キン肉マン世界古代転生 (ウボァー)
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始祖編
count1.最古(サイコ)に生きた一人


 遥か昔。蛇に唆され、神の禁を破り、知恵の実を食したアダムとイブは楽園を追放されたと神話では語られる。木の実を食べたぐらいならば隠し通せるだろうに、神になぜそれを看破されたのか。その原因は葉である。知恵は恥じらいという感情を持たせ、葉に衣服としての役割を持たせた。

 そう、衣服は人の文化的生活にとってなくてはならないものである。

 過酷な気候に適応するための衣服。見目を整えるための衣服。気分を切り替えるための衣服。

 

 素材を糸へ、糸を布へ、布を服へ。刺繍を施し、装飾を付け、強度を確かめる。多くの手間と時間をかけた分、素晴らしい仕上がりへと繋がっていく――数多の工程を終え完成するこの瞬間、解放感で満たされる。

 

 岩肌をくり抜いて作られた空間を、取ってつけたような木製の扉で区切ってできた部屋。あちらこちらに素材が散らばっているようで移動はできる程度に整頓されているちぐはぐな店。高さ、横幅、衣装、一つとして同じものがないマネキンが壁のように陳列される――そんな空間の真ん中で仕事に精を出す人影が一人。

 その姿は爬虫類の頭と人間の首から下をくっつけた人外のもの。頭に生えるは枯れ木のような色合いの髪が絡み合ってできた2本の角。熟れたリンゴのように赤い目。筋肉質な身体は緑で彩られ、あらゆる要素が彼がまともな人ではないことを示している。

 マネキン達の凝った衣装とは違い、彼自身は大きな白い布を貫頭衣とし腰回りを紐で括り固定する程度の素朴なものだがこれは仕事の邪魔にならないようにうんぬんかんぬん。

 先ほど出来上がった衣服をシワにならないよう丁寧に、かつ手慣れた様子でマネキンへと着せる。そろそろ時間か、と顔を上げたその時ぴったりにノックの音が響く。

 

「ニャガニャガ、受け取りに来ましたよ」

 

 それは身の丈2メートルはあろうかという大男。鍛え上げられた体に白塗りの顔、道化を思わせるような化粧と普通ならばチグハグな組み合わせになるが、不思議とその姿が自然であるかのような、有無を言わせぬ迫力があった。

 

「注文のコスチュームですね、こちらです」

 

 白をメインに金糸をふんだんに使い豪華に仕上げた一着。カラーを合わせた手袋、帽子、ベルトにリングシューズもセットになっている。

 服の丈は足首に届くほど長いが、動きを阻害しないよう細心の注意をはらい、かつ使用した材料の影響か本当に布なのか疑わしいほどの強度を実現。フェイバリットの一つに回転による摩擦で炎を起こしそれを纏いながら攻撃するものがある、と教えられていたためもちろん耐火性も完備。

 男は縫い目や布を引っ張るなど綻びがないかを確認し……満足げだ。

 

「いやはやいつ見てもお見事な仕上がりで。細部にまで拘りを見せるその技術(テクニック)、1ヶ月ほど手解きすれば関節技(サブミッション)に長けた優秀なレスラーになりそうなんですがねぇ……本当にプロレスしないんですか? サマルさん」

 

「いやプロレスとかマジ勘弁」

 

「そうですか」

 

 言葉とは裏腹に、そこまで残念とは思っていなさそうな空気のサイコマン。

 

「なあサイコマン、毎回このやり取りするのもうやめないか? 何と言われようと俺はプロレスはしないと決めているんだ」

 

 客と応対する店主として、ではなく顔馴染みへ対する言葉遣いに変える。

 顔を合わせるたびにプロレスの押し売りをしてくるサイコマンだが、お得意様であるが故に出会う機会が多く、今では週一で勧誘がやってくるのだ。鬱陶しいと思うがそれを直接伝えるのもアレなのでオブラートに頑張って隠そうとしているのだが……いつもの通りニャガニャガ笑って水に流され、やっぱ話聞いてないなあコイツ、と苦笑いを浮かべるサマル。

 

 ――サイコマン。そう、ここにいるのは完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)の一人……ではなくザ・マンに選ばれる前の一般超人。このことからわかるように、まだこの世界にはカピラリア大災害は起きていない。

 ここは地球。……なお人類が誕生するまであと何億年かはかかる模様。

 

 

 

 どうしてこうなったのか、の記憶は無かった。ある日突然令和の世を生きる人間の知識を持つ超人が古代の地球に発生した、としか自分には理解できなかった。転生だとしても赤ん坊からスタートではなく成熟した姿での出現。超人としての過去がないにも関わらず周囲の超人はそれを気にすることなく接してきた。

 でもまあ化身超人は人類の技術の進歩で作られたものがモチーフのものもあれば億単位の年齢である始祖の緩衝材とか時代が既にぐっちゃぐちゃだしそういう産まれ方をする超人もいるのかもしれない。だってゆでだもの。

 

 名前は頭の中にふわっと浮かんできたサマル、という名を名乗っているが、他人から呼ばれる時に毎回どことなく本当の名前とは違うような、と頭の片隅でいつも思っている。じゃあ本当の名前は? と聞かれても思い当たるものが無いためこれは永遠の謎としてサマルの中に葬られることだろう。

 また、この見た目から自分は木の超人とドラゴンの超人のハーフかもしれない、とは予想が出来るが同系列の超人とは出会ったことがなく具体的にはわからずじまい。

 謎だらけの生となったが、今を生きるには問題がないものであった。

 

 超人強度――強さの指標としても使われることのあるそれは、古代の超人としては驚きの1万パワーという貧弱さ。故にプロレスなんかするかばーか! と超人の本能を全否定する言動をしていても皆特に何も思わなかったし、力の差がありすぎて弱いものいじめに見えてしまうのでプロレスから身を引いてくれるのはむしろ周囲は感謝している。

 それでもサマルの根っこは超人であるからか、ふと他の超人がしている鍛錬を目で追うことが多く……だんだんと怒りが湧いてきた。

 

 あいつら! 消耗品の替えとかなしで使い潰してんのか!?

 

 リングシューズはすり減る。グローブは破れる。リングロープは千切れるしリングにだって穴は空く。レスパンなんてもってのほか。道具は永遠に保つなんてことはないのだ。

 簡易的なメンテナンスは大体の超人はするが、作る、ということにまで才能を割くものは少ない。ロビン一族のように鎧を身に纏う超人は自らの手で金属加工をするが……それも超人全体から見れば少数派だ。

 燃えたぎる怒りのままに手を動かして完成し設置したリングセット一式は定期的にメンテナンスを行い、消耗した部分は一部張り替えたりしつつ今も現役で使用されている。

 リングを手作りする、という謎すぎるDIY知識と手先の器用さは超人の神から与えられたギフトなのだろうと深くは考えずにやめておいた。

 ……思えばあれが、今後の生き方を決める分水嶺だったのかもしれない。

 

 目についた部分を片っ端から作って配ってして満足して、何かまだ足りないような? と頭を捻って何日。リングコスチュームが普及していないのだ、と答えを導くのはそう難しくなかった。

 リングコスチュームにはその超人らしさをより強める意味合いもあるし、戦いに臨む自分への激励にもなる。超人しかいない今の世では存在しないが、コスチュームの色を合わせたファングッズなんてものも作りやすくなる。

 今現在の超人世界のトレンドは令和のファッションから程遠い素材そのまんまをぐるぐる巻いた雑オブ雑な服! 以上である。ちなみに服はそれしか無いから実は流行もクソもなかったりする。

 超人は肌を見せることに抵抗がない。恵まれた身体を隠す必要は無く、恥ずかしい部分を必要最低限隠せたらいいや、な感じなので種族によっては真っ裸で試合をする者もいる。

 自作リングを使用している超人へちょっと聞き込みをした所、リングコスチュームあるなら欲しいかな、と思うものもちらほら存在していた。つまり無いならないでまあ別にいっか、と放置されていた問題となる。これは由々しき事態である。主に俺の創作欲的な意味で。

 嫌がる野郎どもに無理やり着せる趣味は無いし、かといって需要があるのに供給が無いのは放っておくわけにもいかないし。

 

 プロレス方面ではなく物作り方面へ才能を開花させてしまったこの時代では超少数派の超人、中身令和人間は今日も服をメインに作っている。

 

 

 

 今では常連となったサイコマンだが、サマルと出会った時――正しくはサマルの作成した衣服を見た時なのだが――脳天を稲妻で貫かれたような衝撃が走った。

 これこそが自分が身に纏うべきものであり今まで自分が作ったボロ切れは焚き火にくべて燃料として使ってしまえ、など目をギラつかせて力説し始めた時はサマルは非常に引いた。ドン引きである。え、お前漫画とキャラ違くない? と本人の前で言わなかったのをヨシヨシと褒められて然るべきである。

 要約するとお眼鏡にかなう出来のものがなかったから仕方なく自作していた、とかなんとか。そりゃまあ手先が器用な素人よりはプロの方が作りはいいよね。

 

「材料費は全てこちらで持ちますから、どうか、どうか、作っていただけませんか?」

 

「んー……どんな見た目で、とかの案は決まってたりします?」

 

 準備万端というか満足できるものに飢えていたというか。こちらになります、と懐から取り出した紙束はざっくりと要望をまとめた(サイコマン談)簡単なデザイン書だが、これ本当にざっくりなの? というレベルで情報が詰まっていた。いや胴回りとか腕の太さとかもきっちり計測済みなのはありがたいんだけど。

 サイコマン自身でもちょっとしたほつれとかの手入れとか出来る様にもろもろ揃えたらすっごい喜ばれた。ありがとうございます、ギュッッッッとされた感激の握手にはとんでもなく力が篭っていて手がもげるかと思った。巨握の掌、コワイ。

 

 ――正義超人の開祖、シルバーマンに正義超人になれたかもしれない、と言われた完璧超人。それがサイコマン。友情を認めようとしなかった彼が、今こうして共にある日々をどう思っているのかは分からない。それでも少なくとも好ましい時間だとは覚えていて欲しいなあ、記憶の中に残ってくれるかなあ、と先を悲観する……にはまだ早すぎる。だってまだまだ彼からの依頼があるのだから。

 

「この間依頼した時の端切れが余っていたらそれを使った人形が欲しいのですけれど、あとプロレス」

 

「依頼はわかったけどプロレスはしないったらしないからな」

 

 手を動かしている間は、いつか来る終わりの事を忘れられる。この日々がずっと続けばいいのに、と願いながら。それが叶わぬ願いであると知りながら。

 カウントは進む。



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count2.涸らす(カラス)ことなく満ち溢れ

 重量級の超人がロープ使った技を使った結果ロープが耐え切れずに千切れた。野生のツタではリングロープの強度が足りなくなってきたからもうちょっと……何かこう……いいやつない? というフワフワの要望にお応えするため、樹脂の捜索&ワイヤーの製作とついに金属加工に手を出し始めたサマルだった。が、最近それとは全く関係ない小さなミステリーに頭を悩ませていた。

 

「……なんかおかしいな?」

 

 ある程度溜まってから燃やして灰を肥料としてご近所さんへ配ろうか、と袋詰めにしていた端切れが昨日見た時より減っている、ような? 袋の口を縛っていた紐が自然に緩んで中の布が風で飛んでいった……訳でもなさそうだし。昨日は快晴無風のトレーニング日和だった。誰かの手によって袋が開けられて端切れが持ち去られた……え、それなら袋ごと持っていけば良くないか?

 まず端切れ泥棒なんているのか? 何の得がある? II世にいたレゴックスというブロックの集合体の超人はブロックを食べていたし、布の超人も布を食べるんだろうか……いやまず近所に布の超人なんていたか?

 

 ミステリー小説の世界ではないので都合良く探偵はやってこない。まずこの辺に探偵の超人がいない。このミステリーは自分だけで解決しないといけない問題だ。いろいろと考えた結果――何も分からないことが分かった。犯人の見当も目的もサッパリ分からない。ナイナイ尽くしだ。

 

 成果を得られなかった頭脳労働を終えた店の中、休憩のための紅茶(のようなもの)を一口。……でもまあこちらに肉体的、金銭的被害が出ていないから見張りや警護は頼む程でもない。サイコマンが知ったら貴方本気でそう思っているんですかその才能がどれほどのものだとウンタラカンタラ問い詰められそうな思考である。

 

 とりあえず、と紐を針金(金属加工を会得しようとなんやかんやした結果の産物)に変えたら針金も持っていかれた。ますます犯人像がわからなくなってきたサマルは最終手段を使うことにした。

 蜘蛛糸のような粘り気があるそれを袋の口にくるくる巻きつけて簡単なトラップを仕掛けておく。トラップというより嫌がらせの方が近いかもしれない。埃や砂がくっついてすぐダメになりそうな予感もするがしないよりはマシだ。そう思い起こした行動だが、犯人がもう来なかったら意味なく自分の手がベタベタするだけだったりもする。

 

「ネバァーッ」

 

「モアーッ」

 

 翌日の朝。変な鳴き方をするカラスが引っかかっていた。二羽も。

 うん。…………うん?

 

「カラスだったのかよ犯人!」

 

 カラスは現代でも巣材として使いやすい針金ハンガーを盗っていくことで有名である。また、動物から直に毛を引っこ抜いて巣材にすることもある。動物と違い反撃をしてこない柔らかい布切れは格好の獲物、というわけだ。

 ぼくたちなにもわるいことしてないよ、とうるうる目で訴えかけるカラス二羽はしっかりと羽に粘着糸がくっついており動けそうにない。そうだね確かに今回は未遂だね。でも前科はあるので大人しくお縄についてもらおう。

 

「ネバー! モアー! 一体どこに……」

 

 焦った様子の声を張り上げながら空を舞う黒羽をもつ超人と目線がかち合う。このカラス達の関係者、というか飼い主だろう。カラスはぴぃぴぃ鳴いている。……どことなく気まずい空気が流れる中、絡み付いたネバネバをぺりぺり剥がす音だけが二人の間に響いていた。

 

 

 二羽はカラスマン――思っていた以上に見た目通りの名前だった――にひしっと寄り、傷ついた心を癒してくれとセラピーを要求している。カラス達からすれば俺が悪人になるのか……?

 頭がいい鳥と名前がよく挙げられるカラスだが、俺のことを罠を仕掛けた悪いやつとして覚えたかもしれない。仕返しとして店の入り口に鳥のフンが付く可能性が……それはちょっと困る。

 

「済まなかった、私が目を離していたばかりに……」

 

「そこまで気にしていないので大丈夫ですよ」

 

 外にずっといるのもアレなので取り敢えず、と店内に案内したものの茶に手を付けず謝罪の言葉を並べるカラスマン。茶は暖かいうちに飲むのが一番、言葉をオブラートに包んで飲むのを急かす。

 

「あ……ああ、頂こう」

 

 カップを手に取り匂い、味わい、喉を通り――カラスマンの顔がほんの少し綻ぶ。お気に召してくれたようだ。

 

「――美味い。心が落ち着く味だ」

 

「それは良かった」

 

 サイコマン以外の感想が欲しかったので簡素な言葉でもありがたい。あいつ俺が何か作るたびに褒め倒してくるから参考にならないんだよな……。

 

 ――超人レスリングには体の一部が変形したもの、またはコスチュームに備わっている武具は凶器と見做されないルールがある。彼の顔上半分を覆っているマスクは金属製。カラス繋がりだろう烏天狗の顔を模したマスク。身体と一体になっているかのような装着性、強度、共に超人が身に付けるものとして申し分ない。鼻をカバーする部分がとんがっているのは攻撃に使うからだろう。

 彼のスピードは完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)一。そこに鋭利な金属マスク、とくればどのような必殺技(フェイバリット)が繰り出されるかは言うまでもないだろう。

 

「ネバーとモアーが君の仕事の邪魔をしてしまったのだろう? その埋め合わせとして、何か私にできることがあれば手伝いたい」

 

 茶を数口飲んだ後の発言を聞き、カラス達はそこまでしなくていいだろうとクワクワ鳴いている。俺としてはカラスマンのその言葉が欲しかった。

 

「そのマスクの材料が何処にあるのか、もしくは加工した職人の居場所を教えてくれればそれで十分です」

 

「……それだけでいいのか?」

 

「それが俺にとってとても重要なことなので」

 

 カラスマンとしてはどこか納得しきれていないようだがこれでツテが出来た。やったね。超人が日頃使っている金属、それを芯にしたロープならそうそう千切れることはないだろう。初めての物作りになるので出来上がるまでは時間が必要だがそこはご理解の程お願いします。

 

 ……なんだかカラスからの視線がギラつき始めている。これ俺が飼い主にさせなくてもいい負担をさせたと思われてる? カラスマンの肩からテーブルの上へ移りギャアギャアと抗議の声をあげるカラス。

 カラス達の報復から逃れるためにはお気に召すような別の物を渡しておいた方が良いだろう。カラス達の目を見ればわかる。あの目はカラスマンが油断した瞬間に間違いなくヤル。伊達に超人のペットしてない。

 カラスマンもそのことに気が付いたのかどうどうと宥めて……逆効果だ、俺に対してのマイナスが積み上がっていく。早く手を打っておかねばカラスの怒りが爆発してしまう。

 

 というわけでじゃん。木箱の中から取り出しますはビー玉。金属加工に手を出したついで(?)に始めたガラス加工、その産物である。

 きらきらのお宝をどうぞ、と差し出せば目の色が変わった。いいの? とそわそわ、取って食いやしないかとおっかなびっくりつんつん。サマルが何もしないとわかるとさっさと咥えて羽の中に隠した。現金な鳥たちだ。

 

「あっ、こら!」

 

 ばさばさと羽ばたき目の前からカラス達が消えると同時に頭がほんの少し重くなる。これは……角が止まり木代わりに使われている? 許してくれたのだろうか。

 そんなことを考えていたらカラス達はそのまま羽繕いを始めた。…………もしや下に見られているのでは。ナメられているのでは。カラスから見た俺は「なんか色々くれるヤツ」と固定されてしまったのではないか。

 

 しっかり足で掴んでいるのかぶんぶんと頭を振っても降りない。物理的に退いてもらおうと手で払おうとすればぴょいと避ける。この行為を遊びだとでも思っているのだろうか。

 

「このっ」

 

 超人のペットだとしても耐久力がある訳ではない。無理やりひっぺがすのは無理だ。カラスマンの手も借り、なんとかカラス自身から離れてもらうまで十数分かかった。

 

 

 

 ――今日はとても疲れる日だった。色んな意味で。あの後ちゃんとカラスマンから金属について教えてもらい、ワイヤー作成の問題について進展はした。続きは明日からにしよう。

 

 

 夢の中。自分がいるのかも確かめられないほどの闇の中。きらり、星が降る。願い事を3回言う暇もなく落ちていく。

 遠くでギラーッなんて声がした気もするが気のせいだろう。…………気のせいだと思っていたい。



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count3.(シン)()足には至らず

 その日は朝チュンならぬ朝カアから始まった。

 

「カァッ、クワァーッ!」

 

「ギ、ギラッ……やめんか!」

 

 ……ついでに超人の声も聞こえてきた。

 

 

 

 もそもそのそのそ、毛布に残った温もりに別れを告げて外を見れば、カラスに集られて困っている巨体が見えた。

 

 その超人の身体は朝日を受けて煌めいている。どうやら金属に由来する超人らしい。全身金属のメタリックな輝きは、キラキラ大好きなカラスをホイホイするには十分すぎた。

 頭の上を旋回し突っつき、とやりたい放題しているカラス達の正体だが……飼い主から許可を得てちょくちょく端切れと針金を貰いに飛んでくるネバーとモアだ。自分よりも遥かに大きく力も強い超人に対して強気に出れるのは流石、と褒めるべきだろうか。

 

 下手に手を出せば怪我をさせてしまう、と力の差をわかっているが故に超人はとても困っている。この状況を放っておいても解決はしないだろう。よってこちらから手を出すことにする。

 いくらキラキラに惹かれるからといって金属や鉱石を投げるわけにはいかない。一定の重さがあるためカラスが受け取れないし、下手をすれば超人に当ててしまい喧嘩に発展しかねない。だがある程度の重量がなければ狙った場所まで飛ばない。ならどうするか?

 ここに取り出しますは超人パワーを小さじ一杯。手のひらの上にほわりと小指の爪程度の大きさの球体が発生する。ぎゅうと握りしめて圧をかければ結晶化する。ダイヤモンドの一欠片に見えなくもないよくわかんないもの、完成。込められた超人パワーがほんのちょびっとのため時間が経てば消える安心安全仕様だ。

 

 さあこれを振りかぶって第一球……投げましたーっ! 心の中のアナウンサーが声を張り上げる。アンダースロー。やまなりに飛んできた持ち帰れるサイズのキラキラに気付いたのか、空中でナイスキャッチ。満足して去っていく。

 どうしてカラスが自分から興味を失ったのかが分からない、と困惑していた様子の謎の超人に見つからないようにそっと店の中へ戻った。

 

 ギラッて言って、金属で巨体……あれシングマンだよなあ。最近のエンカウント率おかしくないか?

 

 

 

 リングの中央で鍛え上げられた身体と身体がぶつかり合う。押し負けた一方はロープへと吹っ飛ばされ……反動を利用してもう一度攻撃を試みる。

 超人同士の特訓、それはいつも通りの風景だが一つだけ違う点がある――シングマンがいるのだ。

 

 彼はこの土地に移住してきた訳ではなく武者修行旅の途中らしい。シングマン本人ではなくシングマンとスパーリングをした客から聞いた。

 リングに上がってから休憩を挟むことなく五戦。無敗。向かう所敵なし。シングマン相手に勝ち目がある超人はこの近辺にはいないだろう。……サイコマン? どこに住んでるのか俺知らないからなあ。あとカラスマンはここから遠い山の中で暮らしてるからシングマンと出会うことはないだろう。

 

 染色した布を外へ運び出しつつ試合を観戦する。シングマンが圧倒しているが、相手は諦めていない。

 

「ぐぅっ、ウオオッ!」

 

 上半身への攻撃が通用しない、なら足元から崩してやるとタックルを繰り出す。が、それは読まれていた。シングマンはその巨体に見合わぬ軽やかさでひらりと跳んで躱し、コーナートップの上へ。

 

「シングデモリッションウェーブ――」

 

 両腕を天に掲げ、交差させる。

 

「――マッ!」

 

 ギュワーンギュワーン! 普通に金属同士を叩き合わせても出ない独特の音。それはシングマンの必殺技(フェイバリット)によるもの。

 音へのガードは無意味。体の内側、内臓を蝕む衝撃波――それを相手は無防備な所へ食らってしまった。内臓へのダメージは特訓しても軽減はできない。がフッ、と血を吐き超人は倒れた。目的は殺し合いではないので即座に試合をやめ、周囲の者が手当の用意を始める。

 

 ――シングデモリッションウェーブは音を一方向に収束して放っているわけではない。破壊波は一方向だけではなく全体へと広がる。少し離れた場所でトレーニングしていた超人達がその音により動きがブレていた。それだけではない。影響は少し離れたこちらにも現れようとしていた。

 

 ピシリ、ガラッ、ズズズ……ズゴン!

 

 ……ズゴン? 後ろを振り向けば店への入り口が落石で潰されてしまっていた。余波とはいえかなりの威力……いや褒めている場合じゃない!

 俺も気付いていなかったが店に使っている洞窟は脆い部分があったらしい。それがシングデモリッションウェーブをキッカケに崩落した。入り口だけでなく店の中も落石でめちゃくちゃになっているかもしれない。他の超人が巻き込まれなくて良かったが、これは。

 

「ぬっ、ぐぎぎぎぎぃ――!」

 

 落石を退かすために両手で抱え込み、持ち上げようとしてもびくともしない。そのままがダメなら砕いてから退かせば? そんな力は無いし、まず岩に対しての殴り方を知らない。手を痛めて終わりだ。

 非力な超人、超人らしからぬ俺を受け入れてくれたこの場所から離れたくない! もうここが実家! 安住の地がこんな形で失われてしまうなんていやだーッ! ウオーッ! もっと頑張れ俺ーッ!

 

 ――俺の後ろからぬう、と伸びてきて岩に突き刺さる五指。そのまま岩を持ち上げ視界から消えていく。

 

「少しは鍛えたらどうです?」

 

「…………ウッ」

 

 呆れたような、聞いたことのある声が後ろから発せられた。振り向きたくないなあ……サイコマンからの視線がちょっと痛い……ハイ。ワタシ非力、超人ノ恥晒シ。

 

 サイコマンが俺と出会うのは基本店にいる時だけで、互いに力仕事する所を見たことがなかった。あいつは超人として成熟していて、対する俺はみそっかすのカッスカス。

 そう遠くない未来で完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)に選ばれるサイコマンと比較すること自体が間違っている? そうかもしれないが、そうだとしても……やっぱり気にしてしまう。

 

 ――超人強度1万パワー、この世界では余りにも低い数値の限界がここにあった。

 

 というわけで。落石の始末はサイコマンが殆どやってくれました。店内にあった物は一部は完全に岩の下敷き、一部は石砂利砂埃まみれ、一部は破損、とほぼ全てダメになっていた。

 作り直しになるのに対してはそこまで精神ダメージは無い。一番辛かったのはサイコマンから店内の惨状については何一つ触れず、ただ「鍛えろ」とだけ言われたこと。自分が思ってた以上に俺は弱かった……思い出すだけでマイナス思考になってくる。やめよう。

 その日の残り時間は掃除に費やす事となった。

 

 

 

 次の日。

 

「というわけで環境改善を行おうと思います」

 

 声に出しているが相手がいる訳ではない、独り言だ。ボロボロになった店の中に客がいるはずない。いるのは哀れなほどに非力な俺……悲しくなってきた。やめよう。

 二度と崩落しないように、岩を持ち上げられない非力な姿を他人に見せなくてもいいようになれば何の問題もない。ないったらない。

 

 やはり岩肌そのままなのがダメポイントだろう。補強が必要だ。全面木材張り? 見た目として店感が増すが内装を凝っても他の超人はそこまで見ない。まずここは洞窟だから、外観に凝るなら外に店を建てるべきかもしれない。でも外に建てると練習の邪魔って言われるだろう。トラブルゼロのご近所付き合いのためにも『外に建てる』は選択肢から除外。

 

 なんかいいものはないだろうか……ビビッと降りてきた。いや、降りてきたというよりは内から湧き上がってきた……?

