの時の自分が、間違ったことをしたとは思っていない。

 

 アイツは殴られて当然の悪党だった。

 

 だから、私は全力で殴った。

 

 

 だけど、今でも夢に見る。

 

 ソイツの、血が垂れた虚ろな眼球を。

 

 拳に残った、生々しい液体の温度を。

 

 そして。仲の良かった友人の、恐怖で血の気が引いた視線を。

 

 

 彼らは、私を、恐怖の目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソイツは俺のアニキを殴りコロシテ! 罪を認メズ逃げサッタ!」

「事故だよ事故。お前のアニキは、私にビビって逃げ出して階段から転げ落ちただけだ」

「嘘をつくな! このヒトゴロシ!!」

 

 

 

 ────私の親友は、ケイリーの兄に自殺に追い込まれた。

 

 ケイリーの兄は、ドクズだった。彼女が死んだ日、葬式代わりだと言って彼女のポルノ写真を黒板に張り付け、せせら嗤っていた。

 

 我慢の限界だった。

 

 

 私はそのまま、ケイリーの兄を殴り殺した。

 

 何度も何度も、冷たい廊下に顔面を打ち付け続けた。

 

 そして、ヤツが動かなくなった後。私は、階段からその男を投げ捨てた。

 

 事故と言い張るために、それだけの為に、救急車に乗せれば助かったかもしれないケイリーの兄を階段から突き落とした。

 

 

 結局私は、殺人ではなく傷害の罪で済んだ。

 

 私の友人達が、証言してくれたのだ。

 

 ケイリーの兄は臆病風に吹かれて逃げ出して、階段から転げ落ちてしまったと。

 

 

 私の友人は、比較的まともな連中が多かった。白人で金も持っていて、比較的社会的地位もあった。

 

 ケイリーの兄とつるんでた連中は、犯罪ばっか起こしてるスラムのゴミ。

 

 いくらスラムのゴミが真実を叫んでも、信用されず。

 

 裁判官は私の友人の嘘を信じてくれた。

 

 ケイリー達の社会的な信用なんて、全く無かったからだ。

 

 

 そして私は、仲の良い友人だけに別れを告げ、おもむろに日本へと引っ越した。

 

 あのままアメリカに留まったら、どんな報復があるか分からなかったから。

 

 兄を慕い、目の前で兄を殴り殺されたケイリーが、どんな事をしてくるか想像もしたくなかったから。

 

 

 そう、私だってクズなのだ。

 

 激情のまま他人の命を奪い、嘘をついて罪を逃れ生き続けている、鬼畜生。

 

 ケイリーも、私も。所詮は、同じ穴の狢。

 

 ここで私が殴り殺されたとしても、正しく報いを受けただけ。

 

 

「思い出しても馬鹿馬鹿しい。お前のアニキの逃げっぷりは無様だったな、ケイリー」

「良いゼ、コロシテヤル」

「やってみろや」

 

 ケイリーに見つかった時点で、私の命運は尽きた。

 

 もし私が逃げたら、ケイリーは私の親や友人を付け狙うだろう。

 

 ここで、おとなしくこの男に殺されるか。あるいは、ここでこいつら全員を殺してやるか。

 

 私の人生は、そのどちらかしか選べない。

 

 そもそも、私が人殺しだと知れ渡れば、もう誰も私と仲良くなんかしてくれない。

 

「マス子が殺人犯……そんな」

「HEYガール、オトモダチの過去を知ってドンナ気持ちだ?」

「最低です。人殺しなんて許せません! こんな社会のゴミ、ボコボコにしてやりますよ。そんで、私だけは見逃してください。ね、ケイリー?」

 

 だって。このクズのアマネですら、人の命を奪ったことなど無いのだから────

 

「……イヤ、この現場を見ラレたカラニハ、お前も始末スルガ」

「さあマス子、一緒に戦いますよ! 殺人なんて何のその、私達の友情パワーでこの苦難を突破しましょう」

「コイツ倫理観どうなってんノ?」

 

 アマネは再度裏切って、私の側に戻ってきた。

 

 ……こいつを巻き込んでしまったのが、唯一の心残りだ。

 

 

「ま、お前は逃げられるタイミングあれば逃げろ。何とか隙作って見せるから」

「……マス子?」

 

 こんなクズとはいえ、百歩譲れば友人なのだ。

 

 私みたいな最低の人間の側にいて、友人と言ってくれた娘を逃がすくらいの甲斐性は見せてやらないと。

 

 

『テメーらの粗末な●●、引きちぎってやるからかかってこい!』

『吠えたなモンゴメリー!!』

 

 

 英語のスラングで罵倒し、両腕をボクシングに構える。

 

 1人で多く殴り、1秒でも隙を作り、そして。

 

「てめーは屈んで隙だけ伺ってろ、カスゴミ!」

「あわわ、ちょっと待ってくださいー!?」

 

 この友人だけでも、殺されないように立ち回る────

 

 

 

 

 

「もう、そんなに焦って喧嘩しなくても良いのに」

「「「うおおおおおおっ!!!」」」

 

 

 

 

 そんな私の覚悟の叫びは、突如として沸き上がった凄まじい怒声にかきけされた。

 

「へ?」

「ヘイヘイ、スラムの底辺ども。散々にイキってくれている間に、包囲が完成しちゃいましたプッププー。バッカですねぇー!」

 

 私だけでなく、ケイリーも目を白黒させている。

 

 これは誰の声だと見渡せば、いつの間にかワラワラと人だかりが出来ているではないか。

 

「急に呼び出しやがってこのカスゴミがぁ! 本当に、本当にこれであの写真消してくれるんだろうなぁ!」

「本当に、こっそり増田の盗撮写真流してくれるってなら力を貸すぜ!」

「ひゃっはー! 喧嘩だぁぁぁ!!」

 

 そいつらの顔には見覚えがあった。

 

 あれは確か、アマネの支配下の不良ども。それも数人じゃなく、数十人単位で徒党を組んでの登場だ。

 

「……ナンだ、これハ」

「クケケケケケケ! 貴方達、みんなガタイ良くて強そうですねぇ。マス子に復讐するために鍛えてきたんでしょうか? 流石はメリケン、良い肉体してますねぇー」

 

 アマネはいつもの下衆顔を浮かべながら、ケイリーを煽り始めた。

 

「でも残念ぇん? ここは貴方達が馬鹿にしたジャップのホームなんですぅ……」

「キサ、マ……!」

「人数差こそ正義! 戦いは数ですよアニキ! さぁて、ジャパニーズ土下座の準備は良いですかぁ?」

 

 この女……いつの間に援軍を呼んだんだ?

 

 路地裏に入ってきてからは、そんなタイミング無かった筈だ。

 

 アマネはスマホを全く弄らず、ひたすらケイリーと私の間を裏切って行ったり来たりしてただけ。

 

 ではまさか、最初から不良を集めていた? 私が呼び出されている最中から?

 

 

「お、お前。アマネ、どうして」

「相変わらず馬鹿ですね、マス子。小物が徒党を組まない訳無いでしょう、多対1になることくらい想定しましょうよ」

 

 慌てて頭数を集めたんですからね、と溜め息をつくアマネ。

 

 その目には幾分かの、呆れすら浮かんでいる。

 

「い、いや、おかしいだろ。何で、私が呼び出された相手を、お前が知って」

「本当に、馬鹿ですねぇ」

 

 ケイリー達と同様に、完全に混乱しきっている私に。

 

 アマネは嘲笑するように、馬鹿にした笑みを浮かべていた。

 

 

「私が貴女の過去すら知らないで、親友やってると思ってたんですか?」

 

 



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7話「えっと、どっちが悪者なんだっけ」

 傘子美音、通称カスゴミ。

 

 彼女は息を吐くように嘘を吐き、流れるように裏切り、他人を煽ることが生き甲斐という畜生である。

 

「さてさて、今更謝っても遅いですよ? 貴方達これから、どうされたいですか?」

 

 しかし、1年間このカスと付き合ってみて、分かったことがある。

 

 この女は自己中心的で、他人の嫌がることを平気でやり、何よりも自分の利益が最優先されるクズであるが。

 

「ま、どうしたって許してやりませんケド」

 

 アマネという少女は存外に寂しがり屋であり、だからか身内とみなした人間には甘い。

 

 彼女が従僕(トモダチ)と称する人間は数多かれど、親友と言ってくれてるのは私とネギネギだけ。

 

「私の“親友”に手を出した落とし前。キッチリと付けさせて貰おうじゃありませんか」

 

 そしてアマネは『身内の敵』に対して、普段以上に攻撃的だったりするのだ。

 

 

 

 

「……ジャップらしい、陰険ナ連中だナ。お前ラは群れないと何も出来ナイのか、イエローモンキーが」

「いや、お前が言うな」

 

 ケイリーは、いつの間にか招集されたアマネの下僕たちを睨んで舌打ちした。

 

 集められた顔ぶれは、ウチの生徒だけじゃなかった。よく見れば他校の生徒も混じっている。

 

 そういえば、最近ここらのチームを統一したとか自慢してたっけ。

 

 アマネの奴、いつの間にかここまで勢力を伸ばしていたのか。

 

「負け犬の遠吠えは、浅ましいですねぇ。暴力でしかモノを解決できない人は、いつかこうして報いを受けるんですよ」

「それもお前が言うな」

「さぁて、お楽しみの始まりです。コイツら全員、アナ●擦り切れるまで棒切れ突っ込んで二度とウ●コ出来ない肛門にしてやりましょう!」

「何でそんな発想が猟奇的なんだよ!」

 

 アマネはゾクゾクとした恍惚の笑みを浮かべて、とんでも外道な命令を下した。

 

 楽しんでやがる。この女、私の救援にかこつけて弱者をリンチするのを楽しんでやがる。

 

 こいつ、前に私のことをサディストだの変態だの言ってくれたが、自分の方がよっぽどサドじゃねぇか。

 

「屈強な男を……無理やり羽交い絞めにしてお尻から……くふっ。い、一度やってみたかったんです。そんなのお下僕(トモダチ)には出来ませんからねぇ」

「……お前のその従僕(トモダチ)、ドン引きしてるからその辺にしとけ」

 

 アマネに従わされている不良は、心底気持ち悪そうな顔で主を見つめていた。

 

 そんなんだから、男子からモテねぇんだぞアマネ。

 

「……」

 

 しかし、このクズのおかげでこの場はケイリー達を何とかできそうだ。

 

 ただ、厄介なのが後始末である。ケイリーは蛇のように執念深いので、ここで逃がしたら今後もっと狡猾な嫌がらせをしてくる可能性が高い。

 

 出来れば連中を警察に突き出して、アメリカ本国まで強制送還させられれば良いのだが……。

 

 

 と、そこまで思考が行ったところで、事態は最悪の方向へ急直下した。

 

 

 

 

 

「……ちっ、コレを抜くことになるとは」

 

 

 

 

 ズドン、と鈍い衝撃音が裏路地に響いた。

 

 それは、日本ではまず聞くことのない『暴力的な音』。

 

「ケイリーお前、正気か!」

「抜く気なんて無かったヨ、元々ナ」

 

 いつの間に取り出したのだろう。見れば私たち日本人には馴染みのない、黒光る小型の武器がケイリーの手に握られていた。

 

「が……、お、おぅ……っ」

「う、撃たれた!? 大丈夫か、お前……。血、血ぃぃぃぃぃぃ!!」

「うわああああ! ヨシ坊が撃たれて血塗れになってる!」

 

 そしてケイリーの目の前に立っていた不良の一人が、太腿を抑えて呻き倒れた。

 

 太い血管がやられたのか、そのまま地面に大きな血溜まりが広がっていく。

 

 私の、いやその場の全員の血の気が、引いていくのが分かった。

 

「嘘だろ、お前、銃って……!」

「あン?」

 

 信じられない。まさかこの小物が、ここまでするとは。

 

 この国に密輸して発砲なんてしたら、どれだけの罪になるか分かっているのか。

 

「ただの手銃(ハンドガン)ダロ、何を驚いてイル」

「……ひぃい!!」

 

 それは、アメリカですら喧嘩の時に使用を躊躇われる武器だ。

 

 日本の入国審査は厳しいハズで、普通ならば持ち込むことすら許されない殺人兵器。

 

「銃だ、コイツ銃を持ってやがるぞ!」

「こ、殺されるぅ!」

 

 ケイリーは何と、小銃を隠し持っていやがったのだ。

 

 それを懐に忍ばしたうえで、私を裏路地に呼び出したのだ。

 

「うっそでしょお前ぇぇぇ! マス子ぉ、たす、助けてくださいぃ!」

「わ、馬鹿お前、私を盾にするな!」

「そんなの計算外ですよぉ!! 死にたくない死にたくない、私を殺るならマス子を殺ってくださいぃぃぃぃ!」

「テメー何しに来たんだよ!」

 

 流石のクズもこの展開は予想外の様子で、パニックになって私の背中にしがみ付き半泣きで絶叫した。

 

 こいつ……。

 

「お、お従僕(トモダチ)の皆さん突撃です! やつのハンドガンは見た感じそんなに装弾数なさそうです、弾切れさせて取り押さえてください!」

「ば、馬鹿野郎! そんなこと言ったって、その一発に当たった奴はお陀仏じゃねぇか!」

「うるさいうるさい、良いから私に従ってください! お前ら逃げたら全世界に秘密を拡散してやりますからね! 死ぬのがマシってくらいに追い込んであげますから!」

「く、くそったれ!」

 

 銃の登場に、不良達も顔を青くしている。

 

 それどころか、銃声を聞いて驚いた不良の一部は、パニックになって逃げ出してしまっていた。

 

 当たり前だ。殺されるかもしれないのに、向かっていくヤツがあるか。

 

『ジャップのチンピラ風情が!』

『ビビるなら喧嘩吹っ掛けてくるな!』

 

 集まってきた不良が、逃げ腰になったのを察したのだろう。

 

 ケイリーの取り巻きどもは突如として周囲の不良へ殴りかかり、その体格差でボコボコにし始めた。

 

「ひぃ! この外人強いぞ!?」

「あ痛ぇ!!! 折れた、腕が折れたぁぁぁ」

「あああぁぁんまりだぁぁぁぁぁ!!」

 

 やはり、日本人と西欧人では体格が違う。タイマンでは、勝負になっていない。

 

 ただでさえ銃を向けられパニックになっているのに、こんな有様じゃ勝てるわけがない────

 

「来いよモンゴメリー! 顔面腫れ上がルまでリンチしてヤル!」

「ちっ! 死ねぇケイリー!!」

 

 このままでは壊滅させられてしまう、と考えて私もケイリーに殴りかかった。これでうまく奴の手にある銃を落とさせれば、勝機はあっただろう。

 

 しかし、ヤツは冷静だった。

 

「HAHAHA! 近づいてくれてThank You!」

「ちっくしょう!」

 

 ケイリーは突っ込んできた私に迷わず銃口を向け、ぶっ放した。咄嗟に横っ飛びして直撃は躱したが、掠った右腕が大きく裂けてしまった。

 

 私にボコられた経験が生きているのか、ケイリーに真正面から戦ってもらえない。

 

「ぐぅううう!」

 

 私の体勢は崩れ、地面に激突する。撃たれた右腕を打ち付けてしまい、痛みで悶絶する。

 

 そして、それが運の尽きだった。

 

 激痛に耐えきれず体を硬直させてしまった私は、

 

I'll kill you(ぶっ殺してやる)!」

 

 受け身もとれないまま踞ってしまい、やがてケイリーが3発目の準備を終えて────

 

 

「危ない! やってやりなさい佐藤丸!」

「俺に命令すんな畜生ぉ!!!」

 

 

 流石に死を覚悟したが、アマネ配下の不良が捨て身でタックルしてきてくれたお陰で、なんとか九死に一生を得た。

 

「よ、よよよーし良いですよ佐藤丸! そのまま時間を稼いでください」

「ぐぅう、この俺が何でこんな女の言いなりに……」

 

 佐藤丸と呼ばれた不良の男はケイリーと取っ組み合い、悔し涙を流していた。

 

 彼も、アマネのせいで苦労しているのだろう。だが、今は申し訳ないけど、本当に助かった。

 

「ジャップども、ドウシテ俺の邪魔をスル! お前の脳天にも風穴をブチまけラレタイカ!」

「ソイツにやる分にはご自由に! そして私は勘弁してください!」

「ぐぅぅ! 妹を人質に取られてさえいなければ、こんな女に従わずに済むのに……」

「エェ……? 俺ヨリあくどい事シテル……」

 

 佐藤丸と呼ばれた男は、マジ泣きしてケイリーと取っ組み合っていた。

 

 ……ごめんなさい。アマネが迷惑かけて本当にごめんなさい。

 

「はっはっは、聞いて驚きなさい。この佐藤丸はなんと去年の空手県大会優勝者なんですよ!」

「ナニ!?」

「彼はこの私の配下────“アマネちゃん下僕会(ファンクラブ)”きっての武闘派で、もう10人以上の不良をアスファルトの上に沈めている猛者。いかにメリケンと言えど、この佐藤丸に勝てるわけがないのです!」

 

 アマネはその佐藤丸さんの戦歴を自分の事のように自慢げに話している。

 

 一方で自慢された側の佐藤丸氏は、かなり苦渋の表情で組み付いている。

 

 まぁ、無理もない。だって……

 

「クケケケケケ! 佐藤丸は強いですよー! 怖いですよー!!」

「フン、馬鹿らしい。所詮はジャップ、コイツ程度でチャンピオンなのか」

「へ?」

 

 アマネは気付いていないらしいが、佐藤丸氏はもう絶体絶命なのだ。

 

 さっきまでケイリーが動かなかったのは、アマネの奇天烈さに呆れていただけ。

 

 その気になれば、ケイリーなら……

 

「Fuck!! You!! Jap!!」

「おっ!! ガァ!! ぐあああああ!!」

 

 佐藤丸の組み付け程度、筋力差で一瞬でカタを付けられるのに。

 

 ケイリーは、アメリカンフットボールの経験者だ。とっ組み合いの状態は、むしろ彼の本領である。

 

 この男を倒すには、距離を取っての肉弾戦がセオリー。ケイリーと組み合った時点で、ほぼ喧嘩は負けなのだ。

 

「え……? 嘘ですよね、佐藤丸……?」

「ふん、他愛もない」

 

 哀れなり、佐藤丸。

 

 彼は妹を人質に取られて銃を持った相手に戦わされた挙句、顔面を膝蹴りされ失神してしまった。

 

「ち、使えませんね。じゃあ次、田中丸に鈴木丸に齋藤丸あたり突っ込みなさ────」

 

 そして、アマネは致命的な事態に気付かない。

 

 佐藤丸と呼ばれた不良が、アマネにとって最後の砦だったという事に。

 

「え、あれ? 他の、皆さんは?」

「HAHAHA、サッキまでの威勢はどうシタ、ジャパニーズガール。誰の肛門をFuckするッテ?」

「あれ……。あれ!? どうして誰も居ないんですか!?」

「逃げタみたいダゼ、とっくにナァ」

「え、嘘? あ、あ、あの薄情者ども~!」

 

 佐藤丸が倒れた今、アマネを守る不良はもう一人もいなくなっていたのだ。

 

 既に集まった面々のほとんどは、ケイリー達に気絶させられたか、銃に怯えて逃げ出してしまっていた。

 

「サテト。じゃあ、お楽しみと行こうジャなイカ」

「ま、待ってくださいケイリー。落ち着きましょう、話し合いをしましょう。そうです、愛です。ラブ・アンド・ピース、でしょう?」

「HAHAHA」

 

 ケイリーは、奴の仲間は、私とアマネが逃げられないようにグルリと四方を囲っている。

 

 どこにも、逃げ場はない。

 

「わ、分かった! 分かりました、金ですね? 任せてください、私はこう見えてもお金を集めるのは得意なんです。配下にカツアゲさせて、貴方に上納しましょう」

「……デ?」

「月、10万……。いえ、違います嘘です、100万円! 毎月100万円、用意して貴方に献上します! 嘘じゃないです、本当です! それで一生、ケイリー様に忠誠も誓います!!」

「……ソレデ?」

「ですから……ですから命だけは勘弁してくださいぃぃぃぃ!!」

「いい加減ダマレ、コノ外道ォ!!」

 

