笑顔の絶えない職場in王立国教騎士団 (望夢)
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笑顔の絶えない職場in王立国教騎士団

今更ながらHELLSINGの漫画全巻揃えたので気晴らしに書いてみた。


 

「くさいな……」

 

「ああ。確かに臭いな。だが、こんな良い夜だ。青二才なら血も吸いたくなるさ。そうだろう?」

 

「さてね」

 

 月を見上げながら軽口を交わすのは、1人は赤いコートに身を包む、帽子を被り眼鏡を掛けた長身の男。

 

 もう1人はその男とは対照的な、白の給仕服に身を包む女性だった。

 

 英国、北部の小さな村。名をチェーダース村と言った。

 

 その村では半月程前から不可解な失踪事件が起きていた。

 

 村人が次々と失踪するその事件の容疑者として浮上したのは、失踪事件直近に村の教会にやって来た牧師。

 

 村に住む少年が目撃したのだという。

 

 口から血を滴らせた牧師を。

 

 事の次第を問い質そうと村の警官と村人達が教会に押し掛けた。

 

 結果、小さな村は今は亡者の徘徊するゾンビタウンへと姿を変えていた。

 

「そういえば、お前の時もこんな良い月の出ていた夜だったな」

 

「…………」

 

 男の声に給仕服の女性は横目で睨み付けた。

 

「おお、こわいこわい。いや失敬。思い出したくもない事だったかな?」

 

「一方的にレイプされた素敵な思い出なんてクソ喰らえだ!」

 

 男の軽口に給仕服の女性は粗暴に言葉を吐き捨てる。その瞳には忌まわしい過去に対する憤怒の焔が燃え滾っていた。

 

「…とにかく始めるなら早い方が良い。まだ生き残りが居るみたいだし」

 

「その様だな。この地獄の様なゾンビタウンでまだ生きているんだ。中々骨のある人間じゃないか」

 

 辺りは静まり返り、草木でさえ眠っている静けさの中では2人が歩いて土を踏み締める音しかしない。そして月明かりがあるとはいえ遠くまでは見えない夜の闇の中で、しかし彼らには()()()()()

 

 闇の中をひたすら走りながら、顔には確かな闘争心を滾らせ、諦めてなどいない1人の婦警の姿が。

 

 その乱れた息遣いさえも、聞こえていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 小腹の空いた夜のコンビニの帰り道。轢き逃げされて遠退く意識にこりゃ死ぬんだなと思ったら、気付けば赤ん坊になっていた。

 

 まさか自分が転生する事になるなんてと思うのも束の間。両親の言葉が英語らしいというのは判るものの、何を言っているのかは解らず、1から言葉の覚え直しが辛かった。読み書きを覚える頃になっても拙いカタコトだったので発育障害かと両親を心配させもした。

 

 転生したのは英国、ロンドン。あの有名なビッグ・ベンを生で見た時はちと感動した。

 

 時代は1970年代末。前世の生まれよりもさらに十数年も前の生まれに思うところは、日本がバブル絶頂期になったら一山当ててみようかなんてというそんな俗っぽいものだった。

 

 母を病気で亡くし、父は男手一つで自分を育ててくれた。だから毎日仕事で家を空けている事が多かった。

 

 普通の子供ならワガママを言ったりするだろうが、こちとら前世持ちで死んだのも三十路一歩手前。子供らしいワガママなんて言うわけもない。それはそれで我慢していないかと父に気遣われたがそんなことはないと返した。

 

 しかし、父がどんな仕事をしているのか自分は知らなかった。訊ねてみても、国を守る大切な仕事をしているのだとはぐらかされた。すわ軍人なのかと思えば、その様な雰囲気は無かった。

 

 だからちょっとした好奇心で父の私物を物色して、その存在を知った。

 

 大英国王立国教騎士団──通称HELLSING機関。

 

 まさか父がヘルシングのエージェントであったなどとは思いもよらなかった。

 

 そして将来、このロンドンが地獄の釜になることが確定。

 

 少佐は世界一カッコいいデブで演説動画なんて何回も見返してクリーク!クリーク!クリーク! なんてコメントもしたけれども、実際に蹂躙される側になるなんて真っ平御免だ。敗北主義者と笑いたければ笑ってくれ。新しい人生は老衰で死にたいんだ。

 

 HELLSING本編が2000年の事であるらしいっぽいので、逆算して猶予は約20年。留学とか就職とか理由つけて国外逃亡しようか本気で悩んだ。

 

 ただ、男手一つで苦労して自分を育ててくれている今生の父を置いて行くのもそれはそれで良心が痛む。

 

 かといって仕事を辞めろとも良い辛い。そもそも父は今30代であと20年ともなれば50代のアラフィフだ。

 

 いやウォルターの例があるから50代でもエージェントやってるかもしれないが、そうなると父親が死ぬかもしれないというのを黙って見過ごすのも辛い。

 

 だから逆に考えてみた。

 

 見過ごして後味悪い人生を過ごすくらいなら、少しでも生存確率の高いだろうヘルシング機関に関わってしまえと。

 

 命大事にとか老衰で死にたいんだとか思いながら、バカじゃないのと言われるだろうが。怖いもの見たさというか、ミーハーというか。まぁ、せっかくの二度目の人生を前世では出来ないだろう楽しみ方をしてみたかったのだ。それに、ヘルシング機関に関わればヘルシング家には元ごみ処理係りの死神ウォルターが居る。

 

 淡い期待だろうが、自衛する程度の技術を身に付けられるのではないかというのもあった。

 

 その結果、どうにかヘルシング機関のエージェントになることが出来た。三級隊員という木っ端職員だが。

 

 そして配属1ヶ月目の初任務。

 

 吸血鬼事件調査の任務で、同行していた父と他数名の職員は死亡。

 

 自分は拐われて何も抵抗出来ずにレイプされて血を吸われた。

 

 処女でなくなった自分が血を吸われたら喰屍鬼(グール)になってしまう。

 

 そんな絶望感の中でも湧いてくるのは怒りだった。

 

 父を殺された悲しみを塗り潰す怒り、或いはそれが復讐心というモノだったのだろう。

 

 このまま死ぬのは真っ平御免だと。荒れ狂う怒りのままに、自分を犯す吸血鬼を殺してやった。

 

 その血から、奪われた自らの血と魂を取り返した。

 

 そのお陰かなのだろうか。自分は喰屍鬼(グール)にはならなかったものの、吸血鬼にはなってしまった。

 

 結果として、今はヘルシングの庇護下で新米吸血鬼4年生をしながらごみ処理係りの片棒を担いでいる。

 

 それが自分、ユーリ・ケイトの半生である。

 

「終わったか」

 

 この事件の唯一の生存者だった婦警ごと、主犯の吸血鬼の心臓をぶち抜いて殺した旦那のヒラコースマイルを遠目に見ながら、此方の仕事を再開する。

 

 使役もとの吸血鬼が死んでも、数時間程度は生きていられる喰屍鬼(グール)たち。そこから被害が広がっては大本を倒しても意味がない。

 

 故に徹底的に殲滅する必要がある。

 

 しかし悪食も良いところだ。村ひとつが丸々喰屍鬼(グール)になるなんて。自分よりも遥かに年下の子供でさえ、喰屍鬼(グール)に喰われればオシマイだ。

 

「終わったか?」

 

 最後の女の子の喰屍鬼(グール)を始末し終えたところで旦那が婦警を抱えてやって来た。

 

「ああ。丁度今、最後だった。それで? そのヒトは? 見間違えじゃなければ胸に風穴空いてた筈だけれども?」

 

「む? 視て判らんか?」

 

 腕の中に抱える婦警を見せびらかす旦那にやれやれと肩を竦める。

 

「視て判るから訊いてる。知らないぞ? 何処の誰ともわからない人間を吸血鬼にしてインテグラ様に怒られても」

 

「クククッ、そいつは確かにおっかないなぁ」

 

 おっかないと言いながらも何やら楽しそうな旦那。

 

 抱えられている婦警はまだ何がなんだか呑み込めていない様子だった。

 

「あの……、あたし、どうなっちゃうんでしょう……?」

 

 なんて事を宣うものだから現実を見せる為にもニッコリスマイルを浮かべて口にして上げた。取り敢えずわざとらしく鋭く尖った牙を見せる様にして。ヒラコースマイルはこんな感じで表現出来るだろうか?

 

 第一印象はとてもとても大事な事だ。アットホームで笑顔の絶えない職場で一緒に働くことになるのだから。

 

「これからは太陽と十字架に気をつけることだよ婦警さん。なに、大丈夫。大丈夫さ。すぐ慣れるから。食べ物変わるだけだから」

 

 肩から掛けていたポーチから輸血用血液パックを取り出して、ストローを刺してじゅずるるるるるるるるると音を出して吸い上げる。

 

「いや~~~~~ッ」

 

 絶叫という名の産声を上げて、吸血鬼セラス・ヴィクトリアは誕生した。のかもしれない。

 

 

 

 

 




ユーリ・ケイト──。
ガワだけ借りてる転生者。
1996年、20代前半で吸血鬼になった現在吸血鬼4年生。
父親がヘルシングのエージェントであり、ヘルシング機関入局初仕事(父親同伴)で吸血鬼に襲われて処女を奪われながら血を吸われるが、喰屍鬼になりかけの身で逆襲し吸血鬼をブチ殺して自分の血と魂を取り戻し吸血鬼に至る。その時に殺された父親の血も回収しているので常時パパSECOM。手を出したらコワいパパが出てくるぞ。
ウォルターから対化物戦闘法を学んでいる。


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吸血鬼のような人間

 

 喰屍鬼を殲滅し終えて、婦警(セラス)を抱えて戻った旦那(アーカード)はやっぱりヘルシング(インテグラ)局長に怒られた。

 

 それもそうだろう。大英帝国王立国教騎士団──HELLSING機関は対吸血鬼殲滅の為の組織が吸血鬼をブチ殺しに行ったのに、新しい吸血鬼を拵えて帰ってきてしまったのだから。

 

 インテグラが怒るのは火を見るよりも明らかだ。

 

「お前も何を呑気に血を啜っている。何故止めなかった」

 

 ギロリと眼鏡越しにインテグラが此方を睨んでくる。とてもとてもコワい。視線だけで人を殺せそうな眼光だ。

 

「勘弁してくださいインテグラ様。旦那とは別行動でいて、いつの間にかこうなってしまっていたんですから」

 

 輸血パックからちゅーちゅーと血液を啜りながらインテグラに弁明する。

 

 自分というイレギュラーの吸血鬼が居たとしても、セラスを吸血鬼にしたのはアーカードの意思で、吸血鬼となることを選んだのもセラスの意思。彼女本人からすれば死にたくないという人間からすれば今際には誰もが思うだろう事だろうが。生きることを選んだのは彼女だ。

 

 1対1で交わされた契約に他者は介在出来ない。

 

 輸血パックの血を飲み干した事で漸く渇きを癒し終えた。戦ったあとはどうしても猛ってしまって仕方がない。自分にとっての吸血はその猛りを鎮める為の薬の様なものだ。

 

 そうしなければ自らの中で渦巻く化物としての衝動を抑えていられない。きっとそれは自分の心が弱いからだろう。魂が脆弱だからだろう。

 

 吸血鬼となった人間は化物としての欲望に負けてしまう。酔ってしまう。誘われてしまう。惑わされてしまう。

 

 ならばその誘惑に打ち勝つにはどうすれば良いのか?

 

 簡単な話だ。

 

 吸血鬼として、化物として、その誘惑に負けてしまうのならば、その大本を絶てば良い。

 

 少佐は言った。人間が人間たらしめている物は己の意志だと。

 

 ガラス瓶の中の培養液に浮かぶ脳髄だとしても。

 

 巨大な電算機の記憶回路だったとしても。

 

 人間は魂の、心の、意志の生き物だと。

 

 人間の様な化物では、化物の性質に惹かれてしまうのならば、化物の様な人間に自らを()()()()()()()()

 

 人間の様な吸血鬼ではなく、吸血鬼の様な人間になれば良い。

 

 吸血鬼としての本能、吸血衝動を抑え込む為に吸血鬼としての能力の8割を封印する。

 

 アーカードからは物好き呼ばわりされたが、吸血衝動に負けて殺戮を振り撒くよりはマシだ。本能の赴くままになる獣になってしまうより遥かにマシだ。

 

 たった1人分だとしても、吸血鬼に奪われた父の血を奪い返して取り込んだ時点で、自分は最早1人の吸血鬼として完成してしまったのだ。

 

 吸血鬼としての欲望から逃れる術は無い。

 

 輸血用血液が、それを誤魔化す為の薬だ。

 

 結局のところ、どう抑え込んでも吸血鬼であるのだから吸血鬼としての本能には逆らえない。

 

 血を欲し、血を求め、血を飲む、夜の魔王の本能には──。

 

 ならば何故吸血鬼となってまで生きているのか。

 

 答えは単純だ。

 

 生きていたいからだ。

 

 人間なら、生物(イキモノ)なら、誰もが持つ原初の本能だ。

 

 その為の術がHELLSINGには有った。

 

 吸血鬼を飼い慣らす技術と力が有ったからだ。

 

 だから生きていられる。人間の様な吸血鬼としてではなく、吸血鬼の様な人間として。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 英国 バーミンガム近郊 街道17号

 

 セラスが女吸血鬼(ドラキュリーナ)となって約1月が経った。

 

 目まぐるしい──というわけでもなく。逆に茫然自失に過ごす日々だった。自分が死人で、吸血鬼になった等とは信じられない。呑み込むには荒唐無稽過ぎた。理解するには環境の変化と自身の変化が大きすぎた。

 

 昼間は眠たく夜は活発。普通の食事が喉を通らない。癒えぬ渇きに苛まれる。

 

 自身が吸血鬼になってしまった事実を受け止めるので精一杯だった。

 

 HELLSING機関の出動に初めて動員される事となった。

 

 移送される車で、脇でハンドルを握る自身と同年代で同性で同僚の女吸血鬼を伺う。

 

 この1月の間、HELLSING機関に勤める人間としてのいろはは彼女から教わった。そして吸血鬼としてのいろはも。

 

 夜の闇でも光る紅い眼は、彼女が吸血鬼であることを語っている。だがそこには人らしい理性が宿っているというなんとも不思議なヒトだった。

 

 同じ吸血鬼であることが信じられなかった。本能的に同族だと感じる己の主とは違う。本当に吸血鬼なのかと疑ってしまうくらいに人間らしい同僚吸血鬼。

 

「あの、ユーリさん」

 

「ん~?」

 

「吸血鬼って。その…。みんな、あんな酷いことをするんですか?」

 

 セラスの脳裏に甦るのは先程目にした惨状現場。

 

 家族の悉くが惨殺された光景。

 

 温かな団欒の風景の残り香を染め上げる死の香り。

 

 幼い子供の死体さえあった。

 

 その血で部屋の壁に描かれた逆さ十字架とメッセージ。

 

 元警官──セラスからすれば許されざる光景に、その光景を産み出したのが自身と同じ吸血鬼であると判ると、苛立ちと共に恐怖も込み上げる。

 

 いつか自分も、こんな光景を産み出してしまう化物になってしまうのかと。

 

「そうとも言えるし、そうとも言えない」

 

「え?」

 

「吸血鬼ははじめから吸血鬼だったわけじゃない。元は人間だ。その価値観の基準は人間だ。でも、なまじっか強い力を持つと惑わされる。この力はいったいどんなものなのか。何が出来るのか。何処までやれるのか。試してみたくなってしまう。その結果、力に溺れる。理性ではなく本能に支配される。セラス、お前は人間よりも優れた力を手に入れた。だとして、同じことをする気になるか?」

 

「…ならない。あたしは、あんなことしない。したくない!」

 

 それははっきりとしていた。拒絶、憤り、悼み。渦巻く感情はそれだ。人の幸せな時間を踏み躙った輩が赦せなかった。

 

「その心を忘れるな、セラス・ヴィクトリア。そうすれば吸血鬼であってもお前は人間だ。その心を忘れた時、お前は人間ではなくなり、バケモノという外道に成り下がる」

 

 その言葉はセラスの胸にストンと落ちた。

 

 そして理解する。

 

 隣に座る同僚は、そうして己を律しているから吸血鬼なのに吸血鬼らしくないのだと。

 

 吸血鬼という化物であっても、人間らしく理性で己を律しているから外道には成り下がらない。

 

 吸血鬼であっても人間らしく生きるための一つの指標が目の前にあった。

 

「ククククッ、相変わらず面白い事を語るヤツだな、お前は」

 

 後ろの席に座る吸血鬼(アーカード)が笑う。

 