 天啓でも神託でもない、作るべしと名前が浮かんだのは『コンクリート』。――手作りできるのか? と思ったが材料についてもなんとなくで分かる。

 知らないはずのことを知っている。できないはずのことができる。幾度となく考える謎、俺って何なんだろう。もしかすると超人の神の中にDIYの神とかいるんだろうか。それが俺に何かしてたりとか……こんな予想でもない与太話が当たってたらヤダなあ。

 

 

 

 コンクリート作りのために用意するモノ。砂利、セメント、水。これを混ぜる。材料は分かったが比率はよくわからないので量をメモりながら各材料を投入、コンクリートっぽくなるまで混ぜる。これを繰り返す。

 そうやって作ったら当然量は減らない。増える一方。

 

「しまった、すごい余る」

 

 生コンを適度に掬い、岩壁に塗り付け、平らに均す。終わりが近づくにつれ、残った生コン達が作る量を見誤ったぞ、と主張してくる。

 補強のためにだけ生まれた生コン達、その生を終わらせられるのは俺のみ。だけども使い道が特に浮かばな……いや何とかなる、か?

 

 使えなくなったマネキンの残骸を集めて芯にして生コンをペタペタ、ペタペタ。身長高めのコンクリート製人形が複数体完成。店内に置くと邪魔になるので外に出しておく。

 ハイ、これでトレーニング用の人形出来上がり。他の使い道候補としてはコンクリートリングもあったが……リングの中に詰め込むほどの量は最初からなかったし、やってしまったら店の前でコンクリートデスマッチが始まりかねない。

 俺は皆が切磋琢磨し合う姿や正々堂々とした試合をする姿が好きなのであって血が見たいわけではない。これまでもこれからも過剰に演出してしまうモノは絶対に作らないと心に強く決める。

 

 ……思ってたより固まるのが早いなコレ。コンコン、とノックするかのように叩き、音の響きで乾いたか確認する。一時間も経ってないのに芯まで完璧に固まっている。でも作っている途中で固まる気配は無かった。使ったことで固まった? なんだこの都合がいい謎コンクリート。この配合はゆで配合と名付けるべきか――?

 

「……すまない、コレは?」

 

 ぬう、と巨大な人影。――シングマンだ。

 デモリッションシングウェーブの二次被害について謝罪をしなかった、まず試合に集中していて俺のことを認識すらしていなかっただろう彼。こっちに興味はなさそうだったのにどうして今日に限って――。

 

「コンクリートで固めた人形ですよ、作ったはいいものの俺は使わないので外に出してるんです」

 

「ギラッ……そうか。使っても?」

 

「ええ、ご自由にどうぞ」

 

 完璧な営業スマイルで接客。ひょい、と片腕でコンクリート人形を担ぎ離れていく。

 それを確認して……はああああ、と安堵の息を吐く。未来の始祖と関わりすぎるのが怖い……二度あることは三度あったしこのままだと血気盛んな始祖が来そうで怖い……。

 

 

 

 ――超人にとっては自然環境や建造物もトレーニング器具の一つだ。基本的には硬そうなものを破壊して自らの力を高める。力が足りなければ、肉体の強度が及ばなければ……その危険をわかっていてなお、超人という種族は強くありたい欲望を抑えきれない。

 

 シングマンの相手をできる超人はここにはいなかった。誰も自身に有効打を与えられない。並び立つものがいない。だが、ここに時たま姿を表すと聞いた白のドレスと帽子を身につけた超人――彼ならばきっと、とも思ったが見たのは洞窟の中から出て岩を軽々と持ち上げていた一度だけ。それが終わるとどこかへと去り、それ以降は姿を見ていない。

 

 ……あまり長居はできない。突出したものは嫌われる。それは旅をする中でシングマンが知った現実だ。スパーリングの相手をしてくれる者がいなくなってきた、そろそろ潮時か――そう結論付けて発つ準備をして、気付いた。注視したことのない超人が一人いたことに。

 

 不思議な超人だった。一目見て思ったのは、弱い。そして自分を恐れていた。それはシングマンにはどうしようもできない。だが、彼の弱さは強さも兼ね備えていた。

 

 力を示すのではなく物を作る、そうやってずっとここで生きてきた超人。単純な力ではない、生きるための強さを芯にした超人。

 けどもその強さが自分に匹敵するかは――まあ、あまり期待はしないでおこう、と彼の作った人形を下ろす。ほぼコンクリートなので関節技を試すのには向かないが、打撃の練習にはちょうどいいだろう。

 

 構え、一撃。右ストレート。

 

「…………!?」

 

 腕を伝う衝撃が、拳で殴った感覚が、未知を自分に教えてくる。驚愕で動きを止める。

 

 シングマンの身体は隕石と同じ成分、つまり金属だ。この地球には存在せず、硬く、また柔らかい、誰にも破壊されることのない強いモノ。その一撃を――耐えたのだ。このコンクリートは。

 

 これは他の星から来たものではない。この地球にあるもので作られた。それが自分の硬さに追いつこうとしている。

 力を受け止める硬さ。衝撃を逃すしなやかさ。普通と違う特殊な配合で作られただろうコレは完璧(パーフェクト)混凝土(コンクリート)、と呼称するべきだ――そうシングマンには思えた。

 だが……この硬さはまだ超人には届かない。何度も同じ箇所を殴ればヒビが入り、崩れ始める。十数分の格闘。地面には割れ、崩れ、潰れたコンクリートの群れが落ちていた。

 

 

 

 この場所に用はなくなった。別れを告げるほど仲良くなった者はいない。一人、空を行く。

 ふと、次に訪れた際はさらに優れたものを生み出しているだろう彼を思う。ああ、名前を聞いておけばよかったな、と後悔する。超人らしからぬ彼、自分が持たない強さを持つ彼。

 

 名前を覚える価値がある。そんな超人に出会えたのは久しぶりだった。



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count4.(ガン)と呼ばれ

「シャババ〜ッ! 漸く見つけたぞ、貴様がウソつきを増やしている元締めか!」

 

 真っ直ぐこちらへ向かってくる声の主には見覚えがあった。そして、できれば会いたくない存在であった。

 一歩ごとに大地を揺らす巨漢。単眼、岩のような肌、ヘラジカの角。抑えきれぬ憤怒を燃やし睨みつけるその瞳に映るのは、きょとんとした顔の竜に似た姿の超人――サマル。

 

「何のことを言って、」

 

「黙れこのド悪党が!」

 

 鼓膜が破れたかと思うほどの怒号。会話をする気もないらしい。何が彼の気に障ったのか分からない……いや、あった。かなり大きいものがあった。

 

 

 ――オーバーボディ。

 

 

 超人は肉体を変形することができるし、他者の手により変形させられることもある。前者にはジ・オメガマン、後者には相手を丸めてしまうベンキマンの必殺技アリダンゴなどが該当する。

 オーバーボディは超人が生まれながらに持つ変形・変身能力に作用する。それにより、本来の身長、体格よりも小さな――まさに別のボディへと変身が可能になるのだ。攻撃を受けると壊れてしまう程度の強度ではあるが、オーバーボディに求められるのは強度ではないので問題はない。

 

 それをサマルはなんやかんやして作れてしまった。ジャスティスマンがゴールドマンとシルバーマンの兄弟喧嘩――漫画を読んだので経緯を知っているが故にアレを兄弟喧嘩と一言で言ってしまうのは良いのだろうかと思ってもいる――を見届けた時に顔だけのオーバーボディを装着していた気がする。アシュラマンと戦う前にオーバーボディを装着していた気もする。

 つまり古代からオーバーボディはあったのだ。だから俺が作っちゃってもまあ大丈夫だろう――という判断を下したのが今回のガンマン襲来の原因となった。

 

 変身する超人を嫌う。虚飾を嫌う。そんな彼が全身を別のものにしてしまうオーバーボディも嫌うのは至極当然の結論だと言えよう。

 

 このままではあのエルクホルンでズタズタに引き裂かれるか拳と脚で嬲り倒されるかの2択、未来は絶望的だ。足先をガンマンから離れる方向へ向けて――。

 

「逃すか〜っ」

 

 右腕を掴まれる。そのまま折られるかと思うほどの剛力。リングに上がったことが殆どないサマルと、自身以外を下等と見下し勝利を積み重ねてきたガンマン。比べるまでもなく力も技術も圧倒的にガンマンの方が上だ。

 

 不味い。そう思った瞬間、無理矢理にリングの上へと引き摺り込まれ――否。ガンマンはサマルをタオルの如くリングの中へと放り投げた。

 受け身、は無理なのでせめて衝撃を逃そうとリング上をごろごろと転がる。数度回転した後に急いで立ち上がり、横に回避する。なぜなら、

 

「シャバーッ!!」

 

 ガンマンがその巨体を使い、サマルを踏みつけようとしていたから。単純なスタンプでも、彼の手に掛かれば必殺の攻撃。一瞬でも遅れていたらリングの上に真っ赤な血の花が咲き誇っていたことだろう。

 

 

 ゴングは鳴っていない。試合が――いや、死合が始まろうとしている。

 

 

「ぐぅっ……! ハァッ!」

 

「ちょこまかと小賢しい!」

 

 一撃でも貰えば昏倒、当たりどころが悪ければ死亡。己を狙う拳を避けることのみに専念する。縦横無尽に飛び回り、ロープの反動を活かし少しずつスピードを上げていく。

 ――超人強度は強さと密接に関係しているが、それが全てではない。技術を合わせたものが真の超人の強さになる。

 また、バッファローマンが超人強度を操作し姿を消す、速度を増すなどといった事象を起こしたように低いことによる利点もある。

 

 だが、それだけでしかない。どれほどスピードで上回ろうとサマルは必殺となる攻撃を持っていない。それもそのはず、試合を一度もしたことがないのだから。

 相手は筋肉の動きの機微からどう行動するのか先読みできる目の持ち主。ずっと回避し続けても試合は終わらないし、圧倒的に不利な状況という事実を時間は解決してくれない。

 

「シャバッ!」

 

 飛びかかるガンマン。がヅン 、と鈍い音が響いた。ガンマンの手刀がサマルの脳天を直撃したのだ。

 リングの上に血が舞った。

 

 ふらつきながらも立っている。まだ倒れない。いや、数秒耐えたが……前のめりにリングに沈んだ。

 

「貴様――なんだ、その体たらくは」

 

 体が揺れている。脳が揺れている。こちらの視界は歪んでいる。ぐわんぐわんと音が反響する中、ガンマンの声が聞こえた気がした。ガンマンがどんな顔をしているのかは分からない。

 彼は、真眼(サイクロプス)で、何を、見ている?

 

「私はこの世の何よりもウソつきが嫌いなのだ〜っ!」

 

 ガンマンの目より放たれる光で照らし出されたサマル。見た目に変化は見られない。得られる情報――真実はガンマンにしか把握できないものであるため、それは他者から見れば突然に怒りのボルテージをあげたようにしか見えなかった。

 

 どうしようもないウソつきのド悪党は見た目と中身がズレていた。超人なのに超人ではない奇妙な存在。それはオーバーボディとやらの仕業かと思ったが、それならば真実を白日の元に晒す真眼(サイクロプス)によって剥がされ、暴かれている筈だ。……それよりも何よりも、奴は()()()()()()()()ウソをついていた――まあ、これから粛清される雑魚の秘密など関係ないことだ。

 自覚のないウソつき、それこそ最も彼が嫌悪する存在。

 

 強引に頭を掴み持ち上げる。力なく垂れ下がる四肢。

 

「シャバッ!」

 

 掴んでいる手を広げれば当然、支えのないサマルの体は重力に従い落下する。それが地面に足をつけるより先に無防備な腹に回し蹴りを浴びせた。くの字に曲がった体のままコーナーポストに激突する。

 

 口から血が流れる。痛い。拭おうと腕を動かすこともできない。痛い。息をするだけでも全身が痛い。

 

 ずしん、ずしん、リングに座り込んでいる姿勢だからか振動がより大きく伝わる。

 本気で殺そうとしている? ここで終わり? そんな――ここで死ぬのは、嫌だ。

 

 取り留めもない記憶たちが立て、生きろと囁いている。それは走馬灯だったかもしれない。超人として生を受けてから何度も顔を見たあの超人が脳裏に浮かんだ気もした。

 胸の奥がちりちりと焼ける。……自分の奥底に何かがある。ドス黒い何か、封じ込めていた何か。個人の生存意欲により呼び覚まされたこれは火事場のクソ力ではなく火事場の馬鹿力。いや、それらよりももっと暗い――? 違う、駄目だ、これは駄目なものだ! コレに頼ってはいけない!

 

『死にたくないのだろう? ならば』

 

 これまで認識する必要のなかった何かが――ぱきん、と無自覚によって作られた封印を壊して吹き出した。

 

 

「バゴァアアァアッ――!」

 

 

 咆哮する。ばちり。地面から腕へと雷に似た何かが伸びて吸い込まれる。

 それだけではない。頭から流れる血が全身を覆う。赤く、紅く染まる。目はうつろで、正気ではないことは確かだ。

 

「……ほう? 下等にしては頑丈だな」

 

 圧倒的な強者を前にして自我が崩壊するなどガンマンからしてみれば珍しくも何ともない。気になったのは雷に似た、初めて見る現象。真眼(サイクロプス)は目の前の超人の力が増しているのは真実だと示した。するとあれは超人パワーをどこかに隠してでもいたのか? 二度ならず三度までもウソを見せつけてきた愚か者へ裁きの鉄槌を下さんと、右手を強く握りしめ殴りかかる。

 

「ゴァアッ!」

 

 拳は当たったが感触が浅い。衝撃を吸収された? アーマーのようなものだろうか。そのままこちらの腕を掴み関節技に持ち込もうとしてきたのを蹴り飛ばす。……やはり打撃の効き目が薄いように見える。

 蹴り飛ばされた先にあったロープの反動を使い、スピードを増した低めのタックル。積極的な攻めの姿勢。逃げ回っていたアイツと同一人物とは思えない。突然空気感が変わった相手の全身を真眼(サイクロプス)で捉えるべく距離を取ろうと後ろへ下がり、

 

「何ぃ!?」

 

 バランスを崩した。――糸。馬鹿な。あのド悪党はこうなるまでは逃げ回るのに手一杯で、そんなものを仕込む様子は見られなかった。

 

 答えはすぐそこにあった。あいつの右手から流れる血は垂れて()()()()()()()()()()()。赤い糸を形成している。正体はこれか! もしやこいつの血液はゴムの樹液と似た性質を持つとでもいうのか!

 

「――!」

 

 あからさまな隙を逃す超人はいない。タックルの勢いのままガンマンの股の下へと体をねじ込み、背を思い切り伸ばし上空へと跳ね上げる。

 すぐさま自身も飛びガンマンの無防備な背後を取る。ガンマンの体をリングに叩きつける、そのために必要な準備を整える。

 

 流れる赤い血は糸になり、ガンマンの首に、足首に、手首に赤い糸が巻かれる。強靭な体に負けぬよう何重にも巻かれていく。

 技から逃れようともがけばもがく程、その力の反動は自身の五つの首へ帰ってくる。なら何もしなければ平気なのか? それは違う。サマルの手が糸を繰る。締まっていく。ガンマンの背中にサマルは足を押し付け支点に、支えを得たからかより強くギリギリと音を立てて引き絞られていく糸。ガンマンの体は弓のように反りだす。

 糸を手繰る右手は天高く掲げられる。より一層糸の張りが強まる。

 

 相手をただ落下させるだけではなく、自身の体重を合わせて威力を上げる。最後には五つの首を破壊する、その必殺技(フェイバリット)の名前は――。

 

五ツ首の絞首台(ファイブヘッド・ガロウズ)ーー、ッ!?」

 

 ほぼ完璧であったはずのセットアップが急に解かれた。糸が巻かれていた場所からつう、と血が流れる。――ガンマンに傷を負わせることができたのに何故止めたのか?

 

 答えは簡単、貧血。ガンマンは大柄で力も強い。それに負けない強度の糸を血で作ろうとすれば相応に消耗するのは当然だ。その前に全身を覆うアーマーとしても血液を使っている。サマルが気を失い制御できなくなったからか、糸は血に戻り、風に乗って散っている。

 残ったのは血に濡れ倒れ伏したサマルと、少しばかり傷を負ったものの動きに支障はないガンマン。

 

 

 

 

 

「――貴方、何をしているんですか」

 

「――ほう? 貴様、このド悪党の仲間か」

 

 

 

 

 

 自分の体を勝手に動かしていた嫌なものを必死に集めて封をしていた箱に詰めていく。詰めていく。

 

『目を背けようと無駄だ』

 

『思い出せ、お前を作った偉大なる存在の名を』

 

『お前の作られた目的を』

 

『お前の本当の名前は――』

 

 嫌な声が聞こえないように蓋を閉める。自分の内にいつからあったのかもわからないコレは、自分が何なのかの謎に関係していることだけは確かだ。

 でも……知りたくない。あれは自分を乗っ取ろうとしていた。相手を……殺そうとした。嫌だ。今いる自分を失いたくない。

 

「全く、いつまで寝ているつもりですか」

 

 目を開く。気がつけばガンマンの姿は無く、何故か衣装が少し……いいやそこそこ、かなり、ダメージ加工されたサイコマンがリングサイドに腰掛けていた。

 リングは色々とズタボロだ。何をどうやったらここまで破壊できるのだろう。……もう補修するより新しく作り直した方が安上がりしそうな壊れっぷりだ……。

 

 同じ完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)に選ばれた超人ではあったが相性が良いとは言えない仲だったガンマンとサイコマン。まさか自分がいることによって追加で因縁が生えた?

 

「説明、してもらいますからね」

 

「あ、明日でもいいか……な?」

 

 あっ顔が明らかに歪んだ。いい訳ないでしょうって顔だ。……まずガンマンのド悪党発言について俺は何も分かってないんだけどこの場合はどこから話せばいいんだ……?

 

 

 

 ――しゃらり。鎖が擦れる音。天秤を携えた男は彼の前に姿を見せることはなく、高くからその死合を見ていた。

 あれは数奇な運命の元に生まれた存在。邪悪によって生まれたが正義としてあることを望む存在。

 

 ああ、だが悲しむべきは時代。彼の周囲ではその気配は見られないがとっくに世界は荒んでいる。略奪、殺害、邪悪で満ちている。罪人へ有罪(ギルティ)と判決を下した回数はもう数えていない。この星だけでなく、全宇宙で限界が迫っている。

 

 彼の作ったオーバーボディ。あれが邪悪が蔓延する加速の一因だと知らないようだ。

 見目を他人に変えられる。これだけで悪用の仕方はいくらでも出てくるし、実際そうやって使われている。だが彼はオーバーボディの使い道を単純に意外性やパフォーマンスの手段としてしか考えていない。

 

 ならば現実を伝えるか? 彼は幇助の気があってオーバーボディを作っている訳ではない。自身が知らない間に犯罪の手助けをしていた、と教えられれば誰だって気に病むだろう。

 善人が苦しむ必要はない。裁かれるべきは悪のみ。正義は我が手に有り。

 

 男はそう結論付けるとどこかへと去っていった。



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count5.正義(ジャスティス)は神の手の中

 超人たる者、体づくりに直結する食にも気をつけている。肉だけを食べて生きられる生物は限られているように、超人とて偏った食生活では体調を崩す。

 

 畑仕事も立派な鍛錬になる、しかも作物が体作りの役に立つ、と一石二鳥だ。そうと分かれば超人達が力を入れるのも必然。

 

 自分で汗水垂らし作ったものは美味い。それは世界が変われども変わらない理の一つ。俺の作ったモンが一番美味いんだ、と自慢し合うのがいつしか物々交換のような催しへ変化するのにそう時間はかからなかった。

 

 野菜を育てるものは多いが果実に手を出す超人は少ない。互いを比較すると果実の方が長い年月がかかる上に上手くできたか結果が分かるのは年に一度。

 果実を育てるほどの年月はない、でも甘いものは食べたい。そんな思いを誰しも秘めていたのか交換のレートは中々に高い。果実一つでお野菜モリモリ懐がホクホク。今日の料理はちょっと奮発しようかと先のことを考えて、

 

「なんだ、あれ?」

 

 それは誰が呟いたのだろうか。その視線の先に何があるのか判別しようとして――空から降り注ぐ極彩色の光に全ては飲み込まれた。

 

 

 

 天の神々は全宇宙の超人を粛清するべくカピラリア七光線を照射した。それは前もって超人達へ予告などされなかった、唐突に訪れた災害。

 

 瞼を閉じてもなお目を刺すようなぎらついた光。それはほんの数秒で恐ろしいほどの命を奪った。悲鳴も苦痛も上げることは叶わず、弔うための肉も骨も残らない無慈悲なる神の御技。

 恐ろしいほど静かになった大地の上、手に持つ者がいなくなったからか、どさりと落ちる木の実。

 

 何が起きたのか分からなかった。目の前にいたはずの超人が忽然と姿を消した。それも一人二人なんかじゃない……ここに居たはずの全ての超人がいない。

 

「ッ――みんな!!」

 

 叫んだ。うるさいぞと叱る声は聞こえない。返答は来ない。鼓動が速くなる。呼吸のリズムが乱れ始める。

 タチの悪いドッキリだと、そう誰か明かしてくれないかと願って駆け回る。……たった今まで使われていた、そんな痕跡を残した道具が、家が、あるだけだった。

 

 

 ――ほぼ全ての超人は、今日この日を境にして地上から消え去った。

 

 

「ああ――そんな」

 

 どうして俺が生き残っているんだ。そう責めても誰も黄泉からは帰っては来ない。自分しか居なくなった地上で、一人膝から崩れ落ちる。

 何故カピラリア七光線を受けて己は生きているのか、超人ではなかったのか、何かできる事はなかったのか、吐き出すことのできない後悔だけが胸の中でぐるぐると渦を巻く。

 

 いったいどれほどの時間を心の整理に使おうとして失敗していたのだろう。……俺しかいないはずの世界に、じゃり、と砂を踏む音がした。

 

 目を上げれば、そこには男がいた。後に裁きの神と呼ばれることになる、正義の名を持つ男。

 

「神による裁きは終わった。お前はもう許されたのだ」

 

 哀れみや蔑みといった感情を挟まず、淡々と判決を告げる。

 

 ダブルジョパディ、二重処罰の禁止。それになぞらえれば彼は一度裁かれた。神々による超人大粛清を超えて生きる者は、再び神々の手によって粛清される事はない……ジャスティスマンの言葉の意味を認識した瞬間、怒りが込み上げて来た。

 

「許してくれだなんて言った覚えはない!」

 

 胸ぐらを掴むようにして食ってかかり、……力が入らない。ずり落ちていく。

 

「誰も、何も、悪いことなんかしてない」

 

 相手に怒鳴りつけるというよりは、自分の気持ちの整理をつけるような、か細い声。

 彼の周囲の超人は悪逆へと落ちていなかった。増長した超人達への罰である神の裁きを受け入れ難いのも当然と言えるだろう。

 ジャスティスマンは彼の悲痛な叫びへ反応を返さず、ただ聞いて受け止めている。

 

「……皆、いいヤツらだったんだ」

 

 自身の内に満ちる思いと反比例するように、だんだんと言葉数が少なくなっていく。

 こうしている内になんでもない日常の記憶が頭からこぼれ落ちてしまい、誰も思い出すことができなくなってしまいそうで。

 

 ぽたり。ぽたり。両の目から雫が流れる。

 

「う……ぐぅ、あぁあ…………っ!!」

 

 感情がぐちゃぐちゃになっていく。声を上げぬよう、噛み締めるようにサマルは泣いていた。

 ジャスティスマンは何もしない。ただ、そこにいるだけ。……それが有り難かった。

 

 ひとしきり泣き終わって、現実に帰る。俺のみっともない姿を見ただろうに、ジャスティスマンは愛想を尽かすことなく立っている。

 

「全ての超人が死に絶えたわけではない。神の座を捨て超人となった男、ザ・マン……彼は優れた超人は生かすべきだと主張し、神々はそれを認めた。今この世界に残っている中に悪も罪も存在しない。お前の友、サイコマンも選ばれた者として生きている」

 

 表情は変わらないが、纏う空気がほんの少し柔らかくなった、そんな気がした。手を差し伸べられる。

 

「――来るか?」

 

 ザ・マンは優れた者は生かすべきと神々の決定に異を唱えた。そして十の超人を選んだ。俺の元にザ・マンは訪れていない。

 ……それはつまり、俺に()()()()()証拠。

 

 ザ・マンは問いを投げかけた事だろう。このまま地上で他の超人と同じように裁きを受け入れるのか、それとも選ばれた者として無限に等しい時の中で完璧を目指すのか。

 俺にはその問いすら与えられていない。ただ生き残った、それだけでもたらされた慈悲がこうして目の前にある。

 

「…………はは」

 

 俺はどんな顔をしていたのだろう。生き残れたくせに誰の役にも立てない自分を嘲笑っていたのか、サイコマンが原作通りに生きていると確定して安心したのか。

 

 俺は一人じゃ生きていけない弱い存在なんだと乾いた笑いを浮かべ、支えを求めるように手を取った。……慈悲(哀れみ)を、受け入れた。

 

 それが、俺の選んだ(意図)だった。

 

 

『そうだとも……貴様は生きねばならん』

 

『この()のためになあーっ、ゲギョゲギョゲギョ』

 

 

 

 天と地上の狭間、選ばれた者のみが入ることを許されたバリアの中、天界の騒めく声が聞こえていた。

 

 

 何故カピラリア七光線を浴びて生きている超人がいるのだ。

 

 よりにもよってあのサタンの手先ではないか。

 

 神の裁きを受けた不完全な者が生き残るなどあってはならないことだ。

 

 今すぐに殺せ。

 

 

 元・慈悲の神――今は下天により超人となった男、ザ・マンは彼も救い上げるつもりであったが、その意思を伝えると「大魔王サタンの手により生を受けた超人を助ける必要がどこにある」と神々の猛烈な反対を受けた。

 カピラリア七光線の届かぬシェルターは神の力により作られるもの。神々の意思に背けば救えるはずの超人を救えなくなるやもしれぬ、と後ろ髪を引かれる思いではあったが、彼については諦めるしかなかった。

 

 だがそんな神々の思惑は露知らず、彼は生きていた。

 何故彼が生きているのか、それは今のザ・マンとて理由は分からなかった。しかし混乱は好機であった。

 

『邪悪が地上にあるからと粛清を続けるのは神々の不完全さを強調する行いに他ならぬ。いつか芽吹くやもしれぬ邪悪の種、それすらも正してこそ真の完璧たり得るのではないか!』

 

 男は神々を説き伏せた。天の二つの勢力のうち一つをまとめ上げていた男の言葉だ、その重さも覚悟もようく天界に伝わった。

 

 そう……明かされた事実。邪悪の化身、サタンによって生み出された超人がいた。その真実を知った選ばれた十人の中に動揺が走る。

 彼のことを知っているが故に混乱する二名。やはりあのウソつきは殺しておくべきだったのだと訴える一名。衝撃が大き過ぎたのか逆に反応を見せない、一名。

 ジャスティスマンのみが平静を保っていた。いつからそのことに気が付いたのか、また関わりがあったのかはザ・マンの預かり知るところではない。

 

 本来ならばザ・マン自ら赴くべきではある、そう分かってはいたが混乱している完璧の種達と「今度こそヤツを」と逸るガンマンを放置するわけにはいかなかった。

 故に彼を迎えに行く役割を感情に揺れることのない絶対なる男、ジャスティスマンへと任せた。

 

 

 ――生き残ったのは完璧になり得る優れた存在であるからだ、普通の超人であればそう説明するだけで良かっただろう。だが彼は、サマルは知っていた。完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)はザ・マンが選んだ、と。

 神ですら知りようがない知識。それは確かに彼の心へ影を落としたのだ。

 

 

 本来の歴史では存在しないはずの11人目。神器たるダンベルは無く、またその身体能力も遠く完璧には及ばない。

 

 皆の発展を願う心を、その卓越した技術を認められた者。

 

 その者――『完璧・虚式(パーフェクト・イマジナリ)』。



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count6.痛み(ペイン)とは無縁の日々

 完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)に迎え入れられ、どれほどの時が過ぎたのだろう。俺はザ・マンと共に鍛錬はしていない。彼からは天界の知識を学んでいた。

 神々の住まう天界にもリングは存在している。天界にある物は全て神の手により作られたもの。施工速度、装飾、強度、どれも地上とは比べ物にならないほど素晴らしいものである。

 

 完璧の塔(トゥール・パルフェ)など完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)の手によって作られた建築物は多い。あの面子の中で誰が凝った建物を作れるのか、と消去法で考えれば残るのはザ・マンかサイコマンしかいない。遥か未来、人間に永遠に完成しない教会の啓示を与える――人間の技術力を超越した神の知識は、俺の中にある謎のDIY知識よりも優れているのは言うまでもないだろう。

 

 なお、俺が一番覚えが早いから天界の知識を先に教えてもらっているだけで、俺以外の完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)もザ・マンから数多の知識を学ぶ予定だ。

 俺への講座は完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)への指導を終えてから……と、他の始祖が休息を取る時間でザ・マンは休めていないのだ。働き詰めだ。そこについて質問したところ、「苦痛に感じた事はない。それよりも日々成長し完璧へと近づくのが喜ばしい」とお言葉を頂いた。

 

 

 ……彼の口から教えてもらった。最初から俺を選ぶはずだったと。天上の神々が許さなかったと。カピラリア大災害に巻き込まれてなお今こうして生きるのは、神が起こした奇跡ではなく己が起こした奇跡であると。

 

 包み込むような、あたたかな手のひら。巨体でありながら、圧迫感を与えず不思議と安心感を与える――優しくも厳しい、慈悲。

 あの日、あの瞬間。俺はマイナスの方向へ心が傾いていた。その状態で考えたものが正解であるはずがない。

 

『本当に? あいつの語った言葉が後付けの理由ではないと誰が証明できる?』

 

 ……何かの声が聞こえた気がした。何かが痛む。でも体の動きに異常はない。なら大丈夫だろう。

 ――あれ、どうして天上の神々は俺を許さなかったんだったっけ? ⬛︎⬛︎⬛︎……なんだろう、聞いたはずなのに思い出せない。思い出せないなら、まあ、どうでもいいようなことなんだろう。

 

『そうとも、今知ってはつまらんからなあーっ。貴様の心が最も大きく揺らぐ時が来るまで忘れておけ……ゲギョゲギョ』

 

 ああそうそう。サイコマンは原作通りシルバーマンをえらく気に入ったようで口を開けばシルバーさんシルバーさんと褒め称える言葉がどんどんどんどん……サイコマンと初めて会った時のことを思い出すレベルのマシンガントークが展開される。

 サイコマンに気に入られたことでシルバーマンはちょっとの間苦労するだろうけど……まあ慣れるだろうし……いっか!

