貴方だけの、チアリーダー (双子烏丸)
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貴方だけの、チアリーダー

 俺達の暮らす世界に突如として出現した存在、『セイレーン』。世界と人類にとって脅威であり、それに対抗するために人類は『KAN-SEN』と呼ばれる、別世界の船舶兵器の情報を基にした人型の――女性の姿をした兵器を生み出して対抗した。

 ……それから。

 

 

 

 ――――

 

「ここも……大分復興して来たな」

 

 車に乗って、俺は自分の暮らす町中を走っていた。街と呼べる程ではないけど、それでもそれなりの大きさのある町で、以前の大戦の傷跡もまだ残っていた。

 見える範囲でもまだ壊れたままの家やビルがちらほら見えるし、それに。

 

(こっちもまだ通行止めか。別の道を通るか)

 

 道路も場所によっては抉れて壊れていたりで、車が通れなかったりもする。……あの戦いが終わって一か月程経ったけれど、完全復興にはしばらくかかりそうだ。

 

「やっぱりまだボロボロね。……町も」

 

「ああ。ここだけじゃない、他の大きな街とかはまだ被害が大きいから、あまり手が回らないんだろうな。

 だけど、それでも確実に復興はしているさ」

 

 確かにまだ戦いの傷跡は残っている。けれど、同じくあちこちで町の人々が壊れた建物を修理し、建て直している様子もまた見て分かる。

 

「うん。みんなとてもキラキラしていて、前向きなのが分かりますから」

 

「君の……『君達』のおかげだ。俺達人間の代わりにセイレーンと戦い、守ってくれたから、みんな笑っていられる。鉄血と重桜との対立も収まって、今後は話し合いの場を持って行く形にもなった」

 

「だからもう戦う必要もないって事。ですよね、指揮官さん!」

 

「指揮官、か」

 

 たった一か月くらいだけどもう懐かしいと思えてしまう。

 

「戦いも終えて俺ももう指揮官じゃないけど、まぁいいか。俺達二人の仲でもあるし。なぁ――クレイヴン」

 

 俺は隣の助手席にひらひらしたピンクの私服姿で座る長い桃色髪の少女、『KAN-SEN』のクレイヴン――俺の、嫁だ。

 

 

 

 ――――

 

 家に帰って来て、早速俺はソファーにもたれて一息つく。指揮官を辞めて、今は各地での復興に力を貸していた。……まぁ聞こえはいいけど要は工事のバイトみたいなものだ。

 

 

 

「お仕事お疲れ様! 今日も一日、パーフェクトよ!」

 

「ははっ、大袈裟だよ。でもクレイヴンのそう言う所も俺は好きだ」

 

「……指揮官さんってば。私も指揮官の事が、もちろん大好きよ」

 

 俺とクレイヴン、そう言って互いに笑い合う。……本当は俺はもう指揮官でもないし、クレイヴンも、その名前は元々彼女のベースになった船舶の名前をそのまま使っているに過ぎない。

 セイレーンとの戦いも終わり平和になった世界ではどちらの呼び方も必要ない。俺達二人、普通に暮らして行く上でそれぞれ別の名前はあるにはある。けれど、二人きりの時はどうしても『指揮官』、『クレイヴン』と戦争時の呼び方をしてしまう。

 何だろうな、そっちの呼び方の方が慣れていると言うか、俺たちにとって特別に思えるからだろうな。

 

「ねぇねぇ、隣に座っていいかしら?」

 

「ああ。全然大丈夫だよ」

 

 俺が座っているソファーの隣、彼女はぽんと座って来た。両手には二人分の缶コーラを持って、左手のコーラを頬に付ける。

 

「んなっ!」

 

「ふふっ、冷蔵庫で冷やしたからヒヤッとするでしょ? これでも飲みながら、二人で時間を過ごしましょうよ」

 

「いきなりびっくりしたな……でも、もちろん。だって今日は、余裕があるから」

 

 

 

 何しろ今日は午前中で仕事が終わったから。窓から昼下がりの日差しが差し込む中、リビングでテレビをつけながら俺達はゆったり過ごしていた。

 

「……世界を救った英雄、か。同じ指揮官でも俺とは全然違うな。まぁ任された立場と、功績を考えれば無理もないか」

 

 テレビでやっていたニュース。それは人類共通の敵、セイレーンがいる中で対立していた四大勢力、ユニオンとロイヤル、重桜に鉄血。更に東煌、サディア、北方などの他勢力をまとめて一つにして、セイレーンと戦って勝利に導いた英雄……一人の指揮官の話題だった。

 指揮官、それは船舶の情報と力を得た彼女ら『KAN-SEN』に指令を出し、文字通り戦いの指揮を執る人材を言う。

 俺もかつては指揮官だった。……と言っても、ユニオン辺境の小さな港に赴任しての防衛任務。任されたKAN-SENもクレイヴンを含めて数人程のごく小規模の戦力。大戦時にも何度かセイレーンとの戦いはあったものの、そこまでの大きな戦いも危険も、功績もあげられないまま終結した。