 愉しいものを見ている子供の様に、眼を細めて笑う。

 

「道中の暇潰しにはなったかい? 旦那」

 

「ああ。吸血鬼が語るには愉快で、痛快で、爽快だったさ」

 

「なら良かった」

 

 車が止まり、笑いながら降りていく2人にセラスは置いてけぼりで話の面白さの意味も解らなかった。

 

「何をしている婦警。さっさと降りて持ち場に着け」

 

「ヤ、ヤー…。で、でも持ち場って…」

 

「そのライフルはオモチャか? 私が(ザコ)を燻り出す。屋根に陣取って仕留めろ。ユーリは手を出すな。今夜は婦警の初陣だ」

 

「イエッサー」

 

 セラスの担ぐ13.7mm改造対戦車ライフルを指して指示を出すアーカードは、夜の散歩でもしに行く様な軽い足で歩き出した。

 

 その後を慌てて着いていくセラスを、手を出すなと言われたユーリは静かに見送った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「糞ッ、クソッ、チクショォォォオオーーーー!!!!」 

 

 悲痛な叫びが辺りに木霊した。

 

 路地裏でその女は叫んでいた。破かれた服は裸体を晒し、強姦にでも遇った有り様に見えるだろう。

 

 その白い肌を、血で汚している様はなんとも痛々しい。あまりの血の量に直ぐにでも病院へと向かうべきだろう。

 

 だが心配はない。彼女は怪我をしているワケではない。そもそもからして、その血は彼女のモノではないのだから。

 

「良い夜だな。こんな夜だ。叫びたくもなるさ。なぁ、なりたてホヤホヤのお嬢さん?」

 

「……アーカード」

 

 そんな彼女に声を掛けたのは赤いコートの男だった。その男の名を、彼女は知っていた。

 

 アーカード──大英帝国王立国教騎士団HELLSING機関ごみ処理係りの吸血鬼にして吸血鬼を狩る死神だ。

 

「泣いているのか? 笑えよ同類。何を悲しむ。お前は選んだのだろう? 吸血鬼としての生を、夜族(ミディアン)としての路を、バケモノとしての運命を」

 

 歩み寄るアーカードに、女は向き直り──土下座した。

 

「なんのつもりだ…?」

 

「頼む。殺さないでくれ」

 

「命乞いとはな。それでも吸血鬼か? それでもHELLSINGの人間か? 貴様──」

 

 HELLSINGの人間なら、吸血鬼に対する扱いなど解りきっている筈だ。吸血鬼を殲滅する為の機関の殺し屋に、吸血鬼の命乞いなど通用しない。

 

 だがアーカードは直ぐ様殺す気はなかった。

 

 これが吸血鬼となって殺戮を振り撒く化物になっているのなら問答無用で始末するところだったが。その気配はない。

 

「そうだ。HELLSINGの人間さ。人間だった。吸血鬼に犯されながら血を吸われた。喰屍鬼になる筈だった。それが嫌だった。認められなかった。父を殺したクソ吸血鬼が赦せなかった。だからブチ殺してやった。奪われた血を、魂を取り戻した。それだけだ、それだけなのに」

 

「奪われた者の当然の権利と言いたいのか? 吸血鬼となってしまったのも不可抗力と言いたいのか? 自分は被害者だからと憐れんで欲しいのか?」

 

「そうだ。憐れな新米吸血鬼に、生きるための術を教えて欲しい。生まれたての、憐れな新米吸血鬼(赤ん坊)に、夜の世界で生きる方法を教えて下さい」

 

「犬に成り下がろうと生を望むか。他者の命を糧にしても生きる化物になっても」

 

「人間だって同じさ。生きるために社会の犬となって、生きるために食物の命を糧としている。人間も、吸血鬼も、変わらない。ならバケモノたらしめているのはなんだ? それは心であるとおれは考えている。心が、魂が、人間であるのなら、人間である限り、吸血鬼であってもおれは人間だと言ってやる! それが吸血鬼になった人間(おれ)としての、最後の矜持だ!!」

 

「クッ、ククク、クハッ、ハハハハハハハ!!!!」

 

 その言葉に、アーカードは腹の底から笑った。あまりにも愉快な宣言だったからだ。

 

「吸血鬼が、バケモノが、夜の魔王が、人間だと宣うか! 面白い。面白いぞ新米!! お前の様なヤツは初めてだ。それなりの数の吸血鬼と会ってきたが、お前の様なバカは初めてだ! ハハハハハハハ!!!!」

 

 吸血鬼に成り立てで、吸血鬼の本能すら知らない、吸血鬼の「き」の字も自覚の無い赤ん坊だからこそ吐けた言葉を、試してみたくなった。見てみたくなった。確かめてみたくなった。見届けてみたくなった。

 

 その末路が如何様になるのだろうかと。

 

 故に、HELLSING機関ごみ処理係り吸血鬼アーカードは、目の前の新米吸血鬼ユーリ・ケイトを見逃した。

 

「良いだろう新鋭!! その言葉、違えた時はこの俺がブチ殺してやる」

 

「感謝の極み」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ヒュゥ♪ ナイスショット」

 

 旦那が今回の事件の犯人の吸血鬼の片割れの男をブチ殺して、恋人が殺られたのを見向きもしないで逃げた片割れの女をセラスが撃ち抜いて殺した。

 

 戦わなかったから吸血鬼の本能も大人しいままだ。

 

 拘束制御術式。

 

 HELLSING機関が、ヘルシング家が、アーカードを飼い慣らす為に作り出した魔導術式。

 

 それは吸血鬼である自分にも施されている。

 

 しかしそれでも油断すれば寝首を掻きに来る、鎌首をもたげる吸血鬼の本能。吸血衝動は思っていたよりも厄介なものだった。

 

 癒えぬ渇き。苛まれる吸血鬼としての本能は理性を容易く浸食し自らを血を貪るバケモノへと変えようとする。

 

 吸血鬼としての能力を8割も封印して漸く大人しく誤魔化されてくれる程度には厄介極まりない。

 

 吸血鬼を飼うという国家機関で、輸血血液の融通が利くHELLSINGであるからどうにかこうにか吸血鬼のような人間として生きていられる。その出費をしてまでも手元に置いておける制御可能な吸血鬼としての有用性を示してきた。

 

 昼間を闊歩し、人間の食事を愉しみ、聖水を被ろうとも、にんにくも十字架も、銀も、意味を成さない。

 

 何故ならおれは人間だからだ。

 

 だから使い魔を持たない。身体の変化もしない。霧になることも、蝙蝠に姿を変えることも出来ない。銃で撃たれた傷も癒せない。手足を失ったとしたらその再構築も無理。

 

 何故ならそれは吸血鬼(バケモノ)の力だからだ。

 

「お疲れ様、セラス」

 

「あぅぅ。あたし、ホントどうなっちゃってんの…」

 

 夜目の事を気にしてブルーになっているセラスを労う。

 

「それが夜族(ミディアン)能力(ちから)さ。夜に生きる生き物が、真っ暗闇で何も見えなくてどうするって話さ」

 

「ユーリさんも、見えるんですよね。こんな暗闇でも、昼間よりも良く」

 

「視えるよ。人間の様に振る舞っていても、根底の吸血鬼という種族には変わりないしね」

 

 そう。吸血鬼のような人間を自称していても、吸血鬼であることには変わらない。

 

 夜目はちゃんと利くし、血の臭いには敏感だし、普通の人間よりも頑丈、力だってある。喰屍鬼を苦もなくブチ殺せる程度にはバケモノだ。

 

 それでも心は人間だ。人間でいるための努力をしている。吸血鬼である己を縛り上げて封じる事で獣にならないようにしている。それでも血が必要なのだから、吸血鬼ではないかと言われてしまえばぐうの音もでない。屁理屈だと言われたらそれまでだ。

 

 それでも人間だと言い張ってやる。

 

 心が人間である限り、魂が人間である限り、吸血鬼(バケモノ)の本能に打ち勝つ為に。

 

 

 

 




吸血鬼のような人間
結局は吸血鬼で血も必要なので屁理屈なのだが、人間だと言い張って本物のバケモノにならないように悪足掻きしている。
吸血鬼なのに人間だ、いつまでも人間だと言い張る様が面白可笑しくて、バケモノに堕ちるまで見届ける気になった旦那の気紛れで生きている。そんなバカにある意味惚れた。


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吸血鬼であり、走狗であり、人間である

こんなんで良いのかと何回も書き直して結果がこのザマです。


 

 HELLSING本部 ヘルシング家邸宅

 

 バーミンガムでの仕事を終えて、ユーリはインテグラへの報告を行っていた。

 

 吸血鬼となって、HELLSINGの犬となって、異形を狩る死神となっても、元々はHELLSING機関に所属していた人間だ。

 

 ごみ処理係り現在定員3名──アーカード、セラス、ユーリの内、事態をつぶさに報告出来る人材として重宝されている。

 

「以上が本件の報告になります」

 

「今月に入ってこれで4件目だ。内3件の掃除をしたお前の所見を聞きたい」

 

 セラスの初陣となった今回の事件の他にも、この一月の間で吸血鬼絡みの事件が複数起きていた。それらの事件はユーリが担当して殲滅していた。

 

「率直に申し上げまして、ご存知の通りですが、ここ連日確認されている吸血鬼たちは喰屍鬼を増やしこそしますが、犠牲者の中に新たな吸血鬼は確認されておりません。明らかに処女童貞であろう子供の被害者ですら喰屍鬼となっています。そして霧にも蝙蝠ににも姿を変えず、銃で撃たれた傷も癒せない。手足を失ってもその再構築すら出来ない。あれではただ血を吸うだけの、人の姿をしているバケモノでしかありません。とても吸血鬼とは呼べないモノです」

 

「吸血鬼の質の問題、とでも言うのか?」

 

(ノー)。吸血鬼は吸血鬼。私であれど能力を解放すれば霧にも蝙蝠ににもなれます。つまり今事件を起こしている連中は、吸血鬼の様で吸血鬼ではないモノという事です」

 

「似て非なるものということか。しかし、だとしても近頃のこの数は異常だ。まるで誰かが簡易に吸血鬼を生み出しているかのように…」

 

 思慮に耽るインテグラの様子を見ながら、ユーリの口元には弧が描かれる。

 

「現在HELLSING機関の総力をもって情報収集に当たらせています」

 

「うむ。必ず尻尾を掴み、この馬鹿げた騒ぎを起こしている元凶を引き摺り出せ」

 

承知致しました(イエス)我が主(マイ・ロード)

 

 主に対する礼を捧げ、ユーリは退出する。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 インテグラへの報告を終えて、ブルジョアジーな味のする高い茶葉の紅茶で一息吐く。

 

 意見を求められたので真実に対するヒントを織り混ぜて言葉にした。それでもミレニアムに関しての事は一つも口にしていないし、何処に耳があるのかも判らないので迂闊な事は話せない。

 

 故に口にしたのは、天然物と人工物の違い。

 

 そこから何者かが人工的に人造吸血鬼を造っているという事実を伝えたかった。とはいえミレニアムに関しての情報を口にする事が出来ない現状では、多くは伝えられない。

 

 そして判っているとしてもどうHELLSING機関の人員を動かそうと、ウォルターに報告は上がる。そして、やはりミレニアムの根が何処まで伸びているのかも不明であるのだから迂闊には動けないし、指示も出せない。

 

 故に、ただ1人の、HELLSING機関ごみ処理係り吸血鬼ユーリ・ケイトという人間として過ごすだけだ。

 

 放っておけばミレニアムは滅ぶ。余計な手出しをする必要もない。自分が居なくとも、何をせずともそうなる。ならば自分のすべき事というのは特段なにもない。

 

 そもそも自分はHELLSING機関の、ヘルシング家の犬なのだ。

 

 血を餌に命令を実行する吸血鬼という名の走狗の1匹なのだ。

 

 何かをどうするのかこうするのかは全て我が主、大英帝国王立国教騎士団HELLSING機関局長、ヘルシング家当主──。

 

 インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング卿が決めることだ。

 

 給仕服を着ているのも伊達や酔狂ではないのだ。

 

 おれは人間だ。しかし吸血鬼だ。そして犬なのだ。

 

 番犬であり、バケモノであり、だが人間だ。

 

 吸血鬼になった。

 

 走狗(イヌ)になった。

 

 それでも──人間だ。

 

「っし。ちゃっちゃと寝ますか。夜だし。夜中だし。人間は夜に寝るものだし」

 

 吸血鬼だから、夜族(ミディアン)だから、全く眠くないし、夜だからこそハッスルハッスルでお目眼ギンギラギンだけれども。

 

 人間だから寝る。意地でも寝る。夜行性でも寝る。人間的には昼寝と同じだ。

 

 クソ程に眠いし、太陽も嫌いだけれども、夜型の人間が居るように、昼型の吸血鬼は世の中に居るものなのさ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 北アイルランド 地方都市 ベイドリック

 

 バーミンガムの事件から数日も置かないでHELLSING機関ごみ処理係りは出動した。

 

 吸血鬼は確かに存在するが、頻繁に出現するモノでもない。対化物退治屋としては閑古鳥が鳴く程度に暇である事が理想的なごみ処理係りが、休む暇もないというのは異常事態なのだ。

 

 アパートメントの住人が丸々犠牲者となっている。

 

「この建物の住人みんなが…」

 

「周辺住民にはガス漏れと称して避難して貰ったけど、早急に始末する必要がある。1匹でも撃ち漏らせばこのベイドリックは死の都に様変わりだ」

 

「始末って……」

 

 躊躇いもなく切って捨てるユーリの言葉にセラスはショックを受けている様だった。

 

 無理はない、といえは無理はない。ホンの一月前までは吸血鬼だの喰屍鬼だのとは全く無関係のただの一般人の警官が、いきなり社会の裏側に転がり込んでしまったのだ。

 

 それでもHELLSING機関の一員として使えるようにする必要がある。

 

「あっ。呼ばれたんで、行ってきますね」

 

「ああ。行ってらっしゃい」

 

 突入していくセラスを見送って、ユーリはアパートを見上げた。

 

 吸血鬼というものが、夜族(ミディアン)というものがどいうものなのかというのを教える為に、今回も手出しは不要だとアーカードから言われてしまっている。

 

 アーカードが居るのだから万が一も無い。喰屍鬼程度ならば現状のセラスでも苦戦しようがない。

 

 ただ今回の仕事には、そんじょそこらのバケモノでも裸足で逃げ出す化物がやって来る。いや、もう既に此方に先んじてこの事件を起こした吸血鬼を縊り殺している事だろう。

 

「よしゃあ良いんだろうけどなぁ。良い後輩なんだよなぁ」

 

 死ぬか死なないかで言えば死なないだろう。極限状態で血を飲まさせる為にアーカードは手を抜いていた可能性もある。

 

 ただ、縊り殺すのを愉しむ為に向こうが手を抜いていたから結果的には死ななかったというのも事実だ。

 

 だが、自分という本来ならば存在していない3人目の吸血鬼が居ることで、相手がどう出てくるのかが未知数だ。

 

 楽しみを増やす要員でしかないのかもしれない。最上級の化物を相手に、自分など相手にならない木っ端吸血鬼でしかないだろう。

 

 それでも、恐怖にガタガタ震えて慌てふためく後輩を助けてやるのが、頼りになる先輩というモノだろう。

 

「やだなぁ。恐いなぁ。逃げたいなぁ。つーかヘタしたらおれが死ぬよなぁ」

 

 自分は悪い吸血鬼ではありませんと宣ったところで、一切の情け容赦なく切り刻んでくるだろう。

 

 良いも悪いも関係がない。吸血鬼であるだけでも鏖殺するに足る理由なのだろうから。

 

 だが、本物を見るには良い機会だろう。この世界の一級のバケモノを知るにはまたとない機会だろう。

 

 聖書の頁が窓やドアに釘付けにされる。結界を張られた。最早退路はない。

 

 口許に笑みを浮かべる。虚勢でも構わない。敵に立ち向かう気概で恐怖を捩じ伏せる。

 

「マスターーーー!!!!」

 

 セラスの叫び声が聞こえる。

 

「これが!? こんなモノがHELLSINGの切り札だと!? とんだ茶番だ。だからプロテスタントのやることは──」

 

「悦に浸っているところ悪いね神父様。おかわりは要るかい?」

 

「ゆ、ユーリさん…!」

 

 銃剣で滅多刺しにされ、首も切り落とされているアーカードの死体の前で身体を仰け反らせて笑っている神父に声を掛ける。

 

「ほう。これはこれは。可愛らしいお嬢さん、君も吸血鬼か。HELLSINGというのはキャバレーか何かなのかな?」

 