 ケイリーに慈悲を乞おうと泣きながら土下座を始めたアマネを、思いっきり殴りつけるケイリー。

 

「……きゅう」

「ふ、悪は滅ビタ」

 

 そしてアマネは気を失い、ケイリーは勝ち誇ってアマネを見下した。

 

 ここに、アマネとケイリーの勝敗は決した。

 

 ……なんだろう。

 

 ケイリーは、私を呼び出してリンチしようとした悪側で。

 

 アマネは今回、そんな私を救うべく助けに入ってくれた善側なのに。

 

 そのアマネが悪者にしか見えないのは何でなんだろう。

 

 

『さあて、いよいよメインディッシュだ。モンゴメリー、お前の番だぜ』

『……』

 

 

 気を失ったアマネを足蹴にして、ケイリーは私に向き合った。

 

 ……さっきの発砲音が鳴り響いてから、それなりに時間は経っている。

 

 もう少しすれば、警察の人が来てくれるかもしれない。

 

『死ぬまでその顔面、殴り続けてやる』

『おいケイリー、そろそろポリスが来るぜ。早いところ、車に連れ込んじまおう』

『だな。さて、抵抗するなよ』

 

 後ろに2人、右に1人、正面にケイリーとアマネを抱えている男。

 

 思いっきり抵抗すれば、何とか時間を稼げるかもしれない。

 

 誰かが警察を呼んでいてくれれば、もしかしたら助かるかもしれない。

 

『おいモンゴメリー。お前のクズな友達の顔面をフランケンシュタインにされたくなければ、抵抗するんじゃねーぞ』

 

 アマネを抱えている男は、刃物を取り出してその顔面に当てていた。

 

 そして刃が、クズの頬を掠める。

 

 日本人形のような端正な顔立ちの頬に、薄い切れ込みが入った。

 

『ふん、ばかばかしい。アマネみたいなクズが人質になるかって話だ』

『やっぱり? じゃ、力づくでボコしてやるだけだ』

 

 私はふぅ、と小さく一息ついた。

 

 アマネなんぞに、庇い立てする価値はない。この世から消えてくれた方が、多くの人のためになるくらいだ。

 

 ケイリーもその返答を予想していたようで、ニヤニヤと笑いながら銃を構えこちらに向ける。

 

 そして私は意を決し、ゆっくりとケイリーに顔を向けて、

 

 

『……でも、やっぱり友人なんだ。ソイツ』

『ほう?』

『アマネだけは開放してやってくれ。私は抵抗しない、黙ってお前らについてくから』

 

 

 その場で、頭を下げてケイリーに土下座した。

 

『お願いだ、ソイツは置いていってやってくれ。アマネは本当に関係ないんだ』

『……変わらねぇなモンゴメリー。お前は、アメリカでもそうだったな』

 

 これでいい。私は、ここで大暴れしない方がいい。

 

 だって、ここで私が大暴れしたら、きっとアマネは酷い目に逢う。

 

 

 そもそも、もう私に助かる方法なんてないのだ。

 

 運よく警察が間に合って私たちが保護されたとしても、ケイリーは執念深く狡猾だ。

 

 いつか、最悪の方法で私に復讐しにくるだろう。

 

 それこそ私の家族や友人も、巻き込むような最悪の方法で。

 

『お前はいつだってトモダチ想いで』

 

 だから、これが一番良い方法だ。私もとうとう、報いを受ける日が来たのだ。

 

 人を殺し、異国へ逃げ出して、のうのうと楽しい日々を送っていたツケが来たのだ。

 

 私を嬲り、痛めつければ、ケイリーの復讐心も満たされるだろう。そうすればきっと、私の大切な人たちに牙は向けられない。

 

 大好きな両親に、バスケ部のみんなや、ネギネギ。みんなが傷つけられることはない。

 

『友情のためなら人殺しだって厭わない』

 

 ケイリーは皮靴で、私の頭を踏みつけた。

 

 ガツン、と私のデコが路上に打ち付けられる。

 

 脳が揺れて吐き気がするが、私はじっと耐えた。

 

 

『そんなお前が一番嫌がる方法って、こうだよなぁ』

 

 

 しかし、そんな私の態度はケイリーにとって不快だったようで。

 

 ケイリーは額に血管を浮き出したまま、私の首筋を掴み上げ体ごと持ち上げると。

 

 

『その女、こっちに持ってこい』

『はいよ、ボス』

『……っ! やめ────』

 

 ケイリーは意地の悪い笑みを浮かべ、アマネへと銃口を向けた。

 

 

 

 そこからの光景を、私は一生忘れることはできないだろう。

 

 私は脳に血が足りず、ガポリと漏れる唾液の飛沫を垂らして叫ぶ。

 

 やめてくれ、やめてくれと声にならない声を上げる。

 

 連中はそんな私をあざ笑いながら、目を閉じてピクリとも動かないアマネの口腔内に、黒い異物が挿入していく。

 

『HAHAHA! 大事なお友達の顔が破裂する瞬間、見せてやるよ』

 

 私はジタバタと、僅かな余力でケイリーを蹴り飛ばしてみるが、何の抵抗にもならない。

 

 目がかすむ。息が苦しい。全身に力が入らない。

 

『やめ、て、くれ────』

 

 やがて、薄れゆく意識の中。

 

 炸裂するような金属音とともに、ビシャリと温かな液体が飛び散り────

 

 

 

 

「ラーメン定食」

 

 

 

 そして何故か、その飛び散った液体から、香ばしい()()の香りが漂ってきて。

 

 やがて首に加わっていた圧力がなくなり、私はそのまま地面に尻もちをついた。

 

 そして目を開くと、

 

 

「一丁お待ちぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「what the fuck!!?」

 

 

 ラーメンの丼を頭から被ったケイリーが、顔面を押さえて絶叫している姿があった。

 

 

「アンタら佐藤さん……、な訳ないか。どう見てもも、西欧系の顔立ちだもんな」

「Fuck! Oh、what the fuck!!」

「やっぱおかしいよなぁ。佐藤さんの住所に来たはずなのに、裏路地しかねーし」

「へ……? 何で、え?」

 

 呆然として、事態が何も呑み込めない。

 

 その時の私から搾り出てきた言葉は、疑問符だけだった。

 

「おー。誰かと思えば、こないだウチに食べに来てくれた娘じゃん」

 

 そして聞き覚えのある優しい声が、私の頭上から響いた。

 

 見上げれば、宮司間(ぐうじま)清太(せいた)────アマネの想い人にしてその命をも救った恩人が、私の目の前に中華料理人風の制服で立っていた。

 

「……ふぅん、成る程」

 

 彼は、そのまま路上に尻もちをついた私の顔を見て。

 

 私の血がダクダクと止まらない右腕と、ケイリーが手に持っている銃を見て。

 

 

 

「状況は分かった。後は任せろ」

 

 

 私を守る様に振り返ると。

 

 鷹のように獰猛な鋭い目で、ケイリー達を睨みつけたのだった。



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8話「あ~~困ります、あ~~~~~」

 彼の話は、アマネから何度も聞かされていた。

 

 殺人鬼に襲われて絶体絶命の窮地、あわや殺されるという場面で玄関を蹴り破って助けに来てくれた王子様。

 

 格闘技の経験なんて無いと言っていた割に、セイさんの殺人犯を制圧する動きはプロのそれ。

 

 出前用の箱とお盆を鮮やかに利用して、見事に男の握っていた凶器(ノコギリ)を弾き飛ばしたのだとか。

 

 

 その口から語られた話は、多分に妄想が入っていそうで。

 

 危ないところを助けられたという乙女フィルターが見せた、誇張も入っているのだろうと思っていた。

 

 

「ハアあああああぁっ!!」

 

 

 突然にセイさんは屈んだ姿勢をとり、大声で咆哮した。

 

 その声量に思わず、ビクっと私は硬直した。

 

 後ろにいた私ですら、驚いたのだ。いきなりそんな怒声を向けられたケイリーは、もっと驚いただろう。

 

「まずは、その手の!」

「Shit!?」

 

 そのせいで、ケイリーの反応が遅れた。

 

 その隙を逃さず、セイさんはいつの間にか取り出したレンゲを、振りぬくようにケイリーに投擲していた。

 

 

「ヤベーもん渡してもらおうかっ!!」

 

 突然に顔面にモノが飛んで来たら、人間はどんな反応を示すだろうか。

 

 そう、とっさに両手をクロスして顔を守ろうとする。

 

 ほとんどの人間は何も考えず、反射的にそうしてしまう。

 

 それが、致命的な隙だった。

 

 

 銃を持った相手を、素手で取り押さえねばならない時のセオリーとなる方法。それは、不意を突いての顔面への投擲だ。

 

 何故なら、敵が顔を庇ってくれると、銃口が明後日な方向を向いた状態で自分に差し出される形になるからだ。

 

「ハイ没収!」

 

 かくして差し出されたケイリーの手銃(ハンドガン)は、すかさずセイさんの手で叩き落とされてしまう。

 

 大事な銃を失って、ケイリーは混乱の極致に叩き落され、

 

What the devil happend(何が起きた)!?」

「こう見えてもそれなりに修羅場を潜っててな」

 

 既に死角に入り込んでいたセイさんからの肘鉄を食らい、一撃でアスファルトに沈んでいった。

 

 

「こないだ出会った特殊部隊のねーちゃんから、暴徒鎮圧の基礎講習受けてきたんだわ」

 

 

 

 

 

 そこからのセイさんの活躍は、まさに鎧袖一触だった。

 

 彼は早送りのような速度でケイリーの仲間に突撃し、舞うように仕留めていった。

 

 迎撃しようとしたケイリーの仲間を、頭突き、回し蹴り、膝打ち、肘鉄とテンポ良く迎撃していく。

 

 まるで特殊な引力に吸い込まれているように、チンピラどもはセイさんの一撃を食らい気絶していった。

 

 

「……と、こんなもんか」

 

 

 こうして、彼が到着してものの数分で、ケイリー達は完全に伸されてしまった。

 

 ああ、今ならアマネの言っていたセイさんの活躍が誇張でも何でもなかったとわかる。

 

 私はその、まるでアクション映画の主人公のような凄まじい活躍ぶりをみて、唖然とため息を吐くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、警察と救急車呼んどいたぞ。これでもう安心だ」

「あ、ありがとうございます」

 

 セイさんが周囲を制圧したあと。

 

 彼に声を掛けられて我に返った私は、慌てて路上に倒れているアマネの下へと駆け寄った。

 

「お、おい大丈夫かアマネ」

「……うーん。私はただ……転売で、皆に笑顔を……」

「大丈夫っぽいな」

 

 アマネはどうやら、脳震盪か何かで目を回しているだけの様子だ。

 

 彼女は最低な寝言を呟きながら、すぅすぅと静かな寝息を立てていた。

 

「さてと、次は君の止血だな。ほら、包帯巻いてやるからこっち来てくれ」

「う、すみません。お手数かけます」

 

 セイさんは当たり前のように、出前用の箱から救急道具一式を取り出した。

 

 包帯を手に取り、慣れた手つきで私の腕を処置していく。

 

 ……何で出前に行くのに、救急箱持ち歩いてんだろうこの人。

 

「俺は医学は素人だから、病院で巻き直してもらってくれ。応急処置だけだ」

「わかりました」

「これでよし。後は、そっちの気絶した娘だな」

 

 しかし助けてもらった手前、そんな無粋なツッコミが出来るはずもなく。

 

 私はニコリと笑みを作って、お礼を述べるに留まった。

 

「うわ、斬ったのか。女の子の顔に酷いことしやがる。ちょっと待ってな……、見ろ! これがキズパ●ーパッド絆創膏だ!」

「お、おお?」

「このキズ●ワーパッド絆創膏はすごいぜ。普通の絆創膏より割高なのが玉に瑕だが、保湿作用もばっちりで耐水性も高く、さらに綺麗な切創ならほとんど傷跡を残さず治すことができるんだ。皮膚との一体感もよく、まるでケガをしてるのを忘れてしまうよう完璧なフィット感!」

「……」

「幸いにもジャンボタイプで、完全に傷が覆えるな。よしよし、これできっと綺麗に治るぞぉ!」

 

 そのキズパワー●ッドへの信頼感は何なんだ。

 

「にしても、災難だなこの娘。こんな短期間に2度もでかい事件に巻き込まれるとは」

「そ、そうッスね」

「まったく、いつから日本はこんなに治安が悪くなったんだ? この娘は一度お祓いに行った方がいいな」

 

 いや、治安が悪いのは貴方の周りだけです。

 

 そしてお祓いに行くべきは、間違いなく貴方です。

 

「ま、君もツイてなかったにしろ。どういう経緯かは知らんが、若い女の子がこんな路地裏に入っちゃいかんよ」

「は、はい。気を付けます」

「この娘にも、言っといてあげてくれ。君はとにかく、えっと、アマネちゃんだっけ? この娘、びっくりするほど無防備だから」

「……。いえ、ソイツは、私が危ないのを見て首を突っ込んできてくれたという感じです」

 

 私の答えに、セイさんは意外そうに眼を細めた。

 

「そうなのか? へぇ、友達想いの良い娘なんだな」

「はい、部分的にそうです」

「部分的?」

 

 アマネが“友達想い”まではギリギリ認めるけど、良い娘かと言われたら断固として否定する。

 

「そこの銃持った男が日本に来て、大暴れしたのは……私への恨みが原因なんです。だから、悪いのは全て私で」

「ふぅん? 君が、人から恨まれるような人間には見えないがなぁ。逆恨みか何かだろ?」

「……そんなこと、ないですよ。私は、私だって最低な人間で、殺されても文句なんか言えない」

 

 私は吐き出すように、そんな言葉を零してしまった。

 

 その言葉を聞いたセイさんは、ピクリと耳を動かした。

 

「そいつは、聞き捨てならねぇな。この世に殺されてもいい人間なんて、存在しない」

「……」

「どんなクズでも、腐ったヤツでも。産んでくれた親が居て、大事な家族が居る筈さ」

 

 セイさんは、真っすぐな目でそういった。

 

 どんなクズにも親が居る。家族が居る。

 

「一度失われた命ってのは、どうあがいても取り返しがつかねぇんだ」

 

 私が、怒りのままにブチ殺してしまったケイリーの兄。

 

 彼にも、彼を大切に思っていた親が居て、慕っていた家族(ケイリー)が居た。

 

「だから、人間は生きることを諦めちゃダメなんだ。ガキみてぇな綺麗ごと言ってる自覚はあるが、それでも……人の命ってのは、そんなに安いもんじゃない」

「……そうですよ、ね」

「だから、えっと、増田さんだっけか? だからよ、そう簡単に殺されても仕方ないなんて言っちゃいかん」

「じゃあ、どうすればいいんでしょうか」

 

 彼の、言っている通りだ。人の命は、決して軽いものなんかじゃない。

 

 自分本位な、怒りに任せて殺していい人なんていない。

 

 その、重くて大切でかけがえのないものを、私は奪ってしまった。

 

「私は、罪を犯したんです。その、何より大切な、奪っちゃいけないものを奪ってしまったんです!」

「……」

「でも、裁かれなかった。裁いてもらえなかった、その時は捕まるのが怖くて、それで」

 

 ケイリーの兄の命奪った私は、この国まで逃げ出して。

 

 家族を奪われたケイリーは、自分の破滅をも覚悟の上で、私に復讐しに来た。

 

「だから私は、殺されて裁かれないと、いけなかったのかもしれなくて」

「落ち着け、落ち着きなよ嬢ちゃん」

「本当は私が悪くて、それなのにケイリーの復讐にこの国でできた友達まで巻き込んじゃって。いろんな人に迷惑かけて、私は、私は」

「良いから、良いから。一回深呼吸しろ」

 

 何が言いたいのかもまとまらない。

 

 私は、私の事情でアマネを命の危機に曝した。

 

 彼女の配下? の不良さんにも、たくさんケガをさせてしまった。

 

「セイさん、私、私……」

「ま、事情は察したよ。そっか、割と重いもん背負ってんのね君」

 

 今からでも全てブチまけて、楽になりたい。アメリカに戻って自首して、殺人犯として捕まって法に裁いてもらいたい。

 

 でも、それは出来ない。私のために嘘の証言をしてくれた、友人を裏切ることになる。

 

 彼らまで、偽証罪で逮捕に巻き込んでしまう。

 

 だから、私はこの罪を告白して、裁いてもらうわけにはいかない。

 

「それで、殺されるくらいしか、もう」

「だからさっきも言ったろ。殺されていい命なんかねーっての」

 

 いつの間にか泣きじゃくっていた私の髪を、セイさんはクシャクシャと撫でてくれた。

 

 涙がポロポロと頬を伝い、血と混じって地面に零れ落ちた。

 

「でも、確かにそれはアンタの罪だ」

「……」

「そう簡単に裁かれて楽になっちゃイカン。そりゃあ、お前さんが背負い続けていくしかない」

 

 セイさんの言葉は厳しかったが、声色は優しかった。

 

 私は何も言えず、彼の言葉に聞き入るのみだった。

 

「楽をしちゃいかん、嬢ちゃん。殺されて楽になるなんて、もっての外だぜ」

「セイ、さん」

「アンタが殺されたら、今度はアンタを大切に思っている誰かが復讐心に駆られるだけだ。例えば、君の手の中で眠っているお友達とかさ」

 

 言う程アマネは、真面目に復讐してくれるだろうか。

 

「実は俺にも、スネにでかい傷があるんよ。思い出すたびにゲロ吐きそうになるくらいの、重い重い『罪』を背負って生きてる」

 

 セイさんは酷く悲しく、寂しそうな顔でそんな告白をした。

 

 私の窮地を救ってくれたヒーローが、そんな事を言い出したのが意外で仕方なかった。

 

「だからな。俺ぁ、困ってる誰かには絶対に手を差し伸べるって決めてんだ」

「……え?」

「取り返しのつかねぇ罪を、贖う方法はない。だから、俺の目の前で困ってる誰かに手を差し伸べることで、気を紛らわせてるんだ」

 

 私は、そう言ったセイさんの顔を見上げた。

 

 セイさんは悲しいような、困ったような、そんな不思議な表情をしていた。

 

「きっと誰かの役に立つことをし続けていれば、神様も見ていてくれるだろう」

「それ、で?」

「俺の目玉は2つしかない。これでも、手の届く範囲の人には精一杯手を差し出してるつもりだが、まだまだ世の中には困ってる人間であふれてる」

「そりゃあ、そう、でしょうけど」

「そんな目玉が4つになったら、より世界は良くなると思わねぇか? どうだ、嬢ちゃん」

 

 そこまで言い終わると、セイさんはエヘンと咳払いをして、

 

「それが、俺が俺自身に課した罰だ。誰にも裁いてもらえないなら、自分でやるしかないだろう。自分で自分を裁くんだ」

「あ、う」

「殺されていい、なんて楽な方に逃げるな。苦しんで、あがいて、背負った罪を贖うんだ」

 

 説教臭いことを語ったのを恥じるように、そっぽを向いてしまった。

 

「いつか、自分で自分を許せる日が来る。そんなあり得ない妄想を信じてな」

 

 

 

 その、セイさんの言葉は。

 

 どこか私の深い所に、ストンと落ちてくれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、またセイさんに命を救われてしまいました……。こ、これはもう、責任取って結納するしかないんでしょうか……?」

「落ち着けクズ」

 

 しばらくすると、アマネが目を覚まして奇声(意味の分からない言葉のこと)を発し始めた。

 

 警察が既に到着していて、セイさんが事情を説明してくれている光景を見て、自分が気絶中に何が起きたかを察したらしい。

 

「目を覚ましてから開口一番、どうしたよ」

「だって世界中の男性の憧れでありアイドルである私はみんなの共通財産です。しかし、ここまで一人の男性から恩を受けてしまったのなら、観念してセイさんと結納してやるのもやぶさかでは無くもない様な」

「上から目線過ぎて、失礼過ぎる」

 

 やはりアマネの思考回路は、理解できない。

 

 自分がモテない事、こないだ自覚してなかったかお前。

 

「おお、目が覚めたかアマネちゃん」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「どうだ、頬痛くないか? またこんな事件に巻き込まれて怖かったろ」

「え、えっとええ、はい! そんな、でもセイさんと会えて、えへへ」

 

 そして、とうのセイさんから声を掛けられると、アマネは顔を真っ赤にしてはにかんだ。

 