 

 力の差や考え方の違いなどが原因で他者へと興味を持たなかったかつてのサイコマンと比べればかなりの成長をした。それに伴ってサマルと話す時間は昔より減っている。……嬉しいの中に寂しさが混じって、その思いを紛らわすようにサマルは作業台に向かう時間が増えた。

 

 

 

 心技体、全てに優れた完璧な超人となるべくザ・マンの弟子たちは日々鍛錬に明け暮れていた。

 

 

 

 サマルの私室兼研究室に入ってくる者は少ない。個人的な頼みがある者は部屋に入らずノックでサマルを呼び出し、入口で何が必要かを伝えて終わる。滅多にないがリングの緊急の補修でも、ドアを急に開けるだけで中に侵入はしない。

 ……そのはずだが、今日は様子が違っていた。

 

「ほおーっ、なるほどなるほど」

 

 鍔の無い両刃の剣を弄っているのは、体色が水色の超人。体のあちこちにプチプチと呼ばれる緩衝材を纏っている。

 

「それは頼まれた物の試作品だから壊さないでくださいよ」

 

 ペインマン――苦痛、痛みを意味する名を持つが痛みを知らぬ超人。いや、知らないからこそ相手を傷めつけることができるのだろうか? 彼は一度も血を流すような傷を負ったことがない。

 そんな男が剣を手に取り、刃を腕に押し付けている。まさか自傷行為か? 否、緩衝材にぶよぶよと刃は弾かれている。では剣が鈍か? 否、超人が振るうものが鈍であるはずはない。

 

「素晴らしい出来だ。試作品とは思えん。……ふーむ、しかし私の緩衝材(クッショニング・マテリアル)よりは劣るな」

 

 褒めたいのか下げたいのかどちらかにしてほしい。というかゴールドマンから剣を作るよう依頼されたのは『単純な打撃では緩衝材を破りペインマンにダメージを与えるのが厳しい、ならば硬く鋭いものならば可能性が』と言う事情があるんだが……。

 知っててちょっかいをかけにきた、ではないだろう。ゴールドマンの口は堅い。対策を練っている本人に相談するなどして口を滑らせるなんて絶対にしない。

 

 じゃあ……なんだ? ペインマンは休憩ついでに遊びに来ただけ……?

 

「テハハハハ、並の超人ならばタダでは済まん切れ味だ。そう肩を落とすな。それにだ」

 

 どうやらサマルの肩の力が抜けたのを「剣が不出来であるのを見て落ち込んだ」と勘違いしたらしい。実際は「しょうもない理由で部屋に入ってきた可能性がある挙句許可も取らず剣に触るフリーダムさに怒る気が失せた」なのだが。

 さてそんなペインマン、手から何かを出したかと思えばぱん!! と大きな破裂音が部屋に響く。

 

「んびっ!?」

 

 割れた何かが地面に落ちる。水色の、半透明なビニール。

 

「安心しろ、ダミーバブルだ」

 

「びっ……くりさせないでくださいよ……」

 

 正体を認識したことで驚きによりまん丸になった目が落ち着きを取り戻す。ペインマンはダミーバブルの残骸をしゃがみ拾い上げていた。流石に他人の部屋にゴミを残すつもりはないようだ。

 

「ダミーバブルは私よりも強度は劣るがそう簡単に破壊できない物だぞ? これは誇るべきことだ」

 

 残骸をこちらへ見せつけるよう広げてみれば成る程穴が一つ空いている。ペインマンはテハハハと爽やかに笑っているが、彼がやった事を纏めると俺はゴールドマンの希望に添えないものを作った事になるわけで……どこを改善するべきか。というよりもなによりも。

 

「用が終わったのなら部屋から出ていってもらえますか? 危険なものあるんですから」

 

「用? それはこれからだ」

 

 ゴミを手の中へ握りしめたまま椅子に腰掛けた。……完全に居座るつもりだ。自身の体の一部であるダミーバブル、それの操作はペインマンからは自在。ほんの少し念じるだけで滓や破片を残さずに消えていく。

 ――先ほどまでの空気感から一転、真剣な表情で彼はサマルへと言葉を投げる。

 

「いつまで他人行儀でいるつもりだ、虚式(イマジナリ)。我らは同じ目的のため邁進する同志だろう」

 

 ペインマンのぶつけてきた言葉から目を逸らす。

 

「……でも、俺は」

 

「出自で差別する気など微塵もない。お前が気にし過ぎなだけだ」

 

 同志であるはずの他完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)に対して丁寧な口調での応対をしてはや2週間、距離を置こうとしているのはバレバレであった。

 顔を合わせたら今度こそ殺すまで試合をしてしまうかもしれん、と理解しているため意識して出会わないようにしているガンマンは別にするとしても、人付き合いが良い方のシルバーマンやペインマンにまで他人行儀でいられたら気にする。とても気にする。

 

「硬い思考のままではいかん、柔軟に行こうではないか」

 

 柔軟。ペインマンを言い表す言葉であり口癖。だが気持ちを楽にしようと言葉を発するほどに相手は硬く閉ざされていく。

 ……プラスの言葉だけでは真に彼へと届かない。こちらも身を切る必要があるか、と数秒考え、何を言うべきかを決めた。

 

「それにだ。自らの目の届かない場所でお前が作り上げたモノが他者を苦しめた、というのを気にしてもどうしようもないだろう。超人は全能ではないのだ。……まあ、それにだ、自覚を持って苦しめた経験を競えば間違いなく私の方が多い」

 

 最後の方だけ小さな声になっていたが、サマルにはしっかりと聞こえた。何のことを言っているのか分からない。それも当然、きっとペインマンの過去に関する事であるからだ。

 

 ――選ばれる前に知り合っていた、という例外を除けば始祖は基本的に互いの過去を知らない。聞き出そうともしない。知ったところで良い事は起きない。余計な感情に揺れることのないように……と、特に罰則がある訳でもなければ誰が決めたわけでもない。自然とそうなっていた。

 

 過去を明かしてまで自分を立ち直らせようとしている。その事実を頭が処理しきれていないのか、サマルはキョトンとした顔をしている。ペインマンは少し恥ずかしげに笑っている。

 

 話そうと決めても恥ずかしさが拭い切れてはいないのか、あー、その、なんだ、と間に何度も挟まっていたが――纏めると『痛い痛いと叫ぶ輩に対して「イタイ? それは何だ? 説明してほしいのだがなぁ〜」と言いながら追い打ちをかける』……ということをしていた話。無知故の過ち、若気の至り? まあなんというか、その。

 

「……一歩間違えたら粛清されていたんじゃないか?」

 

「私もそう思う」

 

 ほんの少し俯く。反省している……のだろうか。彼の顔の上半分は緩衝材によって隠れている為、どんな表情をしているのかが分かりにくい。

 

「ペインマンでもそんな過去あったんだな……」

 

「始まりから完璧な超人などいないさ」

 

 口調が崩れた、それを認識したペインマンは微笑む。なぜ上機嫌になったのかの理由がわからないのか、サマルの後ろに疑問符が複数浮かんでいるようであった。

 

 もう一押しだな、とペインマンはおもむろに椅子から立ち上がるとサマルの肩へ手を置き、ゆっくりと語りかけ始めた。

 

「過去を無かったことにしろとは強制されていないし、忘却しろとも言われていない。それは今ここにいるお前を構成する全てを認めて完璧(パーフェクト)になれるとザ・マンが願っているからだろう。――胸を張れ! お前もまた完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)なのだから!」

 

 びりびりと、体の芯まで響く声だった。不思議だが、うるさいとは感じなかった。

 どこか曇りを帯びていた眼はもうどこにもない。正面にいるのは迷いを振り切った一人の超人。

 肩から手を離す。

 

「……もうこんな時間か。邪魔をしたな」

 

 壁にかけてある時計へと視線をやる。思っていた以上に時間が経っていた。

 

「鍛錬に戻るのか?」

 

「いや、この後はゴールドとのスパーリングがあってな――」

 

「すまないサマル、ペインとのスパーリングがあるから試しに使ってみたいのだが――」

 

 ドアが開いた。ゴールドマンとペインマンが出くわす。

 

「…………あ゛」

 

 何故ここに、という顔のゴールドマン。自身が切れ味を試していた剣が誰の依頼によるものなのか納得したペインマン。頭を抱えるサマル。

 ……先ほどまでの重かった空気はどこへやら、珍妙な空気が流れていた。

 

 

 

 その樹は長い時を生きていた。偶然神の裁きの光を妨げることができるものだった。その中に粛清されるはずの超人が避難して、生きていた。

 だから許されないと名付けられた。

 

 樹を中心にして、生き残った超人達は活動を始めた。超人の命を守ったその樹には感謝が捧げられた。

 だから世界樹と名付けられた。

 

 歴史は繰り返す。善良な者が虐げられ、邪悪が蔓延り始める。血が大地を、海を、星を、赤く染める。

 大魔王はほくそ笑む。悪の絶えることはないのだ、と。

 

 それをどうにかする力など樹は持っていない。樹は生きている。ただ、それだけ。



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count7.奈落(アビス)へと呼ぶ声

 彼の口元を隠すためのマスクを作ったのはサマルだった。

 彼が超人墓場を見回る際に鬼達へ威圧感を与えないよう、墓守鬼の見た目になれるオーバーボディを拵えたのもサマルだった。

 

 アビスマンは負傷した口元を晒すことに抵抗はなかった。当然の戒めだと受け入れていた。そこに待ったをかけたのがサマルだった。

 

 超人は回復力が高いため少しの傷なら綺麗さっぱり消えるが、己の心に強く残った出来事による傷跡は長い年月が流れても残る。それは過去を決して忘れないように、という超人の神の御心からそうなったのかは分からない。

 ……誰の目に見てもわかる弱点として、苦しめ続けることになる。それは確かだ。

 

 この怪我は自分の不注意が招いたものだ、と他の者を巻き込まず自分の手で済ませようとしていたのだが……それを正面から堂々と押しつけるかの如くサマルはテキパキと処置を施した。アビスマンが文句を言い終えたのは手当てが全て終わった後。そのスピードにカラスマンがほう、と感心していた。

 

 ……正面からの戦いでは右に出る者はいないと言われた彼を試合ではないが押し負かした、決定的瞬間である。

 

 

 彼は――優しかった。完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)の誰よりも。

 

 

 超人は、自分を第一に考える。自分がどれだけの力を持っているのか誇示したいと願う。自分の更なる研鑽のためとして、大切なものを捨てることも厭わない。

 ……他人のために、それを軸にして動ける超人。それがサマル、誰よりも超人らしくない超人。

 根幹が違うことは誰もがわかっていた。普通と違う、それだけで悪と断じられるわけではない、とも。まあ彼は違うことを気にしていたようだが、それもペインマンによって吹っ切れ、良い変化を迎えた。

 

 そんな優しい彼は激しい特訓を行う中マスクの通気性が確保できているのかを逐次確認すべきとメンテナンスの予定を組んだ。いや、勝手に組まれた、の方が正しいか。アビスマン二回目の敗北である。

 負けっぱなし、というのもシャクなのでマスクを外したたびに男前が上がったんじゃねえか? と冗談混じりに笑えばどう反応しようか微妙な顔をするサマルがいて、それはきっと、平和な日々で――。

 

 

 どうしようもなく愚かな超人達が地上で蛮行を重ねていた。

 だから見せしめを行なった。

 多くの死が、地上に刻み込まれた。

 

 

 これで地上は落ち着くだろう、と仕事を終えた彼らは黄泉比良坂を越えた先の超人墓場に、彼らの安寧の地へと戻り――途中に血溜まりがあった。

 

 サマルが血溜まりの中で伏せっていた。目立った外傷は見当たらない。……そして、その体は薄ぼんやりと透けていた。

 誰がどう見てもそれは異常だった。

 

「何があった!」

 

 墓守鬼達へと真っ先に問いただすのは超人墓場の監督者であるアビスマン。

 

「ア、アビスマン様! これはっ」

 

 慌てる彼らを睨みつける。

 

「まさか死んだ超人どもが反乱を起こしたんじゃねえだろうな〜〜っ!」

 

 鼻息を荒くし、怒気を孕んだ声がびりびりと超人墓場を揺らす。視線を向けられた超人達は怯え、この重圧から逃げ出そうとしても足がすくんで動けないでいた。

 死んだ超人は超人墓場へと送られる。地上で悪逆の限りを尽くしていたがために粛清された超人が、今度は超人墓場で愚かなことを繰り返した――そうアビスマンの中では結論が出ようとしていたその時、サマルの手がぴくり、と動いた。

 

「っ……ぁ……アビスマン? いる、のか」

 

 彼の声が刺激になったのか覚醒する。手を支えに上体を起こそうとして踏ん張るも、力が足りずにまた地面へ突っ伏しそうになったサマル。腕を差し込んだアビスマンによって地面への激突は避けられた。

 

「いったい何処のどいつがこんな真似をしたんだ?」

 

「ちがう…………ちがうんだ」

 

 力無く首を横に振る。

 

「おれの、せいだよ」

 

 いまにも途切れそうな呼吸で、一言一言搾り出すように。

 

「せい、って……」

 

 その言葉だけでは結末も過程もよくわからない。だからといってこんな状態の相手に一から十まで全て話せ、なんて無理をさせるわけにもいかない。

 その様子を見ていた一人の年老いた墓守鬼が跪く。

 

「アビスマン様、どうか我等に発言の許可を……」

 

「許す。何があったのか、その一切を話せ」

 

 怒りに燃える心を鎮め、上に立つ存在としての風格を纏う。ありがとうございます、と鬼が感謝を告げたその次の言葉に、始祖は皆驚愕を隠せないでいた。

 

「かの()()()()()()が、この超人墓場に現れたのです――」

 

 

 

 

 

 

 かつては皆等しく地に座し焚き火を囲み語らっていた。時が流れた結果、場所を移し円卓となり……一人だけは玉座へ。

 

 それはザ・マンが超人の中の超人と呼ばれた人格者から超人閻魔に変わってしまった証。

 超人閻魔はマグネット・パワーを肯定し、サイコマンに研究を続けるよう命じた。これにより、そう遠くない未来で神の奇跡によらない不老の力が出来上がることになる。

 

 マグネット・パワーについてサマルは「星の持つ超人パワーとも言えるマグネット・パワーを、こちらの都合で吸い上げて良いものか。星の命が短くなりはしないのか」、と他の始祖と違い肯定否定ではなく疑問を投げた。

 始祖は皆ザ・マンの持つ唯一の神の奇跡により老いることはない。だが星には限りがある。何億年先にあるだろう星の終わりを一超人が短くして良いはずはない。

 

 サイコマンは言われてみれば、とその疑問をちゃんと受け止めた。マグネット・パワーがどれほど星にあるのかを調べてみるべきですね、そう気づきを与えてくれたサマルに感謝を告げ、超人閻魔は――サマルの疑問には何も触れなかった。

 

 

 ……ああ。変わってしまった。そうサマルが確信した瞬間だった。

 

 

 超人閻魔は地上の超人の蛮行を許せぬとし、粛清を行うと決めた。それは超人閻魔としての決定だけでなく、天の神々から裁きを受ける前に一部をわざと逃がせるようにという慈悲が含まれていたのだと、のちの歴史で明かされる。サマルはそれを知っている。

 ……知っている、けれども。サマルの目にはかの慈悲の男の姿は、カケラも見出すことはできなかった。

 

 一つだけの異物では物語は変えられない。いや、変えてはいけない? どちらが正しいのか、そもそもここに自分がいること自体が間違いなのではないか。心に影が差す。

 彼からどんな素晴らしい知識を得ても、それを活かせる場所はもう地上にはない。超人閻魔は地上の超人を見下している。悪の道に落ちることなく生きていた地上の超人との思い出は完璧には不必要だと、要らないのだから捨ててしまえと、そう言われるのも時間の問題だろう。

 

 ……自分一人では彼を止められない。でも、止まる時は遠い遠い未来にあると知っている。あの話の中でそうなっているから。

 

 今、この異界に自分以外の始祖はいない。粛清のため地上に出ていったから。何をしようと彼らが止めることはできない。

 ……何をしようと同じ道のりを辿るなら、自分は存在しなくても問題は無いんじゃないか――?

 

 心の奥底、暗がりから声がする。

 

 

『何一つとして間違ってなどいない。貴様は必要だからここにいる』

 

 

 自分だけが聞こえる幻聴――否。それは実際に声として、大気を伝わり耳に届いていた。

 

『漸く……漸くだ! 時は来た!』

 

 押し込めた闇は彼の心の揺らぎを契機に無理矢理に蓋を取り払った。影が笑う。邪悪に、悪魔的に。

 何かが抜け落ちるような感覚と共に、サマルの影から空へ黒い霧が立ち上る。それは次第に集まり、あるシルエットを形作る。

 

 ――大魔王サタン。

 

「な、なんだあれはーっ!?」

 

「馬鹿な、どうしてここに!」

 

 労働に勤しんでいた超人が空を見上げて驚愕の声をあげる。遅れて、墓守鬼も。

 

『この大魔王サタンを前にして不敬であるぞ死人ども〜〜っ!』

 

 それはサタンの怒り。暗くなった空から雷が落ちる。的確に、狙いを定めて落ちていく。

 雷に打たれた者は二度目の死を迎える。無念が晴れないまま強制的に消滅させられていく。

 

『ゲギョゲギョ〜ッ、愉快愉快』

 

 命が消える様を見て悪魔が笑っている。

 

「っ、やめろっ!」

 

 ちょっとした綻びへと対処するため持っている針を懐から取り出し、サタン目掛けて投げる。始祖の末席の矜持を胸に、サマルはサタンの蛮行をどうすれば止められるか思考を回す。

 

『おお〜っ怖い怖い。子供の反抗とは恐ろしいものよのう』

 

 たかが針で大魔王を止められるはずもない。とにかく始祖達が戻るまで時間稼ぎができれば良い。出来る限りここに留めなければ。

 

「皆を避難させろ! ……何故、この超人墓場にお前が入ってこれた」

 

 命令を飛ばし安全を確保させる。お前ら早く、こっちだ、と死者を誘導する鬼を横目に問いを投げる。

 確かに始祖は出払っているが、門番であるミラージュマンがいなくとも幻影は機能する。ちゃんとした入り口から来たわけではないとしても、それ以前にザ・マンが作り上げたこの世界へサタンが侵入できるはずがない。

 

『呼ばれたからだ』

 

「いったい誰がそんなことを!」

 

 悪魔との内通者、それがいたとなればただでは済まされない。

 サタンはしっかりとサマルを見据えて言った。

 

()()()、だ』

 

「………………なん、だって?」

 

 意味が、わからない。

 

『ゲギョゲギョ……創造主と被造物、私にとってそれより強い繋がりはこの世に無い。それともなんだ、親と子、そう言ったほうがよかったか? それを辿ればこのように現れることができるというわけよ。……ああそうか、まだ記憶を封じたままだったなぁ〜。そら、返してやろう』

 

 瞬間、頭が割れるように痛む。声にならない繋がりが、悪魔の言う言葉は全て真実だと教えてくる。

 

『どうだ、今ならば思い出せるだろう?』

 

 そんな衝撃的な事実を知らされたのなら忘れるはずがない。これはお前に植え付けられようとしている偽の記憶だ。反論を口にしようとして、口がカラカラでうまく発声できなかった。

 

「ぅそ……………だ……!」

 

『頭は理解しているだろうに、口では否定するか。完全に折れてはいないようだなぁ〜っ。完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)とやらのプライドか? 余計なものに感化されおって……フン、まあよい』

 

 始祖は皆、明確に彼の過去へ触れないようにしていた。それが仇となった。忘れるはずがないことを忘れている……それに誰も気がつけないまま、こうして()()()()()()によって明かされた。

 

 サタンによって生み出された超人、一番最初にその真実を伝えたのはザ・マン。それはサタンの干渉によって、彼の中で()()()()()()になっていた。

 昔の記憶よりも今この瞬間知らされたことの方が心に与える衝撃は大きい。

 

 ……揺らいでいく。自分がちゃんと立てているか、自分でわからなくなっていく。

 

『私は作った。驚くほどの生命力を秘めた樹を元に身体を。超人よりも弱い、乗っ取りやすい存在をそこへ降霊させた。他の超人から害されないよう、堕落を元にした知識を持たせた。わざと邪悪を遠ざけた。――そうして、誰がどう見ても善と判断できる経歴を持つ超人が生まれた』

 

 動物や無機物。天の神々がそれらをモチーフとして創造した化身超人は元となったものの性質を強く受け継ぐ。ダルメシマンがIの形の傷跡――犬が好む骨に似た形へ惹かれてしまったように、完璧超人になるほどの能力を持っていてもその定めから逃れ切ることはできない。

 もし、カピラリアの光を通さない樹を元にして作られた超人がいたならば。

 それは――裁きの光を浴びたとしても、カピラリア大災害を生き残るのではないだろうか?

 

『ゲギョゲギョ……かの憎きザ・マンの懐など、私とてそう簡単に入り込めはしない。当然、手引きするものが必要だった。それも私の配下であるとわからない、反吐が出るような善良な存在。それでもって簡単に悪へと傾倒できる駒』

 

 誰のことを指しているのか。それはもう明白だった。

 

 

 

『お前の真の名前はサマエル! 我が化身にして血で染まる赤い竜よ!!』

 

 

 

 サマル。サマ⬛︎ル。サマエル。

 欠けていたピースは、最悪の形で埋まった。

 

 何もかもをサタンに与えられた。サタンによって生かされた。殴られたわけでもないのに、ぐわんと頭が揺れる。

 思わず両手を見る。とめどなく溢れる知識により数多のものを作ってきたこの手は、全ては、あの邪悪の化身のためだけにある……。

 

「この力は……皆の為に、役に立つようにって、俺はそう使ってきた。これまでも、これからも!」

 

『皆? それは()()()()が殺してしまったでないか』

 

 景色が映る。サタンによって強制的に見せられている。

 完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)らが、鍛え上げたその技で超人を殺している。真っ赤に染まったリングの上に彼らがいる。多くの死体が転がっている。

 むせ返るような血の香りが鼻の奥を刺激する。

 死者の目がサマルへ訴える。

 どうして? どうしてお前は生きている。どうしてお前が生きている。

 許さない。許されない。

 

『おおっと忘れるところだった……私からこの言葉を送ろうではないか!』

 

 にたにたと笑っている。

 

ありがとう!』

 

 それは、昔何度も言われた言葉。それを大魔王サタンが、自分に向けて、言っている。

 

『貴様の体は私が使ってやろう……ザ・マンとその弟子達を殺すためになぁ〜っ!!』

 

 ゲギャゲギャーッと笑う声がする。策が成った、その喜びの高笑い。

 悪魔が体の中へ入り込んでくる。依代としてではなく、本体の代替えとして。

 己の力のみで実体化せずとも実体化と同じだけの力を振るうことのできるボディ。都合のいい道具。それが自分だった。

 

 抗うこともできず、真っ暗闇に落ちていく。

 あの時と同じように、ひとりぼっちになっていく。

 体を動かせない。考えることしかできない。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………?