「いいや。貴方方と同じさ。泣く子も黙るヴァチカン特務局第13課イスカリオテ機関。吸血鬼を狩る、化物の吹き溜まりさ」

 

 その言葉と共に、神父の眼光が光る眼鏡越しにユーリを刺し貫く。

 

 その視線に晒されて正直チビりそうだった。あまりにも恐くて尻尾巻いて逃げ出したい気分だった。

 

 だが笑う。

 

 余裕綽々と。悠然に、優雅に、アーカードの様に。

 

「面白い。良いだろう。そこの(ドラキュリーナ)よりも先にお前を始末してやる」

 

 そのお陰もあって、先ずはセラスから興味を自分の方へと向けさせることには成功したようだと、内心溜め息を吐く。代わりに自分が目標(ターゲット)になってしまったが、必要経費と思って諦める。 

 

「さぁ、来ると良い。裏切りの天使(ジューダス・イスカリオテ)!!」

 

「楽に死ねると思うなよ、吸血鬼(バンパイア)!」

 

 銃剣を手に迫る神父──アレクサンド・アンデルセンを前にして不敵に笑いながら、ユーリは一級の化物と対峙した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 セラスから注意を逸らすためだったとはいえ、煽りすぎたかと思わん勢いで殺気を振り撒くアンデルセンを前にして、恐怖で泣き叫びたい気分だった。

 

 それをヒラコースマイルのメッキで隠しながらも、迫り来る銃剣の一閃に対して、肩に掛けているポーチから取り出したモノに指を通す。

 

「い、糸……?」

 

 そう、糸である。だが、ただの糸ではない。

 

 月明かりに照らされて輝くそれは、鋼の糸である。

 

 法儀礼済みの鋼糸。

 

 対吸血鬼装備の一つだ。

 

 指先から伸びた鋼の糸を束にして、振り下ろされる銃剣を受け止める。飛び散る火花が照らす眼鏡の向こうに、見開くアンデルセンの眼が映る。

 

 糸ごと叩き斬るつもりだったのだろう。だが、編み込めば13mm爆裂徹甲弾を防ぐ。銃剣の一閃を受け止められたのは重畳。

 

 受け止めたところから糸を絡み付け、引き絞ってやると銃剣はバラバラに崩れ落ちた。

 

 腕ごと絡め取って引き裂くハズだったが、それよりも先にアンデルセンの退避が速かった。

 

「青臭いにしては骨のある女だ。中々、楽しませてくれる」

 

「ヘルシング家の従者を無礼(ナメ)ないでもらおうか神父様」

 

 ヒラコースマイルを貼り付けながら余裕を演出する。

 

 とはいえ背筋をベッタリとした冷や汗が流れ落ちる。

 

 鋼糸の間合いは圧倒的に銃剣より広く長い。なのに安心はしない。少しでも隙を晒せば首を落とされている未来が見える。

 

 いくら自己再生能力(リジェネーション)回復法術(ヒーリング)による超回復力でも、この踏み込めば即小間切れに出来る鋼糸の網を突っ切って来るとは思えない。と油断したら負けなのだ。

 

 廊下という狭い戦場(ステージ)は此方の有利に働いている。防御に徹すれば早々突破される布陣ではない、と思いたい。

 

 だが、片腕が千切れかけようとも、化物を打ち倒す為ならば満身創痍であっても立ち向かい、亡者の囲いを踏破した。

 

 そんな光景を識っているからこそ、油断大敵、一瞬たりとも気を抜く事など出来ない。  

 

「シィィィィ……」

 

「フゥゥゥゥ……」

 

 どうにか拮抗状態には持ち運べた様だ。

 

 だがそれも、長くは続かないだろう。

 

 アンデルセンが遊びを捨てて斬りかかってくればどうなるものか。

 

 捨て身の覚悟で迫って来た時、この怪物を止められるのか。

 

 でなければ、切り刻まれて終わるだけだ。

 

「我らは神の代理人。

 神罰の地上代行者。

 我らが使命は、我が神に逆らう愚者を

 その肉の最後の一片までも絶滅すること──

 Amen(エェェェイメン)!!

 

 銃剣を十字に構えたアンデルセンを見て、腹を括る。

 

 つまり遊びは終わりということだ。

 

「シィィィィイイイイ!!!!」

 

 一足で間合いに飛び込み、振り下ろされる銃剣に腕ごと絡め取ろうと糸を走らせる。

 

 しかしそんな意図は読まれている。初手で仕損じているのだから当たり前だ。

 

 振り下ろすと見せ掛けて銃剣を投擲。糸を走らせて叩き落としながら、銃剣の柄に糸を括って刃を走らせる。

 

 だがそれも、銃剣が自ら爆発する事で不発に終わる。

 

 爆風で僅かに鋼糸の防御陣が乱れる。そこへと躊躇なくアンデルセンは踏み込んでくる。

 

 怖じ気づくな。判っていた事だ。ならば此方も前へ!!

 

(シャ)ァァァァアアアア!!!!」

 

 負けじと雄叫びを上げながら銃剣の剣戟に合わせて鋼糸を振り払う。

 

 火花が散り、一撃貰えば即お陀仏の一閃の応酬を重ねる。

 

 押されている。

 

 一撃一撃に対処はしているが、銃剣よりも鋼糸の方が近距離戦ともなると遅れが生じる。

 

「ハッ」

 

 打ち合う度に絡ませた鋼糸を引き絞って、再び銃剣をバラバラにする。だがそれすらも1度見せている。想定の範囲内と言わんばかりに更に一歩を踏み出し、新たに構えた銃剣の間合いは此方に届く。

 

「ハァァァッ!!」

 

「ちィィッ」

 

 鋼糸を編み込み、銃剣の一閃を防御する。

 

 そこから反撃に移ろうとして、鋼糸の動きが阻害される。

 

「何っ!?」

 

 束ねた銃剣で鋼糸を絡め取って固められた。しかも最も鋼糸が集中する編み目を巻き込まれていた。

 

「これでご自慢の糸遊びは終わりだ。死ね」

 

「くぅぅぅああああっ」

 

 絡め取られた鋼糸を無理やり引き絞る。指に食い込んで血が溢れるが、命の危機にそんな事は些末でしかない。

 

 束ねた銃剣をバラバラに引き裂くが、既にアンデルセンの一撃は首を捉えていた。

 

 首を狩られると覚悟した瞬間、立て続けに銃声が響き、銃剣を粉砕した。

 

「その娘らはうちらの身内(モン)だ。なにをしてくれるんだ、アンデルセン神父」

 

 まだ銃口から煙の上がる銃を構えながら立つインテグラ。お陰様で命拾い出来たものの、寿命が数十年単位で減った気分だった。

 

「HELLSING局長、サー・インテグラル・ウィンゲーツ・ヘルシング……。局長自らお出ましとは、精のでるこったな」

 

「アンデルセン神父…! これは重大な協定違反だぞ。ここ(ベイドリック)は我々の管轄のハズだ! すぐに退きたまえ!! でなければヴァチカンと我々の間で重大な危機となる。いくら13課とてこんな無理は通りはしない」

 

「退く!? 退くだと!? 我々が!? 我々神罰の地上代行イスカリオテの第13課が!? ナメるなよ売女(ベイベロン)。我々が貴様ら汚らわしい新教(プロテスタント)共に退くとでも思うか!?」

 

 インテグラが協定を盾に退けとアンデルセンへ説くが、それで退いてくれる程優しい神父様ではないのはあらかじめ解っていた。

 

 アンデルセンが新たな銃剣を抜き、インテグラのもとへと駆ける脇を駆け抜ける。

 

 インテグラを守る2人の護衛が叩き斬られる間に、自分の身をインテグラの前に割り込ませる。

 

 鋼糸を編み込んで盾にすることで剣戟を防ぐ事は出来たが、勢いまでは殺しきれずにインテグラごと廊下の壁に打ち付けられる。

 

「ぐっ」

 

「くっ。生物工学の粋をこらした自己再生能力(リジェネーション)、おまけに回復法術(ヒーリング)かッ!! 化物めッ」 

 

「お前たち、揃いも揃って弱すぎだな。話にならん。貴様ら御自慢のアーカード、首ィ落として縊り殺してやったぞ?」

 

「首を落とした? ()()()()()?」

 

「なに!?」

 

「インテグラ様とユーリさんから離れろ、化物ッ!!」

 

 復活したセラスがライフルをアンデルセンへと向ける。インテグラの言葉に多少の揺らぎはあったが、その殺意に陰りはない。

 

「お前に勝ち目は無いぞアンデルセン。大人しく手を引いた方が身のタメだぞ」

 

「何をバカな。お前たち等纏めて今…」

 

「なら早くする事だ。モタモタしてると縊り殺したはずの者が甦るぞ」

 

「なに?」

 

 インテグラのその言葉と共に、廊下が蝙蝠で溢れ、自分とインテグラ、アンデルセンの間に割って入って集まってくる。

 

「首を切った? 心臓を突いた? そこいらの吸血鬼と彼を一緒にするなよ。そんなモノでは死なない!」

 

 さすがのアンデルセンも堪らずといったか、間合いを開けた。

 

「貴様が対化物法技術の結晶であるように。彼はヘルシング一族が100年間かけて栄々と作り上げた最強のアンデッド──吸血鬼アーカード」

 

 そして蝙蝠の群れはアーカードへと姿を変えた。

 

 アーカードとアンデルセンが一太刀交差する。

 

 アンデルセンの剣戟でアーカードは両腕を切り落とされるが、それは瞬時に回復し、アーカードはアンデルセンへ向けてヒラコースマイルを浮かべながら454カスールカスタムを向ける。

 

「さあ、どうするアンデルセン?」

 

「成る程。これでは今の装備では殺しきれん」

 

 インテグラの言葉にそう呟いたアンデルセンは聖書を取り出すと、頁を開き、その頁はひとりでに舞い上がってアンデルセンを包む。

 

「また会おう、HELLSING。次は皆殺しだ」

 

 そう言い残し、光と共に彼の姿は消えてなくなっていた。

 

 気配も完全に消え去ったのを確認して、廊下の床に大の字でぶっ倒れた。

 

「ぶっはぁぁぁああああーーーー…………死ぬかと思った……」

 

「中々楽しめるショーだったぞ、ユーリ」

 

「そう言うんなら助けて下さいよ旦那ぁ~」

 

 愉快そうにアーカードは笑っているが、此方は笑えた話じゃない。本当に死ぬ程恐かったのだから。

 

「大丈夫か、アーカード」

 

「首をもがれたのは久し振りだ。あれがアンデルセン神父か」

 

「協定違反による越境戦闘。機関員に対する攻撃・殺傷行為。ヴァチカンに対する大変な貸しになる。しかし、今は連中と争っている場合ではない。ユーリ、ここの吸血鬼も調査しろ。おそらくは()()()そうだろう」

 

承知致しました(イエス)我が主(マイ・ロード)

 

 調査報告はすべて事細かに直接インテグラに上げている。その結果から彼女は一連の吸血鬼事件の背後の影に気付き始めている。

 

 これでようやく、まだ、1巻分だと言うのだから、最後まで生きていられるか不安になる。

 

「あのぉ…、大丈夫ですか、ユーリさん」

 

「ああ…。まぁ、生きてるから大丈夫さ」

 

 セラスに手を借りて起き上がる。

 

 本物のバケモノを相手に五体満足で乗り越えられたんだから贅沢は言っていられない。

 

 それでも、やっぱり端役が出しゃばるモノじゃないなと、鋼糸の食い込んだ己の手を見て思うのだった。

 

 

 

 

 




法儀礼済み鋼糸
ウォルター謹製対化物用武装の一つ。
練度はウォルターと比べればひよこ同然。その練度差を吸血鬼の身体能力を駆使して補っている。
アンデルセンと戦えたのはどの様な武器でどう戦うのか識っていたのと、狭い廊下というステージのお陰。
だとしても並大抵の吸血鬼では相手にならない。でないとごみ処理係りとしてやっていけない。


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狗は自ら吠えない

 

 吸血鬼と聞いて何を連想する。

 

 にんにくが苦手、十字架や聖水が弱点。心臓を白木の杭で打ち抜かれると死ぬ。並外れた怪力。人の生き血を啜る化け物。

 

 言いたいのはそういう事じゃない。

 

 例えば魔法先生の生徒の真祖の吸血鬼。

 

 例えば型月の吸血鬼の姫。

 

 例えば東方の幼い紅き月。

 

 つまり何が言いたいのかというと、そうした世代だった自分が思い浮かべる吸血鬼とはキャラクターとしての意味合いが強い。

 

 本当に吸血鬼が苦手なモノを覚えたのはHELLSING機関の研修で得た知識だ。ただ、サブカル的な吸血鬼の知識が全く無駄というわけではない。

 

 吸血衝動を抑える為に、吸血鬼としての能力を8割封印しているのは型月の吸血衝動の例を真似ている。

 

 ヘルシング家の持つ魔導技術のひとつ。拘束制御術式がそれを可能とした。

 

 しかし喰屍鬼になるはずだった人間が吸血鬼となった理由を解明する手助けには何れの知識も役には立たなかった。HELLSING機関にとっても前例の無いことだったのだから仕方がない。

 

 性能の差はあれどアーカードよりも扱いやすくヘルシング家にも逆らわない貴重な吸血鬼戦力兼資料として自分に生きる価値が生まれるのだった。

 

 これがHELLSING機関の人間ではなかったとか、完全に喰屍鬼に成りきってしまっていたら処理される未来しかなかった自分の命。

 

 命乞いの末に手にした命はヘルシング家とHELLSING機関に尽くす事で見逃されている。

 

 だから普段の仕事はヘルシング家付きのメイドであり、有事にはHELLSING機関ごみ処理係の1人の吸血鬼なのだ。

 

「さて今日は忙しくなるぞ」

 

 インテグラが円卓会議を招集した。

 

 自分は今厨房で会議後に出す軽食の仕込みをしていたが、円卓会議を招集したということは、おそらく本日がバレンタイン兄弟によるヘルシング邸襲撃の日だ。

 

 相手が喰屍鬼ならばそう遅れは取らないだろう。

 

 知っていて見捨てるというのも後味が悪い。

 

 だが、知っているからなんだというのだ。

 

 この身は吸血鬼/人間であるが走狗だ。

 

 狗は自ら吠える事はない。主の命によって動く手足なのだ。

 

 吸血鬼となり強化された聴力が複数の銃撃音を拾ってくる。

 

「始まったかな」

 

 バンッと乱暴に開け放たれる厨房の扉。血相を欠いて中に入ってくるHELLSING機関員数名。総勢5人。

 

「何事ですか?」

 

「何事かって? 敵襲だ!敵襲! 喰屍鬼が武装して裏門から攻めて来やがったっ!」

 

 冷蔵庫やテーブルをバリケードにして厨房に立て籠るらしい。あぁ、そのオーブンにはまだ焼いてるパイが入っているのに。

 

 まぁ、料理どころの話じゃなくなったワケだが。

 

「数は?」

 

「わかんねぇ。HELLSING機関員が押されてるって言う数しかな!」

 

 記憶が確かなら、大型バス2台分の喰屍鬼が攻めてきているハズだ。最低を考えても約80、最大100前後。

 

 屋敷に居るHELLSING機関構成員も90幾人。

 

 まさかHELLSING本部を喰屍鬼に襲撃されるとは夢にも思わなかったインテグラの認識を改めるには必要な出来事であり、選りすぐりの対化け物専門機関員と言っても装備は対人戦想定の物ばかりだ。銀やら法儀礼済みの特殊装備を普段持ちしているのはアーカードやインテグラといったごく一部に限られている。

 

 丸腰の喰屍鬼くらいは通常兵器でも充分だが、100前後の数の武装した喰屍鬼を想定した備えは勿論あるわけが無い。

 

 とはいえ、逃げ込んで来た隊員くらいは助けても罰は当たらんだろう。

 

 内線から聞こえてくる下品なチンピラ声。警備室が陥落したようだ。

 

「クソッタレ! 2階の警備室が落ちたかっ」

 

「ここも何時まで保つかわからねぇぞ」

 

いいえ(ネガティブ)──この厨房は落とさせはしませんよ。おれが居る限りはね」

 

 既に2階にまで進攻されているのなら、1階の隅にあるこの厨房も何時まで安全かは不明だ。

 

 だがこの厨房には自分が居る。武装している喰屍鬼が如何様なものかはわからないが、アンデルセンより強いわけではないだろう。いや、喰屍鬼と比べるなんざ彼の神父に失礼だろう。

 

「行くのか? 嬢ちゃん」

 