 どうした、超上から目線で求婚するんじゃなかったのか。

 

「……セイさん。この度は本当にありがとうございました」

「お、良いよそんな畏まらなくても」

「貴方のお陰で、こうして無事に生き延びれました。また、皆でお礼に行かせていただきます」

 

 これ以上アマネが変な事を言う前に、真面目にお礼を言っておく。

 

 奇跡的に、まだアマネはセイさんの前でボロを出していないのだ。

 

 今回助けに来てくれたお礼がてら、少しでも彼女の恋路の助けになる様に動いてやろう。

 

「ほら、アマネ。このまま私達は病院行くぞ」

「え、あ、でもまだセイさんとお話が」

「お前も頭殴られて気絶したわけで、病院で精査してもらわねーと。また、ゆっくり時間をかけてお礼言おうな」

 

 私が指さした先では、パトカーと一緒に到着した救急車の人が、私とアマネを手招きしている。

 

 これ以上、彼等を待たせるのは忍びない。

 

「あ、ありがとうございましたセイさん! 私もまたお礼行きますね!」

「おう、お大事になアマネちゃん」

「えへ、えへへ。じゃあ行ってきまーす」

「怪我人にしては元気だな、この娘」

 

 比較的軽症なアマネはそのままスタスタ歩いて救急車に乗って行った。

 

 あの様子では、きっと怪我は大したことないだろう。

 

「ああ、君はまだ腕から出血してるな。あんまり動かない方がいい、そのままじっとしていなさい」

「はい」

 

 そして、腕がそれなりに重傷な私は、あまり動かさず担架で運ばれることになった。

 

 救急隊の人が、エッホエッホと担架を担いで持って来てくれることになった。

 

「……あ、そうだ。セイさん、その、少しお願いが」

「ん、どうした」

 

 その、僅かな間。

 

 私はほんの少しだけ、勇気を出してみた。

 

「その。お礼に行くにしろ、セイさんのシフトとか聞きたいので、連絡先の交換をしていただけませんか?」

「ああ、良いよ。また、是非食いに来てくれ。店長も喜ぶ」

 

 そして私が差し出したスマートフォンは、セイさんのと短い通信を行い。

 

「気楽に連絡してくれ。くだらない用事でも、大歓迎だ」

 

 私の連絡先に『宮司間清太』の名前が加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~~~~~~」

 

 さて、どうするべきだろう。

 

「大丈夫ですか、腕が傷むんですか」

「そうじゃないです、大丈夫です……。あ~~~~~~!」

「いかんな、レート(心拍数のこと)が上がってきている。早く病院に行って鎮痛してあげないと」

 

 私は、一体どうするべきだろう。

 

 やっと彼の前から離れることが出来て、私は必死で取り繕っていた平静が崩れてしまった。

 

「あ~~~~~~。もう、くそ、最悪だ」

 

 タイミングが悪すぎる。だって私はアマネから、恩を受けた直後で。

 

 セイさんを好きになったのはアマネが先だし、私はしっかりそれに気付いているし。

 

 だから、

 

「今モーションかけたら、それこそ裏切りじゃんかよぉ……」

 

 増田モンゴメリー、17歳。

 

 私の久しぶりの────、いや人生初めての『本気の恋』は、友人の想い人への横恋慕でした。

 



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9話「反逆の意思を示しましょう!」

「そう。シャーマンとは、あの世とこの世を結ぶ者」

「何を言い出しとるんじゃ母様」

 

 その日。少女は思い出した。

 

 自分の母親の、お花畑過ぎる脳内を。

 

 どう考えても騙されているとしか思えないような話に、全力で乗っかってしまう母の愚かしさを。

 

「シャーマンというのは太古より霊能力を用いて、人々の暮らしに寄り添い悩みを解決してきた由緒ある職業なの」

「母様、一旦落ち着くんじゃ。この世に霊能力なんて、存在せんから」

「そんなことは無いわ。私は、この目で見たんだもの! 本物の霊能力を!」

 

 宗教。それは、誰しもが抱えている心の闇の隙間にスルリと入り込み、その人間の財産を食い潰す代わりに『救済』する悪魔のシステム。

 

 そして意外な事に、高収入や高学歴な家庭であれば逆にハマりやすいとも言われる。

 

 例えばそれは、少女の実家のような『医者の家系』であったとしても。

 

「貴方も一度、教祖様の話を聞きに行きなさい。そしたら、きっと目が覚める筈よ」

「目を覚ますのは母様の方じゃ」

「リンも集会に顔を出して、楽しかったと言ってくれたわ。次は貴方の番よ」

「小学生を宗教の集会に連れて行ったんけぇ!?」

 

 既に少女の小学生の妹は、無邪気な笑みを浮かべて『陰陽道』と書かれた怪しいTシャツを着て遊んでいる。

 

 恐らく妹は、まだ宗教とかがよく分かってないのだろう。

 

 だが、このまま洗脳されたらドップリ宗教に嵌ってしまうかもしれない。

 

「や、やめるんじゃ。リンの成長に悪影響じゃ、そんな怪しい集会に行っちゃいかん」

「駄目よ、よく知らずに否定なんかしちゃ」

「どう聞いても怪しいじゃろう!」

「だから、そんなんじゃないってば。本当に怪しいかどうか、一度その目で確かめに行けばいいじゃない」

 

 母は、もう手遅れだった。

 

 自分が怪しい宗教に嵌りかかっていることに、全く気が付いていない。

 

「私が偽物の、詐欺師なんかに騙される訳ないじゃない。あの方は『本物』よ」

「……と、父様は何と言うとる?」

「お金を浪費しないなら好きにせえって」

「駄目じゃ、頼りにならん」

 

 少女は母に手渡されたパンフレットを見る。

 

 そこには、明らかに目がイってる連中が満面の笑みを浮かべ、教祖様らしき女性を胴上げしている写真が掲載されていた。

 

「じゃあ、今週末に一緒に集会に行きましょうね」

「……」

 

 根岸幸乃(ネギネギ)は、予感した。このまま自分が何もしなければ、

 

「ああ、週末が楽しみだわ。ねぇ、リン」

「おー!」

 

 自分の家庭が崩壊してしまう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、昼飯時にスマン。実は、相談したい事があるんじゃ……」

「どうしたネギネギ。私で良ければ話聞くぜ」

 

 皆様、どうもこんにちは。私の名前は傘子(かさこ)美音(あまね)、最近巻き込まれ体質な女子高生です。

 

 ただでさえ私は尋常じゃなく可愛いのに、こんな素敵なヒロイン属性まで付いてしまって、どこまで人気が高まるのか想像もつかないのが最近の悩みです。

 

「うむ。いや、怪我して大変な時期のマス子に相談するのは気が引けるんじゃが、本当にスマンのう」

「良いって、気にすんな。むしろ、怪我のせいで部活出来ないから丁度いい」

 

 つい先日、私とマス子はアメリカンギャングに絡まれて重傷を負いました。

 

 なので私は、この1か月で2度も殺人(未遂)事件の被害者になってしまった訳です。まさに世界のヒロインと言えなくもないですね。

 

「もちろん、ネギネギの悩みなら喜んで力になりますよ。何せ、取りっぱぐれがない」

「ううむ。コイツに頼んで本当に良いのか謎じゃが……、確かめたい事もあるし」

 

 そんなスーパーヒロインアマネちゃんに、ネギネギはどうやら相談したい事があるようです。

 

 悩みがあるATMなんて珍しいですね。

 

「のう、アマネよ」

「何ですか」

「最近、宗教団体とか立ち上げておらんよな?」

「げっ。なんでネギネギがその計画を知って……」

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛い、痛い、痛いです! 何で、どうして、私が何かしましたか!?」

「なぁネギネギ、このままコイツの腕をへし折れば良いのか?」

「うーん、どうせなら苦しめながらゆっくり折ってやりたいのう」

「何でェー!? 今回は本当に、何で怒られているのか分からないんですケド!?」

 

 私の壮大な資金計画の一つ、宗教団体で頭の弱い老人や主婦共から金を巻き上げるプランが明るみになった瞬間。

 

 豹変したマス子とネギネギは、即座に私を拘束しました。

 

「いますぐその宗教団体を解散させぇ。私の家庭の、崩壊の危機なんじゃ」

「え、何ですか、聞こえない、痛たたたたたた!!」

「私はセイさんの言う通り、少しずつ人の為になる事をしていこう。まずはこの社会のクズの粛清だな」

「やめてください! 折れる、腕が折れて何かが出てしまいます! アマネちゃんの口から、アマネちゃん汁とも言うべき神聖な液体がリバースしてしまいます!」

 

 意味が分かりません。どうして私がこんな目に。

 

 社会的弱者を騙して金を巻き上げる事の、何が悪いというのでしょうか。

 

「分かった、分かりました、ならその計画は凍結します! 諦めます、宗教団体を立ち上げません!」

「よし。これで、悩みは解決かネギネギ」

「その通りじゃ。助かった、ありがとうマス子」

「気にすんな、良いって事よ」

「ふぇぇえええん、酷いです……」

 

 人の夢を否定するなんて、この二人は鬼です。

 

 これは、所謂イジメという奴でしょうか。この学校にはイジメが存在していたのですね。

 

 今度からボイスレコーダーを持ち歩きましょう。そして、いざという時は法廷で突き出してやるのです。

 

「ちゃんと、今の集会も解散するんじゃぞ。一週間以内じゃ」

「え、何をです?」

「だから、今お前が運営しとる詐欺団体をじゃな。うちの母親が騙されて、引っかかっとるんじゃ」

「……? いえ、私の『宗教団体立ち上げ』はまだ計画段階なので、何も運営なんてしていませんよ?」

「へ?」

 

 その言葉に、ネギネギは意表を突かれた顔になりました。

 

 そうです、今の計画はネギネギから多額の資金提供を受けることが出来た際に実行に移す予定だったモノです。

 

 中華料理店に通う金すらない今の私に、そんな大掛かりな組織を運営できるはずないでしょう。

 

「もしかして。ネギネギ、貴女何か勘違いして私の腕を折りにかかりませんでしたか?」

「そ、それは、その」

「酷いです! 勘違いで暴力をふるうなんて許せません! 慰謝料を要求します、精神的苦痛を受けました、法廷で合いましょう! それが嫌なら示談金を」

「あう、あう、すまん、私は、」

 

 ネギネギは焦った顔で、あたふたと言い訳を始めました。

 

 クケケケケケ。よくもやってくれましたねぇネギネギ、しっかりこの代償はお金で支払っていただきますよ。

 

 そして、受け取った慰謝料を資金源にして、今度こそ宗教団体を……

 

「落ち着けネギネギ。このゴミが詐欺団体立ち上げようとしたことは事実だから、お前が謝る必要は一切ない」

「それもそうじゃな」

「何ですと!?」

 

 謝罪と誠意ある賠償を要求すべくネギネギに詰め寄った私は、速攻でマス子に関節を極められたのでした。

 

 ぐすん、酷すぎます。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですか、成程。つまり、私以外にも宗教団体で詐欺を行おうとしているグループが居た訳ですね」

「そう言う事になるのう」

 

 私の冤罪が晴れたので、ネギネギはポツポツと今の自分の家庭状況について語り始めました。

 

 聞けばどうやら、ネギネギの母親は怪しい宗教にド嵌りしてしまっていて、妹(リンちゃんと言うらしい)も巻き込まれて怪しい集会に通わされているそうです。

 

 確かに、それは由々しき事態です。

 

「どうか助けてくれ2人とも! 私は、どうしたら良いか」

「酷ぇ事しやがる。人の心の弱みに付け込んで金を毟るとは……、許せん!」

「まったくです、私の狩場でなんてことを。貴重なカモを先に食いつぶすなんて許せません!」

「今、私の大事な家族の事をカモって言うた?」

 

 つまり将来的に私の財産となるべき資金が、謎の宗教団体に接収されているという事。

 

 そんな外道を許すわけにはいきません。ネギネギは大事な私の資金源(しんゆう)、力になるのも当然と言えましょう。

 

「任せてくださいネギネギ、そういう分野なら私の得意とする所です。ネギネギの母を嵌めた詐欺団体を、逆に詐欺って破滅に追いやればいいのですね?」

「違う。うちの母親の目を覚まさせてくれりゃあそれでええ」

「そして、その詐欺団体を嵌める為の資金はネギネギが負担してくれると。そう言っている訳ですね?」

「どんどん都合のよい方向に解釈していくな」

 

 これは燃えてきましたよ。本格的な詐欺行為を働くのは、生まれて初めてです。

 

 うまくやれば、その宗教団体から大量の資金を調達できます。そして上手く騙し取れれば、その宗教団体を丸ごと乗っ取ることも不可能ではありません。

 

 もしバレてしまっても、2人も親友(スケープゴート)がいるので逮捕を免れることは難しくなりません。

 

「余計なことはせんでくれ、ただアマネ達にはその宗教団体の嘘を暴いてほしいだけじゃ」

「嘘、ですか」

「蛇の道は蛇という。アマネならば、その宗教団体が信者を増やしとる手口が分かるかなと思うて相談しただけじゃ」

「えー。その宗教団体ぶっ潰した方が話が早くないですか」

「この愚かモン、ああいう組織は大体ヤクザが絡んどるじゃろうが。そういう怖い人たちを敵に回しとうない、ただ母様の目を覚ましてくれればそれでええんじゃ」

 

 最近お前も、ガラの悪い連中に襲われて怖い思いをしたじゃろう。

 

 ネギネギはそう言って、不安そうに頭を下げました。

 

「正直、そういう分野でアマネは頼りになると思うとる。謝礼も用意するけぇ、力を貸してくれ」

「むぅ。ヤクザなんて怖くありませんが、依頼主がそう言うならソレで勘弁してやりますか。私だって反社会的な連中を束ねてるんですけどねぇ」

「本当にこの女の力を借りてよかったんじゃろうか……」

 

 まぁ、大した後ろ盾もないネギネギがヤクザさんを怖がるのも仕方ありません。

 

 ここは彼女の言う通り宗教団体の闇を暴いて、ネギネギの母親の目を覚ますだけにしておきましょう。

 

「ちなみに謝礼は期待していいんですよね?」

「……成功報酬じゃ、出来高じゃ。この私の名誉に誓って、きちんと成果を出したなら相応に礼をする」

「クケケケケケケ。では、貴女のご要望に沿って最高の結果を見せて差し上げますよ、ネギネギ」

「あー、大丈夫かなコイツ」

 

 これでも私は、いつかは宗教団体を開設しようと色々調べていたのです。

 

 宗教団体の手口や手法は、ある程度想像がつきます。

 

「ではまず、その団体の集会とやらに私も連れて行ってください。信者であるネギネギの母親からの紹介なら、疑われることなく入れてくれるでしょう」

「む。分かった、母様に掛け合ってみる」

「ふぅん、なら私もついてくよ。腕を怪我してるが、用心棒にはなるだろう」

「ありがとう、マス子」

 

 こうして私達3人組は、ネギネギの親が騙されているという宗教団体の集会にお邪魔することになりました。

 

「潜入出来た際に、色々と仕掛けたいですねぇ。連中の拠点に、最低でも盗聴器や隠しカメラを仕込まないと」

「……」

「というわけでネギネギ、資金プリーズ。そういうのも経費ですよね」

「いやそれ、盗撮じゃろ」

「こっそり撮られても、気づかれなけりゃ被害はないんですよ。隠し撮りされる方が悪いんです、一周して合法です」

「お前それ、江良先輩の前で同じセリフ吐けんの?」

 

 何を言いますか。詐欺集団が、人前で怪しい行動をとるわけないでしょう。

 

 ああいう連中は集会が終わった後の会場とか、人目に付かないところで怪しいことをし始めるものです。

 

「別に犯罪的な映像を取ろうっていうんじゃないです。むしろ逆で、その宗教団体の詐欺の証拠を撮りたいだけです」

「む……」

「探偵だって、浮気調査相手を隠し撮りするでしょう。そういうのと一緒ですよ」

「まあ、そうか。そうなのか……?」

 

 私の戯言にネギネギは戸惑いながらも、

 

「……。いや、母様の目を覚ますにはそれくらいせんといかんのかもしれんな。頼んだぞ、アマネ」

「へっへっへ、毎度あり。給料分の仕事はしますぜ、ネギネギ」

 

 最終的には納得して、私にそれなりの資金を融通してくれることになったのでした。

 

「おお、そうじゃ。備品購入の際は領収書を忘れずにな」

「あ、その辺キッチリやるんですね」

「当り前じゃ、そうせんと絶対抜くじゃろお前」

 

 そして存外に、ネギネギは抜け目がありませんでした。

 

 ち、安いカメラを買ってちょろまかすつもりだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、こんにちは! お姉さん達が、ねーちゃんの友達ですか!」

「お、元気な子だな」

 

 そして週末。

 

 私は予定通りマス子と共に根岸邸にお邪魔することになりました。

 

「オレは根岸リンです、お姉さんこんにちは! 小学校5年生です!」

「貴女が噂のネギネギ妹ですか。初めまして、私はアマネと言います」

「……わ! すっごく奇麗な人」

「そうです、私は綺麗な人です」

 

 小学生であるネギ妹は、私の顔を見るなり褒め称えました。

 

 礼儀のなった、良い子のようですね。

 

「おう、来たか二人とも。じゃあ、母親に引き合わせるけぇこっち来てくれ」

「あら、おはようございますネギネギ」

「それとリン。そのお姉ちゃんは確かに見た目は良いが、死ぬほど心が汚いから近寄っちゃいかんぞ」

「ええ? そんなこと言っちゃ、失礼だよねーちゃん」

 

 ネギ妹に続いて、本体であるネギネギも玄関から顔を見せました。

 

 いつも通りの地味な私服姿です。

 

「ふふーん、そうです。私は見た目が良いんですよ」

「大丈夫じゃリン。不思議なことにこの女、自分への悪口は一切耳を通らんのじゃ」

「アマネは人の事は煽り散らかす癖に、自分はいくら煽られてもノーダメージ。無敵の煽りカスと言えるな」

「そうです、私は無敵なんです。へっへーん」

「何この人、怖い」

 

 なんか今日は妙に褒められますね。日頃の行いが良いからでしょうか。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 そして、そんなこんなでいつも通りに騒いでいると。

 

 最後に、

 

「いつも幸乃(ネギネギの本名)がお世話になっています」

「おお。本日はお招きありがとうございます、ネギネギのお母さん」

 

 今回のコトの元凶にして、ネギネギ曰く脳みそお花畑の人。

 

「いえいえ。若いのに、集会に興味があるなんて感心な子ですね」

「そうなんです、私は不思議パワーとかに目がないんです。まさか身近に、そんな素敵な集会があったなんて私は幸せ者です!」

「まあ、教祖様も喜ぶと思います」

 

 ネギネギの母親が、おっとりとした笑みを浮かべて私たちを出迎えてくれました。

 

 

 

 

 

 

「それでな、教祖様は何でも見破っちゃうんだ。トランプの柄とかだけじゃなく、失くしたものの場所を当ててくれたり、運命の相手に出会わせてくれたり! 凄いんだぜ」

「おうおう、そうなのか」

 

 そして私たちは挨拶を済ませた後、ネギネギの母親に運転してもらって集会場へと連れて行ってもらう事になりました。

 

「そうなの。アマネちゃんは信心深いんですね」

「教祖様に、お会いできるのが楽しみで仕方ありません」

 

 その移動の車の中で、私たちはネギ妹から、その教祖様とやらがどんな人物かを聞くことができました。

 

 話をまとめると、

 

「教祖様はイタコと呼ばれる霊能力者で、人の運命を見通す力がある。守護霊ってのと会話してその人の運命を予測し、助言をくれるんだ」

「イタコっていや、恐山とかで修行してるっていう?」

「そうそう! 教祖様も恐山で修行した本物のイタコで、その力でオレ達にアドバイスしてくれるんだ」

「へぇー」

 

 という事らしいです。

 

 教祖様は比較的若い女性で、なんなら私たちと同年代なのだとか。

 

 ふむ、なかなかにやるようですね。私たちの歳で宗教組織を牛耳っているとか、それなりの傑物であるといえましょう。

 

 お飾りかもしれませんが。

 

「……イタコかぁ。死んだ人と話ができるってヤツだよな。よくもそんな胡散臭い人に騙されるもんだ」

 