 

 それは、ふとした疑問。

 

 どうしてサタンはすぐに俺を乗っ取らなかった? 俺がザ・マンの庇護下に入ってすぐに乗っ取れば、完璧のタマゴである彼らを蹴散らすことは容易であったはず。始祖が強くなるのを待つ必要はどこにもなかった。

 時は来た。サタンは最初にそう言った。どうしてすぐに現れることができなかった?

 

 答えは一つ。……俺の心の持ちようだった。マイナスに傾いた俺が、サタンを呼んだ。俺が弱いから。こうなってしまったのは俺のせいだ。

 

 そうだとしても。俺のせいだとしても――全てをサタンの思い通りに進ませるわけにはいかない!

 あいつは殺すと言った。ザ・マンとその弟子達を。俺の……友を!

 

 

 希望の光。彼らとの絆。それをこんな奴に奪わせはしない!

 

 

 体が発光する。サタンの支配に抵抗している。

 

『な、何をするっ!?』

 

 サタンの化身、サマエル。サタンがサマエルの体を得つつある今ならサマエルは――否! サマルはサタンの力を使える!

 

 黒いモヤが中空に集まり何かを作っていく。先は鋭く、超人を穿てるよう大きく。

 それは、サタンの意に沿わぬものを貫く悪魔の裁き。

 

『貴様、まさか――!?』

 

 サタンがサマルのしていることを認識し、逃げようとした瞬間。巨大な杭が胸を貫いた。

 

『グギャアアアァァァアアーーッ!!』

 

 サタンの叫び声が超人墓場に響き渡る。彼が乗っ取った体からぼたぼたと血が流れる。誰がどう見てもそれは致命傷で、どんな手当てをしても助からないと分かる大怪我。

 体から、何かが抜け出る。それはサマルと瓜二つの姿をした……魂。

 

「ハハ、一か八か、上手くいったみたいだな……っぐぅっ……!」

 

 サマルは確かに死んだ。だが、ここは超人墓場。死後の世界、死者が活動できる特殊な環境。この場所でのみ、彼は死者としての活動が許された。

 

『フン……我が支配の届かぬ魂など要らぬわ。むしろこの体の中からお前がいなくなって好都合よ』

 

 そうサタンは言うが強がりだ。確実に消耗している。だんだんと出血の勢いが落ちているのは悪魔の契約――血を代償にして力を得るソレを用いたからだろう。でもそれだけでしかない。

 

 今のサマルの体は死の淵に立っているだけのモノ。ギリギリで生きている肉体と既に死んだ魂、それが同じ場所に存在し続ければ……肉体は魂に引っ張られ、いつかは完全なる死を迎える。

 

「俺がここにいる限り、お前はもう超人墓場に来ることはできない」

 

『抜かせ! 私らしく策を練り、いつか必ず貴様らを殺して世界の全てを私が支配してやるわ〜っ!』

 

 そう言い捨てると、乗っ取った身体と共にサタンは消えていった。

 

「は、はは――」

 

 サマルにも限界がきていた。精神の消耗、死、魂だけでの活動。

 

「………………みんな、ごめんな」

 

 それが何に対しての謝罪だったのかは、サマルにしか分からない。

 ばたり、と倒れ伏す。鬼達はどうすべきか戸惑いを隠せず――そんな時に始祖は帰還したのだ。

 

 

 

 

 

 

 ――かくして、始祖の一人は死んだ。サタンが再びこの地へ現れぬように。守るために、自らの手で命を絶った。

 働く中で、未だ身体を取り戻せぬまま魂のみで活動を続けている完璧・虚式(パーフェクト・イマジナリ)の姿を超人墓場で見ることがあるだろう。その度にこの話を思い出せ。大魔王サタンや予想だにしない侵入者がいつ現れるかなど、誰にもわからないのだから――。

 

 ガタイの良い鬼により語り継がれるその話は、墓守鬼として勤めをする初日に必ず教えられるもの。

 聞くものは皆驚き、悲しみ、そして職務により一層の気合を入れて取り組む。

 

 語り継ぐその鬼……アビスマンは、サマルの作ったオーバーボディを身に纏い、今日も超人墓場の見回りを続けていた。



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count8.幻影(ミラージュ)の中に微睡む

 花は咲き誇り、鳥は歌う。川は煌めき、空は快晴。風が吹けば花びらも舞い、幻想の生き物ユニコーンが歩く。まさにこの世のものとは思えない絶景。

 

 そんな中を一人の超人が歩く。彼が歩む先にはこの空間には似つかわしくない重厚な石造りの扉。何とも繋がっているようには見えないそれへ迷うことなく手をかけて、開く。

 その先に広がるのはファンタジーとはかけ離れた重く暗い空間。向かい合うように取り付けられた扉とリング、目立つものはそれだけしかない部屋……いや、訂正しよう。それらに加えてリングの上には超人が――幻想を作り出した主人がいた。

 

「なんだ、お前か」

 

 彼こそ完璧・参式(パーフェクト・サード)ミラージュマン。

 外からやってきた超人が完璧超人の仲間入りをするに相応しいかを試す。もう我慢ならん外に出せ下等どもを粛清してやる、と血気盛んな始祖を抑える。それは外と内、両方の門番。

 

 そして彼の立つココが、死人であるサマルの活動できる限界点でもある。

 

「いつものメンテナンス、今からしても大丈夫か?」

 

「ああ」

 

 サマルの問いへ肯定を返しリングから降りる。門番としての役目を任されてから長い間使用しているリングであるが、一度のメンテナンスで丸ごと全て新調したことはない。それはサマルの腕の良さとミラージュマンの与える試練内容の二つが関係している。

 

 ミラージュマンの特徴――紫の体と金属光沢もそうだが、やはり一際目立つのは彼の腕に備わるカレイドスコープドリル。ダイヤモンドに匹敵する硬さとなったその一撃を耐えられるか否か、もしくは回避を成功させるのか。それが試練。

 門を叩いた超人を相手に、ミラージュマンは長時間の試合を行ったことは一度もない。だから消耗が少なく長持ちしている、というわけだ。

 

「しかし、見込みのあるものはそう訪れんな。そちらの様子はどうだ?」

 

 モン・サン・パルフェと超人墓場を繋ぐ唯一の道、黄泉比良坂に立つ寝ずの番人としてミラージュマンは長い時を過ごしてきた。

 あやつからの招集がかかった時など、特別なことが起きない限りこの場所から離れることはない。つまり、完璧超人として認めた超人がその後どうしているかの様子は全くわからないという事だ。

 

 対するサマルは超人墓場の内部で起きた出来事についてはほぼ全てを把握している。そのため彼へ尋ねれば超人墓場の大体の状況が分かる。なので今回もこれまでと同じようにして話を振った、のだが。

 

「あ、いや……それなんだけどな。うん……」

 

「?」

 

 作業の手は止めないが、顔が歪んだ。怒りや悲しみではない。困っていた。言うべきか言わないべきか、そう悩んでいる。

 サマルが困る……つまりそれ相応の出来事があったことに他ならない。まさか完璧超人に至らぬ者を通してしまった? いやそんな筈は、だが……顎に手を当て理由を探す。

 

「ああいや、ミラージュマンの試練に落ち度があったわけじゃない。完璧だったよ。ただ、その、なぁ…………無量大数軍(ラージナンバーズ)に紛れてるあの人の力で精神が赤ん坊にまで戻されてちょっと一悶着あって……」

 

「…………ゴバッ?」

 

 あの人、とはストロング・ザ・武道と名乗るあやつのことに他ならないだろう。だが「精神が赤ん坊にまで戻され」……? 理由がさっぱりわからない。

 ちょっと遠い目をしつつサマルは、いつかあの状態で出会うかもしれないしミラージュマンへも教えておくべきか、とあんまり思い出したくないあの出来事を語りだした。

 

 

 

 ――ピークア・ブー。試合の中で相手の持つ技術、力を全て習得しさらには上回る急成長超人。完璧超人へと認められた彼の種族がそれであると見抜いた武道が彼の成長をリセットをした。

 

 ……それが、悪夢のような出来事の始まりだった。

 

 精悍な顔立ちだった青年の顔はいないいないばあ(ピークア・ブー)のように顔の両サイドに出現した両手に似たもので隠れた。ぽてん、と座り込む。何が何だかわからない、といった様子で辺りを見回す。

 

「………………ホ」

 

 じわりと涙が浮かび、ごろんと寝転がる。まさしく赤ん坊のように。不味い、そう言ったのは誰だったか。

 

「ホギャアアア! ホギャアアァァアン!!」

 

 そして――ピークア・ブーは泣き出した。知らない男たちに囲まれている恐怖に赤ん坊が耐えられるはずもない。……肉体は青年であるのに精神は幼児となったことで巻き起こされる地獄。パニック。

 超人レスリングとは全く関係ないが、『完恐』が恐れられる所以の一つとして無量大数軍(ラージナンバーズ)の記憶にはしっかりと残った。

 

 どうしてこうなってしまったのかの理由なんて決まっている。成長のリセットだ。それを行うことで声変わりをすませた声で赤子のように泣くのは誰も予想できていなかったのである。武道も少し面食らっていた。

 無量大数軍(ラージナンバーズ)の面々は各々無双の剛力はあれど、子供の扱いなどさっぱり分からない。例として一人あげれば、『完肉』キン肉マンネメシスは王族出身。王宮で優れた王となるための帝王学は受けたのものの、泣きじゃくる赤子への対応など家庭的な知識は身についていない。

 

 どうする、どうしたらいいんだ、と困惑と混沌が続くのかと思われたその時、一陣の風が吹いた。いや、風を切って走ってきた一人の超人がいた。

 現れたのはサマル。低い超人パワーの利点である超加速により泣き声の大元へ即座に辿り着いたのだ。

 

「武道!!」

 

「グロロ〜」

 

 原因となった男をきっと睨みつける。反省を促しているのだろうが、面の下がどんな顔をしているのかは誰にもわからない。

 武道へ責めるような物言いをしつつ一定のリズムでピークア・ブーの背を優しく叩くのは流石の技。幼児返りしたピークア・ブーは少しの間ぐずついた後、すぴすぴと寝付いた。

 

 子育ての経験があったのか? 始祖に? いや、したことがなくても出来るだろう。あの虚式(イマジナリ)様だぞ。

 

 ――完璧超人や墓守鬼から崇められる始祖の中で、超人レスリングの実力()()の信仰を一手に引き受けるのがサマルだった。

 この畑を開拓した、このリングを作った、このユニフォームを繕った。なんと有難いことか。そんな思いが見え隠れしていて――実際耳にも届いた――昔のようなサッパリとした感謝は始祖からしかされない。少し居心地が悪そうに仕事をしている姿が超人墓場ではよく見られた。

 

 つまりサマルは現人神のような扱いをされている。それに加えて今回のコレだ。優れた者を崇めるのは構いはしないが、父性だ母性だなんて拗れたヘンな話を流されても困る。

 サイコマン(グリムリパー)、始祖へ迷惑をかけさせぬようピークア・ブーは可能な限り無量大数軍(ラージナンバーズ)で面倒を見させるよう決意した瞬間である。

 

 ……ある日の試合を経ての急成長後、赤ん坊だった自分がずっと手に持っていたガラガラを破壊して「二度とリセットなんてされてたまるか」と武道へ反抗しようとするも虚しくリセット。精神が幼児に戻ったピークア・ブー、お気に入りのガラガラがないと分かり泣き出す。

 

 当然無量大数軍(ラージナンバーズ)は困った。新しくガラガラを手に入れるべく超人墓場から地上へ出ようとしたストロング・ザ・武道に対しサマルは「武道が? 地上へ買いに? その体格と格好で?」と正論のストレートでグロロ〜と反論を封じ、地上での活動を許されているサイコマン改めグリムリパーも同じ正論を流用され、ニャガ……と言い詰まる。カウンターは不可能だった。

 オーバーボディ? していても隠しきれない始祖の威圧感が滲むのでその反論はボツになった。

 

 ではどうしたのか。結論を言えば新しくサマル手製の玩具を与えてなんとかなった。無量大数軍(ラージナンバーズ)では手に負えず、結局サマルにおんぶに抱っこされる結果となってしまった。

 もし神の裁きが起きなければ。彼らに未来があったのなら。戦えない俺はこうしてベビーシッターのようなことを追加でしていたのかもなあ……と、その横顔はどこかしんみりしていた。

 

 

 サマルが面倒を見ているとはいえ、ピークア・ブーは無量大数軍(ラージナンバーズ)の一員。当然鍛錬をする訳で。鍛錬は試合ではないので相手の能力に追いつけ追い越せの急成長は起きない。するとどうなるか。

 

「ワンチャン! ワンチャン!」

 

「ギャイン!? テメー俺の耳を引っ張るんじゃねーっ!」

 

「ジャネー! ジャネー!」

 

 ピークア・ブーがダルメシマンにちょっかいをかけてキャッキャと笑っている。

 

「ハハ、犬の超人であるなら子守は得意ではないのか? ダルメシマンよ」

 

「ネメシス! 俺は誇り高き猟犬、子守なんてしないって何度も言ってるだろうが! チッ……スペクルコントロール!」

 

 全身の斑点が頭部へと集結する。人寄りの造形をした頭から、警察犬とも名高いシェパードの如き頭へと変貌したダルメシマン。

 子供はこういったものに恐怖する。トラウマを植え付けられる。がぶりと一噛み……までは行かずとも威嚇の遠吠えでもしてやればもうくっついてくることはないだろう、と鋭利な牙を見せつけるようニタリと笑う。

 

「ウォウォーン! これこそ俺が『完牙』と呼ばれる所以! どうだ、分かったらさっさみょ」

 

 突然の変な声だが、別に噛んだわけではない。むぎゅ、と長い鼻を捕まれたために台詞が詰まっただけだ。

 ……完全に遊び道具として認識されている。

 

「ワンチャン! キャッキャッ」

 

「てめ〜っ試合になったら覚えてろよ〜!」

 

 拳を握りしめわなわなと震えているが、殴りかかる様子はない。完璧超人は試合の外での乱闘は御法度であるがために。……まあこの状態のピークア・ブーに手を出すとギャン泣きするしあの人(サマル)以外はすぐに泣き止ませられない、という事情もあるが。

 なお、ダルメシマンのみではなくマーベラスの双龍も赤子の好奇心の被害に遭いかけた。……ケンダマンなど玩具の化身超人がピークア・ブーと出会わなかったのは幸いだったのかもしれない。

 

 

 超人墓場は少し騒がしくなったりするけれども、完璧となるための場――その役割を変わらずに果たし続けていた。

 

 

 

「急成長超人……成る程、そういう訳か。超人、それも成人の体格をした赤子の世話など大変だろう?」

 

「ずっとココに幻影をかけ続けて寝ずの番人をしているミラージュマンほどじゃないから心配はいらないよ」

 

「…………そうか」

 

 未だサタンから体を取り戻せる算段がついていない死人であるサマルより己の方が大変だ、と思ったことは一度もない。

 

 ――ただ一人、死んでいる始祖。それでもなお、職務を全うし続ける忠臣。

 サタンの侵攻を防ぐために自死を選ぶ。彼の見せた忠義は、完璧超人の死の掟をさらに厳格なものへと変えた。彼は他の完璧超人の模範として行ったわけではない、と言うが、捨て身の献身は他者から見て()()だと判断された。サマルが何と言おうとその解釈を覆すことはできなかった。

 

 彼は超人パワーを作り出すことができる唯一無二の装置、禁断の石臼(モルティエ・デ・ピレ)を使用しての蘇りを良しとしなかった。大魔王サタンに奪われた体へとパワーが流出するのを危惧してのものだ。

 承諾しなかった理由はそれだけではなく、サマルが禁断の石臼(モルティエ・デ・ピレ)を使うことできちんと働けただろう優れた死者の邪魔をしないため、つまりは他の者の蘇りの機会を奪わないためでもないか――とミラージュマンは思っている。

 

 

 現し世は夢。鏡の世界こそ誠。それを己の信条としたのはいつからだったか。……壱式(ファースト)弐式(セカンド)が現し世にいない事実が夢であればどれほど良かっただろう。

 

 ゴールドマンは地上の超人らを指導するべく下野した。戻るよう説得に向かったシルバーマンはゴールドマンの話を聞くうちに感化され、同じく超人へ指導を始めた。かくして地上に二つの勢力が出来上がった。

 もはや我等と相容れぬ存在になってしまった二人の決着――ジャスティスマンが見届けたその争いは、互いに首を切り落とす相打ちの形で終わりを迎えた。

 ……命を失おうともその意思はマスクと共に地上に残り、超人墓場へ死人としては現れなかった。

 

 ではサマルはどうだ? 依代も何も無い状態の魂は……いつまで存在し続けられる?

 

 ――いつ消えてもおかしくない彼が、ずっと(幻影)の中に生き続けるよう、ミラージュマンは望んでいる。

 

 

 

 ――ピークア・ブーと関わる中で、サマルは誰にも語っていない話がある。

 視界の及ぶ範囲に他の超人がいない時……サマルとピークア・ブーが二人ぼっちになった時のことだ。

 

「急成長超人、か」

 

「ホギャ?」

 

 呼んだ? と反応するが特に何をするわけでは無いとわかったのでぷいっとそっぽを向くピークア・ブー。積み木を重ねて、崩して、転がして。自由に遊んでいる。

 

「武道は試合が終わったらお前をいつもリセットするけどな……成長は他人が支配していいものなんかじゃない。自分の意思で選び、伸ばせるものだ」

 

 『完恐』、と最初にそう呼んだのは誰であったか。その名前のためだけに、ストロング・ザ・武道は――あの人は、ピークア・ブーを完全に支配下に置いている。反抗は「可愛いやつよ」の一言で流される。何をしようとリセットは執行される。

 それが、あの時、俺へ語りかけるあの大魔王と重なるようで。とても……嫌だった。

 

「もう、何を言っても俺じゃあ届かないんだろうな」

 

 ゴールドマンとシルバーマンは既にキン肉大神殿に黄金のマスクと銀のマスクとして祀られている。キン肉サダハルはキン肉マンネメシスとして無量大数軍(ラージナンバーズ)へと加入した。

 物語は確実に進んでいる。……時を待つしか、自分にできることは残されていない。

 

 いや、出来そうなことはあった。が、それは人の目を掻い潜り行わなければならないうえ、上手くいくかは未知数。

 ザ・マンの持つ祭壇、そこへ始祖の持つダンベルを全て嵌めることで完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)は皆消滅する。……システムを完全に破壊はできないが、手を加えてそのエネルギーを一人に向けることはできる。

 もし俺が消滅を一手に引き受けた場合、消えるのはサタンに奪われた肉体も共になのか、ここにある魂だけなのか、死人は認識せず俺以外の始祖が全員消滅するのか。それが何一つとして分からなかった。

 

 …………サイコマンだからこそ、あの細工は出来たのかもしれない。超人閻魔から信頼が厚く、単独行動を咎められない。だからこそ、誰も知らない間に細工をできた。俺が同じような細工をしようとしても、まず一人になれる時間がかなり減っているから難易度がそこで上昇する。

 

「ヴー」

 

「ああ遊びたいのか、ごめんな」

 

 一人遊びに飽きたのか一緒に遊んでくれ、とでちでち地面を叩いて主張している。ご機嫌斜めだ。

 ……さっきの俺の独り言を聞いたのはここにいるピークア・ブーだけ。赤子の頃に聞いた言葉を覚えているかは分からない。純粋無垢な存在へと巻き戻される際、共に消される記憶なのかもしれない。

 

 

 ――俺は、始祖の管理から離れて成長しようとする超人達へ何を残せるだろうか。

 神の裁きが下る前のあの頃のことを忘れずにずっと覚えていたい。同じぐらいに、誰かに自分のことを覚えていて欲しい、と願う。それは技術であったり思い出であったり、これと決まったものはないのだけれど。

 

 

 何かを感じ取ったのか、突然サマルの頭を撫でようとピークア・ブーがぐいいと腕を伸ばす。

 

「イーコ、イーコ」

 

「……ありがとうな」

 

 力加減がわかっていないその手を、サマルは優しく握った。



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count9.(シルバー)の回想

 シルバーマン――かつて完璧・弐式(パーフェクト・セカンド)と呼ばれた男はキン肉大神殿に銀のマスクとして祀られていた。

 

 かつて虐殺を行った過去は消えない。正義超人としての志を定めたとて、自分の根源が完璧超人である事実は変えられない。それでも、平和を願ってはならないという法は無い。

 誰も触れることが許されない静寂の中、自らの興した正義超人達へ直接関与することなく、ただシルバーマンは地上を見守っていた。

 

 キン肉スグル――キン肉マンと皆から呼ばれ親しまれている男はよく派手な仮装をし、観客を楽しませていた。

 キン肉王族の世継ぎは『試合前の入場で観客の笑いを取らなければならない』という、他者からすれば珍妙な宿命を自身に課している。

 

 

 ……その原点ははるか昔、まだシルバーマンが完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)に所属していた時まで遡る。

 

 試合を行わないがため勝利か敗北、その二つに縛られない存在であるサマル。そんな彼だが、試合に無関心な訳ではなかった。

 他の始祖が試合する姿を見て、そして……笑うのだ。嘲笑ではない。興奮と楽しさが混じった、完璧超人には馴染みのない笑顔。それを見せた後に健闘を讃え、素晴らしい試合だった、と褒める。

 

 だから聞いた。何故そんなことをするのか? と。自尊心の向上が目的ならそれは無駄で無意味だと。

 

「……? 勝ち負けで恨み合わず、笑顔でいられる方がずっといいだろう?」

 

 あの時は何を言っているのか分からなかった。向こうも何を聞かれたのか分かっていないようだった。

 でも、兄の説得をしようとし、逆に影響されてからの自分ならば分かる。

 

 ――彼はきっと、カピラリア大災害で彼の周囲の善なる超人達が死に絶える前の世界をこそ望んでいたのだと。

 

 だからといって時計の針を巻き戻して固定するかのように過去に縛られているわけではない。未来への願い、希望、夢……ポジティブなベクトルのみで構成された、期待。

 

 だからシルバーマンは正義超人となる者達へ言葉を残した。……長い時の中でいつしか言葉が曲がってしまったようだけども、それを不快に思ったことはない。彼らが自分で考えて動いている。それが最も評価するべきところだから。

 

 それにだ。ああいった複雑な仮装は作成に技術者の力を必要とする。需要があれば供給するための場所が生まれる。腕に自信が無い者でも貢献ができるようになる。それはきっとサマルの喜ぶところだろう。

 

 

 

『……まただ』

 

 地上に始祖の気配がする。心の目を凝らせばその姿を捉えることができる。

 サイコマン。マグネット・パワーの発見者にして管理者。……彼を除けば最も正義超人に近い完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)

 ふと地上に現れては、何かを探してまた消える。何を企んでいるのかは不明。マグネット・パワーの噴出口であるアポロンウィンドウの捜索が目的ではないようだ。とにかく他者に見られたくないのか、人気の無い山や森の中だというのにその姿はぼんやりと透き通っている。それは無量大数軍(ラージナンバーズ)で『完幻』を名乗る所以の一つでもある力を用いたもの。

 そうして秘匿性を完璧に仕上げた彼だが、手を動かしている。採取している。何かの材料か? 情報が足りない。超人達へ直接関与する様子が見られないのだけが救いだが……。

 

 

 ……サマル。サイコマンの友よ。君ならきっと分かったのだろうか。

 互いに死した存在であるというのに、あまりにも居場所は遠すぎる。言葉は交わせない。会うこともできない。

 

 ザ・マンの――超人閻魔の行く末を一番早くに察していたのはきっと彼だった。地上の超人らに無限の可能性があると信じていたのも。死者となっていなければゴールドマンと共に地上へ降り、超人達の発展に一役買っていたことだろう。そうであれば、自分は兄と首を斬りあうことなくいられたのだろうか? ……たら、ればを今考えても仕方がない。

 

 サマルが今何をしているのか。流石のシルバーマンとはいえ、超人墓場の様子を伺うことはできない。……何も起きないことを、平和であってほしいと、それをただ望んでいた。

 

 

 

 黄金のマスクこと、兄のゴールドマンが大魔王サタンと契約して巻き起こした黄金のマスク争奪戦。それは宇宙から悪魔超人以外の超人が全て死に絶えるか否かを決める危機であった。

 

 自分の気付かぬ間にサタンと会話を交わしていた……よりも、()()大魔王サタンの力を借りた、という部分が信じられなかった。

 それは下手をすれば完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)が再び地上に現れ、粛清を行う理由になりかねない危険な行い。何がそこまでゴールドマンを急かしたのか、その時のシルバーマンは納得のいく理由が思い付かなかった。

 

 大魔王サタンがどんな存在かは嫌と言うほど知っている。太古の昔から存在する邪悪の化身。光を忌み嫌い、闇を好み、完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)と敵対する存在の一つ。そして……サマルの体を奪った、外道。

 

 外道の気配に気付き、追い払うべく力を使おうとして……ゴールドマンの力が膨らむ。シルバーマンは後手に回っていた。遅かった。

 中空に浮かぶのは見慣れた黒い大魔王の顔。サマルの体を乗っ取った状態の姿ではなかった。

 ゴールドマンとの契約を果たした直後、不意打ちのようにサタンが召喚した悪魔六騎士。銀のマスクにそれを妨害することはできず、黄金のマスクは悪魔の手に渡った。

 

 地上に生きる超人が、悪魔を除き超人パワーを吸われていく。

 兄は力を奪い、自分は力を与える。共に首だけの状態であるなら力は拮抗しただろう。だが、兄は肉体を取り戻した。超人パワーを与えようと、減少を抑えるバリアを作ろうと、それは死の先延ばしにしかならない。

 

 ……だが、純粋なゴールドマンではなく、サタンの影響を受けた存在となっている。完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)としての全盛よりも力は落ちている。ならばやりようはあった。

 自らが顕現し悪魔将軍を倒す? 否。シルバーマンは今を生きる超人達に託すことを選んだ。

 

 

 キン肉スグル。火事場のクソ力を使う彼ならば、きっと――。

 

 

 

 当然、超人墓場は荒れに荒れていた。

 

「身も心も悪魔に堕ちたかゴールドマン!」

 

 水鏡に映し出されているのは悪魔将軍と名乗り見目を変えたゴールドマン。

 完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)は黄金のマスクをめぐる争いを見ていた。悪魔六騎士、成る程下等にしては鍛えられているが、それだけだ。正義超人でも倒せるだろう。すぐにその存在は記憶から抹消される。

 だが、最後の相手はあのゴールドマンなのだ。完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)に下等超人が勝てるはずがない。それが普通。それが常識。

 この争いでキン肉マンが負けたのならば地上は悪魔超人のみになってしまう。ゴールドマンも粛清の対象になる。その前に裏から介入しキン肉マンを勝たせなければ――そう考えるものもいる中で一人だけが、キン肉マンのことを信じていた。

 

「大丈夫」

 

 大魔王サタン一番の被害者である彼――サマルはそう言い切った。

 

「キン肉マンは負けない」

 

 大魔王サタンがあのゴールドマンを侵食している。混ざっている。顔に出してはいないが、サマルは非常にイラッときていた。……その感情を上回るほど、キン肉マンの戦う姿に心が動かされていた。

 普段なら完璧超人達の手前、気にして口に出さない言葉もつい出てきてしまう。彼は今、完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)の一人ではなく、キン肉マンの一ファンとしての顔が見え隠れしている。

 

「何故あの下等にそこまで肩入れする? いくらシルバーがいるとはいえ、勝利は確実ではないのだぞ」

 

「勝つ。必ず」

 

 どうしてなのかの過程をすっ飛ばして結果だけを答えとしても、誰も納得できない。

 

「カラララ……何がお前をそこまで惹きつけている」

 

 キン肉マンの一挙手一投足から目を離さない。見逃してたまるかといった様相のサマル。こんな姿の彼は初めて見る。気の迷いなどではなく、彼は本気で()()()()()()()()()()()

 

「キン肉マンはドジで、自信過剰で、ビビリで、強そうな相手からすぐ逃げようとする」

 

 けど、と繋ぐ。

 

「――心に愛がある、スーパーヒーローなんだよ」

 

 豚と間違えられ捨てられ、地球で一人迫害されながら過ごし……それでも彼は腐らなかった。地球を守ろうと、失敗を重ねながらも真っ直ぐに育った。かけがえのない仲間を、友情を得た。

 

 多くの仲間達が戦う中で犠牲となり、託し、繋げた。かつて敵であったバッファローマンは改心し、悪魔超人時代に上司であった悪魔将軍と敵対。キン肉ドライバー開発の時間を稼いだ。

 リングに立つのは一人だが、キン肉マンは一人で戦っているわけじゃない。繋いだ思いがある。ゴールドマンはただ一人で戦っている。後悔と怨念が渦巻いている。サタンが憑いていても、それはプラスにはならない。

 ――だから、キン肉マンはゴールドマンと戦ったとて負けない。

 

「百歩譲ってシルバーマンの子孫であるとはいえ、あのような下劣なモノを認める、と? 貴方らしくない冗談ですねぇ」

 

 サイコマンからのキン肉マンの評価は下から数えた方が早い。他の始祖も同様だろう。何故ここまで信頼できるのかが理解できない。

 

「見ていれば分かるさ」

 

「グロロ……我らの介入が不要だと断言しているが、それによりキン肉マンが負ければそれはお前の責任となる。良いのか? 虚式(イマジナリ)よ」

 

「ああ、構わない」

 

 何一つとして言葉を撤回せず、さらにはあっさりと超人閻魔の言葉を受け入れた。その様子に超人閻魔は眉をひそめる。サマルは間違いなく下等超人を信頼していた。

 

 ――地獄の断頭台。ゴールドマンの得意とする必殺技を受けたキン肉マンはマットに倒れ伏す。……ぐ、と手に力がこもる。声には出ずとも、確かに口が動いていた。

 

 

 負けるな、頑張れ、キン肉マン――!