「や、おれは持ち場を守るだけです。その他は我が主の命を待ちましょう」

 

 内線からはインテグラがウォルターさんの所在を確認していた。

 

 通風孔を使い、セラスとウォルターさんが3階の円卓会議室へ向かうということだ。

 

『ユーリ、ユーリは何処だ』

 

 コールされたので内線の受話器を取って応答する。

 

「はい局長。1階の厨房です」

 

『内線は聞いていたな? 1階厨房(そこ)から出撃し、我々をナメくさった命知らずのバカどもを殲滅しろ!この館から生かして帰すな!!』

 

承知致しました、我が主(イエス、マイ・ロード)

 

 さて、許しが出たことだ。反撃開始と行こうじゃないか。

 

「おい見ろ! やられた奴らが喰屍鬼になって押し寄せて来るぞ!」

 

「ファック! 見境が無いのか奴らはっ」

 

「狼狽えるな!!」

 

 此方が歳下だが構わず動揺に呑まれそうになる生き残りの隊員に激を飛ばす。

 

「嬢ちゃん…」

 

「化け物を駆逐するHELLSING機関員が、喰屍鬼程度を相手に狼狽えてどうする。殺られた仲間が喰屍鬼となって彷徨っているのなら介錯するのが慈悲というものだろう」

 

 鋼糸を操り、此方に向かってくる先頭を行く喰屍鬼に絡み付けてバラバラに引き裂く。元同僚でも喰屍鬼になってしまえば殲滅対象だ。それが嫌なら吸血鬼に成ってみせることだ。

 

「我が主の命だ。おれは行く。尽くを鏖殺して命令を完遂する。何故ならおれはインテグラ様の飼い狗だからだ」

 

 命令によって解き放たれるこの瞬間が心地良い。おそらく今の自分は子供にみせたら泣き出す様な獰猛な笑みを、ヒラコースマイルを浮かべていることだろう。

 

 呆気に取られている生き残りの隊員を一瞥し、頭を切り替える。

 

 セラスとウォルターさんが向かっているのなら大丈夫だとは思うが、呑気にしている場合ではない。厨房から出て喰屍鬼を殲滅に掛かる。その喰屍鬼達の動きは鈍い。

 

 力を制限されていても自分は吸血鬼だ。そして吸血鬼の筋力で床を蹴れば、ロケットの様に自分の身体は吹っ飛んでいく。その合間にも鋼糸を振るって喰屍鬼に絡ませた。その鋼糸を一気に引けば、廊下に犇めいていた喰屍鬼たちは残らずバラバラになる。

 

 喰屍鬼が居るのは屋敷を移動するのに主に使われている大廊下だ。取り敢えずその大廊下に沿って喰屍鬼を殲滅していく。

 

 2階に駆け上がっても同じ様な有り様だ。ただ1階よりも殺られた人数が少ないからか、喰屍鬼の数もそれ程ではない。つまり大半の隊員は1階で討ち死にしていたという結果が見える。

 

 2階の大廊下も制圧して駆け上がれば、セラスに組み倒されているヤン・バレンタインと、詰問しているウォルターさんが居た。

 

「下は終わりましたかな?」

 

「主要ルートを突っ切って来たので生き残りが居るとも限りませんが、頭を潰せばそれも終わるでしょう」

 

 一般的には吸血鬼が死ねばその配下の喰屍鬼も死ぬ。だが、ミレニアム製の吸血鬼はその辺りが少し違う。喰屍鬼だけを増やしてその活動時間も長い。

 

 ヤンがミレニアム製の吸血鬼であることを自分は識っているが、ウォルターさんはその識っている事を知らないため、当たり障りの無い一般的な吸血鬼の特長から当て嵌めた喰屍鬼の活動終了手順を口にした。

 

「その男が今回の主犯ですか」

 

「そうだ。今尋問しているところだ」

 

 そうウォルターさんは言いながらヤンを見下ろしている。

 

「おいおい、吸血鬼の追加なんて聞いちゃねェぞ」

 

「黙れチンピラ。今のおれは腹の虫の居所が悪い」

 

 鋼糸を操ってヤンの両足を捥ぐ。

 

「グオオオォ、っ、てめェ、何しやがる!?」

 

「おれはお前みたいなチンピラが大の嫌いなんだ。さぁ、次は両腕だ。達磨になる前に知っていることをキリキリ吐いた方が身のためだぜ」

 

 思い出したくもない夜の記憶。チンピラ然とした吸血鬼が父を殺して、自分を犯して喰屍鬼にしようとした。

 

 結果的に助かったのは前世が童貞だったくらいしか思い当たらない為に喰屍鬼から吸血鬼になった理由は実証不可能だ。

 

 しかし今はそんな事を考える時ではない。

 

 鋼糸でヤンの身体を締め上げて廊下の壁に叩きつける。

 

 無言でインテグラが円卓会議室から出てきた。アレは怒っているから無言なのだ。

 

「ゲフ、ゲフっ…、よう、売女(ビッチ)

 

 無言で銃をヤンに叩き込むインテグラの表情は憤怒で彩られている。

 

「軽口を叩くな。私は…怒っている」

 

 インテグラの尋問が始まった。

 

 だが余計なことを口走る前におそらくドクの手でヤンは燃やされた。燃え尽きる前にヤンは1つだけ言葉を残した。

 

 ミレニアム──と。

 

 その言葉の意味さえ解する前に、喰屍鬼の生き残りが何体か迫ってきていた。

 

 主を守るためにインテグラの前に立ち、鋼糸を振ろうとしたが待ったが掛かる。

 

 円卓会議の1人であり高齢の紳士、アイランズ卿が後始末は局長であるインテグラ自らやるべきだと。

 

 インテグラはアイランズ卿から銃を受け取って迫っている彷徨える部下だった者たちを楽にしてやった。

 

 アイランズ卿がウォルターさんにミレニアムというのを徹底的に調べろと言ったが、真相に至るにはヴァチカンからの情報を待つ必要がある。

 

 識っているが知らん振りをするのは中々良心が痛むが、自分の立場を忘れてはならない。おれはただ一介の狗でしかないのだから。

 

 

 

 

 

to be continued…



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ヴァチカンからの使者

ほとんど原作沿いなので特に言うことは何もないですごめんなさい。


 

陛下(クイーン)英国(ブリテン)国教(プロテスタント)を守らんがため、志半ばにして倒れた我らが同志、防国の騎士たちに、敬礼!!」

 

 ウォルターさんの言葉でその場に集ったHELLSING機関本部員の生き残りが敬礼を捧げる。

 

 雨の中での葬儀。陰鬱な雰囲気を助長させる嫌な雨だった。

 

 あの戦いで生き残ったのは僅か15人。内8人はその日、本部の外に居たから生きていた様なものだとウォルターさんは言う。

 

 厨房にやって来た5人の隊員も無事だった。まぁ、上手く命を拾えた様なものだ。たった数人がどう大勢に影響するかはわからない。

 

 ともかくどう見繕ってもHELLSING本部は壊滅的被害を被ったと言わざるを得ない。

 

 そしてミレニアムについてもオカルトや軍隊好きの同好会風のサークル、あとはスターウォーズ系のサークルがあるといった、少佐のミレニアムに関しては何一つ掠めることの無い情報ばかりが集まった。

 

 今のところはミレニアムという単語本来の意味しかわからないとウォルターさんは言う。

 

 10世紀間──つまり1000年という意味だ。

 

「いや、もう1つある」

 

「は?」

 

千年の王国(ミレニアムオブエンパイア)の栄光を求め、全世界を相手に闘争を始めた集団が半世紀前に」

 

「ヒトラー、ナチスドイツ第三帝国、ですね」

 

「そうだ。その面からも調査を続けろ。どんな小さな事も見逃すな!」

 

 インテグラ自身、その予想に辿り着いているのなら真相の一端を口にしても罰は当たらないだろう。

 

 とはいえ、それでミレニアムに辿り着く前にヴァチカンから情報が齎されるのだろうが。

 

 続けては壊滅したHELLSING本部への人員補充だが、英国部隊からの引き抜きは不可能と言うことをウォルターさんが告げる。人数が多すぎて不自然になってしまうと。

 

 という訳で、傭兵を雇ったという。

 

 つまりベルナドット隊長以下愉快なお仲間さん──ワイルドギースの登場という事になる。

 

 彼らに雇い主として顔を出すというインテグラに同行するのはセラスと自分の2人だ。

 

 自分1人増えたところで見掛けは給仕服を来た女が1人増えただけだから吸血鬼だと言っても信じては貰えまいだろうことは容易に想像がつく。

 

 笑っている男連中の部屋に入って、インテグラが敵は血を吸い不老で不死身の吸血鬼だと話す。当然言葉では信じては貰えないから、インテグラが此方を指差して敵である吸血鬼だと紹介した。

 

「君ら、吸血鬼?」

 

「は…はぁ…ええまぁ……」

 

 生返事を返すセラスはどう見ても吸血鬼には見えないだろう。

 

 まぁ当然笑われるのはどうしようもない。セラスにはアーカードにあるような化け物の気配が皆無だからだ。

 

 自分も力を封印している為に吸血鬼的な証拠を提示することは出来ない。出来て普通の人間より頑丈だったり運動能力が優れているといった程度の事だ。

 

 まぁそういうことなので、セラスにはデコピンで自分たちを笑っている傭兵たちの目を覚まさせてやって貰うのだが。

 

 自分にも懐疑的な視線が飛んできているので、少し失礼して能力で爪を鋭くし、笑みを浮かべながら床を引っ掻いて抉る。見た目はメイドの女がそんな事をするのだから少しは信じて貰わないとあとが困る。

 

「本当に、吸血鬼……なのか?」

 

「そうだとも」

 

 信じられないといった様子のベルナドット隊長の疑問に答えるように降ってくる声。

 

 壁抜けをしながら現れたのはアーカードだった。

 

「吸血鬼の中では下級の下級だが、れっきとした吸血鬼だ」

 

 人間離れした登場に騒ぎ立てるワイルドギースの面々を見て使い物になるのかというアーカード。自分の寝床を守る連中の顔を見ておきたかったのだとか。

 

 遅れて申し訳なさそうにウォルターさんが部屋にやって来る。ここに来るアーカードを止めたのだが聞かなかったそうだ。

 

 そんなウォルターさんから一通の手紙が差し出された。

 

 差出人はヴァチカン特務局第13課、イスカリオテ機関からだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 HELLSING本部襲撃から1週間とあってインテグラの護衛には執事のウォルターさんの他には自分にセラス、そしてアーカードとごみ処理係総出となった。

 

 場所はロンドン王立軍事博物館。

 

 第13課機関長マクスウェルが指定した時間は午後の3時。

 

「今何時だ、ウォルター」

 

「は、今3時を回った所ですな」

 

 懐中時計を見ながらインテグラに告げるウォルターさん。待っている此方の内心は冷え冷えだ。それくらい今のインテグラは恐い。

 

「……向こうから誘っておいて遅れるとはな。まさかとは思うが、私達をおびき寄せる為の罠だったのかもしれない」

 

「いえ、いくら連中でも真っ昼間に公衆の面前、しかも敵地のド真ん中で事を起こすとは思いません」

 

 ベイドリックでのアンデルセンの一件以来、インテグラのイスカリオテ機関に対する信用が失墜しているのは致し方の無い事だった。

 

 遅れてやって来たマクスウェルが悪びれながら近づいてくるが、インテグラの機嫌が直るわけではない。

 

「ヴァチカンが一体なんの用だ。しかも泣く子も黙る皆殺し機関の第13課(イスカリオテ)が!?」

 

「あぁ、これはいけない。ずいぶんと嫌われたモノですなぁ」

 

 そう言ってマクスウェルは眼鏡を外して自己紹介を始めた。

 

「まずはご挨拶を。第13課(イスカリオテ)の長をやっておりますマクスウェルと申します。以後よろしく」

 

「用件はなんだ!! 自己紹介など無意味だ!!」

 

 信用ならない相手に呼び出されて、しかも時間を破られたのだからインテグラの内心は不機嫌であるのは誰が見てもわかるものだった。

 

「まあまあ、そう目くじらを立てずに。今日は別に君達と争いに来た訳じゃないんだ」

 

「信じられるか!! お前達は重大な協定違反を犯して、北アイルランド、ベイドリックに機関員(エージェント)アンデルセンを派遣し、我々の機関員を攻撃し、2名を殺害した!! この私ですら殺される一歩手前だった! 忘れたとはいわさない!!」

 

「それがどうした」

 

 インテグラがマクスウェルを責めるが、マクスウェルは態度を一変させた。

 

「なんだと!?」

 

「こちらが下手に出ていれば調子にのりやがる。プロテスタントのクソ雑巾どもが2人死のうが2兆人死のうが知ったことか。法皇猊下直々のご命令でなければ、薄汚い貴様らなどと話などするか。グダグダ抜かさずに話を聞け、プロテスタントのメス豚共!」

 

「メス豚…?」

 

 マクスウェルの言葉に反応して、アーカードが現れた。

 

「さすがは泣く子も黙る第13課。言うことが違う。2000年前からお前らローマは何も変わらん」

 

吸血鬼(ノスフェラトゥ)アーカード。国教騎士団(ヘルシング)のごみ処理屋、殺しの鬼札(ジョーカー)! 生で見るのは初めてだ。はじめまして、アーカード君」

 

「はじめまして、マクスウェル。そして()()()()()()

 

 マクスウェルの挨拶に答えるアーカードだったが、穏やかな空気ではなかった。

 

「貴様は私の主をメス豚と呼んだ」

 

 懐からカスールカスタムを抜き、腕を十字に組むアーカード。その銃口はマクスウェルに向けられ、殺意は本物だった。

 

「おまえ生きて英国(ここ)から帰れると思うなよ。ぶち殺すぞ人間(ヒューマン)!!」

 

「おお、恐ろしい恐ろしい。あんなに恐ろしいボディガードに銃を突きつけられては話も出来ん。何度も言うが我々は話をするためにここまで来たのだ。しかしそちらが()()するなら、こちらも()()しよう。拮抗状態を作るとしよう」

 

 そう言うマクスウェルは指をならしてとある人物の名を呼んだ。

 

「アァンデルセェェンッ!!」

 

 そう、アンデルセンの名を呼んだのだ。廊下に響き渡る声の先にアンデルセンは立っていた。

 

 近づいてくるアンデルセンだったが、その気配には闘争の空気を携えていた。

 

「い、いかんッ、よせアンデルセン!!」

 

「一撃で何もかも一切合切決着する。眼前に敵を前にして何が13課(イスカリオテ)か!? 何が法皇庁(ヴァチカン)か!?」

 

「対峙するだけで良いのだ!! 止まれ!!」

 

 マクスウェルはそう言うが、アンデルセンは聞く耳持たぬように銃剣を抜いていた。

 

 自分の方にもピリッとした視線が向けられている事から完全にロックオンされていると気づく。

 

 一旦仕切り直して改めて話の場を設けようと言い出すマクスウェルの視線の先にはジャッカルまで抜いて笑っているアーカードが居た。

 

「さあ!! 殺ろうぜ、ユダの司祭(ジューダスプリースト)

 

「この前の様にはいかないぞ吸血鬼(ヴァンパイア)

 

 一触即発の空気に緊張感が走る。その空気が限界に張り詰めた瞬間。北春日部老人会の皆さんがアーカードとアンデルセンの間に割って入って緊迫した場が木っ端微塵に砕け散る。

 

 それで取り敢えずアーカードとアンデルセンの対峙はお開きとなった。

 

 アンデルセンがいないのならば護衛はウォルターさんとオマケの自分だけでも充分だと言って、昼間に起きて眠いのだと適当な理由をつけてアーカードは帰ってしまった。

 

 場所を移して外のカフェテリアで話をすることになった。

 

 マクスウェルは此方の事情をすべて知っていた。

 

 組織化された喰屍鬼に襲われて壊滅状態であること。

 

 ミレニアムという言葉を頼りに必死の調査を行っていることも。

 

 プロテスタントに力を貸すのも本来なら有り得ないことで、ベイドリックの件での借りがあるからこそだという。

 

 ただ此方の足許を見て「お願いします(プリーズ)」という言葉まで要求してくるのには頭に来たが。アーカードが居たら即座に殺されていても文句は言えないぞ。

 

 ヴァチカンの知るミレニアムとは計画名であり部隊名。ナチスの極秘物資人員移送計画と実行者達。

 

 ドイツ占領地を駆けずり回って膨大な物資と有能な人材を集めて、親ドイツ国家群の多かった南米へと移送した。小さな物は金歯から、大きな物は潜水艦まで。

 