 ウキウキで集会に向かっているネギネギ妹と母に聞こえないよう、マス子がこっそり耳打ちしてきました。

 

 まあ、胡散臭いのは同意ですね。

 

「でも私が宗教詐欺を行う際に演じるなら、イタコは筆頭候補になりますよ。何せ、簡単ですから」

「そうなのか?」

「サクラを用意しとけば好き放題出来ますし、コールドリーディングと言われる手法を用いれば霊能力まがいの事ができます。話を聞いただけで、それなりに手口は読めてきました」

「おお、本当かの」

 

 そう、イタコほど簡単に出来る霊能力も珍しいのです。

 

 そしておそらく今回のケースでは、

 

「相談者の守護霊に語り掛ける、って動作がキモですね。おそらく守護霊に語り掛けるふりをして、相談者本人の反応を見てるんでしょう」

「ほう?」

「おそらく。相談者が悩んでいる部分を当て勘で幾つか守護霊に問う形で口に出して、反応を見てるのでしょう。そして相談者が動揺したのを感じ取れれば、深く掘り下げていけば良いんです」

 

 人間の悩みなんて、そんなに種類は多くないです。

 

 対人関係や仕事のストレス、誰にも言えない隠し事がある、自分の容姿や能力に自信がない、この辺を適当にローテーションすれば8割がた当たるでしょう。

 

「私も軽く練習したことありますし、多分出来ますよ」

「ふーむ。ではそれをどうやって証明するかの」

「ま、それは実際の教祖様とやらの動きを見てからですね。実は、他にもイカサマ仕掛けてるかもしれませんし」

「ほうじゃのう」

 

 これで、敵の戦略は目星がつきました。

 

 あとは、それを実戦で見抜いて証拠として突きつけるだけです。

 

「ほんに、アマネはこういう分野で頼りになるのう」

「末は詐欺師か、留置所かだな」

「がっはっは、まあ大船に乗った気持ちでいなさい」

 

 さて、今回の依頼人はネギネギ。そりゃあもう、バラ色の報酬が期待できます。

 

 ここは一丁、完ぺきな仕事で大金を毟って差し上げますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが集会場よ。じゃあ受付して、3人のご新規さんが来てることを伝えてくるわ」

「よろしくお願いします、ネギネギのお母さん」

 

 連れてこられた先は、何処にでもありそうなオフィスビルでした。

 

 周囲に神社みたいな宗教的な建物は、目に入りません。

 

 しかしビルの中の『回帰懺悔教』と札された部屋に入ると、そこには小さな祭壇やら社やらが所狭しと並んでいました。

 

 うわぁ、怪しすぎます。

 

「ご新規さんは、教祖様とお話しする機会が与えられるの。失礼がないようにね」

「了解でーす」

 

 おお、それはありがたい。いきなり、敵の親玉と話をする機会が貰えるとは。

 

 どんな手練手管を使ってくるのか、見せていただきましょう。

 

「最初は幸乃からよ。教祖様、ずっと貴女と話をするのを楽しみにしてらっしゃったんだから」

「う、私からか。いや、分かったわ」

 

 しかも個人面談みたいな形の様ですね。

 

 おそらく、詐欺の手口は客観的に見るとボロが出やすいからでしょう。

 

 タイマンで面談することで雰囲気を作り、コールドリーディング等の違和感を感じにくく出来るのです。

 

「ネギネギ。先ほど車の中でした話は覚えていますね?」

「あ、ああ」

 

 私は然り気無く、ネギネギに耳打ちしました。

 

「ではお願いがあります。先に教祖とやらの手口を偵察して、私に怪しいところを教えてください。上手くいけば、今日証拠を掴めるかもしれませんので」

「おお、了解じゃ」

 

 いくら相手のコールドリーディングが上手かろうと、詐欺師と分かっていれば話は別。

 

 しかも先ほど、ネギネギとマス子には基本的な詐欺の手口を教えておきました。

 

 なので、ここはネギネギには斥候を勤めてもらいましょう。

 

「ただし、教祖様の言葉や行動の違和感に気付いても、今日はスルーして乗っかってください。今後、何度かここに通う予定ですので」

「そうなのか?」

「ええ、最低でも今日仕掛けたカメラの回収の日が必要です。なので、今は教祖様を信用した振りをして欲しいんです」

「よし、あい分かった。うまいことやって見せようかの」

 

 そこまで言うとネギネギは意気揚々、母親に連れられ教祖部屋とか言う怪しい場所に入っていきました。

 

 さて、監視の目が無くなった今のうちにカメラを設置しときましょう。

 

「カメラ設置と通信確認で、私はもう少し時間がかかります。なので次はマス子に行って貰いますよ、心の準備をしておいてくださいね」

「ああ。なんかワクワクするな、こう言うの。スパイみたいで」

「詐欺の手口を暴く、正義のスパイです。一丁、気合い入れてやりましょう」

 

 何やらマス子は、少し楽しそうな顔になっていました。

 

 彼女は少し、少年(おとこのこ)的な部分がありますからね。悪をやっつけると言うシチュエーションに燃えているのでしょう。

 

 マス子は成績優秀で観察力があり、ネギネギも地頭は良いので、私抜きでもそれなりに手口を看破してくれるかもしれません。

 

 さて、敵はどう出るでしょうか? 私抜きで、解決出来たら楽なのですが……。

 

 

 

 ────そんな私の甘い考えは、すぐに吹き飛ぶことになりました。

 

 

「おお、二人とも。ただいま戻った」

「おかえりなさい、ネギネギ」

 

 

 その日。私達は思い出した。

 

「面談、終わったぞ」

「お疲れさまでした」

 

 自分の友人の、お花畑過ぎる脳内を。

 

「どうだ、何か分かったか?」

「いや、それがじゃな二人とも」

 

 どう考えても騙されているとしか思えないような話に、

 

「どうやら教祖様は本物みたいじゃった」

「……」

「……」

 

 全力で乗っかってしまうネギネギの愚かしさを。

 

「いや、本当に霊能力というのはあるんじゃな。私も初めて見てビックリしたわ」

「いえ、あの」

「お前たちも教祖様に早く会ってみるとええ。常識が覆されるぞ」

「えっと、ネギネギ?」

 

 

 そう言ったネギネギの目はぐるぐる回転しています。洗脳完了、と言った感じです。

 

 

 すっかり忘れていました。

 

 ネギネギは地頭は良いですが、こういう詐欺などに非常に騙されやすいアレな性格をしているのでした。

 

「マス子、どうしますコレ」

「……はぁ。よし、友達として、とっとと目を覚ましてやろう。ネギネギは純粋すぎるんだよなぁ、誰かと違って」

「そうですね。……ん? 誰かって?」

 

 ネギネギが、一人で集会に連れていかれる前に私を頼ってくれて助かりました。

 

 まさか秒で騙されるとは。もし私たちに悩みを打ち明けてくれなかったら、この一家は本気で破滅してました。

 

「次は私が、とりあえず偵察してくるよ。本命はお前だから、詳しいことは任せるぞ」

「はい。頼むので貴女まで騙されないでくださいよ」

「はっはっは、私が霊能力詐欺なんかにひっかかる訳ないだろう」

 

 マス子は自信満々に、面談室へ入っていきます。

 

 何か、そこはかとなく不安です。彼女は成績自体は良いのですが、短絡的でスポーツ馬鹿の一面もあります。

 

 ネギネギよりかは騙されにくいかもしれませんが……

 

「教祖様は、すごく神秘的な人じゃった。私しか知らんはずの事も言い当ててきよるし、私の悩みも全部理解してくれたし、間違いなく本物の霊能力者じゃ」

「あーはいはい」

 

 大丈夫ですよね? マス子まで信者入りしたら、流石に面倒くさくなって逃げ出しますよ私は。

 

 

 

 数分後。

 

 

「……戻ってきたぞ」

「おかえりマス子」

 

 マス子は、死ぬほど疲れた顔で部屋から出てきました。

 

 一体、何があったのでしょうか。

 

「あれ何だ? 本当に霊能力なのか? トリックとかそんなちゃちなモンじゃねぇぞ」

「そらそうじゃ、あの方は本物の霊能力者じゃ」

「……貴女もですか、マス子」

 

 どうやらマス子も、騙されかかっている様子です。顔面を蒼白にして、憔悴すらしていました。

 

 あのマス子をここまで追い詰めるとは。かなりのやり手みたいですね、ここの教祖様とやらは。

 

「カセットの声なのか? でも、確かにアイツの声だったし」

「落ち着いてください、何があったのですかマス子」

「死んだはずの、友人の声が聞こえた。私と奴しか知らない、秘密の合言葉も知ってた」

 

 マス子に話を聞くと、どうやら教祖様はイタコの名に違わず『死者と話をさせてあげる』と言われたそうで。

 

 それならと彼女はアメリカで失った親友の名前を出してみたら、本当に会話ができたそうです。

 

「あれは、アイツの声なのか? 本当に、アイツの声を聴くことができたのか……?」

「騙されてはいけませんよ、マス子。やれやれ、仕方ありませんね」

 

 ま、どんな手を使ったかは知りませんが死者と生者が会話できることなんてありえません。

 

 おそらくは、前もって何かしらの音源を用意していたのでしょう。手段はいくらでもあります。

 

「でも、アイツの声が本当に聞こえたんだ」

「落ち着いてください、ソレ自体は簡単なトリックですよ」

 

 騙されかかっているマス子を引き戻すため、私は彼女にトリックの予想を話しておきます。

 

 おそらくですが、

 

「私たちは今日、ネギネギの母を通じてこの集会に顔を出すことを予告していましたからね。前もってマス子の事情を調べておけば、簡単に死んだアメリカの友人の情報に突き当たるでしょう。何せアメリカでは、新聞沙汰になってましたから」

「む……」

「車の中で話したコールドリーディングの逆で、これはホットリーディングと呼ばれる手口です。マス子の過去を知っていれば、貴女の友人を呼び戻すことになるのは自明の理ですからね」

 

 手品の種はこんなところでしょうか。私の面談時には、スピーカーらしきものを探すことにしましょう。

 

「じゃあ最後に、アマネちゃん入ってきてね」

「はい、分かりましたネギネギのお母さん」

 

 そしていよいよ、私の番のようです。

 

 どんな奴が出てくるのか、そしてどんな手法を使って私を騙そうとしてくるのか。

 

 高校でも屈指の頭脳派であるアマネちゃんと化かし合いをしようなどと百年早い。さて、完膚無きままに見破ってやりましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 私は教祖部屋の前に案内されると、軽くノックして扉を開けてもらいます。

 

 その部屋は広くなく、外と違ってむしろ殺風景で、ポツンと四角いテーブルが置かれているだけの空間でした。

 

 そしてテーブルの中心には、

 

「……」

 

 真っ白な、髪の毛。赤く光る、不思議な瞳。

 

 巫女装束をまとった私と同じくらいの年齢の────、真冬のように透明な少女がそこに座っていました。

 

 これはアルビノ、というヤツでしょうか。確か、皮膚の色素が作られないという体質の人の事です。

 

「教祖様、三人目をお連れしました」

「ご苦労様」

 

 なるほど、ネギネギが神秘的と言ったのが理解できました。

 

 これは確かに、神秘的。まるで妖精のような、不思議な存在感があります。

 

 顔立ちは和風、おそらくは日本人でしょう。

 

 しかし彼女の真っ白な髪の毛とワインレッドの瞳は、身に着けている巫女服とマッチしており、まるでファンタジーの世界に来たかのような錯覚を受けます。

 

「デハ、お名前を聞いても?」

「え、あ、はい。私は、傘子美音と申します」

 

 その異様な雰囲気に飲まれて、少しどもってしまいました。

 

 危ない、気圧されてはいけません。私は今日、彼女の詐欺の手口を暴きにここに来たのです。

 

「そう、傘子美音さん……」

 

 彼女の瞳が、かすかに揺れた気がしました。

 

 そして、その赤い瞳でジッと顔を見つめてきます。まるで、私の心の奥底まで覗いているかのように。

 

「……」

 

 さて、彼女はどう出てくるのでしょう? 私を、どのように丸め込んで信者にするつもりですか────

 

 

 

「ナイストゥミーチュー、お会いできて光栄デース!」

「ほへ?」

 

 

 

 彼女はテクテク歩いてきた後、私にガバっと抱き着いてきました。

 

 え、あれ? 何ですかコレ。

 

「非常に可愛らしい方デース。紅茶はお好きデスか」

「え、あの、その。あれ? 海外の方ですか?」

 

 彼女は片言の日本語を話しながら、あいさつ代わりにハグをして微笑んでいます。

 

 なんというか、立ち振る舞いがアメリカンです。

 

「イエイエ、私は日本生まれの日本育ち、恐山で修行した巫女デース」

「いや日本生まれ日本育ちが、そんな喋りにはならないでしょう」

「キャラ付けデース」

 

 ……。

 

「カサコ……、カサコ……。よし、ユーは傘子(アンブレラボーイ)と呼ばせていただきマース」

「人の名前を勝手に英訳しないでください。カサコで良いでしょうが」

「私の事は、そうですね。Ms……シャドウマウンテンとでも、呼んでくだサーイ」

「ただの影山さんじゃないですか」

 

 これは、何という胡散臭さでしょうか。

 

 露骨に怪しすぎて、逆に怪しくないような錯覚すら覚えてしまいます。

 

 それを狙ってやっているのだとしたら、この女はただモノではありません。

 

「それではカサコボーイ。貴女との出会いを祝して、乾杯と行きまショー」

「ガールです」

 

 いけません、完ぺきにヤツのリズムの乗せられています。

 

 どこかでペースを取り戻さないと。

 

「さて、本題に行きまショー。この私の前に顔を見せる方は、大抵何かしらの悩みを抱えているケースが多いデース」

「え? ああ、えっと、まぁそんな感じです」

「フフフ、怖がることはありまセーン。私が貴女の抱えている悩みを、ズバっと解決して差し上げまショー」

 

 お、来ましたよ。詐欺師お得意、お悩み相談のターンです。

 

 この場合、私に何も悩みがないと話が進まないので、男子にモテたいという悩みを持ってることにするつもりです。

 

 それに対する彼女のアプローチの仕方、とくと見せてもらいましょう。

 

「えっと、実は……」

「フフフ、何も言う必要はありまセーン。私のこの深紅の瞳(ヴァイオレッドアイ)が、貴女の悩みをまるっとオミトオシデース」

「え、本当ですか」

 

 私から聞き出すでもなく、悩みを見通すと? もしかして、私の身辺も調べていたのでしょうか。

 

 そういや私も最近、新聞に載るような大事件に巻き込まれてますからね。

 

精神透視(マインドスキャーン)!」

「え、その技名大丈夫ですか?」

 

 やがて影山さんの目が赤く光ると、私は全身を嘗め回されるような感覚に襲われました。

 

 何ですかコレ。本気で背筋が、寒くなってきましたよ?

 

 

「見える、見えマース!」

「え、何ですか、コレ!?」

 

 錯覚ではなく、彼女の瞳が紅く輝いていました。

 

 これは、演出でしょうか? だとしたら、これは相当な技術が必要なヤツでは?

 

 

 

 

「フーン。そうですか、貴女は悩みがあったわけではなく『詐欺』を暴きに来たわけデスね」

「なっ」

 

 

 やがて、巫女はため息をつくと。ゾクリ、と冷たい声で巫女は私を睨みつけました。

 

「え、何を言って」

「言い訳は無用デース」

 

 その目は決して、カマをかけたりハッタリを効かせているという訳ではなく。

 

 明らかに、何かしらの確信をもって問いただしている人間の目をしていました。

 

「実にビューティホー、トモダチ想いの素晴らしい行動デス、カサコボーイ」

「いえガールです」

「ですが、私は決して詐欺などを行う団体ではありまセーン。この霊能力を使って、少しでも世の中の人の悩みの力になれればと、そう考えているだけデース」

「……そんな事、考えていませんよ?」

「ですが……」

 

 私は一応『心外だ』という顔を作ってみましたが、暖簾に腕押し。

 

 もう完全に見破られてますねコレ。

 

「隠しカメラはいただけませんネー。帰りに回収していただけない場合、押収して売りに出させてもらいマース」

 

 くそ、何故バレたのでしょう? まさか、ネギネギあたりが丸め込まれてもうゲロっていましたか?

 

 あの女使えませんね。

 

「私には、霊の声を聴くことができマース。つまり見える娘ちゃんデース」

「へ、へー凄いですね」

「私は先ほど、周りの霊に聞いたのデース。貴女がカメラを仕掛けたこと、私達を詐欺師と勘違いしているコト、全てお見通しデース」

「で、ですから、そんなこと思っていませんって」

 

 流石にこれは分が悪い、一度撤退するとしましょう。

 

 この女。すっとぼけた態度のふりをして、ここまで頭が切れるとは思いませんでした。

 

 少なくともかなりの情報収集能力をお持ちのようです、このアマネちゃんと互角かもしれません。

 

 今日は負けを認めますが、この借りはいつか返してやりますよ。

 

「しかし、そんな風に思われるなら仕方ありません。残念ですが、私はもう帰らせていただきますね」

「私も残念デース。貴女の守護霊も悲しんでいますよ、もっと人の事を信じれる人間になってはどうデース」

「はぁ、私に守護霊ですか。それは一体、どんな人なんです?」

 

 せめて、何かこの女を言い負かしたい。

 

 そんな感情から、私は自身の守護霊について聞き返しました。

 

「ほう、興味がありマスか?」

「ええ」

「では、ご自身で確認してくだサーイ」

 

 それが、運の尽きだったのでしょうか。

 

 はたまた、一発逆転の目だったのでしょうか。

 

 私が守護霊について聞き返すと、その真っ白な女は気味の悪い笑みを浮かべて、

 

 

精神暴露(マインドフラッシュ)!」

「えっ────」

 

 

 そう叫び、私に向けてかめはめ波のような構えで何かを打ち出しました。

 

 その手からは気のせいか、微かな赤い閃光が走ったかのような感覚があり、

 

 

「……へ?」

「これで、貴女も死者の声が聞こえる様になった筈デース」

 

 世界が、眩しく光り輝き始めました。

 

 

 

 ……こんな筈はありません、これは嘘です。

 

 これは高度な、3D映像の投影装置でも設置してあるのでしょうか?

 

 でなければ、

 

「声だけでなく、霊能力の才能があるならばうっすらと姿も見える筈デス」

「……」

「これで、私の能力が詐欺でも何でもないとわかっていただけまシタか?」

 

 こんな、半透明の人間がこの世に存在するわけがありません。

 

 

 私の目の前には、黒く煙のようなもので形成された人型のような、うすぼけた何かがひどく悲しそうな顔で私を見下ろしていたのですから。

 

 

「それが、貴女の守護霊デース」

「こんな、嘘、です。こんなものが存在するはず、が」

 

 

 常識があやふやになってきます。

 

 幽霊なんて存在しない。霊能力なんて詐欺師の手段でしかない。

 

 そんな、私の中の確固たる常識がグラグラと揺れ動いています。

 

 

「さあ、反省しなサーイ。貴女をずっと見守ってくれていた守護霊の方の言葉を聞くのデース」

「う、う、う」

 

 ああ、そうでした。

 

 幽霊なんて存在しないと思っていましたが。

 

 私は知っているのです。少なくとも、神様などと呼ばれる非現実的で超常の存在が存在することを。

 

 確かにアイツは、毎日のように私の夢枕に立って予言をし続けていました。

 

 ならば、本当に幽霊が存在しても不思議ではないのでしょうか?