 

 

「…………ッ!?」

 

 それは聞こえるはずの無い声。しかも自分ではなく相対するキン肉マンへの応援。悪魔将軍の動きがほんの一瞬だけ固まる。

 それは誰が発したのかわからない声援。しかし込められた思いはしっかりと心に届いた。キン肉マンの動きがほんの少しキレを増す。

 

 銀のマスクは驚いていた。今しがた聞こえたもの、それは確かに彼の声だった。

 しかしどうやって? サタンの化身であることを利用した共鳴? ……いや、そんな説明はいらない。

 

 ――これはきっと、奇跡と呼ぶのが相応しいものだから。

 

 

 

 

 

 金銀合体マスクとしてこの世に生きる超人達を見守る。そんな日が来るとは夢にも思わなかった。

 二人の間のみで聞こえる声で、距離の離れた台座の上ではなく、対等の存在として会話を交わす。

 

『兄さん、貴方はサタンと契約するほどまでにあの決着に納得がいっていなかった。でも、契約した理由はそれだけではないでしょう』

 

 返答はない。シルバーマンは構わず話を続ける。

 

『彼の体を取り戻すため――だったのではないですか?』

 

『…………何を根拠に』

 

 サタンの化身として作られた、サタンが活動するために使いやすい器。彼の体の価値はそのぐらいだ。もっと魅力的な別のものがあれば、サマルの体は要らないものになる。

 完璧・壱式(パーフェクト・ファースト)ゴールドマン。億の時を超えて鍛錬をし続けた男を自らの手駒として使えるとなれば、きっと大魔王サタンも満更ではないだろう。

 

 あとは契約に盛り込めばいい。地上を征服したらお前が持っているあの体は不要になるだろう。万が一の保険として残す? 気に食わん、このゴールドマンの力では足りないというのか。私が地上を制圧した後にその体はサマルへと返せ。

 ……頑固な兄のことだ、それを含めなければお前の力にはならん、と絶対に押し通す。

 

『あれほどまでにサタンの侵食を許していればそう考えもしますよ、兄さん』

 

 キン肉マンとの戦いの中、ゴールドマンらしからぬ行動は多かった。ゴールドマンがパイプ椅子での凶器攻撃なんて()()()()()()()()

 

『…………フン』

 

『それに悪魔超人は貴方が始祖を討つために育てた超人達でしょう。貴方が勝ち、世界を悪魔超人が支配した後に粛清に現れるだろう始祖を悪魔超人の手で返り討ちにして彼を自由にしてやる、なんてところまでは考えていたのではないですか?』

 

 悪魔超人。歴史を振り返れば、少し名前が不思議だと思わないだろうか?

 正義と相対するから悪魔と名付けた? それは違う。地上に作った勢力としては正義超人よりも悪魔超人の方が先だ。なぜなら始祖の中で初めに下野したのはゴールドマン、シルバーマンは彼の後を追う形で地上へ赴いた。

 

 完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)は天の使い、天使だと称していた。

 天使を討つ存在としての『悪魔』を、ゴールドマンは求めたのではないだろうか。

 

 この説に反論はなんとでもできる。

 ゴールドマンが作った勢力が悪魔超人の大元になっただけで、偶然悪魔超人と名付けられたのでは。大魔王サタンと関係があるから悪魔超人ではないのか。

 

 男は寡黙だ。何も語らない。もしかしたら、程度に留めておくのが良い。そんな話だ。

 

『もしもは起きなかった。それでその話は終わりだ』

 

『……ええ、そうですね』

 

 ifの話をどれだけ重ねてもそこに価値は無い。でも、考えずにはいられなかった。

 

『嗚呼――あいつも、下野するべきだった』

 

 シルバーマンの話につられて口が緩んだのか、ゴールドマンの本音が溢れる。

 下野してからではなく、まだ超人墓場にいる時のシルバーマンに超人達の可能性を認めさせ、協力を取り付ければ。二人の力を合わせ、金銀合体マスクと同様の力を使い体を与えてやれば。そうすれば、サマルは地上へと出れただろう。

 

 だが現実は非情だ。彼は完璧超人のいる超人墓場から出ることはできず、今もずっと選択肢を奪われている。

 

『あいつは完璧なんて柄ではない。悪魔超人として生きるのが相応しいに決まっている』

 

『何を言っているんですか兄さん。サタンへの敵対心に皆への献身、どこからどう見ても正義超人では?』

 

『ほう?』

 

『おや?』

 

 どうしてか新たな兄弟喧嘩の火種が見つかってしまったが、黄金のマスク争奪戦以上の規模で二つの勢力による争いはしない筈である。……多分。



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count10.(ゴールド)の決起

 喧嘩するほど仲が良い。その言葉はかの兄弟に適応されるかと問えど、誰も答えはすぐに出せないだろう。

 率いる超人の違い、思想の違い。相反するものが多く、真に手を取り合えるまでは長い時を必要としている。

 

 だが、超人の可能性を信じる。その思いだけは一致していた。

 

 

 

 あやつが動いた。それを契機に悪魔超人軍は超人墓場への侵攻を開始。完璧・壱式(パーフェクト・ファースト)であったゴールドマンが天への歩道(ロード・トゥ・ヘブン)を開き聖なる完璧の山(モン=サン=パルフェ)へと単身上陸。

 ……始祖の呼びかけに応えて海が割れ、道が現れる。幾億の時を超えてなお変わらないその仕組みは、ゴールドマンにとっては嫌悪の対象にしかならなかった。

 

 変わらない、それが悪いわけではない。維持し続けるというのは困難であるが故に。ただ――変化する時代に合わせて適応する、それができないのが問題であった。

 このままでは完璧超人の行き着く果ては停滞だと、誰もあやつへ進言できなかった。進言しても聞き入れることはなかった――その果てがこれだ。

 もはや、理想は怨念へ成り下がった。

 

『ただし、もしも』

 

『もしも私の方の判断こそ間違っていたのだと、心からお前がそう納得する日がこの先訪れたとしたならば』

 

『お前は私にそれを告げに来てほしい』

 

『それでも私が聴く耳をもたぬ老害に成り果てていたようならその時は』

 

『遠慮なく私を討て』

 

 ゴールドマンはザ・マンと交わした約束を果たすために門を開く。

 その姿はザ・マンの弟子として研鑽を積んでいた時のものではない。悪魔超人らを率いる悪魔将軍として――超人の進化は成ったと伝えるため、あえて鎧を身に纏った。

 超人閻魔と悪魔将軍、互いに変わった証である鎧、どちらが先に壊れるか――それがきっと、この争いの終焉を飾るだろう。

 

 

 

 ダンベルの一撃でミラージュマンの残り香である幻覚を晴らす。

 天国のような輝きから一転して重く暗い地の底へ。死後の世界という言葉の似合う荒地を歩く。

 

 ……あいつがいない? そも気配がしない。

 一部の悪魔超人が会得している悪魔霊術は死者の魂を操作するのが基本となっている魔術。その応用で捜索するも、痕跡が見つからない。

 単純に力が届く場所にいないのか、それとも消滅して……否。それだけはあり得ない。

 

「……これは」

 

 超人墓場には似合わない、一輪の花が咲いていた。幻覚ではない、たしかに存在する生命だ。

 普通ならば気に留めず、なんなら踏み潰すかもしれぬ路傍の存在に悪魔将軍が目をやったのは――そこからかの超人の、サマルの気配がしたからだろう。

 

 風もないのに花が揺れる。煌めいている花粉をふわりと飛ばし、何かを再現しようとしている。

 

『知らぬうちに下等超人に汚染されたお前を放置し、天使たる完璧超人に下界の思想を広めるわけにはいかん。よってお前を封印することに決まった』

 

 それは過去の記憶。ゴールドマンもシルバーマンも知り得なかった超人墓場のワンシーン。

 超人閻魔を中心とし、両翼にずらりと始祖が並んでいる。

 

『――そう、か』

 

 その目は覚悟を決めていた。とうとうこの日が来てしまったか、とこの後に来る処罰を受け入れていた。

 これまで全く関わりがなかったキン肉マンへの多大な信頼、それを見せてしまった自分のミスだ。言い訳はしない。逃げもしない。

 

『長きに渡り完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)として貢献した功績では処罰を帳消しにすることはできぬという判断を我等は下した。次目覚める時はイレギュラーのいない世界だ。今はただ眠るがよい』

 

 超人閻魔から掌を向けられる。そこにはサマルの意識を閉ざすための力が集まっている。それを受ければ間違いなく一瞬で意識を失うだろう。

 

『最後に、ひとつだけ』

 

 何を告げるのかと皆が耳を澄ます。

 

『そう遠くない未来で、貴方とゴールドマンの約束は必ず果たされるでしょう』

 

『――そうか』

 

 その言葉を最後に過去の投影が終わった。役目を終えた花粉はまた花の中へ戻る。

 

 

 ……本当に最後になるかもしれない言葉で、彼は男に恨みでも呪いでもなく、その未来を案じた言葉を残した。

 どこまでも、あいつらしかった。

 

「無駄なことを」

 

 それは怒り。自分のことではなく、このゴールドマンのことを気遣った、愚かなあいつに向ける怒り。

 あの約束をあやつが忘れるはずがないと、分かっていて、それでもなお。

 変わる可能性を高めるため?思い出させるため? ……そんな心配が必要だと誰が求めた?

 

「あいつめ……要らぬことをさせてしまうほどに私は弱いと、残していきよったか」

 

 ここにいない彼へ感情をぶつける。……当然、返事はない。

 

 封印。聞こえはいいが意味合いとしては追放に近い。どうしてそんなことが起きたのか。考えるまでもなくあの時の応援が原因だろう。

 シルバーマンの子孫たるキン肉マンへの応援。言葉の中身は明確な拒絶ではないが、男にとってはそうではなかった。薄れていたはずの感情が蘇り試合へ影響を及ぼすほどの衝撃があった。

 

 あの言葉はただの応援。特殊な力を与えたわけではない。敗北した直接の原因ではないが、だとしても無視はできないものとしてゴールドマンの記憶に刻み込まれている。

 

「私の邪魔をするものは、たとえ神であろうと許しはしない」

 

 ……今度は誰の力も借りぬ。自身の肉体で、力で、この手で解き放つのみ。

 何が起ころうと二度と歩みを止めることはない。かつての同胞が立ちはだかろうと。この道の先でどれほどの命が散ろうとも。

 悪魔と、呼ばれようとも。

 

 

 

 

 

 封印。そのために放たれた強大な力を受けたサマルは思考だけが許されていた。超人閻魔のみが操作できる封印を今のサマルにどうこうできる力はない。

 

 彼の魂は誰の目にも触れぬよう、干渉ができぬように超人墓場の奥地へと沈められた。無量大数軍(ラージナンバーズ)へは何故その処置が取られたのかを隠すことなくストロング・ザ・武道として伝達する。

 無量大数軍(ラージナンバーズ)の中で一番世話になっていたピークア・ブーは……ただ、ぐっと泣くのを堪えていた。

 

 

 ――そして、時は流れる。

 

 

 外がどうなっているのかは分からない。これ以上下等に染まらないように、という措置だろう。時間感覚もよく分からないから今が原作のどこまで進んでいるのか分からない。

 

 寒くもない、暖かくもない。

 静寂に狂うわけでもない。

 ただ、孤独と暗闇があった。

 

『今こそ蘇るがいい! カピラリア大災害から下等超人を守りし奇跡の神木……"許されざる世界樹(アンフォーギブン・ユグドラシル)"よ――――っ!!』

 

 今の声はまさか。いや待てどうして外の声が聞こえて、その答えはすぐにやってきた。

 急激な覚醒。何かが引き上げられている。その余波がここまで届いて……違う。これは……これと俺は繋がっている。どうして? 超人墓場の奥へと封印されていたのではなかったのか?

 

 答えを導く時間はない。眼前の闇が崩れていく。壁が壊れ……いや、壁ではなく殻のようだ。

 それにしてもここはどこだろうか。風が頬をなでる。陽の光が少し眩しい。……太陽の光? そんなまさか。

 それにどことなくふわっとしていた死者時代と明らかに違う。存在を肯定する重さがある。

 ……もしや。体が、ある?

 

 

 急展開に着いていけないのは彼だけではなかった。

 

 

「なんだあれはーっ!?」

 

 ストロング・ザ・武道により地中から呼び起こされた樹、許されざる世界樹(アンフォーギブン・ユグドラシル)。そのてっぺんにこれまた巨大な実がなっていた。

 ほろほろと殻がこぼれ落ちたその中に、一人の超人がいる。その見目はパッと見人のようであったが、よくよく見れば違う。まず普通の人間は頭部が竜ではないし、体色が緑でもない。

 筋骨隆々とした大男……ではなく、細身の超人。これまで戦ってきた相手のように視覚から圧を与えるほどの体ではないが、それがより一層不気味に見えて仕方がない。

 

 正義と悪魔、どちらの陣営でも見たことがない超人。ならば残った一つ――完璧に所属しているに決まっている。

 

「クソッ! まだ伏兵がいたっていうのかよ」

 

 悪態をつくブロッケンJr.。問題の超人は大地を見下ろし、一人を名指し言葉を発した。

 

「――サイコマン、これはお前の仕業か」

 

 それはここにいない超人の名。

 

「ええ! おはようございます、サマルさん」

 

 どこからともなく瞬間移動してきたのか、ストロング・ザ・武道の隣で優雅に一礼をするサイコマン。目に見えてご機嫌だ。そしてどうやら謎の超人の名前はサマルというらしい。

 あの態度、間違いない。同格の相手だから許される距離感だ。緊張が走る。

 

 ……はあ、とため息をついた後に地上へ降りてくる。この場に揃った超人を品定めするかのように一通り見て……どうしてかキン肉マンだけ見つめる時間が長かった。

 バッチリと目があってしまったキン肉マン、なんじゃなんじゃと戸惑っている。

 

「俺の封印と世界樹の封印を同期、この新しい身体も前の体と同じく世界樹由来のもので作って同調率を上げて……そんなところか。他にも種類までは分からないが力を持つ植物を加えたな? サイコマン」

 

「ニャガニャガ、封印が解けた直後でその洞察力、お見事です。ええ、ほぼ同一の物で揃えさせてもらいました。こうでなければ貴方の封印を綺麗に解くことができませんでしたので」

 

「俺にそこまでする価値は無いだろう。俺は既に始祖と相入れない存在だ」

 

 ……仲間割れ、しているのだろうか?

 

「私たちの描いた夢の続きを、完璧な形で真に完成させるため! そのために貴方は必要不可欠な存在。閻魔さんからの許可もきちんと頂いていますよ。何がそんなに不満なのですか? また超人達の発展へ貢献ができるのですよ?」

 

「超人達……その中にはもう完璧超人以外の超人は含まれていないんだろう。なら無理だ。今を生きる超人の全否定、それを俺たちの夢だなんて認めるわけにはいかない。あの()()を無かったことになんてするものか!」

 

 応援。応援?

 

「あ……ああ〜〜っ! 思い出したぞ!」

 

 突然大きな声を上げるキン肉マン。

 

「この声はあの時に――悪魔将軍と戦っていた私を応援したあの声だ!」

 

 キン肉マンは確信した。そうだ、あの言葉は幻聴なんかじゃない。『負けるな、頑張れ、キン肉マン――!』確かにそう言ったのは、今サイコマンと論戦を交わす、目の前の超人の声だ!

 

「なっ、それは本当か!?」

 

 食いつくラーメンマン。

 

「ああ本当だ、あの()()()()()()()()()()()声を私が忘れるわけないわい!」

 

 ざわざわと動揺が広がる。

 

「貴方唯一の愚行、それがこうも広まるのはよろしくないですねぇ」

 

 すう、と目を細めるサイコマン。殺意が滲み出る。正義超人らを庇うようにサマルは立つ。

 

「ニャガニャガ、冗談にしてはタチが悪いですよサマルさん」

 

「見ての通りだ。俺は彼らに付く」

 

 遅れてガンマンとジャスティスマンが現れる。二人とも正義超人らを庇う様子を見せたサマルに対し思うところがあるようで、特にガンマンは怒りを露わにしていた。

 

「シャババ〜ッ! やはりあの時に殺しておくべきだったのだ!」

 

 今すぐにも殴りかかっていきそうなガンマンの腕はジャスティスマンによって抑えられた。

 

 カツン。コツン。足音が聞こえる。一人ではなく複数。現れたのは悪魔将軍と、彼に付き従う悪魔超人。

 

「久しいな」

 

「……ああ、随分とな」

 

 思い出語りをすることなく、ゴールドマンとはその程度で話を終える。

 

 

 明かされるストロング・ザ・武道の正体。両者の激突寸前に乱入するネメシス。細部は異なるが、流れとしては本来のストーリーから外れることなく進んでいく。

 その中に付け加えられた、今の超人界に残っているサマルについての伝承と正体。サイコマンは語る。

 

 それは正義と悪魔、両者に伝えられる古いお伽噺の「求めるものを与え悩める人々を救った大樹」、「闘争に赴く男達へ相応しい衣を与えた竜」、その原型となった一人の超人。

 超人の戦士達がリングで戦うことができる、その舞台を作る技術を残した偉人。

 

 裁きの神として名を残したジャスティスマンと同様、とてつもなく偉大な存在である。ここまで言わなければわからない下等超人にサイコマンは呆れていたようだった。

 

「グォッフォ……まさかあのコンプリート・コンクリートとやらもあのお伽噺のドラゴンが作ったものだったなんてなあ」

 

 シングマンとの戦いであのコンクリートに苦しめられたサンシャインは苦い顔をしていた。

 

 成し遂げた功績が多く、またどれもが大きい。ここに立つ彼は、本来ならば普通の超人が肩を並べることすら有り得ない存在。

 アレキサンドリア・ミートの平伏は早かった。リングに立つことはできずとも戦いのサポートをメインとするセコンド超人、その救い主とも言える存在を目の前にしてただ立っているだけなんて恐れ多かったから。

 サマルはしゃがみ、目線を合わせ、立つように促す。

 

「俺はそんな態度で接してもらいたくて物作りをしてきたんじゃない。ただ皆の役に立つように、それだけを願ってきた一人の超人だ。……それに、完璧・虚式(パーフェクト・イマジナリ)、なんて称号で呼ばれるのも慣れてない。ただのサマルでいい」

 

「…………っ! はい、サマルさん!」

 

 サマルが差し出した手を取って、ミートは立ち上がる。小さい体には今を確かに生きていることを示す熱があった。自分にもその熱はある。

 

 そうだ、今の自分には体がある。サイコマンが作った体。レスリングはできずとも、強い力を持つこの体を使えばきっと⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の⬛︎⬛︎を⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎できる。未来へと繋ぐための二度目を恐れる必要はない。……あれはあいつが作った。なら、あいつが直すべきだ。一番仕組みを分かっているのはあいつなんだから。

 後は、その時が来るのを待つだけ。

 

 

 日に当たり花開くサイフォンリング。リングに上がる戦士達。

 

 ……カウントは進む。終わりに向かって。



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count over.ある超人の終わり、或いは


さらば、最高の友よ……!! の巻


 あの人が蘇った。病院でテレビ中継を見ていたその超人は、いてもたってもいられず病室から抜け出した。同室にいた超人による静止を呼びかける声は聞こえたが、それに従うわけにはいかなかった。

 走る。完治していない体は痛みを訴える。構うものか。

 

 言いたいことがあるんだ。伝えたい思いがあるんだ。

 

 だから、どうか――間に合ってくれ。

 

 

 

 彼らの戦いをただ、何もせずに見届ける。水を差すほど馬鹿ではない。誰も殺さないでくれなんて甘いことも言わない。

 行われているのは一対一の死合。誰もが命を落とすことを覚悟している。それを一個人の感情で踏み躙ることはできない。

 だって、ここで勝手なことをしたら……俺が封印されている間に逝ってしまったあいつらに、顔向けできない。

 

 ガンマンはバッファローマンの名前を覚えて逝った。ジャスティスマンはテリーマンの見せた新たな可能性を認めてダンベルを託した。

 

 ――多くの命が散った戦いが、ようやく終わりを迎えようとしている。だが、これが本当の終わりではない事を俺は知っている。

 

 将軍様バンザイ。そう叫び、また泣きながら、サンシャインは最後のダンベルを嵌め込んだ。視界が白に包まれる。これでこの世から超人閻魔も含めた完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)が消え去る。その筈だった。

 

 光が収まった。……何の変化もない。消滅の兆しもない。明らかな異変に始祖達は戸惑いを隠せないでいた。

 

「嘘でしょう!?」

 

 そんな中、悲鳴にも近い叫びが上がる。その声の出どころはサイコマンだった。

 

 いつの間に移動していたのか、シルバーマンとサイコマンが戦っていたリングの上にサマルがいた。

 立ち上がるほどの力はないのかリングロープに腕を引っ掛けて体を起こそうとしていたサイコマン。サマルはその体に手を当て、何かを行なっている。その両足は透けている。

 

 ――(サマル)だけが、消滅している。

 

「どうして貴方が……っ!?」

 

「どうして、か。それをお前が聞くか?」

 

 揶揄うように笑って言い返す。

 サイコマンは祭壇に仕掛けを施し、一人だけが消滅するようにした。超人閻魔に無断で、かつ完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)のことを思ってした行動。それは紛れもない友情の現れだ。

 シルバーマンも指摘したように、サイコマンは自身が始祖達へ友情を抱いている、と心の底では分かっていて目を背けている。

 否が応でも認めなければならない現実を見せつける時。その好機が今だった。

 

「皆が消えるなら俺は何もしなかったさ。でも先に細工したのはそっちだ。だから文句は言わせない。……シルバーマンに救われた命をここで捨てる、なんて俺は許さない」

 

「ですが!」

 

 彼が封印されてからサイコマンは仕掛けを施した。かの祭壇に対して遠隔操作は不可能。まずサイコマンのしたことを彼が知ることはできないはずなのに。彼が消滅するなんてありえない。……その筈なのに。

 始祖を消滅させる力の流れは、サマルを終着点としている。矛先はサイコマンに向いているが、さらに流れを生み出している。

 

 認めざるを得ない。彼は自分から消滅のエネルギーを奪っている。だが彼にはエネルギーを吸収できる器官も能力もなかったはずなのに何故?

 ……彼の体を作るために使用した植物の中でも異様な力を秘めていた球根(バルブ)、その影響なのかもしれない。自分のしたことが巡り巡って彼をこの世から消す手助けとなってしまった。そんなこと、認めてなるものか。

 

「今すぐにやめなさい、消えるのは私一人で十分なんです!」

 

「元から無いはずの生命だ、ここで使わずにいつ使う? ついでに前の俺の体を作ったアイツも始末しようとしたんだが……無理みたいだ。この体だとアイツとの繋がりが全くない。……あー……くっそぉどうしてそんな所を完璧にするかなあ!」

 

 それは億の時を生きた男らしからぬ、子供のような半ばやけくそが混じった癇癪(かんしゃく)

 

「……ニャガニャガ、ええ、それは私が天才だからですよ。貴方が封印された後に残されたものの大部分を引き継いだのは私ですからね」

 

 あの頃みたいに軽口を叩き合い、くすりと笑う。

 

「ハハ、その話、もっと早めに聞きたかったな……っぐ……!」

 

 始祖全てを消すほどの力は、個人で制御するには大きすぎる。話をするだけで抵抗力が落ちる。自分の全てを持っていかれそうになる。

 ああくそ……立てない。既に足は消えている。透けてはいるがまだ消えていない膝でなんとか体を支える。

 

 

 もう少しだけ、時間が欲しい――!