「なんで知ってるかって顔だね。手助けしたのさ。我々(ヴァチカン)が、強力にね」

 

 これでミレニアムがどういったものかの一端は掴めた。

 

 次は調査の為に南米に渡る事になるだろう。

 

 人間相手に戦えるのかという自身に対す不安がほんの少しばかり湧き出るが、そもそも自分は狗であるのだから命令されれば相手が誰であっても、なんであっても戦うだけだった。

 

 

 

 

 

to be continued…



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ホテルアクション

 

 ヴァチカンから齎された情報を元手にアーカードとセラス、そして自分までも南米のリオデジャネイロに渡ることとなった。

 

 ごみ処理係り総出でなのは現地での戦力を優先しての事だとウォルターさんは言う。

 

 まだ姿見も出来ないセラスはやはり棺に入れて運ぶことになった。本人は不満たらたらだったが、それしか彼女を海外に運ぶ方法が無いのだから仕方がないだろう。

 

 自分はセラスと比べてその辺まだ融通が利く。

 

 アーカードと同じ様に棺持参で事が済むからだ。

 

 インテグラがセラスの入っている棺を見て、こんなの税関通らないだろうと溢す。それに密輸船だから税関は無いと返すウォルターさん。自分たちがいつも使っている密輸船業者で、金を払っている間は信頼できるところだとベルナドット隊長が言う。

 

 いやああああ、とか。たすけてええええ、とか。出してええええ、とか。喧しい棺にアーカードが一言黙れと言うと、呻き声はピタリと止んだ。

 

「いつもの格好ではないのだな。直射日光は吸血鬼の大敵ではないのか?」

 

 いつもの赤い帽子とコート姿ではなく、黒いスーツに身を包むアーカードを見てインテグラが訊ねた。

 

「あの格好で飛行機に乗る訳にもいくまい。相手に宣伝しながら歩いてる様なものだ。それに、私にとって日の光は大敵ではない。大嫌いなだけだ」

 

 大嫌いなだけで日光が平気なのは真祖の吸血鬼(ハイ・デイライトウォーカー)なのではないのかと思ってしまう。

 

「お前も良いのか? ユーリ」

 

「一応これでも人間性を豪語していますので。まぁ、私も日の光を浴びても苦手なだけで大敵ではありませんね」

 

 日の光を浴びても日に焼ける事もない。力を封じているお陰かは判らないが、太陽の下を闊歩出来る吸血鬼は中々居ないのではなかろうか。元々喰屍鬼になるはずだった自分がこうして吸血鬼になった理由も判らずなのだからどうした理論が働いているのかは果たして不明だ。

 

 まぁ、不自由は無いのだからそれで構わないだろう。

 

命令(オーダー)唯ひとつ(オンリーワン)見敵必殺(サーチアンドデストロイ)以上(オーバー)

 

「認識した、()主人(あるじ)

 

承知致しました、我が主(イエス、マイ・ロード)

 

 走狗としての命は授かった。あとは流れに身を任せるだけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 南米ブラジル、首都リオデジャネイロ、ホテル「リオ」。

 

 船組と合流して最上階のスイートに入る。

 

 棺を運び入れる為にアーカードがホテルマンに軽く暗示を掛けた以外は何も問題なく進んでいた。

 

 スイートに上がって豪勢な部屋を見ると、棺を運び入れる指示を出すのに着いてきたベルナドット隊長が、自分は30ドルの安宿なのに差別だブルジョアジーだとか叫び始めた。

 

 静かなセラスの棺を一目見やって、荷解きを始める。セラスとアーカードの銃に、自分の鋼糸。

 

 これを唯の人間に振るう事になろうとも躊躇はない。

 

 何故ならアーカードがセラスに向けて言った言葉そのままだ。殺しに来たのだから殺されもするという事だ。

 

 そうでなくては自分は人間でもなく吸血鬼でもなく、唯の殺戮者(バケモノ)になってしまう。

 

「下が慌ただしくなりましたね」

 

「ああ、そうだな。これから面白くなるぞ」

 

 警察車両が次々とホテルの前にやって来る。それに遅れて報道陣が続々と集まってくる。

 

「はははははっ。随分と集まってくるな」

 

「笑い事ですかまったく」

 

 ホテルから客の避難も始まった。

 

避難(アレ)が終われば幕開けだ。それまではゆっくり寛ぐとしようじゃないか」

 

 こんな状況で良く寛げるなと思いながら、他にやることも無い為に自分もアーカードに倣って座り心地の良い椅子に腰を降ろす。

 

 こう言う鉄火場の前の雰囲気を愉しめるのは闘争という物を知るが故なのだろうか。

 

 闘争を愉しんだ先にバケモノになってしまうのではないかと恐れているから、吸血鬼退治もあくまでも仕事だと心はフラットで対処しているからだろうか。

 

 闘争の愉しみかたを知らない自分は、人間相手の闘争に気乗りは出来なかった。それでも殺しに来るのだから自衛権はあるだろう。

 

 客の避難が終わったからだろうか、サーチライトが点され、報道ヘリが飛んで来てスイートの室内を映そうとしてくる。

 

 アーカードが席を立ち、セラスの棺を開ける。

 

「起きろ」

 

「…お、おは、おはようございます」

 

「起きろ。面白いから早く起きろ」

 

 声からも嬉々とした雰囲気がアーカードから伝わってくる。それ程今の状況が愉快で堪らないのだろうか。

 

「な、な、何、一体…、これは一体!?」

 

 寝起きでセラスはこの現状に理解が追いついて来ない。

 

「さあ、戦争の時間だ」

 

 この状況をとても愉快気に言うアーカード。

 

 テレビを点けてみると特番で自分たちがテロリストに仕立てあげられていた。

 

 誰も殺しちゃいないのに従業員と宿泊客数名を殺して、10数名を人質にして立て籠っていると。

 

 事実無根だがそれを言ったところで何も変わらないだろう。

 

 アーカードとセラス、そして自分も素性を明らかにされる。とはいえアーカードは、宿泊に使ったJ・H・ブレナーという偽名が公表されただけ。セラスに関しては名前は判らず写真のみ。自分も写真だけの公表だった。

 

 しかし止めて欲しいな。これじゃあ英国に帰っても大手を振って街の中を歩けなくなってしまったではないか。

 

「迎撃は、旦那がやりますか?」

 

「そうだな。それで構わんよ。お前たちはクローゼットにでも隠れていれば良いさ」

 

「オーライ。さ、行こうセラス」

 

「え、あ、ちょっと。何がなんだか」

 

「もうすぐ警察の特殊部隊が突入してくる。それを相手にするのは旦那がやってくれる。おれたちは邪魔にならないように隠れているのさ」

 

「警察の特殊部隊って。それって人間じゃ……」

 

「そうだね。ほら、邪魔になる前に隠れた隠れた」

 

 セラスの背を押してクローゼットの中に隠れる。

 

 間髪入れず部屋のドアが荒々しく開かれる。

 

 そして立て続けに響き渡る銃声は警察の特殊部隊の物だ。

 

 弾切れまで撃った有り様はぼろぼろになったアーカードの死体だろう。だがアーカードを殺すには程遠い。

 

 アーカードが警察隊を次々と殲滅する音が聞こえてくる。悲鳴を上げて逃れる声は2つ。

 

 そして最後に1発の銃声が響く。警官が自殺した銃声だろう。アーカードが舌打ちする音が聞こえた。

 

「もういいぞ。出てこい」

 

 クローゼットから出ると予想通り死体の山が広がっていた。

 

「準備しろ。脱出するぞ」

 

「あの、その……」

 

「どうした。ぐずぐずするな」

 

 アーカードに近寄りながら何かを言いたそうにするセラス。言葉に詰まっているが、それをなんとかくちにした。

 

「いや、あの…、マ、マスター、彼ら『人間』です」

 

「だからなんだ」

 

「にッ、『人間』なんですよ!!」

 

 今まで相手にするのは化け物だったからなんともなかったのだろう。だが、今回殺したのは普通の『人間』だ。

 

 吸血鬼でもまだ人間の理性を保っているセラスには堪ったものじゃなかったのだろう。

 

 そんなセラスの胸ぐらを掴んでアーカードは捲し立てた。

 

「だからなんだ!! 吸血鬼(ドラキュリーナ)!! 鉄火を以って闘争を始める者に、人間も非人間もあるものか。彼らは来た!! 殺し、打ち倒し、朽ち果てさせる為に、殺されに打ち倒されに、朽ち果てされる為に、それが全て!! 全てだ!! それを違える事は出来ない。誰にも出来ない、唯一ツの理だ。神も、悪魔も、私も、お前も!!」

 

「でも、あの、その……」

 

「いや、それだ。それこそが」

 

 目尻に涙を浮かべるセラスを見て、アーカードはその手を離した。吸血鬼という化け物でもまだ他人を想って泣けるセラスに思うところがあっての事だろう。

 

「行くぞセラス。せいぜい薄暗がりをおっかなびっくりついてこい」

 

「は、はっ、はいッ!!」

 

 セラスの返事を背に、アーカードは部屋に備え付けの電話の受話器を手に取った。番号を打ち込み数コールで電話は繋がった。

 

『誰だ。敵か、味方か』

 

「お前の従僕だ、インテグラ。命令(オーダー)をよこせ、我が主(マイマスター)

 

『突入した特殊部隊はどうした?』

 

「殺したよ。殲滅した。唯の一人も残さずに。さあインテグラ、命令(オーダー)をよこせ。警察隊の上層部は「奴ら」に支配されているのだろう。だが、攻囲し、命令を実行している連中は、私がこれから殺そうとする連中は、ただの普通の、何もわからぬ人間たちだ。だが私は殺せる。微塵の躊躇も無く、一片の後悔も無く鏖殺出来る。この私は化け物だからだ。ではお前は? インテグラ」

 

 アーカードの言葉に返事は帰って来ない。それに構わずアーカードは続けた。

 

「銃は私が構えよう。照準も私が定めよう。(アモ)弾装(マガジン)に入れ、遊底(スライド)を引き、安全装置(セーフティ)も私が外そう。だが、殺すのはお前の殺意だ。さあどうする、命令を!! 王立国教騎士団(HELLSING)局長、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング!!」

 

 少し長いようで短い沈黙が続く。タバコを咥えて一服でもしているのだろう。

 

 そしてバンッと机を叩く音のあとにインテグラの言葉が続いた。

 

『私をなめるな従僕!! 私は命令を下したぞ、何も変わらない!! 「見敵必殺(サーチアンドデストロイ)」!! 「見敵必殺(サーチアンドデストロイ)」だ!! 我々の邪魔をするあらゆる勢力は叩いて潰せ!! 逃げも隠れもせず正面玄関から打って出ろ!! 全ての障害はただ進み、押し潰し、粉砕しろ!!』

 

「はははははッ、了解(ラージャ)。そうだ。それが最後のいちじくの葉だ。なんとも素晴らしい! 股ぐらがいきり立つ! インテグラ!! ならば私は打って出るぞ。とっくりとご覧あれ、ヘルシング卿」

 

 そう言って電話を切ったアーカードの顔は良いヒラコースマイルを浮かべていた。

 

「くくくくッ、良い主だろう?」

 

「アレじゃあセクハラですよ」

 

「そうかい。お前はどうする?」

 

「命令は唯ひとつ、「見敵必殺(サーチアンドデストロイ)」。ならやることは決まってるでしょう」

 

「そうか。セラス、お前は棺を屋上に運び、ヘリを奪って脱出しろ」

 

「ど、どど、どーやってですか」

 

「なんとかしろ」

 

「あの…そのー、いやなんでもないですなんとかします。いやでもあのマスターとユーリさんは? どうする気ですか?」

 

「チェックアウトをしなければな。正面玄関から歩いて出る。高見の見物をしている()()に教育する。自分がどんな相手に喧嘩を吹っ掛けたのかという事を」

 

 アーカードの言葉を耳にしながら指に鋼糸を通す。

 

「さて、行くとしようか」

 

「オーライ」

 

 さて、仕事の時間だ。

 

 廊下へと続くドアが勝手に開く。アーカードが散歩にでも行くような足取りで部屋から出ていく。それに続いて自分も部屋から出る。

 

 警察隊は銃を向けてくるがお構い無しに歩いていくアーカードに対して本能的な恐怖を感じてか空気が固まっていた。ちなみに自分にも銃は向けられている。

 

 一触即発の空気を破ったのは警察隊からだった。

 

 恐怖を打ち払う様に雄叫びを上げて銃を構える警察隊に向けてアーカードは容赦なくカスールカスタムとジャッカルを撃ち放った。

 

「これも仕事なんでね。悪く思うな」

 

 そう一言を添えて、自分も警察隊の隊員を鋼糸を絡めて細切れにする。

 

 特に抵抗らしい抵抗も受けずに警察隊を蹂躙するアーカード。自分は最初に銃を向けられた数人の人間しか殺していなかった。

 

 アーカードに歯が立たない警察隊は退去しようとエレベーターに向かって逃げて行く。

 

 エレベーターに警察隊が入っていくと、扉は閉まるが、すぐにまた開く。扉を閉めていた隊員にアーカードが暗示を掛けて扉を開けさせたからだ。

 

 その隊員は仲間に撃たれてエレベーターから放り出された。

 

 その隊員もアーカードはトドメを刺して、エレベーターの閉まる扉に両手の銃を刺し込んで無理やり開かせる。

 

「オープン、セサミ…。兵士諸君、任務ご苦労、さようなら」

 

 アーカードはエレベーターの隊員たちを撃ちながら下へと降りていった。

 

 まさに蹂躙劇と言って良いだろう。

 

 あとは下のホールに居る警察隊もアーカードだけで殲滅するだろう。

 

 別のエレベーターで下に降りると、殲滅は終わっていて、アーカードは歩いて外に出る所だった。外には旗を掲げるポールに串刺しにされた警察隊員の死体があった。

 

「良い見せ物だろう?」

 

「さいですか」

 

 鉄火場の闘争というものを知るアーカードはこの蹂躙すら愉しめるのだろう。

 

「さあ出て来いよ。前菜を食い散らかすのにはもう飽きた。それとも皆んな死んで真っ平らになるのか」

 

 玄関から出ていったアーカードが言う。

 

 すると警官隊を割って出てきた一人の茶色のコートに帽子を被る紳士。

 

「いやはや、まったくもってお見事な食事ぶり。さすがはさすがは、かのご高名なアーカード氏でありますなァ!! 私の名前はトバルカイン・アルハンブラ。近しい者からは「伊達(だて)男」と呼ばれています」

 

「お前があの哀れな連中を差し向けたのか?」

 

 ポールに刺さった警察隊員を差しながらアーカードは言う。

 

「ああ、あのかわいそうな連中か。馬鹿な上官を持ったが故にあのザマだ。連中、部下が皆殺しになっても欲しいのだ。永遠の命ってのがね」

 

「救えぬ馬鹿共だ。永遠なぞというものは()()()には存在しない」

 

「そんな哀れな連中でも私の僅かに役に立った。御自慢の特製弾丸はあと何発かな、アーカード君」

 

「のうがきは良い。で、どうする、「伊達男」」

 

 バラバラと、トバルカインから次々とトランプが現れて風も無いのにアーカードの周りを取り囲んだ。

 

「君の命は我々が貰う。君は我々の取るに足らない資料(サンプル)の一つとして列挙される時が来た。我々ミレニアムによって」

 

 トバルカインがカードを投げると、爆発したのかの様にアーカードの周りに粉塵が舞う。

 

 粉塵が晴れるとアーカードの頬に切り傷が出来ていた。

 

「成る程、成る程、そうか。全く以てどうしようもない連中だ。お前たちだったのか。ならばこの私が相手してやらねばいけないのは全く自然だ。一度亡ぼされた位では何もわからんか」

 

 そして周りの人間を巻き込んでアーカードとトバルカインの立ち回りが始まる。

 

 カードで切り刻まれ、アーカードの銃で撃ち抜かれる警官やテレビ局のクルー。

 

 本当に周りの事などお構い無しだ。

 

 そして1発の弾丸がトバルカインを捉えるが、トバルカインはカードにバラけてしまう。

 

 背中からアーカードを襲おうとするトランプを鋼糸で切り刻む。

 

「おやおや。お仲間のご登場ですか」

 

「なんのつもりだユーリ」

 

「少しは周りを気にして戦って欲しいですね」

 

 今のターゲットはトバルカインだけだ。包囲している警官隊は別としても、流れ弾喰らっているテレビ局のクルーは無辜の人々だ。

 

「仕方ないな。一旦仕切り直しだ。屋上に行くぞ」

 