 

「そして、貴女も信仰の道に入ると良いデース」

「あ、あ、あ────」

 

 

 

 

 

 

 

 ────惑うな、小娘よ。

 

 

 

 

 

 その時、私の脳に響くように。

 

 重厚で威厳のある、不思議な声が響いてきました。

 

「この、声は……」

「ほう、守護霊が話しかけてきたようデース」

 

 その声は低く、重く、そしてどこか安心感のある不思議な音色でした。

 

 私の守護霊は悲しそうに、そして同時に叱りつけるように、私にそう語り掛けました。

 

 惑うな、とはどういう事でしょう。

 

 

 

「えっと、貴方は守護霊さん、ですか?」

 

 ────違う。

 

 

 

 その大きな幽霊は、私に寄り添うように。

 

 こう、語り掛けてきました。

 

 

 

 

 

 

 ────我は汝。汝は、我。

 

 

 

 

 

 と。

 

 

 

 ハッ、と。私は、その守護霊の正体に気づきます。

 

 私の顔色が変わったのを察知して、守護霊?は満足げな笑みを浮かべました。

 

 

「そうか……そういう事ですか。何が守護霊ですか、騙されるところでしたよ危ない!」

「え?」

 

 私は再び詐欺師に向き直り、ビシっと指を指して立ち向かいます。

 

 この幽霊の正体には、もう気づきました。

 

 これは守護霊なんかではありません。

 

 

 

「嘘デース、私の霊能力に間違いがある筈がありまセーン」

「は、それはどうですかね!」

 

 まだ、このエセ霊能力者は気付いていない様子です。

 

 ですが、私には確信がありました。

 

 

 

 

 

 ────我が社会に適応できなかったのは、ソイツみたいな才能で食ってるゴミのせいだ。めっちゃ妬ましい。

 

 

 

 

 そう、この全ての責任を周りに押し付けて私を見守っていた魂の正体は、

 

 

前世(もうひとり)(ボク)!!」

「ワッツ!?」

 

 神様とやらの言っていた、正真正銘のゴミ。これが、この守護霊もどきの正体です。

 

「こいつが私を守るわけがないでしょう! ボロを出しましたね詐欺師!」

「えええ!?」

 

 さて、反撃開始です。

 

 この偽霊能力者に、鉄槌を下してやりましょう!



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10話「瞬間、心、重ねて」

 皆さんこんにちは、私は傘子美音と申します。

 

 聡明で正義感にあふれる美少女である私は、本日なんと霊能詐欺師の運営する集会へとお邪魔しています。

 

 その理由は、簡単。詐欺師に騙された(頭が)可哀そうなネギネギを救うため、慈悲深い私が詐欺師の正体を暴くべく、乗り込んであげたのです。

 

 ああ、私は何てトモダチ想いなのでしょうか。

 

「ネギネギの一家を騙して奪った金、まとめて返してもらいますよ!」

「お、おかしいデース。どうして彼女は、守護霊を信じてくれないのでショー……、まさか!」

 

 私がアルビノの巫女少女……ミス影山(シャドウマウンテン)の嘘を指摘すると、彼女は険しい顔で私を睨みつけてきました。

 

 よほど痛いところを突かれたと見えますね。

 

「よ、よく聞いてくださいカサコボーイ。もしかしたら、貴女のすぐそばにいるのは守護霊ではなく悪霊かもしれまセーン!」

「は、言うに事欠いて悪霊ですか。クケケケケ、そんな非現実的な嘘に騙されるほど、アマネちゃんは馬鹿ではないですよ」

 

 詐欺師は苦し紛れに、私が悪霊に取りつ憑かれたと言い出しました。

 

 苦し紛れの、王道言い訳パターンに入りましたね。

 

 大方今から信者を呼び出して私を取り押さえるという方向にもっていきたいのでしょう。

 

 その女は悪霊に取り憑かれている! とか、悪霊を成仏させるために、取り押さえろ! とか、上様を騙る不忠者だ、出会え! とか。

 

 

「悪霊なんてこの世に存在しませんよ。まったく馬鹿らしい!」

「もう一度、貴女の近くにいる霊をよく見てくだサーイ。きっと、ロクな事を言ってませんヨ!」

 

 

 

 

 ────にしてもアルビノ巫女さんか、良いな。巫女さん凌辱系のエロゲ、最期にやったの何時だっけか。

 

 

 

「ほら、特に変なことは言ってませんけど?」

「本当ニ!?」

 

 前世(もうひとり)(ボク)は、何やらホクホク顔で影山さんを凝視していました。

 

 既に死んでいるのに、まだ有るんですね性欲。

 

「結構、気持ち悪いワードが聞こえましたヨ!?」

「適当な事を言って煙に撒こうなんて、そうはいきませんよ!」

「いえ、本当に大概な発言が……」

 

 

 

 ────あの巫女さんに気持ち悪そうな顔したまま、パンツ見せてもらいてぇなあ。

 

 

 

「ひぃい、やっぱり悪霊デース!!」

 

 詐欺女は顔を蒼白にして、自らの袴を押さえつけました。

 

 さすがは前世(もうひとり)(ボク)、私を援護してくれているのですね。

 

「ほ、本当にこんなのに取りつ憑かれていて平気なのデスか? 今なら、しっかりお祓いしますヨ?」

「残念ですが、そんな手には乗りません。お祓いと称して適当な念仏を唱えた挙句、私に大金を請求するつもりでしょう!」

「え、いえ違クテ」

「今の私には、貴女の詐欺を暴いて友達の目を覚ますという大事な役目があるのです。いかなる言葉も無用です!」

 

 

 

 ────ああいう調子乗った成功者が落ちぶれて地獄を見る瞬間、それこそが何にも代えがたいエクスタシー……。さっさと世界滅びろ。

 

 

 

「ほら、前世(もうひとり)(ボク)もこう言っていますし!」

「いやソイツ、やっぱ結構な悪霊じゃないデスか! 世の中に恨み持ってるタイプのヤベー霊デース!!」

 

 前世(もうひとり)(ボク)の援護で、この女がひるんでいる今がチャンス。

 

 今の間に畳みかけて、このインチキ霊能力者を社会的にぶっ殺してやりましょう。

 

 

 

 ────数珠だ、数珠を狙え。その女の弱点は、ソレがなければ何もできないことだ。

 

「わかりました、相棒!」

「く、的確に嫌なことを……。この数珠を取られるわけにはいきまセーン」

 

 

 相棒の指示は数珠の強奪でした。なるほど、おそらくあの数珠にインチキの種があるのですね。

 

 流石は私、頼りになります。

 

 

「むむぅ、本当は貴女にも除霊に協力して貰いたいのですが……仕方ありまセーン」

 

 私が影山に襲い掛かる構えを見せると、彼女は懐からお札みたいなものを取り出しました。

 

 実に分かりやすい霊能詐欺の小道具ですね。

 

 ソレで何人もの馬鹿を騙してきたのでしょうが、私はそうはいきませんよ。

 

「クケケケケ、そんなモノで何が出来ると言うのですか! おとなしく、その数珠を渡してくださーい!」

「そうはいきまセン! 臨兵(りんぴょう)闘者(とうしゃ)! 皆陣(かいじん)列前行(れつざいぜん)!」

 

 エセ巫女は突然に九字を切り、数珠を握って私に掌を向けました。

 

 まったく、この期に及んでなおエセ霊能力ですか。そんなモノが私に効く筈が……。

 

 

 

 

「浄化っ!!」

 

 ────ぐおおおおっ!? 体が、体が焼けるぅぅぅ!!

 

 

 

 

 しかし、事態は想定外の方向に進みます。

 

 なんと彼女が掌を向けた瞬間、なんと前世(もうひとり)(ボク)が苦しげな悲鳴を上げて苦しみ始めたではありませんか。

 

 

「ふふふ、どうデース! 私が激しい修行の末に習得した、必殺の悪霊祓い術」

 

 ────貴様、何をした!

 

「これは、邪な存在を退散させるとっておきの奥義デース。生きる者を惑わす魑魅魍魎よ、おとなしく成仏してくだサーイ!」

 

 ────ぬおおおおおっ!! 溶ける、体が溶ける……っ!!

 

 

 それだけではありません。

 

 彼女の謎のトリックの影響は前世(もうひとり)(ボク)だけに留まらず、

 

 

「ぐええええええっ!!! 頭が痛い、体が引き裂かれます! な、何をしたんですかこの詐欺師!」

「あれ!? 何か本体(カサコボーイ)にも効いてマース!?」

 

 

 私までもを苦しめ始めたのです。

 

 彼女に掌を向けられた瞬間、私も激しい頭痛と吐き気に襲われ、動悸が止まらなくなりました。

 

 これは、一体どんな卑怯な手を使ったのでしょうか。

 

「あっあっああああ!! 頭蓋骨が割れそうです……っ!」

「え? え? この術は、悪霊とか悪魔にしか効かない筈デ……」

 

 ─────ぬうああああああ! 死ぬぅぅぅう!!!

 

「ぐえええええええっ! 死んじゃいますぅぅぅぅ!!」

「え、えぇ……?」

 

 こんなに苦しいのは生まれて初めてです。

 

 まるで、精神をまるごと引きちぎられているかの様な感覚。このような拷問を平気な顔で行えるあの女は、まさに悪魔としか言いようがありません。

 

 

 

「か、解除デース」

「ぷはああああっ! し、死ぬかと思いました」

 

 しばらく私の苦しむ顔を見て満足したのか、影山は変な攻撃を中止しました。

 

 この、変態サディスト女が……!

 

「よ、よくもやってくれましたね! もう容赦しませんよ!」

 

 ────URYYYYYYYYY! この我が、気分が悪いだと……!

 

「ど、どうしまショー。あのまま続けてたら死にそうだったので解除しちゃいまシタけど」

「クケケケケケケケ! 明日の朝日を拝めると思わないでくださいね……」

「あの悪霊を何とかしないと、カサコボーイも危ないデスし……」

 

 こうなれば、とっておきを使うしかありません。

 

 必殺、数の暴力アタック。

 

 つまり近場に居そうな不良どもに連絡を取り、この女を数の暴力で蹂躙するしか────

 

「む、邪な気配! やっぱ浄化デース!」

「ぐえええええええっ!」

 

 頭が、頭が割れるぅぅぅう!!!

 

 この女、許せません!!

 

 

 

 ────我よ、落ちつつつつけ! れれれ冷静になれ!

 

 

 前世(もうひとり)(ボク)

 

 

 ────お前なら感じられる筈だ! あの女の正体に! つまり、あいつはあべべべべべばばば!?

 

 

 前世(もうひとり)(ボク)ぅ!!!?

 

 

 ────痛い、痛い痛い痛い! もうやだ、消滅すりゅぅ!

 

 

 

 駄目です。一瞬何か助言をくれそうでしたが、奴の謎パワーに負けて前世(もうひとり)(ボク)がノックダウン寸前です。

 

 なんて耐え症の無い、打たれ弱い魂なんでしょう。しかし、彼の言おうとしたことは何となく理解しました。

 

 

「分かりましたよ、相棒! つまり、心を重ねるのですね」

「……何をするつもりデース!?」

「いい加減に、全部白状しろって話ですよ! この詐欺師!」

 

 

 近しい魂は、惹かれ合うと言います。

 

 つまり、(クズ)(クズ)は惹かれ合うのです。

 

 

 目の前の女────自称霊能力者の影山は、私の守護霊を呼び出そうとしました。

 

 しかし現れたのは、神様公認の『屑の中の屑』である前世(もうひとり)(ボク)

 

 

 

 無論、この私は屑ではありません。

 

 ともすれば、ここに前世(もうひとり)(ボク)が現れた理由は。

 

 あの女が屑だからに他ならないのです!

 

 

「お前の正体は、まるっとお見通しです!」

「な、何を言っているデス?」

「……(つど)いし(クズ)が、私に力を呼び起こす! 光さす道となれ! 魂のシンクロ!」

 

 

 私は格好のいい口上を述べ、消えかかっている前世(もうひとり)(ボク)をその手に掴むと、

 

 

憑依合体(ひょういがったい)!」

「悪霊を、自分の体内に取り込んだ!?」

 

 

 

 そのまま、自分の体に取り憑かせてやりました。

 

 

 

 

 

 ────どくん。

 

 

 

 

 直後、胸の鼓動が大きくなり、世界がぼんやりと歪んできます。

 

 これが、魂のシンクロ。前世のクズと、この私の魂が共鳴し合って力を増していきます。

 

 ……漲ります。無限の力が漲っています。

 

 

「これで、貴女の変な攻撃にも耐えられるようになりました。形勢逆転ですね」

「ひぃぃぃ、悪霊に取り込まれてしまいまシタ。このままじゃ傘子ボーイまで……っ! こうなっタラ!」

「させませんよ!」

 

 

 何かまた、妙なトリックを仕掛けようとししている詐欺師に私は飛びかかりました。

 

 そのまま抱き着いて、動きを封じます。

 

「やめ、やめてくだサイ! ああ、駄目デス、傘子ボーイ!」

「ククク、数珠を渡して貰いますよ」

 

 アルビノ女は顔を真っ赤にして、私の腕を振りほどこうとしています。が、時すでに遅し。

 

 この距離で組みつかれたなら、どうあがこうと脱出は不可能です!

 

「あ、あ、あ! ダメ、そんな所を!」

「良いからとっとと渡してください!」

 

 アルビノの巫女さんを押し倒し、体を弄り続けました。

 

 うん、私は特に意識していないのですが、前世のクズが興奮してる気がします。

 

「ゲヘヘ、いい身体してるじゃないですか、詐欺師の分際で。どれ、イヤらしい部分はここですか?」

「ひっ! ほ、本格的に駄目です! ちょ、ああっ、助けっ!」

「おお? さっきまでのエセ外人口調はどうしましたか? ほらほら、巫女服がはだけて肩が見えてきましたよ」

「い、いやあああ!! こんな、人目の多い場所で、ダメです!」

 

 これは仕方ありません。

 

 私はたいして興奮していないのですが、私と憑依合体した屑が大層ハッスルしてしまっています。

 

「さぁて、良い声で鳴いてくださいね────」

 

 ま、減るモンでもないですし、このままこの巫女の貞操もいただいておきますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やっとるんじゃお前は!」

「騒がしいと思ったら、何でそう言う事になる!!」

「あ痛ぁああああ!?」

 

 そして欲望のまま巫女さんの服を脱がそうとした瞬間、頭に鈍器で殴られたような鈍い衝撃が走りました。

 

 そのまま、私はいつものように流れで関節を極められ、

 

「だ、大丈夫ですか教祖様!」

「ふっ、ふぅぅ。うえええええん!!」

 

 せっかく捕らえた巫女さんを、信者共に救出されてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うんです。悪霊のせいなんです、そうですよね教祖様」

「……」

 

 数分後。正気に戻った私は、全員の前で正座させられていました。

 

「先程、私が教祖様を襲ったのは決して私の意思ではなく、めっさヤバい悪霊に取り憑かれたのが理由なのです」

「……それで?」

「つまり、私は悪霊に取り憑かれた被害者であるのです。そう、私も被害者です」

「……で?」

「残念です。私は教祖様なら除霊してくれると信じてこの集会に来たのに、除霊に失敗されてしまったんです。なので、教祖様に謝罪と賠償を要求します」

「お前の脳天カチ割ってやろうか」

 

 詐欺師に騙されているネギネギやその一家は勿論、マス子まで私を怖い目で見下ろしています。

 

 ぐぬぬ、どうして信じて貰えないんでしょう。私は嘘なんか滅多に吐かないのに。

 

「いえ。じ、実際、彼女には結構な悪霊が憑いていまシタ……。除霊に失敗したのは、私の力不足デース」

「お、おい教祖様? こんな奴庇わなくても良いんだぞ」

「嘘は、吐けマセンから。彼女が暴走したのも、一重に私が悪霊を祓えなかったからデス」

「ほら見た事か! 謝罪! 賠償です!」

「黙っとれカス」

 

 詐欺師は悲しそうな目で、私を見つめていました。

 

 よく身の程が分かっているじゃないですか。良いからとっとと、金を払って下さい。

 

「先程は、準備もなく除霊することになったので、悪霊に遅れを取ってしまいました。大丈夫、次こそ祓って見せマース」

「さ、流石は教祖様……。お優しい」

「なぁネギネギ。やっぱこの人、本物だよなぁ」

「じゃから、私は最初からそう言うとる」

 

 どうやら、マス子達はもう完全に騙され切ったみたいですね。

 

 彼女達の残念な知能では、仕方ないでしょう。

 

「では、改めて彼女を救いまショー」

「何か手伝えることはありますか、教祖様」

「えっと、除霊の間に襲われないように、彼女を拘束してもらえると助かりマース」

「おっし、了解だ」

「ぎにゃあああ! マス子、何で今私の腕を変な方向に曲げようとしたのですか!?」

「へし折った方が楽だし」

 

 そして、詐欺師の手先となってしまったマス子は、迷いなく私の腕をへし折りかけました。

 

 コイツ、やるときは容赦ないですからね。

 

 ここから、何か口先で丸め込んで脱出する方法は無いでしょうか。

 

「いえ、なるべく手荒なことはしたくありまセーン。ガムテープか何かで、優しく捕らえまショー」

「……本当に優しいな、アンタ。こんなクズ相手に慈悲は要らないぜ?」

「……彼女は、私にとって特別デスから」

 

 そう言うと、教祖と呼ばれている巫女は不思議そうな表情で私を見つめました。

 

「────ねぇ、私の事を覚えていませんか傘子ボーイ」

「はい?」

 

 

 彼女の言葉にキョトンとした顔を返すと、寂しそうな顔になりました。

 

 いやいや、お前と会った覚えなんぞありませんよ。

 

 デース口調のアルビノ巫女とか、お前みたいな特徴の塊みたいなヤツに1度会ったら絶対忘れないと思うのですが。

 

「知り合いなのか、アマネ?」

「いえ。まったく身に覚えがありません、誰かと勘違いしていませんか?」

「イエイエ。傘子美音、なんて名前でこんなに可愛らしい女の子、間違えようがありまセーン」

 

 ふむ。確かに、私のように美しい女がそう何人もいるとは思えませんね。

 

 うーん、しかしこんなキャラが濃いヤツを忘れたりするでしょうか。

 

「でも、無理もないデス。私、昔は髪の毛や瞳の色が、普通でしたカラ」

「そうなのか?」

「霊能力を習得したときに、こうなりました。恐山の修行は、とても凄まじかったので」

 

 む? 昔は普通の髪の毛だったですと?

 

 なら、話は変わります。よし、顔の造形を観察してみましょう。

 

 うーん、言われてみれば見覚えがあるような。

 

 そして、名前は確か、影山……。影山さん? 