 

(辺境勤務とは今思えば飛ばされたものだな。まぁ、敵国だった重桜の人間とのハーフである俺を軍属に、ましてや辺境と言え指揮官としての任につけてくれたのは有り難いと言えるか)

 

「今でもテレビで特集しているくらいだもんね。

 とても大きな港の司令官で、私達のようなKAN-SENだって数百人も指揮していて……それに他の勢力の子達とも絆を結んで色んな問題を解決しながら、世界を救ったのですから。

 あの人の活躍がなければ、こうして私たちが平和に過ごせていなかったかも」

 

 テレビを一緒に見ながら、クレイヴンは軽く微笑んでいる。

 

「そうだな。俺も面識はないけれど、きっと相当凄い人なんだろうな。所属していたKAN-SENの中には強力な船舶――エンタープライズやサウスダコタ、他の勢力ならクイーンエリザベスに高雄、プリンツ・オイゲンだとか……それくらいの相手がたくさんいたみたいだ。数多くの戦場を潜り抜けた戦闘指揮能力ももちろん、こうしたレベルのKAN-SEN全員をまとめるカリスマ性……尊敬を通り越して、ただただ凄いとしか言えない」

 

「本当に凄いわよね。私たちのいた港は六人くらい、ギリギリ一艦隊が組めるくらいの人員だったのよ」

 

「でも六人でも、俺なんかまとめるのは手いっぱいだったけどな。クレイヴン、君とそれにカッシンにダウンズ、オクラホマ、ネバダにロング・アイランド。みんな元気にしているだろうか」

 

 港で共に過ごして来たKAN-SEN達。あれからそれぞれ別の生活を見つけて離れ離れになったけれど……今度手紙でも送ろうか。

 

「辺境だったとしても、それなりに大変だったけど、でも良い日々だったわよね」

 

「それはもちろん。みんなとも、そして何よりクレイヴン、君と出会えたから」

 

 俺はそう言って、改めて彼女に伝えた。

 

「指揮官として赴任した時から、何かと俺に世話を焼いてくれたよな。こんな仕事を任されると思わなくて緊張していたしさ、だから君のそうしたのが凄く助かったって言うか、嬉しかったから」

 

「礼になんて及ばないわよ。だって私、人の応援をするのが大好きですから。それが好きな相手だと、特に」

 

 クレイヴンはニカって微笑みを向けて、そしてこんな事を話してくれる。

 

「指揮官さんはずっと私の事を頼りにしてくれたわよね。秘書船として傍に置いてくれて、二人で一緒に色々と過ごす事だって多くて。……それに、ケッコンだってしてくれたり」

 

「そりゃ君の事が好きなんだから、当たり前だ。他のみんなだって好きだったけれどやっぱり、君が一番だから」 

 

「そう言われると、私、照れてしまいますよ」

 

 赤面する彼女。その右手の薬指には、かつて指揮官としての任についている時に贈った指輪が輝いている。

 

「これからは……私と指揮官さん、二人で幸せに暮らして行く感じなのよね」

 

「ああ。確かに辺境勤めだったけれど、指揮官としての報酬は多く貰えたと思うし、余裕を持って暮らして行ける。

 これから子供とか持ったりしても、全然」

 

「ふふふっ! そう言うのも、とっても素敵だわ」

 

 こんな風な話をしながら穏やかな、時間。そんな中でクレイヴンは、ふと思い立ったようにふっと顔を近づけて口を開く。

 

「――ねぇ指揮官さん、良かったら今から出かけてみませんか? まだ昼ですから、時間としては余裕はあるはずですよ。

 そんなに遠い場所でも、ありませんから」

 

 いきなりの提案に少し戸惑ってしまう。

 

「俺は構わないけど、どうした? 一体どこに行きたい?」

 

「ちょっと、ね。 指揮官さんと一緒に――行きたい所が今思いついたのよ」

 

 

 

 ――――

 

 僕達はまた車を走らせる。

 今度は町外れの海岸沿いの道を、俺はハンドルを握って走らせる。

 

「成程、確かに寄ってみるのもいいな。何しろ戦争が終わってから一度も寄ってなかったから。

 住んでいる町からは近いのに、な。でも……」

 

 運転しながらミラーに映る自分の姿を、改めて確認する。

 

「この恰好も懐かしいな。でも、わざわざこの姿になるのも、必要か? 別に嫌と言うわけではないが、気にはなる」

 

「せっかくですもの。それにやっぱり、この姿の方が懐かしいですよ」

 

「まぁな。でも、ちゃんと取っておいて良かった。やっぱり思い入れも、俺にだってあるからな」

 

 かつて指揮官だった時に着ていた白いシャツに、頭には軍帽も。辺境の港勤務だったから恰好はかなりラフで済ませているけれど……それでも俺の今の姿は、指揮官として勤めていた時のそれだ。

 

「私もよ。あの時の姿でこうして、ちょっと恥ずかしいかもだけど。似合っているかしら?」

 