「オーライ」

 

 吸血鬼としての脚力を駆使してホテルの窓枠を蹴って屋上へと駆け登る。

 

「血が止まらない。ただのトランプでも能力でもない様だな。面白いぞ、面白い。はははははッ、あいつらだ。あいつらだ。ひどくおもしろいぞ」

 

 何が面白いのか笑い声を上げるアーカード。

 

 トバルカインが追いついてきた。

 

「準備は良いですかねアーカード君と、そのお仲間君。故郷に帰りたまえ。うるわしの地獄の底へ」

 

「ふッ、ふはは、くはははははッ」

 

「何がおかしい!?」

 

「とてもうれしい。未だお前たちの様な恐るべき馬鹿共が存在していただなんてな。「ミレニアム」、「最後の大隊」。そうか、あの狂った少佐に率いられた人でなし共の戦闘団(カンプグルッペ)。まだまだ世界は狂気に満ちている。さあ行くぞ、歌い踊れ伊達男(アルハンブラ)!! 豚の様な悲鳴をあげろ」

 

「悲鳴をあげる? この私が? まだわからないのか。おめでたいねアーカード君。脳みそまですっかりとおめでたくなったんですかあァねえッッ」

 

 言いながらトランプを投げ飛ばしてくるトバルカイン。

 

 喰らうと再生出来ない能力を持つトバルカインは普通に考えて危険だ。

 

 屋上の床を削るトランプ。直撃の一枚を鋼糸を振るって切り裂く。

 

 そして横へと転がる。

 

「やれセラス!」

 

「はッ、ヤー!!」

 

 屋上に居たセラスに指示を飛ばせば、対戦車ライフルを連射する。

 

 それをトランプで弾き落とすトバルカイン。

 

 弾切れになった対戦車ライフルを捨ててハルコンネンを撃ち放つ。だが、その弾頭をトランプを放って真っ二つにする。しかし切られた弾頭は勢いを失うことなくトバルカインの背後に着弾して粉塵を上げる。

 

 それに紛れてトバルカインに急接近する。

 

「取ったッ」

 

 自分が操る糸はトバルカインの四肢に巻き付く。そして糸を引き絞れば、その四肢を引き裂いた。

 

「ぐおおおおおっ」

 

 達磨になったトバルカインの顔を掴むのはアーカードだった。

 

「チェックメイトだ伊達男(トバルカイン)

 

 四肢の再生もしないトバルカインに出来ることはもうない。

 

 そのままアーカードに血を吸われた。途中で燃やされたが、口封じするには少し遅かった。

 

「首尾は?」

 

「ああ、充分だ」

 

 ヘリが1機近づいてきた。窓にはベルナドット隊長が見えた。ヘリが屋上に着陸する。

 

「セラス、棺を運んで」

 

「は、はいッ」

 

 セラスに棺を運ばせる。

 

「敵を殺し、味方を殺し、守るべき民も、治めるべき国も、自分までも殺し尽くしてもまだ足りぬ。俺もお前らも全く以て度しがたい戦争狂だな「少佐」」

 

「旦那。耽るのはまた後で。今は脱出しましょう」

 

「ああ、そうだな」

 

 アーカードが何を思っているのかはわからないが。今は脱出が先決だ。

 

 5人程人間を殺したが、特に思うところはなかった。仕事だったから割り切れたのか。それとも自分が薄情者なのか。どちらなのか、どちらもなのか、判断する事は出来なかった。

 

 

 

 

 

to be continued…



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少佐の宣戦布告

ほぼ原作に沿うだけなので原作沿いタグを追加しました。


 

「私に弟子入りを? いったい何故」

 

 吸血鬼に血を吸われて、その血を奪い返して何故か喰屍鬼ではなく吸血鬼となってしまった波乱万丈の夜から1週間。

 

 個人的な見解としては魂が前世童貞のままユーリ・ケイトとして転生していたから喰屍鬼ではなく吸血鬼になれたのではないかという妄想。アーカードも前例は無いと言っていた。

 

 猛烈な眠気を堪えて、自分はウォルターさんに直角90度に頭を下げた。

 

「『人間』として戦う術を習うなら元ごみ処理係りのウォルターさんが適任だと、アーカードの旦那から聞き及びまして」

 

 そう。『人間』──。

 

 吸血鬼でも人としての理性を見失わない。そんな吸血鬼を目指すなら、吸血鬼の力ではなく、人間としての技を自分は欲した。

 

「成る程、アーカードが。しかし私も屋敷の管理やお嬢様のお世話で手一杯だ。他人に時間を割く余裕は余りないぞ」

 

 そう言うウォルターさんに時間の余裕が無いのも確かだろう。アレだけ広い屋敷の管理を1人で勤めているのだからスゴいものである。ただそう言われた時の返しは用意してある。

 

「ならメイドをやります! インテグラ様のお世話や屋敷の管理はもちろん、夜間警備なんかも任せて下さい」

 

 無論夜間屋敷を警備する警備員も居るのだが、そこはそれで、自分でも売り込める魅力の一つでも出さなければ意味がない。

 

「成る程、確かに夜間警備は吸血鬼にはうってつけの時間帯か。ならやって貰おうとするか」

 

「はい! よろしくお願いします、ウォルターさん」

 

 こうして自分はウォルターさんの弟子入りを成功させるに至った。

 

 先ずメイドとして必要な知識と技術、礼儀作法諸々を叩き込まれながら夜の就寝前に対化け物戦闘のいろはを教わる事となった。

 

 そうして習ったのは人間の技術である鋼糸の操り方である。

 

 そんな化け物に振るう為の技術を人間に振るったというのに、なんの感慨も抱くことはなかった。

 

 仕事だからと割り切れたのか。それとも感じ入る心を忘れてしまったのか。

 

 いいや違う。否だ。

 

 彼らは自らの弱いカードに自らの全てをかけた。

 

 こちらの手札が彼らよりも強かった。

 

 そして彼らは勝負の幕を開けたのだ。

 

 それが全てだ。

 

 殺しに来たのだから殺されもする。

 

 それが闘争の理だ。

 

 鉄火を以て闘争を始める者の契約なのだ。

 

 銃を向けられたのだから、こちらも返答するのは闘争の礼儀だという事だ。

 

 殺されそうになったから殺した。

 

 たったそれだけの事なのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 奪ったヘリは早々に乗り捨てて、操縦士の記憶を暗示で忘れさせて、たどり着いたはリオデジャネイロ郊外のセントローズとかいう辺鄙な町だ。

 

 その事をインテグラに電話で報告を入れるアーカード。口許には愉快そうに弧を描いている。

 

「任務は遂行したぞ我が主(マイマスター)。私は連中の考えている事を私の脳味噌に刻みつけたぞ」

 

『──御苦労。すぐに帰還しろ。報告を正式にしろ』

 

「ほう。その様子では円卓に随分絞られたか」

 

『それならばまだどれ程気が楽か。()()()から直々の御命令だ』

 

「その上? すると?」

 

『陛下自ら円卓を召集なされた』

 

 陛下と聴いてあのアーカードも少しは驚いた様子を見せた。

 

「ほう!! 女王が!!」

 

『笑い事か!? 笑い事ではないぞ。すぐに脱出し帰還しろ!! 彼女を待たせるな。13課も動き出している。連中に出し抜かれたくはない!!』

 

了解(ヤー)

 

 一度言葉を切ったアーカードは改めて愉快そうに笑みを深めて言った。

 

「時にインテグラ。戦争の愉悦の具合はどうだったかな? 局長殿。()()()かね? 赤黒く燃える炎を見る事は出来たかな? 」

 

『うるさい!! バカ!! 知った事か!! さっさと帰ってこいバカ!!』

 

 インテグラの怒鳴り声を最後に電話は切られた。

 

「ふははははは。まさしく()()とは複雑怪奇。ふははッ」

 

 インテグラをおちょくった事で気分が良さそうにアーカードは笑う。

 

 電話を終えてちょうど買い出しと帰りの打ち合わせに行ったベルナドット隊長とセラスが帰ってきた。

 

「やっぱダメッスね。ムリッスね。どうしたってダメダメッスね。船だとあと一週間は無理ですな。航海日程も入れるともう大変でございマス」

 

「論外だ」

 

 ベルナドット隊長の言葉をアーカードは切って捨てた。

 

「お前たち準備しろ」

 

「え?」

 

「航空機を奪う」

 

 アーカードの言葉を聞いた2人に理解が追いつかない沈黙が走る。

 

「他に手段がない。準備しろ」

 

「ダメダメダメダメダメダメダメダメダメ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ今度こそ死ぬ!! オレが死ぬオレが死ぬオレやだオレがやだ!!」

 

 もー、いーかげんにしてーと全力で拒否するベルナドット隊長。

 

 ただそれどころじゃない。

 

 アーカードが何かに気づく。

 

 それを見てアーカードの視線の先、部屋のドアを見る。

 

「!!! !? うわひ、あひゃ」

 

 慌てふためくセラス。

 

 部屋のドアが蹴破られる。そして入ってきたのは──。

 

 どうやって此処を突き止めたのか不明のアンデルセンだった。

 

 アンデルセンとアーカード。2人は無言で歩み寄る。殺気に当てられて首のうなじがチリチリする。

 

「ハアアアアアンッ」

 

「バアアアアアッ」

 

「「グウゥッ!!」」

 

 互いにストレートを見舞うクロスカウンター。そのままノーガードの殴り合いが始まった。

 

「もうガマン出来ないってか!! アンデルセン!!」

 

「アーカード!!」

 

 カスールカスタムとジャッカル、銃剣を互いに構えるアーカードとアンデルセン。

 

「どりゃあああああっ」

 

 ハルコンネンで殴りかかろうとするセラス。

 

 だが、アンデルセンの睨み付ける視線で勢いを止めてしまう。

 

 アンデルセンが銃剣を投げつける。壁に刺さった銃剣は一枚の紙を突き刺していた。

 

「北に13Km程行ったところに我々ヴァチカンの小型ジェットがある。ソレの譲渡書だ。持って失せろ。俺が貴様らへの殺意を抑えられているうちに」

 

 殺意を抑えててアーカードと殴り合いになるのかと言ってはいけない。

 

 という事なので、有り難くジェット機を使わせて貰うこととなった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 英国に帰還後車をすっ飛ばして向かう先はロンドン郊外、王室別邸クラウニーハウス。

 

 そこには既に円卓と13課の長、マクスウェルが揃っていた。

 

「全員おそろいとは誠に重畳」

 

 そう言ってアーカードはインテグラの席へと歩み寄った。

 

「ただ今帰還した。我が主」

 

「任務御苦労。我が僕。女王(クイーン)の御前だ。サングラスを取れ」

 

 インテグラに言われてサングラスを取ったアーカードはその足で女王の前へと歩いていく。ボディーガードが止めてもお構い無しだ。

 

 女王と話している様だが内容までは耳を立てないようにしておく。女王の会話を盗み聞きするなんて不敬が知れたら首を落とされるかもしれないからだ。

 

 そして女王の命でアーカードはトバルカインから得たミレニアムの情報を話し出す。

 

 昔々あるところに狂った親衛隊(SS)の少佐がいた。

 

 不死者達の軍隊を作ろう。

 

 不死身の軍勢を作ろう。

 

 膨大な血と狂気の果てにその無謀を成就しつつあった。

 

 それがミレニアム。

 

 だが55年前にアーカードとウォルターがその計画を台無しにしてやった。

 

 だが、連中は心底諦めなかった。

 

 誰も彼もが彼らを忘れ去り忘れ去ろうとした。

 

 だが連中は暗闇の底で執念深く確実に存在してきた。

 

 ゆっくりとゆっくりと、その枝葉を伸ばしながら。

 

 今や彼らの研究は恐るべき吸血鬼を完成させる地平にと到達している。

 

 吸血鬼の戦闘団(カンプグルッペ)

 

 不死身の人でなしの軍隊。

 

 これこそまさにジークフリートの再来。

 

 神話の軍勢。

 

 第3帝国最後の敗残兵──「最後の大隊(LAZTE BATTALION)

 

 アーカードの報告に円卓がざわつく。そんなざわつきに良く通る声が割って入った。

 

伊達男(トバルカイン)の「血」が教えてくれたんだね。本当に…まったく駄目なんだなあ…!!」

 

 本当にいきなり、気配もなく突然と現れたのは猫っぽい少年シュレディンガー。

 

 13課のハインケルとベルナドット隊長が銃を抜くのをシュレディンガーは手で制した。

 

「待った。僕は特使だ。やりあうつもりはないよ」

 

「特使? いつの間に? いったいどこから? ウォルター!?」

 

「警備は万全でした。破られた様子もありません」

 

「無駄だよ。僕はどこにでもいるし、どこにもいない。今日はお集まり頂いた英国・ヴァチカン両陣の方々へ、我々の指揮官少佐殿より大事なお話がありますのでしっかりとお聞きください」

 

 そう言ってシュレディンガーはタブレット端末程のモニターを机に置いた。

 

 何故かセラスとコンニチワと挨拶をする。

 

 そしてモニターのスイッチを入れる。

 

 最初中々映らないモニターだが声は聞こえた。

 

 少佐の声だ。

 

『あれ? どうした。何も映らないぞ。なにしてる。早く准将殿を壁に立たせて差し上げろ。シュレディンガー准尉、全然映らないぞ、これ』

 

『少佐ッ、やめろッ、やめてくれ、後生だ…ッ』

 

『ん、ああ、映った映った』

 

『少佐ッ、頼む、助けてくれッ、助け』

 

 命乞いをする声は銃声によってかき消される。

 

「少佐、そっちは大変そうですねえ」

 

『腰の抜けた上官を持つと難儀するよ。でもこれでようやくせいせいする。いい気分だ。とてもいい気分だ』

 

「やあ、少佐」

 

 まるで昔の友人に語りかける様な気安さでアーカードは少佐に声をかけた。対する少佐もまた同じだ。

 

『久し振りだねえ、アーカード君。再び出会えて歓喜の極みだ』

 

「お前が敵の総帥か」

 

 そんな両者に割って入るのはインテグラだった。

 

『おお。貴方が王立国教騎士団(HELLSING)機関長、インテグラ・ヘルシング卿ですね。お初にお目にかかる』

 

「何が目的だ。何が目的でこんな馬鹿なマネをする!? 答えろ!!」

 

 少佐の挨拶をばっさりと切り捨てて、インテグラは一連のミレニアムの行動の真意を問う。

 

『目的? お嬢さん(フロイライン)、美しいお嬢さん(フロイライン)、それは愚問というものだ。目的? ふふん。目的とはね。極論してしまうならばお嬢さん(フロイライン)、我々には目的など存在しないのだよ』

 

「ばッ、馬鹿なッ!! 目的がないだと、ふざけるな!! 目的もなく我々に攻撃をだと!? 冗談もたいがいに」

 

『黙れ』

 

 目的などないという少佐に捲し立てる円卓を、少佐は言葉一つで黙らせる。

 

『お前とは話をしていない。私はこのお嬢さん(フロイライン)とお話をしている。女の子と話すのは本当に久し振りなんだ。邪魔をしないでくれ、「若造(ボーイ)」』

 

 円卓を若造呼ばわりして少佐は続けた。

 

『目的のためならば手段を選ぶな。君主制(マキャベリ)の初歩だそうだが、そんなことは知らないね。いいかなお嬢さん(フロイライン)。貴方は仮にも一反撃戦力の指揮者ならば知っておくべきだ。世の中には()()()()()()()()()()()()()()という様な、どうしようもない連中も確実に存在するのだ。つまりは──』

 

 少佐から映像が布で口を塞がれた老軍人に変わる。何か叫んでいるが言葉にはならない。首から下げた板にはドイツ語で『私は敗北主義者です』と書かれていた。

 

『とどのつまりは、我々のような』

 

 少佐が指を鳴らすと、上官である筈の老軍人に吸血鬼化した軍人達が群がり、その身体を貪り喰らっていく。

 

「うはぁーッ、ちょっとコレはキツい見たいですよー、少佐」

 

「狂ってるよ、貴様ら」

 

 一連の映像を見てマクスウェルが言葉を吐く。

 

 確かに正気の沙汰では無いだろう。質が悪いのは、彼らは自分たちが狂っているのを自覚している事だ。

 

『ふうん。君らが狂気を口にするかね? ヴァチカン第13課局長』

 

「ああそうだ。おまえ達は()()()じゃない」

 

 マクスウェルが少佐達を狂っていると断じたが、少佐にとってはそれは今更な話だ。

 

『ありがたいことに私の狂気は君達の神が保障してくれるという訳だ。よろしい、ならば私も問おう。君らの神の正気は、一体どこの誰が保障してくれるのだね?』

 