 

 

 

「……あっ。まさか、カゲぴー!?」

「フフフ、思い出して頂けまシタか」

 

 

 

 それは、まるでフラッシュバックの様に。

 

 彼女と共に過ごした記憶が、流れるように思い起こされました。

 

 

「本当に知り合いなのか」

「へー、世間は狭いのう」

「傘子ボーイ……、いえ。アマネは、私の大事な友人でシタ」

 

 

 それは、影山……。いえ、カゲぴーも同じだったようで。

 

 当時を懐かしむように、彼女は過去の話を語り始めました。

 

 

「アレは、私達が小学校に通っていたときの話デース……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔、幽霊が見えると言い張って、周囲から苛められていた娘がいました。

 

 あそこに霊がいる、あそこは祟られている、等とごく普通の雑談のように話をしました。

 

 しかし、見えている彼女にとってそれは当たり前の事も、見えない小学生からすれば気持ち悪いヤツにしか見えません。

 

 結果として彼女はクラスで孤立してしまい、とても寂しい日々を送っていました。

 

 

 

 とある少女と、出会うまでは。

 

 

 

『貴女は素晴らしいですよ。その歳から、そんな未来を見据えて行動できるなんて中々出来ることではありません』

 

 その少女は、まだ幼いのに非常に聡明でした。

 

『昨今のブームを鑑みるに、霊能力はきっと伸び代のあるビジネス分野です。実は、私もプランを幾つか考えていたのです』

『ほ、本当に? 私の言ってること、気持ち悪くないの?』

『いえいえ。一通り貴女の主張を聞いてみましたが、一応話のは筋が通っています。矛盾点も有りません。なので、騙されるバカは騙されるでしょう』

『え、騙さ……?』

 

 彼女にとって、悩みの種でしかなかった霊能力。

 

 それを、聡明な少女は社会に貢献するため活用する方法を考えていたのです。

 

『そうですね。いずれ私は、霊能力を使った組織を設立するつもりです』

『す、スゴい。そんな事、出来るのかな』

『出来ますよ。そして、霊能力グッズを売り付けて多額の利益を得るのです。そうすれば組織は益々大きくなり、その不思議な力を欲した衆愚が集ってきます』

 

 傘子美音の語った話に、彼女は感銘を受けました。

 

 皆から気持ち悪いと言われたこの力で、誰かを救うことが出来る。

 

 それはなんて、素晴らしい事だろう。

 

『う、うん! やってみる、私もそれをやってみたい!』

『ほうほう、貴女はなかなか見所がありますね』

『えっと、本当にそれをやるなら、どんな事を練習すれば良いかな?』

『おすすめはイタコ一択ですね。何せ破綻しにくく、色々と手間隙をかけずに騙れますし』

『……そっか。うん、私分かった』

 

 そして、彼女は決心します。

 

 きちんとした修行を積んで、しっかりと霊能力を扱えるようになろうと。

 

『私、イタコを目指す!』

『ほう、それは素晴らしい。是非とも、私が作る組織の教祖になってほしいですね』

『うん、私もそうしたい』

 

 

 ────その日の晩。

 

 彼女は、親に土下座をしてあるお願いを頼み込みました。

 

 

『お母さん。私、イタコの修行をしたい』

『へ?』

 

 

 

 不登校になりかかっていた彼女は、両親の心配の種であり。

 

 環境を変えてみるのも悪くないかもしれないと、両親は彼女のお願いを聞くことにしました。

 

 そして彼女は青森まで転校し、その足で恐山に乗り込んで有名なイタコの弟子にして貰う事になり。

 

 本場の恐山で、辛く激しく厳しい修行にずっと耐えました。

 

 苦節数年を経て、とうとう一人前になったと太鼓判を貰った後。

 

 彼女────影山は、この街へと戻ってきたのでした。

 

 かつての友人────傘子美音との約束を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう話デース」

「おお! じゃあこの教団、実質私の宗教団体だったんですね! クケケケケケケケ」

「アマネお前っ……。お前ってヤツは、本当にお前ってヤツは……!」

 

 カゲぴーの話を聞くと、マス子は何故か悲痛な声を上げて、頭を抱えてしまいました。

 

 一体どうしたのでしょう。

 

「……こんな純粋そうな娘の、人生を大きく狂わせて……。アマネはどれだけ罪を重ねれば良いんじゃ……?」

「待っていてくだサイ、アマネ。今、貴女を救って見せマース」

「そんなことよりこの教団の利益率を教えてください。私の取り分はどんくらい貰えますか?」

 

 まぁ良いです。

 

 この教団がカゲぴーのモノであるなら、邪魔をする理由がなくなってしまいました。

 

 ここは彼女に頑張ってもらって、たっぷり稼いで貰いましょう。 

 

「あの、教祖さん。あんまり言いたくないが、コイツは見て聞いての通り救いようの無いクズで……」

「確かに今は、アマネに似つかわしくない下衆な発言も見られますね」

「こいつほど下衆な発言が似合うヤツを知らんが」

 

 話をしながらペタペタと、カゲぴーは私の身体中にお札を張っていきます。

 

 何をしてるんでしょうか。

 

「しかし、あんな下衆い悪霊が取り憑いていれば、性格も悪くなって当然デース」

「そ、そうなのか?」

「きっとその邪悪な悪霊を祓えば、きっとアマネは元の優しい性格に戻りマース」

「……元の優しい、アマネ?」

 

 マス子は優しい、というワードに致命的な違和感を感じてそうでした。

 

 きっと、心の貧しいマス子は人の優しさとかを理解できないのでしょう。

 

「じゃ、じゃあ。つまり、除霊に成功すればアマネの性格が良くなるってことかの!?」

「その通りデース」

「何だと!? そんな、そんか奇跡みたいな事が本当に起こるのか!?」

「奇跡も魔法も、ここに有りマース」

「おおおおおっ!!」

 

 そして、ネギネギとマス子は手を取り合って喜び始めました。

 

 感情の起伏が激しい連中ですね。

 

「さあ、今度こそ行きますよ。おん、あびらうんけん、さとばん────」

「……何ですか、いきなり変なお経を……。うぐ、うぐぐぐぐ!?」

 

 カゲぴーが妙な言葉を口にした直後。

 

 先程より強い頭痛が、鋭く私を襲ってきました。

 

「痛い、痛い、ギャああああ!!」

「おん、のうまくさらまんだ、ばざら、だとばん……」

「ウゴゴゴゴゴゴゴ!? やめてください! 痛い、痛い、死ぬ、死んじゃいますぅ!」

「た、耐えるんだアマネ! 真人間になりたくないのか!」

「除霊に成功すれば、どれだけの人が救われるか……。応援するけぇ、耐えるんじゃ!」

 

 カゲぴーに騙された馬鹿どもが勝手なことを抜かしていますが、私はそれどころではありません。

 

 その謎の儀式を何とかして止めなければ、死んでしまいます。

 

「やめてくださいぃぃぃい!! ぎえええええええっ!! ぐぎゃあああああああああ!!」

「効いてる……効いていマース」

「大丈夫だ、私がついてるぞアマネ! それ、ひっひっふー!」

「ひっひっふー! じゃ!」

 

 ダメです、マス子達の力が強すぎて身動きがとれません。

 

 こいつら、本当に私の友達ですか?

 

「おん、あろりきゃ、そわか……」

 

 ああ。私はこれで、終わってしまうのでしょうか。

 

 意識、が、遠の、く────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、何ということでしょう。これは、残念ですが手遅れデース……。彼女はもう悪霊と一体化していマース」

「……」

「やはり私の術が、本体であるアマネにも効いてしまってマス。このまま除霊をすれば、アマネごと消えてしまいマース」

「そりゃ効くだろ」

「悔しいですがこれ以上は……」

「背に腹は代えられん、やってくれ」

「人類の発展に犠牲は付き物じゃ」

「ワッツ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の話。

 

 私が目を覚ましたら自宅でした。そして、なんか妙に肩が軽くなっていました。 

 

 起き上がるとマス子達がいたので、挨拶代わりに今回の依頼料を請求しました。

 

 軽やかな表情の私とは対照的に、部屋でマス子とネギネギは悲嘆にくれた顔をしていたのが印象的でした。

 

 何か悲しい事でもあったのでしょうか。

 

 



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11話「オイオイオイ、死ぬわアイツ」

「本当に買ってくれるの!? ねーちゃん」

「今日だけじゃ、特別じゃ」

「よっしゃあああ!」

 

 週末、日曜日。

 

 影山さんという霊能力者と出会った、次の日。

 

 私は妹を連れて、町の商店街に繰り出していた。

 

「ありがと! 新しいライダー仮面カード、欲しかったんだ!」

「ま、たまにはええじゃろ」

 

 霊能力者と聞くと、やはり嘘臭い印象を持つ。

 

 私も最初は『霊能詐欺』ではないかと怪しんでいたが、その人の話を聞けばかなり信用のおける感じで。

 

 教祖であるイタコさんも、恐らく本物の霊能力者じゃった。

 

 

『ウチの霊能グッズ、よければ買っていってくだサーイ。開運のお守りに破魔矢など、色々ありマース』

『そんなのもあるのか』

『一応、ちゃんと祈祷して私の加護を授けてあるアイテムデース。お値段はお得に、今ならサンキュッパ!』

『貴女がそう言うからには本物なんだろうけど、客観的に見たら死ぬほど胡散臭いなぁ』

『アマネが、こういうグッズで稼ぐべきだと小学校の頃に助言してくれマシタ』

『あー……』

 

 私とマス子は、そこで除霊によるアマネの人格共生矯正を試みたが、失敗に終わってしまい。

 

『うーん、私は買ってみようかの。効き目を試してみたい』

『私はパス、流石に四千円は手が出ないなぁ』

『ワッツ? 何を言っているデース』

 

 その日は結局、イタコさん手作りのお守りを購入するだけにとどまった。

 

『ソレ、398円デース』

『わぁ、お手頃価格』

『金運のお守りを買えば、大体元は取れマース』

『……じゃ、試しに買ってみるか』

 

 

 聞けば、このお守りはそれなりに霊験のある代物だとかで、よほどの事がないと効果を発揮してくれるのじゃとか。

 

 ただし、使いすぎると揺り戻しがあるので、月に1度程度に留めて置いた方がいいらしい。

 

『この金運のお守りは損無いヨ。値段以上のご利益は、約束しマース』

『話だけ聞くと、本当に詐欺の手口にしか聞こえない』

『嘘じゃないデース……』

 

 私もマス子も本物の霊能力者だと思ったので、勧められた御守りを買ってみた。

 

 するとマス子は帰り道、道端で高価っぽい財布の忘れ物を拾って。

 

 それを交番に届けたら、交番で財布の持ち主ばったり出くわし、謝礼としてその場で数千円渡されたそうだ。

 

『……本物だよこの御守り。絶対、来月も買おう』

『そうじゃな』

 

 あの人も、アマネなんかのアドバイスを聞いていなければ、もう少し胡散臭くない霊能力者になっとったのだろうか。

 

 

 

 

 因みに。

 

『このお守りは、使い捨てデース。一度効果を発揮したら、後はただのアクセサリーになりマース』

『ほう』

『そして、買ってから3日以内が消費期限デース。それまでに、何かしら行動を起こしまショー』

 

 彼女が言うには、お守りを買ったからにはそれなりにアクションを起こさないといけんらしい。

 

 例えば恋愛成就のお守りを買った後、消費期限である3日間、家に引きこもって何もせずいたら意味がないそうじゃ。

 

 恋愛成就のお守りを買った後、意中の相手をデートに誘うとか行動を起こすと、その成功率を上げる効果があるらしい。

 

 

「にしてもねーちゃん、何ソワソワしてんだ?」

「べ、別に何もソワソワしとらんが。周囲を警戒してるだけじゃ」

 

 

 つまりこっそり「良縁」のお守りを買った私は、意識して外を出歩かないと、良い出会いに恵まれない訳で。

 

 だから私は、暇そうにしていた妹を『何かを買ってあげる』と誘って、商店街に遊びに出たのじゃった。

 

 

「まー最近、物騒な事件が多いからなぁ。ねーちゃんの友達も巻き込まれたんだっけ?」

「おお、そうじゃ。私は直接関わっとらんが」

「怖いよなぁ。ま、悪い奴が出てきたらオレのキックでぶっ飛ばしてやる」

 

 

 妹は天真爛漫な笑顔で、トテトテ走り回っている。

 

 彼女────根岸リンは、内気な自分と違ってスポーツ少女だった。タイプとしたら、マス子に近いかもしれない。

 

 クラスでも中心人物で、人気があり、サッカークラブでレギュラーを張っとるという。

 

 そんな妹の高い運動能力やコミニュケーション能力が、少し妬ましかったりする。

 

「だから安心して、ねーちゃんはナンパしてこい」

「は? な、ナン……っ!?」

「昨日から大事に、教祖様ん所で買ったお守り握りしめてるの知ってるから。上手く行きそうなら空気を呼んで、一人で帰ってやるさ」

 

 ケラケラ、と妹は生意気に笑った。

 

 まだ小学生だというのに、妹は随分とマセていた。

 

「違うわい、今日は何となく出歩きたくなっただけで!」

「はいはい、その代わりちゃんとカード買ってくれよな。クラスの男子に自慢するんだから」

「本当にお前は……!」

 

 全部お見通しですよ、といった表情で姉に微笑む妹。

 

 私はそんな(リン)に、怒りより呆れの感情の方が強かった。

 

「確かに買うてみたが、まぁお試し半分じゃ。別にそこまで、出会いに飢えとるわけじゃない。その気になれば、マス子が紹介してくれるというとるしな」

「じゃあ紹介して貰いなよ」

「そういうのは、まぁ、恋人がほしくなってからでいいじゃろ」

 

 事実、私は恋に飢えているわけじゃない。

 

 良縁のお守りを買ってみたのも、どんなものか試してみたかっただけじゃ。

 

 もし本当に良い縁なら、入れ込んでみてもいいかもと思ってはいるが。

 

「ねーちゃん、結構ドリーマーだからなぁ。ドラマみたいな劇的な出会いに夢見すぎなんだよ」

「どういう意味じゃ」

「普通に紹介してもらって、適当に彼氏作ってさ。恋したいなら良縁のお守り買う前に、そっちが先じゃない?」

「じゃから、あれは試しで買うただけ。そこまで本気じゃないんじゃって」

 

 良縁のお守りは、別に恋愛に限定されない。

 

 新しい知り合いが増えるかもしれない、そんな程度の軽い気持ちで買ってみた。

 

「でもねーちゃん、もし本当に劇的な運命の出会いとかあればどーするの?」

「そりゃ……まぁ」

 

 それに、ドラマみたいな劇的な出会いに夢を見て、何が悪い。

 

 確かにそんなの非現実的だし、滅多にない。

 

 だからこそ、感情も盛り上がるんじゃないか。

 

「こりゃねーちゃん、一生独身かな」

「勝手なことを言うな。カード買ってやらんぞ」

「ゲッ。嘘嘘、いざとなったらオレが適当なの見繕ってやるから」

「妹に男を紹介されるほど落ちぶれておらんわ!」

 

 そもそもリンも彼氏いないじゃろうが。

 

 そう、私が突っ込もうとした時。

 

 

 

 

「やめてくれ! いかないでくれえええ!!」

 

 

 

 

 突然、物凄い野太い男の泣き声が、路上に木霊した。

 

 

「えっ?」

「何だ今の」

 

 その方向をつられて見ると、

 

 

 

「水蓮! 俺は、本気で君の事が!」

「ふふ、さっきも言ったでしょう。全部全部、嘘だったって」

 

 

 それはまさに劇的で、ドラマみたいな展開が現実に繰り広げられている最中だった。

 

 

「私は、組織の人間なの。貴方に近づいたのも、告白したのも、全て演技だったワケ」

「知ってるさ。知ってたさ。でも、もうあの組織はなくなったじゃないか!」

「そうね。セイ、貴方の功績でね」

 

 そのドラマの男の方に、私は見覚えがあった。

 

 彼はつい最近、友人たちと共に出かけた餃子店のバイトさんで。

 

「だからもう、私に演技する理由はなくなったの。私はただの、貴方を騙して利用しようとしたクズ女よ」

「う、嘘だ。水蓮、君は」

「話はもうこれで終わり。まだ何か文句があるなら、殴り掛かってきたら? 貴方の殴打なら、甘んじて受け入れるつもりだから」

「君を、傷つけられるはずがないじゃないか……」

「でしょうね。貴方って、優しいもの」

 

 アマネやマス子を救った命の恩人であり、かつ物凄い頻度で重大犯罪に巻き込まれ続けているという何かに呪われた男。

 

 宮司間清太、その人であった。

 

「それじゃあバイバイ、セイ。もう会うことはないでしょう」

「ああ、やめてくれ、行かないでくれ」

「最後に。……今まで、ごめんなさい」

 

 セイさんの手を振り払うと、水蓮と呼ばれた長髪の女は悲しげな顔で、

 

「貴方とのデートが、楽しかったのは本当よ。でも、私には貴方の隣に立つ資格がないの」

 

 そういって、立ち去ったのであった。

 

 

 

 

「えぇ……?」

 

 ……明らかに空気感が違った。

 

 こっちは妹とまったり休日お出かけをしているのに、セイさん達は映画のラストシーンばりの空気感を道端で形成していた。

 

「ねーちゃん、あれ何かの撮影?」

「にしてはカメラがないのう」

 

 私以外にも、めっちゃたくさんの人がヒソヒソ言いながら彼らを見つめていた。

 

 あんな寸劇を、路上で大真面目に繰り広げられたらそうなるわ。

 

「うおおお、うぐおおおぉ!」

 

 セイさんは、地面に突っ伏したまま大泣きしている。

 

 あの感じを見るに、多分ご本人たちは大まじめにやってたのじゃろう。

 

 さっきまでのトレンディドラマを。

 

「……いざドラマみたいな展開を目の前にすると、思ったより引くなぁ。目を合わさず立ち去ろうぜ、ねーちゃん」

「のう、リン。すまんけどあの男の方、一応知り合いなんじゃ。声かけてきてもいいかのう」

「すげぇよねーちゃん。あんな、路上で大泣きする男に話しかける勇気があるなんて」

「私も、正直戸惑っとるけど。一応、友人の命の恩人なんじゃ」

 

 まあ本音を言えば、私も関わりとうない。

 

 しかし、彼は私の親友────マス子(と、ついでにアマネ)の命の恩人である。

 

 そんな人物が、路上で大声をあげて泣いていたからには放っておくわけにもいかん。

 

「義理は立てにゃ、それがウチの家訓じゃき」

「……あー。そッスね」

 

 私は、重たい足をなんとかセイさんの方へ向け、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「セイさん、セイさん。大丈夫ですかの」

「ああ、申し訳ない。みっともない所、見せちまったな」

 

 路上で突っ伏していたセイさんは、私の顔を見ると何とか平静を取り戻そうとした。

 

 しかしまだ眉はヒクヒクしてるし、鼻水もタラタラ垂れ流しており、どう見てもカラ元気である。

 

「えっと、君は、うちのお客様だっけ……?」

「まぁ何じゃ。これ、使ってください」

「お、おお。申し訳ない……」

「返さんでええけえ」

 

 私はポケットに入れていた安物のハンカチを手渡して、顔を拭くように促した。

 

 友達の命に比べれば安いモノじゃ。

 

「げ、元気出せよにーちゃん」

「私で良ければ話くらい聞きますけえ。あんな天下の往来で大号泣するのはやめときましょう……」

「うぅ……、面目ない。面目ないけど……うぅぅぅぅ。水蓮……っ!!」

 

 ダメだこりゃ。

 

 手渡したハンカチを握りしめたまま、再び呻き声をあげたセイさんを前に私はため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「つまり、あの女性はセイさんから情報を抜くために恋人の振りをしとった訳やね」

「そんなことには気づいてたさ……」

 

 号泣する大の男を放っておくわけにもいかん。

 

 私は妹を連れて適当なファミレスへ入り、セイさんを慰めつつ話を聞くことにした。

 

「彼女は、水蓮はとある闇企業に雇われたエージェントだったんだ」

「その時点で色々突っ込みたいが、まあ話を続けて」

「俺は過去にその企業と敵対し、いくつもの拠点を潰していた。目の上のたん瘤だったんだろうな。だから企業は彼女を送り込んで、俺を暗殺しようとしたんだ」

「もう突っ込み切れんから話を続けて」

 

 やっぱり話の規模が、一介の女子高生の手に届くスケールじゃない。

 

「俺だって馬鹿じゃない。最初から彼女の正体には気付いていたが、思惑に乗ったふりして利用し、逆に企業を潰すつもりだった」

「セイさんは流石じゃのう(思考放棄)」

「でも、いつの間にか情が沸いちまってた。本気で、アイツの事が好きになってたんだ」

 

 これがありふれた失恋話なら、適当に相槌をうって慰めておけば済む話なのに。

 

 セイさんの深刻な口調といい、話の規模と言い、どう返せばいいのか全く分からん。

 

「しかも彼女の過去を洗っていくうちに、知ってしまったんだ。アイツも、企業の被害者だった」

「……」

「それで。途中からアイツを救いたい、その一心で企業と戦って……、やっとあの連中に引導を渡した、のに!」

「あそこで、フラれたんじゃの」

「うぐぉおおお、うおおおおおおん!!」

 

 この人、マジでドラマの世界に生きとらん?