 

 

 その願いに呼応するようにサマルの体が発光し、消滅の進行が遅くなる。

 

「あれ、は」

 

 正義超人も悪魔超人も完璧超人も、あの光には見覚えがあった。キン肉マンが発し、友情と共に周囲に伝播したその力の名前は。

 

「火事場のクソ力……!」

 

 悪魔にだって友情はある。なら、完璧にだって友情があってもおかしくない。

 完璧なものがこの世にあるとするならば、それは正義超人の友情だ、とネプチューンマンは言った。なら、正義超人になれたかもしれない二人の友情もまた、完璧なのだろう。だから火事場のクソ力を発揮するに至った。

 

「…………まさか貴方、それは……」

 

「……みたい、だな? いやまさかこれがそうだとは一度も思わなかったんだが」

 

 今サマルが発生させている現象は、始祖らが墓守鬼から聞いた大魔王サタンの顕現とその顛末の報告の中に確かにあった現象と一致する。

 

 体が発光する。サタンの支配に抵抗している。

 

 もしやあの発光とは、火事場のクソ力のことだった? ……嗚呼、友情から目を背けてマグネット・パワーの研究に逃げる必要はなかったのだ。友情を抱いているのは自分だけではなく、彼もいた。あの感情は恥ずべきことではなかった――。

 

「もういい、やめてくれ! 俺を身代わりにしてくれ!」

 

「ピークア・ブー! 貴様っ」

 

 スタジアムへと乱入してきたその超人にネメシスが怒るのも当然だろう。裏切り者が今更どの面を下げて完璧超人の役に立ちます、などふざけた事を言っている。

 いや……そうではないのか。無量大数軍(ラージナンバーズ)の中で一番世話を焼かれていた男は、完璧超人というくくりの中の一超人としてこの場に来たのではない。個人の感情に身を任せ、突き動かされるようにここまで走ってきた。だいぶ無茶をしたのか、巻かれた包帯からは血が滲んでいる。

 

「俺はあんたにどれほど世話になったのか伝えきれてないんだ、だからせめて俺のできる恩返しで――」

 

身代わり(それ)が恩返し? バカを言うな。お前は存在を『価値』として見ているのか?」

 

「そうじゃない! 本当はまだしたい事があるのでしょう!? ここで貴方が消えたらっ」

 

 見せたことのない技を会得できる程の学習能力を持つピークア・ブーは、サマルに面倒を見てもらう過程の中で急成長するほどではないが確かに学習していた。

 彼の内側に秘められていたのは、ピークア・ブーでは処理しきれない感情、情報、慈しみ。超人という種に向けられた彼の優しさ。その発露として作りたいものがある、したい事がある。

 ――とめどなく溢れ出るそれらを一番知るのがサマルなら、二番目に知っているのはそれらを学習したピークア・ブーだ。だからこそ、彼は男の『これから』を守ろうとここまで来たのだ。

 

「『完恐』ピークア・ブー。お前達超人は支配者から全てを与えられなければ生きられないと。何もできない弱い生き物である、と。そう言いたいのか?」

 

 静かな怒り。彼のためを思った怒り。正面からぶつけられた感情に言い詰まる。

 だが……それでも、とピークア・ブーが一歩踏み出そうとしているのを見てさらに言葉を続ける。

 

「何億年とかけて可能性の芽は出た。俺たちがこれ以上手を加えるとその成長を邪魔してしまう。――だからこそ、俺の内を知った()()()()()お前の手で引き継ぎ、繋げてほしい。急成長してお終いじゃない、まだまだ学習できる。そうだろ?」

 

 あの人から期待されている。その言葉の重みは完璧超人の足を止めさせるには十分だった。

 

「未来は今を生きる者達のためにある。……励めよ、若人」

 

 この世から消えるべきはどちらなのか。その答えは既に彼の中では決まりきっている。……覚悟を受け止めたピークア・ブーは自然と片膝をついて頭を下げていた。

 正義超人の開祖シルバーマンはその様子を見て自分のなすべきことは終わった、と安堵する。

 どう足掻こうと完璧超人にしかなれなかった自分と違い、彼ら二人の絆なら――自分では辿り着けなかったあの境地へと、いつか到達する。超人墓場が下等へと落ちることはない。心配は杞憂に終わる。

 

「試合を一度するだけの力しか元より持っていなかったこの身で、たとえ短い時間だとしても、こうしてまた貴方と会えてよかった。……始祖の手から離れて育つその未来を、私はキン肉大神殿にて見守るとしましょう。――あとは頼みましたよ、兄さん」

 

 ゴールドマンはゆっくりと頷く。それを見届けたシルバーマンの身体はマスクのみを残して消え……そして銀のマスクも消える。

 

 裁定者であるジャスティスマンは目の前で起きた事象をただそのままに受け入れ、答えを見出すための判断材料として記憶している最中だ。余計な口出しをする必要はないだろう。

 

 

 ……この場にはあと一人、言葉を伝えなければならない人が残っている。

 

 

「……ザ・マン」

 

「グロロロ……サイコマンもそうだが、勝手に行動を起こした貴様も許してはおけぬ」

 

 血走った目で睨みつけ、竹刀の先端をサマルへ向ける。

 

「だが」

 

 明確に言葉を区切り、竹刀の高さを段々と低くしていく。

 

完璧・虚式(パーフェクト・イマジナリ)の如何なる行動も全ては()()に益をもたらすため、そうであると忘れたことは一度たりとてない」

 

 超人閻魔は復活を許した。だからサマルは今この地に立っている。それは――紛れもなく『慈悲』だ。

 

「――大儀であった」

 

 とうの昔にいなくなってしまったあの人の面影を見る。心の底から功績を認めている。それを改めて確認できてよかった。今の心残りはもう無い。

 ……じわじわと発光が弱まってきている。別れが、終わりが近付いている。

 

 

「ありがとう。こんな俺とずっと一緒にいてくれて」

 

 優しく微笑む。別れを惜しむ空気が満ちる。

 

 

「……しまった、言葉間違えた……これじゃ今生の別れみたいになるな。スマンさっきの台無しにするけどちょっと耳貸してくれ」

 

 ぼそぼそと二言三言耳打ちする。何を言われたのかは分からないがサイコマンはぐわっ、と目を見開いた。彼の言葉はそれほどの衝撃を与えたらしい。

 

「その未来を一体どこで知ったのかはこの際置いておきましょう。確かにそれなら可能性はあります……ですが、このまま貴方の魂も消えてしまえばそれは無意味に!」

 

「なんとかできるさ。コレがうまくいけばまた会える。少しの間だけ、サヨナラだ。……今度起きたらさ、その時はプロレス、教えてくれよ」

 

 ずっと拒まれていた誘いを男はようやく受けた。こんな時でなければ両手を上げて喜べたのに。……どうしてだろう。サイコマンは感情を吹き出さないようにするので精一杯で、返事が出来るほどの余裕はなかった。

 

 

「頼むぜ。俺の最初で最高の友達」

 

 

 とん、とサイコマンの胸を軽く叩く。それを最後にサマルは消えた。

 ……ごとん、と何かが落ちる音がした。それはゆっくりと転がり、サイコマンへ寄り添うようにして動きを止めた。

 

 それは、火事場のクソ力のような輝きを湛えるダンベル。

 始祖が持つ十のダンベルは全て祭壇に嵌め込まれている。そしてサマルはダンベルを与えられていない。なら、これは彼が新たに作り出したものだ。

 

 側面に友の字が刻まれた――言うなれば『友情のダンベル』。

 

 絶対の神器であるダンベルは破壊も消滅もしない完璧なる物体。自らの魂をそれに変貌させるだけで消滅から逃れられるのか? その本当の答えは分からないが、彼は友のために奇跡を成し遂げたのだ。

 

 

 シルバーマンの奥義、アロガント・スパークを受けた痛みは少しも引いていないが、ロープから腕を外して拾いに動く。体は痛みを訴えるが関係ない。

 だって、これはサマルの――友達の形見に近いものだ。

 

 掴み、持ち上げる。その重さは鍛え上げられた自分にとってはなんの障害にも負担にもならないはず。そのはずなのに、この世の全てと比べ物にならないほど重い。そう感じられた。

 

 胸に抱き寄せ、俯く。荘厳なる儀式が執り行われているかのように音がしない世界。ただ、動くのはサイコマンだけ。

 

 

 その頬には――一筋の涙が流れていた。




 虚数、イマジナリーナンバー。それは我々に必要な存在。日々の生活は虚数に支えられていると言っても過言ではない。
 虚式、サマルの手により未来は少しだけ変わった。本来ならば消えていたはずの男は目を背けていた感情を……友情を、受け入れつつある。

 彼の残した言葉を、約束を果たすため超人墓場にて研究をする。その胸には、かつて雷のダンベルであった赤のブローチと似た見た目の――友情のダンベルを変化させた煌めくブローチがあった。


 そして――邪魔者がいなくなったことで、巨悪が動きだす。


……という訳で始祖編はこれにてお終いとなります。

こちらは化歌様に依頼して描いていただきました、本小説の主人公サマルの立ち絵になります。素晴らしい絵をありがとうございます!
……これで超人強度1万……?

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超神編(仮)
大魔王サマル顕現!? の巻


 オメガマン・アリステラとマリキータマンによるタッグ『オメガ・グロリアス』に対するはキン肉アタルとブロッケンJr.のタッグ『フルメタルジャケッツ』。

 アリステラへ繰り出されたアタル版マッスル・スパークにより決着がついた――かに思われたが、そこへ大魔王サタンが現れる。

 アリステラから邪心が無くなったことでアリステラを乗っ取りザ・マンを倒すというサタンの計画は破綻した。

 真の悪魔になれる素質を秘めていた男への失望から、今まさに大魔王による制裁が行われようとしていた!

 

 

『死ねーーっ』

 

 漆黒の杭がオメガマン・アリステラ目掛けて射出される。普段ならば余裕で回避できただろう。だが、今は手負いだ。迫る危機を認識できても体が動かない。

 

 リングの上に鮮血が散った。

 

「ア……アリステラは……オレが、守る……ッ!」

 

 先程までナパーム・コンビネゾンによりダウンしていたはずのマリキータマンがアリステラの前にいた。庇ったのだ。

 鉄柱に打ちつけられ凹んだ胸にさらに杭を撃ち込まれ……もう、その体にはなんの力も残されていなかった。

 

「マリキータ!」

 

 アリステラは手を伸ばす。つい先程までパートナーを助けるために使われていたその手は――届かなかった。

 落下していく同胞は運が良かったのか悪かったのか、地面に激突はしなかったものの緑生い茂る若木に引っかかって――待て、あそこに木などあったか? この関ヶ原の地へたどり着いた時、あのような目立つ緑色は無かったはず。だがその疑問にかまけている暇はない。

 かすかに胸は動いている。呼吸ができている。生きている。それだけで十分だ。

 

『フン、悪運だけはあるようだな』

 

 リングに残るのは皆疲弊しているもこの地上では上位に入る実力者達。

 ならば、誰もが目を背けたくなるほどの惨劇の贄とすれば、地上の絶望はより深いものとなる。

 

『喜べ、私直々に制裁を与えてやろう! とくと刮目せよ、新たなる地上の支配者の誕生を〜っ!』

 

 バチバチと空気が放電する。

 

「あれは……!?」

 

 空に浮かぶサタンの顔がぐにゃりと歪み、新たな形を形成する。……人の形。ぴしり、ばきり、耳障りな外殻の壊れる音。音がするたびにサタンだったものにヒビが入っていく。

 

 内より現れたのは毒々しい紫の鎧を身に纏う真っ赤な体をした――()()()の姿、だった。

 

「バゴアバゴア……この体で現れるのはいつぶりであろうか」

 

 ここにいるのは幻覚ではなく実体である、と言わんばかりにズンと音を響かせてリングに降り立たった。調子を確かめるかのように拳を握り開き、と数度繰り返す。

 唖然とする超人達。当たり前だろう。何故ならサマルはその魂をダンベルに変え、サイコマンにより超人墓場で再度復活するための方法を探している途中だ。

 

 

 では、ここにいるのは――『何』だ?

 

 

「俺はあの戦いを直接見たわけではないが、何が起きたのかは知っている! あの超人がお前に手を貸すなど絶対に()()()()()! その姿に化けて動揺を誘おうとしても無駄だ!」

 

 アリステラは眼前の存在がもたらす困惑を振り払うかの如く腕を振るう。地球から遠く追いやられたオメガの民であっても、かの超人の偉業の庇護下にあるからだ。

 カピラリア大災害から生き残った先祖は、彼がザ・マンの弟子として選ばれ生活の場を移したことで使われなくなった跡地――そこに残された知識を得た。最先端でなくとも優れた物作りの力は大きい。

 オメガの民はサマルにより繁栄したに等しい。それこそ始祖達が粛清を行うほどに。巡り巡って彼に行き着く罪……それが大魔王サタンの策略の一つであるかは本人にしか分からない。

 

「動揺……? 何のことを言っている? この姿は我が化身の一つにすぎん」

 

「デタラメを!」

 

「やめろアリステラ! ブロッケンもだ!」

 

 今すぐに技を仕掛けようとするアリステラをアタルが静止する。超人血盟軍の中でも喧嘩早いブロッケンJr.も大魔王サタンへ襲い掛かろうとしていたが、尊敬する男の声を聞き踏み留まる。

 

「なんで邪魔するんだソルジャー隊長(キャプテン)! あの人が侮辱されているようなモンだろう!?」

 

「違う、あれは――」

 

 キン肉アタルはかの真実について、残虐の神から現れるかもしれない脅威の一つとして教えられた。だが、それを他者へ伝えていない。余計な混乱をもたらす可能性が高かったからだ。

 困惑するオメガマン・アリステラとブロッケンJr.への対応からサタンも気がついたようだ。

 

「んん? そうか、知っているのは貴様だけか。神の入れ知恵か……バゴアバゴア! ならば教えてやろう、愚かな超人達よ」

 

 大仰に腕を広げて語る。

 

「アレは私が作った超人だ。私のモノなのだから私がどう扱おうと問題はなかろう?」

 

「そんな嘘っぱちを!」

 

 ついにアタルの静止を振り切りブロッケンJr.が飛び出す。先手必勝、とばかりに繰り出されるのは彼の代名詞である必殺技。

 

「ベルリンのぉおっ赤い雨ーーーーっ!!」

 

「フン!」

 

 当たれば肉体を容易く切り裂く手刀、真っ赤に燃えるブロッケンJr.必殺の一撃がサタンに当たることはなく、手首を掴まれ止められてしまった。

 退こうとしたものの、そのままサタンの手に力が込められる。技は何一つとして使われていない、ただの力だけでブロッケンJr.は捕らえられた。

 

「グウ〜ッ」

 

「よりにもよってこの体を傷つけようとするとはなぁ〜っ。これは我が化身であるが、お前達が崇めるサマル――真の名をサマエルとするあいつの体そのものでもあるというのに」

 

 襲いかかってきたブロッケンJr.を腕の力のみで横へ放る。適当に、どうでもいいとでも言うかのように。

 リングの上に投げ捨てられた衝撃から呻き声をあげながらも、サタンの放った言葉はしっかりと聞き取れる意識はあった。

 

「どういう意味だ」

 

 攻撃のためオメガハンドを開きかけていたアリステラだが、サタンのその言葉を聞き動きをピタリと止めた。目には敵を討たんとする闘志を燃え上がらせながら問う。

 

「どうもこうもそのままだが? 知っていてワザと教えなかったそこの薄情な元・王子候補に聞けばよかろう」

 

「……残虐の神から聞かされたうちの一つ、現れるだろう脅威とその過去について。それがサタンとサマルの繋がり――その始まりは、この地上に超人が現れたはるか昔まで遡ると」

 

 はるか昔の世界で起きた、御伽噺のような真実。こうして口にしていても頭のどこかでは否定してしまいそうになるぐらい現実味のない話。

 どうやらサタンはこちらの邪魔をする気はないようだ。せめて彼らの傷が癒える時間の足しになれば、と話の早さを少し落とす。

 

「これまでの超人と比べれば異端となる彼は、地上の超人へ技術とモノによる富を与え、それにより超人社会は発展した。……だが、それは破滅をも加速させることになった。富は貧富の差を生み出し、強者が弱者から奪う事を思い付かせ、それは全宇宙へと広がってしまった。超人をこのままにしてはおけぬ、とカピラリア大災害によるリセットが敢行されるもその超人は生きていた」

 

「……それは超人の体を捨てた、とかじゃねえんだよな」

 

 カピラリアの光と同じ超人抹殺光、レインボーシャワー。それから逃れるため、ブロッケンJr.は超人の体を捨てたことがある。

 だが、あれは試合という条件下、かつその中で超人を殺す光を使う相手だと分かっていたからできたことだ。状況が何もかも違う。けれど、確認のために問いかけた。

 

「ああ。超人から人間へなったのではなく、ザ・マンに救い上げられたのでもなく――光を浴びて、それでもなお、超人は生き残った」

 

 サタンへと視線をやるも、大魔王はにたにたと笑いながらこちらを見るだけで何も言わない。上から目線の答え合わせをされているようで気に食わないが、今は時間を稼ぐのが先だ。

 

「神すら知らなかった、カピラリアの光を通さない大樹。それを元にして作られた超人、それがサマル。神の手ではなく大魔王サタンによって生み出された、本来ならばいるはずがない超人」

 

 そうして彼は生まれ持つ知識とザ・マンの慈悲によって、始祖へと迎え入れられた。今を生きる者は知ることさえあたわぬ、神のみぞ知る物語。邪悪五大神は当然知っていた。

 

「バゴアバゴアッ、ちゃあんと神の使い走りとして覚えてきたようだな」

 

 乾いた拍手が祝福する。貰っても誰一人として嬉しいとは思わないそれを止め、サタンは話を引き継ぐ。

 

「そこから先は神とて知らんだろう。――ヤツは一度死んだ。そのためにサイコマンとやらが新たに体を作る必要があった。その経緯についてはあえて語らなかったようだがなぁ〜っ」

 

 下等超人の皆さんにもわかるように、とサイコマンがサマルについて語ったのは偉業のみだった。当然だろう、口に出すのも考えるのも嫌になる存在をあの場で態々出す必要はない。

 

「真実はこうだ。カピラリア大災害を生き延びたあいつは憎くきザ・マンの下へ潜り込み、私の望みを叶えるため超人墓場へと私を召喚したが、その直後で愚かにも裏切った。だから裁きを与え殺した。故に魂は超人墓場に残った……なら、体はどこにあるか?」

 

 ニタニタと笑いながら指先を自分(サタン)に向ける。

 ――消滅を請け負った際の台詞の中、サマルは『ついでに前の俺の体を作ったアイツも始末しようとしたんだが』と言っていた。他ならぬサマル自身が、自分は他の存在に造られた命であり、かつそいつは滅びるべきものだと肯定していた。

 ……正義超人達の顔が青ざめる。

 

「アレは己の存在が他の命とは相容れぬことを知っていた。知っていてなお、私が与えた堕落の知識を振るうのを止めなかった。その果てがカピラリア大災害よ。――貴様ら超人を発展させたのは我が知識と言っても過言ではない。ならばこの私を崇め奉るのが筋というものではないか?」

 

 

 

「――何を言っているのですかねぇ?」

 

 

 

 どこからともなく声がする。

 

「この地上に古代から残る癌を崇める文化なんて存在しませんよ」

 

 そこには二人の男が立っていた。

 風にはためく純白の衣、鎖の揺れる音。一人の胸元を彩るブローチが瞬き、その存在を主張する。サタンはそれを見て少しばかり顔を顰める。

 

「ニャガニャガ」

 

「………………」

 

 完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)、サイコマンとジャスティスマン。

 

 かつては地上に蔓延る友情パワーを殲滅せんと正義と悪魔を相手にしていた恐るべき強者。だが、今は敵ではない。鍛え上げられた筋肉が、その背がこちらに安堵を与える。なぜなら、彼らがここにいる目的は――。

 

「消え損なったザ・マンの手下ども、か。私はそこの哀れな超人へ真実を知る手助けをしてやっているのだがな? 何がお前らの気に食わんというのだ」

 

「主観と虚飾に塗れたものは真実とは言わん」

 

「バゴアバゴア、面白いことを言う。私は当事者だぞ? お前たちは実際に見たわけではないのに何故そこまで言い切れる!」

 

「黙れゴミ屑」

 

 コレは余計な隙を与えれば延々と都合のいいように話を騙る。だからジャスティスマンは全ての言を断ち切った。

 

「下がりなさい。この太古から蔓延る邪悪は我々が滅ぼすべき存在です」

 

 サイコマンから遠回しに後は任せろ、と言われたアタルはブロッケンJr.と肩を支え合うようにして浮遊リングから下りる。アリステラはジャスティスマンと何かを話して……納得したのかフルメタルジャケッツの後を追う。

 

「さあ、これで邪魔は無くなりました」

 

「バゴアバゴア……怪我人に気を取られて負けました、の言い訳ができなくなったの間違いではないのか?」

 

「お前一人で我らに勝てる、と?」

 

 数字で見ると二対一。劣勢であるはずなのに、サタンは口の端を吊り上げ笑う。

 

「誰が二人まとめて相手などするものか」

 

 クンと手を動かすと同時、サイコマンがダイヤモンドの輝きをもつ何かに背後を取られた。

 羽交締めにされる。後ろへと重心が傾く。スープレックス? 似ているが違う。ダイヤモンドのソレはロープを越えるように飛んだ。組み付きを外そうとはしない。自身の重さと重力による加速を追加してサイコマンを地面へ激突させようとしている。

 

「ニャガーッ」

 

 かつてこの地で試合が行われた際は浮遊リングの横の面もリングとして使用していた。両腕から放たれるマグネット・パワーが重力装置を再稼働させる。重力が生まれ、落下する方向が変わる。何事も起きなかったかのように浮遊リングの側面に立つサイコマン。組み付いていた相手も流石に分が悪いと判断したのか、腕を解き距離を取る。

 

 ……突然の出来事であろうと戸惑うことなく冷静に対処した見事なサイコマンの手際により、サタンの手のものによる自爆特攻は不発に終わった。

 不意打ちをしたのはどんな輩なのかとその顔を見た途端、サイコマンは口に手を当て優雅にかつ嘲るように笑う。

 

「こんな粗雑な人形を使って始祖と真っ当な試合ができるとでもお思いで? 節穴にも程がありますよ」

 

「試合? そんなものをするとは一言も私は言っていない。これから行われるのは『処刑』だ!」

 

 サイコマンと睨み合うのはギラギラと目を潰すように攻撃的な光を放つボディを持つマスクマン……いや、その中に命は無い。見た目は悪魔将軍そのものだ。だがところどころ動きがぎこちない。例えるならば関節の錆び付いたロボットや糸の絡まった操り人形といったところか。

 それでも恐怖の将として並の超人を葬るには十分な力を備えている。人形は痛みに怯まない。損傷を恐れない。この人形の動きを止めるには少々手間がかかるだろう。

 

 見れば見るほど嫌悪感を沸き立てるコレが何でできているのか、始祖の二人はどうでもいいと心の中で切り捨てたが……声が出せたのならサマルは正解を言い当てただろう。

 

 ――ジェネラルストーン。大魔王サタンによって作られる、邪心を増幅させ魔性の力を与える宝石。その硬度はダイヤモンドに匹敵し、肉体の一部として扱えば強力な武器にもなる。従順で強力な手駒を生産し、自ら手を汚す必要が無くなる……それもきっと『堕落』の力。

 ゆっくりと構えるニセ悪魔将軍を威嚇するかのようにブローチが小さな光を明滅させる。落ち着かせるようにそっと片手で包み込む。

 数秒し、手を離し――空気が変わった。

 

「ニャガニャガ、もうジョークは十分です! さっさと始めましょうか!」

 

 彼の強力な武器の一つである巨握の掌を恐怖の将に向け、一気に距離を詰める。……戦いが始まった、その振動がジャスティスマンの足元から伝わってくる。

 

「大事な大事なオトモダチの体を傷つけたくないだろう? 抵抗しなければすぐにあの世へ送ってやるぞ」

 

「愚かな。その程度で手が出せなくなると本気で思っているのか?」

 

 思い出す。この場に降り立つ前、サイコマンと交わした会話を。

 

 

 大魔王サタンは友の生をめちゃくちゃにした元凶。敵討ちとして戦いたいはず。だがサイコマンは己に大魔王サタンと戦う権利を譲ったのだ。友の体を傷つけたくないから? それについてはジャスティスマンも似た気持ちを抱いている。友の体を傷つけることなくサタンのみを倒す……奥義による有罪か無罪かで試合に決着をつけるジャスティスマンには難易度が高い。下手をすれば誰も望まない結末になってしまう。

 サイコマンに対して益の少ない申し出について問い詰めれば「貴方には説明しても理解されないでしょうが」と前置きをされてあることを頼まれた。それが成功すれば心置きなく裁きを与えられる状態を作れる、だからそれまで攻勢に出るな、と。

 

 ――ジャスティスマンはそれを二つ返事で引き受けた。あまりにもあっさり受け入れたのでサイコマンは信じられないものを見るような目になり、今度こそ私の邪魔をしないでくださいね、と話は唐突に終えられた。

 

 

 サタンは自分が勝つと慢心しきっている。隙だらけだ。ならば、問題なくサイコマンからの頼みは遂行できるだろう。

 ジャスティスマンは外套を脱ぎ捨て、手に持つ天秤を試合中の定位置であるコーナーポストへ投げる。何も乗っていない秤が軽い音を立ててその高さを揃える。

 

 

 ゴングは鳴らない。長き因縁と罪による戦いが今始まろうとしていた。



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依り代なき共犯者(アコンプリス)! の巻

 リングの中央でぶつかり合う両者はまず打撃で様子を見る。

 ――先に仕掛けたのはサイコマンだった。ロックアップをする必要もないと力量差を見切った彼は、あえてガードを緩くする。

 

「バゴァァアーーッ」

 

 あからさまな隙に飛び込む恐怖の将。サイコマンの顔を狙って魔のショーグン・クローが迫る。一度ショーグン・クローに掴まれれば何をしようと決して離すことはできない。

 

「私の顔に触れようなど百年、いえ千年早いですよ」

 

 あと10cmでクローが届く。……その筈なのに恐怖の将の動きが止まる。サイコマンが左手で恐怖の将の腕を掴んでいた。体全体を使いあと10cmを無理やり押し込もうとしてもびくともしない。むしろパキパキと硬質な物体が割れる音がし始めた。

 

「ニャガッ!!」

 