 クレイヴンも今はチア衣装に、その上から青いジャージを羽織った、あの時と同じ姿。

 

「大丈夫、とても似合っている。昔のまま、それ以上に素敵だ」

 

「あれからまだ、そんなに経ってはいないけれど……そう言ってくれて嬉しいです」

 

 ちょっと照れた感じで、でも喜んでくれている彼女。互いにあの時の戦いでの姿のまま、こう言うのもまぁ、良いと思う。

 

 

 

 それからも車を走らせて、ようやくたどり着いた先は。

 

「さて、と。無事到着したな」

 

 車を停めて、俺たち二人は窓から外を眺める。そして目の前の景色に懐かしさと、思いをはせた。

 

「本当に懐かしいわ。私たちが一緒にいた、この港は」

 

 やって来たのは、大戦の時に使っていた基地――俺達の母港だ。

 

「ははは、今やここも静かになったな。今や最低限の人員を残して、施設管理と見張りくらい。平和になったからか」

 

 海辺にある港、そこはかつて指揮官として駐留していた場所だった。

 KAN-SEN達とともに過ごして、時には戦闘指揮も行いもした。大変な事も多かったりもしたけれど、ここで過ごした事はどれも大切な思い出だ。

 

「あれからもう一か月程。ここは全然変わらないな」

 

「ふふふっ、だってまだそれくらいしか経ってないのよ。そこまで変わらないのは当たり前じゃないかしら」

 

 俺たちがいた時と違って、ずいぶんと静かになったその場所。それに……。

 

「入口も、今は閉じられてしまっている。今から入れそうにないな」

 

 港に入るための入り口も、がっちりと閉じられている。今はほとんど役目がなくてもやはり軍事施設、部外者は立ち入り禁止と言うことだ。

 

「私たちはもう、軍人ではありませんから。でも……」

 

 クレイヴンは早速車から降りた。その先の原っぱで、軽快なステップを踏んで小躍りする。

 

「港のすぐ傍にある、この海辺の公園――とっても気持ちが良いところですよ。

 ほらほら、指揮官さんも早く降りましょう」

 

 そして俺も、彼女から手を引かれて外に、港隣の海浜公園へと出た。

 

「うん。確かに良い気持ちだ、悪くない」

 

 潮風も感じながら、俺はクレイヴンに笑顔を向けた。そうして俺たちは一緒に少し歩くことにする。

 少し雑談と言うか、他愛のない話をしながら公園を歩いて。そして……公園の桟橋で。

 

 

 

「やっぱり来て良かったでしょ? ここ……良い場所ですよね」

 

 

 海浜公園の桟橋、海とそれに港を一望出来るここで、俺とクレイヴンは手すりにもたれてその光景を眺める。

 

「俺も何だか開放された気分と言うかな。空気だって良いし、それと懐かしくもある。

 あの港に、それに海。ここを舞台に俺たちは戦って来たって、改めて思う」

 

「そうね。私たちは前線じゃなくて、専ら防衛だとかが多かったですけれど……でも、色々ありましたね」

 

 そう懐かしそうにつぶやくクレイヴン。海を眺めて、それから俺に微笑みを向けてくれた。

 

「ねぇ、指揮官さん」

 

「どうしたんだ? 改まって」

 

 俺が聞くと、彼女はにこやかな表情を見せて、こう言った。

 

「私も、何より良かったのがあなたに、指揮官さんに会えた事なんです。

 こうして特別に想われてずっと嬉しいの。だってあなたへの想いは、誰にも負けませんから」

 

 瞬間、クレイヴンは俺にそっと近づくと……口づけをしてくれた。

 

「……クレイヴン、俺は」

 

「指揮官さんの想いは十分すぎる程、クレイヴンには伝わっていますから。だから――今日は私から想いを伝えたくて」

 

 

 

 彼女は数歩後ろに下がって、原っぱに立つ。そして両手には応援で使うポンポンを持って、チアのポーズをとる。

 

「ねぇ、見ていてくださいね」 

 

「もちろん。君からは目を離さない」

 

 クレイヴンはニコッと満面の笑みを見せて、それからチアダンスを踊ってくれた。

 

「フレー! フレー! し・き・かん! L・O・V・E! し・き・かん!」

 

 俺だけのための、クレイヴンからのチアダンス。一生懸命、全力で踊ってくれて、彼女なりの一番の方法で想いを伝えようとしてくれている。

 そんな彼女を俺は見守っていて、やがてチアダンスが終わると、こう聞いて来る。

 

「ねぇ見ていてくださいましたか? 私の想い、伝わりましたか」

 

 クレイヴンの想い。それは、もちろん。

 

「もちろんだ。君の想いは……十分すぎる程に」

 

 今までだってずっと、彼女の想いはちゃんと俺に届いている。

 誰よりも大切な、俺のパートナー。共に戦って来た昔から変わらないし……きっと、これから先だって。

 

 

 俺の返事を聞いて、クレイヴンは眩しいくらいの笑顔でこたえてくれた。

 ――うん。やっぱり彼女には、笑顔が一番だ。

 



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