 

 そんな劇的なイベント、私の人生で一度も起こった事ないが。

 

「ま、まあゆっくり泣いていいけえ。ここは私が奢っちゃるから」

「い、いや。年下の女の子に、奢られるわけには……」

「大事な友達の命の借りじゃ。ま、随分と辛い思いをしたようじゃのう」

 

 よしよし、と自分より年上の男性の頭を撫でてやる。

 

 最初はセイさんもギョっとしていたが、やがて観念したのか大人しく撫でられるようになった。

 

「よしよし、じゃ」

「情けねぇ……。でも、ありがてぇ、癒される……」

「ねーちゃんが男を手玉に取ってる姿とか初めて見た」

 

 妹が何か言ってるが、ぶっちゃけ今、セイさんを男と思って接しとらん。

 

 手のかかる子供を相手するテンションで、接している。

 

「女なんて幾らでもいるけえ、な。また新たな恋を探せばいいんじゃ」

「でも、俺なんか……。いつもフラれるし。今まで付き合っても、一か月もった事ないし」

「おー、それは……。そりゃあ、ちょっと何かセイさんにも問題があるかもしれんのう」

 

 いつも1ヶ月もたないなら、多分セイさんにも何か問題がありそうだ。

 

 この人は、凄い修羅場をいくつも乗り越えてきた凄い人なんだろうけど、女性関係はまだまだらしい。

 

「なあにーちゃん、過去のフラれた理由話してみてよ。それ聞けたら、何かアドバイスできるかもしれないぜ!」

「こら、小学生になんのアドバイスが出来るんじゃ。すまんのうセイさん、妹が」

「い、いや。うん、俺のつまんねー話でよければ話すよ」

 

 まだ鼻声のままではあるが、セイさんは少し顔色が良くなった。

 

 失恋は、泣いて乗り切るもの。

 

 これも、また必要な儀式なのじゃろう。私に恋愛経験はないから、分からんけど。

 

「俺が今まで、フラれた際に言われた台詞は……」

 

 

 

 

 

「貴方と付き合っていたら命が幾つ有っても足りない」(24歳OL)

「劇場版ヒロインのノリで、次から次へと新しい女を落とすな」(20歳女子大生)

「彼がグッとガッツポーズしたら、広域暴力団が解散した」(26歳、婦警)

「彼とのデートは大体凶悪犯と戦う羽目になるので、防弾チョッキが必須」(18歳アルバイト)

「王子様補正か無くなって冷静になったら、言うほど格好良くなかった」(21歳フリーター)

「経済力が無さすぎて、結婚を考えるとキツイ」(28歳無職)

 

 

 

 

 

「……って感じで、よくフラれる」

「やっぱお祓いに行くのが一番ええんじゃないかのう」

 

 セイさんのフラれる要因は、ほとんどが自身の謎の巻き込まれ体質によるものだった。

 

 一生に一度くらいなら劇的なドラマ展開を味わってみたい気はするが、恋人になって日常的に暴露されるとしんどいのだろう。

 

「腕の良い霊能力者、知っとるよ。紹介しようか?」

「いや、結構。実は過去に、お祓いしろって霊能力者の前に連れていかれた事があるんだけどなー。全く効かなかったよ」

「そ、そうなんけ。いえ、信じられんかもしれないが、私が紹介するのは恐らく本物の霊能力者で……」

 

 セイさんは、霊能力者と聞いて怪訝な顔をした。まあ、それが普通の反応かもしれない。

 

 霊能力者といえば、ほとんどがインチキ詐欺師だろうから。

 

 しかし本物のイタコである影山さんなら、何かしら出来そうな気がする。

 

「別に、霊能力者が全部いんちきとは思ってないさ。本物の霊能力も見たことあるよ」

「そうなんか?」

「半年前、平安時代に封印された鬼が復活しそうになるという騒動に巻き込まれてな……。ちなみにその騒動は、エセ外人っぽいアルビノの巫女さんと一緒に駆けまわって、何とか鬼の復活は阻止した」

「紹介しようと思った人が、話に出てきた……」

 

 この人の密着取材するだけで、何本もノンフィクション映画撮れるんじゃないか。

 

「その娘に祓ってもらったんだが、何やら神クラスの力が働いてるとか何とかで。無理デースって謝られた」

「そ、それは御愁傷様じゃ……」

「その娘が今、日本最強の対魔師らしい。彼女で無理なら、他の霊能力者でも無理だってさ」

「そんな、凄い霊能力者じゃったのか教祖様……」

 

 確かに教祖様の御守り、凄まじい効果だったが。

 

 ……これも、御守りの力なのかのう。

 

 良縁。思い描いていた出会いとは異なったが、これも1つの良縁なのかもしれない。

 

「つまりにーちゃんは、一生フラれ虫なのな……」

「ううううぅぅぅ……」

「こら、リン! あーもう、よしよし。私でよければ愚痴聞くけぇ、泣き止んでください」

 

 セイさんという人物は、決して悪い人ではないだろう。

 

 色々と要領は悪いし、呪われてるってレベルで運が悪いけど、性根は真っ直ぐな良い人だ。

 

 この人と親交を深めておけば、もし何か事件に巻き込まれたときに助けてもらえるかもしれない。

 

「しょーがないな。よし、ねーちゃんが付き合ってあげなよ!」

「え。あっと、それはじゃな。ちっと歳の差、とかで難しいかのう? 別にセイさんが駄目とかじゃなくて、私の体力的な問題で、な」

「変に遠回しに言わないで良いから。その優しさが辛いから」

「えっと、セイさんは悪い人じゃないんよ。ただ、その星の巡りはちょっと一般人には荷が重くてのう」

「その言葉死ぬほど聞いた! フラレるときにいつも言われた! うおおおおん!」

「お、おーよしよし! セイさんは悪くないけぇ、そう言うのなければ喜んで付き合いたいけぇ!」

「……本当?」

「……あっと、その。ほ、本当じゃよ?」

 

 正直、セイさんは好みの異性ではない。

 

 どちらかと言えばひょうきんな顔つきで、少し優男で威厳に乏しい。

 

 私の好みは武骨で筋骨粒々な日本男児である。

 

 が、それを突き付けてやるほど私は残酷ではない。

 

 そもそも泣きべそ掻いて凹んでいる男を、異性として認識するのは難しいのもある。

 

「危険を省みず、見知らぬ他人のために助けに入る事が出来るのは立派じゃ。貴方のそういう部分はとても好ましいし、尊敬しておる」

「あ、ありがとう」

「女にフラれるくらいなんじゃ、その程度の苦難は全国のそこら中で色んな人が乗り越えておる。セイさん、貴方が今までに乗り越えてきた苦難はもっと凄まじかったじゃろう」

「まあ、それなりに……」

 

 ちょうど、隣にいる妹が泣いているのを慰める感じで、私はセイさんに声をかけ頭を撫でてみた。

 

 リンが小さなころは、こうやってよく頭を撫でてやったもの。懐かしいのう。

 

「セイさんは偉い子じゃ。それは、セイさんの活躍を聞いた私が良く知っとる」

「う、うぅ……」

「ほら、また鼻水が出てきとるよ。拭いたげるから、こっち向き」

「ああ何だこれ。なんで年下の娘に、こんなに癒されてんだ俺……」

「セイさんはもう大きくなっちゃったからのう。こうやって、誰かに甘えることが出来んかったんじゃろ」

 

 どうやら効果は有るらしく、彼は私のされるがままになっている。

 

 この人には、私の友人を助けたもらった恩がある。少しでも力になれるなら、こうして甘やかしてやろう。

 

 実を言うと、目の前で呆れた顔をしている妹含め、周囲から生暖かい視線を感じ顔から火が出るほど恥ずかしいが。

 

「ほれ、よしよし……」

 

 大人の男の人だって、たまには休息も必要だろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼女は致命的な事実に気づかなかった。

 

「……あの女」

「え、え? ネギネギが、何で?」

 

 そう。

 

 彼女が青年を連れて入ったファミレスの外を、たまたま親友二人が通りかかってしまっていて。

 

 そして、今まさに半ば『抱き合うに近い形で、セイの頭を撫でている瞬間』を目撃されてしまった事に。

 

「ほう、年下属性を生かしたバブみオギャりですか……。たいしたものですね」

「え、そんなこと私一言も聞いてないぞ。ネギネギも、そうだったのか? じゃあ、一言くらい……」

「バブみは年上の女性の特権と思われがちですが、ネギネギの様な一見小学生に見える貧相娘がやることにより背徳感と安心感が高まり、愛用する変態紳士も多いと聞きます」

 

 普段なら畜生(アマネ)が暴走しかけると、となりの良識ある少女(マス子)がストッパーになっているのだが。

 

 この日、この事情に関しては少女の方も冷静さを失ってしまっていた。

 

「待て、この場合、私はどうしたら……」

「本物のロリであるネギ妹も添えてバランスが良い。一人抜け駆けしてセイさんを落としにいく手管といい、超人的な卑しさとしか言いようがありません」

 

 片や、光のない瞳を見開いて窓ガラス外から凝視するクズ。

 

 片や、顔面を蒼白にして苦しそうに胸を押さえる少女。

 

「よし……、と。殺りますか」

「う、うう。ネギネギ……」

 

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。

 

 セイと関わった時点で、彼女もまたドラマみたいなドロドロ展開に巻き込まれることを予見するべき立ったのかもしれない。

 

 かくして、二人のしっと仮面がファミレスのドアを開いたことに、まだ彼女は気付けなかった。



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12話「葱神様のラブラブ下賜」

 皆様どうもこんにちは。

 

 最近は天気の良い晴れやかな日々が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。

 

 愛と勇気は従僕(トモダチ)、傘子美音です。

 

 本日はお日柄も良いので、以前の約束通り昼飯をタカろうとマス子を呼びだしたのですが……。

 

 残念なことに今日のまんまる餃子亭はセイさんシフトから外れていることが分かり、お流れとなってしましました。

 

 呼び出す前に調べとけと、マス子に怒られたのはさておき。行先もなくなったので仕方なく、私はマス子と街をぶらつくことになりました。

 

 そこでなんと、私達はセイさんに絶賛色仕掛け中の変態色欲下賤貧乳ネギネギを発見してしまったのです。

 

 ああ、なんたることでしょう。

 

 以前から彼女は相当の淫売ではないかと予見しておりましたが、実際まさにその場面に出くわしてしまうと、同じ女性として心底軽蔑してしまいます。

 

 吐き気を催す邪悪、男を食い物としか見ていないメス豚、人の心を持たぬ悪魔。

 

 ああ、一瞬でも彼女を親友と思ってしまった自分に呆れが止まりません。

 

「ますは近くの席に、陣取りましょう。会話を盗み聞きしますよマス子」

「……あ、ああ」

 

 私とマス子は速やかに入店し、気配を消して彼女の背後の席を取りました。

 

 気付かれないかヒヤヒヤしましたが、クソネギは二人だけの世界を作っているのか私たちなど完全スルーです。

 

 ……よし。あの女、一体どんな話をしているのでしょうか。

 

 

 

 

「まあともかく、そんなセイさんの体質も受け入れてくれる恋人を作るしかないのう」

「……居るかなぁ、そんな人」

「んー……」

 

 

 

 

 ネギカスはセイさんのすぐ隣で、ハンカチで顔を拭いてあげながら、とても不穏な言葉をかけていました。

 

 恋人を作る、ですって? 前後の文脈は分かりませんが、間違いなく……卑猥なことを話していますね。

 

 清楚で可憐な私ではとても口に出来ない、卑しい話をしていたのでしょう。このFUCKING BITCHが!

 

「……、マス子。私は今からブレイクダンスして陽動しますので、貴女はあの生ゴミネギ団子の背後に回り込んで首をへし折ってください」

「いや、やらねぇよ」

 

 もはや一刻の猶予もありません。

 

 いちはやくあのゲロネギを始末して純粋無垢なセイさんの目を覚まさせてあげないと取り返しのつかないことになるでしょう。

 

 だというのに、マス子には動く気配がありません。

 

 まだ殺人に躊躇がまだ残っているようです。

 

 このアマちゃんが。プロ失格です。

 

 

 

「まぁ、私に任せぇ。何とかしちゃるけえ」

「でも、そんな、年下の娘に」

「男ってのは、年齢関係なく女に甘えていいんじゃ。むしろいつまでも気を張って強がってる人より、甘えてくれるくらいの方が可愛げがあるわい」

「お、おお。なんだこの包容力」

「ねーちゃんが……、あのねーちゃんが、かつてないほど強ぇムーヴしてる」

 

 

 

 ぬあーっ! ちょっと目を離したら、また抱き合い始めましたよあの売女!

 

 どれだけ攻めてるんですか! その手練手管で彼氏いない歴17年は嘘でしょう。

 

 な、成程、ああすればセイさんを落とせたんですね、って違う!

 

 感心している場合ではないです、このままでは本当にセイさんが墜ちる、墜ちてしまう────

 

 

 

 

 

「ほんじゃ、また連絡するけぇ。LINE交換どうじゃ」

「おお、サンキュ」

 

 

 

 

 ……このままセイさんが落とされてしまうくらいなら、身も蓋もなく自爆特攻して邪魔をしてやりましょうか。

 

 と、そこまで思い詰めたのですが、ネギカスはすまし顔でセイさんと抱き合うのをやめ、連絡先の交換に移りました。

 

 そしてお互い笑顔で、会計に向かっていきます。

 

「お、終わりですか。よ、よかった」

 

 アレ以上、あの妙な赤ちゃんプレイを続けられていたら、終わっていました。

 

 間違いなく、うぶなセイさんでは籠絡 されていたでしょう。

 

 く、クケケケケ。詰めを誤りましたねネギネギ。

 

 せっかく落城寸前まで追い込んだ相手をあっさり逃がしてしまうとは。

 

 所詮ネギネギは陰キャ、ヒョロチビ根暗の田舎娘。

 

 その手緩さ、糞雑魚恋愛ムーヴに免じて少しでも楽に逝けるよう取り計らってやりましょう。

 

「か、完璧だ……。完璧な引き際だ、ネギネギっ」

「ど、どういうことです、マス子」

「今日はもう十分甘やかしたから、これ以上何かやってもコスパが悪い……。なので、次回以降の甘やかしの効果を保つ為に、敢えて今日はここで終わったんだ」

 

 安堵を浮かべた私と相対的に、マス子は蒼白な表情を浮かべました。

 

 そして言われてみて、私もハッと気づきます。

 

「ま、まさかネギネギは……」

「そうだ。今日セイさんを落とせなかったんじゃない。より深く恋の楔を打ち込むため、そして恋人として優位にたつため、わざと今日落とさなかったんだ」

 

 そうか。ネギネギにとって、ただセイさんを落とすのがゴールではなかったのです。

 

 彼を落とした上で、カップルとして優位にたち弄ぶことこそゴールだったのです。

 

 な、何というしたたかさ。何という思慮深さ。

 

 腐っても投資や取引だけで日本の殆どのお父さんの平均年収を超える『神童』ネギネギです。

 

「見誤っていた、まさかネギネギがあんなに恋愛巧者だったとは」

「お、恐ろしい……、おぞましい……。どこまで悪女なんですかネギネギ」

 

 我々とは違うステージに立って、セイさんを誑かす悪魔ネギネギ。

 

 私の人生で、ここまでの強敵に出会ったことはありません。

 

「ようし、こうなれば仲間に集合をかけます。鉄砲玉をかき集めて、確実に息の根を……」

「まてまてまて! 何をする気だアマネ!」

「は、離してください! このままじゃセイさんが! セイさんが!!」

 

 ここは私が組織したAMF(アマネちゃんファンクラブ)による人海戦術でネギネギの一族郎党皆殺しにするしかありません。

 

 まだ幼いネギ妹には悪いですが、ここは心を鬼にして────

 

 

 

 

 

 

「で。何やっとるんじゃお前ら」

「「ほわあああああああっ!!?」」

 

 

 

 

 

 

 ネギネギが会計している間に仲間を集めようとしたのに、マス子が大騒ぎしたせいで感づかれてしまいました。

 

 ぐぬぬ、何故どいつもこいつ私の邪魔を……

 

「これは、その、奇遇ですねネギネギ!」

「何が奇遇ですね、じゃ。わざわざ店員に言って、私らの背後の席まで来たくせに」

「気付いてたのかネギネギ」

「さっきは、周囲から注目の的じゃったからのう。そのせいで視線に少し敏感だったんじゃ。あー恥ずかしい」

 

 じぃぃぃ、とネギネギは胡散臭そうな目で私を見てきます。

 

 ま、不味いです。何か言って、誤魔化さないと。

 

「にしても、こそこそ隠れてなにするつもりじゃった? また、録でもない事を考えてたんじゃないじゃろうな」

「か、考えてませんよ!? 私はちょっと、ネギネギの一族郎党を抹殺根絶やしにしようかなと思ったくらいで」

「考えうる中で最も録でもない計画じゃが!?」

 

 しまった、口が滑りました。

 

「……マス子。説明お願いじゃ」

「ネギネギとセイさんが抱き合ってたのを見かけたから、気になって店に入ってきた。アマネはいつもの発作だ」

「そんなところじゃろうな」

 

 マス子の説明で一発納得する、ネギネギ。

 

 この信用の違いはなんなのでしょうか。

 

「えっと、その、それでセイさんは!?」

「もう帰ったよ、これから土木のバイトだそうじゃ」

「えー……」

「何で残念そうなんじゃ」

 

 どうやら、私達に気づいていたのはネギネギだけみたいです。

 

 セイさんはもう帰ったとの事。一言くらい喋りたかったです。

 

「に、にしてもその。知らなかったよ、ネギネギ。いつの間にセイさんとあんな関係になったんだ?」

「ん?」

「オレ、久しぶりにねーちゃんを尊敬してる。思った以上に、ねーちゃん大人……」

「え? 何の話じゃ?」

 

 さっきまでのラブラブいちゃいちゃを間近で見せつけられたネギ妹は、呆れたような恐れおののいた様な複雑な顔をしていた。

 

 まぁ、私だって似たような感想です。この女にこれほどの恋愛ポテンシャルがあったなんて知りませんでした。

 

「セイさんとラブラブだったじゃないですか。何ですかアレ、見せつけですか。私たちの存在に気付いてたんですよね、つまり見せつけですよね」

「ラブラブ……って。ありゃ、セイさんが彼女にフラれたらしいから慰めとっただけじゃ」

「ふーん?」

「おお、そうじゃそうじゃ。その事で二人に、少し相談が有ったんじゃ」

「ふーん……」

 

 成る程。何処の誰かは知りませんが、セイさんは女に捨てられたのですね。

 

 その弱った心の隙につけこまれ、ネギネギの誘惑に屈してしまったと。

 

 ……人の傷心につけこむその手口。公序良俗に則って、許されるものではありません。

 

「え、えっと。私程度がネギネギさんに助言できることなんてないような」

「マス子? なんで急にさん付け……?」

完璧(パーペキ)っスからねぇ、ネギネギさんは。もう本当に、どこでそんなテク覚えてきたんだって話っス」

「アマネ、何か口調変わっとらん?」

 

 こうなれば是非もなし。

 

 マス子の邪魔の入らないタイミングで従僕を使って、このクソビッチの拉致監禁を────

 

 

 

 

 

「どっちか、傷心のセイさんを癒す為に、デートしてやって欲しいんじゃが」

「ズッ友だヨ」

 

 

 

 

 

 なんだコイツ神か。

 

「セイさんは、事件巻き込まれ体質が酷くてデートも一苦労だそうじゃ。貧弱な私にゃ荷が重いが、マス子は腕が立つし、アマネは問題解決能力高いからのう」

「え、あっ。で、デート?」

「さっき、慰めるついでにで私の女友達を紹介するって流れになったんじゃ。安心せい、少し人格が破綻してるのも居るけどそれでよければ、と念を押しておいたから」

 

 人格破綻。

 

 ふむ。確かにマス子は頭おかしいですからね。

 

「お前ら、セイさんには大きな恩もあるじゃろう。今彼氏いないなら、デートくらい付き合ってやったらどうじゃ」

「そ、そそそうですね。そう言うことなら仕方ないですね。何せ命の恩、2度も救われた命、これはもう仕方ありません」

 

 何ですかこれ。夢ですか。夢ですか!?