 勝負は巨握の掌に軍配が上がった。そのまま力を込めていけばヒビが入り、ヒビはどんどん伸びていき……与えられた力に耐えきれず、恐怖の将の腕は砕けた。

 

「バギャゴアーッ!?」

 

「……」

 

 硬度10、ダイヤモンドの硬さを誇る相手を破壊したというのに嬉しそうには見えない。むしろ顔は険しくなっている。

 ……始祖の中には真なるダイヤモンドパワーを会得、またはそれに匹敵するほどの硬度を得た者がいる。彼らとの試合経験から悟る。これはダイヤモンドパワーの模倣品でしかない。ゴールドマンの足元にも及ばない欠陥品だ。

 

「グ……ゴゴゴ……」

 

 失った右腕を名残り惜しむかのように、肩を押さえるそぶりを見せる恐怖の将。対戦相手に恐怖を与えるどころか逆に怯えている。

 

「もう終わりを装いますか。しぶとく世界にちょっかいをかけ続けてきたシミが作ったお人形がこの程度で終わる? そんなはずないでしょうに」

 

 それは直接戦っている者にしか感じ取れない違和感。

 手応えが途中からおかしくなっていた。壊したのではなく勝手に崩れた。力に負けたのではなく逃げたのだ――それは気付いていた。

 

「まあいいでしょう。早い幕切れを望むならこのまま終わらせ――ニャガ?」

 

 気をつけろ、そう忠告するかのようにブローチが熱を帯びた。

 

 悪魔が作り上げたダイヤモンドは砕け散った。綺麗な結晶片が空を彩って。

 それらが、ひとりでに動き出し始める。

 

「バゴアーーッ」

 

 マットを這うようにして現れた腕がサイコマンの足首を掴んで――いやジャンプで回避している。引き摺り倒し、寝技へ持ち込むつもりだったのだろう。恐怖の将の表情は変わらないが、悔しがっているように見える。

 宙に浮いたサイコマンの目にはその正体がよく見えた。

 

「なるほど、そういうカラクリでしたか」

 

 小さなダイヤモンドの結晶が集まり、カチカチと音を立てパズルを組み上げるように腕が作られていく。いや、それだけではない。よくよく見れば恐怖の将本体にも細かく規則正しい線が見える。

 

 ここまでヒントを貰えれば正解は簡単に導き出せる。恐怖の将を形作るのは巨大なダイヤモンド塊ではなく、結晶の集合体である、と。

 砕いただけでは致命傷にはならない。痛みを感じない人形相手ではギブアップは狙えない。それに、ダイヤモンドの塊にマグネット・パワーは通じない。

 ……相性だけで見れば悪い部類に入る。だけ、でしかないが。

 

「タネも仕掛けもバレた後の奇術ほどつまらないものはありません。こういった手合いは核を壊してしまえば何もできなくなるのは知っているんですよ」

 

 そう言うやいなや、飛び膝蹴りを恐怖の将の胸めがけて見舞う。

 重い一撃を受け怯んだ恐怖の将。その隙を逃さずサイコマンは敵の左腕を捕らえ脇固めに持ち込む。……べキリ、と鈍い音がするのにさほど時間はかからなかった。

 

「ここではない、と」

 

 たかが腕一つ脚一つ……もぎ取られようと分解、再構築すれば元に戻る。だから恐ることはない。はず、だが……。繊細にかつ大胆に、こちらの思考と行動を上回る速度でサイコマンは試合を支配している。対応しようとすれば、相手はすでに次の行動に取り掛かっている。恐怖の将はずっと後手に回っている。

 

 これ以上解体されてはならぬ――! 相手の予想を越えなければ状況は好転はしない。選んだのは全身をダイヤモンドの欠片として飛び散らせることだった。

 こうしてしまえばもう技に掛けられることはない。相手もこの欠片を一つ一つ潰すのは骨が折れるはずだ。

 

「またバラバラになってしまいましたか。壊れやすいのもいい加減にしてもらいたいですねぇ」

 

「この恐怖の将を壊すだとォ? 逆に貴様を破壊してやるわ〜っ!」

 

 そうと決まれば体を組み上げ背後から羽交い締めに、首の後ろで手を合わせる。両膝をサイコマンの両脚に絡めてしまえばその場から逃げることは不可。

 地獄の九所封じ――悪魔将軍が誇る必殺技のフルコースの一つ。ダミーではあるがラストワンを飾った必殺技。

 

「超人圧搾機――!」

 

 極まった。手応えを感じた恐怖の将の顔に気味の悪い笑みが浮かぶ。あとは折り畳むようにサイコマンの全身を破壊するだけ。

 

「ニャガニャガ……この程度で始祖の動きを封じられる、などと思われては片腹痛いですよーっ!!」

 

 恐怖の将に極められ、不自由なはずのその足で――飛んだ。組み合ったまま両者浮く。背中から落ちれば、先にマットへ衝突するのは当然恐怖の将。がっしりと極まっているが故に咄嗟に逃げることもできない。

 

「バゴハァ〜ッ」

 

 予想外の抵抗で緩んだロックを振り払い、サイコマンは何事もなかったかのようにリングに立つ。対する恐怖の将はマットに倒れたままだ。

 

「練度が低い。意表を突けば試合の流れを支配できると思い込んでいる。あえて技を掛けさせたとも理解できていない。ニャガニャガ……試合を開始して十数分、こんな短時間でまさかここまでボロが出てくるとは思いもしませんでした。こんな体たらくで大魔王を名乗るとは……貴方が見下している超人よりも下等、いや劣等の方がお似合いですよ」

 

「バ、ゴ……ぬかせェ道化風情がっ!」

 

 サタンの怒りが恐怖の将の口を借りて溢れる。

 

「バゴア〜ッ!」

 

 恐怖の将の影がヌムヌムと広がり、何かが這い出てくる。それは今サイコマンと相対する恐怖の将と全く同じ姿をした物体……いや、これもサタンによって作られた人形。

 サタンの力を素材としているため恐怖の将は量産され複数いてもおかしくはない。が……複数いると分かってしまっては恐怖よりチープであるという評価が先に来てしまう。

 

「おや、一対一を望んだそちらが先にルールを破りますか」

 

「「ルールだと!? 今更何を言うか〜っ! ゴングが鳴っていないのに仕掛けたのは貴様らの方ではないか!!」」

 

「どうやら記憶力も足りていないご様子。こちらは何も手は出していなかったのですがねぇ」

 

「ほざけーっ」

 

 もはや生かしてはおけぬ、と二体が魔のダイヤモンドダストへと変貌する。

 何も知らない人間が見ればダイヤモンドダストに光が乱反射する光景を美しいと評するだろう。だが実際は中にいる者を殺すための処刑装置であると隠すための薄幕。

 

 ――ダイヤモンドの嵐。台風の目に位置するサイコマンを追い詰めるかのようにじりじりと安全圏を狭めていく。絶体絶命のピンチ? 否。やれやれとため息を吐く。

 

「おバカな大魔王様へひとつ教えて差し上げましょうか。ダイヤモンドはですね――()()()のですよ」

 

 それは――まさか、そんなことができると思っているのか。恐怖の将を形作るのは普通のダイヤモンドとは違う。悪魔の宝石、ジェネラル・ストーン。そう簡単に攻略できるはずがない。

 

 大魔王サタンは超人を侮る。下に見る。だから記憶から消し去っていた。

 サイコマンによって与えられた肉体、そこに使われたトロフィーバルブの影響からサマルが『吸収する』という力を得たことを。

 

 悪魔の宝石だと言うならば悪魔たらしめる要素を取り払ってやればいい。大魔王サタンの手によって作られ、その知識の一端を身につけた彼ならただの石ころに戻すこともできる。

 というよりも、ジェネラルストーンに近しいものを作ったことはあるのだ。昔々シングマンにちょっかいをかけていたネバーとモアの注意を引くため、超人パワーを圧縮して作った小さな光る石がそれである。

 

 

 ――手を貸していいのか、と問う。

 ――勝手にタッグマッチに変更したのは相手の方が先だから問題はない、と返答される。

 ――そう友が言うのならば、と力を振るう。

 

 

 その場でくるりと身を逆さに、コマのように回る。遠心力で広がるドレスを炎が彩る。

 

「イグニシォンドレス――ッ!!」

 

 嵐の流れを利用し回転は普段よりも増している。……同じ方向への回転なら、その勢いは恐怖の将も利用できる。悪魔はほくそ笑んだ。――サイコマンの体が発光するまでは。

 

「目眩しかァ? 馬鹿なことを……っ!?」

 

 その肉体を引き裂いてやろうと触れた欠片が、ただのダイヤモンドになっていくのが分かった。

 

「な、あっ……」

 

 あいつの気配だ。こちらが奪われた分、あいつの力が強まっている。不味い、このままだと、このままだと……!

 

「ヒッ、ヒィイイ!」

 

 逃げられない。サイコマンが巻き起こす嵐の中に捕らえられ、悪魔による処刑場は完璧に役目が崩壊した。力を奪われ、風に翻弄され――恐怖の将はどうすることもできなくなっている。

 

「ニャガァーーーーーーッッ!!」

 

 金剛を上回る輝きの、黄金色の炎が渦を巻く。

 

「ギャアアアアァァァァァ――――……」

 

 悲鳴。残響。

 炎が消え、風が止んだ後のリングの上には男が一人。

 

「――ジ・エンドです」

 

 完幻奥義も拾式奥義も使わなかった。友の力を組み合わせた必殺技一つの前に、恐怖の将は敗れ去った。

 

 

 

「チィッ」

 

 そこそこ手間を掛けて作った手駒が跡形もなく消されては舌打ちの一つぐらいは出ても仕方がない。役立たずめ、と心の中で吐き捨てる。

 

 それにしても――仲間が勝ったというのになにも反応を見せないこの男。サイコマンが恐怖の将と戦っている間、一方的にサタンが攻撃を加え続けても血の一つも見せず、防御に専念していた。

 ちらり、と横目でコーナーポストを……正確にはそこにかけられた裁きの天秤を見る。お前の罪を測ってやると作動させたそれはジャスティスマンの側へ大きく傾いたままで、戻る気配は見られない。

 

 もしや、この体へ手が出せないのではないか――そう確信する。

 天秤が傾いているのは罪の意識によるもの。強い負の感情がある超人を大魔王サタンは操れる。この厄介な相手を支配し、打倒ザ・マンの手駒へと変えてしまえば恐怖の将を失った補填に。いや、それ以上の釣りが来る。

 

「バゴアバゴア〜ッそろそろこちらも決着をつけようではないか」

 

 ジャスティスマンの頭を掴み強引に引き倒す。サタニックソウル・ブランディングのセットアップに入るべく、チキンウィングに固めあげようとサタンが動き――。

 

「ハワーッ」

 

 うつ伏せの状態であったはずのジャスティスマンが仰向けになっていた。素早くドロップキックで蹴り上げる。

 

「グォ!」

 

 シンプルなその一撃にどれほどの力が込められていたのだろうか。サタンの体が空高く上昇していく。

 防御姿勢が取れなくなった相手へ追撃として与えたのは意外な必殺技だった。

 

「タービンストーム!」

 

 竜巻地獄に匹敵する強風がより高く、遠くへとサタンの体を浮き上げる。

 

 高所から見下ろすようになって――それが見えてしまった。

 リング側面、試合を終えたサイコマンが身につけていたブローチを外しているのを。ブローチへとマグネット・パワーを与え、友の力を増幅させているのを。

 サタンには、始祖が何を狙っているのかが分かってしまった。

 

「出来損ない風情がっ――!! ザ・マンに拾われただけの下等超人がァア!!」

 

「――それ以上その顔で喚かないでもらえますかね」

 

 サイコマンは道化の化粧が施された上からでもわかる嫌悪を露にする。

 

「あるべきものがあるべき場所に戻るだけ。その手伝いですよ、これは」

 

 誰にも操作されず、自分の意思でブローチが飛翔した。サタンの体と光で繋がる。それは痛みを与えるものではない。だが……サタンは苦しんでいる。

 サタンによって作られたが善の塊であるサマルはサタンとこれ以上ないほど反発する存在。その魂が、奪われた身体に入り込んでいる大魔王を追い出そうとしている。

 

 

 

『――そう遠くない未来、サタンが現れる』

 

 消滅間際のサマルはサイコマンにのみ未来の知識を告げた。サイコマンはその言葉だけで彼が何を望んでいるかを理解し、来たるその時のための準備を整えた。

 サイコマンがジャスティスマンへ頼んだのは『大魔王サタンが抵抗不可能な状態を作る』こと。

 

 

 決着は自身の手で。

 それが、友の願いだった。



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大魔王との血闘! の巻

本編に入る前に少し紹介をば
こちらのリンク先にありますのは丸焼きどらごん様に依頼して描いて頂いたサマルとサイコマンのイラストになります!素晴らしいイラストをありがとうございます!!

2023/5/21
丸焼きどらごん様に依頼して描いていただいた挿絵を追加。


 ――コーナーポストを椅子代わりに、ココへ来る存在を待つ。

 

 ソラから落ちてきたのは見慣れた顔。自分の身体なのだから当然だ。カラーリングが違うのは、その中に宿る邪悪な精神の影響を受けているからだろう。ズシャア、と着地したその存在はこちらを睨みつけている。

 

「久しぶりだな大魔王サタン。俺の体を使えてよかったじゃないか、気分は最高か?」

 

「グ……グゥウ……小賢しい真似を!」

 

 胸を押さえながらゼイゼイと乱れたリズムで呼吸する。体調は最悪だろうに、こいつの前で膝を屈するものかとサタンの体はプライドで支えられている。

 自身が嫌悪するものを直接撃ち込まれた結果の疲弊、それは回復する事なく大魔王を蝕んでいる。

 

 サマルの魂はあるべき場所へ帰ろうと、邪魔な存在を追い出そうとしている。此処はサマルの作り出した精神世界。異物であるサタンは今、世界そのものに圧迫されているような苦痛が与えられている。

 

「一度ならず二度までも私に逆らうか、愚かな超人めが!」

 

「俺はお前に従っていた覚えはないんだがな? 自称大魔王も寄る年波には勝てずボケは進行してしまうんだな。ザ・マンにも一応注意するよう言うべきかなァ」

 

 煽りと共にわざとらしく口の端を上げ、悪い顔になる。

 

「ゲギョ……その心配はすぐに不要になる」

 

 邪悪な笑みを浮かべる方のサマルが毒々しい霧に包まれ、その姿を変化させる。

 トゲトゲしい攻撃的な鎧に紫のカラーリング。悪役(ヒール)レスラーという言葉すら生ぬるい、真の悪。――大魔王サタンが実体化する。

 

「ここで貴様は真の消滅を迎えるのだからなぁ!」

 

 コーナーポストから降り、サマルはサタンを睨む。

 

「確かに余計な心配だ――ザ・マンがお前なんかに負けるはずがない。だからといって俺達始祖が放置するはずもないがなっ!」

 

 

 

 そう叫ぶと同時に、精神世界で始祖と大魔王の第二ラウンドが始まった。

 

 

 

 先に攻め込むのは大魔王サタン。腕を大きく振りかぶり右ストレートを放つ。

 対するサマルはスウェーで躱す。相手の伸び切った腕を掴もうとしたが、腕を覆う鎧が高速回転しその手を弾く。

 

「っ!」

 

「ゲギョアッ!」

 

 予想外の抵抗に体勢が崩れたサマルに肘を見舞おうと力強く一歩踏み込み――。

 

「――!」

 

 木の角がメキメキと音を立てて伸び、ロープに絡み、伸縮。サマルの体を引っ張り攻撃を回避する。

 

「チィッ! こざかしい真似を!」

 

「実戦経験の不足、最初から欲張りすぎた、相手の速さ、間合い、そして力……良し」

 

 相手の言葉が耳に入っていないのか、己の問題点を数えぶつぶつと呟く。その態度が気に食わないとサタンは攻撃の手を緩めることなく突進する。

 

 大魔王サタンは見た目通りのパワーファイター。対する相手はたった一万の超人強度しか持たない貧弱な超人。

 一撃さえ当てれば決着はすぐ。速攻で終わる、筈なのに。

 

「(何故だ!? 何故、この私がこうもいいようにあしらわれている――!)」

 

 苛立っていた。戸惑っていた。

 殴ろうとすれば横から力を加えられ逸らされる。蹴ろうとすれば即座に後ろへ跳んで逃げられる。

 ならば、と蹴りをフェイントに。狙い通りに空中を舞う無防備な体を狙いラリアットを。一歩ごとに加速し、その一撃は重みを増していく。

 

 当たる、その筈だった。

 

「ハァアッ!」

 

 サマルが放電した――? 否。それは友が扱っていた力、マグネット・パワー。

 バババと音を立てる強大な磁気は下へ放たれた。リングに当たり、反発し、勢いを利用し体一つで空を舞いラリアットを躱わした。

 さらにその体がサタンの頭上に達したところで頭を掴み、自身の重さとマグネット・パワーを加え後ろ向きにリングへ叩きつける。起きあがろうとついた腕を奪い、寝技に持ちこむ。

 

「ゲギャッ……!?」

 

 相手が頑丈で攻撃が通らないのであれば力の差が関係ないような技を使えばいい。

 ……サマルは数多の超人に衣服を作るにあたり、採寸の腕も鍛えられていった。時間を取らせず、ストレスなく行うようにと洗練されたその技術は『相手に警戒心を抱かせない』ところへ至った。

 

 その手に殺意はない。敵意もない。ただ『できるからしている』だけ。

 

 サイコマンが関節技(サブミッション)に長けたレスラーになると見出した素質とがっちり噛み合い、見事に開花し、あの大魔王を圧倒している――!

 

 針の穴を通すが如く。ほんの少しの緩みを見逃さず、自身が付け入る隙へと変える。

 技に耐えるのならば強め、苦痛から逃れようとみじろぐならばその動きを逆手に取り新たな技を極める。

 

トワイン・アラウンド・ループ――!」

 

 距離を離すことを許さない。絡みついて離さない。ここにいるのは獲物をゆっくりと絞め殺す蛇。

 

「技一つ掛けた程度でこのサタンを止められると思うなよーっ!」

 

 三角絞めへ移行しようとしたが、腕の力だけで止められた上にリングへと叩きつけられる。

 

「ぐぅっ!」

 

 マグネット・パワーでブーストされたとしても埋め難い地力の差が出た。リングに血が散る。拘束が緩み、サマルは致命的な隙を晒す。

 サタンは立ち上がる途中サマルの頭を乱雑に掴み、憎たらしい頭蓋を鉄柱へぶち当て、傷口を更に広げようと――ガゴォオン、と大きな音と共に世界が揺れる。

 

「ゲギョアッ!?」

 

 どうしてか自分の腕へとダメージが来た。予想外の痛みに思わず手を離し距離を取る。

 

「お前と俺の繋がりを使って衝撃をそのまんまお返ししてやっただけだよ。自分の力を喰らった感想はどうだ?」

 

 垂れる血を拭わず、サマルは種明かしをした後いたずらっぽく笑う。

 

「フン、くだらん小技だ!」

 

 相変わらず口調は荒いもののダメージを返される、というのはパワーファイターにとって苦手な技。わかりやすい前兆が無いのが特に厄介だ。サタンは攻めの姿勢から一転、一定の距離を保って様子見に専念している。

 先ほどは単なる叩きつけだったから腕のみで済んだ。だが、もし自身最大の必殺技であるサタニックソウル・ブランディングを受けてしまえば全身にダメージが跳ね返りタダでは済まないだろう。

 

「……お褒めに預かりどーも」

 

 邪悪の権化たる大魔王サタンへ接続し衝撃を流す都合上、精神的な負担がかなりクる。元々一度きりのカウンターのつもりで放った技に対して無駄に警戒して貰い万々歳だ。

 そもサマルが可能ならばサタンにも同様のことが可能では、と更なるカウンターを思いついていない時点で駄目だ。

 

 これまで裏からあれこれと策を練っていたにしては発想のスケールが小さく戦うのが下手。理由は簡単、()()()()()()。ジャスティスマンとの戦いでサタニックソウル・ブランディングのセットアップをわざわざ地上でしようとしていたのがその証拠。

 

「…………」

 

 垂れて目に入りそうだった血を手で拭う。ガンマンとの諍いで明らかになったゴムの性質を持つ血だ。片手で軽く整形し紐状に変化させる。

 

 実戦経験皆無のサマルであるが、目で見て覚えた技ならば見様見真似で使うことができる。億を超える時間を鍛錬に費やした始祖の皆が基準になってしまうため、本人が完璧であると納得して使えるのは基礎的なものばかりになってしまうという自覚していない欠点も存在している。

 

 

 ――直撃しなかったベルリンの赤い雨、この手にある血を引き延ばして作られた赤い紐、大魔王サタンですら知ることができない知識。

 

 

「そうだな、アレを使わせてもらおうか」

 

 そうと決めれば右腕を血の紐で即座に胴体へと固定する。

 

「何を馬鹿なことを! 自分から手を封じるとはな〜っ!」

 

 好奇と見たサタンがタックルを仕掛ける。

 

「森の木の葉の如くに体軽やかに!」

 

 が、サマルはロープを掴み、反動を利用して攻撃を回避すると共にサタンの背後側へ跳ぶ。

 

「隻腕軸とし独楽の如くに体旋転すれば!」

 

 右肩をコーナーに乗せて軸とし、言葉通りに回る。一回転ごとに速度を増すその姿はまるで竜巻のようであった。

 

「竜巻の如くに飛び出すこと縦横無尽!」

 

 高めた速度と勢いを殺さぬまま、縦回転でサタン目掛けて飛び掛かる。

 流石に無防備な背中をそのままにはしないようだ。サタンは体の向きを反転済み。真正面からサマルを迎え撃とうとしている。

 

「この時左手右脚を以って左脚しならせおう進すれば、左脚鋼鉄の鎌となる!」

 

 左脚を伸ばし、左手で足先を掴む。右足で膝を押さえ固定すれば、左脚全体を使った巨大な鎌が出来上がる。

 

「敵の懐に深く入り肉斬り! 骨を断つーっ!」

 

 肉体が変化した刃に赤い炎、その必殺技はまさしく脚で放つベルリンの赤い雨。

 

ブロッケンの帰還!!」

 

「ゲギョグァーッ!!」

 

 手のみを鋭くさせたベルリンの赤い雨と違い、左脚全体が変化したブロッケンの帰還を止めるには白刃取りしかない。ガードしようとした動きは間に合わず、身体を切り裂いた。大魔王の鎧がひび割れ、その内側に潜む存在へと攻撃は届いた。

 

 ブロッケンの帰還――時間超人の襲来をきっかけとする別の時間軸のとある出来事を切っ掛けとし、ベルリンの赤い雨を失ったブロッケンJr.が作り上げた必殺技。故にこの時代には影も形もない。

 

 知らない必殺技に対応できず、真正面から攻撃を受けた大魔王サタンが片膝をつく。ベルリンの赤い雨は直撃すればどんな相手であれ致命傷は免れない威力を持つ強力な必殺技。

 

「さっさと終わりにしようか、大魔王サタン!」

 

 紐を解き、自由になった両腕を使いマグネット・パワーを放射する。

 この身に宿した友情の磁気波がリングを覆い、反発する力を使い体の自由を奪ったまま宙に浮かせる。

 

「たかが1万パワーのお前に……この私が……!」

 

 創造主たる私が被造物に負けるはずが、非力なお前に一撃必殺の技を使えるはずがないだろう、という視線は彼の放つ煌めきに遮られる。

 それは「己のため」であり「友のため」。二段階目の火事場のクソ力を発揮したサマルは宙に浮かせたサタンと同じ高さまで跳躍する。

 

「オォオ――ッ!」

 

 非力を補うべく、マグネット・パワーを利用してセットアップに持ち込む。相手の腕を交差させ手でロックし、相手の膝裏へと踏むような形で足を絡めた変形のロメロスペシャル。

 それは完璧(パーフェクト)拾式(テンス)奥義、輪廻転生落とし(グリム・リーインカーネーション)とよく似た形であった。

 

 形になったところで次は重さが足りない。落下する最中、アタル式マッスル・スパークの様に技を極めたまま縦回転を加える。

 ……自分のことであるから分かってしまう。まだ、力が足りない!

 

 ――自分の奥底から何かが湧き上がってくる。無数の声無き応援が背を押す。

 それは1億4000万年前のタッグトーナメント中に起きた地殻変動で命を失った超人1056名からなる声援。遥か昔から残されたサマルを由来とする伝承を知る者達が、名前の残っていない彼らの遺伝子が、誰も知ることのできない戦いだと分かっていながらも声を上げている。

 

 体の内を満たす熱と共に口をついて出た言葉は、自分も知らなかった力を発するキーワード。

 

加速(アクセレレイション)!」

 

 カチリ、と音がした。サマルの胸から何か煙のようなものが体を覆う。透けていく。互いの姿が消える。

 食べた者は全ての属性を超越するといわれる 完全無比の球根(コンプリート・バルブ)。その属性の中には正義、悪魔、完璧……突然変異である()()()()も含まれている。

 

 本来は時間超人のみが扱える時を超える力だが、サマルの新たな体を作るために 完全無比の球根(コンプリート・バルブ)が素材になったことが原因で使えるようになっていたのだ。

 かつてサタンにより穿たれた胸の傷跡からエキゾチック物質を放出し、肉体の周りの時間軸をほんの少しずらし未来へと移動する。常軌を逸した加速と摩擦により炎が発せられる。

 

 これでようやく、足りた。

 

「貴様ッ……貴様ァアアア――!!」

 

 火事場のクソ力による黄金の光が真っ直ぐにリングへと向かい、炎と雷が尾を引く。それはまるで、星が落ちるように。

 

完璧(パーフェクト)虚式(イマジナリ)奥義、 輪廻転生兆し(メテムサイコーシス・ライト)ーーッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 頭からリングへと叩きつけられた大魔王サタン。もう喚くことはなかった。

 頭頂部からひび割れが広がり、バギンと大きな音を立て崩れ落ち、まるで最初からそこにいなかったように消えていく――。

 

 

 

 その変化が起きたのは一瞬。光が消え、苦しんでいたサタンから何かが弾き出される。

 それが何を意味するのか分からない超人はいなかった。

 

 白の衣を翻し、緑の肌と茶の角を携えた超人。理性に満ちた赤の目が開かれる。二人の始祖が笑う。

 

「待たせたな、皆」

 

 ――完璧(パーフェクト)虚式(イマジナリ)、サマルの復活である。



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神々の思案! の巻

前話『大魔王との血闘! の巻』本文中に丸焼きどらごん様作の挿絵を追加しました。最高にカッコいいイラストとなっていますので是非皆様見て下さい!