「……ッ」

 

 痛烈な返しにマクスウェルは言葉が出ない様子だ。

 

『一体どこの誰に話しかけているか判っているのかね? 我々は第三帝国親衛隊だぞ? 一体何人殺したと思っているのかね? 狂っている? 何を今更!! 半世紀程いうのが遅いぞ!! よろしい!! 結構だ!! ならば私を止めてみろ、自称健常者諸君!! しかし残念ながら私の敵は君らなどではないね。少し黙っていてくれよ13課。私の敵は英国!! 国教騎士団!! いや!! そこでうれしそうにたたずんでいる男と、自分は人間だと宣う素敵なメイドのお嬢さんだ!!』

 

「はぅえ!? わ、私も!?」

 

 何故か少佐にロックオンされた。いや確かに少佐をリスペクトしている部分もあるけども。

 

「クックックックックッ、くはッ、はははははッ、はははははははははは、執念深い奴らだ。ははははは。素敵な宣戦布告だ。いいだろう、何度でも滅ぼしてやろう」

 

『くだらん結末など何度でも覆してやるさ。そうだとも。我々は執念深く、根に持つタイプでね。そして素敵なお嬢さん、君とも戦場で出会えることを楽しみにしているよ?』

 

 いや名指しで楽しみにされても困るのだが。

 

「アーカード、セラス、撃て」

 

 インテグラがそう命じると、アーカードはカスールカスタムでシュレディンガーの顔を撃ち抜いた。

 

『特使を撃つなんて、いやはや、おだやかじゃないね』

 

「特使? ふざけるな。宣戦布告? 馬鹿々々しい。おまえ達はただのテロリスト集団にすぎない。御大層な()()言はもう結構だ。我々は貴様らの存在を排除する。我々は唯々、我々の反撃(しごと)に取りかかるだけだ!!」

 

『ふるえるこぶしは隠していいたまえ、お嬢さん(フロイライン)

 

 少佐に指摘されグッと虚勢を張るかのようにこぶしを握り締めるインテグラ。

 

『成る程、これは()()、いい当主(マスター)だ。アーカードが()()()()のもわかるというものだ』

 

「一つよろしいかな? 少佐」

 

『おや。てっきり主の許しがなければ口をきいてもらえないかもと思っていたよ、素敵なメイドのお嬢さん』

 

 確かに自分は狗だから主を前に断りもなく敵と話すのは場違いだ。ただひとつ聞きたいことがあるのだ。

 

「人だと宣う吸血鬼はどちらだと思う。人か、化け物か?」

 

『成る程、簡単な事だよお嬢さん。吼え続ければ良いのさ、自らは人だと。うたい続ける限り君は血を飲む化け物であっても人であり続ける事ができる。最後まで。君の価値はこの私が保障しよう。素敵なお嬢さん』

 

「セラス、撃て!!」

 

 インテグラの命でモニターをライフルで撃ち抜くセラス。いやそう心配そうな顔をするなよ。

 

「出過ぎた真似をしました。御許しを」

 

 そう謝罪すると女王が口を開いた。

 

「ヘルシング卿、アーカード。命令よ、彼らを打ち倒しなさい」

 

 女王直々の命令にただ従うのみだ。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その夜。セラスは普通の食事をえずきながら飲み下していた。

 

 その横で自分は普通に食事をしていた。

 

「なんで、ユーリさんは平気なんですか?」

 

「最初は駄目だったよ。まぁ、拘束制御術式を掛けてからは平気になった。血も必要に応じて飲んではいるからかもね」

 

 吸血鬼だから最低限の血は必要だ。ただ能力を封じて人間に限りなく近くしているからという理由が適用されているかもしれない。

 

 血を飲む時は鉄の味とどろりとした舌触りに美味など感じるところはない筈なのだが、吸血鬼だからどんな食べ物よりも至高の味がする。身体が求めているのだ。

 

 だから毎日ひとつ、戦闘のあった時はふたつかみっつ程度は輸血パックを空けてしまう。まぁ、薬だと思って飲んでいる。

 

 ただ生きている人間から摂取してるわけでもない為に残機が増えている様子は無い。つまり残機は()だ。

 

「つらいか?」

 

 インテグラが部屋に入って、セラスの様子を見て言った。

 

「つらいな」

 

「局長……ッ!!」

 

 テーブルの上に輸血パックが置かれる。

 

「ウォルターから聞いている。近頃は食事の度にその様子だ。何故飲まない。血を。おまえはもう人間ではない。吸血鬼なのだよセラス」

 

「…でも……ッ、あの……その……ッ、あの……う…」

 

 煮え切らない様子のセラスを見て、食卓に歩み寄るインテグラはナイフを手にとって、自分の人差し指を切った。

 

「イッいっ、インテグラ様ッ!!」

 

「指を切ってしまった。バイ菌でも入ってしまったらコトだ。なめてくれ」

 

 セラスに血の滴る人差し指を差し出しながら言うインテグラ。

 

「えッ、あッ、あのッえッ」

 

「なめろ。命令だぞ。命令が、きけないのか、セラス」

 

 命令と言われて恐る恐る口を開いて舌を出すセラス。吸血鬼となって初めての血が処女の血は贅沢だろう。どれ程至高の味がするのか。

 

 ヤバいヤバい。思考が吸血鬼になっていた。

 

「気をつけよセラス。まちがってもかみついてくれるなよ?」

 

 ほんの、ほんの僅かだが血を舐めた事で楽になっただろう。

 

「正真正銘100%処女の血だ。いくらかでも楽になったか、婦警」

 

「あ…う…あの…その…、す…すいま…せ…ん」

 

 気をつかわれた事に恐縮するセラス。続けてインテグラが言葉を発する。

 

「準備を整え待機せよ!! 婦警。ウェールズ沖洋上にて空母イーグルが連絡を途絶した。恐らく奴ら(ミレニアム)だ」

 

「はッはい、了ッ、了解(ヤー)!!」

 

 指を切ったインテグラの人差し指に絆創膏を貼って治療をする。

 

 そして部屋を出るインテグラを見送る。いや、今は飯の時間なので見送りで勘弁して欲しい。

 

 治療の合間に僅かに指に付着したインテグラの血。

 

 舐めたい衝動を断固として抑えつけてハンカチで拭った。ここで我慢できずに欲望に負けて舐めてしまえばそれは吸血鬼に成り下がる行為だ。

 

 人間だと宣う自分としては却下である。以上。解散!

 

 

 

 

 

to be continued…



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仕事を全うする者達

 

 さて空母イーグルが連絡を絶ったという事で事の次第を確認する為にインテグラは英国安全保障特別指導部本営へと向かった。その供回りで自分もウォルターさんと一緒に行動する事となり、そうなるとヘルシング邸の攻防戦には手を出せないという事だ。

 

 恐らく原作のままにセラスがゾーリンを斃すのだろうが、代わりにベルナドット隊長たちワイルドギースは壊滅するのだろう。バレンタイン兄弟襲撃を生き延びた数人のHELLSING機関員も今度こそ全員死ぬのだろう。

 

 さすがにそこまで面倒は見きれないので仕方のない事だと割り切る。

 

王立国教騎士団(HELLSING)、女王陛下の御命によりてまかりこしました」

 

「来たか、インテグラ卿」

 

 インテグラが来た事に声を掛けるペンウッド卿。しかし指導部の面々からは歓迎されなかった。

 

「将軍!! まさか連中の手を借りるおつもりですか!!」

 

「これは国家の安全保障に関する事項です。彼らの様なあやしげな連中の同席を許すおつもりか」

 

「これは我々海軍が管轄とする領域だ。君達の()()()者の出る幕ではない。帰りたまえ!!」

 

 しかしそんなことは関係がないと言わんばかりにインテグラは空いている椅子に腰掛けた。ウォルターさんが葉巻の入った箱を差し出し、そこから1本葉巻を取り出して口に咥えると、インテグラは言った。

 

「帰っても宜しいが、本当によろしいのか」

 

「なんだと!?」

 

「待ちたまえ」

 

 反発をペンウッド卿が制する。

 

「頼む…。同席してくれたまえ、ヘルシング卿」

 

「……現状はどうなっておりますか、将軍」

 

 インテグラの言葉を受けて、ペンウッド卿が現状を説明してくれた。

 

 今より18時間前、大西洋上で演習中だった帝国海軍新造空母「イーグル」が所属不明のヘリの接近を告げる報告を最後に通知が途絶した。

 

 現在は大西洋上ボーリントン洋上300Km地点にて静止していると。

 

「本来ならば我々の処理する事態だ。が、数時間前に送られてきた衛星写真だ見たまえ」

 

 そう言ってペンウッド卿は幾つかの衛星写真を見せてくれた。そこには空母の甲板にハッキリと書かれた鉤十字。

 

「これは我々の範疇ではない。狂気の沙汰事だ」

 

「「ミレニアム」、「最後の大隊」」

 

「馬鹿馬鹿しい!! 吸血鬼? ナチの残党? 冗談も大概にしろ!! 貴様らとオカルトごっこをしているヒマはない!! 将軍!! あなたもあなただ、正気とは思えない!!」

 

「吸血鬼? はッ、これは艦内反乱か暴動だ」

 

「貴様らがどれほど女王陛下に信頼されているか知らんが、貴様らの特権とやらが何もかも通じると思ったら大間違いだ。()()()()()()もらおうか」

 

 報告は読んでいるだろうに、事情に精通しているペンウッド卿以外味方は居ない様だ。

 

「ならばよろしい。お手並みを見せて頂きたい」

 

 一先ずは静観といった形となった。

 

 それでも一応状況を伝えてはくれた。

 

 事件発生後、数度に渡って回線を開こうとしたが、全くなんの応答もない。

 

 数度の偵察機を出したが、全く何の反応もない。

 

 最新の情報では甲板に一人だけ日傘をさした人影があったという事だけ。

 

 現在、調査・制圧の為に特殊空挺の二個小隊がヘリコプターで接近中だということだ。

 

 そして案の定、ヘリは撃墜され。30名程の特殊部隊の隊員達は海の藻屑となった。

 

 それも撃墜したのは空母の対空兵装とかではなく、甲板に居た人影が撃ったマスケット銃の一発でだ。

 

 撃った弾は必ず必中する魔弾の射手(異能)

 

 状況確認もままならない指導部の面々を見て、インテグラは茶番だと呟いて席を立つ。

 

「どっ…どこに行く気だ、インテグラ卿」

 

「付き合いきれませんな。こんな茶番をしている間にも何物にもかえられぬ時間は出血し続けている。我々はこの一連の事象を吸血鬼の行動と認識し、我々は独自の行動を取らせて頂く」

 

「な…何だと!? 馬鹿も休み休みいえ!!」

 

「ペンウッド卿、お伝えしましたぞ」

 

 指導部の言葉を無視して、インテグラはペンウッド卿に告げた。

 

「わかった。わかったともインテグラ。諸君ら国教騎士団(HELLSING)の自由を認める!!」

 

了解(ヤー)

 

 指導部本部から一度退席するインテグラに続いて自分とウォルターさんも部屋を出る。

 

「どう思う、ウォルター」

 

「はッ、おとりもいい所ですな。あからさまな。時間がたてばたつ程、奴らの思うつぼです」

 

「だが放ってもおけん。幽霊船にしてはあまりに物騒すぎる」

 

「自ら仕掛けて来る事は無い。しかし無視する事などできない。近づけばこれを射つ。これは典型的な示威籠城戦ですな」

 

「海は城壁であり、無限に広い堀でもあるという訳か。そしてあの「魔弾」、あの魔弾の前に近付ける物などある訳もない。だが連中はもはや脱出できまい。海は連中(ヴァンパイア)にとって地獄の釜の底も同然だ。「イーグル」艦上から出たならば()()に墜とされる。だがそれは我々とて同じ事だ」

 

「はッ、左様です」

 

「アーカードやセラスをどうやってあの海上の鋼鉄の城塞に送り込むのだ」

 

 一度言葉を切って、インテグラはその手段を口にする。

 

「「大型艦船」」

 

「NON。時間がかかりすぎます。奴らが艦をいつまでも静止させているとも限りません。小型快速船艇」

 

「NON。大口径対空砲やCIWS群がある。弾雨の嵐に耐えきれるとは思えん。航空機、直上からの降下」

 

「NON。艦載の対空ミサイルで直上はおろか接近すらもできませぬ。デコイ・チャフを大量に使用して航空機の使用」

 

「NON。ミサイルはごまかせても、「魔弾」がいる」

 

 意見を出しあうインテグラとウォルターさんだが、結論は出ない。

 

「結論は」

 

 インテグラの影からアーカードが現れながら言った。

 

「ミサイルも弾雨も魔弾をも物ともせず、海上の空母の甲板上にこの私を立たせる事のできる、そんな方法(ルール)だ」

 

「まさしく無理難題だな」

 

「いえ。あります。恐らくこの世で一機種のみ、その無謀をかなえる機体が」

 

 その機体がSR-71を英空軍技術局が高高度高速度レコードを出す為の専用機に改造したEXP-14LIE高々度実験機だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 機体が単座という事で、最大戦力であるアーカードが一人で空母イーグルへ乗り込む事となった。

 

 急降下する機体は途中で魔弾に捉えられて爆発炎上したが、そんなことはお構いなしに空母イーグルの甲板に破城槌は突き刺さった。

 

「勝ちましたな」

 

「当然だ」

 

 ウォルターさんの言葉に返すインテグラ。

 

「何をやった!? 君は!? 何が起きている!? 艦上は!? ヘルシング卿!!」

 

 ペンウッド卿がインテグラに説明を求めて来た。

 

「実にオーソドックスな()()()を行ったまでです。()()()の全長は30m、速度はマッハ3.2ですがね。かくして破壊槌は突き立ち、城壁は打ち崩され、()を破り、()を越え、()()()()は城内へと攻めのぼる。「()()()()()()()()」。古今東西、失陥寸前の城塞で起きている事などたった一ツッきりでしょう。それは只只一方的な虐殺」

 

 そう説明するインテグラ。初戦は最大戦力をぶつけることで制したが、問題はアーカードという矛にして、盾という存在を戻ってくるまで使えないという事だ。

 

 そしてあとはアーカードの帰還を待つのみとなったのだが、それを待たずして次の戦の幕が上がった。

 

 警報が鳴り響く。

 

 何事かと確認を取るペンウッド卿。

 

 英国の各要所との連絡が次々と途絶する。

 

 ペンウッド卿が戦争でも始まったのかと溢す。

 

 そう、戦争だ。戦争の幕が上がったのだ。

 

 部屋の出入口のドアが乱暴に破られる。

 

 銃を持った軍人たちがぞろぞろと入ってくる。

 

 銃を向けられてとりあえずはおとなしくしておく。

 

「おっと、妙な真似はやめて頂こうヘルシング卿。この施設はこれより「ミレニアム」の支配下となる!!」

 

「中佐!! おまえ達、どういう事だこれはッ」

 

 銃を向ける中佐たちにペンウッド卿が問い詰める。

 

「やかましい!! こういう事ですよ将軍。吸血鬼とは素晴らしい!!」

 

 そう言って鋭利に並ぶ歯と赤く光る目を見せる中佐。どちらも吸血鬼の証だ。

 

「俺はなんて幸運(ラッキー)なんだ。まさか、かのヘルシング卿まで捕らえられるとはなァ。代行殿もさぞかしお喜びになるに違いない!!」

 

 そう言う中佐の言葉に、インテグラから笑いが込み上げてくる。

 

「何がおかしい!!」

 

「おまえ達は生まれたばかりの吸血鬼で、私たちはその殲滅機関。しっぽも取れぬ赤子のかえるが蛇を前にして「幸運(ラッキー)」とは」

 

「き…貴様あ~~~ッ」

 

「あの世で伍長に鉄十字章(アイアンクロス)をもらうといい」

 

 インテグラが言い切ると、拳銃を向けていた中佐の腕が切り裂かれる。ウォルターさんがやったのだ。

 

「ウォルター、ユーリ、仕事だ」

 

「わかりました、お嬢さま」

 

承知致しました、我が主(イエス、マイ・ロード)

 

「さて、御相手仕ろうぞ、赤子共!!」

 

「この爺イッ」

 

 ウォルターさんに銃を向ける裏切り者たち、直接襲い掛かってくる者も居るが、ウォルターさんは鋼糸で銃を向けてくる者達を括ったので、自分は直接襲い掛かってくる者達を括って、鋼糸を引き絞れば赤子の吸血鬼の小間切れの完成だ。

 