 

 な、何というファインプレイ。何という益虫。

 

 ネギネギ、私は今後一生、貴女を裏切ることは滅多にないと誓います。

 

「アマネはおっけー、と。本命はマス子なんじゃが、どうじゃ?」

「あうっ、私も? あーっと、その、えーっと……。も、勿論オッケーだ」

「おお、良かった。じゃあ、そう返信しとくのじゃ」

 

 ……マス子も、セイさんとデートですか。

 

 いえ、まあ良いでしょう。この女にはどーせ山のように男が寄ってきます。

 

 今のところマス子に卑しさは見受けられませんし、泳がしておいてやりましょう。

 

「あ、それと二人とも」

「何ですかネギ神様」

「ね、ネギ神? いや、これは先達の助言なんじゃが」

「助言ですか。聞きましょう」

 

 お、ラブマスターのネギ神様から神託がある様です。

 

 素直に聞いておきましょう。

 

「デートの際は必ずヘルメットに防弾チョッキを身に付けて、非常食に水分、医薬品は忘れんようにな」

「成る程、出来る女の気配りというヤツですね」

「いやデートの敷居高くない?」

 

 セイさんとのデートはお洒落(フル装備)必須な様です。それくらいお安いご用です。

 

 く、くふふふふふ。棚からぼた餅、降って湧いた絶好のチャンス。

 

 セイさんを、私の100人誑かし計画の記念すべき1人目にして差し上げますよ。

 

「くひひひひひひひ」

「うわっ! アマネの笑いかたキモッ!」

「やっぱアマネは紹介せんほうが良かったかのう」

 

 待っていてくださいセイさん。

 

 私の完璧すぎるデートプランで、貴方の心を支配して差し上げますから。

 

 アマネちゃん以外の女の子なんて目に入らなくしてあげますから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「根岸さん、良い娘だったなぁ……。元気貰っちまった、俺も頑張らんと」

「おいボーッとすんな新入り!」

「う、ウッス!!」

 

 因みに、今日の出来事の結果。

 

「よっしゃ、何かやる気出てきた! フラれたくらいなんだ、やるぞぉ!」

「おう、テキパキ働けぇ!」

 

 当然のごとく、現時点の彼の好感度トップはネギネギとなっていたりする。

 



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13話「ラブラブデート大作戦!」

「くくくくく……どうですか、この私の服にアクセ!」

「決まってんなぁ……、高かったろソレ」

「従僕からの献上品なのでタダですよ!」

 

 皆さまどうもこんにちは。

 

 生まれ持った絶世の美貌で男心を惑わす、現代のクレオパトラこと傘子美音です。

 

「……不良相手とはいえ、あんまりカツアゲすんなよ」

「この私に最も似合う服を持ってきてくれた人を私から解放すると宣言したら、山のように献上品が届いただけです。言わば私の人徳です」

「よかった、なら何処かの誰かが救われたんだな」

 

 最近の私は、実に絶好調です。

 

 とある品種改良ネギのお陰で、イケメンとデートにこぎ着けたのです。

 

「マス子、この儚げで清楚なコーデ素晴らしいでしょう? 実に、私によく似合ってると思いませんか?」

「それは外見に対してか? 中身に対してか?」

「そりゃコ-デですし、外見でしょ」

「なら、よく似合ってるぞアマネ」

「やったぁー!!」

 

 そんなこんなで、私は友人二人を誘ってデートの作戦会議、兼ウインドウショッピングに出掛けていました。

 

 清楚な私は、デートなんて初めてですからね。ここは、男をとっかえひっかえしてるマスコビッチと謎の恋愛巧者であるネギネギに色々聞いておこうという作戦です。

 

「だが、その下に防弾チョッキとか着れるのかの? ゴツゴツせんか?」

「それは、まぁ。私なりに何とかしてみますよ」

「デートの前提装備が、やたら重いんよなぁ」

 

 聞くにセイさんはちょっとばかり巻き込まれ体質で、デートするたび大変な事件に巻き込まれるらしいです。

 

 しかし、そのセイさんのお陰で私は2度も命を救われたのですから、むしろ感謝しなければなりません。

 

「あとアマネ、確認しとくがマス子のデートが先でええんじゃな?」

「そりゃあ、そうですよ。こういうのは2回目にデートした方が、印象に残りやすいんですから」

「そういうもんか」

「マス子の普通で平凡なデートの後で、私の特別でスペシャルなデートを楽しむことにより、アマネちゃんの魅力がより深く伝わるという訳です。つまりマス子は、私の引き立て役ですね」

「マス子の人気を知っていて、ソレを言えるお前の神経が分からんわい」

 

 まぁ確かにマス子は人気あるみたいですが?

 

 どう贔屓目に見ても私の方が絶対的にかわいいですし。

 

「好きにすりゃいいさ。私はセイさんに感謝を込めて、色々と楽しんでもらうつもりだ」

「それでええと思うよ。じゃ、マス子のデートは水曜日で、アマネは週末じゃな」

「ぐっふふふふ、一気に落としてやりますよ。いっそ、隙を見てホテルに連れ込んで……」

「おーい、ソレやったら捕まるのはセイさんだからな。落ち着けー?」

「はっ」

 

 いけません。そうですそうです、私の目的はセイさんと付き合う事じゃありませんでした。

 

 感謝を込めつつデートしてあげて、かつセイさんに私の魅力で骨抜きになってもらうだけでした。

 

「アマネ、最初からいきなり落とすのは無理だぞ。何度かデート重ねて、告白するもんだ」

「えー、何でですか」

「デートってのは、相手と付き合う予行演習みたいなもんだからな。いざ二人きりになって話が合わなかったり、あるいは喋ることがなくて気まずくなったり、そういうのが無いか確認してるんだよ」

「……それで?」

「初日はセイさんを立てつつ、よく話を聞いて相槌を打って、楽しい時間を過ごしてもらう事を意識しろ。そしたらマジで可能性はあると思うぞ、まだ本性バレてないし」

 

 ほう、成程。モテるマス子がそういうなら、そうなんでしょうね。

 

「じゃあ初日は、金銭を要求したりするのはやめておくとしますか」

「なあマス子。私これ、セイさんを騙すみたいで気が引けてきたぞ」

「恋愛ってのは、ある程度、騙し合いみたいなところも、ある、から?」

「……物言いに随分と、自信なさそうじゃが」

 

 よし、私の中で完ぺきなデートプランが立ちましたよ。

 

 この私の圧倒的な美貌で誘惑しつつ、色々なデートスポットを巡りセイさんにも楽しんでもらい、次のデートをしっかり約束して終わる。

 

 ふむ、となると色々と仕込みが必要ですね。

 

「ようし、一丁やってやりますか。ではマス子、しっかり情報収集をお願いしますね。好みとか性癖とか聞きだしておいてください」

「初デートで性癖を聞き出す女子がどこにいる」

 

 今の私は、狩人です。殿方の愛を貫き心を射止める、ラブハンターです。

 

「最低限、好きな食べ物とかスポーツとか、そのレベルの情報は仕入れといてくださいよ! 親友なんですからね!」

「……へーへー。ま、タイミングがあれば聞いとくよ」

 

 この私の前に立って篭絡されない男など、全人類に一人もいる筈がありません。

 

 待っていてくださいね! セイさん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイさんの好みの拳銃はベレッタだったぞ」

「何その情報」

 

 木曜日。

 

 セイさんとデートを終えたマス子は、光の無い瞳で登校してきました。

 

 こんなに疲れ果ててるマス子を見たのは初めてです。さすがに心配になる顔色です。

 

「大丈夫かマス子、学校休んだ方がええんじゃないか?」

「いや、へーき。体は無傷だったから」

「……えっと。何があったかお伺いしてもいいですか?」

「いいぜ……」

 

 体は無傷だった、って。それは裏を返せば、精神はすり減ってるということになりませんか?

 

「セイさん、俺とのデートの初心者だから近場に遊びに行くだけにしようって、スポーツクラブに連れて行ってもらったんだ」

「ほう」

「駅前の小さな建物さ。腕が使えなくても、簡単なフットサルとかは出来るだろって。私もノリ気で、セイさんについて行ったんだが……」

「な、何があったんですか」

 

 スポーツデートですか。それは、楽しそうではありますが。

 

「元暴力団の怖い人が絡んできて、負けたら臓器売り飛ばされる条件で試合することになった……」

「えぇ……?」

 

 何がどうなったらそうなる。

 

「たまたまその日はイベントで、フットサルの大会やってたんだ。飛び入りオッケーの」

「それで?」

「せっかくだからと参加したら、同じチームになった人がタチの悪い不良だったんだ。その不良を目の敵にしてた暴力団の人が喧嘩売ってきて、臓器を賭けて試合することになり」

「……」

「流石に付き合いきれなくて逃げ出そうとしたら、AMFとかいう新興勢力が乱入してきて三つ巴の乱闘になった」

「カオスの極みじゃな」

 

 ……。なんか聞いたことがあるグループ名が出てきましたが、気にしないようにしましょう。

 

「私も喧嘩慣れしてるしセイさんも強いしで無事に逃げ出せたものの、帰り道に『試合に負けたのは逃げたお前達のせいだ』って不良グループに付け回されて警察沙汰。家に帰れたのは日付が変わってから」

「わーお」

「セイさんを振った人の気持ちが分かった、毎回のデートがアレとか耐えられん……」

 

 話を聞く限り、セイさんについた疫病神は相当の様ですね。

 

「お、お疲れじゃマス子」

「次のデートの約束も一応したんだが、期待半分不安半分……」

「あれ、また約束したんですか」

「い、一応な? もう二度とデートしませんとか言ったらセイさん更に傷つけちゃうし。だから、その、一応」

「ふーん? まぁ、良いですけど」

 

 まさかマス子、本気でセイさん狙ってないでしょうね。

 

 ……いや、違いますか。セイさんが好きなら、どんなに大変でもデートした後は楽しそうにするでしょうし。

 

「あとセイさんの得意な武装はトンファーで、必殺技はトンファーキックで……。中国武術の達人と一緒に任務を受けたことがあって」

「もういい、マス子。もう喋らんでええ。すまん、私が悪かった。私が軽い気持ちでデートしてみぃとか言ったせいで」

「良いんだ。良い経験になったよ、もう、凄まじい人生経験だった」

「マス子……」

 

 それに、マス子のおかげで良い感じにデート本番のシミュレーションができました。

 

 結構な頻度で何かしらに巻き込まれると、心の準備をしておくことにいたしましょう。

 

「じゃあ次は私の番ですね。あー、デート楽しみです」

「コイツ私の話聞いてたのか?」

「私はマス子とは違うんです、いっぱい楽しい思い出を作らせていただきます」

 

 そんなげんなり恐れ戦いているマス子を尻目に、私は幸せだろう週末へと思いを馳せるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、週末。

 

 男性との人生初デートの日が、とうとうやってきてしまいました。

 

 しかもそのお相手は、あのイケメンのセイさんです。

 

 ワクワクしすぎて、昨日は中々寝付けませんでしたね。

 

「……お、久しぶり。えっと、アマネちゃんで良いかな」

「はい、大丈夫です。私は傘子美音と申しますわ」

「君そんな口調だったっけ?」

 

 セイさんはしっかりと、時間通りに駅前に姿を見せました。

 

 私服は少し安めのブランドの服を、それなりにイケてる感じに着こなしています。

 

「よし、じゃあどこか行きたいところある? 無いなら、適当に見繕ってる場所あるけど」

「へー、どこに連れて行ってくれるんです?」

「ん、水族館。今日、割引してるはずなんだ」

 

 水族館……この町の水族館は、確か入場料が550円でしたね。

 

 そして月に1度、400円で入れるサービスデーがあります。それが、今日なのでしょう。

 

 正直、安いデートスポットですが贅沢は言いません。

 

 まぁ、セイさんがイケメンなので許してあげましょう。

 

「さて、今からバスで移動するが……。俺が先に乗り込む、君もよく気を付けてくれ」

「はあ、何に気を付けるのでしょうか」

「この町、バスジャックとか多いだろ? 乗車した瞬間、襲われても対応できるようにな」

「そんなもの人生で一度も遭遇したことありません」

 

 さて。後は彼の立てたプラン通り、たっぷり水族館を楽しむとしましょう。

 

 一応、薄めの防弾チョッキを着こんではいますが……、まあ本当に必要になることは無いでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な、何事もなく、水族館に着いただと……!?」

「何を戦慄しているんですか」

 

 やはりセイさんの心配は杞憂で、私たちがバスジャックに巻き込まれることは有りませんでした。

 

 私にとっては至極当たり前の事なのですが、セイさんは少し動揺している様子です。

 

 どんな人生を送ってきたのでしょう。

 

「お、落ち着け。俺がこんな可愛い娘とデートして、何も起こらな訳がねぇんだ」

「あのー、セイさん?」

「きっと、かなりヤバい案件が水族館で待ってるに違いない。気を引き締めないと……っ」

「もしもーし」

 

 セイさんは水族館に入る前に、何やら戦地に赴く兵士のような険しい顔をしはじめました。

 

 イケメンの顔が七変化するのは見てて楽しいですね。

 

「先、入りますよー」

「あ、ちょっと待てアマネちゃん! 無防備に入り口に並ぶな、危ない! 水族館を甘く見るな!」

「セイさんは水族館をどんな死地だと思ってるんですか」

 

 そもそも水族館がそんな危険な場所なら、デートスポットに選ばないでください。

 

「あ、カップル割も併用できるみたいですよセイさん。これでさらにお安くなりますね」

「お、おお。すみません、大人二人……」

「カップル二人、です」

 

 ま、この類まれなる美貌の持ち主アマネちゃんとデートをしているのです。

 

 セイさんも緊張して、多少変な発言をしてしまってるだけでしょう。

 

 ここは大人で包容力のあるアマネちゃんが、優しく諭してあげましょう。

 

「今日はカップル、なんですよね?」

「……ああ、そうだな」

 

 完全に覚悟完了しているセイさんの手を取って、私は物凄く勇気を出しました。

 

「じゃ、じゃあ、手をつないで歩きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇麗でしたね。グッピーの群れ」

「あ、あれぇ……?」

 

 やはり、水族館でもセイさんの危惧していたような重大事件は起こらず。

 

 かなり良い雰囲気でデートを楽しんだ私たちは、そのまま近くのファーストフード店で昼食をとることになりました。

 

「……本当に、何も起こらないのか? 今日は女の子とのデートなのに、こんな平穏で幸せで許されるのか……?」

「はい、セイさん。えっと、その、あーん」

「あ、どうも。あーん……」

 

 今日の私は、多少恥ずかしい行為だろうとガンガン攻めるつもりです。

 

 セイさん、私の勇気を振り絞った「あーん」を食らって、無事私に篭絡されてください。

 

「まさか呪いが解けた? でも、昨日も……」

「もー。セイさん、さっきから会話が上の空ですよ」

「あっ。ああ、ごめん、なんだか思った以上に平和な一日で」

 

 ところがセイさんは、女の子からのアプローチに慣れきっていたのか、私の渾身の「あーん」を完全にスルーしました。

 

 ……もっと攻めなきゃダメでしょうか。これ以上となると、そうですね。

 

「ところでセイさん、今からはどうします?」

「す、すまん。水族館あたりで事件に巻き込まれる予定だったから、この後の予定を立ててないんだ」

「もー、そんな不確定な予定を立てないでくださいよ」

「そ、その通りだ。ごめん、悪かった」

 

 この後のデートプランは、白紙の様子。

 

 であれば、もう必殺のコレしかないですね。

 

「ねぇセイさん。私、水族館で歩きすぎて、少し疲れてしまいました」

「あ、そう?」

「どこかで休憩でもしませんか───?」

 

 さぁ!

 

「……ふーん、そうか」

「ふふ」

 

 さぁ!! さぁあ!!

 

 この私からアシストしてやりましたよ。しっかり決めてください。

 

 未成年の女子高生を、性欲の赴くままホテルに誘って、セイさんの人生最大の弱みを私にください───

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺ぁ、ここでノンビリするのが好きなんだ」

「そうデスカー」

 

 私が頬を赤らめて「疲れちゃった」と言ったら、河原の土手にあるベンチに案内されて、そこで駄弁る感じになりました。

 

 何でやねん。

 

「ここは良いよ。何せ、だだっ広いから敵の襲撃に反応しやすい」

「その基準はどうなんですか」

「しかも俺はここで戦いなれてるから、地形をよく把握してる。地の利は我にあり、だ」

「もー、デート中くらい敵の襲撃のことを忘れましょうよ」

「いや、普段はデート中に絶対何かしら襲撃があるんだよ……。本当、今日はおかしいんだ」

 

 まぁ、セイさんからすればこんなに可愛らしいJkが誘惑してきたら、美人局に見えなくもないです。

 

 少し警戒させてしまったのかもしれません。ガツガツしすぎましたかね、今日は。

 

「いいんじゃないですか? たまには、こんなにノンビリとしたデートも」

「……」

「セイさんは、普段からずっと頑張ってきたんですから。きっと、神様からのご褒美ですよ」

「そ、そうなのかな」

 

 最後のアプローチがてら、私はそのままセイさんの膝に頭をおろして。

 

 膝枕をしてもらいながら、のんびり雲を見上げました。

 

「こうしているだけで、結構楽しいですよ。私」

「そ、そう?」

「セイさんはどうですか? 私とのデート、楽しくないですか?」

「い、いや。そんな事はないぞ」

「それは良かったです」

 

 これはキてますよ、かなりいい感じです。

 

 セイさんからの、かなりの好感度上昇を肌で感じます。

 

 私、今すごく輝いています。セイさんとの完璧なデートを演出できている私、ピカピカに輝いています。

 

「そっか。デートってこんなに、楽しくて癒されるものだったのか」

「そうですよ」

 

 これは、貰いました。もう、きっと今セイさんの頭の中は私でいっぱいの筈です。

 

 ネギネギには悪いですが、貴方が落とし損ねたこの優良物件、私が占拠してやりましょう。

 

「くひひひひひひひ」

「え、いきなり何、その笑い方!?」

 

 そんなこんなで、この日。

 

「失礼、噛みました」

「何を噛んだらそうなるのさ」

 

 私はセイさんと、平穏で静かなラブラブデートを満喫したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい時間は、あっという間にすぎるもので。

 

「もう、夕暮れですね」

「そろそろ、お開きだな」

 

 流石に女子高生が、男とディナーして帰るのは親に許してもらえず。

 

「また、私とデートしてくれますか?」

「あ、ああ。……次も何も起きなきゃいいけど」

「そんな、大事件なんて滅多に起きませんよ」

 

 日が暮れる前に、私はセイさんと別れる事になりました。

 

「そうですね、再来週の週末、空いてますか?」

「ああ」

「じゃあ、そこ。私が予約してもいいですか?」

「分かった。楽しみにしている」

 

 しかし、今日のデートは間違いなく大成功です。

 

 私もマス子同様、見事に次のデートの約束を取り付ける事も出来ました。

 

「……ああ、良い日だった」

 

 デートを終えた後、セイさんはこの上なく晴れやかな顔をしていました。

 

 こういう普通のデートは、初めてだったのかもしれません。

 

 だとすれば、私も頑張った甲斐があったというものです。

 

「それでは、また再来週」

「うん、お疲れ様」

 

 私は、そんな笑顔のセイさんと手を振って別れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、被害報告どうぞ」

「AMF(アマネちゃんファンクラブ)の戦力は、ほぼ半壊だ……。死者が出なかったのが奇跡だぞこれ」

 

 完全に、セイさんの姿が見えなくなった後。

 

 私は、今日一日中ポケットに入れて操作していたスマホを取り出して、従僕(トモダチ)と通話を始めました。

 

「バスジャックの未然鎮圧に、水族館爆破予告犯との死闘、ダム決壊して河原が水没しかける事故の未然解決。貴方達、今日だけで感謝状山盛り貰えますよ」

「そんなもんより、命の保証をよこせクズ。何で俺達が、こんな特殊部隊みたいな仕事を……」

「それを普段、単独ロハでやってる偉い人(セイさん)が居るんですよ。たまには、その人に休日を上げたかったんです」

 

 噂のセイさんの呪いは、本当に苛烈でした。

 

 実は私は本日のデートの為、従僕たちを総動員して事に当たっていました。

 

 水族館に行くプランを聞いてから、行く予定の場所に従僕を先回りさせ事件を未然に処理し、何とか今日一日何も起こさずにデートを終えることに成功していたのです。

 

 指示の出しすぎで、指先が腱鞘炎になりそうでした。そのせいで、昼過ぎに私はもう疲労困憊だったのです。

 

「この戦力だと、明日からの抗争に支障が出るんだが」

「あー、その辺は根回ししました。明日は、敵の事務所にポリ公ガサ入れさせるので大きな動きはないはずです」

「流石……。だけど、もうこんなアホみたいな仕事は勘弁してくれよボス」

「あー、ごめんなさい。再来週も、彼とデートです」

「救いはないんですか!?」

 

 私(と従僕)の必死の働きで、今日はセイさんにとってきっとすごく楽しいデートを演出できたはずです。

 

 これを続ければ、きっと私は勝てます。

 

 無駄に気を張り詰めなくてもいい、平穏の象徴みたいな女の子。男はそこに、癒しを求めるに違いありません。

 

「クケ、クケケケケケ。セイさんのハートは貰いましたよ!」

「再来週も……、またこんな命がけの……」

 

 こうして、私の人生初デートは大成功に終わったのでした。

 

 私の幸せのためなら、多少の従僕の犠牲は仕方ないでしょう。



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