 男の体に大きく傷跡を残したツープラトン、ナパーム・コンビネゾンは殺意で放たれた技ではなく、救おうという思いが込められた技。命を奪うための技ではなかった故に、虫の息ながらも男は生きていられた。

 

 だが、大魔王サタンからの攻撃は違う。殺意で満たされている。なけなしの体力を振り絞りアリステラを庇った結果、男を貫いた杭は運良く心臓には当たらなかった。

 だからといって助かったわけではない。連戦により蓄積したダメージが男を今度こそ地の底へと落とし、命の灯火は――。

 

 

『まだ戦える。そうだろう?』

 

 

 誰かが自分に優しい声で語りかけた。

 

「アリステラッ!!」

 

 痛みの中、体を起こす。

 耳には何者かの戦う音が、鼻には土でも血でもなく緑の匂いが。……自分が落下したのは草木の無い地面だったはずだ。何かがおかしい、その気付きがぼやけていた視界をクリアにし、自分がどこにいるのかを正しく認識する情報を与える。

 

 幾重にも重なった葉と枝。傷の周囲を舞う金の花粉。

 

 幻想的な輝きを纏う花粉を払い除けようと手を伸ばした途端、それらは空気に溶けるように消えて……少しずつ傷が癒えていく。普通ではあり得ない現象。このような力を持つ存在を即座に作れる超人は限られている。

 

 まさか、と浮遊するリングを見上げたその先に――マリキータマンは光を見た。

 

 

 

「ゲギギッ……まだ……まだだあっ!」

 

 大魔王は未練がましく手を伸ばす。先程までジャスティスマンが本気を出せなかった理由であるサマルが自身から分離した以上、この先自分の身に何が起こるのかなど考えずとも分かってしまう。

 依代を失った今、何も手を打たねば自身の力のみでジャスティスマンを打倒せねばならない。迫り来る敗北の未来から逃れるため、もう一度のチャンスを無理矢理に引き寄せようと、大きく開いた手はサマルの体へと届き――。

 

「お前が今ここで戦うのは俺じゃないだろう、がっ!」

 

 掴むことはできなかった。跳ね除けられる。拒絶される。痛みはない。

 サマルは試合の邪魔とならぬようリングから遠ざかるように浮遊する。サタンは重力に従って白いリングへと落ちていく。

 

「ジャスティス!」

 

 彼の呼びかけに対し、裁きの神と呼ばれていた男は頷いた。落下してきたサタンを捕らえ、リングへと叩きつける。

 

「ググ……まだ私は倒れるわけにはいかんのだ……!」

 

 サマルは取り逃がしたが、まだ可能性は残っている。裁きの天秤はまだジャスティスマンへと傾いている――かの男が罪人であると示しているのだから。

 

「何としてでも!」

 

 大魔王から放たれる力でマントが舞い上がる。腰へのタックル、受けたジャスティスマンは揺らぐことなく立っていた。相手の体勢を崩そうとしたように見えるが、真の目的はそこではない。

 

「今から私が何をしようとしているかわかるか? わかるよな?」

 

 組みついた手から始まり、腕、頭……とサタンの体がヌムヌムと奇妙な音を立てながらジャスティスマンの中へと沈んでいく。

 

「ゲギョゲギョ〜! 私への恐怖を抱いた、それこそがお前の敗因と――」

 

「ハワーッ!」

 

 ジャスティスマンの肉体が奪われてしまうのか、誰もが不安になる中行われたサバトは途中で止まる。

 

「ガ、ギ、ゲギャーッ!?」

 

 ジャスティスマンはサタンの下半身を押さえつけ、無防備な腹へ何度も膝を撃ち込む。サタンの両腕は憑依に使われ、現実世界に無いために抗うことができない。

 サタンの鎧が割れ始めた頃、ジャスティスマンは飽きたとばかりにサタンの足を掴み引き摺り出し、コーナーへと放り投げる。

 

「私にお前の憑依が通用するとでも思っていたのか」

 

「何故だ!? 裁きの天秤もお前の罪を認め……ゲギョ!?」

 

 サタンが視線をやった瞬間、裁きの天秤は一方へ――大魔王サタンの方へと大きく傾く。ジャスティスマンは語る。自分が抱いていた罪とは大魔王サタンを野放しにしていたという罪の意識、今から解放されようとしているため天秤の傾きは正常に戻っているのだと。

 

「そんな馬鹿なことが許されてなるものかーっ!」

 

 ぶるぶると体を怒りに振るわせたサタンが選んだのは、憎たらしい顔を拳で粉砕すること。

 

「愚かなのはお前の方だ」

 

 サタン渾身のパンチは難なく受け止められた。

 そしてお返しとばかりに矢継ぎ早に繰り出される裁きの技。ジャッジメントクラッシュ、ジャッジメントツイスト、ジャッジメントアヴァランチャー。

 

 試合ではなく作業だと錯覚するほどに淡々とジャスティスマンによる裁きは進行する。疲弊した大魔王にはもう両足で立つ力は残っていない。

 地に倒れ伏したままダウンカウントで終わるのは許さない、とジャスティスマンはサタンを空中へと放り投げる。

 

「この機会をどれほど待ち侘びていたか――さあ、裁きの時だ! 大魔王サタン!」

 

 宙にいる大魔王目掛け空中へと飛び上がる。右脚でサタンの両脚を絡めて押さえ、頭を右手で掴む。

 奥義を仕掛ける体勢へ入った。

 

「ゲ……ゲギャ……私はまだ……消えるわけには……」

 

 拘束を外そうと両手で必死に抵抗するが、ジャスティスマンはサタンがこれ以上喚くことができないようさらに手に力を込める。

 常人ならそのまま頭が握り潰れてもおかしくないのだが、流石は大魔王と言うべきだろう。頑丈さは人一倍あるようで形を保てている。

 

完璧(パーフェクト)陸式(シックス)奥義! ジャッジメント・ペナルティ――――ッ!!」

 

 極めたまま落下する。呻き声は風を切る音の中に掻き消える。

 

有罪(ギルティ)ーーッ!!」

 

 異議を唱える者はいない。

 リング中央、必殺の奥義が炸裂した。

 

 

 

「終わりだな」

 

 戒律の神が独り言のように口にした言葉。下天のために集いし十二の神々は全員同じ判断を下した。

 下天した慈悲の神ザ・マンからカピラリアの欠片(ピース)を奪取するという役目を与えたが、大魔王サタンは途中から勝利する方法ではなく逃げる方法を考えてしまっている。そんな精神をしたヤツが試合で勝てるはずがない。

 助ける価値? 元々無い。根幹が負の感情の塊であるサタンが神の座に着いた後、神の中で頂点に立つべく碌でも無い策を練るのは目に見えている。

 ……そもそも神々に匹敵する1億パワーを得た超人の肉体を大魔王サタンが乗っ取ったとて、真正面から慈悲の神と相対しようと動いたのかすら怪しい。

 

「安寧を乱す存在として生を受けた者が己の創造主を下すか」

 

 安寧の神が懸念するのも当然だ。此度の下天には、カピラリア七光線を照射したのちに生きていたサタンの手先を殺すべきであると主張した神々が含まれている。安寧の神もその一柱だ。

 

 ――どの神々の系譜にも連なることがない、異常な出自の超人。神が注視するのは当然であった。

 

「慈悲の神が認めた存在がこの程度の試練を成し遂げられぬ方が問題であろう?」

 

「バハー」

 

 禍福の神による発問を受け、それもそうかと安寧の神は渋々ではあるが納得する。

 

 同じ超人の神といえど、その内にある思いは異なる。

 安寧の神と戒律の神は大魔王サタンによって生み出されたものなど抹殺すべきであるとの姿勢を示し、進化の神と修練の神は生まれが祝福されぬものがよくぞここまで力を磨いたと感心を寄せる。

 維新の神と自制の神、洞察の神は静観。理性の神、狂気の神は一超人に対しどうでも良いと気にかけるそぶりすらない。

 

「フェフェフェ! たかが怨念の集合体ごときが欲を出したからだ!」

 

 上機嫌な憤怒の神に対し、何を言っているのだろうかと戒律の神は怪訝な顔だ。そも憤怒の神は下天して超人殲滅を、と掲げる筆頭。超人を認めるそぶりを見せている理由がわからない。

 

 戒律の神が理解できないのは当然、これは個人的な感情によるものだからだ。

 憤怒の神の心の内は超人に対する怒りが渦巻いているが、大魔王サタンへ対する怒りも相応に持ち合わせている。――遥か昔、埋まりきらぬ神の座へ大魔王サタンを据えようという案が出た際、憤怒の神は猛烈に反対した。

 理由は単純。怨念の集合体ごときを神にする、それが不愉快だった。

 

「あの邪魔者を撃退したこと()()は認めてやらんこともない」

 

 奴には我が手によって殺される名誉を与えてやるべきか、などと己に都合の良いことをほざく始末。しょうもねえなあアイツ、と言葉にはしないものの戒律の神からの評価は下がる一方だ。

 

「ドフドフ……無駄話もそこまでにしておけ」

 

 自制の神が手に持つ剣を地へ降ろす音で注意を引き、口をつぐむよう誘導する。

 

「フン」

 

 憤怒の神の機嫌が少々悪くなる。だが言い返すような愚かなことはしない。天の神々は全て同列、下に見るものは被造物たる超人のみ。

 

「行くぞ」

 

 ここまで沈黙を貫いていた調和の神が何を思案しているのか、長い付き合いのある戒律の神にも窺い知ることはできない。

 何を考えていようと構わない。己の信じる解決策を進む、それだけだ。

 

 

 

 ――思い返すのは慈悲の神による説得。

 

『邪悪が地上にあるからと粛清を続けるのは神々の不完全さを強調する行いに他ならぬ。いつか芽吹くやもしれぬ邪悪の種、それすらも正してこそ真の完璧たり得るのではないか!』

 

 ああ。何も、何一つとして間違っていない。

 調和の維持、それを第一とする神であるからこそ、その未来を認めた。未来はいくらでも変えて良い。慈悲の神の手で育まれるなら、どんな超人であろうとその未来は保証される。完璧な存在として神々が認める生命になるはずだった。

 

 それが今はどうだ。永遠に埋まらぬ神の椅子を埋めるために作られた超人は、いまや神を脅かすほどに成長した。超人と星のバランス、宇宙のエネルギーは火事場のクソ力を起因とし危うい状態になった。

 

 調和は崩れようとしている。だからこそ、調和の神は動いた。

 

 下界を見下ろす。敗北した大魔王サタンは捨て台詞を吐いて逃げ、ジャスティスマンとサイコマンの主導により数多の超人が慈悲の神の元へ向かおうとしている最中だ。その中には当然先ほど復活を果たしたサマルも含まれている。

 

 サマルの胸にある傷跡は遥か昔、大魔王サタンによる乗っ取りに抵抗した時にできた。超人からすれば勲章と呼んでいいようなものだが、何の力も宿していないただの傷跡にしか過ぎないもの。

 

 だが、調和の神は見た。見えてしまった。

 復活した彼の胸にあるその傷跡の形が――()()のように変化していた。内に秘める力は、きっとどの神々も歓迎しないもの。時空への干渉を可能とする負の物質、エキゾチック物質。

 

「調和を望みながら混沌をもたらす者よ。我らの未来にお前は――」

 

 その呟きの先を掻き消すように、クエエ、と怪鳥が鳴いた。どの神々も玉体を隠すようローブを纏い、フードを被る。

 

「さあ、終わりの始まりだ」

 

 今ここに、下天の儀が始まろうとしていた。



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虚式(イマジナリ)の帰還! の巻

 優しく微笑みかけるその姿は、サタンの宿った紛い物ではなく正しくサマルその人であると示していた。超人たちの顔は皆一様に安堵と歓喜で彩られる。

 

 ジャスティスマンの奥義の衝撃により地上へ落ちてきたリングから降り、地に足をつける。重力というこの世の理に従い、ここに生きていると証明するかのように。

 

 ……ガサガサと枝葉が擦れ、その後に重量物が落ちる音。衝撃で胸を打ったのか木の根本で呻く重量物――いや、手負いのマリキータマン。

 

「マリキータ!?」

 

 アリステラが驚きの声を出す。致命傷であったタッグパートナーが動けるようになった喜びよりも、何故回復しきっていないのに動いているのかと心優しきオメガの当主は心配している。

 隣へやって来たアリステラの手を借りてマリキータマンはなんとか立ち上がり、その顔をつい先ほど復活した超人へ向ける。

 

「コレは……アンタの力か」

 

 大魔王サタンが放った杭により胸に穴を開けていたマリキータマンだったが、現在は会話ができるほどに回復していた。

 普通ならばありえない超回復の原因。男が原因だろうと手で示した胸の中央にはいまだに葉が張りつき、傷口を癒している。それを確認したサマルは頷く。

 

「ああ、そうだ」

 

 ――遥か古代の時代から地球に根付く奇跡の大樹、許されざる世界樹(アンフォーギブン・ユグドラシル)から作られた超人であるからこそ使えた特殊能力、植物を経由しての力の発揮。サイコマンによる復活研究の中で発覚した、サマルが新たに得た力だ。

 サタンの攻撃を受けてリングから落下したマリキータマンを受け止めた上に治療を施すという、突然生えていた都合が良すぎる木もそれの応用によるもの。

 

 これからの未来を知っているため彼がまた回復し、来たる戦いに参戦するのは分かっている。……が、分かっているから放置、というのはできなかった。

 

「動いたら傷が開く。無理についてくる必要はない」

 

 短時間で試合をし続けたマリキータマンの身体にはダメージが溜まっている。こちらに歩みを進めようとするたび、小さく呻くのを彼は聞き逃さなかった。近寄った後に傷口のある辺りへと手を翳し、追加で癒しの力を使用する。

 

「これは一時凌ぎだ。確かメディカルマシーン、だったか……それを使って治療に集中してくれ」

 

 本格的な道具や設備はこの場に揃っていないため、痛み止めと出血の防止しかできない。治療が必要なマリキータマンのみがこの場に残ることになるため、試合を見ようと関ヶ原に集まってきた人間達に超人病院への案内を頼む。

 

 超人ファンなのだろうが、迫り来る危機がよくわからず有名人に話しかけられてしまったと嬉しそうな人間。その姿を不快に思う者もいるだろうが、サマルとしては守るべき日常の延長線にあるこの反応は嫌いではなかった。

 ……人間が一切介入できない世界の終わりがすぐそこまでやって来ています、なんて真実が大っぴらになり下手なパニックが起きて大混乱、よりは圧倒的にマシだ。

 

 真の危機についてはザ・マンの口から直接聞くべきだとジャスティスマンは両手からエネルギーを放出しゲートを開く。一つは自身のそばに、そしてもう一つはキン肉マンらのいるスワローズ・ネストへ。

 

 突入に躊躇する超人はいなかった。ゲートを抜けた先にあるのは岩の目立つ岬と……そこから視認することができる聖なる完璧の山(モン=サン=パルフェ)

 ジャスティスマンがそこまで辿り着くまでの説明をする途中、気合満点なキン肉マンが一人張り切って海へ飛び込んでいった。あ、とサマルの声が漏れたがそれは彼を止めるには足りなかったらしい。

 

 キン肉泳法――それはバタ足。ガソリンプールでありながら水飛沫で後ろから迫る炎を消すという神業を見せた、超人オリンピックの予選を勝ち上がるために欠かせなかったひとつ。

 ……見た目は派手だが波に負けてあまり前進はできていない。

 

「ああ、そういえば見たことがなかったのでしたっけ」

 

 サイコマンがこちらを見てふと気が付いたように呟く。

 様々な出来事が絡んだ結果、超人墓場の外に全く出なかったサマルは天への歩道(ロード・トゥ・ヘブン)の存在は知っているだけであり、実際に動く様を見たことがない。

 

「目覚めよ。そして我を受け入れるがいい、裁きの門よーっ!」

 

 ジャスティスマンの呪文と呼びかけに応えて海は割れ、道を作る。

 なお、泳いでいたキン肉マンは急な変化についていけず海底だった地面に叩きつけられていた。

 

 こんなことが出来るのなら最初から説明してくれと怒っていたが、一人先走ったお前が何もかも悪い、で共についてきた超人達の心の声は一致していた。思っただけで口にしなかったのは、偉大な始祖達の前かつしょうもないことについて叱るような空気ではなかったから。

 ……皆が一番気にしている対象のサマルは億年単位の根っからのキン肉マンファンであるため、キン肉マンのキン肉マンらしいところを直に見れてこっそり感動していた。

 

 無造作に転がる頭蓋骨を見つけてしまい怯えるキン肉マンを最後尾に石造りの階段を登り、その先にある門を開く。

 彼らを出迎えるのは激闘の跡が残るリング。それだけならば何の問題もない。……サマルは知っている。このリングで完璧・参式(パーフェクト・サード)、ミラージュマンは悪魔将軍により倒された。

 

「………………」

 

 この地で悪魔超人と戦った始祖の亡骸はザ・マンと共にサイコマンが超人墓場へ戻るまで誰にも触れられることなく放置されていた。

 住人である墓守鬼は完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)へ強い信仰を抱いている。尊き存在であるために触れることができないと嘆いていた。

 だからサイコマンは皆の骸を集めて超人墓場の一角へと埋葬し、墓守鬼はその名の通りに墓の管理を任された。ダンベルとなっていた自分は一連のそれらを何も手伝えず、ただ感じ取ることしかできなかった。

 

『ゴバッゴバッゴバッ――』

 

 ――長い時を共に生きていた完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)の一人。かつてのように、彼が笑っている姿を幻視する。これは懐古であり彼の作り出した幻ではないため、そう長続きせずに視界からは霧散した。

 足を止めていたが、それは時間にしてほんの少しだけ。皆に置いていかれることはなかった。

 

 

 悪魔将軍によって障害である幻影を消し去られている黄泉比良坂を通り抜け、皆何事もなく螺旋階段を降りる。そこでは墓守鬼たちが復興作業を進めていた。上からやってきた足音の主を確認しようと墓守鬼らは階段の方は視線を向ける。

 

「おお、ジャスティスマン様にサイコマン様!」

 

「あれはもしやサマル様では!?」

 

「ああ……遂に真のお姿で御帰還なされた……」

 

 皆作業の手を止め、始祖の帰還に喜ぶ。中には三人が並ぶ姿へ拝んだり、感極まって泣く鬼もいる始末。だが後ろの超人達に気付き、何故ここに生きた超人が、と騒ぎだす。

 

「慌てるな、墓守鬼どもよ。この者たちは私が客人として招いたものだ。彼らに危害を加える必要はない」

 

 ジャスティスマンが諭すと騒ぎはぴたりと止み、墓守鬼達は彼らの道行を邪魔しないよう下がる。そんな中、勇気ある一人の墓守鬼が歩み出てサマルへと膝をつき頭を下げて願う。

 

「過ぎた願いとは分かっております。ですが、どうか、始祖の皆様の墓への装飾を作っていただけないでしょうか」

 

 始祖からの許可を得ているとはいえ、墓守鬼の手しか入っていない墓はこの地に眠る偉大なる始祖に対して不釣り合いだと常日頃から思っていたのだろう。心の底からの懇願にサマルは膝を折り、相手の肩に手を置き優しく語りかける。

 

「そう卑下する事はない。元よりそのつもりだった」

 

 体を震わせながら感謝いたします、と涙声が返ってくる。

 装飾の案は既に複数浮かんでいる。……草木の乏しいこの超人墓場では手向けの花すら手に入らないが、唯一の例外である生命の石の一部を使えばなんとかなるだろう。

 ドクターボンベにより発見された死者蘇生を起こせる重要物、生命の石。ウォーズマンの人工心臓の材料となった奇跡の石はきっとサイコマンが回収済みだ。後で頼むか、と今後の予定に付け加える。

 

 

 一行はさらに奥へと進み、零の文字が刻まれた扉、超人閻魔の間の前へと辿り着く。宿敵であるザ・マンがその向こうにいると聞かされたアリステラは気負うも、パイレートマンがたしなめる。

 

「では進むぞ」

 

 境となっていた扉が今、ゆっくりと開かれた。

 

 レコードが回りクラシック音楽が流れている部屋。粗雑な作りの牢屋の中にいるその人の姿を見た瞬間、サマルは階段の下で跪く。ふわりと服が揺れ、胸元にある鍵穴へと変化した傷跡がザ・マンの視界に入る。

 

「只今、戻りました」

 

 椅子が回転し、その超人は椅子に座ったままこちらへと向く。

 

「――よくぞ戻ってきてくれた」

 

 慈愛の眼差し。それは紛れもなくあの人の姿。超人閻魔ではない。超人の中の超人、ザ・マン。

 

 一時は全てを諦めていたが、ゴールドマンとの試合で敗北してから気付かされた。かつて神であった男の抱いた原初の悲願。その先へと進化を遂げようとする、実り豊かな未来の守り手たる超人達がいるということを。

 

 最も早くにその未来を見ていたのは、今ここで臣下の礼をとっているこの男。祝福されぬ生でありながら、全ての超人から慕われる善性。封印される寸前ですらこちらを慮る献身ぶりを見せた忠臣。

 

 

 ――嗚呼。本当に、良い弟子を持った。

 

 

 これからの未来を担う超人達を褒め称えるも、そう喜ぶのみではいられない。ザ・マンの口より語られるは全ての真相。

 かつて起こしたオメガの民への粛正の真実。

 超人の存在を巡り二つに分かれていた天の神々の思想。

 これから現れるだろう敵、下天せし超人の神々。

 

 

 明かされた敵の強大さに情けないキン肉マンとしての面が出てしまったのか、ザ・マン相手に無茶を言うなと反論する。

 

「立ち向かうのは一人だけじゃない。俺が学習したキン肉マンという存在は友情を大切にする男だろう?」

 

 できるできないの話ではなく、するしかないのだ、と発破を掛けるかのように玉座の横にやって来たのは三人の完璧超人。

 キン肉マンネメシス。ネプチューンマン。ピークア・ブー。

 

「おお〜っ! 元気にしとるかピークア・ブー!」

 

 試合をして分かり合えた完璧超人の姿を見てコロッと態度を変える。

 

「お前のあの姿を見て不安になってきたところだ」

 

 額に手を当ててため息を吐かれ、むぐ、と言い詰まるキン肉マン。ピークア・ブーの顔には精神的な疲れが見えるも、先程のショックによるものでは無さそうだ。

 

「……だ、大丈夫か?」

 

「本当に引き継ぎ……できるのだろうか……?」

 

「何を心配しとるんじゃい! ワシの動きからカメハメ師匠の必殺技をコピーできたお前さんができないことなんてあるはずなかろう」

 

「負の質量なんてどう観測しろと……」

 

 愚痴るように相談されてもキン肉マンは王様ではあるが学者ではないため解決できない。残した宿題が大きすぎたかな、と困ったようにしているサマル。

 

 負の質量。その言葉を聞いてザ・マンが何やら気付いたような素振りを見せたが、そのことには誰も気がつかなかった。

 

 これからやって来る闘いは、超人殲滅に必要不可欠となるカピラリアの欠片(ピース)を巡り神を相手取る防衛戦。

 強者であるアリステラ達の手を借りたいが、彼らはオメガの星の再生のため地球へと侵攻した。時間をかけていては星がどうなるかはわからない――。皆がどうするべきか悩むその時だった。

 

「まったく困りましたねぇ。貴方がたが求めた解決策は既にその手にあるというのに。これでは折角修復したのに無駄になってしまうではありませんか」

 

 サイコマンがやれやれ、と助け舟を出す。

 

「それはどういう」

 

「自覚していないからこそ使えない。理由がわかれば簡単ですが解決は困難……普通ならば」

 

 具体的なことを煙にまきニャガニャガと笑う。

 

「言葉だけでわからないのなら、直接示すしかない、ということだよ」

 

「……! おお、そういうことか!」

 

 サマルの促しによりキン肉マンは何をするべきかを察し、オメガマン・アリステラに手を差し出す。

 それは握手をしようという誘い。先程まで敵対していた者同士が手と手を繋ぐ、それが意味するものを知らないほどオメガの当主は愚かではない。

 

「い、いやしかしオレは……オメガはお前達に……」

 

「そんなもの、へのつっぱりはいらんですよ!」

 

 言葉の意味はよくわからんまま、キン肉マンがずいっと差し伸べた手を取るアリステラ。

 

 正義超人の交わす最も基本的なあいさつ、"友情の握手(シェイクハンド)"。火事場のクソ力を発現している証となる発光現象が伝播する。困惑する彼へ友情パワーのなんたるかを最もよく分かっているキン肉マンが説明する。

 故郷の皆のためだけを思い長年の恨みを背負って戦っていたオメガマン・アリステラは戦いの中でその恨みを解消し友情パワーを扱うための資格を得たのだ、と。

 

「その力が自在に使えるようになったのならばコレが使えるはずです。早く持っていきなさい」

 

 モニターに映し出されたのは禁断の石臼(モルティエ=デ=ピレ)。悪魔将軍により逆回転され、力の逆流で破壊されたがサイコマンの手により既に復元済み。

 最初に想定された使い方とは逆に、超人の力を星へ注ぎ込めば――これは星の再生に使えるものとなるのだ。

 

 この先の闘いでオメガの力は必ず必要になる。成すべきことを済ませてから、再びここに戻ってきてほしい、とザ・マンからの願いが告げられる。

 

「次なる闘いの共闘者として、約束してくれるか?」

 

「約束は……絶対に守る!」

 

 アリステラとパイレートマンはザ・マンの前で胸に手を当て傅く。

 

 

 ――今を生きる者たちへと、確かにバトンは渡された。

 

 

「サマル。()()()を持つという意味は分かっているのだろうな?」

 

 まだ知らない者たちもこの場に残っているため、正式な名称を使わずにザ・マンは語りかける。ほぼ全員の理解を置き去りにした会話だが、何を指すのかを分かったサマルは戸惑うことなく、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「この身体はいかなる系譜にも連なることはない。それは確実なのでしょう。ですが、再生のために使われた球根(バルブ)はあらゆる超人を完成(コンプリート)させることができる。……あの力は、引き出してしまった自分の責任です」

 

「力に責任など無い。知るものはいるか?」

 

「使うところを見たのは大魔王サタンのみ。力を所持していると分かるものは神の中にはいるでしょうね」

 

「ああ、そうだな。……ヤツがどう動くか」

 

 神であった男は知っている。その力を持つ存在を。それが何によって与えられたのかも。――気付きそうな二柱の神の存在も。

 ピークア・ブーの愚痴のような言葉で始めてかの神へ対処法を残そうとしていたと男は知った。ただ、それが完成するまでの時間はとても足りないだろう。

 

「ままならぬものだな」

 

 超人達が真に一人立ちできるまでの障害はあまりにも多く、大きい。慈悲たる男は調和と――(とき)を司る神のことを考えるのであった。



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