「売国奴が。大丈夫ですか、ペンウッド卿。私はてっきり、あなたが裏切っていたのかと思いましたよ」

 

「私は無能かもしれんが、ひきょう者ではないよインテグラ」

 

 そう言うペンウッド卿に伝令が入る。

 

 民間機からの入電で、ロンドン南方から北上する飛行船団が目撃されたと。

 

 とうとう来るのだ、最後の大隊が。

 

 その飛行船団から放たれたロケット攻撃でロンドンの街は爆撃され炎上した。

 

 空軍に連絡しようにも各基地施設も通信は途絶したままだ。

 

 英国の主要な軍施設・通信中枢、指揮中枢が通信途絶か正体不明の敵勢力と交戦中との事だ。

 

「先程我々を襲った連中と同じですな。「永遠の命」、「吸血鬼」等という甘い果実に誘われた五月蠅がそれだけ多かったという事。ここも奴らの攻撃目標になっているはず。早く脱出するべきですペンウッド卿」

 

「き、君は君の機関へ一刻も早く帰りたまえ。君には君にしかできない事が、仕事(つとめ)がある…ッ!! わたしはだ、脱出できない。逃げられない。そ、それだけはできない」

 

 そう言うペンウッド卿に伝令が更なる情報を伝える。

 

「市街上空の飛行船団から兵士達が降下中。武装親衛隊です!!」

 

「脱出するんですペンウッド卿!! 半刻とせず吸血鬼の群れがここに押し寄せて来ます。この有り様ではここの指揮能力はほとんどありません。死ぬ気ですか」

 

「もしかしたら…もしかしたら、通信が回復して命令が伝達するかもしれない。どこかの基地が敵を撃退して我々の指示を待っているかもしれない。わ、私はここの指揮者だ。ここが生きている限り離れる訳にはい、いかないだろう。インテグラ、私は駄目な男だ。無能だ。臆病者だ。自分でも何故こんな地位にいるかわからん程駄目な男だ。生まれついての家柄と地位だけで生きてきたも同然だ。自分で何もつかもうとしてこなかった。いつも人から与えられた地位と仕事(つとめ)をやってきた。だからせ、せめて、仕事(つとめ)は、この仕事(つとめ)は全うしなきゃならんと思う…んだが…。行きなさい。行ってくれインテグラ。君には、君ら(ヘルシング)には、君ら(ヘルシング)にしかできない仕事(つとめ)がある」

 

 死ぬかもしれないことはわかっていて、その恐怖を呑み込み告げるペンウッド卿。アーカードが居たらとても素敵だと言うのだろう。覚悟を決めた人程眩しいものはない。

 

 インテグラは席を立ち、自らの銃をテーブルに置いた。

 

「法儀済の粒化銀弾頭が入っています。ただの鉄よりは連中に効果的でしょう。()()らばです。御武運を、ペンウッド卿」

 

「ああ。君もな、ヘルシング卿」

 

 そしてペンウッド卿は他の皆も脱出させようとするが、指導部の面々は顔を合わせて噴き出した。

 

 皆恐怖で一杯でも、ペンウッド卿にあてられて自分の仕事(つとめ)を全うすることを選んでいく。

 

 それらの声を背に部屋を出る。

 

「帰るぞウォルター、ユーリ、一刻も早く」

 

「はッ」

 

「市内を突っ切る。できるな」

 

「おおせのままに」

 

「私は私の仕事(つとめ)をしよう。このHELLSINGの身にかけて。吸血鬼ども!!」

 

 自分がここに残れば彼らを救ってやれるかもしれないが、それは自分の仕事(つとめ)ではない。

 

 HELLSINGごみ処理係りとしてはもとより、ヘルシング家のメイドとして主君を守る義務がある。

 

 それがおれの全うするべき仕事(つとめ)だ。

 

 

 

 

to be continued…



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FINAL FANTASY

今はまだまるっきり原作通りにしか動きませんが、書き上げられたので投稿します。


 

 ヘルシング邸へと向かう道すがら。喰屍鬼を相手に奮戦する警官隊が、武装親衛隊の一人に蹂躙された。

 

 普通の銃弾では効果的ではなかった。だがインテグラが法儀済粒化銀弾頭をライフルで車の窓から身を乗り出して撃ち込むと身体が崩れていく吸血鬼の末路を辿る武装親衛隊員。

 

「御苦労。君らは義務を果たした。眠れ」

 

 そう言葉を送ると、インテグラは車内に身体を戻した。

 

「急げウォルター、仇を討つ!」

 

 インテグラの言葉と共に車が急発進する。

 

 車は走る。街道を。走って走って、通信機が通信を傍受する。ダイヤルを操作して通信域を合わせる。

 

『この通信が届いているかわからない。しかし誰かに届いていると信じて送信する。もうすぐここは陥落する。もうすぐそこまで、化物たちがドアの向こうに、すぐそこまで来ている。本施設よりこの通信を聞く「人間達」に最後の命令を送る。抵抗し、義務を果たせ』

 

 その言葉を最後に、少し間を置いて大きな破壊音を一瞬出して通信は途切れた。ペンウッド卿が自爆したのだ。安全保障指導部本部にやって来た武装親衛隊を道連れに。

 

「ウォルター、急げ!!」

 

 喰屍鬼となった人々を蹴散らして、車は止まることなく走り続けた。

 

 だが急にブレーキが掛かる。

 

「何事だ、ウォルター」

 

 炎を背に映し出される人影が道の先に立っている。

 

「インテグラお嬢さま、すぐに車をバックさせ、別ルートを探して脱出なさってください」

 

「ウォルター!!」

 

「決してふり返らず!! 全速力で!! いいですか、全速力で、全速力でです。決してふり返らず、何があっても全速力で逃げるのです」

 

「ウォルター!!」

 

「早く!! 今の()()私ででは()()()()()()()にどれ程時を保たせられるものかわかりませぬ」

 

執事(ウォルター)!!」

 

「はッ」

 

「命令だ。必ず生きて戻れ。必ずだ」

 

「はッ、仰せのままに。ユーリ、お嬢さまを頼んだぞ」

 

「はい、ウォルターさん」

 

 ウォルターさんに返事だけを返す。今のウォルターさんの心境は如何なものか。それを計ることは出来ない。

 

 ここでウォルターさんと残れば話の流れを変えられるだろうかと一瞬思案したが、ウォルターさんの目的はアーカードとの決着。その為に全てを擲ったウォルターさんに小娘1人程度が加わった所で何が変わると言うのだろうか。

 

 それ以前にウォルターさんからインテグラを頼むと言われてしまったのだから従わねばならない。主はインテグラだが、ウォルターさんは上司で師匠だ。インテグラの次に自分に対して命令権を持っていると言っても過言ではない。

 

 インテグラが運転席に移り、車はまた走り出した。

 

 だがすぐさま追っ手が掛かる。武装親衛隊だ。吸血鬼としての身体能力で走るだけで車の速度に追いついてくる。

 

 車が銃で撃たれるが、車体は防弾仕様なのでちょっとやそっとの銃撃ではどうともならない。

 

 ならばとパンツァーファウストを撃ってくる武装親衛隊。

 

 爆風に煽られて体勢を崩す車体はハンドルが利かないらしい。車は壁にぶつかり、備えていても身体を強かにぶつけた。しかしそれで身動きを止めるわけには行かない。

 

「インテグラル・ヘルシング!! 我が大隊指揮官殿の命である!! 覚悟ォ!!」

 

 急いで車から降りて、車の屋根に乗った武装親衛隊員の首を落とす。

 

「インテグラ様、お怪我は!?」

 

「ああ。なんともない」

 

 車がぶつかる寸前に身を挺して庇ったから怪我はないはずだ。

 

「往生際が悪いお嬢さんがただ。いくらあがこうが逃げようが無駄だ。あきらめろ。もはやこのロンドンに、この死都(ミディアン)に、おまえ達が逃げる所も隠れる所も存在しない。あきらめろ人間!!」

 

 そうあきらめろと告げる武装親衛隊に、葉巻を咥えてインテグラは言い返した。

 

「あきらめろ? あきらめろだと。成る程、おまえ達らしいいいぐさだ。人間でいる事に耐えられなかったおまえ達のな。人間をなめるなばけものめ。来い、闘ってやる!!」

 

「上等ぉ!!」

 

 武装親衛隊の一人が飛び掛かってくる。

 

 それを自分やインテグラに先んじて阻止したのは多数の銃剣だった。

 

「バッ、銃剣(バイヨネット)!!」

 

 そして聖書の頁と共に現れた。

 

「おまえは……ッ、法皇庁(ヴァチカン)、イスカリオテ第13課…!!」

 

「「殺し屋」」

 

「「首斬判事」」

 

「「再生者(リジェネレーター)」」

 

「「天使の塵(エンジェルダスト)」」

 

「「銃剣(バイヨネット)」神父」

 

「アレクサンド・アンデルセン!!」

 

「アンデルセン神父。我らが仰せつかったのは未だ監視のはず」

 

「ましてや彼のヘルシングを助けるとは。重大な越命行為ではありませんか」

 

 建物の屋上に居るハインケルと由美江が言う。

 

 だがアンデルセンは気にした様子もなく笑って言った。

 

「げははははははは。聞いたかハインケル、聞いたか由美江、雲霞のような化物共の軍兵を前にして、かかってこい? 戦ってやる? 間違いない。こいつは、この女は、こいつらこそが、我々の御敵よ。我々の宿敵よ。打ち倒すのは我々だ。打ち倒してよいのは我々だけだ。誰にも邪魔はさせん。誰にも渡さん。誰にも! 誰にもだ!!」

 

 そんなアンデルセンの視線がこちらを一瞬見る。思わず身構えてしまう。いくら人間だと言っても、アンデルセンからすれば自分も吸血鬼には変わらないからだ。

 

「貴様は第13課(イスカリオテ)!!」

 

「邪魔立てするか、貴様!!」

 

「五月蝿い!! 死人が喋るな!!」

 

 武装親衛隊の言葉をアンデルセンは斬って捨てた。

 

「この私の眼前で死人が歩き、不死者(アンデッド)が軍団を成し、戦列を組み前進をする。唯一の理法を外れ、外道の法理をもって通過を企てるものを、教皇庁(われわれ)が、我ら第13課(イスカリオテ)が、この私が許しておけるものか。貴様らは震えながらではなく、藁のように死ぬのだ。エェェイメン!!」

 

 ハインケルと由美江が屋上から飛び降りて、アンデルセンの背後に控える。だが彼らだけではなかった。

 

「我らは己らに問う。汝ら何ぞや!!」

 

「「「「「我らは熱心党(イスカリオテ)熱心党(イスカリオテ)のユダなり!!」」」」」

 

 現れたのはアンデルセンと同じ格好をした神父の軍勢。武装神父隊だ。それが建物の屋上から次々と飛び降りてくる。

 

「ならばイスカリオテよ、汝らに問う。汝らの右手に持つ物は何ぞや!!」

 

「「「「「短刀と毒薬なり!!」」」」」

 

「ならばイスカリオテよ、汝らに問う。汝らの左手に持つ物は何ぞや!!」

 

「「「「「銀貨三十と荒縄なり!!」」」」」

 

 武装親衛隊がアンデルセンへと襲い掛かる。

 

「ならば!!」

 

 だがそれをアンデルセンは銃剣の一閃で斬り捨てた。

 

「ならばイスカリオテよ、汝ら何ぞや!!」

 

 それを皮切りに武装親衛隊と武装神父隊との戦闘が始まった。

 

「我ら使徒にして使徒にあらず。信徒にして信徒にあらず。教徒にして教徒にあらず。逆徒にして逆徒にあらず!! 我ら死徒なり、死徒の群れなり。ただ伏して御主に許しを請い、ただ伏して御主の敵を打ち倒す者なり。闇夜で短刀を振るい、夕餉に毒を盛る者なり。我ら刺客なり、刺客(イスカリオテ)のユダなり!!」

 

 銃剣を次々と擲ちながらアンデルセンは言葉を続けた。

 

「時到らば、我ら銀貨三十神所に投げ込み、荒縄をもって己の素っ首吊り下げるなり」

 

「「「「「されば我ら徒党を組んで地獄へと下り、隊伍を組みて方陣を布き、七百四十万五千九百二十六の地獄の悪鬼と、合戦所望するなり」」」」」

 

黙示の日まで(アポカリプス・ナウ)!!」

 

 武装親衛隊と武装神父隊の戦いは互いに殺して殺されての調子だが、アンデルセンの居る分武装神父隊が優勢だった。

 

 そしてそのまま優勢は変わらず、戦いは武装神父隊が勝利したが。

 

「何人残った!!」

 

 アンデルセンが確認を取る。答えたのはハインケルだ。

 

「半分取られました。思ったよりやる。焼却剤(テルミット)だ!! ナチ共の死体を焼却しろ。跡も残すな」

 

 一段落ついたところでインテグラが動いた。

 

「私は帰る」

 

「どこへ行く!!」

 

 銃をインテグラに向けるハインケルとの間に割って入る。いつでも鋼糸は引ける様にして。

 

「私の屋敷へだ。私は帰らねばならぬ」

 

「させぬ!!」

 

 武装神父隊から銃を向けられて一触即発の雰囲気だが、構わずインテグラは続けた。

 

「屋敷では私の帰りを待っているのだ。私は機関の指揮者だ。命令を出さねばならぬ。私は帰らねばならぬ」

 

「そうはいかん。我らが受けた命令は貴方を確保する事だ。貴方の身柄は我々が預からせてもらう」

 

 そう言うハインケルにインテグラは「火」だと言う。

 

「煙草に火をつけんか。気のつかん奴だ」

 

「……は。はあああ?」

 

 ここでインテグラ様御自分でライター持ってるでしょうとか言っちゃダメだ。ちなみにおれはメイドなのでライター持ち合わせていますが今は出番じゃないので黙っている。

 

「火。火だ」

 

 ハインケルを急かす様に口に咥えている葉巻をピコピコ振るインテグラ。

 

「いやその。自分がどういう立場かわかって……」

 

「火」

 

 尚も火と言うインテグラに不服そうに嫌そうに煙草に火を点けるハインケル。

 

「私に銃のおどしは効かんぞ。私は家に帰る。射ちたくば射てばいい」

 

 その態度に今度は由美江が刀を抜かんとじりじりと詰め寄るが、ハインケルが止める。銃が意味なしなら刀でも同じだからだ。

 

「どうしたもんだろ。どーもこういうタイプは弱い。撃っちゃおうか」

 

「み、みんなでふんじばって、さ、さらっちゃえばいいじゃん」

 

「丸聞こえだぞ。それでいいのか13課。それでいいのかアンデルセン。ふん縛って私を連れていくか」

 

「馬鹿な。丸腰の女一人を集団で力ずくで意のままにする。まるで強姦魔だな」

 

「では私は帰る。だが最近の女の夜道は物騒でな。君達、送ってくれ」

 

「わかった。送ってやろう」

 

「「「「「はあああああ!?」」」」」

 

「急いでるんだ。行くぞ」

 

「あッ、こら、待てェ!!」

 

 第13課を引き連れてインテグラは歩く。

 

 一応は自分も吸血鬼な為にいつ銃剣の錆びにされるかわかったもんじゃないので冷や冷やしながらインテグラの跡に続いた。

 

「な、なんだこりゃ…。まずい事になっちゃったなぁ……」

 

「どっどっ、どうしよう。きょ、局長にまた怒られるよ……」

 

 後ろでハインケルと由美江が言い合う。

 

「これだって一応は「確保」してる事になるッ、怒られないッ」

 

「きっ、きっ、詭弁だよッ、それ……」

 

「うるさいッ」

 

 そんなハインケルと由美江の間にアンデルセンが入った。

 

「ハインケル、(あし)を探してこい。このままでは鴨射ちだ」

 

「はあ」

 

「いいんですかアンデルセン神父。これは責任問題を問われますよ」

 

「構わん。このほうがいい。マクスウェルのやり方は賢しすぎる」

 

 責任云々を言う武装神父隊の一人にアンデルセンはそう返した。

 

 奇妙な行進の最中にあって、自分は今頃ゾーリン率いる吸血鬼化歩兵達の襲撃を受けているだろうヘルシング邸へと思いを馳せるのだった。おそらく壊滅的打撃を受けて、セラスがベルナドット隊長の血を飲み、ゾーリンをボロ雑巾にするのだろう。

 

 わかっていて、知っていて、自分はインテグラに付き従う狗であるが故に自ら提案して助けに行く事はしない。セラスが吸血鬼として覚醒する為にワイルドギースの犠牲を是とする。知っていてそうするのだからわらながらろくでなしである。

 

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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